———————————————————————- Page 1(107)ツꀀ 14050910-1810/09/\100/頁/JCOPYツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ あたらしい眼科 26(10):1405 1408,2009cはじめに急性感染性涙腺炎は比較的まれな疾患であり,原因不明の上眼瞼の腫脹と疼痛を主訴として紹介されることが多い.病原体としては,ウイルス,細菌,真菌がある1 4).ウイルス性では,ムンプスが最多で,他にサイトメガロウイルス,コクサッキー A 群ウイルス,エコーウイルス,伝染性単核球症ウイルス,帯状ヘルペスウイルスなど多種類のウイルスがある.細菌性には,黄色ブドウ球菌,表皮ブドウ球菌,レンサ球菌,肺炎球菌,淋菌,緑膿菌,Morax-Axenfeld 菌,Koch-Weeks 菌,トラコーマなどが知られている.局所からの細菌感染は,結膜炎,麦粒腫,眼瞼炎などから細菌が涙腺の排出管を逆行性に上がって起こるとされている.分枝菌,真菌,原虫では,ブラストマイコーシス,ヒストプラズモーシス,アクチノマイコーシス,ノカルディオーシス,スポロトリコーシス,アカントアメーバが知られている1,2).今回筆者らは,近医初診時に麦粒腫が疑われ,抗菌薬点眼,内服にて軽快せず当院紹介受診となったメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantツꀀ Staphylococcusツꀀ aureus:MRSA)による急性化膿性涙腺炎の 7 歳,男児例を経験したので報告する.I症例患者:7 歳,男児.主訴:左眼の眼瞼腫脹,疼痛.〔別刷請求先〕稲垣伸亮:〒920-0293 河北郡内灘町大学 1-1金沢医科大学感覚機能病態学(眼科学)Reprint requests:Shinsuke Inagaki, M.D., Department of Ophthalmology, Kanazawa Medical University, 1-1 Daigaku, Uchinada-machi, Kahoku-gun 920-0293, JAPAN小児に発症した MRSA による急性化膿性涙腺炎稲垣伸亮北川和子永井康太萩原健太佐々木洋金沢医科大学感覚機能病態学(眼科学)An Infant Case of Acute Purulent Dacryoadenitis due to MRSAShinsuke Inagaki, Kazuko Kitagawa, Kouta Nagai, Kenta Hagihara and Hiroshi SasakiDepartment of Ophthalmology, Kanazawa Medical University7 歳の男児に発症したメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による急性化膿性涙腺炎を経験した.左上眼瞼の腫脹と疼痛を認め,近医にて麦粒腫の診断で加療されたが増悪を認めたため,当院へ紹介された.充血,上眼瞼耳側の発赤腫脹,触診にて涙腺の腫大と圧痛,左耳前リンパ節腫脹がみられた.涙腺炎を疑い上眼瞼反転したところ,腫脹した外眼角近辺より黄色膿性分泌物が漏出した.分泌物の塗抹鏡検で多核白血球,グラム陽性球菌を多数認め,培養でMRSA が検出された.入院のうえ,抗生物質の頻回点眼,点滴静注を開始したところ,速やかに軽快した.筆者らが知る限りでは,MRSA による急性化膿性涙腺炎の報告はなく,健常な小児で本菌が起炎菌となることは少ない.本症例は,涙腺炎発症数日前にインフルエンザ罹患既往があり,免疫状態が低下した状態にあったことが MRSA 感染の要因であった可能性があるが,きわめてまれな症例と考えられた.Weツꀀ reportツꀀ theツꀀ caseツꀀ ofツꀀ aツꀀ 7-year-oldツꀀ maleツꀀ withツꀀ leftツꀀ acuteツꀀ purulentツꀀ dacryoadenitisツꀀ dueツꀀ toツꀀ methicillin-resistant Staphylococcus aureus(MRSA). In pus from the gland, many neutrophiles and gram-positive cocci were observed;culturingツꀀ revealedツꀀ MRSA.ツꀀ Theツꀀ patientツꀀ wasツꀀ admittedツꀀ andツꀀ treatedツꀀ withツꀀ frequentツꀀ topicalツꀀ antibioticsツꀀ and intravenousツꀀ antibiotics,ツꀀ resultingツꀀ inツꀀ aツꀀ rapidツꀀ cure.ツꀀ Toツꀀ ourツꀀ knowledgeツꀀ thereツꀀ areツꀀ noツꀀ reportsツꀀ ofツꀀ dacryoadenitisツꀀ with MRSA,ツꀀ butツꀀ itツꀀ shouldツꀀ beツꀀ keptツꀀ inツꀀ mindツꀀ thatツꀀ MRSAツꀀ infectionツꀀ canツꀀ occurツꀀ inツꀀ aツꀀ healthyツꀀ infant,ツꀀ asツꀀ inツꀀ theツꀀ presentツꀀ case. One cause of this infection might have been the in uenza he su ered just before this episode;the immune system may also have been somewhat depressed.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(10):1405 1408, 2009〕Key words:涙腺炎,黄色ブドウ球菌,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA),小児.dacryoadenitis,ツꀀ Staphylo-coccus aureus, methicillin-resistant Staphylococcus aureus(MRSA), infant.———————————————————————- Page 21406あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(108)現病歴:2006 年 7 月 2 日より左眼上眼瞼耳側の腫脹,疼痛を認めた.翌日近医を受診し,麦粒腫の診断にてタリビッドR眼軟膏と 0.1%フルメトロンR点眼,フロモックスR内服を投与されたが,症状の改善なく次第に下眼瞼にも腫脹が広がってきたため,7 月 5 日に当院に紹介受診となった.既往歴:2006 年 6 月 19 日手足口病,6 月 27 日インフルエンザ発症.今回退院後に流行性角結膜炎を発症.家族歴:特記事項なし.初診時所見:全身状態良好;体温 35.5℃,耳前リンパ節触知(左).視力;右眼 1.5(n.c.),左眼 1.2p(1.2×cyl 0.5 D Ax150°).眼位;正位,眼球運動:制限なし.眼 瞼;左眼瞼が著明に腫脹.特に上眼瞼耳側の発赤・腫脹が顕著で,腫脹した涙腺を触知でき,涙腺部を中心として眼瞼全体に圧痛があった(図 1).結 膜;左眼で球結膜・瞼結膜ともに充血と耳側球結膜に浮腫が存在した.角膜,中間透光体,眼底に異常所見は認められなかった.右眼には結膜炎症状を含め異常所見はみられなかった.上記所見より左眼の急性涙腺炎を疑い上眼瞼反転したところ,上円蓋部耳側涙腺部と思われる部位から大量の黄色膿性分泌物の排出を認めた(図 2).塗抹標本をグラム染色し鏡検を行うと多数の好中球とグラム陽性球菌,菌を貪食したマクロファージが確認された(図 3).血液・生化学所見では白血球増多(9,130/μl),CRP(C 反応性蛋白)(0.86 mg/dl),赤沈(37 mm)の亢進を認めた.CT(コンピュータ断層撮影)画像では眼瞼部・眼窩部涙腺の高度の腫脹があり,眼球後方までの辺縁が明瞭で均一な高吸収域を認めた.骨破壊像や周辺組織への炎症の波及は認めなかった(図 4).経過:グラム陽性球菌による左化膿性涙腺炎と診断し,即日入院のうえ,治療を開始した.タリビッドR眼軟膏 4 回を継続,ベストロンRツꀀ 1 時間毎点眼,セフェム系抗生物質(セファメジンaR 1 g 点滴用キットを 1 日 2 回)3 日間継続した.入院 2 日目より眼瞼腫脹は軽快してきた.その後,膿の培養より MRSA が分離されたが,すでに症状が改善してきていたため上記治療を継続し,10 日後には眼瞼腫脹はほぼ消失した.ちなみに,分離菌の薬剤感受性試験の結果を表 1 に示した.検討した 18 薬剤中,耐性であった薬剤は 8 剤で,そ図 2 左眼上眼瞼反転時 膿(矢印)が流出.図 1眼瞼左眼の眼瞼腫脹,結膜充血が存在.図 3膿のグラム染色所見上: 多核白血球優位で,グラム陽性球菌を多数認めた(400倍 ).下: マクロファージがグラム陽性球菌を貪食している像が認められる(1,000 倍).———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091407(109)の内訳は,ペニシリン系のメチシリン(MPIPC),ベンジルペニシリン(PCG),セフェム系のセファクロル(CCL),セファゾリン(CEZ),セフメタゾール(CMZ),カルバペネム系のイミペネム・シラスタチン(IPM/CS),マクロライド系のエリスロマイシン(EM),リンコマイシン系のクリンダマイシン(CLDM)であった.感受性を示した薬剤は 10 剤で,グリコペプチド系のバンコマイシン(VCM),テイコプラニン(TEIC),アミノグリコシド系のゲンタマイシン(GM),アミカシン(AMK),アルベカシン(ABK),テトラサイクリン系のテトラサイクリン(TC),ミノサイクリン(MINO),ニューキノロン系のレボフロキサシン(LVFX),ホスホマイシン系のホスホマイシン(FOM),そしてスルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST)であった.II考察感染性涙腺炎の原因は,細菌性とウイルス性に大別され,細菌感染は,涙腺の排出管を逆行性に菌が進入して起こることが多いとされている.それに対し,ウイルス感染に伴うものは,体力が低下したときなどに発症し両眼性が一般的である.小児では流行性耳下腺炎のときに合併することが多い5).今回筆者らは,近医で麦粒腫が疑われ抗菌薬の点眼,内服投与で軽快せず当院紹介受診となった急性涙腺炎の小児例を経験した.急性涙腺炎はまれな疾患であり,急性結膜炎,麦粒腫,化膿性霰粒腫などの診断で抗生物質の点眼,内服療法を行い治癒していく症例のなかに急性涙腺炎が含まれている可能性がある.そのため,眼瞼部化膿性炎症所見を認める疾患の一つとして本疾患を認識しておく必要があると考えられた.左眼化膿性涙腺炎と診断した根拠は以下の通りである1).①上眼瞼耳側 1/3 に強い炎症性浮腫と圧痛が存在,眼瞼下垂と上眼瞼縁の典型的な S 字状カーブ,②多量の粘稠な眼脂,③球結膜外側の浮腫,④ CRP 陽性,⑤涙腺の触知とCT 像での涙腺腫脹と眼窩内炎症所見の存在,⑥上眼瞼結膜 耳側涙腺部からの黄色膿性の排膿がある.今回の症例は上記のすべてに合致した.眼瞼反転時に排膿がみられたが,これは診断とともに,治療的効果,また病原体同定のためのサンプルとして有用であった.本例は片側の涙腺炎で膿内から多核白血球,グラム陽性球菌が観察されたことより,細菌性涙腺炎として治療を開始した.多剤耐性の MRSA であるとの結果を得たが,その時点では薬剤感受性試験にて耐性であった薬剤を用いていた.また,近医でセフェム系抗生物質の内服が処方され,軽快を認めなかったが,広域スペクトルであるセフェム系抗生物質を再度第一選択し,静注(セファメジンaRツꀀ 2 g/日)を高濃度に行ったこと,病巣部が血管の多い組織なので,血流移行性が良く,著効したのではないかと考えられる.また,排膿したことも治療としての重要な要因の一つであると考えられた.小児の MRSA による眼感染症としては結膜炎がほとんどであり,まれに涙 炎の報告がある6).MRSA 感染症は,com-promised host に発症しやすく高度耐性の院内感染型 MRSAと,健常小児や成人に発症する中等度耐性の市中感染型MRSA に分類される.厳密には薬剤耐性遺伝子(SCCmec)の検索が必要であり,タイプ I,II,III を有するのは病院型,IV,ツꀀ V は市中型とされる.本例では遺伝子検索は行っていないが,入院歴がないこと,薬剤感受性パターンが中等度耐性,非多剤耐性であることより市中感染型と判定した7).本症例は入院前に手足口病,インフルエンザを認めており,免疫状態が低下するような全身疾患に罹患していたことが発症要因の一つではないかと考えている.なお,筆者らが検索した限りでは小児の MRSA による涙腺炎の症例報告はわが国および国外にも認められていない.しかし,小児感染症としてこのような疾患があることも念頭表 1分離菌の薬剤感受性試験の結果抗菌薬判定MIC 値抗菌薬判定MIC 値MPIPCR≧4AMKS≦2PCGR≧ 0.5ABKS≦4CCLR≦8EMR≧8CEZR≦4TCS≦1CMZR≦ 16MINOS≦4IPM/CSR≦1LVFXS≦ 0.12VCMS≦1FOMS≦8TEICS≦ 0.5CLDMR≧8GMS≦ 0.5STS≦ 10 R:耐性,S:感受性,MIC:最小発育阻止濃度.(抗菌薬の略語の説明は本文参照)図 4眼部CT像左眼窩内涙腺の著しい腫脹が観察される.———————————————————————- Page 41408あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(110)におく必要がある.文献 1) Duke-Elder S:System of Ophthalmology, In ammations of the Lacrimal Gland. XIII:601-618, London, 1974 2) Tomitaツꀀ M,ツꀀ Shimmuraツꀀ S,ツꀀ Tsubotaツꀀ Kツꀀ etツꀀ al:Dacryoadenitis associatedツꀀ withツꀀ acanthamoebaツꀀ keratitis.ツꀀ Archツꀀ Ophthalmol 124:1239-1242, 2006 3) Obata H, Yamagami S, Saito S et al:A case of acute dacryoadenitisツꀀ associatedツꀀ withツꀀ herpesツꀀ zosterツꀀ ophthalmic-us. Jpn J Ophthalmol 47:107-109, 2003 4) 早川純子,谷瑞子:涙腺腫瘍とまぎらわしい所見で発症した急性涙腺炎.眼科 28:1303-1305, 1986 5) 渡辺仁:I.疾患別:薬の使い方薬を使用する前に確認しておくべき事項.眼科プラクティス 眼科薬物治療ガイド,p101-103,文光堂,2004 6) 関根寿樹:新生児の眼科疾患─新生児の結膜炎,涙 炎.周産期医学 36:469-472, 2006 7) 外園千恵:眼感染アレルギーセミナー─感染症と生体防御─ 2.市中型 MRSA による眼感染症.あたらしい眼科 25:195-196, 2008***