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眼科でできる神経発達症児の視機能異常への対応

2025年6月30日 月曜日

眼科でできる神経発達症児の視機能異常への対応HowOpthalmologistsCanAddressVisualFunctionAbnormalitiesinChildrenwithNeurodevelopmentalDisorders稲垣理佐子*佐藤美保*はじめに神経発達症児は,脳の働きの特性から認知や行動面に特徴を生じるが,眼症状を併せもつことも報告されている.Changらは,自閉スペクトラム症(autisticspec-trumdisorders:ASD)と診断され眼科を受診した患者のうち,屈折異常が42%,斜視が32%,弱視は19%であったと報告している1).一方で,ASDにはそれらの疾患のほかにも,読字や書字に困難を生じる限局性学習症(speci.clearningdisorder:SLD)や,感覚刺激に対する過敏さから,「チカチカする」「ちらちらする」など刺激によって生じる文字の読みづらさがうかがわれることがある.それらのように「見る」ことに支障をきたす場合には,小児科で神経発達症と診断されていなくても眼科を受診することがある.神経発達症の児は,検査への協力が困難だったり,眼鏡の装用を拒否したりすることから,適切な治療を受けていないことが考えられる.このような児に対して適切な屈折矯正,斜視治療を行い,視環境を整えて神経発達症児の学習を支えることが眼科医と視能訓練士の役割である.I眼科検査1.器質的疾患の除外眼科では,屈折検査,遠見,近見の視力検査,調節力検査,眼位検査,眼球運動検査(滑動性追従運動・衝動性眼球運動),輻湊検査,立体視検査を行う.さらに,前眼部から眼底に至るまでの眼科一般検査を行う.眼球に器質的異常や弱視の既往がないにもかかわらず矯正視力が不良な場合は,心因性視力障害を疑い,トリック法による視力検査で視力値の大きな変動の有無を確認する.それでも視力が出ない場合には,視野検査や電気生理検査,すなわち網膜電図(electroretinogram:ERG),視覚誘発電位(visualevokedpotential:VEP)といった精密検査を行う.間欠性外斜視があると,外斜視時には両眼視が崩れ,斜視が原因の読みの困難や作業の不自由が生じることもある.眼科的な疾患が原因で行動の不自由が表面化し,神経発達症の疑いと診断されることもある.まずは,器質的疾患の有無を評価し,対応をすることが重要である.2.読字困難が疑われる場合の検査眼科において小児の一般視力検査では,字ひとつ視力表で片眼ずつ最小分離域を測定している.字づまり視力検査を行わない場合,文字列が歪んで見える,文字どうしが重なって見えるというケースは判別できない.読字困難があったとしても,視力は良好とみなされ,読みにくさは見逃されることがある.しかし,現実の生活場面では,教科書の字も黒板の字も連なっている.実際,小児に年齢相応の教科書を音読させると,なかなか読みはじめなかったり,読みはじめたとしてもたどたどしく読みづらそうにしたりする.そこで,神経発達症が疑われる場合には,年齢相応の文章を音読させて評価するとよい.*RisakoInagaki&MihoSato:浜松医科大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕稲垣理佐子:〒431-3192静岡県浜松市中央区半田山1-20-1浜松医科大学医学部眼科学教室(1)(61)7030910-1810/25/\100/頁/JCOPYab図1カラーフィルター読み材料の上に置いて紙面からの反射を軽減する.Cc図2東海光学のSTGフルトライアルキットa:CCP400NL.Cb:CCPUG.Cc:CCP400SA.眼の前にかざし,自覚的によい色を選択する.図3グリーンノート紙面からの反射が白地より和らげられる.がみられ,輻湊は不良であった.滑動性追従運動,衝動性眼球運動には異常がなかった.立体視検査(.ystereotest)はCFly(+),Animal(1/3),Circle(3/9)であった.前眼部,中間透光体には異常はなかった.未熟児のため,眼底はしばらく経過観察を受けていたが,現在まで異常を認めていない.C20Δ以上の外斜視があり,屋外での球技が不得手なのは斜視が原因でも起こること,また,保護者から斜視手術の希望があったことから,斜視手術を予約し,手術までの間は家庭での輻湊訓練を指示した.CX+7カ月後,眼位検査はCAPCTで遠見はC8CΔ外斜位,近見はC12CΔ外斜位と斜視角が減少していた.立体視はFly(+),Animal(3/3),Circle(6/9)となった.家では輻湊訓練を熱心に行い,眼位は遠見でも斜位を保てるようになり,立体視も良好となった.書字では枠からはみ出すことがなくなった.屋外でのボール遊びも支障はなくなり,斜視の手術はキャンセルとなった.神経発達症の疑いといわれたが,20CΔ以上の間欠性外斜視があり,屋外ではとくに眼位をコントロールすることがむずかしく,球技が苦手であったと思われた.両眼視は可能であったが,疲労などから両眼視が崩れ,枠から字がはみ出すといった症状が現れたと考える.また,早産児のため月齢がほかの子どもよりも遅れていたことから動作が遅く,それが神経発達症疑いと診断されたのではないかと推測している.まずは,眼科で視機能評価を行い,眼科的に異常がないことを確かめることが重要であると思われた症例である.[症例2]プリズム眼鏡装用で改善した例14歳,男性.6歳C6カ月で近医眼科より外斜視で筆者の施設へ紹介され,経過観察をしていた.小児科では軽度の神経発達症を指摘されていた.視力は右眼C1.5(矯正不能),左眼C1.2(矯正不能),眼位検査はCAPCTで遠見C30CΔ外斜視,近見C30CΔ間欠性外斜視であった.近見眼位はほとんど外斜視であったが,立体視検査では斜位を保つことができ,Fly(+),Animal(2/3),Circle(4/9)であった.眼球運動検査では滑動性追従運動,衝動性眼球運動とも異常はなかったが,輻湊は不良だった.前眼部,中間透光体,眼底に異常はなかった.斜視手術の希望がなかったため経過観察をしていた.X+2年後,読み飛ばしが多く,ちらちらして見えにくいと訴えがあった.そこで,タイポスコープとカラーフィルターを紹介した.また,東海光学のCCCP400NAを処方し,遮光眼鏡を試みて家庭での輻湊訓練も指示した.CX+7年後,中学校では数学やほかの教科での不自由はなかったが,長文を読むことが困難で読解問題ができないとの訴えがあった.以前に処方したタイポスコープ,カラーフィルター,遮光眼鏡は使用していなかった.間欠性外斜視もあったため,組み込みプリズム(右眼2Δ,左眼C2CΔ)をCbaseinに装用したところ,読書もできるようになり,快適に過ごせるようになった.症例C1,2とも間欠性外斜視が原因で読字困難が生じていたと思われる.カラーフィルターも遮光眼鏡も適応ではなく,輻湊訓練やプリズム眼鏡の装用で症状が改善した.まずは,眼科での器質的疾患への対応が必要と思われた症例である.[症例3]音声ソフトと遮光眼鏡で改善した例8歳,女児.3歳C2カ月から内斜視で筆者らの施設に通院していた.8歳ごろから文章の行や字を飛ばして読んだり,ひらがなを書くときに文字が右に寄ってしまったりと,空間をとらえることがむずかしいなどの訴えがあり,ロービジョン外来の紹介となった.遠見視力は右眼C1.2(矯正不能)左眼C1.2(矯正不能),近見視力は右眼1.0(矯正不能)左眼C1.0(矯正不能),眼位は正位,眼球運動検査では滑動性追従運動,衝動性眼球運動,輻湊ともに異常はなかった.前眼部,中間透光体,眼底にも異常はなかった.防災無線や火事,地震のサイレンなど大きな音は苦手だが,読書よりも音声での理解が得意で,文章は保護者や教師が読めばC7割ぐらいは理解できていた.そこで,保護者がはじめに音読し,予習をすることを説明した.九九も音で覚えた.また,UDブラウザを使用して音声変換できる教科書を紹介した.音声での学習は効果的であったが,保護者からはすべて音声で補うことはむずかしいため,何とか読字もできる手段はないかとの訴えがあり,カラーフィルターと遮光眼鏡を試みた.遮光眼鏡のトライアルでは緑系と黄色系を選択した.カラーフィルターも,緑系を好んだため(63)あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025C705図4小児用のオーバーグラス眼鏡の上からも装用でき,側方からの光も軽減できる.表1症例4の器具ごとの読み速度の比較1回目(文字/分)2回目(文字/分)1.眼鏡のみC154C1962.眼鏡+リーディングルーラーC193C─3.眼鏡+拡大文字C195C─4.眼鏡+遮光眼鏡CUGC228C─5.眼鏡+緑フィルターC237C240眼鏡のみよりも,遮光眼鏡や緑フィルターを使用したほうが読み速度が向上した.Cabc※MNREAD-Jによる検査で実際に使用される文章は非公開が望ましいとされるため,上記a~cには代替としてMNREAD-Jの練習用の文章を入れている.図5症例5のMNREAD-Jによる検査結果a:MNREAD-Jの文章(漢字あり).b:白地に黒字ではCaの漢字が「●」に見えた.Cc:黒地に白字ではCaの漢字が「○」に見えた.=’C

自閉スペクトラム症にみられる栄養障害と眼疾患

2025年6月30日 月曜日

自閉スペクトラム症にみられる栄養障害と眼疾患NutritionalDisordersandEyeDiseasesObservedinAutismSpectrumDisorder福岡秀記*はじめに栄養障害,とくにビタミンCA欠乏症は,先進国では発症頻度は低いものの,発展途上国や後進国,とくに東南アジアの国では発症頻度が高いとされている.重度のビタミンCA欠乏症では死亡に至る.過去数十年にわたり各国で行われたビタミンCA補充プログラムの実施によってビタミンCA欠乏症の有病率は劇的に減少している.ただし,先進国においては,しばしば重度の食物選択性のある小児の自閉スペクトラム症(autismCspec-trumdisorder:ASD)では,依然として欠乏症が散発的にみられる.神経発達症,とくにCASDは一定の幅(スペクトラム)をもった疾患群と考えられており,行動や関心,動作が限定的・反復的で,他者とのコミュニケーションを苦手とする特徴を有する発達障害である.ASDの有病率は近年増加傾向にあり,5歳児の有病率はわが国では3.22%(約C31人にC1人),女児よりも男児のほうが多いと推定されている1).ASDの臨床像は多様だが,その特徴的な症状の一つに感覚特性やこだわり特性があり,これらが重度の偏食(極端な食べ物の好み)や眼科診察・検査時の開瞼困難などのむずかしさにつながる.重度の偏食は深刻な栄養摂取の偏りをもたらす.その結果,必須栄養素の欠乏が生じ,眼科領域においては眼の正常な発達と機能が阻害され,眼疾患につながる.本稿では,ASDに伴う重度の偏食がもたらす栄養障害と,それに関連する眼疾患,とくに角膜障害および網膜視神経疾患について解説し,眼科医および視能訓練士がこれらの患者に対して果たすべき役割についても述べる.CI自閉スペクトラム症における偏食の特徴と要因ASDに関する詳細は他項に任せ,ここではCASDの偏食の特徴や要因について解説する.一般に,偏食は「特定の種類や食感の食物の摂食を拒否すること」と定義される2).ASDをもつ患者の約C46~89%に何らかの摂食障害がみられるとされる3).幼児期における食習慣の形成には,家庭の食習慣や養育環境,これまでの食経験や親の偏食習慣が大きく影響するとされる.とくに,家庭において母親の偏食は幼児に伝播しやすく,母親の食への低関心や,食生活におけるコミュニケーションの低頻度が,幼児が食経験を得られないことに関与するとされる.ASDの重度の偏食は単なる「好き嫌い」や「わがまま」とは異なることが特徴である.とくに,ASDの感覚特性や認知的柔軟性の欠如,同一性保持など,神経発達特性に根差した行動であることを理解する必要がある.ASDの感覚特性は,味覚過敏(苦い・酸っぱいなど),触覚過敏(ねばねば・どろどろなど),嗅覚過敏(生臭い・青臭いなど)など食品・食物の味,質感,色(混ざった色),温度,形,匂いなどに対する強い拒否反応であり,ASDの認知的柔軟性(状況の変化に合わせ*HidekiFukuoka:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕福岡秀記:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学(1)(55)C6970910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1栄養障害児の全身写真5歳,男児.ビタミンCA欠乏症である.身長・体重は平均よりは低値であるが,体型は小太りで栄養が足りないようには見えないことに注意が必要である.図2栄養障害児の前眼部写真5歳,男児.まぶしさと夜盲を主訴に来院.結膜全面表面の異常光沢を認める.このときに角膜浮腫も観察された.μV図3ビタミンA欠乏症患者の前眼部写真ビタミンCA欠乏に典型的なCBitot斑がみられる.C40200-20-40-60050100150ms図4網膜障害と評価された網膜電図(ERG)5歳,男児.Cb波が平坦化し,網膜の光応答が低下している.100806040200-20-40図6ビタミンA剤内服治療後の網膜電図(ERG)5歳,男児.網膜の光応答Cb波が正常化し,振幅が増大(正常化)している.μV050100150ms図5ビタミンA剤内服治療後の前眼部写真5歳,男児.ビタミンCA剤(チョコラCA錠)内服治療後C8週間程度で結膜の異常光沢は改善し,湿潤な結膜に戻った.図7長期にわたる重度ビタミンA欠乏の症例診断に至らず進行した患者の前眼部写真.角膜瘢痕を残している.

神経発達症児の内眼部疾患と治療

2025年6月30日 月曜日

神経発達症児の内眼部疾患と治療ManagementofIntraocularDiseasesinChildrenwithNeurodevelopmentalDisorders田中友理*野々部典枝**はじめに神経発達症児はしばしば特徴的な視覚特性や眼科的合併症を伴い,なかでも内眼部疾患は発見が遅れると手術時期を逸して,視機能の向上や改善が見込めなくなる恐れがある.そもそも,小児は自分で症状を訴えることが少なく,健診などで検査不能のため,精査依頼で受診するか,周囲が異常に気づくほど進行してから受診することが多い.神経発達症児においては,一定の年齢になっても対人関係や社会的コミュニケーション能力の問題,注意集中の困難,不安・感覚過敏などのために基本的な眼科的検査(屈折検査,視力検査,眼圧検査,細隙灯顕微鏡検査,眼底検査など)の実施が困難な場合が多い.そのため,患者の特性に配慮した診察手法とともに,治療においても独自の工夫が求められる.本稿では,神経発達症児の眼疾患を診察する際よく出会う内眼部疾患について,スムーズに治療へつなげるために筆者らが行っている方法やコツを述べる.I神経発達症児の診察1.緊急度の判断小児の診察全般にいえることであるが,一度の診察で多くの検査を完遂できるわけではない.想定される疾患の緊急度によって,当日の診察で必要な最低限の検査を決める.疼痛を伴うような外傷や視神経炎であれば,ただちに治療が必要なため,当日中に必要な検査を網羅する必要があり,場合によっては抑制して診察することもある.しかし,児がその後の眼科診察に恐怖を抱く原因にもなるので,緊急時以外はなるべく無理に診察することは避けたい.白内障・緑内障や網膜.離は,もちろん可及的速やかな治療が必要であるが,準緊急であり,いつ手術を行うかを決定して,それまでに外来で必要な検査と全身麻酔下で行う検査を決める.水晶体偏位や活動性のない家族性滲出性硝子体網膜症,網膜色素変性などでは,児が眼科診察に慣れるよう様子をみつつ,少しずつできる検査を行っていけばよい.2.診察までの準備実際に児を診察する前に紹介状,依頼箋,保護者からの詳細な問診によって背景疾患を確認し,眼内の異常を想定しておく.なるべく待ち時間が少なくなるよう予約時間の設定に配慮し,視力をしっかり確認したいときはあらかじめ児の状態のよい時間にしたり,眼圧測定や眼底検査のときは意図的に昼寝の時間に合わせたりする.保護者からの問診では,日常生活で保護者が感じている視覚行動の異常を確認する.児が集中して医師と向き合えるよう,診察室の環境調整(明るすぎず静かな室内にする,ボタン類を覆って隠すなど)を行う.ただし,走り回るなどして診察室に入室さえできない児もいる.保護者でも児への対応に苦慮する場合には,療育にかかわる専門家とともに保護者を支援することも*YuriTanaka:名古屋大学医学部医学科・大学院医学系研究科眼科学・感覚器障害制御教室**NorieNonobe:いとう眼科,浜松医科大学眼科〔別刷請求先〕田中友理:〒466-8560名古屋市昭和区鶴舞町65名古屋大学医学部医学科・大学院医学系研究科眼科学・感覚器障害制御教室(1)(49)6910910-1810/25/\100/頁/JCOPY必要である.筆者は,診察室に入ってこられない児については待合室での様子を観察し,その場でCredCre.extestと嫌悪反射の確認だけは行い,再診までの猶予を検討して次回の予定を立てるようにしている.保護者が眼位などの写真を持参していれば見せてもらう.早期の治療介入が不要と判断できるまでは,決して「検査や診察ができないから様子をみましょう」と言ってはいけない.網膜芽細胞腫では,白色瞳孔だけでなく,斜視や充血が受診のきっかけであることも多いが,もし網膜芽細胞腫があった場合は,様子をみてしまったら進行して眼球温存不可能となるばかりか生命予後にもかかわることを心しておく.白衣を怖がる児もいるので,親しみやすいキャラクターのついたスクラブなどを着用するようにしている.C3.散瞳神経発達症児の内眼部疾患を無散瞳で診察するのは困難であり,多くは散瞳を必要とする.初診時には,可能であれば散瞳前に自分で瞳孔所見を確認しておきたい.経過観察の場合も,視力検査時に瞳孔の所見を確認しておくと散瞳後に後悔することがない.とくに,神経発達症児では視力検査の信頼度が低いこともあり,視力値の変化だけでは治療適応を判断しにくい.たとえば,神経線維腫症CI型に伴うことの多い視神経膠腫に関して,瞳孔所見は頭部の画像検査を勧めるための有力な判断材料となる.散瞳薬の点眼時にはどうしても児を泣かせてしまうことが多いが,結局はここで確実に散瞳しておくことが眼底診察を短時間ですませるための近道であるので,家族の協力とスタッフへの教育が重要である.号泣していると点眼が流れてしまい,診察時に散瞳していないため追加点眼が必要になり,さらに待たせて児の機嫌を損ねることになる.無理に開瞼させず,下瞼をそっと引くだけにして,そこに点眼薬を入れる.待ち時間短縮のために自宅で散瞳してきてもらう施設もあるが,散瞳薬の点眼後には副作用の出現の可能性がある1)ので,児の基礎疾患などをよく検討し,慎重に判断すべきである.点眼後には保護者に児の様子をよく観察してもらい,スタッフがすぐに対応できる範囲内で過ごしてもらう.とくに,けいれん素因のある児に調節麻痺薬を使用すると,まれではあるがけいれん出現の可能性がある.筆者はC18トリソミーのC5歳児に外来でC1%シクロペントラート塩酸塩を点眼したところ,30分後にけいれんが出現して呼吸停止となり入院加療を行った経験がある.前回に大丈夫であっても副作用が発生する場合があるので,保護者にはそのつど副作用について説明してから点眼を行う.C4.内眼部の観察散瞳ができて診察室に児が入室してきたら,児にこれから行う検査を簡潔に説明する.筆者はCredre.extest→細隙灯顕微鏡検査→眼底検査の順で行うので,児には「これから三つ検査するよ.少しずつ近くにいくよ」と説明してからじりじりと児に近づいていくようにしている.眼底検査では最初から光を当てずに,まず眼前にレンズをもってきて位置を合わせ,最後に短時間のみ光を入れて眼内を観察するようにしている.最初から抑制することはせず,保護者に抱いて座ってもらい,まずはそのまま診察する.体格の大きい児では,保護者がそばにいることがわかるよう隣で手を握ってもらう,頭が後ろに移動していかないよう後ろから支えてもらうなど,児が安心できる状態を作るようにする.眼底検査では,広範囲に観察できるC28Dのレンズを最初に使用して全体を把握し,詳細な観察が必要な箇所はC20Dにもちかえる.双眼倒像鏡を用いると両手が使え,隆起や.離が立体的に観察できるので慣れておきたい.ある程度は眼底検査が可能な場合は,検者の後ろからスタッフに児の好きなおもちゃなど(持参してもらうとよい)で見てもらいたい方向へ誘導してもらい観察する.C5.客観的検査の活用眼底検査の指示動作に従えない小児の眼底疾患の把握・経過観察には広角眼底撮影が大変役立つが,顔を装置に押し付けるような動作が必要なので,嫌がってできないこともある.また,非常にまぶしい検査なので,先にまぶしくない光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomog-raphy:OCT)で撮影するとよい.固視ができない児の692あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025(50)図1Down症候群患者の点状白内障15歳,男性.図2先天無虹彩症にみられた白内障32歳,女性.左眼.図3SturgeWeber症候群患者の視神経乳頭3歳,男児.散瞳下で右眼の視神経乳頭をスマートフォンで撮影した.ab図4Co.n-Lowry症候群にみられた両眼の網膜.離24歳,男性.Ca:初診時.右眼はすでに瞳孔閉鎖していた.b,c:左眼は白内障を伴う増殖硝子体網膜症である.Cab図5水晶体偏位3歳,男児.右眼.3歳児健診で視力不良から発見された.’C

神経発達症児におけるサッケードの異常

2025年6月30日 月曜日

神経発達症児におけるサッケードの異常SaccadicEyeMovementAbnormalitiesinChildrenwithNeurodevelopmentalDisorders新井田孝裕*I眼球運動の種類と特性1)眼球運動は機能的に,両眼が共同性に動く衝動性眼球運動(saccadiceyemovement:SM,以下サッケード),滑動性追従(眼球)運動(smoothpursuiteyemove-ment:SPM),前庭眼反射(vestibulo-ocularre.ex:VOR),視運動性眼振(optokineticnystagmus:OKN)と,両眼が反対方向に動く非共同性の輻湊・開散運動(convergence・divergence)に,固視(visual.xation)を加えた六つに大別される.表1にその特徴を示す.サッケードは解像度の低い周辺網膜に映った視対象に向かって素早く視線を動かし,中心窩でとらえる運動である.随意性に視覚や聴覚,触覚等で誘発される.SPMはゆっくりと移動する視対象を中心窩で捕捉し続けるときに起こる滑らかな随意性の眼球運動である.VORとOKNは反射性の眼球運動であり,視線のブレを軽減する手振れ防止機能で,両者は相補的に働く.頭部の急激な運動に対して逆位相の眼球運動,視野全体が移動する際に誘発されるのがOKNである.固視は静止した視標を中心窩で捕捉し保持することであり,眼球運動の発現を随意的に抑制する神経機構を有しているが,完全に静止した網膜像は順応により次第に見えなくなるため,実際には不随意に固視微動が生じている.神経発達症における眼球運動の異常で注目され,研究されているのは,おもにサッケードであり,SPMと固視に関する報告も散見される.本稿では誌面の関係でサッケードの異常について解説する.IIサッケードのパラメータと誘発課題サッケードの視覚誘導課題の刺激提示法を図1に示す.正面に提示する固視標とその周辺に提示する視標の提示方法の時間的経過や指示により,step課題(以下step),gap課題(以下gap),overlap課題(以下over-lap),anti課題(以下anti),memory-guided課題(以下memory)の五つに大別される.stepは固視標の消灯と同時に周辺視標を提示するものであり,gapは固視標の消灯と周辺視標の提示開始に時間差を設定した課題である.overlapは固視標を提示したままにして周辺視標を提示するものであり,antiはstepと同様に視標を提示するが,視標提示の反対側の同じ距離に視線を向けるよう指示する課題である.一方,memoryは固視標を提示中に周辺視標を短時間提示し,固視標消灯後に記憶している周辺視標の位置に視線を動かす課題である.サッケードの発現までの一連の過程は,固視標への注意とその持続,周辺視標の検出とその空間座標の計算,運動指令プログラムの作成,固視標への注意の解除,運動の実行で構成されている.さらに,antiとmemoryでは視標呈示時に視標に向かう反射性サッケードの抑制や記憶など前頭葉の高次機能が関与している.固視標への注意の解除に関しては,overlapでは強制的な解除,gapでは随意的に早く解除される点が異なっている.*TakahiroNiida:国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科〔別刷請求先〕新井田孝裕:〒324-8501栃木県大田原市北金丸2600-1国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科(1)(41)6830910-1810/25/\100/頁/JCOPY表1眼球運動の種類とその特性共同性眼球運動Cconjugateeyemovement,version衝動性眼球運動a)急速随意性周辺視野に出現した興味ある視対象を素早く中心窩に移動させる運動滑動性追従運動b)緩徐随意性ゆっくり移動する視対象を中心窩で捕捉しながら追従する運動前庭眼反射c)相補的に働く緩徐反射性一過性の速い頭部の回転運動で加速度を感知して,頭部と反対方向に眼球を動かし,視線のブレを防ぐ代償性の反射運動視運動性眼振d)緩徐反射性遅い持続性の頭部の回転運動や視界全体が連続的に移動する際に網膜上に視標を保持して視線のブレを防ぐ代償性の反射運動非共同性眼球運動(両眼離反運動)disconjugateeyemovement,vergencea)saccadiceyemovement:SM,saccade,サッケードb)smoothpursuit(eye)movement:SPMc)vestibulo-ocularre.ex:VORd)optokineticnystagmus:OKNe)convergence・divergencef)(visual).xationstep課題gap課題memory-guided課題FOnFOnFOnTO.OnO.TOnO.TOnO.EPO.EPO.EPSRTgapSRTSRT時間軸時間軸時間軸overlap課題anti課題F:.xationpoint(固視標)FOnFOnT:target(視標)TO.OnO.TOnEP:eyeposition(眼球位置)O.EPO.EPO.:消灯,On:点灯SRT:saccadicreactiontime(潜時,SRTSRTサッケード反応時間)時間軸時間軸図1サッケードを誘発するための五つの課題図2視覚誘導性サッケード(SM)の脳内経路--頻度頻度80100120140160180200220240260280潜時(ms)潜時(ms)overlapanti150150n=743n=878100AR=88%100AR=86%8010012014016018020022024026028030000潜時(ms)潜時(ms)図3Memoryを除く四つの課題を用いた定型発達(TD)児とASD児の潜時分布横軸は潜時(ms),縦軸は頻度.四つの課題ごとにすべての対象者の潜時データ(ms)をヒストグラムで表示した.黒のバーはASD,グレーのバーは定型発達児.各課題の分布図に挿入されたパラメータは,n:試行数,AR:データ取得率,mean:平均,median:中央値,peak:最大頻度.(文献C8より改変引用)peak=140&160msstepgap150150n=1016n=751100AR=89%100AR=83%median=186msmean=204ms50peak=140msmedian=154msmean=174ms300320320median=186ms340360380400420440peak=130&250ms460mean=240ms340360380400420440460480480500500頻度頻度5008010012014016018020022024026080100120140160180200220240260280280300300320320peak=170&280msmedian=220msmean=246ms340340400400420420440440460460100%90%ADHD児80%TD児70%60%50%40%30%20%10%ADHD児:R2=0.16(p>0.1)TD児:R2=0.52(p<0.0001)0%年齢図4アンチサッケード課題(anti)における定型発達児(TD)とADHD児のエラー率と年齢との相関(文献C7より改変引用)--エラー率4567891011121314表2サッケードの方向別の“最大速度”と“振幅の精度”の中央値(四分位範囲)Peakvelocity(deg/s)Initialaccuracy(%)LRCLRCStepconditionTDDDADHDASDCGapconditionTDDDADHDASDCOverlapconditionTDDDADHDASDCAnticonditionTDDDADHDASD327.8(71.8)315.5(79.2)317.3(68.6)302.7(79.2)315.1(86.5)295.1(93.2)290.8(78.5)295.1(99.1)303.4(98.9)286.4(91.0)269.6(88.8)297.0(91.5)385.2(124.5)401.3(141.1)407.7(127.4)401.3(198.2)314.4(68.8)†298.2(41.5)†288.8(35.8)†296.3(39.8)301.9(50.4)286.5(67.5)280.0(56.0)282.7(72.9)277.9(60.0)*260.7(62.1)*254.9(28.8)†257.7(91.0)369.8(161.7)†345.1(132.1)†367.9(114.9)311.4(138.1)105.4(17.0)103.2(18.1)99.4(15.3)98.4(18.7)95.2(33.1)99.2(20.9)96.2(15.0)99.6(27.1)90.8(26.4)96.6(33.0)95.1(33.0)96.5(35.4)108.8(32.1)†115.9(20.6)†117.7(19.0)†117.4(23.8)104.0(37.9)107.7(18.9)106.9(28.0)108.2(15.6)105.7(45.2)90.7(25.2)90.7(25.6)93.8(26.7)L:左眼,R:右眼.TD:定型発達児,DD:神経発達症児,DDはさらにCADHDとCASDに細分して掲載.*はCDDとCTDの間に有意差が認められたもの,†はCDD群内のサッケードの方向で有意差が認められたもの.(文献C9より改変引用)図5DEM検査のテストA~C-

神経発達症児の視機能検査の実際

2025年6月30日 月曜日

神経発達症児の視機能検査の実際ExaminationofVisualFunctioninChildrenwithNeurodevelopmentalDisorders徳田波津美*古森美和**はじめに神経発達症児に視機能検査を行い,検査が予定どおりにいかず頭を悩ませたという経験はないだろうか.米国精神医学会(AmericanPsychiatricAssociation:APA)が作成した「精神疾患の分類と診断の手引(第5版)」(DiagnosticandStatisticalManualofMentalDisor-ders,5thedition:DSM-5)の改訂版(DSM-5-TR)によると,神経発達症は知的発達症,自閉スペクトラム症,注意欠如多動症,限局性学習症などに分類され,チック症や発達協調運動症も含まれるとされている.また,各カテゴリーにはグラデーションがあり相互に重なり合っている1)ため,児の発達特性や症状の理解をさらに困難にさせてしまう.しかし,医療側の理解不足により保護者が受診をためらう,またはせっかく受診しても検査不能で治療が遅れてしまうことは可能な限り避けたい.神経発達症児の眼疾患の早期発見・治療のためには,発達特性を理解し,より正確な検査を行う必要がある.I検者の対応と心構え検者の対応や態度,心構えはその後の検査に大きく影響する.神経発達症児の多くは感覚過敏,人見知りや場所見知りがあり,慣れない場所や検査に抵抗感を示すことがある.検者が身構えてしまったり威圧的な態度を取ってしまったりすると敏感に感じ取り,本来可能な検査も困難になるため,話をするときは見下ろすのではなく,目線の高さを合わせるようにする.無理やり検査を進めることは極力避けるべきであり,児の発達特性に合わせながら少しでも正確な検査ができるよう心がける.発達症の有無にかかわらず,信頼関係を築くように努めることは必要不可欠である.児について理解を深めると同時に,保護者や家族の精神的負担感についても考慮すべきである.神経発達症は生涯にわたって続く状態であり,家族にも大きな影響を与える.さらに診断が通常は幼児期,小児期であり,治療や対応に家族が大きな役割を果たすことが求められる2).加えて,眼科の治療や通院が増えることによる精神的・身体的なストレスを理解し,これらの負担感を少しでも減らせるような対応を心がける.II発達年齢や発達特性をふまえた性格特徴を把握する1.待合室や入室時の行動観察待合室での様子を観察する.座っていられず動き回っている(多動),体を前後に揺らしている(常動行動),周囲の音が苦手で耳を塞ぐ・イヤーマフをしている(聴覚過敏),季節に合わない服装でいる(感覚過敏)こともある.最近はタブレット操作をしながら待っている児も多いので,その様子を観察する.名前をよんだときの様子も確認する.どのような表情をしているか,視線は合うか(アイコンタクト),保護者と手をつないで入室できるか,入室を嫌がるか,動き*HazumiTokuda:浜松市発達医療総合福祉センター**MiwaKomori:浜松医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕徳田波津美:〒434-0023浜松市浜名区高薗775-1浜松市発達医療総合福祉センター(1)(33)6750910-1810/25/\100/頁/JCOPY表1発達や興味に関する保護者への聞き取り聞き取りのポイント質問内容名前を呼ぶと反応しますかコミュニケーションものの名前は言えますか二語文が話せますか指さしをしますか社会性バイバイをしますか友だちとごっこ遊びをしますか行動特性じっとしているのが苦手ですか迷子になりやすいですか過敏性初めての場所や人は苦手ですか音や光に敏感ですか興味・関心好きな遊びはありますか好きなキャラクターはありますか(文献3より改変引用)図1児の様子a:イヤーマフは高い遮音効果があるため,聴覚過敏のある神経発達症児においても生活の質の改善が期待できる.b:おもちゃ遊びの様子.ab図2検査の順番・内容を示す見通しカードa:筆者の施設ではラミネート加工した写真のカードをマグネットで貼り,これから行う検査を児と一緒に確認する.b:検査が一つ終わるごとに,目の前からカードを取り去る.ba図3視力検査家庭練習用カードa:Landolt環単独視標(字ひとつ視力表),b:絵視標図4実際の検査の様子a:児がLandolt環の形を認識しているかを確認する.b:片眼視力検査.b1:検眼枠を使用している場面.b2:検眼枠がかけられないときは,視標を提示するタイミングで保護者に片眼を隠してもらう.表2発達年齢や発達の領域に対応した検査の測定方法発達年齢コミュニケーション社会性視力の測定方法立体視検査1歳音を真似する指さしする手遊びする縞視力カード(TellerAcuityCardsなど)1歳3カ月単語が一つ言えるバイバイする1歳6カ月単語が三つ言える簡単なお手伝いをする2歳名前を聞いて二つの絵を指さす二語文が話せる服を脱ぐ絵視標森実式ドットカードなどラングステレオテストなど3歳三語文が話せる色の名前が四つわかる同年代とままごと遊びをする友達の名前を言うLandolt環単独視標などステレオフライテストなど(文献3より改変引用)に短い児や重症心身障害児では,SVSのように離れた場所にある視標の固視がむずかしいので,検者から角膜中心に合わせて測るようにしている.小児ではとくに調節が入りやすいため,球面度数は参考値として扱い,乱視度数や不同視に注意する.調節麻痺薬を使用した精密屈折検査では,測定の信頼性が高く測定可能範囲も広がるため,必ず実施するようにしている.b.スポットビジョンスクリーナーSVSは離れた場所にある視標を固視するので,手持ち式オートレフラクトメータより小児の不安や負担感が少ない.調節が入りにくく,短時間で両眼同時に屈折だけでなく眼位や瞳孔径も測定できるため,非常に便利である.多動や注意散漫により固視がむずかしい場合は,保護者に軽く頭を支えてもらうことで,より速く正確に測定できる.c.上記のどちらも測定できない場合児の検査協力が得られず,正確な屈折値を確認する必要がある場合は,調節麻痺薬を使用する.その際,安全確保と正確な検査のため,保護者の承諾を得たうえで抑制帯を用い,スタッフ数名で体を固定し,手持ち式オートレフラクトメータで測定を行う.これは,弱視治療の必要性や今後の治療方針を決定するうえで重要な検査であるため,児が嫌がるからといって先延ばしにせず,適切な方法で確実に実施することを徹底している.3.眼球運動,眼位検査小児が興味をもちそうな固視標を用意し,近見眼位,眼球運動を確認する.9方向眼位を確認して運動制限や麻痺,過動がないか,また輻湊の状態,頭位異常を確認する.神経発達症では眼球運動の苦手さが指摘されており,滑動性眼球運動(視標を円を描くようにゆっくり動かす)や,衝動性眼球運動(視標を跳び越すように固視させる)についても,視標を追いかけっこしてもらうように遊び感覚で行う.眼位検査であるカバーテストやプリズム試験は検査道具が眼前に近づくため,感覚過敏があると嫌悪感を示すことがあるので素早く行う.固視不良で正確な眼位検査がむずかしい場合は,部屋を半暗室にしてレチノスコープの光視標を一瞬でも固視できればHirschberg試験が行える.同時に角膜反射の明るさも確認する.遠見眼位は近見眼位検査より固視標が遠方にあるので,さらに正確な検査がむずかしくなる.検査困難である場合は,保護者が気になっている眼位の写真を持参してもらい,評価の参考にする.4.立体視検査筆者の施設では,近距離・短時間で実施できて検査方法が比較的簡便なラングステレオテスト,ポケモン・ステレオテスト,ステレオフライテストを多用している.立体視のほか,強度の視力低下や不同視の有無についても評価できるのでとても便利である.a.ラングステレオテスト発達年齢が2.3歳で検査が可能である.見本カード(ネコ,ホシ,クルマ)を見せて名前をいえるかどうかを確認する.いえなくても検者が「ネコはどこかな?」と問いかければ指さしできる場合や,検査方法の理解が困難であっても,カードを眼前に提示すると浮かんでいる像を触る,つまむ,すくうような身ぶりをする児もいるため,試してみるとよい.b.ポケモン・ステレオテストラングステレオテストとほぼ同様に使用できる.小児に人気があるキャラクターなので,楽しそうに指さししてくれる.保護者も後ろから興味深そうに見ていることが多い.c.ステレオフライテスト発達年齢が3.4歳以上で偏光眼鏡がかけられる児に使用する.「何の絵が飛び出して見える?つまめるかな?」「飛び出している動物(または丸)はどれかな?」と声をかけ,つまんだり指さししたりしてもらう.おわりに神経発達症児の発達年齢や発達特性を考慮した視機能検査について,知見や経験を踏まえて解説した.一人一人に適切な検査を行うことはとてもむずかしいが,前回より検査が上手にできたときや,児の成長を保護者とともに確認できたときには大きな喜びを得られる.神経発達症児と家族をとりまく状況を理解して視機能検査を行い,早期発見・治療につなげる役割は大きい.(39)あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025681

療育現場からみた「見る機能」の発達支援の視点

2025年6月30日 月曜日

療育現場からみた「見る機能」の発達支援の視点Perspectiveson“VisualFunction”fromTherapeuticEducation木村順*はじめに筆者が作業療法士として障害をもった子どもたちの発達臨床に携わり,約40年の月日が経つ.そのなかで数多くの「見る機能」のつまずきがある子どもと出会ってきた.いわゆる知的障害といわれる子どものなかには,近視・遠視・乱視といった屈折異常のある例もあったが,多くは眼鏡の装用で対処できており,作業療法士が介入する余地がないことはいうまでもない.しかし脳性マヒ,とりわけ両麻痺や脳室周囲白質軟化症のケースでは,屈折異常や斜視にとどまらず「眼と手の協応」や「視空間認知」の発達に問題があることが高頻度にみられる.さらに,神経発達症に分類される子どもたちに至っては,追視や注視といった眼球運動の問題,さらには中心視が苦手で周辺視遊びに傾きやすいなど,「見る機能」の背景に,体性感覚(触覚・固有覚)系や前庭(平衡感覚)系の統合に問題をもつ子どもに多く出会ってきた.筆者の専門は発達障害分野を主とする作業療法で,本テーマについては視能訓練士(certi.edorthoptist)および眼科の専門知識をもたないことをご了解いただきたい.そのうえで,感覚と運動の高次化理論(通称・宇佐川理論)やアメリカの作業療法士であるAyresが体系づけた「感覚統合」という知見を参考に,「見る機能」の発達支援で悪戦苦闘した経験から得られた学びについて述べる.I「眼と手の協応」という取り組みへの問題提起1.療育現場の実態からの問題提起「眼と手の協応」という用語は,一般的には手元を「見ながら」手を効果的に「操作する」機能として用いられる.幼児期でいえば,手元をよく「見て」スプーンですくう,ボタンの止めはずしをする,所定のところにシールを貼る,点線の後なぞりをするといった手先の「操作する」機能という説明になるだろう.その解説自体に誤りはないだろうが,ここでいう眼は「感覚入力」であり,手は外界に働きかける「運動出力」というとらえ方に偏りやすい.そういう観点からの「眼と手の協応」を目的とした療育では,作業療法士がよく行うアクティビティとして「チップス入れ」や「印を付けたところへのシール貼り」「棒やレールからの抜き取り」などが採用されやすい(図1).もともと自分の「手」そのものに関心が向く子どもの場合は,使い込むことで「眼と手の協応」の発達が促される.しかし,筆者の経験では,上手にシールを貼っている子どもをよく観察すると,シールを貼る位置は目視するのに,手が動きはじめると視線を逸らせてしまうのをよく見かける.点線の後なぞり課題でも,字を書く課題でも然りで,子どもが必ずしも手元をよく見て運筆しているわけではないことが多い.そうした子どもの多くは,自宅での「チップス入れ」*JunKimura:療育塾ドリームタイム〔別刷請求先〕JunKimura:〒123-0851東京都足立区梅田1-2-6療育塾ドリームタイム(1)(25)6670910-1810/25/\100/頁/JCOPYabc図1「眼と手の協応」をねらった机上課題として用いやすい教材例a:チップス入れ.b:シール貼り.c:スライディングブロック(抜き取り系).これらは,子どもが興味・関心・好奇心を示す限りは「眼と手の協応」の発達を促す効果が期待できるが,そもそも手元を見ることに関心が向かない子どもの場合は,対象をチラッと見るだけで,手が動きはじめると視線ははずれ,あとは反複学習で覚えた(パターン化した)手の操作を行うだけで終わってしまうことも多い.図2「タッチング」の実施場面普段は自分の「手」への気づき(≒定位)は乏しく,手元を見ることも瞬間的にしか認められない子どもでも,広い面積で一定の圧力の触覚刺激が入ると,10秒間程度は自分の手に「注目するリアクション」を引き出すことができる.これが,「眼と手の協応」の基礎作りに触覚への定位反応を活用するということである.図3指先への「タッチング」の実施場面図2と同様に,「指先」への気づき(≒定位)を促しているところ.書字や線の後なぞりといった運筆課題では,はみ出した際に元に戻すことも自発的にできることが確認できている.もっとも,この触覚定位を用いたアプローチは「見る機能」そのものが改善されるわけではないので,先に述べたような屈折異常をはじめとする視力の問題が重篤である場合や,知的障害が重度の場合は効果が出にくくなる.II「眼球運動の改善」という取り組みへの問題提起1.療育現場の実態として①飛んでくるボールを上手にキャッチできない,②鬼ごっこですばやく逃げていく相手を俊敏に追いかけるのが苦手,③絵カードやカルタ取りで所定の絵カードを素早く探し出すのが苦手,④黒板の文字を自分のノートに書き写す(板書する)のが苦手,⑤スラスラと文章を読むのが苦手,⑥点線からはみ出さずになぞり書きするのが苦手,⑦電飾のランプが点滅しているとそれに惹きつけられやすい,⑧斜め見することが頻繁にみられる,⑨プロペラの回転や散髪屋のサインポールの回転に惹きつけられやすい,これらに共通する発達的な問題は?と尋ねられても,保育・教育の現場の先生は答えに窮するであろう.一般的には,①や②は運動課題に位置づけられ,③.⑥は学習課題として,⑦.⑨は不思議な子の特徴としてとらえられることが多い.これらの様相を大きく二つに分けると,一つは動いているものを眼で追う,トレーシングする,スキャンニングするといった「動的な視力」といわれる機能であり,もう一つは「周辺視」という状態像である.しかし,そういった見え方の問題も,眼という感覚器の使い方だけに課題が向かうと,そのアプローチとしては,キャッチボールであれば「ゆっくりと飛んでくるボールに視線を向ける」とか,「よく見てごらんと注意を引き付ける」といったことで終わってしまいやすい.こうした視線のコントロールは,より本人の努力が必要になるテーマなのである.視線のコントロール自体はとても重要であり,実際にビジョントレーニングを受けることで苦手な板書写しを克服した子どもや,読み書きの大変さが激減した子どもたちを大勢みてきている.しかし,根底にあるテーマを「眼球運動」に置くと,新たな視点でのアプローチが広がり,ときに子どもの様相が劇的な改善をみせることもある.2.見方・考え方の拡大一般的に「眼球運動」は,視覚認知機能が成り立つための一つの条件として位置づけられる.そのこと自体を否定するつもりは毛頭ないが,もし「眼球運動なくして視覚空間認知の発達はなし」と解釈すると,話は一変する.認知機能が発達していくための二大情報源は聴覚と視覚であるが,視覚は聴覚と違い,眼瞼を開いて対象に焦点を合わせない限りは情報を拾うことが困難な感覚器官である.さらに,視覚はパラボラアンテナのように,対象に視軸を向けることで本領を発揮できる感覚器である.ここに視覚の指向性の高さ,つまり「感覚」が機能するには視軸の向きをコントロールするという「運動」機能が高く求められることを忘れてはならない.さらに,この「眼球運動」の発達によって,私たちは当たり前に見渡し,見比べ,視点を移し替え,トレーシングやスキャンニングという「見る機能」と同時に「中心視」という機能も発達していく.ヒトの視細胞には錐体細胞と杆体細胞の二種類があることはよく知られているとおりである.前者は色の知覚に,後者は明暗の知覚に関与すると言われており,輪郭の認識については両者ともかかわっているが錐体のほうがより大きく関与している.また,錐体細胞は黄斑部(盲斑を除く網膜の中心部)に集中し,杆体細胞は黄斑部と盲斑には分布していないことも知られている.このような網膜の構造や視細胞の機能の違いは,子どもたちの「見る機能」のつまずきを読み解くうえで重要である.それは,先に述べた「中心視」という機能が成り立つためには,①対象に関心が向くだけの知的機能が発達していること,②そこへ視軸を向けるという眼球運動が備わっていること,③とらえた対象に焦点を合わせる機能があること,これらの3機能670あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025(28)--図4周辺視遊びの一例目の前で電車のおもちゃは往復させているが,眼軸を動かして(追視して)遊んでいる様子はみられない.(文献4より引用)図5前庭刺激と視軸の向きのコントロール動いている対象物を目で追う(前庭刺激なしで眼球運動を単独で行う)ことはむずかしいが,頭を動かしながら(前庭刺激が入る),定位置の対象物に視線を向けることは容易にできる.(文献5より改変引用)図6前庭-動眼系の統合丸太のブランコ(ボルスタースウィング)に乗り,左右に揺らしてもらいながら所定の場所(提示されたフープ)を見定めて手を伸ばす活動(前庭-動眼系の統合).前庭系の遊具の多くは,広い空間と天井から吊り下げられる設備が必要.図7回転加速度を入れながら「見る」活動①回転椅子に乗り,右や左に回りながら的をめがけてシュートする.(文献4より引用)図8回転加速度を入れながら「見る」活動②回転椅子に座り,左や右に回してもらいながら好きな動画を見て楽しむ.この活動10分ほどを毎日継続したところ,半年後にはトランプやカルタ取りといった見渡し(スキャンニング)が高く求められる机上課題はもちろん,追視ができずに嫌がっていたキャッチボールにも自ら取り組むようになっていった.---「バルポリンって何?」(https://usagawaken.com/balloonpoline/)バルンポリンとは,バルーンとトランポリンを組み合わせて用いる療育器具の名称で,商標登録されている.植竹安彦氏(都立支援学校教諭)の考案.-図9「直線加速度」を入れながら「見る」活動バルンポリン(右QRコードのリンク先参照)で跳びながら,好きなテレビ番組を見て楽しむ.この活動も10分ほど毎日継続していくことで,回転椅子遊びと同様の効果が期待できる.

神経発達症のある児童生徒へのICT活用の意義と体制整備

2025年6月30日 月曜日

神経発達症のある児童生徒へのICT活用の意義と体制整備ICTSupportforChildrenwithNeurodevelopmentalDisorders:EducationalSigni.canceandtheDevelopmentofCommunity-basedSupportSystems近藤武夫*はじめに従来,学校教育は「紙と鉛筆を前提とした学び」を基盤としてきた.しかしこの慣行は,印刷された文字の認知や手書きに困難を抱える児童生徒を排除する「見えない障壁」となってきた.とくに,限局性学習症(speci.clearningdisorder:SLD)のある児童生徒は,読字・書字の困難ゆえに「勉強する能力がない」という誤ったレッテルを貼られる事例が少なくない.しかし近年,(GIGAスクール構想によって普及した)児童生徒C1人C1台のタブレット端末と,学校による合理的配慮の提供が法的義務化されたことに後押しされ,音声読み上げやキーボード・音声入力,数式入力・図表作成支援などの情報通信技術(informationCandCcommunicationCtechnolo-gy:ICT)機能が通常の教室でも利用できるようになり,これらの見えない障壁は徐々に解消されつつある.本稿では,まずCSLDのある児童生徒への「読み」「書き」支援を中心に具体例を示し,ついで自閉スペクトラム症(autismCspectrumdisorder:ASD)の児童生徒および注意欠如多動性障害(attentionCde.citChyperactivi-tydisorder:ADHD)のある児童生徒への支援の具体例を示す.最後に,これらのCICT活用を実現する学校・地域システムとしての体制整備について整理する.なお,本稿でとりあげる具体例は,すべて著者の実践をもとに作成した仮想事例であり,実際の事例とは異なる.ISLDのある児童生徒へのICT支援1.読字支援SLDのある児童生徒の多くは,印刷文字の視覚的認知において正確性や流暢性が低く,読字に苦痛を覚える場合がある.一方で,音声読み上げの活用や文字サイズ・フォント・配色の調整・ハイライトなど,個々の学習ニーズに応じた表示方法を採用することで,読解負荷の軽減と理解促進が可能となる.Ca.音声教材文部科学省の支援のもと,複数の団体・大学などが提供する音声教材1,2)は,教科書をデジタル化し,文字サイズ・フォント・配色,音声読み上げ,ハイライト表示,ルビ付与などの機能を備える.代表的な形式であるDAISYやCEPUBで,学習障害(learningdisorder:LD)のある児童生徒の読字支援機能が充実しており,対象者であれば無償で入手・利用できる.利用申請は学校・教育委員会,または個人(家庭)から行うことが可能であり,自治体によっては一括取得して域内活用を促進している.Cb.学習者用デジタル教科書普及が進みつつある学習者用デジタル教科書は,児童生徒自身が利用するデジタル版の教科書である.音声読み上げや拡大表示などの特別支援教育に役立つ機能(アクセシビリティ機能)も備える.現状は音声教材ほど支援機能が充実していないものの,通常の教科書が最初か*TakeoKondo:東京大学先端科学技術研究センター社会包摂システム分野〔別刷請求先〕近藤武夫:〒153-8904東京都目黒区駒場C4-6-1東京大学先端科学技術研究センター社会包摂システム分野(1)(21)C6630910-1810/25/\100/頁/JCOPYらアクセシビリティ機能に幅広く対応することに社会的期待が寄せられている.C2.書字支援a.キーボード・音声入力支援書字困難のあるCSLDの児童生徒には,キーボード入力や音声認識入力が効果的なケースがある.仮想事例を示す.書字障害のある中学C1年生CAさんは,鉛筆では1行書くのにC5分を要していた作文を,音声入力の導入によってC10分以内で完成できるようになった.また,同時に概念マッピングアプリを活用することで,文章の全体の構成を視覚化しながらアウトラインを作成し,それから文章にするという手順を経ることで,手書き負荷を回避しつつ論理的な文章作成が可能となった.Cb.数式・図表作成支援理数系領域では,手書きでの数式記述やグラフ作成が壁となる場合がある.仮想事例を示す.高校C1年生のCBさんは,Word数式エディタやCGeoGebraを用いることで,試験時間延長の配慮を受けながらも,時間内に解答を完了できるようになった.C3.まとめ「読み」「書き」の両面でCICTを活用することで,SLDのある児童生徒は学年相当の到達度を達成するだけでなく,学びへの自信と主体性を回復する.教材へのアクセス格差を克服し,「教材が読めない・書けないから学力が低い」という誤った認識を転換する実践例が蓄積されつつある.CIIその他の支援1.SLDのある児童生徒以外での読み書き支援ASDのある児童生徒には,SLDの診断がなくとも手先の巧緻性や発達性協調運動障害に起因する書字困難がみられる場合がある.また,ADHDのある児童生徒は,作業目的に応じて注意を適切な場所に振り向けることがむずかしいことがあり,概念マッピングによる文書内容の構造化が構造的理解を助け,読解や作文の支援に有効となることがある.2.神経発達症と聴覚支援ASDやCADHDのある児童生徒の一部は,同時に聴覚情報処理障害(auditoryCprocessingdisorder:APD)の特徴も示し,教室内の雑音で教員の発話に集中しづらい場合がある.このような場面では,ワイヤレス補聴システムや音声文字変換アプリ(文字通訳)を併用し,聴覚情報を保障する環境整備が効果的である.CIII組織・地域システムとしての体制整備上記の各種CICT支援を持続的に実現するには,教員個人だけに依存せず,校内委員会や特別支援コーディネーター,地域CICT担当者,特別支援教育担当者が連携し,通級指導教室や学校図書館を巻き込んだ体制整備が不可欠である.改正障害者差別解消法(2024年C4月施行)により,私立学校を含むすべての学校に「合理的配慮の提供」が義務化されたことから,自治体によるアウトリーチ機能の強化が求められている.C1.自治体による事例公開京都府総合教育センターや福井県特別支援教育センターが文書を公開している3,4).C2.アセスメントと配慮申請の実務中学・高校・大学入試や資格試験では,試験時間延長・別室受験・パソコン入力・代読/音声読み上げ・拡大印刷などが合理的配慮として認められる可能性がある.申請には医学的診断,校内での配慮実績などの状況報告書,認知機能や読み書き困難に関する客観的アセスメント結果とその所見の添付が求められることが一般的であり,教育現場と医療機関との連携も重要となる.C3.教材アクセシビリティ確保の具体策音声教材や学習者用デジタル教科書に加え,単元テスト問題・参考書・一般図書などについても著作権法C37条にもとづく「学校図書館を通じた複製・翻案」を活用し,LDのある児童生徒が利用可能なフォーマットで提供する体制整備が求められる.たとえば京都府では,学校図書館と大学ボランティアが協働し,単元テストの電子化・音声化を行い,校内の特別支援教育に生かす試行664あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025(22)代替する機能の取得図1障害のある児童生徒・学生へのICT利用(文献C1より改変引用)

学習のつまずきの背景に潜む「見え方」の問題

2025年6月30日 月曜日

学習のつまずきの背景に潜む「見え方」の問題VisualPerceptionProblemsinChildrenwithLearningDi.culties海津亜希子*はじめに2022年に文部科学省が行った「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」1)では,学級担任などが回答した内容から「知的発達に遅れはないものの学習面または行動面で著しい困難を示す」とされた児童生徒が,小中学校で8.8%存在するということが明らかになった.なかでも,学習面で著しい困難を示す児童生徒は6.5%に及んだ.とくに,「読む」または「書く」に著しい困難を示す児童生徒は3.5%,「計算する」または「推論する」に著しい困難を示す児童生徒は3.4%であった.一方で,これら8.8%の児童生徒が受けている支援の状況について調べた結果では,支援のあり方を校内で検討する校内委員会という場において「現在,特別な教育的支援が必要と判断されているか」について「必要と判断されている」と回答したのは28.7%にとどまっていた.これは,学級担任などが「学習面または行動面で著しい困難を示す」とした児童生徒の1/3しか校内全体として特別な教育的支援が必要と認識されていない,つまり学校としての支援がなされていないともとれる衝撃の結果であった.そこで本稿では,まず,学習面に一次的な困難さを呈す「学習障害(learningdisabilities:LD)」とはどのような状態なのかを,医学的および教育的定義から整理する.その後,学校教育のなかでみられる学習面のつまずきの背景要因の一つとして「見え方」が推測される事象について具体的にみていく.子どもへの適切な支援は,正確な実態把握なくしてはありえない.その意味でも,子どもの困難さをさまざまな立場から多角的に把握し,子どもが真に必要とする支援に結びつける糸口とすることが本稿の目的である.I学習障害の医学的定義と教育的定義1.医学的定義の限局性学習症/限局性学習障害限局性学習症とは,米国精神医学会(AmericanPsy-chiatricAssociation:APA)による「精神疾患の分類と診断の手引」(第5版)(DiagnosticandStatisticalMan-ualofMentalDisorders,5thedition:DSM-5)2,3)における学習障害の医学的診断名である.学習や学業的技能が暦年齢に期待されるより著明にかつ定量的に低く,学業や職業遂行能力,日常生活活動に支障をきたしている状態のことをさす.読字の正確さや速度,流暢性,読解力に関する「読字障害」,綴字の正確さや文法と句読点の正確さ,書字表出の明確さまたは構成力に関する「書字表出障害」,数の感覚や数学的事実の記憶,計算の正確さ,流暢性,数学的推理の正確さに関する「算数障害」の少なくとも一つが6カ月間以上持続している状態が診断基準である.学業的領域における技能を学習する際の重症度を,軽度,中度,重度で特定することとしている.ただし,全般的な知的能力の問題や,非矯正視力または聴力,他の精神または神経疾患,心理社会的逆境,学*AkikoKaizu:明治学院大学心理学部〔別刷請求先〕海津亜希子:〒108-8636東京都港区白金台1-2-37明治学院大学心理学部(1)(11)6530910-1810/25/\100/頁/JCOPY業的指導に用いる言語の習熟度不足,不適切な教育的指導などでは説明できないものとする.限局性学習症の診断において,この除外規定はとくに注意が必要である.つまり,除外規定にあげられたことのすべてにおいて問題がないにもかかわらず,学習面で困難を示す場合に初めて限局性学習症という診断がなされることになる.いい換えれば,正しい判断をするためには,まずは除外規定に関して問題がないかについての精査が重要となる.2.教育的定義の学習障害1999年7月に文部省(当時)が「学習障害児に対する指導について(報告)」4)において「学習障害(LD)とは,基本的には全般的な知的発達に遅れはないが,聞く,話す,読む,書く,計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示すさまざまな状態をさすものである.学習障害は,その原因として,中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが,視覚障害,聴覚障害,知的障害,情緒障害などの障害や,環境的な要因が直接の原因となるものではない」と定義している.なお,教育用語である学習障害は「聞く」こと,「話す」ことの困難さも含め,より広義に学習困難の状態を捉えているのに対し,先の限局性学習症/限局性学習障害では「読字」「書字」「算数」に限定している.各学校では,学校に設けられた校内委員会を通じて児童生徒の実態把握を行い,専門家チームに判断を求めるかどうかを検討する.そののち,都道府県または政令指定都市の教育委員会に設けられた専門家チームが学習障害か否かを判断し,教育的支援の内容について専門的意見を示すことになっている.II見え方に関連するつまずき学校場面において,子どもたちのどのような状況・様子から,見え方に困難があるかもしれないという気づきにつながるであろうか.ここでは,「読み」「書き」について教科ごとに具体的にみていく.1.「読み」のつまずき授業では,子どもに教科書などを読ませる場面が多くみられる.図15)は学校場面での子どもの「読み」のつまずきを把握するためのチェックリストの一部である.とくに,「形態的に似た漢字と読み間違える」「文字の順序を読み間違えたり,混同したりして読む」「勝手読みがある」「文中の単語や行を読み飛ばしたり,繰り返したりすることがある」などのつまずきについては,その背景要因の一つとして「見え方」に関する問題があると考えられる.2.「書き」のつまずき書く行為は子どもの学習活動のアウトプットの側面もあるため,つまずきが顕著になりやすい.図25)に学校場面での子どもの「書き」のつまずきを把握するためのチェックリストを示した.とくに「ひらがなの書き間違いがある」「カタカナの書き間違いがある」「漢字の書き間違いがある」(図3),「字の形や大きさがうまくとれなかったり,まっすぐ書けなかったりなど,読みにくい字を書く」「文字を写すのがむずかしい」「文字の順序を書き間違えたり,混同したりして書く」「文字を抜かしたり,余分な文字を加えたりする」「句読点やカッコなどの符号を正しく使うことができない」といったケースでは,その背景に「見え方」の問題が影響していることが推測される.3.算数におけるつまずき算数についてのつまずきも「見え方」が背景要因として考えられるものが多く存在する.たとえば,「数と計算」(図4)5)については,「3と8,6と9など,形状が似ている数字の扱いに混乱がみられる」「規則正しく並べると数えることはできても,ばらばらにすると数えることができない」「2位数またはそれ以上の数の筆算の手続きに誤りがみられる」(図5)などがあげられる.「図形」(図6)5)については,「形を構成したり,分解したりすることができない」「図形を模写することができない」などに代表されるように,多くのつまずきがみられる.「測定/変化と関係」(図7)5)については,「もの654あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025(12)チェック〈Ⅲ.読む〉8.一つ一つの文字を読むのに困難がみられるチェックa.平仮名の読み間違いがあるb.片仮名の読み間違いがあるc.拗音を読み間違えるd.習った漢字が読めない→付表「学年別漢字配当表」参照e.漢字の読み間違いがある例:形態的に似た漢字と読み間違える・・・貝→「みる」、石→「みぎ」意味的に関連のある漢字と読み間違える・・・町→「むら」、入る→「でる」単漢字を勝手に熟語化して読み間違える・・・人→「にんげん」、牛→「ぎゅうにゅう」勝手に送りがなを付けて読み間違える・・・白→「しろい」、青空→「あおいそら」9.単語を読むのに困難がみられるチェックa.文字の順序を読み間違えたり(例:とおまわり→とおわまり)、混同したり(例:にぐるま→にじまる)して読むb.文字を抜かしたり(例:しかい→しか)、余分な文字を加えたり(例:せんせい→せんせいい)して読むc.促音(例:がっこう→がこう)や拗音(例:せんしゅう→せんしょう)などの特殊音節を含んだ単語を読み間違えるd.初めて出てきた単語や、普段あまり使わない単語を読み間違えるe.漢字で表されている単語より、仮名で表されている単語の方が理解しにくい10.文章を音読する際に困難がみられるチェックa.助詞の「は」を読む際にも変換せずにそのまま「ハ」、「へ」をそのまま「ヘ」など読み間違える(例:私は(ワタシワ)→(ワタシハ))b.単語や文節に正しく区切って読むことができないc.勝手読みがある(例:「いきました」→「いました」)d.文中の単語や行をとばしたり、繰り返したりすることがある11.文章の内容を理解するのに困難がみられるチェック習得学年a.文章の内容の大体を読み取ることができない1b.文章のなかの場面の様子を読み取ることができない1c.事柄の順序を考えながら読み取ることができない1(3)d.文章のなかの人物の行動や気持ちを読み取ることができない1e.文章の要点を読み取ることができない3*上付きカッコ内の数字(例:(3))は、その内容を扱う学年を示す。図1学習領域スキル別つまずきチェックリスト「読む」(文献5より引用)チェック〈Ⅳ.書く〉12.文字を書くのに困難がみられるチェックa.平仮名の書き間違いがある(例:鏡文字「く」→「」を書く、形態的に似ている「い」と「り」を間違う)b.片仮名の読み間違いがある(例:鏡文字「テ」→「」を書く、形態的に似ている「シ」と「ツ」を間違う)c.習った漢字が書けない→付表「学年別漢字配当表」参照d.漢字の書き間違いがある(例:細かい部分を書き間違える・・・「赤」→「」へんとつくりを反対に書く・・・「粉」→「」意味的に関連のある漢字と書き誤る・・・「入」→「出」)e.書く時の姿勢や、鉛筆などの用具の使い方がぎこちないf.字の形や大きさがうまくとれなかったり、まっすぐに書けなかったりなど、読みにくい字を書くg.独特の筆順で書くh.文字を写すのが難しい(例:黒板に書いてあることを写すのが遅い)13.単語を正確に表すことに困難がみられるチェックa.文字の順序を書き間違えたり(例:とおまわり→とおわまり)、混同したり(例:にぐるま→にじまる)して書くb.文字を抜かしたり(例:しかい→しか)、余分な文字を加えたり(例:せんせい→せんせいい)するc.長音(例:おうさま→おおさま)、促音(例:がっこう→がこう)や、拗音(例:でんしゃ→でんしゅ)、拗長音(例:せんしゅう→せんしょう)などの特殊音節を含む単語を間違えて書く14.文を書く上での基本的な構造の理解に困難がみられるチェックa.主語、述語の文が作れない、順序がおかしいなど、文の組み立てが理解できていないb.「は」、「を」、「へ」など、助詞を適切に使うことができないc.。、「」などの符号を正しく使うことができない15.文章を書くのに困難がみられるチェックa.思いつくままに書き、筋道の通った文章を書くことができないb.事実の羅列のみで内容的に乏しいc.限られた量や、決まったパターンの文章しか書かないd.修飾と被修飾との関係に注意して書くことができないe.指示語や接続語の役割と使い方に注意して書くことができない図2学習領域スキル別つまずきチェックリスト「書く」(文献5より引用)図3視空間認識に弱さのある児童が書いた「月曜日」チェック【Ⅰ.数と計算】1.数字(整数)を読んだり、書いたりするのに困難がみられるチェック習得学年a.100までの数の数唱に時間がかかったり、同じ数を二度言ったり、ある数を抜かしたりすることがある1b.3と8、6と9など、形状が似ている数字の扱いに混乱がみられる1c.十五を105といったように書き表すことがある1d.2位数以上になると、四十二を24といったように、位が逆に記されることがある1e.4位数までの数を読んだり、書き表したりできない2f.億や兆の単位を読んだり、書き表したりできない42.数(整数)の概念の理解に困難がみられるチェック習得学年a.数唱はできるが、集合数として、ものの個数を正しく数えることができない1b.規則正しく並べると数えることができても、ばらばらにすると数えることができない1c.一度数えた数量を、場所や並べ方を変えると、もう一度数え直す1d.()番目といった順序数についての理解ができない1e.0についての理解ができない1f.必要に応じてものを、2ずつ、5ずつ、10ずつといったようにまとめて数えることができない1g.ある数を10倍、100倍したり、10で割ったりした時の大きさの関係が理解できない3h.四捨五入の問題ができない4i.約数、倍数についての理解ができない53.数の大小を比較したり、順序どおりに並べたりすることに困難がみられるチェック習得学年a.100までの大小判断がすぐにできない1b.4位数までの大小判断がすぐにできない24.加法・減法の計算に困難がみられるチェック習得学年a.+、-、=などの記号の意味が理解できない1b.どういうときに加法を用いるかが理解できない1c.加法の計算の際に、集合同士で足さずに1から数え直す1d.加法の計算の手続きに誤りがみられる(例:2+3=4というように、加数の次の数を機械的に答えとする)1e.数の合成(2と3を一緒にすれば5)は理解できるが、分解(5は2といくつになるか)が理解できない1f.どういう時に減法を用いるか理解できない1g.減法の計算の手続きに誤りがみられる1h.繰り上がりのある加法の計算の手続きが理解できない1i.繰り下がりのある減法の計算の手続きが理解できない1j.1位数同士の計算でも30秒以上の時間がかかることがある1k.1位数同士の計算が暗算でできない1l.3つ以上の数の含まれる計算(例:10-9+6)ができない1m.2位数またはそれ以上の数の筆算の表記において、位を揃えることができない2n.2位数またはそれ以上の数の筆算の手続きに誤りがみられる(例:2位数同士の加法の筆算において、計算を左の桁から始めてしまう)2o.2位数同士の計算でも30秒以上の時間がかかることがある2p.加法と減法間の関係というように計算相互の関係が理解できない2図4学習領域スキル別つまずきチェックリスト「数と計算」の一部抜粋(文献5より引用)図5視空間認識に弱さのある児童の筆算の様子(文献5より引用)チェック〈Ⅱ.図形〉10.図形を理解したり、構成したりすることに困難がみられるチェック習得学年a.前後、左右、上下など、位置や空間の概念を表すことばの意味が理解できない1(2)b.形を構成したり、分解したりすることができない(例:はがいくつでできているかといった問題を解くことができない)1c.図形を模写することができない1d.図形の弁別ができない(例:似たような図形のグループの中から、同一の図形を探し出すことができない)1(2)(3)e.図形を構成する要素(例:辺、頂点、直径、半径)や構成要素間の関係が理解できない2f.三角定規やコンパスなどの器具を用いて図形を描き出すことができない3g.立方体や直方体といった立体図形について理解できない(例:頂点や面がいくつあるかがわからない)4h.立方体や直方体といった立体図形の展開図や見取り図などを描くことができない4*上付きカッコ内の数字(例:(3))は、その内容を扱う学年を示す。図6学習領域スキル別つまずきチェックリスト「図形」(文献5より引用)チェック〈Ⅲ.測定(1-3年生)/変化と関係(4-6年生)11.時刻や時間の概念の理解に困難がみられるチェック習得学年a.昨日、今日、明日、早い(前)、遅い(後)というような時間の概念を表すことばの意味が理解できない1b.時計を見て時刻が読めない1c.日、時、分などの理解ができない2(3)d.時間(時、分、秒)などの計算ができない312.量を比べたり、測ったりすることに困難がみられるチェック習得学年a.長さや重さといった量がどういうものかが理解できない1b.長さや重さなどの量を比較することができない(直接/関節比較/任意単位による測定を含む)1c.ものさしなどの計器のもつはたらきや目盛りの構造を理解することができない2d.角の大きさというものを理解したり、それを測定したりすることがきない413.量を表す単位の理解や換算に困難がみられるチェック習得学年(2)(3)a.量を表す基本単位(例:㎝、.、.)について理解できない2b.単位の換算(例:15㎝←→150㎜)ができない214.面積についての理解や面積を求めることが難しいチェック習得学年a.面積についての単位や、測定の意味が理解できない4b.面積を求めることができない415.体積についての理解や体積を求めることが難しいチェック習得学年a.体積についての単位や、測定の意味を理解することができない5b.体積を求めることができない516.速さについての理解や速さを求めることが難しいチェック習得学年a.速さの意味や、表し方について理解できない5b.速さを求めることができない5(3)*上付きカッコ内の数字(例:)は、その内容を扱う学年を示す。図7学習領域スキル別つまずきチェックリスト「測定/変化と関係」(文献5より引用)チェック〈Ⅳ.データの活用〉20.表やグラフの問題を解くのに困難がみられるチェック習得学年a.ものの個数について,簡単な絵や図などに表したり,それらを読み取ったりすることが難しい1b.表やグラフが何を表しているのか、どう読んだらよいのかわからない2c.表やグラフにまとめることができない221.平均に関する問題を解くのに困難がみられるチェック習得学年a.平均の意味について理解できない5b.平均を求めることができない5図8学習領域スキル別つまずきチェックリスト「データの活用」(文献5より引用)(17)あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025659図9学校でできる学習面のアセスメント(文献5より引用)とりあげたような「形を正しく捉え,空間に配置するといった視空間的な認識の問題」もあれば,「文字を書く際の運動機能の問題」,さらには「そもそも文字を読むことがむずかしく,結果として書くことにもつまずきを示す場合」など,さまざまな要因が考えられる.したがって「文字が正しく書けない」といった現象は同じであっても,背後の要因が異なれば,おのずとつまずきへのアプローチも異なってくる.そこで,なぜその子どものなかでつまずきが起きているのか,つまずきの要因として考えられること,いわゆるアセスメントが非常に重要になってくる.専門家によるアセスメントを待たずに,学校のなかでできるアセスメントはさまざまある(図9)5).これらのアセスメントを分析的な視点をもって解釈していくことが必要である.解釈の視点としては,「その子どもがどうしてつまずいているのかについて丁寧に把握すること(つまずきの要因の分析)」と同時に,「該当の課題を習得するためにはどういう力を備えておくことが必要なのかをとらえること(課題自体の分析)」が重要である.そこで,本稿のIIで述べてきたような,正しい「見え方」を必要とする課題が学習場面でどのように存在するかを把握しておくことは有用である.とくに各教科・領域を横断して,「見え方」に起因するつまずきの様相が子どもにみられた際には,つまずきの推定要因として「見え方」が一因にあるという確証が高まると考える.IV学びへのアクセス子どもたちが最初に学びに出会う場,つまり通常の学級において「学習活動への参加をスムーズにし,障害による障壁をなくし,児童生徒の能力を最大限に発揮できる状況を創り出せるか」,つまり「学びへのアクセス」が今後ますます求められる6).子どもの学習のつまずき要因として「見え方」が存在しているにもかかわらず,「ちゃんと見なさい」「よく見たらわかるはず」「丁寧に書きなさい」といった声かけ,すなわち,つまずきが本人の努力や気持ちの問題で解決できるかのような誤解で子どもを追い詰めてしまうことがないよう,適切に子どもの状態理解を行うことが不可欠である.660あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025(18)

神経発達症の診断と支援

2025年6月30日 月曜日

神経発達症の診断と支援DiagnosisandSupportforNeurodevelopmentalDisorders石崎朝世*はじめに米国精神医学会(AmericanPsychiatricAssocia-tion:APA)による「精神疾患の分類と診断の手引」(第5版)(DiagnosticandStatisticalManualofMentalDis-orders,5thedition:DSM-5)1)では,神経発達症は「発達期に発症する一群の疾患で,典型的には発達期早期,しばしば小中学校入学前に明らかとなり,個人的,社会的,学業,または職業における機能の障害を引き起こす発達の欠陥により特徴づけられる」と定義される.そのおもなものに,自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害(autisticspectrumdisorders:ASD),注意欠如多動症/注意欠如多動性障害(attentionde.cithyperac-tivitydisorder:ADHD),学習障害(DSM-5では限局性学習症/限局性学習障害),知的障害(DSM-5では知的発達症/知的発達障害)がある.そのほか,言語症/言語障害,語音症/語音障害,吃音,社会的コミュニケーション症/社会的コミュニケーション障害(明らかなこだわりがない軽い自閉スペクトラム症といってよい),発達性協調運動症/発達性協調運動障害,常同運動症/常同運動障害,チック症/チック障害がある.神経発達症のある者は,複数の神経発達症の特性があることが少なくない.おもな神経発達症の関係を図12)に示す.また,その特性が明らかな障害とはいえず,いわゆる性格の範囲であることもある.同一人でも,環境によっては障害と考えられるほどの症状になるが,そこまでにはならない場合もある.また,時代や地域によっても障害とされるかされないかが変わってくる.診断が偏見につながらないように配慮したこともあり,DSM-5の日本語訳では「神経発達症」と「神経発達障害」が併記された.本稿では,とくにASDとADHDについて,診断基準と理解あるかかわり方,環境の工夫をする際に参考となる基本的病態を記載する.また,特集の他項ではとりあげられていない知的障害についても記載する.I神経発達症のおもな特徴1.自閉スペクトラム症(ASD)DSM-5によるASDの診断基準(表1)1)は「コミュニケーションの問題・対人関係の問題」と「興味の限局,こだわり,常同行動」があることである.「感覚の過敏,鈍,並外れた興味」は必須項目ではないものの,多くのASDでは理解が必要である.感覚の過敏もさまざまで,一般に音に過敏(多くは赤ちゃんの泣き声が苦手)である.また,光に過敏な者も少なくなく,嗅覚や触覚の過敏もある.逆に,痛みや吐き気,満腹感,のどの渇きなど,身体の内部感覚には鈍感な者が少なくない.「想像力(見通しをつける力)の障害」は,DSM-5に明記されていないが特記すべき特性で,本人のつらさや不安,周囲の環境やかかわり方を考えるとき,十分な理解が必要である.基本的な病態としては,心の理論(人は自分と違った*AsayoIshizaki:発達協会王子クリニック〔別刷請求先〕石崎朝世:〒115-0044東京都北区赤羽南2-10-20発達協会王子クリニック(1)(5)6470910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1おもな神経発達症の関係(DSM-5による)(文献2より引用)文献2では,反抗挑発症は神経発達症群ではなく,秩序破壊的・衝動制御・素行症群に分類されている.表1DSM-5における自閉スペクトラム症(ASD)の診断基準A.社会でのコミュニケーションや対人交流の持続的な障害(1)社会での情緒的な相互交流の障害(2)社会的交流における非言語コミュニケーション行動の障害(3)人間関係を築いて保ち理解することの障害B.限られた反復されるパターンの行動や興味,活動(以下の項目のうち少なくとも二つに当てはまる)(1)型にはまった体の動き,物の使用や発話(2)同一性へのこだわり,決まった手順への融通の利かない固執,儀式化された言語もしくは非言語行動パターン(3)集中の深さや狭さが一般的でないほど非常に限られている大変強い興味・関心(4)感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ,もしくは周囲の環境の感覚的側面に対する並外れた興味C.症状は早期の発達段階までに発現していなければならない(が,社会的な要求が限られた能力を超えるまで全てが現れないかもしれない.もしくは後天的に学んだ対処法で見えなくなっているかもしれない)D.症状によって社会や職業またはその他の重要な分野で臨床的に重大な機能障害が起こっている(文献1をもとに作成)で,コミュニケーションや対人関係に関する問題を起こす.また,刺激への過敏とも関連する選択的注意(雑多な刺激のなかから必要な刺激を選別して認識する能力)の問題や時間感覚の違いがあり,これは時間の経過や因果関係がわかりづらい特性,先の見通しをつけたり,状況に合わせて急いだりすることができにくい特性につながる.一方で,特異的な記憶想起現象(タイムスリップ現象.突然過去の記憶を想い起して,そのでき事をあたかもつい先ほどのことのように扱うこと≒フラッシュバック)があり,十分な理解が必要である4).ただし,同じASDとされる者でも,特性の程度や過敏な感覚の種類,言語能力,人に対する関心の多寡はさまざまである.そして,なにかについて高い能力をもっている者も少なくない.かかわり方の工夫としては,医療現場で個々の特徴を理解し,とくに,本人が見通しをつけやすくわかりやすい環境を意識して,自尊心に配慮しながらも具体的な指示を行うことである.処置や検査が必要なときは,視覚的な手段を使って説明することも有効である.また,音や光,匂い,触覚(触られること)など刺激に対する過敏への配慮が必要である.加えて,医療体験がつらい思い出としてフラッシュバックしないようにする.ただし,必要なことは行って,満足感・達成感につながるようにするとよい.本人がつらく,発達の妨げにもなるような易刺激性・易興奮性に対して抗精神病薬や感情調整薬を,睡眠障害に対して睡眠薬を処方する場合もあるが,慎重に副作用に注意して行う.ただし,本人の発達や環境の変化によって薬物治療が不要になることも少なくない.2.注意欠如多動症(ADHD)DSM-51)によれば,ADHDは「複数の状況下における著しい不注意,多動衝動性で,能力の発揮や発達の妨げになっている状態」である.症状は12歳以下から現れているとされる.複数の状況下で症状がある点が重要である.症状の強さもその凸凹もさまざまである.診断基準を表21)に示す.基本的病態は,現在のところ,①実行機能の問題,②報酬系の問題,③時間処理の問題という三つの経路の問題と,安静時に活性化する④デフォルトモードネットワーク(用語解説参照)の切り替えの機能の悪さが想定されている5).①実行機能の問題:必要な情報を思い浮かべて課題を遂行する能力,問題を分析して行動を切り替えたり解決方法を再構築したりする能力,気分や覚醒レベルをコントロールする能力が低下する.②報酬系の問題:報酬系は欲求を満たしたときに「快」「満足感」の感情を生み出し,報酬獲得のための行動調整を行う脳部位で,意欲・動機・学習に関して重要な役割を担う.報酬系の機能が低下すると,少し先の報酬(遅延報酬)を考えた行動調節ができず,実行機能の問題とも関連して待つことや我慢することができなくなる.③時間処理の問題:実行機能の問題とも関連して,時間を考えた行動,見通しをもった行動ができにくく,段取りが悪い.④デフォルトモードネットワークの切り替えの機能の悪さ:行っている作業や学習とは関係が少ないさまざまなことを思い浮かべてしまう.以上の病態が考えられており,作用しているおもな脳部位が想定されている機能もあるが,それぞれが別個に存在するのではなく,脳内のネットワークにより,それぞれが関連しあって症状につながっていると考えられている.かかわり方の工夫としては,上記の基本病態を理解し,わかりやすく興味をもてるような説明をして注意を向け,必要なことを達成しやすいようにときには声かけや援助をして物事を成功させ,達成感や自信をもてるようにすることである.ADHDのある者は,その特性から,わがままで不まじめととらえられがちで怒られることが多く,自己肯定感が低くなりがちである.態度や言動を否定せずに,行うべきことを具体的に指示して,できたらほめるという工夫が必要である.ASDの項でも述べたように,環境やかかわり方の工夫をしても本人がつらく,発達の妨げにもなるような多動衝動性や不注意症状に対しては,抗ADHD薬を処方することもある.また,睡眠障害に対して睡眠薬を処方する場合もあるが,慎重に副作用に注意する.やはり,(7)あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025649表2DSM-5における注意欠如多動症(ADHD)の診断基準A1:以下の不注意症状が六つ(17歳以上では五つ)以上あり,6カ月以上にわたって持続している.・細やかな注意ができず,ケアレスミスをしやすい・注意を持続することが困難・上の空や注意散漫で,話をきちんと聞けないように見える・指示に従えず,宿題などの課題が果たせない・課題や活動を整理することができない・精神的努力の持続が必要な課題を嫌う・課題や活動に必要なものを忘れがちである・外部からの刺激で注意散漫となりやすい・日々の活動を忘れがちであるA2:以下の多動性/衝動性の症状が六つ(17歳以上では五つ)以上あり,6カ月以上にわたって持続している・着席中に,手足をもじもじしたり,そわそわした動きをしたりする・着席が期待されている場面で離席する・不適切な状況で走り回ったりよじ登ったりする・静かに遊んだり余暇を過ごすことができなかったりする・衝動に駆られて突き動かされるような感じがして,じっとしていることができない・しゃべりすぎる.・質問が終わる前にうっかり答えはじめる・順番待ちが苦手である・他の人の邪魔をしたり,割り込んだりするB:不注意,多動性/衝動性の症状のいくつかは12歳までに存在していたC:不注意,多動性/衝動性の症状のいくつかは二つ以上の環境(家庭・学校・職場・社交場面など)で存在しているD:症状が社会・学業・職業機能を損ねている明らかな証拠があるE:統合失調症や他の精神障害の経過で生じたのではなく,それらで説明することもできない(文献1をもとに作成)ASD・ミラーニューロンの問題(共感にも関係?)(人が動いたときに対応する脳の反応に問題があり,模倣がむずかしい)・心の理論(右図「アンとサリーの課題」参照)の障害により,人の心が推測できにくい・時間の流れがわかりにくく,場面,因果関係がつながりにくい・見通しのもちにくさと,それに関連する不安が大きい・固執,応用力のなさ・自己刺激で落ち着こうとするため,自傷につながる・常同行動・感覚の問題(過敏と鈍麻あるいは異質)・特別な記憶力,興味,能力ADHD実行機能の障害・抑制機能の障害(多動・衝動性・注意持続の障害)・必要なことを思い浮かべ,言葉で考え,話し,行動に移すことができにくい・気分,覚醒レベルのコントロールがむずかしい報酬系の問題・報酬の遅延に耐えられずに,衝動的に目の前の報酬を選択する→衝動的で我慢ができない→つい嘘をついてしまうこともある・わかりやすく,比較的大きな報酬でないと認知できにくい時間処理の問題・時間を考えて行動しにくい・実行機能の問題と絡み,段取りを立てにくいアンとサリーの課題自閉症の人は,帰ってきたサリーがビー玉を探すのはアンの箱であると答えてしまう.通常は4歳でこの問題を解けるといわれている.図2ASDとADHDの特記すべき病態と症状

序説:神経発達症と眼科医・視能訓練士の役割

2025年6月30日 月曜日

神経発達症と眼科医・視能訓練士の役割NeurodevelopmentalDisordersandtheRoleofOphthalmologistsandCerti.edOrthoptists佐藤美保*富田香**3歳児健診で視力不良のために眼科を受診する子どもに神経発達症が数多くみられる.平成24年度と令和4年度を比べると,義務教育段階の児童生徒数は1割減っているにもかかわらず,特別支援教育を受ける児童生徒数は2倍に増えており(図1),眼科の日常診察でも神経発達症の子どもの診療は避けて通れない状態になっている.神経発達症には,自閉スペクトラム症(autismspectrumdisorder:ASD),注意欠如多動症(atten-tionde.cithyperactivitydisorder:ADHD),限局性学習症(speci.clearningdisorder:SLD)の三つが含まれる.この三つがさまざまに合併することがあり,またASDやADHDでは知的発達症との合併も多い.それぞれに特徴があるが,すべてスペクトラムであり,定型発達に近い人から,明らかに特徴的な症状を呈する人まで,さまざまである.今回の特集「神経発達症と眼科医・視能訓練士の役割」では,多方面から神経発達症を理解できるように,眼科だけでなく小児科や教育関係のエキスパートの方々に執筆をお願いした.まず,根本的な神経発達症の診断と支援に関して,長い年月にわたり臨床の場で神経発達症の子どもたちにかかわってこられた小児科の石崎朝世先生に解説をお願いした.また,眼科でも相談を受けることの多い限局性学習症に関して,教育現場での状態,「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」に関する評価・アセスメントと支援について,見え方の問題を中心に明治学院大学心理学部の梅津亜希子先生に解説していただいた.限局性学習症を中心とする神経発達症の子どもの情報通信技術(informationandcommunicationtechnology:ICT)を活用した「読み」と「書き」の支援を始め,自治体などの地域での体制整備,教材アクセシビリティ確保の具体策などについては,東京大学先端科学技術研究センターの近藤武夫先生に執筆していただいた.作業療法士として,40年にわたり障害をもった子どもたちの療育に携わってこられた木村順先生には,「眼と手の協応」や「眼球運動の改善」への取り組みを通じて,「見る機能」が触覚,固有覚,前庭覚といった基礎的な感覚の上に成り立っていることついて詳しく解説していただいた.眼科からは,神経発達症児の視機能検査の実際に関して浜松市発達医療総合福祉センター眼科の徳田波津美先生と,浜松医科大学医学部附属病院眼科の古森美和先生に執筆していただいた.神経発達症児の検査に携わってこられた先生方ならではの,非常に実践的な解説になっており,日常診療にすぐに役立つ内容となっている.神経発達症の子どもは,眼*MihoSato:浜松医科大学医学部眼科学教室**KaoruTomita:平和眼科0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(1)643-200,000190,000180,000注意欠陥多動性障害170,000学習障害160,000150,000自閉症140,000情緒障害130,000120,000弱視,難聴,肢体不自由及び病弱・身体虚弱110,000言語障害100,00090,00080,00070,00060,00050,00040,00030,00020,00010,0000H5H10H15H16H17H18H19H20H21H22H23H24H25H26H27H28H29H30R1R2R3R4※ 令和2年.令和4年度の数値は,3月31日を基準とし,通年で通級による指導を実施した児重生徒数について調査.その他の年度の児童生徒数は年度5月1日現在.※ 「注意欠陥多動性障害」及び「学習障害」は,平成18年度から通級による指導の対象として学校教育法施行規則に規定し,併せて「自閉症」も平成18年度から対象として明示(平成17年度以前は主に「情緒障害」の通級による指導の対象として対応).※平成30年度から,国立・私立学校を含めて調査.※高等学校における通級による指導は平成30年度開始であることから,高等学校については平成30年度から計上.※ 小学校には義務教育学校前期課程,中学校には義務教育学校後期課程及び中等教育学校前期課程,高等学校には中等教育学校後期課程を含める.※ 令和4年度については,令和6年能登半島沖地震の影響を考慮して,石川県は国立学校のみ調査を実施し,公立・私立学校に関する調査は実施していない.(出典)通級による指導実施状況調査(文部科学省初等中等教育局特別支援教育課調べ)図1通級による指導を受けている児童生徒数の推移(障害種別)(文献1より引用)(3)あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025645