特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):197.202,2015特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):197.202,2015網膜中心静脈閉塞症の治療抵抗性黄斑浮腫に対する網膜血管内治療EndovascularTreatmentforRefractoryMacularEdemaDuetoCentralRetinalVeinOcclusion門之園一明*はじめに網膜中心静脈閉塞症は,視機能に重篤な影響をあたえうる網膜血管障害である1).網膜中心静脈の閉塞に伴う黄斑浮腫が視機能の障害の主因であり,血管新生緑内障に進展する可能性もある.近年,本疾患に対する治療は急速に進歩してきている.とくに,抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)抗体の投与は,その強力な抗炎症作用により黄斑部毛細血管の透過性亢進を抑制し,黄斑浮腫を良好に改善する2).しかし,本疾患では網膜血管の強い虚血が持続するために,抗VEGF抗体を多数回にわたり投与せざるを得ない症例や,そもそも抗VEGF抗体の反応不良例が存在する.このような網膜中心静脈閉塞症の遷延する黄斑浮腫に対しては,現状では,有効な治療手段はない.これまで,これらの疾患の根治治療として血栓の溶解除去治療が有望視されてきた.数年前に筆者らは,網膜血管内への直接的な組織型プラスミノゲンアクチベータ(tissueplasminogenactivator:t-PA)の投与手技を開発した3).本手技は,遷延する黄斑浮腫を改善しうる可能性がある.本稿では,網膜中心静脈閉塞症の治療抵抗性の持続する黄斑浮腫に対する網膜血管内治療の有効性および安全性について解説をする.I目的と方法網膜中心静脈閉塞症(centralretinalveinocclusion:CRVO)に伴い遷延する黄斑浮腫症例に対して網膜血管内治療を当科にて行った.対象とする疾患は,術前の視力が0.1以下,黄斑浮腫の合計の持続期間が6カ月以上の症例とした.また,過去に汎網膜光凝固,抗VEGF抗体硝子体内投与,ステロイドTenon.下注射,および硝子体手術を施行されていることは問わなかった.また,症例はすべて当院の倫理委員会の審査・承認を経た後に,文書および口頭のインフォームド・コンセントを得て行われた.本臨床研究は,平成25年1.12月までの期間に行われた.対象となった症例は,15例15眼であり,平均年齢は68.3歳,男性4眼,女性11眼であった.術前の平均視力は,少数視力にて0.16,ETDRSscorechartletterにて36文字であった.光干渉断層計(opticalcoherencetomogramphy:OCT)による中心窩網膜厚は,平均約687μmであった.視細胞内節外節接合部は全例において不明瞭であった.また,平均黄斑浮腫持続期間は,14.3カ月であり,CRVOの発症からの罹病期間は平均23カ月であった.これらの症例に対して,以下の硝子体手術を行った.小切開硝子体手術(microincisionvitreoussurgery:MIVS)を用い,25ゲージによる硝子体手術を行った.内境界膜.離の行われていない症例では,黄斑部の内境界膜.離を行い,視神経乳頭内の中心静脈を確認した.全例で,乳頭内の中心静脈は確認でき,その最大径の平均値は約110μmであった.測定には,カッターの先端の径を対照とした.その後,50μmのマイクロニードル*KazuakiKadonosono:横浜市立大学大学院医学研究科視覚再生外科学/横浜市立大学附属市民総合医療センター病院〔別刷請求先〕門之園一明:〒232-0024横浜市南区浦舟町4-57横浜市立大学大学院医学研究科視覚再生外科学/横浜市立大学附属市民総合医療センター病院0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(25)197図1視神経乳頭内の網膜静脈血管内へマイクロニードルを穿孔するをConstellationRのVFCに接続して,10ccシリンジ内に約43.3μg/mlのt-PAを約2.0cc封入した.接触型硝子体レンズを用い,視神経乳頭内を拡大した後に,マイクロニードルを目的とする中心静脈内へ穿孔した(図1).速やかに,VFCの圧を上昇させ約30.70psiの圧力をかけて中心静脈内へt-PAを注入した.その際,左手にソフトテーパードニードルを保持して,突然の出血に備えた.血管内への薬液の注入の途中,血管内の色調が透明に変化するのを確認し,良好に血管内に薬液が投与されていることの指標とした.t-PAの静脈内への投与を約3分間継続した後に,マイクロニードルを抜針して手術を終えた.抜針後,血管からの出血のないことを確認し,また,出血のみられる場合には吸引管にて受動吸引し止血を行った.その後,眼内の液空気置換を行い手術を終了した.全身治療として,術後よりバイアスピリン錠剤の内服,浮腫の再発が著しい場合はプレドニン内服あるいはステロイドTenon.下注射を行った.すべての症例は,術前,術後1カ月,6カ月の時点にて,矯正視力,中心窩網膜厚が測定され,術前,術後1カ月,6カ月の時点にて蛍光眼底造影検査が行われた.また,硝子体出血,血管新生緑内障など手術合併症の観察が行われた.II結果15例15眼のすべての症例において術後1カ月の時点にて平均157μm(術前687μm,術後1カ月530μm)の中心窩網膜厚の軽減がみられた.その後,6カ月の時点にて平均中心窩網膜厚は442μmに減少した.平均表1本研究の症例および経過症例性/年/眼術前視力術前ETDRS*術前CRT**術後視力(1M)術後ETDRS(1M)術後CRT(1M)術後視力(6M)術後ETDRS(6M)術後CRT(6M)術前処置1F61L0.1334600.08235840.123240antiVEGF+2M72L0.07218840.08257220.0820624antiVEGF/PRP++3F69L0.1328030.15452880.247264antiVEGF/PRP4F74R0.1476140.15439440.136440antiVEGF/PRP5M69R0.3578830.15446940.1554375antiVEGF/Vit6F57R0.06217960.02106000.0511523antiVEGF/PRP7F69L0.2507660.15507920.256700antiVEGF/Vit+++8F62R0.1345780.15473400.1545341antiVEGF/PRP9F64L0.04327800.15376190.246566antiVEGF/Vit10F84R0.06158750.1321280.135160antiVEGF/PRP11M75R0.2444160.5556270.354401antiVEGF/Vit12F66L0.07146760.0692050.0610397antiVEGF/Vit13F65L0.08289410.08286410.134394antiVEGF/PRP14F66L0.9745030.03674280.980327antiVEGF/Vit15M71L0.1386400.2643490.273186antiVEGF/PRP*ETDRS:EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy,**CRT:centralretinalthickness,+antiVEGF:抗VEGF投与,++PRP:汎網膜光凝固,+++Vit:硝子体手術.198あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(26)800807007060060500CRTμm400300ETDRSscore50403020PrePost1MPost6MCRTμm100図2血管内治療後の中心窩網膜厚(CRT)の変化PrePost1MPost6M術前と比較して術後3カ月にて有意な網膜厚の減少がみられる(p<0.001).logMAR視力は,術前0.948であり,術後1カ月で0.970,術後6カ月で0.842であった.また,平均のETDRSscorechartletterは,術前36文字であり,術後1カ月で40文字,術後6カ月で60文字であった(p=0.121).主な手術の合併症は,硝子体出血が1眼にみられたが自然に吸収された.ほかに血管新生緑内障など重篤な合併症はみられなかった(表1).黄斑浮腫の再発は平均3.5週で7眼にみられ,1眼に再手術(血管内治療)を行い,3眼はステロイド内服(プレドニゾロン30mg漸減療法)を行い,3眼はステロイドTenon.下投与を行い,すべての症例において黄斑浮腫は術前に比して軽減した.III考察今回の15眼に行われた遷延性黄斑浮腫の血栓除去治療術の成績は,比較的良好であった.黄斑浮腫に関しては,血管内治療にて有意に中心窩網膜厚の改善を得ることができた(図2).一方,視機能に関しては,術前に比して改善はみられたものの,有意な変化はみられなかった(図3).また,視機能の悪化例はみられず,重篤な合併症はなかった.今回の研究では,遷延性の黄斑浮腫に対する血管内治療は,黄斑浮腫を改善しうるが,十分な視力の向上を期待することはできないと結論することができる.網膜中心静脈閉塞症は,視神経篩板内の静脈の血栓症(27)図3血管内治療後の視力(ETDRSletterchart)の変化術前に比して術後3カ月にて有意な視機能の変化はみられない.(p=0.121)である.なぜ,網膜の中心静脈内に病理的な血栓が形成されるのであろうか.人体の静脈閉塞症は少なく,下肢静脈閉塞症,肺静脈塞栓,あるいは胸郭症候群などがあり,どの静脈閉塞症も致命的な疾患とはなり得ない.しかし,網膜の静脈は他臓器と異なり,その閉塞により終末血管である黄斑部毛細血管の閉塞をもたらし,その結果,網膜の解剖学的特徴により黄斑浮腫をきたす.さらに,静脈の閉塞は続発性の網膜動脈閉塞をもたらし,恒久的な組織障害へとつながる危険性もある.網膜中心静脈閉塞症は全身の静脈閉塞症において特殊なものと考えられる.また,篩板は非常に硬い組織であり,篩板内の網膜動脈の硬化により組織内圧が容易に上昇しやすく,さらに乳頭上で血管は急速にその走行を90°程度屈曲させるので,篩板内の網膜静脈は,血液の乱流が生じやすい非常に特殊な部位といえるであろう.すなわち,網膜中心静脈閉塞症の少なくとも虚血型に限るとできるだけ早期の血栓の除去治療が望ましく,長期例すなわち遷延性黄斑浮腫に関しては,すでに生じている網膜組織の損傷や動脈閉塞を血管内治療のみで治療するのは困難であると考えられ得る.その意味では,静脈閉塞症の血栓治療は,動脈閉塞症に準じて早期に考慮すべきと考えられる.今回の遷延性の黄斑浮腫症例はすべて,すでに治療を受けてその後再発を繰り返し無反応となったもの,あるいは治療に一切反応しなかったという治療抵抗例でああたらしい眼科Vol.32,No.2,2015199200あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(28)ACBDEF図42年前に発症後,抗VEGFを9回,汎網膜光凝固,硝子体手術を1回受けた症例11の術前術後の眼底写真,蛍光眼底造影写真,光干渉断層計術前(A),術後(B)の眼底の出血の消失,後期黄斑部の蛍光漏出の減少が術前(C)から術後(D)にみられる.また,中心窩網膜厚の減少も術前後(E,F)にみられる.ACBDEF図42年前に発症後,抗VEGFを9回,汎網膜光凝固,硝子体手術を1回受けた症例11の術前術後の眼底写真,蛍光眼底造影写真,光干渉断層計術前(A),術後(B)の眼底の出血の消失,後期黄斑部の蛍光漏出の減少が術前(C)から術後(D)にみられる.また,中心窩網膜厚の減少も術前後(E,F)にみられる.あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015201(29)ACBDEF図51.5年前に発症後,抗VEGFを12回,汎網膜光凝固を受けた症例10の術前術後の眼底写真,蛍光眼底造影写真.光干渉断層計術前(A),術後(B)の眼底出血の消失,後期黄斑部蛍光漏出の軽減が術前(C)から術後(D)にみられる.また,中心窩網膜厚の減少も術前後(E,F)にみられる.ACBDEF図51.5年前に発症後,抗VEGFを12回,汎網膜光凝固を受けた症例10の術前術後の眼底写真,蛍光眼底造影写真.光干渉断層計術前(A),術後(B)の眼底出血の消失,後期黄斑部蛍光漏出の軽減が術前(C)から術後(D)にみられる.また,中心窩網膜厚の減少も術前後(E,F)にみられる.202あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(30)黄斑部の蛍光漏出が術前に比較して軽減しており,中心静脈の血流の改善が黄斑部毛細血管の漏出を改善させた可能性が示唆される.しかし,色素による血流速度測定およびレーザースペックル4)を用いた血流速度測定の応用,さらには血流をより客観的に評価する血流測定方法の開発が必要である.網膜中心静脈閉塞症には治療抵抗性の症例がある.これらの疾患に対して,血管内治療は有効であるが,あくまで視機能の維持が主目的とならざるを得ない.今後この分野における治療技術および診断検査機器の進歩が期待され,視神経乳頭内の血管内治療が難症例の克服に役に立つことを祈る.文献1)GreenWR,ChanCC,HutchinsGMetal:Centralretinalveinocclusion:Aprospectivehistopathologicstudyof29eyesin28cases.Retina1:27-55,19812)FerraraDC,KoizumiH,SpaideRFetal:Earlybevaci-zumabtreatmentofcentralretinalveinocclusion.AmJOphthalmol144:864-871,20073)KadonosonoK,YamaneS,ArakawaAetal:Endovascu-larcannulationwithamicroneedleforretinalveinocclu-sion.JAMAOphthalmol131:783-786,20134)TamakiY,AraieM,KawamotoEetal:Non-contact,two-dimensionalmeasurementoftissuecirculationinchoroidandopticnerveheadusinglaserspecklephenomenon.ExpEyeRes60:373-383,1995る.長期無治療のまま受診する患者はいなかった.これらの症例の既往歴は,光凝固を受けているもの8/15眼,抗VEGF抗体治療を受けているもの15/15眼,硝子体手術を受けているもの6/15眼,ステロイドTenon.下注射を受けているもの12/15眼であった.また,抗血小板凝集抑制剤を内服しているものが10/15人にみられたが,血栓溶解療法を受けている患者はいなかった.今回の治療では,視力の有意な改善を得ることはできなかった.しかし,本治療は従来の治療と根本的に異なる治療であり,この臨床研究はいくつかの示唆を与えている.ひとつは,血管内治療の抗VEGF治療を上回る有用性である.すべての症例で黄斑浮腫の改善がみられたことは,おそらく血流改善の治療効果を意味している.ふたつには,血管内治療のタイミングの重要性である.慢性黄斑浮腫では,そのほとんどの症例で,外層網膜の損傷がみられellipsoidlineを確認することは術前には不可能であり,術後浮腫の消失した時点においても外層網膜は菲薄化し,十分な視機能の改善を得るには時間を要するであろう.牽引性の浮腫と異なり,循環障害が原因の浮腫の場合,組織の虚血細胞障害がすでに生じており形態学的な回復だけでは十分な効果を上げることはできない.3つ目には,眼血流測定の必要性である.蛍光眼底造影検査によると黄斑浮腫改善例では,すべて