特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):929.936,2013特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):929.936,2013涙道閉塞と視機能LacrimalDuctObstructionandQualityofVision井上康*はじめに涙道閉塞による眼脂や流涙は強い不快感の原因となる.涙.鼻腔吻合術や涙管チューブ挿入術が奏効すれば,これらの症状が消失し,高い患者満足度が得られる.同時に自覚的な視力の改善を申告する症例を経験することも多い.点眼液を使用した直後に一時的な霧視が生じることを考えれば,過剰な涙液が視機能を障害することは容易に想像できる.また,読書など近方視時には高い涙液メニスカスが光学特性を悪化させることも納得できる.しかし,一般に涙道閉塞が視機能を障害する疾患であるとの認識は薄く,涙道閉塞と視機能に関する報告も数少ない.近年,波面センサーの眼科領域への導入により,眼高次収差の定量的かつ動的な測定が可能となり,さまざまな涙液動態における眼高次収差の変化について検討が行われている1.4).本稿では,総涙小管閉塞および鼻涙管閉塞の症例に対する涙道内視鏡下涙管チューブ挿入術前後の眼高次収差の変化について提示する.I測定および解析方法眼高次収差の測定は術前と術後に,短焦点高密度波面センサー(トプコン)を用いて10秒間の開瞼の間,連続的に行った.瞳孔径4mmにおける術前後の全高次収差,コマ様収差および球面様収差の平均値,術前後のFluctuationIndex(総高次収差のばらつき),StabilityIndex(総高次収差の傾き)および全高次収差の経時的変化を「安定型」「動揺型」「のこぎり型」「逆のこぎり型」に分類し5),(,)術前後で比(,)較した.図1に(,)各型の典型例を示す.正常例では安定型ないしは動揺型を示すことが多く,のこぎり型はBUT(涙液層破壊時間)短縮型ドライアイに,逆のこぎり型は流涙症に認められることが多いと考えられている6).術後検査は術後4週のチューブ挿入中と術後8週のチューブ抜去後に行った.閉塞部の開放はシース誘導内視鏡下穿破法(sheathguidedendoscopicprobing:SEP)7)を用いて,チューブ挿入はシース誘導チューブ挿入法(sheathguidedintubation:SGI)8)を用いて行った.チューブはポリウレタン製PFカテーテルR(東レ)を使用した.II視力検査Landolt環を用いた視力検査の結果は,両群ともに術前後での有意差を認めなかった(図2)が,自覚的な見え方に関するアンケート調査では,見え方が改善したという回答が総涙小管閉塞群において70.9%,鼻涙管閉塞群において72.4%で得られた(図3).III涙液メニスカス高涙液メニスカス高は,総涙小管閉塞群において術前0.59±0.26mmから術後4週目のチューブ挿入中0.37±0.21mm,チューブ抜去後0.41±0.21mm,鼻涙管閉塞群において術前0.61±0.32mmから術後4週目のチュ*YasushiInoue:井上眼科〔別刷請求先〕井上康:〒706-0011岡山県玉野市宇野1-14-31井上眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(47)929安定型動揺型全高次収差(4mm)y=-0.0007x+0.1200全高次収差(4mm)y=0.0103x+0.6860.50r2=0.05892.00r2=0.03660.400.300.201.601.20高次収差(μm)高次収差(μm)高次収差(μm)高次収差(μm)0.800.100.40001234567891012345678910測定回数測定回数のこぎり型逆のこぎり型全高次収差(4mm)y=0.0351x+0.091全高次収差(4mm)y=-0.0507x+0.7740.50r2=0.8194r2=0.80271.000.400.300.200.800.600.400.100.20012345678910測定回数0123図1眼高次収差連続測定の代表的パターン456測定回数78910LogMAR鼻涙管閉塞群LogMAR総涙小管閉塞群-0.057.9%9.3%64.5%61.6%27.9%27.6%-0.05■:悪化した■:著明に悪化した00.05:著明に改善した■:改善した■:不変-0.25-0.25NS-0.2NS-0.2-0.15-0.15-0.1-0.1術前術後0.1術前術後0.11.2%図2涙管チューブ挿入術前後の視力検査の結果(pairedt-test)鼻涙管閉塞群総涙小管閉塞群(n=79)(n=89)ーブ挿入中0.39±0.26mm,チューブ抜去後0.42±図3見え方に関する術後アンケートの結果0.22mmと有意に低下していた.図4に術前後の涙液メニスカス高の変化を示す.930あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(48)鼻涙管閉塞群(n=79)1.5総涙小管閉塞群(n=89)1.5****涙液メニスカス高(mm)術前チューブチューブ術前チューブチューブ****1.31.31.11.1涙液メニスカス高(mm)0.90.90.70.70.50.50.30.30.10.1-0.1-0.1挿入中抜去後挿入中抜去後図4涙液メニスカス高の変化**:p<0.01,Friedman検定多重比較Scheffe.IV眼高次収差の変化波面センサーを用いた眼高次収差の変化については,全高次収差,コマ様収差および球面様収差の平均値は,両群ともに術前に比べ術後有意に減少していた(図5).全高次収差の経時的変化については,術前には瞬目後にピークを示し,その後徐々に低下する「逆のこぎり型」を総涙小管閉塞群の33.0%に,鼻涙管閉塞群の47.6%に認めた.術後「逆のこぎり型」を示した症例は総涙小管閉塞群の17.0%,鼻涙管閉塞群の18.3%であった.また,術後は「安定型」を示す症例が総涙小管閉塞群では13.6%から25.0%に,鼻涙管閉塞群では7.3%から19.5%に増加していた(図6).眼高次収差のばらつきを示す指標であるFluctuationIndexは両群において術後は有意に低下していた.傾きを示す指標であるStabilityIndexについても鼻涙管閉塞群において術後は有意に低下していた(図7).涙液メニスカス高と涙液メニスカス曲率半径の間には相関があり9),さらに涙液メニスカス曲率半径は涙液貯留量と相関することが報告されている10).したがって,術後の涙液メニスカス高の低下は涙液貯留量の減少を示していると考えられる.涙道閉塞により増加した涙液は瞬目直後に不均一な涙液層を形成し,高い眼高次収差の原因となり,経時的変化のパターンも「逆のこぎり型」を示す症例が多い.涙液貯留量の正常化によって,術後は各高次収差の平均値の減少,経時的変化のパターンの「逆のこぎり型」から「安定型」への移行およびFluctuationIndex,StabilityIndexの低下が得られた.瞬目直後の不均一な涙液層に起因する高い眼高次収差を減少させることで視機能が改善すると考えられる6).V涙液の質と高次収差の変化鼻涙管閉塞群では,術前の涙液に粘液もしくは膿が含まれており,総涙小管閉塞群の涙液と比較して粘性が高いことが推測される.粘度の高いチモロールイオン応答性ゲル化製剤(チモプトールRXE)の正常眼への点眼により,全高次収差および球面様収差が有意に増加することが報告されており11),鼻涙管閉塞群における眼高次収差の変化には涙液の粘性が関与している可能性もある.そこで今回,全症例のうち涙液メニスカス高の低下が(49)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013931************************総涙小管閉塞群(n=89)鼻涙管閉塞群(n=79)0.70.70.60.6RMS(μm)************0.50.5RMS(μm)0.40.40.30.30.20.10Total100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%0.20.10ComalikeSphericallikeTotalComalikeSphericallike:術前■:チューブ■:挿入中チューブ抜去後図5眼高次収差の平均値の変化**:p<0.01,Friedman検定多重比較Scheffe.RMS:rootmeansquare.鼻涙管閉塞群(n=79)総涙小管閉塞群(n=89)100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%:のこぎり型■:安定型■:動揺型■:逆のこぎり型術前術後術前術後図6眼高次収差の連続測定パターンの変化得られた症例を選択し,涙液メニスカス高の減少率と眼高次収差の平均値の減少率について検討してみた.涙液メニスカス高の減少率=(術前涙液メニスカス高.術後涙液メニスカス高)/術前涙液メニスカス高,眼高次収差(平均値)の減少率=(術前高次収差.術後高次収差)/術前高次収差として鼻涙管閉塞群と総涙小管閉塞群を比較検討した.図8に示すように,鼻涙管閉塞群と総涙小管閉塞群の涙液メニスカス高の減少率には有意な差はなかったが,全高次収差の減少率は鼻涙管閉塞群において有意に高かった.涙液量の減少に加えて涙液の質的な改善が高い高次収差減少率につながったと考えられる.932あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(50)0.12鼻涙管閉塞群(n=79)0.10.1*FluctuationIndex0.120.020.020術前チューブチューブ0術前チューブチューブ挿入中抜去後挿入中抜去後総涙小管閉塞群(n=89)***図7aFluctuationIndexの変化*:p<0.05,**:p<0.01,Friedman検定多重比較Scheffe.0.080.08FluctuationIndex0.060.060.040.04鼻涙管閉塞群(n=79)0.0050.005チューブチューブ術前挿入中抜去後00StabilityIndex総涙小管閉塞群(n=89)チューブチューブ術前挿入中抜去後-0.01-0.01NS****-0.015-0.015図7bStabilityIndexの変化**:p<0.01,Friedman検定多重比較Scheffe.StabilityIndex-0.005-0.005VIチューブ抜去前後の比較チューブ抜去後に比べて,チューブ挿入中の涙液メニスカス高は低い傾向があったという報告もあり,チューブ挿入により導涙機能が増強されるのではないかという(51)疑問がある12).実際の臨床でも図9に示すように,涙道閉塞のない流涙症に対して行った涙管チューブ挿入術により,チューブ挿入中のみ流涙症が改善する症例を経験している.チューブにより涙点のアライメントが矯正されることが一つの要因であることは予測されるが,そのあたらしい眼科Vol.30,No.7,2013933(%)涙液メニスカス高の減少率(%)眼高次収差の減少率8080NS7070NS*NS60504030201006050403020100TotalComalikeSphericallike:鼻涙管閉塞群(n=68)■:総涙小管閉塞群(n=73)図8涙液メニスカス高の減少率(左)と眼高次収差(平均値)の減少率(右)(*:p<0.05,t-test)術前術後0.50r2=0.29800.50全高次収差(4mm)y=-0.0092x+0.272全高次収差(4mm)y=0.0009x+0.160r2=0.03770.100.10001234567891012345678910測定回数測定回数図9涙道閉塞のない流涙症に対する涙管チューブ挿入術(症例:76歳,男性,左眼)術前後の涙液メニスカス高(左)と高次収差連続測定パターンの変化(右).934あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(52)高次収差(μm)0.40高次収差(μm)0.400.300.300.200.20(mm)涙液メニスカス高FluctuationIndexFluctuationIndex0.80.0600.7NS0.0500.60.0400.50.40.0300.30.0200.20.0100.10.00.000*:チューブ挿入中(n=141)■:チューブ抜去後(n=141)図10チューブ抜去前後の涙液メニスカス高の比較(左)とFluctuationIndex(右)の比較(*:p<0.05,pairedt-test)他のメカニズムに関しては今のところ不明である.鼻涙管閉塞群と総涙小管閉塞群のすべての症例について,チューブ挿入中とチューブ抜去後の涙液メニスカス高を比較してみた.涙液メニスカス高はチューブ挿入中のほうが低いが,有意な差は得られなかった.しかし,眼高次収差の比較では,FluctuationIndexのみではあるが有意な減少が認められた.これらの変化を図10に示す.もしもチューブが導涙機能を増強しているのであれば,閉塞部の再癒着を防止するためのステントとする従来の捉え方から,導涙機能を増強するためのデバイスとして認識することが必要になってくる.さらには原因不明の流涙症に対する診断的治療として発展する可能性も考えられる.この点は今後の大きな課題である.おわりに白内障手術および屈折矯正手術のみならず多くの眼科手術において,良い術後視力が期待できる時代になってきた.一方で,術後視力には満足しているが,ドライアイも含めた涙液に関わる愁訴を訴える症例が増加してきているようにも感じる.また,薬物療法の領域においてもanti-VEGF(血管内皮増殖因子)の登場により視力の改善を目指した治療が始まってきている.これらにより(53)得られた結果を最大限に生かし,治療に対する満足度を高めるためには涙液量を適正に管理することが必要である.ぜひ涙道領域の情報に興味をもち,日常診療に取り入れていただきたいと願っている.文献1)KohS,MaedaN,KurodaTetal:Effectoftearfilmbreak-uponhigher-orderaberrationsmeasuredwithwavefrontsensor.AmJOphthalmol134:115-117,20022)KohS,MaedaN,HirobaraYetal:Serialmeasurementsofhigher-orderaberrationsafterblinkinginnormalsubjects.InvestOphthalmolVisSci47:3318-3324,20063)KohS,MaedaN,NinomiyaSetal:Paradoxicalincreaseofvisualimpairmentwithpunctualocclusioninapatientwithmilddryeye.JCataractRefractSurg32:689-691,20064)KohS,MaedaN,HirobaraYetal:Serialmeasurementsofhigher-orderaberrationsafterblinkinginpatientswithdryeye.InvestOphthalmolVisSci49:133-138,20085)高静花:涙液と高次収差.あたらしい眼科24:14611466,20076)井上康,下江千恵美:涙道閉塞に対する涙管チューブ挿入術による高次収差の変化.あたらしい眼科27:1709-1713,20107)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,20078)井上康:テフロン製シースでガイドする新しい涙管チュあたらしい眼科Vol.30,No.7,2013935ーブ挿入術.あたらしい眼科25:1131-1133,20089)OguzH,YokoiN,KinoshitaS:Theheightandradiusofthetearmeniscusandmethodsforexaminingtheseparameters.Cornea19:497-500,200010)YokoiN,BronAJ,TiffanyJMetal:Relationshipbetweentearvolumeandtearmeniscuscurvature.ArchOphthalmol122:1265-1269,200411)平岡孝浩:点眼薬と高次収差.あたらしい眼科24:14891495,200712)鈴木亨:光干渉断層計を用いた涙小管閉塞症術前後の涙液メニスカス断面積の測定.臨眼65:641-645,2011936あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(54)