特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):649.655,2015特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):649.655,2015その他-1:アカントアメーバ角膜炎診断の進歩PCRと抗体検査TheProgressofDiagnosticMethodsforAcanthamoebaKeratitis─PolymeraseChainReactionandImmunochromatographicAssay─鳥山浩二*はじめにアカントアメーバ角膜炎(Acamthamoebakeratitis:AK)はコンタクトレンズ(contactlens:CL)装用者に認められる角膜感染症で,進行するときわめて難治であり,高度の視力障害をきたす例も少なくない.CL装用者が増加している現在,本症は決して稀な疾患ではなく,眼科医であればだれでも遭遇しうる疾患といえる.AKでは診断・治療の遅れが視力予後を悪化させるため,迅速な診断が必要不可欠であり,すべての眼科医に適切な診断力が求められる.本稿では,AKの診断に有用な臨床的特徴および診断確定のためのアメーバの検出法について解説する.Iアカントアメーバ角膜炎の動向アカントアメーバは土壌,湖沼,室内の塵など自然界に広く生息する自由生活性のアメーバで,生活環のなかに栄養体とシストの2つの形態をもつ.栄養体は細菌や酵母などを餌として増殖するが,貧栄養,乾燥などの悪条件化ではセルロース膜を被ってシスト化する.シストは強靱な耐乾性,耐熱性,耐薬品性をもっており,AKが難治である理由の一つとしてあげられる.AKの元々の位置づけは土壌関連の外傷などに伴う偶発的な角膜感染症であったが,その後CLの普及に伴い米国・英国でAK発症者数が増加し,CL装用に伴う眼合併症として本症が認識されるようになった.わが国でAKが急増しはじめたのは2000年代後半からであり,その要因として頻回交換型ソフトCL装用者の増加とそのケアコンプライアンス不良,CL消毒薬の主流である多目的溶剤のアカントアメーバに対する消毒効果が,従来の煮沸消毒や過酸化水素に比べて弱いことがあげられている1,2).2007年4月から2年間にわたって行われた重症CL関連角膜感染症の全国調査では,検出された原因微生物中,アカントアメーバは緑膿菌と並んでもっとも頻度が高く,AKがいかにCL装用者にとって脅威であるかが示された3).この事態を受けて,近年日本コンタクトレンズ学会と日本眼感染症学会が中心となり,正しいレンズケアに関する知識を普及するためのさまざまな啓発活動が行われており,その成果があってか,わが国のAKは2010年以降減少に転じているが4),依然として多くの発症者がいるのが現状である.IIアカントアメーバ角膜炎の臨床所見AKの臨床所見は感染の時間経過によって大きく変化する.病期分類としては,石橋の分類5)(初期.移行期.完成期)や,塩田の分類6)(初期.完成期.消退期.瘢痕期)などがあり,それぞれの病期で特徴的な臨床所見を呈するため,これらを把握しておくことはAK診断において大きな助けとなる.以下,感染性角膜炎診療ガイドライン7)でも取り上げられている初期,完成期の特徴的な所見につき述べる.*KojiToriyama:松山赤十字病院眼科〔別刷請求先〕鳥山浩二:〒790-8524松山市文京町1松山赤十字病院眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(39)649図1上皮下浸潤図2偽樹枝状病変角膜中央に集簇する上皮下浸潤.一部に放射状角膜神経炎フルオレセインで染色される不整な枝分かれ病変.周囲にも認められる(→).点状表層角膜症を伴う.図3放射状角膜神経炎輪部から角膜中央にわたって角膜神経に沿った細胞浸潤を認める.とくに顕著にみられた例である.図4完成期の輪状浸潤図5培地で増殖するアカントアメーバ巨大な輪状浸潤を認める.角膜と類似した楕円型を呈する.細胞内に食胞をもつ栄養体(→)と,二重壁構造を有するシスト(.)を多数認める.652あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(42)5.蛍光免疫クロマトグラフィ法前述のとおりPCR法は非常に優れたアカントアメーバの同定法であるが,検査には特殊な機器を要するため実施できるのは大学病院などごく一部の施設に限られる.最近,筆者らは一般病院や診療所でも実施可能な迅速診断法として免疫クロマトグラフィ法(immunochro-matographicassay:ICGA)を用いたアカントアメーバ抗原検出キットを開発した10).ICGAは,金コロイドやラテックス粒子で標識した特異抗体を用いて目的とする抗原を検出する検査法で,眼科領域ではアデノウイルスやヘルペスウイルス感染症の迅速診断に用いられている.測定原理としては検体中に抗原が存在すると標識抗体が結合し免疫複合体が形成される.メンブラン上のテストラインには抗原に対する特異抗体が固相されており,免疫複合体ごとに抗原が捕捉され標識抗体による発色が認められる.コントロールラインには標識抗体に対する抗体が固相されており,抗原が存在しなくても標識抗体自体が捕捉され発色が認められる.陽性であればテストラインとコントロールラインが,陰性であればコントロールラインのみが発色する仕組みである.ICGAは操作が簡便で迅速に結果が得られるため,さまざまの分野で応用されているが感度がやや低いのが問題点で,アデノウイルスでは感度70.80%程度,単純ヘルペスウイルスでは有病正診率が55%と報告されている11.13).この点を改善するために筆者らは抗体の標識に通常の金コロイドやラッテクス粒子でなく,蛍光シリカナノ粒子(QuartzDotR,古河電工)を用いた蛍光ICGA(fluorescentimmunochromatographicassay:FICGA)を採用した.本法では界面活性剤を含む抽出液によってサンプルを処理後,凍結乾燥した標識抗体と混合し,プレートに滴下,30分の反応後,専用の蛍光スコープで陽性ラインを確認することで抗原を検出する(図6).判定に蛍光スコープを用いるため,目視により判定する従来のICGAと比較し,より鋭敏な検出が可能である.アカントアメーバに対するモノクローナル抗体としては,過去に樋渡らが,AKの原因株の大部分を占める形態学的分類GroupIIに属するアカントアメーバに対し特異的に反応するものを精製,報告してお4.PCR法AK診断の基本は直接検鏡・分離培養だが,検体量が少ないとこれらの検査ではアカントアメーバを同定できない場合がある.PCR法は遺伝子増幅法で,特異的な2つのプライマーとDNAポリメラーゼを用いて目的のDNAを短時間で数百万倍に増幅できるため非常に感度が高く,近年感染性疾患への臨床応用でめざましい進歩をとげている.AKの診断におもに用いられているのはreal-timePCR法で,これは専用の装置を用いてPCRの増幅過程を蛍光によりリアルタイムにモニタリングして定量化する方法である.これにより少ない検体からでも高感度にアカントアメーバを検出できるだけでなく,定量的な評価も可能となる.病原微生物を定量化することで得られるメリットは大きく,AKにおいても初診時のアカントアメーバDNAコピー数が,病期,予後と強い相関を示したことが報告されている8).ただし,アカントアメーバの定量的評価に関しては,使用するプライマーが統一されていないため施設間での単純比較ができないことや,栄養体とシストでアメーバ1個体から抽出されるDNA量が異なることなどの問題点もある.しかし,少なくとも同一施設,同一患者での治療効果の判定を行うには非常に有用であると考えられる.AKに対するPCR法の応用は,診断目的だけでなく,アカントアメーバ株の遺伝学的分類にも用いられている.遺伝学的分類はDNAの多様性に富む部分をシークエンス解析し,GenBankに登録されている株との相動性を検索することにより行われ,形態学的分類と比べ客観性,信頼性に優れている.アカントアメーバの分類に用いられている遺伝子には,ミトコンドリアの16SrDNA(rebosomalDNA)や核の18SrDNAなどがあり,もっとも汎用されているのは,Tタイピングとよばれる18SrDNAによる分類である.現在T1.T15の15タイプに分類されており,角膜炎からの分離株のほとんどはT4であることが報告されている9).Tタイピングによってアカントアメーバの病原性が異なってくるかどうかは現在のところわかっていないが,現在わが国でも多施設研究が行われており,今後の知見の集積に期待がもてる.AK診断の基本は直接検鏡・分離培養だが,検体量が少ないとこれらの検査ではアカントアメーバを同定できない場合がある.PCR法は遺伝子増幅法で,特異的な2つのプライマーとDNAポリメラーゼを用いて目的のDNAを短時間で数百万倍に増幅できるため非常に感度が高く,近年感染性疾患への臨床応用でめざましい進歩をとげている.AKの診断におもに用いられているのはreal-timePCR法で,これは専用の装置を用いてPCRの増幅過程を蛍光によりリアルタイムにモニタリングして定量化する方法である.これにより少ない検体からでも高感度にアカントアメーバを検出できるだけでなく,定量的な評価も可能となる.病原微生物を定量化することで得られるメリットは大きく,AKにおいても初診時のアカントアメーバDNAコピー数が,病期,予後と強い相関を示したことが報告されている8).ただし,アカントアメーバの定量的評価に関しては,使用するプライマーが統一されていないため施設間での単純比較ができないことや,栄養体とシストでアメーバ1個体から抽出されるDNA量が異なることなどの問題点もある.しかし,少なくとも同一施設,同一患者での治療効果の判定を行うには非常に有用であると考えられる.AKに対するPCR法の応用は,診断目的だけでなく,アカントアメーバ株の遺伝学的分類にも用いられている.遺伝学的分類はDNAの多様性に富む部分をシークエンス解析し,GenBankに登録されている株との相動性を検索することにより行われ,形態学的分類と比べ客観性,信頼性に優れている.アカントアメーバの分類に用いられている遺伝子には,ミトコンドリアの16SrDNA(rebosomalDNA)や核の18SrDNAなどがあり,もっとも汎用されているのは,Tタイピングとよばれる18SrDNAによる分類である.現在T1.T15の15タイプに分類されており,角膜炎からの分離株のほとんどはT4であることが報告されている9).Tタイピングによってアカントアメーバの病原性が異なってくるかどうかは現在のところわかっていないが,現在わが国でも多施設研究が行われており,今後の知見の集積に期待がもてる.652あたらしい眼科Vol.32,No.5,20155.蛍光免疫クロマトグラフィ法前述のとおりPCR法は非常に優れたアカントアメーバの同定法であるが,検査には特殊な機器を要するため実施できるのは大学病院などごく一部の施設に限られる.最近,筆者らは一般病院や診療所でも実施可能な迅速診断法として免疫クロマトグラフィ法(immunochromatographicassay:ICGA)を用いたアカントアメーバ抗原検出キットを開発した10).ICGAは,金コロイドやラテックス粒子で標識した特異抗体を用いて目的とする抗原を検出する検査法で,眼科領域ではアデノウイルスやヘルペスウイルス感染症の迅速診断に用いられている.測定原理としては検体中に抗原が存在すると標識抗体が結合し免疫複合体が形成される.メンブラン上のテストラインには抗原に対する特異抗体が固相されており,免疫複合体ごとに抗原が捕捉され標識抗体による発色が認められる.コントロールラインには標識抗体に対する抗体が固相されており,抗原が存在しなくても標識抗体自体が捕捉され発色が認められる.陽性であればテストラインとコントロールラインが,陰性であればコントロールラインのみが発色する仕組みである.ICGAは操作が簡便で迅速に結果が得られるため,さまざまの分野で応用されているが感度がやや低いのが問題点で,アデノウイルスでは感度70.80%程度,単純ヘルペスウイルスでは有病正診率が55%と報告されている11.13).この点を改善するために筆者らは抗体の標識に通常の金コロイドやラッテクス粒子でなく,蛍光シリカナノ粒子(QuartzDotR,古河電工)を用いた蛍光ICGA(fluorescentimmunochromatographicassay:FICGA)を採用した.本法では界面活性剤を含む抽出液によってサンプルを処理後,凍結乾燥した標識抗体と混合し,プレートに滴下,30分の反応後,専用の蛍光スコープで陽性ラインを確認することで抗原を検出する(図6).判定に蛍光スコープを用いるため,目視により判定する従来のICGAと比較し,より鋭敏な検出が可能である.アカントアメーバに対するモノクローナル抗体としては,過去に樋渡らが,AKの原因株の大部分を占める形態学的分類GroupIIに属するアカントアメーバに対し特異的に反応するものを精製,報告してお(42)検体(抗原)(抗原)蛍光色素シリカ粒子抗体抽出液標識抗体検体+標識抗体抗原固相化抗体蛍光スコープで観察図6蛍光免疫クロマトグラフィ法検体を抽出液で処理後,凍結乾燥された標識抗体と混合し,プレートに滴下.判定は専用の蛍光スコープで行う.10,0001,000u)栄養体シスト100蛍光強度(a1011101001,00010,000アカントアメーバ濃度(個/sample)図7アカントアメーバ濃度と蛍光強度の相関栄養体,シストともに強い正の相関関係が認められる.表1アカントアメーバ角膜炎症例における各種同定検査結果症例年齢性別検鏡培養Real-timePCR(DNAコピー数)FICGA119F.*.+(1.1×105)+218M.*++(6.8×10)+319FNTNT+(1.2×105)+457FNTNT+(<25)+532F.*.+(1.0×102)+650MNTNT+(4.0×105)+724F.*.+(<25)+829M+*++(2.5×104)+936M+*.+(2.3×103)+1030M+**++(3.2×104)+PCR:polymerasechainreaction,FICGA:fluorescentimmunochromatographicassayNT:nottested,*グラム染色,**ファンギフローラY染色図819歳,女性.頻回交換型ソフトコンタクトレンズ装用者輪状浸潤,偽樹枝状病変を認める.角膜擦過物のPCRおよび蛍光免疫クロマトグラフィ法によりアカントアメーバが検出された.検鏡・培養は陰性であった.剤により菌体が十分溶解されず,抗原が標識抗体に認識されにくい可能性が原因の一つとして考えられ,抽出方法の改善が今後の検討課題である.実際にAKが疑われた10症例の角膜擦過物を用いて,FICGA,real-timePCR,検鏡・培養によるアカントアメーバ同定を行った結果を表1に,代表症例の前眼部写真を図8に示す.全例でreal-timePCRによりアカントアメーバDNAが検出され,AKと確定診断された.FICGAも全例で陽性であり,培養・検鏡陰性例やreal-timePCRで検出されたDNAcopy数が少ない症例でも検出が可能であったのは,invitroの試験で示された感度の高さを裏付けるものと考えられる.特異度に関しては現在のところ臨床症例の検体を用いた検討はできていないが,感染性角654あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015膜炎の起炎菌として頻度が高い表皮ブドウ球菌,黄色ブドウ球菌,緑膿菌,カンジダの菌液を用いたinvitroでの試験では交差反応はみられなかった.今後さらなる検討が必要であるが,本キットは簡便な操作で,迅速かつ高感度にアカントアメーバの検出が可能であり,実用化されればAK診断に大きく貢献することが期待される.文献1)石橋康久:最近増加するアカントアメーバ角膜炎─報告例の推移と自験例の分析─.眼臨紀3:22-29,20102)篠崎友治,宇野敏彦,原祐子ほか:最近11年間に経験したアカントアメーバ角膜炎28例の臨床的検討.あたらしい眼科27:680-686,20103)宇野敏彦,福田昌彦,大橋裕一ほか:重症コンタクトレン(44)-