特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1545.1550,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1545.1550,2011GlaucomatousAttac溝上志朗*はじめに緑内障発作は“目が赤い”疾患のうち,適切かつ速やかな処置を要する代表的な眼科救急疾患である.しかしながら頭痛や嘔気などの激しい全身症状を伴うことから脳神経疾患や消化器疾患などと誤認されやすく,結果として治療時期を逸してしまい重篤な視機能障害をきたすケースは今でも決して珍しくない.本稿では,閉塞隅角緑内障による緑内障発作の病態と対処法について概説する.I診断眼圧は通常40mmHgを上回り80mmHg近くまで達することもある.結膜には比較的強い毛様充血を認め,角膜浮腫を認める.周辺部前房深度はきわめて浅く,スリット光にて全周にわたる隅角閉塞を確認できる.対光反応は減弱もしくは消失している(図1).眼圧上昇が長期間に及ぶと,前房細胞,フィブリン析出などの前眼部炎症が増強し,虚血,低酸素による虹彩萎縮や水晶体前.下混濁(Glaukomflecken)などの所見が認められるようになる(図2).自覚症状としては,眼圧上昇に伴う角膜浮腫の増強により,虹視,霧視,視力低下をきたす.また,眼痛,頭痛,悪心・嘔吐などの全身症状が生じ,この原因としては三叉神経刺激症状と迷走神経反射によるものと考えられている.図1緑内障発作眼毛様充血,角膜浮腫を認める.中等度散瞳し,対光反応は減弱している.図2緑内障発作の寛解後虹彩萎縮を認める(矢印).*ShiroMizoue:愛媛大学大学院医学系研究科感覚機能医学講座視機能外科学(眼科学)〔別刷請求先〕溝上志朗:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科感覚機能医学講座視機能外科学(眼科学)0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(33)1545IIなぜ隅角は閉塞するのか?IIなぜ隅角は閉塞するのか?.1.瞳孔ブロック瞳孔ブロックは隅角閉塞機序のなかで最も主要なメカニズムである1).房水は後房から前房に流入するにあたり,水晶体前面と虹彩後面の接触により生じる流入抵抗を受ける.このときに生じる前後房間の生理的圧較差を相対的瞳孔ブロックと称している.この相対的瞳孔ブロックで生じる圧較差には水晶体前面と虹彩の接触の度瞳孔ブロックプラトー虹彩水晶体因子水晶体より後方因子図3隅角が閉塞するメカニズム(概念図)複数の因子がオーバーラップして作用すると考えられている.図4瞳孔ブロックによる隅角閉塞水晶体前面と虹彩の接触により生じる,前後房間の圧較差の増大が周辺部虹彩を前弯させる.1546あたらしい眼科Vol.28,No.11,20113.61.81.31.61.40.30.40.00.00.04.03.53.02.52.01.51.00.50.0有病率(%):男性:女性40~4950~5960~6970~7980以上年齢(歳)図5原発閉塞隅角緑内障の有病率(多治見スタディ)男性よりも女性に多い,加齢に伴い有病率は上昇する.(文献2より)合いが関与するとされ,この圧較差の増大は周辺部虹彩を前弯させる力として作用する結果,隅角閉塞をきたすと考えられている(図4).相対的瞳孔ブロックを伴う原発閉塞隅角緑内障は,基本的に眼軸長が短く前房が浅い遠視眼の発症頻度が高く,加齢による水晶体厚の増加は瞳孔ブロックの増強に作用する.多治見スタディでは原発閉塞隅角緑内障の有病率は0.6%であり,加齢に伴い有病率が上昇すること,男性よりも前房深度が浅い女性に多いことが示された(図5)2).相対的瞳孔ブロックは,瞳孔散大時に増強するため,暗所,感情的ストレスなどによる交感神経系緊張時,または副交感神経遮断作用,交感神経刺激作用を有する感冒薬や向精神薬などの服用が緑内障発作を誘発することがよく知られている.2.プラトー虹彩形状プラトー虹彩は,虹彩面が平坦で虹彩根部で後方へ屈曲した形状を呈する.この形状を有する虹彩は瞳孔ブロックが作用していない状態でも隅角閉塞をきたす可能性がある.しかし臨床上,レーザー虹彩切開術がなされていない状態では瞳孔ブロックによる隅角閉塞と厳密に区分できないことが多い.超音波生体顕微鏡(UBM)で観察すると,平坦な虹彩面と虹彩根部の屈曲,および前方偏位した毛様体突起などの所見が確認できる(図6).純粋なプラトー虹彩形状による閉塞隅角緑内障は,中央前房深度は正常であることが多いため,開放隅角緑内障(34)と誤認されることがある(図7).3.水晶体および水晶体より後方の因子水晶体因子は水晶体そのものが隅角閉塞の主因とみなされる場合であり,過熟白内障などにより水晶体厚が極図6プラトー虹彩症例のUBM所見平坦な虹彩面と虹彩根部の屈曲,および前方偏位した毛様体突起が確認できる.図7図6のプラトー虹彩症例の細隙灯顕微鏡所見本症例は散瞳検査により高度な眼圧上昇をきたし紹介された.純粋なプラトー虹彩形状による閉塞隅角緑内障は,中央前房深度は正常であるため開放隅角緑内障と誤認されることがある.端に増大した場合や,水晶体が亜脱臼した場合などで大きく前方に偏位をきたすと,虹彩が後方から線維柱帯に押しつけられる格好となり急性の隅角閉塞をきたす原因となる.このような場合でも隅角の閉塞機序に,瞳孔ブロックや,後述する水晶体より後方の因子が重複して作用している可能性がある(図8).治療は水晶体摘出,再建術が第一選択となる.水晶体より後方の因子としては,慢性毛様体ブロックメカニズム3)や毛様体脈絡膜.離4)の関与が注目されている.慢性毛様体ブロックメカニズムとは,従来,濾過手術後の合併症である悪性緑内障でみられる毛様体ブロックが,同様に慢性的に作用することで閉塞隅角をき図8水晶体亜脱臼による緑内障発作本症例の眼軸長は正常だが,中央前房深度は極端に浅い.水晶体の前方偏位により隅角閉塞をきたしていた.図9慢性毛様体ブロックによる隅角閉塞が疑われた症例人工水晶体の光学部が前方に偏位し,中央前房深度が浅い.UBMで毛様体突起の圧排(矢印)が確認された.(35)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111547点眼前点眼前図10図9の症例のアトロピン点眼前後の前眼部写真とOCT所見人工水晶体光学部の偏位が改善し,中央前房深度は正常化している.たすと考えられている.病態としては,本来毛様体突起で産生された房水が何らかの原因により,本来のルートである後房から前房へ流出せず,硝子体腔内へと一方的に流入することで,水晶体よりも後方の圧が高まり,水晶体虹彩隔壁が前方移動することによる浅前房と隅角閉塞をきたすことが想定されている.本症の診断は人工水晶体眼では比較的容易であり,細隙灯顕微鏡で前方偏位した人工水晶体の光学部,UBMにより毛様体突起が後方からの圧排されている所見が確認できる(図9).対処法としては悪性緑内障と同様に,毛様体弛緩剤を点眼すると一時的に慢性毛様体ブロックを解除することが可能であるが,効果は一時的であることが多い(図10).本メカニズムの恒久的解除には,前部硝子体の切除による房水流路の是正が必要とされている.III治療と予防1.急性原発閉塞隅角症への対応急性原発閉塞隅角症は診断がつき次第,治療を開始する.初期治療の基本は,まず眼圧を下降させ,瞳孔ブロックの解除措置を速やかに行うことである1).眼圧下降には,主として高浸透圧薬の点滴静注が用いられるが,それ以外にアセタゾラミドの経静脈あるいは経口投与,b遮断薬点眼などが行われる.縮瞳による一時的な瞳孔ブロックの解除を目的に1.2%ピロカルピン点眼を1時間に2.3回点眼する.しかしピロカルピン点眼は前述した毛様体ブロックメカニズムに対しては逆効果となるため禁忌である.初期治療が奏効し眼圧下降が得られれば,瞳孔ブロックの恒久的な予防措置を考慮する.一方,初期治療によって瞳孔ブロックの解除が得られず眼圧下降が得られない場合は,状況に応じてレーザー虹彩切開術,手術的虹彩切除術,および水晶体摘出,再建術が選択される.2.原発閉塞隅角症の分類とスクリーニング法原発閉塞隅角症(緑内障)は病態の進行度に合わせて分類する方法が広く用いられている.狭隅角ではあるものの,まだ周辺部虹彩前癒着(PAS)の形成や,眼圧上昇ともに認めない段階を原発閉塞隅角疑い(primary1548あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(36)表表のISGEO分類機能的隅角閉塞が起こりうる状態.隅角原発閉塞隅角疑い鏡検査により3象限以上にわたって線維柱帯色素帯が確認できない.眼圧上昇,緑内障性視神経症なし原発閉塞隅角症周辺部虹彩前癒着(PAS),眼圧上昇を認める原発閉塞隅角緑内障原発閉塞隅角症の所見に加え,緑内障性視神経症を認めるangle-closuresuspect:PACS),PASと眼圧上昇を認める原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC),そしてPACの所見に緑内障性視神経変化を伴う原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)と分類されている5)(表1).vanHerick法による周辺部前房深度の観察は,閉塞隅角のスクリーニングに有用である.一般的に周辺部前房深度が角膜厚の厚さの1/4以下のGrade1.2では隅角閉塞をきたしている可能性が高い(表2).診察室を暗くした状態で観察することも有用で,UBMや前眼部光干渉断層計(OCT)を用いなくとも隅角の機能的閉塞を観察できることがある(図11).また最近では閉塞隅角のスクリーニングに特化した走査型周辺部前房深度計(scanningperipheralanteriorchamberdepthanalyzer:SPAC)6)や,高解像度の前眼部OCTが用いられつつある.表2vanHerick法Grade周辺前房深度Grade1角膜厚の1/4以下Grade2角膜厚の1/4Grade3角膜厚の1/4.1/2Grade4角膜厚以上3.予防措置をいつ,どうするか?急性閉塞隅角症に対する予防措置の適応判断であるが,一般的にPACSの段階であれば経過観察,PAC以降は予防的措置が必要とされている.しかしながら,PACSの状態からいきなり急性隅角閉塞に至る可能性も指摘されており,予防的措置の適応に対する臨床的に有用かつ明確な基準が打ち出されていないのが現状である.瞳孔ブロックに対する対応としては,虹彩切開術,もしくは虹彩切除術が根本的治療法であるが,わが国では,レーザー虹彩切開術後の不可逆性の角膜内皮障害より水疱性角膜症が多数報告されたため,その施行に対しては慎重になる傾向にある.その代替として,白内障が進行した高齢患者については,瞳孔ブロックの解消を目的とした白内障手術が積極的に行われる方向にある.しかしながら,まだ水晶体の混濁がないか軽度の若年者に対して瞳孔ブロックの解除目的で行う白内障手術の是非に関してはまだ議論の余地が残されている.上方隅角所見明所暗所図11暗所での周辺部前房深度の観察で隅角閉塞を認めた症例暗所下の散瞳により鼻側隅角に機能的閉塞が確認された.隅角鏡検査で上方にPAS(矢印)を認めた.(37)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111549おわりにおわりに文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第2版.日眼会誌110:777-814,20062)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TheTajimiStudyReport2:PrevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,20053)桑山泰明:閉塞隅角緑内障の病態:慢性毛様体ブロック.あたらしい眼科22:1175-11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