監修=坂本泰二◆シリーズ第175回◆眼科医のための先端医療山下英俊IgG4関連眼疾患高比良雅之(金沢大学眼科)IgG4関連疾患のはじまりIgG4関連疾患は21世紀にわが国で誕生した疾患概念です.2001年にHamanoらは,自己免疫性膵炎の症例のほとんどで血清IgG4が上昇していることを見出し報告しました1).ついで2003年にKamisawaらは,血清IgG4上昇を伴い諸臓器に腫瘤病変を多発する病態をIgG4関連自己免疫疾患の概念として提唱しました2).眼領域では,2004年に初めてYamamotoらによりIgG4関連Mikulicz病の症例群が報告されました3).それに先立つ2000年にTsubotaらは,従来のMikulicz病はSjogren症候群のひとつの亜形であるとする考えを覆し,両者は異なる疾患群であることを提唱していたのですが4),それはこのIgG4関連Mikulicz病という疾患概念の確立によって裏づけられる結果となりました.それ以降,血清IgG4上昇を伴うIgG4染色陽性病変は,腎,肺,大血管,リンパ節などで相次いで報告され,現在知られるIgG4関連疾患の概念が確立されました.IgG4関連眼疾患の諸病変2004年にIgG4関連Mikulicz病が初めて報告され,それ以降の症例の蓄積によって,その病変は涙腺以外にも,三叉神経周囲,外眼筋,血管や視神経の周囲,眼窩脂肪などに及ぶことが明らかになりました.さらに稀なものとしては,強膜など眼球,涙道涙器などの報告もみられます.それらは近年,第1回のIgG4関連疾患国際学会での討議も経て,IgG4関連眼疾患の概念として提唱されました5).また近年,Sogabe6)らは,日本の複数施設においてIgG4関連眼疾患と病理診断された65症例の画像を解析し,その内訳(重複含む)として,涙腺病変88%,三叉神経病変39%,外眼筋腫脹24%,びまん性脂肪病変23%などがみられると報告しました.これら業績の蓄積からも,IgG4関連眼疾患の3大病変は(67)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY涙腺,三叉神経周囲,外眼筋と考えられ,それは最近わが国より提唱されたIgG4関連眼疾患の診断基準7)(後述)にも反映されています.筆者の施設においても,IgG4関連眼疾患と病理診断された症例は,2004年に経験した初めての症例8)から数えて目下30症例を超え,けっして稀な疾患ではありません.リンパ増殖性疾患としてのIgG4関連疾患IgG4関連疾患の眼病変において,もっとも重要な鑑別疾患はリンパ腫です.眼窩でもっとも頻度の多いリンパ腫はMALT(mucosaassociatedlymphoidtissue)リンパ腫ですが,ホルマリン固定の病理標本では,ときに良性のリンパ過形成との鑑別が困難です.したがって,生検の際には生標本を用いたIgH遺伝子再構成などの生化学的検査による補助診断を行うことが重要です.近年の日本各地の18施設から得られた調査によれば9),眼窩のリンパ増殖性疾患1,014例(結膜,眼内の病変は除く)の病理診断の内訳は,MALTリンパ腫(IgG4関連はないか不明)404症例(39.8%),その他のリンパ腫156症例(15.4%),IgG4と関連のない眼窩炎症191症例(18.8%),IgG4関連眼疾患219症例(21.6%),IgG4染色陽性MALTリンパ腫が44症例(4.3%)でした.つまり,眼窩におけるリンパ増殖性疾患のおよそ20%はIgG4関連眼疾患であると推察されます.MALTリンパ腫の中には,IgG4染色陽性となるMALTリンパ腫が存在し,それ以前からも報告されているように,IgG4関連眼疾患を背景にMALTリンパ腫などの低悪性度リンパ腫が発症する可能性があります.同調査ではIgG4関連眼疾患の年齢の中央値は62歳(23~90歳)であり,特筆すべきは20歳未満の症例がなかったことでしょう.IgG4関連眼疾患の男女比は133/130であり,性差はないと考えられます.しかし,涙腺以外の眼窩病変に注目すると,どうも男性に多い傾向があるようです(未発表).ちなみに,涙腺以外のIgG4関連疾患の病変である肝胆膵,肺,腎,大動脈病変などでは,有意に男性に多いことが知られています.IgG4関連眼疾患の診断基準IgG4関連疾患の診断基準については,まずわが国において全体を網羅する包括的診断基準が作成され,2011年に公表されました10).これは全身の諸臓器の基準を満たすべく制定された診断基準であり,眼病変にとあたらしい眼科Vol.32,No.7,2015989表1IgG4関連眼疾患の診断基準(文献7を参照)1)画像検査で涙腺腫大,三叉神経腫大,外眼筋腫大のほか,さまざまな眼組織に腫瘤,腫大,肥厚性病変がみられる.2)病理組織学的に著明なリンパ球と形質細胞の浸潤がみられ,ときに線維化がみられる.しばしば胚中心がみられる.IgG4染色陽性の形質細胞がみられ,その基準はIgG4(+)/IgG(+)細胞比が40%以上,またはIgG4陽性細胞数が強拡大視野内に50個以上,を満たすものとする.3)血清学的に高IgG4血症を認める(>135mg/dl).診断上記の1),2),3)すべてを満たした場合を確定診断群(definite),1)と2)のみを満たした場合を準診断群(probable),1)と3)のみを満たした場合を疑診群(possible)とする.鑑別疾患Sjogren症候群,リンパ腫,サルコイドーシス,Wegener肉芽腫症,甲状腺眼症,特発性眼窩炎症,細菌・真菌感染による涙腺炎や眼窩蜂窩織炎注意MALTリンパ腫はIgG4陽性細胞を含むことがあり,慎重に鑑別する必要がある.って「強拡大視野内のIgG4陽性細胞数10個以上」は甘い病理診断基準です.一方,第1回IgG4関連疾患国際会議での討論を経て2012年に公表されたConsensusStatementonthePathologyofIgG4-RD11)では,臓器別の病理診断基準が制定され,眼窩領域の基準としては「強拡大視野内のIgG4陽性細胞数は100個以上」とされています.その後,IgG4関連疾患に関する厚労科研班会議や日本眼腫瘍学会での議論などを経て,この2015年にIgG4関連眼疾患の診断基準が公表されました7)(表1).そこでは,眼病変の3徴として涙腺腫大,三叉神経腫大,外眼筋腫大が明記され,また強拡大視野内IgG4陽性細胞数基準は50個以上が採用されています.IgG4関連眼疾患の治療IgG4関連疾患の治療の基本はステロイドの全身投与です.多くはプレドニゾロン内服が用いられますが,重症例ではステロイド大量点滴やパルス療法なども考慮されます.多くの症例で初期のステロイド治療には反応しますが,減量にともなう再発が問題となります.欧米ではとくにステロイド抵抗性の症例に対して,抗CD20抗体であるリツキシマブが好んで用いられていますが12),わが国では保険適用がありません.IgG4関連疾患の病変が眼窩に限られるような軽症例では,ステロイドの全身投与を避けた眼局所治療も考慮すべきです.一方で,少数ですが,IgG4関連眼疾患のなかには視神経症を併発し,重篤な視力障害をきたす症例が存在するこ990あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015とにも留意すべきです.目下,IgG4関連眼疾患としての重症度分類とそれに応じた治療指針が検討されています.文献1)HamanoH,KawaS,HoriuchiAetal:HighserumIgG4concentrationsinpatientswithsclerosingpancreatitis.NEnglJMed344:732-738,20012)KamisawaT,FunataN,HayashiYetal:AnewclinicopathologicalentityofIgG4-relatedautoimmunedisease.JGastroenterol38:982-984,20033)YamamotoM,OharaM,SuzukiCetal:ElevatedIgG4concentrationsinserumofpatientswithMikulicz’sdisease.ScandJRheumatol33:432-433,20044)TsubotaK,FujitaH,TsuzakaKetal:Mikulicz’sdiseaseandSjogren’ssyndrome.InvestOphthalmolVisSci41:1666-1673,20005)StoneJH,KhosroshahiA,DeshpandeVetal:IgG4-Relateddisease:recommendationsforthenomenclatureofthisconditionanditsindividualorgansystemmanifestations.ArthritisRheum64:3061-3067,20126)SogabeY,OhshimaK,AzumiAetal:LocationandfrequencyoflesionsinpatientswithIgG4-relatedophthalmicdiseases.GraefesArchClinExpOphthalmol252:531538,20147)GotoH,TakahiraM,AzumiA;JapaneseStudyGroupforIgG4-RelatedOphthalmicDisease:DiagnosticcriteriaforIgG4-relatedophthalmicdisease.JpnJOphthalmol59:1-7,20158)TakahiraM,KawanoM,ZenYetal:IgG4-Relatedchronicsclerosingdacryoadenitis.ArchOphthalmol125:1575-1578,20079)JapanesestudygroupofIgG4-relatedophthalmicdis-ease:AprevalencestudyofIgG4-relatedophthalmicdis(68)easeinJapan.JpnJOphthalmol57:573-579,201310)UmeharaH,OkazakiK,MasakiYetal:ComprehensivediagnosticcriteriaforIgG4-relateddisease(IgG4-RD),2011.ModRheumatol22:21-30,201211)DeshpandeV,ZenY,ChanJKetal:ConsensusstatementonthepathologyofIgG4-relateddisease.ModPathol25:1181-1192,201212)KhosroshahiA,CarruthersMN,DeshpandeVetal:RituximabforthetreatmentofIgG4-relateddisease:lessonsfrom10consecutivepatients.Medicine(Baltimore)91:57-66,2012■「IgG4関連眼疾患」を読んで■近年,日本人のノーベル賞受賞が相次ぎ,わが国のも決して稀なものではないことがわかったことは,そサイエンスレベルは決して低くはないことが理解されの証拠です.るようになりました.しかし,臨床医学分野においてただし,本疾患において産生されるIgG4の役割にはそうではありません.日常的疾患から特殊疾患まついてはよくわかってはおらず,現在のところ,自己で,疾患概念の確立やその診断治療基準を決めるの免疫疾患における組織障害性自己抗体としてIgG4がは,相変わらず米国を中心とした欧米の医師やそのグ産生されるという考え方と,炎症性の刺激に反応してループです.ですから,わが国で確立されたIgG4関IgG4が産生されるという考え方の2つの考えがあり連疾患という概念は,大変すばらしい成果なのです.ます.たとえば,尋常性天疱瘡の抗デスモグレイン抗本疾患の歴史や概念については,本稿でわかりやす体としてIgG4クラスの自己抗体が報告されていますく解説されています.最初は,眼科以外の臓器病変でが,IgG4関連疾患では確立した自己抗体がみつかっ血清IgG4濃度が上昇していることが,日本から報告ていません.IgG4は抗炎症作用をもつので,炎症性されましたが,下垂体,耳下腺,甲状腺,肺などありの刺激に対する反応としてIgG4が産生されるとの考とあらゆる臓器に同様の病変が発見され,全身的な疾え方があります.まだまだ本疾患には,解明されるべ患であると認識されるようになりました.2011年のき点が大いにあるのです.本稿を読んでいる若い眼科IgG4関連疾患包括診断基準も日本から出されたもの医がこのメカニズムを発見すれば,完全に日本で発見です.眼科領域でも,わが国の医師が中心になって病された疾患となります.大いに期待したいところで態の解明を行ってきました.執筆者の高比良先生や坪す.田先生方の大きな貢献により,この疾患が眼科領域で鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆(69)あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015991