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ドライアイ診療のための涙液層のブレイクアップ分類最前線

2017年3月31日 金曜日

ドライアイ診療のための涙液層のブレイクアップ分類最前線UpdateTear-FilmBreakupClassi.cationforFilm-OrientedDiagnosisTherapyforDryEye横井則彦*はじめにドライアイのコア・メカニズムは何なのか?日本と欧米の考え方が交錯するなかで,日本のドライアイ研究者は,可視化することができ,健常眼との違いが明確で,おもなドライアイ症状をうまく説明することができるという理由で,「涙液層の安定性の低下」にドライアイのコア・メカニズムの解答を求めてきた1).実際,涙液層の安定性の低下,ひいては涙液層の破壊は,ドライアイの診断と治療の大きな手がかりとなり2,3),上皮障害ではなく涙液層の破壊に視点をおいてドライアイを診断することで,Schirmerテストで異常値を示さず,上皮障害がないにもかかわらず,症状の強いBUT短縮型ドライアイ4~7)を見落とすことが少なくなる.また,新しいドライアイ治療用点眼液が登場したことで,涙液層の破壊の改善を目標にした治療によって,ドライアイ症状の改善が得られることが,いっそう明確になってきている2,3).そして,本特集の中にある日本の新しいドライアイの定義や診断基準を読めば,涙液層の安定性の低下がドライアイの本質である理由を見つけることができるであろう.今や涙液層の安定性低下,あるいは涙液層の破壊はドライアイ診療において欠かすことのできない指標であり,今後も日本のドライアイ診療の発展の鍵を握り続けるだろうと思われる8).そして,このコンセプトを中心に,欧米で重視される炎症や,瞬目時の摩擦亢進のメカニズムをうまく位置づけることで,ドライアイの全容がみえてくるのではないかと思われる.本稿では,ドライアイ診断においてその有用性がさらに確立されつつある涙液層のブレイクアップ分類の今を紹介する.I涙液層の構築涙液層が油層,水層,ムチン層の3層からなるというモデル9)は,その後の発見によって書き換えられ,現在,涙液層は油層および液層との2層からなると考えるのが適当である(図1)10,11).油層は,マイボーム腺の油脂(meibum)からなる非極性脂質層と両親媒性脂質層(マイボーム腺以外の由来も想定されている)の2層からなるが,非極性脂質層はその80%がコレステロールエステルとワックスエステルからなり,両親媒性脂質層はリン脂質,OAHFA[(O-acyl)-w-hydroxyfattyacidfamily],スフィンゴ脂質などからなるとされる10).一方,液層はゲル形成ムチンである分泌型ムチンがそのネットワーク内に水分を保持しながら,開瞼維持時にゲル層となり,涙液層の安定性維持に貢献するとされる11).また,液層には水分,分泌型ムチン以外に,電解質,ラクトフェリン,リゾチーム,IgA,リポカリン,成長因子,サイトカイン,ビタミン類などが含まれ,これらは抗菌作用,上皮の分化・増殖・保護作用を発揮しながら,眼表面の健常性維持に働く.*NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(9)315非極性脂質層油層両親媒性脂質層液層糖衣層表層(膜型ムチン)上皮図1眼表面の構築眼表面は油層と液層からなる涙液層と表層上皮から構成される.油層は非極性脂質層と両親媒性脂質層の2層からなり,液層は水分と分泌型ムチンによりゲル構造をなす.糖衣層には表層上皮が発現する膜型ムチンが含まれ,表層上皮の水濡れ性やバリア機能の一部が維持される.油層液層表層上皮図2涙液層の液層の菲薄化と全層破壊の違いを示す模式図および涙液層の液層の菲薄化と全層破壊の観察像涙液層の菲薄化(左上)は,darkspotとしてフルオレセインで観察でき(右上,白△),涙液層の全層破壊(左中,左下)はビデオインターフェロメーターで直接的に(右中),ビデオトポグラファーで間接的に観察される(右下)(一般に,プラチドリングの乱れは,涙液層の全層破壊が生じてから観察されるため,この図は全層破壊がさらに広がった状態と考えられる).Darkspot(右上,白△)の出現までの時間はフルオレセイン破壊時間として,涙液層の安定性の指標となる.ビデオインターフェロメーターでは,涙液層の全層破壊を直接観察しながら,破壊出現(右中,白△)までの時間(非侵襲的涙液層破壊時間)を測定でき,この時間も涙液層の安定性の指標となる.ビデオトポグラファーでは,涙液層の全層破壊をプラチドリングの乱れとして観察できるが,ビデオインターフェロメーターのような直接観察ではないため,その出現(右下,黒△)までの時間(これも非侵襲的涙液層破壊時間に相当しうる)は,一般に実際の全層破壊に要する時間より長くなる.涙液層形成の涙液層形成の第1ステップ第2ステップ開瞼直後開瞼後涙液油層の涙液油層の液層の表面圧勾配上方移動上方伸展水分の塗りつけ図3開瞼に伴う涙液層の層別動態と涙液層形成開瞼に伴い涙液層は2つのステップを経て形成される.まず,開瞼中に水分が角膜表面に塗りつけられ(左),次に表面圧勾配に基づいて涙液油層の上方伸展が生じて液層の上方移動が引き起こされ,涙液層は完成する.=開瞼中開瞼直後開瞼後図4涙液層の形成過程とその破壊パターン涙液層の形成前(a~d)と形成後(e)において,5つの涙液層の破壊パターンが区別される(A:Areabreak,B:Spotbreak,C:Linebreak,D:Dimplebreak,E:Randombreak).AreaおよびLinebreakは,涙液減少型ドライアイにみられやすく,Spot,Dimple,およびRandombreakは,BUT短縮型ドライアイでみられやすい.deabc図5フルオレセイン染色で区別されるブレイクアップパターンa:Areabreak,b:Spotbreak,c:Linebreak,d:Dimplebreak,e:Randombreak.Areabreakでは瞼裂部の角膜全面に,Linebreakでは角膜下方に上皮障害がみられるのに対して,Spotbreak,Dimplebreakでは一般に上皮障害はみられにくい.また,フルオレセインの上方移動中に,darkspotが,Linebreakではフルオレセインが薄くなる角膜下方でみられるのに対し,Dimplebreakではフルオレセインが濃くなる角膜中央寄りでみられることに注意したい.表1フルオレセインとスリットランプによる観察に基づくTFODとTFOTのポイントBreakupBreakup開瞼後のフルオレセインのBreakupがみられる上皮障害病態ドライアイのタイプTFOTに基づく治療方針分類の形上方移動(上)タイミング(下)角膜の部位角膜結膜Area面状×~△開瞼直後典型例では全面++++++涙液減少(重症)涙液減少型水分確保Line線状○Fの上方移動中下方+~+++~++涙液減少(軽症~中等症)ドライアイ水分補充Spot(類)円形◎開瞼直後中央寄り~上方-~+-~+角膜表面の水濡れ性低下膜型ムチン補充Dimple(類)線状◎Fの上方移動中中央寄り-~+-~+角膜表面の水濡れ性低下BUT短縮型ドライアイ膜型ムチン補充分泌型ムチン/油分/水分のいずれかを補充Random不定形◎Fの上方移動が終了したのち不定-~+-~+蒸発亢進フルオレセイン(F)の上方移動(◎:良好○:あり△:角膜下方に限局×:なし)上皮障害(-:なし+:軽症++:中等症+++:重症)(文献3より改変引用)図6SpotbreakとLinebreakが同時にみられる症例本症例では,開瞼維持によりLinebreakはすぐに広がって,面状になりうることから,下方角膜表面の水濡れ性低下が病態として推察される.図7涙液減少型ドライアイの比較的重症例にみられるDimplebreakと上方にシフトした点状表層角膜症(super.cialpunctatekeratopathy:SPK)涙液減少がより高度になると,液層を足場とする油層の上方伸展が制限され,角膜下方のLinebreakよりも,油層の伸展限界部でのDimplebreakがむしろみられやすくなり,油層が持ち込んだ水分のために,角膜下方はむしろ上皮障害の発症から守られる.そして,油層による水分の持ち込みが期待できないDimplebreakの上方の角膜において,SPKはより高度になりやすい(SPKの上方シフト).液減少の程度がより高度な眼では,開瞼時に角膜表面に塗りつけられる水分がより少なくなるため,油層の伸展の足場が乏しくなり,油層は上眼瞼縁まで上方伸展できなくなる.そのため,油層の上方伸展が停止する部位にdimpleを生じるようになる(図7).したがって,dimpleから上方の領域は開瞼中に塗りつけられる液層のみ,dimpleから下方の領域は開瞼中に塗りつけられる水分に,上方伸展してくる油層が持ち込む水分が加わるため,涙液層はより厚く安定で,そのためlineは見られにくくなり,結果としてのSPKも生じにくくなる.つまり,lineからareaに至るまでの比較的高度の涙液減少では,BPはlineよりも,むしろdimpleが主体となり,dimpleの上方の領域にSPKが生じやすくなる.そして,最重症の涙液減少眼では,ついに液層を足場とする油層の上方伸展がまったく得られなくなり(Areabreak),SPKは,瞼裂部の全面で見られるようになる.おわりに涙液層の安定性は,涙液層を構成する油層と分泌型ムチン,水分および角膜表面の膜型ムチンによって維持されている.開瞼に伴って角膜上に涙液層が完成し,開瞼維持でその破壊が生じて広がってゆく一連の過程において,眼表面の各構成要素が役割を果たすタイミングが違うことは注目に値する.すなわち,開瞼に伴う角膜表面への水分の塗り付け過程では膜型ムチンが機能し,油層の上方伸展に伴って,角膜表面の液層がさらに厚くなる過程においては油層と水分が機能し,油層の上方伸展が終了し涙液層が完成してからは,油層と分泌型ムチンが涙液層の菲薄化,ひいては破壊を阻止するように機能し,涙液層の破壊が生じた後は,その拡大を防ぐべく,再び膜型ムチンが機能する.つまり,以上の一連の過程において,膜型ムチンは角膜上の涙液層の動態の最初と最後を決めるため,膜型ムチンの機能が悪い(角膜表面の水濡れ性が悪い)と,角膜上の涙液層は薄く,そのために破壊が生じやすく,いったん破壊すると容易に広がる.BUT短縮型ドライアイの中には,メニスカスの涙液貯留量に減少がないにもかかわらず,角膜上の涙液層が薄く観察され,破壊が生じやすく,いったん破壊すると広がりやすいタイプがしばしばみられる.そして,このタイプは上皮障害がまったくみられない例が多く,ともすれば見逃される.しかし,症状は上皮障害を伴うドライアイと同様に強い22).涙液層は,眼表面の構成要素がバトンを渡すように動的に密接な関係をもちながら形成に向かい,破壊に至る.そして,この動的関係の異常を診ることで,何が涙液層の破壊の原因かを看破でき(層別診断),涙液層を安定化させるための足りない成分を補充する治療(層別治療)が提案できる.これがTFOD,TFOTのコンセプトの要点である.ドライアイの分類は,世界的にも涙液減少型と蒸発亢進型の二つしかなく,水濡れ性低下型ドライアイはまだ市民権すらない23).今後,日本で発見された4)BUT短縮型ドライアイの認知度がさらに高まり,そのメカニズムとして角膜表面の水濡れ性の低下が注目されるとともに,涙液層の安定性低下に視点を置く,日本のドライアイの診療のやり方が世界に広がることを願う次第である.本稿がドライアイの日常診療に役立つことを期待したい.文献1)TsubotaK,YokoiN,ShimazakiJetal:Newperspectivesondryeyede.nitionanddiagnosis:AconsensusreportbytheAsiaDryEyeSociety.OculSurf15:65-76,20172)横井則彦:ドライアイの新しい治療戦略─眼表面の層別治療─.日本の眼科83:1318-1322,20123)横井則彦:ドライアイの治療方針:TFOT.あたらしい眼科32:9-16,20154)TodaI,ShimazakiJ,TsubotaK:Dryeyewithonlydecreasedtearbreak-uptimeissometimesassociatedwithallergicconjunctivitis.Ophthalmology102:302-309,19955)Shimazaki-DenS,DogruM,HigaKetal:Symptoms,visualfunction,andmucinexpressionofeyeswithtear.lminstability.Cornea32:1211-1218,20136)KohS,InoueY,SugmimotoTetal:E.ectofrebamipideophthalmicsuspensiononopticalqualityintheshortbreak-uptimetypeofdryeye.Cornea32:1219-1223,20137)Shimazaki-DenS,IsedaH,DogruMetal:E.ectsofdiquafosolsodiumeyedropsontear.lmstabilityinshortBUTtypeofdryeye.Cornea32:1120-1125,20138)横井則彦,坪田一男:ドライアイのコア・メカニズム─涙液安定性仮説の考え方─.あたらしい眼科29:291-297,20129)Wol.E:Themuco-cutaneousjunctionofthelidmargin(15)あたらしい眼科Vol.34,No.3,2017321-

日本のドライアイの定義と診断基準の改定(2016年版)

2017年3月31日 金曜日

日本のドライアイの定義と診断基準の改訂(2016年版)De.nitionandDiagnosisofDryEyeinJapan,2016島﨑潤*1横井則彦*2渡辺仁*3天野史郎*4大橋裕一*5木下茂*6下村嘉一*7高村悦子*8堀裕一*9西田幸二*10濱野孝*11村戸ドール*12山田昌和*13坪田一男*14(ドライアイ研究会)I背景2006年にドライアイ研究会がドライアイの定義と診断基準を改訂してから10年が経過した1).この10年間のドライアイの臨床および基礎研究の進歩は眼を見張るものがあり,わが国はそのなかでも世界をリードしてきたといっても過言ではない.研究の発展にはドライアイの概念と診断基準の統一が必須であることは論を待たず,2006年のドライアイ診断基準の発表がある程度寄与したことは大変喜ばしい.今回,ドライアイの定義と診断基準を改訂することとなった.その理由は,この10年のドライアイ研究の進歩と国際的な状況の変化にある.本稿ではその点について概説する.IIBUT短縮型ドライアイの概念と涙液層の安定性の重要性この10年のドライアイ臨床研究の大きな進歩の一つは,いわゆる涙液層破壊時間(tear.lmbreak-uptime:BUT)短縮型ドライアイに関する知見が多く集まってきたことにある.BUT短縮型ドライアイは,「BUTが短く,ドライアイの自覚症状を有するが,涙液分泌や角結膜上皮はほぼ正常なもの」と定義されると思われる.BUT短縮型ドライアイの報告は20年以上前に遡るが2),この10年の本疾患の研究の進歩は目覚ましい.これらの報告を総括すると,「BUT短縮型ドライアイは,古典的ドライアイと同じくらいの眼不快感と視機能異常をもたらす」ということができる(表1).従来のドライアイ診断基準では,このBUT短縮型ドライアイは「ドライアイ疑い」に分類される.しかし,自覚症状が同等であれば,通常のドライアイと同じく治療の必要があることから,この両者を同じように扱ったほうがよいのではないか,と考えられるに至った.さらにこのBUT短縮型ドライアイが,わが国におけるドライアイの多くの割合を占めることが示されてきた(図1)3,4).BUT短縮型ドライアイに対する理解が深まるにつれ,涙液層の安定性の低下こそがドライアイの本質であるという概念が広まっていった.涙液層の安定性は,涙液量,涙液の質,角結膜上皮の状態,眼瞼の状態など数多くの因子によって決まる.その上流の原因が何であるにしても,涙液層の安定性が損なわれて自覚症状(眼不快*1JunShimazaki:東京歯科大学市川総合病院眼科*2NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学*3HitoshiWatanabe:関西ろうさい病院眼科*4ShiroAmano:井上眼科病院*5YuichiOhashi:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野*6ShigeruKinoshita:京都府立医科大学大学院医学研究科感覚器未来医療学*7YoshikazuShimomura:近畿大学医学部眼科学教室*8EtsukoTakamura:東京女子医科大学眼科学教室*9YuichiHori:東邦大学医療センター大森病院眼科*10KojiNishida:大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室*11TakashiHamano:ハマノ眼科*12DogruMurat:慶應義塾大学医学部眼科学教室*13MasakazuYamada:杏林大学医学部眼科学教室*14KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕島﨑潤:〒272-8513市川市菅野5-11-13東京歯科大学市川総合病院眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(3)309表1BUT短縮型ドライアイに関する知見BUT短縮型ドライアイは,眼の疲れの大きな原因となる2)アレルギー性結膜炎の合併が多い2)比較的若年者に多い11)実用視力が低下する12)高次収差が増加する13)涙液減少型ドライアイと同様の眼不快感と視機能異常をもたらす4,14)分泌型ムチンおよび膜型ムチンの発現が減少する14)表22016年ドライアイの定義と診断基準ドライアイの定義ドライアイは,さまざまな要因により涙液層の安定性が低下する疾患であり,眼不快感や視機能異常を生じ,眼表面の障害を伴うことがあるドライアイの診断基準1,2を有するものをドライアイとする1.眼不快感,視機能異常などの自覚症状2.涙液層破壊時間(BUT)が5秒以下非ドライアイドライアイ34%確定12%図1オフィスワーカーにおけるドライアイとその中に占めるBUT短縮型ドライアイの比率(文献4より改変引用)【眼表面の層別治療】治療対象眼局所治療温罨法,眼瞼清拭油層少量眼軟膏,ある種のOTCジクアホソルナトリウム*人口涙液,涙点プラグ水分ヒアルロン酸ナトリウム液層ジクアホソルナトリウム分泌型ジクアホソルナトリウムムチンレパミピドジクアホソルナトリウム上皮膜型ムチンレパミピド上皮細胞自己血清(杯細胞)(レパミピド)ステロイド眼表面炎症レパミピド***ジクアホソルナトリウムは,脂質分泌や水分分泌を介した油層伸展促進により涙液油層機能を高める可能性がある**レパミピドは抗炎症作用によりドライアイの眼表面炎症を抑える可能性がある(監修:ドライアイ研究会)図2TearFilmOrientedTherapy(TFOT)概念図(ドライアイ研究会ホームページhttp://www.dryeye.ne.jp/tfot/index.htmlより)14.7%BUT(sec)図3ドライアイ患者におけるSchirmer値とBUTの散布図(文献4より転載引用)表3AsiaDryEyeSocietyによるドライアイの定義“Dryeyeisamultifactorialdiseasecharacterizedbyunstabletear.lmcausingavarietyofsymptomsand/orvisualimpair-ment,potentiallyaccompaniedbyocularsurfacedamage.”(文献5より転載引用)Dryeyesymptoms:AssessedbyOcularSurfaceDiseaseIndex(OSDI),McMonniesquestionnaire,Women’sHealthStudyDecreasedTBUT+=(unstabletear.lm)DryEyeDiagnosisQuestionnaireorthedryeye-relatedQOLscore(DEQS)図4AsiaDryEyeSocietyによるドライアイ診断の考え方(文献5より転載引用)-

序説:世界のトップを走る日本のドライアイ最前線

2017年3月31日 金曜日

世界のトップを走る日本のドライアイ最前線Japan─AGlobalLeaderinthePathophysiology,Diagnosis,andTreatmentofDryEye横井則彦*坪田一男**本特集では『世界のトップを走る日本のドライアイ最前線』と題して,日本のドライアイの考え方,診断,治療の最前線についてドライアイのエキスパートの先生方に解説していただいた.いずれも学ぶところの非常に多い力作ぞろいであり,この場を借りて,先生方に感謝申し上げたい.以下には,エキスパートの先生方のご担当分野とリンクさせながら,世界のトップを走る日本のドライアイの現状を紹介する.2010年12月,2012年1月に,世界に先駆けて画期的なドライアイ治療用点眼液が日本に2種類誕生したことは,日本のドライアイ診療に飛躍的な進歩をもたらした.すなわち,涙液層と上皮からなる眼表面に対して,不足成分を層別に補うことができるこれらの点眼液は,ドライアイ診療の主眼をSPK(super.cialpunctatekeratopathy)からBUT(breakuptime)へとシフトさせた.しかも,それらはこれまで日本の眼科医が大切にしてきたドライアイのメカニズム─涙液層の安定性低下─の重要性を再確認させてくれた.涙液層の安定性の低下,すなわち涙液層の破壊は可視化しうるドライアイのコア・メカニズムであり,眼乾燥感,霧視,眼の疲れといったドライアイの主症状をうまく説明してくれる.今,日本では,涙液層の破壊の原因となっている眼表面の不足成分を探り当てることがドライアイの診断(眼表面の層別診断,tear.lmorienteddiagnosis:TFOD)であり,それを補うことがドライアイの治療(眼表面の層別治療,tear.lmorient-edtherapy:TFOT)〔「日本のドライアイの定義と診断基準の改訂(2016年版)」(島﨑潤先生ほか),「ドライアイ診療のための涙液層のブレイクアップ分類最前線」(横井則彦)の項目参照〕といえるまでになってきており,新しいドライアイの診療形態ができあがりつつある.このアプローチの方法は,アジア諸国からもコンセンサスを得ながら,アジアからの新しいドライアイの定義の提唱へとつながっている.日本で見出され,その重要性が次第に明らかになってきたBUT短縮型ドライアイは,2006年度版のドライアイの定義や診断基準を10年ぶりに2016年度版〔「日本のドライアイの定義と診断基準の改訂(2016年版)」(島﨑潤先生ほか)の項目参照〕に刷新させる原動力となった.BUT短縮型ドライアイは,旧診断基準ではドライアイ疑いに分類されていたが,新しい診断基準では治療を要するドライアイ確定となり,ドライアイのコア・メカニズムを涙液層の破壊に求めるわが国のドライアイの考え方の根幹をなすドライアイの病型となっている〔「日*NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学**KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(1)307

TorsionalモードPEAにおいてキャビテーションを抑制する新形状チップの開発

2017年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(2):296.301,2017cTorsionalモードPEAにおいてキャビテーションを抑制する新形状チップの開発岸本眞人岸本眼科医院NewlyDevelopedTipInhibitsCavitationduringPhacoemulsi.cationandAspirationinTorsionalModeMakotoKishimotoKishimotoEyeClinic目的:白内障手術中に超音波を発振すると前房内にキャビテーションが発生する.今回,開発したキャビテーションを抑制できる新型チップ(MKチップ)とそれ以外のチップを比較しながら,キャビテーションにより起こりうる問題点をinvitroで検討した.方法:インフィニティとOZIL用ハンドピースを用い,チーズ片をチップの先端に付け,超音波発振を行った.また,試験管の内側にインクを塗布し超音波発振を行った.さらに,灌流液にルミノール溶液を加え超高感度カメラで撮影を行った.結果:従来の超音波チップでは,チーズ片は水晶体乳化吸引術(PEA)中にキャビテーション発生方向へ弾かれたが,MKチップではそれらが認められなかった.また,試験管内側に塗布されたインクは,超音波発振することにより発生したキャビテーションによって.離された.ルミノール溶液を加えた灌流液中では,キャビテーション発生部分が青く発光するソノルミネッセンスが認められた.結論:新形状のMKチップは,invitroでもキャビテーションの抑制が確認され,preliminarilyな臨床評価でも十分なPEAを施行することができた.キャビテーションを抑制するMKチップは臨床上有用と考えられた.Objectives:Ultrasoundduringcataractsurgeryresultsincavitationintheanteriorchamber.WeexaminedpossibleissuesassociatedwithcavitationbycomparingthenewlydevelopedMKtip,whichinhibitscavitation,withothertips.Methods:Apieceofcheesewasattachedtothetips,andultrasoundwasperformedwithINFINITYandtheOZILhandpiece.Ultrasoundwasalsoperformedwithinkappliedinsidethemock-up.Further,luminolwasaddedtotheirrigatingsolution,andimageswereobtainedusingahigh-sensitivitycamera.Results:Withconventionalultrasoundtips,thepieceofcheesewas.ipped,whereaswiththeMKtipitwasnot.Theinkappliedinsidethemock-upbecamedetachedbythecavitation.Sonoluminescence,i.e.,bluelightemissionfromcavitation,wasobservedintheirrigatingsolutionwithluminoladded.Conclusion:TheMKtipinhibitedcavitationinvitro,ensuringsu.cientPEAinapreliminaryclinicalevaluation.TheMKtipisconsideredclinicallyusefulbecauseitinhibitscavitation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):296.301,2017〕Keywords:白内障手術,トーショナルモード,キャビテーション,ヒドロキシラジカル,ソノルミネッセンス,MKチップ.cataractsurgery,torsionalmode,cavitation,hydoroxylradical,sonoluminescence,MKtip.はじめによって起こる発泡現象であり,いまだに未解明な部分も多水中で超音波(ultrasound:US)を発振するとキャビテーい.ションが発生することは古くから知られている.キャビテー水晶体乳化吸引術(phacoemulsi.cationandaspiration:ションとは液体中の限局した空間において急激な圧力低下にPEA)による白内障手術でも,同じようにUSを発振すると〔別刷請求先〕岸本眞人:〒524-0022滋賀県守山市守山1-10-8岸本眼科医院Reprintrequests:MakotoKishimoto,M.D.,KishimotoEyeClinic,1-10-8Moriyama,Moriyama-shi,Shiga524-0022,JAPAN296(154)前房内にキャビテーションが発生する.しかし,キャビテーションが生体組織へ与える影響については,ラジカルの発生1,2)やその組織毒性についていくつかの報告3.5)はあるものの,筆者が知る限り多くの術者は特段の関心を有しているとは言いがたい.今回,torsionalmode(反復回転振動)でのキャビテーションを抑制できる新型チップ(以下,MKチップ)を開発し,キャビテーションにより起こりうる問題点をinvitroで検討したので報告する.I対象および方法MKチップ(シャルマン製:福井県鯖江市)を図1に示す.チップ先端断面は楕円形状を呈しており,寸法は縦1.6mm,横0.6mmのストレートチップである.ストレート部の軸径は1.1mm(19G),0.9mm(20G),0.8mm(21G)が製品化されている.本報告では軸径1.1mmチップを用いた.MKチップがTorsionalmodeにおけるキャビテーションを抑制できる理由は後述する.対照としてアルコン製TurboSonicTip(30°RoundTip:以下,ストレートチップ)および同TurboSonicMini-.aredTip30°(Kelman0.9mm:以下,ケルマンチップ)を用いた.以上のチップをアルコン製OZIL用ハンドピースに接合し,アルコン製PEA機器インフィニティを用いて実験を行った(方法1および2).またキャビテーションによる発光現象の観察(方法3)では,上記に加えAMO製PEA機器シグネチャーおよび20Gチップも用いた.【方法1:キャビテーションによるチーズ片の弾き飛ばし】PEAの設定値を吸引圧300mmHg,吸引流量30ml/mとし,スリーブを装着せず,核に見立てた一辺2mmのチーズ片*をチップの先端に付け,灌流遮断条件下にて灌流液(BSSプラス,アルコン)中で3種のチップ(MKチップ,ストレートチップ,ケルマンチップ)を用いてUS発振を行った.*:筆者のこれまでの経験より水晶体核硬度2.3程度の図1シャルマン製19GのMKチップ(15°)表1試用チップおよびUS発振条件チップUS発振条件Traditionalmode(前後振動)Torsionalmode(反復回転振動)ストレートチップ(アルコン)TurboSonicTip(30°RoundTip)70%0%ケルマンチップ(アルコン)TurboSonicMini-.aredTip30°(Kelman0.9mm)0%70%MKチップ(シャルマン)1.1mm(スタンダードタイプ)ベベルアングル15°0%70%表2試用PEA機器およびチップならびにUS発振条件PEA機器およびチップUS発振条件PEA機器チップTraditionalmode(前後振動)Torsionalmode(反復回転振動)シグネチャー(AMO)20Gチップ(AMO)80%.インフィニティ(アルコン)ケルマンチップ(アルコン)TurboSonicMini-.aredTip30°(Kelman0.9mm)0%70%インフィニティ(アルコン)MKチップ(シャルマン)1.1mm(スタンダードタイプ)ベベルアングル15°0%70%核にもっとも近似すると考えることから,本報告ではNCL製オランダ産ゴーダチーズを用いた.US発振条件を表1に示す(traditionalmodeとは従来の前後振動のことである).US発振時のチップ先端から発生するキャビテーションの状態と乳化吸引されるチーズ片の動向をカシオ製デジタルカメラ(HIGHSPEEDEXILIMEX-FH20)にて撮影した.【方法2:キャビテーションの多寡による油性インクへの衝撃】試験管の内側に油性インク(三菱ペイントマーカーPX-20)を約1.5mm四方に塗布した.PEAのUS発振をtor-sionalmodeのみ70%と設定し,MKチップおよびケルマンチップを用いてチップ先端がインクの塗布部分の近傍(目安として1mm程度)となるようにしてUS発振を行った.US発振時,油性インクの塗布部分の変化について目視にて観察した.Torsionalmodeのみで実験を実施した理由は,MKチップはtorsionalmode時のキャビテーション抑制を目的に開発されているためである.【方法3:キャビテーションによる発光現象(ソノルミネッセンス)】試験管に20mlの灌流液および1mlのヒアルロン酸製剤ビスコート0.5眼粘弾剤(アルコン)を入れて,灌流液と粘弾性物質が混ざらないように注意し,試験管底部に粘弾性物質が貯留するようにした後,ルミノール溶液(和光純薬工業ルミノール試薬混合品)を2滴加え,灌流および吸引のいずれも遮断した状態で,暗室下にて表2に示す条件でUS発振を行い,ソニー製a7S,超高感度カメラで撮影を行った.撮影条件はシャッタースピード10秒,F2.8,ISO409600とした.II結果【方法1:キャビテーションによるチーズ片の弾き飛ばし】ストレートチップ(アルコン)でのtraditionalmode発振ではチップ先端から前方へキャビテーションが観察され,チーズ片はPEA中にキャビテーション発生方向へ弾かれた(図2).またケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmode発振ではチップ先端の両側面にキャビテーションが観察され,チーズ片はキャビテーション発生方向に弾かれた(図3a,b).MKチップでのtorsionalmode発振ではキャビテーションを認めず,チーズ片を弾くことなくスムーズに吸引した(図4).図2ストレートチップ(アルコン)でのtraditionalmodeでの発振チップ前方にキャビテーションを認め,チーズ片が(前方へ)弾き飛ばされている図3aケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmodeでの発振チップ側方にキャビテーションを認め,チーズ片が(側方へ)弾き飛ばされている.図3bケルマンチップ(アルコン)でのtraditionalmodeでの発振チップ前方にキャビテーションを認め,チーズ片が(前方へ)弾き飛ばされている.図4MKチップ(シャルマン)でのtraditionalmodeでの発振図5ケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmodeでの発振安定してチーズ片がスムーズに乳化吸引されている.キャビテーションにより油性インクが試験管壁より.離した.図6MKチップ(シャルマン)でのtorsionalmodeでの発振油性インクに変化は認められなかった.図7AMO製チップのUS発振によるソノルミネッセンス現象キャビテーションが発生している方向に大きく青く発光している.図8ケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmodeでの発振チップ側方の数カ所にキャビテーションを認め,発光現象が観察される.図9MKチップ(シャルマン)でのtorsionalmodeでの発振発光現象は観察されなかった.【方法2:キャビテーションによる油性インクへの衝撃】ケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmode発振では,発生したキャビテーションにより試験管内側に塗布された油性インクの.離が認められた(図5).MKチップでのtor-sionalmode発振ではキャビテーションは発生せず,油性インクの.離は認められなかった(図6).【方法3:キャビテーションによる発光現象(ソノルミネッセンス)】シグネチャー/20Gチップ(AMO)およびインフィニティ/ケルマンチップ(アルコン)でのUS発振では,いずれもキャビテーション発生部分が青く発光していることが認められた(図7,8).MKチップでは明らかな発光はみられなかった(図9).III考按キャビテーションは液体中の圧力差によりごく短時間で気泡の発生と消滅を繰り返す現象であり,100年以上前,船舶用のスクリューの回転数を上げても推進力が思うように上がらない原因を追究するなかで発見された.超高速でスクリューが液体中を回転した際,その付近では一時的な圧低下が誘発されて部分的な沸騰状態となり無数の気泡が発生する.この気泡が消滅する瞬間には大きな衝撃波が発生し,その衝撃波による物理的な力がスクリューの破損などのさまざまな問題を引き起こすことがわかっている.白内障手術におけるPEAにおいても,チップの先端でキャビテーションが発生する6).たとえばtraditionalmodeでチップをUS発振した場合,超高速の前後振動によりチップ先端が手前に引かれた瞬間には,その部分の圧が急激に低下し気泡(キャビテーション)が発生する.発生したキャビテーションは周囲の高い圧力に晒されると,大抵はごく短い時間で消滅する.US発振時に発生したキャビテーションは,その飛び散るエネルギーにより周辺組織に対してさまざまな影響を与えていることが知られている6.11).今回の試験条件では灌流を行っていないなかで,キャビテーションの発生方向とチーズ片がチップの先端から弾き飛ばされた方向が一致していた.このことからキャビテーションにはチーズ片を直接または間接的(例:水流の発生)に弾く力を惹起することが示唆され,キャビテーションによってPEA中の核処理の効率が低下する可能性も考えられた.試験管内側に塗布された油性インクが近傍で発生したキャビテーションによって.離されたことから,キャビテーションは大きな衝撃力を有することも示唆された.ケルマンチップでのtorsionalmodeにおいて起こりやすいとされる虹彩色素脱出7)は,チップの弯曲によりスリーブが虹彩に強く接触するために起こるという報告8)もあるが,今般の結果からキャビテーションも原因の一つではないかと示唆された.また,キャビテーションの発生方向によっては角膜内皮に障害陰圧陰圧陽圧陽圧図10MKチップのキャビテーション抑制原理Torsionalmodeで発生する陽圧および陰圧がきわめて短時間に相殺され,キャビテーションが抑制される.を与える可能性も考えられる.以上より,キャビテーションは核処理効率の低下や虹彩色素脱出,角膜内皮障害の原因になるため,抑制すべきであると考えられる.本報告で示された試験官内で青く発光する現象はソノルミネッセンス(sonoluminescence)12)とよばれ,液中においてキャビテーションが圧壊する際に起こる発光現象である.すなわち,US振動によって発生したキャビテーションの気泡は膨張収縮を繰り返し,もっとも収縮したときの気泡内の温度は数千から数万度,気圧は数百気圧となる.このとき,水はHラジカル(水素ラジカル)とOHラジカル(ヒドロキシルラジカル)に分解されるといわれている.発光はルミノールがラジカルと反応し生じるものであることから,本報告の結果からOHラジカルも発生している可能性が強く示唆された.したがって本報告で認められたキャビテーションの発生状況から,OHラジカルはtraditionalmodeではチップ前方に大きく遠くまで,またtorsionalmodeの発振ではチップ両側面方向に短距離に多数発生していると推察される.眼内で実際にOHラジカルの発生程度や,臨床上の侵襲程度については今後さらなる検討が必要であるが,本報告の発光範囲からすると,毒性が強いとされているOHラジカルが角膜内皮に到達している可能性は否定できない.MKチップではキャビテーションを抑制するためチップの先端形状を前述のようにしており,torsionalmodeにおいて図10のように両側の上部と下部に陰圧と陽圧が常に交代しながら,同時に,しかも近傍に存在することになる.この隣り合う陽圧から陰圧に向けて瞬時に動く液体の流れが作られることによって,きわめて短時間に圧力差が相殺され,結果的にキャビテーション発生が抑制される.Torsionalmodeは32KHzの発振で「往復」のアタックがあるため,traditionalmodeでの40KHzよりも効率がよいとされている.しかし,チップ先端部の断面が円形のストレート型チップでは破砕効果が得られないので,屈曲チップ(ケルマン型チップ)が用いられてきた.MKチップはストレート型チップながら,ユニークな先端形状を有していることからtorsionalmodeを用いることができる.MKチップはtorsionalmodeでのキャビテーションを抑制することで,核を弾くことなく効率よい乳化吸引ができ,なおかつ虹彩色素脱出のリスクや角膜内皮細胞の減少も抑制できるのではないかと考えられる.IV結語Torsionalmodeでキャビテーションの発生を抑制する新形状チップ(MKチップ)を開発した.MKチップはinvitroにおいてキャビテーションの抑制が確認された.PEA中に発生するキャビテーションは手術効率の低減や眼内組織への侵襲も危惧されるため,キャビテーションを抑制するMKチップは臨床上の有用性が期待できる可能性があるものと考えられた.文献1)安田啓司:超音波による化学物質の分解と超音波反応器の開発.TheChemicalTimes212:2-7,20002)RieszP,KondoT:Freeradicalformationinducedbyultrasoundanditsbiologicalimplications.FreeRadicBiolMed13:247-270,19943)高橋浩:PEAにおけるフリーラジカル発生と粘弾性物質の効果.IOL&RS18:448-449,20044)TakahashiH,SakamotoA,TakahashiRetal:Freeradi-calsinphacoemulsi.cationandaspirationprocedures.ArchOphthalmol120:1348-1352,20025)MuranoN,IshizakiM,SatoSetal:Cornealendothelialcelldamagebyfreeradicalsassociatedwithultrasoundoscillation.ArchOphthalmol126:816-821,20086)MiyoshiT,YoshidaN:Ultra-high-speeddigitalvideoimagesofvibrationsofanultrasonictipandphacoemulsi-.cation.JCataractRefractSurg134:1024-1028,20087)杉浦毅,下分章裕:新しい超音波白内障乳化吸引方式OZilTortionalPhacoの合併症の検討.眼科手術21:513-517,20088)大木孝太郎:EllipsFX.IOL&RS25:254-256,20119)辰巳郁子:TorsionalPhacoemulsi.cationと虹彩色素脱出の関係.あたらしい眼科28:531-535,201110)鈴木久晴:SignatureEllipsFXによる虹彩色素脱出の頻度と原因の検討.眼科手術26:99-102,201311)高橋和久:SignatureEllipsの虹彩色素脱出の予防におけるCurvedTipの効果.IOL&RS28:180-183,201412)安井久一:ソノルミネセンスとソノケミストリー.ながれ24:413-420,2005***

原発閉塞隅角合併白内障に対する水晶体再建術の術前,術中,術後合併症

2017年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(2):292.295,2017c原発閉塞隅角合併白内障に対する水晶体再建術の術前,術中,術後合併症酒井寛與那原理子新垣淑邦力石洋平玉城環琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座Preoperative,IntraoperativeandPostoperativeComplicationsofSmallIncisionCataractSurgeryforCataractandPrimaryAngle-closureDiseasesHiroshiSakai,MichikoYonahara,YoshikuniArakaki,YoheiChikaraishiandTamakiTamashiroDepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus目的:原発閉塞隅角眼の白内障手術合併症の検討.対象:原発閉塞隅角合併白内障に対する小切開白内障手術の連続症例121例184眼.内訳は原発閉塞隅角緑内障(PACG)98眼,急性原発閉塞隅角症および緑内障(APAC)20眼,原発閉塞隅角症(PAC)40眼,原発閉塞隅角症疑い(PACS)26眼.方法:術前,術中,術後3カ月までの合併症,眼圧,角膜内皮細胞密度(CD),毛様小帯の脆弱の有無を検討した.結果:術前高眼圧22mmHg以上32眼(17%),同30mHg以上8眼,CD1,500未満20眼(10%),同1,000未満5眼,3mm以下の散瞳不良8眼,毛様小帯の脆弱10眼(5.4%).術中合併症は,術中悪性緑内障で硝子体切除を施行1眼,術中フロッピーアイリス症候群1眼で,後.破損例はなく,毛様小帯の脆弱から眼内レンズ(IOL)毛様溝縫着となった1眼を除く全例でIOL.内固定された.術後高眼圧22mmHg以上36眼(20%),同30mHg以上6眼,術後新たにCD1,500/mm2未満9眼.術後眼内炎の発症,水疱性角膜症など重篤な合併症はなかった.Subjects:184eyesof121primaryangle-closurediseasesunderwentsmallincisioncataractsurgeries.Mainoutcomemeasures:Preoperative,intraoperativeandpostoperativecomplicationsuntil3monthaftersurgeries,intraocularpressure(IOP),cornealendothelialcelldensity(CD)andweakenedzonules.Results:Preoperatively,ocularhypertensionequaltoormorethan22mmHgin32eyes,CDlessthan1500/mm2in19eyes,smallpupildiameterlessthan3mmin8eyesandweakenedzonulesin10eyeswererecorded.Intraoperatively,apatientwithmalignantglaucomaunderwentcorevitrectomy,andintraoperative.oppyirissyndromeoccurredinoneeye.IOLwasimplantedinthebaginallcases,exceptingoneinwhichweakenedzonulesrequiredIOLsuture.xation.Postoperativeocularhypertensionequaltoormorethan22mmHgwasnotedin36eyes.CDlessthan1500/mm2wasnewlydiagnosedin9eyes.Therewerenoinstancesofpostoperativeendophthalmitisorbullouskeratopathy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):292.295,2017〕Keywords:原発閉塞隅角,白内障手術,術後合併症,高眼圧,角膜内皮細胞密度.primaryangleclosuredisease,cataractsurgery,postoperativecomplications,ocularhypertension,cornealendothelialcelldensity.はじめに原発閉塞隅角緑内障(primaryangleclosureglaucoma:PACG)は沖縄に多く,失明しやすい緑内障病型である1.3)が,手術により予防または治療が可能であり,レーザー虹彩切開術,周辺虹彩切除術または白内障手術が選択肢となる4).PACGの前段階であり緑内障性視神経症を伴わない原発閉塞隅角症(primaryangleclosure:PAC),さらに眼圧上昇や周辺虹彩前癒着も伴わない原発閉塞隅角症疑い(PACS)に対しても予防的に手術加療が行われるが,その適応や合併症の発症率は明らかではない4).PACG,PACおよびPACSを包括した原発閉塞隅角(primaryangleclosuredesease:PACD)眼に対する白内障手術では,浅前房,角膜内皮細胞〔別刷請求先〕酒井寛:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部眼科医局Reprintrequests:HiroshiSakai,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus,207Uehara,Nishihara-cho,Nakagami-gun,Okinawa903-0215,JAPAN292(150)密度の減少,毛様小帯の脆弱など術前から存在する合併症も存在し,術中,術後合併症の発症に影響を与えると考えられる.今回,筆者らはPAC眼に対する白内障手術の術前,術中,術後合併症について検討した.I対象琉球大学医学部附属病院眼科において,2010年の1年間に同一術者(H.S.)により施行された原発閉塞隅角合併白内障に対する小切開白内障手術の連続症例121例184眼.内訳は,PACG98眼,急性原発閉塞隅角症および緑内障(APAC)20眼,PAC40眼,PACS26眼.男性76眼,女性108眼,年齢は70±8.9歳(49.89歳)であった.対象の内訳を表1に示す.眼内レンズ(intraocularlens:IOL)縫着を前提として手術を予定した,術前から明らかな水晶体動揺がある症例は今回の検討には含んでいない.全例に緑内障専門医による隅角鏡検査,超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)検査を行い診断した.PACSでは,UBMで4象限の閉塞がある場合,または3象限以上の閉塞があり,残る一象限も狭い場合を手術適応の基準とし,PACおよびPACGは,基本的に手術適応とし,いずれも本人への詳細な説明と同意のもとに手術を施行した.すでに,レーザー虹彩切開術(LI)が43眼(23%)に,周辺虹彩切除術が20眼(11%)に施行されていた.121眼(66%)では2.4mm耳側角膜切開による超音波乳化吸引術+IOL挿入術(PEA+IOL)を初回手術として施行した.麻酔は全例点眼麻酔で行った.II方法術前,術中,術後3カ月までの合併症,眼圧,角膜内皮細胞密度(CD),毛様小帯の脆弱の有無をカルテの記載より記録し検討した.術前に外来において手術の危険因子となりうるもの,および,手術開始後明らかになった合併症で手術前から存在したと考えられるものを術前合併症とした.前.切開(continuouscurvicularcapslotomy:CCC)開始時に明らかになった毛様小帯脆弱も術前合併症に分類した.術後合併症は術後3カ月までの早期合併症を検討した.III結果1.術前合併症緑内障点眼薬やアセタゾラミド内服を用いてもコントロールできない高眼圧(22mmHg以上)が32眼(17%)に,同30mHg以上が8眼にあった.術前スペキュラマイクロスコープにより測定されたCD値2,000/mm2未満が28眼(15%),1,500/mm2未満19眼(11%),1,000/mm2未満5眼(2.7%)に存在した.瞳孔径は,術前散瞳で手術開始時に3mm以下の散瞳不良で瞳孔拡張を必要とするものが8眼(4.3%),毛様小帯の脆弱が10眼(5.4%)であった.2.術中合併症1例で,超音波乳化吸引中に前房形成不良となり,術中悪性緑内障と診断した.硝子体切除を施行し前房形成が得られたため手術を完遂可能であった.1例で,術中フロッピーアイリス症候群を発症したが,低灌流設定で手術完遂した.CCCの亀裂や後.破損例はなかった.毛様小帯の脆弱から皮質吸引終了後IOLを毛様溝縫着した1眼を除く全例でIOLは.内固定された.3.術後合併症術後1週間以内の高眼圧22mmHg以上36眼(20%),同30mHg以上が6眼(3.8%)にあったが,1眼を除く全例で1カ月以内に緑内障点眼併用下に眼圧は21mmHg以下にコントロールされた.1眼では術後1週間で線維柱帯切除術を追加した.PACSの眼圧上昇はすべて術翌日のみで,点眼なしで1週間以内に眼圧は21mmHg以下にコントロールされた.術後初回外来受診時の測定で新たにCDが1,500/mm2未満となったものが9眼あった.この9眼のうち4眼ではCDは術後1カ月までに1,500/mm2以上となった.減少が持続した5眼のうち2眼にはLIの既往があり,1例はIOL縫着となった症例だった.術後1週の時点で,CD2,000/mm2未満は41眼(22%),1,500/mm2未満は17眼,1,000/mm2未満は3眼に確認された.術後2段階以上の矯正視力の低下した症例はなく,術後眼内炎の発症,水疱性角膜症などの重篤な合併症もなかった.4.病型別の合併症PACG,APAC,PAC,PACSの病型別の術前,術後合併症を表1に示す.術前高眼圧を除いて,病型間に術前,術後合併症の頻度の統計的な差はなかった(p>0.05,c2検定).IV考察2016年に眼圧30mmHg以上のPACおよびPACGを対象とした前向きのランダム化比較試験が示されPEA+IOLがLIよりも眼圧コントロール,QOL(qualityoflife),費用対効果の点で優れていることがLancet誌に報告された5).PEA+IOLがPACD眼の眼圧コントロールに優れていることも多くの報告があり,米国眼科アカデミーの報告と題したレビューも2015年にOphthalmology誌に掲載された6).PACG,PACに対するPEA+IOLの有効性は世界的に確認されたと考えられる.一方,PACD眼は浅前房であり,術前から眼圧が高いPAC,PACGが含まれ,LI,周辺虹彩切除術,APACの既往眼があり,CD減少や毛様小帯の脆弱を伴う症例が存在することが知られている.久米島で行われた疫学調査から,正常対象のCDは2,943±387/mm2で,CD2,000/mm2未満は.2S.D.未満と非常に稀であることが明らかになった.今回の症例では,CD2,000/mm2未満は術前に表1病型別の術前,術後合併症n性別n術前高眼圧術前高眼圧術前内皮散瞳不良術前毛様小帯術後高眼圧術後高眼圧術後内皮病型(症例)(男:女)(眼)年齢(*)(22mmHg以上)(30mmHg以上)1,500未満(3mm以下)の脆弱(22mmHg以上)(30mmHg以上)1,500未満PACG7131:419870±8.420(20.4%)5(5.1%)12(12%)5(5.4%)4(4.1%)22(22%)5(5.1%)12(12%)APAC196:132065±7.95(25%)3(15%)3(15%)1(5%)2(10%)2(10%)01(5%)PAC3411:234073±9.95(12.5%)02(5%)2(5%)1(2.5%)8(20%)1(2.5%)4(10%)PACS195:142671±9.2──2(7.7%)03(12%)4(15%)00±標準信差*平均PACG:原発閉塞隅角緑内障,APAC:急性原発閉塞隅角症,PAC:原発閉塞隅角症,PACS:原発閉塞隅角症疑い,内皮:角膜内皮細胞密度(/mm2).※術後高眼圧,術後内皮は術後1週間での頻度.※診断は眼単位で行われており両眼の病型が異なる症例が含まれているため,性別の合計症例数は全体よりも多い.15%,術後に22%と高い頻度であった.筆者らは,沖縄における原発閉塞眼の白内障手術の特徴として浅前房,短眼軸があり,術前からCDが少なく,術後CD減少は術前の浅前房と関連することを過去に報告している7,8).浅前房で前房内操作スペースが狭いことが術後CD減少の原因と考えられる.PAC眼のPEA+IOLの施行例の早期術後合併症としての角膜内皮障害の多さは術前から内皮障害が存在し,浅前房であることが原因になっていると考えられた.一方,眼圧は緑内障点眼薬やアセタゾラミド内服を用いてもコントロールできない22mmHg以上の高眼圧が17%,30mHg以上でも4%にあったが,術後は線維柱帯切除術を要した1眼を除き点眼にて眼圧コントロールが得られた.数多くの既報のとおり,PEA+IOLはPACD眼の眼圧コントロールにおいて優れている.角膜内皮減少にも注意が必要であるが,CD1,500/mm2未満は術前19眼に対して,術後1週で17眼と測定誤差による変動の範囲であった.今回の研究は後ろ向きの症例研究であり,無作為化されていない.また,患者の多くを紹介先病院へ逆紹介しているため経過観察期間が短いという限界がある.対象が沖縄という島嶼県の大学病院という重症例を中心とした紹介患者が中心となり,術者も熟練した単一術者によるものであり,結果を一般化することができない点も限界である.しかしながら,今回の研究の意義の一つは,現在の沖縄県における閉塞隅角緑内障診療の一面を合併症に焦点を当てて記録することである.また,相対的に一般化されうる事実としてPACD眼に術前の高眼圧,角膜内皮障害,毛様小帯の脆弱などが存在すること,こうした術前合併症に対して注意深い診察が必要なことをあげたい.事実,筆者らは術前に全例にUBMを行い,毛様小帯脆弱が著明な症例などには硝子体手術の併用など術式変更を考慮して適応を決定している.また,今回の症例には含まれなかったが角膜内皮移植を前提に手術を行うこともある.こうした条件のもとではPACD眼に対するPEA+IOLは安全で効果的であることが確認された.もしも,高リスク症例を厳密に区別することなく同様の検討を行えば,術後成績は低下すると考えられる.PACD眼の手術選択においては合併症を,術前,術中,術後の総合的な局面から考慮して決定することが望まれる.文献1)NakamuraY,TomidokoroA,SawaguchiSetal:Preva-lenceandcausesoflowvisionandblindnessinaruralSouthwestIslandofJapan:theKumejimastudy.Ophthal-mology117:2315-2321,20102)SawaguchiS,SakaiH,IwaseAetal:Prevalenceofpri-maryangleclosureandprimaryangle-closureglaucomainasouthwesternruralpopulationofJapan:theKumeji-maStudy.Ophthalmology119:1134-1142,20123)YamamotoS,SawaguchiS,IwaseAetal:Primaryopen-angleglaucomainapopulationassociatedwithhighprev-alenceofprimaryangle-closureglaucoma:theKumejimaStudy.Ophthalmology121:1558-1565,20144)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版)第4章緑内障の治療総論.日眼会誌116:22-29,20125)Azuara-BlancoA,BurrJ,RamsayCetal:E.ectivenessofearlylensextractionforthetreatmentofprimaryangle-closureglaucoma(EAGLE):arandomisedcon-trolledtrial.Lancet388:1389-1397,20166)ChenPP,LinSC,JunkAKetal:Thee.ectofphaco-emulsi.cationonintraocularpressureinglaucomapatients:AReportbytheAmericanAcademyofOph-thalmology.Ophthalmology122:1294-1307,20157)早川和久,酒井寛,仲村佳巳ほか:沖縄の白内障手術症例の特徴.臨眼56:789-793,20028)上門千時,酒井寛,早川和久ほか:超音波乳化吸引術後早期の角膜内皮細胞密度と前房深度との関係.臨眼56:1103-1106,2002.***

眼内レンズ挿入後5年目に落屑症候群を発症した1例

2017年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(2):288.291,2017c眼内レンズ挿入後5年目に落屑症候群を発症した1例古藤雅子與那原理子新垣淑邦酒井寛澤口昭一琉球大学医学部眼科学教室ACaseofExfoliationSyndromeDeveloped5YearsafterIntraocularLensImplantationMasakoKoto,MichikoYonahara,YosikuniArakaki,HirosiSakaiandShoichiSawaguchiDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityoftheRyukyus目的:正常眼圧緑内障(NTG)加療中に偽落屑物質(PE)の発症・沈着を生じた眼内レンズ(IOL)眼の報告.症例:57歳,男性.職業はバス運転手.2004年近医で左眼のIOL挿入術を施行,2006年より両眼のNTGと診断され治療が開始された.2009年6月に眼圧上昇を認めたため,琉球大学附属病院眼科を紹介受診したがPEは観察されなかった.IOL挿入後5年目の2009年12月,再来時に左眼瞳孔縁に微細なPEが観察された.2011年7月にはIOL表面にPEが観察された.IOL眼のフレア値は上昇していた.結論:PEの発症・進行を経時的に観察できたまれな1症例を報告した.Purpose:Toreportacaseofpseudoexfoliation(PE)syndromedevelopedinanintraocularlens(IOL)eyeduringtreatmentofnormal-tensionglaucoma(NTG).Case:A57-year-oldmalewhoworkedasabusdriverunderwentcataractsurgeryinhislefteyewithIOLimplantationin2004.BilateralNTGwasthendiagnosedandtreated.HewasreferredtoourhospitalonJune2009becauseofpoorintraocularpressurecontrol;PEcouldnotbedetectedatthis.rstvisit.SubtlePEaroundthepupillarymargincouldbedetectedonDecember2009,5yearsaftercataractsurgery.OnJuly2011,PEcouldbeseenontheIOLsurface.Flarevaluewasincreasedinthepseu-dophakicPEeye.Conclusion:WereportararecaseofPEsyndromedevelopedaftercataractsurgery,withdetailedtimecourse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):288.291,2017〕Keywords:落屑症候群,眼内レンズ,正常眼圧緑内障,フレア値.pseudoexfoliationsyndrome,intraocularlens,normaltensionglaucoma,.arevalue.はじめに水晶体偽落屑物質(pseudoexfoliation:PE)は瞳孔縁,水晶体表面に線維性細胞外物質の沈着が灰白色の薄片物質として観察され,また眼以外にも全身の臓器組織での産生・沈着が観察される疾患である1).落屑症候群の発症に関しては遺伝子異常の関与,さらに加齢,日光(紫外線)曝露を含めた環境因子や人種差,性差による影響など多くの因子が関与していることが明らかにされてきている.落屑症候群の臨床上重要な点は,緑内障を合併した場合その予後が不良な点と白内障手術における合併症の多さである.実際,開放隅角緑内障や閉塞隅角緑内障に比べてもその予後が不良であることが報告されている2).また,PEを伴う眼では緑内障の合併が多く,わが国では約17%が緑内障を合併することがYama-motoらによる大規模疫学調査,TajimiStudyで明らかにされた3).落屑症候群(落屑緑内障)はとくに加齢とともに有病者が急激に増加することが,多くの疫学調査で明らかにされている.わが国は高齢社会を迎え,高齢者における緑内障有病率の増加,白内障手術のいっそうの増加が予想される.白内障手術が落屑症候群の発症,進行に与える影響あるいは白内障手術と落屑症候群との関連についてはいまだ明らかではない.今回筆者らは白内障手術後,経過観察中に正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)を発症し,その加療中の患者にPEの発症をその時間経過とともに観察できたきわめてまれな1症例を経験したので,文献的考察を含め〔別刷請求先〕古藤雅子:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町上原207琉球大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasakoKoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityoftheRyukyus,207Uehara,Nishihara,Nakagami-gun,Okinawa903-0215,JAPAN288(146)て報告する.I症例57歳,男性.職業はバス運転手.既往歴に気管支炎.2004年に左眼のIOL挿入術を近医眼科で施行した.2006年に両眼のNTGと診断され治療が開始されたが,次第に眼圧コントロールが不良となり,視野障害が進行したため,2009年6月に琉球大学附属病院眼科(以下,当科)を紹介受診した.初診時所見:視力右眼0.7(1.2×sph.0.50D(cyl.0.75DAx90°),左眼0.9(1.5×sph0.00D(cyl.0.75DAx95°),右眼眼圧17mmHg,左眼眼圧18mmHg.前房は両眼とも深く,右眼初発白内障,左眼はIOL眼(.内固定)であった.視神経乳頭は両眼とも進行した緑内障の異常を認め,右眼耳下側に初期の,また左眼耳側上下に進行した網膜神経線維層欠損を認めた.この時点では細隙灯顕微鏡検査でPEの沈着は両眼とも観察されていなかった.開放隅角緑内障と診断し0.5%マレイン酸チモロール,ラタノプロスト,塩酸ドルゾラミド点眼を両眼に開始した.2009年12月再来院時(右眼眼圧17mmHg,左眼眼圧21mmHg),左眼瞳孔縁に軽度のPEが観察されたが,右眼には観察されなかった.その後,注意深く観察を続けたところ2011年7月(右眼眼圧18mmHg,左眼眼圧21mmHg)には左眼IOL表面にPEの沈着が観察できるようになり,2013年11月(右眼眼圧17mmHg,左眼眼圧21mmHg)には瞳孔縁に明らかなPE(図1)が,また2014年1月にはIOL表面にPEの沈着を観察できるようになった.また,PEの出現と前後して右眼眼圧12mmHg,左眼眼圧24mmHgと眼圧のコントロール不良が進行し,視野の悪化(図2)も認めたため2014年1月に左眼線維柱帯切開術を施行した.2016年5月(右眼眼圧16mmHg,左眼眼圧18mmHg)に散瞳下で行った細隙灯顕微鏡検査では右眼水晶体にはPEは認めず(図3a),左眼IOL表面には高度のPEの沈着が観察された(図3b).前眼部画像解析検査では虹彩裏面とIOLは接触していなかった.2016年5月に行ったフレアメーター(Kowa,Tokyo)による検査では,右眼13.0,左眼20.2のフレア値の上昇を認めた(正常対象:4.5±0.9).II考按初診時PEを両眼に認めなかった患者の左眼のIOL挿入後5年目にPEの発症,進行をその時間経過とともに観察できたまれな1症例を報告した.PEは水晶体前面あるいは瞳孔縁,虹彩面に観察される綿状の白色の沈着物で,病理組織学的には眼以外にも全身の臓器組織に観察される1).眼科では落屑症候群とよばれ,難治性の緑内障,白内障,またPEの沈着によるZinn小帯の脆弱化に伴う白内障手術の難易度の上昇や,術中・術後のIOLの偏移,脱臼,落下など種々の合併症が問題となる.落屑症候群は当初,北欧諸国で高頻度にみられ,報告が相ついだが,一方でわが国を含めその他の国では比較的まれな疾患とされてきた.しかしながら近年,日本および国際的な疫学調査でその有病率が次第に明らかにされ,わが国においては,Miyazakiらは1998年に九州の久山町での50歳以上の有病率が3.4%であることを報告し4),YamamotoらはTajimiStudyで40歳以上の1.0%が罹患していることを報告した3).わが国における落屑症候群の有病率が地域差はあるものの国際的にみても同等かそれ以上であることが明らかにされた.落屑症候群における緑内障(落屑緑内障)の頻度は臨床上きわめて重要であり,Yamamotoらは約17%と報告している3).すなわち,日常診療でPEが観察された場合6人のうち,1人が落屑緑内障であることが示された.PEの発症に関しては遺伝子の異常,加齢,日光(紫外線)曝露,人種差,性差など多くの因子が関与している.今回の症例は非常に長期間バス運転手をしており,日光(紫外線)曝露の影響が関与している可能性がある.また,近年若年期に屋外で過ごす時間がPE発症のリスク因子であることが明らかにされており5),小児期からの日光(紫外線)曝露には十分注意が必要である.本症例のように両眼ともPEが観察されていない症例がPEを発症するまでの時間経過については明らかでない(もっとも疫学調査では70歳以上で急激に有病率が上昇する).一方で片眼発症のPEにおける僚眼の発症までにかかる時間に関してはArnarssonらは5年間で27%,12年間で71%と報告している6,7).今回の症例のようにPEが観察されない状態からその発症までの時間経過を比較的正確に観察できた症例は,筆者らの知る限りではない.とくに白内障手術後約5年でPEを発症した今回の症例から,日常臨床においては白内障手術後少なくとも5年間以上は患者を定期的に診察する必要性のあることが示された.一方,欧米の文献を検索したところ,両眼ともPEの観察されていない患者のIOL挿入後のPEの発症時期に関してはIOL挿入後7年目(左眼)8),6年目(両眼),10年目(左眼),5年目(右眼)9),4年目(左眼),3年目(左眼)10)で,6症例7眼の報告があり,PE発症まで平均約6年であった.しかしながらこれらの報告のPE発症までの時間経過は正確でなく,偶然受診時にすでに著明なPEが観察された症例であった.すでに述べたように白内障手術,あるいはIOLがPEの発症,進行に影響を与えるかどうかは明らかでない.しかしながら今回の症例は白内障手術眼でのみPEが発症,進行している.同様に片眼IOLを挿入した3症例9,10)においても,非手術眼(水晶体眼)の他眼はPEの発症が観察されていない.筆者らの症例を含めて,白内障手術(IOL挿入)はPEの発症,進行に何らかの影響を与えているものと考えられる.またMiliaらは左眼にPEを認め,PEのない右眼のIOL挿入術後18カ月後という比較的短期間にPEを発症した症例を報告している8).SchumacherらはPE眼では一般的に血液房水関門が障害され,フレア値はPE(+白内障)眼では16.7±5.9,対象群の白内障眼では4.98±1.5と有意(p=0.001)にPE眼で高値であり,さらに白内障手術を行ったPE眼では血液房水関門はいっそう障害され,術後5日目でPE眼で21.2±5.7,に対し白内障手術を行った対象眼では10.5±1.4と有意差(p=0.003)を認めたと報告している11).同様に猪俣らは落屑症候群のフレア値を測定し,その値は進行したPE眼では13.9±7.1,軽度のPE眼では10.4±2.9であり有意(p<0.05)に,進行したPE眼のフレア値が高値であったと報告した12).今回の症例も同様にまだPEを発症していない有水晶体眼の右眼においても軽度のフレア値の上昇がみられた.さらに白内図1細隙灯顕微鏡検査所見瞳孔縁に明らかな偽落屑物質の沈着が観察される.障手術でその発症が加速する可能性は否定できない.フレア図2視野検査a:初診から半年後のGoldmann視野検査.鼻側内部イソプターの感度低下を認めた.b:初診から2年後には鼻下側の弓状暗点と鼻側下方視野欠損を認めた.図3散瞳下細隙灯顕微鏡検査所見a:初診から7年後の右眼水晶体には,偽落屑物質は散瞳下においても観察されていない.b:著明なスポーク状の偽落屑物質が人工水晶体表面に観察される.値の測定は白内障術前後の標準的な検査項目の一つであり,異常値がある症例では,PEが観察されていない状態でも注意深い細隙灯顕微鏡およびフレア値測定を含めた検査を行い,長期的定期的な診療を行う必要がある.文献1)NaumanGOH,Schloetzer-SchrehardtU,KuchileM:Pseudoexfoliationsyndromeforthecomprehensiveoph-thalmologist.Intraocularandsystemicmanifestations.Ophthalmology105:951-968,19982)Abdul-RahmanAM,CassonRJ,NewlandHSetal:Pseu-doexfoliationinaruralBurmesepopulation:theMeiktilaEyeStudy.BrJOphthalmol92:1325-28,20083)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:Prevalenceofpri-maryangleclosureandsecondaruyglaucomainaJapa-nesepopulation.TheTajimiStudyReport2.Ophthalmolo-gy112:1661-69,20054)MiyazakiM,KubotaT,KudoMetal:TheprevalenceofpseudoexfoliationsyndromeinaJapanesepopulation;TheHisayamaStudy.JGlaucoma14:482-484,20055)KangJH,WiggsJL,PasqualeLR:Relationbetweentimespentoutdoorsandexfoliationglaucomaorglaucomasus-pect.AmJOphthalmol158:605-614,20146)ArnarssonA,JonssonF,DamjiKEetal:Pseudoexfolia-tionintheReykjavikEyeStudy:riskfactorsforbaselineprevalenceand5-yearincidence.BrJOphthalmol95:831-35,20107)ArnarssonA,SasakiH,JonassonF:Twelve-yearinci-denceofexfoliationsyndrome:theReykjavikEyeStudy.ActaOphthalmol91:157-62,20138)MiliaM,KonstantopoulosA,StavrakasPetal:Pseudoex-foliationandopaci.cationofintraocularlenses.CaseRepOphthalmology2:287-290,20119)ParkK-A,KeeC:PseudoexfoliativematerialontheIOLsurfaceanddevelopmentofglaucomaaftercataractsur-geryinpatientswithpseudoexfoliationsyndrome.JCata-ractRefractSurg33:1815-1818,200710)KaliaperumalS,RaoVA,HarishSetal:Pseudoexfoliationonpseudophakos.IndianJOphthalmol61:359-361,201311)SchumacherS,NguyenNX,KuchleMetal:Quanti.ca-tionofaqueous.areafterphacoemulsi.cationwithintra-ocularlensimplantationineyeswithpseudoexfoliationsyndrome.ArchOphthalmol117:733-35,199912)猪俣孟,田原昭彦,千々岩妙子ほか:落屑緑内障の臨床と病理.臨眼48;245-252,1994***

Descemet’s Stripping Automated Endothelial Keratoplasty(DSAEK)術後に遷延性角膜上皮欠損をきたした1例

2017年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(2):283.287,2017cDescemet’sStrippingAutomatedEndothelialKeratoplasty(DSAEK)術後に遷延性角膜上皮欠損をきたした1例脇舛耕一*1,2稗田牧*2山崎俊秀*1稲富勉*2外園千恵*2成田亜希子*3木下茂*1,4*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学視機能再生外科学*3岡山済生会総合病院眼科*4京都府立医科大学感覚器未来医療学ACaseofPersistentCornealEpithelialDefectPostDescemet’sStrippingAutomatedEndothelialKeratoplastyKoichiWakimasu1,2),OsamuHieda2),ToshihideYamasaki1),TsutomuInatomi2),ChieSotozono2),AkikoNarita3)ShigeruKinoshita1,4)and1)BaptistEyeInstitute,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)OkayamaSaiseikaiGeneralHospital,4)DepartmentofFrontierMedicalScienceandTechnologyforOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine背景:Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)施行時に作製した角膜上皮欠損から遷延性上皮欠損をきたしたまれな症例を経験したので,その臨床経過を報告する.症例:80歳,男性.他院にてチューブシャント手術を含む緑内障多重手術を受けた.術後の右眼水疱性角膜症に対して,2015年9月25日にDSAEKを施行した.手術時に角膜上皮.離を機械的に作製し前房内の視認性を向上させ,Descemet膜の.離後にDSAEK用ドナーグラフトを挿入した.DSAEKグラフトの良好な接着が得られたが,手術3日後より角膜上皮欠損の創傷治癒過程がほぼ停止し,最終的に遷延性上皮欠損を生じた.本症例では手術前に角膜上皮障害や角膜輪部機能不全,ドライアイは認めず,手術時に施行した角膜上皮.離の範囲も輪部に及ばず,基底膜も損傷させていなかった.手術後,リン酸ベタメタゾン点眼を塩化ベンザルコニウム無添加の製剤に変更,また抗菌薬点眼も変更,薬剤量を減量し加療を継続した.以後,徐々に角膜上皮欠損は修復し,手術75日後に上皮欠損は消失した.その後は上皮.離の再発を認めていない.結論:DSAEK手術後に遷延性上皮欠損をきたした本症例では,手術前に抗緑内障点眼薬の長期使用歴があり,手術後点眼の影響も加わって角膜上皮修復が遅延した可能性が考えられた.Background:WepresentacaseofpersistentcornealepithelialdefectpostDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK).Case:An80-year-oldmaleunderwentDSAEKtotreatbullouskeratopathyduetorepeatedglaucomasurgery,includingatube-shunt,inSeptember2015.Duringsurgery,hiscornealepitheli-umwasmechanicallyremovedtoobtainbettervisibilityintheanteriorchamber,andalthoughtheDSAEKproce-durewassuccessfullycompletedtherewasdelayedhealingofthecornealepithelialdefect.Therewasnoepithelialstem-cellde.ciencyordryeye,noranydamagetothecorneallimbusorepithelialbasementmembraneduetoepitheliumremoval.Thepostoperativeeyedropmedicationwasthereforechangedfrombetamethasonewithben-zalkoniumchloridetothatwithout;antimicrobialeyedropswerealsochangedandreducedinfrequency.Theareaofepithelialdefectgraduallydiminished,eventuallydisappearingat75dayspostoperatively.Sincethentherehasbeennorecurrenceofepithelialdefect.Conclusion:PersistentcornealepithelialdefectpostDSAEKwithnopre-existingcornealepithelialabnormalitymayoccurduetodrugtoxicity,sochangeandreductionofpostoperativeeyedropmedicationshouldbeconsideredinsuchcasesfromtheearlystage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):283.287,2017〕〔別刷請求先〕脇舛耕一:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:KoichiWakimasu,M.D.,BaptistEyeInstitute,12Kamiikeda-cho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,JAPANKeywords:DSAEK,遷延性上皮欠損,薬剤毒性,緑内障.DSAEK,persistentcornealepithelialdefect,drugtoxicity,glaucoma.はじめにDescemets’strippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)は1998年にMellesらがposteriorlamellarkearto-plasty(PLK)として報告1)した後,次第に発展を重ね2,3),現時点では2006年にGorovoyが報告したマイクロケラトームでドナー作製を行うDSAEKが角膜内皮移植術のもっとも一般的な術式となっている4).DSAEKではDescemet膜.離やグラフト挿入・接着,層間スペースの確認などの前房内操作が必要であるが,ある程度進行した水疱性角膜症では角膜上皮,実質の浮腫により透見性が不良となっており,前房内操作が困難な場合がある.そのような症例においては,上皮浮腫を起こしている上皮を.離することで視認性を向上させることが一般的である.水疱性角膜症では上皮接着不良が生じており容易に上皮.離を作製することができるが,その際に上皮.離を6.8mm径程度として角膜上皮基底膜を損傷しないように機械的に.離すれば,1週間以内に被覆される.角膜上皮欠損部は,周囲の上皮細胞が伸展,移動し,その後細胞増殖,分化することで修復される5)が,その過程のいずれかが障害されると上皮の創傷治癒が滞り,遷延性上皮欠損をきたす6,7).遷延性上皮欠損を生じる背景としては糖尿病8)や神経麻痺性角膜炎9)などによる角膜知覚低下,化学外傷やStevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡などによる角膜輪部機能不全などがある.一方,水疱性角膜症では角膜上皮の接着不良から再発性角膜上皮びらんを生じるものの,角膜知覚や角膜上皮の創傷治癒機転は通常維持されており,遷延性上皮欠損をきたすことはまれである.しかし,今回,術前に角膜上皮欠損を認めず,術中の上皮.離操作後に上皮欠損が遷延し,上皮治癒に長期間を要した症例を経験したので報告する.I症例80歳,男性の右眼水疱性角膜症.既往歴として,他院にて1990年に右眼の水晶体.外摘出術および眼内レンズ挿入術を施行された.その後2005年頃より両眼の落屑症候群による緑内障を発症し,右眼に関しては2008年に線維柱帯切開術,2009年に複数回の線維柱帯切除術を施行された後,2014年4月にエクスプレスR(アルコン)を用いたシャント手術を施行された.その後2014年9月頃より角膜浮腫が出現し,水疱性角膜症に至った.右眼視力は0.01(矯正不能),右眼眼圧は7mmHgであり,角膜内皮細胞密度は測定不能であった.手術前の涙液メニスカス高は0.2mmと正常範囲内であった.本症例に対し,2015年9月24日にDSAEKを施行した.DSAEK手術時は前房内の視認性を向上させるために約8mm径の上皮欠損を作製し,前房メインテナーを設置,約7mm径のDescemet膜.離を施行後,BusinglideRを用いた引き込み法にて8.0mm径のDSAEKドナーグラフトを挿入した.手術中,あるいは手術後に特記すべき合併症を認めず,グラフトの接着を得た.角膜上皮.離は上皮基底膜を損傷しないようにMQARスポンジを用いて鈍的に.離し,.離した角膜上皮をスプリング剪刀で切除した.図1本症例におけるDSAEK術後の前眼部OCT所見上段は手術1日後,中段は手術2週間後,下段は手術1カ月後.図2本症例における遷延性角膜上皮欠損の治癒過程左列はディフューザー,右列はブルーライトフィルターにより撮影した前眼部写真.上皮欠損面積(mm2)5045403530252015105013579111315171921232527293133353739414345474951535557596163656769717375(術後日数)図3本症例および通常のDSAEK術後症例における角膜上皮欠損の面積変化上皮欠損面積(mm2)はImageJを使用して計測した.1)は本症例,2)はDSAEK術後164眼での平均値.手術翌日から,ガチフロキサシン(ガチフロR)点眼,塩化ベンザルコニウム含有リン酸ベタメタゾン(リンデロンR)点眼,オフロキサシン(タリビッドR)眼軟膏点入をそれぞれ1日4回ずつ施行した.ドナーグラフトの接着は手術1日後から良好で,角膜浮腫も軽減を認め,手術2日後以降もドナーグラフトの接着不良部位を認めなかった(図1).角膜上皮欠損は手術2日後にはやや縮小を認めたが,手術3日後から上皮欠損の修復が遅延してきたため,手術4日後の時点でリンデロンR点眼を1日3回に減量した.しかし,上皮欠損の修復はわずかで遷延性上皮欠損をきたしてきたため,手術12日後にリンデロンR点眼から塩化ベンザルコニウム無添加のリン酸ベタメタゾン(リンベタPFR)点眼へ変更し,同時にガチフロR点眼とタリビッドR眼軟膏も1日3回とした.しかし,その後も改善は緩徐で,手術16日後よりガチフロR点眼を1日2回,タリビッドR眼軟膏点入を眠前のみとし,手術19日後からは自家調整したBSSR点眼を1日3回で追加した.その後抗菌薬点眼を手術39日後からタリビッドR点眼1日2回に変更し,以後は点眼内容を変更せず加療を継続したところ,上皮欠損は次第に縮小し,術75日後に上皮欠損部は完全に被覆された.以後は上皮欠損の再発を認めていない(図2).当院最終受診時の右眼視力は0.02(0.04×sph+8.0D),右眼眼圧は3mmHgであった.残存した淡い角膜上皮下混濁のため角膜内皮細胞の撮影部位はわずかであり,角膜内皮細胞密度は測定できなかったが,約1,500個/mm2と推定された.グラフトの接着は良好で角膜浮腫を認めず,前眼部OCT(Casia,TOMEY)で測定した中心角膜厚は562μmであり,角膜内皮細胞機能は十分に機能しているものと考えられた.当院で2007年8月.2015年12月に施行したDSAEK症例533眼のうち,本症例を除き,術中に上皮.離を作製し術後治療用ソフトコンタクトレンズを装用せず上皮.離が治癒するまでの期間が確認できた164眼での治癒日数は3.2±1.3日(平均±標準偏差,2.10日)であった.全例が2週間以内には上皮欠損が消失しており,遷延性上皮欠損をきたした症例は本症例以外には認めなかった.また,上皮治癒速度も,通常のDSAEK眼では1時間当たり平均0.53mm2であったが,今回の症例では1時間当たり0.017mm2であり,1/30以下に低下していた(図3).II考察DSAEK術中の視認性を向上させるために角膜上皮欠損を作製することは一般的であり,欠損部の範囲が角膜輪部に及ばなければ術後の角膜上皮創傷治癒は速やかに行われるはずである.実際,筆者の知る限りでは,DSAEK術後に遷延性上皮欠損を合併した報告は以下の例だけである.これは,全層角膜移植術後の移植片機能不全例に対するDSAEK術後で遷延性上皮欠損を発症した報告であり10),全層角膜移植術後の神経麻痺の状態に伴い,遷延性上皮欠損を発症したと考えられる.今回,遷延性上皮欠損をきたした症例は,チューブシャント手術を含めた緑内障多重手術後の水疱性角膜症であり,2014年4月のシャント手術以後は抗緑内障薬点眼が中止されていたものの,それ以前まで多種類の抗緑内障薬を長期間投与されていた.抗緑内障薬による角膜上皮への影響については,ラタノプロストとbブロッカーの併用による角膜上皮障害などについての報告11)がなされているように,抗緑内障薬による角膜上皮への毒性が指摘されている.そのため今回の症例でも,多種類の抗緑内障薬を長期間投与されていたことにより角膜上皮層の薬剤透過性が亢進し,角膜実質内の薬剤濃度が著しく上昇することで,手術3日後まで治癒傾向にあった角膜上皮の創傷治癒が低下し,遷延性上皮欠損をきたした可能性が考えられた.今回,術後のステロイド点眼薬を塩化ベンザルコニウム無添加の製剤に変更し,ニューキノロン点眼薬も角膜上皮細胞毒性がより少ない種類へ変更,減量することで,角膜上皮の創傷治癒を阻害する薬剤の角膜実質内濃度が軽減し,治癒が得られた可能性も考えられた.本症例ではSchirmer試験による涙液検査や角膜知覚検査を行っていないが,手術前後の涙液メニスカスは正常範囲内であり,少なくとも涙液減少型のドライアイは生じていなかったと考えられる.また,上方結膜に水晶体.外摘出術や線維柱帯切開術による結膜瘢痕を認めるものの,明らかな結膜血管侵入は認めず,POVも比較的保たれていた.しかし,抗緑内障薬による薬剤毒性以外に,過去の内眼手術既往が角膜輪部機能をさらに低下させた可能性も考えられた.今回,本症例に対し,治療用ソフトコンタクトレンズの装用は行わなかった.遷延性上皮欠損に対する治療法の一つとして治療用コンタクトレンズの連続装用の有効性が指摘されている12).一方で,治療用ソフトコンタクトレンズの連続装用による角膜感染症のリスクが懸念されている13,14).本症例は80歳の多重内眼手術後であり,日和見感染を生じる可能性が危惧されたため,治療用ソフトコンタクトレンズを使用しなかった.神経麻痺性角膜炎,角膜輪部機能不全,ドライアイなどの既往がない症例においても,本症例のように遷延性上皮欠損と同様の病態をきたすことがあり,とくに緑内障手術後眼でのDSAEKではその可能性が否定できない.遷延性上皮欠損は治療に時間を要し感染の危険性が増加するだけでなく,遷延性上皮欠損部位に浅い潰瘍形成や角膜上皮下混濁が生じて視機能低下の原因となりうる.DSAEK術後に角膜上皮欠損の治癒遅延を認めた場合は漫然と経過を観察するのではなく,可及的速やかに点眼内容の変更や点眼回数の減少などの対応を行い,角膜実質内の薬剤濃度を軽減させ治癒を図ることが必要と考えられた.文献1)MellesGR,EgginkFA,LanderFetal:Asurgicaltech-niqueforposteriorlamellarkeratoplasty.Cornea17:618-626,19982)TerryMA,OusleyPJ:Deeplamellarendothelialkerato-plastyinthe.rstUnitedStatespatients;earlyclinicalresults.Cornea20:239-243,20013)PriceFWJr,PriceMO:Descemet’sstrippingwithendo-thelialkeratoplastyin50eyes:arefractiveneutralcorne-altransplant.JRefractSurg21:339-345,20054)GorovoyMS:Descemet-strippingautomatedendothelialkeratoplasty.Cornea25:886-889,20065)ThoftRA,FriendJ:TheX,Y,Z,hypothesisofcornealepithelialmaintenance.InvestOphthalmolVisSci24:1441-1443,19836)BetmanM,ManseauE,LawMetal:Ulcerationiscorre-latedwithdegradationof.brinand.bronectinatthecor-nealsurface.InvestOphthalmolVisSci24:1358-1366,19837)McCullyJP,HorowitzB,HusseiniZM:Topical.bronectintherapyofpersistentcornealepithelialdefects.Fibronec-tinStudyGroup.TransAmOphthalmolSoc91:367-386,19938)HyndiukRA,KazarianEL,SchultzROetal:Neurotroph-iccornealulcersindiabetesmellitus.ArchOphthalmol95:2193-2196,19779)LambiaseA,RamaP,AloeLetal:Managementofneu-rotrophickeratopathy.CurrOpinOphthalmol10:270-276,199910)中谷智,村上晶:全層角膜移植後角膜内皮機能不全への角膜内皮移植術.日眼会誌117:983-989,201311)小室青,横井則彦,木下茂:ラタノプロストによる角膜上皮障害.日眼会誌104:737-739,200012)SchraderS,WedwlT,MollRetal:Combinationofserumeyedropswithhydrogelbandagecontactlensesinthetreatmentofpersistentepithelialdefects.GraefesArchClinExpOphthalmol244:1345-1349,200613)SainiA,RapuanoCJ,LaibsonPRetal:Episodesofmicro-bialkeratitiswiththerapeuticsiliconehydrogelbandagesoftcontactlenses.EyeContactLens39:324-328,201314)BrownSI,Bloom.eldS,PearceD:Infectionseiththetherapeuticsoftlens.ArchOphthalmol91:275-277,1974***

糖尿病黄斑浮腫に対するRanibizumab単回投与後の経過に関する検討

2017年2月28日 火曜日

《第21回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科34(2):280.282,2017c糖尿病黄斑浮腫に対するRanibizumab単回投与後の経過に関する検討藤井誠士郎本田茂大塚慶子三木明子今井尚徳楠原仙太郎中村誠神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野E.ectofSingleInjectionofRanibizumabinDiabeticMacularEdemaSeishiroFujii,ShigeruHonda,KeikoOtsuka,AkikoMiki,HisanoriImai,SentaroKusuharaandMakotoNakamuraDepartmentofSurgery,DevisionofOphthalmology,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:糖尿病黄斑浮腫(DME)に対するranibizumab硝子体注射(IVR)単回投与後の経過に関する検討を行った.対象および方法:対象は2014年3月.2015年4月にDMEに対してIVR0.5mgを1回施行し,2カ月以上再投与なしで経過観察した連続症例22例26眼(男性17例,女性5例).光干渉断層計にて計測した平均中心網膜厚(CRT)を,IVR投与前と投与後1,2カ月で比較し,その変化量を評価した.結果:平均CRTはIVR前と比較し,IVR後1カ月,2カ月では有意に減少した(各p=3.4×10.5,2.1×10.3).一方,IVR後1カ月と2カ月間の平均CRTには有意差を認めなかった(p=0.10).また,IVR前と比べて,IVR後CRTが30%以上減少した症例の割合は1カ月で35.7%,2カ月で28.6%であった.結論:DMEに対するIVR単回投与で1カ月後には有意なCRTの改善が得られ,2カ月後においても治療効果は持続した.Purpose:Weevaluatedthee.ectofasingleinjectionofranibizumab(IVR)inpatientswithdiabeticmacularedema(DME).PatientsandMethods:Twenty-seveneyesof22diabeticpatients(17males,5females)withDMEdiagnosedfromMarch2014toApril2016wereenrolledinthestudy.Patientswerefollowedfor2monthsafterasingledoseof0.5mgIVR.Centralretinalthickness(CRT)wasmeasuredbyopticalcoherenttomography.Results:Asigni.cantdecreaseinaverageCRTwasobservedat1and2monthsafterIVRinjection(p=3.4×10.5,2.1×10.3).Nodi.erencewasobservedbetweenthe1and2monthperiods(p=0.10).Thepercentageofeyesshowing>30%decreaseinCRTwas35.7%at1monthand28.6%at2months.Conclusions:Asigni.cantdecreaseinCRTcanbeobtainedwithasingledoseofIVR.Thischangeismaintainedupto2monthspost-treat-ment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):280.282,2017〕Keywords:糖尿病黄斑浮腫,ラニビズマブ,血管内皮増殖因子,単回投与,中心網膜厚.diabeticmacularede-ma,ranibizumab,vascularendothelialgrowthfactor,singleinjection,centralretinalthickness.はじめに糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)は糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)により黄斑部網膜に細胞外液が貯留することで発症し,DRのすべての病期に生じる可能性がある.DMEの発症は,患者のQOV(qualityofvision)を低下させるため1),その治療法の確立は眼科臨床の重要な課題となっている.以前より,本症に対する治療法として,網膜光凝固,ステロイド局所投与,硝子体手術などが行われてきた.近年では,眼内の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)濃度と血管透過性やDMEの重症度にも相関が報告され2),VEGFをターゲットとする抗VEGF薬がわが国でも使用されるようになり,ranibizumab硝子体注射(injectionofranibizumab:IVR)が行われるようになった.今後,抗VEGF療法はDME治療の第一選択になると考えられている.〔別刷請求先〕藤井誠士郎:〒650-0071兵庫県神戸市中央区楠町7-5-2神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野Reprintrequests:SeishiroFujii,M.D.,DepartmentofSurgery,DevisionofOphthalmology,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine,7-5-2Kusunoki-cho,Chuo-ku,Kobe-shi,Hyogo-ken650-0071,JAPAN280(138)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(138)2800910-1810/17/\100/頁/JCOPY表1症例の内訳患眼(右眼)26(15眼)性別(男性)17(77.3%)年齢67.0±11.0術前logMAR視力0.42±0.35術前CRT(μm)427.8±98.9IVR前治療有*17(66.7%)IVR後PRP開始4(15.4%)IVR後硝子体手術1(3.8%)IVR後網膜局所光凝固5(19.2%)*前治療(17例)の内訳汎網膜光凝固術16網膜局所光凝固3ステロイドTenon.下注射1(同一症例での重複含む)一方で,IVRの投与回数,投与間隔に関しては,近年さまざまな臨床試験が行われているものの,確立したプロトコールはなく,さまざまであるのが現状である.筆者らは,今回,DMEに対するIVR単回施行後の経過に関する検討を行った.I目的・方法1.研究デザイン診療録に基づく後ろ向き調査.2.対象2014年3月.2015年4月にDMEに対してIVR(0.5mg)を1回のみ施行し,2カ月以上経過観察した連続症例22例26眼(男性17例,女性5例)を対象とした.そのうち,2カ月の間に硝子体手術を行ったものが1例,汎網膜光凝固術を行ったものが4例あった(表1).3.主要評価項目治療開始後1カ月,2カ月の各時点における,視力(log-MAR),および中心網膜厚(centralretinalthickness:CRT)の変化につき検討した.視力に関する統計処理は,最高矯正小数視力をlogMAR値に換算して行った.光干渉断層計(OCT)(CirrusHDR,CarlZeiss)にてretinalmap(macularcube200×200protocol)を測定し,黄斑部網膜厚マップの中心円(直径1mm)内における網膜厚をCRTとして解析に用いた.平均値の経時的比較には対応のあるt検定を使用し,p<0.05を有意水準とした.II結果全体の平均CRTは,IVR前の438.2μmに対し,IVR後1カ月で323.3μm,2カ月で359.8μmと有意に減少した(各p=3.4×10.5,2.1×10.3)(図1).一方,IVR後1カ月と2カ月間の平均CRTには有意差を認めなかった(p=0.10).Baseline1M2M図1Ranibizumab硝子体内投与後CRTの変化logMAR視力0.60.50.40.30.2全体前治療あり***p<0.05前治療なしBaseline1M2M図2logMAR視力また,IVR前と比べて,IVR後CRTが30%以上減少した症例の割合は,1カ月で35.7%,2カ月で28.6%であった.また,IVR前の治療の有無によって群分けした解析において,無治療群ではIVR後1カ月,2カ月ともに有意なCRT減少がみられたのに対し,有治療群ではIVR後1カ月のみ有意なCRT減少を認めた.視力に関しては,治療前と比べIVR後1カ月で有意に改善していたが(p=2.5×10.2)(図2),2カ月目では有意差を認めなかった.IVR後1カ月と2カ月の間では有意差はなかった.また,IVR前の治療歴があった群では1カ月後の有意な視力改善を認めたが,治療歴がなかった群では視力の有意な改善はみられなかった.III考按VEGFは虚血や高血糖で発現が増加して血管透過性亢進や血管新生に関与しており,DMEの病態において非常に重要な因子である.眼内のVEGF濃度は,血管透過性やDMEの重症度にも相関が報告されている.DMEに対しての治療はステロイド注射,網膜光凝固が一般的であったが,わが国において2014年2月に抗VEGF薬であるranibizumabが承認された.RanibizumabはVEGF-Aを阻害するモノクローナル抗体のFab断片の,さらに親和性を高めたものであ(139)あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017281る.DMEに対するranibizumab治療はすでに多数の大規模前向き臨床試験が行われており,3年という比較的長期間の経過も報告されている.おもなものはRESOLVE試験3),READ-2試験4,5),RESTORE試験6),RISE/RIDE試験7,8),REVEAL試験9)で,DMEに対する治療効果が立証されているが,いずれも導入療法として複数回のIVRを条件としている.本研究のDMEに対するIVR単回施行後の経過に関する検討では,IVR投与前の平均CRT438.2μmに対して,IVR後1カ月では323.3μm,IVR後2カ月では359.8μmといずれも有意な減少を認めた.一方でIVR後1カ月と2カ月の平均CRT間には有意差を認めなかった.また,治療前と比べてIVR後CRTが30%以上減少した症例の割合は1カ月で35.7%,2カ月で28.6%であった.視力に関しては,治療前と比べIVR後1カ月でに有意に改善しているが,IVR後2カ月では有意差はなかった.なかにはIVR1回施行により良好なCRT減少,視力改善が得られる症例もあるが,2カ月後にDMEが再発する例,IVRに反応しない例もみられた.現在,抗VEGF治療はDMEに対するおもな治療として使用されるようになっている.一方で,治療効果を維持するためには反復治療が必要という問題がある.今回の検討に関しても,IVR単回施行による反応は症例によってさまざまであり,今後IVR投与方法に関するさらなる検討が必要と考えられた.本研究では対象症例数が比較的少なかったため,解析項目によっては差が有意水準に達しなかった可能性もある.今後,さらに症例数を増やした検討が望まれる.IV結語DMEに対するIVR単回投与は,1カ月後の視力と黄斑浮腫を有意に改善させた.また,IVR後2カ月においても治療効果は持続した.今後,IVR投与方法に関するさらなる検討が必要と考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)WatkinsPJ:Retinopathy.BMJ326:924-926,20032)FunatsuH,YamashitaH,NomaHetal:Increasedlevelofvascularendothelialgrowthfactorandinterleukin-6intheaqueoushumorofdiabeticswithmacularedema.AmJOphthalmol133:70-77,20023)MassinP,BandelloF,GarwegJGetal:Safetyande.ca-cyofranibizumabindiabeticmacularedema(RESOLVEStudy):a12-month,randomized,controlled,double-masked,multicenterphaseIIstudy.DiabetesCare33:2399-2405,20104)NguyenQD,ShahSM,KhwajaAAetal:Two-yearout-comesoftheranibizumabforedemaofthemaculaindia-betes(READ-2)study.Ophthalmology117:2146-2151,20105)DoDV,NguyenQD,KhwajaAAetal:Ranibizumabforedemaofthemaculaindiabetesstudy.3-yeartreatment.JAMAOphthalmol131:139-145,20136)MitchellP,BandelloF,Schmidt-ErfurthUetal;RESTOREstudygroup:TheRESTOREstudy:ranibi-zumabmonotherapyorcombinedwithlaserversuslasermonotherapyfordiabeticmacularedema.Ophthalmology118:615-625,20117)NguyenQD,BrownDM,MarcusDMetal;RISEandRIDEReseachGroup:Ranibizumabfordiabeticmacularedema:resultsfrom2phaseIIIrandomizedtrials:RISEandRIDE.Ophthalmology119:789-801,20108)IpMS,DomalpallyA,HopkinsJJetal:Long-terme.ectsofranibizumabondiabeticretinopathyseverityandpro-gression.ArchOphthalmol130:1145-1152,20129)OhjiM,IshibashiT,REVEALstudygroup:E.cacyandsafetyofranibizumab0.5mgasmonotherapyoradjunc-tivetolaserversuslasermonotherapyinAsianpatientswithvisualimpairmentduetodiabeticmacularedema:12-monthresultsoftheREVEALstudy.InvestOphthal-molVisSci53:ARVOE-abstract4664,2012***(140)

境界型糖尿病や早期糖尿病における眼底病変のリスクファクターに関する検討

2017年2月28日 火曜日

《第21回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科34(2):274.279,2017c境界型糖尿病や早期糖尿病における眼底病変のリスクファクターに関する検討佐野浩斎*1,2*1東京慈恵会医科大学内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科*2町立津南病院内科RiskFactorsAssociatedwithOcularLesionsattheStageofImpairedGlucoseToleranceandEarlyDiabetesHironariSano1,2)1)DivisionofDiabetes,MetabolismandEndocrinology,DepartmentofInternalMedicine,JikeiUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofInternalMedicine,TsunanHospital目的:境界型糖尿病や早期糖尿病の段階での眼底病変を眼底検査により確認し,眼底病変の出現に関連するリスクファクターを検討する.対象および方法:糖尿病治療を受けていないHbA1C値(NGSP値)5.6.6.8%の1,075名を対象に単変量解析や多変量解析を行った.結果:黄斑上膜,高血圧性眼底,眼底出血,網膜萎縮を多く認めた.眼底病変は65歳以上の15.3%に認められ,40.64歳の7.7%に比べて有意に多かった.眼底病変の出現に影響したリスクファクターは,単変量解析では,40.64歳で収縮期血圧が,65歳以上でBMIが有意に関連し,多変量解析では,40.64歳で収縮期血圧が,65歳以上で収縮期血圧とBMIが有意に関連していた.結論:眼底病変は加齢とともに有病率が増し,その増加には,40.64歳では収縮期血圧,65歳以上では収縮期血圧とBMIが関連している可能性が示唆された.Purpose:Ocularlesionswereassessedusingfunduscopyatthestageofimpairedglucosetoleranceandearlydiabeteswithouthyperglycemia,andriskfactorsassociatedwithocularlesionswereexplored.SubjectsandMeth-ods:Univariateandmultivariateanalyseswereconductedfor1,075subjectswithHbA1C(NGSP)5.6-6.8%butnohistoryofdiabetestreatment.Results:Macularmembrane,hypertensivefunduschanges,ocularhemorrhageandretinalatrophywereoftennoted.Ocularlesionswereseenin15.3%ofsubjectsoverage65,signi.cantlyhigherthanthe7.7%insubjectsaged40-64.Ocularlesionsinthoseaged40-64weresigni.cantlyassociatedwithsystol-icbloodpressure(BP)inunivariateandmultivariateanalysis.Ocularlesionsinthoseover65weresigni.cantlyassociatedwithBMIinunivariateanalysis,andBMIandsystolicBPinmultivariateanalysis.Conclusion:Theprevalenceofocularlesionsincreasedwithage;systolicBPinthoseaged40-64,andbothsystolicBPandBMIinthoseover65wereidenti.edasfactorsassociatedwithanelevatedprevalenceofocularlesions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):274.279,2017〕Keywords:境界型糖尿病,早期糖尿病,眼底病変,リスクファクター.impairedglucosetolerance,earlydiabe-tes,ocularlesions,riskfactors.はじめに2型糖尿病患者の網膜症の発症進展に影響を及ぼすリスクファクターの検討は,日本でも1,2),海外からも3,4)報告されている.しかしながら,いまだ糖尿病に至っていない境界型糖尿病や早期糖尿病の段階における眼底に関する病変や,それらの出現に影響を及ぼすリスクファクターの検討は,海外からの報告がある5)ものの,日本での報告は少ない.境界型糖尿病や早期糖尿病の段階において,眼底病変の出現に影響を及ぼすリスクファクターを同定し,それらのリスクファクターを減らすように管理,治療をすることにより,高血糖の影響が少ない時期から眼底病変の出現を抑制できる可能性が増すと考えられる.今回,筆者らは,糖尿病治療を受けていないHbA1C値(NationalGlycohemoglobinStandardizationProgram:NGSP値)5.6.6.8%の群を対象に,眼底検査を〔別刷請求先〕佐野浩斎:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科Reprintrequests:HironariSano,M.D.,Ph.D.,DivisionofDiabetes,MetabolismandEndocrinology,DepartmentofInternalMedicine,JikeiUniversitySchoolofMedicine,3-25-8Nishishinbashi,Minato-ku,Tokyo105-8461,JAPAN274(132)実施し,眼底病変の出現に影響を及ぼすリスクファクターを検討した.40歳から65歳未満の群と65歳以上の群に年齢別にも層化して比較検討した.I対象および方法2008年4月.2014年3月に,新潟県津南町のただ一つの病院である町立津南病院の人間ドックや外来を受診した津南町在住の40歳以上の住民のうち,眼底検査を施行され,HbA1C値により糖代謝状態を確認できた40歳以上の1,752名のうち,糖尿病治療を受けておらず,HbA1C値(NGSP値)が5.6.6.8%を示した,1,075名,年齢67.5±11.3歳(平均±標準偏差),男性530名,女性545名を対象とした.年齢別では,40歳以上65歳未満は431名(年齢56.3±5.8歳,男性252名,女性179名),65歳以上は644名(年齢74.9±7.1歳)男性278名/女性366名)であった.町立津南病院では,無散瞳眼底検査を施行し,得られた眼底写真を15年以上の臨床経験がある3名の眼科医が読影し,網膜,黄斑部,網膜血管などについて異常の有無を判定し,眼底病変を外来診療録や人間ドックに関する検査所見記録に記載した.対象者の眼底病変と,リスクファクターの候補として,性別,年齢とともに,bodymassindex(BMI)値,収縮期血圧値,拡張期血圧値,LDL-コレステロール値,中性脂肪値,HDL-コレステロール値を,診療録や検査所見記録から抽出し,眼底病変に対するリスクファクターについてレトロスペクティブに検討した.対象者を,眼底病変を認める群と認めない群に分けて,各因子を比較検討した.比較検討には,c2検定とFisherの直接確率検定もしくはt-検定を用いた.また,各因子の眼底病変の出現に及ぼす影響を検討するため,眼底病変を目的変数,各因子を説明変数として,重回帰分析およびロジスティック回帰分析を用いて解析した.年齢に関しては,40.65歳未満の群と65歳以上の群のそれぞれで検討した.目的変数は眼底病変を認める群と認めない群の2群に層化して投入した.説明変数は,性別,BMI値,収縮期血圧値,拡張期血圧値,LDL-コレステロール値,中性脂肪値,HDL-コレステロール値とした.性別はダミー変数を用い,男性を1,女性を2として投入した.連続変数に関しては,重回帰分析では,各因子の実数値を投入し,ロジスティック回帰分析では,各因子の実数値を投入し,さらに,各因子を2群に層化して投入した.BMI値を22以上と22未満に,収縮期血圧値を130mmHg以上と130mmHg未満に,拡張期血圧値を85mmHg以上と85mmHg未満に,LDL-コレステロール値を140mg/dl以上と140mg/dl未満に,中性脂肪値を150mg/dl以上と150mg/dl未満に,HDL-コレステロール値を40mg/dl以上と40mg/dl未満に,それぞれ分けた.データは平均±標準偏差で示した.HbA1C値はNGSP値を用いた.統計解析にはstatisticalanalysissystem(SAS)を用いた.本研究は東京慈恵会医科大学の倫理委員会の承認を得て行われた.II結果1.年齢別の眼底病変数40歳以上65歳未満431名のうち眼底検査を施行された428名では,眼底病変は33症例(7.7%)に認められた.65歳以上644名のうち眼底検査を施行された622名では,眼底病変は95症例(15.3%)に認められた.65歳以上での眼底病変は15.3%に認められ,40歳以上65歳未満での眼底病変が7.7%に認められたことに比べると有意に(p<0.01)多かった.2.年齢別の眼底病変40歳以上65歳未満の眼底病変では,高血圧性眼底もしくは高血圧性網膜症9例,黄斑変性8例が多く認められた(表1).65歳以上の眼底病変では,黄斑上膜17例,高血圧性眼底13例,眼底出血13例,網膜萎縮13例が多く認められた(表1).3.眼底病変を認めた症例と眼底病変を認めない症例での各因子の比較検討眼底病変を認めた症例と眼底病変を認めない症例での各因子の比較を40歳以上65歳未満と65歳以上との年齢別に検討した.眼底病変の出現に影響を及ぼした各因子に関する年齢別の検討では,40歳以上65歳未満では収縮期血圧値が眼底病変ありの群のほうがなしの群に比べて有意に(p<0.01)高く(表2),65歳以上ではBMI値が眼底病変ありの群のほうがなしの群に比べて有意に(p<0.05)高かった(表3).4.眼底病変の出現に影響を及ぼす因子の重回帰分析による検討重回帰分析では,40歳以上65歳未満の眼底病変に収縮期血圧値が有意に(p<0.05)関連した(表4).一方,65歳以上の眼底病変にBMI値が有意に(p<0.05)関連し,収縮期血圧値は関連する傾向を示した(表5)(収縮期血圧値:p=0.06).5.眼底病変の出現に影響を及ぼす因子のロジスティック回帰分析による検討ロジスティック回帰分析では,40歳以上65歳未満の眼底病変に収縮期血圧値が有意に(p<0.05)関連した(表6).一方,65歳以上の眼底病変にBMI値が有意に(p<0.01)関連した(表7).各因子を2群に層化して投入したロジスティック回帰分析では,40歳以上65歳未満の眼底病変に有意に関連する因子は抽出されなかった(表8).一方,65歳以上の眼底病変に収縮期血圧値が有意に(p<0.05)関連し,BMI値と拡張期血圧値は関連する傾向を示した(表9)(BMI値:p=0.08,拡張期血圧値:p=0.06).表1眼底病変と年齢別数40歳以上眼底病変全体65歳未満65歳以上黄斑上膜22517高血圧性眼底22913眼底出血16313黄斑変性1688網膜萎縮14113網膜静脈閉塞症1147網膜血管硬化症1037ドルーゼン404黄斑円孔303網膜毛細血管瘤303白斑303網膜.離202単純糖尿病網膜症101網膜動脈閉塞症101計1283395表2各因子における眼底病変の有無での比較(40歳以上65歳未満)因子あり眼底病変(例数)なしp値性別(男/女)22/11(33)228/167(395)NSBMI値23.7±3.2(32)23.5±3.2(390)NS収縮期血圧値(mmHg)131.4±19.8(33)121.4±18.2(394)p<0.01拡張期血圧値(mmHg)84.6±12.6(33)80.7±14.4(394)NSLDL-C値(mg/dl)120.9±38.8(30)130.6±35.1(390)NS中性脂肪値(mg/dl)144.8±110.2(30)120.8±80.8(388)NSHDL-C値(mg/dl)59.5±15.2(30)60.7±14.3(388)NS表3各因子における眼底病変の有無での比較(65歳以上)因子あり眼底病変(例数)なしp値性別(男/女)39/56(95)227/300(527)NSBMI値23.3±2.9(89)22.6±2.9(503)p<0.05収縮期血圧値(mmHg)134.4±19.1(95)131.4±19.3(526)NS拡張期血圧値(mmHg)77.0±10.6(95)77.8±13.2(526)NSLDL-C値(mg/dl)121.3±27.6(78)123.7±31.0(449)NS中性脂肪値(mg/dl)113.1±64.6(74)106.5±58.3(438)NSHDL-C値(mg/dl)56.1±14.4(73)58.4±13.9(436)NS表4眼底病変と各因子との関連(40歳以上65歳未満)重回帰分析結果因子Parameterestimate95%信頼区間p値性別(男/女).0.0332.0.0862.0.0198NSBMI値.0.0044.0.0128.0.0041NS収縮期血圧値(mmHg)0.00160.0001.0.0029p<0.05拡張期血圧値(mmHg)0.0011.0.0007.0.0029NSLDL-C値(mg/dl).0.0004.0.0011.0.0003NS中性脂肪値(mg/dl)0.0002.0.0001.0.0005NSHDL-C値(mg/dl)0.0003.0.0016.0.0023NS表5眼底病変と各因子との関連(65歳以上)重回帰分析結果因子Parameterestimate95%信頼区間p値性別(男/女)0.0323.0.0462.0.1109NSBMI値0.01550.0013.0.0297p<0.05収縮期血圧値(mmHg)0.0021.0.0001.0.00290.06拡張期血圧値(mmHg).0.0015.0.0007.0.0042NSLDL-C値(mg/dl).0.0008.0.0021.0.0004NS中性脂肪値(mg/dl).0.0002.0.0009.0.0005NSHDL-C値(mg/dl).0.0008.0.0038.0.0023NS表6眼底病変と各因子との関連(40歳以上65歳未満)ロジスティック回帰分析結果因子Parameterestimate95%信頼区間p値性別(男/女)0.6264.0.2973.1.5501NSBMI値0.0694.0.0695.0.2083NS収縮期血圧値(mmHg).0.0240.0.0463..0.0017p<0.05拡張期血圧値(mmHg).0.0160.0.0455.0.0135NSLDL-C値(mg/dl)0.0063.0.0058.0.0184NS中性脂肪値(mg/dl).0.0026.0.0065.0.0013NSHDL-C値(mg/dl).0.0042.0.0331.0.0248NS表7眼底病変と各因子との関連(65歳以上)ロジスティック回帰分析結果因子Parameterestimate95%信頼区間p値性別(男/女).0.1094.0.6382.0.4193NSBMI値.0.1359.0.2296.0.0422p<0.01収縮期血圧値(mmHg).0.0110.0.0262.0.0042NS拡張期血圧値(mmHg)0.0129.0.0109.0.0367NSLDL-C値(mg/dl)0.0029.0.0057.0.0115NS中性脂肪値(mg/dl)0.0009.0.0037.0.0056NSHDL-C値(mg/dl)0.0078.0.0135.0.0291NS表8眼底病変と各因子との関連(40歳以上65歳未満)ロジスティック回帰分析結果因子Parameterestimate95%信頼区間p値性別(男/女)0.630.76.4.68NSBMI値(22以上/未満)0.280.56.3.13NS収縮期血圧値(130mmHg以上/未満).0.350.29.1.74NS拡張期血圧値(85mmHg以上/未満).0.750.19.1.18NSLDL-C値(140mg/dl以上/未満)0.760.83.5.51NS中性脂肪値(150mg/dl以上/未満).0.130.35.2.24NSHDL-C値(40mg/dl以上/未満)0.130.22.5.86NS表9眼底病変と各因子との関連(65歳以上)ロジスティック回帰分析結果因子Parameterestimate95%信頼区間p値性別(男/女).0.120.52.1.50NSBMI値(22以上/未満).0.510.34.1.070.08収縮期血圧値(130mmHg以上/未満).0.580.32.0.98p<0.05拡張期血圧値(85mmHg以上/未満)0.640.98.3.630.06LDL-C値(140mg/dl以上/未満)0.110.61.2.03NS中性脂肪値(150mg/dl以上/未満)0.170.57.2.45NSHDL-C値(40mg/dl以上/未満)0.470.62.4.14NSIII考按症例の抽出に関しては,現在糖尿病でなくとも将来糖尿病の発症リスクが高いと考えられるHbA1C値(NGSP値)5.6.5.9%の群,糖尿病の疑いが否定できないHbA1C値(NGSP値)6.0.6.4%の群が含まれるよう考慮し,糖尿病治療を受けていないHbA1C値(NGSP値)5.6.6.8%を対象とした.経口ブドウ糖負荷試験を施行していないが,臨床的に,この群には境界型糖尿病患者や早期の糖尿病患者が多く含まれると考えられる.今回の調査対象となった境界型糖尿病や早期糖尿病の段階を多く含んでいると想定される群の年齢別の検討では,40歳以上65歳未満の群では眼底出血を認める症例以外,単純糖尿病網膜症まで至っている症例を認めなかった.65歳以上の群では単純糖尿病網膜症まで至っている症例を認めたうえに,毛細血管瘤,眼底出血,白斑など糖尿病網膜症の初期の可能性が高い眼底病変も認めたが,増殖糖尿病網膜症まで進展している症例は認めなかった.オランダで50.74歳の626名を対象に糖尿病網膜症の有病率を検討したHoorn研究では,177名の境界型糖尿病の群ばかりではなく,256名の正常糖代謝群にも糖尿病網膜症が認められた5)という.この年齢別の病変数の検討から,眼底病変には加齢が関与していると考えられる.加齢と眼底の関連として,高齢になると硝子体後部と網膜の密接度が緩くなり6),網膜より硝子体に向けての新生血管が増殖しにくくなるという解剖学的な要因が指摘されている.糖尿病増殖網膜症への進行に中心的な役割を演じている7)vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)などの血管新生促進因子の作用の加齢的変化なども想定される.本調査研究では,年齢別の単変量解析や多変量解析の検討において,収縮期高血圧やBMI高値が眼底病変の出現に影響を与えている因子として抽出された.国内外の2型糖尿病患者を対象にした大規模調査研究においても,収縮期血圧やBMIが網膜症の発症や進展に関する因子として抽出されている.イギリスで行われた2型糖尿病患者を追跡したUnit-edKingdomprospectivediabetesstudy(UKPDS)では,網膜症の発症リスクに関して,高血糖と独立して,収縮期高血圧が関連を示した3)ばかりではなく,網膜症の進展に関しても血圧値の管理が重要である4)ことが示された.日本人の2型糖尿病患者を対象としたJapandiabetescomplicationstudy(JDCS)では,糖尿病網膜症の発症に影響する因子として,HbA1C高値,長期罹病期間とともに,収縮期高血圧,BMI高値などが抽出された1).日本人の高齢者糖尿病患者を対象にしたTheJapaneseElderlyInterventionTrial(J-EDIT)では,ベースライン時に網膜症がすでにある群における6年間の追跡調査で,収縮期高血圧が網膜症のステージの進行のリスクファクターであった2)という.オランダで行われたHoorn研究では,本調査研究と同様に,境界型糖尿病群における糖尿病網膜症の有病率が検討され,50.74歳の境界型糖尿病177名における糖尿病網膜症の有病率の上昇は,高血圧,コレステロール高値,中性脂肪高値,BMI高値と関連している可能性が報告された5).本調査結果では,日本人においても,収縮期高血圧やBMI高値が境界型糖尿病の段階から眼底病変の出現に影響を及ぼしている可能性が示唆された.ヒトの網膜血流では解剖生理学的に固有の循環環境が形成されている8)が,網膜血流と全身の血圧の関係においては,網膜血流は,その自動調節能により,全身の血圧の変化の影響を受けにくい9)と考えられている.ラットでは,糖尿病状態と高血圧の環境の組み合わせが網膜の細胞の増殖を著明に減少させることが示されて10)おり,糖尿病が発症し高血糖に陥ると血液網膜関門の破綻などで,その機能が失われ,網膜血管は全身血圧の変化を直接受けるようになることが想定されている.本調査研究の結果から,ヒトの網膜血管においても,境界型糖尿病の段階から,全身血圧の変化を直接受けやすくなっている可能性が示唆された.眼底病変とBMIとの関連に関しては,インスリン抵抗性やnitricoxide(NO)の関与が報告されている.BMI高値とインスリン抵抗性増加は密接に関係している11)という.進行した腎不全を合併していない2型糖尿病患者において,インスリン抵抗性をグルコースクランプ法で定量して検討したところ,多変量解析でインスリン抵抗性が増殖網膜症の独立したマーカーであることが報告され12),2型糖尿病患者における眼底病変とBMI高値やインスリン抵抗性増加との関連が示唆されている.NOは血管内皮細胞から生じ,眼の血行動態を生理的に調整している13).BMIが高値となり,インスリン抵抗性が増加するとNOは有意に低下する14)ことから,NOの低下が眼底に影響を与えている可能性が指摘されている.インスリン抵抗性の増加に伴う凝固線溶系の異常が網膜毛細血管の閉塞や虚血に誘導された毛細血管の形成を促進する15)ことから,凝固線溶系の異常が眼底に影響を与えている可能性も示唆されている.本研究では,境界型糖尿病や早期糖尿病における眼底病変の出現に影響する因子として,加齢,収縮期高血圧,BMI高値が抽出された.境界型糖尿病の段階から眼底病変の発症には,リスクファクターとして,加齢,収縮期高血圧,BMI高値が影響を及ぼしている可能性が示唆された.本研究にあたり,ご協力頂いた町立津南病院眼科の先生方に深謝致します.謝辞ご指導いただきました東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科主任教授宇都宮一典先生に心より感謝申し上げます.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KawasakiR,TanakaS,TanakaSetal:IncidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinJapaneseadultswithtype2diabetes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabete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多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳の第3版に関するアンケート調査

2017年2月28日 火曜日

《第21回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科34(2):268.273,2017c多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳の第3版に関するアンケート調査大野敦粟根尚子永田卓美梶邦成小林高明松下隆哉東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科QuestionnaireSurveyResultsamongTamaAreaOphthalmologistsregardingtheThirdeditionoftheDiabeticEyeNotebookAtsushiOhno,NaokoAwane,TakumiNagata,KuniakiKaji,TakaakiKobayashiandTakayaMatsushitaDepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity目的:『糖尿病眼手帳』(以下,眼手帳)は2014年6月に第3版に改訂された.改訂1年後に第3版に対する眼科医の意識調査を行ったので報告する.方法:多摩地域の眼科医に対し,1)眼手帳配布に対する抵抗感,2)「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度,3)受診の記録で記入しにくい項目,4)受診の記録における①「糖尿病黄斑症」の記載の詳細化の是非,②「糖尿病黄斑症の変化」の記載の是非,③福田分類削除の是非,5)眼手帳第3版への改訂の患者さんへのわかりやすさについて調査し,回答者50名全体の結果ならびに日本糖尿病眼学会の会員11名と非会員30名の比較結果を検討した.結果・結論:受診の記録において会員は黄斑症の変化,非会員は網膜症の変化が記入しにくいとの回答が多く,会員は黄斑症の記載が詳細になったことは細かくて記載が大変との回答が5割を占めた.福田分類の復活希望は3%にとどまった.Purpose:TheDiabeticEyeNotebook(EyeNotebook)hasbeenrevisedtothethirdedition(June2014);weherereportontheawarenesssurveyofophthalmologistsforthethirdeditionoftherevisedoneyear.Methods:ThesubjectswereophthalmologistsintheTamaarea.Thesurveyitemswere:1)senseofresistancetoprovidingtheEyeNotebook,2)clinicalappropriatenessofthedescription“guidelinesforthoroughfunduscopicexamina-tion”,3)di.cultitemsto.llinontherecordofvisit,4)①prosandconsofdetaileddescriptionofdiabeticmacu-lopathy,②prosandconsofdescriptionofchangeindiabeticmaculopathy,③prosandconsofdeletingtheFuku-daclassi.cation.5)Clarityofrevisiontothethirdeditionofthepatient’sEyeNotebook.Weexaminedtheresultsofcomparingmembers(11persons),non-members(30persons),respondents(50persons)andoverallresults,aswellastheJapaneseSocietyofOphthalmicDiabetology.ResultsandConclusion:Ontherecordofvisit,manyresponsesaredi.cultto.llinregardingchangesinthediabeticmaculopathyofmembersandchangesinthedia-beticretinopathyofnon-members.Memberanswersofaverynotedanditismostwelcomethatdescriptionsofdiabeticmaculopathyhavecometoaccountforover50%.PreferenceforrevivaloftheFukudaclassi.cationreachedonly3%.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):268.273,2017〕Keywords:糖尿病眼手帳,アンケート調査,糖尿病網膜症,眼科・内科連携.diabeticeyenotebook,question-nairesurvey,diabeticretinopathy,cooperationbetweenophthalmologistandinternist.はじめに立し,内科と眼科の連携を強化するために両科の連携専用の糖尿病診療の地域医療連携を考える際に重要なポイントの「糖尿病診療情報提供書」を作成し地域での普及を図った1).一つが,内科と眼科の連携である.多摩地域では,1997年またこの活動をベースに,筆者は2001年の第7回日本糖尿に内科医と眼科医が世話人となり糖尿病治療多摩懇話会を設病眼学会での教育セミナー「糖尿病網膜症の医療連携─放置〔別刷請求先〕大野敦:〒193-0998東京都八王子市館町1163東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科Reprintrequests:AtsushiOhno,M.D.,Ph.D.,DepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,1163Tate-machi,Hachioji-city,Tokyo193-0998,JAPAN268(126)中断をなくすために」に演者として参加した2)が,ここでの協議を経て『糖尿病眼手帳』(以下,眼手帳)の発行に至っている3).眼手帳は,2002年6月に日本糖尿病眼学会より発行されてから14年が経過し,その利用状況についての報告が散見される4.7)が,多摩地域では,眼手帳に対する眼科医の意識調査を発行半年目,2年目,7年目,10年目に施行してきた.そして発行半年目8),2年目9)の結果を7年目の結果と比較した結果10),ならびに10年目を加えた過去4回のアンケート調査の比較結果11)を報告してきた.眼手帳は2014年6月に第3版に改訂されたが,糖尿病黄斑症の記載が詳細になり,一方初版から記載欄を設けていた福田分類が削除され,第2版への改訂に比べて比較的大きな変更になった.そこで第3版への改訂から1年後の2015年6.7月に,第3版に対する眼科医の意識調査を行ったので,本稿ではその結果のうち,第3版での改訂ポイントを中心に報告する.I対象および方法アンケートの対象は,多摩地域の病院・診療所に勤務中の糖尿病診療に関心をもつ眼科医で,50名から回答があり,回答者の背景は下記に示す通りであった.1.性別:男性74%(37名),女性16%(8名),無回答10%(5名).2.年齢:30歳代12%,40歳代28%,50歳代42%,60歳代12%,70歳代6%で,50歳代・40歳代の順に多く,両年代で全体の70%を占めた.3.勤務先:開業医84%,病院勤務14%,無回答2%.4.臨床経験年数:10年以内4%,11.20年22%,21.30年44%,31.40年24%,41年以上6%で,21.30年の回答がもっとも多かった.5.定期通院中の担当糖尿病患者数:10名未満6%,10.29名26%,30.49名34%,50.99名8%,100名以上20%,無回答6%で,30.49名の回答がもっとも多かった.6.日本糖尿病眼学会:会員22%(11名),非会員60%(30名),無回答18%(9名).なおアンケート調査は2015年6.7月に施行されたが,眼手帳の協賛企業の医薬情報担当者がアンケートを持って各医療機関を訪問して医師にアンケートを依頼し,回答後直接回収する方式で行ったため,回収率はほぼ100%であった.今回,アンケートの配布と回収という労務提供を眼手帳の協賛企業の医薬情報担当者に依頼したことで,協賛企業が本研究の一翼を担うことになり倫理的問題が生じているが,アンケートを通じて眼手帳の啓蒙を同時に行いたいと考え,そのためには眼手帳の協賛企業に協力をしてもらうほうが良いと判断し,実施した.なお,アンケート内容の決定ならびにアンケートデータの集計・解析には,上記企業の関係者は関与していない.またアンケート用紙の冒頭に,「集計結果は,今後学会などで発表し機会があれば論文化したいと考えておりますので,御了承のほどお願い申し上げます」との文を記載し,集計結果の学会での発表ならびに論文化に対する了承を得た.今回報告対象としたアンケート項目は,下記のとおりである.問1.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感問2.「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度問3.4頁からの「受診の記録」のなかで記入しにくい項目問4-1.受診の記録における「糖尿病黄斑症」の記載の詳細化の是非問4-2.受診の記録における「糖尿病黄斑症の変化」の記載の是非問4-3.受診の記録における福田分類削除の是非問5.眼手帳第3版への改訂の患者さんへのわかりやすさ上記の問1.5に対するアンケート調査結果について,回答者50名全体の結果ならびに日本糖尿病眼学会の会員11名と非会員30名の比較結果を検討した.会員と非会員の回答結果の比較にはc2検定を用い,統計学的有意水準は5%とした.II結果1.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感(図1)眼手帳を渡すことへの抵抗は「まったくない」と「ほとんどない」を合わせて90%を超えていた.糖尿病眼学会の会員と非会員の比較では,両群間に有意差はなかった.2.「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度(図3)眼手帳1ページの「眼科受診のススメ」(図2)の下段に「精密眼底検査の目安」が記載されていることおよび記載内容ともに「適当」との回答が全体の89%を占めた.糖尿病眼学会の会員と非会員の比較では,「目安の記載自体が混乱のもとなので不必要」との回答が会員で28.6%と有意に多かった(c2検定:p=0.001).3.4ページからの「受診の記録」のなかで記入しにくい項目(図4,5)記入しにくい項目としては,「糖尿病網膜症の変化」と「糖尿病黄斑症の変化」が17%前後で多かった(図4).糖尿病眼学会の会員と非会員の比較では,会員は「糖尿病黄斑症の変化」,非会員は「糖尿病網膜症の変化」の回答がともに20%を超えて多かった(図5).4.1.受診の記録における「糖尿病黄斑症」の記載の詳細化の是非(図6)黄斑症の記載が詳細になったことは「適切な改変」との回答が69%でもっとも多かった.糖尿病眼学会の会員と非会員の比較では,会員は「細かくて記載が大変になった」が50%,非会員は「適切な改変」が76%で,それぞれもっと■まったくない■ほとんどない■多少ある■かなりある0%20%40%60%80%100%〈糖尿病眼学会会員(11名)と非会員(30名)の比較〉図1眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感も多かった(c2検定:p=0.07).4.2.受診の記録における「糖尿病黄斑症の変化」の記載の是非(図7)黄斑症の変化は「必要な項目」が48%,「必要だが記載しにくく,ないほうがよい」が38%と回答が分かれていた.糖尿病眼学会の会員と非会員の比較では,両群間に有意差はなかった.4.3.受診の記録における福田分類削除の是非(図8)福田分類は「ないままでよい」が60%と最多で,復活希望は3%にとどまった.糖尿病眼学会の会員と非会員の比較では,復活希望は会員で14.3%,非会員は0%であった.5.眼手帳第3版への改訂の患者さんへのわかりやすさ(図9)患者さんサイドに立った眼手帳をめざして,1ページの「眼科受診のススメ」などの表記を患者さんにわかりやすい表記に変更(図2)したが,患者さんにとってわかりやすくなったとの回答が全体の54.5%を占めた.糖尿病眼学会の会員と非会員の比較では,非会員は「わかりやすくなった」が63%,会員は「どちらともいえない」が44%で,それぞれもっとも多かった.図2「眼科受診のススメ」の推移■適当■不必要■修正必要(%)2.2複数回答可無回答7名を除く43名中の回答割合で表示80(無回答5名)0%20%40%60%80%100%40〈糖尿病眼学会会員(11名)と非会員(30名)の比較〉20特になし糖尿病黄斑症の変化糖尿病黄斑症糖尿病網膜症の変化糖尿病網膜症白内障眼圧矯正視力次回受診予定日図3「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度図44ページからの「受診の記録」のなかで記入しにくい項目適切細かくて記載が大変その他(%)(無回答11名)8060400%20%40%60%80%100%〈糖尿病眼学会会員(11名)と非会員(30名)の比較〉200特になし糖尿病黄斑症の変化糖尿病黄斑症糖尿病網膜症の変化糖尿病網膜症白内障眼圧矯正視力次回受診予定日図54ページからの「受診の記録」のなかで記入しにくい項目図6受診の記録における「糖尿病黄斑症」の記載の詳細化の<糖尿病眼学会会員(11名)と非会員(30名)の比較>是非必要記載しにくくないほうがよい元々不要その他ないままでよい復活してほしいどちらともいえない2.9(無回答8名)(無回答15名)0%20%40%60%80%100%0%20%40%60%80%100%〈糖尿病眼学会会員(11名)と非会員(30名)の比較〉〈糖尿病眼学会会員(11名)と非会員(30名)の比較〉図7受診の記録における「糖尿病黄斑症の変化」の記載の是非図8受診の記録における福田分類削除の是非0%20%40%60%80%100%〈糖尿病眼学会会員(11名)と非会員(30名)の比較〉図9眼手帳第3版への改訂の患者さんへのわかりやすさIII考按1.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感多摩地域の眼科医に対する眼手帳に関するアンケート調査結果の推移11)をみると,眼手帳配布に対する抵抗感は,2年目以降「まったくない」と「ほとんどない」を合わせて80%を超えており,今回の結果も同様であった.外来における時間的余裕ならびに配布,手帳記載時にコメディカルスタッフによるサポート体制が確保されれば,配布率の上昇が期待できる.2.「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度糖尿病眼学会の会員において,「目安の記載自体が混乱のもとなので不必要」との回答が28.6%と有意に多かった.これが糖尿病の罹病期間や血糖コントロール状況を加味せずに,検査間隔を決めるむずかしさを示唆しており,受診時期は主治医に従うように十分説明してから手帳を渡すことの必要性を改めて示している.3.4ページからの「受診の記録」のなかで記入しにくい項目多摩地域の眼科医における眼手帳第2版までのアンケート調査では,記入しにくい項目として,「福田分類」のつぎに「糖尿病網膜症の変化」があげられている11).今回その項目と「糖尿病黄斑症の変化」が多かったことは,網膜症や黄斑症の経時的変化を記載することの負担感を示している.4.1.受診の記録における「糖尿病黄斑症」の記載の詳細化の是非7割の回答者が黄斑症の記載が詳細になったことは適切な改変と評価しているものの,学会員の半数は細かくて記載が大変になったと回答している.おそらく定期通院中の糖尿病患者数が多く,かつ黄斑症の患者も多いため,記載に対する負担感が強いと思われる.4.2.受診の記録における「糖尿病黄斑症の変化」の記載の是非黄斑症の記載の詳細化に対する高評価に比べると,黄斑症の変化は必要だが「記載しにくくないほうがよい」との回答も4割弱認めた.この項目の記載には,OCTによる診察ごとの比較が不可欠であり,その煩雑さが記載のしにくさを反映していると考えられる.4.3.受診の記録における福田分類削除の是非多摩地域の眼科医に対する眼手帳発行10年目までのアンケート調査では,10年目の回答において,受診の記録のなかで記入しにくい項目として「福田分類」と「変化」が多く選ばれ,とくに福田分類の増加率が高かった11).福田分類は,内科医にとっては網膜症の活動性をある程度知ることのできる分類であるため記入して頂きたい項目ではあるが,その厳密な記入のためには蛍光眼底検査が必要となることもあり,眼科医にとっては埋めにくい項目と思われる1).こうした流れもあり,眼手帳の第3版では受診の記録から福田分類は削除されたが,今回の結果では福田分類は「ないままでよい」が6割を占め,復活希望は3%にとどまった.したがって,現時点で眼手帳の第3版の改訂方針は眼科医に支持されているといえるが,今後は福田分類削除に対する内科医の意見も聞いてみたい.5.眼手帳第3版への改訂の患者さんへのわかりやすさ眼手帳第3版への改訂では,図2の「眼科受診のススメ」の表記だけでなく,眼手帳後半のお役立ち情報にOCTや薬物注射を加えるなどの改変を行っている.こうした工夫が,患者さんにとって「わかりやすくなった」との回答が過半数を占める評価につながったと思われる.以上のアンケート結果より,眼手帳の第3版における改訂ポイントに対しておおむね好意的な受け入れ状況を示したが,一部の記載項目では,とくに日本糖尿病眼学会会員において負担感をもつ回答者も認めた.今後は,さらに多くの医療機関で眼手帳を利用してもらうために,眼手帳の目的を理解してもらうための啓発活動ならびに眼手帳のより利用しやすい方法の提案が必要と思われる.謝辞:アンケート調査にご協力頂きました多摩地域の眼科医師の方々に厚く御礼申し上げます.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大野敦,植木彬夫,馬詰良比古ほか:内科医と眼科医の連携のための糖尿病診療情報提供書の利用状況と改良点.日本糖尿病眼学会誌7:139-143,20022)大野敦:糖尿病診療情報提供書作成までの経過と利用上の問題点・改善点.眼紀53:12-15,20023)大野敦:クリニックでできる内科・眼科連携─「日本糖尿病眼学会編:糖尿病眼手帳」を活用しよう.糖尿病診療マスター1:143-149,20034)善本三和子,加藤聡,松本俊:糖尿病眼手帳についてのアンケート調査.眼紀55:275-280,20045)糖尿病眼手帳作成小委員会:船津英陽,福田敏雅,宮川高一ほか:糖尿病眼手帳.眼紀56:242-246,20056)船津英陽:糖尿病眼手帳と眼科内科連携.プラクティス23:301-305,20067)船津英陽,堀貞夫,福田敏雅ほか:糖尿病眼手帳の5年間推移.日眼会誌114:96-104,20108)大野敦,植木彬夫,住友秀孝ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳の利用状況と意識調査.日本糖尿病眼学会誌9:140,20049)大野敦,粂川真理,臼井崇裕ほか:多摩地域の眼科医における発行2年目の糖尿病眼手帳に対する意識調査.日本糖尿病眼学会誌11:76,200610)大野敦,梶邦成,臼井崇裕ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移.あたらしい眼科28:97-102,201111)大野敦,粟根尚子,梶明乃ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移(第2報).ProgMed34:1657-1663,2014***