特集●眼科疾患の疫学あたらしい眼科33(9):1293?1299,2016網膜?離データベース構築─わが国独自の眼科医療確立へのステップとして─NewRegistrySystemforRetinalDetachmentSurgeryinJapan─AFirstSteptowardEstablishingOurOwnDatabase─山切啓太*はじめに根拠(エビデンス)に基づく医療(evidencebasedmedicine:EBM)が推奨されるようになってすでに20数年が経過し,わが国でも広く認知されている.日常診療では,そのEBMをもとに方針を立てて治療を行っているが,レベルの高いエビデンスを得るためには,ランダム化比較試験が必須と考えられていた.しかし残念ながら,少なくとも網膜硝子体手術領域に関してはランダム化比較試験そのものが非常に困難であり,これまでほとんど行われてこなかった.そのため,エビデンスレベルは必ずしも高くない.おそらく施設ごとの結果や海外からの報告に基づいて治療予測が説明されているのではないだろうか.したがって,「わが国では」という観点に限れば,治療方針や効果,合併症が十分に検証されているとは言いがたい.現在では社会,経済などさまざまな分野でグローバル化が進展しているが,研究領域でもグローバル化が著しい.ヨーロッパからもアジアからも,近年,種々の網膜硝子体疾患に対する治療成績に関して,数千例,数万例といったビッグデータを解析した報告が増加している1~5).このことは,すでに独自のデータの蓄積と解析が進行し,EBMが標準化されていることを意味する.すなわち,治療の標準化のためのエビデンスを構築し,結果をさらにフィードバックさせるスタイルが完成し,種々の臨床研究や診療上の新しい知見が絶えず生み出される素地をもっていると評価できる.上記を踏まえると,わが国でも独自のデータベースからエビデンスを得るためのシステムを構築することが必要不可欠である.そこで,日本網膜硝子体学会の承認のもとに,2013年12月から山形大学,杏林大学,千葉大学,鹿児島大学が中心となって本事業の準備作業に着手した.正式名称は「日本網膜硝子体学会(JapaneseRetinaandVitreousSociety)における網膜硝子体手術・治療情報データベース事業」(以下,本事業)である.2014年4月の討議の結果,最初の登録疾患として裂孔原性網膜?離(以下,網膜?離)を対象とすることを決定し,2015年4月から3カ月間,前述の4施設で試験登録を開始した.いくつかの修正作業を経て,2016年2月から全国26施設が参加して本格的に始動している(表1).本稿では,本事業の第1弾としてスタートした網膜?離のデータベース構築の概要について解説する.I本事業によって何が可能になるのか最大の目標は,構築されたデータベースによって,わが国独自の信頼性のある診断治療法を確立することである.しかし,ランダム化比較試験が困難であるのに,どうやって確立するのだろうか?鍵は多数例を解析することにある.多数例の解析により,頻度,発症,治療成績にかかわる因子を明らかにしうる.ここで,初回復位するかどうか,という非常にシンプルで,かつ網膜?離治療を考えるうえでもっとも重要な問題を例にとって考えてみる.?離期間,裂孔の形態,内眼手術の既往の有無,強度近視の有無など,種々の要因(説明変数)が網膜復位(目的変数)に与える影響を調査(ロジスティック回帰分析)することで,ある条件をもった網膜?離症例の復位のしやすさをスコア化(=確率,この場合は初回復位率を予測)することができる.これを傾向スコアというが,この手法を用いると同じ傾向をもったグループ(同じくらいのスコア)を選び出すことができるため,ランダム化比較試験と比較しても遜色のない結果が得られる.したがって,多数例であることが重要とされる.多数例から構成されるデータベースが構築されていれば,「わが国で蓄積されたデータ」から得られた,この上ないエビデンスをもとに回答できる.また,1施設では十分な症例数が集まらないような病型であっても,多施設であれば症例数が確保でき,解析,検討が可能となる.さまざまな治療統計の結果を提示できるようになり,医療現場にとってメリットは大きい.もちろん,本事業によって可能となることは他にも数多くあり,非常に期待がもてる(表2).II運営と登録の流れ本事業を行うにあたり,日本網膜硝子体学会内に事務局を設置し,データセンターを運営することとなった.また,網膜硝子体学会が汎用性の高い,全施設共通の事業計画書を準備した.この事業計画書は今後他の疾患を対象とする場合でも,登録疾患の変更申請で対応可能な様式となっている.登録の流れを表3に示す.登録開始には施設ごとに倫理委員会の許諾が必要である.倫理委員会への申請に際してはそれぞれの施設で上述の事業計画書を倫理委員会に提出し,承認を得ることとした.そのため全国の施設で均質の登録様式となるはずである.データの登録は診療科ごとに行われるが,本事業の事務局から認証を受けなければならない.もちろん,参加施設はそれぞれの独自研究を継続することができる.登録方法としていくつかの提案があったが,オンラインによる登録が望ましいという結論に達した.図1に実際の登録画面を示すが,ウェブ上でチェック式の登録とすることで,集計に関する問題は回避しうる.中央の組織にデータを集め,全国規模のデータベースを作成する(図2)ことになるが,参加施設からデータセンターに新しい課題を提案することも,逆に(承認は必要であるが)データセンターから研究テーマに必要な情報の提供を受けることも可能となる.倫理的側面に関しては,実際に登録されるデータからは個人を識別できる情報は除かれるが,それぞれの施設は患者との対応表を保持することで(自施設の)患者のみ識別でき,「連結可能」となっている.したがって,データベースの管理者には個人情報は匿名化され,患者を特定することはできない(図3).また,本事業は術前後の検査結果や治療成績などの登録にすぎず,データのために治療方針,検査などが変更されるなどの介入を伴わないことから,個別の承諾書の取得は原則として不要と考えているが,実際は施設基準に従う.患者への周知に関しては,各施設の外来,あるいはホームページへの掲載により告知することとした(この告知文書も事業計画書に附録として加えている.また,日本網膜硝子体学会のホームページにも掲載されている[http://www.jrvs.jp/works/]).ちなみに鹿児島大学では,外来への掲示とは別に,網膜?離の手術説明文書と一緒に告知文書を患者へ渡すようにしている.III本事業の登録項目の決定にあたって網膜?離症例の術前,手術,術後の所見や合併症に対してそれぞれ項目が設定された.試験運用の段階から数回の修正を経て,2015年12月の実務者会議で,最終的に項目が決定された.術前所見18項目,術中所見16項目,術後経過報告3項目とし,それぞれ特記事項を記載できるようにした.中でも特徴的と思われるのは,主病名の選択である.原因を可能な限り正確に決定するために,網膜?離のタイプを10項目に分類し選択するようにした.IV網膜?離が選ばれた理由実際のデータを収集する現場の労力には限りがある.そのため全国規模でデータベースを構築するにあたって,考慮すべき点がいくつかあった.初めての試みであるため,なるべく混乱を招かない症例選択が求められた.そのなかで,(限られた期間であっても)ある一定数の症例数を期待できること(むしろ症例数が多すぎないこと),治療の選択肢が(手術に)限定されること,初回治療例を抽出する可能性が高い疾患であること,疾患のバリエーションが多く治療転帰を予測しづらい要素が含まれているために,臨床的にも関心が高いこと,海外からの報告があり,比較の側面からもメリットがあること,学会として標準のテンプレートを用意できること,などである.以上の点から網膜?離が選択された.また,今回対象の網膜?離に関しては,登録期間を1年間,経過観察期間として6カ月,解析を含む全研究期間を5年間と設定した.V諸外国の状況それでは実際海外もしくは他科領域では,どのようにデータが収集されているのであろうか.過去の報告を含め,以下に概要を示す.1.EuropeanVitreo?RetinalSociety(EVRS)(http:??www.evrs.eu?)EVRSでは,学会主導で下記に示すさまざまな疾患の治療戦略を調査するための多施設研究を開始している.2011年から1年ごとに網膜?離(RDstudy),糖尿病黄斑浮腫(MEstudy),黄斑円孔(MHstudy),黄斑ピット症候群(OPTICPITstudy),中心性漿液性脈絡網膜症(CSCRstudy)を対象として症例を収集している.2016年5月現在で,網膜?離に関して4報,糖尿病黄斑浮腫に関して2報報告している.2016年は飛蚊症(Floatersstudy)を対象としている.網膜?離の収集デザインを示す.48カ国,176名の術者から収集した,2010年4月~2011年4月までの13カ月間に施行された網膜?離症例4,179例7,678眼の治療成績を解析している1,2).EVRSの会員に通知し,希望者がweb上で症例を登録するという方法で収集している.そのため後ろ向きのデータであり,ランダム化されていない.一見,自由に好きな症例を登録しうるシステムではあるが,ルールを設けることでバイアスや選択エラーの効果を小さくしている.2.TheNationalOphthalmologyDatabase(NOD)(https:??www.nodaudit.org.uk?)英国では,TheRoyalCollegeofOphthalmologistsの主導により,電子カルテを利用して日常の診療データを偽匿名化して「自動」収集している3).データ収集に特化した,同一の電子カルテを使用することで可能となっているが,データ保護の管理上,抽出には履歴書を提出し承認を受けなければならない.疾患によってデータ収集の時期は多少異なるが,おおよそ2000年~2010年に31施設からデータを収集しており,これまで網膜?離,黄斑円孔,網膜前膜,糖尿病網膜症の網膜硝子体手術治療に関する報告を行っている.網膜?離に関しては,8年間に登録された4,217例のデータのうち3,403例を対象として解析している4).3.TaiwanNationalHealthInsuranceResearchDatabase(NHIRD)台湾では,TaiwanNationalHealthResearchInstituteによって発行される,国民健康保険のデータベース(NHIRD)を用いている.国際疾病分類(InternationalClassificationofDiseases:ICD)に基づいてデータを抽出した結果を報告している.NHIRDは国民全体の99%以上を対象としており,2万例を超えるビッグデータから全体の傾向を把握できるという非常に優れた方法であるが,上述の1,2と比較すると得られるデータはやや異なっている.疾患の個々の状況は把握できないが,術式,180日後の再発による再入院,入院日数,費用といった項目が抽出でき,年次ごとに比較することが可能となっている5).4.IRISRRegistry(http:??www.aao.org?iris?registry)米国では,AmericanAcademyofOphthalmologyが主導して,電子カルテからデータを集積し,解析するデータ登録システムを始動した.このシステムは,電子カルテの種類に関係なく運用できるため,自動的にデータを同期できる.すなわち,カルテ記載そのものがデータベースへの登録と同じことになる.データ収集のスピードは圧倒的なものとなるであろうし,この巨大なデータベースを用いれば,これまで莫大な費用をかけて行っていた大規模臨床試験の費用が削減される.さらに診療機関,地域,国レベルの比較も可能となるなど,これまでとはけた違いのデータが抽出されるであろう.報告によると2014年の運用開始時には,利用医師数が2,300名,登録された患者数が200万人であったが,2016年には医師数が10,140名となり,2017年の登録患者数の目標は4,800万人とのことである.5.NationalClinicalDatabase(NCD)(http:??www.ncd.or.jp?)わが国では2011年以降,日本外科学会を中心としたNationalClinicalDatabase(NCD)が,国際的にも類をみない素晴らしいデータベースを構築しており,わが国の豊富なデータから数多くの情報を発信している.すべての手術,治療について登録する基本項目(統計的調査),手術,治療ごとに異なる詳細な項目(医療評価調査)を,施設ごとにそれぞれオンライン上で登録する.約4,000施設が参加し,年間120万件の症例が登録されており,参加施設数としては世界最大規模である.施設と全国の比較を可能とし,リスクの評価も可能になるなどリスクマネージメントとしても非常に有用である(本事業はNCDを参考にしているが,日本網膜硝子体学会はNCDには加盟していない).VI将来への大きな展望本事業の第1弾としてスタートした網膜?離のデータベース構築について概説した.本事業によって,わが国独自のエビデンスを活用できるようになることが期待できる.強調しておきたいのは,本事業は疾患のエビデンスを得るというような小さな目的のためのものではない.現在,医薬品開発などが医療の柱と考えられているが,人工知能や大規模データ解析が大きく進んでいる米国の状況を考えると,今後は医療情報こそが医療産業の柱になるであろう.日本の医療情報は日本人の医師が掌握すべきであり,そうでなければ医療に関しての日本の富はますます失われていく.本事業は,そのための第一歩であり,ここで得られたノウハウは次世代への財産になると信じている.文献1)AdelmanRA,ParnesAJ,DucournauDDetal:StrategyforthemanagementofuncomplicatedretinaldetachmentsTheEuropeanVitreo-RetinalSocietyRetinalDetachmentStudyReport1.Ophthalmology120:1804-1808,20132)AdelmanRA,ParnesAJ,SipperleyJOetal:Strategyforthemanagementofcomplexretinaldetachments:TheEuropeanVitreo-RetinalSocietyRetinalDetachmentStudyReport2.Ophthalmology120:1809-1813,20133)JacksonTL,DonachiePHJ,SparrowJMetal:UnitedKingdomnationalophthalmologydatabasestudyofvitreoretinalsurgery:Report1;casemix,complications,andcataract.Eye27:644-651,20134)JacksonTL,DonachiePHJ,SallamAetal:UnitedKingdomnationalophthalmologydatabasestudyofvitreoretinalsurgery:Report3;retinaldetachment.Ophthalmology121:643-648,20145)HoJD,LiouSW,TsaiCYetal:Trendsandoutcomesoftreatmentforprimaryrhegmatogenousretinaldetachment:a9-yearnationwidepopulation-basedstudy.Eye23:669-675,2009*KeitaYamakiri:鹿児島市立病院眼科〔別刷請求先〕山切啓太:〒890-8760鹿児島市上荒田町37-1鹿児島市立病院眼科0910-1810/16/\100/頁/JCOPY表1参加施設と管理者(2016年2月1日開始予定)参加施設名(50音順)診療科長・主任教授旭川医科大学・眼科吉田晃敏教授大阪医科大学・眼科池田恒彦教授大阪労災病院・眼科恵美和幸副院長岡山大学・眼科白神史雄教授鹿児島大学・眼科坂本泰二教授関西医科大学枚方病院・眼科髙橋寛二教授九州大学病院・眼科石橋達朗教授京都大学・眼科吉村長久教授杏林大学・眼科・杏林アイセンター平形明人教授近畿大学医学部堺病院・眼科日下俊次教授群馬大学・眼科岸章治教授国立成育医療研究センター・眼科東範行医長滋賀医科大学・眼科大路正人教授竹内眼科クリニック竹内忍院長千葉大学・眼科山本修一教授東京女子医科大学・眼科飯田知弘教授長崎大学・眼科北岡隆教授名古屋大学・眼科寺﨑浩子教授名古屋市立大学・眼科小椋祐一郎教授日本大学病院・眼科湯澤美都子教授弘前大学・眼科中澤満教授北海道大学・眼科石田晋教授三重大学・眼科近藤峰生教授山形大学・眼科山下英俊教授山梨大学・眼科飯島裕幸教授横浜市立大学・眼科門之園一明教授(日本網膜硝子体学会:疾患登録事業.事業計画書.第4版より引用)表2本事業によって可能となることは多岐にわたる網膜硝子体疾患登録データベースで何ができるのか?1.網膜硝子体疾患の頻度,発症に関わる因子を明らかにする環境因子,全身状態,眼科所見などから危険因子・保護因子を明らかにする2.網膜硝子体疾患の診断,病態研究や新薬の開発の基礎資料臨床試験を行う際に地域ごとの登録可能症例数を予測など3.介入割り付けが困難な臨床課題を多施設で検討症例対照研究,傾向スコアを用いた研究など4.手術や治療を受けた方の予後,合併症の頻度臨床試験とは異なる実地臨床における治療成績など独自市販後調査として新規合併症のモニタリングなど5.網膜硝子体疾患に対する手術をはじめとする治療の統計地域別,施設別,医師別などさまざまな統計資料(山形大学公衆衛生学教室川崎良先生のご厚意による)1294あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(52)表3本事業の登録の流れ項目担当1登録施設確認理事会理事所属施設にて登録を開始することを理事会にて決定全理事宛てに書面送付,書面にて事業参加意思確認2倫理委員会申請施設各施設の倫理委員会に,業務実施計画書(疾患登録事務局より配布)添付の上,倫理委員会の申請3倫理委員会申請許諾確認施設倫理委員会の許可がおりたら,事務局に通知(倫理申請書および承諾書を事務局に送付する)4術者登録申請施設各施設の施設管理者より施設内の施設責任者,術者,入力担当者登録を申請【様式:術者登録申請書】事務局に送付*術者,入力責任者申請は施設管理責任者からの申請のみ可能6パスワード通知事務局事務局より施設管理者,術者にIDおよびパスワード通知7患者様への通知施設施設ホームページまたは,外来での掲示版などで患者への告知掲載(術者登録時申請時にどのような方式で患者様に告知しているか事務局に申告)8登録開始施設登録は倫理委員会申請後の症例を対象とし登録9業務実施計画書更新事務局施設業務実施計画書に変更があった場合には,各施設担当者に配布.各施設の倫理委員会に変更の報告を実施10業務実施計画書更新確認事務局業務実施計画書変更における倫理委員会への変更申請確認作業倫理委員会の承認ののちに,管理者ならびに術者にIDが与えられる.(日本網膜硝子体学会:疾患登録事業.事業計画書.第4版より引用)(53)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161295図1登録ウェブサイトのログイン画面(a),メニュー画面(b),実際の入力画面(c)チェック形式での入力により,入力上の煩雑さを軽減し,集計上のミスが起こりにくいように配慮した.(日本網膜硝子体学会:疾患登録事業.事業計画書.第4版より引用)1296あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(54)図2本事業におけるデータの収集方法相互で情報をやり取りすることが可能である.(日本網膜硝子体学会:疾患登録事業.事業計画書.第4版より引用)図3本事業におけるデータの匿名化の方法情報の入力は,患者とはかかわりのない匿名化された番号を付けて入力する.匿名化された番号と患者との対応表は各参加施設のみに残される(連結可能匿名化).各施設は,対応表を厳重に管理保管しなければならない.他施設や管理者は,データから個人情報を得ることはできない.(日本網膜硝子体学会:疾患登録事業.事業計画書.第4版より引用)(55)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201612971298あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(56)(57)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161299