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緑内障患者の日常生活困難度と両眼視野

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1281.1285,2012c緑内障患者の日常生活困難度と両眼視野水木健二*1,2山崎芳夫*1早水扶公子*1*1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野*2春日部市立病院眼科DailyLivingDisabilityandBinocularVisualFieldExaminationinPatientswithGlaucomaKenjiMizuki1,2),YoshioYamazaki1)andFukukoHayamizu1)1)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualScience,NihonUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,KasukabeCityHospital目的:緑内障患者の日常生活困難度と両眼視野との関係を検討する.対象および方法:重度視野障害を有する緑内障患者46例に対し,30項目からなる日常生活困難度の調査を行い,スコアを求めた.Humphreyfieldanalyser(HFA)のEsterman両眼開放視野を測定しEstermanスコアを算出した.同様に中心24-2プログラムと中心10-2プログラムを行い,bestlocationmodelにより両眼加算視野を作成し,平均totaldeviation(TD)を求めた.結果:日常生活困難度スコアとEstermanスコアとのSpearman順位相関係数はr2=0.124(p=0.017),HFA24-2両眼加算視野の平均TDはr2=0.171(p=0.004),HFA10-2両眼加算視野の平均TDはr2=0.242(p=0.001)であった.結論:重度視野障害を有する緑内障の日常生活困難度には中心10°以内の視野障害が影響する.Purpose:Toevaluatetherelationshipbetweendailylivingdisabilityandbinocularvisualfieldexaminationinpatientswithglaucoma.SubjectsandMethods:Weexamined46patientswithglaucomawithseverevisualfielddefects.Dailylivingdisabilitywasassessedusingaquestionnaireconsistingof30questions.ThebinocularEster-manvisualfieldtestwasperformedwithaHumphreyfieldanalyzer(HFA).Thebinocularcompositionvisualfieldsofcentral24-2andcentral10-2fieldsofHFAwerecalculatedusingthosemonocularvisualfieldsaccordingtothebestlocationmodel.Therelationshipamongdailylivingdisabilityscore,Estermanscore,andmeantotaldeviation(mTD)ofbinocularcompositionvisualfields.Results:ThedailylivingdisabilityscorewassignificantlycorrelatedtotheEstermanscore(r2=0.124,p=0.017),mTDofbinocularcompositioncentral24-2field(r2=0.171,p=0.004),andcentral10-2fields(r2=0.242,p=0.001).Conclusions:Theseresultssuggestthatvisualfielddamagewithincentral10-degreesstronglyaffecteddailylivinginpatientswithsevereglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1281.1285,2012〕Keywords:緑内障,日常生活困難度,Esterman視野,両眼加算視野,Humphrey視野計.glaucoma,dialylivingdisability,Estermanvisualfield,binocularcompositionvisualfield,Humphreyfieldanalyzer.はじめに緑内障は適切に治療されなければ失明に至る重篤な視機能障害をもたらす疾患である.平成17年度厚生労働省難治性疾患研究報告書「網脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究」1)において,緑内障が視覚障害の原因の第1位を占めることが明らかにされている.平成7年の身体障害者福祉法改正により視力障害認定基準に視野障害の重み付けが増し,視覚障害者に占める緑内障患者数は急増している2).同時に,身体障害者のqualityoflife(QOL)の改善を目的とする調査が行われるようになり,緑内障患者については日常生活活動困難度に影響する視野障害重症度の評価が求められている.Estermanが考案した両眼開放視野は片眼ずつの視野検査よりQOLと相関があることが報告され3),その後,Crabbらにより自動視野計の静的閾値検査結果の左右眼を重ね合わせた両眼加算視野が提唱されている4)が,緑内障患者のQOLの評価について,両眼視野の検査法別の比較検討の報告はない.今回,筆者らは緑内障患者を対象にQOLアンケートを行うとともに,両眼開放視野と両眼加算視野の関連について検討を行ったので報告する.〔別刷請求先〕山崎芳夫:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野Reprintrequests:YoshioYamazaki,M.D.,DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualScience,NihonUniversitySchoolofMedicine,30-1Oyaguchikami-machi,Itabashi-ku,Tokyo173-8610,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(105)1281 I対象および方法対象は,日本大学医学部附属板橋病院にて経過観察中の緑内障患者から,本研究参加に書面で同意が得られた視野障害重度の後期緑内障患者46例である.症例の選択基準は,①少なくとも1眼がHumphreyfieldanalyser(HFA,Zeiss,Dublin,CA,USA)中心24-2プログラム(HFA24-2)のmeandeviation(MD)が.20decibel(dB)以下,②矯正視力が両眼とも0.5以上(対数視力0.57以下),③眼位異常も含め緑内障以外の視野に影響を及ぼす眼疾患のないもの,とした.対象の年齢は65±11歳(平均±標準偏差),レンジは39.85歳,男性39例,女性7例である.緑内障の病型は原発開放隅角緑内障(狭義)が28例,正常眼圧緑内障が13例,.性緑内障が2例,発達緑内障が2例,続発緑内障が1例で表1日常生活困難度質問項目1020304070506080図1Esterman両眼開放視野の検査点Ⅰ文字の読み書きについて1新聞の見出しの大きい文字は読めますか読めない・読みづらい・読める2新聞の細かい文字は読めますか読めない・読みづらい・読める3辞書の細かい文字は読めますか読めない・読みづらい・読める4電話帳はひけますかひけない・ひきづらい・ひける5電車の料金表は見えますか見えない・見づらい・見えるⅡ文章の読み書きについて6文章の読み書きに不自由を感じますかよく感じる・時々感じる・感じない7縦書きの文章を書くと曲がることがありますかよくある・時々ある・ない8文章を一行読んだ後,次の行がすぐ見つかりますか見つからない・見つけづらい・見つかるⅢ家の近所の外出について9一人で散歩はできますかできない・しづらい・できる10見づらくて歩きづらいことがありますかよくある・時々ある・ない11信号を見落とすことはありますかよくある・時々ある・ない12歩行中,人やものにぶつかることがありますかよくある・時々ある・ない13階段につまづくことはありますかよくある・時々ある・ない14段差に気づかないことはありますかよくある・時々ある・ない15知人とすれ違っても,相手から声をかけられていないとわからないことはありますかよくある・時々ある・ない16人や走行中の車が脇から近づいてくるのが見えないことがありますかよくある・時々ある・ないⅣ交通機関(電車,バス,タクシー)を利用した外出について17見づらくて外出に不自由を感じることはありますかよくある・時々ある・ない18知らない所へ外出する時,付き添いが必要ですか必要・いたほうがいい・必要ない19タクシーは拾えますか拾えない・拾いづらい・拾える20電車やバスでの移動に不自由を感じますかよく感じる・時々感じる・感じない21夜間の外出は見づらくて不安を感じますかよく感じる・時々感じる・感じないⅤ食事について22見づらくて食事に不自由を感じることはありますかよく感じる・時々感じる・感じない23見づらくて食べこぼしてしまうことがありますかよくある・時々ある・ない24お茶を注ぐとき,こぼしてしまうことがありますかよくある・時々ある・ない25おはしでおかずをつかみ損ねることがありますかよくある・時々ある・ないⅥ整容について26下着の表と裏を間違えることはありますかよくある・時々ある・ない27鏡で自分の顔は見えますか見えない・見づらい・見えるⅦその他28テレビは見えますか見えない・見づらい・見える29床に落とした物を探すのに苦労することがありますかよくある・時々ある・ない30電話に顔を近づけないとかけづらいことがありますかよくある・時々ある・ない1282あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(106) あった.視野検査はHFAを用い,両眼開放下でEsterman両眼開放視野を行った後,HFA24-2とHFA中心10-2プログラム(HFA10-2)を片眼ずつ施行した.Esterman両眼開放視野は,図1に示すように日常生活上重要な視野領域に重み付けを行い,下方,中心,赤道経線上により多くの検査点が配置されており,左右80°,上方50°,下方70°の範囲に合計120点の測定点からなる3).HFAには両眼同時測定用の矯正レンズ枠がないため,Esterman両眼開放視野検査は色付きレンズを除き,日常装用している多焦点,もしくは単焦点レンズを眼鏡装用下で行った.測定条件は,刺激視標サイズはGoldmannIII,刺激輝度は10dBの単一輝度である.反応がなかった点を再度刺激し,2回目で反応がない点を暗点と判定した.120点の測定点に対して反応があった点の数を百分率表示しEstermanスコアとした.HFA24-2とHFA10-2は近方視力完全矯正下で右眼,左眼の順に測定した.測定条件は,刺激視標サイズはGoldmannIII,検査ストラテジはSwedishInteractiveThresholdAlgorithm(SITA)-Standard(SITA-standard)を用い,測定点の感度閾値を求めた.HFA24-2は中心視野30°以内に測定点54点,HFA10-2は中心視野10°以内に測定点68点の左右眼の対応する感度閾値を比較し,良好な感度閾値を各測定点の感度閾値と定義し(bestlocationmodel),両眼加算視野を作成した4).両眼加算視野の測定点はHFA24-2は左右眼で重複しない2点を除外した52点,HFA10-2では全点が対応し68点である.両眼加算視野の評価は各測定点のtotaldeviation(TD)から,患者ごとに平均TDを算出した.日常生活活動困難度のアンケート調査はSumiら5)の考案した生活不自由度問診表を用いた.質問項目は文字・文章の読み書き,近所の歩行外出,交通機関の利用,食事,着衣・整容,その他の7項目30問で構成され(表1),各問について不自由度に応じて「支障なし」を0点,「やや困難」を1QOLスコア項目(満点)文字の読み書き(10)文章の読み書き(6)近所の外出歩行(16)図2QOLスコア交通機関の利用(10)項目別分布食事(8)整容(4)その他(6)点,「困難」を2点とした3段階に点数化し,QOLスコアとした.すなわち,全項目で支障なしは0点,すべて困難の場合は60点である.QOLスコアとEstermanスコア,HFA24-2およびHFA10-2の両眼加算視野の平均TDについて,Spearman順位相関係数を求め,緑内障患者のQOLと両眼視野の検査法別の関係について検討した.また,対数視力両眼和についても同様の検討を行った.本研究は,日本大学医学部附属板橋病院臨床研究委員会の承認を得て実施した.II結果全患者46例のQOLスコア値は9±9点(0.34点)であった.QOLスコアの項目別分布を図2に示す.項目別には近所の外出歩行の不自由度の訴えが最も多く,ついで文章の読み書き,文字の読み書きの順であった.Estermanスコアは79±17点(29.97),両眼加算視野の平均TDは,HFA24-2が.14.8±7.3dB(.27.8.0.2),HFA10-2が.13.2±8.0dB(.31.5.0.9)であった.対数視力両眼和は0.16±0.41(.0.24.1.16)であった.QOLスコアと各両眼視野検査結果との相関関係を図3に示す.Estermanスコアはr2=0.124(p=0.017)(図3a)HFA24-2両眼加算視野の平均TDはr2=0.171(p=0.004)(,)(図3b),HFA10-2両眼加算視野の平均TDはr2=0.242(p=0.001)(図3c)であった.QOLスコアの項目別の相関関係は,Estermanスコアは近所の歩行外出(r2=0.121,p=0.018),食事(r2=0.120,p=0.018)の2項目と有意な相関があった.HFA24-2両眼加算視野の平均TDは,文字の読み書き(r2=0.112,p=0.023),近所の歩行外出(r2=0.167,p=0.005),食事(r2=0.149,p=0.008),その他(r2=0.155,p=0.007)の4項目と有意な相関を示した.HFA10-2両眼加算視野の平均TDは文字の読み書き(r2=0.166,p=0%10%20%30%40%50%60%70%80%90%100%項目別スコア::0点■:1点■:2点■:3点■:4点■:5点■:6点■:8点■:9点■:10点■:12点(107)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121283 a:Esterman両眼開放視野605040302010060504030201006050403020100-30.0-20.0-10.00HFA10-2両眼加算視野平均TD(dB)Estermanスコア(点)r2=0.124p=0.017n=46c:HFA10-2両眼加算視野020406080100HFA24-2両眼加算視野平均TD(dB)r2=0.171p=0.004n=46-30.0-20.0-10.00r2=0.242p=0.001n=46b:HFA24-2両眼加算視野図3QOLスコアと各両眼視野結果との相関関係r2:Spearman順位相関係数,p:有意水準.0.005),近所の歩行外出(r2=0.195,p=0.002),交通機関の利用(r2=0.225,p=0.001),食事(r2=0.194,p=0.002),その他(r2=0.329,p=0.000)の5項目と有意な相関を認めた(表2).対数視力両眼和とQOLスコアとの有意な相関はなかった(r2=0.069,p=0.083).対数視力両眼和と各両眼視野検査結果との相関関係は,Estermanスコアがr2=0.002(p=0.742),HFA24-2両眼加算視野の平均TDはr2=0.019(p=0.370)HFA10-2両眼加算視野の平均TDはr2=0.147(p=0.009)(,)であった.1284あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012QOLスコア(点)QOLスコア(点)QOLスコア(点)表2QOLスコア項目と両眼視野検査結果の相関EstermanスコアHFA24-2両眼加算視野平均TDHFA10-2両眼加算視野平均TD文字の読み書き文章の読み書き近所の歩行外出交通機関の利用食事整容その他0.078(0.060)0.029(0.255)0.121(0.018)0.067(0.084)0.120(0.018)0.018(0.378)0.029(0.260)0.112(0.112)0.028(0.266)0.167(0.005)0.058(0.107)0.149(0.008)0.028(0.264)0.155(0.007)0.166(0.166)0.056(0.113)0.195(0.002)0.225(0.001)0.194(0.002)0.073(0.069)0.329(0.000)Spearman順位相関係数:r2(有意水準).なお,質問票の信頼性と妥当性について算出したCronbacha係数は0.937であった.III考按わが国の身体障害者に対する福祉行政は,昭和24年に制定,翌年に施行された身体障害者福祉法に始まる.同法の視覚障害認定基準は視力障害を中心に定められていたが,平成7年の法改正より,中心視野障害が日常生活活動において重要な役割をもつことから視能率の概念が認定基準に導入された.同時に法改正により,身体障害者のQOLの改善を目的に日常生活活動の調査が行われるようになり,緑内障患者については日常生活活動困難度に影響する視野障害重症度の評価が注目されている.しかし,同法の認定基準はGoldmann動的視野計を用いた単眼視野を基本とし,現在眼科臨床の視野検査の汎用機である静的自動視野計ではない.そこで,HFAを用いた両眼視野と日常生活困難度について検討した.今回の結果では,緑内障患者のQOLスコアとの関係はHFA10-2の両眼加算視野の平均TDが最も相関が強く,ついでHFA24-2の両眼加算視野の平均TDで,Esterman両眼開放視野スコアは有意な相関を示すが関係は弱いことが示された.また,QOL質問票の項目別スコアとの関係はHFA10-2の両眼加算視野平均TDが5項目,HFA24-2の両眼加算視野平均TDは4項目,Esterman両眼開放視野スコアは2項目であり,本研究で用いたQOLアンケートでは,中心視野10°以内の障害が緑内障患者の日常生活困難度に影響を及ぼしていることが明らかとなった.藤田ら6)は緑内障患者多数例を対象に10項目のQOL質問とEsterman両眼開放視野を行い,本結果と比較して良好な相関関係を示し,その有用性を述べている.しかし,その対象には視力不良者や視野不良者が多数含まれている.本研究(108) では静的視野検査を施行するため,中心固視が困難な視力不良者は含まれていない.したがって,対象となる患者集団の臨床背景によりQOLスコアと各両眼視野検査の結果との相関は異なると思われる.また,同様に対数視力両眼和とQOLスコアとの間に有意な相関はなかった.山縣ら7)は,Goldmann視野計を用いたEsterman両眼開放視野は視野障害者の移動や歩行の困難度の評価に適すると報告し,藤田ら6)もEstermanスコアは屋内行動よりも屋外行動との相関が強いと述べている.本研究結果でもEstermanスコアと歩行困難度は有意な相関を示しており,周辺視野の狭窄は移動や歩行に大きく影響することが確認された.両眼加算視野ではHFA10-2の平均TDがHFA24-2の平均TDよりもQOLスコアとの相関係数が高く,Sumiら5)の報告と同様に,中心視野障害が緑内障患者のQOLと強い関係があることが明らかとなった.視野内の部位と機能的役割については,明確にされておらず推測の域を出ないが,文字や文章の読み書き,食事など屋内での日常活動には中心視野が重要な役割をもち,屋外の行動には中心と周辺を含めた視野全体が関与すると思われる.両眼視野は左右眼の視野を重ね合わせることにより単眼よりも視野が広がると同時に,各眼共通の視野で重なり合う部位は,両眼相互作用の働きであるbinocularsummationにより単眼視よりも網膜感度が増強されることが知られている.Nelson-Quiggら8)は,両眼視感度閾値(binocularsensitivity:BS)について右眼感度閾値(SR)と左眼感度閾値(SL)との間に(BS)2=(SR)2+(SL)2の関係が成立すると仮定したbinocularsummationmodelを構築し,本研究で用いたbestlocationmodelによる両眼加算視野と実測値を比較し,binocularsummationmodelのほうがbestlocationmodelよりも優れているが,両モデル間に有意差はなく,ともに実測値ときわめて近似すると述べている.しかし,binocularsummationの働きは,正常眼や緑内障以外の視野障害例では認めるものの,緑内障眼では成立しないことが報告9,10)されており,緑内障患者についての両眼加重視野の評価は今後の検討課題である.身体障害者福祉法改正により導入された視能率は動的視野の45°ごとの8経線の角度を合計し正常角度の合計で除して算出される.日常生活にとって重要な中心視野や下方視野に比重がおかれていないため,生活不自由度との乖離が指摘されている7).今後,重度の視野障害患者の適切なQOL評価に向け,自動視野計を用いた両眼視野と日常生活困難度との関係について詳細な検討が必要である.文献1)中江公裕,小暮文雄,増田寛次郎ほか:日本における視覚障害の現況.網脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究.平成17年度厚生労働省難治性疾患研究報告書,p263-267,20062)平成18年身体障害児・者実態調査結果.厚生労働省,20073)EstermanB:Functionalscoringofthebinocularfield.Ophthalmology89:1226-1234,19824)CrabbDP,ViswanathanAC,McNaughtAIetal:Simulatingbinocularvisualfieldstatusinglaucoma.BrJOphthalmol82:1236-1241,19985)SumiI,ShiratoS,MatsumotoSetal:Therelationshipbetweenvisualfielddisabilityandvisualfieldinpatientswithglaucoma.Ophthalmology110:332-339,20036)藤田京子,安田典子,中元兼二ほか:緑内障患者における日常生活困難度と両眼開放視野.日眼会誌112:447-450,20087)山縣祥隆,寺田木綿子,鈴木温ほか:視野障害患者の移動困難度評価におけるEstermandisabilityscoreの有用性に関する臨床統計学的研究.日眼会誌114:14-22,20108)Nelson-QuiggJM,CelloK,JohnsonCA:Predictingbinocularvisualfieldsensitivityfrommonocularvisualfieldresults.InvestOphthalmolVisSci41:2212-2221,20009)CalabriaG,CaprisP,BurtoloC:Investigationsofspacebehaviorofglaucomatouspeoplewithextensivevisualfieldloss.DocOphthalmolProSer35:205-210,198310)MillsRP,DranceSM:Estermandiabilityratinginsevereglaucoma.Ophthalmology93:371-378,1986***(109)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121285

落屑緑内障に対する再度の線維柱帯切開術の成績

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1276.1280,2012c落屑緑内障に対する再度の線維柱帯切開術の成績竹下弘伸山本佳乃越山健山川良治久留米大学医学部眼科学講座SurgicalOutcomeofRepeatTrabeculotomyforExfoliationGlaucomaHironobuTakeshita,YoshinoYamamoto,TakeshiKoshiyamaandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine目的:落屑緑内障に対する線維柱帯切開術(trabeculotomy:LOT)後の眼圧上昇に対し再度LOTを施行した症例について検討した.対象および方法:落屑緑内障に対し初回LOTを施行した285眼のうち,再LOTを施行し術後3カ月以上経過観察が可能であった症例24例26眼(白内障同時手術8眼,LOT単独18眼)を対象とした.初回LOTから再手術LOTまでの期間は平均49.7±27.7カ月,再手術後の観察期間は平均19.8±22.5カ月であった.再LOTは,初回LOT後に少なくとも1年以上眼圧下降効果が得られていた症例に行った.結果:再LOT後の眼圧および薬剤スコアは,術前と比較して有意に下降した(p<0.05).眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率(18カ月)は76.2%であった.追加処置が必要であった合併症は1眼のみであった.結論:落屑緑内障において初回LOT後の再LOTは,重篤な合併症はみられず眼圧下降が得られたPurpose:Toevaluatethesurgicaloutcomeofrepeattrabeculotomy(LOT)forexfoliationglaucoma.Methods:InitialLOTwasperformedin285eyes,ofwhich26eyes(24cases)requiredrepeatLOT.AverageperiodbetweeninitialandrepeatLOTwas49.7±27.7months;follow-upperiodwas19.8±22.5months.Intraocularpressure(IOP)hadbeencontrolledforatleastoneyearafterinitialLOT.Results:IOPandmedicationscoreafterrepeatLOTdecreasedsignificantlycomparedwithbeforesurgery(p<0.05).Kaplan-Meiersurvivalanalysisshowedthesuccessrate(IOP≦20mmHg)at18monthstobe76.2%.Oneeyehadacomplicationrequiringadditionalprocedure.Conclusions:Inexfoliationglaucoma,withIOPcontrolledforatleastoneyearafterinitialLOT,repeatLOThadIOP-loweringeffectwithoutseriouscomplications.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1276.1280,2012〕Keywords:落屑緑内障,線維柱帯切開術,再手術,眼圧,生存率.exfoliationglaucoma,trabeculotomy,repeattrabeculotomy,intraocularpressure,survivalrate.はじめに落屑緑内障は,高齢者に多く,発見時すでに高眼圧と進行した視機能障害を有する症例が多いとされており,治療に関しても薬剤抵抗性で外科的な治療を必要とすることが多く,予後不良の症例も少なくない1).落屑緑内障に対する初回手術として線維柱帯切開術(trabeculotomy:LOT)が有効であることは多数報告されており2.4),当院においても落屑緑内障に対する初回手術はLOTを標準術式としている.しかし,本疾患に有効とされているLOT後の成績も長期経過では眼圧下降効果は減弱し眼圧コントロールが再度不良となってくることがあり,再手術が必要となった場合,術式選択に苦慮することがある.そこで,今回,初回手術としてLOT(単独手術もしくは白内障同時手術)の落屑緑内障に対し再手術として再度LOT(単独手術もしくは白内障同時手術)を施行した症例の術後成績をretrospectiveに検討した.I対象および方法対象は1999年2月から2009年12月までに,落屑緑内障に対し初回LOTを行った285眼(白内障同時手術165眼,LOT単独120眼)のうち,再LOTを施行し術後3カ月以上経過観察が可能であった症例24例26眼(白内障同時手術8眼,LOT単独18眼)である.男性14例15眼,女性10例〔別刷請求先〕竹下弘伸:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学講座Reprintrequests:HironobuTakeshita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPAN127612761276あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(100)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 11眼,再LOT時の平均年齢は73.1±9.1歳,初回LOTから再手術LOTまでの期間は平均49.7±27.7カ月,再手術後の観察期間は平均19.8±22.5カ月であった.再手術時の再LOTの選択基準は,初回LOT後に少なくとも1年以上,緑内障点眼薬の使用を含め眼圧20mmHg以下にコントロールされていたが,その後に眼圧が21mmHg以上に再上昇した場合を再LOTの適応とした.なお,急激な視野狭窄の進行を認めていた場合には線維柱帯切除術(trabeculectomy:LECT)を行った.初回手術としてLOTおよび白内障同時手術を施行し,再手術としてLOT単独手術を施行したものをA群,すでに白内障手術後で初回LOTを単独で施行し,再手術として再度LOT単独手術を施行したものをB群,初回手術としてLOTを単独で施行し,再手術としてLOTおよび白内障同時手術を施行したものをC群とした.A群11眼,B群7眼,C群8眼であった.対象の内訳を表1に示し,対象の背景を表2に示す.平均年齢はA群,B群に比べC群で有意に若かっ表1対象の内訳既往手術初回LOT再LOTA群─LOT+PEA+IOLLOT単独B群PEA+IOLLOT単独LOT単独C群─LOT単独LOT+PEA+IOLLOT:線維柱帯切開術,PEA+IOL:超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術.た(p<0.05).症例数,再LOTまでの期間,術後観察期間は各群に有意差はなかった.手術方法は,初回LOTを白内障同時手術で同一創より施行した症例では,再手術として耳側もしくは鼻側の下方象限よりLOTを施行した.初回LOTを下方象限より施行した症例では,その対側の下方象限より再LOTを施行した.なお,白内障同時手術では超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)および眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を角膜切開で行い,LOTにおいてはsinusotomyおよびdeepsclerectomyの両方またはいずれかを併用した.術後は,前房内に逆流した血液がSchlemm管内壁切開部を覆い,流出路障害を起こさないように,術創を避ける方向に側臥位をとらせた.検討項目は再LOT後の眼圧経過,薬剤スコア,生存率,合併症,視力,湖崎分類での視野の経過を検討した.薬剤スコアは緑内障点眼1剤を1点,炭酸脱水酵素阻害薬の内服を2点と換算した.生存率はKaplan-Meier生命表法を用い,2回連続で眼圧が20mmHgを超えた時点,炭酸脱水酵素阻害薬内服を追加した時点,再手術を追加した時点を死亡と定義した.II結果再LOT前後の全体における眼圧経過を図1に示す.再LOT前の平均眼圧は,28.1±5.9mmHgであった.再LOT後の平均眼圧は,術後24カ月まで有意な眼圧下降していた表2対象の背景全体A群B群C群眼数平均年齢(歳)再LOTまでの期間(月)観察期間(月)2673.1±9.149.7±27.719.8±17.81177.3±4.859.0±32.719.8±22.5775.6±9.942.0±23.514.8±7.1865.1±8.3*43.7±22.724.2±17.7*p<0.05(Mann-Whitney検定).4035302520151050術前13******眼圧(mmHg)n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26術前136121824眼圧(mmHg):A群:B群:C群*********40353025201510506121824観察期間(月)観察期間(月)図1眼圧経過(全体)図2眼圧経過(群別)術後24カ月まで眼圧は有意に下降した(Wilcoxonsigned-A群およびC群において術後18カ月時点まで有意に眼圧下降ranktest:p<0.05).していた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05)が,B群では再LOT後3カ月以降の有意な眼圧下降はなかった.(101)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121277 76543210薬剤スコア(点)******n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26薬剤スコア(点)*********:A群:B群:C群7654321076543210薬剤スコア(点)******n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26薬剤スコア(点)*********:A群:B群:C群76543210術前136121824術前1361218観察期間(月)観察期間(月)図3薬剤スコア(全体)図4薬剤スコア(群別)平均薬剤スコアは24カ月時点まで有意な薬剤スコアの減少をA群およびC群では経過中再LOT前と比較して有意に減少し認めた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).ていた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).B群では術後3カ月以降の有意な薬剤スコアの減少はなかった.10076.2%A群100%C群83%B群43%10080生存率(%)8060生存率(%)60404020006121824観察期間(月)図5生存率(全体)眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点で76.2%であった.(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).再LOT前後の群別における眼圧経過を図2に示す.再LOT前の全体における平均眼圧は,A群29.6±6.5mmHg,B群28.1±2.4mmHg,C群26.0±6.9mmHgであった.再LOT後の平均眼圧は,A群およびC群において術後18カ月時点まで有意に眼圧下20006121824観察期間(月)図6生存率(群別)眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点でA群100%,B群43%,C群83%であった.1.0降していた(p<0.05)が,B群では再LOT後3カ月以降の有意な眼圧下降はなかった(図2).再LOT前の全体における平均薬剤スコアは4.7±1.1点で最終視力0.1あり,再LOT後の平均薬剤スコアは24カ月時点まで有意な薬剤スコアの減少を認めた(p<0.05)(図3).再LOT前の各群における平均薬剤スコアは,A群4.4±1.1点,B群5.2±0.9点,C群4.3±1.0点であった.3カ月時点でA群およびC群では1点前後に減少し,その後両群とも徐々に増加する傾向がみられたが,経過中の薬剤スコアは再LOT前と比較して有意に減少していた(p<0.05).B群では術後3カ月以降の有意な薬剤スコアの減少はなかった(図4).眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点で全体76.2%(図5),A群100%,B群43%,C群83%(図6)であった.1278あたらしい眼科Vol.29,No.9,20120.01光覚弁0.010.11.0術前視力図7視力経過術前と最終視力を比較して2段階以上視力が低下したのは2眼(7.7%)であった.術中・術後合併症は,1週間以上遷延した前房出血を2眼に認めた.また,Descemet膜.離を1眼,4mmHg以下の低眼圧を2眼,トラベクロトームの早期穿破を1眼に認め(102) 最終視IaIbIIaIIbIIIaIIIbIVVaVbVbVaIVIIIbIIIaIIbIIaIbIa術前視野図8視野経過湖崎分類による術前と最終視野を比較して視野狭窄が進行したのは5眼(19%)であった.た.追加処置が必要であった合併症は,前房出血の遷延に対し前房洗浄を要した1眼のみであった.再LOTの術前と最終視力の経過を図7に示す.術前と比較して2段階以上視力が低下した症例は2眼(7.7%)あり,その原因は視野狭窄の進行と考えられた.再LOTの術前と最終視野を図8に示す.再LOT前後の視野は,5眼(19%)に視野狭窄が進行した.そのうち2眼は視力低下した症例と一致しており末期緑内障の進行によるものであった.III考察落屑緑内障に対するLOTの有効性と安全性については,すでに多くの報告4,5)があり,当院でも初回手術は下方からのLOTを第一選択としていることが多い.LOTの術後眼圧は,10mmHg台後半に落ち着くことが多いとされて2,4.6)おり,緑内障点眼薬を併用しても眼圧値が20mmHg未満の5年生存率は65.73.5%であると報告されている4,5,7).しかし,再手術が必要となったときは,術式の選択に苦慮することがある.そこで,今回,初回LOT後の再LOTの術後成績の検討を行った.禰津ら3)は再度LOTを施行する有効性について,初回LOTで眼圧コントロールの改善が得られた症例では再度眼圧コントロールが得られるとしている.しかし,初回LOT無効例においてはSchlemm管以後の生理的な流出路が何らかの原因により廃用性に機能を失っている可能性があり,その場合は他の術式に頼らざるをえないと述べている.落屑緑内障に対する初回LOT後の再LOTの報告として福本ら7)は,落屑緑内障に対し初回LOT後に1年以上にわたって眼圧下降が得られていた症例に対しては再度LOTが有効であるとしている.再手術としてLOT単独とLOT併用白内障手術を比較した場合,LOT併用白内障手術(103)のほうが眼圧,生存率,点眼スコアは良好であったと報告している.今回の検討では,眼圧コントロールについて,眼圧値は24カ月時点において術前と比較し有意に眼圧下降しており,20mmHg未満の生存率は18カ月時点で76.2%と良好な結果が得られ,同様な結果であった.落屑緑内障の眼圧上昇の機序について伊藤ら8),猪俣ら9)は,まず線維柱帯内皮細胞の変性が起こり,線維柱層板肥厚と,線維柱帯間隙の狭窄または閉塞,線維柱帯における落屑物質の形成貯留,さらに虹彩色素上皮などの変性により形成された落屑物質や遊離した色素上皮顆粒,それらを貪食したマクロファージなどが狭くなった線維柱帯間隙に貯留することなどの機序が重なって房水流出抵抗が増大し発生すると述べている.隅角で局所産生された落屑物質が傍Schlemm管結合組織内に集積し,その結果同部とSchlemm管の変性が起こり,房水流出抵抗の増大とそれに続く眼圧上昇をきたすと報告されている1,10).今回,対象を既往手術,手術の順番で群分けし検討を行った.白内障手術既往眼に初回LOTを行い,眼圧が再上昇し再度LOTを行ったB群においては有意に眼圧下降効果が不良であった.B群は白内障手術既往眼で再LOT時すでに3回目の手術となり,他群より1回多く手術による炎症を受けている.落屑症候群を伴う眼では,白内障手術後にも落屑物質が産生される11)ことがいわれており,白内障手術による炎症の既往による変化と落屑物質の線維柱帯への蓄積が房水流出障害を起こし,LOTの再手術の眼圧下降効果を減弱させている可能性があると推測した.しかし,各群の症例数は少なく経過観察期間も短いため,既往手術と手術の順番が手術成績に関連があるかについては,今後も症例数を増やし長期的に検討を要すると考えられた.再LOT後の視力,視野経過については,視力低下が2眼(7.7%),視野進行が5眼(19%)に認められた.寺内ら12)は,LOT後の視力低下は12.2%に認められ,その原因は視野進行に伴うものであり,このうち白内障の進行による8.2%は白内障手術によって改善したと報告している.当院における再LOT後の視力低下は,全症例が眼内レンズ挿入眼であるため白内障進行による視力低下はなく,再LOT前に湖崎分類Ⅳ期の症例が再LOT後に湖崎分類Vb期に進行し,いずれも視野狭窄の進行に伴うものであった.視野狭窄が進行した5眼(19%)は,いずれも湖崎分類IIIa期以上の症例であった.このうち3眼(12%)は再LOT後の眼圧が18mmHg以下でコントロールされていたものの視野狭窄が進行していた.そのため術後の経過観察を行ううえでは,視野の進行度を考慮した目標眼圧を設定しコントロールすることが重要であると考えられた.再手術の術式選択においても目標眼圧がlow-teensである場合,LOTにおける眼圧下降には限界があるとも考えられる.しかし,再度LOTを選択すあたらしい眼科Vol.29,No.9,20121279 るかLECTを選択するかは,視野の進行度や年齢,生活スタイル,全身状態,キャラクターなど症例個々の背景により異なるため,単純に答えは見いだせない.今回の検討から,LOTではLECTでみられるような重篤な合併症13)はみられず,術後管理が容易である点,初回LOTの対側下方から再LOTを行うことで上方結膜を温存する点からも,少なくとも初回LOT後に1年以上眼圧下降効果が得られ視野も進行していない症例に対しては,再度下方からLOTを選択してよいと考えられた.今後も症例数を増やし長期的に検討していきたいと考えている.文献1)布田龍佑:落屑緑内障.眼科手術19:291-295,20062)松村美代,永田誠,池田定嗣ほか:水晶体偽落屑症候群に伴う開放隅角緑内障に対するトラベクロトミーの有効性と術後の眼圧値.あたらしい眼科9:817-820,19923)禰津直久,寺内博夫,沖波聡ほか:トラベクロトミー複数回手術例の経過.眼臨80:499-501,19864)TaniharaH,NegiA,AkimotoMetal:Surgicaleffectsoftrabeculotomyabexternoonadulteyeswithprimaryopenangleglaucomaandpseudoexfoliationsyndrome.ArchOphthalmol111:1653-1661,19935)稲谷大:線維柱帯切開術の術後管理のポイントは?あたらしい眼科25(臨増):172-174,20086)浦野哲,三好和,山本佳乃ほか:白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討.あたらしい眼科25:1148-1152,20087)福本敦子,後藤恭孝,黒田真一郎ほか:落屑緑内障に対するトラベクロトミー後の再手術の検討.眼科手術22:525528,20098)伊藤憲孝,猪俣孟:緑内障を伴う落屑症候群の隅角および虹彩の病理組織学的研究.日眼会誌89:838-849,19859)猪俣孟,田原昭彦,千々岩妙子ほか:落屑緑内障の臨床と病理.臨眼48:245-252,199410)Schlozter-SchrehardtU,NaumannGOH:落屑症候群形態学および合併症.NaumannGOHed:眼病理学II,p13531404,シュプリンガー・フェアラーク東京,199711)名和良晃,辰巳晃子,山本浩司ほか:落屑症候群での超音波乳化吸引術後の落屑物質産生の組織学的観察.臨眼51:1393-1396,199712)寺内博夫,永田誠,松村美代ほか:TrabeculotomyProspectiveStudy(術後10年の成績).あたらしい眼科17:679-682,200013)宮田博,市川有穂,杉坂英子:落屑緑内障に対するトラべクレクトミーの手術成績.あたらしい眼科24:952-954,2007***1280あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(104)

穿孔性眼外傷既往眼の30年後に眼球打撲を契機に活動性を生じたEpithelial Downgrowth の1例

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1270.1275,2012c穿孔性眼外傷既往眼の30年後に眼球打撲を契機に活動性を生じたEpithelialDowngrowthの1例畔満喜*1髙橋寛二*2南野桂三*1和田光正*3岩下憲四郎*4螺良愛郎*5西村哲哉*1*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2関西医科大学附属枚方病院眼科*3尾鷲総合病院眼科*4岩下眼科*5関西医科大学病理学第二講座ACaseofEpithelialDowngrowthActivatedbyOcularContusion30YearsafterSurgeryforPerforatingOcularInjuryMakiKuro1),KanjiTakahashi2),KeizoMinamino1),MitsumasaWada3),KenshiroIwashita4),AiroTsubura5)andTetsuyaNishimura1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,3)DepartmentofOphthalmology,OwaseGeneralHospital,4)IwashitaEyeClinic,5)DepartmentofPathologyII,KansaiMedicalUniversity症例は44歳,女性.10歳時に右眼のガラスによる穿孔性眼外傷で手術既往があった.39歳時に右眼を打撲し,前房内炎症・高眼圧に対し薬物治療を受けた.40歳時に前眼部炎症の再燃と視力低下を生じ,虹彩上に膜様物と膜様物からなる.胞を認めepithelialdowngrowthと診断した.高眼圧,視神経乳頭充血,黄斑浮腫を生じ,降圧および抗炎症治療を行った.経過中に膜様物は角膜後面から虹彩上を急速に進展,隅角閉塞を生じ高眼圧から失明した.その後,難治性の角膜上皮欠損から穿孔に至り,疼痛除去目的で眼球摘出を行った.摘出眼球の病理組織では虹彩上から隅角および角膜後面にかけ一部.胞状を呈する重層扁平上皮と線維性膜を認め隅角閉塞をきたし,免疫染色でサイトケラチン(CK)19陽性であった.小児期の穿孔性眼外傷で結膜上皮が前房内に迷入し増殖,epithelialcystを生じたものの静止状態であったが,30年後の眼球打撲による炎症を契機に活動性を生じepithelialdowngrowthとなったと考えられた.Thepatient,a44-year-oldfemale,hadundergonesurgeryforperforatingocularinjurytoherrighteyeat10yearsofage.Attheageof39,shehadbeentreatedforinflammationcausedbyocularcontusion.Attheageof40,theocularinflammationrecurredandvisuallossprogressed,despitemedicaltreatment;shethencametoourclinic.Membranousmaterialandepithelialcystwasevidentonheririsandtheposteriorsurfaceofthecornea.Wediagnosedepithelialdowngrowth.Ocularhypertension,dischyperemiaandcystoidmacularedemawerealsoobserved.Despitemedicaltherapy,themembraneextendedintotheanteriorchamber,resultinginangleclosureandultimateblindness.Delayedcornealepithelialdefectthenoccuerdintherighteye,whichwasenucleatedduetointolerablepain.Histpathologicalexaminationdisclosedstratifiedsquamousepithelium,cystandfibroticmembraneontheiris;peripheralanteriorsynechiawasalsoobserved.Themembraneappearedpositiveforcytokeratin(CK)19.Althoughepithelialcystthathadformedinherchildhoodwasnotactivated,aftertheocularcontusionocularinflammationoccurred,causingproliferationofepithelialdowngrowth.Inflammationduetocontusionocularinjurywasthesuspectedmechanismactivatingepithelialcystthathadformedinchildhood.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1270.1275,2012〕Keywords:前房内上皮増殖,穿孔性眼外傷,続発緑内障,眼球摘出,CK19.epithelialdowngrowth,perforatingocularinjury,secondaryglaucoma,enucleationofeye,CK19.〔別刷請求先〕畔満喜:〒570-8507守口市文園町10番15号関西医科大学附属滝井病院眼科Reprintrequests:MakiKuro,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,10-15Fumizono-cho,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPAN127012701270あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(94)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY はじめに穿孔性眼外傷後や白内障手術後に生じるepithelialdowngrowthは古くから報告され1),創口から侵入した結膜あるいは角膜上皮が前房内で増殖し,難治性の続発緑内障や角膜内皮機能不全を生じる予後不良の疾患である1,2).内眼手術後の場合,発症までの期間は4.6カ月が最も多く,75%が6カ月以内に発症したと報告されている2).今回筆者らは小児期の穿孔性眼外傷による手術既往眼で,30年後の眼球打撲を契機にepithelialdowngrowthが急速に進展し,続発緑内障と難治性角膜上皮欠損から角膜穿孔をきたし,眼球摘出に至った症例を経験したので病理組織所見とともに報告する.I症例患者:44歳,女性.主訴:右眼視力低下.現病歴:2005年5月,深夜に右眼を打撲,大学病院救急外来で眼瞼裂傷に対し眼瞼縫合を受けた.同時に前房内炎症と眼圧上昇(25mmHg)を指摘され,翌日眼圧は42mmHg,視力は30cm指数弁で,点滴・点眼治療を受けた.遠方のため3日後に近医へ紹介となった.近医初診時,右眼視力低下,眼圧上昇(右眼矯正視力0.2,眼圧50mmHg),前房内炎症を認め,点滴・点眼・内服治療を受けた.7月に右眼矯正視力は1.0に回復し,眼圧は16mmHgに下降したため治療終了となった.11月頃右眼充血と疼痛を自覚し前医の大学病院を受診し,ヒアルロン酸点眼処方を受けた.2006年2月に右眼充血,違和感を自覚し近医を再診した.右眼視力低下(矯正視力0.08),前眼部炎症,白内障,黄斑浮腫を指摘され,ベタメタゾンの点眼治療を受けた.前眼部炎症は消退したが,右眼矯正視力0.06,眼圧24mmHgと改善せず,精査加療目的に2006年6月に関西医科大学附属枚方病院を紹介受診となった.既往歴:10歳時,右眼穿孔性眼外傷(ガラスによる穿孔)手術治療.38歳時,右眼眼圧上昇を指摘され点眼治療(2日で眼圧下降).家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.02(0.07×sph+5.5D(cyl.3.5DAx70°),左眼0.5(1.5×sph.1.0D(cyl.1.0DAx90°)で,眼圧は右眼14mmHg,左眼14mmHgであった.前眼部は,右眼11時.2時部の角膜表層から実質に及ぶ瘢痕,虹彩上に膜様物と膜様物からなる.腫を認め,一部角膜後面と癒着していた.膜様物は灰白色で血管侵入を伴い,.腫から瞳孔領を越えて下方に広がり水晶体前面を覆っていた(図1).少数の角膜後面沈着物を認め,隅角は上方で.腫と虹彩が角膜へ癒着していた.下方に一部テント状周辺虹彩前癒着(PAS)を認めた.左眼に異常所見は認められなかった.眼(95)図1初診時の前眼部所見(2006年6月)11時.2時部に角膜瘢痕を認める(矢頭).虹彩上に膜様物(黄色実線内),膜様物からなる.腫(赤色点線内)を認めた..腫および膜様物は一部角膜後面と癒着していた.底は右眼に乳頭充血,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)にて黄斑部への蛍光貯留,光干渉断層計(OCT)にて高度の.胞様黄斑浮腫を認めた(図2).左眼に異常所見は認められなかった.既往症,前眼部所見より右眼前房内の膜様物はepithelialdowngrowthと診断した.また,眼球打撲のためにぶどう膜炎を生じ,続発緑内障を併発したと診断した.Epithelialdowngrowthの膜組織は広範囲に存在しているため,手術による摘出は侵襲が大きいと判断し,保存的にステロイド,bブロッカー点眼にて経過をみた.炎症は軽快したがepithelialdowngrowthの膜組織は徐々に拡大し,眼圧上昇を生じたため(34mmHg),炭酸脱水酵素阻害薬点眼を追加した.その後,炎症は軽快し眼圧は20mmHg前後となり一旦安定したが,角膜後面への膜組織の進展に伴い眼底透見不能となった.2008年3月,膜組織の収縮に伴うPASの進行によって前房は消失した(図3).炭酸脱水酵素阻害薬内服を追加したが,2008年6月頃失明し,その後も40mmHg前後の高眼圧が続いた.以後角膜浮腫と角膜上皮欠損を繰り返し,2010年5月中旬に角膜潰瘍部において角膜穿孔をきたした(図3).耐えがたい眼痛が続くため5月下旬に右眼眼球摘出術を施行した.病理組織所見:眼球割面では前房は消失し,角膜後面に虹彩が癒着していた.網膜.離はみられなかった.角膜は上方で上皮下にパンヌスを生じ,虹彩と角膜の間に重層扁平上皮様の増殖組織を認め,一部.胞状を呈していた.角膜内皮は消失し,増殖上皮が.胞状を呈する部では角膜と上皮の間に膠原線維の増生と多核白血球浸潤を認めた.上皮細胞のマーカーであるサイトケラチン(CK)19で免疫染色を行うと増あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121271 bcabca図2初診時の右眼眼底所見a:眼底写真.視神経乳頭充血を認めた.b:フルオレセイン蛍光眼底造影写真(造影後期).黄斑部への蛍光貯留を認めた.c:光干渉断層計(OCT).高度の.胞様黄斑浮腫を認めた.ba図3経過中の前眼部所見a:2008年3月.膜組織の進展に伴うPASの拡大により前房は消失した.角膜上皮のびまん性浮腫と角膜混濁を認めた.b:2010年5月.角膜潰瘍から角膜穿孔し,虹彩嵌頓を認めた.殖組織に一致して陽性像がみられた(図4).角膜中央から角胞が少数みられた(図5a,b).隅角にはPASを認めた(図膜下方にかけて重層扁平上皮を含む角膜後膜を認めた.角膜5c).虹彩および毛様体ではリンパ球浸潤と慢性炎症を認め内皮は消失しており角膜後膜は線維血管組織からなり,明瞭た(図5d).視神経乳頭部は硝子体の癒着と硝子体出血を認な血管形成を認めた.膜内にはCK19で確認される上皮細め,乳頭上に新生血管がみられた.また,篩状板の減少と視1272あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(96) ..虹彩角膜..a..虹彩角膜..ab図4角膜─虹彩癒着部の組織像a:HE染色標本(×100).虹彩と角膜の間に膠原線維の増生(星印)がみられ,虹彩表面には一部.胞状を呈する増殖上皮(矢印)を認めた(*:Descemet膜).前房内には多核白血球の浸潤がみられた(矢頭).b:CK19染色標本(×100).増殖上皮に一致して陽性像を認めた.….bcda図5角膜後膜および隅角・虹彩の組織像a:角膜後膜HE染色標本(×100).角膜後面に線維血管組織の増生を認めた(矢印:新生血管).角膜内皮細胞は消失していた(*:Descemet膜).b:角膜後膜CK19染色標本(×100).角膜後膜内にCK19陽性細胞(矢印)を少数認めた(*:Descemet膜).c:隅角HE染色標本(×100).線維血管組織による隅角閉塞を認めた.d:虹彩HE染色標本(×100).虹彩実質にリンパ球浸潤(矢印)を認めた.(97)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121273 ..abc..abc図6視神経乳頭部HE染色標本a:視神経乳頭部弱拡大(×20).硝子体の癒着と硝子体出血(*)を認めた.乳頭上に新生血管を認めた.篩状板の減少と視神経乳頭の陥凹拡大(▲)を認めた.b:視神経(×100).グリアの索柱の並行配列が消失し,グリオーシスを生じていた.c:網膜(×100).網膜神経節細胞層(▲)はグリオーシスを生じていた.神経乳頭の陥凹拡大を認めた(図6a).視神経と網膜神経節細胞層はグリオーシスを起こしていた(図6b,c).II考按Maumeneeらは,前房内への上皮の侵入(epithelialinvasionoftheanteriorchamber)をepithelialpearltumororcystofiris,epithelialdowngrowth,epithelialcystの3つに分類している3).このうち,epithelialdowngrowthとepithelialcystは発生機序は同じであるが,epithelialdowngrowthは急速に進展することがあり予後不良とされている4,5).Maumeneeら6)によると白内障手術後発症した40眼において,epithelialdowngrowth発症までの期間は平均10.7カ月であるが,5年以上経過した症例も報告されている2).安藤らは,白内障術後30年で発症した例を報告している7).本例では小児期の穿孔性眼外傷の既往があり,その穿孔部位から結膜上皮が侵入し,比較的早い時期に微小なepithelialcystが形成されたと考えられた.しかし,眼球打撲までの期間には1回の眼圧上昇を除いて眼症状はなかったことから,安藤らの例と同様に上皮細胞増殖は長期にわたり鎮静化していたと推察した.ただし,38歳時の一過性眼圧上昇の原因として,epithelialcystの関与も考えられ,無症1274あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012状のうちに眼圧上昇を繰り返していた可能性が考えられた.過去に,白内障.内摘出術後虹彩.腫に対するレーザー虹彩切開術後や,外傷性白内障手術後epithelialcystへの.胞穿刺術後に眼圧上昇を生じ,epithelialdowngrowthの発生した例が報告されている7,8).よって,epithelialcystの穿孔は上皮増殖の引き金となると考えられる.本症例では,39歳時の眼瞼裂傷を伴う強い眼球打撲によって,epithelialcystの一部が破綻し,.腫内容物が前房内へ流出してぶどう膜炎と続発緑内障を生じ,これが引き金となって上皮の増殖が再活性化しepithelialdowngrowthに進展したと考えられた.病理組織では虹彩・毛様体では血管周囲性のリンパ球浸潤を認め,慢性虹彩毛様体炎を生じていたと推察された.さらに篩状板の減少と視神経乳頭の陥凹拡大,網膜神経線維層,視神経乳頭から視神経にかけての広範なグリオーシスは慢性の高眼圧による緑内障性視神経障害を示していた.これらの組織所見からも,本症例はepithelialdowngrowthの前房内への広範な進展によって続発緑内障,慢性虹彩毛様体炎,角膜内皮消失を生じ,失明したと考えられた.Epithelialdowngrowthは角結膜上皮の侵入増殖であることから組織学的に非角化重層扁平上皮のマーカーに陽性となり,CK19は80%の高い陽性率を示すことから線維芽細胞(98) や内皮細胞の増殖との鑑別に有用である9).本症例では重層扁平上皮の増殖組織が虹彩前面に広がっていたことから,10%過酸化水素を用いて脱メラニン処理を行いCK19染色すると,虹彩上で.胞状に増殖し,隅角や角膜後面へ進展する上皮細胞と,角膜後膜内のCK19陽性細胞が明確に確認でき,上皮細胞増殖の広がりを確認するのに有用であった.Epithelialdowngrowthの根治的治療は,外科的に迷入した上皮の除去であり,虹彩面上の増殖膜を虹彩と一緒に幅広く切除し,その後毛様体を切除する方法10)や,周辺部全層強角膜弁片移植を併用する方法11),輪部強角膜切開創から前房内増殖組織を粘弾性物質で.離・除去する方法7)がある.しかし,増殖上皮の不完全切除となった場合は再発を起こし11),上皮が毛様体や網膜へ進展することもある.Maumeneeらによると角膜後面への進展が25%までの時点で早期に手術治療を行うことが重要であるとしている6).本症例では初診時より前房内がすでに広範に膜組織で覆われ,.胞様黄斑浮腫を伴う強い炎症も生じていたことから,手術侵襲は著しく大きくなると考え保存的に治療した.Epithelialdowngrowthでは広範に増殖膜が進展し眼圧上昇を生じている場合,上皮細胞による隅角閉鎖や線維柱帯間隙への上皮細胞の侵入がある12)と考えられている.このため,本症例でも切除範囲は虹彩根部や隅角,毛様体を含んで広範となることから完全除去は困難であったと考えられた.消炎のためトリアムシノロンTenon.下注射も考慮したが,さらなる眼圧上昇を起こす可能性もあり点眼で治療した.結果的に炎症は軽快したが,増殖膜の進展が続き隅角閉塞に至った.外傷既往眼でepithelialcystが存在し,長期に鎮静化していた場合でも眼球打撲を契機に再活動することがあり,その経過によっては失明し,眼球摘出に至る可能性がある.本症例では,epithelialcystからの内容物の前房内流出が偶発的な眼球打撲により起こり,眼圧上昇やepithelialdowngrowthが進行した症例であると推測された.文献1)PareraCA:Epitheliumintheanteriorchamberoftheeyeafteroperationandinjury.AmJOphthalmol21:605-617,19382)WeinerMJ,TrentacosteJ,PonDMetal:Epithelialdowngrowth:a30-yearclinicopathologicalreview.BrJOphthalmol73:6-11,19893)MaumeneeAE,ShannonR:Epithelialinvasionoftheanteriorchamber.AmJOphthalmol41:929-942,19564)谷道之,駒井昇一郎,弓削経夫:Epithelialdowngrowthについて.臨眼17:93-105,19645)StarkWJ,MichelsRG,MaumeneeAEetal:Surgicalmanagementofepithelialingrowth.AmJOphthalmol85:772-780,19786)MaumeneeAE,PatonD,MorsePHetal:Reviewof40histologicallyprovencasesofepithelialdowngrowthfollowingcataractexersion.AmJOphthalmol69:598-603,19707)安藤彰,福井智恵子,高橋寛二ほか:白内障術後30年で発症し除去手術が奏効した前房内上皮増殖の1例.あたらしい眼科20:521-524,20038)齊藤伸行,栃久保哲男,向井美和子ほか:膠原線維様の被膜を外壁に有したepithelialdowngrowthの1例.眼臨91:780-782,19979)PaiVC,GlasgowBJ:MUC16asasensitiveandspecificmarkerforepithelialdowngrowth.ArchOphthalmol128:1407-1412,201010)津村清,溝手秀秋,竹田欣史ほか:Epithelialdowngrowthの1例.眼臨85:2323-2326,199111)高木真理子,宇野敏彦,惣那実紀ほか:Epithelialdowngrowthに対して周辺部全層角膜移植術が奏効した1例.あたらしい眼科16:981-984,199912)TerryTL,ChisholmJR,SchonbergAL:Studiesonsurface-epitheliuminvasionoftheanteriorsegmentoftheeye.AmJOphthalmol22:1083-1110,1939***(99)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121275

酸化ストレスによる角膜上皮バリアの障害に対するレバミピドの効果

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1265.1269,2012c酸化ストレスによる角膜上皮バリアの障害に対するレバミピドの効果竹治康広田中直美篠原久司大塚製薬株式会社赤穂研究所ProtectiveEffectofRebamipideonOxidativeStress-inducedDisruptionofBarrierFunctioninHumanCornealEpithelialCellsYasuhiroTakeji,NaomiTanakaandHisashiShinoharaAkoResearchInstitute,OtsukaPharmaceuticalCo.,Ltd.酸化ストレスは,さまざまな前眼部疾患の発症・増悪に関与しており,ドライアイもその一つであると考えられている.レバミピドは,角膜および結膜においてムチン産生促進作用を有するドライアイに対する治療薬であり,またフリーラジカル消去作用をもつことが報告されている.今回,酸化ストレスによる角膜バリアの障害に対するレバミピドの効果について,培養ヒト角膜上皮細胞を用いて検討した.バリアの機能について経上皮電気抵抗(TER)を,バリアの構造についてタイトジャンクションの構成蛋白を指標とし,酸化ストレスの負荷方法として過酸化水素を用いた.その結果,過酸化水素を角膜上皮細胞に処理すると,TERは用量依存的に低下するが,そのTERの低下はレバミピドの前処置により抑制された.さらに,レバミピドは過酸化水素によるタイトジャンクションの構成蛋白であるZonulaoccludens-1の障害に対して保護作用を示した.以上より,レバミピドは,培養角膜上皮細胞において,酸化ストレスによるバリア機能およびタイトジャンクションの障害に対して保護作用を示すことが明らかになった.Oxidativestressisthoughttobeinvolvedintheonsetandexacerbationofvariousanterioreyediseases,suchasdryeye.Rebamipide,atherapeuticagentfordryeyethatpromotestheproductionofmucinincorneaandconjunctiva,reportedlyhasafreeradicalscavengingaction.Inthepresentstudy,weinvestigatedtheeffectivenessofrebamipideagainstcornealbarrierdisruptioncausedbyoxidativestress,usingculturedhumancornealepithelialcells.Transepithelialelectricalresistance(TER)wasevaluatedasanindicatorofbarrierfunction,andtightjunctionproteinsasanindicatorofbarrierstructure.Hydrogenperoxidewasusedforoxidativestresschallenge.TreatmentwithhydrogenperoxideinducedTERdecreaseinadose-dependentmanner,butthedecreasewassuppressedbypretreatmentwithrebamipide.Inaddition,rebamipideexhibitedaprotectiveactionagainsthydrogenperoxideimpairmentofZonulaoccludens-1,atightjunctionprotein.Rebamipidewasthusshowntohaveaprotectiveactionagainstoxidativestress-inducedbarrierfunctionandtightjunctionimpairmentinthecornealepithelialcell.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1265.1269,2012〕Keywords:レバミピド,ヒト角膜上皮細胞,酸化ストレス,バリア機能,タイトジャンクション.rebamipide,humancornealepithelialcell,oxidativestress,barrierfunction,tightjunction.はじめに眼領域において,ドライアイ,白内障,ぶどう膜炎など多くの疾患の発症・増悪に酸化ストレスは関与している.酸化ストレスは,眼表面における活性酸素の産生亢進と,生体内の活性酸素に対する防御機構とのバランスにより調節されている1).涙液中にはスーパーオキシドジスムターゼやラクトフェリンなどの抗酸化作用を含む物質が含まれており,防御機構の役割を果たしている.正常な状態であれば紫外線などさまざまな要因により発生した活性酸素は速やかに消去されるが,〔別刷請求先〕竹治康広:〒678-0207兵庫県赤穂市西浜北町1122-73大塚製薬株式会社赤穂研究所Reprintrequests:YasuhiroTakeji,AkoResearchInstitute,OtsukaPharmaceuticalCo.,Ltd.,1122-73Nishihamakita-cho,Ako-shi,Hyogo678-0207,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(89)1265 涙液量が低下しているドライアイでは,発生した活性酸素を十分に消去できなくなる.増加した活性酸素は,角膜に障害を与えドライアイの増悪の原因の一つになっているのではないかと考えられている2).角膜上皮は,病原微生物の感染,粉塵,外傷など外界からの直接的な侵襲から角膜を保護しており,隣接する角膜上皮細胞間に存在する接着構造がバリアとして重要な働きを担っている.数種の接着構造が角膜上皮には存在し,そのなかでも最も表層に存在するタイトジャンクションが外界からの刺激を受けやすい.培養角膜上皮細胞に炎症性サイトカインや低酸素などの刺激を与えると,タイトジャンクションが障害を受ける3).さらに,タイトジャンクションは,活性酸素による酸化ストレスによっても障害を受けることが報告されている4).レバミピドは,角膜および結膜においてムチン産生促進作用を有するドライアイに対する治療薬である一方,ヒドロキシラジカル消去作用を有する抗酸化物質の一面をもつことが報告されている5).今回,培養角膜上皮細胞における酸化ストレスによるバリア障害に対するレバミピドの作用を,バリア機能および,タイトジャンクション蛋白の両面から検討した.I実験方法1.細胞培養ヒト角膜上皮細胞(SV40不死化ヒト角膜上皮細胞,RCBNo.2280:理化学研究所)を10%FBS(fetalbovineserum)(ATCC:AmericanTypeCultureCollection)を含むDulbecco’sModifiedEagleMedium/F-12(DMEM/F-12)(Invitrogen)を用いて37℃,5%CO2インキュベーター内で培養し継代維持した.経上皮電気抵抗(transepithelialelectricresistance:TER)測定の試験において,細胞懸濁液を24穴のトランスウェルプレート(ミリポア)に5×104cells/wellで添加し,blankwellには細胞を含まない培地を添加した.細胞播種4日後,FBSを含まないDMEM/F-12に交換した.免疫染色およびWesternblottingの試験において,細胞懸濁液を24ウェルプレートに5×104cells/wellで播種した.細胞がコンフレントになった後,10%FBSを含まないDMEM/F-12に交換した.2.薬物の投与レバミピド(大塚製薬)およびジクアホソルナトリウム(大塚製薬)ともFBSを含まないDMEM/F-12に溶解させて使用した.TERに対する過酸化水素の用量反応性の検討について,FBSを含まないDMEM/F-12に交換した翌日,新たな培地に交換した.その1時間後,過酸化水素(和光純薬)を添加1266あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012し,37℃,5%CO2インキュベーター内で静置した.TER測定,免疫染色およびWesternblottingの各試験でのドライアイ治療薬の検討について,FBSを含まないDMEM/F-12に交換した翌日,コントロール(培地のみ),レバミピドおよびジクアホソルナトリウムを溶解させた培地に交換した.薬物添加1時間後,過酸化水素を添加し,37℃,5%CO2インキュベーター内で静置した.正常群には,過酸化水素ではなく培地を添加した.3.経上皮電気抵抗(TER)の測定過酸化水素添加24時間後に,電気抵抗値測定システム(ミリセルERS-2,ミリポア)を用いて各wellのTERを測定した.TERは以下の式により算出した.TER(W・cm2)=(薬物添加wellの電気抵抗.blankwellの電気抵抗)×培養面積(cm2)4.Zonulaoccludens.1(ZO.1)の免疫染色過酸化水素添加24時間後にZO-1の免疫染色を実施した.細胞を100%メタノールで20分間固定した後,0.1%Triton-Xを含むPBS(phosphatebufferedsaline)で30分間透過処理した.1%BSA(bovineserumalbumin)/PBSを1時間室温処置でブロッキングを実施した後,一次抗体のZO-1抗体(1:100,Invitrogen)で1時間室温インキュベートした.PBSで洗浄後,AlexaFluor488-conjugate二次抗体(1:1,000,Invitrogen)で室温1時間,さらに0.5μMDAPI(4¢,6-diamidino-2-phenylindol)(Polyscience)を室温30分間インキュベートし,核染色を行った.洗浄後,蛍光顕微鏡(BZ-9000,Keyence)を用いて観察した.5.ZO.1蛋白の発現過酸化水素添加24時間後にZO-1蛋白の発現をWesternblottingにて実施した.Proteaseinhibitorcocktail含有RIPAbufferにて蛋白を抽出し,BCAProteinAssayKit(ThermoSCIENTIFIC)を用いて蛋白濃度測定を行った.蛋白抽出液を電気泳動し,メンブレンに転写した後,ブロッキング処理を施した.一次抗体であるantiZO-1ポリクローナル抗体(1:300,Invitrogen)およびantib-actin抗体(AC-15)(1:10,000,Abcam)で4℃オーバーナイト,およびhorseradishperoxidase-conjugated二次抗体(GEHealthcare)で室温1時間処理し,標的蛋白を検出した.検出したバンドはImageQuantTL(GEHealthcare)を用いて,シグナル強度を数値化した.ZO-1蛋白のシグナル強度をb-actinシグナル強度で補正し,ZO-1蛋白の発現量を算出した.6.統計解析統計解析をSAS(Release9.1,SASInstituteJapan,Ltd)を用いて実施した.(90) TERに対する過酸化水素の用量反応性について,0μMと500各濃度(250,500および750μM)の過酸化水素でDunnett500各濃度(250,500および750μM)の過酸化水素でDunnett400検定(両側)を行った.TERに対するドライアイ治療薬の効果の検討については,正常とコントロールで対応のないt-検定(両側)を行った.レバミピドの用量反応性については,直線回帰分析による単調増加性が確認されたため,コントロールとレバミピドの各群でWilliams検定(上側)を行った.ジクアホソルナトリウムの効果については,コントロールとの間で対応のないt検定(両側)を実施した.ZO-1発現の検討については,正常とコントロールで対応のないt-検定(両側)を行い,コントロールとレバミピドおよびジクアホソルナトリウムの各群でDunnett検定(両側)を行った.いずれの検定も5%を有意水準として解析した.II結果****TER(W・cm2)3002001000過酸化水素(μM)図1角膜上皮細胞におけるバリア機能に及ぼす過酸化水素の影響値は平均値±標準誤差を示す(n=4).TERは過酸化水素添加24時間後に測定.**:p<0.01vs0mM〔Dunnetttest(両側)〕.02505007501.TERに対する過酸化水素の用量反応性500角膜上皮細胞に過酸化水素を添加し,24時間後のTERの結果を図1に示す.過酸化水素の用量に依存して,TERは400###**低下した.250μM過酸化水素添加時のTER(420±18W・cm2;平均値±標準誤差)は,0μM(382±20W・cm2)に対してほとんど変化を示さないのに対し,500μMでは279±13W・cm2に,750μMでは127±4W・cm2に有意に低下した.TER(W・cm2)3002001002.TERに対するドライアイ治療薬の効果角膜上皮細胞におけるTERに対するドライアイ治療薬(レバミピドおよびジクアホソルナトリウム)の効果を検討した(図2).過酸化水素の濃度は,TERが約7割に低下する500μMを用いた.その結果,レバミピドの前処置により,過酸化水素によるTERの低下は用量依存性に抑制された.300μMおよび1,000μMでレバミピドは,コントロールに対して有意な差を示した.一方,ジクアホソルナトリウムはコントロールに対して変化を示さなかった.3.タイトジャンクション蛋白に対するドライアイ治療薬の効果タイトジャンクションの構成蛋白の一つであり,角膜を含めさまざまな組織でタイトジャンクションのマーカーとして利用されているZO-1に対するレバミピドの作用を免疫染色およびWesternblottingにより検討した.免疫染色の結果(図3),正常群では,ZO-1は,細胞-細胞間つまりタイトジャンクションに局在していることが観察された.500μM過酸化水素を添加すると,部分的にZO-1のタイトジャンクションへの局在が阻害されていることが観察された.1,000μMレバミピドを前処置しておくと,過酸化水素により生じたZO-1の変化は抑制されたが,1,000μMジクアホソルナトリウムはZO-1の変化に対して作用を示さ(91)0正常ジクアホソルレバミピド(μM)ナトリウム500μM過酸化水素図2酸化ストレスによるバリア機能の低下に対するドライアイ治療薬の効果値は平均値±標準誤差を示す(n=4).TERは過酸化水素添加24時間後に測定.**:p<0.01vs正常〔対応のないt-検定(両側)〕.#:p<0.05,##:p<0.01vsコントロール〔Williams検定(上側)〕.なかった.ZO-1蛋白発現に対するレバミピドの作用をWesternblottingにより検討した(図4).正常群に比べ500μM過酸化水素を添加すると,ZO-1蛋白発現の低下が観察された.1,000μMレバミピドを前処置しておくと,過酸化水素により生じたZO-1蛋白発現低下は抑制された.III考按ドライアイの発症・増悪には,涙液の異常以外にも多くの要因が関与しており,外的もしくは内的要因により生じた活性酸素の増加がその一つとして報告されている2).角膜上皮あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121267コントロール1003001,0001,000μM 正常過酸化水素(コントロール)過酸化水素(レバミピド処置)過酸化水素(ジクアホソルナトリウム処置)図3酸化ストレスによるZO.1の変化に対するドライアイ治療薬の効果培地(コントロール),レバミピドおよびジクアホソルナトリウムを添加し,1時間後に500μMの過酸化水素を添加した.免疫染色は,過酸化水素添加24時間後に実施した.過酸化水素により,ZO-1のタイトジャンクションへの局在が阻害された(矢印).その阻害は,レバミピドの前処置により抑制された.ZO-1b-actinジクアホソル正常コントロールレバミピドナトリウム500μM過酸化水素0.10**0.080.060.040.020.00正常コントロールレバミピドジクアホソルナトリウム#ZO-1/b-actin500μM過酸化水素図4酸化ストレスによるZO.1の変化に対するドライアイ治療薬の効果値は平均値±標準誤差を示す(n=6).**:p<0.01vs正常〔対応のないt-検定(両側)〕.#:p<0.05vsコントロール〔Dunnett検定(両側)〕.および涙液中には,活性酸素を消去する物質が存在しているため,眼表面で発生した活性酸素は速やかに消去されるが,涙液分泌の異常に伴う抗酸化物質の減少,炎症を伴う病態および紫外線などの影響を受けた場合,活性酸素が上昇する.増加した活性酸素は,直接的に角膜障害を起こしたり,また炎症反応を介してドライアイの発症・増悪をひき起こしていると考えられている.ドライアイ患者の涙液において,過酸化脂質が高いことからも,ドライアイの発症・増悪には酸化ストレスが関与していることが示唆されている6).角膜上皮において,バリア機能が障害された所見の一つとして点状表層角膜症がある.この所見は,ドライアイ,アトピー性角膜炎,春季カタル,薬剤性角膜上皮障害などでみられ,上皮の表層細胞が欠損しており,その部位でタイトジャンクションの障害が生じている7).レバミピドは,培養胃上皮細胞において酸化ストレスによるバリア機能低下を抑制し,その効果はタイトジャンクションの障害に対する保護作用によることが報告されている8).今回,角膜上皮細胞における酸化ストレスによるバリア障害に対するレバミピドの効果を検討した.酸化ストレスを負荷する方法として,活性酸素の一つであるヒドロキシラジカルを生じる過酸化水素を用いた.生体内で過酸化水素より産生されるヒドロキシラジカルは,分解する酵素がないうえに,非常に高い細胞障害性をもつ物質である.1268あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(92) 角膜バリア機能の指標となるTERにおいて,レバミピドは過酸化水素によるTER低下に対して保護作用を示した.また,角膜バリアの役割を担うタイトジャンクションの構成蛋白の一つであるZO-1の障害に対しても保護作用を示した.以前の報告で,レバミピドはelectronspinresponse法を用いた検討において,ヒドロキシラジカルを消去する作用を有することが確認されており5),またラットのUVB(ultraviolet-B)誘導による角膜障害および酸化ストレスマーカーである8-OHdG(8-hydroxydeoxyguanosine)の増加に対して抑制作用を示し,その作用はヒドロキシラジカルを消去したためであることが報告されている9).そこで今回のレバミピドの過酸化水素に対する保護作用は,この活性酸素をトラップしたためであると推測される.以上より,レバミピドは,培養角膜上皮細胞において,酸化ストレスによるバリア機能およびタイトジャンクションの障害に対して保護作用を示すことが明らかになった.文献1)WakamatsuTH,DogruM,TsubotaK:Tearfulrelations:oxidativestress,inflammationandeyediseases.ArqBrasOftalmol71:72-79,20082)樋口明弘,坪田一男:ドライアイ活性酸素仮説.あたらしい眼科25:1639-1645,20083)木村和博:炎症性サイトカインtumornecrosisfactor-aによる培養角膜上皮バリアー破綻の機序.日眼会誌114:935-943,20104)BasuroyS,SethA,EliasBetal:MAPKinteractswithoccludinandmediatesEGF-inducedpreventionoftightjunctiondisruptionbyhydrogenperoxide.BiochemJ393:69-77,20065)YoshikawaT,NaitoY,TanigawaTetal:Freeradicalscavengingactivityofthenovelanti-ulceragentrebamipidestudiedbyelectronspinresonance.Arzneimittelforschung43:363-366,19936)AugustinAJ,SpitznasM,KavianiNetal:Oxidativereactionsinthetearfluidofpatientssufferingfromdryeyes.GraefesArchClinExpOphthalmol233:694-698,19957)横井則彦:眼表面上皮のバリアー機能と疾患への応用.眼科NewInsight10:14-29,19978)HashimotoK,OshimaT,TomitaTetal:Oxidativestressinducesgastricepithelialpermeabilitythroughclaudin-3.BiochemBiophysResCommun376:154-157,20089)TanitoM,TakanashiT,KaidzuSetal:CytoprotectiveeffectsofrebamipideandcarteololhydrochlorideagainstultravioletB-inducedcornealdamageinmice.InvestOphthalmolVisSci44:2980-2985,2003***(93)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121269

わたしの工夫とテクニック 酢を利用した白内障モデル眼の作成

2012年9月30日 日曜日

あたらしい眼科29(9):1261.1263,2012わたしの工夫とテクニックあたらしい眼科29(9):1261.1263,2012わたしの工夫とテクニックMyDesignandTechnique酢を利用した白内障モデル眼の作製CataractModelinPigEyes,UsingVinegar上甲覚*要約市販の酢(食酢)を利用して,豚眼に白内障モデル眼を試作した.短時間で豚眼の水晶体と水晶体.を変性させ,模擬白内障を安全で簡単に作製することができた.この白内障モデル眼では,特に前.円形切開術の実践的な練習を行うことができた.また,角膜混濁モデル眼も酢を用いて簡単に作製できた.はじめに白内障手術において,連続円形切.術(continuouscurvilinearcapsulorhexis:CCC)は,重要な手技の一つである.一般的に,白内障手術の練習にウエットラボ用の豚眼を使用するが,水晶体には混濁がない.したがって,徹照が良く前房内の視認性は良好である.また,豚眼の水晶体.は弾性が強く,CCCの感触はヒト眼と異なり,切開線は赤道部に流れやすい.これまでに,豚眼の前.をホルマリン固定し,ヒト眼の前.の感触に似せてCCCを含めた白内障手術の実習を行う報告がある1).ただし,ホルマリンは毒性があるので,使用および処理には注意が必要である.今回,市販の酢(食酢)を用いて,安全にしかも簡単に豚眼の水晶体と水晶体.を変性させて作製した模擬白内障眼で,CCCを含めた白内障手術の練習を行った経験について報告する.I酢による水晶体混濁の作製方法ウエットラボ用の豚眼を用意し,市販の食酢を使い水晶体の混濁を作製した.まず,酢の入った1mlのシリンジに,25か27ゲージ注射針を取り付ける.角膜輪部から約4.5mmの強膜の部位で,注射針を水平に水晶体まで刺入し,0.3ml程度の酢を水晶体内に注入した(図1a).酢を水晶体に注入してから5分後には,水晶体の混濁ができた(図1b).図1a角膜輪部から後方約4.5mmの位置で,25ゲージの注射針を水晶体まで刺入し,酢を水晶体内に注入図1b酢を注入して5分後の前眼部写真水晶体の混濁がみられる.酢を注入し過ぎると,水晶体は膨隆し前.は凸になるので注意が必要である.また,酢が前房に漏出して角膜が混濁することもある(図2).*SatoruJoko:武蔵野赤十字病院眼科〔別刷請求先〕上甲覚:〒180-8610武蔵野市境南町1-26-1武蔵野赤十字病院眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(85)1261 II模擬白内障による白内障手術の練習により水晶体.も変性し,通常の豚眼に比べて前.切開線は流れにくくなる.酢を注入前の豚眼では,注入後に比べて前1.連続円形切.術.の視認性は良好である(図3c).作製したモデル眼にスリットナイフで角膜切開を行い,前また,前房内を粘弾性物質で満たしたときに,前.面を全房内を粘弾性物質で満たしてCCCを行った(図3a,b).酢体的に酢で処理をすると,よりCCCの切開線は赤道部に流図2酢が前房中に漏出して角膜混濁をきたした前眼部写真図3a模擬白内障眼で,前.鑷子を用いてCCCを行っているところ図3bCCCの完成した前眼部写真図3c酢を注入前の前眼部写真前.の視認性は良好である.図4a前房内を粘弾性物質で満たし,27ゲージ針の先から酢を注入して,前.にまんべんなく塗布しているところ図4b前.鑷子を用いてCCCを行っているところCCCの切開線は赤道部に流れにくくなり切開しやすい.水晶体の混濁はないので,前.切開縁の視認性は良好である.1262あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(86) 図5a短く切ったストローを角膜に乗せて,ストローの中空を酢で満たしたところれにくくなる(図4a,b).慣れるまで,前.のみを酢で変性させれば,視認性の良い状態でCCCの練習も可能である.筆者は以前,ジアテルミーを利用した角膜混濁モデル眼の作製方法を報告2.4)したが,酢でも簡単に角膜混濁の作製が可能であった(図5a,b).2.超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationaspiration:PEA)ホルマリン1)と異なり,酢では硬い水晶体混濁を作製できないので,PEAによる処置は容易であった.おわりに手軽に入手可能な酢を使用して,安全で簡単に豚眼の水晶体に混濁を作製することができた.この混濁の影響で,前.の視認性は低下した.図5b図5aの1分後ストローを取り除くと角膜中央部に淡い角膜混濁ができた.この白内障モデル眼では,硬い白内障でのPEAの練習はできないが,CCCの効果的な練習は可能であった.さらに,意図的に角膜混濁をつくれば,難症例でのCCCの練習が可能である.文献1)SugiuraT,KurosakaD,UezukiYetal:Creatingcataractinapigeye.JCataractRefractSurg25:615-621,19992)上甲覚:白内障手術練習用の豚眼による角膜混濁モデルの作製と使用経験.臨眼64:465-469,20103)上甲覚:初級者向けの白内障手術練習用の豚眼による角膜混濁モデルの試作.あたらしい眼科27:1707-1708,20104)上甲覚:白内障手術練習用の軽度の角膜混濁モデルの作製と使用経験.臨眼65:673-677,2011☆☆☆(87)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121263

My boom 8.

2012年9月30日 日曜日

監修=大橋裕一連載⑧MyboomMyboom第8回「後藤恭孝」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す連載⑧MyboomMyboom第8回「後藤恭孝」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す自己紹介後藤恭孝(ごとう・やすたか)岩手医科大学眼科岩手医科大学眼科学教室に平成10年に入局し,同時に大学院に進学,その後は網膜電気生理で学位取得後,現在までおもに緑内障の臨床や研究を行ってきました.平成19年から2年間,奈良の永田眼科に国内留学し,永田誠先生はじめ,黒田真一郎先生,松村美代先生,今回このmyboomに推薦していただいた木村英也先生といった先生方に,緑内障手術のみならず眼科医としての姿勢を再構築していただきました.大学時代はフェンシング部に所属していたため,医科学生体育大会などとは縁がなく,他の大学の方との交流はほとんどありませんでしたが,永田眼科所属時には,木村先生とビリーズ・ブートキャンプ部を創設し,日々トレーニングに没頭し,留学前から最高15kgの減量にも成功しました.しかしながら,岩手医大に戻った現在は,医局長だからと多忙のせいにしてトレーニングをさぼった結果,当然のごとくリバウンドし見る影もありません….臨床のmyboom大学院卒業後は一貫して緑内障の患者さんを診て来ているので,基本的には緑内障がmyboomですが,あえて言うならば手術が最もmyboomなのかもしれません.もともと手術そのものは治療として最後の手段と思っていて,しないに越したことはないものとらえているので,myboomと表現するのはすこし「ズレ」を感じま(79)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY〔写真1〕心の師永田誠先生と(永田眼科にて)すが,逆にそういうものだからこそできるだけ完璧に仕上げたいと思っているのでどうしてもこだわってしまう部分はあるのだと思います.基本的には「眼に逆らわない」「元あった場所に戻す」という理念で手術に向き合っています.とはいえ緑内障手術,特に濾過手術は本来ある状態を破綻させる手術ですので,前述の理念とはまったく正反対のように思えますが,細かな点,たとえばフラップ作製,結膜縫合などは前述の理念が反映される部分のようです.フラップ作製では,フラップを切っていくというより,フラップが.がれたいようにに.がれるのを手助けしてあげる感じでしょうか.逆に気持ちがうわずったままフラップを切っていこうとするとフラップがギザギザになってしまったり,厚さが最初と最後で違ったりしてくるようです.実際はこういう感覚的なものではなくて別の言葉で言えば「強膜の構造に沿ったフラップ作製」ということなのでしょうが….また,結膜縫合では「元あった場所に戻す」ことを念頭に縫合しています.そのことと術後成績の関連性は不あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121255 明ですが,少なくともそういう理念で縫合すると,どこかの縫合部に無理な力がかかることはなく,縫合部のleakは少なくなるのではないかと信じています.緑内障手術全体でのこだわりは,やはり手術の使い分けでしょうか.永田眼科での研修を経て以前のレクトミー一辺倒からロトミー,隅角癒着解離術といった武器を手に入れたわけで,ゴルフに例えれば,まるで新たなクラブを手に入れ,ドライバー1本で勝負するような状態から脱却したような感じです.これからチューブシャント手術も保険適用となり,さらに新たな武器を手に緑内障と戦っていけることになるわけですが,ロングホールをパターで始めたり,はたまた,グリーン上でドライバーを使うような選択ミスをしないようにするための運用方法を検証していくのが,一番のカギであろうかとは思っています.研究のmyboom国内留学などもありここのところ直接手を出していなかったので,boomと言ってはおこがましい感じはしますが,現在研究のmyboomはERG(網膜電図)を用いた緑内障の機能的と形態的喪失との関連性についてです.大学院時代はFullfieldERGと2世代目くらいの光干渉断層計(OCT)で機能と形態との関連について調べ何とか結果を出しましたが,網膜全体のERGと視神経乳頭周囲の神経線維層の厚さとの関連だったので,ほんとうに関連があると言っていいのか若干疑問にも思って〔写真2〕研究のmyboomいました.その後,緑内障の道に進み,関連病院への出張,国内留学と進むうちにERGから遠ざかってしまい,その疑問は引き出しの奥のほうに追いやられていましたが,留学から帰ってきたところ,岩手医大ではfocalERGが本格運用されており,最近になってGCC(ganglioncellcomplex)が測定できるOCTを使用できることになり,とうとう引き出しの奥底にしまいこんでいた疑問を解決する機会を得ることになりました.とはいえ,あまりにも長くERGから遠ざかってしまったので,研究の立案とデザインには関与しましたが,実動部隊は若い先生に任せている状況です….私生活のmyboom基本的に私生活のmyboomは,子どもと接する時間が少ない分,なるべく話題を共有したいという名目で,息子に関連するものが多いです.今年で12歳になる一人息子ですが,実はバイオリン歴10年であり,そこそこの腕はもっているようです(現在はチャイコフスキーバイオリンコンチェルト第3楽章を練習中).クラシックとはまったく縁のなかった僕も子供の弾く曲だけは聴くようになり,バイオリンに手術に通じるものを感じる今日この頃です.その息子はこのところ「ガンダム」にはまっているようで,ことに「ガンプラ」は,昔は単色でほとんど動きもなかったのですが,最近のものは素組みでほぼ完璧な状態であり,その出来の良さに元々ガンダム世代であった僕も昔の熱い思いがぶり返してきています.最近は,子供と話題を共有するというより僕のほうが話題を提供している感じですが….次回のプレゼンターは静岡県,石川眼科医院の石川浩平先生です.石川先生は大学時代からの非常に親しい友人で,名古屋大学時代はmedicalretinaの最先端を走っていました.かなりのこだわり派ですのでmyboomを2ページで書き切れるかが心配です.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.☆☆☆1256あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(80)

現場発,病院と患者のためのシステム 8.スタッフ満足度,待ち時間

2012年9月30日 日曜日

連載⑧現場発,病院と患者のためのシステム連載⑧現場発,病院と患者のためのシステム杉浦和史*スタッフ満足度,待ち時間.スタッフ満足度が患者満足度につながる“風が吹けば桶屋が儲かる”の連鎖ではありませんが,患者満足度(customersatisfaction)という言葉は知られていますが,スタッフ(従業員)満足度(employeesatisfaction)という言葉はあまり聞いたことがないかも知れません.疲れたスタッフは患者さんに笑顔で接する余裕がありません.余分な負荷をなくし,本来のサービスに向けられる精神的,肉体的,時間的な余裕が生まれるスタッフ満足度が患者満足度につながる展開は,つぎのとおりです.スタッフの負担・ストレス軽減→スタッフ満足度向上→患者さんに優しく接する精神的,時間的余裕が生まれる→患者満足度向上.患者満足度を下げるもっとも大きな要因は待ち時間ですが,仮に待ち時間が減っても,ストレスが溜まり,疲れたスタッフが仏頂面で対応していては患者満足度の向上は期待できません.スタッフの負担を減らし,ストレスを溜めない環境の整備には何があるのでしょう.休憩室をより居心地のいいものに改装するなどという物理的な施策はすぐに思いつきますが,時間の経過とともに効果が薄れることは自明です.当院では業務を分析し,現場を観察し,それに基づき,重複作業や無理,無駄を省くという作業を地道に行いました.つぎに,残った作業の中からスタッフに負荷やストレスをかける要因をみつけ,それをITや作業の標準化でカバーできる部分,負荷はかかるものの人間にしかでき《システム稼働前》《システム稼働後》14時台にならないと昼食(昼休み休憩)に行けなかった外来看護師の数が,明らかに減少している.業務の改革,改善とそれをサポートするシステムの提供する機能により,効率よく捌けるようになったこと,および予約効果で,午前中の診察が効率よく捌けていることを示している.図1スタッフ満足度向上の一指標(77)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYようにするためには何をすればよいのでしょう?ない部分に分けました.前者についてIT化を図り,それと並行して臨機応変という耳障りのよい言葉で処理されていた曖昧な部分を明確にし,作業の標準化を図りました.その結果,スタッフの負荷とストレスが軽減され,本質的な業務に時間と気持ちを使うことができるようになり,待ち時間の減少を含め,患者満足度を向上させることができました.患者満足度が向上したことは,スタッフが聞く患者さんからの評判,1カ月当たりのクレームが数十件あったものが,数件に減少したことを根拠としています..待ち時間積み木を箱に入れる際,大きさ,形を考えずにバラバラに入れると箱に入りきらずに溢れてしまいます.一方,キチンとしまえば収まります(図2).これは来院患者を捌く際にもいえることです.無理,無駄を排除し,前例にとらわれずに業務を整理整頓し,作業順を見直す○積み木…来院する患者さん○積み木の箱…過負荷なく診察可能な数キチンとしまえば収納可能なのに,いい加減にしまうと溢れてしまう.この溢れが待ち時間!図2積み木と待ち時間の関係*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121253 ■稼働前■稼働後午前1午前2午後1午後23:302:472:471:441:551:531:311:161:053:002:302:001:301:000:300:00※平均値図3待ち時間の減少ことで無駄な隙間が埋まり,処理(作業)時間を短くすることができるようになります.この時間が短くなる=待ち時間が短くなるということです.BPR(業務改革,作業の標準化,ルール)を行い,適宜ITの適用を行えば,待ち時間は確実に減少します(図3)..待ち時間削減の限界待ち時間を少なくする施策にはいろいろありますが,ある程度減らせていくと,それ以上の削減は無理という限界がみえてきます.これ以上削減できないとした場合,つぎに考えるべきは,待っている時間を退屈にさせないための施策,あるいは,逆手にとって利用する施策です.当院では,つぎの2つを考え,実施しました.1.患者さんが知りたがっている情報を提供する.どのくらい待てばいいのかの目安.どんな状態で待っているのか.全体の進捗状況2.患者さんに知って欲しい情報を流す.学会出張などで休診になる医師.保険負担の変更など,制度の改訂.新たな病院施策の紹介と協力のお願いこれらは,日頃患者さんと接している第一線のスタッフの意見を反映したものです.図4のように,診察室の前に薄型の大型テレビを置き,自分が何番目でどんなステータスで待っているのかが一目でわかるようにしました.字は視力の弱い患者さ図4情報提供図5患者さんからの礼状んでも椅子に腰掛けたまま読める大きさにしてあります.これにより,今までわからなかった状況がわかり,何時まで待てばいいのかの目安がつくことで安心してもらうことができました.また,不在時に呼ばれてしまい,後回しにされてしまうのではないかと不安になり,トイレを我慢していたという患者さんがいたことから,表示,呼び出しルールを工夫し,これを解消しました.患者さんからは,漢詩の礼状が届きました(図5).これらの施策をとおしていえるのは,スタッフ満足度向上,待ち時間削減は,識者に意見を求めるほど難しいことではなく,大上段に振りかぶるほど大仰なことでもなく,現場の声を聞き,その背景を調べれば誰でも効果的な策を考えることができるということです.1254あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(78)

タブレット型PCの眼科領域での応用 4.タブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用-その1-

2012年9月30日 日曜日

シリーズ④シリーズ④タブレット型PCの眼科領域での応用三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第4章タブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用─その1─■ロービジョンエイドとしてのタブレット型PC今回の第4章では,私が代表を務める“GiftHands”が提案するタブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用法について紹介していきたいと思います.GiftHandsは視覚障害者の生活をより快適なものにすることを理念として,視覚障害者向けの情報サイトの運営やグッズ開発,ユニバーサルデザインを考慮した施設導入に関するコンサルト業などを行っています.また,視覚障害者や児童,盲学校職員や視能訓練士などを対象にタブレット型PCの活用法を紹介する啓発セミナーも行っています.本章ではロービジョンエイドとしてのタブレット型PCの活用法のうち,おもに携帯可能なデジタル拡大器としての活用法について,実際にロービジョンエイドとして使われている方の生の声とともに紹介していこうと思います.なお,原則的に私が現在,GiftHandsの活動や実際に外来で扱っている電子タブレットは“新しいiPadR(米国AppleInc.)”と“iPhone4SR(米国AppleInc.)”です(2012年7月30日現在).■私のロービジョンエイド活用法「デジタルテレスコープ編」まず,タブレット型PCのカメラ機能を利用して,撮影や閲覧が非常に快適なデジタルテレスコープとしての活用の可能性について紹介します.近年,デジタルカメラの性能の向上によりロービジョンの方がデジタルカメラで駅の電光掲示板などを撮影して,その後デジタルカメラの液晶画面で拡大して確認している姿を見ることがあります.しかし,デジタルカメラの液晶画面は小さく,また,任意の部位を拡大して見るには非常に操作が煩雑でありました.しかし,タブレット型PCでは撮影(75)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY時に大きな液晶画面全体に被写体が表示されることと被写体に画面上でタッチするだけでピントが合うため,被写体を捉えやすく扱いやすいと言います.また,撮影した後,瞬時にタブレットの大画面で撮影画像を拡大して閲覧ができるため,屋外での標識や地図の確認などをはじめ,撮影および閲覧がスムーズに行えるデジタルテレスコープとして活用することが可能です.■私のロービジョンエイド活用法「デジタルルーペ編」つぎに,同様にタブレット型PCのカメラ機能を利用して,携帯性に優れたデジタルルーペとして活用できないかという試みについて紹介していきます.具体的には,タブレット型PCの背面カメラ機能とGiftHandsで開発したMiYAKEスタンド(メディカル・エージェント)(図1)とを組み合わせることによって,さまざまな場面でデジタルルーペとして活用することが可能となります.たとえば,私の患者からの声で多いのは「爪切りをする時や針の糸通しなどの作業がすご図1MiYAKEスタンド(メディカル・エージェント)を利用して,デジタルルーペとして爪切りに使用しているところあたらしい眼科Vol.29,No.9,20121251 図2拡大鏡ルーペ虫眼鏡R(ESCORPORATION)で書籍を拡大し,白黒反転機能を用いて拡大読書器として利用く楽.」,「マニキュアをつけるときに両手が使えるし便利.」など,細かい作業をする際に任意の拡大率で拡大でき,またコントラストや明るさも最適な状態に設定できることが長所として聞くことができました.一番印象に残った患者のコメントは「私はもう何年も夫の作る食事の味を感じたことがなかった.数年ぶりに味を感じることができて,人生の楽しみが戻ってきて本当に嬉しい.」と言うものでした.驚くべきことに彼女はスタンドを利用して食事を拡大して見ることで,箸の先にある物が何かを見えるようになり食事の味覚が戻ってきたそうです.私は彼女の言葉を聞いて,“人は記憶を食べている”ことに初めて気づかされました.食事は人が生きていくうえで非常に大切な楽しみであるのはいうまでもなく,見えない物を食べることがいかに味気ない食事であるかを知ったのです.私は初期研修医時代の指導医の言葉を思い出しました.「患者さんは生きた教科書だよ.彼らの言葉やちょっとした表情の変化のなかに,本当に大切な治療効果を教えてくれるものがある.検査データしか読めない医者には絶対になるな.」多忙な臨床業務のなかで,患者の眼所見や視機能ばかりを気にして,患者の言葉を聞く大切さを忘れかけていた自分の危うさを痛感させられました.拡大鏡ルーペ虫眼鏡R(ESCORPORATION)というアプリでは拡大読書器さながらの白黒反転やコントラスト強調などの機能がついており,簡易式の拡大読書器のように使用することも可能です(図2).携帯性の優れたタブレット型PCとMiYAKEスタンドを組み合わせることで,公的機関の窓口での書類記載時などをはじめ,外出時にデジタルルーペとして活用できる場面は多く存在すると思います.これまで一般的に視覚に障害をもつ患者が凹凸の存在しないタッチパネル操作のタブレット型PCを使用することは,困難ではないかと考えられてきました.しかし,タブレット型PCには視覚や聴覚をはじめ身体に障害をもつ方でも快適に操作するために配慮された“アクセシビリティ機能”が充実している機種が存在しています.携帯性や連続駆動時間の長さを考慮しても,今後重要なロービジョンエイドとしての活用の可能性を私は強く感じています.「タブレット型PCは誰でも使えるデバイスであり,視覚障害者専用の補助具ではない.だから外出時に人前でも使いたくなる.」という患者の言葉と,その活用法を知ったことで人生が変わったと教えてくれる多くの声が,今の私がGiftHandsでの活動を続けていける最大の支えとなっています.本文中に紹介しているアプリなどはすべてGiftHandsのホームページ内の「新・活用法のページ」に掲載されていますので,ご活用いただけたら幸いです.http://www.gifthands.jp/service/appli/また,本文の内容に関する質問などはGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」にていつでも受けつけていますので,お気軽にご連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/☆☆☆1252あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(76)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 112.裂孔原性網膜剥離に対するMIVS後の再剥離(中級編)

2012年9月30日 日曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載112112裂孔原性網膜.離に対するMIVS後の再.離(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●小切開硝子体手術の落とし穴本シリーズの「109裂孔原性網膜.離に対する硝子体手術時のバックル併用の是非(初級編)」(Vol.29,No.6)にも関連することであるが,最近,裂孔原性網膜.離に対する小切開硝子体手術(MIVS)術後の再.離例をときどき経験するようになってきた.もちろん,従来の20ゲージ硝子体手術後の再.離にも共通する原因が多いのだが,MIVSの初心者が陥りやすい問題点を筆者なりに述べてみたい.●裂孔原性網膜.離に対する硝子体手術後再.離の原因今までの筆者の経験から,再.離の原因としては以下の2つが大半を占める.1.薄い硝子体皮質の残存裂孔原性網膜.離では一見後部硝子体.離が生じているようにみえても,トリアムシノロンで可視化すると網膜全面に薄い硝子体皮質が残存していることがある.特に若年者の網膜.離ではこの傾向が強い.この膜状の残存硝子体皮質の術後の牽引により,既存の裂孔が再開し,再.離をきたすことがある.また,残存硝子体皮質の量が多いと,しばしば増殖硝子体網膜症に進行する.初回硝子体手術時に,ダイアモンドダストイレーサーなどで確実にこの膜状硝子体皮質を除去する必要があるが,MIVSに慣れていない術者ではしばしばこの処置が不十分となりがちである.2.周辺部残存硝子体牽引これは筆者自身,非常に気になっている点である.本シリーズ(109)の内容と重複するが,網膜格子状変性巣縁の弁状裂孔が原因で発症する胞状の網膜.離に対して硝子体手術を施行した場合,網膜格子状変性巣の後縁までは容易に硝子体を切除できるが,変性巣の周辺側の硝子体を十分に切除するのは結構むずかしい.MIVSが普及してから,黄斑上膜や黄斑円孔のような感覚で周辺(73)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY図1後極部の残存硝子体皮質の牽引により再.離をきたした症例トリアムシノロン塗布後に網膜全面に薄い硝子体皮質が残存しており,この牽引により周辺部の裂孔が再開していた.図2周辺部の残存硝子体網膜格子状変性巣よりも周辺部に多量の硝子体が残存しており,その牽引により裂孔の周辺側が再開していた.硝子体切除が不十分なまま気圧伸展網膜復位を行う術者が増加しているように思われる.ワイドビューイングシステムも上手く使いこなさないと周辺硝子体を結構残存させてしまっている.バックルを併用しなくても復位させうる網膜.離症例はかなり多いと思われるが,網膜格子状変性巣が広範囲に認められる症例では,十分な周辺硝子体切除を施行するか,バックルにより周辺残存硝子体による牽引を軽減しておく必要がある.●疾患ごとで理に適った硝子体手術を!今回述べたことは,別にMIVSに限ったことではなく,従来の20ゲージ硝子体手術でも生じうることである.逆にいうと,MIVSでも上記のような問題点を克服できる技量があればまったく問題はない.しかし,現実はMIVSがより身近なものとなり,多くの若い先生方がMIVSから硝子体手術を始める時代になっているため,上記の理解が不十分な術者が増加しているように思われる.硝子体手術の本質は機器の違いではなく,疾患によってどのような手術を行えば確実な手術成績が得られるかである.初回で理に適った確実な手術を行い,再手術にならないようにすることが,なにより重要であることを再度強調したい.文献1)池田恒彦:網膜硝子体疾患治療のDON’T─硝子体手術.眼臨紀2:820-823,2009あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121249

眼科医のための先端医療 141.Girdinの生理的および病的網膜血管新生における役割 -VEGFシグナリング下流の探索-

2012年9月30日 日曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第141回◆眼科医のための先端医療山下英俊Girdinの生理的および病的網膜血管新生における役割―VEGFシグナリング下流の探索―米今敬一(名古屋大学大学院医学系研究科頭頸部・感覚器外科学)血管新生におけるAktの役割セリン・スレオニンキナーゼAktはPKB(proteinkinaseB)ともよばれ,細胞の増殖および分化において重要な役割を担っています.血管内皮細胞もその例外ではなく,Aktによってその遊走および血管新生が制御されています.実際,Aktの主要アイソフォームであるAkt1のノックアウトマウスでは,血管内皮増殖因子(VEGF)の刺激あるいは虚血誘導による血管新生が阻害されることが報告されています1).しかしながら,このAktが血管内皮細胞の遊走および血管新生を制御する分子メカニズムは近年までまったくわかっていませんでした(図1).アクチン結合蛋白Girdinの同定2005年に名古屋大学の榎本らは,酵母ツーハイブリッド法を用いてAkt関連蛋白であるGirdin(girdersofactinfilament)を同定しました.この蛋白質は,別名Ccdc88a(coiled-coildomaincontaining88a)ともいい,分子量約250kDaの大きな分子で,図2に示すような一次構造を有しています.GirdinはN末端ドメインとそれに続く長いコイルドコイル領域によって二量体を形成し,C末端ドメインを介してアクチンに直接結合します.また,GirdinはAktによって1416番目のセリンがリン酸化されます.Vero細胞をEGF(上皮細胞増殖因子)で刺激すると,PI3K/Akt経由でGirdinがリン酸化されることで細胞運動が促進されることもわかりました2).さらに,2008年には同グループによって,GirdinがVEGFの下流に存在し,HUVEC(ヒト臍帯静脈内皮細胞)をVEGFで刺激すると,細胞内でAktがGirdinをリン酸化することで血管内皮細胞が遊走し,血管新生が促進されることが明らかにされました3).さらに,こ(69)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY図1Aktシグナル伝達系と血管新生レセプター(growthfactorなど)PI3KAktその他基質細胞増殖,生存GSK-3b細胞極性?細胞遊走,血管新生12531375AktP(1416-Ser)1870NNTCoiled-coilCT1CT2CMembraneActinDimerizationbindingbinding図2Akt.relatedproteinGirdinの一次構造の蛋白質は神経系でも多く発現しており,海馬の神経細胞層形成に重要な役割を果たしていることが報告されています4).新生児期における網膜の生理的網膜血管新生とGirdin上記の報告のなかで,彼らはGirdinのノックアウトマウス(Girdin./.マウス)を作製しています.このGirdin./.マウスは,一見したところ野生型マウスと肉眼的な差異はありませんが,生後6日目くらいから発育が悪くなり,体重減少をきたして生後28日目までには死亡してしまうことがわかりました.また,彼らは生後3日目と7日目の発達段階におけるGirdin./.マウスでは,Girdin+/.マウスに比べて生理的網膜血管新生が障害されていることを発見しました3).そこで筆者らは,この結果がマウスの発達遅延に付随する合併症でないことを証明するために,生後5日,7日,10日のGirdin+/.マウスと野生型マウスの生理的網膜血管新生を比べることにしました.なぜなら,Girdin+/.マウスはGirdin./.マウスと違って生後に野生型マウスと同じように成長し,体重減少を示さなかったからです.このGirdin+/.マウスの網膜におけるGirdinの発現量は野生型マウスの約半分であることを,ウェスタンブロット法あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121245 で確認しました.その結果,すべてのタイムポイントで野生型に比べてGirdin+/.マウスの血管新生が遅延していることがわかりました.すなわち,Girdinの発現量が半分減るだけで,網膜血管新生が遅延することがわかったわけです.さらに筆者らは,Girdinのリン酸化部位である1416番目のセリンをアラニンに変換したマウス(GirdinSA/SAマウス)を同じ実験系を用いて調べたところ,こちらも野生型に比べて発達段階の網膜血管新生が遅延していることを見つけました.この結果,Girdinのリン酸化が血管新生に促進的に作用することがわかりました.網膜の病的血管新生とGirdinつぎに,筆者らはこのGirdinの発現とリン酸化が,糖尿病網膜症や未熟児網膜症などの虚血性網膜疾患における新生血管の伸展にどのような影響を及ぼすのかに興味を抱き,実験を進めることにしました.この実験では,一般によくマウスの実験で用いられているOIR(酸素誘発網膜症)モデルを使用しました.その結果,Girdin+/.マウスおよびGirdinSA/SAマウスのOIRモデルでは,野生型のそれに比べて,網膜の病的新生血管が少ないことを突き止めました.虚血性網膜疾患における新生血管に対しても,Girdinの発現とリン酸化は促進的に働いている可能性が示されたのです.さらに,加齢黄斑変性における脈絡膜新生血管(CNV)の実験的モデルであるレーザー誘発CNVモデルを用いて上記と同じ遺伝子改変マウスのCNVを測定したところ,やはりGirdin+/.マウスおよびGirdinSA/SAマウスのCNVは野生型マウスのCNVに比べて有意に小さいことがわかりました.この結果,加齢黄斑変性のCNVに対してもGirdinの発現とリン酸化は促進的に働いている可能性が示されました.以上から,Girdinは網膜の主要な病的血管新生に深くかかわっている分子であることが推察されました.近年,ベバシズマブやラニビズマブを用いた抗VEGF療法が定着してきましたが,今後Girdinを含めたVEGFシグナリングの下流に存在する分子機能が明らかになるにつれ,それらをターゲットにした治療法の開発が進むかもしれません.以上の筆者らの実験は,名古屋大学医学部腫瘍病理学教室の高橋雅英教授との共同実験です.この実験結果を含んだ論文は,現在英文雑誌に投稿中ですが,この記事が出るころには発行されていると思いますので,皆さんご興味がございましたら読んでみてください.文献1)AckahE,YuJ,ZoellnerSetal:Akt1/proteinkinaseBaiscriticalforischemicandVEGF-mediatedangiogenesis.JClinInvest115:2119-2127,20052)EnomotoA,MurakamiH,AsaiNetal:Akt/PKBregulatesactinorganizationandcellmotilityviaGirdin/APE.DevCell9:389-402,20053)KitamuraT,AsaiN,EnomotoAetal:RegulationofVEGF-mediatedangiogenesisbytheAkt/PKBsubstrateGirdin.NatCellBiol10:329-337,20084)EnomotoA,AsaiN,NambaTetal:Rolesofdisruptedin-schizophrenia1-interactingproteingirdininpostnataldevelopmentofthedentategyrus.Neuron63:774-787,2009■「Girdinの生理的および病的網膜血管新生における役割」を読んで■―VEGFシグナリング下流の探索―今回は名古屋大学眼科の米今敬一先生による血管内として大変大きな進歩と考えます.そして,VEGF皮増殖因子(VEGF)の作用の分子メカニズムについは多様な作用をもっていますが,それを明らかにするての解説です.VEGFが眼内の血管新生についてのことで,疾患の治療の有効性(血管新生を抑制するこキー・モレキュールであることは周知の事実です.そと)と安全性(血管の生理的な作用を阻害しないこと)れは基礎実験と臨床的な実績(抗VEGF薬が加齢黄の両立を目指した治療法開発のスタートラインになる斑変性や未熟児網膜症,糖尿病黄斑浮腫に治療効果をかもしれないとても大切な発見であると考えます.もつこと)によって証明されてきました.今回はその米今先生の研究の方向性は,今後ほかの分子の作用分子メカニズムとして細胞内へ影響を及ぼす分子としについても大きな影響を与える素晴らしい研究と考えてGirdinが新しく解明されたことを紹介していただます.VEGFはそれ自体が多様であると同時にいろきました.今後,新しい治療薬を開発するターゲットいろなサイトカインと相互に作用を及ぼしあいます1246あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(70) (クロストーク).それにより抗VEGF薬により思わすることになると考えます.今回の研究がますます発ぬ副作用が出ることを予想したり対策を考える基礎と展し,眼科医療に大きな貢献をされることを期待してなるかもしれません.また,VEGFに限らず多くのおります.サイトカインが治療薬開発のターゲットとして研究を山形大学医学部眼科学山下英俊進める際の方法としてきわめて重要な研究戦略を提供☆☆☆(71)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121247