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その他-1:アカントアメーバ角膜炎診断の進歩 PCRと抗体検査

2015年5月31日 日曜日

特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):649.655,2015特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):649.655,2015その他-1:アカントアメーバ角膜炎診断の進歩PCRと抗体検査TheProgressofDiagnosticMethodsforAcanthamoebaKeratitis─PolymeraseChainReactionandImmunochromatographicAssay─鳥山浩二*はじめにアカントアメーバ角膜炎(Acamthamoebakeratitis:AK)はコンタクトレンズ(contactlens:CL)装用者に認められる角膜感染症で,進行するときわめて難治であり,高度の視力障害をきたす例も少なくない.CL装用者が増加している現在,本症は決して稀な疾患ではなく,眼科医であればだれでも遭遇しうる疾患といえる.AKでは診断・治療の遅れが視力予後を悪化させるため,迅速な診断が必要不可欠であり,すべての眼科医に適切な診断力が求められる.本稿では,AKの診断に有用な臨床的特徴および診断確定のためのアメーバの検出法について解説する.Iアカントアメーバ角膜炎の動向アカントアメーバは土壌,湖沼,室内の塵など自然界に広く生息する自由生活性のアメーバで,生活環のなかに栄養体とシストの2つの形態をもつ.栄養体は細菌や酵母などを餌として増殖するが,貧栄養,乾燥などの悪条件化ではセルロース膜を被ってシスト化する.シストは強靱な耐乾性,耐熱性,耐薬品性をもっており,AKが難治である理由の一つとしてあげられる.AKの元々の位置づけは土壌関連の外傷などに伴う偶発的な角膜感染症であったが,その後CLの普及に伴い米国・英国でAK発症者数が増加し,CL装用に伴う眼合併症として本症が認識されるようになった.わが国でAKが急増しはじめたのは2000年代後半からであり,その要因として頻回交換型ソフトCL装用者の増加とそのケアコンプライアンス不良,CL消毒薬の主流である多目的溶剤のアカントアメーバに対する消毒効果が,従来の煮沸消毒や過酸化水素に比べて弱いことがあげられている1,2).2007年4月から2年間にわたって行われた重症CL関連角膜感染症の全国調査では,検出された原因微生物中,アカントアメーバは緑膿菌と並んでもっとも頻度が高く,AKがいかにCL装用者にとって脅威であるかが示された3).この事態を受けて,近年日本コンタクトレンズ学会と日本眼感染症学会が中心となり,正しいレンズケアに関する知識を普及するためのさまざまな啓発活動が行われており,その成果があってか,わが国のAKは2010年以降減少に転じているが4),依然として多くの発症者がいるのが現状である.IIアカントアメーバ角膜炎の臨床所見AKの臨床所見は感染の時間経過によって大きく変化する.病期分類としては,石橋の分類5)(初期.移行期.完成期)や,塩田の分類6)(初期.完成期.消退期.瘢痕期)などがあり,それぞれの病期で特徴的な臨床所見を呈するため,これらを把握しておくことはAK診断において大きな助けとなる.以下,感染性角膜炎診療ガイドライン7)でも取り上げられている初期,完成期の特徴的な所見につき述べる.*KojiToriyama:松山赤十字病院眼科〔別刷請求先〕鳥山浩二:〒790-8524松山市文京町1松山赤十字病院眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(39)649 図1上皮下浸潤図2偽樹枝状病変角膜中央に集簇する上皮下浸潤.一部に放射状角膜神経炎フルオレセインで染色される不整な枝分かれ病変.周囲にも認められる(→).点状表層角膜症を伴う.図3放射状角膜神経炎輪部から角膜中央にわたって角膜神経に沿った細胞浸潤を認める.とくに顕著にみられた例である. 図4完成期の輪状浸潤図5培地で増殖するアカントアメーバ巨大な輪状浸潤を認める.角膜と類似した楕円型を呈する.細胞内に食胞をもつ栄養体(→)と,二重壁構造を有するシスト(.)を多数認める. 652あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(42)5.蛍光免疫クロマトグラフィ法前述のとおりPCR法は非常に優れたアカントアメーバの同定法であるが,検査には特殊な機器を要するため実施できるのは大学病院などごく一部の施設に限られる.最近,筆者らは一般病院や診療所でも実施可能な迅速診断法として免疫クロマトグラフィ法(immunochro-matographicassay:ICGA)を用いたアカントアメーバ抗原検出キットを開発した10).ICGAは,金コロイドやラテックス粒子で標識した特異抗体を用いて目的とする抗原を検出する検査法で,眼科領域ではアデノウイルスやヘルペスウイルス感染症の迅速診断に用いられている.測定原理としては検体中に抗原が存在すると標識抗体が結合し免疫複合体が形成される.メンブラン上のテストラインには抗原に対する特異抗体が固相されており,免疫複合体ごとに抗原が捕捉され標識抗体による発色が認められる.コントロールラインには標識抗体に対する抗体が固相されており,抗原が存在しなくても標識抗体自体が捕捉され発色が認められる.陽性であればテストラインとコントロールラインが,陰性であればコントロールラインのみが発色する仕組みである.ICGAは操作が簡便で迅速に結果が得られるため,さまざまの分野で応用されているが感度がやや低いのが問題点で,アデノウイルスでは感度70.80%程度,単純ヘルペスウイルスでは有病正診率が55%と報告されている11.13).この点を改善するために筆者らは抗体の標識に通常の金コロイドやラッテクス粒子でなく,蛍光シリカナノ粒子(QuartzDotR,古河電工)を用いた蛍光ICGA(fluorescentimmunochromatographicassay:FICGA)を採用した.本法では界面活性剤を含む抽出液によってサンプルを処理後,凍結乾燥した標識抗体と混合し,プレートに滴下,30分の反応後,専用の蛍光スコープで陽性ラインを確認することで抗原を検出する(図6).判定に蛍光スコープを用いるため,目視により判定する従来のICGAと比較し,より鋭敏な検出が可能である.アカントアメーバに対するモノクローナル抗体としては,過去に樋渡らが,AKの原因株の大部分を占める形態学的分類GroupIIに属するアカントアメーバに対し特異的に反応するものを精製,報告してお4.PCR法AK診断の基本は直接検鏡・分離培養だが,検体量が少ないとこれらの検査ではアカントアメーバを同定できない場合がある.PCR法は遺伝子増幅法で,特異的な2つのプライマーとDNAポリメラーゼを用いて目的のDNAを短時間で数百万倍に増幅できるため非常に感度が高く,近年感染性疾患への臨床応用でめざましい進歩をとげている.AKの診断におもに用いられているのはreal-timePCR法で,これは専用の装置を用いてPCRの増幅過程を蛍光によりリアルタイムにモニタリングして定量化する方法である.これにより少ない検体からでも高感度にアカントアメーバを検出できるだけでなく,定量的な評価も可能となる.病原微生物を定量化することで得られるメリットは大きく,AKにおいても初診時のアカントアメーバDNAコピー数が,病期,予後と強い相関を示したことが報告されている8).ただし,アカントアメーバの定量的評価に関しては,使用するプライマーが統一されていないため施設間での単純比較ができないことや,栄養体とシストでアメーバ1個体から抽出されるDNA量が異なることなどの問題点もある.しかし,少なくとも同一施設,同一患者での治療効果の判定を行うには非常に有用であると考えられる.AKに対するPCR法の応用は,診断目的だけでなく,アカントアメーバ株の遺伝学的分類にも用いられている.遺伝学的分類はDNAの多様性に富む部分をシークエンス解析し,GenBankに登録されている株との相動性を検索することにより行われ,形態学的分類と比べ客観性,信頼性に優れている.アカントアメーバの分類に用いられている遺伝子には,ミトコンドリアの16SrDNA(rebosomalDNA)や核の18SrDNAなどがあり,もっとも汎用されているのは,Tタイピングとよばれる18SrDNAによる分類である.現在T1.T15の15タイプに分類されており,角膜炎からの分離株のほとんどはT4であることが報告されている9).Tタイピングによってアカントアメーバの病原性が異なってくるかどうかは現在のところわかっていないが,現在わが国でも多施設研究が行われており,今後の知見の集積に期待がもてる.AK診断の基本は直接検鏡・分離培養だが,検体量が少ないとこれらの検査ではアカントアメーバを同定できない場合がある.PCR法は遺伝子増幅法で,特異的な2つのプライマーとDNAポリメラーゼを用いて目的のDNAを短時間で数百万倍に増幅できるため非常に感度が高く,近年感染性疾患への臨床応用でめざましい進歩をとげている.AKの診断におもに用いられているのはreal-timePCR法で,これは専用の装置を用いてPCRの増幅過程を蛍光によりリアルタイムにモニタリングして定量化する方法である.これにより少ない検体からでも高感度にアカントアメーバを検出できるだけでなく,定量的な評価も可能となる.病原微生物を定量化することで得られるメリットは大きく,AKにおいても初診時のアカントアメーバDNAコピー数が,病期,予後と強い相関を示したことが報告されている8).ただし,アカントアメーバの定量的評価に関しては,使用するプライマーが統一されていないため施設間での単純比較ができないことや,栄養体とシストでアメーバ1個体から抽出されるDNA量が異なることなどの問題点もある.しかし,少なくとも同一施設,同一患者での治療効果の判定を行うには非常に有用であると考えられる.AKに対するPCR法の応用は,診断目的だけでなく,アカントアメーバ株の遺伝学的分類にも用いられている.遺伝学的分類はDNAの多様性に富む部分をシークエンス解析し,GenBankに登録されている株との相動性を検索することにより行われ,形態学的分類と比べ客観性,信頼性に優れている.アカントアメーバの分類に用いられている遺伝子には,ミトコンドリアの16SrDNA(rebosomalDNA)や核の18SrDNAなどがあり,もっとも汎用されているのは,Tタイピングとよばれる18SrDNAによる分類である.現在T1.T15の15タイプに分類されており,角膜炎からの分離株のほとんどはT4であることが報告されている9).Tタイピングによってアカントアメーバの病原性が異なってくるかどうかは現在のところわかっていないが,現在わが国でも多施設研究が行われており,今後の知見の集積に期待がもてる.652あたらしい眼科Vol.32,No.5,20155.蛍光免疫クロマトグラフィ法前述のとおりPCR法は非常に優れたアカントアメーバの同定法であるが,検査には特殊な機器を要するため実施できるのは大学病院などごく一部の施設に限られる.最近,筆者らは一般病院や診療所でも実施可能な迅速診断法として免疫クロマトグラフィ法(immunochromatographicassay:ICGA)を用いたアカントアメーバ抗原検出キットを開発した10).ICGAは,金コロイドやラテックス粒子で標識した特異抗体を用いて目的とする抗原を検出する検査法で,眼科領域ではアデノウイルスやヘルペスウイルス感染症の迅速診断に用いられている.測定原理としては検体中に抗原が存在すると標識抗体が結合し免疫複合体が形成される.メンブラン上のテストラインには抗原に対する特異抗体が固相されており,免疫複合体ごとに抗原が捕捉され標識抗体による発色が認められる.コントロールラインには標識抗体に対する抗体が固相されており,抗原が存在しなくても標識抗体自体が捕捉され発色が認められる.陽性であればテストラインとコントロールラインが,陰性であればコントロールラインのみが発色する仕組みである.ICGAは操作が簡便で迅速に結果が得られるため,さまざまの分野で応用されているが感度がやや低いのが問題点で,アデノウイルスでは感度70.80%程度,単純ヘルペスウイルスでは有病正診率が55%と報告されている11.13).この点を改善するために筆者らは抗体の標識に通常の金コロイドやラッテクス粒子でなく,蛍光シリカナノ粒子(QuartzDotR,古河電工)を用いた蛍光ICGA(fluorescentimmunochromatographicassay:FICGA)を採用した.本法では界面活性剤を含む抽出液によってサンプルを処理後,凍結乾燥した標識抗体と混合し,プレートに滴下,30分の反応後,専用の蛍光スコープで陽性ラインを確認することで抗原を検出する(図6).判定に蛍光スコープを用いるため,目視により判定する従来のICGAと比較し,より鋭敏な検出が可能である.アカントアメーバに対するモノクローナル抗体としては,過去に樋渡らが,AKの原因株の大部分を占める形態学的分類GroupIIに属するアカントアメーバに対し特異的に反応するものを精製,報告してお(42) 検体(抗原)(抗原)蛍光色素シリカ粒子抗体抽出液標識抗体検体+標識抗体抗原固相化抗体蛍光スコープで観察図6蛍光免疫クロマトグラフィ法検体を抽出液で処理後,凍結乾燥された標識抗体と混合し,プレートに滴下.判定は専用の蛍光スコープで行う.10,0001,000u)栄養体シスト100蛍光強度(a1011101001,00010,000アカントアメーバ濃度(個/sample)図7アカントアメーバ濃度と蛍光強度の相関栄養体,シストともに強い正の相関関係が認められる. 表1アカントアメーバ角膜炎症例における各種同定検査結果症例年齢性別検鏡培養Real-timePCR(DNAコピー数)FICGA119F.*.+(1.1×105)+218M.*++(6.8×10)+319FNTNT+(1.2×105)+457FNTNT+(<25)+532F.*.+(1.0×102)+650MNTNT+(4.0×105)+724F.*.+(<25)+829M+*++(2.5×104)+936M+*.+(2.3×103)+1030M+**++(3.2×104)+PCR:polymerasechainreaction,FICGA:fluorescentimmunochromatographicassayNT:nottested,*グラム染色,**ファンギフローラY染色図819歳,女性.頻回交換型ソフトコンタクトレンズ装用者輪状浸潤,偽樹枝状病変を認める.角膜擦過物のPCRおよび蛍光免疫クロマトグラフィ法によりアカントアメーバが検出された.検鏡・培養は陰性であった.剤により菌体が十分溶解されず,抗原が標識抗体に認識されにくい可能性が原因の一つとして考えられ,抽出方法の改善が今後の検討課題である.実際にAKが疑われた10症例の角膜擦過物を用いて,FICGA,real-timePCR,検鏡・培養によるアカントアメーバ同定を行った結果を表1に,代表症例の前眼部写真を図8に示す.全例でreal-timePCRによりアカントアメーバDNAが検出され,AKと確定診断された.FICGAも全例で陽性であり,培養・検鏡陰性例やreal-timePCRで検出されたDNAcopy数が少ない症例でも検出が可能であったのは,invitroの試験で示された感度の高さを裏付けるものと考えられる.特異度に関しては現在のところ臨床症例の検体を用いた検討はできていないが,感染性角654あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015膜炎の起炎菌として頻度が高い表皮ブドウ球菌,黄色ブドウ球菌,緑膿菌,カンジダの菌液を用いたinvitroでの試験では交差反応はみられなかった.今後さらなる検討が必要であるが,本キットは簡便な操作で,迅速かつ高感度にアカントアメーバの検出が可能であり,実用化されればAK診断に大きく貢献することが期待される.文献1)石橋康久:最近増加するアカントアメーバ角膜炎─報告例の推移と自験例の分析─.眼臨紀3:22-29,20102)篠崎友治,宇野敏彦,原祐子ほか:最近11年間に経験したアカントアメーバ角膜炎28例の臨床的検討.あたらしい眼科27:680-686,20103)宇野敏彦,福田昌彦,大橋裕一ほか:重症コンタクトレン(44) 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ウイルス編-2:単純ヘルペスウイルス免疫クロマトグラフィ法検査キットの有用性

2015年5月31日 日曜日

特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):643.647,2015特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):643.647,2015ウイルス編-2:単純ヘルペスウイルス免疫クロマトグラフィ法検査キットの有用性TheUsefulnessoftheHerpesSimplexVirusImmunochromatographicAssayKit星最智*はじめに上皮型角膜ヘルペスは,典型的にはterminalbulbを伴う樹枝状病変を呈することから,角膜所見から診断を行うことが多いと思われる(図1).しかしながら,単純ヘルペス角膜炎は上皮型単独で発症するだけではない.実質型や内皮型角膜ヘルペスに合併する場合や,白内障などの内眼手術後1),さらには真菌性角膜炎など他の角膜炎の治療中に樹枝状病変が出現することもある2,3).このような複数の病態が重なった状況では,樹枝状病変が本当に角膜ヘルペスによるものかどうかの判断を迫られることになる.角膜ヘルペスの確定診断は,もっとも確実なのは病変部からのウイルスの分離であるが,時間や設備などの問題から臨床現場では実際的な方法ではない.PCR(polymerasechainreaction)法は感度が高く有用ではあるが,初診時にすぐに結果を出すことは多くの施設では困難である.したがって,診断に迷ったときにすぐに治療方針の決定につながり,なおかつ多くの医療機関で簡便に行うことができる検査ツールが求められていた.I原理上皮型角膜ヘルペスを対象とした初めての免疫クロマトグラフィ法検査キットとして,チェックメイトRヘルペスアイが2011年8月に発売された4)(図2).角膜上皮細胞中の単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)抗原を検出することを目的としており,図1上皮型角膜ヘルペスの樹枝状病変上皮型角膜ヘルペスに特徴的なterminalbulbを認める.操作が簡便であり迅速に結果を得ることができる.HSV抗原検査キットに用いられる抗体は,glycoproteinDに対するモノクローナル抗体である.このglycoproteinDは,HSVが宿主細胞に感染する際に必須な蛋白であることがわかっている5).HSV免疫クロマトグラフィ法の原理を図3に示す.検体を試料滴下部に滴下すると,金コロイドで標識された抗HSVマウスモノクローナル抗体と検体中のHSV抗原が免疫複合体を形成する.この免疫複合体は毛細管現象によって展開部を移動し,判定部Sに固相化された抗HSVマウスモノクローナル抗体に補足され,判定部Sに金コロイドによる赤紫色の判定ラインを形成する.検体中のHSV抗原の有無にかかわらず,免疫複合体を形成しなかった金コロイド標識抗HSV抗体は,判定部Cに固相化された抗マウスIgGヤギポリクローナ*SaichiHoshi:国立長寿医療研究センター眼科〔別刷請求先〕星最智:〒474-8511愛知県大府市森岡町7-430国立長寿医療研究センター眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(33)643 滴下展開展開試料滴下部SCHSV抗原抗マウスIgG抗体金コロイド標識抗HSV抗体図2チェックメイトRヘルペスアイ図3単純ヘルペスウイルス免疫クロマトグラフィ法の原理・キャップ付きノズルを付ける・上下に数回強く振る・点眼麻酔・手袋着用スワブを抽出液に浸す・スワブで数回擦過陰性陽性HSVSC・4滴,滴下・15分以上待って判定図4チェックメイトRヘルペスアイの使用法ル抗体に補足され,判定部Cに赤紫色のラインを形成する.II使用方法以下に具体的な使用方法について示す(図4).1)点眼麻酔を行う.644あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(34) あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015645(35)見に加えて,抗原検査を行うことでより診断を確実なものにすることができる.その他,検査結果を視覚的に患者に示すことができるのも利点である.ゾビラックス軟膏Rによる治療は患者にとっても取り扱いがむずかしく,コンプライアンスが悪い場合は角膜炎が遷延することもありうる.診断キットが陽性であることを患者に示すことによって,治療への意識を高める効果も期待できる.最後に他の眼疾患を治療中に上皮型角膜ヘルペスを発症した場合である.以下にチェックメイトRヘルペスアイが治療方針の決定に有用であった2症例を示す.1.症例180歳代の男性.近医眼科で右眼の感染性角膜炎を発症し抗菌点眼薬などで治療されるも改善を認めないため紹介受診となった.角膜に円形の白色病巣と強い前房炎症を認めた.実質型角膜ヘルペスの既往があり普段から低濃度ステロイド点眼薬を使用していたことや,前医での抗菌点眼薬の頻回点眼に反応しなかったことから真菌性角膜炎を疑い,抗真菌薬の局所および全身投与を開始した.角膜擦過物の培養検査でカンジダ属が検出され,カンジダ角膜炎と確定診断した.抗真菌薬治療により徐々に結膜充血や前房炎症は減少していった.角膜潰瘍部もゆっくりと縮小していったため抗真菌薬の減量を考慮していたところ,急に異物感の増強と結膜充血の悪化を認めた.そのときの前眼部写真を図5に示す.スリット写真では真菌病巣は上皮化して角膜浸潤と浮腫を認めるのみであるが,真菌病巣の辺縁から角膜中央部に伸びる淡い線状病変を認めた.フルオレセイン染色像では弱々しい樹枝状病変を認めるがterminalbulbはわかりにくい.このような状況に遭遇した際,主治医としては真菌性角膜炎の治療に専念していることもあり,新たに角膜ヘルペスが出現したのか,あるいは真菌病巣の再燃なのかの判断が非常にむずかしくなってくる.角膜ヘルペスの場合は薬剤毒性にも配慮しながら,抗真菌薬の種類や回数を減らしたうえで抗ヘルペス薬を投与することになる.一方,真菌性角膜炎の再燃であれば抗真菌薬の変更をするなどの判断を迅速に行わなければならない.本症例ではチェックメイトRヘルペスアイを施行したところ陽性であったため,上皮型角膜ヘルペスと診断し2)手袋を着用後,付属するスワブを用いて角膜病変部を数回擦過する.角膜を擦過することを心配する医師もいるかも知れないが,アデノウイルス抗原検査のように強く擦過する必要はない.樹枝状病変の辺縁にある脆弱な角膜上皮部分が採取できていることを確認しながら,やさしく撫でるように擦過するとよい.3)スワブを検体抽出液が入った検体抽出容器に入れ,付属のキャップ付きノズルを検体抽出容器にしっかりと装着する.4)検体抽出容器を上下に数回強く振った後,白いキャップをはずして反応シートの試料滴下部に4滴(150μl相当)滴下する.5)15分間放置し,判定部のラインを確認する.注意点としては必ず15分以上放置することである.15分近く経過してようやく陽性となることをしばしば経験する.判定は,判定部のSとCの両方にラインを認めた場合に陽性と判定する.その際,判定部Sに少しでもラインを認める場合であっても陽性とする.判定部Sにラインを認めず判定部Cのみラインを認めた場合は陰性と判定する.判定部Cにラインが認められない場合は,操作や試薬の問題が考えられるため検査不成立となる.HSV免疫クロマトグラフィ法の臨床成績であるが,臨床診断と比較した場合の感度は55%,特異度は100%となっている6).また,HSV免疫クロマトグラフィ法の結果に影響を与える因子として,ウイルスDNA量が多いとHSV免疫クロマトグラフィ法は陽性になりやすく,抗ウイルス薬が投与されていると偽陰性になりやすい6).III実際の使用経験角膜炎の治療経験が豊富でない眼科医の場合は,とくに典型的なterminalbulbを有する樹枝状病変であっても,前眼部所見と微生物学的検査の一致を確認するという意味でチェックメイトRヘルペスアイを施行することを薦める.言うまでもなく感染症診療は診断がもっとも重要であり,診断の判断材料となる情報はできる限り多いほうがよい.単純ヘルペス角膜炎を疑う場合は,過去の角膜炎の既往,角膜知覚の左右差,特徴的な角膜所)手袋を着用後,付属するスワブを用いて角膜病変部を数回擦過する.角膜を擦過することを心配する医師もいるかも知れないが,アデノウイルス抗原検査のように強く擦過する必要はない.樹枝状病変の辺縁にある脆弱な角膜上皮部分が採取できていることを確認しながら,やさしく撫でるように擦過するとよい.3)スワブを検体抽出液が入った検体抽出容器に入れ,付属のキャップ付きノズルを検体抽出容器にしっかりと装着する.4)検体抽出容器を上下に数回強く振った後,白いキャップをはずして反応シートの試料滴下部に4滴(150μl相当)滴下する.5)15分間放置し,判定部のラインを確認する.注意点としては必ず15分以上放置することである.15分近く経過してようやく陽性となることをしばしば経験する.判定は,判定部のSとCの両方にラインを認めた場合に陽性と判定する.その際,判定部Sに少しでもラインを認める場合であっても陽性とする.判定部Sにラインを認めず判定部Cのみラインを認めた場合は陰性と判定する.判定部Cにラインが認められない場合は,操作や試薬の問題が考えられるため検査不成立となる.HSV免疫クロマトグラフィ法の臨床成績であるが,臨床診断と比較した場合の感度は55%,特異度は100%となっている6).また,HSV免疫クロマトグラフィ法の結果に影響を与える因子として,ウイルスDNA量が多いとHSV免疫クロマトグラフィ法は陽性になりやすく,抗ウイルス薬が投与されていると偽陰性になりやすい6).III実際の使用経験角膜炎の治療経験が豊富でない眼科医の場合は,とくに典型的なterminalbulbを有する樹枝状病変であっても,前眼部所見と微生物学的検査の一致を確認するという意味でチェックメイトRヘルペスアイを施行することを薦める.言うまでもなく感染症診療は診断がもっとも重要であり,診断の判断材料となる情報はできる限り多いほうがよい.単純ヘルペス角膜炎を疑う場合は,過去の角膜炎の既往,角膜知覚の左右差,特徴的な角膜所(35)見に加えて,抗原検査を行うことでより診断を確実なものにすることができる.その他,検査結果を視覚的に患者に示すことができるのも利点である.ゾビラックス軟膏Rによる治療は患者にとっても取り扱いがむずかしく,コンプライアンスが悪い場合は角膜炎が遷延することもありうる.診断キットが陽性であることを患者に示すことによって,治療への意識を高める効果も期待できる.最後に他の眼疾患を治療中に上皮型角膜ヘルペスを発症した場合である.以下にチェックメイトRヘルペスアイが治療方針の決定に有用であった2症例を示す.1.症例180歳代の男性.近医眼科で右眼の感染性角膜炎を発症し抗菌点眼薬などで治療されるも改善を認めないため紹介受診となった.角膜に円形の白色病巣と強い前房炎症を認めた.実質型角膜ヘルペスの既往があり普段から低濃度ステロイド点眼薬を使用していたことや,前医での抗菌点眼薬の頻回点眼に反応しなかったことから真菌性角膜炎を疑い,抗真菌薬の局所および全身投与を開始した.角膜擦過物の培養検査でカンジダ属が検出され,カンジダ角膜炎と確定診断した.抗真菌薬治療により徐々に結膜充血や前房炎症は減少していった.角膜潰瘍部もゆっくりと縮小していったため抗真菌薬の減量を考慮していたところ,急に異物感の増強と結膜充血の悪化を認めた.そのときの前眼部写真を図5に示す.スリット写真では真菌病巣は上皮化して角膜浸潤と浮腫を認めるのみであるが,真菌病巣の辺縁から角膜中央部に伸びる淡い線状病変を認めた.フルオレセイン染色像では弱々しい樹枝状病変を認めるがterminalbulbはわかりにくい.このような状況に遭遇した際,主治医としては真菌性角膜炎の治療に専念していることもあり,新たに角膜ヘルペスが出現したのか,あるいは真菌病巣の再燃なのかの判断が非常にむずかしくなってくる.角膜ヘルペスの場合は薬剤毒性にも配慮しながら,抗真菌薬の種類や回数を減らしたうえで抗ヘルペス薬を投与することになる.一方,真菌性角膜炎の再燃であれば抗真菌薬の変更をするなどの判断を迅速に行わなければならない.本症例ではチェックメイトRヘルペスアイを施行したところ陽性であったため,上皮型角膜ヘルペスと診断しあたらしい眼科Vol.32,No.5,2015645 646あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(36)があることから,地図状角膜炎の可能性も考えてチェックメイトRヘルペスアイを施行したが陰性であった.チェックメイトRヘルペスアイの感度は55%であるので角膜ヘルペスの可能性は否定できないが,今までの治療経過や眼瞼の所見から難治性後部眼瞼炎による角膜合併症の可能性が高いと考えられた.そこでミノサイクリン内服を処方したところ,眼瞼結膜炎の沈静化と上皮欠損の改善が得られた.その2カ月後,今までとくに治療を要しなかった左眼に樹枝状角膜炎を発症した(図6).チェックメイトRヘルペスアイを施行したところ陽性であったため,左眼には抗ヘルペス治療を行った.本症例の右眼のように,チェックメイトRヘルペスアイが陰性であっても他の所見から総合的に判断して,適正な治療方針を決定することが重要である.た.抗真菌薬の種類と回数を減らしたうえで,ゾビラックス軟膏Rとバラシクロビル内服を処方したところ,樹枝状病変は数日で消失した.2.症例260歳代の女性.近医にて右眼の難治性角結膜炎の治療中に角膜沈着物が出現したため紹介受診となった.数年前に両眼の角膜ヘルペスと虹彩炎として治療されていた既往があった.角膜沈着物は,遷延する角結膜上皮障害の状態にリン酸ベタメタゾン点眼を使用していたことが影響して,リン酸カルシウムが沈着した可能性が考えられた.まずは薬剤毒性の影響をなくすため人工涙液の頻回点眼を行ったところ,右眼の角結膜充血は改善を認めた.しかしながら,その後しばらくすると再び角結膜炎が悪化し上皮欠損の拡大を認めた(図6).その際,上眼瞼を反転すると上眼瞼結膜に強い充血,細かい乳頭増殖および粘膜浮腫を認めた.過去に角膜ヘルペスの既往ab図5症例1の前眼部所見a:矢頭は真菌感染病巣,矢印は樹枝状病変を示す.b:フルオレセイン染色像.矢印の樹枝状病変は弱々しく,terminalbulbがわかりにくい.ab図6症例2の前眼部所見a:右眼.角膜中央部の沈着物(失頭)と,その辺縁に上皮欠損(矢印)を認めた.b:左眼.一部地図状病変を伴う樹枝状角膜炎を認めた.ab図5症例1の前眼部所見a:矢頭は真菌感染病巣,矢印は樹枝状病変を示す.b:フルオレセイン染色像.矢印の樹枝状病変は弱々しく,terminalbulbがわかりにくい.ab図6症例2の前眼部所見a:右眼.角膜中央部の沈着物(失頭)と,その辺縁に上皮欠損(矢印)を認めた.b:左眼.一部地図状病変を伴う樹枝状角膜炎を認めた. あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015647(37)型角膜ヘルペスを発症した2症例.眼臨紀6:363-367,20132)阿部真知子,田村修,高岡裕子:角膜ヘルペスに真菌(Fusarium)感染を合併した角膜潰瘍の1症例.臨眼40:154-155,19863)四宮加容,山中清香,福本幸司ほか:角膜ヘルペスと角膜真菌症を合併した1例.あたらしい眼科15:117-119,19984)梶山博文:単純ヘルペスウイルスキット.小児眼科65:2719-2724,20125)JohnsonDC,LigasMW:HerpessimplexviruseslackingglycoproteinDareunabletoinhibitviruspenetration:quantitativeevidenceforvirus-specificcellsurfacerecep-tors.JVirol62:4605-4612,19886)InoueY,ShimomuraY,FukudaMetal:Multicenterclini-calstudyoftheherpessimplexvirusimmunochromato-graphicassaykitforthediagnosisofherpeticEpithelialkeratitis.BrJOphthalmol97:1108-1112,2013まとめチェックメイトRヘルペスアイは,免疫クロマトグラフィ法を用いた単純ヘルペス検査キットであり,上皮型角膜ヘルペスの診断補助として保険収載された検査である.本キットは操作が簡便で迅速に行うことができることが利点であるが,実質型や内皮型角膜ヘルペスの診断はできないことに注意する.感度は55%と高くはないが,特異度は100%であるため,陽性の場合は自信をもって診断することができる.真菌性角膜炎などの難治性角膜炎の治療経過中に上皮型角膜ヘルペスを合併することがあり,複雑な治療経過のなかで適切な投薬を行う必要がある症例では積極的に使用したい検査である.文献1)谷口ひかり,堀裕一,柴友明ほか:白内障術後に上皮

ウイルス編-1:CMV角膜内皮炎の診断基準

2015年5月31日 日曜日

特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):637~641,2015特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):637~641,2015ウイルス編-1:CMV角膜内皮炎の診断基準DiagnosticCriteriaforCMVCornealEndotheliitis小泉範子*はじめにウイルス性角膜内皮炎は眼感染症のなかではあまり知名度の高くない疾患ではないだろうか.しかし,角膜内皮炎によって角膜内皮細胞が広範囲に脱落すると,水疱性角膜症となって高度の視力障害を生じる重症疾患であり,原因不明の角膜浮腫や角膜内皮障害の症例では鑑別疾患のひとつとして思い浮かべていただきたい.本稿では,2006年に日本から初めて報告され,近年とくに注目されているサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)角膜内皮炎について,その臨床的特徴と診断,治療を概説する.ICMV角膜内皮炎とは角膜内皮炎は角膜内皮細胞に特異的な炎症を生じる疾患で,1982年にKhodadoustらによって初めて報告された.当時は自己免疫が関与する病態と考えられていたが1),その後,PCR(polymerasechainreaction)などの分子生物学的な検査によって原因が明らかになり,単純ヘルペスウイルス2~3),水痘帯状疱疹ウイルス4),サイトメガロウイルス,ムンプスウイルス5)などのウイルスが原因となることが知られている.なかでもCMV角膜内皮炎は,2006年に日本から初めて報告された新しい疾患概念であり6),その後,日本やシンガポール,台湾などのアジアの国々から相次いで報告されている7~11).CMV角膜内皮炎は,進行すると水疱性角膜症に至る重症疾患であるにもかかわらず,新しく認識された疾患概念であるため,診断や治療法が確立されていないことが問題であった.近年,特発性角膜内皮炎研究班によってCMV角膜内皮炎診断基準が提唱され(表1),日本におけるレトロスペクティブな全国調査の結果が報告されるなど,その実態把握に関する研究が進められている11).抗ヘルペスウイルス薬が奏効しない難治な角膜内皮炎や,角膜移植を繰り返す原因不明の水疱性角膜症のなかに,少なからずCMV角膜内皮炎の症例が含まれることから,角膜内皮障害の原因疾患の一つとして念頭に置いていただきたい疾患である.II臨床所見の特徴角膜内皮炎では,角膜後面沈着物(keraticprecipitates:KPs)を伴った限局性の角膜浮腫が認められる.円板状角膜炎などの角膜実質炎でも角膜浮腫を生じるが,角膜内皮炎では細胞浸潤や血管侵入を伴わないことが特徴で,半透明な“すりガラス”のような角膜浮腫が認められる.角膜内皮炎の臨床病型には大橋らの臨床分類が広く用いられており,角膜浮腫の分布パターンによって周辺部型2つと中央部型3つの計4つ(あるいは5つ)の型に分類される12,13).CMV角膜内皮炎では,1型角膜内皮炎とよばれる周辺部から中央部に向かって角膜浮腫が進行するパターンをとることが多く,拒絶反応線に類似した線状のKPsや,円形に配列したKPsからなる衛星病巣(コインリージョン)を伴う症例が多い(図1,2).線状のKPsやコインリージョンはとくにCMV*NorikoKoizumi:同志社大学生命医科学部医工学科〔別刷請求先〕小泉範子:〒610-0321京都府京田辺市多々羅都谷1-3同志社大学生命医科学部医工学科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(27)637 表1サイトメガロウイルス角膜内皮炎診断基準(平成24年度特発性角膜内皮炎研究班)I.前房水PCR検査所見①cytomegalovirusDNAが陽性②herpessimplexvirusDNAおよびvaricella-zostervirusDNAが陰性II.臨床所見①小円形に配列する白色の角膜後面沈着物様病変(コインリージョン)あるいは拒絶反応線様の角膜後面沈着物を認めるもの②角膜後面沈着物を伴う角膜浮腫があり,かつ下記のうち2項目に該当するもの・角膜内皮細胞密度の減少・再発性・慢性虹彩毛様体炎・眼圧上昇もしくはその既往<注釈>1.角膜移植術後の場合は拒絶反応との鑑別が必要であり,次のような症例ではサイトメガロウイルス角膜内皮炎が疑われる.①副腎皮質ステロイド薬あるいは免疫抑制薬による治療効果が乏しい.②host側にも角膜浮腫がある.2.治療に対する反応も参考所見となる.①ガンシクロビルあるいはバルガンシクロビルにより臨床所見の改善が認められる.②アシクロビル・バラシクロビルにより臨床所見の改善が認められない.<診断基準>典型例Iおよび,II-①に該当するもの.非典型例Iおよび,II-②に該当するもの.角膜内皮炎に特徴的な所見と考えられており,診断基準にも含まれている(表1).ただしこれらの所見は,発症後の時間経過やステロイド薬による治療によって非典型的な形態を示すようになるため,コインリージョンなどがなくてもCMV角膜内皮炎を否定できるわけではない.CMV角膜内皮炎をはじめとするウイルス性角膜内皮炎では,角膜内皮細胞の脱落による角膜内皮細胞密度の低下を生じることが特徴であり,進行すると不可逆性の角膜内皮障害によって水疱性角膜症となる.虹彩毛様体炎や眼圧上昇,続発緑内障を伴う症例も多い.PosnerSchlossman症候群やFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎においてもHSVやCMVなどのウイルスの関与が報告されていることから,一部の症例ではこれらの前眼部炎症性疾患と角膜内皮炎は同一のウイルスによる一連の疾患の異なる病期をとらえている可能性がある.Suzukiらはこれらの前眼部炎症性疾患をanteriorchamber-associatedimmunedeviation(ACAID)-relatedsyndrome638あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015として包括的にとらえる新しい概念を提唱しており13),今後,これらの疾患の病態解明に役立つ可能性がある.また,CMV角膜内皮炎は,CMV網膜炎とは異なり全身的な免疫不全のない患者に発症することが特徴である.III検査角膜内皮炎では病巣部からのウイルス分離は困難であり,前房水を用いたPCRによるウイルスDNA検査が行われる.PCRは非常に感度が高いため,病態とは無関係のウイルスDNAを検出する偽陽性を生じる可能性があることに注意しなくてはならない.とくにCMVは,正常人の前房水からも検出されることがあるため,検査のタイミングやPCRの感度によっては,病態とは関係のないウイルスDNAを検出することがある.ウイルスPCRの結果と臨床所見,抗ウイルス治療に対する反応などを総合的に判断してウイルス性角膜内皮炎と診断する必要がある.ヘルペス属ウイルスは成人の多くが既感(28) あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015639(29)合には,CMV角膜内皮炎を強く疑わせる所見の組み合わせ,すなわち角膜内皮細胞密度の減少,再発性・慢性虹彩毛様体炎,眼圧上昇またはその既往のうちの2項目以上を満たした症例で,かつ前房水を用いたPCRでCMVが陽性,HSVやVZVが陰性を確認できれば,CMV角膜内皮の非典型例と診断される.代表的な典型例,非典型例の前眼部写真を図1~3に示す.染であるため,血清抗体価の上昇をもって原因ウイルスを特定することはできない.抗体陰性の場合は,原因ウイルスとして否定できるので診断の参考になる.最近では,リアルタイムPCRによって前房水中のウイルスDNA量の定量を行うことが可能になっており,病態の解明や治療効果の判定に有用な情報が得られることが期待される14~16).また,CMV角膜内皮炎ではコンフォーカル顕微鏡によってコインリージョンの部分の角膜内皮細胞にCMV感染細胞で特徴的なOwl’seye(ふくろうの目)所見が認められることが報告されており17,18),角膜内皮細胞へのCMV感染を示唆する所見として注目されている.IVCMV角膜内皮炎の診断基準平成22年~24年度の厚生労働科学研究費の補助を受けて,特発性角膜内皮炎研究班が作成したCMV角膜内皮炎診断基準を表1に示す.線状のKPsや,コインリージョンとよばれる円形に配列するKP様病変は本疾患に特徴的であるため,これらが認められて,かつ前房水を用いたPCRによってCMVDNAが陽性,HSVやVZVが陰性であった場合には,CMV角膜内皮炎の典型例と診断される.一方,遷延した症例やステロイドによる治療が行われている症例では,コインリージョンなどの特徴的なKPsが認められないこともある.その場図1CMV角膜内皮炎の典型例(文献11より引用)限局性の角膜実質浮腫,上皮浮腫を認め,上方の透明角膜部分に円形に配列する角膜後面沈着物からなる衛星病巣(コインリージョン)が認められる().前房水からCMVDNAが検出され,CMV角膜内皮炎の典型例と診断された.図2CMV角膜内皮炎の典型例(角膜移植後眼)(文献11より引用)DSAEK術後に発症した角膜内皮炎.術後の定期受診の際に多発するコインリージョン()が認められ,前房水からCMVDNAが検出された.図3CMV角膜内皮炎の非典型例(文献11より引用)前房水CMV陽性,角膜内皮障害,再発性虹彩毛様体炎,続発緑内障の既往よりCMV角膜内皮炎の非典型例と診断された症例.図1CMV角膜内皮炎の典型例(文献11より引用)限局性の角膜実質浮腫,上皮浮腫を認め,上方の透明角膜部分に円形に配列する角膜後面沈着物からなる衛星病巣(コインリージョン)が認められる().前房水からCMVDNAが検出され,CMV角膜内皮炎の典型例と診断された.図2CMV角膜内皮炎の典型例(角膜移植後眼)(文献11より引用)DSAEK術後に発症した角膜内皮炎.術後の定期受診の際に多発するコインリージョン()が認められ,前房水からCMVDNAが検出された.図3CMV角膜内皮炎の非典型例(文献11より引用)前房水CMV陽性,角膜内皮障害,再発性虹彩毛様体炎,続発緑内障の既往よりCMV角膜内皮炎の非典型例と診断された症例. V鑑別疾患診断基準には,注釈として角膜移植後眼における拒絶反応との鑑別のポイントが記載されている.拒絶反応ではKPsが移植片内に限局するのに対して,角膜内皮炎では移植片のみならずホスト角膜側にも角膜浮腫やKPsが存在することが特徴であるが,周辺部に角膜混濁がある症例では観察が困難なこともある.ステロイド点眼薬を使用している角膜移植後眼では,角膜浮腫がごく軽度でコインリージョンのみが認められる場合もある(図2).ステロイド薬や免疫抑制薬による拒絶反応に対する治療を行っても角膜浮腫が改善しない場合には,ウイルス性角膜内皮炎を疑って前房水を用いたウイルスPCRを行う必要がある.原因不明の水疱性角膜症や,角膜移植後に拒絶反応様の炎症を繰り返し,複数回の角膜移植を繰り返しているような症例でも,ウイルス性角膜内皮炎,とくにCMV角膜内皮炎を念頭においてウイルス検索を行うことが望ましい.VI治療CMV角膜内皮炎は新しく報告された疾患概念であり,保険適用のある薬剤を用いた標準治療は確立されていない.しかし,放置すれば水疱性角膜症に至ることもあり,実際には大学病院などの倫理委員会の承認と患者からの同意を得て,抗CMV治療薬を用いた研究的治療が行われている.具体的な治療プロトコールの例を表2に示す.CMV角膜内皮炎と診断された症例では,CMV網膜炎に準じた方法により抗CMV薬の全身投与を行う.局所治療として自家調整の0.5%ガンシクロビル点眼と混合感染予防のために抗菌薬点眼を併用する.角膜内皮密度が1,000個/mm2以下の症例では,水疱性角膜症となるリ表2CMV角膜内皮炎に対する初期治療の例①ガンシクロビル5mg/kgを1日2回点滴投与,2週間(保険適用外)あるいはバルガンシクロビル900mg,1日2回内服,4~12週間(保険適用外)②0.5%ガンシクロビル点眼液(自家調整)1日4~8回(保険適用外)③0.1%フルオロメトロン点眼1日4回スクが高いため,急性期の炎症が沈静化された後も,ガンシクロビル点眼を1日2~4回で継続しながら定期的な経過観察を行う必要がある.ウイルス性角膜内皮炎では,角膜内皮細胞へのウイルス感染とともに,炎症によって角膜内皮細胞が脱落すると考えられる.そのため0.1%フルオロメトロンなどの副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)を用いた消炎治療を併用する.ウイルス感染症に対するベタメタゾン点眼薬の使用については意見が分かれるところであるが,筆者らは局所のベタメタゾン点眼薬は極力,使用しないようにしている.炎症による角膜浮腫が高度な症例では,テロイド薬の内服(ベタメタゾン0.5~1mgあるいはプレドニゾロン5~10mg)を併用することがある.VII予後発症後早期に診断と治療が行われ,抗ウイルス治療に良好な反応を示す症例では,十分な角膜内皮細胞密度が維持され,良好な長期予後が得られることが多い.一方で,治療開始時にすでに角膜内皮障害が進行していた症例では,治療によって角膜の透明性が回復しても,長期的には水疱性角膜症となる場合がある.角膜内皮移植後にも再発を生じると移植片不全となることから,再発予防のための治療を継続することが重要である.文献1)KhodadoustAA,AttarzadehA:Presumedautoimmunecornealendotheliopathy.AmJOphthalmol93:718-722,19822)OhashiY,KinoshitaS,ManoTetal:DemonstrationofherpessimplexvirusDNAinidiopathiccornealendotheliopathy.AmJOphthalmol112:419-423,19913)AmanoS,OshikaT,KajiYetal:Herpessimplexvirusinthetrabeculumofaneyewithcornealendotheliitis.AmJOphthalmol127:721-722,19994)MaudgalPC,MissottenL,DeClercqEetal:Varicellazostervirusinthehumancornealendothelium:acasereport.BullSocBelgeOphtalmol190:71-86,19805)SinghK,SodhiPK:Mumps-inducedcornealendotheliitis.Cornea23:400-402,20046)KoizumiN,YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovirusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendotheliitis.AmJOphthalmol141:564-565,20067)KoizumiN*,SuzukiT*,UnoTetal:Cytomegalovirusas640あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(30) -’

細菌・真菌編-2:ブロードレンジPCRによる眼感染症診断

2015年5月31日 日曜日

特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):631~636,2015特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):631~636,2015細菌・真菌編-2:ブロードレンジPCRによる眼感染症診断DiagnosisofOcularInfectiousDiseasesUsingBroad-rangePCR高瀬博*はじめに角結膜などの眼表面または眼内の感染性疾患の原因は多岐にわたるが,その治療は病因特異的に行われる必要がある.これらのうち,細菌や真菌の検出には鏡検や培養がゴールドスタンダードであるが,病原体によっては培養が困難なものや検出に時間を要するもの,すでに抗菌療法がエンピリックに開始されているために検出できないものなどがある.このような場合に,病原体の遺伝子を増幅,検出できるポリメラーゼ鎖反応(polymerasechainreaction:PCR)(用語解説参照)は,迅速かつ高感度に病原体の存在を検出することができる検査として,臨床現場でも広く用いられつつある.また,細菌または真菌に起因する眼疾患のなかで,眼内炎が疑われる症例に対するPCRは,ヘルペス性眼内炎症疾患に対するPCRとともに,平成25年末に厚生労働省により先進医療として認められた.そのため,筆者らの施設においては従来行っている網羅的PCRシステムの一部として,平成26年より細菌・真菌による眼内炎が疑われる症例に対するブロードレンジPCRを先進医療検査として実施している(図1).本稿では,細菌および真菌遺伝子の検出に用いられるブロードレンジPCRについて,その原理と有用性,問題点について,自験例を交えて概説する.I細菌,真菌に対するブロードレンジPCRの概要感染性眼疾患の病因診断のための解析対象となりえる眼組織検体には,眼脂,角膜擦過物および掻爬組織,前房水,硝子体液などがあげられる.このうち液性検体は,検体中の炎症細胞や組織の量に左右されるが,目安としては約100μlの検体量で解析を行う.これらの検体から抽出したDNAを用いて検査を行う.ブロードレンジPCRは,細菌と真菌それぞれの種のリボゾームRNAに保存されている種特異的な遺伝子領域を標的にしたものであり(図2),菌種の特定には至らないまでも細菌もしくは真菌の約60~80%を検出することが可能である1).筆者らの施設では,細菌の検出には16SリボゾームRNA,真菌の検出には18Sまたは28SリボゾームRNAとよばれる遺伝子領域を増幅するようにプライマーを設計し,さらに増幅される遺伝子を定量するためにリアルタイムPCR(用語)を施行している2,3).もしも真菌リボゾームRNAが陽性となった場合は,眼科領域でしばしば原因菌として検出されるカンジダまたはアスペルギルスを標的としたリアルタイムPCRを施行し,さらなる原因菌の特定を行っている4).それ以外の菌種に関しても,細菌または真菌のリボゾームRNAを増幅したPCR産物を用いて,シークエンサーにより遺伝子配列を解析して菌種の同定を迅速に行うことが可能であり2),今後のさらなる臨床応用が期待さ*HiroshiTakase:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕高瀬博:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(21)631 眼内液,眼内組織から抽出したDNA眼内液,眼内組織から抽出したDNA細菌保存領域16SrRNA真菌保存領域28SrRNA先進医療ぶどう膜炎,角膜炎セット結核,梅毒,バルトネラトキソカラ,トキソプラズマアカントアメーバ眼内リンパ腫IgH,TCR遺伝子再構成ウイルスセット検査項目HHV1~8ブロードレンジPCRマルチプレックスPCRPCRスクリーニング検査HTLV-1プロウイルス遺伝子配列解析→菌種の特定サイトカイン解析サザンブロットリアルタイムPCR(カンジダ,アスペルギルス)リアルタイムPCR二次検査図1東京医科歯科大学眼科における眼内液に対する網羅的検査システム眼内液または眼組織から抽出したDNAを用いて,細菌・真菌に対するブロードレンジPCR,ヘルペスウイルス・結核・梅毒などに対するマルチプレックスPCR,また,B細胞・T細胞の遺伝子再構成をPCRで検出する.細菌または真菌による眼内炎が疑われる症例に対するPCRと,ヘルペス性ぶどう膜炎が疑われる症例に対するPCRは,それぞれ先進医療として施行している.rRNA:リボソームRNA,HHV:ヒトヘルペスウイルス,IgH:免疫グロブリン重鎖,TCR:T細胞受容体.細菌遺伝子細菌16SリボゾームRNAV1V2V3V4V5V6V7V8V916SBac349FBac806RBac56F保存領域可変領域(V1.V9)Bac349F:ForwardprimerAGGCAGCAGTDRGGAATBac806R:ReverseprimerGGACTACYVGGGTATCTAATBac56F:蛍光プローブ6FAM-TGCCAGCAGCCGCGGTAATACRDAG-iowaBK図2細菌に対するブロードレンジPCRの原理細菌の遺伝子配列の中には16SリボゾームRNAとよばれる領域があり,これはほとんどの細菌種に共通遺伝子配列を有する保存領域と,菌種によって異なる遺伝子配列の可変領域で構成される.この保存領域に結合するプライマーとプローブを用いてPCRを行うことで,既知の細菌または真菌の60~80%を検出することができる.また,増幅産物の遺伝子配列を明らかにすれば,そこに含まれる保存領域の遺伝子配列から菌種を同定できることとなる.632あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(22) あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015633(23)薬治療を行い,後日に培養検査でその裏付けがとれたものである.一方で,ブロードレンジPCRは除外診断にも有用であり,その一例を紹介する.80歳女性の両眼の加齢白内障に対して手術を施行した.術中に合併症はなく,経過は良好であったが,約1カ月後に左眼の視力低下と眼痛を自覚して来院した.左眼の前房には多数の浸潤細胞と線維素が析出し,前房蓄膿が生じていた(図4).前部硝子体にも細胞浸潤があり,びまん性硝子体混濁もみられた.白内障術後眼内炎を疑い,同日にバンコマイシンとセフタジジムの硝子体注射を施行し,同時に前房水を採取した.採取した前房水は,培養検査とマルチプレックスPCRおよびブロードレンジPCRに提出した.しかし,その後も眼内炎症は改善の兆しがなく,また培養検査およびPCRはすべて陰性だった.そのため,硝子体手術と眼内レンズ摘出術を施行し,バンコマイシンとセフタジジムの灌流下で硝子体手術を施行した.手術開始時に,灌流開始前に硝子体を約1ml採取し,培養検査,病理細胞診ならびにPCRに提出した.しかし,やはり培養検査,PCRともにすべて陰性だった.そのため,本症例が無菌性眼内炎であることを疑いステロイドの局所頻回投与を行ったところ,炎症は消退し,その後再発も生じなかった.本症例は後に,眼内レンズに起因する無菌性眼内炎と判明した症例であった.れる.IIブロードレンジPCRの臨床使用例ブロードレンジPCRの利点は,その結果が得られるまでの迅速さと感度の高さであるといえる.その一例として最初に示すのは,硝子体注射後に生じた感染性眼内炎の症例である.左眼の加齢黄斑変性症に対して抗VEGF薬の硝子体注射を受けた68歳男性が,眼痛と充血を主訴に紹介受診した.初診時の左眼所見は,強い毛様充血,前房には線維素析出と大型の前房細胞浸潤が多数みられ,前房蓄膿を生じており,眼底は透見できなかった(図3).感染性眼内炎を疑い,同日にバンコマイシンとセフタジジムの灌流下で硝子体手術を施行した.手術開始時に,灌流開始前に硝子体を約1ml採取し,培養検査,病理細胞診ならびにPCRに提出した.PCRではヘルペスウイルス属などを候補遺伝子としたマルチプレックスPCR(用語解説参照)と,細菌および真菌を標的としたブロードレンジPCRを含めた網羅的PCRを施行した.その結果,細菌16SリボゾームRNAが検出され,細菌感染による眼内炎が強く疑われた.術後,眼内炎症は消退傾向となったが,抗菌薬の全身投与を継続した.後日,培養検査では表皮ブドウ球菌が同定された.本症例は臨床的に感染性眼内炎が疑われ,ブロードレンジPCRで早期診断を行うことで抗菌ab図368歳,男性.細菌性眼内炎の左眼前眼部写真抗VEGF抗体の硝子体注射から3日後に左眼の眼痛と充血を主訴に受診した.強い毛様充血,前房には線維素析出と前房蓄膿(a),大型の前房細胞浸潤が多数みられた(b).硝子体手術を施行し,採取した硝子体液を培養,PCRで検査した.その結果,ブロードレンジPCRで細菌16SリボゾームRNAが検出され,培養検査では表皮ブドウ球菌が同定された.抗菌薬治療により眼内炎症は消退した.ab図368歳,男性.細菌性眼内炎の左眼前眼部写真抗VEGF抗体の硝子体注射から3日後に左眼の眼痛と充血を主訴に受診した.強い毛様充血,前房には線維素析出と前房蓄膿(a),大型の前房細胞浸潤が多数みられた(b).硝子体手術を施行し,採取した硝子体液を培養,PCRで検査した.その結果,ブロードレンジPCRで細菌16SリボゾームRNAが検出され,培養検査では表皮ブドウ球菌が同定された.抗菌薬治療により眼内炎症は消退した. 634あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(24)3例目に示すのは,臨床的に判断に迷う症例に対してブロードレンジPCRの結果が治療の後押しとなった症例である.糖尿病のため眼底検査目的で定期通院していた73歳の男性が,約10日前からの左眼の違和感と頭痛を主訴に受診した.左眼矯正視力はそれまでの1.0から0.06に低下していた.角膜中央部には円形の角膜上皮.離があり,その辺縁に沿って斑状の実質混濁が点在していた(図5).角膜実質には強いDescemet膜皺襞,前房には浸潤細胞が多数観察された.当初は抗生物質の点眼,内服を施行していたが角膜所見には改善なく,ピマリシン眼軟膏の追加に対しても反応を示さなかった.そのため,病変部を擦過し,培養とPCRに提出した結果,真菌28SリボゾームRNAが検出された.この結果から,菌種は不明のままポリコナゾールの自家調整点眼およびイトラコナゾール100mgの内服を開始したところ,角膜病変は徐々に消退した.培養検査からはその後真菌は検出されず,カンジダおよびアスペルギルス遺伝子に対するリアルタイムPCRを施行したが,これも陰性だった.この症例は,培養による真菌検出の裏付けはとれず,PCRによる菌種の特定にも至らなかったが,抗真菌薬投与への反応から真菌性角膜炎と考えられた.ここまで,ブロードレンジPCRが診断に有用であっab図480歳,女性.術後非感染性眼内炎の左眼前眼部写真加齢性白内障に対する手術から1カ月後に,左眼の視力低下と眼痛を自覚して来院した.左眼の前房には多数の浸潤細胞と線維素析出(a),前房蓄膿(b)が生じていた.白内障術後眼内炎を疑い,抗菌薬の硝子体注射を施行し,同時に前房水を採取したが,培養検査およびPCRはすべて陰性だった.硝子体手術と眼内レンズ摘出術を施行し,バンコマイシンとセフタジジムの灌流下で硝子体手術を施行しが,手術時に採取した硝子体に対する培養検査,PCRはともにすべて陰性だった.本症例は後に,眼内レンズに起因する無菌性眼内炎と判明した.図573歳,男性.真菌性眼内炎の左眼前眼部写真糖尿病で経過観察中の男性が,約10日前からの左眼の違和感と頭痛を主訴に受診した.左眼角膜中央部には円形の角膜上皮.離があり,その辺縁に沿って斑状の実質混濁が点在していた.また,角膜実質には強いDescemet膜皺襞,前房には浸潤細胞が多数観察された.病変部を擦過し,培養とPCRに提出した結果,真菌28SリボゾームRNAが検出された.抗真菌薬の局所および全身投与を追加し,角膜病変は消退した.培養検査からはその後真菌は検出されず,カンジダおよびアスペルギルス遺伝子に対するリアルタイムPCRも陰性だった.ab図480歳,女性.術後非感染性眼内炎の左眼前眼部写真加齢性白内障に対する手術から1カ月後に,左眼の視力低下と眼痛を自覚して来院した.左眼の前房には多数の浸潤細胞と線維素析出(a),前房蓄膿(b)が生じていた.白内障術後眼内炎を疑い,抗菌薬の硝子体注射を施行し,同時に前房水を採取したが,培養検査およびPCRはすべて陰性だった.硝子体手術と眼内レンズ摘出術を施行し,バンコマイシンとセフタジジムの灌流下で硝子体手術を施行しが,手術時に採取した硝子体に対する培養検査,PCRはともにすべて陰性だった.本症例は後に,眼内レンズに起因する無菌性眼内炎と判明した.図573歳,男性.真菌性眼内炎の左眼前眼部写真糖尿病で経過観察中の男性が,約10日前からの左眼の違和感と頭痛を主訴に受診した.左眼角膜中央部には円形の角膜上皮.離があり,その辺縁に沿って斑状の実質混濁が点在していた.また,角膜実質には強いDescemet膜皺襞,前房には浸潤細胞が多数観察された.病変部を擦過し,培養とPCRに提出した結果,真菌28SリボゾームRNAが検出された.抗真菌薬の局所および全身投与を追加し,角膜病変は消退した.培養検査からはその後真菌は検出されず,カンジダおよびアスペルギルス遺伝子に対するリアルタイムPCRも陰性だった. あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015635(25)このように,PCRの結果が実際の臨床経過に矛盾する症例や,眼局所から検出されても病態への関与が明らかにできないものも複数ある.したがって,PCRの結果を安易に診断の根拠とすることは行ってはならず,臨床経過の慎重な観察に加え,従来から行われている検体検査,すなわち塗抹,培養,抗体測定,病理組織細胞診などは可能な限り行うべきである.おわりにブロードレンジPCRによる細菌・真菌の検出について,その原理と臨床応用について概説した.本検査は,眼内炎が疑われるものに関しては先進医療に認められており,今後のより多くの施設における臨床使用の拡大が期待される.一方で,PCRに対する一般眼科医の期待たと思われる例について述べた.それでは,これらの感度と特異度はどのようになっているのだろうか.網羅的PCRシステムを用いた多施設共同研究のデータから考えてみたい.IIIブロードレンジPCRの診断力と問題点どのような検査にもその診断には偽陽性,偽陰性となる可能性がある.PCRは感度が高い検査であるがゆえに,環境に存在する微生物を検出してしまう危険性が常にあり,その解釈には慎重さを要する.現在,筆者らの研究室で運用しているブロードレンジPCRを含む網羅的PCRシステムは,東京医科歯科大学眼科を中心とした国内5施設の共同研究で,その有用性を検証したものである5).対象は500例のぶどう膜炎患者の前房水または硝子体液で,そのうち眼内炎症を伴わない白内障,裂孔原性網膜.離,増殖糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症などに対して原疾患治療を目的に手術を施行した100例から得られた前房水または硝子体液を用いた.その結果,ぶどう膜炎患者500例の眼内液からは33例(6.6%)で細菌16SリボソームRNAが,11例(2.2%)で細菌18Sまたは28SリボゾームRNAが検出された一方で,原疾患を目的に手術を施行した100例から採取した眼内液検体はいずれも陰性となった.細菌リボゾームRNAが検出された33例のうち,26例は細菌性眼内炎,3例は特発性ぶどう膜炎,4例は他の感染性ぶどう膜炎から同時検出されたものと最終診断された.一方,真菌リボゾームRNAが陽性となった11例では,9例が真菌性眼内炎,1例が特発性ぶどう膜炎,1例が他の感染性ぶどう膜炎からの同時検出と最終診断された.しかし,これらの患者のその後の経過,治療に対する反応,他の検査結果などから総合的に診断を行った結果をあわせると,上記の結果に偽陽性および偽陰性症例が含まれることも明らかとなった.細菌リボゾームRNAが検出された症例のうち3例については,その後の解析で偽陽性と判定された.また,ブロードレンジPCRでは陰性となった症例のうち,12例が細菌性眼内炎,2例が真菌性眼内炎と最終診断され,これらは偽陰性症例と判定された.■用語解説■ポリメラーゼ鎖反応(polymerasechainreaction:PCR):反応チューブ内に,患者眼内液から抽出したDNA,プライマー(標的遺伝子領域に特異的に結合する1対の短い核酸断片),DNA合成酵素,DNA合成のための基質などを混合し,PCR装置で以下の3つのステップで温度を変化させる.①熱変性:94℃に加熱すると,2本鎖構造であるDNAが変性して1本鎖DNAとなる.②アニーリング:60℃に急速冷却すると1本鎖DNAとプライマーが結合する.③伸長:72℃まで加熱するとDNA合成酵素が活性化し,それによりプライマーがDNA合成を開始し,2本鎖DNAが複製される.この①~③を1つのサイクルとして,20~30サイクル程度反応を繰り返すことで,目的のDNAを大量に複製することができる.PCRによる増幅の有無は,アガロースゲルなどへの電気泳動や,蛍光色素の発色の有無などで判定する.リアルタイムPCR:PCRの際に,複製したDNAを定量する方法.PCRの標的となるDNA領域に特異的に結合するプローブとよばれる短い核酸断片に蛍光色素を標識したもの,またはDNAそのものに結合する蛍光物質を用い,DNAの複製が進むに従って強まる蛍光発色を経時的に測定し,DNA量を測定するもの.マルチプレックスPCR:複数の標的遺伝子に対して,1つの反応系で同時にPCRを行う方法.異なる融解温度(Tm値)をもつように設計された複数のプライマーを混合し,1本の反応チューブ内で反応させたPCR産物に対して融解曲線分析を行うことで,特定の遺伝子の増幅を検出することができる.■用語解説■ポリメラーゼ鎖反応(polymerasechainreaction:PCR):反応チューブ内に,患者眼内液から抽出したDNA,プライマー(標的遺伝子領域に特異的に結合する1対の短い核酸断片),DNA合成酵素,DNA合成のための基質などを混合し,PCR装置で以下の3つのステップで温度を変化させる.①熱変性:94℃に加熱すると,2本鎖構造であるDNAが変性して1本鎖DNAとなる.②アニーリング:60℃に急速冷却すると1本鎖DNAとプライマーが結合する.③伸長:72℃まで加熱するとDNA合成酵素が活性化し,それによりプライマーがDNA合成を開始し,2本鎖DNAが複製される.この①~③を1つのサイクルとして,20~30サイクル程度反応を繰り返すことで,目的のDNAを大量に複製することができる.PCRによる増幅の有無は,アガロースゲルなどへの電気泳動や,蛍光色素の発色の有無などで判定する.リアルタイムPCR:PCRの際に,複製したDNAを定量する方法.PCRの標的となるDNA領域に特異的に結合するプローブとよばれる短い核酸断片に蛍光色素を標識したもの,またはDNAそのものに結合する蛍光物質を用い,DNAの複製が進むに従って強まる蛍光発色を経時的に測定し,DNA量を測定するもの.マルチプレックスPCR:複数の標的遺伝子に対して,1つの反応系で同時にPCRを行う方法.異なる融解温度(Tm値)をもつように設計された複数のプライマーを混合し,1本の反応チューブ内で反応させたPCR産物に対して融解曲線分析を行うことで,特定の遺伝子の増幅を検出することができる. 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細菌・真菌編-1:細菌性角膜炎・真菌性角膜炎の臨床所見の見分け方

2015年5月31日 日曜日

特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):625.629,2015特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):625.629,2015細菌・真菌編-1:細菌性角膜炎・真菌性角膜炎の臨床所見の見分け方ClinicalFindingsofBacterialandFungalKeratitis子島良平*はじめに感染性角膜炎を引き起こす病原微生物には,現在,細菌,真菌,原虫,ウイルスが知られている.この4つの病原微生物のうち,細菌性角膜炎は臨床においてもしばしば遭遇する.真菌性角膜炎の頻度はさほど多くはないが,重症化することもあり注意を要する疾患である.細菌性角膜炎,真菌性角膜炎を診察する際には,ただ漫然と「見る」ではなく,特徴的な所見を「観る」ことが重要である.感染巣の場所や形態,上皮欠損の有無や細胞浸潤の深さなどポイントを押さえて観察する必要がある.細胞浸潤の深さや広がりを観察する際には,スリット光の幅を狭くして,斜め方向から光を当てるよう弱拡大にする(図1).細菌性,真菌性角膜炎には起因菌により特徴的な臨床所見が存在する場合がある.たとえば,匐行性角膜潰瘍,輪状膿瘍,カラーボタン様膿瘍,羽毛状混濁などである.これらの特徴的な臨床所見をマスターすれば,ある程度起因菌を絞り込んでいくことが可能となる.本稿では,細菌性角膜炎,真菌性角膜炎それぞれの特徴的な臨床所見を概説する.I細菌性角膜炎の臨床所見細菌性角膜炎の起因菌は,グラム染色による染色性からグラム陽性,グラム陰性に,形態から球菌,桿菌の計強拡大図1角膜炎症例における細胞浸潤の観察法スリット光の幅を狭く絞り,斜め方向から光を当てる.強拡大で観察することで細胞浸潤の深さを確認できる(○囲み).*RyoheiNejima:宮田眼科病院〔別刷請求先〕子島良平:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町6-3宮田眼科病院0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(15)625 図2表皮ブドウ球菌による角膜炎図3肺炎球菌による角膜炎コンタクトレンズの誤使用が原因となった表皮ブドウ球菌外傷を契機として発症した肺炎球菌による角膜炎.膿瘍がによる角膜炎.傍中央部に小さな限局性の膿瘍を認める這い回ったような所見および角膜の2時方向の菲薄化を認(○囲み).める(○囲み).角膜穿孔をきたし,最終的に角膜移植を行った. あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015627(17)4.グラム陰性桿菌グラム陰性桿菌による角膜炎の特徴的な臨床所見には,輪状膿瘍,スリガラス状混濁,角膜浮腫,ブラシ状混濁,カラーボタン様膿瘍,前房蓄膿などがあげられる.起因菌としては緑膿菌やモラクセラがある.緑膿菌は,コンタクトレンズ関連角膜炎の起因菌として報告されており,臨床所見は,初期では円型の膿瘍を疑った場合には塗抹検鏡を併せて行うことが重要である.ニューキノロン系抗菌薬に対する耐性化が進行しているため,通常はセフェム系抗菌薬(セフトリアキソンなど)が第一選択となるが,近年ではセフトリアキソン耐性株の報告もあり,薬剤感受性試験の結果を参考に治療薬を選択する必要がある5).図6緑膿菌による角膜炎コンタクトレンズの誤使用で発症した緑膿菌による角膜炎.輪状膿瘍(○囲み)を認め,周囲の角膜は浮腫をきたしスリガラス状混濁を呈している.前房蓄膿も認めた.図4コリネバクテリウムによる角膜炎高齢者に発症したコリネバクテリウムによる角膜炎.角膜傍中央部に軟らかそうな白色病変(○囲み)および周辺角膜への細胞浸潤を認めた.図7モラクセラによる角膜炎糖尿病患者に発症したモラクセラによる角膜炎.角膜中央部にカラーボタン様膿瘍(○囲み),前房蓄膿を認めた.図5淋菌による角結膜炎20代の女性に発症した淋菌性角結膜炎.大量の眼脂,充血を認めた.経過観察中に角膜周辺部が菲薄化した(○囲み).図6緑膿菌による角膜炎コンタクトレンズの誤使用で発症した緑膿菌による角膜炎.輪状膿瘍(○囲み)を認め,周囲の角膜は浮腫をきたしスリガラス状混濁を呈している.前房蓄膿も認めた.図4コリネバクテリウムによる角膜炎高齢者に発症したコリネバクテリウムによる角膜炎.角膜傍中央部に軟らかそうな白色病変(○囲み)および周辺角膜への細胞浸潤を認めた.図7モラクセラによる角膜炎糖尿病患者に発症したモラクセラによる角膜炎.角膜中央部にカラーボタン様膿瘍(○囲み),前房蓄膿を認めた.図5淋菌による角結膜炎20代の女性に発症した淋菌性角結膜炎.大量の眼脂,充血を認めた.経過観察中に角膜周辺部が菲薄化した(○囲み). 628あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(18)性のカラーボタン様膿瘍である.カンジダがおもな起因菌であり,ステロイド点眼薬の使用や糖尿病など免疫機能不全患者での感染が多い.臨床所見は,傍中央部にかけて比較的小さい,境界がやや不明瞭なカラーボタン様の膿瘍を認める(図8).糸状菌に比べると角膜深層部への進展は少なく,表在性の病態を呈する.治療にはポリエン系,アゾール系,ファンギン系の抗真菌薬を使用する.2.糸状真菌糸状真菌による角膜炎の臨床所見の特徴的な臨床所見は,hyphateulcer,endothelialplaqueである.起因菌としてフサリウムやアスペルギルスなどがあり,原因として外傷(とくに植物)が多い.臨床所見は,境界が不明瞭な羽毛状の混濁(hyphateulcer)や,その部位に一致した角膜裏面の沈着物(endothelialplaque)を認める(図9).角膜深層部へ進展し,角膜穿孔をきたすことも多い6).治療にはポリエン系,アゾール系抗真菌薬を使用するが,予後不良の症例も多く,注意が必要である.III特殊な所見を呈する感染性角膜炎:infec-tiouscrystallinekeratopathy(ICK)ICKは,角膜実質内で細菌や真菌が炎症を伴わず,バイオフィルムを形成した状態である.ステロイドを使認めるが,進行すると潰瘍部の中央が抜けてみえる輪状膿瘍を呈する.また,膿瘍部の周囲にブラシ状の混濁を呈することもある.潰瘍周辺の角膜は浮腫をきたし,スリガラス状に混濁をきたすことも特徴的な所見である(図6).モラクセラによる角膜炎は,角膜中央から傍中央部にカラーボタン様の膿瘍を呈し,緑膿菌と同様に周辺部の角膜浮腫,スリガラス状混濁を呈する.緑膿菌,モラクセラともに進行すると前房蓄膿を伴うようになる(図7).治療にはニューキノロン,アミノグリコシド系の抗菌薬を使用する.II真菌性角膜炎の臨床所見真菌性角膜炎の起因菌は,その形状から酵母状真菌と糸状菌に分類される.代表的な菌種として,酵母状真菌ではカンジダ,糸状真菌ではフサリウム,アスペルギルスなどがあげられる.1.酵母状真菌酵母状真菌による角膜炎の特徴的な臨床所見は,表在図8カンジダによる角膜炎ぶどう膜炎に対しステロイドを使用中にカンジダによる真菌性角膜炎を発症した症例.傍中央部にカラーボタン様膿瘍を認め(○囲み),塗抹検鏡で酵母状真菌を認めた.図9フサリウムによる角膜炎外傷を契機に発症したフサリウム角膜炎.3時方向の角膜周辺部に羽毛状の混濁を認め(→),同部位の角膜裏面に沈着物を認めた.周辺角膜は穿孔し,虹彩が陥嵌していた(○囲み).図8カンジダによる角膜炎ぶどう膜炎に対しステロイドを使用中にカンジダによる真菌性角膜炎を発症した症例.傍中央部にカラーボタン様膿瘍を認め(○囲み),塗抹検鏡で酵母状真菌を認めた.図9フサリウムによる角膜炎外傷を契機に発症したフサリウム角膜炎.3時方向の角膜周辺部に羽毛状の混濁を認め(→),同部位の角膜裏面に沈着物を認めた.周辺角膜は穿孔し,虹彩が陥嵌していた(○囲み). あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015629(19)3)佐埜弘樹,江口洋,宮本龍郎ほか:1.5%レボフロキサシン点眼薬が奏効したキノロン耐性Corynebacterium角膜炎.あたらしい眼科31:1683-1686,20144)EguchiH,KuwaharaT,MiyamotoTetal:High-levelfluoroquinoloneresistanceinophthalmicclinicalisolatesbelongingtothespeciesCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol46:527-532,20085)OhnishiM,SaikaT,HoshinaSetal:Ceftriaxone-resistantNeisseriagonorrhoeae,Japan.EmergInfectDis17:148.149,20116)鈴木崇,宇野敏彦,宇田高広ほか:糸状菌による角膜真菌症における病型と予後の検討.臨眼58:2153-2157,20047)OrmerodLD,RuoffKL,MeislerDMetal:Infectiouscrys-tallinekeratopathy.Roleofnutritionallyvariantstrepto-cocciandotherbacterialfactors.Ophthalmology98:159-169,19918)OsakabeY,YaguchiC,MiyaiTetal:DetectionofStrep-tococcusspeciesbypolymerasechainreactionininfec-tiouscrystallinekeratopathy.Cornea25:1227-1230,2006用中の患者に認めることがあり,ステロイドによる消炎効果が発症に関連していると考えられている.臨床所見として,角膜実質内に刺状や針状の白色の混濁を認める(図10).起因菌には,緑色レンサ球菌や表皮ブドウ球菌,カンジダなどが報告されている7,8).治療は,検出菌に合わせて抗菌薬や抗真菌薬を使用するが,反応性に乏しく,移植が必要となる場合もある.おわりに感染性角膜炎を診断し,治療することは,推理小説の謎解きに似ている.聞き取り調査を行い(問診),現場に残された遺留品(臨床所見)から犯人(起因菌)を類推し,確たる証拠を突きつけ(塗抹検鏡,培養検査),難事件を解決(治癒)する.今回は感染性角膜炎のうち細菌,真菌について臨床所見を概説したが,これはあくまでも,診断のプロセスの一つにしかすぎない.感染性角膜炎を治癒するためには,臨床所見以外の問診や塗抹検鏡,培養検査といったプロセスも同等に重要である.忙しい臨床現場では,十分な問診ができない場合もあるかもしれない.また,多くの施設では,塗抹検鏡や培養検査まで行うことはむずかしい.しかし,事件解決には初動が重要であるように,感染性角膜炎においても,感染初期の特徴的な臨床所見を見逃さず的確な診断を行うことができれば,より良い結果が待っている.Miserablesな患者を増やさないために,本稿が一助となれば幸いである.文献1)宇野敏彦,福田昌彦,大橋裕一ほか:重症コンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査.日眼会誌115:107-115,20112)春畑裕二,山田昌和,大竹雄一郎ほか:アトピー性皮膚炎患者のメチシリン耐性黄色ぶどう球菌(MRSA)術後感染例の検討.日眼紀50:471-475,1999図10Infectiouscrystallinekeratopathy角膜移植後の患者で認めたICKの症例.角膜実質内に針状の形態をした混濁を認める(○囲み).図10Infectiouscrystallinekeratopathy角膜移植後の患者で認めたICKの症例.角膜実質内に針状の形態をした混濁を認める(○囲み).

検査編-2:MALDI-TOF MSによる菌種同定

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特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):619~624,2015特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):619~624,2015検査編-2:MALDI-TOFMSによる菌種同定BacteriaIdentificationbyMALDI-TOFMS宮本仁志*はじめに細菌の同定には,集落の性状,染色所見,菌の形態や配列,血清型,同定キットや自動同定機器が用いられているが,現法では同定困難な菌種もあり,信頼のある菌名同定には16SrRNAのシークエンスによる系統解析が用いられている.遺伝子解析法には,①多くの検体を一度に解析できない,②操作方法が煩雑である,などの欠点があり,各検査室レベルでの対応は困難である.これらの欠点を解決し,日常検査での対応を可能としたのが質量分析装置,MALDI-TOFMS(MatrixAssistedLaserDesorption/Ionization-TimeofFlightMassSpectrometer)で,日本語に訳すと「マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析計」である.質量分析法による細菌同定装置として,MALDIBiotyper(ブルカー・ダルトニクス)とVITEKMS(シスメックス・ビオメリュー)の2機種があるが,今回は前者のMALDIBiotyperを中心に述べる.I質量分析法「質量分析(massspectrometry)」とは蛋白質の重さ(質量)を量ることであり,英語のmassspectrometryの頭文字からMSと略記されるので,慣用的に「マス」といわれている.蛋白質は各々固有の重さをもっているので,この重さの違いを計測すれば,分子量から蛋白質の名前やその濃度を知ることができる.細菌の同定に使用されている質量分析装置は,マトリックスという試薬と試料を混合して「レーザー」を照射することによってイオン化し(図1),真空中のある一定の距離をイオンが飛んで行く時間を計測して質量を割り出す組み合わせで構成されている.軽い分子は速く走り,重い分子は遅れて走るので検出器には質量の軽いものから順に検出される(図2左).この現象を横軸に時間(時間から質量に変換),縦軸に検出強度としてプロットした波形がマススペクトルである(図2右).マススペクトルは図3に示すように,菌種によってピークと強度のパターンが異なっているため,さまざまな菌種のさまざまな菌株をデータベースに登録しておき,未知の菌株のマススペクトルがどの菌種のパターンと一致しているかをデータベースの中から探し,マススペクトルのパターンマッチングにより同定を行う.現在(MALDIBiotyperVer.3.1),データベース中の菌種登録は一般菌で2,290菌種にも上る.同定結果は,ライブラリーとのマッチングで近似性の高い菌株からスコアの順に10菌種表示される(図4).ScoreValueが2.0以上の場合は緑色で表示され高い確率で菌種が一致することを意味する.ScoreValueが1.700~1.999は黄色で属名までの一致に留まり,1.699以下は赤色で不一致の可能性を示唆している.図4の例では,Rank9位までStreptococcusagalactiaeで.Rank8位までScoreValue2.000以上であるため本菌種と同定して問題ないが,10位に別の菌名が表示されている.これはデータベース登録菌数が菌種によって異なり,S.agalactiaeは9菌種であることに原因がある.同定結果*HitoshiMiyamoto:愛媛大学医学部附属病院検査部〔別刷請求先〕宮本仁志:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学医学部附属病院検査部0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(9)619 620あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(10)を確認する場合は,登録菌数も参考にして判断する必要がある.脱離およびイオン化レーザーによるマトリックスの励起レーザー光H+H+H+…試料…マトリックス試料台試料台図1質量分析(MALDI-TOF)測定原理1(試料中成分のイオン化)マトリックスという試薬と試料を混合してレーザーを照射し,イオン化する.電極検出器レーザー光飛行時間の測定飛行時間軽い分子の方が速く飛行する(飛行時間が短い)t1質量(m/z)m2m1m3t2t3マススペクトル(MS)相対強度相対強度真空中を飛行加速図2質量分析(MALDI-TOF)測定原理2(イオンの分離とマススペクトルの取得)軽い分子(赤色)は速く走り,重い分子(青色)は遅れて走るので検出器には質量の軽いものから順に検出される(左).イオンが飛んで行く時間を計測して質量を割り出し,マススペクトルを取得する(右).StaphylococcusepidermidisStaphylococcusaureusEnterococcusfaecalisPseudomonasaeruginosaHaemophilusinfluenzae図3菌種により異なるスペクトルパターン(マススペクトル)菌種により,それぞれ異なったパターンを示す.脱離およびイオン化レーザーによるマトリックスの励起レーザー光H+H+H+…試料…マトリックス試料台試料台図1質量分析(MALDI-TOF)測定原理1(試料中成分のイオン化)マトリックスという試薬と試料を混合してレーザーを照射し,イオン化する.電極検出器レーザー光飛行時間の測定飛行時間軽い分子の方が速く飛行する(飛行時間が短い)t1質量(m/z)m2m1m3t2t3マススペクトル(MS)相対強度相対強度真空中を飛行加速図2質量分析(MALDI-TOF)測定原理2(イオンの分離とマススペクトルの取得)軽い分子(赤色)は速く走り,重い分子(青色)は遅れて走るので検出器には質量の軽いものから順に検出される(左).イオンが飛んで行く時間を計測して質量を割り出し,マススペクトルを取得する(右).StaphylococcusepidermidisStaphylococcusaureusEnterococcusfaecalisPseudomonasaeruginosaHaemophilusinfluenzae図3菌種により異なるスペクトルパターン(マススペクトル)菌種により,それぞれ異なったパターンを示す. 属はかなり一致高い確率で菌種一致高い確率で属は一致、種もかなり一致一致していると言えない属はかなり一致高い確率で菌種一致高い確率で属は一致、種もかなり一致一致していると言えない図4同定結果レポートライブラリーとのマッチングで近似性の高い菌株から順に表示,スコア化される.ScoreValueが2.0以上(菌種一致)は緑,1.700~1.999(属一致)は黄色,1.699以下(不一致)は赤で表示される.例では,Rank9位までStreptococcusagalactiaeで,Rank8位までScoreValue2.000以上であるため本菌種と同定した. ②Neisseriagonorrhoeae①Serratiamarcescens③Corynebacteriummacginleyi図5従来の同定法①腸内細菌同定用6種類の確認培地によるSerratiamarcescensの同定(18~24時間).②IDテスト・HN-20ラピッドによるNeisseriagonorrhoeaeの同定(4~6時間).③APICoryneによるCorynebacteriummacginleyiの同定(24時間)④マススペクトルの取得②マトリックスの添加①ターゲットプレートに塗布③装置に装填図6質量分析法による菌株同定の行程①コロニーを釣菌し,ターゲットプレートに薄く塗布.②マトリックスの添加.③乾燥後,装置に装..④スペクトルの取得.622あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(12) MALDI-TOFMSの同定結果は16SrRNA解析と一致しており信頼性の高いものであり,迅速性および正確性に優れている同定結果であるといえる.III問題点質量分析装置による同定結果は,16SrRNA解析と比較してかなりの確率で一致しており,同定キットや自動同定機器による生化学的な手法より優れている.しかし,本法はおもにリボソーム由来の蛋白の違いで同定を行っているため,16SrRNAの配列相同性が高い類縁菌種の同定はむずかしい傾向がある.たとえばEscherichiacoli(大腸菌)とShigellaspp.(赤痢菌),またはStreptococcuspneumoniae,Streptococcusmitis,Streptococcusoralisの3菌種のように,相同性が高い類縁菌種においては区別が困難であるといった点を考慮して結果を解釈する必要がある.おわりに以上述べてきたように,質量分析装置による同定は一般細菌だけでなく,抗酸菌,酵母様真菌,糸状菌にも利用できることが大きな利点であり,臨床検査に大きな技術革新をもたらすものであり,臨床の現場に大いに貢献できるものと考える.文献1)大楠清文:知っておきたい質量分析法を用いた細菌の同定,いま知りたい臨床微生物検査実践ガイド.p120~135,医歯薬出版,2013角膜擦過物のグラム染色図7角膜擦過物のグラム染色所見好中球に貪食されたグラム陰性桿菌が確認され,Moraxellaspp.を疑う.MoraxellanonliquefaciensMoraxellalacunataMoraxellaosloensis35℃,CO2,48時間培養後のコロニー(血液寒天培地)図8各種Moraxella属の血液寒天培地上でのコロニーコロニーからMoraxellanonliquefaciens,Moraxellalacunata,Moraxellaosloensisの区別は不可能である.(13)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015623 表1Moraxellaspp.の同定結果No.キットMALDI-TOFMS16SrRNA解析1M.non/lacunataM.nonliquefaciensM.nonliquefaciens2M.non/lacunataM.nonliquefaciensM.nonliquefaciens3M.non/lacunataM.nonliquefaciensM.nonliquefaciens4M.non/lacunataM.nonliquefaciensM.nonliquefaciens5M.non/lacunataM.nonliquefaciensM.nonliquefaciens6M.non/lacunataM.nonliquefaciensM.nonliquefaciens7M.non/lacunataM.nonliquefaciensM.nonliquefaciens8M.non/lacunataM.lacunataM.lacunata9M.non/lacunataM.lacunataM.lacunata10M.non/lacunataM.lacunataM.lacunata11M.osloensisM.osloensisM.osloensis12M.osloensisM.osloensisM.osloensisキットはIDテスト・HN-20ラピッドを使用し同定した.キットでMoraxellaosloensisは同定可能であるが,MoraxellanonliquefaciensとMoraxellalacunataは区別できない.MoraxellanonliquefaciensMoraxellaosloensisMoraxellalacunata図9Moraxella属の異なるスペクトルパターン(マススペクトル)キットで区別できなかったMoraxellanonliquefaciensとMoraxellalacunataもマススペクトルが異なるため同定可能である.624あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(14)

検査編-1:塗抹検査-知っておくべきいくつかのポイント-

2015年5月31日 日曜日

特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):613.617,2015特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):613.617,2015検査編-1:塗抹検査―知っておくべきいくつかのポイント―Microscopy─SomeKeyPointsthatYouShouldKnow砂田淳子*はじめに塗抹検査は感染部位で起こっている現象や特徴的な所見を観察することができる重要な検査である.検査材料中の微生物を検出することはもちろん,炎症細胞の種類,数,鮮度などは感染症の病期を推測するうえで重要な情報であり,有効な治療薬を選択する指標となる.I塗抹検査の利点・欠点・注意点1.利点:迅速な感染症情報の入手塗抹検査は標本作成から結果判読まで30分程度で行える迅速性に優れた検査である.検査材料中の菌の特徴(形態・グラム染色性など)や炎症細胞の有無,白血球の貪食像,さらに臨床所見を総合的に判定することにより,起因微生物の推定が可能となる.病巣部に新しい炎症細胞(図1)が多く見られる場合は急性感染症であり,新旧の炎症細胞が混在している場合,感染症が慢性化している可能性が高い.また,炎症細胞がほとんど見られないか古い炎症細胞(図2)のみを認める場合,感染症が治癒に向かっている可能性があるなど炎症細胞を観察することにより感染症の病期の推定をすることができる1).2.欠点:低い検出感度と結果のばらつき培養検査に比較して,塗抹検査の菌の検出感度は低図1肺炎球菌を貪食している好中球(グラム染色,図2過分葉をした好中球(グラム染色,1,000倍)1,000倍)時間が経過した炎症部では細胞の形が不明瞭で過分葉を起好中球の核と細胞質が明瞭に識別できる.し,4.6核の好中球が見られる.*AtsukoSunada:大阪大学医学部附属病院臨床検査部〔別刷請求先〕砂田淳子:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-15大阪大学医学部附属病院臨床検査部0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)613 614あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(4)3.スライドへの塗抹検体の塗抹は厚すぎても薄すぎてもよい結果は得られない.検出感度を上げるため,できるだけ多くの材料を塗抹するとよいが,鏡検可能な厚みにする必要がある(逆に広範囲に広げすぎると検鏡に時間がかかる).材料を厚く塗抹すると乾燥までに時間を要し,細胞の萎縮,変形や染色ムラができるため検鏡がむずかしくなる(図4).また,染色時に材料が水分を含み流れ落ちることがある.材料が十分ある場合,リング付きスライドの左右のリング内に濃度差(濃い目と薄い目)をつけて塗抹する.そうすることで,一方が観察しにくい場合でも他方にて観察することができる.複数の染色法を実施予定の場合,可能であれば染色法ごとにスライドを用意するとよい.重染色を行うことは可能であるが,単独染色よりも観察がしにくい場合がある.4.塗抹標本の乾燥と固定自然乾燥にて塗抹面を十分乾燥させた後に固定を行う(乾燥を急ぐ場合は,ドライヤーの冷風を用いる).固定はメタノール固定(約1分)が細胞の変性も少ないため推奨されている.スライド標本を検査室に提出する場合は,標本表面を傷つけないためにスライドケースに入れて搬送する(図5).5.染色法の選択一般的な細菌・真菌を検出するためにはグラム染色を実施する.しかし,グラム染色では抗酸菌,クラミジア,ウイルスなどの検出ができないため,目的微生物に応じた染色法を選択する必要がある.a.細菌感染症を疑う場合グラム染色を行う.グラム染色は細胞壁の構造によって染色性(グラム陽性:濃青.暗紫色,グラム陰性:ピンク.赤色)が異なるため,抗菌薬選択のひとつの指標となる.グラム染色試薬はフェイバーG法やバーミー変法などがあり,使用する試薬により色調が若干異なる.b.真菌感染を疑う場合グラム染色,ファンギフローラY染色を行う.一般的に真菌は病巣での菌量が細菌よりも少ないとされており,グラム染色よりも観察しやすい蛍光染色を併用するく,菌量が105.106/ml以上存在しないと検出することがむずかしい2).眼感染症を起こす微生物は細菌,真菌,ウイルス,原虫など多様であり,グラム染色では染まりにくい微生物もいるため,それぞれに適した染色法を実施する必要がある.さらに,検査材料の保存方法や検査実施者の経験によって検査結果にばらつきが生じることがある.3.注意点:新鮮な検体で塗抹する採取後,時間が経った検査材料中では生体細胞が融解し,細胞構造が不鮮明になるため,できるだけ新鮮な材料を用いる.検鏡がすぐに実施できない場合でもスライドガラスに塗抹し,アルコール固定まで行っておくとよい.有効な抗菌薬投与後は微生物や炎症細胞が変形や消失する可能性があるため,起因菌の検出や炎症細胞の確認のためにはできるだけ抗菌薬投与前に材料を採取する.しかし,抗菌薬投与開始後,菌量の減少や炎症細胞の消失を経時的に確認することで治療効果を短時間で判断できる場合がある3).II塗抹標本作成のポイント1.検査材料の採取と検査項目眼からの検査材料は採取量が少ないため,どの検査項目を実施するかを検査材料採取前に考える必要があり,塗抹・培養・遺伝子検査などの必要量に応じて材料を分割し,採取容器に取り分けておくべきである.検査項目が多く,検体を分割するとそれぞれの検査の検体量が少なくなり,感度(菌の検出率)が低下するが,検査開始後,検体の再分割は不可能であることが多い.2.スライドガラスの選択少量の材料を確実に観察するには,スライドガラスの上のどの位置に材料を塗布したかを明確にしておくことが大切である.市販のリングマーク付きのスライドガラスを用いるか,非水溶性のガラス鉛筆を用いて直径10.15mm程度の円を書き用意するとよい(図3).漿液性の材料は染色時に水洗で材料が流れてしまうことがあるため,MASコートスライドガラスを用いるとよい. 図3ガラス鉛筆とリング付きスライドガラス図4角膜組織片の塊ガラス鉛筆を用いて作成したリング付きスライドガラスと塗抹が厚いため染色液の顆粒が残留し観察がしにくい.市販品(高撥水性印刷黒2穴15fMASコート:松浪ガラス).図5スライドガラスケース検査室や検査センターへスライドを提出する場合はスライドガラスケースに入れて提出する(塗抹面が傷つかず,他の検査材料が汚染されない).~ 図6酵母様真菌(グラム染色,1,000倍)図7糸状菌(グラム染色,1,000倍)検査材料中の酵母様真菌は糸状菌のように発育する.通常検査材料中の真菌は細胞の周りが染まらず,白い縁取りがはグラム陽性に染まるが,染色されず,白色の筋のみが見見える場合がある.える場合がある.図8アカントアメーバ(グラム染色,200倍.1,000倍)細胞質中に空胞と貪食した酵母様真菌が見られる.図9コリネバクテリウムとコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(グラム染色,1,000倍)少し脱色しすぎ?塗抹では連鎖状球菌かブドウ球菌かが判定できない場合がある.図10モラクセラ属(グラム染色,1,000倍)グラム陰性球桿菌,一部のモラクセラは莢膜を有する. あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015617(7)が抜けない.しかし,新しい検査法である遺伝子検査以上に多くの情報を提供してくれる重要な検査法であることを忘れてはいけない.塗抹検査は培養検査などに比較し操作は非常に簡単であるがその判定はむずかしく,参考となるアトラスを用意しておくとよい.眼感染症学会主催の「塗抹検鏡スキルトランスファー」などの実技講習会に参加することもお勧めである.文献1)菅野治重:感染症所見の読み方1─感染のメカニズム.検査と技術37(増刊号):916-918,20092)秦野寛:塗抹標本検査.目の感染症(下村嘉一編集),p12-17,金芳堂,20103)相原雅典:感染症所見の読み方2─感染症病期の所見.検査と技術37(増刊号):919-921,20094)IkedaI,NishimotoK,SakamotoKetal:Alkalinetrypanblueasastainforsuperficialfungi.BrJDermato158:1373-1374,2008すべてのシストが2分間で染色された.実際の検査材料での染色は数症例のみであるが,図11,12のようにアメーバを確認することができた.KOHは細胞を融解し真菌やアメーバシストを観察しやすくするが,KOHとの接触後,アメーバの栄養型は数秒で破壊される.アメーバのシスト型も長時間おくと膨化し,特徴的な形態が観察できなくなるため注意が必要である.まとめ感染症は早期診断・早期治療が予後を決定する.塗抹検査は治療に直結する緊急検査であるため使用する染色液の特徴(利点と欠点)を十分理解し,正しい塗抹検査方法を実施するべきである.近年,抗菌薬の適正使用と耐性菌対策の重要性により,塗抹検査は利用価値が高まりつつある.グラム染色は130年以上前に発表された染色法である.蛍光染色や免疫染色など新しく開発された染色方法もあるが,塗抹検査自体のレトロなイメージab図11コンタクトレンズ保存液中のアカントアメーバシストと栄養型(400倍)シストはトリパンブルーによって染色された(a)が,栄養型は染色されずに活動を続けていた(b).図12トリパンブルー染色角膜組織中のアカントアメーバシスト.このスライドはすでに乾燥固定されたものであったため,KOH処理は行っていない.ab図11コンタクトレンズ保存液中のアカントアメーバシストと栄養型(400倍)シストはトリパンブルーによって染色された(a)が,栄養型は染色されずに活動を続けていた(b).図12トリパンブルー染色角膜組織中のアカントアメーバシスト.このスライドはすでに乾燥固定されたものであったため,KOH処理は行っていない.

序説:眼感染症診断の温故知新

2015年5月31日 日曜日

●序説あたらしい眼科32(5):611.612,2015●序説あたらしい眼科32(5):611.612,2015眼感染症診断の温故知新ConventionalMethodsandNovelAdvancementsfortheDiagnosisforOcularInfection鈴木崇*結膜炎や角膜炎などの眼感染症は,軽微なものを含めると日常臨床でよく遭遇する.なかには,初期診断が必要な疾患も多く含まれており,初診時に正確に診断することが望まれる.眼感染症診断は,問診や疾患に特徴的な臨床所見を理解することに加えて,病巣から原因となる病原体を検出することが必要とされる.しかしながら,病原体によっても検出法や検査法が異なるため,臨床所見からある程度の病原体の予測をすることが必要である.さらに,細菌,真菌,ウイルス,原虫すべてを網羅しながら病原体を検出する方法は,現在のところ一般臨床では使用されていないため,まず,従来から行われている検査方法を正確に行い,正しく検査結果を理解する必要がある.一方,病原体検査においては,新しい技術が導入され,より短時間に,かつより正確に病原体を検出する方法が開発されている.それらの技術は,もうすでに臨床現場に取り入れられているものから,まだ研究レベルのものまでさまざま含まれるが,新しい技術を知っておくことは眼感染症診療の将来を考えるうえでは重要である.さらに疾患概念も,臨床データの積み重ねにより新しいものができており,それらを理解することが眼感染症診断の大きな助けとなる.今回,「眼感染症診断の温故知新」のテーマで,眼感染症診断の従来の検査方法から新しい検査方法まで,各エキスパートに紹介してもらい,さらに新しい疾患の概念や診断基準についても述べてもらった.まず,検査において,従来の眼感染症診断に必須である塗抹標本は,迅速に病原体の有無を確認できる方法であり,診断に与える情報量も多い.しかし,アーチファクトを読み誤ったりすると誤診につながる危険性も孕んでいる.そのため,塗抹標本を正しく行うためのポイントを理解する必要がある.細菌の同定検査において,ここ数年で,従来の方法とは異なる新たな方法が登場し,ブレークスルーとなっている.検出細菌の同定は,診断のみならず,病態を正確に理解するためには必要である.従来では,細菌を正しく同定するためには,細菌の染色所見や培地上でのコロニー形態に加えて,生化学性状を読み取ることが必要であった.一方,ノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏が開発したレーザーイオン化質量分析技術を用いて細菌の蛋白を解析することで,数分以内という短時間に菌同定が可能となり,その同定機器が大学病院など多くの検査室に導入されている.そのため,短時間に菌同定を行い,その同定菌の過去のアンチバイオグラム(細菌ごとの抗菌薬感受性率表)を用いて,抗菌薬を選択することが可能になり,いち早く,正しい治療が行*TakashiSuzuki:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(1)611 612あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(2)えるようになっている.細菌や真菌による眼感染症を診断にするためには,臨床所見を正確に読み取ることが重要である.とくに角膜炎において,細菌性,真菌性を鑑別することは治療選択にもつながる重要な過程であり,それぞれの特徴的な所見を理解しておく必要がある.さらに,細菌と真菌を検出する新しい検査方法として,PCRを用いて細菌・真菌の特異的な遺伝子を増幅するbroadrangePCRが,細菌,真菌を検出する方法として注目されている.これらの方法を用いることで,細菌,真菌を高感度に検出することが可能であり,角膜炎や眼内炎の診断に貢献できると思われる.また,PCRは一般の培養検査では検出されない,もしくは培養までに長期間を要する病原体の検出にも有用であり,眼科領域ではアカントアメーバを検出する方法としても期待されている.これらの遺伝子検査は高感度である一方,特殊な機器を要する点で,ベッドサイドで即座に使用することはむずかしい.そこで,抗体を使用して病原体の抗原を検出する免疫クロマトグラフィ法も,アデノウイルスをはじめ多くの抗原を検出するために使用されているが,近年,ヘルペスウイルス抗原を検出するキットが市販され,角膜ヘルペスの診断が行えるようになった.さらに,まだ研究レベルではあるが,アカントアメーバの抗原検出キットも開発され,今後の普及が期待される.前述のような新しい検査の出現に加えて,新しい疾患概念も出てきている.サイトメガロウイルス内皮炎は日本で発見され,原因不明の角膜内皮炎のなかには本疾患が多く含まれていることが解明されてきた.さらに,多施設研究のもと,診断基準も提唱されており,サイトメガロウイルス内皮炎の診断の助けになる.また,Demodex(ニキビダニ)は,睫毛の根部に生息しており,近年,眼瞼炎などの原因としても考えられるようになっている.「温故知新」とは「学んだことや昔の事柄をもう一度調べたり考えたりして,新たな道理や知識を見出し,自分のものにする」ことである.しかしながら,本特集では,「眼感染症診断の温故知新」として,従来の概念を十分理解することで,新しい検査や疾患概念に対する理解をさらに深めてもらう意味として「温故知新」を使用している.従来の方法と新しい方法の両者の知識を理解すれば,一般臨床のなかの眼感染症診療「レッドアイクリニック」も充実するものと思われる.

両眼の水平下半盲を呈した心因性視覚障害の1例

2015年4月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科32(4):599.604,2015c両眼の水平下半盲を呈した心因性視覚障害の1例片山紗妃美*1後藤克聡*1,2三木淳司*1,3岩浅聡*1今井俊裕*4春石和子*1桐生純一*1*1川崎医科大学眼科学1教室*2川崎医療福祉大学大学院医療技術学研究科感覚矯正学専攻*3川崎医療福祉大学医療技術学部感覚矯正学科*4川崎医科大学眼科学2教室ACaseofPsychogenicVisualDisturbancewithInferiorAltitudinalHemianopiaSakimiKatayama1),KatsutoshiGoto1,2),AtsushiMiki1,3),SatoshiIwaasa1),ToshihiroImai4),KazukoHaruishi1)JunichiKiryu1)and1)DepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchool,2)DoctoralPrograminSensoryScience,GraduateSchoolofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,3)DepartmentofSensoryScience,FacultyofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,4)DepartmentofOphthalmology2,KawasakiMedicalSchool目的:Goldmann動的視野で両眼性の水平下半盲を認め,心因性視覚障害と診断した1例の報告.症例:16歳,男子.頭痛,視力低下を主訴に近医眼科を受診.視力低下につながる所見が不明だったため,原因精査のため当科を紹介受診した.所見:矯正視力は右眼0.4,左眼0.6で中心フリッカ値,前眼部,中間透光体,眼底に異常所見はなかった.Goldmann動的視野で両眼の水平下半盲を認めた.光干渉断層計,蛍光眼底造影検査,多局所網膜電図,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したがいずれも異常所見はなかった.以上の結果から,器質的疾患による視力および視野障害は否定的であり,心因性視覚障害がもっとも疑われた.約6カ月後,矯正視力は右眼1.2,左眼1.5と改善したが,両眼の水平下半盲は残存した.結論:両眼性の水平下半盲を認めた場合,視路疾患との鑑別は必要不可欠であるが,心因性視覚障害による可能性も念頭におく必要がある.Purpose:Toreportacaseofpsychogenicvisualdisturbancewithbilateralinferioraltitudinalhemianopiadetectedbykineticperimetry.Case:A16-year-oldmaleinitiallyconsultedwithanophthalmologistcomplainingofheadachesanddecreasedvisualacuity(VA)resultingfromanunknowncause,andwasthenreferredtousforfurtherevaluation.Findings:Uponexamination,thepatient’scorrectedVAwas0.4ODand0.6OS.Criticalflickerfrequencyandanteriorsegment,opticmedia,andfunduswerefoundtobenormal.Bilateralinferioraltitudinalhemianopiawasdetectedbykineticperimetry.Opticalcoherencetomography,fluoresceinangiography,multifocalelectroretinogram,andmagneticresonanceimagingallrevealednoabnormalities.Fromtheabovefindings,thepresenceoforganicdiseasewasexcluded,andpsychogenicvisualdisturbancewassuspected.Althoughthepatient’scorrectedVAimprovedto1.2ODand1.5OSafter6months,bilateralaltitudinalhemianopiaremained.Conclusion:Whiledifferentiationfromvisualpathwaydiseaseisnecessaryinpatientswithbilateralinferioraltitudinalhemianopia,thepossibilityofpsychogenicvisualdisturbanceshouldbekeptinmind.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):599.604,2015〕Keywords:心因性視覚障害,水平半盲,求心性狭窄,非転換型.psychogenicvisualdisturbance,bilateralaltitudinalhemianopia,concentriccontraction,non-convertibletype.はじめに心因性視覚障害は,眼転換症状の一つで視力障害がもっとも多く,視野障害,色覚障害が認められることも多い.視野障害は両眼性に生じることが多く,求心性視野狭窄,らせん状視野,管状視野が代表的であるが,他にも水平半盲,両鼻側半盲,同名半盲,両耳側半盲,中心暗点など器質的疾患と鑑別を要する報告もある1).心因性視覚障害は,器質的疾患を除外して,心的要因を明らかにすることにより診断されるが,近年では心的要因が明らかでない症例も増加傾向にある2).今回,心因性視覚障害における視野障害として,両眼の水〔別刷請求先〕片山紗妃美:〒701-0192倉敷市松島577川崎医科大学眼科学1教室Reprintrequests:SakimiKatayama,DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki7010192,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(135)599 平下半盲を呈した稀な1例を経験したので報告する.I症例患者:16歳(高校1年生),男子.主訴:頭痛,視力低下.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2012年8月に一時的にかげろうのようなものが見え,その3カ月後に頭痛,視力低下を自覚したため近医眼科を受診.視力低下につながる所見が不明だったため,原因精査のため当科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.2(0.4×.0.50D),左眼0.4(0.6×.0.50D),他覚的屈折検査では右眼.1.00D,左眼.1.50Dと軽度の近視であった.眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHg,中心フリッカ値は右眼35Hz,左眼35Hz,対光反応は良好,相対的瞳孔求心路障害は陰性で前眼部,中間透光体に異常所見は認められなかった.Goldmann動的視野検査では,両眼の水平下半盲を認めた(図1).眼底所見は,両aⅤ/4eⅠ/1eⅠ/2eⅠ/3eⅠ/4e眼ともに黄斑部,視神経乳頭の色調は正常で乳頭の境界は鮮明であった(図2).スウェプトソース光干渉断層計(sweptsourceopticalcoherencetomograghy:SS-OCT)では,両眼ともに黄斑部の形態,視野異常に一致する部位の視細胞内節外節接合部,脈絡膜に異常所見は認められなかった(図3).スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectral-domainopticalcoherencetomograghy:SD-OCT)においても,黄斑部網膜神経節細胞複合体厚,乳頭周囲網膜神経線維層厚に異常所見は認められなかった(図4).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では,網膜中心動脈の蛍光出現から,中心静脈への完全充盈の時間(網膜内循環時間)が16秒と若干の遅延は認められたが,明らかな異常所見は認められなかった.その2日後,視野異常の原因が網膜疾患か頭蓋内疾患かを鑑別するために,多局所網膜電図を施行したが,両眼ともに応答密度の低下は認められなかった(図5).視神経疾患や頭蓋内疾患の精査のため,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したが,異常所見はみられなかった(図6).また,視覚誘発電位bⅤ/4eⅠ/3eⅠ/4eⅠ/2eⅠ/1e図1初診時のGoldmann視野a:左眼,b:右眼.両眼の水平下半盲を認めた.ab図2初診時の眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼ともに黄斑部,視神経乳頭の色調は正常で,乳頭の境界は鮮明であった.600あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(136) ab図3初診時のスウェプトソース光干渉断層計a:右眼,b:左眼.両眼ともに黄斑部の形態,視野異常に一致する部位の視細胞内節外節接合部,脈絡膜に異常所見は認められなかった.abAve.GCC(μm)右)101.20左)97.52Ave.cpRNFL(μm)右)99.52左)98.99図4初診時のスペクトラルドメイン光干渉断層計a:右眼,b:左眼.上段:網膜神経節細胞複合体(GCC)厚のthicknessmap,下段:乳頭周囲網膜神経線維層(cpRNFL)厚のthicknessmap.両眼ともに,GCCおよびcpRNFL厚に異常所見は認められなかった.GCC:ganglioncellcomplex.cpRNFL:circumpapillaryretinalnervefiberlayer.(137)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015601 ab図5多局所網膜電図a:右眼,b:左眼.両眼ともに応答密度の低下は認められなかった.ab図6頭部眼窩磁気共鳴画像所見a:STIR水平断,b:STIR冠状断.異常所見は認められなかった.を施行したが両眼ともに振幅の低下およびP100の潜時延長し法や暗示法を施行したが,効果はみられなかった.Golaはみられず,左右差も認められなかった.以上の結果より,mann視野検査では,両眼ともに求心性視野狭窄を呈した器質的疾患による視力および視野障害は否定的であるため,(図7).約4カ月後,「まだ下方は見えにくいが以前より視心因性視覚障害を疑い経過観察となった.野が広くなったように感じる」と自覚的な訴えがあった.視経過:初診時より約1カ月後,視力は右眼0.4(0.7×.力は右眼0.5(1.0×.1.25D),左眼0.5(1.0×.1.00D)と改1.75D),左眼0.5(0.9×.1.25D),視力検査時にレンズ打消善していた.Goldmann視野検査では,下方イソプタを含め602あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(138) abⅠ/2eⅠ/1eⅠ/3eⅠ/4eⅤ/4eⅤ/4eⅠ/3eⅠ/4eⅠ/2eⅠ/1e図7初診より1カ月後のGoldmann視野a:左眼,b:右眼.両眼ともに,求心性視野狭窄を呈した.abⅠ/4eⅠ/2eⅠ/3eⅤ/4eⅠ/1eⅢ/4eⅠ/1aⅠ/4eⅠ/2eⅠ/3eⅤ/4eⅠ/1eⅠ/1a図8初診時より4カ月後のGoldmann視野a:左眼,b:右眼.両眼ともに,すべてのイソプタにおいて視野の拡大がみられた.て全体的に視野の拡大がみられ,本人の自覚症状と一致する結果であった(図8).約6カ月後,視力は右眼0.6(1.5×.1.00D),左眼0.6(1.5×.1.00D)とさらに改善していたが,Goldmann視野検査では,前回来院時と同様に両眼ともに水平下半盲は残存した.約1年間の経過観察を行ったが,両眼の水平下半盲は残存しているため再度,網膜疾患や視神経疾患,頭蓋内疾患の可能性を考慮してSD-OCT,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したが,いずれも異常所見は認められなかった.II考按今回,両眼の視力低下および水平下半盲を呈したことから,網膜疾患,視神経疾患,頭蓋内疾患の器質的疾患を疑ったが,いずれの鑑別検査においても異常所見を認めず,心因性視覚障害と診断した1例を経験した.心因性視覚障害は,好発年齢が小児(8.14歳)に多く,(139)成人や高齢者でもみられる3.7).性差は,女性のほうが男性より2.4倍多い2).視力予後は良好で,7割以上の症例で誘因となる環境の改善が得られれば,暗示療法のみで半年以内に視力の改善が得られるが,1年以上改善のみられない症例もある.年齢別の視力予後は,矯正視力1.0まで回復したものは,小児(94.4%),思春期(76.3%),成人(59.0%),高齢者(43.7%)と,低年齢であるほど良好である8).両眼性の視野異常では,らせん状視野が最も多く,求心性視野狭窄,管状視野が特徴的である9).他にも器質的疾患との鑑別を要する半盲性視野障害の報告もある1,10).心因性視覚障害で水平半盲を認めた報告として,高橋ら11)は鈍的外傷により片眼性の水平半盲様視野を認めた9歳男児,水野ら12)は視力低下および下方視野異常を主訴に両眼水平下半盲を認めた8歳男児を報告している.本疾患の診断の根拠としては,器質的疾患がないこと,視力や屈折値の変動があること,心因性視覚障害で特徴とされる視野異常が認められること,瞳孔反あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015603 応が良好であること,自覚的検査と他覚的検査結果の矛盾がみられること,日常行動と検査結果が一致しないこと,ストレスと眼症状の出現期が一致していることがあげられる8).本症例は,16歳の思春期の男子で頭痛を主訴に両眼の視力低下および水平下半盲を認めた.視力はレンズ打消し法や暗示法の効果はなかったが,経過観察で初診時から6カ月後の比較的早期に改善した.視野は本人の自覚症状と一致してすべてのイソプタで広がりに変動がみられたが,水平下半盲様視野は残存し,視力と視野の経過に解離がみられた.また,心因性視覚障害の視野異常として特徴的である求心性視野狭窄を呈した.心因性による視力障害と視野障害の改善する時期は一致することが多いが,今回の症例のように視力と視野の経過に解離がみられるのが53%との報告もある13).水平半盲を呈する疾患としては,眼内,視神経,視交叉,外側膝状体,視放線,視覚中枢,心因性視覚障害があげられる7).しかし,本症例では,網膜疾患や視神経疾患,頭蓋内疾患の可能性を考慮して中心フリッカ,SD-OCT,蛍光眼底造影検査,視覚誘発電位や多局所網膜電図の電気生理学的検査,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したが,視力低下や両眼の水平下半盲に一致する他覚的所見が認められなかったため,心因性視覚障害が最も考えられた.心因性視覚障害の心的要因については,さまざまなものがあるが,そのなかでも原因不明が64.3%ともっとも多く,ついで親子関係(14.3%),学校関係(10.8%),外傷(7.1%),兄弟関係(3.6%)の順で多いとの報告がある14).また,心的要因が比較的容易にわかる転換型,心的要因が不明のことが多い非転換型に分類される.小児や思春期では転換型が多く,成人や高齢者では非転換型が多いとされている.とくに15歳以上の場合は長期化しやすいと報告されている2,15).本症例の患者背景として,毎回予約日に両親とともに来院し,外来の待合では両親と時折,楽しく会話している場面もみられることから,親子関係は良好なようである.学校環境は,高校に通学しており,部活動は野球部に所属している.学校生活について尋ねると楽しそうに話し,学校生活や部活動で自覚的にはストレスは感じておらず楽しいと話していた.現在,部活動は下方が見えにくいため休んでいるが,早く復帰したいとのことであった.以上のことから,小児や思春期に多くみられる学校や家庭関係による心的要因は否定的であった.また,悩みごとやストレスを自覚しておらず,明らかな心的要因が不明であるため非転換型であると考えられた.今回の症例のような両眼性の水平半盲を認めた場合,器質的疾患を精査することが重要であるが,心因性視覚障害による可能性も念頭におく必要がある.また,本症例は初診時に比べ全体的に視野の範囲は拡大したが,約1年経過しても水平下半盲様視野が残存しているため,今後も器質的疾患の可能性も考慮して,経過観察が必要であると考える.文献1)石倉涼子,山﨑香織,柿丸晶子ほか:外傷を契機として片眼耳側半盲を呈した心因性視覚障害の一例.眼臨99:590592,20052)小口芳久:心因性視覚障害.日眼会誌102:61-67,20003)小口芳久:学童期の心因性視覚障害.眼科26:139-145,19844)岡本繁,渡辺好政,渡辺英臣ほか:思春期の心因性眼疾患.眼科26:147-152,19845)亀井俊郎:成人の心因性眼疾患.眼科26:153-158,19846)今井済夫,芝崎喜久男:成人の心因性視力障害.臨眼42:815-817,19887)中川泰典,木村徹,木村亘ほか:高齢者の心因性視覚障害11例.臨眼56:1579-1586,20028)一色佳彦,木村徹,木村亘ほか:心因性視覚障害-世代別にみた傾向と特異性.臨眼62:503-508,20089)福島孝弘,上原文行,大庭紀雄ほか:鹿児島大学附属病院(過去23年間)における心因性視覚障害.眼臨96:140144,200210)永田洋一:外傷を契機に発症した成人の片眼性心因性視覚障害の2例.眼臨86:2797-2800,199211)高橋寛子,落合万里,唐津裕子ほか:外傷後に片眼性水平半盲様視野障害をきたした心因性視覚障害の一症例.日視会誌34:151-156,200512)水野和美,加部精一,川上春美ほか:両眼の下半盲を示した心因性視覚障害の一例.眼科25:1473-1477,198313)石田博美,岡田美幸,平中裕美ほか:鳥取大学における小児の心因性視覚障害の統計的研究.日視会誌36:95-102,200714)古賀一興,平田憲一,沖波聡ほか:心因性視覚障害の診断における両眼立体視検査の有用性.眼臨紀1:11951199,200815)一色佳彦,木村徹,木村亘ほか:成人の心因性視覚障害─小児と比較した特異性.臨眼60:627-634,2006***604あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(140)

見逃された眼内鉄片異物により,緑内障手術,網膜剝離手術を受けた1症例

2015年4月30日 木曜日

596あたらしい眼科Vol.5104,22,No.3(00)596(132)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科32(4):596.598,2015cはじめに眼内に飛入した鉄片異物は,鉄錆症や眼内炎を起こす可能性があり,発見されれば早急に摘出されるべきである.感染性眼内炎は失明に至る可能性があり,鉄錆症は,白内障,網膜色素変性,緑内障を起こし,予後不良である1).白内障手術,硝子体手術が進歩した現在では,視力良好の症例でも,視機能を低下させずに異物を摘出できる.しかし,眼内に異物があるにもかかわらず,自覚症状がなく長期間見逃された多くの報告がある2.7).また,白内障を発症し手術により発見されることや,網膜.離の治療のための硝子体手術中に発見されることもある8).鉄工所勤務中に鉄片が自覚なく眼内に飛入し,虹彩炎と緑内障を発症したが,見逃されたまま緑内障手術を受け,一度は安定したものの網膜.離を発症し,硝子体手術中に鉄片が発見された1症例を報告する.I症例患者:38歳,男性.〔別刷請求先〕田渕大策:〒470-1192愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98藤田保健衛生大学眼科学教室Reprintrequests:DaisakuTabuchi,M.D,,1-98Dengakugakubo,Kutsukake-chou,ToyoakeCity,Aichi470-1192,JAPAN見逃された眼内鉄片異物により,緑内障手術,網膜.離手術を受けた1症例田渕大策水口忠谷川篤宏堀口正之藤田保健衛生大学眼科学教室ACasethatRequiredSurgeryforGlaucomaandRetinalDetachmentDuetoanOverlookedIntraocularIronForeignBodyDaisakuTabuchi,TadashiMizuguchi,AtsuhiroTanikawaandMasayukiHoriguchiDepartmentofOphthalmology,FujitaHealthUniversitySchoolofMedicine左眼網膜.離のため38歳の男性が当院に紹介された.患者は11カ月前に左眼線維柱帯切開術を受けていた.視力は右眼(1.0),左眼(0.01)であり,眼圧は右眼19mmHg,左眼16mmHgであった.核白内障と裂孔原性網膜.離を左眼に認めた.白内障,硝子体同時手術を行ったところ,手術中に鉄片異物(1.6×0.6mm)が発見され,強膜創より除去された.網膜.離は再発したが,硝子体手術で復位した.患者は,線維柱帯切除術以前にフライス加工に従事しており,白内障,緑内障,網膜.離は,硝子体手術中に発見された鉄片異物により起きたものであると考えられた.患者が異物の自覚がなかったことが診断を困難にしたが,職歴を含めた予診に注意を払う必要があった.Wereportthecaseofa38-year-oldmalepatientwhowasreferredtoourhospitalduetoretinaldetachmentinhislefteye.Hehadundergonetrabeculotomyinthatsameeye11-monthspriortopresentation.Uponexamina-tion,hisvisualacuitywas1.0ODand0.01OS.Nuclearcataractandrhegmatogenousretinaldetachmentwereobservedinhislefteye,andcombinedphacoemulsification,intraocularlensimplantation,andvitrectomywassub-sequentlyperformed.Duringsurgery,anintraocularironforeignbody(1.6×0.6mminsize)wasfound,andremovedfromthescleralincision.Retinaldetachmentrecurred1-monthlaterandwasreattachedbyasecondvit-rectomy.Thepatienthadengagedinmillingbeforethetrabeculotomywasperformed,andweconcludedthattheironforeignbodythatwefoundcausedthecataract,glaucoma,andretinaldetachmentinhislefteye.Hisunaware-nessoftheforeignbodyinhislefteyemadethediagnosisdifficult,andaddedcareviaamedicalhistoryinterview,includinghisprofessionalexperience,wouldhaveprovedbeneficial.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):596.598,2015〕Keywords:眼内異物,緑内障,線維柱帯切開術,網膜.離,硝子体手術.intraocularironforeignbody,glauco-ma,trabeculotomy,retinaldetachment,vitrectomy.(00)596(132)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科32(4):596.598,2015cはじめに眼内に飛入した鉄片異物は,鉄錆症や眼内炎を起こす可能性があり,発見されれば早急に摘出されるべきである.感染性眼内炎は失明に至る可能性があり,鉄錆症は,白内障,網膜色素変性,緑内障を起こし,予後不良である1).白内障手術,硝子体手術が進歩した現在では,視力良好の症例でも,視機能を低下させずに異物を摘出できる.しかし,眼内に異物があるにもかかわらず,自覚症状がなく長期間見逃された多くの報告がある2.7).また,白内障を発症し手術により発見されることや,網膜.離の治療のための硝子体手術中に発見されることもある8).鉄工所勤務中に鉄片が自覚なく眼内に飛入し,虹彩炎と緑内障を発症したが,見逃されたまま緑内障手術を受け,一度は安定したものの網膜.離を発症し,硝子体手術中に鉄片が発見された1症例を報告する.I症例患者:38歳,男性.〔別刷請求先〕田渕大策:〒470-1192愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98藤田保健衛生大学眼科学教室Reprintrequests:DaisakuTabuchi,M.D,,1-98Dengakugakubo,Kutsukake-chou,ToyoakeCity,Aichi470-1192,JAPAN見逃された眼内鉄片異物により,緑内障手術,網膜.離手術を受けた1症例田渕大策水口忠谷川篤宏堀口正之藤田保健衛生大学眼科学教室ACasethatRequiredSurgeryforGlaucomaandRetinalDetachmentDuetoanOverlookedIntraocularIronForeignBodyDaisakuTabuchi,TadashiMizuguchi,AtsuhiroTanikawaandMasayukiHoriguchiDepartmentofOphthalmology,FujitaHealthUniversitySchoolofMedicine左眼網膜.離のため38歳の男性が当院に紹介された.患者は11カ月前に左眼線維柱帯切開術を受けていた.視力は右眼(1.0),左眼(0.01)であり,眼圧は右眼19mmHg,左眼16mmHgであった.核白内障と裂孔原性網膜.離を左眼に認めた.白内障,硝子体同時手術を行ったところ,手術中に鉄片異物(1.6×0.6mm)が発見され,強膜創より除去された.網膜.離は再発したが,硝子体手術で復位した.患者は,線維柱帯切除術以前にフライス加工に従事しており,白内障,緑内障,網膜.離は,硝子体手術中に発見された鉄片異物により起きたものであると考えられた.患者が異物の自覚がなかったことが診断を困難にしたが,職歴を含めた予診に注意を払う必要があった.Wereportthecaseofa38-year-oldmalepatientwhowasreferredtoourhospitalduetoretinaldetachmentinhislefteye.Hehadundergonetrabeculotomyinthatsameeye11-monthspriortopresentation.Uponexamina-tion,hisvisualacuitywas1.0ODand0.01OS.Nuclearcataractandrhegmatogenousretinaldetachmentwereobservedinhislefteye,andcombinedphacoemulsification,intraocularlensimplantation,andvitrectomywassub-sequentlyperformed.Duringsurgery,anintraocularironforeignbody(1.6×0.6mminsize)wasfound,andremovedfromthescleralincision.Retinaldetachmentrecurred1-monthlaterandwasreattachedbyasecondvit-rectomy.Thepatienthadengagedinmillingbeforethetrabeculotomywasperformed,andweconcludedthattheironforeignbodythatwefoundcausedthecataract,glaucoma,andretinaldetachmentinhislefteye.Hisunaware-nessoftheforeignbodyinhislefteyemadethediagnosisdifficult,andaddedcareviaamedicalhistoryinterview,includinghisprofessionalexperience,wouldhaveprovedbeneficial.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):596.598,2015〕Keywords:眼内異物,緑内障,線維柱帯切開術,網膜.離,硝子体手術.intraocularironforeignbody,glauco-ma,trabeculotomy,retinaldetachment,vitrectomy. 図1左眼初診時の前眼部写真核白内障を認める.現病歴:フライス加工に従事していたが,異物飛入などの自覚はなかった.2009年8月左眼の霧視のため前医を受診した.左眼に虹彩毛様体炎を認め,眼圧は40mmHgであった.眼圧がコントロールできないため,同年9月,左眼線維柱帯切開術が施行され,眼圧は正常化した.2010年5月突然の左眼視力低下のため近医受診し,左眼網膜.離を指摘され,同日当院へ紹介受診した.初診時所見:視力は右眼1.0(1.0×.0.25D(cyl.2.25DAx175°),左眼0.2(0.6×+0.50D(cyl.2.50DAx180°),眼圧は右眼19mmHg,左眼16mmHgで,左眼に核白内障(図1)と黄斑に及ぶ耳側裂孔原性網膜.離を認めた(図2).経過:2010年6月左眼に白内障硝子体同時手術を施行した.術中に耳側下方最周辺部の網膜上に被膜に被われない鉄片異物(1.6×0.6mm)を発見し,摘出した(図3).六フッ化硫黄(SF6)ガスを注入して手術終了した.1カ月後,再度網膜.離を起こしたため,硝子体手術を再施行した.術後,網膜は復位し,2年後左眼視力は0.2(0.6×+0.50D(cyl.2.50DAx180°)であり,再.離は認めていない.手術後の全視野刺激網膜電図(erectororetinogram:ERG)は正常であった.II考按眼内鉄片飛入の多くは鉄の加工などによる.フライス加工に従事していた本症例は眼内に異物が入った自覚はなかった.しかし,緑内障手術から硝子体手術まで仕事についておらず,異物は緑内障手術の前に侵入したものと考えられた.本症例左眼の白内障,緑内障,網膜.離はすべてフライス加工時に眼内に侵入した鉄片異物によると考えられた.しかし,本症例はまったく自覚症状がなく,前医も筆者らも鉄片を疑うことはなかった.前医では虹彩炎による眼圧上昇と診断され,緑内障手術が行われた.鉄片の位置は毛様体(133)図2左眼初診時の眼底写真黄斑に及ぶ網膜.離を認める.図3術中写真20G灌流ポートに隣接している金属片を認める.OFFISS40D前置レンズを使用している.扁平部であり,通常の眼底検査では発見が困難であったと考えられた.異物飛入の自覚や疑いを訴えて眼科を受診した場合には,コンピュータ断層撮影(computedtomography:CT)やX線写真撮影などが行われ,鉄片異物の診断は比較的容易である9).しかし,まったく異物の自覚症状がなく緑内障などの前眼部疾患で受診した場合には,異物の発見は著しく困難となると思われる.この症例での診断のヒントは職歴のみであった.この症例が網膜.離を発症しなければ,おそらく鉄片異物は発見できなかったと思われる.鉄片が長期間眼内に無症状で滞留した報告はわが国にも数多くあり,滞留期間は1.35年に及ぶ.Duke-Elderによれば,鉄片異物が眼内に存在したにもかかわらず鉄錆症とならない非典型症例には6つの経過がありうるという.1)鉄の含有量が少ないか,鉄片が組織で被われた場合には無症状であたらしい眼科Vol.32,No.4,2015597 ある.2)一度組織に被われ無症状で経過したものの,異物が移動したため著しい炎症を起こし,時に眼球摘出に至る.3)異物が移動していないにもかかわらず,著しい炎症を起こし前房蓄膿,眼球癆に至る.4)異物が自然排出される.5)鉄片異物が小さな場合には,自然吸収されることがある.6)交感性眼炎を起こすことがある10).本症例では,異物侵入より時間は経過しているものの,組織に被われない鉄片異物であり,すでに緑内障を発症していた.放置すればさらに大きな合併症を起こす可能性があった.網膜.離を起こし鉄片が摘出されたことは,この症例には不幸中の幸いであったといえる.1988年の岸本らの報告によれば,緑内障を発症した眼内鉄片異物症例の手術予後は不良であり,網膜.離の手術予後も芳しくないが1),本症例では前医の線維柱帯切開術で眼圧はよくコントロールされ,網膜.離も治癒している.2000年の大内らにより報告された鉄片異物による網膜.離の3症例も治癒している8).これは手術技術の進歩であると考えられる.III結語フライス加工時に眼内に鉄片が飛入したにもかかわらず見逃され,緑内障手術を受け,後に網膜.離を発症し,硝子体手術により異物が発見され摘出された1症例を報告した.今回の症例により,職歴を含めた予診の重要性を再認識した.文献1)岸本伸子,山岸和矢,大熊紘:見逃されていた眼内鉄片異物による眼球鉄症の7例.眼紀39:2004-2011,19882)佐々木勇二,松浦啓之,中西祥治ほか:長年月経過している眼内金属片異物の1例.臨眼82:2461-2464,19883)並木真理,竹内晴子,山本節:1年間放置された眼内異物の1例.眼臨82:2346-2349,19884)尾上和子,宮崎茂雄,尾上晋吾ほか:8年間無症状であった眼内鉄片異物の1例.眼紀45:467-470,19945)来栖昭博,藤原りつ子,長野千香子ほか:28年間無症状であった眼内鉄片異物の症例.臨眼51:1169-1172,19976)青木一浩,渡辺恵美子,河野眞一郎:長期滞留眼内鉄片異物の2例.眼臨94:939-941,20007)及川哲平,高橋嘉晴,河合憲司:受傷1年以上経過後に摘出した7mmの眼内鉄片異物の1例.臨眼63:1495-1497,20098)大内雅之,池田恒彦:硝子体手術中に眼内異物が発見された網膜.離の3例.あたらしい眼科17:1151-1154,20009)上野山典子:眼内異物.眼科MOOK,No5,p100-109,金原出版,197810)DukeElder:SystemofOphthalmology,14:477,HenryKimpton,1972***(134)