特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1133.1137,2015特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1133.1137,2015抗VEGF薬開発の今後DevelopmentofNewAnti-VEGFDrugs大島裕司*はじめに網膜疾患の治療は,2000年に入り大きな変遷をとげた.わが国では,2003年に滲出型加齢黄斑変性(agerelatedmaculardegeneration:AMD)に対するベルテポルフィンを用いた光線力学療法が開始され,最初の変革が起きた.その後,2007年頃にオフラベルであるが,ベバシズマブが滲出型AMDに対して使用されるようになった.2008年にはペガプタニブが,2009年にはラニビズマブが滲出型AMDに対して認可され,視力維持のみならず今までなしえなかった視力改善も認められるようになり,抗VEGF療法の時代に入った.2012年にはアフリベルセプトが登場し,滲出型AMDに対して認可された.その後,適応疾患が拡大し,現在(2015年5月時点)では,近視性脈絡膜新生血管,網膜静脈閉塞症,糖尿病黄斑症(diabeticmuclaredema:DME)に抗VEGF薬が使用されている.疾患により違いもあるが,抗VEGF薬は繰り返し投与が必要であり,多数回の投与を受けている患者も少なくない.そのため経済的問題や副作用,合併症の発症頻度が危惧されている.その問題を少しでも解消するために,投与回数を減らすことを可能にする新たなる薬剤,併用剤の開発が待たれるところである.また,現在用いられている抗VEGF薬の効果が良好であることはよく知られており,治療のスタンダードとなっているが今後これらの効果を超えるためには,さらに効果が強いもの,ターゲットとする標的分子が異なるものなどを目標として開発が進むことが予想される.さらに,現在は硝子体注射が主流であるが,そのほかの投与方法も考慮した薬剤の開発も進んでいる.本稿では,今後の抗VEGF治療にかかわる薬剤として注目されるものについて紹介するが,現在開発中の薬剤(表1)も多いため,データに関しては許容範囲内での紹介となることをお許しいただきたい.IVEGFをターゲットとした新しい抗VEGF薬1.AbiciparPegol(MP0112)AbiciparPegolは,VEGF-Aを標的とするPEG化合成蛋白製剤(34kDa)であり,基本構造は既存の蛋白製剤とは異なるアンキリン反復蛋白質(designedankyrinrepeatproteins:DARPin)である1).アンキリン反復(ankyrinrepeat:AR)は細胞核よび細胞内外で働く多くの蛋白質に保存され,さまざまな環境において蛋白質間相互作用を媒介することが知られている.DARPinはこのARにおいて分子表面に露出する領域にランダム配列を挿入することで,種々の蛋白質と高い親和性を獲得した新規蛋白質である.DARPinは抗体と比べて分子量が小さく,より高率に標的分子に結合することが期待されている.AbiciparPegolは,VEGF-Aのさまざまなアイソフォームに対して高い親和性を有し,硝子体投与にて臨床試験が行われている.海外ではAMDに対する第II相臨床試験が終了しているが,試験の結果は現時点では公式に*YujiOshima:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕大島裕司:〒812-8582福岡県福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(67)1133表1開発中薬剤の一覧名称ターゲット特徴AbiciparPegol(MP0112)VEGFDesignedankyrinrepeatproteins(DARPins)RTH258(ESBA1008)VEGFヒト化1本鎖抗体(scFV)断片Conbercept(KH902)VEGF-A,B,PlGFVEGFR-1,VEGFR-2融合蛋白PazopanibVEGF,PDGFRs,c-Kitチロシンキナーゼ阻害薬RegorafenibVEGF,PDGF,FGFチロシンキナーゼ阻害薬PAN-90806VEGFR-2,FGF,TIE-2チロシンキナーゼ阻害薬rAAV.sFLT-1VEGFsFLT発現アデノ随伴ウイルスベクターAAV2.sFLT01VEGFsFLT発現アデノ随伴ウイルスベクターFovista(E10030)PDGFアプタマー製剤PF-04523655RTP801/REDD1siRNASqualamineAnti-angiogenicアミノステロールVEGF:vascularendothelialgrowthfactor,血管内皮増殖因子PlGF:placentalgrowthfactor,胎盤成長因子PDGFR:platelet-derivedgrowthfactorreceptor,血小板由来成長因子受容体FGF:fibroblastgrowthfactor,線維芽細胞増殖因子は発表されていない.以前に欧州で行われた第I/II相臨床試験は,無治療のAMD患者を対象に安全性と効果が検討した.32名の対象患者は,AbiciparPegol0.04mg.3.6mgを1回硝子体投与され,その後16週まで経過観察された.その結果によると1.0mgおよび2mg投与では有意に中心窩網膜厚の改善と蛍光眼底造影による蛍光漏出の減少が認められた.しかし,高濃度になると有害事象として眼内炎が認められた(32人中11人)ため,さらなる検討が必要であると結論づけている2).前述の海外での第II相試験は今後結果が発表される予定である(ClinicalTrialsgovnumber,NCT02181517).現在,わが国でも第II相臨床試験が行われている(ClinicalTrialsgovnumber,NCT02181504).2.RTH258(ESBA1008)RTH258(ESBA1008)はVEGF-Aを阻害する分子量約26kDaのヒト化1本鎖抗体(scFV)断片である.RTH258はアフリベルセプトと同程度のVEGF親和性およびレセプター結合阻害作用を有する.RTH258はFC領域をもたず,分子量が小さい.そのため臨床用量でアフリベルセプトの11.13倍,ラニビズマブの22倍高いモル濃度で使用することが可能であり,その効果が期待されている.海外においてAMDに対する第II相臨床試験が終了し1134あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015ている(OSPREYtrial).この試験はRTH258,6mgの効果を検討する目的で対照薬としてアフリベルセプト2mgを用い,89症例を対象として行われた.主要評価項目は12週での効果比較である.両群とも0,4,8,16,24,32週に薬剤を硝子体内投与し,32週以降,RTH258群は44週目,アフリベルセプト群は40,48週目に追加投与が行われ,56週まで経過観察されている.主要評価項目の12週ではアフリベルセプトに対するRTH258の非劣性が示され,8週間隔治療期間でのレスキュー治療の頻度はRTH258群のほうが少なかったと報告している3).詳細な公式データは今後明らかになると思われる.この結果を踏まえ,今後わが国も参加する国際共同の第III相臨床試験が予定されている.3.Conbercept(KH902)Conberceptは,VEGFR-1とVEGFR-2の細胞外ドメインとIgGのFcを融合させた融合蛋白で,VEGF-Aのみならず,VEGF-B,胎盤成長因子(placentalgrowthfactor:PlGF)を阻害する.アフリベルセプトと似ているが,その構造はVEGFR-2の別の細胞外ドメインをももちあわせていることが異なる.アフリベルセプトに比べて分子量がやや大きく,半減期がやや長いといわれている4).中国において第II/III相試験が行われ終了している.(68)あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151135(69)3.PAN.90806PAN-90806は,VEGFR2,線維芽細胞増殖因子(fibroblastgrowthfactor:FGF)-13,TIE-2や他のプロアンジオジェニックファクターを抑制する小分子である.この薬剤は点眼薬として開発され,現在米国でAMDに対して第I相臨床試験が行われている(ClinicalTrialsgovnumber,NCT02022540)7).III遺伝子治療1.rAAV.sFLT.1rAAV.sFLT-1はアデノ随伴ウイルス(adeno-associatedvirus:AAV)ベクターで,sFLT-1を導入細胞から発現させる.sFLT-1はVEGFに結合し,その作用を阻害する可溶性受容体である.この治療は,sFLT-1を発現する遺伝子を眼内に導入し,VEGFを阻害する遺伝子治療である.rAAVは今までにも眼内への遺伝子治療に用いられた経緯があり,免疫原性およびウイルスの病原性が低く,比較的長期に遺伝子発現を可能とする利点が知られている.AMDに対する第I相臨床試験の1年経過が報告されている8).対象症例には導入期としてラニビズマブを2回硝子体投与後にrAAV.sFLT-1を網膜下に投与した(既治療症例を含む).治療開始後1年で全身的,局所的安全性が確認され,視力低下,眼圧上昇,網膜.離などの有害事象は認められなかった.全例で滲出性変化は消失し,ETDRS視力はベースライン41.8文字から49.3文字に改善した.また,ウイルスベクター導入後,6症例のうち追加ラニビズマブ治療が必要だったのはわずかに2回であった.このことより,rAAV.sFLT-1は滲出型AMDに対する安全性と有効性が認められた.とくに抗VEGF薬の追加投与回数を減らすことを可能とすることが示された8).2.AAV2.sFLT01AAV2.sFLT01は上述のrAAV.sFLT-1と構造が似たAAVベクターを用いた遺伝子治療である.導入された細胞から可溶性VEGF受容体,sFLT01を発現させ,VEGFを抑制する.現在,米国でAMDを対象に第I相臨床試験が行われており,安全性と有効性を検討中であそのうち,AMDを対象とした第II相臨床試験(AURORAstudy)では,122症例を対象に,conbercept0.5mgと2mg群で連続3回の硝子体内投与による導入期後,monthly固定投与もしくはPRN投与群で比較検討された.主要評価項目である連続3回投与後の視力変化量は0.5mg群,2.0mg群それぞれ8.97文字,10.43文字であり,両群間に差は認められなかった.副次的評価項目である1年後の視力変化にも固定投与群とPRN群間に差は認められなかった5).現時点では中国でのみ臨床試験が行われている.II点眼剤の開発1.PazopanibPazopanibはチロシンキナーゼ阻害薬で,血管新生を抑制する.わが国では,経口剤が腎細胞癌および悪性軟部腫瘍の治療に認可されている.チロシンキナーゼを阻害するため,VEGF受容体のシグナル伝達を抑制するのみならず,血小板由来成長因子(platelet-derivedgrowthfactor:PDGF)受容体(PDGFR)を阻害する.PazopanibはVEGFR-2やPDGFRを抑制するため,現存の抗VEGF薬に付加的に使用することで,抗VEGF作用をさらに強力にすることを期待され,点眼薬が開発された.その臨床第I相試験として用量漸増試験が行われ,IIb相としてAMD患者を対象にラニビズマブ治療との相乗試験が試みられた.しかし,Pazopanib点眼を併用してもラニブズマブ治療の頻度を減少させることはできなかった6).その後引き続いての第II相や第III相臨床試験は施行されていないようである.2.RegorafenibRegorafenibは,血管新生にかかわる受容体型チロシンキナーゼ(VEGFR-13,TIE-2)や腫瘍の増殖に関与する受容体型チロシンキナーゼに対する阻害作用をもつマルチキナーゼ阻害薬である.わが国では経口剤が結腸・直腸癌の治療に認可されている.Regorafenibの抗血管新生作用を期待して,点眼薬が開発されている.現在海外にて,AMD患者を対象に第II相臨床試験が行われている(ClinicalTrialsgovnumber,NCT02222207)7).1136あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(70)ている.海外においてPFを用いた第I相および第II相臨床試験がAMDおよびDMEに対して行われている11.13).AMDを対象とした第II相臨床試験(MONETstudy)では,151例の症例を5群に分けて検討している.ベースラインですべての症例はラニビズマブ硝子体注射が行われ,その後PF1mgもしくは3mgを4週ごとに12週まで投与した2群とPF3mgを2週間ごとに投与した群,PF1mgとラニビズマブを4週ごとに投与した群,ラニビズマブを4週ごとに投与した群で16週での視力改善を主要評価項目として検討した.PF1mgとラニビズマブを同時に投与した群はラニビズマブ単独群よりより良好な視力改善が得られたが,統計学的には有意ではなく,PF単独群はラニビズマブ単独よりも視力改善は劣る結果であった13).DMEを対象とした試験(DEGASstudy)では,光凝固治療を受けた群(レーザー群)と,0.4mg,1mg,3mgのPF硝子体投与群とで,12カ月後の視力改善を主要評価項目に検討された.薬剤投与は6カ月間毎月固定投与され,その後はPRN投与された.PF3mg群はベースラインに比して12カ月後の視力が良好であり,またレーザー群より良好な視力改善が得られた.このことよりDMEに対する新しい治療法の一つになるのではないかと期待されている12).3.SqualamineSqualamineはアブラツノザメの肝から抽出されたアミノステロールで,強力な抗菌作用と抗血管新生作用を有する.その抗血管新生作用はVEGFとインテグリンの作用を細胞内カルモジュリンに結合することで阻害する.動物を用いた酸素負荷網膜症や脈絡膜新生血管モデルにおいて,squalamineは血管新生を抑制することが報告されている14).海外にてAMDに対し第I/II相臨床試験が行われ,その安全性と効果が検討された.Squalamineの静脈内投与を週1回,4週間行い,投与開始後16週での視力を検討した.この試験では26%の症例で3段階以上の視力改善が得られたと報告されている15).Squalamineは点眼薬が開発され,現在は0.2%squalamine点眼液を用いた第II相臨床試験が,海外にて無治療のAMD患者る.投与方法は硝子体内投与で行われている7).現在,試験進行中のため,結果はまだ明らかになっていない(ClinicalTrialsgovnumber,NCT01024998).IVVEGF以外をターゲットとした治療戦略1.Fovista(E10030)Fovistaは血小板由来成長因子(platelet-derivedgrowthfactor:PDGF)を阻害するアプタマー製剤である.PDGFはおもに間葉系細胞の遊走や増殖に関与する増殖因子である.PDGFにはPDGF-A.Dまでの4種類が存在するが,ホモあるいはヘテロ2量体構造をとり,3種類のアイソフォーム(PDGF-AA,AB,BB)を有している.なかでもPDGF-BBの受容体であるPDGFRは血管周皮細胞に発現しており,血管の安定化,成熟化に大きく関与している.VEGFは血管内皮細胞に作用して新生血管,血管透過性亢進に大きく関与し,おもに未熟血管に作用する.そこで,VEGFと同時にPDGFを阻害すれば,未熟新生血管のみならず,成熟した新生血管をも退縮させる可能性が期待され,動物モデルにおいてはその効果が報告されている9).Fovistaをラニビズマブと併用した第I相.II相の臨床試験が海外にて行われている.第II相試験では,Fovista0.3mgもしくは1.5mgとラニビズマブ0.5mgの併用群,もしくはラニビズマブ単独硝子体注射が行われた.その結果,Fovista1.5mg併用群では,ラニビズマブ単独群に比して62%良好な視力が得られた10).このことより既存の抗VEGF治療にFovistaを組み合わせることで,さらなる治療効果が期待されている.現在,海外にて第III相臨床試験が行われている.2.PF.04523655PF-04523655(PF)は,siRNAと呼ばれる小塩基対(19塩基対)からなる低分子2本鎖RNAである.siRNAはRNA干渉に関与し,mRNAの特異的配列を阻害する.これにより遺伝子をノックダウンできるため臨床応用が試みられている.PFは,低酸素によって発現する遺伝子(低酸素誘導遺伝子)RTP801の発現を抑制する.これによりVEGFの発現を抑制し,また血管内皮細胞のVEGFに対する反応を抑制すると考えられ