《第10回日本視野画像学会シンポジウム》あたらしい眼科39(10):1390.1395,2022c傾斜乳頭澤田有国立病院機構あきた病院眼科CTiltedDiskYuSawadaCDepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationAkitaHospitalCはじめに視神経乳頭は本来やや縦長の楕円形をしているが,近視眼では変形し,半月状の傾斜乳頭を呈する.近視眼において傾斜乳頭が発生する機序は,眼球の伸長に伴って視神経乳頭が耳側へ牽引され,乳頭の耳側が平坦化して鼻側が隆起することによると考えられている1).傾斜乳頭では,組織の耳側牽引に伴い,乳頭周囲の網脈絡膜層にずれが生じ,内層のBruch膜が外層の前強膜から耳側へ偏位する.これにより,視神経乳頭の耳側にCBruch膜のないCg-zone乳頭周囲脈絡網膜萎縮が生じ,Bruch膜と前強膜が重なっている部分が半月状の傾斜乳頭として認識されるようになる.CI近視眼緑内障の傾斜乳頭では乳頭耳側辺縁に複数の篩状板欠損が生じている近視眼の傾斜乳頭では,緑内障を生じていなくても,耳側辺縁の篩状板と強膜の間に小さな裂け目が複数生じている(図1)2).篩状板とは,視神経乳頭の奥の強膜に隣接する組織で,多数の穴の開いた,「ふるい(篩)」のような構造をしている3).網膜神経節細胞の軸索は,乳頭に達するとC90°向きを変え,篩状板の孔の中を通過し,視神経を形成して視中枢へと向かう.緑内障眼ではこの篩状板が変形し,その中を通過する軸索が障害されて,対応する部分の視野が障害される.近視眼において,眼軸伸長による視神経乳頭を耳側へ牽引する力が閾値を超えた場合,組織接合の弱い強膜と篩状板の間が解離して亀裂が生じることが考えられる(図1).一般に緑内障眼では,大きな篩状板の孔に,より大きな張力がかかることが知られており,近視眼に緑内障が生じた場合,乳頭耳側の亀裂部分により大きな張力がかかることが考えられる.亀裂周囲の組織は浸食され,亀裂は拡大して篩状板欠損の基準を満たすようになり,欠損部分を通過する軸索は,構造上・機能上のサポートを失って障害される.近視眼緑内障C133眼〔平均眼軸C25.99Cmm,Humphrey視野検査の平均Cmeandeviation(MD)値.10.41CdB〕を調べたところ,そのC90%に少なくとも一つの篩状板部分欠損がみられた(図2)2).1眼における篩状板欠損の数は平均C3.8個で,そのうちC2.8個(73.7%)は視神経乳頭の耳側領域にみられた(図2).一般に,緑内障眼における篩状板欠損は,視神経乳頭の耳下側に,1眼に一つみられることが多いが,これと比較して,乳頭耳側辺縁の複数の篩状板欠損は,近視眼緑内障に特徴的な構造変化といえる.近視眼緑内障における篩状板部分欠損の数は,視神経乳頭の傾斜比とCMD値に相関しており,乳頭傾斜が大きく,また,視野障害が重篤な眼ほど多くの欠損がみられる3).これは,乳頭傾斜の大きい眼はより多くの篩状板欠損を有し,結果的に強い軸索障害と視野障害を生じる可能性があることを示唆している.CII傾斜乳頭における耳側篩状板欠損は近視眼緑内障に多くみられる傍中心暗点に対応している近視眼緑内障では早期から傍中心暗点を生じるケースがあることが知られており,これは,一般に緑内障では中心視野が末期まで保たれるのとは異なっている.これを篩状板欠損という観点からみてみると,近視眼緑内障における乳頭耳側辺縁の篩状板欠損は,耳側網膜の菲薄化と,それに伴う傍中心暗点に対応しているといえる(図3)2).近視眼緑内障を,傍中心暗点のある眼とない眼に分けて比較すると,傍中心暗点のある眼では視神経乳頭の傾斜角が有意に大きく,乳頭耳側セクターにおける篩状板欠損の数が有意に多かった(図3)3).このことは,視神経乳頭の傾斜に伴って乳頭耳側縁に篩状板欠損が生じ,そこを通過する乳頭黄斑線維束が障害さ〔別刷請求先〕澤田有:〒018-1393秋田県由利本荘市岩城内道川字井戸ノ沢C84-40国立病院機構あきた病院眼科Reprintrequests:YuSawada,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationAkitaHospital,84-40Idonosawa,Irojonai-do,YurihonjoCity,Akita018-1393,JAPANC1390(98)図1傾斜乳頭の耳側辺縁における篩状板と強膜の間の亀裂近視眼の傾斜乳頭(Ca~c)では,視神経乳頭の耳側辺縁に小さな裂け目が複数生じている.提示症例はCcpRNFL厚(Cd)と視野(Ce)が正常範囲の,緑内障を生じていない近視眼である.この眼の視神経乳頭をCcに示すラインでCOCTスキャンしてみると,強膜と篩状板の間に小さな亀裂がC5個みられた(Cf~j).近視緑内障眼(n133)性別(male/female)73/60年齢(yrs)52.5±13.4IOP未治療時(mmHg)19.7±5.6最終検査時(mmHg)14.6±3.1等価球面度数(diopter)-6.15±2.31眼軸長(mm)25.99±1.14CCT(μm)524.9±32.0視神経乳頭回旋角(度)4.4±8.8傾斜角(度)1.28±0.26Meandeviation(dB)-10.41±7.85篩状板欠損が一つ以上ある眼の割合(%)90.0一眼における平均の篩状板欠損数3.8±3.0近視眼緑内障(n=133)1眼における平均篩状板欠損数:3.8上方:0.4defects耳側:鼻側:2.8defects0.1defects下方:0.5defects図2近視眼緑内障の対象背景と篩状板部分欠損の視神経乳頭内における位置近視眼緑内障C133眼において,少なくともC1個の篩状板欠損が確認された眼はC90%であった.1眼における平均欠損数はC3.8個で,このうちC2.8個(73.7%)は視神経乳頭の耳側周辺にみられた.(文献C2より改変引用)傍中心暗点(+)傍中心暗点()(n35)(n37)pvalue眼軸長(mm)26.02±1.0825.90±0.950.6168視神経乳頭回旋角(度)5.4±9.30.9±11.90.0713傾斜角(度)9.2±4.37.0±3.10.0083Meandeviation(dB)-5.26±2.95-4.55±2.890.2791篩状板欠損の数3.7±2.52.6±2.00.0252視神経乳頭耳側セクターにある2.9±2.01.7±1.5篩状板欠損の数0.0020図3近視眼緑内障における傍中心暗点とそれに対応する耳側乳頭の篩状板部分欠損この近視眼緑内障症例は,Caに示すような傾斜乳頭を呈し,耳側CcpRNFLの菲薄化とそれに対応する傍中心暗点がみられた.IR画像に示すように,視神経乳頭の耳側・耳上側辺縁には,cpRNFLの菲薄化に一致する部分にC3個の篩状板欠損がみられ(Cbの白い点線),OCT断面像では篩状板と強膜の間の組織欠損がみられた(Cf~h).近視緑内障眼を傍中心暗点のある眼とない眼に分けて比較すると,傍中心暗点のある眼では神経乳頭の傾斜角が有意に大きく,乳頭耳側セクターの篩状板欠損の数が有意に多く,視神経乳頭の傾斜に伴って乳頭耳側縁に篩状板欠損が生じ,乳頭黄斑線維束が障害されて傍中心暗点を生じることを示唆している.(文献C2より改変引用)患者:62歳,男性SE:-3.5D眼軸長:26.07mm眼圧:初診時15.0mmHg,経過観察期間平均14.3mmHgMD-6.98dB,PSD11.65dB2017年図4Oval型篩状板欠損耳側傾斜・下方回旋している視神経乳頭の耳下側縁にみられる楕円形の大きな篩状板欠損で,それに対応する上方の視野欠損を伴っている.提示症例において,眼圧は未治療時C15CmmHg,経過観察期間平均C14.3CmmHgとあまり下降していなかったが,視野障害はC7年間ほとんど進行しなかった.OCTのCIR画像では,視神経乳頭の耳下側縁(白い点線で囲んだ部分)に大きなCoval型の篩状板欠損を認め,OCT断層画像では,その部分に楔状の組織欠損が確認された.cpRNFL厚は,篩状板欠損に接する耳下側で菲薄化しており,上方の視野障害に対応していた.これは,乳頭耳下側縁の篩状板欠損部を通過する軸索が障害され,対応する上方視野障害が生じたことを示唆している.れて傍中心暗点が発生することを示唆している.の視神経乳頭の耳側に,乳頭の拡張によって裂けたような放射状の切れ込みとして観察され,傍中心暗点を伴っているCIII近視眼緑内障のなかには非進行性の緑内障様視野(図5).Oval型は近視眼緑内障のC10.2%に,radial型は3%障害を呈する近視眼が含まれているにみられ,oval型のほうが頻度が高かった.また,眼軸長近視眼緑内障のなかには,眼圧下降の有無にかかわらず進は,oval型で平均C25.9Cmmと必ずしも強度近視でなかった行しないケースがあることが以前より指摘されていた.筆者のに対し,radial型は平均C26.56Cmmと,より近視の強い眼らは同様の近視症例を経験し,その篩状板を光干渉断層計にみられた.これらの眼のC7年間の平均CMDslopeはC.(opticalCcoherencetomography:OCT)を用いて観察した0.05dB/年で,非進行性と考えられた.ところ,視野障害に対応する部分に特徴的な篩状板欠損を見これらの篩状板欠損とそれに対応する視野欠損は,緑内障つけ,それらをその形よりCoval型・radial型と名づけた4).よりも,むしろ近視性視神経乳頭変形に関係する可能性が考Oval型篩状板欠損は,耳側傾斜・下方回旋している近視眼えられた.それは,平均眼圧下降率がC12.9%と,緑内障の視神経乳頭の耳下側縁にみられ,上方の視野欠損を伴ってい進行を停止するには低い割合であったことと,特徴的な近視る(図4).Radial型篩状板欠損は,傾斜の少ないほぼ円形性視神経乳頭変形を呈していたことによる.患者:43歳,女性SE:-6.75D眼軸長:26.59mm眼圧:初診時16.0mmHg,経過観察期間平均14.0mmHg2009非近視眼近視眼図6Oval型篩状板欠損の発症機序(仮説)Oval型篩状板欠損は,耳側傾斜・下方回旋している視神経乳頭の耳下側縁という,これらの近視性乳頭変形によってもっとも大きな張力を受ける部分に生じていたことから,張力が大きくなり限界を超えたときに組織が裂けて生じたと考えられる.篩状板欠損部位は緑内障によって障害される部位と同じであるため,緑内障様の視野障害を生じ,成人となり近視性眼球変形の進Oval型篩状板欠損行が停止すると,視野進行も停止して非進行性となることが考えられる.Oval型篩状板欠損の発生機序は以下のように考えられる(図6).篩状板欠損は,耳側傾斜・下方回旋している視神経乳頭の耳下側縁という,これらの近視性乳頭変形によってもっとも大きな張力を受ける部分に生じていたことから,張力が大きくなって限界を超えたときに組織が裂けて欠損となったと考えられた.篩状板欠損部位は緑内障によって障害される部位と同じであるため,緑内障様の視野障害を生じ,成人となり近視の進行が停止すると,視野進行も停止して非進行性となったと考えられた.近視は緑内障発症の危険因子であるが,進行の危険因子ではないといわれている5).これは,近視眼緑内障と診断されたなかに,近視性視神経乳頭変形によって生じた,非進行性の緑内障様視野障害を呈する眼が含まれており,平均して進行が遅く算定されることが原因の一つである可能性がある.一方で,近視緑内障眼の多くは正常眼圧緑内障であり,もともと進行が遅いことも考えられる.近視と緑内障進行の関係については,前向き研究を含めた今後の研究が必要と思われる.文献1)KimM,ChoungHK,LeeKMetal:LongitudinalchangesofCopticCnerveCheadCandCperipapillaryCstructureCduringCchildhoodCmyopiaCprogressionConOCT:BoramaeCMyopiaCCohortCStudyCReportC1.COphthalmologyC125:1215-1223,C20182)SawadaY,AraieM,IshikawaMetal:MultipletemporallaminacribrosadefectsinmyopiceyeswithglaucomaandCtheirCassociationCwithCvisualC.eldCdefects.COphthalmologyC124:1600-1611,C20173)QuigleyHA,HohmanRM,AddicksEMetal:Morpholog-icCchangesCinCtheClaminaCcribrosaCcorrelatedCwithCneuralClossCinCopen-angleCglaucoma.CAmCJCOphthalmolC95:673-691,C19834)SawadaY,AraieM,KasugaHetal:Focallaminacribro-saCdefectCinCmyopicCeyesCwithCnonprogressiveCglaucoma-tousCvisualC.eldCdefect.CAmCJCOphthalmolC190:34-49,C20185)SohnCSW,CSongCJS,CKeeC:In.uenceCofCtheCextentCofCmyopiaConCtheCprogressionCofCnormal-tensionCglaucoma.CAmJOphthalmolC149:831-838,C2010***