0910-1810/11/\100/頁/JCOPYはじめに急性結膜炎は眼科医が日常臨床で最も頻繁に遭遇する疾患の一つであり,その治療戦略についてある程度の知識を備えておく必要がある.ここでは代表的な感染性急性結膜炎を取り上げて,薬剤選択や使用方法について解説する.I急性結膜炎の種類と診断急性結膜炎は,細菌,ウイルス,クラミジアなどによる感染性結膜炎と,アレルギーに代表される非感染性結膜炎とに大別される(表1).結膜炎をみたら可能な限り原因を突き止め,その原因に基づいた治療を行うことが理想である.1.臨床所見の取り方と臨床病型結膜炎では,充血と眼脂は必発の所見である.眼脂の肉眼的性状1)は結膜炎の原因を考えるうえで重要な手掛かりになる(表2).そのほかに瞼結膜,球結膜,眼瞼,角膜などの所見を加えて臨床診断を行う.カタル性:拡張した血管と結膜の浮腫があり,瞼結膜に濾胞や乳頭がみられないものはカタル性結膜炎とよばれる.カタル性結膜炎に粘液膿性眼脂がみられれば,細菌感染をまず考える(図1).眼脂が漿液性であれば,物理・化学的原因による結膜炎が考えられる.濾胞性:瞼結膜に濾胞形成があれば,濾胞性結膜炎である.原因には,アデノウイルス,エンテロウイルス,(9)317*HisashiNakagawa:徳島診療所〔別刷請求先〕中川尚:〒189-0024東京都東村山市富士見町1-2-14徳島診療所特集●眼感染症治療戦略アップデート2011あたらしい眼科28(3):317.321,2011急性結膜炎AcuteConjunctivitis中川尚*表1急性結膜炎の種類感染性細菌性(インフルエンザ菌,肺炎球菌,など)ウイルス性(アデノウイルス,エンテロウイルス,HSV,など)クラミジア性非感染性アレルギー性(季節性,通年性,春季カタル,など)物理・化学的(光化学スモッグ,紫外線,など)図1細菌性結膜炎カタル性結膜炎で粘液膿性眼脂が認められる.表2眼脂の肉眼的性状による鑑別診断眼脂の性状原因漿液性/漿液線維素性アデノウイルス,エンテロウイルス粘液性アレルギー粘液膿性細菌,クラミジア,HSV膿性淋菌318あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(10)ウイルス性結膜炎(アデノウイルス,HSV),新生児のクラミジア結膜炎などでしばしばみられる.2.治療方針決定に必要な検査,病因診断典型例では臨床所見だけで診断できる場合もある.しかし,細菌性とアレルギー性,ウイルス性とクラミジアなどは結膜所見からの鑑別が困難な場合も多く,治療薬の選択にはやはりなんらかの病因検索を行うべきと考える.確定的な病因診断には分離培養,抗原検出,遺伝子検出などが必要になるが,結果が得られるのは早くて数日後である.結膜炎の病因検索,治療方針の決定には眼脂の塗抹検鏡が迅速で有用である2).表3に眼脂の塗抹所見による鑑別診断のポイントをまとめた.白血球の種類と微生物(細菌,クラミジアなど)の有無によって,大部分の結膜炎の原因を確定,あるいは推定できる(図3).単純ヘルペスウイルス(HSV)などのウイルスと,クラミジアがある.いずれも耳前リンパ節腫脹を伴うことが多く,臨床的鑑別に迷うことが少なくない.HSVでは眼瞼ヘルペスを併発していることが多いので,眼瞼の皮疹を見落とさないように注意する.角膜,球結膜に潰瘍を伴うこともある.クラミジア感染では濾胞が大型で充実性であり(図2),上輪部浸潤やパンヌスを伴うことが特徴である.眼脂はウイルス性と異なり粘液膿性である.乳頭性:瞼結膜に乳頭増殖があれば乳頭性結膜炎とよぶ.乳頭は,原因にかかわらず結膜の炎症が遷延した際に生じる変化であり,ある原因に特異的というわけではない.アレルギー性結膜炎の一種である春季カタルでは特徴的な石垣状巨大乳頭がみられる.化膿性:黄色の膿性眼脂がみられるものは化膿性結膜炎とよばれる.淋菌性結膜炎がその代表である.偽膜性:瞼結膜表面に偽膜形成を認めるものをいう.図2クラミジア結膜炎充実性,大型の濾胞がみられる.図3肺炎球菌の塗抹所見(グラム染色)多数の好中球があり,グラム陽性双球菌が貪食されている.周囲に莢膜による透明帯があり,肺炎球菌と推定できる.表3眼脂の塗抹所見による鑑別診断おもな白血球付随所見考えるべき原因好中球細菌(球菌・桿菌)封入体,形質細胞,封入体,リンパ球細菌クラミジアリンパ球好中球の混在(1.2割)好中球の混在(4.5割),多核巨細胞アデノウイルス,エンテロウイルス単純ヘルペスウイルス好酸球好塩基球アレルギー(11)あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011319定の割合で検出されているし,PRSP(ペニシリン耐性肺炎球菌)による結膜炎も報告がみられる6).さらに,コリネバクテリウムは約半数がフルオロキノロン耐性である4)(表4).b.薬剤の選択(表5)細菌性結膜炎の検出菌に関する薬剤感受性の報告をみると,全体としてフルオロキノロンとセフェム系点眼薬の感受性が優れている7).したがって,淋菌以外の細菌性結膜炎には第三世代や第四世代のフルオロキノロン点眼やセフメノキシム点眼が第一選択薬である.MRSAの場合はまずクロラムフェニコール点眼,効果がなければバンコマイシン眼軟膏の投与を考える.大.ら8)はコリマイCRの点眼1日4回とクロルヘキシジンホウ酸水による洗眼の併用で90%以上の症例が治癒したと報告している.コリネバクテリウムが分離されキノロン耐性であれば,アミノ配糖体かセフェム系を選ぶ.II治療戦略の立て方1.細菌性結膜炎a.起炎菌と薬剤耐性急性カタル性結膜炎,好中球優位の白血球浸潤,細菌の存在などから細菌性結膜炎が疑われた場合,抗菌点眼薬を用いて治療する.抗菌薬の選択においては,まず結膜炎の起炎菌について知っておく必要がある.結膜炎患者からの「検出菌」に関する報告は数多いが,「起炎性」にまで言及した報告はあまりない3).細菌性結膜炎の主要起炎菌は,眼感染症学会で定める特定菌である,肺炎球菌,黄色ブドウ球菌,インフルエンザ菌,淋菌,の4菌種である(表4).淋菌は頻度こそ少ないが結膜炎の起炎菌として重要である.さらに,常在細菌ではあるが結膜炎の起炎菌として最近注目されているのが,コリネバクテリウムである4).コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)やアクネ菌も高頻度に分離され,その一部は起炎菌として関与している可能性がある.細菌性結膜炎は年齢層によって起炎菌の菌種が大きく異なることも知っておくとよい(表4).乳幼児はインフルエンザ菌が多く,学童期の小児は肺炎球菌,成人はブドウ球菌の頻度が増える.淋菌は新生児と青壮年の成人にみられるが,最近小児の症例が報告されており5),成人と新生児に限らないことは銘記しておく必要がある.コリネバクテリウムは高齢者に多い(図4).最近では耐性菌も数多く報告されている.メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA),メチシリン耐性表皮ブドウ球菌(MRSE)はその代表であるが,淋菌のキノロン耐性化にも注意が必要である.インフルエンザ菌ではBLPAR(bラクタマーゼ産生アンピシリン耐性)やBLNAR(bラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性)が一図4コリネバクテリウムの塗抹所見(グラム染色)グラム陽性の大型の桿菌が多数みられ,一部は好中球に貪食されている.コリネバクテリウムが分離され,これが起炎菌と考えられた症例.表4細菌性結膜炎の主要起炎菌とその特徴菌種グラム染色性好発年齢耐性菌肺炎球菌グラム(+)球菌学童期児童PRSP黄色ブドウ球菌グラム(+)球菌成人,高齢者MRSAインフルエンザ菌グラム(.)桿菌乳児,小児BLNAR,BLPAR淋菌グラム(.)球菌新生児,成人キノロン耐性多いコリネバクテリウムグラム(+)桿菌高齢者キノロン耐性約50%320あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(12)る.治癒までには1~2週間かかる.3.クラミジア結膜炎a.クラミジア感染症に対する標準的処方クラミジア感染症の治療には,マクロライド系,テトラサイクリン系,あるいはフルオロキノロン系の薬剤を用いる(表6)9).日本性感染症学会で最も推奨されている薬剤はアジスロマイシンで,特に昨年性器クラミジア感染症の適応が承認された2g単回投与製剤が今後の治療薬の主役になりそうである10).1回投与であるためコンプライアンスはほぼ100%であり,投与後早期から高濃度の薬剤が組織内の微生物(クラミジア)と接触するという「フロント・ローディング」を実現できるものとして注目されている.b.クラミジア結膜炎の治療(表7)現在クラミジア結膜炎の治療薬として適用承認がとれているものは,オフロキサシン眼軟膏だけである.その使用法は1日5回,6~8週間投与を基本とする.しかし成人の場合,点入後の霧視や煩わしさの点から考えて1日5回の眼軟膏点入は現実的に遵守不可能である.そ淋菌の場合は,薬剤選択に十分な注意が必要である.近年分離されている淋菌の80%以上がフルオロキノロン耐性であり,さらにペニシリンやセフェム系の耐性も50%近くにみられる.治療にはセフトリアキソン,スペクチノマイシン,セフォジジムのいずれかの全身投与を行う(点滴あるいは筋注1回).さらに局所治療として,セフメノキシム点眼や前述した点滴用薬剤を0.5%程度に希釈して点眼として用いる.一般の細菌性結膜炎と誤診して漫然とフルオロキノロン点眼を処方し,角膜穿孔などの重篤な合併症を起こすことは絶対に避けなければならない.2.ウイルス性結膜炎a.アデノウイルス結膜炎の治療アデノウイルスに対する有効な点眼治療薬はまだ開発されていない.対症療法として非ステロイド性消炎点眼薬の投与を行ってもよい.二次感染予防のための抗菌点眼薬が用いられることが多いが,重症結膜炎で角膜びらんを合併しているような場合以外は必要ないとの考えもある.結膜の炎症が強い場合,角膜の点状上皮下浸潤(multiplesubepithelialcornealinfiltrate:MSI)を合併した場合には,弱いステロイド点眼を用いてもよい.ただし,結膜炎がHSV性でないことが確実な場合に限る.偽膜ができたときは,ピンセットなどでなるべく出血しないように静かに.がして除去する.b.HSV結膜炎の治療HSV結膜炎はアシクロビル眼軟膏1日5回で治療する.結膜潰瘍,角膜潰瘍を合併しているときも同様であ表5細菌性結膜炎に対する抗菌薬の選択.一般的な第一選択薬・フルオロキノロン(ガチフロキサシン,トスフロキサシン,モキシフロキサシンなど)・セフェム系(セフメノキシム).耐性菌に対して・MRSA:クロラムフェニコール,バンコマイシン・コリネバクテリウム:アミノ配糖体系,セフェム系・淋菌全身投与:セフトリアキソン,スペクチノマイシン,セフォジジム(全身投与)点眼:セフェム系(セフメノキシム),全身投与薬の自家調整点眼薬表6クラミジア感染症に対する選択薬剤薬剤投与法マクロライド系アジスロマイシンクラリスロマイシンジスロマックR1,000mg1回1日ジスロマックRSR2g1回1日クラリスR200mg2回7日テトラサイクリン系ミノサイクリンドキシサイクリンミノマイシンR100mg2回7日ビブラマイシンR100mg2回7日フルオロキノロン系レボフロキサシントスフロキサシンクラビットR100mg3回7日オゼックスR150mg2回7日(性感染症診断・治療ガイドライン2008より)表7クラミジア結膜炎に対する治療レジメン軟膏(標準的処方)タリビッドR眼軟膏5回/日6~8週(漸減)点眼薬*1エコリシンR1時間ごと6~8週(漸減)オゼックスR1時間ごと6~8週(漸減)ガチフロキサシンR1時間ごと6~8週(漸減)内服薬*2ジスロマックRSR2g1回*1:保険適用外.*2:保険適用外.結膜炎に対しては日本では未評価.(13)あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011321す報告もみられる12).現在わが国で行われているアジスロマイシン2g単回投与は性器感染,咽頭感染と同様に結膜炎にも有効であると考えられ(図5),今後結膜炎に対する治療薬としても評価してゆくべきと考えられる.文献1)秦野寛:眼脂.眼科プラクティス28,眼感染症の謎を解く(大橋裕一編),p30-32,文光堂,20092)中川尚:スメアを採る.眼科診療クオリファイ2,結膜炎オールラウンド(大橋裕一編),p25-30,中山書店,20103)西澤きよみ,秦野寛:わが国の細菌性結膜炎の起炎菌は?あたらしい眼科26(臨増):65-68,20094)山中千尋,江口洋:コリネバクテリウムの分子疫学について教えてください.あたらしい眼科26(臨増):226-228,20095)中川尚,中川裕子:フルオロキノロン耐性株による淋菌性結膜炎の小児例.あたらしい眼科27:235-238,20106)江口洋,桑原知巳,大木武夫:ペニシリン耐性肺炎球菌結膜炎の1例.あたらしい眼科26:376-378,20097)松本治恵,井上幸次,大橋裕一ほか:多施設共同研究による細菌性結膜炎における検出菌動向調査.あたらしい眼科24:647-654,20078)大.秀行:MRSAの治療を教えてください.あたらしい眼科26(臨増):139-141,20099)日本性感染症学会:性感染症診断・治療ガイドライン2008.日本性感染症学会雑誌19:57-61,200810)寺田道徳,大木恵美子,山岸由佳ほか:アジスロマイシン単回投与製剤の女性性感染症治療への臨床応用.JpnJAntibiot63:93-104,201011)CochereauI,GoldschmidtP,GoepoguiAetal:Efficacyandsafetyofshortdurationazithromycineyedropsversusazithromycinsingleoraldoseforthetreatmentoftrachomainchildren:arandomized,controlled,doublemaskedclinicaltrial.BrJOphthalmol91:667-672,200712)ChenYM,HuFR,HouYC:Effectoforalazithromycininthetreatmentofchlamydialconjunctivitis.Eye24:985-989,2010こで,一般にはその代替処方として点眼薬の1時間ごと点眼が行われる.マクロライド系(エコリシンRなど)か第四世代のフルオロキノロン(ガチフロキサシン,トスフロキサシンなど)がクラミジアに対する最小発育阻止濃度(MIC)が低く,有効性が高いと考えられる.投与期間はやはり6~8週間が目安である.クラミジア結膜炎患者は咽頭感染や泌尿生殖器感染を合併していることが多いため,結膜炎の治療と同時に抗菌薬の全身投与による合併症の治療が必要になる.現在までは点眼に加えて全身投与を行うことが一般に推奨されていたが,アジスロマイシンの登場により抗菌薬局所投与の必要性をもう一度考え直す時期にきていると思う.実際,現在WHO(世界保健機関)のトラコーマコントロールはアジスロマイシンの内服で行われており11),クラミジア結膜炎に対する内服治療の有効性を示図5内服治療を行ったクラミジア結膜炎症例2g単回投与1週間後には,眼脂,充血はほぼ消失し,少数の濾胞を残すのみとなった.