‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

回折型多焦点眼内レンズ挿入後に網膜硝子体疾患治療を要した4例

2009年11月30日 月曜日

———————————————————————- Page 1(103) 15430910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(11):1543 1547,2009cはじめに白内障手術は眼科手術のなかで最も件数が多く,近年,眼内レンズ(IOL)の光学系に非球面,着色,多焦点機能1)が加わったものが普及している.なかでも,遠方と近方の 2 カ所に焦点が合うようにデザインされた多焦点 IOL は 2008 年に先進医療として認められ2),いずれ保険適用となれば,症例数の増加が予想される.多焦点 IOL そのものが,網膜硝子体疾患の発症に関与することは考えにくいが,挿入例が増えれば,術後経過観察中に網膜硝子体疾患を発症する例が出てくることは避けられない.遠方と近方の 2 カ所に入射光を配分する回折型多焦点 IOL 挿入眼においては,単焦点 IOL と光学デザインが異なるため,詳細な眼科検査や治療への影響が危惧されている.筆者らは回折型多焦点 IOL 挿入眼に硝子体手術を行い,硝子体の可視化に用いたトリアムシノロン〔別刷請求先〕吉野真未:〒101-0061 東京都千代田区三崎町 2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprint requests:Mami Yoshino, M.D., Department of Ophthalmology, Tokyo Dental College Suidobashi Hospital, 2-9-18 Misaki-cho, Chiyoda-ku, Tokyo 101-0061, JAPAN回折型多焦点眼内レンズ挿入後に網膜硝子体疾患 治療を要した 4 例吉野真未*1ビッセン宮島弘子*1鈴木高佳*1川村亮介*2井上真*1,3*1 東京歯科大学水道橋病院眼科*2 慶應義塾大学医学部眼科学教室*3 杏林大学アイセンターFour Cases Requiring Treatment for Vitreoretinal Disorders after Difractive Multifocal Intraocular Lens ImplantationMami Yoshino1), Hiroko Bissen-Miyajima1), Takayoshi Suzuki1), Ryosuke Kawamura2) and Makoto Inoue1,3)1)Department of Ophthalmology, Tokyo Dental College Suidobashi Hospital, 2)Department of Ophthalmology, Keio University School of Medicine, 3)Kyorin Eye Center, Kyorin University School of Medicine目的:回折型多焦点眼内レンズ(IOL)挿入後に網膜硝子体疾患を発症し,治療を要した症例を検討した.対象:回折型多焦点 IOL が挿入された 341 眼中,術後に良好な視力が得られたものの網膜硝子体疾患を発症した 4 眼(1.2%)で,裂孔原性網膜 離,黄斑前膜,網膜中心静脈閉塞症,網膜中心静脈分枝閉塞症が 1 眼ずつであった.治療前後の検査所見,術中所見,視力を検討した.結果:倒像鏡眼底検査は単焦点 IOL 挿入眼同様に問題なく,光干渉断層計のモニター画像で 3 眼中 3 眼に水平ノイズが観察された.硝子体手術を要した 2 眼にトリアムシノロン粒子のゴースト像が観察されたが,手術は問題なかった.トリアムシノロンの Tenon 下投与を 2 眼に,ベバシズマブ硝子体内投与を 1眼に行い,視力は改善した.結論:回折型多焦点 IOL 挿入後の網膜硝子体疾患は,一部の検査や術中所見で IOL の光学特性が出ることを理解していれば安全に治療が行えると思われた.We retrospectively evaluated cases that required treatment for vitreoretinal diseases following di ractive mul-tifocal intraocular lens(IOL)implantation. Of 341 consecutive eyes, 4 developed vitreoretinal diseases:one case each of retinal detachment, epiretinal membrane, central retinal vein occlusion and branch retinal vein occlusion. Vitrectomy was performed in 2 eyes and ghost images were observed in both those eyes. Spectral-domain optical coherence tomography was performed in 3 eyes and horizontal noise was observed in all 3 eyes. Subtenon injection of triamcinolone was performed in 2 eyes and intravitreal injection of bevacizumab in 1 eye. Visual acuity improved in all cases. When the eye develops vitreoretinal disease after di ractive multifocal IOL implantation, examination and treatment can be performed safely in consideration of the optical design, which may a ect visibili-ty to the examiner or evaluation by digital equipment.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(11):1543 1547, 2009〕Key words:回折型多焦点眼内レンズ,眼内レンズ,網膜硝子体疾患,硝子体手術.di ractive multifocal intraocu-lar lens, intraocular lens, vitreoretinal disease, vitrectomy.———————————————————————- Page 21544あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,2009(104)粒子が硝子体内でゴースト像を呈すること3),回折型多焦点IOL 挿入眼では,Carl Zeiss Meditec 社製スペクトラルドメイン光干渉断層計(opitcal coherence tomography:OCT)に内蔵された眼底モニター画像である LSO(line scanning ophthalmoscope)画像で,波面状の水平ノイズが観察されることを報告した4).今回,回折型多焦点 IOL 挿入例で網膜硝子体疾患を発症し,治療を要した症例の網膜硝子体の検査や治療への影響を総合的に検討した.I対象および方法対象は,東京歯科大学水道橋病院において,2005 年 6 月から 2008 年 8 月までに白内障手術時に回折型多焦点 IOL が挿入された 341 眼である.挿入された回折型多焦点 IOL は,AMO 社製テクニスマルチフォーカル ZM900,アルコン社製 ReSTORR SA60D3 で,厚生労働省承認前の使用にあたっては,大学倫理委員会の承認を得て,多焦点 IOL を希望する患者に十分な説明の後,同意を得たうえで挿入を行った.また,適応については,術前に視力に影響する眼疾患を合併していない白内障例とした.341 眼について,IOL 挿入後に網膜硝子体疾患を発症した例を後ろ向き調査したところ,4 眼に発症し治療を要していた.これらの症例の眼底所見,蛍光眼底所見,OCT 所見(Carl Zeiss Meditec 社製 Spec-tral-domain OCT, Cirrus HD-OCT, OCT4000),および硝子体手術を要した例における術中所見,治療後の視力予後を検討した.II結果多焦点 IOL 挿入術後の網膜硝子体疾患の発症率は 1.2%(341 眼中 4 眼)で,いずれの症例も,術中合併症はなく,術後に良好な視力が得られた後に網膜硝子体疾患を発症した.4 例の疾患の内訳は,裂孔原性網膜 離,黄斑前膜,網膜中心静脈閉塞症,網膜中心静脈分枝閉塞症がそれぞれ 1 眼ずつで,各症例の年齢,性別,使用した多焦点 IOL,発症までの期間,経過観察期間を表 1 に示す.白内障術前,多焦点 IOL 挿入後,網膜硝子体疾患発症時,治療後の視力の変化を表 2 に示す.全例,多焦点 IOL 挿入後良好な視力が得られていたが,網膜硝子体疾患の発症とともに視力が著明に低下,治療後視力は改善し,自覚的な満足度が得られている.近方視力も同様に網膜硝子体疾患治療後,ほぼ多焦点 IOL 挿入後の視力まで回復している.つぎに,術前後の検査所見であるが,倒像鏡による眼底検査,OCT 画像,LSO 画像,蛍光眼底造影所見を表 3 にまと表 1各症例における網膜疾患症例1234年齢56 歳70 歳79 歳54 歳性別男性女性男性女性左右眼左左右左使用した多焦点 IOLZM900ZM900SA60D3SA60D3IOL 度数+15.0 D+21.0 D+20.5 D+17.5 D網膜硝子体疾患網膜 離黄斑前膜網膜中心静脈閉塞網膜中心静脈分枝閉塞発症までの期間1週24 カ月2 カ月6 カ月治療後観察期間26 カ月14 カ月12 カ月8 カ月表 2各症例における視力の変化症例1234遠方視力裸眼(矯正)術前0.04(0.5)0.6(0.6)0.5(0.7)0.3(04)IOL 挿入後最高0.5(1.0)0.8(1.0)1.2(1.2)1.2(1.5)網膜疾患発症時手動弁0.4(0.5)0.3(0.3)0.5(0.5)治療後1.0(1.2)0.8(0.8)0.8(0.8)1.2(1.5)近方視力裸眼(矯正)IOL 挿入後最高未施行0.5(0.7)0.7(1.0)0.9(1.0)治療後未施行0.4(0.7)0.7(0.7)0.7(0.8)表 3各症例における検査所見症例1234眼底検査問題なし問題なし問題なし問題なしOCT 画像未施行問題なし問題なし問題なしLSO 画像未施行水平ノイズ水平ノイズ水平ノイズ蛍光眼底造影未施行問題なし未施行未施行 OCT:optical coherence tomography,LSO:line scanning ophthalmoscope.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,20091545(105)める.疾患の種類により施行した検査内容が異なるが,眼底撮影画像は単焦点 IOL 挿入眼と差がなく,診断に影響を及ぼす問題はなかった(図 1, 2).ただし,LSO 画像においては,施行した 3 例全例に波面状の水平ノイズが認められた(図 1d,f).多焦点 IOL 挿入眼の硝子体手術への影響は,手術を要した症例 1,2 で,硝子体手術用コンタクトレンズを用いた手術顕微鏡下では,網膜血管,黄斑前膜のコントラストが単焦点 IOL 挿入眼に比べてやや低下して観察された(図 3a).硝子体を観察するためにトリアムシノロン粒子(ケナコルトR,ブリストルマイヤーズ,東京)を硝子体腔に注入したところ,硝子体腔内に浮遊するトリアムシノロン粒子は,消えたり現れたりして見え,粒子そのものがだぶった像として観察された(図 3b).同様に眼内器具も顕微鏡の焦点の合わせ具合にacdefb図 1症例3の眼底写真とOCT所見網膜中心静脈閉塞症発症時の眼底写真(a)と OCT 画像(c)では多発する網膜出血と著明な黄斑浮腫がみられる.治療 7 カ月後の眼底写真(b)と OCT 画像(e)では網膜出血も減少し黄斑浮腫も軽快した.OCT でのモニター画像(LSO)(d,f)では波状の水平ノイズ(矢印)が認められるが,OCT 画像では認められない.———————————————————————- Page 41546あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,2009(106)より滲んで見えたが,手術操作は問題なく行えた.III考按回折型多焦点 IOL は,その利点を生かすために,網膜感度が良好で,中心窩機能が保たれていることが好ましいため,白内障手術前の検査で,視力に影響を及ぼす可能性がある眼底疾患が存在すれば適応としないのが一般的である.症例 1 は,術後早期に網膜 離を発症しているが,術前検査では眼底に異常所見は観察されなかったため多焦点 IOL の適応とし,術 1 週後に硝子体出血を伴う急激な視力低下をきたし,この時点で裂孔原性網膜 離を発症した可能性が高いと考えている.白内障手術の年齢層から,多焦点 IOL 挿入後に加齢性変化による網膜硝子体疾患を発症する可能性は十分考慮すべきである.その際問題になるのが,良好な裸眼視力を目的として挿入された症例における視力予後,光学デザインによる診断への影響,手術を要する例での手術の難易度で図 2症例4の眼底写真とOCT所見網膜中心静脈閉塞症増悪時の眼底写真(a)と OCT 画像(c)では多発する網膜出血と黄斑浮腫がみられる.治療 4 カ月後の眼底写真(b)と OCT 画像(d)では網膜出血も減少し黄斑浮腫も軽快した.acbd図 3症例1の術中写真網膜血管,黄斑前膜のコントラストがやや低下し(a),トリアムシノロン粒子はだぶった像(b)として観察されたが,手術は問題なく施行できた.ab———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,20091547(107)ある.まず,視力予後については,疾患や重篤度によって異なるが,今回の 4 症例では,多焦点 IOL 挿入後裸眼視力 0.5 以上,矯正視力 1.0 以上と良好であった.しかしながら,網膜硝子体疾患により視力は著明に低下し,治療を要した.4 例とも疾患が異なり治療法も異なるが,全例視力は改善した.多焦点 IOL は先進医療として認められ,術前後の検査は保険適用だが,手術費が自費のため,術後の見え方に対する患者の期待度は高い.網膜硝子体疾患を併発した場合,単焦点IOL 挿入後に比べ,治癒後に視力がある程度回復しても,高価な手術費を支払った結果として不満をいだく可能性があり,今後,症例数が増えるにつれ,十分な術前説明の必要性が認識されるべきである.つぎに,検査所見についてであるが,回折デザインによる影響が危惧されている.回折型多焦点 IOL 挿入眼の自覚的な見え方に不満をもつ例が検討されており5,6),代表的な見え方の表現に,回折リングが見える,waxy vision,ゴースト像がある.同様の問題が検査に出るかどうかであるが,倒像鏡による眼底検査,眼底写真,蛍光眼底造影といったある位置に焦点を合わせる条件では,単焦点 IOL 挿入例と差がなく施行でき,診断への影響はなかった.近年,網膜診断に用いる OCT 画像について,筆者らは,回折型多焦点 IOL 挿入後の網膜硝子体疾患のない例において,Cirrus HD-OCT の LSO 画像で水平ノイズがみられるが,OCT 画像そのものには水平ノイズに相当する像はみられず,また,SLO でも水平ノイズに相当する像がみられないことを報告した4).今回の回折型多焦点 IOL 挿入後の網膜硝子体疾患例でも,測定した全例に同様の水平ノイズがみられ,この機序としては,LSO が完全な共焦点方式ではなく,画像検出を短波長のスリット照明と横方向に移動するスリット状の検出装置(linear detector)で行うため,一方向のみの水平ノイズが検出され,一方,完全な共焦点方式であるSLO ではピンホール状の検出装置を用いているため,水平ノイズが除去されていたと推測している.今後,新しい診断装置が開発されると,回折型多焦点 IOL 挿入眼において単焦点 IOL 挿入眼でみられない微細な影響が出る可能性はあるが,診断を左右するような状況が出ることは考えにくい.硝子体手術中所見として,すでに症例 1 のケナコルト粒子のゴースト像を報告した3)が,症例 2 でも同様の所見が観察され,回折型多焦点 IOL 挿入眼における特徴的な見え方と考えられた.今後,網膜硝子体手術が必要な症例では,術者がこの現象を把握しておくことが必要と思われた.術者の自覚的判断になるが,多焦点 IOL を通しての網膜所見は,レンズ特有の収差のなかでの手術となり,単焦点 IOL を通してよりコントラストが弱く感じられる.収差については,IOL 以外に顕微鏡や硝子体手術用コンタクトレンズの影響もあり,さらに検討が必要だが,IOL 収差への対応策として,欧米で硝子体手術における使用率が高い広角観察システムは,多焦点 IOL の収差の影響を受けにくいため,今後,硝子体手術時の有用性について評価が望まれる.検査所見で,回折型多焦点 IOL 挿入後の自覚的な見え方で問題になる回折リング像や waxy vision の影響がなかったことを述べたが,硝子体手術中に焦点をずらすと,回折リングが視野に広がり,全体がゆらゆらした,英語の表現で waxy vision を想像させる映像が確認された.この現象は,焦点を合わせる場所によって変化し消えるので,手術操作に影響はないが,患者の見え方を理解するうえで興味深い所見である.以上,回折型多焦点 IOL 挿入後に網膜硝子体疾患の治療を要した 4 例で,検査および治療において IOL の光学デザインによる特徴的な所見が認められたが,治療は安全に行われ,良好な視力回復が得られた.今後,多焦点 IOL 挿入例数が増えるに伴い眼底疾患発症率が増えることが予想されるが,眼底検査や手術時に単焦点 IOL との違いを理解しておくことが必要と思われた.文献 1) ビッセン宮島弘子:視機能を考えた眼内レンズ選択法.IOL&RS 20:209-212, 2006 2) ビッセン宮島弘子:眼科と医療問題多焦点眼内レンズと評価療養.IOL&RS 22:384-385, 2008 3) Kawamura R, Inoue M, Shinoda K et al:Intraoperative ndings during vitreous surgery after implantation of di ractive multifocal intraocular lens. J Cataract Refract Surg 34:1048-1049, 2008 4) Inoue M, Bissen-Miyajima H, Yoshino M et al:Wavy horizontal artifacts on optical coherence tomography line-scanning images caused by di ractive multifocal intraocu-lar lenses. J Cataract Refract Surg 35:1239-1243, 2009 5) Woodward MA, Randleman JB, Stulting RD:Dissatisfac-tion after multifocal intraocular lens implantation. J Cata-ract Refract Surg 35:992-997, 2009 6) Castillo-Gomez A, Carmona-Gonzalez D, Martinez-de-la-Casa JM et al:Evaluation of image quality after implan-tation of 2 di ractive multifocal intraocular lens models. J Cataract Refract Surg 35:1244-1250, 2009***

Epipolis Laser In Situ Keratomileusis(Epi-LASIK)の臨床成績

2009年11月30日 月曜日

上眼瞼に発生したSteatocystoma Simplex の1例

2009年11月30日 月曜日

———————————————————————- Page 1(91) 15310910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(11):1531 1534,2009cはじめにSteatocystoma は毛包脂腺系から発生する皮下腫瘍であり,steatocystoma multiplex と steatocystoma simplex の 2種類の形態がある1).Steatocystoma multiplex と steatocys-toma simplex は病理組織学的には同一であるが,常染色体優性遺伝形式をとり,腫瘍が多発する場合を steatocystoma multiplex,遺伝傾向がなく,腫瘍が単発である場合を ste-atocystoma simplex とそれぞれ呼称する1).Steatocystoma simplex は,steatocystoma multiplex の単発型として,Brownstein によって 1982 年に初めて報告された1).発生頻度,好発年齢や性差などは明らかではないが,Brownstein が 10 年間で合計 30 症例を経験していること1),また,現在まで悪性転化に関する症例報告はないため,まれな良性皮下腫瘍として扱われている2 5).臨床所見は,弾性硬の皮下腫瘍であり,油性ないしはクリーム状の内容物を有するため,臨床症状から epidermal cyst と診断されることが多い1 5).Steatocystoma simplex の好発部位は顔面であり1),特に前額部に多く認められる1,3,5).しかし,現在まで眼瞼に発生した steatocystoma simplex の報告は 2 例のみであり6,7),わ〔別刷請求先〕木下慎介:〒509-9293 岐阜県中津川市坂下 722-1国民健康保険 坂下病院眼科Reprint requests:Shinsuke Kinoshita, M.D., Department of Ophthalmology, Sakashita Hospital, 722-1 Sakashita, Nakatsugawa-shi, Gifu 509-9293, JAPAN上眼瞼に発生した Steatocystoma Simplex の 1 例木下慎介*1新里越史*1雑喉正泰*2岩城正佳*2*1 国民健康保険 坂下病院眼科*2 愛知医科大学眼科学講座A Case of Steatocystoma Simplex in the Upper EyelidShinsuke Kinoshita1), Etsushi Shinzato1), Masahiro Zako2) and Masayoshi Iwaki2)1)Department of Ophthalmology, Sakashita Hospital, 2)Department of Ophthalmology, Aichi Medical UniversitySteatocystoma simplex はまれな良性皮下腫瘍である.好発部位は顔面であるが,現在まで眼瞼に発生した報告は2 例のみである.今回,筆者らは眼瞼に発生した steatocystoma simplex の 1 例を経験した.症例は 55 歳,男性で,主訴は右上眼瞼に腫瘤を触知することであった.皮膚側からの視診では右上眼瞼に病変は認めず,触診で病変の触知が可能であった.上眼瞼を翻転すると眼瞼結膜側に境界明瞭な隆起性病変を認めた.霰粒腫を疑い摘出術を行ったが,術中に薄い被膜を認めたため,被膜を全摘出した.病理組織診断の結果は,steatocystoma であった.眼瞼に生じた ste-atocystoma simplex の臨床所見は,霰粒腫に類似していた.そのため,霰粒腫の治療を行う場合は,steatocystoma simplex の可能性も考慮する必要がある.Steatocystoma simplex, a rare subcutaneous benign tumor, commonly a ects the face, though 2 cases of its occurrence in the eyelid have been reported. We experienced a case of steatocystoma simplex in the upper eyelid. The patient, a 55-year-old male, complained of a palpable lump in his right upper eyelid, but the lump could not be detected on ocular inspection. When we everted the upper eyelid, however, we observed a well-demarcated tumor in the palpebral conjunctiva, which we diagnosed as a chalazion and surgically removed. During the opera-tion we discovered that the tumor was encapsulated, so complete decapsulation was performed. Histopathological evaluation of the tumor led to the diagnosis of a steatocystoma. Since the clinical characteristics of patients with steatocystoma simplex mimic those of patients with chalazion, in cases of suspected chalazion it is advisable to include steatocystoma simplex in the di erential diagnosis, so as ensure a correct diagnosis and, consequently, an appropriate treatment plan.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(11):1531 1534, 2009〕Key words:steatocystoma simplex, 眼 瞼, 眼 瞼 結 膜, 霰 粒 腫,steatocystoma.steatocystoma simplex, eyelid, palpebral conjunctiva, chalazion, steatocystoma.———————————————————————- Page 21532あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,2009(92)が国における症例報告はない.そこで今回,筆者らは,眼瞼に発生した steatocystoma simplex の 1 例を経験したので報告する.I症例患者:55 歳,男性.主訴:右上眼瞼の違和感.既往歴:50 歳,高血圧症.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:平成 19 年 9 月頃より,右上眼瞼に違和感を自覚していた.同年 10 月頃に右上眼瞼に腫瘤を触知することを自覚したため愛知医科大学病院眼科を受診した.初 診 時 所 見: 視 力 は 右 眼 0.2(0.8×+1.5 D(cyl 0.75 D Ax0°),左眼 1.0(1.2×+1.25 D(cyl 0.25 D Ax55°)で,眼圧は右眼 11 mmHg,左眼 13 mmHgであった.両眼ともに前眼部,中間透光体,眼底に異常は認められなかった.眼瞼部所見:眼瞼皮膚側からの視診では,右上眼瞼に病変は認められなかったが,触診で眼瞼の中央付近に弾性硬の病変が確認できた.右上眼瞼を翻転すると眼瞼結膜側に境界明瞭な隆起性病変を認めた(図 1).臨床検査所見:血液検査で異常は認められなかった.治療経過:臨床経過,臨床所見より霰粒腫を疑い,局所麻酔下に経皮的摘出術を行った.腫瘍直上で皮膚切開を行い,眼輪筋を圧排し瞼板前面を露出したところ,病変と一致する部分に瞼板の隆起を認めた.瞼板隆起部の切開を行ったところ,黄色クリーム状の内容物が認められた.鋭匙で内容物の郭清後,同部分を観察すると虚脱した薄い被膜を認めた.そのため,霰粒腫ではなく何らかの貯留 腫であると判断し,被膜を周囲組織から丁寧に 離し全摘出した.眼瞼結膜側は,眼瞼結膜と被膜の 離は困難であったため,眼瞼結膜を含めて摘出した.病理組織診断:上皮で裏打ちされた 胞状構造とその周囲に脂腺が認められたため,steatocystoma と診断された(図2).術後経過:眼瞼以外に腫瘍を認めない単発型であり,家族歴もないことから,steatocystoma simplex と診断した.術後 30 日で再発はなく,被膜と一塊に切除した眼瞼結膜の瘢痕は軽微である(図 3).また,眼瞼結膜側の瘢痕による眼表面の違和感や角膜上皮障害は認めていない.II考察本症例における steatocystoma simplex の術中所見は,瞼板内に生じた被膜を有する腫瘍であり,腫瘍の内容物は黄色クリーム状であった.この被膜は steatocystoma simplex の 腫壁であるが,他の症例報告6,7)においても 腫壁は瞼板と強固に癒着しており,本症例の術中所見と同様の所見である(表 1).そのため,瞼板と強固に癒着している 腫壁が,図 1初診時所見右上眼瞼結膜に球状の隆起性病変を認める.図 2病理組織学所見ケラトヒアリン顆粒をもたない上皮成分の 腫壁(矢頭)と脂腺(矢印)を認める.bar=100 μm.図 3術後所見眼瞼結膜の瘢痕は軽微である.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,20091533(93)眼瞼に発生する steatocystoma simplex の特徴的な所見であると考えられる.その一方で,本症例では,視診と触診,術中所見を含め,霰粒腫と類似する所見が多く,術中に 腫壁を発見できなければ霰粒腫との鑑別は非常に困難であったと考えられる.また,他の症例報告おいても術前の臨床診断は霰粒腫であった6,7)ことを考慮すると,霰粒腫の臨床診断で手術を行う際は,術中に 腫壁の有無を注意深く観察することが重要であると考えられる.Steatocystoma simplex は貯留 腫であるため, 腫壁の全 摘 出 が 根 治 的 治 療 で ある1 5). こ れ は,steatocystoma simplex に限らず,貯留 腫は摘出の際に 腫壁を取り残すと,残存した 腫壁から貯留 腫が再発するためである8). 腫壁を残存させないためには, 腫壁を損傷することなく一塊に摘出することが望ましいが,本症例では瞼板前面の所見が霰粒腫と類似しており,霰粒腫の手術方法9)に準じて瞼板前面を切開したため,腫瘍を一塊として摘出することは不可能であった.しかし,貯留 腫の摘出術のなかには,あえて 腫壁の切除または切開を行い,内容物を脱出させた後に 腫壁を摘出する術式がある10).本症例では 腫壁を損傷したが,同様の術式を用いることで, 腫壁を全摘出することが可能であった.したがって,霰粒腫の臨床診断で手術を行い, 腫壁を損傷した場合であっても,術式を変更することで, 腫壁の全摘出は可能であると考えられる.Steatocystoma simplex と鑑別が必要になる疾患は,epi-dermal cyst と subcutaneous dermoid cyst である1 5).しかし,epidermal cyst と subcutaneous dermoid cyst はともに貯留 腫であるため,治療は 腫壁を含めた全摘出であ り8),steatocystoma simplex と臨床的に鑑別する意義は少ないと考えられる.また,subcutaneous dermoid cyst は生下時から存在することが多いため11),問診で鑑別することが可能であると考えられる.病理組織学的には,steatocysto-ma はケラトヒアリン顆粒をもたない上皮成分の 腫壁に脂腺を有する貯留 腫である1).そのため,同じ貯留 腫であってもケラトヒアリン顆粒を有し, 腫壁に脂腺をもたないepidermal cyst や脂腺以外の皮膚付属器をもつ subcutane-ous dermoid cyst との鑑別は容易である12).本症例における病理組織像は典型的な steatocystoma であり,epidermal cyst や subcutaneous dermoid cyst との鑑別は容易であり,また,上皮成分を含む 腫壁が確認できたため,脂肪肉芽腫である霰粒腫9)との鑑別も容易であった.Steatocystoma simplex は,毛包脂腺系の毛包脂腺導管開口部から毛隆起部までの部分である毛包峡部から発生するとされている13).しかし,瞼板内には睫毛根は存在せず14),また,瞼板内の脂腺であるマイボーム腺は,睫毛と連絡のない独立脂腺であるため15),瞼板内には毛包脂腺系は存在しない.そのため,本症例における steatocystoma simplex は,睫毛重生で生じるように16),マイボーム腺の形質変化によって,瞼板内に形成された毛包脂線系から発生したと考えられる.一方,本症例以外にも,マイボーム腺と同様の独立脂腺であり,毛包脂腺系が存在しない口腔内にも steatocystoma simplex が発生している17)ことを考慮すると,実際は steato-cystoma simplex の発生に毛包の関与はなく,脂腺のみが関与している可能性も否定できない.しかし,どちらの場合であっても steatocystoma simplex の発生には脂腺が強く関与していると考えられる.したがって,steatocystoma sim-plex の発生起源は毛包峡部のような部分ではなく,脂腺導管開口部など脂腺が存在する部位であると考えられる.眼瞼に生じた steatocystoma simplex の臨床所見は,霰粒腫に類似していた.そのため,霰粒腫の臨床診断で手術を行う場合は,steatocystoma simplex の可能性も念頭において,術中の注意深い観察が必要である.文献 1) Brownstein MH:Steatocystoma simplex. Arch Dermatol 118:409-411, 1982 2) Nakamura S, Nakayama K, Hoshi K et al:A case of Ste-atocystoma simplex on the head. J Dermatol 15:347-348, 1988表 1眼瞼に発生したsteatocystoma simplexの報告例報告者年齢(歳)性別部位臨床診断治療内容術中所見Tirakunwichcha et al6)47女性左上眼瞼霰粒腫脂腺系の腫瘍摘出術瞼板と挙筋腱膜に強固に癒着摘出後,瞼板にボタンホール形成あり黄色クリーム状の内容物Procianoy et al7)68女性右上眼瞼霰粒腫脂腺 腫切除生検瞼板に強固に癒着霰粒腫に類似術中に灰色の油性内容物の流出自験例55男性右上眼瞼霰粒腫摘出術瞼板に強固に癒着黄色クリーム状の内容物眼瞼結膜を含めて切除———————————————————————- Page 41534あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,2009(94) 3) Saravanan K, Akthar S:Interesting Case:steatocystoma simplex of the forehead. Br J Oral Maxillofac Surg 45:196, 2007 4) 山本聡,相原道子,中嶋弘:Steatocystoma simplex の1 例.皮膚 38:434-436, 1996 5) 寺内雅美,中束和彦,中村潔:Steatocystoma simplex の2 症例.形成外科 47:529-532, 2004 6) Tirakunwichcha S, Vaivanijkul J:Steatocystoma simplex of the eyelid. Ophthal Plast Reconstr Surg 25:49-50, 2009 7) Procianoy F, Golbert MD, Duro KM et al:Steatocystoma simplex of the eyelid. Ophthal Plast Reconstr Surg 25:147-148, 2009 8) Zuber TJ:Minimal excision technique for epidermoid(sebaceous)cysts. Am Fam Physician 65:1409-1412, 2002 9) Shields JA, Shields CL:Chalazion. Atlas of Eyelid and Conjunctival Tumors 2nd ed. p208-211, Lippincott Wil-liams & Wilkins, Philadelphia, 2008 10) Kanekura T, Kawamura K, Nishi M et al:A case of ste-atocystoma multiplex with prominent cysts on the scalp treated successfully using a simple surgical technique. J Dermatol 22:438-440, 1995 11) Koreen IV, Kahana A, Gausas RE et al:Tarsal dermoid cyst:Clinical presentation and treatment. Ophthal Plast Reconstr Surg 25:146-147, 2009 12) Jenkins JK, Morgan MB:Dermal cysts a dermatopatho-logical perspective and histological reappraisal. J Cutan Pathol 34:815-829, 2007 13) 幸田弘: 腫について.皮膚臨床 31:115-129, 1989 14) 木下慎介,柿崎裕彦,雑喉正泰ほか:大部分の睫毛根は瞼板に付着しているため,睫毛乱生手術において瞼板前組織を完全切除すべきである.眼紀 57:10-13, 2006 15) Nelson BR, Hamlet KR, Gillard M et al:Sebaceous carci-noma. J Am Dermatol 33:1-15, 1995 16) Monshizadeh R, Cohen L, Golkar L et al:Perforating folli-cular hybrid cyst of the tarsus. J Am Acad Dermatol 48:33-34, 2003 17) Olsen DB, Mosto RS, Langrotteria LB:Steatocystoma simplex in the oral cavity;A previously undescribed con-dition. Oral Surg Oral MED Oral Pathol 66:605-607, 1988***

眼科医にすすめる100冊の本-11月の推薦図書-

2009年11月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.11,200915230910-1810/09/\100/頁/JCOPY自分のバリューは“ごきげんに生きる”.だから“ごきげん”という現象にはとても興味がある.今はアンチエイジング医学をなんとかサイエンスにしたいと考え,眼科医療との関連を模索しているが,将来はごきげんと眼科をサイエンスとして結び付けられたらいいなあと思っている.ごきげんを科学的に研究している例は少ない.哲学や個人的な理論の本はあっても,サイエンスとしてごきげんや幸せを扱っているものはなかなか少ないのである.特に日本語の本は少ない.そこでどうしても英語の本になってしまって苦労する.今回読んだ『Authen-ticHappiness』は,ちょうど日本語訳が出たところなので(うーん,ちょっと待っていれば楽に日本語で読めたのに!)皆様にぜひ紹介したい.生物学的に考えたとき,今まで発達してきているものは生存に有利であったから残っているという大前提をとることができる.眼や手や足などは生存に有利であったからこそほとんどすべての動物で発達している.人間において頭脳もそのひとつ.論理的な解析,思考能力,記憶力が生存に貢献した.感情もそうだ.感情というものがあってはじめて人間は高度な協力関係を築けるようになってきたと言われる.今他の人がどのように思っているのか,と推測して行動を変化させていくことが大きく人類の可能性を開いたという理論である.では“ごきげん”“しあわせ”という感情も人類の生存に貢献したのだろうか?著者のマーティン・セリグマン先生は米国フィラデルフィアの精神科医.彼はまさに“プラスの感情”が大きく人類の生存に貢献しているという立場から研究を進めている.もともと精神科医は心の病気を対象に研究しているので,どちらかというとマイナスになっている状態,病的な状態を研究する.セリグマン先生のように正常なおかつ,ごきげんなんていう状態を研究している先生は少ない.これは眼科でも同じことだ.眼の病気の専門家,眼の病気を研究している研究者は多いが,眼が見えることがどんなに生存に貢献しているかをサイエンスとして研究しているリサーチャーは少ない.最近は日本眼科医会の三宅謙作先生が“日本における視覚障害の社会的コスト”(日本眼科医会研究班報告20062008:日本における視覚障害の社会的コスト.日本の眼科80(6):付録,2009)でまとめられたように,“目が見えないことがどんな社会的コストを作ってしまうのか”というバリューベースドメディシンの立場から研究も始まっていて嬉しい限りだが,まだまだ少ないのが現状だ.さらには見えることがどのくらいごきげん,すなわちプラスに働くかという研究は,これからの学問となると思っている.さて,では幸せはどのように生存にプラスに働くのか?ごきげんだと細かいことが気にならなくなるので,ちょっとリスクがあっても何か新しいことを始めることができる.気にやまないので精神疾患になる確率も低い.血圧や血糖値も良好である可能性が高い.本の中で紹介されている面白い研究を紹介しよう.尼僧さんが若いときに書いた日記が大量に見つかったところから研究が始まる.この日記に書かれているポジティブワード(楽しい,うれしい,感謝する,おいしい,体調がいい,きれいなどなど)とネガティブワード(悲しい,調子が悪い,まずい,体調が悪い,嫌いなどなど)を規定してその数をそれぞれの尼さんで計算する.プラスからマイナスを引いた分がその尼さんのごきげん度と規定するのだ.そしてその後70年経ったときの健康状態を見てみると,なんとごきげん度の高かった尼さんのほうが2.5倍も生存率が高かったのである.これはアンチエイジング医学の立場からも興味深い.ごきげんでいるほうが長(83)■11月の推薦図書■AuthenticHappinessMartinE.P.Seligman著邦題名:世界でひとつだけの幸せ―ポジティブ心理学が教えてくれる満ち足りた人/小林裕子訳(アスペクト)シリーズ─91◆坪田一男慶應義塾大学医学部眼科———————————————————————-Page21524あたらしい眼科Vol.26,No.11,2009生きできそうなのである.セリグマン先生は科学者だけあって,大変公平だ.もしごきげんが生存に役立つとしてその感情が残っているなら,“悲観的”であるという感情も人類の生存に貢献したのではないかと仮定している.悲観的であれば,細かいことに気をつける,大きな事故を起こさない,細菌感染になりにくい(手をよく洗うとか)などなど,確かにプラスも存在する.こう考えるとごきげんでいるだけじゃなくて,悲しいとか寂しいという感情もとっても大切なことがわかってくる.ごきげんはプラス,不きげんはマイナスという単純なストーリーではなさそうだ.また,最近の研究では,ごきげんから不きげんを引いた分(尼さん研究で使われたが)をその人のごきげん度とするのも単純すぎると言う.年をとってくると,不きげんも減る代わりにごきげんも減ってしまって,トータルの動きが減ってきてしまうことが考えられている(図1).この理論では,ごきげんと不きげんのゆらぎこそが人生だ!ということになる.まだまだこの“幸せの科学”(どこかで聞いたことがありそうな名前ですが)は始まったばかり.これから大きく発展する分野だと思うんだけど,イントロダクションとしては大変よくまとまっている本だった.まずは一読をお奨めしたい.(84)☆☆☆図1ごきげんと不きげんのゆらぎ年をとるとこの振幅が減ってくるので,単純にごきげんから不きげんを引き算した値だけで人生を評価することはできない.ゆらぎの振幅が大きいことも重要かもしれないのだ.

後期臨床研修医日記 11.大阪医科大学附属病院眼科

2009年11月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.11,200915190910-1810/09/\100/頁/JCOPY火曜日今日は手術日です.当院では週2回,3列で終日手術をしています.慌しいなかでもいろいろな手術を見られるのはやはり楽しいです.集中力がつづかないことも多いのですが….先日は池田恒彦教授の,網膜に意図的巨大裂孔を作製して翻転させて大量の網膜下血腫を除去する手術を助手として見ることができ,そのダイナミックさに驚きました.私たちレジデントは入局後半年たつと外来をはじめますが,外来に白内障や外来手術適応の患者さんがいらっしゃると,指導医の先生にお願いしてついてもらい自分で執刀します.そんな手術のある日は朝からひたすらそわそわしています.初めは部分的に指導医と交代しながらの執刀ですが,最近は席を代わらずに手術を終えられることも多くなってきました.毎度肩に力が入っているようで,終わったあとはぐったり…どっしり構えて寛容に執刀を続けさせてくださる指導医の先生方の心中を思うと,頭が下がるばかりです.いつもありがとうございます!!(吉田朋代)(79)大阪医科大学附属病院では現在6人のレジデント(後期研修医)が働いています.今回はわたしたち2年目レジデント3人の普段の1週間をご紹介します.月曜日今日は外来の日.週の初日ですが,私にとっては一番忙しい日です.月曜日は来院患者さんの数が多く,外来開始時にはすでにかなりの数の方が待合室で待っておられます.その視線を感じつつ横を通り過ぎて,診察開始.白内障,結膜炎,糖尿病網膜症,複視などさまざまな患者さんがさまざまな主訴で来られます.網膜光凝固や通水などの処置がある日もあります.対応に困る症例の場合は,専門外来の先生方が17診で診察されているので,コンサルトできる環境にあり,どきどきしながらカルテを持っていくことも多くあります.その場でコンサルトできなくても,毎回カルテチェックを受けることになっており,外来終了後に担当の先生とその日のカルテをすべて見直して検討しています.後期研修の1年目の10月から始まった外来ももうすぐ1年,はじめは患者さんが入室されるだけで緊張していましたが,徐々に慣れ,1年間でちょっとは成長したかなあと感じています.なんとか外来を終え,少し休憩したら明日の手術を控えた新入院の患者さんの診察のため病棟へ上がります.診察を終えるころ,18時から病棟でFAカンファレンスが始まります.網膜専門の先生方とレジデントで今週入院予定のPDT(光線力学的療法)を行う患者さんの造影所見を一緒に読んでいきます.少人数で聞きやすい雰囲気のカンファレンスなので,受け持ちの患者さんで気になる症例があればこの機会に検討することもあります.(家氏哉子)後期臨床研修医日記●シリーズ⑪大阪医科大学附属病院眼科家氏哉子吉田朋代中矢絵里▲華の3人トリオ(左から吉田・中矢・家氏)信頼できる仲間がいて楽しいです.———————————————————————-Page21520あたらしい眼科Vol.26,No.11,2009(80)断層計),造影検査,IOL(眼内レンズ)検査などを行います.午後からは黄斑外来が行われているので,検査の数も増えてきますが,できるだけスムーズに検査が終われるようレジデントで協力して行っていきます.18時から月2回程度オープンカンファレンスが始まります.学外から講師の先生を招待しての特別講演や,学会や集談会の予演会が行われます.月曜日のFAカンファレンスと違い,講堂を借りて学内の医局員は全員参加します.前回の特別講演は前眼部再建についての講演でしたが,学外からの参加者やOBの先生方も多く参加され,エキシマレーザーなど当院ではあまり触れることのない治療法の話題もあり,質疑も盛り上がりました.(家氏哉子)金曜日金曜日は手術の日です.入院患者さんの診察をすませた後に8時には手術室へ向かいます.機械をセッティングし,それぞれの手術で必要な器具を出していきます.白内障手術はもちろんのこと,硝子体手術,緑内障手術,角膜移植などさまざまな手術が行われているため,それぞれに必要な器具を出していかなければいけません.おもに担当患者さんの手術に助手としてつきます.助手として,今日は結構スムーズに介助できたと感じるときもあれば,なかなかうまくいかず反省するときもあります.白内障手術などでは実際にやらせていただける場面もあるのですが,やはり豚眼で練習しているときとは違いドキドキします.手術の日は一日中手術室にこもりっぱなしですが,さまざまな手術を見ることができ,とても勉強になります.手術の終了時間が遅くなったときは,教授が医局に夜食を用意してくださっており,心もお腹も満たされます.こうして大忙しの手術日も終わります.(中矢絵里)水曜日今日は外勤の日です.朝7時頃にいったん大学へ行き,入院患者さんの診察をします.7時45分頃から朝食の時間となるため,部屋番号なども考慮しながら効率よく診察していかなければなりません.8時過ぎに大学を出て,外勤先へ向かいます.外勤先では自分しかいないという緊張感でやはりドキドキします.ずっと通院している人でも自分にとっては初めての患者さんだったりするので,分厚いカルテをめくって今までの経過を把握するのに一苦労です.何事もなく外来が終了するとホッと胸をなでおろしますが,あの診断は正しかったのだろうかと悶々としながら大学へ戻ることもしばしばです.大学へ戻ると外来の検査に入り,夕方からは新入院の患者さんの診察などをします.水曜日は週一度,新しい豚眼が研究室へ送られてくる日なので,各自時間ができたら豚眼を使って白内障手術の練習をします.教室では私たちレジデントの手術練習用に専用のウェットラボの実習室を常置していただいており,とても恵まれた環境だと思います.水曜日,大学に残っているレジデントは交代で外来のシュライバーにもつかせていただき,珍しい疾患に遭遇することもしばしばです.教授はメールでその日の疾患についての解説や参考文献を必ず送ってくださいます.メールは,忙しいレジデントが自分の好きな時間に勉強できるようにという教授のご配慮です.毎日たくさんのメールを送ってくださり,本当に勉強になります.(中矢絵里)木曜日今日は比較的ゆっくりできる日です.朝は外来でオーダーされる眼底写真やOCT(光干渉?プロフィール?家氏哉子(いえうじかなこ)神戸大学医学部卒業,県立尼崎病院にて初期研修,平成20年4月より大阪医大眼科レジデント.吉田朋代(よしだともよ)山口大学医学部卒業,姫路医療センターにて初期研修,平成20年4月より大阪医大眼科レジデント.中矢絵里(なかやえり)大阪医科大学卒業,本学にて初期研修,平成20年4月より大阪医大眼科レジデント.▲ウェットラボ専用スペース毎週練習できる常設の部屋があります.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.11,20091521(81)おわりに日々ささいなことでも落ち込み,励まし合い,笑ったり泣いたりと忙しい私たちですが,みんなで助け合いながらがんばっています.眼科医として初めての職場である当院での経験は,きっと後々大切な思い出になるのだろうと思います.指導医からのメッセージ最近のレジデントはとってもまじめで一生懸命で本当に感心します.仕事が遅くなって疲れたので帰ろうと思って研究室を出たら,特設ウェットラボ室の電気がついたままになっているのでそっと覗いてみると,豚眼で練習しているレジデントをみつけました.「努力は人を裏切らない」…その先生は私が付いた白内障手術で初めてのCCCを見事成功させました.たまたまではなく同期の先生もみんな最初から上手でびっくりです.池田恒彦教授のアイデアで無線を使った手術指導や自宅でも勉強できるようメールで配信するなど教育には相当に力を入れているつもりですが,それによく応えて頑張ってくれています.家族や家庭を大事にして健康であって初めてよい仕事ができますので焦らず,そして時期が熟せば大いに羽ばたいてほしいものです.眼球は小さいですが眼科学には未知の分野,治せない病気が山のようにあります.現在のやる気と才能で上級医師を追い越す勢いで自分の得意分野をきわめていってほしいと思います.大阪医科大学眼科・講師清水一弘☆☆☆お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.メディカル葵出版年間予約購読ご案内あたらしい眼科Vol.27月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術Vol.23(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)(4冊)(送料弊社負担)日本眼科手術学会誌特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・眼感染アレルギーなど)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他毎号の【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社〒1130033東京都文京区本郷2395片岡ビル5F振替00100569315電話(03)38110544http://www.medical-aoi.co.jp

私が思うこと 19.バランス

2009年11月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.11,20091517私が思うことシリーズ⑲(77)眼科医になってから十数年経ちますが,振り返ってみると,入局3年目に大学院に入学し,海老原伸行先生(現順天堂大学眼科先任准教授)と中尾篤人先生(現山梨大学医学部免疫学教授)に指導を仰ぎ,臨床の視点から基礎医学を考えることを教わりました.それから私自身眼科を学ぶにおいて臨床医学と基礎医学の「バランス」を常に考えるようになりました.医学の進歩には基礎医学と臨床医学が相互に補完することが重要であるということに異論は少ないと思いますが,特にEBM(evidence-basedmedicine)に沿った治療が求められる今,そのEBMを理解するうえで,私は基礎医学も大事であると思っています.私はそれら2つをバランスよく学ぶ機会を与えてもらってきましたが,実際は診療から基礎,基礎から臨床という考えは,臨床中心になるとなかなかできなくなり,バランス性を失いかけていたのが実情でした.そんななかボシュロムの助成金をいただき2007年10月よりMassachusettsEarandEyeInrma-ry(MEEI)のDr.RezaDanaのラボに留学しています.ボストンといってもMLBのRedSoxしか知らず,期待より不安を感じながら異国の地に到着したことを覚えています.MEEIはハーバード大学医学部の附属機関でボストンの中心にあり,隣には同じく教育病院として有名なMassachusettsGeneralHospital(MGH)があります.このボストン一帯はハーバード大学以外に,マサチューセッツ工科大学,ボストン大学,タフツ大学などを有する学術都市でもあり,学者・研究者・学生などが世界各地から集まってきています.さて,眼科においても日本からこれまでも数多くの先生方が留学されており,各分野で専門的に基礎研究されている人もいれば,臨床研究されている人もいて,私もいろいろな先生方と知り合う機会がありました.ただ,先生方と仕事の話をしても漠然としか理解できないことが多く,仕事内容を発表できる場所を設けたらいいのではないかと思うようになりました.そこで,2008年12月に愛媛大学の鈴木崇先生と私とで,ボストン眼科勉強会を立ち上げました.現在行っている研究や日本で行っていた臨床など,テーマはフリーで,それぞれ担当の先生に発表していただいています.分野もそれぞれ異なっているため,議論によって,新しい知識や新鮮な意見に遭遇できることも期待して会を始めました.第1回は,私が「角膜移植と内皮細胞」のテーマで発表いたしました.そして2回目以降は,帰国前の先生方を中心に発表していただき,現在まで7回の勉強会を行うことができました.ボストンでは,数多くの学会が開かれており,第6回では,鈴木先生の計らいにより,山形大学医学部器官病態統御学講座,血液・循環分子病態学分野の一瀬白帯教授をお招きして講演していただきました.0910-1810/09/\100/頁/JCOPY舟木俊成(ToshinariFunaki)順天堂大学医学部眼科学教室1972年湘南生まれ.1998年順天堂大学医学部卒業後,同眼科学教室入局.2004年同大学大学院卒業後,順天堂大学伊豆長岡病院,本院を経て現在ハーバード大学眼科に留学中.専門は角膜内皮細胞で,分子生物学的アプローチを中心に研究しています.趣味はスポーツ観戦で,ボストンに来てからはMLB,NFL,NBA,NHLと趣味の範囲を広げています.1年を通してスポーツが見られ,充実した日々を送っています.バランス▲第1回ボストン眼科勉強会(筆者前列一番右端)———————————————————————-Page21518あたらしい眼科Vol.26,No.11,2009これまでの勉強会でのテーマは,第2回関山英一先生(京都府立医科大学)「Bruch膜の再建の可能性AMD新予防法の確立を目指して」第3回中井慶先生(大阪大学)「樹状細胞と血管新生の関与」第4回萩原章先生(千葉大学)「MEEIにおける小児網膜疾患の現状」第5回鈴木崇先生(愛媛大学)「Nomore眼内炎」第6回「特別講演」一瀬白帯教授(山形大学)第7回喜多岳志先生(九州大学)「増殖糖尿病網膜症における増殖膜収縮のメカニズムの解明および薬剤による制御の可能性」と,どの発表も目を見張る実験成果や,新開発の装置を利用した臨床研究であり,各先生方の研究への思い入れが非常に伝わる内容でした.このように毎月ないしは2カ月に1回,このような勉強会を開くことでさまざまな知識を得ること,違った視点で物事を考えることそして議論することで,先生方と非常に価値のある時間を共有できているのではないかと思っています.また,勉強会の後の飲み会での話しは日々の生活から共同研究まで多岐にわたり,親睦を深めるのに良い機会となっています.留学は研究中心の生活であり,臨床の視点が遠ざかる可能性があると思っていましたが,これまでの勉強会を通してさまざまな先生方と話すことによって,臨床医学の問題点や疑問点を明確に理解することができ,また,よりバランス性を確かにする時間にもなってくれたと思います.そしていかにその重要性を伝えるか,またそこから新しいアイデアが生まれることによって医学の発展に続くと感じています.本稿をお読みの先生方で,これからボストンに学会などでお立ち寄りの際には,ぜひ講演していただけると幸いです.私はもうすぐ帰国しますが,このように振り返ってみますと,留学という限られたなかで勉強会の開催を立ち上げることでさまざまな先生方と親しくできたことを本当に嬉しく思います.最後になりますが,今後もボストン眼科勉強会の益々の発展を祈っております.舟木俊成(ふなき・としなり)1998年順天堂大学医学部附属順天堂医院眼科臨床研修医1999年佐久市立国保浅間総合病院眼科2000年順天堂大学大学院医学研究科外科系眼科学専攻課程入学順天堂大学医学部眼科学講座勤務2004年順天堂大学大学院医学研究科外科系眼科学専攻課程卒業順天堂伊豆長岡病院眼科助手2005年順天堂大学医学部眼科学講座助手2006年順天堂大学医学部眼科学講座臨床講師2007年順天堂大学医学部眼科学講座准教授ハーバード大学眼科留学現在に至る(78)▲一瀬白帯教授を囲んでの親睦会☆☆☆

時の人 久保田 敏昭 先生

2009年11月30日 月曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,20091515(75)大分大学医学部の前身は,昭和 53 年に創立された大分医科大学で,眼科学教室は翌昭和 54 年に初代教授・山之内夘一先生により開講された.山之内教授は無からの出発でご苦労も多かったと推察されるが,そうした中で単眼倒像鏡アルゴンレーザー光凝固機を考案された.その後を受けて,平成 3 年に助教授から第 2 代の教授に昇任された中塚和夫先生は,網膜の電気生理学の領域で学会をリードしてこられ,その間,平成 15 年に国公立大学の統合・再編の施策により大分大学医学部眼科学教室と改称された.そして,本年 7 月に久保田敏昭先生が第 3 代の教授に就任された.教室の伝統として,網膜疾患の臨床と研究があげられるが,久保田先生自身も網膜硝子体疾患を専門の一つとされており,当然その伝統を引き継いでいかれることになる.尚,前教授の中塚先生が野球部の顧問であった関係からか,現教室員には野球部出身者が多く,毎年の医局対抗野球大会では優勝争いの常連とのことである.*久保田先生は昭和 57 年に九州大学を卒業.平成 2 年から 4 年までドイツのエルランゲン・ニュルンベルグ大学眼科学教室にフンボルト奨学研究生として留学,ナウマン教授に師事された.平成 4 年に九州大学に戻り,平成 11 年には長崎県大村市の長崎中央病院(現:国立病院機構長崎医療センター)の眼科医長として赴任.平成16 年の産業医科大学眼科助教授(現:准教授)への異動を経て,今回,大分大学眼科学教室教授に迎えられた.エルランゲン・ニュルンベルグ大学留学時代は緑内障の病理学研究で実績をあげられ,ナウマン教授の名著「Pathologie des Auges」の緑内障,視神経の項の翻訳も担当された.帰国後は緑内障と網膜硝子体疾患の診療,研究面で多くの実績をあげられ,さらに特筆すべき点として,乳頭周囲網脈絡膜萎縮,落屑緑内障,ステロイド緑内障,血管新生緑内障の病因に関する研究,および緑内障手術成績の報告,硝子体手術の新しい薬剤の応用に関する臨床研究があげられる.長崎医療センターは長崎県の県中央地区の基幹病院で,その地区の難疾患の多くを診療する関係上,幅広い臨床経験が必要とされることから,その修練の機会を得られたほか,NIC のベッド数が県下一で,未熟児網膜症の治療経験も培われた.この時期には又,緑内障手術,硝子体手術,バックル手術など多種類のクリニカルパスを眼科において早期に導入し,学会や論文にて報告された.今後も眼科臨床は幅広く行い,教室としてもそれぞれの専門医を育てて,大分県,および近隣の紹介を受けるすべての患者さんに対応できる眼科をつくること,さらに専門としている緑内障, 網膜硝子体疾患には特に力を注ぎ,新しい情報発信をしていくことを目指しておられる.*地方においてはオールマイティな臨床能力を求められる.そこで,先生はこれまでご自身が受けてこられた「臨床においては,基本的な疾患は診断,治療ができ,その上で専門を少なくとも一つは作る」という教育方針を継承し,そうした要請に対応できるようにすることを目標とされている.手術に関しては,先生ご自身,最近では緑内障手術,バックル手術,硝子体手術,白内障手術を中心に年間 500 例ほどの手術での執刀,助手に入っておられる.そして,「緑内障手術や硝子体手術ができる手術医をできるだけ多く育て,又,大分大学のスタッフおよび大学以外の基幹病院の医長クラスとなる医師をできるだけ多く育成していきたい」とおっしゃる.*先生は学生時代,卓球.テニス,スキーなどのスポーツに親しんでおられたが,今は,年に 1 回ご家族でスキーに行かれる程度とのこと.ここ数年は仕事が趣味のような生活ながら楽しんで仕事ができており,モットーは“楽しんで仕事をする”とのことである.0910-1810/09/\100/頁/JCOPY人の時大分大学医学部眼科学・教授久く保ぼ田た敏とし昭あき 先生

インターネットの眼科応用 10.インターネットがもたらす医師-患者関係

2009年11月30日 月曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,200915130910-1810/09/\100/頁/JCOPY医療界の情報革命インターネットがもたらした社会の変化を情報革命と表現します.この,情報革命を正しく理解しないと,インターネットを用いた遠隔医療は具現化しません.前号で,電話や書物などのメディアを使った遠隔医療に比べて,インターネットを用いた遠隔医療は事業として継続しにくい,と紹介しました.その要因は技術的な問題以外に,大きく分けて 3 つあります.1. アクセスの容易性基本的に日本の医療施設はフリーアクセスであるため,インターネットのフリーアクセスの優位性が相対的に低くなります.また,日本はアメリカほどの国土をもちませんので,医療受益者は,受診行動に移す前の施設検索にインターネットを利用しますが,実際の医療行為をネットで完結させようとは希望しません.2. 医療リテラシーの格差医療に関して,スキルを臨床現場で習得した専門家同士の会話はスムーズです.しかし,一般書やインターネットで医療知識を学習した程度の非専門家との間には,医療リテラシーに差が大きく,会って話す以上の情報をネットで伝えるのは困難です.微妙なニュアンスをインターネットでは伝えることができません.医療を体験としてでなく,情報として学んだ非専門家には「医療の不確実性」はなかなか理解できないのでしょう.3. 事業性保険制度は対面診療を基本にしていますので,対面しない健康指導は保険制度内では課金できません.インターネットによる医療・健康相談は,保険制度の対象外であり,一部の医師が患者サービスの一環として提供するケースが多いようです.インターネット上の医療情報サービスは,単独では課金しにくいのが現状です.例外は「家庭の医学」の携帯サイトです.健康情報を扱うメディアとしては異例の高収益をあげています.医療者と患者をインターネットで繋ぐ遠隔医療には,さまざまなハードルがあります.本稿では,医療情報がインターネット上に氾濫したことが,医師-患者関係にもたらした影響について,産業界全体の潮流からほぐしていきたいと思います.インターネットが登場し,特に Web2.0 とよばれる時代になり,顧客とサービス提供者の関係性が逆転した,と言われています.これを,農業革命,産業革命に続く,第三の革命として,「情報革命」と表現します1).インターネットが登場する前の時代を思い出してください.たとえば,本を購入したい人は本屋に行きます.商品は,本屋や問屋が供給しないと店頭に並びませんので,消費者は,生産者が提供するもののなかから選択するしかありません.ところが,今では,Amazon.comを利用すれば,どんな珍しい書物も探し出し購入することができます.インターネットは「繋ぐ」達人だからです.世界中のどんな点と点をも結ぶことができます.すると,サービスを提供する側が優位だった時代から,サービスを受ける側が優位な時代になりました.あらゆるモノがネットで購入できるようになりました.これは,どの業界においても共通した潮流です.つまり現代は,医療者がネットショッピングで医療機器を購入できる時代です.が,現実化していないのは,生産者(メーカー,卸業者)が消費者(医師・医療機関)よりも優位でいようという,強いアナログな意志があるからでしょう.一部の海外の眼内レンズはインターネット上で購入できます.いずれ,医療機器のネットショッピングが当たり前の時代になるでしょう.情報革命の潮流を臨床の現場に置き換えると,どうなるでしょう.医療を生産・提供する側(病院・医師)が優位だった時代から,医療を受ける側(患者)が優位な時代になります.まさに現代がその真っただ中です.臨床の現場でしばしば経験する状況を紹介します.われわ(73)インターネットの眼科応用第10章インターネットがもたらす医師-患者関係武蔵国弘(Kunihiro Musashi)むさしドリーム眼 科シリーズ⑩———————————————————————- Page 21514あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,2009れは,ステロイドの使用に非常にナーバスになる,患者もしくはその家族にしばしば遭遇します.おそらくはインターネットからの情報でしょう.インターネット上に医療情報が散乱し,整理されておらず,また格付けがされていないため,医療の現場において,治療に何が重要なのかが忘れられ,副作用と向き合うリスクが避けられるようになり,現場と無縁な世界に治療の意思決定が委ねられます.とはいえ,無秩序なインターネットの世界にも一つの方向性が示されました.Google の取り組みを一つ紹介します.Google health とよばれる,健康管理ツールです.健康意識の高い個人が,自らの健康情報を医療機関を通さずに管理できるようになりました2).このような健康情報の取扱い方法を,PHR(Personal Healthcare Record)といい,日本の経済産業省も事業化の支援をしています3).この羅針盤の先には,医療の主体が,医師から医療を受ける患者にシフトする世界があります.これは,ネットがもたらした大きな変化です.情報革命とよばれる,生産者と消費者との間の関係性の変化は,医療サービスに限らずどの分野でも起こっていますので,われわれ医療界も受け入れなければなりません.健康は患者自身で管理する時代になり,医師は患者の健康情報の管理を委託されている立場となり,患者が医師を選びます.われわれ医療者には,カルテは患者のモノ,という謙虚さが求められます.しかしながら,医療情報は医療者が上流となって発信すべきです.21 世紀の医療者は,学会の場で医療界に発信するだけでなく,インターネットを使って生活者に発信しないといけません.では,医療界が情報革命を許容し,この奔流に柔軟にかつ主体的に対応するには,具体的に何をすればよいか.私は二つの方法がある,と考えます.これらを事業として継続できれば,医療界は情報革命に大きな楔を打ち込めます.① 医療者が,インターネットに散乱する医療情報の格付けをします.② 医療プロフェッショナル向けの情報を,インターネット上の閉じた空間で共有し,医療者の医療知識の底上げを図ります.いくら情報革命とはいえ,プロとアマチュアの知識差がインターネットのみで埋まるはずがありません.医療行為はアナログですが,医療情報はデジタルです.医療行為だけではなく医療情報も,医療界が上流となって発信し,ときにはストックして共有し,質を保って世の中(74)に広げましょう.医療者からの情報発信メディペディア「Medipedia」(図1)は,世界最大のフリー百科事典 Wikipedia4)の思想から生まれた,医療者が共同執筆するウェブ医学事典です.Wikipedia と異なり,執筆者を医療者に限定していることが特徴です.NPO 法人 MVC メディカルベンチャー会議が管理・運営しています.医療者がインターネットを通じて発信する医療情報の集合体が,インターネット上に散乱する医療情報に,少しでも方向性を示せれば, と願っています.【追記】NPO 法人 MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為と眼科という職人的な業を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVC の活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvc-japan.org までご連絡ください.MVC-online からの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.ウェブ医学事典 Medipedia では,執筆者を募集しております.こちらも併せてご協力いただければ幸いです.文献 1) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%83%85%E5%A0%B1%E9%9D%A9%E5%91%BD 2) http://www.computerworld.jp/topics/google/108389.html 3) http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/iryou/kaisai_h20/dai2/siryou4.pdf 4) http://ja.wikipedia.org/wiki/図 1Medipediaのトップページ

硝子体手術のワンポイントアドバイス 78.硝子体嚢腫に対する硝子体手術(初級編)

2009年11月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.11,200915110910-1810/09/\100/頁/JCOPYはじめに硝子体胞(vitreouscyst)は,先天性,後天性を含めても比較的まれな疾患である.本疾患は自然消失例も報告されているが,視力障害をきたす症例に対してはレーザーによる破術(photocystotomy)や硝子体手術が適応となる.筆者らは,過去に巨大な硝子体腫の1例に対して硝子体手術を施行した経験がある1).例76歳,男性.約10年前より右眼の視力低下および霧視を自覚するも放置していた.右眼矯正視力は(0.1).右眼の硝子体腔内に可動性のある腫を認めた(図1).腫は硝子体腔内の眼軸領域に存在し,半透明で後方には網膜血管が透見できた.超音波Bモード検査では,腫は直径約7mmで可動性があり,その内部は硝子体と同様の反射率を有していた(図2).眼球運動によって腫は硝子体腔内を移動し,眼球の静止とともに眼軸領域にて停止した.YAGレーザーによる腫破術を考慮したが,腫が巨大なため腫壁が硝子体混濁として残存する可能性を考え,白内障も合併していたため白内障と硝子体の同時手術を施行することにした.水晶体切除術,眼内レンズ挿入術を施行した後,硝子体切除を施行した.腫は無茎性で硝子体腔内で可動性を有しており,その表面には軽い凹凸があり腫壁には一部菲薄化した部分と色素沈着が認められた(図3).硝子体カッターでの切除を試みたが,腫の可動性が大きいため,顕微鏡同軸照明下に硝子体鑷子で腫を固定させ,硝子体カッターを用いた双手法で切除した.破と同時に腫は縮小し,腫壁を硝子体鑷子で強膜創から摘出した.術後,右眼矯正視力は(1.0)に改善した.摘出病理所見から本症例は毛様体上皮由来の先天性巨大硝子体腫と考えられた.子体手術の適応と硝子体腫は著明な飛蚊症,視力障害を有する場合に(71)治療の対象となるが,一般にはアルゴンレーザー,YAGレーザーで破させるphotocystotomyが行われている.過去の報告ではphotocystotomyを行った腫の直径は,5mm程度のものが多い.本症例では,直径7mmと巨大であったため,photocystotomyを施行すると硝子体混濁が残存する可能性があったのと,白内障手術の適応があったため,硝子体手術と白内障の同時手術を選択した.本症例の腫は硝子体腔内で可動性が大きく,腫壁を病理組織として摘出するには,硝子体カッターと硝子体鑷子による双手法が有用であった.文献1)中村貴子,廣辻徳彦,神原裕子ほか:硝子体手術を施行した巨大硝子体腫の1例.眼科手術14:235-237,2001硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載78 硝子体腫に対する 硝子体手術(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1右眼の術前眼底写真硝子体腔内に可動性のある無茎の腫を認めた.図3硝子体手術の術中所見腫の表面には軽い凹凸があり,一部菲薄化した部分と色素沈着が認められた.2右眼の術前超音波Bモード写真腫は直径約7mmで可動性があり,その内部は硝子体と同様の反射率を有していた.

眼科医のための先端医療 107.網膜にやさしい光線力学的療法

2009年11月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.11,200915070910-1810/09/\100/頁/JCOPY最近の加齢黄斑変性治療での加齢黄斑変性治療のにでの光線力学的療法のに療法のにししにでででの加齢黄斑変性治療にい力やの性さのし治療さしのをにの的に治療をのにいのし療法の併用療法光をでの併用をしいでの欠点にいのをで薬剤併用にしいのをでしので本でしいいPDTの欠点光性でをし薬剤脈絡膜にしでのを光化学をさをし的にをさいいししに部にしの脈絡膜の的にをしいいの的加さののにさ黄斑部局所網膜電図を用い後の変化の黄斑機能にをしし後に性の黄斑機能の化後でににしいいをし図1).また,PDTによる脈絡膜還流低下が強いほど,この黄斑機能の悪化も強いこともわかりました4).薬剤併用PDT後の黄斑機能にの用にのをでををのにしをに黄斑部局所網膜電図のをいしのので後の黄斑機能の化で治療の黄斑機能さしさにをにしのを併用後の黄斑機能の化さにに黄斑機能の◆シリーズ第107回◆ 眼科医のための先端医療 =坂本泰二山下英俊石川浩平(名古屋大学医学部眼科学教室)網膜にやさしい光線力学的療法2221122療113PDT単独b波a波?V2.72.21.71.20.70.2治療前1週1カ月3カ月**ベバシズマブ併用b波a波?V2.72.21.71.20.70.2治療前1週1カ月3カ月トリアムシノロン併用b波a波?V図1黄斑部局所網膜電図振幅の変化*p<0.05,**p<0.01(Wilcoxonsigned-ranktest).———————————————————————-Page21508あたらしい眼科Vol.26,No.11,2009みられました.薬剤併用PDT後の脈絡膜循環でにでの後に脈絡膜の的変化いしに薬剤を併用に薬剤の脈絡膜循環のにいをいのにやを併用しの部の脈絡膜のでで後の治療加の性しいをし薬剤の役割の薬剤併用のに脈絡膜のでので黄斑機能し治療で治療のしに後のに脈絡膜のにや加しので後変部の加し黄斑機能さ薬剤を併用にや後のの加黄斑機能さのののでいしし後薬剤併用の治療法しささにの治療本に加齢黄斑変性治療いささ文献1)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetal:Ranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1419-1431,20062)BrownDM,KaiserPK,MichelsMetal:Ranibizumabversusvertepornforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1432-1444,20063)SlakterJS,DENALIStudyGroup:SUMMIT:combina-tiontherapywithvertepornPDTandranibizumabforsubfovealchoroidalneovascularizationduetoAMD.InvestOphthalmolVisSci48:E-Abstract1817,20074)IshikawaK,KondoM,ItoYetal:Correlationbetweenfocalmacularelectroretinogramsandangiographicnd-ingsafterphotodynamictherapy.InvestOphthalmolVisSci48:2254-2259,20075)IshikawaK,NishiharaH,OzawaSetal:Focalmacularelectroretinogramsafterphotodynamictherapycombinedwithposteriorjuxtascleraltriamcinoloneacetonide.Retina29:803-810,20096)HattaY,IshikawaK,NishiharaHetal:Eectofphotody-namictherapyaloneorcombinedwithposteriorsubtenontriamcinoloneacetonideorintravitrealbevacizumabonchoroidalperfusion.Retina,inpress(68)網膜にやさしい光線力学的療法を読んで学的にししので法のやのにで能にし網膜光のにをでにししし加齢黄斑変性にいいにのででんでしのので加齢黄斑の治療法のさいし加齢黄斑変性の後でののをでんでしにややしい治療法いでしし光線力学的療法に薬治療でで薬治療の力でさいの加齢黄斑変性治療にしさい薬療法でをしで治療のでにいでしの法のをにしの力いでで薬療法の力のい治療いのをに薬療法を治療法い本文に石川浩平いでののい点のを黄斑部局所網膜電図い的法でしいで学の電学的法で網膜機能を———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.11,20091509(69)した.最近,光干渉断層計などの生体観察法が急速に発展したために,網膜機能評価という学問に注目が集まっていますが,最近報告される多くの結果は,実は名古屋大学の研究グループがすでに電気生理学的方法を用いて報告しています.真に目にやさしい治療法の開発には,正確な網膜機能評価を行う必要があります.そのためには,基礎研究に裏付けられた技術が不可欠ですが,石川先生たちの技術は,世界的にも他の追随を許さない優れたものです.今後もこの技術を用いて,新しい治療法の評価開発が進むことが期待されます.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆