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緑内障における患者教育が眼圧下降とその持続に及ぼす効果

2011年10月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(123)1491《原著》あたらしい眼科28(10):1491?1494,2011cはじめに緑内障治療ではアドヒアランスの向上が重要である1).アドヒアランスに影響を及ぼす要因として医師と患者のコミュニケーション,点眼する目的を理解すること2),点眼薬剤数3),点眼回数41)などが知られている.最近では特に点眼容器の形状改良による扱いやすさが有効であるという報告5)もある.また,治療効果を上げるための有意義なシステムとして,緑内障教育入院の有用性も報告されている6).しかし,これらの要因が眼圧にどのように影響するかに関しての検討は十分にされていない.そこで本研究では,緑内障患者に対して患者教育を行うことにより眼圧にどのような影響があるかを調べた.I対象および方法1.対象広義原発開放隅角緑内障患者を対象とした.選択基準は,〔別刷請求先〕植田俊彦:〒142-0088東京都品川区旗の台1-5-8昭和大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ToshihikoUeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,ShowaUniversity,1-5-8Hatanodai,Shinagawa-ku,Tokyo142-0088,JAPAN緑内障における患者教育が眼圧下降とその持続に及ぼす効果植田俊彦*1,2笹元威宏*1平松類*1,2南條美智子*2大石玲児*3*1昭和大学医学部眼科学教室*2三友堂病院眼科*3三友堂病院薬剤部EffectofPatientEducationontheDecreaseinIntraocularPressureandIt’sDurationinGlaucomaPatientsToshihikoUeda1,2),TakehiroSasamoto1),RuiHiramatsu1,2),MichikoNanjyo2)andReijiOhishi3)1)DepartmentofOphthalmology,ShowaUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,SanyudoHospital,3)PharmaceuticalDepartment,SanyudoHospital目的:緑内障患者を対象とし患者教育(点眼指導と疾患説明)による眼圧下降効果を調べること.対象および方法:2年以上緑内障点眼治療を受け少なくとも6カ月以上点眼の変更がなく,かつ視野に変化のない緑内障患者を対象とした.眼圧測定者を盲検化した2群間(A群:n=30とB群:n=27)比較,前向き臨床試験を行った.介入開始から3カ月間,1回/月,両群に対して医師による小冊子を用いた緑内障の点眼方法と疾患啓発に関する説明を行う.さらにB群にのみ看護師による点眼実技指導を追加する.眼圧測定は介入前と9カ月間行った.結果:眼圧はベースラインと比べ3カ月後でA群では1.2±1.8mmHg,B群では2.0±1.9mmHg(p<0.05)下降した.教育終了後にも両群では眼圧下降効果は持続したが,B群のほうが3,5カ月後で有意に下降した(p<0.05).結論:患者教育には眼圧下降効果がある.特に点眼実技指導には眼圧下降効果がある.Thisstudysoughttofindtheintraocularpressure(IOP)-loweringeffectofglaucomapatienteducationcomprisingpatientinstructionforeyedropsanddiseaseexplanation,inglaucomapatients.Aprospectiveclinicalinterventionstudywasperformed.Onceamonth,on3occasions,thephysicianlecturedthepatientsinbothAgroup(n=30)andBgroup(n=27)regardinginstructionforeyedropsanddiseaseexplanation,withatextbook.ForBgrouppatients,eyedropsperformancewasinstructedbyanurse.IOPwasmeasuredbeforeintervention(baseline)andfor9monthsafterintervention.After3months,IOPhaddecreased1.2±1.8mmHginAgroupand2.0±1.9mmHg(p<0.05)inBgroup.Aftertheeducationperiod,theIOP-loweringeffectcontinuedinbothgroups,andsignificantIOPdecreasesobservedat3and5monthsinBgroup,ascomparedtoAgroup.IOPwasdecreasedbypatienteducation,andadditionalpracticalinstructionforeyedropsperformancewasmoreeffective.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1491?1494,2011〕Keywords:緑内障,アドヒアランス,コンプライアンス,点眼指導,眼圧.glaucoma,adherence,compliance,educationofeyedropprocedure,intraocularpressure.1492あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(124)1)緑内障点眼薬の治療を2年以上継続していること,2)過去6カ月以内で点眼薬に変更がないこと,3)過去6カ月間で視野に変化がないこと,4)過去6カ月の眼圧が2mmHg以内の変動であること,5)緑内障以外に眼圧に影響する疾患のないこと,6)同意能力のあること,7)眼圧が目標眼圧7)に達していないこと,とした.年齢,性別,点眼薬剤数は不問とした.また,1)緑内障点眼薬を変更した場合,2)眼の手術をした場合,3)3カ月間観察できなかった場合には対象から除外した.2.介入方法患者教育(疾患教育,点眼説明,点眼実技指導)を行った.試験参加者全員に医師がGlaucomaOphthalmologistCircus企画による緑内障患者教育用小冊子(図1)を見せながら約10分間,疾患教育と点眼説明指導を行った.次いでB群にのみ看護師が約30分間点眼実技指導を行った.これらの患者教育は介入開始日,1カ月後,2カ月後の合計3回行った.疾患教育では,1)眼圧とは何か,2)視野とは何か,3)緑内障では視野がどう変化するか,4)視野と眼圧の関係,の4項目について行った.点眼の説明では,1)何のために点眼するのか,2)涙?部圧迫の方法,3)点眼後閉瞼の方法,4)涙?部圧迫・点眼後閉瞼を2分間行うこと,の4項目について小冊子の図を示しながら行った.また,2種類以上点眼する場合にはその間隔を5分以上開けること,点眼順序はゲル化剤を最後にすること,保管場所は添付書通り定められた場所に保存することなどを説明した.B群にのみ看護師が点眼実技指導として別室(図2)で,1)忘れずに点眼すること,2)眼に確実に滴下すること,3)点眼効果を高めること,の3項目について実技指導した.1)忘れずに点眼するために点眼薬すべてに目立つシールを貼り,点眼時間割表のそれぞれ点眼すべき時間に同じシールを貼り配布した.2)眼に確実に滴下するためにまず看護師が行う点眼行為を患者に観察させる.つぎに,患者に点眼させ,手順どおり点眼しているかどうかを看護師が観察する.各患者に応じたそれぞれの点眼行為の問題点を解決するため,たとえば片手で下眼瞼を押し下げながら点眼する方法,または仰臥位になって上から滴下する方法など説明し練習させた.3)点眼効果を高めるために点眼直後に眼瞼に流出した涙液を拭き取らず,まず閉瞼しながら涙?部を2分間圧迫するように説明し練習させた.3.評価方法割り付けを盲検化された1名の医師がapplanationtonometoryにより午前中で同一時間帯(初回測定時間±1時間)に眼圧を測定した.眼圧測定は介入前と介入後1,2,3カ月と患者教育終了したその後も5,7,9カ月後に測定した.測定者は測定時には診療録上過去の眼圧値を見ないで測定した.4.試験デザイン試験デザインは前向きランダム化,評価者を盲検化した群間比較試験とした.第三者により割り付けられた表に従いランダムに2群(A群とB群)に分け,看護師が割り付け表に従いB群にのみ点眼実技指導を行った.評価者(眼圧測定医師)には盲検化した.三友堂病院倫理委員会の承認を受けた.臨床試験登録番号UMIN000001180.5.データの解析両群各々の介入前を基準とした経時的な眼圧変化には対応のあるt検定を,両群間眼圧変化量比較には介入前眼圧値を考慮し共分散分析法を用いた.有意水準は5%以下とした.図1緑内障に対する説明用冊子全部で6冊ある.医師が試験参加者全員に冊子を提示しながら,約10分間,疾患指導と点眼指導をした.図2点眼実技指導のための個室医師診察室とは別室で点眼実技指導が行われた.どの症例が実技指導を受けているかは医師には盲検化されている.(125)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111493統計ソフトにはSASver9.1を用いた.II結果1.対象試験登録症例数はA群30例57眼とB群30例58眼であった.しかし,B群で3例6眼が患者自己都合によって受診を中断したため脱落し,研究を完了できた症例数はA群30例57眼,B群27例52眼であった.点眼治療を変更した症例,手術をした症例はなかった.背景因子としてA群では女性が多かった.使用している点眼薬剤数,罹病期間,病期にA・B群間で有意差はなかった.平均年齢はそれぞれA群71.8±9.4歳,B群で72.6±8.9歳,点眼薬の種類は1種類がA群28例,B群22例,2種類がA群17例,B群27例,3種類がA群12例,B群3例であった.平均罹病期間はそれぞれ5.9±4.0年と5.2±3.3年であった(表1).2.眼圧値の変化両群とも介入1カ月後から眼圧が下降し,3回の患者教育後の3カ月後の眼圧はA群ではベースライン17.1±2.5から15.9±2.2mmHg(p=5.02×10?6)へ,B群では16.8±2.3から14.8±2.0mmHg(p=1.56×10?9)へ下降した(図3).その後もA群では5カ月後15.6±2.2,7カ月後15.8±1.9,9カ月16.0±1.9mmHgと下降を続け,B群でも5カ月後14.8±2.5,7カ月後14.8±2.4,9カ月後15.7±2.4mmHgでありベースラインと比べ有意に眼圧下降が持続していた.しかしB群では最も下降した3カ月後の眼圧を基準にすると9カ月後では有意に眼圧が上昇した(p=0.0027).眼圧変化量を両群間で比較すると始めの2カ月間では有意差はなかったが,B群のほうが3カ月後(p=0.0043)と5カ月後(p=0.0334)と有意に眼圧が下降したが,7カ月後と9カ月後では再び両群間に差がなくなった(表2).III考按症状に乏しく,長期間の投薬が必要である緑内障のような慢性疾患の治療では,患者自身のアドヒアランスが重要性であると報告8)されている.GlaucomaAdherencePersistencyStudy(GAPS)では,眼圧下降薬の最も高い継続率は,6カ月と報告されている9).また,薬効を高めるために経口する内服薬の場合と比べて点眼薬の場合では,点眼行為それ自体に高いアドヒアランス遵守が求められる.今回の試験では月に1回,3カ月間の疾患教育・点眼説明により眼圧が下降し,さらに点眼実技指導を加えたB群では約2mmHg眼圧下降が得られた.今回の対象症例はまったく緑内障の知識がない症例ではなく平均5年間,外来診療を通じてインフォームド・コンセントを行ってきた症例である.それでも改めて教育指導,特に点眼実技指導することには眼圧下降効果が得られるという結果となった.しかし両群とも眼圧が下がったことから眼圧測定評価者が試験期間中に意図的に低めに測定したというバイアスも考えられるが,各測定時点で前回の値を知らずに眼圧測定していること,評価者を盲検化し点眼実技指導を追加したB群で有意に眼圧下降が得られたことより,このようなバイアスは表1背景因子A群B群年齢(歳)71.8±9.472.6±8.9性別男性(例)女性(例)8221413点眼種類(眼)1種類2種類3種類28171222273罹病期間(年)5.9±4.05.2±3.3表2眼圧ベースラインと比べた変化量の両群間比較123579(カ月)A群?1.26±1.65?1.58±1.73?1.21±1.81?1.23±1.93?1.59±2.13?1.07±2.03B群?1.19±1.67?1.81±1.92?1.98±1.95?1.92±2.10?1.92±2.36?1.04±2.41〔共分散分析〕*p=0.0043,**p=0.0334.***201816140眼圧(mmHg)前123579観察期間(月数):A群:B群図3眼圧の経時変化患者教育は介入開始時,1と2カ月まで行われている.眼圧の経過ではベースラインがA群では17.1±2.5mmHgで,B群では16.8±2.3mmHgであった.試験開始1カ月後から両群ともに下降した.3カ月以降は患者教育を行わずに経過観察している.ベースラインと比較しA・B群ともに各時点で有意に眼圧が下降した(p<0.05).B群では3カ月後の眼圧を基準にすると9カ月後では有意に眼圧が上昇した.1494あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(126)今回の試験に影響ないと考えられる.しかし,今回の両群の背景因子として男女比に有意差があった.男性のほうがノンコンプライアンスの確率が高いといわれている10).このことが本試験の結果に影響する可能性も否定できない.また,今回の選択基準は,過去6カ月の眼圧変動を2mmHg以内としたために,介入後にもその変動が影響する可能性がある.介入前と介入後平均値の差でみればB群では2mmHgの下降であったが,共分散分析で統計学的に解析すると有意差はあった.またこの2mmHgの下降は,1mmHgの眼圧下降が視野悪化リスクを10%低下させるというEarlyManifestGlaucomaTrialGroup(EMGT)によるEMGTstudy11)の観点から考えても臨床的にも意味のある下降であると考えられる.今回は緑内障治療に関与すると考えられる教育内容で行った.点眼液が鼻涙管を経由して鼻粘膜からも吸収され全身の合併症をきたすといわれているので,涙?部圧迫や閉瞼には副作用軽減効果のみならず眼球への移行を高める効果があるとされている12).また,点眼目的の理解が点眼し忘れを予防する効果があるといわれている13).しかし,このような個々の因子が,どの程度の割合で眼圧下降に寄与したのかは検討していない.月に1回の指導とはいえ,医師と看護師が合わせて約40分の指導時間は日常の外来診療のなかでは必ずしも実行できない.今後さらにどんな指導項目が最も有効なのかを詳しく検討する必要があると考えられる.B群では患者教育終了2カ月(介入開始から5カ月)後,4カ月(介入開始から7カ月)後では眼圧下降が維持されていたが,6カ月(介入開始から9カ月)経過すると最も眼圧が下降した介入3カ月後と比べて有意に眼圧が上昇し,それに対してA群では介入6カ月後でも眼圧に変化なく,むしろ両群の差がなくなった.このことより患者教育効果は半年の持続があるものの特に点眼実技指導効果は4カ月程度しか持続していないと推測される.患者が緑内障に関する知識や点眼手順を獲得できても,持続はある一定期間なので定期的な患者教育または学習できるツールを用意する必要があるのかもしれない.実際,試験対象者から「これらの指導効果を継続するのはむずかしい」,「来院ごとに指導を受けているが指導期間が過ぎれば忘れてしまいそうだ」との訴えもあった.緑内障治療に関する知識は一度獲得されると長続きするが,特に点眼実技法の持続はよりむずかしく,くり返して指導する必要があるかもしれない.今回の研究では点眼種類数の違い,点眼し忘れの回数,涙?部圧迫時間,圧迫方法,閉瞼時間などが眼圧下降にどの程度関与しているかなどの項目の有効性を統計的に検討するには症例数が少なかった.しかし,緑内障患者にとって患者教育(疾患指導・点眼指導・点眼実技指導)を行うことは眼圧下降効果があるかもしれず,将来,多施設でより多数症例での臨床研究を行うための基礎研究として本研究は役立つであろう.文献1)植田俊彦:緑内障患者のアドヒアランスとコンプライアンスレベルの上昇が眼圧下降に及ぼす影響.眼薬理23:38-40,20092)吉川啓司:コンプライアンスを高める患者説明.臨床と薬物治療19:1106-1108,20003)MacKeanJM,ElkingtonAR:Compliancewithtreatmentofpatientswithchronicopen-angleglaucoma.BrJOphthalmol67:46-49,19834)NordstormBL,FriedmanDS,MozaffariEetal:Persistenceandadherencewithtopicalglaucomatherapy.AmJOphthalmol140:598-606,20055)兵頭涼子,溝上志朗,川崎史朗ほか:高齢者が使いやすい緑内障点眼容器の検討.あたらしい眼科24:371-376,20076)古沢千昌,安田典子,中元兼二ほか:緑内障教育入院の実際と効果.あたらしい眼科23:651-653,20067)緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌107:777-814,20068)GrayTA,OrtonLC,HensonDetal:Interventionsforimprovingadherencetoocularhypotensivetherapy.CochraneDatabaseSysRev15:CD006132,20099)NordstormBL,FriedmanDS,MozaffariEetal:Persistenceandadherencewithtopicalglaucomatherapy.AmJOphthalmol140:598-606,200510)KonstasAG,MaskalerisG,GratsonidisSetal:ComplianceandviewpointofglaucomapatientsinGreece.Eye14:752-756,200011)LeskeMC,HeijlA,HusseinMetal:Factorsforglaucomaprogressionandtheeffectoftreatment.ArchOphthalmol121:48-56,200312)ZimmermanTJ,SharirM,NardinGFetal:Therapeuticindexofpilocarpine,carbachol,andtimololwithnasolacrimalocclusion.AmJOphthalmol114:1-7,199213)ChangJSJr,LeeDA,PeturssonGetal:Theeffectofaglaucomamedicationremindercaponpatientcomplicanceandintraocularpressure.JOculPharmacol7:117-124,1991***

アムビゾーム® とブイフェンド® による治療を行った角膜真菌症の1例

2011年10月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(115)1483《原著》あたらしい眼科28(10):1483?1489,2011cはじめに角膜真菌症は,ステロイド製剤や広域抗菌薬の局所投与の濫用,アトピー性皮膚炎の患者数やコンタクトレンズ装用者数の増加などにより,近年増加傾向にあるといわれている1?3).角膜真菌症に対する治療として,抗真菌薬の点滴療法を併用する場合があるが,抗真菌薬の眼内移行性の問題や腎障害や肝障害といった全身的副作用の問題がある.わが国で眼局所投与が可能な抗真菌製剤は,5%ナタマイシン(ピマリシンR)点眼液と1%ナタマイシン(ピマリシンR)眼軟膏のみであるが,副作用として角膜上皮障害やアレルギー性〔別刷請求先〕平山雅敏:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasatoshiHirayama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPANアムビゾームRとブイフェンドRによる治療を行った角膜真菌症の1例平山雅敏*1大口剛司*2松本幸裕*1手島ひとみ*1上遠野保裕*3村田満*3川北哲也*1榛村重人*1坪田一男*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2北海道大学大学院医学研究科眼科学分野*3慶應義塾大学病院中央臨床検査部ACaseofKeratomycosisTreatedwithAntifungalAgentsAmBisomeRandVfendRMasatoshiHirayama1),TakeshiOhguchi2),YukihiroMatsumoto1),HitomiTeshima1),YasuhiroKatouno3),MitsuruMurata3),TetsuyaKawakita1),ShigetoShimmura1)andKazuoTsubota1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofMicrobiology,KeioUniversityHospitalFusariumsolaniとCandidaalbicansによる混合感染が原因と考えられた角膜真菌症に対して,アムホテリシンBリポソーム製剤(アムビゾームR)とボリコナゾール(ブイフェンドR)にて治療を行った1例を経験したので報告する.症例は,75歳,男性で,右眼の角膜潰瘍と診断され,慶應義塾大学病院を紹介受診となった.初診時の視力は,右眼手動弁(矯正不能)で,感染性の角膜潰瘍が疑われた.生体レーザー共焦点顕微鏡検査にて,角膜実質に多数の糸状の像を認め,真菌培養検査およびその遺伝子検査にて,FusariumsolaniとCandidaalbicansが同定され,角膜真菌症と診断した.ミカファンギン点眼にて治療を開始するも,角膜穿孔を生じ,治療的角膜移植術を施行した.術前および術後には,アムビゾームRとブイフェンドRの点眼および点滴による治療を行った.術後の角膜の上皮化は良好であり,感染の再発も認められなかった.アムビゾームRとブイフェンドRによる治療は,角膜真菌症に対する治療の選択肢の一つになりうると考えられた.WereportacaseofkeratomycosiscausedbyFusariumsolaniandCandidaalbicansthatwastreatedwithliposomalamphotericinB(AmBisomeR)andvoriconazole(VfendR).Thepatient,a75-year-oldmale,hadpreviouslybeendiagnosedwithcornealulcerinhisrighteyeataneyeclinic.Visualacuityintheeyewashandmotion.Confocalmicroscopyrevealedmanyfilamentousstructures.FusariumsolaniandCandidaalbicanswereisolatedfromcultureofthecornealscrapingsandconfirmedbyDNAanalysis.Wediagnosedkeratomycosisandcommencedtreatmentwithtopicalmicafungin;however,theulcerworsenedandperforated.Wethenperformedtherapeuticcornealtransplantation,followedwithantifungalagentsincludingtopical/systemicAmBisomeRandVfendR.Nopersistentcornealepithelialdefectorinfectionrecurrencewereobserved.CombinedtreatmentwithAmBisomeRandVfendRseemstobeanoptionforkeratomycosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1483?1489,2011〕Keywords:アムホテリシンB,ボリコナゾール,角膜真菌症,フサリウム,カンジダ.amphotericinB,voriconazole,keratomycosis,Fusariumsolani,Candidaalbicans.1484あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(116)結膜炎を生じやすく,症例によっては使用しにくいという欠点がある.わが国では,1962年より使用されているアムホテリシンB(amphotericineB:AMB)の点滴製剤である,アムホテリシンBデオキシコール酸製剤(amphotericinBdeoxycholate:D-AMB,ファンギゾンR)は,抗菌スペクトルが広く,真菌に殺菌的に作用し,耐性真菌の発現がきわめて少ない薬剤であるが,腎障害などの副作用が問題となっていた.角膜真菌症に対しては,自家調整された0.15%ファンギゾンR点眼の有効性が示唆されているが,角膜上皮障害などの副作用の出現が問題となっている4).しかし,2006年には,その副作用を軽減するための薬剤として開発された,アムホテリシンBリポソーム製剤(liposomalamphotericinB:L-AMB,アムビゾームR)が登場することとなり,その薬剤の安全性を高めたことで,ファンギゾンRに代わる薬剤として,その有用性が期待されている.2005年より使用可能となったボリコナゾール(voriconazole:VCZ,ブイフェンドR)においては,それを自家調整した1%ブイフェンドR点眼が,Fusariumsolaniによる角膜真菌症に対して有効かつ安全である,と報告されている5?8).今回,FusariumsolaniとCandidaalbicansによる混合感染が原因と考えられた角膜真菌症に,自家調整した0.1%アムビゾームR点眼および1%ブイフェンドR点眼を使用し,有用であった症例を経験したので報告する.I症例患者:75歳,男性.主訴:右眼の眼痛,充血,視力低下.既往歴:高血圧(+),糖尿病(?),その他の全身疾患(?),眼外傷歴(?).現病歴:平成21年2月23日に,右眼の視力低下を主訴に近医を受診し,右眼細菌性角膜潰瘍を疑われ,0.5%モキシフロキサシン(ベガモックスR)点眼,0.3%トブラマイシン(トブラシンR)点眼,0.1%ヒアルロン酸ナトリウム(ヒアレインR)点眼を処方されるも改善なく,その後,角膜ヘルペスを疑われ,バラシクロビル(バルトレックスR)内服,プレドニゾロン(プレドニンR)内服,3%アシクロビル(ゾビラックスR)眼軟膏にて加療されたが,症状の増悪を認めたために,同年5月15日に,精査加療目的にて慶應義塾大学病院(以下,当院)を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼手動弁(矯正不能),左眼0.3(0.8×sph?2.25D(cyl?0.15DAx90°),眼圧は右眼20mmHgであった.前眼部所見は,右眼に結膜および毛様充血,角膜中央部に8mm×8mmの角膜上皮欠損と角膜浸潤巣,前房内炎症を認めた(図1A).左眼は軽度の白内障を認めた.生体レーザー共焦点顕微鏡検査(HeidelbergRetinaTomographII-RostockCorneaModule:HRTII-RCM,HeidelbergEngineering社,ドイツ)を施行し,右眼の角膜実質に糸状の像を認めた(図2).角膜擦過物の真菌培養検査およびその遺伝子検査にて,FusariumsolaniとCandidaalbicansが同定された(図3).また,同時に,各々の真菌について抗真菌ACB図1細隙灯顕微鏡検査A:当院初診時において,結膜充血,毛様充血,角膜上皮欠損と角膜浸潤巣を認めた.B:当院初診より18日後において,角膜上皮欠損の拡大と,角膜中央の菲薄部に穿孔(矢印)を認めた.C:治療的角膜移植後には,角膜の実質浮腫とDescemet膜皺襞を認めるものの,角膜上皮欠損は改善した.(117)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111485薬に対する薬剤感受性試験を行った.その結果,最小発育阻止濃度(minimuninhibitoryconcentration:MIC)については,Fusariumsolaniではミカファンギン(micafungin:MCFG)が0.25μg/mL,AMBが1μg/mL,VCZが0.5μg/mLであり,CandidaalbicansではMCFGが0.06μg/mL,AMBが0.5μg/mL,VCZが<0.015μg/mLであった(表1).以上の結果より,右眼角膜真菌症と診断し,自家調整した0.1%MCFG(ファンガードR)点眼と0.5%レボフロキサシン(クラビットR)点眼による治療を開始した.しかし,5月30日に,角膜上皮欠損は角膜全体に広がり,角膜浸潤の増悪とともに角膜中央部に菲薄化を認めた.0.1%ファンガードR点眼を中止し,自家調整した1%ブイフェンドR点眼(作製方法については表2を参照),ブイフェンドR内服(300mg/日)に変更したが,6月2日に,角膜上皮欠損の拡大,角膜浸潤の増悪,角膜中央の菲薄部に穿孔を認めたため(図1B),加療目的にて同日当院に入院となった.入院後経過:入院後,0.3%セフメノキシム(ベストロンR)AB図2生体レーザー共焦点顕微鏡検査A:角膜実質層に糸状の構造物が認められた.B:後日,糸状の構造物が断裂している像が認められた.??????????Candidaalbicans??????????FusariumsolaniAB図3真菌培養検査A:胞子の存在と仮性菌糸の形成が認められた.B:新月形の大型分生子を形成する菌糸が認められた.1486あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(118)点眼,1%ブイフェンドR点眼,自家調整した0.1%アムビゾームR点眼(作製方法については表2を参照),ブイフェンドR内服(300mg/日),アムビゾームR点滴(2.5mg/kg/日)による治療を開始したが,角膜の菲薄化および穿孔は改善しなかったため,6月13日に,右眼に対して,保存角膜を用いた治療的角膜移植術を施行した.術中,特記すべき合併症を認めなかった.術後も引き続き,0.3%ベストロンR点眼,1%ブイフェンドR点眼,0.1%アムビゾームR点眼,ブイフェンドR内服(300mg/日),アムビゾームR点滴(2.5mg/kg/日)を継続し,1%アトロピン(アトロピンR)点眼,0.5%トロピカミド+0.5%フェニレフリン(ミドリンPR)点眼を追加した(図4).血液検査では,入院時の血中尿素窒素(bloodureanitrogen:BUN)は22.4mg/dL,血中クレアチニン(creatinin:Cr)は1.4mg/dL,血中アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(aspartateaminotransferase:AST)は15IU/L,血中アラニンアミノトランスフェラーゼ(alanineaminotransferase:ALT)は8IU/Lであったが,点滴施行中,BUNは35.4mg/dL,血中Crは2.2mg/dL,血中ASTは36IU/L,血中ALTは22IU/Lまで上昇した(図5).点滴開始から2週間後のクレアチニンクリアランス値は57.6mL/minであった.AMBの血中濃度測定では,6月19日,6月22日,6月25日と3回測定して,平均22.98±3.94μg/mLであった.術後,角膜の実質浮腫とDescemet膜皺襞を認めたが,角膜上皮欠損は徐々に改善した(図1C).前房はやや浅く,下方に虹彩前癒着,瞳孔には虹彩後癒着を認めたが,感染所見の再燃を認めず,6月26日にアムビゾームR表2点眼液の作製方法0.1%アムビゾームR点眼液1.注射用アムビゾームRを1バイアル(50mg/0.5mL換算)中に,注射用水12.0mLを加えた後,ただちに振盪し,均一な半透明な液になるまで激しく振り混ぜる(計12.5mLとなる)2.この溶解した本剤12.5mLをシリンジ(20mL)にてすべて採取する3.シリンジにフィルターを取り付ける4.採取した溶解薬液12.5mLを,フィルター濾過しながら,5%ブドウ糖注射液37.5mLに加え,0.1%アムビゾームR点眼液とする(計50mLとなる)5.0.1%アムビゾームR点眼液を点眼瓶に分注する(注)本剤は溶解しにくい.また,溶解にあたっては注射用水を使用すること1%ブイフェンドR点眼液1.注射用ブイフェンドRを1バイアル(200mg/1.0mL換算)中に,注射用水19.0mLを加えた後,均一な液となるまで振盪し溶解する(計20.0mLとなる)2.この溶解した本剤20.0mLをシリンジ(20mL)にてすべて採取する3.シリンジにフィルターを取り付ける4.採取した溶解薬液20.0mLを,フィルター濾過しながら,点眼瓶に分注し,1%ブイフェンドR点眼液とする上記にて作製した点眼液は1週間を期限として,4℃で保存する表1薬剤感受性試験薬剤名MIC(μg/mL)FusariumsolaniCandidaalbicansアムホテリシンB10.55-フルシトシン>641フルコナゾール>640.25イトラコナゾール>80.25ミコナゾール40.125ミカファンギン0.250.06ボリコナゾール0.5<0.015MIC:最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration).20095/15初診時5/306/2穿孔6/136/27角膜移植10/111/1720101/120.1%ミカファンギン点眼30分毎0.5%レボフロキサシン点眼1日8回1%ボリコナゾール点眼30分毎ボリコナゾール内服300mg/日0.3%セフメノキシム点眼1日8回0.1%アムホテリシンB点眼30分毎アムホテリシンB点滴2.5mg/kg/日0.5%(トロピカミド+フェニレフリン点眼)1日2回1%硫酸アトロピン点眼1日2回2時間毎2時間毎0.5%レボフロキサシン点眼1日8回図4治療経過初診時より,ミカファンギン(ファンガードR)点眼にて治療を開始するも効果がなかったために,ボリコナゾール(ブイフェンドR)点眼に変更した.その後,アムホテリシンB(アムビゾームR)点眼を追加した.(119)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111487点滴を中止し,6月27日に退院となった.退院後経過:退院後も引き続き,0.3%ベストロンR点眼,1%ブイフェンドR点眼,0.1%アムビゾームR点眼,1%アトロピンR点眼,ミドリンPR点眼,ブイフェンドR内服(300mg/日)を継続した.7月7日に,角膜縫合糸の一部に緩みを認めたため,抜糸した.術後3カ月経過した時点で,移植片に実質浮腫とDescemet膜皺襞を認めたが,角膜の上皮化は良好であった.血液検査では,BUN,血中Cr,血中AST,および血中ALTの数値は改善傾向であったが,再び血中ASTと血中ALTの数値の上昇を認めたため,10月1日に,ブイフェンドR内服を中止した.その後は,血中ASTと血中ALTの数値は正常化した.平成22年1月12日に,0.1%アムビゾームR点眼を中止とした.現在,術後1年を経過しているが,これまでに感染の再発を認めていない.II考察AMBは,ポリエン系のマクロライドであり,真菌細胞膜の主要なステロールであるエルゴステロールに結合し,膜の透過性を変化させて細胞死をひき起こす.D-AMBは,真菌に対して,殺菌的に作用する強力な薬剤であるが,組織透過性が悪く,また,有害な副作用のために十分な治療量を投与できないことがあった9).L-AMBは,D-AMBをリポソームとよばれる脂質小胞の脂質二分子膜中に封入することにより,D-AMBの真菌に対する作用を維持しながら生体細胞に対する傷害性を低下させた製剤である.Invitroにおける抗真菌活性の評価では,L-AMBは,D-AMBと同様に,Aspergullus属,Candida属,Cryptcoccus属などを含む各種真菌に対し幅広い抗真菌スペクトルを有する.その抗真菌活性は最高血中濃度(maximumdrugconcentration:Cmax)/MICに相関するとされ10),大部分の菌株でL-AMBはD-AMBと同等であったと報告されている11,12).発熱性好中球減少患者において,D-AMBとL-AMBを比較した二重盲検比較試験では,全体的な改善率は両者間で差がなく,腎機能障害,投与時の発熱,悪寒についてはL-AMBで有意に減少していた13).このため,L-AMBは,深在性真菌症に対して有用な薬剤として使用されている.L-AMBの眼局所療法に関しては,動物を用いた研究において,サルに対する硝子体内注射やウサギに対する結膜下注射による眼毒性は,D-AMBによる治療と比べ軽減したと報告されている14,15).Goldblumらは,ウサギ眼において,L-AMBの点眼療法は,L-AMBの点滴療法の併用により角膜への薬剤浸透が高まると報告する16)など,L-AMBの眼局所療法の有効性が示唆されている.角膜真菌症の診断では,培養検査において,病原体の検出までに時間を要することが多く,病原体が検出されないことも少なくないが,角膜真菌症においては,HRTII-RCM検査により,酵母様真菌の仮性菌糸や糸状真菌の観察が可能であり,角膜真菌症の早期の診断補助に有用であることが報告されている17,18).本症例においても,HRTII-RCM検査により,早期よりCandidaalbicansの仮性菌糸もしくはFusariumsolaniの菌糸が,角膜実質内の糸状の構造物として観察されたものであると推測される.HRTII-RCM検査における,角膜内の糸状構造物の断裂は,薬剤によって,菌体が崩壊している像を反映しているとされ,角膜真菌症における治療効果の判定にも有用であると報告されている19)が,本症例においても,同様の所見を観察することが可能であった.本症例においては,角膜潰瘍擦過物の培養検査およびその遺伝子検査にて,FusariumsolaniとCandidaalbicansによる角膜真菌症と診断した.Fusarium属による角膜真菌症は,他の糸状菌感染に比べ進行が速く,薬剤の効果も低いため,治療が困難となる場合が多い.現在,薬剤の抗真菌効果を比較する指標としてMICが用いられているが,臨床分離株による抗真菌薬のMICのデータのレトロスペクティブな検討によると,Fusarium属に関しては,抗真菌作用が最も期待できる薬剤はAMBであり,細胞毒性を抑えたL-AMBは今後期待できる薬剤と考えられている20).眼科的には,Fusariumsolaniによる角膜真菌症に対して,VCZが奏効したという報告がある5,7,8)が,Fusariumsolaniによる真菌性眼内炎に対しては,L-AMBの点滴療法の有効性も示唆されてい0102030405060BUN,Cr(mg/dL),AST,ALT(IU/L):BUN:血中Cr:血中AST:血中ALT2009/6/26/259/1512/15図5臨床検査値の変動アムビゾームR点滴中に軽度の肝機能障害と腎機能障害を認めたが,アムビゾームR点滴の中止により両者ともに改善した.また,ブイフェンドR内服中に再び軽度の肝機能障害を認めたが,ブイフェンドR内服の中止により改善した.BUN:血中尿素窒素(bloodureanitrogen),Cr:クレアチニン(creatinin),AST:アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(aspartateaminotransferase),ALT:アラニンアミノトランスフェラーゼ(alanineaminotransferase).1488あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(120)る21).抗真菌薬の併用療法は,治療の選択肢の一つとなりうるが,全身的投与において抗真菌薬の併用による薬物間の協調作用は理論的に証明されておらず,一般的には行われていない.しかしながら,invitroでの抗真菌作用の検討では,MCFGはフルコナゾールやVCZとの併用により相乗効果があったと報告され22),臨床においても,慢性壊死性肺アスペルギルス症に対して,L-AMBとイトラコナゾールの併用療法の有用性が示唆されている23).イトラコナゾールとD-AMBの併用では,侵襲性肺アスペルギルス症の82%に有効であり,D-AMB単剤の治療より有効率が高かったといった報告がされるなど24),今後,難治例を中心に併用療法の試みは広がっていくと考えられる.Fusarium属による真菌感染症に対するL-AMBの併用療法に関してもすでに報告があり,invitroにおいては,L-AMBとVCZの相乗作用が示唆され25),invivoにおいて,Fusariumsolaniに感染した免疫不全のネズミを用いた報告では,L-AMBとVCZの併用療法の有効性が示唆されている26).臨床においても,Fusarium属による深在性真菌症では,L-AMBとVCZによる併用療法が有効であったと報告されており27,28),Fusariumsolaniによる角膜真菌症に対しては,0.5%L-AMB点眼と,VCZの点滴による併用療法が奏効したと報告されている29).角膜真菌症の治療においては,真菌により薬剤感受性が異なるため,起因菌に対応した薬剤の選択が重要であるとされている20).本症例では,薬剤感受性試験において,AMBは,Fusariumsolaniに対して,MICにて1.0μg/mL,Candidaalbicansに対して,MICにて0.5μg/mL,また,VCZは,Fusariumsolaniに対して,MICにて0.5μg/mL,Candidaalbicansに対して,MICにて<0.015μg/mLと,いずれも高い感受性を示した.しかしながら,点眼や点滴による加療にもかかわらず,角膜の菲薄化や穿孔は改善を認めず,治療的角膜移植術が施行された.その理由として,感染源における菌量,角膜における薬剤浸透率,薬剤の投与量,点眼のコンプライアンスの問題などが考えられる.治療的角膜移植術では,感染部位の角膜を直径8.0mmにて全層切除したが,周辺角膜の一部に角膜の浸潤巣を残すこととなり,角膜移植術施行後には,感染の再発が危惧されたが,アムビゾームRの点眼や点滴,ブイフェンドRの点眼や内服などの治療により良好な結果を得ることができた.本症例では,L-AMBの点滴療法を施行しているなかで,軽度の腎機能障害と肝機能障害を認めたが,L-AMBの点滴の中止とともにそれらは改善した.その後,再び軽度の肝機能障害を認めたが,ブイフェンドRの内服の中止とともに肝機能は正常化した.また,L-AMBの点眼を用いた本症例では,頻回点眼にもかかわらず,D-AMBの点眼においてみられるような角膜上皮障害や炎症反応を認めなかったことは,アムビゾームR点眼による抗真菌治療の安全性という面において注目すべき点であった.問題点として,点眼薬作製後の薬剤の安定性に関して不明な点が多いことがあげられる30,31).本症例では,0.1%アムビゾームR点眼を自家調整し,作製後は冷蔵庫にて保管し,1週間ごとに作製して処方したが,現在に至るまで特に問題は生じていない.FusariumsolaniとCandidaalbicansの混合感染による角膜真菌症により生じた角膜穿孔に対して,治療的角膜移植術を施行し,アムビゾームRとブイフェンドRにて治療を行った1例を報告した.今回の症例では,アムビゾームRとブイフェンドRによる治療が,角膜真菌症に対する治療の選択肢となりうることが示唆されるとともに,アムビゾームRの点眼投与での有用性と安全性が示唆されたものと考えられる.アムビゾームRの点眼は,ブイフェンドRの点眼と同様に,難治性の角膜真菌症に対する新しい治療の選択肢となる可能性が推察された.今後は,アムビゾームR点眼の単独治療が角膜真菌症に有効であるかを検討する必要があると考えられる.謝辞:本稿を終えるにあたり,ご指導いただきました,昭和大学医学部臨床感染症学講座吉田耕一郎先生に深謝いたします.なお,本稿の要旨については,第34回角膜カンファランス(仙台)にて発表した.文献1)三井幸彦:フサリウム感染.眼科33:1333-1339,19912)井上須美子:角膜真菌症の変遷.あたらしい眼科7:123-125,19903)三井幸彦:角膜真菌症にフザリウム感染が増加した原因.あたらしい眼科7:127-130,19904)PleyerU,LegmannA,MondinoBJetal:UseofcollagenshieldscontainingamphotericinBinthetreatmentofexperimentalCandidaalbicans-inducedkeratomycosisinrabbits.AmJOphthalmol113:303-308,19925)小松直樹,堅野比呂子,宮﨑大ほか:ボリコナゾール点眼が奏効したFusariumsolaniによる非定型的な角膜真菌症の1例.あたらしい眼科24:499-501,20076)松下博文,鈴木由布子,藤田昌弘ほか:Fusariumsolaniによる角膜真菌症の1例.あたらしい眼科16:95-99,19997)ReisA,SundmacherR,TintelnotKetal:Successfultreatmentofocularinvasivemoldinfection(fusariosis)withthenewantifungalagentvoriconazole.BrJOphthalmol84:932-933,20008)PolizziA,SiniscalchiC,MastromarinoAetal:EffectofvoriconazoleonacornealabscesscausedbyFusarium.ActaOphthalmolScand82:762-764,20049)GallisHA,DrewRH,PickardWWetal:AmphotericinB:30yearsofclinicalexperience.RevInfectDis12:308-329,199010)TakemotoK,YamamotoY,UedaY:EvaluationofantifungalpharmacodynamiccharacteristicsofAmBisome(121)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111489againstCandidaalbicans.MicrobiolImmunol50:579-586,200611)BekerskyI,FieldingRM,DresslerDEetal:Pharmacokinetics,excretion,andmassbalanceofliposomalamphotericinB(AmBisome)andamphotericinBdeoxycholateinhumans.AntimicrobAgentsChemother46:828-833,200212)竹本浩司,柏本茂樹,金澤勝則:接合菌類,黒色真菌類およびフサリウム属に対するリポソーム化amphotericinBの抗真菌活性.臨床と微生物34:759-765,200713)WalshTJ,FinbergRW,ArndtCetal:LiposomalamphotericinBforempiricaltherapyinpatientwithpersistentfeverandneutrophia.NEnglJMed340:764-771,199914)KajiY,YamamotoE,HiraokaTetal:ToxicitiesandpharmacokineticsofsubconjunctivalinjectionofliposomalamphotericinB.GraefesArchClinExpOphthalmol247:549-553,200915)BarzaM,BaumJ,TremblayCetal:OculartoxicityofintravitreallyinjectedliposomalamphotericinBinrhesusmonkeys.AmJOphthalmol100:259-263,198516)GoldblumD,RohrerK,FruehBEetal:CornealconcentrationsfollowingsystemicadministrationofamphotericinBanditslipidpreparationsinarabbitmodel.OphthalmicRes36:172-176,200417)BrasnuE,BourcierT,DupasBetal:Invivoconfocalmicroscopyinfungalkeratitis.BrJOphthalmol91:588-591,200718)近間泰一郎,西田輝夫:角膜真菌症─初期診断での生体共焦点顕微鏡の有用性.臨眼61:1152-1155,200719)野田恵理子,白石敦,坂根由梨ほか:生体レーザー共焦点顕微鏡(HRTII-RCM)が診断,経過観察に有用であった角膜真菌症の1例.あたらしい眼科25:385-388,200820)宇田高広,鈴木崇,宇野敏彦ほか:真菌性角膜炎臨床分離株の薬剤感受性.あたらしい眼科23:933-936,200621)GoldblumD,FruehBE,ZimmerliSetal:TreatmentofpostkeratitisFusariumendophthalmitiswithamphotericinBlipidcomplex.Cornea19:853-856,200022)NishiI,SanadaA,ToyokawaMetal:Invitroantifungalcombinationeffectsofmicafunginwithfluconazole,voriconazole,amphotericinB,andflucytosineagainstclinicalisolatesofCandidaspecies.JInfectChemother15:1-5,200923)清川浩,中島瑠美子,高藤繁ほか:LiposomalamphotericinBとitraconazoleの二剤併用が有効だった慢性壊死性肺アスペルギルス症の1例.日呼吸会誌46:448-454,200824)PoppAI,WhiteMH,QuadriTetal:AmphotericinBwithandwithoutitraconazoleforinvasiveaspergillousis:Athree-yearyearretrospectivestudy.IntJInfectDis3:157-160,199925)SpaderTB,VenturiniTP,CavalheiroASetal:InvitrointeractionsbetweenamphotericinBandotherantifungalagentsandrifampinagainstFusariumspp.Mycoses54:131-136,201126)Ruiz-CendoyaM,MarineM,GuarroJ:CombinedtherapyintreatmentofmurineinfectionbyFusariumsolani.JAntimicrobChemother62:543-546,200827)HoDY,LeeJD,RossoFetal:Treatingdisseminatedfusariosis:amphotericinB,voriconazoleorboth?Mycoses50:227-231,200728)StanzaniM,VianelliN,BandiniGetal:SuccessfultreatmentofdisseminatedFusariosisafterallogenichematopoieticstemcelltransplantationwithcombinationofvoriconazoleandliposomalamphotericinB.JInfect53:243-246,200629)TouvronG,DenisD,DoatMetal:SuccessfultreatmentofresistantFusariumsolanikeratitiswithliposomalamphotericinB.JFrOphtalmol10:721-726,200930)PleyerU,GrammerJ,PleyerJHetal:AmphotericinB─bioavailabilityinthecornea.StudieswithlocaladministrationofliposomeincorporatedamphotericinB.Ophthalmologe92:469-475,199531)MorandK,BartolettiAC,BochotAetal:LiposomalamphotericinBeyedropstotreatfungalkeratitis:Physico-chemicalandformulationstability.IntJPharm344:150-153,2007***

ドライアイモデルラットに対するジクアホソルナトリウム点眼液とヒアルロン酸ナトリウム点眼液の併用効果

2011年10月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(109)1477《原著》あたらしい眼科28(10):1477?1481,2011cはじめに現在,国内でドライアイ治療に使用されている主な点眼液には,人工涙液,ヒアルロン酸ナトリウム点眼液と,2010年に上市されたジクアホソルナトリウム点眼液がある.人工涙液は,一時的な水分および電解質の補充効果のみを期待するものであり,ヒアルロン酸ナトリウム点眼液は,角膜上皮〔別刷請求先〕堂田敦義:〒630-0101生駒市高山町8916-16参天製薬株式会社研究開発センターReprintrequests:AtsuyoshiDota,Research&DevelopmentCenter,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.,8916-16Takayama-cho,Ikoma-shi,Nara630-0101,JAPANドライアイモデルラットに対するジクアホソルナトリウム点眼液とヒアルロン酸ナトリウム点眼液の併用効果堂田敦義中村雅胤参天製薬株式会社研究開発センターCombinedEffectofDiquafosolTetrasodiumandSodiumHyaluronateOphthalmicSolutionsinRatDryEyeModelAtsuyoshiDotaandMasatsuguNakamuraResearch&DevelopmentCenter,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.眼窩外涙腺を摘出したラットに,送風を負荷したドライアイモデルを作製し,本モデルに対するジクアホソルナトリウムとヒアルロン酸ナトリウムの併用効果を検討した.ドライアイモデルラットに,人工涙液単独,0.1%ヒアルロン酸ナトリウム単独,3%ジクアホソルナトリウム単独,もしくは,0.1%ヒアルロン酸ナトリウムと3%ジクアホソルナトリウムの併用点眼を1日6回実施し,点眼6週後の角膜フルオレセイン染色スコアにより薬効を比較検討した.その結果,本ドライアイモデルに対して,0.1%ヒアルロン酸ナトリウムと3%ジクアホソルナトリウムの単独点眼の染色スコアは,人工涙液単独点眼と比較して,統計学的に有意な差を認めないものの低値を示した.一方,3%ジクアホソルナトリウムと0.1%ヒアルロン酸ナトリウムの併用点眼の染色スコアは,各点眼液の単独点眼よりも低値を示し,人工涙液単独点眼と比較して有意に低値であった(p=0.03).以上より,3%ジクアホソルナトリウムと0.1%ヒアルロン酸ナトリウムの併用点眼は,本ドライアイモデルにおける角膜上皮障害を各点眼液単独以上に改善させる相加的作用を有することが示唆された.Wecreatedtheratdryeyemodelthroughexorbitallacrimalglandremovalandexposuretoconstantairflow,andinvestigatedthecombinedeffectof3%diquafosoltetrasodiumand0.1%sodiumhyaluronateophthalmicsolutionsoncornealfluoresceinstainingscoreintheratdryeyemodel.Ratswithexorbitallacrimalglandremovedwerekeptunderconstantairflow.Inthisdryeyemodel,artificialtears,0.1%sodiumhyaluronate,3%diquafosoltetrasodiumoracombinationofthelattertwowasapplied6timesdailyfor6weeks,withcornealfluoresceinstainingscoredbeforeandafterapplication.Theapplicationof0.1%sodiumhyaluronateor3%diquafosoltetrasodiumalonetendedtodecreasethecornealfluoresceinstainingscoreincomparisonwithartificialtears.Applicationofthetwosolutionsincombination,however,significantlydecreasedthecornealfluoresceinstainingscoreincomparisonwithartificialtears(p=0.03)andshowedlowerscoresthan0.1%sodiumhyaluronateor3%diquafosoltetrasodiumalone.Theseresultssuggestthatinthisratdryeyemodel,thecombinationof3%diquafosoltetrasodiumand0.1%sodiumhyaluronatemightbemoreeffectiveinimprovingcornealepithelialdamagethaneithersolutionalone.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1477?1481,2011〕Keywords:ジクアホソルナトリウム,ヒアルロン酸ナトリウム,ラット,ドライアイ,フルオレセイン染色,角膜上皮障害.diquafosoltetrasodium,sodiumhyaluronate,rats,dryeye,fluoresceinsataining,cornealepithelialdamage.1478あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(110)伸展促進作用および保水性による涙液安定化作用を有するものの,涙液量が極度に減少しているドライアイ患者に対しては,治療効果は低いと考えられている1).一方,ジクアホソルナトリウム点眼液は,涙液の分泌促進作用,ムチン様糖蛋白質の分泌促進作用などを示すことが報告2,3)され,ドライアイ患者の涙液層の質的および量的な改善作用を示すと考えられている.ドライアイは,『さまざまな要因による涙液および角結膜上皮の慢性疾患であり,眼不快感や視機能異常を伴う』と定義されている4).また,ドライアイ発症には,さまざまな要因(内因的もしくは外因的)が重なっていることも多いと報告されている5).これら種々の要因が重なって生じているドライアイに対して,各点眼液を単独で点眼しても治療効果が十分でない場合も存在すると考えられる.これまでに報告されている眼窩外涙腺を摘出したラットのドライアイモデル2)は,涙腺摘出による涙液減少型ドライアイを外挿したモデルであり,単一の原因により誘発された動物疾患モデルと考えられる.そこで,今回,送風負荷を加えることにより,複数の要因によるドライアイモデルを作製するとともに,そのモデルを用いてドライアイ治療に用いられている各種点眼液の単独点眼および併用点眼の有用性を,角膜上皮障害の指標であるフルオレセイン染色スコアを用いて検討した.I実験方法1.ラットのドライアイモデル作製Fujiharaらの方法2)に従って,雄性SDラット(日本エスエルシー)の眼窩外涙腺を摘出した.対照として,眼窩外涙腺摘出を実施しない正常ラットを設定した.送風負荷は,Nakamuraらの方法6)を参考に涙腺摘出直後からラットケージの扉側から扇風機を用いて風速約2?4m/secの送風をあて,8週間飼育した.点眼実験では,点眼期間中も送風を継続した.なお,ラットは,1週間馴化飼育した後,試験に使用した.また,群ごとに別々のラットを設定し,モデル作製試験では,涙腺を摘出した群は5匹10眼,涙腺を摘出した群を除いた群は6匹12眼,薬効比較試験では,人工涙液と0.1%ヒアルロン酸併用点眼群は3匹6眼,人工涙液と0.1%ヒアルロン酸併用点眼群を除いた群は4匹8眼のフルオレセイン染色スコアを用いて評価した.本研究は,「動物実験倫理規程」,「参天製薬の動物実験における倫理の原則」,「動物の苦痛に関する基準」の参天製薬株式会社社内規程を遵守し,実施した.2.点眼および観察薬効比較試験における群構成を表1に示す.涙腺摘出・送風負荷8週間後より,人工涙液(ソフトサンティアR,参天製薬),0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液(ヒアレインR点眼液0.1%,参天製薬)(以下,0.1%ヒアルロン酸と略す),3%ジクアホソルナトリウム点眼液(ジクアスR点眼液3%,参天製薬)(以下,3%ジクアホソルと略す)の各単独,人工涙液と0.1%ヒアルロン酸の併用,あるいは,3%ジクアホソルと0.1%ヒアルロン酸の併用を1回5μL,1日6回(約1.5時間間隔)両眼にマイクロピペットにて6週間点眼した.なお,0.1%ヒアルロン酸と人工涙液併用点眼は,人工涙液点眼5分後に0.1%ヒアルロン酸を,3%ジクアホソルと0.1%ヒアルロン酸の併用点眼は,3%ジクアホソル点眼5分後に0.1%ヒアルロン酸を点眼した.角膜の観察は,点眼前および点眼6週後に,村上らの方法7)に従って,両眼のフルオレセイン染色スコアにより評価した.3.統計解析EXSAS(アーム社)を用いて,5%を有意水準として解析した.モデル作製試験では,正常ラットと涙腺を摘出したラット,送風を負荷した正常ラットと涙腺を摘出し送風を負荷したラット,涙腺を摘出したラットと涙腺を摘出し送風を負荷したラット,正常ラットと涙腺を摘出し送風を負荷したラットの角膜フルオレセイン染色スコアについて,それぞれStudentのt検定を実施した.薬効評価試験では,ドライアイモデルのラットと正常ラットの角膜フルオレセイン染色スコアについてStudentのt検定を,点眼液(人工涙液,0.1%ヒアルロン酸,3%ジクアホソルの単独点眼,0.1%ヒアルロン酸と人工涙液,3%ジクアホソルと0.1%ヒアルロン酸の併用点眼)を点眼したラットの角膜フルオレセイン染色スコアについて,Tukeyの多重比較検定を実施した.表1群構成群番号処置送風の有無点眼液点眼回数1無処置(正常)無なしなし2眼窩外涙腺を摘出有なしなし3眼窩外涙腺を摘出有人工涙液6回/日4眼窩外涙腺を摘出有0.1%ヒアルロン酸6回/日5眼窩外涙腺を摘出有3%ジクアホソル6回/日6眼窩外涙腺を摘出有人工涙液+0.1%ヒアルロン酸6回/日7眼窩外涙腺を摘出有3%ジクアホソル+0.1%ヒアルロン酸6回/日(111)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111479II結果1.正常および眼窩外涙腺を摘出したラットに対する送風負荷の影響正常および涙腺を摘出したラットに,送風負荷を8週間行った後の角膜フルオレセイン染色像を図1に示す.正常ラットでも角膜フルオレセイン染色がわずかに認められた(図1A).送風を負荷した正常ラットの角膜フルオレセイン染色像は,正常ラットと大きな違いは認められなかった(図1C).一方,眼窩外涙腺を摘出すると,角膜フルオレセイン染色は顕著に亢進し(図1B),さらに,送風を負荷することで,角膜フルオレセイン染色の増強が認められた(図1D).角膜フルオレセイン染色像をスコア化した結果を図2に示す.涙腺を摘出したラットの角膜フルオレセイン染色スコアは,正常ラットと比較して有意に高い値を示した(p<0.01).涙腺を摘出し送風を負荷したラットの角膜フルオレセイン染色スコアは,涙腺を摘出したラットと比較して,有意に高い値を示した(p<0.01).正常ラットと比較して涙腺を摘出し送風を負荷したラットの角膜フルオレセイン染色スコアは,有意に高い値を示した(p<0.01).フルオレセイン染色スコアは,涙腺摘出により正常ラットの値(2.2±0.8:平均値±標準偏差)の約2.4倍(5.3±1.2)に,涙腺摘出と送風負荷により約3倍(6.6±0.7)にまで達した.2.眼窩外涙腺を摘出したラットに送風を負荷したドライアイモデルに対する3%ジクアホソルおよび0.1%ヒアルロン酸併用点眼の効果人工涙液,0.1%ヒアルロン酸または3%ジクアホソルの単独点眼,もしくは,0.1%ヒアルロン酸と人工涙液あるいは3%ジクアホソルと0.1%ヒアルロン酸の併用点眼を,本ドライアイモデルに1日6回,6週間行ったときの角膜フルオレセイン染色スコアの結果を図3に示す.点眼6週間後,人工涙液点眼の染色スコアは,無点眼と比較してほとんど変化が認められなかった(p=0.59).また,0.1%ヒアルロン酸単独点眼,3%ジクアホソル単独点眼,人工涙液と0.1%ヒアルロン酸併用点眼の染色スコアは,人工涙液単独点眼の染色スコアと比較して統計学的な有意差は認められないものの低値を示した(それぞれ,p=0.78,p=0.24,p=0.49).一方,3%ジクアホソルと0.1%ヒアルロン酸の併用点眼の染色スコア(4.3±1.2)は,人工涙液単独点眼の染色スコア(6.3±0.8)と比較して統計学的に有意に低値を示した(p=ABCD図1正常ラットおよび眼窩外涙腺を摘出したラットに送風負荷を8週間行った後の角膜フルオレセイン染色像A:正常ラット;角膜にわずかにフルオレセイン染色が認められる.B:涙腺を摘出したラット;眼窩外涙腺の摘出により,角膜フルオレセイン染色が亢進した像が認められる.C:送風を負荷した正常ラット;送風負荷により,角膜のフルオレセイン染色像に大きな変化は認められない.D:涙腺を摘出し,送風を負荷したラット;涙腺の摘出により亢進した角膜のフルオレセイン染色に送風負荷することで,さらに染色が増強された像が確認される.9.08.07.06.05.04.03.02.01.00.0角膜フルオレセイン染色スコア処置8週間後:正常ラット:涙腺を摘出したラット:送風を負荷した正常ラット:涙腺を摘出し,送風を負荷したラット††††##**図2正常ラットおよび眼窩外涙腺を摘出したラットの角膜フルオレセイン染色スコアに及ぼす送風の影響送風負荷の有無で正常ラットの角膜フルオレセイン染色スコアに有意な差は認められなかった.涙腺を摘出したラットの染色スコアは,正常ラットと比較して有意に高い値を示した.涙腺を摘出し,送風を負荷したラットの染色スコアは,涙腺を摘出したラットと比較して有意に高い値を示した.各値は10眼(涙腺を摘出した群)または,12眼(涙腺を摘出した群を除いた群)の平均値±標準偏差を示す.##:p<0.01,涙腺を摘出したラットとの比較(Studentのt検定),**:p<0.01,送風を負荷した正常ラットとの比較(Studentのt検定),††:p<0.01,正常ラットとの比較(Studentのt検定).1480あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(112)0.03).III考按ドライアイは,大きく分けて涙液減少型と涙液蒸発亢進型の2つに分類される.これまでに報告されている眼窩外涙腺を摘出したラットのドライアイモデルは,Schirmer値が正常ラットの約半分に低下する2)ことから,涙液量の減少によって角膜上皮障害が発症する涙液減少型ドライアイモデルと考えられる.涙液の蒸発率を亢進させる送風8)は,ドライアイのリスクファクターの一つである5)と報告されており,エアコンを用いた空調設備の充実といったオフィス環境の変化が,涙液層を不安定化させる蒸発亢進型ドライアイ患者を増加させている.さらに,VDT(visualorvideodisplayterminal)作業の増加やコンタクトレンズ装用者の増加も,涙液層が不安定なタイプのドライアイ患者を増加させる原因となっている5).涙腺を摘出したラットへの送風負荷は,涙液減少で生じる角膜障害に加え,送風による涙液の蒸発亢進によって,さらに,障害を悪化させることが示唆された.したがって,本モデルは,涙液減少と涙液蒸発亢進を併発したドライアイモデルになりうると考えられた.今回,このドライアイモデルラットを用いて各点眼液の薬効を検討した結果,0.1%ヒアルロン酸,3%ジクアホソルの各単独点眼,もしくは,0.1%ヒアルロン酸と人工涙液の併用点眼は,角膜上皮障害改善傾向を示し,3%ジクアホソルと0.1%ヒアルロン酸の併用点眼は,角膜上皮障害をさらに改善し,人工涙液と比較して有意な効果を示した.この結果は,複合的な要因で発症した重症の角膜上皮障害に対して,0.1%ヒアルロン酸もしくは3%ジクアホソル単独点眼は,改善傾向を示すものの十分な効果を示さず,3%ジクアホソルと0.1%ヒアルロン酸併用点眼が,相加的な作用により有意な改善効果を示したものと推察される.ヒアルロン酸には,角膜上皮創傷治癒促進作用に加えて,保水作用による蒸発抑制作用や乾燥防止作用が報告されている9).また,ヒアルロン酸は,ムチンとの相互作用により,優れた粘膜付着性を有し10),涙液安定化などの作用を発揮していると考えられている11).一方で,ジクアホソルは,結膜にあるP2Y2レセプターに作用し,結膜からの水分の分泌およびムチンを含む蛋白質の分泌を増加させることにより涙液環境を改善し,ドライアイ症状を緩和すると考えられている2,3,12).本検討により,3%ジクアホソルと0.1%ヒアルロン酸の単独点眼では十分な改善効果を認めないが,3%ジクアホソルと0.1%ヒアルロン酸の併用点眼では角膜上皮障害改善効果が最も高く,両点眼液併用による相加的な効果が確認された.この併用効果のメカニズムとして,ジクアホソルにより増加した眼表面のムチンが,ヒアルロン酸との相互作用により涙液滞留性を高めるとともに,ジクアホソルにより増加した水分が,ヒアルロン酸の保水効果により眼表面上で保持される結果と推察された.詳細な作用機序の解析には,さらなる研究が必要と考えられる.また,上記のような推察から,併用時には,3%ジクアホソルに続いて0.1%ヒアルロン酸の順に点眼することが,眼表面の涙液保持に効果的であると考えられる.近年の環境変化により,蒸発亢進型のドライアイ患者が増加している.また,高齢化に伴う涙腺機能の低下は,涙液減少型のドライアイ患者を増加させると予想される.このようにさまざまなリスクファクターが原因となっているドライアイ患者に対して,単独点眼で治療効果が不十分な場合には,3%ジクアホソルと0.1%ヒアルロン酸の組み合わせのように相互作用が期待できる点眼液を併用することで,治療効果をあげることができると考えられる.8.07.06.05.04.03.02.01.00.0角膜フルオレセイン染色スコア点眼6週間後正常ラット:無点眼涙腺を摘出し,送風を負荷したラット:無点眼:人口涙液単独点眼:0.1%ヒアルロン酸単独点眼:3%ジクアホソル単独点眼:人口涙液と0.1%ヒアルロン酸併用点眼:3%ジクアホソルと0.1%ヒアルロン酸併用点眼##*図3眼窩外涙腺を摘出し,送風を負荷したラットのドライアイモデルの角膜フルオレセイン染色に対する3%ジクアホソルと0.1%ヒアルロン酸の併用点眼効果0.1%ヒアルロン酸単独点眼,3%ジクアホソル単独点眼,人工涙液と0.1%ヒアルロン酸併用点眼の角膜フルオレセイン染色スコアは,人工涙液単独点眼と比較して低い値を示した.3%ジクアホソルと0.1%ヒアルロン酸併用点眼の角膜フルオレセイン染色スコアは,人工涙液単独点眼と比較して有意に低い値を示した.各値は,6眼(人工涙液と0.1%ヒアルロン酸併用点眼群)または,8眼(人工涙液と0.1%ヒアルロン酸併用点眼群を除いた群)の平均値±標準偏差を示す.##:p<0.01,正常ラットとの比較(Studentのt検定),*:p<0.05,人工涙液単独点眼との比較(Tukeyの多重比較検定).(113)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111481文献1)高村悦子:ドライアイのオーバービュー.FrontiersinDryEye1:65-68,20062)FujiharaT,MurakamiT,FujitaHetal:ImprovementofcornealbarrierfunctionbytheP2Y2agonistINS365inaratdryeyemodel.InvestOphthalmolVisSci42:96-100,20013)FujiharaT,MurakamiT,NaganoTetal:INS365suppresseslossofcornealepithelialintegritybysecretionofmucin-likeglycoproteininarabbitshort-termdryeyemodel.JOcularPharmacolTher18:363-370,20024)島﨑潤:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,20075)丸山邦夫,横井則彦:環境と眼の乾き.あたらしい眼科22:311-316,20056)NakamuraS,ShibuyaM,NakashimaHetal:D-b-hydroxybutyrateprotectsagainstcornealepithelialdisordersinaratdryeyemodelwithjoggingboard.InvestOphthalmolVisSci46:2379-2387,20057)村上忠弘,中村雅胤:眼窩外涙腺摘出ラットドライアイモデルに対するヒアルロン酸点眼液と人工涙液の併用効果.あたらしい眼科21:87-90,20048)BorchmanD,FoulksGN,YqappertMCetal:Factorsaffectingevaporationratesoftearfilmcomponentsmeasuredinvitro.EyeContactLens35:32-37,20099)NakamuraM,HikidaM,NakanoTetal:Characterizationofwaterretentivepropertiesofhyaluronan.Cornea12:433-436,199310)SaettoneMF,ChetoniP,TorraccaMTetal:Evaluationofmuco-adhesivepropertiesandinvivoactivityofophthalmicvehiclesbasedonhyaluronicacid.IntJPharm51:203-212,198911)川原めぐみ,平井慎一郎,坂本佳代子ほか:ヒアルロン酸点眼液の角膜球面不正指数を指標としたウサギ涙液層安定化作用.あたらしい眼科21:1561-1564,200412)七條優子,篠宮克彦,勝田修ほか:ジクアホソルナトリウムのウサギ結膜組織からのムチン様糖蛋白質分泌促進作用.あたらしい眼科28:543-548,2011***

原液と希釈ポビドンヨードの眼部皮膚消毒効果の比較

2011年10月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(105)1473《原著》あたらしい眼科28(10):1473?1476,2011cはじめに健常人の皮膚常在菌はcoagulase-negativeStaphylococcus(CNS)を筆頭にPropionibacterium,真菌のCandidaなどが知られている1)が,眼周囲皮膚についての報告はほとんどない.眼瞼結膜常在菌については多くの報告があるが,その内訳はブドウ球菌属,腸球菌,Propionibacteriumacnesが多い2).眼科領域における外眼・内眼術後感染を予防にするために術前減菌をいかに行うかが重要であり,ポビドンヨード(povidone-iodine:Pヨード)による眼瞼皮膚消毒は広く行われている.Pヨードは薬剤耐性がなく,ウイルス,細菌,多剤耐性菌,真菌にも殺菌効果がある.外科領域では全般にPヨード(10%原液)による皮膚消毒が行われているが,希〔別刷請求先〕秦野響子:〒251-0052藤沢市藤沢438-1ルミネプラザビル7Fルミネはたの眼科Reprintrequests:KyokoHatano,M.D.,LumineHatanoEyeClinic,438-1Fijisawa,FujisawaCity,Kanagawa251-0052,JAPAN原液と希釈ポビドンヨードの眼部皮膚消毒効果の比較秦野響子秦野寛ルミネはたの眼科ComparisonbetweenPovidone-IodineDilutionsRegardingEfficacyofLidSkinDisinfectionKyokoHatanoandHiroshiHatanoLumineHatanoEyeClinic白内障術前の眼部皮膚消毒において,ポビドンヨード液10%(原液)と16倍希釈溶液の減菌効果を比較検討した.823眼を無作為に原液群と希釈溶液群に分け,白内障手術直前に眼部皮膚消毒を2つの方法にて行った.方法1(原液群203眼,16倍希釈群196眼):ポビドンヨードにて眼部皮膚消毒後,綿球で溶液を拭き取り,頬部皮膚を擦過し培養検査を施行.方法2(原液群210眼,16倍希釈214眼):方法1に加えさらに擦過培養前に,残ポビドンヨードが付着した頬周囲皮膚を生理食塩水を含ませた綿球にて拭き取った後皮膚を擦過し培養検査を施行した.両群の菌検出率と検出菌種の内容を比較検討した.方法1では原液群16.8%,16倍希釈群35.7%にて菌を検出,方法2では原液群24.8%,16倍希釈群42.5%に菌を検出した.両方法とも菌検出率は有意に(p<0.01)原液群において低かった.検出菌の大半は両群ともコアグラーゼ陰性ブドウ球菌であった.眼部皮膚消毒においてポビドンヨードは希釈溶液よりも原液のほうが減菌効果が優れていることが確認された.Purpose:Tocomparelidskinbacterialflorareductionbetweenpovidone-iodine10%(undiluted)solutionand0.6%(diluted)solutionforuseinpreoperativedisinfection.Methods:Consecutiveeyesabouttoundergocataractsurgery(823eyes)wererandomizedintotwogroups,inwhichfacialskinandskinaroundlidswasdisinfectedwitheither10%or0.6%povidone-iodinesolution.Weusedtwodifferentwaysofsamplingfromthedisinfectedskinineachgroup.Method1:Afterpovidone-iodinedisinfection,bacterialculturingwasdonewithswabsamplingfromthedisinfectedfacialskin.Method2:Afterdisinfection,residualpovidone-iodinesolutionwasremovedfromtheskinwithsaline;culturingwasthendonewithswabsamplinginthesamewayasinmethod1.Results:Method1:Bacterialdetectionrateinthe10%povidone-iodinegroupwas16.8%;thatinthe0.6%povidoneiodinegroupwas35.7%.Method2:Bacterialdetectionrateinthe10%povidone-iodinegroupwas24.8%;thatinthe0.6%povidone-iodinegroupwas42.5%.Bothmethodsshowedsignificantlygreater(p<0.01)bacteriareductioninthe10%povidone-iodinegroup.Mostofthedetectedbacteriawerecoagulase-negativeStaphylococcus(CNS).Conclusions:Inreducingskinbacteriabeforesurgery,anundiluted10%solutionofpovidone-iodineprovidessignificantlygreaterbacteriareductionthanadiluted0.6%solution.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1473?1476,2011〕Keywords:眼部皮膚消毒,ポビドンヨード,皮膚常在菌,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌.skindisinfection,povidone-iodine,skinbacteriaflora,coagulase-negativeStaphylococcus(CNS).1474あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(106)釈溶液のほうが遊離ヨード濃度が高く,殺菌効果が高いとの報告もある3).実際,眼科での結膜?内の術前消毒は8?16倍希釈液が一般的である.これまでにPヨード原液と希釈溶液を用いた眼部皮膚消毒の殺菌効果についての比較検討の報告はなく,今回筆者らは,白内障手術眼の眼瞼周囲皮膚消毒において比較検討した.両群の菌検出率と検出菌種の内容を報告する.I対象および方法1.対象対象は2009年10月3日?2011年6月6日,ルミネはたの眼科において白内障手術を施行した823眼(男性324眼,女性499眼:延べ眼数)で,平均年齢は72.1±4.2歳であった.2.方法1術前に眼部皮膚の細菌培養検査を施行する旨を患者に説明し同意を書面で得た.患者は無作為に抽出し,Pヨード原液群(以下,原液群)203眼と16倍希釈溶液群(以下,希釈群)196眼に分けた.白内障手術患者における術眼の眼瞼皮膚周囲を含めて,上は眉毛,下は鼻下部,内側は鼻背,外側は耳介までの顔面約1/4の面積を消毒した.まずPヨード(イソジンR,明治製菓)消毒液を染み込ませた滅菌綿球にて皮膚のみを消毒し,その後結膜?内をポリビニルアルコールヨード(PAヨード)8倍希釈を用いて溶液が皮膚面に及ばないように注意しながら60秒間洗浄した.続いて滅菌綿球にて溶液を拭き取った後,1?2分ほど乾燥させた頬部周囲皮膚を輸送用培地カルチャースワブ(BDBBLCultureSwabPlusTM)を用いて擦過した.検体は三菱化学メディエンス(神奈川SO)に培養検査を依頼した.3.方法2Pヨード原液群210眼と16倍希釈群214眼に無作為に分けた.方法1と同様に白内障手術患者における術眼の眼瞼皮膚周囲を含めた顔面約1/4の皮膚を消毒液を染み込ませた滅菌綿球にて消毒し,その後PAヨード8倍希釈を用いて結膜?内を60秒間消毒後,滅菌綿球にて眼瞼周囲液を拭き取った(ここまでは方法1と同様).その後Pヨードが1?2分ほど経ち乾燥した頬周囲皮膚を,生理食塩水を染み込ませた綿球にて肉眼で着色が見えなくなるまで付着ヨードを拭き取り,さらに乾燥綿球で生理食塩水を拭き取り乾燥させた.その後は方法1と同様に皮膚を擦過し培養検査を依頼した.II結果1.結果1(方法1)原液群では203眼中34眼(16.8%)に菌を検出,16倍希釈群では196眼中70眼(35.7%)にて菌を検出した.この結果p<0.01(Fisher検定)と有意に原液群で菌検出率は低かった(図1).検出菌は原液群では表1のようにcoagulasenegativeStaphylococcus(CNS)30株,Bacilliussp.1株,Corynebacteriumsp.1株,Enterobacteraerogenes1株,methicillin-sensitiveStaphylococcusaureus(MSSA)1株の計34株であった.希釈群では表2のようにCNS62株,Bacilliussp.4株,Enterobacteraerogenes1株,Escherichiacoli1株,MSSA4株の計72株であった.2.結果2(方法2)原液群では210眼中52眼(24.8%)に菌を検出,16倍希釈群では214眼中91眼(42.5%)に菌を検出した.この結果p<0.01(Fisher検定)と有意に原液群で菌検出率は低かった(図1).検出菌は原液群では表3のようにCNS45株,MSSA4株,Enterobacteraerogenes3株,Bacilliussp.1株,Escherichiacoli1株,Enterococcusfaecalis1株,Streptococcusagalactiae1株,ブドウ糖非発酵菌1株,酵母1株の計53株であった.希釈群では表4のようにCNS85株,MSSA3株,Enterobacteraerogenes2株,Micrococcussp.図1Pヨード眼部皮膚消毒による菌検出率原液群と希釈群の比較.05101520253035404550方法1方法2菌検出率(%):原液群:希釈群***p<0.01Fisher検定表2方法1希釈群における検出菌菌種株数CNS62Bacillussp.4Enterobacteraerogenes1Escherichiacoli1MSSA4計72表1方法1原液群における検出菌菌種株数CNS30Bacillussp.1Corynebacteriumsp.1Enterobacteraerogenes1MSSA1計34(107)あたらしい眼科Vol.28,No.10,201114751株,Enterobacteriaceae1株,Citrobacterfreundii1株,ブドウ糖非発酵菌2株の計95株であった.方法1と方法2の原液群同士の比較では,方法1では203眼中34眼(16.8%),方法2では210眼中52眼(24.8%)で菌が検出された.方法2のほうが菌検出率は高かったが有意差は認めなかった.方法1と方法2の希釈群同士の比較では,方法1では196眼中70眼(35.7%),方法2では214眼中91眼(42.5%)で菌が検出された.こちらも同様に方法2のほうが菌検出率は高かったが有意差は認めなかった.検出菌はCNSが全体の254株中222株(87.4%)と大半を占めていた.III考察今回の筆者らの報告結果から,術前眼部皮膚消毒に関してはPヨード原液のほうが希釈溶液より検出菌株数が明らかに少なく,殺菌効果が高いことが確認された.今回筆者らは異なる2つの方法で検体を採取した.方法1と方法2はPヨードにて眼部皮膚を消毒,乾燥までの過程は同様であるが,Pヨードが残留付着した皮膚を擦過した(方法1)か,付着していない生地の皮膚を擦過した(方法2)かの違いがある.有意差はないものの,方法2のPヨードが付着していない皮膚からのほうが原液群,希釈群においても菌検出率が高く,菌種数も多かった.これは方法1では擦過時に,皮膚に残留したPヨードが培地内に混入し,培地内にて遊離ヨードが働き殺菌した可能性がある.いずれにしてもどちらの方法においてもPヨード原液群においてより高い減菌効果を示した.Pヨード液には,ヨードと複合体を形成する非イオン界面活性剤であるポリビニルピロリドンとポリオキシエチレン系界面活性剤が含まれている.ポリオキシエチレン系界面活性剤は有機物の汚れへの透過性の助長,洗浄・乳化作用をもち4),徐々に遊離された遊離ヨードが水を酸化することで発生するH2OI+が細菌,ウイルスの膜蛋白に直接働きやすくなることにより殺菌効果を示す.そのためポリオキシエチレン系界面活性剤濃度が低い希釈Pヨード液は,皮膚消毒に関しては効果が不十分である可能性がある.実験的には0.1%溶液が最もヨードを遊離しやすく殺菌効果が高いとされている3).消費された遊離ヨードは不活化されるため新たに供給が必要となるが,高濃度ヨードにおいては周囲から濃度依存性に遊離ヨードが補給される.したがって,皮膚消毒に関しては両者の含有率が高い原液Pヨードのほうが効果持続性も高く有効であると考えられ,今回の結果からもその可能性が示唆された.Pヨードの眼手術時結膜?内の殺菌効果に関しては,術前結膜?洗浄にはPヨード1%よりも5%溶液のほうが減菌効果が高い5),白内障術前数回のヨード点眼よりもヨード溶液にて洗浄を行うほうが殺菌効果が高い6),術中眼表面をくり返し希釈ヨード(0.25%)で洗浄することで終刀時の前房内より細菌は検出されず白内障術後眼内炎予防に有用7)などの報告がある.希釈溶液の場合は殺菌持続時間が短いため,くり返しの洗浄における遊離ヨードの供給が必要であり,殺菌持続性を保つことが重要である.皮膚は消毒直後は無菌に近く滅菌されるが,間もなく毛包管や汗腺などから残存した菌が出現して元に戻る1).そのため眼部皮膚消毒に関しては一定量,持続した殺菌効果をもっていることが望ましいと考えられる.殺菌に必要な菌との接触時間も2?4分3)必要であるが,Pヨード原液では眼部皮膚塗布後から溶液がほぼ完全に乾燥するまでの数分は一定の遊離ヨードが供給されると考えられ,殺菌効果の持続性も高いと思われる.そのため高濃度のPヨード原液は今回の筆者らの結果からも眼部皮膚消毒に関しては希釈溶液より減菌効果が高いことが示唆された.検出された菌は原液群,希釈群ともにCNSが全体の検出菌254株中222株(87.4%)であり大半を占めていた.その他はBacillius属,Enterobacter属,ブドウ糖非発酵菌などが1?4株ずつ検出されたのみであった.この内容は江口ら8)の報告と類似している.皮膚の常在菌はCNSが最も多いとされている従来の記載と一致する結果であった1).外科分野全般において術前の皮膚消毒は術野に菌を持ち込表3方法2原液群における検出菌菌種株数CNS45MSSA4Enterobacteraerogenes3Bacillussp.1Escherichiacoli1Enterococcusfaecalis1Streptococcusagalactiae1ブドウ糖非発酵菌1酵母1計53表4方法2希釈群における検出菌菌種株数CNS85MSSA3Enterobacteraerogenes2Micrococcussp.1Enterobacteriaceae1Citrobacterfreundii1ブドウ糖非発酵菌2計951476あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(108)まないための非常に重要なステップである.白内障を含めた内眼手術に関しても術後眼内炎を防ぐため,一方法としてPヨード原液による眼瞼を含めた皮膚消毒は非常に重要であり,不可欠であると考えられる.今後の課題として,皮膚で得られた今回の結果を踏まえて,結膜?内消毒においてもPヨードの希釈倍率による減菌効果と持続性のさらなる検討が必要と考えられる.文献1)中山浩次:常在細菌叢.戸田細菌学(吉田眞一,柳雄介編)改訂32版,II-8,p175-176,南山堂,19992)HaraJ,YasudaF,HigashitsutsumiM:Preoperativedisinfectionoftheconjunctivalsacincataractsurgery.Ophthalmologica211(Suppl1):62-67,19973)BerkelmanRL,HollandBW,AndersonRL:Increasedbactericidalactivityofdilutepreparationsofpovidoneiodinesolutions.JClinMicrobiol15:635-639,19824)岩沢篤郎,中村良子:ポビドンヨード製剤添加物の殺菌効果・細胞毒性への影響.環境感染16:179-183,20015)FergusonAW,ScottJA,McGaviganJetal:Comparisonof5%povidone-iodinesolutionagainst1%povidoneiodinesolutioninpreoperativecataractsurgeryantisepsis:aprospectiverandomiseddoubleblindstudy.BrJOphthalmol87:163-167,20036)MinodeKasparH,ChangRT,SinghKetal:Prospectiverandomizedcomparisonof2differentmethodsof5%povidone-iodineapplicationsforanteriorsegmentintraocularsurgery.ArchOphthalmol123:161-165,20057)ShimadaH,AraiA,NakashizukaHetal:Reductionofanteriorchambercontaminationrateaftercataractsurgerybyintraoperativesurfaceirrigationwith0.25%povidone-iodine.AmJOphthalmol151:11-17,20118)江口甲一郎,多田桂一,中尾てる子ほか:眼部手術野の消毒に関する検討.眼臨80:911-917,1986***

糖尿病網膜症に合併した脈絡膜新生血管の2例

2011年10月31日 月曜日

1468(10あ0)たらしい眼科Vol.28,No.10,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第16回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(10):1468?1472,2011cはじめに糖尿病網膜症に脈絡膜新生血管を合併することは比較的稀である1)が,最近わが国では,このような症例がいくつか報告されている2,3).今回,糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に,黄斑部に硬性白斑を集積し,その後に脈絡膜新生血管を併発した2症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕北垣尚邦:〒569-1192高槻市小曽部町1-3-13愛仁会高槻病院眼科Reprintrequests:TakakuniKitagaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TakatsukiGeneralHospital,1-3-13Kosobe-cho,Takatsuki,Osaka569-1192,JAPAN糖尿病網膜症に合併した脈絡膜新生血管の2例北垣尚邦*1荻田小夜子*1宮本麻起子*1光辻辰馬*1家久来啓吾*2鈴木浩之*2佐藤孝樹*2石崎英介*2植木麻理*2池田恒彦*2*1愛仁会高槻病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室TwoCasesofChoroidalNeovascularizationAssociatedwithDiabeticRetinopathyTakakuniKitagaki1),SayokoOgita1),MakikoMiyamoto1),TatsumaMitsutsuji1),KeigoKakurai2),HiroyukiSuzuki2),TakakiSatou2),EisukeIshizaki2),MariUeki2)andTsunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,TakatsukiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege糖尿病網膜症に血管新生黄斑症を合併した2例を経験したので報告する.症例1:63歳,男性.増殖糖尿病網膜症に対し両汎網膜光凝固術,硝子体切除術を施行され,2008年10月20日,矯正視力は右眼0.4,左眼は中心窩硬性白斑集積のため0.05であった.同年12月15日,左眼に脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血を認め,矯正視力は0.02に低下した.3カ月後に,出血は吸収されたが,矯正視力は0.01pである.症例2:60歳,男性.糖尿病網膜症に対し,両汎網膜光凝固術,黄斑浮腫に対し両トリアムシノロンTenon?下注射を施行し一時的に経過したが再発を生じたため,硝子体切除術を施行した.2009年4月26日,矯正視力は右眼0.3,左眼0.5であったが,右眼はその後黄斑部に硬性白斑の集積を認めた.同年6月20日,右眼に脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血認め,矯正視力は0.1pに低下した.現在矯正視力は0.06である.2例とも黄斑部の硬性白斑集積後,脈絡膜新生血管を発症し,網膜下出血をきたした.黄斑部の硬性白斑集積は脈絡膜新生血管発生の一因となっている可能性がある.Purpose:Toreporttwocasesofneovascularmaculopathyassociatedwithdiabeticretinopathy.CaseReports:Case1wasa63-year-oldmalepatientwhounderwentpanretinalphotocoagulationandvitreoussurgeryforproliferativediabeticretinopathy(PDR)inbotheyes.InOctober2008,thepatient’scorrectedvisualacuitywas0.4righteye(RV)and0.05lefteye(LV),duetotheaccumulationofsubfovealhardexudates.InDecember2008,weobservedamacularsubretinalhemorrhageoriginatingfromsubfovealchoroidalneovascularization(CNV),whichresultedinLVdecreasingto0.02.ThesubretinalhemorrhagerecurredthreemonthslaterandLVremainedat0.01p.Case2wasa60-year-oldmalepatientwhounderwentpanretinalphotocoagulationforPDRandposteriorsub-Tenon’sinjectionoftriamcinoloneacetonideandvitreoussurgeryformacularedema.IntheSpringof2009,RVandLVwere0.3and0.5,respectively,andanaccumulationofhardexudateswasobservedintherighteye.InJune2009,hisRVdecreasedto0.1pduetoasubretinalhemorrhageoriginatingfromCNV.CurrentRVis0.06.BothcasespresentedCNVandsubretinalhemorrhageaftertheaccumulationofcentralfoveahardexudates.Conclusions:ThefindingsofthisstudyshowthattheaccumulationofcentralfoveahardexudatesappearstobeinvolvedinthepathogenesisofCNVformation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1468?1472,2011〕Keywords:糖尿病網膜症,血管新生黄斑症,黄斑部網膜下出血,硬性白斑.diabeticretinopathy,neovascularmaculopath,subretinalhemorrhage,hardexudates.(101)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111469I症例〔症例1〕63歳,男性.既往歴:糖尿病,高血圧症,高脂血症.現病歴:両眼糖尿病網膜症と糖尿病黄斑浮腫に対し,近医にて経過加療を施されていたが,2001年4月2日,右眼硝子体出血をきたし,高槻病院(以下,当院)紹介となった.当院眼科初診時,両眼増殖糖尿病網膜症を認め,両眼の汎網膜光凝固術を開始した.一旦,右眼硝子体出血は自然吸収したが,2003年1月6日に再度,右眼硝子体出血をきたし,2003年2月4日に右眼経毛様体扁平部硝子体切除術+水晶体再建術を施行した.2004年1月13日に左眼にも硝子体出血を認め左眼経毛様体扁平部硝子体切除術+水晶体再建術を施行した.その後,左眼は硝子体出血をくり返し,液-ガス置換を施行するも軽快しなかったため,2005年1月18日,再度,左眼経毛様体扁平部硝子体切除術を施行した.2008年10月20日の時点で,矯正視力は右眼0.4,左眼は中心窩硬性白斑集積のため0.05であった(図1).2008年12月15日,左眼の中心暗点を自覚して受診した.このとき,左眼に脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血を認め,矯正視力は0.02に低下していた(図2).患者が積極的な治療を希望しなかったため,そのまま経過観察に留めた.2010年11月15日現在,網膜下出血は吸収されているが,血管新生黄斑症による瘢痕病巣のため矯正視力は0.01pに留まっている(図3).〔症例2〕60歳,男性.既往歴:糖尿病,高血圧症,狭心症.現病歴:2003年10月30日,視力低下を主訴に当院初診.初診時,前増殖糖尿病網膜症を認め,蛍光眼底造影検査にて両眼の広範な無血管領域を認め,両眼の汎網膜光凝固術を施図1症例1:2008年10月20日の眼底写真左眼眼底に硬性白斑の集積を認め,左眼硝子体出血の残存を認める(右).図2症例1:2008年12月15日の左眼眼底写真脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血を認める.図3症例1:2010年11月15日の左眼眼底写真網膜下出血は吸収されているが,血管新生黄斑症による瘢痕を認める.1470あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(102)図4症例2:2009年4月21日の眼底写真(左:右眼,右:左眼)両眼硝子体手術後,右眼に硬性白斑の集積を認める.図5症例2:2009年4月21日のフルオレセイン蛍光眼底撮影写真(左:右眼,右:左眼)右眼黄斑部に過蛍光を認める.図6症例2:2010年11月29日の眼底写真(左:右眼,右:左眼)右眼に脈絡膜新生血管を認める.(103)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111471行した.2004年7月6日の時点で黄斑浮腫の進行を認め,右眼矯正視力0.7p,左眼矯正視力0.4pであった.黄斑浮腫に対し,2005年8月16日に左眼,同年10月22日に右眼に対してトリアムシノロン20mg後部Tenon?下注射を施行したが,浮腫の改善を認めず,徐々に視力の低下を認めたため,2008年1月15日,左眼経毛様体扁平部硝子体切除術+水晶体再建術,同年8月4日,右眼左眼経毛様体扁平部硝子体切除術+水晶体再建術を施行した.手術施行後2009年4月21日の時点で右眼矯正視力0.3,左眼矯正視力0.5であった.この時点ですでに硬性白斑の黄斑部への集積を認め,脈絡膜新生血管の発生が認められた(図4,5).右眼はその後,同年6月22日には脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血を認めた.症例1と同様に患者が積極的な治療を希望しなかったため,そのまま経過観察に留めた.2010年11月29日現在,出血は自然消退したが,右眼視力は0.06に留まっている(図6?8).II考按糖尿病網膜症に血管新生黄斑症が併発することは比較的稀とされてきた1).しかし近年,従来の蛍光眼底検査(フルオレセイン蛍光造影:FA,インドシアニングリーン蛍光造影:IA)に加えて,光干渉断層計(OCT)により網膜下病変をより詳細に観察できるようになり,糖尿病網膜症に血管新生黄斑症が合併することは決して稀ではないことがわかってきた2,3).奥芝らは糖尿病網膜症に脈絡膜新生血管が発生する機序として,脈絡膜虚血,局所的脈絡膜血管障害,糖尿病黄斑症による網膜色素上皮障害などの関与,加齢黄斑変性症の合併などを指摘している3).糖尿病網膜症と加齢黄斑変性は両方とも発症頻度が高い疾患なので,単にこの2疾患が合併することも考えられるが,糖尿病が加齢黄斑変性症の危険因子とする報告は多い.Kleinらの報告によると75歳以上の685眼図7症例2:2010年11月29日のフルオレセイン蛍光眼底撮影写真(左:右眼,右:左眼)右眼脈絡膜新生血管に一致して過蛍光を認める.図8症例2:2010年11月29日のOCT画像(左:右眼眼底,中・右:右眼OCT)右眼網膜色素上皮下に脈絡膜新生血管を認める.1472あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(104)について検討したところ,非糖尿病患者の加齢黄斑変性症発症頻度は4.7%であったのに対し,糖尿病患者では9.4%と高い割合であったとしている4).また,以前より黄斑浮腫に対する光凝固(グリット光凝固)後の脈絡膜新生血管の発症の報告は多い.その機序としては黄斑部近傍の過剰な光凝固により網膜色素上皮が障害され,この部位から脈絡膜新生血管が生じるとされている5).また,びまん性糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術後に黄斑部への硬性白斑集積が生じることはよく知られている6)が,その機序はいまだ明らかにはなっていない.丸一らは,硝子体手術後に硬性白斑が黄斑部に集積した増殖糖尿病網膜症に脈絡膜新生血管が生じた1例を報告しており,脈絡膜新生血管の発症誘因として,硬性白斑を貪食するために集まってきたマクロファージが血管内皮増殖因子(VEGF)などのサイトカインを放出することを推測している7).また,高木らの報告によると硝子体手術時に摘出した黄斑部網膜下の硬性白斑に著明なVEGFの発現を認めたと報告している8).今回経験した2症例とも,黄斑浮腫に対する硝子体手術後に硬性白斑が黄斑部に集積した後,新生血管黄斑症を発症し,黄斑部網膜下出血をきたした.新生血管黄斑症の発症には上記のようなマクロファージによるVEGFなどのサイトカインの放出が関与した可能性がある.以前は新生血管黄斑症に対し,光凝固,光線力学的療法(PDT),経瞳孔的温熱療法(TTT),硝子体手術による脈絡膜新生血管抜去術などが行われてきた.また,網膜下出血に対してはガスタンポナーデによる血腫移動術の適応も考えられる.今回の2症例はいずれも,患者の希望で積極的な加療を行わなかったが,血管新生黄斑症の原因がVEGFなどのサイトカインであるなら,加齢黄斑変性と同様に抗VEGF薬の硝子体内注射が治療の第一選択になったのではないかと思われる.おわりに糖尿病網膜症に血管新生黄斑症を発症した2症例を経験した.黄斑部の硬性白斑集積を認める症例は血管新生黄斑症を発症する可能性があり,より注意深い眼底の経過観察が必要である.文献1)HenkindP:Ocularneovascularization.TheKrillmemoriallecture.AmJOphthalmol85:287-301,19782)宮嶋秀彰,竹田宗泰,今泉寛子ほか:糖尿病網膜症に伴う脈絡膜新生血管の臨床像と経時的変化.眼紀52:498-504,20013)奥芝詩子,竹田宗泰,今泉寛子ほか:糖尿病網膜症に脈絡膜新生血管を伴った15例.眼紀47:171-178,19964)KleinR,KleinBE,MossSE:Diabetes,hyperglycemia,andage-relatedmaculopathy.TheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology99:1527-1534,19925)宮部靖子,竹田宗泰:糖尿病黄斑浮腫における網膜下繊維増殖.眼紀52:201-205,20016)舘奈保子,荻野誠周:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術の成績.眼科手術8:129-134,19957)丸一みどり,南政宏,植木麻理ほか:糖尿病黄斑浮腫の硝子体手術後に発症した血管新生黄斑症の1例.眼臨95:1025-1028,20018)高木均,大谷篤志,小椋祐一郎:眼科図譜糖尿病黄斑症における中心窩硬性白斑の組織学的検討.臨眼52:16-18,1998***

統合失調症,HIV 感染症,糖尿病網膜症を合併した糖尿病患者の1 例

2011年10月31日 月曜日

1464(96あ)たらしい眼科Vol.28,No.10,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第16回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(10):1464?1467,2011cはじめに統合失調症患者においては糖尿病や耐糖能異常が一般の頻度よりも高く1),また治療薬である抗精神病薬の副作用にも糖尿病や脂質異常症がある2?6).またヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症治療薬の副作用にも脂質異常症と糖尿病があり7?9),これらの疾患に糖尿病などのメタボリック・シンドロームが合併すると治療がむずかしくなる.今回,統合失調症・HIV感染症・糖尿病・脂質異常症・糖尿病網膜症を合併した症例を経験したので報告する.I症例患者:34歳(1965年生),男性.主訴:眼科的精査.初診:1999年8月27日.現病歴:1998年にHIV陽性が判明した.また1999年に前病院で血糖値が150mg/dlで要注意と指摘されたが,医師との折り合いが悪く通院中断となった.精査希望で当院エイズ治療・研究開発センターを受診し,眼科検査目的に初診となった.〔別刷請求先〕武田憲夫:〒162-8655東京都新宿区戸山1-21-1国立国際医療研究センター病院眼科Reprintrequests:NorioTakeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,Hospital,NationalCenterforGlobalHealthandMedicine,1-21-1Toyama,Shinjuku-ku,Tokyo162-8655,JAPAN統合失調症,HIV感染症,糖尿病網膜症を合併した糖尿病患者の1例武田憲夫中村洋介国立国際医療研究センター病院眼科ACaseofDiabetesMellituswithSchizophrenia,HIVInfectionandDiabeticRetinopathyNorioTakedaandYosukeNakamuraDepartmentofOphthalmology,Hospital,NationalCenterforGlobalHealthandMedicine統合失調症・ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症・脂質異常症・糖尿病網膜症を合併した糖尿病患者の1例を報告する.症例は34歳,男性で,生活習慣改善ができず,受診中断が多く糖尿病のコントロールは不良であった.40歳時に食欲不振で血糖値と中性脂肪値が低下した.しかし以後,非定型抗精神病薬による治療開始および多剤併用療法の開始により血糖コントロールは再び不良となり,中性脂肪値も増加した.視力は良好であるが糖尿病網膜症は両眼とも福田分類A2で,黄斑症もみられた.医師-患者関係が不良で治療に対する十分な協力が得られず,また統合失調症とHIV感染症の治療薬の副作用および統合失調症の病状の変動により糖尿病の治療が困難であった.Acaseofdiabetesmellituswithschizophrenia,humanimmunodeficiencyvirus(HIV)infection,dyslipidemiaanddiabeticretinopathyisreported.Thepatientisa34-year-oldmalewithpoordiabeticcontrolwhocouldnotimprovehislifestyleandinterruptedhospitalvisitfrequentlyfromhisfirstvisit.Bloodsugarandtriglyceridelevelslaterdecreasedduetoanorexiaatage40,butafterinitiationoftherapywithatypicalantipsychoticsandhighlyactiveantiretroviraltherapy,diabeticcontroldeterioratedandbloodtriglyceridelevelagainincreased.Moderatenonproliferativediabeticretinopathyandmoderatediabeticmacularedemawerepresentinbotheyes,butvisualacuitywasgoodinbotheyes.Thelackofdoctor-patientrelationship,thepoorcooperationwithtreatment,thesideeffectsofthedrugsusedtotreattheschizophreniaandHIVinfection,andthechangeinthepatient’sconditionwithschizophreniamadethediabetesmellitustherapydifficult.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1464?1467,2011〕Keywords:糖尿病,統合失調症,HIV感染症,糖尿病網膜症,脂質異常症.diabetesmellitus,schizophrenia,HIVinfection,diabeticretinopathy,dyslipidemia.(97)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111465既往歴:小学生時に虫垂炎,喘息,22?23歳時頃に梅毒,30?31歳時頃に腹部?背部の帯状疱疹.1998年に顔面の粉瘤もしくは毛?炎とA型肝炎.社会歴:飲食店勤務で多量飲酒.同性間の性的接触.家族歴:父方祖父が高血圧・糖尿病.父方叔父がくも膜下出血.母方にも糖尿病の家族歴の疑い.緑内障.初診時眼科所見:異常はみられなかった.初診時内科所見:血糖値は184mg/dl,ヘモグロビン(Hb)A1C値は7.7%,中性脂肪値は172mg/dl,血圧は128/75mmHgであった.本人の申し出によると身長は180cm,体重は95kgであった.経過:HbA1C値と中性脂肪値の推移を図1,2に示す.腹部超音波検査では脂肪肝,胆?ポリープ,脾腫がみられた.2000年に口唇ヘルペス,2001年に足白癬,結膜炎に罹患した.またアルコール性肝障害もみられた.初診時以降2005年まで糖尿病に対しては食事療法を行ったが,生活習慣改善がみられず,また医師とのトラブルや受診中断が多く,HbA1C値は7.3?9.0%,中性脂肪値は224?699mg/dlであった.2005年には統合失調症の診断を受けた.この時点まで糖尿病網膜症はみられなかった.2006年に食欲不振・不眠・引きこもり・悪夢・幻聴が起こり,飲酒量は減少し,体重も10kg減少した.中断を経て受診したときのHbA1C値は6.1%,中性脂肪値は65mg/dlと低下していた.統合失調症に対しリスペリドン(リスパダールR)による薬物療法が開始された.2007年にHbA1C値は7.5%まで上昇し,右顔面帯状疱疹・口唇ヘルペス・尿酸値上昇・胆石・約半年前の転倒による頸椎症性神経根症・両眼の糖尿病網膜症(網膜出血,硬性白斑,福田分類A2)(図3)がみられた.またリスペリドン(リスパダールR)がオランザピン(ジプレキサR)に変更された.2008年にHbA1C値は9.1%まで上昇し,両眼底に硬性白斑の増加がみられた(図4).2009年にはミグリトール(セイブルR)が糖尿病・代謝・内分泌科で開始されたが,医師との折り合いが悪く1カ月後に自己判断で中止となった.血圧も130?150/90?100mmHgと上昇した.しかし再度引きこもりとなりHbA1C値は6.8%まで低下した.年次1999.62000.12001.12002.12003.12004.12005.12006.12007.12008.12009.12010.12011.12011.41098765HbA1C値(%)図1HbA1C値の推移年次1999.62000.12001.12002.12003.12004.12005.12006.12007.12008.12009.12010.12011.12011.47006005004003002001000中性脂肪値(mg/dl)図2中性脂肪値の推移図32007年2月19日の眼底写真(左:右眼,右:左眼)1466あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(98)以後CD4陽性Tリンパ球数が233/μlまで低下したため,2010年にラミブジン・アバカビル硫酸塩(エプジコム配合錠R)・ホスアンプレナビル(レクシヴァR)とリトナビル(ノービア・ソフトカプセルR)による多剤併用療法が開始された.またオランザピン(ジプレキサR)がアリピプラゾール(エビリファイR)に変更された.HbA1C値は8.9%まで上昇し,10月にグリメピリド(アマリールR)がエイズ治療・研究開発センターで開始された.糖尿病・代謝・内分泌科を受診しておらず,整形外科とも折り合いが悪くなっている.2011年現在HbA1C値は8.0%であり,糖尿病網膜症は福田分類A2のままであるが,現在もなお経過観察中である.II考按統合失調症とメタボリック・シンドロームの関係について,渡邉ら10)は統合失調症患者では一般人口と比較してメタボリック・シンドローム発症のリスクが高くなると考えている.その理由として,統合失調症に罹患したことによって起こる脂肪摂取増加や運動量低下といった生活習慣の変化,視床下部-下垂体-副腎系の調節障害,統合失調症とメタボリック・シンドローム構成因子との間の共通の遺伝学的背景,内臓脂肪蓄積やインスリン抵抗性増大といった内分泌学的変化などの要因が,単独あるいは複合的に関与すると考えている.また金坂ら11)は統合失調症患者では,耐糖能異常と2型糖尿病のリスクが高まっていることは抗精神病薬出現以前から知られていたとしている.実際Subramaniamら1)は統合失調症患者においては糖尿病が16.0%,耐糖能異常が30.9%にみられ,一般の頻度より多かったと報告している.一方で抗精神病薬治療の副作用に糖代謝異常がある.フェノチアジン系のクロルプロマジンやブチロフェノン系のハロペリドールなどが定型抗精神病薬であり,日本では1996年に発売になったリスペリドン以降の第二世代の抗精神病薬が非定型抗精神病薬である.最近では非定型抗精神病薬がおもに使用されているが,耐糖能異常・2型糖尿病の発症や増悪・高血糖性ケトアシドーシスの発症が1990年に報告され,その後も非定型抗精神病薬内服中の糖代謝異常の報告が相次ぎ,世界中で統合失調症・抗精神病薬治療・糖尿病の関係が議論されるようになってきた11).本症例は初診時飲食店勤務で多量飲酒などの生活習慣を改善できず,また医師との折り合いも悪く受診中断も多く,血糖コントロールは不良であった.以後統合失調症による食欲不振や引きこもりなどにより,血糖値および中性脂肪値はともに低下した.しかし非定型抗精神病薬であるリスペリドンによる治療開始とともに再度血糖コントロールは不良となった.リスペリドンと糖尿病について,関連があるとするもの3,4),関連はないとするもの2)などの報告がなされているが,明確でない.以後リスペリドンがオランザピンへと変更された.オランザピンは糖尿病に影響するとの報告2?5)が多く,特に50歳未満の患者において危険性が高い4),異常な高血糖がみられる5),コレステロール値上昇にも関与する5)との報告もある.本症例もHbA1C値のさらなる上昇がみられた.以後オランザピンはアリピプラゾールへと変更された.アリピプラゾールは糖尿病や脂質異常症に対して影響しないとされているが,長期にわたるデータがないため注意は必要である6).これらの抗精神病薬の影響について金坂ら11)は,抗精神病薬治療と糖尿病リスク増大との関係は解明されていないが,インスリン抵抗性の増大など直接的な影響や,肥満など二次的な影響などが複雑に組み合わさっていると考えてい図42008年8月29日の眼底写真(左:右眼,右:左眼)(99)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111467る.本症例においては統合失調症の治療開始後に食欲不振や引きこもりなどの解消されたことに加え,抗精神病薬の影響で血糖コントロールが不良となった可能性もある.しかしオランザピンがアリピプラゾールへ変更となったのと同時にCD4陽性Tリンパ球数が低下し,プロテアーゼ阻害薬を含む多剤併用療法が開始された.プロテアーゼ阻害薬の副作用として糖尿病7,8)・脂質異常症8,9)があり,Carrら8)は耐糖能異常が16%,糖尿病が7%にみられたと報告している.本症例も多剤併用療法の導入によりさらなる血糖コントロールの悪化がみられた.しかも糖尿病・代謝・内分泌科を受診しておらず,エイズ治療・研究開発センターで糖尿病の治療を行っているのが現状である.その他整形外科とも折り合いが悪くなっている.糖尿病網膜症は現在福田分類A2で進行はしていないが,硬性白斑が中心窩周囲にみられ,今後糖尿病黄斑症により視力低下をきたす可能性がある.幸い眼科は定期的に受診しているが,今後とも関係各科と連携をとりつつ診療にあたる必要があり,当センターで行われている生活習慣病症例検討会などを活用していく予定である.本症例では医師-患者関係が不良で治療に対する十分な協力が得られないことや,統合失調症の病状の変動や,統合失調症とHIV感染症の治療薬の副作用により,糖尿病の治療が困難であった.統合失調症・HIV感染症・糖尿病・脂質異常症・糖尿病網膜症を合併した場合には治療がむずかしく,精神科・感染症科・糖尿病科・眼科などの連携によるチーム医療が必要となる.本研究は「平成23年度国際医療研究開発費(22指120)」によるものである.文献1)SubramaniamM,ChongS-A,PekE:Diabetesmellitusandimpairedglucosetoleranceinpatientswithschizophrenia.CanJPsychiatry48:345-347,20032)KoroCE,FedderDO,L’ItalienGJetal:Assessmentofindependenteffectofolanzapineandrisperidoneonriskofdiabetesamongpatientswithschizophrenia:populationbasednestedcase-controlstudy.BrMedJ325:243-245,20023)SernyakMJ,LeslieDL,AlarconRDetal:Associationofdiabetesmellituswithuseofatypicalneurolepticsinthetreatmentofschizophrenia.AmJPsychiatry159:561-566,20024)LambertBL,CunninghamFE,MillerDRetal:Diabetesriskassociatedwithuseofolanzapine,quetiapine,andrisperidoneinVeteransHealthAdministrationpatientswithschizophrenia.AmJEpidemiol164:672-681,20065)LindenmayerJ-P,CzoborP,VolavkaJetal:Changesinglucoseandcholesterollevelsinpatientswithschizophreniatreatedwithtypicaloratypicalantipsychotics.AmJPsychiatry160:290-296,20036)AmericanDiabetesAssociation,AmericanPsychiatricAssociation,AmericanAssociationofClinicalEndocrinologistsetal:Consensusdevelopmentconferenceonantipsychoticdrugsandobesityanddiabetes.DiabetesCare27:596-601,20047)JustmanJE,BenningL,DanoffAetal:ProteaseinhibitoruseandtheincidenceofdiabetesmellitusinalargecohortofHIV-infectedwomen.JAcquirImmuneDeficSyndr32:298-302,20038)CarrA,SamarasK,ThorisdottirAetal:Diagnosis,prediction,andnaturalcourseofHIV-1protease-inhibitorassociatedlipodystrophy,hyperlipidaemia,anddiabetesmellitus:acohortstudy.Lancet353:2093-2099,19999)HeathKV,HoggRS,ChanKJetal:Lipodystrophy-associatedmorphological,cholesterolandtriglycerideabnormalitiesinapopulation-basedHIV/AIDStreatmentdatabase.AIDS15:231-239,200110)渡邉純蔵,鈴木雄太郎,澤村一司ほか:精神疾患とメタボリック・シンドローム.臨床精神薬理10:387-393,200711)金坂知明,藤井康男:非定型抗精神病薬と糖尿病.診断と治療95(Suppl):387-390,2007***

前房内へ脱出した眼内レンズループの整復により糖尿病網膜症が鎮静化した1 例

2011年10月31日 月曜日

1460(92あ)たらしい眼科Vol.28,No.10,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第16回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(10):1460?1463,2011cはじめに近年,小切開超音波白内障手術の進歩に伴い,糖尿病患者に対する白内障手術の適応は,内科的にも眼科的にも拡大している1).特に,血糖コントロールが良好で糖尿病網膜症が単純網膜症までの患者であれば,術後管理も含めて非糖尿病患者に準じてよいと思われる.しかし,熟練の白内障術者の執刀によっても予期せぬ手術合併症が生じる場合は必ずあり,そのことが糖尿病網膜症の増悪因子となる可能性には十分留意する必要がある.今回,白内障手術時に後?破損をしたため?外固定された眼内レンズ(IOL)のループが虹彩切除部から前房内へ脱出した時期を契機に,術眼のみ糖尿病網膜症が悪化し,ループの整復によって網膜症が鎮静化した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕福本敦子:〒631-0844奈良市宝来町北山田1147永田眼科Reprintrequests:AtsukoFukumoto,M.D.,NagataEyeClinic,1147Kitayamada,Hourai-cyo,Nara-city,Nara631-0844,JAPAN前房内へ脱出した眼内レンズループの整復により糖尿病網膜症が鎮静化した1例福本敦子松村美代黒田真一郎永田誠永田眼科ACaseofDiabeticRetinopathyImprovementafterRepositioningSurgeryforIntraoculerLensHapticProlapseintoAnteriorChamberAtsukoFukumoto,MiyoMatsumura,ShinichiroKurodaandMakotoNagataNagataEyeClinic?外固定された眼内レンズのループが前房内へ脱出した時期から糖尿病網膜症(DR)が進行するも,ループの整復によってDRが鎮静化した1例を経験した.症例は,60歳の糖尿病男性.左眼白内障手術中に後?破損を生じ,周辺虹彩切除(PI)が同時に施行されたが左眼の術後視力は問題なく,両眼底に単純DRを認めるのみであった.しかし,1年後,左眼はPI部からのループ脱出を認めると同時にDRの悪化を認め,黄斑浮腫,視力低下を伴っていた.ループ脱出後2年9カ月時,前房炎症,眼圧上昇,角膜内皮細胞数の減少(pigmentdispersionsyndrome)を認めたため,ループの整復を行ったところ,整復の時期を境に左眼の糖尿病網膜症は経過観察のみで鎮静化して黄斑浮腫も改善した.左眼矯正視力は,整復後14年の長期経過で(0.1)から(1.0)へと大幅に回復している.Wereportacaseofdiabeticretinopathy(DR)improvementafterrepositioningsurgeryforhapticprolapseofanout-of-thebagintraocularlens(IOL).Thepatient,a60-year-oldmalewithdiabetes,underwentcataractsurgeryandperipheraliridectomy(PI)inthelefteye,withposteriorcapsulerupture.Aftersurgery,best-correctedvisualacuity(BCVA)wasunremarkableinthelefteye;fundusexaminationrevealedbilateralsimpleDR.Oneyearlater,weobservedthattheIOLhaptichadprolapsedintotheanteriorchamberthroughthePI.Atthesametime,theDRinthelefteyehadworsened,withmacularedemaandvisualloss.Hapticrepositioningwasperformedinthelefteyeafter33monthsbecauseofpigmentdispersionsyndrome.ThissurgeryhappenedtoleadtoDRresolutionandgradualimprovementofthemacularedema.Atthe14-yearfollow-upafterhapticrepositioning,theBCVAinthelefteyehadsignificantlyimproved,from20/200to20/20.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1460?1463,2011〕Keywords:糖尿病網膜症,後?破損,周辺虹彩切除,眼内レンズ(IOL)ループ脱出,IOLループ整復術.diabeticretinopathy,posteriorcapsulerupture,peripheraliridectomy,prolapseofintraocularlens(IOL)haptic,repositioningsurgeryofIOLhaptic.(93)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111461I症例患者:60歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:1991年6月,左眼の白内障手術を目的に近医より当科を紹介受診した.既往歴:糖尿病〔ヘモグロビン(Hb)A1C7.1%〕があり,内服加療中であった.家族歴:特になし.初診時所見:視力は右眼0.9(1.2×+2.0D(cyl?1.0DAx90°),左眼手動弁(矯正不能),眼圧は右眼17mmHg,左眼16mmHgであった.両眼とも前眼部は異常なく,角膜内皮細胞密度は約2,700/mm2,眼軸は右眼23.6mm,左眼23.9mmで明らかな左右差はなかった.右眼の中間透光体,眼底に異常はなく,左眼にのみ成熟白内障がみられ眼底は透見不能であったが,外傷の既往はなかった.経過:1991年9月,左眼のみ超音波白内障手術が施行された.このとき,後?破損を生じたため,IOLは?外固定され,同時に前部硝子体切除術および上方の周辺虹彩切除術も施行された.1991年10月(白内障術後1カ月)再診時,眼底に左右同程度の単純糖尿病網膜症を認めた.左眼術後は視力1.2(1.5×(cyl?1.0DAx80°)で,前房炎症が遷延することなく経過良好であった.8カ月ぶりの再診となった1992年10月(白内障術後1年1カ月),左眼は虹彩切除部から前房内へのIOLループの脱出を認め(図1),軽度の前房炎症を伴っていた.糖尿病網膜症は,左眼のみ網膜出血の増悪と硬性白斑,黄斑浮腫の出現を認め,視力は(0.5)に低下していた.しかし,眼圧は16mmHgと正常で,隅角検査上,脱出ループと角膜内皮との接触はなく角膜内皮細胞数の減少もなかったことから,ループ整復を行わずに経過をみた.1993年10月(ループ脱出後1年),左眼視力は(0.1)で,脱出ループの所見は変わらず,前房炎症が遷延していた.糖尿病網膜症は左眼のみさらに進行し,蛍光眼底造影検査上,後極を中心に旺盛な蛍光漏出を認めた(図2)ため,網膜光凝固を施行することで経過をみた.1995年7月(ループ脱出後2年9カ月),左眼の眼圧が30mmHgと上昇し,隅角鏡検査上は脱出ループと角膜内皮が接触し,その部位に一致した角膜浮腫を認めた.角膜内皮細胞数も約1,000/mm2まで減少していたことから,同年8月,左眼脱出ループの整復を試みた.左眼の糖尿病網膜症は,網??????????????????????????????図1IOLループ脱出時の前眼部写真隅角検査上,ループと角膜内皮との接触はない.右眼左眼図21993年10月の蛍光眼底造影写真1462あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(94)膜光凝固後も所見の改善に乏しく,黄斑浮腫,硬性白斑,網膜出血が遷延し,視力は(0.1)のままであった.ループ整復後,速やかに左眼の眼圧は正常化し,角膜浮腫,前房炎症も消失した.さらに,長期経過で左眼視力および眼底所見にも改善がみられた.遷延していた左眼の黄斑浮腫および硬性白斑は整復後約2年で消失し,整復後約5年が経過して以降,左眼視力は(0.7)以上を維持している(図3).2010年1月(整復後14年)の最終受診時,視力は右眼0.9(1.2×+1.0D(cyl?1.25DAx100°),左眼0.3(1.0×+0.75D(cyl?3.0DAx80°),眼圧は両眼とも13mmHg,角膜内皮細胞数は右眼3,003/mm2,左眼1,176/mm2であった.糖尿病網膜症については,右眼は単純網膜症のまま加療歴はなく,左眼も停止性網膜症でループ整復以降の加療歴はない(図4).II考按虹彩切除部からのIOLループ脱出の報告は過去に散見する2?6)が,いずれも問題となった合併症は,IOLループと虹彩の機械的接触で生じた虹彩炎による角膜内皮障害,あるいは虹彩色素の散布によって起こる眼圧上昇とされるpigmentarydispersionglaucomaであった.本症例のように,片眼のIOLループ脱出時期に偶然にも両眼に同程度の糖尿病網膜症があり,同一患者における非術眼と比較しながらループ脱出が眼底にもたらす影響を長期に経過観察できたという報告は,筆者の調べた限りではこれまでにない.本症例でもIOLループ脱出時に注意した合併症は,前述のpigmentarydispersionglaucomaであったが,加えて,糖尿病網膜症眼であったことがIOL整復の手術適応時期を複雑にした.再手術の術式としては,IOLの整復,交換,縫着があるが,整復のみでは再脱出してしまい,IOL交換2,3)あるいは縫着6)を要した報告もあり,複数回の手術侵襲がかえって角膜内皮障害のみならず網膜症の増悪をきたす可能性もある.幸い,本症例はフックを用いてIOLループを虹彩下へ戻すという単純な整復により,以後の再脱出はみられなかった.仮に,ループの再脱出により複数回手術を要した場合,前房炎症はさらに遷延することとなり,その選択が糖尿病網膜症の増悪を招いたかもしれない.白内障手術後の糖尿病網膜症の悪化については,須藤1,7)が「どんなに熟練者が執刀しても術後に糖尿病網膜症が進行する症例は20?30%存在する」と述べているように,その原因は全身状態や術前網膜症の病期などが複雑に絡んでおり,白内障手術やその合併症が必ずしも網膜症の悪化につながるとは限らない.同一患者の手術眼と非手術眼を対照にして検討した場合,網膜症の悪化原因は手術侵襲よりも糖尿病自体の自然悪化によるものが多かったとの報告7)や,後?破損例においても非術眼との網膜症の差はなかったとの報告8)もある.これらの報告を踏まえて本症例の網膜症悪化要因を考察すると,周術期の血糖コントロール状態はHbA1C7.1%と比較図42010年1月の眼底写真右眼左眼00.20.40.60.81.01.219911992199319941995199619971998199920002001200220032004200520062007200820092010網膜光凝固ループ脱出ループ整復黄斑浮腫および硬性白斑の消失視力経過(年)図3左眼視力経過(95)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111463的良好であったこと,術前糖尿病網膜症は単純網膜症であったこと,左眼白内障術後もループ脱出を発見するまでは単純網膜症であり左眼視力は(1.0)以上を維持していたことから,後?破損という術中合併症よりも,術後長期にわたってIOLループが脱出することによって慢性炎症が遷延したことが主要因であった可能性がある.しかし,このことは,本症例が1990年代の古い症例であり,フレア値など前房炎症に関する客観的データの詳細に欠けることや,ループ脱出時の慢性炎症に対して副腎皮質ステロイドの後部Tenon?下注射など局所投与による積極的な加療もなされていないことから,あくまでも結果から遡った推測にすぎない.加えて,ループの偏位,脱出によるpigmentarydispersionglaucomaもまだ当時は国内の報告が少なく,現在とはその治療方針に些かの乖離があったことを,反省も踏まえて強調しておきたい.今回の報告は,一症例の経過にすぎず,白内障手術に伴う合併症が糖尿病網膜症の増悪にどれほど関与するかを統計的に論じることはできないが,術中合併症のみならず,IOLループの脱出などの術後合併症を生じた糖尿病網膜症眼については,特に積極的な消炎の努力と永続的な経過観察が重要であることを示唆する症例であった.文献1)須藤史子:糖尿病を合併する白内障手術のコツと落とし穴.IOL&RS21:155-161,20072)大鳥安正,真野富也:眼内レンズ偏位による緑内障.眼紀42:932-936,19913)今泉雅資,古嶋正俊,瀬口ゆりほか:壮年男性にみられた虹彩切除部からのIOLループ脱出2例.眼紀43:1448-1451,19924)斉之平真弓,吉田弘俊,細谷比左志ほか:後房レンズのループ偏位により生じた角膜内皮障害の1例.臨眼47:23-26,19935)服部貴明,藤田聡,山城博子:前房側に脱出した後房レンズ脚による角膜内皮障害の1例.眼臨101:259-261,20076)都筑明子,都筑昌哉,久保江理ほか:後房レンズのループが虹彩の孔を通して前房内に脱出した1例.眼紀55:311-314,20047)SutoC,HoriS,KatoSetal:Effectofperioperativeglycemiccontrolinprogressionsofdiabeticretinopathyandmaculopathy.ArchOphthalmol124:38-45,20068)大岩晶子,林敦子,小林晋二ほか:片眼白内障手術症例における術眼・非術眼の糖尿病網膜症の経過.あたらしい眼科26:973-976,2009***

カリジノゲナーゼによる糖尿病黄斑浮腫軽減効果の検討

2011年10月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(89)1457《第16回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(10):1457?1459,2011cはじめにカリジノゲナーゼは,血漿中のキニノーゲンからキニンを遊離させ末梢血管を拡張させる作用を有し,眼科領域においては,網膜静脈閉塞症,糖尿病網膜症などの網脈絡膜循環改善を目的に使用されている.しかしカリジノゲナーゼに関して実際に眼科領域で臨床的な検討をした報告は少ない.一方Katoら1)は,ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットにおいて,カリジノゲナーゼは眼内液中の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)量を有意に低下させ,血管透過性が抑制されることを報告している.VEGFが糖尿病黄斑浮腫(diabeticmaculaedema:DME)の重要な悪化因子であり,抗VEGF抗体がDME治療に用いられていること2,3)から,今回筆者らは,カリジノゲナーゼによるDME軽減効果について検討したので報告する.I対象および方法対象は平成19年10月から平成21年11月の間に中心窩網膜厚が300μm以上のDMEを伴い,保存的療法での経過〔別刷請求先〕鈴木浩之:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:HiroyukiSuzuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-city,Osaka569-8686,JAPANカリジノゲナーゼによる糖尿病黄斑浮腫軽減効果の検討鈴木浩之石崎英介家久来啓吾佐藤孝樹南政宏池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ComparativeStudyofKallidinogenaseEfficacyinTreatingDiabeticMacularEdemaHiroyukiSuzuki,EisukeIshizaki,KeigoKakurai,TakakiSato,MasahiroMinamiandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に対するカリジノゲナ?ゼの有効性を,カリジノゲナーゼ投与群(以下,投与群)とカリジノゲナーゼ非投与群(以下,非投与群)で比較検討する.対象および方法:対象はDME28例33眼で,カリジノゲナーゼ150単位/日を3カ月間投与するカリジノゲナーゼ投与群(19例22眼)と非投与群(9例11眼)に割り付け,黄斑浮腫および視機能に対する効果を比較検討した.結果:OCTで評価した中心窩網膜厚は,投与群が489.7±25.1μmから448.0±26.0μmと有意に低下したが,非投与群は437.5±46.3μmから439.7±44.9μmと不変であった.投与群の中心窩網膜厚を初期値500μm以上の群と未満の群に分けて評価したところ,初期値500μm未満の群で有意な低下がみられた.結論:カリジノゲナーゼはDMEの中心窩網膜厚改善に有効である可能性が示唆された.Objective:Toperformacomparativestudyofkallidinogenaseefficacyintreatingdiabeticmacularedema(DME).SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved33eyesof28patientswithDMEwhoweredividedintothetreatmentgroup(19patients,22eyes),whichreceived150unitsofkallidinogenaseperdayfor3months,andthecontrolgroup(9patients,11eyes),whichdidnotreceivethedrug.Thetwogroupswerethencomparedastotheeffectofkallidinogenaseonmacularedemaandvisualacuity.Results:Evaluationbyopticalcoherencetomographyshowedthatfovealretinalthicknessdecreasedsignificantlyinthetreatmentgroup,from489.7±25.1μmto448.0±26.0μm,butremainedunchangedinthecontrolgroup.Anassessmentmadebydividingthetreatment-grouppatientsintotwosubgroups,onewithfoveal-retinal-thicknessbaselinevaluesof500μmorhigher,andonewithbaselinevalueslowerthan500μm,revealedsignificantreductioninfovealretinalthicknessinthelattersubgroup.Conclusions:TreatmentwithkallidinogenasemaybeeffectiveforimprovingfovealretinalthicknessinpatientswithDME.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1457?1459,2011〕Keywords:カリジノゲナーゼ,糖尿病黄斑浮腫,網脈絡膜循環,血管内皮増殖因子(VEGF).kallidinogenase,diabeticmaculaedema(DME),fundusandretrobulbarbloodflow,vascularendothelialgrowthfactor(VEGF).1458あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(90)観察を希望した患者である.試験方法は,無治療あるいは血管強化剤かビタミン剤の内服のみで経過観察する群:カリジノゲナーゼ非投与群(以下,非投与群)と,カリジノゲナーゼ150単位/日を3カ月間投与する群:カリジノゲナーゼ投与群(以下,投与群)に割り付け,中心窩網膜厚の推移,およびlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力の推移を比較検討した.割り付けについてはカリジノゲナーゼ投与に関して十分な説明を行い,同意を得られた症例を投与群としたため,無作為試験ではない.また,非投与群と投与群の全身的な背景因子の比較は行っていない.中心窩網膜厚の測定にはZeiss社OCT3000を使用した.除外規定として,試験期間中,抗凝固剤,血小板凝集抑制剤,抗緑内障薬など,網脈絡膜循環や黄斑浮腫に影響を及ぼす可能性のある薬剤の追加や,服用法,服用量を変更した症例,透析導入となった症例,網膜光凝固後6カ月未満の症例,トリアムシノロンアセトニドの硝子体内注射やTenon?下注射後6カ月未満の症例,白内障手術などの内眼手術施行後6カ月未満の症例は除外した.対象症例は投与群,非投与群合わせて全30例で,経過中除外対象となった2例を除き,解析症例は28例33眼,投与群19例22眼,非投与群9例11眼である.患者背景を表1に示す.統計学的な検討は,中心窩網膜厚,logMAR視力の推移については対応のあるt検定を用い,投与群,非投与群の群間比較については対応のないt検定を用いて,p<0.05を有意とした.II結果投与前の中心窩網膜厚やlogMAR視力には,投与群と非投与群の間に統計学的な有意差を認めなかった(中心窩網膜厚p=0.282,logMAR視力p=0.33).中心窩網膜厚は投与群で投与開始時489.7±25.1μmから3カ月後に448.0±26.0μmと有意に低下した(p<0.01)が,非投与群では不変であった(図1).投与群の中心窩網膜厚を初期値が500μm以上の群(n=9)と未満の群(n=13)に分けて評価したところ,初期値500μm未満の群で有意な低下(p<0.01)がみられた(図2).投与群の中心窩網膜厚を黄斑浮腫のタイプ別に分けて評価したところ,Diffuse型(n=9),CME(cystoidmacularedema)型(n=11)で有意な低下(p<0.05)がみられた(図3).Diffuse型については中心窩網膜厚の変化量を投与群(n=9)と非投与群(n=6)で群間比較したところ,有意な差(p<0.05)がみられた(図4).LogMAR視力の推表1患者背景項目投与群非投与群性別男性:7例女性:12例男性:6例女性:3例平均年齢66.9±1.8歳66.1±1.5歳MEタイプ(眼数)CME:11眼Diffuse:9眼混合型:2眼CME:3眼Diffuse:6眼混合型:1眼SRD:1眼前治療(眼数)PRP:12眼Vitrectomy後:4眼IOL眼:2眼DirectPC:1眼TATenon?下注射後:1眼PRP:6眼IOL眼:1眼Vitrectomy後:2眼CME:cystoidmaculaedema,SRD:serousretinaldetachment,IOL:intraocularlens,PRP:panretinalphotocoagulation,TA:triamcinoloneacetonide.300400500600投与開始時3カ月後:投与群(n=22):非投与群(n=11)489.7±25.1437.5±46.3448.0±26.0439.7±44.9**Mean±SE**:p<0.01(対応のあるt検定)中心窩網膜厚(μm)図1中心窩網膜厚の推移**:Diffuse(n=9):CME(n=11):混合(n=2)575.5±25.5601.0±39.0492.4±33.2467.4±45.7449.7±29.8411.8±46.1Mean±SE*:p<0.05(対応のあるt検定)投与開始時3カ月後300400500600700中心窩網膜厚(μm)図3投与群での黄斑浮腫タイプ別の中心窩網膜厚の平均値推移555.0±33.0Mean±SE**:p<0.01(対応のあるt検定)300400500600700投与開始時3カ月後:500μm以上(n=9):500μm未満(n=13)598.8±31.6414.2±15.8373.8±19.5**中心窩網膜厚(μm)図2投与群での中心窩網膜厚の平均値推移(91)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111459移については,投与群で投与開始時0.53±0.06,3カ月後0.48±0.06,非投与群で0.42±0.09,3カ月後0.37±0.08であり,統計的な変動は認められなかった.投与期間中,カリジノゲナーゼによる副作用は認めなかった.III考按DMEは,糖尿病による網膜微小循環不全に伴う網膜虚血,低酸素状態が長期間続くことにより,VEGFなどのサイトカインが放出され,血管透過性が亢進することが原因の一つと考えられている.またNagaokaら4)は,脈絡膜血流量を測定するlaserDopplerflowmetryを用い,2型糖尿病患者,特にDMEを伴う症例では,中心窩の脈絡膜血流が低下していることを報告している.カリジノゲナーゼは,血漿中のキニノーゲンからキニンを遊離させて末梢血管を拡張させる作用により網脈絡膜循環を改善すると考えられており,実際に健常者や網膜静脈閉塞症での改善効果も報告されている5,6).今回の筆者らの研究でも,カリジノゲナーゼ投与群でDMEの中心窩網膜厚が改善したが,その機序の一つとして,網脈絡膜血流が改善したことにより二次的にVEGFなどのサイトカイン放出が抑制され,血管透過性が抑制されたことが原因として考えられた.またもう一つの機序として,カリジノゲナーゼの直接的な抗VEGF作用が考えられる.Katoら1)は,ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットを用いた実験で,カリジノゲナーゼが眼内液中のVEGF量を有意に低下させ,血管透過性が抑制されることを報告しているが,最近中村らは,2010年10月に開催された第30回日本眼薬理学会で,カリジノゲナーゼに直接的なVEGF切断作用がある可能性を報告している.カリジノゲナーゼがinvitro血管管腔形成抑制作用およびinvivoマウス網膜における異常血管新生抑制作用を有し,その作用はカリジノゲナーゼの血管内皮細胞に対する増殖および遊走抑制作用によることを示している.その作用機序としてVEGF切断によるVEGF受容体の活性化抑制作用を介している可能性を述べている.これらのようにカリジノゲナーゼによるDME改善効果には,まだ検討の余地は多いものの,複数の機序が関与していると考えられた.今回の筆者らの検討で,投与群において中心窩網膜厚の改善は認められたものの,logMAR視力に関しては改善が認められなかった原因として,投与後の中心窩網膜厚の減少が平均41.7μmであり,投与後もDMEが比較的高度に残存していたことが原因の一つと考えられた.ただし,DMEが改善しても視力が改善するにはしばらく時間がかかるとの報告があること7)や,今回のカリジノゲナーゼの投与期間が3カ月であり,さらに長期間の投与での変化も今後検討したい.中心窩網膜厚が500μm未満のカリジノゲナーゼ投与群において,有意な中心窩網膜厚の減少を認めたことから,軽度のDME症例に対してはまずカリジノゲナーゼを試みてもよいかもしれないと考えられるが,投与量や投与期間など,検討すべき課題は多い.今回の検討は無作為試験ではなく,投与前の全身因子の比較も行っていない.今後,これらを考慮した新たな検討を行いたいと考えている.文献1)NoriakiK,YunlongH,ZhenhuiLetal:Kallidinogenasenormalizesretinalvasopermeabilityinstreptozotocininduceddiabeticrats:Potentialrolesofvascularendothelialgrowthfactorandnitricoxide.EurJPharmacol606:187-190,20092)ChunninghamETJr,AdamisAP,AltaweelMetal;MacugenDiabeticRetinopathyStudyGroup:AphaseIIrandomizeddouble-maskedtrialofpegaptanib,anantivascularendothelialgrowthfactoraptamerfordiabeticmacularedema.Ophthalmology112:1747-1757,20053)ArevaloJF,Fromow-GuerraJ,Quiroz-MercadoHetal;Pan-AmericanCollaborativeRetinaStudyGroup:Primaryintravitrealbevacizumab(Avastin)fordiabeticmacularedema:resultfromthePan-AmerianCollaborativeRetinaStudyGroupat6-mouthfollow-up.Ophthalmology114:743-750,20074)NagaokaT,KitayaN,SugawaraRetal:Alterationofchoroidalcirculationinthefovealregioninpatientswithtype2diabetes.BrJOphthalmol88:1060-1063,20045)楊美玲,望月清文,丹波義明ほか:カリジノゲナーゼの網脈絡膜循環に及ぼす影響.あたらしい眼科17:1433-1436,20006)小林ルミ,森和彦,石橋健ほか:カリジノゲナーゼの網脈絡膜血流に及ぼす影響.臨眼57:885-888,20037)TerasakiH,KojimaT,NiwaHetal:Changesinfocalmacularelectroretinogramsandfovealthicknessaftervitrectomyfordiabeticmacularedema.InvestOphthalmolVisSci44:4465-4472,2003***-100-90-80-70-60-50-40-30-20-1001020304050投与開始時3カ月後:投与群(n=9):非投与群(n=6)17.3±20.6-55.7±20.9#Mean±SE#:p<0.05(対応のないt検定)中心窩網膜厚(μm)図4Diffuse型の中心窩網膜厚変化量の群間比較

眼研究こぼれ話 22.医学研究者の質 金銭で解決できぬ問題

2011年10月31日 月曜日

(81)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111449医学研究者の質金銭で解決できぬ問題正しい原則と理論をコンピューターなどの偉力で駆使すると,月に人間を送ることが出来た.この大成功は地球の引力を発見したニュートンの説が絶対的に真実であったし,アインシュタインの頭脳の正しいことを,すばらしい機械工学で実証した結果である.ニクソンは大統領のとき,月の征服と同様に癌(ガン)を征服するようにと,国立癌研究所に10億ドルの大金を出したことがある.この出費は,癌関係の人々にむだ使いの風習を作っただけとなった感がある.生物科学にも物量は役立つけれども,現在の段階ではまだ明らかでない原則と理論があまりに多過ぎて,わかっているだけの情報をコンピューターで組み合せたのでは,問題の解明は出来ないのである.生命の不思議は解けば解く程,深くなり,昨日まで,真実だと信じられていた理論が急に更新されることもしばしばある.生物科学では,理解されている程度が,宇宙航空学に比較すると,はるかに低いともいえる.まだまだ明晰(─せき)な頭脳で開拓しなければならない根本的な知識が無限に必要であって,大金を出して,白衣労働者と,新しい器具を集めただけでは,進歩は期待出来ないのである.私は永年,井の中の蛙(カワズ)のように,ハーバード大学で多数のするどい頭脳の持ち主,それは奇人とも言えるような人々の集団に取り囲まれていて,医学研究社会とは,このようなふん囲気だと信じていた.数年前,国立眼研究所が開設されたとき,招かれて,実験病理部長として新しい研究所の一部門を作ることとなった.そうして,この新任地が私の今まで考えていた学問の世界と全く異なることを知って驚いた.この新任地では大部分の学者たちは,定められた規格のなかで時間を費やすことを仕事と考えているらしい.すなわち,正常の人々の集まりである.もちろん,なかには世界的な学者の居ることは事実であって,これらの小数の偉人たちは除外されるのは当然である.一方,技術員の多数が,研究者と同一の権利を主張しているらしい.つまり,学者と技術員との間にはっきりした区別が無くなっている.学者の質が落ちているのか,または技術員が立派なのかどちらかであろう.この新しい集団を形成するには,それなりの人物を探す必要に迫られた.私の採用した典型的な研究者ロビソン博士を紹介してみたい.彼の仕事については,以前に述べたことがある.彼はモーモン教の信者であることも一つの理由であると思うが,実にまじめな男である.宗教的な考えに従って,暗い早朝から働き始め,一切の刺激物(コーヒー,茶,コカコーラ,アルコール,タバコなど)をとらない上,家族団結もこの上もなく強い.愛国心に強く,昔,われわれが習った修身の教えそのままの人物であ0910-1810/11/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長●連載▲ワシントンの郊外にある大理石造りのモーモン教テンプル.位の高い一部の信者以外は中に入ることが出来ない.1450あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011眼研究こぼれ話(82)る.このような本当にまじめな男は政府の機関には全く打ってつけであって,定められた予算を上手に使って毎日を忙しくしている.前述のニクソン氏が頭に描いた10億ドルを渡したいと思った理想的な学者かもしれない.約7年間,彼と行動を共にして気がつくことは,彼の仕事には何一つ有意義なひらめきが無いことである.研究室の運営について,私は彼の援助を多分に受け,常に感謝している.しかし,この全く非の打ち所のない人物も,ある一面から見ると,学問の大局には,居なくても影響のない学者とも言える.色々の条件から判断して,中流以上に属していることは事実であるが,このような研究者を数千人集めたとしても,実際の進歩は望めない.癌の全治などは期待出来ないのである.一人のワトソン博士(ノーベル賞をもらったハーバード教授で,DNAの構造を考えついた人)のような奇人が,学問の世界には必要なのである.私は彼をモーモン教徒として尊敬はしているが,濃いコーヒーをがぶ飲みしながら,顕微鏡のネジを捻(ひね)り切るような男こそ,役に立つ研究が出来るのではないかと思っている.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆

インターネットの眼科応用 33.医療のIT化で可能になること(3)-病診連携について-

2011年10月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.10,201114470910-1810/11/\100/頁/JCOPY病診連携とインターネットインターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行した大きなパラダイムシフトをWeb2.0と表現します.インターネットは繋ぐ達人です.地域を越えて,個人と個人を無限の組み合わせで双方向性に繋ぎます.パソコンや携帯端末からブログや動画,写真などをインターネット上で共有し,コミュニケーションすることが可能になりました.インターネット上で情報が共有され,経験が共有され,時間が共有されます.医療情報も,文書や動画などのさまざまな形態で,インターネット上で共有できるようになりました.前章と前々章で電子カルテの進化の予想図を紹介しました.インターネットは,電気や上下水道や公共交通機関や金融システムなどと同様に,社会基盤の一つです.ソフトバンク代表取締役社長の孫正義氏はインターネットにアクセスする権利(情報アクセス権)を,自由権,参政権,社会権に並ぶ基本的人権の一つである,とまで述べています.また「光の道」構想のなかで,電子教科書や電子カルテを低価格で普及させる,とアピールしています.つまり,医療情報のクラウドコンピューティング化(医療クラウド)により,電子カルテの低価格化が実現します.医療クラウドの可能性は電子カルテに留まりません.電子カルテは病院内で保有される診療情報ですが,個人情報に配慮したうえで,インターネットで病院間を繋ぐと,多施設で診療情報が共有され病診連携がスムーズに行われます.今回はインターネットによる病診連携の可能性とその意義について紹介したいと思います.日本では患者に診療情報提供書という文書を渡し,診療情報を他施設に伝えることが通例です.診療点数も,文書という伝達手段に基づいていました.近年ようやく,電話による患者指導が再診として認められるなど,現在の情報伝達の形に制度が追いついてきました.診療情報提供書にDVDが一緒に同封されることもあります.文書も手書きではなくワードなどで作られた文書が多くなり,診療情報のデジタル化は徐々に進んでいますが,IT化はまだまだこれからです.そのなかで,クラウドコンピューティングを用いた先駆的なインターネットサービスを一つ紹介します.コニカミノルタヘルスケアという医療機器メーカーは,レントゲン機器と関連商品をおもに扱います.レントゲン機器はデジタル化が進み,フィルムレスが当然になりました.デジタル化に対応していないアナログなレントゲン撮影機械のマーケットは完全に縮小しました.現在はCR(コンピューテッドラジオグラフィ)システムとよばれるレントゲン撮影機種が普及しています.コニカミノルタヘルスケアは,CRシステムの付属として,撮影された画像情報をインターネット上に多施設で共有し,紹介患者の経過報告や症例相談やセカンドオピニオンを求めることもできる,「連携BOX」というサービスを提供しています.基幹病院を軸にした関連施設で,このサービスの利用が徐々に普及していま(79)インターネットの眼科応用第33章医療のIT化で可能になること③─病診連携について─武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ図1連携BOXのイメージ図1448あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011す.このサービスで扱う情報は,CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)などの画像が中心ですが,眼科領域に置き換えると,眼底写真やOCT(光干渉断層計)画像,造影写真などの検査情報だけでなく,手術ビデオなどの治療情報もデジタル化されているものなら,何でも共有することが可能です(図1).地域が育てる医療医療情報を多施設で共有することが示す,一つの世界観について触れたいと思います.良質で効率的な医療を受けることは,全国民の願いです.われわれ医療機関の収入が窓口負担だけでなく国費から得ている現状を考えると,われわれの顧客は,目の前の患者だけでなく,潜在患者でもある全国民です.われわれ医療者は,顧客が求める医療の効率化について,真摯に取り組む必要があります.医療クラウドを利用した医療機関の連携は,地域医療を効率化します.いい医療機関は地域が育てる,としばしば指摘されます.有名な事例を紹介しますと,兵庫県柏原市では,子供をもつ母親同士が定期的に勉強会を開いて,子供が病気になったときに受診すべきか自宅で経過をみるべきか,その判断力を養いました.その結果,小児科を緊急で受診する患者数が激減し,小児医療の崩壊を食い止めました1).医療は電気やガスや水道と同じ,社会インフラの一つです.アナログな地域力は地域医療を育てます.インターネットの進化は,医療情報を社会インフラの一つに発展させ,地域力を補完するでしょう.上述した連携BOXのようなサービスを,民間企業ではなく医師会や行政が提供・もしくは提携すれば,地域の病診連携や診診連携がより深まります.地域が患者を診る,という文化が育ち,患者は地域の医療機関に安心して身を任せることができるでしょう.病状の急変時も,その患者がどういう基礎疾患をもっているか,かかりつけの医療機関でなくても容易に判断できます.この場合,電子カルテの所有者は,地域もしくは地域の医療機関といえます.前章で,インターネットの診療情報は誰が所有者か,(80)という問題提起をしました.医療クラウドが普及した世の中において,カルテの所有に患者,医師,医療機関に加え,システム会社の4者が関わります.情報アクセス権は,基本的人権の一つといえるほど重要です.患者が自分自身の健康情報にアクセスしたいという要求は,今後強くなるでしょう.生産者と消費者の立場を逆転させた,情報革命というインターネットの潮流から考えると,診療情報の所有者は医療機関(生産者)から患者自身(消費者)へと移行することは明らかです.患者は,自分自身の健康情報を自分でもつ権利を得る代わりに,その情報をシステム会社に預けることへのリスクを求められます.将来的には,患者の診療情報は患者自身が保有することになりますが,その前に,医療情報が社会インフラとして整備された段階において,地域の医療機関ネットワークが診療情報の所有者となります.私個人的には,基幹病院を中心とした医療機関ネットワークが,診療情報を把握する形態は,非常に日本的に感じます.医療クラウドが,地域力を補完できるようなインフラに発展することを願います.【追記】これからの医療者には,インターネットリテラシーが求められます.情報を検索するだけでなく,発信することが必要です.医療情報が蓄積され,更新されることにより,医療水準全体が向上します.この現象をMedical2.0とよびます.私が有志と主宰します,NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvcjapan.orgまでご連絡ください.MVC-onlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://mamorusyounika.com/☆☆☆