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緑内障患者における視野障害部位によるアイフレイル自己チェック

2025年6月30日 月曜日

《第35回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科42(6):731.735,2025c緑内障患者における視野障害部位によるアイフレイル自己チェック井上賢治*1塩川美菜子*1國松志保*2富田剛司*1,3石田恭子*3*1井上眼科病院*2西葛西・井上眼科病院*3東邦大学医療センター大橋病院CSelf-CheckofEyeFrailtybyAreasofVisualFieldImpairmentinGlaucomaPatientsKenjiInoue1),MinakoShiokawa1),ShihoKunimatsu-Sanuki2),GojiTomita1,3)CandKyokoIshida3)1)InouyeEyeHospital,2)NishikasaiInouyeEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenterC目的:緑内障患者の視野障害部位の違いによるアイフレイル状況を検討した.方法:原発開放隅角緑内障患者で両眼に上方のみ(上方群)あるいは上下両方(上下群)に視野障害を有するC141例を対象とした.10項目のアイフレイル自己チェックを施行し,2群で比較した.結果:症例は上方群C108例,上下群C33例だった.チェック数は上方群C3.5C±2.2個,上下群C4.3C±2.3個で同等だった(p=0.07).チェック項目は上方群では「①目が疲れやすくなった」60例,「⑥まぶしく感じやすい」57例,上下群では「⑥まぶしく感じやすい」22例,「⑤眼鏡をかけてもよく見えないと感じることが多くなった」21例が多かった.各項目の発現頻度の比較では,「⑨段差や階段で危ないと感じたことがある」のみが上下群(60.6%)で,上方群(38.9%)より有意に多かった(p<0.05).結論:緑内障患者では下方視野が段差や階段歩行に重要である.CPurpose:Toinvestigateeyefrailtyinglaucomapatientswithdi.erentsitesofvisual.eld(VF)impairment.SubjectsandMethods:ThisCstudyCinvolvedC141CpatientsCwithCprimaryCopen-angleCglaucomaCandCbilateralCVFCdefectsinupper-areaonly(UpperGroup[UG])orboththeupperandlowerarea(Upper/LowerGroup[ULG])C.A10-itemeyefrailtyself-checkwasadministered,withthe.ndingscomparedbetweenthetwogroups.Results:CTherewere108CUGand33CULGcases.Themeannumberofcheckswas3.5±2.2inUGand4.3±2.3inULG,whichwassimilar(p=0.07)C.COfCtheC108CUGCcases,C60ChadCeasilyCfatiguedCeyesCandC57ChadCsensitivityCtoCglare.COfCtheC33CULGCcases,C22ChadCsensitivityCtoCglareCandC21ChadCpoorCvisionCevenCwithCglasses.CComparingCtheCfrequencyCofCoccurrenceCofCtheCspeci.cCitems,ConlyCfeelingCunsafeConCstepsCandCstairsCwasCsigni.cantlyCmoreCfrequentCinCULG(60.6%)thaninUG(38.9%)(p<0.05)C.Conclusion:InCglaucomaCpatients,CgoodClowerCVFCfunctionCisCimportantCforstepandstairuse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C42(6):731.735,C2025〕Keywords:アイフレイル,緑内障,視野障害,アイフレイル自己チェック,下方視野.eyefrail,glaucoma,visual.elddisorders,eyefrailchecklist,lowervisual.eld.Cはじめにアイフレイルは日本眼科啓発会議がC2021年に提唱した概念で,「加齢に伴って眼の脆弱性が増加することに,さまざまな外的,内的要因が加わることによって視機能が低下した状態,また,そのリスクが高い状態」と定義されている1).アイフレイルを設定した目的は,時に感じる見にくさや眼の不快感を単に「歳のせい」にせず,自身の視機能における問題点の早期発見を促すこと,また,眼の健康についての意義を広く持続的に向上させることである.そして,アイフレイル啓発用のツールとしてセルフチェックリスト(図1,以下,アイフレイル自己チェック)が作成された2).アイフレイル自己チェックの質問はC10項目で構成されており,二つ以上該当した人はアイフレイルの可能性があると記載されている.各チェック項目の患者別・疾患別の出現頻〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台C4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,M.D.,Ph.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPANC0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(89)C731図1アイフレイルチェックリスト(文献C2より引用)度については数多くの報告がある3.8).緑内障患者を対象とした報告では,視野障害早期群に比べて後期群でアイフレイル自己チェックの平均チェック数が有意に多かった3).緑内障患者は,視野障害の進行によりCQOL(生活の質)が低下すると考えられる.しかし,視野障害部位によるアイフレイル状況の報告は過去にない.そこで今回は,原発開放隅角緑内障患者のうち以下に示す患者を対象として10項目のアイフレイル自己チェックを施行し,その結果を比較した.CI対象2023年C9月.2024年C5月に井上眼科病院を受診した原発開放隅角緑内障患者で,両眼に上方のみ(以下,上方群),あるいは上下両方(以下,上下群)に視野障害を有するC141例を対象とした.視野障害の有無の判定は,Anderson-Patella9)の基準を用いた.パターン偏差確率プロットで,最周辺部の検査点を除いてCp<5%の点がC3個以上隣接して存在し,かつ,そのうちC1点がCp<1%の場合を視野障害ありとした.視力低下によるアイフレイル自己チェックへの影響を排除するために,悪いほうの眼の矯正視力がC0.7以下の症例は除外し,上方群と上下群の患者背景(年齢,性別,矯正視力,視野障害)を比較した.矯正視力はよいほうの眼(log-MAR)を,視野障害はCHumphrey視野中心C30-2プログラムCSITA-StandardのCMeanDeviation(以下,MD)値のよいほうの眼を用いた.10項目のアイフレイル自己チェックを外来受診時に施行した.上方群・上下群で平均チェック数,チェック数C2個以上の症例割合,各項目のチェック割合について調査・比較した.上方群・上下群の年齢,矯正視力,視野CMD値,平均チェック数の比較はCMann-WhitneyのCU検定を用いて解析した.性別(男女比),チェック数C2個以上の症例の割合,項目ごとのチェック割合の比較はCFisherの直接法を用いて解析した.統計学的検討では有意水準をCp<0.05とした.本研究は井上眼科病院の倫理審査委員会で承認を得た.研究の趣旨と内容を患者に開示し,患者の同意を文書で得た.CII結果対象症例は上方群C108例,上下群C33例だった.各群の患表1上方群,上下群の患者背景項目上方群C108例上下群C33例Cp年齢(歳)C66.2±12.0(3C7.C88)C66.4±10.3(4C3.C86)C0.985性別(男:女)42:6C616:1C7C0.419よいほうの眼の矯正視力(logMAR)C.0.08±0.05(C0.20.C.0.10)C.0.08±0.05(C0.10.C.0.10)C0.593よいほうの眼の視野MD値(dB)C.5.34±3.49(1C.9.C.14.4)C.11.46±4.43(.2.79.C.20.55)**<C0.0001**p<0.0001(Mann-whitnerのCu検定)表2アイフレイルチェックリストのチェック数上方群上下群チェック数チェックした症例%チェックした症例%C0C76.5%C00.0%C1C1110.2%C412.1%C2C1816.7%C515.2%C3C2220.4%C412.1%C4C1917.6%C515.2%C5C1413.0%C412.1%C6C76.5%C412.1%C7C43.7%C39.1%C8C43.7%C412.1%C9C00.0%C00.0%C10C21.9%C00.0%表3アイフレイルチェックリストの項目別チェック割合上方群上下群項目チェックチェックした症例%した症例%CpC①目が疲れやすくなったC6055.6%C1957.6%>0.999②夕方になると見にくくなることがあるC4945.4%C1957.6%0.337③新聞や本を長時間見ることが少なくなったC5450.0%C1545.5%0.444④食事の時にテーブルを汚すことがあるC109.3%C412.1%0.750⑤眼鏡をかけてもよく見えないと感じることが多くなったC5349.1%C2163.6%0.250⑥まぶしく感じやすいC5752.8%C2266.7%0.442⑦まばたきしないと見えないことがあるC3633.3%C1236.4%0.840⑧まっすぐの線が波打って見えることがあるC1110.2%C50.0%0.003⑨段差や階段で危ないと感じたことがあるC4238.9%C2060.6%*0.044⑩信号や道路標識を見落としたことがあるC98.3%C618.2%0.206*p<0.05者背景は,年齢,性別,よいほうの眼の矯正視力は同等だっで同等だった(p=0.07)(表2).チェック数C2個以上の症例た(表1).よいほうの眼の視野CMD値は,上方群が上下群には上方群C90例(83.3%)と上下群C29例(87.9%)で同等だっ比べ有意に良好だった(p<0.0001).た(p=0.08).平均チェック数は上方群C3.5C±2.2個と上下群C4.3C±2.3個チェック項目は,上方群では「①目が疲れやすくなった」60例(55.6%),⑥「まぶしく感じやすい」57例(52.8%),「③新聞・本を長時間見ることが少なくなった」54例(50.0%)の順に多かった(表3).上下群では「⑥まぶしく感じやすい」22例(66.7%),「⑤眼鏡をかけてもよく見えないと感じることが多くなった」21例(63.6%),「⑨段差や階段で危ないと感じたことがある」20例(60.6%)の順に多かった.各項目の発現頻度を比較すると「⑨段差や階段で危ないと感じたことがある」のみが上下群(60.6%)で上方群(38.9%)よりも有意に多かった(p<0.05).CIII考按今回のアイフレイル自己チェックでの患者のチェック数は,上方群(よいほうの眼の視野CMD値C.5.34±3.49CdB)でC3.5±2.2個,上下群(よいほうの眼の視野CMD値C.11.46±4.43CdB)でC4.3C±2.3個だった.宮本らの報告3)でのチェック数は,早期視野群(よいほうの眼の視野CMD値C.0.21±1.28dB)でC2.7C±1.7個,後期視野群(よいほうの眼の視野CMD値.5.56±5.03CdB)でC3.8C±2.0個だった.よいほうの眼の視野CMD値が悪化するほどチェック数が増加すると考えられる.同様に,チェック数がC2個以上の患者の割合は今回の上方群C83.3%,上下群C87.9%,宮本ら3)の早期視野群C78.8%,後期視野群C82.8%でほぼ同等の結果だった.緑内障では初期から,また,視野障害が上方のみにあるうちからアイフレイル状況に陥ることが判明した.項目別では,今回の上方群では「①目が疲れやすくなった」(55.6%)が多く,宮本らの報告3)の全症例でも「①目が疲れやすくなった」(59.8%)が最多だった.また,今回は「⑥まぶしく感じやすい」(52.8%),「③新聞や本を長時間見ることが少なくなった」(50.0%)の順に多く,これらの項目は宮本らの報告3)でもそれぞれC42.3%,47.4%と多かった.上下に及ぶ視野障害を有する今回の上下群では,「⑥まぶしく感じやすい」(66.7%),「⑤眼鏡をかけてもよく見えないと感じることが多くなった」(63.6%),「⑨段差や階段で危ないと感じたことがある」(60.6%)の順に多く,宮本らの報告3)でチェックされた項目と比較すると,⑥以外は異なっていた.以上をまとめると,緑内障では初期には眼が疲れやすくなり,まぶしく感じることが多くなる可能性があると考えられる.白内障と羞明には関連があるC.アイフレイル自己チェックの「⑥まぶしく感じやすい」は白内障でも発生しやすいことが判明している8).筆者らが調査した白内障手術前の患者のアイフレイル自己チェックでは「⑥まぶしく感じやすい」がもっとも多く,79.2%(38例/48例)だった8).今回は,白内障を有していても矯正視力がC0.7以下の症例は除外したため,白内障の重症例は対象に含まれていない.しかし,白内障が軽度であっても羞明を感じる人もいるため,以下に白内障の有無による羞明の影響を検討した.今回の対象で片眼でも白内障を有していた症例は,上方群C50.0%(54例/108例),上下群C54.5%(18例/33例)だった.上方群と上下群の症例割合は同等だった(p=0.694).白内障を有していた症例のうち⑥まぶしく感じやすいをチェックした症例は上方群51.9%(28例/54例),上下群C72.2%(13例/18例)で,上方群と上下群の症例割合は同等だった(p=0.173).一方,白内障を有していない症例(水晶体が鮮明あるいは偽水晶体眼)のうち⑥まぶしく感じやすいをチェックした症例は上方群C57.4%(31例/54例),上下群C69.2%(9例/13例)で,上方群と上下群の症例割合は同等だった(p=0.538).そのため「⑥まぶしく感じやすい」は,今回の症例では白内障の有無による上方群と上下群の差に影響は及ぼさなかったと考えた.今回は「⑨段差や階段で危ないと感じたことがある」のみが上下群と上方群でチェックした患者数に差があり,前者が後者に比べて有意にチェックした症例が多かった.この⑨の項目を放置すると転倒につながると考える.Blackらは緑内障患者における転倒の危険因子の解析を行い,下方の視野障害が重篤化するほど転倒リスクが上昇したと報告した10).Yukiらは下方周辺視野障害を有する女性緑内障患者は転倒に伴い怪我をしやすい可能性があると報告した11).また,転倒に至らなくても,転倒恐怖感が出現すると考える.Adachiらは転倒恐怖感発症のリスク要因を検討したところ,下方周辺視野障害を有する緑内障患者のリスクが高かったと報告した12).今回の結果とこれらの報告10.12)から,緑内障患者では,下方視野が段差や階段歩行には重要で,下方視野障害を有する緑内障患者ではとくに転倒に注意が必要である.今回の研究の問題点として,上下群では視力障害を有さず上下に視野障害を有する症例を対象としたため症例数が少なく,上下群と上方群の対象者数が異なった.また,上下群と上方群だけでなく下方群も対象としたほうがより詳細が判明した可能性があるが,今回は実現できなかった.さらにチェック項目の「⑨段差や階段で危ないと感じたことがある」のみで上下群と上方群の間にチェックした患者の割合に有意差があった.段差や階段の歩行には視野だけではなく,筋力や認知能力なども関与していると考えられるが,それらの影響を考慮することはできなかった.おわりに今回は,両眼の上方あるいは上下に視野障害を有する原発開放隅角緑内障症例でアイフレイル自己チェックを施行した.平均チェック数とチェック数C2個以上の症例の割合に差はなかった.しかし,緑内障では初期から,また視野障害が上方のみにあるうちからアイフレイル状況に陥ることがわかった.また,チェック項目の「⑨段差や階段で危ないと感じたことがある」が上下群で上方群よりも有意に多く,下方視野が段差や階段歩行に重要であると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)辻川明孝:「アイフレイル」対策における眼科医の役割C.日本の眼科92:957-958,C20212)アイフレイル日本眼科啓発会議:アイフレイル啓発公式サイトChttps://www.eye-frail.jp/3)宮本大輝,市村美香,落合峻ほか:広義原発開放隅角緑内障患者に対するアイフレイルチェックリストの有用性の検討.眼科65:571-578,C20234)ItokazuCM,CIshizukaCM,CUchikawaCYCetal:RelationshipCbetweenCeyeCfrailtyCandCphysical,Csocial,CandCpsychologi-cal/cognitiveCweaknessesCamongCcommunity-dwellingColderadultsinJapan.IntJEnvironResPublicHealth19:C13011,C20225)井上賢治,天野史郎,徳田芳浩ほか:初診患者のアイフレイル調査.臨眼77:662-668,C20236)藤嶋さくら,井上賢治,天野史郎ほか:高齢患者のアイフレイル調査.臨眼77:373-378,C20237)山田昌和,平塚義宗,鹿野由利子ほか:Web調査によるアイフレイルチェックリストの検証.日眼会誌C128:466-472,C20248)井上賢治,砂川広海,徳田芳浩ほか:白内障手術によるセルフチェックリストの改善効果.臨眼78:380-385,C20249)AndersonCDR,CPatellaVM:ComparisonCofCtheCnormal,CpreperimetricCglaucoma,CandCglaucomatousCeyesCwithCupper-hemi.elddefectsusingSD-OCT.AutomatedStaticPerimetry2ndedtion,p121-190,Mosby,St.Louis,199910)BlackAA,WoodJM,Lovie-KichinJEetal:Inferior.eldlossCincreasesCrateCofCfallsCinColderCadultsCwithCglaucoma.COptomVisSciC88:1275-1282,C201111)YukiCK,CAsaokaCR,CTubotaCKCetal:InvestigatingCtheCin.uenceCofCvisualCfunctionCandCsystemicCriskCfactorsConCfallsCandCinjuriousCfallsCinCglaucomaCusingCtheCstructuralCequationmodeling.PLosOneC10:e0129316,C201512)AdachiS,YukiK,Awano-TanabeSetal:Factorsassoci-atedwithdevelopingafearoffallinginsubjectswithpri-maryCopen-angleCglaucoma.CBMCCOphthalmolC18:39,C2018C***

基礎研究コラム:97.網膜色素変性と炎症

2025年6月30日 月曜日

網膜色素変性と炎症はじめに遺伝性網膜ジストロフィに関する研究と治療開発は,近年大きな進展を遂げています.これまでに多数の原因遺伝子が同定されており,それに基づく遺伝子治療の実用化も進んでいます.しかし,現在のところ,遺伝子治療の適応となる疾患は限定的であり,多くの患者では有効な治療法が存在しないのが現状です.このような背景の中で,網膜変性に共通する病態に注目し,新たな治療アプローチを模索することが求められています.網膜色素変性と炎症網膜色素変性症(retinitispigmentosa:RP)は遺伝性網膜ジストロフィの代表疾患です.RPには網膜における慢性炎症が関与しており,病態進行における重要な要因と考えられています1).筆者のグループでは,RP患者の末梢血中において炎症性単球が増加していること,さらにCRPモデルマウスの網膜組織において単球由来マクロファージが蓄積しており,錐体細胞を障害することを確認しました(図1).このような炎症性細胞の活性化や蓄積は,RP患者の中心視機能低下に関与している可能性があります.さらに,スタチンのナノ粒子製剤を用いた治療法の可能性について検討を行いました.スタチンは,抗炎症作用をもつ薬剤として知られており,ナノ粒子化により溶解性と抗炎症作用の向上が期待され遺伝子異常RHO,PDE6B,EYS,RP1,etc…杆体細胞死RP共通病態神経炎症・網膜微小環境の変化炎症性単球マクロファージマイクログリア促進錐体細胞死抑制(中心視機能↓)図1網膜色素変性症の免疫細胞動態舩津淳九州大学大学院医学研究院眼科学分野ます.動物モデルを用いた実験の結果,スタチンナノ粒子製剤の静脈内投与によって単球/マクロファージの活性が抑制され,網膜変性の進行が大きく遅延することがわかりました(図2)2).現在,臨床応用に向けてトランスレーショナルリサーチを行っています.今後の展望炎症などの共通病態を標的とした治療法を実現することで,より多くのCRP患者に対して治療を提供できる可能性があります.遺伝子診断の結果に基づき,適応があれば個別化された遺伝子治療を行い,それがむずかしい場合にも共通病態に対する治療を行うことで,RP患者の予後が大きく改善する可能性があります.今後の研究開発の進展により,遺伝性網膜ジストロフィに対してよりアクティブな眼科医療が行える未来を願います.文献1)ZhaoL,ZabelMK,WangXetal:MicroglialphagocytosisofClivingCphotoreceptorsCcontributesCtoCinheritedCretinalCdegeneration.EMBOMolMedC7:1179-1197,C20152)FunatsuCJ,CMurakamiCY,CShimokawaCSCetal:CirculatingCin.ammatoryCmonocytesCopposeCmicrogliaCandCcontributeCtoconecelldeathinretinitispigmentosa.PNASNexus1:Cpgac003,C2022遺伝子異常RHO,PDE6B,EYS,RP1,etc…杆体細胞死RP共通病態神経炎症・網膜微小環境の変化抑制治療炎症性単球マクロファージマイクログリア錐体細胞死↓抑制(中心視機能→)図2網膜色素変性症共通病態に対する治療(83)あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025C7250910-1810/25/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス:265.イヌ眼周辺部網膜にみられたblastocyst様構造体(研究編)

2025年6月30日 月曜日

265イヌ眼周辺部網膜にみられたblastocyst様構造体(研究編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに筆者らはヒトにおける網膜周辺部.胞様変性の病態を解明する目的で,同変性が好発するとされるイヌ眼を用いて周辺部網膜の組織学的検討を行った.その結果,網膜の発生分化に関連すると考えられる興味深い所見が得られ,報告したことがある1).C●イヌ眼周辺部網膜におけるblastocyst様構造体3歳齢のビーグル犬の眼球を摘出し,実体顕微鏡下で周辺部網膜の.胞様病変を同定し,同部位の組織切片を作製した.その結果,周辺部網膜には通常の網膜.胞様変性とは異なり,大小C2種類の孤立性.胞が認められた.興味深いことに,小型.胞腔内には細胞質の乏しい球状の小型細胞からなる細胞塊が観察され,大型.胞腔内には多くの崩壊したような細胞がみられた.また,この小型.胞は形態的に卵割腔形成後から着床前の胚形成初期に形成されるblastocyst(胚盤胞)2)に酷似していた.そこで神経幹細胞のマーカーであるネスチン,多能性幹細胞のマーカーであるCOct4,Sox2,Nanog,栄養外胚葉のマーカーであるCCdx2,網膜色素上皮細胞のマーカーであるCRPE65などの抗体を用いて免疫染色を行った.その結果,.胞壁および内部細胞塊にネスチン,Oct4,Nanog,Sox2,Cdx2などの陽性部位がみられた(図1).また,.胞周囲にはCRPE65の陽性の線維芽細胞様の細胞がみられた.C●イヌ眼周辺部網膜孤立.胞とblastocystの類似性以上の結果は,今回認められた小型.胞とCblastocystの類似性を示している.また,小型.胞にネスチンの発現を認め,.胞周囲組織にはCRPE65の陽性所見が認められたことより,この構造体は網膜色素上皮細胞が遊走してニッチを形成し,未分化な網膜細胞が初期化して全能性(totipotency)を獲得して形成された可能性が考えられた.近年,iPS細胞などの多能性幹細胞からCblasto-cyst様構造体を作製したとする報告がみられる3)が,生(81)C0910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1ネスチンの免疫染色結果小型.胞(a)では,おもに.胞腔内の細胞塊と.胞壁が細胞塊に接する部位に染色所見がみられた.一方,大型.胞(b)では染色性が弱く,.胞腔内の細胞は崩壊したような形状を呈していた.(文献C1より引用)図2Oct4の免疫染色結果ネスチン同様,小型.胞腔内の細胞塊と.胞壁が細胞塊に接する部位に強い染色性を認めたが(a),大型.胞では染色性が弱かった(b).(文献C1より引用)図3RPE65の免疫染色結果小型.胞(a)および大型.胞(b)とも,おもに.胞外の硝子体側組織で染色性がみられた.(文献C1より引用)体内でもこのような構造体がみつかったという報告は初めてと思われる.今後,網膜再生医療の進歩に貢献できる可能性が期待できる.文献1)IkedaCT,CJinCD,CTakaiCSCetal:Blastocyst-likeCstructuresCintheperipheralretinaofyoungadultbeagles.CIntJMolSciC25:6045,C20242)WatsonAJ:TheCcellCbiologyCofCblastocystCdevelopment.CMolReprodDevC33:492-504,C19923)KimeC,KiyonariH,OhtsukaSetal:Induced2Cexpres-sionCandCimplantation-competentCblastocyst-likeCcystsCfromCprimedCpluripotentCstemCcells.CStemCCellCRepC13:C485-498,C2019あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025723

考える手術:42.グリーンレーザー内視鏡的毛様体光凝固術

2025年6月30日 月曜日

考える手術.監修松井良諭・奥村直毅グリーンレーザー内視鏡的毛様体光凝固術谷戸正樹島根大学医学部眼科学講座内視鏡的毛様体光凝固(ECP)は,房水産生抑制による眼圧下降効果を図る緑内障術式である.経強膜的毛様体凝固術は,組織透過性が高い810nmダイオードレーザーを用いた場合でも,眼外から照射されたレーザーエネルギーが虹彩実質や血管などの中間組織に吸収されるため,組織破壊が大きく,効果の予測性にも劣るため,有効な視機能が残る患者に施行することは困難であった.ECP専用カテーテル装置が開発され,2022年から臨床使用できるようになった.光源として波長の短い532nmグリーンレーザーを用いているため,海外は角膜サイドポートからのアプローチで行うため,結膜瘢痕や強膜菲薄化がある症例でも問題なく施行できる.一方で有水晶体眼では施行できないため,眼内レンズ挿入眼,無水晶体眼のみが適応となる点に注意が必要である.聞き手:はじめに,毛様体ひだ部の構造を教えてくださどのような患者でしょうか.い.谷戸:房水産生能が旺盛と考えられる若年の原発開放隅谷戸:毛様体ひだ部には,全周で70~80個の大突起と,角緑内障や小児緑内障がよい適応と考えられ,濾過手術大突起の間に0~2個ずつ配置される小突起があります.やチューブシャント手術が効果不十分であった患者でも各突起は,中央の毛細血管網,実質,および強膜側の色効果が期待できます1).一方で,血管新生緑内障,ぶど素上皮層と後房側の無色素上皮層からなります.高齢者う膜炎,高齢者の緑内障などは,術前の眼圧レベルにかではしばしば虹彩突起の萎縮がみられ,配列が疎となりかわらず房水産生能が低下しているため,まずは,従来ます.落屑緑内障で,毛様体突起の表面に白色物質の沈手術による眼圧下降をめざすべきです.また,有水晶体着がみられる場合は,適切な凝固を行うために凝固パ眼には施行できません.ワーを上げる必要があります.聞き手:使用する機器は?聞き手:グリーンレーザー内視鏡的毛様体光凝固(endo-谷戸:ECP専用カテーテル(MTレーザーファイバカscopiccyclophotocoagulation:ECP)の対象となるのは,テーテル,ファイバーテック社)は挿入部サイズ20G(79)あたらしい眼科Vol.42,No.6,20257210910-1810/25/\100/頁/JCOPY液晶カラーモニタMTレーザーファイバレンズ(イメージファイバー)カテーテル図1MTレーザーファイバカテーテル断面の模式図画像記録装置レーザー装置専用光源装置専用画像装置図2グリーンレーザーECPを行うための機器構成(ファイバーテック社提供)考える手術で,カーブ形状になっています.カテーテル内にレーザーファイバーと眼内観察用の内視鏡ファイバー(イメージファイバー,ライトガイド)が配置されており,解像度は1万画素です(図1).カテーテルを,眼内内視鏡の光源・画像装置とレーザー凝固装置に接続して使用します(図2).聞き手:具体的な手術手技を教えてください.谷戸:まず術前散瞳し,Tenon.麻酔を行います.耳側と鼻側に角膜サイドポートを作製し,コヒーシブタイプの粘弾性物質(ヒーロン,プロビスクなど)で毛様溝を拡大します.カテーテル先端を前房に挿入し,モニター観察下に毛様体ひだ部を凝固します.片方のサイドポートから2/3周の凝固を行い(動画1),もう片方のサイドポートから残りの1/3週を凝固します(動画2).レーザー装置は連続発振となるよう凝固時間を最長(3~4秒)に設定します.凝固の強さは,毛様体上皮の表面が白く変色する程度(通常200~300mW)で,塗り絵を塗るように,なるべく隙間がないように凝固を行います.単発のレーザースポットを作る網膜凝固とは凝固方法が異なる点に注意が必要です.凝固によるポップ(気泡)が出る場合はパワーが強すぎるかプローブが近すぎます.全周凝固が基本ですが,毛様体突起間や突起後端を凝固することは困難なため,全周凝固を行っても毛様体上皮の表面積の半分程度の凝固となります.粘弾性物質を吸引除去し,サイドポートを角膜層間浮腫で閉鎖します.私は,最後にトリアムシノロンのTenon.注射をしています.術後は抗菌薬とステロイドの点眼を1日4回,2週間程度使用しています.眼圧下降薬はいったん中止し,術後の経過をみながら房水産生抑制薬(b遮レーザーファイバー断薬と炭酸脱水酵素阻害薬の合剤)から再開しています.術中・術後とも患者は強い痛みは訴えません.術後は,前眼部炎症,黄斑浮腫,角膜内皮細胞密度についてモニタリングするとよいでしょう.聞き手:再手術のタイミングは?谷戸:1回目の治療を行って十分な眼圧下降が得られない場合は,数カ月待ったのちに2回目の凝固を考慮します.理論上は,房水排出がゼロのケースではECPが奏効することはありません.あるいは,効果が出たときは極端な低眼圧になります.ECPを行う前に,チューブシャント手術などで最低限の房水排出が確保されている必要があります.聞き手:グリーンレーザーECPは低侵襲緑内障手術(MIGS)ですか?谷戸:30年以上前からECPが行われている米国ではMIGSと捉えて,しばしば白内障同時手術が行われています.しかし,房水産生を低下させることは,「眼の加齢性変化」を促すことでもあるため,私は,幅広い患者にECPを行うことには慎重であるべきだと考えています.今後,わが国でも,グリーンレーザーECPの適応について再考する時期が来るかもしれませんが,当面は術式の普及と限定された患者での経験の蓄積が重要です.文献1)TanitoM,ManabeSI,HamanakaTetal:Acaseseriesofendoscopiccyclophotocoagulationwith532-nmlaserinJapanesepatientswithrefractoryglaucoma.Eye(Lond)34:507-514,2020722あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025(80)

抗VEGF治療セミナー:抗VEGF薬とロービジョンケア

2025年6月30日 月曜日

●連載◯156監修=安川力五味文136抗VEGF薬とロービジョンケア高橋綾子京都大学大学院医学研究科眼科学抗VEGF療法を受けている患者は,視力低下,歪視,中心暗点などの症状を呈し,日常生活に支障をきたすことが多い.良いほうの眼の矯正視力が0.5未満の患者には,ロービジョンケアを考慮すべきである.スマートサイトを通じて相談先を紹介したり,拡大鏡や拡大読書器の活用を検討する.はじめに抗VEGF療法の対象疾患は,加齢黄斑変性,近視性黄斑部新生血管,糖尿病黄斑浮腫,網膜静脈閉塞症などである.いずれも黄斑部に病変が生じるため,患者のおもな症状は,視力低下,歪視,中心暗点となる.見ようとするものが見えにくい,文字が読みにくいという症状により日常生活に支障をきたし,生活の質の低下を招く1).ロービジョン,ロービジョンケアとは視覚障害者手帳該当(以下,身障手帳)=ロービジョンではなく,なんらかの見えにくさを感じている患者はロービジョンに該当する.目安としては,後述するスマートサイト,ロービジョンケア紹介リーフレット(図1)に記載がある状態であり,視力としては,良いほうの眼の矯正視力が0.5未満である.身障手帳の視力障害の基準は,6級:一方が0.6以下かつ他方が0.02以下,5級:一方が0.2以下かつ他方が0.02以下,4級:両方が0.1以下である.つまり視力に左右差がある場合は悪いほうの眼が0.02以下,左右同程度の場合は両眼とも0.1以下でないと視力障害には該当しない.しかし,良いほうの眼が0.5未満になると生活に困難を感じる患者が多いため,基準と支援の必要性との間にギャップがあるのは明らかである.日本ロービジョン学会では,「ロービジョンケアとは,視覚に障害があるため生活になんらかの支障をきたしている人に対する医療的,教育的,職業的,社会的,福祉的,心理的などすべての支援の総称である」としている.すなわち医療的な支援のみならず,多方面から患者をサポートすることである.同じ視機能であっても,年齢,ライフスタイルによってニーズは異なり,生活背景も関係するので,総合的な判断が求められる.(77)ロービジョンケアを考慮するタイミング抗VEGF療法を受けている患者は,視機能が変動しやすく,治療が継続的または断続的に行われることが多い.眼科医は患者の視機能の維持や改善をめざし,病状や治療のタイミングに最大の注意を払って診療を行っているが,ロービジョンケアに関しては日頃から意識していなければ,ケアにつなげる機会を逃してしまう.患者の良いほうの眼の視力が0.5未満である場合や,見えにくさに関する具体的な訴えがある場合は,診療と並行してロービジョンケアの導入を考慮する.ロービジョンケアの方法多忙な外来で時間をとることが困難な場合や,医師がケアについてよくわからないときは「スマートサイト」を手渡すことだけでも大きなきっかけとなる2).「スマートサイト」とは,ロービジョン患者が,それぞれの悩みに応じた適切な指導や訓練などが受けられるように,相談先を紹介するリーフレットである.相談可能な連絡窓口,近隣の福祉施設,医療機関などが記載されている.2021年に全47都道府県に整備が完了し3),日本眼科医会のホームページからもダウンロードが可能である.京都府では約45部を配布し,ケアの普及につながっている4).矯正視力が出にくい場合であっても,眼鏡装用による屈折矯正は有意義であるので,まずは眼鏡合わせを行い,可能な範囲で本人の自覚改善を検討する.0.5未満の場合は,通常の近用眼鏡では,新聞などの文字は読みづらくなる.中心暗点は焦点距離を短くすると,自覚する暗点が小さくなることと,拡大効果があるため,通常よりも加入度数を強くしたハイパワープラスレンズを試す.そのほか,拡大鏡や拡大読書器(図1)は,読字にあたらしい眼科Vol.42,No.6,20257190910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1拡大読書器(携帯型)見たい対象物の上に乗せて,小型カメラで読み取り,対象物の文字や画像を,拡大・白黒反転して見えやすい状態に表示する機器.視覚障害者手帳の所有者であれば,等級にかかわらず給付の対象となる.(日本眼科医会ホームページ「ロービジョンケア」より転載)効果的である.身障手帳の申請が可能かの判断も行う.低い等級でもメリットは複数あり,拡大読書器は視覚の身障手帳があれば日常生活用具として申請可能な自治体がほとんどである.前述のように視力障害の基準に該当しない程度のロービジョンの患者も多いが,その場合は視野障害での申請を検討する.視野障害については,自動視野計の中心視野10-2プログラムが患者の見えにくさをとらえやすい.中心10°の視野は,網膜において直径約6mm大に相当し,ちょうど黄斑部の大きさとなる.中心窩の障害が中等度であり,重度の視力低下に至っていなくても,黄斑部における網膜障害面積が広範囲の場合は見えづらさが強くなり,それは中心視野検査にて中心視野感度低下として反映される.症例提示両眼加齢黄斑変性(網膜内血管腫状増殖)の96歳,女性の症例を提示する.9年前から抗VEGF療法を開始し,右眼43回,左眼37回の投与歴があり,黄斑部萎縮が進行している.矯正視力は右眼0.4,左眼0.2.独居で,元気で生活自立しており,家事はできるが文字が読みにくいことに困っているとのこと.拡大読書器を体験し,とても見えやすく申請希望となった.視力障害では身障手帳に該当しない720あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025ため,自動視野計10-2プログラムで視野検査を行い,中心視野障害で5級相当にて申請した(図2).眼鏡合わせ,ルーペ選定(4倍)を行い,拡大読書器を申請した.生協のカタログを見たり,文庫本を読めるようになった.おわりに2024年「新生血管型加齢黄斑変性の診療ガイドライン」が公表され,初めて治療と管理の項目にロービジョンケアが記載された.抗VEGF療法を継続する患者の見えづらさの手助けをすることは,患者の生活の質を改善し,心理的支援にも寄与する.抗VEGF療法の診療と並行して,ロービジョンケアマインドをもって診療にあたっていただきたい.文献1)湯沢美都子,鈴鴨よしみ,李才源ほか:加齢黄斑変性のqualityoflife評価.日眼会誌108:368-374,20042)日本眼科医会:クイック・ロービジョンケアハンドブック.日本の眼科9:付録,20213)平塚義宗:スマートサイト整備への取り組み.日本の眼科94:1490-1491,20234)稲葉純子,中路裕,百々由加利ほか:京都ロービジョンネットワークへの医療機関からの5年間の相談1,108件の検討.眼臨紀17:371-376,20245)日本網膜硝子体学会新生血管型加齢黄斑変性診療ガイドライン作成ワーキンググループ:新生血管型加齢黄斑変性の診療ガイドライン.日眼会誌128:680-698,2024(78)

緑内障セミナー:緑内障におけるOCTAの経時的変化

2025年6月30日 月曜日

●連載◯300監修=福地健郎中野匡300.緑内障におけるOCTAの経時的変化冨田遼名古屋大学医学部附属病院眼科緑内障診療において,OCTAには,視野検査やCOCTにはない新しい観点からの評価や,それらの欠点を補完する役割が期待されるが,現状では課題も多い.本稿では緑内障進行評価におけるエビデンスと課題を整理する.●はじめに非侵襲的に網膜や脈絡膜の血管像を描出できる光干渉断層血管撮影(opticalcoherencetomographyangiogra-phy:OCTA)が登場し,緑内障との関連について多くの報告がなされている.緑内障の進行評価は視野検査や光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)を用いるのが一般的だが,OCTAはそれらの欠点を補い,診療の質を向上させる役割が期待されている.しかし,糖尿病網膜症や加齢黄斑変性の診療ではCOCTAが広く活用されている一方で,緑内障における普及は限定的である.本稿では,おもに開放隅角緑内障の際の進行評価におけるCOCTAのエビデンスや課題を紹介する.C●緑内障におけるOCTAパラメータOCTAを用いたパラメータにはさまざまなものがあるが,本稿では誌面の都合上,進行評価に関して比較的エビデンスが多い視神経乳頭周囲や黄斑の毛細血管密度について扱う.OCTにより得られる視神経乳頭周囲の網膜神経線維層(retinalCnerveC.berlayer:RNFL)や,黄斑の神経節細胞層(ganglionCcelllayer:GCL),神経節細胞.内網状層(ganglionCcell-innerplexiformClayer:GCIPL)などの網膜内層厚は,とくに前視野緑内障や初期緑内障の進行評価において有用性が多く示され,すでに一般的に普及している.しかし,これらのパラメータでは緑内障が中期以降になると,さらなる菲薄化を検出しづらくなる「フロア効果」の影響を受け,進行評価が困難となる.一方,OCTAで得られる毛細血管密度はフロア効果の影響を受けづらく,黄斑の毛細血管密度ではフロアが明確に検出されなかったとする報告1)があるなど,中期以降のフォローに有用である可能性が示唆2)されている.実際に縦断データを用いた報告では,乳頭周囲における毛細血管密度の変化率は緑内障の病期を問わず視野進行眼で非進行眼より速かったのに対し,RNFL厚の変化(75)C0910-1810/25/\100/頁/JCOPY率は中等度から後期の緑内障では視野の進行眼と非進行眼との間に差を示さなかったという報告3)や,後期緑内障における中心視野の増悪は,黄斑のCGCIPLより血管密度と関連したとする報告4)があり,OCTパラメータがフロアに達した後のフォローの手段としてCOCTAが有効である可能性が示唆されている.このフロア効果に対するCOCTとCOCTAの差の理由として,OCTAで検出される血管密度の変化が厚みの変化に続く二次的な変化である可能性を示唆する報告がある.筆者らは,正常眼と開放隅角緑内障眼を対象とした縦断データを用いて,黄斑における毛細血管密度の減少はCOCTにおけるCGCL厚の減少後に生じる二次的変化である可能性を指摘した5).一方,その逆を示唆する報告6)もあるが,対象となる眼における緑内障の重症度によって,初期では厚みの変化が,やや進行した段階では毛細血管密度の変化が,それぞれ強調されやすいことがこれらの報告間の差に影響している可能性がある.なお,筆者らの報告はあくまでCOCTAで検出される血流の有り無しの判定により描出される「毛細血管密度」に関するものであり,レーザースペックルフローグラフィなどで観察される血流の動的要素とは異なるため,「血流変化は二次的変化である」とするものではないことを付記しておきたい.しかし,そもそも厚みの変化と毛細血管密度の変化が単純な前後関係にあるとは限らない.毛細血管密度の低下は,構造的損失とは無関係に視野障害の重症度と有意に関連することを示した報告7)や,緑内障における網膜の血流低下と視野欠損は密接に関連するが構造的欠損とはほとんど独立しているとする報告8)や,RNFL厚と毛細血管密度の進行が一致しない例が多い9)といった報告もあり,毛細血管密度と網膜厚の変化は,緑内障の進行評価において相補的な情報を提供している可能性がある.C●課題と展望OCTAパラメータが一般臨床に活用されるためにはあたらしい眼科Vol.42,No.6,2025717図1正常眼のOCTA(ZEISSPlexElite9000)による視神経乳頭周囲の毛細血管の描出課題も多い.毛細血管密度の長期的な変動はCOCTよりも大きいことが報告されており10),経時変化を評価する際には注意が必要である.さらに,現状ではCOCTAに正常眼データベースが搭載されていないことや,測定範囲やノイズの処理法などが機種間で統一されていないことも問題となる.さらに糖尿病患者では網膜症がなくても毛細血管密度が減少することや,Alzheimer病も毛細血管密度に影響する可能性があるなど,全身疾患により影響を受ける可能性がある.OCTAには本稿で紹介した以外にも強度近視眼などにおける有用性も示されているほか,視神経乳頭周囲の深部血流や前眼部の血流を描出可能とするなど,緑内障診療において,既存の検査の弱点をカバーする役割や新たな視点からの評価に関する報告が多数なされている.今後の技術の進歩や知見の蓄積により,診療の質を向上させるツールとなることが期待される.文献1)MoghimiCS,CBowdCC,CZangwillCLMCetal:MeasurementC.oorsanddynamicrangesofOCTandOCTangiographyinglaucoma.COphthalmologyC126:980-988,C20192)YamaguchiCK,CTomitaCR,CKoyanagiCYCetal:AbilitiesCofCcircumpapillaryCretinalCnerveC.berClayerCthicknessCandCvascularCdensityCtoCdiscriminateCstagesCinCprimaryCopen-angleglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmolC262:C1221-1229,C20243)ShinCJW,CSongCMK,CKookMS:AssociationCbetweenCpro-gressiveretinalcapillarydensitylossandvisual.eldpro-gressionCinCopen-angleCglaucomaCpatientsCaccordingCtoCdiseasestage.AmJOphthalmolC226:137-147,C2021C718あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025図2緑内障眼のOCTA(ZEISSPlexElite9000)による視神経乳頭周囲と黄斑の毛細血管の描出と,OCT(ZEISSCIRRUSHD-OCT5000)によるRNFLとGCIPL厚のdeviationmap網膜内層の菲薄化に対応した毛細血管密度の減少がみられる.4)LeeA,KimKE,SongWKetal:Progressivemacularves-seldensitylossandvisual.eldprogressioninopen-angleglaucomaCeyesCwithCcentralCvisualC.eldCdamage.COphthal-molGlaucoma7:16-29,C20245)TomitaCR,CSmithCCA,CDyachokCOMCetal:SequenceCandCdetectabilityCofCchangesCinCmacularCganglionCcellClayerCthicknessCandCperfusionCdensityCinCearlyCglaucoma.CInvestCOphthalmolVisSciC65:8,C20246)ShojiT,ZangwillLM,AkagiTetal:ProgressivemaculavesselCdensityClossCinCprimaryCopen-angleglaucoma:AClongitudinalstudy.AmJOphthalmolC182:107-117,C20177)YarmohammadiCA,CZangwillCLM,CDiniz-FilhoCACetal:CRelationshipCbetweenCopticalCcoherenceCtomographyCangi-ographyvesseldensityandseverityofvisual.eldlossinglaucoma.Ophthalmology123:2498-2508,C20168)HwangCJC,CKonduruCR,CZhangCXCetal:RelationshipCamongCvisualC.eld,CbloodC.ow,CandCneuralCstructureCmea-surementsCinCglaucoma.CInvestCOphthalmolCVisCSciC53:C3020-3026,C20129)WuJH,MoghimiS,NishidaTetal:Detectionandagree-mentofevent-basedOCTandOCTAanalysisforglauco-maprogression.CEye(Lond)C38:973-979,C202410)NishidaT,MoghimiS,HouHetal:Long-termreproduc-ibilityCofCopticalCcoherenceCtomographyCangiographyCinChealthyCandCstableCglaucomatousCeyes.CBrCJCOphthalmolC107:657-662,C2023(76)

屈折矯正手術セミナー:Barrett True Axial Length式

2025年6月30日 月曜日

●連載◯301監修=稗田牧神谷和孝301.BarrettTrueAxialLength式宮本純孝姶良みやもと眼科眼軸長測定器CARGOSは,区分屈折率に対応したCBarrettTrueAxialLength(BTAL)式の導入により,さらなる眼内レンズ度数計算の予測精度向上が期待されるが,従来のCBarrettUniversalII式との差を示すエビデンスはまだ乏しく,従来どおり最適化も必須である.今後もCBTAL式独自の有効性を検証していく必要がある.●はじめにAlcon社のCARGOSは,角膜頂点から網膜までを角膜中心厚,前房深度,レンズ厚,硝子体のセグメントに分け,それぞれの区分屈折率を用いて各セグメントの長さを算出し,それを合算する独自のコンセプトを採用したCSum-of-segmentbiometryである.2025年時点で市販されている眼軸長測定機の中では,この機能を有するのはCARGOSのみであり,とくに長眼軸や短眼軸の測定精度が向上するとされている1,2).他の等価屈折率を採用した眼軸長測定機ではC1.3375の屈折率が使用されているが,ARGOSでは前房深度に対してC1.336という独自の屈折率を採用しているため,前房深度測定値がわずかに長くなる.この違いはCBarrettCUniversalCII(B-UII)式3)などの前房深度を使用する眼内レンズ度数計算式の予測結果に影響するため,従来の計算式にCARGOSの測定値を適用する際には注意が必要である.ARGOSVer.1.1はC2018年にリリースされたが,搭載されているCB-UII式はCARGOSの測定値をそのまま使用しているため,他の眼軸長測定機と同じClensCfactor(LF)を用いた場合に予測精度が低下する可能性が指摘されていた.この懸念を解消するため,ARGOS専用の計算式であるCBarrettTrueAxialLength(BTAL)式を搭載したCVer.1.5がC2023年に日本で正式にリリースされた4).BTAL式の導入により,ARGOSの測定値を用いたCB-UII式の精度に関する問題が解消されることが期待されている.C●BTAL式の報告とその考察BTAL式に関するCShammasらの報告2)と,筆者らの報告4)の要約を表1に示す.BTAL式は他の計算式と比較しても,同等またはそれ以上の予測精度を示している(73)C0910-1810/25/\100/頁/JCOPYものの,B-UII式とCBTAL式の間に有意差はなく,等価屈折率のCOA-2000(トーメーコーポレーション)のB-UII式との比較においても同様であった.また,前房深度が影響しないCSRK/T式においても,最適化CA定数が異なっており,Keratometry値の測定法の違いも関与すると推察されるが,それぞれの装置ごとにCLF,A定数の最適化が必要であることが示されている.よって,現時点で,BTAL式の明確な優位性を示すエビデンスは乏しく,そもそもCB-UII式の予測精度が高いため,それを超えた優位性を示すことは困難だと考えられる.また,最適化後のCLFは,OA-2000がC2.160,BTAL式がC2.262と大きく異なることから,BTAL式によってCARGOSの測定値のためのCLF補正が不要になるのではなく,BTAL式は従来のCARGOSのCB-UII式と同様に,最適化を前提とした計算式であるとも推測される.さらに宮本らは,各CBarrett式の最適化前後の予測誤差の変動において,短軸眼長や浅羨房の症例では,大きく補正される傾向が認められ,とくにCARGOSはOA-2000と比較してその傾向が強い.そのため,ARGOSの導入時や,デモ機を短期間使用する場合にはとくに注意が必要であり,各施設における最適化が完了するまでは,表1内のCARGOS用のCoptimizedCconstantを参考にするとよい.C●BTALの使用感と今後の展望ARGOSの区分屈折率のコンセプトに,あらゆる計算式が対応できているとはいえないため,最新の計算式を利用できる各種ウェブカリキュレータに測定値を入力して計算したとしても,正しい目標屈折値を得られない可能性が高い.よって,ARGOSに搭載されているCVisionPlannerに採用されている計算式を用いることが現実的かと思われる.VisionPlannerでは,LFはCSRK/T式あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025715表1BarrettTrueAxialLength式の報告の要約OptimizedCMAEMedAETherate(%)Therate(%)FormulaCconstantC(D)C(D)C<C0.25DC<C0.5DShammas2022(SNC60WF,n=595eyes)CBTALC1.97C0.30C0.26C48.4C80.3CB-UIIC2.00C0.31C0.27C45.9C80.5CEVOC119.12C0.30C0.27C47.4C81.5CHill-RBFC119.22C0.31C0.28C44.4C81.5CKaneC119.19C0.30C0.27C47.2C80.3CSRK/TC119.25C0.34C0.30C42.5C75.0Miyamoto2024(CNAC0T0,n=80eyes)CBTALC2.262C0.243C0.202C56.3C90.0B-UII(ARGOS)C2.287C0.238C0.203C56.3C95.0B-UII(OA-2000)C2.160C0.209C0.167C67.5C92.5SRK/T(ARGOS)C119.55C0.267C0.214C55.0C91.3SRK/T(OA-2000)C119.34C0.264C0.226C55.0C88.8BTAL:Barretttrueaxiallength,B-UII:BarrettUniversalII,EVO:emmetropiaverifyingoptical,Hill-RBF:TheCHillCRadialCBasisFunction(RBF)Formula.MAE:theCmeanCabsoluteCpredictionCerror,MedAE:themedianabsolutepredictionerror.Therate<0.25D,0.5D=Theratesofcaseswiththeabsolutepredictionerrorwithin0.25Dand0.5D.CのCA定数からの換算ではなく,直接最適化されているため,とくにCBTAL式では,VisionPlannerが最適化したCLFと研究用に最適化したCLFがほぼ一致しており,実臨床での予測誤差が少なかった.この最適化CLFの精度が,現時点で臨床的にCBTAL式を使用する大きな利点であると考えられる4).今後はCEVO式,Ho.erCQST式,Hill-RBF式,Kane式,Olsen式といった新世代の計算式の搭載や,ARGOSの特徴をいかし,近年報告が増えている核硬化度に応じてレンズ厚の屈折率を変更し眼軸長を補正する方法1)など,さらなる発展にも期待したい.またCBTAL式においても眼軸長,核硬化度,目標度数などの条件別の予測精度や,LFの最適化精度など,BTAL式独自の有効性を検証していく必要がある.ARGOSは進行した白内障において高い取得率と高速測定が可能とされているが5),OA-2000のようなオートアライメント機能がないため,実際には測定に時間を要する場合がある.測定精度,再現性の向上のためにも,今後の操作性の改善が望まれる.文献1)Shammas,HJ,ShammasMC,JivrajkaRVetal:E.ectsonIOLpowercalculationandexpectedclinical404outcomesofaxiallengthmeasurementsbasedonmultiplevssinglerefractiveindices.ClinOphthalmol14:1511-1519,C20202)ShammasCHJ,CTaroniCL,CPellegriniCMCCetal:AccuracyCofCnewerCintraocularClensCpowerCformulasC355CinCshortCandClongCeyesCusingCsum-of-segmentsCbiometry.CJCCataractCRefractSurg48:1113-1120,C20223)BarrettGD:AnCimprovedCuniversalCtheoreticalCformulaCforCintraocularClensCpowerCprediction.CJCCataractCRefractCSurgC19:713-720,C19934)MiyamotoCS,CKamiyaK:AccuracyCvalidationCofCtheCnewCBarrettCtrueCaxialClengthCformulaCandCtheCoptimizedClensCfactorCusingCsum-of-segmentCbiometry.CJCClinCMedC13:C4639,C20245)TamaokiA,KojimaT,HasegawaAetal:Clinicalevalua-tionCofCaCnewCswept-sourceCopticalCcoherenceCbiometerCthatCusesCindividualCrefractiveCindicesCtoCmeasureCaxialClengthCinCcataractCpatients.COphthalmicCResC62:11-23,C2019C716あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025(74)

眼内レンズセミナー:Light Adjustable Lens

2025年6月30日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋市川慶457.LightAdjustableLens総合青山病院,中京眼科眼内レンズ度数計算式の発展や光学式眼軸長測定装置の開発により,昔と比較して術後屈折誤差は小さくなっているが,とくに屈折矯正手術後の場合は屈折誤差が生じやすい.本稿では眼内に挿入後に屈折を変更することが可能なCLightAdjustableLensを紹介する.●はじめに眼内レンズ(intraocularlens:IOL)度数計算式の発展や光学式眼軸長測定装置の開発により術後屈折誤差は小さくなってきているが,1D以上の屈折誤差が生じる患者も依然として存在する.こうした患者に対応するために,IOLの挿入後に見え方を調整できないかとさまざまな研究が行われている1.2).本稿では,そのうちの一つであるCLightCAdjustable,Lens(LAL,Rxsight社)(図1)を紹介する.C●LALの原理LALの原理はCSchwartzによってC20年以上前に報告された1)が,実際に米国でCLALが普及しはじめたのは,2017年に米国食品医薬品局により承認されて以降である.LAL(図1a)は人の眼内に挿入した状態でCLightCDeliveryDevice(LDD)(図1b)という専用の機械を用いて紫外線照射を行うことでCLAL内のCphotosensitiveCsiliconemacromerを刺激し,形状変化を誘発し,球面度数で±2.0Dまで,乱視はC2.0Dまで度数変更を行うことが可能である(図1b).LDDによる度数変更後は,度数固定のためのCLock-in照射を行う(図1c).度数固定が終了するまでのC1~2カ月程度は紫外線カット用の眼鏡装用が必要である.C●LALの安全性安全性について,Hengerらが術後C1年間の短期成績図1LightAdjustableLens(LAL)とLightDeliveryDevice(LDD)a:LAL.Cb:LDD本体.Cc:LDD使用時の画像.として,Schojaiらが術後C7年目までの長期成績として,それぞれとくに問題がなかったと報告している3.4).屈折矯正手術後の患者にCLALを挿入した術後成績について,WongらはCLASIKまたはレーザー屈折矯正角膜切除術後の患者に対して,良好な成績であったことを報告している5).しかし,2024年C12月時点でCLALは国内未承認であり,あくまで医師の裁量で使用するCIOLとなっている.C●症例提示筆者らが中京眼科で乱視矯正角膜周辺部切開術後の患者にCLALを挿入したデータを示す.患者:58歳,女性,既往なし.Emery-Little分類:III術前視力:右眼C0.5(0.5C×cyl.1.0DAx75°),左眼:0.4(0.5C×cyl.1.0DCAx90°).術前瞳孔径:右眼:6.7mm,左眼:6.8mm.白内障による視力低下を自覚し中京眼科を受診.術前説明の際にCLALに興味をもち希望した.まずはC.0.5D狙いとし,IOL度数決定を行い,両眼に白内障手術を通常通り施行しCLALを挿入した(図2a).術後C1カ月目時点での視力は右眼C0.8(1.5C×sph.0.75D(cyl.1.0DCAx10°),左眼0.9(1.5C×sph.0.5(cyl.0.75DAx20°)であった(図2b).2回の度数調整で右眼C0.5D,左眼C0D狙いを希望されCLDDで度数調整を施行した.1回目の度数調整後の視力は右眼C1.0(1.5C×sph.(71)あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025C7130910-1810/25/\100/頁/JCOPYab視力図2実際の使用例(58歳,女性,右眼)a:LAL挿入時の術中画像.Cb:LAL挿入後の細隙灯顕微鏡画像.C0.25D(cyl.0.75DCAx175°),左眼1.0(1.5C×sph.0.5D)となった.右眼は自覚的に問題はないが乱視の残存を認め,左眼は正視にしたほうが自覚的に見やすいとのことで,右眼C.0.5D,左眼C0D狙いでC2回目のCLDDでの度数調整を施行した.2回目の度数調整後の視力は右眼C1.2p(1.5C×sph.0.5D),左眼C1.0(1.5C×sph.0.25D(cyl.0.25DCAx70°)となり,LDDを用いて度数固定のための両眼のCLock-in照射をC2回行った.Lock-in後の全距離視力とコントラスト感度を測定したところ,遠方から中間C70Ccmまでは両眼裸眼視力で1.0以上見えており,近方C50Ccmでは右眼C0.8,左眼C0.6,近方C40Ccmでは右眼C0.8,左眼C0.5であった(図3).コントラスト感度も明所・暗所ともに正常範囲内で,患者満足度も非常に高かった.C●考察今回の症例では検査日によって若干の屈折の変化が生じていた.屈折値の変化は生じたが,裸眼視力がC1.0以上に保たれていたため,とくに患者満足度に変化を生じるほどではなかった.通常の患者では同様の乱視変化は認めていないため,LASIKを含めた屈折矯正手術後の合併症であるドライアイ6)が本症例のような自覚屈折値の変化の原因ではないかと考えている.距離図3図2の症例のLock-in後の全距離視力●おわりにLALは,術後に患者本人の自覚を確認しながら度数調整できる.これまでにないCIOLである.LASIKなどの屈折矯正手術後の患者は見え方の質へのこだわりが強い場合が多いが,術後に自覚をもとに乱視を含めた屈折値を変化できることで,高い患者満足度を得やすい.今後もこうした新しいCIOLに注目していきたいと考えている.文献1)SchwartzDM:Light-adjustablelens.TransAmOphthal-molSocC101:417-436,C20032)FordJ,WernerL,MamalisN:Adjustableintraocularlenspowertechnology.JCataractRefractSurgC40:1205-1223,C20143)HengererCFH,CMullerCM,CDickCHBCetal:ClinicalCevalua-tionCofCmacularCthicknessCchangesCinCcataractCsurgeryCusingCaClight-adjustableCintraocularClens.CJCRefractCSurgC32:250-254,C20164)SchojaiM,SchultzT,SchulzeKetal:Long-termfollow-upandclinicalevaluationofthelight-adjustableintraocu-larlensimplantedaftercataractremoval:7-yearresults.CJCataractRefractSurgC46:8-13,C20205)WongCJR,CFoldenCDV,CWandlingCGRCetal:VisualCout-comesCofCaCsecond-generation,CenhancedCUVCprotectedClightCadjustableClensCinCcataractCpatientsCwithCpreviousCLASIKCand/orCPRK.CClinCOphthalmolC17:3379-3387,C20236)NairCS,CKaurCM,CSharmaCNCetal:RefractiveCsurgeryCandCdryCeyeC─CAnCupdate.CIndianCJCOphthalmolC71:1105-1114,C2023C

コンタクトレンズセミナー:英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く コンタクトレンズ装用に伴う合併症(3)

2025年6月30日 月曜日

■オフテクス提供■コンタクトレンズセミナー英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く18.コンタクトレンズ装用に伴う合併症(3)糸井素啓道玄坂糸井眼科英国コンタクトレンズ協会の“ContactCLensCEvidence-BasedCAcademicReports(CLEAR)”の第C9章はコンタクトレンズ装用に伴う合併症についてである1).今回はそのC3回として,代謝性合併症(角膜低酸素),メカニカルストレス,毒性および過敏症について紹介する.CContactlens-induceddryeyeContactClens-inducedCdryeye(CLIDE)は,コンタクトレンズ(CL)装用中にのみ症状が現れ,レンズをはずすと改善するドライアイの一種である.おもなリスク因子には,レンズの素材・デザイン・装用時間,環境要因(湿度の低下や長時間の画面作業),患者要因(性別・人種・眼表面疾患の有無)などがあり,発症率はC15~55%と報告されている.CLIDEの主要な機序は,涙液層がCCLの前後で二分割されることで涙液が菲薄化し,レンズ上およびレンズ下の涙液層がそれぞれ不安定化することである.これにより,眼表面温度の上昇やCCLの湿潤性低下が生じ,さらにCCLと眼瞼・眼表面の摩擦が増加し,眼表面の炎症を誘発する可能性が指摘されている.似た単語としてCcontactClensCassociatedCdryCeye(CLADE)があり,これはCCL装用前からドライアイ症状を有する装用者をさし,裸眼でのドライアイ症状の有無によってCCLIDEと鑑別される.筆者は,いずれも後述のCcontactClensdiscomfort(CLD)と類似した概念に感じられたため,FionaStapleton先生にその区別について尋ねた.先生によると,「CLIDEは涙液層がCCLによって分割されることに着目した概念であり,一方CLDは涙液層の不安定化に加えて摩擦や炎症などの機序も考慮した概念である.中心と捉えているメカニズムに差がある.つまりCCLDのほうがより包括的であり,現状ではCCLIDEはCCLDの一部とみなされる」とのことであった.CMeibomianglanddysfunctionincontactlenswearマイボーム腺機能不全(meibomianCglandCdysfunc-tion:MGD)とは,マイボーム腺機能のびまん性の異常により涙液層の変化や眼刺激症状を引き起こす疾患であ(69)C0910-1810/25/\100/頁/JCOPYる.MGDのおもな臨床徴候には,マイボーム腺の消失,分泌物の変化,眼瞼縁の異常が含まれ,このような異常の出現はCCLの装用中止につながることが多く,CL装用感の悪化を予測する指標として注目を集めている.CL装用者におけるCMGDの有病率は約C37%と報告されているが,非装用者との統計的差異は認められていない.また,CL装用によるマイボーム腺の構造変化を示す決定的な証拠はなく,CL装用がマイボーム腺の形態にどのような影響を与えるのかについては見解が分かれている.一方,CL装用によるマイボーム腺からの分泌物であるマイバムの融点上昇や分泌量の変化が報告されており,マイボーム腺の分泌機能に変化が生じる可能性が指摘されている.MGDの管理について,眼瞼衛生や温罨法,薬物療法の有効性が述べられているが,レンズやケア用品の変更が有効かどうかについては言及されていない.CContactlensdiscomfort(CLD)CLDは「視力低下の有無を問わず,装用時間の短縮や中止を引き起こす要因となる眼の不快感」と定義されており,CL装用中止の主要因とされている.CLDの有病率はC31~58%に達すると推測されており,その原因にはCCL因子と環境因子が考えられる.CL因子としてはC1)レンズ素材,2)デザイン,3)装用スケジュール,4)レンズケアがあり,環境因子としては1)年齢や性別,2)全身疾患や点眼コンプライアンス,3)涙液を含む眼表面の状態,4)湿度や大気があげられる.CLDの治療においては,a)人工涙液の点眼に加え,レンズと眼瞼および角膜の摩擦を減少させるために,b)親水性が高く滑らかなレンズ素材の選択,c)センタリングが良好なデザインの選択,d)レンズケアの変更またはC1日使い捨て型への変更,そしてCe)加湿などの環境因子のリあたらしい眼科Vol.42,No.6,2025C711スク管理がおもな対策となる.さらに,わが国ではなじみの薄い治療法であるが,マヌカハニーやインテグリン拮抗薬,ホットアイマスク,リポソームスプレーなどが紹介されており,場所が変われば治療も異なるという印象を受けた.Stapleton先生にCCLDがなぜこんなにも注目されているのか聞いたところ,「近年では,CL分野における技術革新により,感染症などの重篤な合併症は従来よりも減少傾向にあり,それに伴い,CL装用においては“安全性”だけでなく,“快適性”の維持・向上がより重視されるようになってきています.今後は上述の治療の効果判定のために,“不快感”を客観的に評価する手法に関心が集まっています」とおっしゃっていた.CLDの治療が本当にCCL装用中止者を減らしているのかも含めて,今後の研究動向に注目したい.CComplicationswithspecialtycontactlenses強膜レンズとオルソケラトロジーレンズというC2種類の特殊レンズに関する合併症がまとめられており,以下にそれぞれのまとめ部分を抜粋する.・強膜レンズ合併症の頻度は,治療目的か屈折矯正目的かで異なり,個別のリスクとベネフィットを検討する必要がある.細菌性角膜炎のような重篤な合併症はまれであり,後ろ向き研究ではC0.5~1.6%と報告されている.「日中の曇り(fogging)」はもっとも頻度が高い視覚的合併症であり,涙液貯留層の厚さや後面の濡れ性の最適化により軽減可能である.高酸素透過素材の使用により低酸素症は臨床的に問題とならないレベルに抑えられている.水疱やマクロシストといったメカニカルストレスに伴う合併症は一過性であり,装用を中止すれば回復することが多い.装用中止のおもな原因は,視力の改善が不十分な場合,日中の曇りが持続する場合,適合が困難な場合,既存疾患の悪化などである.全体として,強膜レンズは眼表面疾患や角膜不正に対して安全で有効な選択肢とされている.・オルソケラトロジーレンズオルソケラトロジーレンズは夜間に装用し角膜を物理的に変形させる作用があるが,重篤な合併症が生じることは珍しく,感染性角膜炎を除き,ほとんどの合併症は軽度であると報告されている.さらに,感染性角膜炎の頻度も,ソフトCCLの連続装用と同程度と報告されている.合併症としてはハードCCL装用時にみられるものが多く,オルソケラトロジーレンズ特有のものはない.その他誌面の都合で割愛したが,第C9章にはほかにも上記合併症の診断表や今後の研究課題が紹介されている.診断表は「外来での使用を考慮して,情報を減らしてコンパクトにした」とCStapleton先生もおっしゃっており,とても実用的な内容になっている.興味がある方はぜひ原文を確認していただきたい.おわりにCLEAR第C9章は,他の章と比較しても非常にわかりやすくまとまっていると感じる.そのため,なるべくその魅力が減じないように注意を払って紹介してきたが,もし興味をもった方がいれば,ぜひ原文を読んでいただきたい.本稿が皆様にとってCCL分野のもつおもしろさ・奥深さに触れるよいきっかけとなったのであれば,嬉しく思います.文献1)StapletonF,BakkarM,CarntNetal:CLEARC─CContactlensCcomplications.CContactCLensCAnteriorCEyeC44:330-367,C2021C

写真セミナー:涙小管断裂と下眼瞼外反による巨大涙液メニスカス

2025年6月30日 月曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史493.涙小管断裂と下眼瞼外反による前野紗代巨大涙液メニスカス高静花大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学(眼科学)図2図1のシェーマ①下眼瞼外反症術後②フルオレセイン染色された過剰涙液貯留図185歳,女性の右眼前眼部スリット写真外傷に由来する右眼の涙小管損傷と下眼瞼外反による,著しい涙液貯留を認める.図3前眼部光干渉断層計を用いた右眼の角膜形状解析角膜乱視は.0.20Dと客観的に測定される.図4前眼部光干渉断層計による右眼の前眼部断層像垂直断層像では,とくに画面上C270°の下眼角で瞳孔領にかかる涙液メニスカスが大きい.(67)あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025C7090910-1810/25/\100/頁/JCOPY外傷性顔面裂傷による右涙小管損傷と下眼瞼外反の既往がある症例(85歳,女性)を提示する.前医受診時点で事故から2カ月が経過しており,挫滅涙小管により再建は困難であった.そのため,右眼の下眼瞼瘢痕拘縮の修正および下眼瞼外反手術が施行された(図1,2)が,その後も続く右眼の強い乱視の精査加療目的で当院を紹介受診した.初診時の矯正視力は右眼(0.7C×sph+7.50D(cyl.6.00DAx90°)であった.前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)(CASIA2,トーメーコーポレーション)による角膜形状解析では,角膜乱視はC.0.20Dであった(図3).また,涙液の貯留が著しく,前眼部COCTの垂直断面像では瞳孔領に涙液メニスカスがかかっていた(図4).眼外傷による涙道閉塞は,眼窩鼻側周囲の鈍的・鋭的外傷によって生じる.とくに下涙小管は上涙小管よりも導涙機能が高く,下涙小管断裂では流涙の自覚が強い.治療は涙小管再建術であるが,涙小管断端の同定の面から手術のタイミングは早いほうがよい1).涙液は眼球の最初の屈折光学面であり,視機能に影響を与える.涙液のドレナージ不足による過剰な涙液メニスカスは,涙液厚の不均一な分布を生じ,高次収差が増加する.とくに上下方向の非対称が強いとコマ収差が高くなる.本症例も涙液貯留が著しく,瞳孔領に涙液メニスカスがかかると,レフケラトメータでは修飾されてしまって見かけの乱視が大きくなる可能性を示している2).過剰な涙液貯留ではとくに下方の涙液メニスカスが大きくなり(図4),角膜下方のコマ収差が増加し,視機能低下を生じる3).このような場合は,自覚的検査だけでなく,前眼部COCTなどを用いた他覚的定量検査が有用である.文献1)根木昭,石川均,井上俊洋ほか編:眼科診療ガイド.第C2版,p767,文光堂,20242)KohCS,CInoueCY,COchiCSCetal:QualityCofCvisionCinCeyesCwithepiphoraundergoinglacrimalpassageintubation.AmJOphthalmolC181:71-78,C20173)KohCS,CMaedaCN,CNinomiyaCSCetal:ParadoxicalCincreaseCofCvisualCimpairmentCwithCpunctalCocclusionCinCaCpatientCwithCmildCdryCeye.CJCCataractCRefractCSurgC32:689-691,C2006C