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光干渉断層計・最近の進歩(総論)

2014年12月31日 水曜日

特集●OCTを読むあたらしい眼科31(12):1741.1746,2014特集●OCTを読むあたらしい眼科31(12):1741.1746,2014光干渉断層計・最近の進歩(総論)RecentAdvanceinOpticalCoherenceTomography板谷正紀*はじめにひとくちに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の進歩といっても,実はさまざまな技術が進歩し,その集合体として今日の普及型OCT機器ができあがっている.まず,検出技術が進歩しタイムドメインOCTからスペクトラルドメインOCTになったことがよく知られており,進歩の中心でもあり起爆剤でもあったが,同時に進歩の一部分である.他に,光源の波長幅が広帯域化したことによる深さ分解能が向上してきたこと,眼球の動きを追尾する技術の進歩,ノイズ除去技術の進歩,ミラーイメージ利用によるenhanceddepthimaging,波長1,050nm帯Swept-source光源の使用による高深達OCTなど,枚挙にいとまがない.さらには,われわれが臨床で使用している普及型OCT機器は,反射強度の程度を画像化した強度画像であり,OCTが捉えられる情報の一部にすぎない.現在,偏光情報を捉える偏光OCT,血流のドップラシフトを捉えるドップラOCT,血流という動きあるものを種々の方法で画像化するOCTアンギオグラフィーなど,強度画像以外のOCT技術が臨床の手前まできている.IOCT関連技術進歩の起爆剤となったOCT検出技術の世代交代最初に実用化されたOCTは,タイムドメインOCT(time-domainOCT:TD-OCT)であった.TD-OCTは光波の干渉を実空間(時間領域)で行う.これに対し,光波の干渉をフーリエ空間(周波数領域または波長領域)で行う検出技術をフーリエドメインOCT(FourierdomainOCT:FD-OCT)と呼ぶ.FD-OCTは,波長固定光源と分光器を用いてフーリエ空間で検出するスペクトラルドメインOCT(spectral-domainOCT:SDOCT)とチューナブルレーザ(波長掃引光源)を用いて光源の発信波長を高速に順次切り替えて出力し,点検出器で順次検出する方式をとる波長掃引型OCT(sweptsourceOCT:SS-OCT)とがある.ともに高速化に有利な技術であるが,SS-OCTは光源次第で速度を上げることが可能であり,高速化に有利である.TD-OCTは1回のスキャンにより網膜の1点の情報しか得られないため,深さ方向に1点1点機械的走査(axialscan)を行わねばならない.これに対してSD-OCTは,1回のスキャンにより深さ方向の情報がすべて取得できるため,深さ方向の機械的走査が不要となり,その分だけ高速で,診断情報取得のパフォーマンスは圧倒的となり,TD-OCTからSD-OCTへの世代交代が起き,今日の普及型OCT機器に至る.IISD.OCTの高速スキャンで可能になったことのまとめ1.3次元撮影高速になり黄斑部や視神経乳頭を中心に3次元撮影が可能になった.TD-OCT時代の粗なスキャンでは見逃してしまう微細な病変を3次元スキャンは見逃さない.*MasanoriHangai:埼玉医科大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕板谷正紀:〒350-0495埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷38埼玉医科大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)1741 図1スペックルノイズ(SpeckleNoise)とは左図は,深さ分解能3μmの正常網膜のBスキャン画像.拡大すると黒い粒状のスペックルノイズが見える.250~100図2スペックルノイズを減らす加算平均法スペックルノイズはBスキャンごとに位置を変えるが,実像(図では花で眼底の例え)は位置を変えない.このため2回Bスキャンを撮影し足して割るとノイズは半分になるが,花は不変である.これを50回,100回と繰り返すとスペックルノイズはほとんど消失する.病変は変化することが多く,まさに一期一会であるが,3次元撮影をしておけばすべての病変の形態情報が記録され,後で見返せる.3次元撮影により,網膜厚や視神経乳頭周囲神経線維厚を再現性良く正確に計測できるようになった.2.スペックルノイズ除去による高精細断層画像OCT断層像の層境界が不鮮明である最大の原因はスペックルノイズと呼ばれるノイズである(図1).同じ部位で何十回と撮影し画像の加算平均(図2)を行うと,スペックルノイズが効果的に除去され,層境界面が明瞭図3スペックルノイズ除去画像50回のBスキャンを加算平均すると,1枚のBスキャンでは観察がむずかしかった神経節細胞層(GCL)が網膜神経線維層(RNFL)と内網状層(IPL)の間に明瞭に観察される.で光学顕微鏡組織のような鮮明な画像になる1,2)(図3).眼球は健常眼でも複雑な固視微動をしているため,速度が遅いOCTでは同一部位で重ね合わせ可能な同一の画像を撮ることがむずかしかったが,高速化により可能になった.スペックルノイズ除去画像が断層像観察の基本となっている.III眼球運動追尾技術この技術は眼球が健常でも複雑に動いているというイメージング上最大の問題を解決した特記すべき技術である.まず,スペックルノイズ除去のための同一部位における同一画像撮影を正確に行うことを可能とした.これにより,100枚でも加算平均化が可能となり,鮮明なBスキャン画像を再構築することができるようになった.また,眼球運動追尾技術は正確な経過観察を可能にした.眼球運動を追尾するために最初の画像が記憶され1742あたらしい眼科Vol.31,No.12,2014(4) 現行のOCT新しい窓光通信www.thorlabs.com現行のOCT新しい窓光通信www.thorlabs.comる.これに基づき,2回目以降の撮影でもまったく同一部位を撮影可能である.これは,特にわずかの菲薄化を捉える必要がある緑内障進行管理で意義が高い.IV強度画像OCTの進歩1.新しいOCT機器「もっと深く」a.Enhanced.depthOCT(EDI.OCT)SD-OCTがもつ反転ミラーイメージを用いて脈絡膜や篩状板などの深部組織の感度を上げることにより観察する方法であり,最初にSpaideらが報告しEnhancedDepthImaging(EDI)と呼んだ.通常の普及型OCT機器では網膜の描出感度を上げるため,参照面が硝子体側に設定されているが,そのミラーイメージの参照面は反対に脈絡膜側にある.そのため深部の感度が向上する.撮影時にOCTの対物レンズを患者眼に近づけていくと,このミラーイメージが現れる.ここで100枚の加算平均を行いスペックルノイズを除去すると脈絡膜や篩状板の描出が著しく改善される3).b.高深達OCT=長波長光源OCT(「もっと速く」)実用化されたOCTの光源の中心波長が800.900nm前後であるため,測定光の多くが網膜色素上皮で吸収されてしまう.その結果,網膜色素上皮下の脈絡膜や病変部の画像が急に不鮮明になる.そこで,OCTの光源としてより長い波長域の応用が考えられてきた.波長が長水への吸収くなるほど組織での吸収が減り深達性が向上するが,逆に水への吸収が増えるため眼底へ届く光量が減るというジレンマがある.できるだけ長波長で水の吸収の谷間として注目されるのが1,050nm前後の光源である(図4).1,050nmは,ほぼ1μmであるため,1μm帯といわれる.1μm帯の光源を用いると脈絡膜や篩状板の描出が著しく改善し測定も可能になった4,5)(図5).他にも,スキャンラインが見えないため被験者がスキャンラインを眼で追わない,白内障など中間透光体での散乱の影響が少ないなどの利点がある.c.波長掃引型OCT(SweptsourceOCT:SS.OCT)(「前も後ろも」)SS-OCTの最大の利点は,深さによる信号低下が少ないことである(図6).SD-OCTは深いほど画像感度が低下する欠点があるため,網膜硝子体を優先すると脈絡膜の感度が低下し,EDI-OCTで脈絡膜を優先すると網膜と硝子体の感度が低下したが,SS-OCTでは,硝子体から脈絡膜まで前後方向に広がる組織や病変の全体像を高感度に描出できる(図7).他に,SD-OCTより高速化が可能である,眼球の動きによる感度低下が少ない,分光器の光検出ロスがないなどの利点がある.現在市販されている唯一のSS-OCT機器であるDRIOCT-1Atlantis(トプコン社)は,上記した1μm帯のSS光源を使用しているため,両方の利点を併せもつことを明記λ=0.8μmλ=1μm網膜網膜色素上皮脈絡膜図4光の波長と水による吸収の関係1μmは長波長帯域のなかで水の吸収の谷間である.(5)あたらしい眼科Vol.31,No.12,20141743 1744あたらしい眼科Vol.31,No.12,2014(6)ことで,2μmの深さ分解能が可能である.しかし,これでは細胞レベルの観察ができなかった.XY面分解能が低いためである.XY面分解能は,普及型OCTでは角膜と水晶体の波面収差が原因で.20μm程度であった.波面収差を除去しクリアな像を得る技術である補償光学を応用して,角膜と水晶体の収差を補正しXY面分解能を向上させる研究が行われてきた.1999年,Roch-ester大学のWilliamsらにより,補償光学を眼底カメラに適用した研究発表6)がNature誌上になされて以来,laserscanningophthalmoscope(SLO)への応用を経て,したい.その結果,脈絡膜の厚みと疾患の関係4)や,強度近視の異常部位である強膜や緑内障の原因の場である篩状板の病態の理解が進んだ5).2.補償光学OCT(AdaptiveopticsOCT:AO.OCT)「細胞レベルに迫る」OCTによる画像の分解能(resolution)は,深さ分解能(axialresolution)とXY面分解能(lateralresolu-tion)に分けられる.OCTの深さ分解能は光源の波長帯域が広いほど高くなる.100nmの広帯域光源を用いる1,050nm840nm図51,050nmと840nmのOCTによる画像の比較左図はSS-OCT方式,右図はSD-OCT方式による.500μm1mm硝子体脂肪組織強膜図7SS.OCTによる画像強度近視眼.深さによる感度減衰がないが少ないため,硝子体から脈絡膜,強膜,さらには脂肪組織まで明瞭に描出される.トプコン社製SS-OCTプロトタイプ機による画像.00.511.522.5深さ(mm)OCT信号強度(対数)840nmSD-OCT1050nmSS-OCT図6深さ方向の距離とOCT信号感度強度の関係SS-OCTは深さによる感度の減衰がない.1,050nm840nm図51,050nmと840nmのOCTによる画像の比較左図はSS-OCT方式,右図はSD-OCT方式による.500μm1mm硝子体脂肪組織強膜図7SS.OCTによる画像強度近視眼.深さによる感度減衰がないが少ないため,硝子体から脈絡膜,強膜,さらには脂肪組織まで明瞭に描出される.トプコン社製SS-OCTプロトタイプ機による画像.00.511.522.5深さ(mm)OCT信号強度(対数)840nmSD-OCT1050nmSS-OCT図6深さ方向の距離とOCT信号感度強度の関係SS-OCTは深さによる感度の減衰がない. =図8OCTアンギオグラフィー画像黄斑部4.5mm×4.5mmの画像. 1746あたらしい眼科Vol.31,No.12,2014(8)roidalthicknessandvolumeinnormalsubjectsmeasuredbyswept-sourceopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci52:4971-4978,20115)TakayamaK,HangaiM,KimuraYetal:Three-dimen-sionalimagingoflaminacribrosadefectsinglaucomausingswept-sourceopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci54:4798-4807,20136)Roorda,A,WilliamsDR:Thearrangementofthethreeconeclassesinthelivinghumaneye.Nature397:520-522,19997)DrexlerW:Cellularandfunctionalopticalcoherencetomographyofthehumanretinathecoganlecture.InvestOphthalmolVisSci48:5340-5351,20078)KleinT,WieserW,EigenwilligCMetal:MegahertzOCTforultrawide-fieldretinalimagingwitha1050nmFourierdomainmode-lockedlaser.OptExpress19:3044-3062,20119)PedersenCJ,HuangD,ShureMAetal:Measurementofabsoluteflowvelocityvectorusingdual-angle,delay-encodedDoppleropticalcoherencetomography.OptLett32:506-508,200710)MakitaS,JaillonF,YamanariMetal:Comprehensiveinvivomicro-vascularimagingofthehumaneyebydual-beam-scanDoppleropticalcoherenceangiography.OptExpress19:1271-1283,201111)ZotterS,PircherM,TorzickyTetal:Visualizationofmicrovasculaturebydual-beamphase-resolveddoppleropticalcoherencetomography.OptExpress19:1217-1227,201112)SpaideRF,KlancnikJMJr,CooneyMJ:Retinalvascularlayersimagedbyfluoresceinangiographyandopticalcoherencetomographyangiography.JAMAOphthalmol,inpress例えば,視反応に伴い視細胞外節ではOCT信号が増加し,視細胞内節ではOCT信号が減少する.これをマッピングすれば,視力に関係する中心窩視細胞層の機能を可視化できる可能性がある.おわりにOCTの進歩を概観した.OCTは眼底疾患や緑内障の診療レベルに格段のレベルアップをもたらした.OCTにより,各疾患分野においてさまざまな新しい情報を読み取れるようになってきた.OCTによりどのようなことがわかるようになったかを各セクションの原稿を読んで理解を深めたい.文献1)HangaiM,YamamotoM,SakamotoAetal:Ultrahigh-resolutionversusspecklenoise-reductioninspectral-domainopticalcoherencetomography.OptExpress17:4221-4235,20092)SakamotoA,HangaiM,YoshimuraN:Spectral-domainopticalcoherencetomographywithmultipleB-scanaver-agingforenhancedimagingofretinaldiseases.Ophthal-mology115:1071-1078,20083)SpaideRF,KoizumiH,PozzoniMC:Enhanceddepthimagingspectral-domainopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol146:496-500,2008.doi:10.1016/j.ajo.2008.05.032.Epub2008Jul17.Erratumin:AmJOph-thalmol148:325,20094)HirataM,TsujikawaA,MatsumotoAetal:Macularcho-

序説:OCTを読む

2014年12月31日 水曜日

●序説あたらしい眼科31(12):1739.1740,2014●序説あたらしい眼科31(12):1739.1740,2014OCTを読むIntroductionofOpticalCoherenceTomographyinOphthalmology岸章治*OCTが1997年に日本に導入されてから17年になる.第1世代のOCTは網膜の層状構造がやっと見える代物であったが,それでも網膜の内部や硝子体界面を可視化することができ,眼底疾患の理解にインパクトを与えた.それからのOCTの進歩は板谷氏の総論を読んでいただきたい.最近のOCTは分解能が向上しただけでなく,スペックルノイズの低減により,精細な断層像が得られるようになった.このため,我々はOCT像が組織切片と同一であると錯覚するようになった.組織切片では,細胞の核は濃染し,メラニン色素も目立って見える.一方,OCTでは核は見えず,メラニンも描出されない.OCT画像とは何か?それは反射信号の分布である.OCTが捕捉するのは,測定光と同軸に戻ってきた反射光だけである.水平線に対し傾斜しているHenle線維層は画像にはほとんど表れないが,測定光を斜めから入れてHenle線維に直角になるようにすると,Henle層はしっかり描出されるようになる.反射信号は屈折率の異なる組織の界面で発生し,急速に減衰する.層状構造をもつ組織では,新たな界面で再び反射信号が生じ,また減衰するのである.細胞は固い細胞膜に包まれ,内部はゾルであり,そこに核やさまざまな小器官がある.測定光は細胞膜で反射するが,細胞内部では反射波が発生しない.UltrahighresolutionOCTで網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)を見ると,反射が発生するのは表面の微絨毛であり,つぎにBowman膜で反射が生じるため,2本の高反射ラインが生じる.一方でRPE内部の核,豊富なメラニン色素,細胞内小器官からは反射信号は生じない.OCTでは細胞膜による異質な界面が多い層(神経線維層,網状層)は高信号で描出され,細胞体からなる顆粒層(神経節細胞層,内外顆粒層)は低信号になるのである.大音氏の「網膜のOCT」では,新しい話題としてellipsoidzoneが取り上げられている.Spaide,Crucioらは,従来の視細胞内節外節接合部(photoreceptorinnersegment/outersegmentjunction:IS/OS)はellipsoidzoneであると主張している.すでに国内外の学会では,多くの演者がそれにならっている.先に挙げたOCT画像の原理から,この提案は間違えであると筆者は考えている.視細胞内節の近位部は粗面小胞体が多い.これをmyoidという.Ellipsoidは遠位部でミトコンドリアの密度がどちらかというと高い.しかし,両者に境界があるわけではない.Ellipsoid説によれば,ゾルに浮遊しているミトコンドリアが高反射を発生することになる.これは考えにくい.一方,外節内節の境界*ShojiKishi:群馬大学大学院医学系研究科病態循環再生学講座眼科学分野0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)1739 -

小児におけるオルソケラトロジーの有効性および安全性の検討

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1727.1730,2014c小児におけるオルソケラトロジーの有効性および安全性の検討箱﨑理花*1稗田牧*2中村葉*2小泉範子*1,2木下茂*2*1同志社大学生命医科学部医工学科*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学EfficacyandSafetyofOrthokeratologyinChildrenRikaHakozaki1),OsamuHieda2),YouNakamura2),NorikoKoizumi1,2)andShigeruKinoshita2)1)TheDepartmentofBiomedicalEngineering,FacultyofLifeandMedicalSciences,DoshishaUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:小児のオルソケラトロジーについて,6カ月間のオルソケラトロジーレンズ装用が角膜に与える効果とその安全性を評価する.対象および方法:対象はオルソケラトロジーレンズを6カ月間装用した小児9例13眼(男性5例,女性4例)である.治療開始年齢は8.12歳であり,平均年齢10.0±1.8歳,開始時自覚等価球面度数.2.31±0.57Dであった.初診時に眼科的異常のないことを確認のうえ,オルソケラトロジーレンズの規格を決定し,レンズの就寝時装用を開始した.定期検診で細隙灯顕微鏡を用いたレンズのフィッティング,角膜上皮障害の有無の確認,また裸眼視力,自覚屈折度数,角膜内皮細胞数,角膜厚,角膜形状を検査した.結果:裸眼視力,等価球面度数ともに治療開始前後で有意差を認めた(p<0.01).角膜内皮細胞密度は治療開始前後で有意差は認めなかった.中央部角膜厚は治療開始前と開始後6カ月で有意差を認めた(p<0.05).角膜前面のbestfitsphere(BFS),中央部elevationともに治療開始前後で有意差を認めた.角膜後面のBFS,中央部elevationともに治療開始前後で有意差は認めなかった.結論:6カ月間におけるオルソケラトロジーは小児に適応しても,角膜内皮細胞への影響は認められず,その変化は成人と同等に角膜前面の変化のみであり,安全で効果的であることが示唆された.Purpose:Toevaluatetheefficacyandsafetyofovernightorthokeratologyinchildren.Methods:Recruitedfor6monthsoforthokeratologywere13eyesof9children(5male,4female);age(mean±standarddeviation):10.0±1.8years;range:8.12years;subjectivesphericalequivalentrefractiveerror:-2.31±0.57D;datefromalleyeswereanalyzed.Thechildrenexhibitednormalocularfindings;overnightlenswearwasinitiated.Lensfitting,cornealepithelialfindings,uncorrectedvisualacuity,subjectivesphericalequivalentrefractiveerror,cornealendothelialcelldensity,cornealthicknessandcornealshapewereinvestigated.Results:Uncorrectedvisualacuityandsubjectivesphericalequivalentrefractiveerrorexhibitedsignificantdifferenceinthetreatmentperiod(p<0.01).Cornealendothelialcelldensitydidnotdecreaseduringthetreatmentperiod.Cornealthicknessatthecenterexhibitedsignificantdifferencebetweenstartoftreatmentandafter6months(p<0.05).Best-fitsphere(BFS)andcentralelevationoftheanteriorsurfaceofthecorneachangedsignificantlyduringthetreatmentperiod.BFSandcentralelevationoftheposteriorsurfaceofthecorneadidnotchangeduringthetreatmentperiod.Conclusions:Cornealendothelialcelldensitydidnotdecreasewithin6months.Changeincornealshapewasseenonlyattheanteriorsurface,asinadults.Ourdatesuggestthat6monthsoforthokeratologyinchildreniseffectiveandsafe.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1727.1730,2014〕Keywords:オルソケラトロジー,角膜内皮細胞,角膜厚,角膜形状.orthokeratology,cornealendothelialcell,cornealthickness,cornealshape.〔別刷請求先〕箱﨑理花:〒630-0101奈良県生駒市高山町8916-5学生宿舎1405Reprintrequests:RikaHakozaki,GakuseiShukusha1405,8916-5Takayamacho,Ikoma,Nara630-0101,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(161)1727 はじめにオルソケラトロジーとは,特殊に設計されたコンタクトレンズ(オルソケラトロジーレンズ)を装用することで,角膜形状を変化させ,屈折異常を矯正することを目的とする角膜屈折矯正療法である.継続的な装用で良好な裸眼視力の維持が見込まれるが,角膜形状の変化は可逆的であり,装用を中止すると角膜形状が戻り,裸眼視力も治療前の状態に戻る1).近年は酸素透過性の高いレンズ素材の開発により,就寝時にレンズを装用し,起床時に裸眼視力の改善をめざす治療が主流である.オルソケラトロジーレンズは角膜中央部をフラット,中間周辺部をスティープに角膜矯正をする.ウサギにオルソケラトロジーを行った報告2)によると,中央部角膜上皮層のみが菲薄化する.レンズによる角膜矯正は角膜実質層に影響を与えないと考えられ,成人に対するオルソケラトロジーの報告3,4)によると,レンズによる角膜形状変化は角膜全体ではなく角膜前面で起こる.オルソケラトロジーは近視矯正法として,世界各国に普及している.特に開発,研究をした米国ではFoodandDrugAdministrationがその安全性を承認している.また,近視進行が抑制されるというmyopiacontrolの報告5,6)があるが,症例数の少なさや個人差があることも報告されている.角膜感染症の問題から,未成年に対するオルソケラトロジーの適応は慎重にするべきと考えられているが,近視進行抑制の効果を期待しアジア各国では小児に対する治療を積極的に行っている.本研究は,報告が少ない小児のオルソケラトロジーについて,6カ月間のオルソケラトロジーレンズ装用が角膜に与える効果とその安全性を評価する.I対象および方法対象は,京都府立医科大学付属病院眼科を受診し,本研究の趣旨,また京都府立医科大学倫理委員会の承認を受けたことを説明したうえで同意を得た9例13眼(男性5例,女性4例)である.治療開始年齢は8.12歳であり,平均年齢10.0±1.8歳,開始時自覚等価球面度数.2.31±0.57Dであった.毛様体筋の調節麻痺下でオートレフケラトメータARK-730A(NIDEK社)による他覚的屈折検査および自覚的屈折検査を行い,自覚的屈折検査値が等価球面度数.1.5D..4.50Dの症例のみを適応とした.他に不同視差が1.5D未満,乱視が1.5D未満,斜視でない,狭隅角でない,眼科の手術歴や眼外傷歴がない,緑内障,糖尿病網膜症,未熟児網膜症,弱視,円錐角膜,ヘルペス角膜炎,乳頭増殖などの眼疾患がない,Marfan症候群,糖尿病などの全身疾患がない,過去にバイフォーカルや累進屈折力の眼鏡またオルソケラトロジーレンズを装用したことがないことを確認した.初診にオルソケラトロジーレンズの規格を決定し,レンズ1728あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014の就寝時装用を開始した.定期検診で細隙灯顕微鏡を用いたレンズのフィッティング,角膜上皮障害の有無の確認,また裸眼視力,自覚屈折度数,角膜内皮細胞数,角膜厚,角膜形状を検査した.裸眼視力が0.6以下の場合,レンズを再度調整した.スペキュラーマイクロスコープEM-3000(Tomey社)で角膜内皮細胞密度を検査した.ペンタカムHR(オクレル社)で中央部角膜厚,角膜前面,後面形状を検査した.角膜厚はオルソケラトロジーレンズが作用している箇所が最も菲薄化するはずであるから,thinnestの値を比較検討した.角膜前面,後面形状は角膜の曲率半径を示すbestfitsphere(BFS)とBFSを基準球面とした高さの差分を示す中央部elevationを比較検討した.対象はペンタカムHRに搭載されている信頼指数の範囲にないデータは除外し,n=13とした.統計学的検討は対応のあるt検定を用いた.II結果治療開始前後の平均裸眼視力,等価球面度数の経過を図1,2に示す.開始前の裸眼視力は0.14,開始後は1日0.35,1週間0.85,1カ月1.06,3カ月1.02,6カ月1.23であった.開始前の裸眼視力の分布は,0.1未満1眼,0.1以上0.3未満12眼であるが,開始後1週間で0.7未満4眼,0.7以上1.0未満4眼,1.0以上5眼であり,開始後1カ月で0.7未満1眼,0.7以上1.0未満3眼,1.0以上9眼であった.開始前の等価球面度数は.2.31±0.57D,開始後は1日.1.51±1.05D,1週間.0.48±0.44D,1カ月.0.29±.0.32D,3カ月.0.40±0.45D,6カ月.0.22±0.29Dであった.裸眼視力,等価球面度数ともに治療開始前と開始後1日以降すべてで有意差を認め(p<0.01),視力の改善がみられた.治療開始前後の角膜内皮細胞密度の経過を図3に示す.開始前の角膜内皮細胞密度は3,057±180.9cells/mm2,開始後は1カ月2,996±184.7cells/mm2,6カ月3,045±195.5cells/mm2であった.治療開始前後で有意差は認めなかった.治療開始前後の中央部角膜厚の経過を図4に示す.開始前の中央部角膜厚は545±21.9μm,開始後は1カ月542±15.3μm,3カ月538±14.6μm,6カ月538±16.9μmであった.治療開始前と開始後6カ月で有意差を認め(p<0.05),中央部角膜の菲薄化がみられた.角膜前面のBFSとelevationを図5,6に示す.開始前の角膜前面のBFSは7.92±0.19mm,開始後は1カ月7.96±0.20mm,3カ月7.94±0.19mm,6カ月7.96±0.20mmであった.開始前の中央部角膜前面のelevationは1.77±1.24μm,開始後は1カ月.3.62±1.50μm,3カ月.4.23±1.54μm,6カ月.4.54±1.90μmであった.BFS,elevationともに治療開始前と開始後1カ月以降すべてで有意差を認めた(p<0.05).角膜後面のBFSとelevationを図7,8に示す.開始前の(162) レンズ装用日数レンズ装用日数治療前1日1週間1カ月3カ月6カ月治療前1日1週間1カ月3カ月6カ月レンズ装用日数治療前1日1週間1カ月3カ月6カ月治療前1日1週間1カ月3カ月6カ月0.11裸眼視力************p<0.01,n=13-3.5-3.0-2.5-2.0-1.5-1.0-0.500.5等価球面度数(D)************p<0.01,n=13図1裸眼視力経過図2等価球面度数経過3,500570560n=13**p<0.05,n=13BFS(mm)角膜内皮細胞密度(cells/mm2)3,000Elevation(μm)角膜厚(μm)5502,5005402,000治療前1カ月6カ月530レンズ装用日数520図3角膜内皮細胞数経過レンズ装用日数*p<0.05,**p<0.01,n=13図4中央部角膜厚経過治療前1カ月3カ月6カ月8.28.18.0*****24治療前1カ月3カ月6カ月**p<0.01,n=13******レンズ装用日数7.907.8-27.7治療前1カ月3カ月6カ月-4レンズ装用日数図5角膜前面BFS経過-6-8角膜後面のBFSは6.39±0.13mm,開始後は1カ月6.38±0.14mm,3カ月6.39±0.13mm,6カ月6.38±0.12mmであった.開始前の中央部角膜後面のelevationは1.08±2.22μm,開始後は1カ月1.31±2.63μm,3カ月1.62±2.47μm,6カ月1.62±2.29μmであった.BFS,elevationともに治療開始前後で有意差は認めなかった.感染症,治療を中止するような重度な角膜障害は生じなかった.また,経過観察中,裸眼視力が0.6以下でありレンズの規格を変更した症例が3例あったが,レンズ変更後良好な裸眼視力を得た.図6角膜前面elevation経過III考察本研究は,オルソケラトロジーが小児に対しても効果的,また安全であるかどうかを検討した.対象の9割が治療開始後1カ月で良好な裸眼視力を得られるとともに,最終的に全員に有効な屈折矯正ができた.また,角膜形状は角膜の前面のみ変化しており,成人と同等の結果となった.(163)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141729 6.6n=135n=1346.53BFS(mm)0治療前1カ月3カ月6カ月6.2治療前1カ月3カ月6カ月-1レンズ装用日数-2Elevation(μm)6.4216.3レンズ装用日数図7角膜後面BFS経過コンタクトレンズ装用の安全性を検討するうえで,角膜障害は重要な要因となる.コンタクトレンズは長時間眼表面を覆うため,酸素供給不足による角膜障害が考えられ,また角膜上皮欠損,レンズの長期装用による角膜内皮細胞密度の減少が起こりうる.本研究では,角膜内皮細胞密度の著しい減少はなく,安全に治療できたと思われる.しかし,スペキュラーマイクロスコープは角膜全体を検査しているわけではなく,中央部の一定の箇所の角膜内皮細胞しか記録してない.経過観察中,角膜内皮細胞密度の値には多少の増減が認められたが,これは撮影条件が違うことによる撮影箇所の違いが原因と考えられる.角膜内皮細胞の著しい減少を判断するには長期的なデータが必要かと考えられた.角膜前面形状はオルソケラトロジー開始後,BFSが大きくなり,角膜がフラットになることがわかった.また,角膜中央部の角膜厚,elevationからも角膜中央部が菲薄化し,BFSの基準面球面より凹面に変化した.このことはオルソケラトロジーレンズにより角膜中央部が圧迫,矯正されたことを顕著に示している.従来の報告と同様に角膜後面形状は変化せず,レンズの矯正は角膜上皮層のみであり,角膜実質層に影響を与えないことが示唆された.オルソケラトロジーは小児に対して,成人と同様な効果を期待できるが,レンズの使用に関してはむずかしい点がみられた.本研究に用いたオルソケラトロジーレンズはハードコンタクトレンズであり,破損しやすい.また,レンズケア方法も個人差があり,現時点では角膜感染症がなかったが,今後長期的な治療を続ける場合,注意すべきである.小児にハードコンタクトレンズ装用,ケアを任せるのは不十分である図8角膜後面elevation経過ため,本研究でも基本的に親の管理下で治療を行ったが,経過観察中の小児の成長とともに自身で行うこともある.小児に対するオルソケラトロジーはレンズ管理が課題ともいえる.今回の検討により,小児に対するオルソケラトロジーは短期的には安全かつ有効であり,その変化は成人と同様であることが示唆された.今後,さらに長期的な有効性と安全性の検討をすることが必要と考えられた.文献1)ChenD,LamAK,ChoP:Posteriorcornealcurvaturechangeandrecoveryafter6monthsofovernightorthokeratologytreatment.OphthalmicPhysiolOpt30:274280,20102)MatsubaraM,KameiY,TakedaSetal:Histologicandhistochemicalchangesinrabbitcorneaproducedbyanorthokeratoligylens.EyeContactLens30:198-204,20043)TsukiyamaJ,MiyamotoY,FukudaMetal:Changesinanteriorandposteriorradiiofthecornealcurvatureandanteriorchamberdepthbyorthoketatology.EyeContactLens34:17-20,20084)YoonJH,SwarbrickHA:Posteriorcornealshapechangesinmyopicovernightorthokeratology.OptomVisSci90:196-204,20135)HiraokaT,KakitaT,OkamotoFetal:Long-termeffectofovernightorthokeratologyonaxiallengthelongationinchildhoodmyopia:a5-yearfollow-upstudy,InvestOphthalmolVisSci53:3913-3919,20126)CharmJ,ChoP:Highmyopia-partialreductionorthok:a2-yearrandomizedstudy.OptomVisSci90:530539,2013***1730あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(164)

裂孔原性網膜剝離術後に黄斑円孔を伴い再発した2症例

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1723.1726,2014c裂孔原性網膜.離術後に黄斑円孔を伴い再発した2症例三野亜希子香留崇堀田芙美香仙波賢太郎三田村佳典徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野TwoCasesofRecurrentRhegmatogenousRetinalDetachmentwithMacularHoleAkikoMino,TakashiKatome,FumikaHotta,KentaroSembaandYoshinoriMitamuraDepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool目的:裂孔原性網膜.離(RRD)術後に黄斑円孔を伴う再.離を生じた2症例を報告する.症例1:54歳,男性,右眼.RRDに対して25ゲージ経毛様体扁平部硝子体切除術(parsplanavitrectomy:PPV)を施行した24日後に黄斑円孔を認め,その23日後RRDの再発を生じた.症例2:57歳,男性,右眼.RRDに対して強膜内陥術を施行した2週間後に黄斑円孔およびRRDの再発を認めた.経過:いずれの症例に対してもPPVを施行し内境界膜.離も行ったが復位しなかった.PPVと輪状締結術,部分バックルを併用して行い復位を得た.結論:RRD術後に黄斑円孔を伴う再.離を生じ,PPV単独では治癒しなかったことから強膜内陥術の併用を考慮する必要があると思われた.Purpose:Wereport2casesofrhegmatogenousretinaldetachment(RRD)thatrecurredwithmacularhole(MH)aftertheinitialsurgery.Casereport:Case1,a54-year-oldmale,underwent25-gaugeparsplanavitrectomy(PPV)withSF6gasinjectionintherighteyeforRRD.At24daysaftertheinitialsurgery,MHwasobserved;RRDrecurred23daysafterthat.Case2,a57-year-oldmale,underwentsegmentalbucklingintherighteyeforRRD;2weekslater,hepresentedwithrecurrentRRDandMH.Findings:BothpatientsunderwentPPVwithinternallimitingmembranepeeling,butretinalreattachmentwasnotachieved.RetinalreattachmentwasachievedafterPPVcombinedwithencirclingandsegmentalbuckling.Conclusion:IncaseofrecurrentRRDwithMH,PPVcombinedwithencirclingandsegmentalbucklingmaybeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1723.1726,2014〕Keywords:裂孔原性網膜.離,黄斑円孔,強膜内陥術,経毛様体扁平部硝子体切除術,再発.rhegmatgenousretinaldetachment,macularhole,scleralbuckling,parsplanavitrectomy,recurrence.はじめに裂孔原性網膜.離(RRD)に対する初回手術では約90%で復位が得られるが1),再発例は難易度が高い.再手術の術式については明確なコンセンサスが得られていないが,近年は結膜への侵襲の少ないスモールゲージ経毛様体扁平部硝子体切除術(parsplanavitrectomy:PPV)の普及と発達に伴いPPV単独が選択される傾向があると思われる.また,黄斑円孔(macularhole:MH)を併発して再.離したRRD症例の報告は少ない2,3).今回筆者らは,RRDの術後にMHを伴って網膜.離が再発した2症例を経験し,いずれもPPV単独では治癒せず,PPVと強膜内陥術の併用が必要だったので報告する.I症例〔症例1〕54歳,男性.主訴:右眼視力低下,下方視野欠損.既往歴:両眼前.下白内障.現病歴:平成24年5月より右眼の下方視野欠損を自覚し,翌日近医を受診し右眼RRDおよび左眼萎縮性網膜円孔を指摘された.左眼に網膜光凝固を施行されたのち,徳島大学眼科を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼20cm手動弁(矯正不能),左眼0.15(0.8×sph.5.00D(cyl.0.75DAx140°).眼圧は右眼10mmHg,左眼13mmHg.右眼は12時方向の格子状変性辺縁に萎縮円孔と9時方向に弁状裂孔があり,1時から6時〔別刷請求先〕三野亜希子:〒770-8503徳島市蔵本町3丁目18-15徳島大学眼科Reprintrequests:AkikoMino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3-18-15Kuramoto-cho,Tokushima770-8503,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(157)1723 の領域を除く耳側に黄斑を含む丈の高い網膜.離を認めた.硝子体混濁を伴っており,増殖硝子体網膜症gradeAと診断した(図1).治療経過:初診翌日25ゲージPPV,白内障手術を行った.液体パーフルオロカーボンは使用しなかった.20%SF6(六図1症例1の初診時眼底写真(右眼)上方の格子状変性辺縁に萎縮円孔と耳側に弁状裂孔があり,黄斑を含む胞状の網膜.離を認めた.ab図2症例1の初回術後24日の所見網膜は復位しているが,黄斑円孔を生じている.a:眼底写真.b:光干渉断層計像.フッ化硫黄)によるガスタンポナーデを行い手術を終了した.術後に網膜は復位したが,術後20日目の受診時右眼に黄斑円孔を認めた(図2a,b).術後41日目診察時,下方に網膜.離を生じており前回手術時に行った網膜光凝固斑に一致する小裂孔を複数認めた(図3a,b).初回手術後46日目に25ゲージPPVを行い,インドシアニングリーンを用いて黄斑周囲の内境界膜.離,シリコーンオイルタンポナーデを行った.術後黄斑円孔は閉鎖せず,下方に網膜.離も残存したため,初回手術後161日目25ゲージPPVおよび強膜内陥術を行った.輪状締結術および下方4時から8時にかけて円周バックルを縫着し,14%C3F8(八フッ化プロパン)によるガスタンポナーデを行った.術後網膜.離は治癒したが,MHは開存している.視力の改善は見込めないと判断し,追加手術は行っていない.最終手術1年後右眼矯正視力は(0.2)である.〔症例2〕57歳,男性.主訴:右眼視力低下.既往歴:なし.現病歴:平成22年10月から右眼視力低下を自覚し,近医でRRDを指摘され,徳島大学眼科を受診した.初診時所見:視力は右眼30cm手動弁(0.01×sph+18.00D),左眼1.5(矯正不能).眼圧は右眼14mmHg,左眼18ab図3症例1の初回術後41日の所見黄斑円孔に加え網膜.離の再発を認める.意図的裂孔に対して行われた眼内光凝固が過凝固となっている.a:眼底写真.b:光干渉断層計像.1724あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(158) mmHg.眼軸長は右眼22.92mm,左眼22.79mmであった.右眼に黄斑を含む耳側半周の網膜.離を認めた.耳上側周辺部網膜に硝子体が強固に癒着した部分があり,その周囲に小さな円孔を6つ認めた.後部硝子体.離は中間周辺部で止まっており,周辺部は広範に硝子体の癒着が観察された(図4).治療経過:初診2日後に強膜内陥術を施行した.冷凍凝固および排液を行い,10時から1時方向に円周バックルを縫着した.術後残存した網膜下液は順調に吸収された.術後13日目の受診時,初回手術時の原因裂孔部分を含む耳側の網膜.離再発を認め,MHも生じていた(図5a,b).初回手術後18日目に20ゲージPPV,白内障手術を施行した.インドシアニングリーンを用いて黄斑周囲の内境界膜を.離した.網膜光凝固を追加し,12%C3F8ガスタンポナーデを行った.術後MHは閉鎖したが耳側および下鼻側周辺部に網膜下液が残存した.初回手術後68日目の受診時,MHは閉鎖したまま黄斑を含めて.離していたため(図6a,b)初ab図5症例2の初回術後13日の所見a:眼底写真.耳側から上方にかけて網膜.離の再発を認め,黄斑円孔を伴っている.b:光干渉断層計像.黄斑円孔周辺には増殖膜や硝子体による直接牽引を認めない.図4症例2の初診時眼底写真(右眼)黄斑を含む耳側半周の網膜.離を認め,耳上側周辺部に小さな円孔を6つ認めた.ab図6症例2の初回術後68日の所見a:眼底写真.2回目の再.離を認め黄斑部を含んでいるが,黄斑円孔はみられない.b:光干渉断層計像.黄斑部に網膜.離が及んでいるが,黄斑円孔の閉鎖は保たれている.(159)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141725 回手術後74日目に20ゲージPPVおよび強膜内陥術を施行した.シリコーンタイヤによる輪状締結術および耳側の5時から1時にかけて円周バックルを縫着し,シリコーンオイルタンポナーデを行った.術後,網膜は復位しMHも再発しなかった.初回手術後319日目にシリコーンオイルを抜去し現在まで経過観察している.最終手術の2年後右眼矯正視力は(0.07)であるII考按網膜.離の術後再発に対してどのような術式を選択するかについて明確な基準は定められていない.PPV単独とPPV・強膜内陥術の併用では手術成績に差はないとの報告がある4)ものの,症例ごとの病態に応じ慎重に検討する必要がある.硝子体牽引力が強いと予想される症例や,多発する網膜裂孔,広範な変性巣がある症例については特に輪状締結術の併用を検討するべきという指摘がある5).RRDの術後,0.32.2.0%の症例で残存硝子体の有無にかかわらずMHが生じることが知られており,内境界膜.離を併用した硝子体手術により約80%の症例で閉鎖が得られたと報告されている6.8).しかし,MHと網膜.離の再発が合併した症例の報告は少なく,Girardらの報告2)では初回の硝子体手術または網膜復位術の後6カ月以降に再発した51例中の1症例,田中らの報告3)では初回の硝子体手術の後に増殖硝子体網膜症gradeCとなった症例27例中の1症例がMHと再.離の合併例であったと報告されている.症例1は硝子体手術後で,明らかな網膜前膜などを認めないにもかかわらずMHを生じ,その後新たな周辺部裂孔を伴って再.離した.初回手術時にアーケード内に作製した意図的裂孔に対する眼内光凝固が過凝固となり同部位に瘢痕増殖が生じ接線方向の牽引によってMHが形成された可能性が考えられる.再発時の原因裂孔がMHなのか,周辺部の裂孔なのかは不明である.MHの形成に意図的裂孔に対する光凝固部位の瘢痕収縮が関与したのであれば,その牽引が強くなりMHから再.離した可能性は排除できない.一方,周辺部裂孔が原因であった可能性を支持する根拠としては網膜.離術後に発生する黄斑円孔で網膜.離の再発が合併するのは稀であること,また,本症例は中等度近視眼であり後部ぶどう腫や網脈絡膜萎縮を伴っていなかったことなどが挙げられる.RRDが硝子体手術後に再発する原因には,周辺部硝子体の不完全な切除や,薄い硝子体皮質の取り残しが指摘されている3,9).また,下方周辺部にははっきりとした網膜上の増殖膜形成を認めなかったが,網膜下に色素沈着を伴っていたことから,網膜下に軽度の線維増殖が生じていた可能性もある.ただし,術中にはっきりした網膜下増殖はみられなかったことから,これらの軽度の網膜下増殖による牽引が1726あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014原因となって下方周辺部の裂孔形成および網膜.離の再発に至ったかどうかは不明である.症例2は強膜内陥術後,初発時と同じ部位に再.離を生じるとともにMHを生じていた.術後早期に黄斑円孔が生じる原因として,黄斑.離に伴う黄斑部網膜の萎縮性変化や初回手術時の直接的な黄斑部への侵襲が挙げられている7).本症例の初発時には黄斑.離はあったものの,初回手術は強膜内陥術であり黄斑へ直接的侵襲は加わっていないこと,眼軸は正常範囲内であることから黄斑部網膜が脆弱となる要因は乏しい.そのため周辺部への硝子体牽引がバックル効果を上回って網膜.離が再発した際に,黄斑に周辺部網膜からの牽引が加わってMHを生じた可能性が高いと考えている.いずれの症例も,PPV単独での再手術ではMHは閉鎖せず,網膜.離も再発した.部分バックルと輪状締結術を併用したPPVが必要であった.輪状締結術は郭清しきれなかった硝子体牽引や網膜の収縮を緩和する効果がある.MH形成との因果関係は証明できないものの,これら2症例では硝子体の牽引が非常に強かったことが示唆された.RRD術後にMHを伴って再.離を生じた場合,再手術時にはPPVと部分バックル,輪状締結術を併用したほうがよい可能性がある.今後,類似症例の蓄積によって再手術の術式についてのより詳細な知見を得たいと考えている.文献1)田川美穂,大島寛之,蔵本直史ほか:天理よろづ相談所病院における10年間の裂孔原性網膜.離手術成績.眼臨紀5:832-836,20122)GirardP,MayerF,KarpouzasI:Laterecurrenceofretinaldetachment.Ophthalmologica211:247-250,19973)田中住美,島田麻恵,堀貞夫ほか:硝子体手術既往のある増殖性硝子体網膜症における残存硝子体皮質.臨眼63:311-314,20094)RushRB,SimunovicMP,ShethSetal:Parsplanavitrectomyversuscombinedparsplanavitrectomy-scleralbuckleforsecondaryrepairofretinaldetachment.OphthalmicSurgLasersImagingRetina44:374-379,20135)塚原逸朗:〔理に適った網膜復位術〕OnePointAdvice輪状締結は必要か.眼科プラクティス30:94-95,20096)ShibataM,OshitariT,KajitaFetal:DevelopmentofmacularholesafterrhegmatogenousretinaldetachmentrepairinJapanesepatients.JOphthalmol:740591,20127)FabianID,MoisseievE,MoisseievJetal:Macularholeaftervitrectomyforprimaryrhegmatogenousretinaldetachment.Retina32:511-519,20128)矢合隆昭,柚木達也,岡都子ほか:硝子体手術後の続発性黄斑円孔の3例.眼臨紀4:772-776,20119)池田恒彦:網膜硝子体疾患治療のDON’T硝子体手術.眼臨紀2:820-823,2009(160)

網膜下出血を伴って新たな線条が出現した網膜色素線条の1例

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1717.1721,2014c網膜下出血を伴って新たな線条が出現した網膜色素線条の1例小池直子*1尾辻剛*1正健一郎*1津村晶子*1西村哲哉*1髙橋寛二*2*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2関西医科大学附属枚方病院眼科AcuteNewStreakFormationinPatientwithRetinalAngioidStreakswithoutOcularTraumaNaokoKoike1),TsuyoshiOtsuji1),KenichiroSho1),AkikoTsumura1),TetsuyaNishimura1)andKanjiTakahashi2)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:網膜色素線条(angioidstreaks:AS)はBruch膜が脆弱であるため軽微な外傷により容易にBruch膜の断裂による網膜下出血をきたすことがあると報告されている.今回筆者らはASの経過観察中に外傷などの誘因なく両眼性に新たな線条形成と網膜下出血をきたした症例を経験した.症例:59歳,男性.左眼矯正視力0.8.約2カ月前からの左眼変視を主訴に関西医科大学附属滝井病院眼科初診となった.両眼に視神経乳頭からその周囲へ黒褐色の線条が地割れ様に赤道部に向かって放射状に伸びておりASと診断された.初診から6年後の定期受診時,左眼矯正視力は0.7で自覚症状に変化はなかったが,両眼に新たな色素線条の出現とその走行に一致した網膜下出血を認めた.考察と結論:外傷の既往なく網膜下出血をきたしたASの症例を経験した.本症例では外傷以外の何らかの原因により後極部が伸展され,Bruch膜に亀裂が入りその深部の脆弱化した脈絡膜毛細血管から出血したものと考えられた.Purpose:Angioidstreaks(AS)arecausedbycracksinthecollagenousandelasticlayersofBruch’smembrane.WereportacaseofASshowingtheformationofnewstreakswithsubretinalhemorrhage(SRH)inbotheyes,andnohistoryofblunttrauma.Case:A59-year-oldmalewasadmittedtoourcliniccomplainingofdeterioratedvisioninhislefteye.Funduscopicexaminationrevealedirregulardarkredlinesradiatingtowardtheretinalperipheryinbotheyes;thepatientwasdiagnosedwithAS.Sixyearsafterhisfirstvisit,newstreakswithSRHappearedinbotheyes,withouthistoryoftrauma.Discussion:PatientswithASarereportedlypronetodevelopSRHafteroculartrauma,duetothefragilityofthechoriocapillaries;ourpatient,however,hadnohistoryoftrauma.ThiscasedemonstratesthatnewstreakswithSRHcanoccurinASpatientswithouttraumatichistory.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1717.1721,2014〕Keywords:網膜色素線条,網膜下出血,自然経過.angioidstreaks,subretinalhemorrhage,naturalcourse.はじめに網膜色素線条(angioidstreaks:AS)は,1889年にDoyneにより初めて報告された1),全身の弾性線維の変性を生じる全身系統的疾患であり,弾力線維性仮性黄色腫2)やPaget病3,4)との関連が報告されている.眼合併症としては,視神経乳頭から周辺部に向かって放射状に不規則な茶褐色の線条が認められる疾患である.病理学的にはBruch膜の構成成分である弾性線維にカルシウムが沈着しBruch膜全体が肥厚して断裂している5).ASではしばしば脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)を伴うことがある.またASはBruch膜が脆弱であるため外傷により容易にBruch膜の断裂による網膜下出血をきたすことがある6).ASは通常無症候性であることが多く,検診などにより偶然見つけられることも多いが,これらの合併症をきたすと重篤な視力低下につがることがある.頭部外傷を受けたAS患者のうち15%に網膜下出血による著明な視力低下を認めたと報告〔別刷請求先〕小池直子:〒570-8507大阪府守口市文園町10-15関西医科大学附属滝井病院眼科Reprintrequests:NaokoKoike,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,10-15Fumizono-cho,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(151)1717 されている7).今回筆者らはASの経過観察中に外傷などの誘因なく両眼性に新たな線条形成と網膜下出血をきたした症例を経験したので報告する.I症例患者:59歳,男性.初診日:平成19年4月9日.主訴:左眼変視.現病歴:約2カ月前からの左眼変視を主訴に関西医科大学附属滝井病院眼科(以下当科)初診となった.既往歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.9(1.2×sph+0.5D(cyl.1.0DAx90°),左眼0.4(0.8×sph+0.5D(cyl.1.0DAx95°).眼圧は右眼16mmHg,左眼14mmHgであった.眼底検査で両眼に視神経乳頭からその周囲へ黒褐色の線条が地割れ様に赤道部に向かって放射状に伸びていた.左眼には網膜下出血を伴うCNVを認め,梨地状眼底と思われる後極部から赤道部の眼底の色調異常を認めた(図1).蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)では,両眼とも早期から線条の部はwindowdefectによる過蛍光を示した.左眼には網膜下出血による蛍光ブロックと中心窩にclassicCNVの所見を認めた(図2).光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では左眼に2型CNVの所見とわずかに漿液性網膜.離を認めた.右眼には異常所見は認めなかった(図3).経過:検査所見よりASと診断し,左眼CNVに対し光線力学的療法を2回施行し2カ月後にはCNVは瘢痕化し,左眼矯正視力は0.4で安定した.その後左眼は経過良好であったが,初診から14カ月後右眼に漿液性網膜.離を伴うCNVが出現した.この際の右眼矯正視力は0.9であった.当院倫理委員会承認のもとで患者の同意を得て,右眼にベバシズマブ硝子体内投与を2回,ラニビズマブ硝子体内投与を3回施行し,滲出は停止したため,経過観察を行った.初診から3年後の矯正視力は右眼0.7,左眼0.5であった.初診から6年後,平成25年4月15日の定期受診時,矯正視力は右眼1.5,左眼0.7で自覚症状に変化はなかったが,両眼に新たな色素線条の出現とその走行に一致した網膜下出血を認めた.頭部外傷や眼球打撲の既往はなかった.新たな色素線条はCNVに連なるか,視神経乳頭から放射状に数カ所認められた(図4).FAでは両眼に網膜下出血による蛍光ブロックと黄斑部に線維瘢痕化したCNVによる過蛍光を認めた.新たな線条はFAでははっきりしなかった(図5).OCTでは網膜下出血の高反射を認めたが,線条そのものは描出されなかった(図6).出血から3カ月後,両眼とも網膜下出血は消退し,出血のあった部位に線条が確認された(図7).最終経過観察時の矯正視力は右眼1.5,左眼0.8であった.II考按現在までにASに網膜下出血を発症した症例は報告されているが,その多くは眼球への鈍的直達外傷が誘因となったものである6,8,9).Pandolfoらは,初めて眼球への直達外傷でなく左側頭部の打撲により網膜下出血をきたした症例を報告した10).また,受傷の程度についてはボールによる眼球打撲およびおよび喧嘩での打撲といった重度のものが報告されていたが6,8.10),その後Alpayらは,頭部の比較的軽微な外傷により網膜下出血をきたし視力低下につながった症例を報告している11).どの症例においても間接的あるいは直接的な外傷ab図1初診時眼底a:右眼.視神経乳頭からその周囲へ黒褐色の線条が地割れ様に赤道部に向かって放射状に伸びていた(矢印).b:左眼.地割れ様の線条(矢印)と梨地状眼底を認めた.黄斑部には網膜下出血を伴う脈絡膜新生血管(CNV)を認めた.1718あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(152) abcdabcd図2初診時蛍光眼底造影(FA)a:右眼FA早期.線条の部はwindowdefectによる過蛍光を示した.b:右眼FA後期.線条部の過蛍光を認めた.c:左眼FA早期.線条の部はwindowdefectによる過蛍光を示した.網膜下出血による蛍光ブロックと中心窩に境界鮮明なCNVによる過蛍光を認めた.d:左眼FA後期.CNVからの蛍光漏出を認めた.ab図3初診時光干渉断層計(OCT)a:右眼.異常所見は認めなかった.b:左眼.網膜下に高反射を示すCNV所見とわずかに網膜.離を認めた.が誘因となっており本症例のように外傷の誘因なく発生したある10).このため,たとえごく初期のASであっても,またものはなかった.また,現在までの報告では出血の程度は症ごく軽微な外傷であっても網膜下出血による著明な視力低下例によりさまざまであった.色素線条に沿って多発性にみらをきたす可能性があることを指摘している10).本症例では外れたもの8)から視神経乳頭周囲に広範囲に認めたもの6,10,11)傷の既往がないことから,その原因を明らかにするのは困難もあった.ASにおいて外傷により網膜下出血が発症する機ではあるが,たとえば,痒みのため眼を強く擦った,就寝時序については明らかにされていないが,ASではBruch膜のの腹臥位による眼球の圧迫,怒責によるValsalva刺激など変性により脈絡膜毛細血管板が脆弱化しているという報告がにより眼底後極部が伸展され,そのためにBruch膜に亀裂(153)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141719 abab図4初診から6年後の眼底a:右眼,b:左眼.両眼とも新たな色素線条の出現と網膜下出血を認めた(矢印).abcd図5初診から6年後のFAa:右眼早期,b:右眼後期,c:左眼早期,d:左眼後期.両眼とも網膜下出血による蛍光ブロックと黄斑部の線維瘢痕化したCNVの組織染による過蛍光を認めた.新たな線条は明瞭ではなかった.が入り,その深部の脆弱化した脈絡膜毛細血管から出血が発見がごく軽度のものであっても,また外傷の誘因がなくても生したものと思われる.網膜下出血の出現による視力低下をきたす可能性があるので以上,筆者らは外傷の既往なく新たな線条の出現と網膜下注意を要する.出血をきたしたASの症例を経験した.ASではその眼底所1720あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(154) ba図6初診から6年後のOCTa:右眼,b:左眼.両眼とも網膜下出血の高反射を認めた.その深部に線条そのものは描出されなかった.ab図7出血吸収後(3カ月後)の眼底a:右眼,b:左眼.両眼とも網膜下出血は吸収し,出血のあった部位に線条を認めた(矢印).文献1)DoyneRW:Choroidalandretinalchanges.Theresultsofblowsontheeyes.TransOphthalmolSocUK9:128,18892)ConnorPJJr,JuergensJL,PerryHOetal:Pseudoxanthomaelasticumandangioidstreaks.Areviewof106cases.AmJMed30:537-543,19613)DabbsTR,SkjodtK:PrevalenceofangioidstreaksandotherocularcomplicationsofPaget’sdiseaseofbone.BrJOphthalmol74:579-582,19904)GassJD,ClarksonJG:AngioidstreaksanddisciformmaculardetachmentinPagetsdisease(osteitisdeformans).AmJOphthalmol75:576-586,19735)猪俣猛:網膜色素線条と弾性線維性仮性黄色腫.眼の組織・病理アトラス(猪俣猛編・著),p318-319,医学書院,20016)BrittenMJ:Unusualtraumaticretinalhaemorrhagesassociatedwithangioidstreaks.BrJOphthalmol50:540542,19667)GeorgalasI,PapaconstaninouD,KoutsandreaCetal:Angioidstreaks,clinicalcourse,complications,andcurrenttherapeuticmanagement.TherClinRiskManag5:81-89,20098)LevinDB,BellDK:Traumaticretinalhemorrhageswithangioidstreaks.ArchOphthalmol95:1072-1073,19779)TurutP,MalthieuD,CourtinJ:Neovascularchoroidmembraneandtraumaticchoroidruptureinapatientwithangioidstreaks[inFrench].BullSocOphtalmolFr82:591-594,198210)PandolfoA,VerrastroG,PiccolinoFC:Retinalhemorrhagesfollowingindirectoculartraumainapatientwithangioidstreaks.Retina22:830-831,200211)AlpayA,CaliskanS:Subretinalhemorrhageinasoccerplayer:acasereportofangioidstreaks.ClinJSportMed20:391-392,2010(155)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141721

小切開硝子体手術における術中サンプル収集方法の検討

2014年11月30日 日曜日

1706あたらしい眼科Vol.4101,211,No.3(00)1706(140)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(11):1706.1710,2014cはじめに眼科領域においては硝子体手術の適応となる網膜・硝子体疾患は多様であり,わが国では年間に10万件以上もの硝子体手術が行われている1).かつて硝子体手術は20ゲージ(20G)硝子体手術が主流であったが2),2002年以降,小切開硝子体手術(microincisionvitrectomysurgery:MIVS)である25ゲージ(25G)硝子体手術システムが確立され3),また,2005年には23ゲージ(23G)硝子体手術システムなど〔別刷請求先〕兼子裕規:〒466-8550愛知県名古屋市昭和区鶴舞町65番地名古屋大学大学院医学系研究科眼科学Reprintrequests:HirokiKaneko,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NagoyaUniversityGraduateSchoolofMedicine,65Tsuruma-cho,Showa-ku,Nagoya466-8550,JAPAN小切開硝子体手術における術中サンプル収集方法の検討黒川幸延*1,2兼子裕規*1浅見哲*1岩瀬剛*1寺崎浩子*1*1名古屋大学大学院医学系研究科眼科学講座*2市立四日市病院眼科AssessmentforCollectingVitreoretinalTissuesinMicroincisionVitrectomySurgeryYukinobuKurokawa1,2),HirokiKaneko1),TetsuAsami1),TakeshiIwase1)andHirokoTerasaki1)1)DepartmentofOphthalmology,NagoyaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,YokkaichiMunicipalHospital目的:クロージャーバルブ付きトロカールを使用した小切開硝子体手術時(MIVS)における網膜硝子体組織採取の方法について検討する.対象および方法:23ゲージ(23G)もしくは25ゲージ(25G)クロージャーバルブ付きトロカールを用いてMIVSを行った26眼に対し,以下の3種類の組織採取方法を用いて組織採取の可否を検討した.①25Gもしくは23G硝子体鑷子で把持し,組織を把持したままトロカールを通過させ眼外に摘出する,②トロカールを抜去,もしくは新規の強膜創を作製し,トロカールを介さない状態で眼外に摘出する,③収納可能なVitSweeperTM(RB-700,イナミ社)を用いて眼外に摘出する.結果:①の方法で25GMIVSを行うと全例で組織採取が困難であった.②の方法では比較的組織採取が可能であったが,手術途中でトロカールを抜去することによる合併症などが懸念された.③の方法では25GMIVSでも組織を採取することが可能であったが,増殖膜など比較的固い組織の採取は困難であった.結論:増殖膜など比較的強固な組織を摘出する場合は,結膜を計画的に切開したうえで23GMIVSを用い,把持したまま組織の摘出を試みるか,仮に摘出できなくてもトロカールごと抜いて摘出する手技が有効である.内境界膜など柔らかい組織の採取には,25GMIVSを通常どおり採用し,トロカールは経結膜的に留置したうえでVitSweeperTMを用いた組織採取が可能である.Purpose:Toassessappropriatemethodsofcollectingvitreoretinaltissuesduring23-gauge(23G)or25-gauge(25G)closurevalve-equippedmicroincisionvitrectomysurgery(MIVS).Methods:Weassessedthreedifferentmethodsofcollectingtissuesduring23Gor25Gclosurevalve-equippedMIVS.Subjectswere26eyeswithvariousvitreoretinaldiseases,fromwhichtissueswereremovedduringsurgery.Results:Inclosurevalve-equipped23GMIVS,withdrawalofthetrocar,followedbyforcepsremovalthroughthescleralincision,enabledcollectionofvitreoretinaltissues.In25GMIVS,vitreoretinaltissueswerenotsuccessfullycollectedwhenpulledthroughatrocarwithaclosurevalve.UseofaVitSweeperTMenabledsuccessfulcollectionoftissuesinclosurevalve-equipped25GMIVSonlywhenthetissueswererelativelysoft.Conclusions:Thenewtechnique,usingaVitSweeperTMtocollecttissuesduring25Gclosurevalve-equippedMIVS,isusefulonlywhenremovingrelativelysoftvitreoretinaltissues.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1706.1710,2014〕Keywords:小切開硝子体手術,クロージャーバルブ付きトロカール,VitSweeperTM,網膜硝子体組織採取.mi-cro-incisionvitrectomysurgery(MIVS),closurevalve-featuredtrocar,VitSweeperTM,collectingvitreoretinaltis-sues.(00)1706(140)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(11):1706.1710,2014cはじめに眼科領域においては硝子体手術の適応となる網膜・硝子体疾患は多様であり,わが国では年間に10万件以上もの硝子体手術が行われている1).かつて硝子体手術は20ゲージ(20G)硝子体手術が主流であったが2),2002年以降,小切開硝子体手術(microincisionvitrectomysurgery:MIVS)である25ゲージ(25G)硝子体手術システムが確立され3),また,2005年には23ゲージ(23G)硝子体手術システムなど〔別刷請求先〕兼子裕規:〒466-8550愛知県名古屋市昭和区鶴舞町65番地名古屋大学大学院医学系研究科眼科学Reprintrequests:HirokiKaneko,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NagoyaUniversityGraduateSchoolofMedicine,65Tsuruma-cho,Showa-ku,Nagoya466-8550,JAPAN小切開硝子体手術における術中サンプル収集方法の検討黒川幸延*1,2兼子裕規*1浅見哲*1岩瀬剛*1寺崎浩子*1*1名古屋大学大学院医学系研究科眼科学講座*2市立四日市病院眼科AssessmentforCollectingVitreoretinalTissuesinMicroincisionVitrectomySurgeryYukinobuKurokawa1,2),HirokiKaneko1),TetsuAsami1),TakeshiIwase1)andHirokoTerasaki1)1)DepartmentofOphthalmology,NagoyaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,YokkaichiMunicipalHospital目的:クロージャーバルブ付きトロカールを使用した小切開硝子体手術時(MIVS)における網膜硝子体組織採取の方法について検討する.対象および方法:23ゲージ(23G)もしくは25ゲージ(25G)クロージャーバルブ付きトロカールを用いてMIVSを行った26眼に対し,以下の3種類の組織採取方法を用いて組織採取の可否を検討した.①25Gもしくは23G硝子体鑷子で把持し,組織を把持したままトロカールを通過させ眼外に摘出する,②トロカールを抜去,もしくは新規の強膜創を作製し,トロカールを介さない状態で眼外に摘出する,③収納可能なVitSweeperTM(RB-700,イナミ社)を用いて眼外に摘出する.結果:①の方法で25GMIVSを行うと全例で組織採取が困難であった.②の方法では比較的組織採取が可能であったが,手術途中でトロカールを抜去することによる合併症などが懸念された.③の方法では25GMIVSでも組織を採取することが可能であったが,増殖膜など比較的固い組織の採取は困難であった.結論:増殖膜など比較的強固な組織を摘出する場合は,結膜を計画的に切開したうえで23GMIVSを用い,把持したまま組織の摘出を試みるか,仮に摘出できなくてもトロカールごと抜いて摘出する手技が有効である.内境界膜など柔らかい組織の採取には,25GMIVSを通常どおり採用し,トロカールは経結膜的に留置したうえでVitSweeperTMを用いた組織採取が可能である.Purpose:Toassessappropriatemethodsofcollectingvitreoretinaltissuesduring23-gauge(23G)or25-gauge(25G)closurevalve-equippedmicroincisionvitrectomysurgery(MIVS).Methods:Weassessedthreedifferentmethodsofcollectingtissuesduring23Gor25Gclosurevalve-equippedMIVS.Subjectswere26eyeswithvariousvitreoretinaldiseases,fromwhichtissueswereremovedduringsurgery.Results:Inclosurevalve-equipped23GMIVS,withdrawalofthetrocar,followedbyforcepsremovalthroughthescleralincision,enabledcollectionofvitreoretinaltissues.In25GMIVS,vitreoretinaltissueswerenotsuccessfullycollectedwhenpulledthroughatrocarwithaclosurevalve.UseofaVitSweeperTMenabledsuccessfulcollectionoftissuesinclosurevalve-equipped25GMIVSonlywhenthetissueswererelativelysoft.Conclusions:Thenewtechnique,usingaVitSweeperTMtocollecttissuesduring25Gclosurevalve-equippedMIVS,isusefulonlywhenremovingrelativelysoftvitreoretinaltissues.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1706.1710,2014〕Keywords:小切開硝子体手術,クロージャーバルブ付きトロカール,VitSweeperTM,網膜硝子体組織採取.mi-cro-incisionvitrectomysurgery(MIVS),closurevalve-featuredtrocar,VitSweeperTM,collectingvitreoretinaltis-sues. あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141707(141)の確立もなされた4).その結果,MIVSは広く一般的な術式として受け入れられるに至った.わが国では2012年までにMIVSが全体の50%以上を占めるようになり,器具や技術の進歩に伴いMIVSは従来の20G硝子体手術と比較しても遜色なく使用できると考えられるようになってきている5,6).さらには近年,わが国ではクロージャーバルブ付きトロカールが普及し,手術の安全性,効率性が向上するとともに手術操作の簡略化および手術時間の短縮が可能となった7).しかし,MIVSが普及し器具の口径が縮小することにより手術の安全性・効率性が向上した一方で,硝子体手術中に網膜硝子体組織を採取する操作はむしろ困難となってしまった可能性がある.そこで今回筆者らは,従来のMIVSのままで適切に網膜硝子体組織を採取する方法について検討した.I対象および方法1.対象2012年11月.2013年11月に名古屋大学医学部附属病院にて増殖硝子体網膜症(proliferativevitreoretinopathy:PVR)・黄斑円孔(macularhole:MH)・黄斑上膜(epireti-nalmembrane:ERM)など硝子体手術中に眼内組織の切除・.離を必要とする症例を対象とした.いずれも25Gもしくは23G硝子体手術を施行し,網膜硝子体組織を採取した26眼(男性14眼,女性12眼)である.いずれの症例においても通常の25G・23GMIVSを採用し,手術装置はConstellationVitrectomySystem(Alcon社),手術顕微鏡はOPMILumera(CarlZeiss社)を使用した.また,トロカールはクロージャーバルブ付きトロカール(Alcon社製24例,DORC社製2例)を使用した.手術は5名の術者によって施行された.2.網膜硝子体組織の採取方法まず硝子体カッターで十分にcorevitrectomyを行った後,硝子体鑷子(Alcon社)で切離した増殖膜・内境界膜(inter-nallimitingmembrane:ILM)・ERMなどの網膜硝子体組織の採取方法を検討した.検体の採取方法は①25Gもしくは23G硝子体鑷子で把持し,組織を把持したままトロカールを通過させ眼外に摘出する,②トロカールを抜去,もしくは新規の強膜創を作製し,トロカールを介さない状態で眼外に摘出する,③収納可能なVitSweeperTM(RB-700,イナミ社)を用いて眼外に摘出する,のいずれかの方法を用いた.今回の検討は名古屋大学医学部附属病院の生命倫理委員会の承認を受け,患者に十分なinformedconsentを行った後に図1VitSweeperTMの先端部位図a:本体にdisposableのブラシ部分を取り付けて使用する.b:プランジャーを進めると先端のブラシも伸展する.c:逆にプランジャーを戻すと先端のブラシも収納される.眼内ではbの状態で組織をブラシ内に埋没させ,cの状態(組織が管腔内に収納された状態)にした後にVitSweeperTMをトロカールから抜去する.abc図2VitSweeperTMによる網膜硝子体組織摘出方法a:硝子体鑷子で網膜硝子体組織を把持したまま(黒矢印),先端を収納した状態のVitSweeperTMを挿入する(白矢印).b:VitSweeperTMの先端ブラシを眼内で伸展させ,ブラシの中に網膜硝子体組織(黒矢印)を埋没させる.c:硝子体鑷子でサポートしながら,網膜硝子体組織ごとVitSweeperTMのブラシを収納する(黒矢印).abcあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141707(141)の確立もなされた4).その結果,MIVSは広く一般的な術式として受け入れられるに至った.わが国では2012年までにMIVSが全体の50%以上を占めるようになり,器具や技術の進歩に伴いMIVSは従来の20G硝子体手術と比較しても遜色なく使用できると考えられるようになってきている5,6).さらには近年,わが国ではクロージャーバルブ付きトロカールが普及し,手術の安全性,効率性が向上するとともに手術操作の簡略化および手術時間の短縮が可能となった7).しかし,MIVSが普及し器具の口径が縮小することにより手術の安全性・効率性が向上した一方で,硝子体手術中に網膜硝子体組織を採取する操作はむしろ困難となってしまった可能性がある.そこで今回筆者らは,従来のMIVSのままで適切に網膜硝子体組織を採取する方法について検討した.I対象および方法1.対象2012年11月.2013年11月に名古屋大学医学部附属病院にて増殖硝子体網膜症(proliferativevitreoretinopathy:PVR)・黄斑円孔(macularhole:MH)・黄斑上膜(epireti-nalmembrane:ERM)など硝子体手術中に眼内組織の切除・.離を必要とする症例を対象とした.いずれも25Gもしくは23G硝子体手術を施行し,網膜硝子体組織を採取した26眼(男性14眼,女性12眼)である.いずれの症例においても通常の25G・23GMIVSを採用し,手術装置はConstellationVitrectomySystem(Alcon社),手術顕微鏡はOPMILumera(CarlZeiss社)を使用した.また,トロカールはクロージャーバルブ付きトロカール(Alcon社製24例,DORC社製2例)を使用した.手術は5名の術者によって施行された.2.網膜硝子体組織の採取方法まず硝子体カッターで十分にcorevitrectomyを行った後,硝子体鑷子(Alcon社)で切離した増殖膜・内境界膜(inter-nallimitingmembrane:ILM)・ERMなどの網膜硝子体組織の採取方法を検討した.検体の採取方法は①25Gもしくは23G硝子体鑷子で把持し,組織を把持したままトロカールを通過させ眼外に摘出する,②トロカールを抜去,もしくは新規の強膜創を作製し,トロカールを介さない状態で眼外に摘出する,③収納可能なVitSweeperTM(RB-700,イナミ社)を用いて眼外に摘出する,のいずれかの方法を用いた.今回の検討は名古屋大学医学部附属病院の生命倫理委員会の承認を受け,患者に十分なinformedconsentを行った後に図1VitSweeperTMの先端部位図a:本体にdisposableのブラシ部分を取り付けて使用する.b:プランジャーを進めると先端のブラシも伸展する.c:逆にプランジャーを戻すと先端のブラシも収納される.眼内ではbの状態で組織をブラシ内に埋没させ,cの状態(組織が管腔内に収納された状態)にした後にVitSweeperTMをトロカールから抜去する.abc図2VitSweeperTMによる網膜硝子体組織摘出方法a:硝子体鑷子で網膜硝子体組織を把持したまま(黒矢印),先端を収納した状態のVitSweeperTMを挿入する(白矢印).b:VitSweeperTMの先端ブラシを眼内で伸展させ,ブラシの中に網膜硝子体組織(黒矢印)を埋没させる.c:硝子体鑷子でサポートしながら,網膜硝子体組織ごとVitSweeperTMのブラシを収納する(黒矢印).abc 施行された.3.VitSweeperTM使用方法VitSweeperTMは,そもそも残存硝子体を除去することを目的とした器具である.今回筆者らは,この器具の内腔にブラシが収納可能である特徴に着目し(図1),このブラシの中に網膜硝子体組織を収納した状態で眼外に運ぶ方法を検討した.具体的には,右ポートの硝子体鑷子で網膜硝子体組織を把持した後,左ポートからVitSweeperTMを眼内に挿入し(図2a),顕微鏡下でVitSweeperTMのブラシを伸ばす.延長したブラシの中に網膜硝子体組織を埋没した状態(図2b)で,ブラシと組織をまとめて管腔内に収納する(図2c).ブラシと組織が収納された状態でVitSweeperTMを眼外へ抜去した後,眼外で再びブラシを伸展すれば,中に埋没されていた組織を失うことなく採取することができる.この手技を使用することで,クロージャーバルブに組織が挟まる心配がなくなり,確実に組織を眼外に運ぶことが可能と考えられた.II結果今回の検討で行った採取方法と疾患名の内訳を表1に示す.疾患別ではPVRおよび増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)が8眼,MHが4眼,ERMおよび黄斑皺襞が9眼,.胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedema:CME)もしくは糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)が6例(うち1例はERMと重複)であった.各採取方法の結果として,①硝子体鑷子に把持したまま摘出する方法では,25GMIVSでは5例中5例(100%)で組織の一部がトロカールに挟まり眼外へ摘出されなかった(図3a).一方で23Gシステムでは,鑷子の先端で包む込みように組織を把持できれば,網膜硝子体組織のような比較的硬い表1症例と組織採取方法の一覧疾患名年齢性別採取組織採取方法摘出可否コメント20GILM鑷子Pucker70FPucker②○25GMIVSに20G創追加23GILM鑷子DME55MILM①×PDR53M増殖膜①○PDR49F増殖膜①×PDR47F増殖膜②×灌流液の結膜下流入PDR42F増殖膜②○Trocarごと抜去PVR48M増殖膜②○25GILM鑷子ERM53MILM①×ERM75FILM①×DORCTrocar使用ERM80FILM①×ERM82MILM①×RD+PVR71MSRM①×ERM64MERM②○灌流液の結膜下流入ERM82MERM②×ERM82MERM②×DORCTrocar使用DME+ERM69FERM②×MH72MILM②○CME80FILM③○CME65MILM③○CME73MILM③○DME70FILM③○MH75MILM③○MH63FILM③×MH66FILM③○PDR47F増殖膜③×組織が固くて入らないPDR69M増殖膜③×組織が固くて入らない採取方法:①25Gもしくは23G硝子体鑷子で把持し,組織を把持したままトロカールを通過させ眼外に摘出する.②トロカールを抜去,もしくは新規の強膜創を作製し,トロカールを経ない状態で硝子体鑷子を眼外に摘出する.③VitSweeperTM(RB-700,イナミ社)を用いて眼外に摘出する.ERM:網膜前膜,DME:糖尿病黄斑浮腫,MH:黄斑円孔,RD:網膜.離,PVR:増殖硝子体網膜症,PDR:増殖糖尿病網膜症,Pucker:黄斑パッ力ー,CME:.胞様黄斑浮腫,ILM:内境界膜,SRM:網膜下増殖膜.(142) あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141709(143)膜でも眼外に摘出できる症例があった(3例中1例).また,②トロカールを抜去,もしくは新規の強膜創を作製した後に硝子体鑷子を抜去する方法を採用した症例では,非常に大きな網膜硝子体組織を摘出する際に組織摘出専用に20Gの強膜創を新たに作製し,20G硝子体鑷子を用いて組織を採取する(図3b)か,もしくは網膜硝子体組織を把持した状態でトロカールを抜去し(図3c),その後に組織を摘出する(図3d)ことで,確実に硬い組織を摘出できた.しかし,経結膜的に穿刺したトロカールを手術途中で抜去することで灌流液の結膜下流入を招き,手術途中で結膜の異常な膨隆を伴うことによる視認性の低下と手術効率の低下が懸念された(図3e,f).また,手術途中の経結膜トロカールの抜去は,灌流液だけでなく硝子体線維の脱出を誘発する可能性があり,術後網膜.離など合併症の増加が懸念された.20G強膜創作製による摘出方法も,眼球に余分な侵襲を与えることが懸念された.一方でVitSweeperTMを使用した場合,ILMなど柔らかな組織であればそれらを容易に内腔内に格納することが可能であった(7例中6例).しかし,増殖膜など比較的硬い組織や巨大な組織を摘出する状況では,組織を適切にVitSweeperTM内腔内に収納できず,VitSweeperTM使用による利点はないと考えられた(2例中2例).III考按硝子体手術は疾患の治療だけでなく,眼内の組織を採取することによる診断目的に行われる場合があり,採取組織は硝子体・網膜・網膜下液・脈絡膜・増殖膜など多岐にわたる.具体例として,眼内から採取した組織に対しての病理学的染色やpolymerasechainreaction(PCR)法による遺伝子解析が眼内悪性リンパ腫の診断に有効であった報告や8),原因不明であったぶどう膜炎に対し組織生検により確定診断が行われた報告などがあり,眼内組織の採取は疾患の診断に重要な役割を果たしている9).組織採取の目的は科学的な意味から図3クロージャーバルブを使用したMIVSにおける網膜硝子体組織摘出例a:25Gクロージャーバルブ越しに網膜硝子体組織の眼外への摘出を試みると,クロージャーバルブ部位で組織が挟まり(矢印),摘出が困難になる.b:巨大な増殖膜を摘出する際は,トロカール越しに増殖膜を摘出することを断念し,新規の20G用強膜創を作製し(矢印),そこから20G硝子体鑷子を用いて組織摘出を試みる.c,d:もしくは,硝子体鑷子を支柱としてトロカールを抜去し(c,矢印),強膜創から組織を抜去する(d,矢印).e,f:経結膜的にトロカールを留置している場合,組織採取目的でトロカールを抜去してしまうと硝子体灌流液の結膜下流入を招くことがあり(e,矢印),トロカールの再留置は隆起した結膜越しに行う必要が出てくる(f,矢印).abcdefあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141709(143)膜でも眼外に摘出できる症例があった(3例中1例).また,②トロカールを抜去,もしくは新規の強膜創を作製した後に硝子体鑷子を抜去する方法を採用した症例では,非常に大きな網膜硝子体組織を摘出する際に組織摘出専用に20Gの強膜創を新たに作製し,20G硝子体鑷子を用いて組織を採取する(図3b)か,もしくは網膜硝子体組織を把持した状態でトロカールを抜去し(図3c),その後に組織を摘出する(図3d)ことで,確実に硬い組織を摘出できた.しかし,経結膜的に穿刺したトロカールを手術途中で抜去することで灌流液の結膜下流入を招き,手術途中で結膜の異常な膨隆を伴うことによる視認性の低下と手術効率の低下が懸念された(図3e,f).また,手術途中の経結膜トロカールの抜去は,灌流液だけでなく硝子体線維の脱出を誘発する可能性があり,術後網膜.離など合併症の増加が懸念された.20G強膜創作製による摘出方法も,眼球に余分な侵襲を与えることが懸念された.一方でVitSweeperTMを使用した場合,ILMなど柔らかな組織であればそれらを容易に内腔内に格納することが可能であった(7例中6例).しかし,増殖膜など比較的硬い組織や巨大な組織を摘出する状況では,組織を適切にVitSweeperTM内腔内に収納できず,VitSweeperTM使用による利点はないと考えられた(2例中2例).III考按硝子体手術は疾患の治療だけでなく,眼内の組織を採取することによる診断目的に行われる場合があり,採取組織は硝子体・網膜・網膜下液・脈絡膜・増殖膜など多岐にわたる.具体例として,眼内から採取した組織に対しての病理学的染色やpolymerasechainreaction(PCR)法による遺伝子解析が眼内悪性リンパ腫の診断に有効であった報告や8),原因不明であったぶどう膜炎に対し組織生検により確定診断が行われた報告などがあり,眼内組織の採取は疾患の診断に重要な役割を果たしている9).組織採取の目的は科学的な意味から図3クロージャーバルブを使用したMIVSにおける網膜硝子体組織摘出例a:25Gクロージャーバルブ越しに網膜硝子体組織の眼外への摘出を試みると,クロージャーバルブ部位で組織が挟まり(矢印),摘出が困難になる.b:巨大な増殖膜を摘出する際は,トロカール越しに増殖膜を摘出することを断念し,新規の20G用強膜創を作製し(矢印),そこから20G硝子体鑷子を用いて組織摘出を試みる.c,d:もしくは,硝子体鑷子を支柱としてトロカールを抜去し(c,矢印),強膜創から組織を抜去する(d,矢印).e,f:経結膜的にトロカールを留置している場合,組織採取目的でトロカールを抜去してしまうと硝子体灌流液の結膜下流入を招くことがあり(e,矢印),トロカールの再留置は隆起した結膜越しに行う必要が出てくる(f,矢印).abcdef 考えると上述したのみではない.たとえば過去には採取したILMを利用してliquidchromatography-tandemmassspectrometry(LC-MS-MS)法を行い,ILM中に含まれる蛋白の組成を調べた報告もある10).他にも,PDRの手術中に増殖組織を採取し,半定量PCR法やenzyme-linkedimmunosorbentassay(ELISA)法などを用い増殖組織内で重要な蛋白が発現していることを明らかにした報告もある11).このように,診断目的のみならず眼内組織の分析・研究による眼科学の発展のためには今後も組織採取は非常に需要な手技といえる.蛋白やRNAを採取する目的であればかならずしも組織構造を正常に保つ必要はなく,バックフラッシュニードルや硝子体カッターの管内に高圧力で吸引し,眼外で採取することも可能である.しかし,組織学的検討を必要とする際は,組織をいかに傷めずに採取するかが重要となる.しかしながら,組織を採取することにこだわりすぎ,手術合併症のリスクを高めることは望ましくない.筆者らは今回,クロージャーバルブ付きトロカールを用いたMIVSでの組織採取をいくつかの症例で試みた結果,以下のような手技が適切と考えられた.すなわち,増殖膜など比較的強固な組織を摘出する場合は,結膜を計画的に切開したうえで23GMIVSを用い,把持したまま組織の摘出を試みるか,仮に摘出できなくてもトロカールごと抜いて摘出する手技が有効である.つぎに,ERM・ILMなど柔らかい組織であれば,25GMIVSを通常どおり採用し,トロカールは経結膜的に留置して問題ない.組織採取にはVitSweeperTMを用いた採取が安全で確実である.硝子体手術は今や27G手術に向かおうとしている12).手術の安全性・効率性が向上する一方,管口径は確実に小さくなっていく傾向にある.それに伴い,小さな眼内の組織を採取する方法はますます困難になっていくことが予想される.今回の検討では一部の25GMIVS症例で組織採取する際に,イナミ社のVitSweeperTMを用いることの有効性が示唆されたが,この手技によってすべての症例で確実に組織採取できるわけではなかった.組織が強固でトロカールから直接摘出することが物理的に困難な場合にはより太いゲージ(大口径の)のMIVSを用い,安全性・視認性の確保のために計画的な結膜切開を行ったうえでトロカールの抜去や新たな強膜創作製といった手技を行うことが望ましいと考えられる.今後ますます手術器具のスモールゲージ化が進むにつれ,より安全・確実な組織の採取を可能にするためにもさらに工夫された器具の開発や採取方法の検討が必要になると考えられた.文献1)門之園一明:【硝子体手術の現状と展望】わかりやすい臨床講座小切開硝子体手術の現状と展望.日本の眼科83:1192-1195,20122)O’MalleyC,HeintzRMSr:Vitrectomywithanalternativeinstrumentsystem.AnnOphthalmol7:585-588,591-594,19753)FujiiGY,DeJuanE,Jr,HumayunMSetal:Initialexperienceusingthetransconjunctivalsuturelessvitrectomysystemforvitreoretinalsurgery.Ophthalmology109:1814-1820,20024)EckardtC:Transconjunctivalsutureless23-gaugevitrectomy.Retina25:208-211,20055)IbarraMS,HermelM,PrennerJLetal:Longer-termoutcomesoftransconjunctivalsutureless25-gaugevitrectomy.AmJOphthalmol139:831-836,20056)LakhanpalRR,HumayunMS,deJuanEJretal:Outcomesof140consecutivecasesof25-gaugetransconjunctivalsurgeryforposteriorsegmentdisease.Ophthalmology112:817-824,20057)LafetaAP,ClaesC:Twenty-gaugetransconjunctivalsuturelessvitrectomytrocarsystem.Retina27:11361141,20078)CouplandSE,BechrakisNE,AnastassiouGetal:EvaluationofvitrectomyspecimensandchorioretinalbiopsiesinthediagnosisofprimaryintraocularlymphomainpatientswithMasqueradesyndrome.GraefesArchClinExpOphthalmol241:860-870,20039)LimLL,SuhlerEB,RosenbaumJTetal:Theroleofchoroidalandretinalbiopsiesinthediagnosisandmanagementofatypicalpresentationsofuveitis.TransAmOphthalmolSoc103:84-91;discussion-2,200510)UemuraA,NakamuraM,KachiSetal:Effectofplasminonlamininandfibronectinduringplasmin-assistedvitrectomy.ArchOphthalmol123:209-213,200511)YoshidaS,IshikawaK,AsatoRetal:Increasedexpressionofperiostininvitreousandfibrovascularmembranesobtainedfrompatientswithproliferativediabeticretinopathy.InvestOphthalmolVisSci52:5670-5678,201112)OshimaY,WakabayashiT,SatoTetal:A27-gaugeinstrumentsystemfortransconjunctivalsuturelessmicro-incisionvitrectomysurgery.Ophthalmology117:93-102e2,2010***(144)

網膜中心動脈閉塞症から血管新生緑内障をきたした1例

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1701.1705,2014c網膜中心動脈閉塞症から血管新生緑内障をきたした1例河本良輔*1石崎英介*1福本雅格*1中泉敦子*1佐藤孝樹*1池田恒彦*1南政宏*2佐藤文平*3*1大阪医科大学眼科学教室*2南眼科*3大阪回生病院眼科ACaseofNeovascularGlaucomaAssociatedwithCentralRetinalArteryOcclusionRyohsukeKohmoto1),EisukeIshizaki1),MasanoriFukumoto1),AtsukoNakaizumi1),TakakiSato1),TsunehikoIkeda1),MasahiroMinami2)andBunpeiSatou3)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)MinamiEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital軽度の桜実紅斑(cherry-red-spot)で初発,経過中に血管新生緑内障(NVG)をきたした網膜中心動脈閉塞症(CRAO)の1例.56歳,男性.冠動脈カテーテル治療中に左眼視力低下を自覚.左眼眼底に軽度のcherry-red-spotを認めCRAOと診断.眼球マッサージ,前房穿刺を行いプロスタグランジン製剤およびウロキナーゼの点滴を開始したが,30cm手動弁のままであった.Cherry-red-spotは軽度のまま遷延した.2カ月後にNVGを発症し,前房出血も併発して左眼眼圧は48mmHgに上昇した.前房洗浄,水晶体切除,硝子体切除,眼内汎網膜光凝固術,毛様体光凝固術を施行し,術後眼圧下降を得た.蛍光眼底造影は著しい充盈遅延があり,網膜電図(ERG)はa波,b波,律動様小波とも減弱していた.Cherry-red-spotの遷延するCRAOでは早期に汎網膜光凝固を施行する必要があると考えられた.Wereportacaseofneovascularglaucoma(NVG)associatedwithcentralretinalarteryocclusion(CRAO).A56-year-oldmalepresentedatourophthalmologycliniccomplainingofsuddenvisualdisturbanceinhislefteye,afterundergoingpercutaneouscoronaryintervention.Weobservedaslightcherry-redspotanddiagnosedCRAO.Wesubsequentlyperformedeyeballmassage,paracentesisandcontinuousdripinfusionofprostaglandinandurokinase.However,thepatient’scorrectedvisualacuityremainedat30cm/f.c.Twomonthslater,NVGassociatedwithhyphemadevelopedandintraocularpressure(IOP)increasedto48mmHg.Weperformedanteriorchamberirrigation,lensectomy,vitrectomy,panretinalphotocoagulationandcyclophotocoagulation.Postoperatively,IOPdecreased.fluoresceinfundusangiographyrevealedaseveredelayofinflowtotheretinalartery.Electroretinographyrevealedreductionofa-wave,b-waveandoscillatorypotential.OurfindingsshowthatpanretinalphotocoagulationmightbenecessaryforpatientswithearlyphaseCRAOwithaprolongedcherry-redspot.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1701.1705,2014〕Keywords:網膜中心動脈閉塞症,血管新生緑内障,cherry-red-spot.centralretinalarteryocclusion,neovascularglaucoma,cherry-red-spot.はじめに網膜中心動脈閉塞症(CRAO)に血管新生緑内障(NVG)を併発することは稀で,その理由としては,急激な網膜虚血により網膜が菲薄化するため,血管新生因子を放出する余力が網膜組織に残存しないことが推測されている1).今回筆者らは軽度のcherry-red-spotで初発し,経過中にNVGをきたしたCRAOの1例を経験したので報告する.I症例患者:56歳,男性.主訴:左眼霧視,視力低下.現病歴:平成19年6月20日午前9時過ぎごろ冠動脈カテーテル治療中に左眼の霧視を自覚した.同日15時頃より左眼視力低下があり,眼科紹介受診となった.〔別刷請求先〕河本良輔:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科Reprintrequests:RyohsukeKohmoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(135)1701 図1初診時眼底写真左眼は軽度の網膜白濁・cherry-red-spotを認める.右眼は異常を認めない.初診時所見:視力は右眼0.15(0.9×sph.2.0D),左眼30cm手動弁(矯正不能)で,眼圧は右眼12mmHg,左眼11mmHgであった.両眼とも前眼部に異常なく中間透光帯は軽度白内障を認めた.直接対光反応は右眼は迅速かつ十分,左眼は鈍で相対的入力瞳孔反応異常(RAPD)を認めた.左眼眼底には網膜白濁,軽度のcherry-red-spotを認めた.右眼は異常を認めなかった(図1).Goldmann視野検査では左眼の中心視野消失を認めた(図2).また,同日撮影されたMRA(磁気共鳴血管画像)では両側内頸動脈に径不整を認めたが,著しい狭窄・閉塞はなかった(図3).経過:網膜中心動脈閉塞症と診断,ただちに眼球マッサージおよび前房穿刺を行った.また,同日より入院にてリプルR,ウロキナーゼRの点滴を5日間開始したが,視力に著変なく左眼視力矯正30cm手動弁のまま退院となった.その後,外来にて経過観察されており,平成19年8月8日外来受診時は左眼視力矯正30cm手動弁,左眼眼圧14mmHgで,前眼部に著変を認めなかった.眼底は網膜の白濁および1702あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014図2初診時動的視野左眼は中心視野消失を認める.cherry-red-spotが遷延していた(図4).ところが発症より約2カ月後の平成19年8月27日,高度な頭痛,眼痛および嘔吐を主訴に来院.左眼の著明な角膜浮腫を認め,左眼眼圧は48mmHgに上昇していた.右眼に著変はなかった.左眼は角膜浮腫のため虹彩や隅角所見は得られなかったが,NVGと診断した.眼痛が強く球後麻酔施行のうえ前房穿刺およびベバシズマブ硝子体注射を施行した.しかし,その後も眼圧下降は得られず,疼痛も続いたため平成19年8月31日に経毛様体扁平部硝子体切除術および経毛様体扁平部水晶体切除術を施行した.術中,著明な角膜浮腫,多量の前房出血を認めた.最初にバイマニュアルアスピレータにて丁寧に前房出血を除去した.その後経毛様体扁平部水晶体切除を行った.硝子体出血をきたしていたが眼底には網膜.離や増殖性変化は認めなかった.経毛様体硝子体切除を施行後,汎網膜光凝固および下方約1/2周にわたり毛様体扁平部光凝固を行い合併症なく手術を終えた.術後左眼眼圧は10mmHg台前半で経過し,眼圧下降,眼痛,疼痛の消失を得た.平成(136) 図3初診時MRA両側内頸動脈に径不整を認めるが,高度な閉塞・狭窄を認めない.19年9月19日の所見では左眼眼圧8mmHgと眼圧下降は得たが,左眼視力は光覚(±)であった.眼底所見では汎網膜光凝固斑およびcherry-red-spotを認めた(図5).その後眼圧は再上昇することなく落ち着いている(図6).同日施行した蛍光眼底造影検査では左眼の著しい循環遅延を認め(図7),網膜電図(ERG)ではa波,b波,律動様小波の減弱を認めた(図8).II考按CRAOにNVGを併発する頻度は1.2%とする報告2,3)があるが,他の循環障害をきたす疾患よりその頻度は少ない.その理由としては,急激な血行の途絶による網膜の崩壊が生じ,そのダメージが強すぎるため血管新生因子が産生・放出されないことが指摘されている.しかし,一方でNVGの頻度はさほど低率でなく15.16%に生じたとする報告4,5)もある.このなかには高度の頸動脈病変などの眼虚血症候群に起因するものがかなり含まれていると考えられる.CRAOに続発するNVGには①眼虚血症候群に起因するもの,②網膜中心静脈閉塞症(CRVO)に併発するもの,③CRAO単独でNVGが発症するもの,の3タイプがあると推測される.①の眼虚血症候群に起因するもの6.8)では,一般に頸動脈狭窄が強くなると虹彩ルベオーシスが発生する.CRAOと頸動脈病変には糖尿病や高血圧,高脂血症など危険因子には共通なものが多く,両者の合併は決して稀ではない.大野ら9),田宮ら10)の報告ではCRAOの約30.50%に(137)図4発症7週間後の眼底写真網膜白濁およびcherry-red-spotが遷延している.図5術後眼底写真(発症2カ月後)汎網膜光凝固痕とcherry-red-spotの残存を認める.50%以上の頸動脈病変があるとしている.また,網膜動脈分枝閉塞症を発症後にNVGを併発した眼虚血症候群の報告11)もある.②のCRVOとCRAOが併発した症例報告12.14)はいくつかあるが,その特徴は通常のCRVOに比べて網膜出血が少なく,非虚血型のCRVO様の所見を呈するが後極部は網膜白濁が強いことが挙げられる.発症機序に関しては諸説があり,一過性のCRAOの血流障害がベースになり,血流うっ滞により二次的にCRVOが生じるとする説や,逆にCRVOの循環障害がCRAOの誘因であるとする説がある.今回の症例はMRAより内頸動脈に眼虚血症候群を引き起こすほどの重度の狭窄や閉塞を認めなかったことや,他にNVGを引き起こすようなCRVOや重度虚血の糖尿病網膜症の所見を眼底に認めなかったことから③の単独のCRAOよりNVGを併発したものと考えた.術中の左眼眼底所見においても同様で他のNVGを引き起こすような眼底疾患を認めあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141703 眼圧(mmHg)60:右眼50:左眼4030201006/237/238/239/2310/23図6両眼の眼圧経過図7蛍光眼底造影検査静脈相左眼は網膜循環の遅延を認める.図8術後網膜電図a波,b波,律動小波の減弱を認める.なかった.本症例の特徴としては経過中左眼眼底の網膜白濁は通常のCRAO所見より軽度であった.CRAOの眼底所見は極早期ではcherry-red-spotがみられず,網膜の白濁は3.6週間で消失し,網膜の色調は徐々に正常化することが知られている15).しかし,本症例では軽度の網膜白濁が遷延したためcherry-red-spotも残存したものと考えた.岡本の報告16)ではcherry-red-spotが明瞭なCRAOと不明瞭なCRAO群でOCT(光干渉断層計)を用いた検討を行っている.それらによるとcherry-red-spotが不明瞭な群の急性期のOCT画像では明瞭な典型的なCRAOと異なり,SD-OCT(spectraldomain-OCT)のカラー表示で神経節細胞層の高反射が弱いことを示している.このことは網膜内層の浮腫,特に神経細胞層の浮腫が軽度であることを意味していると述べている.特にこれらcherry-red-spotが不明瞭な群の症例は眼底所見で網膜白濁が軽度であり,軟性白斑を認めることが多いとしている.軟性白斑の存在は網膜虚血の所見ではあるが,軸索流のうっ滞を反映しており,網膜内層の神経節細1704あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014胞層の生存を意味している.また,向野らの報告1)では,CRAOにおいて網膜虚血が急速に進行した場合は血管新生が起こらず,緩徐に進行した場合は血管新生が起こるとしている.本症例は冠動脈カテーテル検査中に発症したため,原因は心原性の塞栓による可能性が高い.患者の全身状態不良につき初診時に蛍光眼底造影検査やOCTを撮影はしておらず,当時の血行動態,網膜周辺部無血管野の有無や網膜内層の評価は正確には不明である.しかし,本症例では軟性白斑の出現はなかったが,網膜白濁が軽度であり通常よりも遷延したことを考えると網膜は完全な虚血状態ではなかったと考えられた.また網膜虚血も緩徐に進行した可能性も考えられる.網膜内層の代謝がある程度維持されておりそこからvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)などの血管新生因子が多く産生されNVGに至ったと考えた.今回の症例は発症より2カ月後にNVGを発症しており,完全虚血ではないCRAO症例では虚血型のCRVOと同様に発症より2,3カ月にて(138) NVG発症に至る可能性がある.通常CRAO症例は急性期を過ぎると病状固定し経過観察となる場合が多いが,本症例と同様に網膜虚血が軽度で進行が緩徐であると考えられる症例では経過中にNVGに至る可能性があり,経過が落ち着いたとしても長期にわたり蛍光眼底検査や隅角検査などで可能な限りNVG発症に注意し,危険性がある場合は早期の汎網膜光凝固が必要であると考えた.本論文の要旨は第26回日本眼循環学会(名古屋)で発表した.文献1)向野利寛,魚住博彦,中村孝一ほか:網膜中心動脈閉塞症の病理組織学的研究.臨眼42:1221-1226,19882)GartnerS,HenkindP:Neovasculizationoftheiris(rubeosisiridis).SurvOphthalmol22:291-312,19783)PerpautLE,ZinmmermanLE:Theoccurrenceofglaucomafollowingocculusionofthecentralretinalartery.AMAArchOphthalmol61:845-846.Link,19594)DukerJS,SivalingamA,BrownGCetal:Aprospectivestudyofacutecentralretinalarteryobstruction.Theincidenceofsecondaryocularneovasculariization.ArchOphthalmol109:339-342,19915)DukerJS,BrownGC:Irisneovasculrizationassociatedwithobstructionofthecentralretinalartery.Ophthalmology95:1244-1250,19886)渡邊真弓,荻野哲夫,木下貴正ほか:眼虚血症候群の眼所見と予後.眼紀57:189-194,20067)梶浦祐子,安積淳,井上正則:眼虚血症候群その臨床経過と治療成績.臨眼46:1022-1024,19928)鈴木智子,紺屋浩之,浜口朋也ほか:2型糖尿病に合併した両側内頚動脈閉塞症眼虚血症候群の1例.糖尿病と代謝30:54-60,20029)大野尚登,村田恭啓,木村和美ほか:網膜動脈閉塞症と頚動脈病変.臨眼50:1599-1601,199610)田宮良司,内田璞,岡田守生ほか:網膜血管閉塞症と閉塞性頚動脈疾患との関係について.日眼会誌100:863867,199611)奥野高司,長野陽子,池田佳美ほか:網膜動脈分枝閉塞症を発症後に血管新生緑内障を併発し予後不良であった眼虚血症候群の1例.あたらしい眼科27:1617-1620,201012)忍田拓哉,渡邊博,松橋正和ほか:網膜中心静脈症に合併した網膜中心動脈閉塞症及び脈絡膜循環不全の1例.臨眼56:1111-1115,200213)西村幸英,岡本紀夫:内頸動脈病変が影響したと考えられる網膜中心静脈閉塞症に合併した網膜中心動脈閉塞症の2例.眼科45:263-269,200314)天野公美子,川久保洋,島田宏之ほか:網膜中心動静脈閉塞症の2症例.眼紀47:1012-1017,199615)渡辺博:網膜動脈閉塞症.GeriatricMedicine44:12561257,200616)岡本紀夫:網膜中心動脈閉塞症の病型:網膜形態と視力予後に関する研究.兵庫医大会誌35:81-88,2010***(139)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141705

角膜移植後の角膜感染症

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1697.1700,2014c角膜移植後の角膜感染症藤井かんな*1,2佐竹良之*2島﨑潤*2*1杏林大学医学部眼科学教室*2東京歯科大学市川総合病院眼科InfectionafterCornealTransplantationKannaFujii1,2),YoshiyukiSatake2)andJunShimazaki2)1)DepartmentofOphthalmology,KyorinUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollege,IchikawaGeneralHospital目的:角膜移植後感染症の発症背景と予後について検討した.対象および方法:角膜移植を施行後,入院治療を必要とする角膜感染症を発症した54例55眼を対象として,原疾患,手術方法,起炎菌,発症時期,概算発症率,発症時の使用薬剤,発症誘因,予後について検討した.結果:平均発症時期は26.4±27.6カ月で,3年以上経ってから発症した症例が23.6%であった.原疾患は,再移植が最も多く20眼(36.4%)であった.培養および臨床所見から細菌感染と診断されたのは14眼,真菌感染は35眼であった.発症時ステロイド点眼使用は53眼であった.発症の誘因としては,縫合糸の緩み,断裂,コンタクトレンズ装用などが多かった.透明治癒したものは17眼(30.9%)であった.結論:角膜移植後は,長期にわたって易感染性であり,感染の危険因子を考慮に入れて長期にわたる経過観察を行う必要があると考えられた.Purpose:Weretrospectivelystudiedthebackgroundandprognosisofpostoperativeinfectionaftercornealtransplantation.Methods:Wereviewedtherecordsof55eyeswithinfectiouskeratitisfollowingcornealtransplantationbetweenJanuary2003andDecember2007.Originaldiseases,surgicalmethods,microbiologicalresult,intervalbetweentransplantationandinfection,approximateincidence,medicationsused,contributingfactorsandprognosiswerestudied.Results:Themostfrequentoriginaldiseasewasregraft(36.4%).Bacterialandfungalinfectionswerefoundin14and35eyes,respectively.Meanintervalbetweensurgeryanddevelopmentofinfectionwas26.4±27.6months;23.6%ofcasesdevelopedinfectionmorethan3yearsfollowingsurgery.Thevastmajorityofcasesusedtopicalsteroidatthetimeofinfectiondevelopment.Presumablecontributingfactorsforinfectionincludedloosenedorbrokensutures,contactlenswearandpersistentepithelialdefects.Cleargraftswereachievedin17eyes(30.9%)bythefinalvisit.Conclusions:Postkeratoplastyeyesweresusceptibletoinfectionevenlongaftersurgery.Long-termfollow-upisnecessary,especiallywithpatientshavingriskfactorsforinfection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1697.1700,2014〕Keywords:角膜移植,感染性角膜炎,コンタクトレンズ,縫合糸.cornealtransplantation,infectiouskeratitis,contactlens,suture.はじめに角膜移植後は,ステロイド点眼の長期投与,縫合糸の存在,角膜知覚の低下,コンタクトレンズ装用などさまざまな要因により易感染性である.また,いったん感染が生じると重症化しやすく,感染が治癒したとしても不可逆的な影響を及ぼし,視力予後不良の原因となることが多い.今回,筆者らは角膜移植後に細菌あるいは真菌感染症を生じた例について,その発症背景と予後を検討したので報告する.I対象および方法東京歯科大学市川総合病院において角膜移植を施行し,2003年1月から2007年12月までの5年間に,入院治療を必要とする細菌あるいは真菌角膜感染症を発症した54例55眼を対象としてレトロスペクティブに検討した.症例の内訳は男性24例24眼,女性30例31眼,平均年齢59.0±16.0歳(平均値±標準偏差,範囲:16.85歳)であった.〔別刷請求先〕島﨑潤:〒272-8513市川市菅野5-11-13東京歯科大学市川総合病院眼科Reprintrequests:JunShimazaki,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollege,IchikawaGeneralHospital,5-11-13Sugano,Ichikawa-shi,Chiba272-8513,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(131)1697 表1原疾患の内訳原疾患眼数(%)n=552003年施行全移植中の眼数(%)n=248再移植20(36.4)40(16.1)水疱性角膜症13(23.6)72(29.0)角膜ヘルペス後6(10.9)5(2.0)角膜白斑5(9.1)65(26.2)瘢痕性角結膜症4(7.3)2(0.8)円錐角膜3(5.5)40(16.1)02468101214161820:細菌感染:真菌感染眼数20:細菌感染:真菌感染眼数0~1年1~2年2~3年3年以上術後期間〔(以上)~(未満)〕図1角膜移植後感染症の発症時期表2手術の内訳原疾患眼数(%)n=552003年施行全移植中の眼数(%)n=248PKP37(67.3)203(81.9)DALK8(14.5)23(9.3)ALK7(12.7)9(3.6)PKP+アロLT2(3.6)0(0.0)ALK+アロ培養上皮移植1(1.8)0(0.0)角膜内皮移植0(0.0)12(4.8)DALK+オート(自家)LT0(0.0)1(0.4)PKP:全層角膜移植,DALK:深層表層角膜移植,ALK:表層角膜移植,LT:輪部移植.これらの症例について,原疾患,手術方法,起炎菌,発症時期,概算発症率,使用薬剤,発症誘因となる局所因子,予後について検討を行った.原疾患,手術術式の内訳に関しては,2003年に施行された角膜移植での原疾患,手術術式を適合性のc2検定を用いて比較した.概算発症率の算定は,対象とした時期より平均発症時期をさかのぼった時点の角膜移植施行件数と比較して算定した.II結果1.発症時期平均発症時期は26.4±27.6カ月で,1年以内に発症した症例は45.5%,3年以上経ってから発症した症例は23.6%であった(図1).細菌感染例での平均発症時期は22.4±21.5カ月(1.4.77.8カ月),真菌感染症では27.0±28.9カ月(0.4.104.8カ月)であった.2.原疾患原疾患で,最も多かったのは再移植20眼(36.4%,95%信頼区間:24.9.49.6),ついで水疱性角膜症13眼(23.7%,95%信頼区間:14.4.36.3),角膜ヘルペス後6眼(10.9%,95%信頼区間:5.1.21.8),角膜白斑5眼(9.1%,95%信頼1698あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014角膜穿孔3(5.5)6(2.4)角膜ジストロフィ1(1.8)14(5.6)角膜輪部デルモイド0(0.0)4(1.6)区間:3.9.19.6),瘢痕性角結膜症4眼(7.3%,95%信頼区間:2.9.17.3),円錐角膜3眼(5.5%,95%信頼区間:1.9.14.9),角膜穿孔3眼(5.5%,95%信頼区間:1.9.14.9),角膜ジストロフィ1眼(1.8%,95%信頼区間:0.3.9.6)であった(表1).2003年全体の原疾患と比較すると今回の検討では再移植,角膜ヘルペス後,瘢痕性角膜症の比率が高かった(p<0.0001*).3.手術方法角膜移植の術式は,全層角膜移植(penetratingkeratoplasty:PKP)が37眼(67.3%,95%信頼区間:54.1.78.2),表層角膜移植(anteriorlamellarkeratoplasty:ALK)が7眼(12.7%,95%信頼区間:6.3.24.0),深層表層角膜移植(deepanteriorlamellarkeratoplasty:DALK)が8眼(14.5%,95%信頼区間:7.6.26.2),PKPとアロ(他家)輪部移植(limbaltransplantation:LT)を併用したのが2眼(3.6%,95%信頼区間:1.0.12.3),ALKとアロ(他家)培養上皮移植を併用したのが1眼(1.8%,95%信頼区間:0.3.9.6)であった(表2).今回の検討ではALK,DALKの比率が高かった(p=0.0004*).4.起炎菌病変部もしくは抜糸した糸から菌が検出されたのは,55眼中21眼(38.1%)であった(表3).細菌感染症では,グラム陽性球菌が5眼,グラム陽性桿菌が3眼,グラム陰性桿菌が1眼であった.培養で起炎菌が同定できず,臨床所見および治療経過から細菌感染と診断されたのは5眼であった.真菌感染症では,酵母型真菌が11眼と大部分を占め,糸状菌が検出されたのは1眼であった.培養で起炎菌が同定できず,臨床所見および治療経過から真菌感染と診断されたのは23眼で,そのうち7眼でendothelialplaqueが認められた.培養陰性であり臨床所見および治療経過から混合感染と診断されたのは1眼であった.治療経過,臨床所見からも菌を特定できなかったものは5眼(9.1%)であった.(132) 表3起炎菌の種類起炎菌眼数グラム陽性球菌Staphylococcusaureus3(MSSA2眼,MRSA1眼)Staphylococcusoralis1a-hemolytisstreptococcus1グラム陽性桿菌Corynebacteriumspecies3グラム陰性桿菌Acinetobacterhemolytics1酵母状真菌Candidaparapsilosis6Candidaalbicans2その他の酵母状真菌3糸状菌Penicililumspecies1MSSA:methicillin-sensitiveStaphylococcusaureus(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌),MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.5.概算発症率平均発症時期が約2年であったので,今回の対象期間から2年さかのぼった2001年1月から2005年12月に角膜移植を施行した件数から概算発症率を算出した.2001年1月から2005年12月の5年間に施行した角膜移植件数は1,405眼であり,概算発症率は3.9%(95%信頼区間:3.0.5.1)と算出された.6.発症時の使用薬剤感染症発生時に使用していた薬剤についての検討を行った(表4).ステロイド点眼は,55眼中53眼とほとんどの症例で使用されていた.細菌感染症では発症時にフルオロメトロンを局所使用していた症例は14眼中7眼,ベタメタゾンあるいはデキサメタゾンを局所使用していた症例は14眼中7眼であった.真菌感染症では,フルオロメトロン使用例が33眼中10眼,ベタメタゾン・デキサメタゾン使用例が33眼中23眼であり,ベタメタゾン・デキサメタゾン使用例での発症が多かった.抗菌剤点眼を使用していた症例は,55眼中41眼であった.細菌感染症では14眼中9眼,真菌感染症では,35眼中10眼であった.ステロイドを全身投与されていた症例は55眼中6眼,シクロスポリンを使用していた症例は5眼であった.7.発症の誘因感染症発症に関与したと思われる誘因についての検討を行った(表5).縫合糸が残存していたものは47眼(85.5%)そのうち17眼(30.9%)で糸の緩みあるいは断裂を伴ってい(,)た.治療用または視力矯正用コンタクトレンズを装用してい(133)表4発症時の使用薬剤細菌感染(%)真菌感染(%)薬剤眼数(%)n=14n=35ステロイド点眼53(96.4)14(100.0)33(94.3)ベタメタゾン/デキサメタゾン33(60.0)7(50.0)23(65.7)フルオロメトロン20(36.4)7(50.0)10(28.6)抗生剤点眼41(74.5)9(64.3)29(82.9)全身投与剤6(10.9)2(14.3)4(11.4)ステロイド1(1.8)1(7.1)0(0.0)シクロスポリン5(9.1)1(7.1)4(11.4)表5発症の誘因となる因子細菌感染(%)真菌感染(%)因子眼数(%)n=14n=35縫合糸47(85.5)12(78.6)30(85.7)緩み・断裂17(30.9)5(35.7)12(34.3)コンタクトレンズ13(23.6)6(42.9)6(17.1)HCL1(1.8)0(0.0)1(2.9)SCL12(21.8)6(42.6)5(14.3)遷延性上皮欠損12(21.8)4(28.6)7(20.0)眼瞼の異常6(10.9)4(28.6)2(5.7)外傷2(3.6)1(7.1)1(2.9)糖尿病6(10.9)1(7.1)2(5.7)HCL:ハードコンタクトレンズ,SCL:ソフトコンタクトレンズ.たものが13眼(23.6%)で,そのうち12眼はソフトコンタクトレンズであった.遷延性上皮欠損が存在していたものは12眼(21.8%)であった.8.予後内科的治療によって透明治癒した症例は8眼,瘢痕治癒は43眼,治療的角膜移植を施行した症例は4眼であった.瘢痕治癒後に光学的移植を施行した症例は14眼あり,うち透明治癒が得られたものは9眼であった.透明治癒した17眼(30.9%)のうち,細菌感染症では4眼(28.6%),真菌感染症は13眼(37.1%)であった.III考按角膜移植後の感染症は,視力予後に大きな影響を及ぼすので,その発症時期や危険因子について検討を加え,予防に努めることは非常に重要と考えられる.今回の検討で移植後角膜感染症の発症率を概算したところで算定し3.9%であり,過去の報告の0.2.3.6%とほぼ一致するものであった1.3).今回は,入院治療を必要とした症例を対象としたが,通院で治療した症例や他院で治療した症例も存在すると考えられるため,実際の発症率はさらに高率であると推測された.過去の報告によると1年以内に発症した症例は48%3),あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141699 55.6%4)と約半数を占めている.今回の結果では1年以内に45.5%が発症しており,過去の報告にほぼ一致するものであった.3年以降に発症した症例は13眼(23.6%)あり,角膜移植後では晩期感染症にも注意が必要であると考えられた.原疾患では,移植全体の原疾患比率と比較して,再移植の割合が多かった.再移植例では,術後の免疫抑制のためステロイド点眼を長期投与することが多く,易感染状態になりやすいためと考えられた.また,術式ではALK,DALKの比率が18眼と高かったが,このうち6眼が眼類天疱瘡,偽類天疱瘡,化学傷などの瘢痕性角結膜症であった.瘢痕性角結膜症は遷延性上皮欠損を生じやすく,感染防御が脆弱になるためと考えられた.角膜移植後感染症の起炎菌としては,これまでの報告ではメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)を含む黄色ブドウ球菌,表皮ブドウ球菌,緑膿菌,真菌(カンジダ)感染などが多いとされる1.6).今回の結果では,細菌はグラム陰性菌が1眼に対しグラム陽性菌が8眼と多く,真菌は糸状菌が1眼に対し酵母状真菌が11眼と多かった.角膜移植後はステロイド長期使用など種々の要因により免疫能が低下し,グラム陽性菌や酵母菌といった常在菌による感染を発症しやすい環境にあると考えられた.移植後角膜感染症の危険因子としては,遷延性上皮欠損2,4),コンタクトレンズ装用2,4,5),局所のステロイド点眼2,4.6)および抗生物質点眼の併用4),縫合糸の緩みや断裂2,5,6)などが挙げられている.今回の結果では,ほとんどの症例でステロイド点眼を使用していた.縫合糸の緩み・断裂を有していた症例は30.9%であり,これまでの報告にもあるように7),縫合糸の状態には特に注意をすべきと考えられた.縫合糸の緩み・断裂は,感染のみならず血管新生や拒絶反応の誘因となることが知られており,こうした例では速やかに抜糸すべきと考えられた.易感染性状態にある角膜移植眼の透明性を保つためには,感染予防が非常に重要である.したがって,術後感染の危険因子を考慮に入れて,患者啓発を行ったうえで長期の経過観察を行う必要があると考えられた.文献1)LveilleAS,McmullenFD,CavanaghHD:Endophthalmitisfollowingpenetratingkeratoplasty.Ophthalmology90:38-39,19832)脇舛耕一,外園千恵,清水有紀子ほか:角膜移植後の角膜感染症に関する検討.日眼会誌108:354-358,20033)兒玉益広,水流忠彦:角膜移植後感染症の発症頻度と転帰.臨眼50:999-1002,19964)HarrisDJJr,StultingRD,WaringGOIIIetal:Latebacterialandfungalkeratitisaftercornealtransplantation.Spectrumofpathogens,graftsurvival,andvisualprognosis.Ophthalmology95:1450-1457,19885)中島秀登,山田昌和,真島行彦:角膜移植眼に生じた感染性角膜炎の検討.臨眼55:1001-1006,20016)WrightTM,AfshariNA:Microbialkeratitisfollowingcornealtransplantation.AmJOphthalmol142:10611062,20067)若林俊子,山田昌和,篠田啓ほか:縫合糸膿瘍から重篤な眼感染症をきたした角膜移植眼の2眼.あたらしい眼科16:237-240,1999***1700あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(134)

角膜移植後ドライアイに対するジクアホソルナトリウム点眼薬の効果

2014年11月30日 日曜日

1692あたらしい眼科Vol.4101,211,No.3(00)1692(126)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(11):1692.1696,2014cはじめに角膜移植術後は,涙液動態の変化に伴いドライアイを高率に発症する.角膜知覚神経が切断されると反射性涙液分泌が低下し1.3),角結膜上皮のムチン発現の低下,結膜杯細胞の減少,涙液クリアランスの低下,上皮バリア機能の障害,眼表面の炎症が引き起こされると報告されている3).また,宿主角膜とドナー角膜の接合部には浮腫や縫合による凸状の角膜形状変化が生じ,その内側に異所性の涙液メニスカスが形成され,ドナー角膜中央部の涙液層は菲薄化する4,5).そのため,角膜移植術後のドライアイには,涙液量の減少と涙液〔別刷請求先〕堀田芙美香:〒770-8503徳島市蔵本町3-18-15徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野Reprintrequests:FumikaHotta,M.D.,DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3-18-15Kuramoto-cho,Tokushimacity770-8503,JAPAN角膜移植後ドライアイに対するジクアホソルナトリウム点眼薬の効果堀田芙美香江口洋仁木昌徳EnkhmaaTserennadimid三田村さやか宮本龍郎三田村佳典徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野EffectofDiquafosolTetrasodiumOphthalmicSolutiononTreatmentforDryEyefollowingKeratoplastyFumikaHotta,HiroshiEguchi,MasanoriNiki,EnkhmaaTserennadimid,SayakaMitamura,TatsuroMiyamotoandYoshinoriMitamuraDepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool角膜移植術後のドライアイに対するジクアホソルナトリウム(以下,ジクアホソルNa)点眼薬の効果について検討した.角膜移植術後のドライアイ症例10例10眼において,Schirmer試験第I法測定値(以下,Schirmer値),涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT),角結膜上皮障害染色スコアリング(以下,スコア),および臨床経過について,ジクアホソルNa点眼薬投与前と投与1カ月後を比較した.角膜内皮細胞密度と角膜厚は,投与前3カ月以内,投与後3カ月以内に測定可能であった症例で,投与前後の値を比較した.Schirmer値には有意差はなかったが,BUTは有意に上昇し,スコアは有意に減少した.角膜内皮細胞密度と角膜厚の平均値に著変はなかった.視力低下・拒絶反応・感染症をきたした症例はなかった.角膜移植術後のドライアイに対してジクアホソルNa点眼薬投与は有効であると考えられた.Weinvestigatedtheefficacyofdiquafosoltetrasodiumophthalmicsolutionforthetreatmentofpatientswithdryeyefollowingkeratoplasty.Tenpatientswithdryeyewhohadundergonekeratoplastywereevaluatedbeforeandat1monthafteradministrationastoSchirmer’stestresults,tearfilmbreakuptime(BUT),fluoresceincornealandconjunctivalstainingscore(Score),andclinicalcourse.Inmeasurablecases,bothendothelialdensityandcornealthicknessmeasurementsobtainedwithin3monthsbeforeadministrationwerecomparedtotherespectivevaluesobtainedwithin3monthsafteradministration.BUTandScoreimprovementswerestatisticallysignificant;Schirmer’stestresultswerenot.Cornealendothelialdensityandcornealthicknessvaluesobtainedbeforeandafteradministrationwerealmostunchanged.Nosubjectsdevelopeddecreasedvisualacuity,cornealgraftrejectionorinfectionafteradministration.Diquafosoltetrasodiumophthalmicsolutioniseffectivefordryeyefollowingkeratoplasty.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1692.1696,2014〕Keywords:ドライアイ,角膜移植,ジクアホソルナトリウム点眼薬.dryeye,keratoplasty,diquafosoltetrasodiumophthalmicsolution.(00)1692(126)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(11):1692.1696,2014cはじめに角膜移植術後は,涙液動態の変化に伴いドライアイを高率に発症する.角膜知覚神経が切断されると反射性涙液分泌が低下し1.3),角結膜上皮のムチン発現の低下,結膜杯細胞の減少,涙液クリアランスの低下,上皮バリア機能の障害,眼表面の炎症が引き起こされると報告されている3).また,宿主角膜とドナー角膜の接合部には浮腫や縫合による凸状の角膜形状変化が生じ,その内側に異所性の涙液メニスカスが形成され,ドナー角膜中央部の涙液層は菲薄化する4,5).そのため,角膜移植術後のドライアイには,涙液量の減少と涙液〔別刷請求先〕堀田芙美香:〒770-8503徳島市蔵本町3-18-15徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野Reprintrequests:FumikaHotta,M.D.,DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3-18-15Kuramoto-cho,Tokushimacity770-8503,JAPAN角膜移植後ドライアイに対するジクアホソルナトリウム点眼薬の効果堀田芙美香江口洋仁木昌徳EnkhmaaTserennadimid三田村さやか宮本龍郎三田村佳典徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野EffectofDiquafosolTetrasodiumOphthalmicSolutiononTreatmentforDryEyefollowingKeratoplastyFumikaHotta,HiroshiEguchi,MasanoriNiki,EnkhmaaTserennadimid,SayakaMitamura,TatsuroMiyamotoandYoshinoriMitamuraDepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool角膜移植術後のドライアイに対するジクアホソルナトリウム(以下,ジクアホソルNa)点眼薬の効果について検討した.角膜移植術後のドライアイ症例10例10眼において,Schirmer試験第I法測定値(以下,Schirmer値),涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT),角結膜上皮障害染色スコアリング(以下,スコア),および臨床経過について,ジクアホソルNa点眼薬投与前と投与1カ月後を比較した.角膜内皮細胞密度と角膜厚は,投与前3カ月以内,投与後3カ月以内に測定可能であった症例で,投与前後の値を比較した.Schirmer値には有意差はなかったが,BUTは有意に上昇し,スコアは有意に減少した.角膜内皮細胞密度と角膜厚の平均値に著変はなかった.視力低下・拒絶反応・感染症をきたした症例はなかった.角膜移植術後のドライアイに対してジクアホソルNa点眼薬投与は有効であると考えられた.Weinvestigatedtheefficacyofdiquafosoltetrasodiumophthalmicsolutionforthetreatmentofpatientswithdryeyefollowingkeratoplasty.Tenpatientswithdryeyewhohadundergonekeratoplastywereevaluatedbeforeandat1monthafteradministrationastoSchirmer’stestresults,tearfilmbreakuptime(BUT),fluoresceincornealandconjunctivalstainingscore(Score),andclinicalcourse.Inmeasurablecases,bothendothelialdensityandcornealthicknessmeasurementsobtainedwithin3monthsbeforeadministrationwerecomparedtotherespectivevaluesobtainedwithin3monthsafteradministration.BUTandScoreimprovementswerestatisticallysignificant;Schirmer’stestresultswerenot.Cornealendothelialdensityandcornealthicknessvaluesobtainedbeforeandafteradministrationwerealmostunchanged.Nosubjectsdevelopeddecreasedvisualacuity,cornealgraftrejectionorinfectionafteradministration.Diquafosoltetrasodiumophthalmicsolutioniseffectivefordryeyefollowingkeratoplasty.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1692.1696,2014〕Keywords:ドライアイ,角膜移植,ジクアホソルナトリウム点眼薬.dryeye,keratoplasty,diquafosoltetrasodiumophthalmicsolution. 表1症例の背景情報症例年齢・性別眼術式期間*原疾患ドライアイ治療薬†164女左表層移植1年2カ月RA‡関連ドライアイ,角膜潰瘍,角膜穿孔ヒアルロン酸ナトリウム,ピロカルピン塩酸塩,自己血清点眼258男左表層移植1年3カ月GVHD§,ドライアイ,角膜穿孔自己血清点眼3||72女左全層移植1年7カ月水疱性角膜症ヒアルロン酸ナトリウム463男左全層移植9年水疱性角膜症ヒアルロン酸ナトリウム5||,¶46男右全層移植1年11カ月円錐角膜ヒアルロン酸ナトリウム6||,¶42男左全層移植1年10カ月円錐角膜ヒアルロン酸ナトリウム7||,¶,**81男右全層移植3カ月原因不明の角膜実質混濁ヒアルロン酸ナトリウム859男右全層移植10カ月角膜穿孔後移植片機能不全ヒアルロン酸ナトリウム**,¶940男左全層移植10カ月円錐角膜ヒアルロン酸ナトリウム10**27男右全層移植3年円錐角膜ヒアルロン酸ナトリウム*:角膜移植術後からジクアホソルNaを追加するまでの期間,†:ジクアホソルNaを追加する前に使用していた薬剤,‡:rheumatoidarthritis関節リウマチ,§:graft-versus-hostdisease移植片対宿主病,||:角膜内皮細胞密度を測定できた症例,¶:角膜厚を測定できた症例,**:両眼とも角膜移植術を施行している症例.安定性の低下の双方が関与していると考えられる.従来から,角膜移植術後のドライアイに対しては,人工涙液やヒアルロン酸ナトリウムの点眼,自己血清点眼,涙点プラグなど一般的なドライアイと同様の治療が行われてきた.しかし,角膜移植術後はすでに複数の点眼薬を使用されていることが多く,点眼薬のさらなる追加は,薬剤性角膜上皮障害の観点からも慎重に判断すべきである.ジクアホソルナトリウム(以下,ジクアホソルNa)点眼液は,結膜上皮細胞と杯細胞膜上のP2Y2受容体に作用し,細胞内のカルシウム濃度を上昇させることで,水分とムチンの分泌を促進する新しいドライアイ治療薬である6,7).また,角膜上皮細胞における膜型ムチンの発現を促進するという報告もある8).ムチンは眼表面で涙液を保持する役割をもち,結果として涙液の安定性維持に寄与する.近年,種々のドライアイに対するジクアホソルNa点眼薬の効果が報告されており9,10),角膜移植後のドライアイへの効果も期待される.そこで,今回筆者らは角膜移植術後のドライアイ症例に対してジクアホソルNa点眼薬を投与し,その効果について検証した.I対象および方法1.対象徳島大学病院で2011年2月から2013年2月にかけて,角膜移植術後のドライアイに対してなんらかの点眼治療中の症例に,ジクアホソルNa点眼薬を追加投与し1カ月以上経過観察できた10例10眼(男性8例8眼,女性2例2眼)である.年齢は27.81歳(平均55.2±16.3歳),右眼4例,左眼6例,全層角膜移植術後8例8眼,表層角膜移植術後2例2眼であった.患者の背景情報やジクアホソルNa投与前の治療の詳細は,表1に示す.両眼とも角膜移植術を施行さ(127)れている症例(症例No.7,9,10)については,後に移植された片眼を対象とした.2.方法Schirmer試験第I法測定値(以下,Schirmer値),涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT),フルオレセイン染色による角結膜上皮障害染色スコアリング(以下,スコア;2006年ドライアイ診断基準11)に準ずる),および臨床経過について,ジクアホソルNa点眼薬投与前と投与1カ月後を比較検討した.角膜内皮細胞密度と角膜厚の推移は,測定可能であった症例において,投与前後3カ月以内の値を採用し比較検討した.なおBUTは,1人の検者がフルオレセイン試験紙(フローレスR眼検査用試験紙0.7mg,昭和薬品化工)に最小量の生理的食塩水をつけて下眼瞼結膜に軽く触れるようにして染色し,十分に瞬目させて染色液を眼表面に行き渡らせた後,開瞼から角膜のどこかにドライスポットが現れるまでを細隙灯顕微鏡に備え付けの動画ソフトウェアで撮影し,診察時にモニターのカウンターで一旦判定・記録した.同日の全診療終了後にモニター上のカウンターで再判定し確定した.スコアは,1人の検者が診療時に判定し一旦記録し,同時に静止画を撮影した.同日の全診療終了後に画像を再度閲覧しスコアの妥当性を判定し,必要に応じて改変した.角膜内皮細胞密度および角膜厚の推移の観察は,ジクアホソルNa投与前3カ月以内,および投与後3カ月以内に非接触型角膜内皮細胞撮影装置(コーナンスペキュラーマイクロスコープ.,コーナン・メディカル,西宮)で撮影および測定し比較した.臨床経過は,視力の推移,ドナー角膜移植片の浮腫・混濁の出現,および感染症発症の有無について観察した.統計処理はWilcoxon符号付き順位和検定(SPSS11.0JforWindows)を用いた.あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141693 (mm)2012015105(n=10)0投与前1カ月後図1涙液分泌量の変化(Wilcoxon符号付き順位和検定)各値は症例の平均値±標準偏差を示す.点眼投与前後で有意な変化はない.†4321†p=0.03(n=10)0投与前1カ月後図3角結膜上皮障害染色スコア(Wilcoxon符号付き順位和検定)各値は症例の平均値±標準偏差を示す.点眼投与1カ月後は有意に減少している.(μm)800700600500400300200100(n=4)0投与前投与後3カ月以内図5角膜厚の変化各値は症例の平均値±標準偏差を示す.点眼投与後の平均値はわずかに薄くなっている.II結果1.Schirmer値(図1)ジクアホソルNa投与前9.1±7.5mmであったのが,投与(分)*65432*p=0.031(n=10)0投与前1カ月後図2涙液層破壊時間の変化(Wilcoxon符号付き順位和検定)各値は症例の平均値±標準偏差を示す.点眼投与1カ月後は有意に延長している.(cells/mm2)3,5003,0002,5002,0001,5001,000500(n=4)0投与前投与後3カ月以内図4角膜内皮細胞密度の変化各値は症例の平均値±標準偏差を示す.点眼投与後の平均値はわずかに軽減している.1カ月後には11.5±7.9mmに増加したが,投与前後で有意差はなかった(p=0.18).2.BUT(図2)ジクアホソルNa投与前1.5±0.8秒であったのが,投与1カ月後には3.3±2.3秒に有意に延長した(p=0.03).3.スコア(図3)ジクアホソルNa投与前2.3±1.3であったのが,投与1カ月後には1.8±1.0に有意に減少した(p=0.03).スコアを角膜と結膜で分けて検討すると,角膜のスコアは投与前1.7±0.7であったのが,投与1カ月後には1.1±0.6に有意に減少した(p=0.03).結膜のスコアは投与前0.6±1.1であったのが,投与1カ月後には0.7±0.8に増加したが,投与前後で有意差はなかった(p=0.66).4.角膜内皮細胞密度(図4)撮影可能であった4例(症例No.5,6,7,9)において,ジクアホソルNa投与前の内皮細胞密度の平均は2,436±569cells/mm2であったのが,投与後は平均2,199±471cells/mm2となった.(128) ジクアホソルNa投与前投与1カ月後図6症例7(右眼)ジクアホソルNa投与前の角膜上皮障害は,投与1カ月後に軽減した.5.角膜厚(図5)測定可能であった4例(症例No.3,5,6,7)において,ジクアホソルNa投与前の角膜厚の平均は602±66μmであったのが,投与後は平均523±5μmとなった.6.臨床経過点眼投与を契機に,視力低下・拒絶反応・感染症をきたした症例はなかった.7.代表症例(症例7,図6)81歳,男性.原因不明の角膜実質混濁に対して全層角膜移植術を施行してから3カ月が経過した時点でジクアホソルNaを投与開始した.投与1カ月後には,投与前よりもSchirmer値は増加し(13mmが15mmに),BUTは延長し(2秒が4秒に),スコアは低下した(2点が1点に).III考按本研究において,ジクアホソルNa点眼薬の投与後,Schirmer値とBUTの平均値は上昇し,スコアの平均値は減少した.これは,ジクアホソルNaの作用により涙液安定性が改善し涙液貯留量が増加した結果と考えられる.一方で,Schirmer値が低下した症例が3例(症例2,3,10)あった.このうち2例(症例2,3)ではBUTが延長し,スコアが減少あるいは不変であった.このことは,症例2が表層移植後ゆえに角膜知覚神経は部分的にしか切断されていないこと,症例3は全層移植後1年7カ月経過していたため,すでに角膜知覚神経が回復していたと思われることから,双方の症例ともムチン分泌の増加に伴い涙液安定性が改善し,反射性の涙液分泌が減少したことを表していると思われる.症例10では,BUTが不変であるにもかかわらずスコアは減少しており,上記と同様の傾向にあるものの,ムチン分泌の増加がBUT延長に反映されるまでには至っていなかったのかもしれない.また,症例1ではBUTが短縮している.その原因は不明だが,Schirmer値は増加し,スコアは減少してい(129)ることから,症例1ではムチン分泌増加よりも水分泌増加が角結膜上皮障害改善に寄与していたと思われる.角膜と結膜では,ジクアホソルNa投与後のスコアの変化に差があった.原疾患にドライアイのある症例1,2を除いて,結膜上皮障害はジクアホソルNa投与前からないか,あっても少なく,投与後もほとんど変化しなかった.一方,角膜上皮障害は有意に減少した.角膜移植術後は結膜よりも角膜に上皮障害を起こしやすく,ジクアホソルNaは角膜移植術後の角膜上皮障害の軽減に有効である可能性が示唆された.ただし本研究の限界として,正常対照群がないため,上皮障害がジクアホソルNaの追加投与により減少したのか,点眼回数が増えたことで単に水分の補充回数が増えたため減少したのかが判断できないことが挙げられる.今後は,人工涙液などで水分補充のみを行う正常対照群を設け,症例数を増やして検討する必要がある.角膜移植後の角膜透明性にかかわる重要な因子として角膜内皮細胞の機能がある.今回の研究では,ジクアホソルNa投与後に視力低下をきたした症例や,拒絶反応や感染症の所見は出現しなかったが,本来ならば,ジクアホソルNa投与前後に全例で測定し比較検討すべきである.しかし,角膜移植後は眼表面が不正のため,非接触型スペキュラマイクロスコープでの角膜内皮の観察が困難であり,全例には実施できていない.同じ機器での角膜厚の測定も,同様に困難であった.症例数が少ないため,現時点で角膜内皮細胞への影響について断言はできないが,角膜内皮細胞密度が測定可能であった症例の平均値は,投与前後でわずかに減少しているものの,角膜厚はむしろ減少している.それらを臨床経過と合わせて判断すると,ジクアホソルNaが角膜移植後の角膜内皮細胞の機能を損傷していた可能性は低いと推察される.以上のことから,角膜移植後には,ヒアルロン酸ナトリウム点眼薬をはじめとする,既存のドライアイ治療薬だけでは十分な角結膜上皮障害が改善しない場合,ジクアホソルNaあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141695 点眼薬の追加を検討して良いと思われる.文献1)木下茂,大園澄江,浜野孝ほか:角膜移植片の知覚回復について.臨眼39:466-467,19852)RaoGN,JohnT,IshidaNetal:Recoveryofcornealsensitivityingraftfollowingpenetratingkeratoplasty.Ophthalmology92:1408-1411,19853)SongXJ,LiDQ,FarleyWetal:Neurturin-deficientmicedevelopdryeyeandkeratoconjunctivitissicca.InvestOphthalmolVisSci44:4223-4229,20034)山田潤,横井則彦,西田幸二ほか:角膜移植後の角膜形状と角膜上皮障害との関連.臨眼49:1769-1771,19955)山田潤,横井則彦,西田幸二ほか:角膜移植後の角膜上皮障害と涙液BreakupTimeの関連.あたらしい眼科13:127-130,19966)七條優子,阪元明日香,中村雅胤:ジクアホソルナトリウムのウサギ結膜組織からのMUC5AC分泌促進作用.あたらしい眼科28:261-265,20117)七條優子,篠宮克彦,勝田修ほか:ジクアホソルナトリウムのウサギ結膜組織からのムチン様糖蛋白質分泌促進作用.あたらしい眼科28:543-548,20118)七條優子,中村雅胤:培養角膜上皮細胞におけるジクアホソルナトリウムの膜結合型ムチン遺伝子の発現促進作用.あたらしい眼科28:425-429,20119)KohS,IkedaC,TakaiYetal:Long-termresultsoftreatmentwithdiquafosolophthalmicsolutionforaqueous-deficientdryeye.JpnJOphthalmol57:440-446,201310)Shimazaki-DenS,IsedaH,GogruMetal:EffectsofdiquafosolsodiumeyedropsontearfilmstabilityinshortBUTtypeofdryeye.Cornea32:1120-1125,201311)島﨑潤,ドライアイ研究会:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,2007***(130)

高浸透圧ストレスを負荷した培養ヒト角膜上皮細胞におけるレバミピドの抗炎症作用

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1687.1691,2014c高浸透圧ストレスを負荷した培養ヒト角膜上皮細胞におけるレバミピドの抗炎症作用中嶋英雄田中直美浦島博樹篠原久司大塚製薬株式会社赤穂研究所Anti-inflammatoryEffectsofRebamipideinHyperosmolar-stressedHumanCornealEpithelialCellsHideoNakashima,NaomiTanaka,HirokiUrashimaandHisashiShinoharaAkoResearchInstitute,OtsukaPharmaceuticalCo.,Ltd.培養ヒト角膜上皮細胞において高浸透圧ストレスによって誘導される炎症性サイトカインの産生ならびにmitogen-activatedproteinkinase(MAPキナーゼ)経路の活性化に対するレバミピドの効果について検討した.細胞をサブコンフルエントまで培養した後,培地から増殖添加剤を除去して以下の検討に用いた.塩化ナトリウムにて調製した400.500mOsMの高浸透圧培地で24時間細胞を培養し,培養上清中の炎症性サイトカイン量をイムノビーズアッセイで測定した.つぎに,1mMまたは2mMレバミピド含有培地で細胞を1時間前処理した後,各濃度のレバミピド存在下で500mOsM培地にて24時間培養した.培養上清中の炎症性サイトカイン量に加えて,炎症性サイトカイン遺伝子の発現量およびMAPキナーゼタンパクのリン酸化レベルをそれぞれリアルタイムRT-PCRおよびイムノビーズアッセイにて評価した.培養上清中のtumornecrosisfactoralpha,monocytechemotacticprotein-1およびinterleukin-7は浸透圧の上昇に依存して増加した.レバミピドはこれらの炎症性サイトカインの産生をタンパクおよび遺伝子レベルで抑制するとともに,高浸透圧ストレスにより亢進されたc-JunN-terminalkinaseおよびp38MAPKのリン酸化を抑制した.レバミピドは,ヒト角膜上皮細胞においてMAPキナーゼ経路の活性化を抑制することにより,高浸透圧ストレス誘導性の炎症性サイトカイン産生を抑制すると考えられた.Thisstudyexaminedtheeffectofrebamipideoninflammatorycytokineproductioninhyperosmolar-stressedhumancornealepithelialcells,andthemechanismbywhichmitogen-activatedprotein(MAP)kinasepathwaysmediatetheactionofrebamipide.Subconfluentcellswereswitchedtogrowthsupplement-freemediumbeforetreatment.Cellswereculturedfor24hoursinthemedium,theosmolarityofwhichwasincreased(400-500mOsM)byaddingNaCl;inflammatorycytokinesreleasedinthemediumwerethenmeasuredusingimmunobeadassay.Next,cellswereculturedfor24hoursin500mOsMmediumwith1mMor2mMrebamipide,whichwaspre-added1hourbeforebeingreplacedwith500mOsMmedium.Then,inadditiontoassessmentofinflammatorycytokinesinthemedium,inflammatorycytokinegeneexpressionandMAPkinasephosphorylationlevelwereassessedusingreal-timeRT-PCRandimmunobeadassay.Tumornecrosisfactoralpha,monocytechemotacticprotein-1andinterleukin-7proteininthemediumincreasedinanosmolarity-dependentmanner.RebamipidesuppressedtheproductionoftheseinflammatorycytokinesatboththeproteinandmRNAlevels,andsuppressedthephosphorylationlevelsofc-JunN-terminalkinaseandp38MAPK,whichwereenhancedbyhyperosmolarity.Theseresultssuggestthatrebamipidesuppresseshyperosmolarity-inducedinflammatorycytokineproductioninhumancornealepithelialcellsviaMAPkinasepathways.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1687.1691,2014〕Keywords:ヒト角膜上皮細胞,高浸透圧ストレス,炎症性サイトカイン,MAPキナーゼ経路,レバミピド.humancornealepithelialcells,hyperosmolarstress,inflammatorycytokines,MAPkinasepathway,rebamipide.〔別刷請求先〕中嶋英雄:〒678-0207兵庫県赤穂市西浜北町1122-73大塚製薬株式会社赤穂研究所Reprintrequests:HideoNakashima,AkoResearchInstitute,OtsukaPharmaceuticalCo.,Ltd.,1122-73Nishihamakita-cho,Akoshi,Hyogo678-0207,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(121)1687 はじめにドライアイはさまざまな要因に起因する涙液および眼表面上皮における慢性疾患である.その発症メカニズムについては,国内では,涙液と角結膜上皮の異常による涙液安定性の低下がコアメカニズムとして存在し,炎症はこれらが悪循環を起こした結果であると考えられている1)のに対して,海外では,涙液の分泌減少/蒸発亢進による浸透圧の上昇ならびにそれに伴う眼表面の炎症がメカニズムの中心にあり,炎症により上皮細胞ならびに腺組織が障害された結果,涙液層の不安定化が引き起こされるという考え方が主流となっている2).ドライアイ治療用点眼剤であるレバミピド点眼液は,眼表面ムチンの増加作用3,4)により涙液を安定化させることで角結膜上皮障害を改善する5).胃炎・胃潰瘍治療剤でもあるレバミピドは胃粘膜組織において抗炎症作用を示すことが知られてきたが,近年,角膜および結膜上皮細胞からの炎症性サイトカイン産生を抑制することが報告されている6,7).本検討では,高浸透圧ストレスを負荷した培養ヒト角膜上皮細胞を用いてレバミピドの抗炎症作用について検討した.I実験方法1.ヒト角膜上皮細胞の培養初代ヒト角膜上皮細胞(HCEC:LifeTechnologies)は増殖添加剤(HumanCornealGrowthSupplement:LifeTechnologies)および抗菌/抗真菌剤(Gentamicin/AmphotericinB:LifeTechnologies)を加えた基礎培地(Epilife:LifeTechnologies,305mOsM)にて培養した.コラーゲンTypeIコート100mmディッシュ(IWAKI)に細胞を播種し,CO2インキュベーター(37℃,5%CO2)内でサブコンフルエントまで培養した後,0.025%トリプシン/EDTA(エチレンジアミン四酢酸)で細胞を.離した.コラーゲンTypeIコート24ウェルプレート(IWAKI)に5×104/ウェルで細胞を播種し,サブコンフルエントまで培養した後に増殖添加剤を除去して以下の検討に用いた.2.高浸透圧ストレスの負荷とレバミピドの添加高浸透圧ストレスがヒト角膜上皮細胞からの炎症性サイトカイン産生に及ぼす影響に関する検討では,増殖添加剤を除去した基礎培地で24時間培養後に高浸透圧培地(400,450または500mOsM;基礎培地に塩化ナトリウムを加えて調製)に交換し,さらに24時間培養した.レバミピドの効果に関する検討では,増殖添加剤を除去した基礎培地で23時間培養後に1mMまたは2mMレバミピドを添加した基礎培地に交換し,その1時間後に同濃度のレバミピドを添加した500mOsM培地に交換した後,さらに24時間培養した.3.培養上清中の炎症性サイトカインタンパクの定量Bio-Plexアッセイシステム(Bio-Rad)を用いたイムノビ1688あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014ーズアッセイ法により培養上清中の炎症性サイトカインタンパク量を評価した.測定サンプルの調製はアッセイキット(ヒトサイトカイン17-Plexパネル)推奨のプロトコールに従って実施し,Bio-Plex200システムを用いて測定した.4.炎症性サイトカイン遺伝子の発現解析PureLinkRNAMiniKit(LifeTechnologies)でtotalRNAを抽出し,PrimeScriptRTreagentKit(タカラバイオ)でcDNAを合成した.SsoFastProbesSupermix(BioRad)およびTaqmanGeneExpressionAssays(tumornecrosisfactoralpha:TNF-a[Hs01113624_g1],monocytechemotacticprotein-1:MCP-1[Hs00234140_m1]interleukin-7:IL-7[Hs00174202_m1],glyceraldehyde(,)3-phosphatedehydrogenase:GAPDH[Hs02758991_g1]:AppliedBiosystems)を用いてPCR(polymerasechainreaction)反応液を調製し,CFX96リアルタイムPCR解析システム(Bio-Rad)にて[95℃30秒→(95℃5秒→60℃10秒)×39サイクル]の反応条件で各遺伝子の発現量を解析した.GAPDH遺伝子を内部標準として比較Ct法により各遺伝子の相対発現比を算出した.5.MAPキナーゼ経路活性化の評価種々の環境ストレスによって活性化されるmitogen-activatedproteinkinase(MAPキナーゼ)経路について,BioPlexアッセイシステムを用いたイムノビーズアッセイ法によりc-JunN-terminalkinase(JNK)およびp38MAPKのリン酸化レベルを指標に評価した.測定サンプルは,細胞から抽出した総タンパクをリン酸化型またはトータルターゲットのJNKあるいはp38MAPKに特異的な抗体ビーズ,ついでビオチン化検出抗体と反応させた後,CellSignalingReagentKitを用いて調製した.Bio-Plex200システムにて各サンプル中のリン酸化型MAPキナーゼタンパク量,ならびにリン酸化型を含むトータルのターゲットMAPキナーゼタンパク量を測定した.トータルターゲットタンパク量でリン酸化型タンパク量を補正してリン酸化レベルを算出した.6.統計解析結果は平均値±標準誤差で示した.SAS(SASInstituteJapan,ver.9.3)を用いて5%を有意水準として解析した.高浸透圧ストレスが炎症性サイトカイン産生に及ぼす影響については,直線回帰分析を行ったが単調増加性を確認できなかったため,基礎培地群に対してDunnett検定(両側)を実施した.レバミピドの効果に関する検討においては,基礎培地群と500mOsM培地(レバミピド非添加)群の比較は対応のないt検定を実施した.500mOsM培地の3群間(レバミピド非添加,1mMレバミピド添加および2mMレバミピド添加)の比較は直線回帰分析にて単調減少性を確認した後,レバミピド非添加群に対するWilliams検定(下側)を実施した.なお,単調減少性が確認できなかった場合は非添加群に(122) 対するDunnett検定(両側)を実施した.II結果1.高浸透圧ストレスによるヒト角膜上皮細胞からの炎症性サイトカイン産生誘導(図1)培養上清中のTNF-a,MCP-1およびIL-7は浸透圧の上昇に依存して増加し,TNF-aおよびIL-7が500mOsM培地群で,MCP-1が450mOsMおよび500mOsM培地群で有意に高値であった(p<0.01).2.炎症性サイトカインタンパクの産生増加に対するレバミピドの抑制効果(図2)500mOsM(レバミピド非添加)培地群のTNF-a,MCP-1およびIL-7はいずれも基礎培地群と比較して有意に高値であった(p<0.01).また,1mMおよび2mMレバミピド添加群では非添加群と比較していずれのサイトカインも有意に低値を示した(TNF-aおよびIL-7:p<0.01,MCP-1:p<0.01).3.炎症性サイトカイン遺伝子の発現増強に対するレバミピドの抑制効果(図3)500mOsM(レバミピド非添加)培地群のTNF-a,MCP-1およびIL-7遺伝子の発現量はいずれも基礎培地群と比較して有意に高値であった(p<0.01).一方,1mMおa$$bよび2mMレバミピド添加群の遺伝子発現量は非添加群と比較していずれのサイトカインも有意に低値を示した(p<0.01).4.MAPキナーゼ経路の活性化に対するレバミピドの抑制作用(図4)500mOsM(レバミピド非添加)培地群ではMAPキナーゼタンパクであるJNKおよびp38MAPKのリン酸化レベルが有意に亢進していた(JNK:p<0.05,p38MAPK:p<0.01).これに対して,1mMおよび2mMレバミピド添加群では非添加群と比較してリン酸化レベルの亢進は抑制される傾向を示し,JNKでは2mMレバミピド添加群にて,また,p38MAPKでは1mMおよび2mMレバミピド添加群にて有意であった(p<0.05).III考按ドライアイはさまざまな要因に起因する涙液および眼表面上皮における慢性疾患であるが,国内と海外を比較した場合,そのコアメカニズムの考え方の違いにより,治療に対するアプローチは大きく異なる.国内では,涙液安定性の低下がドライアイのコアメカニズムであるという考え方のもと,涙液安定性に関与する各因子をターゲットにした複数のドライアイ治療薬が開発され,これらを用いた治療(tearfilmc$$$$18015030$$251501201202090159060106030305000図1高浸透圧ストレスによるヒト角膜上皮細胞からの炎症性サイトカイン産生誘導pg/mLa:TNF-a,b:MCP-1,c:IL-7.各値は6例の平均値±標準誤差を示す.305mOsM,400mOsM,450mOsM,500mOsM.$$p<0.01;Dunnett検定(両側).a##**b##$$c##**4060501520**3062010310000**図2炎症性サイトカインタンパクの産生増加に対するレバミピドの抑制効果40$$91230pg/mLa:TNF-a,b:MCP-1,c:IL-7.各値は4.6例の平均値±標準誤差を示す.305mOsM,500mOsM(レバミピド非添加),500mOsM+1mMレバミピド,500mOsM+2mMレバミピド.##p<0.01;対応のないt検定.**p<0.01;Williams検定(下側):直線回帰分析にて単調減少性を確認した後に実施した.$$p<0.01;Dunnett検定(両側).(123)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141689 Relativeexpressionratioa##**b##**c##**4104**83**36224112000**図3炎症性サイトカイン遺伝子の発現増強に対するレバミピドの抑制効果a:TNF-a,b:MCP-1,c:IL-7.各値は305mOsM群の平均値を1としたときの相対発現比で,グラフは6例の平均値±標準誤差を示す.305mOsM,500mOsM(レバミピド非添加),500mOsM+1mMレバミピド,500mOsM+2mMレバミピド.##p<0.01;対応のないt検定.**p<0.01;Williams検定(下側):直線回帰分析にて単調減少性を確認した後に実施した.abれ,角膜組織においてリンパ管形成を誘導する作用が報告さ3#*3##*れている12).以上のことから,本モデルは涙液浸透圧の上昇Phosphorylated/Totalを模したinvitro炎症モデルとして有用であると考えられ22*た.つぎに,本モデルにおけるTNF-a,MCP-1およびIL-7の産生ならびにMAPキナーゼ経路の活性化に対する11レバミピドの効果を検討した.レバミピドはTNF-a,MCP-1およびIL-7の産生をタンパクおよび遺伝子レベル図4MAPキナーゼ経路の活性化に対するレバミピドの抑制で抑制したのに加え,JNKおよびp38MAPKタンパクのリ00作用a:JNK,b:p38MAPK.各値は305mOsM群の平均値を1としたときの相対値で,グラフは6例の平均値±標準誤差を示す.305mOsM,500mOsM(レバミピド非添加),500mOsM+1mMレバミピド,500mOsM+2mMレバミピド.#p<0.05,##p<0.01;対応のないt検定.*p<0.05;Williams検定(下側):直線回帰分析にて単調減少性を確認した後に実施した.orientedtherapy)が始まっている1).これに対して海外では,涙液浸透圧の上昇に伴う炎症こそがドライアイの本質であるとする考えから抗炎症を切り口とした治療が行われており,免疫抑制剤であるシクロスポリン点眼による治療効果が報告されている8).レバミピド点眼液は眼表面のムチンをターゲットとして開発されたドライアイ治療薬であるが,最近,角膜および結膜上皮細胞において各種刺激による炎症性サイトカイン誘導に対する抑制効果6,7)やアレルギー性結膜炎患者の炎症症状に対する有効性9)が報告されている.そこで今回,高浸透圧ストレスを負荷した培養ヒト角膜上皮細胞を用いてレバミピドの抗炎症作用について検討した.まず,培養液の浸透圧がヒト角膜上皮細胞からの炎症性サイトカイン産生に及ぼす影響について検討したところ,高浸透圧培地群ではTNF-a,MCP-1およびIL-7の産生が亢進した.TNF-aおよびMCP-1はドライアイ患者の涙液中で増加することが報告されており10,11),また,IL-7はT細胞の成熟やホメオスタシスに関与するサイトカインとして知ら1690あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014ン酸化を抑制した.レバミピドは,角膜上皮細胞に対する高浸透圧ストレスによって誘導されるMAPキナーゼ経路の活性化を抑制することにより炎症性サイトカインの産生亢進を抑制したと推察された.現在用いられている涙液浸透圧の測定方法はメニスカス涙液の浸透圧を測定するものである.これまでの報告では,ドライアイ患者における涙液浸透圧の上昇が指摘されている13)一方で,健常人と比較して浸透圧に差はないとする報告14)もあり,涙液浸透圧のドライアイへの関与に対しては賛否両論がある.現時点では角膜表面涙液の浸透圧を直接測定した報告はないものの,高浸透圧の点眼液が眼不快症状および涙液安定性に及ぼす影響を検討したLiuらの報告15)によると,高浸透圧の涙液が眼表面に障害を与える可能性が示唆されている.さらにLiuらは,塩化ナトリウムによる浸透圧の上昇が眼不快症状に影響するのは500mOsM以上であるとしており,この数値は今回の検討でヒト角膜上皮細胞から炎症性サイトカインの誘導が確認された浸透圧と一致する.また,眼表面の炎症性サイトカイン量は自覚症状の重症度と相関するという報告16)もあり,レバミピド点眼液による自覚症状改善効果5)にはレバミピドの有する抗炎症作用が寄与していることが推測された.これらのことから,レバミピド点眼液は,涙液浸透圧の上昇に伴う炎症に起因すると疑われるドライアイに対しても治療の選択肢の一つになりうると考えられた.今回の検討から,レバミピド点眼液は眼表面においてムチ(124) ン産生促進剤としてだけではなく抗炎症作用を有する薬剤としての可能性も示唆されたことから,多因性の眼疾患であるドライアイに対して有用な治療剤であると思われた.文献1)横井則彦,坪田一男:ドライアイのコア・メカニズム─涙液安定性仮説の考え方─.あたらしい眼科29:291-297,20122)Thedefinitionandclassificationofdryeyedisease:reportoftheDefinitionandClassificationSubcommitteeoftheInternationalDryEyeWorkshop(2007).OculSurf5:75-92,20073)RiosJD,ShatosMA,UrashimaHetal:EffectofOPC12759onEGFreceptoractivation,p44/p42MAPKactivity,andsecretioninconjunctivalgobletcells.ExpEyeRes86:629-636,20084)ItohS,ItohK,ShinoharaH:Regulationofhumancornealepithelialmucinsbyrebamipide.CurrEyeRes39:133141,20145)KinoshitaS,OshidenK,AwamuraSetal:Arandomized,multicenterPhase3studycomparing2%Rebamipide(OPC-12759)with0.1%sodiumhyaluronateinthetreatmentofdryeye.Ophthalmology120:1158-1165,20136)TanakaH,FukudaK,IshidaWetal:RebamipideincreasesbarrierfunctionandattenuatesTNFa-inducedbarrierdisruptionandcytokineexpressioninhumancornealepithelialcells.BrJOphthalmol97:912-916,20137)UetaM,SotozonoC,YokoiNetal:RebamipidesuppressesPolyI:C-stimulatedcytokineproductioninhumanconjunctivalepithelialcells.JOculPharmacolTher29:688-693,20138)SchultzC:Safetyandefficacyofcyclosporineinthetreatmentofchronicdryeye.OphthalmolEyeDis24:37-42,20149)UetaM,SotozonoC,KogaAetal:UsefulnessofanewtherapyusingrebamipideeyedropsinpatientswithVKC/AKCrefractorytoconventionalanti-allergictreatments.AllergolInt63:75-81,201410)NaKS,MokJW,KimJYetal:Correlationsbetweentearcytokines,chemokines,andsolublereceptorsandclinicalseverityofdryeyedisease.InvestOphthalmolVisSci53:5443-5450,201211)BoehmN,RiechardtAI,WiegandM:Proinflammatorycytokineprofilingoftearsfromdryeyepatientsbymeansofantibodymicroarrays.InvestOphthalmolVisSci52:7725-7730,201112)IolyevaM,AebischerD,ProulxSTetal:Interleukin-7isproducedbyafferentlymphaticvesselsandsupportslymphaticdrainage.Blood122:2271-2281,201313)LempMA,BronAJ,BaudouinCetal:Tearosmolarityinthediagnosisandmanagementofdryeyedisease.AmJOphthalmol151:792-798,201114)MessmerEM1,BulgenM,KampikA:Hyperosmolarityofthetearfilmindryeyesyndrome.DevOphthalmol45:129-138,201015)LiuH:Alinkbetweentearinstabilityandhyperosmolarityindryeye.InvestOphthalmolVisSci50:3671-3679,200916)ZhangJ,YanX,LiH:Analysisofthecorrelationsofmucins,inflammatorymarkers,andclinicaltestsindryeye.Cornea32:928-932,2013***(125)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141691