特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):353.358,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):353.358,2014スペキュラーマイクロスコピーの読影InterpretingSpecularMicroscopy羽藤晋*Iスペキュラーマイクロスコピーの原理スペキュラーマイクロスコピーとは,鏡面反射の原理を用いて,おもに角膜内皮を観察する顕微鏡検査である.原理的には,角膜内皮面だけでなく,角膜上皮や実質の観察も可能なはずであるが,画像解像度の点,および臨床面で最も検査としての意義が高いという点から,現在臨床の現場で使われているスペキュラーマイクロスコープは角膜内皮面の観察用にデザインされている(図1).1918年にVogtがこの原理を用いて初めて角膜内皮面の観察を行い,1968年になってMauriceが最初のスペキュラーマイクロスコープの試作機を発表したとされる1).その後,Laing,Bourne,Kaufmanらによって改良がなされ1),今日のように日常診療で角膜内皮の写真が撮影できるようになり,広く普及している.鏡面反射で観察する際,スリット光の幅が広いと実質や上皮からの散乱光が強くなってしまい,角膜内皮のコントラストが低下して観察しにくくなってしまう.そのため,初期のスペキュラーマイクロスコピーでは,狭いスリット光を用いて撮影されていた.この方式では内皮面の撮影範囲が狭くなってしまい,初期のころのスペキュラーマイクロスコピーによる解析はせいぜい角膜内皮細胞密度くらいに限られていた2).最近は光の干渉を抑え解像度を上げる技術の進歩とともにスリット光の幅も広がり,より広範囲の角膜内皮面の観察が可能となったため,解析できるパラメータも増えている.上皮のスペキュラー像内皮のスペキュラー像入射スリット光上皮実質内皮IIスペキュラーマイクロスコピーでみる角膜内皮所見スペキュラーマイクロスコピーでの正常角膜内皮所見を図2A,Bに示す.時おりスペキュラーマイクロスコピーの写真で片側に黒いバンドが現れたり,その反対側の輝度が高かったりするが,黒いバンドは角膜内皮と前房水との境界面によるものであり,輝度の高い部分は実質と角膜内皮の境界面の散乱光によるもので,I項で説図1スペキュラーマイクロスコピー撮影原理の概念図臨床で用いられる機器では角膜内皮像のみを取得するようにデザインされている.*ShinHatou:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕羽藤晋:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(49)353A図2スペキュラーマイクロスコピー撮影像A:正常角膜内皮スペキュラーマイクロスコピー像所見.B:このスペキュラーマイクロスコピー像も正常であるが,撮影条件によっては片側に暗いバンドが出現し(黒矢印),もう片側の輝度がB黒いバンドが出現輝度が高い高くなる(白矢印).明したスリット光での鏡面反射という観察方法上,(特に狭いスリット光で)起こりやすい現象である(図2B)1).スペキュラーマイクロスコピーでの角膜内皮所見では,さまざまな形状の黒い陰影がみられることがあり,こうした構造物は生理的なものもあれば病的なものもある.図3Aのように内皮細胞内にごく小さく境界のはっきりした黒点がみられることがあるが,これは内皮細胞の微絨毛を表しているといわれ,生理的な所見である1).内皮細胞内にもう少し大きく境界のぼんやりした黒点がみられる場合もあるが,こうしたものは内皮細胞内の空胞やblebを表しているといわれている(図3B)1).虹彩炎の既往のある症例などで,細胞と細胞の間隙に,サイズの小さい暗い構造物がみられる場合もあるが,これらは侵潤した白血球と考えられている(図3C)3).こうした構造物と異なり,Fuchs角膜内皮ジストロフィにおける滴状角膜(guttatacornea)では大きく斑上に散在するdarkareaとして観察される(図3D).354あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014IIIスペキュラーマイクロスコピーの各種パラメータスペキュラーマイクロスコピーにおける各パラメータの意義を理解し,適切な評価をするうえで,角膜内皮細胞の生理的機能と特徴の理解は欠かせないので,簡単に確認しておきたい.角膜内皮細胞の重要な役割は角膜の含水率を一定に保ち透明性を維持することにあり,これはイオン能動輸送によるポンプ機能と,細胞間接着分子からなるバリア機能に担われている.また,ヒトでは角膜内皮細胞の増殖能がきわめて乏しく,角膜内皮細胞がなんらかの影響で障害された場合,内皮細胞の増殖ではなく障害部周囲の内皮細胞の拡大,伸展により代償されるという特徴がある.角膜内皮細胞の密度という「量」的観点と,形態異常の割合という「質」的観点から,組織としての角膜内皮の機能を推測するのがスペキュラーマイクロスコピーである.ここで注意しなければならないのは,これまでの一般的なスペキュラーマイクロスコピーで得られる画像は角膜内皮全体のうちごく一部,そ(50)ABCDABCD図3スペキュラーマイクロスコピーのいろいろな所見A:角膜内皮細胞内の微絨毛と思われる黒点(黒矢印).B:角膜内皮細胞内の,Aよりもう少し大きく境界のぼんやりした暗い構造物(破線矢印).内皮細胞内の空胞かblebと思われる.C:内皮の細胞と細胞との間隙にみられる暗い構造物(白矢印).侵入した白血球と思われる.D:Fuchs角膜内皮変性症のguttatacorneaにみられるdarkarea.してほとんどの場合角膜中央部にすぎず,少ないサンプルから全体を推測しているということである.より詳細に評価したい場合は,上下左右に振って撮影したり,経時的な経過を追ったりする工夫が有用である.最新型のスペキュラーマイクロスコープでは,より広範囲を撮影できるもの,中心部だけでなく傍周辺部数カ所を同時撮影できるもの,あるいは狙った任意の箇所を撮影できるもの等々が各社から販売されている.パラメータとして臨床で用いられるおもなものについて以下に概説しておく.1.角膜内皮細胞密度・平均細胞面積角膜内皮を内皮細胞数という「量」的観点から評価するパラメータである.単位面積当たり,密度が減れば当然ながら個々の細胞の面積は増えるという逆数の関係になっている.角膜内皮細胞密度は出生時において5,500cells/mm2以上あるが,生後1.2歳までの間に,眼球の成長に伴う角膜径の増加とともに細胞密度は急激に減少する.3.4歳以降からは減少率はゆるやかになり,健常者でおおむね0.56%/year程度の減少率で年齢とともに漸減するといわれている4).図4に慶應義塾大学病院を含めた多施設共同研究で,眼科外来を受診した正常角膜症例(1,971例)の年齢-角膜内皮細胞密度の散布図を示す.この散布図から数理計算を用いて導き出される理論上の内皮細胞密度減少率は平均0.44%/yearであり,ほとんどの症例で内皮細胞密度減少率は2.0%/year以下におさまるということが示され5),いままでの報告を裏付けするものであった.この図をみてもわかるように,成人健常者の内皮細胞密度はおおむね2,000.3,500cells/mm2くらいの幅がある.一方,明らかな角(51)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014355減少率0.44%/yearの内皮細胞減少曲線4,0004,000))角膜内皮細胞密度(cells/mm2角膜内皮細胞密度(cells/mm23,0002,0001,00003,0002,0001,0000020406080100020406080100年齢(歳)年齢(歳)減少率2.0%/yearの内皮細胞減少曲線図4角膜正常者の年齢.角膜内皮細胞密度散布図1,971例の角膜正常所見患者における,年齢と,スペキュラーマイクロスコピーで計測した角膜内皮細胞密度との散布図(左図)と,この分布を等高線で表示したもの(右図).曲線は数理処理により導かれた角膜内皮細胞減少曲線である.分布の平均の角膜内皮細胞減少率は約0.44%/yearと計算された.また,ほとんどの症例が角膜内皮細胞減少率2.0%以下の範囲におさまる(2.0%減少曲線よりも上に位置する)ことが示された(文献5より許可を得て転載).減少率2.0%/yearの内皮細胞減少曲線020406080100020406080100年齢(歳)年齢(歳)4,0004,000))角膜内皮細胞密度(cells/mm2角膜内皮細胞密度(cells/mm23,0003,0002,0001,00002,0001,0000減少率2.7%/yearの内皮細胞減少曲線図5Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者の年齢.角膜内皮細胞密度散布図41例のFuchs角膜内皮ジストロフィ患者における,年齢と,スペキュラーマイクロスコピーで計測した角膜内皮細胞密度との散布図(左図)と,この分布を等高線で表示したもの(右図).ほとんどの症例が角膜内皮細胞減少率2.0%以上である(2.0%減少曲線よりも下に位置する)ことが示された(文献5より許可を得て転載).膜浮腫が認められた中等度以上のFuchs角膜内皮ジス2.変動係数トロフィ患者では,理論上の内皮細胞密度減少率は2.0正常機能を有する角膜内皮細胞は総じて均一なサイズ%/year以上であった(図5).と形状を有している.角膜内皮細胞になんらかのストレスが加わると,サイズの恒常性維持ができなくなり,あ356あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(52)るいは細胞骨格の異常を生じるため,細胞の大きさと形状は不均一さを呈してくる2).変動係数(coefficientvariation:CV)とは統計学的用語でCV=(標準偏差)/(平均)であり,スペキュラーマイクロスコピーの場合「角膜内皮細胞面積の標準偏差」を「内皮細胞面積の平均値」で割ったものである.正常の角膜内皮での変動係数は約0.25である.変動係数の上昇は細胞サイズのばらつきが多いことを意味し,polymegathismと表現される1,2).変動係数は角膜内皮細胞の「質」的観点から評価するパラメータであり,細胞数の減少が大きくない時期でも変動係数の増大として角膜内皮障害の存在の可能性を示すことがある.3.六角形細胞出現率これも角膜内皮細胞の「質」的観点から評価するパラメータである.角膜内皮細胞は安定した状態では六角形の形状でモザイク状に配列している.六角形細胞出現率の減少は,角膜内皮にストレスが加わる,あるいは脱落した細胞が増えることによって,変形した角膜内皮細胞が増えてきていることを意味し,pleomorphismと表現される1,2).健常な角膜では六角形細胞出現率は55%以上であることが多く,特に健常若年者では70.80%程度である2).IV臨床でのパラメータ評価以上述べたパラメータを臨床の場面でうまく活用するのには,目的によって使い分けるのがよいと思う.スペキュラーマイクロスコピーが臨床の場面で一番多く活躍するのは,まずなんといっても内眼手術の術前検査であろう.この場合手術侵襲によって角膜内皮細胞数が減少したときに,水疱性角膜症に至らないかどうか,を予測するのが目的なので,角膜内皮細胞密度が一番重要な観点となる.角膜浮腫をきたす角膜内皮細胞密度には症例によってかなりのばらつきがあるが,おおよそ300.700cells/mm2以下である1).症例の年齢の影響も大きいが,行おうとする内眼手術による角膜内皮細胞数の減少率が0.30%と仮定すると,術後の水疱性角膜症を避けるには,少なくとも術前の角膜内皮細胞密度は1,000.1,200cells/mm2くらいほしいところである1).これ以(53)下であれば,術後に水疱性角膜症に至る可能性があることを,術前に患者によく説明しておくべきである.術前検査をさらに慎重に行いたい場合は,変動係数と六角形細胞出現率にも注意を払うとよい.変動係数0.4以上,あるいは六角形細胞出現率50%以下は,内眼手術による内皮細胞数減少が高くなるリスクがあるとされる1).つぎに,疾患を有する角膜の経過観察としてもスペキュラーマイクロスコピーは重要な検査である.この場合も将来水疱性角膜症に至る可能性を見きわめたいので,角膜内皮細胞密度の変化を経時的に追跡することが重要な観点である.先に述べたとおり,健常者の角膜内皮細胞減少率は0.4.0.6%/year程度だが,たとえばFuchs角膜内皮変性症では約3%/yearの割合で減少していくと考えられている5).また,たとえば虹彩炎や緑内障のレーザー虹彩切開術後の患者の経過観察などで,内皮細胞密度が正常な場合でも,変動係数と六角形細胞出現率の変化や,内皮面の白血球細胞浸潤の所見などに注意することはとても有用で,変化がみられる患者には,たとえば虹彩炎の治療を強化する,コンタクトレンズ装用者であれば装用を控えさせる,などといった,きめ細やかな対処をするのに活用できる.最後に,忘れてならないのは,健常者でコンタクトレンズ装用者の経過観察にもスペキュラーマイクロスコピーは有用であることである.この場合,対象となるのはもともと健常者であり予防医学的側面が強い(現在のところ保険収斂はされていない).変動係数と六角形細胞出現率は,角膜内皮のストレスに対し,早期でも鋭敏に反応するパラメータである.コンタクトレンズの長期装用者に対して,内皮細胞密度が正常でも変動係数と六角形細胞出現率の変化に注意し,subclinicalな変化を見逃さず,適切な装用指導に活用したい.おわりにスペキュラーマイクロスコピーからは,生体における角膜内皮の形態変化所見や,質的,量的変化を表す各種パラメータを情報として得ることができる.検査を受ける患者がsubclinicalな状態なのか,進行性の疾患を有するのか,内眼手術の術前検査なのか,など患者の状態に応じてこれらの情報をうまく活用することによって,あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014357角膜内皮に対する適切な評価に役立てたい.文献1)PhillipsC,LaingR,YeeR:Specularmicroscopy.Cornea.2nded(KrachmerJH,MannisMJ,HollandEJeds),260274,ElsevierMosby,London,20052)EdelhauserHF,UbelsJL:Corneaandsclera.Adler’PhysiologyoftheEye.10thed.(KaufmanPL,AimA,(s)eds),p47-116,ElsevierMosby,London,20023)KoesterC:Comparisonofopticalsectioningmethods.Thescanningslitconfocalmicroscope.TheHandbookofBiologicalConfocalMicroscopy(PawleyJ,ed),p189-194,IMRPress,Madison,19894)MurphyC,AlvaradoJ,JusterRetal:Prenatalandpostnatalcellularityofthehumancornealendothelium.Aquantitativehistologicstudy.InvestOphthalmolVisSci25:312-322,19845)HatouS,ShimmuraS,TsubotaKetal:MathematicalprojectionmodelofvisuallossduetoFuchscornealdystrophy.InvestOphthalmolVisSci52:7888-7893,2011358あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(54)