特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):191.198,2014特集●眼とブルーライト,体内時計あたらしい眼科31(2):191.198,2014体内時計概論IntroductiontotheBiologicalClock中村孝博*中村渉**はじめに“西洋医学の父”と称されるHippocratesは,今から約2400年前に「規則性は健康の兆候であり,不規則な身体機能や不規則な習慣は不健康状態をつのらせる」と述べ,人間の生活における規則性にふれることで健康の維持に生体リズムが重要なことを指摘していた.私たちの生活にも根づいた生体の周期性は,その重要性からすると,人類の歴史においてあまりに知られていない時期が長かったといわざるを得ない.歴史を紐解くと,古代のHippocratesに始まり,その後は,近世に至るまで生体リズムは主として,地球,月,太陽の動きに操られて動くと信じられるのみで,生体内に固有の時計があることは,近代まで知られていなかった.フランスの天文学者・deMarianが1729年になって生体リズムを初めて学問としてとらえた.彼は,昼夜で変化するオジギソウの葉の開閉に着目し,オジギソウを常に暗闇に置いても,葉の開閉がみられることを発見し,オジギソウの中に固有の時計があることを示した.それから230年の間,この研究成果はほとんど世間に知られることはなかったのである.1950年代に入り,“リズム研究の父”と称されるPittendrighやAschoffのハエやヒトの研究に導かれ,生体リズムのなかでも特に約1日のリズムに関する研究が盛んになった.1960年には,米国ニューヨーク州のコールド・スプリング・ハーバーで生物時計の定義を検討する初めての大きなシンポジウムが開かれ,「サーカディアン(概日)リズム」という言葉が生まれた.1970年代に入り,哺乳類の概日リズムを駆動する概日時計中枢は視床下部・視交叉上核(SCN)に存在することがわかり,神経・内分泌生理学的理解が深まった.1997年に,日本のグループによって哺乳類の時計遺伝子が発見され1),その後の十数年間で生体リズムに関する研究が急速に発展した.現在では,分子・細胞レベルでの研究が大きく前進し,約24時間を生みだす分子機構の解明が進んでいる.最近では,このリズムを生み出す分子機構と病気を生み出す分子機構のクロストークを示す報告が相次いでいる.Hippocratesが2400年も前に記した生体の規則性の重要性を再確認するかのように,リズムの乱れが病気を引き起こすことがごく最近になって実証されている.本稿では,最新の知見を交えながら体内時計,特に概日時計の基礎について概説する.I日内リズムと概日リズム1.ヒトにおける生体機能の日内変動ヒトの多くの生体機能には日内変動があり,それぞれ最大限に機能が発揮される時刻が決まっている(図1).機能の時間変動は合目的で,生理機能の最適化と生活の効率化を図る.起床前の副腎皮質ホルモン(コルチゾール)の急激な上昇により,われわれは眠りから覚めた直後から活動できるように身体の態勢が整えられる.睡眠時における副交感神経優位の状態から交感神経優位に傾き活動的な一日が送れるようになるのである.*TakahiroNakamura:帝京平成大学薬学部薬学科**WataruNakamura:大阪大学大学院歯学研究科口腔時間生物学研究室〔別刷請求先〕中村孝博:〒164-8530東京都中野区中野4-21-2帝京平成大学薬学部薬学科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(31)191尿量心拍数体温血圧小腸運動赤血球肝血流量コルチゾールアルドステロンコレステロール合成リンパ球メラトニン成長ホルモン陣痛ヒスタミン反応尿量心拍数体温血圧小腸運動赤血球肝血流量コルチゾールアルドステロンコレステロール合成リンパ球メラトニン成長ホルモン陣痛ヒスタミン反応図1生体機能の日内変動文献を参考にヒトの日内変動をもつ生体機能についてまとめた.24時間時計の周りに生理機能のおおよそのピーク時刻を示している.内分泌系機能,特に,脳・視床下部に起因するホルモンの分泌は夜寝ている時間帯が活発になる.「寝る子は育つ」とは生体リズムをうまく表現した慣用句であり,図1に示されているように成長ホルモンの血中濃度は夜中の2.4時頃にピークを迎える.その時間帯は本来睡眠を取るべき時間帯で,睡眠を取らないとタイミングが乱れ,成長ホルモンが正しく分泌されないのである.一方,循環器系機能は起床時における交感神経活動の活発化に対応して機能が亢進し,夕方に血圧や心拍数のピークを迎える.循環器系疾患の発作は起床直後,もしくは夕方に多いことが知られており,これらの循環器機能の日内変動に起因する.コルチゾールレベルや体温は明瞭な日内変動を示し,血中メラトニンレベルは体内時計の動態を直接反映することから,ヒトの生体リズムを研究するうえでの重要な指標として用いられている.2.内因性リズム図1に示した生体機能のなかには,日内変動もしくは日内リズムとよばれるにすぎず,概日リズムと定義されないリズムも含まれる.生体固有の時計によりそのリズムが形成されるかは,昼夜で変化する気温や湿度などの環境因子や社会スケジュールを排除して測定され,リズムが観察されなければならない.生体機能が環境の周期的変動に反応した結果生じるリズムを外因性リズムといい,外的要因を一定に維持した状態でも生じるリズムを192あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014内因性リズムという.3.ヒトの概日リズム周期ヒトにおいて,そのリズムが内因性リズムであるということを証明するためには,外的要因を排除した環境でリズムを観察する必要がある.古典的には,洞窟(鍾乳洞)や防空壕を利用した,時刻情報がなくかつ昼夜に環境(気温,湿度,騒音,光など)が変化しない部屋で被験者に一定期間生活してもらい,その睡眠リズムや体温リズムを測定していた.ヒトを一定環境下に置くと,睡眠や体温は1日のリズムを持続するが,厳密には24時間からやや異なる周期を示す.ヒトを対象とした実験では,動物実験のように漆黒の闇の中で数日間にわたり内因性リズムを測定するのは不可能である.古典的方法では被験者が自由に照明をON/OFFする方法が取られていたが,この方法で得られたヒトのリズム周期は平均25.00時間であり,24時間より1時間も長い周期が認められた2).しかしながら,被験者が自由に照明をON/OFFする方法は,はたして生物学的に正しいリズム周期を求めることができるのであろうか.後述するように,光入力の変化はリズム位相を前進させたり後退させたりする.夜,眠りにつく前に浴びた光は位相を後退させ,それが継続するとリズム周期自体が延長する可能性がある.そこで,Czeislerらは被験者に概日時計が同調できない28時間周期の生活を約1カ月間続けてもらい(強制脱同調),ホルモンや体温リズムを測定し,光を含めた外的環境因子の影響を排除する方法でヒトのリズム周期を計測した3).その結果,1日28時間で生活していたにもかかわらず,生理機能(体温,血中メラトニン・コルチゾールレベル)のリズム周期は平均して24時間11分であった.この結果からヒトのリズム周期は24時間より確かに長いことが明らかとなったが,生理機能の周期は古典的方法で得た結果よりも短く,より24時間に近いことが示された.Czeislerらの結果は,ヒトが古くに獲得し今も持ち続けている生物学的な概日リズム周期を反映し,古典的な方法で得られた結果は,光のON/OFFを自由に操ることができる現代社会の生活習慣によって引き起こされた周期を反映しているのであろう(32)010203040時間(時)02448明暗条件恒常暗リズム位相変位(時間)60-6①後退②前進③変位なし概日時刻(時)06121824①②③日数5060708090図2概日リズムの特性マウスの輪回し活動(写真)のダブルプロットアクトグラム(左図)と6時間の光パルスに対する位相反応曲線(右図).①夜の前半,②夜の後半,③昼間の光パルスに対するリズム位相の変位(シフト量)をアクトグラムから読み取りグラフ化したものが位相反応曲線である.か.光に溢れる現代社会において,われわれは寝る直前まで光を浴びることによって概日時計は常に位相の後退(周期の延長)状態に置かれていると考えられる.II概日リズムの特性1.哺乳類の概日リズム図2には,マウスの自発活動リズム記録に用いられる回転輪と表示方法を示した.マウス用飼育ケージに運動用回転輪を導入し1匹ずつを個別飼育したうえで,動物が自発的に回した輪の回転数を時系列に沿って記録する方法である.測定中,エサ・水の補給は常時可能とし,人工照明により,昼(明期)と夜(暗期)を厳密にコントロールする.われわれが実験に用いるマウスは夜行性で,夜間活発に輪を回す.輪回し活動測定は数サイクル(数日)から長期では年単位で連続記録することもあり,アクトグラムとよばれる方法で表示し概日リズムの変化を容易に判定する.アクトグラムでは活発に活動する時(33)間帯が帯状に黒く表示され,夜行性マウスでは夜間に行動が集中することで視覚的に理解できる.実験的な照明環境12時間明期:12時間暗期の24時間周期で行動を測定した場合,マウスは照明が消えた直後から正確に輪回し活動を開始する.一方,照明環境を一定にし,時間的な手がかりをなくした恒常暗状態では,マウスの輪回し活動開始時刻は毎日15分間ほど早くなる.開始時刻は日々前進していくが,周期性はきわめて正確である.定常状態で継続する約24時間周期のリズムは,マウスの体内時計機構に由来する内因性リズムであり,自由継続(free-run)リズムとよぶ.自由継続リズム周期は種によって多様であり,前述したようにヒトでは24時間よりも長く,げっ歯類でも実験で用いられるラットやハムスターは24時間よりも長い周期を示す.2.行動リズムの光同調と位相変位概日リズムは24時間の環境サイクルに引き込まれるあたらしい眼科Vol.31,No.2,2014193性質をもっており,これを同調(entrainment)とよぶ.図2に示した行動リズムの場合,光が同調因子となっているため,光同調とよばれる.光環境による24時間周期への引き込みを可能にするメカニズムとして,体内時計の時刻に依存したリズム調節機構が提唱されている.図2右下は,さまざまな時刻における光パルスの影響を示したものである.恒常暗環境下で自由継続しているマウスの活動期前半に光パルスを与えると,翌日の行動開始時刻は大きく遅れる(図中①).また,活動期後半に光パルスを与えると,以降の活動開始時刻は前に進む(図中②).活動休止期(マウス体内時計にとって主観的昼間)に同様の光パルスを付与しても,活動開始時刻に変化はない(図中③).この時刻依存的なリズムのシフトは,光の強さ,シフトの大きさなどに種差が認められるものの,基本的にヒトでも保存されている4.6).ヒトの実生活に即して考える場合,マウスの活動時間帯をヒトの睡眠時間帯と置き換えてみるとよいかもしれない.マウス活動期(夜間)前半の光パルスは睡眠開始時期にウトウトしかけたところでパッと明かりがつけられたようなものである.おそらくせっかく眠りにつこうとしていても目が冴えてしまい,翌朝は寝坊しがちになるだろう(図中①).また,マウス活動期(夜間)後半の光パルスは,ヒトにとっては起床時刻に向けて眠りが浅くなってきた明け方に強い光にさらされるようなものである.まだもう少し眠りたいかもしれない身体を奮い立脳弓頭頂葉脳梁前頭葉松果体視交叉上核視交叉下垂体橋延髄脊髄小脳たせ一応その日は早く起きだして活動するが,やはり夜は「今朝は早かったから…」と早めに眠りにつきたくなるだろう(図中②).本来の昼間に強い光に当たっても感覚的に生理変化を実感することは少ない.時刻依存的リズムの調節機構で特筆すべきは,リズムの遅れ(位相の後退)は即日生じるが,リズム位相の前進は数日間を要することである.ヒトの場合,社会的要因を考慮する必要があるが,「夜更かしは楽で早起きはつらい」というのは体内時計に依存する普遍的な性質であろう.III概日時計のメカニズム1.概日時計中枢:視床下部・視交叉上核概日リズムを生みだす概日時計中枢は哺乳類では脳の視床下部・視交叉上核(suprachiasmaticnucleus:SCN)に存在する(図3).SCNは視神経が左右交差する視交叉の直上正中部分に第III脳室を挟んで左右一対で存在し,その大きさはマウスではケシ粒程度であり,片側で約1万個の神経細胞が非常に緊密にパッケージされた特徴的な構造をしているため所在の同定は比較的容易である.げっ歯類のSCNを実験的に破壊すると,概日行動リズムの自由継続,光同調は完全に失われる.また,遺伝的に周期の異なった胎仔SCNを体外に取り出し,別の個体に移植するとドナーSCN側の周期で活動リズムが現れることから,SCNが概日時計中枢であることに疑いの余地はない7).視交叉上核(SCN)図3哺乳類の概日時計中枢の位置左図:ヒト脳の正中矢状断面の模式図.概日時計中枢である視交叉上核(SCN)は視神経が交叉する視交叉の直上に存在する.右図:マウス脳の前額断切片の写真.SCNは視交叉の直上に第III脳室を境に左右で対をなしている.立体的には直径が0.3mm,長さが0.6mm程度の卵に羽が生えたような形をした構造である.194あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(34)2.概日光受容概日時計を同調させる最も強力な因子は光である.この概日光受容は非視覚性光受容の一つとして視覚の光受容とは区別される.両眼を摘出したハムスターにおいて光同調が起こらないことから,哺乳類における概日光受容は眼(網膜)で行われることがわかる.視覚と概日光受容は互いに異なる光受容細胞や神経回路を用いることが明らかになっている.網膜で受容した光は,視覚の神経回路とは異なる「網膜視床下部路」とよばれるごく少数の網膜神経節細胞の軸索が網膜からSCNに投射する経路をとる.1998年に,ヒトの膝の裏において概日光受容が行われるといった論文がScience誌に掲載されたが,その後,この結果を再現できた研究はなく,哺乳類においては網膜が唯一の光受容組織であることが示されている8).網膜神経節細胞の軸索末端からは,おもに神経伝達物質であるグルタミン酸が放出されSCN細胞に情報伝達する.麻酔下マウスのSCNにガラス電極を刺入しSCNの神経発火活動を記録する実験では,網膜の光刺激は素早く単一SCN細胞の自発発火活動に変化をもたらす9).概日光受容は光受容時刻に依存する特性をもち,かつ照度や持続時間,波長に依存する.波長(色)に関しては,Takahashiらのハムスターを用いた行動リズムを指標とした検討によって,概日光受容は可視光のなかでも500nm(青.緑)付近に感受性の最大値をもつことが明らかとなっている10).しかしながら,実験動物とヒトでは概日光受容に必要な照度や持続時間は異なっており,げっ歯類では10lx程度の光を30分間照射すれば最大の位相変位が認められるが,ヒトでは感度が低いようである.本間らの検討では,ヒトの睡眠覚醒リズムはおよそ5,000lxの明暗サイクルに同調することが示されている11).3.分子時計近年の研究により,SCN細胞自体がリズムを生み出す時計をもっていることがわかってきた.その中身は十数個の時計遺伝子とよばれる遺伝子群がフィードバックループを形成しリズムを刻む(図4).具体的には,転写因子であるCLOCKとBMAL1のヘテロ複合体によっ(35)Per1/Per2Cry1/Cry2図4時計遺伝子の転写翻訳フィードバックループCLOCK-BMAL1ヘテロ複合体はPer,Cryなどの転写を促進する.転写・翻訳されたPERおよびCRY蛋白質は複合体を形成し,CLOCK-BMAL1による自身への転写促進作用を抑制する.このループが1周するのに約24時間必要であり,概日リズムを作り出している.てPer,Cry遺伝子の転写が促進され,この翻訳産物であるPERおよびCRY蛋白質が,CLOCK-BMAL1ヘテロ複合体による転写を抑制し,Per,Cry遺伝子の転写が弱まる.このように,時計遺伝子自らの転写産物が自身の遺伝子の転写を抑制するネガティブフィードバックループが存在する.このループが1周するのに約24時間かかり,概日時計の本体であると考えられている.このループを基本とする時計遺伝子の転写翻訳ループは分子時計ともよばれ,実際に,時計遺伝子欠損・変異動物では概日行動リズム周期の短縮や延長そして,無周期になる.また,特定の変異マウスでは,リズム異常だけでなく糖尿病や高血圧などの生活習慣病の症状を示すことが報告されている12,13).先にSCNが概日時計の中枢であると述べたが,最近の研究成果から,分子時計は全身のさまざまな器官・組織に存在していることがわかり,SCNにある時計は主時計もしくは中枢時計などとよばれ,その他の器官・組織の時計を末梢時計というようになった.全身の時計をオーケストラにたとえるならば,SCNは指揮者にあたり,各組織・器官に存在する時計がそれぞれの楽器の演奏者にあたる.SCNはそれぞれの器官時計をその器官の生理機構に見合った時刻に合うように指揮・統合してあたらしい眼科Vol.31,No.2,2014195SCNSPZ神経発火頻度神経発火頻度(カウント×103/分)(カウン×104/分)1.41.21.00.80.60.45.00123456789101504.03.02.01.00123654時間(日)78910150輪回し回転数輪回し回転数(カウント/分)(カウント/分)図5InvivoMUAによるマウスSCNおよびSPZにおける神経発火活動リズムマウスの脳に慢性電極を植え込み,無拘束下でSCNおよびSPZ神経発火活動を輪回し活動リズムと同時に記録した.縦軸は1分ごとの神経発火頻度,横軸は日数を示す.それぞれの下段のグラフは輪回し活動量を示す.SCNの神経発火頻度は昼に高く,夜に低いリズムが観察され,SPZではSCNと反対位相のリズムが観察される.いるのである.指揮者が正しく指揮棒を振れないと良いアンサンブルにならないように,SCN機能低下や欠損は全身の分子時計の針を狂わせてしまう.4.リズムの神経出力さて,SCNは時刻情報をどのように出力し睡眠覚醒リズム,ホルモン分泌リズムを制御するのだろうか.電位依存性NaチャネルブロッカーであるテトロドトキシンをSCN近傍に注入する実験で,活動電位をブロックされたラットの概日行動リズムは消失した14).この結果はSCNのリズム出力系として,神経発火(活動電位)が重要であることを示すものである.筆者らは,SCNに直径100μmステンレスワイヤーを2本挿入し,自由に輪回し行動するマウスからSCNポピュレーション神経発火を記録する実験系(invivoMUA)を構築した15)(図5).SCNの神経細胞群は,行動が休息期にあたる昼間(明期)に盛んに神経発火し,照明がオフになる数十分前から徐々に発火頻度が低下して夜間は低いレベルを保った(図5上).逆に照明が点灯する約1時間前から徐々にSCNの神経発火頻度は上昇し,昼間は高い発火レベルを保った.この神経発火リズム自体は新発見ではなく,すでに夜行性のラットで30年前に報告されていて16),昼行性のリスでもSCNの神経活動は昼間に高く夜間低下するリズムを示す17).また,恒常暗条件下で行動リズムが自由継続した状態でも,マウスSCNの昼間(休息期)に活発で,夜間(活動期)に活動レベルが低下する神経発火リズムは保たれていた.SCNからの神経投射は,抑制性の出力がSCNの直上にある室傍核下帯(SPZ)を経由し,視床下部背内側核(DMH)に達し,DMHからさまざまな生体機能を司る中枢へ時刻情報が送られると提唱されている18).確かにそれを反映するようにSPZではSCN196あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(36)とは反対に,夜間(活動期)に活発で,昼間(休息期)に活動レベルが低下する顕著な神経発火リズムが認められる(図5下).しかし,ここに因果関係があるのか,単なる相関なのか,神経回路レベルの解明はまだ端緒についたばかりである.IVリズムの乱れと疾患リズムの乱れというとまず睡眠障害が思い起こされるであろう.米国ユタ州で見つかった“早寝早起き”の家系からは,時計遺伝子の一つであるPer2遺伝子の一部分に変異が見つかった19).この家系では,概日リズム睡眠障害に分類される睡眠相前進症候群が発症し,午後7時半より遅く起きていられず,朝は午前3時半頃になると目が覚めてしまう.幸いにもこの家系は代々パン屋さんを営んでいるという,これこそ遺伝子が規定した“天職”と言えるだろう.この例は極端であるが,時計遺伝子に変異がなくともわれわれは常にリズムの乱れに曝されている.医療従事者に代表される交代勤務者は,夜間の室内の光や翌朝の朝日を浴びることによってリズムの乱れが多く経験される.このような交代勤務を長く経験した女性では乳がんに罹患するリスクが1.5倍に上昇し,男性では前立腺がんに罹患するリスクが3倍に上昇するという疫学調査の結果が報告されている20,21).交代勤務者でなくても,現代社会の生活でリズムの乱れを経験することはある.仕事やレジャー目的で時差のある国へ出かけることが増え,時差ボケ(jet-lag)を経験する機会が多くなった.たまに経験する時差ボケによる体の異変は,旅の思い出や出張の証などとして軽視されがちであるが,世界を飛び回るビジネスマンにとっては本当の意味で死活問題になりうるという研究結果がマウスを使った生存率の検討で明らかになった22).この研究では,老齢マウス(約2歳)に対して飼育箱の明暗時刻を変更することによって6時間の時差ボケ状態を週に一度経験させた.その結果,リズムが前進する時差ボケを8回経験したマウスは,時差ボケを経験していない動物と比べ生存率が約半分となった.死因は不明であるが,時差ボケの繰り返し,すなわち,継続的なリズムの乱れは身体の不調を募らせ死にまで至らせる可能性があることを示している.(37)おわりにこれまで述べたように,生物は環境サイクルに対応した周期性をさまざまな生理現象のなかに示す.それらの多くは環境への適応として獲得され,環境の変化を予測する重要な働きをもつと考えられている.すなわち,生理現象に示される周期性には,それぞれ意味があり,われわれはこれらの周期性がもつ意味を適切に理解し,健康の維持や医療の進歩につなげていく必要がある.概日システムは入力(同調)系─振動体─出力系に分け表現されることがあるが,ヒトにとって光が最も強力な同調因子であることから,入力系で同調因子を受容する“眼”は概日システムにおいて最も重要な器官である.入力系での信号が変われば,振動体を介し出力も影響を受け,全身の恒常性システムの変化が起こる.現代社会の「光害」から身を守るためにも,眼科領域では「視覚機能」の保護・改善のみならず,体内時計に代表される「非視覚機能」にも注目した研究の進展が今後期待される.文献1)TeiH,OkamuraH,ShigeyoshiYetal:CircadianoscillationofamammalianhomologueoftheDrosophilaperiodgene.Nature389:512-516,19972)WeverRA(ed):TheCircadianSystemofMan.Resultsofexperimentsundertemporalisolation.Springer-Verlag,NewYork,19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