眼科でできる神経発達症児の視機能異常への対応HowOpthalmologistsCanAddressVisualFunctionAbnormalitiesinChildrenwithNeurodevelopmentalDisorders稲垣理佐子*佐藤美保*はじめに神経発達症児は,脳の働きの特性から認知や行動面に特徴を生じるが,眼症状を併せもつことも報告されている.Changらは,自閉スペクトラム症(autisticspec-trumdisorders:ASD)と診断され眼科を受診した患者のうち,屈折異常が42%,斜視が32%,弱視は19%であったと報告している1).一方で,ASDにはそれらの疾患のほかにも,読字や書字に困難を生じる限局性学習症(speci.clearningdisorder:SLD)や,感覚刺激に対する過敏さから,「チカチカする」「ちらちらする」など刺激によって生じる文字の読みづらさがうかがわれることがある.それらのように「見る」ことに支障をきたす場合には,小児科で神経発達症と診断されていなくても眼科を受診することがある.神経発達症の児は,検査への協力が困難だったり,眼鏡の装用を拒否したりすることから,適切な治療を受けていないことが考えられる.このような児に対して適切な屈折矯正,斜視治療を行い,視環境を整えて神経発達症児の学習を支えることが眼科医と視能訓練士の役割である.I眼科検査1.器質的疾患の除外眼科では,屈折検査,遠見,近見の視力検査,調節力検査,眼位検査,眼球運動検査(滑動性追従運動・衝動性眼球運動),輻湊検査,立体視検査を行う.さらに,前眼部から眼底に至るまでの眼科一般検査を行う.眼球に器質的異常や弱視の既往がないにもかかわらず矯正視力が不良な場合は,心因性視力障害を疑い,トリック法による視力検査で視力値の大きな変動の有無を確認する.それでも視力が出ない場合には,視野検査や電気生理検査,すなわち網膜電図(electroretinogram:ERG),視覚誘発電位(visualevokedpotential:VEP)といった精密検査を行う.間欠性外斜視があると,外斜視時には両眼視が崩れ,斜視が原因の読みの困難や作業の不自由が生じることもある.眼科的な疾患が原因で行動の不自由が表面化し,神経発達症の疑いと診断されることもある.まずは,器質的疾患の有無を評価し,対応をすることが重要である.2.読字困難が疑われる場合の検査眼科において小児の一般視力検査では,字ひとつ視力表で片眼ずつ最小分離域を測定している.字づまり視力検査を行わない場合,文字列が歪んで見える,文字どうしが重なって見えるというケースは判別できない.読字困難があったとしても,視力は良好とみなされ,読みにくさは見逃されることがある.しかし,現実の生活場面では,教科書の字も黒板の字も連なっている.実際,小児に年齢相応の教科書を音読させると,なかなか読みはじめなかったり,読みはじめたとしてもたどたどしく読みづらそうにしたりする.そこで,神経発達症が疑われる場合には,年齢相応の文章を音読させて評価するとよい.*RisakoInagaki&MihoSato:浜松医科大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕稲垣理佐子:〒431-3192静岡県浜松市中央区半田山1-20-1浜松医科大学医学部眼科学教室(1)(61)7030910-1810/25/\100/頁/JCOPYab図1カラーフィルター読み材料の上に置いて紙面からの反射を軽減する.Cc図2東海光学のSTGフルトライアルキットa:CCP400NL.Cb:CCPUG.Cc:CCP400SA.眼の前にかざし,自覚的によい色を選択する.図3グリーンノート紙面からの反射が白地より和らげられる.がみられ,輻湊は不良であった.滑動性追従運動,衝動性眼球運動には異常がなかった.立体視検査(.ystereotest)はCFly(+),Animal(1/3),Circle(3/9)であった.前眼部,中間透光体には異常はなかった.未熟児のため,眼底はしばらく経過観察を受けていたが,現在まで異常を認めていない.C20Δ以上の外斜視があり,屋外での球技が不得手なのは斜視が原因でも起こること,また,保護者から斜視手術の希望があったことから,斜視手術を予約し,手術までの間は家庭での輻湊訓練を指示した.CX+7カ月後,眼位検査はCAPCTで遠見はC8CΔ外斜位,近見はC12CΔ外斜位と斜視角が減少していた.立体視はFly(+),Animal(3/3),Circle(6/9)となった.家では輻湊訓練を熱心に行い,眼位は遠見でも斜位を保てるようになり,立体視も良好となった.書字では枠からはみ出すことがなくなった.屋外でのボール遊びも支障はなくなり,斜視の手術はキャンセルとなった.神経発達症の疑いといわれたが,20CΔ以上の間欠性外斜視があり,屋外ではとくに眼位をコントロールすることがむずかしく,球技が苦手であったと思われた.両眼視は可能であったが,疲労などから両眼視が崩れ,枠から字がはみ出すといった症状が現れたと考える.また,早産児のため月齢がほかの子どもよりも遅れていたことから動作が遅く,それが神経発達症疑いと診断されたのではないかと推測している.まずは,眼科で視機能評価を行い,眼科的に異常がないことを確かめることが重要であると思われた症例である.[症例2]プリズム眼鏡装用で改善した例14歳,男性.6歳C6カ月で近医眼科より外斜視で筆者の施設へ紹介され,経過観察をしていた.小児科では軽度の神経発達症を指摘されていた.視力は右眼C1.5(矯正不能),左眼C1.2(矯正不能),眼位検査はCAPCTで遠見C30CΔ外斜視,近見C30CΔ間欠性外斜視であった.近見眼位はほとんど外斜視であったが,立体視検査では斜位を保つことができ,Fly(+),Animal(2/3),Circle(4/9)であった.眼球運動検査では滑動性追従運動,衝動性眼球運動とも異常はなかったが,輻湊は不良だった.前眼部,中間透光体,眼底に異常はなかった.斜視手術の希望がなかったため経過観察をしていた.X+2年後,読み飛ばしが多く,ちらちらして見えにくいと訴えがあった.そこで,タイポスコープとカラーフィルターを紹介した.また,東海光学のCCCP400NAを処方し,遮光眼鏡を試みて家庭での輻湊訓練も指示した.CX+7年後,中学校では数学やほかの教科での不自由はなかったが,長文を読むことが困難で読解問題ができないとの訴えがあった.以前に処方したタイポスコープ,カラーフィルター,遮光眼鏡は使用していなかった.間欠性外斜視もあったため,組み込みプリズム(右眼2Δ,左眼C2CΔ)をCbaseinに装用したところ,読書もできるようになり,快適に過ごせるようになった.症例C1,2とも間欠性外斜視が原因で読字困難が生じていたと思われる.カラーフィルターも遮光眼鏡も適応ではなく,輻湊訓練やプリズム眼鏡の装用で症状が改善した.まずは,眼科での器質的疾患への対応が必要と思われた症例である.[症例3]音声ソフトと遮光眼鏡で改善した例8歳,女児.3歳C2カ月から内斜視で筆者らの施設に通院していた.8歳ごろから文章の行や字を飛ばして読んだり,ひらがなを書くときに文字が右に寄ってしまったりと,空間をとらえることがむずかしいなどの訴えがあり,ロービジョン外来の紹介となった.遠見視力は右眼C1.2(矯正不能)左眼C1.2(矯正不能),近見視力は右眼1.0(矯正不能)左眼C1.0(矯正不能),眼位は正位,眼球運動検査では滑動性追従運動,衝動性眼球運動,輻湊ともに異常はなかった.前眼部,中間透光体,眼底にも異常はなかった.防災無線や火事,地震のサイレンなど大きな音は苦手だが,読書よりも音声での理解が得意で,文章は保護者や教師が読めばC7割ぐらいは理解できていた.そこで,保護者がはじめに音読し,予習をすることを説明した.九九も音で覚えた.また,UDブラウザを使用して音声変換できる教科書を紹介した.音声での学習は効果的であったが,保護者からはすべて音声で補うことはむずかしいため,何とか読字もできる手段はないかとの訴えがあり,カラーフィルターと遮光眼鏡を試みた.遮光眼鏡のトライアルでは緑系と黄色系を選択した.カラーフィルターも,緑系を好んだため(63)あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025C705図4小児用のオーバーグラス眼鏡の上からも装用でき,側方からの光も軽減できる.表1症例4の器具ごとの読み速度の比較1回目(文字/分)2回目(文字/分)1.眼鏡のみC154C1962.眼鏡+リーディングルーラーC193C─3.眼鏡+拡大文字C195C─4.眼鏡+遮光眼鏡CUGC228C─5.眼鏡+緑フィルターC237C240眼鏡のみよりも,遮光眼鏡や緑フィルターを使用したほうが読み速度が向上した.Cabc※MNREAD-Jによる検査で実際に使用される文章は非公開が望ましいとされるため,上記a~cには代替としてMNREAD-Jの練習用の文章を入れている.図5症例5のMNREAD-Jによる検査結果a:MNREAD-Jの文章(漢字あり).b:白地に黒字ではCaの漢字が「●」に見えた.Cc:黒地に白字ではCaの漢字が「○」に見えた.=’C