《原著》あたらしい眼科35(9):1286.1290,2018c黄斑偏位を生じた後天性眼トキソプラズマ症の2例山本美紗平森由佳古川真二郎渡邊浩一郎寺田佳子原和之地方独立行政法人広島市立病院機構広島市立広島市民病院眼科CTwoCaseofAcquiredToxoplasmosiswithDraggedMaculaMisaYamamoto,YukaHiramori,ShinjiroFurukawa,KoichiroWatanabe,YoshikoTeradaandKazuyukiHaraCDepartmentofOphthalmology,HiroshimaCityHiroshimaCitizensHospital目的:後天性眼トキソプラズマ症の経過中に黄斑偏位を生じた症例の報告.症例:症例C1:73歳,男性.右眼眼トキソプラズマ症を疑われ,精査加療目的で当院受診.初診時,右眼網膜上方血管アーケードに白色病巣が認められた.血液検査でトキソプラズマCIgM抗体価の上昇を認め,後天性眼トキソプラズマ症と診断した.初診時より約C2カ月後,黄斑および病巣周囲に網膜上膜が認められ,黄斑の上方偏位を生じた.症例2:64歳,男性.右眼ぶどう膜炎を疑われ,精査加療目的で当院受診.初診時,右眼網膜血管アーケード下方に白色病巣が認められた.血液検査でトキソプラズマCIgGおよびCIgM抗体価の上昇を認め,後天性眼トキソプラズマ症と診断した.初診時より約C1カ月半後,右眼網膜全.離を発症した.硝子体手術後,網膜は復位したが黄斑下方偏位を認め,複視を自覚した.結論:眼トキソプラズマ症の合併症により黄斑偏位を生じた症例を経験した.CPurpose:Toreporttwocasesofdraggedmaculawithacquiredtoxoplasmosis.Case:Case1:A76-year-oldmalewithsuspectedtoxoplasmosisinhisrighteye.Fundusexaminationrevealedanexudativewhitelesionclosetothesuperotemporalarcadeoftherighteye.Inaddition,anti-toxoplasmaIgMlevelwaselevated.Acquiredtoxo-plasmosiswasdiagnosed.After2months,epiretinalmembraneoverthewhitelesionandsuperiorlydraggedmacu-lawereobserved.Case2:A64-year-oldmalewithsuspecteduveitisinhisrighteye.Fundusexaminationshowedanexudativewhitelesionclosetotheinferotemporalarcade.Inaddition,anti-toxoplasmaIgMandIgGlevelswereelevated.CAfterC1Cmonth,CretinalCdetachmentCoccurredCinCtheCrightCeye.CParsCplanaCvitrectomyCforCretinalCdetach-mentCwasCperformed.CAfterCsurgery,CtheCpatientCperceivedCverticalCdiplopia.CInferiorlyCdraggedCmaculaCwasCobserved.Conclusion:Weexperienced2casesofdraggedmaculawithacquiredtoxoplasmosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(9):1286.1290,C2018〕Keywords:後天性眼トキソプラズマ症,黄斑偏位,網膜上膜,網膜.離,複視.acquiredtoxoplasmosis,draggedmacular,epiretinalmembrane,retinaldetachment,diplopia.Cはじめに眼トキソプラズマ症はトキソプラズマ原虫が網脈絡膜内の細胞に寄生することによって発症するぶどう膜炎である1,2).感染様式には先天性と後天性があり,後天性は通常片眼性で,炎症の活動期に黄斑部または網膜周辺部に白色の滲出性病巣が出現する.消炎後,病巣は色素沈着を伴う瘢痕病巣となる1.3).治療に抵抗した場合,病巣や黄斑部の網膜,硝子体には炎症の波及によると考えられる続発症状を伴い,増殖性変化,牽引性網膜.離,新生血管などの合併症が報告されている2,4,5).今回筆者らは,経過中に黄斑偏位を生じた後天性眼トキソプラズマ症を経験したので報告する.CI症例〔症例1〕73歳,男性.2週間前からの右眼の霧視に対して近医を受診したところ,右眼の眼圧はC28CmmHg,前房細胞,硝子体混濁および網膜に白色病巣が認められ,0.5%マレイン酸チモロール点眼,ベタメタゾン点眼およびベタメタゾンC1.5Cmg内服/日で治療が開始された.6日後,眼底所見は悪化し,採血結果から眼トキソプラズマ症を疑われ,精査加療目的で当院を紹介〔別刷請求先〕山本美紗:〒730-8518広島市中区基町C7-33地方独立行政法人広島市立病院機構広島市立広島市民病院眼科Reprintrequests:MisaYamamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HiroshimaCityHiroshimaCitizensHospital,7-33Motomachi,Naka-ku,Hiroshima730-8518,JAPAN1286(130)ab受診した.既往歴に胃癌,食道癌,咽頭癌にそれぞれ手術歴があった.初診時所見,矯正視力は右眼C0.8,左眼C1.0.眼圧は右眼C17CmmHg,左眼C12CmmHgであった.右眼は角膜後面沈着物を認め,眼底に硝子体混濁および網膜血管アーケード上方の白色病巣が認められた(図1a).前房細胞は認められなかった.左眼に特記すべき異常はなかった.血液検査では,トキソプラズマCIgM抗体価がC3.0CIU/mlと高値であり後天性眼トキソプラズマ症と診断した.ベタメタゾン点眼を継続し同日アセチルスピラマイシンC800Cmg/日の内服を開始した.ベタメタゾン内服は眼所見が悪化傾向であることより中止した.5日後,症状に改善が認められず,クリンダマイシンC600Cmg/日に変更した.グリンダマイシン内服C23日後より,自覚症状の改善が認められ角膜後面沈着物,硝子体混濁ともに改善し,白色病巣の縮小が認められた.その後,図1症例1の眼底写真およびOCT像a:初診時,網膜上方血管アーケードに白色病巣が認められる(.).Cb:初診時から約C2カ月半後,網膜上膜を認め,病巣側の網膜の層構造が不整である(.).Cc:病巣部位では感覚網膜と色素上皮層の層構造が破壊され,後部硝子体膜と瘢痕病巣の癒着が認められる(.).C眼所見は改善傾向であったが初診時よりC76日後,視力は(0.4)に低下した.光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomog-raphy:OCT)では黄斑部の網膜上膜,分層円孔が認められた(図1b).また,病巣周囲の網膜に皺襞と黄斑部の上方偏位が認められた.病巣部位のCOCT像では,感覚網膜の層構造が破壊されており,後部硝子体膜の肥厚および瘢痕病巣との癒着が認められた(図1c).〔症例2〕64歳,男性.約C1カ月前から右眼霧視を自覚.近医で右眼の眼圧がC30mmHgであり,ぶどう膜炎および続発緑内障としてC2%カルテオロール塩酸塩およびベタメタゾンン点眼により治療されていた.ぶどう膜炎の改善が認められず精査加療目的で当院を紹介受診した.既往歴に糖尿病があった.初診時所見,矯正視力は右眼C0.6,左眼C1.0.眼圧は右眼C16.5CmmHg,左acbd眼C15CmmHgであった.右眼は前房細胞を認め,眼底に,硝子体混濁および網膜血管アーケード下方の白色病巣が認められた(図2a).左眼に特記すべき異常はなかった.血液検査で,トキソプラズマCIgG抗体価C240CIU/ml,トキソプラズマIgM抗体価C6.8CIU/mlであり,後天性眼トキソプラズマ症と診断した.点眼は継続し同日アセチルスピラマイシン800Cmg/日の内服を開始した.13日後,症状に改善が認められず,内服薬をクリンダマイシンC600Cmg/日に変更した.さらにC11日後の再診時には,前房細胞,硝子体混濁ともに消失し,白色病巣の縮小が認められた.また,OCTでは病巣周囲に網膜上膜が認められた(図2b).クリンダマイシン図2症例2の眼底写真およびOCT像a:初診時,硝子体混濁および網膜血管アーケード下方に白色病巣が認められる(.).Cb:初診から約C1カ月後,白色病巣の縮小が認められ,黄斑部下方に網膜上膜が認められる(.).Cc:術中,後極網膜に病巣を中心とした網膜皺襞が観察される.Cd:術後,網膜は復位し,網膜上膜が認められる.内服の継続により眼所見の改善が認められていたが,初診時よりC42日後,右眼の急激な視力低下を自覚した.矯正視力はC0.05であった.右眼は網膜全.離を生じており,耳側硝子体基底部近傍に弁状の網膜裂孔を認めた.超音波CBモード検査では後部硝子体.離が生じていると思われた.網膜.離に対して硝子体手術が施行された.硝子体切除を行い,意図的裂孔を上方アーケードに作製し網膜下液を排出した.術中,病巣部網膜は色素上皮と癒着しており可動性を認めなかった(図2c).また,明らかな増殖膜,硝子体の癒着は認められなかった.耳側網膜の弁状裂孔は後部硝子体.離による牽引に伴うものと思われた.液-空気置換後,裂孔周囲に網C膜光凝固術を行い,合併症なく網膜は復位した.術後C3週間で矯正視力は(0.8)に改善したが,上下複視を自覚した.眼位は右眼固視,左眼固視ともにC6CΔ右眼上斜視,3°外方回旋斜視であった.眼球運動は正常であり,むき眼位による複像間距離の変化は認められなかった.右眼のCOCTでは黄斑部を含む病巣周囲に網膜上膜が認められた(図2d).また,右眼の眼底に下方網膜の瘢痕病巣を中心とした皺襞と黄斑の下方偏位が認められた(図3).網膜.離前の眼底写真と比較して,画像上,黄斑の下方偏位量は約C3.6°であった.右眼C4CΔ基底下方の眼鏡装用で複視は消失し,自覚症状の改善が得られた.CII考按後天性眼トキソプラズマ症の視力予後は病巣が黄斑部に及ぶ場合を除いて良好であるとされているが,黄斑上膜や裂孔原性網膜.離などの合併症が報告されている2,5.7).合併症の原因については炎症の波及と考えられており,ステロイドの投与が推奨されている8).しかし,抗菌薬投与前のステロイドの投与は原虫の増殖を促進するとされており,ステロイドの使用は抗菌薬の投与後に併用して行う必要がある.本症例においては,症例C1では眼トキソプラズマ症の診断以前にステロイドの使用が行われており病態が悪化していた.抗菌薬内服後,眼所見に改善が認められなければステロイド内服の再開を予定していたが,改善が認められたため内服は行わなかった.症例C2では糖尿病を罹患しており,ステロイド内服は行わなかった.2例ともに抗菌薬投与後のステロイド内服は行っておらず,炎症が黄斑上膜や,網膜裂孔形成に関与した可能性はある.しかし,網膜裂孔については,術中所見より後部硝子体.離による牽引が原因であると考えた.眼トキソプラズマ症に特徴的な眼底所見である白色の滲出性病巣は,感染初期から認められる.炎症により病巣の網膜全層が破壊され,消炎とともに色素沈着を伴う瘢痕病巣となる3).病巣におけるCOCT像は,急性期には網膜表層から深層が高輝度に描出される.消炎後の瘢痕病巣でも高輝度所見は持続し,感覚網膜の組織破壊による層構造の乱れや,外境界膜とCelipsoidCzoneの消失,色素上皮の萎縮が観察される9.11).後部硝子体.離は病巣周囲では認められるが,病巣部では網膜との癒着が生じるとされている11).症例C1の病巣部を撮影したCOCT像においても,網膜と硝子体に既報と同様の変化が認められた.今回筆者らが経験したC2症例はいずれも病巣側への黄斑偏位が認められた.症例C1の黄斑部を撮影したCOCT像では,網膜内層の皺や.胞様変化の程度が中心窩から病巣側にかけて強く認められた(図1b).また,病巣周囲の網膜に皺襞が認められており,上方への黄斑偏位は病巣を中心とした網膜上膜によるものと考えられた(図1c).症例C2では,網膜全図3症例2の術後眼底写真右眼下方網膜の瘢痕病巣を中心とした皺襞と黄斑の下方偏位が認められる..離の術後に黄斑偏位を生じた.過去にも,眼トキソプラズマ症の経過中に網膜.離を合併した報告はある6,7).しかし,それらの報告では術後の黄斑偏位は生じておらず,網膜.離が黄斑偏位の直接の原因であるとは考えにくい.術前画像と比較すると,中心窩と病巣の距離は術後に近くなっている.術中所見から,病巣部網膜の感覚網膜と色素上皮の癒着が認められており,病巣の位置は.離前後で変化せず,黄斑部が病巣に向かって偏位したと考えられる.また,画像上,病巣周囲の網膜に病巣を中心とした網膜偏位が認められる.病巣周囲には皺襞が認められており,症例C1と同様に網膜上膜の収縮が生じていると考えられた.網膜偏位の原因は.離した網膜の可動性が増し,復位する際に網膜上膜の収縮による影響を受けたためであると考えた.症例C2は,手術後に複視を生じた.臨床的に後天性の両眼性の複視ではおもに,眼筋麻痺によるものが疑われる.しかし,眼球運動は正常であり,むき眼位による複像間距離の変化がなかったことから,麻痺性斜視は否定的であると考えた.網膜.離の手術後に複視が出現した症例の多くは強膜内陥術によるものであり,今回は術中に外眼筋の操作は行っておらず手術による侵襲も否定的であると考えられた.眼底写真を用いた計測では,網膜.離後の黄斑の下方偏位量は約3.6°であった.斜視角と眼底写真上の偏位量はおおむね一致しており黄斑偏位が複視の原因であると考えられた.今回,筆者らは眼トキソプラズマ症の経過中に黄斑偏位を生じたC2例を経験した.黄斑偏位の発症には瘢痕病巣における網膜上膜の関与が考えられた.眼トキソプラズマ症ではさまざまな合併症を伴う.合併症により黄斑偏位を生じ,複視を自覚する場合もあるため,慎重な経過観察が必要である.文献1)蕪城俊克:眼トキソプラズマ症.臨眼70:248-253,C20162)Ore.ceCF,CVasconcelos-SantosCDV,CCordeiroCACCetCal:Toxoplasmosis.In:Diagnosis&treatmentofuveitis(editC-edCbyCFosterCCS,CVitaleCAT)C,C2ndCed,Cp543-568,CJaypee-Highlights,USA,20133)AgarwalCA:ToxoplasmosisCRetinitis.CIn:GassC’CatlasCofmacularCdiseases(editedCbyCAgawalCA)C,C5thCed,Cvol.2,Cp848-857,Elsevier,London20124)春田恭照:トキソプラズマ網脈絡膜炎.眼科C41:1427-1433,C19995)BelfortRJr,SilveriaC,MuccioliC:Oculartoxoplasmosis.In:Retina(editedbyRyanSJ,SchachatAP,SaddaSVR)C,vol.2,p1494-1499,Elsevier,London,20136)葉多野孝,根路銘恵二,松村哲ほか:眼トキソプラズマ症に続発した網膜.離治療のC1例.眼紀C49:964-966,C19987)佐藤修司,沖波聡,吉貴弘佳ほか:裂孔原性網膜.離を伴ったトキソプラズマ網脈絡膜炎のC1例.眼紀C57:605-608,C20068)丸山和一:眼トキソプラズマ症.所見から考えるぶどう膜炎(園田康平,後藤浩編),p209-213,医学書院,20139)蕪城俊克:画像検査.あたらしい眼科28:477-482,C201110)ChoDY,NamW:Acaseofoculartoxoplasmosisimagedwithspectraldomainopticalcoherencetomography.Kore-anJOphthalmolC26:58-60,C201211)GoldenbergD,GoldsteinM,LoewensteinAetal:Vitreal,retinal,CandCchoroidalC.ndingsCinCactiveCandCscarredCtoxo-plasmosisClesions:aCprospectiveCstudyCbyCspectral-domainCopticalCcoherenceCtomography.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC251:2037-2045,C2013***