———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 27,No. 1,2010690910-1810/10/\100/頁/JCOPYHealth 2.0という概念「Health 2.0」という言葉をご存じでしょうか.Web 2.0 にインパクトを受けて新しい医療サービスを志向する動きが,まず 2006 年秋,米国の“Open Healthcare Manifesto”で最初に登場しました.マシュー・ホルト氏は「Health 2.0 とは,単純に Web 2.0 の技術を医療に応用することだと考えるべきだ.これはアウトカムや医療の質や医療改革と関係はない.」と述べ,あくまでも,Web2.0 技術の応用領域に Healthツ黴 2.0 の対象範囲を限定すべきと主張しました.また,医師であるスコット・シュリーブ氏は「Health 2.0 とは単に IT 技術だけの問題ではなく,広く医療全体を変革するムーブメントであると考えている.」と主張しています.彼にとってHealthツ黴 2.0 とは,まさにこれまでの医療のあり方全体を根底的に変える「運動」なのだといえます1).いずれにせよ,「Health 2.0」の世界では,医療を患者からの情報発信をベースに構築します.「Web 2.0」とは,インターネット上に世界中の個人が情報を発信し,蓄積された膨大な量の集合知にいつでもアクセスできる状態をいいます.Web 2.0 社会では,生産者よりも消費者が優位となり,この潮流を「情報革命」と表現します.近年提唱された「Healthツ黴 2.0」という概念を医療に関しても適用すべき,と欧米を中心に広がっています.自らの体験をインターネットに投稿し,経験を共有し,医師や医療機関に頼らない健康情報の獲得方法は,利用者に高いインターネットリテラシーを求めます.日本でも,「TOBYO」(図1)という闘病ブログを見れば,患者同士の経験の共有がどれだけの説得力をもって患者に届くかは容易に想像がつきます.「網膜 離」と入力すると,30 件の闘病ブログがヒットし,治療経過が患者目線で記されています2).「Health 2.0」の世界では,患者は,自分自身の健康情報をインターネット上で管理し,自分自身が病気になったときは,インターネット上の情報から自分に最適な医療機関や治療法を選択します.譬えると,ラーメン屋を選ぶ際も,医療を受ける際も同じインターネットの使い方をします.この行動の根本にあるのは,サービスを消費する際には,消費する本人が必要あるときに自分で情報を検索し,意思決定し,アクセスして,消費し,結果に対しても責任をもちたい,という考え方があります.私は,日本で「Healthツ黴 2.0」が根付くかどうかは二つの点で懐疑的です.一つは,日本人は,非常に商品の質に敏感であり,かつ,公平性を意識する国民性をもつからです.美味しい寿司屋があると聞けば,飛行機に乗って東京からでも大阪からでも北海道まで行く人がいます.それだけ,国内はあらゆるモノに対してフリーアクセスといえます.仮に,国内のすべての医療機関が飲食店のように格付けされ,医師すらも格付けされたとします.自分や自分の家族が癌になった場合,日本で一番の医者に診てほしいと思う気持ちは,誰にもあるでしょう.日本人の心情として,200 番目の医師に診てもらって,結果が悪かった場合,納得できるでしょうか?「もっといい医者に診てもらえれば良かった」と,死を受け入れられない可能性があります.また,日本で一番(と(69)インターネットの眼科応用第12章Health2.0武蔵国弘(Kunihiro Musashi)むさしドリーム眼 科シリーズ⑫図 1TOBYOのトップページ———————————————————————- Page 270あたらしい眼科Vol. 27,No. 1,2010インターネット口コミ情報で認定された)の医師に診てもらえるのは,殺到する患者のなかから限られた人だけになりますが,その選別が「価格」であったり「抽選」であったりする場合,その結果を受け入れることができるでしょうか.日本人は医療に対して公平性を強く求めます.「Health 2.0」の世界観が普及すると,医療の現場が疲弊し,医療崩壊を促進させる恐れがあります.二つ目は,患者が自分自身で健康管理し,健康や治療についての相談がインターネットで完結するようになると,医療機関を受診する機会が全体的には減少するでしょう.また,ドラッグストアなどでの薬で済ませようとする患者がさらに増えるでしょうし,受診者が減少し,経営的に苦しくなる医療機関が増える可能性があります.前述した医療崩壊とは別の「医療機関崩壊」もしくは選別が始まります.以上の理由で,日本の医療現場には「Healthツ黴 2.0」はなじまないと考えますが,インターネットが社会に与えたインパクトは当然,医療界だけではありません.世の中の多くの企業がこの変化に対応したように,医療界全体で,もしくは各医療機関,医師各個人が対応せねばなりません.臨床の現場の仕事が徐々にインターネット上に移行し,じわりじわりと医師-患者間の関係にも変化を与えるでしょう.自己管理される医療情報「Health 2.0」の社会では,患者は生誕時からの健康情報をウェブ上に入力します.受診歴から手術歴,治療歴を患者自身がウェブ上に入力して,健康管理のツールとします.医療機関はその管理記録を見ることで,患者自身が気付かなかった病態を把握できるかもしれません.Google Health がその代表例です.Google Healthの利用者は,健康意識が高い,という評価となり,有利な医療保険を契約できる,という試みがアメリカでは始まっています.アメリカの先進性を感じます.ひとつ,面白いデータを紹介します.ライフログという言葉があります.人生のすべての出来事をデジタル情報で保存する場合,どれくらいの容量があれば足りるのか,試算した人がいます.テキストで保存する場合は,12 GB 必要になり,人生の記録は数本のメモリースティックがあれば十分です.音声保存の場合は 40 TB必要で,動画保存の場合は 700 TB あれば足りるそうです3).大容量のサーバーが安価になったため,人生をすべて動画で保存することは,あながち夢物語でもなさそうです.自動保存形式であれば,入力の手間は省けま(70)す.健康情報に関しても,医師との会話もどの病院に通院したかも,検索方法さえ確立すれば,後から把握することが可能です.「Health 2.0」の社会の究極の電子カルテといえます.ある有名な SF 漫画で,片方の眼球が外界の情報をデジタル保存できる装置に取り換えられて,インターネットの情報や過去のデータを,その模擬眼球に表示できる主人公がいました4).人間の網膜に映った画像を保存できる時代が来るかどうかはわかりませんが,録画や通信が可能な,ウェアラブル小型カメラは技術的にはすでに可能でしょう.21 世紀の医療者は,学会の場で医療界に発信するだけでなく,インターネットを使って生活者に発信することが求められます.インターネットを情報探索の道具として使うだけでなく,患者と自分を繋ぐ道具として活用しないといけません.インターネット環境は,パソコンではなく,携帯電話や iPhone であったり,ゲーム機のような端末になるかもしれません.手入力ではなく,音声入力,画像自動録画のような手法になるかもしれません.今の世の中は情報革命の真っただ中です.医療者の感覚よりも世間の動きは速いようです.「Health 2.0」の波は日本にも今以上に普及することは間違いありません.「Health 2.0」に医療者が対応する方法は前号でも取り上げましたが,二つある,と考えます.1) 医療者が,インターネットに散乱する医療情報の格付けをします.2) 医療プロフェッショナル向けの情報を,インターネット上の閉じた空間で共有し,医療者の医療知識の底上げを図ります.次号では,2)の具体例を紹介します.【追記】NPO 法人 MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為と眼科という職人的な業を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvc-japan.org までご連絡ください.MVC-online からの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献 1) http://www.tobyo.jp/tobyoblog/2007/349.html 2) http://www.tobyo.jp/ツ黴 3) 中尾彰宏:第 3 回日本遠隔医療学会 WEB 医療分科会「遠隔医療における WEB の役割」,2009 4) http://www.buichi.com/works/goku/index_goku.html