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私の緑内障薬チョイス 10.キサラタン®とラタノプロストPF

2014年3月31日 月曜日

連載⑩私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也連載⑩私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也10.キサラタンRとラタノプロストPF生杉謙吾三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学私の緑内障薬物治療のファーストチョイスは,治療効果と安全性のバランスに優れているキサラタンRである.一方,ドライアイやアレルギー疾患など眼表面の副作用によりその使用が困難な場合には,特徴のある後発医薬品であるラタノプロストPFにて治療を行っている.キサラタン開発の歴史キサラタンR(ラタノプロスト)は,プロスタグランジン(PG)F2a誘導体製剤として1999年から国内で販売され,それまでの薬物を凌ぐ強力な眼圧下降効果を示すことで緑内障治療を一変させた.さて2012年8月に薬効分類名が変更されイオンチャンネル開口薬となったレスキュラR(イソプロピルウノプロストン)を除くと現在PG関連薬は4種類あるが,それらの中で筆者の第一選択薬はキサラタンRである.理由は,キサラタンRは,一般に長期投与される緑内障点眼薬としてもっとも大切な「治療効果と安全性のバランス」に優れていると考えるからである.キサラタンRはDr.Camrasと彼のリサーチアドバイザーであるDr.Bitoにより開発された.PGはぶどう膜炎などの炎症を誘発するため,眼局所には有害であると考えられていた1970年代中頃,当時エール大学の学生であったDr.Camrasは,早くからPGの眼圧下降効果に注目していた.その後,コロンビア大学医学部に進学した彼は,Dr.BitoにPGの眼圧下降に関する研究をもちかけ,基礎研究を積み重ねたのち,1992年にPGの高眼圧症患者に対する有効性を報告した1).実は10年程前,筆者が留学させていただいた米国NebraskaMedicalCenter眼科の主任教授がDr.Camrasであったことも,キサラタンRに親しみを感じている理由の一つである.残念ながらDr.Camrasは2009年に55歳の若さで他界されたが,ラタノプロスト開発の歴史やエピソードについては,妻のNancyさんがSpecialarticleとしてまとめ発表されている2).後発医薬品さて,キサラタンRは2009年9月に国内での化合物(73)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY図1キサラタンRとラタノプロストPFの点眼瓶点眼瓶はキサラタンRに比べ,ラタノプロストPFの方がやや大きい.特許が満了し,2010年よりその後発医薬品(後発品)が販売されている.先発医薬品(先発品)より薬価の低い後発品は,医療費抑制策の一つとしてその普及へ向け厚生労働省主導で政策が進められているが,米国での後発品は主成分・添加物ともに先発品と同一である一方,日本では先発品と後発品とでは主成分は同じであるが,添加物は異なることが多い.このような背景から日本では後発品の信頼性に不安を感じるとの声もあるが,一方で日本における後発品の中には先発品とは異なった特徴をもっているものもある.キサラタンRの後発品は現在20数種類あるが,その中でもとくにユニークな特徴をもっているのが,ラタノプロストPFである.ラタノプロストPFの特徴ラタノプロストPFは,PFデラミ容器Rとよばれる本欄の記載内容は,執筆者の個人的見解であり,関連する企業とは一切関係ありません(編集部).あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014377 図2ラタノプロストPFへの切り替えによる角膜所見の改善例左眼落屑緑内障の71歳,男性.防腐剤を含むPG関連薬およびb遮断薬の併用療法からラタノプロストPFおよびアイファガンR(BAC非含有である)の併用療法に変更したところ,2カ月後には点状表層角膜症が軽快,眼圧も27mmHgから16mmHgへ下降した.0.2μmメンブランフィルターを使用した容器を利用することにより,外部からの細菌,真菌などの侵入を防ぎ,開封後,防腐剤がなくても容器内の無菌性を担保している防腐剤フリー(PreservativeFree)の点眼液である.室温保存が可能で,使用期間は製造後未開封の場合3年間となっている.キサラタンRには防腐剤として塩化ベンザルコニウム(BAC)が0.02%含まれているため,ドライアイやアレルギー疾患をもつ患者では,眼表面の副作用により使用が困難となることがあるが,筆者はそのような場合,防腐剤がまったく含まれていないラタノプロストPFを使用している.図2のような薬剤性角膜上皮障害例に対しては,ラタノプロストPFへ変更することにより,角膜上皮障害の改善がみられた.また,BACは眼内移行性に影響を及ぼすとされ,BACの濃度を減らすと薬剤の眼内移行が低下するといわれているが,一方でやや眼内移行が低下しても従来十分な薬剤濃度が眼内に移行しているため,臨床上重要な眼圧下降効果には差がないともいわれている.実際,キサラタンからラタノプロストPFへの切り替え試験を行った自験眼圧値(mmHg)n.s.n.s.20151050baseline3カ月6カ月15.614.814.4図3キサラタンRからラタノプロストPFへの切り替え前後の眼圧変化キサラタンR単剤にて治療中の原発開放隅角緑内障患者18例18眼を対象に,ウォッシュアウト期間なしにラタノプロストPFに切り替え,baseline時,3カ月後,6カ月後の眼圧値を検討した(平均値±標準偏差,n.s.:notsignificant,Dunnettの多重検定).例でも,眼圧下降効果に有意な差はみられず,過去の同様の報告3)からも,ラタノプロストPFについては,眼表面への保護効果と同時に十分な眼圧下降効果が期待できると考えている.このように,筆者は日々の緑内障診療にキサラタンRと,その特徴のある後発品であるラタノプロストPFの2つの緑内障点眼薬を使い分けている.文献1)CamrasCB,SchumerRA,MarskAetal:IntraocularpressurereductionwithPhXA34,anewprostaglandinanalogue,inpatientswithocularhypertension.ArchOphthalmol110:1733-1738,19922)CamrasNL:CarlBCamras,MD:reflectionsonhiscontributionstoglaucomaresearchandclinicalpractice.ArchOphthalmol130:1456-1460,20123)井上賢治,増本美枝子,若倉雅登ほか:防腐剤無添加ラタノプロスト点眼薬の眼圧下降効果と安全性.あたらしい眼科28:1635-1639,2011378あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(74)

抗VEGF治療:アフリベルセプト

2014年3月31日 月曜日

●連載抗VEGF治療セミナー─薬剤別─監修=安川力髙橋寛二2.アフリベルセプト本田美樹順天堂大学浦安病院眼科近年,滲出型加齢黄斑変性(AMD)の薬物治療は大きな変化を遂げ,アフリベルセプト(商品名:アイリーアR)という新たなVEGF阻害薬の開発と臨床導入により,抗VEGF療法は新しい局面を迎えようとしている.本稿ではアフリベルセプトの薬剤特性と臨床試験,そして市販後の使用経験について概説する.齢黄斑変性(age-relatedmaculardegenetation:AMD)に対して行われた国際共同第Ⅲ相臨床試験(VIEW1試験およびVIEW2試験)の結果に基づき承認されたVEGF阻害薬であり,わが国では,AMDに対して2012年9月に承認,11月に発売された.網膜中心静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫にも2013月11月に適応拡大され,さらに強度近視脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV),糖尿病網膜症の黄斑浮腫に対しても臨床試験が行われ,今後の適応拡大が期待されている.VIEWStudyによる治療成績これまでの臨床試験成績から,AMDのVEGF阻害薬硝子体内注入は,毎月の固定投与により視力が改善すると報告された.そして治療回数の負担を軽減するため,導入期3回投与後治療間隔を3カ月ごとに延長したが,十分な治療効果は得られなかった.その後,導入期3回投与後,毎月OCTなどでモニタリングを行い,悪化を認めたら投与を行うPRN(prorenata)が治療の主流になった.しかし,毎月のモニタリングは患者,医療者の負担が大きく,厳密なPRNを続けるのは困難なのが現状である.VIEWStudyではアフリベルセプトを導入期3回の投与後,2カ月ごとの計画的投与群を含む(71)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYアフリベルセプトの薬剤特性アフリベルセプトはVEGFR1およびVEGFR2のVEGF結合ドメインとIgG1のFcドメインからなる遺伝子組み換え融合糖蛋白である.そのため,可溶性のデコイ受容体としてVEGF-Aのアイソフォームすべてに結合するだけでなく,VEGF-Bおよび胎盤成長因子(placentalgrowthfactor:PlGF)に結合するという特徴がある.本剤は中心窩脈絡膜新生血管を伴う滲出型加多施設共同実薬対照二重遮蔽試験VIEW1試験(N1217);VIEW2試験(N1240)ラニビズマブ2mg4週ごと0.5mg4週ごと0.5mg4週ごと主要評価項目:52週目に視力を維持(ETDRSチャート判読文字数の低下が15文字未満と定義)している患者の割合VEGFTrap-Eye無作為化1:1:1:12mg8週ごと**導入期(4週ごと投与を3回連続)後図1VIEW試験デザインVEGF-TrapEye:アフリベルセプトの臨床試験時の薬剤名3用法用量群と,ラニビズマブ毎月投与群とで治療効果の比較を行った.VIEW1試験は米国,カナダの2カ国154施設で,VIEW2試験はインド,アジア太平洋地域(日本を含む),オーストラリア,欧州,ラテンアメリカ,イスラエルの26カ国186施設で実施された,ラニビズマブ対照群とした多施設共同二重遮蔽試験である.適格とされた被験者を4群(月1回の投与を3回行う導入期後,アフリベルセプト2mgを8週ごと,2mgを4週ごと,0.5mgを4週ごと,ラニビズマブ0.5mgを4週ごと)に割り付け,52週目に視力が維持(ETDRS視力表による最高矯正視力文字数の低下が15文字未満)された被験者の割合を主要評価項目として実施された(図1).52週以降96週目までは,毎月モニタリングを行い,前回の投与から12週経過した場合は投与を必須とし,再投与基準に合致した場合には12週経過前においても投与を可能とした.アフリベルセプト2mg8週ごとの投与群ではラニビズマブに対する非劣性が確認され,安全性についてはすべての群でほぼ同等であった.また,52週目以降96週あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014375 投与1週間後f投与前投与前adb投与翌日e図2PCVに対するアフリベルセプトの治療効果a~d:投与前.視力1.0.丈の高いPED,漿液性網膜.離と網膜浮腫を認めた.a:カラー眼底.b:蛍光造影(FA).c:インドシアニングリーン蛍光造影(IA).d:投与前OCT.e:投与翌日OCT.PEDは著明に減少し,網膜浮腫は消失した.f:投与1週間後OCT.PEDと漿液性網膜.離は消失,中心窩の形状はほぼ正常となった.目においても全投与群で90%を超える視力の維持が得られ,2年目以降は治療期間を3カ月ごとに延長できる可能性を示唆する結果となっている1).アフリベルセプトの使用例抗VEGF療法では治療にまったく反応しないか,あるいは治療を継続していると薬剤が反応しにくくなる症例,いわゆるノンレスポンダーや耐性例が存在する.このような症例にアフリベルセプトを使用した場合,滲出性変化が退縮するという報告が散見される.さらにポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)では滲出性AMDに比べVEGFの関与が少ないため,抗VEGF療法に対する効果が低いとされているが2),PCVや色素上皮.離(pigmentepithelialdetachment:PED)を伴う症例に対してのアフリベルセプト治療効果が期待されている.筆者らは,PCVやPEDを伴う症例に対してアフリベルセプトを投与した結果,投与後1週間でPEDが消退した症例をしばしば経験している(図2).PEDを伴う376あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014CNVに対する注意点として,色素上皮裂孔の合併があげられるが,現時点では投与後に色素上皮裂孔を合併した症例の経験はない.VIEWStudyの結果は,今後,AMD治療は滲出性変化が生じてから再投与を行うreactiveな治療ではなく,滲出性変化が起こる前に投与するproactiveという方針に変わっていく可能性を示している.また,これまでのアフリベルセプトの臨床使用経験から,本剤は既存の抗VEGF薬とは異なる作用メカニズムを有する可能性が示唆されており,今後の臨床研究によって作用機序,使用方法の最適化,そして長期使用の安全性評価が検討されるであろう.文献1)Schmidt-ErfurthU,KaiserPK,KorobelnikJFetal:IntravitrealAfliberceptinjectionforneovascularage-relatedmaculardegeneration:Ninety-six-weekresultsoftheVIEWStudies.Ophthalmology28:193-201,20142)NakashizukaH,MitsumataM,OkisakaSetal:Clinicopathologicfindingsinpolypoidalchoroidalvasculopathy.InvestOphthalmolVisSci49:4729-4737,2008(72)

緑内障:緑内障配合点眼薬の位置づけ

2014年3月31日 月曜日

●連載165緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也165.緑内障配合点眼薬の位置づけ庄司拓平埼玉医科大学医学部眼科学教室わが国では2010年に3剤の配合剤点眼薬が発売された.海外で先行販売されていたことから,海外文献は多数あるものの,国内でのデータはまだ豊富ではない.今後も増加することが予想される配合点眼薬をどのように処方すべきか.国内外の配合点眼薬の現状と今後を筆者らのデータを交えながらまとめてみる.●はじめに緑内障診療ガイドライン第3版1)では,「現在,緑内障に対するエビデンスに基づいた唯一確実な治療法は眼圧を下降することである」「原発開放隅角緑内障の治療は薬物治療を第1選択とする」「薬物治療は眼圧降下点眼薬の単剤療法から開始し,有効性が確認されない場合には他剤に変更し,有効性が十分でない場合には多剤併用(配合点眼薬を含む)を行う」とされている.また,ヨーロッパやアメリカのガイドラインでは開放隅角緑内障の第1選択にはプロスタグランジン(PG)関連薬が推奨されている2,3).日本において,単剤で進行抑制が可能,または目標眼圧を達成可能な緑内障患者の割合についての明確なエビデンスはないが,TheOcularHypertensionTreatmentStudyによると,約40%の患者が2剤以上の点眼薬が必要となったと報告されている4).●増え続ける緑内障配合点眼薬わが国では2010年に3剤の配合剤点眼薬が発売された.この3剤を含め,配合剤の多くは海外で先行承認・発売されており,さらに開発中の薬剤も含めると,その種類は表1のとおり多岐にわたる.今後も上市が予定されている配合剤としてはタフルプロスト+チモロール,ブリンゾラミド+チモロール,ブリモニジン+チモロール,ブリンゾラミド+ブリモニジンがあり,配合剤の種類は今後増加することが予想される.●配合点眼薬のメリット・デメリット点眼薬の選択肢が増えることにより,治療の幅が広がるというメリットがある一方で,今後さらに種類が増すと,現場の医師・患者双方が点眼剤の種類が多いことにより混乱をきたす可能性もある.配合点眼薬の種類が増えたといっても,新しい作用機序の点眼薬が登場したわけではない.「転院してきた患者さんが使用していた点眼薬が院内採用されていない」といった状況は現在でもすでにしばしば遭遇する.配合剤のメリットは,①点眼回数の減少によるアドヒアランスの向上,②点眼回数減少に伴う防腐剤曝露の減表1国内外の配合剤点眼薬一覧商品名成分カテゴリー海外承認年日本での承認年備考コソプトRザラカムRデュオトラバRGanfortRタプコムRCOMBIGANRアゾルガRSIMBRINZAR0.5%Timolol+1%Dorzolamide0.005%Latanoprost+0.5%Timolol0.004%Travoprost+0.5%Timolol0.03%Bimatoprost+0.5%Timolol0.0015%Tafluprost+0.5%Timolol0.5%Timolol+0.2%Brimonidine0.5%Timolol+1%Brinzolamide1%Brinzolamide+0.2%Brimonidineb+CAIPG+bPG+bPG+bPG+bb+a2b+CAICAI+a21998200120062006─200720082013201020102010─2013─2013─海外では2%Dorzolamide防腐剤は海外ではBAC,国内ではソフジアR国内で販売されているBrimonidine単剤は0.1%国内で販売されているBrimonidine単剤は0.1%(69)あたらしい眼科Vol.31,No.3,20143730910-1810/14/\100/頁/JCOPY 16141210Period1Period2図1配合剤点眼薬の眼圧値の推移(文献7より一部改訂)ドルゾラミド+チモロール(DTFC)を12週間点眼した時点をベースラインとし,その後,無作為に2群に分け,1群はラタノプロスト+チモロール(LTFC)を12週間点眼後,トラボプロスト+チモロール(TTFC)を12週間点眼し,もう1群は逆の順序で点眼した.TTFC点眼期間に眼圧が低下していた.少により,眼表面副作用頻度の低下,③点眼間隔をなくすことによるwashoutリスクの軽減,があげられている5).PG関連薬との併用では,交感神経b受容体遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,交感神経a2受容体作動薬はいずれも有意に眼圧を下げると報告されているが,その優劣は報告により異なる.国内でも3剤以上の点眼薬はアドヒアランスを有意に低下させるとの報告があり6),アドヒアランスを維持しつつ点眼薬で最大の眼圧下降効果を期待するには,将来的には1剤または複数の配合点眼薬を使用する必要があるかもしれない.●配合剤点眼薬の眼圧下降効果は?配合剤点眼薬は上述のように海外で先行発売されているため,多くの報告がなされているが,つぎに列挙するような点に注意が必要である.1)今まで発表されている多くのスタディは欧米諸国で行われたものであり,日本人を含むアジア人での報告はいまだ多くはない.2)点眼薬の主成分は同じでも,点眼薬の濃度や防腐剤は国により異なる.例えばトラボプロスト+チモロール(TTFC)は海外では塩化ベンザルコニウムを用いているのに対し,日本ではソフジアを使用している.また,海外で販売されているブリモニジン配合点眼薬の濃度(0.2%)は日本で発売されているブリモニジン濃度(0.1%)と異なる.374あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014TTFC>LTFCLTFC>TTFCIOP(mmHg)Baseline48124812(週)3)スタディが企業から助成を受けていた場合,その企業に有利な結果となる傾向がある.4)点眼薬の効きめは個人差が大きいが,群間の平均差は小さいため,単純に2群に分けたデザイン(並行群間比較試験:parallelgroupstudy)では,有意差が出にくい.上記問題点を踏まえ,著者らは日本人の正常眼圧緑内障患者を対象にrun-in期間にドルゾラミド+チモロール(DTFC)を12週間点眼したのち,ラタノプロスト+チモロール(LTFC)とTTFCを点眼するクロスオーバー試験を行った7).結果は図1に示すとおりTTFCがLTFC,DTFCと比べ有意に眼圧下降効果は強く,副作用発現頻度はLTFCと同様であった.●配合点眼薬の今後2010年に配合点眼薬が発売されて以来3年が経過するが,現在(平成26年2月現在)UMIN(UniversityHospitalMedicalInformationNetwork)に登録されている配合点眼薬関連の臨床試験は12本であった.今後国内での配合点眼薬の評価を定めるには,さらなる研究が必要であると考えられる.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:特集緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,20122)AmericanAcademyofOphthalmologyGlaucomaPanel:PreferredPracticePatternGuidelines.PrimaryOpen-AngleGlaucoma.AmericanAcademyofOphthalmology,SanFrancisco,2010[www.aao.org/ppp]3)EuropeanGlaucomaSocietyGuidelines:TerminologyandGuidelinesforGlaucoma,3rded.p117-153,DOGMA,Savona,20084)KassMA,HeuerDK,HigginbothamEJetal:TheOcularHypertensionTreatmentStudy:arandomizedtrialdeterminesthattopicalocularhypotensivemedicationdelaysorpreventstheonsetofprimaryopen-angleglaucoma.ArchOphthalmol120:701-713,20025)ChengJW,ChengSW,GaoLDetal:Intraocularpressure-loweringeffectsofcommonlyusedfixed-combinationdrugswithtimolol:asystematicreviewandmeta-analysis.PLoSOne7:e45079,20126)小林博:緑内障治療のアドヒアランスを妨げる原因:点眼時間別でのクラスター解析を用いた検討.日眼会誌115:1086-1093,20117)ShojiT,SatoH,MizukawaAetal:Hypotensiveeffectoflatanoprost/timololvs.travoprost/timololfixedcombinationsinNTGpatients:randomized,multicenter,crossoverstudy.InvestOphthalmolVisSci54:6242-6247,2013(70)

屈折矯正手術:WIOL-CF®の概要

2014年3月31日 月曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載166大橋裕一坪田一男166.WIOL.CFRの概要荒井宏幸みなとみらいアイクリニックWIOL-CFRは,poly-focalityの原理による多焦点性とレンズの「たわみ」による調節可能性を併せもつ新しいタイプの多焦点眼内レンズである.ループのない完全な円形であり,本来の水晶体に近い材質と形状により,従来の眼内レンズにはない,光学的な優位性を獲得すべく設計されている.●WIOL.CFRの特徴現在,普及している多焦点眼内レンズは,正確には2重焦点もしくは3重焦点であり,本当の意味での多焦点ではない.WIOL-CFR(Medicem社製)はpoly-focalityをうたっており,さらに調節機能も併せもつ新しいタイプの多焦点眼内レンズである.WIOL-CFRは,1985年にDr.Wichterleにより原型が考案され,1992年に現在の素材であるWIGELRを用いてレンズが作製された.2000年に現在の形状に改良がなされている.CEマークは取得しており,FDAでは未認可である.全世界での挿入症例数は約7,000眼である.WIOL-CFRの外観を図1に示す.素材は,WIGELR架橋メタアクリル共重合体のハイドロジェルである.含水率は42%,屈折率は1.428,直径は8.6~8.9mmと大きい.中心部厚は0.8~1.7mmであり,製作範囲は+15D~+30D(0.5Dステップ)となっている.ハイドロジェルであるWIGELRは,負の電荷を帯びているため,蛋白質の吸着,バイオフィルム形成,カルシウム沈着,後.混濁の発生に対して抑制的に働いている.WIOL-CFRの直径は8.6~8.9mm,表面積は62mm2で,そのすべてが光学部として使用できる.本来の水晶体の光学部(10.5mm,87mm2)に近いサイズであり,有効光学部面積は従来の眼内レンズ(6.0mm,28mm2)の2倍である.光学部面積が大きいため,エッジグレアやハローが起こりにくい設計となっている.比較のシェーマを図2に示す.Medicem社がうたうpoly-focalityは,レンズ後面形状と水晶体.の収縮による形状変化の両方が関与している.レンズ中心部で屈折度数は最大で,周辺部に向かって徐々に減少するような多焦点双曲線形状となっている(図3).いくつかの臨床試験で,WIOL-CFRは平均2.0(67)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY~~図1WIOL.CFRの外観レンズの厚さや直径はレンズ度数により異なる.レンズ全面が光学部として機能する(fulloptics).図2水晶体および各種眼内レンズの光学部の比較上段が直径,下段は表面積である.WIOL-CFRは,本来の水晶体にもっとも近い大きさと表面積をもつ.図3光学部の多焦点双曲線形状WIOL-CFRのもつpoly-focalityのシェーマである.レンズ内の点線は調節可能レンズとしての形状変化後におけるレンズ前面である.~2.5Dの調節力を示しており,長期間持続している.順応までの期間は3~4カ月である.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014371 表1術後調節力の報告報告者,発表年眼数調節力の範囲観察期間PastaJ,2003792D3年(67眼は9年フォローアップ)PastaJetal,2006262.2D12カ月以上NylanderAetal,200651>2.25D24カ月PallikarisIG,201150>2D12カ月これまでのWIOL-CFRの調節力に関する報告のまとめである.術後,中~長期にわたり2D程度の調節力が確保されていることがわかる.図4術後視力の結果(logMAR視力)術後は,遠方から近方までの均質的な視力が得られていることがわかる(Jeager視力:J1=1.0,J2=0.8,J3=0.67).UDVA:遠方裸眼視力.CDVA:遠方矯正視力.UIVA:中間裸眼視力.UNVA:近方裸眼視力.J:Jeager視力.●手術時における特徴切開創はレンズ度数により異なる.3種類のインジェクターが準備されており,+15~+18Dでは切開創は2.5mm,+18.5~+26.5Dでは2.8mm,+27.0~+30.0Dでは3.2mmある.レンズは生理食塩水に浸った状態で保存されており,BSSおよび前房水内で10~15%膨張する.そのため,レンズセッティングは挿入直前に行わなければならない.レンズが完全に膨張するのは3~5分程度である.また,外観のとおり,ループをもたない円形形状であるため,.内での位置が中心ズレを起こさないように,手術終了後3~5分程度は仰臥位での安静が必要である.●手術結果筆者の経験は4眼であり経過は良好であるが,n数が少ないため,今回はすでに発表されている他施設での結果を示す.Dr.Pallicarisらが他施設での476眼の結果をまとめ発表している.術後視力を図4に示す.また,術後調節力を測定したいくつかの施設での結果を表1に示す1~3).372あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014●考察現在普及している多焦点眼内レンズも常に設計が進化してきており,すでに第4世代になろうとしている.世界中のレンズメーカーが製造している多焦点眼内レンズは30種類以上あり,今後も増加して行くであろう.どのメーカーも光学設計に工夫を凝らし,自然な見え方を確保し光学的なロスを減少させようとしている.このWIOL-CFRは斬新なアイデアと新しい素材により,本当の多焦点性をもつレンズを実現した点は,素晴らしい進歩といえよう.WIOL-CFRが普及するためには,まず乱視を制御しなければならない.その形状から,トーリックレンズは難しいであろう.フェムトセカンドレーザーによる乱視矯正角膜切開術などとの組み合わせが必要になるかもしれない.また,術後の仰臥位での安静時間が長いため,ストレッチャーでの移動か手術時間枠の延長が必要となってくる.こうした点が解決されないと,多くの施設での普及は難しい可能性があると思われる.また,ループがないため,後発白内障術後にレンズ偏位が認められたという報告もなされている4).より水晶体に近い形状と材質による眼内レンズ設計という発想は,斬新であり,将来の眼内レンズを予想させるものである.今後,長期的な観察も含め注目してゆきたい技術である.文献1)PallikarisIG:PreliminaryresultsafterWIOL-CFaccommodativeintraocularlensimplantation.ESCRS,Budapest,20102)PallikarisIG:OutcomesafterWIOL-CFaccommodativeintraocularlensimplantation.ESCRS,Vienna,20113)PallikarisIG,PortaliouM,PanagopoulouSI:OutcomesafterWIOL-CFaccommodativeintraocularlensimplantation.XXXCongressofESCRS,Milan,20124)KangKT,KimYC:Dislocationofpolyfocalfull-opticsaccommodativeintraocularlensafterneodymium-dopedyttriumaluminumgarnetcapsulotomyinvitrectomizedeye.IndianJOphthalmol61:678-680,2013(68)

眼内レンズ:白内障切開創への真菌感染

2014年3月31日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎331.白内障切開創への真菌感染池川泰民松山赤十字病院眼科白内障術後に発症する感染症として眼内炎がよく知られている.しかしながら,まれではあるが,白内障手術時の創口部に認められる感染も存在する.白内障切開創への感染は病因診断が困難であり,ときに視力予後が不良となる症例もあることから,術後炎症の原因の一つとして考える必要がある.●白内障術後の感染症の原因菌白内障術後眼内炎は術後の感染症として良く知られているが,頻度は一般に2,000例に1例程度といわれており,決して多い数字ではない.これよりも頻度は少なくなるが,病因診断の困難さと視力予後不良となる可能性をもった術後感染症として,白内障切開創への感染がある.わが国では江本らによる創口感染の報告1)があり,海外では真菌による創口部の感染の報告2,3)が散見される.その報告の多くの原因真菌がAspergillus属であり,角膜炎として発症したものであった(図1).●Aspergillus属による感染症Aspergillus属は真菌性角膜炎の起因菌として多いものの一つであり,自然界のいたるところに広く分布している.手術時の切開創に起こる真菌感染は,感染経路が不明なものが多いが,考えられる感染経路として手術中の落下真菌などが考えられる.また,Aspergillus属は植物に付着していることも多く,植物による突き眼によって角膜炎が起こることが多いといわれており,患者背景をみると農作業にかかわっている人が多く,海外での報告もインドなどの発展途上国で多く認められる.Aspergillus属は糸状菌に分類され,進行は比較的緩徐である.そのため,感染巣が広がる前の早期に発見できれば抗真菌薬により効果的に治療を行うことができる.しかし,上記のように切開創からの感染がすべて角膜炎を生じてくれれば発見しやすいが,なかには角膜炎を生じないものもある.強角膜に炎症を起こさずに,虹彩や隅角部に炎症を引き起こすものが存在する.このような症例においては,病巣部を見ようにも角膜浮腫を引き起こしている場合が多く,隅角検査が困難な場合が多い.角膜浮腫のために隅角部の状況がわからず漫然と経過をみていくことで,角膜表面には炎症所見を認めないまま虹彩や隅角へ深く真菌が侵入していること(65)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY図1Aspergillus角膜炎図2前眼部OCTがある.このような状況にならないために隅角を調べる一つの方法として,前眼部OCTが大変有用な検査となる可能性がある(図2).図2のように前眼部OCT検査を行うことで,角膜表面からは透見できなかった病巣が創口部と一致した強角膜内に連続していることがわかる.●抗真菌薬による治療ここまで深く真菌が侵入してしまうと内科的治療が困難になってくる.抗真菌薬には,作用機序から大きく4つの種類がある.①ポリエン系,②アゾール系,③キャンディン系,④ピリミジン系である.糸状菌に対しては,アゾール系のミコナゾールまたはポリエン系のピマリシンが第一選択であるといわれている.これらの抗真菌薬の中で唯一,眼局所用として存在するのがポリエン系のピマリシンである.この薬剤は,Aspergillus属に対するMICが1.56.3.13(μg/ml)であり,強い抗菌力あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014369 図3角膜移植後をもち耐性菌が出現しにくい.しかし,強い結膜充血や角膜上皮障害などの副作用が起こることがあるうえ,眼移行性が悪いため,虹彩まで侵入したような症例に対しては効果が乏しい.ミコナゾールはアゾール系の中で糸状菌に対して効果を示す薬剤であるが,Aspergillus属に対するMICが0.4.>100(μg/ml)であり,抗真菌活性作用がやや低い.近年,アゾール系のボリコナゾールがAspergillus属に対して有効であるということで多く使われている.ボリコナゾールはAspergillus属に対するMICが0.19.0.5(μg/ml)であり,強い抗真菌活性作用をもっている.ボリコナゾールは,製剤として静注用か錠剤しかないため,眼科領域で使用する場合には静注用を1%(10mg/ml)に薄めて点眼として使うことが多い.ここで気になるのが,ボリコナゾールの眼移行性である.Vemulakondaらによると4),1%に薄めたボリコナゾール点眼を行ったのち,前房内と硝子体内でボリコナゾール濃度を測定すると,前房内ではAspergillus属に対するMICを超えたが,硝子体内ではAspergillus属に対するMICを超えることはなかった.また,Hariprasadらによると5),ボリコナゾールの内服による前房内濃度や硝子体内濃度の関係は,血液中の薬物濃度に対して前房内の薬物濃度が53.0%であり硝子体中の薬物濃度が38.1%であった.このことより,ボリコナゾールの眼移行性はあまり良くないことがわかる.●外科的治療法では,虹彩にまで浸潤したような真菌感染にはどのように対処していくべきか.内科的治療には限界があるため,外科的治療が有効となってくる.外科的治療としては,感染巣をすべて取り除くために強角膜切除を行い,角膜切除した部分に全層角膜移植を行う.感染巣除去後は炎症も収束に向かいやすく,術後1週間程度からステロイド点眼を開始することで,真菌感染を再燃させることなく術後炎症を早くに消炎することができる6)(図3).●まとめ白内障切開創への真菌感染は早期発見が重要であり,早期発見することができれば薬物治療も可能である.しかし,虹彩や隅角まで真菌が侵入してしまった状態で発見することもある.この場合は,外科的治療も考えていく必要があるものと思われる.文献1)江本宜暢,平形明人,三木大二郎ほか:Penicillium感染による白内障術後眼内炎の一例.眼臨紀1:122-127,20082)RoyA,SahuSK,PadhiTRetal:Clinicomicrobiologicalcharacteristicsandtreatmentoutcomeofsclerocornealtunnelinfection.Cornea31:780-785,20123)JhanjiV,SharmaN,MannanRetal:Managementoftunnelfungalinfectionwithvoriconazole.JCataractRefractSurg33:915-917,20074)VemulakondaGA,HariprasadSM,MielerWFetal:Aqueousandvitreousconcentrationsfollowingtopicaladministrationof1%voriconazoleinhumans.ArchOphthalmol126:18-22,20085)HariprasadSM,MielerWF,HolzERetal:Determinationofvitreous,aqueous,andplasmaconcentrationoforallyadministeredvoriconazoleinhumans.ArchOphthalmol122:42-47,20046)池川泰民,鈴木崇,鳥山浩二ほか:白内障手術時の切開創に発症した真菌感染の1例.あたらしい眼科30:14751478,2013

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ診療のギモン⑩

2014年3月31日 月曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ診療のギモン②10本コーナーでは,コンタクトレンズ診療に関する読者の疑問に,臨床経験豊富なTVCI※講師がわかりやすくお答えします.※TVCIは「ジョンソン・エンド・ジョンソンビジョンケアインスティテュート」の略称です.眼科医および視能訓練士を対象とするコンタクトレンズ講習会を開催しています.花粉症シーズンのCL装用患者独特の症状や訴えについて教えてください.講師梶田雅義梶田眼科花粉の飛散時期は,花粉症を有するコンタクトレンズ(CL)装用者にとってはつらいシーズンである.わが国では,2.4月はスギ,5月はヒノキ,5.6月はカモガヤ,8.10月はブタクサの花粉が多いといわれている.花粉症はI型アレルギーで,肥満細胞から遊離したヒスタミンが種々の症状を引き起こし,くしゃみ,鼻水,鼻炎症状などの全身症状のほかに,眼の掻痒感,結膜充血,眼脂を生じる.症状がひどくなると眼瞼結膜に乳頭増殖を生じる.全身症状を伴わずに,眼の症状だけ発症する例も少なくない.1.花粉症の眼症状CL装用者は,CLが角謨を覆っているために,かゆみを認識するのが遅いようで,花粉症が軽度の段階ではかゆみを感じるよりも先に,見え方が悪くなると訴えることが多い.結膜にアレルギー性の炎症反応が起こると,漿液性あるいは粘液性の眼脂を呈する.この眼脂がCL表面に付着し,見え方を悪くする.瞬きごとに見えたり見えなかったりする不快を訴える.上眼瞼結膜に乳頭が形成されると,乳頭と乳頭の隙間が吸盤のような状態になってCLに吸いつき,CLが上眼瞼結膜に貼りついてしまう.すると,瞬目のたびにレンズが限瞼と一緒に動くだけでなく,レンズ表面の付着物を眼瞼がふきとれず,見え方が悪化する.CLの光学部分が瞳孔領から外れて,矯正効果が失われる場合もある.このような視覚に関する不快感が生じた後に,かゆみなどの自覚症状が生じることも少なくない.(63)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY2.花粉症対策CLの利便性のために,花粉症が発症してもCL装用を自主的に中止する症例は少なく,かなり症状が悪化してから来院する場合もある.CL装用を中止すれば症状が軽減する症例も少なくないが,CL装用による視機能のメリットを考慮すると,できる限り装用の継続をサポートしたいものである.経済的な負担は大きくなるが,花粉症の時期に1日使い捨てCLを使用することは,比較的容易な花粉症の対処方法である.なんらかの理由で1日使い捨てCLへの変更がむずかしく,毎日のケアが必要なレンズを使用する場合に大切なことは,レンズケアを行う際に花粉をレンズにすり込まないことである.花粉が付いたままで,いきなりこすり洗いをすると,花粉が壊れて破片がCLに摺り込まれてしまう.一度すり込まれた花粉は,こすり洗いを重ねるほどCL表面に密着して.がれなくなってしまう.そっとはずしたCLを,MPS(multipurposesolution)または保存液を八分目くらいまで入れた保存容器に入れて強く振り,CL表面に付着した花粉をできる限り振り落とす.その後に感染症対策のためにしっかりこすり洗いを行うように指導する.ソフトコンタクトレンズ(SCL)の種類やデザイン,素材を変更する,あるいはケア溶剤やケア方法を変更することで,花粉症の時期もCL装用を中止しないで乗り切ることのできる症例も少なくない.症例ごとにCL装用を継続できる条件を見つけだす作業も,CL外来の大切な仕事である.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014367 花粉症の症状を訴えて来院される方には,どのような対応をされていますか?講師梶田雅義梶田眼科花粉症を有するCL装用者には,装用を中止するように指導するケースが多いようであるが,過去の調査によれば(図1),CL装用者の91.3%が花粉飛散の時期にも装用の継続を希望していた.花粉の飛散時期であっても快適な矯正をあきらたくないと考えるCL装用者が多い.1.患者の指導花粉症を発症しやすい時期のCL装用については,装用者自身に眼の状態に注意を払うように指導することが大切である.裸眼だと鏡に映る自分の眼がよく見えない遠視眼では,凹面鏡を使うように指導するとよい.装用感はもちろん,結膜に充血が生じていないか,角膜と結膜の境目が腫れていないかなどを自分でチェックするよう指導する.ただし,異常な所見は正常な状態を見ていないと分からないので,普段から自分の眼をよく観察する習憤をつけることが大切である.そして,少しでも異常に気づいたら眼科医に相談するように指導する.2.CLの選択花粉の付着はCLの種類によって異なる.過去の調1.2%91.3%7.5%0102030405060708090100%■そう思う■どちらともいえない■そう思わない図1花粉飛散時期もできればコンタクトレンズの装用を継続したいと思いますか?使い捨てコンタクトレンズを使用している花粉症患者600人を対象に調査.(2010年Johnson&JohnsonK.K.調べ)査1)では,FDA分類のグループ1はグループ4に比べて花粉が付着しにくかった.シリコーンハイドロゲルCLは含水SCLに比べて花粉が付着しにくい印象はあるが,シリコーンハイドロゲルCL装用によってアレルギー反応が発症する例もあるので,慎重に経過観察を行い,適応を見分ける必要がある.また,繰り返しケアを行なうCLに比べて,1日使い捨てCLは花粉の蓄積がないため,花粉の飛散時期の装用に適している.3.花粉症時期の点眼花粉が飛散し始める約2週間前から,抗アレルギー点眼液の使用を開始すると効果的2)である.花粉症の症状が出現したら,副腎皮質ホルモン剤の点眼液を加える.副腎皮質ホルモン剤によって眼圧が上昇する症例が存在するため,使用中は眼圧を定期的にチェックする必要がある.眼圧上昇を認めた場合には,副腎皮質ホルモン剤の点眼を速やかに中止し,非ステロイド系消炎薬の点眼に変更してみる.これらの点眼液を使用しても症状がひどく,安定したCL装用を継続できない場合には,1日使い捨てCLに変更する.それでも終日の装用ができない場合には,どうしてもCL装用を行ないたい時間帯だけに1日使い捨てCLを用いたオケージョナル装用を勧める.1日使い捨てCLの装用でも装用直後から不具合を生じるようであれば,CLの装用を中止して,花粉の飛散時期が過ぎ去るのを待つことにする.CL装用はアレルギー性結膜炎を悪化させる要因にもなりうるため,CL装用を中止させることがもっとも容易な対処方法である.しかし,CLによる利便性が花粉症による不快に勝る場合には,できる限りCL装用を継続させてあげることも,眼科医の使命と考える.文献1)梶田雅義:スギ花粉症時期のコンタクトレンズケアについて.第60回日本臨床眼科学会一般演題,20052)アレルギー性結膜炎診療ガイドライン作成委員会:アレルギー性結膜炎診療ガイドライン.日眼110:99-134,2006368(00)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014ZS696

写真:春季カタルに対するタクロリムス点眼治療

2014年3月31日 月曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦358.春季カタルに対するタクロリムス横井桂子京都府立医科大学大学院医学研究科点眼治療視覚機能再生外科学図2図1のシェーマ上眼瞼結膜全体の充血,浮腫,大小多数の巨大乳頭増殖.図1春季カタルの結膜乳頭増殖7歳,女児.初診時,両上眼瞼結膜の増殖性所見とともに角膜全面に落屑様上皮障害も認め,抗アレルギー(4回/日),ステロイド(4回/日),タクロリムス(2回/日)の各点眼液にて軽快せず,プレドニゾロン内服(10mg4日,5mg3日)を追加し治療を開始.図4アトピー性皮膚炎を合併する春季カタル(30歳,男性)長年,増悪寛解を繰り返し,ステロイドの点眼・眼軟膏・内服で加療していた.タクロリムス点眼液使用後,半年で上眼瞼結膜の乳頭が消失し,1日1回の点眼継続で3年間強い増悪を生じていない.図3初診後3カ月の上眼瞼結膜初期治療が奏効し1カ月でタクロリムス点眼液のみとなり,3カ月で結膜乳頭が平坦化した.その後点眼を中止したが,1年後に再増悪し,同様に治療した.その翌年の増悪期には予防的にタクロリムス点眼(2回/日)を約1カ月前より開始し,他の治療を用いることなく増悪を回避できた.(61)あたらしい眼科Vol.31,No.3,20143650910-1810/14/\100/頁/JCOPY 春季カタルは,角膜病変を伴うこともある重症のアレルギー性角結膜疾患であり(図1,2),増悪寛解を繰り返すため,しばしばステロイドの長期投与を余儀なくされ,コントロールの困難な疾患であった.しかし,タクロリムス点眼液(タリムスR点眼液0.1%)が使用できるようになり,春季カタルに対する治療法は大きく変化した1).増悪期においてステロイドとタクロリムスを併用して治療を行ったのち,軽快に伴ってタクロリムス単独点眼に切り替えることで,ステロイドからの早期離脱が可能となった.さらに,それ以上に有効性が実感できるのは,寛解期にタクロリムス点眼液を継続使用することで,これまでに経験したことのない状態にまで結膜乳頭が平坦化し,それに伴いつぎの増悪を予防でき,さらに増悪期でのステロイド使用量が軽減されて,場合によっては用いることなく乗り切ることができるようになったことである(図3).同様のタクロリムスの効果は,点眼薬発売以前から皮膚科で使用されてきたタクロリムス外用薬(プロトピックR軟膏)ですでによく知られており,アトピー性皮膚炎の治療方法も大きく変化した.そして,現在推奨されているアトピー性皮膚炎に対するタクロリムスの使用方法に,プロアクティブ療法がある2).これはアトピー性皮膚炎の寛解期に,タクロリムス外用薬を中止してしまうのではなく,保湿剤を継続しながら,週に2.3日タクロリムス軟膏を1日1回継続して塗布していくことで,増悪を予防し,皮膚病変を長期間にわたり寛解維持しようという治療法である.アトピー性皮膚炎では,一見,正常になったように見える皮膚でも,完全に治癒しているわけではなく,皮下に炎症の残存があり,バリアー機能の低下とともに再燃しやすい状態にある.その炎症をタクロリムスによりコントロールすることで,皮膚炎の再燃を予防できるという考え方がこの治療法の根拠となっており,実際に効果が認められている.皮膚と結膜は解剖学的に異なるが,眼表面においても,アトピー性皮膚炎を伴う場合,一見,正常に見える角結膜上皮のバリアー機能が低下していることを筆者らは報告しており3),春季カタルにはアトピー性皮膚炎を合併しないものもあるが,増悪寛解を繰り返す春季カタルやアトピー性角結膜炎では,寛解期を維持し増悪を予防する目的で,プロアクティブ療法に準じたタクロリムス点眼薬の使い方が効果的ではないかと考えられている4).タクロリムス点眼液の寛解期に入ってからの継続期間や点眼回数については,現在,決まった方法はなく,実際の症例においても個々に判断すべきことは多いが,基本的には,沈静化されていてもしばらくは継続して結膜乳頭の平坦化などの経過観察を行い,長期の寛解維持を確認して,点眼回数を2回から1回に減らし,さらに投与回数を減らしながら中止してみるのが良いのではないかと考える.また,春や秋など,増悪が予想される時期には,予防的に点眼回数を戻して対応することも必要ではないかと考えている.さらに,アトピー性皮膚炎の強い場合には,季節に関係なく増悪する場合もあるので,1日1回の点眼を継続することで,長期にわたり寛解が維持され,非常に有効であることを経験している(図4).文献1)春季カタル治療薬研究会:免疫抑制点眼薬の使用指針─春季カタル治療薬の市販後全例調査からの提言─.あたらしい眼科30:487-498,20132)加藤則人:アトピー性皮膚炎のプロアクティブ療法.臨床皮膚科65:140-142,20113)YokoiK,YokoiN,KinoshitaS:Impairmentofocularsurfaceepitheliumbarrierfunctioninpatientswithatopicdermatitis.BrJOphthalmol82:797-800,19984)海老原伸行:タクロリムス点眼薬のプロアクティブ療法.銀海225:3,2013366あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(00)

前眼部OCT所見の読み方

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):359.364,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):359.364,2014前眼部OCT所見の読み方InterpretingAnteriorSegmentOCTImages若江春花*小林顕*はじめに近年,前眼部光干渉断層計(anteriorsegmentopticalcoherencetomography:前眼部OCT)はめざましい進歩をとげており,角膜・緑内障領域において,広く利用されるようになってきている.光源の波長が,眼底用OCTに使用されていた840nmから,より深達度の高い1,310nmになったことにより,測定可能組織の範囲や深さが広がった1).さらにOCTのシステムがタイムドメイン方式からFourierドメイン方式に発展したことにより,測定速度が向上した.測定速度の向上により3次元OCTの撮影が可能となり,前眼部の断層像だけではなく立体像の評価ができるようになった.本稿では,前眼部専用OCTの2機種について,その性能と特徴,および代表的な疾患の所見の読み方について述べる.I前眼部OCT光源1,310nmの前眼部専用OCTの代表的な機器として,タイムドメイン方式のVisanteTMOCT(カールツァイスメディテック社)(図1),およびFourierドメイン方式のSS-1000CASIA(トーメーコーポレーション)(図2)がある(表1).他に広義の前眼部OCTに分類されるものとして,840nm光源の眼底用OCTに前眼部観察用のアダプターを装着して撮影する機器が各社から発売されている.1.VisanteTMOCTタイムドメイン方式OCTであるVisanteTMOCTでは,両端隅角を含む前眼部Bスキャン画像が得られるモードとしてanteriorsegmentsingle,dual,quadの3つがあり,それぞれ一度の撮影で横16mm×深さ6mmの画像が1,2,4枚得られる.同じ撮影範囲で加算平均処理をしてノイズを減らしたモードが,enhancedanteriorsegmentscanである.また,より高解像の断層像が得られるモードとしてhighresolutionモードがある.また,横10mm×深さ3mmの範囲で撮影するpachymetryモードもあり,角膜厚を測定し,マップ表示することが可能である.2.SS.1000CASIAFourierドメイン方式OCTであるSS-1000CASIAでは,より高解像な画像を短時間で多数撮影可能である.基本的な撮影モードとして,前眼部画像と角膜トポグラファーがある.a.前眼部画像(anteriorsegmentモード)正常の角膜断層画像を図3に示す.3次元測定を行うことにより,撮影後に任意の断面での評価が可能である.つまり撮影後に目標とする病変を探し当てることができるので,検査時の患者および検者の時間的・身体的負担を軽減し,データの撮り残しも起こりにくい.b.角膜トポグラファー(cornealmapモード)前眼部OCTをベースにした角膜形状解析を図4に示*HarukaWakae&AkiraKobayashi:金沢大学附属病院眼科〔別刷請求先〕若江春花:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学附属病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(55)359 す.角膜前後面の形状,角膜厚の分布,不正乱視を成分ごとに高次波面収差として定量化できる.また,角膜混濁を伴う高度の角膜形状異常眼の角膜形状評価が可能であり,たとえば従来型の角膜トポグラファーでは評価困難であった角膜混濁を伴う高度の円錐角膜でも図1VisanteTMOCTの外観図3正常の前眼部断層像(anteriorsegmentモード)角膜上皮と角膜実質が明瞭に区別でき,Bowman層が部分的に観察できる.Descemet膜と内皮は区別できない.SS-1000CASIAでは再現性の良い形状評価が可能である2,3).このことにより,従来のケラトメータやトポグラファーでは対応困難である高度な円錐角膜のハードコンタクトレンズ(HCL)処方や白内障手術の際の眼内レンズ度数決定においても有用性を発揮する4).なお,SS-1000CASIAによる角膜トポグラファーは光源が近赤外光であるため眩しくない.さらに涙液による影響も少ない.c.その他今回詳細は省くが,隅角の3次元解析(angleanalysis図2SS.1000CASIAOCTの外観表1前眼部OCTの性能比較VisanteTMOCTSS-1000CASIA会社名メカニズム波長スピード分解能(縦方向)(横方向)横方向スキャン範囲スキャン深度カールツァイスメディテック社タイムドメイン方式1,310nm2,000A-scan/秒18μm60μm16mm×1,2,4line(s)6mmトーメーコーポレーションフーリエドメイン方式1,310nm30,000A-scan/秒10μm30μm16mm×16mm6mm360あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(56) 図4角膜トポグラファー(cornealmapモード)左上が角膜前面のエレベーションマップ,右上が角膜後面のエレベーションマップ,左下がaxialpowerのパワーマップ,右下が角膜厚分布のマップである.モード,angleHDモード)や,濾過胞の形状評価(blebモード)が可能であり,緑内障治療に有用である.II前眼部OCTが有用となる疾患前眼部OCTの撮影に良い適応となる疾患として,角膜疾患と緑内障が挙げられる.角膜では屈折矯正手術前後,角膜移植後,角膜変性症,円錐角膜などが良い適応である.特に細隙灯顕微鏡では観察困難である角膜混濁疾患での有用性は大きい5).緑内障では閉塞隅角の有無,線維柱帯切除術後が良い適応である.測定ツールを用いることで前房深度,隅角の各種パラメータ,線維柱帯切除術後濾過胞体積などを測定できる6).III代表的な疾患のOCT所見SS-1000CASIAで撮影された代表的な疾患のOCT所見について述べる.1.角膜混濁前眼部OCTの測定光は組織深達度が高いので,角膜に混濁があっても前眼部の測定ができ,隅角の評価が可能である(図5).角膜混濁部位が高反射領域として検出されるため,病変の広がりや形態学的特徴を把握しやすい7).2.円錐角膜円錐角膜は,両眼性の進行性非炎症性の角膜の菲薄化を特徴とする疾患で,実質の菲薄化によって角膜が円錐状に突出し,角膜形状が大きく変形することで不正乱視をきたし,視力が低下する.初期には,病変が透明であるために診断が困難であるが,角膜屈折矯正手術の適応外疾患であることから,その診断は重要である.円錐角膜の治療の基本はHCL装用,それでも視力矯正が困難な場合は全層角膜移植もしくは深層表層角膜移植が適応(57)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014361 図5角膜潰瘍治癒後の角膜瘢痕症例5時から角膜中央部にかけて混濁病変がみられ,血管侵入を伴っている.OCT断層像をみると,実質層が高反射になっており,実質破壊のため実質は菲薄化している.写真提供:戸田良太郎先生(大阪大学眼科)図6角膜混濁を伴う円錐角膜OCT断層像では角膜の中央部は菲薄化し,前方に突出している.写真提供:戸田良太郎先生(大阪大学眼科)となる.高度な円錐角膜に対するHCL処方の際の前眼部OCTの有用性については前述のとおりである.角膜移植の際には前眼部OCTにて菲薄化した部位を把握し,切除範囲を決定することができ,術後の評価にも有用である(図6).つまり,前眼部OCTは,円錐角膜の診断,経過観察,治療の過程すべてにおいて有用な検査であるといえる.3.角膜潰瘍細隙灯顕微鏡による観察に加え,前眼部OCT検査を行うことにより,角膜浮腫の範囲や角膜厚について定量的な評価が可能となり,治療の効果判定においても有用である(図7).4.Mooren潰瘍Mooren潰瘍は角膜周辺部に生じる進行性の無菌性潰362あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014瘍であり,角膜抗原に対する自己免疫が原因と考えられている.角膜には輪部に沿った弧状の潰瘍を認め,徐々に深くなり,進行すれば角膜穿孔を生じることもある難治性の疾患である(図8).外科的治療が必要になった場合,角膜の菲薄化の範囲や深さにより術式が異なるため,前眼部OCT検査は非常に有用である.5.分娩時外傷鉗子分娩では角膜が圧迫され,Descemet膜の破裂を生じることがある.角膜内皮障害が進行すると水疱性角膜症に至り,角膜内皮移植術の適応となる(図9).Descemet膜の障害部位やposteriorcollagenlayer(PCL)は細隙灯顕微鏡のスクレラルスキャタリング法でも観察することができるが,前眼部OCTではより明瞭な観察が可能である.(58) 図7角膜潰瘍症例(完成期のアカントアメーバ角膜炎)毛様充血を伴う円板状角膜潰瘍が認められる.OCT断層像では,潰瘍部に一致して角膜上皮,実質浅層の欠損を認め,角膜の混濁が強くても前房内や隅角の様子が観察できる.写真提供:戸田良太郎先生(大阪大学眼科)図8Mooren潰瘍上方の輪部角膜が穿孔し,虹彩が嵌頓している.任意のOCT断層像を得ることにより,細隙灯顕微鏡ではわかりにくい角膜の菲薄化部位を把握することができる.図9分娩時外傷が原因で水疱性角膜症に至った症例Posteriorcollagenlayerが前房内に遊離している所見がOCT断層像にて明瞭に観察される(矢印).(59)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014363 図10DSAEK症例アルゴンレーザー虹彩周辺切除術後の水疱性角膜症に対してDSAEKを施行した.ドナー内皮グラフトのセンタリングは良好で,接着良好である.また,ホスト角膜の実質浮腫が消失していることがわかる.6.DSAEKDSAEK(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty)は,水疱性角膜症に対する有用な術式として近年症例数が増加している.角膜混濁が強く,細隙灯顕微鏡では十分な前眼部の評価がむずかしい症例でも,前眼部OCTを用いれば前房深度や周辺虹彩癒着の有無などが評価できる8).わが国では水疱性角膜症の原因としてレーザー虹彩切開術後が多く,これらの症例では前房容積が小さいことが多く,手術時に前房内操作が困難となる場合がある.術前に前眼部OCT検査を行うことで,手術の難易度やリスクについて事前にある程度予測することが可能となる.さらに,前眼部OCTはDSAEK術後にも有用である(図10).非接触検査であるため,術後早期より検査を行うことができ,移植片のセンタリングや接着が良好であるかなどを評価できる.その後,角膜厚測定により,角膜実質の浮腫が改善していく経過を定量的に評価できる.おわりに本稿では前眼部OCTについて,概略と代表症例について解説した.前眼部OCTでは,非接触で高精度の前眼部解析を容易に行うことができるため,高度な前眼部疾患の診断や治療を行ううえでは必須の機器になりつつある.また,本稿では緑内障については述べなかったが,隅角鏡や超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)に比べ,非侵襲的かつ簡便であるため,手術直後や外傷例,また小児の隅角の観察が可能であり,緑内障診療を行ううえでの有用性も大きい.今後のさらなる発展が期待される機器の一つである.文献1)RadhakrishnanS,RollinsAM,RothJEetal:Real-timeopticalcoherencetomographyoftheanteriorsegmentat1310nm.ArchOphthalmol119:1179-1185,20012)森秀樹:前眼部OCTの使い方.眼科診療のスキルアップ前眼部編(前田直之編),p135-145,メジカルビュー,20093)森秀樹:前眼部OCT型角膜トポグラファーの測定原理と特徴.視覚の科学32:102-107,20114)森秀樹:CASIAを用いた円錐角膜に対するハードコンタクトレンズ処方(東京医大式HCL処方).IOL&RS25:376-378,20115)MaedaN:Opticalcoherencetomographyforcornealdiseasas.EyeContactLens36:254-259,20106)MiuraM,KawanaK,IwasakiTetal:Three-dimensionalanteriorsegmentopticalcoherencetomographyoffilteringblebsaftertrabeculectomy.JGlaucoma17:193196,20087)森秀樹:角膜混濁.眼科52:1406-1411,20108)MemarzadehF,LiY,FrancisBAetal:Opticalcoherencetomographyoftheanteriorsegmentinthesecondaryglaucomawithcornealopacityafterpenetratingkeratoplasty.BrJOphthalmol91:189-192,2007364あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(60)

スペキュラーマイクロスコピーの読影

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):353.358,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):353.358,2014スペキュラーマイクロスコピーの読影InterpretingSpecularMicroscopy羽藤晋*Iスペキュラーマイクロスコピーの原理スペキュラーマイクロスコピーとは,鏡面反射の原理を用いて,おもに角膜内皮を観察する顕微鏡検査である.原理的には,角膜内皮面だけでなく,角膜上皮や実質の観察も可能なはずであるが,画像解像度の点,および臨床面で最も検査としての意義が高いという点から,現在臨床の現場で使われているスペキュラーマイクロスコープは角膜内皮面の観察用にデザインされている(図1).1918年にVogtがこの原理を用いて初めて角膜内皮面の観察を行い,1968年になってMauriceが最初のスペキュラーマイクロスコープの試作機を発表したとされる1).その後,Laing,Bourne,Kaufmanらによって改良がなされ1),今日のように日常診療で角膜内皮の写真が撮影できるようになり,広く普及している.鏡面反射で観察する際,スリット光の幅が広いと実質や上皮からの散乱光が強くなってしまい,角膜内皮のコントラストが低下して観察しにくくなってしまう.そのため,初期のスペキュラーマイクロスコピーでは,狭いスリット光を用いて撮影されていた.この方式では内皮面の撮影範囲が狭くなってしまい,初期のころのスペキュラーマイクロスコピーによる解析はせいぜい角膜内皮細胞密度くらいに限られていた2).最近は光の干渉を抑え解像度を上げる技術の進歩とともにスリット光の幅も広がり,より広範囲の角膜内皮面の観察が可能となったため,解析できるパラメータも増えている.上皮のスペキュラー像内皮のスペキュラー像入射スリット光上皮実質内皮IIスペキュラーマイクロスコピーでみる角膜内皮所見スペキュラーマイクロスコピーでの正常角膜内皮所見を図2A,Bに示す.時おりスペキュラーマイクロスコピーの写真で片側に黒いバンドが現れたり,その反対側の輝度が高かったりするが,黒いバンドは角膜内皮と前房水との境界面によるものであり,輝度の高い部分は実質と角膜内皮の境界面の散乱光によるもので,I項で説図1スペキュラーマイクロスコピー撮影原理の概念図臨床で用いられる機器では角膜内皮像のみを取得するようにデザインされている.*ShinHatou:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕羽藤晋:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(49)353 A図2スペキュラーマイクロスコピー撮影像A:正常角膜内皮スペキュラーマイクロスコピー像所見.B:このスペキュラーマイクロスコピー像も正常であるが,撮影条件によっては片側に暗いバンドが出現し(黒矢印),もう片側の輝度がB黒いバンドが出現輝度が高い高くなる(白矢印).明したスリット光での鏡面反射という観察方法上,(特に狭いスリット光で)起こりやすい現象である(図2B)1).スペキュラーマイクロスコピーでの角膜内皮所見では,さまざまな形状の黒い陰影がみられることがあり,こうした構造物は生理的なものもあれば病的なものもある.図3Aのように内皮細胞内にごく小さく境界のはっきりした黒点がみられることがあるが,これは内皮細胞の微絨毛を表しているといわれ,生理的な所見である1).内皮細胞内にもう少し大きく境界のぼんやりした黒点がみられる場合もあるが,こうしたものは内皮細胞内の空胞やblebを表しているといわれている(図3B)1).虹彩炎の既往のある症例などで,細胞と細胞の間隙に,サイズの小さい暗い構造物がみられる場合もあるが,これらは侵潤した白血球と考えられている(図3C)3).こうした構造物と異なり,Fuchs角膜内皮ジストロフィにおける滴状角膜(guttatacornea)では大きく斑上に散在するdarkareaとして観察される(図3D).354あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014IIIスペキュラーマイクロスコピーの各種パラメータスペキュラーマイクロスコピーにおける各パラメータの意義を理解し,適切な評価をするうえで,角膜内皮細胞の生理的機能と特徴の理解は欠かせないので,簡単に確認しておきたい.角膜内皮細胞の重要な役割は角膜の含水率を一定に保ち透明性を維持することにあり,これはイオン能動輸送によるポンプ機能と,細胞間接着分子からなるバリア機能に担われている.また,ヒトでは角膜内皮細胞の増殖能がきわめて乏しく,角膜内皮細胞がなんらかの影響で障害された場合,内皮細胞の増殖ではなく障害部周囲の内皮細胞の拡大,伸展により代償されるという特徴がある.角膜内皮細胞の密度という「量」的観点と,形態異常の割合という「質」的観点から,組織としての角膜内皮の機能を推測するのがスペキュラーマイクロスコピーである.ここで注意しなければならないのは,これまでの一般的なスペキュラーマイクロスコピーで得られる画像は角膜内皮全体のうちごく一部,そ(50) ABCDABCD図3スペキュラーマイクロスコピーのいろいろな所見A:角膜内皮細胞内の微絨毛と思われる黒点(黒矢印).B:角膜内皮細胞内の,Aよりもう少し大きく境界のぼんやりした暗い構造物(破線矢印).内皮細胞内の空胞かblebと思われる.C:内皮の細胞と細胞との間隙にみられる暗い構造物(白矢印).侵入した白血球と思われる.D:Fuchs角膜内皮変性症のguttatacorneaにみられるdarkarea.してほとんどの場合角膜中央部にすぎず,少ないサンプルから全体を推測しているということである.より詳細に評価したい場合は,上下左右に振って撮影したり,経時的な経過を追ったりする工夫が有用である.最新型のスペキュラーマイクロスコープでは,より広範囲を撮影できるもの,中心部だけでなく傍周辺部数カ所を同時撮影できるもの,あるいは狙った任意の箇所を撮影できるもの等々が各社から販売されている.パラメータとして臨床で用いられるおもなものについて以下に概説しておく.1.角膜内皮細胞密度・平均細胞面積角膜内皮を内皮細胞数という「量」的観点から評価するパラメータである.単位面積当たり,密度が減れば当然ながら個々の細胞の面積は増えるという逆数の関係になっている.角膜内皮細胞密度は出生時において5,500cells/mm2以上あるが,生後1.2歳までの間に,眼球の成長に伴う角膜径の増加とともに細胞密度は急激に減少する.3.4歳以降からは減少率はゆるやかになり,健常者でおおむね0.56%/year程度の減少率で年齢とともに漸減するといわれている4).図4に慶應義塾大学病院を含めた多施設共同研究で,眼科外来を受診した正常角膜症例(1,971例)の年齢-角膜内皮細胞密度の散布図を示す.この散布図から数理計算を用いて導き出される理論上の内皮細胞密度減少率は平均0.44%/yearであり,ほとんどの症例で内皮細胞密度減少率は2.0%/year以下におさまるということが示され5),いままでの報告を裏付けするものであった.この図をみてもわかるように,成人健常者の内皮細胞密度はおおむね2,000.3,500cells/mm2くらいの幅がある.一方,明らかな角(51)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014355 減少率0.44%/yearの内皮細胞減少曲線4,0004,000))角膜内皮細胞密度(cells/mm2角膜内皮細胞密度(cells/mm23,0002,0001,00003,0002,0001,0000020406080100020406080100年齢(歳)年齢(歳)減少率2.0%/yearの内皮細胞減少曲線図4角膜正常者の年齢.角膜内皮細胞密度散布図1,971例の角膜正常所見患者における,年齢と,スペキュラーマイクロスコピーで計測した角膜内皮細胞密度との散布図(左図)と,この分布を等高線で表示したもの(右図).曲線は数理処理により導かれた角膜内皮細胞減少曲線である.分布の平均の角膜内皮細胞減少率は約0.44%/yearと計算された.また,ほとんどの症例が角膜内皮細胞減少率2.0%以下の範囲におさまる(2.0%減少曲線よりも上に位置する)ことが示された(文献5より許可を得て転載).減少率2.0%/yearの内皮細胞減少曲線020406080100020406080100年齢(歳)年齢(歳)4,0004,000))角膜内皮細胞密度(cells/mm2角膜内皮細胞密度(cells/mm23,0003,0002,0001,00002,0001,0000減少率2.7%/yearの内皮細胞減少曲線図5Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者の年齢.角膜内皮細胞密度散布図41例のFuchs角膜内皮ジストロフィ患者における,年齢と,スペキュラーマイクロスコピーで計測した角膜内皮細胞密度との散布図(左図)と,この分布を等高線で表示したもの(右図).ほとんどの症例が角膜内皮細胞減少率2.0%以上である(2.0%減少曲線よりも下に位置する)ことが示された(文献5より許可を得て転載).膜浮腫が認められた中等度以上のFuchs角膜内皮ジス2.変動係数トロフィ患者では,理論上の内皮細胞密度減少率は2.0正常機能を有する角膜内皮細胞は総じて均一なサイズ%/year以上であった(図5).と形状を有している.角膜内皮細胞になんらかのストレスが加わると,サイズの恒常性維持ができなくなり,あ356あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(52) るいは細胞骨格の異常を生じるため,細胞の大きさと形状は不均一さを呈してくる2).変動係数(coefficientvariation:CV)とは統計学的用語でCV=(標準偏差)/(平均)であり,スペキュラーマイクロスコピーの場合「角膜内皮細胞面積の標準偏差」を「内皮細胞面積の平均値」で割ったものである.正常の角膜内皮での変動係数は約0.25である.変動係数の上昇は細胞サイズのばらつきが多いことを意味し,polymegathismと表現される1,2).変動係数は角膜内皮細胞の「質」的観点から評価するパラメータであり,細胞数の減少が大きくない時期でも変動係数の増大として角膜内皮障害の存在の可能性を示すことがある.3.六角形細胞出現率これも角膜内皮細胞の「質」的観点から評価するパラメータである.角膜内皮細胞は安定した状態では六角形の形状でモザイク状に配列している.六角形細胞出現率の減少は,角膜内皮にストレスが加わる,あるいは脱落した細胞が増えることによって,変形した角膜内皮細胞が増えてきていることを意味し,pleomorphismと表現される1,2).健常な角膜では六角形細胞出現率は55%以上であることが多く,特に健常若年者では70.80%程度である2).IV臨床でのパラメータ評価以上述べたパラメータを臨床の場面でうまく活用するのには,目的によって使い分けるのがよいと思う.スペキュラーマイクロスコピーが臨床の場面で一番多く活躍するのは,まずなんといっても内眼手術の術前検査であろう.この場合手術侵襲によって角膜内皮細胞数が減少したときに,水疱性角膜症に至らないかどうか,を予測するのが目的なので,角膜内皮細胞密度が一番重要な観点となる.角膜浮腫をきたす角膜内皮細胞密度には症例によってかなりのばらつきがあるが,おおよそ300.700cells/mm2以下である1).症例の年齢の影響も大きいが,行おうとする内眼手術による角膜内皮細胞数の減少率が0.30%と仮定すると,術後の水疱性角膜症を避けるには,少なくとも術前の角膜内皮細胞密度は1,000.1,200cells/mm2くらいほしいところである1).これ以(53)下であれば,術後に水疱性角膜症に至る可能性があることを,術前に患者によく説明しておくべきである.術前検査をさらに慎重に行いたい場合は,変動係数と六角形細胞出現率にも注意を払うとよい.変動係数0.4以上,あるいは六角形細胞出現率50%以下は,内眼手術による内皮細胞数減少が高くなるリスクがあるとされる1).つぎに,疾患を有する角膜の経過観察としてもスペキュラーマイクロスコピーは重要な検査である.この場合も将来水疱性角膜症に至る可能性を見きわめたいので,角膜内皮細胞密度の変化を経時的に追跡することが重要な観点である.先に述べたとおり,健常者の角膜内皮細胞減少率は0.4.0.6%/year程度だが,たとえばFuchs角膜内皮変性症では約3%/yearの割合で減少していくと考えられている5).また,たとえば虹彩炎や緑内障のレーザー虹彩切開術後の患者の経過観察などで,内皮細胞密度が正常な場合でも,変動係数と六角形細胞出現率の変化や,内皮面の白血球細胞浸潤の所見などに注意することはとても有用で,変化がみられる患者には,たとえば虹彩炎の治療を強化する,コンタクトレンズ装用者であれば装用を控えさせる,などといった,きめ細やかな対処をするのに活用できる.最後に,忘れてならないのは,健常者でコンタクトレンズ装用者の経過観察にもスペキュラーマイクロスコピーは有用であることである.この場合,対象となるのはもともと健常者であり予防医学的側面が強い(現在のところ保険収斂はされていない).変動係数と六角形細胞出現率は,角膜内皮のストレスに対し,早期でも鋭敏に反応するパラメータである.コンタクトレンズの長期装用者に対して,内皮細胞密度が正常でも変動係数と六角形細胞出現率の変化に注意し,subclinicalな変化を見逃さず,適切な装用指導に活用したい.おわりにスペキュラーマイクロスコピーからは,生体における角膜内皮の形態変化所見や,質的,量的変化を表す各種パラメータを情報として得ることができる.検査を受ける患者がsubclinicalな状態なのか,進行性の疾患を有するのか,内眼手術の術前検査なのか,など患者の状態に応じてこれらの情報をうまく活用することによって,あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014357 角膜内皮に対する適切な評価に役立てたい.文献1)PhillipsC,LaingR,YeeR:Specularmicroscopy.Cornea.2nded(KrachmerJH,MannisMJ,HollandEJeds),260274,ElsevierMosby,London,20052)EdelhauserHF,UbelsJL:Corneaandsclera.Adler’PhysiologyoftheEye.10thed.(KaufmanPL,AimA,(s)eds),p47-116,ElsevierMosby,London,20023)KoesterC:Comparisonofopticalsectioningmethods.Thescanningslitconfocalmicroscope.TheHandbookofBiologicalConfocalMicroscopy(PawleyJ,ed),p189-194,IMRPress,Madison,19894)MurphyC,AlvaradoJ,JusterRetal:Prenatalandpostnatalcellularityofthehumancornealendothelium.Aquantitativehistologicstudy.InvestOphthalmolVisSci25:312-322,19845)HatouS,ShimmuraS,TsubotaKetal:MathematicalprojectionmodelofvisuallossduetoFuchscornealdystrophy.InvestOphthalmolVisSci52:7888-7893,2011358あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(54)

角膜浮腫をみたら

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):347.352,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):347.352,2014角膜浮腫をみたらDiagnosticandTherapeuticStrategyforCornealEdema小泉範子*I角膜浮腫とは角膜全体の厚みのおよそ90%を占める角膜実質は,コラーゲンとプロテオグリカンからなる組織であり,水分を吸収して膨潤しやすい性質を持つ.角膜内皮細胞はイオンの能動輸送によるポンプ機能と,タイトジャンクションやギャップジャンクションによるバリア機能を持つことによって,角膜実質の含水率を一定に保つ役割を果たしている(図1).正常角膜では,角膜実質の膨潤圧と眼圧の差(吸水圧)を角膜内皮機能によって補うことができるため,角膜厚が一定に保たれ,角膜の透明性を維持することができる.このバランスが崩れて,角膜実質層あるいは上皮層に過剰な水分がたまり,組織の肥厚と透明性の低下を生じた状態が角膜浮腫である.II角膜浮腫の種類角膜浮腫には,上皮浮腫と実質浮腫がある.上皮浮腫では,角膜上皮細胞間や細胞内,上皮細胞の下に水疱が認められる.細隙灯顕微鏡による観察では,徹照法やスクレラル・スキャタリングなどの手法を用いると角膜上皮浮腫の範囲を明瞭に捉えることができる(図2左).角膜上皮内の小水疱はフルオレセイン染色で点状の染色パターンを示すため点状表層角膜症との鑑別が必要である(図2右).Microcystが癒合すると水疱(bulla)を形成する.水疱を伴う上皮浮腫では,上皮びらんを生じて眼表面の炎症や痛みを伴うことが多い.実質浮腫では角角膜上皮角膜実質角膜内皮バリアポンプ図1角膜内皮細胞の機能膜実質が膨潤して厚くなり,Descemet膜皺襞を伴う(図3).円板状角膜炎や角膜内皮炎などの炎症性疾患による角膜浮腫では,細隙灯顕微鏡で角膜後面沈着物や前房内炎症細胞を認めることがある.実質浮腫の診断と定量には,超音波パキメータや前眼部光干渉断層計(前眼部OCT)などを用いて角膜厚を測定する.角膜内皮機能を評価するために角膜内皮スペキュラー検査が有用であるが,すでに角膜浮腫を生じている症例では撮影できないことが多い.III角膜浮腫と眼圧一般的に眼圧が正常で角膜内皮機能が障害された水疱性角膜症では,実質浮腫と上皮浮腫の両方が認められる.一方,角膜内皮機能が正常であっても,眼圧が極端に高くなると上皮浮腫を生じる.急性緑内障発作ではび*NorikoKoizumi:同志社大学生命医科学部医工学科〔別刷請求先〕小泉範子:〒610-0321京田辺市多々羅都谷1-3同志社大学生命医科学部医工学科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(43)347 ★★★★★★★★図2角膜上皮浮腫角膜上皮浮腫のため角膜がすりガラス状に混濁している(左).フルオレセイン染色では小水疱(矢印)や,水疱(星印)に特有の染色パターンが認められる(右).図3角膜実質浮腫角膜実質の肥厚によるDescemet膜皺襞を認める.まん性の角膜上皮浮腫を生じて角膜が混濁するが,実質浮腫は伴わないことが特徴である.眼球癆による低眼圧では上皮浮腫は生じず,実質浮腫のみを生じる.IV角膜浮腫をきたす代表的な疾患1.急性緑内障発作角膜内皮機能が正常でも,約50mmHgを超える高眼圧では前房からの水圧が高いために角膜組織に水分が移動する.上皮バリアがあるために角膜上皮層内に水が貯留して上皮浮腫を生じるが,前房からの水圧が実質の膨潤圧よりも高くなるために実質浮腫は生じない.速やかに眼圧下降のための治療を行う.2.コンタクトレンズによる急性上皮浮腫酸素透過性の低いハードレンズやソフトレンズの長時間装用や固着により,急激な酸素不足による角膜上皮浮腫を生じることがある.激しい疼痛や羞明,流涙,視力低下を生じ,スリットランプでは上皮浮腫と上皮細胞のタイトジャンクションの障害によるフルオレセインの透過性亢進を認める.角膜全体がフルオレセインに染色されるため,全上皮欠損と見間違うことがあるが上皮は脱落していない.コンタクトレンズの装用中止により数日間で改善する場合が多い.低濃度ステロイド薬を使用すると速やかに浮腫と自覚症状の改善が得られるが,角膜感染症を合併している場合にはステロイド薬の使用は禁忌であり見きわめが重要である.3.水疱性角膜症角膜内皮障害による角膜浮腫を水疱性角膜症とよぶ.上皮浮腫と実質浮腫の両方を認める.原因は多岐にわたるが,ジストロフィ,内眼手術や外傷,炎症によるものがあり,代表的な疾患を以下に説明する.根本的な治療法はドナー角膜を用いるDSAEK(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty)などの角膜内皮移植術である.実質混濁を伴う水疱性角膜症では全層角膜移植術を行う.348あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(44) 図4Fuchs角膜内皮ジストロフィ角膜中央部に実質および上皮浮腫を生じている.4.Fuchs角膜内皮ジストロフィFuchs角膜内皮ジストロフィは角膜内皮細胞が異常コラーゲンなどからなる細胞外マトリクスを過剰に産生し,Descemet膜の肥厚と滴状角膜(guttata)を生じる疾患である.Guttataは角膜内皮細胞にストレスがかかったときに生じる所見といわれており,健常眼や外傷後の角膜内皮障害などで認められることがある.Fuchs角膜内皮ジストロフィでは,両眼性にguttataを認め,進行すると角膜浮腫を生じて視力低下をきたす(図4,5).初期には朝方の視力低下を自覚し,上皮浮腫,実質浮腫を生じると急激な視力低下を自覚する.進行すると角膜上皮下,表層実質に瘢痕性の角膜混濁を生じることがある.欧米では40歳以上の3.5%が罹患していると報告されており,DSAEKやDMEK(Descemet’smembraneendothelialkeratoplasty)などの角膜内皮移植術の主要な原因疾患である.COL8A2,SLC4A11,ZEB1,TCF4などの遺伝子変異が関与することが報告されている.欧米に比べると頻度は低いが,日本でもかなりの患者数がいると推測されている.5.レーザー虹彩切開術後緑内障発作の解除あるいは予防を目的としたレーザー虹彩切開術(LI)の晩期合併症として角膜内皮障害を生じることがあり,角膜実質および上皮浮腫を生じる(図6).日本における全国調査では,角膜移植を行った水疱(45)図5滴状角膜(guttata)Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者のスリットランプ所見とスペキュラーマイクロスコープ写真.図6レーザー虹彩切開術後の角膜浮腫上方に虹彩切開がされているが下方から角膜浮腫が進行し,Descemet膜皺襞を認める.性角膜症のなかで,LI後の水疱性角膜症は23.4%を占めることが報告されている1).また本疾患は,欧米では問題になることは少なく,アジア,なかでも日本で特に多い疾患であるとされる2).LI施行後6.7年で角膜浮腫を生じる症例が多いとされる.角膜浮腫のパターンはさまざまで,LI施行部位の角膜上方から,あるいは下方から局所的に浮腫が発症し,経過とともに角膜全体に及ぶ場合が多い.治療はDSAEKなどの角膜内皮移植を行う.6.内眼手術後白内障などの内眼手術によって角膜内皮細胞が障害さあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014349 れることがある.通常の手術では術中に多少の角膜内皮細胞が脱落しても問題となることはないが,角膜内皮疾患や多重手術の既往により,術前から角膜内皮細胞が減少している症例では術後に角膜浮腫を生じることがある.角膜内皮細胞が手術によって部分的に欠損すると周囲の内皮細胞が拡大,伸展して欠損部を修復するため,角膜内皮密度が保たれれば角膜浮腫は消失する.一方で,角膜内皮密度が約500個/mm2以下になると,不可逆性の角膜内皮機能不全となり水疱性角膜症となる.治療はDSAEKなどの角膜内皮移植を行う.白内障手術後の水疱性角膜症は日本における水疱性角膜症の4割以上を占め,原因疾患の第一位であると報告されている1).7.後部多形性角膜ジストロフィ後部多形性角膜ジストロフィ(posteriorpolymorphouscornealdystrophy:PPCD)は,角膜内皮細胞が分化異常により上皮細胞様に変化し,帯状や水疱様,あるいはびまん性の角膜内皮面の混濁を生じる疾患である.症例の多くは両眼性であり,内皮細胞密度が正常のものから低下するものもある.通常は無症状であり進行もきわめて緩徐であるが,変性が高度な場合には角膜浮腫による視力低下を自覚する.周辺虹彩前癒着や眼圧上昇をきたす場合があり,緑内障に注意する.無症状の場合は経過観察でよいが,角膜浮腫が進行して水疱性角膜症となった場合には角膜内皮移植の適応がある.常染色体優性遺伝であり,原因遺伝子としてVSX-1,COL8LA2,TCF8が同定されている.8.先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ生下時から両眼性の水疱性角膜症を生じる疾患として,先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ(congenitalhereditaryendothelialdystrophy:CHED)がある.胎生期の角膜内皮の変性あるいは欠損によるとされ,Descemet膜の肥厚と角膜内皮機能不全による実質浮腫,上皮浮腫を生じる.血管侵入はなく眼圧は正常である.生後2,3年以内に発症し,ゆっくり進行する常染色体優性遺伝のタイプ(CHED1)と,生下時より角膜混濁があり視力予後が不良な常染色体劣性遺伝のタイプ(CHED2)があり,CHED2ではSLC4A11遺伝子の変350あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014異が報告されている.また近年,CHED1とPPCDの相同性が議論されている.9.円板状角膜炎単純ヘルペスウイルスによる角膜実質炎でみられる.表層から中層に及ぶ角膜実質の浮腫と細胞浸潤,混濁を生じる.また病変部に一致して角膜後面沈着物を生じることが特徴である.immunering(免疫輪)を伴うことがある(図7).上皮型ヘルペスの経過中に発症する場合と,実質病変のみを生じる場合がある.表層実質へのウイルス抗原の沈着に対するIV型アレルギー反応と考えられており,抗ヘルペスウイルス薬とステロイド薬を併用した治療が必要である.進行すると角膜組織の壊死による強い混濁と,血管侵入を伴う壊死性角膜炎に移行することがある.壊死性角膜炎の治療後の瘢痕性角膜混濁に対しては,全層角膜移植術が行われるが,移植後のヘルペス性角膜炎の再燃に注意が必要である.10.ウイルス性角膜内皮炎角膜内皮炎は,角膜内皮をターゲットとした炎症により,限局性の角膜浮腫と角膜後面沈着物を生じる疾患であり,進行性の角膜内皮障害を生じる(図8).単純ヘルペスウイルスがおもな原因とされているが,水痘・帯状疱疹ウイルスやムンプス感染症でも生じることがある.近年,サイトメガロウイルスによる角膜内皮炎が日本やシンガポールなどのアジア諸国から報告され注目されている3).角膜内皮炎では,円板状角膜炎とは異なり角膜実質への細胞浸潤を伴わない.円形に配列する角膜後面沈着物様の病変(コインリージョン)や拒絶反応線様の角膜後面沈着物が特徴的であり,再発性の虹彩毛様体炎,眼圧上昇を伴う症例では,サイトメガロウイルス角膜内皮炎が疑われる.診断には前房水を用いたウイルスPCR(polymerasechainreaction)が有用で,抗ウイルス薬とステロイド薬の併用療法を行う.11.急性水腫円錐角膜の進行により,角膜中央からやや下方が突出してDescemet膜が断裂することがある.Descemet膜の断裂部位から流入した前房水が角膜実質に貯留するこ(46) 図7円板状角膜炎実質浮腫と上皮浮腫を認め,実質内に細胞浸潤が認められる.免疫輪(immunering)を伴う.図8ウイルス性角膜内皮炎周辺部から角膜中央へ向かう進行性の実質浮腫と上皮浮腫,コインリージョンを伴う角膜後面沈着物を認める.眼圧上昇,再発性虹彩毛様体炎の既往があり,前房水からサイトメガロウイルスDNAが検出された.とにより著明な角膜実質浮腫と,急激な視力低下を生じる(図9).圧迫眼帯と感染予防のための抗菌薬眼軟膏の点入を行う.数カ月で徐々に浮腫の軽減が得られる.瘢痕性の角膜混濁が残る場合が多いが,混濁が瞳孔領にかからなければハードコンタクトレンズの装用により良好な視力が得られる.下方周辺部の角膜が菲薄化するペルーシド角膜変性でも急性水腫を生じることがある.12.内皮型拒絶反応角膜移植後の拒絶反応で臨床的に最も重要なものは,角膜内皮細胞に対する拒絶反応である.再移植眼や血管(47)図9急性角膜水腫Descemet膜断裂により著明な実質浮腫と上皮浮腫を生じる.侵入を伴う症例などは拒絶反応を生じやすい.臨床的には拒絶反応線(Khodadoust線)とよばれる線状に配列する角膜後面沈着物を伴って周辺部から角膜中央に向かう角膜浮腫を伴う典型例と,多数の角膜後面沈着物がびまん性に生じる例がある.早期にステロイド薬および免疫抑制薬による集中的な治療を行うことにより角膜内皮細胞障害の拡大を防ぐことができれば,移植片の透明性を維持することができるが,角膜内皮細胞の脱落が広範囲に及んだ場合には不可逆性の角膜浮腫と混濁を伴う移植片不全となる.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014351 13.分娩時外傷鉗子分娩などにより出生時にDescemet膜破裂を生じることがある.片眼性で左眼に多く,垂直からやや斜め方向に走行する帯状のDescemet膜破裂と病変部に一致した角膜浮腫を認める.軽症の場合は出生後しばらくの間に浮腫が消失することもあるが,浮腫が遷延し水疱性角膜症となる症例もある.V治療円板状角膜炎や角膜内皮炎などのウイルス感染症による角膜浮腫に対しては,抗ヘルペスウイルス薬とステロイド薬を併用した治療を行う.角膜内皮炎では原因ウイルスの同定に前房水を用いたウイルスPCRが有用である.治療が奏効すれば角膜浮腫は消失するが,角膜内皮障害が高度な場合には不可逆性の水疱性角膜症となる.水疱性角膜症に対する根本治療はドナー角膜を用いた角膜移植であり,実質混濁のない症例ではDSAEKやDMEKなどの角膜内皮移植の適応である.初期の角膜内皮障害では,朝方に角膜浮腫が強くかすみや視力低下を自覚することがある.対症療法として5%食塩軟膏の眠前使用や,日中に5%食塩水を点眼することにより浮腫が軽減して自覚症状が改善されることがある.水疱性角膜症による上皮接着不良を伴う症例では,抗菌薬の眼軟膏と低濃度ステロイド点眼薬を使用することにより上皮びらんによる疼痛と炎症を予防する.近年,角膜内皮細胞を増殖させる点眼治療や培養角膜内皮細胞移植による再生医療の研究が行われており,角膜浮腫に対する新しい治療法の開発が期待される4).文献1)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-278,20072)AngLP,HigashiharaH,SotozonoCetal:Argonlaseriridotomy-inducedbullouskeratopathyagrowingprobleminJapan.BrJOphthalmol91:1613-1615,20073)*KoizumiN,*SuzukiT,UnoTetal(*co-firstauthors):Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,20084)KoizumiN,OkumuraN,UenoMetal:Rho-associatedkinaseinhibitoreyedroptreatmentasapossiblemedicaltreatmentforFuchscornealdystrophy.Cornea32:11671170,20135)OkumuraN,KoizumiN,KayPEetal:TheROCKinhibitoreyedropacceleratescornealendotheliumwoundhealing.InvestOphthalmolVisSci54:2439-2502,2013352あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(48)