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糖尿病黄斑浮腫の治療

2011年2月28日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY性炎症や硝子体牽引が複雑に絡み,複雑な病態を呈していると予想されている.実際,糖尿病黄斑浮腫では蛍光眼底造影においても,光干渉断層計(OCT)像においても,さまざまなパターンをとることが知られており,このことが治療選択をさらにむずかしくしている.本稿では糖尿病黄斑浮腫の病態を念頭に,現時点で最良というべき治療法の選択について述べてみたいI糖尿病黄斑浮腫の病態糖尿病黄斑浮腫という網膜組織での浮腫が起こるためには,網膜黄斑部に水分の異常な停滞が認められなくてはいけない.このためには1.黄斑部での水分の供給過剰2.黄斑部での水分の排出障害3.黄斑部の器械的進展による水分うっ滞のいずれかあるいは全部が起こっていると考えられる.組織への水のあふれ方を風呂釜に例えると1.蛇口からの水量が増えてあふれる2.排水管が詰まってあふれる3.風呂釜が壊れてあふれるということになる(図1).それでは,それぞれの起こりうる病態について考えてみよう.1.黄斑部での水分の供給過剰水道の蛇口からの水量が増えることだが,黄斑部へのはじめに糖尿病網膜症の病態が,高血糖による血管内皮細胞の慢性障害によって網膜内の微小循環障害がもたらされ,その結果ひき起こされた網膜虚血が構造的に脆弱な新生血管を出現させ,新生血管の破綻と器質化が増殖性変化を進行させるということが判明して以来,網膜虚血を解除する目的で網膜光凝固が広く普及し,糖尿病網膜症の増殖網膜症への進行を予防することが可能となってきた.また,やむを得ず増殖網膜症に進行したとしても,硝子体手術によって解剖学的復位を得ることができるようになり,糖尿病網膜症による失明は予防できる時代になっている.一方,網膜症は中等度であり失明に至ることはほとんどないものの,網膜のなかでも中心視力を司る黄斑部に浮腫を生じることで高度の視力低下をひき起こす糖尿病黄斑浮腫の存在がクローズアップされるようになってきた.糖尿病黄斑浮腫とは“糖尿病網膜症を基礎疾患として黄斑部に生じる組織浮腫”のことである.周知のごとく黄斑部は網膜のなかでも神経が密集し,視力に直接影響する部位であるため,黄斑部での浮腫は直接視力低下に結びつく.したがってその治療はわれわれ眼科医にとっての最重要課題というべきものであるが,その発症機序は不明な点が多く,現時点でも決定的なものはない.網膜全体ではなく黄斑部にのみ浮腫が出現することは,黄斑部の組織特異性が影響しているものと考えられるが,さらに糖尿病網膜症という網膜微小循環障害と慢(19)173*MasahikoShimura:NTT東日本東北病院眼科〔別刷請求先〕志村雅彦:〒984-8560仙台市若林区大和町2-29-1NTT東日本東北病院眼科特集●黄斑疾患アップデートあたらしい眼科28(2):173.182,2011糖尿病黄斑浮腫の治療Up-To-DateTreatmentsforDiabeticMacularEdema志村雅彦*174あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(20)き起こすような状態では,黄斑部網膜が牽引性肥厚を呈し浮腫を誘導する.このように糖尿病黄斑浮腫はさまざまな病態が複雑に絡んでいる可能性があるため,個々の病態について把握してからでなければ適切な治療選択はできない.一方,われわれ眼科医にとって黄斑浮腫の診断に有用な検査は,循環動態を把握する蛍光眼底造影検査(FA)と,形態異常を描出するOCTの2つである.したがってこの2つを組み合わせて,いかに糖尿病黄斑浮腫の病態を捉えるかが治療のカギとなってくる1).II糖尿病黄斑浮腫の蛍光眼底造影像糖尿病黄斑浮腫の蛍光眼底造影像の特徴は蛍光漏出が黄斑部に認められることであり,大きく分けて以下の3パターンになる(図2).1.局所漏出2.びまん性漏出3.花弁状漏出(中心窩)および蜂巣状漏出(傍中心窩)である2)局所漏出は,網膜血管の局所から血漿成分が漏出した状態であり,網膜毛細管瘤の存在を示唆するものと考えられる.このような病態に対しては網膜毛細管瘤への直接的な局所光凝固が有効であるとされている.びまん性漏出は,網膜血管内皮のバリア破綻による網膜血管の透過性亢進,あるいは炎症に伴う網膜組織への水分貯留を示唆するものと理解されている.いわゆるびまん性黄斑浮腫とよばれるタイプであり,格子状光凝固は有効とされているものの,臨床的に満足のいくレベル水道すなわち血管は大きく分けて2つしかない.網膜血管と脈絡膜血管である.いずれの血管もbloodretinalbarrierとよばれる血液眼関門によって供給調整がされている.これが破綻すると黄斑部に水分が異常に流れ込み黄斑浮腫を呈するのであるが,糖尿病による高血糖によって網膜血管の内皮細胞が障害され,バリア機能を有する内皮細胞間隙が破壊される「血管透過性亢進」と,糖尿病網膜症に伴う新生血管や微小毛細管瘤といった「異常血管からの漏出」がこれに当たる.脈絡膜血管そのものが糖尿病によって影響を受けることは多くはないが,脈絡膜と網膜の間に存在するバリア機能を有する網膜色素上皮の機能が低下して「漿液性網膜.離」を伴う浮腫を呈することがある.2.黄斑部での水分の排出障害下水管の詰まった状態であるが,これには障害された血管から漏出した血漿蛋白が黄斑部の組織間隙の膠質浸透圧を上昇させ,さらに水分を引き込んで浮腫が増悪する場合と,慢性炎症による網膜細胞膜への機能的障害によって細胞浮腫が惹起され,細胞間質の膨化が浮腫を増強させる場合が考えられる.また,網膜色素上皮細胞は網膜内に貯留した水分を脈絡膜側に排出するポンプ機能を備えているが,このポンプ機能が低下することで浮腫が増強する場合もある.3.黄斑部での器械的進展による水分うっ滞風呂釜そのものの構造が器械的に変動するような状態である.すなわち糖尿病網膜症によって硝子体が器質化し,後部硝子体膜と黄斑部網膜の癒着を伴って牽引をひabc図1風呂釜から水が漏れるには(黄斑浮腫が起こるには)…a:給水量が増える(血管からの漏出),b:排出量が制限される(ポンプ機能の障害),c:風呂釜が壊れる(器質的な変化).(21)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011175亢進というよりは組織での水分貯留を主体とする病態と考えられるため,抗VEGF抗体よりは抗炎症ステロイドが有効であると考えられる.III糖尿病黄斑浮腫のOCT像糖尿病黄斑浮腫のOCT像の特徴もまた,以下の3パターンに大別される(図3).1.スポンジ状浮腫2..胞様浮腫3.漿液性.離である3).とは言いがたい.いくつかの病態を合併していることも多く,単一の病態を反映しているとは考えにくいため治療に苦慮することが多いが,近年では硝子体手術や硝子体内薬物投与によってある程度の改善が報告されている.花弁状漏出は黄斑部中心窩における外網状層での水分貯留でありMuller細胞をはじめとする網膜細胞の浮腫を,蜂巣状漏出は傍中心窩の内網状層,いわゆるHenle線維層での水分貯留を反映しているとされるが,ともに境界明瞭な貯留パターンを示すことから,細胞あるいは細胞間隙での水分停滞と考えられている.血管透過性のabcd図2FA画像による糖尿病黄斑浮腫の分類a:局所漏出,b:びまん性漏出,c:花弁状漏出,d:蜂巣状漏出.abc図3OCT画像による糖尿病黄斑浮腫の分類a:スポンジ状浮腫,b:.胞様浮腫,c:漿液性.離.176あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(22)この3パターンのほかに硝子体牽引が認められる糖尿病黄斑浮腫もあるが,自然経過による後部硝子体.離の結果,解除されることもある.前述したとおり,もちろん糖尿病黄斑浮腫はさまざまな病態が絡み合うため,複合した浮腫として捉えられることが多く,臨床現場で明確に分類できることは少ない(図4).したがって,病態の主たる特徴を捉えるのに有用と考えるべきである.IV糖尿病黄斑浮腫の治療糖尿病黄斑浮腫の治療には現在外科的治療法と保存的な治療法がある.外科的治療法1.局所光凝固2.格子状光凝固3.硝子体手術保存的治療法1.トリアムシノロンアセトニド(以下,トリアムシノロン)・局所投与スポンジ状浮腫は,黄斑浮腫のなかで最も頻繁に認められる形態であり,糖尿病黄斑浮腫では60.90%の症例に認められる.傍中心窩から周中心窩にかけ,内網状層には小さな,外網状層には比較的大きな.胞様間隙が認められるため,網膜血管のバリア破綻から組織間隙への水分貯留の移行段階と思われる..胞様浮腫は,Muller細胞に代表される網膜内の細胞が極度に腫脹,あるいは網膜全層に著しく水分貯留が起きている病態と考えられる.網膜血管の透過性亢進が病変の主体とは考えにくく,スポンジ状浮腫を伴えば遷延化した病態が,伴わなければ急激に水分貯留がひき起こされる病態が考えられる.漿液性.離は網膜色素上皮(RPE)細胞のバリア機能の破綻による脈絡膜側からの水分漏出も考えられるが,糖尿病黄斑浮腫では細胞間隙の水分がRPEのポンプ機能によって吸収される過程で機能不全を起こしたものと考えられる.したがって,多くの場合スポンジ状浮腫や.胞様浮腫を伴っており,単独で出現することはまれである.abcde図4実際の臨床現場でみられる典型的な糖尿病黄斑浮腫のOCT画像と治療方針a:スポンジ状浮腫+.胞様浮腫.トリアムシノロンTenon.下投与.b:スポンジ状浮腫+漿液性.離.アバスチンR硝子体内投与.c:スポンジ状浮腫+.胞様浮腫+漿液性.離.トリアムシノロンTenon.下+アバスチンR硝子体内投与.d:牽引性浮腫.硝子体手術(内境界膜.離)e:牽引性浮腫+スポンジ状浮腫+.胞様浮腫.硝子体手術(内境界膜.離)+トリアムシノロンTenon.下投与.(23)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011177細胞を活性化させ視機能を改善させるという説,熱障害を受けた網膜から反応性に神経保護因子などが分泌され浮腫が改善するという説などが考えられているが,その治療メカニズムがいまだにわかっていない治療法でもある.光凝固が不可逆的な障害を網膜にもたらすことを考えると,現時点では第一選択とはなりにくいが,その簡便さゆえ,世界的にはいまだに第一選択とされている.しかし,浮腫組織への照射は光凝固出力を上げる必要があり,術後の網膜萎縮や炎症誘発のため,視機能,特に視野感度が低下する危険性が指摘されている.このような症例に対し,マイクロダイオードレーザーを用いて出力を極力抑える照射法や,視神経乳頭-黄斑神経線維を回避して照射する照射法,後述する保存的治療を先行し浮腫を消退させてから格子状光凝固を照射する方法など,術後の視機能低下を予防しようという試みがなされている.特にトリアムシノロンをTenon.下に投与して黄斑浮腫を改善させてから格子状光凝固を施行すると,照射出力を有意に低下でき,術後の視野感度低下を予防しうることが報告されている4).保存的治療では再発をくり返し十分な治療効果が得ら2.抗VEGF(血管内皮増殖因子)抗体(アバスチンR)局所投与1.外科的治療法a.局所光凝固網膜毛細管に発症した微小血管瘤を直接凝固することで,この部位からの漏出を抑制し黄斑浮腫を改善させる目的で行う.いわゆるcircinateretinopathyとよばれる放射状に硬性白斑が認められる糖尿病黄斑浮腫に有効である.黄斑浮腫が著明な場合は光凝固しにくいため,可能であれば浮腫が軽微な状態,すなわち視力低下が起こる以前において積極的に施行されるべきである.微小血管瘤は直視下では発見しにくいため,蛍光眼底造影の早期像を参考にするとよい(図5).b.格子状光凝固最も古くから用いられていた糖尿病黄斑浮腫の治療法であり,エビデンスを有する唯一の治療法でもある.脈絡膜から視細胞への栄養供給を司る網膜色素上皮に熱傷害を加えて,血液-網膜柵を障害することで視細胞への栄養供給を増やすという説,浮腫によって虚血状態に陥った視細胞を選択的に破壊して減らすことで残存する視abcd図5微小血管瘤への直接局所光凝固a:放射状の硬性白斑を伴う糖尿病黄斑浮腫.b:網膜微小毛細管瘤からの局所漏出を示す.c:蛍光眼底造影(FA)早期像にて漏出点が明瞭に描出されている.d:選択的局所光凝固後.178あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(24)一方,硝子体の除去は眼内の酸素分圧を上昇させることも判明し虚血の改善という点においても有効であることがわかってきた.特に硬性白斑が黄斑部に集簇しているような症例では硝子体手術が有効であることが知られている.重症例では網膜切開のうえ,網膜下の硬性白斑除去を施行することもあるが,技術的難易度は高い(図7).さて,糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術は普及された結果,術中に得られた硝子体サンプルの解析によってVEGFやIL(インターロイキン)-6,MCP(monocyteれない慢性化した糖尿病黄斑浮腫に試みる治療法として有効と思われる(図6).c.硝子体手術黄斑部が器械的に牽引を受けて浮腫を呈している場合は,外科的に牽引を解除する必要がある.硝子体手術は小切開無縫合の時代になり,黄斑部領域へのアプローチが容易になってきた.OCT像で牽引が著明な場合,あるいは網膜表面に線維膜が張って中心窩が失われているような場合は積極的に硝子体手術を施行してよいと思われる.技術的に可能であれば内境界膜.離を施行することで,黄斑部での牽引解除を確実にすることができる.図6治療に難渋していた糖尿病黄斑浮腫に対する格子状光凝固過去にアバスチンR硝子体内投与3回,トリアムシノロンTenon.下投与1回.格子状光凝固前VA=(0.2)CMT=478μm格子状光凝固(byPASCAL)格子状光凝固6カ月後VA=(0.5)CMT=181μmあたらしい眼科Vol.28,No.2,2011179chemotacticprotein)-1といった血管新生や炎症に関するサイトカインが高値を示すことが判明してきた.その結果,これらのサイトカインの活性を抑えることで糖尿病黄斑浮腫を保存的に治療しようとする試みがなされている.2.保存的治療法a.トリアムシノロン局所投与前述したように糖尿病黄斑浮腫では炎症性サイトカインが高値を示しているため,その病態の背景に炎症が存在することが考えられる.実際,抗炎症ステロイドである顆粒状のトリアムシノロンを硝子体内,あるいはTenon.下への局所投与の有効性が多くの施設で証明されてきた.硝子体内投与では27ゲージ針を用いて4mg/0.1mlを注入し,Tenon.下への投与は21ゲージ鈍針を用いて20mg/0.5mlを黄斑部強膜の近傍へ注入する.もともとはぶどう膜炎などの炎症性疾患に有効であったが,近年では糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症,加齢黄斑変性に対しても有効であるとの報告が相次いでいる.抗炎症ステロイドが黄斑浮腫を改善するという事実は,黄斑浮腫という病態が炎症性疾患の側面を有していることを裏付けるものと考えられる.一方,あらゆる黄斑浮腫を改善させるというわけではなく,同じ疾患でも著効する症例と無効な症例がある.臨床研究では,OCT上,.胞様浮腫を呈する病態に有効性が高いことが判明している.これは,Muller細胞をはじめとする網膜内の細胞機能の低下や細胞間隙の水分貯留は炎症に起因する部分が多いことを示していると思われる.実際,虚血による細胞膜のポンプ機能低下をステロイドは保護するという基礎研究データも存在する.一方でトリアムシノロンが直接VEGFの分泌を抑制してバリア機能を維持するとする報告もあり,その薬理機序には不明な点も多い.トリアムシノロン投与は外来でも可能であり簡便であること,また即効性が高いことから臨床現場では積極的に投与されているが,残念なことに浮腫抑制効果が一時的な効果しかなく,投与後3.6カ月ほどで再燃することが多い.したがって,トリアムシノロンの投与そのものが根本的な治療法とはならず,あくまでも黄斑浮腫への対処療法と位置づけられている.したがって現在,反復投与の適応や外科的治療法との組み合わせが模索されている.(25)Pre-opeVA=(0.06)Post-1wkVA=(0.08)Post-3MVA=(0.15)a:術前b:術後1週間c:術後3カ月図7中心窩下硬性白斑を伴う糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術(硝子体切除,内境界膜.離,網膜下洗浄)180あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011ステロイドの合併症としての白内障進行や眼圧上昇は硝子体内投与では著明であり,さらに顆粒の残存による硝子体混濁や感染による眼内炎の発症の危険性を考慮すると硝子体内投与は減少傾向にある.その点,Tenon.下投与は安全に有効性を実感することができる.ただし,トリアムシノロンのTenon.下投与時の薬液漏れは有意に眼圧上昇をひき起こす可能性があり,正しく投与しなくてはならない5).コツは結膜を切開してTenon.を確実にさばき,強膜を露出させて投与針を確実に挿入することである(図8).b.抗VEGF抗体局所投与抗VEGF抗体の眼内注入は当初黄斑浮腫治療を目的としたものではなかった.近年の細胞生物学的研究の進歩によって眼内血管新生の責任分子がVEGFであることが明らかになり,眼内血管新生の抑制を目的として眼内投与が開始された.抗VEGF抗体にはpegaptanib(マクジェンR)やranibizumab(ルセンティスR)がわが国では認可されているが,加齢黄斑変性のみにしか適応をもたないため,糖尿病黄斑浮腫治療に用いることはできず,その他の疾患においては,転移性結腸癌を適応としながら眼内使用が未認可のまま世界的に広まったbevacizumab(アバスチンR)がおもに用いられている.したがって糖尿病黄斑浮腫の治療には,現時点ではアバスチンRが用いられている.VEGFが黄斑浮腫治療のターゲットとなった背景には,黄斑浮腫症例に対する硝子体手術から得られた硝子体中VEGF濃度の上昇という臨床的な知見と,血管内皮細胞に存在する2つのVEGF受容体の働きによって炎症細胞を誘導し(VEGFR-1),MCP-1やICAM-1(intercellularadhesionmolecule-1)を活性化させて血管内皮細胞を遊走・分裂させる(VEGFR-2)ことで血管内皮細胞のバリア機能を破綻させている可能性があると判明したためである.さて,臨床現場で使用されるアバスチンRは1.25mg/0.05mlあるいは2.5mg/0.1mlを30ゲージ針を用いて清潔操作にて硝子体内に注射する.眼内での活性は4.5週間と考えられており,活性がなくなれば浮腫抑制効果はなくなると考えられる.したがってトリアムシノロン同様,黄斑浮腫への対症療法でしかなく,反復投与を要することが多い.糖尿病黄斑浮腫に対する浮腫軽減効果はトリアムシノロン投与との比較において限局的であり,有効期間も短い.生物活性製剤である抗体という特性と,多彩な原因が複雑に絡む糖尿病黄斑浮腫に対してVEGFの抑制に限定する治療であることを考えると妥当な結果であるが,トリアムシノロンと異なり眼圧を上昇させたり,白内障を進行させることがないという利点を有する.アバスチンR投与のよい適応症例は,びまん性かつスポンジ状浮腫の症例で,黄斑浮腫発症からの期間が短いほど有効性が高い.これは黄斑浮腫の発症機転を考えたとき,そのきっかけとなる血管壁の障害はおもにVEGFの増加に起因しているためであると思われる.浮腫発症から相当期間経た病態では,VEGFによる血管障害よりも,慢性化した病態として炎症性変化や器質性変化が主体となるためアバスチンRの効果が認められにくいと考えられる.ただし,浮腫発症時期を特定することは容易ではないため,アバスチンRを試験的に投与し,その効果を検証することで逆に発症時期を推定する(26)abc図8右眼糖尿病黄斑浮腫症例へのトリアムシノロンTenon.下投与の実際例a:上耳側結膜に切開を入れ,b:Tenon.を捌いて強膜を露出させ,c:強膜壁に沿って注入針を挿入する.あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011181という考え方もできる..胞様浮腫に対しては非常に有効な症例と,あまり有効でない症例の差が激しい.しかし,その回復過程をみると,いずれもスポンジ状浮腫が改善してから.胞様浮腫が回復を示していく.このことは.胞様浮腫がスポンジ状浮腫に比べてより進行した浮腫であることを示している可能性がある.漿液性.離を有する糖尿病黄斑浮腫に対しては,アバスチンRの浮腫改善効果はあまり認められない.これはトリアムシノロンも同様であり,漿液性.離を伴う糖尿病黄斑浮腫の治療のむずかしさを示している.漿液性.離の存在は予後不良を意味しているのかもしれない.アバスチンRもトリアムシノロンも投与しても漿液性.離が残存する症例に対しては硝子体手術が有効を示すことがある.アバスチンRを含め抗VEGF抗体治療はステロイド治療と異なり白内障の進行や眼圧の上昇という大きな合併症が報告されておらず,浮腫軽減効果をもう少し工夫する必要こそあるが,今後,各製薬会社が眼疾患領域で開発を競う分野であることは間違いない.しかしながら,VEGFが本来有する正常血管や神経細胞の恒常性維持の生理的作用も抑制することで,全身状態のコントロール不良な黄斑浮腫症例に対して施行した場合,黄斑虚血を起こす症例も報告されている.また,依然としてオフラベルの使用であるため,投与にあたっては十分注意が必要である.以上の議論を踏まえたうえで現時点での糖尿病黄斑浮腫に対する治療プロトコールの一案を図9に提示する.おわりに糖尿病黄斑浮腫は蛍光眼底造影(FA)によって,さまざまな循環動態の異常を示すことが知られていたが,OCTの出現によって,その形態もまたさまざまであることがわかってきた.同時に,トリアムシノロンとアバスチンRの登場は一時的にせよ浮腫の劇的な改善をもたらすことがわかり,糖尿病黄斑浮腫の病態解明と治療は近年飛躍的な進展をみせている.今後は,より詳細な分類をすることで治療選択の最適化を目指す方向にあるが,忘れてはならないことがある.「糖尿病黄斑浮腫はなぜ起こるか…それは糖尿病だから」ということである.糖尿病という全身疾患の把握なくして病態の解明にはつながらない.そういう意味で糖尿病黄斑浮腫の患者をみたら,最初に行うべきはFAでもOCTでもなく,糖尿病専門医との情報共有を行うことはいうまでもない.(27)局所光凝固硝子体手術経過観察OCT分類アバスチンR硝子体内投与アバスチンR硝子体内投与トリアムシノロンTenon.下投与トリアムシノロンTenon.下投与格子状光凝固……………………………………………………………………………………………………………………………………………….図9糖尿病黄斑浮腫の治療プロトコール182あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011文献1)志村雅彦:黄斑浮腫の治療.臨眼64:827-835,20102)OtaniT,KishiS:Correlationbetweenopticalcoherencetomographyandfluoresceinangiographyfindingsindiabeticmacularedema.Ophthalmology114:104-107,20073)OtaniT,KishiS,MaruyamaY:Patternsofdiabeticmacularedemawithopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol127:688-693,19994)ShimuraM,NakazawaT,YasudaKetal:Pre-treatmentofposteriorsubtenoninjectionoftriamcinoloneacetonidehasbeneficialeffectsforgridpatternphotocoagulationagainstdiffusediabeticmacularedema.BrJOphthalmol91:449-454,20075)ShimuraM,YasudaK,NakazawaTetal:Drugrefluxduringposteriorsubtenoninfusionoftriamcinoloneacetonideindiffusediabeticmacularedemanotonlybringsinsufficientreductionbutalsocauseselevationofintraocularpressure.GraefesArchClinExpOphthalmol247:907-912,2009(28)

加齢黄班変性の治療

2011年2月28日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY現在,わが国でおもに治療として用いられている光凝固療法,光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)と抗VEGF療法について述べる.I光凝固療法レーザー光凝固療法は従来から行われている方法で米国のMacularPhotocoagulationStudyによりその有効性が確かめられ4,5),近年まで長い間治療の中心的存在であった.しかし,後述する光線力学的療法や抗VEGF療法などの新しい治療法の開発により適応症例は減少している.この光凝固療法はCNVを直接レーザーにて凝固するため,中心窩外や傍中心窩のCNVに対しては非常に有効であり,視力を向上させる効果もある.しかし,ほとんどの症例でCNVは中心窩下に認められることが多く,中心窩を含んで凝固すると著しい視力障害や中心暗点ができることは避けられないためレーザー光凝固が適応となる場合はきわめて少ない.実際には,中心窩外にあるCNVに対してCNVの辺縁を200μmのスポットサイズで,0.3~0.4秒,波長は黄色もしくは橙色で白色凝固斑が強くでるパワーで(250~350mW)凝固する.凝固斑は隣同士が少し重なりあうようにし,辺縁を凝固した後にその中を凝固する.CNVの凝固不足を確認するために光凝固後,2~4週間後に蛍光眼底造影を行い,凝固状態を確認し,不足しているようであれば追加凝固を行う(図1).はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は,欧米をはじめとする先進諸国において中高齢の中途失明の主原因であり,近年ますます増加傾向にある.わが国においても近年増加傾向を示しており,福岡県久山町の地域住民を対象に行われている久山町スタディでは,その有病率は1998年からの9年間で0.9%から1.3%に増加していた.9年間でのAMD発症率は1.4%(男性2.6%,女性0.8%)で,特に男性においては欧米並みの発症率で,今後もさらに患者数の増加が危惧されるところである1,2).AMDは滲出型と萎縮型に大別されるが,滲出型は脈絡膜より発生する脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)が網膜下および神経網膜に伸展し,CNVからの出血や滲出によって視力低下を招く予後不良のタイプである.萎縮型は脈絡膜血管が透見できる円形および楕円形の網膜色素上皮の低色素,無色素および欠損部位が認められるもので,緩徐に進行し網膜萎縮に至る.現在,萎縮病巣に対する治療法はない.滲出型に対する治療は,種々の治療が試みられてきたが,特効的に完治するものはいまだになく,行われなくなった治療も少なくはない.AMDのみならず,眼内血管新生には血管内皮細胞の分裂・増殖に大きな役割を果たす血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が重要な働きをしていることが知られている3).AMDの治療はその原因となっているCNVを閉塞,消退させることが目標となる.そこで,(11)165*YujiOshima:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕大島裕司:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野特集●黄斑疾患アップデートあたらしい眼科28(2):165.171,2011加齢黄斑変性の治療TreatmentofAge-RelatedMacularDegeneration大島裕司*166あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(12)わが国でのPDTの適応は中心窩下にCNVが存在するAMDである.眼底検査,蛍光眼底造影〔フルオレセイン蛍光造影(FA)およびインドシアニングリーン蛍光造影(IA)〕を行い病型診断,病巣最大径(greatestlineardimension:GLD)を測定,レーザー照射範囲を決定する.GLDには,CNV(classicおよびoccult),出血,網膜色素上皮.離(PED),蛍光ブロックとなる病変,および瘢痕病巣を含めたすべての病巣が含まれる.実際のレーザー照射範囲はすべての病巣をカバーするためにGLDに1,000μmを加えた範囲で行う.また視神経乳頭から200μm以上離れた範囲までしか照射してはいけない.PDTは治療後,3カ月ごとに治療効果判定を行い,CNVからの蛍光漏出が認められた場合は再治療を行う.ベルテポルフィンを用いたPDTは比較的安全な治療法であるが,重篤な副作用として治療後7日以内に起こる重度視力障害(3.2%)6)や背部痛,頭痛,アレルギー反応などがある.ベルテポルフィンが血管外漏出したときは,その部位の光化学反応のため光線遮断をしなければ重度の熱傷となる.また,妊娠,ポルフィリン症,ベルテポルフィン過敏症はPDTの禁忌である.日本人を含めアジア人のAMDにはポリープ状脈絡膜II光線力学的療法光線力学的療法(PDT)とは,滲出型AMDのCNV閉塞を目的とした光感受性物質ベルテポルフィン(ビスダインR)を用いた治療法でわが国でも2004年に臨床使用が開始された.ベルテポルフィンを患者の静脈内に投与し,その15分後,ベルテポルフィンがCNVに集積したところで正常組織には影響を与えない弱い出力のレーザーを照射し,CNVを閉塞させるという治療法である.CNVには低比重リポ蛋白(LDL)に対する受容体が存在する.ベルテポルフィンは,LDLと特異的に結合するため,静注後にCNVに集積し,そこに低出力のレーザーを照射することで,ベルテポルフィンが活性化され,活性酸素が発生し血栓形成が起こる.このCNV内の血栓により新生血管のみを閉塞させるのがこの治療の原理である.この治療はPDT講習会受講終了認定医によって行われ,臨床使用開始当初は入院設備のある施設で行われていたが(光感受性物質のため初回治療は48時間の入院が課せられていた),現在は日光や強い光からの保護を行えば,入院の義務はなく外来での加療が可能である.ポリープ状病巣漿液性網膜.離網膜下液減少凝固部瘢痕FAIAFAIA(0.9)(0.9)治療前治療2週間後図1中心窩外PCVに対して光凝固を施行した症例55歳,男性,視力(0.9).左眼中心窩外方にPCV,漿液性網膜.離を認めた.ポリープ状病巣に対して光凝固施行.治療2週間後には異常血管網は残存するものの,ポリープ状病巣は消失,網膜下液も減少した.(13)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011167PDTは3カ月ごとに再治療の必要性を検討し,必要であれば追加投与を施行する.わが国で行われたJATstudy(JapaneseAge-RelatedMacularDegenerationTrial)によると1年間で平均2.8回,最高4回の治療が必要であったと報告している.PDTはAMDの治療に有効であることは言うまでもないが,欧米の報告によるとPDTは自然経過と比較して良好な視力は保たれるものの,PDTを施行しても徐々に視力低下がみられ,視力低下が緩徐になるにすぎないと報告している.つまりPDTを施行しても病状の進行は食い止めることができるが,視力の改善までは困難である(図2).III抗VEGF療法血管内皮増殖因子(VEGF)は,分子量約20kDaのサブユニットが結合した二量体構造の蛋白質で,その働きは正常血管の発育や病的血管新生,血管透過性亢進に大きく関与している.VEGFにはその分子量の違いから5つのアイソフォームが存在し,眼内ではVEGF121とVEGF165がおもに産生されている.血管内皮細胞にはVEGFの受容体であるVEGFR-1とVEGFR-2が発現しているが,血管内皮細胞増殖や血管透過性亢進作用は血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)が多く,欧米人に適応したPDTの治療指針は当てはまらない.そのため眼科PCV研究会は日本人に適したPDTガイドラインを作成している.それによるとわが国ではpredominantlyclassicCNV,occultwithnoclassicCNV,minimallyclassicCNVのいずれのFA分類でも適応があり,IAにてPCVが認められればPDTの良い適応となる.視力に関しては0.1以上0.5以下が推奨されているが,その範囲外であっても適応外となるわけではない7).PDTは臨床使用開始以来累計5万例以上の症例に行われ,現在でも多く行われている治療である.わが国におけるPDTの成績は欧米に比べて良好で,平均視力は治療後12カ月間あるいは24カ月間にわったて治療前と同様に維持され,12カ月目の視力変化をみると,改善と不変を合わせた視力維持率が80%であることが知られている.わが国ではすべての病変のタイプに対してPDTは有効であり,特にアジア人に多くみられるポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)では治療後平均視力が他の病型より有意に高いことが知られている8).FAIAFAIAポリープ状病巣漿液性網膜.離網膜下液消失ポリープ状病巣消失(0.5)(1.0)ポリープ状病巣治療前治療後1年図2PCVに対して光線力学療法を施行した症例73歳,女性,視力(0.5).右眼黄斑部に網膜下出血,漿液性網膜.離を認め,蛍光眼底造影でポリープ状病巣を認めた.PDTを施行し,1年後には視力(1.0)と改善,ポリープ状病巣,網膜下液も消失していた.168あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(14)可され,臨床使用が可能となった薬剤である.視力改善が認められることより,現在最も多く利用されている抗VEGF薬である.使用方法は1回0.5mgを1カ月に1回,硝子体内に毎月投与する.数々の臨床試験にて最も効果が得られた初回から連続3回投与までの3カ月間を導入期とよび,その後を維持期とよぶ.海外で行われた大規模臨床試験である,MARINA試験やANCHOR試験では,毎月投与を24カ月間行い,無治療群(sham群)やPDT単独治療群に比べて有意に視力が維持され,しかも治療前のベースラインより視力改善が得られたと報告している10,11).わが国で行われたEXTEND-Iとよばれる臨床試験でも連続12カ月の投与を行い,治療前に比べて有意な視力改善が認められている12)(図3).これらの臨床試験では毎月投与を行っているが,実際に毎月投与し続けることは,経済的にも,また局所および全身合併症を発症するリスクを高めることになり不可能である.そこで維持期において投与間隔を延ばす種々の臨床試験が試みられている.PIER試験やEXCITE試験では導入期3回連続の後,3カ月ごとの投与を行い,無治療群や毎月治療を行った群と比較しているが,3カ月ごとの投与では無治療に比しては良好であるが導入期の視力改善効果は維持できていない.これにより3カ月ごとの治療では不十分である症例が存在することが示された13).PrONTO試験やSUSTAIN試験では,維持期に毎月経過観察を行い,視力やOCT,眼底所見の変化におもにVEGFR-2を介している.VEGF165がVEGFR-2とその補助受容体であるneuropilin-1と結合し,共発現させるとVEGF165によるVEGFR-2のシグナルがさらに増強し,血管内皮細胞分裂が亢進する.このため,VEGF165はVEGF121よりも強力な病的新生血管に関与していると考えられている.AMDにおいては網膜色素上皮(RPE)および周辺組織,そしてCNVから高濃度のVEGFが分泌されていることが知られており,AMD患者の硝子体液,血清中,そして手術で摘出した網膜下新生血管膜にもVEGFが有意に多く認められている9).そこで,その血管新生の主役をなすVEGFを標的とした薬物療法が抗VEGF療法である.AMDの本態であるCNVの進行,活動性を低下させるために,そのVEGFを抑える抗VEGF薬を眼内に注射(硝子体注射)して治療する.現在わが国で用いることができる薬剤はペガプタニブ(マクジェンR)とラニビズマブ(ルセンティスR)である.これら2剤がわが国で使用可能となるまで,Off-label使用ではあるが,大腸癌に対する抗がん剤として用いられているベバシズマブ(アバスチンR)も施設によって使用されていた.ベバシズマブとラニビズマブはVEGFに対するマウスモノクローナル抗体をヒト化したものである.ベバシズマブはほぼ抗体全長(分子量は約150kDa)であるのに対し,ラニビズマブはその抗体のFab断片を基本構造として作製された製剤(分子量50kDa)である.両者とも中和抗体であるのでVEGFのすべてのアイソフォームを非選択的に抑制するが,ラニビズマブのほうがベバシズマブより分子量が小さいために組織親和性が良いと考えられていた.ペガプタニブは病的アイソフォームと考えられているVEGF165のみを選択的に阻害するアプタマー製剤である.アプタマーとは特定分子と特異的に結合する核酸分子やペプチドであり,この場合,VEGF165と特異的に結合するRNA分子製剤である.現在,わが国で使用できるラニビズマブとペガプタニブについて述べる.1.ラニビズマブ(ルセンティスR)ラニビズマブは分子量約50kDaの抗ヒトVEGFモノクローナル抗体のFab断片でVEGFへの親和性を高める塩基配列が付加されている.わが国では2009年に認+8.1p=0.0006+9.0p<0.0001+9.5p=0.0001+10.5p<0.0001:Ranibizumab0.3mg(n=35):Ranibizumab0.5mg(n=41)0123456789101112151050視力の平均変化(文字数)(月)図3ラニビズマブのわが国での臨床試験における視力の平均変化量の推移ラニビズマブ0.3mg群,0.5mg群ともに6カ月,12カ月間を通して有意に視力が改善している.(文献12より)(15)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011169的に判断して追加投与を決定する16).わが国では海外のAMDと違い,滲出型AMDのなかでPCVの占める割合が多いことはよく知られている.PCVに対するラニビズマブ単独療法の治療結果の報告は徐々に増えてきている.それらの報告によると,網膜下液や出血などの滲出性病変は高率に減少するが,ポリープ状病巣や異常血管網などの血管病変が完全に消失する症例は3分の1程度で,病巣の完全消失には不向きである17).しかし,滲出性病変の消失により視力改善が得られる症例も多く,急性期病変や視力良好なPDT困難な症例の治療には適していると考える.0.5以下の視力不良PCVに対してはラニビズマブ併用PDTを行う施設もでてきており,視力改善と治療回数減少を目標にしある一定の基準を設け悪化が認められれば投与を行うという,必要時加療という手法が用いられた.これらの結果によると,導入期に得られた視力を比較的維持することが可能であったと報告している14,15).現在はこの手法を用いて必要時に加療する施設が多いようである.わが国では,ラニビズマブ治療指針策定委員会により維持期における追加投与基準が作成されている.これも必要時加療の手法が用いられている.その基準によると,前回来院時の視力を基準としてETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)視力検査表の文字数に換算してほぼ5文字超の悪化に相当する少数視力の視標が判別できない場合,出血あるいは滲出性変化がある場合,追加投与が推奨されるが,最終的には眼科医が総合治療前3カ月後12カ月後(0.15)(0.9)(1.0)FAIAFAIAFAIACNV漿液性網膜.離CNV網膜下液消失瘢痕化図4滲出型加齢黄斑変性(minimallyclassicCNV)に対してラニビズマブ治療を行った症例61歳,女性,視力(0.15).右眼黄斑部に網膜下出血,漿液性網膜.離,脈絡膜新生血管を認めた.ラニビズマブ硝子体投与を導入期に3回行い,導入期終了時には視力(0.9)に改善し,網膜下液は消失していた.その後1年間で追加治療なく,視力維持,病巣も瘢痕化している.170あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(16)ズマブ,ベバシズマブ,PDTなどにより得られた視力改善効果の維持期に6週間ごとにペガプタニブを投与し視力を維持するというものである.6週ごとの投与により,合併症のリスクを減らし,安全に視力を維持することが目標である.このスタディによると導入期で得られた視力が1年後に維持することが可能だったことを示している(ETDRSで65.5文字が1年後に61.8文字).このスタディでは悪化時にはラニビズマブやPDTなどの導入期に施行した治療を再度行うことにしている(Booster治療とよばれる)が,約半数はBooster治療を行わずに済んだと報告している20).現在わが国においても同様のプロトコールでスタディが行われており(LEVEL-Jスタディ),結果が待たれるところである.3.抗VEGF治療の副作用抗VEGF治療は眼球に直接注射する硝子体注射を行うため,その手技に伴う水晶体損傷,網膜.離,硝子体出血,感染性眼内炎などの重篤な合併症をひき起こす危険性は十分に考えなければならない.眼合併症としてぶどう膜炎,急激な視力低下,網膜色素上皮裂孔などの報告がある.またVEGFを阻害することによる,その長期的眼合併症はいまだ不明な点が多い.色素上皮より分泌されるVEGF121およびVEGF164は,脈絡膜の恒常性維持に重要な働きをすることが知られており,マウスを用いた基礎実験ではあるがVEGFを長期間阻害すると脈絡膜毛細血管および網膜外顆粒層の萎縮をもたらすとの報告がある21,22).このことからも,長期的投与に関しては今後,慎重に検討していかねばならないと考える.全身合併症としては高血圧,深部静脈閉塞,脳梗塞,心筋梗塞などの血管イベントが危惧されている.海外で行われた大規模臨床試験(MARINA,ANCHOR,FOCUS)を用いたメタアナリシスの報告23)ではラニビズマブ投与と脳卒中の関連があるとしているが,わが国で行われた臨床試験(EXTEND-1)では脳出血(2.4%)との有意な関連は認められなかった.最近の海外からの報告によるとPDT,ラニビズマブ,ペガプタニブ,ベバシズマブの間で心血管および脳血管イベントなどの全身合併症の発症に有意な差はないとしている24).しかし,加齢黄斑変性の患者は高齢者が多く,もともと心血管障害のリている(図4).2.ペガプタニブペガプタニブはVEGF165のみを選択的に阻害するアプタマー製剤で,わが国では2008年に臨床使用が可能となった,初めての加齢黄斑変性に対する抗VEGF治療薬である.使用方法は1回0.3mgを6週間に1回,硝子体内投与を行う.ラニビズマブに比べて投与間隔が長く,導入期3カ月では2回の注射を行う.ペガプタニブはVEGF121には結合せず,病的血管新生を司るといわれているVEGF165のみを選択的に阻害するため,生体に対する安全性が高いと推察されていた.欧米で行われた大規模臨床試験であるVISION試験では,ペガプタニブ投与量を0.3mg,1.0mg,3.0mgと無治療(sham群)に分け1年間投与を行った.1年後に視力が維持されたのは0.3mg群で無治療に比べて有意に高かったとしている18).わが国での臨床試験の結果でも0.3mg投与で視力変化は治療前と比べて維持が認められ,その維持効果はほぼPDTと同等であったと推測されている.しかし,視力改善効果は認められず,治療の目標としては視力が低下するリスクを下げ,視力を維持することにとどまる19)(図5).そこで,その視力維持効果に目を付けて行われている臨床試験がLEVEL試験である.これは導入期にラニビ2520151050-5-10-15-20-25-300612182430ベースラインからの視力の平均変化量図測値にはLastObservationCarriedForward(LOCF)法を用いた.図中のバーは標準偏差を表す.:0.3mg群:1mg群視力の平均変化(文字数)36424554(週)図5ペガプタニブのわが国での臨床試験における視力の平均変化量の推移ペガプタニブ0.3mg群,1mg群ともに1年間にわたって平均視力を維持している.(文献19より)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011171スクが高いことが予想される.そのため脳出血などの既往がある患者に対しては,慎重な投与が必要である.おわりにAMDはわが国でも今後ますます増加することが予測される疾患である.抗VEGF療法をはじめとする種々の新しい治療法の登場により,以前に比べて視力維持が可能な症例も増加してきている.しかし,いまだに根治的な治療法はなく,良好な視力を維持するためには,早期に診断,治療することが大切である.今後さらなる新しい治療法の開発に期待したい.文献1)OshimaY,IshibashiT,MurataTetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinarepresentativeJapanesepopulation:theHisayamastudy.BrJOphthalmol85:1153-1157,20012)MiyazakiM,KiyoharaY,YoshidaAetal:The5-yearincidenceandriskfactorsforage-relatedmaculopathyinageneralJapanesepopulation:theHisayamastudy.InvestOphthalmolVisSci46:1907-1910,20053)CampochiaroPA:Retinalandchoroidalneovascularization.JCellPhysiol184:301-310,20004)Maculaphotocoagulationstudygroup:Argonlaserphotocoagulationforsenilemaculardegeneration.Resultsofarandomizedclinicaltrial.ArchOphthalmol100:912-918,19825)Maculaphotocoagulationstudygroup:Argonlaserphotocoagulationforneovascularmaculopathy.Five-yearresultsfromrandomizedclinicaltrials.MacularPhotocoagulationStudyGroup.ArchOphthalmol109:1109-1114,19916)JapaneseAge-RelatedMacularDegenerationTrial(JAT)StudyGroup:Japaneseage-relatedmaculardegenerationtrial:1-yearresultsofphotodynamictherapywithverteporfininJapanesepatientswithsubfovealchoroidalneovascularizationsecondarytoage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol136:1049-1061,20037)Tano,Y,OphthalmicPDTStudyGroup:GuidelinesforPDTinJapan.Ophthalmology115:585-585.e6,20088)GomiF,OhjiM,SayanagiKetal:One-yearout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加齢黄班変性の分類と診断

2011年2月28日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYはじめに加齢黄斑変性は近年わが国でも急激に増加し,疫学研究や新しい治療が盛んに行われ,疾患分類と診断の重要性が増している.本稿では,従来のものを含めて加齢黄斑変性の分類を整理するとともに,2008年にわが国で公表された加齢黄斑変性の分類と診断基準,最近提唱されたFreundらによる分類について述べる.I加齢黄斑変性の分類加齢黄斑変性の分類は目的別にさまざまな分類が用いられてきた(表1).欧米では脈絡膜新生血管(CNV)の位置による分類,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)によるCNVの明瞭度による分類,加齢黄斑症と加齢黄斑変性の国際分類,光線力学的療法(PDT)のための病変タイプ分類,新生血管の病理学的分類(Gass)などが目的に応じて使用されている.一方,わが国では主な眼底所見を呼称に取り入れた厚生省研究班による暫定分類が1992年に報告され,2008年に新しい分類と診断基準が公表された.この新しい分類は,1995年に報告された国際分類1)をベースとして,厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班内の加齢黄斑変性診断基準作成ワーキンググループによって作成されたもので,わが国独自のものである2).この分類では,加齢黄斑変性は前駆病変と加齢黄斑変性に大別され,さらに前駆病変はドルーゼンと網膜色素上皮異常に,本格病変としての加齢黄斑変性は滲出型と萎縮型に分類されている.また,滲出(3)157*KanjiTakahashi:関西医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕髙橋寛二:〒573-1191枚方市新町2-3-1関西医科大学附属枚方病院眼科特集●黄斑疾患アップデートあたらしい眼科28(2):157.163,2011加齢黄斑変性の分類と診断ClassificationandDiagnosisofAge-RelatedMacularDegeneration髙橋寛二*表1加齢黄斑変性の今までの分類と用語欧米1.脈絡膜新生血管の位置による分類中心窩下subfoveal,傍中心窩juxtafoveal,中心窩外extrafoveal2.フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)による脈絡膜新生血管の明瞭度による分類ClassicCNV(well-definedCNV)OccultCNV(ill-definedCNV)3.加齢黄斑症と加齢黄斑変性の国際分類(1995)Earlyage-relatedmaculopathy早期加齢黄斑症Lateage-relatedmaculopathy後期加齢黄斑症(Age-relatedmaculardegeneration加齢黄斑変性)4.FAによる光線力学的療法のための病変タイプ分類PredominantlyclassicCNVMinimallyclassicCNVOccultwithnoclassicCNVLate-phaseleakageofundeterminedsourceFibrovascularPED5.新生血管の病理学的分類(Gass)Type1(subRPE)CNVType2(subretinal)CNV日本老人性円板状黄斑変性症の暫定診断基準案(厚生省特定疾患網膜脈絡膜萎縮症調査研究班,1992)1.初期病巣1)漿液性網膜.離2)大型の網膜色素上皮.離2.網膜下出血3.円板状病巣4.瘢痕病巣158あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(4)類似の像を呈する.この分類によって,わが国では,滲出型加齢黄斑変性は,典型例であるtypicalAMD,特殊型であるPCV,RAPの3病型に分類される.現在わが国では,この分類が最も広く用いられている.IIわが国の加齢黄斑変性の診断基準(表3)わが国における2008年の診断基準は,1.前駆病変,2.滲出型加齢黄斑変性,3.萎縮型加齢黄斑変性,4.除外規定の4項目からなる.以下にそのポイントを列記する.1)年齢,病変の存在範囲この診断基準では,久山町研究をはじめとする多くの疫学研究で50歳以上が基準として用いられていることから50歳以上と規定された.病変の存在範囲は傍乳頭病変も含まれるよう,国際分類のoutermacula(中心窩を中心とする6,000μm以内)と定められている.型加齢黄斑変性の特殊型として,ポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)と網膜血管腫状増殖(retinalangiomatousproliferation:RAP)が正式に加えられた(表2,図1).特殊型の2疾患は,Yannuzziが1990年3)と2001年4)に提唱した疾患概念で,加齢性変化を基盤として黄斑部に発生した新生血管によって出血・滲出をきたす疾患であり,臨床像も通常の滲出型加齢黄斑変性(わが国では「狭義AMD」とよばれることが多い.ここではtypicalAMDとよぶ)と表2加齢黄斑変性の分類(2008年)1.前駆病変1)軟性ドルーゼン2)網膜色素上皮異常2.加齢黄斑変性1)滲出型加齢黄斑変性*2)萎縮型加齢黄斑変性*滲出型加齢黄斑変性の特殊型①ポリープ状脈絡膜血管症②網膜血管腫状増殖網膜内新生血管ポリープ状病巣PCVRAP.出型加齢黄斑変性軟性ドルーゼン網膜色素上皮異常地図状萎縮typicalAMD前駆病変萎縮型加齢黄斑変性図1加齢黄斑変性のわが国での分類と典型的眼底および造影所見PCV:ポリープ状脈絡膜血管症,RAP:網膜血管腫状増殖.typicalAMDの造影はFA,PCV,RAPの造影はインドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)所見.(5)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011159している.日本人では従来から漿液性PEDが滲出型加齢黄斑変性に移行しやすいとの報告があり,いわゆる小型のPEDが前駆病変に含められている.3)滲出型加齢黄斑変性新しい診断基準の最も重要なポイントは,滲出型加齢黄斑変性の確診例と診断するための主要所見である.すなわち,①CNV,②漿液性PED(直径1乳頭径以上),③出血性PED,④線維性瘢痕の4つを主要所見とし,そのうち少なくとも1つを満たせば滲出型加齢黄斑変性の確診例と診断できる(図2).これらの項目はすべて滲出型加齢黄斑変性に特異度が高い所見であり,この診断基準によって眼底所見のみで診断が可能である.ただし,CNVは,眼底所見(灰白色または橙赤色隆起病巣)でも診断できるが,蛍光眼底造影所見〔FAまたはインドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)〕によっても診断できる.ここでいう漿液性PEDは直径1乳頭径以上の大きいものであり,CNVを伴わない漿液性PEDも含める.この規定は「滲出型=CNVの存在」という従来の概念とは異なるので注意を要する.なお,この診断基準では,滲出性変化や出血は続発性変化とみなし,主要所見ではなく「随伴所見」と規定していることにも注意を要する.4)萎縮型加齢黄斑変性萎縮型加齢黄斑変性の規定は,脈絡膜血管が透見でき2)前駆病変前駆病変には軟性ドルーゼンと網膜色素上皮異常がある.軟性ドルーゼンは直径63μm以上のものが1個以上みられれば前駆所見と診断する(図1).これは視神経乳頭縁の網膜静脈径(125μm)の1/2を超える大きさである.網膜色素上皮異常は①網膜色素上皮の色素脱失,②同色素むら,③同色素沈着,④直径1乳頭径未満の漿液性網膜色素上皮.離(漿液性PED)の4種の病変を指表3加齢黄斑変性の診断基準(厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮調査研究班,加齢黄斑変性診断基準作成ワーキンググループによる)年齢50歳以上の症例において,中心窩を中心とする直径6,000μm以内の領域に以下の病変がみられる.1.前駆病変軟性ドルーゼン*1,網膜色素上皮異常*2が前駆病変として重要である.2.滲出型加齢黄斑変性主要所見:以下の主要所見の少なくとも一つを満たすものを確診例とする.①脈絡膜新生血管*3②漿液性網膜色素上皮.離*4③出血性網膜色素上皮.離*5④線維性瘢痕随伴所見:以下の所見を伴うことが多い.①滲出性変化:網膜下灰白色斑(網膜下フィブリン),硬性白斑,網膜浮腫,漿液性網膜.離②網膜または網膜下出血3.萎縮型加齢黄斑変性脈絡膜血管が透見できる網膜色素上皮の境界鮮明な地図状萎縮*6を伴う.4.除外規定近視,炎症性疾患,変性疾患,外傷などによる病変を除外する.(付記)*1軟性ドルーゼンは直径63μm以上のものが1個以上みられれば有意とする.*2網膜色素上皮異常とは網膜色素上皮の色素脱失,色素沈着,色素むら,小型の漿液性網膜色素上皮.離(直径1乳頭未満)をさす.*3脈絡膜新生血管は,検眼鏡所見または蛍光眼底造影によって診断する.検眼鏡所見として,網膜下に灰白色または橙赤色隆起病巣を認める.蛍光眼底造影はフルオレセイン蛍光眼底造影またはインドシアニングリーン蛍光眼底造影所見に基づく.*4漿液性網膜色素上皮.離は,直径1乳頭径以上のもので,脈絡膜新生血管を伴わないものも含める.*5出血性網膜色素上皮.離は大きさを問わない.*6網膜色素上皮の地図状萎縮は大きさを問わない.1.脈絡膜新生血管3.出血性網膜色素上皮.離2.漿液性網膜色素上皮.離4.線維性瘢痕図2滲出型加齢黄斑変性の主要所見160あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(6)であり,genotypeについても考慮すべきとしている.これは,CNV抜去術が行われた時代にGassが提案したCNVの病理学的分類(type1:網膜色素上皮下新生血管,type2:網膜下新生血管)に加えて,RAPでみられるtype3(網膜内新生血管)をプラスしたもので,新生血管をこの呼称で統一することによって,病態生理を含めた分類ができるとしている.少し偏った示唆も含んでいるようであるが,病態生理に関しては,筆者らの考えと重なる事項が多く,以下にその考え方を紹介する.1)Type1neovascularization(図3)Type1neovascularization(1型新生血管)は,従来のFA分類ではoccultまたはpoorlydefinedCNVとよばれ,加齢黄斑変性の新生血管のなかで最も頻度が高いもので,lateleakageofundeterminedsourceとvascularizedPEDに分類される.IAでは後期に軽度の過蛍光を示すplaqueとして捉えられ,造影に同期したSD(spectoraldomain)-OCTでは,新生血管はBruch膜とRPEの間に検出されると述べている.多くの眼で1型新生血管は発見されにくく,滲出がない限り視力低下は少なく,年余にわたって緩慢に発育する.GrossniklausやGreenらは,この型の新生血管は網膜外層の虚血に対して代償的に発生したものとの仮説を立てている5).る網膜色素上皮の境界鮮明な地図状萎縮を伴うものとし,地図状萎縮の大きさは問わないとしている.「脈絡膜血管が透見できる」には,網膜色素上皮の強い萎縮に脈絡毛細血管板,視細胞の萎縮を伴う意味を含んでいる.地図状萎縮は通常大きいドルーゼンが自然消失したあとに生ずることが多く,長期間のドルーゼン存在が関与した病変といえる.5)除外規定除外規定は,加齢以外の要因で起こる近視性血管新生黄斑症,特発性脈絡膜新生血管,網膜色素線条症に伴う血管新生黄斑症,外傷性脈絡膜破裂などの続発性血管新生黄斑症を確実に除外する必要があるため設けられており,このような類縁疾患の除外は重要である.IIIFreundらによる分類の提唱最近,Yannuzziの流れを汲むFreundらは,雑誌Retinaに掲載された総説において,従来から欧米で主流であったFAによる分類はもはや十分ではなく,加齢黄斑変性の新生血管に関して新しい分類の必要性を提起している5).すなわち,少なくともFA,光干渉断層計(OCT),必要ならIAも用いた総合的画像診断によって,新生血管の解剖学的局在を明らかにした分類を行うべき橙黄色のRPE隆起CNV新生血管の反射RPEのドーム状隆起Bruch膜漿液性網膜.離FAIA図3滲出型加齢黄斑変性―TypicalAMD,occultwithnoclassicCNV(fibrovascularPED)(Freundらの提唱するType1neovascularization,IA写真の緑ラインはOCTのスキャン部位)(7)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011161に,PCVの病変はRPE直下に存在するとしている.PCVはより成熟した新生血管組織であるため,抗VEGF療法に対してより反応しにくく,多数回の薬物投与を要することに触れている.PCVで抗VEGF療法に反応する症例では,異常血管からの透過性が抑制されているのみで新生血管の退縮はきたしにくいと述べている.3)Type2neovascularization(図5)Type2neovascularization(2型新生血管)はBruch膜,RPEを貫いて網膜下で発育する新生血管で,従来のFA分類ではwell-definedまたはclassicCNVに合致する.通常軽度の低蛍光の背景のなかに新生血管が検出でき,IAでは脈絡膜背景蛍光のため検出しにくいとしている.2型新生血管は通常1型新生血管に伴って発生し,13%のみが純粋な2型新生血管であるという.SD-OCTではRPEの高反射層の上で視細胞外節の下にみられ,IS/OS(内節外節境界接合部)の欠損や網膜内浮腫,.胞様変化がみられやすい.抗VEGF療法に対する反応は良好で,新生血管が消失しやすいが,大きい病巣や成熟した病巣では線維化が残りやすいとしている.1型新生血管では,CMEよりも漿液性網膜.離が発現しやすく,新生血管は十分成熟しているので,抗VEGF(血管内皮増殖因子)療法による治療効果が不完全であるとしている.最近のEDI(enhanceddepthimaging)-OCTによる観察から,新生血管は常にRPEの基底側に接してみられると述べている.2)Polypoidalchoroidalvasculopathy(PCV)(図4)この総説ではPCVは1型新生血管から生ずる亜型であるとし,従来唱えられていた脈絡膜血管原発の疾患ではないことから,choroidopathy(脈絡膜症)ではなく,neovasculopathy(新生血管症)とよぶべきであると明記している.この考えは筆者らが当初から主張してきた説と完全に合致している6).造影と同期したSD-OCTでは,ポリープ状病巣を含めてPCVの血管病変は,1型新生血管と同様にRPEとBruch膜の間に存在し,Bruch膜下,すなわち脈絡膜内に存在するものではないとしている.PCVパターンは長期間存在した1型新生血管にみられやすく,より成熟した血管からなると述べている.PCVがアジア人やアフリカ系アメリカ人に多いのはRPEが弾力性に富んでおり,新生血管はRPEを破って発育するよりも水平方向に向かって発育するためとしている.SD-OCT所見から,1型新生血管と同様橙赤色隆起病巣ポリープ状病巣異常血管網FAIAポリープ状病巣異常血管網漿液性網膜.離(doublelayersign)図4ポリープ状脈絡膜血管症(PCV)異常血管網の部の所見(doublelayersign)はType1neovascularizationとまったく同じ所見を呈す.Freundらは1型新生血管の亜型であるとしている.162あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(8)管と吻合を形成して増殖反応を起こすとしている.そのため,網膜血管のない中心窩無血管野には生じない.SD-OCTが普及した現在,Yannuzziが提唱したステージ分類は価値のあるものではなくなっており,3型新生血管でみられるPEDはすでに存在する1型CNVから生じたものであると断言している.治療として,3型新生血管は抗VEGF療法にきわめて鋭敏に反応し,1回の薬物投与で病巣が消失するものもあるが,視細胞欠損のために視力が上昇しにくいことがあり,光凝固やPDT4)Type3neovascularization(図6)Type3neovascularization(3型新生血管)は網膜内新生血管であり,従来RAPとよんでいたものに合致する.欧米では滲出型AMDの10~15%を占めるもので,網膜循環由来または脈絡膜循環由来のどちらから生じてもよく,網膜-脈絡膜血管吻合(RCA)の形をとるものとしている.網膜内出血と.胞様黄斑浮腫(CME)が高頻度にみられ,高率に両眼性になる.3型新生血管は視細胞欠損部の網膜深層血管から生じやすく,1型新生血classicCNVFAIAoccultCNVplaque図5滲出型加齢黄斑変性―TypicalCNV,minimallyclassicCNV(Freundらの提唱するType2neovascularization)この例では網膜色素上皮下新生血管と併存している.網膜内新生血管CME(RAP病巣)PEDBruch膜serousPEDRAP病巣FAIA色素上皮下新生血管集合性軟性ドルーゼン網膜表層出血図6網膜血管腫状増殖(RAP)(Freundらの提唱するType3neovascularization)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011163単独療法は注意を要し,トリアムシノロン併用PDTも中心窩萎縮のため視力が改善しなかったと述べている.3型新生血管は成熟すると抗VEGF療法に抵抗を示し,より多数回の薬物投与を要するとしている.以上,加齢黄斑変性の分類のまとめとわが国での診断基準,欧米での最近の分類の提唱について述べた.病態の理解を含めた診断の重要性について,読者の先生方に気づいていただければ幸いである.文献1)TheinternationalARMepidemiologicalstudygroup:Aninternationalclassificationandgradingsystemforagerelatedmaculopathyandage-relatedmaculardegeneration.SurvOphthalmology39:367-374,19952)髙橋寛二,石橋達朗,小椋祐一郎ほか:加齢黄斑変性の分類と診断基準.日眼会誌112:1076-1084,20083)YannuzziLA,SorensonJ,SpaideRFetal:Idiopathicpolypoidalchoroidalvasculopathy.Retina10:1-8,19904)YannuzziLA,NegraoS,IidaTetal:Retinalangiomatousproliferationinage-relatedmaculardegeneration.Retina21:416-434,20015)FreundKB,ZweifelSA,EngelbeltM:Doweneedanewclassificationforchoroidalneovascularizationinage-relatedmaculardegeneration.Retina30:1333-1349,20106)UyamaM,MatsubaraT,FukushimaIetal:IdiopathicpolypoidalchoroidalvasculopathyinJapanesepatients.ArchOphthalmol117:1035-1042,1999(9)

序説:黄斑疾患アップデート

2011年2月28日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY視力予後に直接関わってくる.その治療にはレーザー光凝固,トリアムシノロン,抗VEGF薬,硝子体手術などさまざまな治療が試みられているが,現時点でも決定的なものはない.それは,その発症には多くの病態が関与していることが理由として考えられる.志村雅彦先生(NTT東日本東北病院)には糖尿病黄斑浮腫について,フルオレセイン蛍光造影と光干渉断層計(OCT)所見から病態を述べていただき,それに沿った治療方針を示していただいた.吉田宗徳先生(名古屋市大)には網膜静脈分枝閉塞症と網膜中心静脈閉塞症による黄斑浮腫に関し,その自然経過と治療の変遷を総括していただいた.現在,これらの黄斑浮腫に対しては,わが国でも薬物治療の臨床試験が行われており,今後も注目される領域である.硝子体手術には,近年,小切開硝子体手術(MIVS)という大きな波が押し寄せた.黄斑疾患は硝子体手術の対象の多くの部分を占めているが,術後の視機能と患者の満足度を向上させるには低侵襲のMIVSが適している.山根真・門之園一明先生(横浜市立大)には,黄斑疾患のMIVSを実施するに際しての利点と注意点,さらには代表的疾患の実際まで幅広く解説していただいている.近年のテクノロジーの進歩に伴うOCTなどの眼最近の黄斑疾患診療は著しい変化と進歩を見せている.それは診断と病態理解,薬物療法,外科手術のどの領域においても一斉に起こっている.本特集では,代表的な黄斑疾患のトピックスを,それぞれの分野で活躍されている先生方にわかりやすく述べていただいた.読者の皆さんには,黄斑疾患診療の最前線に触れて知識をアップデートしていただけるものと考える.そして,どの項でも共通して述べられているのは,正確な診断から病態を理解して,それに沿って治療戦略を立てることの重要性である.加齢黄斑変性の診療は,この数年で最も大きく変わった領域といえる.分類・診断と治療について,それぞれ髙橋寛二先生(関西医大)と大島裕司先生(九州大)にまとめていただいた.2008年に作成された新しい分類は,わが国の実情に即したもので,滲出型加齢黄斑変性の特殊型としてポリープ状脈絡膜血管症と網膜血管腫状増殖が加えられている.また,同時に紹介されているFreundらの分類は,治療反応を含めた脈絡膜新生血管の病態生理の理解に役立つものであろう.抗VEGF薬が登場して加齢黄斑変性治療は大きく変わったが,両先生の診断・治療に関する2篇から,加齢黄斑変性診療の流れをつかむことができ,今後の方向性が見えてくる.黄斑浮腫は,糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症での(1)155*TomohiroIida:福島県立医科大学眼科学講座**TatsuroIshibashi:九州大学大学院医学研究院眼科学分野●序説あたらしい眼科28(2):155.156,2011黄斑疾患アップデートAdvancesinDiagnosisandTreatmentofMacularDiseases飯田知弘*石橋達朗**156あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(2)底画像診断学の進歩は著しく,生体において非侵襲的あるいは低侵襲的に組織や細胞からの情報を得ることを可能とした.これにより,多くの黄斑疾患の病態理解が発展して,新しい概念の追加や解釈の修正が行われ,同時に日常診療をも一変させてきている.その代表として,強度近視,黄斑部毛細血管拡張症,視細胞外節病などがあげられる.強度近視の黄斑合併症は日常診療で見逃してはならない病変であり,生野恭司先生(大阪大)に診断と病態からみた治療方針につきわかりやすく解説していただいた.黄斑部毛細血管拡張症は頻度は比較的多いが,よく理解されていなかった疾患である.古泉英貴先生(京都府医大)には,最近の疾患概念の進歩,診断と病態,治療を述べていただいており,広くこの疾患の理解が進むきっかけになるものと思う.そして,岸章治先生(群馬大)は,視力の根源である視細胞外節を主病巣とする病態を視細胞外節病という新しい概念でまとめられている.脈絡膜循環を臨床的に評価する方法としてはインドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)が広く用いられてきたが,脈絡膜構造の画像診断法に関しては,これまで臨床的に活用できる解像度をもつ方法はなかった.最近,OCTを用いて脈絡膜の形態変化,場合によっては強膜も含む眼底深部を三次元的に評価することが可能となってきた.そうした各種黄斑疾患における脈絡膜OCT観察について丸子一朗先生・飯田知弘(福島県医大)が述べた.本特集で取り上げたテーマはどれも黄斑疾患のトピックである.読者の先生方には,その世界を堪能していただきたい.

診断に苦慮したLeber 遺伝性視神経症の1 例

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(139)139《原著》あたらしい眼科28(1):139.143,2011cはじめにLeber遺伝性視神経症(Leber’shereditaryopticneuropathy)は1871年にLeberによってはじめて報告された遺伝性視神経疾患である1).おもに10歳代から30歳代にかけての男性に多く,両眼性の急性または亜急性の視力低下で発症し,左右発症時期の差はあっても最終的には両眼の視神経萎縮へと進行する2).以前は臨床所見と家族歴によって診断され,確定診断は容易ではなかったが,1988年Wallaceら3)によりNADH(ジハイドロニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)デヒドロゲナーゼのサブユニット4領域にあるミトコンドリアDNA(mtDNA)の塩基配列11778番目に位置するグアニンのアデニンへの変換(以下,11778番変異)〔別刷請求先〕南野桂三:〒570-8507守口市文園町10-15関西医科大学附属滝井病院眼科Reprintrequests:KeizoMinamino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,10-15Fumizono-cho,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPAN診断に苦慮したLeber遺伝性視神経症の1例南野桂三*1安藤彰*1竹内正光*2髙橋寛二*3小池直子*1小林かおる*1秋岡真砂子*1河合江実*1白紙靖之*4森秀夫*5西村哲哉*1*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2竹内眼科医院*3関西医科大学附属枚方病院眼科*4しらかみ眼科*5大阪市立総合医療センター眼科AnAtypicalCaseofLeber’sHereditaryOpticNeuropathyKeizoMinamino1),AkiraAndo1),MasamitsuTakeuchi2),KanjiTakahashi3),NaokoKoike1),KaoruKobayashi1),MasakoAkioka1),EmiKawai1),YasuyukiShirakami4),HideoMori5)andTetsuyaNishimura1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)TakeuchiEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,4)ShirakamiEyeClinic,5)DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospitalLeber遺伝性視神経症はミトコンドリアDNAの異常により発症する遺伝性視神経疾患で,若年男性に多く最終的に両眼の視神経萎縮に至る.筆者らは56歳の男性で家族歴がなく副鼻腔炎の手術既往があるため鑑別に苦慮したが,最終的に遺伝子検査によってLeber遺伝性視神経症と判明した1例を経験した.本症例は両眼の緑内障で治療を受けるも比較的急速に視野障害が進行し,視神経炎を疑われて紹介された.診断に苦慮した原因として,56歳とLeber遺伝性視神経症の好発年齢よりも高齢であったこと,8人兄弟であるが本人のみ異母兄弟であることが後ほど判明したこと,緑内障性視神経萎縮のため乳頭発赤などLeber遺伝性視神経症の初期変化が明瞭に認められなかったことなどが考えられた.視神経炎症状を呈し,診断がつかない症例ではLeber遺伝性視神経症を考慮する必要がある.A56-year-oldmalewasreferredtoourhospitalforsuspectedopticneuritis.Hehadbeentreatedforglaucoma,withnohistoryofsinusitisorfamilyhistory.Best-correctedvisualacuity(BCVA)was0.02and0.08inhisrightandlefteye,respectively.Visualfieldexaminationdisclosedcentralscotomaintherighteyeandsuperonasalvisualfielddefectintheleft.MitochondrialDNAanalysisrevealedpointmutationat11778,leadingtoadiagnosisofLeber’shereditaryopticneuropathy(LHON).Thepresentcasewasdifficulttodiagnosebecauseoftheelderlyage(56years)ascomparedtothepredominantonsetageofLHON,ahalf-brotherin8brothers,andthefactthathyperemiaoftheopticdisc,acharacteristicinitialchangeofLHON,hadnotbeenobservedduetoglaucomatousopticatrophy.LeftBCVArecoveredto0.5morethanoneyearlater,perhapsasaresultofcomparativeconservationofthemacularnervefibers.Whenapatientwithblurredvisionofuncertainetiologyisexamined,itisimportanttoruleoutLHONregardlessofpatientageandhyperemiaoftheopticdisc.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):139.143,2011〕Keywords:Leber遺伝性視神経症,緑内障,遺伝子診断,視力回復,黄斑線維束.Leber’shereditaryopticneuropathy,glaucoma,analysisofmitochondrialDNA,recoveryofbestcorrectedvisualacuity,macularnervefivers.140あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(140)がLeber遺伝性視神経症と特異的に関連する事例が報告され診断に応用されるようになった.現在までに11778番塩基変異以外にもLeber遺伝性視神経症の発症に強く関与する,いわゆるprimarymutationはmtDNAの6カ所以上報告されている4~6).そのうちの3460番変異,11778番変異,14484番変異の3つの変異でLeber遺伝性視神経症の90%近くを占め7,8),わが国では90%が11778番変異を有する9).今回筆者らは56歳の男性で,初診時に他院で両眼の緑内障の診断がついており家族歴がないことや副鼻腔炎の手術の既往があることから臨床診断に苦慮したが,最終的に遺伝子検査で11778番変異がみられLeber遺伝性視神経症と診断した1例を経験した.I症例患者:56歳,男性.主訴:両眼視力低下.現病歴:平成20年6月頃から両眼の視力低下を自覚して近医(内科)を受診,視野欠損を疑われ,平成20年6月6日に総合病院眼科を紹介となる.そこでの初診時視力は両眼とも矯正視力1.0以上あり,初診時眼圧は両眼とも24mmHgであった.眼底所見では両眼とも視神経乳頭の高度な陥凹拡大(両眼ともC/D比〔陥凹乳頭比〕0.8~0.9)と右眼に黄斑部を含む神経線維層欠損(NFLD),左眼に上下のNFLDを認めた.視野検査では両眼ともNFLDに一致した視野欠損を認めたことから,両眼原発開放隅角緑内障と診断され,緑内障点眼(ラタノプロスト点眼を両眼に1回/日)を処方され,6月24日の再診時に眼圧が右眼16mmHg,左眼15mmHgであった.十分に眼圧下降が得られたと判断され,定期的な経過観察のため近医を紹介された.この近医で平成20年の7月に2回定期診察されたが,両眼とも矯正視力は1.0以上あり,眼圧も右眼は17~19mmHg,左眼は16mmHgであった.しかし,視力低下の自覚が強くなり,患者本人が別の近医を平成20年8月1日に受診した.その近医での初診時視力は右眼矯正0.1,左眼矯正0.9,眼圧は前医の緑内障点眼使用下で右眼17mmHg,左眼16mmHgであった.ここでも両眼の視神経乳頭の陥凹拡大(両眼ともC/D比0.9)とNFLD以外の異常所見は認められず,両眼原発開放隅角緑内障と診断された.以後経過観察中に緑内障点眼を追加された(ブリンゾラミド点眼を両眼に2回/日)が,さらに自覚症状が悪化し(視力は9月3日では右眼矯正0.08,左眼矯正0.6,10月24日では右眼矯正0.02,左眼矯正0.2,10月31日では右眼矯正0.03,左眼矯正0.06),急速な視野の進行と視力低下を認めたため11月1日に関西医科大学附属滝井病院を紹介受診となる.既往歴:19歳時に副鼻腔炎に対して手術加療.生活歴:喫煙歴,飲酒歴なし.嗜好に特記すべきことなし.家族歴:両親,8人兄弟(男性3人,女性5人)に眼科疾患なし.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+1.0D(cyl.2.0DAx80°),VS=0.08(0.08×sph.0.5D(cyl.0.5DAx90°),眼圧はラタノプロスト点眼およびブリンゾラミド点眼を両眼に使用して右眼14mmHg,左眼12mmHgであった.中心フリッカー値は右眼10.6Hz,左眼17.8Hzと低下していたが,瞳孔反応は正常で相対的入力瞳孔反射異常(RAPD)はみられなかった.両眼とも前眼部および中間透光体に異常なく隅角はShaffer分類Grade3~4であった.眼底は両眼とも視神経に高度な視神経乳頭の陥凹拡大(両眼ab図1初診時眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼とも高度な視神経乳頭陥凹拡大と右眼には黄斑線維束を含むNFLD,左眼には上下にNFLDがみられる.(141)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011141ともC/D比0.9)とNFLDが認められた(図1).視野検査で右眼の中心暗点と左眼の鼻上側の視野欠損が認められた(図2).経過:頭部コンピュータ断層撮影(CT)では占拠性の頭蓋内病変や副鼻腔炎所見はみられず,磁気共鳴画像(MRI)〔STIR(shortinversiontimeinversion-recovery)法〕では視神経の高信号は認められなかった.視覚誘発反応画像システム(VERIS)では右眼に軽度の感度低下を認めたが,急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)やoccultmaculardystrophyなどを疑う所見は認められなかった(図3).血液検査では白血球8,000/μl,赤血球417×104/μl,赤沈13mm/hr,C反応性蛋白(CRP)0.02mg/dl,抗核抗体陰性,リウマチ因子3IU/ml,TP(トレポネマ・パリズム)抗体陰性,ACE(アンギオテンシン変換酵素)19.9IU/l,ビタミンB14.5μg/dl,ビタミンB212.7μg/dl,ビタミンB12590pg/mlと正常で炎症性疾患や栄養障害性視神経症は否定的であった.フルオレセイン蛍光眼底造影所見では,両眼とも血流障害や視神経の過蛍光などの所見は認められなかった(図4).臨床経過ab図3VERIS(平成20年11月6日)a:右眼,正常.b:左眼,軽度の感度低下.ab図2Goldmann視野(初診時)a:左眼.上下のビエルム領域の暗点がつながり,内部イソプターが穿破したために生じたような鼻上側の視野欠損がみられる.b:右眼.中心暗点がみられる.142あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(142)や臨床所見から球後視神経炎が示唆されたため,11月27日に入院のうえステロイドパルス療法を施行したが効果は認められなかった.入院中に再度家族歴を問診しなおしたところ,8人兄弟であるが本症例のみ異母兄弟であることが判明したため,ミトコンドリア遺伝子検査を行い,mtDNA11778番塩基対に点突然変異が認められLeber病と診断した.コエンザイムQ10とビタミンB12の内服およびラタノプロスト点眼とブリンゾラミド点眼を続け,平成21年12月8日の視力は右眼矯正0.05,左眼矯正0.2,平成22年2月9日の視力は右眼矯正0.05,左眼矯正0.5,平成22年5月11日の視力は右眼矯正0.09,左眼矯正0.8,平成22年7月6日の視力は右眼矯正0.06,左眼矯正1.0と左眼視力は経時的に回復した.II考按Leber遺伝性視神経症はおもに10歳代から30歳代にかけての男性に両眼性に急性または亜急性の視力低下で発症する2)が,今回筆者らは56歳で発症した1例を経験した.本症例では当初視神経炎,虚血性視神経症,遺伝性視神経症,中毒性視神経症,栄養障害性視神経症,鼻性視神経症,AZOORなどを疑ったが生活歴や家族歴から遺伝性視神経症,中毒性視神経症は考えづらく,虚血性視神経症,栄養障害性視神経症,鼻性視神経症,AZOORなどの鑑別のためにCT,MRI,VERIS,血液検査,フルオレセイン蛍光造影(FA)を施行したが確定診断には至らなかった.最終的に遺伝子検査により診断が確定したが,好発年齢から外れていることや,視神経乳頭陥凹拡大が高度でLeber遺伝性視神経症で特徴的とされる視神経乳頭発赤と乳頭周囲の毛細血管拡張などの所見が検眼所見やFA所見でも明らかではなく,8人兄弟で本人が異母兄弟であることがわからなかったため診断に苦慮した.総合病院眼科初診時では視力は両眼とも矯正1.0,眼圧は右眼24mmHg,左眼24mmHgと高く視神経乳頭陥凹拡大もC/D比0.8~0.9と高度で,視野も右眼中心暗点と左眼鼻上側の視野欠損がみられ,両眼ともNFLDの部位と一致することから緑内障があったことは間違いないと思われる.このためLeber遺伝性視神経症の初期変化を捉えられなかった可能性が高い.自覚症状がでてからすぐに眼科を受診してacbd図4フルオレセイン蛍光眼底造影写真(初診時)a:右眼早期(50秒),b:左眼早期(56秒),c:右眼後期(5分57秒),d:左眼後期(5分50秒).両眼とも視神経乳頭からの蛍光漏出や網膜血管,網膜に異常を認めない.(143)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011143視力が良好であったことからも眼科初診時がLeber遺伝性視神経症の萎縮期であった可能性は低い.現在までにわが国でのLeber遺伝性視神経症を伴うmtDNAの点変異と緑内障の相関を調べた報告では両疾患が合併する可能性はまれであり10),本症例は緑内障にmtDNAの点変異を伴い,Leber遺伝性視神経症を発祥していることから疫学的にまれな症例と思われる.しかしLeber遺伝性視神経症の萎縮期には視神経乳頭の陥凹が認められHeidelbergretinaltomography(HRT)の緑内障判定プログラムで73%が緑内障と判断されるという報告があり11),本症例のように緑内障にLeber遺伝性視神経症が合併している場合は慎重な判断が必要である.Leber遺伝性視神経症の特徴として黄斑線維束のNFLDがあげられるが,本症例では右眼には黄斑線維束を含む高度なNFLDが存在し,左眼には視神経乳頭の上下の高度なNFLDが存在するが黄斑線維束には明らかなNFLDは認められなかった.Leber遺伝性視神経症における視力回復は,Mariotte盲点につながる傍中心暗点の一部に感度のよい領域が出現して,ごく狭い限られた部分で感度が回復する.このような中心暗点はfenestratedcentralscotomaとよばれている12).本症例では,確定診断後に1年以上経過してから左眼の視力が矯正1.0まで改善している.これは左眼には黄斑線維束に高度なNFLDが存在しないことから,黄斑部の神経線維層が比較的保たれ,左右でNFLDの部位と程度に差があり視力予後に影響したと考えられた.11778番変異に伴うLeber遺伝性視神経症の視力回復はきわめてまれであり9),本症例は予後良好であったといえる.今回,現病歴,既往歴,生活歴,家族歴,臨床所見から鑑別診断が困難であった11778番変異によるLeber遺伝性視神経症の症例を経験した.Leber遺伝性視神経症の好発年齢は若年であるが,Mashimaらはわが国におけるLeber遺伝性視神経症について11778番変異である69人の年齢分布では4~50歳(平均24.6歳)であったと報告している9).本症例のように56歳のLeber遺伝性視神経症発症はまれなものと考えられるが,視神経炎症状を呈し確定診断がつかない場合はLeber遺伝性視神経症を考慮する必要があると思われた.文献1)LeberT:Ueberhereditareundcongenital-angelegteSehnervenleiden.GraefesArchClinExpOpthalmol2:249-291,18712)HottaY,FujikiK,HayakawaMetal:ClinicalfeaturesofJapaneseLeber’shereditaryopticneuropathywith11778mutationofmitochondrialDNA.JpnJOphthalmol39:96-108,19953)WallaceDC,SinghG,LottMTetal:MitochondrialDNAmutationassociatedwithLeber’shereditaryopticneuropathy.Science242:1427-1430,19884)BrownMD,WallaceDC:SpecutrumofmitochondrialDNAmutationsinLeber’shereditaryopticneuropathy.ClinNeurosci2:138-145,19945)LamminenT,MajanderA,JuvonenVetal:Amitochondrialmutationat9101intheATPsynthase6geneassociatedwithdeficientoxidativephosphorylationinafamilywithLeberhereditaryopticneuropathy.AmJHumGenet56:1238-1240,19956)DeVriesDD,WentLN,BruynGWetal:GeneticandbiochemicalimpairmentofmitochondrialcomplexIactivityinafamilywithLeberhereditaryopticneuropathyandhereditaryspasticdystonia.AmJHumGenet58:703-711,19967)HowellN:PrimaryLHONmutations:Tryingtoseparate“fruyt”from“chaf”.ClinNeurosci2:130-137,19948)MackeyDA,OostraRJ,RosenbergTetal:PrimarypathogenicmtDNAmutationsinmultigenerationpedigreswithLeberhereditaryopticneuropathy.AmJHumGenet59:481-485,19969)MashimaY,YamadaK,WakakuraMetal:SpectrumofpathogenicmitochondrialDNAmutationsandclinicalfeaturesinJapanesefamilieswithLeber’shereditaryopticneuropathy.CurrEyeRes17:403-408,199810)InagakiY,MashimaY,FuseNetal:MitochondrialDNAmutationswithLeber’shereditaryopticneuropathyinJapanesepatientswithopen-angleglaucoma.JpnJOphthalmol50:128-134,200611)MashimaY,KimuraI,YamamotoYetal:OpticdiscexcavationintheatrophicstageofLeber’shereditaryopyicneuropathy:comparisonwithnormaltensionglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol241:75-80,200312)StoneEM,NewmanNJ,MillerNRetal:VisualrecoveryinpatientswithLeber’shereditaryopticneuropathyandthe11778mutation.JClinNeuro-opthalmol12:10-14,1992***

非球面眼内レンズ(Nex-Acri AA Aktis N4-18YG)挿入眼の視機能

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(135)135《原著》あたらしい眼科28(1):135.138,2011cはじめに現在,水晶体再建術は視力の改善のみでなく,より優れた視機能を得られることが望まれている.そのためにより安全で迅速な手術実績とともに,従来の眼内レンズ(IOL)から付加価値を有したIOLも開発されている.近年,他覚的評価方法として波面解析が導入されたことにより,屈折異常を波面収差という概念で捉えることが可能になった.すなわち,波面収差成分が視機能へ与える影響が着目されるようになり,特に高次収差の補正に関する重要性が認識されるようになった.諸家の報告によれば,正常な若年者の角膜は正の球面収差を有し,水晶体は負の球面収差をもつ.加齢により角膜の球面収差はほとんど変わらないが,水晶体の球面収差は正方向へ増加するため眼球全体の球面収差は増加し,その結果,視機能は低下していくことが示唆されている1,2).従来の球面IOLではその形状から加齢した水晶体同様,正の球面収差を有するため,埋植により眼球全体の球面収差を増加させる.このように従来の球面IOLでは高次収差を補正することは不十分であったが,波面収差を考慮して開発され〔別刷請求先〕太田一郎:〒462-0825名古屋市北区大曽根三丁目15-68眼科三宅病院Reprintrequests:IchiroOta,M.D.,MiyakeEyeHospital,3-15-68Ozone,Kita-ku,Nagoya-shi462-0825,JAPAN非球面眼内レンズ(Nex-AcriAAAktisN4-18YG)挿入眼の視機能太田一郎三宅謙作三宅三平武田純子眼科三宅病院VisualFunctionafterImplantationofNex-AcriAAAktisN4-18YGAsphericalIntraocularLensIchiroOta,KensakuMiyake,SampeiMiyakeandJunkoTakedaMiyakeEyeHospital目的:非球面眼内レンズ(IOL)挿入眼と球面IOL挿入眼の視機能について比較した.方法:白内障手術に続き片眼に非球面IOL(N4-18YG),僚眼に球面IOL(N4-11YB)を無作為に挿入した.術後6カ月で裸眼視力,矯正視力,高次収差〔解析領域5mmf,ゼルニケ(Zernike)6次〕,コントラスト感度,後発白内障,IOLの位置異常(偏位,傾斜)について観察した.結果:対象とした21名42眼では,非球面IOLにおける球面収差は球面IOLに比較して有意に少なかった(p<0.05).暗所でのコントラスト感度は非球面IOLが高かった(p<0.05).結語:非球面IOL(N4-18YG)は球面IOLに比較し,より高い光学性能および視機能を供する.Purpose:Tocomparethevisualfunctionofeyesthatunderwentasphericalorsphericalintraocularlens(IOL)implantation.Methods:Inthisprospective,randomizedstudy,patientsscheduledtoundergocataractsurgeryreceivedtheNex-AcriAAAktis(N4-18YG)asphericalIOLinoneeyeandtheN4-11YBsphericalIOLinthefelloweye.At6monthspostoperatively,uncorrectedvision,best-correctedvisualacuity,higherorderaberration(5mmzone,6thZernikeorder),contrastsensitivity,posteriorlenscapsuleopacity,IOLtiltanddecentrationwerecompared.Results:Enrolledinthisstudywere42eyesof21subjects.Postoperativery,sphericalaberrationwassignificantlylowerineyeswithasphericalIOLthanineyeswithsphericalIOL(p<0.05).TheeyeswithasphericalIOLhadsignificantlyhighercontrastsensitivityunderlow-mesopicconditions(p<0.05).Conclusion:TheNex-AcriAAAktisasphericalIOLprovidesbetteropticalandvisualqualitythandoesthesphericalIOL.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):135.138,2011〕Keywords:非球面眼内レンズ,視機能,収差,コントラスト感度,偏位.asphericalintraocularlens,visualfunction,aberration,contrastsensitivity,tiltanddecentration.136あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(136)た非球面IOLNex-AcriAAAktisN4-18YG(NIDEK社)(以下,Aktis)は角膜の球面収差を補正し,眼球全体での球面収差を減少させるように設計されている.また,Aktisは従来の非球面IOLの光軸上での球面収差補正ではなく視軸上での補正という新しいコンセプトで開発され,従来の非球面IOLで危惧されていた偏位した場合の結像力の低下をより軽減するように設計されている.今回筆者らは,Aktisを使用し,非球面IOLによる波面収差とコントラスト感度,および偏位と視機能の関係について検討した.I対象および方法対象は2008年12月から2009年3月の間に眼科三宅病院にて白内障以外に視力低下の原因がない症例で,超音波乳化吸引術(PEA)および眼内レンズ挿入術を施行し,術後6カ月以上の経過観察が行いえた21名42眼である.性別は男性7名14眼,女性14名28眼で平均年齢は71.5±5.6歳であった.対象患者には術前に十分なインフォームド・コンセントを行い,同一患者の片眼に非球面IOLAktis(以下,非球面群),僚眼に球面IOLNex-AcriAAN4-11YB(NIDEK社)(以下,球面群)を左右ランダムに振り分けて挿入した.手術は全例CCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)を完成させ,2.8mmの上方強角膜切開創よりPEAを施行後,専用インジェクターによりIOLを.内固定した.術中にIOLの中心固定性,前.によるcompletecoverを確認した.術後6カ月における裸眼視力,矯正視力,術後屈折度数誤差量(術後等価球面度数.目標等価球面度数),波面収差,コントラスト感度,後.混濁濃度および術後偏位量を測定し両群を比較した.波面収差の測定,解析は波面センサーOPD-Scan(NIDEK社)を用いて行った.解析領域は3mm,5mmとし,角膜成分,全眼球成分についてそれぞれ4次の球面収差(C04)を測定した.コントラスト感度はVCTS6500(Vistech社)を用いて測定した.測定時の照度条件を150lux(明室),50lux(中間),10lux(暗室)となるように調整し,完全矯正下で測定した.コントラスト感度の比較は,各空間周波数におけるコントラスト感度の対数値と,AULCSF(areaunderthelogcontrastsensitivityfunction)の値を算出して用いた3).後.混濁濃度および術後偏位の測定は,前眼部画像解析装置EAS-1000(NIDEK社)を用いて行った.後.混濁濃度は撮影条件をスリット長10mm,光源を200Wとし,散瞳下でスリットモードを使い,0°,45°,90°,135°の4方向のScheimpflug像を撮影した.解析は3×0.25mmのエリアの後.混濁値(単位CCT:computercompatibletaps)を定量し,4方向の平均値を後.混濁濃度とした.術後偏位の測定は,IOLモードを使い解析した.統計解析にはWilcoxonの符号付順位和検定を用い,有意水準(p)は0.05未満とした.II結果術後,非球面群と球面群間で裸眼視力,矯正視力で有意差を認めなかった.屈折誤差は等価球面度数で表すと,非球面群が.0.21±0.52D,球面群が.0.92±0.55Dで非球面群が有意に少なかった(表1).収差は,角膜成分における球面収差において非球面群と球面群間で有意差を認めなかった.全眼球成分では解析領域3mmにおいて球面収差で非球面群が0.01±0.01μm,球面群が0.02±0.01μmで非球面群のほうが有意に少なかった(p表1術後視力および術後屈折度数誤差量の比較非球面群(n=21)球面群(n=21)p値裸眼視力0.65(0.40,1.05)*0.54(0.27,1.07)*p=0.090矯正視力1.09(0.85,1.39)*1.03(0.79,1.33)*p=0.074屈折誤差量(D).0.21±0.52.0.92±0.55p<0.001*:()は散布度を表す.非球面群と球面群間で術後の裸眼視力,矯正視力,屈折誤差を比較した.屈折誤差において非球面群が球面群に対して有意に少なかった.*角膜収差(μm)全眼球*3.0mm(n=10)5.0mm(n=8)3.0mm(n=10)5.0mm(n=10)□:球面群■:非球面群*p<0.010.40.30.20.10図1術後球面収差量非球面群と球面群の術後の球面収差を比較した.角膜成分は球面群,非球面群に有意差はないが,全眼球成分においては非球面群が球面群に対して有意に少ない.高照度(150lux)(n=21)中照度(50lux)(n=21)低照度(10lux)(n=21)2.001.501.000.500.001.53612181.536空間周波数(c/d)対数コントラスト感度**12181.5361218*p<0.05:球面群:非球面群図2術後のコントラスト感度の比較照度別に非球面群と球面群のコントラスト感度を比較した.低照度において非球面群が球面群に対して有意に良好な値を示した.(137)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011137<0.01).解析領域5mmにおいて非球面群が0.01±0.07μm,球面群が0.17±0.17μmで非球面群が有意に少なかった(p<0.01)(図1).コントラスト感度は,明室(150lux),中間(50lux)においてすべての空間周波数帯で非球面群,球面群間の有意差を認めなかったが,暗室(10lux)では,3,12cycles/degreeにて非球面群が有意に高値を示した(p<0.05)(図2).AULCSF値を比較すると,明所,中間では非球面群と球面群間で有意差を認めなかったが,暗所では非球面群が有意に高い値を示した(p<0.01)(図3).後.混濁濃度,術後偏位量は非球面群と球面群間に有意差を認められなかった(表2).III考按今回の結果では,球面収差において角膜成分では非球面群と球面群間で有意差を認めなかったのに対し,全眼球成分では非球面群のほうが球面群に比べて有意に少ない結果となった.その傾向は解析領域が3mmの場合よりも5mmで顕著にみられた.また,暗所におけるコントラスト感度において非球面群が球面群に対して有意に良好な値を示した.非球面IOLの収差補正効果は瞳孔径に依存し,瞳孔径が大きいほど非球面IOLの効果が大きくなることがいわれている4)が,今回の結果においても同様の結果が得られ,Aktisのもつ非球面性によるものと考えられた.偏位(decentration)や傾斜(tilt)を起こした場合,IOLの空間周波数特性(modulationtransferfunction:MTF)は低下するが,非球面IOLはその影響を大きく受け,偏位や傾斜の値が一定以上になれば球面IOLよりもMTFが低下するといわれ5),HolladayはTecnisRZ9000(AMO社)を用いたシミュレーションの結果として,0.4mm以上の偏位,もしくは7°以上の傾斜で非球面IOLのMTFは球面IOLよりも低下すると報告している6).今回偏位量については,平均で非球面群が0.25±0.19mm,球面群が0.24±0.15mmであったが,対象のなかに非球面IOLと球面IOLのMTFが逆転するとされる0.4mm以上のIOL偏位を認めた症例を3例経験したので別に検討を行った.当該例の平均偏位量は,非球面群が0.58±0.18mm,球面群が0.48±0.09mmであったが,視力,コントラスト感度とも非球面群が球面群に比べて明らかに低下するようなことはなく(表3),視軸上での球面収差補正というAktisの設計によりMTFの低下が抑えられた可能性がある.前眼部画像解析装置を用いた調査によると,.内固定されたIOLは一般的に0.2~0.4mmの偏位が生じるといわれており7~9),これら偏位が種々の術後不定愁訴の原因となっている可能性がある10).Aktisは,0.5mm以上の偏位を示した症例においても視力,コントラスト感度の低下はみられなかった.当該症例において観察期間中,特筆すべき不定愁訴もなかった.以上を総括し,Aktisは臨床上有用性があると考えられた.文献1)AmanoS,AmanoY,YamagamiS:Age-relatedchanges高照度(150lux)(n=21)中照度(50lux)(n=21)低照度(10lux)(n=21)*p<0.01*□:球面群■:非球面群2.001.501.000.500.00AULCSF図3AULCSF(areaunderthelogcontrastsensitivityfunction)照度別に非球面群と球面群のコントラスト感度のAULCSFを比較した.低照度において非球面群が球面群に対して有意に良好な値を示した.表3偏位を認めた症例の視力およびAULCSFの比較非球面群(n=3)球面群(n=3)視力裸眼0.77(0.71,0.83)*0.80(0.80,0.80)*矯正1.20(1.20,1.20)*1.13(1.02,1.25)*AULCSF高照度1.81±0.261.73±0.20中照度1.82±0.241.61±0.16低照度1.56±0.261.52±0.21*:()は散布度を表す.非球面群と球面群について術後0.4mm以上偏位を認めた症例の視力およびAULCSFを比較した.両群間に有意差はみられなかった.表2後.混濁濃度および偏位量の比較非球面群球面群p値後.混濁濃度(CCT)17.24±7.8(n=20)16.80±4.8(n=19)p=0.728Tilt量(°)2.70±1.70(n=19)2.08±1.51(n=20)p=0.244Decentration量(mm)0.25±0.19(n=19)0.24±0.15(n=20)p=0.989非球面群と球面群について術後の後.混濁および偏位量を比較した.両群間に有意差はみられなかった.138あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(138)incornealandocularhigher-orderwavefrontaberrations.AmJOphthalmol137:988-992,20042)FujikadoT,KurodaT,NinomiyaSetal:Aged-relatedchangesinocularandcornealaberrations.AmJOphthalmol138:143-146,20043)ApplegateRA,HowlandHCetal:Cornealaberrationsandvisualperformanceafterradialkeratotomy.JRefractSurg14:397-407,19984)大谷伸一郎,宮田和典:非球面眼内レンズ.眼科手術21:303-307,20085)大谷伸一郎,宮田和典:非球面眼内レンズ.IOL&RS22:460-466,20086)HolladayJT,PiersPA,KoranyiGetal:Anewintraocularlensdesigntoreducesphericalaberrationofpseudophakiceyes.JRefractSurg18:683-691,20027)HayashiK,HaradaM,HayashiH:Decentrationandtiltofpolymethylmethacrylate,silicone,andacrylicsoftintraocularlenses.Ophthalmology104:793-798,19978)吉田伸一郎,西尾正哉,小原喜隆ほか:Foldable眼内レンズの術後成績.臨眼50:831-835,19969)麻生宏樹,林研,林英之:同一デザインのアクリルレンズとシリコーン眼内レンズの固定状態の比較.臨眼61:237-242,200710)佐藤昭一:foldable眼内レンズの術後合併症と対策─偏位.眼科診療プラクティス40,foldable眼内レンズを用いる白内障手術(臼井正彦編),p68-71,文光堂,1998***

角膜形状データと光線追跡に基づいた度数計算法OKULIX®とSRK/T 法の比較

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(131)131《原著》あたらしい眼科28(1):131.134,2011cはじめに近年,球面収差を低減する非球面眼内レンズ(IOL)1),遠近視力が得られる多焦点IOL2),術後乱視を減らすトーリックIOL3)といった高機能IOLが広く使用されている.これらの高機能IOLの効果を得るには,術後裸眼視力が良好であることが必要である.そのため,高い精度のIOL度数計算が求められている.IOL度数計算の誤差を生じるおもな要因は,術後前房深度の予想(35%)と術前眼軸長測定(17%)と考えられている4).眼軸長に関しては,光干渉法を用いた測定が開発され,簡便に高精度を得られるようになってい〔別刷請求先〕宮田和典:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:KazunoriMiyata,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN角膜形状データと光線追跡に基づいた度数計算法OKULIXRとSRK/T法の比較三根慶子大谷伸一郎森洋斉加賀谷文絵本坊正人南慶一郎宮田和典宮田眼科病院ComparisonofIntraocularLensPowerCalculationbyOKULIXR,UsingTopographicDataandRayTracingMethod,withSRK/TFormulaKeikoMine,ShinichiroOtani,YosaiMori,FumieKagaya,NaotoHonbou,KeiichiroMinamiandKazunoriMiyataMiyataEyeHospital目的:角膜形状データと光線追跡に基づいた眼内レンズ(IOL)の度数計算法OKULIXRとSRK/T式を前向きに比較検討した.対象および方法:対象は,白内障手術でIOLFY-60AD(HOYA)を挿入した65例108眼(年齢:71.3±8.2歳).挿入IOLの度数はSRK/T式で求め,同時に,角膜形状解析装置TMS-4A(TOMEY)で角膜形状データを測定し,OKULIXRで挿入IOL度数における予想術後屈折値を計算した.術後1カ月の自覚等価球面度数と両方法で得られた予想屈折値との誤差を比較した.また,眼軸長および角膜形状の離心率の影響も検討した.結果:屈折誤差では,OKULIXRは.0.002±0.46DとSRK/T式の.0.11±0.50Dに比べ有意に小さかった(p=0.014).SRK/T式は離心率により屈折誤差が有意に変化した(p=0.0075)が,OKULIXRは変化しなかった.結論:OKULIXRによる度数計算は,角膜の非球面性に依存せず,より高精度の度数計算が可能であると考えられた.Purpose:Toprospectivelycompareintraocularlens(IOL)powercalculationbyOKULIXR,usingtopographicdataandraytracingmethod,withtheSRK/Tformula.Subjectandmethod:Subjectscomprised108eyesof65patientswhounderwentcataractsurgerywithimplantationofIOLFY-60AD(HOYA).Subjectmeanagewas71.3±8.2(SD)years.ThepoweroftheIOLforimplantationwascalculatedusingtheSRK/Tformula.Simultaneously,topographicdatawasmeasuredwiththeTMS-4A(TOMEY);predictedpostoperativerefractionfortheimplantedIOLpowerwasthencalculatedusingOKULIXR.Errorsbetweenmanifestrefractionat1monthpostoperativelyandtherefractionpredictionsobtainedbybothmethodswerecompared.Effectsofaxiallengthandcornealsurfaceeccentricitywerealsoevaluated.Results:RefractionerrorofOKULIXRwas.0.002±0.46D,significantlysmallerthanthe.0.11±0.05DofSRK/T(p=0.014).WiththeSRK/Tformula,refractionerrorvariedwitheccentricity(p=0.0075),althoughwithOKULIXRitdidnotchange.Conclusion:IOLpowerascalculatedwithOKULIXRwasinvariantwithcornealasphericity;OKULIXRcouldprovidemoreaccurateIOLpowercalculation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):131.134,2011〕Keywords:眼内レンズ度数計算,光線追跡,離心率.intraocularlenspowercalculation,raytracing,eccentricity.132あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(132)る.また,術後屈折値をもとにA定数も修正することで,SRK/T式5)でも単焦点IOLに十分な精度は得ることが可能になった.しかし,長眼軸あるいは短眼軸の症例では屈折誤差が大きくなる6,7).また,これまでのIOL度数計算法では,角膜形状のデータは十分に加味されず,円錐角膜やレーザー屈折矯正術後の症例8)では良好な裸眼視力を得ることはむずかしい.正確なIOL度数を求めるには,症例ごとに光線追跡を行い計算する9)のが理想的である.しかし,光線追跡を行うには特別なソフト処理が必要なうえに,IOLの形状および特性のデータの入手が必要であるためほとんど普及しなかった.Preussnerは,角膜形状データと光線追跡に基づいた度数計算を行うソフトOKULIXRを開発した10).度数計算ソフトOKULIXRは,角膜形状解析装置で測定した角膜形状データと眼軸長のデータから,IOLの特性データを用いて,光線追跡を行う.このため,屈折誤差がより小さい度数計算が可能と考えられる.筆者らは,通常の白内障手術に対しても光線追跡を用いたIOL度数計算法の効果を評価するために,手術歴のない白内障症例に挿入したIOLに対して,光線追跡を用いた度数計算ソフトOKULIXRとSRK/T式とを前向きに比較検討した.I対象および方法対象は,2008年11月から2009年2月に宮田眼科病院にて,同一術者(KM)により超音波白内障手術を行い,IOLFY-60AD(HOYA)を挿入した65例108眼(男性27名,女性38名)である.本研究は,宮田眼科病院倫理審査委員会にて承認され,患者からインフォームド・コンセントを得て実施した.手術歴がある症例,および白内障以外に眼疾患をもっている症例は除外した.平均年齢は71.3±8.2(SD)歳,眼軸長は23.46±1.29mm,角膜曲率半径はK1が44.80±1.54diopter(D),K2が44.08±1.53Dであった.術前に,角膜曲率半径をオートケラトメータ(ARK-730A,NIDEK)にて,眼軸長を超音波法(AL-2000,TOMEY)および光干渉法(IOLMaster,Zeiss)にて測定し,IOL度数をSRK/T式を用いて計算した.さらに,角膜形状解析装置(TMS-4A,TOMEY)で角膜形状データを測定し,同機に組み込まれている度数計算ソフトOKULIXRで挿入度数に対する術後屈折値を計算した.度数計算ソフトOKULIXRは,角膜前面屈折力,眼軸長の測定データから,IOLの特性(前後面の曲率,厚さ,屈折率)データを用いて,IOL度数を求める10).図1に示したように,屈折面は角膜の前後面,IOLの前後面の4面とし,網膜中心窩から角膜方向へ,角膜中心から,(瞳孔半径/2)1/2離れた位置をベストフォーカスとして1本の光線追跡を行う.角膜前面からの射出角qよりIOL挿入眼の眼屈折力を求め,IOL度数を決定する.角膜前面の曲率半径は,角膜形状データの直径6mm内の前面曲率を円錐曲線に近似し,角膜中心部の値を算出する.予想前房深度(ACD)は,SRK/T式では角膜曲率半径より算出するが,OKULIXRでは眼軸長(mm)より下式から求める11).予想ACD(mm)=4.6×(眼軸長/23.6)0.7術後1カ月時の自覚屈折値を測定し,屈折誤差を比較した.屈折誤差は,術後等価球面度数から予想屈折度数への差とした.さらに,屈折誤差と眼軸長,あるいは角膜前面の離心率との関係も検討した.離心率は非球面性の指標で,球面では0,楕円面では0から1の間の値になる.視軸が楕円面の長軸か短軸かで正負の符号をつけ,角膜前面形状がoblateの場合は.1<離心率<0,prolateの場合は0<離心率<1となる(図2).非球面性の指標Q値とは,Q=.(離心率)2で変換できる10,12).健常人の角膜形状は,平均離心率が約0.5(Q値で.0.26)のprolateである13).離心率は,OKULIXRt:角膜厚,ACD:予想前房深度,AXL:眼軸長,d:IOL厚.n,Rは各境界面での屈折値と曲率半径.角膜IOL網膜tqn1R1R2R3R4n2n3n4n5ACDAXLd図1光線追跡による眼内レンズの度数計算の原理球面形状(離心率=0)非球面:prolate(0<離心率<1)非球面:oblate(-1<離心率<0)図2角膜の前面形状の非球面性と離心率(133)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011133内で計算された値を用いた.屈折誤差の比較は対応のあるt検定で検定し,眼軸長と離心率の影響は回帰分析を行った.p値が0.05以下を統計学的に有意差ありとした.II結果SRK/T式,OKURIXRにおける屈折誤差を図3に示す.屈折誤差はSRK/T式では.0.11±0.50D,OKULIXRで.0.002±0.46Dとなり,OKURIXRは有意に屈折誤差が小さかった(p=0.014).屈折誤差が1D以下の症例数は,SRK/Tで94.4%,OKULIXRで97.2%,屈折誤差が0.5D以下は,それぞれ74.1%,73.2%で,計算方法による有意差はなかった(c2検定).眼軸長の屈折誤差への影響を図4に示す.両方法において有意な相関はなかった.角膜前面形状の非球面性を示す離心率の分布を図5に示す.平均は0.32±0.28で,0.5を超える高度なprolate形状と,oblate形状が24%,14%存在した.離心率による屈折誤差への影響を図6に示す.SRK/T式では,離心率により屈折誤差は変化し,有意な相関を認めた(p=0.0075).回帰曲線の傾きは.0.45で,oblateであると遠視化し,高度にprolateな場合は近視化する傾向を示した.OKULIXRでは,屈折誤差は離心率によって変化しなかった.III考按角膜形状データと光線追跡を用いた度数計算OKULIXRと,従来のSRK/T式を比較すると,術後の屈折誤差および眼軸長の影響は同等であったが,SRK/T式では角膜の非球面性が強くなると度数の精度が低下した.角膜の非球面性がSRK/T式へ影響した要因として,角膜曲率の測定位置,予想ACDの算出が考えられる.角膜曲率の測定位置では,SRK/T式で用いる角膜曲率は,通常,オートケラトメータで測定された値を用いる.この曲率半径は,角膜中心から約3mm径の傍中心で測定されたもので,角膜中心の値ではない14).角膜前面が球面であれば,角膜中心と傍中心との曲率半径は変化しないが,非球面性がある場合は,離心率の絶対値が大きくなると角膜中心と傍中心との差が大きくなる.SRK/T式では,角膜曲率は予想ACDの算出に用いられるため,角膜曲率の誤差の影響は大きいと考えられる.一方,OKULIXRでは,角膜形状データより角膜中心の曲率半径が得られるので,非球面性に影響されにくいと考えられる.予想ACDの算出には,SRK/T式を含め,Holladay-I式,Hoffer-Q式などの第3世代の度数計算では,角膜形状が球面であると想定し,角膜曲率半径からACDを算出する5~7).角膜矯正手術を受けていない眼にも高度なprolate形状が14SRK/TOKULIXR眼軸長1.51.00.50-0.5-1.0-1.5202530(D)(mm)眼軸長1.51.00.50-0.5-1.0-1.5202530(D)(mm)屈折誤差図4術後1カ月時のSRK/T式とOKULIXRによる屈折誤差への眼軸長の影響-3.0-2.0-1.001.02.03.0(D)-0.11±0.50SRK/T屈折誤差-3.0-2.0-1.001.02.03.0-0.002±0.46OKULIXR(D)50403020100p=0.014pairedt-test50403020100眼数眼数図3術後1カ月時のSRK/T式とOKULIXRによる屈折誤差の比較0510152025-0.6-0.4-0.20.00.20.40.60.8離心率眼数(眼)図5対象眼の離心率分布離心率y=0.05x-0.011.51.00.5-0.5-1.0-1.5-2.0-0.50.5(D)離心率1.01.51.00.5-0.5-1.0-1.5-2.0-0.50.5(D)1.0y=-0.45x+0.04p=0.0075SRK/TOKULIXR屈折誤差図6術後1カ月時のSRK/T式とOKULIXRによる屈折誤差への離心率の影響134あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(134)%含まれていた.このような角膜に対しては,曲率半径から求めた予想ACDは,本来の値より大きく見積もられてしまい,度数誤差(近視化)の原因となると考えられる.OKULIXRでは,予想ACDを眼軸長より経験的な式から求めるため,角膜形状の非球面性の影響を受けない.このことは,非球面性が強い,軽度な円錐角膜症例や,角膜屈折矯正術後15)に対しても有効であると示唆される.今回の検討から,角膜手術歴がない白内障症例でも,角膜の非球面性が高度なprolate,あるいはoblateであるものが38%含まれていることが確認された.これらの症例では,角膜形状のデータが十分に加味されないため,SRK/T式では度数誤差が大きくなるという問題が示唆された.角膜形状データと光線追跡に基づいた度数計算法OKULIXRでは,角膜の非球面性に影響を受けにくく,より高精度の度数計算が可能であり,通常の白内障症例に対しても一般的に使用する意義があると考えられた.文献1)OhtaniS,MiyataK,SamejimaTetal:Intraindividualcomparisonofasphericalandsphericalintraocularlensesofsamematerialandplatform.Ophthalmology116:896-901,20092)片岡康志,大谷伸一郎,加賀谷文絵ほか:回折型多焦点非球面眼内レンズ挿入眼の視機能に対する検討.眼科手術23:277-181,20103)BauerNJ,deVriesNE,WebersCAetal:AstigmatismmanagementincataractsurgerywiththeAcrySoftoricintraocularlens.JCataractRefractSurg34:1483-1488,20084)NorrbyS:Sourcesoferrorinintraocularlenspowercalculation.JCataractRefractSurg34:368-376,20085)RetzlaffJA,SandersDR,KraffMC:DevelopmentoftheSRK/Tintraocularlensimplantpowercalculationformula.JCataractRefractSurg16:333-340,19906)ShammasH:IntraocularLensPowerCalculations.p15-24,SLACK,Thorofare,NJ,20047)禰津直久:眼内レンズの術後屈折誤差予測.あたらしい眼科15:1651-1656,19988)GimbelHV,SunR:Accuracyandpredictabilityofintraocularlenspowercalculationafterlaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg27:571-576,20019)石川隆,平野東,村井恵子ほか:光線追跡法による光学的角膜表層切除術術後眼の眼内レンズパワー決定法の考案.日眼会誌104:165-169,200010)PreussnerP,WahlJ,WeitzelD:Topography-basedintraocularlenspowerselection.JCataractRefractSurg31:525-533,200511)PreussnerP,OlsenT,HoffmannPetal:Intraocularlenscalculationaccuracylimitsinnormaleyes.JCataractRefractSurg34:802-808,200812)大鹿哲郎:LASIKにおける眼光学.あたらしい眼科17:1507-1513,200013)EdmundC,SjentoltE:Thecentral-peripheralradiusofthenormalcornealcurvature.Aphotokeratoscopicstudy.ActaOphthalmol(Copenh)63:670-677,198514)橋本行弘:オートレフラクトメータとフォトケラトスコープ機種の比較.前田直之,大鹿哲郎,不二門尚編:角膜トポグラファーと波面センサー,メジカルビュー,200215)RabsilberTM,ReulandAJ,HolzerMPetal:Intraocularlenspowercalculationusingraytracingfollowingexcimerlasersurgery.Eye21:697-701,2006***

角膜鉄粉異物摘出痕腔内に起こる現象の組織学的研究および細隙灯顕微鏡による摘出痕混濁の摘出直後と10 年後との比較

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(123)123《原著》あたらしい眼科28(1):123.130,2011c〔別刷請求先〕松原稔:〒675-1332小野市中町275-1松原眼科医院Reprintrequests:MinoruMatsubara,M.D.,MatsubaraEyeClinic,275-1Naka-cho,Ono-shi,Hyogo-ken675-1332,JAPAN角膜鉄粉異物摘出痕腔内に起こる現象の組織学的研究および細隙灯顕微鏡による摘出痕混濁の摘出直後と10年後との比較松原稔松原眼科医院HistologicalStudyofPhenomenainPitsafterCornealIronForeignBodyExtraction,andSlit-lampMicroscopicStudyofOpacitiesRemainingSoonAfterExtraction,asComparedwith10YearsAfterMinoruMatsubaraMatsubaraEyeClinic目的:角膜鉄粉異物摘出痕腔内に起こる現象を組織学的に研究した.そして摘出直後の痕の形態変化と10年後の摘出痕(片雲)の状態とを比較して,両者の類似性を統計的に検証し,摘出痕にみられた摘出直後の現象が10年後の片雲に至る過程を組織学的に推測した.対象と方法:短期観察群として161名の鉄粉異物の長短径,摘出後4年間観察した5名の摘出痕の長短径と深さの推移,および60名の摘出鉄粉異物の長短径と高さを計測し,31名の摘出鉄粉異物の病理切片を検鏡した.長期観察群として摘出後10年以上経過した159名を細隙灯で観察後131個の摘出痕の長短径と138個の摘出痕の深さを計測した.結果:鉄粉異物は外傷後72時間で錆輪周囲が溶解しフィブリンに包まれて健常角膜から隔離された.72時間以内の摘出では摘出腔壁と腔内に錆が残った.腔内残存錆を覆う上皮細胞塊では線維芽細胞様細胞やコラーゲンを溶解し錆を貪食する細胞がみられ,アポトーシス小体と細胞分裂中の細胞が多くみられた.細胞がバラバラになって水疱内に積み重なっていた.摘出腔壁の残存錆は実質に増殖した線維芽細胞が貪食した.短,長期観察群間で摘出痕の径と深さに差はなかった.結論:錆を覆う上皮細胞に上皮中葉系移行(EMT)に似た変化がみられた.これは裸の二価鉄イオンと涙の溶存酸素がつくる活性酸素が上皮細胞に接触したためと考えられた.実質では錆を貪食した線維芽細胞は周囲の実質細胞ネットワークから摘出痕を孤立させた.錆の拡散を防ぐためと考えられた.Purpose:Thephenomenaoccurringinpitsfollowingcornealironforeignbodyextractionwerestudiedhistologically,andtheconfigurationofopacitiessoonafterextractionwasslit-lampmicroscopicallycomparedwiththeconfigurationatmorethan10yearsafter.CasesandMethods:Theshort-termobservationgroup,comprising161patientswithironforeignbodyand5ironforeignbodypatientswhohadundergoneserialobservationfor4yearsafterextraction,wereexaminedandmeasuredbothastoforeignbodydiameteranddepth,andthepost-extractiveopacities.Rustringsextractedfrom60patientsweremeasuredastobothdiameteranddepth.Specimensof31patientsextractedrustringswereexaminedbylightmicroscopyafterstainingbyhematoxylin-eosin,Perls’andTUNEL(TdT-mediateddUTP-biotinnickendlabeling)stain.Inthelong-termobservationgroup,comprising159patientsatmorethan10yearsafterextraction,131post-extractiveopacitiesweremeasuredastodiameterand138astodepth.Results:Rustringsurroundingsweredissolvedatmorethan72hoursafterinjury,therustringbeingwrappedinfibrinisolatingitfromthenormalcornea.Ifextractionwasperformedwithin72hoursafterinjury,somerustremainedinthepost-extractivepitandwascoveredwithepithelialcells.Thesecellsexhibitfibroblasticshape,dissolvethecollagenofthelamellaewithrustdepositionandphagocytizetherust.Manyapoptoticbodiesandmitoseswereseen,andmanycellsthathadlostthecell-celljunctionaccumulatedinthevacuole.Therustremaininginthestoromawasphagocytizedbyfibroblasts.Therewerenodifferencesbetweenthetwo124あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(124)はじめに鉄はヘモグロビン合成,細胞内の酸化還元反応,細胞増殖およびアポトーシスにとって必須の元素である.一方,過剰な鉄は活性酸素を発生させ細胞毒として作用するため,体内の鉄は蛋白質に包まれて厳重に管理されている1,2).鉄は酸素と水があれば腐食する.角膜表面は瞬目によって新鮮な涙が絶え間なく供給されるため,角膜鉄粉異物(以下,鉄粉異物)の腐食は自然界の数倍の速さで進行し,大量の裸の鉄イオンが角膜に直接接触する.そのため鉄粉異物では感染症の発生がない,外傷後72時間で錆輪周囲が溶解して鉄粉が隔離される,錆輪を覆う上皮が錆を貪食する,錆に触れた上皮細胞にアポトーシスが多発するなどの特異な現象が観察されている3,4).鉄粉異物を摘出術後から長期間観察すると,摘出の時期によって摘出痕腔(以下,腔)内に起こる現象が異なることや,摘出直後の痕と10年後の片雲の形に差のないことがわかった.そこで症例数を増やし観察を続けた結果,錆に接触した上皮細胞が中葉系に移行した可能性と,鉄粉摘出痕が周囲の角膜から孤立して錆の拡散を防いでいる可能性について2,3の知見を得たので報告する.I実験方法短期観察群として,鉄粉異物摘出前後から1~4年間を経時的に細隙灯顕微鏡(以下,細隙灯)で観察した5例の細隙灯写真,実質層錆輪を形成した鉄粉異物161例の細隙灯写真,損傷なく摘出できた鉄粉異物60例の実体顕微鏡写真を用いて鉄粉異物と摘出後4年間の摘出痕の長短径と深さを計測した.31例の摘出鉄粉異物の連続切片の光学顕微鏡所見を分析した.切片はすべてにヘマトキシリン・エオジン染色(以下,HE染色)を施し,そのうち6例には鉄を染めるPerls染色と3例にはアポトーシスを検出するTUNEL(TdT-mediateddUTP-biotinnickendlabeling)染色も施した.鉄粉異物は外傷後72時間を経過すると実質層錆輪周囲が溶解して健常角膜から隔離され,病態が変化するので短期観察群は外傷後72時間を境に前後に分類した3).鉄粉異物の細隙灯写真と摘出鉄粉異物の実体顕微鏡写真は前著3)と同じスライド写真を用い計測法もそれに準じた.長期観察群として,鉄粉異物摘出後10年以上経過したことを問診と診療録で確認した36~92歳の159名(男性145名,女性14名)の角膜を角膜鉄線撮影法5)で撮影し,131個の摘出痕の長短径と138個の摘出痕の深さを計測した.深さの計測には細隙灯のスリット幅可変つまみを1mm幅から徐々に絞り込みながら動画を撮影し角膜断面が認識できる最小幅の写真を使った.幅の広い写真では幅を補正した.長短期観察両群にみられた所見の類似性を統計的に検証し,鉄粉異物摘出痕が片雲に至る過程を組織学的に推測した.文中で使用する鉄粉異物は鉄粉とその下に生成される6種の錆輪6)を総括する言葉とした.各々の錆輪は,表層錆輪,上皮層錆輪,基底膜錆輪,Bowman層錆輪,実質層錆輪,穿孔錆輪と記述し,錆輪は錆の沈殿したラメラ(実質層錆輪)を意味する言葉として使った.錆は緑色の水酸化第一鉄,茶色の水酸化第二鉄,黒色の四酸化三鉄がいろいろな割合で混合したものを指す言葉として使い,必要なときは各水酸化鉄の名称で記述した.細隙灯撮影,鉄粉異物摘出術および摘出鉄粉異物の病理切片作製に際しては十分なインフォームド・コンセントを行った.II結果1.鉄粉異物の成長と摘出痕経過の模式図および対応する細隙灯写真(図1)直径が0.4mm程度の大きな鉄粉は角膜表面に付着後30分で上皮層に錆を沈殿させた.12時間経過すると錆の沈殿はBowman層に達し(図1a),24~72時間で鉄粉の大きさに比例した構成で鉄粉の下に6種の錆輪が完成した(図1b).72時間を経過すると実質層錆輪の周囲が溶解して鉄粉異物はフィブリンに包まれて周囲の角膜から隔離された(図1c).鉄粉と上皮層錆輪が落下してBowman層錆輪と実質層錆輪だけが残存した場合は,上皮が残存錆輪を覆った後72時間よりも遅れて錆輪周囲が溶解して錆輪はフィブリンに包まれて隔離された(図1d).実質層に錆輪をつくった鉄粉異物を72時間以内に摘出を行った場合は実質層錆輪の成長に応じて,細隙灯では発見しにくい緑色の水酸化第一鉄が腔壁groupsintermsofpost-extractiveopacitydiameterordepth.Conclusion:Theepithelialcellsthatcoveredtheresidualrustwellexpressedfunctionandformresemblingepithelial-mesenchymaltransition(EMT).Ferrousionintherustactivateoxygeninthetearstoreactiveoxygenspecies(ROS),exposingepithelialcellstoROSandchangingthemintoEMT.Inthepost-extractiveopacities,themultipliedfibroblastsphagocytizedtheresidualrustinthestromaandstoodalonefromneighboringcornealcellnetworkstopreventrustdiffusion.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):123.130,2011〕Keywords:上皮中葉系移行,アポトーシス小体,活性酸素,角膜鉄粉異物,錆輪.epitherial-mesenchymaltransition(EMT),apoptoticbody,reactiveoxygenspecies(ROS),cornealironforeignbody,rustring.(125)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011125と腔内に残った.摘出に難渋した症例は再来時に腔を覆う上皮に水酸化第二鉄の茶色の錆を認めることが多かった(図1e).錆を含む上皮は1~2週で腔壁から遊離した(図1f).遊離した上皮は容易に摘出できたことから放置しても自然に脱落することが推測できた.1~1.5カ月で腔内の混濁が消えたが腔壁と腔底に混濁が残った(図1g).この混濁は徐々に濃度を減らしながら長期にわたって存在した.Hudson-Stahli線発生領域8)に存在した摘出痕には摘出後2年で鉄線30分・12時間・24時間での錆輪の成長.24~72時間で実質層錆輪完成.72時間以上経過で実質層錆輪周囲が溶解.残存錆輪を上皮被覆後錆輪周囲が溶解.表層錆輪の下方で上皮層錆輪はB層に達す.腔壁,腔底,腔内の残存錆輪を上皮が被覆.腔内の増殖上皮が上皮中葉系移行(EMT).腔壁から増殖した上皮が腔内に充満.錆貪食線維芽細胞が腔内孤立で錆拡散阻止.茶色の残存錆輪を含む増殖上皮.EMT細胞塊を腔内増殖上皮が挙上.増殖したEMT細胞塊を摘出後の腔内面.摘出術後2年で片雲の下端に角膜鉄線発生.バー=0.5mm.実質層錆輪周囲に細胞浸潤著明.実質層錆輪周囲の溶解(矢印は溶解線).鉄粉と上皮層錆輪が落下すると周囲の溶解は遅れる(矢印).abcdefgh凡例:共通構造は角膜上皮層,Bowman層および実質.輪郭線を除いて黒色は鉄,錆,フェリチン,水酸化第二鉄.鉄粉異物周囲の白色はフィブリン.実質の丸い細胞は白血球.上皮層錆輪内外の細胞はネクローシスを起こした細胞.実質層錆輪外側灰色は水酸化第二鉄,内側白色は水酸化第一鉄.錆輪内部の上方は実質細胞,下方は増殖した線維芽細胞.摘出痕腔内の細胞塊は上皮中葉系移行細胞(EMT)でアポトーシス,細胞分裂,接着機能喪失細胞,線維芽細胞を含む.摘出痕は異コラーゲン繊維の中に錆を残余小体として保有する線維芽細胞.72時間以上経過72時間以内摘出図1鉄粉異物の成長と摘出痕経過の模式図および対応する細隙灯写真126あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(126)が発生した(図1h).2.72時間以内鉄粉異物摘出症例の術後10カ月間の正面と断面の細隙灯写真(図2)夜間救急外来受診症例(37歳,男性)で鉄粉を摘出したが錆輪が瞳孔領で角膜深層に達していたため一部を残し当院へ紹介された.2日後に再摘出して以後588日(供覧写真は10カ月まで)定期的に観察した.術後6カ月間は霧視を訴えた.再摘出術後588日の視力は1.2であった.再摘出後1カ月まで摘出痕を覆う上皮がフルオレセインに染まった.腔内の混濁は再摘出後1.5カ月まで認められた.腔は底を眼球中心に向けた半円形をなし健常角膜との境に強い混濁がみられた.時間の経過とともに腔壁の混濁の程度は変化したが,腔の深さは観察期間中不変であった.3.72時間以内の鉄粉異物摘出で残存した錆輪を包む増殖細胞塊の組織所見(図3)初回の鉄粉異物摘出時に錆輪の一部が残った症例(46歳,男性)で14日後に腔内の残留錆輪を包む増殖上皮を摘出した(図1f).組織切片では基底膜やコラーゲン繊維などの足場のない空間に延びる細胞(図3a),ラメラ内に線維芽細胞様形態の細胞が侵入(図3b),ラメラのコラーゲンが溶解している(図3c),錆を貪食した細胞(図3d)がみられた.細胞が連結能を失って水疱内にバラバラになって積み重なっていた(図3e).この水疱を連続切片で追跡すると管状になっていて末端は外界に解放されていた(図3f).アポトーシス小体,アポトーシス細胞と細胞分裂像が同一画面で多数みられた(図3g).4.実質層錆輪を残して72時間以上経過した症例の摘出錆輪の組織所見(図4)鉄粉と上皮層錆輪が落下した症例(57歳,男性,図1d)ではBowman層錆輪と実質層錆輪が残りその上を増殖上皮層が覆っていた.組織切片では錆輪を覆う増殖上皮に錆の貪食やアポトーシス小体はみられなかった(4a,b).5.72時間以上経過した実質層錆輪の水平断面連続切片の組織所見(図5)周囲をフィブリンで包まれた実質層錆輪(図1c)のHE染色水平断の連続切片を約30~50μm間隔で並べた.錆の沈殿したラメラの幅は表層で厚く(図5a),深層では薄く3~4葉であった(図5d).上部錆輪の中央部では渦巻き模様をしたラメラの間に変形した角膜実質細胞(以後,実質細胞)がみられた(図5e).錆輪深層ではラメラに沿って線維芽細胞の過増殖がみられた(図5f).錆輪の周囲を線維芽細胞,多核白血球,フィブリンが取り囲んでいた(図5g).6.鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕の細隙灯写真,72時間以上経過した鉄粉異物の細隙灯写真および摘出した鉄粉異物の実体顕微鏡写真による長短径計測値の比較(表1)摘出後10年以上経過した摘出痕の短径平均値は0.45mm,長径平均値は0.49mm,摘出前の鉄粉異物の短径平均値は0.37mm,長径平均値は0.47mm,摘出した鉄粉異物の短径平均値は0.37mm,長径平均値は0.44mmであった.細隙灯写真で周囲に溶解線の見える鉄粉異物では内径を計測した(図1c,dの矢印).これらでは外径から内径を引いた値は内径の約20%であった.摘出痕が鉄粉異物よりも短径で0.08mm,長径で0.05mm大きいことから摘出痕が溶解線外径で形成されていることが推測できた.細隙灯鉄粉異物と摘出鉄粉異物の長短径各々の摘出痕の長短径に対するPearson積率相関係数は0.95から0.99であった.7.摘出鉄粉異物の実質層錆輪高と鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕の深さの比較(表2)摘出後10年以上経過した摘出痕の細隙灯写真での計測で摘出痕の深さを角膜厚で除した値の平均値は0.37であった.摘出した鉄粉異物の実質層錆輪の高さに上皮層厚0.05mmを加えた値を角膜厚0.5mmで除した値の平均値は0.37であった.数字は術後日月数バー=1.0mm初診日10日1カ月1.5カ月3カ月5カ月8カ月10カ月図272時間以内鉄粉異物摘出症例の術後10カ月間の正面と断面の細隙灯写真(127)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011127cbfgdea図372時間以内の鉄粉異物摘出で残存した遊離錆輪を包む増殖細胞塊の病理切片の光学顕微鏡写真a:腔内に延びる細胞.HE染色.バー=20μm.b:錆輪に進入する線維芽細胞様の細胞(矢印).HE染色.バー=10μm.c:ラメラが溶けた状態.HE染色.バー=20μm.d:錆を貪食した細胞.黒矢印は細胞内の錆,白矢印は水疱内の錆.Perls染色.バー=10μm.e:バラバラになった細胞が水疱内に積み重なる.Perls染色.バー=10μm.f:腔内に遊離した残存錆輪を包む細胞群.細胞の積み重なった水疱.矢印は細胞の詰まった水疱内容物排出痕.Perls染色.バー=100μm.g:アポトーシス細胞,アポトーシス小体,細胞分裂.HE染色,バー=10μm.ab図4実質層錆輪を残して72時間以上経過した症例から摘出した錆輪の病理切片の光学顕微鏡写真a:錆輪の上に伸展した細胞群にアポトーシス小体の出現はない.HE染色.バー=20μm.b:錆輪に載った細胞群に錆の貪食はみられない.Perls染色.バー=20μm.128あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(128)表1鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕,72時間以上経過した鉄粉異物および摘出した鉄粉異物の長短径計測値鉄粉異物と摘出痕の面積(mm2)摘出痕の細隙灯写真鉄粉異物の細隙灯写真摘出鉄粉異物の実体顕微鏡写真数短径長径数短径長径数短径長径~0.0550.180.2080.190.2430.190.23~0.10230.290.30370.260.32150.270.31~0.1580.300.43320.320.39110.310.40~0.20300.400.44350.370.47150.390.47~0.25290.490.51160.420.5370.440.54~0.3070.500.6080.500.5640.490.56~0.3510.500.7050.520.6410.530.60~0.40110.600.6070.530.72~0.4560.600.7040.590.7210.600.75~0.5050.680.7220.630.7610.650.70~0.5510.600.9010.540.95~0.6010.700.8010.700.8610.700.80~0.6510.800.8020.611.04~0.7010.701.0010.701.00~0.8010.810.95~0.8510.701.22~0.9510.811.16~1.0021.001.00平均131個0.450.49161個0.370.4760個0.370.44摘出痕の長短径に対するPearson積率相関係数0.950.950.990.98aefgbcd図572時間以上経過した実質層錆輪の病理切片の光学顕微鏡写真(すべてHE染色)a~d:実質層錆輪の水平断面の連続切片弱拡大.左は実質層錆輪表層,右は深層.各切片の間隔は30~50μm.バー=100μm.eはaの枠内拡大図,錆輪中央部にみられる実質細胞.fはd中央部の枠内の拡大図,錆輪中央部ラメラの間に過剰に増殖した線維芽細胞.gはd下方の枠内の拡大図,錆輪外周を包むフィブリンと多核白血球と線維芽細胞.バー=10μm.(129)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011129III考按鉄は酸素運搬や酵素活性に必須の元素であるが,過剰鉄は活性酸素などのラジカルを発生させて生体を傷害するため細胞への鉄の出入りは分子レベルで制御されている.鉄粉異物が発生する裸の鉄である錆の取り込み機構と鉄の運搬を担う蛋白質に包まれたトランスフェリンの取り込み機構とはまったく異なる(図6).トランスフェリンの取り込みはどの細胞でも常時行われている機能であるが,錆のような裸の鉄の取り込みは細胞にとっては危険である.錆がリソソームに取り込まれた後,内部のpHが変化すると二価鉄イオンが外に漏れて活性酸素を発生させてアポトーシスをひき起こす可能性があるからである.二価鉄が触媒として活性酸素を発生させることはFenton反応としてよく知られているが,最近二価鉄と酸素が接触するだけで活性酸素が発生することが報告されている7).このことから鉄粉異物は受傷後72時間を経過すると錆輪の周囲が溶けてフィブリンに包まれて健常角膜から隔離されるが,これは活性酸素に対する生体防御反応と考えられる3).アスベスト吸入に伴う肺疾患はアスベストに含まれる鉄が活性酸素を発生させ肺胞細胞にアポトーシスを起こしたり上皮中葉系移行(epitherial-mesenchymaltransition:EMT)を起こすためである8).また,細胞内自由鉄の動向がEMT発生に影響を与えること9)など鉄イオンとEMTの関係について報告されている.EMTは胎生期の成長,癌の転移,組織修復の過程で主要な役割を演じる.形態的には上皮細胞が六角形状を失い線維芽細胞様になり,上皮細胞の主要機能である細胞同士の接着性を失い,中胚葉系細胞機能を獲得し移動能力が活性化する10).EMTの判定には免疫染色が用いられる.たとえば,上皮細胞の細胞骨格であるサイトケラチンと線維芽細胞の細胞骨格であるビメンチンをモノクローナル抗体を使って免疫染色をして両者を鑑別するなどである10).角膜では角膜上皮基底細胞のEMTが翼状片発生に重要な役割を果たしている表2摘出鉄粉異物の実質層錆輪の高さと鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕の深さ鉄粉異物と摘出痕の面積(mm2)摘出痕混濁の深さ鉄粉異物の実質層錆輪の高さ個数深さの角膜厚に対する割合個数実質層錆輪高角膜厚に対する割合~0.0580.3830.070.24~0.1080.36150.090.28~0.15170.35110.100.30~0.20170.30150.160.42~0.25150.3870.140.38~0.30210.3640.210.52~0.35110.3710.220.54~0.4050.38~0.4550.3810.210.52~0.5060.3510.220.54~0.5530.38~0.60100.3910.20.5~0.6530.43~0.7020.4210.20.5~1.0070.41総数と平均値138個0.3760個0.13mm0.37核FerritinEndocytosisEndosomeLysosomeTfR1DMT1残余小体pH:apo-transferrin:transferrin:錆○:Fe2+●:Fe3+●:Fe3O4TfR1:transferrinreceptor1DMT1:divalentmetaltransporter1図6トランスフェリンの取り込みと錆の取り込みの機構(文献2から改変して引用)130あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(130)ことが報告されている11).腔内残存錆輪を包む組織の切片では線維芽細胞様に細長くなった細胞が錆の沈殿したラメラ内に侵入し,コラーゲンを溶かし,錆を貪食し,細胞分裂とアポトーシスが多発し,細胞がバラバラになって水疱内に積み重なるなどの現象がみられた.これは免疫染色を行っていないが増殖上皮細胞が中葉系に移行した可能性が示唆された.二価鉄イオンと涙の含有酸素が反応して発生した活性酸素が増殖上皮細胞に触れたことが原因と考える.72時間以内摘出鉄粉異物をTUNEL染色すると上皮細胞と実質細胞の核の約半数が陽性に染まった.しかしアポトーシス小体は観察できなかった.TUNEL染色陽性はDNA断裂の証明になるがネクローシスでもDNAは断裂するのでアポトーシスの確定診断にはならない.そのため実質層錆輪表層では実質細胞に変形がみられたがアポトーシスと断定できない.しかし,深層にみられる線維芽細胞は輪部から遊走してきた線維芽細胞ではなくて実質細胞の過増殖である可能性が家兎角膜の実験12)から推測できるので,鉄粉異物摘出後短期間の時系列的観察で摘出痕の混濁が淡くなるのは,過増殖した細胞にアポトーシスが起こり数を減らしたと推測できる.鉄粉異物摘出痕の径と深さは10年以上経過しても変化はみられなかった.細胞内に貪食した錆を残余小体として保有する線維芽細胞が周囲の健常な実質細胞ネットワークに参加しないで,孤立して摘出痕内で集団になった結果と考える.鉄粉異物摘出痕にみられるこれらの現象は錆の拡散と錆の再活性化による活性酸素発生を防ぐための角膜での生体防御反応と考える.錆輪内部の線維芽細胞過増殖や摘出痕の10年間以上の不変はウサギの角膜に墨汁を注入した実験13)で示された現象に類似する.本論文の要旨は第34回角膜カンファランスで発表した.文献1)AisenP,EnnsC,Wessling-ResnickM:Chemistryandbiologyofeukaryoticmetabolism.IntJBiochemCellBiol33:940-959,20012)高橋裕,生田克哉:鉄代謝の分子機構.IronOverloadと鉄キレート療法(堀田知光,押味和夫監修),p25-35,メディカルレビュー社,20073)松原稔:角膜錆輪に起こる化学反応とその生成物・角膜の生体防御機構と鉄の細菌感染阻止機序.あたらしい眼科25:389-398,20084)松原稔:角膜錆輪を覆う上皮にみられる細胞死の組織学的研究.あたらしい眼科26:379-385,20095)松原稔:日本人角膜鉄線の形と分布にみる角膜鉄線発生機序の細隙灯顕微鏡写真による研究.臨眼63:725-730,20096)松原稔,吉田宗儀,増子昇:角膜錆輪の組織学的研究.臨眼58:1957-1960,20047)HuangX:Ironoverloadanditsassociationwithcancerriskinhumans:evidensforironasacarcinogenicmetal.MutatRes533:153-171,20038)KampDW:Asbestos-inducedlungdiseases:anupdate.TranslRes153:143-152,20099)ZhangKH,TianHY,GaoXetal:Ferritinheavychainmediatedironhomeostasisandsubsequentincreasedreactiveoxygenspeciesproductionareessentialforepithelialmesenchymaltransition.CancerRes69:5340-5348,200910)ThieryJP,SleemanJP:Complexnetworksorchestrateepithelial-mesenchymaltransitions.NatRevMolCellBiol7:131-142,200611)KatoN,ShimmuraS,KawakitaTetal:b-Cateninactivationandepithelial-mesenchymaltransitioninthepathogenesisofpterygium.InvestOphthalmolVisSci48:1511-1517,200712)WolterJR,ShapiroI:Morphologyofthefixedcellsofthecorneaoftherabbitfollowingincision.AmJOphthalmol40:24-28,195513)上田淳子:墨汁およびラテックス粒子を投与したウサギ角膜実質の電子顕微鏡的研究.近畿大医誌12:11-22,1987***

眼類天疱瘡の急性期臨床所見としての膜様物質とそのムチン発現

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(119)119《原著》あたらしい眼科28(1):119.122,2011cはじめに眼類天疱瘡(ocularcicatricialpemphigoid:OCP)はII型アレルギー反応により角結膜上皮の瘢痕化をきたす疾患で,粘膜上皮基底膜に対する自己抗体産生によるとされている1~3).一般的にOCPの診断は,臨床経過,結膜生検による免疫学的,組織学的診断をもってなされる4~6).臨床所見としては,後期には瞼球癒着,涙点閉鎖,瘢痕期においては杯細胞の消失によるドライアイがよく知られている1,2).しかし,慢性に経過することも多く,急性増悪期には充血や上皮欠損といった非特徴的なものが主体であり,診断がつきにくいこともある1,3).今回,ミドリンPR点眼液の頻回点眼を契機に急性増悪し,膜様物の出現という特徴的な臨床所見が〔別刷請求先〕佐々木香る:〒860-0027熊本市西唐人町39出田眼科病院Reprintrequests:KaoruAraki-Sasaki,M.D.,IdetaEyeHospital,39Nishi-tojincyo,Kumamoto860-0027,JAPAN眼類天疱瘡の急性期臨床所見としての膜様物質とそのムチン発現横山真介*1佐々木香る*1齋藤禎子*2堀裕一*3渡辺仁*4出田隆一*1*1出田眼科病院*2大阪大学大学院医学系研究科眼科学講座*3東邦大学佐倉病院眼科*4関西労災病院眼科MembranousMaterialandItsMucinExpressionasClinicalSignofAcuteProgressioninOcularCicatricialPemphigoidShinsukeYokoyama1),KaoruAraki-Sasaki1),TeikoSaitoh2),YuichiHori3),HitoshiWatanabe4)andRyuichiIdeta1)1)IdetaEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaUniversityMedicalSchool,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,4)DepartmentofOphthalmology,KansaiRosaiHospital目的:眼類天疱瘡(ocularcicatricalpemphigoid:OCP)の急性期臨床所見について興味ある知見を得たので報告する.症例:85歳,女性.両眼軽度の角膜白斑および瞼球癒着を認めていた.白内障の進行に伴い,自己判断にてミドリンPR点眼液の頻回投与を行ったところ,毛様充血と広範囲の角膜上皮欠損が出現した.瞼球癒着が進行するため,OCPの急性悪化と判断し,現行点眼の中止とともに,ステロイドの全身,局所投与を開始した.翌日,9時方向輪部から泡状粘性物質が生じ,膜状に角膜欠損部全面を覆った.羊膜被覆を施行したところ,羊膜上にも泡状膜様物質が広がった.この膜様物質は蛍光抗体法にてMucin-5AC(MUC5AC)陽性,Mucin-16(MUC16)陰性であった.さらにシクロスポリン内服,点眼を追加し,1.5カ月後に完全な消炎を得て羊膜を外すと,泡状膜様物質の発生部位(9時方向輪部)で強い羊膜の癒着を認めた.その後,角結膜上皮欠損と瞼球癒着の再燃に対し羊膜被覆を2回施行して消炎を得た.考按:OCP急性増悪時の急性期臨床所見として,角膜上皮欠損に続くMUC5AC発現を伴う泡状膜様物質を提案する.Case:An85-year-oldfemalesufferedfrommildfornixshortening.Toresolveblurredvisionresultingfromcataract,sheelectedtousetropicamideeyedrops.Largecornealerosionwithciliaryinjectionthenoccurredinherrighteye.Underadiagnosisofocularcicatricialpemphigoid(OCP)progression,alleyedropswerestoppedandsteroidwasapplied,orallyandfocally.Thefollowingday,foamingmucousmaterialwasproducedfromthelimbusat9o’clockthatcoveredtheentirecornealerosionlikeasheetofmembrane.Thismembranousmaterial,immunohistochemicallyshowntobeMUC5AC-positiveandMUC16-negative,alsospreadoverthetransplantedamnioticmembrane.Additionalcyclosporinesettledtheinflammationin1.5months.Thetransplantedamnioticmembraneattachedtightlytothelimbusat9o’clock.Conclusion:Weproposethatcornealerosionwithfoamingmucousmembranousmaterial,withMUC5ACproduction,isaclinicalsignofacuteprogressioninOCP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):119.122,2011〕Keywords:眼類天疱瘡,ムチン,MUC-5AC,ドライアイ,羊膜.ocularcicatrialpemphigoid,mucin,MUC-5AC,dryeye,amnioticmembrane.120あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(120)みられたOCPの1例を経験したので報告する.I症例患者は85歳,女性.眼既往として両眼の陳旧性角膜実質炎,両眼の人工無水晶体眼および高度近視による網脈絡膜萎縮があり近医にて経過観察をしていた.視力の改善目的に自己判断で散瞳剤(ミドリンPR点眼液)を頻回に点眼したところ,右眼の充血,疼痛が生じ出田眼科病院を受診した.2007年11月6日初診時,右眼の6時から12時方向にかけて,耳側輪部および結膜を含む広い範囲の角結膜上皮欠損,高度の結膜充血,瞼球癒着を認めた(図1a,b).僚眼には軽度の瞼球癒着を認めた.視力はVD=眼前手動弁(矯正不能),VS=0.01(矯正不能),眼圧は非接触型にて測定不能であった.眼底は両眼網脈絡膜萎縮を認めた.なお,全身的には高血圧を認めるものの,口腔内および皮膚所見は認められなかった.初診時所見から自己免疫疾患を疑い,プレドニゾロン眼軟膏,オフロキサシン眼軟膏それぞれ1日4回,プレドニゾロン20mg内服を開始した.11月9日には6時から12時方向の輪部を含む上皮欠損の拡大と瞼球癒着の進行を認めたため,OCPの急性増悪と判断し,内服治療継続のうえ,点眼治療(リン酸ベタメタゾン,レボフロキサシン,シクロスポリン点眼各1日5回)に変更した.11月13日,広範の上皮欠損を覆うように,9時方向輪部から泡状粘性物質が出現し(図1c),その後,上皮欠損を覆うように角膜全体へと広がった.泡状粘性物質は一塊として採取可能であった.さらに輪部を含む角膜上皮欠損を覆うように上皮面を上にして保存羊膜被覆を施行したところ,移植した羊膜上にも泡状膜様物質が出現し(図1d),採取,組織解析を施行した.採取時に泡状膜様物質が眼瞼結膜を架橋する形で癒着が生じていることが確認された.高度の炎症に伴う瞼球癒着が進行するためプレドニゾロン内服を30mgに増量し,11月23日よりシクロスポリン10mg内服も加えて投与した.羊膜下の状況把握,視認性向上を目的に,羊膜被覆の中央部を開窓した.羊膜下組織の採取,観察にて羊膜下に上皮細胞を確認できたため,12月21日に一旦羊膜を除去した.泡状膜様物質が最初に出現した耳側輪部は羊膜と羊膜下組織に強い癒着が生じており,除去が困難であったため残存した(図1e).その後もステロイド点眼,内服を継続して行ったにもかかわらず,12月25日には耳側結膜と輪部および角膜中央部に孤立性に再び大きな上皮欠損が出現した.羊膜被覆の再施行,脱落,再燃,再々施行をくり返した後,徐々に消炎した.以降,再燃時には増悪期にみられた泡状膜様物質の出現は認められなかった.3回目の羊膜被覆が3カ月持続して自adbec図1泡状膜様物質発症前後の前眼部所見a:眼類天疱瘡急性増悪時の前眼部所見.高度の結膜充血と広範囲の角結膜上皮欠損,円蓋部短縮(矢印)を認める.b:眼類天疱瘡急性増悪時のフルオレセイン所見.輪部を含む広範囲の角結膜上皮欠損を認める.c:泡状膜様物質発生時の前眼部所見.泡状粘性物質が耳側輪部から出現し,その後上皮欠損を覆うように拡がった.d:羊膜被覆上に発症した泡状膜様物質所見.羊膜被覆上にも泡状膜様物質が出現した.e:羊膜被覆除去時の前眼部所見.泡状膜様物質が発生した耳側輪部(矢印)で羊膜が強い癒着を認め,解離困難であった.(121)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011121然脱落した後は,高度の血管侵入,瞼球癒着と角膜耳側輪部の角化様所見を残し,鎮静化した.II泡状膜様物質の組織解析羊膜被覆時に採取された泡状膜様物質をホルマリン固定して,薄切切片を作製し,ヘマトキシリン染色および抗ムチン抗体(MUC5AC:791抗体,MUC16:CA125,DACO社)を用いた免疫染色を施行した7,8).HE(ヘマトキシリン・エオジン)染色では滲出物と思われる無構造均一な組織と少量の好中球を認めた.また,免疫染色法によるムチン解析では,無構造均一組織の表層がMUC5AC陽性,MUC16陰性であった(図2a,b,c).III考按OCPの急性増悪像についての詳細な記載は,筆者らの知る限り少ない.その理由として,眼類天疱瘡は充血,流涙,灼熱感,視力低下,異物感を訴えて受診することが多く,急性期においては結膜炎と診断されやすいことがあげられる.したがって,後期あるいは瘢痕期の臨床像が多く報告されている1~3,6).今回,OCPの急性増悪期に角膜結膜上皮欠損と同時に粘性をもつ泡状膜様物質の出現を認めた.①除去したにもかかわらず,膜様物質が羊膜被覆後にも出現したこと,②田ら9)がOCPの初期に偽膜様粘性眼脂が出現すると指摘していること,③他施設における同様の症例(図3:NTT九州病院松本光希先生のご厚意による)においても,注意深く観察すると泡状膜様物質の出現を認めることの3点から角膜上皮欠損と泡状膜様物質の出現がOCPの急性期所見として特徴的である可能性が示唆された.OCPのごく初期に角膜上皮欠損が先行することはSgrullettaらにより2007年に報告されているとおりである10)が,角膜上皮欠損だけでは非特異的であり,今回観察された泡状膜様物質出現を伴うことがより診断の補助につながるのではないかと考えた.眼表面および涙腺に存在するムチンとしてはMUC1,MUC4,MUC16,MUC5ACが知られている11,12).このうち,MUC5ACは杯細胞から分泌されるムチンであり,ゲル化作用をもつとされる.今回観察された泡状膜様物質は,線維素と思われる均一組織の表層にゲル化作用のあるMUC5AC陽性であった.術中所見として瞼結膜との間に架橋がみられたことや,泡状膜様物質の最初の発生部位である輪部で羊膜の強い癒着が生じたことなどから,この物質がOCPにおける瞼球癒着の形成にかかわっている可能性も推察される.さらに,Souchierらは緑内障治療薬点眼中の患者にMUC5ACの発現上昇を認めると指摘し,特に塩化ベンザルコニウム添加製剤において発現率が高く,ブレブの線維化をきたすことで濾過手術成功率に影響を与えうるとしている13).このような知見からもMUC5ACの発現は,OCPにおける急性増悪期の病態において何らかの関与を示すものと思われる.その発生意義については,不明であるが,急性の広範囲の上皮欠損直後に出現したことから,炎症に伴う線維素組織の析出と同時に何らかの代償的機構により杯細胞の活動が亢進した可abc図2泡状膜様物質の組織学的解析a:HE染色.無構造均一な組織と少量の好中球を認める.Bar:200μm.b:抗MUC5AC抗体,c:抗MUC16抗体による免疫染色.無構造均一の組織の表層はMUC5AC陽性であり,MUC16陰性であった.Bar:50μm.図382歳,女性:眼類天疱瘡矢印の部分に泡状粘性物質を認める.(NTT九州病院松本光希先生ご提供)122あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(122)能性あるいは杯細胞の破壊に伴う一過性の亢進などが推測される.本症例の2回目以降の再燃時には,この泡状膜様物質の出現は認めなかった.ステロイドがすでに投与されていたため,あるいは杯細胞を含む産生物質の枯渇などが推測される.OCPの確定診断は,basementmembranezone(BMZ)への免疫グロブリンの沈着を証明することである4~6).ただし,OCP患者の結膜生検サンプルからBMZへの免疫グロブリン沈着が観察される頻度は20.67%とされ4),BMZに免疫グロブリンの沈着が認められないことがOCPを除外する根拠とはならない.本症例は,BMZへの免疫グロブリン沈着を確認しておらず,鑑別疾患として偽類天疱瘡や薬剤毒性,輪部疲弊症なども否定できない.特に眼類天疱瘡と薬剤性偽眼類天疱瘡とは,薬剤使用の有無以外は本質的に同じ病態であり,両者とも免疫反応に起因するという考え方が支配的であり,本症例においては鑑別がむずかしい.ただ本症例では,1)元来,両眼に軽度の瞼球癒着を認めていたこと,2)薬剤性偽眼類天疱瘡で最も多くみられる原因薬剤である緑内障治療薬やアミノグリコシド系抗菌薬などの使用歴がないこと,3)薬剤(散瞳剤点眼)が契機とはなっているが,この点眼中止ののち,ステロイド減量中にも再燃したこと,4)さらに再燃した際,角膜上皮欠損と結膜上皮欠損が比較的大きな範囲で孤立して不整な円形で生じ,臨床的に明らかに薬剤毒性や輪部疲弊とは異なる所見を呈したこと,5)経過中,継続的に瞼球癒着が進行したことから,薬剤性偽眼類天疱瘡の病態も含めて,薬剤が契機となった眼類天疱瘡と判断した.角膜上皮欠損に伴うMUC5AC陽性泡状膜様物質の出現は,OCPの急性期に関わる臨床所見と思われた.文献1)FosterCS,AhmedAR:Intravenousimmunoglobulintherapyforocularcicatricialpemphigoid:apreliminarystudy.Ophthalmology106:2136-2143,19992)MondinoBJ,BrownSI:Ocularcicatricialpemphigoid.Ophthalmology88:95-100,19813)GazalaJR:Ocularpemphigus.AmJOphthalmol48:355-362,19594)BeanSF,FureyN,WestCEetal:Ocularcicatricialpemphigoidimmunologicstudies.TransSectOphthalmolAmAcadOphthalmolOtolaryngol81:806-812,19765)LeonardJN,HobdayCM,HaffendenGP:Immunofluorescentstudiesinocularcicatricialpemphigoid.BrJOphthalmol118:209-217,19886)AhmedM,ZeinG,KhawajaFetal:Ocularcicatricialpemphigoid:pathogenesis,diagnosisandtreatment.ProgrRetinEyeRes23:579-592,20047)ArguesoP,BalaramM,Spurr-MichaudSetal:DecreasedlevelsofthegobletcellmucinMUC5ACintearsofpatientswithSjogren’ssyndrome.InvestOphthalmolVisSci43:1004-1011,20028)HoriY,Spurr-MichaudS,RussoCetal:Differentialregulationofmembrane-associatedmucinsinthehumanocularsurfaceepithelium.InvestOphthalmolVisSci45:114-122,20049)田聖花,島.潤:眼類天疱瘡.眼科プラクティス18巻,前眼部アトラス(大鹿哲郎編),p59-60,文光堂,200710)SgrullettaR,LambiaseA,MiceraAetal:Cornealulcerasanatypicalpresentationofocularcicatricialpemphigoid.EurJOphthalmol17:121-123,200711)GipsonIK:Distributionofmucinsattheocularsurface.ExpEyeRes78:379-388,200412)GipsonIK,Spurr-MichaudS,ArguesoP:Roleofmucinsinthefunctionofthecornealandconjunctivalepithelia.IntRevCyt231:1-49,200313)SouchierM,BurnN,LafontainePOetal:Trefoilfactorfamily1,MUC5ACandhumanleucocyteantigen-DRexpressionbyconjunctivalcellsinpatientswithglaucomatreatedwithchronicdrugs:couldthesemarkerspredictthesuccessofglaucomasurgery?BrJOphthalmol90:1366-1369,2006***

患者の意識改革を目指す糖尿病教育の方向性について ─患者アンケート調査から─

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(113)113《第15回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(1):113.117,2011c〔別刷請求先〕中泉知子:〒153-8934東京都目黒区中目黒2-3-8東京共済病院眼科Reprintrequests:TomokoNakaizumi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoKyosaiHospital,2-3-8Nakameguro,Meguro-ku,Tokyo153-8934,JAPAN患者の意識改革を目指す糖尿病教育の方向性について─患者アンケート調査から─中泉知子*1善本三和子*2加藤聡*3*1東京共済病院眼科*2東京逓信病院眼科*3東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学DirectionofDiabetesMellitusEducationIntendedtoChangePatientAttitudes:BasedonPatientSurveyTomokoNakaizumi1),MiwakoYoshimoto2)andSatoshiKato3)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoKyosaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoTeishinHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TokyoUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:内科主導の糖尿病教室において,糖尿病患者教育に必要なことをアンケート調査にて調べた.対象および方法:三郷中央総合病院通院中の糖尿病(DM)患者のうち,DM教室出席者185名(教室群)と,眼科外来受診患者170名(外来群)を対象に,病識に関するアンケート調査(計25項目)を筆記にて行った.結果:教室群では外来群に比較して年齢が若く,DM罹病期間が短いものが多かった.DM発見契機は,両群ともDM以外の疾患の発見を契機にDMが発見された患者が半数以上を占め,最も多かった.教室群患者のDM内科以外の他科受診状況では,循環器内科を受診している患者が全体の44%を占めていた.教室群では,自分の血糖コントロール状態や,食事への配慮などDMに関する病識が乏しく,眼合併症に関する認知度も低かった.さらに,教室群の67%が眼科未受診で,そのうち18%が眼科的自覚症状(+)でも未受診であった.患者の疾病に対する意識としては,DM治療に対して,教室群のほうが積極的な関わりをもちたいと考える者が多かった.結論:教室群患者は,DMに対して危機感をもち積極的に関わろうとしているにもかかわらず,通常の入院および通院治療における関与だけでは,教育が不十分であることがわかった.合併症予防のためには,より密接な連携に基づく教育システムの構築が必要であると考えられた.Aquestionnairesurveyexaminedthenecessarycomponentsofdiabetesmellitus(DM)patienteducationwithregardtoacourseonDM.OfDMpatientswhowerevisitingMisatoCentralGeneralHospital,surveysubjectscomprised185attendeesofaDMcourse(course-attendinggroup)and170outpatientsseenbyOphthalmology(outpatientgroup).Subjectscompletedaquestionnairesurveyregardingdiseaseawareness(totalof25items).Thecourse-attendinggroupwasoftenyoungerandhadsufferedfromDMforashorterperiodoftime.RegardingtheimpetusforDM’sdetection,inmostpatientsinbothgroupstheirDMwasfoundbecauseaconditionotherthanDMhadbeendetected.OftheDMcourse-attendingpatientswhowereseenbyadepartmentotherthantheDepartmentofDiabeticMedicine,44%wereseenbyCardiovascularMedicine.Thecourse-attendinggrouphadlimitedawarenessofdealingwithDMintermsofsuchaspectsasbloodglucosecontrolanddietaryconsiderations,andhadlittleawarenessoftheocularcomplicationsassociatedwithDM.Moreover,67%ofthecourse-attendinggrouphadnotbeenseenbyOphthalmology.Ofthese,18%hadnotbeenseenbythatdepartmentdespitehavingsubjectiveophthalmicsymptoms(+).Asasignofpatients’awarenessoftheirillness,manyinthecourse-attendinggroupwishedtoplayanactiveroleintheirownDMtherapy.DespitetheiralarmathavingDM,andtheirdesiretobeactivelyinvolvedinitstreatment,patientsinthecourse-attendinggroupwerefoundtohavereceivedinadequateeducationthroughregularadmissionsandoutpatientcarealone.Sucheducationmustbebasedonclosertiesbetweendepartments,inordertoavoidcomplicationsassociatedwithDM.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):113.117,2011〕Keywords:糖尿病教室,アンケート調査,病識.diabetesmellituscourse,questionnairesurvey,diseaseawareness.114あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(114)はじめに近年,糖尿病(diabetesmellitus:DM)患者における大血管障害の重要性が論じられている1~3).それには,循環器疾患を契機とする眼科受診患者に多くの糖尿病内科未受診患者が含まれていること2)や,増殖糖尿病網膜症患者のなかに無症候性心筋虚血患者が多く存在することなどがある3,4).そこで今回循環器救急患者,なかでも虚血性心疾患患者を多く受け入れている地域循環器疾患中核病院である三郷中央総合病院において,糖尿病患者教育に何が必要であるのかを知ることを目的として,内科主導の糖尿病教室受講患者と眼科外来通院患者に対して,患者背景,糖尿病についての基礎知識などの患者アンケート調査を行ったので,その結果を報告する.I対象および方法三郷中央総合病院の通院患者のなかで自主的に内科主催の糖尿病教室に参加した患者185名(以下,教室群),眼科外来に糖尿病および糖尿病網膜症の診断で通院している患者170名(以下,外来群)を対象とした.教室群,外来群ともに無記名でアンケート〔質問項目:25項目(表1)〕用紙に回答を依頼した.アンケート内容は,性別,年齢,罹病期間などの背景因子と,糖尿病についての理解・イメージ,内科および眼科治療に対する理解などである.なお,教室群は教室終了時に回答を依頼,その後回収し,外来群は眼科外来を受診した再診患者のうち,DMの診断が明らかな患者に対し,無作為に看護師から調査票を渡して回答を依頼し,診察時に回収した.なお,複数回受診の者は1回目を採用した.アンケート実施期間は平成19年11月から平成21年3月までとし,教室参加患者の特徴を知るためにアンケート質問項目のなかの19項目(表1の*印)について,回答結果を教室群と外来群とに分けて統計学的に検討を行った.検定方法はc2検定およびt検定を用いた.表1アンケート調査用紙アンケート調査の設問を内容別に3つのグループに分け,1~9を背景因子,10~22を病識,そして設問23および24は別枠として23については統計処理上①~④を危機感あり,⑤~⑧を危機感なしに分け,設問24については①~③を積極的回答,④~⑧を消極的回答に分けた.………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………*:統計的に検討を行った項目.(115)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011115II結果アンケートの回収率は教室群で63%,外来群で91%であった.アンケート調査結果を表2a~cに示した.1.対象の背景因子(表2a)教室群は外来群より年齢が若く,DM罹病期間も短い者が多かった.DM発見契機は両群ともDM以外の主訴での受診が半数を超えて最も多かった.教室群のなかで糖尿病内科以外の受診状況では,循環器・心臓血管外科受診,および循環器内科を含む複数科受診が最も多く(44%)(図1),当院の循環器救急病院という特徴から,虚血性心疾患などを発見契機とするDM患者が対象患者のなかに多く含まれていることが考えられた.表2a背景因子教室群(n=185)外来群(n=170)p値1.年齢(歳)60.6±9.863.9±8.30.01*2.性別(男性/女性)(人)88/73(不明24)82/880.24**3.DM罹病期間(年)8±4.413±6.5<0.01*4.DM治療内容(複数回答可)(人)食事・運動内服インスリン63242411479580.09**5.DM発見契機〔人(%)〕健診・ドックDM以外の主訴その他46(28)102(61)18(11)57(35)84(52)21(13)0.21**8.DM内科以外の他科受診〔人(%)〕あるない103(61)66(39)111(69)51(31)0.15**9.眼の自覚症状〔人(%)〕あるない41(43)54(57)86(53)76(47)0.1**(*はt検定,**はc2検定.斜体は有意差を認めた項目.)表2b病識教室群(n=185)外来群(n=170)p値10.他科受診図1に記載11.レーザー既往既治療未治療不明19(22)64(72)5(6)65(40)92(58)4(2)0.01**12.糖尿病眼手帳持っている持っていない8(9)82(91)53(32)111(68)0.00003**13.血糖値・HbA1C知っている知らない120(71)48(29)140(85)25(15)0.003**14.食事に…気をつけている気をつけていない144(85)26(15)157(94)10(6)0.006**15.DM合併症知っている知らない134(76)43(24)152(90)17(10)0.0005**16.糖尿病眼手帳知っている知らない17(18)77(82)69(42)96(58)0.00001**18.糖尿病網膜症知っている知らないわからない67(74)19(21)5(5)121(77)27(17)9(6)0.8**19.糖尿病網膜症(設問15で『知っている』の人)失明する失明しないわからない56(89)4(6)3(5)107(91)5(4)6(5)0.8**〔人(%)〕(**はc2検定.斜体は有意差を認めた項目.)116あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(116)2.教室群患者の眼科受診状況と病識(表2b)教室群患者のうちの67%が眼科未受診で,そのうち18%の患者は眼科的自覚症状があるにもかかわらず眼科未受診であった(図2).循環器・心臓血管外科を受診している教室群患者には,レーザー既治療者が多く(p=0.0008)(表3),糖尿病網膜症の重症度と虚血性心疾患などの大血管障害との関連が示唆された.一方,自分の血糖コントロール状態や,食事への配慮,DM合併症,糖尿病眼手帳の認知度などはいずれも外来群よりも低い者が多く,教育の必要性を痛感した(表2b,設問13~16).3.糖尿病との関わり方とイメージ(表2c)表1にあるアンケート質問項目の設問23および24のDMという病気のイメージ,およびDM治療に対する考え方を問うものについて設問23は①~④を危機感あり,⑤~⑧を危機感なしの2つに分け,設問24は①~③を積極的回答,④~⑧を消極的回答に分けて統計学的に検討した.教室群では外来群に比べてDMという病気に対し危機感をもち(p=0.01),積極的にDM治療に関与しようとする回答が多かった(p=0.04).図2眼科未受診者のなかの自覚症状の有無教室群の67.0%が眼科未受診で,そのうち自覚症状があるにもかかわらず眼科未受診者は18%であった.眼科受診者33%眼科未受診者67%自覚症状あり18%自覚症状なし36%不明46%循環器科44%脳外科10%眼科34%腎臓・透析0%整形外科6%その他3%耳鼻科2%皮膚科1%眼科のみ30%眼科+脳外科4%循環器のみ18%循環器+眼科17%循環器+脳外科2%循環器+脳外科+眼科5%循環器+透析+眼科1%循環器+脳内科1%図1教室群でのDM患者の内科以外の他科受診状況教室群では循環器内科を含む複数科受診が最も多かった.表2cDMとの関わり方とイメージ教室群(n=185)外来群(n=170)p値23.DMという病気のイメージ(複数回答可)(人)危機感あり怖い病気治療が難しい家族の協力が必要わかりにくい病気14683885913390102610.01**危機感なしそんなに怖くない簡単な病気なんとも思わないその他41071724624.DMに対して自分では(複数回答可)(人)積極的治したい家族の協力が必要病気を知りたい123403714058360.04**(p<0.05)消極的放置で治る治らなくても食べたい現状維持できれば通院で治るその他04197501138124(**はc2検定.斜体は有意差を認めた項目.)表3循環器・心臓血管外科受診の有無と背景因子教室群(n=185)循環器p値受診循環器未受診9.レーザー既往(人)既治療未治療不明794125510.0008**(p<0.01)(**はc2検定.斜体は有意差を認めた項目.)(117)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011117III考按今回の調査対象病院は地域の循環器中核病院であり,その特徴としては虚血性心疾患をはじめとする循環器救急患者を多く受け入れているため,重症の循環器疾患を抱えるDM患者が多いという点があげられる.このような背景をもつ患者に対するアンケート調査である本調査は,過去の報告5~8)と比べて以下のような特徴があると思われた.まず第一に,内科主導のDM教室受講患者は,年齢が若く,DM罹病期間が短い患者が多かったが,そのなかの半数近くを占める循環器・心臓血管外科受診者では,眼科レーザー既治療患者が多かったということである.これらの患者では,虚血性心疾患などの疾患が発見されるまでDM発見が遅れ,知りえた罹病期間よりも実際の罹病期間が長いために網膜症が重症である可能性が考えられた.つぎに,教室群患者では,眼科的自覚症状があるにもかかわらず眼科未受診者が多く,さらにDM合併症,糖尿病眼手帳などに対する認知度が低い者が多かった.これは,DM発見契機が他科疾患である場合,他疾患の治療が優先されるために,DM,DM合併症,特に眼合併症に対する知識が少ない可能性を示していると考えられた.DMはDM内科のみではなく,循環器内科,眼科,腎臓内科など複数の科にまたがる疾患であり,患者教育を担う担当科相互のDMに対する認識を共有し,院内の連携をスムーズに行い,かつ患者に対して十分な教育を行う必要があると考えられた.過去の報告のなかには,眼科医と内科医の間で網膜症の管理に対する認識の差を認めるもの9)もあり,DM教室がたとえ内科主導で行われていても,眼科医が積極的に介入していく必要性があると考えられた.三郷中央総合病院でのDM教室では,眼科医も参加して糖尿病眼合併症についての講義を担当していたが,教室受講患者や家族の態度からも,病気について学び理解し,積極的に病気にかかわろうという姿勢がみられた.このように前向きに病気と向き合い,積極的に治療にかかわろうとするときこそが,DMという病気や合併症を正しく知る最も良いチャンスであると思われた.地域循環器中核病院に通院するDM患者のなかには,虚血性心疾患などの他の疾患の受診を契機にDMが発見された患者が多く,それを契機にDMに対し危機感をもつ患者が多いことがわかった.しかし糖尿病網膜症を含むDM合併症に関する教育は十分とはいえない結果であり,DMが発見された段階から各科との院内連携により合併症検索,DM教室受講という一連の流れをチーム医療としてやり遂げていく必要があると思われた.今後は院内だけでなく院外での病診連携をさらに密にし,DM教室を早期に,そしてくり返し受講することにより,医療者側と患者・家族側がしっかりと向き合って病気に取り組み,DM合併症発症予防を目指すシステムを構築していくことが非常に重要であると考えられた.文献1)大野貴之,小野稔,本村昇ほか:糖尿病網膜症患者におけるCABGの生命予後改善効果.日心臓血管外会誌35(Supple):251,20062)OnoT,TakamotoS:Diabeticretinopathyasaguidefortreatmentstrategyincoronaryrevascularization:Fromtheperspectiveofcardiacsurgeons.JCardiol49:259-266,20073)木下修,大野貴之,益澤明広ほか:東大病院における糖尿病網膜症患者を対象とした冠動脈専門外来─糖尿病網膜症患者には無症状の重症冠動脈疾患が多数潜んでいる─.糖尿病51(Supple):S255,20084)木下修,大野貴之,益澤明広ほか:周術期危険因子としての糖尿病網膜症─糖尿病網膜症患者には無症状の重症冠動脈疾患が多数潜んでいる─.日外会誌110:353,20095)菅原岳史,金子能人:岩手糖尿病合併症研究会のトライアル2─糖尿病網膜症教室におけるアンケート結果─.眼紀55:197-201,20046)菊池美知代,沢野昌子,藤川美穂:糖尿病で治療を受けている患者の眼科の定期受診行動の実態調査─受診率に影響する要因とは─.日本看護学会論文集:成人看護II(38):317-319,20087)大野敦,旭暢照,佐藤知也ほか:糖尿病指摘時からの眼科フォロー状況についてのアンケート調査.眼紀47:1372-1375,19968)飯野矢住代,井上浩義:糖尿病診断後の網膜症治療状況の実態調査─糖尿病網膜症患者の受診行動に影響を及ぼす要因.日本糖尿病教育・看護学会誌11:150-156,20079)大野敦,植木彬夫,住友秀孝ほか:糖尿病網膜症の管理に関するアンケート調査─眼科医と内科医の調査結果の比較─.眼紀58:616-621,2007***