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眼科医のための先端医療 175.IgG4関連眼疾患

2015年7月31日 金曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第175回◆眼科医のための先端医療山下英俊IgG4関連眼疾患高比良雅之(金沢大学眼科)IgG4関連疾患のはじまりIgG4関連疾患は21世紀にわが国で誕生した疾患概念です.2001年にHamanoらは,自己免疫性膵炎の症例のほとんどで血清IgG4が上昇していることを見出し報告しました1).ついで2003年にKamisawaらは,血清IgG4上昇を伴い諸臓器に腫瘤病変を多発する病態をIgG4関連自己免疫疾患の概念として提唱しました2).眼領域では,2004年に初めてYamamotoらによりIgG4関連Mikulicz病の症例群が報告されました3).それに先立つ2000年にTsubotaらは,従来のMikulicz病はSjogren症候群のひとつの亜形であるとする考えを覆し,両者は異なる疾患群であることを提唱していたのですが4),それはこのIgG4関連Mikulicz病という疾患概念の確立によって裏づけられる結果となりました.それ以降,血清IgG4上昇を伴うIgG4染色陽性病変は,腎,肺,大血管,リンパ節などで相次いで報告され,現在知られるIgG4関連疾患の概念が確立されました.IgG4関連眼疾患の諸病変2004年にIgG4関連Mikulicz病が初めて報告され,それ以降の症例の蓄積によって,その病変は涙腺以外にも,三叉神経周囲,外眼筋,血管や視神経の周囲,眼窩脂肪などに及ぶことが明らかになりました.さらに稀なものとしては,強膜など眼球,涙道涙器などの報告もみられます.それらは近年,第1回のIgG4関連疾患国際学会での討議も経て,IgG4関連眼疾患の概念として提唱されました5).また近年,Sogabe6)らは,日本の複数施設においてIgG4関連眼疾患と病理診断された65症例の画像を解析し,その内訳(重複含む)として,涙腺病変88%,三叉神経病変39%,外眼筋腫脹24%,びまん性脂肪病変23%などがみられると報告しました.これら業績の蓄積からも,IgG4関連眼疾患の3大病変は(67)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY涙腺,三叉神経周囲,外眼筋と考えられ,それは最近わが国より提唱されたIgG4関連眼疾患の診断基準7)(後述)にも反映されています.筆者の施設においても,IgG4関連眼疾患と病理診断された症例は,2004年に経験した初めての症例8)から数えて目下30症例を超え,けっして稀な疾患ではありません.リンパ増殖性疾患としてのIgG4関連疾患IgG4関連疾患の眼病変において,もっとも重要な鑑別疾患はリンパ腫です.眼窩でもっとも頻度の多いリンパ腫はMALT(mucosaassociatedlymphoidtissue)リンパ腫ですが,ホルマリン固定の病理標本では,ときに良性のリンパ過形成との鑑別が困難です.したがって,生検の際には生標本を用いたIgH遺伝子再構成などの生化学的検査による補助診断を行うことが重要です.近年の日本各地の18施設から得られた調査によれば9),眼窩のリンパ増殖性疾患1,014例(結膜,眼内の病変は除く)の病理診断の内訳は,MALTリンパ腫(IgG4関連はないか不明)404症例(39.8%),その他のリンパ腫156症例(15.4%),IgG4と関連のない眼窩炎症191症例(18.8%),IgG4関連眼疾患219症例(21.6%),IgG4染色陽性MALTリンパ腫が44症例(4.3%)でした.つまり,眼窩におけるリンパ増殖性疾患のおよそ20%はIgG4関連眼疾患であると推察されます.MALTリンパ腫の中には,IgG4染色陽性となるMALTリンパ腫が存在し,それ以前からも報告されているように,IgG4関連眼疾患を背景にMALTリンパ腫などの低悪性度リンパ腫が発症する可能性があります.同調査ではIgG4関連眼疾患の年齢の中央値は62歳(23~90歳)であり,特筆すべきは20歳未満の症例がなかったことでしょう.IgG4関連眼疾患の男女比は133/130であり,性差はないと考えられます.しかし,涙腺以外の眼窩病変に注目すると,どうも男性に多い傾向があるようです(未発表).ちなみに,涙腺以外のIgG4関連疾患の病変である肝胆膵,肺,腎,大動脈病変などでは,有意に男性に多いことが知られています.IgG4関連眼疾患の診断基準IgG4関連疾患の診断基準については,まずわが国において全体を網羅する包括的診断基準が作成され,2011年に公表されました10).これは全身の諸臓器の基準を満たすべく制定された診断基準であり,眼病変にとあたらしい眼科Vol.32,No.7,2015989 表1IgG4関連眼疾患の診断基準(文献7を参照)1)画像検査で涙腺腫大,三叉神経腫大,外眼筋腫大のほか,さまざまな眼組織に腫瘤,腫大,肥厚性病変がみられる.2)病理組織学的に著明なリンパ球と形質細胞の浸潤がみられ,ときに線維化がみられる.しばしば胚中心がみられる.IgG4染色陽性の形質細胞がみられ,その基準はIgG4(+)/IgG(+)細胞比が40%以上,またはIgG4陽性細胞数が強拡大視野内に50個以上,を満たすものとする.3)血清学的に高IgG4血症を認める(>135mg/dl).診断上記の1),2),3)すべてを満たした場合を確定診断群(definite),1)と2)のみを満たした場合を準診断群(probable),1)と3)のみを満たした場合を疑診群(possible)とする.鑑別疾患Sjogren症候群,リンパ腫,サルコイドーシス,Wegener肉芽腫症,甲状腺眼症,特発性眼窩炎症,細菌・真菌感染による涙腺炎や眼窩蜂窩織炎注意MALTリンパ腫はIgG4陽性細胞を含むことがあり,慎重に鑑別する必要がある.って「強拡大視野内のIgG4陽性細胞数10個以上」は甘い病理診断基準です.一方,第1回IgG4関連疾患国際会議での討論を経て2012年に公表されたConsensusStatementonthePathologyofIgG4-RD11)では,臓器別の病理診断基準が制定され,眼窩領域の基準としては「強拡大視野内のIgG4陽性細胞数は100個以上」とされています.その後,IgG4関連疾患に関する厚労科研班会議や日本眼腫瘍学会での議論などを経て,この2015年にIgG4関連眼疾患の診断基準が公表されました7)(表1).そこでは,眼病変の3徴として涙腺腫大,三叉神経腫大,外眼筋腫大が明記され,また強拡大視野内IgG4陽性細胞数基準は50個以上が採用されています.IgG4関連眼疾患の治療IgG4関連疾患の治療の基本はステロイドの全身投与です.多くはプレドニゾロン内服が用いられますが,重症例ではステロイド大量点滴やパルス療法なども考慮されます.多くの症例で初期のステロイド治療には反応しますが,減量にともなう再発が問題となります.欧米ではとくにステロイド抵抗性の症例に対して,抗CD20抗体であるリツキシマブが好んで用いられていますが12),わが国では保険適用がありません.IgG4関連疾患の病変が眼窩に限られるような軽症例では,ステロイドの全身投与を避けた眼局所治療も考慮すべきです.一方で,少数ですが,IgG4関連眼疾患のなかには視神経症を併発し,重篤な視力障害をきたす症例が存在するこ990あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015とにも留意すべきです.目下,IgG4関連眼疾患としての重症度分類とそれに応じた治療指針が検討されています.文献1)HamanoH,KawaS,HoriuchiAetal:HighserumIgG4concentrationsinpatientswithsclerosingpancreatitis.NEnglJMed344:732-738,20012)KamisawaT,FunataN,HayashiYetal:AnewclinicopathologicalentityofIgG4-relatedautoimmunedisease.JGastroenterol38:982-984,20033)YamamotoM,OharaM,SuzukiCetal:ElevatedIgG4concentrationsinserumofpatientswithMikulicz’sdisease.ScandJRheumatol33:432-433,20044)TsubotaK,FujitaH,TsuzakaKetal:Mikulicz’sdiseaseandSjogren’ssyndrome.InvestOphthalmolVisSci41:1666-1673,20005)StoneJH,KhosroshahiA,DeshpandeVetal:IgG4-Relateddisease:recommendationsforthenomenclatureofthisconditionanditsindividualorgansystemmanifestations.ArthritisRheum64:3061-3067,20126)SogabeY,OhshimaK,AzumiAetal:LocationandfrequencyoflesionsinpatientswithIgG4-relatedophthalmicdiseases.GraefesArchClinExpOphthalmol252:531538,20147)GotoH,TakahiraM,AzumiA;JapaneseStudyGroupforIgG4-RelatedOphthalmicDisease:DiagnosticcriteriaforIgG4-relatedophthalmicdisease.JpnJOphthalmol59:1-7,20158)TakahiraM,KawanoM,ZenYetal:IgG4-Relatedchronicsclerosingdacryoadenitis.ArchOphthalmol125:1575-1578,20079)JapanesestudygroupofIgG4-relatedophthalmicdis-ease:AprevalencestudyofIgG4-relatedophthalmicdis(68) easeinJapan.JpnJOphthalmol57:573-579,201310)UmeharaH,OkazakiK,MasakiYetal:ComprehensivediagnosticcriteriaforIgG4-relateddisease(IgG4-RD),2011.ModRheumatol22:21-30,201211)DeshpandeV,ZenY,ChanJKetal:ConsensusstatementonthepathologyofIgG4-relateddisease.ModPathol25:1181-1192,201212)KhosroshahiA,CarruthersMN,DeshpandeVetal:RituximabforthetreatmentofIgG4-relateddisease:lessonsfrom10consecutivepatients.Medicine(Baltimore)91:57-66,2012■「IgG4関連眼疾患」を読んで■近年,日本人のノーベル賞受賞が相次ぎ,わが国のも決して稀なものではないことがわかったことは,そサイエンスレベルは決して低くはないことが理解されの証拠です.るようになりました.しかし,臨床医学分野においてただし,本疾患において産生されるIgG4の役割にはそうではありません.日常的疾患から特殊疾患まついてはよくわかってはおらず,現在のところ,自己で,疾患概念の確立やその診断治療基準を決めるの免疫疾患における組織障害性自己抗体としてIgG4がは,相変わらず米国を中心とした欧米の医師やそのグ産生されるという考え方と,炎症性の刺激に反応してループです.ですから,わが国で確立されたIgG4関IgG4が産生されるという考え方の2つの考えがあり連疾患という概念は,大変すばらしい成果なのです.ます.たとえば,尋常性天疱瘡の抗デスモグレイン抗本疾患の歴史や概念については,本稿でわかりやす体としてIgG4クラスの自己抗体が報告されていますく解説されています.最初は,眼科以外の臓器病変でが,IgG4関連疾患では確立した自己抗体がみつかっ血清IgG4濃度が上昇していることが,日本から報告ていません.IgG4は抗炎症作用をもつので,炎症性されましたが,下垂体,耳下腺,甲状腺,肺などありの刺激に対する反応としてIgG4が産生されるとの考とあらゆる臓器に同様の病変が発見され,全身的な疾え方があります.まだまだ本疾患には,解明されるべ患であると認識されるようになりました.2011年のき点が大いにあるのです.本稿を読んでいる若い眼科IgG4関連疾患包括診断基準も日本から出されたもの医がこのメカニズムを発見すれば,完全に日本で発見です.眼科領域でも,わが国の医師が中心になって病された疾患となります.大いに期待したいところで態の解明を行ってきました.執筆者の高比良先生や坪す.田先生方の大きな貢献により,この疾患が眼科領域で鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆(69)あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015991

抗VEGF治療:近視性脈絡膜新生血管の抗VEGF治療-認可薬による治療戦略-

2015年7月31日 金曜日

投与後投与後●連載抗VEGF治療セミナー監修=安川力髙橋寛二18.近視性脈絡膜新生血管の抗VEGF治療佐柳香織大阪大学大学院医学系研究科眼科学講座─認可薬による治療戦略─強度近視は視覚障害の原因疾患の5位であり,なかでも近視性脈絡膜新生血管(myopicchoroidalneovascu-larization:mCNV)は自然経過では高度の視力低下をきたすことが知られている.最近,mCNVに対する抗VEGF治療が保険適用となり,良好な成績を示している.本稿ではmCNVの診断と治療について,基本的な考え方を紹介する.近視性脈絡膜新生血管とは近視性脈絡膜新生血管(myopicchoroidalneovascularization:mCNV)は,強度近視の5~10%に生じるとされ,網膜色素上皮上にCNVが存在する2型CNVを主体とする.多くのmCNVは加齢黄斑変性のCNVより小型であり,中心窩下または傍中心窩下に存在し,少量の網膜下液を伴う.発生の機序は明らかではないが,眼軸長延長に伴うBruch膜の断裂(lacquercracks)や脈絡膜循環障害の関与も示唆されている.自然経過では黒い色素沈着を伴うFuchs斑を経て広範囲に網脈絡膜萎縮を形成し高度の視力障害をきたし,自然退縮は稀である.10年後に96.3%にCNV周囲の脈絡膜萎縮が発投与前図1抗VEGF療法の治療前後63歳,女性.眼底写真で黄斑近傍にCNVを認め,OCTでも隆起性病変を認める.抗VEGF薬を2回投与し,CNVは鎭静化した.OCTでも網膜色素上皮と思われる高輝度のラインでCNVが囲まれているのがわかる.生し,視力が0.1以下になるとの報告もある1).診断には蛍光眼底造影検査と光干渉断層計(opticcoherencetomography:OCT)が重要である(図1).フルオレセイン蛍光造影検査では,2型CNVに特徴的な所見として,初期からCNVが網目状過蛍光を示し,時間の経過とともに蛍光漏出をきたす.インドシアニングリーン蛍光造影検査ではCNV周囲の囲い込み(darkrim)やlacquercracksが観察される.OCTでは網膜色素上皮の断裂とその上にCNVが観察される(図2).通常mCNVは滲出性変化に乏しく,CNV周囲の網膜下液や網膜浮腫は軽度であることが多い.また,網膜色素上皮.離はほとんどみられない.鑑別疾患としては単純出血,特発性脈絡膜新生血管などがあげられる.単純出(65)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20159870910-1810/15/\100/頁/JCOPY bacbac図2抗VEGF療法の経過図1症例の治療前造影検査所見.フルオレセイン蛍光造影(a)では蛍光漏出を伴う過蛍光を認める.インドシアニングリーン蛍光造影(b:初期,c:後期)では初期にはCNVを示す網目状病巣が観察され,後期にはCNV周囲にlacquercracksが観察される.血はBruch膜の断裂に伴う出血でCNVを伴わないものである.造影検査でCNVを示す過蛍光がみられないことや,OCTでCNVを示す隆起性病変がみられないことより鑑別できる.単純出血は自然経過でも良好な視力を得られるため,治療はとくに必要ではない.特発性CNVは若年者に生じるCNVであるが,こちらは強度近視を有しないこと(後部ぶどう腫やlacquercracks形成を有しないことなど)から鑑別できる.特発性CNVに対する抗VEGF治療は保険適用にないので適用外のベバシズマブ(アバスチンR)を用いることが多い.mCNVに対する抗VEGF治療過去には網膜光凝固や黄斑移動術,新生血管抜去術,光線力学的療法が用いられていたが,術後の凝固斑拡大やCNV再発が問題となり現在ではほとんど行われていない.現在の治療の中心は抗VEGF薬の硝子体内注射による薬物治療である.わが国ではラニビズマブ(ルセンティスR)とアフリベルセプト(アイリーアR)が保険適応を受けている.加齢黄斑変性に対する抗VEGF療法と異なり,mCNVでは初回1回のみの注射の後,すぐに維持期(PRN投与)に入る.大規模臨床試験としてRADIANCE試験とMYRROR試験がある.RADIANCE試験(n=277)はmCNVに対するラニビズマブの有効性と安全性を検討した第Ⅲ相,ランダム化,二重遮蔽,多施設共同,実薬対照試験である.現在の標準である1+PRN投与の場合,1年後の平均視力は14.4文字の改善で,sham群と比較し有意な改善を示し,また光線力学的療法用いた群よりも有意に視力改善を得られた.1年間の投与回数(中央値)は2回であった2).MYRROR試験(n=121)はmCNVに対するアイリー988あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015アRの有効性と安全性を検討した第III相,ランダム化,二重遮蔽,多施設共同,実薬対照試験である.アイリーアR投与群(1+PRN)では平均視力は13.5文字の改善が得られ,sham群と比較し有意に視力改善が得られたと報告されている.1年間の投与回数(中央値)は3回であった3).このように抗VEGF療法はmCNVに対し良好な成績を示しているが,長期経過はまだ明らかではない.1度の投与で長期にCNVが鎭静化する症例も存在するが,長期で経過をみると往々にして再発し,再発率は文献により異なるが,2~3年で20~40%と考えられている.また,mCNVの長期視力予後はCNV周囲の萎縮性変化にも影響を受けると考えられるが,抗VEGF療法には萎縮進行を予防させる効果はほとんどないと思われる(実際,加齢黄斑変性でも長期ではCNV周囲の萎縮性変化が問題となっている).今後,萎縮性変化にどのように対応していくかが,mCNV治療の課題であると思われる.文献1)YoshidaT,Ohno-MatsuiK,YasuzumiKetal:Myopicchoroidalneovascularization:a10-yearfollow-up.Ophthalmology110:1297-1305,20032)WolfS,BalciunieneVJ,LaganovskaGetal;RADIANCEStudyGroup:RADIANCE:arandomizedcontrolledstudyofranibizumabinpatientswithchoroidalneovascularizationsecondarytopathologicmyopia.Ophthalmology121:682-692,20143)IkunoY,Ohno-MatsuiK,WongTYetal:Intravitrealafliberceptinjectioninpatientswithmyopicchoroidalneovascularization:TheMYRRORStudy.Ophthalmology122:1220-1227,2015(66)

緑内障:アセタゾラミドの内服・注射による重篤な副作用について

2015年7月31日 金曜日

●連載181緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也181.アセタゾラミドの内服・注射による西野和明医療法人白水会栗原眼科病院(羽生)重篤な副作用について眼科領域におけるアセタゾラミド内服・注射の使用頻度は,緑内障点眼薬の飛躍的な進歩により激減しているが,今もってなお緑内障治療薬の選択肢の一つである.他科においては,近年,同薬注射による急性心不全,肺水腫など重篤な副作用が報告されており,改めて眼科医も再認識する必要があると考えられる.●アセタゾラミド内服・注射の眼科的使用頻度の減少今日,点眼用炭酸脱水酵素阻害薬ドルゾラミド,ブリンゾラミドの開発・使用により,アセタゾラミドの内服・注射の使用は激減した.しかしながら,アセタゾラミドは「緑内障診療ガイドライン第3版」にも治療薬として記載されており1),今もってなお眼科領域における治療薬剤の一つである.とりわけ緑内障手術までの一定期間,あるいは急性緑内障への一時的な対応として,内服などで使用されることは珍しくない.●アセタゾラミド内服・注射による重篤な副作用アセタゾラミドは腎臓の近位尿細管における再吸収を抑制するため,その利尿効果により,古くから緑内障治療薬剤として利用されてきた.しかしながら,本剤の使用目的が眼科的な治療ではあっても,内服・注射である以上,薬剤の効果あるいは副作用が全身に及ぶことを常に念頭に置かなければならない.副作用としては四肢のしびれ感,低カリウム血症などが知られているが,それらは一般的に軽症である.一方,重篤な副作用を起こすことも知られている1~3).アセタゾラミドは他科においては検査用注射薬剤としても用いられているが,2014年6月2日,アセタゾラミド販売元の三和化学研究所が「脳梗塞,もやもや病等の患者に脳循環予備能の検査目的で本剤を静脈内投与した際の重篤な副作用について」を発表した.その報告によれば,1994~2014年の約20年間に急性心不全や肺水腫などの重篤副作用が8件報告され,6件が死の転帰をとったという.その発症時期は1例を除けば注射投与日あるいは翌日で,残り1例も注射後7日とかなり急性の発症であった.それらをうけ日本脳卒中学会,日本脳神(63)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY経外科学会などは「ダイアモックス注射用による重篤な副作用の発生について」という緊急メッセージをインターネット上で発表した.●アセタゾラミド内服による再生不良性貧血:自験例それら心臓・肺疾患などの副作用以外にも,重篤な副作用として再生不良性貧血が知られている.筆者らは,内科にて脊髄小脳変性症の治療のため,約10年の長期にわたりアセタゾラミドを投薬された患者で,両眼に網膜中心静脈閉塞症様の出血を発症した重症再生不良性貧血の症例を経験した(図1a,b).当初,両眼の視神経乳頭にわずかの出血と軟性白斑が認められる図1a右眼底写真網膜中心静脈閉塞症に類似する網膜出血が認められた.あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015985 図1b左眼底写真右眼とほぼ同様な所見が認められた.程度であったが,内科に精査を依頼したところ,アセタゾラミド内服による再生不良性貧血と診断された.その後の内科的な治療にもかかわらず,眼科的な異常所見が認められてから4カ月後には慢性硬膜下血腫を発症,11カ月後に急性肺炎を併発して死亡した.眼科受診前の内科的経過観察では半年に1回の血液検査を実施していたが,最終の血液検査で異常はみられなかったという.つまり本症は眼科への初診からさかのぼり,約半年以内という短い期間で比較的急性に再生不良性貧血を発症したということになる.過去の報告によれば,再生不良性貧血の発症時期は内服を開始してから平均数3カ月であるという2).したがって,少なくとも眼科領域において長期のアセタゾラミド内服が必要とされる場合には,推奨されている半年に1回の血液検査3)では異常が確認されない場合も想定されることから,数カ月に1回程度の血液検査などが妥当と考えられる.●まとめ眼科医にとって高眼圧症の患者の視機能を守るには,アセタゾラミド内服などが避けられない場合がある.しかしながら,他科において同薬注射による重篤な副作用の緊急メッセージが発信されている現在,われわれ眼科医も今一度アセタゾラミドの副作用1)を振り返る良い機会ではないかと考える.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,20122)KeisuM,WiholmBE,OstAetal:Acetazolamide-associatedaplasticanemia.JInternMed228:627-632,19903)ShapiroS,FraunfelderFT:Acetazolamideandaplasticanemia.AmJOphthalmol113:328-330,1992☆☆☆986あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(64)

屈折矯正手術:回旋予防システムによる乱視矯正手術

2015年7月31日 金曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載182大橋裕一坪田一男182.回旋予防システムによる乱視矯正手術玉置正一井上眼科病院屈折度数は座位にて測定されるが,屈折矯正手術は仰臥位にて行われる.そのため,近年のエキシマレーザーには体位の変換で起きる眼球回旋を補正する機能が搭載されているものが多い.NeuroTracksystemは眼球回旋を補正するのではなく,視運動を制御することで眼球回旋を防止して乱視矯正効果を高めている.●はじめに座位から仰臥位に移行すると眼球回旋(cyclotorsion)が起きる場合がある.また,手術時には寝たときの姿勢のゆがみによる眼球回旋があり,眩しさや緊張による眼球回旋も含まれてくるので,手術中には大きな眼球回旋による軸ずれが起こる可能性がある1,2).円柱レンズによる乱視矯正では,約3°軸がずれることにより10%矯正効果が低下し,10°軸がずれることで35%矯正効率が低下する2).したがって,乱視矯正を行う場合にはなるべく軸ずれを少なくするようにしなくてはならない.ほとんどの回旋補正システムは,術前に座位にて測定した虹彩紋理,強膜あるいは輪部,瞳孔径と,手術時の仰臥位でのエキシマレーザー下でのそれとを照合させることで,眼球回旋補正を行っている.ただし現在の回旋補正システムは,術中レーザー照射前のある時点で測定・照合する1回のみの補正となっている.連続して補正しているわけではないため,いったん照射が始まれば,それ以上の調整は不可能であり,照射時間が長いほど軸ずれを起こす可能性が高くなる.●NeuroTracksystemとは視覚情報は眼球を通して網膜へと映される視覚信号より得られるが,このとき,眼球そのものが運動をすることが知られている.この運動は対象物を網膜上にとらえ続けるために起こる運動であり,その眼球運動のひとつに視運動性反応がある.NeuroTracksystemは回旋補正の代わりに空間の合図を使用し,網膜像を安定させる視覚体系の神経反応である視運動(optokinesis)を制御して,眼球回旋そのものを抑制する3)(図1).実際には,まず患者がベッドに横たわった後にクロスラインが表示される.クロスラインに沿って,左右の眼の位置と頭位を補正する.その後,緑色の固視灯を見てもらい,固視灯の周囲にある4つのオレンジ色の点滅灯を確認してもらう.4つのオレンジ色の点滅灯を結ぶと四角形が形成されるので,その中心にある緑色の固視灯を見続けるように指示する(図2).これで水平・垂直の基準線が脳に意識され,視運動がコントロールされることにより眼の位置が安定し,回旋を連続して抑制し最適な眼位を保ち続けることになる.図1視運動性反応を誘発する空間的な合図の異なる程度によるイメージ(Pensell,Sverkersten,Ygge)(文献3より引用)(61)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20159830910-1810/15/\100/頁/JCOPY 図2クロスラインプロジェクターと患者側から見たレーザーヘッド,術者から見た顕微鏡像クロスラインで左右の眼と頭位を調整する.患者には4つのオレンジの点滅灯が形成する四角形の中心の緑色の固視灯を見るよう指示する.顕微鏡像にて患者のNeuroTrackに対する反応を確かめる.緑色の光は四角形の中心になければならない(AlconInc.提供).乱視度数D-3-2.5-2-1.5-1-0.5術前1M3M6MNeuroTrackLASIK-2.48-0.39-0.34-0.05WFLASIK-2.51-0.44-0.50-0.680NeuroTrackLASIKWFLASIK図3自覚乱視度数の経時変化両群とも良好な結果であるが,術後6カ月でNeuroTrackLASIK群の成績が有意に良かった.●臨床成績当院にてNeuroTracksystemを用いてWaveLightREX500エキシマレーザー(Alcon社)で施行したlaserinsitukeratomileusis(以下NeuroTrackLASIK)と,虹彩紋理認証システム(irisregistration)を用いてVISXS4IRRエキシマレーザー(AMO社)で施行したWavefront-guidedLASIK(以下WFLASIK)の術後成績を示す.対象はNeuroTrackLASIK群が2013年3月~2014年3月に施行した16眼,WFLASIK群が2011年11月~2012年4月までに施行した17眼で,いずれも自覚乱視が.2D以上である.術前データは,NeuroTrackLASIK群が球面屈折度数.4.72±1.20D,円柱屈折度数.2.51±0.70DでWFLASIK群が球面屈折度数.5.65±2.34D,円柱屈折度数.2.48±0.46Dであり,統計的に有意差はなかった(p>0.05,Student-t検定).術後6984あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015カ月の裸眼視力は,NeuroTrackLASIK群がlogMAR値で.0.16±0.04,WFLASIK群が.0.05±0.13で,NeuroTrackLASIK群が有意に良かった(0.01<p<0.05,Student-t検定).術後6カ月の自覚乱視度数は,NeuroTrackLASIK群が.0.05±0.04D,WFLASIK群が.0.68±0.53Dで,NeuroTrackLASIK群が有意に良かった(p<0.01,Student-t検定)(図3).●おわりに乱視矯正を施行するにあたって回旋補正を行うことは矯正効率を上げるために重要である.Wavefrontによる矯正治療では10°の軸ずれで,矯正効率が50%に低下するという報告がある4).術中,照明や瞳孔径,opaquebubblelayer(OBL),角膜実質のベッド面の状態などさまざまな理由で回旋補正機能がかからないこともあることを考えると,簡便に使えるNeuroTracksystemは乱視矯正手術に有用である.文献1)今井浩二郎,稗田牧:乱視矯正手術と眼球回旋.IOL&RS20:173-175,20062)SwamiAU,SteinertRF,OsborneWEetal:Rotationalmalpositionduringlaserinsitukeratomileusis.AmJOpthalmol133:561-562,20023)CummingsA:Approachestopreventingcyclotorsion.Cataract&RefractiveSurgeryTodayEurope:1-3,May,20084)GuiraoA,WilliamsDR,CoxIG:Effectofrotationandtranslationontheexpectedbenefitofanidealmethodtocorrecttheeye’shigher-orderaberrations.JOptSocAmAOptImageSciVis18:1003-1015,2001(62)

コンタクトレンズ:コンタクトレンズによる眼障害(その1)

2015年7月31日 金曜日

あたらしい眼科Vol.32,No.7,20159810910-1810/15/\100/頁/JCOPYはじめにコンタクトレンズによる眼障害の発症には多くの発症機序があり,さまざまな原因が関与している.コンタクトレンズの破損やカラーコンタクトレンズの色素露出による眼表面の機械的障害(例:角膜上皮びらん)など単独の発症機序,原因で発症することもあるが,多くの眼障害は複数の発症機序と原因が複雑に関与して発症する.発症原因としては,コンタクトレンズ(製品)自体の問題,コンタクトレンズの経時的な劣化の問題,コンタクトレンズの使用方法,装用方法の問題などの直接的な原因のほかに,定期検査を受けていない,医師の処方を受けていない,不適切な処方,不適切な装用指導,不適切なレンズケア指導などの間接的な原因がある.●発症機序表1は眼障害の発症機序とその結果として生じるおもな眼障害を示した.同じ眼障害でも発症機序は重複することもある.たとえば角膜上皮障害は,酸素不足,ドライアイ,機械的障害などの原因で発症する.それ以外でも,アレルギーによって生じた巨大乳頭結膜炎に合併して機械的障害が生じ,角膜上皮障害が発症することもある.また,角膜上皮障害が存在すると,角膜のバリア機能が破壊され,角膜感染症を誘発する頻度が高くなる.(59)●発症原因わが国では,これまでに多くのコンタクトレンズによる眼障害のアンケート調査が実施されてきた.発症原因に関しては直接的なもの,間接的なものを区別せずに同列に問う調査が多かった.間接的な発症原因にあげられる“医師の処方を受けていない”“定期検査を受けていない”“インターネットでコンタクトレンズを購入”“適切な装用指導を受けていない”などのコンタクトレンズ装用者でも,酸素透過性が高い使い捨てソフトコンタクトレンズを購入し,正しい使い方をして,これまでにまったくコンタクトレンズによる眼障害を経験していない人も中にはいる.その一方で,コンタクトレンズ(製品)自体の欠陥,コンタクトレンズの経時的な劣化,不適切な装用方法などは,コンタクトレンズによる眼障害に直結する.発症原因は直接的なもの(表2)と,間接的なもの(表3)を分けて論じる必要がある.間接的な原因にあげられる要素をもつ人は眼障害が多い傾向にある.コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方はじめの一歩監修/下村嘉一14.コンタクトレンズによる眼障害(その1)糸井素純道玄坂糸井眼科病院提供表1コンタクトレンズによる眼障害の発症機序とおもな眼障害名酸素不足角膜上皮障害,角膜血管新生,角膜内皮細胞障害,角膜浮腫,角膜菲薄化,角膜変形機械的障害角膜上皮障害,結膜上皮障害,角膜変形アレルギー乳頭結膜炎,無菌性角膜浸潤乾燥角膜上皮障害(スマイルマークパターン,点状表層角膜症),糸状角膜炎,瞼裂斑炎,結膜上皮障害感染角膜浸潤,角膜潰瘍,角膜炎,眼内炎,麦粒腫,急性結膜炎表2コンタクトレンズによる眼障害の直接的な原因コンタクトレンズ自体(製品)の問題①低酸素透過性②色素の露出③色素による表面の凹凸④レンズ径が大きい(→タイトフィッティングを招く)⑤ベースカーブがスティープ(→タイトフィッティングを招く)⑥初期破損⑦初期変形コンタクトレンズの経時的な劣化の問題①変形②破損③キズ④汚れ⑤材質劣化コンタクトレンズの使用方法・装用方法の問題①装用時間が長い②連続装用③装用サイクルを守らない④誤った洗浄方法⑤誤った消毒方法⑥誤ったレンズケースの管理あたらしい眼科Vol.32,No.7,20159810910-1810/15/\100/頁/JCOPYはじめにコンタクトレンズによる眼障害の発症には多くの発症機序があり,さまざまな原因が関与している.コンタクトレンズの破損やカラーコンタクトレンズの色素露出による眼表面の機械的障害(例:角膜上皮びらん)など単独の発症機序,原因で発症することもあるが,多くの眼障害は複数の発症機序と原因が複雑に関与して発症する.発症原因としては,コンタクトレンズ(製品)自体の問題,コンタクトレンズの経時的な劣化の問題,コンタクトレンズの使用方法,装用方法の問題などの直接的な原因のほかに,定期検査を受けていない,医師の処方を受けていない,不適切な処方,不適切な装用指導,不適切なレンズケア指導などの間接的な原因がある.●発症機序表1は眼障害の発症機序とその結果として生じるおもな眼障害を示した.同じ眼障害でも発症機序は重複することもある.たとえば角膜上皮障害は,酸素不足,ドライアイ,機械的障害などの原因で発症する.それ以外でも,アレルギーによって生じた巨大乳頭結膜炎に合併して機械的障害が生じ,角膜上皮障害が発症することもある.また,角膜上皮障害が存在すると,角膜のバリア機能が破壊され,角膜感染症を誘発する頻度が高くなる.(59)●発症原因わが国では,これまでに多くのコンタクトレンズによる眼障害のアンケート調査が実施されてきた.発症原因に関しては直接的なもの,間接的なものを区別せずに同列に問う調査が多かった.間接的な発症原因にあげられる“医師の処方を受けていない”“定期検査を受けていない”“インターネットでコンタクトレンズを購入”“適切な装用指導を受けていない”などのコンタクトレンズ装用者でも,酸素透過性が高い使い捨てソフトコンタクトレンズを購入し,正しい使い方をして,これまでにまったくコンタクトレンズによる眼障害を経験していない人も中にはいる.その一方で,コンタクトレンズ(製品)自体の欠陥,コンタクトレンズの経時的な劣化,不適切な装用方法などは,コンタクトレンズによる眼障害に直結する.発症原因は直接的なもの(表2)と,間接的なもの(表3)を分けて論じる必要がある.間接的な原因にあげられる要素をもつ人は眼障害が多い傾向にある.コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方はじめの一歩監修/下村嘉一14.コンタクトレンズによる眼障害(その1)糸井素純道玄坂糸井眼科病院提供表1コンタクトレンズによる眼障害の発症機序とおもな眼障害名酸素不足角膜上皮障害,角膜血管新生,角膜内皮細胞障害,角膜浮腫,角膜菲薄化,角膜変形機械的障害角膜上皮障害,結膜上皮障害,角膜変形アレルギー乳頭結膜炎,無菌性角膜浸潤乾燥角膜上皮障害(スマイルマークパターン,点状表層角膜症),糸状角膜炎,瞼裂斑炎,結膜上皮障害感染角膜浸潤,角膜潰瘍,角膜炎,眼内炎,麦粒腫,急性結膜炎表2コンタクトレンズによる眼障害の直接的な原因コンタクトレンズ自体(製品)の問題①低酸素透過性②色素の露出③色素による表面の凹凸④レンズ径が大きい(→タイトフィッティングを招く)⑤ベースカーブがスティープ(→タイトフィッティングを招く)⑥初期破損⑦初期変形コンタクトレンズの経時的な劣化の問題①変形②破損③キズ④汚れ⑤材質劣化コンタクトレンズの使用方法・装用方法の問題①装用時間が長い②連続装用③装用サイクルを守らない④誤った洗浄方法⑤誤った消毒方法⑥誤ったレンズケースの管理 表3コンタクトレンズによる眼障害の間接的な原因1.医師の処方を受けていない,あるいは,不適切なコンタクトレンズ処方2.定期検査を受けていない3.非対面販売によるコンタクトレンズの購入(インターネット,通信販売など)4.不適切な装用指導5.不適切なレンズケア指導図1慢性酸素不足による角膜上皮障害(カラーコンタクトレンズ装用者)●診断と対応細隙灯顕微鏡で角膜上皮障害(図1)を診断しても,それ以外に,結膜充血,結膜上皮びらん,巨大乳頭結膜炎,角膜変形(図2),角膜内皮細胞障害などの他の病変を伴っていることが少なくない.コンタクトレンズ装用者を診察するときは,上眼瞼を必ず反転して結膜の状態を確認するようにしている.コンタクトレンズによる眼障害を適確に診断し,適切な治療と指導を行うためには,主となる眼障害だけではなく,付随する眼の変化を,可能な限りの方法で把握しなければならない.また,眼の病変だけではなく,コンタクトレンズの性状,フッティング,汚れ,劣化,レンズケアの状況も確認する必要がある.そうでなければ,多くの場合,眼障害の発症機序,発症原因を正確に論じることはむずかしい.図2顕著な角膜変形と角膜の菲薄化(図1と同一症例)982あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015ZS944

写真:翼状片のStocker線

2015年7月31日 金曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦374.翼状片のStocker線新井悠介小幡博人自治医科大学眼科学講座Stocker線Stocker線図2図1のシェーマ図1典型的な翼状片のStocker線(63歳,女性)翼状片の先端部の角膜に黄褐色の鉄の沈着がみられることがあり,Stocker線とよばれる.ab図3Stocker線を伴う翼状片の術前後(77歳,女性)a:術前,先端部にStocker線を認める.b:術中,根気よく沈着物の除去を試みたが,少し残存した.(57)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20159790910-1810/15/\100/頁/JCOPY Stocker線(Stocker’sline)は,翼状片の先端部に認められることがある黄褐色の線状の沈着物である1)(図1).金箔様にみえることもある.本態は鉄の沈着であり,組織学的にはフェリチンが角膜上皮基底細胞層の細胞内外に沈着したものといわれている1).角膜にみられる鉄の沈着線は,総称して角膜鉄線(cornealironline)とよばれ,種々のものが知られている.角膜の下方1/3の部位で水平に走る褐色の色素線であるHudson-Stahli線,円錐角膜のFleischer輪,濾過胞の角膜側にできるFerry線,角膜移植後や角膜屈折矯正手術後に発生する色素線などが,Stocker線と同様に鉄の沈着である.種々の角膜鉄線の発生率を調べた松原2)の報告によると,初診患者3,008人中,男性1,395人中4人(0.3%),女性1,613人中2人(0.1%)にStocker線の発生がみられ,翼状片患者の男性14.8%,女性7.4%にStocker線がみられたと報告している.Hansenら3)は,翼状片39眼中46%でStocker線が認められたと報告している.鉄の由来や沈着の機序については議論が多い.由来としては,涙液,前房水,細胞の破壊,血清などが考えられている1).角膜の形状が不規則になった場所に生じることが多いため,局所的な細胞障害や局所的な涙液の貯留が関係していると考えられているが,正確なメカニズムはわかっていない.Stocker線を伴う翼状片手術の際に,角膜上の翼状片組織を鈍的に.離しても,Stocker線の沈着は角膜側に残る.この沈着は角膜実質にゴルフ刀を立てて,こそぎ落とすように除去するが,なかなか除去できない.除去できた沈着物は金箔のような薄膜状をしている.このような術中所見からは,Stocker線の鉄の沈着は角膜上皮細胞内ではなく,上皮細胞外でBowman層レベルに沈着しているように推測される.完全に除去するには根気を要するが,多少取り残しても視力には影響がないようである(図2a,b).翼状片のStocker線は,進行が停止した翼状片にみられるといわれることがあるが,真偽のほどは不明である.文献1)ChangRI,ChingS:Ironlines.In:Cornea,3rded(KrachmerJH,MannisMJ,HollandEJ),p910-911,Mosby,20112)松原稔:日本人の角膜鉄線発生率.臨眼61:853-858,20073)HansenA,NornM:Astigmatismandsurfacephenomenainpterygium.ActaOphthalmol(Copenh)58:174-181,1980980

ライフスタイル介入アプローチ

2015年7月31日 金曜日

特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):973.978,2015特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):973.978,2015ライフスタイル介入アプローチLifestyleInterventionforDryEye川島素子*はじめにドライアイは不安定な涙液層を特徴とする多因子性の慢性疾患であり,眼表面の損傷を伴うおそれのあるさまざまな症状および視力障害を引き起こす.ドライアイにおける自覚症状には,乾燥,不快感,異物感,痛み,視力障害などがある.ドライアイの有病率は,診断上の定義や研究対象集団によって文献間で異なるが,日本での罹患人口は少なくとも約800万人,通院せずに市販点眼薬を使用している潜在患者も含めれば約2,200万人いると見込まれている罹患率の高い疾患であり,著しくqualityoflife(QOL)を低下させる.近年,高齢化およびVDT(visualdisplayterminal)作業の増加,コンタクトレンズ装用,エアコンの使用などライフスタイルの変化に伴い,有病率は急増している.ドライアイの治療の基本にあげられるのは点眼であるが,環境因子の改善,生活習慣の改善も重要な治療や予防対策となる.たとえば,環境因子の改善として,長時間のVDT作業や運転では,適度の休みを取ることや意識的な瞬目を行うこと,眼表面の保湿を図るために加湿器を用いたり,エアコンの設定を変えたり,市販のドライアイ専用眼鏡を使用したりすることなどは,有効な方法とされている.さらに,近年の研究によりドライアイと関連するライフスタイルが少しずつわかってきており,単なる点眼治療だけではなく,ライフスタイルに対する介入など,予防医学的に介入可能な疾患へと変遷しつつあるので紹介したい(図1).Iドライアイに対するライフスタイル介入2011年にドライアイ研究会が行ったオフィスワーカーを対象としたドライアイ検診(Osakastudy)の結果,さまざまな新しい知見が得られた.たとえば,オフィスワーカーでのドライアイの有病率は65%にものぼること,年齢がリスクファクターになることがわかった1).年齢が高いほうが涙液分泌量が低く,メタボリックシンドローム群では,同年代での非メタボリックシンドローム群と比較して,有意に涙液分泌量が低いことも明らかになった(図2)2).近年,メタボリックシンドロームを含めた多くの加齢に伴う疾患には,生活習慣などの環境因子の影響があることが報告されるようになり,その背景に酸化ストレスの関与があることが認識されるようになっている.ドライアイも,複数のドライアイマウスモデルの実験結果や臨床研究結果により,酸化ストレスが発症および病態形成に大きくかかわっていることが強く支持されるようになってきた.II型糖尿病やメタボリックシンドロームに対する運動・食事療法などのライフスタイル介入アプローチは基本的な治療・予防方法として認知されており,その奏効機序のひとつとして酸化ストレスの抑制が報告されている.1.運動さらに,横断研究結果では,調査票ベースではある*MotokoKawashima:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕川島素子:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(51)973 ライフスタイル介入外科的治療プラグ涙点閉鎖術結膜弛緩症手術など○仕事中の休息・パソコン時間の短縮ブルーライトカット○コンタクトレンズ装用時間短縮○ドライアイ用眼鏡○室内加湿点眼運動食事ごきげん眼局所の改善層別治療(TFOT)環境因子の改善ライフスタイル介入外科的治療プラグ涙点閉鎖術結膜弛緩症手術など○仕事中の休息・パソコン時間の短縮ブルーライトカット○コンタクトレンズ装用時間短縮○ドライアイ用眼鏡○室内加湿点眼運動食事ごきげん眼局所の改善層別治療(TFOT)環境因子の改善図1ドライアイの治療アプローチ概念図(局所と全身)l涙液分泌量(mm)lSchirmer値(Ⅰ法).5mmの発現率(%)p=0.00025.04020.0303515.0252010.0155.01050.0MetSMetS疑非MetS0MetSlMetS疑非MetS(Tukey’sMultipleComparisonTest)(Steel-Dwasstest)図2メタボリックシンドロームにおける涙液量の減少メタボリックシンドローム群では非メタボリックシンドローム群と比較して有意に涙液分泌量がp=0.000p=0.044p=0.009低下している.が,非ドライアイでは運動習慣がドライアイ群に比べて多い(図3)3),運動習慣の多いほうが涙液分泌量が多いことがわかった4).これらのことより,運動はドライアイに対する効果があると予想できる.すでに,動物実験では,運動により全身状態のみならず,涙液分泌が向上することがわかっている5).974あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015また,オフィスワーカーのようなデスクワーク作業には,ドライアイのリスクとして有名なVDT作業以外にも,「セデンタリーライフスタイル(座位の生活)」や「交感神経優位」状態がリスクとして影響しているのではという仮説を筆者は立てている.世界保健機関(WorldHealthOrganization:WHO)では,喫煙や,肥満にな(52) あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015975(53)作業や運転では,適度の休みを取る(眼を休める)」ことは以前より行われているが,その際,休憩の間に「動く」「軽く運動する」ということも重要なポイントになるのではないかと考えている.2.腹式呼吸また,自律神経バランスが崩れて交感神経優位が持続していることがドライアイに悪影響とすると,その介入らんで健康リスクとしてセデンタリーライフスタイルをあげている.座位で長時間仕事をすることにより,交感神経が優位になり,高血圧や糖尿病,癌のリスクが上昇することが報告されている.Osakastudyのサブ解析においても,BUT(tearfilmbreakuptime)が5秒以下(異常)の群では,5秒超の群と比較して1日あたりの座っている時間が有意に長かった,という結果が出ている3).ドライアイに対する指導として「長時間のVDTab**p<0.01**自然呼吸腹式呼吸介入直前介入直後介入15分後介入30分後介入直後介入15分後介入30分後介入直後介入15分後介入30分後(mm)8765432101.61.41.210.80.60.40.20RRI(sec)1.61.41.210.80.60.40.20RRI(sec)図4腹式呼吸による副交感神経の活性化と涙液分泌増加a:R-R間隔の代表例:腹式呼吸実施により,R-R間隔の振幅の増加がみられた.b:涙液量.腹式呼吸実施15分後に,コントロール群と比較して腹式呼吸群では有意に涙液量が増加した.04,000(分/週)2,000ドライアイ確定群(n=50)ドライアイ疑い群(n=230)非ドライアイ群(n=145)p=0.025平均値±SD(Tukeyの多重検定)3,0001,000p=0.408p=0.077METスコア図3運動とドライアイ(ドライアイとMETスコアとの関係)非ドライアイ群では,ドライアイ確定群と比較してMETスコアが有意に高かった.ab**p<0.01**自然呼吸腹式呼吸介入直前介入直後介入15分後介入30分後介入直後介入15分後介入30分後介入直後介入15分後介入30分後(mm)8765432101.61.41.210.80.60.40.20RRI(sec)1.61.41.210.80.60.40.20RRI(sec)図4腹式呼吸による副交感神経の活性化と涙液分泌増加a:R-R間隔の代表例:腹式呼吸実施により,R-R間隔の振幅の増加がみられた.b:涙液量.腹式呼吸実施15分後に,コントロール群と比較して腹式呼吸群では有意に涙液量が増加した.04,000(分/週)2,000ドライアイ確定群(n=50)ドライアイ疑い群(n=230)非ドライアイ群(n=145)p=0.025平均値±SD(Tukeyの多重検定)3,0001,000p=0.408p=0.077METスコア図3運動とドライアイ(ドライアイとMETスコアとの関係)非ドライアイ群では,ドライアイ確定群と比較してMETスコアが有意に高かった. 976あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(54)いことに,うつ病患者におけるオメガ3PUFA値の低下も複数報告されている.オメガ3を豊富に含む魚やナッツ類を食生活習慣として心がけることも有効であろう.現在は,ラクトフェリン,プロバイオティクス,ケルセチンを豊富に含む玉ねぎ,アスタキサンチン含有などの機能性食品がドライアイの改善に効果があることが報告されてきており,食生活面からの介入も重要な手段となってくるであろう.IIうつ病とドライアイの関連性最近のエビデンスにより,うつ病がドライアイ疾患,とくにドライアイ症状と強い関連性があることが示されている.Kimら7)は,地域在住の高齢者を対象に,うつ病とドライアイ疾患の関連性を調べ,うつ病の尺度スコアはドライアイ症状の重症度と相関関係があるが,他覚所見(BUT・Schirmerテストスコア)とは相関関係がないことを明らかにした.Labbeら8)もBeijingEyeStudyにおいて同様の結果を報告している.最近の英国や米国でコホート研究においても,うつ病とドライアイ疾患の強い関連性が示されている9).うつとドライアイの因果関係は明らかではないが,ドライアイと気分状態は互いに影響しあうと考えられている.方法として副交感神経を優位にする,というアプローチが考えられる.副交感神経を活性化する方法としてエビデンスのあるものは,腹式呼吸である.筆者らは,腹式呼吸を3分間行うことにより,副交感神経の活性化とともに涙液分泌量が増加することを報告した(図4)6).これは,道具がいらず簡便に安全に行えるドライアイのセルフケアとして有効である可能性がある.3.喫煙以前より喫煙はドライアイのリスクファクターであることは知られている.喫煙によるドライアイは酸化ストレスと強い関連があることも明らかになっている.喫煙習慣があるドライアイ患者に対しては,禁煙をすすめることもひとつのライフスタイル介入アプローチといえる.4.食事食事習慣に関しては,オメガ3多価不飽和脂肪酸(polyunsaturatedfattyacid:PUFA)の摂取量が多いほうがドライアイが少ないこと,オメガ-6/オメガ-3比の増加はドライアイの罹患率増加に関与するファクターであることが複数報告されている12).ドライアイは一般的に炎症を伴い,オメガ3の抗炎症力はドライアイの自他覚症状の軽減に役立つことが示されている12).興味深p値A:B0.043A:C<0.001A:D0.843B:C0.029B:D0.861C:D0.04907326145A:他覚所見あり&自覚症状なし(n=121)B:他覚所見あり&自覚症状あり(n=344)D:他覚所見なし&自覚症状なし(n=41)C:他覚所見なし&自覚症状あり(n=55)平均値±SDp<0.001(ANOVA)5.15±0.944.87±1.004.47±0.945.00±1.20Tukey多重比較主観的幸福度尺度スコア図5主観的幸福度とドライアイ「ドライアイ他覚所見あり&自覚症状なし」群の主観的幸福度尺度のスコアがもっとも高く,「他覚所見なし&自覚症状あり」群の主観的幸福度尺度のスコアがもっとも低かった.p値A:B0.043A:C<0.001A:D0.843B:C0.029B:D0.861C:D0.04907326145A:他覚所見あり&自覚症状なし(n=121)B:他覚所見あり&自覚症状あり(n=344)D:他覚所見なし&自覚症状なし(n=41)C:他覚所見なし&自覚症状あり(n=55)平均値±SDp<0.001(ANOVA)5.15±0.944.87±1.004.47±0.945.00±1.20Tukey多重比較主観的幸福度尺度スコア図5主観的幸福度とドライアイ「ドライアイ他覚所見あり&自覚症状なし」群の主観的幸福度尺度のスコアがもっとも高く,「他覚所見なし&自覚症状あり」群の主観的幸福度尺度のスコアがもっとも低かった. 喫煙運動VDT作業加齢生活習慣病副交感神経↑(ヨガ・腹式呼吸など)不眠うつ交感神経優位状態の持続不安・イライラ食事(魚)運動不足食生活の乱れ禁煙ごきげん規則正しい生活(睡眠)ドライアイ喫煙運動VDT作業加齢生活習慣病副交感神経↑(ヨガ・腹式呼吸など)不眠うつ交感神経優位状態の持続不安・イライラ食事(魚)運動不足食生活の乱れ禁煙ごきげん規則正しい生活(睡眠)ドライアイ図6ドライアイに対するライフスタイル介入アプローチ -

炎症抑制による治療法

2015年7月31日 金曜日

特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):965.971,2015特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):965.971,2015炎症抑制による治療法TreatmentofDryEyeDiseaseviatheRegulationofInflammation小川葉子*はじめに近年,ドライアイのリスクファクターとして炎症の役割が注目されている.炎症を制御する代表的な薬剤はステロイド剤であり,ついでシクロスポリン,タクロリムスがあげられる.欧米ではドライアイに対する治療の第一選択薬としてシクロスポリン点眼が用いられているが,涙液を層別に診断することが推奨されているわが国の観点からは,より詳細な涙液層別の治療法が推奨されている.近年,臨床応用となったレバミピド点眼に抗炎症効果があるとされている.ジクアホソル点眼にも別のメカニズムで抗炎症効果を担う可能性が見出されている.トラニラスト点眼は薬剤のもつ抗炎症および抗線維化効果により炎症が主体をなす移植片対宿主病(graftversushostdisease:GVHD)によるドライアイに有効であることが示されている.本稿では炎症制御の観点からドライアイの治療法を解説する.Iドライアイを引き起こすリスクファクタードライアイは不快感,視覚障害,涙液層の不安定性,眼表面障害を伴う多因子疾患であり,慢性GVHD(図1)やSjogren症候群(図2)を含む多くの自己免疫疾患に合併することが知られている.わが国では炎症はドライアイのリスクファクターとされている.炎症は広く生体に対する刺激の防御反応とされる.紫外線,酸化ストレス,老化,免疫応答の持続的な刺激から慢性炎症に至るとドライアイが惹起されると考えられる.軽症から重症まで幅広いドライアイのタイプがあるが,自己免疫疾患など全身疾患に伴うようなドライアイは,涙腺,結膜,マイボーム腺を主体とした眼表面組織の免疫応答の破綻により慢性炎症に至り重症型を呈する場合が多い.このような慢性炎症がドライアイの中心的役割をなすタイプのドライアイにはSjogren症候群,Stevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡,慢性GVHDがあげられ,治療に苦慮しているのが現状である.本稿では炎症を主体とする重症ドライアイに対する治療のひとつとして炎症制御をとりあげ,各治療法について作用機序を中心に解説する(表1).IIステロイド剤ドライアイへの抗炎症治療のために,現在用いられている各種ドライアイ点眼治療薬に加えて,低力価ステロイド点眼による加療が日本ドライアイ研究会からTearFilmOrientedTherapy(TFOT)としてで推奨されている(http://www.dryeye.ne.jp/tfot/index.html).スロイド剤は症状に応じて短期治療とし,漸減後中止することが望ましい.Sjogren症候群,慢性GVHDなどの免疫応答の異常が関与するドライアイにはステロイド点眼治療が有効であるが1),全身治療やGVHD予防としてステロイドの全身投与をすでに受けているため,白内障,緑内障などの副作用予防のため,点眼投与量,投与期間は最小限に抑える.全身ステロイド漸減時期にドライアイが発症し*YokoOgawa:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕小川葉子:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(43)965 966あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(44)た場合,眼科的に低力価ステロイド点眼を使用し,可能な限り短期間で免疫抑制薬の点眼にスイッチする.薬剤の治療開始,漸減,中止について内科と眼科の綿密な連携が大切である2).Stevens-Johnson症候群によるドライアイはステロイド全身投与により治療するが,発症早期から眼局所にべタメサゾン眼軟膏を抗菌薬眼軟膏とともに1日4回眼表面に点入することが推奨されている.ステロイドには免疫抑制作用と抗炎症作用の二面性がある.サイトカインの産生抑制やアラキドン酸代謝にかかわる酵素の発現抑制によりプロスタグランジン(PG)産生を抑制する3).細胞膜にあるリン脂質がアラキドン酸になるときのホスホリパーゼA2に作用するため,ロ図1GVHDのドライアイの涙腺組織像ヘマトキシリンエオジン染色所見.中等度の導管周囲に浮腫状の線維化と著しい炎症細胞浸潤を認め,浮腫状線維化(B.図の中央領域)に隣接した高度な線維化部位(B.図の右側領域)が認められる.原倍率A:100倍.B:200倍.AB図2Sjogren症候群によるドライアイの涙腺組織図GreenSpan分類Grade4Sjogren症候群をはじめとした重症ドライアイでは涙腺に著しいリンパ球浸潤が生じ,導管,腺房が破壊される.T細胞,B細胞に加えてマクロファージも重要な役割を担う.原倍率100倍.表1抗炎症効果が期待される既存薬と将来の治療薬既存薬作用ステロイド炎症細胞浸潤抑制,マクロファージの機能抑制,サイトカインやケモカインの産生抑制,プロスタグランジンなどの炎症メディエーターの産生抑制,血管透過性抑制により広範囲な抗炎症作用シクロスポリンT細胞の活性化抑制レバミピドT細胞,単球の活性化抑制,免疫担当細胞,上皮細胞のサイトカイン産生抑制ジクアホソル?涙液サイトカイン,障害関連分子のwashout?タクロリムスT細胞の活性化抑制トラニラストCD4陽性T細胞におけるSTAT1-CXCL9の活性化抑制将来の治療薬作用オメガ3抗炎症効果アンギオテンシンタイプ1受容体阻害薬炎症細胞抑制,線維芽細胞活性化抑制IL-1a受容体阻害薬眼表面炎症抑制IL-6受容体阻害薬自己免疫応答カスケードの抑制DNAase非感染性炎症の抑制図1GVHDのドライアイの涙腺組織像ヘマトキシリンエオジン染色所見.中等度の導管周囲に浮腫状の線維化と著しい炎症細胞浸潤を認め,浮腫状線維化(B.図の中央領域)に隣接した高度な線維化部位(B.図の右側領域)が認められる.原倍率A:100倍.B:200倍.AB図2Sjogren症候群によるドライアイの涙腺組織図GreenSpan分類Grade4Sjogren症候群をはじめとした重症ドライアイでは涙腺に著しいリンパ球浸潤が生じ,導管,腺房が破壊される.T細胞,B細胞に加えてマクロファージも重要な役割を担う.原倍率100倍.表1抗炎症効果が期待される既存薬と将来の治療薬既存薬作用ステロイド炎症細胞浸潤抑制,マクロファージの機能抑制,サイトカインやケモカインの産生抑制,プロスタグランジンなどの炎症メディエーターの産生抑制,血管透過性抑制により広範囲な抗炎症作用シクロスポリンT細胞の活性化抑制レバミピドT細胞,単球の活性化抑制,免疫担当細胞,上皮細胞のサイトカイン産生抑制ジクアホソル?涙液サイトカイン,障害関連分子のwashout?タクロリムスT細胞の活性化抑制トラニラストCD4陽性T細胞におけるSTAT1-CXCL9の活性化抑制将来の治療薬作用オメガ3抗炎症効果アンギオテンシンタイプ1受容体阻害薬炎症細胞抑制,線維芽細胞活性化抑制IL-1a受容体阻害薬眼表面炎症抑制IL-6受容体阻害薬自己免疫応答カスケードの抑制DNAase非感染性炎症の抑制 あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015967(45)期,中止時期の判断などに精通している必要がある.きめ細かく投与量の決定と副作用のチェックが必要なので,患者には投与量と通院時期を遵守していただく.IIIシクロスポリンシクロスポリンは,欧米では抗炎症効果の有効性が認められており,広くドライアイの治療薬として使用されている.しかし,わが国ではドライアイに対しては保険適用となっていない.シクロスポリンはT細胞の細胞質内にあるカルシュニューリンに結合して,サイトカインの産生を抑制する.GVHDにおいては,T細胞による免疫応答がドライアイ発症の中心メカニズムであることが古くから知られている.慢性GVHDによるドライアイでは,T細胞が結膜基底細胞や涙腺上皮の筋上皮細胞を標的にして眼表面の障害をきたす.また,間質では導管や毛細血管の周囲にヘルパーT細胞が活性化して,多様なサイトカインが分泌される.シクロスポリン点眼でT細胞の活性化を抑制することにより,結膜基底細胞が保護され,結膜上皮およびゴブレット細胞結膜の再生をうながし,眼表面上皮障害の改善につながり,有効性が認められている.ムチンの産生の改善が認められる.また,シクロスポリンはT細胞の遊走を制御し,涙腺,眼表面に存在する抗原提示細胞との相互作用によるT細胞の活性化を阻害し,病態を制御する効果がある(図3A~D)5).しかしながら,GVHDによるドライアイに対しては免疫抑制薬治療のみでは病態制御は不十分であり,さらなる特異的な治療法の開発が望まれる.免疫抑制薬のその他の作用としてT細胞はIgEを産生するB細胞の産生を抑制し,マスト細胞が脱顆粒する上流で免疫応答を抑制することができる.線維芽細胞の活性化を抑制し,細胞外器質の産生を抑制する.好酸球の活性化を抑制して,角膜上皮障害を予防するという効果がアレルギー性結膜炎で認められている.IVトラニラストトラニラストはアントラニル酸誘導体で,必須アミノ酸のトリプトファンの免疫抑制異化代謝産物と構造的にも機能的にも相同性があり,広域な免疫抑制作用を示すイコトリエンの産生も阻害し広域の抗炎症効果が期待される.眼科では眼疾患に対してステロイド剤を局所で投与できる特徴があり,高濃度のステロイド剤を病変部に到達させることが可能である.局所で投与された場合も全身投与と同様に,肥満細胞や好酸球,リンパ球などの炎症細胞の浸潤抑制,マクロファージの機能抑制,サイトカインやケモカインなどの産生抑制,PG・ロイコトリエン・ブラジキニン・ヒスタミンなどの炎症メディエーターの産生抑制,血管透過性抑制などにより広範囲の抗炎症作用をもつ.眼科用ステロイド局所外用剤には前眼部疾患に対する点眼,眼軟膏,局所注射がある.徐放剤を含む局所注射には眼瞼結膜下,眼球結膜下,Tenon.下投与がある.眼科用ステロイド局所投与の利点は,病変部に直接届き,全身への副作用が避けられる点であり,全身療法や最新の局所外科的治療の組み合せにより,治療の相乗効果や副作用を避けることが望める.重症ドライアイでは輪部機能不全をきたしている症例の頻度が多く,ときに病態の活動化により角膜の結膜化,結膜組織の線維化,線維性血管膜の増殖が認められる.このような場合に局所注射が有効であると考えられる.前眼部疾患に対する眼科的なステロイド外用剤には点眼薬,眼軟膏,徐放剤を含む局所注射薬(眼瞼結膜下,眼球結膜下投与,Tenon.下投与)があり,疾患や重症度に応じて内服,点滴投与を組み合わせ,それぞれの薬剤を単独または併用して使用する4).ステロイド使用症例では頻繁に眼圧を測定し,眼科的な副作用をチェックする.とくに全身投与との併用時にはさらなる注意が必要である.眼局所投与された薬剤は,点眼後眼表面および鼻涙管の粘膜などから吸収され,全体量の1/10程度のみ移行するとされ,眼局所投与での全身への副作用の懸念は少ないが,長期投与,大量投与は極力さけ,眼所見が軽快した時点で漸減,中止をする.他の最新の治療法との併用で治療の相乗効果が得られた場合や,必要なときのみステロイド局所投与を併用し,角膜組織の瘢痕などの副作用を残さず治癒することがある.ステロイド剤の局所投与,全身療法の適応となる疾患に対してステロイド剤の剤型,濃度,投与開始時期,投与期間,漸減開始時 968あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(46)ている.筆者らの予備的な検討で,トラニラスト点眼は眼慢性GVHDの進行を予防した7).トラニラストは慢性GVHD抑制薬として期待される.トラニラストの作用には抗炎症作用,抗線維化作用および抗上皮間葉転換作用があることが前臨床試験で確認された.現在トラニラスト内服によるGVHD治療効果について臨床登録試験中であり,慢性GVHDドライアイおよび全身治療に対する適応拡大をめざしている.Vジクアホソル近年,わが国で開発されたジクアホソル点眼薬は,P2Y2レセプター作動薬であり,結膜上皮および杯細胞に発現している.ジクアホソルはG蛋白が惹起するホスホリパーゼCとイノシトールの活性化にかかわり,ことが知られている.動物モデルでの間接リウマチやTh1優位CD4陽性T細胞惹起性自己免疫疾患に有効性が示されている.また,トラニラストはCXCL9のリガンドであるSTAT1リン酸化を抑制することによりヒト末梢血におけるT細胞の活性化を抑制することが示されている6).同種骨髄移植では,免疫反応に基づくGVHDによるドライアイが生じ,涙腺,結膜をはじめとした多くの標的臓器に炎症・線維化を中心としたさまざまな組織障害を誘発し,患者のQOL(qualityoflife)を著しく低下させる.活性化免疫細胞から分泌されるサイトカイン,ケモカインなどの液性因子によって,宿主細胞に高度の炎症と線維化が誘発されることが原因のひとつである(図1).トラニラストはすでに抗炎症作用と抗線維化作用により,瘢痕性ケロイドとアレルギー性結膜炎に使用されABCD図3シクロスポリン点眼前後のGVHDドライアイインプレッションサイトロジー所見A,B:PAS染色所見.治療前(A).治療後(B).PAS染色陽性像(紫)を示す結膜杯細胞.C,D:MUC5AC免疫染色所見.治療前(C)治療後(D).MUC5AC陽性像(茶色),.:MUC5AC免疫染色所見..:ムチンピックアップ(ムチンが結膜上皮上に豊富に分泌された所見).シクロスポリン点眼治療開始1カ月後に著明な杯細胞密度の改善と分泌型ムチン(MUC5AC)の産生改善を認める.(Ogawa,Yetal:BoneMarrowTransplant41:293-302,2008より転載)ABCD図3シクロスポリン点眼前後のGVHDドライアイインプレッションサイトロジー所見A,B:PAS染色所見.治療前(A).治療後(B).PAS染色陽性像(紫)を示す結膜杯細胞.C,D:MUC5AC免疫染色所見.治療前(C)治療後(D).MUC5AC陽性像(茶色),.:MUC5AC免疫染色所見..:ムチンピックアップ(ムチンが結膜上皮上に豊富に分泌された所見).シクロスポリン点眼治療開始1カ月後に著明な杯細胞密度の改善と分泌型ムチン(MUC5AC)の産生改善を認める.(Ogawa,Yetal:BoneMarrowTransplant41:293-302,2008より転載) あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015969(47)受容体であるTNF受容体細胞外ドメインが受容体から遊離して涙液中に増加し,眼表面におけるTNF受容体の構造変化により受容体からのシグナル伝達を抑制し,抗炎症効果をもたらすと報告している11).眼表面炎症をきたす他のドライアイに対してもジクアホソルの抗炎症としての効果が期待される.VIレバミピドレバミピド点眼は角結膜上皮細胞のムチン遺伝子発現を亢進し,細胞内および培養上清中のムチン量を増加させる.角膜上皮細胞の増殖を促進し,結膜杯細胞を増加させる.涙液中の酸化ストレス物質を除去する作用があるとされ,角膜上皮バリア機能およびタイトジャンクションを保護するとされる8,12).分泌型ムチンと膜型ムP2Y2レセプターを介して結膜上皮からの水分分泌と結膜杯細胞からのムチンの分泌を促すとされる8,9).ジクアホソルの抗炎症効果を示す報告は少ない.しかし,慢性GVHDによるドライアイでは,筆者らの施設において短期臨床登録試験が行われた結果,著明な改善効果が認められた(図4A~D)(論文投稿中).この作用機序としては,GVHD症例の角膜知覚と涙液クリアランスが改善したことにより,涙液中のサイトカインがwashoutされた可能性が考えられる.また,GVHDでは涙液中に障害関連分子のひとつであるextraDNAが著明に上昇していることが報告されており10),これらがwashoutされることにより,tolllikereceptorを介する非感染性炎症が抑制された可能性もある.崎元らは,P2Y2agonist投与により可溶性tumornecrosisfactor(TNF)ABCD図4ジクアホソル点眼前後の眼表面所見A,B:ジクアホソル点眼前の慢性GVHDによるドライアイ所見.フルオレセイン染色像(A)とローズベンガル染色像(B).C,D:点眼治療後の所見.フルオレセイン染色像(C)とローズベンガル染色像(D).炎症像を示す充血も改善している.ABCD図4ジクアホソル点眼前後の眼表面所見A,B:ジクアホソル点眼前の慢性GVHDによるドライアイ所見.フルオレセイン染色像(A)とローズベンガル染色像(B).C,D:点眼治療後の所見.フルオレセイン染色像(C)とローズベンガル染色像(D).炎症像を示す充血も改善している. 970あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(48)の部位からの神経伝達物質が放出され神経原性炎症が惹起される.このような神経原性炎症はドライアイの複雑な自覚症状に関連するとされ,神経原性炎症の制御は複雑多岐なドライアイの不快感を緩和することにつながる18).有田らによりn-3系脂肪酸の代謝バランスと抗炎症作用について新しい観点から分子メカニズムの解明が進められ,今後の新規治療薬の開発が期待される19).おわりに今後疾患の病態解明がさらに進み,難治性ドライアイに対する新規治療法の開発が進むことが期待される.文献1)FoulksGN,ForstotSL,DonshikPCetal:Clinicalguide-linesformanagementofdryeyeassociatedwithSjogrendisease.OculSurf13:118-132,20152)OgawaY,OkamotoS,KuwanaMetal:Successfultreat-mentofdryeyeintwopatientswithchronicgraft-ver-sus-hostdiseasewithsystemicadministrationofFK506andcorticosteroids.Cornea20:430-434,20013)QuaxRA,ManenschijnL,KoperJWetal:Glucocorticoidsensitivityinhealthanddisease.NatRevEndocrinol9:670-686,20134)神野英生:副腎皮質ステロイド局所投与法バリエーション.ぶどう膜炎を斬る!2012(園田康平・大鹿哲郎・大橋雄一編),専門医のための眼科診療クオリファイ13,p115-118,中山書店,20125)WangY,OgawaY,DogruMetal:Ocularsurfaceandtearfunctionsaftertopicalcyclosporinetreatmentindryeyepatientswithchronicgraft-versus-hostdisease.BoneMarrowTransplant41:293-302,20086)HertensteinA,SchumacherT,LitzenburgerUetal:Sup-pressionofhumanCD4+Tcellactivationby3,4-dime-thoxycinnamonyl-anthranilicacid(tranilast)ismediatedbyCXCL9andCXCL10.Biochem.Pharmacol82:632-641,20117)OgawaY,DogruM,UchinoMetal:TopicaltranilastfortreatmentoftheearlystageofmilddryeyeassociatedwithchronicGVHD.BoneMarrowTransplant45:565-569,20108)DogruM,NakamuraM,ShimazakiJetal:Changingtrendsinthetreatmentofdry-eyedisease.ExpertOpinInvestigDrugs22:1581-1601,20139)MatsumotoY,OhashiY,WatanabeHetal;DiquafosolOphthalmicSolutionPhase2StudyGroup:Efficacyandsafetyofdiquafosolophthalmicsolutioninpatientswithdryeyesyndrome:aJapanesephase2clinicaltrial.Oph-thalmology119:1954-1960,2012チンの双方の産生を促進することが報告されている.酸化ストレス物質除去効果や抗炎症効果があるとされる.レバミピドの抗炎症効果には単球やT細胞の活性化の抑制,粘膜上皮からのIL-6の産生抑制,免疫担当細胞からのIL-2やIFN-gの産生抑制効果が報告されている13,14).ドライアイの慢性炎症に対して有効であると考えられる.とくに慢性GVHDによるドライアイには免疫応答と急性および慢性炎症が深く関与しているが,筆者らの施設における短期臨床登録試験(論文投稿準備中)および長期使用の症例において有効性が認められた15).VII羊膜移植による抗炎症効果羊膜は抗炎症効果,抗線維化効果,抗血管新生効果をもつことが報告されている.上皮成長因子,ケラチノサイト成長因子を含み,免疫抑制効果のあるIL-10を含有しているとされている.TGF-bシグナルを抑制することにより抗線維化効果が認められており,難治性眼表面炎症と線維化をきたすStevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡,眼GVHDの高度な線維化に対する治療に用いられている16).VIII将来の治療法谷口らは涙腺に局所のレニンアンジオテンシンシステムが存在することを見出し,GVHDモデルマウスの涙腺における炎症と線維化がアンギオテンシンタイプ1受容体阻害薬で抑制されることを見出した.今後新規治療法として有望な薬剤である.生物学的製剤では小集団において抗CD20抗体のSjogren症候群に対する効果を示した報告がある17).その他欧米ではIL-1a受容体阻害薬のドライアイ治療への応用が報告されている.自己免疫疾患の免疫機序としてIL-6の上昇とそれに引き続くTh17細胞の上昇および制御性T細胞の減少が生じる.臨床ではIL-6受容体阻害薬による免疫制御の治療のほか,眼科的にも将来的に有効であると考えられる.ラパマイシンによる免疫抑制も効果的と考えられる.ドライアイによる眼表面障害により角膜上皮内に存在する神経末端が露出される.角膜にはnociceptorやcoldthermoreceptorが存在し,そ 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蒸発を防ぐドライアイ保護眼鏡

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特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):961~964,2015特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):961~964,2015蒸発を防ぐドライアイ保護眼鏡Moist-ChamberSpectaclesforRetardingTearEvaporation池田佳介*村戸ドール**はじめにわが国のドライアイ推定患者数は約800~2,200万人以上とされており,その数は年々増加している.2006年のドライアイ定義改訂後,定義は「ドライアイは不快感,視覚障害,涙液層の不安定性を有し,眼表面ダメージに至る涙液および眼表面の多因子疾患である」となった.日本のドライアイ診断基準は表1のように具体化しており,症例を確定例,疑い例と分け,さらに検査のカットオフ値も明確となっている1,2).欧米では原因やメカニズムによって疾患を涙液分泌不足型か涙液蒸発亢進型という形で分け,ドライアイの重症度に応じて(表2)治療を段階的に行う考えが普及している(表3).2007年のドライアイ国際ワークショップ報告書ではドライアイのリスクファクターが因果関係の有無によって分類されている1).そのうちドライアイと因果関係の強いものを表4に示す.ドライアイになりやすい要因としては①年齢(高齢者に多い),②性別(女性に多い),③過度のVDT(visualdisplayterminals)作業,④乾燥した環境,⑤コンタクトレンズ装用,⑥喫煙,⑦内服薬(血圧下降薬,抗鬱薬,抗コリン薬,TS-1など,⑧点眼薬(緑内障,防腐剤を含む点眼など),⑨マイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD),⑩結膜弛緩症,⑪全身の病気に伴うもの〔Sjogren症候群,移植片対宿主病(graftversushostdisease:GVHD〕,スチーブンス・ジョンソン症候群〔Stevens-Johnson表1ドライアイ診断基準①自覚症状○○○②涙液検査○×○③角結膜上皮検査○○×ドライアイの診断確定疑い疑い表2ドライアイの重症度による分類重症度レベル1レベル2レベル3レベル4違和感・頻度視覚症状結膜の充血結膜上皮障害角膜上皮障害角膜所見MGDの有無涙液層破壊時間Schirmer値軽度・たまになし/軽度なし/軽度なし/軽度なし/軽度なし/軽度なし/軽度さまざまさまざま中程度・慢性気になるなし/軽度軽度~中程度軽度~中程度Debris,TMH↓なし/軽度≦10≦10重症気になる+/.中程度中央部糸状炎よくあり≦5≦5重症いつも+/++重症重症糸状炎~潰瘍角化・消耗乱生即座に乾く≦2*KeisukeIkeda:慶應義塾大学医学部眼科学教室**DogruMurat:慶應義塾大学医学部眼科学教室,東京歯科大市川総合病院眼科〔別刷請求先〕村戸ドール:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(39)961 962あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(40)使用など),②人工涙液点眼,③涙点プラグ挿入,④EyeWarmer使用,⑤加湿機能付き眼鏡装用が有用であると報告されている1,7).坪田らは1994年に坪田式の加湿機能付き眼鏡(図1)は眼周囲の湿度を52%に保つことを報告している8).今回,筆者らは,新型加湿機能付き眼鏡を装用した状態での,乾燥環境暴露前後の涙液機能の変化について検討したので,その概要を述べる.I新型加湿機能付き眼鏡坪田式モイスチャーエイドはサイドフレームに付いているスポンジを濡らすことによって,眼周囲の湿度が上昇させる仕組みであった(図1a,b)8).新型加湿機能付き眼鏡はサイドフレームに約546μlのタンクが設置してあり(図2),その1/3まで水を満syndrome:SJS)など〕があげられる.そのなかで最近注目を浴びているのは環境因子(とくに乾燥環境)とドライアイの関係である1).坪田らは乾燥環境における涙液蒸発量の亢進および瞬き回数の増加を報告している3~6).乾燥に伴う涙液蒸発亢進型ドライアイの治療としては,①患者教育と環境因子について指導(冷房/暖房の眼表面への直撃をさける,飲酒軽減,禁煙,加湿機表3ドライアイ重症度による治療方針レベル1:患者様の生活習慣・職場環境の変更について指導ドライアイの原因になる薬剤の中止人工涙液点眼眼瞼縁のマネジメント(温療法など)レベル2:レベル1の治療は不十分であればプラスで:抗炎症薬点眼薬テトラサイクリン/ミノサイクリン全身投与(マイボーム腺炎の場合)涙点プラグ涙液分泌亢進薬ドライアイ保護用カバーモイスチャーエイドレベル3:レベル2の治療は不十分であればプラスで:血清点眼ボストンスクレラルコンタクトレンズなど涙点焼灼レベル4:レベル3の治療は不十分であればプラスで:抗炎症薬・免疫用製剤の全身投与外科的治療(羊膜移植,眼瞼形成術,唾液腺移植,粘膜移植など)表4ドライアイと因果関係の強いリスクファクター高齢性別(女性に多い)閉経期後のエストロゲン治療抗ヒスタミン剤の使用LASIKおよび屈折矯正手術放射線療法骨髄移植ビタミンA欠乏症C型肝炎アンドロゲンホルモンの低下日常栄養中のw3:w6の比率CL装用乾燥環境図1坪田式モイスチャーエイドの仕組みa:オリジナルモイスチャーエイド.b:人工涙液点眼によってサイドパネルのスポンジを濡し,眼周囲の湿度を向上させる.ab表3ドライアイ重症度による治療方針レベル1:患者様の生活習慣・職場環境の変更について指導ドライアイの原因になる薬剤の中止人工涙液点眼眼瞼縁のマネジメント(温療法など)レベル2:レベル1の治療は不十分であればプラスで:抗炎症薬点眼薬テトラサイクリン/ミノサイクリン全身投与(マイボーム腺炎の場合)涙点プラグ涙液分泌亢進薬ドライアイ保護用カバーモイスチャーエイドレベル3:レベル2の治療は不十分であればプラスで:血清点眼ボストンスクレラルコンタクトレンズなど涙点焼灼レベル4:レベル3の治療は不十分であればプラスで:抗炎症薬・免疫用製剤の全身投与外科的治療(羊膜移植,眼瞼形成術,唾液腺移植,粘膜移植など)表4ドライアイと因果関係の強いリスクファクター高齢性別(女性に多い)閉経期後のエストロゲン治療抗ヒスタミン剤の使用LASIKおよび屈折矯正手術放射線療法骨髄移植ビタミンA欠乏症C型肝炎アンドロゲンホルモンの低下日常栄養中のw3:w6の比率CL装用乾燥環境図1坪田式モイスチャーエイドの仕組みa:オリジナルモイスチャーエイド.b:人工涙液点眼によってサイドパネルのスポンジを濡し,眼周囲の湿度を向上させる.ab 加湿タンクサイドフレーム調節可能なゴムバンドレンズプラスチック製フロントフレーム図2新型モイスチャーエイドの仕組み 964あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(42)20068)TsubotaK,YamadaM,UrayamaK:Spectaclesidepanelsandmoistinsertsforthetreatmentofdry-eyepatients.Cornea13:97-201,1994withallergicconjunctivitis.Ophthalmology102:302-309,19957)MatsumotoY,DogruM,GotoEetal:Efficacyofanewwarmmoistairdeviceontearfunctionsofpatientswithsimplemeibomianglanddysfunction.Cornea25:644-650,

油層に対する治療

2015年7月31日 金曜日

特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):953.960,2015特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):953.960,2015油層に対する治療TreatmentforLipid-LayerInsufficiency戸田郁子*はじめにドライアイの概念と定義,要因に基づく分類,診断基準および治療は,最近の20年で大きく発展した.ドライアイは涙液分泌減少型と涙液蒸発亢進型に大きく分類されるが,後者がドライアイの80%を占めると推測されており,その主原因は閉塞型のマイボーム腺機能不全(meibomianglanddisfunction:MGD)である1).MGDは慢性の疾患で,加齢とともに増加し,継続的な自己ケアが必要である.さまざまな治療によっても難治性のことも少なくない.最近ではドライアイの治療は,原因が涙液のどこにあるかに基づいたターゲット治療,いわゆるtearfilmorientedtherapy(TFOT)が主流となっており,治療の有効性が上がっている.MGDに伴うドライアイも,眼瞼を詳細に観察し的確に診断するとともに,マイボーム腺をターゲットに治療することが重要である.I閉塞型MGDの治療法閉塞型MGDの治療法を表1に示す.閉塞型MGDの治療の基本は,マイボーム腺開口部の閉塞除去と感染防止を目的とした眼瞼縁の洗浄(リッドハイジーン)である2).さらに,油脂の排出を促すマッサージと温熱療法を加えた3者の組み合わせが有効である.さらに,局所や全身の薬物療法や食事療法を組み合わせることによって,眼瞼縁の状態,油脂の正常,ドライアイ症状の改善を図る.表1MGDの治療.瞼縁洗浄(リッドハイジーン).温熱療法,マッサージ.食事,薬物療法.ドライアイ治療(点眼・ドライアイ眼鏡).テトラサイクリン内服.オメガ3脂肪酸摂取.抗炎症・ホルモン療法.就寝前軟膏点入.油性点眼(ヒマシ油).内容物の圧出による脂腺の開口1.リッドハイジーン眼瞼縁のマイボーム腺開口部は,さまざまな原因で閉塞する.角質やアイラインなどの化粧品が開口部に蓄積するほか,マイボーム腺油脂の変性(常在菌や炎症の影響)によって固形化しやすくなる.また,加齢による腺萎縮により分泌低下が加わるといっそう油層不全を加速する.マイボーム腺開口部の詰まりを改善,防止するためには,眼瞼縁の物理的洗浄が有効である.既存の方法は,ジョンソンベビーシャンプー(Johnson&Johnson)を希釈して,綿棒につけて眼瞼縁をこするというものであるが,刺激が強すぎることが問題である.最近,国内で眼瞼専用の洗浄剤「アイシャンプーロング」(メディプロダクト)が発売された(図1).アイシャンプーロングは涙液に近いpHと浸透圧に調整されており,低刺激でしみない.また,ヒアルロン酸などの保湿成分,アラントインなどの抗炎症成分,ビタミンDやフコダイン*IkukoToda:南青山アイクリニック東京〔別刷請求先〕戸田郁子:〒107-0061東京都南区北青山3-3-11ルネ青山ビル4階南青山アイクリニック東京0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(31)953 954あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(32)がみられた.乾燥感などの自覚症状が改善し(図2),角膜のフルオレセイン染色が低下した.また,マイボーム腺開口部の閉塞率が減少した(図3).さらに,使用前後で睫毛の長さを比較したところ,使用後に有意に長くなっていたことから,睫毛の伸張という付加的効果も期待できる(図4).などの睫毛保護伸張成分が配合されている.筆者らはMGDの患者に,アイシャンプーで1日1.2回,歯を磨くように眼瞼洗浄を習慣化してもらうよう指導している.アイシャンプーの使用2カ月前後で,自覚症状,眼瞼所見,涙液所見を比較した結果,その一部に有意な改善クレンジング後クレンジング前図1眼瞼専用洗浄剤「アイシャンプーロング」とその使用例乾燥感病状スコア眼がショボショボする眼がゴロゴロする眼がしみる眼が熱いPre2.21.91.91.80.6Post1.81.11.20.70.201234**********p<0.01**p<0.05図2アイシャンプーロング使用前,使用後2カ月の自覚症状の変化17症状中5症状で有意に改善がみられた.クレンジング後クレンジング前図1眼瞼専用洗浄剤「アイシャンプーロング」とその使用例乾燥感病状スコア眼がショボショボする眼がゴロゴロする眼がしみる眼が熱いPre2.21.91.91.80.6Post1.81.11.20.70.201234**********p<0.01**p<0.05図2アイシャンプーロング使用前,使用後2カ月の自覚症状の変化17症状中5症状で有意に改善がみられた. あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015955(33)2.温熱療法とマッサージマイボーム腺の温度を上げて内容物の脂質をやわらかくし排出しやすくする温熱療法として,ホットタオル,加熱パッド,あるいは赤外線ゴーグルなどがある.現在広く販売されているめぐりズム(花王)という眼周囲用の加熱パッドは使い捨てで,40℃で約10分間のヒーティングとともに,蒸気による保湿が可能である.筆者らは以前,めぐりズムをLASIK後ドライアイ患者に使用する機会があった.LASIK術後3週目より2週間毎日使用した前後で,油層観察装置DR-1(興和)にて角膜前面の油層の厚みを比較したところ,使用後に有意に増加していた(図5).また,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)も有意に増加していた.PrePost3.42.450123456p<0.01図3アイシャンプーロング使用前,使用後2カ月のマイボーム腺閉塞率の変化下眼瞼の15の開口部を圧迫して閉塞を検査した結果,使用後に閉塞率が有意に改善した.アイシャンプー使用前使用2カ月後図4アイシャンプーロング使用前後の睫毛の変化アイシャンプーロングを2カ月間使用すると,睫毛の延長がみられた.050100150200BeforeAfterThicknessofLipidLayerμmp=3.0×10-5図5LASIK後ドライアイ患者における加熱パッド「めぐりズム」の効果使い捨ての瞼の暖めシート(メグリズム)をLASIK後ドライアイの患者に2週間使用した結果,角膜前面の油層の厚みが有意の増加した.PrePost3.42.450123456p<0.01図3アイシャンプーロング使用前,使用後2カ月のマイボーム腺閉塞率の変化下眼瞼の15の開口部を圧迫して閉塞を検査した結果,使用後に閉塞率が有意に改善した.アイシャンプー使用前使用2カ月後図4アイシャンプーロング使用前後の睫毛の変化アイシャンプーロングを2カ月間使用すると,睫毛の延長がみられた.050100150200BeforeAfterThicknessofLipidLayerμmp=3.0×10-5図5LASIK後ドライアイ患者における加熱パッド「めぐりズム」の効果使い捨ての瞼の暖めシート(メグリズム)をLASIK後ドライアイの患者に2週間使用した結果,角膜前面の油層の厚みが有意の増加した. 956あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(34)鑷子で直接眼瞼を挟み圧出する(図6).また,マイボーム腺開口部より直接ブジーを挿入するマスキンプローブは,直接腺間内の閉塞を解除できる(図7)3).しかし,これらの方法は,①強い痛みが伴う,②機械的刺激により炎症を惹起する,③手間がかかる,という欠点がある.II新しいMGD治療法~LipiFlowシステムTearScience社(Morrisville,NC)製のLipiFlowR(以下LipiFlow)は,上記に延べた従来の温熱治療とマッサージ治療の欠点を改良した新しいタイプの閉塞型MGD治療機器である.1.LipiFlowの原理と方法LipiFlowは特殊な使い捨てのPI(patientinterface)によって上下の眼瞼を直接挟みこんで,眼瞼の内側,すなわち結膜側から直接ヒーティングを行う.PI(図8)はeyecupとlidwarmerで構成されている.Lidwarmerは楕円形の強膜レンズに似た形状で,周辺で眼しかし,このような古典的な眼瞼温熱療法は,眼瞼の皮膚面から暖めるため,結膜側に存在するマイボーム腺の温度を上昇させるには効率が悪い.マイボーム腺の内容物の溶解温度は40℃前後と報告されているが,重症閉塞ではさらに高い温度が必要といわれている2).したがって,眼瞼内での熱のロスを考えると外側からの加熱は限界がある.また,患者自身での温熱療法やマッサージは毎日継続して行わないと効果が得られず,治療のコンプライアンスが問題である.3.脂腺の開口と内容物の機械的圧出油脂の閉塞を機械的に開口する方法として,診察中における医師による内容物の圧出がある.マイボーム腺用図6マイボーム腺圧迫専用鑷子図7マスキンプローブLidWarmerEyeCup図8LiliFlowのPI(patientinterface)角膜側のLidWarmerと眼瞼を挟み込みマッサージを行うeyecupより構成されている.図6マイボーム腺圧迫専用鑷子図7マスキンプローブLidWarmerEyeCup図8LiliFlowのPI(patientinterface)角膜側のLidWarmerと眼瞼を挟み込みマッサージを行うeyecupより構成されている. LidWarmerマイボーム腺EyeCupマイボーム腺EyeCupヒーター角膜マッサージ図9PIを眼瞼に装着したシェーマ図10LipiFlow治療中の状態通常は両眼同時に施行する. MeibomianGlandEvaluator(MGE)15個の腺を評価図11マイボーム腺の閉塞度をチェックするmeibomianglandeevaluator(MGE)1回の圧迫で5個の開口部の状態が観察できる.下眼瞼を内側,中央,外側に分けて観察し,油脂が排出されるか否かをみる.図12LipiViewの測定原理鏡面反射の干渉像の色をカラーテーブルと比較し,油層の厚さを決定する. 図13LipiViewの測定画面症状p<0.05腺の閉塞p<0.005625NotSignif.SPEEDscore(max=28)NotSignif.20MGEScore41510500Baseline1Month3MonthsBaseline1Month3Months2油層の厚みμmp<0.005NotSignif.BUT8125p<0.005NotSignif.0Baseline1Month3MonthsBaseline1Month3Months0図14当院で施行したLipiFlowの結果LipiViewICUvaluesTBUT(seconds)100675450225に対し,油層と涙液層の鏡面反射により発生する干渉画像の干渉色を,カラーテーブル内の基準色に比較して油層の厚みを決定する(図12).測定時間17秒間に512フレームの撮影を行い,統計処理後に油層厚みをグラフ化し,測定時間内での油層厚みの平均値と最大最小値,(37)瞬目の状態,解析可能フレーム率などの結果を表示する(図13).油層厚みの平均値(AvICU)が65μm以下だと油層分泌低下を疑い,治療の適応目安としている.これら3つの評価方法の他,細隙灯顕微鏡による眼瞼縁の所見,ドライアイの検査所見(角結膜の染色,BUTあたらしい眼科Vol.32,No.7,2015959 960あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(38)など),マイボグラフィー,涙液スペキュラー,などを参考に治療前後の評価を行う.経過観察は通常,治療後1カ月後とその後3カ月ごとに行っている.3.治療結果2009年に行われた米国での多施設前向き試験(9施設)5)や,その後の追試試験6,7)によって,LipiFlowで治療した患者の約80%が1カ月の経過観察で有意な症状および他覚所見の改善を示し,その効果は半年から1年持続するということが確認されている.これは単回治療によってマイボーム腺の機能改善が数カ月持続するという従来の治療では達成できなかったことであり,画期的であると考えられる.当院では2012年よりLipiFlowシステムを導入した.閉塞型MGD患者20人40眼に使用したところ,症状,腺の閉塞,油層の厚み,BUTのすべてにおいて,治療後1カ月または3カ月で有意な改善がみられていた(図14).まとめ閉塞型MGDは頻度の高い慢性疾患であり,ひとつの治療だけで完全緩解は困難で,表1に示した方法の併用が必要である.一方,最新型治療機器LipiFlowは単回治療で長期の効果が得られるが,やはりその効果を持続させるためには患者自身でのセルフケアの継続が重要である.すなわち,治療後の点眼(ドライアイ点眼,抗炎症薬の点眼,軟膏など),自己によるリッドハイジーン,温熱療法,マッサージ,瞬目の訓練などを患者自身で継続するよう指導することが治療成功の鍵である.文献1)Thedefinitionandclassificationofdryeyedisease:reportoftheDefinitionandClassificationSubcommitteeoftheInternationalDryEyeWorkShop.OculSurf5:75-92,20072)BronAJ,TiffanyJM:Thecontributionofmeibomiandis-easetodryeye.OculSurf2:149-65,20043)MaskinSL:Intraductalmeibomianglandprobingrelievessymptomsofobstructivemeibomianglanddysfunction.Cornea29:1145-1152,20104)天野史郎:マイボーム腺機能不全の定義と診断基準.あたらしい眼科27:627-631,20105)LaneSS,DuBinerHB,EpsteinRJetal:Anewsystem,theLipiFlow,forthetreatmentofmeibomianglanddys-function.Cornea31:396-404,20126)GreinerJV:AsingleLipiFlowRthermalpulsationsystemtreatmentimprovesmeibomianglandfunctionandreduc-esdryeyesymptomsfor9months.CurrEyeRes37:272-278,20127)GreinerJV:Long-term(12-month)improvementinmei-bomianglandfunctionandreduceddryeyesymptomswithasinglethermalpulsationtreatment.ClinExperi-mentOphthalmol41:524-530,2013