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トラベクロトミー:基本術式と術中トラブル対処

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1483.1489,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1483.1489,2012トラベクロトミー:基本術式と術中トラブル対処Trabeculotomy:BasicProceduresandIntrasurgicalTroubleshooting谷戸正樹*はじめにトラベクロトミーは,多くの緑内障において房水流出抵抗の首座となっている傍Schlemm管線維柱帯網を切開・開放することで眼圧下降を図る,流出路再建術の元祖ともいえる術式である.房水濾過効果を狙って深層強膜弁切除やシヌソトミーを併用する術式,Schlemm管に通した糸を引っ張ることで全周の線維柱帯切開を行う術式(スーチャートラベクロトミー),前房側から微細な電気メスを用いて線維柱帯を切開する術式(トラベクトーム)などが,そのバリエーションとして存在するが,本稿では,最も基本的な術式であるトラベクロトームを用いる術式の基本手技と注意点,および術中トラブルに対する対処法について解説したい.Iトラベクロトミーの適応トラベクロトミーの特徴を表1に示す.トラベクレクトミーと比較して,眼圧下降効果は劣るものの,重篤な晩期合併症の頻度がきわめて低いのが,トラベクロトミーの特徴といえる.また,病型によってその効果が異なることも特徴であり,ステロイド緑内障や発達緑内障には高い効果が期待できる一方で,血管新生緑内障や硝子体脱出を伴うような緑内障ではその効果はきわめて限定的である.そのため,適応を正しく判定することが,本術式により有効な治療効果を得るためにきわめて重要である(表2).表1トラベクロトミーの特徴―トラベクレクトミーとの比較において―<利点>・晩期合併症が少ない:濾過胞感染,遷延性低眼圧なし・術後処置が少ない・白内障同時手術と相性がよい(1.2mmHgの追加眼圧下降)・きちんと手術をすれば,予測性の高い術後成績<欠点>・眼圧下降効果が弱い:術後平均眼圧15.17mmHg・病型により眼圧下降効果が異なる・多くの場合眼圧下降薬点眼継続の必要あり・術後早期の合併症:一過性眼圧上昇(スパイク)(15.40%)(深層強膜弁切除・シヌソトミー併用で頻度低下)表2トラベクロトミーの適応・第1選択ステロイド緑内障,発達緑内障・適応初期の原発開放隅角緑内障,落屑緑内障・比較適応白内障による視力低下を伴う緑内障(白内障同時手術)原発閉塞隅角緑内障(白内障同時手術)高齢者の緑内障(術後通院の困難さ,余命)・適応外炎症眼血管新生緑内障前房内硝子体脱出,無水晶体眼残存視野が術後スパイクに耐えられない緑内障,進行した緑内障*MasakiTanito:島根大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕谷戸正樹:〒693-8501出雲市塩冶町89-1島根大学医学部眼科学講座0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(33)1483 IIトラベクロトミーの基本術式1.術前投薬・麻酔単独手術の場合は縮瞳,白内障同時手術の場合は散瞳する.麻酔は,手術開始前に球後麻酔を行うか,手術中にTenon.麻酔を行う.筆者は,2%キシロカインRのTenon.麻酔ですべての緑内障手術を行っている.抗凝固薬・抗血小板薬については,可能であれば中止する.2.手術を行う部位トラベクロトミーでは,術中に線維芽細胞増殖抑制薬を用いないため術後遅発性感染はまれで,眼球の上方象限でも下方象限でも行うことができる.下方象限でトラベクロトミーを行うことで,将来的なトラベクレクトミーを見据えて上方象限の結膜瘢痕を避けることは,臨床上意義が大きい.追加手術としてトラベクレクトミーが必要となる可能性があるようなら,下方象限でトラベクロトミーを行うほうがよい.一方で,下方象限での手術は,通常の他の手術と手の動きや術者の位置が異なるため慣れない術者では手術操作がややむずかしくなる.また,下方は上方より輪部からSchlemm管までの距離の個人差が大きく,Schlemm管の同定がやや困難な症例があるので,術者の技量に応じて術野を決定する必要がある.患者の頭部に座って手術を行う場合には,右利きの術者の場合,左眼の鼻下側で手術を行うと鼻が邪魔になってメスの角度が制限されることも知っておく.3.結膜切開十分な術野を確保できるように,コシの強い開瞼器を用いる.透明角膜に眼球制御糸を設置し,術野が確保され,かつ,強膜フラップ作製面が水平になるように調整する.強膜フラップを作製する部位で,円蓋部基底の結膜切開を行う.結膜切開の範囲は通常,1/4象限未満で十分である.特に,術後に必ず瘢痕化する子午線方向の結膜切開は,将来的なトラベクレクトミーをなるべく邪魔しないように,耳側水平か鼻側水平に近い部位に置く(図1).白内障同時手術を行う場合は,筆者は,結膜切開の前に透明角膜切開で白内障手術を先に行うことにし1484あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012右眼図1結膜切開のデザイン子午線方向の結膜切開は,耳側水平か鼻側水平に近い部位に置く.ている.4.強膜フラップ作製作製予定部位の強膜を凝固止血した後,強膜フラップ作製を行う.フラップの形状は,4mm×4mm程度の四角フラップ(図2a)かあるいは基底5mm×高さ4mm程度の三角フラップ(図2b)とする.四角フラップはフラップ床が広く,作製後に角膜側に倒れやすい.三角フラップの場合は,Schlemm管が輪部から遠い場合にフラップ床が狭くなりやすいので,基底を幅広に作製したほうがよい.Schlemm管を確実に同定するためには,強膜フラップを4/5層程度の深さで作製する必要がある.慣れた術者であれば,4/5層の深さの1枚フラップ(図3a)を作製してもよいが,慣れるまでは半層程度の浅層フラップを作製した後,4/5層程度のフラップを作製する2枚フラップ法(図3b)がSchlemm管の同定はやさしい.いずれにしても,強膜切開を必要な深さに十分到達する深さで行うことが肝要である(図4).5.Schlemm管同定強膜フラップの作製を,毛様体が透けて見える深さで,輪部側に進める(図5).Schlemm管の外壁が一部切除されれば,房水漏出が見られるため,その部位から永田剪刀などの刃先の細い剪刀を用いて,Schlemm管外壁を切除する(図6).輪部付近でメスを立てて少し深く強膜フラップの.離を行うことで,直接Schlemm管(34) a.四角フラップb.三角フラップ図2強膜フラップの形状a.1枚フラップb.2枚フラップ図3強膜フラップの枚数垂直に十分な深さで角をきちんと○×○×○×図4強膜切開のポイント強膜切開は,垂直に,十分な深さで,角をきちんと切開することが大切.に入ることも可能である.トラベクロトミーにおいて,確保するべきである.最大の難所はSchlemm管の同定である.Schlemm管同定のポイントを表3に示す.強膜フラップ作製時の毛様6.トラベクロトーム挿入体の透け具合,目印としての強膜横層線維(強膜岬)(図トラベクロトームには,曲率半径6.5mm,7.5mm,5矢印),毛様体とSchlemm管・Descemet膜の光沢の8.5mm(直径13mm,15mm,17mm)の3種類のカーブ違いは,見慣れれば必ず見分けがつくようになるが,そがある(図7)が,よほどの小角膜,大角膜でなければ,のために,なるべく多くの手術を実際に見学する機会を通常15mmで対応できる.トラベクロトームを挿入す(35)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121485 図6Schlemm管の露出Schlemm管外壁を永田剪刀で切除している.表3Schlemm管同定のポイント・毛様体の透け具合・強膜横層線維(強膜岬)・輪部からの距離(角膜への結膜侵入が強い場合には,見かけの輪部より遠くにSchlemm管がある)・Schlemm管内充満血液(同時手術時)図5強膜フラップの作製強膜フラップ床の毛様体の透け具合,Schlemm管の手前に位置する強膜横層線維(矢印)を感覚的に覚える必要がある.f13mm15mm17mm図7トラベクロトームの形状・Schlemm管外壁開放時の房水漏出(粘弾性物質使用なしトラベクロトームには,曲率半径6.5mm,7のとき)(直径13mm,15mm,17mm)の3種類のカーブがある.・毛様体との見分けがつかない場合は,Schlemm管前方ま太さは,0.25mmである.〔はんだや社ホームページで.離を進める(毛様体の光沢とDescemet膜の光沢の違いを覚える)(http://www.handaya.co.jp/)より転載〕85mm5mm,..図8トラベクロトームの挿入トラベクロトームをSchlemm管に沿わせて置いた後,背中を鑷子などで優しくトントンとたたきながら挿入していく.図9トラベクロトームが挿入されたところ正しく挿入されたトラベクロトームは,Schlemm管のカーブに沿って立ち上がった状態になる.1486あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(36) るときは,トラベクロトームの先端をSchlemm管に沿わせて置いた後,背中をトントンと押しながら少しずつSchlemm管内に挿入していく(図8).早期穿孔や毛様体上腔へ挿入しないように,Schlemm管のカーブをイメージしながら押す方向を調節する.抵抗があるようなら,少しだけトラベクロトームを引いてから,やり直すようにする.正しく挿入された場合,トラベクロトームは挿入するに従って,Schlemm管のカーブに沿って立ち上がってくる(図9).挿入した後に,Schlemm管を少し押してみてある程度の抵抗がないようなら,早期穿孔や毛様体上腔に迷入している可能性がある.自信がなければ,隅角プリズムで確認したほうがよい.7.トラベクロトーム回転トラベクロトームの回転は2手法が基本である(図10)が,下方象限での手術を上方に座って行う場合には,1手法が楽な場合もある.トラベクロトームの支点・力点・作用点を理解したうえで,てこの原理でトラベクロトームの先端部分で線維柱帯をまず穿破する(図11).この時点でDescemet膜.離,Descemet膜下血腫がないことを確認してから,トラベクロトームを回転する.低眼圧で回転しづらい場合は,灌流液あるいは粘弾性物質で前房保持を行う.線維柱帯が正しく切開されると,房水静脈からの血液逆流が確認されるが,粘弾性物質で前房を保持している場合には,少し時間がかかる.8.強膜・結膜縫合・術後投薬強膜を10-0ナイロン糸で縫合した後,結紮部を回転埋没する.その後,結膜を9-0シルク糸などで縫合して手術を終える.強膜も結膜も元の位置に戻すことを心がける.術後は,抗生物質の点眼・内服,ステロイド薬の点眼を用いる.眼圧下降薬については,術前からの投薬を継続しておき,術後の眼圧をみながら調整する.術後の縮瞳薬の必要性については意見が分かれるところであるが,筆者は使用していない.IIIトラベクロトミーの術中トラブル対処1.毛様体露出トラベクロトミーでは,毛様体が透ける深さで強膜フ(37)図102手法によるトラベクロトームの回転トラベクロトームが前房内に確認できる(矢印).○○○力点×支点(+力点)“線”で切る感覚はダメ図11トラベクロトーム回転時の支点・力点・作用点トラベクロトームの先端で線維柱帯を穿破する感覚が大切である.ラップを作製するため,強膜床の一部で毛様体が露出することがある(図12a).この場合,強膜フラップを削ぐようにやや薄めにして,強膜フラップ作製を進めればよい.輪部に近い場所で毛様体が線状に露出した場合に,一見Schlemm管内壁と見分けがつけづらいときがある.判断に迷う場合には,さらに前方にフラップ作製を進めて,Descemet膜が露出されるかどうかを確認する.強膜横層線維より前方では,角膜実質とDescemet膜の癒着は弱く,容易にDescemet膜を露出することができる.毛様体側に切り込んでいてSchlemm管が露出されてないと判断した場合には,強膜フラップを削ぐように切って強膜横層線維が分離される深さでSchlemm管を同定する(図12b).あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121487作用点ひねり下げて,先端の“点”で穿破 a.毛様体露出b.Schlemm管の同定露出した毛様体扁平部強膜横層線維Schlemm管+Descemt膜図12毛様体露出毛様体が露出した場合(a)は強膜フラップを削ぐようにしてやや浅表層に近い深さで強膜フラップ作製を進める.Descemet膜まで.離を進める(b)と,オリエンテーションがつきやすい.2.リカバリーフラップ強膜フラップ下でSchlemm管が同定できない場合は,最初の強膜フラップの横に,一回り小さな強膜フラップ(リカバリーフラップ)を作製することで,Schlemm管を同定する.四角フラップの場合は四角(図13a)の,三角フラップの場合は三角(図13b)のリカバリーフラップを作製するとよい.Schlemm管が早期穿孔した場合には,トラベクロトームをSchlemm管外壁に沿わせて挿入することで,うまく対応できる場合が多いが,強膜フラップのごく近くで早期穿孔して,Schlemm管に挿入できない場合にも,リカバリーフラップを作製することで対応できる.3.虹彩脱出強膜フラップの作製あるいはトラベクロトームの回転に伴って虹彩脱出がみられることがある.この場合は,脱出した虹彩に速やかに小切開を加えて,虹彩にかかる圧を逃がすことで,虹彩の復位が得られる.4.Descemet膜.離トラベクロトーム回転に伴ったDescemet膜.離が術中に確認された場合は,前房内に空気を注入することで復位させることができる.ただし,Descemet膜.離が起こった場合は,線維柱帯は切開されずに残っているの1488あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012a.四角のリカバリーフラップb.三角のリカバリーフラップ図13リカバリーフラップの形状で,可能であれば,Descemet膜が.がれた状態で,トラベクロトームを再度回転させて,線維柱帯を切開した後に,Descemet膜を復位させたほうがよい.(38) 5.Descemet膜下血腫をきたす可能性がある.この場合も,上記と同様,トラDescemet膜の破損を伴わずにDescemet膜.離が起ベクロトームを再度回転させ,線維柱帯を切開することこった場合は,Descemet膜下に血腫が形成される.放で,血液を拡散させる必要がある.置すると瞳孔領までDescemet膜下血腫が及び視力低下(39)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121489

チューブシャント手術:手術成績と術後管理

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1475.1482,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1475.1482,2012チューブシャント手術:手術成績と術後管理Tube-ShuntSurgery:SurgicalSuccessandPostoperativeManagement石田恭子*はじめにロングチューブとプレートからなるインプラント器具(図1)を移植するチューブシャント手術は,従来,線維柱帯切除術の複数回不成功例や,高度の結膜瘢痕により濾過手術が施行不可能な症例,結膜濾過胞の長期生存が期待できない難治性緑内障が手術適応とされてきた1).しかしながら,チューブシャント手術に関する研究報告が増加しその効果と安全性が理解されてきたこと,また,TheTubeVersusTrabeculectomy(TVT)Study2)の良好な手術成績から,近年,緑内障手術に占めるチューブシャント手術の割合は増加傾向にある.本稿では,ロングチューブを用いたチューブシャント手術の成績とMoltenoTMImplantAhmedTMGlaucomaValveMolteno3PF7PC7BG101-350BaerveldtRGlaucomaImplantBG102-350BG103図1代表的なインプラント器具3種臨床的に汎用されるモデルを示す.MoltenoTMImplantのMoltenoTM3,AhmedTMGlaucomaValveのPF7と硝子体挿入タイプPC7,BaerveldtRGlaucomaImplantの前房挿入型BG101-350,硝子体挿入タイプBG102-350,プレートサイズが250mm2のBG103.MoltenoTMImplant(MoltenoOphthalmicLimited,Dunedin,NewZealand),AhmedTMGlaucomaValve(NewWorldMedical,California,USA),BaerveldtRGlaucomaImplant(AbbottMedicalOptics,Illinois,USA)*KyokoIshida:岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学分野〔別刷請求先〕石田恭子:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学分野0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(25)1475 術後管理について述べる.I手術成績1.難治性緑内障に対する手術成績難治性緑内障に対するチューブシャント手術の成績は,各研究報告によって対象患者,移植されたインプラント器具,手術成功の定義,経過観察期間が異なるため,単純な比較は困難であるが,表1.5に世界的に汎用されているインプラント器具〔MoltenoTMImplant,MoltenoOphthalmicLimited,Dunedin,NewZealand)AhmedTMGlaucomaValve(NewWorldMedical,Cali(,)fornia,USA),BaerveldtRGlaucomaImplant(AbbottMedicalOptics,Illinois,USA)〕を用いた手術成績を,緑内障診断別に示す.発達緑内障では44.100%(表1),ぶどう膜炎に伴う続発緑内障では75.100%(表2),無水晶体または偽水晶体眼に伴う緑内障では50.88%(表3),血管新生緑内障では22.78%(表4)3)と報告されている.総じて,血管新生緑内障で最も手術成績が悪く,経過観察期間が長くなるにつれて成功率が低下する傾向にある.2.線維柱帯切除術とBaerveldtRGlaucomaImplantの手術成績比較a.TVTStudy2)の背景歴史的に難治性緑内障に対して行われてきたチューブシャント手術の成績は正しく評価されてきたとは言い難いものであった.しかし,近年米国で行われた多施設共同前向き比較試験であるTVTStudy2)では,チューブシャント手術(Tube)とマイトマイシンC併用線維柱帯切除術(Trab)の,効果と安全性が直接比較された.表1発達緑内障の手術成績インプラント器具平均経過観察著者のタイプ年齢(歳)手術成功の定義成功率期間(月)LloydSP/DPMoltenoTM<135<IOP≦2144%49.1NesherSP/DPMoltenoTM≦13IOP≦2159%20HillSP/DPMoltenoTM<215<IOP≦2162%22.7MunozSPMoltenoTM<12IOP≦2168%18NetlandMoltenoTM,BaerveldtR≦10IOP≦2180%25BudenzBaerveldtR<185<IOP≦2171%23.4BanittBaerveldtRparsplana≦185<IOP≦2172%29.8FellenbaumBaerveldtR<216≦IOP≦2183%15HodkinBaerveldtR<13IOP≦21100%19.2DjodeyreAhmedTM<15IOP≦2169%12.6ColemanAhmedTM<18IOP≦21,20%下降71%16.3EnglertAhmedTM<18IOP≦2185%12.6MoradAhmedTM≦165<IOP≦2186%24.3SP:singleplate,DP:doubleplate,IOP:intraocularpressure(眼圧).表2ぶどう膜炎に伴う続発緑内障の手術成績インプラント器具平均経過観察著者のタイプ手術成功の定義成功率期間(月)MillsSP/DPMoltenoTMIOP≦2275%69FreedmanSPMoltenoTMIOP≦2180%48MoltenoSPMoltenoTM6≦IOP≦2183%85.2VouriSPMoltenoTM6≦IOP≦21,25%下降85%59.3SiegnerBaerveldtR5<IOP≦2191%13.6CeballosBaerveldtR5<IOP≦2192%20.8DaMataAhmedTMIOP≦21100%24.5SP:singleplate,DP:doubleplate,IOP:intraocularpressure(眼圧).1476あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(26) 表3無水晶体.偽水晶体に伴う緑内障の手術成績インプラント器具水晶体平均経過観察著者のタイプ手術成功の定義の状態成功率期間(月)LloydSP/DPMoltenoTM5<IOP≦21A/P56%48.6MillsSP/DPMoltenoTMIOP≦22A/P58%45BroadwaySP/DPMoltenoTM5<IOP≦21A70%43P66%HeuerSPMoltenoTM5≦IOP≦21A/P50%14.9DPMoltenoTMA/P75%16.4FreedmanSPMoltenoTMIOP≦21A/P83%22HodkinBaerveldtRIOP≦21A/P74%16.3RoyBaerveldtR6<IOP≦21A75%37.6EslamiAhmedTMIOP<21,20%下降A/P78.6%9.6HuangAhmedTM5<IOP≦21A88%13.4P88%SP:singleplate,DP:doubleplate,A:aphakia(無水晶体眼),P:pseudophakia(偽水晶体眼),IOP:intraocularpressure(眼圧).表4血管新生緑内障の手術成績インプラント器具平均経過観察著者のタイプ手術成功の定義成功率期間(月)LloydSPMoltenoTM5<IOP≦2122%20.2MillsSP/DPMoltenoTMIOP≦2250%24BroadwaySP/DPMoltenoTM5<IOP≦2153%28FreedmanSPMoltenoTMIOP≦2167%35HodkinBaerveldtR5<IOP≦2143%18.3SiegnerBaerveldtR5<IOP≦2171%13.6KrishnaBaerveldtRIOP≦21,30%下降78%24SidotiBaerveldtR5<IOP≦2161%15.7MaAhmedTMIOP<2162.5.70%12HuangAhmedTM5<IOP≦2168%13.4NetlandAhmedTM5<IOP≦2168%13.4ParkAhmedTM6≦IOP≦2162.5.68.5%36SP:singleplate,DP:doubleplate,IOP:intraocularpressure(眼圧).緑内障そのものの予後が不良と考えられる,血管新生緑内障,虹彩角膜内皮症候群,ぶどう膜炎,シリコーンオイル注入眼,結膜高度瘢痕例などは対象患者から除外され,白内障手術歴や線維柱帯切除術歴をもつ眼圧コントロール不良例のみを手術対象とした.全212例(Tube群107例,Trab群105例)の平均年齢は71歳,53%が女性であり,患者の81%は原発開放隅角緑内障であった.既往歴として,44%に白内障手術歴,35%に線維柱帯切除術歴,21%に白内障と線維柱帯切除術両方の手術歴があった.なお,Tube群とTrab群の背景因子には統計的な有意差は認めなかった.(27)Tube群ではプレートサイズが350mm2のBaerveldtRGlaucomaImplantを,術早期の低眼圧予防措置としてチューブを結紮した後,耳上側に移植した.Trab群では,マイトマイシンC(0.4mg/ml,術中4分間塗布)併用線維柱帯切除術を上方の象限に施行した.手術後3カ月目以降の眼圧が22mmHg以上または5mmHg以下を2回連続して記録した場合,術前と比較し20%未満の眼圧下降しか得られない場合,緑内障再手術を施行した場合,光覚喪失の場合,手術不成功と定義された.あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121477 b.TVTStudy2)の成績図2は,経過期間中の眼圧推移を示す.表5には手術前後の眼圧値と投薬数を示す.術後2年まではTrab群で投薬数が有意に少なかったが,術後5年の時点では,眼圧はTube群で14.4±6.9mmHg,Trab群で12.6±5.9mmHg,投薬数はTube群で1.4±1.3,Trab群で1.2±1.5と,両群間に有意差はなかった.手術後5年の累積手術不成功率は,不成功の定義を眼圧21mmHg以上,または術前と比較し20%未満の眼圧下降しか得られない場合と定義すると,Tube群で29.8%,Trab群で46.9%であった(p=0.002)(図3).同様に不成功の定義が眼圧17mmHgを超える場合の累積手術不成功率は,Tube群で31.8%,Trab群で53.6%(p=0.002),眼圧14mmHgを超える場合の累積手術不成功率は,Tube群で52.3%,Trab群で71.5%(p=0.017)であった.すなわち,眼圧定義(21,17,1430mmHg)にかかわらず,累積手術不成功率は,Trab群で有意に高かった.手術不成功と判断された症例は,Tube群で24例,Trab群で42例であり,手術不成功の理由として最も多かったものは,両群とも眼圧コントロール不良であり,緑内障再手術を要した症例はTube群で8例,Trab群で18例であった.また,持続的な低眼圧を示した症例は,Tube群で3例,Trab群で13表5TheTubeVersusTrabeculectomyStudy2)の手術前後の眼圧値と投薬数Tube群Trab群p値術前眼圧(mmHg)25.1±5.325.6±5.30.56投薬数3.2±1.13.0±1.20.171年眼圧(mmHg)12.5±3.912.7±5.80.73投薬数1.3±1.30.5±0.9<0.012年眼圧(mmHg)13.4±4.812.1±5.00.101投薬数1.3±1.30.8±1.20.0163年:Trab群:Tube群投薬数1.4±1.41.2±1.50.335年15眼圧(mmHg)14.4±6.912.6±5.90.12投薬数1.4±1.31.2±1.50.23001224364860術後2年まではTrab群で投薬数が有意に少なかったが,術後経過観察期間(月)5年の時点では,眼圧,投薬数とも2群間に有意差はない.眼圧(mmHg)13.0±4.913.3±6.80.78投薬数1.3±1.31.0±1.50.30眼圧(mmHg)254年眼圧(mmHg)13.5±5.412.9±6.10.5820図2TheTubeVersusTrabeculectomyStudy2)の経過データは,平均±SDで示す.期間中の眼圧推移(文献2より改変)p値はStudent’st-testによる.p=0.002累積不成功率:Trab群IOP>21:Tube群0.00.00.0012243648600122436486001224364860p=0.017IOP>14p=0.002累積不成功率0.80.8IOP>170.60.60.6累積不成功率0.40.40.20.2経過観察期間(月)経過観察期間(月)経過観察期間(月)図3TheTubeVersusTrabeculectomyStudy2)の手術成績手術不成功の定義がIOP>21mmHgの場合,手術後5年の累積手術不成功率は,Tube群で29.8%,Trab群で46.9%であった(p=0.002).同様に不成功の定義がIOP>17mmHgの場合の累積手術不成功率は,Tube群で31.8%,Trab群で53.6%(p=0.002),IOP>14mmHgの場合の累積手術不成功率は,Tube群で52.3%,Trab群で71.5%(p=0.017)であった.(文献2より改変)1478あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(28) 表6TheTubeVersusTrabeculectomyStudy2)の術後1カ月以内の早期合併症Tube群(n=107)Trab群(n=105)脈絡膜滲出15(14%)14(13%)浅前房/前房消失11(10%)10(10%)創口からの漏出1(1%)12(11%)前房出血1(1%)8(8%)悪性緑内障3(3%)1(1%)脈絡膜出血2(2%)3(3%)硝子体出血1(1%)1(1%)低眼圧網膜症01(1%)黄斑浮腫01(1%)合計#22(21%)39(37%)実数(%).#p=0.012.複数の合併症を起こした症例を含む.Tube群(21%)と比較しTrab群(37%)が有意に多い(p=0.012).例であった.手術後5年の時点で,術前と比較しSnellen視力測定で2段階以上の視力低下を示した症例は,Tube群で46%,Trab群で43%であり,両群に差はなかった(p=0.93).術中合併症の発生率に有意差はなかったが,術後1カ月以内の早期合併症(表6)では,Tube群(21%)と比較しTrab群(37%)が有意に多かった(p=0.012).しかしながら,術後1カ月目以降の合併症(表7)では,Tube群(34%)とTrab群(36%)で有意差を認めなかった.縫合部や濾過胞からの漏出,濾過胞に起因する違和感はTrab群で多く,Tube群では遷延性角膜浮腫や,チューブ特有の合併症(露出,閉塞)が認められた.視力低下や再手術を要する重篤な合併症の発生率は,Tube群(19%)とTrab群(14%)では同程度であった.c.TVTStudyの2)結論従来,インプラント手術は難治性緑内障に対してのみ行われ,術後眼圧は薬物を併用してもhigh-teenになることが多く手術成功率はあまり高くないと考えられてきた4).しかしながら,手術対象例そのものが難治性であったため,インプラント手術の成績が正しく評価されてきたとは言い難いものであった.一方TVTStudyでは,比較的緑内障そのものの予後が良い症例を対象とした場合,BaerveldtRGlaucomaImplantの手術成績は線維柱帯切除術と比較し,より手術成績が良く早期合併症の発(29)表7TheTubeVersusTrabeculectomyStudy2)の術後1カ月目以降の合併症Tube群(n=107)Trab群(n=105)遷延性角膜浮腫17(16%)9(9%)違和感1(1%)8(8%)遷延性複視6(6%)2(2%)濾過胞の被覆化2(2%)6(6%)濾過胞漏出06(6%)脈絡膜滲出2(2%)4(4%)黄斑浮腫5(5%)2(2%)低眼圧黄斑症1(1%)5(5%)Tube露出5(5%)─濾過胞炎/眼内炎1(1%)5(5%)慢性/再発性虹彩炎2(2%)1(1%)Tube閉塞3(3%)─網膜.離1(1%)1(1%)角膜潰瘍01(1%)浅前房/前房消失1(1%)0合計36(34%)38(36%)実数(%)を示す.Tube群(34%)とTrab群(36%)で有意差を認めなかった.生頻度も少ないことが証明された.3.AhmedTMGlaucomaValveとBaerveldtRGlaucomaImplantの手術成績比較1)TheAhmedBaerveldtComparison(ABC)Study5)a.ABCStudy5)の背景AhmedTMGlaucomaValve(AGV)とBaerveldtRGlaucomaImplant(BGI)の米国内での販売シェアはほぼ拮抗している.AGVを好む術者のおもな選択理由は,プレートが小さいため挿入が容易であり,Valve機能により低眼圧を予防できるからである.一方,BGIを選択する術者は,プレート面積が大きいほうが最終眼圧値は低くなる傾向があり,Valveが詰まる心配がないという理由からである.実際にどちらのプレートを選択すべきかについては,術者の判断に任されることが多かった.しかしながら,AGVとBGIを直接比較する多施設共同前向き試験(ABCStudy)が行われ,現時点で1年目までの結果が公表されている.ABCStudyでは,AGVとBGIの効果と安全性が比較された.全276例(AGV群143例,BGI群133例)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121479 の平均年齢は64歳,49%が女性であった.患者の40%は原発開放隅角緑内障,29%が血管新生緑内障で,両群患者の80%に手術既往があった.なお,AGV群で高血圧症患者が有意に多かった以外は,2群間の背景因子に統計的な有意差は認めなかった.AGV群ではプレートサイズが184mm2のmodelFP7を,BGI群ではプレートサイズが350mm2のmodel101-350が使用され,術中にBGI群では,チューブ結紮やリップコードで早期の低眼圧予防措置が施された.術後3カ月以降の眼圧が22mmHg以上または5mmHg以下を2回連続して記録した場合,術前と比較し20%未満の眼圧下降しか得られない場合,緑内障再手術を施行した場合,光覚喪失の場合,手術不成功と定義された.b.ABCStudy5)の成績手術前後の眼圧値と投薬数を表8に示す.術後1週間までの眼圧,投薬数は,AGV群で有意に低いが,術後1年の時点では,眼圧はAGV群の15.4±5.5mmHgと比較しBGI群が13.2±6.8mmHgで有意に低い(p=0.007).手術後1年の累積手術不成功率はAGV群で16.4%,BGI群で14.0%であった(p=0.52)(図4).眼圧の定義を17mmHgで区切った場合,手術後1年の累積手術不成功率はAGV群で22.2%,BGI群で16.3%(p=0.24),眼圧定義が14mmHgの場合,AGV群で38.6%,BGI群で24.0%(p=0.008)であった(図4).術中合併症の発生率に有意差はなかった.一方,術後早期の合併症では,チューブ閉塞がAGV群で2%,BGI群では9%に発生し(p=0.015),角膜浮腫はAGV群で12%,BGI群で22%に認められ(p=0.035),前房出血をAGV群で9%,BGI群で17%に認めた(p=0.072).表8TheAhmedBaerveldtComparisonStudyの手術前後の眼圧値と投薬数AGV群(n=143)BGI群(n=133)p値Baseline眼圧(mmHg)31.2±11.231.8±12.50.71点眼数3.4±1.13.5±1.10.34術後1日目眼圧(mmHg)10.0±7.918.6±13.7<0.001術後1週間目眼圧(mmHg)10.6±5.617.2±12.0<0.001点眼数0.2±0.70.9±1.4<0.001術後1月目眼圧(mmHg)20.7±9.718.0±10.00.024点眼数0.5±1.01.3±1.5<0.001術後3月目眼圧(mmHg)18.8±8.316.7±8.20.043点眼数1.4±1.31.2±1.30.32術後6月目眼圧(mmHg)15.7±5.314.8±6.80.26点眼数1.7±1.41.3±1.30.012術後1年目眼圧(mmHg)15.4±5.513.2±6.80.007点眼数1.8±1.31.5±1.40.071データは,平均±SDで示す.術後1週間までの眼圧,投薬数は,AGV群で有意に低いが,術後1年の時点では,眼圧はBGI群が有意に低い.0.25p=0.52累積不成功率:AGV群IOP>21:BGI群0.000.00.0024681012024681012024681012p=0.008IOP>14p=0.24IOP>17累積不成功率0.50.5累積不成功率0.200.40.40.150.30.30.100.20.20.050.10.1経過観察期間(月)経過観察期間(月)経過観察期間(月)図4TheAhmedBaerveldtComparisonStudy5)の累積手術不成功率手術不成功の定義がIOP>21mmHgの場合,AGV群で16.4%,BGI群で14.0%であった(p=0.52).眼圧の定義を17mmHgで区切った場合,AGV群で22.2%,BGI群で16.3%(p=0.24),眼圧定義が14mmHgの場合,AGV群で38.6%,BGI群で24.0%(p=0.008)であった.(文献5より改変)1480あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(30) 総じて術後早期の合併症はAGV群(43%)よりBGI群(58%)のほうが有意に多かった(p=0.016).また,手術的整復を必要とする重篤な合併症例やSnellen視力で2段階以上低下を示した症例は,BGI群で有意に多かった(AGV群で20%vs.BGI群34%,p=0.014).c.ABCStudy5)の結論AGVとBGIを比較した本研究では,BGI群では,術後1年の平均眼圧がより低くなるが,手術的な整復を必要とする早期合併症が多いため,総じてAGV群とBGI群の手術成功率は同等である.2)TheAhmedVersusBaerveldtStudy6)a.TheAhmedVersusBaerveldtStudy6)の背景と結果TheAhmedVersusBaerveldtStudy6)はABCStudy5)と同様に,AGV(modelPF7)とBGI(modelBGI101350)を比較した研究で,全238例(AGV群124例,BGI群114例)の平均年齢は66歳,55%が女性で,患者の50%は原発開放隅角緑内障,21%が血管新生緑内障であった.なお,BGI群で女性が有意に多かった以外は,2群間の背景因子に統計的な有意差は認めなかった.術後早期の低眼圧予防措置として,BGI群では,術中にチューブ結紮やリップコードが施された.術後3カ月以降の眼圧が19mmHg以上または5mmHg以下を2回連続して記録した場合,術前と比較し20%未満の眼圧下降しか得られない場合,緑内障再手術を施行した場合,光覚喪失の場合,手術不成功と定義された.手術後1年目の眼圧は,AGV群で16.5±5.3,BGI群13.6±4.8mmHg(p<0.001),投薬数は,AGV群で1.6±1.3,BGI群で1.2±1.3(p=0.027)と,眼圧,投薬数ともにBGI群で有意に低かった.術後合併症では,持続性角膜浮腫がBGI群で有意に多く,濾過胞の被覆化がAGV群で有意に多かったが,合併症の総数(AGV群45%vs.BGI群54%,p=0.19)には差はなかった.しかしながら,術後に手術的整復を必要とした症例はBGI群(42%)で有意に多かった(AGV群26%,p<0.01)(表9).手術不成功と判断された症例は,AGV群で43%,BGI群で28%(p=0.02)であり,その原因として最も多かったのが,高眼圧(AGV群43%vs.BGI群14%)であった.(31)表9TheAhmedVersusBaerveldtStudy6)の術後合併症に対する処置と割合AhmedTM(n=124)BaerveldtR(n=114)p値前房形成13(11)13(11)0.84前房穿刺5(4)16(14)0.01白内障手術5(17)9(31)0.36Tube整復3(2)11(10)0.025Tube洗浄1(1)3(3)0.35Tube結紮1(1)3(3)0.35Tube再形成03(3)0.11Tube位置整復1(1)2(2)0.61濾過胞needling5(4)4(4)1硝子体手術3(2)4(4)0.71虹彩整復1(1)3(3)0.35レーザー虹彩切除2(2)2(2)1角膜移植2(2)2(2)1YAG後.切開2(2)2(2)1レーザー切開03(3)0.11脈絡膜出血排液02(2)0.23その他処置3(2)5(4)0.49合計処置数57950.001処置を必要とした患者数32(26)48(42)0.009実数(%).術後に手術的整復を必要とした症例はBGI群(42%)で有意に多かった(AGV群26%,p<0.01).b.TheAhmedVersusBaerveldtStudy6)の結論AGVとBGIを比較した本研究では,BGI群では,術後1年での手術成功率は高いが,AGV群と比較し合併症に対する手術的整復がより必要である.II術後管理1.高眼圧に対する管理AGVはバルブ機能を有し,実験的には眼圧が8mmHg以下になると房水の流出が停止する.そのため,手術後早期の過剰濾過による合併症を軽減することができる.一方,BGIは流量を規制する装置をもたないため,術中にバイクリル糸によるチューブ結紮やリップコードで早期の低眼圧発症予防措置を施した後に移植を完了する.そのため,術直後はBGIが機能せず,眼圧は術前と同様高値のままである.術中に広くあけたプレート周囲の結膜組織がおちつき,術後の低眼圧発症の危険が低くなる通常4.6週間後に,レーザー切糸や糸の抜去を行うか,バイクリルがあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121481 自然に溶け,チューブが開通するまで,術前と同様の眼圧下降薬を必要とすることが多い.この期間の眼圧調整目的で,チューブに穴を開け少量の房水を漏らすシャーウッドスリット法を術中に併用するか,BGIと線維柱帯切除術を同時に施行する報告もある.もし,同時施行した線維柱帯切除術が長期的に効果を示す場合は,インプラントのチューブを開放せず(非吸収糸でチューブを縛ったままとする),インプラントを機能させないでおく.一方,濾過胞の機能が低下した場合,チューブを開放しインプラントを機能させる.2.合併症に対する管理BGI移植手術後の合併症発症頻度は少なくはなく,TVTStudy2)では後1カ月以内の早期合併症は21%に認められ(表6)術後1カ月目以降の合併症は34%に認められた(表7).ま(,)た,TheAhmedVersusBaerveldtStudy6)では,手術後1年以内に全BGI移植患者の42%に処置が必要であったと報告している(表9).主要な術後合併症として,過剰濾過,高眼圧,チューブ閉塞や位置異常などがある.過剰濾過に伴う浅前房発症時には,前房内に粘弾性物質を注入し前房形成を行う.薬物療法下にても極端に眼圧が高値の場合は,一時的な眼圧下降目的で前房穿刺にて房水を排出することも可能である.チューブ閉塞の原因が虹彩やフィブリン膜であれば,レーザー照射による切開も有効である.一方,大量の硝子体が原因の場合(図5)は,チューブを取り出し,硝子体切除およびチューブ洗浄を行う.洗浄を行ってもチューブの閉塞が解消されない場合は,チューブを切除し交換する.チューブの位置が悪く角膜に接触する場合は,チューブの位置を整復する.長期的には,チューブ露出,プレート上の濾過胞の被覆化,角膜内皮障害などの合併症が認められる.チューブ露出は,感染の原因となりうるため,速やかにチューブを消毒し,保存角膜,乾燥心膜などでパッチし結膜で覆う.プレート上の濾過胞が厚い結合組織で被覆化された場合,眼圧上昇に至る.対策としてはneedlingを行い周辺の癒着組織を切り開くか,または,再度プレート図5チューブ閉塞例硝子体がチューブ先端に吸引されている.周囲の結膜を開け,プレート上の結合組織を切除する.なお,結膜を大きく切開した場合は,低眼圧が起こりうるため,術中にバイクリル糸でチューブを結紮したりステントをチューブ内に入れる処置を初回手術時と同様に追加しておく必要がある.文献1)IshidaK,MandalAK,NetlandPA:Glaucomadrainageimplantsinpediatricpatients.OphthalmolClinNorthAm18:431-442,20052)GeddeSJ,SchiffmanJC,FeuerWJetal:TreatmentoutcomesintheTubeVersusTrabeculectomy(TVT)Studyafterfiveyearsoffollow-up.AmJOphthalmol153:789803,20123)NetlandPA,IshidaK,BoyleJW:TheAhmedGlaucomaValveinpatientswithandwithoutneovascularglaucoma.JGlaucoma19:581-586,20104)MincklerDS,FrancisBA,HodappEAetal:Aqueousshuntsinglaucoma:areportbytheAmericanAcademyofOphthalmology.Ophthalmology115:1089-1098,20085)BudenzDL,BartonK,FeuerWJetal:TreatmentoutcomesintheAhmedBaerveldtComparisonStudyafter1yearoffollow-up.Ophthalmology118:443-452,20116)ChristakisPG,KalenakJW,ZurakowskiDetal:TheAhmedVersusBaerveldtStudy:one-yeartreatmentoutcomes.Ophthalmology118:2180-2189,20111482あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(32)

チューブシャント手術:基本術式と術中トラブル対処

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1471.1474,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1471.1474,2012チューブシャント手術:基本術式と術中トラブル対処GlaucomaTube-ShuntSurgeryforGlaucoma:ProceduresandIntraoperativeComplications井上立州*鈴木康之**Iチューブシャント手術緑内障診療ガイドライン補足資料における緑内障チューブシャント手術に関するガイドラインでは,チューブシャント手術を1.プレートを用いるGDDs(glaucomadrainagedevices)と2.プレートを用いないGDD(ミニチューブ)として,その内容にエクスプレスTM緑内障フィルトレーションデバイスを含めているが,一般的にはチューブシャント手術というと前者の1.プレートを用いるGDDを指し,具体的にはチューブとそれに接続するプレートで構成された器具を結膜下に置くことで眼圧下降を目指すものである(図1,2).現在,わが国においてはバルベルト緑内障インプラント(BaerveldtRGlaucomaImplant)(図3)が使用可能で,近い将来にはアーメド緑内障バルブ(AhmedTMGlaucomaValve)も使用できるようになることが期待されている.その他,海外では同様なチューブシャントとしてKrupinEyeValveやMoltenoTMImplantが用いられてきており,さらに網膜.離のバックルで用いる輪状締結バンドへの前房チューブシャント(anteriorchambertubeshunttoanencirclingband:ACTSEB)もチューブシャントの術式に属する.本稿では,現在使用可能であるバルベルト緑内障インプラントの実際の使用法について解説する.図1前房内チューブ挿入タイプ(バルベルト緑内障インプラントBG101-350)図2硝子体内チューブ挿入タイプ(バルベルト緑内障インプラントBG102-350)*RishuInoue:オリンピア眼科病院**YasuyukiSuzuki:東海大学医学部付属八王子病院眼科〔別刷請求先〕鈴木康之:〒192-0032東京都八王子市石川町1838東海大学医学部付属八王子病院眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(21)1471 図3バルベルト緑内障インプラント左からBG101-350,BG103-250,BG102-350.IIバルベルト緑内障インプラントバルベルト緑内障インプラントは昨年8月にはじめてわが国で承認された緑内障用チューブシャント医療機器であり,本年度より緑内障治療用インプラント挿入術として技術料に包括される形で保険収載されている.具体的には前房挿入用のBG101-350とBG103-250および硝子体腔内挿入用のBG102-350の3種類が認可されている(図3).現時点においては適応として通常の線維柱帯切除術が困難,もしくは奏効が期待できない,あるいは重篤な合併症が予想される症例に使用することを原則としているため,実際には角膜内皮がすでにある程度障害されている症例が多く,前房挿入用タイプよりも硝子体腔内挿入タイプが使われることが多いと考えられる.III硝子体腔内チューブ挿入手技プレートを置く象限の結膜を輪部切開し,十分に大きく視野を取り,プレート上になる直筋を確保する(図4).プレート設置箇所としては感染の問題や整容的な問題,さらには眼球運動制限の危険性から上耳側が望ましいが,実際には状況に応じて設置可能な部位にプレートを置くことになる.硝子体切除が行われていない症例や周辺部硝子体切除が不十分な症例に関してはポート作製後,十分周辺部まで硝子体切除を行い,使用したポートはチューブ挿入に用いる.すでに周辺部硝子体の切除が終了している症例では,その必要はない.まずチューブが閉塞していないかをチューブ内腔に通1472あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012図4インプラント挿入スペースの確保十分な術野確保が大事である.図5チューブの結紮水して確かめた後,プレートの近くでチューブを8-0バイクリル糸などで結紮する(図5).吸収糸を使わない場合は後日,切糸もしくは抜糸する必要がある.つぎにプレートを斜視鈎などを併用しながら直筋下に挿入し,位置を合わせる.このときに固定用の穴を使ってプレートを縫着してしまってもよいが,通常は硝子体腔内にチューブを挿入するためのHoffmannelbowを固定してからプレートを固定したほうがチューブの収まりがよい.つぎにポートもしくは新たに毛様体扁平部に20ゲージ針で開けた穴よりHoffmannelbowの硝子体腔挿入チューブを硝子体腔内に挿入する.確実に挿入できたことが確認されたらHoffmannelbowを8-0もしくは9-0ナイロン糸で強膜に縫着する.さらにチューブのたわみがないようにプレートを同様に強膜に縫着する(図6).これでチューブの設置は終了したわけであるが,この状態ではチューブは最初に結紮した糸で閉塞されているので,もし術直後に眼圧をある程度下げておく必要がある(22) 図6Hoffmannelbowおよびプレートの縫着場合(ほとんどの場合が相当すると考えられるが)は,チューブ結紮部位よりも1.2mmHoffmannelbow寄りの部位に針(8-0針など)でスリットを開けておくとよい.ここまで終了したら,Hoffmannelbow部を保存強膜などのパッチ材料で覆い,縫着する.パッチ材料が入手できない場合には強膜半層弁を作製してその中にHoffmannelbowを置くことになるが,かなり大きな半層弁を作製する必要があり,すでに線維柱帯切除術が行われている部位でこのような大きな強膜半層弁を作製することは容易ではなく,通常はパッチ材料を使用するべきと考えられる.最後に結膜をしっかりと縫合しステロイド薬および抗生物質を投与し,手術を終了する.IV前房内チューブ挿入手技硝子体腔内挿入時と同様に結膜切開,直筋確保を行い,チューブが開放していることを確認してからプレートの近くでチューブを8-0バイクリル糸などで結紮する.つぎに,プレートを直筋下に挿入し,直筋になるべく干渉しないように固定穴を用いて8-0もしくは9-0ナイロン糸で強膜に縫着する(図7).チューブの長さを前房内に2.3mm挿入できるように調節し,チューブ先端をベベルアップで斜めにトリミングする(図8).パッチ材料を用いる場合は強膜上から直接,強膜半層弁を作製する場合は作製してから,輪部近傍強膜に23ゲージ針で前房に穿刺し(図9),それを通してチューブを(23)図7プレートの縫着図8チューブ先端のトリミング図923ゲージ針による前房内穿刺あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121473 前房内に挿入する.その際に,チューブ先端が角膜内皮に接触すれば角膜内皮障害の原因となり,また虹彩に接触した場合は術後チューブ閉塞の原因となりうるため,位置に関しては十分に注意する.術後,眼球運動その他でチューブの位置が動きうることを考慮して適当な位置に固定し,チューブを8-0もしくは9-0ナイロン糸で強膜に縫着する.さらに強膜半層弁ないし/およびパッチ材料をチューブ上にしっかりと縫着し術後のチューブ露出を予防する.硝子体腔内挿入時と同様に術直後に眼圧をある程度下げておく必要がある場合は,チューブ結紮部位よりも1.2mm前房寄りの部位にスリット孔を開ける.最後に結膜をしっかりと縫合してステロイド薬および抗生物質を投与し,手術を終了する.V術中トラブル対処結膜下および強膜上の組織をしっかり.離し,プレートを置くスペースを確保し,なおかつ術後の結膜縫合が確実にできるようにする必要がある.そのために,最も重要なのは場所の選定であり,比較的結膜およびTenon.組織の.離が容易な場所を選ぶ必要がある.特に硝子体腔内チューブ挿入で用いるHoffmannelbowはかなり高さもあり,その上にパッチ材料を置いた場合,結膜被覆にかなり難渋することもありうる.どうしても結膜が覆いきれなければ遊離結膜弁も考える必要がある.Hoffmannelbowそのものやプレート,チューブなどが直接露出しておらず,パッチ材料が一部見えているくらいであれば術後徐々に結膜創離解部が閉じてくることも期待できるが,術中にしっかり被覆しておけるのであれば,当然そのほうがよい.また,前房チューブ挿入では前房内のチューブの位置が非常に重要となる.その際,どうしても調整がつかない場合は挿入部位をずらしてやり直すことも可能であるが,チューブの長さが足図10前房出血りなくなってしまう場合は新たなインプラントを使って再度手術するしかない.硝子体腔内チューブ挿入時にチューブがたるんでしまった場合はプレートの位置を直すことで対処可能である.いずれの場合もインプラント自体が破損してしまった場合は新たなインプラントを用いてやり直すことになる.その他,前房出血(図10),硝子体出血などはそれぞれ適宜対処すればよい.これらの出血の問題は術中よりもむしろ術後に問題になることが多い.ともかく,チューブ,プレートおよびパッチをしっかり予定の位置に置き,結膜を確実に縫合することが重要である.文献1)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン第3版補足資料3緑内障チューブシャント手術に関するガイドライン.p95-109,20122)TeresaC.Chen著(谷原秀信監訳):動画で分かる緑内障手術第6章弁なし一重プレートチューブシャント手術.p85-116,中山書店,20101474あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(24)

濾過手術術後管理および新しい緑内障フィルトレーションデバイスEX-PRESSTM

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1461.1469,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1461.1469,2012濾過手術術後管理および新しい緑内障フィルトレーションデバイスEX-PRESSTMPostoperativeManagementofFiltrationSurgeryforGlaucomaandTrabeculectomywithEX-PRESSTMMiniatureGlaucomaDevice新田耕治*はじめに濾過手術の代表的術式として,トラベクレクトミーは世界的に広く普及し,代謝拮抗薬を用いたマイトマイシンC併用トラベクレクトミーは濾過手術のゴールデンスタンダードとされている.日本人のマイトマイシンC併用トラベクレクトミーの長期手術成績については,眼圧が常に18mmHg未満と定義したときの術後8年生存率は67.0±4.6%,眼圧が常に16mmHg未満と定義したときの術後8年生存率は44.5±5.4%,術前の最高眼圧からの眼圧下降率が常に30%以上でかつ眼圧が常に21mmHg未満と定義したときの術後8年生存率は74.1±4.2%との報告がある.しかし,トラベクレクトミーは結膜や強膜の創傷治癒に逆らって房水を流出する術式であり,その管理や対処方法がむずかしく,術者によってもその術式や管理方法に違いが生じていると思われる.その一つとして,結膜切開方法がある.輪部基底結膜切開方法と円蓋部基底結膜切開方法である.両者の結膜切開方法の違いによる検討では,眼圧の推移は両者ともに同様の経過をたどることが多いが,形成された濾過胞の形状は,円蓋部基底のトラベクレクトミーがvascularblebをより高率に作成できるので,感染症のリスク軽減に寄与しているものと考えられる.しかし,術後早期の合併症の点で,円蓋部基底トラベクレクトミーのほうが術後早期に創からの房水の漏出の頻度が有意に高率であるとの報告がある.したがって,円蓋部基底トラベクレクトミーは術後早期には種々の処置を要する頻度が高くなってくる.濾過手術の術後に手術の効果を持続させ,合併症による影響をひき起こさないためにそれぞれの状況に応じて的確にしかも迅速に対処することが重要であると考えられるので,筆者が常に挑んでいる濾過手術の術後管理について述べる.2012年4月に緑内障治療用インプラント挿入術が保険適用となり,難治性緑内障に対する治療方法の選択肢が拡大した.緑内障チューブシャント手術に用いられるデバイスには房水貯留空間形成用のプレートを有するデバイスとプレートを有さないデバイスがある.このうち,プレートを有さないデバイスとして,2011年12月に認可されたものにアルコン社製EX-PRESSTMがある.虹彩切除による合併症のリスク軽減や前房の開放時間の短縮,前房からの房水流出量が一定などの利点がある.EX-PRESSTMの使用経験に基づき,その特徴や現在までに報告されている術後成績について述べる.I濾過手術術後管理濾過手術術後の症例を診察する場合には,前房の形成状況・濾過胞形成の有無・眼圧を中心に観察する.これらを観察した結果の代表的なパターンにおける対応の方法について詳細に述べる.*KojiNitta:福井県済生会病院眼科/金沢大学医薬保健学域医学系視覚科学分野(眼科学)〔別刷請求先〕新田耕治:〒918-8503福井市和田中町舟橋7-1福井県済生会病院眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(11)1461 1.前房形成良好・濾過胞形成不全・高眼圧の場合濾過胞部分の結膜を軽く圧迫し,濾過胞が形成されるか確認し,濾過胞が容易に形成されれば経過観察する.しかし,圧迫しなければ濾過胞が形成されないようであれば,数時間後には元の状態に戻ることが多く1日に数回診察すべきである.そしてこのような状態が続くようであれば,早々にレーザー切糸(lasersuturelysis:LSL)を施行する.筆者の場合,レンズはLaydenSutureLysisLaserLensを使用している.このレンズは先端部の直径が1.6mmと圧迫面積が小さく,Tenon.が厚い症例や結膜下出血が顕著な症例でも結膜をピンポイントで圧迫できるため,容易に切糸を行うことが可能である(図1).LSLを施行する部位については,円蓋部基底の場合は,濾過胞を円蓋部へ拡大させたいという意図に基づき,結膜縫合部から遠い縫合糸から施行している.輪部基底の場合は,逆に,濾過胞は左右に拡大したいので輪部に近い縫合糸から施行している.糸の真ん中を切るといずれ縫合糸が立ち上がって結膜穿孔をきたす可能性があるので両端のいずれか一端を切糸するとよい.LSL直後にはレンズによる圧迫にて結膜が陥入しているのでLSL15分後に診察し,濾過胞の形成状況を確認している.濾過胞形成が不十分であればマッサージを施行する.LSLを施行しても引き続き濾過胞の形成不全状態図1LaydenSutureLysisLaserLens先端部の直径が1.6mmと圧迫面積が小さく,Tenon.が厚い症例や結膜下出血が顕著な症例でも結膜をピンポイントで圧迫できる.1462あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012が続くようであれば,翌日以降に2糸目のLSLを考慮する.LSLを施行した際に前房出血が生じることがあるが,たいていは少量であるので気にする必要はない.しかし,2糸目のLSLを施行すれば再度前房出血が出現することを念頭に置くようにしている.LSL後に想定以上に濾過量が増加し,前房形成不全や低眼圧状態に陥ることがある.この場合は,下記の5項と同様の対応が必要である.2.前房形成良好→不良・濾過胞形成不全・低眼圧の場合結膜創から房水が漏出している可能性がある.フルオレセイン試験紙を用いて眼表面を十分に色素で染色し房水の漏出部位や漏出の程度を観察する.房水の漏出が軽度であれば創傷治癒メカニズムにより房水の漏出が止まる可能性があるが,漏出停止までに1週間以上がかかるようであればその間に強膜弁上の結膜下の癒着が進行してしまい,濾過胞が形成されにくくなる可能性がある.そのため房水漏出が認められたら数日の間に10-0ナイロン丸針を使用して,端々縫合やマットレス縫合を行うようにしている.濾過胞形成不全・低眼圧の状態が遷延化した場合に前房の形成も不良となる.早めに房水の漏出を止めるべく処置が必要である.3.前房形成不良・濾過胞形成不全・高眼圧の場合悪性緑内障や上脈絡膜出血が考えられる.悪性緑内障は,後房から前房への房水の流入が水晶体・毛様体・前部硝子体などでブロックされ,硝子体腔へ房水が流入し,房水の流出動態が負のスパイラルに陥っている.アトロピン水点眼,ステロイド薬の点眼や内服にて改善する場合もあるが,奏効しない場合はレーザー治療や硝子体手術が必要となる.上脈絡膜出血は,軽度の場合には経過観察を行うが,出血量が多かったり眼圧が著しく高値の場合は経強膜的に出血を排出する必要がある.筆者は実際には悪性緑内障や上脈絡膜出血の経験がないのでその詳細については他稿に譲ることとする.4.前房形成良好・濾過胞形成良好・高眼圧の場合手術により一定の濾過量は確保されているものの眼圧(12) のコントロールが依然不良である.さらにLSLを施行し,濾過量をさらに増やすべきである.しかし,一部の強膜弁下が癒着し房水の流出量が十分に確保されていないときや濾過胞周囲の癒着のために濾過胞が限局化している場合には,needlingなどの処置が必要である.濾過手術は下方にて施行すると高率に感染症を発症するといわれており,基本的には濾過手術は上方で2回しか施行できない.だとすると,1回施行した濾過手術の効果をできるだけ持続し,濾過効果が減衰した場合において同一部位にて濾過効果を回復したいものである.その方法として注射針などで強膜弁を持ち上げたり濾過胞壁を切離し濾過胞を再建するneedlingと結膜を切開して瘢痕組織や濾過胞壁を除去する観血的濾過胞再建術がある.特にneedlingは簡便で比較的侵襲の少ない手技であるが,その効果が長期的に持続しないこともあり,再needlingや追加手術を必要とされることもしばしば経験する.当初は23ゲージ(G)針を使用して行っていたが,濾過胞壁の切開や癒着結膜の解離が不十分になることがあり,現在では相良式の濾過胞再建用極細クレッセントナイフ(ブレブナイフR,カイインダストリーズ)を使用している.先端が円形で鋭利な刃を有し,最大幅1.0mmの極細形状であるため,癒着瘢痕組織の切離の際に抵抗は少ない.また,先端から4mmにわたり両側面に刃を有しているために,癒着瘢痕組織にナイフを横に振りながら切離でき大変便利なナイフである.あらかじめ45°曲げてあるベントタイプと,自身で曲げ角度を調節できるストレートタイプの2種類がある.実際のneedlingは,筆者は手術室で行っている.Tenon.下麻酔を施行の後に,輪部角膜に牽引糸をかけ,上方の術野を十分に確保する.強膜弁から7mm以上離れた円蓋部結膜を1.2mm切開し,その下のTenon.を切開し強膜表面を露出させる.その後,眼灌流液を注入した注射器に鈍針をつけ,Tenon.下に灌流液を注入する.その結果,癒着瘢痕の強い部分とそうでない部分が識別できるようになる.その後,ブレブナイフを使用して癒着が弱い部分から切離するようにする.それは,癒着が強い部分は切離した際に結膜下で出血することが多く,結膜下の視認性が低下しやすいからである.それでも出血により視認性が低下した場合は(13)図2Needlingの際にブレズナイフで濾過胞壁を切離しているところ相良式の濾過胞再建用極細クレッセントナイフは,先端から4mmにわたり両側面に刃を有しているために,癒着瘢痕組織にナイフを横に振りながら切離できる.MQAなどのスポンジゲルにて結膜上から圧迫しながら癒着の切離を行うとよい(図2).ただし,結膜を穿孔しやすいので,刃先は強膜に押し付けるように切離を進めていくのがポイントである.刃の先が濾過胞に刺入し濾過胞壁の瘢痕組織を切開できたならば,ブレブナイフを一旦引き抜き,房水の流出程度を確認する.不十分と判断した場合は,ブレブナイフを再刺入し,さらに強膜弁下,必要に応じて前房へと刺入させる.その後,ブレブナイフを抜き,結膜切開部を10-0ナイロン丸針で連続縫合し終了する.5.前房形成良好→不良・濾過胞形成良好・低眼圧の場合過剰濾過状態であり,眼底検査を丹念に行い,脈絡膜.離の有無やその拡大,低眼圧による黄斑症の有無を観察する.しばらく経過観察することにより低眼圧状態を脱することも多い.経過観察している時期には筆者は患者に点眼指導をしている.その内容は,手で上下の眼瞼を開いて点眼していることが多いので,眼瞼を触らないで点眼し,極力眼瞼に圧力をかけないように指導している.それでも,過剰濾過状態が続けば何らかの処置が必要である.圧迫眼帯はその効果が不安定で角膜内皮へ影響を及ぼす可能性があるため使用しないようにしていあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121463 る.筆者は経結膜的に強膜弁の追加縫合を行っている(図3).10-0ナイロン丸針を使用して,結膜上から強膜弁へ針先を垂直に通糸し縫合する.経結膜的には強膜弁の切断面が不明瞭のことがあるので,MQAなどのスポンジで濾過胞を圧迫しながら輪部に近い場所で縫合するのがコツである.また,丸針を強膜に数回通糸すると針の切れが悪く通糸しにくくなるので,早めに新しい丸針に交換することが肝要である.6.濾過胞からの房水の漏出漏出部位の結膜を直接縫合することが可能であれば,第一に選択すべき方法であるが,多くは結膜が菲薄化していることが多く,縫合によりかえってボタンホールを図3経結膜的強膜弁縫合を施行した症例過剰濾過により眼圧が2mmHgであったため(上),経結膜的強膜弁縫合術にて2針縫合するも引き続き低眼圧状態が持続し,3針縫合を追加し,術後は眼圧が8.11mmHgで推移している(下).形成してしまう.そのために,直接縫合以外の方法で対処することが多い.まず,漏出部位が輪部の近傍であれば,シールドの役割を期待してできるだけ大きいソフトコンタクトレンズを装着してみるとよい.輪部から離れている場合には,自己血清点眼を作製して結膜上皮の再生を促進するように試みる.濾過胞内に自己血清を直接注入する方法もある.濾過胞の丈が高く菲薄化している場合には,これらの方法が無効なことが多く,筆者は濾過胞内壁の減圧を目的に濾過胞壁を切開している.Needlingと同様の方法で行っているが,強膜弁下や前房へは刺入する必要はないと思われる.濾過胞内圧の減圧により濾過胞の丈が低くなり瞬目の際の眼瞼結膜との接触の程度が減弱するために濾過胞からの房水の漏出が止まることが多い.しかし,濾過胞の菲薄した状態は続くので再度濾過胞から房水の漏出をきたす場合がある.そのときには,濾過胞を切除して円蓋部結膜を移動する方法が有効なことがある.7.角膜上濾過胞(overhangingbleb)濾過胞が菲薄化し徐々に上方の角膜上にかぶさるようになり,ひどい場合には視軸にかかる場合がある.視力障害や流涙をきたしている場合には処置を考慮しなければならない.その場合はoverhangingした濾過胞のみを直接切除するようにするとよい.濾過胞を切除しても房水が漏出しないことが多い.Overhangingした濾過図4Overhangingbleb濾過胞が菲薄化し上方の角膜上にかぶさるようになってきている.1464あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(14) 図5濾過胞感染StageI症例無血管濾過胞および周囲の充血を認める(左).前房内の炎症は軽微である(右).図6濾過胞感染StageIIIb症例無血管濾過胞および周囲の充血を認める(左上).前房蓄膿を認め,後眼部にまで炎症が波及している(右上).即日,硝子体手術を施行し,現在は濾過胞感染前の視機能を保持できている(左右下).胞を切除し房水の漏出が高度である場合には,濾過胞全体を切除し,円蓋部から結膜を移動する方法を施行しなければならない場合がある(図4).8.濾過胞の充血濾過胞炎や眼内炎が考えられ,迅速な対応が必要とされる.硝子体手術が可能な施設に紹介し,濾過胞感染の程度に応じた対応が必要である.濾過胞感染の波及状況によってStage分類されており,StageIは,炎症が濾過胞に限局している状態で,濾過胞および周囲の充血,眼脂,流涙,異物感,眼痛などを呈する(図5).濾過胞は黄白色に混濁し,フルオレセイン生体染色にて濾過胞(15)表面の結膜上皮の障害を認めることが多い.StageIIは,炎症が前房に波及しているが,硝子体など後眼部へは炎症が到達していない段階である.StageIIIは,後眼部にまで炎症が波及し,前房蓄膿,硝子体混濁,硝子体膿瘍,網膜白濁,網膜血管の白鞘化などを認める(図6).StageIIIは,さらに炎症が比較的軽微な状態がIIIa,炎症が非常に重篤な状態がIIIbに分けられている(表1).IIEX-PRESSTMについて1.EX-PRESSTMの特徴EX-PRESSTMはステンレス製の緑内障フィルトレーションデバイスであり,強膜弁下に輪部から前房内へ穿あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121465 表1濾過胞感染ステージ別治療方針分類炎症の部位治療方針StageI濾過胞の炎症の部位が限局している(前房に軽微の炎症があってもよい)・レボフロキサシン点眼とセフメノキシム点眼の1時間毎点眼・オフロキサシン眼軟膏の就寝時点入・バンコマイシン25mg/0.5ml+セフタジジム100mg/0.5mlの結膜下注射StageII炎症の主座が前房内硝子体に及んでいない・レボフロキサシン点眼とセフメノキシム点眼の1時間毎点眼・オフロキサシン眼軟膏の就寝時点入・バンコマイシン1mg/0.1ml+セフタジジム2.25mg/0.1mlの前房内注射・前房内注射の効果が不十分なら36時間以上経過後に再施行可・抗菌薬全身投与(薬剤選択は担当医の判断)StageIIIa後眼部にも炎症が波及硝子体の炎症が軽微・レボフロキサシン点眼とセフメノキシム点眼の1時間毎点眼・オフロキサシン眼軟膏の就寝時点入・バンコマイシン1mg/0.1ml+セフタジジム2.25mg/0.1mlの硝子体内注射・硝子体内注射の効果が不十分なら36時間以上経過後に再施行可・抗菌薬全身投与(薬剤選択は担当医の判断)・抗菌薬による十分な治療後にステロイド全身投与やステロイド点眼使用可StageIIIb後眼部にも炎症が波及硝子体の炎症が重篤・バンコマイシン100mg/500ml+セフタジジム200mg/500mlの眼灌流液を使用しながら迅速な硝子体手術・レボフロキサシン点眼とセフメノキシム点眼の1時間毎点眼・オフロキサシン眼軟膏の就寝時点入・抗菌薬全身投与(薬剤選択は担当医の判断)・抗菌薬による十分な治療後にステロイド全身投与やステロイド点眼使用可刺留置することで,前房と眼外の間に房水流出路を作製することを可能とする(図7).本製品は本体とEXPRESSTMデリバリーシステムで構成されており,デリバリーシステムの先端に本体が装.されている(図8).EX-PRESSTM挿入患者が術後にCT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)を受けた場合には眼内異物として写るため,EX-PRESSTMを使用した濾過手術を計画した場合には,あらかじめ患者や家族にEXPRESSTMを使用する予定であることを説明しておくべきである.また,術後のMRI撮影に関しては影響がないとされているが,術後2週間はEX-PRESSTMが安定していない可能性があるために念のためMRIを受けないように指導すべきである.2.EX-PRESSTMの使用が推奨される症例無硝子体眼,近視眼,若年者,片眼の線維柱帯切除術の際に低眼圧をきたした症例など前房開放時間の短縮が必要とされる場合,血管新生緑内障や抗凝固剤内服症例など虹彩の切除を回避したい症例,偽水晶体眼や無水晶1466あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(文献3より一部改変)〈突起部〉〈プレート〉本体の突出を防ぐ本体の貫入を防ぐ50μm(前房側)(強膜側)房水流量を最適化〈前房側開口部〉主たる流出路〈柄〉27ゲージ外径0.38mm全長2.6mm〈リリーフポート〉連続した房水流出が可能図7EX-PRESSTMの構造全長2.6mmで前房側開口部とリリーフポートを有するデバイスである.(日本アルコン社提供)体眼など隅角が十分に開放している症例にてEXPRESSTMを使用することが推奨される.さらに筆者は,落屑緑内障でもEX-PRESSTMを使用している.その理由は,落屑緑内障では,Zinn小帯が脆弱で虹彩を切除(16) した際に硝子体脱出をきたす可能性があるからである.3.EX-PRESSTMの挿入方法線維柱帯切除術の術式に準じて,開窓前までの手順で進める.虹彩と平行するような角度で25G注射針あるいは25GV-ランスを使用してグレーゾーンの外側で切開を施行する.強膜弁を把持しながらEX-PRESSTM本体を90°の角度で前房内へ穿刺する(本体突起部が横向き).挿入後,デリバリーシステムを直立位置に回す(本体突図9EX-PRESSTMを使用したトラベクレクトミー手順虹彩と平行するような角度で25G注射針あるいは25GV-ランスを使用してグレーゾーンの外側で切開を施行する.強膜弁を把持しながらEX-PRESSTM本体を横向きに前房内へ穿刺する.挿入後,デリバリーシステムを直立位置に回す.EXPRESSTMの返しの部分までが完全に眼内に挿入されてからデリバリーシステムのボタンを強く押すと,EX-PRESSTM本体がリリースされる.その後は通常の線維柱帯切除術と同様に強膜弁を縫合,結膜縫合を行う.(添付文書より抜粋)25Gの針で前房内へ軌道を切開する.1デリバリーシステムの操作ボタンを押し,デリバリーシステムワイヤを押しこむと,デリバリーシステムワイヤ先端部が引っ込み,本体が外れる.3図8EX-PRESSTMのデリバリーシステムデリバリーシステムの先端にデバイス本体が装.されている.ワイヤを押し切らないとEX-PRESSTMがリリースされないので,ボタンを押す際にはデリバリーシステムを持ち直して親指で押し込んだほうが操作しやすい.(日本アルコン社提供)24本体を前房内へ穿刺する.デリバリーシステムを静かに引き抜き,本体の位置および房水の流出を確認する.[本体挿入断面図]図10EX-PRESSTMを使用した続発緑内障症例EX-PRESSTMは眼内レンズ挿入眼に装着することが望ましい.(17)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121467 起部が下向き).EX-PRESSTMの突出部(返しの部分)までが完全に眼内に挿入されてからデリバリーシステムのボタンを強く押す.するとEX-PRESSTM本体がデリバリーシステムからリリースされる.その後は通常の線維柱帯切除術と同様に強膜弁を縫合,結膜縫合を行う(図9,10).4.EX-PRESSTMを使用した濾過手術術中の留意点25G注射針あるいは25GV-ランスを使用して事前切開を行うも強い抵抗を感じEX-PRESSTMがなかなか挿入できないときがある.ぐずぐずしていれば房水がさらに流出し前房が浅くなりますます挿入しにくくなることがある.その場合には粘弾性物質を注入しながら再挿入を試みるとよい.ただし,EX-PRESSTMの突出部(返しの部分)がすでに眼内に挿入されてしまっている場合は押し続けて挿入するしかなく,挿入を躊躇してはならない.逆に,EX-PRESSTMの安定性が欠けてEXPRESSTM外壁と強膜壁とのすき間から房水が流出することがある.この場合は特に対処せずに手術を継続して問題ないと思われる.このようなことを避けるために通常の線維柱帯切除術の際より強膜弁をやや薄くし強膜床を厚くするとEX-PRESSTMが強膜床上で安定する.EX-PRESSTMが挿入されリリースする際にデリバリーシステムが硬く,リリースしにくく感じることがある.ワイヤを押し切らないとEX-PRESSTMがリリースされないので,ボタンを押す際にはデリバリーシステムを持ち直して親指で押し込んだほうが操作しやすい.また,やむを得ずEX-PRESSTM本体を摘出する場合には,EX-PRESSTMのプレート部を把持し,EXPRESSTM外壁と強膜壁との間に粘弾性物質を注入し,90°回転させて引き抜く.15°ナイフやV-ランスなどでEX-PRESSTM外壁に沿って1mmほど切開してから90°回転させて引き抜くのもよい.5.EX-PRESSTMを使用した濾過手術術後の留意点EX-PRESSTM本体が虹彩に接触することがある(図11).隅角検査を施行しEX-PRESSTM開放ポートに虹彩が巻き込まれておらず流量が得られていればそのままにしてよい.しかし,開放ポートに虹彩が巻き込まれたり,凝血塊が付着している場合にはYAGレーザーなどで虹彩や凝血塊の嵌頓を解除しなければならない(図12).図11EX-PRESSTMを使用した落屑緑内障症例有水晶体眼でありデバイスが虹彩面に接触しているが,開口部やリリーフポートは開存しており,濾過機能は保たれている.1468あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(18) 図12EX-PRESSTMを挿入して凝血塊がデバイスに付着した症例EX-PRESSTMの前房側開口部に凝血塊が付着して,房水の流出が妨げられている状態(左).EX-PRESSTMの前房側開口部にYAGレーザーを照射して,房水の流出障害が解除された状態(右).LSLを実施する際には,通常の線維柱帯切除術の場合と比較して1回のLSLの効果が強く房水流出量が多くなる場合が多い.そのためLSL後の過剰濾過による種々の合併症を念頭において管理しなければならない.6.EX-PRESSTMを使用した濾過手術成績通常のトラベクレクトミーとの術後成績の比較では,術後早期には眼圧下降率はEX-PRESSTM群のほうが有意に低い(術後1週間:13.5%vs39.8%)が,術後3カ月以降(術後12カ月:39.9%vs42.1%)は両者の眼圧下降率はほぼ同等であった.また,術後合併症に関しては,EX-PRESSTM群のほうが術後早期の低眼圧(4%vs32%)やchoroidaleffusion(8%vs38%)は有意に低率であった.その他の合併症(前房形成不全,低眼圧黄斑症,前房出血,濾過胞からの房水漏出,眼内炎)の頻度に差はなかった.別報でも術後の低眼圧の頻度はEXPRESSTM群のほうが有意に低い(4%vs16%)と報告されており,EX-PRESSTMを使用することで,術後早期の低眼圧状態を防ぎ,低眼圧状態により派生する黄斑症や脈絡膜.離などの合併症を少なくできることが期待される.また,術後に形成される濾過胞の状態は,丈が低くvascularityに乏しい濾過胞になりやすいが,びまん性で面積の大きい濾過胞が形成されやすいとの報告がある.これは,EX-PRESSTMを使用することにより房水を円蓋部へ誘導しやすくなったことを示唆するものである.文献1)ShigeedaT,TomidokoroA,ChenYNetal:Long-termfollowupofinitialtrabeculectomywithmitomycinCforprimaryopen-angleglaucomainJapanesepatients.JGlaucoma15:195-199,20062)FukuchiT,UedaJ,YaoedaKetal:Comparisonoffornix-andlimbus-basedconjunctivalflapsinmitomycinCtrabeculectomywithlasersuturelysisinJapaneseglaucomapatients.JpnJOphthalmol50:338-344,20063)YamamotoT,KuwayamaY,CollaborativeBleb-relatedInfectionIncidenceandTreatmentStudyGroup:Interimclinicaloutcomesinthecollaborativebleb-relatedinfectionincidenceandtreatmentstudy.Ophthalmology118:453-458,20114)MarisPJJr,IshidaK,NetlandPA:ComparisonoftrabeculectomywithEx-PRESSminiatureglaucomadeviceimplantedunderscleralflap.JGlaucoma16:14-19,20075)GoodTJ,KahookMY:AssessmentofblebmorphologicfeaturesandpostoperativeoutcomesafterEx-PRESSdrainagedeviceimplantationversustrabeculectomy.AmJOphthalmol151:507-513,2011(19)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121469

濾過手術:基本術式と術中トラブル対処

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1455.1459,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1455.1459,2012濾過手術:基本術式と術中トラブル対処SurgicalTechniqueandManagementofIntraoperativeComplications丸山勝彦*I線維柱帯切除術の基本術式1.制御糸術中,意図した方向への注視を保つのが困難な症例に対しては制御糸をおき,眼球を固定したほうが手術操作は容易となる.制御糸は透明角膜,あるいは経結膜的に上直筋におくことが一般的である.2.麻酔周辺虹彩切除などの術中操作による疼痛を考慮し,Tenon.下麻酔を行う術者が多い.結膜弁作製の後に2%リドカインをTenon.下に注入するが,強膜穿孔を回避するため鈍針を用いるとよい.3.結膜弁作製再手術となったときの影響を考えて初回手術を12時方向へ施行するのは避けるべきで,結膜弁作製部位は上耳側あるいは上鼻側とするのが一般的である.また,下方への手術は術後濾過胞関連感染症発生のリスクが高くなるため行うべきではない.結膜弁作製方法には円蓋部基底(図1)と輪部基底(図2)の二通りがあり,術後の眼圧調整成績に大差はないとされる1).4.強膜弁作製(図3)強膜弁の形態(方形,三角形)2),大きさ(3.4mm)3)強膜結膜Tenon.図1円蓋部基底結膜弁結膜を輪部に沿って切開する.角膜Tenon.結膜強膜結膜Tenon.角膜図2輪部基底結膜弁輪部から約8mm離れた結膜を輪部に沿って10.12mm程度切開する.の相違は術後成績にほとんど影響しないとされる.強膜弁の厚みが不均一だと早期穿孔や強膜弁離断,瘻孔形成などの原因となるため,均一な厚みの強膜弁を作製するよう心がける.*KatsuhikoMaruyama:東京医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕丸山勝彦:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(5)1455 角膜輪部灰色ゾーン角膜輪部灰色ゾーン図3強膜弁作製図4ブロック切除強膜半層の厚さの強膜弁を作製する.輪部灰色ゾーンから角膜に入った辺りに行う.5.線維芽細胞増殖阻害薬の使用術後に濾過機能が低下する原因は創傷治癒機転によって生じる濾過胞内瘢痕化であり,現在ではマイトマイシンCを主とする線維芽細胞増殖阻害薬を併用して創傷治癒機転の制御を試みるのが一般的である.強膜弁作製後にマイトマイシンCを吸収させた止血用スポンジを強膜弁周囲ならびに結膜下に留置する.マイトマイシンC(マイトマイシン注用2mg,協和発酵キリン株式会社)1バイアルを生理食塩水5mlで溶解し,0.04%(0.4mg/ml)として3分間作用させることが多い.すべてのスポンジ片を除去した後,生理食塩水などで十分洗浄して操作を終了する.6.強角膜ブロック切除(以下,ブロック切除)あらかじめ前房穿刺を行って十分眼圧を下降させた後,ブロック切除の操作に移る(図4).なお,ブロック切除とこれに引き続く周辺虹彩切除の間は駆逐性出血などの低眼圧に伴う合併症が生じやすいので,できるだけ短時間での操作が望ましい.7.周辺虹彩切除(図5)周辺虹彩切除の大きさは,全層の虹彩が切除され前後房圧の差が解除されれば大きすぎる必要はない.1456あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012図5周辺虹彩切除全幅が脱出しないよう虹彩を静かに引き上げて切除する.8.強膜弁縫合(図6)強膜弁縫合数は術者の判断によるが,術後の過剰濾過に対する処置と比べ,眼球マッサージやレーザー強膜弁縫合切糸術など濾過量不足に対する処置のほうが簡便なことから,術中は過剰濾過とならない十分な本数の強膜弁縫合をおき,術後処置で適切な眼圧に下降させていく調整方法をとるのが一般的である.9.結膜縫合(図7,8)円蓋部基底結膜弁,輪部基底結膜弁いずれの場合も図6強膜弁縫合強膜弁がずれないように均一な強さで縫合する.角膜結膜図7円蓋部基底結膜弁に対する結膜縫合結膜弁を輪部に縫合する.(6) 角膜Tenon.結膜Tenon.結膜図8輪部基底結膜弁に対する結膜縫合10-0ナイロン丸針を用いて縫合する.Tenon.を引き寄せ,通糸することで術後の房水漏出が予防できる.II術中トラブル対処1.強膜弁作製,強膜弁縫合に関するトラブル強膜弁作製時に前房内に早期穿孔した場合,その後のマイトマイシンC塗布は一度強膜弁を仮縫合してから行う.また,強膜弁が薄く,強膜弁縫合時に瘻孔形成が危惧される症例に対しては丸針を用いて縫合を行うが,実際に強膜弁縫合の針穴から直接濾過を生じてしまった場合には,遊離強膜弁を移植するかTenon.を被せて縫合する.2.ブロック切除,周辺虹彩切除に関するトラブル硝子体脱出を生じた場合,ブロック切除部より脱出した硝子体を硝子体カッターか手術用スポンジに接着させてVannas剪刀で切断する.その後強膜弁縫合を行って,強膜弁辺縁を軽く圧迫したときに硝子体が嵌頓せず,前房水がスムーズに流出するならそれ以上の硝子体切除は不要で,必要以上の操作は避けるべきである.ここでも硝子体が嵌頓する場合には,ブロック切除部から離れた部分に新たに作製したサイドポートから硝子体カッターで硝子体切除を行ったほうが効率よく処理ができる.虹彩脱出をきたした場合,原因は前後房の圧較差であるため,前房内に虹彩を無理やり押し込んでも再脱出することが多い.強膜弁を元の位置に戻し,ブロック切除(7)部を強膜上からスパーテルで角膜中央に向かってなでると,後房内の房水が前房に移動し,前後房の圧較差が解消されて虹彩は前房内に戻る.それでも戻らないときには虹彩根部に小切開を入れると,後房内の房水が流出して後房内圧が下がり,続いて上述した強膜上をなでる操作を行うと容易に虹彩は整復する.なお,水晶体損傷や毛様体損傷,虹彩離断や毛様体離断が生じた場合には術中にすべきことはなく,術後に十分な消炎を図って必要に応じて追加処置を考慮する.3.結膜に関するトラブル結膜損傷を生じた場合は適宜損傷部に縫合をおくが,結膜のみの縫合だと房水漏出をきたすことがあるので,Tenon.を裏打ちするように縫合するとよく,裏打ちするTenon.がない場合には強膜まで通糸するとよい.また,縫合を行っても房水漏出が残存する場合は濾過胞内への粘弾性物質の注入が有用な場合がある4).4.出血に関するトラブル最も重篤なのは駆逐性出血であり,前房開放後に眼球虚脱を生じやすい無水晶体眼や無硝子体眼では特に発症のリスクが高いことがわかっている.眼球虚脱の予防策として,前房維持カニューラ5)を併用する方法が知られているが,筆者はこの方法に加え,あらかじめ方形強膜弁の両角に前置糸をおいて,ブロック切除,周辺虹彩切除後ただちに強膜弁縫合を行って眼球虚脱の予防を図っている.術中に駆逐性出血を生じたときには可及的速やかに創を閉鎖し,術後経過に応じて追加手術を考慮するのが賢明である.前房出血は最も多く生じる術中合併症で,おもな原因はブロック切除や周辺虹彩切除時の虹彩や毛様体からの出血である.また,Schlemm管や集合管断端から出血や,強膜弁周辺の出血が前房内に流入することもある.多少の出血は自然に止まるので特別な処置は必要ないが,術中に出血源が明らかで凝固可能な部位であれば行ってもよい.ただし,強膜弁や強膜床が変形するほどの過凝固や,Zinn小帯や水晶体への凝固には注意する.あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121457 IIIアルコンエクスプレスTM緑内障フィルトレーションデバイスアルコンエクスプレスTM緑内障フィルトレーションデバイス(以下,エクスプレス,日本アルコン,図9)を用いた緑内障チューブシャント手術は,線維柱帯切除術のブロック切除の代わりに強膜弁下から前房内にステンレス鋼製の小筒を刺入して濾過経路とする術式である.本術式は術直後から安定した濾過量が確保され,術中前房を開放しないため眼球虚脱が生じにくく,周辺虹彩切除を行わないため術中術後の出血や炎症反応が線維柱帯切除術に比べ軽度であるという特徴があり,線維柱帯切除術と眼圧調整成績は同等で,術後合併症の頻度は少ないとされている6).本項ではエクスプレスを用いた緑内障チューブシャント手術の基本術式について,線維柱帯切除術との相違点を中心に述べる.1.強膜弁作製強膜弁を薄く作製すると強膜床が厚くなるのでエクスプレスの固定性はよくなるが,反面,強膜弁菲薄化に伴う瘻孔形成や過剰濾過が危惧される.反対に,強膜弁を厚くすると強膜弁縫合時のトラブルは少なくなるが,一方でエクスプレスの固定性は低下すると考えられる.半層程度の厚さの強膜弁を作製するのが一般的であるが,今のところ一定の見解が得られていない.2.エクスプレスの挿入エクスプレス挿入前には,まず前穿刺が必要である.エクスプレス本体の柄の部分の外径は27ゲージであり,これより極端に大きい前穿刺を行うとエクスプレス本体と穿刺部強膜との間隙からの漏出が多くなり過剰濾過の原因となる.通常は25ゲージの注射針を用いるが,強膜床の厚さに応じて適宜調整するとよい.なお,線維柱帯切除術の際にはブロック切除に先立って前房穿刺部から房水を抜いて眼圧を下降させるが,エクスプレスの場合には,エクスプレスの挿入やそれ以前の前穿刺が行いにくくなるので眼圧を下降させる必要はない.エクスプレスの挿入位置は,強膜と透明角膜の間の輪1458あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012図9エクスプレスの外観全長は2.6mm,内径は200μmであるが,内腔に150μmのワイヤが挿入されており,内寸は50μmである.写真右端は定規で一目盛1mmを表す.図10デリバリーシステムデリバリーシステムの先端にエクスプレス本体が装着されている.部灰色ゾーンのちょうど中間辺りが適切とされ,後方に寄り過ぎるとエクスプレスと虹彩との接触が,反対に前方に寄り過ぎると角膜内皮細胞への影響やプレート部分の安定性の低下が危惧される.また,挿入角度も重要で,前穿刺時には必ず眼球を正面に向け,虹彩面と平行になるよう穿刺しなければならない.エクスプレスは専用のデリバリーシステム(アルコンエクスプレスTMデリバリーシステム,以下デリバリーシステム,日本アルコン)に装着された状態で販売されており(図10),エクスプレス挿入に当たってはデリバリーシステムからのリリースが必要となる.実際のエクスプレスの挿入方法を図11に示す.エクスプレス本体はデリバリーシステムのリリースボタンを押すことでリ(8) ba輪部灰色ゾーン注射針エクスプレス本体デリバリーシステムcd図11エクスプレスの挿入前穿刺(a)の後,エクスプレスが装着されたデリバリーシステムを前穿刺部位から前房内に横向きに入れ(b),前房内に入った時点で90°回転させ(c),エクスプレス本体とデリバリーシステムをリリースする(d).mology119:703-711,2012リースされるが,リリースボタンはやや抵抗が強く,か2)KimbroughRL,StewartRH,DeckerWLetal:Trabeつ適切な部位を押さないとリリースされない.スムーズculectomy:squareortriangularscleralflap?Ophthalmicな操作ができるよう術前にデリバリーシステムを把持すSurg13:753,1982る位置や角度などを確認しておく必要がある.3)StaritaRJ,FellmanRL,SpeathGLetal:Effectofvaryingsizeofscleralflapandcornealblockontrabeculectomy.OphthalmicSurg15:484-487,19843.強膜弁縫合4)HigashideT,TagawaS,SugiyamaK:Intraoperative線維柱帯切除術時と同様に行うのが一般的と考えられHealon5injectionintoblebsforsmallconjunctivalbreakscreatedduringtrabeculectomy.JCataractRefractSurgるが,やや多めの濾過量となるよう縫合する術者もお31:1279-1282,2005り,統一した見解が得られていない.5)松本行弘,三浦克洋,筑田眞:無硝子体緑内障眼に対する前房維持カニューラを使用したマイトマイシンC併用線維柱帯切除術.眼科手術19:233-236,2006文献6)DahanE,BenSimonGL,LafumaA:ComparisonoftrabeculectomyandEx-PRESSimplantationinfelloweyesof1)SolusJF,JampelHD,TraceyPAetal:Comparisonofthesamepatient:aprospective,randomizedstudy.Eyelimbus-basedandfornix-basedtrabeculectomy:success,bleb-relatedcomplications,andblebmorphology.Ophthal-26:703-710,2012(9)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121459

緑内障手術の心構え

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1453.1454,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1453.1454,2012緑内障手術の心構えAttitudetowardGlaucomaSurgery新家眞*「手術の心構え」と「薬物ないしは点眼療法の心構え」は違うと思われるが,いずれも臨床医として大事なものであることは論をまたない.しかし,いかに高邁な心構えを持ってしても「結果が悪ければ」その心構えなるものは一顧の価値もないというのが,実学としての医療の現実であり,例えば「哲学者や神学者の心構え」などとの大きな差であると考えられる.ただし「手術の心構え」と「薬物ないしは点眼療法の心構え」の大きな違いとしては,結果の如何にかかわる医師個人の直接責任が前者では後者に比べ遥かに大きいということであろう.例えば処方した薬剤の眼圧下降効果は,多くの正規分布がかかわるプロセス(眼内移行,受容体密度およびそれとの結合過程,細胞内シグナル伝達の如何など)の結果として統計的に予想するしかないのが現状であり,その予想幅の狭い薬物はシャープな切れ味を持つ薬物と言われるわけで,そこに個人の心構えや,ましてや気概などが介在する余地はない.一方手術に関しては,特に眼科手術に関しては,術者個人の結果に対するインパクトに統計的プロセスの入る余地はあまりなく,あえて言えば手術の心構えとは「結果こそすべてということを認識し,その好結果に関連する知識,技術の取得および理解を最優先することを旨とすべき」と言えるのではないだろうか.四字熟語(maxim,またはSpruch)にするとすれば,よく外科の教科書などに引用されている「鬼手仏心」とか「Artに宿る科学の心」的なものに「自力本願」的なニュアンスを付け加えたものが良いと思われるが,手許にある四字熟語辞典には残念ながらそのような四字熟語を見付けることはできなかった.ただし,「緑内障手術の心構え」をするにあたって注意すべきことは,緑内障手術の期待される結果,すなわち「持続的に眼圧が十分下がり,かつ術中および長期も含めた術後合併症がない」には,代表的な眼科手術である白内障手術に比べて,かなり統計的要素が加わると同時に,現時点では近代的手術機械装置(この出来,不出来に関して医師個人は責任の取りようがない)の介在する余地がきわめて少ないということである.例えば,本特集のなかでも言及される,やっと日本でも認可されたチューブシャント手術にしても,使用されるインプラントはとても21世紀的とは言い難いアナログ的かつアバウトな装置である.さらに緑内障手術のエンドポイントである眼圧下降に*MakotoAraie:公立学校共済組合関東中央病院〔別刷請求先〕新家眞:〒158-8531東京都世田谷区上用賀6-25-1公立学校共済組合関東中央病院0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(3)1453 関しても,多くの例(全例ではないが)では,原病の対症療法に過ぎず,眼圧が十分に下降しても治らないどころか進行も止まらない緑内障患者はザラに存在するということも忘れてはならない.そのような認識に立てば,先ほど述べた「手術の生む好結果に関連する知識と技術の取得および理解を最優先する」という「心構え」が緑内障手術を施行しようとする者にとって,重要であるということが,必然性を持つのではないだろうか?余談であるが,以前に高名な,そして白内障手術に関しては実施のみならず,その科学的エビデンスの構築にあたってもきわめて大きな功績を残された先生が,「極論すれば普通一般的な白内障の手術は,猿(少なくともチンパンジーくらいをイメージされたと思うが)にでもできる?」と言われたのをお聞きした覚えがある.これを言い換えれば,その手術を「テクニックこそすべて理論は無用」という「心構え」の下に行おうが「手術学は医科学の結晶であり,それを人類のqualityofvisionのために生かさずんばあらず」という「心構え」の下に行おうが,手術にとって一番大事な結果はあまり変わらない,ということであろう.幸か不幸か,現代の緑内障手術は白内障手術のそれと同じ程度にはとても発達も完成もしておらず,その最終結果に関しては,医師個人の技術や知識ではどうしょうもない「統計的な揺らぎ」がまだまだ多く介在していると考えられる.このことを理解したうえで,謙虚に手術を施行する「心構え」が緑内障手術には特に大事であるように思われる.1454あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(4)

序説:今が旬,緑内障手術

2012年11月30日 金曜日

●序説あたらしい眼科29(11):1451,2012●序説あたらしい眼科29(11):1451,2012今が旬,緑内障手術BestTimetoReviewGlaucomaSurgery石田恭子*山本哲也*1622年にBanisterは緑内障で眼圧が上昇していることを最初に報告したが,緑内障治療としての眼圧下降の試みはそれからだいぶ遅れ,さらに手術による治療は1820年にMacKenzieがsclerostomyを紹介したことに始まる.しかしながら,19世紀には手術の効果は一時的で,創傷治癒とともに手術跡は閉鎖し,眼圧上昇をきたすのがほとんどであったとされている.現在の手術の原型が生まれたのが1968年で,その年にCairnsは線維柱帯切除術の有効性を報告し,さらに1981年にChenが線維芽細胞増殖阻害薬であるマイトマイシンC(MMC)を術中併用し,手術成績が向上したと報告して以来,MMC併用線維柱帯切除術が現代の緑内障手術のゴールドスタンダードとなった.MMC併用線維柱帯切除術は,眼圧下降効果に優れるが,1)術直後の過剰濾過に伴う合併症の発生,2)濾過胞の退縮による眼圧再上昇,3)濾過胞感染のリスクを伴う術式である.こうした点を改良すべく,術式の改良や新たな術式の開発が試みられている.術直後の過剰濾過に伴う合併症の発生を抑制する可能性のある,いわゆる改良型線維柱帯切除術としてEX-PRESSTM併用濾過手術がわが国では本年6月より施行可能となった.また,濾過胞の退縮による眼圧再上昇例や,濾過胞の形成が期待できない難治性緑内障では,長らく毛様体破壊術のみが治療の選択肢であったが,本年からチューブとプレートで濾過空間を維持するバルベルトインプラント手術がチューブシャント手術として施行可能となった.こうした器具の進歩は医師にとっても,患者にとっても福音となると考えられる.一方,すべての症例でMMC併用線維柱帯切除術が適応となるわけではなく,ステロイド緑内障や落屑症候群,濾過胞感染の可能性が高い若年者の緑内障などで,目標眼圧が10mmHg台後半である症例に対しては,濾過胞を作製しない線維柱帯切開術が良い適応である.また,原発閉塞隅角緑内障では,白内障手術の進歩や,レーザー虹彩切開術後の合併症である水疱性角膜症の報告から,水晶体摘出や隅角癒着解離術も広く行われるようになった.さらに,濾過胞感染のリスクを回避するため,濾過胞をつくらず眼圧を下降させる試みとして,日本では未認可ながらi-Stent,CyPass,Goldmicro-plateなどの開発も行われている.2012年は,チューブシャント手術の日本への導入により,緑内障手術の新たな扉を開く年となった.この機会に,緑内障手術について特集を組み,手術の心構えから始まり,EX-PRESSTM,バルベルトを含む各術式の基本術式と術中トラブル対策,成績,術後管理について,さらに将来の緑内障手術の展望について,詳細に報告していただくことができた.本特集が,緑内障術者,これから緑内障手術をはじめようとする先生方の診療の一助となれば幸いである.*KyokoIshida&TetsuyaYamamoto:岐阜大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(1)1451

近赤外線分光法を用いたLED照明の快適性検証

2012年10月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科29(10):1441.1445,2012c近赤外線分光法を用いたLED照明の快適性検証半田知也*1清水公也*2*1北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚機能療法学*2北里大学医学部眼科学教室VerificationofLEDLightingComfortUsingNear-infraredSpectroscopyTomoyaHanda1)andKimiyaShimizu2)1)DepartmentofRehabilitation,OrthopticsandVisualScienceCourse,SchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,KitasatoUniversityLED(発光ダイオード)照明の快適性について近赤外線分光法(NIRS)を用いて検証した.軽度屈折異常以外に眼科的疾患を有さない健常青年20名である.本検討に用いた照明は面発光LED照明,点発光LED照明,および蛍光灯で,これらを用いて主観評価および脳機能計測にて比較検討した.脳機能計測には光イメージング脳機能測定装置(SpectratechOEG-16,Spectratech社)を用い,各照明注視時における前頭葉の酸素化ヘモグロビン濃度変化量を計測した.主観評価において,面発光LED照明は点発光LED照明と蛍光灯に比較して主観的快適性が有意に高いことが認められた.脳機能計測において,点発光LED照明注視時および蛍光灯注視時には面発光LED照明注視時に比較して酸素化ヘモグロビン濃度変化量に有意な増大が認められた.照明注視時に被験者が主観的に感じた快適性は,前頭葉の脳機能計測を用いて客観的に評価できる可能性が示唆された.WeevaluatedthecomfortofLED(lightemittingdiode)lightingusingnear-infraredspectroscopy(NIRS).Subjectsofthisstudycomprised20healthyyoungadultswithnooculardiseaseotherthanmildrefractiveerror.Thelightingsourcesexaminedwereedge-litLEDpanellightanddirect-litLEDpanellight,withfluorescentlightusedforcomparison.Subjectexaminationsincludedbothsubjectiveevaluationandbrainfunctionmeasurement,thelatterperformedusinganopticalbrainfunctionimagingsystem(SpectratechOEG-16,SpectratechInc.).Whensubjectsgazedateachtypeoflighting,changesinfrontallobeoxyhemoglobinconcentrationsweremeasured.Forsubjectiveevaluation,edge-litLEDpanellightingwasfoundtobesignificantlymorecomfortablethaneitherdirect-litLEDpanelorfluorescentlighting.Comparisonofthethreelightingsourcesviabrainfunctionmeasurementsdisclosedsignificantlygreaterchangesinoxygenatedhemoglobinconcentrationonlywhensubjectsgazedateitherthedirect-litLEDpanelorthefluorescentlighting.Ourfindingssuggestthatsubjects’perceivedcomfortwhengazingatlightingcanbeobjectivelyevaluatedviafrontallobebrainfunctionmeasurement.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(10):1441.1445,2012〕Keywords:LED照明,面発光LED照明,快適性,近赤外線分光法.LEDlighting,edge-litLEDpanellight,comfort,near-infraredspectroscopy.はじめに温室効果ガスの排出削減目標が設定され,企業だけでなく家庭での節電の取り組みが求められている.これを背景に低消費電力で長寿命であるLED(発光ダイオード)照明が次世代照明として急速に普及し始めている.しかしながらLED照明についての規格や基準など法整備が明確化されておらず,従来の照明器具からLED照明に変えた場合に快適な照明環境を確立できない場合も想定される.これまでの照明器具の快適性は開発メーカー各社が行う主観評価が中心であり,客観的な評価検討は十分に行われていない.したがって,LED照明の快適性について主観評価とともに客観的な評価手法の確立が望まれている.現時点において人間の快適性を直接的に評価することはできないため,主観評価結果と何らかの生理指標との関連を示し,快適性を推定する必要がある.脳機能計測法は生理指標評価として人間の感性評価にも応〔別刷請求先〕半田知也:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚機能療法学Reprintrequests:TomoyaHanda,DepartmentofRehabilitation,OrthopticsandVisualScienceCourse,SchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara,Kanagawa252-0373,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(125)1441 用されはじめている1,2).今回筆者らは,脳機能計測法として低拘束で日常環境に近い状態で評価できる近赤外線分光法(near-infraredspectroscopy:NIRS)を用いて,各種の環境照明下の脳機能を客観的に計測し,LED照明の快適性について主観評価と合わせて検討した.I対象軽度屈折異常以外に眼科的疾患を有さない健常青年20名(男性5名,女性15名),平均年齢22.7±3.5歳である.完全屈折矯正下にて全例遠方視力1.2以上の良好な視力を有し,両眼視機能,色覚,調節機能は正常であることを確認した.実験に際し,被験者の軽度屈折異常はソフトコンタクトレンズにて屈折矯正された.被験者に対して本研究内容について十分に説明を行い,同意を得られたことを確認した.II方法1.実験環境本研究はLED照明の快適性について検討することを主眼としている.そこで,独自開発の導光板方式を採用して目にやさしい光を目標に開発された面発光LED照明器具(LUXELAR,EA1P-2L-1230,興和株式会社)を中心に,市販の点発光LED照明器具および蛍光灯照明器具を比較検討した.被験者は簡易ベッド上で仰臥位を保ち,各照明を注視する.各照明の照度は被験者の視点位置近傍において550lxとなるように設定した.実験中も各照明光による照度を照度計(T10,KonicaMinoltaOptics,Inc.)にて計測し監視した.図1に実験環境外観を示す.本実験は医療従事者監視の下,生体安全性を十分に考慮して実施され,わずかでも眼精疲労,体調不良を訴えた場合は実験を中止することとした.2.実験設定および主観評価法実験は面発光LED照明と点発光LED照明の比較(実験1),面発光LED照明と蛍光灯の比較(実験2)に分けて行い,ab図1実験環境外観および各照明装置a:実験環境外観,b:3種の照明装置(左から蛍光灯,面発光LED照明,点発光LED照明).被験者は脳機能計測装置のヘッドモジュールを装着した状態で,仰臥位の姿勢を保ち,天井に設置されている各照明を注視する.baFZc・CH2・CH5・CH8・CH11F8・CH1・CH4・CH7・CH10・CH13・CH14CH16・F7・CH3・CH6・CH9・CH12・CH15FP図2脳機能計測装置のヘッドモジュール装着外観および各チャンネル配置a:ヘッドモジュール装着外観.b:測定時にはヘッドモジュール上に遮光カバーを装着.c:計測部位16チャンネルの配置.1442あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012(126) 脳機能計測法および主観評価法を用いて比較検討する.実験新たな脳機能計測法であり,自由度の高い計測法として幅広1では面発光LED照明と点発光LED照明を交互に注視し,い分野で応用されている計測法である3,4).本検討における実験2では面発光LED照明と蛍光灯を交互に注視する.実関心領域は注意・認知中枢である前頭葉とした.計測部位は験1,2ともに各照明光の1回の注視時間は30秒間とし,5国際10-20法に準拠し,前頭葉正中のFpからFz,前頭葉回連続して交互に注視する.実験1,2ともに合計注視時間左側のF7から前頭葉右側のF8領域に相当する領域に各は5分である.各照明注視時に特定の固視目標を設定していチャンネルを配置した.脳機能計測時のヘッドモジュール装ないが,被験者には各照明注視中に不要な眼球運動を控える着部位外観および各チャンネル配置を図2に示す.脳神経活ように指示した.実験1と実験2は連続して行われた.各照動変化の指標として酸素化ヘモグロビン濃度変化量を用い明の快適性に関する主観評価は実験1と実験2の終了後に合た.計測された酸素化ヘモグロビン濃度変化量は解析ソフトわせて行われた.主観評価において快適性を点数化して,快(fNIRSDataViewer,B.R.Systems社)にて解析された.統適:2点,やや不快:1点,不快:0点として評価した.統計解析には照明点灯による影響を除去するために,各照明注計解析にはMann-WhitneyU検定を用い,有意水準1%未視10秒後から30秒後までの20秒間のデータを用い,各満を有意差ありと評価した.チャンネル別(計16チャンネル)に行った.統計解析にはt3.脳機能計測法検定を用い,有意水準1%未満を有意差ありと評価した.測定装置には光イメージング脳機能測定装置(SpectratechOEG-16,Spectratech社)を用いた.本装置は生体内のIII結果血中ヘモグロビン(Hb)が酸素との結合状態によって変化す本実験により眼精疲労および体調不良を訴えた者は認めらる近赤外光の吸収特性を利用して,脳血流量変化を16チャれなかった.図3に実験1(面発光LED照明と点発光LEDンネルで同時計測できる装置である.サンプリング間隔は照明の比較検討)の酸素化ヘモグロビン濃度変化量の結果を0.65秒である.本装置は頭髪の少ない前頭葉での使用を前示す.計測チャンネル1,11を除く14チャンネルにおいて,提としており,低拘束条件で非侵襲的な計測が可能である.面発光LED照明注視時に比較して点発光LED照明注視時本装置の原理である近赤外線分光法(NIRS)は生体透過性のに酸素化ヘモグロビン濃度変化量が有意に増大した(p<高い近赤外光を用いて脳機能を非侵襲で計測できる日本発の0.01).図4に実験2(面発光LED照明と蛍光灯の比較検討)0.0250.0150.005-0.005-0.015-0.025Time(sec)図3面発光LED照明注視時と点発光LED照明注視時の酸素化ヘモグロビン濃度変化量グラフ中のカラーマップは面発光LED照明注視時(計測開始20秒後),点発光LED照明注視時(計測開始50秒後)の酸化ヘモグロビン濃度変化量を示す.点発光LED照明注視時のカラーマップ中の四角で囲んであるチャンネル番号は,面発光LED照明注視時に比較して統計学的有意差が認められたことを示す.面発光LED注視点発光LED注視0.025-0.025(mMol・mm)0102030405060(127)あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121443 (mMol・mm)0.0250.0150.005-0.005-0.015-0.025面発光LED注視蛍光灯注視0.025-0.0250102030405060Time(sec)図4面発光LED照明注視時と蛍光灯注視時の酸素化ヘモグロビン濃度変化量グラフ中のカラーマップは面発光LED照明注視時(計測開始20秒後),蛍光灯注視時(計測開始50秒後)の酸素化ヘモグロビン濃度変化量を示す.蛍光灯注視時のカラーマップ中の四角で囲んであるチャンネル番号は,面発光LED照明注視時に比較して統計学的有意差が認められたことを示す.主観評価(全被験者合計点)**主観評価は点発光LED照明および蛍光灯の主観評価に比較1510して,それぞれ統計学的有意差が認められた(p<0.01).4035302520みられた.蛍光灯は全被験者20名のうち快適と評価したものはなく,16名がやや不快,4名が不快と評価した.蛍光灯注視時についての被験者コメントとして,“普通”“特にない”,といった意見が多くみられた.面発光LED照(,)明の50面発光LED照明点発光LED照明蛍光灯IV考按図5各照明の快適性についての主観評価結果今回筆者らは,LED照明光の快適性について,面発光グラフは全被験者の主観評価点の合計値を示す.*:p<0.01.の結果を示す.すべての計測チャンネルにおいて,面発光LED照明注視時に比較して蛍光灯注視時に酸素化ヘモグロビン濃度変化量が有意に増大した(p<0.01).図5に各照明の快適性についての主観評価結果(全被験者の評価点合計)を示す.面発光LED照明は全被験者20名のうち19名において快適と評価し,残り1名においてもやや不快という評価であった.面発光LED照明注視時についての被験者コメントとして,“やさしい光”,“自然な光”,といった意見が多く認められた.点発光LED照明は全被験者20名のうち1名のみ快適と評価し,3名がやや不快,16名は不快と評価した.点発光LED照明注視時についての被験者コメントとして,“残像”,“まぶしい”,といった意見が多く1444あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012LED照明,点発光LED照明,蛍光灯の3種の照明を用いて検討した.主観評価において,面発光LED照明は点発光LED照明と蛍光灯に比較して主観的快適性が高いことが認められた.脳機能計測において,点発光LED照明注視時および蛍光灯注視時には面発光LED照明注視時に比較して酸素化ヘモグロビン濃度変化量の有意な増大が認められた.照明光注視時の主観評価による快適性と脳機能計測結果(酸化ヘモグロビン濃度変化)には一定の関係性が認められた.主観評価結果において,面発光LED照明は点発光LED照明と蛍光灯に比較して自覚的快適性が有意に高いことが示された.面発光LED照明は全被験者20名のうち,19名は快適と評価し,残り1名においてもやや不快という評価であり,主観評価コメントからもほぼ全被験者において,自然で見やすく,優しい光として認識されたと推察される.一方,点発光LED照明は自覚的快適性が低く,全被験者20名の(128) うち,16名が不快と評価し,3名がやや不快,快適と評価したのは1名のみであった.点発光LED照明の主観評価コメントにおいて,残像感やまぶしさを訴える意見が多く,不快な照明光として認識されたと推察される.蛍光灯においても主観的快適性は低く,全被験者20名のうち,4名が不快,16名はやや不快と評価し,快適と評価した者は認められなかった.蛍光灯の主観評価コメントには特別な不快を示す意見は認められなかった.これは蛍光灯が日常的に見慣れた照明であることに起因すると考えられる.本検討において,各照明光における快適性を客観的に評価する指標として近赤外光脳機能イメージングによる脳機能計測を用いた.物事を考えたり情報をまとめて推理したり,注意・認知などの高度な精神活動に関わるのが大脳の前頭連合野である.前頭連合野に障害が生じると,症状はおもに注意や認知,行動の領域,感情の領域などの高度な精神活動に認められる5).本検討において認められた点発光LED照明注視時と蛍光灯注視時における酸素化ヘモグロビン濃度変化量の増大は,面発光LED照明注視時と比較して前頭葉の精神活動に強い変化が生じたことが推察される.主観評価結果と合わせて解釈すると,点発光LED照明および蛍光灯注視時の主観的な不快感が,前頭葉における酸素化ヘモグロビン濃度変化量の増大として客観的に評価できた可能性が考えられる.逆に言えば,比較対象である面発光LED注視時の主観的な快適性が,客観的に評価できた可能性が考えられる.快適,不快適など情動を司る脳部位は大脳辺縁系の扁桃体と考えられている6).大脳辺縁系の扁桃体は脳の深部に位置するため,近赤外線分光法を用いた脳機能計測では直接的に評価することはできない.しかしながら,近年のfNIRSを用いた研究において,前頭前野が大脳辺縁系の扁桃体による感情処理の影響を受けて活性化することが報告されている7,8).本検討結果は被験者の照明注視時に感じた主観的な快・不快を,前頭葉における酸素化ヘモグロビン濃度変化量の増大として間接的に評価できた可能性が示唆された.脳機能計測結果に影響する因子として,注視の順序,眼球運動の影響が考えられる.本検討において,面発光LED照明と点発光LED照明(もしくは蛍光灯)を30秒間交互に各5回連続的に注視する実験設定とした.脳機能測定は面発光LED照明注視時から開始するが,つぎに点発光LED照明注視(もしくは蛍光灯),そのつぎに面発光LED注視時とつぎつぎと連続的に計測されるため,計測中は必ずしも面発光LED注視後に点発光LED照明注視(もしくは蛍光灯)という注視順序ではない.また各照明注視中に明らかな眼球運動が認められないことを目視にて確認した.それ故,本検討の酸素化ヘモグロビン濃度変化量において,各照明注視順および照明注視時の眼球運動による影響は少ないと考える.本検討結果は面発光LED照明が点発光LED照明や蛍光灯に比べて,快適な環境照明であることを示唆する.特に病院入院時や人工透析時など仰臥位で天井の照明を直視することが多い場合には,面発光LED照明により患者の快適性を向上できる可能性がある.一般的なオフィスや家庭では,本検討のように照明を直視する環境は少ないが,眼に入ってくる光そのものの影響を考えると,快適な照明環境の構築のために面発光LED照明の有用性は高いものと考える.照明環境は日本工業規格(JIS規格)などの照度基準を基に住宅,オフィス,病院など条件別に設定される.本検討において,面発光LED照明,点発光LED照明,蛍光灯の各照明の照度は被験者の視点位置近傍においていずれも550lxに設定している.しかしながら,これら照明は局所輝度,輝度ムラ,光の広がり,色温度などに差異があり,それらが本検討における各照明注視時の快適性および酸素化ヘモグロビン濃度変化量に影響を与える要因の一つと推察される.今後,照明環境は従来の蛍光灯から,LED照明を中心とした次世代照明に加速度的に変化していくことが予測される.現在のLED照明は波長や色調を任意にコントロールできる反面,品質にバラツキも多い.今後開発される次世代照明は環境性能だけでなく,われわれ人間にとって従来の蛍光灯よりも安全で快適な照明になることが求められる.文献1)田崎新二,今村昂司,合志和洋ほか:3次元立体映像鑑賞時の脳波・脳血流量特性.IEICETechnicalReport:9-12,20062)半田知也:3D映像の現状と生体安全性.日本の眼科82:1044-1048,20113)MakiA,YamashitaY,ItoYetal:SpatialandtemporalanalysisofhumanmotoractivityusingnoninvasiveNIRtopography.MedPhys22:1997-2005,19954)KoizumiH,YamamotoT,MakiAetal:Opticaltopography:practicalproblemsandnewapplications.ApplOpt42:403-413,20035)福居顯二(監訳):ヒトの神経心理学,前頭前皮質.p188.195,新興医学出版社,20066)加藤宏司,後藤薫,藤井聡,山崎良彦(監訳):脳と情動,神経科学─脳の探求─.p437-452,西村書店,20097)HerrmannMJ,EhlisAC,FallgatterAJ:PrefrontalactivationthroughtaskrequirementsofemotionalinductionmeasuredwithNIRS.BiolPsychol44:255-263,20038)GlotzbachE,MuhlbergerA,GschwendtnerK:Prefrontalbrainactivationduringemotionalprocessing:afunctionalnearinfraredspectroscopystudy(fNIRS).OpenNeuroimagJ5:33-39,2011***(129)あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121445

サリン被害後の眼科的後遺症

2012年10月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科29(10):1435.1439,2012cサリン被害後の眼科的後遺症岩佐真弓井上賢治若倉雅登井上眼科病院ChronicOphthalmologicEffectsofSarinIncidentMayumiIwasa,KenjiInoueandMasatoWakakuraInouyeEyeHospital目的:サリン被害後7年から15年の慢性期における眼科的後遺症についてまとめた.方法:2002年3月から2010年8月に井上眼科病院を受診した305名(男性154名,女性151名.受診時の年齢は男性52.8±12.2歳,女性40.3±10.9歳)のサリン事件の被害者に対して眼科検査(眼位・瞳孔・眼球運動の視診,視力,屈折,眼圧,細隙灯顕微鏡検査,眼底検査)を行い,自覚症状に応じて検査を追加した.結果:自覚症状は眼疲労感が40%と最多で,ついで視力低下感,焦点が合わない,羞明感,眼痛などが多かった.健診の結果をサリンの関与により強制的に分けると,全体の約19%にあたる54例がサリンの関与が最も強く疑われた第4群に相当した.代表的な3例(縮瞳,水平滑動性追従運動障害,調節障害)を提示した.結論:サリン事件から15年以上経過した現在も眼症状を訴える者が多く,そのなかにはサリンとの関連が強く疑われる症例も存在することが判明した.Purpose:Toexaminethechronicophthalmologiceffectsofsarinat7to15yearsafterexposure.Methods:Subjectscomprised154maleand151femalepatients.Weexaminedeyeposition,pupil,eyemovements,visualacuity,accommodation(ifneeded),refraction,intraocularpressure,slit-lampbiomicroscopyandfunduscopy.Results:Themostcommonsymptomwasasthenopia,followedbyvisualloss,blurredvision,photophobiaandocularpain.Effectsofsarinpoisoningwerestronglysuspectedin54patients(19%).Describedindetailare3severelyaffectedcases(miosis,horizontalsmoothpursuiteyemovementdisorder,accommodativeinsufficiency).Conclusion:Manyvictimsstillhaveocularsymptomsat15yearsafterthesarinincident;insomecases,associationwithsarinisstronglysuspectedonthebasisofneuro-ophthalmologicalexaminations.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(10):1435.1439,2012〕Keywords:サリン,縮瞳,水平滑動性追従運動障害,調節障害,慢性期.sarin,miosis,horizontalsmoothpursuiteyemovementdisorder,accommodativeinsufficiency,chronicphase.はじめに1995年3月20日,東京都心の地下鉄駅構内や車内においてサリンが散布されるという事件が発生した1).午前8時過ぎという通勤ラッシュ時間に起きたこの前代未聞の化学テロは,被害者約6,300名,死者13名という大きな被害をもたらし,地下鉄サリン事件と名付けられた.このおよそ8カ月前にも,長野県松本市で同様の事件が起き,松本サリン事件とよばれている2).事件後NPO法人リカバリーサポートセンターにより地下鉄サリン事件の被害者らを対象に健診が行われ,多くの被害者が眼および視覚に関する症状に悩まされていることが判明した.過去には急性期の問題や遅発毒性の問題は報告されている1.10)が,眼症が残存していることは指摘されていてもその詳細は不詳である.そこで眼症状のある者に対して2002年3月より当院で眼科健診を開始し,2010年8月までに300名以上の健診対象者が当院を受診した.このうち約半数は正常であったが,残りの約半数は何らかの眼科的あるいは神経眼科的異常が認められ,そのなかにはサリンの影響が強く疑われる異常も散見された.そこで今回,事件から7.15年後の慢性期の後遺症についてまとめたので,報告する.〔別刷請求先〕岩佐真弓:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:MayumiIwasa,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(119)1435 I方法2002年3月から2010年8月に井上眼科病院を受診した連続する305名の被害者(松本サリン事件,VXガス事件を含む)に対し,自覚症状および眼科的所見についてまとめた.眼科検査は全員眼位,瞳孔,眼球運動の視診,視力,屈折,眼圧,細隙灯顕微鏡検査および眼底検査が行われ,自覚症状に応じて検査が追加された.対象305名の内訳は,男性154名,女性151名,受診時の年齢は男性52.8±12.2歳,女性40.3±10.9歳であった.このうちサリンとの関連を考察すべき3症例については後に詳述する.II結果受診時の問診の記録を用いてどのような眼症状を自覚したかを調べ,重複を許して集計したところ表1のとおりであった.最も多い症状は眼疲労感であり,123名(40%)の受診者が自覚していた.ついで視力の低下(または低下した感じ)77名(25%),焦点が合わない65名(21%),まぶしい58名(19%),眼痛57名(19%),などと自覚症状は多彩であった.初診時に計測した眼圧の平均値は14.2±2.9mmHgであった.サリン後遺症健診結果を,第1群:異常なし,第2群:異常は認められるがサリンの関与は否定的,第3群:異常を認め,サリンの関与は否定できない,第4群:異常を認め,サリンの関与が十分に疑われる,の4群に強制的に分けた(表表1受診時の主訴症状人数%眼疲労感12340.3視力低下感7725.2焦点が合わない6521.3羞明5819.0眼痛5718.7霞む4113.4乾く3812.5頭痛299.5流涙278.9視野狭窄感258.2夜盲227.2その他4514.8表2サリン健診結果結果人数%異常なし15751.2サリンの関与が十分に考えられる5417.7サリンの関与が否定できない5618.4サリンの関与は否定的3812.51436あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012表3サリンの関与が十分に考えられる眼異常(重複あり)病名・所見人数過縮瞳22散瞳不十分16調節力障害14瞬目異常9眼球運動異常8化学物質過敏42).その結果,何らかの眼科的異常を認めたものが約半数に及び,全体の約19%はサリンの関与が十分に疑われる第4群に相当した.以下にあげた代表症例はいずれも第4群である.サリンの関与が最も強く疑われた54例の内訳を表3に示す.最も多い異常は,明室での過縮瞳(瞳孔径2.5mm以下とした),暗室での散瞳不十分(瞳孔径4mm以下とした)といった瞳孔異常に関するものであった.過縮瞳を示した例が305例中22例,散瞳不十分であった例が305例中16例(うちいずれの所見も認めたものが8例)と,サリン曝露から10年以上経った今でも縮瞳傾向が残存する例が1割弱認められた.この他,年齢と比べ調節力の低下している例,眼球運動障害や,眼瞼痙攣が多く存在した.第3群には近視化が23例,ほか原因不明の視力低下や中枢性光視症などの視覚異常,視野狭窄感などを含めた.急性期の状況について受診者に問診すると,心肺停止に陥ったような重症例から無症状の例までさまざまであった.さらに,現時点で著明な眼科的異常が認められても急性期には無症状の例も存在した.III症例〔症例1〕縮瞳を認めた50代,男性.主訴:暗いところで見えにくい.現病歴:40歳時に地下鉄サリン事件に遭遇した.事件当時は頭痛・嘔気・視力低下・視野狭窄を自覚し,救急病院に1週間入院のうえ硫酸アトロピンの点滴静注を受けた.退院時には周りが暗く見える,横目を使うと見えにくいといった症状を自覚していた.平成17年4月(50歳時)に当院を受診した.既往歴・内服薬:なし.初診時所見:遠方視力は右眼0.09(1.2×.4.25D),左眼0.09(1.2×.4.75D(cyl.0.50DAx120°),眼圧は右眼16mmHg,左眼14mmHgであった.軽度の結膜充血のほかには前眼部・中間透光体・眼底に異常を認めなかった.瞳孔は正円同大で,径は明室内で2.5mm,暗室内で3.5mmと,明所で過縮瞳の傾向があり,暗所での散瞳が不良であった(120) 症例1明室暗室正常例明室暗室図1症例1:明室での過縮瞳と暗室での散瞳不十分(図1).経過:Prifinium(パドリンR)を処方し経過観察を行ったが改善しないため,5カ月後に中止した.〔症例2〕横書きの文章が読みにくくなった40代,男性.主訴:横書きの文章が読みにくい(縦書きは問題なく読める),眼疲労感,眼痛,頭痛,霧視.現病歴:31歳時に地下鉄サリン事件に遭遇した.事件当時は救急病院の眼科を受診し洗眼を受けたが,このとき縮瞳の指摘はなかった.当時眼症状はなく,その後2回ほど健診を受けたが異常は指摘されなかった.事件3年後(34歳)より眼疲労感を自覚し始めた.2003年2月(39歳時)に当院を初診した.既往歴・内服薬:なし.初診時所見:視力は右眼0.1(1.2×.2.0D(cyl.0.75DAx85°),左眼0.2(1.2×.1.5D(cyl.1.0DAx85°).眼圧は右眼11mmHg,左眼13mmHg,前眼部・中間透光体・眼底に異常を認めなかった.瞳孔径は明室内で3.5mm正円同大.Goldmann視野は正常であった.眼球運動制限はなかったが,垂直滑動性追従運動は正常であったのに対し,水平滑動性追従運動は衝動性であり,滑動性の成分はほとんど検出できなかった(図2).経過:横書きの文章が読みにくい原因として水平滑動性追従運動障害が考えられ,2010年1月まで経過観察を行ったが,改善しなかった.(121)図2水平滑動性追従運動障害症例2の滑動性追従眼球運動の眼球運動電図を示す.上図は水平方向,下図は垂直方向をそれぞれ示している.水平方向は滑動性成分がほとんどなく衝動性となっているが,垂直方向はほぼ正常の滑動性運動が可能である.〔症例3〕調節障害を認めた30代,女性.主訴:両眼の視力低下.現病歴:24歳時に地下鉄サリン事件に遭遇した.事件当日は急性期病院に1泊入院し,その後2回健診を受けたが異常は指摘されなかった.事件当時は裸眼視力が両眼とも0.8程度であったが,その後近視が進行し,眼鏡を2回作りなおした.2002年12月(32歳)に当院を初診した.既往歴・内服:2007年よりネフローゼ症候群のためプレドニゾロン内服.初診時所見:視力は右眼0.15(1.2×.2.25D),左眼0.09(1.2×.2.25D(cyl.0.5DAx160°),受診2カ月前に作製した眼鏡装用下での視力は右眼(0.4×.1.0D(cyl.0.5DAx40°),左眼(0.3×.1.0D(cyl.0.5DAx155°)であった.他覚的屈折はオートレフケラトメータにて右眼.2.75D,左眼.2.75Dであった.眼圧は右眼12mmHg,左眼13mmHgであった.前眼部・中間透光体・眼底に異常はなかあたらしい眼科Vol.29,No.10,20121437 った.瞳孔径は明室内で3.5mm正円同大,暗室内5.0mm正円同大であった.眼球運動にも異常はなかった.経過:2009年5月(38歳)に当院に2度目の受診をし,この6年半の間にきわめて緩徐に両眼の視力が低下したと訴えた.視力は右眼0.1(0.7×.2.0D(cyl.0.50DAx70°)左眼0.05(0.7×.2.25D(cyl.0.50DAx180°)であった.(,)他覚的屈折値は右眼.2.25D,左眼.2.50Dと前回受診からの6年半で近視の進行はなかった.前眼部・中間透光体・眼底に異常はなかった.瞳孔径は明室内で3.5mm正円同大,暗室内で右眼6.5mm,左眼7.0mmであり,対光反射は両眼とも正常で,RAPD(相対的入力瞳孔反射異常)陰性であった.中心フリッカ値は右眼39.47Hz,左眼37.46Hzと正常範囲内であった.Goldmann視野は正常範囲内で,中心部は両眼ともI/1-cイソプタまで測定が可能であった.全視野ERG(網膜電図),SPP(標準色覚検査表)IIにても異常は指摘されず,矯正視力低下の原因は不明であった.連続近点検査を行ったところ,完全矯正レンズでは遠点・近点ともに視標を明視することができず,+1D加入し測定した.右眼は遠点3m,近点は25.35cmと値がばらついた.左眼は遠点が1m,近点は33cmであり,調節力はおよそ3Dであった.IV考按サリンや有機リン中毒の眼所見としては縮瞳が有名である.1994年に起きた松本サリン事件曝露後1日目の平均瞳孔径は1.5mm程度であった10)と報告されている.この急性期の報告では曝露9日目には径4mmと改善していたが,今回の健診では先に示したとおり症例1に代表されるように縮瞳傾向を示すものが1割ほど認められた.松本サリン事件後に電子瞳孔径を用いた報告によると,50代のサリン非曝露群における瞳孔径は暗室内で5.5±0.8mm,光刺激後の最小径は3.7±0.7mm11)なので,これと比較して縮瞳していることがわかる.症例1では暗いところで見えにくいと訴えていたが夜盲を呈するような疾患は見当たらず,暗室内で散瞳不十分なことと関連する自覚症状と推定した.このように慢性期の縮瞳傾向はサリンの関与が十分に考えられるため,表2の第4群に含めた.明室内での縮瞳傾向だけでなく,暗室内で十分に散瞳しない例が16症例あった.これについては急性期に瞳孔括約筋に対し短時間で相当な負荷がかかったために,十分に括約筋が弛緩しなくなったものと推測した.しかし,たとえばHorner症候群による縮瞳では見えにくいという訴えにつながらないことを考えると,縮瞳そのものの影響だけでなく明るさと瞳孔径の対応を制御する中枢機能の破綻が関与している可能性が考えられる.同様に,虹彩に連続する毛様体筋に対する中枢制御の破綻により調節障害が起きている可能性も指摘しておきたい.曝露時重症者〔コリンエス1438あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012テラーゼ(ChE)値12%〕では数年経過しても縮瞳が残存したとの報告12)があるが,今回の健診では急性期のChE値は調べておらず関係は不明であった.眼球運動系や調節系に異常をきたした例も存在した.眼球運動系に異常をきたした例として,先の症例2に示したような水平滑動性追従運動障害があげられる.慢性有機リン中毒で血球ChE活性が低いほど滑動性追従運動に階段状波形が出現しやすいとの報告7)があり,急性サリン中毒の後遺症として水平滑動性追従運動障害が起きている可能性が示唆され,今回の健診でも第4群に含めた.しかし,慢性有機リン中毒における過去の報告では水平方向よりも垂直方向の障害が顕著であったとする報告が多い13).調節系に異常をきたした例としては,先の症例3があげられる.1960年以前の過去の報告でも,40歳としても通常4D以上の調節力を有し14),現在は当時よりさらに15年前後平均余命が伸びているため,同じ40歳でも4D以上の良好な調節力があると考えられる.症例3においては38歳で調節力が3Dしかなく,サリン曝露により調節力が低下していることが示唆された.サリンにより瞳孔運動障害をきたすのと同様に毛様体にも障害をきたした結果,調節障害をひき起こしたと推測される.なお,本例ではサリン曝露後に近視化したとの訴えがあった.すなわち調節痙攣をきたした可能性があり,それが不可逆性になったと考えれば,これで調節余力がなくなり,調節力低下に帰着したと推定できる.この他に眼瞼痙攣は基底核を含む中枢神経回路の障害により瞬目異常をきたし,羞明や眼痛などの相当な眼不快感を生じる疾患で,化学物質や大きなストレスが引き金となる15)ため,この第4群に含めた.急性期には眼圧が低下したとの報告5,8)があり,Katoら5)によれば,サリン曝露2時間後の眼圧の平均値は11.6±1.9mmHgと比較的低値であったが,瞳孔径が改善した後の眼圧は14.6±1.8mmHgに上昇した.筆者らの健診では先述のとおり眼圧の平均値は14.2±2.9mmHgと低下していなかった.両眼とも10mmHgに満たない低眼圧例が2例存在したが,いずれも瞳孔は正常であった.したがって,慢性期においては眼圧低下は明らかではなかったといえる.今回の調査における眼自覚症状と曝露1年後の自覚症状を比較した.山口らの報告8)によると,地下鉄サリン事件1年後の自覚症状では眼疲労感が最も多く全体の34.6%を占めた.松本サリン事件後の那須らの報告16)は眼症状に限らない調査であるが,何らかの自覚症状のある58名(アンケート回答者1,237名中)のうち目の疲れを訴えた者が43名と第1位,ついで視力低下が34名で2位と眼症状が上位を占めていた.筆者らの調査でも,目の疲れと視力低下または視力低下感がそれぞれ1位,2位と上位であった.全身のなかで眼症状の割合が高い理由としては,気化したサリンが主と(122) して気管および結膜より吸収される17)ことのほか,気体は血液脳関門を超えるため,視覚系,調節系,眼球運動系に関与する高次脳機能障害が誘発されたためと考えた.また,山口らによれば曝露1年後の症例のうち54%に調節力の異常を認めたが,筆者らの調査では明らかな調節力障害は表3のように14例(4.6%)と少なかった.これは慢性期に至るまでに回復した可能性に加え,被害者の高齢化により調節力障害の原因がサリンであるか加齢であるかの区別が困難になったことが考えられる.今回の健診は日常眼科診療に用いる検査機器を用いて行ったため,個々の異常のメカニズムを説明するには限界があると認識している.しかしながら,サリン事件の被害者のなかには15年以上経過した現在も眼症状を有する者が多く,そのなかにはサリンとの関連が強く疑われる症例も実際に存在することを知ることは重要であると考え,ここに報告した.文献1)SuzukiT,MoritaH,OnoKetal:SarinpoisoninginTokyosubway.Lancet345:980,19952)MoritaH,YanagisawaN,NakajimaTetal:SarinpoisoninginMatsumoto,Japan.Lancet346:290-293,19953)SidellFR:SomanandSarin:Clinicalmanifestationsandtreatmentofaccidentalpoisoningbyorganophosphates.ClinToxicol7:1-17,19744)RengstorffRH:Visionandocularchangesfollowingaccidentalexposuretoorganophospates.JApplToxicol14:115-118,19945)KatoT,HamanakaT:Ocularsignsandsymptomscausedbyexposuretosaringas.AmJOphthalmol121:209-210,19966)真鍋洋一,山口達夫,大越貴志子ほか:サリン患者急性期の眼症状と経過.臨眼50:765-767,19967)谷瑞子,秦誠一郎,清水敬一郎ほか:サリン曝露後にみられた瞼球癒着.臨眼50:1845-1848,19968)山口達夫:サリン中毒の眼症状と治療法.有機リン中毒(サリン中毒)─地下鉄サリン事件の臨床と基礎(家城隆次編著)p50-57,診断と治療社,19979)OkumuraT,HisaokaT,NaitoTetal:AcuteandchroniceffectsofsarinexposurefromtheTokyosubwayincident.EnvironToxicolPharmacol19:447-450,200510)NoharaM,SegawaK:Ocularsymptomsduetoorganophosphorusgas(Sarin)poisoninginMatsumoto.BrJOphthalmol80:1023,199611)野原雅彦:サリン曝露後の眼科検診について.松本市の保健衛生(松本市)別冊22:42-51,200012)野原雅彦:松本サリン事件後の健康診断における眼科所見.臨眼53:659-663,199913)石川哲,宮田幹夫,若倉雅登:環境汚染物質などによる眼症─特に有機燐剤の視覚毒性について─.日眼会誌100:418-432,199614)奥山文雄:調節.眼科プラクティス6,眼科臨床に必要な解剖生理(大鹿哲郎ほか編),p339-343,文光堂,200515)清澤源弘,鈴木幸久,石井賢二:眼瞼痙攣の誘因と原因.神経眼科20:22-29,200316)那須民江:松本市における有毒ガス中毒事件健康調査報告書.松本市の保健衛生(松本市)別冊22:52-82,200017)OhbuS,YamashinaA,TakasuNetal:SarinpoisoningonTokyosubway.SouthMedJ90:587-593,1997***(123)あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121439

視力良好な加齢黄斑変性症例に対するラニビズマブ単独療法の1年成績

2012年10月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科29(10):1429.1434,2012c視力良好な加齢黄斑変性症例に対するラニビズマブ単独療法の1年成績澤雄大*1,2河野剛也*2米田丞*2山本学*2芳田裕作*2岩見久司*2戒田真由美*2平林倫子*3白木邦彦*2*1泉大津市立病院眼科*2大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学*3白庭病院眼科One-YearResultsofIntravitrealRanibizumabforExudativeAge-RelatedMacularDegenerationinPatientswithGoodVisualAcuityYutaSawa1),TakeyaKohno2),TasukuYoneda2),ManabuYamamoto2),YusakuYoshida2),HisashiIwami2),MayumiKaida2),MichikoHirabayashi3)andKunihikoShiraki2)1)DepartmentofOphthalmology,IzumiotsuMunicipalHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,OsakaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,ShiraniwaHospital目的:視力良好な滲出型加齢黄斑変性(AMD)に対するラニビズマブ硝子体内注射(IVR)単独療法の1年成績を報告する.対象および方法:対象は,治療前小数視力が0.7以上かつ初回治療としてIVR単独療法を施行し1年間経過を追ったAMD症例24例24眼である.方法は,導入期IVRを1カ月ごとに連続3回施行し,1カ月ごとに滲出性変化を評価し,必要に応じてIVR追加を行った.維持期のIVRも1カ月ごとに連続3回投与を行った.IVR導入期直後でのIVR追加群と追加なし群に分けて,12カ月間の視力経過・IVR施行回数・漿液性網膜.離の消退の有無について検討した.結果:IVR追加群8眼では12カ月の間視力維持にとどまったが,追加なし群16眼では改善がみられた.IVR施行回数は,追加群では平均9.5回,追加なし群では平均4.5回であった.漿液性網膜.離は,12カ月の時点で追加群の2眼,追加なし群の11眼で消失した.結論:視力良好な広義AMD症例に対してIVR単独療法は1年間では視力維持に有効であった.Purpose:Toreportone-yearresultsofintravitrealranibizumabtherapy(IVR)forage-relatedmaculardegeneration(AMD)inpatientswithgoodvisualacuity.Mehods:Twenty-foureyesof24patientswithtreatment-naiveAMDwhohadbest-correctedvisualacuity(BCVA)betterthan0.7weretreatedwith3monthlyIVRsandfollowedupmonthlyfor12months.Theeyeshadanadditionalsessionof3monthlyIVRs,asneeded.Visualacuity,numberofIVRsessionsandpresenceofserousretinaldetachment(SRD)at12monthswereevaluatedaccordingtothenecessityofadditionalIVR(IVR+and.groups)justaftertheloadingphase.Result:The8eyesoftheIVR+groupmaintainedtheirBCVA,butthe16eyesoftheIVR.grouphadimprovedBCVAat12months.TheaveragenumberofIVRswas9.5and4.5intheIVR+and.groups,respectively.SRDhaddisappearedin2and11eyesoftheIVR+and.groups,respectively.Conclusion:InAMDeyeswithgoodvisualacuity,IVRwaseffectiveformaintaininggoodvisionoveraperiodof12months.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(10):1429.1434,2012〕Keywords:視力良好,加齢黄斑変性,ラニビズマブ.goodvisualacuity,age-relatedmaculardegeneration,ranibizumab.はじめにノクローナル抗体を遺伝子組み換えによりヒト化した中和抗Ranibizumabは抗血管内皮増殖因子(vascularendothelial体からFabフラグメントを基本構造として作製された蛋白growthfactor:VEGF)製剤の一つで,マウス抗VEGFモ製剤であり,bevacizumabと同様にアイソフォーム非選択〔別刷請求先〕澤雄大:〒545-8585大阪市阿倍野区旭町1-4-3大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学Reprintrequests:YutaSawa,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,OsakaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-4-3Asahimachi,Abeno-ku,OsakaCity545-8585,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(113)1429 的にすべてのVEGFアイソフォームを阻害する1).わが国でも滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に対するranibizumab硝子体内注射(IVR)単独療法は視力改善の効果が得られ2),平成21年3月に認可された.MARINAstudy3)・ANCHORstudy4)に代表される臨床治験では小数視力で(0.06).(0.5)の中等度視力低下のあるものが対象であったため,視力が比較的良好な群での効果については報告が少なく,筆者らの知る限りではわが国においても6カ月間と1年間の経過について報告したものが各々1つ5,6)しかない.そこで今回筆者らは小数視力で0.7以上の比較的視力良好なAMD症例に対するIVR単独療法1年間の治療成績を報告する.I対象および方法1.対象対象は平成21年4月から平成22年3月の間に大阪市立大学医学部附属病院(当院)眼科を受診した矯正視力(0.7)以上のAMD症例で,初回治療としてIVR単独療法を施行し,1年間の経過を追うことができた24例24眼である.男性15例15眼,女性9例9眼,年齢は55.80歳,平均69.9歳であった.2.方法初回投与前に,Landolt環による小数視力測定,生体細隙灯顕微鏡検査,眼底検査,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT),フルオレセイン蛍光眼底造影(FA),インドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)を施行した.そして,FA所見から脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)のタイプを,predominantlyclassicCNV,minimallyclassicCNV,occultwithnoclassicCNVに分類した.また,IAにて脈絡膜異常血管網とポリープ状脈絡膜血管拡張像の両者または後者のみがみられるポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)を,前述の狭義AMDとは区別して分類した.IVRは以下のとおりに行った.5%ポビドンヨードにて眼周囲の皮膚および結膜.内を消毒後,耳上側の毛様体扁平部から30ゲージ針を用いてranibizumab(0.5mg/0.05ml)を硝子体内投与した.導入期は1カ月ごとに連続3回IVRを施行した.初回のIVR3回投与後の維持期では,1カ月ごとに視力検査,OCT検査,眼底検査を施行し,漿液性網膜.離(serousretinaldetachment:SRD)などの滲出性変化の出現または増加がみられた場合にはFA/IAを施行したうえで,IVRの追加投与を行った.この維持期のIVRも1カ月ごとに連続3回施行した.導入期のIVR3回を施行した翌月,つまり初回投与後3カ月の時点で,IVRを追加した群を3M追加群,IVRを追1430あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012加しなかった群を3M追加なし群とし,両群の12カ月間の平均視力の経過と,AMDのサブタイプ別に両群について12カ月間のIVR施行回数,SRDの消退の有無,PCVではポリープ状脈絡膜血管拡張部の消退について検討した.なお,視力に関する検討では,小数視力をlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力に換算し,2段階の悪化までのものを視力の維持とした.また,統計学的検討はIVR施行回数の比較にはMann-WhitneyU検定を,平均logMAR矯正視力の経過の検討にはWilcoxon符号付順位和検定を用い,有意水準5%で検討した.II結果1.CNVサブタイプ別にみた黄斑所見と初回投与後3カ月における追加の有無症例をCNVのサブタイプ別に分類すると,predominantlyclassicCNV症例はなく,minimallyclassicCNV症例が3例3眼,occultwithnoclassicCNV症例が7例7眼,PCV症例が14例14眼であった.初回投与前のサブタイプ別の黄斑所見はSRDを全例に,網膜色素上皮.離をそれぞれ1眼,3眼,6眼に,網膜下出血をそれぞれ3眼,7眼,10眼に,灰白色病変をそれぞれ2眼,1眼,6眼に認めた.全24眼のうち3M追加群は8眼,3M追加なし群は16眼で,minimallyclassicCNV症例では3眼すべてが3M追加なし群,occultwithnoclassicCNV症例では3M追加群が2眼,3M追加なし群が5眼,PCV症例では3M追加群が6眼,3M追加なし群が8眼であった(表1).2.平均logMAR矯正視力の推移12カ月間の平均logMAR矯正視力の経過を図1に示す.3M追加群では初回投与後3カ月,6カ月,9カ月,12カ月,いずれの時点においても初回投与前と比べて視力の改善は認めず,維持にとどまった(****:p>0.05).一方,3M追加なし群ではいずれの時点でも視力の改善を認めた(**:p<0.01,***:p<0.05)が,その改善幅は.0.08..0.11と小さいものであった.表1症例の内訳(眼)全体3M追加群3M追加なし群全体24816MinimallyclassicCNV303OccultwithnoclassicCNV725PCV1468性別:男性15眼,女性9眼.年齢:55.80歳(平均69.9歳).AMD:Age-relatedmaculardegeneration.CNV:Choroidalneovascularization.PCV:Polypoidalchoroidalvasculopathy.(114) ****:p>0.05,***:p<0.05,**:p<0.01Wilcoxonsignedranktestvs0M**logMAR-0.02-0.04-0.06-0.08-0.10-0.12初回投与後3M初回投与後6M初回投与後9M初回投与後12M0.080.060.040.020.00***********************0M0.01±0.130.02±0.140.02±0.14-0.02±0.16-0.03±0.153M追加群0.07±0.09-0.01±0.12-0.03±0.11-0.02±0.13-0.04±0.153M追加なし群図1平均logMAR矯正視力の経過初回投与前と比べて初回投与後3カ月,6カ月,9カ月,12カ月いずれの時点でも3M追加群では改善を認めず,3M追加なし群では改善を認めた.初回投与後12カ月における改善幅はそれぞれ0.04,0.11であった.3.初回投与後3カ月ごとにおける視力の分布初回投与前および初回投与後3カ月ごとの視力分布を図2に示す.初回投与後3カ月,6カ月,9カ月,12カ月でそれぞれ全24眼中21眼(87.5%),22眼(91.7%),20眼(83.3%),21眼(87.5%)が小数視力で(0.7)以上であり,視力を維持していたのはそれぞれ全24眼中23眼(95.8%),24眼(100%),23眼(95.8%),23眼(95.8%)であった.4.IVR施行回数12カ月間のIVR施行回数を図3に示す.全24眼の平均IVR施行回数は6.2回であった.3M追加群では平均9.5回,一方3M追加なし群では平均4.5回と有意にIVR施行回数が少なかった(*:p<0.001).また,狭義AMD症例では平均5.2回,PCV症例では平均6.9回であり,両者のIVR施行回数に有意差は認めなかった(****:p>0.05).導入期以降に初回投与後12カ月までIVRの追加を行わなかった症例は,全体で24眼中10眼(42%),minimallyclassicCNV症例で3眼中2眼(67%),occultwithnoclassicCNV症例で7眼中4眼(57%),PCV症例で14眼中4眼(29%)であった.5.3M追加群,3M追加なし群それぞれのIVR回数と所見の推移a.3M追加群(occultwithnoclassicCNV2眼,PCV6眼)OccultwithnoclassicCNV症例2眼は12カ月間で平均9.5回のIVRを施行したが,初回投与後12カ月の時点でもSRDは減少するも残存していた(表2).PCV症例6眼はすべて初回投与後6カ月以降もIVRの追加を行い,12カ月間で平均9.5回のIVRを施行した.初回投与後3カ月から初回投与後12カ月の間で,SRD悪化が1眼から2眼,SRD不変が2眼から0眼,減少が3眼から2(115)矯正小数視力■:1.0以上■:0.7~0.9:0.6以下3M追加群53初回投与前3M追加なし群412初回投与後3M追加群5213カ月3M追加なし群1222初回投与後3M追加群5216カ月3M追加なし群1231初回投与後3M追加群629カ月3M追加なし群1312初回投与後3M追加群61112カ月3M追加なし群12220%20%40%60%80%100%図2初回投与前および初回投与後3カ月ごとの視力分布小数視力で(0.7)以上の症例数は初回投与後3カ月,6カ月,9カ月,12カ月でそれぞれ21眼(87.5%),22眼(91.7%),20眼(83.3%),21眼(87.5%)であった.視力を維持していた症例は初回投与後6カ月では24眼(100%),3カ月,9カ月,12カ月で23眼(95.8%)であった.眼,消失が0眼から2眼となった(表2).初回投与後3カ月でのポリープ状病巣の消失は0眼,初回投与後12カ月で1眼であった(表3).b.3M追加なし群(minimallyclassicCNV3眼,occultwithnoclassicCNV5眼,PCV8眼)MinimallyclassicCNV症例3眼のうち,2眼は初回投与後3カ月でSRDは消失し,初回投与後12カ月までの経過観察中に再発はなかった.残りの1眼では初回投与後6カ月からIVRの追加を行い,12カ月間で9回のIVRを施行したがSRDは悪化し,視力も小数視力で0.8から0.6へlogMAR視力で2段階の低下を認めた(表2).あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121431 表2SRDの経過3M追加群(眼)3M追加なし群(眼)時期初回投与後3カ月初回投与後12カ月初回投与後3カ月初回投与後12カ月SRD消失減少不変悪化消失減少不変悪化消失減少不変悪化消失減少不変悪Minimally3眼211)0020011)Occult7眼012)12)0022)00413)00413)00PCV14眼034)25)16)2202620052017)SRD:Serousretinaldetachment,Minimally:MinimallyclassicCNV,Occult:OccultwithnoclassicCNV,PCV:Polypoidalchoroidalvasculopathy,CNV:Choroidalneovascularization,IVR:Intravitrealranibizumab.1)初回投与後6カ月からIVR追加し12カ月間で9回IVR施行.2)初回投与後3・6カ月からIVR追加し12カ月間で平均9.5回IVR施行.3)初回投与後6カ月からIVR追加し12カ月間で6回IVR施行.4)12カ月間で9回,9回,10回IVR施行,初回投与後12カ月で3眼中2眼はSRD減少,1眼は悪化.5)12カ月間で8回,12回IVR施行,初回投与後12カ月で2眼中1眼はSRD消失,1眼は悪化.6)初回投与後3・6カ月からIVR追加し12カ月間で9回IVR施行,初回投与後12カ月でSRD消失.7)初回投与後3カ月でSRD消失,IVR追加なしも初回投与後12カ月でポリープ状病巣再発.109876543210(眼)■:Minimally(眼)■:Occult(眼):PCV(眼)24433111111113回追加群追加なし群4回追加群追加なし群5回追加群追加なし群6回追加群追加なし群7回追加群追加なし群8回追加群追加なし群9回追加群追加なし群10回追加群追加なし群11回追加群追加なし群12回追加群追加なし群平均IVR施行回数全症例:6.2回追加群:9.5回(*)追加なし群:4.5回狭義AMD:5.2回****Minimally:5.0回Occult:5.3回PCV:6.9回*:p<0.001,****:p>0.05Mann-WhitneyUtest追加群:3M追加群追加なし群:3M追加なし群図312カ月間のIVR施行回数1年間のIVR施行回数は3.12回,全症例の平均6.2回であった.3M追加群は平均9.5回,3M追加なし群は平均4.5回であり有意にIVR施行回数が少なかった.狭義AMDでは平均5.2回,PCVは平均6.9回であり両者に有意差は認めなかった.導入期のIVR3回以降に初回投与後12カ月までIVRを追加しなかったものは24眼中10眼(41.7%)であった.AMD:Age-relatedmaculardegeneration,Minimally:MinimallyclassicCNV,Occult:OccultwithnoclassicCNV,PCV:Polypoidalchoroidalvasculopathy.表3PCV症例のポリープ状病巣の変化時期初回投与後3カ月初回投与後12カ月PCVPolyp消失縮小不変増大消失縮小不変増大(14眼)3M追加群033010413M追加なし群440043011)OccultwithnoclassicCNV症例5眼中4眼では初回投与後3カ月においてSRDは消失し,初回投与後12カ月まで再燃を認めなかった.残り1眼は初回投与後6カ月から3回IVRの追加を行い,初回投与後12カ月においてSRDは減少し残存はしていたものの視力は維持されていた(表2).PCV:Polypoidalchoroidalvasculopathy.PCV症例8眼中4眼は導入期以降初回投与後12カ月まで1)初回投与後12カ月でポリープ状病巣が再発.IVRの追加を行わず,残りの4眼は12カ月間で平均6.8回のIVRを施行した(図3).初回投与後3カ月で全例SRDは消失,または減少し,初回投与後12カ月ではポリープ状病1432あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012(116) 巣の再発の1眼はSRDが悪化し5眼でSRDは消失,2眼でSRDは減少したが残存していた(表2).初回投与後3カ月,12カ月でのポリープ状病巣の消失/縮小はそれぞれ4眼/4眼,4眼/3眼であった(表3).6.合併症全24眼においてIVR実施後に血管梗塞性疾患・眼圧上昇・硝子体出血・眼内炎・網膜.離などの重篤な合併症は認めなかった.III考按今回,当院では光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)は小数視力で0.6以下の症例に施行しており,0.7以上の視力良好なAMD症例に対するIVR単独療法の1年間の効果について検討した.初回投与後3カ月におけるIVR追加の有無にかかわらず,すべての期間において24眼中23眼(95.8%)で視力を維持していた.川上らはベースライン視力0.6以上の比較的視力良好なAMD症例27眼のIVR単独療法の6カ月成績を報告5)し,96.3%の症例で視力を維持できたとしているが,今回の検討でも同等の結果が得られた.また,ベースライン視力6/12Snellen以上のAMD症例に対するIVR単独療法の1年経過について検討したRajaらは12カ月間で平均7.2回のIVRを施行し,14眼中13眼で矯正視力6/10以上を維持できたと報告7)しており,Williamsらは12カ月間で平均5.6回のIVRを施行し,88眼中82眼においてETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)の文字スコアで.15文字以内の悪化までの視力を維持できたと報告8)している.わが国では,Saitoらはベースライン視力20/40以上の比較的視力良好なAMD症例40眼のIVR単独療法の12カ月成績を検討し,そのなかで初回治療の16眼に対して平均4.8回のIVRで全例視力を維持できたと報告6)している.当院では導入期の投与にならって残存・再発時の血管新生の活動性をより確実に抑えるために維持期のIVRを1カ月ごとの連続3回投与で行っており,12カ月間のIVRの施行回数は平均6.2回とSaitoらの報告6)に比してやや多いが,前述の海外の報告7,8)とはほぼ同程度のIVR施行回数で,視力も同等の結果が得られた.今回,初回投与後3カ月の時点での追加の有無で症例を分けて検討し,IVRの平均施行回数に12カ月間で5.0回の差がみられた.これは維持期のIVRも3回連続投与していることが一因として考えられるが,それを考慮しても初回投与後3カ月の時点での追加が必要な症例は治療回数が大きくなる可能性があると考えられた.実際3M追加なし群では16眼中12眼において初回投与後3カ月の時点でSRDの消失がみられ,ポリープ状病巣が再発した1眼を除いて初回投与後12カ月の時点でSRDは消失しており視力も維持していた.しかし,初回投与後3カ月の時点でSRD減少にとどまった4眼については,その後にIVRを追加したが初回投与後12カ月でもSRDの消失には至っていなかった.さらに,3M追加群のうちoccultwithnoclassicCNV症例の2眼でも12カ月間で平均9.5回のIVR施行にもかかわらず,SRDは消失しなかった.このように,検討症例は少ないものの狭義AMDに対する初回治療でranibizumabによる治療効果が不十分な場合には,IVRの回数を増やしても十分な治療効果が得られない症例の存在することが考えられる.同じ3M追加群でもPCVの6眼では,IVR施行回数が9.5回と多かったが全例視力を維持していた.また,表2のように,初回投与後12カ月でのポリープ状病巣の再発例が1眼あり,SRDの悪化例が2眼となっていたが,全体としてはSRDが減少の方向に向かっていた.すなわち,PCV症例ではIVR導入期後SRDが残存していても,その後にIVRを続けることにより滲出性変化を減少させて視力維持,向上につなげることができる可能性があると思われる.しかし,ポリープ状病巣の消失は6眼中1眼にとどまっていた.以前よりPCVの治療にはPDTが有効という報告9,10)があり,EVERESTstudy11)でも初回投与後6カ月ではあるがIVR単独療法に比べてPDT単独療法またはIVRとPDTの併用療法のほうがポリープ状病巣の閉塞率が高いことが示されている.PCV症例では経過観察中に大量の網膜下出血のリスクもあることから,導入期3回のIVRでSRDの減少およびポリープ状病巣の消失縮小がみられない症例では追加治療としてPDT単独療法や,PDTとIVRの併用療法が選択肢になる可能性が考えられる.ただし,これまでの報告12.14)にあるように,PDT後に網膜下出血・硝子体出血・黄斑円孔・網膜色素上皮裂孔などの合併症を起こして結果として重篤な視力低下をきたすことがあり,照射部での脈絡膜循環低下のリスクも踏まえるとPDTの際は低照射エネルギーPDTも一つの選択肢になる可能性がある.特に視力良好例については,PDTによる相応のリスクと滲出性変化の持続による長期視力への影響が不明であることを考慮したうえで,今後さらなる検討を重ねる必要がある.文献1)澤田智子,大路正人:加齢黄斑変性の治療─(2)薬物治療.あたらしい眼科25:1230-1234,20082)TanoY,OhjiM:EXTEND-I:safetyandefficacyofranibizumabinJapanesepatientswithsubfovealchoroidalneovascularizationsecondarytoage-relatedmaculardegeneration.ActaOphthalmol88:309-316,20103)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetalfortheMARINAStudyGroup:Ranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1419-1431,2006(117)あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121433 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