性感染症における眼感染症多項目PCR検査(ぶどう膜炎前房水スクリーニング検査)Muliti-plexPCRTestandScreeningofAqueousHumor中野聡子*はじめに感染症診断の基本的な流れには,①病歴や臨床所見から臨床診断をつける.②ターゲットとした病原体を検出可能な検査を組み合わせ,感染部位から得た検体を分配する.③検査結果や治療への反応を総合して,最終的に医師が起炎病原体を診断する.④病原体量がわかる検査で病勢や治療効果を判定する.という段階がある.性感染症では,病歴について患者から正確な情報が得られない場合が多い.梅毒性ぶどう膜炎やヒトT細胞白血病ウイルス1型(humanT-cellleukemiavirustype1:HTLV-1)関連ぶどう膜炎など,特徴的な臨床所見を示さず,腫瘍性を含めた他疾患の除外が必須となる疾患がある.また,眼症状で初診した場合は眼外病変が見逃されやすい一方で,経過中に重篤な全身病変を生じる疾患もある.早期に明確な診断を示さなければ,治療に協力的でない患者が存在する.以上の特徴から,他の眼感染症よりも客観的な病因検査の重要性が高い.I性感染症と眼科検体検査性感染症の病原体のうち,淋菌は塗抹鏡検が有用であるが,温度変化や乾燥に弱く輸送に注意が必要である.ほかにも塗抹鏡検,培養が困難な病原体が多く,他科では血清学的検査や,腟分泌物,子宮頸管擦過物,咽頭拭い液を用いた遺伝子検査が一般化している.日本性感染症学会が編集した「性感染症診断・治療ガイドライン2020」1)が参考になる.ただし,全身検査結果が必ずしも眼病変を反映しているとは限らないため,眼局所の診断には眼科検体を用いることが望ましい.しかし,既存の遺伝子検査は眼科微量検体に対応せず,陰性結果が検体量不足によるものか,真陰性か,明確ではなかった.眼科微量検体に適する病因検査の一つに,マルチプレックスポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreac-tion:PCR)法(複数の蛍光色素で測定するリアルタイムPCR)を用いた多項目PCR検査「DirectStripPCR法」2)があり,核酸抽出不要で,20μlの前房水から9項目の病原体を診断,または除外可能である.II感染性,腫瘍性鑑別のための「前房水スクリーニング検査」ぶどう膜炎診断では,治療が異なる感染性,非感染性(免疫),腫瘍性(仮面症候群)の三つを,まず明確に鑑別する必要がある.非感染性に対するステロイド治療や免疫抑制薬,生物学的製剤は感染を悪化させ,腫瘍性を見逃すと生命予後に影響する.従来から行われている採血(HLA含む),胸部X線写真などの「全身スクリーニング検査」は,サルコイドーシスなどの非感染性の診断には有用であったが,眼局所の感染や腫瘍性病変を発見する力が弱かった.「前房水スクリーニング検査」では,初診時の病原体や炎症に富む前房水(20~150μl)を,臨床所見に基づいて,塗抹鏡検,培養,多項目PCR検査,サイトカイン検査(IL-10,IL-6)3),細胞診などの必要な検査に上*SatokoNakano:大分大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕中野聡子:大分県由布市迫間町医大ケ丘1-1大分大学医学部眼科学講座0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(21)1143手に振り分けて,見逃してはならない眼感染症や腫瘍をまず除外する.サイトカイン検査は60~80μl,他は20μlずつ分配すればよい.いずれも先進医療や保険で実施可能で,従来の全身スクリーニング検査と組み合わせることで,ぶどう膜炎専門医でなくても,感染性,非感染性,腫瘍性が客観的に診断,または除外可能である.特徴的な所見に乏しく,腫瘍性も含めた他疾患の除外を要する性感染症には最適である.ただし,性感染症を生じる患者背景を考えると,費用面や施設面でのハードルがある.2023年現在,梅毒,HTLV-1を含む感染性ぶどう膜炎キットは先進医療から保険適用をめざした医師主導臨床性能試験中で,淋菌,クラミジア,アデノウイルスを含む角結膜炎キットも保険適用を念頭に,先進医療が準備されている.また,これらの先進医療は,従来は基幹病院規模の施設に限定されていたが,先進医療届出要件の緩和が検討されており,近い将来,気軽に実施できるようになることが期待されている.III梅毒,HTLV-1を含む感染性ぶどう膜炎キット1.適応症単純ヘルペスウイルス1型(herpessimplexvirus-1:HSV1)・2型(HSV2),水痘帯状疱疹ウイルス(vari-cellazostervirus:VZV),Epstein-Barrウイルス(Epstein-Barrvirus:EBV),サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV),ヒトヘルペスウイルス6(humanherpesvirus6:HHV6),HTLV-1,梅毒トレポネーマ,トキソプラズマを対象とした多項目PCR検査キット2)の適応症は感染性ぶどう膜炎疑いであリ,眼科微量検体に対応する.性感染症に関連する病原体として,梅毒,HTLV-1が含まれており,海外版ではヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)も含む.結核,トキソカラは,とくに先進国では免疫反応性で,眼内に病原体遺伝子がほぼ存在しないことからキットに含まれず,診断には採血や胸部X線写真といった全身検査が必要である.現行の先進医療は適応症に制約があり,豚脂様角膜後面沈着物,眼圧上昇,網膜壊死病巣を有するヘルペス性ぶどう膜炎とその鑑別疾患が対象である.2.検体眼内液(前房水・硝子体)を用いる.炎症の主座に近い部位の検体が望ましいが,後眼部が主座の病変でも硝子体手術に至らない患者では前房水で代用する.その場合は,陰性結果の解釈は真陰性なのか,採取した検体中に病原体がいないのかという考察を要する.3.前房水採取方法房水ピペット(ニプロ,型番NIP-021)を推奨する.30ゲージ(G)針がついたディスポーザブルシリンジで,シリンジ部分はストロー状の閉鎖腔となっているため,片手操作が可能で,指でつまむ幅で採取量を調整可能である.過剰採取による低眼圧や出血,感染を生じることはきわめてまれで,受診が途切れがちな性感染症患者でも安心して採取できる.1ccシリンジと30G針で代用する場合は,シリンジの押し子をはずして自然吸引にする.浅前房ではない場合は,前房水は20~150μlが採取可能で,臨床診断に基づいて必要な検査に配分する.多項目PCR検査は20μlで十分で,保管は冷凍(-20~-80℃,家庭用で可)である.検査ごとの必要検体量,保管方法を事前に確定させてから採取に臨む.4.硝子体採取方法水晶体などの不純物を含まない,無灌流下で採取した無希釈硝子体が望ましい.眼底が透見できる程度の軽微な出血であれば核酸抽出を省いた直接PCRが可能である.5.検査の実際簡便で,眼科外来でも試薬調製が可能で,小型PCR機器を用いた臨床現場即時検査としとて行われている施設もあり,病因診断に基づいて初診日から治療開始が可能である.①眼内液を採取後,手袋のままピペットで眼内液20μlを取り,PCR反応液に混合し,キットに20μlずつ分注する(用手操作1分)4).②攪拌後,PCR機器にセッティングし,32分程度で結果が判明する.検査部検査では,新型コロナウイルス感染症の検査状況1144あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023(22)図1梅毒性ぶどう膜炎図2CMV感染症を契機にATLと診断されたHTLV-1キャリア細胞診,および血中C7-HRPは陰性であった.HTLV-1キャリアとして,他院血液内科で半年前も全身合併症なく経過観察をされていたが,眼科の診療情報提供後,再検査となり,成人CT細胞白血病(adultCT-cellleukemia:ATL)くすぶり型と診断された.バルガンシクロビル内服は副作用で継続できず,眼病変はガンシクロビル硝子体内注射および点眼(倫理委員会承認済)にて軽快した.C9.HIV感染に伴う日和見感染症(トキソプラズマ,CMV)の検査法としての眼内液多項目PCR検査日和見感染症(トキソプラズマ,CMV)の診断,除外診断は,多項目CPCR検査がもっとも得意とするところである.海外版キットにはCHIVも含むが実検体での検証例はない.トキソプラズマはわが国の成人のC20~30%が不顕性感染で,後天性感染を示唆するCIgM抗体も感染後長期陽性になることもあり,再燃時にも上昇しない.CMVも多くは幼児期に不顕性感染するため,抗体保持率はC70~90%で参考にならない.欧米では感度が高いリアルタイムCPCR法(血漿または血清)が主流であるが,わが国では保険適用がなく,CMV抗原血症検査(C7-HRP法,C10/11法)10)が主流である.両者ともに全身的な病勢や治療経過とは相関する.抗原血症検査のCCMV網膜炎に対する感度はとくに低く,陰転化して内科での抗ウイルス薬治療が終了されても,CMV網膜炎が悪化したり,眼内の病原体コピー数が陰転化しないことがよくある(抗ウイルス薬治療で眼所見が改善した場合は,しばらくは低コピー数でCPCR陽性が続くが,のちに陰転化する).ガンシクロビル硝子体内注射の際に抜いた前房水C5Cμlで,安価に頻回測定できるCCMV単項目CPCRキットがあり,治療効果判定・経過観察に有用である.オーダリング画面上に時系列表示された病原体コピー数と臨床所見をモニタリングし,ガンシクロビル硝子体内注射の回数や濃度を調整することが試みられている.IV淋菌,クラミジア,アデノウイルスを含む角結膜炎キット1.適応症HSV1,VZV,アカントアメーバ,淋菌,クラミジア,アデノウイルスを対象としており,適応症は感染性角結膜炎疑いで,先進医療化が準備されている.RNAウイルスであるエンテロウイルスは検査時間の都合上,キットに含んでいない.性感染症に関連する病原体として,淋菌,クラミジアが含まれている.C2.検査の時期・検体病原体に富む治療前検体が望ましい.アデノウイルス抗原検査陰性の場合や,臨床診断からクラミジアやHSV1が疑われる場合は,初診時にCPCR検査を実施する.または,保管の同意を得て,初診時の結膜拭い液を冷凍保存しておき,後日,診断に苦慮した場合に検査に用いることもある.採取,保管中に環境汚染がないよう,容器外への検体の付着,廃棄時の取り扱いに注意する.なお,さまざまな治療を試してこじれた後は,検査に十分な量の病原体の確保がむずかしくなっているため,検体検査の適応はない.C3.結膜拭い液(結膜擦過物)の採取方法細胞内増殖の病原体では結膜上皮細胞を綿棒でしっかり擦過して検体とする.アデノウイルスの抗原検査(イムノクロマト法)では,ウイルス表面を構成するヘキソン蛋白を涙液から検出できるクイックチェイサーAdeno眼(ロートニッテン)もある.乾燥して固形となった眼脂は検査に適さず,濾胞間のウエットな眼脂や涙液をスワブで十分に吸い取る.スワブは綿棒でもよいが,病原体離れがよいフロックスワブを用いるとよい.塗沫でクラミジア封入体をみつけるのは初心者には困難だが,クラミジア結膜炎は好中球,ウイルス性結膜炎はリンパ球優位である点も鑑別になる.角膜病変を伴う場合は角膜潰瘍部分と正常の「キワ」に病原体が多く存在するため,遺伝子の付着していないディスポーザブルの円刃刀などを用いて角膜細胞を擦過する.(25)あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023C11474.検査の実際ぶどう膜炎キットと検査プロトコルが共通で同時検査可能であるが,別に,PCR反応液の事前加熱(20分)を要する.C5.結果の解釈角結膜炎の臨床では,病原体量の単位はコピー数/検体がよく用いられる.拭い液が倍量とれたとしても,病原体コピー数の幅がC10C2~10C9コピー/検体と幅広いため,病勢判断に大きな影響は与えないためである.角結膜炎キットに含まれるCHSV1やアカントアメーバでは角膜擦過が治療の一環で,病原体コピー数の確認が擦過継続・終了の目安になるる.また,HSV1ではCshed-ding(正常者の微量分泌)もあるため,抗原検査よりも定量性があるリアルタイムCPCRが好ましい.C6.淋菌・クラミジアの鑑別法としての多項目PCR検査新生児膿漏眼の代表としてクラミジア結膜炎,淋菌性結膜炎があり,重複もある11).淋菌は多剤耐性で,セフェム系で治療するため,病因診断をつけることが望ましい.塗抹鏡検が迅速であるが,輸送中に死滅しやすいため,提出方法について検体採取前に検査部と打ち合わせておく.他科には死菌でも検出できるCPCR検査を含む核酸増幅法(例:APTIMACCombo2クラミジア/ゴノレア,ホロジックジャパン)が多数存在し,子宮頸管擦過物,男性尿道擦過物,咽頭擦過物などが対象である.結膜炎では得られる検体量は多いため,眼科微量検体に特化しない従来型検査でも比較的陽性が出やすい.C7.アデノウイルス・クラミジア・HSV1の鑑別法としての多項目PCR検査急性濾胞性結膜炎を呈する病原体として,アデノウイルス・クラミジア・HSV1がある.アデノウイルスと比較して,クラミジアは粘液膿性眼脂で,濾胞が大型・充実性,癒合するが11),初期は鑑別がむずかしい.HSV1も眼瞼ヘルペスや角結膜上皮病巣を伴わない場合は鑑別がむずかしい.アデノウイルスは眼科検体を対象とした抗原検査キットが豊富にある.出席停止措置を考えると,少しでも感度・特異度が高いCPCR検査で確定診断したいところであるが,価格は同等でも,検査時間が長いこと(抗原検査約C10分,PCR32分),高コピー数で検査環境が汚染されやすいことから,PCR検査は推奨せず,抗原検査を推奨する.検査のタイミングにもよるが,抗原検査でも高率に検出できる.臨床所見に応じて他の抗原検査を実施することもある.HSVはチェックメイト・ヘルペスアイ(わかもと製薬)が保険適用で,HSV・VZVはデマルクイック(マルホ)が医師主導臨床性能試験として使用可能である.臨床所見から複数病原体の鑑別が必要であれば,抗原検査よりも初診時に多項目CPCR検査を実施することが,検体量の面からは効率的である.クラミジアは不妊症などの重篤かつサイレントな全身合併症を伴うことを考えると,結膜炎としては軽微でも,病因診断をつけて全身治療に誘導することは眼科医の責務である.ただし,患者背景として再来が期待できない場合もあり,当日結果が得られない施設では,重要な結果が出た場合は電話連絡することなどをあらかじめ伝えておく.CV先進医療2023年現在,眼感染症多項目CPCR検査のうち,感染性ぶどう膜炎(おもにヘルペスウイルス性ぶどう膜炎),感染性眼内炎(おもに急性細菌性眼内炎)は,先進医療として実施可能である.感染性角結膜炎に対するキットも,先進医療症例集積が開始されている.先進医療は届出施設限定で,届出後約C1カ月で承認される.新型コロナウイルス感染症のために普及したCPCR機器の活用法が全国で模索されており,眼感染症CPCR検査導入の好機である.倫理審査も一括審査になって簡便になった.①院内にリアルタイムCPCR機器,またはマルチプレックスCPCR機器があること,②検査部が月数件,用手操作C1分の眼感染症を受けてくれること,このC2点だけ確認できれば,大分大学にて導入支援を実施している.ホームページ上に検査部への説明資料や動画も公開されており,検査部や医事課などへの説明もCweb上で実施されている.先進医療では,検査費用のみが患者自己負担(感染性ぶどう膜炎では平均価格がC2万円台半ば)で,先進医療特約先保険でほぼ全額が給付される.なお,現1148あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023(26)–’C