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円錐角膜,屈折矯正術後の不正乱視の治療

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科31(1):39.45,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科31(1):39.45,2015円錐角膜,屈折矯正術後の不正乱視の治療TreatmentforIrregularAstigmatismCausedbyKeratoconusandRefractiveSurgery東原尚代*稗田牧**はじめに円錐角膜は角膜の中央部が菲薄化して突出する進行性の疾患であり,眼鏡では矯正できない不正乱視が生じる.治療はガス透過性ハードコンタクトレンズ(rigidgaspermeablecontactlens:RGPCL)の装用が第一選択で,進行例には角膜移植術が必要となる.近年,円錐角膜に対する新しい外科治療として角膜内リング挿入(intrastromalcornealringsegments:ICRS)術が注目されている1).ICRSは円錐角膜だけでなく角膜拡張症(keratectasia)に対しても施行されるようになり,その効果が確認されて以降,日本でも少しずつ普及している2.4).また,ICRS術後の不正乱視にも,さらなる視力改善をめざして積極的にRGPCLが処方される5,6).一方,屈折矯正手術は主として近視や乱視の矯正を目的として行われ,エキシマレーザーを用いたphotorefractivekeratectomy(PRK),laserinsitukeratomileusis(LASIK),epi-LASIKなどがあげられる.屈折矯正手術は矯正視力の良好な眼が対象であり,比較的安全な手術とされる7.9)が,稀に過剰照射や感染性角膜炎7,10)による合併症が生じ,不正乱視のために視力不良に陥ることがある.このような症例に対してもRGPCLの処方が行われるが11),屈折矯正手術により角膜中央部が扁平化しているためにRGPCL処方は非常にむずかしく眼科医の経験が必要となる.本稿では,円錐角膜および屈折矯正術後の不正乱視に対するRGPCL処方ならびに外科的治療法について解説する.I円錐角膜へのRGPCL処方円錐角膜は角膜中央部の曲率半径は小さいが,角膜周辺部(とくに上方)の形状は正常眼と同じか,むしろ,より大きくなっている(図1).したがって,円錐角膜にRGPCLを処方する場合,角膜周辺部(とくに上方)にあわせて球面レンズをフラットに処方するか(京都府立医科大学では“フラット・メソッド”と呼ぶ)12),もしくは,円錐角膜用の多段階カーブレンズを軽いアピカルタッチで合わせる13)ことが多い.後者のレンズの代表として,ニチコン社のローズK2がある.ローズK2のイニシャルトライアルレンズは,測定できたケラト値の平均から0.2mm程度小さいベースカーブを選択すると良い.フィッティングは瞬目直後の状態で評価するが,角膜中央に軽度にフルオレセインの貯留を認め,瞬目で角膜頂点がレンズに軽く接触するのが基本となる(図2).最周辺部のベベル幅は1mm弱が必要とされる.ローズK2のエッジリフトは,.1.0.+2.0の範囲内で作製が可能であり,トライアンドエラーの過程でデザインを選択する.ローズK2は非球面レンズでありセンタリングが重要であるが,固着に気をつけなければならない.中等度以上の円錐角膜やペルーシド角膜変性,角膜移植後などでは,ローズ2PGもしくはローズK2ICが推奨される.なお,ローズK2処方前に球面レンズなど他の種類のRGPCLを装用していた場合,角膜形状が変化している可能性が高く,処方後直ぐに視力は出にく*HisayoHigashihara:医療法人博吾会ひがしはら内科眼科クリニック/京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学**OsamuHieda:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕東原尚代:〒621-0861京都府亀岡市北町57-13医療法人博吾会ひがしはら内科眼科クリニック0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(39)39 図1円錐角膜の角膜形状解析(プラチドリング像:PR-8000にて撮影)左眼は中央部のリングが卵型を呈する軽度の円錐角膜であるのに対し,右眼は中央部のリングが小さく歪んだ進行した円錐角膜である.周辺の角膜を観察すると,右眼でリングの間隔が大きくなり,かなりフラットな形状をなすことがわかる.図2ローズK2を装用した円錐角膜の前眼部写真軽いアピカルタッチでレンズ中央部に薄く涙液が貯まる. 図3プラチドリングを基にした球面レンズの選択左から軽度,中等度,重度の円錐角膜.図4球面レンズを装用した円錐角膜の前眼部写真(フラット・メソッド)角膜中央部と上方が2点で接触したフィッティングであり,レンズ下方は浮いている. 図5角膜内リング挿入術後のRGPCL処方左上:術前のプラチドリング像.右上:術前の球面レンズによるRGPCL処方.左下:ICRS術後のプラチドリング像.術後には角膜中央部のリングの間隔が大きくなって角膜が扁平化しているのがわかる.右下:ICRS術後にツインベルタイプを処方.逆形状多段階カーブを選択すれば良好なフィッティングが得られる. 図6屈折矯正術後の不正乱視へのツインベルLVC処方ツインベルLVCの直径は10.0mmであり,台形化した角膜を安定してカバーすることができる.屈折矯正術後は強い角膜不正乱視ゆえに,瞬目によるレンズの動きが大きくなるため,センタリング改善を目的にレンズ周辺フロント側に溝加工を施している.図7図6の症例の角膜形状解析左:RGPCL装用前.右:RGPCL装用開始3カ月後.RGPCL装用により,角膜形状がきれいに改善した. 図8LASIK術後2週間に虫が目に入りフラップが断裂したのち5年経過した症例左:細隙灯顕微鏡所見.右:角膜形状解析.フラップ断裂による角膜瘢痕と不正乱視が明らかである.カスタム照射によるPRKで照射前視力0.3(1.0)が照射後1.2(1.5)に改善した.- あたらしい眼科Vol.32,No.1,201545(45)10)稗田牧:エキシマレーザー屈折矯正手術に伴う感染性角膜炎について教えてください.あたらしい眼科26(臨増):109-111,200911)山岸景子,東原尚代,百武洋子ほか:屈折矯正手術後の角膜感染症により生じた高度角膜不正乱視へのガス透過性ハードコンタクトレンズ処方.日コレ誌55:283-288,201312)東原尚代:不正乱視に対するハードコンタクトレンズ(HCL)処方.円錐角膜に対するHCL処方.日コレ誌53:180-185,201113)水谷聡,千賀勤,大堀伸ほか:円錐角膜に対するコンタクトレンズ処方傾向─RoseKTMを中心に─.日コレ誌46:190-195,200414)KrumeichJH,DanielJ,KnulleA:Live-epikeratophakiaforkeratoconus.JCataractRefractSurg24:456-463,199815)加藤浩晃,稗田牧.【円錐角膜の新たな治療】角膜内リング.眼科手術25:492-496,201216)植田喜一,山本達也,小玉裕司ほか:新しい多段カーブハードコンタクトレンズの試作.日本コンタクトレンズ学会誌49:166-170,200717)東浦律子,前田直之,中川智哉ほか:Laserinsituker-atomileusis術後のkeratectasiaに対するコンタクトレンズ処方.日コレ誌51:92-97,200918)山岸景子,東原尚代:角膜内リング挿入術後のハードコンタクトレンズ合わせ.あたらしい眼科32:屈折矯正セミナー.印刷中

眼表面疾患のマネージメント

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):31.38,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):31.38,2015眼表面疾患のマネージメントManagementforOcularSurfaceDisorders稲富勉*はじめに眼表面(ocularsurface)は角膜上皮と結膜上皮により構成され,角膜上皮は非角化重層扁平上皮に分化することで涙液と安定に接触し,屈折機能とバリア機能を提供できる.また,結膜上皮にはリンパ組織と杯細胞が存在し,眼表面の防御機構の主役を担っている.両者ともに幹細胞やprogenitorcellが存在し,継続的に上皮細胞を提供することで恒常性が維持され守られている.とくに角膜上皮の幹細胞は輪部基底部に存在し,その障害は角膜内への結膜侵入や角膜上皮幹細胞疲弊症につながり,進行例では角膜上皮移植が必要となる.眼表面疾患のマネージメントでは,角結膜上皮と眼表面環境の正常化がゴールとなる.すなわち,実際の診療では上皮障害の改善に加え,涙液,眼瞼機能,マイボーム腺などの,眼表面全体の環境を健常化する必要がある.I眼表面疾患の診かた眼表面疾患のマネージメントの第一歩は異常部位を把握することから始まる(図1).原疾患を診断すると同時に病期や進行状態を評価し,さらにはドライアイや眼瞼異常などの増悪因子を把握する.まずは肉眼的に眼瞼異常や瞬目異常を観察し,細隙灯顕微鏡検査では角膜全体から眼瞼縁まで広く観察する.フルオレセイン染色では上皮障害やドライアイのみならず表層上皮の異型性や隆起などの所見を丹念に観察する必要がある.上皮障害では障害範囲や分布が原因の同定や鑑別に重要である.角膜輪部の観察では表層血管侵入や結膜上皮侵入,角膜上皮幹細胞疲弊症の指標となるpalisadesofVogt(POV)の状態に注意する.結膜では上皮障害や炎症のみならず結膜下組織の増殖性変化や結膜.の短縮などの瘢痕所見を見逃さないようにする.結膜上皮障害や腫瘍性変化の観察に対してはローズベンガル染色やリサミングリーン染色などが有効である.II眼表面疾患での角膜上皮障害と創傷治癒眼表面疾患でもっとも問題となるのは角膜上皮の状態である(図2).角膜上皮異常が瞳孔領に至ると視機能障害の原因となり,また上皮欠損は角膜潰瘍や感染へと進行するため早期のマネージメントが必要となる.角膜上皮障害は,①表層上皮異常である点状表層角膜上皮症,②上皮全層の欠損である角膜上皮欠損,③上皮創傷機転が著しく障害された遷延性角膜上皮欠損,さらには④基底膜障害を伴う角膜潰瘍へと進行する(図3).眼表面疾患では正常な創傷治癒機転が障害されていることがほとんどであり,軽度な上皮障害でも遷延化し,急速に進化することも珍しくないため適切な治療を選択する必要がある.創傷治癒の異常のほかに,角化や錯角化などの分化異常,腫瘍化を含む細胞異型性変化,さらに幹細胞異常である角膜上皮幹細胞疲弊症が病態に含まれる.*TsutomuInatomi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕稲富勉:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(31)31 眼瞼・瞬目異常角膜上皮・結膜上皮異常角膜輪部・POV・結膜侵入マイボーム腺機能不全・マイボーム腺炎涙液異常・メニスカス・結膜弛緩症図1眼表面全体の観察ポイント眼表面疾患の診察では角結膜上皮のみならず,瞬目異常,眼瞼異常,POVの有無,涙液状態やマイボーム腺まで眼表面全体の異常を捉えることが大切である.脱落亢進①上皮創傷治癒障害角膜表層上皮障害②上皮分化障害角膜上皮欠損増殖抑制伸展障害③輪部機能不全遷延性角膜上皮欠損図2眼表面疾患における角膜上皮異常の考え方眼表面疾患の角膜上皮障害では恒常性維持および創傷治癒④異型性変化角膜潰瘍のメカニズムである3要素のアンバランスを評価して治療方法を選択することが重要である.図3眼表面疾患での角膜上皮異常眼表面疾患では角膜上皮障害の病態に応じたマネージメントを選択する. 治療前治療後図4眼表面疾患での薬剤毒性眼表面疾患のマネージメントでは薬剤毒性について常に考慮することが重要である.原則として薬剤の休薬によりwashoutを図る.人工涙液によるドライアイ治療や消炎治療が早期改善に有効な症例が多い. 図5遷延性角膜上皮欠損遷延性角膜上皮欠損では円形の上皮欠損と断端上皮の肥厚が特徴である.欠損部表層は実質変性により上皮伸展が障害される.さまざまな病態が含まれるため増悪因子を見きわめたマネージメントを計画する必要がある. 図6一時的瞼板縫合難治性の遷延性角膜上皮欠損のマネージメントでは一時的な瞼板縫合が有効となる.とくに重症ドライアイや神経麻痺などが関与する場合には適応を検討する. 36あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(36)【眼類天疱瘡のマネージメント】眼類天疱瘡は上皮基底膜成分に対する自己免疫性疾患であり,BP160抗原,ラミニン5,インテグリンb4などが主要な抗原となり発症する.全身粘膜症状をもつ瘢痕性類天疱瘡(mucusmembranepemphigoid)のうち,眼表面のみに発症したものを眼類天疱瘡と定義する.慢性的な結膜炎から結膜下組織増殖,瞼球癒着,結膜.短縮などの結膜瘢痕が進行し,最終的には角膜上皮疲弊から結膜被覆される難治性疾患の一つである.が生じると結膜瘢痕化と輪部疲弊が進行し,さらに眼瞼異常や涙液減少の重症化に至るため,早期治療と眼表面全体をみすえたトータルな治療が必要となる.表1瘢痕性角結膜上皮症1.熱化学外傷2.Stevens-Johnson症候群3.眼類天疱瘡・偽眼類天疱瘡4.Graftversushostdisease(GVHD)5.放射線角膜上皮症受傷時受傷6日後受傷35日後図7輪部障害の評価と急性期マネージメント受傷後に輪部障害範囲の把握と残存上皮を観察し重症度分類(木下分類)を行う.急性期のマネージメントは消炎治療を行いながら残存輪部(矢頭)からの角膜上皮化をめざす.PEDPEDPEDmSCL/tarrsorphy上皮移植Medical(創傷治癒促進)Medical(瘢痕化抑制,創傷治癒促進))SuccessSuccess部分的輪部障害全輪部障害図8輪部障害と手術適応表1瘢痕性角結膜上皮症1.熱化学外傷2.Stevens-Johnson症候群3.眼類天疱瘡・偽眼類天疱瘡4.Graftversushostdisease(GVHD)5.放射線角膜上皮症受傷時受傷6日後受傷35日後図7輪部障害の評価と急性期マネージメント受傷後に輪部障害範囲の把握と残存上皮を観察し重症度分類(木下分類)を行う.急性期のマネージメントは消炎治療を行いながら残存輪部(矢頭)からの角膜上皮化をめざす.PEDPEDPEDmSCL/tarrsorphy上皮移植Medical(創傷治癒促進)Medical(瘢痕化抑制,創傷治癒促進))SuccessSuccess部分的輪部障害全輪部障害図8輪部障害と手術適応 図9早期眼類天疱瘡慢性結膜炎より結膜下固有層の線維性増殖をきたし,さらに進行すると結膜.短縮から瞼球癒着へ進行する.この時期よりステロイド点眼により進行を予防することが重要である.図10角膜上皮形成術眼表面腫瘍を切除後に0.04%マイトマイシンCを5分間原発部に作用させる.結膜断端を冷凍凝固処理した後に,新鮮角膜を用いた角膜上皮形成術を施行する.4.5つ程度のレンティクルを周辺角膜より作製し,輪部に縫着することで角膜再建を行う(上:術前,下:術後). 図11結膜悪性黒色腫球結膜限局の悪性黒色腫は完全切除により予後は比較的良好であるが,眼瞼結膜への伸展症例は予後不良である.-

角膜感染症治療の基本方針

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):25.29,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):25.29,2015角膜感染症治療の基本方針BasicTreatmentStrategyforInfectiousKeratitis外園千恵*はじめに角膜感染症の発症背景はさまざまであり,起炎菌によって眼所見も異なる.使える薬剤も多岐にわたることから,感染症の診断と治療は専門的でむずかしいと思われがちである.しかし,基本となる考え方を知っておくと,診断と治療を論理立てて進めることができる.感染の成立と進行にはホストの免疫反応が関係しており,ホストと病原体の関係をよく考えることが診断に役立つ.角膜は透明な組織であり,感染巣を直視下に観察できる.病原体によって感染巣の形態はさまざまであり,いくつかの特徴を知っておくと起炎菌をおよそ推測できる.病巣から検体を採取して起炎菌を同定できれば,迷いなく治療を進められる.考える,見る,確認するという,3つの作業が角膜感染症の的確な診断と治療につながる.Iホストと病原体の関係角膜感染症の診断は,もともと健康なホストに発症した感染か,日和見感染かを考えたい.図1Aは,結膜充血が高度,実質内膿瘍があり,前房蓄膿を伴う.病原体に対するホストの生体反応が強い.このような感染症は,外傷あるいはコンタクトレンズの不適切なケアにより発症し,起炎菌として緑膿菌や糸状型真菌が疑われる1).防御力の強いホストに,病原性の強い菌が感染した状態といえる(図2A)図1Bは,移植後の角膜感染症である.充血は軽度,前房の炎症所見も少なく,視力低下を伴っていない.全身あるいは眼表面が免疫不全状況にある患者に,病原性AB図1角膜感染症の2つのパターンA:コンタクトレンズ関連角膜感染症,B:移植後角膜感染症.*ChieSotozono:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕外園千恵:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(25)25 AB防御力大病原性強防御力小病原性弱防御力大病原性弱C図2ホストと病原体の関係の弱い菌で感染が成立した日和見感染である(図2B).具体的にはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillinresistantStaphylococcusaureus:MRSA)などの耐性菌あるいは酵母型真菌が起炎菌となりやすい.日和見感染を生じる全身的な背景としては,高齢,糖尿病,アトピー,入院,免疫抑制などであり,長期のステロイド点眼,長期の抗菌薬点眼,瘢痕性角結膜上皮症もリスク因子となる2).防御力の強いホストに,病原性の弱い菌で感染が成立することがある(図2C).外傷や角膜手術などにより角膜実質内に病原体が持ち込まれた場合である.強い生体反応を伴うが,病原体が角膜実質層間に存在するため抗菌薬が作用しにくく治りにくい.II発症の速さ・治り方発症の速さは病原体によって異なり,一般的に細菌,真菌,アカントアメーバの順に進行が速い.進行の速い病原体は,治療への反応も早い(図3).細菌性角膜炎は,たとえば「朝痛い,と思ったら夜には我慢できなくなった」というように急速に悪化する.後述するように抗菌薬の頻回点眼を要することも多いが,適切な抗菌薬により数日単位で速やかに改善する.一方,真菌,アカントアメーバによる感染は比較的ゆっくりと発症する.細菌のなかで非定型抗酸菌はきわめて緩徐に増殖し,非感染性の炎症所見と鑑別困難な場合26あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015進行速度速い遅い細菌<真菌<アカントアメーバ淋菌緑膿菌MRSA非定型抗酸菌糸状型真菌酵母型真菌治療効果の発現早い遅い図3病原体と進行速度がある.日和見感染の原因となる酵母型真菌は,外傷性感染の原因となる糸状型真菌よりも増殖が遅い.進行の遅い病原体ほど,感染かどうかがわかりにくく,ステロイドの局所投与がなされがちである.しかし,ステロイドにより感染所見がマスクされ,重篤化することに注意を要する.進行の遅い病原体は,治るのもゆっくりである.2.3日で改善しないからと焦ることはなく,少しずつでも改善すれば必ず治る.III治療の立ち位置初診時,起炎菌がわからない時点の治療(初期治療)では,あらゆる病原体に対処できるよう広域スペクトルの抗菌薬ないし異なる2系統の抗菌薬を用いることが多い.擦過検鏡や培養検査により起炎菌を同定できれば,感受性のある(その菌に有効な)抗菌薬による適正治療を行うことができる(図4).自分がどの段階の治療を行っているのか,その立ち位置がわからないときは,森の中で道に迷っているようなものである.そのような場合には,治療経験の豊富な医師に相談するなど,指針を仰ぐことが望ましい.IV手堅く調べておこう初期治療で治ればラッキーである.しかし,MRSAなどの薬剤耐性菌,真菌,アカントアメーバは一般的な初期治療では治らない.効かないときでも適正治療へ切(26) り替えられるように,病巣部を擦過して塗抹検鏡と分離培養を行うことが大切である3).いったん抗菌薬投与を開始したのちに培養検査を行うと陰性となりやすく,抗菌薬投与前に検体を採取することが望ましい.塗抹検鏡と分離培養には長所と短所があり,できれば両方を行う治療開始前の検査(擦過検鏡・培養)を実施病歴・臨床所見から原因微生物を推理初期治療通常,3~4日を要する適正治療(検出した病原体に対する治療)図4初期治療と適正治療とよい.薬剤感受性がわかれば,自信をもって適正治療を進めることができる.1.塗抹検鏡直接検鏡により病原体を認めれば,迅速診断につながる.菌量や好中球浸潤の程度も把握できる(図5).しかし,検鏡では菌種の確定ができず,薬剤感受性はわからない.2.培養検査分離培養で細菌が検出されれば菌種が確定し,薬剤感受性検査を実施できる.ただし,眼瞼や結膜の常在細菌を検出する可能性がある.また,培養条件によって増えやすい菌,増えにくい菌がある.検鏡の結果や角膜所見とあわせて起炎菌かどうかを判断する.図5は,いずれもリウマチ患者に生じた日和見感染であり,よく似た小さい感染巣を呈している.図5Aの症AB図5角膜感染症と検鏡所見いずれもリウマチ患者に生じた日和見感染であり,よく似た小さい白色感染巣がある(矢印).A:多数のグラム陽性球菌,好中球浸潤を認め,培養検査でMSSAを検出.B:検鏡で多数の酵母型真菌を認め,培養検査でCandidaparapsilosisを検出.(27)あたらしい眼科Vol.32,No.1,201527 28あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(28)a.細菌と真菌の違い細菌感染は好中球浸潤を伴い,感染巣の辺縁は「丸い」ことが多い.一方,真菌感染は菌糸が発育して「羽毛状」の辺縁を呈しやすい.b.細菌による違いブドウ球菌感染は円形ないし楕円形の形状を呈しやすく,周辺の角膜は比較的透明である.緑膿菌は典型的には輪状膿瘍を呈し,周辺の角膜実質はすりガラス状に混濁する.c.アカントアメーバの特徴初期には偽樹枝状病変あるいは放射状角膜神経炎を呈し,いずれかを認めることが診断に役立つ4).進行すると角膜ヘルペスに似た円板状の実質混濁となるが,角膜ヘルペスでは円形混濁を呈するのに対して,アカントアメーバ角膜炎では眼瞼の形状に添った楕円形を呈しやすい.VI薬剤の選択と投与法ブドウ球菌は,セフェム系およびキノロン系抗菌薬に感受性が良好である.b-ラクタム系抗菌薬はレンサ球菌によく効くが緑膿菌にはほぼ無効である.逆にアミノグリコシド系抗菌薬は,緑膿菌に有効だが連鎖球菌には効かない(表1).起炎菌の推測をもとにこれらの薬剤を使用し,検査結果から感受性を示す薬剤がわかれば,それを選択する5).投薬は局所投与が基本であり,重症な場合に前房内移行を考慮して点滴を併用することがある.若年者では反射性流涙による薬剤希釈を考慮し,重症度に応じて1日6回.1時間ごとの頻度で点眼する.VII効かないとき,どう考えるか治療への反応が乏しいときは,治療方針のチェックが原則である.そのほかの要因として以下を考慮する.1.コンプライアンス薬剤を処方したから治るとは限らない.点眼は患者任せであり,コンプライアンスをチェックする.症状が改善すると点眼をやめる若者もいれば,点眼が下手で治療できていない高齢者もいる.例では検鏡で多数のグラム陽性球菌,好中球浸潤を認め,培養検査でメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-susceptibleStaphylococcusaureus:MSSA)を検出した.MSSAによる角膜感染症と診断した.図5Bの症例は,検鏡で多数の酵母型真菌を認め,培養検査でCandidaparapsilosisを検出,Candidaparapsilosisによる角膜感染症と診断した.MSSA,Candidaparapsilosisともに,感染所見のない眼表面から検出されることもあり,培養検査だけでは起炎菌と言えない.検鏡での検出菌と培養結果が一致したことで,起炎菌と考えられる.図5Bの症例は検鏡で好中球浸潤がない.生体が反応していないことがわかり,高度の日和見感染といえる.V所見の取り方―病原体ごとに個性がある―肉眼的に眼瞼浮腫や発赤の程度を把握する.弱拡大で充血,感染病巣の形状を確認,強拡大で前房炎症,感染巣辺縁の形,細胞浸潤の程度などを検討する.1.感染巣の部位細菌性角膜炎は,角膜中央ないし中央付近に病巣を形成しやすい.角膜周辺とくに輪部に沿った潰瘍は,免疫反応の関与する病態(周辺部角膜潰瘍など)であることが多い.ただし外傷や角膜手術後の感染症では,この限りではない.2.感染巣の形2)病原体によって感染巣の形状が異なる.いずれの病原体であっても重症化すると実質内膿瘍を形成し,それぞれの特徴はわかりにくくなる.表1薬剤の選択グラム陽性グラム陰性ブドウ球菌レンサ球菌緑膿菌b-ラクタム系◎◎△キノロン系◎○.◎◎.○アミノグリコシド系○×◎◎感受性良好○感受性やや良好△感受性やや乏しい×感受性乏しい表1薬剤の選択グラム陽性グラム陰性ブドウ球菌レンサ球菌緑膿菌b-ラクタム系◎◎△キノロン系◎○.◎◎.○アミノグリコシド系○×◎◎感受性良好○感受性やや良好△感受性やや乏しい×感受性乏しい 表2薬剤毒性による角膜障害・角膜真菌症,アカントアメーバ角膜炎における薬剤毒性はわかりにくい患者背景,発症誘因,角膜所見などから起炎菌を推測.塗抹検鏡は迅速診断に有用.培養検査も併せて行う.・点眼回数,濃度が適切か・自家調整薬ではEBMがあるかどうか自問・細胞浸潤の増減・前房炎症の有無軽症では1剤,重症では作用機序の異なる2剤の抗菌点眼薬を使用.重症例では点滴併用.〈初期治療薬の例〉・グラム陰性桿菌疑い→キノロン系+アミノグリコシド系・グラム陽性球菌疑い→キノロン系+セフェム系・眼瞼縁の発赤,浮腫はどうか・薬をいったん止めてみるのも一つの方法有効無効菌の同定菌の同定不能菌の同定菌の同定不能初期治療を継続するか,感受性のある薬剤に変更感受性のある薬剤に変更起炎菌推定と治療方針の見直し図6細菌性角膜炎の治療手順(感染性角膜炎診療ガイドライン,第2版)

MGD,マイボーム腺炎の診療エッセンス

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):17~23,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):17~23,2015MGD,マイボーム腺炎の診療エッセンスPracticeofMGDandMeibomitis鈴木智*はじめにマイボーム腺は皮脂腺の一種で,上下眼瞼の瞼板内に存在し,その開口部は粘膜皮膚移行部(muco-cutaneousjunction:MCJ)のすぐ皮膚側に存在していることから,眼表面に近接している.また,マイボーム腺からの分泌脂(meibum)は涙液の最表層である油層を形成し,1)涙液の蒸発抑制,2)涙液の表面張力の低下,3)瞬目における潤滑作用,4)光学的に平滑な眼表面の形成,などの重要な作用を有している.そのため,マイボーム腺に異常を生じると,眼表面に異常が生じうるのである.逆に,眼表面に異常をみたら,必ず眼瞼縁,とくにマイボーム腺に異常がないかを確認することで,疾患の本態を把握し効果的な治療が可能になる.すなわち,マイボーム腺と眼表面を一つのユニットとして考えることが重要である.Iマイボーム腺観察のポイント1.スリットランプによる観察が基本前眼部をスリットランプで観察する際には,いきなり強拡大で眼表面の観察に入るのではなく,最初に拡散光を用いて弱拡大で眼瞼~眼瞼縁を含めて前眼部をひとまとめに観察する(図1a,b).マイボーム腺異常と眼表面の病変との関連がないかどうかを常に念頭に置きながら観察することが重要である.眼瞼縁の観察では,睫毛根部とともにマイボーム腺開口部の変化に注目する.睫毛根部に特徴的なcollaretteを認めればブドウ球菌性眼瞼炎が考えられるが,慢性的な炎症が持続すると二次的にマイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)を生じていることがある(図2).マイボーム腺開口部周囲の観察では,血管拡張(vascularity),MCJの異常,眼瞼縁の不整(irregularity),meibumの分泌の有無や性状などがポイントとなる.近年,マイボーム腺の導管や腺房の構造を眼瞼結膜側から赤外光を用いて観察するマイボグラフィー法が普及してきている1)が,まずはスリットランプでの観察が基本である.2.マイボーム腺の分泌低下/分泌増加マイボーム腺の分泌異常は,分泌の「低下」(図3a)と「増加」(図3b)に大別できる.分泌「低下」には,腺房細胞におけるmeibumの産生そのものが低下している場合と,マイボーム腺開口部が閉塞することによる分泌障害による場合とがある.前者は,加齢に伴いアンドロゲン濃度が低下し腺房細胞が萎縮した状態であるが,後者はマイボーム腺開口部の過角化(hyperkeratinization)が先行し,産生されたmeibumが分泌されない状態である.逆に,分泌「過剰」とは,眼瞼縁を指で圧迫した際にmeibumが多量に分泌される状態で,脂漏性皮膚炎に合併することが多い.meibumの組成に変化が生じると涙液メニスカスに泡を形成する(foaming)ことがある.*TomoSuzuki:京都市立病院眼科〔別刷請求先〕鈴木智:〒604-8845京都市中京区壬生町東高田町1-2京都市立病院眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(17)17 18あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(18)4.眼瞼および眼瞼縁の隆起マイボーム腺内で急性化膿性炎症が生じたものが内麦粒種であり,慢性の肉芽腫性炎症が生じたものが霰粒腫,マイボーム腺内でmeibumが固化したものがマイボーム腺梗塞,そして腫瘍などで隆起や腫瘤が認められる.IIマイボーム腺機能不全マイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)は,日本では2010年にMGDワーキンググループによって,「さまざまな原因によってマイボーム腺の機能がびまん性に異常をきたした状態であり,慢性の眼不快症状を伴う」疾患と定義された2).日本人に多い,分泌減少型MGDの診断には,自覚症状とともにスリットランプによる以下の所見1のa~cのうち少なくとも1つ,また所見2の陽性が必要である.1.マイボーム腺開口部周囲の異常所見a.血管拡張加齢とともにマイボーム腺開口部周囲の血管拡張は増加する傾向にあるが,MGDではさらに顕著な例が多い.b.MCJの前方あるいは後方移動MCJの位置は,フルオレセイン染色で涙液を染色す3.マイボーム腺の炎症/非炎症(図4a~d)マイボーム腺開口部の閉塞が認められる場合,開口部付近のみならず,マイボーム腺そのものに炎症がないかを注意して観察する必要がある.眼瞼を翻転してみると,開口部付近の瞼結膜に炎症所見が認められることがある(図5).マイボーム腺そのものに炎症があるかないかは,眼表面の所見に影響を及ぼし,治療方針も異なる可能性がある.ab図1マイボーム腺異常と角膜の異常の関係a:角膜浸潤部を強拡大・スリット光で観察した所見.b:aと同じ眼を弱拡大・拡散光で観察した所見.bでは,角膜の浸潤部の延長線上にマイボーム腺開口部の異常が認められる.図2前部眼瞼炎とMGD睫毛根部にフィブリンの膜様物質が認められる(collarette).二次性MGDによって下眼瞼縁の不正も認められる.ab図1マイボーム腺異常と角膜の異常の関係a:角膜浸潤部を強拡大・スリット光で観察した所見.b:aと同じ眼を弱拡大・拡散光で観察した所見.bでは,角膜の浸潤部の延長線上にマイボーム腺開口部の異常が認められる.図2前部眼瞼炎とMGD睫毛根部にフィブリンの膜様物質が認められる(collarette).二次性MGDによって下眼瞼縁の不正も認められる. あたらしい眼科Vol.32,No.1,201519(19)み,眼瞼縁が不整になる.2.マイボーム腺開口部の閉塞所見a.開口部の閉塞meibumの性状の変化による融点上昇によって,開口部付近の導管内でのmeibumの粘度上昇・固形化や,導管開口部上皮の過剰な角化を反映した所見が診られる際に容易に確認することができ,”MarxLine”と呼ばれている3).正常では,開口部より後方にまっすぐな染色ラインとして観察できるが,MGDでは染色ラインが前方(皮膚側)あるいは後方(粘膜側)にシフトしている場合がある.c.眼瞼縁の不整MGDが進行し腺組織が萎縮すると,開口部付近が凹ab図3マイボーム腺からの分泌の低下(a)と増加(b)abcd図4a,b:非炎症性・閉塞性MGD,c,d:炎症性・閉塞性MGD(マイボーム腺炎)ab図3マイボーム腺からの分泌の低下(a)と増加(b)abcd図4a,b:非炎症性・閉塞性MGD,c,d:炎症性・閉塞性MGD(マイボーム腺炎) 図5マイボーム腺炎眼瞼を翻転して眼瞼結膜側から観察することで,マイボーム腺開口部周囲の炎症が明らかとなる. あたらしい眼科Vol.32,No.1,201521(21)ある.角膜フリクテンの原因は,かつては,結核菌やブドウ球菌に対するアレルギーなどと考えられていたが,実際には患者からこられの病原体を検出することはまれである.患者のmeibumの培養結果7,8)および動物モデルの実験9)から,フリクテン型の原因はP.acnesの示す抗原に対する遅延型アレルギー反応(delayedtypehypersensitivity:DTH)の可能性が高く,開口部が閉塞したマイボーム腺内で嫌気性菌であるP.acnesが増殖してマイボーム腺炎を生じていると想像される.治療は,マイボーム腺内で増殖していると考えられる細菌の薬剤感受性に合わせた抗菌薬の内服治療が奏効する.とくに,若年者ではP.acnesに感受性の良い抗菌重症度と角膜障害の重症度は相関する.1.MRKC(フリクテン型)若年女性に圧倒的に多くみられる病態で,マイボーム腺開口部は閉塞しており,かつ開口部周囲の発赤・腫脹などの炎症所見が明らかである(図4a,b,7a).眼瞼を翻転して眼瞼結膜側から観察することで,マイボーム腺に沿った(とくに開口部周辺の)炎症所見を認める(図5).患者は,幼少時より霰粒腫を繰り返している場合が多く,特徴的なHLA(humanleukocyteantigen,ヒト白血球抗原)を認めることから,もともとマイボーム腺に異常をきたしやすい遺伝的素因があると考えられる7).フリクテン型が高齢者に認められることはまれでab図6非炎症性・閉塞性MGD(図4a)と同症例フルオレセイン染色で,角膜下方を中心としたSPKを認める.図7MRKC(フリクテン型)抗菌薬内服治療前(a)と治療後(b)a:角膜フリクテンの延長線上の眼瞼縁にマイボーム腺炎を認める.b:眼表面炎症とともにマイボーム腺炎も消退している.abab図6非炎症性・閉塞性MGD(図4a)と同症例フルオレセイン染色で,角膜下方を中心としたSPKを認める.図7MRKC(フリクテン型)抗菌薬内服治療前(a)と治療後(b)a:角膜フリクテンの延長線上の眼瞼縁にマイボーム腺炎を認める.b:眼表面炎症とともにマイボーム腺炎も消退している.ab 22あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(22)2.MRKC(非フリクテン型)マイボーム腺炎を認めるものの,角膜には結節性細胞浸潤は伴わず,SPKが主体となっている病態が存在する(図8a,b)5).この場合も,マイボーム腺炎の重症度と,眼表面炎症の重症度は相関しており,炎症が高度になると血管新生も伴うようになる.フリクテン型と同様に若年女性に多い印象ではあるが,性別や年齢に一定の傾向があることは未だ報告されていない.meibumの細菌培養では,主な検出菌が20~40歳代ではP.acnesであるのに対して,70歳代ではブドウ球菌であることから,非フリクテン型の起因菌も年齢によって変化している可能性が推測される.細胞浸潤が結節状になるかどうかについては宿主の免疫状態が関与している可能性が推測される,細菌増殖によるマイボーム腺炎が角膜障害の原因であると考えられるため,その治療が基本となる.若年者はP.acnesを,高齢者ではブドウ球菌を念頭に置いて,抗菌薬の内服治療を行う.文献1)AritaR,ItohK,InoueKetal:Noncontactinfraredmeibographytodocumentage-relatedchangesofthemeibomianglandsinanormalpopulation.Ophthalmology115:911-915,20082)天野史郎(マイボーム腺機能不全ワーキンググループ):マイボーム腺機能不全の定義と診断基準.あたらしい眼科27:627-631,20103)YamaguchiM,KutsunaM,UnoTetal:Marxline:薬,すなわち初期はセフェム系抗菌薬で殺菌的に菌量を減らし,その後クラリスロマイシンなどで静菌的に常在細菌をコントロールするという使用法が有効である(図7b).点眼もセフェム系抗菌薬が有用である,ステロイド薬については,初期に眼表面の炎症が強い場合には短期的な投与が必要になる場合があるが,眼表面の炎症が改善した時点で治療を終了すると再発しやすい.これは,マイボーム腺炎に関連していると考えられる細菌が十分に減菌・除菌されていないためと考えられる.再発を繰り返すと病態が非常に複雑になり,重度の視力低下を生じることもある.マイボーム腺炎の改善は,眼表面の炎症の鎮静化よりも少し遅れることに注意しなければならない.重症例および難治例にはマイボーム腺内の抗菌薬の濃度を高める目的で感受性のある抗菌薬の点滴を行うことも効果的である10).角膜周辺部での穿孔例や瘢痕の強い症例については角膜移植を行うが,原則として周辺部表層角膜移植を選択するべきである.フリクテン型の重症例とヘルペスウイルスによる壊死性角膜炎は,ともに角膜実質内に細胞浸潤や血管侵入が認められるが,壊死性角膜炎では通常マイボーム腺炎は認められず中高齢者に多いことなどが鑑別のポイントとなる.なお,亜熱帯地方では,類似の所見がDemodexでも生じるという報告があるが11),Demodexそのものが角膜炎の原因となりうるかどうかは現時点では不明である.図8MRKC(非フリクテン型)a:上眼瞼縁の中央部にマイボーム腺炎を認める.b:角膜上方にSPKとともに表層血管侵入を認める.ab図8MRKC(非フリクテン型)a:上眼瞼縁の中央部にマイボーム腺炎を認める.b:角膜上方にSPKとともに表層血管侵入を認める.ab

ドライアイの治療方針:TFOT

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):9~16,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):9~16,2015ドライアイの治療方針:TFOTTherapeuticGuidelineforDryEye:TearFilmOrientedTherapy(TFOT)横井則彦*はじめにわが国において,ドライアイは「さまざまな要因による涙液および角結膜上皮の慢性疾患であり,眼不快感や視機能異常を伴う」と定義される1)が,ここには3つのドライアイの骨子が含まれ,それらは階層構造をなす.すなわち,ドライアイとは,背景にあるさまざまな要因(ドライアイのリスクファクター)が,眼表面の涙液と上皮の関係に悪循環(コア・メカニズム)を引き起こし,結果として,眼不快感と視機能異常に総称される自覚症状を引き起こす疾患といえる.これまで,わが国においては,ドライアイのコア・メカニズムとして「涙液層の安定性の低下」が重視されてきた2)が,近年,眼表面に対する成分補充でこのメカニズムを改善しうる点眼液が登場し「涙液層の安定性の低下」を治療のターゲットする新しい眼局所治療の考え方,TFOT(tearfilmorientedtherapy,眼表面の層別治療,用語解説参照)(図1)が誕生した3~6).本稿では,日本のドライアイの最新の考え方を紹介しながら,TFOTの現状を解説する.Iドライアイのコア・メカニズム涙液をフルオレセインで染色してスリットランプで観察すれば,その違いは明確であるが,「涙液層の安定性の低下」は可視化しうるドライアイのもっとも重要な他覚所見である(図2).また,涙液層の安定性の低下は涙液層の破壊を引き起こし,涙液層の破壊はサブクリニカ【眼表面の層別治療】治療対象眼局所治療油層液層水分分泌型ムチン膜型ムチン上皮細胞(杯細胞)自己血清(レパミピド)ステロイドレパミピド**人口涙液,涙点プラグヒアルロン酸ナトリウムジクアホソルナトリウム温罨法,眼瞼清拭少量眼軟膏,ある種のOTCジクアホソルナトリウム*ジクアホソルナトリウムレパミピドジクアホソルナトリウムレパミピド上皮眼表面炎症(監修:ドライアイ研究会)*ジクアホソルナトリウムは,脂質分泌や水分分泌を介した油層伸展促進により涙液油層機能を高める可能性がある**レパミピドは抗炎症作用によりドライアイの眼表面炎症を抑える可能性がある図1TFOTの概念図ドライアイ研究会のホームページhttp://www.dryeye.ne.jp/tfot/index.htmlからダウンロードできる.ルにせよ上皮の障害を引き起こす.そして,上皮の障害は,上皮の水濡れ性(用語解説参照)の低下を介して,涙液層の破壊を引き起こす.すなわち「涙液層の安定性の低下」は,ドライアイの眼表面における悪循環(コア・メカニズム)そのものを意味する.そのため,涙液層の液層(用語解説参照)の菲薄化(図2右図)を意味するフルオレセイン破壊時間(いわゆるBUT:breakuptimeoftearfilm,用語解説参照)は,ドライアイを評価するうえで有用な指標となる.また,「涙液層の安定性の低下」は,頻度の高いドライアイの症状をうまく説明する.すなわち,角膜表面における涙液層の破壊は,涙液の被覆を欠く上皮表面を生じるため,ドライアイの*NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(9)9 図2健常眼(左図)とドライアイ(右図)の眼表面の違い涙液のフルオレセイン染色により,開瞼維持時の涙液層の安定性の低下(△:darkspot)がドライアイのもっとも重要な他覚所見であることがわかる. リスクファクターが関与し,これらが結果として涙液の異常を生み,ドライアイのコア・メカニズムを眼表面に生じせしめる(図3).「涙液層の安定性の低下」に関係する内因性のリスクファクターとしては,性,加齢,全身疾患,眼疾患,治療(薬)の影響などがあり,たとえば女性であること,糖尿病,兎眼,抗コリン作用薬の服用,b遮断薬の点眼,VDT(visualdisplayterminals)作業,コンタクトレンズ装用,低温・低湿度環境での作業などが関係しうる.一方,「瞬目時の摩擦亢進」に関係する内因性,外因性のリスクファクターとしては,加齢,涙液減少,眼瞼疾患,結膜疾患,眼瞼手術などがある.いずれにしてもドライアイの上流のリスクファクターは,対策の講じにくいものがほとんどであるため,ドライアイの治療は,おのずと眼表面に向けられるのが現状である.内因性・外因性のさまざまなリスクファクター角膜表層上皮障害油層涙液層の安定性の低下悪循環涙液層破壊ドライアイの眼表面の表現型眼瞼結膜(Thelidwiper)角結膜表面涙液悪循環瞬目時の摩擦亢進自覚症状(眼不快感・視機能異常)図32つのコア・メカニズムを導入したドライアイの階層構造ドライアイでは,さまざまな上流(背景)のリスクファクターによって,開瞼維持時は,「涙液層の安定性の低下」によって,瞬目時には,「瞬目時の摩擦亢進」によって悪循環を生じ,眼不快感・視機能異常に総括されるさまざまな自覚症状が引き起こされると考えられる.(文献6より引用改変)図4瞬目時の摩擦亢進を背景にもちうる眼表面疾患Lid-wiperepitheliopathy(左上),上輪部角結膜炎(右上),糸状角膜炎(左下),結膜弛緩症(右下)(上図は,リサミングリーン染色像,下図は,ブルーフリーフィルターを用いたフルオレセイン染色像).(11)あたらしい眼科Vol.32,No.1,201511 12あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(12)TFOTを活用するためには,眼表面に不足する成分を看破しうるドライアイの診断法,すなわち,TFOD(tearfilmorienteddiagnosis:眼表面の層別診断)が必要であり,現在,その方法が模索されている.そのような中で,筆者らは涙液層のブレイクパターンに基づくTFODを開発した2~6,13).以下には,筆者らのTFODとそれを用いたTFOTを紹介する.V涙液層のブレイクパターンに基づくTFOD涙液層の安定性にかかわる眼表面の構造として,涙液層〔表面から油層およびムチンゲル(水分+分泌型ムチン)〕と角膜最表層上皮が重要である.そして,最表層上皮は,その表面に膜型ムチンを発現して上皮の水濡れ性を維持している.涙液層の安定性を保つため,これらの眼表面の成分の不足を看破するTFODの1つとして,筆者らが考案した,開瞼に伴う涙液層の形成過程を考慮した涙液層のブレイクパターン分類は非常に有用と思われる.VIフルオレセインを用いた効果的なTFODのやり方フルオレセインを用いて効果的にTFODを行うためには,フルオレセインによる涙液の染色方法,瞬目の指示,所見の捉え方について以下の方法に従うと良い.まず,フルオレセイン試験紙に生理食塩水などを2滴落として,強く振り切り,余分な水分を除いた後,涙液貯留量を変えないように,下方メニスカスの水際を想定しながら,下眼瞼縁中央にフルオレセイン試験紙の中央を軽くあてるだけの操作で涙液染色を行う.次に,3回程度の軽い瞬目の後,いったん軽い閉瞼を指示した後パッと眼を開けてもらい(一種の負荷試験であり,ブレイクアップを引き起こしやすくする),角膜上でのフルオレセインの上方への動きを観察しながら,ブレイクパターンを分類する.なお,ブレイクパターンの分類においては,再現性の高いパターン(通常,フルオレセインBUTの3回測定における2回以上)をもって,病態の本質にかかわるブレイクパターンとしてとらえるのが良いと思われる.IIIドライアイの自覚症状とコア・メカニズムとの関係ドライアイの自覚症状としては,眼乾燥感以外に,霧視,羞明,眼精疲労といった視機能に関係する症状,異物感,眼痛といった眼刺激症状が聴取され,これらは,ドライアイの定義にある眼不快感,視機能異常に包括されうる.また,眼乾燥感,視機能異常は「涙液層の安定性の低下」により,異物感,眼痛(とくに眼表面の瞬目時の痛み)は「瞬目時の摩擦亢進」により説明できる場合が多いと考えられる.近年,涙液量に異常を認めず,上皮障害がほとんどないにもかかわらず,BUTの異常と強い自覚症状を呈する「BUT短縮型ドライアイ8~10)」が治療を要するドライアイのサブタイプとして注目されてきている.本疾患では,視機能に関係し,知覚の鋭い角膜中央寄りで涙液層の破壊が生じやすいことが強い症状に関係しているのではないかと考えられるが,近年,本疾患とムチンの異常との関連が示唆11)されるとともに,ムチンの分泌・産生を促進する新しい点眼液が日本に誕生12)したこともあり,本疾患への関心がますます高まっている.本疾患のコア・メカニズムは,まさしく「涙液層の安定性の低下」にあり,米国を中心とするドライアイの炎症説では,病態の説明はむずかしいと考えられるため,今後,本疾患の深い理解が,コア・メカニズムとしての「涙液層の安定性の低下」の理解の発展に大いに役立つと思われる.IVTFOT(tearfilmorientedtherapy:眼表面の層別治療)先に述べたように「瞬目時の摩擦亢進」のメカニズムの理解は,まだ十分ではない.しかし,わが国においては,2010年12月,2012年1月にそれぞれ,ムチン/水分分泌促進剤,ムチン産生促進剤がドライアイ治療薬として誕生したことを受けて,日本発,世界初の画期的なドライアイ治療の考え方─眼表面の層別治療(tearfilmorientedtherapy:TFOT)─が誕生した2~6).これは,涙液と上皮からなる眼表面にその不足成分を補充して,涙液層の安定性を最大限に高め,ドライアイを治療しようとする眼局所治療のコンセプトである.しかし, あたらしい眼科Vol.32,No.1,201513(13)IXSpotbreak(図5b,6b,7)開瞼直後から観察される類円形のブレイクパターンである.早すぎて観察できないはずの第1ステップで,角膜表面に水がはじかれるかのごとくにブレイクが観察される.しかし,直径が比較的小さい場合や深度の浅いブレイクでは,第2ステップで油層が水分を上方に運んでくると消失する(フルオレセインの上方移動中にブレイクを乗り越える形で消失する).開瞼に伴う角膜表面への水分の塗りつけ過程で生じるため,角膜最表面上皮の水濡れ性低下(膜型ムチンの発現低下)が病態として推定され,その補充が治療となり,ジクアホソルやレバミピドといったムチン関連薬点眼12)の適応となる.ドライアイのタイプとしては,水濡れ性低下型ドライアイという新しい病型を提案することができ,BUTは0秒となるため,BUT短縮型ドライアイの最重症例に相当し,一般に角結膜上皮障害はないか,あっても軽微である.XLinebreak(図5c,6c,7)第1ステップは良好に行われるが,第2ステップにおいて,フルオレセインの上方移動中に,角膜下方で線状のブレイクパターンとして認められる(油層の上方伸展に伴う水分の上方移動と下方の涙液メニスカスの陰圧による液層の菲薄化の相互作用で生じる).中等度までのVII開瞼とその維持におけるブレイクパターンの出現様式(図5)開瞼後,涙液層が角膜表面に形成されるまでのステップは,大きく2つに分けられる.まず第1ステップは,開瞼に伴う角膜表面への涙液の水分の塗り付け過程(図5a,b)であり,第2ステップは,開瞼後の油層の上方伸展によってもたらされる角膜上での水分の上方移動(図5d)であり,この2つのステップを経て,角膜上に完全な涙液層が形成される(図5e).フルオレセインで涙液を染色し,3回程度の軽い瞬目と閉瞼の後,パッと眼を開てもらうと,第1ステップは速度が速いために観察できないが,第2ステップは開瞼後の角膜上でのフルオレセインの上方移動として観察することができる.そして,この2つのステップを考慮しながら,ブレイクパターンを観察することによって,ドライアイの病型分類,病態把握,TFOTに基づく眼局所治療の選択のすべてを行うことができる.以下には,TFODにおける5つのブレイクパターン(図5,6)とその病態に基づくTFOD(図7)を開瞼に伴う経時的な出現順に紹介する.VIIIAreabreak(図5a,6a,7)開瞼直後から観察される角膜上の広い範囲(典型例では全面)のブレイクパターンである.涙液の水分減少が高度であるために,第1ステップが不完全で,水分を足場とする油層の上方伸展も得られず,第2ステップも完遂されない.したがって,開瞼後のフルオレセインの上方移動がみられない(みられても角膜下方に限局する).高度の水分減少が病態の中心をなし,水分の確保が治療となる.涙液減少型ドライアイの最重症例に相当し,角結膜上皮障害は,非常に高度で,しばしば上皮障害とともに角膜上には,mucusの付着(patchySPK,cornealmucusplaque,用語解説参照)や角膜糸状物を伴う.SLK様の上方球結膜の上皮障害やlid-wiperepitheliop-athyも伴いうる.TFOTとしては,上・下の涙点プラグ挿入と塩化ベンザルコニウムフリーの人工涙液点入の適応となる.開瞼直後開瞼後開瞼中LinebreakRandombreakDimplebreakAreabreakacdeSpotbreakb図5開瞼とその維持におけるブレイクパターンの出現様式赤領域:涙液層破壊,黄色矢印:開瞼後の油層の上方伸展,上向き緑矢印:油層の上方伸展に伴う水分の上方移動,下向き緑矢印:下方メニスカスの陰圧による液層の菲薄化.開瞼直後開瞼後開瞼中LinebreakRandombreakDimplebreakAreabreakacdeSpotbreakb図5開瞼とその維持におけるブレイクパターンの出現様式赤領域:涙液層破壊,黄色矢印:開瞼後の油層の上方伸展,上向き緑矢印:油層の上方伸展に伴う水分の上方移動,下向き緑矢印:下方メニスカスの陰圧による液層の菲薄化. abcde図6フルオレセイン染色で認められるブレイクパターンAreabreakでは瞼裂部の角膜全面に,Linebreakではブレイク部に一致して上皮障害がみられるのに対して,Spotbreak,Dimplebreakでは,上皮障害はみられにくいことに注意したい.また,Linebreakがフルオレセインの薄い角膜下方で,Dimplebreakがフルオレセインの厚い角膜中央寄りで涙液層の破壊が生じることにも注目したい.BreakBreak開瞼後のフルオレセインのBreakのみられる上皮障害病態TFOTに基づく治療方針分類の形上方移動タイミング/部位角膜結膜Area面状×~△開瞼直後/典型例では全面++++++重症涙液減少水分確保Spot(類)円形◎開瞼直後/中央~上方.~+.~+角膜最表層上皮表面の水濡れ性低下膜型ムチン補充Line線状○フルオレセインの上方移動中/下方+~+++~++涙液減少(軽症~中等症)水分補充Dimple(類)線状◎フルオレセインの上方移動中/中央.~+.~+角膜最表層上皮表面の水濡れ性低下膜型ムチン補充Random不定形◎フルオレセインの上方移動が終了したのち/不定.~+.~+蒸発亢進油分/水分/分泌型ムチンのいずれかを補充フルオレセインの上方移動(◎:良好,○:あり,△:角膜下方に限局,×:なし)上皮障害(.:なし,+:軽症,++:中等症,+++:重症)図7フルオレセインとスリットランプによる観察に基づくTFODとTFOTのポイント(文献13より引用改変)14あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(14) あたらしい眼科Vol.32,No.1,201515(15)水分減少が病態の中心をなし,水分補充が治療となり,涙腺に依存せず結膜からの水分分泌を促進するジクアホソルナトリウム点眼は良い適応である.中等症までの涙液減少型ドライアイに相当し,一般に角膜上皮障害は,linebreakのみられる角膜下方領域に限局しやすく,水分減少が比較的高度であると,上皮障害はpatchySPKやcornealmucusplaqueの形をとりやすい.両側の球結膜に上皮障害を伴うことが多い.涙液クリアランスが悪く,炎症を伴いうるため,低力価ステロイド(0.1%フルオロメトロンなど)の点眼の併用が効果的である.XIDimplebreak9)(図5d,6d,7)第1ステップは良好に行われるが,第2ステップにおいて,フルオレセインの上方移動中に角膜下方ではなく,角膜中央で(類)線状のブレイクパターンとして認められる.これは,上方伸展中の油層の先進縁が窪み(dimple)を形成して,あたかも角膜表面の水濡れ性を走査するかのごとく上行してゆくためと考えられ,水濡れ性の悪い表層上皮表面に出合うと上方に移動中の厚いフルオレセインの領域でブレイクを生じる.現在までのところ,角膜表面上皮の水濡れ性低下(膜型ムチンの発現低下)が病態として疑われるため,その補充が治療になると考えられる.ドライアイのタイプとしては,spotbreakと同様,水濡れ性低下型ドライアイに相当し,BUT短縮型ドライアイの1型9)と考えられる.一般に,角結膜上皮障害はないか,あっても軽微である.治療はジクアホソルナトリウムやレバミピドといったムチン関連薬点眼12)が効果的と考えられる.XIIRandombreak(図4)第1ステップも第2ステップも良好に行われ,角膜上に完全な涙液層が形成されるが,開瞼維持に伴って涙液層の蒸発によって生じると考えられるブレイクパターンである.したがって,健常眼でもみられうる.ブレイクの形や部位は一定ではなく(形成される涙液層が瞬目ごとに異なるため,ブレイクが起こりやすくなる部位が違ってくることが原因と考えられる),涙液層の液層の水分蒸発が病態の中心をなすため,TFOTとしては蒸発によるブレイクを阻止しうる成分,すなわち,油分,水分,分泌型ムチンの補充が有効と考えられる.ヒアルロン酸ナトリウムは水分保持にすぐれ,このタイプのブレイクに効果的である.蒸発亢進型ドライアイに関係するブレイクではあるが,BUTが短い例は,BUT短縮型ドライアイにも分類されうる.一般に,角結膜上皮障害は軽微である.おわりにTFOTは,今のところ,水分分泌,ムチンの分泌・産生を促進し得る点眼液を有する,世界最先端を歩むわが国において最大活用しうるコンセプトであり,Ver1.と断り書きされているように,今後さらにバージョンアップされる可能性が十分にある.また,他国に行けば当然,ここに位置付けられる局所治療薬は変わりうる.現在のところ,TFODがあってこそのTFOTであり,筆者は,角膜表面の涙液層の動態と関係づけたブレイクパターンの観察,加えて,角結膜上皮障害の観察がその鍵を握っていると考えている.今後TFOT,TFOD,摩擦亢進のメカニズムの解明がさらなる発展を遂げ,日本のドライアイ診療がさらにグレードアップすることを期待している.■用語解説■TFOT:tearfilmorientedtherapy.日本語では眼表面の層別治療と訳す.涙液層の安定性の低下をドライアイのコア・メカニズムと考え,眼表面に対する成分補充で涙液層の安定性を最大限に高めてドライアイを治療しようとする日本発,世界初のドライアイの治療の新しい考え方.水濡れ性:眼表面上皮表面は,その表面に上皮由来の糖衣と呼ばれる親水性構造を有するが,糖衣の中には,膜型ムチンと呼ばれる糖蛋白質が含まれ,眼表面の親水性(水濡れ性)を維持していると考えられる.液層:涙液層は,油層,水層,ムチン層の3層構造とされてきたが,膜型ムチンの発見や水層がゲル構造をしている可能性が提唱されるに及んで,油層,液層(ムチンゲル)の2層構造のモデルがより適切と考えられるようになってきている.BUT:涙液層破壊時間.フルオレセインで評価しうるフルオレセイン破壊時間およびインターフェロメーターやトポグラファーを用いて評価しうる非侵襲的涙液層破壊時間がある.フルオレセインは,涙液の液層(水分を主体とする層)に広がるため,その層の菲薄■用語解説■TFOT:tearfilmorientedtherapy.日本語では眼表面の層別治療と訳す.涙液層の安定性の低下をドライアイのコア・メカニズムと考え,眼表面に対する成分補充で涙液層の安定性を最大限に高めてドライアイを治療しようとする日本発,世界初のドライアイの治療の新しい考え方.水濡れ性:眼表面上皮表面は,その表面に上皮由来の糖衣と呼ばれる親水性構造を有するが,糖衣の中には,膜型ムチンと呼ばれる糖蛋白質が含まれ,眼表面の親水性(水濡れ性)を維持していると考えられる.液層:涙液層は,油層,水層,ムチン層の3層構造とされてきたが,膜型ムチンの発見や水層がゲル構造をしている可能性が提唱されるに及んで,油層,液層(ムチンゲル)の2層構造のモデルがより適切と考えられるようになってきている.BUT:涙液層破壊時間.フルオレセインで評価しうるフルオレセイン破壊時間およびインターフェロメーターやトポグラファーを用いて評価しうる非侵襲的涙液層破壊時間がある.フルオレセインは,涙液の液層(水分を主体とする層)に広がるため,その層の菲薄 化を感度よく検出し,通常,開瞼維持開始から液層の菲薄化を意味するdarkspot(図2右図)出現までの時間を測定する.非侵襲的涙液層破壊時間には,油層と液層を含む涙液層の全層破壊が反映される.瞬目時の摩擦亢進:瞬目は涙液層形成に重要な契機となるばかりでなく,上皮のターンオーバの契機にもなっている.つまり,生理的な状況でも瞬目時の摩擦は存在し,重要である.しかし,これが増強すると異物感などの眼症状,上皮障害の原因となる.瞬目の主座は,眼瞼縁の結膜(異物溝前方から皮膚粘膜接合部にかけて)に存在し,Korbらによって,2002年に,その部は,thelidwiper,その部の上皮障害は,lidwiperepitheliopathyと名付けられている.PatchySPK,cornealmucusplaque:涙液減少型ドライアイでは,涙液クリアランスが低下し,ムチンの滞留を認める.その滞留したムチンがムチンゲルから析出し,上皮の障害部に付着すると,ムチンのからんだ上皮障害となり,程度の軽いものはpatchySPK(ドライアイ専門家の間の俗称)と,高度のものはcornealmucusplaqueと呼ばれる.

ドライアイの診断のポイント

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):3.8,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):3.8,2015ドライアイの診断のポイントIndicationsfortheDiagnosisofDryEye小室青*はじめにわが国におけるドライアイ診断基準は,1995年にドライアイ研究会によって提唱されたものが,2006年に改訂された1)(表1,2).改訂よって自覚症状の有無が盛り込まれ,ドライアイの定義に,乾燥感や異物感といった眼不快感以外に,視機能異常も含まれるようになった.近年注目されているBUT短縮型ドライアイは,BUT(breakuptime)が短縮しており,非常に強い自覚症状を訴えるにもかかわらず,角結膜上皮障害を認めないことが多く,従来の診断基準では,ドライアイと診断されなかったが,2006年版の診断基準では,ドライアイ疑いとして診断されるようになった(表3).わが国のドライアイのコア・メカニズムは,涙液層の安定性の低下であり,すなわち,BUTの異常として評価しうる2).よってBUTを正確に評価する必要があるが,そのためには,適切に染色し,反射性流涙を生じないように,不要な侵襲を与えないことが重要である.このため検査は,侵襲が少ないものから行う必要がある.本稿では,ドライアイ検査の順にしたがって,検査のポイントについて述べる.I問診と視診1.自覚症状ドライアイの自覚症状は,目が乾燥するといったものだけではなく,目が疲れる,見えにくい,ごろごろする,目が赤い,涙がでるなどさまざまなものがある.複表1ドライアイの定義と診断基準(2006年,ドライアイ研究会)ドライアイとは,さまざまな要因による涙液および角結膜上皮の慢性疾患であり,眼不快感や視機能異常を疑う表2ドライアイ診断における確定例と疑い例(2006年,ドライアイ研究会)1.涙液の異常①Schirmer試験I法にて5mm以下②涙液破壊時間(BUT)5秒以下①②のいずれかを満たすものを陽性とする2.角結膜上皮障害*①フルオレセイン染色スコア3点以上(9点満点)②ローズべンガル染色スコア3点以上(9点満点)③リザミングリーン染色スコア3点以上(9点満点)①②③のいずれかを満たすものを陽性とする*生体染色スコアリングを臨床研究に用いる場合は,用いる治療法や薬剤の特性を考慮して,適宜改変して用いることが望ましい.表3角結膜上皮障害の2006年の診断基準①自覚症状○○×○②涙液異常○○○×③角結膜上皮障害○×○○ドライアイの診断確定疑い疑い疑い*AoiKomuro:四条烏丸眼科小室クリニック〔別刷請求先〕小室青:〒604-8152京都市中京区烏丸通蛸薬師下る手洗水町652四条烏丸眼科小室クリニック0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)3 4あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(4)紙を下眼瞼のメニスカスのエッジに軽く触れて染色する(図1).フルオレセイン溶液が入りすぎ濃くなりすぎると,クエンチング(蛍光強度の減少)といった現象が生じ,涙液のbreakupおよび微細な上皮障害の観察や,涙液量の目安である涙液メニスカスの高さの正確な評価が困難となる3)(図2).フルオレセイン入り点眼による染色も外来で用いられている方法であるが,余剰な水分が入ってしまうため,正確な涙液のbreakupの把握には滴下量を最小限に留めるべきである(図3).また,フルオレセイン試験紙を用いる方法でも,試験紙が結膜に強く接触すると,刺激による反射性流涙を生じ,涙液の状態の正確な情報を得ることができないので,注意が必要である.b.観察のポイント染色後数回瞬目させ,フルオレセインを眼表面にまんべんなく拡散させるとともに,瞬目毎の涙液の上方への動きの速度を観察する.涙液量が十分にあると,移動速度は早く,涙液量が少ないと,移動速度が遅くなり,移動も上方まで十分に達しなくなる).次にbreakupを観察するが,breakupの部位と形に注目して観察する.Breakuppatternを観察するポイントは,患者に「まず目を軽く閉じてください.ぱっと目を開けて,そのまま目を開けたままにしてください」と指示し,完全閉瞼と素早い開瞼を促すことである.このことにより再現性よくbreakuppatternを観察することができる.Breakuppatternの観察とともに,BUTも測定する.BUTは,breakupが角膜全体のどこかに起きたときを電子メトロノームやストップウォッチを用いて正確に測定し,3回測定して平均をとる.観察時には,反射性流涙をさけるために,観察光や開瞼維持による刺激が起こらないように注意する.c.評価のポイントBreakuppatternの分類については,横井によって詳細な報告がなされており,少なくともspotbreak,linebreak,areabreak,randombreakに分類される4)(詳細は他項参照).Breakuppatternを観察することによって,表層上皮の水濡れ性が低下している,狭義のBUT短縮型ドライアイ(spotbreak),涙液減少型ドライアイ(linebreak,areabreak),蒸発亢進型ドライア数の自覚症状がある場合には,どの症状が一番気になっているか確認しておくと,治療開始後の効果の判定に役立つ.そしてその症状がどれくらい前からあるかも必ず聞くようにする.2.背景コンタクトレンズ(CL)装用の有無,VDT作業の時間,エアコンの使用,抗コリン作用のある内服薬(向精神薬,睡眠導入剤など)服用の有無,膠原病や糖尿病などの全身疾患の有無,眼科手術の既往(LASIK,白内障手術など)について確認する.また,現在使用している点眼の種類と,点眼回数についても確認する.3.眼瞼異常の有無の観察眼瞼下垂,眼瞼痙攣,眼瞼炎,眼瞼の変形などの眼瞼異常の有無や,兎眼,瞬目不全,瞬目過多などの瞬目異常がないか瞬目の状態についても,細隙灯顕微鏡での検査の前に観察しておく.II細隙灯顕微鏡検査1.フルオレセイン染色前の検査染色前に,涙液メニスカスの高さや,涙液中に分泌物や汚れがないか確認する.結膜弛緩症,瞼裂斑,翼状片などの隆起性病変や眼瞼内反や外反の有無についても確認しておく.眼瞼縁に触れると,マイボーム腺からの油の分泌や反射性分泌が生じることがあるので,眼瞼には触れないように診察する.2.フルオレセイン染色a.染色法フルオレセイン染色は,眼表面および涙液の観察において非常に重要であり,フルオレセイン染色するだけで,ドライアイの診断がほとんどできるといっても過言ではない.染色法には,フルオレセイン試験紙を用いる方法,フルオレセイン溶液の点眼,硝子棒を用いる方法など,さまざまな方法があるが,侵襲が少なく(反射性流涙を起こさない),簡便に外来で行える方法は,以下のとおりである.フルオレセイン試験紙に点眼液を2滴,滴下し試験紙をよく振って水分を十分に切り,試験 あたらしい眼科Vol.32,No.1,20155(5)イ(randombreak)に大きく分類することができる.Spotbreakは,開瞼直後に特徴的な類円形のbreakupがみられ,BUTは0秒であるが,上皮障害を認めないことが多く,適切なフルオレセイン染色や開瞼指示が行われていないと,spotbreakが観察されないことがあり注意が必要である(図3).d.角結膜上皮障害のスコアリングドライアイ診断基準では,生体染色色素のスフルオレセイン,ローズベンガル,リサミングリーンのいずれかを用いて,角膜,耳側および鼻側結膜に分け程度に応じて,0.3点でスコアリングし,合計が3点以上のものを陽性とする(図4).日常診療においては,フルオレセイン染色を用いることになるが,結膜上皮障害はわかり図1フルオレセイン試験紙を用いた染色法水分をよく切った試験紙を,メニスカスのエッジに軽く触れて染色する.ab図3フルオレセイン染色法による違いa:フルオレセイン試験紙による染色.b:フルレセフルオレセイン点眼による染色では,涙液量が増え,メニスカスが高くなるとともに,涙液の安定性も変化しspotbreakが観察できない.ab図2クエンチングa:通常投与.b:過剰投与.フルオレセインの過剰投与のために,フルオセインの蛍光が減弱しており,涙液のbreakupや微細な角膜上皮障害が,正確に観察できない.図1フルオレセイン試験紙を用いた染色法水分をよく切った試験紙を,メニスカスのエッジに軽く触れて染色する.ab図3フルオレセイン染色法による違いa:フルオレセイン試験紙による染色.b:フルレセフルオレセイン点眼による染色では,涙液量が増え,メニスカスが高くなるとともに,涙液の安定性も変化しspotbreakが観察できない.ab図2クエンチングa:通常投与.b:過剰投与.フルオレセインの過剰投与のために,フルオセインの蛍光が減弱しており,涙液のbreakupや微細な角膜上皮障害が,正確に観察できない. 6あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(6)3.眼瞼接触を伴う細隙灯顕微鏡検査マイボーム腺機能不全,lid-wiperepitheliopathy,上方の結膜弛緩,上輪部角結膜炎,眼類天疱瘡の有無について確認する.上眼瞼を翻転して,眼瞼結膜に結石や巨大乳頭などの異常所見がないかも確認する.IIISchirmerI法ドライアイの診断基準において,涙液減少を評価する際に行う.Reflexloop-涙腺システムが機能しているかどうかを調べる検査である.涙腺機能の低下もしくは,眼表面の知覚低下によって低値をとり,通常10mm以上が正常で,5mm以下を異常と判定する.点眼麻酔をせず,自然瞬目下で行うが,検査中に痛みから閉瞼したままの場合もあるので,検査中は,「目を開けておいてください.瞬きは普通にしてください」などと声かけをするのがポイントである.にくいため,結膜→角膜の順に上皮障害を観察する.ブルーフリーフィルター(BFF)を用いることのよって,結膜上皮障害をさらに詳細に観察することが可能である3,5)(図5).また,BFFは涙液層の厚みや動きを3次元的,経時的に観察することができるようになるため,breakupの観察や,BUTの測定にも有用である.図4角結膜上皮障害スコアリング(フルオレセイン,ローズベンガル,リサミングリーンによる染色)0~3点0~3点0~3点耳側結膜角膜鼻側結膜LGFLFL+BFFabc図5ブルーフリーフィルター(BFF)の有用性フルオレセイン(FL)染色では,リサミングリーン(LG)染色の所見と比較して結膜上皮障害の程度が少なくみえるが,BFFを用いることによって,より正確に上皮障害の程度を把握できる.a:リサミングリーン(LG)染色.b:フルオレセイン(FL)染色.c:FL+BFF.図4角結膜上皮障害スコアリング(フルオレセイン,ローズベンガル,リサミングリーンによる染色)0~3点0~3点0~3点耳側結膜角膜鼻側結膜LGFLFL+BFFabc図5ブルーフリーフィルター(BFF)の有用性フルオレセイン(FL)染色では,リサミングリーン(LG)染色の所見と比較して結膜上皮障害の程度が少なくみえるが,BFFを用いることによって,より正確に上皮障害の程度を把握できる.a:リサミングリーン(LG)染色.b:フルオレセイン(FL)染色.c:FL+BFF. 薬剤性角膜上皮障害角膜上皮障害>結膜上皮障害メニスカス高いドライアイ角膜上皮障害<結膜上皮障害メニスカス低い図6薬剤性角膜上皮障害の鑑別法ab図7薬剤性角膜上皮障害a:高度のSPKとepithelialcrackline(ひびわれ状の所見)を認める.結膜上皮障害は認めない.b:染色10分後の所見.Delayedstainingを認める. ab図8マイボーム腺角結膜上皮障害(13歳,女性)a:角膜全体に高度の点状表層角膜症を認める.b:瞼縁の充血とマイボーム腺の閉塞所見.

序説:役に立つ角膜疾患診療の知識

2015年1月30日 金曜日

●序説あたらしい眼科32(1):1.2,2015●序説あたらしい眼科32(1):1.2,2015役に立つ角膜疾患診療の知識TheUsefulKnowledgeofCornealandOcularSurfaceDiseases木下茂*この特集は「役に立つ角膜疾患診療の知識」と題して,京都府立医科大学眼科学教室における角膜診療のエッセンスを,それぞれの筆者にまとめていただいた.私が22年間在籍してきた眼科における角膜診療の見方と考え方を要約していただいたものであり,私の退職前の知識の整理ということでお願いした.本特集では,日常の角膜診療で,commonな疾患とrareながら知っておかねばならない重要な疾患について整理し,どのように診断・治療するかを簡潔に記載していただいた.したがって,新しい内容を満載するというよりは,日常の臨床に役立つ知識が満載されているはずである.さて,実際の内容を見てみよう.まずドライアイの診断のポイントを小室青氏にお願いした.小室氏は20年以上にわたり横井則彦氏の右腕となってドライアイ外来で診療を行ってきたドライアイスペシャリストであり,MayoClinicへの海外留学の経験者である.横井則彦氏にはドライアイの治療方針をお願いした.横井氏はOxford大学への留学でTonyBron氏に師事し,以後,ドライアイへの生理学的側面からの研究アプローチを精力的に行っており,とくに涙液層の動態について著名な業績を示してきたドライアイ研究家である.マイボーム腺に関する診療エッセンスは鈴木智氏にお願いした.鈴木氏はマイボーム腺炎角結膜上皮症という疾患概念を世界で初めて提唱し,Harvard大学への長期留学後もマイボーム腺と眼表面の炎症の病態関連について精力的に研究を行っている臨床医である.角膜感染症治療の基本方針については外園千恵氏にお願いした.外園氏はぶどう球菌感染症,とくにMRSAへの対処法に造詣が深く,バンコマイシン眼軟膏の発想は氏から発せられたものである.豊富な臨床経験に基づき的確な診療で難治例を治癒させている.稲富勉氏には眼表面疾患のマネージメントをお願いした.稲富氏はHarvard大学IleneGipson博士との眼表面のムチン研究に始まり,さまざまな角膜手術,とくに眼表面再建術のエキスパートである.円錐角膜,屈折矯正手術などの不正乱視への対処法については東原尚代氏と稗田牧氏にお願いした.コンタクトレンズフィッティング,エキシマレーザー屈折矯正手術,有水晶体眼内レンズなどについての豊富な臨床経験をもつお二人である.角膜内皮炎の治療は小泉範子氏にお願いした.小泉氏はケルン大学留学時から角膜再生医療に造詣が深く,現在は角膜内皮細胞にかかわるトランスレー*ShigeruKinoshita:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(1)1 2あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(2)ショナル研究を行っているが,今回は氏が世界で最初に報告したサイトメガロウイルス角膜内皮炎について要約していただいた.奥村直毅氏にはFuchs角膜内皮ジストロフィの遺伝背景についてお願いした.日本では,それほど多くないと考えられている疾患であるが,欧米では緑内障とほぼ同頻度で生じている中途失明を生じる疾患であり,最近になって,病態について多くの事柄がわかってきた.奥村氏は海外との共同研究も精力的に行っているclinicianscientistである.上田真由美氏にはStevens-Johnson症候群の遺伝素因についての概要をお願いした.上田氏はSte-vens-Johnson症候群の発症機序について独自の仮説を展開し,今や世界全体でコンソーシアム研究を行うまでになった世界を飛び回る臨床研究者である.われわれが長年行ってきた培養粘膜上皮移植の研究開発は小泉範子氏から始まり,中村隆宏氏が大きく発展させた.とくに培養口腔粘膜上皮移植は中村氏のオリジナリティ溢れるトランスレーショナル研究であり,上皮研究の世界的権威であるYanBar-randon氏のもとでの留学経験がその内容をグレードアップさせた.角膜内皮移植,とくにDSAEKについては,われわれは2007年から開始したが,その臨床成績を中川紘子氏と宮本佳菜絵氏にわかりやすくまとめてもらった.最後に緑内障とのかかわりである.重症角膜疾患を治療する場合,ステロイド緑内障あるいは角膜疾患に基づく続発緑内障への対処法は必須である.そこで,緑内障スペシャリストの森和彦氏に豊富な経験を要約していただいた.森氏はNIHへの留学経験を生かし,緑内障遺伝子多型研究に取り組む臨床医でもある.今回の特集は,すべて一大学の筆者にお願いするという稀な企画であり,内容には若干のバイアスが含まれているかもしれない.しかしながら,豊富な臨床経験からできあがった実の世界の話であり,机上の空論は含まれておらず,かならずや読者のみなさまのお役に立つものであると信じている.なお,私は4月から感覚器未来医療学講座を開設し,当分のあいだ眼科トランスレーショナル研究と臨床を継続する予定であることを付け加えておく.

糖尿病黄斑浮腫を対象としたWP-0508(マキュエイド®硝子体内注用)の第II/III相試験

2014年12月31日 水曜日

1876あたらしい眼科Vol.4102,211,No.3(00)1876(138)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(12):1876.1884,2014cはじめに黄斑浮腫は,糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症などに合併する視力低下の主要な原因であり,血液網膜関門が破綻し,網膜血管の透過性が亢進することにより引き起こされる病態である.この黄斑浮腫の治療法として,わが国においては硝子体手術や網膜光凝固などが選択されているが,効果には限界〔別刷請求先〕小椋祐一郎:〒467-8601愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1番地名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:YuichiroOgura,DepartmentofOphthalmology&VisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-kuNagoya,Aichi467-8601,JAPAN糖尿病黄斑浮腫を対象としたWP-0508(マキュエイドR硝子体内注用)の第II/III相試験小椋祐一郎*1坂本泰二*2吉村長久*3石橋達朗*4*1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学*2鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学講座視覚疾患学*3京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学*4九州大学大学院医学研究院臨床医学部門外科学講座眼科学分野Phase2/3ClinicalTrialofWP-0508(MaQaidRIntravitrealInjection)forDiabeticMacularEdemaYuichiroOgura1),TaijiSakamoto2),NagahisaYoshimura3)andTatsuroIshibashi4)1)DepartmentofOphthalmology&VisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,2)DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,3)DepartmentofOphthalmology,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedichine,4)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,KyusyuUniversityWP-0508(マキュエイドR硝子体内注用)の有効性および安全性を確認するため,糖尿病黄斑浮腫患者100例を対象に多施設共同無作為化単盲検並行群間比較試験を実施した.WP-05088mgおよび4mg単回硝子体内投与後12週の観察を行った結果,8mg群および4mg群の両群で非投与群に対する最高矯正視力,中心窩平均網膜厚の有意な改善(p<0.05,共分散分析)が認められ,非投与群に対する優越性が検証された.主な副作用として,眼圧上昇(8mg群27.3%,4mg群26.5%),白内障進展(8mg群15.2%,4mg群23.5%),飛蚊症(8mg群18.2%,4mg群11.8%),および硝子体内TA(トリアムシノロンアセトニド)拡散(8mg群18.2%,4mg群8.8%)がみられた.8mg群4例(12.1%),4mg群3例(8.8%)で投与後12カ月の追跡期間中に白内障手術に至ったが,視力予後は良好であった.手術に至った眼圧上昇例はなく,感染性・非感染性眼内炎はみられなかった.単回投与後12週の効果,および忍容性が確認できたことから,WP-0508は糖尿病黄斑浮腫治療の選択肢として有用であると考えられた.ToassesstheefficacyandsafetyofWP-0508(MaQaidRintravitrealinjection),arandomized,single-masked,sham-controlled,multicenterstudywascarriedouton100diabeticmacularedemapatients.AfterasingleintravitrealinjectionofWP-0508,12-weekobservationrevealedsignificantimprovementofmeanbest-correctedvisualacuity(BCVA)andcentralmacularthicknessinboththe8mgand4mggroups,incontrasttotheshamgroup(p<0.05,ANACOVA),verifyingsuperiorityinbothWP-0508groups.Majoradverseeffectswereelevatedintraocularpressure,cataractdevelopment,floatingspotsandintravitrealtriamcinoloneacetonide(TA)dispersion.Althoughseveralpatients(4in8mggroup,3in4mggroup)requiredcataractsurgeryduringthe12-monthfollow-upperiod,BCVAwasrecoveredaftersurgery.Innocasedidelevatedintraocularpressureleadtofiltrationsurgery.Infectiousandnon-infectiousendophthalmitiswerenotobservedthroughoutthestudyperiod.SincetheefficacyandtolerabilityofWP-0508havebeenconfirmed,itisdeemedausefulalternativefortreatingdiabeticmacularedema.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(12):1876.1884,2014〕Keywords:糖尿病黄斑浮腫,トリアムシノロンアセトニド,硝子体内投与,無作為化臨床試験,WP-0508.diabeticmacularedema,triamcinoloneacetonide,intravitrealinjection,randomizedclinicalstudy,WP-0508.(00)1876(138)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(12):1876.1884,2014cはじめに黄斑浮腫は,糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症などに合併する視力低下の主要な原因であり,血液網膜関門が破綻し,網膜血管の透過性が亢進することにより引き起こされる病態である.この黄斑浮腫の治療法として,わが国においては硝子体手術や網膜光凝固などが選択されているが,効果には限界〔別刷請求先〕小椋祐一郎:〒467-8601愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1番地名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:YuichiroOgura,DepartmentofOphthalmology&VisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-kuNagoya,Aichi467-8601,JAPAN糖尿病黄斑浮腫を対象としたWP-0508(マキュエイドR硝子体内注用)の第II/III相試験小椋祐一郎*1坂本泰二*2吉村長久*3石橋達朗*4*1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学*2鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学講座視覚疾患学*3京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学*4九州大学大学院医学研究院臨床医学部門外科学講座眼科学分野Phase2/3ClinicalTrialofWP-0508(MaQaidRIntravitrealInjection)forDiabeticMacularEdemaYuichiroOgura1),TaijiSakamoto2),NagahisaYoshimura3)andTatsuroIshibashi4)1)DepartmentofOphthalmology&VisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,2)DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,3)DepartmentofOphthalmology,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedichine,4)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,KyusyuUniversityWP-0508(マキュエイドR硝子体内注用)の有効性および安全性を確認するため,糖尿病黄斑浮腫患者100例を対象に多施設共同無作為化単盲検並行群間比較試験を実施した.WP-05088mgおよび4mg単回硝子体内投与後12週の観察を行った結果,8mg群および4mg群の両群で非投与群に対する最高矯正視力,中心窩平均網膜厚の有意な改善(p<0.05,共分散分析)が認められ,非投与群に対する優越性が検証された.主な副作用として,眼圧上昇(8mg群27.3%,4mg群26.5%),白内障進展(8mg群15.2%,4mg群23.5%),飛蚊症(8mg群18.2%,4mg群11.8%),および硝子体内TA(トリアムシノロンアセトニド)拡散(8mg群18.2%,4mg群8.8%)がみられた.8mg群4例(12.1%),4mg群3例(8.8%)で投与後12カ月の追跡期間中に白内障手術に至ったが,視力予後は良好であった.手術に至った眼圧上昇例はなく,感染性・非感染性眼内炎はみられなかった.単回投与後12週の効果,および忍容性が確認できたことから,WP-0508は糖尿病黄斑浮腫治療の選択肢として有用であると考えられた.ToassesstheefficacyandsafetyofWP-0508(MaQaidRintravitrealinjection),arandomized,single-masked,sham-controlled,multicenterstudywascarriedouton100diabeticmacularedemapatients.AfterasingleintravitrealinjectionofWP-0508,12-weekobservationrevealedsignificantimprovementofmeanbest-correctedvisualacuity(BCVA)andcentralmacularthicknessinboththe8mgand4mggroups,incontrasttotheshamgroup(p<0.05,ANACOVA),verifyingsuperiorityinbothWP-0508groups.Majoradverseeffectswereelevatedintraocularpressure,cataractdevelopment,floatingspotsandintravitrealtriamcinoloneacetonide(TA)dispersion.Althoughseveralpatients(4in8mggroup,3in4mggroup)requiredcataractsurgeryduringthe12-monthfollow-upperiod,BCVAwasrecoveredaftersurgery.Innocasedidelevatedintraocularpressureleadtofiltrationsurgery.Infectiousandnon-infectiousendophthalmitiswerenotobservedthroughoutthestudyperiod.SincetheefficacyandtolerabilityofWP-0508havebeenconfirmed,itisdeemedausefulalternativefortreatingdiabeticmacularedema.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(12):1876.1884,2014〕Keywords:糖尿病黄斑浮腫,トリアムシノロンアセトニド,硝子体内投与,無作為化臨床試験,WP-0508.diabeticmacularedema,triamcinoloneacetonide,intravitrealinjection,randomizedclinicalstudy,WP-0508. があり,他の治療手段の開発や併用療法が今後の緊急の課題と考えられている.糖尿病黄斑浮腫に対しては,2001年にJonasら1)が初めて硝子体内にトリアムシノロンアセトニド(triamcinoloneacetonide:TA)を投与し,浮腫が軽減することを報告して以来,国内外での報告が相ついでいる.また,坂本らの2005年国内アンケート調査結果2)によると,黄斑浮腫の主な原因疾患(糖尿病黄斑症,網膜静脈閉塞症)では,TA眼局所投与(硝子体内,Tenon.下注射)が第一選択という意見が多かったと報告されている.眼科で広く適応外使用されてきたTA製剤(ケナコルト-AR筋注用・関節腔内用水懸注)は眼科用に承認された製剤ではなく,添加剤として眼組織に有害なベンジルアルコール3,4)や眼圧上昇の危惧のあるカルボキシメチルセルロース5)を含有するため,これらを除去するために各医療機関で再調製する必要があり,微生物汚染のリスクの増加が懸念されていた.WP-0508(マキュエイドR硝子体内注用40mg)は,合成表1治験実施医療機関一覧治験実施医療機関名治験責任医師名*社会医療法人秀眸会大塚眼科病院引地泰一医療法人渓仁会手稲渓仁会病院眼科横井匡彦NTT東日本東北病院眼科志村雅彦山形大学医学部附属病院眼科山下英俊福島県立医科大学附属病院眼科飯田知弘自治医科大学附属病院眼科佐藤幸裕千葉大学医学部附属病院眼科山本修一順天堂大学医学部附属浦安病院眼科佐久間俊郎東邦大学医療センター佐倉病院眼科前野貴俊駿河台日本大学病院眼科島田宏之聖路加国際病院眼科大越貴志子医療法人社団済安堂西葛西・井上眼科病院宮永嘉隆横浜市立大学附属市民総合医療センター眼科門之園一明名古屋市立大学病院眼科吉田宗徳医療法人社団同潤会眼科杉田病院杉田元太郎京都大学医学部附属病院眼科吉村長久大阪大学医学部附属病院眼科生野恭司大阪市立大学医学部附属病院眼科白木邦彦独立行政法人労働者健康福祉機構大阪労災病院眼科恵美和幸香川大学医学部附属病院眼科白神史雄九州大学病院眼科望月泰敬,石橋達朗医療法人社団研英会林眼科病院林研医療法人松井医仁会大島眼科病院矢部伸幸医療法人出田会出田眼科病院川崎勉鹿児島大学病院医学部・歯学部附属病院眼科坂本泰二公益財団法人慈愛会今村病院分院眼科土居範仁*治験期間中の治験責任医師をすべて記載した(順不同).(139)副腎皮質ステロイドであるTAを有効成分とし,眼に有害な添加剤を含有しない粉末注射剤であり,わが国初の「硝子体手術時の硝子体可視化」および「糖尿病黄斑浮腫」の効能・効果が承認されている.今回は,「糖尿病黄斑浮腫」の効能・効果承認のために実施された糖尿病黄斑浮腫を対象とした多施設共同無作為化単盲検並行群間比較試験の結果を報告する.本治験は,わかもと製薬株式会社の依頼により,ヘルシンキ宣言に基づく倫理的原則,薬事法,薬事法施行規則,「医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)」,ならびに治験実施計画書を遵守し実施された.I対象および方法1.実施医療機関および治験責任医師本治験は,平成22年2月.平成24年3月の間に全国26医療機関において,各々の治験責任医師のもと実施された(表1).試験実施に先立ち,各医療機関の治験審査委員会において試験の倫理的および科学的妥当性が審査され,承認を得た.2.対象対象は,糖尿病黄斑浮腫患者で,本治験の選択基準を満たし除外基準に抵触しない患者を対象とした.主な選択・除外基準を表2に示した.本治験の開始に先立ち,すべての被験表2主な選択・除外基準選択基準(1)年齢が満20歳以上(2)2型糖尿病〔日本糖尿病学会の診断基準(1999年)〕(3)対象眼が非増殖糖尿病網膜症に伴う黄斑浮腫(4)対象眼の最高矯正視力<ETDRS>が35文字から70文字(小数視力換算で0.1以上0.5以下)(5)対象眼の中心窩平均網膜厚が,光干渉断層計による測定で300μm以上(6)対象眼の眼圧が21mmHg以下除外基準(1)いずれかの眼に,活動性の眼感染または非活動性のトキソプラズマ症が認められる(2)対象眼に緑内障および高眼圧症を有する,または既往歴がある(3)HbA1Cが10.0%以上,血清クレアチニンが2.0mg/dl以上(4)対象眼に硝子体手術の既往を有する(5)対象眼への薬剤の硝子体内投与が治験薬投与前52週以内に実施(6)対象眼への副腎皮質ステロイド薬のTenon.下または球後への投与が,治験薬投与前24週以内に実施(7)対象眼へのレーザー治療または硝子体手術以外の内眼手術が,治験薬投与前12週以内に実施(8)副腎皮質ステロイド薬,経口炭酸脱水酵素阻害薬,ワルファリンおよびヘパリンの投与が,治験薬投与前4週以内に実施あたらしい眼科Vol.31,No.12,20141877 表3検査・観察スケジュール観察項目スクリーニング時観察期間追跡調査投与日翌日1週4週8週12週中止時6,9,12カ月同意取得●患者背景●症例登録●治験薬投与●眼科検査最高矯正視力●●●●●●○中心窩平均網膜厚●●●●●●眼圧●●●●●●●○細隙灯顕微鏡検査●●●●●●●○TA粒子観察●●●●●●●○眼底検査●●●●●●●●○眼底撮影●●●●●●●○蛍光眼底造影検査●血圧・脈拍数●●●●臨床検査●●●●有害事象●○:有害事象発現例,硝子体内TA粒子残存例,有水晶体眼例の追跡調査を行った.者に対し,治験審査委員会の承認を得た同意・説明文書を使用して十分説明した後,自由意思による治験参加の同意を本人から文書にて取得した.3.試験方法a.治験デザイン本治験は,多施設共同無作為化単盲検並行群間比較試験として実施した.適格な被験者を動的割付(因子:最高矯正視力,中心窩平均網膜厚,水晶体の状態)によりWP-05088mg群,4mg群,非投与群のいずれかに無作為に割り付けた.b.治験薬・投与方法被験薬であるWP-0508は,1バイアル中にTA40mgを含有する添加剤を含まない白色の結晶性の粉末で,生理食塩液にて用時懸濁して用いた.投与対象眼に対し,投与群(WP-05088mg群,4mg群)では,それぞれTA8mg,4mgを含有する懸濁液0.1mlを硝子体内に単回投与し,非投与群では投与部位に注射針未装着の注射筒の先を当てる措置を行った.4.検査・観察項目検査・観察スケジュールを表3に示した.蛍光眼底造影写真より蛍光漏出,虚血および新生血管の有無を判断し,糖尿病網膜症分類6),選択・除外基準の判定を行った.最高矯正視力はETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)チャートを用いて,中心窩平均網膜厚は光干渉断層計(OCT3000R,CarlZeissMeditec社製)を用いて測定した.観察項目として,最高矯正視力,眼圧,細隙灯顕微鏡検査,眼底検査,血圧・脈拍数および臨床検査を行った.その結果から,投与後に認められた臨床上好ましくない疾病あるいは徴候を収集し,有害事象として評価した.投与後12週までの観察期間中は,対象疾患に対する併用処置〔硝子体手術,レーザー治療,VEGF(血管内皮増殖因子)阻害薬投与など〕,および視力に影響のある処置(白内障手術,緑内障手術など)を禁止とし,治療が必要とされた場合は中止時検査を行い中止・終了した.観察期間終了後も,投与群の白内障進展について投与後12カ月まで追跡調査した.有害事象発現例,硝子体内TA粒子残存例についても追跡調査を行った.5.評価項目および方法a.有効性主要評価項目は,投与後12週の最高矯正視力とした(投与後12週以内に中止された場合も,投与後1週以降で一番遅い時点に観察されたものを最終評価時のデータとして解析に使用した).副次評価項目として,各評価時期の最高矯正視力,中心窩平均網膜厚について評価した.非投与群においては,4週以降,治療が必要と判断された時点のデータを12週までのデータとして集計した.(140) あたらしい眼科Vol.31,No.12,20141879(141)b.安全性有害事象および副作用,最高矯正視力,眼圧,細隙灯顕微鏡検査,眼底検査,血圧・脈拍数,臨床検査の各項目を評価した.6.解析方法a.解析対象集団主要な有効性解析対象集団は,最大の解析対象集団(FullAnalysisSet:FAS)とし治験実施計画書に適合した解析対象集団(PerProtocolSet:PPS)についても検討した.安全性は,治験薬の投与がなされた症例を対象とした.b.解析方法群ごとに各評価時期について,最高矯正視力および最高矯正視力変化量の要約統計量を算出し,スクリーニング時の最高矯正視力を共変量として,各評価時期の最高矯正視力について非投与群に対する共分散分析を行った.解析は閉手順とし,第一の仮説検定で8mg群と非投与群の差を,第二の仮説検定で4mg群と非投与群の差を検証した.また,各評価時期の最高矯正視力変化量について,対応のあるt検定を行った.中心窩平均網膜厚についても最高矯正視力と同様の解析を行った.統計解析における有意水準は両側5%,信頼係数は両側95%とした.II試験成績1.被験者の内訳被験者の内訳を図1に示した.本治験への参加に同意し,登録された被験者は合計102例であり,実際に投与されたのは,8mg群33例,4mg群34例,非投与群33例の合計100例であった.登録被験者のうち,8mg群の1例で投与表4被験者背景(安全性解析対象集団,FAS)項目8mg群4mg群非投与群解析対象例数33例34例33例性別男18例(54.5%)16例(47.1%)20例(60.6%)女15例(45.5%)18例(52.9%)13例(39.4%)年齢(歳)67.1±8.265.6±8.165.4±6.4[48.81][38.83][53.79]糖尿病網膜症分類*軽症非増殖9(27.3%)6(17.6%)8(24.2%)中等症非増殖22(66.7%)22(64.7%)15(45.5%)重症非増殖2(6.1%)6(17.6%)10(30.3%)増殖0(0.0%)0(0.0%)0(0.0%)最高矯正視力(文字)57.8±7.456.0±8.856.6±10.4[42.70][38.69][35.70]中心窩平均網膜厚(μm)449.5±94.7426.3±89.1435.2±108.9[317.695][304.722][302.706]眼圧(mmHg)14.8±3.815.2±2.715.1±3.0[8.21][10.21][11.20]HbA1C(%)6.89±0.856.75±0.967.27±1.15[5.6.8.6][5.4.9.9][5.4.9.9]平均値±標準偏差[最小値.最大値]*糖尿病網膜症国際重症度分類6)に従って判定された.軽症非増殖糖尿病網膜症:毛細血管瘤のみ認める,中等症非増殖糖尿病網膜症:毛細血管瘤以外の所見も認めるが,重症非増殖糖尿病網膜症より軽い,重症非増殖糖尿病網膜症:以下の所見のいずれかを認め,かつ増殖性網膜症の所見を認めないもの[4象限すべてで20個以上の網膜出血,2象限以上で明らかな静脈の数珠状拡張,1象限以上で顕著な網膜内細小血管異常(IRMA)],増殖糖尿病網膜症:以下の所見のいずれかを認めるもの[新生血管,硝子体and/or網膜前出血]図1被験者の内訳*非投与群4週以降終了者(11例)も含む.投与未実施例数8mg群4mg群非投与群中止・脱落例数8mg群4mg群非投与群2101例例例例3201例例例例登録被験者数投与例数8mg群4mg群非投与群観察期完了例数8mg群4mg群非投与群100333433例例例例97*313432*例例例例102例項目8mg群4mg群非投与群解析対象例数33例34例33例性別男18例(54.5%)16例(47.1%)20例(60.6%)女15例(45.5%)18例(52.9%)13例(39.4%)年齢(歳)67.1±8.265.6±8.165.4±6.4[48.81][38.83][53.79]糖尿病網膜症分類*軽症非増殖9(27.3%)6(17.6%)8(24.2%)中等症非増殖22(66.7%)22(64.7%)15(45.5%)重症非増殖2(6.1%)6(17.6%)10(30.3%)増殖0(0.0%)0(0.0%)0(0.0%)最高矯正視力(文字)57.8±7.456.0±8.856.6±10.4[42.70][38.69][35.70]中心窩平均網膜厚(μm)449.5±94.7426.3±89.1435.2±108.9[317.695][304.722][302.706]眼圧(mmHg)14.8±3.815.2±2.715.1±3.0[8.21][10.21][11.20]HbA1C(%)6.89±0.856.75±0.967.27±1.15[5.6.8.6][5.4.9.9][5.4.9.9]平均値±標準偏差[最小値.最大値]*糖尿病網膜症国際重症度分類6)に従って判定された.軽症非増殖糖尿病網膜症:毛細血管瘤のみ認める,中等症非増殖糖尿病網膜症:毛細血管瘤以外の所見も認めるが,重症非増殖糖尿病網膜症より軽い,重症非増殖糖尿病網膜症:以下の所見のいずれかを認め,かつ増殖性網膜症の所見を認めないもの[4象限すべてで20個以上の網膜出血,2象限以上で明らかな静脈の数珠状拡張,1象限以上で顕著な網膜内細小血管異常(IRMA)],増殖糖尿病網膜症:以下の所見のいずれかを認めるもの[新生血管,硝子体and/or網膜前出血]図1被験者の内訳*非投与群4週以降終了者(11例)も含む.投与未実施例数8mg群4mg群非投与群中止・脱落例数8mg群4mg群非投与群2101例例例例3201例例例例登録被験者数投与例数8mg群4mg群非投与群観察期完了例数8mg群4mg群非投与群100333433例例例例97*313432*例例例例102例 表5最終評価時の最高矯正視力(FAS)8mg群と非投与群の比較4mg群と非投与群の比較投与群非投与群投与群非投与群(33例)(33例)(34例)(33例)スクリーニング時のデータで調整後の値61.8±1.257.8±1.261.8±1.257.1±1.24.0±1.7(0.6.7.5)4.7±1.7(1.3.8.1)非投与群との差(95%信頼区間)p=0.022*p=0.008**平均値±標準誤差.p:スクリーニング時のデータを共変量とした共分散分析,*:p<0.05,**:p<0.01.8070605040スクリー14812最終***#######******#####################:8mg群(33例):4mg群(34例):非投与群(33例)ニング時評価時期(週後)評価時図2最高矯正視力の推移(FAS)各ポイントは平均値±標準偏差で表示.*:p<0.05,**:p<0.01,非投与群に対するスクリーニング時の値を共変量とした共分散分析に基づく群間比較.#:p<0.05,###:p<0.001,スクリーニング時の値に対する対応のあるt検定.表6最高矯正視力の推移(FAS)最高矯正視力(文字)スクリーニング時1週4週8週12週最終評価時n3333333230338mg群実測値57.8±7.461.1±9.662.2±8.861.7±8.362.1±8.662.3±8.8─3.3±7.14.5±5.04.3±5.74.8±6.04.5±5.9変化量*1─p=0.012#p<0.001###p<0.001###p<0.001###p<0.001###対非投与群*2─p=0.339p=0.039*p=0.042*p=0.020*p=0.022*n3434343434344mg群実測値56.0±8.859.1±10.260.1±8.661.6±8.861.5±9.361.5±9.3─3.1±4.74.2±6.25.6±6.55.6±6.25.6±6.2変化量*1─p<0.001###p<0.001###p<0.001###p<0.001###p<0.001###対非投与群*2─p=0.348p=0.089p=0.010*p=0.008**p=0.008**n333333323233非投与群実測値56.6±10.458.3±12.557.9±12.057.7±11.357.3±11.257.3±11.0─1.6±7.41.2±7.40.9±7.80.6±8.40.7±8.2変化量*1─p=0.215p=0.345p=0.501p=0.690p=0.631平均値±標準偏差.*1変化量(p):スクリーニング時の値に対する対応のあるt検定,#:p<0.05,###:p<0.001.*2対非投与群(p):非投与群に対するスクリーニング時の値を共変量とした共分散分析に基づく群間比較,*:p<0.05,**:p<0.01.(142) 前に同意撤回のため,また非投与群の1例が措置前の被験者の視力悪化に対する医師の判断により投与未実施となった.投与後8mg群2例,非投与群1例で中止となったため,観察を完了した被験者は,8mg群31例,4mg群34例,非投与群32例(治験実施計画書に従い4週以降に治療が必要と判断され終了となった非投与群の11例を含む)であった.中止・脱落となった理由は,8mg群の1例が被験者の安全性への配慮のため,1例が併用禁止薬使用の必要性であり,非投与群の1例が治験開始後の同意撤回であった.投与後12週以降は,有害事象発現例,硝子体内TA粒子残存例,有水晶体眼例の安全性追跡調査を投与後12カ月まで行った.析).PPSにおいても,8mg群および4mg群でFASと同様の結果であった.b.副次的評価項目に関する結果FASにおける観察期間(投与後12週まで)の最高矯正視力の推移を図2および表6に,中心窩平均網膜厚の推移を図3および表7示した.投与後12週までの各時点の最高矯正視力の推移は,8mg群,4mg群ともスクリーニング時に比べ投与後1週より有意な改善が認められ(それぞれp<0.05,600被験者背景(安全性解析対象集団,FAS)を表4に示した.2.有効性投与後1週以降,12週までのデータが存在する100例が有効性解析対象となった[FAS:100例(8mg群33例,4mg群34例,非投与群33例),PPS:90例(8mg群29例,4mg群30例,非投与群31例)].a.主要評価項目に関する結果中心窩平均網膜厚(μm):8mg群(33例):4mg群(34例):非投与群(33例)******************************##############################500400300200100本治験の主要な解析対象集団であるFASにおける,投与スクリー14812最終後12週(最終評価時)の最高矯正視力(スクリーニング時のニング時評価時期(週後)評価時データで調整後)を表5に示した.8mg群と非投与群の比図3中心窩平均網膜厚の推移(FAS)較(第一の仮説検定)に続き,4mg群と非投与群の比較(第各ポイントは平均値±標準偏差で表示.***:p<0.001,非投与群に対するスクリーニング時の値を共変量とした共分散分析二の仮説検定)でも有意差が認められた(それぞれp=0.022,に基づく群間比較.###:p<0.001,スクリーニング時の値にp=0.008,スクリーニング時の値を共変量とした共分散分対する対応のあるt検定.表7中心窩平均網膜厚の推移(FAS)スクリーニング時1週4週8週12週最終評価時8mg群対非投与群*2n実測値変化量*133449.5±94.7───33339.7±72.5.109.9±84.4p<0.001###p<0.001***33291.1±52.0.158.5±88.9p<0.001###p<0.001***31273.2±45.3.172.0±93.5p<0.001###p<0.001***31292.7±85.9.156.4±121.1p<0.001###p<0.001***33292.4±87.1.157.1±117.3p<0.001###p<0.001***4mg群対非投与群*2n実測値変化量*134426.3±89.1───33301.7±57.6.128.1±78.2p<0.001###p<0.001***34276.7±61.4.149.6±94.0p<0.001###p<0.001***34263.9±63.1.162.4±96.4p<0.001###p<0.001***34276.4±74.7.149.9±110.3p<0.001###p<0.001***34276.4±74.7.149.9±110.3p<0.001###p<0.001***n333333323233非投与群実測値435.2±108.9420.8±112.4428.2±118.8425.1±109.0427.1±115.6421.4±118.4─.14.4±46.0.7.0±76.3.12.5±85.9.10.5±82.2.13.9±83.1変化量*1─p=0.081p=0.602p=0.418p=0.474p=0.345平均値±標準偏差.*1変化量(p):スクリーニング時の値に対する対応のあるt検定,###:p<0.001.*2対非投与群(p):非投与群に対するスクリーニング時の値を共変量とした共分散分析に基づく群間比較,***:p<0.001.(143)あたらしい眼科Vol.31,No.12,20141881 p<0.001,スクリーニング時の値に対する対応のあるt検定)投与後4週,8週,12週と改善が持続した(いずれもp<0.001).非投与群ではいずれの時点においても,スクリーニング時に比べ有意な改善は認められなかった.中心窩平均網膜厚の推移についても,同様の結果が得られた.最終評価時点での投与群(8mg群および4mg群)の最高矯正視力変化量と中心窩平均網膜厚変化量との間に,相関が認められた(r=.0.316,p<0.001).3.安全性a.副作用収集した有害事象のうち,治験薬との因果関係が否定できないものを副作用とした(表8).本治験における副作用は,8mg群75.8%(25/33例),4mg群55.9%(19/34例)にみられた.いずれかの群で5%以上の発現がみられた副作用は,白内障進展,飛蚊症,硝子体内TA拡散,眼圧上昇,血中トリグリセリド増加,糖尿病悪化であった.また,重篤な副作用は,8mg群12.1%(4/33例:白内障進展3例,食道静脈瘤1例),4mg群5.9%(2/34例,白内障進展2例)に認められた.食道静脈瘤は,治験開始前より生じていた可能性が高いが,治験薬との因果関係が完全には否定できないため副作用とされた.いずれも入院を伴う処置を行ったことから重篤と判定されたが,処置後の転帰は消失であり,臨床上問題は少ないと考えられた.重篤な眼圧上昇,感染性眼内炎または非感染性眼内炎はみられなかった.b.眼圧上昇8mg群9/33例(27.3%),4mg群10/34例(29.4%)にて投与対象眼の眼圧が24mmHg以上に上昇した.眼圧上昇は,いずれも眼圧下降点眼薬(1.4剤)あるいは炭酸脱水酵素阻害薬内服の併用によりコントロール可能であった.また,8mg群は4mg群と比較して眼圧上昇持続期間や併用薬投与期間が長い傾向にあった(表9).いずれの群においても濾過手術などの外科的処置に至った症例はみられなかった.c.水晶体混濁の進行WHO分類7)を参考にして水晶体混濁(皮質・核・後.下)を4段階で評価した.スクリーニング時と比較してスコアの悪化がみられた症例は,8mg群で21.2%(7/33例),4mg群で12/34例(35.3%),非投与群で1/33例(3.0%)であった.投与群における進行部位は後.下が多く,核および皮質にもみられた.8mg群4例,4mg群3例に対し白内障手術が施行されたが,いずれも手術後の転帰は消失であり,視力予後は良好であった.水晶体混濁進行時期,手術施行時期を表10に示した.投与後6カ月以降に水晶体混濁が進行する症例が多くみられた.d.TA粒子硝子体内残存投与後のTA粒子硝子体内残存の有無を評価した(表表8副作用一覧8mg群4mg群副作用名(33例)(34例)発現数25例(75.8%)19例(55.9%)眼眼圧上昇9例(27.3%)9例(26.5%)飛蚊症6例(18.2%)4例(11.8%)硝子体内TA拡散6例(18.2%)3例(8.8%)白内障進展5例(15.2%)8例(23.5%)霧視1例(3.0%)1例(2.9%)前房内TA拡散1例(3.0%)0例(0.0%)後発白内障1例(3.0%)0例(0.0%)角膜びらん1例(3.0%)0例(0.0%)硝子体出血1例(3.0%)0例(0.0%)眼以外糖尿病悪化2例(6.1%)1例(2.9%)血中カリウム増加1例(3.0%)1例(2.9%)好酸球数増加1例(3.0%)1例(2.9%)食道静脈瘤1例(3.0%)0例(0.0%)血中尿素増加1例(3.0%)0例(0.0%)白血球数減少1例(3.0%)0例(0.0%)白血球数増加1例(3.0%)0例(0.0%)糖尿病性ニューロパチー1例(3.0%)0例(0.0%)血中トリグリセリド増加0例(0.0%)2例(5.9%)好塩基球数増加0例(0.0%)1例(2.9%)血中ブドウ糖増加0例(0.0%)1例(2.9%)尿中ブドウ糖陽性0例(0.0%)1例(2.9%)血小板数減少0例(0.0%)1例(2.9%)表9眼圧上昇時期および持続期間24mmHg以上の眼圧上昇症例眼圧上昇に対する処置上昇例数上昇時期持続期間処置例数処置開始併用薬投与(%)(日後)(日)(%)時期(日後)期間(日)8mg群(33例)9例(27.3%)97.9[6.189]147.0[28.274]9例(27.3%)106.9[5.189]103.4[13.257]4mg群(34例)10例(29.4%)85.4[1.373]75.3[5.174]8例(23.5%)110.6[7.373]87.3[11.168]非投与群(33例)0例(0.0%)──0例(0.0%)──平均値[最小値.最大値].(144) 表10水晶体混濁進行時期および手術施行時期水晶体混濁が進行した症例水晶体混濁に対する処置進行時期手術施行時期進行例数(%)(日後)手術例数(%)(日後)8mg群(33例)7例(21.2%)180.9[1.393]4例(12.1%)304.8[216.378]4mg群(34例)12例(35.3%)264.3[8.365]3例(8.8%)419.3[370.469]非投与群(33例)1例(3.0%)84.0[84.84]0例(0.0%)─平均値[最小値.最大値].表11投与後のTA粒子硝子体内残存評価時期8mg群(33例)4mg群(34例)残存例数(残存率)残存例数(残存率)投与直後33例(100.0%)34例(100.0%)1日後33例(100.0%)32例(94.1%)1週後32例(97.0%)34例(100.0%)4週後28例(84.8%)31例(91.2%)8週後24例(72.7%)21例(61.8%)12週後9例(27.3%)18例(52.9%)6カ月後3例(9.1%)6例(17.6%)9カ月後0例(0.0%)0例(0.0%)12カ月後0例(0.0%)0例(0.0%)11).いずれの群においても,投与後9カ月時点ですべての症例でのTA粒子消失を確認した.III考察本治験結果より,WP-05088mg群および4mg群ではスクリーニング時と比較して投与後1週と早期から視力および浮腫改善が認められ,その効果は投与後約3カ月間維持された.最終評価時における8mg群および4mg群の非投与群との差は,それぞれ4.0±1.7文字(95%信頼区間,0.6.7.5文字)および4.7±1.7文字(95%信頼区間,1.3.8.1文字)であり,ETDRS視力表で1段階(5文字)に相当する視力改善が認められた.本治験より,両投与群において有効性が示されたことから,副作用発現率,持続期間などを考慮し,臨床使用用量としては4mgを選択した.本治験の結果,眼局所において眼圧上昇,白内障進展等の副作用が認められたが,安全性上問題となる所見は認められなかった.眼圧上昇,白内障進展はTA製剤硝子体内投与による海外での臨床試験8,9)においても報告されており,TA4mg投与による発現頻度は眼圧上昇33.50%,白内障進展59.83%と本治験結果と同程度あるいは高かった.文献報告にて発現率が高かった理由としては,追跡調査期間,治療背景などの違いが考えられた.本治験における眼圧上昇例で(145)は,濾過手術などの外科的処置に至った症例はなく,併用薬でコントロール可能であったが,他の報告2,8,9)では濾過手術が必要になった症例もみられた.外科的処置を避けるためには,本治験と同様に眼圧コントロール不良な患者への投与を避け,投与後少なくとも3カ月は眼圧測定を行い,眼圧上昇の徴候がみられた場合は速やかに眼圧下降薬点眼を開始する必要がある.白内障進展については,予後は良好ではあるが白内障手術に至った症例が本治験においてもみられていることから,投与後6カ月以降も有水晶体眼の患者に対して注意を促すことが必要である.なお,白内障進展が4mg群で多かった要因の一つとして,投与後6カ月時点でのTA粒子硝子体内残存率が高かったことが挙げられる.いずれの症例においても,投与後9カ月時点でTA粒子消失を確認しており,白内障手術施行率も8mg群12.1%,4mg群8.8%であることから,用量の違いによるリスク変化はないと考えている.TA粒子硝子体内残存期間については,被験者の硝子体の状態(加齢による硝子体液化,眼科手術歴など)が関与していると考えている.WP-0508は単回投与により約3カ月間薬効が持続することから,VEGF阻害薬硝子体内注射の薬効維持に1.2カ月ごとの投与を要すること8,10,11)を考慮すると,投与回数,来院頻度,経済性の面で患者,医師へのメリットがあると考えられた.安全性の面においても,投与回数が増えると眼内炎のリスクが高くなることから,持続性の薬剤を選択するメリットは大きい.また,黄斑浮腫に対する硝子体手術,網膜光凝固は,施行から効果発現までに半年から1年の期間を要することが報告されていることから9,12),WP-0508は硝子体手術,網膜光凝固前の早期治療法として推奨できると考えた.さらに,硝子体手術,網膜光凝固においては網膜への侵襲が危惧され,治療適応が局所性,牽引性などの浮腫に限られている一方で,TA硝子体内注射は.胞様浮腫に対する効果が高いと報告されていること13)などから,WP-0508は特にびまん性,.胞様浮腫治療に適していると考える.本治験の結果,問題となる全身性の副作用は認められなかあたらしい眼科Vol.31,No.12,20141883 った.糖尿病黄斑浮腫を対象とした第I/II相試験(1mg,4mg,8mg群各11例)の結果得られたWP-0508硝子体内単回投与後の血漿中薬物濃度が,TA筋肉内・関節腔内注射14.17)と同等あるいは低値と考えられたことからも,本剤の全身性副作用は既存薬から予想可能であり,脳梗塞,心疾患などの全身合併症を伴う症例にも使用可能と考えている.以上より,WP-0508は糖尿病黄斑浮腫治療の選択肢として有用であると考えられた.文献1)JonasJB,SofkerA:Intraocularinjectionofcrystallinecortisoneasadjunctivetreatmentofdiabeticmacularedema.AmJOphthalmol132:425-427,20012)坂本泰二,樋田哲夫,田野保雄ほか:眼科領域におけるトリアムシノロン使用状況全国調査結果.日眼会誌111:936-945,20073)WalterP,LukeC,SickelW:Antibioticsandlightresponsesinsuperfusedbovineretina.CellMolNeurobiol19:87-92,19994)MorrisonVL,KohHJ,ChengL:Intravitrealtoxicityofthekenalogvehicle(benzylalcohol)inrabbits.Retina26:339-344,20065)ZhuMD,CaiFY:Developmentofexperimentalchronicintraocularhypertensionintherabbit.AustNZJOphthalmol20:225-234,19926)WilkinsonCP,FerrisFL3rd,KleinREetal:Proposedinternationalclinicaldiabeticretinopathyanddiabeticmacularedemadiseaseseverityscales.Ophthalmology110:1677-1682,20037)ThyleforsB,ChylackLTJr,KonyamaKetal:Asimplifiedcataractgradingsystem.OphthalmicEpidemiol9:83-95,20028)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Randomizedtrialevaluatingranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology117:1064-1077,20109)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Threeyearfollowupofarandomizedtrialcomparingfocal/gridphotocoagulationandintravitrealtriamcinolonefordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol127:245-251,200910)SultanMB,ZhouD,LoftusJetal:Aphase2/3,multicenter,randomized,double-masked,2-yeartrialofpegaptanibsodiumforthetreatmentofdiabeticmacularedema.Ophthalmology118:1107-1118,201111)DoDV,Schmidt-ErfurthU,GonzalezVHetal:TheDAVINCIStudy:phase2primaryresultsofVEGFTrap-Eyeinpatientswithdiabeticmacularedema.Ophthalmology118:1819-1826,201112)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Vitrectomyoutcomesineyeswithdiabeticmacularedemaandvitreomaculartraction.Ophthalmology117:1087-1093,201013)ShimuraM,YasudaK,NakazawaTetal:Visualoutcomeafterintravitrealtriamcinoloneacetonidedependsonopticalcoherencetomographicpatternsinpatientswithdiffusediabeticmacularedema.Retina31:748-754,201114)KusamaM,SakauchiN,KumaokaS:Studiesofplasmalevelsandurinaryexcretionafterintramuscularinjectionoftriamcinoloneacetonide.Metabolism20:590-596,197115)DoppenschmittSA,ScheidelB,HarrisonFetal:Simultaneousdeterminationoftriamcinoloneacetonideandhydrocortisoneinhumanplasmabyhigh-performanceliquidchromatography.JChromatogBBiomedSciAppl682:79-88,199616)Blauert-CousounisSP,ZiemniakJA,McMahonSCetal:Thepharmacokineticsoftriamcinoloneacetonideafterintranasal,oralinhalationandintramuscularadministration.JAllergyClinImmunol83:221,198917)DerendorfH,MollmannH,GrunerAetal:Pharmacokineticsandpharmacodynamicsofglucocorticoidsuspensionsafterintraarticularadministration.ClinPharmacolTher39:313-317,1986***(146)

視神経鞘髄膜腫に対し強度変調放射線療法が著効した1例

2014年12月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科31(12):1885.1888,2014c視神経鞘髄膜腫に対し強度変調放射線療法が著効した1例柏木孝夫三村治兵庫医科大学病院眼科Intensity-ModulatedRadiationTherapyforOpticNerveSheathMeningioma:ACaseReportTakaoKashiwagiandOsamuMimuraDepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine53歳の女性.緩徐に進行する右眼視力低下で来院した.右眼視力は矯正0.6,Humphrey視野のMD(平均偏差)値で.16dBの低下と右視神経乳頭耳側蒼白を認め,giantcellarteritisGCAでも軽度の菲薄化を認めた.MRI(磁気共鳴画像)で右視神経鞘髄膜腫と診断し,強度変調放射線療法を行ったところ,GCAの菲薄化の進行にもかかわらず視力も視野も正常まで回復した.強度変調放射線療法は視神経鞘髄膜腫の進行停止だけでなく視機能回復にも有効である.Wereportacaseofopticnervesheathmeningiomatreatedbyintensity-modulatedradiationtherapy(IMRT).A53-year-oldfemalepresentedcomplainingofaslowly-progressingvisualdisturbanceinherrighteye.Ophthalmoscopicexaminationrevealedtemporalpalloroftherightopticdisc,andexaminationbyopticalcoherencetomographyrevealedslightthinningofthegiantcellarteritis(GCA)intherighteye.Magneticresonanceimagingrevealedopticnervesheathmeningioma(ONSM)ofthepatient’srightopticnerve,andshesubsequentlyunderwentIMRT.PostIMRT,thethinningoftheGCAslightlyincreased,butherright-eyevisualacuityandmaculardegenerationvaluerecoveredtonormal.IMRTwasfoundtobeeffectivefornotonlyslowingtheprogressionofONSM,butalsofortherecoveryofvisualfunction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(12):1885.1888,2014〕Keywords:視神経鞘髄膜腫,強度変調放射線療法,光干渉断層計.opticnervesheathmeningioma,intensitymodulatedradiationtherapy,OCT.はじめに視神経鞘髄膜腫(opticnervesheathmeningioma:ONSM)は,以前は視力・視野障害が現れてから初めて眼科を受診することが多く,進行性視力障害,視神経乳頭蒼白,乳頭毛様短絡血管(optociliaryshuntvessels)が本症の特徴的な三徴(Hoyt-Spencer徴候)とされていた1).しかし,最近では画像診断の進歩とともに健診や眼底検査で早期のONSMが発見されるようになり,それとともに放射線治療も進歩し,以前は経過観察だけであった早期患者に対しても放射線治療の道が拓けつつある2).今回,1年に及ぶ緩徐な片眼の視力低下で受診し,Humphrey視野のMD(平均偏差)値で.16dBの感度低下と光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)のganglioncellcomplex(GCC)の菲薄化が認められたONSM症例に対して,強度変調放射線療法(intensitymodulatedradiationtherapy:IMRT)を行ったところGCC菲薄化の進行にもかかわらず視力・視野の改善がみられた症例を経験したので報告する.I症例患者:53歳,女性.主訴:右眼視力低下.経過:約1年前からの右眼視力低下で近医受診するも原因不明のため,精査目的で2013年12月9日当科を紹介受診した.現症:視力はVD=0.6(0.6×sph+0.50D),VS=1.2(矯〔別刷請求先〕柏木孝夫:〒663-8501兵庫県西宮市武庫川町1番1号兵庫医科大学病院眼科Reprintrequests:TakaoKashiwagiM.D.,DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine,1-1Mukogawa-cyou,Nishinomiyacity,Hyogo663-8501,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(147)1885 図1初診時眼底写真右眼視神経乳頭の軽度耳側蒼白を認める.図2初診時右眼Humphrey視野耳側を中心に求心性狭窄様の視野変化を認める.図3初診時OCT(GCA)右眼GCC厚は左眼に比べて平均10μm菲薄化している.正不能),右眼相対性求心路瞳孔異常(RAPD)陽性,眼圧は正常,眼球運動制限なく,眼球突出度は右眼21mm,左眼18mmであった.眼底では左眼は正常であったが,右眼の視神経乳頭の境界は鮮明であったが,耳側に軽度の蒼白化を認めた(図1).Humphrey視野検査30-2プログラムにて右眼に著明な求心性狭窄を認め(図2),MD値は.16.18dBであった.左眼は特に異常を認めずMDも.0.12dBであった.OCTにてGCC厚は右眼で左眼と比し平均10μmの軽度の菲薄化を認めた(図3).経過:右眼の軽度眼球突出,緩徐進行性の視力・視野障害から,ONSMや眼窩内腫瘍による圧迫性視神経症を疑い,頭部造影MRI(磁気共鳴画像)検査を施行した.MRIの結果では,右眼窩内に右視神経鞘を含む長径9mm大の腫瘍性病変を認め,周囲への浸潤は認めなかった.T1強調像では筋肉と等信号,STIRで高信号を呈し,造影剤で増強効果を認めONSMを疑う所見(図4)であった.視機能が非常に緩徐ではあるが進行性に悪化していることから,放射線治療の適応と考え,近医放射線科に治療を依頼した.2014年1月30日から3月13日まで,同放射線科にて右ONSMに対しIMRT(Novalis6MV)を用い,線量1.80Gy/回を計30回の総線量54Gy照射を行った.IMRT治療中である2月27日,右眼矯正視力は1.0に,右眼Humphrey視野検査にてMD値も.1.90dB(図5)まで回復し,RAPDは陰性化した.また,4月17日IMRT治療効果判定のため頭部造影MRI検査(図6)を行い,右ONSMの大きさに変化がないことを確認できた.6月12日現在,VD=(1.0×sph+0.50D),右眼Humphrey視野検査にてMD+0.04dBの視機能を維持している.一方で,OCT検査におけるGCC厚は右眼平均20μmの菲薄化に至り(図7),視機能とGCC厚の相関は認められなかった.II考按ONSMは,視神経鞘の硬膜から発生し,全眼窩腫瘍の約2%,全髄膜腫の1.2%を占める比較的稀な良性腫瘍で中年女性に多い3).眼科を受診する契機は視神経を取り巻く視神経鞘への腫瘍の進展のための圧迫性視神経症であり,眼症状1886あたらしい眼科Vol.31,No.12,2014(148) 図5終診時右眼Humphrey視野右眼耳側の感度の低下は消失している.図4頭部MRI冠状断のT1強調像(上段)およびSTIR法(中段)で右視神経の拡大,冠状断の造影(下段)MRIで高度の増強効果が認められる.図6IMRT後の頭部MRI冠状断の造影MRIで右ONSMの大きさは変化がない.図7終診時OCT(GCA)右眼のGCC厚は左眼に比し,さらに平均20μmの菲薄化を認める.としては視力・視野障害,ときに眼球突出,眼球運動障害,眼痛4)などを訴える.治療は,1990年以前は“waitandsee”といわれるように経過観察が原則で,患側眼が完全失明するか視交叉(反対眼)に及びそうになって初めて脳外科的な手術が行われた.これは観血的に全摘を行うと,たとえ視神経を温存しても網膜中心動脈閉塞などによる重篤な視力・視野障害をきたし,失明に至ることが多いためであった5).しかし,現在では放射線治療技術が飛躍的に進歩し,(149)健常組織への照射を最低限にしつつ視神経周囲に限局的な分割照射を行うことで,視機能の維持のみならず改善までが得られることが明らかになってきた.この放射線治療としては,照射野をコンピュータ制御で行う3次元分割放射線治療(hyperfractionatedradiationtherapy:HFRT),あるいは定位放射線治療(stereotacticradiotherapy:SRT)が一般的である.これら放射線治療の侵襲性を示す晩期合併症は,放射線網膜症,硝子体出血,視神経症,放射線白内障などでああたらしい眼科Vol.31,No.12,20141887 るが,その頻度は外科手術や経過観察よりもはるかに低く,SRTの有用性を否定するものにはならない5).最近ではさらなる低侵襲をめざし,画像誘導下分割照射でより複雑な形状の病変に対して行われるIMRT6)が普及しつつある.このIMRTの利点としては,照射野を腫瘍の複雑な形状に合わせることができるために,線量分布が均一となり腫瘍に対して均一にダメージを与えることができ,周囲の正常組織への線量を最小限にとどめ副作用を極力減らすことができる.一方,OCTでは黄斑部網膜内層の神経節複合体をGCC厚として解析することができる.今回のGCC厚の変化は,ONSMによる圧迫性視神経症のため網膜神経節細胞が逆行性変性をきたし,GCC厚の菲薄化として認められたものと思われる.今回経験した症例においては,IMRT後にOCT検査にて健常眼と比べて平均10.20μmとGCC厚のさらに進行性の菲薄化を認めながらも,視機能の維持のみならず視力・視野の正常化にまで至った.このことは,ONSMに対しIMRTが有用であるとする三村らの報告2)と,GCC厚は視機能を直接に反映しているわけではないとする山下らの報告7)と同様であった.また,IMRT後の頭部造影MRI検査で,ONSMの大きさや性状に変化がないにもかかわらず視機能が改善したことは,圧迫性視神経障害をもたらした腫瘍の軟化や浮腫が改善したことにより軸索輸送や循環障害が改善したためと推察される.この結果から,眼科医が患者に対しONSMの診断を下した場合,いたずらに視機能の進行性の悪化を待つのではなく,たとえGCC厚の菲薄化が認められたとしても積極的に放射線治療医に紹介することが求められると考える.文献1)Muci-MendozaR,ArevaloJF,RamellaMetal:Optociliaryveinsinopticnervesheathmeningioma.Ophthalmology106:311-318,19992)三村治,林綾子:視神経髄膜腫.眼科55:685-692,20133)EddlemanCS,LiuJK:Opticnervesheathmeningioma:currentdiagnosisandtreatment.NeurosurgFocus23:E4,20074)LandertM,BaumertBG,BoschMMetal:Thevisualimpactoffractionatedstereotacticconformalradiotherapyonseveneyeswithopticnervesheathmeningiomas.JNeuroopthalmol25:86-91,20055)白根礼造,渡辺孝男,鈴木二郎:視神経髄膜腫5例の検討.日外会誌22:739-743,19826)MacleanJ,FershtN,BremnerFetal:Meningiomacausingvisualimpairment:outcomesandtoxicityafterintensitymodulatedradiationtherapy.IntJRadiatOncolBiolPhys85:e179-186,20137)山下力,三木淳司:半盲.眼科55:933-942,2013***1888あたらしい眼科Vol.31,No.12,2014(150)

国内ドナーを用いた角膜内皮移植術の術後短期成績の検討

2014年12月31日 水曜日

1872あたらしい眼科Vol.4102,211,No.3(00)1872(134)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(12):1872.1875,2014cはじめに水疱性角膜症に対する外科治療として角膜内皮移植術(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplas-ty:DSAEK)が行われるようになってきている1).DSAEKは従来の全層角膜移植術(penetratingkeratoplasty)に比べ,術後の不正乱視が少なく,眼球強度も保たれ,拒絶反応も起きにくいなどのさまざまなメリットがあるため,ここ数年わが国でも急速に普及が進んでいる.DSAEKの術後成績に関してはすでに多数の報告があるが,わが国では国内ドナー不足から,海外ドナーを輸入して手術を行っている施設が多く2.4),国内ドナーのみの報告は少ない5).今回,筆者らは,東京大学医学部附属病院(以下,当院)において国内ドナーを用いたDSAEKを施行し1年以上経過観察可能であった症例の術後1年までの成績について〔別刷請求先〕清水公子:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学医学部付属病院眼科学教室Reprintrequests:KimikoShimizu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospital,7-3-1Hongo,Bunkyo-ku,Tokyo113-8655,JAPAN国内ドナーを用いた角膜内皮移植術の術後短期成績の検討清水公子臼井智彦天野史郎山上聡東京大学医学部附属病院眼科Short-termResultsofDescemet’sStrippingAutomatedEndothelialKeratoplastyUsingDomesticDonorCorneasKimikoShimizu,TomohikoUsui,ShiroAmanoandSatoruYamagamiDepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospital目的:国内ドナーを用いた,角膜内皮移植術(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:DSAEK)の短期成績を報告する.対象および方法:対象は,水疱性角膜症に対して東京大学医学部附属病院で国内ドナーを用いDSAEKを行い1年以上経過観察可能であった39例40眼で,原疾患,透明治癒率,視力,角膜内皮細胞密度,術後合併症について検討した.結果:患者の手術時平均年齢は72±10歳.術後1年での透明治癒率は92.5%であった.術前の平均小数視力は0.10で,術後12カ月の平均小数視力は0.70であった.術前のドナー角膜内皮細胞密度は2,597±275cells/mm2で,術後12カ月での平均内皮細胞密度は1,622±676cells/mm2,内皮細胞減少率は37%であった.合併症は,眼圧上昇が17眼(43%),.胞様黄斑浮腫が7眼(18%),移植片接着不良が4眼(10%),瞳孔ブロックが2眼(5%),内皮機能不全が2眼(5%),拒絶反応が1眼(2.5%)であった.結論:国内ドナーを用いたDSAEKの術後12カ月における術後成績は概ね良好であった.Purpose:Toinvestigatetheshort-termresultsofDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)usingdomesticdonorcorneas.SubjectsandMethods:Weretrospectivelyanalyzed40eyesof39patientswhounderwentDSAEKforbullouskeratopathyatUniversityofTokyoHospitalusingdomesticdonorcorneas.Allwereallfollowedupfor12months.Primarydisease,visualacuity,endothelialcelldensity(ECD)andpostoperativecomplicationswereinvestigated.Results:Meandecimalvisualacuityat12monthsafterDSAEKwas0.70.MeanECDofthedonorcorneasbeforeDSAEKwas2,597±275cells/mm2;ECDat12monthsafterDSAEKwas1,622±275cells/mm2(37%ECDloss).Themostcommoncomplicationwaselevatedintraocularpressure(43%).Cystoidmacularedema(18%),graftdislocation(10%),transientpupillaryblock(5%)andallograftrejection(2.5%)werealsoobserved.Conclusion:DSAEKusingdomesticcorneasyieldedsatisfactoryoutcomesin12monthsofobservation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(12):1872.1875,2014〕Keywords:DSAEK,角膜内皮移植術,水疱性角膜症,角膜内皮細胞密度,国内ドナー.Descemet’sstrippingau-tomatedendothelialkeratoplasty,endothelialkeratoplasty,bullouskeratopathy,cornealendothelialcelldensity,do-mesticdonor.(00)1872(134)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(12):1872.1875,2014cはじめに水疱性角膜症に対する外科治療として角膜内皮移植術(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplas-ty:DSAEK)が行われるようになってきている1).DSAEKは従来の全層角膜移植術(penetratingkeratoplasty)に比べ,術後の不正乱視が少なく,眼球強度も保たれ,拒絶反応も起きにくいなどのさまざまなメリットがあるため,ここ数年わが国でも急速に普及が進んでいる.DSAEKの術後成績に関してはすでに多数の報告があるが,わが国では国内ドナー不足から,海外ドナーを輸入して手術を行っている施設が多く2.4),国内ドナーのみの報告は少ない5).今回,筆者らは,東京大学医学部附属病院(以下,当院)において国内ドナーを用いたDSAEKを施行し1年以上経過観察可能であった症例の術後1年までの成績について〔別刷請求先〕清水公子:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学医学部付属病院眼科学教室Reprintrequests:KimikoShimizu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospital,7-3-1Hongo,Bunkyo-ku,Tokyo113-8655,JAPAN国内ドナーを用いた角膜内皮移植術の術後短期成績の検討清水公子臼井智彦天野史郎山上聡東京大学医学部附属病院眼科Short-termResultsofDescemet’sStrippingAutomatedEndothelialKeratoplastyUsingDomesticDonorCorneasKimikoShimizu,TomohikoUsui,ShiroAmanoandSatoruYamagamiDepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospital目的:国内ドナーを用いた,角膜内皮移植術(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:DSAEK)の短期成績を報告する.対象および方法:対象は,水疱性角膜症に対して東京大学医学部附属病院で国内ドナーを用いDSAEKを行い1年以上経過観察可能であった39例40眼で,原疾患,透明治癒率,視力,角膜内皮細胞密度,術後合併症について検討した.結果:患者の手術時平均年齢は72±10歳.術後1年での透明治癒率は92.5%であった.術前の平均小数視力は0.10で,術後12カ月の平均小数視力は0.70であった.術前のドナー角膜内皮細胞密度は2,597±275cells/mm2で,術後12カ月での平均内皮細胞密度は1,622±676cells/mm2,内皮細胞減少率は37%であった.合併症は,眼圧上昇が17眼(43%),.胞様黄斑浮腫が7眼(18%),移植片接着不良が4眼(10%),瞳孔ブロックが2眼(5%),内皮機能不全が2眼(5%),拒絶反応が1眼(2.5%)であった.結論:国内ドナーを用いたDSAEKの術後12カ月における術後成績は概ね良好であった.Purpose:Toinvestigatetheshort-termresultsofDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)usingdomesticdonorcorneas.SubjectsandMethods:Weretrospectivelyanalyzed40eyesof39patientswhounderwentDSAEKforbullouskeratopathyatUniversityofTokyoHospitalusingdomesticdonorcorneas.Allwereallfollowedupfor12months.Primarydisease,visualacuity,endothelialcelldensity(ECD)andpostoperativecomplicationswereinvestigated.Results:Meandecimalvisualacuityat12monthsafterDSAEKwas0.70.MeanECDofthedonorcorneasbeforeDSAEKwas2,597±275cells/mm2;ECDat12monthsafterDSAEKwas1,622±275cells/mm2(37%ECDloss).Themostcommoncomplicationwaselevatedintraocularpressure(43%).Cystoidmacularedema(18%),graftdislocation(10%),transientpupillaryblock(5%)andallograftrejection(2.5%)werealsoobserved.Conclusion:DSAEKusingdomesticcorneasyieldedsatisfactoryoutcomesin12monthsofobservation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(12):1872.1875,2014〕Keywords:DSAEK,角膜内皮移植術,水疱性角膜症,角膜内皮細胞密度,国内ドナー.Descemet’sstrippingau-tomatedendothelialkeratoplasty,endothelialkeratoplasty,bullouskeratopathy,cornealendothelialcelldensity,do-mesticdonor. 検討したので報告する.I対象および方法対象は2010年8月から2012年9月までに当院で国内ドナーを用いてDSAEKを行った39例40眼(男性15例15眼,女性24例25眼).末期緑内障や黄斑変性で中心視力が消失している症例,全層角膜移植後の移植片不全症例,術後観察期間が1年未満の症例13例13眼は除外した.ドナー角膜の摘出時平均年齢は65±25歳(範囲:4.98歳)であった.手術は全例耳側5mmの角膜切開創から,Businグライドと引き込み鑷子を用いる引き込み法(pull-through法)で行った.移植片はマイクロケラトームEvolutino3E(Moria社)とバロン氏真空ドナーパンチ(Katena社)で作製した.マイクロケラトームのヘッド厚は350μm,グラフト径は7.75.8.75mmを使用した.術式の内訳は,DSAEK17例17眼,Descemet膜を.離しないで移植片を接着させるnDSAEK(non-Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty)14例14眼,DSAEKと白内障同時手術が4例4眼,nDSAEKと白内障同時手術が4例4眼であった.術後はリン酸ベタメタゾン4mgを3日間点滴し,その後プレドニゾロンを30mg,20mg,5mgと漸減しながら,それぞれ3日間ずつ投与した.術後点眼は,単独手術のDSAEKとnDSAEKではレボフロキサシンとリン酸ベタメタゾンを1日6回,白内障同時手術の場合は,これにブロムフェナクナトリウムを1日2回投与した.原疾患,術後12カ月までの矯正logMAR視力,角膜内皮細胞密度,術後合併症について,診療録をもとにレトロスペクティブに検討した.合併症の黄斑浮腫の診断は,光干渉断層計を用い,角膜所見に比し術後視力の改善が不十分と判断した症例に対して行った.数値は平均値±標準偏差で記載した.統計学的解析は,2群間の検討にはMann-Whitney’sU-0.2test,相関の検討にはPearson’schi-squaretestを用いた.すべての検定でp<0.05を統計学的に有意とした.II結果1.患者背景患者の手術時平均年齢は72±10歳(平均値±標準偏差,範囲:46.88歳)であった.Fuchs角膜内皮ジストロフィが10例11眼(28%),白内障術後が7例7眼(18%),レーザー虹彩切開術後が4例4眼(10%),DSAEK後の移植片不全が3例3眼(7.5%),虹彩炎後が3例3眼(7.5%),線維柱帯切除後が3例3眼(7.5%)で,その他9例9眼(23%)であった.2.角膜透明治癒率術後1年での透明治癒が得られたのは,40眼中37眼(92.5%)であった.透明化が得られなかった3眼のうち,1眼は術後2カ月後に拒絶反応を起こし,他院で再度DSAEKを行った.残り2眼は内皮機能不全となり,うち1眼はサイトメガロウイルス感染症が原因であり,感染症が落ち着いたら再手術を検討している.3.視力術前の平均logMAR視力は0.99±0.4(平均小数視力:0.10)であった.術後1カ月の平均logMAR値は0.40±0.3(平均小数視力:0.40),術後3カ月は0.24±0.2(平均小数視力:0.60),術後6カ月は0.21±0.2(平均小数視力:0.61)術後12カ月は0.16±0.2(平均小数視力:0.70)であった.(,)術前と比較し,術後1,3,6,12カ月で有意な改善を認めた(図1,2).術後12カ月において,矯正視力0.5以上を占める割合は90%,同様に0.8以上は48%,1.0以上は20%であった.4.角膜内皮細胞密度術前のドナー角膜内皮細胞密度は2,597±275cells/mm2であった.術後1,3,6,12カ月での平均内皮細胞密度はlogMAR00.20.40.60.811.21.4****最終視力(小数視力)10.10.011.6術前術後術後術後術後1カ月3カ月6カ月12カ月術前視力(小数視力)図1術前,術後の平均矯正視力図2術前と最終観察時の矯正視力術前と比較し,術後1,3,6,12カ月で有意に改善を認2眼を除き,38眼で術後の視力向上が得られた.めた.*p<0.05.(135)あたらしい眼科Vol.31,No.12,201418730.010.11 それぞれ,2,011±657cells/mm2(n=25),1,799±604cells/mm2(n=29),1,716±657cells/mm2(n=32),1,622±676cells/mm2(n=37)と,術前と比較し,術後1,3,6,12カ月で有意に減少を認めた.内皮細胞減少率は1,3,6,12カ月でそれぞれ,22%,30%,34%,37%であった(図3).5.術後合併症眼圧上昇(瞳孔ブロック以外で,経過中21mmHgを超えた症例)を17眼(43%)に認めた.また,.胞様黄斑浮腫が7眼(18%),移植片接着不良が4眼(10%),瞳孔ブロックが2眼(5%),内皮機能不全が2眼(5%),拒絶反応が1眼(2.5%)であった.駆逐性出血,眼内炎は認めなかった.眼圧上昇は,術翌日から術後10カ月目までに認めた.眼圧上昇をきたした17眼中5眼は無治療で眼圧が正常化したが,11眼は点眼もしくは内服の薬物治療を行い,1眼は線維柱帯切除術を施行した.術前より緑内障は9眼あり,そのうち4眼(44%)に術後高眼圧を認めた.術後1年経過した最終観察時ではすべての症例で眼圧は正常化した..胞様黄斑浮腫は,7眼中6眼はDSAEK単独手術を施行したもので,1眼はDSAEKに白内障同時手術を行ったものであった.全例非ステロイド性抗炎症薬点眼もしくは,トリアムシノロンアセトニドTenon.下注射にて消失した.移植片接着不良眼の内訳は,白内障術後による水疱性角膜症が2眼,Fuchs角膜内皮ジストロフィが1眼,線維柱帯切除術の術後水疱性角膜症が1眼であった.4眼中3眼は,術後前房内空気再注入により接着が得られた.残る1眼は水晶体.内摘出術後眼で,さらに移植片に縫合を追加することで最終的に接着が得られた.術式の内訳は,DSAEKが3眼,nDSAEKと白内障同時手術が1眼であった.拒絶反応は術後2カ月目に発症し,ステロイド内服とリン酸ベタメタゾン点眼の増加により改善し,小数視力0.8まで回復した.瞳孔ブロックを生じた2眼は,ともに術翌日に空気を抜くことで解除可能であった.内皮機能不全となった2眼のうち1眼は,経過中に2回内皮炎を発症,前房水のポリメラーゼ連鎖反応法よりサイトメガロウイルスが検出され,術後約1年で内皮機能不全となった.III考按今回術後12カ月目の平均logMAR値は0.16±0.2(平均小数視力:0.7)であった.他施設の報告でも0.29.0.08(平均小数視力:0.51.0.83)であり3,6,7),既報とほぼ同等の結果であった.初診時と最終観察時の矯正視力を比較すると,術前より視力低下を認めたのは1眼のみであった.この症例はFuchs角膜内皮ジストロフィで,術前小数視力0.9であり,3,5003,0002,5002,0001,5001,0005000角膜内皮細胞密度(cells/mm2)****術前術後術後術後術後1カ月3カ月6カ月12カ月図3平均角膜内皮細胞密度術後3カ月まで内皮細胞密度の減少を認め,その後の減少は緩やかであった.術前と比較し,術後1,3,6,12カ月で有意に減少を認めた(術前ドナーn=40,術後1カ月n=25,術後3カ月n=29,術後6カ月n=32,術後12カ月n=37).*p<0.05.術中・術後とも問題なく,経過良好だが術後12カ月の矯正小数視力は0.8であった.術後12カ月において,矯正視力0.5以上を占める割合は90%,0.8以上は48%,1.0以上は20%であり,これは海外の報告と比べても遜色のない成績であった7).DSAEK術後は時間がたつほど視力の向上がみられることが近年報告されており7),今回も術後経過とともに平均視力の改善がみられた.今後さらに長期視力の成績も注目する必要がある.日本で海外ドナー角膜を用いた既報によれば,術前ドナー角膜内皮細胞密度は2,905.2,946cells/mm2,術後12カ月は1,919.2,064cells/mm2と報告されている2,3).米国で自国のドナー角膜を用いた既報によれば,術前ドナー角膜内皮細胞密度は2,778.3,100cells/mm2,術後12カ月は1,743.1,990cells/mm2と報告されている6,8.10).筆者らの結果では,術前ドナー角膜の内皮細胞密度は2,597cells/mm2,術後12カ月は1,622cells/mm2と,術前および術後12カ月とも既報に比較し少なかった.一方,内皮細胞密度の減少率は,プレカットされていない海外ドナーを用いた施設では,術後12カ月で36.38%と報告しており8,10),筆者らの術後12カ月の内皮細胞密度の減少率の37%とほぼ同等であった.既報における海外および輸入角膜の平均ドナー年齢が44.59歳であるのに対し2,6,8,10),今回,筆者らが用いた平均ドナー年齢は65歳と高かった.筆者らが用いた国内ドナーはドナー年齢が高く,角膜内皮細胞密度は少ない傾向であるが,角膜内皮細胞減少率は既報と大きな違いはなかった.しかし,Priceらは,術後6カ月の内皮細胞密度はドナー年齢が高いほど少なくなると報告しており8),80歳以上の高齢者ドナーも少なくないわが国では,DSAEK術後の角膜内皮細胞密度については,さらに注意深く評価していく必要があると考えられた.今回の結果では,術後眼圧21mmHgを超えた症例が43(136) %(17眼)であり,点眼および手術を要したのは全体の30%(12眼)であった.眼圧上昇した症例のうち29%(5眼)は経過からステロイドレスポンダーが疑われた.既報では眼圧上昇は5.8.17.5%とあるが4,10,11),既報により基準が異なるため,単純に比較し多いとはいえない.ただしDSAEK術後の合併症の頻度としては高く,眼圧上昇には注意する必要がある.筆者らの施設では.胞様黄斑浮腫を7眼(18%)に認め,0.5%とする既報と比較して多かった4,7,13).7眼のうち6眼はDSAEK単独手術後の症例であり,非ステロイド性抗炎症薬の点眼はしていなかった.また,5眼は術後2カ月以内に認めた.DSAEK術後の視力不良例では.胞様黄斑浮腫に注意し,光干渉断層計(OCT)などを用い積極的に精査する必要があると考えられる.また,今回の結果から白内障手術を併用しない単独手術であっても,DSAEK術後では非ステロイド性抗炎症薬の投与を考慮すべきであると筆者らは考えている.今回の検討では術後拒絶反応の発症は1眼(2.5%)のみで,5.2.17.6%とする既報に比べて低かった10,13).当院では全層角膜移植に準じて術後ステロイドの全身投与を実施していることに加え,術後1年では多くの症例でベタメタゾン点眼を継続使用していることも,拒絶反応発生が比較的低く抑えられている原因となっている可能性が考えられた.今回,筆者らは,国内ドナーを用いたDSAEKの術後成績を報告した.多くの症例で術後早期より視力の向上が得られた.拒絶反応は従来の報告どおり低く,感染症や駆逐性出血などの大きな合併症は認めなかった.海外ドナーを用いた他施設での報告と比べ,術後角膜内皮細胞数は少なかったものの,術後視力や内皮細胞密度の減少率は同等で,水疱性角膜症に対する治療として国内ドナーを用いたDSAEKは有用と考えられた.今後はより長期の検討を行うことで,国内ドナーを用いたDSAEKの術後経過を明らかにしていきたい.文献1)PriceFWJr,PriceMO:Descemet’sstrippingwithendothelialkeratoplastyin50eyes:arefractiveneutralcornealtransplant.JRefractSurg21:339-345,20052)中川紘子,稲富勉,稗田牧ほか:Descemet’sStrippingAutomatedEndothelialKeratoplasty術後における角膜内皮細胞密度の変化と影響因子の検討.あたらしい眼科28:715-718,20113)MasakiT,KobayashiA,YokogawaHetal:Clinicalevaluationofnon-Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty.JpnJOphthalmol56:203-207,20124)HirayamaM,YamaguchiT,SatakeYetal:SurgicaloutcomeofDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplastyforbullouskeratopathysecondarytoargonlaseriridotomy.GraefesArchClinExpOphthalmol250:10431050,20125)KobayashiA,YokogawaH,SugiyamaK:No-touchtechniqueandanewdonoradjusterforDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty.CaseRepOphthalmol3:214-220,20126)TerryMA,ShamieN,ChenESetal:PrecuttissueforDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty.Ophthalmology116:248-256,20097)LiJY,TerryMA,GosheJetal:Three-yearvisualacuityoutcomesafterDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty.Ophthalmology119:1126-1129,20128)PriceMO,PriceFWJr:Endothelialcelllossafterdescemetstrippingwithendothelialkeratoplastyinfluencingfactorsand2-yeartrend.Ophthalmology115:857-865,20089)TerryMA,ChenES,ShamieNetal:EndothelialcelllossafterDescemet’sstrippingendothelialkeratoplastyinalargeprospectiveseries.Ophthalmology115:488-496,200810)PriceMO,GorovoyM,BenetzBAetal:Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplastyoutcomescomparedwithpenetratingkeratoplastyfromtheCorneaDonorStudy.Ophthalmology117:438-444,201011)SaethreM,DrolsumL:TheroleofpostoperativepositioningafterDSAEKinpreventinggraftdislocation.ActaOphthalmol92:77-81,201412)SuhLH,YooSH,DeobhaktaAetal:ComplicationsofDescemet’sstrippingwithautomatedendothelialkeratoplasty:surveyof118eyesatOneInstitute.Ophthalmology115:1517-24,200813)KoenigSB,CovertDJ,DuppsWJJretal:Visualacuity,refractiveerror,andendothelialcelldensitysixmonthsafterDescemetstrippingandautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK).Cornea26:670-674,2007***(137)あたらしい眼科Vol.31,No.12,20141875