0910-1810/11/\100/頁/JCOPY性炎症や硝子体牽引が複雑に絡み,複雑な病態を呈していると予想されている.実際,糖尿病黄斑浮腫では蛍光眼底造影においても,光干渉断層計(OCT)像においても,さまざまなパターンをとることが知られており,このことが治療選択をさらにむずかしくしている.本稿では糖尿病黄斑浮腫の病態を念頭に,現時点で最良というべき治療法の選択について述べてみたいI糖尿病黄斑浮腫の病態糖尿病黄斑浮腫という網膜組織での浮腫が起こるためには,網膜黄斑部に水分の異常な停滞が認められなくてはいけない.このためには1.黄斑部での水分の供給過剰2.黄斑部での水分の排出障害3.黄斑部の器械的進展による水分うっ滞のいずれかあるいは全部が起こっていると考えられる.組織への水のあふれ方を風呂釜に例えると1.蛇口からの水量が増えてあふれる2.排水管が詰まってあふれる3.風呂釜が壊れてあふれるということになる(図1).それでは,それぞれの起こりうる病態について考えてみよう.1.黄斑部での水分の供給過剰水道の蛇口からの水量が増えることだが,黄斑部へのはじめに糖尿病網膜症の病態が,高血糖による血管内皮細胞の慢性障害によって網膜内の微小循環障害がもたらされ,その結果ひき起こされた網膜虚血が構造的に脆弱な新生血管を出現させ,新生血管の破綻と器質化が増殖性変化を進行させるということが判明して以来,網膜虚血を解除する目的で網膜光凝固が広く普及し,糖尿病網膜症の増殖網膜症への進行を予防することが可能となってきた.また,やむを得ず増殖網膜症に進行したとしても,硝子体手術によって解剖学的復位を得ることができるようになり,糖尿病網膜症による失明は予防できる時代になっている.一方,網膜症は中等度であり失明に至ることはほとんどないものの,網膜のなかでも中心視力を司る黄斑部に浮腫を生じることで高度の視力低下をひき起こす糖尿病黄斑浮腫の存在がクローズアップされるようになってきた.糖尿病黄斑浮腫とは“糖尿病網膜症を基礎疾患として黄斑部に生じる組織浮腫”のことである.周知のごとく黄斑部は網膜のなかでも神経が密集し,視力に直接影響する部位であるため,黄斑部での浮腫は直接視力低下に結びつく.したがってその治療はわれわれ眼科医にとっての最重要課題というべきものであるが,その発症機序は不明な点が多く,現時点でも決定的なものはない.網膜全体ではなく黄斑部にのみ浮腫が出現することは,黄斑部の組織特異性が影響しているものと考えられるが,さらに糖尿病網膜症という網膜微小循環障害と慢(19)173*MasahikoShimura:NTT東日本東北病院眼科〔別刷請求先〕志村雅彦:〒984-8560仙台市若林区大和町2-29-1NTT東日本東北病院眼科特集●黄斑疾患アップデートあたらしい眼科28(2):173.182,2011糖尿病黄斑浮腫の治療Up-To-DateTreatmentsforDiabeticMacularEdema志村雅彦*174あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(20)き起こすような状態では,黄斑部網膜が牽引性肥厚を呈し浮腫を誘導する.このように糖尿病黄斑浮腫はさまざまな病態が複雑に絡んでいる可能性があるため,個々の病態について把握してからでなければ適切な治療選択はできない.一方,われわれ眼科医にとって黄斑浮腫の診断に有用な検査は,循環動態を把握する蛍光眼底造影検査(FA)と,形態異常を描出するOCTの2つである.したがってこの2つを組み合わせて,いかに糖尿病黄斑浮腫の病態を捉えるかが治療のカギとなってくる1).II糖尿病黄斑浮腫の蛍光眼底造影像糖尿病黄斑浮腫の蛍光眼底造影像の特徴は蛍光漏出が黄斑部に認められることであり,大きく分けて以下の3パターンになる(図2).1.局所漏出2.びまん性漏出3.花弁状漏出(中心窩)および蜂巣状漏出(傍中心窩)である2)局所漏出は,網膜血管の局所から血漿成分が漏出した状態であり,網膜毛細管瘤の存在を示唆するものと考えられる.このような病態に対しては網膜毛細管瘤への直接的な局所光凝固が有効であるとされている.びまん性漏出は,網膜血管内皮のバリア破綻による網膜血管の透過性亢進,あるいは炎症に伴う網膜組織への水分貯留を示唆するものと理解されている.いわゆるびまん性黄斑浮腫とよばれるタイプであり,格子状光凝固は有効とされているものの,臨床的に満足のいくレベル水道すなわち血管は大きく分けて2つしかない.網膜血管と脈絡膜血管である.いずれの血管もbloodretinalbarrierとよばれる血液眼関門によって供給調整がされている.これが破綻すると黄斑部に水分が異常に流れ込み黄斑浮腫を呈するのであるが,糖尿病による高血糖によって網膜血管の内皮細胞が障害され,バリア機能を有する内皮細胞間隙が破壊される「血管透過性亢進」と,糖尿病網膜症に伴う新生血管や微小毛細管瘤といった「異常血管からの漏出」がこれに当たる.脈絡膜血管そのものが糖尿病によって影響を受けることは多くはないが,脈絡膜と網膜の間に存在するバリア機能を有する網膜色素上皮の機能が低下して「漿液性網膜.離」を伴う浮腫を呈することがある.2.黄斑部での水分の排出障害下水管の詰まった状態であるが,これには障害された血管から漏出した血漿蛋白が黄斑部の組織間隙の膠質浸透圧を上昇させ,さらに水分を引き込んで浮腫が増悪する場合と,慢性炎症による網膜細胞膜への機能的障害によって細胞浮腫が惹起され,細胞間質の膨化が浮腫を増強させる場合が考えられる.また,網膜色素上皮細胞は網膜内に貯留した水分を脈絡膜側に排出するポンプ機能を備えているが,このポンプ機能が低下することで浮腫が増強する場合もある.3.黄斑部での器械的進展による水分うっ滞風呂釜そのものの構造が器械的に変動するような状態である.すなわち糖尿病網膜症によって硝子体が器質化し,後部硝子体膜と黄斑部網膜の癒着を伴って牽引をひabc図1風呂釜から水が漏れるには(黄斑浮腫が起こるには)…a:給水量が増える(血管からの漏出),b:排出量が制限される(ポンプ機能の障害),c:風呂釜が壊れる(器質的な変化).(21)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011175亢進というよりは組織での水分貯留を主体とする病態と考えられるため,抗VEGF抗体よりは抗炎症ステロイドが有効であると考えられる.III糖尿病黄斑浮腫のOCT像糖尿病黄斑浮腫のOCT像の特徴もまた,以下の3パターンに大別される(図3).1.スポンジ状浮腫2..胞様浮腫3.漿液性.離である3).とは言いがたい.いくつかの病態を合併していることも多く,単一の病態を反映しているとは考えにくいため治療に苦慮することが多いが,近年では硝子体手術や硝子体内薬物投与によってある程度の改善が報告されている.花弁状漏出は黄斑部中心窩における外網状層での水分貯留でありMuller細胞をはじめとする網膜細胞の浮腫を,蜂巣状漏出は傍中心窩の内網状層,いわゆるHenle線維層での水分貯留を反映しているとされるが,ともに境界明瞭な貯留パターンを示すことから,細胞あるいは細胞間隙での水分停滞と考えられている.血管透過性のabcd図2FA画像による糖尿病黄斑浮腫の分類a:局所漏出,b:びまん性漏出,c:花弁状漏出,d:蜂巣状漏出.abc図3OCT画像による糖尿病黄斑浮腫の分類a:スポンジ状浮腫,b:.胞様浮腫,c:漿液性.離.176あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(22)この3パターンのほかに硝子体牽引が認められる糖尿病黄斑浮腫もあるが,自然経過による後部硝子体.離の結果,解除されることもある.前述したとおり,もちろん糖尿病黄斑浮腫はさまざまな病態が絡み合うため,複合した浮腫として捉えられることが多く,臨床現場で明確に分類できることは少ない(図4).したがって,病態の主たる特徴を捉えるのに有用と考えるべきである.IV糖尿病黄斑浮腫の治療糖尿病黄斑浮腫の治療には現在外科的治療法と保存的な治療法がある.外科的治療法1.局所光凝固2.格子状光凝固3.硝子体手術保存的治療法1.トリアムシノロンアセトニド(以下,トリアムシノロン)・局所投与スポンジ状浮腫は,黄斑浮腫のなかで最も頻繁に認められる形態であり,糖尿病黄斑浮腫では60.90%の症例に認められる.傍中心窩から周中心窩にかけ,内網状層には小さな,外網状層には比較的大きな.胞様間隙が認められるため,網膜血管のバリア破綻から組織間隙への水分貯留の移行段階と思われる..胞様浮腫は,Muller細胞に代表される網膜内の細胞が極度に腫脹,あるいは網膜全層に著しく水分貯留が起きている病態と考えられる.網膜血管の透過性亢進が病変の主体とは考えにくく,スポンジ状浮腫を伴えば遷延化した病態が,伴わなければ急激に水分貯留がひき起こされる病態が考えられる.漿液性.離は網膜色素上皮(RPE)細胞のバリア機能の破綻による脈絡膜側からの水分漏出も考えられるが,糖尿病黄斑浮腫では細胞間隙の水分がRPEのポンプ機能によって吸収される過程で機能不全を起こしたものと考えられる.したがって,多くの場合スポンジ状浮腫や.胞様浮腫を伴っており,単独で出現することはまれである.abcde図4実際の臨床現場でみられる典型的な糖尿病黄斑浮腫のOCT画像と治療方針a:スポンジ状浮腫+.胞様浮腫.トリアムシノロンTenon.下投与.b:スポンジ状浮腫+漿液性.離.アバスチンR硝子体内投与.c:スポンジ状浮腫+.胞様浮腫+漿液性.離.トリアムシノロンTenon.下+アバスチンR硝子体内投与.d:牽引性浮腫.硝子体手術(内境界膜.離)e:牽引性浮腫+スポンジ状浮腫+.胞様浮腫.硝子体手術(内境界膜.離)+トリアムシノロンTenon.下投与.(23)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011177細胞を活性化させ視機能を改善させるという説,熱障害を受けた網膜から反応性に神経保護因子などが分泌され浮腫が改善するという説などが考えられているが,その治療メカニズムがいまだにわかっていない治療法でもある.光凝固が不可逆的な障害を網膜にもたらすことを考えると,現時点では第一選択とはなりにくいが,その簡便さゆえ,世界的にはいまだに第一選択とされている.しかし,浮腫組織への照射は光凝固出力を上げる必要があり,術後の網膜萎縮や炎症誘発のため,視機能,特に視野感度が低下する危険性が指摘されている.このような症例に対し,マイクロダイオードレーザーを用いて出力を極力抑える照射法や,視神経乳頭-黄斑神経線維を回避して照射する照射法,後述する保存的治療を先行し浮腫を消退させてから格子状光凝固を照射する方法など,術後の視機能低下を予防しようという試みがなされている.特にトリアムシノロンをTenon.下に投与して黄斑浮腫を改善させてから格子状光凝固を施行すると,照射出力を有意に低下でき,術後の視野感度低下を予防しうることが報告されている4).保存的治療では再発をくり返し十分な治療効果が得ら2.抗VEGF(血管内皮増殖因子)抗体(アバスチンR)局所投与1.外科的治療法a.局所光凝固網膜毛細管に発症した微小血管瘤を直接凝固することで,この部位からの漏出を抑制し黄斑浮腫を改善させる目的で行う.いわゆるcircinateretinopathyとよばれる放射状に硬性白斑が認められる糖尿病黄斑浮腫に有効である.黄斑浮腫が著明な場合は光凝固しにくいため,可能であれば浮腫が軽微な状態,すなわち視力低下が起こる以前において積極的に施行されるべきである.微小血管瘤は直視下では発見しにくいため,蛍光眼底造影の早期像を参考にするとよい(図5).b.格子状光凝固最も古くから用いられていた糖尿病黄斑浮腫の治療法であり,エビデンスを有する唯一の治療法でもある.脈絡膜から視細胞への栄養供給を司る網膜色素上皮に熱傷害を加えて,血液-網膜柵を障害することで視細胞への栄養供給を増やすという説,浮腫によって虚血状態に陥った視細胞を選択的に破壊して減らすことで残存する視abcd図5微小血管瘤への直接局所光凝固a:放射状の硬性白斑を伴う糖尿病黄斑浮腫.b:網膜微小毛細管瘤からの局所漏出を示す.c:蛍光眼底造影(FA)早期像にて漏出点が明瞭に描出されている.d:選択的局所光凝固後.178あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(24)一方,硝子体の除去は眼内の酸素分圧を上昇させることも判明し虚血の改善という点においても有効であることがわかってきた.特に硬性白斑が黄斑部に集簇しているような症例では硝子体手術が有効であることが知られている.重症例では網膜切開のうえ,網膜下の硬性白斑除去を施行することもあるが,技術的難易度は高い(図7).さて,糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術は普及された結果,術中に得られた硝子体サンプルの解析によってVEGFやIL(インターロイキン)-6,MCP(monocyteれない慢性化した糖尿病黄斑浮腫に試みる治療法として有効と思われる(図6).c.硝子体手術黄斑部が器械的に牽引を受けて浮腫を呈している場合は,外科的に牽引を解除する必要がある.硝子体手術は小切開無縫合の時代になり,黄斑部領域へのアプローチが容易になってきた.OCT像で牽引が著明な場合,あるいは網膜表面に線維膜が張って中心窩が失われているような場合は積極的に硝子体手術を施行してよいと思われる.技術的に可能であれば内境界膜.離を施行することで,黄斑部での牽引解除を確実にすることができる.図6治療に難渋していた糖尿病黄斑浮腫に対する格子状光凝固過去にアバスチンR硝子体内投与3回,トリアムシノロンTenon.下投与1回.格子状光凝固前VA=(0.2)CMT=478μm格子状光凝固(byPASCAL)格子状光凝固6カ月後VA=(0.5)CMT=181μmあたらしい眼科Vol.28,No.2,2011179chemotacticprotein)-1といった血管新生や炎症に関するサイトカインが高値を示すことが判明してきた.その結果,これらのサイトカインの活性を抑えることで糖尿病黄斑浮腫を保存的に治療しようとする試みがなされている.2.保存的治療法a.トリアムシノロン局所投与前述したように糖尿病黄斑浮腫では炎症性サイトカインが高値を示しているため,その病態の背景に炎症が存在することが考えられる.実際,抗炎症ステロイドである顆粒状のトリアムシノロンを硝子体内,あるいはTenon.下への局所投与の有効性が多くの施設で証明されてきた.硝子体内投与では27ゲージ針を用いて4mg/0.1mlを注入し,Tenon.下への投与は21ゲージ鈍針を用いて20mg/0.5mlを黄斑部強膜の近傍へ注入する.もともとはぶどう膜炎などの炎症性疾患に有効であったが,近年では糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症,加齢黄斑変性に対しても有効であるとの報告が相次いでいる.抗炎症ステロイドが黄斑浮腫を改善するという事実は,黄斑浮腫という病態が炎症性疾患の側面を有していることを裏付けるものと考えられる.一方,あらゆる黄斑浮腫を改善させるというわけではなく,同じ疾患でも著効する症例と無効な症例がある.臨床研究では,OCT上,.胞様浮腫を呈する病態に有効性が高いことが判明している.これは,Muller細胞をはじめとする網膜内の細胞機能の低下や細胞間隙の水分貯留は炎症に起因する部分が多いことを示していると思われる.実際,虚血による細胞膜のポンプ機能低下をステロイドは保護するという基礎研究データも存在する.一方でトリアムシノロンが直接VEGFの分泌を抑制してバリア機能を維持するとする報告もあり,その薬理機序には不明な点も多い.トリアムシノロン投与は外来でも可能であり簡便であること,また即効性が高いことから臨床現場では積極的に投与されているが,残念なことに浮腫抑制効果が一時的な効果しかなく,投与後3.6カ月ほどで再燃することが多い.したがって,トリアムシノロンの投与そのものが根本的な治療法とはならず,あくまでも黄斑浮腫への対処療法と位置づけられている.したがって現在,反復投与の適応や外科的治療法との組み合わせが模索されている.(25)Pre-opeVA=(0.06)Post-1wkVA=(0.08)Post-3MVA=(0.15)a:術前b:術後1週間c:術後3カ月図7中心窩下硬性白斑を伴う糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術(硝子体切除,内境界膜.離,網膜下洗浄)180あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011ステロイドの合併症としての白内障進行や眼圧上昇は硝子体内投与では著明であり,さらに顆粒の残存による硝子体混濁や感染による眼内炎の発症の危険性を考慮すると硝子体内投与は減少傾向にある.その点,Tenon.下投与は安全に有効性を実感することができる.ただし,トリアムシノロンのTenon.下投与時の薬液漏れは有意に眼圧上昇をひき起こす可能性があり,正しく投与しなくてはならない5).コツは結膜を切開してTenon.を確実にさばき,強膜を露出させて投与針を確実に挿入することである(図8).b.抗VEGF抗体局所投与抗VEGF抗体の眼内注入は当初黄斑浮腫治療を目的としたものではなかった.近年の細胞生物学的研究の進歩によって眼内血管新生の責任分子がVEGFであることが明らかになり,眼内血管新生の抑制を目的として眼内投与が開始された.抗VEGF抗体にはpegaptanib(マクジェンR)やranibizumab(ルセンティスR)がわが国では認可されているが,加齢黄斑変性のみにしか適応をもたないため,糖尿病黄斑浮腫治療に用いることはできず,その他の疾患においては,転移性結腸癌を適応としながら眼内使用が未認可のまま世界的に広まったbevacizumab(アバスチンR)がおもに用いられている.したがって糖尿病黄斑浮腫の治療には,現時点ではアバスチンRが用いられている.VEGFが黄斑浮腫治療のターゲットとなった背景には,黄斑浮腫症例に対する硝子体手術から得られた硝子体中VEGF濃度の上昇という臨床的な知見と,血管内皮細胞に存在する2つのVEGF受容体の働きによって炎症細胞を誘導し(VEGFR-1),MCP-1やICAM-1(intercellularadhesionmolecule-1)を活性化させて血管内皮細胞を遊走・分裂させる(VEGFR-2)ことで血管内皮細胞のバリア機能を破綻させている可能性があると判明したためである.さて,臨床現場で使用されるアバスチンRは1.25mg/0.05mlあるいは2.5mg/0.1mlを30ゲージ針を用いて清潔操作にて硝子体内に注射する.眼内での活性は4.5週間と考えられており,活性がなくなれば浮腫抑制効果はなくなると考えられる.したがってトリアムシノロン同様,黄斑浮腫への対症療法でしかなく,反復投与を要することが多い.糖尿病黄斑浮腫に対する浮腫軽減効果はトリアムシノロン投与との比較において限局的であり,有効期間も短い.生物活性製剤である抗体という特性と,多彩な原因が複雑に絡む糖尿病黄斑浮腫に対してVEGFの抑制に限定する治療であることを考えると妥当な結果であるが,トリアムシノロンと異なり眼圧を上昇させたり,白内障を進行させることがないという利点を有する.アバスチンR投与のよい適応症例は,びまん性かつスポンジ状浮腫の症例で,黄斑浮腫発症からの期間が短いほど有効性が高い.これは黄斑浮腫の発症機転を考えたとき,そのきっかけとなる血管壁の障害はおもにVEGFの増加に起因しているためであると思われる.浮腫発症から相当期間経た病態では,VEGFによる血管障害よりも,慢性化した病態として炎症性変化や器質性変化が主体となるためアバスチンRの効果が認められにくいと考えられる.ただし,浮腫発症時期を特定することは容易ではないため,アバスチンRを試験的に投与し,その効果を検証することで逆に発症時期を推定する(26)abc図8右眼糖尿病黄斑浮腫症例へのトリアムシノロンTenon.下投与の実際例a:上耳側結膜に切開を入れ,b:Tenon.を捌いて強膜を露出させ,c:強膜壁に沿って注入針を挿入する.あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011181という考え方もできる..胞様浮腫に対しては非常に有効な症例と,あまり有効でない症例の差が激しい.しかし,その回復過程をみると,いずれもスポンジ状浮腫が改善してから.胞様浮腫が回復を示していく.このことは.胞様浮腫がスポンジ状浮腫に比べてより進行した浮腫であることを示している可能性がある.漿液性.離を有する糖尿病黄斑浮腫に対しては,アバスチンRの浮腫改善効果はあまり認められない.これはトリアムシノロンも同様であり,漿液性.離を伴う糖尿病黄斑浮腫の治療のむずかしさを示している.漿液性.離の存在は予後不良を意味しているのかもしれない.アバスチンRもトリアムシノロンも投与しても漿液性.離が残存する症例に対しては硝子体手術が有効を示すことがある.アバスチンRを含め抗VEGF抗体治療はステロイド治療と異なり白内障の進行や眼圧の上昇という大きな合併症が報告されておらず,浮腫軽減効果をもう少し工夫する必要こそあるが,今後,各製薬会社が眼疾患領域で開発を競う分野であることは間違いない.しかしながら,VEGFが本来有する正常血管や神経細胞の恒常性維持の生理的作用も抑制することで,全身状態のコントロール不良な黄斑浮腫症例に対して施行した場合,黄斑虚血を起こす症例も報告されている.また,依然としてオフラベルの使用であるため,投与にあたっては十分注意が必要である.以上の議論を踏まえたうえで現時点での糖尿病黄斑浮腫に対する治療プロトコールの一案を図9に提示する.おわりに糖尿病黄斑浮腫は蛍光眼底造影(FA)によって,さまざまな循環動態の異常を示すことが知られていたが,OCTの出現によって,その形態もまたさまざまであることがわかってきた.同時に,トリアムシノロンとアバスチンRの登場は一時的にせよ浮腫の劇的な改善をもたらすことがわかり,糖尿病黄斑浮腫の病態解明と治療は近年飛躍的な進展をみせている.今後は,より詳細な分類をすることで治療選択の最適化を目指す方向にあるが,忘れてはならないことがある.「糖尿病黄斑浮腫はなぜ起こるか…それは糖尿病だから」ということである.糖尿病という全身疾患の把握なくして病態の解明にはつながらない.そういう意味で糖尿病黄斑浮腫の患者をみたら,最初に行うべきはFAでもOCTでもなく,糖尿病専門医との情報共有を行うことはいうまでもない.(27)局所光凝固硝子体手術経過観察OCT分類アバスチンR硝子体内投与アバスチンR硝子体内投与トリアムシノロンTenon.下投与トリアムシノロンTenon.下投与格子状光凝固……………………………………………………………………………………………………………………………………………….図9糖尿病黄斑浮腫の治療プロトコール182あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011文献1)志村雅彦:黄斑浮腫の治療.臨眼64:827-835,20102)OtaniT,KishiS:Correlationbetweenopticalcoherencetomographyandfluoresceinangiographyfindingsindiabeticmacularedema.Ophthalmology114:104-107,20073)OtaniT,KishiS,MaruyamaY:Patternsofdiabeticmacularedemawithopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol127:688-693,19994)ShimuraM,NakazawaT,YasudaKetal:Pre-treatmentofposteriorsubtenoninjectionoftriamcinoloneacetonidehasbeneficialeffectsforgridpatternphotocoagulationagainstdiffusediabeticmacularedema.BrJOphthalmol91:449-454,20075)ShimuraM,YasudaK,NakazawaTetal:Drugrefluxduringposteriorsubtenoninfusionoftriamcinoloneacetonideindiffusediabeticmacularedemanotonlybringsinsufficientreductionbutalsocauseselevationofintraocularpressure.GraefesArchClinExpOphthalmol247:907-912,2009(28)