学童近視の環境因子と対処方法EnvironmentalFactorsAssociatedwithMyopiainSchool-AgeChildrenandMethodsforManagement小川早紀*五十嵐多恵**はじめに世界の著名な近視研究者らが集結し設立されたTheInternationalMyopiaInstitute(IMI)は,2020年に近視のリスクファクターに関して,環境要因を中心に現在までのエビデンスをまとめた白書を“InvestigativeOphthalmology&VisualScience”誌の特集号で公表した1).表1はそのサマリーであり,主要因子として教育,屋外活動時間,そして近業は別の項目として,スクリーンタイムが掲げられている.また,教育,屋外活動時間,両親の近視の有無が,現在まで蓄積したエビデンスで近視と強い関連が確立している.とくに教育と屋外活動に関しては,その因果関係が無作為化比較試験のシステマチックレビューやメンデルランダム化解析から明確となり,一次予防対策として介入すべき課題と考えられる2~4).一方で中程度のエビデンスが知能,身体活動,社会経済状況,都市化で示されている.しかし,これらはすべて強い近視の発症原因である教育,もしくは屋外活動時間が交絡した結果の可能性がある.スクリーンタイムと近視に関しては,2020年のシンガポールのLancaらによるシステミックレビューで明確な関連を認めなかった5).このため,現時点のエビデンスは「曖昧」であるが,このレビュー以降にスクリーンタイムと近視の関連を示す報告が急増している.近視対策の先進諸国は,近視研究者らの警告をもとに対策を講じはじめている.本稿では,学童近視の環境因子と対処法方に関して,近視の遺伝子環境相合作用を述べたあとに,IMIが主要因子として掲げた教育,屋外活動時間,スクリーンタイムに焦点を当てて概説する.I近視の遺伝子環境相合作用学童近視のようなありふれた疾患は,多数の疾患感受性遺伝子と環境要因の相互作用で発症する多因子疾患である.近年は,人種単位で大規模コンソーシアムが組織され,ゲノムワイド関連解析(genomewideassociationstudy:GWAS)およびそのメタアナリシスが行われるようになり,近視の疾患感受性遺伝子は現在まで500以上が同定されている.しかし,これらは総じて一般的な近視の10%,強度近視の20%を説明する程度である.このいわゆるmissingheritability(失われた遺伝率)を説明するものとして,近視では遺伝子環境相合作用が重要視されている6).たとえば図1aに示すように,遺伝子リスクスコアもしくは環境リスクスコアが各々単独で高リスクであっても近視リスクはそれほど高くない.しかし,両者のリスクがともに高い被検者は,単独よりも近視リスクが相乗的に上昇する.なお,図1bに示すように,環境リスクスコアと両親の近視既往の臨床情報があれば,遺伝子リスクスコアを算出せずとも同等の予後予測が可能である.つまり両親の近視の有無は,近視の遺伝情報だけでなく生活スタイルなどの環境要素も含有する非常に重要な情報であり,学童近視では予後予測のために遺伝解析を行う臨床的意義が低い.*SakiOgawa:独立行政法人国立病院機構災害医療センター眼科**TaeIgarashi:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野〔別刷請求先〕五十嵐多恵:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(11)859ab1.20ParentalMyopiaモデル*20.670.65-0.70─GRSモデル0.670.64-0.700.781.15ERSモデル0.690.66-0.720.98高遺伝リスク低n=3,291AUC95%CIp値*3参照モデル*10.630.60-0.66<0.01近視のオッズ比GRS+ParentalMyopia0.700.67-0.73<0.01ERS+ParentalMyopia0.710.68-0.73<0.011.10GRS+ParentalMyopia0.730.70-0.75<0.011.05*1参照モデルは年齢,性別,その他10個の患者基本情報から算出された予測モデル*2年齢,性別,その他の患者基本情報を調整した予測モデル*3ParentalMyopiaモデルと比較したp値ERS:環境リスクスコア1.00環境リスクGRS:多遺伝子リスクスコア図1近視の遺伝子環境相合作用と予後予測a:GWASで同定された近視感受性遺伝子を用いて遺伝子リスクスコア(GRS)を算出し,また屋外活動および近業のアンケート調査から環境リスクスコア(ERS)を算出して,遺伝子環境相互作用を解析した.GRSおよびERSの三分位数がもっとも高い被検者の近視のリスクは相乗的に増加し[オッズ比(高GSR+高ERS)=1.23;95%CI1.18-1.29],それぞれ一つのみ高リスクである被検者のリスクの合計よりも高かった[オッズ比(高GSR+低ERS)=1.04;95%CI1.00-1.09;オッズ比(低GSR+高ERS)=1.06;95%CI1.01-1.11].b:近視の予測能をROC曲線下面積(areaunderthecurve:AUC)を用いて比較した.環境リスクスコアおよび両親の近視既往といった臨床情報があれば,GRSを算出せずとも同等の予後予測が可能であるため,遺伝情報をスクリーニングする臨床的意義は少ない.親の近視の有無とERSを問診することで,近視発症前に近視発症の高リスク児を推定するほうがはるかに簡便であり,高リスク児にはライフスタイルによる近視予防についての意識を高めることが重要である.(文献6を一部改変)-=---=強い因果関係の介入研究エビデンス弱い因果関係のエビデンス観察研究図2メンデルランダム化解析とエビデンスレベルのビラミッドこれまで疾病と原因との因果関係を明らかにするために,コホートなどの観察研究が多く実施されてきたが,観察研究から得られた因子には,交絡が存在する可能性が否定できず,たとえ交絡因子を統計学的に補正しても,見えない交絡因子を除外することはできなかった.原因を確定するには無作為化介入試験が必要だが,介入方法がない場合や人道的理由で介入が困難な場合,真の因果関係を明らかにすることは困難である.たとえば近視の原因が教育であることを証明するために,学童を無作為に教育を与える群と与えない群に割り付けることはできない.ところが,メンデルランダム化解析という自然界で行われる無作為化をCGWASで得られた遺伝情報を利用することで行う解析法が開発され,観察試験においても交絡因子を除外し因果関係を明らかにすることができるようになった.(文献C7を一部改変)ab図3近業が近視を誘発する仮説;軸外収差理論たとえば右手で近業を行う場合,固視点を十字で示した場合,右眼視野では網膜前方に,左眼視野では網膜後方にデフォーカスが発生する(Ca).このような周辺部網膜へのデフォーカスは,屋外では生じにくい(Cb)一方で,屋内では生じやすい(Cc)ことが示されている.Cab図4近業が近視を誘発する仮説;空間周波数特性の影響a:視覚系において明暗情報の処理を担うと考えられている網膜のCon経路とCo.経路の応答特性は異なり,緑で示すCon経路の刺激によって脈絡膜厚は肥厚し眼軸が伸長する一方で,赤で示すCo.経路の刺激では脈絡膜は菲薄化し眼軸は短縮する.自然界の空間特性では,この視覚刺激のバランスがとれている.Cb,c:白地に黒文字のテキストによる空間特性の視覚刺激は,o.経路を刺激して眼軸長伸展を促す,という説である.黒地に白文字のテキストによる空間特性の視覚刺激はCon経路を刺激し近視を予防する可能性が指摘されているが,検証が十分とはいえず今後の研究の進展が期待される.(文献C12を一部改変)て,屋外活動の高い近視予防効果が示唆されて以降,この説を支持する研究報告結果が蓄積し,2017年のメタアナリシスによって屋外活動は近視の発症リスクをC50%近く抑制するとするエビデンスが確立した3).また,2019年のメタアナリシスで,学校教育に十分な屋外活動時間を確保することで,4~14歳のアジア人の学童の近視発症がC50%,近視進行がC32.9%,眼軸伸展がC24.9%抑制できることが示され4),屋外活動は近視の発症のみならず,近視の進行も抑制するエビデンスが示された.屋外活動の近視予防効果は,屋外活動時間の増加に応じて高まり,もっとも効果的な成果を得るためにC1日120分以上の屋外活動を学校現場で確保することが推奨されるようになった.すでにC2001年から国策として屋外活動による一次予防対策を実施してきたシンガポールでは大規模なコミュニティ,スクールベースの屋外活動キャンペーンの成果により,2004~2007年の時点で小学生における近視有病率の減少に成功し,現在まで有病率の増加を食い止めている13).なお,近視の一次予防対策においてC10歳以下の早期発症を防ぐことは第一の目標と考えられる.近視は低年齢であるほど年間あたりの進行が早く,いったん発症するとC17歳ごろまでは進行が止まらない.10歳以下の低年齢で近視が発症するということは近視が強度に至ること意味するためである.シンガポールが近視の低年齢発症の予防に成功を収めたことは重要な成果であった.一方,台湾は「学生ビジョンケアプログラム」の一環として“天天戸外C120運動”(近視予防のためにC1日120分以上の屋外活動を促す)という政策プログラムを2010年から導入した14).それ以前から台湾では近視予防策としてC1)500CLux以上の室内照明の確保,2)児童の身長に合わせた机の高さの設定(30Ccm以上の視距離を座位の近業で保つ),3)near-workCbreaksC3010Crule(30分の近業後にC10分の休憩を挟む)などの対応が行われていたが,近視の有病率減少には結びついていなかった.ところが“天天戸外C120運動”の実施により,50%であった台湾の小学生における近視有病率は,年率でおおよそC2%強で低下し続けC2015年にはC45%程度まで減少している.なお,近視予防効果を得るための照度の高さは照度計を用いた研究によって,1,000~3,000CLux程度と考えられているが10,15),校舎の影や木陰でも十分なことが示されている15).晴れた夏の日の校庭では,照度がC10万Luxを超えることもあるが,帽子やサングラスで紫外線や熱中症対策を行ったとしても,眼部には近視予防に十分な照度が保たれることも報告されている16).台湾やシンガポールでは紫外線や熱中症にも配慮した安全な屋外活動が指導されている.また,現在,学童近視の進行予防対策に目覚ましい進歩がみられるのが中国である.上海ではC6,000人を超える児童・生徒を対象に,AI技術を搭載した腕時計型小型計測機器を用いて,屋外活動導入による一次予防対策の有効性を実証する大規模スタディが実施されている17).学校現場にデータ共有できるネットワークを整備することで,児童・保護者へのリアルタイムなフィードバックが可能となっており,眼科検査データとともに解析した結果,近視予防に成果をあげているようである.今後,詳細が報告されることで日本での屋外活動実施に生かされることが期待される.C3.スクリーンタイム世界的にスマホが急速に普及し情報通信技術(infor-mationCandCcommunicationtechnology:ICT)化教育の発展からパソコンなどの電子機器の使用が,娯楽だけでなく学業や日常生活においても普及するようになった.スクリーンタイムと近視に関しては,2020年のシンガポールのCLancaらによるシステミックレビューでは明確な関連を認めず,表1に示す現時点のエビデンスは「曖昧」である5).しかし,このレビュー以降にスクリーンタイムと近視の関連を示す研究報告が急増している.2021年“Ophthalmology”誌に掲載された台湾の30年に及ぶ,教育の変遷とそれに伴う近視の増悪を示した研究報告においても,1日C1時間以上デジタルディバイスを使用する小児はそうではない小児と比較してオッズ比でC2.43倍近視のリスクが高いことが示されている〔オッズ比(OR)=2.43,95%信頼区間(CI)=2.10~2.81〕8).筆者のCTsaiらは,このC10年間はスクリーンタイムによる近業時間の増加が,台湾の学童近視が増悪した要因であることを政策決定者と眼科医療従事者が広(15)あたらしい眼科Vol.38,No.8,2021C863表1近視のリスクファクターのサマリー因子エビデンス/因果関係交絡因子主要因子教育屋外活動時間スクリーンタイム先天要因性別人種両親の近視出生順位出生季節その他の個人の要素身長知能身体活動睡眠家庭の状況社会経済状況喫煙食事環境都会/田舎汚染住居概日リズム夜間の照明光の波長その他の要因アレルギー性結膜炎,花粉症,川崎病,ファブリー病不妊治療通説就寝前の薄暗いベッドでの読書交通機関で移動中の読書読み書きの姿勢,ペンの持ち方文字サイズ強い/原因強い/原因曖昧弱い一貫性なし強い弱い弱い弱い中等度中等度弱い中等度弱い弱い中等度弱い弱い弱い否定的弱い弱い弱い弱い弱い屋外活動時間光(照度,間隔,波長)近業社会的要因文化,遺伝遺伝,環境教育年数教育年数社会的要因教育,屋外活動時間屋外活動時間教育のプレッシャー教育教育,社会経済状況教育,社会経済状況教育,社会経済状況,屋外活動時間社会経済状況教育,社会経済状況ドーパミンデータ不十分データ不十分,屋外活動時間データ不十分データ不十分データ不十分CInternationalMyopiaInstituteによってまとめられた近視のリスクファクター.現時点でスクリーンタイムは明確に近視の原因であるとするエビデンスが確立しているとはいえないが,世界の主要な近視研究者らはすでにメジャーファクターとしてリストアップした.(文献C1より引用)20Ccmを切るほどまでとなる18).文字サイズを拡大しても,約C3割は短い視距離での使用に留まる.現代は紙や書籍の時代に比ベ,小さな画面をC30Ccmよりも短い視距離で長時間見続ける時代へと変化していると考えられる.日本ではCGIGAスクール構想とCwithコロナ時代の自粛政策によるCICT教育の加速から,スクリーンタイムのさらなる増加が予測される.予防策も同時に提示していく必要があることから日本眼科医会は『眼科学校医が知っておくべきC25のポイント』を公布するとともに19),適切なデジタルデバイスの使用に関する啓発活動を開始した.なお,先述した中国のCClouclipだけでなく,海外ではパソコンやスマホアプリケーションにおいて,視距離がC40Ccm以内に入った場合に画面が暗くなる機能や,周囲の照度を計測する機能が開発されている20).これらの小型機器やアプリケーションを積極的に導入して学習環境を健全化することは,医学的にも意義があると考えられる.おわりに本稿では学童近視の環境因子と対処法方に関して,IMIが掲げる主要な因子に絞りまとめた.IMIの掲げる主要因子が日本においても学童近視の増悪の要因となっているのか,またそれに対する対策が日本の学童近視の低年齢発症の増加を食い止めることに結びつくのか,検証する必要がある.2021年度から始動した文部科学省主導の学童近視の全国規模での実態調査は,それを実現していくための第一歩に過ぎない.海外では一次予防対策の実施と検証だけでなく,学校検診の段階で近視が発症するリスクの高い小児を同定し,早期に進行予防治療に結びつける体制が整えられつつある.日本でもこのようなスクリーニング体制が整えられる必要があるだろうし,医学的に根拠のある進行予防治療が保険診療として承認されて,経済や地域格差で機会損失が生じないようにする必要もある.これらの取り組みは,近視専門医や小児眼科医だけで実現することは不可能であり,プライマリケアを担う地域の眼科医療従事者,学校関係者,政策決定者らが中心となり力を合わせて一丸となり取り組んでいく必要がある公衆衛生学的課題と考えられる.文献1)MorganIG,WuP-C,OstrinLAetal:IMIriskfactorsformyopia.InvestOphthalmolVisSciC62:3,C20212)MountjoyCE,CDaviesCNM,CPlotnikovCDCetal:EducationCandmyopia:assessingCtheCdirectionCofCcausalityCbyCmen-delianrandomisation.BMJC361,C20183)XiongCS,CSankaridurgCP,CNaduvilathCTCetal:TimeCspentCinCoutdoorCactivitiesCinCrelationCtoCmyopiaCpreventionCandcontrol:aCmeta-analysisCandCsystematicCreview.CActaCOphthalmolC95:551-566,C20174)HoCCL,CWuCWF,CLiouYM:Dose-responseCrelationshipCofCoutdoorCexposureCandCmyopiaindicators:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysisCofCvariousCresearchCmethods.CIntJEnvironResPublicHealthC16:2595,C20195)LancaC,SawSM:Theassociationbetweendigitalscreentimeandmyopia:asystematicreview.OphthalmicPhysi-olOpt40:211-229,C20206)EnthovenCA,TidemanJWL,PollingJRetal:InteractionbetweenClifestyleCandCgeneticCsusceptibilityCinmyopia:CtheCGenerationCRCstudy.CEurCJCEpidemiolC34:777-784,C20197)DaviesCNM,CHolmesCMV,CDaveyCSmithG:ReadingCmen-delianCrandomisationstudies:aCguide,Cglossary,CandCchecklistforclinicians.BMJC362,C20188)TsaiCTH,CLiuCYL,CMaCIHCetal:EvolutionCofCtheCpreva-lenceCofCmyopiaCamongCTaiwaneseschoolchildren:aCreviewCofCsurveyCdataCfromC1983CthroughC2017.COphthal-mologyC128:290-301,C20219)HuangCHM,CChangCDS,CWuPC:TheCassociationCbetweenCnearCworkCactivitiesCandCmyopiaCinCchildren-aCsystematicCreviewandmeta-analysis.PLoSOneC10:e0140419,C201510)WenL,CaoY,ChengQetal:Objectivelymeasurednearwork,outdoorexposureandmyopiainchildren.BrJOph-thalmolC104:1542-1547,C202011)長谷部聡:近視の原因.視覚環境.近視の病態とマネジメント(大野京子編),専門医のための眼科診療クオリファイC28,p33-39,中山書店,201612)AlemanAC,WangM,Schae.elF:Readingandmyopia:Ccontrastpolaritymatters.SciRepC8:1-8,C201813)KaruppiahCV,CWongCL,CTayCVCetal:School-basedCpro-gramtoaddresschildhoodmyopiainSingapore.SingaporeMedJC62:63-68,C202114)WuP,ChenC,ChangLetal:IncreasedtimeoutdoorsisfollowedCbyCreversalCofCtheClong-termCtrendCtoCreducedCvisualacuityinTaiwanprimaryschoolstudents.Ophthal-mologyC127:1462-1469,C202015)WuCP,CChenCC,CLinCKCetal:MyopiaCpreventionCandCout-doorClightCintensityCinCaCschool-basedCclusterCrandomizedCtrial.OphthalmologyC125:1239-1250,C201716)LancaCC,CTeoCA,CVivagandanCACetal:TheCe.ectsCofCdi.erentCoutdoorCenvironments,CsunglassesCandChatsConClightlevels:ImplicationsCforCmyopiaCprevention.CTranslC(17)あたらしい眼科Vol.38,No.8,2021C865_C