連載④二次元から三次元を作り出す脳と眼雲井弥生淀川キリスト教病院眼科4.生理的複視を利用した訓練はじめに生理的複視を両眼視の訓練に利用できる.両眼で固視する物は1つに見え,その前後の物は2つに見えるという性質を使い,両眼で正しく視標をとらえているか確認しながら練習する.おもに外斜視の輻湊訓練1)に用いるが,内斜視の両眼視訓練としても有効である.紙を使う二次元での輻湊訓練(図1)A4の紙の中央に折れ線を作り,それに沿って線を引(77)く.直線上に10cm間隔に直径1cmの●を3つ書き,遠方からA・B・Cとする.眼の高さに掲げてAを固視するとB・Cが2つずつ見える(図1左).B・Cは耳側網膜に映り交差性複視を生じる.網膜に結像する位置が中心窩から遠いほど,正面から鼻側に離れた場所に見える.中央の直線はAを交点にして手前になるほど開く2本の直線のように見える.逆にこのように見えれば,両眼がAを固視している=両眼の中心窩がAをとらえているといえる.視線をBに移す(図1中央).前後のA・Cが2つずつ見える.Aは固視点より後方にあるため同側性複視を,一方Cは交差性複視を生じる.直線はBを交点に前後にX型に見える.Cを固視する(図1右).後方のA・Bが2つずつ見え,どちらも同側性複視である.直線はCを交点に後方に開く2本の直線に見える.このようにして,無限遠∞→A→B→C→B→A→無限遠∞と固視点を移動させることで輻湊と開散の練習ができる.外斜視の輻湊訓練に使う.正面から近づく鉛筆を両眼で注視する訓練との違いは,両眼で視標を固視できているか確認できる点である.外斜視の患者間欠性外斜視の患者では,顕性の外斜視と外斜位が混在している.たとえば右眼が外斜視のとき,正面の点Fは左眼中心窩と右眼耳側網膜に結像する(点Fが右眼網膜に結像する部分を道づれ領とよぶ.固視眼で見た物体が斜視眼網膜に結像する領域のことである).正常人に突然右眼外斜視が起こると交差性複視を感じる.また,左右の中心窩に異なる像が映るため混乱視を感じる(第2回参照).しかし,右外斜視の頻繁に起こる人では,自身にとって有益ではない複視や混乱視の現象を弱めるため,斜視眼の道づれ領や中心窩に映る視覚情報を中枢で認識しないようになっている.これが抑制である2).抑制のかかる領域を抑制野とよぶ.抑制野は初期は部分的であるが,徐々に耳側網膜に広がる.同じ理由から内斜視では抑制野は鼻側網膜に広がる.外斜視では耳側網膜が関与する交差性複視,内斜視では鼻側網膜の関与する同側性複視の認識が困難になる.右眼の耳側網膜に抑制野をもつ外斜視について考える(図2).図では顕性斜視がなく両眼でBを固視している.Aは右眼の鼻側網膜に映るので認識可能だが,Cは抑制野内に投影され認識できない*.左眼を閉じ右眼でCを確認するなど留意して輻湊練習をする.練習方法を理解して訓練できるのは文献的には6歳以降である.*間欠性外斜視で抑制が起こるのは外斜視のときとされているが,多くの例で顕性斜視がなくても生理的複視の抑制が認められると報告されている.ビーズを使う三次元での眼球運動訓練アメリカの神経生物学者スーザン・ハリーは,48歳を目前に緻密な視能訓練を初めて受け,1年かけて両眼視・立体視を獲得していった.彼女は生後3カ月で内斜視を発症し2・3・7歳で斜視手術を受けるも両眼視はむずかしく,交代視の状態で対処していたのだ.その視覚体験を記した本で,生理的複視を認知して両眼をコントロールできるようになったのが両眼視獲得の重要なステップであったと述べている3).直径1cmのビーズを通した長さ1.5mのひもの片端をドアノブに結び,もう片端を鼻筋にあてて最初は眼前数cmにあるビーズを固視して,ひもがビーズを交点にX型に2本に見える感覚をつかむ.ビーズが2つに見えるときは固視点がずれているので1つに見えるよう視線を動かす.ビーズを前後に移動させて固視することで輻湊と開散運動を行い,両眼を協調させる感覚を覚える.実際に試してみると紙を使う訓練より三次元空間内で行うため日常視に近く,ビーズやひもが2つに見える感覚をとらえやすい.外斜視の輻湊訓練だけでなく,視線や眼位を保ちにくい内斜視患者が「自分の眼がどこを見ているのかを把握して眼位を整える」ための訓練としても活用できる.文献1)深井小久子:斜視の視能矯正─融像訓練と輻湊訓練.斜視診療の実際(丸尾敏夫編),眼科診療プラクティス4,p182-186,文光堂,19932)矢ヶ崎悌二:複視と抑制.弱視・斜視のスタンダード(不二門尚編).専門医のための眼科診療クオリファイ22,p41-46,中山書店,20143)スーザン・バリー:あいだの空間.視覚はよみがえる,p129-148,筑摩書房,2010①固視点Aは中心窩FR・FLに投影される.B・CはFR・FLの耳側の網膜に映り,正面を越えて反対側の位置に見える交差性複視を生じる.中央の直線はAを交点とする2本の直線のように見える.②固視点Bは中心窩FR・FLに投影される.AはFR・FLの鼻側の網膜に映り,正面より耳側に,Cは耳側の網膜に映り,正面を越えて反対側の位置に見える.Aは同側性複視,Cは交差性複視.③固視点Cは中心窩FR・FLに投影される.A・BはFR・FLより鼻側の網膜に映り,正面より耳側に離れた位置に見え同側性複視を生じる.図1紙を使う二次元での輻湊訓練頻繁に右眼が外斜視になる人では,両眼でBを固視すると右耳側網膜に抑制がかかる(青の部分).この領域に投影されるCは認識困難となる.Aは鼻側網膜に投影されるので認識可能である.図2右眼に抑制野をもつ外斜視1320あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(78)(77)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201613190910-1810/16/\100/頁/JCOPY