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第3版ドライアイ診断基準改訂の提言

2014年4月30日 水曜日

あたらしい眼科31(4):523.525,2014c総説第3版ドライアイ診断基準改訂の提言ProposalfortheNewDryEyeDiagnosticCriteriaドライアイ研究会コアメンバー:坪田一男*(慶應義塾大学),島﨑潤(東京歯科大学),横井則彦(京都府立医科大学),渡辺仁(関西ろうさい病院),大橋裕一(愛媛大学),木下茂(京都府立医科大学)(順不同)Iドライアイ診断基準策定の歴史的背景1990年の設立以来,ドライアイ研究会は23年間にわたりドライアイの啓発,研究開発の推進を行ってきた.当初,ドライアイには乾性角結膜炎,眼乾燥症,乾燥症候群,Sjogren症候群などさまざまな名称が使用され,その概念も診断基準も統一されていなかった.そこで1995年,世界に先駆けて第1版のドライアイの定義および診断基準をドライアイ研究会のコアメンバーで作成した.この診断基準では,自覚症状の有無にかかわらず,涙液の異常と角結膜の異常が存在すればドライアイと診断するとした.その後,ドライアイ研究会が中心となって国際的なドライアイの定義,診断基準統一の重要性について各国のドライアイ専門家に働きかけを行った結果,2007年,TearFilm&OcularSurfaceSociety(TFOS)において国際基準のドライアイの考え方がまとめられ,世界に向けて発信された.これに先行して2006年にわが国でも定義,診断基準の見直しを行った(第2版).この見直しの大きなポイントは,“自覚症状”を重要視した点と,ドライアイの自覚症状に“視機能の異常”も含まれることを明記した点にある.涙液層が不安定となり(図1),時間軸を考慮した実用視力が低下する(図2)が,涙液層の不安定性はtearfilmbreak-uptime(BUT)検査によって測定が可能であり,視機能の異常は角膜トポグラフィや収差解析装置によっても検出可能である.図1涙液層の不安定なBUT短縮タイプのドライアイ角結膜の障害は少ないものの,BUTは極端に短縮し,症状も強い.〓-0.2〓-0.1〓0.0〓0.2〓0.3〓0.4〓0.5〓0.6〓0.7〓0.8〓0.9〓1.0051015202530354045505560図2BUT短縮タイプによる実用視力の低下この症例では通常の視力測定では1.2と判定されるが,継続して測定すると1分間に大きく変動していることがわかる.△:瞬目*KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕坪田一男:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(45)523 IIBUT短縮型ドライアイの重要性近年,ジクアホソルナトリウム(ジクアスR)やレバミピド(ムコスタR)など,ムチンの分泌を促進し,涙液層の安定性を改善する点眼薬が登場するなか,ドライアイの病態に対する理解がさらに深まり,とくに“BUT短縮型ドライアイ”(英語ではshortBUTdryeye)に関する臨床的,基礎的知見が急速に集積されつつある.このタイプのドライアイの特徴としては,①他覚所見に比較して自覚症状が強い,②BUTをはじめとする涙液層の安定性を評価する検査が診断に必須である,③涙液層の安定性を助長する治療が有効なことが多い点,があげられる.これまで,BUT短縮型ドライアイは,角結膜障害が少ないにもかかわらず自覚症状が強い特異なドライアイで,治療法も確立しておらず,対応が難しい疾患とされてきた.1995年,このタイプのドライアイが初めて発表されたときには1)“BUTの短縮だけでそんなに強い症状が出るはずがない(,)のでは?”とか,“なぜSjogren症候群などの重症ドライアイに匹敵する自覚症状があるのか?”などの疑問が呈示され,このタイプのドライアイが独立した疾患単位として認知されることはなかった.しかしながら,涙液層安定性の重要性が認識され,上述の新しい点眼薬による治療の可能性が示されるに至り,BUT短縮型ドライアイは大きな注目を集めるようになった2).BUT短縮型ドライアイでは,角膜上皮表面の水濡れ性,あるいは涙液層の安定性が悪いために角膜上の涙液が容易に破綻し,視機能の低下や眼不快感が引き起こされると考えられている.このタイプの視機能の低下は通常の視力検査では検出できないが,1分間継続して視力を測定する「実用視力」によって検出可能であり3),高次収差も増えることがKohらによって報告されている4).また,京都府立医科大学の横井らは,涙液破綻のパターンによって本タイプのドライアイを鑑別できることを指摘し,大きなインパクトを与えた.さらに,近年実施されたドライアイ疫学研究(OsakaStudy)によれば,ドライアイ患者は涙液減少タイプよりもBUT短縮タイプが圧倒的に多く,現代のドライアイ診療において,このBUT短縮型ドライアイが重要な位置を占めると考えられるようになってきた.さて,現在のドライアイの診断基準によれば,自覚症状,涙液異常,上皮障害の3要素のなかで,“ドライアイ疑い”には以下の3つのパターンが存在する.①自覚症状あり,涙液異常あり,上皮障害なし②自覚症状なし,涙液異常あり,上皮障害あり③自覚症状あり,涙液異常なし,上皮障害ありBUT短縮型ドライアイは,このうちの①のパターンに属することになり,現行の基準では“ドライアイ疑い”とみなされてしまうという問題点がある(表1).本項で述べてきたように,BUT短縮型ドライアイのドライアイ診療における重要性に鑑み,今回,これを独立したド表1第2版ドライアイ診断基準(2006年)自覚症状涙液異常角結膜上皮障害ドライアイの診断○○○ドライアイ確定○○なしドライアイの疑いなし○○ドライアイの疑い○なし○ドライアイの疑いBUT短縮タイプのドライアイは“ドライアイの疑い”に分類される.表2第3版ドライアイ診断基準改訂の提言自覚症状涙液異常角結膜上皮障害ドライアイの診断○○○ドライアイ確定○○なしBUT短縮型ドライアイ確定なし○○ドライアイの疑い○なし○ドライアイの疑い524あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(46) ライアイの病型として取り扱うことを提唱する(表2).なお,②と③の臨床的意義や疾患概念については,今後の検討を待つこととする.III第3版ドライアイ診断基準改訂に向けて第2版の診断基準でも,主軸の涙液検査としてはSchirmer試験とBUT測定がとりあげられている.しかし,現在のドライアイ診療においてはBUT測定の重要性がさらに増大している.とくに,Sjogren症候群に代表される重症ドライアイと同程度の,強い自覚症状をきたすBUT短縮型ドライアイの診断には,BUT測定は不可欠である.BUTは部屋の相対湿度,フルオレセインの濃度や点眼する量によって大きく変化するため,最少量のフルオレセインを使用して検査することが求められる.最近,ドライアイと精神疾患との関係も注目されつつあり,興味深いことに涙液減少タイプのドライアイより,他覚所見に乏しい軽症のドライアイの方がうつ病と関係することがわかってきた5,6).また,BUT短縮型ドライアイの発症メカニズムに,コンピューターやスマートフォンの使用が関連する可能性も指摘されている.結論として,患者数あるいは臨床的重要性から考えて,BUT短縮型ドライアイを現行のドライアイ診断基準のまま,「ドライアイ疑い」とすることは実情に合わない.現在,エビデンスに基づいた診断基準やガイドラインの策定作業も開始されてはいるが,完成までにはしばらく時間を要すると思われる.そのため当面は,“BUT短縮型ドライアイ”を他の“ドライアイ疑い”とは区別して取り扱うことを提言する.謝辞:ドライアイ研究会は会員の会費に加え,以下の企業からの協賛を得て運営されている.株式会社オグラ,株式会社高研,小林製薬株式会社,参天製薬株式会社,株式会社シード,ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社,株式会社トーメーコーポレーション,名古屋眼鏡株式会社,株式会社ホワイトメディカル,ロート製薬株式会社(50音順)文献1)TodaI,ShimazakiJ,TsubotaK:Dryeyewithonlydecreasedtearbreak-uptimeissometimesassociatedwithallergicconjunctivitis.Ophthalmology102:302-309,19952)KaidoM,UchinoM,KojimaTetal:Effectsofdiquafosoltetrasodiumadministrationonvisualfunctioninshortbreak-uptimedryeye.JOculPharmacolTher29:595603,20133)KaidoM,DogruM,IshidaRetal:Conceptoffunctionalvisualacuityanditsapplications.Cornea26:S29-S35,20074)KohS,MaedaN,NakagawaTetal:Characteristichigher-orderaberrationsoftheanteriorandposteriorcornealsurfacesin3cornealtransplantationtechniques.AmJOphthalmol153:284-290,20125)LiM,GongL,SunXetal:Anxietyanddepressioninpatientswithdryeyesyndrome.CurrEyeRes36:1-7,20116)LabbeA,WangYX,JieYetal:Dryeyedisease,dryeyesymptomsanddepression:theBeijingEyeStudy.BrJOphthalmol97:1399-1403,2013☆☆☆(47)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014525

緑内障とアンチエイジング医学

2014年4月30日 水曜日

水晶体(老視)のアンチエイジング

2014年4月30日 水曜日

特集●眼とアンチエイジングあたらしい眼科31(4):511.516,2014特集●眼とアンチエイジングあたらしい眼科31(4):511.516,2014水晶体(老視)のアンチエイジングAnti-AginginCrystallineLens三田哲大*佐々木洋*はじめに老視は水晶体の加齢変化が最大の要因である.加齢水晶体は硬化し,最終的には白内障となる.本項では,水晶体のアンチエイジングとして,老視および白内障の予防について述べる.I老視とは老視とは,調節力が低下した状態を示しており,調節は近方視で見たい対象が鮮明に見えるように眼の屈折力が増加する作用である.その原理は,近方のものを見たとき毛様体筋が緊張することによってZinn小帯が弛緩し,水晶体が自己の弾性により球形に変化することから,水晶体の屈折力が増加するというHelmholtz1)の説が一般的に支持されている.調節が弛緩して最も遠方を見ているときに網膜に像を結ぶ点を遠点,調節を働かせて最も近方を見ているときに網膜に像を結ぶ点を近点という.遠点から近点までの距離を調節域とよび,これを屈折力で表したものが調節力である.調節力は加齢に伴って低下し(図1),60歳頃までは.0.25D/年で減少するといわれている2).老眼研究会は老視を加齢による調節幅の減退と定義し,近方視力の向上への介入が必要な状態であると考え“疾患”としている3).老視の有病率は45歳頃で約半数であり,加齢とともにその割合は増加する4,5).Hickenbothamらは9つの横断的研究のメタアナリシスにより,老視は男性に比べ女性で有意に多いと報告している6).原因として,調節力そのものの違いではなく,男女での近方作業の違いや腕の長さの違いなどが要因である可能性があると考按している.老視はQOL低下に直結するため,女性において近方障害を早期に自覚することは重要であり,眼球収差や瞳孔径の違いなど,眼光学的な側面からの検討も必要である.調節力の低下には水晶体核部の硬化が関与する7)とされているが,水晶体硬度を生体眼で定量的に測定することはできない.筆者らは,前眼部解析装置(EAS-1000,ニデック)で透明水晶体眼のスリット画像から後方散乱光強度を測定したところ,核部の後方散乱光強度と調節力には有意な相関があり,水晶体核部の後方散乱が上昇するほど調節力は低下した(図2).水晶体核部の後方散乱光強度は硬度の代用値となる可能性があり,調節力を客観的に評価する方法として有用な可能性がある.II調節力低下(老視)の予防健常者における調節力低下の予防および治療の手段は確立されていないのが現状である.眼精疲労は近業作業を長時間継続することによって生じる症状であり,調節を長時間続けた結果ともいえる.このような原因による調節力の低下を改善する可能性を示唆する方法にはいくつかの報告がある.瀬川らは,28.8mgのベリー類アントシアニンを含むミルトセレクトを1日2カプセル,28日間内服したところ,プラセボと比較して調節力が有意に改善したと報告している8).作用機序の詳細は不明であるが,ロドプ*NorihiroMitaandHiroshiSasaki:金沢医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕三田哲大:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学1-1金沢医科大学眼科学講座0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(33)511 9.009.008.008.007.007.00調節力(D)6.00調節力(D)6.005.004.003.005.004.003.002.002.001.001.000.00年齢(歳)0.00図1調節力の加齢変化後方散乱光強度(cct)図2水晶体核部(中心間層)の後方散乱光強度と調節力の相関表1アスタキサンチン100mg.kgの単回経口投与後の経時的変化203040506070020406080100時間(h)369122472168血清9.10±6.8836.88±17.7761.26±26.8720.46±12.758.26±6.91NDND虹彩・毛様体ND4.76±2.2233.55±12.7446.51±24.1679.35±37.354.43±3.33NDND:検出限界以下シン再生促進作用および網膜酵素の活性化を介して,夜間視力の改善効果や強い抗酸化作用から脳の酸化ストレスを軽減することによって神経保護効果を示すといわれており,これらの作用メカニズムが眼精疲労抑制にも働いている可能性があるとしている.小出らは,北欧を中心にジャムやジュースの形態で使用され,糖尿病による眼の毛細血管の保護・予防効果などがあるホワートルベリーを含有したコップ1杯のジュースを1日3回,7日間飲用したところ,プラセボと比較して有意に調節力が改善したと報告している9).作用機序の詳細は不明ではあるが,食用としての実績があることから安全性は確立されている.アスタキサンチンはエビ,カニ,サケ,イクラなどの水産物に含まれるカロテノイドの一種で,強い抗酸化作用を有することが知られている.長木らは,アスタキサンチン3mg含有カプセルを1日2カプセル,4週間内服したところ,プラセボと比較して調節力は有意に改善したと報告している10).血管拡張作用により毛様体の血流改善を促し,その結果として毛様体におけるエネルギー産生物質の供給と乳酸などの代謝物の除去が促進され,毛様体の機能が回復し,調節力が改善する可能性がある.アスタキサンチンを含む抗酸化サプリメン(ng/ml,g)トがVDT(visualdisplayterminal)作業による調節障害の回復に有効であったとの報告もある11).対象の平均年齢は40代であり,調節力の回復も平均0.2Dと少ないが,調節力が低い年齢層では自覚的にも有意な効果が期待できる可能性がある.筆者らは,家兎を使った実験でアスタキサンチンは虹彩・毛様体に高濃度移行することを報告している12)(表1).経口投与されたアスタキサンチンの虹彩・毛様体への移行濃度は,投与後24時間で最高となり,その濃度は血清のピーク値を上回る.虹彩・毛様体が豊富な血管構造を有すること,メラニン色素が豊富であることがその理由として考えられる.一方,前房水内への移行は微量であり,水晶体への移行も非常に少ないことが予想されることから,アスタキサンチンによる調節改善効果は,毛様体機能の回復によるものと考えられる.水晶体硬化が進行した50代以上では,若年者と同等の効果は期待できないことも予想される.眼周囲の保温が調節力の回復に有効であるとの報告がある.高橋らによると,温熱シートで眼の周囲を温めると閉瞼したのみと比べて調節力は改善し,温熱シートの蒸気量が多いほど調節力の改善の程度は良くなり,さらに眼前30cmにおける近方視力も温熱シートで改善し,512あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(34) 蒸気量が増加するほど良好になる13).眼周囲の温熱刺激により副交感神経が優位になり,血液循環が改善する.毛様体輪状筋が副交感神経支配であることから輪状筋の収縮により水晶体は前方に膨隆して屈折力が増加し,縮瞳による焦点深度の増加も加わり,調節力が回復すると考えられる.これらの方法は一時的に調節力を増加させており,調節力を継続的に保持するためのヒントとなるかもしれない.現時点では加齢に伴う調節力の低下を抑えることはできないので,早期から遠近両用の眼鏡あるいはコンタクトレンズなどを使用し,それらを使いこなすことが有効である.眼鏡装用に関して,アンチエイジングの視点からは累進屈折力レンズが最も適している.このレンズは審美的にも老視用のレンズであることが見た目ではわからない点でも有用である.一般的に初めての眼鏡処方における加入度数の限界は+1.50D前後であり,50歳を超えてくると眼鏡処方をしたときに違和感が出やすくなる.加入度数が少なくて済む40歳頃から遠近両用の累進屈折力レンズを装用するとその後の加入度数の増加にも対応しやすくなる.III白内障の危険因子と予防白内障の要因としては加齢の影響が最も大きい.それ以外の危険因子としては紫外線,喫煙,糖尿病,近視,副腎皮質ステロイドなどが知られている.一次予防が可能である紫外線と喫煙およびサプリメントによる予防の可能性について述べる.紫外線に関して,Taylorらが米国のMaryland地域の漁師を対象に調査を行い,眼部紫外線被曝量と皮質白内障には有意な相関があることを初めて明らかにした14).この報告以後に中緯度以上の比較的紫外線レベルが低い地域において,眼部紫外線被曝量と白内障に関する研究がなされ,眼部被曝量の指標であるMarylandsun-yearが0.01増加するにつれ,皮質白内障のリスクが有意に10%増加すると報告されている15).核白内障については紫外線との関連はないとする疫学調査結果が多いが,紫外線レベルの強い低緯度地域ではその有病率が非常に高いことが報告されている16,17).また,Giblinらは米国ニューヨーク市での快晴日正午時点の10分の1の強度(0.5mW/cm2)の紫外線A波(ultravioletA:UV-A)を5カ月間モルモットの水晶体に曝露し,それにより核白内障を発症することを確認している18).亜熱帯・熱帯地域で核白内障の有病率がきわめて高いことは確実であり,動物実験の結果からも,高度の紫外線被曝が核白内障の発症および進行に関与している可能性は高いと考える.核の硬化は調節力低下の主因であり,核部における不溶性蛋白の増加により硬化を生じ,透明度の低下,核混濁を生じ核白内障に至る.したがって,高度の紫外線被曝は加齢が主因である核硬化・混濁の進行に関与し,調節力低下と核白内障発症の要因の一つになっている可能性がある.紫外線被曝量と調節力低下および核混濁の関係については,今後の詳細な疫学調査が待たれる.眼部紫外線対策は紫外線による眼障害の発症予防にきわめて有効である.筆者らは,平均的な東洋人女性のマネキン型紫外線センサーを使用し,眼部紫外線被曝量の計測を行っている(図3).頭頂部の紫外線B波(ultravioletB:UV-B)被曝量は太陽高度が高い春から秋の午前10時.午後2時が強い.一方,眼部のUV-B被曝量は,太陽正面を向いていた場合,春から秋で太陽高度が低い朝夕のほうが正午前後に比べ被曝量が大きい19).全方向からの平均的な被曝量からみても,直射光以外に散乱光や反射光があるため,眼の紫外線対策は1日中かつ図3マネキン型紫外線センサー(35)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014513 010203040501.9%2.2%2.7%6.4%31.4%40.9%34.9%40.3%被曝率(%)010203040501.9%2.2%2.7%6.4%31.4%40.9%34.9%40.3%被曝率(%)UV-ABUV-BUV-ABUV-BUV-ABUV-BUV-ABUV-Bキャップ+サングラス眼鏡キャップサングラス図4眼部紫外線防御アイテムの効果年間をとおして必要である.帽子単独では十分な効果が得られない.眼鏡やサングラスはレンズのサイズやテンプル幅,顔面形状とフレーム形状の関係により効果は大きく異なるが,眼鏡で50.70%,サングラスで70.95%の紫外線カット効果が期待できる(図4).Kawakamiらは,ReykjavikEyeStudyにおいて,20代および30代でサングラスを1日30分以上使用していた者は,使用しなかった者に比べ皮質白内障の混濁程度が有意に低かったと報告している20).UVカットコンタクトレンズはUV-Bを98%以上ブロックし,角膜全体および輪部を覆うためきわめて有効である.動物実験においても,その有効性が証明されている21).喫煙はさまざまな健康影響の原因になることが知られているが,白内障の危険因子であることが多くの疫学調査22.24)および動物実験25,26)でも証明されている.Christenらによると喫煙者は非喫煙者に比べ核白内障と後.下白内障のリスクが上昇し,1日20本以上の喫煙者では核白内障が2.24倍,後.下白内障が3.17倍上昇すると報告されている27).Yeらは,メタアナリシスによる解析で,現在の喫煙者では非喫煙者に比べ,核白内障のリスクが1.41倍,後.下白内障が1.43倍増加すると報告している28).皮質白内障に関しては,喫煙によるリスク上昇の報告はない.禁煙が白内障のリスクを低下させ514あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014る効果があることが報告されており,喫煙者に対する非喫煙者の核白内障の発症相対リスクは0.64であるのに対し,禁煙後10年での発症リスクは0.79,20年以上では0.74であり,禁煙は核白内障の発症予防に有効であることが証明されている29).受動喫煙の影響については,疫学研究では有意な影響は証明されていないが,動物実験では受動喫煙したラットにおいて水晶体上皮細胞の重層化,水晶体線維細胞の浮腫,細胞核の拡大,水晶体.の粗雑化などがみられることが明らかになっている25,26).喫煙が核硬化を促進することは確実であり,透明水晶体眼においても核部後方散乱の増加,調節力低下の要因になっている可能性は否定できない.受動喫煙の影響も含め,今後は大規模な疫学調査で喫煙による調節への影響について明らかにしていく必要がある.加齢白内障に対するサプリメントの有効性については多くの疫学研究が行われている.ビタミンC,ビタミンEについて,白内障に対する有効性は調査により異なりコンセンサスが得られていなかったが,エビデンスレベルの高い最近の調査においては,単独では明らかな効果は期待できないと報告されている30.32).血中抗酸化物質と加齢白内障に関するメタアナリシスでは,ビタミンE(オッズ比:0.75),a-カロテン(オッズ比:0.72),ルテイン(オッズ比:0.75),ゼアキサンチン(オッズ(36) 比:0.70)は白人および東洋人での白内障のリスク軽減作用がみられているため33),抗酸化物質の不足が加齢白内障に関与している可能性は高いと考えてよい.しかし,抗酸化物質の過剰摂取が,白内障のリスク増加につながるとの報告もある.Zhengらは,スウェーデン人男性31,120名を対象に8年間の前向き調査を行い,高用量のビタミンC単独あるいはビタミンE単独使用は,白内障の発症リスクを,それぞれ1.21倍と1.56倍上昇させ,ビタミンCについては高齢者とステロイド使用者ではそれぞれ1.92倍と2.11倍でさらにリスクを増加させると報告している34).ビタミンCの摂取量と水晶体内濃度には有意な相関があり,過剰摂取により水晶体中の濃度は上昇する35).過剰ビタミンCはpro.oxidantとしての作用を有することが知られており,水晶体蛋白のglycation36)やスーパーオキサイドの産生37)により白内障発症の原因となる可能性は否定できない.過剰ビタミンEについても,水晶体の酸化障害を生じ白内障の要因になる可能性について報告されている38,39).一方,マルチビタミンに関しては白内障進行予防に有効であるとの報告が多く,Age-RelatedEyeDiseaseStudy(AREDS)でもマルチビタミン・ミネラルであるCentrumRとbカロテン15mg併用の長期投与が核白内障の進行抑制に効果があったとされている40).AREDS2では,ルテインとゼアキサンチン,あるいはこれらとEPA・DHAの組み合わせが白内障に及ぼす影響について検討されたが,明らかな効果は確認されなかった41).食事での不足分をサプリメントで補うというのが基本ではあるが,低栄養(偏食),喫煙者,高度紫外線被曝者,核白内障のハイリスク群ではサプリメントは白内障予防に有効である可能性があり,白内障予防におけるサプリメントの役割は今後さらに高まることが予想される.文献1)vonHelmholtzH:Anatomy,physiology,anddioptricsoftheeye:Gullstrandappendix.Helmholtz’sTreatiseonPhysiologicalOptics,TranslatedfromtheThirdGermanEdition(SouthallJPCed),p.143-172,TheOpticalSocietyofAmerica,Wisconsin,19242)長谷部聡:老視のサイエンスアップデート.あたらしい(37)眼科22:1023-1028,20053)井手武,不二門尚,前田直之ほか:老視の定義と診断基準2010.あたらしい眼科28:985-988,20114)井手武,不二門尚:老視とは何か定義と考え方.あたらしい眼科28:605-608,20115)HashemiH,KhabazkhoobM,JafarzadehpurEetal:Population-basedstudyofpresbyopiainShahroud,Iran.ClinExperimentOphthalmol40:863-868,20126)HickenbothamA,RoordaA,SteinmausCetal:Metaanalysisofsexdifferencesinpresbyopia.InvestOphthalmolVisSci53:3215-3220,20127)HeysKR,CramSL,TruscottRJ:Massiveincreaseinthestiffnessofthehumanlensnucleuswithage:thebasisforpresbyopia?MolVis10:956-963,20048)瀬川潔,橘本賢次郎,川田晋ほか:VDT作業負荷による眼精疲労自覚症状および調節機能障害に対するビルベリー果実由来アントシアニン含有食品の保護的効果.薬理と治療41:155-165,20139)小出良平,植田俊彦:視機能に及ぼすホワートルベリーエキスの効果.あたらしい眼科11:117-121,199410)長木康典,三原美晴,塚原寛樹ほか:アスタキサンチン含有ソフトカプセル食品の調節機能及び疲れ眼に及ぼす影響.臨医薬22:41-54,200611)UchinoY,UchinoM,DogruMetal:Improvementofaccommodationwithanti-oxidantsupplementationinvisualdisplayterminalusers.JNutrHealthAging16:478481,201212)福田正道,高橋二郎,西田康宏ほか:アスタキサンチンの家兎眼内動態の検討.あたらしい眼科25:1461-1464,200813)高橋洋子,井垣通人,阪本一朗ほか:視力や近見反射に対する眼周囲乾熱と湿熱の効果の比較.日眼会誌114:444453,201014)TaylorHR,WestSK,RosenthalFSetal:Effectofultravioletradiationoncataractformation.NEnglJMed319:1429-1433,198815)WestSK,DuncanDD,MunozBetal:Sunlightexposureandriskoflensopacitiesinapopulation-basedstudy:theSalisburyEyeEvaluationproject.JAMA280:714718,199816)SasakiH,JonassonF,ShuiYBetal:Highprevalenceofnuclearcataractinthepopulationoftropicalandsubtropicalareas.DevOphthalmol35:60-69,200217)MurthyGV,GuptaSK,MarainiGetal:PrevalenceoflensopacitiesinNorthIndia:theINDEYEfeasibilitystudy.InvestOphthalmolVisSci48:88-95,200718)GiblinFJ,LeverenzVR,PadgaonkarVAetal:UVAlightinvivoreachesthenucleusoftheguineapiglensandproducesdeleterious,oxidativeeffects.ExpEyeRes75:445-458,200219)SasakiH,SakamotoY,SchniderCetal:UV-Bexposuretotheeyedependingonsolaraltitude.EyeContactLens37:191-195,2011あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014515 20)KawakamiY,SasakiH,JonassonFetal:[Characteristicsandfrequencyofcorticalcataractsatanearlystage(ReykjavikEyeStudyinIceland)].KlinMonatsblAugenheilkd218:78-84,200121)GiblinFJ,LinLR,LeverenzVRetal:AclassI(SenofilconA)softcontactlenspreventsUVB-inducedoculareffects,includingcataract,intherabbitinvivo.InvestOphthalmolVisSci52:3667-3675,201122)WestS,MunozB,EmmettEAetal:Cigarettesmokingandriskofnuclearcataracts.ArchOphthalmol107:1166-1169,198923)LeskeMC,ChylackLTJr,WuSY:TheLensOpacitiesCase-ControlStudy.Riskfactorsforcataract.ArchOphthalmol109:244-251,199124)KleinBE,KleinR,LintonKLetal:Cigarettesmokingandlensopacities:theBeaverDamEyeStudy.AmJPrevMed9:27-30,199325)ShaliniVK,LuthraM,SrinivasLetal:Oxidativedamagetotheeyelenscausedbycigarettesmokeandfuelsmokecondensates.IndianJBiochemBiophys31:261-266,199426)AvundukAM,YardimciS,AvundukMCetal:Determinationsofsometraceandheavymetalsinratlensesaftertobaccosmokeexposureandtheirrelationshipstolensinjury.ExpEyeRes65:417-423,199727)ChristenWG,MansonJE,SeddonJMetal:Aprospectivestudyofcigarettesmokingandriskofcataractinmen.JAMA268:989-993,199228)YeJ,HeJ,WangCetal:Smokingandriskofage-relatedcataract:ameta-analysis.InvestOphthalmolVisSci53:3885-3895,201229)ChristenWG,GlynnRJ,AjaniUAetal:Smokingcessationandriskofage-relatedcataractinmen.JAMA284:713-716,200030)ChristenWG,GlynnRJ,SessoHDetal:Age-relatedcataractinarandomizedtrialofvitaminsEandCinmen.ArchOphthalmol128:1397-1405,201031)McNeilJJ,RobmanL,TikellisGetal:VitaminEsupplementationandcataract:randomizedcontrolledtrial.Ophthalmology111:75-84,200432)RobertsLJ2nd,OatesJA,LintonMFetal:TherelationshipbetweendoseofvitaminEandsuppressionofoxidativestressinhumans.FreeRadicBiolMed43:13881393,200733)CuiYH,JingCX,PanHW:Associationofbloodantioxidantsandvitaminswithriskofage-relatedcataract:ameta-analysisofobservationalstudies.AmJClinNutr98:778-786,201334)ZhengSelinJ,RautiainenS,LindbladBEetal:High-dosesupplementsofvitaminsCandE,low-dosemultivitamins,andtheriskofage-relatedcataract:apopulation-basedprospectivecohortstudyofmen.AmJEpidemiol177:548-555,201335)TaylorA,JacquesPF,NowellTetal:VitaminCinhumanandguineapigaqueous,lensandplasmainrelationtointake.CurrEyeRes16:857-864,199736)LinetskyM,ShipovaE,ChengRetal:Glycationbyascorbicacidoxidationproductsleadstotheaggregationoflensproteins.BiochimBiophysActa1782:22-34,200837)LinetskyM,JamesHL,OrtwerthBJ:Spontaneousgenerationofsuperoxideanionbyhumanlensproteinsandbycalflensproteinsascorbylatedinvitro.ExpEyeRes69:239-248,199938)vanHaaftenRI,HaenenGR,vanBladerenPJetal:InhibitionofvariousglutathioneS-transferaseisoenzymesbyRRR-alpha-tocopherol.ToxicolInVitro17:245-251,200339)BowryVW,StockerR:Tocopherol-mediatedperoxidation.TheprooxidanteffectofvitaminEontheradical-initiatedoxidationofhumanlow-densitylipoprotein.JAmChemSoc115:6029-6044,199340)MiltonRC,SperdutoRD,ClemonsTEetal:Centrumuseandprogressionofage-relatedcataractintheAge-RelatedEyeDiseaseStudy:apropensityscoreapproach.AREDSreportno.21.Ophthalmology113:1264-1270,200641)ChewEY,SanGiovanniJP,FerrisFLetal;AREDS2:Lutein/zeaxanthinforthetreatmentofage-relatedcataract:AREDS2randomizedtrialreportno.4.JAMAOphthalmol131:843-850,2013516あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(38)

眼瞼のアンチエイジング

2014年4月30日 水曜日

特集●眼とアンチエイジングあたらしい眼科31(4):505~510,2014特集●眼とアンチエイジングあたらしい眼科31(4):505~510,2014眼瞼のアンチエイジングAnti-AgingTreatmentfortheEyelid山本哲平*野田実香*はじめに眼瞼のエイジングというと何を思い浮かべるだろうか?眼瞼のしわ・しみなど,加齢によって外見に影響するものがすぐに思い当たるだろう.また,眼瞼下垂や眼瞼皮膚弛緩による視界不良,眼瞼内反による目の痛みなどの機能的な障害も加齢によって生じるものである.一般的な眼科医にとっては,こちらのほうが重要な問題であろう.眼瞼のアンチエイジングとは,美容的なものばかりではなく機能を取り戻す治療を行うことなのである.ただし,機能だけ取り戻しても,見た目が不自然だと患者の満足は得られず,トラブルになることもある.機能の回復と自然な仕上がりの両立を目指していきたいものである.コラム1美容整形手術での若返り美容整形手術でどの程度人は若返り,魅力が増すのだろうか?手術前後の見た目の年齢と外見的魅力を点数化して客観的に検証した結果が米国で報告された1).対象は年齢42~73歳(平均57歳)で,フェイスリフトや上下の眼瞼リフトなど,1カ所以上の手術を受けた患者49人である.これによると,美容整形手術後は平均3歳若くみられたが,外見的な魅力は手術の前後で変わりはないという結果であった.美容整形手術を受けても魅力を増すことはなかなかむずかしいようである.I加齢による眼瞼の変化1.しわ・しみ皮膚の老化に影響を与えるものは加齢による内因的なものと紫外線の曝露による外因的なものの2つが主である.皮膚は外層から順に表皮,真皮,皮下脂肪の3層から構成されるが,加齢・紫外線などの影響で皮膚のそれぞれの層が萎縮し,菲薄化する.また,それらの層を結合している線維組織も弱くなり,しわが生じるのである.内的要因と外的要因のどちらの影響が強いかはまだわかっていない.しかししみに関していえば,加齢よりもむしろ紫外線を浴びることで,表皮角化細胞や色素細胞の遺伝子が傷ついた結果生じると考えられている.このことは,紫外線で生じるDNAの傷を正しく治せない色素性乾皮症の患者で,生後数カ月からしみができることからもわかる.ちなみに外的要因として,紫外線の他に喫煙も皮膚の老化に関係する.喫煙者はしわが目立ち,皮膚の色も黄ばんでみえるようになるため,年齢の割に老けてみえる2).図1a~cは加齢による眼周囲の変化である.図1aの乳児ではしわやしみは一つもみられない.図1bの若年女性でもまだ肌のエイジングはない.図1cは90歳の女性である.長年農業に従事しており,加齢とともに紫外線による影響を受けて眼周囲にさまざまなしわやしみが生じている.また,眼瞼下垂に対する代償性の変化として,眉毛が挙上し前額部にしわがみられる.*TeppeiYamamotoandMikaNoda:北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野〔別刷請求先〕山本哲平:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(27)505 図1眼周囲のしわ・しみ乳児期にはみられなかったしわやしみが,長年の加齢・紫外線などの影響で生じている.赤ちゃんの肌に憧れてしまうが,加齢によるやわらかな眼差しも悪くない.コラム2日光浴の必要性紫外線はしわ・しみの原因となるが,最近は光老化を防ごうとして紫外線対策を過剰に行う人が増えている.しかし,人は紫外線を浴びることにより体内でビタミンDを合成している.いきすぎた紫外線予防のために作られるべきビタミンDが不足する可能性もあるのである.また,食べ物からビタミンDを摂取できない乳児にくる病が発症するとの報告や3)高緯度地方に住んで日光に当たる頻度が少ないと消化器系の悪性腫瘍の発生頻度が高まるとの報告4)もある.1日に必要なビタミンDを体内で作るために必要な日光浴の時間を国立環境研究所が発表した.顔と両手の甲の日光浴で必要な時間は,7月晴天時の正午の場合は札幌市で5分,つくば市で4分である.12月晴天時の正午の場合は札幌市で76分,つくば市で22分であった.冬季の北日本ではかなり長時間の日光浴が必要となることがわかる.しわ・しみを恐れて癌やくる病になっては本末転倒で506あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014あり,紫外線対策もほどほどがよさそうである.2.上眼瞼の加齢変化上眼瞼に眼窩脂肪が多いと加齢により皮膚弛緩症を呈しやすい.また,眼窩脂肪が少ないと上眼瞼が陥凹しやすい.重瞼線は組織のたるみの影響ではっきりしなくなる場合もあるし,上方に移動することもある.眼瞼下垂や眼瞼皮膚弛緩が生じると視界が狭くなり,代償性の変化として,瞼を持ち上げるために眉毛を挙上させる.これによって前額部にしわが生じる.加齢による上眼瞼の変化を以下に示す(図2).a.眼瞼下垂老人性眼瞼下垂は日常診療でよくみる疾患である.上眼瞼挙筋腱膜と瞼板との接合が脆弱になるために生じる.手術治療は挙筋腱膜を瞼板に縫合する治療が一般的であり,Muller筋タッキングを行う術者もいる.図3は左目のみハードコンタクトレンズを長年装用して眼瞼下垂が生じた例である.挙筋腱膜逢着術を施行し(28) た.術後は左右差が減少し自然な見た目になっている.b.皮膚弛緩症上眼瞼の皮膚がたるみ,瞼縁を越えてかぶさっている状態である.余剰の皮膚を持ち上げると瞳孔反射が確認できる.上眼瞼皮膚弛緩症の手術治療には「瞼縁皮膚切除法」と「眉毛下皮膚切除法」がある.瞼縁皮膚切除法では重瞼線を切開し,瞼縁付近の皮膚を切除する(図4).一重まぶたの場合は重瞼を作製すると術後の皮膚のたるみを緩和できる.ただし,瞼縁付近の薄い皮膚を切除するとその上の厚い皮膚が降りてくるため,見た目が悪くなる場合がある.瞼の皮膚が厚い場合は行わないほうがよい.眉毛下皮膚切除術は眉毛の下の厚い皮膚を切除する(図5).この方法だと眉毛の下に縫合した傷跡が残ることがあるため,眉毛の薄い場合は注意が必要である.c.上眼瞼の陥凹(sunkeneye)加齢により眼窩脂肪が萎縮すると上眼瞼の陥凹が目立つようになる(図6).また,挙筋腱膜が瞼板から外れると代わりに瞼板上方の組織を引くため,さらに陥凹が進行する.この際,重瞼線が上方に移動することがある.上眼瞼の陥凹は眼窩脂肪の減少だけでなく,眼窩内の多様な支持組織の弛緩によって脂肪を含めた眼窩内容物全体が下方に移動することで助長される.そのため下眼瞼を圧迫すると上眼瞼の陥凹は減少する.治療は脂肪注入などが行われている5).d.眉毛挙上眼瞼皮膚弛緩や眼瞼下垂がある場合は,瞼を持ち上げa眼窩隔膜whiteline非常に疎な間隙眼瞼挙筋Whitnall靱帯挙筋腱膜挙筋腱膜の枝Muller筋結膜瞼板b上眼瞼の陥凹上昇した挙筋腱膜重瞼線図2加齢による上眼瞼の変化挙筋腱膜と瞼板の結合が緩むことで眼瞼下垂が生じる.瞼板から外れた挙筋腱膜が上方の組織を引くことで重瞼線が上昇したり,上眼瞼の陥凹を生じたりする.〔眼科プラクティス:22抗加齢眼科学(坪田一男編),文光堂,2008より転載〕図3左眼瞼下垂症(術前後)62歳,女性.両眼の挙筋腱膜逢着術と重瞼形成術を施行した.手術後は開瞼幅が広くなるとともに,重瞼を形成したことで目元がはっきりしている.(29)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014507 図4瞼縁皮膚切除(術前後)86歳,男性.点線で囲まれている瞼縁の皮膚を切除した.術後は瞳孔反射確認できるようになっている.重瞼の形成を併せて行っている.図6上眼瞼陥凹85歳,男性.上眼瞼に深い溝が形成され,眼瞼下垂を合併している.下眼瞼は脂肪の膨らみがありやや突出している.この部分を押すと,脂肪が上方へ移動して上眼瞼の陥凹はいくぶん軽減される.図5眉毛下皮膚切除(術前後)82歳,男性.眉毛の下の厚い皮膚を切除した.術後は瞳孔反射が確認できるようになっている.るために眉毛を挙上させる.これにより前額部にしわが生じる(図1c).眼瞼皮膚弛緩・眼瞼下垂の手術を行うことで,眉毛挙上が改善してしわが減少する.3.下眼瞼の加齢変化加齢により,下眼瞼を構成する皮膚や眼輪筋が菲薄化し弛緩する.眼輪筋を眼窩下縁に固定している支持組織も弱くなる.このために下眼瞼の組織は水平方向と垂直方向に弛緩してくる.また,下眼瞼牽引筋腱膜と瞼板との結合が緩んだり,眼窩隔膜自体も脆弱になる.これらの変化により,眼瞼の内反症や脂肪脱が生じる.内反症は見た目にはあまり影響しないが,眼表面の障害につながる(図7).また,脂肪脱によりいわゆる目袋が形成される.a.下眼瞼内反症加齢により,下眼瞼牽引筋腱膜と瞼板の接合が脆弱に508あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(30) a下円蓋部支持靱帯下直筋眼輪筋下眼瞼牽引筋腱膜眼窩隔膜(lowerlidretractor)(capsulopalpebralfascia)瞼板(tarsalplate)Lockwood靱帯下斜筋(orbitalseptum)b眼輪筋の収縮牽引筋腱膜の断裂図7下眼瞼内反症下眼瞼牽引筋腱膜と瞼板の結合が断裂する.また下眼瞼の組織全体が弛緩することで内反症が生じる.〔眼科プラクティス:22抗加齢眼科学(坪田一男編),文光堂,2008より一部改変転載〕なる.また,下眼瞼の組織全体が水平方向,垂直方向ともに弛緩する.これらが原因で眼瞼内反症が生じる(図8).牽引筋腱膜を瞼板に縫いつけるJones法が,もっとも理にかなった方法として広く行われている.組織の弛緩を矯正する治療としては皮膚切除術,眼輪筋短縮術・瞼板短縮術などが行われる.眼瞼内反症の程度が強い場合はこれらを組み合わせて手術を行う.b.脂肪脱眼窩脂肪は眼窩隔膜と眼輪筋に押さえられている.しかし,加齢により眼窩隔膜が菲薄・脆弱化し,かつ眼窩隔膜前部の眼輪筋も菲薄化すると眼窩の脂肪を押さえられなくなる.そこで突出して目袋とよばれる膨らみを形成する(図9).目袋の下縁に当たる部位では,眼輪筋が眼窩下縁を形成する頬骨の骨膜から線維が伸びて支持されているため垂れ下がりが少なく,溝を形成する.皮膚側,または結膜側から脂肪を摘出して治療を行う.文献1)ZimmAJ,ModabberM,FernandesVetal:Objectiveassessmentofperceivedagereversalandimprovementinattractivenessafteragingfacesurgery.JAMAFacialPlastSurg15:405-410,20132)ErnsterVL,GradyD,MikeRetal:Facialwrinklinginmenandwomen,bysmokingstatus.AmJPublicHealth85:78-82,19953)堀内勁:母乳を飲めば骨の強い子に育ちますか?周産期医学42:114-115,20124)OtaniT,IwasakiM,SasazukiSetal:PlasmavitaminDandriskofcolorectalcancer:theJapanPublicHealthCenter-BasedProspectiveStudy.BrJCancer97:446図8左下眼瞼内反症96歳,女性.左眼の下眼瞼内反症.両下眼瞼を下方に牽引すると,左眼の瞼縁は右眼よりも下方に引かれ弛緩が強いことがわかる.外見的には内反症があってもあまり違和感がない.(31)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014509 451,20075)阿部浩一郎:脂肪注入.眼手術学2眼瞼(野田実香編),p528-537,文光堂,2013図9脂肪脱下眼瞼に目袋とよばれる膨らみが形成されている.510あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(32)

レドックス環境と眼のアンチエイジング

2014年4月30日 水曜日

特集●眼とアンチエイジングあたらしい眼科31(4):497.504,2014特集●眼とアンチエイジングあたらしい眼科31(4):497.504,2014レドックス環境と眼のアンチエイジングEvaluationandtheSkewingofThiolRedoxStatusforAnti-AgingoftheEye山田潤*はじめに眼科に関するアンチエイジングの領域では,加齢に伴うさまざまな眼疾患についての予防法や治療法が実践されている.本項では疾患別に病態をとらえるのではなく,レドックスという局面から眼疾患の病態を評価することで,体全体の中での眼の応答を理解し,予防と治療に関する新たなアプローチへつながることを期待する.Iレドックスと抗酸化レドックス(redox)とは,還元反応(reduction)と酸化反応(oxidation)とをまとめただけの造語である.酸化とは単純に酸素との結合を意味するのではなく,水素が外れる際も酸化反応である.たとえば,還元型グルタチオン(glutachione-SH:GSH)が二量体の酸化型グルタチオン(glutachione-S-S-glutachione:GSSG)に酸化される場合には,GSHに存在しているチオール基(R-SH:スルフヒドリル基,水硫基,メルカプト基と同義)から水素を失いジスルフィド基(R-S-S-R)を形成して酸化されている.堅い言葉でいうと「電子を失い酸化数が増加すること」が酸化である.レドックスにおいて重要なポイントは,抗酸化作用を促す還元剤(reducingagent,reductant)は目的物質を還元させると同時に還元剤自体が酸化されること,そして酸化剤(oxidizingagent,oxidant)ではその逆が生じていることである.抗酸化物質(antioxidant)や抗酸化剤とよばれている食品や薬剤は生体の酸化ストレスや食品の変性の原因となる活性酸素種(フリーラジカルや過酸化水素など)を捕捉して無害化する還元剤であることが多い(アントシアニンなどのポリフェノール類やアスコルビン酸など).さらに,抗酸化作用という文言には,青色光を吸収することで間接的に活性酸素の発生を抑制する作用(ルテインの一作用など)なども含まれることがある.IIアンチエイジングにおけるレドックスアンチエイジングの実践にはレドックス偏倚が密接に関係している.一つには,抗酸化物質による酸化ストレスの中和である.酸化ストレスが多くの生活習慣病を引き起こすことは「老化における酸化ストレス蓄積説」として知られている.強い酸化作用を有している活性酸素(reactiveoxygenspecies)やフリーラジカルは老化や癌の発生に関与しており,炎症や紫外線によって発生する.酸化脂質なども酸化ストレス誘導因子であり,生活習慣病や加齢黄斑変性発症に関連している.細胞内で毎日大量に発生している活性酸素の大部分は抗酸化機能によって消去されるが,安定化できなかった一部の活性酸素が細胞内のDNA損傷をきたす.大部分のDNA損傷は修復されるにもかかわらず,修復できなかった一部が加齢や疾患へとつながる.活性酸素の除去にはカタラーゼなどの酵素やビタミンA,C,E,そしてGSHなどの抗酸化物質が働き,それぞれが除去可能な活性酸素種のみを中和する.また,パラオキソナーゼ(paraoxonase:PON-1)などの抗酸化機能は酸化ストレス誘導物質の分*JunYamada:明治国際医療大学眼科〔別刷請求先〕山田潤:〒629-0301京都府南丹市日吉町保野田ヒノ谷6-1明治国際医療大学眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(19)497 解酵素として機能を果たす.アンチエイジングに関係しているもう一つの重要なレドックスはチオール基のレドックスであり,生体内の蛋白機能や細胞機能の制御にかかわっている.たとえば,DNA修復に重要な役割を担うポリADPリボースポリメラーゼ(polyADP-ribosepolymerase:PARP)は,分子内チオールレドックスで酵素活性が制御されている.また,チオールレドックス偏倚を行い細胞内のGSH/GSSH比を偏倚させることで抗原呈示細胞,上皮細胞,線維芽細胞をはじめとするさまざまな細胞の機能が制御され,ひいてはTh1(Tヘルパー1型)/Th2(Tヘルパー2型)免疫応答の制御をも担っている.チオール基を有する抗酸化酵素であるチオレドキシン(thiore-doxin:Trx)やGSHなどは酸化ストレスからの保護作用とともに細胞内シグナル伝達にも関与している.本項では,GSHに関連した酸化ストレス防御と細胞機能調節とを中心として,チオールレドックス理論に基づいた眼疾患評価と予防について概説する.III生体内におけるGSHの役割GSHはグルタミン酸,システイン,グリシンが結合したトリペプチドであり,生体内のチオール基の約90%はGSHが有している.GSHの生理的機能は大きく4つあげられる(図1).1つめは細胞内のチオール環境を維持することにより,過酸化物や活性酸素種を還元して消去する働きがある.GSHが活性酸素(ヒドロキシラジカル(OH.)を中和するとされている)を捕捉してGSSGに変化することで役割を果たす.2つめは,細胞外環境の影響により細胞内GSHと細胞内GSSGとの相互変換が生じる結果,細胞内GSH/GSSG比の高低によって細胞内シグナル伝達やサイトカイン産生といった細胞機能が変化する.特に,マクロファージや樹状細胞といった抗原提示細胞の細胞内GSH変化は局所におけるTh1/Th2バランスを規定しており,還元型であるGSH比が高いときIL-12などのTh1サイトカインを産生し,GSH比が低いときIL-4などのTh2サイトカインを産生する.興味深いことに,GSH/GSSG比を人為的に偏倚させることで細胞機能を変えることが可能である.3つめは,GSHのシステインに含まれるチオール基が細498あたらしい眼科Vol.31,No.4,20142GSH+R-OOH→GSSG+R-OH+H2OG-SH+G-SH+(O)→G-SS-G+H2O(還元型:GSH)(酸化型:GSSG)生体内でのグルタチオンの働き1)ラジカルの捕捉・抗酸化成分2)酸化/還元による細胞機能の調節3)各種酵素のSH供与体4)グルタチオン抱合による解毒代謝図1グルタチオンの還元型.酸化型相互変換と生体内での働き胞におけるシステイン源であり,GSHが枯渇すると細胞は生存できない.4つめは,GSHが解毒代謝に関与しており,有害物質がグルタチオン抱合(システイン残基のチオール基に結合させる)してメルカプツール酸となり,自ら細胞外へ排出される.解毒剤として用いられているN-アセチルシステインは細胞内GSH量を増加させる働きを有している.アセトアミノフェンなどによってGSH濃度が低下すると薬物による毒性が発現することもある.IV細胞内GSHの増減とGSH量評価一般的に細胞内GSH量を低下させる要因としては,1)細胞のダメージによってGSH産生が低下した場合(加齢による細胞機能低下や細胞死へ陥る状態などもこれに含まれる),2)酸化ストレスなどによりGSHが酸化されGSSGに変換されている場合(炎症局所や紫外線照射など),3)組織が過度の低酸素状態にある場合(固形癌の中央部や過剰の炎症細胞浸潤によって酸素消費されている局所など),4)ステロイドやTGF-bの直接作用,5)Th2サイトカイン刺激(アレルギー環境が典型例),6)酵素抑制剤(BSO,BCNUなど)などがあげられる.逆にGSHを上昇させる要因には,1)Th1サイトカイン刺激やレンチナン(椎茸由来のb-1,3グルカン)などのTh1状態誘導剤による刺激,2)ポリフェノール,チオレドキシン,還元型誘導剤(GSH-OEt,N-アセチルシステインなど)などが知られている.局所におけるGSH量変化をみることで加齢や炎症疾患における病態変化が理解できる.生化学的手法では試料を酸化させて増加したGSSG量を計算し,GSH量を(20) 角膜縫合炎症モデル(マウス)角膜上皮角膜実質施術直後High7日後GSH25μmLow疑似カラーを用いたGSH量表示50μm図2炎症によるGSH低下(角膜上皮)とGSH上昇した細胞の浸潤(角膜実質)マウス角膜炎症モデルを凍結包埋しチオール基を染色評価.紫外線波長の単色光の結果は擬似カラーを用いて表現(GSH量が多いところから,黄→赤→青→緑).角膜上皮ではGSH低下がみられる.逆に実質14日後21日後ではGSH量が増加した浸潤細胞がみられる.評価する.しかし,GSHは容易に酸化されやすいことや,微小組織におけるGSHの増減や局在は評価困難である.そこで,生体内の90%のチオール基がGSHに存在していることを利用し,チオール基と特異的に結合して発色するMCB試薬(mBCI:monochlorobiamine)で染色後,紫外線波長で励起した蛍光強度を観察することで簡便にGSH量やその変化を相対的に評価できる.本手法は培養細胞,薄切標本,インプレッションサイトロジーなどで採取した細胞などさまざまな試料を評価できる.実際のGSH評価と,人為的なGSH変動による病態制御とについて概説する.V炎症性角結膜疾患では細胞内GSH量が低下組織障害や組織炎症が生じると炎症組織の細胞内GSH量が低下することから,GSH量評価によって診断や治療効果の判定を行うことが可能である.たとえば,角膜を切開・縫合した角膜炎症マウスモデルでは,炎症が沈静化するまで角膜上皮内GSHの著しい低下がみられる(図2).細胞機能低下と炎症による酸化ストレスを防御したことでGSHが低下している.逆に,角膜実質には細胞内GSHが上昇した還元型マクロファージが浸潤しており,遅延型過敏反応を誘導する準備がすでに整(21)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014499 健常結膜(40歳,女性)重症ドライアイ結膜(40歳,女性)HighMCB蛍光(擬似カラー)MCB蛍光(擬似カラー)GSHLowMCB(緑)+PI(赤)MCB(緑)+PI(赤)図3ドライアイ結膜におけるGSH低下インプレッションサイトロジー法による結膜上皮採取サンプルのチオール基を染色評価.ドライアイでは細胞内GSHの低下がみられる.PIによる核染色を行うことで,GSHは細胞質に多く存在することがわかる.っている.異物やアロ抗原などが存在すると速やかに全身の免疫系へ情報が伝わる.ドライアイには酸化ストレスの関与が証明されている.また,細胞障害や瞬目擦過などに起因した炎症の関与が示唆されており,抗炎症治療を実践している施設も増えている.実際,ドライアイにおける結膜上皮細胞内GSHは劇的に低下しており,涙点プラグなどの治療によって正常化することがわかっている(図3).ドライアイにおける結膜のGSH評価においては,微小な炎症をも明瞭な変化で評価できることから,治療効果の量的判定方法の一つとして期待がもたれている.その他,急性結膜炎や活動期の翼状片においても結膜上皮中の細胞内GSH低下がみられる.VI加齢に伴うGSH産生量の低下GSHは酸化ストレスを感知して生合成が進む.細胞内でミトコンドリア膜上に存在しているNADPHが酸素を感知し,Nrf-2蛋白が核移行する.Nrf-2シグナルによってGSH合成がなされ,細胞内GSH含量が増加する.GSHは抗酸化作用を発揮するだけでなく,GSH増加によるTNF-a産生抑制やMIF産生抑制,そしてNF-kB抑制につながることで抗炎症にも働いていることが大切である(図4).GSHの生合成には転写因子であるNrf-2が必須であるが,加齢に伴いNrf-2遺伝子発現が低下するためにGSH生合成自体が低下する.実際,インプレッションサイトロジー法を用いてヒト結膜上皮細胞を採取し,MCB染色を用いてGSH量を評価すると,高齢者で細胞内GSHの有意な低下がみられ,抗酸化能の低下がうかがえる(図5).VII人為的GSH.GSSG比制御によるTh1,Th2疾患の抑制未分化なCD4+T細胞(Th0)は抗原呈示細胞の誘導によって抗原特異的に分化し,Th1(細胞性免疫誘導),Th2(アレルギー応答誘導),Th17(好中球を主体とした免疫炎症誘導),Treg(調節性T細胞,抗原特異的な500あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(22) 細胞質内活性酸素(ROS:reactiveoxygenspecies)TNF-a産生MIF産生NFkBNrf加齢とともにNrf-2の発現が低下=加齢に伴うGSH合成の低下ミトコンドリアNrf-2NQO1CRP/p300GSHKeap1Nrf-2-2Keap1GSTHO-1MalARE組織中にGSH量が少ない=酸化ストレス防御能が低い=組織障害が生じやすい図4GSH合成の細胞内メカニズムと加齢に伴うGSH産生量低下1)ミトコンドリア膜上に存在するNADPHが酸素を感知すると,2)Nrf-2蛋白が核移行し,3)細胞内GSH含量が増加する.細胞内GSHは酸化ストレス抑制だけでなく,TNF-a産生の抑制やMIF産生の抑制,ならびにNF-kBの抑制にも働き,抗炎症効果を果たす.加齢に伴いNrf-2蛋白発現が低下するためGSH生合成が低下する.免疫抑制)の大きく4つのレパートリーに分化する.簡単に一部を抜粋すると,Th1とTh2とは互いに抑制し合っており,Th1応答とTh2応答は同時に成立しない.Th1/Th2バランスは抗原提示細胞の細胞内チオールレドックス状態により制御され,細胞内グルタチオンにおけるGSH/GSSGのバランスによって調節されている.すなわち,抗原呈示細胞の細胞内GSH/GSSG比を偏倚させることでTh1/Th2バランスを人為的に変換可能である.Th1応答が主体の角膜移植拒絶反応は,細胞内GSH量を減少させるTh2偏倚薬剤を結膜下投与するだけで拒絶抑制が可能であることがマウスモデルで証明されている.逆に,アレルギーにおいては,アレルゲン曝露によって細胞内チオールレドックス状態が酸化型に傾斜した結果,Th1/Th2バランスがTh2に傾斜し,抗体産生やアレルギー応答が増強される.さらに,局所においては抗原提示細胞とT細胞との間でサイトカイン刺激によるTh2増強ループが形成されてアレルギー応答の増強・維持が生じている.そこで,チオールレドックス状態を還元型に傾斜させるレンチナン(椎茸子実体から抽出したb-1,3グルカン1,2))を用いることによってTh1応答を増強させると同時にTh2応答を抑制しアレルギー性結膜炎を抑制できた(図6).これはヒト二重盲検試験において,臨床症状の改善と血中IgEの減少がみられた(23)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014501 若年者高齢者高齢者22歳,男性84歳,男性HighGSHLow22歳,女性91歳,女性MCB平均輝度200±16(25.3±3.1歳,n=6)MCB平均輝度169±60(78.1±8.9歳,n=6)図5加齢に伴う細胞内GSH低下(結膜上皮)インプレッションサイトロジー法による結膜上皮採取サンプルのチオール基を染色評価.眼疾患が認められない高齢者においても細胞内GSH低下がみられる.樹状細胞やマクロファージ還元型GSH酸化型GSSG分化誘導Th2Th1CD4+Th0IL-4IL-6IFN-gIL-12Th2環境の維持IL-4アレルギーIFN-g癌免疫増強体質改善図6チオールレドックス偏倚によるアンチエイジング(アレルギー制御含む)加齢に伴いTヘルパー2型T細胞(Th2)へ生体バランスが傾斜する.アレルギーにおいてもTh2と酸化型抗原提示細胞とによるTh2環境の増幅が生じている.レンチナンによる還元型GSH誘導によって花粉症(Th2病)が改善した.すなわち,癌免疫増強ができるTh1応答への傾斜といった体質改善が見込める.502あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014だけでなく,抗アレルギー効果はCD14陽性の単球とレンチナン結合率とが高いヒトにおいて効果的に抑制できることがわかっている3,4).すなわち,チオールレドックス制御によってTh1/Th2免疫応答はかなりの部分制御可能である.Th1応答を増強させる治療においては,アレルギーを根本的に抑制できる可能性をも有しているが,逆にTh1病は増悪することに注意が必要である.眼科疾患においては角膜移植拒絶反応などがあげられ,実際にb-グルカン服用直後に拒絶反応がみられたこともあるため,移植後の患者には勧めてほしくない療法である.(24) (25)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014503VIII加齢に伴う免疫能低下(Th2偏倚)とGSH.GSSG比上昇(Th1偏倚)による疾患予防加齢に伴いTh1/Th2バランスがTh2へ偏倚することがわかっており,マウスモデルでは加齢に伴うIFN-g産生(Th1サイトカイン)が減少し,IL-4産生(Th2サイトカイン)が上昇している.加齢に伴う悪性新生物の発症増加には免疫力の低下が一因とされている.悪性新生物は分裂回数30回程度で1g程度の大きさとなり,初めて臨床の癌として発見される.さらに10回程度分裂すると1kg程度の大きさとなり,末期癌としてQOL改善が治療となる.すなわち,臨床癌として発見されるまでの長い間に免疫力を強く保ち,免疫予防を行うことが重要と考えられる.免疫能を賦活させること,すなわちNK細胞活性や細胞性免疫能を上げることが予防の一つとされている.Th1/Th2バランスを修復することが抗加齢の一つの手段と考えられており,抗原提示細胞の細胞内GSH/GSSGのチオールレドックス偏倚によって細胞性免疫の増強が期待できる.Th1応答を増強させる一つの戦略がレンチナンである.b-グルカンであるレンチナンは,手術不能胃癌患者に対して世界で初めて延命効果を立証した癌免疫療法剤であり,保険適用のある注射剤として臨床使用されてい腸管粘膜腸管粘膜再凝集ナノテクノロジーによる微粒子化安定溶液中粒子径約200μm溶液中粒子径約0.2μmパイエル板1.0~5.0μm通過できないb-グルカン凝集体微粒子化b-グルカン凝集体“微粒子化”b-グルカン通過可能図7溶液中でのb.グルカン再凝集と腸管吸収における問題点b-グルカンは溶液中でパイエル板を通過できない大きさの凝集体を形成する.服用による効果が得られるためには,b-グルカンが溶液中で0.5μm以下の微粒子で安定していることが必要である. る.癌患者に対する著明なQOL改善だけでなく,癌に対する免疫予防効果も期待されている.b-グルカンは一般に上市され,サポーターも多い.しかし,2つの点において注意が必要である2,4).1つめは,グルカン粒子は微粒子化処理を施しても,溶液中ではグルカン粒子が100μm以上の大きさにミセル化して凝集してしまい,腸管吸収できない.すなわち,椎茸を煎じて飲む時点では服用にて効果が得られるが,一旦冷却したり,粉末化した際には注射剤でないと効果が得られないことがわかっている(図7).2つめは,b-グルカンは多糖類であるため,種によって異なる形状を有している.すなわち,科学的根拠を十分有している椎茸の1,3-b-グルカン以外の菌糸類では機序が明らかでないといえる.パン酵母由来のb-グルカンに至っては効果程度が信じがたい.そこで筆者らは,ナノテクノロジー技術により腸管吸収可能な大きさに微粒子化した,味の素製のミセラピストRを用い,経口摂取でのアレルギー軽減作用を証明した.微粒子化していないレンチナンでは同量のb-グルカンを服用しているにもかかわらず抗アレルギー効果は全くみられなかったのに対し,微粒子化安定したレンチナンでのみ効果が得られた.現在は末期膵癌やその他の末期癌における延命効果が公表されている.おわりに近年の医療機関ではアンチエイジングを取り入れ始めているところが多い.アンチエイジングという言葉は加齢に拮抗するという意味にも捉えられることで目をひくキーワードではあるが,「不老不死」を目指すものでは決してない.加齢という生物学的プロセスに介入を行い,加齢に伴う疾患の発症率を下げることや,健康長寿を目指すといった医学である.「オプティマル・ヘルス」や「最善の健康状態を維持する」医療であると大きく理解し,老年医学の分野とも相通じる学問であると考えている.今回とりあげたチオールレドックスを用いた人為的制御法は,眼における新生血管や線維化とも十分な関連があり,さらなる加齢性疾患への応用が期待できる.文献1)ChiharaG,MaedaY,HamuroJetal:Inhibitionofmousesarcoma180bypolysaccharidesfromLentinusedodes(Berk.)sing.Nature222:687-688,19692)羽室淳爾:癌免疫療法剤「レンチナン」の新たなうねり経口レンチナンの誕生.癌と化学療法32:1209-1215,20053)YamadaJ,HamuroJ,HatanakaHetal:Alleviationofseasonalallergicsymptomswithsuperfinebeta-1,3-glucan:Arandomizedstudy.JAllergyClinImmunol119:1119-1126,20074)山田潤:眼によい食べ物.あたらしい眼科27:29-34,2010504あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(26)

レスベラトロールによる網膜のアンチエイジング

2014年4月30日 水曜日

特集●眼とアンチエイジングあたらしい眼科31(4):493.496,2014特集●眼とアンチエイジングあたらしい眼科31(4):493.496,2014レスベラトロールによる網膜のアンチエイジングEffectofResveratrolonAgingoftheRetina長岡泰司*はじめにエイジング(老化)は,加齢に伴って恒常性維持機構が破綻する結果認められる生命現象と定義される.網膜においては,加齢黄斑変性など,加齢による直接作用を受ける疾患に加え,動脈硬化など加齢に伴う病態・疾患に影響を受ける網膜静脈分枝閉塞症などがあり,網膜へのエイジングの影響は複雑・多様である.最近予防医学の観点から,網膜のエイジングを薬物やサプリメントで予防することが期待されている.実際,米国で実施されたAge-RelatedEyeDiseaseStudy(AREDS)では,抗酸化剤ビタミンとミネラルを含むサプリメントが加齢黄斑変性の発症・進行の予防に有効であるとの報告がなされ,サプリメントによる網膜のアンチエイジングが期待される.最近,カロリー摂取制限(caloricrestriction:CR)による寿命延長の効果が注目されている.実際,CRにより長寿遺伝子サーチュインが活性化され1),酵母の寿命が延長するというアンチエイジング効果が『Nature』誌に報告され,サーチュインに着目したアンチエイジングの研究が飛躍的に増加している.一方で,サーチュインが長寿遺伝子ではないという意見もあり,今後のさらなる研究が必要とされており,まだまだ活発な議論がなされているところであるが,本項では,サーチュイン=長寿遺伝子という立場に立って話を進めていく.古くから日本でも,「腹八分目は医者いらず」ということわざがあるように,食餌制限が健康に良いというこ3¢OH2¢4¢HO65¢56¢423OH図1レスベラトロールの構造式〔あたらしい眼科27:17,2010〕とは経験的に知られていたが,これが科学的に証明される時代になったといえる.食餌制限が健康に良いことはわかっても,それを日常生活で実践することは至難の業といえる.食餌制限をせずに長寿遺伝子サーチュインを活性化できれば理想的である.そこで,サーチュインを活性化する物質の探索が始まった.2003年,レスベラトロール(図1)が長寿遺伝子サーチュインをもっとも活性化させるという報告がなされ2),俄然レスベラトロールが注目を集めるようになった.レスベラトロールは赤ワインに含有されているポリフェノールであるが,古くから「フレンチパラドックス」として知られる赤ワインと心血管関連死抑制の関連性について3),このレスベラトロールが心血管保護的に作用することが知られてるようになり,長寿遺伝子サーチュインの活性化作用が近年注目を集めている.本項では,これまでの網膜領域におけるレスベラトロールの研究成果についてまとめるとともに,眼科領域でのレスベ*TaijiNagaoka:旭川医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕長岡泰司:〒078-8510旭川市緑が丘東2条1-1-1旭川医科大学眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(15)493 ラトロールを用いた研究も進んでおり,今後のレスベラトロールによる網膜アンチエイジングの可能性について考えてみる.Iレスベラトロールのアンチエイジング効果と長寿遺伝子SIRTレスベラトロールによるアンチエイジング効果については,長寿遺伝子として知られるサーチュイン遺伝子が深く関与していると考えられている.サーチュイン遺伝子SIRTは,ヒトでは7種類見つかっており,SIRT1.7と命名されている.なかでもSIRT1は,核内に存在し,エネルギーの摂取状況に応じて,複数の転写因子や制御因子を脱アセチル化することにより,標的遺伝子の発現レベルを制御して,代謝を調節することから,カロリー制限時に活性化すると考えられ,摂食エネルギーの変動に適応するために必要な分子である.レスベラトロールの標的もこのSIRT1であるとされる.眼球におけるサーチュイン遺伝子の発現も確認されており,網膜では,網膜色素上皮細胞,内顆粒層,外顆粒層,神経節細胞層にSIRT1の発現が認められている4)(図2).現在,米国ではこのサーチュインを活性化させる物質がいくつか開発されており,その臨床治験の結果SIRT1Retina図2網膜におけるSIRT1の局在(文献4より改変掲載)が待たれるところであるが,現時点ではいまだ有効性が証明されてはいない.また,サーチュイン遺伝子が実際どのようなメカニズムでアンチエイジングに働くのかはよくわかっておらず,今後の眼科領域におけるサーチュイン遺伝子の研究の発展に期待したい.IIレスベラトロールの網膜神経保護効果網膜疾患モデルでレスベラトロールの網膜神経保護効果が最近多く報告されている.以下に簡単にまとめる.1.糖尿病網膜症実験糖尿病モデル動物におけるレスベラトロールの網膜神経保護の報告としては,2010年にKimらが,STZ誘発糖尿病マウスでは,発症2カ月後で認められる神経節細胞死が,レスベラトロール(20mg/kg)の4週間連日投与により抑制されると報告した5).彼らはさらに同じ糖尿病マウスモデルで,血管透過性亢進,網膜毛細血管壁細胞消失,血管内皮細胞増殖因子(VEGF)産生増加が,レスベラトロール投与により抑制されたと報告している6).Kubotaらも,STZ(ストレプトゾトシン)誘発糖尿病マウスによる検討で,慢性炎症反応としてみられる白血球接着や網膜内ICAM(細胞間接着因子)-1およびVEGFの発現が,レスベラトロール投与(50mg/kg体重,7日間)により抑制されることを報告した7).さらに彼らは,このレスベラトロールの抑制効果には,AMP-activatedproteinkinase(AMPK)の活性化が関与しており,糖尿病で低下したAMPK活性化の低下が,レスベラトロールのみならずAMPK活性化剤であるAICARでも回復しているのを見いだしている.AMPKは,エネルギー低下により産生が増加するAMPによって活性化される蛋白質リン酸化酵素であり,レスベラトロールの網膜における作用にはAMPKの活性化も関与していることを示している.筆者らも,AMPK活性化剤AICARや,シロスタゾールで網膜血管が拡張することを見いだしており8),AMPKを標的とした網膜血管保護効果も期待される.2.視神経挫滅視神経挫滅による網膜神経節細胞死は,レスベラトロ494あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(16) ール(9.4μM)の硝子体投与により抑制された.この抑制作用はSIRT1阻害剤の同時投与で消失したことから,このレスベラトロールの神経保護作用はSIRT1活性化を介した作用と推測される9).同様の知見は,SIRT1を過剰発現させたマウスでも確認されており,レスベラトロールの神経保護作用には酸化ストレスの抑制も関連すると報告されている10).3.網膜虚血再灌流眼圧上昇による網膜虚血再灌流により網膜機能障害が引き起こされるが,レスベラトロール30mg/kgをラットの腹腔内に前投与しておくと,網膜機能変化(ERGでのa波・b波の振幅低下)と組織学的変化(網膜の菲薄化)がいずれも減弱し,レスベラトロールによる網膜神経保護作用が認められた11).また,Liらは12),虚血再灌流負荷2日前からマウスにレスベラトロールを投与しておいたところ,毛細血管レベルでの変性が抑制され,これは小胞体ストレスを介した反応であると考えられる.レスベラトロールが抗酸化ストレス作用を有することはよく知られているが,小胞体ストレスの抑制を介していることが示されたことは興味深い.4.網膜.離ラットの網膜下に粘弾性物質を注入して人工的網膜.離を作製すると,作製後3日で視細胞のアポトーシスや外顆粒層の菲薄化が引き起こされるが,レスベラトロール(20mg/kg)を腹腔内投与すると,有意にTUNEL(TdT-mediateddUTPnickandlabeling)陽性細胞数が減少しており,レスベラトロールの神経保護効果が確認された13).5.光障害性網膜変性網膜光障害による網膜変性モデルマウスは,網膜色素変性症や加齢黄斑変性の研究に有用である.Kubotaらは,マウスに光曝露(5,000lx,白色光,3時間)を行い,照射後48時間で網膜におけるアポトーシスは増加するが,50mg/kgのレスベラトロールを照射前5日間にわたって経口投与したところ,網膜の機能的・形態的障害が抑制された.これにもレスベラトロールによる(17)%MaximalDilation706050403020100-6-5-4Control(n=17)●L-NAME(n=7)Indomethacin(n=7)▼Sulfaphenazole(n=3)*p<0.05●◆Resveratrol(logM)図3レスベラトロールによる網膜血管拡張反応容量依存性に,最大濃度で約50%血管が拡張している.インドメタシンやスルファフェナゾールの前投与では変化しないが,NO合成酵素阻害剤L-NAME前投与で,その血管拡張反応は半減する.SIRT1の活性化が関与していると考えられている14).6.網膜血管拡張作用筆者らはレスベラトロールの血管保護作用に着目し,網膜血管への直接作用について,ブタ摘出血管実験系にて検討した15).1.500μMまでのレスベラトロールを負荷すると,網膜血管は容量依存性に拡張し,最大で約60%拡張した(図3).この拡張は,CHAPSによる網膜血管内皮.離により約半分に減弱したことから,レスベラトロールは血管内皮と血管平滑筋に半分ずつ作用して血管を拡張させると考えられた.血管内皮由来の拡張因子にはNOに加えてプロスタサイクリン,血管内皮由来過分極因子(EDHF)があるが,それぞれの阻害剤を前投与したところ,NO合成酵素阻害剤L-NAMEの前投与でのみレスベラトロールによる拡張反応は減弱した(図3).これより,レスベラトロールの網膜血管反応は血管内皮から産生されるNOが関与することが明らかとなった.さらに,ERK(extracelluarsignal-relatedkinase)阻害剤の前投与によっても血管拡張反応はL-NAME前投与と同程度は抑制されており,ERKによるMAP(mitogen-activatedprotein)キナーゼの活性化によってeNOS活性化され,血管内皮からのNOの産あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014495 生が誘導されることが示された.加齢により血管内皮細胞は老化し,内皮細胞におけるeNOSの減少が報告されている.この加齢・老化による血管拡張作用の減弱を改善することは,血管障害により引き起こされるさまざまな疾患の予防・治療戦略の上で重要であると考えられ,レスベラトロールによる網膜血管のアンチエイジング効果で網膜疾患の予防も期待され,今後の臨床研究の結果が待たれる.おわりに本項で紹介したとおり,レスベラトロールの網膜アンチエイジング効果は,動物実験レベルにおいてはエビデンスが揃いつつあるといえる.しかしながら,ヒトを対象とした臨床研究ではまだ証明されておらず,今後の課題である.超高齢化社会を迎えるにあたり,増え続ける一方の医療費の増大を防ぐためには,予防医学は非常に重要である.今後,レスベラトロールはもちろん,本特集で紹介されるサプリメントを組み合わせて,より良い網膜アンチエイジングのアプローチを確立させることが期待される.一方で,サプリメントやフードファクターは,健康食品業者の宣伝が先行し,サイエンティフィックなエビデンスに乏しいことが指摘され,医学としてのサプリメントの位置づけは確立されていないともいえる.今後,レスベラトロールの網膜アンチエイジング作用について,臨床でのエビデンスを増やしていくことが必要不可欠であると考えている.文献1)GuarenteL,KenyonC:Geneticpathwaysthatregulateageinginmodelorganisms.Nature408(6809):255-262,20002)HowitzKT,BittermanKJ,CohenHYetal:SmallmoleculeactivatorsofsirtuinsextendSaccharomycescerevisiaelifespan.Nature425(6954):191-196,20033)FrankelEN,WaterhouseAL,KinsellaJE:InhibitionofhumanLDLoxidationbyresveratrol.Lancet341(8852):1103-1104,19934)MimuraT,KajiY,NomaHetal:TheroleofSIRT1inocularaging.ExpEyeRes116:17-26,20135)KimYH,KimYS,KangSSetal:ResveratrolinhibitsneuronalapoptosisandelevatedCa2+/calmodulin-dependentproteinkinaseIIactivityindiabeticmouseretina.Diabetes59:1825-1835,20106)KimYH,KimYS,RohGSetal:Resveratrolblocksdiabetes-inducedearlyvascularlesionsandvascularendothelialgrowthfactorinductioninmouseretinas.ActaOphthalmologica90:e31-e37,20127)KubotaS,OzawaY,KuriharaTetal:RolesofAMP-activatedproteinkinaseindiabetes-inducedretinalinflammation.InvestOphthalmolVisSci52:9142-9148,20118)TananoI,NagaokaT,OmaeTetal:Dilationofporcineretinalarteriolestocilostazol:rolesofeNOSphosphorylationviacAMP/proteinkinaseAandAMP-activatedproteinkinaseandpotassiumchannels.InvestOphthalmolVisSci54:1443-1449,20139)KimSH,ParkJH,KimYJetal:Theneuroprotectiveeffectofresveratrolonretinalganglioncellsafteropticnervetransection.MolVis19:1667-1676,201310)ZuoL,KhanRS,LeeVetal:SIRT1promotesRGCsurvivalanddelayslossoffunctionfollowingopticnervecrush.InvestOphthalmolVisSci54:5097-5102,201311)VinAP,HuH,ZhaiYetal:Neuroprotectiveeffectofresveratrolprophylaxisonexperimentalretinalischemicinjury.ExpEyeRes108:72-75,201312)LiC,WangL,HuangKetal:Endoplasmicreticulumstressinretinalvasculardegeneration:protectiveroleofresveratrol.InvestOphthalmolVisSci53:3241-3249,201213)HuangW,LiG,QiuJetal:Protectiveeffectsofresveratrolinexperimentalretinaldetachment.PLoSOne8:e75735,201314)KubotaS,KuriharaT,EbinumaMetal:Resveratrolpreventslight-inducedretinaldegenerationviasuppressingactivatorprotein-1activation.AmJPathol177:17251731,201015)NagaokaT,HeinTW,YoshidaAetal:Resveratrol,acomponentofredwine,elicitsdilationofisolatedporcineretinalarterioles:roleofnitricoxideandpotassiumchannels.InvestOphthalmolVisSci48:4232-4239,2007496あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(18)

食品因子による眼のアンチエイジング

2014年4月30日 水曜日

特集●眼とアンチエイジングあたらしい眼科31(4):487.492,2014特集●眼とアンチエイジングあたらしい眼科31(4):487.492,2014食品因子による眼のアンチエイジングFoodFactorandAnti-AginginOphthalmology北市伸義*はじめに今日健康志向の高まりから多くの「体に良い食品」,「眼に良い食品」,「健康食品」,「サプリメント」などが宣伝されている.そのなかにはエビデンスが不十分なものもあり,消費者・国民が混乱することも少なくない.しかし,一方で眼科領域ではいくつかの疾患の予防や進行抑制に効果が証明されているものもある.本項では医薬品と食品の違いを整理したのちに,疾患例として加齢黄斑変性を取り上げて食品因子による眼のアンチエイジングを解説する.I医薬品,医薬部外品,食品とは―「あくまで個人の感想です」という字幕1.医薬品まず医薬品と食品を定義しておく必要がある(表1).食品衛生法では「食品とはすべての飲食物をいう.しかし薬事法に規定する医薬品と医薬部外品は含まない」と規定されている.われわれが日常診療で処方しているものはもちろん医薬品で,薬事法に定められている.疾病の診断・治療・予防に用い,基本的に日本薬局方に収載されている.日本薬局方はおよそ5年ごとに改訂される.医薬品には医療用,薬局用,一般用があり,医療用医薬品は医師の処方箋または指示により使用される.薬局用医薬品は薬局で薬剤師が対面情報提供することを条件に販売するものである.一般用医薬品は大衆薬,OTC(overthecounter)薬などともよばれ,一般の人が薬剤師などから提供された適切な情報をもとに自らの判断で購入し,自らの責任で使用する医薬品である.2.医薬部外品薬事法には医薬部外品も定められている.これは医薬品より作用が緩やかなもので,以下のものに大別される.1)吐き気その他の不快感,または口臭,体臭の防止表1医薬品と食品の法的分類広義の医薬品食品医薬品医薬部外品保健機能食品一般食品特定保健用食品(トクホ)栄養機能食品(ビタミン・ミネラル)法律薬事法健康増進法食品衛生法効能・効果の表示国の認可により可能定められた機能のみ不可販売薬局一般小売店*NobuyoshiKitaichi:北海道医療大学個体差医療科学センター眼科学系/北海道大学大学院医学研究科眼科学分野〔別刷請求先〕北市伸義:〒002-8072北海道札幌市北区あいの里2条5丁目北海道医療大学個体差医療科学センター眼科学系0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(9)487 2)あせも,ただれなどの防止3)脱毛の防止,育毛または除毛4)ネズミ,ハエ,蚊,ノミなどの駆除または防止人体に直接用いられる薬用歯磨粉,制汗剤,薬用化粧品,ヘアカラー,入浴剤,生理用ナプキンなども医薬部外品である.規制緩和の一環で,2009年の薬事法改正によりビタミン剤,カルシウム剤,健胃剤,うがい薬,コンタクトレンズ保存・洗浄薬,殺菌消毒薬などが医薬品から医薬部外品へ変更された.これらは薬事法の範疇であるため広義の医薬品ともいえるが,小売りに許可は不要である.そのためスーパーマーケットやコンビニエンスストアなど薬局以外でも販売されている.3.食品食品のなかには1991年に定められた保健機能食品制度に基づき,国の定めた規格や基準を満たすことで保健機能を表示できるものがある.科学的根拠を提出し,表示の許可を得た「特定保健用食品(トクホ)」と,特定の栄養素を含み基準を満たせば表示が可能な「栄養機能食品」である.ビタミンなどの栄養素や動植物抽出物を補給するものは「サプリメント」ともよばれる.これらの基準を満たさない「いわゆる健康食品」と称するものが市場には多数流通・宣伝されている.トクホの用途として整腸,コレステロール,血圧,体脂肪などが許可されているが,眼科領域は現時点で含まれていない(表2).トクホと栄養機能食品以外は法的には一般食品であり,効能効果を表示することは薬事法違反となる.その結果,健康食品と称するものの宣伝には「あくまで個人表2特定保健用食品(トクホ)用途.整腸.ミネラル.歯.コレステロール.血圧.血糖値.体脂肪・中性脂肪.骨.歯ぐきの感想です」などの注釈や,「肌がプルンプルン」「眼がすっきり」あるいは出演者が膝をぐるぐる回してみせるなどイメージに頼った表現が氾濫することになり,消費者がかえって混乱することもある.II加齢黄斑変性の疫学・危険因子福岡県久山町の住民を対象に行われた調査では,50歳以上の人口の1.1%が加齢黄斑変性に罹患しており,前駆病変を含めると50歳以上の約10%がその予備群であると報告されている1).山形県舟形町では65歳以上の人口の1.0%2),群馬県倉渕町でも65歳以上の1.1%が加齢黄斑変性に罹患していると報告された3).したがって,わが国では高齢者の1%強が加齢黄斑変性に罹患していると推測される.加齢黄斑変性の全身背景因子として高血圧,高脂血症,動脈硬化などの生活習慣病の合併が指摘されている4).加齢黄斑変性の危険因子として,年齢,性別,(欧米では女性,わが国では喫煙率の影響で男性),人種(欧米人),遺伝子多型5,6)に加え,喫煙,肥満,C反応性蛋白(CRP)高値,高脂肪食,抗酸化物質摂取不足,光曝露などの環境因子があげられている(表3).III喫煙多数の研究から加齢黄斑変性の最も強い危険因子は年齢と喫煙と考えられている7.10).喫煙は3倍以上の危険度となり,補体H因子の遺伝子多型との組み合わせでは実に30倍以上になることが指摘されている11).喫煙は白内障の危険度を約3倍に上昇させるという疫学調査表3加齢黄斑変性の危険因子.年齢:高齢.性別:女性(日本では喫煙率の影響で男性).遺伝子多型:CFH,C2/CFB,C3,CFI,TNFRSF10A,ARMS2(LOC387715),ABCR4,TIMP3/SYN3,HEMICENTIN1/FIBULIN6,LIPC,CETP,LPL,ABCA1,APOE.喫煙の有無:喫煙者.肥満度:bodymassindex(BMI)高値.C反応性蛋白(CRP):高値.食事:高脂肪食,抗酸化物質の摂取不足.その他:光曝露488あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(10) もある12).タバコはニコチン,タール,一酸化炭素,窒素酸化物,ヒ素,アセトアルデヒド,ホルムアルデヒド,ダイオキシン,カドミウム化合物をはじめ多数の有害物質を含有する.それらの直接の毒性と酸化ストレスの亢進は生体に悪影響を与え,さらに交感神経を介して血管収縮を促し,臓器局所の循環動態にも悪影響を与える.喫煙と眼疾患発症の詳細な分子メカニズムはいまだ不明な点が多いが,喫煙の有害性は多くの疫学調査で示されており,われわれ眼科医にとっても禁煙の推進は重要である13).IV酸化ストレスと光老化網膜は活性酸素による傷害を受けやすい状態にある.網膜,特に黄斑は生直後から常に光刺激にさらされるうえに酸素消費量も多く,酸素と光が同時に多量に存在することで活性酸素の産生が促進されるからである.近年A2Eという蛍光物質の関与が示唆されている.A2Eは網膜色素上皮の加齢変化として注目されるリポフスチンの主要構成成分である.視細胞外節に存在する視物質ロドプシンは光を吸収するとオプシンとall-transレチナールに分解される.網膜色素上皮はこのall-transレチナールを含んだ脱落視細胞外節を貪食し,ロドプシンの構成成分である11-cis-レチナールを再生する.この生理的な代謝サイクルである視サイクル(visualcycle)の過程でall-transレチナールとリン脂質が反応することによりA2Eが生合成される.成人以降,網膜色素上皮では貪食した視細胞外節を消化しきれなかった残渣としてリポフスチンが徐々に蓄積する.リポフスチンの主成分A2Eは光,特に青色光刺激依存性に高度に酸化され,多量の活性酸素を発生させる.活性酸素は直接DNA傷害から細胞死を誘導したり炎症を惹起して血管新生を亢進させる.このような光曝露による酸化ストレスが加齢変化や病態を進行させるプロセスを光老化(フォトエイジング)という.喫煙も酸化ストレスを亢進させるため,このプロセスを助長して加齢黄斑変性の発症リスクを高める.血清中抗酸化物質濃度と加齢黄斑変性の有病率は逆相関の関係を示す(表4).抗酸化物質サプリメントなどによる酸化ストレスの軽減は,加齢黄斑変性予防効果が期待される14).Vサプリメント―AREDSとAREDS2AREDS(Age-RelatedEyeDiseaseStudy,1992.1998)は11施設で延べ3,640人を対象とした,米国国立眼研究所(NEI)主導で行われた無作為化比較試験(randomizedcontrolledtrial:RCT)である.参加者は無作為に以下の4群に分けられた.1)抗酸化ビタミン群(ビタミンC500mg,ビタミンE400IU,bカロテン15mg)2)微量ミネラル群(亜鉛80mg,銅2mg)3)抗酸化ビタミン+微量ミネラル群表4血清中抗酸化物質濃度と加齢黄斑変性有病率の関係カロテン類キサントフィル類プロビタミンA類カロテノイド類カテゴリーLowMiddleHighLowMiddleHighLowMiddleHighLowMiddleHigh有病率(%)3.60.601.81.502.11.402.51.201カテゴリー上昇による調整済危険率(95%CI)0.21(0.05.0.95)0.25(0.06.1.01)0.23(0.05.1.01)0.20(0.04.0.86)(11)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014489 4)プラセボ群亜鉛投与群では銅欠乏貧血予防のために銅2mgが加えられている.しかし,喫煙者でbカロテン摂取による肺癌リスクが有意に上昇したため,開始2年後に抗酸化ビタミン群では喫煙者は治験中止となった.最終結果は中型または大型ドルーゼンが存在するか片眼に加齢黄斑変性が存在する場合,検査眼の加齢黄斑変性への進行率が抗酸化ビタミン+微量ミネラル群ではプラセボ群と比較して25%も減少するというものであった15).これはビタミンやミネラルなどのいわゆるサプリメントに対する医学的有効性が証明された重要な研究となった.AREDS2はAREDSの結果を受けてNEIがさらなる検討を開始したものである.黄斑に存在するカロテノイドであるルテイン/ゼアキサンチン,およびw3多価不飽和脂肪酸(polyunsaturatedfattyacid:PUFA)であるドコサヘキサエン酸(DHA)/エイコサペンタエン酸(EPA)の加齢黄斑変性進行に対する効果を検討する大規模RCTとなった.AREDS2では約100施設から4,000人もの解析を以下の4群に分けて検討中である.1)ルテイン/ゼアキサンチン群(10mg/2mg)2)DHA/EPA群(350mg/650mg)3)ルテイン/ゼアキサンチン+DHA/EPA群4)プラセボ群ルテインとその立体異性体ゼアキサンチンはカロテノイドとよばれる天然色素であり,いずれも化学式C40H56の基本構造を持つ化合物の誘導体である.カロテノイドは二重結合を多く含むため酸化ストレスのもとである一重項酸素の消去能力が高い.ほうれん草やケールなどの緑黄色野菜に多く含まれるが,ヒトは体内で合成することができない.ヒトの体内には約40種類のカロテノイドが存在するが,選択的に黄斑に取り込まれるのはルテインとゼアキサンチンのみである.それゆえ,これら2つのカロテノイドは「黄斑色素」とよばれる.これら黄斑色素は青色光のフィルター作用と抗酸化作用の両方で黄斑を保護している.PUFAは化学構造からw3系とw6系に分けられる.w3PUFAであるDHAやEPAは魚油中に多く含まれるが,これもヒトは体内で合成することができない必須脂肪酸である.サバ,サケ・マス,マグロ,ブリ(ハマ490あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014チ),サンマなどに多く含まれる.w3PUFAは血中トリグリセリド(中性脂肪)を低下させて動脈硬化や心疾患リスクを軽減,アラキドン酸代謝を抑制して炎症を抑制,神経保護効果,脳内セロトニン増加によるうつ病の予防効果も報告されている16).黄斑色素ルテイン/ゼアキサンチンとw3PUFAのDHA/EPAにはすでに良好な症例対照研究がある.カロテノイドの豊富な食事を摂取する群では加齢黄斑変性のリスクが43%減少し,特にルテイン/ゼアキサンチン6mg/日摂取が最も効果的であった17).さらに米国での双子研究では肉より魚の食習慣が加齢黄斑変性の発症リスクを低下させることが明らかになっている18).VI食生活―w3多価不飽和脂肪酸を活かす献立を考えるルテインやゼアキサンチンはサプリメントで補うとしても,普段の食生活で何か工夫はできないだろうか.必須脂肪酸であるリノール酸やaリノレン酸は生体内で合成することができず,必ず食品から摂取しなければならない.必須脂肪酸である以上,両者とも摂取する必要があるが,バランスとしてw3PUFAが不足しないよう心がける必要がある.基本知識として肉類や動物性油は飽和脂肪酸,魚油は不飽和脂肪酸である.魚の中でも青背魚にDHAなどのw3PUFAが多く含まれるが,白身魚にはほとんど含まれない.可食部に1%以上のw3PUFAを含むのはマグロ(脂身),マイワシ,ブリ,サンマ,ホッケ,ウナギ,アナゴ,マサバ,サケ,カツオ,サワラなどである(表5).食用油では植物油の多くがw6PUFAであるが,大豆油やナタネ油はw3PUFAを多く含む.その他にはエゴマやクルミがw3PUFAを多く含む.ただし,大豆油はw3を多く含むが,大豆はw6PUFAの供給源である.まず,飽和脂肪酸を制限する.そのためにはバター,牛脂,ラードを控え,肉類は脂身の少ないものを選ぶ.具体的にはバラ肉や肩ロース,リブロースを避け,もも,肩,ヒレ肉を選ぶ.必須脂肪酸であるw6は大豆製品,例えばみそ汁1杯と豆腐か納豆1皿を摂取すればよい19).一方,w3PUFAは青背魚などから摂取する.例えばサンマ60gで2.0gのw3PUFAを摂取する.橙色(12) 色素アスタキサンチンを含むサケやイクラも積極的に食卓に載せたい.アスタキサンチンは抗酸化作用,抗腫瘍作用など多彩な生理機能を持ち20),その摂取によりマウスモデルで脈絡膜新生血管が抑制された21).サケはw3PUFAとアスタキサンチンの両方を豊富に含んでおり,良い食材である.しかし,魚を網焼きなどにして魚油を落としてしまう場合や,おかずが白身魚の場合は油脂やクルミなどを加えてw3PUFAを補う.その際,植物油は大豆油やナタネ油,あるいはそれらを原料にした調合油(サラダ油,キャノーラ油など)を用いる.エゴマ油も最近ではスーパーマーケットなどで販売されているので,試してよい22).食材はこれでよいが,食材自体が酸化されやすい.したがって脂溶性成分としてのaトコフェノール,bカロテンなどのカロテノイドやビタミンCなどの水溶性抗酸化物質を同時に献立に加える必要がある.これらは緑黄色野菜や果物類に多く含まれているので,十分摂取する.また,デザートには眼での抗酸化作用が確認されているフラボノイドの一種・アントシアニンも摂取したい.アントシアニンはブルーベリー,ブラックベリー,チョークベリー,エルダーベリー,ラズベリー,ハスカップなどのベリー類や赤キャベツなどに豊富に含まれている.ブルーベリーやビルベリーなどのアントシアニ表5w3多価不飽和脂肪酸を多く含む食品魚油マグロ(脂身),マイワシ,ブリ,サンマ,ホッケ,ウナギ,アナゴ,マサバ,サケ,カツオ,サワラ植物油大豆油,ナタネ油,調合油その他エゴマ,クルミ表6眼科領域におけるアントシアニンの臨床試験例筆頭著者発表年被験者数内容OhguroH201238カシスアントシアニン摂取による緑内障視野障害抑制の検討SinHP2012─ライフスタイル,栄養,ビタミンと加齢黄斑変性のシステマティックレビュー川田晋201121ビルベリーエキスとドライアイ,酸化ストレスの検討KaltW201062ビルベリージュースと眼の健康のレビューKimES200888夜間視力におけるアントシアニンの影響を検討LeeJ200660アントシアニン摂取と夜間視力,近視への影響を検討MuthER200015ビルベリーの夜間視力,コントラスト感度の影響を検討梶本修身200063アントシアニンの幼児視力回復効果の検討中国衛生局2000806.30歳の近視患者に対するビルベリーエキスの臨床試験梶本修身199820精神疲労,眼精疲労の検討LevyY199816アントシアニンと夜間視力の検討BonifaceR199612アントシアニン摂取と糖尿病網膜症の検討小出良平199410ホワイトベリーエキスと視機能の検討BravettiGO198950ビタミンEとビルベリーアントシアノイドと白内障の検討ZavariseG196814アントシアサイド長期摂取と光感受性の検討UnsoG196738アントシアニンと光感受性の影響を検討BelleoudL196740アントシアニジンの夜間視力への影響の検討JoyleGE196560暗視環境下でのアントシアニンの作用を検討RouherF1965100アントシアニンの夜盲症への影響を検討表7加齢黄斑変性の危険因子とエビデンスレベルに基づく予防介入エビデンスレベル予防介入A(強く勧められる)B(勧められる)C(行ってよいが十分なエビデンスがない)禁煙抗酸化物質摂取・野菜摂取肉食から魚食へサングラス装用カロリー制限・運動励行(13)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014491 ンの視覚への影響の研究はすでに50年近い歴史があるが,「ブルーベリーは眼に良い」という世間一般の認知度に比較すると大規模臨床試験は必ずしも十分ではなく,今後の重要な研究テーマである(表6).おわりにわが国は古くから,医食同源という考えや生薬の存在などそもそも医薬品と食品の垣根は低かったと考えられる.それゆえ食品や食生活の効果に過剰に期待しやすい精神風土があるかもしれない.確かに伝統的な和食は緑黄色野菜や魚を多く摂取し,肉などw6PUFAの少ない食事であるが,近年の食生活は欧米化している.車社会による運動不足もリスク要因である.禁煙や生活習慣の改善で眼への負担を減らし,眼の健康長寿を目指すため,加齢黄斑変性の危険因子と現時点でのエビデンスレベルに基づく予防介入法をまとめた(表7).われわれ眼科医は日々マスコミなどで流れる膨大な健康食品の効果をすべて否定するのでも過度に信奉するのでもなく,サイエンスとしての研究成果に基づいた客観的事実を正しく理解し,国民に適切な助言をするよう心がけたい.文献1)OshimaY,IshibashiT,MurataTetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinarepresentativeJapanesepopulation:theHisayamastudy.BrJOphthalmol85:11531157,20012)KawasakiR,WangJJ,JiGJetal:Prevalenceandriskfactorsforage-relatedmaculardegenerationinanadultJapanesepopulation:theFunagataStudy.Ophthalmology115:1735-1741,20083)MichikawaT,IshidaS,NishiwakiYetal:Serumantioxidantandage-relatedmaculardegenerationamongolderJapanese.AsiaPacJClinNutr18:1-7,20094)vanLeeuwenR,IkramMK,VingerlingJRetal:Bloodpressure,atherosclerosis,andtheincidenceofagerelatedmaculopathy:theRotterdamStudy.InvestOphthalmolVisSci44:3771-3777,20035)ChenW,StambolianD,EdwardsAOetal:GeneticvariantsnearTIMP3andhigh-densitylipoprotein-associatedlociinfluencesusceptibilitytoage-relatedmaculardegeneration.ProcNatlAcaSciUSA107:7401-7406,20106)ArakawaS,TakahashiA,AshikawaKetal:Genomewideassociationstudyidentifiestwosusceptibilitylociforexudativeage-relatedmaculardegenerationintheJapanesepopulation.NatGenet43:1001-1004,20117)SolbergY,RosnerM,BelkinM:Theassociationbetweencigarettesmokingandoculardiseases.SurvOphthalmol42:535-547,19988)KleinR,KleinBE,LintonKLetal:TheBeaverDamEyeStudy:therelationofage-relatedmaculopathytosmoking.AmJEpidemiol137:190-200,19939)VingerlingJR,HofmanA,GrobbeeDEetal:Age-relatedmaculardegenerationandsmoking.TheRotterdamStudy.ArchOphthalmol114:1193-1196,199610)SmithW,MitchellP,LeederSR:Smokingandage-relatedmaculopathy.TheBlueMountainsEyeStudy.ArchOphtahlmol114:1518-1523,199611)DespritDD,KlaverCC,WittemanJCetal:ComplementfactorHpolymorphism,complementactivators,andriskofage-relatedmaculardegeneration.JAMA115:12961303,199712)CummingRG,MitchellP:Alcohol,smoking,andcataracts:theBlueMountainsEyeStudy.ArchOphthalmol115:1296-1303,199713)石田晋,石橋達朗:喫煙と眼疾患.日医雑誌141:19591961,201214)石田晋:加齢黄斑変性の予防治療.あたらしい眼科29:113-117,201215)AREDSResearchGroup:Arandomized,placebo-controlled,clinicaltrialofhigh-dosesupplementationwithvitaminsCandE,betacarotene,andzincforage-relatedmaculardegenerationandvisionloss:AREDSreportno.8.ArchOphthalmol119:1417-1436,200116)CiceroAFG,ReggiA,PariniAetal:Applicationofpolyunsaturatedfattyacidsininternalmedicine:beyondtheestablishedcardiovasculareffects:ArchMedSci8:784793,201217)SeddonJM,AjaniUA,SperdutoRDetal:Dietarycarotenoids,vitaminsA,C,andE,andadvancedage-relatedmaculardegeneration.JAMA272:1413-1420,199418)SeddonJM,GeorgeS,RosnerB:Cigarettesmoking,fishconsumption,omega-3fattyacidintake,andassociationswithage-relatedmaculardegeneration:theUSTwinStudyofAge-relatedMacularDegeneration.ArchOphthalmol124:995-1001,200619)丸山千寿子:食事療法としての多価不飽和脂肪酸の摂取.治療学43:865-870,200920)北市伸義,石田晋:医科向けのサプリメント:アスタキサンチン.あたらしい眼科29:1069-1073,201221)北市伸義,石田晋:視覚のアンチエイジングとリハビリテーション.MBMedicalRehabilitation124:51-57,201022)Izumi-NagaiK,NagaiN,OhgamiKetal:Inhibitionofchoroidalneovascularizationwithananti-inflammatorycarotenoidastaxanthin.InvestOphthalmolVisSci49:1679-1685,200823)北市伸義,石田晋:眼の健康科学─食品のサイエンス.眼科55:717-722,2013492あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(14)

ドライアイのアンチエイジングアプローチ

2014年4月30日 水曜日

特集●眼とアンチエイジングあたらしい眼科31(4):481.486,2014特集●眼とアンチエイジングあたらしい眼科31(4):481.486,2014ドライアイのアンチエイジングアプローチTheAnti-AgingApproachinDryEyeTreatment川島素子*はじめにドライアイは「様々な要因による涙液および角結膜上皮の慢性疾患であり,眼不快感や視機能異常を伴う」と定義されている多因子性疾患である(ドライアイ研究会,2006年).日本での罹患人口は少なくとも約800万人,通院せずに市販点眼薬を使用している潜在患者も含めれば約2,200万人いると見込まれている罹患率の高い疾患であり,著しく生活の質(qualityoflife:QOL)を低下させる.その背景は複雑であり,内科的疾患や眼手術に伴うもの,内服薬の副作用でも発症することがある.一般的なドライアイは,環境要因が大きいと考えられており,パソコンやスマートフォンなどの凝視や,冷暖房などの空調,コンタクトレンズの長期・長時間装用などがリスクファクターとして有名であり,さらには,夜型の生活,食生活の変化,運動不足など,ライフスタイルの関与による影響も指摘されている.このようにさまざまあげられるドライアイのリスクファクターの一つして「加齢」があり,本項ではこの「加齢」からの視点での解説をする.I加齢とドライアイ大規模な疫学研究の結果によると,50歳以上の患者の有病率は5.35%であり,加齢によって有病率が上がることが確認されている1).わが国においては60歳以上の73%がドライアイとの報告もあり,アジア人の高齢者ではよりリスクが高い可能性がある2).わが国をはじめ多くの国々で高齢化が進んでおり,先述した近年のライフスタイルの変化とあいまって,ドライアイ患者がさらに増加していくことが懸念されている.II加齢変化とドライアイの関連ドライアイの病態は,涙液量の減少や涙液成分の変化により,涙液層の不安定性を生じたり,眼表面が乾燥し傷や障害が生じる,涙液および眼表面の複合的な病態であり,涙液層の浸透圧が上昇し,眼表面に炎症が生じるといわれている3,4).原因あるいは結果として,涙腺,眼表面(角膜,結膜,マイボーム腺),眼瞼,ならびにそれらを結ぶ感覚神経と運動神経を含む統合的システムであるlacrimalfunctionalunit(涙液機能単位)の障害として認識されている5)(図1).加齢に伴い,この涙液機能単位のいずれの部分もが加齢性の変化を生じる.たとえば,40歳以上では涙腺組織でのリンパ球浸潤の出現率が高くなり,涙腺腺房萎縮や線維化,腺腔の拡大,導管の閉塞,リポフスチン沈着が生じる6,7).また,涙液分泌量の低下,神経刺激に対する涙液蛋白分泌反応の低下が生じる8).さらには,涙液中にはラクトフェリン,タウリンやリゾチームなどの抗酸化作用や抗炎症作用をもった成分なども多く含まれているが,加齢とともに徐々に減少する傾向にある.眼瞼の変化では,加齢とともに眼瞼縁の発赤,血管拡張,瞼縁の不整,開口部の角化や閉塞が生じる.活動性のあるマイボーム腺数は加齢とともに減少し,腺脱落が生じる.また,マイボーム腺*MotokoKawashima:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕川島素子:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)481 遠心性神経腺房涙腺交感副交感CNS求心性神経図1涙液産生と眼表面維持の構造Lacrimalfunctionalunit(涙液機能単位)とよばれる涙腺,眼表面(角膜,結膜,マイボーム腺),眼瞼,ならびにそれらを結ぶ感覚神経と運動神経を含む統合的システムで成り立っている.脂質も若い頃は安定した質を保つ傾向があるが,加齢とともに組成が変化し安定性を失っていく9).すなわち,これらの加齢性変化のいずれもが,涙液層の安定性の低下,眼表面の乾燥や炎症,上皮障害が生じるといった,ドライアイが発症しやすくなる変化である(図2).さらに,眼瞼内反や外反,結膜弛緩症,瞼裂斑などのさまざまなその他の加齢性変化にも修飾され,角結膜乾燥症状(ドライアイ症状)を呈することも多い.場合によっては,加齢に伴う導涙機能の低下や鼻涙管閉塞ともあいまって,流涙症とドライアイ症状の両方の症状を呈することもまれではなく病態を複雑化させている.III現在のドライアイ治療さて,ドライアイの治療の基本にあげられるのは点眼482あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014であり,水分補充目的の人工涙液,水分保持作用を有するヒアルロン酸ナトリウム点眼液が,今までのドライアイ治療を支えており,実際の治療現場で汎用されてきた.2.3年前より,わが国において,ムチンや水分の分泌や産生を促す2つの点眼液,ジクアホソルナトリウム(ジクアスR点眼液0.3%)と,レバミピド(ムコスタR点眼液UD2%)が登場した.それと同時に,涙液層不安定性の原因を層別に診断したうえで,それらの異常に適した点眼・治療を選択し,涙液層の安定性を高め,より効果的な治療を行うという概念が広まってきた(tearfilmorientedtherapy:TFOT)(図3).TFOTの概念をもとに,涙液層の安定性の低下を修飾する因子としての炎症に対し,眼表面の消炎を目的として,低濃度ステロイド点眼液などを併用して治療することもある.ま(4) 主涙腺涙液分泌低下・涙液組成変化マイボーム腺機能不全油層形成不全マイボーム腺脂組成変化メニスカス形成不全結膜弛緩眼瞼異常図2ドライアイにかかわる加齢性変化加齢に伴いさまざまなドライアイを引き起こしたり増悪したりする変化を生じる.主涙腺涙液分泌低下・涙液組成変化マイボーム腺機能不全油層形成不全マイボーム腺脂組成変化メニスカス形成不全結膜弛緩眼瞼異常図2ドライアイにかかわる加齢性変化加齢に伴いさまざまなドライアイを引き起こしたり増悪したりする変化を生じる.た,点眼以外の治療方法として,重症例や点眼のコンプライアンスの悪い症例では,涙液を恒常性に維持するために涙点をプラグで閉鎖して涙の生理的な排出を人為的に遮断するような治療や,結膜弛緩症例に対し結膜.形成術のような涙液貯留のためのスペースを確保する治療方法が用いられる.さらに最近では,油層の治療として,マイボーム腺機能不全の治療がクローズアップされてきている.加えて,環境因子の改善として,長時間のVDT(visualdisplayterminal)作業や運転では,適度の休みを取ることや意識的な瞬目を行うこと,眼表面の保湿を図るために加湿器を用いたり,エアコンの設定を変えたり,市販のドライアイ専用眼鏡を使用したりすることなども,有効な方法とされている.これらさまざまな現在の治療をふまえて,眼表面の層別治療「TFOT」の考え方は,今後さらに整理され,活用しやすいものになっていくと期待されている.一方,全く違う視点,すなわちドライアイを加齢的な変化と捉える観点からは,層ごとの治療ではなく一括して介入するアンチエイジングアプローチも今後並行して有効な選択肢の一つになってくるであろう.IVアンチエイジングアプローチアンチエイジング医学(anti-agingmedicine)の定義(5)【眼表面の層別治療】治療対象眼局所治療油層温罨法,眼瞼清拭少量眼軟膏ある種のOTC*ジクアホソルナトリウム液層水分人工涙液ヒアルロン酸ナトリウムジクアホソルナトリウム涙点プラグ分泌型ムチンジクアホソルナトリウムレバミピド上皮膜型ムチンジクアホソルナトリウムレバミピド上皮細胞(杯細胞)自己血清(レパミピド)眼表面炎症ステロイド**レバミピド*ジクアホソルナトリウムは,脂質分泌や水分分泌を介した油層伸展促進により涙液油層機能を高める可能性がある.**レバミピドは,抗炎症作用によりドライアイの眼表面炎症を抑える可能性がある.図3TearFilmOrientedTherapy涙液層の不安定性の原因を層別に診断したうえで,それらの異常に適した点眼・治療を選択し,涙液層の安定性を高め,より効果的な治療を行うという概念(ドライアイ研究会より許諾を得て掲載).は,「元気に長寿を享受することを目指す理論的・実践的科学」とされている.アンチエイジング医学の対象は,「時間の経過に伴い体内で進行する物理的な加齢のプロセスに加わる病的な諸因子であり,それによって引き起こされる病的な老化現象の進行を予防し,治療すること」である.現在,老化の諸因子として,遺伝子による支配のほか,免疫力の低下,フリーラジカルなどによる組織変性,ホルモンの低下などがあげられ,これらが複合的に作用していると考えられている.この加齢という生物学的プロセスに,科学的根拠のもとに介入して加齢関連疾患の発症率を下げ,QOLを高め,健康長寿をめざす「積極的予防医学」がアンチエイジング医学のコンセプトであり,超高齢社会を迎えるわが国にとって最も期待されるアプローチといっても過言ではない.先述したとおり,ドライアイも加齢性疾患の一つとしても考えられ,ドライアイにおけるアンチエイジングアプローチの可能性について以下に述べる.Vドライアイのアンチエイジングアプローチ多くの加齢に伴う疾患には,生活習慣などの環境因子の影響があることが報告されるようになり,その背景に酸化ストレスの関与があることが認識されるようになってきた.「酸化ストレス」は,生体内で生成する活性酸あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014483 酸化反応抗酸化反応酸化反応抗酸化反応酸化ストレス「生体の酸化反応と抗酸化反応のバランスが崩れ,酸化状態に傾き,生体が酸化的障害を起こすこと」生体組織の損傷,酸化的障害酸化反応抗酸化反応酸化反応抗酸化反応酸化ストレス「生体の酸化反応と抗酸化反応のバランスが崩れ,酸化状態に傾き,生体が酸化的障害を起こすこと」生体組織の損傷,酸化的障害図4酸化ストレス生体の酸化反応と抗酸化反応のバランスが崩れ,酸化状態に傾き,生体が酸化的障害を起こすこと.素群の酸化損傷力と生体内の抗酸化システムの抗酸化ポテンシャルとの差として定義されている.活性酸素群は,本来,エネルギー生産,侵入異物攻撃,不要な細胞の処理,細胞情報伝達などに際して生産される有用なものである.しかし,生体内の抗酸化システムで捕捉しきれない余剰な活性酸素群が生じる場合,生体の構造や機能を担っている脂質,蛋白質・酵素や,遺伝情報を担う遺伝子DNAを酸化し損傷を与え,生体の構造や機能を乱し,さまざまな病気を引き起こしたり,増悪因子となったりする(図4).眼表面においても,涙液中にはスーパーオキシドジスムターゼ(superoxidedismutase:SOD),グルタチオン,ラクトフェリン,アスコルビン酸などの抗酸化作用をもつ酵素や物質,各種成長因子,サイトカインなどが存在し,角膜にも同様にさまざまな抗酸化酵素や解毒のための蛋白質などが多数発現しており10),これらの抗酸化システムにより,さまざまな刺激から防御している.加齢に伴うドライアイに関して,老齢ラットの涙腺組織での酸化ストレスマーカー発現量は,若年齢に比べ有意に高値であることが確認されている11).また,活性酸素を除去する重要な酵素であるSOD1をノックアウトしたマウスや,ミトコンドリアの電子伝達系に異常をもち過剰の酸化ストレスがリークするmev1変異マウスなどで,涙液量の減少と眼表面の上皮障害が生じ,涙腺や眼表面における複数の酸化ストレスマーカーの上昇が生じることが確認された12).臨床的にも,ドライアイ患者484あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014涙液層の不安定化加齢涙液分泌低下眼表面障害アンチエイジングアプローチ酸化ストレス.図5ドライアイと酸化ストレス,アンチエイジングアプローチの可能性の涙液中の活性酸素は増大しており,一部のドライアイ患者では涙液中の酸化ストレス制御蛋白の一つであるセレノプロテインP濃度やラクトフェリン濃度が低いことや,Sjogren症候群で眼表面の酸化ストレスマーカーの発現が亢進しているとの報告などもでてきた13).これら複数のドライアイマウスモデルの結果や臨床研究結果により,酸化ストレスがドライアイの発症および病態形成に大きくかかわっていることが強く支持されている.また,ドライアイにより引き起こされた酸化ストレスがさらにドライアイを増悪させるという悪循環の存在が考えられている(図5).これらの結果をもとに,アンチエイジングアプローチとして,理論的には酸化ストレスに対する防御機構として生体内の抗酸化システムをあげる,もしくは防御作用がある抗酸化物質を体外から摂取することにより,この防御システムをできるだけ有効に維持し,ドライアイを治療(予防)することが期待される.実際,すでに現在行われている治療のなかにも,治療効果のメカニズムとして抗酸化剤としての働きが関与していることがわかってきている.たとえば,重症のドライアイの治療に自己血清点眼が使用されることがあるが,その有効成分のなかにセレノプロテインPという抗酸化物質が存在し,重要な役割を果たしていることが最近わかった.現在,高頻度に使用されているヒアルロン酸点眼液中のヒアルロン酸にも抗酸化作用があるとの報告もある.また,レバミピド点眼薬においては,レバミピドがマウスの(6) 涙液分泌量(mm)25.020.015.010.05.00.0p=0.000p=0.007MetSMetS疑非MetSSchirmer値(Ⅰ法)≦5mmの発現率(%)p=0.0094035302520151050p=0.071MetSMetS疑非MetS(Tukey’smultiplecomparisontest)(Steel-Dwasstest)図6メタボリックシンドロームにおける涙液量の減少メタボリックシンドローム群では非メタボリックシンドローム群と比較して有意に涙液分泌量が低下している.(文献5より作成)MetS:メタボリックシンドローム群,MetS疑:メタボリックシンドローム疑い群,非MetS:非メタボリックシンドローム群UVB誘発角膜損傷に対して,ヒドロキシラジカル捕捉効果も示したことから,抗酸化作用が奏効機序の一つといわれている14).ところで,抗酸化システムは,先述したとおり,SOD,グルタチオン関連酵素群,カタラーゼ,酵素活性を支える微小ミネラルならびにビタミン群,さらにいろいろな抗酸化物質などで構成されている.抗酸化システムは,①フリーラジカル,活性酸素の発生を防ぐ,②生じたフリーラジカルを安定させる,③酸化生成物を無毒化し,損傷した細胞を修復させる,というように段階的に作用し,抗酸化物質はおもにフリーラジカルの発生予防と安定化の部分に働く.これらの抗酸化関連物は経口的に摂取可能なものもあり,複合抗酸化サプリメント,機能性食品として利用することができる.現段階では大規模試験でのドライアイに対する確実な結果は得られていないが,エイコサペンタエン酸(EPA)をはじめとして各種抗酸化物質,機能性食品の探索研究が積極的に行われており,ドライアイの眼所見改善と炎症細胞の低下をもたらしたなどのポジティブな介入結果を集めつつある.また,最新の筆者らが行った横断研究において,メタボリックシンドローム群では,同年代での非メタボリックシンドローム群と比較して有意に涙液分泌量が低いこ(7)とを明らかにした(図6)15).さらには,運動習慣が少ないほどドライアイが多い,睡眠障害があるほうがドライアイが多い,うつ症状があるほうがドライアイの自覚症状が強いなどの結果もでてきている.これらの知見より,今後は,点眼など局所治療の発展に加えて,メタボリックシンドロームやホルモン分泌の影響なども把握し,たとえばライフスタイルに対する介入など,包括的なアンチエイジングアプローチも必要になってくるであろう(図7).おわりに今後,加齢が関連するようなドライアイに対する治療や予防として,涙液層別治療とともに,涙腺機能単位さらには全身に対する一括した介入が選択肢の一つとなっていくと思われる.アンチエイジング医学のコンセプトに基づいて加齢のメカニズムに沿った介入を行うことによって,ドライアイだけでなくさまざまな加齢関連疾患に対して,疾患別治療を超えた包括的な疾患予防や治療にまでつなげていけると期待される.今後さらなる研究の発展によりエイジングの分子メカニズムを解明し,臨床研究の実施によりエビデンスを強化していき,アンチエイジングアプローチを確立させていければと考えている.あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014485 アンチエイジングアプローチ外科的治療プラグ涙点閉鎖術結膜弛緩症手術など○仕事中の休息・パソコン時間の短縮ブルーライトカット○コンタクトレンズ装用時間短縮○ドライアイ用めがね○室内加湿点眼運動食事ごきげん眼局所の改善層別治療(TFOT)環境因子の改善アンチエイジングアプローチ外科的治療プラグ涙点閉鎖術結膜弛緩症手術など○仕事中の休息・パソコン時間の短縮ブルーライトカット○コンタクトレンズ装用時間短縮○ドライアイ用めがね○室内加湿点眼運動食事ごきげん眼局所の改善層別治療(TFOT)環境因子の改善図7今後のドライアイ治療文献1)Theepidemiologyofdryeyedisease:reportoftheEpidemiologySubcommitteeoftheInternationalDryEyeWorkShop(2007).OculSurf5:93-107,20072)UchinoM,DogruM,YagiYetal:ThefeaturesofdryeyediseaseinaJapaneseelderlypopulation.OptomVisSci83:797-802,20063)MurubeJ:Tearosmolarity.OculSurf4:62-73,20064)TsubotaK,FujiharaT,SaitoKetal:ConjunctivalepitheliumexpressionofHLA-DRindryeyepatients.Ophthalmologica213:16-19,19995)SternME,BeuermanRW,FoxRIetal:Thepathologyofdryeye:theinteractionbetweentheocularsurfaceandlacrimalglands.Cornea17:584-589,19986)RochaEM,AlvesM,RiosJDetal:Theaginglacrimalgland:changesinstructureandfunction.OculSurf6:162-174,20087)ObataH,YamamotoS,HoriuchiHetal:Histopathologicstudyofhumanlacrimalgland.Statisticalanalysiswithspecialreferencetoaging.Ophthalmology102:678-686,8)MathersWD,LaneJA,ZimmermanMB:Tearfilmchangesassociatedwithnormalaging.Cornea15:229334,19969)SullivanBD,EvansJE,DanaMRetal:Influenceofagingonthepolarandneutrallipidprofilesinhumanmeibomianglandsecretions.ArchOphthalmol124:1286-1292,200610)OffordEA,SharifNA,MaceKetal:Immortalizedhumancornealepithelialcellsforoculartoxicityandinflammationstudies.InvestOphthalmolVisSci40:1091-1101,199911)KawashimaM,KawakitaT,OkadaNetal:Calorierestriction:Anewtherapeuticinterventionforage-relateddryeyediseaseinrats.BiochemBiophysResCommun397:724-728,201012)KojimaT,WakamatsuTH,DogruMetal:Age-relateddysfunctionofthelacrimalglandandoxidativestress:evidencefromtheCu,Zn-superoxidedismutase-1(Sod1)knockoutmice.AmJPathol180:1879-1896,201213)WakamatsuTH,DogruM,MatsumotoYetal:EvaluationoflipidoxidativestressstatusinSjogrensyndromepatients.InvestOphthalmolVisSci54:201-210,201314)TanitoM,TakanashiT,KaidzuSetal:CytoprotectiveeffectsofrebamipideandcarteololhydrochlorideagainstultravioletB-inducedcornealdamageinmice.InvestOphthalmolVisSci44:2980-2985,200315)KawashimaM,UchinoM,YokoiNetal:Decreasedtearvolumeinpatientswithmetabolicsyndrome:theOsakastudy.BrJOphthalmol98:418-420,2014486あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(8)

序説:眼とアンチエイジング

2014年4月30日 水曜日

●序説あたらしい眼科31(4):479.480,2014●序説あたらしい眼科31(4):479.480,2014眼とアンチエイジングTheEyeandAnti-AgingMedicine坪田一男*木下茂**眼疾患の80%以上は加齢に関係するといわれる.加齢黄斑変性,糖尿病網膜症,緑内障,白内障,老視,ドライアイなど,加齢が大きなリスクファクターになっているものは多い.一方,加齢の研究が進んで,眼疾患を個別に治療するのではなく,アンチエイジングという大きな流れのなかで,眼疾患を予防,治療するという動きが出てきた.そこで,今回の特集「目とアンチエイジング」では,眼科疾患におけるアンチエイジングアプローチの最前線を企画した.まずは,ドライアイである.ドライアイは,涙液層の不安定化で起きるが,そのリスクファクターとして加齢が大きく存在する.加齢変化に対抗できたらドライアイは治るかもしれないという考え方だ.慶應義塾大学の川島素子講師は数年前からこの課題に取り組み,カロリー制限でドライアイが改善することを発表しているが,今回は現在の研究の最前線も含めてレビューをしてもらった.次に,食品因子による眼のアンチエイジングについて,北海道大学と北海道医療大学で研究に取り組まれている北市伸義教授にお願いした.北海道大学では現教授の石田晋先生が赴任する前から大野重昭名誉教授がフードファクターについて素晴らしい研究をされており,その流れを大切にしてさまざまな研究が展開されている.その最先端の研究を紹介していただいた.また,現在アンチエイジング医学で注目されているフードファクターの一つにレスベラトロールがある.2006年にハーバード大学のDavidSinclair教授が「レスベラトロールによって肥満マウスの寿命が延長する」という画期的な論文を『Nature』誌に発表して大きな話題となった.長岡泰司先生(旭川医科大学)は,その翌年2007年にはすでにレスベラトロールの網膜への応用について『IOVS』に発表されており,眼科領域でのアンチエイジング医学の第一人者といえる.長岡先生にはレスベラトロールの網膜への応用について総説をお願いした.明治国際医療大学の山田潤教授は,京都府立医科大学において羽室淳爾教授とともにレドックス環境と眼のアンチエイジングについて長年研究をされている.ご存じのように,加齢は酸化ストレスによるものとする“酸化ストレス仮説”があるが,最近では酸化ストレスによる組織の障害ばかりでなく,酸化ストレスによってレドックス環境が変化し,遺伝子発現が変化することと関連することがわかってきた.この部分について十分な解説をお願いした.眼の加齢といえば白内障,老視がもっとも広くイメージされる.水晶体研究の第一人者である金沢医*KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室**ShigeruKinoshita:京都府立医科大学大学院医学系研究科視覚機能再生外科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)479 科大学の佐々木洋教授にアンチエイジング医学の立場から水晶体の加齢について執筆をお願いした.また,成人の失明原因第1位の緑内障は,40歳以降に急激に発症率が増加することで知られる.だからこそ40歳以上の眼科検診が重要といわれるわけだ.緑内障はこれまで長い間,眼圧との相関が研究の中心課題であったが,最近は酸化ストレスや加齢そのものによる影響が検討されるようになってきた.わが国において本領域の研究でトップを走る東北大学の中澤徹教授に,この分野についての将来展望も含めて総説をお願いした.最後に“見た目”のエイジングである.加齢によって瞼が下がり,眼瞼下垂になることは知られているが,本疾患を手術で治療するとたくさんの患者が“若返った”と喜ぶ.今までアンチエイジングという枠組みからはあまり討議されなかった眼瞼のアンチエイジングについて野田実香先生(北海道大学)に最新の知見を網羅していただいた.以上のように,眼疾患についてアンチエイジング医学によるアプローチはまだまだ始まったばかりであるが,本特集をお読みいただければわかるように,これから大きな可能性を秘めた分野である.現在日本の医療費は増大の一途をたどっており,医療費削減の意味においても,重篤化する前に疾患を予防することが重要と考えられている.一つの良い例が,緑内障における眼圧のコントロールだ.緑内障治療はまさに究極の予防医療であり,わが国でも大きな実績を重ねている.他の疾患についてもリスクファクターを同定し,そこにアプローチすることが予防医療の基本であるが,そのなかでもエイジング(加齢)はもっとも大切なターゲットとなりうる.エイジングの研究がこれからさらに急速に進んでいくものと期待されるが,それに伴って,眼のアンチエイジングアプローチも,緑内障における眼圧コントロールのように予防医療として成り立つ可能性が高いと考えられる.480あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(2)

先天性眼瞼下垂の弱視関連因子についての検討

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):465.472,2014c先天性眼瞼下垂の弱視関連因子についての検討秋山智恵*1中原尚美*1森紀和子*1野口昌彦*2北澤憲孝*1*1長野県立こども病院眼科*2同形成外科ClinicalFactorsAssociatedwithAmblyopiainPatientswithCongenitalBlepharoptosisTomoeAkiyama1),NaomiNakahara1),KiwakoMori1),MasahikoNoguchi2)andNoritakaKitazawa1)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofPlasticSurgery,NaganoChildren’sHospital2002.2012年までの10年間に長野県立こども病院眼科を受診した先天性眼瞼下垂133例159眼(片眼性107例107眼,両眼性26例52眼)を対象とし,弱視関連因子について検討した.代償頭位は両眼性眼瞼下垂と片眼性眼瞼下垂中等度例に顎上げ傾向がみられた.調節麻痺下屈折検査は85例97眼(片眼性73例73眼,両眼性12例24眼)に施行できた.屈折異常は遠視性複乱視の占める割合が最も高かった.屈折異常の程度は97眼中78眼(80.4%)が軽度であった.乱視は片眼性眼瞼下垂よりも両眼性眼瞼下垂で有意に強く,また両眼性眼瞼下垂では重度例で有意に強かった.片眼性眼瞼下垂の健眼と患眼の比較では患眼に有意に強い遠視と乱視が認められた.片眼性眼瞼下垂73例中29例(39.7%)に1.0D以上の遠視性不同視を認めた.全眼瞼下垂133例中15例(11.3%)に斜視を認めた.先天性眼瞼下垂の弱視関連因子として,乱視,遠視性不同視,斜視を高頻度に認めた.治療は手術のみならず,屈折異常および斜視の適切な早期管理が推奨される.Thefactorsofamblyopiawerestudiedthrough10yearsofourexperience,from2002to2012.Subjectsconsistedof159eyes(133cases)withcongenitalblepharoptosis,comprising107unilateraland26bilateralcases.Typicalcompensatoryheadposturewasjawupward,mainlyobservedinbilateralandmildunilateralblepharoptosis.Hyperopiccompoundastigmatismwasobservedatthehighestrateasrefractoryerror.Mildrefractoryerrorswereobservedin78eyesof97cases.Thegradeofastigmatismwashigherinunilateralthaninbilateralblepharoptosisandwassignificantlyhighinseverebilateralblepharoptosis.Inthecasesofunilateralblepharoptosis,comparisonbetweenunaffectedandaffectedeyesshowedthattheaffectedeyeshadhigherhyperopicdegreeandastigmaticdegree.Hyperopicanisometropiaofnotlessthan1.0diopterwasseenin29of73casesofunilateralblepharoptosis.Strabismuswasseenin15ofthe133casesofblepharoptosis.Incongenitalblepharoptosis,inadditiontosurgery,itisrecommendedthatrefractiveerrorandstrabismusbeappropriatelymanagedfromanearlyage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):465.472,2014〕Keywords:先天性眼瞼下垂,片眼性,両眼性,下垂の程度,乱視,遠視性不同視.congenitalblepharoptosis,unilateralptosis,bilateralptosis,gradeofptosis,astigmatism,hyperopicanisometropia.はじめに小児でみられる眼瞼下垂には先天性眼瞼下垂(単純型),先天性外眼筋線維化症候群,動眼神経麻痺,重症筋無力症,Horner症候群,眼瞼縮小症候群,MarcusGunn症候群などがある.なかでも単純型先天性眼瞼下垂は小児で最もよくみられる下垂であり,眼瞼挙筋の変性と筋周囲の線維化のため眼瞼可動域が狭く,上方視時に上眼瞼が下がり,下方時にはむしろ上眼瞼があがっているのが病態である1).また,先天性眼瞼下垂は視性刺激遮断による弱視だけでなく,斜視,屈折異常,特に乱視による弱視を伴うことが多いと報告されている2.4).今回,片眼性および両眼性の単純型先天性眼瞼下垂を対象とし,弱視関連因子と考えられる代償頭位,屈折異常,斜視の合併について検討したので報告する.I対象および方法対象は,2002.2012年までの10年間に長野県立こども〔別刷請求先〕秋山智恵:〒399-8288長野県安曇野市豊科3100長野県立こども病院眼科Reprintrequests:TomoeAkiyama,DepartmentOphthalmology,NaganoChildren’sHospital,3100Toyoshina,Azumino,Nagano399-8288,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(161)465 病院眼科を受診した先天性眼瞼下垂133例159眼である.内訳は,片眼性107例107眼,両眼性26例52眼で,性別は男児72例(片眼性60例,両眼性12例),女児61例(片眼性47例,両眼性14例)であった.これら対象について,1.初診時年齢,2.下垂の程度および代償頭位,3.手術,4.屈折異常,5.斜視の合併率について検討した.眼瞼下垂の程度は,片眼性では,正常頭位で瞳孔領が完全に露出しているものを軽度,瞳孔領の一部が隠れているものを中等度,完全に隠れているものを重度とした.また,両眼性では,正常頭位で両眼ともに瞳孔領が完全に露出しているものを軽度,両眼ともに瞳孔領の一部が隠れているものおよび両眼の瞳孔領の露出に左右差があるものを中等度,両眼ともに瞳孔領が完全に隠れているものを重度とした.なお,屈折異常の検討においては,両眼性も片眼性と同様に単眼ずつ下垂の程度判定を行った.屈折検査は,トロピカミド・塩酸フェニレフリン,塩酸シクロペントラートもしくは硫酸アトロピン点眼による調節麻痺下で,ライト社製ハンディ型オートレフラクトケラトメータRightonRetinomaxK-plus3Rを使い測定した.屈折異常の分類は,等価球面度数で.0.25D以上+0.25D以下を正視とし,乱視度は強主経線と弱主経線での屈折度の差をとり,絶対値で0.25D以下のものを乱視なしとして表した.乱視軸は,臨床的分類に従い5),弱主経線が180±30°を直乱視,90±30°を倒乱視,それ以外を斜乱視として分類した.屈折異常の程度は,等価球面度数で+3.0D以下を軽度遠視,+6.0D以上を強度遠視,この間を中等度遠視とし,同様に.3.0D以下を軽度近視,.6.0D以上を強度近視,この間を中等度近視とした.不同視は等価球面度数の差で算出した.眼瞼下垂の手術は当院形成外科にて施行された.解析には,片眼性と両眼性の2群間および健眼と患眼の2群間の比較ではMann-WhitneyU-test(以下,検定Iとする)を用いた.下垂の程度別での比較ではKruskal-Wallistest(以下,検定IIとする)を用い,有意差ありと認められた場合は多重比較Steel-Dwass法(以下,検定IIIとする)を行った.代償頭位,手術適応,屈折異常の分類データの比較ではc2検定(以下,検定IVとする)を用いた.屈折異常の程度の比較ではSpearman’scorrelationcoefficientbyranktest(以下,検定Vとする)を用いた.有意水準はいずれもp<0.05とした.統計処理はExcelアドインソフトStatcel3で行った.II結果1.初診時年齢初診時年齢は0歳0カ月.6歳11カ月で中央値1歳5カ月(平均1歳11カ月)であった.内訳は,片眼性0歳0カ月.6歳11カ月で中央値1歳2カ月(平均1歳10カ月),466あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014両眼性0歳0カ月.6歳6カ月で中央値2歳3カ月(平均2歳6カ月)であった.片眼性症例の初診時年齢が有意に低かった(p<0.05,検定I).下垂の程度別にみると,片眼性では軽度0歳3カ月.6歳11カ月で中央値1歳8カ月(平均2歳1カ月),中等度0歳0カ月.6歳6カ月で中央値1歳5カ月(平均1歳11カ月),重度0歳0カ月.5歳2カ月で中央値9カ月(平均1歳1カ月)であった.3群間に統計学的有意差が認められ(p<0.05,検定II),重度例は中等度例に比して初診時年齢が有意に低かった(p<0.05,検定III).両眼性では軽度1歳3カ月.5歳3カ月で中央値2歳2カ月(平均2歳8カ月),中等度0歳3カ月.4歳6カ月で中央値2歳3カ月(平均2歳3カ月),重度0歳7カ月.6歳6カ月で中央値2歳9カ月(平均3歳2カ月)で,統計学的に有意差は認められなかった(p=0.59,検定II).2.下垂の程度および代償頭位下垂の程度は,片眼性107例では軽度31例(29.0%),中等度51例(47.7%),重度23例(21.5%),不明2例(1.9%)であった.両眼性26例では軽度4例(15.4%),中等度11例(42.3%),重度7例(26.9%),不明4例(15.4%)であった.顎上げの代償頭位をとっていた症例は,片眼性では30例(28.0%),両眼性では19例(73.0%)であった.代償頭位をとっていた症例を下垂の程度別にみると,片眼性では軽度31例中4例(12.9%),中等度51例中21例(41.2%),重度23例中5例(21.7%)で,中等度例に顎上げ傾向がみられた.統計学的にも下垂の程度と代償頭位に関連性が認められた(p<0.05,検定IV).両眼性では,軽度4例中4例(100%)中等度11例中9例(81.8%),重度7例中6例(85.7%)で,(,)下垂の程度にかかわらず顎上げ傾向がみられた.統計学的にも下垂の程度と代償頭位の関連性は認められなかった(p=0.66,検定IV).3.手術手術適応となったのは,片眼性107例のうち89例(83.2%),両眼性26例のうち23例(88.5%)であった.下垂の程度別にみると,片眼性では軽度31例中22例(71.0%),中等度51例中45例(88.2%),重度23例中20例(87.0%),不明2例中2例(100%)であった.両眼性では軽度4例中4例(100%),中等度11例中10例(90.9%),重度7例中7例(100%),不明4例中2例(50.0%)であった.片眼性,両眼性ともに手術適応と下垂の程度に関連性は認められなかった(片眼性p=0.11,両眼性p=0.59,検定IV).手術の未施行例の理由としては,片眼性18例では,手術を予定されているもの3例,経過観察中6例,希望なし4例,自己中断5例であった.両眼性3例では,手術を予定されているもの1例,経過観察1例,主疾患により全身麻酔下手術不能なもの1例であった.(162) 手術時年齢は,0歳3カ月.10歳3カ月で中央値2歳1カ月(平均2歳8カ月)であった.内訳は,片眼性0歳3カ月.10歳3カ月で中央値2歳0カ月(平均2歳6カ月),両眼性0歳11カ月.6歳10カ月で中央値3歳3カ月(平均3歳6カ月)であった.片眼性症例の手術時年齢が有意に低かった(p<0.05,検定I).初診から手術までの期間は,片眼性0.45カ月で中央値7カ月(平均8.5カ月),両眼性0.58カ月で中央値8カ月(平均11.7カ月)であった.片眼性と両眼性の手術までの期間に統計学的有意差は認められなかった(p=0.63,検定I).下垂の程度別にみると,片眼性では軽度3.40カ月で中央値8.5カ月(平均10.4カ月),中等度0.45カ月で中央値7.0カ月(平均8.0カ月),重度1.17カ月で中央値6.5カ月(平均7.1カ月)であった.両眼性では軽度3.33カ月で中央値8.5カ月(平均1歳1カ月),中等度1.14カ月で中央値8カ月(平均6.8カ月),重度0.58カ月で中央値6カ月(平均1歳1カ月)であった.片眼性,両眼性ともに下垂の程度によって手術までの期間に統計学的有意差は認められなかった(片眼性p=0.21,両眼性p=0.79,検定II).手術方法は,片眼性89例89眼では,筋膜移植術80例80眼(89.9%),眼瞼挙筋前転術8例8眼(9.0%),眼瞼挙筋瞼板固定術1例1眼(1.1%)であった.両眼性23例46眼では,筋膜移植術22例42眼(91.3%),眼瞼挙筋前転術3例4眼(8.7%)であった.片眼性,両眼性ともに下垂の程度が重度で手術適応になった例はすべて筋膜移植術の適応であった.4.屈折異常対象のうち,術前に調節麻痺下屈折検査が施行できた85例(片眼性73例73眼,両眼性12例24眼)の屈折異常について検討した.下垂の程度分布は,片眼性73眼では軽度21眼(28.8%),中等度36眼(49.3%),重度16眼(21.9%)であった.両眼性24眼では軽度4眼(16.7%),中等度5眼(20.8%),重度15眼(62.5%)であった.a.屈折異常の分類屈折異常の分類を表1に示す.屈折異常の分類では遠視性複乱視の占める割合が最も高かった.屈折異常の分類について,下垂の程度別および両眼性と片眼性で比較しても傾向は変わらず,統計学的有意差は認められなかった(下垂の程度別の比較p=0.27,両眼性と片眼性の比較p=0.93,検定IV).また,片眼性眼瞼下垂の健眼と患眼の比較でも傾向は変わらず,統計学的にも差は認められなかった(p=0.16,検定IV).b.屈折異常の程度屈折異常の程度分布および平均等価球面度数を表2に示す.屈折異常の程度としては軽度遠視の占める割合が最も高かった.屈折異常の程度について,下垂の程度別および両眼性と片眼性で比較しても傾向は変わらず,統計学的有意差は認められなかった(下垂の程度別の比較p=0.41,両眼性と片眼性の比較p=0.24,検定V).また,片眼性眼瞼下垂の表1屈折異常の分類全眼瞼下垂両眼性眼瞼下垂片眼性眼瞼下垂患眼健眼軽中重全軽中重全軽中重全25眼41眼31眼97眼4眼5眼15眼24眼21眼36眼16眼73眼73眼遠視性1626125435513132174126複乱視(64.0)(63.4)(38.7)(55.7)(75.0)(100)(33.3)(54.2)(61.9)(58.3)(43.8)(56.2)(35.6)遠視性425111023323814単乱視(16.0)(4.9)(16.1)(11.3)(25.0)(13.3)(12.5)(14.3)(5.6)(18.8)(11.0)(19.2)遠視002(6.5)2(2.1)0000002(12.5)2(2.7)5(6.8)正視1(4.0)1(2.4)02(2.1)00001(4.8)1(2.8)02(2.7)6(8.2)近視01(2.4)01(1.0)000001(2.8)01(1.4)2(2.7)近視性2358003303256単乱視(8.0)(7.3)(16.1)(8.2)(20.0)(12.5)(8.3)(12.5)(6.8)(8.2)近視性255120033252910複乱視(8.0)(12.2)(16.1)(12.4)(20.0)(12.5)(9.5)(13.9)(12.5)(12.3)(13.7)雑性2327002223054乱視(8.0)(7.3)(6.5)(7.2)(13.3)(8.3)(9.5)(8.3)(6.8)(5.5)()内は%を示す.(163)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014467 表2屈折異常の程度分布と平均等価球面度数全眼瞼下垂両眼性眼瞼下垂片眼性眼瞼下垂患眼健眼軽中重全軽中重全軽中重全25眼41眼31眼97眼4眼5眼15眼24眼21眼36眼16眼73眼73眼強度遠視002(6.5)2(2.1)002(13.3)2(8.3)00000中等度446140000446144遠視(16.0)(9.8)(19.4)(14.4)(19.0)(11.1)(37.5)(19.2)(5.5)軽度1625115245514131963840遠視(64.0)(61.0)(35.5)(53.6)(100)(100)(33.3)(58.3)(61.9)(52.8)(37.5)(52.1)(54.8)正視3(12.0)4(9.8)1(3.2)8(8.2)00002(9.5)5(13.9)1(6.3)8(11.0)14(19.2)軽度2791800662731214近視(8.0)(17.1)(29.0)(18.6)(40.0)(25.0)(9.5)(19.4)(18.8)(16.4)(19.2)中等度近視01(2.4)01(1.0)000001(2.7)01(1.4)1(1.4)強度近視002(6.5)2(2.1)002(13.3)2(8.3)00000Mean1.631.141.561.401.971.601.261.471.561.181.801.380.67±SD1.611.812.852.131.070.723.472.691.701.912.331.951.57()内は%を示す.表3乱視の程度分布と平均乱視度数全眼瞼下垂両眼性眼瞼下垂片眼性眼瞼下垂患眼健眼73眼軽25眼中41眼重31眼全97眼軽4眼中5眼重15眼全24眼軽21眼中36眼重16眼全73眼<0.251(4.0)2(4.9)2(6.5)5(5.2)00001(4.8)2(5.6)2(12.5)5(6.8)13(17.8)<1.06(24.0)19(46.3)8(25.8)33(34.0)1(25.0)4(80.0)1(6.7)6(25.0)5(23.8)15(41.7)7(43.8)27(37.0)30(41.1)<2.014(56.0)11(26.8)12(38.7)37(38.1)1(25.0)1(20.0)7(46.7)9(37.5)13(61.9)10(27.8)5(31.3)28(38.4)24(32.9)<3.03(12.0)6(14.6)4(12.9)13(13.4)2(50.0)04(26.7)6(25.0)1(4.8)6(16.7)07(9.6)4(5.5)<4.01(4.0)3(7.3)5(16.1)9(9.3)003(20.0)3(12.5)1(4.8)3(8.3)2(12.5)6(8.2)2(2.7)Mean±SD1.230.691.170.831.330.961.230.831.500.660.700.211.870.971.590.921.140.681.240.861.020.941.160.830.910.76健眼と患眼の比較でも傾向は変わらず,統計学的にも差は認められなかった(p=0.24,検定V).c.乱視の程度乱視の程度分布および平均乱視度数を表3に示す.乱視は468あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014()内は%を示す.全眼瞼下垂眼97眼中92眼(94.8%)に合併していたが,そのほとんどが2.0D未満の軽度乱視であった.下垂の程度別に乱視の程度を比較したところ,下垂の程度が増すほど3.0D以上の乱視合併率が高い傾向にみえたが,統計学的に関連性(164) 表4乱視軸の分類全眼瞼下垂両眼性眼瞼下垂片眼性眼瞼下垂患眼健眼軽中重全軽中重全軽中重全24眼39眼29眼92眼4眼5眼15眼24眼20眼34眼14眼68眼60眼直乱視13(54.2)13(33.3)11(37.9)37(40.2)3(75.0)3(60.0)8(53.3)14(58.3)10(50.0)10(29.4)3(21.4)23(33.8)32(53.3)倒乱視5(20.8)18(46.2)12(41.4)35(38.1)1(25.0)1(20.0)4(26.7)6(25.0)4(20.0)17(50.0)8(57.1)29(42.6)16(26.7)斜乱視6(25.0)8(20.5)6(20.7)20(21.6)01(20.0)3(20.0)4(16.7)6(30.0)7(20.6)3(21.4)16(23.5)12(20.0)は認められなかった(p=0.61,検定V).片眼性では2.0D未満の軽度乱視の占める割合が高かったが,両眼性では乱視の程度にばらつきがあった.片眼性と両眼性の乱視の程度に統計学的有意差が認められた(p<0.05,検定I).また,片眼性眼瞼下垂の健眼と患眼の比較では,患眼のほうが中等度乱視の合併率が高い傾向がみられた.健眼と患眼の乱視の程度に統計学的にも有意差が認められた(p<0.05,検定I).d.乱視軸乱視が合併していた下垂眼92眼(片眼性68眼,両眼性24眼)および片眼性眼瞼下垂の健眼60眼の乱視軸の分類を表4に示す.下垂眼,健眼ともに直乱視が最も多く,斜乱視が2割前後と似た傾向であった.統計学的にも全眼瞼下垂眼と健眼の乱視軸の分類に有意差を認めなかった(p=0.24,検定IV).片眼性眼瞼下垂の中等度と重度においては倒乱視の割合が高かったが,下垂の程度と乱視軸の分類に関連性は認められなかった(p=0.09,検定II).また,片眼性眼瞼下垂眼では倒乱視の割合が最も高く,健眼では直乱視の割合が最も高かったが,統計学的には有意差が認められなかった(p=0.07,検定IV).e.屈折度数全眼瞼下垂眼97眼の平均屈折度数は,等価球面度数1.40±2.13D,乱視度数1.23±0.83Dであった.これらを下垂の程度別に比較したところ,等価球面度数,乱視度数ともに統計学的有意差は認められなかった(等価球面度数p=0.61,乱視度数p=0.56,検定II).両眼性眼瞼下垂の屈折度数分布を図1に示す.両眼性眼瞼下垂24眼の平均屈折度数は,等価球面度数1.47±2.69D,乱視度数1.59±0.92Dであった.これらを下垂の程度別に比較したところ,等価球面度数は統計学的有意差が認められなかった(p=0.15,検定II).乱視度数は統計学的有意差が認められ(p<0.05,検定II),重度例は中等度例に比して乱視度数が有意に強かった(p<0.05,検定III).片眼性眼瞼下垂の屈折度数分布を図2に示す.片眼性眼瞼(165)()内は%を示す.下垂73眼の屈折度数を下垂の程度別に比較したところ,等価球面度数,乱視度数ともに統計学的有意差は認められなかった(等価球面度数p=0.54,乱視度数p=0.38,検定II).両眼性眼瞼下垂眼と片眼性眼瞼下垂眼の屈折度数を比較すると,等価球面度数では統計学的有意差を認めず(p=0.29,検定I),乱視度数では両眼性が片眼性に比して有意に強かった(p<0.05,検定I).片眼性眼瞼下垂の健眼と患眼の屈折度数分布を図3に示す.健眼の平均屈折度数は,等価球面度数0.67±1.57D,乱視度数0.91±0.76Dであった.患眼の平均屈折度数は,等価球面度数1.38±1.95D,乱視度数1.16±0.83Dであった.健眼と患眼の屈折度数を比較したところ,等価球面度数では患眼のほうが遠視側に有意に強く,また,乱視度数も患眼のほうが有意に強かった(等価球面度数p<0.05,乱視度数p<0.05,検定I).f.不同視1.0D以上の不同視差を認めた例が,片眼性眼瞼下垂では73例中29例(39.7%),両眼性眼瞼下垂では12例中2例(16.7%)みられた.片眼性眼瞼下垂29例のうち26例が患眼の遠視性不同視であった.26例の不同視差の内訳は,1.0D以上2.0D未満18例(69.2%),2.0D以上3.0D未満5例(19.2%),3.0D以上4.0D未満3例(11.5%)であった.両眼性眼瞼下垂2例は1.5D未満の不同視差であった.なお,この2例は左右眼ともに重度下垂であった.5.斜視の合併率斜視は,片眼性眼瞼下垂107例中12例(11.2%),両眼性眼瞼下垂26例中3例(11.5%)に合併していた.軽度下垂症例には斜視は合併していなかった.斜視の種類は,片眼性眼瞼下垂では,間欠性外斜視5例,恒常性外斜視4例,恒常性内斜視2例,上下斜視6例(重複あり)であった.両眼性眼瞼下垂では,間欠性外斜視1例,恒常性外斜視1例,恒常性内斜視1例であった.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014469 軽度中等度重度963乱視度数(D)001234-3-6等価球面度数(D)-9図1両眼性眼瞼下垂の屈折度数分布(下垂程度別)6.004.002.000.00-2.00-4.00患眼健眼01234等価球面度数(D)乱視度数(D)図3片眼性眼瞼下垂の屈折度数分布(健眼と患眼の比較)III考按一般に弱視の発生率はおよそ3%といわれている6,7).それに対し,眼瞼下垂眼における弱視の発生は19.37.5%と高率である6.10).かつては,先天性眼瞼下垂は,明視が妨げられて両眼視機能の正常な発達を障害し弱視や斜視に陥る可能性があることから,発見しだい早期の手術が勧められていた11).一般に乳幼児における瞳孔が隠れるほどの眼瞼下垂では,弱視が発生する危険がある.しかし,片眼性先天性眼瞼下垂眼においては,その眼瞼挙筋が薄くて,ほとんど横紋筋線維が認められないため,下方視時に伸展が悪く,かえって瞼裂幅の相対的拡大が起こる特徴があるため視性刺激遮断弱視は起こらないとの報告もある4).また,視性刺激を得やすくするために,顎上げの代償頭位をとる症例もいる12).視性刺激遮断となるか否かはこのような代償頭位も無視できない要因である.470あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014図2片眼性眼瞼下垂の屈折度数分布(下垂程度別)軽度中等度重度-4-2024601234等価球面度数(D)乱視度数(D)当院における先天性眼瞼下垂症例の顎上げ代償頭位の有無をみると,両眼性眼瞼下垂症例および片眼性眼瞼下垂の中等度例が代償頭位をとり,片眼性眼瞼下垂の軽度例と重度例が代償頭位をとらない傾向であった.片眼性眼瞼下垂の軽度例は,平常で角膜反射が出ており視性刺激が遮断されないため,代償頭位の有無が視力予後に影響するとは考えにくい.つぎに,片眼性眼瞼下垂の重度例であるが,下方視時に視性刺激があるとはいえ,代償頭位がなければ,視性刺激の全体量としては健眼より劣ることが予想され,やはり視性刺激遮断弱視の発生が危惧されるのではなかろうかと考えた.対象の初診時年齢をみると,両眼性眼瞼下垂より片眼性眼瞼下垂のほうが有意に低く,さらに片眼性眼瞼下垂では下垂程度が重度例で有意に低いという結果であった.片眼性眼瞼下垂は重症度が増すほど健眼と患眼の比較により病識が得られやすい.結果,より早期の医療機関への受診となったのではないかと推察された.視性刺激遮断弱視となるリスクがより高い症例に対し,より早期に診断できることは視力予後を改善する可能性があると考えられる.近年,先天性眼瞼下垂の視力不良の原因は視性刺激遮断ではなく,むしろ屈折異常や斜視によるものだという報告があり2.4),屈折異常については,特に乱視合併の報告が多くみられる3,4,6,8.11,13.15).下垂眼に合併する乱視の程度については,平田13)が強い傾向があると述べる一方で,宮下ら14)はそのような傾向は認められないとするなど報告にばらつきがある.本症例でも,全眼瞼下垂眼の94.7%と高率に乱視が合併していた.ただし,そのうち2.0D以上の乱視合併率は22.2%と少数で,宮下ら14)の報告と同じく乱視の程度は弱い傾向であった.これら乱視が眼瞼下垂に関連したものかを検討するために,片眼性眼瞼下垂症例の健眼と患眼の乱視を比(166) 較した.結果,患眼のほうが中等度乱視の合併率が高く,また乱視度数も有意に強い結果が得られた.乱視度数としては必ずしも強いとはかぎらないが,眼瞼下垂と乱視の関連性が示唆された.また,下垂の程度との関連性については,乱視合併率と乱視度数についての報告があり,乱視合併率については下垂の中等度および重度例で高くなるという報告が多数みられる3,8,14,15).また,乱視度数については高橋15)が下垂中等度以上で乱視度数が強くなると報告する一方で,山下ら10)が下垂の程度で乱視度数は変わらないと報告し,一致した見解は得られていない.今回,筆者らの検討では,乱視合併率は下垂の程度で変わらなかった.乱視度数については,片眼性では下垂の程度と関連性がみられず,両眼性では下垂重度例で有意に強い結果であった.また,片眼性より両眼性のほうが有意に強い結果であった.両眼性眼瞼下垂で特に下垂の重度例では乱視に注意が必要であることが示唆された.つぎに乱視軸であるが,下垂眼特有の乱視軸は認められなかった.過去にもいくつか乱視軸の分類に触れている報告があるが3,8,10,14,15),直乱視,倒乱視,斜乱視のいずれの指摘もあり,一致した見解は得られていない.つぎに屈折分布についてであるが,全眼瞼下垂眼の70.5%が遠視側であった.これは下垂眼に限ったことではなく,片眼性眼瞼下垂の健眼もまた遠視側に偏った屈折分布であった.乳幼児の平均屈折度については1歳児でsph+2.0D,2.3歳児でsph+1.0Dと報告されている16).今回,調査対象は乳幼児を主体としており,屈折異常の遠視傾向はそのことも影響していると思われた.しかし,片眼性眼瞼下垂の健眼と患眼との比較では患眼に有意に強い遠視が認められ,遠視性不同視の合併が強く疑われた.過去に,軽度ではあるが遠視性の不同視の合併を指摘している報告2,4,14)もあり,遠視性不同視の検討をしたところ,片眼性眼瞼下垂73例中26例(35.6%)に1.0D以上の不同視を認めた.多くは軽度の不同視であったが,弱視の発生リスクが高くなるとされる3.0D以上の不同視17)を認めた例も26例中3例(11.5%)いた.今回,筆者らの調査では調節麻痺下での屈折検査とはいえ,トロピカミド・塩酸フェニレフリン,塩酸シクロペントレート,硫酸アトロピンと使用薬剤が混在している.全症例に調節麻痺効果がより期待できる塩酸シクロペントレートもしくは硫酸アトロピン点眼下での屈折検査が施行できていれば健眼と患眼とでさらなる差が認められたかもしれない.また,対象の年齢が低いため,最低限としてTellerAcuitycardsにおける裸眼視力検査は施行しているものの,矯正視力検査までできた症例は少なく,弱視の検討ができなかった.つぎに合併症についてであるが,全眼瞼下垂133例中15例(11.3%)に斜視が合併していた.過去の報告においても2,4,6.10,15),眼瞼下垂における斜視の発生は10.3.57%と高率で,また,斜視の種類については外斜視の割合が高い.こ(167)れらの報告のなかでは最も低い斜視合併率となったが,一般的な斜視発生率が1.5%とされているので6,7),本症例の斜視合併も高率といえよう.また,本症例においても外斜視の割合が高かった.先天性眼瞼下垂の弱視の原因は,以前は視性刺激遮断弱視を中心に指摘されていたが,近年では屈折異常や斜視とする報告が多い.筆者らの調査においても,屈折異常,特に乱視や遠視性不同視,斜視の合併が認められた.また,過去の報告は,対象年齢が下限はほぼ0歳であるが,上限については15歳以下3,9,10)または15歳以下を主体としているものの最長は24.70歳と成人も含まれるなど2,4,13.15),対象年齢に幅がある.屈折異常の分布は,新生児,幼児,学童期,成人の各時期において大きく変化するといわれている18).本調査の対象年齢は乳幼児が主体であった.そのため,屈折異常の経年変化の影響も少なく,また,対象年齢がいわゆる視覚の感受性期間に属すことから,今回の調査で得られた結果は弱視要因に直接関係すると考えられる.これらの視機能に対する影響を考慮し,できるだけ早期に対応する必要がある.先天性眼瞼下垂においては,適切な手術と同様に,術前,術後を通しての注意深い屈折異常の管理,そして斜視および両眼視機能の管理が重要であると考えられた.文献1)根本裕次:眼瞼下垂,眼瞼内反.眼科プラクティス20小児眼科診療(樋田哲夫編),p114-117,文光堂,20082)粟屋忍,安間正子,菅原美雪ほか:片眼性眼瞼下垂症例における視機能について.眼紀30:195-201,19793)永井イヨ子:片眼性先天眼瞼下垂における視力低下の原因について.眼科27:63-73,19854)安間正子,栗屋忍:片眼性先天眼瞼下垂の視機能に関する研究.眼紀36:1510-1517,19855)西信元嗣:II屈折・調節の異常.視能矯正学(丸尾敏夫ほか編),p98-100,金原出版,19946)太田有夕美,目黒泰彦,針谷春菜ほか:手術を施行した片眼先天性眼瞼下垂症例の視機能の検討.臨眼64:12991302,20107)Berry-BrincatA,WillshawH:Paediatricblepharoptosi:a10-yearreview.Eye23:1554-1559,20098)SrinageshV,SimonJW,MeyerDRetal:Theassociationofrefractiveerror,strabismus,andamblyopawithcongenitalptosis.JAAPOS15:541-544,20119)山本節,金川美枝子:先天性眼瞼下垂の手術と視機能.臨眼36:1377-1380,198210)山下力,四宮加容,岡本理江ほか:先天性眼瞼下垂症例の視機能.眼臨紀1:161-165,200911)丸尾敏夫:小児の眼瞼下垂.臨眼24:1349-1352,197012)羅錦營:眼瞼下垂.眼科学I(丸尾敏夫ほか編),p14-15,文光堂,200213)平田寿雄:先天性眼瞼下垂における視機能について.眼臨76:393,198214)宮下公男,上村恭夫:単純型片眼先天性眼瞼下垂の視力,あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014471 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