0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(121)835《原著》あたらしい眼科27(6):835.838,2010cはじめに1979年にWiseらは,隅角全周の線維柱帯色素帯にアルゴンレーザーを照射するレーザー線維柱帯形成術(argonlasertrabeculoplasty:ALT)によって,眼圧下降が得られることを報告した1).しかし,その後の報告で術後,周辺虹彩前癒着(PAS)が生じたり,線維柱帯の器質的変化が生じ眼圧が上昇するなどの問題点が指摘された2,3).選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabeculoplasty:SLT)は線維柱帯の有色素細胞を選択的に破砕し,線維柱帯細胞を活性化して房水流出を改善し,眼圧を下降させる方法4)で,照射するエネルギーが少なく,反復照射可能で合併症も少ないことから薬物療法と観血的手術治療の中間の治療として期待されている5,6).SLTを全周照射した治療成績の文献は散見される7.12)が,観察期間が1.3カ月間と短期間のものが多く,国内では菅野らの報告10)の6カ月間が最長であるが,症例数が10例と少ない.そこで今回井上眼科病院においてSLTを施行し,3カ月間以上経過観察ができた39例47眼の治療成績をレトロスペクティブに検討した.〔別刷請求先〕菅原道孝:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3医療法人社団済安堂井上眼科病院Reprintrequests:MichitakaSugahara,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績菅原道孝*1井上賢治*1若倉雅登*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医療センター大橋病院EfficacyofSelectiveLaserTrabeculoplastyMichitakaSugahara1),KenjiInoue1),MasatoWakakura1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)2ndDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine目的:当院における選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の治療成績を検討した.対象および方法:2006年11月から2008年2月までにSLTが施行され,3カ月以上経過観察ができた39例47眼を対象とした.病型は原発開放隅角緑内障が33眼,落屑緑内障が12眼,続発緑内障が1眼,高眼圧症が1眼であった.平均年齢は68.3歳,平均経過観察期間は10.9カ月間,術前平均投薬数は3.7剤であった.結果:SLT術前の眼圧は22.1±5.6mmHg,術6カ月後の眼圧は17.2±4.6mmHgで,有意に下降した(p<0.0001).術6カ月後に3mmHg以上眼圧が下降したものは62.9%,同様に20%以上眼圧が下降したものは48.6%であった.重篤な副作用の出現はなかった.結論:SLTは安全で眼圧下降効果が強力で,短期的には有用性が高かったが長期に経過をみる必要がある.Purpose:Weinvestigatedtheeffectivenessofselectivelasertrabeculoplasty(SLT).Methods:FromNovember2006toFebruary2008,weinvestigated47eyesof39patientsinwhomSLTwasappliedto360degreesofthetrabecularmeshwork,withfollow-upformorethan3months.Theseriescomprised33eyeswithprimaryopen-angleglaucoma,12eyeswithexfoliationglaucoma,1eyewithsecondaryglaucomaand1eyewithocularhypertension.Results:Meanpatientagewas68.3yearsandmeanfollow-upperiodwas10.9months;theaveragenumberofanti-glaucomatouseyedropstakenbeforeSLTwas3.7.IOPdecreasedsignificantlyinalleyes,fromapreoperativemeanof22.1±5.6mmHgtoameanof17.2±4.6mmHgat6monthspostoperatively.After6months,IOPreduction≧3mmHgwasseenin62.9%ofeyes,andIOPreductionrate>20%wasseenin48.6%ofeyes.Noseriouscomplicationsoccurredinanyeyes.Conclusion:SLTisasafeandeffectivealternativeforreducingIOPforashorttime.Long-termoutcomesofSLTshouldalsobeevaluated.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):835.838,2010〕Keywords:選択的レーザー線維柱帯形成術,緑内障,レーザー治療.selectivelasertrabeculoplasty,glaucoma,lasertherapy.836あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(122)I対象および方法対象は39例47眼(男性20例24眼,女性19例23眼),年齢は68.3±10.5歳(平均±標準偏差)(40.86歳),観察期間は最低3カ月以上とし,10.9±4.7カ月(3.20カ月)であった.術前投薬数3.7±1.2剤で,内訳は点眼薬・内服未使用が2眼,1剤が1眼,2剤が2眼,3剤が13眼,4剤が17眼,5剤が12眼であった.異なる日に計測した連続する術前2回もしくは3回の眼圧の平均値は22.1±5.6mmHg(12.44mmHg)であった.手術既往は線維柱帯切除術が4眼,線維柱帯切開術が3眼,ALTが4眼,白内障手術が6眼であった.緑内障の病型分類は,原発開放隅角緑内障が33眼,落屑緑内障が12眼,ステロイド緑内障が1眼,高眼圧症が1眼であった.SLTの適応は点眼・内服治療を行っている,もしくは点眼・内服治療にアレルギーがあり使用できない患者で,視野障害の進行を認め,さらなる眼圧下降が必要な症例とした.患者にはインフォームド・コンセントをとり,文書にて同意を得た.SLTのレーザー装置は,ルミナス社製SelectduetRを使用した.照射条件は0.4mJより開始し,気泡が生じる最小エネルギーとした.全例隅角全周に照射した.術前眼圧と術1カ月後,3カ月後,6カ月後の眼圧を比較した(対応のあるt検定).レーザー照射後眼圧が3mmHg以上下降,または眼圧下降率が20%以上を有効例とした.また,眼圧下降率とSLTの治療成績に影響を与える因子(術前眼圧,術前投薬数,総照射エネルギー)とに相関があるか回帰分析で検討した.SLT後に投薬数を増加,緑内障観血的手術施行,SLTを再度施行,あるいは眼圧下降率10%未満が3回続いた場合を死亡と定義し,生存率を検討した.II結果1照射エネルギーは0.78±0.14mJ(0.4.1.0mJ),照射数は103.1±14.1発(75.135発),平均総エネルギーは80.5±17.2mJ(36.4.112mJ)であった.術後眼圧の推移を図1に示す.術前眼圧は22.1±5.6mmHgから1カ月後には18.7±6.5mmHg,3カ月後には16.6±3.1mmHg,6カ月後には17.2±4.6mmHgと眼圧は術前と比較し,どの時期においても有意に下降していた(p<0.0001,t検定).眼圧下降率の推移を図2に示す.眼圧下降率は1カ月後14.6±18.7%,3カ月後17.6±16.6%,6カ月後15.4±19.2%で差がなかった.SLT後の有効率を図3に示す.レーザー照射1カ月後に*:p<0.0001***051015202530術前眼圧(n=47)1カ月(n=47)3カ月(n=39)6カ月(n=35)眼圧(mmHg)観察期間図1術後平均眼圧の推移術前と比較し,どの時期においても眼圧は有意に下降していた.-10-505101520253035401カ月(n=47)3カ月(n=39)6カ月(n=35)眼圧下降率(%)経過観察期間図2眼圧下降率の推移010203040506070有効率(%)観察期間:3mmHg下降:20%下降55.364.162.942.653.848.61カ月(n=47)3カ月(n=39)6カ月(n=35)図3SLT後の有効率術前と比較し3mmHg以上下降したものは6カ月で62.9%,眼圧下降率20%以上のものは6カ月で48.6%であった.00.20.40.60.811.2術前n=47n=39n=39n=351カ月後2カ月後3カ月後6カ月後:累積生存率:発生例図4生存曲線Kaplan-Meier法による累積生存率は3カ月で0.83,6カ月で0.74であった.(123)あたらしい眼科Vol.27,No.6,20108373mmHg以上下降した症例は55.3%,3カ月後は64.1%,6カ月後は62.9%であった.下降率20%以上の症例は1カ月後42.6%,3カ月後は53.8%,6カ月後は48.6%であった.術前眼圧と眼圧下降率(r=0.045,p=0.77),術前投薬数と眼圧下降率(r=0.04,p=0.788),総照射エネルギー量と眼圧下降率(r=0.045,p=0.764)ともに,相関はなかった.SLT6カ月後の転帰は,薬物療法追加3眼,SLT追加が4眼,線維柱帯切除術施行が5眼,ニードリング施行が1眼であった.Kaplan-Meier法による累積生存率は3カ月後で0.83,6カ月後で0.74であった(図4).47眼中12眼でSLT後軽度の虹彩炎を認めたが,術1週間後には全例で消失しており,重篤な合併症はなかった.III考按ALTでは半周照射が一般的であったことからSLTも半周照射で当初は行われていた.最近は全周照射のほうが眼圧下降効果が高いこと10,11)から当院では全例全周照射を行っている.過去の報告からSLTを全周照射したものを抜粋し,眼数,観察期間,術前投薬数,術前眼圧,眼圧下降幅,眼圧下降率をまとめた7.12)(表1).海外の2報告7,8)は眼圧下降率が30%以上である.Lanzettaら7)は術前投薬2.1剤でSLTを全周に照射した6例8眼で6週間後に眼圧は平均10.6mmHg下降し,眼圧下降率は平均39.9%と報告した.Laiら8)は29例の中国人の術前点眼なしの症例で,同一症例の片眼にSLTの全周照射を施行し,僚眼にラタノプロストを使用した.眼圧はSLT眼で平均8.6mmHg下降し,眼圧下降率は平均32.1%で,僚眼との比較で有意差はなかった.これらの報告は,経過観察期間が短いが,SLT半周照射で長期経過をみたものにJuzychらの報告13)がある.術前投薬平均2.5剤でSLTを半周照射した41眼の成績をみたところ5年後の眼圧下降率は27.1%と報告した.人種差も眼圧下降効果に関与していると考えた.一方,国内の報告は成績がばらばらであるが,眼圧下降率は10%台後半から30%台が多い.最も眼圧下降率が低い田中らの報告9)では隅角半周照射33眼と全周照射34眼を比較している.術前投薬数は半周照射群は平均2.7剤,全周照射群は平均3.0剤であった.眼圧下降率は,半周照射群は平均16.1%,全周照射群は11.2%で両者に差はなかった.ただ術前平均眼圧が半周群17.4mmHg,全周群16.1mmHgで他の文献に比べ低いことも関与していると考え,術前眼圧18mmHg以上の症例で検討したところ両者に差はなかった.最も眼圧下降率が高い菅野らの報告10)では隅角半周照射10眼と全周照射10眼を比較している.術前投薬数は半周照射群は平均2.2剤,全周照射群は平均1.8剤であった.6カ月後の眼圧下降率は半周照射群は平均7.9%,全周照射群は31.9%であった.森藤らの報告11)では半周照射44眼と全周照射45眼を比較している.術前投薬数は半周照射群は平均2.5剤,全周照射群は平均2.3剤であった.1カ月後の眼圧下降率は半周照射群は平均10.9%,全周照射群は18.3%であった.眼圧下降率20%以上の症例は半周群18.2%,全周群40.0%と全周群が有意に多かった.Kaplan-Meier生存分析による1年生存率は半周群57.4%,全周群82.2%,2年生存率は半周群44.0%,全周群58.0%と全周群が高かった.山崎らの報告12)では全周照射した20眼の成績を検討している.術前投薬数は2.6剤で,眼圧下降率は平均15.1%であった.本報告でのSLTの眼圧下降率は15.4%と他の文献よりやや低いと思われるが,その理由として術前投薬数が3.7剤と多いため,眼圧下降効果が弱まったのではないかと考えた.実際術前投薬数と眼圧下降率に相関はなかったが,今後は術前投薬数が2剤もしくは3剤の段階でSLTを施行し眼圧の変動をみるとともに,SLTの有効性を推測する予測因子を検討する必要があると考えた.SLTは点眼・内服でコントロール不良の症例に行うことが多いと思うが,点眼で2剤もしくは3剤使用後でまだ眼圧コントロール不良例に使用する頻度が高い塩酸ブナゾシン点眼薬と今回の筆者らの症例とを比較検討してみた.花輪ら14)はプロスタグランジン関連薬およびb遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬の点眼を投与している緑内障患者39例59眼に塩酸ブナゾシン点眼薬を追加し,6カ月後の成績を検討した.塩酸ブナゾシン点眼24週後の平均眼圧下降値は4.3mmHgで有意(p<0.01)に眼圧下降を示した.全体の約70%の症例で眼圧下降を認めた.岩切ら15)はプロスタグランジン関連薬,b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬を点眼している原発開放隅角緑内障25眼に塩酸ブナゾシン点眼薬を追加投与したところ12週後で平均2.0mmHgと有意に眼圧が下降し,また治療前眼圧に比し,2mmHg以上下降した割合は12週後で塩酸ブナゾシン点眼薬投与群は60%であった.徳田ら16)は原発開放隅角緑内障患者で点眼中の患者に塩酸ブナゾシン点眼薬追加投与による眼圧下降効果を検討しており,3剤併表1SLT全周照射の成績著者眼数観察期間(月)術前投薬数術前眼圧(mmHg)眼圧下降幅(mmHg)眼圧下降率(%)Lanzettaら7)81.52.126.610.638.0Laiら8)2960026.88.632.1田中ら9)3413.016.11.911.2菅野ら10)1061.822.67.631.9森藤ら11)4512.319.13.718.3山崎ら12)2032.621.23.215.1本報告4763.722.13.415.4838あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(124)用症例は平均約0.8mmHgの下降にとどまった.館野ら17)は塩酸ブナゾシン点眼薬を併用した緑内障患者の併用薬剤数と眼圧下降効果について検討したところ,点眼開始6カ月後の眼圧下降率は併用前3剤使用の患者で7.8%であった.以上の結果よりSLTは塩酸ブナゾシン点眼薬に比し,多剤併用時は同等もしくはそれ以上の眼圧下降を有するものと考えた.また,SLTの合併症は軽度の虹彩炎以外認めなかった.森藤らは2眼に一過性眼圧上昇,1眼に隅角出血がみられたが虹彩前癒着などの器質的な変化を生じたものは認めなかった.他の文献でも軽度の虹彩炎,軽微な眼圧上昇は認めたが,重篤な合併症はなかったことから,SLTは薬物治療で十分な眼圧下降が得られない症例に対し,観血的治療の前段階の治療として効果も安全性も期待できる治療と考えた.今回SLTを全周照射した47眼について治療成績を検討した.術前の眼圧は22.1±5.6mmHgで,術後6カ月で17.2±4.6mmHgと有意に眼圧は下降していた.また,術6カ月後に3mmHg以上眼圧が下降した症例は62.9%,同様に20%以上眼圧が下降した症例は48.6%であった.経過中重篤な副作用の発現もみられなかった.SLTは安全で眼圧下降効果が強力であり,6カ月間という短期的には有用性が高かったが,今後はさらに長期に経過をみる必要がある.文献1)WiseJB,WitterSL:Argonlasertherapyforopen-angleglaucoma:Apilotstudy.ArchOphthalmol97:319-322,19792)HoskinsHDJr,HetheringtonJJr,MincklerDSetal:Complicationsoflasertrabeculoplasty.Ophthalmology90:796-799,19833)LeveneR:Majorearlycomplicationsoflasertrabeculoplasty.OphthalmicSurg14:947-953,19834)LatinaMA,ParkC:Selectivetargetingoflasermeshworkcells:invitrostudiesofpulsedandCWlaserinteractions.ExpEyeRes60:359-371,19955)KramerTR,NoeckerRJ:Comparisonofthemorphologicchangesafterselectivelasertrabeculoplastyandargonlasertrabeculoplastyinhumaneyebankeyes.Ophthalmology108:773-779,20016)LatinaMA,SibayanSA,ShinDHetal:Q-switched532-nmNd:YAGlasertrabeculoplasty(selectivelasertrabeculoplasty):amulticenter,pilot,clinicalstudy.Ophthalmology105:2082-2088,19987)LanzettaP,MenchiniU,VirgiliG:Immediateintraocularpressureresponsetoselectivelasertrabeculoplasty.BrJOphthalmol83:29-32,19998)LaiJS,ChuaJK,ThamCCetal:Five-yearfollowupofselectivelasertrabeculoplastyinChineseeyes.ClinExpOphthalmol32:368-372,20049)田中祥恵,今野伸介,大黒浩:選択的レーザー線維柱帯形成術における180°照射と360°照射の比較.あたらしい眼科24:527-530,200710)菅野誠,永沢倫,鈴木理郎ほか:照射範囲の違いによる選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.臨眼61:1033-1037,200711)森藤寛子,狩野廉,桑山泰明ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の照射範囲による治療成績の違い.眼臨紀1:573-577,200812)山崎裕子,三木篤也,大鳥安正ほか:大阪大学眼科における選択的レーザー線維柱帯形成術の成績.眼紀58:493-498,200713)JuzychMS,ChopraV,BanittMRetal:Comparisonoflong-termoutcomesofselectivelasertrabeculoplastyversusargonlasertrabeculoplastyinopen-angleglaucoma.Ophthalmology111:1853-1859,200414)花輪宏美,佐藤由紀,末野利治ほか:抗緑内障点眼薬多剤併用患者に対する塩酸ブナゾシン点眼薬の効果.あたらしい眼科22:525-528,200515)岩切亮,小林博,小林かおりほか:多剤併用におけるブナゾシンのラタノプロストへの併用効果.臨眼58:359-362,200416)徳田直人,井上順,青山裕美子:塩酸ブナゾシンの降圧効果と角膜に及ぼす影響.PharmaMedica22:129-134,200417)館野泰,柏木賢治:塩酸ブナゾシン点眼薬の併用眼圧下降効果.あたらしい眼科25:99-101,2008***