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体内時計概論

2014年2月28日 金曜日

特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):191.198,2014特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):191.198,2014体内時計概論IntroductiontotheBiologicalClock中村孝博*中村渉**はじめに“西洋医学の父”と称されるHippocratesは,今から約2400年前に「規則性は健康の兆候であり,不規則な身体機能や不規則な習慣は不健康状態をつのらせる」と述べ,人間の生活における規則性にふれることで健康の維持に生体リズムが重要なことを指摘していた.私たちの生活にも根づいた生体の周期性は,その重要性からすると,人類の歴史においてあまりに知られていない時期が長かったといわざるを得ない.歴史を紐解くと,古代のHippocratesに始まり,その後は,近世に至るまで生体リズムは主として,地球,月,太陽の動きに操られて動くと信じられるのみで,生体内に固有の時計があることは,近代まで知られていなかった.フランスの天文学者・deMarianが1729年になって生体リズムを初めて学問としてとらえた.彼は,昼夜で変化するオジギソウの葉の開閉に着目し,オジギソウを常に暗闇に置いても,葉の開閉がみられることを発見し,オジギソウの中に固有の時計があることを示した.それから230年の間,この研究成果はほとんど世間に知られることはなかったのである.1950年代に入り,“リズム研究の父”と称されるPittendrighやAschoffのハエやヒトの研究に導かれ,生体リズムのなかでも特に約1日のリズムに関する研究が盛んになった.1960年には,米国ニューヨーク州のコールド・スプリング・ハーバーで生物時計の定義を検討する初めての大きなシンポジウムが開かれ,「サーカディアン(概日)リズム」という言葉が生まれた.1970年代に入り,哺乳類の概日リズムを駆動する概日時計中枢は視床下部・視交叉上核(SCN)に存在することがわかり,神経・内分泌生理学的理解が深まった.1997年に,日本のグループによって哺乳類の時計遺伝子が発見され1),その後の十数年間で生体リズムに関する研究が急速に発展した.現在では,分子・細胞レベルでの研究が大きく前進し,約24時間を生みだす分子機構の解明が進んでいる.最近では,このリズムを生み出す分子機構と病気を生み出す分子機構のクロストークを示す報告が相次いでいる.Hippocratesが2400年も前に記した生体の規則性の重要性を再確認するかのように,リズムの乱れが病気を引き起こすことがごく最近になって実証されている.本稿では,最新の知見を交えながら体内時計,特に概日時計の基礎について概説する.I日内リズムと概日リズム1.ヒトにおける生体機能の日内変動ヒトの多くの生体機能には日内変動があり,それぞれ最大限に機能が発揮される時刻が決まっている(図1).機能の時間変動は合目的で,生理機能の最適化と生活の効率化を図る.起床前の副腎皮質ホルモン(コルチゾール)の急激な上昇により,われわれは眠りから覚めた直後から活動できるように身体の態勢が整えられる.睡眠時における副交感神経優位の状態から交感神経優位に傾き活動的な一日が送れるようになるのである.*TakahiroNakamura:帝京平成大学薬学部薬学科**WataruNakamura:大阪大学大学院歯学研究科口腔時間生物学研究室〔別刷請求先〕中村孝博:〒164-8530東京都中野区中野4-21-2帝京平成大学薬学部薬学科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(31)191 尿量心拍数体温血圧小腸運動赤血球肝血流量コルチゾールアルドステロンコレステロール合成リンパ球メラトニン成長ホルモン陣痛ヒスタミン反応尿量心拍数体温血圧小腸運動赤血球肝血流量コルチゾールアルドステロンコレステロール合成リンパ球メラトニン成長ホルモン陣痛ヒスタミン反応図1生体機能の日内変動文献を参考にヒトの日内変動をもつ生体機能についてまとめた.24時間時計の周りに生理機能のおおよそのピーク時刻を示している.内分泌系機能,特に,脳・視床下部に起因するホルモンの分泌は夜寝ている時間帯が活発になる.「寝る子は育つ」とは生体リズムをうまく表現した慣用句であり,図1に示されているように成長ホルモンの血中濃度は夜中の2.4時頃にピークを迎える.その時間帯は本来睡眠を取るべき時間帯で,睡眠を取らないとタイミングが乱れ,成長ホルモンが正しく分泌されないのである.一方,循環器系機能は起床時における交感神経活動の活発化に対応して機能が亢進し,夕方に血圧や心拍数のピークを迎える.循環器系疾患の発作は起床直後,もしくは夕方に多いことが知られており,これらの循環器機能の日内変動に起因する.コルチゾールレベルや体温は明瞭な日内変動を示し,血中メラトニンレベルは体内時計の動態を直接反映することから,ヒトの生体リズムを研究するうえでの重要な指標として用いられている.2.内因性リズム図1に示した生体機能のなかには,日内変動もしくは日内リズムとよばれるにすぎず,概日リズムと定義されないリズムも含まれる.生体固有の時計によりそのリズムが形成されるかは,昼夜で変化する気温や湿度などの環境因子や社会スケジュールを排除して測定され,リズムが観察されなければならない.生体機能が環境の周期的変動に反応した結果生じるリズムを外因性リズムといい,外的要因を一定に維持した状態でも生じるリズムを192あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014内因性リズムという.3.ヒトの概日リズム周期ヒトにおいて,そのリズムが内因性リズムであるということを証明するためには,外的要因を排除した環境でリズムを観察する必要がある.古典的には,洞窟(鍾乳洞)や防空壕を利用した,時刻情報がなくかつ昼夜に環境(気温,湿度,騒音,光など)が変化しない部屋で被験者に一定期間生活してもらい,その睡眠リズムや体温リズムを測定していた.ヒトを一定環境下に置くと,睡眠や体温は1日のリズムを持続するが,厳密には24時間からやや異なる周期を示す.ヒトを対象とした実験では,動物実験のように漆黒の闇の中で数日間にわたり内因性リズムを測定するのは不可能である.古典的方法では被験者が自由に照明をON/OFFする方法が取られていたが,この方法で得られたヒトのリズム周期は平均25.00時間であり,24時間より1時間も長い周期が認められた2).しかしながら,被験者が自由に照明をON/OFFする方法は,はたして生物学的に正しいリズム周期を求めることができるのであろうか.後述するように,光入力の変化はリズム位相を前進させたり後退させたりする.夜,眠りにつく前に浴びた光は位相を後退させ,それが継続するとリズム周期自体が延長する可能性がある.そこで,Czeislerらは被験者に概日時計が同調できない28時間周期の生活を約1カ月間続けてもらい(強制脱同調),ホルモンや体温リズムを測定し,光を含めた外的環境因子の影響を排除する方法でヒトのリズム周期を計測した3).その結果,1日28時間で生活していたにもかかわらず,生理機能(体温,血中メラトニン・コルチゾールレベル)のリズム周期は平均して24時間11分であった.この結果からヒトのリズム周期は24時間より確かに長いことが明らかとなったが,生理機能の周期は古典的方法で得た結果よりも短く,より24時間に近いことが示された.Czeislerらの結果は,ヒトが古くに獲得し今も持ち続けている生物学的な概日リズム周期を反映し,古典的な方法で得られた結果は,光のON/OFFを自由に操ることができる現代社会の生活習慣によって引き起こされた周期を反映しているのであろう(32) 010203040時間(時)02448明暗条件恒常暗リズム位相変位(時間)60-6①後退②前進③変位なし概日時刻(時)06121824①②③日数5060708090図2概日リズムの特性マウスの輪回し活動(写真)のダブルプロットアクトグラム(左図)と6時間の光パルスに対する位相反応曲線(右図).①夜の前半,②夜の後半,③昼間の光パルスに対するリズム位相の変位(シフト量)をアクトグラムから読み取りグラフ化したものが位相反応曲線である.か.光に溢れる現代社会において,われわれは寝る直前まで光を浴びることによって概日時計は常に位相の後退(周期の延長)状態に置かれていると考えられる.II概日リズムの特性1.哺乳類の概日リズム図2には,マウスの自発活動リズム記録に用いられる回転輪と表示方法を示した.マウス用飼育ケージに運動用回転輪を導入し1匹ずつを個別飼育したうえで,動物が自発的に回した輪の回転数を時系列に沿って記録する方法である.測定中,エサ・水の補給は常時可能とし,人工照明により,昼(明期)と夜(暗期)を厳密にコントロールする.われわれが実験に用いるマウスは夜行性で,夜間活発に輪を回す.輪回し活動測定は数サイクル(数日)から長期では年単位で連続記録することもあり,アクトグラムとよばれる方法で表示し概日リズムの変化を容易に判定する.アクトグラムでは活発に活動する時(33)間帯が帯状に黒く表示され,夜行性マウスでは夜間に行動が集中することで視覚的に理解できる.実験的な照明環境12時間明期:12時間暗期の24時間周期で行動を測定した場合,マウスは照明が消えた直後から正確に輪回し活動を開始する.一方,照明環境を一定にし,時間的な手がかりをなくした恒常暗状態では,マウスの輪回し活動開始時刻は毎日15分間ほど早くなる.開始時刻は日々前進していくが,周期性はきわめて正確である.定常状態で継続する約24時間周期のリズムは,マウスの体内時計機構に由来する内因性リズムであり,自由継続(free-run)リズムとよぶ.自由継続リズム周期は種によって多様であり,前述したようにヒトでは24時間よりも長く,げっ歯類でも実験で用いられるラットやハムスターは24時間よりも長い周期を示す.2.行動リズムの光同調と位相変位概日リズムは24時間の環境サイクルに引き込まれるあたらしい眼科Vol.31,No.2,2014193 性質をもっており,これを同調(entrainment)とよぶ.図2に示した行動リズムの場合,光が同調因子となっているため,光同調とよばれる.光環境による24時間周期への引き込みを可能にするメカニズムとして,体内時計の時刻に依存したリズム調節機構が提唱されている.図2右下は,さまざまな時刻における光パルスの影響を示したものである.恒常暗環境下で自由継続しているマウスの活動期前半に光パルスを与えると,翌日の行動開始時刻は大きく遅れる(図中①).また,活動期後半に光パルスを与えると,以降の活動開始時刻は前に進む(図中②).活動休止期(マウス体内時計にとって主観的昼間)に同様の光パルスを付与しても,活動開始時刻に変化はない(図中③).この時刻依存的なリズムのシフトは,光の強さ,シフトの大きさなどに種差が認められるものの,基本的にヒトでも保存されている4.6).ヒトの実生活に即して考える場合,マウスの活動時間帯をヒトの睡眠時間帯と置き換えてみるとよいかもしれない.マウス活動期(夜間)前半の光パルスは睡眠開始時期にウトウトしかけたところでパッと明かりがつけられたようなものである.おそらくせっかく眠りにつこうとしていても目が冴えてしまい,翌朝は寝坊しがちになるだろう(図中①).また,マウス活動期(夜間)後半の光パルスは,ヒトにとっては起床時刻に向けて眠りが浅くなってきた明け方に強い光にさらされるようなものである.まだもう少し眠りたいかもしれない身体を奮い立脳弓頭頂葉脳梁前頭葉松果体視交叉上核視交叉下垂体橋延髄脊髄小脳たせ一応その日は早く起きだして活動するが,やはり夜は「今朝は早かったから…」と早めに眠りにつきたくなるだろう(図中②).本来の昼間に強い光に当たっても感覚的に生理変化を実感することは少ない.時刻依存的リズムの調節機構で特筆すべきは,リズムの遅れ(位相の後退)は即日生じるが,リズム位相の前進は数日間を要することである.ヒトの場合,社会的要因を考慮する必要があるが,「夜更かしは楽で早起きはつらい」というのは体内時計に依存する普遍的な性質であろう.III概日時計のメカニズム1.概日時計中枢:視床下部・視交叉上核概日リズムを生みだす概日時計中枢は哺乳類では脳の視床下部・視交叉上核(suprachiasmaticnucleus:SCN)に存在する(図3).SCNは視神経が左右交差する視交叉の直上正中部分に第III脳室を挟んで左右一対で存在し,その大きさはマウスではケシ粒程度であり,片側で約1万個の神経細胞が非常に緊密にパッケージされた特徴的な構造をしているため所在の同定は比較的容易である.げっ歯類のSCNを実験的に破壊すると,概日行動リズムの自由継続,光同調は完全に失われる.また,遺伝的に周期の異なった胎仔SCNを体外に取り出し,別の個体に移植するとドナーSCN側の周期で活動リズムが現れることから,SCNが概日時計中枢であることに疑いの余地はない7).視交叉上核(SCN)図3哺乳類の概日時計中枢の位置左図:ヒト脳の正中矢状断面の模式図.概日時計中枢である視交叉上核(SCN)は視神経が交叉する視交叉の直上に存在する.右図:マウス脳の前額断切片の写真.SCNは視交叉の直上に第III脳室を境に左右で対をなしている.立体的には直径が0.3mm,長さが0.6mm程度の卵に羽が生えたような形をした構造である.194あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(34) 2.概日光受容概日時計を同調させる最も強力な因子は光である.この概日光受容は非視覚性光受容の一つとして視覚の光受容とは区別される.両眼を摘出したハムスターにおいて光同調が起こらないことから,哺乳類における概日光受容は眼(網膜)で行われることがわかる.視覚と概日光受容は互いに異なる光受容細胞や神経回路を用いることが明らかになっている.網膜で受容した光は,視覚の神経回路とは異なる「網膜視床下部路」とよばれるごく少数の網膜神経節細胞の軸索が網膜からSCNに投射する経路をとる.1998年に,ヒトの膝の裏において概日光受容が行われるといった論文がScience誌に掲載されたが,その後,この結果を再現できた研究はなく,哺乳類においては網膜が唯一の光受容組織であることが示されている8).網膜神経節細胞の軸索末端からは,おもに神経伝達物質であるグルタミン酸が放出されSCN細胞に情報伝達する.麻酔下マウスのSCNにガラス電極を刺入しSCNの神経発火活動を記録する実験では,網膜の光刺激は素早く単一SCN細胞の自発発火活動に変化をもたらす9).概日光受容は光受容時刻に依存する特性をもち,かつ照度や持続時間,波長に依存する.波長(色)に関しては,Takahashiらのハムスターを用いた行動リズムを指標とした検討によって,概日光受容は可視光のなかでも500nm(青.緑)付近に感受性の最大値をもつことが明らかとなっている10).しかしながら,実験動物とヒトでは概日光受容に必要な照度や持続時間は異なっており,げっ歯類では10lx程度の光を30分間照射すれば最大の位相変位が認められるが,ヒトでは感度が低いようである.本間らの検討では,ヒトの睡眠覚醒リズムはおよそ5,000lxの明暗サイクルに同調することが示されている11).3.分子時計近年の研究により,SCN細胞自体がリズムを生み出す時計をもっていることがわかってきた.その中身は十数個の時計遺伝子とよばれる遺伝子群がフィードバックループを形成しリズムを刻む(図4).具体的には,転写因子であるCLOCKとBMAL1のヘテロ複合体によっ(35)Per1/Per2Cry1/Cry2図4時計遺伝子の転写翻訳フィードバックループCLOCK-BMAL1ヘテロ複合体はPer,Cryなどの転写を促進する.転写・翻訳されたPERおよびCRY蛋白質は複合体を形成し,CLOCK-BMAL1による自身への転写促進作用を抑制する.このループが1周するのに約24時間必要であり,概日リズムを作り出している.てPer,Cry遺伝子の転写が促進され,この翻訳産物であるPERおよびCRY蛋白質が,CLOCK-BMAL1ヘテロ複合体による転写を抑制し,Per,Cry遺伝子の転写が弱まる.このように,時計遺伝子自らの転写産物が自身の遺伝子の転写を抑制するネガティブフィードバックループが存在する.このループが1周するのに約24時間かかり,概日時計の本体であると考えられている.このループを基本とする時計遺伝子の転写翻訳ループは分子時計ともよばれ,実際に,時計遺伝子欠損・変異動物では概日行動リズム周期の短縮や延長そして,無周期になる.また,特定の変異マウスでは,リズム異常だけでなく糖尿病や高血圧などの生活習慣病の症状を示すことが報告されている12,13).先にSCNが概日時計の中枢であると述べたが,最近の研究成果から,分子時計は全身のさまざまな器官・組織に存在していることがわかり,SCNにある時計は主時計もしくは中枢時計などとよばれ,その他の器官・組織の時計を末梢時計というようになった.全身の時計をオーケストラにたとえるならば,SCNは指揮者にあたり,各組織・器官に存在する時計がそれぞれの楽器の演奏者にあたる.SCNはそれぞれの器官時計をその器官の生理機構に見合った時刻に合うように指揮・統合してあたらしい眼科Vol.31,No.2,2014195 SCNSPZ神経発火頻度神経発火頻度(カウント×103/分)(カウン×104/分)1.41.21.00.80.60.45.00123456789101504.03.02.01.00123654時間(日)78910150輪回し回転数輪回し回転数(カウント/分)(カウント/分)図5InvivoMUAによるマウスSCNおよびSPZにおける神経発火活動リズムマウスの脳に慢性電極を植え込み,無拘束下でSCNおよびSPZ神経発火活動を輪回し活動リズムと同時に記録した.縦軸は1分ごとの神経発火頻度,横軸は日数を示す.それぞれの下段のグラフは輪回し活動量を示す.SCNの神経発火頻度は昼に高く,夜に低いリズムが観察され,SPZではSCNと反対位相のリズムが観察される.いるのである.指揮者が正しく指揮棒を振れないと良いアンサンブルにならないように,SCN機能低下や欠損は全身の分子時計の針を狂わせてしまう.4.リズムの神経出力さて,SCNは時刻情報をどのように出力し睡眠覚醒リズム,ホルモン分泌リズムを制御するのだろうか.電位依存性NaチャネルブロッカーであるテトロドトキシンをSCN近傍に注入する実験で,活動電位をブロックされたラットの概日行動リズムは消失した14).この結果はSCNのリズム出力系として,神経発火(活動電位)が重要であることを示すものである.筆者らは,SCNに直径100μmステンレスワイヤーを2本挿入し,自由に輪回し行動するマウスからSCNポピュレーション神経発火を記録する実験系(invivoMUA)を構築した15)(図5).SCNの神経細胞群は,行動が休息期にあたる昼間(明期)に盛んに神経発火し,照明がオフになる数十分前から徐々に発火頻度が低下して夜間は低いレベルを保った(図5上).逆に照明が点灯する約1時間前から徐々にSCNの神経発火頻度は上昇し,昼間は高い発火レベルを保った.この神経発火リズム自体は新発見ではなく,すでに夜行性のラットで30年前に報告されていて16),昼行性のリスでもSCNの神経活動は昼間に高く夜間低下するリズムを示す17).また,恒常暗条件下で行動リズムが自由継続した状態でも,マウスSCNの昼間(休息期)に活発で,夜間(活動期)に活動レベルが低下する神経発火リズムは保たれていた.SCNからの神経投射は,抑制性の出力がSCNの直上にある室傍核下帯(SPZ)を経由し,視床下部背内側核(DMH)に達し,DMHからさまざまな生体機能を司る中枢へ時刻情報が送られると提唱されている18).確かにそれを反映するようにSPZではSCN196あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(36) とは反対に,夜間(活動期)に活発で,昼間(休息期)に活動レベルが低下する顕著な神経発火リズムが認められる(図5下).しかし,ここに因果関係があるのか,単なる相関なのか,神経回路レベルの解明はまだ端緒についたばかりである.IVリズムの乱れと疾患リズムの乱れというとまず睡眠障害が思い起こされるであろう.米国ユタ州で見つかった“早寝早起き”の家系からは,時計遺伝子の一つであるPer2遺伝子の一部分に変異が見つかった19).この家系では,概日リズム睡眠障害に分類される睡眠相前進症候群が発症し,午後7時半より遅く起きていられず,朝は午前3時半頃になると目が覚めてしまう.幸いにもこの家系は代々パン屋さんを営んでいるという,これこそ遺伝子が規定した“天職”と言えるだろう.この例は極端であるが,時計遺伝子に変異がなくともわれわれは常にリズムの乱れに曝されている.医療従事者に代表される交代勤務者は,夜間の室内の光や翌朝の朝日を浴びることによってリズムの乱れが多く経験される.このような交代勤務を長く経験した女性では乳がんに罹患するリスクが1.5倍に上昇し,男性では前立腺がんに罹患するリスクが3倍に上昇するという疫学調査の結果が報告されている20,21).交代勤務者でなくても,現代社会の生活でリズムの乱れを経験することはある.仕事やレジャー目的で時差のある国へ出かけることが増え,時差ボケ(jet-lag)を経験する機会が多くなった.たまに経験する時差ボケによる体の異変は,旅の思い出や出張の証などとして軽視されがちであるが,世界を飛び回るビジネスマンにとっては本当の意味で死活問題になりうるという研究結果がマウスを使った生存率の検討で明らかになった22).この研究では,老齢マウス(約2歳)に対して飼育箱の明暗時刻を変更することによって6時間の時差ボケ状態を週に一度経験させた.その結果,リズムが前進する時差ボケを8回経験したマウスは,時差ボケを経験していない動物と比べ生存率が約半分となった.死因は不明であるが,時差ボケの繰り返し,すなわち,継続的なリズムの乱れは身体の不調を募らせ死にまで至らせる可能性があることを示している.(37)おわりにこれまで述べたように,生物は環境サイクルに対応した周期性をさまざまな生理現象のなかに示す.それらの多くは環境への適応として獲得され,環境の変化を予測する重要な働きをもつと考えられている.すなわち,生理現象に示される周期性には,それぞれ意味があり,われわれはこれらの周期性がもつ意味を適切に理解し,健康の維持や医療の進歩につなげていく必要がある.概日システムは入力(同調)系─振動体─出力系に分け表現されることがあるが,ヒトにとって光が最も強力な同調因子であることから,入力系で同調因子を受容する“眼”は概日システムにおいて最も重要な器官である.入力系での信号が変われば,振動体を介し出力も影響を受け,全身の恒常性システムの変化が起こる.現代社会の「光害」から身を守るためにも,眼科領域では「視覚機能」の保護・改善のみならず,体内時計に代表される「非視覚機能」にも注目した研究の進展が今後期待される.文献1)TeiH,OkamuraH,ShigeyoshiYetal:CircadianoscillationofamammalianhomologueoftheDrosophilaperiodgene.Nature389:512-516,19972)WeverRA(ed):TheCircadianSystemofMan.Resultsofexperimentsundertemporalisolation.Springer-Verlag,NewYork,19793)CzeislerCA,DuffyJF,ShanahanTLetal:Stability,precision,andnear-24-hourperiodofthehumancircadianpacemaker.Science284:2177-2181,19994)StHilaireMA,GooleyJJ,KhalsaSBetal:Humanphaseresponsecurvetoa1hpulseofbrightwhitelight.JPhysiol590:3035-3045,20125)MinorsDS,WaterhouseJM,Wirz-JusticeA:Ahumanphase-responsecurvetolight.NeurosciLett133:36-40,19916)HonmaK,HonmaS:Ahumanphaseresponsecurveforbrightlightpulses.JpnJPsychiatryNeurol42:167-168,19987)RalphMR,FosterRG,DavisFCetal:Transplantedsuprachiasmaticnucleusdeterminescircadianperiod.Science247:975-978,19908)WrightKPJr,CzeislerCA:Absenceofcircadianphaseresettinginresponsetobrightlightbehindtheknees.Science297:571,20029)NakamuraTJ,FujimuraK,EbiharaSetal:Lightresponseoftheneuronalfiringactivityinthesuprachiasmaticnucleusofmice.NeurosciLett371:244-248,2004あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014197 10)TakahashiJS,DeCourseyPJ,BaumanLetal:Spectralsensitivityofanovelphotoreceptivesystemmediatingentrainmentofmammaliancircadianrhythms.Nature308:186-188,198411)HonmaK,HonmaS,WadaT:Entrainmentofhumancircadianrhythmsbyartificialbrightlightcycles.Experientia43:572-574,198412)DoiM,TakahashiY,KomatsuRetal:Salt-sensitivehypertensionincircadianclock-deficientCry-nullmiceinvolvesdysregulatedadrenalHsd3b6.NatMed16:67-74,201013)MarchevaB,RamseyKM,BuhrEDetal:DisruptionoftheclockcomponentsCLOCKandBMAL1leadstohypoinsulinaemiaanddiabetes.Nature466:627-631,201014)SchwartzWJ,GrossRA,MortonMT:Thesuprachiasmaticnucleicontainatetrodotoxin-resistantcircadianpacemaker.ProcNatlAcadSciUSA84:1694-1698,198715)NakamuraW,YamazakiS,NakamuraTJetal:Invivomonitoringofcircadiantiminginfreelymovingmice.CurrBiol18:381-385,200816)InouyeST,KawamuraH:Persistenceofcircadianrhythmicityinamammalianhypothalamic“island”containingthesuprachiasmaticnucleus.ProcNatlAcadSciUSA76:5962-5966,197917)SatoT,KawamuraH:Circadianrhythmsinmultipleunitactivityinsideandoutsidethesuprachiasmaticnucleusinthediurnalchipmunk(Eutamiassibiricus).NeurosciRes1:45-52,198418)SaperCB,ScammellTE,LuJ:Hypothalamicregulationofsleepandcircadianrhythms.Nature437:1257-1263,200519)TohKL,JonesCR,HeYetal:AnhPer2phosphorylationsitemutationinfamilialadvancedsleepphasesyndrome.Science291:1040-1043,200120)SchernhammerES,LadenF,SpeizerFEetal:Rotatingnightshiftsandriskofbreastcancerinwomenparticipatinginthenurses’healthstudy.JNatlCancerInst93:1563-1568,200121)KuboT,OzasaK,MikamiKetal:Prospectivecohortstudyoftheriskofprostatecanceramongrotating-shiftworkers:findingsfromtheJapancollaborativecohortstudy.AmJEpidemiol164:549-555,200622)DavidsonAJ,SellixMT,DanielJetal:Chronicjet-lagincreasesmortalityinagedmice.CurrBiol16:R914916,2006198あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(38)

黄斑色素によるブルーライト障害の防御

2014年2月28日 金曜日

特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):183~189,2014特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):183~189,2014黄斑色素によるブルーライト障害の防御MacularPigmentProtectionAgainstBlueLightHazard尾花明*はじめに網膜は光学顕微鏡的に10層からなる構造を持つが,中心窩は網膜内層(内顆粒層から神経線維層)がなく,網膜外層の構成組織である視細胞が効率的に光を受容できる構造となっている.ブルーライトは中・長波長光に比べて網膜内層で散乱を受けやすいため,網膜内層が存在する中心窩以外では視細胞に到達するブルーライトは減弱するが,中心窩は網膜内層での散乱が起こらないので,中心窩の視細胞は強いブルーライトに晒される危険性を持つ.さらに,中心窩は錐体が密集する代謝の活発な部位で,網膜色素上皮下にリポフスチンが蓄積しやすく,視色素やリポフスチンはブルーライトを吸収して活性酸素を発生させるため,中心窩の視細胞は強い酸化ストレスに晒される.このような危険から視細胞を守るのに大きな役割を果たすのが黄斑色素である.さらに,網膜には抗酸化酵素,抗酸化栄養素,メラニン色素などの抗酸化物質が存在し,酸化ストレスから視細胞や網膜色素上皮細胞を守っている.光障害に対して,常に防御機構が勝ることで網膜の恒常性が維持されているが,さまざまな要因でこのバランスが崩れたときに網膜疾患が生じる(図1).近年,加齢黄斑変性は増加傾向を示し,特に欧米では失明原因の第一位を占め,患者のQOL(qualityoflife)と医療経済の面から大きな問題になっている.高齢化と光環境の変化を考えると今後さらに加齢黄斑変性の増加が懸念され,その予防が重要になる.黄斑色素によるブルーライト障害の防御は,予防法の一つとして注目されている.I黄斑色素が果たす防御機能1.黄斑色素の成分黄斑色素の成分は,(3R,3¢R,6¢R)-lutein(ルテイン),(3R,3¢R)-zeaxanthin(ゼアキサンチン),(3R,3¢Smeso)-zeaxanthin(メソゼアキサンチン)の3つのカロテノイドである(図2).自然界には約650種類のカロテノイドがあり,C40H56を基本構造とする.このうち,炭素と水素のみからなるものがカロテン,酸素を含むものがキサントフィルである.ルテイン,ゼアキサンチンはシクロヘキセン環に水酸基を持つキサントフィルである.ルテインとゼアキサンチンはシクロヘキセン環の二重結合の位置が異なり,共役二重結合数はルテインが10個,ゼアキサンチンは11個である.ゼアキサンチンのもう一つの立体異性体である(3S,3¢S)-zeaxanthinは網膜にはほとんど存在しない.2.黄斑色素の存在部位黄斑色素は中心窩を中心とした直径1.5~2.0mmの範囲に存在し,この部位は黄斑(maculalutea)とよばれる.生体眼ではヘモグロビンの影響であまり黄色っぽく見えないが,摘出眼でははっきりとした黄色を呈する.ちなみに,黄斑色素は霊長類に存在する.*AkiraObana:聖隷浜松病院眼科/浜松医科大学メディカルフォトニクス研究センター〔別刷請求先〕尾花明:〒430-8558浜松市中区住吉2-12-12聖隷浜松病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(23)183 光障害.視色素.リポフスチン(A2E).チトクロ-ムC.フラビン抗酸化物質.抗酸化酵素.カタラーゼ.グルタチオンペルオキシダーゼ.スーパーオキシドディスムターゼ(SOD).抗酸化栄養素.ビタミンC,E.色素.メラニン.黄斑色素活性酸素防御攻撃光障害.視色素.リポフスチン(A2E).チトクロ-ムC.フラビン抗酸化物質.抗酸化酵素.カタラーゼ.グルタチオンペルオキシダーゼ.スーパーオキシドディスムターゼ(SOD).抗酸化栄養素.ビタミンC,E.色素.メラニン.黄斑色素活性酸素防御攻撃図1光障害とその防御機構ブルーライトが視色素やリポフスチンなどに吸収されると,活性酸素が発生して網膜視細胞障害を生じるが,網膜には抗酸化酵素,抗酸化栄養素,色素などの防御機構がある.常に防御機構が勝ることで,網膜の恒常性が維持される.OHHOOHHOOHHOOHHO(3S,3¢S)(3S,3¢S)-b,b-カロテン-3,3¢-diolH1234567911131515¢13¢11¢9¢7¢6¢5¢4¢3¢2¢1¢ルテイン(3R,3¢R,6¢R)-b,e-カロテン-3,3¢-diolゼアキサンチン(3R,3¢R)-b,b-カロテン-3,3¢-diolメソゼアキサンチン(3R,3¢S)-b,b-カロテン-3,3¢-diol-ゼアキサンチン図2ルテインとゼアキサンチンの構造式ゼアキサンチンには3つの立体異性体がある.網膜には,(3R,3¢R,6¢R)-lutein(ルテイン),(3R,3¢R)-zeaxanthin(ゼアキサンチン),(3R,3¢S-meso)-zeaxanthin(メソゼアキサンチン)が存在する.組織学的には,網膜外網状層であるHenle線維層にもっとも多く,ついで内網状層に分布する(図3)1).中心窩では錐体から外顆粒層にも認められる.その他,杆体外節にも存在することが知られている.ルテイン,ゼアキサンチン,メソゼアキサンチンの割合は部位によって異なり,中心窩付近では3者がおよそ1:1:1の割合で存在し,周辺部網膜ではルテインの割合が高い.3.黄斑色素の機能黄斑色素はおもに2つの働きをもつ.a.フィルター効果ルテインとゼアキサンチンは460nmに吸収ピークをもつ(図4)2).内外網状層の黄斑色素はブルーライトを効率よく吸収し,錐体細胞に過度のブルーライトが到達しないように働く.また,網膜内でのブルーライトの散乱はグレアの原因になるが,ブルーライトが吸収されることでグレアの低減とコントラストの向上(特に,青の背景で黄色から赤のものを見るときなど)につながる.184あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(24) 内境界膜神経線維層神経節細胞層内網状層内顆粒層外網状層外顆粒層外境界膜杆体錐体層網膜色素上皮細胞層図3サル眼網膜断面(文献1より改変)上:無染色写真.黄色く見えるのが黄斑色素で,おもに外網状層と内網状層にみられる.下:トルイジンブルー染色写真.網膜は10層の層構造をなす.0.7さらに,黄斑色素密度が高いと光刺激回復時間が短縮す0.6ることが示されている3).0.5b.抗酸化作用ルテインとゼアキサンチンは一重項酸素を還元する抗光学濃度0.40.3酸化作用を持つ.消去作用には,カロテノイド自身が酸0.2化物になって分解される化学反応と,活性酸素などの物理エネルギーを共役二重結合が吸収して熱(振動)エネルギーに変換する物理的消去がある.網膜色素上皮のリポフスチンはブルーライト励起で一重項酸素を発生するが,杆体外節の細胞膜内ルテインが,この一重項酸素を消去すると考えられる(図5).II黄斑色素の形成と生理的変化1.黄斑色素の形成ルテインとゼアキサンチンは体内で合成されないので,食事から摂取されたものが網膜に蓄積する.ただし,(3R,3¢S-meso)-zeaxanthin(メソゼアキサンチン)は自然の食品中には存在せず,網膜内でおもにルテインから変換される.ルテインにはエステル体とフリー体がある.経口摂取されたルテインエステルは膵液酵素で加水分解されて遊離ルテインになる.遊離ルテインは脂肪酸ミセルを形成して,小腸上皮細胞のscavengerreceptorclassB(25)0.10400450500550波長(nm)図4黄斑色素の吸収曲線(文献2より改変)460nmに最大吸収がみられる.type1(SR-B1)を介して吸収される.脂溶性のルテインは,おもに高比重リポ蛋白(HDL)と結合して血中を輸送される5).門脈から全身に渡ったルテイン・ゼアキサンチンは,脈絡膜毛細血管からSR-B1を介して網膜色素上皮細胞内に取り込まれ,さらにinterphotoreceptorretinoidbindingprotein(IRBP)を介して視細胞に取り込まれる(図6).その後は,それぞれの特異的結合蛋白に結合して網膜内に蓄積される.ゼアキサンチンの結合蛋白はglutathioneS-transferaseP1(GSTP1),ルテインの特あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014185 PolarheadgroupQuenchingreactiveoxygenspeciesPolarheadgroupQuenchingreactiveoxygenspeciesWatersolubleZeaxanthinLutein図5細胞膜でのルテインとゼアキサンチンの配位ルテインは細胞膜表面に存在し,ゼアキサンチンは膜を貫通する形で存在する.これらが細胞表面で発生した一重項酸素やラジカルを消去すると考えられる.(ケミン提供図,文献4を改変)Surface内網状層外網状層(Henle線維層)錐体外節網膜色素上皮脈絡膜毛細血管Tublin特異的結合蛋白視細胞のレチノイド受容体;IRBPRPEのHDL受容体;SR-BI図6ルテインの網膜内取り込み経路脈絡膜毛細血管から,scavengerreceptorclassBtype1(SR-B1)を介して網膜色素上皮細胞に取り込まれた後,レチノイド受容体を介して視細胞外節から視細胞内に入り,ルテインおよびゼアキサンチンのそれぞれの特異的結合蛋白と結合し,軸索突起に集積する.(文献1より改変)異的結合蛋白はsteroidgenicacuteregulatorydomain3(StARD3)である.少量のルテインは毛様体,虹彩,水晶体にも存在する.2.黄斑色素の生理的変化出生前は母体中のルテイン,ゼアキサンチンが胎盤を介して胎児網膜に移行するが,出生時の黄斑色素密度は成人より少なく,視力の発達とともに黄斑色素密度は上昇する.成人の黄斑色素密度は個人差が大きい.その理由として,摂取量の違い以外に網膜内取り込みにおける遺伝的差異が推測される.Hammondら6)によれば,一般的にルテインサプリメント摂取後は黄斑色素が増加するが,摂取後血中濃度は上昇するが黄斑色素密度の上昇しない個体や,血中濃度すら上昇しない個体があると報告され,筆者らの研究でも同様の個人差を認めた.黄斑色素が低値となる要因を表1に示した.年齢に関しては完全なコンセンサスは得られていないが,最近は加齢により減少するとの考えが一般的である.筆者らが186あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(26) 表1黄斑色素密度が低値となる要因ルテイン・ゼアキサンチン低摂取加齢虹彩の色(淡色が少ない)人種(白人が少ない)喫煙加齢黄斑変性健常者100名に対して他覚的検査である共鳴ラマンy=-14.291x+2112r2=0.176205001,0001,5002,0002,5003,0003,500Ramanカウント20(Raman)分光法で黄斑色素密度を測定した結果でも,304050607080年齢(歳)加齢とともに低下がみられた(図7)7).しかし,共鳴ラマン分光法は白内障の影響によって見かけ上低値を示すので,その欠点を補うために白内障手術後の患者を対象に検討したところ,年齢が10歳増えると黄斑色素密度は約10%減少した8).性差は女性が少ないとの報告もあるが,いまだ不明といってよい.III黄斑色素と加齢黄斑変性1.加齢黄斑変性眼の黄斑色素摘出眼球の検討で加齢黄斑変性眼のルテイン,ゼアキ図7健常人の黄斑色素量共鳴ラマン分光法による健常成人100名の測定結果.年齢とともに低下傾向を示した.(文献7より)*<0.00011,500Ramanカウント1,000500サンチン量は健常眼の63%程度であったとの報告がある.また,黄斑色素密度の自覚的測定装置であるheterochromaticflickerphotometryを使った研究でも,加齢黄斑変性僚眼の非発症眼の色素密度が健常者より低いことが報告されている.共鳴ラマン分光法による研究でも,加齢黄斑変性眼の色素密度は健常眼より低値であった(図7)7).また,加齢黄斑変性僚眼の非発症眼の色素密度も発症眼と同程度に低値であったことから,黄斑色素密度の低値が加齢黄斑変性の進行原因か,病気の結果かは断言できないが,黄斑色素の少ない個体が病気の進行をきたしやすいのではないかと推測できる.2.ルテイン,ゼアキサンチン摂取と加齢黄斑変性Age-relatedEyeDiseaseStudy(AREDS)の調査9)では,食事アンケートからルテイン,ゼアキサンチン摂取量を判定し,ルテインおよびゼアキサンチン最高摂取群(中央値3.5mg/日)は最小摂取群(同0.7mg/日)より,滲出型加齢黄斑変性のオッズ比が0.65,萎縮型加齢黄斑変性のオッズ比が0.45であったと報告している.AREDS1試験では,抗酸化ビタミン(ビタミンE,ビタ(27)0健常者患者早期晩期60歳以上正常眼黄斑症黄斑症(n=20)(n=13)(n=81)(n=86)図8加齢黄斑症患者の黄斑色素量共鳴ラマン分光法による測定結果.60歳以上の健常人に比べて,一眼に加齢黄斑症を有する患者の正常僚眼,加齢黄斑変性の前駆病変である早期加齢黄斑症眼,加齢黄斑変性(晩期加齢黄斑症)の色素密度は有意に少ない.(文献7より)ミンC,bカロテン)と亜鉛,銅が加齢黄斑変性予防に有効なことが証明された.しかし,喫煙者ではbカロテンの高容量摂取が肺癌発生リスクを高めたこと,亜鉛の高容量摂取は前立腺肥大などの泌尿生殖器疾患と関係すること,ルテインや魚油に多く含まれる高級不飽和脂肪酸であるドコサヘキサ塩酸(DHA)とエイコサペンタ塩酸(EPA)の有効性研究が進んだことを受け,AREDS2試験が行われた.AREDS2試験は,試験デザインの複雑性の影響もあり全例解析ではルテイン,ゼアキサンチンサプリメントの加齢黄斑変性予防効果を立証できなかった10).しかし,食事によるルテイン,ゼアキサンチン摂取量を5群あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014187 表2ルテインの科学的エビデンス機能総合評価研究のタイプ,質,数一貫性加齢黄斑変性の進行抑制B肯定的な根拠があるAA白内障の予防効果D示唆的な根拠が少数ながら存在B・CC消費者庁平成24年度「食品の機能性評価モデル事業」の結果報告から.に分けた場合,最低摂取量群においてはサプリメント摂取群が対照群より加齢黄斑変性発症率が低値であった.消費者庁が平成24年に発表した「食品の機能性評価モデル事業」では,食事摂取によるルテイン,ゼアキサンチンの加齢黄斑変性予防効果に関する医学的エビデンスレベルは総合評価Bであった(表2).これまでの前向き研究を集めたメタアナリシス11)では,加齢黄斑変性の予防効果はあるかもしれないが,さらに研究が必要とされている.加齢黄斑変性は多因子疾患であることに加え,ルテイン網膜内への取り込みにも前述のような個体差があり,有意性の完全な証明はむずかしいように思われる.DHA,EPAは,心血管疾患リスク低減,中性脂肪低下作用に対してA評価を受けている.AREDS2試験では有効性が証明されなかったが,加齢黄斑変性の増悪要因として心血管疾患があげられていることを考えると,これらはある程度の有効性を持つものと考えられる.IV黄斑色素密度を増やすには1.ルテインとゼアキサンチンの適切な摂取量広く受け入れられている推奨摂取量はない.欧米の食事調査では,ルテイン/ゼアキサンチン摂取量は約2~3mg/日であり,AREDS2試験の最高摂取群のルテイン/ゼアキサンチン平均摂取量は3.9mg/日であったことから,1日の目標量はルテイン/ゼアキサンチン合わせて4mg程度ではないかと考える.国内で販売されているルテインサプリメント製品の推奨量は,1mg/日~20mg/日と幅があるが,6mg/日~12mg/日を推奨する製品が多い.最近の臨床試験の使用量は10mg/日が多い.2.ルテインとゼアキサンチンを含有する食品ルテインはおもに緑色葉物野菜(ケール,ホウレンソウ,小松菜,青梗菜,ブロッコリーなど)に,ゼアキサンチンはパプリカ,柿,コーン,みかんなどに含まれる.これらの食品を十分摂取できない場合は,サプリメントで摂取すると便利である.文献1)SnodderlyDM,AuranJD,DeloriFC:Themacularpigment.IISpatialdistributioninprimateretinas.InvestOphthalmolVisSci25:674-685,19842)WyszeckiG,StilesWS:ColorScience:ConceptsandMethods,QuantitativeDataandFormulae,2nded.,Wiley,NewYork,p112-114,19823)StringhamJM,BovierER,WongJCetal:Theinfluenceofdietaryluteinandzeaxanthinonvisualperformance.JFoodSci75:R24-R29,20104)GabrielskaJ,GruszeckiWI:Zeaxanthin(dihydroxy-bcarotene)butnotb-carotenerigidifieslipidmembranes:a1H-NMRstudyofcarotenoid-eggphosphatidylcholineliposomes.BiochimBiophysActa1285:167-174,19965)LiB,VachaliP,BernsteinPS:Humanocularcarotenoidbindingproteins.PhotochemPhotobiolSci9:1418-1425,20106)HammondBRJr,JohnsonEJ,RussellRMetal:Dietarymodificationofhumanmacularpigmentdensity.InvestOphthalmolVisSci38:1795-1801,19977)ObanaA,HiramitsuT,GohtoYetal:Macularcarotenoidlevelsofnormalsubjectsandage-relatedmaculopathypatientsinaJapanesepopulation.Ophthalmology115:147-157,20088)ObanaA,GohtoY,TanitoMetal:EffectofageandotherfactorsonmacularpigmentopticaldensitymeasurdwithresonanceRamanspectroscopy.Graefe’sArchClinExpOphthalmol2014,inprint.9)Age-relatedEyeDiseaseStudyResearchGroup:TherelationshipofdietarycarotenoidandvitaminA,E,andCintakewithage-relatedmaculardegenerationinacase-controlstudy.AREDSReport22.ArchOphthalmol125:1225-1232,2007188あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(28) 10)Age-RelatedEyeDiseaseStudy2ResearchGroup:11)MaL,DouH-L,WuY-Qetal:LuteinandzexanthinLutein+zeaxanthinandomega-3fattyacidsforage-relat-intakeandtheriskofage-relatedmaculardegeneration:edmaculardegeneration:theAge-RelatedEyeDiseaseasystematicreviewandmeta-analysis.BrJNutri107:Study2(AREDS2)randomizedclinicaltrial.JAMA309:350-359,20122005-2015,2013(29)あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014189

ブルーライトによる網膜障害

2014年2月28日 金曜日

特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):175.182,2014特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):175.182,2014ブルーライトによる網膜障害RetinalDamagebyBlueLight谷戸正樹*はじめに視覚は,視細胞外節膜上に局在する視物質(オプシン)内のレチナールが光子により構造変化をきたすことを起点としている.網膜は,光を感受することを役割とする組織であるため,光曝露を避けることができない.急性あるいは慢性の光曝露により,網膜のなかでも視物質の代謝(視サイクル)に関連する視細胞と網膜色素上皮細胞の機能低下が引き起こされる可能性が指摘されている.また,光線の波長特性から,可視光線のなかでも波長の短いブルーライトと網膜疾患の関係が推測されている.I光による網膜障害と光線波長電磁波のなかで,波長400(380).800nmの光線は,網膜に到達し,視覚情報の源として利用されることから,可視光線といわれる(図1).可視光線より波長の短い紫外線(UV)のうち,UVB(290.320nm)の波長域は角膜で,UVA(320.400nm)の波長域は水晶体で吸収されるため,ヒトの眼では網膜へは到達せず,また,視覚情報として利用されない.可視光線より波長の長い赤外線も水晶体で吸収される.幼若サル眼における急性光障害実験から得られた,光線波長ごとの網膜障害度を図2に示す.有水晶体眼では,波長440nmの青色光領域で最も障害度が高く,500nmより長波長の緑色光や赤色光では障害度が低いことがわかる.マウスへの光照射実験でも,青色光照射で視細胞・網膜色素上皮細胞の選択的な脱落が観察される(図3).一方で,無水晶体眼では,より障害度の高いUVAや一部UVBによる網膜障害も惹起されうる.無水晶体眼といった特殊な状況を除いて,光による網膜障害は可視光線のなかでも特に青色光(ブルーライト)による網膜機能低下と捉えることができる.II光酸化ストレスマウスやラットへの光照射実験では,抗酸化剤・ラジカルトラップ剤の投与や視サイクルの回転を低下させる薬剤により網膜障害が抑制されること1)から(図4),見ることそのものが眼にとって酸化ストレス(用語解説参照)要因であると考えられている.光酸化ストレスには,タイプI経路とタイプII経路の2経路が推測されている(図5).いずれの経路も,光増感物質Sが特定の波長の光(hv)を吸収することで開始される.光を吸収したSは,一重項励起状態(1S)となり,項間交差現象により三重項励起状態(3S)となる.タイプI経路では,3Sが脂質などから電子を引き抜くことでラジカル(S・.)となり,酸素存在下でO2.を発生させる.タイプII経路では,3Sと3O2の衝突により熱と電子の交換反応が起こり,活性酸素種(用語解説参照)の1種である一重項酸素(1O2)が発生する(光増感反応).視細胞とその周囲では,酸素要求性が非常に高いことや,水素引き抜きのターゲットとなる多価不飽和脂肪酸が多いといった種々の要因で,酸化ストレスを受けやすい環境が整っている*MasakiTanito:島根大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕谷戸正樹:〒693-8501出雲市塩治町89-1島根大学医学部眼科学講座0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(15)175 UVB(290~320nm)UVA(320~400nm)可視光(400~800nm)可視光(400~800nm)赤外線(800nm~)角膜水晶体網膜図1光線波長と眼球組織の透過度UVBは角膜で,UVAと赤外線は水晶体で吸収され,網膜には主として可視光のみが到達する.AINLONLONLINLB0.120.100.080.060.040.020.0076543210200300400500600700800網膜障害係数太陽光の分光放射照度(3)有水晶体眼の障害係数(1,2)無水晶体眼の障害係数(1,2)太陽分光放射照度(mW/cm2/nm)波長(nm)図2光線波長ごとの網膜障害係数と太陽光の分光放射照度以下の(1).(3)より作図.(1):ACGIH(米国産業衛生専門家会議)ガイドライン(2):ICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)ガイドライン(3):ASTM(米国工業試験協会)太陽光線照射量波長420nm照射波長500nm照射図3マウス網膜における網膜光障害白色マウスに対して網膜面上での総エネルギーが500J/cm2となるように青色光(420nm)(A)または緑色光(540nm)(B)を照射した7日後の網膜像.青色光照射眼では,視細胞・網膜色素上皮細胞が選択的に脱落している.INL:内顆粒層,ONL:外顆粒層,バー:50μm.写真は島根大学眼科学講座・海津幸子先生よりご提供いただいた.(図6).ンの構成成分として同定されたN-retinyl-N-retiIII加齢黄斑変性におけるブルーライトハザードセオリーnylideneethanolamine(A2E)は,リン脂質と視物質に含まれるレチナールの反応代謝物であるが,青色領域(430nm)に強い吸収特性があり,可視光による網膜障加齢黄斑変性の前駆病変として,しばしばドルーゼン害の光増感物質(ブルーライトハザード)として注目さとよばれる黄白色の自発蛍光物質(リポフスチン)の網れている.前述の通り,角膜と水晶体は,網膜にとって膜色素上皮下への沈着が観察される(図7).リポフスチ紫外線フィルターとしての機能を有するが,加齢に伴い176あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(16) ONLINLRPEAONLINLRPEARPEONLINLBINLONLRPEC光未照射光照射7日目PBN前投与+光照射7日目図4Phenyl.N.tert.butylnitrone(PBN)による網膜光障害の抑制効果白色ラットに白色蛍光灯(5,000ルクス)を3時間照射した後,7日後の網膜像.光未照射眼(A)に比較して,光照射眼(B)では著明な網膜障害が惹起されている.ラジカルトラップ剤かつ視サイクルの回転を抑制する薬剤(PBN)を前投与したラット(C)では光障害が抑制されている.INL:内顆粒層,ONL:外顆粒層,RPE:網膜色素上皮.1SS+hv(光)1S3S項間交差3S+LHS・-+L・+H+3S+O2S+1O2S・-+O2S+O2-1O2+LHLOOHタイプⅠ経路(スーパーオキシド経路)タイプⅡ経路(一重項酸素経路)図5光酸化ストレスの開始経路タイプI経路とタイプII経路が存在する.LH:脂質,LOOH:脂質過酸化物.核白内障が進行して黄色味を帯びた水晶体は,青色光フィルターとしての役割も有するようになる.加えて,ドルーゼンでは,光照射により視細胞外節で生成される4-ヒドロキシノネナールやCEPなどの脂肪酸の酸化終産物により修飾された蛋白の異常蓄積が認められること(図8)2,3)や,CEP修飾蛋白質に対する免疫反応や活性酸素消去酵素の欠損により進出型の加齢黄斑変性にみられる血管新生を再現しうること4)から,光照射による視細胞の外節の変性脱落が,ドルーゼンの蓄積そのものの要因となる可能性が指摘されている(図9).(17)あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014177 視細胞・高い代謝活性(単位体積あたりの酸素消費>脳実質)・流動性に富んだ細胞膜(多価不飽和脂肪酸組成が体内で最大)・ロドプシン(=光増感物質)網膜色素上皮細胞・外節の貪食(種々の酸化酵素)・ドルーゼンの蓄積(=光増感物質)脈絡膜・高酸素濃度(=単位あたりの組織血流量体内で最大)図6視細胞周囲の酸化ストレス要因網膜外層(視細胞層・網膜色素上皮細胞層)は酸化ストレスの好発要因が揃っている.IV光による急性網膜障害光による急性眼障害として太陽による網膜障害(日光網膜症)が知られている.2009年の皆既日食,2012年の金環日食と,近年,日本において大規模な天体イベントが続いたことから,特に注目されるようになった.世界天文年2009日本委員会の調査によれば,2009年7月の皆既日食では14例5),日本眼科学会の調査によれば,2012年5月の金環日食では958例(http://www.nichigan.or.jp/news/043.jsp)の日光網膜症が報告されている.典型例では,中心窩近傍に黄色斑が認められ,光干渉断層計(OCT)による観察では視細胞内外節の不整像として観察される.日光網膜症は,適切な遮光フィルターなしに太陽を直視した場合,数秒間で惹起されうる.通常の瞳孔径では,太陽光による眼内の温度上昇はごくわずかであり,光化学反応による細胞障害が,日光178あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014網膜症の本態と考えられている.また,玩具の発光ダイオード(LED)ブラックライト(波長410nm)の眼前1cm,数十秒の直視による光化学反応で網膜障害の報告もある6).ただし,人工照明やパソコン,タブレット端末などから発せられる光線のエネルギーは,太陽光線と比較して2桁低い7)ため,上記のような特殊な条件でない限り急性障害要因とはなりえない.V光曝露と加齢黄斑変性種々の疫学調査により,日光の曝露量と加齢黄斑変性の関係について報告されている.最近のメタアナリシスによる解析では,調査対象となった14の論文のうち12の論文が,これまでの生活における日光曝露量が多い(野外活動量,日光浴の習慣など)ことが加齢黄斑変性のリスクとなりうることを示唆しており,このなかの6の論文で統計学的に有意な関連を見いだしている(全体(18) ABCABC図7加齢によるドルーゼンの沈着A:黄斑部への黄白色のドルーゼンが集簇している.B:ドルーゼンに一致した自発蛍光が観察される.C:ドルーゼンの沈着は,網膜色素上皮下に観察される.写真は島根大学眼科学講座・小山泰良先生よりご提供いただいた.図8網膜内での酸化脂質の沈着A:光照射したラット網膜では,酸化脂質(4-ヒドロキシノネナール)修飾蛋白が視細胞層(矢印)と網膜色素上皮細胞層(矢頭)に局在する.B:サルドルーゼンでは,網膜色素上皮(矢頭)下に,酸化脂質(4-ヒドロキシノネナール)修飾蛋白(矢印)が沈着する.ONL:外顆粒層,RPE:網膜色素上皮.ONLRPEAB(19)あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014179 光ストレスと加齢黄斑変性光曝露(加齢)光(特にブルーライト)視細胞外節の光酸化・外節蛋白の酸化修飾↑・RPE貪食↑・RPEでの酸化蛋白の消化異常プロテアソームオーバーロードERストレス・酸化蛋白の蓄積~ドルーゼン蓄積ドルーゼン・光増感反応・視細胞,RPE細胞死・Bruch膜損傷~脈絡膜新生血管図9加齢黄斑変性におけるブルーライトハザードの概念図ドルーゼンにブルーライトが吸収されることで光増感反応による組織細胞傷害が惹起される.また,ドルーゼンの沈着そのものにも,慢性の光曝露が関与する可能性がある.0.1〈有病率〉Threepopulation-basedstudy加齢黄斑変性AndhraPradesheyediseasestudy加齢黄斑変性LosAngelsLatinoEyeStudy加齢黄斑変性〈発症率〉BeaverDameyestudy(10yrs)萎縮型加齢黄斑変性慘出型加齢黄斑変性BeaverDamandBlueMountains(5yrs)加齢黄斑変性BlueMountainsEyeStudy(10yrs)加齢黄斑変性慘出型加齢黄斑変性RotterdamStudy(5yrs)萎縮型加齢黄斑変性慘出型加齢黄斑変性Age-RelatedEyeDiseaseStudy(11yrs)萎縮型加齢黄斑変性慘出型加齢黄斑変性オッズ比1101.11.72.61.573.795.261.012.87.81.333.187.61.714.3110.92.45.713.61.193.39.91.13.410.90.380.951.823.432.336.490.610.81.060.821.21.75図10光曝露と加齢黄斑変性の有病率・発症率種々の疫学調査により,日光曝露が加齢黄斑変性の発症に関与することが示唆されている.180あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(20) のオッズ比1.379)8).わが国においても,顔の皺の量を定量することで推定した生涯光曝露量と加齢黄斑変性との有意な関係が報告されている9).また,白内障手術後の横断研究による加齢黄斑変性の有病率調査10.12)では,白内障手術が行われた群で加齢黄斑変性の有病率が高いことが報告されている(オッズ比1.7.3.8)(図10).5.10年間の前向き研究による発症率調査において,BeaverDameyestudy,BlueMountainsEyeStudyでは13.17),白内障手術が加齢黄斑変性発症の有意なリスク要因として報告されている(オッズ比3.2.5.7).ただし,Age-RelatedEyeDiseaseStudyでは,萎縮型,滲出型加齢黄斑変性の両者とも有意な関係が見いだされていない17).混濁した水晶体除去による網膜光曝露量増加が,加齢黄斑変性の発症に関与することが推測されている.おわりに種々の疫学調査や実験的事実から,光,特に過度のブルーライトが網膜の機能低下をきたしうることが証明されている.一方で,慢性に経過する疾患について波長ごとの障害係数・曝露許容量や障害閾値は明らかになっておらず,そのため,急性障害を除いて,どの程度の光を遮断すべきかの明確な基準は存在しない.今後の研究の進展が待たれる.文献1)MandalMN,MoiseyevGP,ElliottMHetal:Alpha-phenyl-N-tert-butylnitrone(PBN)preventslight-induceddegenerationoftheretinabyinhibitingRPE65proteinisomerohydrolaseactivity.JBiolChem286:3249132501,20112)TanitoM,KaidzuS,AndersonRE:Protectiveeffectsofsoftacrylicyellowfilteragainstbluelight-inducedretinaldamageinrats.ExpEyeRes83:1493-1504,20063)CrabbJW,MiyagiM,GuXetal:Drusenproteomeanalysis:anapproachtotheetiologyofage-relatedmaculardegeneration.ProcNatlAcadSciUSA99:1468214687,20024)HollyfieldJG,BonilhaVL,RaybornMEetal:Oxidativedamage-inducedinflammationinitiatesage-relatedmaculardegeneration.NatMed14:194-198,20085)尾花明,高橋淳,大西浩次ほか:2009年皆既日食による眼障害の発生状況.日眼会誌115:589-594,2011■用語解説■酸化ストレス:HelmutSiesは,酸化ストレスを「prooxidantとantioxidantのバランスが崩れprooxidantが過剰となること」と定義した.酸化ストレスに伴う分子変化が明らかになるにつれて,酸化ストレスは,「生体内の高分子(脂質,蛋白質,核酸)が,酸化還元反応(電子引き抜き)により修飾を受け,その機能が変化すること」と捉えられるようになった.加齢や悪性新生物をはじめとする,種々の病態の発症・増悪に酸化ストレスが関与することが報告されており,一般臨床的には,「酸化ストレス=酸化ストレスを分子基盤とした組織・細胞レベルの機能障害」と捉えられている.活性酸素種:呼吸により細胞内に取り込まれた酸素(三重項酸素:3O2)は,4電子還元され水(H2O)となる(図2).3O2が1,2,3電子還元された分子種が,それぞれ,スーパーオキシド(O2.),過酸化水素(H2O2),ヒドロキシラジカル(OH・)である.これら3種の中間体と,励起酸素分子である一重項酸素(1O2)は,他の分子との反応性が高く,活性酸素種(reactiveoxygenspecies:ROS)とよばれる.生理的状態では呼吸により還元される酸素分子の約1%が遊離ROSとなり,酸化ストレスの起点となる.6)尾花明,植田俊彦:光・レーザーによる眼傷害事例.日本レーザー医学会誌32:452-455,20127)衛藤憲人,坪田一男,田中太一郎ほか:疫学応用に向けた可視─紫外光個人曝露量測定システムの開発.日本衛生学雑誌68:118-125,20138)SuiGY,LiuGC,LiuGYetal:Issunlightexposureariskfactorforage-relatedmaculardegeneration?Asystematicreviewandmeta-analysis.BrJOphthalmol97:389-394,20139)HirakawaM,TanakaM,TanakaYetal:Age-relatedmaculopathyandsunlightexposureevaluatedbyobjectivemeasurement.BrJOphthalmol92:630-634,200810)FreemanEE,MunozB,WestSKetal:Isthereanassociationbetweencataractsurgeryandage-relatedmaculardegeneration?Datafromthreepopulation-basedstudies.AmJOphthalmol135:849-856,200311)KrishnaiahS,DasT,NirmalanPKetal:Riskfactorsforage-relatedmaculardegeneration:findingsfromtheAndhraPradesheyediseasestudyinSouthIndia.InvestOphthalmolVisSci46:4442-4449,200512)Fraser-BellS,ChoudhuryF,KleinRetal:Ocularriskfactorsforage-relatedmaculardegeneration:theLosAngelesLatinoEyeStudy.AmJOphthalmol149:735740,201013)KleinR,KleinBE,WongTYetal:Theassociationofcataractandcataractsurgerywiththelong-termincidence(21)あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014181 ofage-relatedmaculopathy:theBeaverDameyestudy.ArchOphthalmol120:1551-1558,200214)WangJJ,KleinR,SmithWetal:Cataractsurgeryandthe5-yearincidenceoflate-stageage-relatedmaculopathy:pooledfindingsfromtheBeaverDamandBlueMountainseyestudies.Ophthalmology110:1960-1967,200315)CugatiS,MitchellP,RochtchinaEetal:Cataractsurgeryandthe10-yearincidenceofage-relatedmaculopathy:theBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology113:20202025,200616)HoL,BoekhoornSS,Lianaetal:Cataractsurgeryandtheriskofagingmaculadisorder:theRotterdamstudy.InvestOphthalmolVisSci49:4795-4800,200817)ChewEY,SperdutoRD,MiltonRCetal:Riskofadvancedage-relatedmaculardegenerationaftercataractsurgeryintheAge-RelatedEyeDiseaseStudy:AREDSreport25.Ophthalmology116:297-303,2009182あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(22)

照明用LEDの基礎

2014年2月28日 金曜日

特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):169.173,2014特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):169.173,2014照明用LEDの基礎IntroductiontoLEDLighting真鍋由雄*はじめに近年,青色領域の発光ダイオード(lightemittingdiode:LED)の発明により,照明分野にパラダイムシフトが起こった.従来の光源である白熱電球や蛍光ランプから,固体素子であるLEDを用いたランプや器具の新製品が発売されている.また,東日本大震災以後の計画停電,原発停止による節電対策,省電力によって,LED照明が注目されている.従来光源の代表である蛍光ランプは水銀を使って電気を光に変換しているが,LEDは水銀などの有害物質を使わずに発光することができる.さらに,LED照明のデバイスだけでなく,測定方法や景観デザインまでLED照明に関する話題に事欠かない.また,130年前に世界で最初の実用的な白熱電球が発光した.この発明によって,われわれは,夜間に活動したり,楽しんだり,生活スタイルが変化した.産業界においても昼夜にわたる生産ができるようになった.今,小型で高輝度の光源であるLED照明の普及によって,従来光源にない光環境も現れ,われわれに与える影響も変わる可能性がある.本稿では,青色領域のLEDを用いた照明用LEDについて,照明の歴史をみながらLED照明の発展性を述べ,次にLEDの構造やその特徴を簡単に説明する.I照明用LEDの歴史と現状電気を使った照明は,1879年12月31日にトーマス・A・エジソンによって実用的な白熱電球の光を人々に見せたときから始まる.この白熱電球は炭化物に通電して発光するものだった.従来光源の白熱電球,蛍光ランプおよび照明用白色LEDの発光効率の改善を年代別に図1に示す.縦軸は光束量を入力電力で割ったもの,すなわち発光効率(lm/W)である.白熱電球はエジソンの発明からフィラメントや封入ガスの改善で15lm/Wまでに達した.蛍光ランプは,水銀を含んだ低圧放電によってプラズマを形成し,紫外線を発生させ,紫外線によって蛍光体を励起して発光する.当初発光効率は40lm/Wであったが,3波長形蛍光ランプの発明によって発光効率が向上し,発光効率が現在110lm/Wに達しただけでなく,平均演色評価数(Ra)も80を超えるものになった.一方,照明用白色LEDは1993年に窒化ガリウム(GaN)を用いた高輝度青色LEDが報告されて以来,急激に発達して照明分野で活用できる白色化が成功し,電球形LEDランプが発売された.この性能向上は,Haitzの法則*での10年で20倍の性能向上の予測を凌ぐスピードで技術発展とコスト低減が進んでいる1).現在の電球形LEDランプは,高効率の3波長形*Haitz氏が提唱したLEDの性能向上予測で,10年でLEDの光束が20倍になるとの予測である.*YoshioManabe:パナソニック株式会社エコソリューションズ社ライティング事業部〔別刷請求先〕真鍋由雄:〒571-8686大阪府門真市大字門真1048番地パナソニック株式会社エコソリューションズ社ライティング事業部0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(9)169 GLSFLLED02040608010012019301950197019902010発光効率(lm/W)230250GLSFLLED02040608010012019301950197019902010発光効率(lm/W)230250年図1各種光源における発光効率変化GLS:白熱電球,FL:蛍光ランプ,LED:白色LED.蛍光ランプと同等の発光効率を有し,白色LEDの発光効率は上限値に近づきつつある2).II照明用LEDの原理と特徴1.構造LEDの実用化は,1962年にGeneralElectric社のN.HolonyakらによるGaAsPの赤色LEDが世界初であった3).それ以後,研究が進みバンドギャップの大きな化合物半導体を用いてIII-V族化合物半導体,特に窒化物系を用いた青色LED素子の発明があり,現在の照明用白色LEDが生まれた.照明用白色LEDの構成には,赤色,緑色,青色の各色LEDを使う方式,紫外領域のLEDによって赤色,緑色,青色の蛍光体の発光で白色光にする方式,青色LEDとその一部を黄色蛍光体に照射して白色光を発光する方式と3つの方式があり,最も実用化している方式は,青色LED素子と黄色蛍光体との組み合わせる方式であり,今回はその最も実用化されている青色LED素子と黄色蛍光体との組み合わせた方式について説明する.照明用の白色LEDは青色LEDの周囲に黄色蛍光体が配置され,蛍光体に吸収されずパッケージ外に出射される青色光と蛍光体の黄色光とで白色光が合成される.照明用白色LEDの発光効率は,青色LEDの発光効率,蛍光体の発光効率およびパッケージなどその他の損失などの要因で決定される.現在照明用白色LEDは,青色LEDの波長と蛍光体の量子効率,波長を適切に選170あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014光出射p側電極p-AlGaN電流ブロック層n側電極サファイア加工基板p-GaN活性層n-GaNITO図2LEDの発光原理択することで,色温度や演色性の仕様を自由に設計することが可能である.つぎに励起用LEDとして用いられる青色LEDの基本構造を図2に示す4).青色LEDは,有機金属気相成長法(metalorganicchemicalvapordeposition:MOCVD法)という結晶成長方法により,サファイア基板上にIII-V族化合物半導体の薄膜を積層することで作製される.LEDの層構造は,GaNまた窒化アルミニウム(AlN)のバッファ層,n型GaNコンタクト層,InGaN系多重量子井戸(MQW)活性層,p型GaNコンタクト層を順次積層する.発光した光を取り出す施策は,素子表面の電極としてインジウム,錫,酸素で構成された酸化物透明電極を用いることであり,この電極の光透過率や電気特性を改善することでLEDの発光効率は向上した.また,サファイア基板表面は凹凸加工を施されている.これは,LED素子内において発生した光がサファイア基板の凹凸部分で散乱し,素子上面や側面から効率よく出射されて発光効率の向上となった.また,このLED構造は素子側面から光を取り出すことが可能であるが,素子サイズが大きくなるに従い発光効率は低下するので,素子サイズは一辺0.3mm程度から1mm以下と比較的小さいサイズに制限されてしまう.この構造を有するLED素子の性能は,外部量子効率が84.3%,白色LEDでの発光効率が249lm/Wとなり,理論限界に迫る発光効率が報告された2).(10) 可視光熱可視光熱フィラメント(白熱体)白熱電球のエネルギー配分(例)非放射損失(%)放射(%)紫外線可視光赤外線18.01072バルブ口金蛍光体熱可視光電極蛍光ランプのエネルギー配分(例)電極損失(%)非放射損失(%)放射(%)紫外線可視光赤外線1530.02530口金バルブ封入ガス,水銀図3白熱電球(上),蛍光ランプ(下)のエネルギー配分2.照明用LEDを用いた白色LEDの構成■紫外線■可視光■赤外線■熱白色LEDの特徴を従来光源と比較しながら説明す20%40%60%80%100%る5).従来光源として,白熱電球と蛍光ランプの構造を図3に示す.白熱電球は,ガラス球,タングステンフィラメントなどで構成され,ガラス球の中にアルゴンガスを封入し,タングステンフィラメントに通電して,フィエネルギー配分ラメントを高温にして発光する.蛍光ランプは,タングステンフィラメント,そのフィラメント上に電子放出材料,ガラス管内面に塗布された蛍光体,および水銀,希ガス(アルゴンガスなど)で構成され,管内を約1Paの低圧に保つ.蛍光ランプに通電するとフィラメントが赤熱されるとともに放電でプラズマが形成され,フィラメントから出た熱電子が加速されて水銀を励起する.水銀原子共鳴線のうち254nmによって蛍光体を励起し発光する.ここで,エネルギー配分をみると,白熱電球は可視光,赤外線,熱であり,点灯した白熱電球が照射されると熱く感じるのは赤外線が多いからである.蛍光ラン(11)電球水銀灯ナトリウム灯蛍光ランプ白色LED図4各種光源におけるエネルギー配分プも,可視光,赤外線,熱で構成される.一方,白色LEDは,通電して,450nm付近に発光ピーク波長を持つ青色LEDが発光し,その一部の光が蛍光体を励起し,青色LEDと蛍光体の発光が合わさり,白色光を発光する.白色LEDのエネルギー配分は青色LEDの発光と蛍光体の発光と,その他は熱になる.図4に白熱電球,水銀灯,ナトリウム灯,蛍光ランプなどの従来光源と,あたらしい眼科Vol.31,No.2,20141710% 11010510095908580255075100125ジャンクション温度(Tj)[℃]図5白色LEDにおけるエネルギー配分(左),ジャンクション温度と発光効率の関係(右)発光効率[lm/W]白色LEDのエネルギー配分を示す5).入力電力に対し可視光に変換される量は,白色LEDで30.40%,蛍光ランプで30%,その他のランプは10%程度である.白色LEDは赤外線の放出がないので,可視光と熱しかない.白色LEDで発生した熱は素子外に伝播する手段が熱伝導しかないので,白色LEDの設計は熱設計が重要である.図5に,白色LEDのエネルギー配分の詳細(左)と白色LEDの発光部の温度であるジャンクション温度と発光効率の関係(右)を示す.白色LEDへの入力電力のエネルギーのうち,青色領域への可視光の変換効率は現在50%までに達している.入力電力が青色LEDと蛍光体の発光を含む可視光までに変換される変換効率は30.40%であり,従来光源である3波長形蛍光ランプとほぼ同じ発光効率に達した.また,エネルギー損失としては,透明電極の抵抗,化合物半導体中を電子の移動に起因するもの,蛍光体中での非発光による損失などが挙げられる.これらの損失はすべて熱になる.ジャンクション温度と発光効率の関係は,ジャンクション温度の上昇とともに発光効率が減少するので,発光効率を高くするにはLEDを低温に保つことが重要である.3.白色LEDの発光スペクトル,青色光による網膜損傷の作用量の推定白色LED,3波長形蛍光ランプおよび基準光(黒体輻172あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014射)の発光スペクトルの比較を図6に示す.すべての発光スペクトルの色温度は5,200Kである.基準となる黒体輻射の光は連続光であり,3波長形蛍光ランプは,青色,緑色,赤色の蛍光体の発光の組み合わせである.白色LEDは450nm付近の青色LEDの発光と黄色蛍光体の発光で白色光になった.さらに,青色LEDの発光と黄色蛍光体の発光で白色光になることを,色度座標を使って説明する.青色LEDと黄色蛍光体の色度座標を図7に示す.それぞれの発光スペクトルから求めた色度座標は,青色LEDの色度座標が図7中の左下の位置にあり,黄色蛍光体の色度座標が図7中の右上にある.この2点の色度座標を結ぶ線上の色度座標であれば黄色蛍光体の添加量によって色温度を自由に選ぶことができる.今回の場合,黒体輻射の曲線との交点で白色LEDを作製し,5,200Kの色温度の発光を得ることができた.最後に,白色LEDの発光スペクトル中の青色光による網膜損傷について説明する.JISC7550に基づいて,白色LEDと3波長形蛍光ランプの青色光による網膜損傷の作用量の推定を試みた.白色LEDと3波長形蛍光ランプの光色はD色,N色,L色の3種類とシリカ電球である.ここで,作用量の推定は500lxとなる各光源において,そのランプの発光スペクトルにJISC7550で示された作用関数をかけたものであり,これらの値は相対値を示すものである.その結果を図8に示す.作用量の光色の違いはD色,N色,L色の順に作(12) 0.00.20.40.60.81.0光強度(a.u.)基準光源青色LED白色LED蛍光ランプ0.00.20.40.60.81.0光強度(a.u.)基準光源青色LED白色LED蛍光ランプ350400450500550600650700750800y蛍光体の色度座標青色LEDの色度座標白色LEDの色度座標0.90.80.70.60.50.40.30.20.1波長(nm)0.00.00.10.20.30.40.50.60.70.8図6各種光源の発光スペクトルx図7青色LED,蛍光体および白色LEDの色度座標用量が徐々に減少し,L色では白色LEDと3波長形蛍光ランプともにシリカ電球と同等の値になった.また,0.7すべての光色の電球形LEDランプの作用量は,3波長形蛍光ランプと同等であった.IIIまとめ従来光源と比較しながら,照明用LEDの発光の原理作用量(相対値)0.60.50.40.30.2と構造を説明した.特に,照明用LEDは固体素子なので,入力電力から光に変換される以外はすべて熱を換わること,発生した熱が白色LEDの性能を左右することを述べた.また,照明用白色LEDは,青色LEDと青色LEDによって励起される黄色蛍光体の組み合わせで白色化を図っていることを述べた.この白色LEDによって構成された電球形LEDランプの発光効率は,従来光源である白熱電球の3倍,蛍光ランプと同等であった.研究開発の白色LEDの発光効率は理論限界に迫りつつある.さらに,LED照明における青色光による網膜損傷の作用量の推定を試みた.現在の電球形LEDランプにおける青色光による網膜損傷の作用量は,3波長形蛍光ランプの作用量と同等であった.LED照明は省電力,省資源に注目され,さらなる展開が期待できる.文献1)HaitzR,TsaoYJ:Solid-statelighting:‘Thecase’100.10.03波長形蛍光ランプ電球形LEDランプ図83波長形蛍光ランプ,電球形LEDランプおよびシリカ電球における青色光による網膜障害の作用量(相対値)の推定値yearsafterandfutureprospects.physstatsol(a)208:17-29,20112)NarukawaY,IchikawaM,SangaDetal:“Whitelightemittingdiodeswithsuper-highluminousefficacy”.JPhysD:ApplPhys43:354002,20103)HolonyakNandBevacquaSF:COHERENT(VISIBLE)LIGHTEMISSIONFROMGa(As1-xPx)JUNCTIONS.ApplPhysLett1:82-83,19624)布上真也:発光させる:LED素子の現状と今後.照明学会誌96:790-793,20125)真鍋由雄:照明用白色LEDの開発.第193回ニューセラミックス懇話会予稿集,2010D色N色L色シリカ電球D色N色L色(13)あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014173

ブルーライト問題概念

2014年2月28日 金曜日

特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):165.168,2014特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):165.168,2014ブルーライト問題概論BlueLightMatters:TheEyeisaCameraandaClock!坪田一男*I眼はカメラであり,時計だったカメラとしての眼が扱う光の波長眼は外界のイメージを得るためにある.地球に降り注100420nm498nm534nm564nmRedconesGreenconesRodsBlueconesShortMediumLong400500600700ぐ放射線のうち400.800nmにまたがる可視光線を使って“ものを見る”.いわゆるカメラの機能だ.もちろんカメラのように単純ではなく,空間的にも時間的にも画像処理を行い膨大な視覚情報を脳に届けている.可視光線のなかでは緑の波長(550nm)あたりが最も感度が高いともいわれるが,赤,緑,青の3つの錐体細胞と,Normalizedabsorbance5001つの桿体細胞が可視光線の波長領域をほぼ全域にわたってカバーし,天然色のすばらしく豊かな世界を作っている.実は眼にはカメラ以外にもう一つの機能があった.時計としての機能である.外界からの光情報は画像情報として使われるばかりでなく,サーカディアンリズムのなかでの“時”を知る手がかりとして光を使っているのだ.ただし時計としての眼はカメラとしての眼と光の使い方が違う.内因性光感受性網膜神経節細胞(intrinsicphotosensitiveretinalganglioncell:ipRGC)によって460.480nm付近のブルーライトを光情報として使っているのだ(図1).光受容体はオプシンではなく,メラノプシンという別の分子が使われている1).カメラとしWavelength(nm)460nm~480nmNormalizedabsorbance時計としての眼が扱う光の波長100500400500600700Wavelength(nm)ての眼と時計としての眼の使っている波長に差があるの図1眼におけるカメラとしての機能と時計としての機能は非常に興味深い.視覚情報としては,地球に降り注ぐ上:カメラとしての眼が使う光波長領域(オプシンの光感受性光を満遍なく使ってものの識別を行うことが有利だが,波長).下:時計としての眼が使う光波長領域(メラノプシンの光感受性波長).時間情報としてはブルーライトが最も有利であったのだ*KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕坪田一男:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(5)165 ろう.夜明け前にはブルーライトが弱く,日中は強い.そして夕焼けの時間帯にはブルーライト成分が減少していく.この変化によってサーカディアンリズムを決めていく.II健康にとって重要なサーカディアンリズム昔から規則正しい生活が健康の基本と考えられてきた.そのメカニズムについてはまだまだ不明なことも多いが,サーカディアンリズムとの関連が大きく注目されている.すなわちサーカディアンリズムの乱れが大きな健康ハザードを起こすことがわかり,単なる睡眠障害にとどまらず,うつ病,高血圧,糖尿病,肥満,そしてがんのリスクファクターにまでなっていることがわかってきている2.4).現代社会では昼仕事して,夜は寝るという単純な生活様式から24時間の生活があたりまえのものになってきている.看護師,パイロット,24時間営業のコンビニエンスストアの従業員など,夜にも働いているタイムシフトワーカーは,なんと労働人口の20%近くにまで達するといわれ,彼らの健康状態,特にがんの発生率の増加が問題になりつつある.一般のわれわれであってもsocialjetlagとよばれる,平日と週末での時間の使い方の差などがサーカディアンリズムを狂わす原因となっている5).IIIサーカディアンリズムを調節するブルーライトサーカディアンリズムを調節しているのはおもに光だ.130年前の電灯の発明によって人類は夜の光を手に入れたが,80年前の蛍光灯によってさらに進歩し,20年前のLEDの発明によってさらに明るい光にさらされるようになってきた.さらに光の強さばかりでなく,光の質も変化している.近年普及しているLEDには,ブルーライトの波長(380.495nm)が多く含まれている(図2).LEDとは,lightemittingdiode(発光ダイオード)のことで,電気を流すと光を発する半導体の一種である.社会的にさまざまなメリットがあり,急速に普及してきている.青い光は明るくて,装置が小型でシンプル,衝撃にも強いため,薄型の液晶やスマートフォンなどに適している.白166あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014熱灯や蛍光灯に比べて消費電力が少なく,寿命も長く,経済効率が良い,環境にも優しいとされている.すでに欧米や,日本において照明についてはLED化を推進していくことが社会全体の合意となっており,一部の国または会社では白熱電球の製造を禁止または中止している.ブルーライトLEDは紫外線や赤外線を含まないため,美術館の照明などにも適しているとされ,さらに蛍光灯に用いられる水銀汚染の問題もなくなる.いいことづくめのLEDであるので,例え眼に負担がかかるといっても,やはり社会の潮流はLEDへと移っていくだろう.ちなみにこのLEDは日本の中村修二先生が開発して,当時在籍していた日亜化学工業と訴訟になったことは記憶に新しい.その後,開発者の中村修二先生はカリフォルニア大学に移籍されたが,日本の科学技術が時代を大きく変えたといえる.IVブルーライトの影響2002年にマウスで,2005年にサルで見つかったipRGCは前述したように460.480nmのブルーライトに最も感受性の高い光受容体だったのだ(図2)6,7).この波長領域はまさにブルーライトLEDと偶然にも一致しており,これが一つの大きな問題となっている.この光受容体から入ったシグナルは“見る”ために後頭葉の視覚野には行かず,直接的にサーカディアンリズムを司るsuprachiasmaticnucleus(視交叉上核:SCN)に入る.すなわち昼間の空のブルーライトがSCNを刺激し,夜はSCNを刺激しないことがサーカディアンリズムの基本リズムを作っているのだ(図3)8).光がサーカディアンリズムを作るといってもこのようにブルーライトが基本であり,緑や赤の光ではその影響が少ないことがわかっている.さて,サーカディアンリズムに加えて眼への直接的な影響もブルーライトは大きい.まず第一に,ブルーライトは「散乱しやすい光」であること.そして「高エネルギー」であることの2点が考えられる.散乱しやすい光ということは像がぼやけやすく,そのために眼が常に調節しようと働いてしまうことで調節機能に負荷がかかり,眼が疲れるのではないかと考えられる.実際にブルーライトが存在すると散乱が増加し,実用視力が低下す(6) 太陽光の分光分布400500600700波長(nm)短い長い紫外赤外放射眼に見える光(可視光)放射一般的な白色LEDの分光分布400500600700青色が強い波長(nm)図2太陽光の波長分布と一般的な白色LEDの波長分布上:太陽光の波長分布.カメラとして眼が使う光波長と一致する.下:一般的な白色LEDの波長分布.時計としての眼が使う波長領域と一致する.る研究も進みつつある.高エネルギーの点については,ブルーライトが紫外線とは別に網膜に障害を与えることが動物実験で確認された9).これらはあくまで動物実験で,短時間に強い光をあてた結果であるが,われわれ人間も,毎日PC画面やスマートフォンの画面を見続けていたらどうなるだろうか?網膜の酸化をしっかりプロテクトしていく抗酸化力を上げること,すなわち運動や栄養素摂取などを考えていくことが大事だと思われる.網膜の黄斑部はルテインやゼアキサンチンといった青色光を吸収し高い抗酸化力を持った成分が存在している10).超高齢社会においては80年,100年と網膜に光障害が蓄積する可能性もあり,長い時間を考慮すればブルーライトの影響も無視できないものといえるだろう.さらに日本では成人の亜鉛不足が指摘されているが,亜鉛が活性中心にあるSOD(スーパーオキシドジスムターゼ)1のKO(ノックアウト)マウスに通常の光をあてると網膜障害が起こることを筆者らは見いだしており11),網膜の保護力を上げることも重要かもしれない.このあたりは今後しっかりと検証していく必要があると考え筆者らはブルーライトを測定する器械を開発して研究を始めている12).すべての結果が出るのを待つまでの間にその影響は蓄積されてしまうので早めに臨床的には注意をしていくことが必要と思われる.(7)第3の視細胞視交叉上核サーカディアンリズムブルーライト図3サーカディアンリズムの基本型ブルーライトによって第3の視細胞であるipRGCが刺激され,視交叉上核へシグナルが伝わる.これによってサーカディアンリズムが決まる.Vブルーライト問題の解決に向かってサーカディアンリズムの乱れから自分たちを護るプロジェクトはすぐにでも始めたい.昼はブルーライトを思い切り浴びる.外で遊ぶ.外を歩く.外でジョギングする.そして夜になったらLED電球は極力使わず,コンピュータやスマートフォンを使う場合はPCメガネなどブルーライトをカットするメガネを使う.しかし一番いいのは夜はコンピュータをやらないこと.スマートフォンをやらないこと.夜間はなるべくブルーライトを眼に入れずにサーカディアンリズムをしっかり保つことだ.また白内障の視力障害は超音波乳化吸引術によって安全に治療できる時代になってきたが,従来はあくまでカメラとしての眼を治療するというスタンスであった.核白内障が進むと,視力は出ていてもブルーライトの透過率は極端に低下することがわかっており,高齢者の睡眠障害の一部は昼間のブルーライト曝露が足りないためとも推測される.実際筆者らは白内障手術によって睡眠が改善され,歩行速度が増加することを報告した13).これは時計としての眼を治療するという新しい概念を提唱するもので,これから眼科医にとっても重要な領域になってくると考える.現代社会において,夜間の生活を完全にやめられないことは明らかであるし,タイムシフトワーカーの問題もある.そこで緊急の課題としてこれらのブルーライトLED問題についてどの程度のヘルスハザードが存在するのか,光の質を変えることでシフトワーカー問題を解決することができるのか,どのようにサーカディアンリあたらしい眼科Vol.31,No.2,2014167 ズムを正常化していくべきかなどなど研究を推し進めていく必要性を感じている.同時に網膜障害や,毛様体へのかかわりなど幅広い眼科研究が待たれるところである.文献1)PandaS,ProvencioITuDCetal:Melanopsinisrequiredfornon-image-formingphoticresponsesinblindmice.Science301(5632):525-527,20032)WuL,ReddyAB:Disruptingrhythms:diet-inducedobesityimpairsdiurnalrhythmsinmetabolictissues.Diabetes62:1829-1830,20133)BhattiP,Cushing-HaugenKL,WicklundKGetal:Nightshiftworkandriskofovariancancer.OccupEnvironMed70:231-237,20134)ScheerFA,HiltonMF,MantzorosCSetal:Adversemetabolicandcardiovascularconsequencesofcircadianmisalignment.ProcNatlAcadSciUSA106:4453-4458,20095)RoennebergT,AllebrandtKV,MerrowMetal:Socialjetlagandobesity.CurrBiol22:939-943,20126)MelyanZ,TarttelinEE,BellinghamJetal:Additionofhumanmelanopsinrendersmammaliancellsphotoresponsive.Nature433(7027):741-745,20057)HattarS,LiaoHW,TakaoMetal:Melanopsin-containingretinalganglioncells:architecture,projections,andintrinsicphotosensitivity.Science295(5557):1065-1070,20028)SextonT,BuhrE,VanGelderRN:Melanopsinandmechanismsofnon-visualocularphotoreception.JBiolChem287:1649-1656,20129)NarimatsuT,OzawaY,MiyakeSetal:Biologicaleffectsofblockingblueandothervisiblelightonthemouseretina.ClinExperimentOphthalmol2013,12253.[Epubaheadofprint]10)SasakiM,YukiK,KuriharaTetal:Biologicalroleofluteininthelight-inducedretinaldegeneration.JNutrBiochem23:423-429,201211)ImamuraY,NodaS,HashizumeKetal:Drusen,choroidalneovascularization,andretinalpigmentepitheliumdysfunctioninSOD1-deficientmice:amodelofage-relatedmaculardegeneration.ProcNatlAcadSciUSA103:11282-11287,200612)EtoN,TsubotaK,TanakaTetal:Developmentofamonitorforquantifyingpersonaleyeexposuretovisibleandultravioletradiationanditsapplicationinepidemiologicaluse.日本衛生学雑誌,2012-MS13)AyakiM,MuramatsuM,NegishiKetal:Improvementsinsleepqualityandgaitspeedaftercataractsurgery.RejuvenationRes16:35-42,2013168あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(8)

序説:眼とブルーライト,体内時計

2014年2月28日 金曜日

●序説あたらしい眼科31(2):161.163,2014●序説あたらしい眼科31(2):161.163,2014眼とブルーライト,体内時計Eyes,BlueLightandBiologicalClocks坪田一男*中村孝博**今月の《あたらしい眼科》の特集は,“眼とブルーライト,体内時計”である.眼とブルーライト(光)は読者の皆さんもなじみ深い事柄であり,内容が容易に想像できるかもしれない.しかし,そこに眼科領域では少々なじみの薄い「体内時計」という言葉が入ってくると,どんな特集であるのか想像がつきにくいのではないだろうか.本特集では,学際性を意識し眼科分野のみならず,工学分野,時間生物学分野の先生方から幅広くご寄稿いただいた.現在,私たちが置かれている光環境が身体に与える影響について幅広く学べる内容になっている.私たちは生命を維持するために一日を,「朝起きて,食事をして,仕事(学業)を行い,夜寝る」といったサイクルで誕生から寿命までおおよそ80年間(約3万回)繰り返す.一日のリズムを駆動するのは体内時計であり,さまざまな生理現象に“意味のあるリズム”を持たせる.身近な「睡眠」という生理現象に目を向けてみると,NHK放送文化研究所の生活時間調査では,調査開始の1970年代から現在まで,日本人の睡眠時間は減少傾向を示している.一方,睡眠障害の患者数は増加傾向にある.睡眠障害と診断されなくても,生活習慣や生活環境が引き金となるいわゆる“不眠症状“を訴える人が全国民の30.40%であることが日本大学の研究班の視覚②③④⑥睡眠覚醒体内時計ホルモン体温⑤⑦①図1本特集の概要照明などから発せられる光にはさまざまな波長光が含まれる.そのなかでもブルーライトは網膜へ到達しやすい波長である.網膜神経節細胞のなかには,ブルーライトに感受性の高い受容細胞が存在し,受容した情報を体内時計に伝える.その光情報をもとに体内時計は多くの生理現象のリズムを駆動する.図中の①.⑦は本特集の稿のおおよそ該当する部分を示している.①ブルーライト問題概論,②照明用LEDの基礎,③ブルーライトによる網膜障害,④黄斑色素によるブルーライト障害の防御,⑤体内時計概論,⑥内因性光感受性網膜神経節細胞による体内時計の調節;⑦ブルーライト-体内時計-睡眠障害の関連.報告で明らかになっている.このように現代日本人の睡眠の量と質はともに減少傾向にある.経験でわかるように寝不足や就寝時間のシフトなどの不規則な睡眠習慣は,身体の不調を促す要因となる.極端に長いもしくは短い睡眠時間を持つヒトは,生活習慣病の罹患率が高いことや,シフトワークをする労働者はがんに罹りやすいとの報告がされている.それでは,国民の睡眠の質と量の減少は,何に起*KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室**TakahiroNakamura:帝京平成大学薬学部薬学科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)161 因するのであろうか.さまざまな要因があるだろうが,その一つが私たちを取り巻く光環境の変化にあるといえよう.睡眠はおもに体内時計機構によって制御されるが,光は体内時計の針を動かす強力な因子となる.すなわち,夜間の照明や情報端末などからの人工的な光は私たちの体内時計の針を動かし,体をまだ昼であると錯覚させる.人類は約50万年前に火の存在を発見しさまざまな用途に利用し,文明を発達させてきた.人類の長い歴史からみて,火を灯りとしての利用することはヒトの生活スタイルを変え,夜間でも昼間のような行動を可能にした.1860年代にエジソンらによって発明された白熱電球は瞬く間に世界中の家に光を与えた.その後,1930年代には蛍光灯が発明され,私たちは夜間でも,瞬時に光をON/OFFできる生活が当たり前となった.1990年代に中村修二先生が高輝度青色発光ダイオード(ブルーライトLED)を発明し,現在では蛍光灯に変わりLED照明が照明の中心になってきている.ブルーライトLEDは照明に使われているだけでなく,スマートフォンやパソコンのモニター,テレビといった情報端末の液晶画面に使用され,その省エネルギー性能からブルーライトLEDは私たちの生活に大変身近なものになってきている.しかし,実はこのブルーライトこそが体内時計の針を動かす最も強力な光波長である.2013年の厚生労働省研究班の報告によるとネット依存の中高生は全国で推計52万人(全国の中高生は約680万人)いることが判明し,そのなかの59%が「睡眠の質が悪い」と訴えているという.このことは,夜間に浴びるブルーライトが中高生の体内時計の針を狂わせ,睡眠に悪影響を及ぼしている可能性が高い.今,私たちは“光の質”の変遷期に直面し,ブルーライトが体に与える影響を正しく深く知る必要があるのではないだろうか.本特集では,このようなブルーライト問題に対し162あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014て,まず坪田の稿でこの問題についての問題提起とブルーライトの基礎知識について触れる.新しい公害ともされる「lightpollusion(光害)」について,私たちが今直面している現状について述べている.そして,現在急速に普及し,私たちの生活に欠かせない存在となっている照明用LEDについて開発者の立場からパナソニック株式会社の真鍋由雄先生に読者の中心である眼科医にわかりやすいように解説していただいた.生活に溢れるLED照明の仕組みについて知り,なぜ,LED照明が普及しているのか理解できるであろう.つぎに,そのブルーライトの眼に対する害である「ブルーライトによる網膜障害」について島根大学医学部眼科学講座の谷戸正樹先生にご執筆いただいた.光曝露による網膜内での視物質の代謝に関連した視細胞と網膜色素上皮細胞の機能低下メカニズムについて詳しく解説していただき,可視光のなかでもブルーライトとこれら網膜障害との関連について述べていただいている.続いて,このブルーライト障害から眼を守る防御機構について「黄斑色素によるブルーライト障害の防御」として聖隷浜松病院眼科の尾花明先生にご執筆いただいた.強いブルーライトに曝される危険性の高い中心窩において黄斑色素が中心となって光に対する防御が行われているという内容である.常にその防御機構が光障害に勝ることによって網膜障害を防ぐことができている.しかし,さまざまな要因でそのバランスが崩れることで網膜に疾患が生じるのである.加齢黄斑変性との関連についてもご解説いただいた.先に述べたように,体内時計の針を動かす強力な因子は光であり,そのなかでも,私たちの体内時計はブルーライトに最も感受性が高い.夜間に浴びるブルーライトは体内時計を狂わせてしまう.では,ブルーライトはどのようにして体内時計を狂わすのであろうか.まず,「体内時計概論」として,体内(2) 時計のメカニズムについて中村らが解説している.特に一日のリズムである概日リズム(サーカディアンリズム)について,リズム特性やリズム発振機構について述べている.次に,体内時計は,入力系振動体-出力系の3つに分けて示されることがあるが,その入力系について,「内因性光感受性網膜神経節細胞による体内時計の調節」として米国ソーク研究所の羽鳥恵先生にご執筆いただいた.耳が聴覚と平衡感覚を担っているように,眼も視覚機能と非視覚機能を担っている.その非視覚機能の受容器である内因性光感受性網膜神経節細胞について詳しく説明していただいている.ブルーライトを受容する受容機構について理解が深まる内容である.そして最後に,ブルーライトを中心とした光がヒトの体内時計と睡眠に与える影響について,国立精神・神経医療研究センターの北村真吾先生・三島和夫先生に「ブルーライト-体内時計-睡眠障害の関連」として多くのヒトのデータをご紹介いただいている.いずれの内容も専門性の高いものであるが,読者にはこの特集を読み終わった後に,眼・ブルーライト・体内時計の関連性が理解できるような構成になっているので,ぜひ,最後までご一読いただきたい.(3)あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014163

非球面頻回交換乱視用シリコーンハイドロゲルレンズの臨床試験

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):145.155,2014c非球面頻回交換乱視用シリコーンハイドロゲルレンズの臨床試験宮本裕子*1稲葉昌丸*2梶田雅義*3小玉裕司*4濱田恒一*5水谷聡*6*1アイアイ眼科医院*2稲葉眼科*3梶田眼科*4小玉眼科医院*5ハマダ眼科*6水谷眼科診療所ClinicalStudyofFrequentReplacementToricSiliconeHydrogelLenswithAsphericOpticsYukoMiyamoto1),MasamaruInaba2),MasayoshiKajita3),YujiKodama4),TsunekazuHamada5)andSatoshiMizutani6)1)AiaiEyeClinic,2)InabaEyeClinic,3)KajitaEyeClinic,4)KodamaEyeClinic,5)HamadaEyeClinic,6)MizutaniEyeClinic乱視矯正を目的として新しく開発された前後面非球面頻回交換乱視用シリコーンハイドロゲルレンズ「PV2HDA」の安全性と有用性を評価するために臨床試験を行った.近視性乱視を有する80例160眼に対して試験レンズを処方し,屈折検査,フィッティング検査,細隙灯顕微鏡検査を施行し,自覚症状の確認と見え方や装用感に関するアンケート調査を行った.その結果,全期間を通じてレンズ上の視力は1.0以上と良好な視力が得られた.レンズの安定性も良好で,重篤な合併症は1例も認めなかった.自覚症状については,充血が軽減し,特に暗所での見え方が良好という結果が得られた.また,アンケート調査によって,見え方に関する満足度が高いことが明らかとなった.近視性乱視を矯正する目的において良好な視力が得られ,眼科医の管理のもと臨床上安全で有用なレンズであることがわかった.Aclinicalstudywasdonetoevaluatethesafetyandefficacyofthefrequentreplacementtoricsiliconehydro-gellenswithasphericoptics(PV2HDA),whichwasnewlydevelopedtocorrectastigmatismandreduceasphericaberration.Thestudylenses,prescribedfor160eyesof80patientswithmyopicastigmatism,wereexaminedbyrefraction,fittingandslitlampbiomicroscopy.Aquestionnairesearchwasthenconductedtoassesssubjectivesymptomsandsurveythequalityofvisionandthefeelingofwearingthelens.Resultsshowedthatvisualacuitywithstudylenswearwas1.0orbetterthroughoutthestudyperiod.Lensstabilitywasalsogood,andnoseriouscomplicationswerereported.Asforsubjectivesymptoms,resultsshowedthathyperemiawasrelievedandthatqualityofvisionwasespeciallygoodindarkplaces.Thesurveyalsoevidencedahighsatisfactionratingintermsofqualityofvision.Thestudylenswasshowntobeclinicallysafeandusefulforachievinggoodvisualacuityincorrectingmyopicastigmatism,underthesupervisionofanophthalmologist.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):145.155,2014〕Keywords:頻回交換乱視用ソフトコンタクトレンズ,シリコーンハイドロゲルレンズ,非球面レンズ,臨床試験.replacementtoricsoftcontactlens,siliconehydrogellens,asphericlens,clinicalstudy.はじめに柔軟な素材特性をもつソフトコンタクトレンズ(SCL)による乱視矯正は困難とされるが,近年は有用な乱視用SCLが登場してきている.素材の面においても,従来素材のSCLと比べ,高い酸素透過性などの優れた性能をもったシリコーンハイドロゲルレンズが急速に普及してきている.この2つの特徴を併せ持つSCLとして「メダリストRプレミア<乱視用>」が2008年10月より発売されているが,優れた乱視用SCLには,質の高い見え方と,より適切な動きと同時にレンズの良好な安定性が求められる.また,当初に開発されたシリコーンハイドロゲルレンズの素材は硬めであるために装用感の低下が指摘されているが,素材の開発やデザインの改良により装用感の向上を図っている.「PV2HDA」は,「メダリストRプレミア<乱視用>」の装用感を向〔別刷請求先〕宮本裕子:〒558-0023大阪市住吉区山之内3丁目1-7アイアイ眼科医院Reprintrequests:YukoMiyamoto,M.D.,AiaiEyeClinic,3-1-7Yamanouchi,Sumiyoshi-ku,Osaka558-0023,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(145)145 上させるために,レンズのバラスト厚を0.345mmから0.300mmに,エッジ厚を0.089mmから0.050mmに薄くし,さらに眼球の球面収差を補正する目的で前後面非球面設計されたレンズとなっている.今回,筆者らは「PV2HDA」を用いて臨床試験を行ったので,その結果を報告する.I対象および方法1.対象対象は,屈折異常以外にSCL装用に問題となる眼疾患を認めず,自覚的屈折値で.9.00D以下の近視眼でかつ.2.50D以下の乱視眼である.さらに,球面および円柱レンズの矯正により片眼0.5以上の遠方視力が得られ,球面SCLおよび乱視用SCLを日常装用している者とした.2.方法a.倫理審査委員会およびインフォームド・コンセント本試験は,松本クリニック治験審査委員会の承認を得た.本試験の実施趣旨を理解した後,自らの意志で参加同意書に署名した者を登録症例とした.臨床試験を実施した医療機関6施設の名称と担当医師を表1に示す.b.試験レンズおよび装用方法試験レンズ「PV2HDA」は,わが国にて販売されている「販売名:ボシュロムメダリストフレッシュフィット(商品名:ボシュロムメダリストフレッシュフィットRコンフォートモイストR)<乱視用>」と同一である.試験レンズの物性と規格を表2に示す.装用方法は終日装用で,使用期間は最長2週間とした.基本的に,マルチパーパスソリューション(MPS)によるこすり洗い,すすぎ,消毒,保存を毎日行うよう指導した.MPSはレニューRセンシティブを推奨したが,担当医がそれ以外の消毒剤の使用が適切と判断した場合は,担当医が指示した消毒剤を指示した方法によって使用することとした.c.試験レンズの処方試験レンズを処方するにあたってインフォームド・コンセントを取得し,裸眼および矯正視力の測定,自覚的および他覚的屈折検査,角膜曲率半径計測,細隙灯顕微鏡検査など通常のSCL処方に必要な検査を行った.試験レンズの適応であることを確認した後に,トライアルレンズを装着し,フィッティングの観察を行ったうえで,追加補正屈折値を求め,処方レンズの規格を決定した.d.観察期間と検査項目観察期間は2012年4月4日から2012年9月29日までで,定期の検査日は試験開始時,1週間後,1カ月後の3回で,それ以外は定期外として取り扱った.検査項目は,自覚的屈折検査,他覚的屈折検査,試験レンズによる遠見視力の測定である.さらに細隙灯顕微鏡による前眼部所見の観察を行い,試験レンズのフィッティングを評価し,装用した状態で表1試験実施機関および担当医師医療機関名試験担当医師アイアイ眼科医院宮本裕子稲葉眼科稲葉昌丸梶田眼科梶田雅義小玉眼科医院小玉裕司*ハマダ眼科濱田恒一水谷眼科診療所水谷聡*試験代表医師.表2試験レンズの物性と規格項目物性・規格材質(USAN*1)BalafilconAFDA*2分類グループIII酸素透過係数(Dk値)91×10.11(cm2/sec)・(mlO2/ml×mmHg)含水率36%度数範囲球面度数.1.00D..6.00D(0.25Dステップ).6.50D..8.00D(0.50Dステップ)円柱度数.0.75D.1.25D.1.75D円柱軸10°20°90°160°170°180°ベースカーブ8.9mm直径14.5mm中心厚0.10mm(S.3.00D)レンズデザインプリズムバラスト(後面トーリック)レンズカラーライトブルー*1USAN:UnitedStatesAdoptedNames.*2FDA:FoodandDrugAdministration.試験レンズの表面検査を行ったうえで,交換の必要性などを確認した.前眼部所見の程度判定基準を表3に,フィッティング評価基準を表4に,汚れの形態と範囲の程度分類を表5に示す.自覚症状については,違和感,乾燥感,充血,くもりについてまったく認めない状態を0mm,最も強い状態を100mmとしたvisualanalogscale(VAS)を用いて,対象者自身に評価させ平均値を算出した.アンケート調査は,表6各設問について非常にそう思うか,そう思うか,ややそう思うか,あまりそう思わないか,そう思わないか,全く思わないかの6つのなかから選択することとした.上位3つの非常にそう思う,そう思う,ややそう思うの合計を算出した.自覚症状の確認とアンケート調査については試験参加前に装用していたコンタクトレンズ(CL)(元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者,元ハイドロゲルレンズ装用者,元球面レンズ装用者,元乱視用レンズ装用者)別でも評価した.146あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(146) 表3前眼部所見の判定基準項目程度基準0ステイニングなし.角膜上皮ステイニング1すべての領域で表層に点状のステイニングがごくわずかに認められるが,融合していない.表層の異物によるステイニングも含む.2融合,またはびまん性の点状ステイニングがわずかに認められるが,フルオレセインは実質内に達していない.3著明に,または密に融合した点状ステイニングが認められ,フルオレセインがわずかに実質内に達している.4重度の上皮.離またはびらんが認められ,上皮実質が失われている.角膜実質が顕著に,かつ速やかに染色される.0上皮混濁や上皮下混濁がない.正常な透明性.1局所的な上皮混濁や上皮下混濁がわずかに認められる.角膜浮腫2局所または全体的な上皮混濁がかすかながら確かに認められる.3局所または全体的な上皮混濁が著明に認められる.4はっきりした上皮混濁が広範囲に認められて角膜がすりガラス状になる,または無数の水疱が融合している.0顕著な輪部血管アーケードは認められるものの,輪部の外観は正常である.11/4の範囲内で角膜に1.5mm未満の血管新生が認められる.角膜血管新生21/4以上の範囲内で角膜に1.5mm未満の血管新生が認められる.3いずれかの1/4の範囲で角膜に1.5.2.5mmの血管新生が認められる.4広域に角膜に2.5mmを超える血管新生が認められる.0充血は認められない.結膜血管の外観は正常である.11/4の範囲内に極軽度の結膜血管充血が認められる.球結膜充血21/4以上の範囲に軽度の結膜血管充血が認められる.3いずれかの1/4の範囲に顕著な結膜血管充血が認められる.4広域に顕著な結膜血管充血が認められる.0眼瞼結膜の外観は正常でベルベット状をしている.乳頭はない.眼瞼結膜乳頭増殖1結膜表面のなめらかさがやや失われている.2結膜表面のなめらかさがやや失われている.直径1.0mm未満の乳頭が認められる.3結膜表面のなめらかさは明らかに失われている.直径1.0mm未満の乳頭が認められる.4直径1.0mmを超える巨大乳頭が局所または全体に認められる.0角膜浸潤なし.1無症状の単発の浸潤が認められる.角膜浸潤2充血および何らかの自覚症状を伴った単発または多発の浸潤が認められる.3何らかの角膜異常と充血を伴った単発または多発の浸潤が認められる.4角膜実質に及ぶ染色と充血を伴った単発または多発の浸潤が認められる.表4フィッティングの評価基準項目分類安定位置中央上方下方耳側鼻側レンズの回転無±10°以内±20°以内±20°以上回転方向無鼻側耳側動きルーズノーマルタイトその他の所見球結膜の圧迫レンズのエッジの浮き上がり(147)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014147 表5汚れの形態と範囲の程度分類形態点状,膜状1.CL全体面積の1/3未満の汚れを認める範囲2.CL全体面積の1/3以上2/3未満の汚れを認める(程度)3.CL全体面積の2/3以上の汚れを認める表6アンケート調査項目設問内容・装着数分後の見え方が鮮明でクリア・1日を通して見え方が鮮明でクリア・夜間や薄暗い場所でもクッキリ・装着してすぐにレンズの位置が安定・装着直後に快適な装用感・装着して数分後の快適な装用感・快適な装用感が1日を通して持続・乾燥感が軽減II結果1.症例a.年齢と性別年齢は,18.54歳〔34.4±9.6歳(平均値±標準偏差)〕,男性19例38眼(23.8%),女性61例122眼(76.3%)の計80例160眼であった.b.中止症例および解析対象症例試験途中で中止となった症例は3例であった.そのうち2例は,仕事が多忙となったなど対象者自身の意志によって試験の継続を希望しなくなった.残りの1例は,定期検査に来院されず連絡が取れなくなったため中止症例として扱った.上記の3例6眼を除いた77例154眼を解析対象症例としたが,細隙灯顕微鏡所見および有害事象については全症例を対象として集計した.なお,1週間後および1カ月後に観察期間が規定範囲日外のため定期外として取り扱った症例が各1例あった.c.対象者の自覚的屈折値試験開始時に行った自覚的屈折検査の結果,近視度数が.3.00..5.75Dの例が154眼中69眼(44.8%)で最も多かった.一方,乱視度数は.1.00D以下の例が154眼中72眼(46.8%)で最も多かった(表7).乱視軸については図1のごとく,180°と90°以外の例も認められた.対象者の乱視度数は,.0.50..1.00Dが72眼(46.8%)を占めていた.2.処方レンズの規格と試験レンズによる視力装用開始時に処方したレンズ度数は,球面度数が.3.00..5.75Dの例が最も多く,対象者の自覚的屈折値と同じであったが,.0.25..2.75Dが53眼(34.4%)に増加し,.6.00D以上の例が26眼(16.9%)に減少していた.円柱度数は59.1%の症例が.0.75Dで処方可能であった(表8).処方したレンズの円柱軸は180°が126眼(81.8%),90°が15表7自覚的屈折値眼(%)乱視度数\近視度数.0.25..2.75D.3.00..5.75D.6.00D以上合計.0.50D2(1.3)7(4.5)2(1.3)11(7.1).0.75D9(5.8)13(8.4)7(4.5)29(18.8).1.00D8(5.2)15(9.7)9(5.8)32(20.8).1.25D10(6.5)12(7.8)5(3.2)27(17.5).1.50D3(1.9)9(5.8)4(2.6)16(10.4).1.75D3(1.9)4(2.6)11(7.1)18(11.7).2.00D4(2.6)6(3.9)2(1.3)12(7.8).2.25D1(0.6)3(1.9)2(1.3)6(3.9).2.50D1(0.6)0(0.0)2(1.3)3(1.9)合計41(26.6)69(44.8)44(28.6)154(100.0)小数点以下2位を四捨五入したためパーセントの合計は必ずしも一致しない.(眼)140120100806040200908070605040302010180170160150140130120110100(度)図1自覚的屈折検査の乱視軸分布148あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(148) 表8処方レンズの規格眼(%)円柱度数\球面度数.0.25..2.75D.3.00..5.75D.6.00D以上合計.0.75D30(19.5)50(32.5)11(7.1)91(59.1).1.25D20(13.0)18(11.7)9(5.8)47(30.5).1.75D3(1.9)7(4.5)6(3.9)16(10.4)合計53(34.4)75(48.7)26(16.9)154(100.0)(眼)140120100806040200908070605040302010180170160150140130120110100(度)図2処方したレンズの円柱軸分布視力(平均値)1.00.11.22N.S.1.24N.S.1.261.091.091.09装用開始154眼1週間後152眼1カ月後152眼図(N.S.);ANOVA,Dunnett.3試験レンズによる視力平均値は小数視力をlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力に変換して平均値を算出した後小数視力に再度変換した値である.○:矯正視力,■:追加矯正視力.眼(9.7%)で,90%以上の対象者が180°および90°の円柱軸で処方が可能であった(図2).つぎに,試験レンズ装用時の視力は図3のごとく,装用開始時から1カ月後のすべての観察期間で1.09と変化がなかった.検眼レンズによる追加矯正視力においても,装用開始時が1.22,1週間後が1.24,1カ月後が1.26で有意差を認めなかった.3.試験レンズのフィッティング試験開始時,1週間後,1カ月後,定期外検査の累積数462眼について,試験レンズのフィッティングを観察した.表9に示すように,試験レンズの安定位置は,中央が424眼(91.8%)と最も多く,つぎに耳側に安定した例が31眼(6.7%)であった.動きは,ほとんどの症例(95.0%)がノーマルで,ルーズな例やタイトな例はごくわずかであった.回転については,ガイドマークが真下に位置していたものが(149)306眼(66.2%),ガイドマークが真下の位置から耳側10°以内に認められたものが108眼(23.4%)と,ガイドマークが真下の位置に認められなかった例のなかでは耳側方向が多かった.さらに図4のごとく,診察の結果,総合評価として大変良好と評価されたものが152眼中115眼(75.7%),良好と評価されたものが28眼(18.4%)で,合計94.1%の例で良好以上の結果であった.4.試験レンズの表面診察日に,細隙灯顕微鏡で試験レンズを装用したまま汚れとキズの状況を確認した.308枚中282枚(91.6%)は正常であった.汚れを認めたもののなかで一番多かったものは,点状の汚れ程度1で,17枚(5.5%)のみであった.特に強い汚れを生じたものやキズを認めた例もなかった(表10).5.試験レンズの交換試験レンズの処方交換を行ったものは累積304眼中10眼(3.3%)で,交換理由として視力不良が8眼(2.6%)と最も多かった.回転によるフィッティング不良で交換したものは1眼(0.3%)で,フィッティング不良および視力不良が理由のものは1眼(0.3%)のみで非常に少なかった(表11).6.細隙灯顕微鏡による前眼部所見試験開始時の前眼部所見として,角膜上皮ステイニングが21眼あり,球結膜充血が4眼,CLPC(contactlens-inducedpapillaryconjunctivitis)が2眼,その他11眼(角膜瘢痕,結膜結石,瞼結膜充血)が認められた(表12).しかし,いずれも担当医は試験レンズの装用が可能であると判断し,本試験が開始された.観察期間中においても,角膜浮腫,角膜新生血管,角膜浸潤および角膜潰瘍など重篤な異常所見は認めなかった.今回,担当医が有害事象として挙げたものを表13に示す.角膜上皮ステイニングが3例4眼,SEALs(superiorepithelialarcuatelesions)が3例5眼,CLPCがあたらしい眼科Vol.31,No.1,2014149 表9フィッティング検査眼(%)安定位置動き回転中央耳側上方下方/耳側上方/耳側下方424313220(91.8)(6.7)(0.6)(0.4)(0.4)(0.0)ノーマルルーズタイト439212(95.0)(4.5)(0.4)無306(66.2)耳側10°以内108(23.4)20°以内17(3.7)21°以上5(1.1)鼻側10°以内21(4.5)20°以内3(0.6)21°以上2(0.4)462(100.0)462(100.0)462(100.0)小数点以下2位を四捨五入したためパーセントの合計は必ずしも一致しない.やや不良大変良好115眼(75.7%)良好28眼(18.4%)不良表10試験レンズの表面検査枚(%)5眼(3.3%)4眼(2.6%)検査結果1週間後1カ月後定期外検査計正常1401384282(91.6)点状の汚れ(程度1)10717(5.5)膜状の汚れ(程度1)257(2.3)膜状の汚れ(程度2)22(0.6)キズ0(0.0)計1521524308(100.0)←図4試験レンズの総合評価〔n=152(眼)〕表11試験レンズの交換理由眼(%)\交換理由検査眼数1週間後1カ月後152(100.0)152(100.0)累積数304(100.0)視力不良フィッティング不良(回転)フィッティング不良(回転)および視力不良6(3.9)2(1.3)1(0.7)1(0.7)8(2.6)1(0.3)1(0.3)合計8(5.3)2(1.3)10(3.3)表12細隙灯顕微鏡検査による前眼部所見眼(%)前眼部異常所見試験開始時1週間後1カ月後定期外検査検査眼数16015615210無127(79.4)123(78.8)119(78.3)8(80.0)角膜上皮ステイニング程度121(13.1)22(14.1)21(13.8)22(20.0)球結膜充血14(2.5)1(0.6)2(1.3)2(20.0)CLPC*112(1.3)1(0.6)1(0.7)21(0.7)その他*211(6.9)12(7.7)10(6.6)重複記載あり.*1CLPC:contactlens-inducedpapillaryconjunctivitis.*2その他:角膜瘢痕,結膜結石,瞼結膜充血など.150あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(150) 表13有害事象事象名発現数程度因果関係投薬一時中止中止軽度関連性あり/可能性あり製品名角膜上皮ステイニング3例4眼3例4眼3例4眼3例4眼角結膜上皮障害治療用点眼薬─1例2眼人工涙液ドライアイ治療用点眼薬SEALs*13例5眼3例5眼3例5眼2例4眼角結膜上皮障害治療用点眼薬1例2眼─人工涙液CLPC*22例2眼2例2眼2例2眼1例1眼非ステロイド抗炎症点眼薬──*1SEALs:superiorepithelialarcuatelesions.*2CLPC:contactlens-inducedpapillaryconjunctivitis.表14消毒剤の変更NO参加前使用消毒方法装用開始1週間後変更理由1カ月後12345過酸化水素用剤過酸化水素用剤過酸化水素用剤他社MPS用剤他社MPS用剤過酸化水素用剤過酸化水素用剤レニューセンシティブレニューセンシティブレニューセンシティブ過酸化水素用剤過酸化水素用剤過酸化水素用剤とMPS用剤でのこすり洗い過酸化水素用剤とMPS用剤でのこすり洗い他社MPS用剤自己都合少し痒みしみる過酸化水素用剤過酸化水素用剤過酸化水素用剤とMPS用剤でのこすり洗い過酸化水素用剤とMPS用剤でのこすり洗い他社MPS用剤VAS(mm)VAS(mm)1008060***4031.635.138.432.426.822.823.022.716.920.318.02015.50試験開始時1週間後1カ月後154眼152眼152眼図5自覚症状(全対象者)(*p<0.05)(**p<0.01);ANOVA,Tukey-Kramer.■:違和感,■:乾燥感,:充血,:くもり.2例2眼であった.角膜上皮ステイニングを認めた症例のなかで1例2眼は,被験者が試験の継続を希望しなかったため中止となった.SEALsを認めた症例のなかで1例2眼は一時中止したが点眼加療によって改善し,その後は試験レンズを再装用することが可能であった.有害事象が原因で,試験レンズの装用が中止に至ったという症例は1例もなかった.7.消毒剤の変更消毒剤の変更は,装用開始から参加前使用消毒処方を指示した2例と1週間後に変更した3例であった.変更理由として自己都合,少し痒み,しみるという症状があったため,過酸化水素用剤とMPS用剤でのこすり洗いが2例と参加前使用消毒方法への指示が1例であった(表14).MPSとの適合性による問題だと考えられる障害は生じなかった.(151)10080604028.628.412.215.319.424.522.718.813.016.720.22012.90試験開始時1週間後1カ月後154眼152眼152眼図6見え方についての自覚症状(全対象者)(N.S.);ANOVA,Tukey-Kramer.■:明所,■:暗所,:瞬目時,:こすった時.8.自覚症状a.違和感,乾燥感,充血,くもりについて試験レンズ装用による違和感,乾燥感,充血,くもりについてVASを用いた評価を行った.数値が高いほど症状が強いという意味を表す.違和感は,試験開始時と比較して1週間後に増加したが,1カ月後には改善していた.乾燥感も試験開始時と比較して1週間後に増加したが,1カ月後には改善していた.逆に,充血は1週間後,1カ月後と減少していった.くもりは試験開始時と比較して1週間後に微増したが,1カ月後には改善していた(図5).b.見え方について試験レンズ装用による明所,暗所,瞬目時およびこすった時の見え方についてもVASを利用して評価した.数値が低いほど見え方が良好という意味を表す.有意差はなかったもあたらしい眼科Vol.31,No.1,2014151 VAS(mm)VAS(mm)10VAS(mm)1001008080**6060**33.138.542.636.240*27.623.64028.127.328.926.423.624.121.721.319.318.417.815.217.72016.213.117.114.612.715.710.914.32013.89.16.60試験開始時1週間後1カ月後0試験開始時1週間後1カ月後108眼106眼106眼46眼46眼46眼図7自覚症状(元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者)図8自覚症状(元ハイドロゲルレンズ装用者)(*p<0.05)(**p<0.01);ANOVA,Tukey-Kramer.(*p<0.05);ANOVA,Tukey-Kramer.■:違和感,■:乾燥感,:充血,:明所,:暗所.■:違和感,■:乾燥感,:充血,:明所,:暗所.0%見え方が鮮明でクリア(装着数分)見え方が鮮明でクリア(1日)夜間や薄暗い場所でもクッキリすぐにレンズ位置が安定快適な装用感(装着直後)*快適な装用感(装着数分)快適な装用感が持続(1日)眼の乾燥感が軽減20%40%60%80%100%19121315121710829343524222324121723201716171922461314121222131487571335862図9アンケート調査(全対象者)■:非常にそう思う,:そう思う,:ややそう思う,■:あまりそう思わない,■:そう思わない,■:全くそう思わない.*快適な装用感(装用直後)に1例未回答あり.グラフ内の数値は症例数.のの試験開始時と比べ,暗所での見え方が良くなっているのがわかる(図6).c.事前に使用していたCL別の自覚症状と見え方さらに,自覚症状の5項目(違和感,乾燥感,充血,明所での見え方,暗所での見え方)について,元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者(53例106眼)と元ハイドロゲルレンズ装用者(23例46眼)とに分けて検討した結果を,各々図7と図8に示す.元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者において,暗所での見え方が装用開始時に比較して1カ月後に有意に良くなっているのがわかる.違和感については,一時悪化したが,1カ月後には有意な改善を認めた.元ハイドロゲルレンズ装用者においては,充血が装用開始時と比較して1カ月後は有意に改善していた.9.アンケート調査表6に示す項目について回答した結果を図9に示す.非常にそう思う,そう思う,ややそう思うの合計の割合は見え方が鮮明でクリア(装着数分)は85.5%,見え方が鮮明でクリア(1日)は90.8%,夜間や薄暗い場所でもクッキリ89.5%,すぐレンズ位置が安定は73.7%,快適な装用感(装着直後)は66.7%,快適な装用感(装着数分)は75.0%,快適な装用152あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(152) 0%20%40%60%80%100%107665106322252819171615612161414131217177449997161113764712244図10アンケート調査(元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者)■:非常にそう思う,:そう思う,:ややそう思う,■:あまりそう思わない,■:そう思わない,■:全くそう思わない.グラフ内の数値は症例数.0%20%40%60%80%100%図11アンケート調査(元ハイドロゲルレンズ装用者)■:非常にそう思う,:そう思う,:ややそう思う,■:あまりそう思わない,■:そう思わない,■:全くそう思わない.*快適な装用感(装用直後)に1例未回答あり.グラフ内の数値は症例数.957977457975579657633525124535621111111112見え方が鮮明でクリア(装着数分)見え方が鮮明でクリア(1日)夜間や薄暗い場所でもクッキリすぐにレンズ位置が安定快適な装用感(装着直後)快適な装用感(装着数分)快適な装用感が持続(1日)眼の乾燥感が軽減見え方が鮮明でクリア(装着数分)見え方が鮮明でクリア(1日)夜間や薄暗い場所でもクッキリすぐにレンズ位置が安定快適な装用感(装着直後)*快適な装用感(装着数分)快適な装用感が持続(1日)眼の乾燥感が軽減感が持続(1日)は69.7%,眼の乾燥感が軽減は55.3%であった.とりわけ見え方が鮮明でクリア(装着数分・1日)と夜間や薄暗い場所でもクッキリで満足が得られていた.試験参加前に使用していたレンズ素材別に検討した結果を,図(153)10と図11に示す.両者とも見え方の鮮明さという面で満足度が高いが,レンズの安定性に加えて装用数分後から一日を通しての装用感という面でも,元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者において70%以上の例で満足が得られていた.あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014153 0%20%40%60%80%100%見え方が鮮明でクリア(装着数分)見え方が鮮明でクリア(1日)夜間や薄暗い場所でもクッキリすぐにレンズ位置が安定快適な装用感(装着直後)快適な装用感(装着数分)快適な装用感が持続(1日)眼の乾燥感が軽減図12アンケート調査(元球面レンズ装用者)■:非常にそう思う,:そう思う,:ややそう思う,■:あまりそう思わない,■:そう思わない,■:全くそう思わない.グラフ内の数値は症例数.21222122215224412212121311111110%20%40%60%80%100%見え方が鮮明でクリア(装着数分)見え方が鮮明でクリア(1日)夜間や薄暗い場所でもクッキリすぐにレンズ位置が安定快適な装用感(装着直後)*快適な装用感(装着数分)快適な装用感が持続(1日)眼の乾燥感が軽減図13アンケート調査(元乱視用レンズ装用者)■:非常にそう思う,:そう思う,:ややそう思う,■:あまりそう思わない,■:そう思わない,■:全くそう思わない.*快適な装用感(装用直後)に1例未回答あり.グラフ内の数値は症例数.17121213101510828323322222219101519161614151820461212111219121486571225751元ハイドロゲルレンズ装用者では,特に,レンズを装着してえ方の鮮明さと夜間や薄暗い場所でもクッキリという面で満数分後の装用感において80%以上もの例で満足されている足度が高いが,元球面レンズ装用者においては夜間や薄暗いことがわかった.さらに,試験参加前に使用していたレンズ場所でもクッキリが100%で満足度が得られていた.元乱視種類別に検討した結果を図12と図13に示す.両者とも見用レンズ装用者では,特に,見え方が鮮明でクリア(1日)154あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(154) において90%以上の例で満足されていることがわかった.III考察多施設臨床試験の結果,今回の試験レンズの安全性という面においては,細隙灯顕微鏡検査で角膜新生血管,角膜浸潤,角膜浮腫や潰瘍など重篤な合併症は1例も生じることなく安全なレンズであると思われた.認められた前眼部所見のなかで,試験開始時に角膜上皮ステイニング程度1が21眼(13.1%)であったが,試験期間を通して眼数に変化はなく,また,開始時と比較し,球結膜充血や上眼瞼結膜乳頭増殖の発現数は1カ月後には減少していた.角膜上皮ステイニング3例4眼,SEALs3例5眼,CLPC2例2眼が有害事象として挙げられたが,これらはいずれもSCLの特性として発現する可能性のある所見1.3)であった.一時中止例に対しては点眼加療によって改善し,その後は試験レンズを再装用した.眼科医の管理のもと安全に使用できるレンズであると考える.つぎに,有用性という面において考えてみると,VASによる自覚症状の評価で,有意差はないものの充血が改善傾向にあり,違和感が一時的に1週間後に微増したが,1カ月後にはやや改善している.試験レンズは,レンズ厚を薄くすることで,シリコーンハイドロゲルレンズの素材による硬さのための装用感を改善するように設計されているという特徴があり,違和感を訴えた対象者であっても,一定期間装用を継続することによって,課題を克服できる可能性があると予想された.アンケート調査の結果から,装着して数分後および1日を通して見え方が鮮明でクリアで,夜間や薄暗い場所でもクッキリ見えるなど,見え方についての満足度が高いということがわかった.元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者と元ハイドロゲルレンズ装用者と分けても検討してみたが,大きな違いはなく,どちらも見え方においての満足度が高かった.症例数が少ないので単純に比較はできないが,元ハイドロゲルレンズ装用者は,元シリコーンハイドロゲルレンズ装用者に比べ,乾燥感に満足する傾向にあった.さらに,試験レンズによる矯正視力も良好で,処方レンズの度数については,頂点間補正を行った自覚的屈折度数よりやや弱めの円柱度数が処方されていることが示唆され,梶田4)や水谷5)の報告と同様の結果であった.担当医による診察で,レンズの動きが適切であった例は95%で,安定性の評価において94%の症例が良好以上という結果が得られている.一方,一般的にシリコーンハイドロゲルレンズ素材は,脂質が付着しやすいと言われている6).試験レンズの表面はイオン化した酸素ガスを直接衝突させるプラズマ加工が施されている7.9)が,この表面加工が脂質の付着を予防すると考えられ,今回も90%以上のレンズに見かけ上,汚れは検出されなかった.本論文の最初に,「優れた乱視用SCLというのは,質の高い見え方と,より適切な動きと同時にレンズの良好な安定性が求められる」と述べたが,今回の試験レンズはこの要素を兼ね備え,優れた乱視用SCLと言えるのではないかと思われた.非球面設計のCLは見え方の質を向上させることが期待10.12)され,かつ明所より暗所でその効果か高いことが言われている.これらのことは非球面眼内レンズで,波面センサーによる高次収差測定やコントラスト感度と瞳孔径との関係においても検討13,14)されている.今回の試験レンズはトーリックSCLとしての軸の安定性による乱視の矯正効果などが,視機能の向上に影響を及ぼした可能性が考えられるが,非球面によって球面収差を補正する光学特性を有しており暗所でより良い見え方の改善が認められた背景には,試験レンズの光学特性が寄与した可能性が考えられる.以上の点から,非球面頻回交換乱視用シリコーンハイドロゲルレンズ「PV2HDA」は,近視性乱視眼に対して臨床的に安全で有用であると考えられた.文献1)大内典子,小玉裕司,丸山勝巳ほか:ソフトコンタクトレンズ装用上のEpithelialSplittingについて.日コレ誌43:12-14,20012)宮本裕子:次世代のコンタクトレンズ─シリコーンハイドロゲルレンズを中心として─.あたらしい眼科21:757760,20043)稲葉昌丸:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズとは.日コレ誌53:2-5,20114)梶田雅義:トーリックソフトコンタクトレンズの処方.トーリックコンタクトレンズ.p34-53,メジカルビュー社,19995)水谷聡:トーリックコンタクトレンズの処方.日コレ誌51:267-274,20096)植田喜一,中道綾子,稲垣恭子:シリコーンハイドロゲルレンズの臨床における汚れの定量分析.日コレ誌52:180187,20107)佐野研二:進化するコンタクトレンズ素材─水との共生─.あたらしい眼科24:723-735,20078)松沢康夫:シリコーンハイドロゲルの表面の性質について.日コレ誌50:S1-S5,20089)村岡卓:「ボシュロムメダリストRプレミア」の紹介.日コレ誌51:72-78,200910)糸井素純:前面非球面デザインの効用.日コレ誌48:S1S6,200611)MorganPB&EfronN:Comparativeclinicalperformanceoftwosiliconehydrogelcontactlensesforcontinuouswear.ClinExpOptom85:183-192,200212)植田喜一,永井浩一:頻回交換型非球面ソフトコンタクトレンズの使用経験.臨眼58:1785-1791,200413)大谷伸一郎,宮田和典:非球面眼内レンズと高次収差.あたらしい眼科24:1435-1438,200714)太田一郎,三宅謙作,三宅三平ほか:非球面眼内レンズ(Nex-AcriAAAktisN4-18YG)挿入眼の視機能.あたらしい眼科28:135-138,2011(155)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014155

遠視性不同視弱視眼に生じた片眼性の心因性視覚障害の1例

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):141.144,2014c遠視性不同視弱視眼に生じた片眼性の心因性視覚障害の1例溝部惠子小林史郎大塚斎史京都第二赤十字病院眼科CaseReportofUnilateralFunctionalVisualLossinHyperopicAnisometropicAmblyopiaKeikoMizobe,ShirohKobayasiandYosifumiOhtsukaDepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKyotoDainiHospital遠視性不同視弱視症例に生じた片眼性の心因性視覚障害を経験した.症例は13歳,女児.近医にて左眼不同視弱視に対して通院治療中であったが,左眼矯正視力は(1.2)と安定していた.中学1年の夏休み後より左眼霧視を自覚.近医にて左眼の著明な視力低下を指摘され,当院へ紹介された.初診時視力は右眼(2.0),左眼(0.01),器質的異常なくRAPD(相対的求心路瞳孔反応障害)(.)で脳MRI(磁気共鳴画像)にも異常なく,左眼にらせん状.求心性視野狭窄を認めた.中学入学後の環境変化による心因性視覚障害と診断し右眼遮閉による暗示治療を開始したところ,3カ月後には左眼視力は回復し視野も正常となった.両眼性の心因性視覚障害の自験例6例と本症例の発症要因や治癒期間を比較したが,特に相違を認めなかった.両眼性でなく片眼性の発症となった要因としては不同視弱視の既往が考えられた.Purpose:Toreportacaseofunilateralfunctionalvisuallossinhyperopicanisometropicamblyopia.Case:A13-year-oldfemale,successfullytreatedwithhyperopicanisometropicamblyopiainherlefteyewasreferredtoourhospitalforvisualdisturbance.Findings:Rightcorrectedvisualacuitywas2.0,leftwas0.01.Aspiralvisualfielddisturbancewasshowninherlefteye.Noorganicabnormalitywasfoundinhereyesorbrain.Unilateralfunctionalvisuallosswasdiagnosedandocclusiontherapywasinitiated.Fourmonthslater,thedisturbanceofvisualacuityandfieldhadrecoveredtonormal.Conclusion:Comparedthisunilateralcasewith6casesofbilateralfunctionalvisualloss,itrevealednodifferencesinthecauseofdisturbanceordurationoftherapy.Unilateraldisturbancemightbeduetopasthistoryofanisometropicamblyopia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):141.144,2014〕Keywords:心因性視覚障害,不同視弱視,片眼性視覚障害.functionalvisualloss,anisometropicamblyopia,unilateralvisualdisturbance.はじめに心因性視覚障害は,器質的障害では説明できない視覚障害のことであり,器質的障害を生じる心身症や現実適応不良の解離性障害や疾患逃避傾向の強い転換ヒステリーなどの精神科診断基準のいずれにもあてはまらない障害である.小学校低学年から高学年の女児に多く,初診時視力は0.1から0.5程度で,両眼性の障害が多いといわれている1,2).片眼性の心因性視覚障害の報告も少なくないが,外傷が契機となった症例が多い3,4).今回,外傷の既往なく,視力安定した不同視弱視症例の弱視眼に心因性視覚障害を発症した1例を経験した.両眼性の心因性視覚障害の自験例との相違を比較検討したので報告する.I症例患者:13歳,女児.6歳から左眼の遠視性不同視弱視に対して近医で眼鏡処方され治療を続けていた.経過は良好で,平成22年6月には右眼視力が1.2(1.2×+1.00D),左〔別刷請求先〕溝部惠子:〒602-8026京都市上京区釜座通り丸太町上ル春帯町355-5京都第二赤十字病院眼科Reprintrequests:KeikoMizobe,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKyotoDainiHospital,355-5Haruobicho,Kamigyo-ku,Kyoto602-8026,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(141)141 眼視力が0.5(1.2×+4.50D(cyl.1.25DAx170°),と安定していた.しかし中学1年の夏休みが過ぎてから左眼の霞みを自覚し,平成22年10月初旬の受診時には左眼視力が0.01(0.01×+4.50D(cyl.1.25DAx170°)と著しい低下を示したため平成22年10月下旬に当科へ紹介された.当科初診時主訴:「左目に靄がかかる」,「体のバランスがとりにくくふらつく」,「走るとめまいがする」などであった.所見:右眼視力は遠見で2.0(2.0×+0.50D),近見では1.0,と良好であったが,左眼視力は遠見で0.01(0.01×+左眼4.50D(cyl.1.50DAx180°),近見も(0.08×+4.50D(cyl.1.50DAx180°)と,きわめて不良であった.所持眼鏡は右眼が+0.75D,左眼が+4.50D(cyl.1.25DAx180°で,検影法による屈折検査では右眼は+1.00D(cyl.0.25DAx90°,左眼は+4.00D(cyl.1.25DAx180°であり,所持眼鏡は適正であった.チトマスステレオテスト(TST)はfly(+),animal(3/3),circle(4/9)と比較的良好であった.相対的瞳孔求心路障害(RAPD)は陰性,眼位・眼球運動は正常で前眼部・眼底には異常を認めなかった.脳MRI(磁気共鳴画像)にても異常を認めなかった.Goldmann視野検査右眼図1初診時のGoldmann視野左が左眼,右は右眼の視野を示す.呈示イソプターは,左眼;V/4e,III/4e,II/4e,右眼;V/4e,I/4e,I/3e,I/2e,I/1e,I/1aである.右眼は正常だが左眼でらせん状から求心性狭窄を認める.左眼右眼図2遮閉治療開始約4カ月後の視野呈示イソプターは,左眼;V/4e,I/4e,I/3e,I/2e,I/1e,I/1a,右眼;V/4e,I/4e,I/3e,I/2e,I/1eである.左眼視野も正常となった.142あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(142) では右眼視野は正常であったが,左眼視野にらせん状から求心性の狭窄を認めた(図1).経過:器質的異常を認めなかったこと,左眼視力がきわめて不良の割に近見立体視が良好であったこと,らせん状狭窄・求心性狭窄の視野の結果などから心因性視覚障害を疑った.心因性視覚障害の可能性があることを患者と母親に説明し,右眼遮閉訓練による視力向上を暗示し,親子での頻回通院を指示した.遮閉訓練は平成22年11月中旬から開始し可能な限りの施行を指示した結果,学校での終日遮閉が施行できた.遮閉治療開始約1カ月後の平成22年12月初旬の所見では,左眼の遠見視力は(0.08×+4.50D(cyl.1.50DAx180°)と改善はわずかであったが,近見視力は(1.0+4.50D(cyl.1.50DAx180°)と著明に回復した.TSTもfly(+),animal(3/3),circle(9/9)まで可能となった.平成23年3月下旬には左眼の遠見視力も(1.2×+4.50D(cyl.1.50DAx180°)に回復し,視野も図2に示すとおり正常に回復した.II考按1.両眼性心因性視覚障害症例との比較心因性視覚障害は両眼性障害が多いが,本症例のような片眼性障害に両眼性とは異なる特徴がないかを検討した.比較のため両眼性の心因性視覚障害6例の自験例について,発症年齢・視力・視野異常の有無・治療期間・発症要因などを調べた.両眼性心因性視覚障害6例の発症年齢と視野異常の有無・初診時視力などの内訳を表1に示す.初診時年齢は6歳が1例,7歳が5例ですべて女児であった.Goldmann視野検査は5例に施行できたが,すべてに求心性またはらせん状視野異常を認めた.初診時裸眼視力は0.1から0.4程度が多いといわれている1)が,当院の6例でも初診時裸眼視力は0.15から0.6程度であった.遠見視力と近見視力との乖離を認めたものが5例(近見視力不良が著明であったものは3例),同程度であったものが1例であった.レンズ中和法のトリック視力で視力向上を認めたものは3例であった.母とのスキンシップやコミュニケーション,だっこ点眼,母子での頻回通院などの治療により,症例6を除き全例3年以内(2.5カ月から3年)に治癒し視力(1.0)以上を得られた.心因性視覚障害の発症の要因としては,表1に示すように,母の仕事・父の不在・兄弟姉妹の世話・小学校入学や受験などさまざまであったが,家庭での父母との関わりの変化が要因として多く認められた.本症例では初診時裸眼視力が0.01と両眼性症例と比して低かったが,初診時裸眼視力が0.6程度の外傷性の片眼性心因性視覚障害の報告例もあるため5),片眼性だから視力低下が著明であったということではなく,長期間の不同視弱視治療の既往が視力値の低さに影響した可能性が考えられた.本症例の発症要因は中学入学による環境の変化であったが,母親とのコミュニケーション,母子での通院,健眼遮閉訓練と視力向上暗示などの治療により改善を得ることができたことは両眼性症例と同様であった.2.本症例の診断と発症機序心因性視覚障害は片眼性でも両眼性でもまずは器質的疾患の除外をしてから診断することが重要である.今回の症例では器質的異常を認めなかったが,遠視性不同視弱視を有していたため視力低下の原因として不同視弱視の弱視眼の視力再低下も考えられた.しかし,感受性期以降での不同視弱視眼の再視力低下例の報告6)では通院の断絶と眼鏡装用状態不良の状態に発生しており,日常生活での眼鏡装用状態は良好で定期通院も欠かさず治療はすでに安定期に入っていた本症例表1両眼性の心因性視覚障害自験例6例の内訳症例年齢(歳)らせん状視野求心性狭窄などの視野異常遠見裸眼視力遠見矯正視力近見視力心因性障害の要因・きっかけと考えられた事項最終受診時遠見矯正視力治癒期間右眼左眼右眼左眼右眼左眼右眼左眼16あり0.60.40.60.60.20.1次女の受験,4女の世話(4姉妹の3女)1.01.02年27あり0.150.20.50.50.030.03母仕事,父多忙,弟に手かかる一人で何でもこなしている学校での一年生の世話大変1.01.22.5カ月37不明0.40.30.50.60.40.5小5の兄の塾通いで母多忙母仕事,半年間の父の出張1.01.03カ月47あり0.30.30.50.40.090.2父の単身赴任,母仕事小学校入学,長女(妹有り)1.01.03年57あり0.20.150.70.40.40.3有名小学校入学大人びてしっかりした性格1.21.23年67あり0.150.150.40.30.60.5父の刑務所入所,母の留守多い兄に知的障害あり手間かかる0.30.2未(143)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014143 では,弱視眼の視力再低下が生じたとは考えにくかった.また,心因性視覚障害の診断に立体視検査も有用であるという報告7,8)があり,本症例にも立体視検査を施行したが,初診時に右眼視力(1.2)と左眼視力(0.08)という状態で立体視差140秒の立体視を認めた.片眼視力が(0.25)以下であると立体視は検出されにくいという報告9)や左右眼の視力差が3段階以上では高度な立体視を示しにくいという報告10)などと照合すると,きわめて視力差が大きい本症例の状態で得られた比較的良好な立体視の結果を説明しにくいと考えられた.さらには,視野検査においては心因性視覚障害にみられる典型的な視野障害であるらせん状・求心性狭窄を示した.治療の経過から弱視眼の視力再低下が生じたとは考えにくかったこと,視力の割には良好な立体視検査結果を得たこと,典型的な視野障害のパターンを示したこと,暗示治療により視力・視野・立体視のすべてが正常になったこと,などから本症例は片眼性の心因性視覚障害と診断してよいと考えた.本症例は中学入学後の生活環境変化がきっかけとなり心因性視覚障害が発症したと考えられたが,両眼性でなく片眼性であった理由としては不同視弱視の治療の既往が考えられた.片眼性心因性視覚障害は外傷を契機に発症したという報告が多いが3),外傷の既往のない場合では組織脆弱性の存在が症状発現の根拠として考えられている4).本症例では左眼弱視治療による左眼脆弱性の潜在的意識が心因反応として表現され,左眼にのみ症状が発生した可能性が考えられた.3.治療心因性視覚障害の治療については,児童精神科に委ねるまでには暗示療法11)やだっこ点眼12)が知られている.筆者らは今回示した学童期前半の両眼性症例に対してはだっこ点眼治療を適用したが,本症例に対しては中学生であり弱視訓練の既往もあったため,健眼遮閉訓練による視力向上を暗示した暗示療法を行った.心因性視覚障害は難治のものや再発するものも少なくないが,本症例は治療に速やかに反応した.学童期に訓練により弱視が治癒したという過去の記憶が今回の暗示療法をより効果的にしたのではないかと考えられた.4.まとめ心因性視覚障害は両眼性が多いが,片眼性に発症することもある.片眼性の場合は外傷を契機にすることが多いが,本症例のように外傷によらないこともある.外傷によらない片眼性心因性視覚障害の診断は困難なことがあり,特に多方面から慎重に行う必要がある.心因となる要因は片眼性と両眼性とでは相違なかったが,本症例は不同視弱視という既往症が片眼の脆弱性を意識させて片眼性発症につながったのではないかと考えられた.暗示療法により本症例は速やかに改善したが,一般に心因性視覚障害の根源となる心因は深く障害が難治となるものや再発するものも少なくないと考えられているため,長期に注意深く治療を続ける必要があると考える.文献1)山出新一:心因性視覚障害の臨床像眼科から見た特徴.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p3-12,19982)小口芳久:心因性視力障害.日眼会誌104:61-67,20003)山崎厚志,船田雅之,三木統夫ほか:片眼性心因性視覚障害の一例.眼科32:911-915,19904)中野朋子:ケースレポート片眼性の症例.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p181-185,19985)宮田真由美,勝海修,及川恵美ほか:眼球外傷後に片眼性の心因性視覚障害を呈した2症例.日本視能訓練士協会誌37:115-121,20086)村上順子,村田恭子,阿部孝助ほか:感受性期以降に弱視眼視力の再低下に対して治療を行った不同視弱視の1例.あたらしい眼科28:1783-1785,20117)古賀一興,平田憲,沖波聡:心因性視覚障害の診断における両眼立体視検査の有用性.眼臨紀1:1195-1199,20088)BruceBB,NewmanNJ:Functionalvisualloss.NeurolClin28:789-802,20109)須藤真矢,渡邉香央里,小林薫ほか:不同視弱視症例における視力と立体視の関係.あたらしい眼科27:987-992,201010)平井陽子,粟屋忍:視力と立体視の研究.眼紀36:1524-1531,198511)八子恵子:治療の進めかた.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p121-126,199812)早川真人:だっこ点眼.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p146-152,1998***144あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(144)

重心動揺検査における視覚系とRomberg 率との関係 ─プリズムを用いた疑似的な上下斜視の場合

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):137.140,2014c重心動揺検査における視覚系とRomberg率との関係─プリズムを用いた疑似的な上下斜視の場合金澤正継*1魚里博*1,2浅川賢*1,2川守田拓志*1,2*1北里大学大学院医療系研究科視覚情報科学*2北里大学医療衛生学部視覚機能療法学RelationshipbetweenVisionSystemandRombergQuotientinStabilometry─InVerticalStrabismusSimulatedthroughUseofaPrismMasatsuguKanazawa1),HiroshiUozato1,2),KenAsakawa1,2)andTakushiKawamorita1,2)1)DepartmentofVisualScience,KitasatoUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,2)DepartmentofOrthopticsandVisualScience,KitasatoUniversitySchoolofAlliedHealthSciences4Δのプリズムを用いて疑似的な上下斜視を生じさせ,視覚系とRomberg率との関係を検討した.健常若年者11名を対象に,UM-BARII(ユニメック社)を使用し,重心動揺検査を行った.測定は開眼と閉眼に加え,片眼ずつ4Δのプリズムを基底上方および下方へ装用した6条件とした.また,上下複視に対する重心動揺の評価は,プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率を求め,垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係を比較した.その結果,Romberg率と高い正の相関を認めた(r=0.69.0.89,p<0.05).以上より,上下斜視が生じた場合の姿勢維持には,Romberg率が関係していることが示唆された.Thepurposeofthisstudywastosimulateverticalstrabismusbyusinga4ΔprismandexaminetherelationshipbetweenvisionsystemandRombergquotient.Werecruited11healthysubjectsandmeasuredtheircenterofpressurewithaplatformUM-BARII(UNIMEC)under6conditions:openeyes,closedeyesandopeneyeswith4Δprismbaseupordownonbotheyes.Changeinposturestabilizationbyprismeffectwasdefinedastheratioofchangeinnormalconditionwith4Δprismfromthatwithouttheprism.ThisparameterwasanalyzedwithverticalfusionalamplitudeandRombergquotientbyregressionanalysis.ResultsshowedthatcorrelationcoefficientwassignificantlycorrelatedwithRombergquotient(r=0.69.0.89,p<0.05);therewasnocorrelationwithfusionalamplitude.WesuggestthatposturalcontroldependsuponRombergquotientinverticalstrabismus.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):137.140,2014〕Keywords:重心動揺検査,上下斜視,Romberg率,姿勢維持,プリズム.stabilometry,verticalstrabismus,Rombergquotient,posturalstabilization,prism.はじめにプリズムとは,患者が有する眼位ずれを測定するのに用いられるだけでなく,その治療にも使用される光学的補助具の一つである1).また,重心動揺検査とは,重心位置から平衡機能を客観的かつ数量的に総合判定する検査のことである.眼位と平衡機能との関係は,石川ら2,3)が指摘して以来,プリズム処方による眼位治療の効果4,5)やプリズムを用いた疑似的な眼位異常の研究6,7)について,重心動揺検査8)を用いた評価が行われている.矢吹らは,斜視患者にプリズム処方を行ったところ,重心位置が安定した5)ものの,その続報において両眼単一視を獲得することの有用性が認められなかった9)と述べている.この点について,姿勢維持に対する視覚情報の役割には,個人差が大きい6,9)ためとされているが,その影響因子は明らかにされていない.そのため,その因子を明らかにすることで,斜視患者に対するプリズム処方の適応基準を示すことができる可能性がある.以前筆者らは,融像可能な範囲内でのプリズムによる影響を検討し7),上下方向へのプリズム効果が前後方向の重心動揺を増大させること〔別刷請求先〕魚里博:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医療衛生学部視覚機能療法学Reprintrequests:HiroshiUozato,DepartmentofOrthopticsandVisualScience,KitasatoUniversitySchoolofAlliedHealthSciences,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara-shi252-0373,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(137)137 を報告した.そこで本研究では,プリズムを用いて上下複視を作成し,姿勢維持の変化を評価するとともに,平衡機能の指標であるRomberg率10)との関係を検討したので報告する.I対象および方法1.対象対象は,平衡機能などの器質的疾患および屈折異常以外に眼疾患が認められない年齢20.32歳(24.9±4.1歳,平均±標準偏差,以下,同様)の男性6名,女性5名,計11名とした.自覚的屈折度数(等価球面値)は右眼.2.50±3.02D,左眼.2.50±2.87D,円柱度数で右眼平均.0.16±0.30D,左眼平均.0.25±0.35Dであった.被験者はSynoptophore(model2001,ClementClarkeInternational)による自覚的斜視角において,上下偏位がないことをあらかじめ確認している.また,被験者にはヘルシンキ宣言の理念を踏まえ,事前に実験の目的を説明し,本人から自由意思による同意を得たうえで行った.2.方法重心動揺検査の方法は,日本平衡神経科学会(現,日本めまい平衡医学会)の基準8)に従った.測定機器には,平衡機能計UM-BARII(ユニメック社)7)を用い,視線上の距離2mに設置した視角1.3°の十字視標7)を固視させた.記録時間は60秒間,サンプリング周波数は20Hzとした.既報11)に従い,条件ごとに3回の測定を行い,測定結果は3回計測の平均値を採用した.測定条件は両眼開放にて完全屈折矯正レンズを装用させ,その上から片眼ずつ4Δのプリズムを基底上方baseupおよび基底下方basedownに装用させた.これに,完全屈折矯正レンズのみを装用させた開眼と閉眼を加えた,合計6条件の測定を行った.基底方向別の装用順は,被験者ごとにランダムに変えて行い,プリズム装用後の順応12)を考慮して,装用直後に測定を開始させ,測定終了後にはプリズムを外すよう指示した.なお,自覚による複視の有無を確認したところ,60秒間の測定時間内において融像が可能な被験者はいなかった.また,重心動揺検査の測定結果は個体差が大きいとされており13),プリズムによる姿勢維持の変化を相対的に評価するため,検査から得られたプリズム負荷前後の重心動揺総軌跡長(以下,総軌跡長)の変化率(プリズム負荷後の総軌跡長/プリズム負荷前の総軌跡長)を求め,これをプリズム効果による姿勢維持の変化の指標とした.そのうえで,視覚情報における姿勢維持の影響因子として,筆者らの知る限り既報にはなかった,垂直方向の融像幅およびRomberg率10)との関係について比較した.なおRomberg率は,閉眼時と開眼時の総軌跡長の比(閉眼時の総軌跡長/開眼時の総軌跡長)によって求められる.検討項目は,6条件における総軌跡長の比較,プリズム負138あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014荷前後の総軌跡長の変化率と垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係とした.統計学的解析では,母集団が正規分布を示し,母分散が妥当性の範囲内13)となったため,6群間における総軌跡長の比較について,反復測定分散分析(repeatedmeasureANOVA)と多重比較検定法であるScheffe検定を行った.プリズム負荷による総軌跡長の変化と垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係は,回帰分析による比較を行った.各検定とも有意水準をp<0.05とした.II結果Synoptophoreにより融像幅を測定した結果,右眼の視標が上方へずれた場合に2.1±0.8Δ,同じく下方へずれた場合に2.3±0.6Δまで融像可能であった.総軌跡長について解析を行った結果,プリズム負荷前後による比較では統計学的な変化が認められなかった(p>0.05).また,プリズム負荷後に総軌跡長の減少をみた被験者も一部認めたが,開眼時と比較して閉眼時には有意に増加(延長)していた(図1,p<0.05).一方,プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率と垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係について回帰分析を行った結果,左眼に基底下方のプリズムを負荷させた条件のみ相関関係が認められなかった(r=0.55,p=0.08)ものの,その他の右眼,左眼にプリズムを基底上方および右眼に基底下方のプリズムを負荷させた条件では両者の間に正の相関を認めた(r=0.69.0.89,p<0.05,図2).一方,垂直方向の融像幅とは相関関係が認められなかった(r=0.35.0.48,p>0.05,図3).7006005004003002001000総軌跡長(mm)*****開眼右眼右眼左眼左眼閉眼4BU4BD4BUΔ4BDΔΔΔ図16群間(閉眼を含む)の総軌跡長の比較各条件における11名の被験者の総軌跡長(mm)の平均±標準偏差を示す.開眼時およびプリズム基底上方(baseup:BU)と基底下方(basedown:BD)装用後と比較して,閉眼時には総軌跡長が有意に増加した(*:p<0.05).(138) ac1.51.51.31.3プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率総軌跡長の変化率プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率総軌跡長の変化率1.10.90.71.10.90.70.50.500.511.5200.511.52Romberg率Romberg率b1.5d1.5プリズム負荷前後の1.31.10.90.7プリズム負荷前後の1.31.10.90.70.50.511.520.500.511.52Romberg率Romberg率図2プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率とRomberg率との散布図(n=11)回帰直線は,a:右眼4Δ基底上方のときr=0.79(p<0.01),b:右眼4Δ基底下方のときr=0.69(p=0.02),c:左眼4Δ基底上方のときr=0.89(p<0.01),d:左眼4Δ基底下方のときr=0.55(p=0.08)となった.III考按まず60秒間の総軌跡長では,閉眼時に総軌跡長の有意な増加を認めたが,その他の条件において有意差は認められなかった.すなわち,4Δという上下方向の正常な融像幅14)を超えたプリズムによって,上下複視を生じさせた場合でも,一時的であれば,健常被験者の姿勢に対する影響は無視できる程度であるということが明らかとなった.閉眼時における総軌跡長の増大については,先行研究3,11)にて報告を支持するものであり,視覚情報が姿勢維持を行ううえで重要であることを示している.視覚情報の重要性が認められた一方で,プリズム負荷後に総軌跡長の減少をみた被験者が含まれていた.そのため本研究では,プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率を求め,垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係を解析した.その結果,左眼に基底下方のプリズムを装用させた条件以外,両者の間に正の相関を認めた.Romberg率は,末梢前庭障害,抗重力筋あるいは下肢の深部知覚障害では増大する10)が,平衡機能を反映する反面,視覚情報の変化に対しては影響を受けにくい指標とされている15).本検討では,プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率とRomberg率との間に正の相関が認められ,この結果は,視覚への依存度が強い被験者ほど,上下複視が生じた場合に姿勢維持への影響が大きいことを示している.すなわち斜視患者にプリズム処方を行う場合,Romberg率が高い者ほど,複視から両眼単一視を獲得することで視覚情報が安定し,その結果,姿勢維持の安定につながる可能性がある.ただし,本研究では健常者を対象としているため,この確証には斜視患者を対象に検証を行う必要がある.また,プリズム負荷前より負荷後に総軌跡長が短縮した被験者はRomberg率が低い傾向にあり,視覚情報への依存度が弱いためと考えられる.なお,左眼への基底下方プリズム負荷にて有意な変化が認められなかった要因としては,非優位眼固視にて重心動揺が安定するという報告11)もあり,眼優位性を合わせて評価することも処方時の治療効果を高めるうえでは重要な因子の一つと考えられる.本検討では,疑似的な上下斜視に対する姿勢維持にあたり,Romberg率に依存することが認められた.すなわち,Romberg率が高い症例ほど,微小角の斜視であっても,プリズム矯正により姿勢が安定し,プリズム処方の効果が期待(139)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014139 ac1.51.51.31.3プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率総軌跡長の変化率1.10.90.7プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率総軌跡長の変化率1.10.90.70.50.50123401234融像幅()Δ融像幅()Δb1.5d1.5プリズム負荷前後の1.31.10.90.7プリズム負荷前後の1.31.10.90.700.512340.501234融像幅()Δ融像幅()Δ図3プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率と融像幅との散布図(n=11)回帰直線は,a:右眼4Δ基底上方のときr=0.35(p=0.29),b:右眼4Δ基底下方のときr=0.41(p=0.21),c:左眼4Δ基底上方のときr=0.48(p=0.13),d:左眼4Δ基底下方のときr=0.42(p=0.20)となった.できる可能性が示された.そのため,眼科臨床において重心31:11-17,20047)金澤正継,魚里博,浅川賢ほか:プリズム基底方向が動揺検査を施行することは少ないが,平衡機能をスクリーニ姿勢維持に与える影響.Vision24:137-144,2012ングとして評価する重要性が考えられた.8)日本平衡神経科学会:重心動揺検査の基準.Equilibrium本論文の要旨は,第17回日本眼鏡学会にて発表した.Res42:367-369,19839)矢吹明子,長谷部佳世子,平井美恵ほか:外斜視患者におけるプリズム装用後の重心動揺と重心位置(続報).日視会文献誌38:151-156,200910)田口喜一郎:重心動揺検査.21世紀耳鼻咽喉科領域の臨1)vonNoordenGK,CamposEC:BinocularVisionandOcu-床:CLIENT21めまい・平衡障害(野村恭也,小松崎篤,larMotility:TheoryandManagementofStrabismus.6th本庄巌総編集),p197,中山書店,1999ed,p540-p541,Mosby,StLouis,200211)AsakawaK,IshikawaH,KawamoritaTetal:Effectsof2)石川哲,疋田春夫:内斜視研究の現況と治療特にバリdominanceandvisualinputonbodysway.JpnJOphthalラックスレンズの応用を中心として.眼臨66:323-329,mol51:375-378,2007197212)EskridgeJB:Adaptationtoverticalprism.AmJOptom3)尾林満子,小沢治夫,臼井永男ほか:内斜視患者の身体平PhysiolOpt65:371-376,1988衡機能に関して.臨眼30:1265-1269,197613)今村薫,村瀬仁,福原美穂:重心動揺検査における健4)MatheronE,KapoulaZ:Verticalheterophoriaandpos-常者データの集計.EquilibriumResearchSuppl12:1-84,turalcontrolinnonspecificlowbackpain.PLoSONE6:1997e18110,201114)山本裕子,新井牧恵:上下および回旋方向の融像域につい5)矢吹明子,長谷部佳世子,平井美恵ほか:斜視患者のプリて.眼臨69:1382-1384,1975ズム矯正前後の重心動揺と重心位置(予報).眼臨紀1:15)高橋洋,鶴巻俊江,山名隆芳ほか:弱視者の立位バラン144-147,2008スの特徴.筑波技術大学テクノレポート14:165-167,6)IsotaloE,KapoulaZ,FeretPHetal:Monocularversus2007binocularvisioninposturalcontrol.AurisNasusLarynx140あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(140)

パクリタキセルとドセタキセルを投与中に囊胞様黄斑浮腫を認めた1例

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):133.136,2014cパクリタキセルとドセタキセルを投与中に.胞様黄斑浮腫を認めた1例佐藤尚人亀田裕介佐伯忠賜朗鷲尾紀章土田展生幸田富士子公立昭和病院眼科ACaseofCystoidMacularEdemaSecondarytoPaclitaxelandDocetaxelNaotoSato,YusukeKameda,TadashiroSaeki,NoriakiWashio,NobuoTsuchidaandFujikoKodaDepartmentofOphthalmology,ShowaGeneralHospital目的:タキサン系抗癌剤であるパクリタキセルとドセタキセルを投与中に,両眼に.胞様黄斑浮腫を認めた1例を報告する.症例:63歳,男性.胃癌肝転移に対しパクリタキセル投与を開始後1カ月より両眼の視力低下を自覚し,4カ月後に当科を受診した.初診時矯正視力は両眼とも0.3,両眼にフルオレセイン蛍光眼底造影検査で異常を認めない.胞様黄斑浮腫を認めた.パクリタキセルの投与を中止したところ黄斑浮腫の改善がみられたものの,ドセタキセルを開始したところ黄斑浮腫が遷延した.パクリタキセルの投与を中止して4カ月後に,矯正視力は右眼0.6,左眼0.9へと上昇した.結論:タキサン系抗癌剤の副作用として両眼に.胞様黄斑浮腫が出現し,薬剤の中止によって改善がみられた.Wereportacaseofcystoidmacularedemaduetotaxanesinthetreatmentofgastriccancer.A63-year-oldmalepresentedwithcomplaintofdecreasedvision1monthafterinitiationofpaclitaxeltreatmentformetastaticgastriccancer.Attheinitialophthalmologicexamination,best-correctedvisualacuitywas0.3OU.Dilatedfundusexaminationdisclosedevidenceofbilateralcystoidmacularedema.Fluoresceinangiographyshowednoevidenceofleakage.Thepaclitaxeltherapywasdiscontinued.3monthslater,theoncologistreintroducedataxanetreatmentusingdocetaxel.By4monthsaftercessationofpaclitaxeltreatment,thepatient’sbestcorrectedvisualacuityhadimprovedto0.6ODand0.9OS.Fundusexaminationfindingsandopticalcoherencetomographyshowedadecreaseinmacularedema.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):133.136,2014〕Keywords:パクリタキセル,ドセタキセル,.胞様黄斑浮腫.paclitaxel,docetaxel,cystoidmacularedema(CME).はじめにタキサン系抗癌剤は,乳癌,非小細胞肺癌,卵巣癌を中心に,胃癌,食道癌などの治療に対しても近年広く用いられている抗癌剤であり,その代表的なものとして,パクリタキセルやドセタキセルがよく知られている.タキサン系抗癌剤はセイヨウイチイの樹皮成分に含まれるジテルペンから合成され,微小管の蛋白質重合を促進し,細胞分裂を阻害することで癌の増殖を抑えると考えられている.全身への副作用として骨髄抑制,末梢神経症状などが知られており1),眼科領域のものとしては,蛍光眼底造影にて異常を示さない.胞様黄斑浮腫が近年数例報告されているが2.7),パクリタキセル投与後にドセタキセルが投与され,.胞様黄斑浮腫が遷延したという報告例は数少ない.今回筆者らはパクリタキセルを中止し,その後黄斑浮腫が改善したが,ドセタキセル開始後に黄斑浮腫が遷延した1例を経験したので報告する.I症例患者:63歳,男性.主訴:両眼視力低下.〔別刷請求先〕佐藤尚人:〒187-8510東京都小平市花小金井八丁目1番1号公立昭和病院眼科Reprintrequests:NaotoSato,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShowaGeneralHospital,8-1-1Hanakoganei,Kodaira-shi,Tokyo187-8510,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(133)133 既往歴・家族歴:特記事項なし.現病歴:平成23年12月より胃癌原発の多発肝転移に対してパクリタキセルによる化学療法を開始された.平成24年1月頃より両眼の視力低下を自覚し,同年4月27日に当科を受診した.初診時所見:視力は右眼0.2(0.3×sph.0.5D),左眼0.3(矯正不能),眼圧は右眼16mmHg,左眼16mmHgであった.対光反応は正常で,瞳孔径に左右差を認めず,前眼部,中間透光体には,軽度白内障を認めた以外,特に異常はみられなかった.眼底所見としては両眼に.胞様黄斑浮腫を認め,光干渉断層計検査(opticalcoherencetomography:OCT)において,中心窩における軽度の漿液性網膜.離および網膜外層を中心とした黄斑浮腫がみられた(図1a,b).中心窩網膜厚は右眼607μm,左眼551μmであった.フルオレセイン蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)においては早期から後期にかけて網膜血管からの明らかな蛍光漏出や蛍光貯留はみられなかった(図1c,d).高血圧や糖尿病などの基礎疾患はなく,内服薬や血液検査所見からも他に黄斑浮腫をきたす原因が考えられなかったことから,パクリタキセルが原因の黄斑症と考え,当院外科にコンサルトのうえ,パクリタキセルの投与を中止することにした.経過:平成24年5月22日をもってパクリタキセルを中止し,6月12日から抗癌剤をTS-1とシスプラチンに変更したところ,7月6日には.胞様黄斑浮腫の軽減がみられ,視力も右眼(0.5),左眼(0.5)と改善した.その後TS-1による重篤な角膜障害,涙道障害や,シスプラチンによる網膜血管障害もみられず,経過は順調であったが,腹部CT(コンピュータ断層撮影)にて肝転移腫瘍の増大がみられたため,8月26日より抗癌剤をドセタキセルへ変更した.9月25日受診時の視力は右眼(0.6),左眼(0.9)とさらに改善がみられたものの,OCTにて軽度黄斑浮腫の残存がみられた(図2a,b).中心窩網膜厚は右眼324μm,左眼321μmであった.その後最終観察時点で所見に大きな変化はみられていない.II考察タキサン系抗癌剤による眼への副作用としては黄斑浮腫の他に,視神経中毒症8),鼻涙管狭窄症9)などの報告があるが,abcd図1初診時の所見a,b:光干渉断層計所見(a:右眼,b:左眼).両眼黄斑部に,網膜外層を中心とした.胞様変化がみられ,右眼には漿液性網膜.離を認めた.c,d:フルオレセイン蛍光眼底造影所見後期像(c:右眼,d:左眼).網膜血管および黄斑部において蛍光漏出や蛍光貯留を認めなかった.134あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(134) abab図2投薬中止4カ月後の所見a,b:光干渉断層計所見(a:右眼,b:左眼).右眼の漿液性網膜.離は消失,両眼黄斑部の.胞様浮腫は改善し,網膜厚の減少もみられるが,.胞様変化の残存がみられる.今回の症例においてはいずれもみられなかった.タキサン系抗癌剤による.胞様黄斑浮腫については海外でいくつかの報告があり2.6,10,11),わが国においては伊藤らを始めとし7)少数ではあるが数例の報告がある.過去の症例報告においては,パクリタキセル投与に伴う黄斑浮腫や,同じくタキサン系抗癌剤であるドセタキセル投与に伴う黄斑浮腫の報告がみられるが2.6),本症例のように,パクリタキセル投与後にドセタキセルを投与され,黄斑浮腫がみられた症例は稀であり,詳細な報告については筆者らの調べた限りではまだない.特徴的所見としてはFAにて異常を示さない.胞様黄斑浮腫があるが,今回の症例においても同様の所見がみられた.類似のFA所見をとる黄斑浮腫の原因疾患としては,X染色体連鎖性網膜分離症,ナイアシン黄斑症,Goldmann-Favre症候群などが知られているが,今回の症例においては,検査結果やこれまでの経過,患者背景からいずれの疾患も否定的であった.本症例のようにタキサン系抗癌剤による黄斑浮腫のFA所見がなぜ異常を認めないのかという原因については,黄斑浮腫が細胞内液の増加によって起こるためであるとする説6)や,貯留する液体の粘性が高いことでフルオレセインの拡散を阻害しているため10),などの仮説が立てられているが,いまだ確定したものはなく,今後さらなる検討が必要と考えられる.過去の報告においては,パクリタキセルの投与を中止後1.4カ月程度で改善がみられている例が多く2.4,7),今回の症例でも同様の結果が得られたが,完全に黄斑浮腫が消失するまでには至らなかった.先ほど述べたように,パクリタキセルと同じタキサン抗癌剤であるドセタキセルにおいても同様の黄斑浮腫をきたすことが知られているが5,6),今回黄斑浮腫が遷延した一つの原因として,このドセタキセルを開始したことが関与している可能性も考えられる.しかしながらこれまでのところドセタキセル開始後に黄斑浮腫の悪化や視力低下はみられておらず,今回ドセタキセルが黄斑浮腫に直接的な影響を及ぼしているかどうかについては明らかでないため,今後さらなる経過観察が必要であると思われる.過去の報告ではパクリタキセルによる遷延性黄斑浮腫に対して,アセタゾラミドが奏効した例もあり7,11),今後黄斑浮腫が改善しない場合にはアセタゾラミドの投与も検討する必要があると考えている.今回胃癌原発の多発肝転移に対してパクリタキセルおよびドセタキセルを投与され,.胞様黄斑浮腫が出現した症例を経験した.経過観察にはOCTが有用であった.抗癌剤の変更によってまた同様の副作用が出現する可能性もあるため,化学療法担当医と連携して,継続して経過観察をすることが重要であると考えた.文献1)JimenezP,PathakA,PhanAT:Theroleoftaxanesinthemanagementofgastroesphagealcancer.JGastrointestOncol2:240-249,20112)JoshiMM,GarretsonBR:Paclitaxelmaculopathy.ArchOphthalmol125:709-710,20073)MurphyCG,WalshJB,HudisCAetal:Cystoidmacularedemasecondarytonab-paclitaxeltherapy.JClinOncol28:684-687,20104)SmithSV,BenzMS,BrownDM:Cystoidmacularedemasecondarytoalbumin-boundpaclitaxeltherapy.ArchOphthalmol125:709-710,20075)TeitelbaumBA,TresleyDJ:Cysticmaculopathywithnormalcapillarypermeabilitysecondarytodocetaxel.OptomVisSci80:277-279,20036)TelanderDG,SarrafD:Cystoidmacularedemawithdocetaxelchemotherapyandthefluidretensionsyndrome.SeminOphthalmol22:151-153,20077)伊藤正,奥田正俊:抗癌剤パクリタキセル使用中に.胞様の黄斑症を呈した1例.日眼会誌114:23-27,20108)CapriG,MunzoneE,TarenziEetal:Opticnervedisturbances:anewformofpaclitaxelneurotoxicity.JNatl(135)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014135 CancerInst86:1099-1101,19949)EsmaeliB,ValeroV,AhmadiMAetal:Canalicularstenosissecondarytodocetaxel(taxotere):anewlyrecognizedsideeffect.Ophthalmology108:994-995,200110)KuznetcovaTI,CechP,HerbortCP:Themysteryofangiographicallysilentmacularoedemaduetotaxanes.IntOphthalmol32:299-304,201211)MeyerKM,KlinkT,UgureiSetal:Regressionofpaclitaxel-inducedmaculopathywithoralacetazolamide.GraefesArchClinExpOphthalmol250:463-464,2012***136あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(136)