———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.2,2008203私が思うこと●シリーズ⑨(69)山形に赴任して今年で早4年になりました.ようやく山形の気候風土や土地の雰囲気もわかってきて知れば知るほどこの土地が好きになってきました.凍結道路の運転には今でもまったく慣れませんが,四季折々のおいしいフルーツ,そばや漬物が私を楽しませてくれます.患者さんも饒舌ではないものの忍耐強く人間関係を大切にする人々なので,付き合えば付き合うほど味わいのある関係を築くことができます.以前,患者さんと接する時間が長かったときは,患者さんとのやりとりや患者さんの嬉しそうな顔が何よりの喜びでしたが,立場的に患者さんとの距離が開き患者さんの手を取って歩く時間が少なくなった今では,医局員や学生との交流が何よりの楽しみとなってまいりました.ここでは,毎日何となく感じているよもやまの思いを書き連ねてみたく思います.私の尊敬する人々と教育私はこれまで本当に素晴らしい指導者に恵まれてきました.疾患の病態のみならず,患者さん自身,ときには患者さんの立場や人生観までを考えて治療法を選択すること.おごることなく真摯に疾患と向き合うこと.これらのことは言葉で教えられたものではなく,私の尊敬する多くの師匠方がその背中で語ってくださったことばかりです.ある疾患と対峙するとき,私から多大な時間とエネルギーが奪われていきます.自分を見つめなおす時間や体力はもとより,ときには人間的な余裕すらなくなってしまいます.決して楽なものではありませんが,それが臨床であるのだろうと思います.私のこれからの仕事は,こうして教えていただいた臨床医としての姿勢を若い先生たちに伝えていくことだと思っています.わが医局にも,ありがたいことに元気のいい何人かの新人がいます.若いながらも真剣に医師としての将来のことを考えているようです.教えると目を輝かせて聞き,何でも意欲的に行動します.彼らが来て医局に活気があふれ,医局が元気になりました.また,私が疲れたときに元気を与えてくれるのが彼らであり,仕事の楽しみを与えてくれるのも彼らです.彼らと一緒に仕事をできる喜びをしっかりとかみしめ,彼らに与えてもらっているエネルギーに感謝して,わが教室がますます活気あふれる元気な医局になるようにと願っております.私を支えてくれるひとびと仲間,友人仲間は仕事を続けるうえで非常に大きな支えとなってくれます.特にそのなかでも友人は,診療で行き詰ったとき,心の底から愚痴を言いたいとき,思いっきり悔や0910-1810/08/\100/頁/JCLS山本禎子(TeikoYamamoto)山形大学医学部附属病院眼細胞工学講座山形に来て,食べ物やお酒の美味しさにはまり,ダイエットがまったく成功しない今日この頃です.(山本)私の大切なひとびと▲現在の当教室の手術仲間他のメンバーは残念ながら網膜剥離の手術中で一緒に写真に入れられませんでした.———————————————————————-Page2204あたらしい眼科Vol.25,No.2,2008んでいるときになくてはならない存在となってくれます.さらに,私がこれまで経験したことのない症例に遭遇し,その手術を早急に行わなくてはならないときなどに,突然の電話に立腹しないばかりか,まるで自分のことのように経験談や注意点などを的確に短時間で教えてくれる友人のありがたさは,仕事上のみならず人生の宝物といっていいものです.完全に指導者に頼っていたときは,友人のありがたさに真の意味で気がついていなかったのかもしれません.立場が上になるにつれて,独りで悩み,独りで考える機会が増え,どうにもならないときに目の前の霧が晴れるような助言をしてくれる友人や,私のくだらない悩みにも耳を傾け,苦言や賛同を与えてくれる友人は私にとってかけがえのないものです.この場を借りて心からお礼を申し上げます.忘れ得ぬ患者さんたち私がまだ硝子体手術を習い始めた頃,心細さが患者さんにも伝わるのか,それでも患者さんが私を支えてくれた経験は今でも忘れられない思い出となっております.○一人はとても気っ風のいいおばあちゃん.増殖糖尿病網膜症でした.手術への不安(おばあちゃんのではなく私自身の)から,手術前夜まで手術の合併症から術後のうつ伏せ体位が苦しいことをくどくどと話し,さらに私の手術の練習台(今から思えばきっとおばあちゃんはその覚悟ができていたのだろうと思う)になっていただく申し訳なさでいっぱいで,一緒にいるときは必ず手を引いたり背中をなでたり,実の孫のように接していました.さて,手術の当日,手術台上に横たわるおばあちゃんに心のなかで最敬礼をし,いよいよ手術開始.ところが1時間くらい粘ってはみたものの,いよいよ途中でにっちもさっちもいかなくなり指導医の応援を頼むと,手術台上のおばあちゃんからの声.「もう,止めちゃうの?もっと先生独りで頑張りなさいよ」.思わず絶句.私の腕の未熟さも,心細さもすべて知っていて手術台に上がってくれたおばあちゃんでした.私の勉強のために大切な眼を差し出してくれたおばあちゃん.もう,このときから約10年以上の歳月が流れましたが,私のなかではかけがえのない思い出となっております.○もう一人は左官屋のおじいちゃん.再び,やったことのない手術に挑むことになった私.いつものように手術や合併症に関するきわめてくどい説明を終え,挙げ句の果てに,私が本手術に経験が浅いこと,場合によっては慣れた術式に変えることなどを話したところ,「でも,先生はいつかその手術を練習しなければならないんだろ?いつまでもできないってわけにいかないんだろ?だったらおれの眼で練習してみないか?」.後で聞いたところ,孫のように思えて,勉強させてやりたいと思ったと,打ち明けてくれました.思えば,どれもこれも,私が未熟であったために私の心細さや不安がすべて患者さんに伝わってしまったことから出てきた言葉のように思われます.心が寒くなるような医療訴訟が絶えない今日この頃,とかく患者さんと医療スタッフの間の溝が深くなりがちですが,今でも心の持ち方ひとつでこのような温かい患者さんとの関係を築くことができるのだと私は確信しています.○三人目は90歳の山形のおばあさん.私が山形に赴任して間もなく,ぶどう膜炎で定期通院中に見えなくなったといって受診し,たまたま暇だった私が診察したときから付き合いが始まりました.腰は90度に曲がり,顔には90年の歳月がそのまま刻み込まれているおばあさんでしたが,90歳とは思えない頭の回転の速さで,現役時代は学校の先生だったということがうなずける知性のある方でした.娘さんと息子さんが毎月交互に付き添って受診に来るのですが,受診のたびに「ずっと先生が診てね」,「おばあちゃんが人生を全うする日までずっと診ますよ」.この会話が毎回診察のたびに繰り返され,その関係が2年半続いた秋,あれほど正確だった受診予約の日におばあさんの姿が見られませんでした.いやな予感で気になっていたところ,私の外勤先で車椅子で運ばれてきたおばあさんに遭遇.話を聞くと,がんの治療で最近入院したが,私が来ることを聞きつけてやってきたとのこと.「まだまだ,見届けたいものや聞いておきたいものが山ほどあるのにこんな身体になっちゃて…」とはらはら大粒の涙をこぼす小さな皺だらけの顔を見ながら,その枯れ枝のような手を握りしめて思わず私ももらい泣き.しかし,外来に姿を現してくれたのもその日が最後でした.ある日,家族が来院し,おばあさんの遺品を持ってきました.渡された水彩画には,きれいなブドウの絵と私への感謝の言葉がふるえる毛筆で記されてありました.そして,色紙の裏には「91歳の母をこれまでありがとうございました」と家族の言葉が添えられてありました.今でもこの絵は私の仕事部屋を飾ってくれています.(70)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.2,2008205(71)私は,医者になったお陰できらきら輝く宝石のような思い出をたくさん作ることができました.これからもたくさん素敵な思い出をつくり,人生を輝く宝石でいっぱいにしたいと思います.山本子(ていこ・やまもと)1984年杏林大学医学部卒業東京大学医学部眼科入局1985年東京大学医学部眼科助手1990年東京厚生年金病院眼科医長1998年東邦大学佐倉病院眼科講師2004年山形大学医学部付属病院眼細胞工学講座准教授現在に至る☆☆☆新糖尿病眼科学一日一から7年,糖尿病の治療,眼合併症の診,治療の歩にい,の行(東京女子医科大学教授)・山下英俊(山形大学教授)・加藤聡(東京大学講師)本書の初版が出版されて7年余がたった.この間に糖尿病自体の治療や合併症の診断と治療が大きく変遷し進歩した.ことに糖尿病網膜症と糖尿病黄斑浮腫の発症と進展に関与するサイトカインの研究が進展し,病態の解明が大きく前進した.これを踏まえて,発症と進展に関与する薬物療法の可能性を追求する臨床試験が進んでいる.一方で,視機能,ことに視力低下に直接つながる糖尿病黄斑浮腫の治療は,現時点で最も論議が活発な病態となっている.硝子体手術やステロイド薬の投与の適応と効果について,初版が出版された頃に比べると大きく見解が変化している.そして,糖尿病黄斑浮腫の診断に大きな効果を発揮する画像診断装置が普及した.(序文より)〒113-0033東京都文京区本郷2-39-5片岡ビル5F振替00100-5-69315電話(03)3811-0544メディカル葵出版株式会社Ⅰ糖尿病の病態と疫学Ⅱ糖尿病網膜症の病態と診断Ⅲ網膜症の補助診断法Ⅳ糖尿病網膜症の病期分類Ⅴ糖尿病網膜症の治療Ⅵ糖尿病黄斑症Ⅶ糖尿病と白内障Ⅷその他の糖尿病眼合併症Ⅸ網膜症と関連疾患Ⅹ糖尿病網膜症による中途失明糖尿病眼科における看護Ⅸ■内容目次■B5型総224頁写真・図・表多数収載定価9,660円(本体9,200円+税460円)▲私をとりこにする山形の美味しいものたち