監修=坂本泰二◆シリーズ第173回◆眼科医のための先端医療山下英俊白内障とサーチュイン近藤亜紀・三村達哉・松原正男(東京女子医科大学東医療センター眼科)サーチュインとはサーチュインはヒストン脱アセチル化酵素で,ヒストンとDNAの結合に作用し,遺伝的な調節を行うことで寿命を延ばすと考えられています.ヒトのサーチュインにはSIRT1(silentinformationregulatorT1)からSIRT7まで7種類あり,このなかでSIRT1が細胞老化にかかわる重要な分子です.また,サーチュインのなかで酵母から初めて見つかったSIRT2と構造や機能が類似しているものとしてSIRT1に注目が集まっています.サーチュインの機能不全と加齢疾患が関係しており,悪性腫瘍,2型糖尿病,肥満に伴う代謝性疾患,神経変性,心疾患,環境ストレスに対する反応などとも関連があります.動物実験レベルでは,SIRT1の発現上昇によって白内障,網膜変性症,視神経炎,ぶどう膜炎など,さまざまな眼疾患を防ぐ効果があります.したがってSIRT1は,白内障,加齢黄斑変性症,緑内障患者の視神経変性など,酸化ストレスが引き起こす眼障害が関係する疾患を防ぐ効果がある可能性が示唆されます.SIRT1の眼内局在マウス眼においてSIRT1は角膜,水晶体,虹彩,毛様体,網膜などほぼすべての正常眼構造を構成する細胞核,細胞質に存在しています(図1).角膜では,SIRT1は上皮細胞の核と細胞質,実質細胞と内皮細胞の核に存在します.一方,角膜実質の無細胞部分には存在しませ図1マウス眼におけるSIRT1の局在SIRT1は角膜,水晶体(上皮細胞),虹彩,毛様体,網膜,とほぼすべての眼組織に存在する.角膜では上皮細胞,実質細胞,内皮細胞に存在する.網膜では網膜色素上皮(RPE),外顆粒層(ONL),内顆粒層(INL),神経節細胞層(GCL)に存在する.(文献1,Fig.3を許可を得て転載)(67)あたらしい眼科Vol.32,No.5,20156770910-1810/15/\100/頁/JCOPY2.521.510.50SIRTI(μg/ml)y=0.2236x+0.5599R2=0.13582.521.510.50SIRTI(μg/ml)y=0.171x+0.3176R2=0.08832.521.510.50SIRTI(μg/ml)y=0.2236x+0.5599R2=0.13582.521.510.50SIRTI(μg/ml)y=0.171x+0.3176R2=0.08832.521.510.50-0.5術前logMAR視力図2前房水中SIRT1濃度と術前logMAR視力の関係術前視力が低いほど前房水中SIRT1濃度は高い.ん.毛様体では,SIRT1はおもに毛様体突起,毛様体無色素上皮層,毛様体色素上皮層の細胞核に存在しています.成人マウス水晶体では,SIRT1は水晶体.には存在していませんが,水晶体核,水晶体上皮細胞,水晶体線維内には存在しています.マウスの網膜では,SIRT1は網膜色素上皮細胞の核と,脈絡膜血管内皮細胞の細胞質に存在しています.また,insituhybridizationでは網膜外顆粒層,内顆粒層,神経節細胞層にも存在します.ヒト眼において,SIRT1は老人性白内障患者の水晶体上皮細胞中と網膜に存在します.正常ヒト角膜上皮において,SIRT1は50%は認められず,30%はわずかに認め,20%は有意に認めます1).白内障と前房水中SIRT1濃度白内障手術時に前房水を採取してSIRT1濃度を測定し,年齢,性別,全身疾患(高血圧,糖尿病,高脂血症,心疾患,脳血管疾患,抗血栓薬内服の有無),白内障の程度(術前logMAR視力,水晶体厚,核硬度,皮質白内障,後.下混濁,前.下混濁),眼軸長,術前角膜内皮細胞数,術前前房深度との関連性を検討すると,結果は術前logMAR視力と核硬度で正の相関を認めました.つまり,術前視力が低いほど,また核硬度が高いほど前房水中SIRT1濃度は高い,という結果が得られます(図2,3)2).水晶体上皮細胞中でのSIRT1発現率は,白内障を有する患者では,51歳以上のグループのほうが50歳以下のグループより少なく,年齢と負の相関をするという報告があります3).これは,水晶体上皮細胞中のSIRT1の減少が,白内障の程度と患者の年齢に関連する可能性678あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015012345核硬度図3前房水中SIRT1と核硬度の関係核硬度が高いほど前房水中SIRT1濃度は高い.を示唆します.一方,水晶体上皮細胞中SIRT1は年齢とともに減少するが,50歳以上に限定すると,白内障を有する患者では,白内障がない患者よりも増加しているとの報告があります4).まだ結論は定まりませんが,以上より,SIRT1が老人性白内障の形成になんらかのかかわりをもつ可能性が考えられます.レスベラトロールと白内障レスベラトロールはおもにブドウの皮に存在するポリフェノールの一種です.レスベラトロールはSIRT1と相互作用し,その活性を著しく増加させます.ラットの白内障モデルでレスベラトロールはサーチュインを活性化し,PGC-1a(peroxisomeproliferatoractivatedreceptorgammacoactivator-1a)を脱アセチル化させて白内障の形成を抑制します.レスベラトロールを与えられた成人マウスは加齢疾患と白内障形成が著明に減少しました.この結果は,レスベラトロールによってSIRT1が活性化され,白内障形成が抑制されている可能性を示します.現在,すでにSIRT1活性化剤として,レスベラトロールより数千倍の活性をもつ薬剤(SRT1720など)が同定され,糖尿病治療薬などとして開発が進められています5).今後の展望SIRT1は眼加齢を調節し,酸化ストレスから眼組織を守ることが多数の動物実験によって示されています.これらのデータより,SIRT1は眼加齢を防ぐ治療法の魅力的な候補であるといえます.しかし,どの動物実験データがヒトの眼疾患に適応可能かは現段階でははっき(68)りしません.心血管疾患,悪性腫瘍,糖尿病,アルツハイマー病などにおけるSIRT1活性化物質の臨床試験はすでに進められています.眼疾患についても,眼加齢におけるSIRT1の役割をより明らかにし,より多くの臨床試験が行われることで,SIRT1が白内障などを防ぐ治療薬となる可能性があります.文献1)MimuraT,KajiY,NomaHetal:TheroleofSIRT1inocularaging.ExpEyeRes116:17-26,20132)近藤亜紀,三村達哉,松原正男ほか:白内障における前房水中SIRT1濃度.臨床眼科学会学術展示,20143)LinTJ,PengCH,ChiouSHetal:Severityoflensopacity,age,andcorrelationofthelevelofsilentinformationregulatorT1expressioninage-relatedcataract.JCataractRefractSurg37:1270-1274,20114)ZhengT,LuY:ChangesinSIRT1expressionanditsdownstreampathwaysinage-relatedcataractinhumans.CurrEyeRes36:449-455,20115)太田秀隆:長寿遺伝子Sirt1について.日老医誌47:1116,2010■「白内障とサーチュイン」を読んで■今回は近藤亜紀先生,三村達哉先生,松原正男教授ていることになります.なぜ,老化が起きるのか,なにより,遺伝的な調節を行うことで寿命を延ばすサーぜ白内障が起きるのか,生物にとってとても一般的なチュインという酵素のお話です.この酵素は老化と関問いですが,とてもむずかしい問題です.この方面か連していること,酸化ストレスから細胞を守ることらの研究が老化のメカニズム解明の大きなブレイクスで,加齢に伴う疾患を抑制する可能性を秘めた大変魅ルーになる可能性があります.力的な蛋白質です.この蛋白質は2つの意味で本当に2つ目の期待は,レスベラトロールというポリフェ魅力的です.ノールがサーチュインと相互作用し,その活性を著1つ目は,サーチュインがヒストン脱アセチル化酵しく増加させることが解明されているので,疾患治療素で,ヒストンとDNAの結合に作用し遺伝子発現への応用(近藤先生の総説では糖尿病治療薬としてのを調節すること,つまり疾患の病態生理をエピジェネ期待)がすぐ手の届くところにあることです.有効でティックスの面から解明するキーになる可能性があり安全な薬剤が開発されると,その機能を解析することます.遺伝子異常に伴う疾患は現在の進んだ核酸配列でヒトの老化の研究がさらに進み,また新たな治療薬検査により検出することが可能になってきましたが,が開発される可能性が考えられます.近藤先生のご提遺伝子配列のとくに蛋白質に読まれる部分には異常が示になった最先端の研究成果は,眼科疾患の病態と治なく,遺伝子発現を調節する部分が機能異常を起こす療戦略を変えるブレイクスルーになるのではないかと場合,とても検出しにくいものです.サーチュインの考えます.変化が老化,酸化ストレスと関連した疾患になること山形大学眼科山下英俊が解明されていることは,いわば出口がきちんと見え☆☆☆(69)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015679