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硝子体手術のワンポイントアドバイス54.手術既往のない増殖硝子体網膜症に対する硝子体手術(上級編)

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.11,200715170910-1810/07/\100/頁/JCLSはじめに増殖硝子体網膜症(PVR)の約75%は,裂孔原性網膜離に対する強膜バックリング手術あるいは硝子体手術によって復位が得られない場合に発症する,網膜離手術の重篤な術後合併症の一つである.しかし,まれに無治療の陳旧性網膜離眼がそのままPVRに進行した症例に遭遇することがある.筆者らは過去に,このようなprimaryPVR3症例の臨床的特徴について検討した1).●PrimaryPVRの臨床的特徴筆者らが経験した3例は全例PVRgradeC,type3で,比較的若年者(21歳,24歳,34歳)であった.いずれも初回硝子体手術で復位が得られた.増殖膜の処理時に特に強固な網膜硝子体癒着部位は少なく,通常の強膜バックリング手術後のPVRに比較して手術そのものが比較的容易であった.3症例のうち2例は推定離期間が半年以上であるにもかかわらず,予想以上に良好な視力改善(矯正視力0.1~0.2)が得られた.しかし,2例で網膜復位後に続発緑内障が発症した.3例とも色素沈着が特に下方隅角に多く認められた.一般に若年者の裂孔原性網膜離は陳旧化してもPVRには進行せず,網膜下索状物を形成したまま扁平離に留まる例が多い.今回の3例がPVRに進行した要因として,いずれも外傷の既往があり,硝子体変性や網膜の脆弱化が誘因となった可能性が考えられる.●PrimaryPVRでは術後の眼圧上昇に注意PrimaryPVRの手術予後が比較的良好であった理由として,強膜バックリング手術の既往がなく手術が比較的やりやすかったこと,初回手術で復位が得られたこと,若年者であったこと,などがあげられる.強膜バックリング手術後のPVRは往々にして過剰な冷凍凝固やジアテルミー凝固による強膜の菲薄化,異常な網膜硝子(107)体癒着が生じていることが多いが,今回の症例ではそれらに苦慮することはなかった.しかし,長期間の網膜離により隅角機能不全をきたし,房水流出機能が低下していた可能性が考えられる.このような症例では,網膜離のため相対的に低眼圧になっていたところに,復位が得られると逆に眼圧上昇をきたす危険があると考えられる.これは,通常の陳旧性網膜離にもいえることと思われるが,今回のようなprimaryPVRでは特に術後の眼圧管理が重要である.文献1)南政宏,植木麻理,今村裕ほか:手術既往のない増殖硝子体網膜症に対する硝子体手術.眼科手術15:109-112,2002硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載54手術既往のない増殖硝子体網膜症に対する硝子体手術(上級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図2術後眼底写真初回硝子体手術で網膜は復位し,矯正視力0.1に改善した.しかし,術後眼圧が30mmHgに上昇した.現在はbブロッカーの点眼のみで眼圧はコントロールされている.図1術前眼底写真網膜全離でPVRgradeC,type3の状態であった.

眼科医のための先端医療83.一塩基多型(SNP)研究の広がり

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.11,200715130910-1810/07/\100/頁/JCLSはじめにDNAの塩基配列は生まれる前から死んだ後まで,どの組織でも基本的に変わらないという特徴をもちます.これまで疾患の本態に迫るために行われてきたのはおもに蛋白質を最終的な対象としたアプローチです.これはどの病期に着目するか,どの組織に着目するか,分子間の作用をどう評価するかという問題を内包しています.それに対しDNAの塩基配列をターゲットとした研究は時間軸・空間軸による変化を免れることになり,研究者の仮説も含めたバイアスを減らすことができます.この特性は疾患の研究に大きく寄与すると期待され,現在行われているゲノム研究のグラウンドデザインがワトソンとサンガーによって25年以上前に描かれることになりました.近年になると,社会の多様化により世界の先進国で質の良いpopulation-basedstudyを立ち上げることがむずかしくなりつつあること,患者に負担のかかる検体の採取とその研究的利用が年々制限されてきていることから,ヒト検体を用いたバイアスの少ない研究の遂行という観点でいっそうゲノムを用いた疾患対照相関研究が指向されるようになっています.そして一塩基多型(SNP)はハイスループットの実験システムと,その結果を収容・加工するコンピュータ言語との親和性が高いためにマイクロサテライトに代わり疾患対照相関研究の中心的な地位を占めつつあり,眼科領域にも浸透してきています.加齢黄斑変性とSNP加齢黄斑変性の罹患と相関があるSNPについては補体H因子Y402H多型,LOC387715/HTRA1プロモーター多型と,すべての医学領域のなかでも早い段階にインパクトのある成果が報告されました.日本人の滲出型加齢黄斑変性では補体H因子Y402Hの寄与は白人ほど多くありません1).LOC387715/HTRA1プロモーター多型については当教室と福島県立医科大学と共同で臨床像との相関もあわせて検討しました.原因多型を検討するために周辺85kbにわたる27個のSNPを調べましたが,LOC387715/HTRA1プロモーターを含む約6kbはハプロタイプのバリエーションに乏しく,ゲノム学的に原因SNPを同定することはむずかしいことを明らかにしました.臨床像についてはポリープ状脈絡膜血管症と狭義加齢黄斑変性のあいだでこのSNPについては差異がなく,このSNPからは両者は区別できないことを明らかにしました.またリスクアレルAをもつ患者は両眼性が多いこと,視力が比較的悪いこと,病変の最大径(GLD)が大きいことがわかりました.特にGLDについては危険アレルAのホモの患者(AA)の平均が6,287μmであったのに対し,GGのホモの患者は4,165μmでした.加齢黄斑変性は遺伝的多様性の少ない疾患であったために印象的な報告が続きましたが,欧米を中心に多様な眼科疾患で高密度SNPアレイを用いた研究が進んでおり,その成果は今後5年程度で報告されてくるように思います.当教室でも高密度SNPアレイを用いた高度近視のゲノム解析を東京医科歯科大学をはじめとした共同研究で行っています.メンデル遺伝病とゲノム学のかけはし“DiseaseModier”これまでにメンデル遺伝病として網膜色素変性や角膜ジストロフィをはじめ日本人独自のアプローチが行われてきました.そして原因遺伝子の突然変異だけでは臨床像が説明しづらいことも明らかにされてきました.最近になって原因遺伝子以外にゲノム上に広がる一塩基多型がメンデル遺伝病の臨床像に影響を与えているとの考えが認められつつあります.そのような多型は“DiseaseModier”とよばれます.DiseaseModierの研究は癌の領域で手法として成熟してきました.たとえば,メンデル遺伝病としての癌化背景をもつマウスとそうでないマウスのかけあわせを十数世代行い,メンデル遺伝病としての既知の遺伝子座以外にある遺伝子を探し出すことに成功しています.さらにそのような手法で発見された遺伝子についてヒトで検討すると,一塩基多型が実際に発癌を含む表現型に相関することが報告されています2).眼科領域でも同様の手法で網膜色素変性の進行度に影響を与える遺伝子多型を探す試みが報告されていま(103)◆シリーズ第83回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊後藤謙元(京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学)一塩基多型(SNP)研究の広がり———————————————————————-Page21514あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007す3).このようにメンデル遺伝病の研究領域にもSNP研究が広がりつつあります.ゲノム情報がよりよくいかされるために「究極の個人情報」とよぶ研究者もいるDNAですが,歯ブラシや髪の毛から採取できるありふれた分子でもあります.最近のゲノム研究を支えるハードウェア・ソフトウェアのコストダウンと時間短縮は多くの成果をもたらしつつありますが,ゲノム学の発想自体は前述のようにさほど変化していません.そのためゲノム情報が社会的に有益な利用をされるために必要な手順について多くの論点が整理されています.最近のトピックを紹介したいと思います.一つは研究段階に関するもので,IRB(InstitutionalReviewBoard,個別の施設の倫理委員会)の問題です.IRBの通じる範囲を社会と考えてゲノム研究が行われる結果,より大きな社会のメンバーからは許容されない研究体制が増加していることが指摘されています.倫理的側面が不備な研究によりゲノム研究全体への不信感が社会的に惹起されるのではないかと懸念されています.また欧米では倫理的側面に寛容な私企業と厳しい公的研究機関の間で研究の機会不均等が起きていて,後者の現場のストレスは大きいようです.二つめは結果の利用に関するもので,どの程度の根拠をもって社会的に利用可能とみなすかです.たとえば,SNP研究の成果はすでに医療現場に浸透をはじめており,抗癌剤やワーファリン投与量に関する肝代謝酵素の多型の同定はFDA(米国食品医薬品局)が認可しています.これらの研究は再現性・前向き研究も含めて十分に検討が行われています.しかし実際には多くの研究について統計学的な根拠が乏しいまま結論が独り歩きしていることが指摘されています.一千万以上の多型からなるヒトゲノムを最低でも数百人分調べる研究モデルであるために統計学が最も科学的な判断基準になることから,遺伝統計学の重要性のさらなる認知が必要に思えます.米国のベンチャー企業のなかには根拠に乏しい結論をもとにした遺伝子診断を商品として販売しているところがありますが,それを取り締まる規制がなく問題視されています.三つめは多型による差別を禁止する法律の審議が,米国上院で最終段階にはいったことです.産業界の根強い反対があり12年越しの審議とのことです.これは遺伝情報を根拠とした保険加入差別の禁止も含まれています.外資系保険会社と競合関係にある日本の保険会社の態度決定に影響を与えると予測されています.このような課題を乗り越えながら,SNP研究の成果が眼科医療の現場にあらわれるのはそう遠いことではないと思います.個人間の違いをいかによい方向にいかせるかはきわめて社会的な問題のように思えます.文献1)GotohN,YamadaR,HirataniHetal:NoassociationbetweencomplementfactorHgenepolymorphismandexudativeage-relatedmaculardegenerationinJapanese.HumGenet120:139-143,20062)Ewart-TolandA,BriassouliP,deKoningJPetal:Identi-cationofStk6/STK15asacandidatelow-penetrancetumor-susceptibilitygeneinmouseandhuman.NatGenet34:403-412,20033)ChangB,KhannaH,HawesNetal:In-framedeletioninanovelcentrosomal/ciliaryproteinCEP290/NPHP6per-turbsitsinteractionwithRPGRandresultsinearly-onsetretinaldegenerationintherd16mouse.HumMolGenet15:1847-1857,2006(104)■「一塩基多型(SNP)研究の広がり」を読んで■遺伝情報と社会との関係は,以前から議論されてきましたが,遺伝情報のある眼疾患が限られていたため,われわれ眼科医にとっては実感のないものでした.しかし,加齢黄斑変性の発症に重要な遺伝子が同定され,その情報が個々の日常臨床でも利用可能になると,われわれ眼科医も遺伝情報と社会の問題について無関心でいるわけにはいきません.そこで,この問題への最新の話題を述べます.「遺伝情報は未来の日記─Futurediaryencodedinthehumangenome」これは有名なAnnas博士の言葉です.もしも,疾患の発症が遺伝子によって強く規定されるとしたら,個人の遺伝情報を調べることで,将来どのような疾患にいつごろ罹患するか予測ができます.その疾患が癌のような生命を脅かすものであった場合,個人の生活そのものが変わります.つまり,遺伝情報は,個人の———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071515(105)☆☆☆過去の病歴・嗜好歴だけではなく,将来の行動まで規定してしまうことになります.そして,その情報は自分では変えることはできないのです.ですから,遺伝情報は,他の医学情報よりも厳密に管理されるべきであり,それを用いて就職,生命保険への加入を制限することは許されないという考え方です.これは,遺伝子例外主義(geneticexceptionalism)とよばれます.これは多くの人々から支持されており,2000年2月にクリントン大統領は,連邦職員の採用,昇進に遺伝情報を用いることを禁止する行政命令を出しています.遺伝子例外主義への批判遺伝子例外主義は,受け入れられやすい考え方ですが,最近は問題点も指摘されています.たとえば,遺伝情報により将来の健康予測ができますが,疾患のなかには発症予測性に差があり,すべてをひとくくりにすることはできない点,また,HIV感染後の将来像もある程度予測できるが,その情報は遺伝情報ほどには厳密に管理されていないなどの矛盾点です.さらに,遺伝情報の利用を全面的に禁止すると,今後の治療に不可欠である薬理遺伝情報(遺伝子による薬効の差)の活用が不可能になることも,危惧されています.もちろん,遺伝情報を,保険加入者の選別に利用するような考え方は否定すべきでしょうが,画一的な遺伝子例外主義はさらに問題でしょう.遺伝情報の取り扱いについては,米国,欧州のさまざまなレベルで議論されているところです.後藤謙元先生が今回書かれたように,眼科一般疾患の診療にも遺伝情報が入ってくることは確実です.本稿は,われわれ眼科医も遺伝情報問題への対策を立て始めるべき時期にきていることを教えるきわめて重要なものといえます.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二

新しい治療と検査シリーズ176.Bevacizumab(AvastinR)

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.11,200715090910-1810/07/\100/頁/JCLS近ではこれらに代わる薬剤として,bevacizumab(商品名:AvastinR)が注目されている.Bevacizumabは抗ヒトVEGFモノクローナル抗体そのものであり,これまで結腸癌による転移性腫瘍に対する抗癌剤として静脈注射の形でその効果が確認されている1).眼科領域では,2005年にRosenfeldらがbevaci-zumabの硝子体内注入が加齢黄斑変性や静脈閉塞による黄斑浮腫の治療に有効であることを報告して以来2,3),最近ではこれらの疾患に限らず,血管新生や血管透過性亢進に関連したさまざまな網脈絡膜疾患への投与が試みられている.ただし,bevacizumabは眼科疾患の治療には未承認薬剤であるため,いわゆる“o-label”の使用である.実際の使用方法現在bevacizumabの硝子体内投与が試みられている疾患として,増殖糖尿病網膜症,血管新生緑内障,糖尿病黄斑浮腫,網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫,滲出型加齢黄斑変性,近視性血管新生黄斑症や特発性脈絡膜新生血管などがあげられる46).具体的な硝子体内投与の手順は一般的な硝子体内薬剤投与のガイドラインに準ずる.すなわち,術野消毒ならびに点眼麻酔の後,bevacizumab(11.25mg/4050μl)を毛様体扁平部より29あるいは30ゲージ針を用いて注入し,投与後に眼圧チェックならびに視神経乳頭血管の拍動の有無を確認して終了する.なお,当該薬剤は眼科治療の適応外使用であるため,bevacizumab治療を行うには事前に所属施設の倫理委員会もしくはそれに準ずる部署による承認を得ること,患者本人に対してインフォームド・コンセントを得ること,さらには長期的な安全性に留意することが必要不可欠である.代表症例を以下に示す.新しい治療と検査シリーズ(99)バックグラウンド眼科疾患の多くは血管新生が病態の主因となっている.とりわけ,角膜,水晶体,硝子体のような無血管組織ではその透明性を維持することが視機能を保持するうえできわめて重要であり,新生血管の侵入や出血によってこれら組織の透明性が損なわれると視機能が著しく障害される.したがって,血管新生を効果的に抑制することが大多数の眼疾患に共通の治療目標であるといっても過言ではない.血管新生を促進させる重要な生理活性因子として血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が1980年代に腫瘍細胞から単離・同定された.分子量約40kDの分泌型蛋白質であるVEGFは,受容体に結合することにより血管内皮細胞に特異的に作用し細胞の増殖や遊走を促進することで新生血管が形成される.VEGFは腫瘍塊の栄養血管形成に限らず,増殖糖尿病網膜症や加齢黄斑変性をはじめとする多くの眼科疾患の病態に深く関与している.このような背景から最近ではVEGFの生理活性を抑制することによって血管新生の退縮を図る新しい治療法として,抗VEGF療法が脚光を浴びている.新しい治療法眼科疾患に対する抗VEGF療法の主要薬剤(VEGF阻害薬)として開発されたものにはVEGF165を選択的に阻害するアプタマー(標的蛋白質と特異的に結合する核酸分子)であるpegaptanib(商品名:MacugenR)と抗ヒトVEGFモノクローナル抗体のFab断片であるranibizumab(商品名:LucentisR)がある.いずれの薬剤も滲出型加齢黄斑変性の原因である脈絡膜新生血管に対する治療薬としてアメリカ食品衛生局の承認を受けているが,反復投与が必要なうえに非常に高価なため,最176.Bevacizumab(AvastinR)プレゼンテーション:島千春大島佑介大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室コメント:近藤峰夫名古屋大学大学院医学系研究科頭頸部・感覚器外科学講座———————————————————————-Page21510あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007【症例1】増殖糖尿病網膜症による網膜新生血管48歳,女性.20年来の糖尿病を無治療で放置していた.両眼の視力低下を主訴に当院受診.初診時視力は右眼:眼前手動弁(矯正不能),左眼:(0.8)であった.右眼は硝子体出血のため手術加療を計画し,左眼は増殖糖尿病網膜症に対してまずbevacizumabの硝子体内投与を行い,汎網膜光凝固術の施行を計画した.Bevaci-zumab投与前(図1a)および投与1週間後(図1b)の蛍光眼底造影写真を示す.【症例2】血管新生緑内障43歳,男性.増殖糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固術を施行したにもかかわらず,眼痛を主訴に再診し,右眼の眼圧57mmHg,虹彩縁に虹彩新生血管を認めた.蛍光眼底造影検査の結果,虹彩新生血管から著しい蛍光漏出(図2a)が認められ,bevacizumabの硝子体内投与を行った.1週間後,右眼の眼圧は25mmHgに下降し,蛍光眼底造影検査の結果,虹彩新生血管からの蛍光漏出はほぼ消失している(図2b).(100)図1増殖糖尿病網膜症の網膜新生血管に対するbevacizumabの硝子体内投与(症例1)右眼耳上側の網膜新生血管(a).投与1週間後には新生血管からの蛍光漏出は著明に減少するのみならず,新生血管そのものが退縮した(b).ab図2血管新生緑内障に対するbevacizumabの硝子体内投与(症例2)虹彩新生血管からの蛍光漏出がみられる(a).投与1週間後の蛍光眼底造影検査では虹彩新生血管の描出と蛍光漏出がみられなくなっている(b).ab———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071511本法の利点Bevacizumabの硝子体内投与の最大の利点は,新生血管の退縮に即効性を示すことにある.ほとんどの疾患では投与後数日から1週間以内に新生血管や黄斑浮腫が消退する.開放隅角期にある血管新生緑内障では,一時的とはいえ眼圧が著明に下降する症例も存在する.したがって,硝子体出血のために汎網膜光凝固がすぐには施行できない活動性の非常に高い増殖糖尿病網膜症や濾過手術を必要とするも術中出血の危険性が懸念されるような血管新生緑内障では,bevacizumabの硝子体内投与によって病勢を一時的に抑える緊急避難的な使い方や術中出血などの合併症の危険性を回避する手術治療の補助手段としての有効性が期待できる.また,脈絡膜新生血管や黄斑浮腫に対する治療にも,再発という問題点はあるものの有効例では視力改善に寄与できる治療法である点でメリットが大きい.ただし,bevacizumabの持続効果は1数カ月単位のものであり,反復投与しない限り,再発の可能性は高い.したがって,増殖糖尿病網膜症や血管新生緑内障などの疾患では根治治療としての網膜光凝固術や濾過手術などの手術加療との組み合わせが必要不可欠と考える.文献1)YangJC,HaworthL,SherryRMetal:Arandomizedtrialofbevacizumab,ananti-vascularendothelialgrowthfactorantibody,formetastaticrenalcancer.NEnglJMed349:427-434,20032)RosenfeldPJ,MoshfeghiAA,PuliatoCA:Opticalcoher-encetomographyndingsafteranintravitrealinjectionofbevacizumab(Avastin)forneovascularage-relatedmacu-lardegeneration.OphthalmicSurgLasersImaging36:331-335,20053)RosenfeldPJ,FungAE,PuliatoCA:Opticalcoherencetomographyndingsafteranintravitrealinjectionofbev-acizumab(Avastin)formacularedemafromcentralreti-nalveinocclusion.OphthalmicSurgLasersImaging36:336-339,20054)AveryRL,PearlmanJ,PieramiciDJetal:Intravitrealbevacizumab(Avastin)inthetreatmentofproliferativediabeticretinopathy.Ophthalmology113:1695.e1-15,20065)OshimaY,SakaguchiH,GomiFetal:Regressionofirisneovascularizationafterintravitrealinjectionofbevaci-zumabinpatientswithproliferativeretinopathy.AmJOphthalmol142:155-158,20066)GomiF,NishidaK,OshimaYetal:Intravitrealbevaci-zumabforidiopathicchoroidalneovascularizationafterpreviousinjectionwithposteriorsubtenontriamcinolone.AmJOphthalmol143:507-510,2007(101)☆☆☆本治療に対するコメント現在の網膜硝子体分野における話題の中心は,やはりbevacizumab(AvastinR)である.糖尿病,加齢黄斑変性,血管閉塞性疾患などの多くの難治性の疾患にこれほど速く,かつ強力に効いた外来治療がこれまでにあったであろうか.AvastinRが網膜硝子体分野の革命的治療といわれている所以である.眼科適応薬剤でないにもかかわらずAvastinRがここまで短期間に世界中に普及したもう一つの理由は,やはりその低コストにあるだろう.わずか0.040.05mlを注入するだけでよいので,バイアルを小分けして使用すれば1回の注射はわずか数千円で済んでしまう.これならば研究費で十分負担できる.AvastinRの高い有効性ばかりが強調される昨今であるが,(効果的な新薬の多くがそうであったように)今後は必ずその副作用や再発などの報告が増加してくることは間違いない.流行に振り回されずに,冷静に長期的な成績を検討していく姿勢が必要であろう.それにしても,硝子体注射ではなくてTenon下投与が可能で,しかも半年間以上効果が持続するような新しい抗VEGF(血管内皮増殖因子)剤は開発されないであろうか.この分野の治療のさらなる発展に期待したい.

眼感染症:Propionibacterium属とCorynebacterium属

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.11,200715070910-1810/07/\100/頁/JCLSPropionibacterium属(プロピオニバクテリウム)の代表的な菌種はP.acnesであり,アクネ菌(にきび菌)としてよく知られている.Propionibacterium属には現在,亜種を含めて17種が記載されているが,一般的な臨床細菌学において臨床検査室で同定されるのはP.acnesのみである.本菌は,いかなるヒトにおいても皮膚から検出される皮膚常在細菌叢を構成する一員である.嫌気性グラム陽性桿菌であるが,好気状態であっても増殖こそできないが,容易に死滅するものではない.皮膚や粘膜の擦過物を培養すると容易に検出されるので,汚染菌としてもよく知られているが,まれに細菌性感染の起炎菌として判断されることがある.Corynebacterium属(コリネバクテリウム)は亜種を含めて101種が記載されており,そのうち20数菌種がヒトの感染症から検出されたとして報告されている1).しかし,単独で毒性を示す菌種はジフテリア菌として知られているC.diphtheriaeと,ジフテリア毒素を産生することで近年注目されているC.ulceransの2菌種のみである.その他の菌種は,P.acnesと同様でヒトの皮膚や粘膜に生息する常在細菌叢を構成する一員であり,強い毒性は示さない.しかし,ときに日和見感染菌として病原性を示すことがある.これらの細菌はcoryneformbacteria(コリネ型細菌)とよばれる,コリネバクテリウムに形態的に類似したジフテリア菌以外の無芽胞性グラム陽性桿菌であり,臨床検査室での詳細な菌種同定は困難なことが多く,一般的には行われていない.■塗抹鏡顕での見方のこつコリネ型細菌とはActinomyces,Arcanobacterium,Brevibacterium,Dermabacter,Microbacterium,Turi-cellaなども含まれており,プロピオニバクテリウムやコリネバクテリウムだけに特徴的な形態を示すわけではない.基本的にグラム陽性桿菌であるが,短いものや球桿菌とよばれる卵型に近い形のものがある.コリネ型細菌としての特徴は2つの菌体の端がまだ付着した状態で「ハ」の字,「く」の字,柵状などの形態を示す.図1に結膜炎患者のやや膿性分泌物のグラム染色写真を示した.培養の結果はプロピオニバクテリウムが検出されたが,臨床的には起炎菌とは判断されなかった.図2には結膜炎患者のやや膿性分泌物のグラム染色写真を示した.培養の結果C.striatum(コリネバクテリウムの1種)が検出された.このように白血球による明らかな貪食像は,起炎性が強く考えられる.ただし,貪食像がない場合はコリネバクテリウムのもつ過増殖という性質を考えると,多量に観察または検出されたとしても,起炎菌と判断するべきではない.■培養法プロピオニバクテリウムは,嫌気性培養を行えば容易(97)眼感染症セミナー─クライシスコントロール講座─●連載監修=浅利誠志井上幸次大橋裕一54.Propionibacterium属とCorynebacterium属大塚喜人亀田総合病院臨床検査部Propionibacterium属とCorynebacterium属は,ジフテリア毒素を産生する菌を除いて日和見感染菌として考えられている.意義ある検査材料から検出された場合は,患者背景,塗抹鏡顕所見などを合わせて起炎菌か否かの判断が重要である.グラム陽性桿菌の多くはニューキノロン系抗菌薬に耐性の性質を有する.図1結膜炎患者のやや膿性の分泌物グラム染色(×1,000)コリネ型細菌が観察されるが白血球による貪食像は認められない.「く」の字状に見えるのは分裂増殖後の2つの菌体の端が付着している状態.———————————————————————-Page21508あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007に検出することができる.コリネバクテリウムは一般的なヒツジ血液寒天培地を準備して塗布すればよい.培養は好気培養が基本であるが,グラム染色の観察によってコリネ型細菌が認められ,起炎菌と考えられる場合は炭酸ガス培養を併用することが望ましい.一部の脂質要求性コリネバクテリウム(C.jeikeium,C.urealyticumなど)は炭酸ガス培養で発育が促進されることがある.■耐性菌判定法グラム染色の鏡顕により起炎性の確認された分離菌は,薬剤感受性検査を行うべきであるが,薬剤感受性試験は脂質要求性,非要求性にかかわらず,ディスク拡散法では血液寒天培地を用い,微量液体希釈法ではウマ溶血液などのサプリメントを添加すべきである.培養は35℃で24~48時間行うが,脂質要求性の菌種は48時間,非要求性の菌種は24時間行うことを基本とする.しかし,非要求性の菌種でも48時間を要したり,要求性の菌種でも24時間で十分であったりすることもある.したがって明確な方法を示されていないのが現状である.■治療薬剤選択眼科領域の抗菌薬治療はニューキノロン系点眼薬が広く用いられているが,コリネ型細菌が起炎菌と判断された場合には,グラム陽性桿菌の多くはニューキノロン系抗菌薬に耐性の性質を有しているため,テトラサイクリン系点眼薬,マクロライド系眼軟膏を選択すべきと考える.また,C.resistensや,C.jeikeiumの一部の株は注射用抗菌薬であるテイコプラニン,バンコマイシンにしか感受性を示さない2,3).文献1)FunkeG,vonGraevenitzA,ClarridgeJE3rdetal:Clini-calmicrobiologyofcoryneformbacteria.ClinMicrobiolRev10:125-159,19972)OtsukaY,OhkusuK,KawamuraYetal:Emergenceofmultidrug-resistantCorynebacteriumstriatumasanosoco-mialpathogeninlong-termhospitalizedpatientswithunderlyingdiseases.DiagnMicrobiolInfectDis54:109-114,20063)OtsukaY,KawamuraY,KoyamaTetal:Corynebacteri-umresistenssp.Nov.,anewmultidrug-resistantcoryne-formbacteriumisolatedfromhumaninfections.JClinMicrobiol43:3713-3717,2005(98)図2結膜炎患者の膿性分泌物グラム染色(×1,000)コリネ型細菌が観察され,白血球によって多数の菌体が貪食されている.極度の免疫不全状態であれば起炎性が強く考えられる.◎検査室から眼科医へ一言◎多くの施設では,眼科領域で細菌培養検査が行われることは少ないのが現状です.したがって,各種眼感染症の起炎微生物,感受性抗菌薬情報を示すためには,多くのデータを集めて疫学的な解析をすることが必要です.近年ではさまざまな感染症において,各種病原微生物の抗微生物薬耐性化が懸念されているなかで,ぜひとも積極的な培養検査を行っていただきたいと思います.◎眼科医から検査室へ◎ご指摘のように,角膜炎や眼内炎などの視機能を脅かす重篤な感染症を除けば,速やかに治癒することもあってか,一般臨床において麦粒腫や結膜炎などに培養検査が行われることは比較的少ないようです.しかしながら,外眼部感染症の起炎菌の分離頻度や薬剤感受性に関する情報を地道に収集することはきわめて重要であり,今後,学会ベースでの作業も視野に入れて方策を検討する必要があります.ここで取り上げられたコリネバクテリウムも,MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)やCNS(コアグラーゼ陰性ブドウ球菌)と同様に,主力治療薬であるニューキノロンに対する耐性化が進行しており,今後注意を要する病原菌の一つと考えられます.愛媛大学医学部眼科大橋裕一

緑内障:MP-1のミラーイメージ法による緑内障診断

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.11,200715050910-1810/07/\100/頁/JCLS●偽性固視不良の判定通常の自動視野計で固視不良と判断される症例には少なからず頭部が傾く,あるいは生理的暗点の解剖学的位置異常により,固視良好例でも固視不良と判断される症例(偽性固視不良)が含まれるといわれている1).固視不良と判断された場合には,視野異常の診断は困難である.ニデック社製微小視野計(MP-1)は固視点の安定度を解析することができる.また,生理的暗点の位置と大きさを確認することができるため偽性固視不良の判定に役立つ.そのため,偽性固視不良例では,緑内障診断が容易になると考えられる.●MP1を用いた早期緑内障診断の試み(ミラーイメージ法)MP-1には,今のところ緑内障性視野障害を診断するための解析機能がない.筆者らは,Humphrey視野計(HFA)を用いた緑内障診断法の1つLowTensionGlaucomaStudyの方法をMP-1に当てはめ,緑内障診断に用いる試みを行っている(ミラーイメージ法)2,3).眼底所見から緑内障が疑われるものの,通常の視野検査では診断がむずかしい症例に対し特に有用である(図14).MP-1の測定点は2°間隔の正方形グリットとし,36個設ける.グリットの中心は,固視が良好でHFA30-2(95)●連載緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄89.MP1のミラーイメージ法による緑内障診断佐柄英人*1,2飯田知弘*2*1マルイ眼科*2福島県立医科大学眼科ニデック社製微小視野計(MP-1)は,高速のオートトラッキング機能をもち眼底像に一致した正確な微小視野を測定する装置で,黄斑部病変の評価に有用である.また,通常の自動視野計,光干渉断層計(OCT)などによる視神経乳頭の画像解析とMP-1のミラーイメージ法を組み合わせることで緑内障診断にも有用である.図2HFA(SITAstandard,302閾値テスト)偽陽性率が高く固視不良が多いが,緑内障半視野テストで解析したところボーダーラインと判断され緑内障が疑われる.図1FDT(C20閾値テスト)79歳,男性.平均偏差(MD)とパターン標準偏差(PSD)は正常であるが,偏差確立プロットから視野障害が疑われる.(図14は同一症例)———————————————————————-Page21506あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007プログラムで明らかな異常と診断されないものの緑内障によると思われる暗点が固視点から15°以内に検出された場合には,そのなかの1つの暗点とする.固視不良がある場合,あるいは固視点から15°以内に暗点が認められない場合には,網膜神経線維束欠損など眼底所見で視野障害が疑われる部位をグリットの中心とする.さらに上下でミラーイメージをなすグリットをもう一つ設け,両者を比較する.視野障害が少ないほうのグリットで,健常と思われる部位から5dB以上の暗点を除外し平均閾値を算出する.視野障害が疑われるほうのグリットで5dB以上の暗点が3つ以上連なり,そのなかに10dB以上の暗点が含まれる場合を異常と判定する.本法の欠点として,平均閾値が10dB未満だと診断できないことと,MP-1の最大輝度がHFAの1/25(400asb)と小さいため,測定レンジが20dBと狭いことがあげられる.このため,MP-1の測定点に対応したHFAの測定点の値が31dB未満ではGoldmannIII,31dB以上ではGoldmannIIと異なった視標を用いる必要がある.自験例では,緑内障を疑わせる眼底所見に一致してHFA視野計とツァイス社製光干渉断層計(OCT)3000の検査の両方で異常を認める場合を緑内障とし,眼底,HFA,OCTのいずれでも異常を認めない場合を正常とすると,感度は93.3%(45眼中42眼),特異度は98.2%(57眼中56眼)であった.MP-1のミラーイメージ法を,OCT,HFAと組み合わせて用いれば,緑内障診断に有用であると考えられる.文献1)SanabriaO,FeuerWJ,AndersonDR:Pseudo-lossofxa-tioninautomatedperimetry.Ophthalmology98:76-78,19912)SagaraH,SuzukiK,IidaT:Glaucoma:earlydiagnosisandfollow-up.PerimetryandtheFundus(edbyMidenaE),p199-206,Slack,Thorofare,NJ,20073)KatzJ,SommerA,GaasterlandDEetal:Comparisonofanalyticalgorithmsfordetectingglaucomatousvisualeldloss.ArchOphthalmol109:1684-1689,1991(96)図3OCT〔FastRNFLThickness(3.4)〕眼底にはスリット状の網膜神経線維束欠損が認められ,同部位にOCT3000を用いた網膜神経線維層厚の検査でも異常を認めた.図4MP1(ミラーイメージ法)HFAで固視が不良のため,眼底所見からMP-1の測定点を決めた.グリットの中心は固視点から耳側9°,上下3°とした.対応するHFAの測定点は31dB以上であるが,偽陽性率が高かったため視標サイズはGoldmannIIIを用いた.測定時間は10分30秒で,HFAの結果に反し固視は良好であった.0dBを提示した測定点で,■は提示視標が見えた測定点,□は提示視標が見えなかった測定点である.上下のグリットが重なっているため,上部の24個の測定点から平均閾値を算出した.青い円の測定点は,健常と思われる部位より5dB以上感度が低下していたため除外した.網膜神経線維束欠損(矢頭)に一致して,5dB以上の暗点が3個以上連なり10dB以上の暗点も認められることより,視野障害と診断できる.

屈折矯正手術:ウェーブフロントLASIKによる不正乱視の治療

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.11,200715030910-1810/07/\100/頁/JCLS従来のLASIK(laserinsitukelatomileusis)では,自覚的屈折検査で得られた球面や円柱面(二次収差)に基づき矯正量を決定している.これに対し,ウェーブフロントLASIKでは波面収差を計測し,フライングスポットレーザーやアイトラッキングなどのシステムにより,不正乱視(高次収差)を矯正する1).このため,この術式により,今までは治療できなかった不正乱視を治療できる可能性がある.不正乱視のなかには,円錐角膜のように疾患として存在しているものと,屈折矯正手術の術後に生じた医原性のものがある.屈折矯正手術により高次収差が増加することは知られている2)が,今回は,屈折矯正手術の術後,角膜不正乱視を生じ,高次収差が増加した症例に対し,ウェーブフロントLASIKによりエンハンスメントを施行し,その効果を検討した.今回検討した11症例15眼の前回の手術の内訳は,LASIKが9眼,PRK(photorefractivekeratectomy,レーザー屈折矯正角膜切除)が3眼,RK(radialkerato-tomy,放射状角膜切開)が2眼,RKおよびLASIKの両方を受けたものが1眼であり,すべての症例において術後の矯正視力の低下に対し,エンハンスメントを希望し,施行することとなった.エンハンスメントまでの期間は2年以内が8眼,2~4年が2眼,4~6年が2眼,6(93)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載監修=木下茂大橋裕一坪田一男90.ウェーブフロントLASIKによる不正乱視の治療河野明美*1稗田牧*2*1こうの眼科クリニック*2バプテスト眼科クリニック屈折矯正手術後の不正乱視に対し,ウェーブフロントLASIK(laserinsitukelatomileusis)は,視力,精度,安定性,および高次収差の減少という点において,安全かつ有効な術式と思われる.ただし,実際の患者の満足度をみると,結果と一致していない部分もあり,さらなるシステムの改良が期待される.図1裸眼視力術後15眼中13眼が1.0以上となった(n=15).20517111302468101214術前:0.1未満:0.5未満:1.0未満:1.0以上(眼)術後6カ月図2波面収差解析術後,高次収差の減少およびPSFの改善を認めた.術前術後6カ月———————————————————————-Page21504あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007年以上経っているものが3眼であった.エンハンスメントにあたっては,Zyoptixsysytemにより波面収差解析を行い,エキシマレーザーT217Zを用いてウェーブフロントLASIKを施行した.裸眼視力(図1)は,術前は,15眼中14眼が1.0未満であったが,術後6カ月の時点で,15眼中13眼が1.0以上と良好な視力を得た.波面収差およびPSF(pointspreadfunction)の一例(図2)においては,術前と比較し術後は高次収差の減少およびPSFの改善が認められる.術前後の高次収差の変化(図3)については,コマ収差,全高次収差においては術前と比較し,有意に減少したが,球面収差は有意な減少はみられなかった.術後の屈折度数の安定性(図4)や矯正精度(図5)も良好であった.屈折矯正手術によって生じた不正乱視の矯正方法として,ウェーブフロントLASIKでは高次収差を減少させることが可能であり,有効な手術方法であると考えられる.他の報告においても,屈折矯正手術後の矯正としては,従来のLASIKより良いとされている3).ただし,今回患者自身にエンハンスメント後の実際の満足度をアンケートした結果,裸眼視力に満足の者は27%であり,一方手術の結果に対し45%の症例が不満と回答しており,手術に不満の理由としてまぶしさや,実際は減少したものの乱視をあげていた.データ上の結果としては,高次収差は減少し,裸眼視力も良好になり,ウェーブフロントLASIKは屈折矯正手術後に生じた不正乱視を矯正する方法として有効と思われるが,自覚と一致していない部分がある.エンハンスメントを受けられる患者の要求度はかなり高いレベルにあり,より多くの患者に満足してもらえるようにするためには,今後さらなるシステムの改良が期待される.文献1)MrochenM,KaemmererM,SeilerT:Wavefront-guidedlaserinsitukeratomileusis:Earlyresultsinthreeeyes.JRefractSurg16:116-121,20002)MrochenM,KaemmererM,MierdelPetal:Increasedhigher-orderopticalaberrationsafterlaserrefractivesur-gery.JCataractRefractSurg27:362-369,20013)AlioJL,Montes-MicoR:Wavefront-guidedversusstan-dardLASIKenhancementforresidualrefractiveerrors.Ophthalmology113:191-197,2006(94)図3高次収差の変化コマ収差および全高次収差において,術後有意な減少がみられた(n=14).1.180.580.620.980.560.3700.20.40.60.81.01.21.41.61.8コマ:術前:術後*p<0.05*RMSwavefronterror(μm)*高次球面図4屈折度数の変化術後6カ月までの経過において,屈折度数は安定していた(n=15).-1.590.390.28-2.5-2.0-1.5-1.0-0.500.51.0術前屈折度数(D)術後6カ月術後1カ月図5目標矯正量vs達成矯正量目標度数の±1.0D以内に収まったものは14眼で,1眼のみわずかに過矯正であった(n=15).目標矯正量(D)達成矯正量(D)-1.00.01.02.03.04.05.06.06.05.04.03.02.01.00.0

眼内レンズ:2mm切開創用眼内レンズ

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.11,200715010910-1810/07/\100/頁/JCLS2.0mm未満の極小切開白内障手術(microincisioncataractsurgery:MICS)の切開幅が従来より如何に小さいかはスリットナイフの比較でも理解できる(図1).しかし眼内レンズ(IOL)挿入時に創口幅を拡大する必要があるため,exibleな性質をもつfoldableIOLが設計思想となり,アクリル素材などを使用し開発され,半径より若干大きな切開創(3.5mm)から挿入することが可能になった1,2).さらに小切開の挿入を目指し,インサーターが開発され3),現在では装システム(インジェクター+IOL装カートリッジ,図2)が汎用されている.シングルピース型IOL〔無着色(図3a),着色(図3b)〕は光学部,支持部が同一のアクリル素材で,創口をインジェクターの一部として使用するwoundassistedtechnique4)を用いることにより,2.2mm程度から挿入することが可能である(図4a,b).また3ピース型IOL(図3c)は,使用するカートリッジ先端直径が1.7mmであるため,1.8mm程度の切開創から先端を前房内に入(91)れた状態で(contamination防止),IOLを挿入することが可能であることが利点とされている(図4a,b,c).IOLの厚みを保ちつつ挿入抵抗を低減するために,カートリッジ内部にはコーティングが施されている.粘弾性物質などにより浸水すると,膨潤状態が得られ,非常に優れた潤滑性状を示し,IOLの挿入時の負荷軽減が石井清さいたま赤十字病院眼科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎255.2mm切開創用眼内レンズ極小切開白内障手術(microincisioncataractsurgery:MICS)は,この数年間に非常に注目される術式となり,その名のごとく2.0mm程度のきわめて小さな切開で行う白内障手術である.今回はMICS用に使用されている眼内レンズ(IOL)を紹介する.図1MANI社製OphthalmicKnife先端部写真左より幅3.5,3.0,1.6mm.1.6mmが非常に小さいことが理解できる.図2MICS眼内レンズ(IOL)挿入用インジェクターa:図3a,bシングルピース用インジェクター.b:図3c3ピース型IOL用インジェクター.ab図3極小切開用眼内レンズa:無着色,b:着色シングルピース型,c:3ピース型.abc———————————————————————-Page21502あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007(00)施されている(図5).MICS対応IOLが国産にても生産され,また世界中でも開発が進行している.水晶体乳化吸引術(PEA)の登場後,最終的な創口幅の決定がIOLにゆだねられた時期があったが,この数年間の進歩は目覚ましく,またlearningcurveがあるもののMICSに関しては優位性のあったbimanualであるが,ultra,nanoスリーブなどの登場によりcoaxialも進化を続けている.今後は超極小切開(1.0mm未満),presettype,multifocalなどの高性能IOLへと進化すると思われる.文献1)KassarBS,VarnellED:EectofPMMAandsiliconelensmaterialsonnormalrabbitcornealendothelium:aninvitrostudy.JAmIntraoculImplantSoc6:344-346,19802)PackardRB,GarnerA,ArnottEJ:Poly-HEMAasamaterialforintraocularlensimplantation:apreliminaryreport.BrJOphthalmol65:585-587,19813)MenapaceR,AmonM,PapapanosPetal:Evaluationoftherst100consecutivePhacoFlexsiliconelensesimplantedinthebagthroughaself-sealingtunnelincisionusingtheProdigyinserter.JCataractRefractSurg20:299-309,19944)TsuneokaH,HayamaA,TakahamaM:Ultrasmall-inci-sionbimanualphacoemulsicationandAcrySofSA30ALimplantationthrougha2.2mmincision.JCataractRefractSurg29:1070-1076,2003図4シングルピースIOLの挿入方法(woundassistedtechnique)a:カートリッジ先端を創口にかませる(前房内に先端は入らない).b:インジェクターのプランジャーを押しIOLを押し進める.c:IOLを内に固定する.abc図53ピース型の挿入方法a:カートリッジ先端を前房内へ入れる.b:インジェクターのプランジャーを押しIOLを押し進める.c:後方ループを内に入れ固定する.bca

コンタクトレンズ:遠近両用ハードコンタクトレンズの処方方法(1)

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———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071499径測定を行い,自覚的完全屈折矯正値を求め,近方視時の加入度数を測定する.また使用中のCLと眼鏡の度数を測定し,それによる視力を検査する.使用中のCLや眼鏡での視力の良し悪しにかかわらず,過矯正度数である可能性がないか,必ず確認する.遠近両用HCLの処方失敗の原因には過矯正が関与していることが多く,正確な自覚的完全屈折矯正値と適正な遠方矯正度数を知ることが処方を成功させるための重要なポイントとなる.つぎに,近方視時に使用している視力補正用具(遠用CL装用状態,CL上に近用眼鏡装用状態,裸眼に遠用眼鏡装用状態,裸眼に近用または遠近両用眼鏡装用状態)または近方視時に視力補正用具を使用していない場合にはその状態(裸眼の状態)での近方視力を測定し,さらにその状態での見え方を処方者の前で確認させる.これによって処方した遠近両用HCL装用開始時の近方0910-1810/07/\100/頁/JCLS中高年者のコンタクトレンズ(CL)装用者が,老視の自覚症状の出現後もCLを単独で使い続けるためには,遠近両用CLが必要となる.最近は新しいタイプの頻回交換型遠近両用ソフトCL(SCL)が相次いで発売されている1)が,ハードCL(HCL)の装用者はHCLタイプの遠近両用CLの適応となることが多い.一般的に遠近両用HCLは頻回交換型遠近両用SCLと異なり,実際に使用するCLの度数でのテスト装用ができないため,経験の少ない処方者は処方がむずかしいと感じる場合が多いのではないかと思われる.そこで本稿では,経験の少ない処方者が遠近両用HCLの処方を成功させるための方法について,前半では処方にかかわる一般的知識,後半では処方方法について2回に分けて解説する.●遠近両用HCLの処方の適応老視年齢のHCL装用者のすべてが遠近両用HCLの適応になるのではなく,近方視時の見え方や近方視後の遠視時の見え方に不満の出現した者が適応となる2).遠方視と近方視の視力の要求度が非常に高い場合は適応とならない.そして装用中のHCLまたはHCLのトライアルレンズのフィッティングで良好なセンタリングが得られ,残余乱視あるいは持ち込み乱視が1.50Dを超えていない屈折の条件にあることが必要である.●遠近両用HCLの種類遠近両用HCLは機能により交代視型(視軸移動型)と同時視型に分けられ,形状によりセグメント型,同心円型,非球面型,回折型に分けられる.さらに焦点により二重焦点型と累進屈折力型に分けられる(表1,図1).これらは処方適応者の状況に応じて選択される2).●処方前検査一般的なCLの処方時と同様に細隙灯顕微鏡検査,涙液の量的および質的検査,他覚的屈折検査,角膜曲率半(89)塩谷浩しおや眼科コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純TOPICS&FITTINGTECHNICS281.遠近両用ハードコンタクトレンズの処方方法(1)表1遠近両用ハードコンタクトレンズの分類機能による分類形状による分類焦点による分類交代視型(視軸移動型)セグメント型同心円型二重焦点型同時視型同心円型非球面型回折型二重焦点型累進屈折力型嗜舂壺???壺燐盂瓶壺燐辣?壺燐盂瓶壺?????壺兆追?壺図1遠近両用ハードコンタクトレンズの機能・形状による分類———————————————————————-Page21500あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007(00)の見え方と比較するための自覚的な基準をつくることができる.さらに処方する遠近両用HCLで,両眼視での遠方度数と近方度数の設定ができないときには,利き目を遠方重視,非利き目を近方重視とモノビジョンに近い度数設定をすることがあるため,あらかじめ利き目を確認しておく.必ずしも屈折度数が小さいほうの目が利き目であるとは限らず,また遠方視時と近方視時での利き目が異なる場合もあるので注意する必要がある.●遠近両用HCLの選択遠近両用HCLの使用者側から考えると,遠方視と近方視の視力の必要度が比較的高い場合には,遠方視時と近方視時の光学部が独立している交代視型,二重焦点型のセグメント型を選択する.視力の必要度が通常の場合には,フィッティングの変化や加入度数の設定の視力補正効果への影響が比較的少ない同時視型を選択する2).遠近両用CL,特にHCLタイプの処方経験が少ない処方者側から考えると,レンズのパラメータが少なく,処方が簡便である同時視型を選択することが勧められる.そこで次回には“同時視型遠近両用HCL”を取り上げ,その具体的な処方方法について解説する.文献1)塩谷浩:頻回交換遠近両用ソフトコンタクトレンズの選択法.あたらしい眼科24:711-716,20072)塩谷浩,梶田雅義:各種バイフォーカルコンタクトレンズの選択.あたらしい眼科18:463-468,2001

写真:結膜悪性黒色腫

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———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.11,200714970910-1810/07/\100/頁/JCLS(87)後藤浩東京医科大学眼科写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦282.結膜悪性黒色腫図4病理組織像核の異型を伴った,好酸性の腫瘍細胞が胞巣状に増殖している.随所にメラニン色素の集塊がみられる.図1結膜悪性黒色腫鼻側輪部を中心に茶褐色の不規則な増殖を示す隆起性病変がみられる.鼻側球結膜全体の充血と,腫瘍に向かう複数の拡張した血管がみられる.角膜側への浸潤もみられる.図3図1と同一症例上方球結膜にメラノーシスがみられる.腫瘍とは連続していない.図2図1のシェーマ①:腫瘍.②:色素の少ない部分.③:角膜への浸潤.④:拡張した結膜血管.①②④③———————————————————————-Page21498あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007(00)わが国では結膜悪性黒色腫に遭遇する機会はきわめてまれである1,2).疫学データについては30年以上前の調査結果1)に頼るほかはないが,それによると眼科領域における悪性黒色腫のうち,ぶどう膜原発症例は全体の68%を占めるのに対し,結膜は18%にすぎず,年間の発生例は6~7例ということになる.ただし,皮膚原発の悪性黒色腫が最近は漸増傾向にあることを鑑みれば,結膜における発生例も最近はもう少し多い可能性もある.結膜悪性黒色腫はdenovoに発生することもあるが,多くは後天性メラノーシス(primaryacquiredmelano-sis:PAM)や,若年のころから存在していた母斑から発生すると考えられている.輪部,球結膜,瞼結膜,円蓋部のいずれからも発生する可能性がある.部位別には発見が早く,治療も行いやすい輪部や球結膜の発生例では予後は比較的良好であるが,瞼結膜,円蓋部,涙丘などに発生した場合は予後不良な場合もある.また,一般に腫瘍の丈が高いほど予後不良なことが多いとされる.外観は腫瘍内のメラニン色素の多寡によって異なるが,多くは茶色,茶褐色,黒色などの色調を呈する.扁平に増殖していくこともあるが,多くは結節性の隆起性病変を示し,しばしば不規則に拡大していく.球結膜や輪部の発生例では腫瘤に向かう拡張した血管がみられることが多い.輪部の悪性黒色腫は角膜内に浸潤していくことがある.ぶどう膜原発の悪性黒色腫ではおもに肝臓をはじめとする諸臓器に血行性転移をきたすことが多いのに対し,結膜悪性黒色腫の場合は皮膚の悪性黒色腫と同様,リンパ行性に所属リンパ節(耳前リンパ節や顎下リンパ節)に転移する傾向がある.治療については,病変の進行度にもよるが,限局した病巣であるならば,安全域を含めた外科的切除が基本となる.最近はマイトマイシンC(MMC)の点眼やインターフェロンに代表される局所化学療法も注目されている3).切除に伴う結膜の広範な欠損には,羊膜移植を併用したオキュラーサーフェスの再建が行われることがある4).一方,眼瞼や眼窩内へ浸潤をきたしている症例では眼窩内容除去術を余儀なくされることもある.文献1)金子明博:1977年より3年間における日本の眼部悪性黒色腫の頻度について.日眼会誌86:332-355,19822)松本章代,稲富勉,木下茂ほか:結膜原発の悪性黒色腫の長期予後に関する調査及び統計学的検討.日眼会誌103:449-455,19993)後藤浩,石川友昭,慶野博ほか:結膜および眼瞼悪性黒色腫に対し,炭酸ガスレーザーと局所化学療法を行った1例.臨眼57:477-482,20034)ShieldsCL,ShieldsJA,ArmstrongT:Managementofconjunctivalandcornealmelanomawithsurgicalexcision,amnioticmembraneallograft,andtopicalchemotherapy.AmJOphthalmol132:576-578,2001図5図1の治療後安全域を含めた腫瘍の切除と結膜の再建を行った後,0.04%マイトマイシンCの点眼を周期的に2カ月使用した後の写真.血管の拡張がみられるが,腫瘍の再発はない.

点眼薬と高次収差

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSまず過去の研究報告について概説し,ついで筆者らが行った抗緑内障薬を用いた研究結果について報告する.さらに今後の研究課題について触れてみたい.Iドライアイに対する点眼治療後の光学的質の変化LiuとPugfelder5)はドライアイ患者の眼表面の形状を角膜トポグラフィーを用いて検討したところ,眼表面の不整性を示す指標であるsurfaceregularityindex(SRI)と非対称性を示す指標surfaceasymmetryindex(SAI)が正常眼と比較して有意に高い(より不整で非対称であることを意味する)ことを見出し,さらにSRIとSAIはフルオレセイン染色スコアと有意な相関を示すことを明らかにした.これらの患者に人工涙液を点眼するとSRIとSAIのいずれもが有意に改善したことから,人工涙液はドライアイ患者の眼表面を平滑にする効果があると述べた5).Huangら6)は,ドライアイ患者を点状表層角膜症の有無で2群に分類し,角膜症のある群では正常眼と比べSRIとSAIが有意に高く,角膜症のない群では正常眼と有意差がなかったと報告した.そして人工涙液を点眼すると角膜症のある群ではSRIとSAIが改善するのに対し,角膜症のない群では有意な変化はみられず,正常眼ではむしろSRIが悪化したと報告した.Iskeleliら7)はSjogren症候群と診断されたドライアイ患者に人工涙液を点眼するとSRI,SAIともに改善を示したと報告している.上記の研究はすべて角膜トポグラはじめにQualityofvision(QOV)の重要性が広く認識され,あらゆる疾患の治療において,単に視力だけでなくコントラスト感度や夜間視力も含めた総合的な視覚の質の改善が求められるようになってきた.この背景として,眼球の光学的な質を詳細に捉えることができる診療機器が開発されたことに起因するところが大きい.なかでも波面センサーが開発されたことにより,眼表面および眼内に生じたきわめて微細な光学的変化を波面収差として他覚的かつ定量的に評価することが可能となり,特に眼鏡(球面レンズと円柱レンズ)で矯正できない高次波面収差の概念が広く浸透した.眼球全体の収差は,おもに角膜前面,角膜後面,水晶体の収差から構成されるが,角膜は約40Dという眼球光学系のなかでも最も高い屈折力をもち,特にその前面は光学系に大きな影響を及ぼす.ここで角膜前面の形状が重要であることは言うまでもないが,角膜前に形成される涙液層はその破綻や厚みの変化により眼光学系に大きな影響を及ぼしうることが明らかになってきた1~4).また涙液は流動するため,その光学面は時々刻々と変化していく.では点眼薬を使用すると,眼光学系にどのような影響を及ぼすのであろうか?涙液が眼光学系に影響を及ぼすのであれば,点眼薬も当然何らかの影響を与えるはずである.しかし,点眼薬が眼光学系,特に高次収差に及ぼす影響についてはあまり知られていない.本稿では,(79)1489*TakahiroHiraoka:筑波大学大学院人間総合科学研究科臨床医学系眼科〔別刷請求先〕平岡孝浩:〒305-0006つくば市天王台1-1-1筑波大学大学院人間総合科学研究科臨床医学系眼科特集●眼の収差を理解するあたらしい眼科24(11):1489~1495,2007点眼薬と高次収差OphthalmicSolutionandHigher-OrderAberrations平岡孝浩*———————————————————————-Page21490あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007フィーを用いたものであるが,Montes-Micoら8)はHartmann-Shack型の波面センサーを用いて同様の研究を行っており,ドライアイ患者では人工涙液点眼後に全高次波面収差,コマ様収差,球面様収差のいずれもが有意に減少したと報告している.そして波面収差解析は点眼後の光学的質の変化を評価するのに有用であると述べた.II角膜移植後眼への人工涙液の効果Pavlopoulosら9)は,全層角膜移植眼に対する人工涙液の効果を角膜トポグラフィーを用いて評価し,正常眼と比較検討している.その結果,正常眼では人工涙液点眼後にSAIが有意に増加したが,角膜移植眼ではSRIが有意に減少し,グラフトの不整が強い症例ほどSRIの改善が大きかったと報告している.そして,人工涙液は角膜移植眼の眼表面の不整を平滑にする効果があると結論づけた.III正常眼への人工涙液の効果前述したように,眼表面の形状に不整があるもしくは涙液の分布が不均一であるドライアイ患者や角膜移植眼においては,人工涙液は眼表面を滑らかにし,微細な不整を相殺するように作用する一方,正常眼に点眼すると不整や非対称性を増加させるように働く可能性があることも示唆されている6,9).つまり,人工涙液は正常眼に対して光学的に負の作用を及ぼす可能性がある.また,Airianiら10)は中等度の粘性をもつ人工涙液(lubricanteyedropsと称している)を正常眼に点眼したところ,高次収差に有意な変化をもたらしたと報告した.やはり,人工涙液は正常眼にも光学的変化をもたらすと考えられるが,一まとめに人工涙液といっても,製剤によってその粘性や浸透圧はさまざまであり添加物も異なる.Novakら11)は,7種類の人工涙液を用いて,正常眼の角膜トポグラフィーに及ぼす影響を検討しているが,ほとんどすべての薬剤が統計学的に有意な変化を時間依存的にもたらすものの,その変化は薬剤により異なると報告している.しかし残念なことに,それぞれの人工涙液の性状や特徴とトポグラフィー変化の関連については言及されていない.今後はこのような観点からも研究が進み,点眼薬のどのような性状や成分が光学的変化に大きく寄与しているのかという点に関しても明らかにされることが期待される.IV抗緑内障薬点眼後の高次波面収差近年,患者の利便性の向上やコンプライアンスの改善を目的として,点眼回数を減少させた抗緑内障点眼薬が多数開発されてきた.その多くはゲル化剤を配合することにより,涙液や結膜での滞留時間を延長し,薬剤濃度を長時間保つことに成功している.しかしながら,形成されたゲルが涙液の安定性に影響を及ぼし,点眼後に一過性の霧視が出現することが広く知られるようになった.この頻度についてはさまざまな報告があるが,Sheddenら15)はチモロールイオン応答性ゲル化製剤点眼後の霧視の頻度は29%であり,従来のチモロール点眼薬と比較して有意に高いと報告した.この霧視の原因は明らかにされていないが,筆者らは点眼後に生じる眼光学的変化がその一因ではないかと考え,点眼後の高次波面収差を経時的に検討したので,その概要を以下に示す.1.対象および方法眼疾患を有さない成人ボランティア11例22眼(男性6例,女性5例)を対象とした.平均年齢は35.6±15.6歳(21~63歳),Schirmer試験I法による平均値は30.7±5.9mm(19~35mm)であり,ドライアイ患者は含まれていない.上記の対象において,チモロールイオン応答性ゲル化製剤(チモプトールRXE)の点眼前および点眼後5,30分,1,2,3,6,12時間で眼球の波面収差を測定した.収差測定には短焦点高密度波面センサー(トプコン)を用い,各々の測定においては,開瞼後1秒ごとに連続10回の収差測定(10秒間連続測定)を行った.その後,瞳孔径4mmで波面収差解析を行い,低次収差(2次収差:S2)および高次収差(3次,4次収差:S3,S4)の経時的変化を検討した.(本波面センサーを用いた連続波面収差の測定および解析方法の詳細については,本特集の「涙液と高次収差」の項を参照されたい.)(80)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.11,200714912.結果低次収差に有意な経時的変化はみられなかったが,高次収差であるコマ様収差(S3),球面様収差(S4),全高次収差(S3+4)はいずれも点眼後早期に増加する傾向を示し,全高次収差と球面様収差では点眼5分後において統計学的有意差が認められた.しかし,いずれの高次収差も点眼30分後には点眼前のレベルまで低下しており,統計学的有意差はみられなくなった(図1~3).以上に示した変化は,開瞼直後(1秒後)の収差測定値の結果であるが,10秒間連続測定を行った平均値においてもほぼ同様の結果となった.Kohら16)が提唱する収差の安定性を示す指標stabilityindexには有意な経時的変化はみられず,つまり開瞼後10秒の間に増加もしくは減少するなどといった一定の傾向は認められなかっ(81)図1全高次収差(S3+4)の経時的変化チモロールゲル化製剤点眼5分後には全高次収差の有意な上昇が認められた(pairedt-test,p=0.0335)が,30分後には点眼前のレベルまで低下し,以後安定していた.*p=0.03350.150.10.05S3+4(μm)Pre5min30min1hr2hr3hr6hr12hrTimecourse図2コマ様収差(S3)の経時的変化コマ様収差は点眼5分後に上昇する傾向を示したが,統計学的有意差は認められなかった(pairedt-test,p=0.2564).その後も有意な変化はみられなかった.NS0.150.10.05S3(μm)Pre5min30min1hr2hr3hr6hr12hrTimecourse図3球面様収差(S4)の経時的変化球面様収差は点眼5分後に有意な上昇を示した(pairedt-test,p=0.0005).しかし30分後には点眼前と比較して有意差は認められず,その後も点眼前のレベルまで低下し安定していた.*p=0.00050.10.050S4(μm)Pre5min30min1hr2hr3hr6hr12hrTimecourse図4全高次収差(S3+4)のuctuationindexの経時的変化収差のばらつきを反映するuctuationindex(FI)は点眼後に上昇し,以後徐々に低下し点眼前のレベルへと戻った.点眼前と比較すると点眼5分後にのみ統計学的有意差が認められた(pairedt-test,p=0.0029).*p=0.00290.020.010FI(S3+4)Pre5min30min1hr2hr3hr6hr12hrTimecourse図5コマ様収差(S3)のuctuationindexの経時的変化全高次収差と同様に,コマ様収差でもuctuationindex(FI)は点眼後に上昇し,以後徐々に低下していった.点眼5分後にのみ統計学的有意差が認められた(pairedt-test,p=0.0097).*p=0.00970.020.010FI(S3)Pre5min30min1hr2hr3hr6hr12hrTimecourse図6球面様収差(S4)のuctuationindexの経時的変化球面様収差でも同様の変化を示し,点眼5分後にのみuctua-tionindex(FI)の有意な上昇が認められた(pairedt-test,p=0.0003).*p=0.00030.020.010FI(S4)Pre5min30min1hr2hr3hr6hr12hrTimecourse———————————————————————-Page41492あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007(82)図7代表症例の連続波面収差マップ(点眼前)上,中,下の3段のマップのうち,中段と下段は開瞼後10秒間に連続測定された10回分の全眼球収差がカラーコードマップとして表示されている(マップの左上に表示されている1,2,…,10の番号はそれぞれ開瞼後1秒目,2秒目,…,10秒目を意味する).上段の3つのマップは左から開瞼後1秒目,開瞼後10秒目,ディファレンシャルマップ(10秒目から1秒目を差し引きしたもの)となるが,このディファレンシャルマップが緑一色ということは1秒目と10秒目の収差がほとんど変化していないということを意味しており,すなわち収差の安定性が非常に高いことを示している.図8代表症例の連続波面収差マップ(点眼5分後)全体を通して波面収差マップは暖色系も寒色系も色が濃くなっており,つまり高次収差が増加していることが見て取れる.ディファレンシャルマップに黄色と青色が混在しているということは,開瞼後10秒間で収差が変化していることを表しており,すなわち収差の安定性が悪いということが理解できる.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071493た.収差のばらつきを反映する指標であるuctuationindexにおいては16),いずれの高次収差においても点眼5分後の値が有意に上昇しており,すなわち点眼後早期には収差測定値のばらつきが大きくなることが判明した(図4~6).代表症例の点眼前および点眼5分後,30分後の連続波面収差マップを図7~9に提示する.3.考察チモプトールRXEにはゲル化剤としてGellangum(ジェランガムR)が添加されている.これはグルコース・グルクロン酸・グルコース・ラムノースの4つの糖のくり返しからなる直鎖状の多糖体であり,Na+イオンの存在でゲル化する性質がある.つまり,点眼後に涙液中のNa+イオンと接触し瞬時にゲル化することにより,涙液中や結膜での滞留時間を延長させる.これらの現象は,薬剤を長期に滞留させ,その効果を持続させるという点においては非常に有利であるが,涙液の安定性が乱れるため,眼光学的観点からはデメリットとなる.今回の研究において,点眼後少なくとも5分間は高次収差が増加しており,光学的な質は低下していることが確認された.さらにuctuationindexも上昇していたということは,収差のばらつきが大きいということで,すなわち光学的な安定性が悪いということを示している.臨床上よく経験される点眼後の霧視の訴えは,これらの光学的変化が原因となっていると考えられた.ゲル化製剤点眼後の霧視の程度を評価するには,コントラスト感度などを用いて定量的に評価することが望ましいが,このような検討はこれまでに報告されていない.この点に関して,未発表データではあるが筆者らは文字コントラスト感度の新型チャートを用いてチモロールゲル化製剤点眼後のコントラスト感度変化を検討している.その結果,点眼後一過性にコントラスト感度が低下することが確認され,霧視自覚の一端はコントラスト感度の低下が担っていると考えられた.今後は高次収差とコントラスト感度を同時に測定し,それぞれの相関関係についても検討を進めたいと考えている.上記に示した研究結果はすべて健常者を対象としたものであるが,(83)図9代表症例の連続波面収差マップ(点眼30分後)点眼5分後と比較すると暖色系も寒色系も色が薄くなっており,点眼前の状態に近づいていることが確認できる.ディファレンシャルマップには緑色以外の色も多少含まれているが,かなり緑色が強く出ていることから,収差の安定性が回復してきていると判断される.———————————————————————-Page61494あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007(84)鼻涙管閉塞症などの導涙障害を有する患者においてはより強い変化をもたらす可能性が高い.このような症例を対象とした検討も今後計画していきたい.さらに今回検討した薬剤以外にも熱応答性ゲルやアルギン酸などを添加し涙液滞留時間の延長を図った薬剤が市販化されている.これらの薬剤が眼光学系に及ぼす影響についての解析も急務であると考える.Vその他の点眼薬による光学的変化上記のほか,散瞳薬や調節麻痺薬点眼後の高次波面収差を検討した報告がある12~14)が,これらは点眼直後の眼表面の変化を検討したものではなく,点眼薬の薬理的作用により水晶体や虹彩毛様体など眼内の形状変化に起因した収差の変化を検討したものであるため,本稿では割愛する.おわりに白内障手術・屈折矯正手術・角膜移植などを代表として,さまざまな手術前後の光学的特性が詳細に把握できるようになり,光学的質やQOVが追求される時代となってきた.このような潮流は手術治療に限らず,たとえばコンタクトレンズにおいても収差の変化に配慮した処方が重要視されるようになり,レンズデザインの開発においても高次収差の軽減を図る工夫がなされてきている.今後,眼科医が施すあらゆる治療において,高次収差をはじめとする光学的特性の変化がクローズアップされ,さらに高いQOVを実現する治療が求められるようになるであろう.本稿で述べてきた点眼治療もその一つであり,“点眼薬と光学的質の変化”というテーマに関してはこれまでに十分な検討がなされてきたわけではないが,ドライアイ患者の点眼治療においてはすでにいくつかの検討がなされており,人工涙液の点眼がocularsurfaceの病的状態にどのような光学的改善をもたらすのかが解明されてきている.抗緑内障薬ゲル化製剤がもたらす霧視についても,前述のごとく点眼後の高次収差の増大が具体的な数値として確認され,その発生機序の理解が深まってきた.確かに手術前後に生じる劇的な光学的変化を考えると,点眼薬がもたらす変化は微々たるものかもしれない.しかしながら,点眼治療は最も一般的に行われる治療であり,この治療が光学的変化をもたらしうることを知っておくことは重要である.患者が「何となくかすむ」と訴えるのは,実は点眼薬が原因となっているかもしれない.星の数ほどある点眼薬のすべてに,このような検討を行うことはもちろん不可能であるが,日常茶飯事に使用される代表的薬剤や,粘度・浸透圧の高い薬剤などについては今後研究が進められるべきであり,それぞれが眼光学系に及ぼす影響を解明することは医師ばかりではなく患者にとっても非常に有意義な情報となる.新薬の開発においても光学的側面がもっと配慮されるべきであり,つまり利便性を追求するあまり光学的特性を著しく損ねるような製剤はQOVの観点から好ましくない.最後にもう一点付け加えると,眼軟膏塗布により強い霧視が生じるのは周知の事実であるが,その程度や持続時間について定量的な評価や光学的質の変化を検討した報告はほとんどない.この点に関しても今後の検討課題となる.今までの診療においては,霧視を生じる可能性のある点眼薬や軟膏を処方しても,「かすむので注意してください」と漠然と説明するにすぎなかったが,本稿で解説してきた光学的質やQOVの定量的評価を進めることにより,「この薬剤を点眼すると,○○程度の霧視が,××程度の時間持続しますよ」と患者により具体的な説明ができるようになる.EBM(evidence-basedmedicine)が重視される時代背景を考えると,今後は点眼治療においても他覚的データに基づいた説得力のある説明が必要とされるであろう.文献1)KohS,MaedaN,KurodaTetal:Eectoftearlmbreak-uponhigher-orderaberrationsmeasuredwithwavefrontsensor.AmJOphthalmol134:115-117,20022)川守田拓志,魚里博:涙液が角膜収差の時間的変化に与える影響.眼紀56:3-6,20053)TuttR,BradleyA,BegleyCetal:Opticalandvisualimpactoftearbreak-upinhumaneyes.InvestOphthalmolVisSci41:4117-4123,20004)RiegerG:Theimportanceoftheprecornealtearlmforthequalityofopticalimaging.BrJOphthalmol76:157-158,19925)LiuZ,PugfelderSC:Cornealsurfaceregularityandtheeectofarticialtearsinaqueousteardeciency.Oph———————————————————————–Page7あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071495(85)thalmology106:939-943,19996)HuangFC,TsengSH,ShihMHetal:Eectofarticialtearsoncornealsurfaceregularity,contrastsensitivity,andglaredisabilityindryeyes.Ophthalmology109:1934-1940,20027)IskeleliG,KizilkayaM,ArslanOSetal:TheeectofarticialtearsoncornealsurfaceregularityinpatientswithSjogrensyndrome.Ophthalmologica216:118-122,20028)Montes-MicoR,CalizA,AlioJL:Changesinocularaber-rationsafterinstillationofarticialtearsindry-eyepatients.JCataractRefractSurg30:1649-1652,20049)PavlopoulosGP,HornJ,FeldmanST:Theeectofarticialtearsoncomputer-assistedcornealtopographyinnormaleyesandafterpenetratingkeratoplasty.AmJOphthalmol119:712-722,199510)AirianiS,RozellJ,LeeSMetal:Theeectoflubricanteyedropsonocularwavefrontaberrations.JRefractSurg21:709-715,200511)NovakKD,KohnenT,Chang-GodinichAetal:Changesincomputerizedvideokeratographyinducedbyarticialtears.JCataractRefractSurg23:1023-1028,199712)JankovMR2nd,IseliHP,BueelerMetal:Theeectofphenylephrineandcyclopentolateonobjectivewavefrontmeasurements.JRefractSurg22:472-481,200613)JurkutatS,LoosbergB,HemmelmannCetal:Theinuenceofphenylephrineandtropicamideonhigherordermonochromaticaberrations.Ophthalmologe104:226-229,200714)矢野隆,魚里博,鈴木雅信ほか:小児における調節麻痺薬点眼前後での高次収差の変化.あたらしい眼科21:1379-1382,200415)SheddenA,LaurenceJ,TippingR:Timoptic-XE0.5%StudyGroup.Ecacyandtolerabilityoftimololmaleateophthalmicgel-formingsolutionversustimololophthalmicsolutioninadultswithopen-angleglaucomaorocularhypertension:asix-month,double-masked,multicenterstudy.ClinTher23:4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