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合併症対策:水晶体嚢拡張リングの使い方アップデート

2006年4月30日 日曜日

———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLS落下する症例が出現した(図3).これに対して,1年遅れて1997年に導入した縫着リングは有望なアイテムではあったが,当初の術式ではCTR挿入とECCEで白内障摘出術が終了してから縫着リングによる水晶体?の強膜縫着固定を行っていたので,手技的な煩雑さから,結果的にCTR単独で手術中さえ乗り切れればという症例も複数存在していた.しかしその後,2002年頃から,CCCの完成直後に縫着リングを?内に挿入し,?を強膜に仮固定してから超音波乳化吸引術にて白内障摘出を行う術式が安定して施行できるようになった.これでようやく,Zinn小帯脆弱/断裂例でも比較的安全な小切開白内障手術が行えるようになったため,その適応は大きく広がった.結論から言えば,Zinn小帯脆弱/断裂例に対する適応は縫着リングが第一選択であり,比較的軽度で進行性がほとんどないと思われる場合のみ,例外的にCTR単独使用とした.具体的には,術前の無散瞳検査で水晶体振盪や偏位を認める症例は原因にかかわらず縫着リングの適応とした.また,術中にZinn小帯強度を検討する例では,比較的限定的な部分Zinn小帯脆弱例(誤吸引による医原性が多い)を除いて,縫着リングの適応を原則としている.さらに,はっきりとした水晶体の前方移動が認められる症例も術中に必要性が否定されない限り,縫着リングによる?の強膜固定を行っている.ところで,CTRの適応を変更しても,挿入例数はそれほど減少していない.CTR単独使用の適応そのものはじめに前回の特集で,水晶体?拡張リングに関して報告1)してから約7年が経過した.通常の拡張リングを導入してから11年,水晶体?を強膜に縫着固定できるリングを使い始めて10年の経験を踏まえて,現時点での知見を報告する.前回と重複する部分で,再度述べる重要性のない部分は割愛するので,既報1)を参考にしていただきたい.更新する内容として,リングの適応の変化,?固定用リングの定型術式と二次的強膜縫着術,虹彩欠損用リング,後発白内障予防用リングに関して述べる.Iリングの適応通常の水晶体?拡張リング(図1:capsulartensionring2),以下,CTR)の適応は,水晶体?強膜縫着リング3)(図2:以下,縫着リング)の術式の定着により大きく変化した.1996年のCTR導入当時は,比較的範囲の広いZinn小帯断裂例や全周性のZinn小帯脆弱例でも,CTRを挿入し粘弾性物質を多用した?外摘出術(ECCE)を行えば,少なくとも眼内レンズ(IOL)を挿入して手術を終了させることは,かなりの症例で可能であった.しかし,既報1)に記載したとおり,CTRには水晶体?の位置固定作用はないため,たとえCTRで手術は完遂できたとしても,術後に残存Zinn小帯の劣化が継続し,最終的には水晶体?がCTRとIOLを内包したまま眼底に(31)???*YoshihiroTokuda:井上眼科病院〔別刷請求先〕德田芳浩:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院特集●白内障手術アップデート2006あたらしい眼科23(4):453~458,2006合併症対策:水晶体?拡張リングの使い方アップデート???????????????????????????????????????德田芳浩*———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006も拡大しているためと思われる.高齢者(80歳以上が目安),強度近視眼,成熟/過熟白内障,浅前房眼〔しばしば,レーザー虹彩切開術(LI)後〕,緑内障手術眼,偽水晶体落?症候群の軽症例,網膜色素変性症例,ぶどう膜炎長期経過例,網膜硝子体手術例,その他原因不明例など,CTRを念のために挿入している.これらの症例では,いずれも前?切開時にごく軽度のZinn小帯脆弱を認める例が多く,それによって起こる術後の軽度の?収縮がますますZinn小帯脆弱と断裂を促進し,それによって?を伸展する張力が失われて,さらにZinn小帯の脆弱と断裂が進行するという悪循環に陥ることがある.これは,拡張性心筋症で心筋が伸展されることで筋の張力が低下し,それが原因となってますます心臓が拡張してしまうという悪循環と病態が類似している.そのような負のスパイラルを最初の時点で断ち切る意味において,CTRをあらかじめ挿入しておく意義は少なくないと考えて使用している.II縫着リングの定型術式2002年以降,高分子高濃度粘弾性物質(ヒーロンV?:AMO社)の導入によって,縫着リングによる小切開白内障手術がほぼ,現在の形として行えるようになった.以下,手順を示す.(1)結膜切開制御糸をかけたのち,通常の白内障手術と同じ形で円蓋部基底の結膜切開を10時~12時と4時~6時に作製する.ただし,下方の切開(と麻酔)は白内障摘出術成功後でもよい〔術中に?内摘出術(ICCE)に切り替わることもありうるので〕.(2)麻酔2%リドカイン点眼で開始し,結膜切開後にTenon?下麻酔を,縫着部位に一致させて,10時30分に2.0m?,4時30分に1.0m?,合計3.0m?行う.(3)強角膜切開11時付近を中心に4.5mm幅の強角膜トンネルを作製する.トンネルは操作性を重視して短めにし,自己閉鎖にはこだわらない.(4)角膜サイドポート3時と9時の対側位置で,輪部から0.5mmぐらい内側の透明角膜に1.5mm程度の角膜サイドポートを作製する〔以上(1)~(4)まで,図4).(5)前房形成前房水を流出させつつ,ビスコート?約0.1m?を注入し,引き続き,ヒーロンV?で前房を全置換する.従来の高分子粘弾性物質による前房形成では,不安定な水晶体の動きを制限するには不十分であったが,ヒーロンV?であれば,前房内を全置換することで水晶体の動きがかなり抑制される(図5).ヒーロンV?は,粘弾性が高いことで直接的に水晶体の動きを止めると同時に,硝子体腔の液状成分が水晶体の前面に回り込むことがないため,水晶体はあたかも前(32)図1水晶体?拡張リング(CTR)閉鎖直径12.0mmのポリメチルメタクリレート(PMMA)製リング.図2水晶体?縫着リングCTRに縫着用のハプティクスがついている.リングは赤道部に挿入し,ハプティクスは前?切開窓から前?の前面に出る.ハプティクスの先端のアイレットに糸を通して,強膜に縫着固定する.図3CTR挿入?の硝子体腔落下CTRとIOLを内包した水晶体?が網膜上に落下している.左下に視神経乳頭が見える.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006???房側に吸い付けられたかのように視軸方向の動きも抑制する作用がある.さらに,前?切開や縫着リング挿入中に切開創から流出することもないため,前房内の操作性は格段に向上した.縫着リングの手術には必須の粘弾性物質である.(6)前?切開きっかけは27ゲージ針で作製し,半径が切れたら前?鑷子にて連続円形切?(CCC)を行う.水晶体の動きが大きい場合は,フックで抑制する(図6).大きく切れない場合や,かなり偏心した場合は切りなおせばよい.(7)縫着リング挿入まず,ビスコディセクションテクニックで,前?と皮質を360?にわたって赤道部まで?離しておく.あらかじめ縫着用のプロリンループ糸をハプティクスホールにカウヒッチノットで結んだ縫着リングを,上方の強角膜切開創から反時計回りに水晶体?内に挿入する.挿入中のリングがCCCから脱臼しないように,左手のフックで押さえ込みながら押し込んでいく(図7,8).(8)縫着針による強膜通糸水晶体?の動揺が大きい場合は,この時点で強膜に通糸して?を仮固定してもよいが,7割ぐらいの症例は縫着リングの挿入のみで次の白内障摘出のステップに移行できる.強膜への通糸は,通常のIOL縫着と同じ手技であるが,水晶体?を損傷しないように粘弾性物質で十分に?を後退させておく.(9)核乳化吸引と皮質吸引中央核のみをハイドロデリニエーション手技でくり抜くように分離し,溝は作製せずにフェイコチョップ手技(33)図4縫着リング症例:前房形成直前結膜切開,強角膜切開,サイドポート作製後.11時~3時までの水晶体赤道部が見えている.同部のZinn小帯断裂と7時方向への水晶体偏位のあることがわかる.図5縫着リング症例:前房形成後ヒーロンV?で前房を全置換すると,水晶体の偏位はやや矯正され振盪もかなり抑制される.前?切開中も前房深度は保たれる.図6縫着リング症例:前?切開連続前?切開を鑷子で行う.Zinn小帯の張力がない方向への切開では,先端が鈍なフック(本例では分割君?)を水晶体に刺入させて動きを止めながら施行する.図7縫着リング症例:リングの挿入Sinskeyフックで縫着リングが連続前?切開縁から脱臼しないように押さえながら,反時計回りに押し込んでいく.図8縫着リング症例:リング挿入完成縫着リングが挿入できたら,ハプティクスを前?の前に出しておく.縫着糸を強膜に通糸して仮固定するか,または,写真のように左右のサイドポートから出しておく.図9縫着リング症例:白内障摘出終了時12時部分のハプティクスがはっきり観察できる.白内障処理前に強膜通糸していない場合は,この直後に行う.———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006にて中央核を乳化吸引する.分厚いエピヌクレウスは再度,粘弾性物質に水晶体?から分離して中央に集めると容易に吸引除去できる(図9).皮質吸引はI/Aで可能な場合も多いが,硝子体ストランドが前房中にあって容易に吸引される場合は,角膜サイドポートからSimcoe針で吸引するほうが有利である.(10)縫着糸の強膜通糸白内障摘出前に通糸しなかった場合は,この時点,連続後?切開(PCCC)と前部硝子体切除を行う前に施行する(図10).(11)PCCCと前部硝子体切除すでに縫着糸を仮固定している場合は,糸を緩めて縫着リングの伸展力を解除する.27ゲージ針で後?に切開を入れ,カプセル鑷子にてPCCCを行う.両側の角膜サイドポートからそれぞれ,A-vitカッターと灌流ラインを使い,PCCC開窓部より後方の前部硝子体を切除する(図11).(12)IOL挿入,強角膜縫合,粘弾性物質除去できるだけ大きな光学径のIOL(筆者は直径6.5mmのアクリルIOLを使用)を?内に完全固定したら,強角膜創を縫合し,粘弾性物質を除去して眼圧を正常化させる.(13)縫着糸の固定,結膜縫合強膜にポケットを作製して,センタリングを見ながら縫着糸を埋没縫合する.最後に縮瞳させて正円瞳孔を確認して,結膜縫合で手術を終了させる(図12).III縫着リングの二次的縫着固定Zinn小帯脆弱/断裂例で縫着リングが第一選択となった場合,比較的軽度の症例では,本当に強膜縫着固定まで必要なのかどうかを術中に迷う症例は少なくない.そのような場合,筆者は縫着リングのみを?内固定し,強膜への縫着固定を行わずに手術を終了している.後日,縫着が必要と判断した時点で,二次的に縫着固定する治療方針である.縫着リングの二次的縫着は,従来のIOLの前房内操(34)図12縫着リング症例:終了時縮瞳確認前.4時30分と10時30分に縫着リングのハプティクスが観察できる.IOLのセンタリングも良好.図10縫着リング症例:縫着糸の通糸粘弾性物質で前?を十分に後退させ,4時30分と10時30分の対角で強膜に通糸する.この後の後?切開に備えて,糸は緩めておく.図11縫着リング症例:前部硝子体切除後?を連続切開し,その開窓部から前部硝子体を切除する.縫着操作による硝子体の牽引を取るためであり,外傷例では硝子体混濁の除去を兼ねることもある.図13縫着リングの二次的固定縫着用ハプティクスのある位置にサイドポートを対角に作製し,ハプティクスを硝子体手術用の眼内鑷子で把持して,アイレットに縫着用の針を通している.縫着用針にはプロリンループ糸がついているので,アイレットはカウヒッチノットで固定できる.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006???作による二次的縫着手技4)と同じ手順で施行可能である.角膜サイドポート2カ所を使用して,ハプティクスに縫着用プロリンループ糸をカウヒッチノットで固定し,そのまま強膜に通糸して固定する(図13).現時点では,外傷性Zinn小帯脆弱例で縫着リング挿入による白内障手術を施行し,後日,悪性緑内障発作状態に陥ったために,改めて強膜に縫着して水晶体?を固定した1例を経験しているのみである.IV虹彩リング既報では引用のみに留めた虹彩欠損用のリングは,部分虹彩リングと全周虹彩リングの2種類がある(図14a,(35)図15部分虹彩リング使用例5時30分を中心とした,外傷性隅角離断部分に虹彩リングを?内固定してあてがっている.図14虹彩リングa:部分虹彩リング,b:全周虹彩リング.ab図16全周虹彩リング使用例a:1枚目を?内に挿入したところ.b:2枚目を挿入して配置をずらし,ドーナツ状の遮閉効果を得たところ.ab図17全周虹彩リング50Ca:遮閉板の小さいタイプの全周虹彩リング.b:挿入例.IOL光学部直径が6.5mmなので,瞳孔径も約6.5mmあることがわかる.ab図18虹彩付きIOLa:全長13.5mm,光学部外径10.0mm,瞳孔領部径4.0mm.b:術後6カ月を経過した挿入例の前眼部像.ab———————————————————————-Page6???あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006b).両方とも,CTRに光の遮閉板を取り付けた構造であり,黒い色素で着色してある.色素に関しては,CE規格における溶出試験基準を満たしているというレベルでの安全性は保証されている.部分虹彩リングは90?カバーの遮閉板なので,そのまま補いたい部分に配置すればよい(図15).全周虹彩リングは,?内に2枚挿入し,遮閉板が互い違いになるように配置してドーナツ型の虹彩を水晶体?内に再現する,優れたアイデアの製品である(図16a,b).全周虹彩リングは,瞳孔径約4.0mmのタイプ50D(図14b)とそれよりやや大きなタイプ50C(図17a,b)がある.タイプ50Dは?内に固定したときの瞳孔径が6.5mm近くあるので,正常眼の明室での瞳孔径よりは大きくなるが,遮閉板が50Dと比べて小さいので挿入の操作性はかなりよい.また,当然のことながら,全周虹彩リングは散瞳しないので,眼底の観察や治療に支障がありそうなら50Cが選択となる.なお,外傷性虹彩欠損の場合,必ずしも水晶体?が保存できるとは限らない.そういう場合用に虹彩付きIOLという選択肢もある.CTRとは無関係であるが,必要な場合もあるので,紹介しておく(図18a,b).V後発白内障予防リングそもそものリングの考案者,宇都宮市の原孜先生5)がご研究中のリングであり,現時点ではまだ文献にはなっておらず,販売もされていない.筆者の使用経験もないが,ビデオ映像による報告では,シリコーン製のクローズドリングで断面がコの字型になっており,内側にIOLを納めると同時に,外側のシャープエッジ効果で水晶体上皮細胞の後?側への進展を阻止することで,後発白内障を予防する構造の優れたリングである(図19a,b).一日も早い実用化を望みたい.おわりに筆者は,CTRは韓国のルシード社から,その他のリングや虹彩付きIOLはドイツのモルシャー社から購入している.いずれも,FAXやメールの簡単なやり取りで購入は可能であるが,すべて日本では未認可の医療材料なので,医師の責任において輸入許可を取り,使用するという制限がある.モルシャー社はホームページで商品を紹介している(http://www.morcher.com).ここに紹介した以外のリングや変わったIOL,自社製品の手術ビデオなども(ブロードバンドなら)観ることもできるので,興味のある人は一度,閲覧することをお勧めする.文献1)德田芳浩:白内障手術の再評価.水晶体?拡張リング.あたらしい眼科16:1235-1241,19992)GimbelHV,SunR,HestonJP:Managementofzonulardialysisinphacoemulsi?cationandIOLimplantationusingthecapsulartensionring.??????????????????????28:273-281,19973)CionniRJ,OsherRH:Managementofprofoundzonulardialysisorweaknesswithanewendocapsularringdesignedforscleral?xation.???????????????????????24:1299-1306,19984)德田芳浩:亜脱臼IOLの前房内リサイクル.あたらしい眼科16:491-492,19995)HaraT,HaraT,YamadaY:Equatorringformainte-nanceofthecompletelycircularcontourofthecapsularbagequatoraftercataractremoval.???????????????22:358-359,1991(36)図19後発白内障予防リングa:シリコーン製クローズリングの全景:IOLのハプティクスはリングの溝に挿入できる.b:水晶体?内での断面図:断面がカタカナのコの字になっている.IOLab

屈折矯正手術としての白内障手術

2006年4月30日 日曜日

———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLS屈折矯正手術として成立する命運を握っていると言ってよい.また単焦点レンズにおける屈折矯正では当然ながら遠方もしくは近方のどちらかを選択することになり,その結果として遠近のどちらか一方は,裸眼での視力向上はあきらめざるをえない.すでに老視年齢である高齢者では術前から老視用眼鏡の使用経験があり,術前のinformedconsentでこのことに対する十分な確認を得ておけば大きな問題は生じないが,老視用眼鏡の使用経験のない若年患者の場合は,術後のqualityoflife(QOL)を考えるうえで重大な問題になる.それらの理由から,優れた多焦点眼内レンズは白内障手術が屈折矯正手術として発展するうえでの必要条件として待ち望まれてきた.白内障手術が屈折矯正手術として成り立つためには,かなり正確な眼内レンズ度数算定と優秀な多焦点眼内レンズが不可欠である.III白内障治療とrefractivelensexchangeの違い最近になって登場してきた多焦点眼内レンズは好成績も報告されはじめており,白内障手術の屈折矯正手術としての可能性をさらに広げるものとして期待されている.しかし,白内障治療の一環として多焦点眼内レンズを用いることと,屈折矯正手術として混濁のない水晶体を摘出して多焦点眼内レンズを挿入すること(refrac-tivelensexchange)とでは,かなり意味合いが異なる.筆者は白内障治療とrefractivelensexchangeとでは,I白内障手術の屈折矯正手術的側面白内障手術は水晶体混濁に伴う視機能障害を改善する目的で行われる.通常の白内障手術は,水晶体という光路に存在する凸レンズを摘出除去し,眼内レンズをその代替として挿入する手術である.それ故に,眼球全体の屈折に与える影響は非常に大きい.非常にダイナミックに屈折状態を変更できる手術と言ってよい.単焦点眼内レンズを用いても,近視や遠視の減弱を行うことができるので,レンズ度数の選定を患者の希望に合わせることにより,屈折矯正的なメリットをもたらすことは可能である.たとえば,近視用コンタクトレンズ使用者は近視を減弱することによってコンタクトレンズの使用から解放される.また遠方と近方の双方に眼鏡を使用していた遠視・老視患者は,眼内レンズ挿入によって正視になれば裸眼視力の向上と,近見のみの眼鏡使用で済むようになる.このように白内障手術は眼内レンズを使用するようになった時点で,屈折矯正手術としての意味合いを深めてきたと考えられる.II屈折矯正手術になるための条件先にも述べたように,現在の白内障手術は水晶体の摘出に伴い眼内レンズを挿入する.挿入する眼内レンズ度数は術前に計算され,その算定に見合った眼内レンズが患者の無水晶体状態の矯正に用いられる.したがって,この術前の眼内レンズ度数計算の正確さは白内障手術が(25)???*KotaroOhki:大木眼科〔別刷請求先〕大木孝太郎:〒171-0014東京都豊島区池袋2-17-1大木眼科特集●白内障手術アップデート2006あたらしい眼科23(4):447~451,2006屈折矯正手術としての白内障手術???????????????????????????大木孝太郎*———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006多焦点眼内レンズの評価基準も同様にはならないと考えている.術前矯正視力の良好なrefractivelensexchangeでは遠方,近方視力のみならず,中間距離視力やコントラスト感度,また術後のハロー・グレア症状などの評価について,混濁した水晶体のために術前視力の低下した白内障患者よりも厳しく求められことは当然である.逆に術前視力の低下している白内障治療という観点から考えれば,遠近双方の裸眼視力の向上が得られたときの患者の満足度は単焦点眼内レンズの場合に比べさらに高いものになる.白内障治療における多焦点眼内レンズとrefractivelensexchangeにおける多焦点眼内レンズの位置づけを同等と考えることはできないと思う.IV屈折型と回折型の特徴多焦点眼内レンズには屈折型と回折型に分けられる.表1にその概略を示す.屈折型は文字通り1枚の眼内レンズ内に屈折力の違う領域を作製し,遠方・中間距離・近方それぞれの視力矯正を目指している.問題点として瞳孔径との関係が重要視されており,小瞳孔眼では眼内レンズの周辺部の度数は使用できないため多焦点レンズとして機能できない.一方,回折型は眼内レンズ表面を特殊な形状とし,光の回折を利用して遠近それぞれの焦点を作製するものである.多焦点というよりは二重焦点であり,中間距離での視力が出にくいことが若干問題となる.最近の多焦点眼内レンズはすべてfoldableIOLとなり,小切開手術に対応していることは言うまでもない.1.屈折型多焦点レンズ図1は代表的屈折型多焦点眼内レンズReZoom(AMO社)(図2)の構造を示している.図からわかるように,屈折型多焦点レンズの光学部では同心円状に遠方用と近方用の屈折力の異なった領域が交互にくり返されている.長所としては,単焦点と同様の遠方視力が担保されていること,コントラスト感度の低下が起こりにくいこ(26)表1屈折型と回折型多焦点レンズの比較屈折型回折型レンズArray,ReZoomTecnisMultifocal,ReSTOR特徴・遠用ゾーンと近用ゾーン組み合わせ機構による結像・ゾーン移行部にて中間視力のための光が配分される・レンズ表面の回折機構により,遠用および近用の2点に光を配分する効果・単焦点レンズと同様の遠方視が期待される・全距離における視力が期待できる・瞳孔径に関係なく,良好な遠近視力が期待できる課題・瞳孔径の影響が大きい・ハローおよびグレアの発現・中間距離の視力・コントラスト感度の低下屈折型は瞳孔径の影響が懸念され回折型は中間距離視力が出にくい.Distance-DominantZoneDistance-DominantZoneNear-DominantZoneNear-DominantZoneDistance-DominantZoneDistance-DominantZoneNear-DominantZoneNear-DominantZoneDistance-DominantZone図1屈折型多焦点レンズReZoomの屈折度数配分遠近の度数が同心円状にくり返される.図2屈折型多焦点レンズReZoomレンズの大きさなどは通常の単焦点レンズと同じであり,特殊な挿入手技は必要ない.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006???とがあげられるが,短所としては,構造からも推察されるように,瞳孔径と眼内レンズの中心固定に左右されることである.小瞳孔では光学部周辺に局在する度数部分は使用できない.度数ゾーンの移行部を工夫し,夜間のハロー・グレア現象の軽減を目指している.2.回折型多焦点レンズ図3はTecnisMultifocal(AMO社),ReSTOR(Alcon社)で両者とも回折型多焦点眼内レンズである.回折型多焦点レンズは光学部に同心円状の段差を有することが特徴で,光の回折を利用して遠方と近方の2カ所に焦点が合うように作製されている(図4).TecnisMultifocalでは,球面収差を減らす非球面デザインを採用しており,多焦点眼内レンズの問題点であるコントラスト感度の低下と夜間視力の改善を目指している.ReSTORは光学部の中心3.6mmが回折構造で,その周辺は通常の単焦点と同じになっており,瞳孔径が小さい昼間では遠方および近方に焦点が合い,薄暮から夜間にかけての瞳孔径が大きくなる状態では遠方視力への加重が大きくなる特徴がある.構造の特徴からコントラスト感度の低下は否めないが,臨床上に問題になるほどの低下ではないと言われている.中間距離視力への配分は不足するが,遠近双方の優秀な視力は最大の利点である.V手術時の問題点先にも述べたとおり,多焦点眼内レンズはレンズの構造自体が特殊である.したがって,眼内レンズの正しい挿入固定は非常に重要になる.まず前?切開はcontinu-ouscircularcapsulorrhexis(CCC)を確実に行い,術後の眼内レンズの偏位,中心ずれが最小になるような手術を目指すべきである.CCCの大きさとしては眼内レンズ周辺部を確実に覆うことが理想であり,完全?内固定を行う(図5).後発白内障も多焦点眼内レンズには好ましいとは言えず,レンズとしてはいわゆるシャープエッジを有し,後発白内障抑制効果の期待できるものが望ましいと思われる.また眼内レンズを正確に?内に挿入固定しても瞳孔を傷つけ大きく偏位させるようでは,多焦点眼内レンズの効果も期待できない.(27)図3回折型多焦点眼内レンズ左側がTecnisMultifocal,右側がReSTOR.光学部の回折構造が観察される.図4回折型多焦点レンズの集光シミュレーション光の回折現象を利用して遠方と近方の2焦点に集光させている.遠方と近方の鮮明な視力が期待できる.図5挿入直後の回折型多焦点レンズCCCを行い確実に?内固定を行う.術後の偏位が大きいと機能を発揮できない可能性がある.———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006VI眼内レンズ度数計算の重要性白内障手術によって屈折矯正を行う場合,単焦点,多焦点どちらの眼内レンズを使用するにしろ,術前に行う眼内レンズ度数計算は非常に重要である.予想屈折値と術後屈折が大きくずれるようでは,屈折矯正手術の役割は果たせない.最近になって従来までの超音波Aモードに加えて,光干渉法を利用し半導体ダイオードレーザーを使用した光学式眼軸長測定器IOLマスター(Zeiss社)(図6)が使用可能になり,より精度の高い眼軸長測定が行えるようになってきた.接触式である超音波Aモードではプローブの圧迫や角度,測定者の熟練度などにより結果にばらつきがあり,術後屈折誤差の要因の一つとして問題視されてきたが,IOLマスターは非接触型であり操作が簡便で測定時間も短い.また眼軸長だけでなく前房深度,角膜曲率半径を1台の器械で測定でき,眼内レンズ度数の算出とA定数の最適化が可能である.超音波Aモードと比較してIOLマスターの有用性は多く報告されているが,進行した白内障や後?混濁の強い白内障ではIOLマスターでの計測が困難な場合もある.したがって,超音波AモードとIOLマスターの双方を通常から使用し,その結果を比べながらそれぞれのA定数の最適化を行っておくことが非常に重要である.VII米国での取り扱いと日本への導入の問題点現在の米国における新機能眼内レンズの取り扱いはわが国の現状とは大きく異なり,これには驚きを禁じえない.2006年2月現在,米国では眼内レンズ手術についてのある種の新しい償還制度が施行されている.これは米国のCMS(CentersforMedicareandMedicaidSer-vices)が制定した制度であり,現時点では眼科・眼内レンズのみに特化した制度で,NTIOLs(NewTechnolo-gyIOLs)とPatientSharedBilling(混合診療)の二つがすでに運用されている.1.NTIOLs(NewTechnologyIOLs)(表2)眼内レンズの新しい機能につきその有用性・有効性が認定された場合,その特定眼内レンズを使用した指定医療施設に対して加算償還されるという制度である.2006年2月現在ではTecnisMonofocal(AMO社)のみが「ReducedSphericalAberrations(球面収差減少)」というクラスに該当する眼内レンズとして認定を受けており,1眼につき50ドルが追加償還される.米国FDA(FederalDrugAdministration)は眼内レンズでは初めてTecnisMonofocal(AMO社)に対し新規機能による視機能改善効果を認め,これを受けて(28)表2米国における新規機能眼内レンズの取り扱い1.球面収差改善という新しい機能区分を認定2.現時点で,TecnisMonofocal(AMO社)のみ3.このIOL使用で医療施設に50ドル支払われる4.視機能とコントラスト感度向上を認定表3米国における眼内レンズの混合診療1.Presbyopia-CorrectingIOLをクラス制定2.患者の自己負担によりこのクラスのIOLを選択できる3.認定IOLCrystalens(Eyeonics社):825ドルAcrySof?ReSTOR(Alcon社):875ドルReZoom(AMO社):875ドル老視矯正というカテゴリーとして多焦点眼内レンズの混合診療が認められている.図6非接触型眼軸長計測装置レーザー光を利用した眼軸長測定はその精度の高さが報告されている.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006???CMSにて新規クラスを設定したという背景がある.2.PatientSharedBilling(混合診療)(表3)CMSが眼内レンズに適用した制度で,償還価格を超える金額を患者負担とする,わが国における混合診療に似たシステムである.CMSは「Presbyopia-Correcting(老視矯正)眼内レンズ」というカテゴリーを制定しているが,2006年2月現在では3種の眼内レンズが認定され,それぞれ800ドルを超える価格で販売されており,償還価格(150~200ドル)との差額を患者が負担することでこれらの眼内レンズを使用することができる.表3にも示したとおり,3種のうち2種は多焦点眼内レンズであり,多焦点眼内レンズの老視矯正機能が評価されていることがわかる.今後も新たな多焦点眼内レンズが同システムにより混合診療として使用されていく可能性が高い.おわりに以上のような米国での多焦点眼内レンズの取り扱いと値段は,わが国の眼科医療にとって衝撃的である.わが国の現行健康保険システムでは,すべての眼内レンズは同じ取り扱いであり,新機能を有した眼内レンズの特別扱いも混合診療も許されていない.米国での単焦点眼内レンズの値段がおおむね150~200ドルとすると,800ドルを超える多焦点眼内レンズは4~5倍の値段に相当する.このような高額な眼内レンズをわが国の保険システムに組み入れることは何らかのシステム上の変更を行わない限り不可能と考えられる.現在の健康保険点数においては白内障手術の採算性は非常に低く,これ以上コスト高になる高額な多焦点眼内レンズの使用は医療機関にとっては現実問題として厳しいと言わざるをえない.また眼内レンズメーカー側としても,米国で高額で販売している眼内レンズを,わが国で極端な低価格化を行うことは不可能であろう.使用の見込みが立たなければ,そのビジネスとしてのメリットはまったくない.現行のままではメーカー側も,わが国で販売することへの積極性を欠くことにすらなるのではないかと筆者は懸念している.多焦点眼内レンズが患者の術後QOLへ与える影響は相当大きなものと考えられ,その導入が遅延することはわが国の白内障患者にとって大変重大な問題である.現行のままでは今後,同じ時期に白内障手術を受けた日米の患者間で,術後QOLに格差が生じる可能性は否定できない.現在,日本国民がインターネットを含む各種メディアを通じて新しい情報を獲得する速度は非常に速く,優れた多焦点眼内レンズに関する情報も遅からず広まることが想像される.一部の臓器移植希望患者が,わが国を離れ海外で手術を受けていることはすでに広く知られているが,白内障患者についてもそのような事態が起こらないとは断言できないのではなかろうか.筆者は早急な対応が議論されてしかるべきと考えている.文献1)ビッセン宮島弘子:特殊な眼内レンズ.??????19:297-301,20052)清水公也,庄司信行:多焦点眼内レンズ.眼科38:695-702,19963)別当京子,馬嶋慶直,黒部直樹ほか:二焦点眼内レンズ(di?ractiveIOL,refractiveIOL)の臨床成績.臨眼46:1571-1574,19924)佐藤彩,須藤史子,島村恵美子ほか:眼内レンズ度数算出における非接触型眼軸長測定装置(IOLマスターTM)の有用性.あたらしい眼科22:505-509,20055)庄司信行,清水公也:屈折型多焦点眼内レンズと瞳孔径.???8:163-168,19946)岡本周子:非球面眼内レンズ.??????19:271-274,2005(29)

最近の眼内レンズ:非球面眼内レンズについて

2006年4月30日 日曜日

———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLSに述べたい.I眼球光学系の収差の変化と非球面眼内レンズ光が角膜を通過するときには球面収差が生じる.若年正常人ではこの角膜で生じた球面収差を,水晶体の非球面性が補正している(図1a).加齢に伴い,眼球の収差はコマ様収差,球面様収差ともに増加する.そのなかで,加齢に伴うコマ様収差の増加はおもに角膜のコマ様収差の増加が原因で生じ(図2),一方,加齢に伴う眼球の球面様収差の増加は,角膜とは相関せず(図3),おもに水晶体の球面様収差の増加により生じる(図4).この水晶体の球面様収差の増加は,白内障によって生じる水晶体の形状変化により生じ,角膜の収差の補正が不十分になる(図1b).また,白内障手術時に球面眼内レンズはじめにいわゆる後房型の眼内レンズが主流になって,すでに20年が経過しようとしている.その間に白内障手術関連の技術は格段の進歩をとげた.手術方法としては,手術用顕微鏡,超音波乳化吸引術機器,CCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)に代表される術式,粘弾性物質や抗炎症薬などの薬剤が開発,導入された.また,白内障手術後眼の評価も,視診による主観的方法に,スペキュラーマイクロスコープによる角膜内皮細胞数,パキメーターによる角膜厚,フルオロフォトメーターによるバリア機能,レーザーフレアセルメーターによる前房内炎症,角膜形状解析装置による角膜変形,Scheimp-?ugカメラによる後発白内障や眼内レンズの位置の測定など,機器による客観的評価方法が加わり,詳細なる検討ができるようになった.手術効果に関しては,裸眼,矯正視力に,コントラスト感度の測定などが加わり,詳細に検討ができるようになっている.このように,手術方法,客観的術後眼評価法,術後視機能評価法の開発などにより,白内障手術後の水準の高い結果を目指すことが可能となった.最近,新しい眼球光学系の評価方法として,波面収差解析法が加わった.この方法により,収差というヒト眼における机上の概念が臨床的に解析できるようになり,さらにその結果を利用して,収差を減少させる新しいデザインの眼内レンズ,非球面眼内レンズが開発された.本稿では,この収差に着目した眼内レンズの効果を中心(19)???*KazunoriMiyata:宮田眼科病院〔別刷請求先〕宮田和典:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院特集●白内障手術アップデート2006あたらしい眼科23(4):441~445,2006最近の眼内レンズ:非球面眼内レンズについて????????????????????????????????宮田和典*図1加齢と収差の変化a.若年者b.高齢者c.球面IOL挿入眼d.球面収差補正IOL挿入眼———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006が挿入された場合,水晶体による球面収差の補正は白内障を伴った水晶体同様,角膜の収差の補正は不十分で,やはり眼球光学系における収差は若年時に比較して増加している(図1c).そこで若年者の水晶体の収差補正機能を,眼内レンズにもたせたのが非球面眼内レンズである(図5).具体的には,正常人の角膜球面収差と眼球全体の収差を測定し,水晶体のもつ非球面性を算出し,眼内レンズに非球面性をもたせている.メーカーによって,眼内レンズ使用後の眼球全体の収差を若年者の収差としたり,収差が最小になるようにしたり,とねらいは若干異なる.これにより,非球面眼内レンズ眼では,若年眼同様の収差補正が行われる(図1d).II非球面眼内レンズの臨床成績アクリル素材の非球面眼内レンズと従来の球面眼内レンズの臨床成績を比較してみると(宮田眼科病院データ,ZA9003AMOvsAR40eAMO),裸眼視力,矯正視力,コントラスト感度など,従来の術後視機能は同等であった.ZA9003は球面眼内レンズAR40eに非球面性をもたせた眼内レンズであるため,臨床成績に差がないのは肯ける.しかし,従来法では非球面眼内レンズの優位性も得られていない.そこで,他覚的に波面収差解析を行い,術前と術後1カ月を比較すると,角膜が収差の変化の主体のコマ様収差では術前後の変化も,両眼内レンズ間の(20)r=0.347,p<0.00010.70.60.50.40.30.20.101020304050607080角膜コマ様収差(?m)年齢(歳)図2年齢と角膜コマ様収差の相関r=0.168,p=0.05510.40.30.20.101020304050607080角膜球面様収差(?m)年齢(歳)図3年齢と角膜球面様収差の相関r=0.260,p=0.00260.80.70.60.50.40.30.20.10-0.11020304050607080眼球球面様収差(?m)年齢(歳)図4年齢と眼球球面様収差の相関キヤノンスターAQ-310AiシリコーンAMOZ9000シリコーンAMOZA9003アクリル図5各種非球面眼内レンズ———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006???差も認められていない(図6).球面様収差および球面収差は球面眼内レンズ眼では術前後に差は認められていないが,非球面眼内レンズ眼では有意に術後に収差が減少しており,両眼内レンズ間でも有意に非球面眼内レンズ眼の収差が少なかった(図6).その結果,全高次収差で(21)も同様に非球面眼内レンズ眼において有意に収差の減少が認められた(図6).同一症例に挿入された,球面,非球面眼内レンズの収差解析より得られた網膜像のシミュレーションを比較すると,明らかに非球面眼内レンズの像が鮮明である(図7).この有意な全高次収差の減少がもたらす臨床的優位性は,水晶体の非球面性が収差の減少をもたらす瞳孔散大時に生じる.通常の生活では,夜間の運転時のグレアなどの減少効果が期待されるが,通常の臨床検査の明度条件ではその差は検出されにくい.そこで,コントラスト感度を明度条件を変えて測定すると,71.4lux,181.9luxでは差がなかったが,13.9luxという低照度では有意に非球面眼内レンズのほうが良好であった(表1).非球面眼内レンズの問題点ただし,このような優位性が非球面眼内レンズを使用した全症例にみられるわけではない.暗所でのコントラスト感度が球面眼内レンズに比較して,改善される症例と改善されない症例がある.両眼内レンズを使用した同一症例の左右眼を比較してみると,明所時のコントラスト感度には両者に大差ないが,暗所時のコントラスト感度の改善は,瞳孔径の大きな症例にみられることがわかる(図8,9).つまり瞳孔径の小さな症例では眼内レンズの非球面性の長所が出にくい.また,非球面眼内レンズは角膜で生じる収差を打ち消すように設計されているが,その程度は一定であるため角膜の収差が大きすぎる症例では,十分に収差が改善されない可能性もある.長期的に考えると後発白内障が生じたら,もちろんその収差改善効果は減弱することが予想される.であるから,非球面眼内レンズの長所を生かすためには,後発白内障の少ない素材,デザインを選択すべきである.一方,シリコーンとアクリルの球面眼内レンズを比較した筆者らの検討では,今のところどちらの素材もほぼ同等表13種類の明度下のコントラスト感度(縞コントラスト)の比較13.85(lux)71.47(lux)181.9(lux)ZA90031.42±0.161.75±0.191.79±0.22AR40e1.30±0.201.74±0.251.80±0.15*p<0.05(paired?-test).AULCSF*NSNS※※※※※†††††:ZA9003:AR40e1.00.90.80.70.60.50.40.30.20.10コマ様収差術前1カ月球面様収差術前1カ月全高次収差術前1カ月球面収差術前1カ月0.740.670.520.610.520.460.190.420.920.830.560.750.200.210.050.30Mann-Whitney’sUtest※※p<0.01※p<0.05Wilcoxon’stest††p<0.01†p<0.05瞳孔径6mmRMS(μm)図6瞳孔径6mm時の球面眼内レンズと非球面眼内レンズの収差の比較AR40eZA9003図7収差のデータからシミュレーションした網膜像———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006(22)121714810:ZA9003:AR40e2.42.221.81.61.41.21AULCSF瞳孔径(mm)2.42.62.833.23.43.63.844.24.499224558111114141313127663310図8明所の症例別術後瞳孔径とコントラスト感度11138294371512345678961010111414131212AULCSF:ZA9003:AR40e瞳孔径(mm)1.91.81.71.61.51.41.31.21.110.90.83.844.24.44.64.855.25.45.65.866.2図9暗所の症例別術後瞳孔径とコントラスト感度経過期間Density(CCT)統計学的有意差なし0.010.020.030.040.050.0Y1M6M3M1W126.6827.3624.6723.2223.1223.9026.3325.1924.0523.75:シリコーンClariFlex:アクリルMA60BM図10シリコーン眼内レンズとアクリル眼内レンズの後?混濁の比較経過期間AreaofCCC(mm2)0.05.010.020.015.025.030.0Y1M6M3M1D2W122.9222.2921.65※††††††††††††††††††††※※※※※※21.8220.8721.3721.8119.0018.3518.7520.7621.08Mean-Whitney’sUtest※※p<0.01※p<0.05Wilcoxon’stest††p<0.01†p<0.05:シリコーンClariFlex:アクリルMA60BM図11シリコーン眼内レンズとアクリル眼内レンズの前?切開面積の比較経過期間収縮率(%)-5.00.05.010.015.020.025.030.0Y1M6M3M1:シリコーンClariFlex:アクリルMA60BMWilcoxon’stest†p<0.05††p<0.01†††††††††3.599.845.6312.5213.7810.345.337.59図12シリコーン眼内レンズとアクリル眼内レンズの前?切開面積収縮率の比較0.80.60.40.20:アクリルZA9003:シリコーンZ9000両群間に有意差なしコマ様収差球面様収差全高次収差球面収差瞳孔径6mmRMS(μm)0.050.020.570.590.200.280.530.52図13非球面シリコーン眼内レンズと非球面アクリル眼内レンズの収差比較———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006???の結果(図10~12)が得られている.現状では素材としては,シリコーンでもアクリルでも大差がないと考えられる.また,短期的なデータではアクリル,シリコーン,両素材の眼内レンズの収差減少効果にも差はない(図13).素材の選択に関しては,これからの長期的データが待たれる.まとめ以上のことを考慮すると,非球面眼内レンズは球面眼内レンズと比較して,安定性は同等で,症例によるが暗所での優位性が認められる.これといった短所はみられないため,これからの眼内レンズの主流になる可能性が高い.(23)コンタクトレンズフィッティングテクニック【著】小玉裕司(小玉眼科医院院長)CLの処方に必要な角膜・涙液・屈折矯正・その他の知識/CLの選択/ハードCLの処方/フルオレセインパターンの判定方法と注意点/レンズデザインと角膜形状/ベベル・エッジのチェック/SCLの処方・種類・選択/CLと定期検査・眼障害/HCLの修正/修正によるHCLの苦情処理-くもり・充血・異物感・視力/SCLの苦情処理-くもり・かすみ・視力低下・異物感・眼痛・流涙・充血/乱視に対するCLの処方/ドライアイ/ラウンドコルネア/カラーCL/治療用SCL/無水晶体眼・乳幼児と小児に対するCLの処方/光彩付きCL・義眼CLの処方/ハード・ソフトタイプバイフォーカルCLの処方/HCLのカスタムメイドの処方/CLと点眼薬/CLとケア用品/●ワンポイントB5判総152頁カラー写真多数収載定価8,400円(本体8,000円+税400円)メディカル葵出版〒113─0033東京都文京区本郷2─39─5片岡ビル5F振替00100─5─69315電話(03)3811─0544■内容目次■この本があれば,明日からのコンタクトレンズ診療は安心して出来る!株式会社

極小切開白内障手術を可能にした器具

2006年4月30日 日曜日

———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLS定できる.その細かな設定ゆえに,以前のパルスモードのようなONとOFFの差を明らかに感じることなく,あたかも連続発振のような感覚でパルスモードの長所を生かすことが可能になった.パルスモードでは,超音波ONのときには,核を破砕し,OFF時には,核を引きつけ,さらにチップを冷却する.SovereignTMのシステムでは,極短時間にONとOFFがくり返されるために,一度一度のON時間が短くまた,毎回OFF時にすぐに冷却されるために,チップは発熱しない.核を破砕するそばから,引きつけるので,核をはじくこともなく核を効率よく保持できるようになった(図2).さらに最近では,このシステムが進歩発展し,超音波を発振させる3段目のペダルの踏み込み具合により,このONとOFF時間の組み合わせを変化させることが可能になった.核が硬く,踏み込みを必要とする場合には,超音波の発振時間を長くするように設定し,踏み込みが浅い位置では,発振時間を短く設定することも可能になり,さらに効率のよい超音波発振が可能となっている.極小切開白内障手術,特にbimanualphacoでは,スリーブをはずした状態で超音波操作を行う.チップ周囲を灌流液は流れるわけであるが,操作中にチップの一部は創口に押し付けられる.したがって,スリーブに囲まれている場合よりもより直接的に創口熱傷を起こしやすい.このリスクは,上記のようなクールフェイコとよばれる進化したパルスモードの開発により回避できるようはじめにここ数年,1~2mmといった切開幅から白内障手術を行う極小切開白内障手術が注目を集めている.切開創を小さくすることは,単に乱視を軽減させるだけでなく,術後眼内炎の発症を抑えられる可能性などさまざまな可能性を秘めている.極小切開白内障手術は,現在大きく分けてbimanualphaco,coaxialphacoの2つの方法がある.ただ,もともと極小切開白内障手術は,bimanualphacoによって開始されたものであり,注目を集め始めたのは,最近になってである1)が,その起源は20年も前に?る.わが国でも,Haraらの先駆的な仕事がこの分野の開発に寄与したものが大きい2).ただ,この手術法は,その当時は普及されるに至らなかったが,最近リバイバルされ,広く注目を集めるようになった.これにはさまざまな技術革新や器具の開発があった.今回はこの点に注目してみたい.I超音波機器の進歩1.パルスモードの進化パルスモードは,従来より超音波効率を高めるものとして存在し,超音波がONになる時間とOFFになる時間が同じに設定されていた.この設定をもっと細かく自在にできるように超音波装置が進歩した.その先駆けであるSovereignTM(図1)のシステムでは,さまざまに超音波がONになる時間とOFFになる時間を細かく設(13)???*DaijiroKurosaka:岩手医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕黒坂大次郎:〒020-8505盛岡市内丸19-1岩手医科大学眼科学講座特集●白内障手術アップデート2006あたらしい眼科23(4):435~439,2006極小切開白内障手術を可能にした器具??????????????????????????????-?????????????????????????黒坂大次郎*———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006になった.現在各社の最新の機器では,似たような類似のシステムが搭載されていることが多い.2.前房の安定性の向上Bimanualphacoにせよcoaxialphacoにせよ極小切開白内障手術と従来の超音波白内障手術との操作性・安全性の違いは,極小切開白内障手術での灌流量が少ないということである.少ない灌流量で従来と同じ設定で手術を行うと,前房の安定性が低下してしまう.したがって,安定性を維持するために,灌流量を確保するか,設定を下げる必要が出てくる.灌流量の確保のためには,灌流ボトルを上げていけば,単位時間当たりの灌流量は確保でき前房は安定するようになるが,眼内での灌流液の流れが強くなり,核片が舞いやすくなり角膜内皮障害が懸念されるなどのマイナス面も出てきてしまう.一方,吸引流量や吸引圧を落とすと,前房の安定性は向上するが,操作性に欠ける印象をもってしまう.前房内圧をセンサーで検出しコンピュータ制御によりサージを起こりにくくしたり,あるいは,吸引流量を落としても設定の圧まではポンプを高速に回して吸引の立ち上がりをよくする機能などを最新のマシンは装備しており,これにより設定を変えても従来とほとんど遜色なく手術操作が可能になり,しかも多少の低灌流であっても前房(14)図1SovereignTM(AMO社)パルスモードの劇的な向上(whitestar)をもたらし,bimanualphaco時の創口熱傷のリスクが回避できるようになった.現在は,variablewhitestarになり,この秋にもさらにバージョンアップが予定されている.図3In?nityTM(Alcon社)センサー系やPC系,チューブ系が劇的に向上し,PEAの安定性が大幅に向上している.吸引の立ち上がりをコントロールでき,ベンチュリーポンプ式よりも早く立ち上げることも可能である.図2SovereignTM─パルスモード(whitestar)の実際通常の超音波では,ON,OFFが50%ずつであったが,whitestarでは,ON,OFFの1回当たりの時間を大幅に短くし,ON,OFFの割合も変化させられるようになった.WHITESTAR10modeWHITESTAROFFTime50%OFFTime50%ONTime50%ONTime50%ONTime50%ONTime100%従来型SHORTPULSE連続発振———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006???の安定性を維持できるようになった(図3).IIBimanualphacoに必要な器具1.灌流付きフックBimanualphacoでは,灌流と超音波チップを分離するため,フック側に灌流の機能が付帯することが必須となる.灌流量が不十分だと操作中の前房が不安定になりさまざまな問題につながる.現在の灌流付きフックは,改良が加えられほぼ安定した操作が可能となっている.灌流付きフックは,フックの形状と灌流孔の位置により分類することが可能である.フックの形状は,分割君?タイプの先端が平べったいもの(図4)と,チョッパータイプのものに分けられる.灌流孔については,種々のものが発売されている.基本は,フロントオープンタイプであるが,これにも,灌流孔が1つのもの,左右2つのものなどが存在する.Bimanualphacoでは,フックの向きや位置を変えることにより眼内での灌流の流れを変化させることが可能である.たとえば,核片を水流に乗せて引き寄せたりすることも可能になる.また,灌流孔を後?側に向け,超音波チップより後?側へおくと,灌流孔からの灌流により後?を硝子体側へ押しやることが可能になる.後?破損を予防する機能をもたせることになるが,わざわざフックを後?側へ向けなくとも,灌流が後?へ向かうように,灌流孔を下向きにつけているフックもある(図5).2.創口拡大用ナイフBimanualphacoでは,1.2~1.4mm程度の切開創からの手術となるが,現状ではこの切開創から挿入できる眼内レンズはごく一部のものに限られている.したがって創口を2mm程度まで拡張することが必要となるが,1.2mmの創口に沿って確実にナイフを挿入するのは意外とむずかしく,創口拡大用ナイフが考案された(図6).このナイフを使うと容易に創口を広げることが可能になる.3.レキシス鑷子などの鑷子類Bimanualphacoの創口は,1.2~1.4mmと小さいため,従来のレキシス鑷子などを使用することがむずかしくなる.通常の鑷子タイプのものでは,先端を広げることができないし,たとえクロスアクションのものでも,創口に引っかかり挿入できない.サイドポートからの使用が可能な,硝子体鑷子タイプのものが必要となる(図7).(15)図4MST社Duet─常岡式灌流フックの先端フロントオープニングで灌流量を確保している.図5DK社鍋島氏分割フックタイプイリゲーションチョッパー下方に灌流孔があり,後?を押し下げる(下方から見たところ).図7池田氏式レキシス鑷子サイドポートから挿入が可能で,前?片のコントロールがしやすい.図6フェザー社創口拡大用ナイフ先端にガイド部分がついており,このガイド部分を創に滑らせることにより,創が二重に切開されてしまうことを防ぐ.———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006(16)IIICoaxialphacoに必要な器具スリーブとチップ極小切開で行うcoaxialphacoでは,現在1.9mmないしは2.2mm程度の切開創から手術操作が可能なものが発売されている.Alcon社のシステムは,ウルトラスリーブとナノスリーブの2種類が用意されている.このシステムは,スリーブを細く薄くし,外径を小さくしても内径をある程度確保できるようにしたこと(図8,9),チップの長年の改良により,フレアータイプのチップが開発されたこと(図10)が大きい.チップ径を細くすれば,灌流量を確保できるわけであるが,それでは超音波操作の効率が悪くなってしまう.そこで灌流が通過する創口の部分のチップ径を細くし,先端は太くしたフレアータイプのチップが用いられる.一方,AMO社のシステムは,従来から存在したラミナーフローチップ用スリーブ(図11)を用いる.このチップの外径が,Alcon社のナノスリーブとほぼ同じだったことより2.2mm程度の創口からの操作が可能になる.チップも従来のものと同じものを使用する.ただ,灌流液が通る断面積は,Alcon社のものより小さくなり,ナノスリーブでの1.9mmよりも少し広めの2.2mm程度の創口から手術を行っている術者が多い.IV眼内レンズ1.極小切開白内障手術用眼内レンズThinOptix社の眼内レンズ(図12)が,極小切開白内障用眼内レンズとして海外では市販されている(日本では認可されていない).この眼内レンズは専用のインジェクターを用いて,眼内レンズを紙巻タバコのようにロールさせて筒状にして眼内へ挿入する.2.通常の眼内レンズ現在一般に市販されている眼内レンズは,いずれも2.7mm程度以上の切開創からの挿入を前提としている.しかしながら,ちょっとした工夫を加えることにより,2mm前後の切開創からの挿入が可能になるレンズも存在する(図13a).ぎりぎりの切開幅から眼内レンズを挿入するため,鑷子で保持する入れ方では,鑷子を挿入す図90.9mmチップ用ナノスリーブ(Alcon社)1.9mmの切開から操作が可能である.図101.1mmマイクロフレアーABSチップKelmanタイプ(Alcon社)先端に比べ中ほどの部分が細くなっている.創口には,この細くなった部分が通過し,スリーブとの間のスペースを灌流液が流れる.図81.1mmチップ用ウルトラスリーブ(Alcon社)2.2mmの切開から操作が可能である.図11AMO社ラミナーフローフェイコチップと20ゲージ用スリーブ2.2mmの切開に対応できる.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006???(17)る分の切開創が必要となり極小切開創からの挿入はむずかしい.したがって,インジェクターを利用しての挿入が原則となる(図13b).さらに,カートリッジ全体を切開創に挿入すると,カートリッジ分の厚み分切開幅を取られてしまうので,カートリッジは先端を創口にかませる感じで押し付けて眼内レンズを挿入することが多い3).おわりに以上極小切開白内障手術を可能にしたおもな器具・機械を紹介した.この分野は,さまざまな器具が現在も開発されており,特に眼内レンズの挿入がさらに小さな切開に対応すれば,それを追い越すようにもっと小さな切開からの手術が追及されていくことと思う.今後は眼内レンズにもさまざまな付加価値が求められるので,それらの価値を高めるためにも,この手術は発展し,新たな器具が開発されていくものと思われる.文献1)常岡寛:極小切開白内障手術.??????18:372-378,20042)HaraT,HaraT:Clinicalresultsofendocapsularphaco-emulsi?cationandcompletein-the-bagintraocularlens?xation.???????????????????????13:279-286,19873)常岡寛:2mm切開時代のIOL挿入.眼科手術18:481-487,2005図13aAlcon社SA60AT(光学部径6.0mm)アクリル素材で支持部も作られているため,変形に強く強角膜切開では1.9mm程度の切開から挿入が可能である.図12ThinOptix社の眼内レンズ(ThinOptix社ホームページより)図13bインジェクター挿入に際しては,MonarchIICカートリッジ〔SA30AT(光学部5.5mm)用に開発されたもの〕を用いる.

前嚢切開の適切な大きさと作製法

2006年4月30日 日曜日

———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLS光学部からはずれてしまう.つまり大きさだけでなく,位置と形も重要である.I前?切開の適切な大きさContinuouscurvilinearcapsulorrhexis(CCC)の形と大きさは,正円で偏心がなく眼内レンズ(IOL)光学部よりもやや小さいのがベストである(図1).したがって光学部径6.0または5.5mmのIOLを挿入する場合,5.0mm前後の直径のCCCが望ましい.そのおもな理由は,術後の前?収縮および後発白内障が少ないことである(表1).大きさが適切でも中心からずれて偏位している場合は,一部が光学部からはずれるためにその部位では前?切開縁が直接後?に癒着して,光学部エッジによる後発白内障抑制効果が得られない.このためその部分から中心に向かって後発白内障が進行してしまう.形が円形から大きく歪んでいる場合は,同様に一部が(3)???*ToshiyukiNagamoto:杏林アイセンター〔別刷請求先〕永本敏之:〒181-8611三鷹市新川6-20-2杏林アイセンター特集●白内障手術アップデート2006あたらしい眼科23(4):425~433,2006前?切開の適切な大きさと作製法?????????????????????????????????????????????????????????????????????永本敏之*表1CCCの大きさ小さなCCC(直径3.0~4.5mm)適切なCCC(直径4.5~5.5mm)大きなCCC(直径5.5~7.0mm)作製易中難(流れやすい)術中CBS(ハイドロ)核が大きく,BSS過量注入で発生ヒーロンV?過量,核大,BSS過量で発生極まれ核処理・I/A難中易IOL挿入難易中IOL安定性良好良好不良前?収縮高頻度中まれ後発白内障高頻度まれ高頻度CBS:capsularblocksyndrome.CCC図1理想的なCCCの大きさと形IOLの光学部よりもやや小さい大きさで,形は正円であり,中心に位置しているCCCが理想的である.———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006II基本的な前?切開作製法1.予定切開線を頭の中で描く(図2-①)CCCを開始する前にどれくらいの大きさにすべきかを考え,前?上の予定切開線を頭の中に描く.その際に角膜の横径が約12mm(半径6mm)であることを目安にすればどれくらいの位置に切開線がくれば直径5mm(半径2.5mm)のCCCとなるかがわかる.この予定切開線の軌道上に実際のCCCを作るのであるが,軌道上から少しでもずれたらCCCの方向を軌道修正するべく力のベクトルを変えることが重要である.2.逆「の」の字のごとく切る(図2-①)まず前?の中心から切開を始め,逆さ「の」の字を描くようにして切る.前?の中心に針を突き刺してから,直線的に切っていくが,意図した半径の半分まで進んだら,チストトームを少し深く刺し,前?を引っ掛けたまま逆V字を描くように針を動かす.そうすると切開線は逆「し」の字のように切れて円周方向に変わり,意図した切開軌道上に近いところにくる.この時点で,切れた前?を針で引っ掛けて翻転する(図2-②).つぎに翻転した前?を針先で引っ掛けて引っ張り,前?を引き裂いていく(図2-③~⑤).この際,前?上を滑らせるように動かして切り裂いていくことが重要である.最後に予定切開軌道上で切開線をつなぎCCCを完成させる(図2-⑥).III上手に作製するためのポイント1.徹照の重要性CCCの最中はずっと徹照を保つように眼位を保持する必要がある.そうすれば切開線が見やすいだけでなく,CCCの位置と形状を正しく把握できる.CCCの最中に眼位がずれてしまう原因は,ほとんどがチストトームの動かし方が悪く,サイドポートに負荷を掛けてチストトームが眼を動かしてしまっているためである.CCCの間中チストトームの位置と方向を常に微調整し,眼位を保つようにウェットラボで十分練習する必要がある.2.翻転と非翻転(図3)前?を翻転して引き裂く場合,原則として力のベクトルと切開線の方向は一致するが,実際は多少外側に流れるため多少内側に力を掛ける.つまり掛けるべき力のベ(4)①②③④⑤⑥図2CCCの作製過程①切る前に予定切開線の軌道を頭の中に描く.②中心から切開を開始し,円周の軌道に乗ったら前?フラップを翻転する.③~⑤翻転したフラップを引っ張り,円形に引き裂いていく.⑥最後に切開線をつなげて完成.①②図3翻転と非翻転の場合の力のベクトルと切開線の方向①前?を翻転:原則として力のベクトル(青矢印)と切開線の方向(赤矢印)は一致する.実際は多少外側に流れる(赤破線).そのため多少内側に力の向きを変えなければならない(青破線).②前?を翻転しない:原則として力のベクトル(青矢印)と切開線の方向(赤矢印)が直角の関係となる.実際は多少外側に流れる(赤破線).そのため多少内側に力の向きを変えなければならない(青破線).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006???クトルの方向は,翻転の場合は基本的には作りたいCCCの形状に沿っていくが,実際は外側に流れようとする傾向に対抗して引き裂きたい方向よりもやや内側に向けながら引き裂いていく.前?を翻転しないで引き裂く場合は,原則として力のベクトルと切開線の方向が直角の関係となるが,実際は多少外側に流れるため多少内側に力を掛ける.つまり非翻転の場合も垂直よりもやや内側に力を掛けて引き裂いていく.どれくらい内側にするかは,流れやすさに依存するため,その場の流れ方に応じて対処しなければならない.そのためには予定切開線を頭の中であらかじめ描いておき,予定切開線に沿って切れていくように常に力の方向を修正しながら行う.3.前?切開の流れやすさ(表2)CCCが外側に流れる傾向に影響する因子は,水晶体の膨潤度,年齢,CCCの大きさ,粘弾性物質の種類と注入量,硝子体圧と前房内圧,チストトームまたは鑷子から加えられる力,CCCの進行局面などである.影響が最も大きい因子は,水晶体の膨潤度と年齢である.膨潤していると水晶体?内圧が上昇しており,流れやすくなる(図4).さらに膨潤していると切開に伴って水晶体内容が前房内に突出してくるため,切開線は周辺部へ流れる.膨潤度が非常に強い場合は,前?の中心に切開を加えただけで,あっという間に赤道部まで切開が流れてしまうこともある.年齢は,若年であればあるほど流れやすくなるが,2歳以下の乳幼児では特に流れやすい.このような非常に流れやすい症例では針によるCCCではコントロールがむずかしく,鑷子によるCCCを行う必要がある.その際は翻転にこだわらずに切開線の伸びる方向に応じて力のベクトルを臨機応変に変えていく必要がある.このため膨潤の強い場合や乳児の場合には,熟練者でないと予定どおりのCCCを完成させることは非常にむずかしい.CCCの大きさの影響は,直径が大きいほど切開線は外側に流れやすくなる(図5).このため直径6mmを超えるような大きなCCCをきれいに作ることはむずかし(5)表2CCCの流れやすさに影響する因子因子CCCの流れ水晶体の膨潤度膨潤しているほど流れる年齢若いほど流れるCCCの大きさ大きいほど流れる粘弾性物質の種類低分子量凝集型>高分子量凝集型>ビスコート?>ヒーロンV?の順に流れやすい粘弾性物質注入量少なすぎても入れすぎても流れる硝子体圧前房内圧相対的に高すぎても低すぎても流れる特に粘弾性物質流失に伴う前房内圧の急激な低下で流れるチストトーム・鑷子水晶体を押したり,前?を引っ張り上げると流れるCCCの進行局面半周手前から3/4周までが流れやすい図4水晶体内圧とCCCの流れ水晶体?内圧が高い(左黒矢印)と周辺へ向かう力のベクトル(赤矢印)が増大し,CCCは流れやすくなる.図5CCCの大きさと流れCCCが大きいと切開線の位置はより周辺部になるが,周辺に行けば行くほど水平方向の水晶体?内圧(赤矢印)が大きくなり,CCCは流れやすくなる.———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006い.また周辺部に行けば行くほど流れやすくなるため,一旦CCCが流れ出すとどんどん流れてしまう.したがって膨潤白内障や小児のようにCCCが流れやすい要因が強い症例では最初は小さなCCCを作製し,水晶体内容物をある程度除去してから適切な大きさのCCCを作り直すtwostepCCC(ダブルCCC)を行ったほうが安全である(図6).粘弾性物質のCCCへの影響は,粘弾性物質の種類と注入量の両方が影響する.CCCを行う前に通常粘弾性物質で前房を全置換するが,全置換した場合の種類による流れやすさの違いは,低分子量凝集型>高分子量凝集型>ビスコート?>ヒーロンV?の順に流れやすい.注入量としては,多く入れすぎても,少なすぎてもCCCは流れやすくなってしまう.少なすぎる場合は,正常よりも眼圧が低く,前房が浅い状態になる.前房が浅いだけでもCCCはやりにくくなるが,この場合水晶体が前方に移動することによって前房が浅くなっているので,Zinn小帯から前?にかかる周辺部方向への力が増大している.さらに相対的に水晶体?内圧が上昇している.このためにCCCが流れやすくなってしまう.逆に粘弾性物質を入れすぎてしまっている場合は,正常よりも眼圧が高く,前房が深くなっている.この場合水晶体が後方に移動することで前房が深くなっており,Zinn小帯から前?にかかる力は緩んでいるので問題ないが,この状態で前房側の圧力が突然低下すると,相対的に水晶体?内圧が上がり,水晶体の内容物が前?切開部から前房内に飛び出すような動きとなり,切開線を外側に流す力となる.実際上は,粘弾性物質を入れすぎた状態でチストトームや前?鑷子でサイドポートや切開創に負荷を掛けると,粘弾性物質が勢いよく眼外に漏出し,急激に前房内圧が低下する.つまりその瞬間にCCCが外に流れてしまう(図7).このため粘弾性物質の入れすぎも好ましくない.房水と粘弾性物質を完全に置換できずに一部に房水が残った状態でCCCを行うと,房水が残っている部分にチストトームが達した時点で房水が眼外に漏出し,前房内圧が低下し,CCCが流れるため,完全置換も重要である.したがってCCC前の粘弾性物質の注入としては,術前と同じ程度の前房深度,正常眼圧になるように粘弾性物質で房水を完全置換することが重要である.またCCCが流れやすい症例ではヒーロンV?の使用を検討すべきである.さらに浅前房症例で過量注入によって前房を深くしている場合は,チストトームでサイドポートや切開創を押さないように細心の注意を払うとともに,漏出しにくい性質をもつヒーロンV?を使用したほうが(6)①②図6TwostepCCC(ダブルCCC)①まず通常の方法で小さなCCCを作製する(青線).②水晶体内容をある程度除去して,水晶体内圧を下げてから,適切な大きさのCCCを作製する.まず前?剪刀で切開(青矢印)を入れ,前?鑷子で切開線を延長する(赤矢印).①②③図7粘弾性物質漏出でCCCが流れる①前房全置換をした場合に粘弾性物質を入れすぎると,急激な粘弾性物質漏出が起こりやすい.②粘弾性物質が漏出すると(青矢印)前房が浅くなり水晶体は前方移動し(黒矢印),Zinn小帯から前?に強い張力がかかる(赤矢印).③さらに水晶体内容物が前?切開から前房に突出し(青矢印),CCCが流れる(赤矢印).———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006???有利である.CCC作製中の局面として流れやすいのは最初と半周前後である.CCCの開始点は通常前?中央であるが,直線的に周辺部に向かってから急激に切開線の方向を変えて円周方向にしなければならない.この急激な方向転換が上手くいかないと周辺部にそのまま流れてしまう.最初のポイントを乗り越えて,1/4周を過ぎ,半周に近づくとそれまでコンパスのごとく作用していたフラップの折れ返り線が中心の固定点を失い始めるため,切開線が周辺部に流れやすくなる(図8).ただし,3/4周を過ぎた頃になると前?を押し上げていた水晶体内容物による圧が開放されるため,周辺部に流れる傾向は多少弱まる.4.針と鑷子「針かそれとも鑷子でするべきか?」というのは,むずかしい問題である.鑷子のほうが安上がりで,CCCの基本的な原理を学びやすいので,まず針によるCCCをマスターすべきであると思われる.しかし,流れたCCCを修正するには鑷子のほうが有利であるし,高度の膨潤白内障や小児などの特殊例では鑷子によるCCCが絶対的に必要な場合もあるので,鑷子によるCCCもマスターすべきである.通常例でのCCCでは慣れているほうを使うべきであると思われる.IV針(チストトーム)によるCCC作製の実際(表3)1.27または25ゲージ針を曲げる(図9)チストトームは製品化されているものもあるが,通常はディスポ針を自分で曲げて使用する.針は27または25ゲージ針を使用するが,27ゲージ針のほうが細いため曲げやすく繊細な操作が可能である.曲げ方は,サイドポートから刺入した際に前房内操作がしやすいように曲げるということが基本である.通常は持針器の先端を使って曲げるが,筆者は針の途中が前?に触れないように図9のように2段に曲げている.針先を曲げる際に先端をつぶしてしまうと切れなくなるので,気をつけよう.針の中腹の曲げ方は,持針器の根元を使って先端から約10mmのところを45~70?曲げる.持針器の先端を使うと持針器の噛み合わせが不良となり,使い物にならなくなってしまうので気をつけよう.2.チストトームはサイドポートからチストトームを切開創から挿入するといろいろ問題が起きやすい.瞼裂が狭く眼球陥凹気味の場合は,チストトーム挿入で眼球が下転してしまい,徹照が得られなくなりやすい.さらに切開創はサイドポートより広いためチストトームで持ち上げたり押し下げたりすると簡単に粘弾性物質が流出し,前房が浅くなってしまう.このためチストトームはサイドポートから刺入したほうがよい.(7)①②③図8半周手前からのCCCの流れ①半周以前は切開開始点(黒丸)を中心とし,折れ返り線を半径としたコンパスのようにCCCができる.②しかし半周付近からコンパスの中心が前?中央からずれてしまう(白点,白矢印).このため折れ返り線の方向がずれ,CCCが流れてしまう(青矢印).③これを防ぐにはコンパスの中心と前?中心がずれないように折れ返り線の方向を常にコントロールする.約10mm45~70°20~30°図9チストトームの曲げ方———————————————————————-Page6???あたらしい眼科Vol.23,No.4,20063.サイドポートを支点にして点対称チストトームをサイドポートから前房内に刺入した後,サイドポートを支点として点対称に動かす(図10).つまり針先を左に動かしたければ手元は右に動かし,針先を下に動かしたければ手元は上に動かし,眼球の位置が変わらないように,常に徹照状態を保つように,角膜に皺ができないように操作しなければならない.平面的な点対称ではなく,三次元的に上下方向にも点対称であることに気をつけよう.前?上を滑らせて手前から奥に行くためには,上下方向の角度を徐々に変えていかなければということも認識していなければならない(図10).針に限らず,すべての前房内操作は挿入部を支点として点対称に動かさなければならず,このことは白内障手術上達の最重要ポイントの一つであり,ウェットラボで徹底的に練習する必要がある.4.第1局面は前?フラップ作製・翻転(図11)前?の中心に針を突き刺してから,直線的に切っていくが,意図した半径の半分まで進んだら,チストトームを少し深く刺し,前?を引っ掛けたまま逆V字を描くように針を動かす.そうすると図11に示したように,前?は逆「し」の字のように切れて円周方向に切開線の方向が変わるだけでなく,意図した切開軌道上に近いところにくる.つぎの操作は,切れた前?を針で引っ掛けて翻転することである.フラップ作製から翻転まで一連の動作として行うことが望ましい.その後小休止してつぎの動作に移る.このときの手元の操作はかなり複雑であり,失敗してCCCを周辺部に流してしまいやすい局面の一つであり,ウェットラボでよく習得しておく必要がある.5.最初の直線切開の方向は9時前後この最初の直線切開を何時の方向に行うかは,術者によってかなりばらばらであるが,筆者は9時前後の方向に行っている.これは,CCCが流れて赤道部まで達してしまい引き戻すことができなくなった際に行う逆方向CCCをやりやすくするためである.この逆方向CCCの開始点はチストトームで作製するよりも前?剪刀で作製するほうが容易かつ正確であるため,12時の切開創または右手のサイドポートから挿入したやや曲の剪刀でCCCの予定軌道上に切開を加えやすいのは8時~10時の直線切開であり,これに備えて9時方向前後でCCCの最初の直線切開を行っている.6.翻転した前?を針先で引っ掛けて前?上を滑るように動かし,前?を引き裂く翻転した前?を針先で引っ掛けて引っ張り,前?を引き裂いていく.この際,下の前?に負荷を掛けることなく,翻転した前?フラップを持ち上げることなく,前?上を滑らせるように針を動かして切り裂いていくことが(8)図10点対称の動き針先と手元の動きは逆で(赤矢印),針先より手元の動きが大きい.①②図11CCCの開始針を逆V字(黒矢印)に動かすと,CCCは丸く伸びる.予定円周上まできたら翻転する.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006???重要である.水晶体を押したり,フラップを持ち上げたりすると切開線は外側に流れるので,常に前?上を滑らせるようにして進める.逆に前?切開をもっと大きくしたいときは,水晶体を少し押すかフラップを少し持ち上げればよい.上手くなってきたら,一度引っ掛けたらできるだけ長く引き裂いていき,引っ掛け直す回数を減らすようにする.フラップの角近くを引っ掛けると直接的に力を掛けやすいが,押したり持ち上げたりした場合の影響も出やすい(図12).引っ掛かりにくい場合は,フラップの角から少し離れた部位を引っ掛ける.その場合は水晶体を多少押してもCCCは流れないので,少し強い力をフラップに掛けることができる.針先の方向を進行方向に変えてみるのも一つの方法である.7.第2局面は最初の1/4周(図2-②~③)最初にフラップを翻転した段階ではまだ予定軌道上に乗っていないことが多いが,この1/4周の間に意図した切開軌道上に実際の切開線を乗せる.9時方向から12時方向にCCCを延長するためには,手元を7時方向に動かし針先を11時,12時,1時と動かさなければならず(図10),これに備えてまず針の根元(手元)を7時方向にずらす.水晶体?前面に沿って針先を動かすためには徐々に針の角度を下げていく必要があり(図10),そのためには手元も下げていかなければならないことに注意する.8.第3局面は半周まで(図2-③~④)第1,2局面よりはやりやすいが,第3局面でも手元で針の角度と方向を三次元的にどんどん変えていかなければならないので,水晶体の表面をなでるように針先を動かすことをしっかり意識し,針で突き刺さないように注意.半周の地点が近づいてくるとCCCが流れ出すことにも注意.9.第4局面は残り半周(図2-④~⑥)第4局面は残りの半周であるが,CCCが外側に流れやすい.特に3/4周までが流れやすい.力のベクトルの方向に注意して流れる程度に応じて中心方向への力を加えながら引き裂いていくことが重要.予定軌道上を少しでも外れだしたら力のベクトルを少し内側に変える.その際に上手に引き裂いていくために守らなければならない要点は,①余剰の前?フラップは中心側に集めておくこと,②翻転したフラップは,常にフラップの折れ返り線が中心に向かうように力のベクトルを調整すること,③切開線近くの三角フラップが常に30?以上はきれいに伸展している状態を保つことである(図2-④~⑥).針の動かし方は,図13のように引き裂き動作に引き続いて余剰フラップを引っ掛けて小円を描くように動かし,余剰フラップが中心にくるように整理すると,折れ返り線の方向修正,フラップの伸展も同時にできる.10.第5局面は最後のつなぎ(図2-⑥)最後のつなぎの場面でも手元の針の角度と方向をかなり急激に変化させる必要があり難所の一つ.さらに翻転したフラップを引っ掛けるのが非常にむずかしくなる.このため,針先が水晶体皮質に食い込むようにフラップを押し付けて水晶体の中心方向に引っ張って切らなければならないことも多い.(9)図12針を引っ掛ける位置①フラップの角付近で引っ掛けると少し押しただけでCCCが流れる.②角から離れていれば流れない.①②①②図13余剰フラップの整理①引き裂く動作に引き続いて余剰フラップを引っ掛け,黒矢印のごとく動かし,中心に集めるように整理すると,折れ返り線の方向修正,フラップの伸展も同時にでき②のようになる.———————————————————————-Page8???あたらしい眼科Vol.23,No.4,200611.最終局面は針または鑷子の抜き取りCCCが完成すると気を抜いて乱暴に針を抜く人がいるが,気をつけないと針先で前?や虹彩,角膜を引っ掛けてしまう.切開完成したCCCに前?の亀裂ができてしまっては元も子もない.針先の角度を考えてどこも傷つけないように慎重に抜き取るべきである.チストトームによるCCCの要点を表3にまとめた.V鑷子によるCCC作製の実際1.どんな鑷子がいいのか前?鑷子は種々あるが,操作中に挿入部に負荷がかかり,粘弾性物質が漏出しやすいので,前房が浅くなるだけでなくCCCが流れやすいことが欠点である.サイドポートから挿入できる河合式あるいは新池田式鑷子は,粘弾性物質漏出が起こりにくく,優れているが高価である(図14).稲村式鑷子は切開創からしか挿入できないが,クロスアクションになっているため切開創に負荷がかかりにくく,粘弾性物質漏出が比較的少なく,サイドポート用鑷子よりは,はるかに安価である.昔からあるユトラータ鑷子は,粘弾性物質漏出が多いためあまりお勧めできない.2.鑷子によるCCCも基本的には針と同じまず鑷子の先端を閉じて前?の中心に突き刺し,チストトームの場合と同様に鑷子の先端でCCCの円の半径の半分くらいを切る.続いて前?を鑷子で?んで引き裂き始めフラップを作り,翻転する.翻転した前?フラップを把持し直し,引き裂いていく.チストトームの場合と同様に前?上を滑らせるようにフラップを引っ張り,持ち上げたり水晶体を押したりしないようにする.鑷子(10)表3針(チストトーム)によるCCCの要点?チストトームはサイドポートから刺入?開始前に予定切開線を頭の中に描く(図2-①)?逆さ「の」の字を描くようにして切る(図2-①)?サイドポートを支点として針の先端と根元を点対称に動かす(図10)?前?中心に針を刺し,意図した半径の半分まで直線的に切ったら,逆V字を描くように針を動かす(図11)?翻転した前?フラップは前?上を滑らせるように動かして引き裂いていく?最初の1/4周までに軌道に乗せる(図2-②,③)?半周を過ぎてからは切開線が外側に流れやすいので,内側にベクトルを掛ける?針の動かし方は,いつも小円を描くように動かし,引き裂く動作に続いて余剰フラップの整理を行うとよい(図13)?切開線をつなげる最後の局面では,針先が水晶体皮質に食い込むようにフラップを押し付けて水晶体の中心方向に引っ張ってもよい?針の抜き取りは慎重に図14河合式前?鑷子サイドポートから挿入できるため前房安定性に優れている.図15鑷子による把持の仕方①や②では④のごとく,前?フラップにfoldを作って把持している.③では鑷子を横にして⑤のように伸びたフラップを直接把持している.いずれの場合もフラップを持ち上げずに引けば,翻転時の原理に従って引き裂くことができる.①④⑤②③———————————————————————-Page9あたらしい眼科Vol.23,No.4,2006???(11)では特に持ち上げやすいが,力の方向を変えるのも比較的簡単なので流れ出しても対処しやすい.ただし,把持の仕方が重要で,これから進むべき方向をよく考えて,それに備えた形で把持すること(図15).間違った把持の仕方をすると,フラップを持ち上げたり,捻ったりする力が加わってCCCがどんどん流れてしまう可能性がある.慣れてきたら,把持し直す回数を減らすことが時間短縮のポイント.切れ方を見ながら臨機応変にフラップを引く方向を変え,円形になるようにする.チストトームと違ってフラップの中心を保つ必要はないが,余剰フラップは中央に寄せておく.最後につなぐ場面も鑷子であれば容易である.慣れれば鑷子によるCCCのほうが短時間ででき,はるかに簡単である.また,外側に流れかけた切開線を修正するには,直接把持できる鑷子のほうが有利である.鑷子によるCCCの要点を表4にまとめた.VI前?染色成熟白内障や過熟白内障のような白色白内障では,徹照が得られないためCCCの切開線が見えにくい.この対処法としてインドシアニングリーン(ICG)やトリパンブルーによる前?染色を行うと,切開線の視認性が向上し,CCCが容易になる(図16).成熟白内障になっていなくても皮質白内障が強めの症例では,非常に有効である.また角膜混濁がある症例の場合も有効である.初心者でCCCの切開線を見失いがちの術者は,全例前?染色をしてみてもよい.詳しい方法などは,他書に譲る1).文献1)永本敏之:前?染色の方法.??????18:36-41,2004表4鑷子によるCCCの要点?鑷子の場合も,基本的には針を用いた場合と同様に翻転して前?切開を行う?把持の仕方が重要?鑷子では前?を持ち上げてしまいやすいので注意?翻転しないで前?を引き裂くこともできるが,力のベクトルを間違わないこと?外側に流れかけた切開線を修正するには,直接把持できる鑷子のほうが有利である?鑷子を切開創から挿入する場合は,切開創を押したり持ち上げたりしないことが重要?サイドポートから挿入できる鑷子を使うと粘弾性物質漏出は少ない図16トリパンブルー前?染色成熟白内障でもCCCの切開線が明瞭である.(眼科インストラクションコースNo4,白内障手術CCC完全マスター,p99の図38,メジカルビュー社,2005より許可を得て転載した)

序説:白内障手術アップデート2006

2006年4月30日 日曜日

———————————————————————-Page1(1)???白内障手術は水晶体超音波乳化吸引術と眼内レンズの普及により安定期を迎え,10年以上,目立った新しい話題がないかのようにとられがちであった.過去の本特集をみても,白内障全般に関する総論的な話題は,長期にわたって取り上げられていない.今回,教科書では追いつけない,2006年現在の白内障手術について,各担当の先生に,実践ですぐ使えるようにわかりやすくまとめていただいた.まず,白内障手術の成功の鍵をにぎる前?切開について,永本敏之先生に手技の基本と眼内レンズ光学部との大きさのバランス,難症例への前?染色法をまとめていただいた.以前に比べ,より良い視機能を考慮した眼内レンズが普及し,確実な?内固定による良好なセンタリングのみでなく,前?切開の大きさと眼内レンズ光学部のバランスが後発白内障抑制にも影響してくることがわかった.白内障手術切開は,さらに小さくなり2mm前後の極小切開からの手術が可能になった.黒坂大次郎先生には,極小切開を可能にした装置と器具と題して,パルスモードによる発熱抑制,スリーブの改良,眼内レンズカートリッジとインジェクターについて話題を提供していただいた.眼内レンズに関しては,近年異なった材質のみでなく,デザインから非球面眼内レンズの利点が検討されている.宮田和典先生には,シリコーンおよびアクリル眼内レンズ,従来の球面眼内レンズと非球面眼内レンズの臨床評価,および今後の動向について述べていただいた.大木孝太郎先生には,白内障手術が屈折矯正手術の範疇とされてから,特に近年の多焦点眼内レンズの導入で,方向性への確信が高まっている.多焦点眼内レンズの適応や,今後,どのようにして付加価値のある眼内レンズが普及可能かなど,アメリカの例を参考に述べていただいた.手術には合併症がつきもので,白内障手術の合併症は激減したといわれているが,ゼロになることはない.德田芳浩先生には,水晶体?拡張リングの使い方を,特にこの分野は長期の術後成績から適応が変わったともいえるので,最新の情報をまとめていただいた.また,江口秀一郎先生には,合併症がまれになったがために,うまく処置できない術者が増えているので,確実に処理できる方法,その際にあったら助かる器具などについて述べていただいた.この特集を読むことで,白内障手術の最新情報が伝わり,かつ臨床の場において実践で役立つことを著者一同祈っている.0910-1810/06/\100/頁/JCLS*HirokoBissenMiyajima:東京歯科大学水道橋病院眼科●序説あたらしい眼科23(4):423,2006白内障手術アップデート2006????????????????????????????ビッセン宮島弘子*

眼科医にすすめる100冊の本-3月の推薦図書-

2006年3月31日 金曜日

あたらしい眼科Vol.23,No.3,20063650910-1810/06/\100/頁/JCLS成果主義とは,出された成果をもとに評価を行い,これを給料に反映させるシステムだ.よく対比されるのは年功序列主義だ.これは周知のとおり年齢やその組織にどれだけ長い間いたかによって給料が変わる.成果主義はときに能力主義と誤解されるが異なる.成果は能力と必ずしも一致するとはいえないので,能力主義とは違うものと解釈されている.古い組織イメージの年功序列よりも成果主義のほうが明らかによさそうに思えるが,実際はそう簡単ではないので,本書の存在意義がある.この本は成果主義についてサイエンティフィックにわかりやすく書かれた本であり,トップをはるリーダーには必読の本だ.トップをはるリーダーとは,教授,院長,病棟医長,外来医長,研究部長,チーフレジデント,看護部長などなど,組織やチームのトップにいる人をさす.まず僕が驚いたのは,成果主義の効果についてはまったく証拠がないという点だった.すなわち,成果で評価していってもその組織の能率が必ず上がるという保証はないのである.僕はそれまで単純に考えていて,成果を出した人,たとえば売り上げをあげた人,手術をいっぱいやった先生,論文をたくさん書いた研究者に,給料で報いるのは正当なシステムであり,それによってやる気も出て組織の活性化につながると思っていた.ところがこのシステムはすでに昭和の初期に何回も試みられて,失敗しているという.これは日本人に限ったことではなく,欧米でも同じだという.このようなシステムは外的報酬システムとよばれる.外的な報酬(賃金など)によって動機づけられて人は働くという信念のもとに作られたシステムだ.ところが,どうも人が働くモチベーションはお金ばかりではない,というか,お金はほんの少しの意味しかもたないと著者はいう.普通の生活ができる収入を保証するという意味で収入は大事であり,一定レベル以下では転職の理由になることもあるだろう.ただし,この本によれば,収入が上がるようなインセンティブがあったとしても,人は一生懸命働くわけではなく,むしろ仕事の面白さで報いられるシステムを構築したほうが進んだシステムだという.こんな実験が書かれている.大学生にパズルを解かせるという実験を行った.パズルは十分面白いもので,制限時間13分のパズルを4個解くという1時間のセッションを3回行うというものだった.セッションの間には8分間の休みを与えた.学生たちは面白いので休み時間にもパズルを解いていた.しかし,ある学生たちに1問解けるごとに1ドルの報酬を与えるようにしたところ,その学生たちは休み時間は休むようになってしまい,解けるパズルの数が減ってしまったという.これは内発的動機づけの典型例といえる.パズルを解くという達成感を得たいために学生は夢中にやっていた.ところがそこに1ドルというお金が介入してしまったために,外的報酬にまどわされてしまったのだ.本来は喜びに満ちている仕事が,お金をかせぐ手段になりさがってしまったというわけである.また,成果主義の問題には“何を成果とすべきか”という点があげられる.単純な売り上げや手術件数でのみ比較した場合,お互いをフォローしたり縁の下の力持ちをやっている人たちの成果をどのようにみていくのかがとてもむずかしい.成果を定義したとたんに,そこにばかり意識が働いてしまう.しかしながら会社や組織としては方向性を示すという意味において,また離職率を下げるという意味において(効率を上げるということではないことに注意),成果主義による外的報酬システムの整備はプラスに働くという.(85)シリーズ─63◆坪田一男慶應義塾大学医学部眼科■3月の推薦図書■虚妄の成果主義日本型年功制度復活のススメ高橋伸夫著(日経BP社)366あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006興味深いのは,成果をあげた人にはやりがいのある仕事を与えることで報いる,という考え方だ.収入という画一的なもので応えるのではなく,やりがいのあるポジションで応える.すなわち内的動機づけが思い切り発揮できる場所を提供することが報酬そのもの,おもしろい仕事自体が報酬,という考え方である.だから一生懸命やった人にはおもしろい仕事をさらに与えて,仕事自体を楽しんでもらう.なぜなら本のなかで触れられているハーズバークらによれば,「動機づけ要因は,仕事において自らの先天的能力に応じて,現実の制限のうちで,創造的でユニークな個人として自分の資質を十分に発揮したいという自己実現の個人的要求を満たすことにあるからだ」としている.すなわち仕事は,自己実現の場に他ならず,たとえば本多静六の言うように“職業の道楽化”が人生の最大幸福なら,職業と外的報酬を1対1でリンクさせてしまうのはもったいないのである.仕事はやっぱり楽しんでやるのが一番効率がいいということでしょうか.(86)☆☆☆許諾済複写物シールについてのお知らせ日本著作出版権管理システムJCLSが許諾した複写物には、許諾済複写物シールが貼付されています。日本著作出版権管理システム(JCLS)が正規に許諾した複写物のうち、①スポット契約(個人や団体の利用者が複写利用のつど事前に申告してJCLSがこれを許可する複写利用契約)の複写物②利用者による第三者への頒布を目的とした複写物③JCLSと利用契約を締結している複写事業者(ドキュメントサプライヤー=DS)が提供する複写物については、当該複写物が著作権法に基づいた正規の許諾複写物であることを証明するため、下記見本の「許諾済複写物シール」を2006年1月1日より複写物に貼付いたします。なお、社内利用を目的とした包括契約(自社の保有資料を自社で複写し、自社内で使用)分の複写物にはシール貼付の必要はありません。許諾済複写物シールについてのお問い合わせは、(株)日本著作出版権管理システム(JCLS)までお願い申し上げます。電話03-3817-5670、Fax03-3815-8199、E-mail:info@jcls.co.jpシール見本(実物は直径17mm)

硝子体手術のワンポイントアドバイス34.著名な網膜下増殖組織を有するコーツ病に対する硝子体手術(上級編)

2006年3月31日 金曜日

あたらしい眼科Vol.23,No.3,20063630910-1810/06/\100/頁/JCLS●コーツ病の治療コーツ病は,網膜毛細血管の異常拡張,毛細血管瘤とそれに伴う滲出性網膜.離を特徴とする.本症に対する治療法としては,異常網膜血管に対する光凝固および冷凍凝固が一般的であるが,それに抵抗してしばしば高度の網膜下滲出性病変をきたした場合には硝子体手術の適応となることがある.●コーツ病に対する硝子体手術コーツ病が重症化すると,網膜硝子体界面に増殖性変化が惹起され,硝子体ゲルの収縮と相まって,網膜硝子体牽引がさらに滲出性変化を増悪させる.このような症例では硝子体手術が奏効することがある.人工的後部硝子体.離作製のみで網膜下の滲出性変化が軽減することもあるが,網膜下に多量の硬性白斑が蓄積したり,著明な線維増殖組織が形成されている重症例では網膜下手術が必要となる(図1).(83)●重症コーツ病に対する網膜下手術多量の硬性白斑や網膜下増殖組織を除去するためには,意図的裂孔作製が必要となる.しかし中途半端な大きさの意図的裂孔を後極に作製すると,増殖組織を除去するときに裂孔が拡大してしまうだけでなく,増殖組織との癒着部位が確認しづらいので,かえって網膜色素上皮の傷害が大きくなりやすい.また,増殖組織周囲の硬性白斑は非常にもろく,硝子体鑷子で把持してもちぎれやすく一塊として除去することは通常困難である.このような症例では,耳側周辺部に約120°の意図的網膜切開を行い,網膜を翻転しながら網膜下増殖組織の処理を行うほうが確実である(図2a,b).本法は一見侵襲が大きいように思うが,視野が広いので確実な手術操作が可能となり,増殖組織や硬性白斑の取り残しが少なくなり,中途半端な網膜下手術を行うより良好な予後が期待できることが多い(図3).硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載○3434著明な網膜下増殖組織を有するコーツ病に対する硝子体手術(上級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1多量の網膜下硬性白斑に加えて線維増殖膜を伴う重症のコーツ病症例図3術後眼底写真シリコーンオイル注入下で網膜は復位し,網膜下病巣はほぼ除去されている.この後,シリコーンオイルを抜去し,現在矯正視力は0.1を保持している.図2意図的巨大裂孔作製を併用した網膜下手術著明な網膜下増殖組織および多量の硬性白斑を除去するため,耳側に意図的巨大裂孔を作製して網膜を飜転し,双手法にて増殖膜を除去する.a:術中所見,b:シェーマ.網膜網膜下増殖組織abb

眼科医のための先端医療63.降圧薬が糖尿病網膜症に効くの?-レニン-アンギオテンシン系の抑制-

2006年3月31日 金曜日

あたらしい眼科Vol.23,No.3,20063590910-1810/06/\100/頁/JCLS大規模臨床試験では糖尿病網膜症の進展の予防には,厳格な血糖コントロールが重要です1)が,高血圧のコントロールも大切であることがUKPDS(UKProspectiveDiabetesStudy)により報告されました2).また,高血圧のない1型糖尿病患者でangiotensinconvertingenzyme(ACE)阻害薬であるlisinoprilが網膜症の進展を抑制することが報告され3),レニン.アンギオテンシン系(renin-angiotensinsystem:RAS)の抑制が正常血圧患者の網膜症の進展予防に有効であることが示されました(図1).さらに,angiotensinⅡtype1(AT1)受容体拮抗薬であるcandesartanを使用した大規模試験(TheDiabeticRetinopathyCandesartanTrials:DIRECT)が現在行われています4).この研究の目的の第一に,正常血圧の1型および2型糖尿病患者および血圧コントロールがされている2型糖尿病患者で,candesartanが網膜症の発症あるいは進展に有用であるか検討することがあげられ,血圧コントロール以外でのRASの役割に注目しています.しかし,RASと糖尿病網膜症の進展に関する機序については,いまだに十分な検討はされていません.網膜血流からみたRASと網膜症の関連糖尿病網膜症では,血管の形態変化が生じる前から網膜血流の低下が生じることが報告されています5,6).また,acetylcholineによる内皮依存性血管拡張反応も糖尿病患者では障害されています7).このような障害がACE阻害薬であるcaptoprilやAT1受容体拮抗薬であるcandesartanで予防できるかを正常血圧のstreptozotocin(STZ)誘発糖尿病ラットで検討したところ,投与群では,網膜血流が正常ラットと同等に保たれていました8).内皮依存性血管拡張反応も無治療の糖尿病ラットでは,濃度依存性に障害されていましたが,captoprilやcandesartanを投与された糖尿病ラットでは,正常ラットと同等に血管拡張反応が認められました8).これらのことから,RASの抑制は網膜症発症の機転となる網膜血流の障害を抑制し,血管反応を正常に保つことが示唆されました.これは,RASの抑制が,高血圧のない糖尿病患者で,血糖コントロールに影響を与えることなく,網膜症の進展を予防する機序の一つであることを示しています.血流維持の機序近年,糖尿病網膜でACEの発現が高値を示しangiotensinⅡの産生が局所的に高くなっていること9)や,網膜血管内皮細胞や周皮細胞でAT1受容体が発現していること10,11)が報告されています.AT1受容体の活性化は,diacylglycerol(DAG)/proteinkinaseC(PKC)経路を活性化し,血管収縮に働きます12,13).ACE阻害薬やAT1受容体拮抗薬で治療をした糖尿病ラットの網膜では,DAGの活性が正常と同レベルであったことから,RASの阻害がDAGによる血管収縮作用を抑制し,血流を保ったと考えられます8).今後の展望糖尿病では,高血糖によりポリオール代謝の亢進,PKCの活性化,後期糖化終末産物の蓄積などさまざまな糖代謝異常が生じます.これらはさまざまなサイトカ(79)◆シリーズ第63回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊堀尾直市(藤田保健衛生大学医学部眼科)降圧薬が糖尿病網膜症に効くの?─レニン.アンギオテンシン系の抑制─図1Renin-angiotensinsystem(RAS)と血管反応AngiotensinⅡは主としてangiotensinⅡtype1(AT1)受容体を介して血管収縮や血管新生に働く.ACE:angiotensinconvertingenzyme,ARB:angiotensinreceptorblocker,VEGF:vascularendothelialgrowthfacor,DAG:diacylglycerol,PKC:proteinkinaseC.AngiotensinⅠAngiotensinⅡAT1AT2EndothelinVEGFDAG/PKCSuperoxideironNitricoxide血管収縮血管新生血管拡張増殖抑制ACEARBACEinhibitor360あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006インやその受容体を介して,血管閉塞,血管透過性亢進,血管増殖を惹起します.今回は,RASの抑制がDAG/PKC経路を抑制し,網膜症発症を抑制することを中心に紹介しましたが,RASは他の経路にも深く関わっていることが報告されています.今後さらにRASの抑制が,血糖や血圧のコントロールに加えて,網膜症進行予防の重要な役割を担っていることが示されていくでしょう.文献1)TheDiabetesControlandComplicationsTrialResearchGroup:Theeffectofintensivetreatmentofdiabetesonthedevelopmentandprogressionoflong-termcomplicationsininsulin-dependentdiabetesmellitus.NEnglJMed329:977-986,19932)UKProspectiveDiabetesStudyGroup:Efficacyofatenololandcaptoprilinreducingriskofmacrovascularandmicrovascularcomplicationsintype2diabetes:UKPDS39.BMJ317:713-720,19983)ChaturvediN,SjolieAK,StephensonJMetal:Effectoflisinoprilonprogressionofretinopathyinnormotensivepeoplewithtype1diabetes.TheEUCLIDStudyGroup.EURODIABControlledTrialofLisinoprilinInsulin-DependentDiabetesMellitus.Lancet351:28-31,19984)ChaturvediN,SjoelieAK,SvenssonA:TheDIabeticRetinopathyCandesartanTrials(DIRECT)Programme,rationaleandstudydesign.JReninAngiotensinAldosteroneSyst3:255-261,20025)FekeGT,RivaCE:LaserDopplermeasurementsofbloodvelocityinhumanretinalvessels.JOptSocAm68:526-531,19786)BursellSE,ClermontAC,AielloLPetal:High-dosevitaminEsupplementationnormalizesretinalbloodflowandcreatinineclearanceinpatientswithtype1diabetes.DiabetesCare22:1245-1251,19997)JohnstoneMT,CreagerSJ,ScalesKMetal:Impairedendothelium-dependentvasodilationinpatientswithinsulin-dependentdiabetesmellitus.Circulation88:2510-2516,19938)HorioN,ClermontAC,AbikoAetal:AngiotensinAT(1)receptorantagonismnormalizesretinalbloodflowandacetylcholine-inducedvasodilatationinnormotensivediabeticrats.Diabetologia47:113-123,20049)OkadaY,YamanakaI,SakamotoTetal:Increasedexpressionofangiotensin-convertingenzymeinretinasofdiabeticrats.JpnJOphthalmol45:585-591,200110)OtaniA,TakagiH,SuzumaKetal:AngiotensinIIpotentiatesvascularendothelialgrowthfactor-inducedangiogenicactivityinretinalmicrocapillaryendothelialcells.CircRes82:619-628,199811)OtaniA,TakagiH,OhHetal:AngiotensinII-stimulatedvascularendothelialgrowthfactorexpressioninbovineretinalpericytes.InvestOphthalmolVisSci41:1192-1199,200012)MalhotraA,KangBP,CheungSetal:AngiotensinIIpromotesglucose-inducedactivationofcardiacproteinkinaseCisozymesandphosphorylationoftroponinI.Diabetes50:1918-1926,200113)ShibaT,InoguchiT,SportsmanJRetal:CorrelationofdiacylglycerollevelandproteinkinaseCactivityinratretinatoretinalcirculation.AmJPhysiol265:E783-793,1993(80)■「降圧薬が糖尿病網膜症に効くの?」を読んで■今回は堀尾直市先生の解説により,高血圧に対する治療薬として認可され効果をあげているレニン.アンギオテンシン系の抑制薬を糖尿病網膜症の治療薬として使用するというきわめて魅力的なアイデアについてのお話です.その臨床的な効果についてはかなりポジティブな結果が報告されつつありますが,網膜症治療における作用機序解明にはまだ研究を積み重ねることが必要であることがわかりやすく解説されております.糖尿病性腎症における効果は臨床研究で検証され確認されており,血圧降下を目的としないレニン.アンギオテンシン系の抑制薬の使用が内科領域ではトピックスとなっています.腎症と網膜症とは分子病態として似通った点もあり,レニン.アンギオテンシン系が堀尾先生の解説のように網膜症の分子病態に深く関与している可能性があります.レニン.アンギオテンシン系の抑制薬が網膜症治療薬候補として有利な点はすでにほかの疾患への適応ながら治療薬として認可され,実際の診療に使われているという実績です.適応を拡大して網膜症の治療薬として使うためには安全性,有効性を含め十分な検討が必要です.われわれ臨床医としては効果が検証できれば安全性にも期待がもてますので,臨床応用が早い時期に可能ではないかと考えます.現在,糖尿病網膜症の治療は,全身管理(高血糖,高血圧など),網膜光凝固,眼局所トリアムシノロン投与,硝子体手術などの発達により,失明を回避することはかなりの確率で可能になってきました.今後,われわれ眼科医に要求されるのは失明を防ぐ眼科医療から高度な視力を保つあたらしい眼科Vol.23,No.3,2006361眼科医療へのパラダイムシフトです.このための戦略として,①糖尿病を発症する人の数をなるべく抑制する,②糖尿病を早期発見し,早期に治療する.眼科をなるべく早期に受診させる,③糖尿病網膜症の早期発見,早期治療,が考えられます.このうち,①,②はおもに内科医が担当です.③についてはもちろん眼科医が責任をもつのですが,「早期治療」にあたる軽症網膜症の進行,悪化を防ぐための眼科独自の治療薬が必須です.今回の堀尾先生の解説は,このような糖尿病網膜症診療戦略の確立のなかできわめて重要な位置を占めるものです.山形大学医学部視覚病態学山下英俊(81)☆☆☆

新しい治療と検査シリーズ159.眼のメラノーマに対する重粒子線治療

2006年3月31日 金曜日

あたらしい眼科Vol.23,No.3,20063570910-1810/06/\100/頁/JCLS■バックグラウンド眼のメラノーマはわが国ではまれな疾患であるが,欧米では保存的治療法として陽子線治療や小線源療法が普及している.放射線医学総合研究所(放医研)では,欧米の治療法を参考に,1986年から陽子線による治療を実施してきた.その結果は欧米での治療成績と遜色がないが,2001年からはさらなる成績の向上を目指して,重粒子(炭素イオン)線による治療を開始した.重粒子線治療は,陽子線をも凌ぐ優れた線量集中性を有する放射線療法で,加えて生物学的に高い効果も持ち合わせていることから,メラノーマのような放射線抵抗性腫瘍で特にその優位性が期待できる.■新しい治療法炭素イオン線をはじめとする荷電重粒子線は,その飛程に沿ってBraggPeakとよばれる付与線量のピークを形成する(図1).このピークの位置(深さ)は,照射されるビームのエネルギーを調整することによって制御可能で,体表から病巣に至るまでの組織のCT(computerizedtomography)値から必要な入射エネルギーを求めることができる.この技術により,眼球メラノーマの治療では,病巣より深部の正常組織を照射することなく病巣に高線量を投与でき,眼球温存や視力温存を期待できる治療を行うことが可能となる.さらに炭素イオン線は粒子の質量が比較的大きいので直線性が高く,周辺へのばらつき(散乱)も小さいため,水素イオンを加速した陽子線以上に集中性の高い放射線であるといえる.■実際の治療方法眼球メラノーマに対する治療では,通常の.幹部に対する放射線治療に比べてはるかに高い精度での照射技術が要求される.視神経乳頭や黄斑,水晶体などの正常組織を可能な限り避けながら,腫瘍に高い線量を照射する必要があるため,眼窩周囲の骨との位置関係ばかりでなく,眼球そのものに対して正確な照準で照射を行う必要がある.眼球に対して適切な角度で照射を行うためには,眼球の向きを固定し,かつその向きが正しいことを治療時に確認できなければならない.そのための技術と新しい治療と検査シリーズ(77)159.眼のメラノーマに対する重粒子線治療プレゼンテーション:辻比呂志放射線医学総合研究所・重粒子医科学センター病院眼科コメント:高村浩山形大学医学部情報構造統御学講座視覚病態学分野図2脈絡膜メラノーマに対する炭素イオン線の線量分布(赤矢頭印は金属マーカー)図1炭素イオン線とX線の深部線量分布024681012141618200255075100深さ(cm)線量(%)X線(10MV)炭素イオン線358あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006して,小さな光源を注視することで向きを固定する方法(凝視法)が用いられる.治療時に眼球の向きを確認する方法としては,目視だけでなく,X線透視による確認も併用される.事前に眼科医により強膜表面に縫着された金属製のマーカー(チタン性リング)をX線透視画像で確認し,治療計画用CTから合成された画像との照合を行う.金属マーカーのずれが最大でも0.5mm以内になるまで修正と照合をくり返すことで,実際には0.2~0.3mm程度の精度を実現している.その線量分布の1例を図2に示す.■本方法の良い点この治療の特徴は,非常に高い精度を実現することによって,メラノーマという放射線抵抗性腫瘍に対して十分な線量の照射を可能にしている点である.現在炭素イオン線治療で用いている線量は70.0GyE/5回分割で,これは通常の1回2Gyの放射線治療では140~200Gyに相当し,広い範囲の正常組織が照射されれば,非常に重篤な有害事象を招く線量である.実際の治療結果としては,これまでに治療した55症例中,局所再発は照射領域に接する部位に再発した1例だけで,照射領域内については全例で腫瘍制御が得られている.一方,有害事象については,腫瘍の部位や大きさによって視力障害や血管新生緑内障などの発生は認められるが,潰瘍形成や組織の壊死といった重篤なものは認められない.現時点では55例中51例で眼球が温存できており,大きな腫瘍の症例ばかりを対象としていることを考慮すると,きわめて安全性の高い治療であると考えられる.今後の課題として,照射方向の自由度を増すことによる,緑内障発生のリスク低減が重要であると考えている.そのため,すでに従来の垂直ビームに加え水平ビームでの眼球腫瘍の治療を可能にする技術開発を行い,すでに実用を開始している.文献1)EggerE,SchalenbourgA,ZografosLetal:Maxinizinglocaltumorcontrolandsurvivalafterprotonbeamradiotherapyofuvealmelanoma.IntJRadiatOncolBiolPhys51:138-147,20012)GragoudasES,LaneAM,ReganSetal:Arandomizedcontrolledtrialofvaryingradiationdosesinthetreatmentofchoroidalmelanoma.ArchOphthalmol118:773-778,20003)FussM,LoredoLN,BlacharskiPAetal:Protonradiationtherapyformediumandlargechoroidalmelanoma:Preservationoftheeyeanditsfunctionality.IntJRadiatOncolBiolPhys49:1053-1059,2001(78)■本方法に対するコメント■サイズが小さい眼内メラノーマは腫瘍摘出や小線源療法などにより眼球温存や視機能温存が可能となってきている.一方,大きいサイズのメラノーマでは眼球摘出をせざるを得ない場合が多いというなかで,重粒子線治療はサイズが大きくても腫瘍の局所制御率が高く,眼球温存が可能であるという点において有効な治療法である.重粒子線治療の問題点は,治療後に眼球は温存されても視力予後が良くないことと治療後に血管新生緑内障を発症する場合があることである.腫瘍は制御されたが,緑内障のために結局,眼球を摘出せざるを得ない症例が存在する.これらは重粒子線治療が大きいサイズのメラノーマを対象としていることからある程度やむを得ないことかもしれない.もう一つの問題点は,本治療は高度先進医療として数百万円の治療費負担がかかることと,眼内メラノーマに対する本治療は現在,わが国では放射線医学総合研究所のみでしか施行されていないことである.☆☆☆