監修=坂本泰二◆シリーズ第174回◆眼科医のための先端医療山下英俊補償光学(AO)技術と眼科領域での展望後町清子・亀谷修平(日本医科大学千葉北総病院眼科)補償光学技術について補償光学(adaptiveoptics:AO)とは,元来,天文学分野において発達した技術です.これは大気中のゆらぎによって発生する光のゆがみを補正し,より鮮明な天体画像を得るために開発された技術です.光を波としてとらえたとき,大気中のちりなどにより到達波面に位相差が生じます(波面収差).この位相のずれを補正する技術がAO技術です.この技術は1990年代ごろから天体望遠鏡に応用されはじめました.ハワイにある日本の国立天文台のすばる望遠鏡もこのAO技術を応用しています.AOのシステムは波面センサー,制御装置,可変形鏡の3つの要素で成り立ちます.入射したゆがんだ波面は波面センサーで計測されます.計測された波面ゆがみは制御装置で解析され,この情報をもとに電磁可変形鏡がその表面の形状を変形させます.可変形鏡は,波面ゆがみに対し反対の位相を与える形状に変化することにより,歪んだ波面を整え,鮮明な画像が撮影できるというシステムです.この「波面センサー→制御装置→可変形鏡」のしくみを高速で繰り返し(ループ制御)行うことにより,リアルタイムでの補正が可能となります(図1).AO技術は眼底イメージング機器に応用可能であり,現在,AO眼底カメラ,AO適用走査レーザー検眼鏡(adaptiveopticsscanninglaserophthalmoscopes:AO-SLO),AO光干渉断層計(adaptiveopticsopticalcoherencetomography:AO-OCT)が臨床的あるいは研究目的に使用されています.現在市販の高解像度眼科診断器機(SLO,SD-OCT)と解像度,性能を比較すると,AO技術を搭載していない市販器機の光軸方向分解能(水平分解能)は15~20μmですが,AO技術を用いることにより分解能は3μm以下となります.補償光学と錐体細胞AO眼底検査機器でもっとも研究が進んだ分野は錐体細胞の解析です.AO技術を搭載していない機器では分解能の限界のために困難だった個々の錐体細胞の解析が,AO眼底検査機器では可能となりました.AO眼底カメラで撮影した正常者の錐体細胞を図2に示します.正常例では錐体細胞は錐体モザイク配列(conemosaic)を形成します.錐体細胞は黄斑中心ほど細胞密度が高く,個々の錐体の直径が小さくなります.黄斑中心から離れるに従い錐体細胞密度は低くなり,これに伴い錐体細胞間の距離は増大します.図2は黄斑中心から4°鼻側のAO眼底カメラ画像です.高輝度の円形信号とし眼底からの画像位相差のある波面波面収差の測定シャック・ハルトマン波面センサーコンピューターとプログラムソフトによるAO制御装置測定と補正を繰り返すこ解析と補正をとで波面収差を補正するコントロール波面収差の補正可変形鏡(デフォーマブルミラー)AO画像AOで補正された波面図1補償光学システムの原理(79)あたらしい眼科Vol.32,No.6,20158430910-1810/15/\100/頁/JCOPY図2AO眼底カメラで撮影した正常錐体細胞黄斑中心から4°鼻側のAO眼底カメラ画像.高輝度の円形信号としてとらえられている部分は錐体細胞の外節部分と考えられている.組織像での報告と同じように,黄斑中心から離れるに従い個々の錐体の直径が大きくなるが,この部位での錐体の直径は6~8μm程度である.:10μm.てとらえられている部分は,組織学的には錐体細胞の外節部分,SD-OCTではinterdigitationzone(IZ)に相当する部分と考えられています.補償光学の可能性筆者らの使用しているAO眼底カメラ(rtx1TM,ImagineEyes社,フランス)は約2.4μmの面分解能をもちますが,黄斑中心の錐体細胞は直径が2μm以下となるため,黄斑中心では鮮明な画像を得ることができません.また,後極の杆体細胞も2μm以下であるため撮影することができません.しかし,研究用機器としては,杆体細胞や黄斑中心の錐体細胞が撮影可能なAO-SLOシステムがすでに開発されています1).蛍光眼底造影システムをAO-SLOと組み合わせることにより,鮮明に網膜毛細血管が観察可能となり,糖尿病網膜症の毛細血管瘤も明瞭に観察可能なシステムも報告されました2,3).全色盲(achromatopsia)では視細胞内節は比較的正常ですが,外節の異常のために通常のAO眼底カメラやAO-SLO撮影では錐体モザイクに相当する部分が低輝度となります.このような場合,AO眼底カメラやAO-SLOでの錐体モザイクの視認性の低下が,錐体細胞全体の異常なのか,外節の部分の異常なのか判別することが困難でした.近年,AO-SLOにsplitdetectorとよばれる光学系の新機能を搭載することにより,錐体細胞の内節を明瞭に観察可能なシステムが報告されました4).これにより,全色盲でも錐体細胞内節部分は維持されていることが明らかとなりました.また,OCTにAO技術を応用することによって,より高精細な網膜断層像を得る技術も報告されています5,6).これらの新しい技術により,視細胞変性疾患のより詳細な病理が解明することが期待されています.文献1)CooperRF,DubisAM,PavaskarAetal:Spatialandtemporalvariationofrodphotoreceptorreflectanceinthehumanretina.BiomedOptExpress2:2577-2589,20112)GrayDC,MeriganW,WolfingJIetal:Invivofluorescenceimagingofprimateretinalganglioncellsandretinalpigmentepitheliumcells.OpticsExpress14:7144-7158,20063)DubowM,PinhasA,ShahNetal:Classificationofhumanretinalmicroaneurysmsusingadaptiveopticsscanninglightophthalmoscopefluoresceinangiography.InvestOphthalmolVisSci55:1299-309,20144)ScolesD,SulaiYN,LangloCSetal:Invivoimagingofhumanconephotoreceptorinnersegments.InvestOphthalmolVisSci55:4244-4251,20145)FernandezEJ,PovazayB,HermannBetal:Threedimensionaladaptiveopticsultrahigh-resolutionopticalcoherencetomographyusingaliquidcrystalspatiallightmodulator.VisionRes45:3432-3444,20056)KocaogluOP,FergusonRD,JonnalRSetal:Adaptiveopticsopticalcoherencetomographywithdynamicretinaltracking.BiomedOptExpress5:2262-2284,2014■「補償光学(AO)技術と眼科領域での展望」を読んで■今回は,補償光学(AO)技術を眼底の画像解析に組織は,水を含んだ組織の一番奥に網膜があり,その応用するという先端的な研究を後町清子先生,亀谷修さらに一番奥まったところに錐体があるのですが,こ平先生(日本医科大学千葉北総病院眼科)に解説いたの観察に天体観測に利用されているAOを利用するだきました.これにより錐体一個一個が描出されるとことで,解像度を各段に上昇させることができるとののこと,技術の進歩には目をみはるばかりです.眼球発想は素晴らしいと考えます.眼科は組織学的な診断844あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(80)が,腫瘍などを除いて大変困難な診療体系をもってい日本という社会を考えたとき,日本でしか作れないます.細胞レベルまたはsubcellularのレベルでの画ものを世界に供給するという戦略を推進することが叫像解析により,患者の負担軽減と診断の精度向上といばれています.日本版NIHともいわれる日本医療研う2つの,多くの場合には二律背反になることを両立究開発機構(JapanAgencyforMedicalResearchさせたコンセプトはみごとです.andDevelopment:AMED)がめざすところも,日本医学は技術の進歩と同期して進歩するものであるこでの世界初の医薬品開発を体系的に行おうというコンとはいろいろな例により示されていますが,近年,眼セプトによるものです.医薬品に比較して医療機器に科医学における画像解析の進歩により新しい疾患概念ついてはやや危機的ともいえ,現時点で日本の医療にが出てきて,治療に貢献していることは日本眼科学会使われる多くの医療機器は輸入に頼っています.日本として誇るべきことだと考えます.いわば名人芸で初において新しい発想で医療機器を生み出していかなけめて行うことのできた診療が,多くのドクター,コメればなりません.そのためには,後町先生,亀谷先生ディカルスタッフによって患者に供給できるようになのように機器開発に卓越した眼科臨床医を多く育成ってきました.後町先生,亀谷先生も「これらの新しし,機器開発会社と共同研究を自由に行うことが重要い技術により,視細胞変性疾患のより詳細な病理が解と考えます.今後,AOを利用した精密な眼底画像解明することが期待されています」と述べておられるよ析法がますます発展すること,そこに日本が大きく貢うに,この新しい技術で,新しい疾患概念が日本から献することを願ってやみません.世界に向けて発信できるとよいなと考えます.山形大学医学部眼科山下英俊☆☆☆(81)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015845