次世代の抗VEGF製剤NewGenerationofAnti-VEGFAgents野田航介*はじめに近年の眼科領域におけるトランスレーショナルリサーチの代表的な成功例は,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)製剤の眼内血管新生性疾患に対する臨床応用であろう.とくに,直接光凝固,脈絡膜新生血管抜去,黄斑移動術などの外科的なアプローチではその克服が困難であった滲出型加齢黄斑変性(wetage-relatedmaculardegeneration:wetAMD)の治療に本剤は欠かせない薬剤となり,有効な治療手段をもたず経過観察を余儀なくされた時代を思うと隔世の感がある.しかし,抗VEGF製剤を実臨床で使用する経験が増えるにつれて,その限界やリスクなども明らかとなってきている.たとえば,抗VEGF製剤を用いたwetAMD治療の長期経過の検討では,約1/3の患者は視力が保てなかったこと,そしてほぼ100%の患者で黄斑部萎縮が生じたことなどが報告されている1).抗VEGF療法を施行したwetAMD患者における黄斑部萎縮に関してはわが国からも同様の報告が複数あり2,3),同変化はwetAMD自体の経過とする考えもあるなかで,抗VEGF製剤の長期投与が加齢とともに眼組織に与える影響は未だ明らかではない.また,抗VEGF療法を行っても再発を繰り返す患者は多く,近年では完全な滲出性変化の阻止を見込めない患者ではどこまで治療を継続するべきなのか,どのような状況で治療休止をするべきなのか,という議論も行われるようになった.これらのことはwetAMD治療に終止符を打つかにみえた現行の抗VEGF製剤でさえも,すべてを解決できないことを示しており,新しい“gamechanger”となる次世代の抗VEGF製剤開発に拍車がかかったのは必然といえる.開発中にある次世代製剤を俯瞰すると,1)薬剤効果の強化,2)VEGF-A以外の病態責任分子に対する同時阻害,3)眼内滞留時間の延長,などをコンセプトとした取り組みがなされている.本稿では,現在開発が進んでいる次世代の抗VEGF製剤について紹介する.I既存の抗VEGF製剤新規製剤に触れる前に,既存の抗VEGF製剤について概説する.VEGF発見から15年後の2004年,VEGFに対する抗体製剤ベバシズマブが転移性大腸癌に対して米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)から認可された.その後,異なる創薬デザインに基づいた抗VEGF製剤が複数開発され,眼科臨床に導入されている.2020年1月現在,わが国において眼科領域でおもに使用されている抗VEGF製剤はラニビズマブとアフリベルセプトである.1.ラニビズマブラニビズマブ(ルセンテス)はVEGFに対するヒトVEGFに対するマウスモノクローナル抗体(A.4.6.1)のFabフラグメント(可変領域)を基本構造として作製さ◆KosukeNoda:北海道大学大学院医学研究院眼科学教室〔別刷請求先〕野田航介:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究院眼科学教室(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(13)261れた蛋白製剤であり,VEGF-Aの全アイソフォームを阻害するように設計されている4).分子量の小さいFabフラグメントとして設計することによって,網膜への浸透性向上や全身循環からの速やかな除去などの利点がある.2.アフリベルセプトアフリベルセプト(アイリーア)は,VEGF受容体-1(VEGFR-1)とVEGF受容体-2(VEGFR-2)におけるVEGF結合部位の細胞外ドメインの一部をヒト免疫グロブリンのFc部分と融合させた組換蛋白である5).VEGFR-1はVEGF-A以外にVEGF-Bや胎盤成長因子(placentalgrowthfactor:PlGF)とも結合能があるため,アフリベルセプトはそれらに対する阻害効果をも有していることになる.近年,wetAMD患者に対するこれら抗VEGF製剤の投与回数を,その治療効果を保ちながらいかに減らすかが実臨床における課題となっている.その工夫としてprorenataregimenあるいはtreatandextendregi-menとよばれる投与計画,既存治療との併用療法などの診療努力が行われる一方で,以下に述べるような治療効果をより見込める次世代製剤の開発が行われている.II薬剤効果の強化をコンセプトとした製剤開発1.BrolucizumabBrolucizumab(Beovu)は分子量26kDaのVEGF-Aをターゲットとしたヒト化抗体フラグメントである6).VEGF-Aをターゲットとしている点は既存の抗VEGF製剤と同様だが,分子量はラニビズマブの48kDa,アフリベルセプトの115kDaと比較してさらに小さく設計されている.そのため,アフリベルセプトの10倍以上の薬物量(モル濃度)を眼内に投与することが可能となっている.wetAMDに対するbrolucizumabの治療効果は,HAWK試験とHARRIER試験とよばれる大規模第III相臨床試験で検証された7).二つの試験では,1817例の患者がbrolucizumab3mg投与群,broluci-zumab6mg投与群,アフリベルセプト2mg投与群の3群に分けられ,導入期の12週には4週ごとの硝子体投与が行われた.アフリベルセプト2mg投与群は8週ごとの硝子体投与,brolucizumab投与群では盲検医師の病状評価に基づいて8週ごとあるいは12週ごとの投与が行われた.その結果,投与開始から48週時点におけるbrolucizumab投与群の最高矯正視力については,アフリベルセプト投与群と比較して統計学的有意差はなく,アフリベルセプトに対する同製剤の非劣性が証明された(図1).それに加えて,中心窩網膜厚と滲出性変化についてはbrolucizumab6mg投与群はアフリベルセプト投与群と比較して優越性を示した.投与開始から48週時点における中心窩網膜厚の減少は,brolucizum-ab6mg投与群(HAWK試験172.8?m,HARRIER試験193.8?m)はアフリベルセプト投与群(HAWK試験143.7?m,HARRIER試験143.9?m)よりも大きかった.また,投与開始から48週時点における滲出性変化は,HAWK試験ではアフリベルセプト投与群21.6%とbrolucizumab6mg投与群13.5%で,HARRIER試験ではbrolucizumab6mg投与群12.9%,アフリベルセプト投与群22.0%で存在し,両試験ともにbrolucizumab6mg投与群で統計学的有意に少なかった.さらに,この二つの大規模臨床試験では48週時点でbrolucizumab6mg投与群の55.6%(HAWK試験)と51.0%(HARRI-ER試験)のwetAMD患者が12週ごとの投与を維持できており,brolucizumabは投与回数軽減の可能性も期待される薬剤である.2.AbiciparpegolAbiciparpegolは,designedankyrinrepeatproteins(DARPins)とよばれる新規の抗VEGF製剤である.現行の抗VEGF製剤が抗体製剤あるいは抗体フラグメントであるのに対して,DARPinsは近年のバイオエンジニアリングの発達によって開発された高い特異性と親和性を有した蛋白製剤である.一般にDARPinsは抗体製剤よりも分子量が小さくなるため組織浸透性が高く,また安定性も高いため薬理効果が持続する製剤となる.REACH試験とよばれるwetAMDに対するabiciparpegolとラニビズマブの治療効果を検討した第II相臨床試験ではabiciparpegol1mg投与群(投与回数3回),abiciparpegol2mg投与群(投与回数3回),ラニビズaHAWK試験10987654321004812162024283236404448経過観察期間(週)bHARRIER試験10987654321004812162024283236404448経過観察期間(週)図1Brolucizumabを用いたwetAMD患者に対する第III相臨床試験(HAWK試験とHARRIER試験)における視力変化量投与開始から48週時点におけるbrolucizumab投与群の最高矯正視力は,アフリベルセプト投与群のそれと比較して同等であった.(文献7より改変引用)マブ投与群(投与回数5回)の3群が比較された8).投与開始後16週時点での最高矯正視力変化量はabiciparpegol1mg投与群では6.2文字改善,abiciparpegol2mg投与群では8.3文字改善であったのに対して,ラニビズマブ投与群では5.6文字の改善にとどまった(図2).さらに,各群における中心窩網膜厚の減少は,投与開始から16週時点でabiciparpegol1mg投与群134?m,abiciparpegol2mg投与群113?m,ラニビズマブ投与群131?m,20週時点でabiciparpegol1mg投与群116?m,abiciparpegol2mg投与群103?m,ラニビズマブ投与群138?mと全群で差がなかった.しかし,同論文ではラニビズマブ投与群では生じなかった眼炎症所見がabiciparpegol投与群の10.4%で生じたとも報告されている.硝子体内投与の重篤な合併症が眼内炎であることを考えると,投与後の状態判断に影響を与える合併症であり,原因の解明が待たれる.プレスリリースではすでにSEQUOIA試験とCEDAR試験とよばれる第III相試験の結果も公開されており9),本製剤も投与回数軽減の可能性が期待される薬剤である.IIIVEGF?A以外の病態責任分子に対する同時阻害をコンセプトとした製剤開発1.FaricimabFaricimabはVEGF-Aとangiopoietin-2に対するバイスペシフィック抗体製剤である(図3)10).AVENUE試験とSTAIRWAY試験とよばれる本製剤を用いたwetAMDに対する二つの第II相試験が行われた.AVENUE試験ではfaricimab1.5mg投与群(4週ごと),faricimab6mg投与群(4週ごとと8週ごと),ラニビズマブ0.5mg投与群(4週ごと),faricimab6mg/ラニビ12Anti-Ang-2FabAnti-VEGF-AFab8400148121620Abicipar()あるいはranibizumab()投与経過観察期間(週)図2Abiciparpegolを用いたwetAMD患者に対する第II相臨床試験(REACH試験)における視力変化量投与開始後16週時点での最高矯正視力変化量は,ラニビズマブ投与群()では5.6文字の改善にとどまったのに対してabici-parpegol1mg投与群では6.2文字改善(),abiciparpegol2mg投与群()では8.3文字改善であった.(文献8より改変引用)ズマブ0.5mg同時投与群の計5群において,投与開始から36週時点での最高矯正視力の平均変化量が比較された11).その結果,faricimab1.5mg投与群(4週ごと)においてもっとも良好な9.1文字の改善という結果が得られた.また,中心窩網膜厚の減少はfaricimab6mg/ラニビズマブ0.5mg同時投与群で185?mという最大の減少効果が得られた.もう一つの第II相試験であるSTAIRWAY試験では,wetAMDに対してfaricimab6mg投与群(12週ごとと16週ごと),ラニビズマブ0.5mg投与群(4週ごと)の治療効果が比較された12).Faricimab6mg投与群では計4回の4週ごと投与が行われ,その後に維持期として12週あるいは16週ごとの間隔で投与が行われた(ラニビズマブ0.5mg投与群は4週ごと).投与開始から52週時点で,faricimab6mg投与群(12週ごと)は10.1文字,faricimab6mg投与群(16週ごと)は11.4文字,ラニビズマブ0.5mg投与群(4週ごと)は9.59文字の視力改善効果があり,faricimabは少ない治療回数で良好な治療効果を示した.このように,本製剤も投与回数軽減の可能性が期待される薬剤である.その第III図3バイスペシフィック抗体製剤faricimabの創薬コンセプト一つの製剤でVEGF-Aとangiopoietin-2という二つのサイトカインを阻害できるデザインとなっている.(文献10より改変引用)相試験はTENAYA試験とLUCERNE試験とよばれ,わが国も含めて治験が現在行われている.IV抗VEGF製剤の眼内滞留時間延長をコンセプトとした製剤開発眼科診療における抗VEGF製剤の使用数は近年増加の一途をたどり,患者と施療者双方の負担として重くのしかかっている現状がある.また,投与回数の増加は感染性眼内炎とよばれる硝子体注射の忌むべき合併症リスクの増加につながるという側面もある.近年報告されたメタ解析においてもその発症率は約1/3,000とされるが13),その予後は失明や重篤な視機能低下などきわめて不良のため,可能な限り発症予防に努める必要がある.そのため,近年ではVEGF阻害薬の投与回数を減らすための取り組みもなされている.1.PortDeliverySystemこのPortDeliverySystem(PDS)とよばれるドラッグデリバリーシステムでは,生体では分解されない素材を使用したポートとよばれる薬剤のリザーバーを強膜にaSiliconecoatingExtrascleral?angeSeptumBodyReleasecontrolelementb1.00.90.80.70.60.50.40.30.20.10.0036912151821経過観察期間(月)図4PortDeliverySystem(PDS)のデザイン(a)とPDSを用いたwetAMD患者に対する第II相臨床試験(LADDER試験)における再注入時期の検討(b)ラニビズマブ100mg/ml注入群では約80%の患者が6カ月以上再注入を行うことなく,視力維持が可能であったことがわかる.(文献14より改変引用)留置し,同部に薬剤を反復して再注入できるという方式を採用している(図4a).第II相試験であるLADDER試験では179例のwetAMD患者に対してPDS留置が行われ,異なる量のラニビズマブ(各10,40,100mg/ml)が注入された結果,ラニビズマブ100mg/ml注入群では約80%の患者が61カ月以上再注入を行うことなく,視力維持が可能であった(図4b)14).また,ラニビズマブ10mg/ml注入群および40mg/ml注入群ではそれぞれ63.5%,71.3%の患者が同様の結果であった.現在,第III相試験であるArchway試験が進行中である.おわりに次世代の抗VEGF製剤に関して記述した.紙面の都合もあるため紹介した薬剤は一部にすぎないが,今後それらの製剤が上市された際には,われわれ眼科医は今よりもさらに力価の強い抗VEGF製剤あるいは他製剤による治療オプションを手にすることになる.しかしその一方で,その眼局所・全身への副作用についても十分に留意しながら投与する最適な製剤を選択することが求められるだろう.そのためには,これから雨後の筍のように増えると予測される各製剤の特徴や創薬デザインについてより積極的な情報収集を行っていく必要が生じる.近年は治験の結果がまずプレスリリースや各種学会・closedmeetingのlatebreakingsessionで公開されるため,論文・雑誌よりも学会,学会よりもウェブサイトで最新の情報を手にする時代である.本稿でもできる限り新しい情報を収集するよう努力したつもりだが,完全には網羅できていない.本稿に掲載されていない情報に関しては,ぜひ米国国立公衆衛生研究所(NationalInstitutesofHealth:NIH)とFDAが共同で提供しているデータベースClinicalTrials.gov(https://clinicaltri-als.gov)や各企業のウェブサイトなどの情報を参照していただきたい.文献1)RofaghaS,BhisitkulRB,BoyerDSetal:Seven-yearout-comesinranibizumab-treatedpatientsinANCHOR,MARINA,andHORIZON:amulticentercohortstudy(SEVEN-UP).Ophthalmology120:2292-2299,20132)HataM,OishiA,YamashiroKetal:Incidenceandcausesofvisionlossduringa?ibelcepttreatmentforneo-vascularage-relatedmaculardegeneration:one-yearfol-low-up.Retina37:1320-1328,20173)KurodaY,YamashiroK,TsujikawaAetal:Retinalpig-mentepithelialatrophyinneovascularage-relatedmacu-lardegenerationafterranibizumabtreatment.AmJOph-thalmol161:94-103e101,20164)FerraraN,DamicoL,ShamsNetal:Developmentofranibizumab,ananti-vascularendothelialgrowthfactorantigenbindingfragment,astherapyforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Retina26:859-870,20065)HolashJ,DavisS,PapadopoulosNetal:VEGF-Trap:aVEGFblockerwithpotentantitumore?ects.ProcNatlAcadSciUSA99:11393-11398,20026)DugelPU,Ja?eGJ,SallstigPetal:Brolucizumabversusa?ibelceptinparticipantswithneovascularage-relatedmaculardegeneration:arandomizedtrial.Ophthalmology124:1296-1304,20177)DugelPU,KohA,OguraYetal:HAWKandHARRI-ER:Phase3,multicenter,randomized,double-maskedtri-alsofbrolucizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology127:72-84,20208)CallananD,KunimotoD,MaturiRKetal:Double-masked,randomized,phase2evaluationofabiciparpegol(ananti-VEGFDARPintherapeutic)inneovascularage-relatedmaculardegeneration.JOculPharmacolTher2018Nov9.doi:10.1089/jop.2018.0062.[Epubaheadofprint]9)MoisseievE,LoewensteinA:Abiciparpegol-anovelanti-VEGFtherapywithalongdurationofaction.Eye(Lond)2019Sep19.doi:10.1038/s41433-019-0584-y.[Epubaheadofprint]10)SahniJ,PatelSS,DugelPUetal:Simultaneousinhibitionofangiopoietin-2andvascularendothelialgrowthfactor-Awithfaricimabindiabeticmacularedema:BOULE-VARDphase2randomizedtrial.Ophthalmology126:1155-1170,201911)DugelPU:Anti-VEGF/anti-angiopoietin-2bispeci?canti-bodyRG7716inneovascularage-relatedmaculardegen-eration.presentedattheRetinaSocietyAnnualMeeting;2018;SanFrancisco,USA12)KhananiAM:SimultaneousinhibitionofVEGFandAng-2withfaricimabinneovascularAMD:STAIRWAYphase2results.presentedatthe2018AmericanAcade-myofOphthalmology(AAO)AnnualMeeting;2018;Chicago,USA13)KissS,DugelPU,KhananiAMetal:Endophthalmitisratesamongpatientsreceivingintravitrealanti-VEGFinjections:aUSAclaimsanalysis.ClinOphthalmol12:1625-1635,201814)CampochiaroPA,MarcusDM,AwhCCetal:Theportdeliverysystemwithranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration:resultsfromtherandom-izedphase2ladderclinicaltrial.Ophthalmology126:1141-1154,2019