特集●屈折と調節アップデート―眼科診療におけるMissingData―あたらしい眼科31(5):651.657,2014特集●屈折と調節アップデート―眼科診療におけるMissingData―あたらしい眼科31(5):651.657,2014検影法による調節検査─動的検影法(DynamicRetinoscopy)ObjectiveAssessmentofAccommodativeFunctionUsingRetinoscope(DynamicRetinoscopy)長谷部聡*はじめに―なぜ他覚調節検査が必要か?強い調節調節検査としては,まず思い浮かぶのは近見視力表と近点計であろう.しかし,これらは視力または像のボケを基準とする自覚的検査法であり,調節の異常を正確に把握できるとは限らない.たとえば,眼球光学系は約±0.5Dの焦点深度を持つが,この範囲であれば調節反応調節反応(D)調節安静位調節ラグ100%が不足していても明視可能である.また像がボケた状態に長期間慣らされると,ボケに対する感覚的寛容(bluradaptation)が起こる.このため自覚的調節検査では,しばしば調節力は過大評価される1.4).調節反応は,視距離の変動(外乱)に応じて水晶体の屈折力を変化させ,網膜像をクリアに保つ,いわばフィードバック制御系である.しかし神経学的な制御であるため,健常者であっても一定の定常誤差がみられる(図1).像のボケに関する視覚的情報が何もない状況(絶対暗室や均一視野)では,調節は遠点に対し0.5.1.5D近方に位置する(調節安静位).調節刺激が与えられる(視距離が短くなる)と調節反応が起こるが,調節安静位を境として次第に反応は鈍り,近見では生理的な低調節(調節ラグ)が発生することになる.調節ラグの起こり方は,視距離,調節力,屈折度,視力,眼位,視標の特徴など,さまざまな影響を受けている.したがって,調節異常を診断するには,自覚的調節検査によって明視域を求めるのみでは不十分であり,他覚的な調節検査によって調節反応曲線のプロファイルを明らかにする必要がある.1.0より調節刺激(D)近くを見る図1健常者の調節反応曲線近年では他覚的調節測定装置〔アコモレフSpeedy-i(ライト製作所),ARK-1(ニデック)〕が市販されている.また両眼開放型のオートレフWam5500(グランドセイコー)に外部視標を組み合わせれば,調節反応を調べることができる.しかし残念ながら,これらの装置は,片眼視での測定であったり,内部視標を用いたり,必ずしも日常視における調節反応を反映しているとはいえない.また検査には時間を要し,協力が得られにくい乳幼児を検査対象とすることはむずかしい.動的検査影法(dynamicretinoscopy)は古くから繰り返し検証されてきた他覚的調節検査法であり,手技は大変シンプルで,日常診療において応用範囲が広い5,6).本稿では動的検査影法の原理,方法,さらに応用法について解説する.01.0*SatoshiHasebe:川崎医科大学眼科学2教室〔別刷請求先〕長谷部聡:〒700-8505岡山市中山下2-1-80川崎医科大学附属川崎病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(25)651ffffff患者観察者逆行中和同行ABC図2検影法の基本原理光束を左から右へ振ったときの眼底反射を示す.矢頭はレチノスコープの位置を示す.I静的vs.動的検影法動的検影法は,屈折度を求める静的検影法(staticretinoscopy)と原理は同じであるが,後者が調節を行わない状態または調節麻痺下で実施する屈折検査であるのに対し,前者は調節力をフルに働かせた状態で行う点で異なる.検影法の原理は単純で,被検者のフォーカス(f)がレチノスコープより遠方にあれば眼底からの反射光は同行(図2A,開散光の場合),レチノスコープの距離にあれば中和(図2B),レチノスコープより近方にあれば逆行を示す(図2C)というものである.この原則は,静的検影法も動的検影法も変わらない.もし無限遠方から検影法を行うことができれば,屈折度を求めることができる(図3上段).検眼の焦点が有限距離にあれば(f1),眼底反射は逆行を示すので近視と診断できる.焦点が無限遠方にあれば(f2),中和を示すので正視と診断できる.焦点が無限遠よりさらに遠方にあれば,同行を示すので,遠視と診断できる.近視や遠視がみられた場合は,眼底反射が中和を示す矯正レ∞50cm観察者+2D光学的に等価レチノスコープ患者観察者f1f2f3図3静的検影法の概念図f1:近視,f2:正視,f3:遠視を示す.ンズの度数を求めることで,屈折度(ジオプトリー)が得られる.実際には,無限遠方から眼底反射光を観察することはできないので,等価な光学系として,+2.00Dの前置レンズと50cmのワーキング距離が必要となる(図3下段).したがって静的検影法を行う際には,「無652あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(26)限遠方から眼底の反射光を観察している」とイメージすると,眼底反射の動きと屈折の関係をイメージしやすい.II動的検影法の実際動的検影法では,調節視標をできるだけレチノスコープに近くかつ同軸上に置き,患者に視標をはっきり見るよう促しながら検影法を行う(+2Dの前置レンズは使用しない).読書距離である30cmや40cmの距離で検査することが多いが,任意の距離で検査可能である.1mの検査距離であれば1Dの調節刺激に対する調節反応を,20cmの検査距離であれば5Dの調節刺激に対する調節反応を評価できる.調節視標は十分な調節反応を引き出すために,高解像度で高コントラストの調節視標を用いることが不可欠である.筆者は8ポイントの数字をレーザープリンタで印字し,レチノスコープの枠に貼り付け,被検者に読ませている(図4).検査対象が乳幼児なら,小さな絵やオモチャを用いて,患児の注意を喚起する声かけを行いながら検査する(図5).レチノスコープの光源やペンライトは高空間周波数成分を含んでおらず,調節視標としてまったく不適当であるので注意が必要である.室内が暗いほうが眼底反射を観察しやすいが,調節視標がはっきり見える明るさを保つ必要がある.調節反応の検査は通常眼鏡矯正下で行い,後述する弱視・斜視のスクリーニングでは裸眼,両眼開放下で検査する.眼底反射の動きを観察し,もし同行すれば焦点は調節視標(レチノスコープ)より後方にあるので,調節の不足と判断できる(図6A).中和すれば,焦点は調節視標上にあるので,調節は適正と判断できる(図6B).逆行すれば焦点は調節視標より近方にあるので,調節過剰と判断できる(図6C).結果を解釈するうえで,健常者でも0.5.1Dの調節ラグが観察されることに注意すべき図4レチノスコープに貼り付けた調節視標の例AB図5手持ち調節視標の例視標(矢印)は,レチノスコープ近い位置で同軸になるように保持する.(27)あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014653ffffff患者観察者逆行中和同行調節不足調節過剰調節視標調節が正確ABC図6動的検影法の概念図光束を右へ振ったときの眼底反射を示す.レチノスコープの前に置いた調節視標に対し,患者に調節を促しながら検影法を行うことで調節の状態を評価できる.である(図1).したがって観察者は,多くの症例で眼底反射が同行を示すことに気づくはずである.そこで,同行によって示される調節不足が,病的な調節不全なのか,生理的な調節ラグに基づくものかを鑑別する必要が出てくる.鑑別に使用されるのがNottの動的検影法である7,8).IIINottの動的検影法による定量的調節検査眼底反射光が同行する場合(図7A)には,調節視標の位置を変えないで,眼底反射が中和されるまでレチノスコープごと観察者は後方へ移動する(図7B).中和が得られた距離と調節視標の距離の差が調節ラグの大きさに相当する.たとえば,調節視標を眼前25cm(4D)に置いたとき,眼前33cm(3D)で中和が得られれば,4Dの調節刺激に対する調節ラグは1Dである.生理的な調節ラグの範囲であろう.もし50cm(2D)で中和が得られれば,調節ラグは2Dとなり調節不全と診断できる.乳幼児を検査対象とする場合,レチノスコープを後退させるより,調節視標を患児に近づけるほうが調節反応を惹起しやすい.調節視標を持った左手を,眼前で前後させながら,反射反射のパターンを観察するのが良い.視標を3.5cm前進させて(図5B)同行のパターンが続くなら,病的な調節不全と診断できる.調節誤差の定量にはこの他,MEM動的検影法(monocularestimatemethod)などが使用される.光束を振る瞬間に眼前にレンズを置き,中和を得られるレンズの度数をもって調節誤差を求める.調節ラグだけではなく,凹レンズを用いて調節の過剰(調節リード)を定量できる.しかし瞬間的(<0.5秒)に判断しないと,前置レンズに対して調節反応が起こり,検査は不正確になる7,8).IV動的検影法の応用例動的検影法は他覚的調節検査法として位置づけられる.しかし眼科診療では,むしろ屈折異常の診断や方針決定あるいは弱視・斜視のスクリーニングに利用されることが多い.654あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(28)ff調節視標調節ラグ量同行中和患者観察者調節ラグAB図7Nottの動的検影法による調節誤差(ラグ)の定量光束を右へ振ったときの眼底反射を示す.調節視標とレチノスコープ間の距離が調節誤差(ラグ)に相当する.1.屈折異常のスクリーニング静的検影法で屈折検査をする場合,眼前に前置レンズをかざす必要がある.そのため乳幼児では,しばしば検査は困難になる.拘束下に検査しても,視軸と観察軸が一致しないと,網膜周辺部の屈折検査を行うことになり,斜乱視(off-axisastigmatism)も介入する.動的検影法では前置レンズの必要がなく,離れた距離から検査するため,はるかに患児の協力が得られやすい.30cmの検査距離で動的検影法を行い,眼底反射が逆行を示せば(図8),患眼の焦点(調節遠点)は調節視標より近方にある..3Dより強い近視があると判断できる(.3Dよりも軽い近視,正視,遠視の場合は,同行または中和を示す).つぎに観察者は調節視標とともに検眼に近づき,初めて中和が得られる検査距離を調べる.距離の逆数が近視の度数である(20cmで中和したなら.5Dの近視).逆に眼底反射が逆行を示した場合,乳幼児で最も可能性の高いのは,代償不全を起こしている遠視である.調節麻痺下の屈折検査を行い,遠視がみられた場合は矯正眼鏡を処方すべきである.遠視がみられないとき,また遠視の矯正眼鏡を装用してもなお,1Dを越える調節ラグがみられるようなら,累進屈折力眼鏡により,調節力を補助する必要があるかもしれない.小児麻痺9)や(29)100cm50cm30cm25cm20cm15cm図8-5Dの近視で予想される眼底反射のパターン100.15cmの検査距離で,光束を右へ振ったときの眼底反射を示す.Down症候群10)では高頻度に調節不全がみられることが報告されており,また近年ではラーニング・ディスアビリティーの原因として小児期の調節障害が注目されている.あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014655同行中和中和中和同行同行BCA図9弱視や斜視が疑われる眼底反射パターン光束を右へ振ったときの眼底反射を示す.A:左眼の遠視性不同視弱視,B:左眼の斜視弱視,C:偽斜視と誤診されやすい調節性内斜視.2.弱視・斜視のスクリーニング弱視の分類として,屈折性弱視,不同視弱視,斜視弱視,形態覚遮断弱視などがある.いずれの場合も,早期発見,早期治療が原則である.動的検影法は,弱視や斜視をスクリーニングするうえで強力な検査法になる.動的検影法を行い,眼底反射が中和を示し,中和によって得られたクリアな徹照像の中央に角膜反射がみられたならば,上記の原因による弱視の可能性はきわめて少ないといえる.強度の屈折異常があれば,前述のように中和(徹照像)は得られない.不同視があれば,眼底反射のパターンには両眼で差がみられる.右眼で中和,左眼で同行する場合(図9A),右眼は調節視標上,左眼は調節視標より遠方に焦点が位置することになる.左眼の遠視性不同視弱視が疑われるため,調節麻痺下の屈折検査を行い,眼鏡による完全矯正を考える.徹照像が得られれば,角膜反射像の観察(Hirschberg法)が容易になる.図9Bの状態で,交代視がみられな656あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014ければ,左眼の斜視弱視の可能性が高い,健眼遮閉治療を考慮すべきである.先天性白内障など形態覚遮断弱視の原因となる疾患も徹照像により発見されやすい.図9Cに,内斜視の疑いで紹介された乳児を例示した.一見内斜視にみえるが,角膜反射は両眼とも瞳孔中心に位置し,偽斜視の可能性がある.ところが眼底反射は同行を示しており,検査時に十分な調節が働いていないことを物語っている.偽斜視と診断するには,調節性内斜視の可能性を否定する必要がある.3.調節麻痺効果の確認眼科診療において,点眼液による調節麻痺効果は,十分な散瞳をもって確かめられることが多い.しかし,調節麻痺作用と散瞳作用とは必ずしも経時的にパラレルでなく,たとえばミドリンRPの散瞳作用は点眼後6時間持続するが,調節麻痺作用は30分でピークとなり,その後速やかに失われる.調節麻痺効果の確認には,視標の距離を変えながら動的検影法を行い,眼底反射のパターンが変わらないことをみるのがよい.4.近見加入度数の評価動的検影法を用いれば,近用眼鏡や多焦点眼鏡の加入度数が適切かどうか評価できる.患者の日常的な読書距離を検査距離として,眼鏡装用下で調節視標の文字を読ませる.眼底反射が同行すれば,焦点は視標より遠方にあり,調節不足である(図10A).中和すれば,焦点は調節視標上にあり,完全矯正である(図10B).しかし健常者の調節ラグが0.5.1Dであることを考慮すれば,中和を示す加入度数は実質的過矯正と考えられる.Nott動的検影法を利用して0.5.1Dの調節ラグが得られるレンズを求めることで,最適な近見加入度数を得ることができる.おわりにBostonChildren’sHospitalの主任眼科医DavidHunterが指摘するように,これまで調節は眼科診療においてmissingdata(欠落情報)であった.調節異常は,調節と輻湊の相互連関を介して輻湊運動に影響するため,像のボケ,複視,眼精疲労などのさまざまな眼症状の原因(30)ff調節視標Add:+1.00DAdd:+2.00D患者観察者同行AB図10近見加入度数の評価の例光束を右へ振ったときの眼底反射を示す.加入度数+1D(A)では不足,+2D(B)では過剰である.となる.日常診療において,この欠落情報を可視化するうえで,動的検影法は極めて有用なツールである.文献1)AtchisonDA,CapperEJ,McCabeKL:Criticalsubjectivemeasurementofamplitudeofaccommodation.OptomVisSci71:699-706,19942)LeonAA,MedranoSM,RosenfieldM:Acomparisonofthereliabilityofdynamicretinoscopyandsubjectivemeasurementsofamplitudeofaccommodation.OphthalmicPhysiolOpt32:133-141,20123)Mon-WilliamsM,TresilianJR,StrangNCetal:Improvingvision:neuralcompensationforopticaldefocus.ProcBiolSci265:71-77,19984)CufflinMP,MankowskaA,MallenEA:Effectofbluradaptationonblursensitivityanddiscriminationinemmetropesandmyopes.InvestOphthalmolVisSci48:2932-2939,20075)GuytonDL,OConnorGM:Dynamicretinoscopy.CurrOpinOphthalmol2:78-80,19916)HunterDG:Dynamicretinoscopy:themissingdata.SurvOphthalmo46:269-274,20017)LockeLC,SomersW:Acomparisonstudyofdynamicretinoscopytechniques.OptomVisSci66:540-544,19898)AlmubradT,OgbuehiKC:NottandMEMdynamicretinoscopy:Cantheybeusedinterchangeably?ArchMedSci2:85-89,20069)LeatSJ:Reducedaccommodationinchildrenwithcerebralpalsy.OphthalmicPhysiolOpt16:385-390,199610)HaugenOH,HovdingG:StrabismusandbinocularfunctioninchildrenwithDownsyndrome.Apopulation-based,longitudinalstudy.ActaOphthalmolScand79:133-139,2001(31)あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014657