眼底の色素性病変:脈絡膜悪性黒色腫MelanocyticTumoroftheOcularFundus:ChoroidalMelanoma古田実*はじめに色素性病変という語句は,通常メラニン色素を伴う病変をさす.すなわち,メラニン産生細胞の腫瘍である.しかし,網膜下血腫が黒く見える時期,逆に病変上の網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE),網膜.離,神経網膜,増殖膜や硝子体混濁に修飾されて本来の色がマスクされていること,さらにメラニン産生細胞であっても無色素性であることもある.簡単には生検できない中で,筆者自身も色素性病変の鑑別は眼科医としての能力を試されているのではないかと感じることがある.眼科外来で得られる画像所見は,専門家とて他の先生と同じである.本稿では脈絡膜悪性黒色腫(脈絡膜メラノーマ)の診断と治療について,なにに注目して,どのように考えるかを概説する.I脈絡膜メラノーマの基礎知識脈絡膜メラノサイトの悪性腫瘍で,成人の原発性眼内腫瘍でもっとも高頻度である.有色人種は白人よりも発症頻度が低く,わが国での新規発症は1年間に100例以下である.全身に生じるメラノーマのうち約5%が眼内に生じ,紫外線や化学薬品と発症との因果関係は明らかではない.発症の平均年齢は60歳で性差はない.II好発部位,形態,色調,大きさ脈絡膜メラノーマは,眼底赤道部より周辺に17%,黄斑から赤道部77%,黄斑に6%の頻度で生じる.形態は,典型的なマッシュルーム型(Bruch膜を超える病変)20%,ドーム状75%,びまん性5%である.色調は人種により異なる可能性があるが,白人では無色素性16%,色素性51%,混合性33%である1).図1に色素性メラノーマの色調がどのように観察されるかを示す.色素性腫瘍ではあっても,メラノーマはRPE下に発育するため,黒く見えないことが多く,網膜面状にメラニンが直接観察できる腫瘍はかなり進行したメラノーマか他の腫瘍であることに注意する.腫瘍の大きさは,旧来から臨床的には厚さ3.0.mm以下がsmall,3.1~8.0.mmがmedium,8.1mm以上はlargeに分類されるが,最近ではTNM分類を使うことが推奨されている(表1).III検眼鏡的鑑別疾患表2に,代表的な眼底色素性病変と所見の特徴を列記した.また,紹介されてくることの多い眼底の黒色病変を図2に示す.メラノーマとの鑑別点は図説に記載したが,もっとも鑑別がむずしい病変は「大きな脈絡膜母斑」である.臨床所見から危険因子を統計的に割り出した研究があるので,参考にするとよい(表3)2).IV診断の確定に必要な検査(図3)1.超音波断層検査脈絡膜メラノーマの大きさの計測と内部反射の評価,および眼球外進展の確認に必須である.病変の最大基底長と厚みを計測し,内部反射が低反射を示すことを確認*MinoruFuruta:福島県立医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕古田実:〒960-1295福島市光が丘1福島県立医科大学医学部眼科学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(23)1097abcd図1脈絡膜メラノーマは黒く見えないa:20歳台,女性.右眼視神経乳頭下鼻側病変.b:50歳台,女性.右眼上方の大きな病変.黄斑が隠れる.c:60歳台,男性.右眼上方の病変.網膜浸潤しメラニン色素の散布が著明.d:60歳台,女性.左眼下方の病変.網膜.離のため硝子体手術とレーザーを施行されている.表1UICC.AJCC分類脈絡膜メラノーマの厚さと最大基底径によるT分類(第8版)>1544412.1~15.033449.1~12.03333346.1~9.022223343.1~6.01112234≦3.01111224厚さmm最大基底径mm≦3.03.1~6.06.1~9.09.1~12.012.1~15.015.1~18.0>18表2眼内のおもな色素性腫瘍の種類と特徴色素細胞の部位病変の種類おおよその特徴網膜色素上皮肥大腺腫・腺癌先天性,平坦,神経網膜菲薄網膜栄養血管,滲出性網膜.離脈絡膜母斑悪性黒色腫厚さC2.mm以下,ドライ,超音波高反射厚さC3.mm以上,ウェット,超音波低反射視神経乳頭黒色細胞腫厚さC2.mm以下,ドライ,視神経萎縮表3小さな脈絡膜メラノーマの早期診断のための危険因子イニシャル覚え方所見ハザード比将来メラノーマとなった割合%CTCFCSCOCMCUHCHCDCToFindSmallOcularMelanomaUsingCHelpfulHintsDailyThickness厚み>2.mmCFluid網膜.離(+)CSymptoms自覚症状(+)COrangeCpigmentオレンジ色素(+)CMargin腫瘍辺縁<3.mmCtoCtheCopticCdiscCUltrasoundCHollow超音波低反射CHaloCabsent病変辺縁部の萎縮所見CDrusenCabsentドルーゼン(-)C2C3C2C3C2C3C6C─C19C27C23C30C13C25C7C─(文献C2より改変)図2眼底のおもな黒色病変a:先天性網膜色素上皮肥大(con-genitalChypertrophyCofCretinalpigmentCepithelium:CHRPE).OCTで病変は平坦で,神経網膜は菲薄化している.Cb:網膜色素上皮腺腫.網膜上に色素性病変が直接観察され,滲出性網膜.離がある.通常は周辺部に生じる腫瘍である.フルオレセイン蛍光眼底造影では網膜血管によって栄養されていることがわかる.Cc:視神経乳頭黒色細胞腫.OCTで視神経乳頭から生じ,脈絡膜内の病変はない.Cd:周辺部滲出性出血性脈絡網膜症(peripheralCexuda-tiveChemorrhagicCchorioretinopa-thy:PEHCR).周辺部脈絡膜新性血管からの網膜下血腫で,ポリープ様脈絡膜血管症が周辺部に生じたものと考えられている.超音波所見はメラノーマに類似する.1週間経過すれば病変は白色化して血腫であることがわかる.Ce:脈絡膜母斑.網膜.離や自覚症状はない.超音波検査では病変の厚さC2Cmm未満で,内部は高反射である.図3確定診断に必要な画像検査a:60歳台,女性.右眼耳側に厚さC3.8mm,基底径C9mmの色素性病変があり,腫瘍上に薄く網膜.離がある.Cb:同症例の超音波断層像.腫瘍は正常脈絡膜よりも低反射で,脈絡膜が掘れているように見える(→:choroidalCexca-vation).c:同症例のフルオレセイン蛍光眼底造影早期と後期.網膜色素上皮障害が強い.後期には斑状点状の過蛍光がみられる.Cd:同症例のインドシアニン・グリーン蛍光眼底造影早期と後期.早期から網膜血管とは異なる病変内血管が描出され(doubleCcircu-lation),ループ状血管(→)がみられる.腫瘍自体は後期でも低蛍光であり,メラニン色素を含む腫瘍と考えられる.臨床的にはCa~dの所見でも十分に脈絡膜メラノーマの診断が可能である.以下Ce~hのように確認のための放射線学的検査を行う.Ce:別症例のMRICT1強調像.右眼耳側病変は高信号である.Cf:の症例のCMRIT2強調像.病変は低信号である.Cg:の症例のCFDG-PET/CT.SUVmaxはC2.9であり,有意な集積を呈さない.脈絡膜メラノーマでも陰性を示すことが多々ある.h:の症例のC123I-IMPシンチグラムC24時間像.右眼の病変に一致して,強い集積を示す.メラノーマに関してはCPETよりも診断的価値が高い.図4小線源療法を施行した症例a:20歳台,女性.右眼下鼻側に厚さC4.6.mm,基底径C10.mmの脈絡膜メラノーマがある.Cb:小線源治療を他院で施行し,その後にCTTTによる凝固術も追加した.Cc:小線源治療からC3年後.放射線網膜症に対するレーザー治療も行い,腫瘍は平坦化している.d:OCT.網脈絡膜は萎縮している.ーマだけでなくさまざまな悪性腫瘍への臨床応用が期待されている.CVI予後と予後予測因子脈絡膜メラノーマは,肝転移をきたしやすく,遠隔転移した症例のC90%に肝病変がみられる.肝転移の治療は困難であり,分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を含めたさまざまな薬剤が使える現在でも,最終的には転移率≒死亡率となる.現在の臨床研究のトレンドは,腫瘍遺伝子から転移のリスクを推定することである.C1.古典的予後予測因子腫瘍の大きさはもっとも簡便で信憑性のある因子である.UICC-TMN分類(図3)は,多くの予後研究結果に基づいたもので,腫瘍の厚さ,基底径,毛様体病変の有無,眼外進展の有無と大きさがポイントである7).T1:腫瘍の大きさCcategoryC1(頻度C46%,10年遠隔転移率C15%)T2:腫瘍の大きさCcategoryC2(頻度C27%,10年遠隔転移率C25%)T3:腫瘍の大きさCcategoryC3(頻度C21%,10年遠隔転移率C49%)T4:腫瘍の大きさCcategoryC4(頻度C6%,10年遠隔転移率C63%)大きさ以外に予後に関係する因子として,病理組織学的な細胞型や核分裂頻度,血管や強膜への浸潤の有無などが重要であるが,これらは摘出眼球によって評価される.眼球外進展がある場合には極端に予後が悪くなる.C2.微量検体による予後予測脈絡膜メラノーマ発育の分子機構が解明されてきている.眼球温存療法を選択した場合でも,治療直前に針生検で腫瘍細胞を採取し,染色体検査8)やCgeneCexpres-sionCpro.ling9,10)で高精度な予後推定が可能となってきた.海外では商業ベースでの検査が可能となっているが,わが国では普及していない.おわりに脈絡膜メラノーマの早期診断に立ちはだかる壁は高く,驚くことに初診時の腫瘍の大きさはC30年前と変わりない.数多くある悪性腫瘍のうち,早期診断が進まないのはまれであり歯がゆい.いまや,眼科を受診したことのない人は少数派である.健診や診察中に発見した色素性病変の観察と記録を忘れずに行うことが第一歩であろう.文献1)ShieldsCCL,CFurutaCM,CThangappanCACetal:MetastasisCofCuvealCmelanomaCmillimeter-by-millimeterCinC8033Cconsec-utiveCeyes.CArchOphthalmolC127:989-998,C20092)ShieldsCCL,CFurutaCM,CBermanCELCetal:ChoroidalCnevustransformationCintoCmelanoma:CanalysisCofC2514Cconsecu-tiveCcases.CArchOphthalmol127:981-987,C20093)YoshimuraCM,CKanesakaCN,CSaitoCKCetCal:DiagnosisCofCuvealCmalignantCmelanomaCbyCaCnewCsemiquantitativeassessmentCofCN-isopropyl-p-[123I]-iodoamphetamine.CJpnJOphthalmolC55:148-154,C20114)MashayekhiCA,CShieldsCCL,CRishiCPCetCal:PrimaryCtrans-pupillaryCthermotherapyCforCchoroidalCmelanomaCinC391cases:CimportanceCofCriskCfactorsCinCtumorCcontrol.COph-thalmologyC122:600-609,C20155)ToyamaCS,CTsujiCH,CMizoguchiCNCetCal;WorkingCGroupforCOphthalmologicTumors:Long-termCresultsCofCcarbonCionCradiationCtherapyCforClocallyCadvancedCorCunfavorablylocatedCchoroidalCmelanoma:CusefulnessCofCCT-basedC2-portCorthogonalCtherapyCforCreducingCtheCincidenceCofCneovascularCglaucoma.CIntCJCRadiatCOncolCBiolCPhysC86:C270-276,C20136)KinesCRC,CCerioCRJ,CRobertsCJNCetal:HumanCpapillomaviC-rusCcapsidsCpreferentiallyCbindCandCinfectCtumorCcells.CIntCJCancerC138:901-911,C20167)ShieldsCCL,CKalikiCS,CFurutaCMCetal:AmericanCjointCcom-mitteeConCcancerCclassi.cationCofCuvealCmelanoma(ana-tomicCstage)predictsCprognosisCinC7,731Cpatients:CTheC2013CZimmermanCLecture.COphthalmologyC122:1180-1186,C20158)DamatoCB,CDukeCC,CCouplandCSECetCal:CytogeneticsCofuvealCmelanoma:CaC7-yearCclinicalCexperience.COphthal-mologyC114:1925-1931,C20079)HarbourCJW:ACprognosticCtestCtoCpredictCtheCriskCofCmetastasisCinCuvealCmelanomaCbasedConCaC15-geneCexpres-sionCpro.le.CMethodsMolBiolC1102:427-440,C201410)FieldCMG,CDecaturCCL,CKurtenbachCSCetCal:PRAMECasCanCindependentCbiomarkerCforCmetastasisCinCuvealCmelano-ma.CClinCancerResC22:1234-1242,C2016(29)あたらしい眼科Vol.C34,No.8,2017C1103