‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

円錐角膜に原因不明の網膜ジストロフィが合併した1例

2012年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科29(6):863.868,2012c円錐角膜に原因不明の網膜ジストロフィが合併した1例山添克弥横田怜二堀田順子堀田一樹亀田総合病院眼科ACaseofKeratoconuswithRetinalDystrophyKatsuyaYamazoe,ReijiYokota,JunkoHottaandKazukiHottaDepartmentofOphthalmology,KamedaMedicalCenter円錐角膜に網膜ジストロフィが合併した症例を経験した.症例は53歳,男性.30年前に円錐角膜を指摘された.2年前より両眼視力低下を自覚し,精査目的で当科紹介受診.細隙灯顕微鏡所見,角膜形状解析の結果より円錐角膜と診断した.両眼底には,後極に限局した境界不鮮明な網膜色素上皮萎縮がみられ,フルオレセイン蛍光眼底造影では後極病変に一致したwindowdefectを示した.全視野刺激網膜電図で錐体系,杆体系ともに軽度の振幅低下,brightflashでa波の保たれた陰性型を示した.多局所網膜電図では中心部で高度の感度低下を示した.遺伝子検査は施行していないが,原因不明の網膜ジストロフィと診断した.円錐角膜では網膜変性疾患の合併を考慮する必要がある.角膜移植適応例で,術前に眼底評価がむずかしい症例では,網膜電図を施行し,網膜変性疾患の有無を評価しておく必要がある.Wereportacaseofkeratoconuswithretinaldystrophy.Thepatient,a53-year-oldmale,wasreferredtouswithcomplaintofblurredvisioninbotheyes.Hewasdiagnosedaskeratoconus,whichhadbeenpointedout30yearsearlier,byslit-lampbiomicroscopeexaminationandcornealtopography.Botheyesshowedatrophyoftheretinalpigmentepitheliumattheposteriorpole,withcorrespondingwindowdefectonfluoresceinangiography.Full-fieldelectroretinography(ERG)discloseddiminishedrodandconeresponse.MultifocalERGshowedamplitudedecreaseinthecentralarea.Althoughgenetictestingwasnotperformed,wediagnosedatypicalretinaldystrophy.Thiscasesuggeststhatretinaldystrophymaybepresentinkeratoconus.Incaseswhichkeratoplastyisplanned,particularlyiffundusassessmentisdifficult,ERGshouldbeperformedpreoperatively.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):863.868,2012〕Keywords:円錐角膜,網膜ジストロフィ,網膜電図.keratoconus,retinaldystrophy,electroretinogram.はじめに円錐角膜は角膜菲薄化とそれに伴う前方偏位を特徴とする非炎症性角膜拡張症で,さまざまな関連疾患が知られている1).アトピー性皮膚炎やDown症候群,Marfan症候群などの全身疾患や,春季カタルや無虹彩症,網膜変性疾患などの眼疾患がみられる1).円錐角膜に合併した網膜変性疾患の報告として網膜色素変性症は散見される2,3)が,黄斑ジストロフィの報告は非常に少なく,筆者らの渉猟する限り錐体ジストロフィ4,5),錐体杆体ジストロフィ6)の3症例のみである.今回筆者らは円錐角膜患者に原因不明の網膜ジストロフィを合併した症例を経験したので報告する.I症例患者:53歳,男性.主訴:両眼視力低下.現病歴:30年前に某大学付属病院で円錐角膜の診断を受け,4年間通院したが,その後自己中断していた.2年前より両眼視力低下を自覚して近医を受診し,眼底異常を指摘されたが詳細は不明.2006年9月当院膠原病内科より視力低下自覚の精査目的で眼科紹介受診した.既往歴:肺癌(腺癌),慢性関節リウマチ(クロロキン使用歴はない).家族歴:特記事項なし(近親婚なし).初診時所見:視力は右眼(0.09×.2.0D(cyl.3.0DAx〔別刷請求先〕山添克弥:〒296-8602鴨川市東町929亀田総合病院眼科Reprintrequests:KatsuyaYamazoe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KamedaMedicalCenter,929Higashi-cho,Kamogawa-shi296-8602,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(141)863 30°),左眼(0.03×cyl.8.0DAx180°).眼圧は右眼11mmHg,左眼8mmHg.両眼角膜の実質深部の線条,左眼角膜中央部の突出,菲薄化がみられた(図1).中間透光体には異常はみられなかった.眼底は両眼とも黄斑部からやや耳側にかけて4乳頭径大円形の黄色に色調変化した網膜色素上皮萎縮がみられた(図2).周辺部に色素沈着や血管狭細化などの明らかな異常はみられなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)では,後極病変に一右眼左眼図1前眼部写真両眼角膜の実質深部の線条,左眼角膜中央部の突出,菲薄化がみられた.図2眼底写真(左:右眼,右:左眼)両眼黄斑部からやや耳側にかけて4乳頭径大円形の粗.な色調変化した網膜色素上皮萎縮がみられた.864あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(142) 致したwindowdefectを示した(図3).光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では黄斑部網膜に網膜色素上皮層および神経網膜層の菲薄化がみられた(図4).角膜形状解析(TMS-4)で右眼は上耳側,左眼は中央よりやや下耳側に急峻な曲率部分を認め,Fourier解析で角膜中央の非球面性と非対称性の増加を認めた.Keratoconusscreeningsystemでは,KCI(keratoconusindex)は右眼58.2%,左眼92.2%,KSI(keratoconusseverityindex)は右眼50.2%,左眼76.1%であった(図5).Goldmann視野検査で中心10.25°に病変部に一致した比較暗点を認めた.全01:0601:34図3蛍光眼底造影写真(左:右眼,右:左眼)後極病変に一致した範囲でwindowdefectによる過蛍光がみられた.図4OCT像(左:右眼,右:左眼)黄斑部網膜に軽度菲薄化がみられた.図5角膜形状解析(TMS-4)右眼(左)は上耳側に急峻な部分を認める.左眼(右)は中央よりやや下耳側に急峻な部分を認める.(143)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012865 視野刺激網膜電図(electroretinogram:ERG)で錐体系,杆体系ともに軽度の振幅低下を示した.Blightflashでa波の保たれた陰性型を示し,長時間刺激ERGでoff反応は保たれていたが,on反応は極端に減弱していた(図6).多局所ERGで全体に高度の感度低下を示した(図7).色覚検査はパネルD-15を含め識別不能であった.以上から,円錐角膜SingleflashRodConeFlickerOn-Off図6全視野刺激ERG錐体系,杆体系ともに軽度の振幅低下を示すのみであった.Blightflashではa波の保たれた陰性型を示し,広範ではあるが網膜内層機能に限局した障害が疑われた.RL正常本症例に合併した網膜ジストロフィを疑った.II考察円錐角膜の診断は,細隙灯顕微鏡と角膜形状解析から行われる.典型例では,細隙灯顕微鏡検査では視軸よりやや下方を頂点とする角膜の円錐形の突出および角膜実質の菲薄化がみられ,角膜形状解析では局所の急峻化,非対称性を呈する1).本症例の右眼はKeratoconusscreeningsystemでは典型的な円錐角膜形状を示していると言い難いが,左眼の細隙灯顕微鏡,角膜形状解析の所見から円錐角膜症例と診断した.また,円錐角膜は,思春期に発症することが多く,一般的には緩徐な進行で,30.40代までには進行が停止すると考えられている.本症例はすでに53歳であることから,数年前から進行した視力低下の原因が円錐角膜の進行に伴うものとは考えにくく,中間透光体や眼底疾患の関与を疑った.水晶体や硝子体に明らかな混濁はなかったが,検眼鏡的に黄斑部に限局した萎縮性病変(網膜色素上皮萎縮)がみられた.全視野刺激ERGでは錐体系および杆体系応答の軽度低下,多局所ERGでは周辺部の錐体機能は保たれていたものの黄斑部全体に広範な振幅低下がみられた.また,全視野刺激ERGで陰性型を示し,長時間刺激ERGでoff反応は保たれていたが,on反応は極端に減弱していたことから,広範な網膜内層障害が生じていると考えられた.錐体系および杆200nV080ms200nV080ms図7多局所ERG(左:右眼,右:左眼)全体に高度の感度低下を認めたが,最周辺部の一部は比較的振幅が保たれ,周辺部錐体機能の維持が確認できる.866あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(144) 体系応答がある程度保たれ,骨小体様色素沈着や血管の狭細化,視神経乳頭の蒼白化といった網膜色素変性に特徴的な眼底所見もみられないことから,中心型を含む網膜色素変性症や錐体ジストロフィ,錐体杆体ジストロフィなどの定型的網膜変性疾患は否定的であった.また,比較的黄斑周囲に限局した疾患のうち中心性輪紋状脈絡膜萎縮は,多局所ERGで中心窩を避けた応答密度の低下を示し,病後期には後極部病変(特に脈絡膜萎縮)の境界が鮮明となることから7),本症例とは異なる.また,萎縮型加齢黄斑変性では,本症例のようにERGで陰性型を示すことはない.リウマチ関節炎に対して使用されることがあるクロロキンは体内蓄積に伴い網膜症を起こすことが知られている8)が,本症例では服用歴がない.肺癌の既往があり,癌関連網膜症も鑑別診断として考えられるが,夜盲や網膜色素変性様の眼底所見,極端に応答の低下したERG所見などはみられなかった.また,卵黄状黄斑ジストロフィやStargardt病,若年網膜分離症などの定型的黄斑ジストロフィは原因遺伝子がほぼ単一で,遺伝子検査が診断に有用である.本症例の遺伝子検査は施行していないが,これら定型的黄斑ジストロフィとは明らかに臨床像が異なる.他に,陰性型のERGを示す先天停在性夜盲,網膜血管閉塞性疾患とも明らかに臨床像が異なる.また,患者の希望で血縁者の検査協力も得られていないが問診上,高度視力低下のある親族はいない.若年性,両眼対称性の萎縮型黄斑変性で陰性型のERGを示し以上の疾患を除外できることより,遺伝的裏付けはないが,原因不明の網膜ジストロフィと推測した.円錐角膜に合併する網膜疾患として,網膜色素変性2,3)やLeber先天盲9),黄斑コロボーマ(黄斑形成不全,無形成)10)などが報告されている.円錐角膜に合併した黄斑ジストロフィとして,錐体ジストロフィ4,5),錐体杆体ジストロフィ6)が報告されている.これらの疾患は,これまで多数の原因遺伝子が報告されており,遺伝子異常の点から円錐角膜との関連を考察する.錐体ジストロフィ,錐体杆体ジストロフィの原因遺伝子とされるCRX遺伝子11,12)は,Leber先天盲もひき起こすとされる13).Leber先天盲の原因遺伝子は,ほかにRPE65,GUCY2D,AIPL1,CRB1,RPGRIP1などがあり,視細胞や色素上皮細胞の機能や構造の維持に関与する13).McMahonら14)は遺伝子診断されたLeber先天盲16例を検討し,円錐角膜を伴っていた5例にはCRB1またはCRX遺伝子の異常がみられたと報告している.これらの遺伝子は,網膜色素変性の原因遺伝子でもあり15),円錐角膜発症に関与する可能性が示唆される.Wilhelmus4)は円錐角膜と進行性錐体ジストロフィの合併例の報告で,角膜と網膜の変化を起こす原因は,細胞外マトリックス再構築を制限する遺伝子の異常であると推察している.本症例においても,網膜と角膜の両者に影響を与える遺伝子異常が関与している可能性があるが,両者に共通の遺伝子異常は見つかっていない.一方,Foglaら6)による円錐角膜に対する角膜移植後に錐体杆体ジストロフィと診断された症例の報告では,術前には屈折異常,角膜混濁のため眼底評価が困難であったとしている.Moschoら3)も,円錐角膜223眼の全視野刺激網膜電図を検討し,6眼で消失型または明らかな異常b波がみられ,その6眼のうち角膜移植を施行した2眼はいずれも視力は改善しなかったと報告している.本症例では角膜混濁はみられず眼底評価は比較的容易であったが,角膜移植を必要とする症例ではときに高度角膜混濁などのため眼底評価がむずかしい.網膜電図は中間透光体の混濁に左右されず,術前の電気生理学的評価が術後の予後を予測するために有用であると思われた.今回筆者らは,円錐角膜を伴った非定型的な網膜ジストロフィを経験した.陰性波から網膜内層の広範な機能障害の可能性を考慮すると,今後広範な網膜変性疾患へ進展する可能性もあり経過を観察していく必要がある.極端に視力不良の円錐角膜では合併する網膜変性疾患の可能性を念頭に置くべきである.角膜移植の適応判断の一助に網膜電図やOCTなど網膜病変の評価をしておく必要がある.文献1)許斐健二,島﨑潤:円錐角膜総論.あたらしい眼科27:419-425,20102)尾崎憲子,原彰,多田知子:網膜色素変性症に円錐角膜が合併した1症例.眼臨88:347-352,19943)MoschosM,DroutsasD,PanagakisEetal:Keratoconusandtapetoretinaldegeneration.Cornea15:473-476,19964)WilhelmusKR:Keratoconusandprogressiveconedystrophy.Ophthalmologica209:278-279,19955)YehS,SmithJA:Managementofacutehydropswithperforationinapatientwithkeratoconusandconedystrophy:casereportandliteraturereview.Cornea27:10621065,20086)FoglaR,IyerGK:Keratoconusassociatedwithcone-roddystrophy:acasereport.Cornea21:331-332,20027)湯沢美都子,若菜恵一,松井瑞夫:中心性輪紋状脈絡膜萎縮症の病像の検討.臨眼37:453-459,19838)HobbsHE,SorsbyA,FreedmanA:Retinopathyfollowingchloroquinetherapy.Lancet3:478-480,19599)HeherKL,TraboulsiEI,MaumeneeIH:ThenaturalhistoryofLeber’scongenitalamaurosis:age-relatedfindingsin35patients.Ophthalmology99:241-245,199210)FreedmanJ,GombosGM:Bilateralmacularcoloboma,keratoconus,andretinitispigmentosa.AnnOphthalmol3:644-645,197211)FreundCL,Gregory-EvansCY,FurukawaTetal:Coneroddystrophyduetomutationinanovelphotoreceptor-specifichomeoboxgene(CRX)essentialformaintenanceofthephotoreceptor.Cell91:543-553,1997(145)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012867 12)KitiratschkyVB,NagyD,ZabelTetal:Coneandcone-14)McMahonTT,KimLS,FishmanGAetal:CRB1generoddystrophysegregatinginthesamepedigreeduetomutationsareassociatedwithkeratoconusinpatientsthesamenovelCRXgenemutation.BrJOphthalmolwithLebercongenitalamaurosis.InvestOphthalmolVis92:1086-1091,2008Sci50:3185-3187,200913)池田康博:Leber先天盲(Leber先天黒内障).あたらしい15)堀田喜裕,中西啓:網膜色素変性とUsher症候群の遺伝眼科28:921-925,2011子診断.あたらしい眼科28:907-912,2011***868あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(146)

Fuchs 虹彩異色性虹彩毛様体炎による続発緑内障の連続8症例

2012年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科29(6):859.862,2012cFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎による続発緑内障の連続8症例芝大介*1,2狩野廉*2,3桑山泰明*2,3*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2大阪厚生年金病院眼科*3福島アイクリニックClinicalCourseofEightConsecutiveCasesofSecondaryGlaucomaRelatedtoFuchsHeterochromicIridocyclitisDaisukeShiba1,2),KiyoshiKano2,3)andYasuakiKuwayama2,3)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)OsakaKoseinenkinHospital,3)FukushimaEyeClinicDepartmentofOphthalmology,目的:Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎に関連した続発緑内障の臨床経過を報告すること.対象および方法:2000年1月から2004年12月までの5年間に,続発緑内障の治療目的で大阪厚生年金病院眼科(以下,当科)を受診した患者で,原疾患がFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎と診断された8例8眼を対象とした.診療録をもとにこれら8眼の臨床経過を調査した.結果:全8例とも前医で治療を受けていたが,うち1例のみが前医でFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎と診断されていた.当科初診時の眼圧値は27.6±10.3mmHgで,Humphrey自動視野計のmeandeviation値は.8.53±6.76dBであった.薬物治療への反応は不良で,最終的に全8眼がマイトマイシンC併用トラベクレクトミーを受けた.結論:Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎に関連した続発緑内障は薬物治療に抵抗したが,濾過手術の経過は良好であった.Purpose:ToinvestigatetheclinicalcourseofsecondaryglaucomaassociatedwithFuchsheterochromiciridocyclitis(FHI).MaterialsandMethods:PatientstreatedforsecondaryglaucomaassociatedwithFHIatOsakaKoseinenkinHospitalfromJanuary2000toDecember2004werestudied.Includedwere8eyesof8patients.Results:Allpatientshadbeentreatedbythereferringophthalmologist,butonlyonepatienthadbeendiagnosedasFHI.Intraocularpressure(IOP)atfirstvisittoOsakaKoseinenkinHospitalwas27.6±10.3mmHg;meandeviationofHumphreyFieldAnalyzer30-2programwas.8.53±6.76dB.MedicaltreatmentscouldnotcontrolbothinflammationandIOP.All8eyesunderwenttrabeculectomywithmitomycinC.Conclusions:ThoughsecondaryglaucomaassociatedwithFHIwasresistanttomedicaltherapy,filtrationsurgerywaseffective.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):859.862,2012〕Keywords:Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎,続発緑内障,ぶどう膜炎,トラベクレクトミー.Fuchsheterochromiciridocyclitis,secondaryglaucoma,uveitis,trabeculectomy.はじめにFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎(Fuchsheterochromiciridocyclitis:FHI)は1906年にFuchsにより初めて記載された,虹彩異色,虹彩毛様体炎,白内障を主徴とする症候群である1).病因に関しては近年風疹ウイルスとの関連が指摘されているが,確定的ではない2.5).虹彩異色が特徴的な所見であるが,Tabbutら,Yangらの報告にあるとおり,有色人種では虹彩異色が目立たず,他のぶどう膜炎との鑑別が困難になることが多い6,7).わが国での正確な発症頻度は不明であるが,比較的まれであると考えられる8).また,緑内障を合併した場合にもFHIが原因疾患と診断されることはまれで,FHIに続発した緑内障が正確に認識される機会はわが国では少ないと筆者らは考える.本論文では,FHIに続発した緑内障の臨床像と治療経過を報告する.〔別刷請求先〕芝大介:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:DaisukeShiba,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(137)859 I対象および方法2000年1月から2004年12月までの5年間に,続発緑内障の治療目的で大阪厚生年金病院眼科(以下,当科)を受診した患者で,原疾患がFHIと診断された8例8眼を対象とした.FHIとの診断は以下のように行った.他に原因を特定できないぶどう膜炎で,角膜後面沈着物や前房内炎症といった虹彩炎所見があり,かつ患眼の虹彩紋理が健眼に比して葉脈状あるいは虫食い状に萎縮した症例をFHIと診断した.白内障の有無や虹彩異色は診断の基準とはしなかった.当科での平均経過観察期間は19±13カ月(3.40カ月)であった.当科初診までの診断と治療の内容,初診時の所見,および治療経過をレトロスペクティブに検討した.II結果対象患者は全員片眼性で右眼4眼,左眼4眼,性別は男性7例,女性1例であった.当科初診時の平均年齢は57±10歳(44.71歳)で,ぶどう膜炎ないしは緑内障を最初に指摘された年齢は43±12歳(25.63歳)であった.前医でぶどう膜炎がFHIと診断されていたのは1例のみで,他の5例はPosner-Schlossman症候群(およびその疑い)と,残りの2例は原因不明の虹彩炎と診断されていた.当科初診時には全例に角膜後面沈着物と軽度の前房内炎症を認めた.角膜後面沈着物は全例の形態や分布はさまざまであった.また,特徴的な片眼性のびまん性の虹彩萎縮はあっても,ラタノプロスト点眼の使用歴がある4例を含めて,肉眼的に虹彩異色を判定できた症例はなかった.プロスタグランジン関連点眼薬を使用していなかった,典型的な1例の前眼部写真を示す(図1).全例に対して初診時に隅角検査を施行した.虹彩前癒着は1例に存在したが,強膜岬までの低いテント状のもので,全例がShaffer分類3.4度の開放隅角眼であった.隅角結節および新生血管は全例で認めなかった.両眼とも手術既往のない7例で隅角色素沈着の程度を左右比較したところ,患眼>健眼が4例,患眼=健眼が1例,患眼<健眼が2例であった.明らかな隅角色素脱失を認めた例はなかった.白内障は2例に存在した.皮質白内障,核白内障のいずれか,または両方を認めたが,FHIに特徴的とされる後.下白内障例はなかった.当科初診時の患眼の眼圧は,全例で点眼薬および内服薬で眼圧下降治療中であったが,27.6±10.3mmHg(12.44mmHg)であった.当科での初期治療は,2例に緑内障手術,2例に水晶体再建術,4例に薬物治療であった.2例は前医で十分な消炎治療が行われていたため,当科での消炎治療の追加は施行せず,ただちに緑内障手術を施行した.水晶体再建術を施行した2例は,いずれも視機能を低下させる程度の水晶体混濁があった.緑内障および虹彩炎ともコントロール良好な状況であったため,超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を合併症なく施行した.しかし,2例とも術後に眼圧上昇を生じた.フィブリン析出などの強い炎症は伴わなかったが,軽度の前房内細胞が術後も遷延し,消退しなかった.眼圧下降治療,消炎治療にもかかわらず2例とも十分な眼圧下降が得られず,水晶体再建術より各々4カ月後と7カ月後に緑内障手術を追加で施行した.薬物治療をまず行った4例は点眼薬での眼圧下降治療と並行して,強力な消炎治療を副腎皮質ホルモン薬の点眼,結膜下注射,内服などで行った.しかし,いずれの症例も明らかな治療への反応を示さず,著明な眼圧上昇,それに続く視野障害の悪化を認めたため,濾過手術を行った.ただちに緑内障手術を施行しなかった6例の患眼の眼圧経過を図2に示した.当科受診後に濾過手術を施行するまでの期間は平均7.3カ月間(2.18カ月間)で,その期間の最高眼圧は43.7±10.5mmHg(24.53mmHg),最低眼圧は18.2±8.1mmHg(12.34mmHg)であった.いずれの患者も眼圧の変動が大きく,各例の経過中の最高眼圧と最低眼圧の差図1典型的な虹彩萎縮像の一例比較のために同一患者の同一条件での左眼の写真(右)も示す.軽度の虹彩異色が右眼にあるが,肉眼での識別は困難であると考えられた.虹彩に広範な葉脈状の萎縮が認められる.なお,本例ではプロスタグランジン系の緑内障点眼は使用していない.860あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(138) 眼圧(mmHg)605040302010:白内障手術0050100150200初診からの日数図2薬物治療中の眼圧経過緑内障手術を受けた時点でグラフは終了している.激しい眼圧上昇を繰り返した症例もみられた.いったん下降しても再上昇を示す症例が多かった.は25.5±9.7mmHg(12.40mmHg)であった.初診時に視野検査(Humphrey中心30-2プログラム)を施行したのは6例で,meandeviation(MD)値は.8.53±6.76dB(.15.89..0.33dB)であった.緑内障性視野障害が生じていたのは4例で,そのうち3例はMD値が.10dB以下まで低下していた.手術直前に施行した視野検査では,全6例とも緑内障性変化を認め,MD値は.13.05±10.23dB(.26.36..1.70dB)まで進行した.緑内障手術の内訳は,6例にトラベクレクトミー,1例にトラベクレクトミー白内障同時手術,1例には無水晶体眼であったためトラベクレクトミーと眼内レンズ縫着術との同時手術を施行した.トラベクレクトミーおよびトラベクレクトミー同時手術は,結膜切開は円蓋部基底結膜弁とし,二重強膜弁によって強膜トンネルを作製した.術後は2例に低眼圧黄斑症が生じた以外,全例術後経過良好で,眼圧変動も消失した.術後炎症は前房内細胞の遷延を全例で認めたものの,フィブリンの析出などの,強い炎症反応を示した例は存在しなかった.低眼圧黄斑症が生じた2例とも低眼圧黄斑症が遷延したため,以下のように追加手術を施行した.1例は,術後2カ月後に結膜を切開し強膜弁縫合を行ったところ高眼圧となったため,追加縫合をレーザー切糸し,再度低眼圧になった.その後は,経過中に進行した白内障に対し白内障手術を施行した.他の1例はトラベクレクトミー2カ月後に白内障手術を施行した.2例とも白内障手術後も低眼圧黄斑症が持続したので,結膜上より強膜弁縫合を再度追加し,2例とも低眼圧黄斑症は消失した.III考按JonesらのFHIに続発した緑内障27例の報告では,トラベクレクトミーないしは眼球摘出術の手術に至ったのは10眼であった9).しかし,今回の研究の対象となった8例は,薬物療法にもかかわらず,全例で最終的に濾過手術が必要と(139)なった.この相違は2つの研究対象の違いによると考えられる.Jonesらは緑内障の有無によらずFHIの集団を研究の対象にしているのに対し,難治な緑内障で当科を紹介受診した患者が本研究の対象である.したがって,本研究の対象患者はFHIによる続発緑内障の全体像とは異なる可能性がある.しかし,FHIによる続発緑内障は,本研究の8例のように眼圧変動が大きく高度な眼圧上昇を示し,濾過手術以外ではコントロールできない症例が少なくないと筆者らは推測する.視野障害に触れた報告は筆者らが検索したかぎり過去にはないが,本研究では8例中3例が当科初診時にHumphrey視野のMD値で.10dB以下に進行していた.FHIは片眼性が多いとはいえ,比較的若い年齢で視野障害が重症化する可能性がある.また,眼圧変動が激しいのみでなく,眼圧上昇時の眼圧レベルがきわめて高いため,治療中にも進行することにも注意を要する.このように本症による続発緑内障が進行性で難治であるのは,以下に述べる二つの大きな問題点があることが原因として考えられる.まず,診断が困難な点である.今回対象になった8例では,全例が続発緑内障と診断されてはいたものの,FHIと診断されていたのは1例のみであった.前医では4例がPosner-Schlossman症候群(およびその疑い)と診断されていた.虹彩異色の所見は有色人種では目立たないことが多い6).今回の8例でも,肉眼的な虹彩異色を伴ったものは存在しなかった.このため,発症好発年齢が比較的近く片眼性で眼圧変動が大きい点も一致する,Posner-Schlossman症候群とみなされることが多かったと考えられる.PosnerSchlossman症候群は自然寛解傾向があり緑内障性視神経障害をきたすことはまれである.このため,ひとたびPosnerSchlossman症候群と診断されれば,治療は消極的になる傾向があると考えられる.しかし,FHIは前述のごとく治療に抵抗性で,緑内障が進行することはまれではない.したがって,正しく診断がなされないと適切な治療を選択される機会を逸する可能性が高くなる.「虹彩異色」という名前に惑わされず特徴的な虹彩萎縮の所見を見逃さないことが大切である.薬物治療への反応が不良な場合にはFHIを疑うべきと考える.Posner-Schlossman症候群では,隅角色素が患眼のほうが少ない点が特徴とされているが,FHIに関して隅角色素の左右差を述べた報告はない.本研究では,手術既往のない7例のうち5例はむしろ患眼のほうが色素が多い傾向があった.この点も鑑別に有用であると筆者らは提案する.二つ目の問題点は,FHIに続発する緑内障は副腎皮質ステロイド薬などの薬物による消炎療法への反応が不良で,眼圧の変動が大きいことである.本研究において緑内障手術をせずに副腎皮質ステロイドなどによる消炎治療で眼圧コントあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012861 ロールを目指した6眼は,いずれも濾過手術に至った.さらに,続発緑内障の特徴である眼圧変動が大きい傾向が,本研究の対象症例でも顕著であった.眼科医の管理下にあっても本症による緑内障が進行したのは,眼圧変動が大きいために手術の決断が遅くなったのが一因と考える.Javadiらの報告では,FHI患者への白内障手術後の緑内障の発症は40眼中1例もなかったとある10).しかし,本研究では白内障手術を先に施行した2例とも術後に眼圧上昇を生じた.本研究の8例の眼圧変動はいずれも激しく,白内障手術が眼圧上昇の契機になったと結論づけることはむずかしいが,すでに続発緑内障を発症した患者では白内障手術の侵襲に対する反応が異なる可能性がある.白内障手術時には,術後の激しい眼圧上昇に備える必要があると考えられた.白内障手術の適応があって,眼圧経過が不安定な患者に対しては,トラベクレクトミーの同時手術も考慮に値するかもしれない.原因不明の片眼性の続発緑内障を診療する際には,両眼の虹彩や隅角をしっかりと観察し,FHIが原疾患である可能性を念頭に置くべきである.また,FHIによる続発緑内障に対しては,まずは薬物治療による消炎と眼圧下降治療を試みるべきである.しかし,反応が不良で消炎せず,眼圧下降が得られない場合は視野障害を悪化させる可能性があり,術後経過が良好と考えられるトラベクレクトミーを積極的に選択するべきと考えられた.文献1)JonesNP:Fuchs’heterochromicuveitis:Areappraisaloftheclinicalspectrum.Eye5:649-661,19912)QuentinCD,ReiberH:Fuchsheterochromiccyclitis:Rubellavirusantibodiesandgenomeinaqueoushumor.AmJOphthalmol138:46-54,20043)deGroot-MijnesJD,deVisserL,RothovaAetal:RubellavirusisassociatedwithFuchsheterochromiciridocyclitis.AmJOphthalmol141:212-214,20064)BirnbaumAD,TesslerHH,SchultzKLetal:EpidemiologicrelationshipbetweenFuchsheterochromiciridocyclitisandtheunitedstatesrubellavaccinationprogram.AmJOphthalmol144:424-428,20075)SuzukiJ,GotoH,KomaseKetal:RubellavirusasapossibleetiologicalagentofFuchsheterochromiciridocyclitis.GraefesArchClinExpOphthalmol248:1487-1491,20106)TabbutBR,TesslerHH,WilliamsD:Fuchs’heterochromiciridocyclitisinblacks.ArchOphthalmol106:16881690,19887)YangP,FangW,JinHetal:ClinicalfeaturesofchinesepatientswithFuchs’syndrome.Ophthalmology113:473480,20068)藤村茂人,蕪城俊克,秋山和英ほか:東京大学病院眼科における内眼炎患者の統計的観察.臨眼59:1521-1525,20059)JonesNP:GlaucomainFuchs’heterochromicuveitis:Aetiology,managementandoutcome.Eye5:662-667,199110)JavadiMA,JafarinasabMR,AraghiAAetal:Outcomesofphacoemulsificationandin-the-bagintraocularlensimplantationinFuchs’heterochromiciridocyclitis.JCataractRefractSurg31:997-1001,2005***862あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(140)

1.5%レボフロキサシン点眼薬と0.5%レボフロキサシン点眼薬のPostantibiotic Bactericidal Effect 比較

2012年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科29(6):854.858,2012c1.5%レボフロキサシン点眼薬と0.5%レボフロキサシン点眼薬のPostantibioticBactericidalEffect比較砂田淳子*1,2上田安希子*1坂田友美*1木村圭吾*1松村美奈子*1西功*1豊川真弘*1東口依子*1大橋裕一*3浅利誠志*4岩谷良則*2*1大阪大学医学部附属病院医療技術部*2大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻生体情報科学講座*3愛媛大学医学部眼科学教室*4大阪大学医学部附属病院感染制御部ComparisonofPostantibioticBactericidalEffectof1.5%Levofloxacinand0.5%LevofloxacinEyedropsAtsukoSunada1,2),AkikoUeda1),TomomiSakata1),KeigoKimura1),MinakoMatsumura1),IsaoNishi1),MasahiroToyokawa1),YorikoHigashiguchi1),YuichiOhashi3),SeishiAsari4)andYoshinoriIwatani2)1)DepartmentofMedicalTechnology,OsakaUniversityHospital,2)DepartmentofBiomedicalInformatics,DivisionofHealthSciences,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,4)DepartmentofInfectionControlandPrevention,OsakaUniversityHospitalPharmacokinetic/Pharmacodynamic(PK/PD)理論に基づき新たに開発された高濃度ニューキノロン系抗菌点眼薬1.5%レボフロキサシン(LVFX)点眼薬および従来品である0.5%LVFX点眼薬と菌との短時間接触後の殺菌効果(postantibioticbactericidaleffect:PABE)の比較を行った.被検菌は感染性角膜炎の患者より分離された臨床分離株30株(Staphylococcus属:10株,Streptococcus属:10株,Corynebacterium属:10株)を用い,両点眼薬のPABE測定および解析を行った.0.5%LVFX点眼薬に比し1.5%LVFX点眼薬がPABE評価値の1段階以上の上昇を認めたのは,Staphylococcus属で60%,Streptococcus属で60%およびCorynebacterium属で70%であった.今回測定した3菌種においてPABE評価値の分布パターンは菌種ごとに異なっていたが,3菌種のいずれにおいても0.5%LVFX点眼薬よりも1.5%LVFX点眼薬でより強い殺菌効果が認められたことより,1.5%LVFX点眼薬は0.5%LVFX点眼薬に比しPABEの優れた薬剤であることが確認された.Weconductedacomparisonstudyoflevofloxacin1.5%and0.5%eyedropsregardinginvitropostantibioticbactericidaleffect(PABE).Levofloxacin1.5%isarecentlydevelopedhigh-concentrationantimicrobialquinoloneeyedropbasedonthePharmacokinetic/Pharmacodynamictheory.ThePABEsfor30clinicalbacteriaisolates(10isolateseachofStaphylococcusspp.,Streptococcusspp.andCorynebacteriumspp.)wereexaminedafter4minutesofexposuretobotheyedroptypes.Levofloxacin1.5%eyedrops,incomparisontolevofloxacin0.5%,showedariseofmorethanonePABEevaluationvaluein60%ofStaphylococcusspp.,60%ofStreptococcusspp.and70%ofCorynebacteriumspp.Inthisstudy,althougheachbacterialstrainhadadistinctdistributionpatternfortheevaluatedvalue,levofloxacin1.5%eyedropsexhibitedstrongereffectthanlevofloxacin0.5%eyedropsagainstthreestrains,confirmingthatlevofloxacin1.5%PABEissuperiortothatoflevofloxacin0.5%.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):854.858,2012〕Keywords:レボフロキサシン(LVFX),postantibioticbactericidaleffect(PABE),postantibioticeffect(PAE),点眼薬.levofloxacin,postantibioticbactericidaleffect(PABE),postantibioticeffect(PAE),eyedrop.はじめに(Pharmacokinetic:PK)と抗菌薬の抗菌作用(Pharmaco近年,抗菌薬の適切な使用の観点から科学的なエビデンスdynamic:PD)とを組み合わせ,抗菌薬効果を検討するに基づく抗菌薬の使い分けが求められ,抗菌薬の体内動態PK/PD理論が広く用いられるようになった.眼感染症の治〔別刷請求先〕砂田淳子:〒565-0871吹田市山田丘2.15大阪大学医学部附属病院医療技術部Reprintrequests:AtsukoSunada,DepartmentofMedicalTechnology,OsakaUniversityHospital,2-15Yamadaoka,Suita,Osaka565-0871,JAPAN854854854あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(132)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 療においてもPK/PD理論を用いた解析が行われているが,眼科特有の指標としてのaqueousconcentrationmax(AQCmax)およびpostantibioticeffect(PAE)なども抗菌点眼薬選択のエビデンスとして用いられている.また,浅利らは新たな点眼薬選択のエビデンスとして以前筆者らが検討を行ったPABE(postantibioticbactericidaleffect)を紹介している1).PABEとは抗菌薬が短時間細菌と接触した後,その抗菌薬を除去・希釈後も認められる殺菌効果のことである.PAEが抗菌薬と接触・除去後の持続的な増殖抑制効果を測定しているのに対し,PABEは殺菌効果を測定している点が異なっている.筆者らは,PK/PD理論に基づいて開発された1.5%レボフロキサシン(LVFX)点眼薬(クラビットR点眼薬1.5%)と従来品である0.5%LVFX点眼薬(クラビットR点眼薬0.5%)のPABEの比較を行ったので報告する.I対象および方法1.被検菌株対象は,2003年1月から12月に実施された感染性角膜炎サーベイランス参加24施設において角膜材料より分離された133株のうち,Staphylococcus属:10株(S.epidermidis:5株,S.aureus:5株),Streptococcus属:10株(S.pneumoniae:5株,S.pneumoniae以外のStreptococcus属:5株),Corynebacterium属:3株を用いた.Corynebacterium属については愛媛大学にて臨床眼科材料より分離された7株も用いた.2.被検菌の培養条件被検菌液は,Staphylococcus属をブレインハートインヒュージョン寒天平板(BHI-AP)にて18.24時間,Streptococcus属を血液寒天培地にて18.24時間,Corynebacterium属を血液寒天培地にて48時間培養した株を用い,滅菌生理食塩水にてStaphylococcus属とS.pneumoniae以外のStreptococcusはマックファーランド0.5に,S.pneumoniaeおよびCorynebacterium属はマックファーランド1.5に濁度計(550nm)を用い調製した.3.比較点眼薬点眼薬は,0.5%LVFX点眼薬(クラビットR点眼液0.5%)および1.5%LVFX点眼薬(クラビットR点眼液1.5%)の2種類を参天製薬より譲渡を受け用いた.4.PABE測定PABE測定は筆者らが以前行った方法に準拠し行った.すなわち,調整後の被検菌液を滅菌小試験管に10μl分注後,各点眼薬を50μl添加・撹拌し,4分間室温にて点眼薬と被検菌を接触させた.つぎに,滅菌生理食塩水にて10,000倍希釈した菌浮遊液50μlをスパイラルシステム(細菌定量測定装置:グンゼ産業)を用いBHI-APおよび血液寒天培地に表1PABE判定発育抑制率評価値0%01.25%126.50%251.75%376.100%4定量的に塗布し培養した.Staphylococcus属は35℃,24時間,Streptococcus属は炭酸ガス培養35℃,24時間,Corynebacterium属は炭酸ガス培養35℃,48時間培養後に発育したコロニー数を数え,コントロール(薬剤無添加)と比較しその殺菌率を求めた.レボフロキサシンによる殺菌効果は,表1に示すように0,1,2,3,4の5段階に分けPABE評価方法とした.コントロールの発育コロニー数に比し,まったく抑制されていない場合を0,1.25%抑制された場合を1,26.50%抑制された場合を2,51.75%抑制された場合を3,76.100%抑制された場合を4とした.5.PABE評価法有意差検定は,0.5%LVFXおよび1.5%LVFX点眼薬の比較にはWilcoxon検定を用い,メチシリン感受性ブドウ球菌(MSS)群とメチシリン耐性ブドウ球菌(MRS)群に対するPABEの比較およびLVFX感受性ブドウ球菌群とLVFX耐性ブドウ球菌群に対するPABEの比較にはMannWhitney検定を用いた.II結果各菌属における0.5%LVFX点眼薬および1.5%LVFX点眼薬のPABEを図1.3に示した.図中の①.⑩の番号はそれぞれの菌株に対応しており,0.5%LVFX点眼薬のPABE判定値と1.5%LVFX点眼薬でのPABE判定値の推移を矢印で示した.1.0.5%LVFX点眼薬および1.5%LVFX点眼薬のStaphylococcus属に対するPABE(図1)0.5%LVFX点眼薬ではPABE評価値2に6株,評価値3に4株と全株について殺菌効果を認めた.1.5%LVFX点眼薬では,評価値2に2株,評価値3に6株,評価値4に2株と全株について優れた殺菌効果を認めた.1.5%LVFX点眼薬では,0.5%LVFX点眼薬に比し10株中6株(60%)において評価値1の上昇を認め,4株(40%)では評価値に変化は認められなかった.Wilcoxon検定にて,0.5%LVFX点眼薬および1.5%LVFX点眼薬のPABE評価値の間に有意な差を認め,1.5%LVFX点眼薬は0.5%LVFX点眼薬に比べより強い殺菌効果を認めた(p<0.05).(133)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012855 2.0.5%LVFX点眼薬および1.5%LVFX点眼薬のStreptococcus属に対するPABE(図2)0.5%LVFX点眼薬ではPABE評価値0に2株,評価値1に3株,評価値2に1株,評価値3に2株,評価値4に2株と全体に広く分布した.1.5%LVFX点眼薬では,評価値1に4株,評価値2に1株,評価値3に1株,評価値4に4株と低発育抑制域と高発育抑制域の二峰性を示した.1.5%LVFX点眼薬では,0.5%LVFX点眼薬に比し10株中6株(60%)において評価値1の上昇を認め,4株では評価値に変化は認められなかった.Wilcoxon検定にて,0.5%LVFX点眼薬および1.5%LVFX点眼薬のPABE評価値の間に有意な差を認め,1.5%LVFX点眼薬は0.5%LVFX点眼薬に比べより強い殺菌効果を認めた(p<0.05).3.0.5%LVFX点眼薬および1.5%LVFX点眼薬のCorynebacterium属に対するPABE(図3)0.5%LVFX点眼薬ではPABE評価値1に4株,評価値3に5株,評価値4に1株と低発育抑制域と中等度発育抑制域の二峰性の分布を示した.1.5%LVFXでは評価値1に2株,評価値2に1株,評価値4に7株と低発育抑制域と高濃度発育抑制域の二峰性の分布を示した.1.5%LVFX点眼薬では,0.5%LVFX点眼薬に比し10株中6株(60%)において評価値1,1株(10%)において評価値3の上昇を認め,3株(30%)では評価値に変化は認められなかった.Wilcoxon検定にて,0.5%LVFX点眼薬および1.5%LVFX点眼薬のPABE判定発育抑制率(%)PABEの分布0.5%LVFX点眼薬1.5%LVFX点眼薬476.100①②351.75①②③④③④⑤⑥⑦⑧226.50⑤⑥⑦⑧⑨⑩⑨⑩11.2500図1Staphylococcus属(10株)における0.5%LVFX点眼薬と1.5%LVFX点眼薬のPABE①,③,⑤.⑦,⑨はメチシリン感受性Staphylococcus属.②,④,⑧,⑩はメチシリン耐性Staphylococcus属.①,②,④,⑧,⑩はレボフロキサシン耐性Staphylococcus属.③,⑤.⑦,⑨はレボフロキサシン感受性Staphylococcus属.PABE判定発育抑制率(%)PABEの分布0.5%LVFX点眼薬1.5%LVFX点眼薬476.100①②①②③④351.75③④⑤226.50⑤⑥11.25⑥⑦⑧⑦⑧⑨⑩00⑨⑩図2Streptococcus属(10株)における0.5%LVFX点眼薬と1.5%LVFX点眼薬のPABE①.⑤はStreptococcuspneumoniae.⑥.⑩はS.pneumoniae以外のStreptococcus属.PABE判定発育抑制率(%)PABEの分布0.5%LVFX点眼薬1.5%LVFX点眼薬476.100①①②③④⑤⑥⑦351.75②③④⑤⑥226.50⑧11.25⑦⑧⑨⑩⑨⑩00図3Corynebacterium属(10株)における0.5%LVFX点眼薬と1.5%LVFX点眼薬のPABE856あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(134) PABEの間に有意な差を認め,1.5%LVFX点眼薬は0.5%LVFX点眼薬に比べより強い殺菌効果を認めた(p<0.05).4.MSS群とMRS群に対するPABE(図1)比較0.5%LVFX点眼薬において,MSS群ではPABE評価値2に4株,評価値3に2株,MRS群ではPABE評価値2に2株,評価値3に2株であった.1.5%LVFX点眼薬において,MSS群では評価値2に1株,評価値3に4株,評価値4に1株,MRS群では評価値2に1株,評価値3に2株,評価値4に1株であった.Mann-Whitney検定にて,0.5%LVFX点眼薬および1.5%LVFX点眼薬においてともにMSS群およびMRS群のPABE評価値の間に統計学的に差を認めなかった(p<0.05).5.LVFX感受性ブドウ球菌群とLVFX耐性ブドウ球菌群に対するPABE(図1)比較0.5%LVFX点眼薬において,LVFX感受性群ではPABE評価値2に4株,評価値3に1株,LVFX耐性群ではPABE評価値2に2株,評価値3に3株であった.1.5%LVFX点眼薬において,LVFX感受性群では評価値2に1株,評価値3に2株,評価値4に2株,LVFX耐性群では評価値2に1株,評価値3に4株であった.Mann-Whitney検定にて,0.5%LVFX点眼薬および1.5%LVFX点眼薬においてともにLVFX感受性群およびLVFX耐性群のPABE評価値の間に統計学的に差を認めなかった(p<0.05).III考按近年,PK/PD理論は,抗菌薬投与に関して副作用の発現や耐性菌の出現を最小限に抑え,より効果的な治療を行うために広く臨床に応用されている.眼感染症においてもPK/PD理論を用いた解析が行われているが,点眼薬の特性を考慮したAQCmaxやPAE,筆者らが考案したPABEなども用いられ抗菌点眼薬の選択が行われている.PABEとは実際の結膜.内での点眼薬の作用を想定しPAEの方法を改良したものであり,被検菌と抗菌薬を短時間接触させた後,invitroでの菌の殺菌効果を示したものである2).一方,PAEは被検菌と抗菌薬を短時間接触させた後のinvitroでの持続増殖抑制効果を示している.PAEとPABEとは測定に関する考え方が酷似しているが,結果の捉え方が異なるため一定の相関関係を示すわけではない.1.5%LVFX点眼薬はPK/PD理論に基づき新たに開発された高濃度ニューキノロン系点眼薬である.McDonaldは,ResearchReviewにてウサギ眼における1.5%LVFX点眼薬,0.3%ガチフロキサシン(GFLX)およびモキシフロキサシン(MFLX)の組織移行性の比較を評価し,房水内と角膜組織内での薬物血中濃度-時間曲線下面積(AUC)0.∞がGFLXおよびMFLXのAUC0.∞より大きいこと,1.5%LVFX投与後の涙液濃度が多くの眼感染病原菌の90%発育(135)阻止濃度(MIC90)を上回っていることなどを示している3).ニューキノロン系はアミノグリコシド系の薬剤と同様に濃度依存性であり,AUC/MICおよびCmax/MICが大きいほど抗菌効果が増強する薬剤であることより,PK/PDの観点より1.5%LVFX点眼薬は高い臨床効果と耐性菌発現抑制が期待されている.今回の実験において,1.5%LVFX点眼薬のPABEは,0.5%LVFX点眼薬に比べ評価値が1以上上昇した株が全30株中19株(63.3%)確認された.Wilcoxon検定において測定した3菌種すべてにおいて両点眼薬のPABEに有意差を認めたことより,1.5%LVFX点眼薬は0.5%LVFX点眼薬に比べPABEの優れた薬剤であることが確認され,眼感染症治療に対し高い有用性が期待される.ニューキノロン薬であるLVFXは濃度依存型薬剤であり,濃度に比例し抗菌力が上昇することが知られている.PABEにおいても高濃度LVFX点眼薬が低濃度LVFX点眼薬より抗菌効果が優れていることが示唆された.MSS群およびMRS群について,0.5%LVFX点眼薬および1.5%LVFX点眼薬ともにMSS群とMRS群の間でPABEに差を認めなかった.日常的に行われているLVFXの最小発育阻止濃度(MIC)測定において,MSSに比較しMRSは,MICの高い株が多く認められるが,被検菌とLVFXの高濃度薬剤との短時間接触ではメチシリン感受性および耐性に関係なく抗菌効果を示す可能性を示唆している.また,LVFX感受性ブドウ球菌群およびLVFX耐性ブドウ球菌群について,0.5%LVFX点眼薬および1.5%LVFX点眼薬ともにPABEに差を認めなかった.このことより,LVFXに対する薬剤感受性結果にかかわらず両点眼薬は抗菌効果を示す可能性を示唆している.Hoshiらは,LVFX高度耐性MRSA,LVFX中等度耐性MRSAおよびLVFX感受性MRSAを用いLVFXおよびGFLXに対するPAEを測定し,LVFX感受性群,LVFX中等度耐性群,LVFX高度耐性群の順にPAEが短くなることを報告している4).したがって,菌株の耐性獲得(遺伝子変異)によってはLVFX点眼薬にて十分な抗菌効果が望めない可能性があるため,起因菌としてニューキノロン耐性菌が検出された場合は臨床効果判定に十分注意が必要であると考える.McDonaldらは,1998.2005年の7年間において眼科材料より分離されたS.pneumoniaeおよびHaemophilusinfluenzaeのLVFXに対する薬剤感受性率は99%以上であり新たな耐性化が起こっていないとしている3).同様に小早川らは,2004.2009年の5年間の調査において細菌性結膜炎における検出菌のLVFXの薬剤感受性おいて急速な菌の変化や耐性化の進行は生じていない5)としている.しかし,浅利は,高濃度抗菌薬である点眼薬が涙液で希釈され,鼻腔・口腔内に流れ出ることにより上気道で常在細菌に「薬剤耐性のあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012857 場」を与えている6)としており,眼科材料からの耐性菌の動向のみでなく,上気道材料や糞便など全身から分離される耐性菌の動向にも留意し使用すべきであると考える.文献1)浅利誠志,井上幸次,大橋裕一:エビデンスに基づく点眼薬の使い分け.あたらしい眼科24:1631-1633,20072)砂田淳子,上田安希子,井上幸次ほか:感染性角膜炎全国サーベイランス分離株における薬剤感受性と市販点眼薬のpostantibioticeffectの比較.日眼会誌110:973-983,20063)McDonaldMB:ResearchReviewandUpdate:IQUIX(Levofloxacin1.5%).IntOphthalmolClin46(4):47-60,20064)HoshiS,KikuchiK,SasakiTetal:Postantibioticeffectandbactericidalactivitiesoflevofloxacinandgatifloxacinatconcentrationssimulatingthoseoftopicalophthalmicadministrationagainstfluoroquinolones-resistantandfluoroquinolones-sensitivemethicillin-resistantStaphylococcusaureusstrains.AntimicrobAgentsChemother52:2970-2973,20085)小早川信一郎,井上幸次,大橋裕一ほか:細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(他施設共同研究).あたらしい眼科28:679-687,20116)浅利誠志:多剤耐性菌の最近の動向について教えてください.あたらしい眼科17(臨増):11-14,2000***858あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(136)

オフロキサシンゲル化点眼液投与後の涙液安定性と視機能の推移

2012年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科29(6):849.853,2012cオフロキサシンゲル化点眼液投与後の涙液安定性と視機能の推移小林武史川﨑史朗溝上志朗大橋裕一愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能統御部門感覚機能医学講座視機能外科学ChangesinTearFilmStabilityandVisualAcuityafterInstillationofOfloxacinGel-formingOphthalmicSolutionTakeshiKobayashi,ShiroKawasaki,ShiroMizoueandYuichiOhashiDepartmentofOphthalmology,MedicineofSensoryFunction,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:オフロキサシンゲル化点眼液が眼表面でゲル化し,視機能に影響を及ぼす可能性を涙液安定性と視機能の面から検討した.対象および方法:健康ボランティア10名10眼(男性5名,女性5名,平均年齢27.0±5.3歳)に,タリビッドR点眼液,オフロキサシンゲル化点眼液,タリビッドR眼軟膏の3剤を用い,点眼前,点眼後に1分間閉瞼した開瞼直後,点眼後3,5,10分の時点でtearfilmstabilityanalysissystem(TSAS)と実用視力を測定,TSASのbreakupindex(BUI:0.100,高いほど涙液は安定)と実用視力維持率を解析した.結果:BUIは軟膏群がすべての時点で低かった(p<0.05).実用視力維持率(%)は,開瞼直後にゲル群と軟膏群が低く,3分後は軟膏群が低かった(p<0.05).結論:オフロキサシンゲル化点眼液点眼後に生じる涙液不安定化と視機能の低下は早期のみであった.Purpose:Ofloxacingel-formingophthalmicsolutionformsagellayerontheocularsurface.Weevaluatedthegel’spossibleinfluenceonvisionbyinvestigatingtearfilmstabilityandfunctionalvisualacuity.MaterialsandMethods:Threeproducts,TarividRophthalmicsolution,ofloxacingel-formingophthalmicsolution,andTarividRophthalmicointment,weretestedon10eyesof10healthyvolunteers(5males,5females,meanage:27±5.3years).Tearfilmstabilityandfunctionalvisualacuityweremeasuredbeforedruginstillation,immediatelyaftereyeopeningfollowinga1-minuteperiodofeyeclosureupondruginstillation,andat3,5,and10minutesafterdruginstillation.Tearfilmstabilitywasevaluatedusingatearfilmstabilityanalysissystem(TSAS)toobtainabreakupindex(BUI:0-100;highervaluesindicateincreasedstability).BUIandproportionofsubjectswithpreservedfunctionalvisualacuity(visualacuitypreservationrate)wereanalyzedateachtimepoint.Results:BUIwaslowerintheointmentgroupthaninthesolutionorgelgroupsateverytimepoint(p<0.05).Thevisualacuitypreservationrate(%)waslowerinthegelandointmentgroupsthaninthesolutiongroupimmediatelyaftereyeopening,andwaslowerintheointmentgroupthaninallothergroups3minutesafterdruginstillation(p<0.05).Conclusion:Decreasesintearfilmstabilityandvisualacuitywereonlypresentshortlyafterinstillationofofloxacingel-formingophthalmicsolution.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):849.853,2012〕Keywords:オフロキサシン,ゲル化点眼液,涙液安定性解析装置(TSAS),実用視力,涙液層.ofloxacin,gel-formingophthalmicsolution,tearfilmstabilityanalysissystem(TSAS),functionalvisualacuitymeasurement,tearfilm.はじめに涙液表面に滞留する1)との報告がある.一方,短所は点入後現在,眼科領域で使用されているオフロキサシン製剤にに一過性に起きる霧視やべたつきであり,コンプライアンスは,点眼剤と眼軟膏剤がある.眼軟膏剤の長所は,結膜.にの低下につながると考えられる.オフロキサシンゲル化点眼滞留することによる効果の持続性であり,点入1時間後でも液は熱応答ゲル基剤を用いた点眼剤で,投与前はゾル状態で〔別刷請求先〕小林武史:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学医学部眼科学教室Reprintrequests:TakeshiKobayashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,Shitsukawa,Toon,Ehime791-0295,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(127)849 点眼剤のように使用でき,点眼後に眼表面でゲル状態となる.眼軟膏剤と同様に結膜.内に滞留すると考えられる.薬効については,オフロキサシンゲル化点眼液はタリビッドR点眼液よりも前房内移行性が良好2)との報告があり,その臨床効果に期待が寄せられているが,ゲル化製剤の短所としてあげられている点入後の霧視など,視機能に与える影響についての検討は少ない.筆者らはこれまで,tearfilmstabilityanalysissystem(TSAS)および実用視力計を用いて,緑内障ゲル化点眼剤の涙液安定性と視機能に与える影響を報告してきた3,4)が,今回は,オフロキサシンゲル化点眼液に焦点を当て,タリビッドR眼軟膏とタリビッドR点眼液との比較検討を試みた.I対象および方法対象は細隙灯顕微鏡検査で眼表面疾患のない健康ボランティア10名10眼(男性5名,女性5名,いずれも右眼)で,平均年齢27.0±5.3歳(平均値±標準偏差)である.本実験は愛媛大学臨床倫理委員会で承認され,すべての被検者からインフォームド・コンセントを得て行った.検討薬剤は,タリビッドR眼軟膏,オフロキサシンゲル化点眼液,タリビッドR点眼液の3剤である.涙液安定性の評価にはTSAS5.8),視機能の評価には実用視力計9,10)を用いた.今回涙液安定性の評価に使用したTSASとは,角膜形状解析装置RT-7000(TopographicModelingSystem:TOMEY社)に搭載されたドライアイ解析ソフトである.連続開瞼させた状態で角膜トポグラフィを1秒ごとに6回撮影し,Meyerリング像の経時的変化を涙液層の変化として解析する.解析結果はbreakupmapで示される.Breakupmapとは,角膜トポグラフィ上の屈折値0.5Dを閾値とし,開瞼後から0.5D以上変化した計測点をそれぞれの秒における色変化として表されたもので,開瞼後早期に変化した部位が暖色系で,安定した部位が寒色系で表される.Breakupmapをインデックス化したものをbreakupindex(BUI)とよぶ.BUIはbreakupmapのそれぞれのカラーコードの面積をヒストグラム化し,ヒストグラム上において6秒まで変化がみられなかった部分の面積を数値化したもので,涙液層安定性の指数となる.BUIは,0.100の数値で示され,涙液層が不安定であれば低くなり,安定していれば高くなる.本実験ではBUIの経時的変化を涙液安定性評価の検討指標に用いた3).実用視力検査とは,通常の視力検査とは異なり,経時的な視力の変化動態を評価するもので,実用視力計(NIDEK社)を用いて測定される.たとえば,ドライアイ患者では,従来の視力検査で良好な結果であっても,実用視力計では開瞼後の涙液層の変動により視力が低下している現象が捉えられている9,10).測定方法は,まず被検者の最高矯正視力を基準視850あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012力として入力し,その後5m先のディスプレイに表示されるLandolt環の向きを素早くジョイスティックにより回答するということを1分間連続して行う.正答が2回続くと1段階小さい視標が表示され,間違いまたは無回答の場合には,1段階大きい視標が表示される.結果として,1分間の視力変動や平均視力,また基準視力と比較した視力維持率などが算出される.本実験での実用視力の測定は,自然瞬目下での測定とし,視力維持率を視機能評価の検討指標に用いた.方法は,まず薬剤投与前のTSAS,実用視力(ベースライン)を測定し,その後検討薬剤を投与し閉瞼.1分後に開瞼させ,直後にTSASを測定し,続いて実用視力を測定した.以後は自然瞬目とし,さらに3分後,5分後,10分後の各時点で測定した.タリビッドR点眼液,オフロキサシンゲル化点眼液は各1滴,タリビッドR眼軟膏は約1cm投与し,各薬剤の測定はそれぞれ日を変えて行った.統計学的な検討では,群間のデータ推移の比較には繰り返し測定分数分析repeated-measuresANOVA(analysisofvariance)を用いた.繰り返し測定分数分析にて有意差を認めた場合に,探索的に測定ポイントごとにTukey-Kramer法で3群間の比較を行った.II結果BUIおよび実用視力の繰り返し測定分数分析の結果を表1,2に分散分析表として示した.BUI,実用視力のいずれも群間に有意差を認め(BUIp<0.0001,実用視力p<0.0001),交互作用は有意でなかった(BUIp=0.9582,実用視力p=0.4065).表1分散分析表(BUI)要因平方和自由度平均平方分散比p値(Prob>F)モデル全体13,258.0152,651.60222.393<0.0001測定ポイント1,175.353391.7833.3090.0229群12,119.2726,059.63551.173<0.0001誤差112,907.11109118.414──交互作用185.40630.9000.2500.9582誤差212,721.71103123.512──表2分散分析表(実用視力)要因平方和自由度平均平方分散比p値(Prob>F)モデル全体1,067.4085213.481711.811<0.0001測定ポイント123.292341.09722.2740.0838群944.1172472.058326.116<0.0001誤差12,060.58311418.0753──交互作用112.083618.68061.0350.4065誤差21,948.50010818.0417──(128) 点眼前開瞼直後3分後5分後10分後点眼28.551.872.293.293.993.965.786.292.1軟膏ゲル97.596.695.563.298.798.5図1各剤型におけるTSASの代表例タリビッドR点眼液とオフロキサシンゲル化点眼液では3分後以降は涙液層は安定していたが,タリビッドR眼軟膏では10分後まで涙液層は不安定であった.Mean±SD各剤型におけるTSASの代表例を図1に示す.タリビッ94.7±4.792.5±5.594.3±5.195.5±3.2ドR点眼液では開瞼直後には角膜中央部に暖色系のbreakup100mapが得られ,BUIのわずかな低下を認めたが,3分後以降80******84.8±12.791.4±8.279.6±15.591.3±7.490.3±7.452.8±29.156.8±32.661.2±31.8は涙液層の安定を示す結果が得られた.タリビッドR眼軟膏BUI60では開瞼直後より10分後まで角膜全面に暖色系のbreakupmapが得られ,BUIの高度な低下を認めた.これに比しオ40フロキサシンゲル化点眼液は開瞼直後に暖色系のbreakup2041.5±28.0*:点眼前と比較し有意差あり:他群と比較し有意差ありmapが得られ,BUIの軽度の低下を認めたが,3分後以降の涙液層は安定していた.各剤型におけるBUIの平均推移を図2に示す.点眼前と比較し,タリビッドR点眼液群では開瞼直後(p=0.0241)のみBUIの有意な低下を認めた.タリビッドR眼軟膏群では開瞼直後(p=0.0004),3分後(p=0.0063),5分後(p=0.0154),10分後(p=0.0387)のすべての時点で有意な低下を認めた.タリビッドR眼軟膏群のみ,15分後まで追跡したところ,15分後のBUI=70.1±26.5で,点入前と比較し,統計学的に有意差はみられなかった(p=0.1901).これに比し,オフロキサシンゲル化点眼液群では開瞼直後(p=0.0015)のみBUIの有意な低下を認めた.各群間を比較すると,タリビッドR眼軟膏群は他群と比較し開瞼直後より10分後まですべての時点で有意な低下を認めた(タリビッドR点眼液群との比較:開瞼直後p=0.0001,3分後p<0.0001,5分後p=0.0005,10分後p=0.0019,オフロキサシンゲル化点眼液との比較:開瞼直後p=0.0007,3分後p(129)点眼ゲル軟膏0点眼前開瞼直後3分後5分後10分後図2各剤型におけるBUIの平均推移タリビッドR点眼液とオフロキサシンゲル化点眼液では開瞼直後のみ低下していたが,タリビッドR眼軟膏では10分後まで低下していた.=0.0001,5分後p=0.0018,10分後p=0.0047).タリビッドR点眼液群とオフロキサシンゲル化点眼液群はすべての時点で有意差を認めなかった.つぎに,各剤型における開瞼直後の実用視力の代表例を図3に示す.タリビッドR点眼液では実用視力維持率が98%と高値であり,視力変化はほとんどなく安定していた.タリビッドR眼軟膏では実用視力維持率は71%と低下を認めた.オフロキサシンゲル化点眼液では,やや視力の変動を認めるものの実用視力維持率は95%と高値であった.各剤型における実用視力維持率の平均推移を図4に示す.あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012851 点眼維持率98%軟膏ゲル維持率95%維持率71%図3各剤型における開瞼直後の実用視力の代表例タリビッドR眼軟膏のみ実用視力維持率の低下を認めた.点眼前と比較し,タリビッドR点眼液群では各時点で実用視力維持率の有意な低下を認めなかった.タリビッドR眼軟膏群では開瞼直後(p=0.0131),3分後(p=0.0429)に有意差を認め,5,10分後は統計学的に有意差を認めなかった.これに比し,オフロキサシンゲル化点眼液群では開瞼直後(p=0.0478)のみ実用視力維持率の有意な低下を認めた.各群間を比較すると,タリビッドR眼軟膏群は他群と比較し開瞼直後より5分後まで有意な低下を認めた(タリビッドR点眼液群との比較:開瞼直後p<0.0001,3分後p=0.0064,5分後p=0.0078,オフロキサシンゲル化点眼液との比較:開瞼直後p=0.0041,3分後p=0.0133,5分後p=0.0188).タリビッドR点眼液群とオフロキサシンゲル化点眼液群はすべての時点で有意差を認めなかった.III考察粘性の高い人工涙液やヒアルロン酸ナトリウムは,長時間眼表面に滞留して涙液安定性を向上維持させる効果がある反面,その粘性の高さにより点眼後一過性に涙液層や視機能に悪影響を及ぼすことが報告されている8,11).オフロキサシンゲル化点眼液は眼表面でゲル状態となり,長時間眼表面に滞留することによる薬効の持続が期待されるが,一過性の涙液層の不安定化や視機能の低下をきたす可能性があり,今回筆者らは,オフロキサシンゲル化点眼液の視機能に与える影響について,投与後の涙液安定性をTSASで,視機能の推移を実用視力計で検討した.今回の検討では,TSASの6秒連続測定モードを使用した.従来のTSASでは10秒間連続開瞼で測定していたが,開瞼時間が長いために測定困難な症例もあり,測定時間の短縮が望まれていた.筆者らは,TSASのインデックスの一つであるringbreakuptime(RBUT)について,正常者およびドライアイ(2006年ドライアイ診断基準)を対象に検討したところ,RBUTの平均値は,正常者7.8秒,ドライアイ疑い4.4秒,ドライアイ確定3.0秒(未発表データ)であり,5秒852あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012実用視力維持率(%)Mean±SD9810097.4±1.696.9±1.397.1±1.797.4±1.997.3±1.896*96.4±2.2**94.6±1.796.9±2.889.3±8.692.9±4.196.6±1.6949293.2±7.090888688.0±6.8*:点眼前と比較し有意差あり:他群と比較し有意差あり84点眼ゲル軟膏82点眼前開瞼直後3分後5分後10分後図4各剤型における実用視力維持率の平均推移オフロキサシンゲル化点眼液では開瞼直後のみ低下していたが,タリビッドR眼軟膏では3分後まで低下していた.間以下の測定でもドライアイのスクリーニングが可能であると考えられたため,TSASの測定時間を6秒間に設定した.実際,6秒モード使用時のRBUTのカットオフ値を5秒とした場合,感度82.0%,特異度60.0%でドライアイのスクリーニングが可能であるとする報告12)もあり,筆者らは,インデックスは異なるが今回用いたBUIにおいても6秒間の測定で検討可能であると考えた.今回のTSASの結果では,オフロキサシンゲル化点眼液で投与後早期のみで涙液層が不安定となり,3分後には投与前と同等に回復する様子が観察されたが,この涙液層の不安定化は,薬剤の眼表面への滞留の様子を反映しているものと考えられる.筆者らが以前に行った,熱応答ゲルのチモロールゲル化剤(リズモンRTG)投与後の涙液層の変化の検討3)では,投与5分後までBUIの有意な低下を認めているが,この相違はゲル化基剤の分子鎖の大きさの違いによるものと推測される.おそらくは,オフロキサシンに用いられているゲル化基剤の分子鎖が小さいために,移動性に富み,眼表面でより均一に拡散し,結果として,涙液層,視機能に与える影響が少なくなると考えられる13).Gotoらはドライアイ患者において開瞼10秒後より実用視力が低下することを報告し,涙液層の不安定化と視力低下が密接に関連していることを示した9).今回の筆者らのデータが示すように,オフロキサシンゲル化点眼液投与後の実用視力維持率の低下は投与後早期に限られており,3分後には投与前と同等まで回復していた.TSASでの涙液層の変化と実用視力維持率の推移は似たような傾向を示しており,薬剤による涙液層の不安定化と視力低下との関連が推測される.各剤型における,視機能に与える影響を比較すると,オフロキサシンゲル化点眼液とタリビッドR点眼液は,BUI,実用視力維持率ともにほぼ同様の推移を示した.視機能に与える影響には基本的に大きな差はないと考えられるが,オフロキサシンゲル化点眼液において点眼前と比較し開瞼直後の実用視力に有意差が認められたことは,実用視力のもつ視機能(130) 評価の感度の高さを示唆する結果であったといえる.タリビッドR眼軟膏については,開瞼直後から投与10分後までのすべての時点で,涙液層は不安定であり,視機能に与える影響も大きかった.BUIでは,点入前と比較し15分後には統計学的有意差はみられず,BUIからみた涙液層の状態は回復していると考えられた.タリビッドR眼軟膏群におけるBUI,実用視力維持率のばらつきは,眼瞼および結膜.に滞留した眼軟膏の成分が,瞬目のたびに眼表面に再び広がり,涙液層が変化するためと考えられた.タリビッドR眼軟膏群では,実用視力維持率が低い傾向にあるにもかかわらず,10分後に他群と統計学的有意差がでなかったが,原因としてこのデータのばらつきが考えられる.山口らはTSASを用いて人工涙液点眼液,0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液,0.3%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液をそれぞれ点眼した後の涙液安定性の変化を比較検討している8).その結果,健常群では0.3%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液で点眼1分後にのみBUIの有意な低下を認め,5分後には回復していた.人工涙液点眼液,0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液では,どの時点でもBUIの有意な低下を認めなかった.このことから,より濃度が高く,粘性の高い点眼液で涙液層が不均一化すると考えられる.また,Ridderらは粘性の異なる人工涙液を点眼した後のコントラスト感度を比較検討している11).その結果,点眼後にコントラスト感度が点眼前の状態まで回復する平均時間は,粘性の高い人工涙液のほうがより長い傾向にあることを報告しており,点眼液の粘性の差は視機能に与える影響にも差をもたらす可能性がある.今回筆者らが行った検討では性状の異なる薬剤を比較しているが,軟膏製剤とゲル化剤を比較し,軟膏製剤のほうがBUI,実用視力維持率ともに低い結果となった.ゲル化剤より粘性の高い軟膏製剤は涙液層をより不均一化し,涙液安定性を低下させ,視機能により大きな影響を与えたと考えられる.オフロキサシンゲル化点眼液は,視機能に与える影響や使用感から眼軟膏よりも点眼液に近いと考えられ,点眼液よりも高い組織移行性を有している点において,臨床的に有用な薬剤であると考えられる.IV結論オフロキサシンゲル化点眼液の視機能,涙液安定性に与える影響は投与直後のみであり,タリビッドR点眼液とほぼ同等の使いやすさを有している.タリビッドR点眼液に比して前房内移行性が良く,タリビッドR眼軟膏よりも視機能,涙液層に与える影響が少ない点で,さまざまな疾患への応用が期待される.文献1)高岡真帆,横井則彦,石橋健ほか:眼表面における眼軟膏の滞留性と薬剤の徐放についての検討.日眼会誌108:307-311,20042)FukayaY,KuritaA,TsurugaHetal:AntibioticeffectsofWP-0405,athermo-settingofloxacingel,onmethicillin-resistantStaphylococcusaureuskeratitisinrabbits.JOculPharmacolTher22:258-266,20063)川﨑史朗,溝上志朗,山口昌彦ほか:涙液層安定性解析装置によるマレイン酸チモロールゲル化剤点眼後の涙液層への影響の検討.日眼会誌112:539-544,20084)野口毅,川﨑史朗,溝上志朗ほか:ブリンゾラミド点眼後の霧視の発生機序.日眼会誌114:369-373,20105)GotoT,ZhengX,KlyceSDetal:Anewmethodfortearfilmstabilityanalysisusingvideokeratography.AmJOphthalmol135:607-612,20036)山口昌彦,大橋裕一:涙液安定性解析装置-TSAS.臨眼59:84-88,20057)五藤智子:TearStabilityAnalysisSystem(TSAS)による涙液動態検査.あたらしい眼科24:415-421,20078)山口昌彦,忽那実紀,圓尾浩久ほか:TearStabilityAnalysisSystemを用いたヒアルロン酸点眼液の涙液安定性に対する持続効果の検討.日眼会誌115:134-141,20119)GotoE,YagiY,MatsumotoYetal:Impairedfunctionalvisualacuityofdryeyepatients.AmJOphthalmol133:181-186,200210)IshidaR,KojimaT,DogruMetal:Theapplicationofanewcontinuousfunctionalvisualacuitymeasurementsystemindryeyesyndromes.AmJOphthalmol139:253258,200511)RidderWHIII,LamotteJO,NgoLetal:Short-termeffectsofartificialtearsonvisualperformanceinnormalsubjects.OptomVisSci82:370-377,200512)GumusK,CrockettCH,RaoKetal:Noninvasiveassessmentoftearstabilitywiththetearstabilityanalysissysteminteardysfunctionpatients.InvestOphthalmolVisSci52:456-461,201113)名倉茂広,中村紳一郎,恩田吉朗:セルロースエステル水溶液の熱可逆的ゲル化に伴う温度-粘度挙動.高分子論文集38(3):133-137,1981***(131)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012853

血圧と眼圧との間に相関がみられた血管新生緑内障の1例

2012年6月30日 土曜日

《第22回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科29(6):844.847,2012c血圧と眼圧との間に相関がみられた血管新生緑内障の1例奥野高司*1,2菅澤淳*1,2奥英弘*2杉山哲也*2小嶌祥太*2池田恒彦*2*1香里ヶ丘有恵会病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室ACaseofNeovascularGlaucomainWhichIntraocularPressureCorrelatedwithBloodPressureTakashiOkuno1,2),JunSugasawa1,2),HidehiroOku2),TetsuyaSugiyama2),ShotaKojima2)andTsunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,Korigaoka-YukeikaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:血圧と眼圧との間に相関がみられた血管新生緑内障について報告する.症例:心臓弁膜症に伴う心不全のある透析中の69歳の女性が右眼に眼虚血症候群に伴うと考えられる血管新生緑内障(NVG)を発症した.その後,心臓弁膜症が悪化し内科に入院となり,数日ごとに血圧が大きく変動した.左眼の眼圧には変動が少ないにもかかわらず,右眼の眼圧は血圧の変動に伴い変動した.血圧と右眼眼圧との間には有意な正の相関がみられたが,左眼には有意な相関がなかった.重症の心不全のため積極的な治療を行うことができず,NVG発症の2カ月後には右眼の視力は0.01から30cm手動弁となり,右眼の残存していた部位の視野も消失した.その後,右眼の視力と視野は回復しなかった.結論:NVGの症例のなかには血圧の大きな変動に伴って眼圧が変動し,眼圧と血圧の間に関連がみられる例がある.このためNVGの症例のなかには血圧の管理も重要な場合があり,内科など他科との連携が重要であると思われた.Purpose:Toreportacaseofneovascularglaucoma(NVG)inwhichintraocularpressure(IOP)variedwithfluctuationofbloodpressure(BP).Case:A69-year-oldfemaleundergoinghemodialysisdevelopedretinalarteryocclusion,probablywithocularischemicsyndrome,followedbyNVGinherrighteye(OD).Hercondition,valvulardisorderoftheheart,causedlargefluctuationsinBP,whichcorrelatedwellwithIOPchangesinOD,infactbeingstatisticallysignificant,whereasIOPinherlefteyewasnotcorrelatedwithBP.Becausehersevereheartfailurepreventedactivetreatment,visualacuityinODdecreasedfrom0.01to30-cmhandmotion,thevisualfieldinODdisappearingat2monthsafterNVGoccurrence.VisualacuityandvisualfieldinODhavesubsequentlynotrecovered.Conclusion:IOPchangesinaccordancewithBPfluctuationinsomecasesofNVG.Therefore,themanagementofBPisalsoimportantinsomecasesofNVG,andcooperationwithanotherbranch,suchasinternalmedicine,isrecommended.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):844.847,2012〕Keywords:血圧,眼圧,血管新生緑内障,血圧と眼圧の相関,心臓弁膜症.bloodpressure,intraocularpressure,neovascularglaucoma,correlationbetweenbloodpressureandintraocularpressure,valvulardisorderofheart.はじめに房水はその8割から9割が毛様体上皮を介して能動的に産生されるため1,2),血圧が変化しても房水産生には直接影響せず,血圧と眼圧は直接関係していないといわれている.実際に血圧を変化させた場合に眼圧を測定した報告として,たとえば運動で血圧が上昇しても眼圧は逆に下がることが筆者らの研究を含め多く報告されている3,4).さらに動物でも低血圧としても眼圧が低下しないとする報告5)もあり,一般に血圧の変動により眼圧が大きく変動することはないと考えられる.一方,慢性の高血圧などが眼圧に影響するとする報告6.8)はあるが,多数の症例の傾向を比較する大規模な地域住民を対象とした研究であり,個々の症例で血圧の変動と眼圧の変動が相関していたわけではない.ところが,今回,心臓弁膜症のため大幅な低血圧となる血管新生緑内障(NVG)患者の眼圧と血圧とを比較したところ有意な正の相関がみられた.筆者らの調べた限り同様の症例の報告がなく,今回の〔別刷請求先〕奥野高司:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:TakashiOkuno,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN844844844あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(122)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY ように非常に大きな血圧変動に伴い眼圧が大きく変動する症14140例は比較的まれと考えられるが,興味深い症例であるので報120告する.なお,この患者のNVGは眼虚血症候群を主因とし10080収縮期血圧拡張期血圧右眼眼圧左眼眼圧キサラタンR,エイゾプトR右眼に点眼継続血圧(mmHg)眼圧(mmHg)て比較的広範囲な網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)を発症の1.2カ月後に発症したと考えられるが,NVGが発症する経過の詳細については既報にて報告している9).6040I症例200患者:69歳,女性.主訴:右眼の視力低下.6/126/176/206/277/47/117/258/219/810/2811/1812/212/912/254/74/215/7現病歴:以前より中等度白内障や20mmHg台前半の高眼圧症などにて香里ヶ丘有恵会病院(当院)眼科で経過観察中であったが,平成20年4月上旬に右眼の広範囲なBRAOを発症し,視力が0.5から0.01に低下した.フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)の腕網膜時間が32秒と延長しており,内頸動脈狭窄などの合併も考えられるうえに,全身状態も不良で,本人も積極的治療を希望しなかったため経過観察していたところ,右眼の眼圧上昇をきたし虹彩と隅角に血管新生H20仰臥位で測定H21図1血圧と眼圧の経時変化心臓弁膜症のため,血圧はしばしば低血圧となった.低血圧時に眼圧も低下し,血圧の回復時の眼圧は上昇していた.基本的にアプラネーション眼圧計にて眼圧を測定した.体調不良で仰臥位にて測定した期間はトノペンRを使用した.a50回帰分析:|r|=0.599,p=0.0142眼圧(mmHg)40302010を生じたためNVGと診断した.眼痛が少なく,全身状態が不良で,本人も積極的な治療を希望しなかったため,レーザー網膜光凝固は行わずにラタノプロスト(キサラタンR)とブリンゾラミド(エイゾプトR)の点眼による加療のみで経過観察した.既往歴:慢性腎不全のため数年前より当院で透析中であった.僧帽弁狭窄症と大動脈弁狭窄症を伴う慢性心不全のため0020406080100120数年前より当院に通院中であったが,全身状態が不良のため血圧(mmHg)弁膜症手術は適応なしと判断されていた.心不全は当院内科b50で平成20年6月3日から入院して保存的に加療中であった.回帰分析:|r|=0.397,p=0.12840302010眼圧(mmHg)経過:右眼視力は眼圧上昇後もしばらくの間変化せず(0.01)を保持していたが,8月21日には右眼の残存視野が消失し,右眼視力も30cm手動弁となり,その後,右眼の視力と視野は回復しなかった.右眼の視神経乳頭の陥凹はしだいに拡大し,網膜血管は狭細化した.一方,左眼の視力や眼所見に変化はなかった.僧帽弁狭窄症と大動脈弁狭窄症を伴う慢性心不全は増悪と寛解を繰り返しながらしだいに悪化0020406080100120し,平成21年6月17日に死亡した.眼圧と血圧の関係:体調が比較的良好な時期に診察を行って眼圧を測定した.透析後は体調が不安定となるため眼圧測定を行うことはできなかった.左眼の眼圧はほとんど変動しなかったが,右眼の眼圧は大幅に変動した(図1).一方,血圧も心不全が悪化したため入院中の血圧は数日単位で大幅に変動し,しばしば低血圧となった.血圧は1日に数回測定しているが,図1に眼圧測定時に最も近い時間帯に測定した血圧を示す.眼圧測定は比較的体調が落ち着いている日に行っているため,眼圧測定日の血圧値には測定時間による差が少なかったが,それぞれの眼圧測定日の間では血圧は大きく変(123)血圧(mmHg)図2平均血圧と眼圧の散布図.a:右眼〔血管新生緑内障(NVG)眼〕,b:左眼(僚眼).NVG眼では,平均血圧と眼圧との間に有意な正の相関がみられた.単回帰分析,Pearsonの相関係数|r|=0.599,p=0.0142.一方,僚眼では血圧が変化しても眼圧の変化は小さく,有意な相関がみられなかった.動していた.さらに血圧が低下すると右眼の眼圧も低下していたため,眼圧と血圧との間の散布図を作成したところ,左眼には相関がなかったが,血圧と右眼の眼圧との間に統計学的に有意な正の相関がみられた(図2-a).さらに,仰臥位であたらしい眼科Vol.29,No.6,2012845 の排出障害が主因であると考えられており11),NVG眼ではa50眼圧変動に伴う房水排出のコントロールは不良と考えられ眼圧(mmHg)回帰分析:|r|=0.605,p=0.0129403020100020406080100120血圧(mmHg)る.また,急性閉塞隅角緑内障のため高眼圧となると血液房水柵が障害されるとする報告があり12),今回の症例はNVGではあるが高眼圧のため血液房水柵が破綻していた可能性が考えられる.血液房水関門機能として,毛様体上皮の無色素細胞に細胞間接着構造としてデスモゾームやtightjunctionがあり房水産生などの調整機能があるが,この血液房水柵破綻により組織篩の開大が起こり,房水内の蛋白濃度の増加と血球成分の漏出を生じるとされており13),本症例でも血液房50b回帰分析:|r|=0.291,p=0.2754030眼圧(mmHg)20100020406080100120血圧(mmHg)図3平均血圧と仰臥位での測定値を補正した眼圧の散布図水柵の障害などに伴って受動的な房水産生の割合が増加し,血圧の影響が強くなった可能性が考えられた.透析によって眼圧が変動することは多く報告されている14)ため,今回の症例においても影響を完全に否定することはできない.しかし,眼圧の測定が透析後18時間以上経過している時点で行っていることや,透析の影響だけでは血圧と眼圧との間に有意な相関がみられたことの説明がつかないことより,単純な透析の眼圧への影響による眼圧変動ではないと考えた.したがって,今回の症例で血圧と眼圧との間に相関がみられたのは,心臓弁膜症を伴った心不全のため血圧の変動が大a:右眼〔血管新生緑内障(NVG)眼〕,b:左眼(僚眼).NVG眼では,平均血圧と補正した眼圧との間に有意な正の相関がみられ,相関係数はわずかながら増加した.単回帰分析,Pearsonの相関係数|r|=0.605,p=0.0129.一方,僚眼では血圧が変化しても眼圧の変化は小さく,有意な相関がみられなかった.は眼圧が5mmHg程度高眼圧となるとの報告があるため10),仰臥位での測定値を補正し5mmHg減じた血圧と眼圧の散布図では左眼は相関がなかったが,右眼の相関はわずかながら強くなった(図2,3).II考按血圧と眼圧との間に直接の相関はないと考えられている1.5)が,毛様体突起部の網膜血管は有窓内皮を有し,そこから血漿の限外濾過による受動的な房水産生も1割程度あるとされる1,2).さらに,これまでの多数の症例の傾向を比較する大規模な地域住民を対象とした研究では,検診時の血圧と眼圧との間に相関があるとする報告6,7)があり,慢性の高血圧ラットを用いた研究でも高血圧ラットの眼圧は高くなることが報告されており8),慢性の血圧変化は眼圧にある程度影響する因子であることが知られている.しかし,NVGでない左眼には血圧と眼圧との間に相関がみられなかったため,本症例程度の比較的短期間の血圧変動では正常眼の眼圧に影響しないと考えられる.NVGによる眼圧上昇は隅角に生じた新生血管による房水きく,NVGのため房水の排出による眼圧のコントロールが不良であり,血液房水柵の障害などにより房水産生が血圧の影響を受けやすかったためと考えられた.他方,NVGの症例のなかには今回の症例のように眼圧と血圧の間に関連がみられる例があると考えられた.このためNVGの症例のなかには血圧の管理も重要な場合があり,内科など他科との連携が重要であると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)GabeltBT,KaufmanPL:Productionandflowofaqueoushumor.Adler’sPhysiologyoftheEye,11thedition,edbyKaufmanPL,AlmA,LevinALetal,p274-307,Saunders/Elsevier,Edinburgh,andothers,20102)MarkHH:Aqueoushumordynamicsinhistoricalperspective.SurvOphthalmol55:89-100,20093)OkunoT,SugiyamaT,KohyamaMetal:Ocularbloodflowchangesafterdynamicexerciseinhumans.Eye20:796-800,20064)RisnerD,EhrlichR,KheradiyaNSetal:Effectsofexerciseonintraocularpressureandocularbloodflow:areview.JGlaucoma18:429-436,20095)WoodwardDF,DowlingMC,ChenJetal:Sustaineddecreasesinsystemicbloodpressuredonotcauseocularhypotension.OphthalmicRes21:37-43,1989846あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(124) 6)KleinBE,KleinR,LintonKL:IntraocularpressureinanAmericancommunity.TheBeaverDamEyeStudy.InvestOphthalmolVisSci33:2224-2228,19927)ShioseY:Theagingeffectonintraocularpressureinanapparentlynormalpopulation.ArchOphthalmol102:883-887,19848)VaajanenA,MervaalaE,OksalaOetal:Istherearelationshipbetweenbloodpressureandintraocularpressure?Anexperimentalstudyinhypertensiverats.CurrEyeRes33:325-332,20089)奥野高司,長野陽子,池田佳美ほか:網膜動脈分枝閉塞症を発症後に血管新生緑内障を併発し予後不良であった眼虚血症候群の1例.あたらしい眼科27:1617-1620,201010)佐々木誠,原岳,橋本尚子ほか:緑内障セミナー3時間連続臥位における眼圧経過.あたらしい眼科23:625626,200611)ShazlyTA,LatinaMA:Neovascularglaucoma:etiology,diagnosisandprognosis.SeminOphthalmol24:113-121,200912)KongX,LiuX,HuangXetal:Damagetotheblood-aqueousbarrierineyeswithprimaryangleclosureglaucoma.MolVis16:2026-2032,201013)澤充,庄司純,稲田紀子ほか:非侵襲的前眼部検査法の開発とその臨床的意義.日眼会誌115:177-212,201114)LevyJ,TovbinD,LifshitzTetal:Intraocularpressureduringhaemodialysis.Eye(Lond)19:1249-1256,2005***(125)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012847

3種類の緑内障視野進行判定プログラムの比較検討

2012年6月30日 土曜日

《第22回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科29(6):840.843,2012c3種類の緑内障視野進行判定プログラムの比較検討吉川晴菜森和彦池田陽子上野盛夫木下茂京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学ComparisonamongThreeVisualFieldProgressionProgramsinNormalTensionGlaucomaPatientsHarunaYoshikawa,KazuhikoMori,YokoIkeda,MorioUenoandShigeruKinoshitaDepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineHumphrey自動視野計により経過観察中の正常眼圧緑内障30例60眼を対象とし,3種類の視野進行判定プログラム,NAVISP4G(P4Gver.2.1.1,NIDEK),GuidedProgressionAnalysis(GPA,CarlZeissMeditec),Progressor(Pgrsrver.3.5,Medisoft)を用いて緑内障進行判定を行い,結果を比較検討した.検討項目はVFI(visualfieldindex)slopeとMD(meandeviation)slopeの比較(GPAとP4G/Pgrsr),進行ポイントの比較(GPAとPgrsr)である.その結果,P4GとPgrsr双方でMDslopeが計測できた54眼では,両者のMDslope値はよく相関した.VFIslopeとMDslopeの間にも有意な相関が確認できたが,両者が一致しない例も存在した.Pgrsrで進行ポイントが判定可能であった6例7眼のうちGPAの進行ポイントと一致したものは3例4眼であった.以上より3種類のプログラムのそれぞれの特徴を認識しつつ臨床に活用していくことが必要であると考えられた.Threevisualfieldprogressionprograms〔NAVISP4G(P4G),Progressor(Pgrsr)andGPA〕werecomparedusingvisualfielddatasetsfrom60eyesof30normaltensionglaucomapatients,followedbyHumphreyautomatedperimeter.MD(meandeviation)slopesobtainedfrom54eyesusingP4GorPgrsrwerewellcorrelated.TherewerealsosignificantcorrelationsbetweenMDslopeandVFI(visualfieldindex)slope,whilesomecasesshoweddiscrepancies.Of7eyes(6patients)thatdevelopedprogressivepointsasassessedbyPgrsr,only4eyes(3patients)matchedtheresultsfromtheGPAprogram.Itisimportanttousetheseprogramswhilerecognizingtheirrespectivecharacteristic.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):840.843,2012〕Keywords:プログレッサー,GPA,P4G,視野進行判定.progressor,GPA,P4G,visualfieldprogression.はじめに緑内障性視野障害は不可逆性であることから,緑内障診療において現在行われている検査や治療は視野障害の進行を防ぎ,患者のqualityofvisionを守ることを目的としている.視野検査の重要な評価項目の一つとして,複数の視野測定結果から行う進行判定がある.近年,緑内障性視野障害の進行判定のためにglobalindexを用いたMD(meandeviation)slope,各測定点での局所変化のイベント解析であるGlaucomaProgressionAnalysis,中心視野に重み付けがなされたVFI(visualfieldindex)を用いたGuidedProgressionAnalysis(GPA,CarlZeissMeditec),各測定点のトレンド解析であるProgressor(Pgrsrver.3.5,Medisoft)など,各種の視野進行判定プログラムが開発されてきている1.7).Globalindexは視野全体の変化や進行状態を把握するのに便利である一方,各測定点における微細な変化は見逃されてしまうため,詳細な進行判定をするにはポイントワイズ解析の結果を加味する必要がある.逆に,測定点別解析のみではそれぞれの測定点の誤差を拾う可能性が多い.今回,正常眼圧緑内障症例に対してNAVISP4G(P4Gver.2.1.1,NIDEK),Pgrsrの3種類の緑内障視野進行判定プログラムを用い,それぞれの視野進行判定能力を比較検討した.なお,P4GはHumphrey自動視野計(HFA)の検査データの取り込み,〔別刷請求先〕森和彦:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学Reprintrequests:KazuhikoMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Kawaramachi,Hirokoji,Kamigyo-ku,Kyoto602-0841,JAPAN840840840あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(118)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY HFA検査データの表示と印刷,時系列グラフ表示,データ2.2.0比較表示,検査データのCSVファイル出力などを行うこと5.0が可能なNAVISオプションプログラムである.I対象および方法1.0対象は当科において経過観察中の正常眼圧緑内障症例のうP4GPgrsrGPAち,平成9年6月から平成23年4月までの間に信頼性のあるHFA検査が4回以上施行可能であった30例60眼である.対象の内訳は男性13例,女性17例.平均年齢は64.1±14.2歳,平均観察期間は75.4±35.2カ月,HFA平均測定回数8.2±3.5回であった.HFA検査結果をもとにP4G,GPA,Pgrsrの3種類の視野進行判定プログラムを用いて緑dB/yr%/yr0.00.0-1.0内障進行判定を行い,それぞれの判定能力を比較検討した.-5.0検討項目はVFIslopeとMDslopeの比較(GPAとP4G/-2.0Pgrsr),視野進行ポイントの比較(GPAとPgrsr)である.それぞれのプログラムの進行判定におけるデータ採用基準図13種のプログラムによるglobalindexの差は,P4G/Pgrsrでは偽陽性/偽陰性ともに33%未満,固視不良20%未満,GPAでは偽陽性15%未満である.Pgrsrにおける進行ポイントの判定基準はp<0.01の有意水準で1.0dB/year(内部ポイント),2.0dB/year(周辺部ポイント)より早いものとした.GPAのベースラインは基本的には自動選択された検査結果(初回・2回目)の平均化したものを用いた.顕著な学習効果が得られた場合,初回と2回目の検査の間に明らかな治療変更を行った場合,信頼係数が低い場合などではベースラインデータの変更が推奨されており,今回の検討においてもこれらの推奨基準に従った.II結果P4G,Pgrsr,GPAそれぞれのプログラムによるglobalindexの分布を図1に示す.P4GとPgrsrはいずれもMDslopeを計算可能であったが,P4Gのほうに異常値が多かった.P4GとPgrsr双方でMDslopeが計測できたのは60眼中54眼であり,両者のMDslope値には有意差なく,よく相関していた(r=0.953).一方,GPAによるVFIslopeとMDslopeとの間にも有意な相関(r=0.631,p<0.00001;図2)が認められたが,MDslopeではほとんど変化がないにもかかわらず,VFIslopeでは大きな変化をきたしていた症例が存在していた.Pgrsrの局所トレンド解析において進行ポイントありと判定されたものは6例7眼,GPAで「カノウセイタカイ」と判定されたものは3例3眼,「カノウセイアリ」と判定されたものは12例15眼であった.Pgrsrにおいて進行ポイントが判定可能であった6例7眼のうちGPAの進行ポイントと一致していたものは3例4眼であった.経過中に視野進行をきたした59歳,女性のGPAによる進行判定結果を図3に,Pgrsrによる判定結果を図4に示す.GPAによるVFIは右2.01.0-1.0-2.0-2.0-4.0-6.0PgrsrMDslope(dB/yr)GPAVFIslope(%/yr)図2VFIslopeとMDslopeの相関眼52%,左眼70%,両眼ともに「進行ノカノウセイアリ」の判定であり,ベースラインと比較して5%未満の確率で感度低下のみられたポイント(.)は右眼4点,左眼8点,連続2回感度低下のみられたポイント(.)は両眼とも3点,連続3回認められたポイント(.)は右眼のみ1点であった.一方,Pgrsrでは経過中に一度でも有意な進行を示したポイントが右眼9点,左眼5点(図4上,赤色バー),全体を通して判断した局所トレンド解析での進行ポイントは右眼3点,左眼1点であった(図4下,赤網).局所イベント解析であるGPAの進行ポイントとPgrsrにおける経過中に有意な進行を示したポイントの解析結果とは一致傾向を示したが,全体を通した局所トレンド解析との比較では右眼は一致したが左眼は必ずしも一致しなかった.(119)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012841 図3GPAによる進行判定(59歳,女性)上下図4同一例のProgressorによる進行判定III考按近年,各測定点における微細な変化も捉えることのできるポイントワイズ解析法を応用した緑内障進行判定プログラムが開発されてきている.HFAに搭載されたGPAは中心視野に重み付けがなされたVFIという指標を用い,また測定点における局所変化のイベント解析が可能である.一方,英842あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012国モアフィールド眼科病院で開発され世界的にも用いられているPgrsrは,測定点ごとの感度を直線回帰分析して進行判定するトレンド解析を行うことができるため,より詳細な視野進行の判定ができる可能性がある.今回,正常眼圧緑内障症例を対象にglobalindexをもとにしたP4G,局所イベント解析であるGPA,局所トレンド解析であるPgrsr(Medisoft)の3種類の緑内障視野進行判定プログラムを比較検討した.GlobalindexをもとにしたMDslopeはP4GとPgrsrの各プログラムによって得られた傾きが微妙に異なったが,両者の相関は良好であった.これは両者の視野結果の判定方法に差があるためであると考えられた.一方,GPAにおける新しい指標を用いたVFIslopeはMDslopeと比較するとその変化量も大きく,MDslopeではほとんど異常がないにもかかわらずVFIslopeでは大きな変化を認めた症例が存在した.このような症例では周辺視野に比較して中心視野が障害されている傾向があり,VFIでは中心視野を重視しているために,中心視野が障害されやすい正常眼圧緑内障においてMDslopeよりも早期に進行を捉えることができている可能性があると考えられた.各ポイント別の進行判定については,局所イベント解析であるGPAの進行ポイントとPgrsrにおける経過中に有意な進行を示したポイントの解析結果とは比較的一致していた(120) が,Pgrsrの全体を通した局所トレンド解析結果とでは必ずしも一致しなかった.その原因としてはイベント解析とトレンド解析の進行判定法の差によるものと考えられた.すなわち,イベント解析では進行判定の感度が高く,より早期に進行を捉える可能性が高いが,偽陽性も多くなる傾向があるのに比して,トレンド解析では判定するまでに複数回の検査が必要であって時間がかかる一方,特異度が高く確実な進行を捉えていると考えられる.本研究の限界としては,長期にわたって同一施設で定期的な経過観察を継続できる症例が限定されてしまうため,単一施設では症例数をなかなか増やせなかったことである.なかでも進行が比較的緩徐な正常眼圧緑内障において,進行症例を集積することは非常な困難を伴った.今後は症例数を確保するために多施設において視野進行判定プログラムの評価をしていく必要がある.幸いProgressorは過去の検査結果をそのまま使用して解析することができるため,汎用性という観点から有用であると考えられた.慢性疾患である緑内障では同一プログラムで長期にわたって経過を見続けることが非常に大切であり,緑内障の視野進行判定においては全体ならびに局所のイベント解析とトレンド解析の特徴と違いを認識しつつ,活用していくことが重要であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ViswanathanAC,FitzkeFW,HitchingsRA:Earlydetectionofvisualfieldprogressioninglaucoma:acomparisonofPROGRESSORandSTATPAC2.BrJOphthalmol81:1037-1042,19972)CrabbDP,ViswanathanAC:Integratedvisualfields:anewapproachtomeasuringthebinocularfieldofviewandvisualdisability.GraefesArchClinExpOphthalmol243:210-216,20053)ViswanathanAC,CrabbDP,McNaughtAIetal:Interobserveragreementonvisualfieldprogressioninglaucoma:acomparisonofmethods.BrJOphthalmol87:726730,20034)SpryPGD,JohnsonCA:Identificationofprogressiveglaucomatousvisualfieldloss.SurvOphthalmol47:158173,20025)FitzkeFW,HitchingsRA,PoinoosawmyDetal:Analysisofvisualfieldprogressioninglaucoma.BrJOphthalmol80:40-48,19966)McNaughtAI,CrabbDP,FitzkeFWetal:Modellingseriesofvisualfieldstodetectprogressioninnormaltensionglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol233:750-755,19957)MikelbelgFS,SchulzerM,DranceSMetal:Therateofprogressionofscotomasinglaucoma.AmJOphthalmol101:1-6,1986***(121)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012843

正常眼圧緑内障患者における持続型カルテオロール点眼薬3年間投与の効果

2012年6月30日 土曜日

《第22回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科29(6):835.839,2012c正常眼圧緑内障患者における持続型カルテオロール点眼薬3年間投与の効果比嘉利沙子*1井上賢治*1若倉雅登*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医学部眼科学第2講座EffectofLong-actingCarteololHydrochloride2%OphthalmicSolutionTreatmentovera3-YearPeriodinNormalTensionGlaucomaRisakoHiga1),KenjiInoue1),MasatoWakakura1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)2ndDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicineアルギン酸添加塩酸カルテオロール2%点眼薬を正常眼圧緑内障患者に3年間投与したときの眼圧,視野に及ぼす影響を検討した.アルギン酸添加塩酸カルテオロール2%点眼薬を新規に単剤点眼した正常眼圧緑内障患者24例24眼を対象とした.眼圧は1.3カ月ごと,Humphrey視野は6カ月ごとに測定した.眼圧,視野検査のmeandeviation(MD)値とpatternstandarddeviation(PSD)値を1年ごとに評価した.視野障害進行判定はトレンド解析とイベント解析を行った.眼圧は3年間にわたり下降効果を維持した(p<0.0001).MD値とPSD値は点眼前後で同等であった.視野障害は,トレンド解析では1眼(5%),イベント解析では5眼(24%)が進行と判定された.正常眼圧緑内障患者に対して,アルギン酸添加塩酸カルテオロール2%点眼薬3年間単剤投与により眼圧下降効果は維持したが,24%で視野障害が進行した.Thisstudyreportstheeffectof3-yeartreatmentwithlong-actingcarteololhydrochloride2%ophthalmicsolutionin24eyesof24patientswithnormaltensionglaucoma(NTG).Inall24patients,intraocularpressure(IOP)wasmeasuredevery1-3months,andHumphreyvisualfieldperformanceevery6months.IOP,meandeviation(MD)andpatternstandarddeviation(PSD)ofHumphreyvisualfieldtestswereevaluatedeveryyear.Visualfieldperformancewasalsoevaluated,usingtrendandeventanalyses.Inallpatients,meanIOPwasfoundtobesignificantlylowerduringtheentire3-yeartreatmentperiodthanbeforeadministration(p<0.0001).TherewasnosignificantchangeinMDorPSDduringthe3years.Visualfieldperformanceevaluationbytrendanalysisandeventanalysisshowedrespectivedecreasesin1patient(5%)and5patients(24%).Theresultsofthisstudyshowthatlong-actingcarteololhydrochloride2%ophthalmicsolutionwaseffectiveinreducingIOPforatleast3yearsinNTGpatients,althoughdecreaseinvisualfieldperformancewasobservedinsomepatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):835.839,2012〕Keywords:アルギン酸添加塩酸カルテオロール2%点眼薬,正常眼圧緑内障,眼圧,視野.long-actingcarteololhydrochloride2%ophthalmicsolution,normaltensionglaucoma,intraocularpressure,visualfield.はじめに日本における緑内障の病型は72%が正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)であることが多治見スタディより明らかになった1).NTGにおいても,視野障害の進行を阻止するには眼圧下降は重要である2,3)が,NTGの視神経障害には眼循環因子など,眼圧以外の多因子の関与が示唆されている4,5).b遮断薬である塩酸カルテオロール点眼薬(以下,標準型カルテオロール点眼薬)は,房水産生の抑制により眼圧を下降させるが,内因性交感神経刺激様作用(intrinsicsympathomimetricactivity:ISA)を有する点で他のb遮断薬と異なる6,7).ISAを有するb遮断薬は,血管拡張作用あるいは血管収縮抑制作用を介して眼循環の改善も期待される8,9).標準型カルテオロール点眼薬は1日2回の点眼を必要とする〔別刷請求先〕比嘉利沙子:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:RisakoHiga,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(113)835 が,2007年に日本で承認されたアルギン酸添加塩酸カルテオロール点眼薬(以下,持続型カルテオロール点眼薬)は,点眼薬の眼表面での滞留時間延長により1日1回の点眼が可能となった10,11).原発開放隅角緑内障や高眼圧症では,持続型カルテオロール点眼薬1%および2%とも眼圧下降効果は標準型と同等であることが報告されている12.15).しかし,NTG患者に持続型カルテオロール2%点眼薬を新規に単剤投与した臨床報告は少なく,経過観察期間は最長1年である16,17).緑内障の治療は生涯にわたるものであり,今回,さらに観察期間を延長しNTGにおける持続型カルテオロール2%点眼薬の眼圧,視野に対する3年間の影響を前向きに検討したので報告する.I対象および方法2007年7月から2008年2月の間に井上眼科病院で新規にNTGと診断し,持続型カルテオロール2%点眼薬(1日1回朝点眼)の単剤投与を開始した39例(両眼投与14例,片眼投与25例)のうち,さらに3年間にわたり単剤の点眼投与の継続および経過観察ができたNTG患者24例(両眼投与8例,片眼投与16例)を対象とした.ただし,解析対象は1例1眼とし,両眼投与例では点眼投与前眼圧の高い眼,同値の場合は右眼を選択した.解析対象の性別は,男性6例,女性18例,年齢は52.2±12.4歳,25.73歳(平均±標準偏差値,最小値.最大値)であった.点眼投与前の眼圧は17.5±2.1mmHg(14.21mmHg),Humphrey視野(プログラム中心30-2SITA-standard)の平均偏差(meandeviation:MD)値は.3.46±3.85dB(.13.76.0.08dB),パターン標準偏差(patternstandarddeviation:PSD)値は6.20±4.47dB(1.67.16.68dB)であった.NTGの診断基準は,1)日内変動を含む複数回の眼圧測定にても眼圧が21mmHg以下であり,2)視神経乳頭と網膜神経線維層に緑内障に特有な形態的特徴(視神経乳頭周辺部の菲薄化,網膜視神経線維層欠損)を有し,3)それに対応する視野異常が高い信頼性と再現性をもって検出され,4)視野異常の原因となりうる他の眼疾患や先天異常を認めず,さらに5)隅角鏡検査で両眼正常開放隅角を示すものとした.ただし,1)矯正視力0.5以下,白内障以外の内眼手術やレーザー治療の既往,2)局所的,全身的なステロイド既往,3)耳鼻科的,脳神経外科的な異常を有する,4)アセタゾラミド内服中の症例は対象から除外した.眼圧はGoldmann圧平眼圧計で,患者ごとに同一検者が診療時間内(9時から18時)のほぼ同一時間帯に,1.3カ月ごとに測定した.点眼投与前の眼圧は,点眼投与前に1mmHg以上の差がないことを確認のうえ,点眼開始前の最終単回測定値とした.視野は6カ月ごとにHumphrey静的視野検査(プログラ836あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012ム中心30-2SITA-standard)を行った.視野障害進行の有無は,3年間にわたる視野検査結果を視野解析プログラム(GlaucomaProgressionAnalysis1:GPA1,CarlZeissMeditec社製)を用いて,トレンド解析とイベント解析で判定した.トレンド解析は,MD値の経時的変化を直線回帰分析したもので,これにより算出された年単位のMD値の変化量(dB/年)を統計学的有意性とともに表した指標である.一方,イベント解析は,経過観察当初2回の検査結果をベースラインとして,その後の検査でベースラインと比較して一定以上の悪化が認められた時点で進行と判定する指標である.なお,Humphrey視野において,固視不良20%以上,偽陽性,偽陰性が33%以上の場合は解析から除外した.そのため,視野解析は21例21眼で行った.統計学的解析は,眼圧にはtwo-wayANOVA(analysisofvariance)およびBonferroni/Dunnet法,視野検査におけるMD値,PSD値にはFriedmantestを用いた.眼圧,MD値,PSD値とも5%の有意水準とした.トレンド解析では,5%の有意水準をもって「視野障害の進行あり」と判定した.イベント解析では,EarlyManifestGlaucomaTrial18)の警告メッセージに基づき「進行の傾向あり」と判定されたもの,すなわち3回連続して同一の3点以上の隣接測定点に有意な低下を認めた場合を「視野障害の進行あり」と判定した.本臨床研究は,井上眼科病院倫理審査委員会の承認後,研究内容を十分説明のうえ,被験者から文書による同意を取得した.II結果1.眼圧眼圧値は,持続型カルテオロール点眼1年後は14.8±1.6mmHg(12.17mmHg),2年後は14.9±1.9mmHg(12.18mmHg),3年後は14.8±2.4mmHg(11.20mmHg)で,点眼前(17.5±2.1mmHg)と比較し各解析時点で有意に下降していた(p<0.0001)(図1).眼圧下降幅は,点眼1年後は2.5±1.6mmHg(0.6mmHg),2年後は2.4±1.8mmHg(.2.7mmHg),3年後は2.6±2.1mmHg(.1.6mmHg)と同等であった(図2).眼圧下降率は,点眼1年後は14.3±7.9%(0.28.6%),2年後は13.5±9.2%(.12.5.33.3%),3年後は14.6±11.4%(.5.6.30.0%)と同等であった(図3).2.視野MD値は,持続型カルテオロール点眼1年後は.3.70±4.72dB(.15.73.1.38dB),2年後は.3.19±3.23dB(.10.61.0.63dB),3年後は.3.91±3.22dB(.11.26..0.29dB)であり,点眼前(.3.46±3.85dB)を含め経過観察中に有意な変化はなかった(図4).PSD値は,持続型カルテオ(114) 222018161412100点眼前1年後2年後3年後******n=24図1持続型カルテオロール2%点眼薬点眼前後の眼圧6543210眼圧下降幅(mmHg)n=24222018161412100点眼前1年後2年後3年後******n=24図1持続型カルテオロール2%点眼薬点眼前後の眼圧6543210眼圧下降幅(mmHg)n=24眼圧(mmHg)ANOVAおよびBonferroni/Dunnet法,**p<0.0001.1年後2年後3年後図2持続型カルテオロール2%点眼薬点眼後の眼圧下降幅30n=241250点眼前1年後2年後3年後n=21n=19n=18n=16平均偏差(MD)(dB)眼圧下降率(%)-120-2-3-41510-5-65-7-801年後2年後3年後図4持続型カルテオロール2%点眼薬点眼前後のMD値図3持続型カルテオロール2%点眼薬点眼後の眼圧下降率有意な悪化1例4例進行の傾向ありパターン標準偏差(PSD)(dB)12108n=21n=19n=18n=16トレンド解析イベント解析1例(5%)5例(24%)6n=214図6視野障害進行解析2中止3例,点眼薬の変更2例,白内障手術施行2例の理由に0点眼前1年後2年後3年後より,脱落となった症例が合計15例あった.点眼中止理由図5持続型カルテオロール2%点眼薬投与前後のPSD値ロール点眼1年後は6.37±4.91dB(1.66.16.89dB),2年後は6.30±4.18dB(2.02.15.95dB),3年後は7.25±4.10dB(1.98.17.26dB)であり,同様に点眼前(6.20±4.47dB)を含め経過観察中に有意な変化はなかった(図5).3.視野障害進行判定トレンド解析では1例(5%),イベント解析で5例(24%)が「視野障害の進行あり」と判定された.両解析で「視野障害の進行あり」と判定されたのは1例のみであった(図6).4.脱落症例3年間の経過観察中,来院中断または転院8例,点眼薬の(115)は,点眼直後に眼瞼腫脹(1例),点眼4カ月後に息苦しさ(1例)の出現であるが,両症例とも点眼中止後,速やかに症状は改善している.残りの1例は,点眼8カ月後に無治療の経過観察を希望したためである.点眼薬変更は,2例とも点眼投与後に眼圧下降(16mmHgから14mmHg,15mmHgから13mmHg)は得られたが,それぞれ7カ月と12カ月以降に眼圧が投与前と同値が続いたため,ラタノプロスト点眼薬に変更した.III考按CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroupは,NTGでも眼圧を30%下降させると5年間の観察においあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012837 504030201000図7持続型カルテオロール2%点眼薬点眼前の眼圧と眼圧下降率□:トレンド解析・イベント解析で視野障害進行と判定された症例.△:イベント解析で視野障害進行と判定された症例.●:トレンド解析・イベント解析とも視野障害進行なしと判定された症例.て80%で視野進行を阻止できたことを報告しており2),NTGにおいても進行予防には眼圧下降は重要であることが示された.しかし,眼圧を下げても5年間で20%の視野障害が進行したことや未治療群でも40%は進行しなかった報告もある3).筆者らの報告では,NTG患者に対する持続型カルテオロール点眼薬の眼圧下降率は,3カ月では14.2%16),1年では14.7%17)であった.今回,経過観察期間を3年間に延長しても眼圧下降率は14.6%で維持された.本研究では,点眼3年後の眼圧下降率が30%以上の症例は2眼(8%),20%以上は8眼(33%),10%以上は13眼(54%)であった.点眼前の眼圧と眼圧下降率を散布図で示した(図7).ベースラインの眼圧が高いほど眼圧下降率は高い傾向にあったが相関はなく(p=0.314,r=0.214,Pearsonの相関係数),個々の症例におけるばらつきも大きいことがわかる.本研究では,個々の症例においては眼圧測定時間帯を統一するようにしたが,点眼から測定までの時間は統一されておらず,どの時点の眼圧を捉えているか不明瞭な点では不備がある.今回,点眼投与前の眼圧17.5±2.1mmHgはやや高値であった.眼圧が低い症例は,点眼薬治療を希望されない症例が存在したために,今回の対象の投与前眼圧は日本人における平均眼圧1)より高値であったと考えられる.NTG患者に対する眼圧下降効果を他剤と比較すると,標準型カルテオロール2%点眼薬18カ月投与では,眼圧下降率は10.8%(点眼前平均眼圧14.8mmHg)であった19).本研究結果から原発開放隅角緑内障や高眼圧症患者だけでなく12.15),NTG患者においても標準型と持続型カルテオロール点眼薬の眼圧下降効果は同等であった.アドヒアランスの838あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012y=1.17x-5.46r2=0.046n=24眼圧下降率(%1416182022点眼前の眼圧(mmHg)観点から,眼圧下降効果が同等であれば,点眼回数が少ないほうが利便性がよい.NTG患者に対する他のb遮断薬3年間投与の眼圧下降率は,レボブノロール点眼薬では13.3%20),ニプラジロール点眼薬では17.2%21)であり,本研究結果とほぼ同等の値であった.視野進行判定には,臨床的判断,Aulhorn分類や湖崎分類などのステージ分類,トレンドやイベント解析などの方法がある.同一症例でも解析方法により判定が異なる場合があり,視野障害進行を正確に評価するのはむずかしい.MD値は年齢別正常値からの平均視感度低下を評価しているので,MD値のみでは局所的な視野変化が捉えられない可能性がある.トレンド解析では,生理的なぶれの影響は少なく,長期的傾向を把握しやすいが,急激な局所の変化は捉えにくい欠点がある.一方,イベント解析では,異常判定時に再現性を確認する必要はあるが,1回ごとに進行の判定が可能であり,急激な変化は捉えやすい特徴がある.NTG患者におけるレボブノロール点眼薬投与による視野変化については,3年間および5年間ではMD値,PSD値ともに点眼前後で変化がなかった20,22)が,5年後のトレンド解析では3例(15%),イベント解析では6例(30%),そのうち2例は両解析で視野障害進行と判定された22).NTG患者におけるニプラジロール点眼薬5年間投与では,トレンド解析では8例(18%),イベント解析では7例(16%),そのうち1例は両解析で視野障害進行と判定された23).視野障害が進行と判定された症例と眼圧下降率を見てみると一定の傾向はなく(図7),NTGの視野障害進行には眼圧以外の因子が作用していることが示唆される.しかし,残念ながら本研究ではISAが視野進行障害阻止にどの程度影響があったかは明らかにすることはできない.MDスロープを用いた視野障害進行判定では,6カ月ごとに検査を行い視野変動が低い場合には.2.0dB/年または.1.0dB/年の進行判定に要する期間はそれぞれ2.5年,3年と報告されている24).視野変動が中等度以上の場合もしくは進行速度がこれ以上遅い場合は視野障害進行判定に3年以上の期間を要することになる.このことから,本研究においても視野障害進行判定には,さらに長期の経過観察を行う必要があると考えた.安全性については,点眼直後に眼瞼腫脹,点眼4カ月後に息苦しさのため点眼を中止した症例が各1例(5.1%)あったことを過去に報告した17)が,その後は副作用により点眼を中止した症例はなかった.カルテオロール点眼薬の全身性副作用については,標準型と持続型では同等とする報告12.14)や持続型のほうが血漿中濃度は有意に低く,拡張期血圧下降も低いことから全身性副作用が少ないとの報告がある15).さらに,アドヒアランスの向上にはさし心地も重要な因子であり,持続型カルテオロール点眼薬はゲル化チモロール点眼薬(116) よりさし心地が良かったとのアンケート結果も得られている25).結論として,NTG患者において持続型2%カルテオロール点眼薬単剤投与により3年間にわたって眼圧下降効果は維持したが,24%の症例で視野障害が進行した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:TheTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20042)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19983)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressures.AmJOphthalmol126:487-497,19984)YamazakiY,DranceSM:Therelationshipbetweenprogressionofvisualfielddefectsandretrobullbarcirculationinpatientswithglaucoma.AmJOphthalmol124:287295,19975)田中千鶴,山崎芳夫,横山英世:正常眼圧緑内障の視野障害進行と臨床因子の検討.日眼会誌104:590-595,20006)SorensenSJ,AbelSR:Comparisonoftheocularbeta-blockers.AnnPharmacother30:43-54,19967)ZimmermanTJ:Topicalophthalmicbetablockers:Acomparativereview.JOculaPharmacol9:373-384,19938)FrishmanWH,KowalskiM,NagnurSetal:Cardiovascularconsiderationsinusingtopical,oral,andintravenousdrugsforthetreatmentofglaucomaandocularhypertension:focusonb-adrenergicblockade.HeartDis3:386397,20019)TamakiY,AraieM,TomitaKetal:Effectoftopicalbeta-blockersontissuebloodflowinthehumanopticnervehead.CurrEyeRes16:1102-1110,199710)SechoyO,TissieG,SebastianCetal:Anewlongactingophthalmicformulationofcarteololcontainingalginicacid.IntJPharm207:109-116,200011)TissieG,SebastianC,ElenaPPetal:Alginicacideffectoncarteololocularpharmacokineticsinthepigmentedrabbit.JOculPharmacolTher18:65-73,200212)DemaillyP,AllaireC,TrinquandC:Once-dailyCarteololStudyGroup:Ocularhypotensiveefficacyandsafetyofoncedailycarteololalginate.BrJOphthalmol85:962968,200113)TrinquandC,RomanetJ-P,NordmannJ-Petal:Efficacyandsafetyoflong-actingcarteolol1%oncedaily:adouble-masked,randomizedstudy.JFrOphtalmol26:131136,200314)山本哲也・カルテオロール持続性点眼液研究会:塩酸カルテオロール1%持続性点眼液の眼圧下降効果の検討─塩酸カルテオロール1%点眼液を比較対照とした高眼圧患者における無作為化二重盲検第III相臨床試験.日眼会誌111:462-472,200715)川瀬和秀,山本哲也,村松知幸ほか:カルテオロ.ル塩酸塩2%持続性点眼液の第IV相試験─眼圧下降作用,安全性および血漿中カルテオロール濃度の検討─.日眼会誌114:976-982,201016)井上賢治,野口圭,若倉雅登ほか:原発開放隅角緑内障(広義)患者における持続型カルテオロール点眼薬の短期効果.あたらしい眼科25:1291-1294,200817)井上賢治,若倉雅登,井上治郎ほか:正常眼圧緑内障患者における持続型カルテオロール点眼薬の効果.臨眼65:297-301,200918)LeskeMC,HeijlA,HymanLetal:EarlyManifestGlaucomaTrial:designandbaselinedata.Ophthalmology106:2144-2153,199919)前田秀高,田中佳秋,山本節ほか:塩酸カルテオロールの正常眼圧緑内障の視機能に対する影響.日眼会誌101:227-231,199720)比嘉利沙子,井上賢治,若倉雅登ほか:正常眼圧緑内障患者におけるレボブノロール点眼の長期効果.臨眼61:835839,200721)井上賢治,若倉雅登,井上治郎ほか:正常眼圧緑内障患者におけるニプラジロール点眼3年間投与の効果.臨眼62:323-327,200822)井上賢治,若倉雅登,富田剛司:正常眼圧緑内障患者におけるレボブノロール点眼5年間投与の効果.眼臨紀4:115-119,201123)InoueK,NoguchiK,WakakuraMetal:Effectoffiveyearsoftreatmentwithnipradiloleyedropsinpatientswithnormaltensionglaucoma.ClinOphthalmol5:12111216,201124)ChauhanBC,Garway-HeathDF,GoniFJetal:Practicalrecommendationsformeasuringratesofvisualfieldchangeinglaucoma.BrJOphthalmol92:569-573,200825)湖崎淳,稲本裕一,岩崎直樹ほか:カルテオロール持続点眼液の使用感のアンケート調査.あたらしい眼科25:729-732,2008***(117)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012839

ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩2剤併用から配合剤への切り替え効果に関する長期的検討

2012年6月30日 土曜日

《第22回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科29(6):831.834,2012cラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩2剤併用から配合剤への切り替え効果に関する長期的検討木内貴博*1井上隆史*2高林南緒子*1大鹿哲郎*3*1筑波学園病院眼科・緑内障センター*2井上眼科医院*3筑波大学医学医療系眼科Long-termEfficacyafterSwitchingfromUnfixedCombinationofLatanoprostandTimololMaleatetoFixedCombinationTakahiroKiuchi1),TakafumiInoue2),NaokoTakabayashi1)andTetsuroOshika3)1)DepartmentofOphthalmology/GlaucomaCenter,TsukubaGakuenHospital,2)3)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofTsukubaInoueEyeClinic,ラタノプロストとチモロールマレイン酸塩の2剤併用療法中の広義開放隅角緑内障16例16眼を対象とし,配合剤へ切り替えたときの眼圧変化とアドヒアランスについて2年間の観察を行った.平均眼圧は切り替え前が14.4±2.7mmHg,切り替え後が14.8±2.3mmHgで差はなく(p=0.088),経時的にも有意な変化はみられなかった(p=0.944).アドヒアランスに関し,完全点眼達成率は切り替え前が18.8%であったのに対し,切り替え後は62.5%へと有意に改善した(p=0.012).しかしながら,切り替え前は無点眼日があったとする患者が皆無であったのに対し,切り替え後は1日でも点眼忘れがあった例が37.5%にも及んだ.配合剤への切り替えは眼圧に影響を及ぼさず,アドヒアランスの改善が期待できる.ただし,切り替え後の点眼のさし忘れは1日を通してまったく治療が行われないことを意味し,注意が必要である.Weevaluatedintraocularpressure(IOP)andadherenceafterswitchingfromunfixedcombinationoflatanoprostandtimololmaleatetofixedcombinationin16eyesof16patientswithopenangleglaucomafortwoyears.AverageIOPbeforeandafterswitchingwas14.4±2.7mmHgand14.8±2.3mmHg,respectively;nosignificantdifferencewasfound(p=0.088),norwasanystatisticallysignificantdifferenceobservedinthetimecourseofchangesinIOP(p=0.944).Drugadherencerateincreasedsignificantly,from18.8%to62.5%asaresultofswitching(p=0.012).Aftertheswitch,37.5%ofpatientsfailedtocompletethefixedcombinationsolutioninstillationregimenforatleastoneday,whiletherewerenosuchfailuresbeforetheswitch.SwitchingtoafixedcombinationoflatanoprostandtimololmaleatedidnotinfluenceIOPandwashelpfulinimprovingadherence.Attentionmustbepaid,however,tothefactthatfailureofinstillationaftertheswitchmeansthatglaucomatreatmentsarenotbeingadministeredthroughouttheentireday.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):831.834,2012〕Keywords:ラタノプロスト,チモロールマレイン酸塩,配合剤,眼圧,アドヒアランス.latanoprost,timololmaleate,fixedcombinationophthalmicsolution,intraocularpressure,adherence.はじめに近年,わが国でも眼圧下降薬として配合剤が使用できるようになり,緑内障に対する薬物療法の選択肢が広がりつつある.わが国初の配合剤は,プロスタグランジン関連薬であるラタノプロストとb遮断薬である0.5%チモロールマレイン酸塩を組み合わせた,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩(ザラカムR配合点眼液,ファイザー)であり,2010年4月の上市をもって配合剤処方の門戸が開かれることとなったが,海外では2000年にスウェーデンで初めて承認されて以来,現在に至るまで100カ国以上で発売されており,すでに緑内障薬物療法の一翼を担う存在となっている.必然的に,本剤に関する臨床研究は外国人を対象としたものが圧倒〔別刷請求先〕木内貴博:〒305-0854茨城県つくば市上横場2573-1筑波学園病院眼科Reprintrequests:TakahiroKiuchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TsukubaGakuenHospital,2573-1Kamiyokoba,Tsukuba,Ibaraki305-0854,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(109)831 的に多く,なかでも多剤併用療法から配合剤へ切り替える方法により,眼圧の推移やアドヒアランスの変化などを検討したものが多勢を占める1.5).ところが,欧米人と日本人とでは,緑内障の疾患構成に違いがあること6,7)や,薬剤に対する反応性が異なる可能性もあることなどから,わが国でも配合剤に関するデータベース作りが急務と思われるが,発売後間もないこともあり,そのような臨床試験はあまり行われていない.さらに,いくつか散見される学術集会レベルの報告をみても,症例の組み入れ条件が一定でなかったり,観察期間が短期限定であったりするものがほとんどである.そこで今回,ラタノプロストとチモロールマレイン酸塩に限定し,これら2剤による併用療法から配合剤1剤へ切り替えたときの眼圧の推移およびアドヒアランスの変化について,比較的長期にわたる観察を行って検討したので報告する.I対象および方法1.対象ラタノプロスト(キサラタンR点眼液0.005%,ファイザー)と2回点眼のチモロールマレイン酸塩(チモプトールR点眼液0.5%,MerckSharp&Dohme)の2剤併用にて,2年以上にわたり治療が継続されてきた広義開放隅角緑内障の患者を対象とした.著しい眼表面疾患を有する者,眼圧値に影響を及ぼす可能性のある眼疾患および全身疾患を有する者,眼圧下降のための外科治療およびレーザー治療の既往のある者,組み入れ前の1年以内に別の眼圧下降薬(ラタノプロスト以外のプロスタグランジン関連薬やチモロールマレイン酸塩以外のb遮断薬を含む)へ変更または追加,あるいは点眼中止のあった者は除外とし,上記の基準を満たし,かつ,十分な説明のうえで同意の得られた18例が本研究に組み入れられた.最終的に,決められた通院スケジュールを遵守できなかった2例が除外され,16例を検討の対象とした.性別は男性10例,女性6例,平均年齢は62.2±13.1歳(39.80歳)であった.全症例とも点眼治療は両眼になされており,検討には右眼のデータを採用した.なお,本研究は筑波大学附属病院倫理委員会の承認を得て行われた.2.点眼スケジュール切り替え前の2剤併用時は,ラタノプロストの夜1回とチモロールマレイン酸塩の朝夕2回の点眼スケジュールであったが,その後,休薬期間なしに配合剤であるラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩への切り替えを行い,切り替え後は夜のみ1回点眼を指示した.3.検討事項切り替え前後における眼圧の推移およびアドヒアランスの変化について調査を行った.眼圧に関しては2カ月ごとに,切り替え前1年と切り替え後1年,つまり計2年間にわたって追跡を行い,切り替え前後それぞれの期間における全測定832あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012値の平均の比較,および,切り替え前後を通じた経時変化について検討した.なお,各々の患者について,切り替え前にはすべての眼圧測定時刻が3時間以内であったことを確認し,切り替え後も同様の時間帯に測定を行った.アドヒアランスに関しては,切り替え前1カ月と,切り替え1年経過時,すなわち本研究終了直前1カ月間の点眼状況をアンケート方式にて抽出した.切り替え前は2剤で3回点眼がノルマであるため,1日のうち1回でも点眼忘れがあれば,その日は不完全点眼日として,また1日を通じてまったく点眼しなかった日があれば,これを無点眼日と定義して,それぞれ該当日数をカウントした.一方,切り替え後は1剤のみ1回点眼となるため,点眼をさし忘れた日があれば,その日は必然的に無点眼日とみなした.そのうえで,1カ月間の該当日数を,なし(完全な点眼ノルマ達成),1日以上4日以内,5日以上8日以内に区分し,切り替え前後のアドヒアランスの変化を検討した.4.統計学的解析平均眼圧の比較にはWilcoxonの符号付順位和検定を,眼圧の経時変化については一元配置分散分析を,アドヒアランスの検討にはFisherの直接確率検定またはKruskal-Wallis検定を用い,危険率5%未満を有意とした.II結果1.眼圧の推移平均眼圧は,切り替え前が14.4±2.7mmHg,切り替え後が14.8±2.3mmHgで有意な差はなかった(p=0.088).切り替え前と比較して,切り替え後の平均眼圧変化が1mmHg以内に維持されていた症例とそれより下降した症例の合計は全体の75%を占めており,逆に1mmHg以上上昇したのは25%にみられたが,そのほとんどは1mmHgを若干超えた程度の軽微な上昇の範囲にとどまっていた(図1).切り替え前後の眼圧の変化を図2に示す.経過中,有意な変化はみられなかった(p=0.944).なお,今回の検討では,眼圧測定25%75%■:>+1mmHg■:±1mmHg:<-1mmHg020406080100(%)図1切り替え前後の平均眼圧の変化切り替え前と比較して,切り替え後の平均眼圧変化が1mmHg以内に維持されていた例とそれより下降した例の合計は全体の75%を占めており,逆に1mmHg以上上昇したのは25%にみられた.(110) 切り替え眼圧(mmHg)-6MLAT+TIMLTFC+6M-12M+12M2520151050図2眼圧の経時変化経過中,有意な変化はみられなかった(p=0.944).LAT:ラタノプロスト,TIM:チモロールマレイン酸塩,LTFC:ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩(配合剤).すべての測定点において眼数は16眼.切り替え眼圧(mmHg)-6MLAT+TIMLTFC+6M-12M+12M2520151050図2眼圧の経時変化経過中,有意な変化はみられなかった(p=0.944).LAT:ラタノプロスト,TIM:チモロールマレイン酸塩,LTFC:ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩(配合剤).すべての測定点において眼数は16眼.前日および当日の点眼を忘れた例はなかった.2.アドヒアランスの変化1カ月の間,点眼忘れがまったくなかった症例の割合,すなわち完全点眼達成率は,切り替え前がわずか18.8%であったのに対し,切り替え後は62.5%へと大幅に改善した(p=0.012).点眼遵守状況の詳細を図3に示す.無点眼日数のみを抽出すると切り替え前後で有意な差はなかったものの(p=0.070),切り替え前の不完全点眼日数と切り替え後の無点眼日数との間には有意差が認められ(p=0.036),切り替え後は点眼忘れの頻度が減少していた.しかしながら,切り替え前は無点眼日が皆無であった,つまり,毎日なんらかの点眼がなされていたのに対し,切り替え後は,たとえ1日でも点眼忘れがあったとする例が37.5%に及んでいることも判明した.III考按緑内障診療において唯一の治療的エビデンスを有するのは眼圧下降であり,特別な事情がない限り,まずは点眼による治療が優先される.一般に,点眼は1剤から開始されるのが通例であるが,眼圧下降が不十分であると判断されたときは薬剤の変更や追加が考慮される8).当然ながら,目標眼圧達成のノルマが厳格になればなるほど多剤併用療法にシフトされる傾向が強くなり,それに伴いアドヒアランスの低下や副作用発現の増加といったトラブルも増すことになる.一方,2種類の独立した薬効を併せ持つ配合剤には,薬剤数と点眼回数の減少に伴う患者の利便性の向上が期待できる,複数の点眼薬の連続点眼による洗い流し効果がない,防腐剤の曝露量が減少するため眼表面疾患の発症リスクを最小限にできるなどといったさまざまな利点を有することが指摘されている9).したがって,配合剤の適切な使用は,多剤併用療法が抱えるいくつかの欠点を補う可能性があり,現在のところ,(111)不完全LAT点眼日数+TIM無点眼日数LTFC無点眼日数0%80%100%18.8%68.7%12.5%100%62.5%20%40%60%31.3%6.2%:なし/月■:1~4日/月■:5~8日/月図3点眼遵守状況完全点眼達成率は切り替え前の18.8%から切り替え後は62.5%へと有意に改善した(p=0.012)が,切り替え前は無点眼日があるとする患者が皆無であったのに対し,切り替え後は1日でも点眼忘れがあった例が37.5%に認められた.LAT:ラタノプロスト,TIM:チモロールマレイン酸塩,LTFC:ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩(配合剤).配合剤の成分を含む2種類の点眼からの切り替え,あるいは,単剤に別の薬効をもつ薬剤の追加を考慮する際などにおいて,投与が検討されうる立ち位置にあるものと考えられる.多剤併用と配合剤との比較試験に関する海外からの報告を参照すると,眼圧下降効果は配合剤へ変更後も同等と結論づけるものが多いなか1.3),Hamacherらはさらに下降4),Diestelhorstらはむしろ上昇したとしている5).このうち上昇に転じたとするDiestelhorstらの検討5)では,配合剤の点眼時刻が朝8時であった点が,夜に点眼をさせたとする他の報告とは異なるため,解釈には若干注意が必要である.今回は,切り替え前の治療薬をラタノプロストと2回点眼のチモロールマレイン酸塩のみに限定したことに加え,除外基準を厳格化することで研究精度をできるだけ保つよう努めただけでなく,切り替え前後それぞれ1年という比較的長期にわたる観察期間を設定したため,組み入れ症例数は少数にとどまったが,眼圧に関しては,経時的にも平均値の比較においても切り替え前後で有意差を認めず,この点については海外の多くの報告と同様であった.平均眼圧の変化に関してPoloら3)は,切り替え後,79%の症例が1mmHg以内に維持,または,それより下降したとしており,これも今回の筆者らの結果と類似している.したがって,2剤併用療法から配合剤へ切り替えたときの眼圧下降効果は,多くの症例で同等であると考えて差し支えないと思われる.一方,点眼に対する動機付けを強いられる今回のような臨床試験とは異なり,実際の日常臨床においては,少なくとも多剤併用時の点眼忘れの頻度はもっと高いものであると推察される.そのような状況下において配合剤へ変更した場合,臨床試験のときと比べ,患者は利便性の向上感をより強く自覚することが予想され,そうなると点眼遵守度の大幅な改善が期待されることから,切り替え後の眼圧はさらに下降する可能性が考えられあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012833 る.よって,今回の筆者らの結果も踏まえて考察するに,配合剤は,少なくとも眼圧に関しては比較的安心感をもって使用できるものであると思われる.従来から,点眼薬数や点眼回数の増加によるアドヒアランスの悪化が指摘されている10)が,配合剤はこれを改善させうることが報告されている2).今回の検討でも,点眼忘れがまったくなかったとする症例の割合が,切り替え後は大幅に増加したことに加え,切り替え前の不完全点眼日数との比較においても,切り替え後の点眼忘れの頻度は有意に減少し,アドヒアランスは明らかに改善したことが示された.一方で,切り替え前は無点眼日が皆無であった,つまり,3回点眼という完全なノルマを達成できなかった日であっても,ラタノプロストまたはチモロールマレイン酸塩の両方,あるいは,どちらか一方が,1回ないし2回は点眼されていたのに対し,切り替え後は,たとえ1日であっても無点眼日があったとする例が37.5%に及んでいることも判明した.Okekeらは,1日1回の単剤点眼でさえ,実際に点眼回数が守られていたのは約7割にすぎないことを報告しており11),このことは今回の筆者らの結果を裏づけるものであると思われる.配合剤であるラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩のみで治療を行う場合,点眼忘れのあった日は,1日を通して治療がまったく行き渡らないことを意味しており,したがって,切り替えにより包括的にアドヒアランスが向上したとしても,これを無条件で歓迎するのは危険である.万一,無点眼日の眼圧が大幅に上昇しているとすれば,眼圧の日々変動が大きくなり,結果,緑内障性視神経症の悪化につながらないとも限らない.よって,配合剤に切り替えた後の点眼忘れには特に注意を払い,これまでにも増して点眼指導の徹底を図ることが重要であると思われる.一方,本研究の組み入れ症例数はきわめて少ないものであったため,今回の結果をもってただちに結論を導き出すのは時期尚早といえる.今後,わが国においても大規模かつ多施設での試験が積極的に行われることを期待し,多くの貴重なデータの蓄積を待ちたいところである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)DiestelhorstM,LarssonLI:A12-week,randomized,double-masked,multicenterstudyofthefixedcombinationoflatanoprostandtimololintheeveningversustheindividualcomponents.Ophthalmology113:70-76,20062)DunkerS,SchmuckerA,MaierH:Tolerability,qualityoflife,andpersistencyofuseinpatientswithglaucomawhoareswitchedtothefixedcombinationoflatanoprostandtimolol.AdvTher24:376-386,20073)PoloV,LarrosaJM,FerrerasAetal:Effectondiurnalintraocularpressureofthefixedcombinationoflatanoprost0.005%andtimolol0.5%administeredintheeveninginglaucoma.AnnOphthalmol40:157-162,20084)HamacherT,SchinzelM,Scholzel-KlattAetal:Shorttermefficacyandsafetyinglaucomapatientschangedtothelatanoprost0.005%/timololmaleate0.5%fixedcombinationfrommonotherapiesandadjunctivetherapies.BrJOphthalmol88:1295-1298,20045)DiestelhorstM,LarssonLI:A12weekstudycomparingthefixedcombinationoflatanoprostandtimololwiththeconcomitantuseoftheindividualcomponentsinpatientswithopenangleglaucomaandocularhypertension.BrJOphthalmol88:199-203,20046)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1161-1169,20047)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TheTajimiStudyreport2:prevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1641-1648,20058)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン第3版.日眼会誌116:3-46,20129)石川誠,吉冨健志:緑内障治療薬配合剤.あたらしい眼科27:1357-1361,201010)DjafariF,LeskMR,HarasymowyczPJetal:Determinantsofadherencetoglaucomamedicaltherapyinalong-termpatientpopulation.JGlaucoma18:238-243,200911)OkekeCO,QuigleyHA,JampelHDetal:Interventionsimprovepooradherencewithoncedailyglaucomamedicationsinelectronicallymonitoredpatients.Ophthalmology116:2286-2293,2009***834あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(112)

プロスタグランジン点眼薬に対する副作用出現あるいはノンレスポンダー症例のゲル化チモロール点眼薬への変更

2012年6月30日 土曜日

《第22回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科29(6):827.830,2012cプロスタグランジン点眼薬に対する副作用出現あるいはノンレスポンダー症例のゲル化チモロール点眼薬への変更井上賢治*1若倉雅登*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医学部眼科学第2講座EffectofSwitchingfromProstaglandinEyedropstoGel-formingTimololSolutioninProstaglandinNon-respondersorThosewithAdverseReactionsKenjiInoue1),MasatoWakakura1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)2ndDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicineプロスタグランジン(PG)点眼薬でノンレスポンダーや眼局所副作用が出現した症例をゲル化チモロール点眼薬へ変更した際の眼圧下降効果と副作用を検討した.PG点眼薬を単剤で使用し,ノンレスポンダーあるいは眼局所副作用のために継続困難であった原発開放隅角緑内障や高眼圧症患者21例21眼を対象とした.PG点眼薬を中止し,熱応答ゲル化チモロール点眼薬に変更した.変更時と変更1,3カ月後の眼圧を比較した.副作用出現例では副作用症状を調査した.眼圧は変更前後で変化なかった.ノンレスポンダー症例(8例)で10%以上の眼圧下降を変更1カ月後37.5%,3カ月後25.0%で示した.副作用出現例(13例)での副作用症状は全例で改善あるいは消失した.PG点眼薬によるノンレスポンダーや副作用出現症例を熱応答ゲル化チモロール点眼薬に変更することで,約30%の症例で眼圧下降が得られ,副作用が改善し,有用である.Weinvestigatedtheeffectandsafetyofthermosettinggeltimololsolution.Subjectscomprised21patients(21eyes)diagnosedwithprimaryopenangleglaucomaorocularhypertension,whowereusingprostaglandineyedropmonotherapyandwerenon-respondersorsufferedadversereactions.Prostaglandineyedropswerediscontinuedandthermosettinggeltimololsolutionwasinitiated.Comparisonofintraocularpressure(IOP)beforeandat1and3monthsafterswitchingrevealednodifferencesinIOPbetweenbeforeandaftertheswitch.Intheprostaglandinnon-responders(8cases),IOPdecreaseofover10%wasobservedin37.5%at1monthaftertheswitchandin25.0%at3months.Inthecasesthathadsufferedadversereactionstoprostaglandin(13cases),theadversereactionseitherimprovedordisappearedinall13cases.Inpatientstakingprostaglandineyedropswhowereeithernon-respondersorhadadversereactions,aftertheyswitchedfromprostaglandintothermosettinggeltimololsolution,IOPdecreasewasseeninabout30%andadversereactionsimproved.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):827.830,2012〕Keywords:熱応答ゲル化チモロール点眼薬,プロスタグランジン点眼薬,ノンレスポンダー,眼局所副作用,変更.thermo-settinggeltimololsolution,prostaglandineyedrops,non-responder,adversereaction,switch.はじめに緑内障治療の最終目標は残存視野の維持である.そのために高いエビデンスが得られている唯一の治療が眼圧下降である1).眼圧下降のための第一選択は通常点眼薬治療である.そのなかでも強力な眼圧下降作用2)と全身性副作用の少なさと1日1回点眼の利便性からプロスタグランジン(PG)点眼薬が第一選択薬として用いられることが多い3).しかしPG点眼薬の問題点として,ノンレスポンダーの存在4.7)やPG点眼薬に特有の眼局所副作用(眼瞼色素沈着,虹彩色素沈着,睫毛延長,睫毛剛毛化,上眼瞼溝深化)の出現8.19)があげられる.PG点眼薬によるノンレスポンダーや眼局所副作用出現例では,PG点眼薬を中止し,他の点眼薬に変更せざるをえない8.12).その際に1日1回点眼の利便性を考慮するとゲル化チモロール点眼薬が最適であると考えられる.〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(105)827 今回,PG点眼薬によるノンレスポンダーや眼局所副作用出現例に対して,熱応答ゲル化チモロール点眼薬(リズモンRTG,わかもと製薬)に変更した際の眼圧下降効果と安全性を検討した.I対象および方法2010年3月から2011年4月の間に井上眼科病院に通院中の患者で,PG点眼薬(1日1回夜点眼)を単剤使用中で,ノンレスポンダーあるいは眼局所副作用が出現し,PG点眼薬が継続困難となった緑内障や高眼圧症の連続した患者21例21眼を対象とした.男性5例,女性16例,年齢66.0±10.1歳(平均値±標準偏差)であった.緑内障病型は正常眼圧緑内障14例,原発開放隅角緑内障6例,高眼圧症1例であった.ノンレスポンダー症例は8例,副作用出現症例は13例であった.前投薬(PG点眼薬)は,ノンレスポンダー症例ではトラボプロスト点眼薬3例(37.5%),タフルプロスト点眼薬3例(37.5%),ラタノプロスト点眼薬2例(25.0%),副作用出現症例ではビマトプロスト点眼薬7例(53.8%),トラボプロスト点眼薬4例(30.8%),タフルプロスト点眼薬1例(7.7%),防腐剤無添加ラタノプロスト点眼薬(ラタノプロストPF)1例(7.7%)であった.ノンレスポンダーの判定は,PG点眼薬を単剤で2カ月間以上使用し,眼圧下降率が10%未満の症例とした.副作用出現症例の副作用は表1に示す.副作用出現の判定は患者からの申し出とした.出現症例では午前6例,午後7例であった.ノンレスポンダー症例では眼圧測定時間別(午前と午後)に眼圧下降率を比較した.本研究は井上眼科病院の倫理審査委員会で承認され,研究の趣旨と内容を患者に説明し,患者の同意を得た後に行った.II結果全症例(21例)での眼圧は変更時16.5±3.7mmHg,変更1カ月後15.6±3.2mmHg,変更3カ月後16.2±3.7mmHgで変更前後に有意差はなかった(図1).ノンレスポンダー症例(8例)での眼圧はベースライン(無治療時)18.3±2.7mmHg,PG点眼薬使用中18.2±2.9mmHg,変更時18.5±2.9mmHg,変更1カ月後17.3±3.6mmHg,変更3カ月後18.0±2.1mmHgですべての時点で有意差はなかった(図2).眼圧下降率は,変更1カ月後は10%以上が3例(37.5%)10%未満が5例(62.5%),変更3カ月後は10%以上が2例(,)(25.0%),10%未満が6例(75.0%)であった(図3).眼圧が10%以上上昇した症例はなかった.眼圧測定時間別に検討すると眼圧下降率は午前群1.4±12.2%,午後群1.7±11.6%で同等であった(p=0.9718).副作用出現症例(13例)での眼圧は変更時15.2±3.7mmHg,変更1カ月後14.5±2.5mmHg,変更3カ月後15.0±3.7mmHgで変更前後に有意差PG点眼薬を中止し,washout期間なしで熱応答ゲル化チ25.0(ANOVA).副作用出現例では副作用症状の経過を観察した.眼圧測定は症例ごとにほぼ同時刻に行った.眼圧測定時0.0NS変更時変更1カ月後変更3カ月後間はノンレスポンダー症例では午前3例,午後5例,副作用図1全症例での変更前後の眼圧(ANOVA,NS:notsignificant)表1副作用症例の内訳モロール点眼薬(1日1回朝点眼)に変更した.眼圧を変更眼圧(mmHg)20.0時と変更1,3カ月後にGoldmann圧平式眼圧計で測定し,15.0比較した(ANOVA:analysisofvariance).ノンレスポン10.0ダー症例では眼圧下降率を算出した.ノンレスポンダー症例と副作用出現症例に分けて変更前後の眼圧を比較した5.0ベースラインPG製剤使用熱応答ゲル化チモロールに変更25.020.015.010.05.00.0眼圧(mmHg)NS副作用前投薬上眼瞼溝深化5例ビマトプロスト点眼薬3例トラボプロスト点眼薬2例結膜充血3例ビマトプロスト点眼薬3例ビマトプロスト点眼薬1例眼瞼色素沈着3例トラボプロスト点眼薬1例タフルプロスト点眼薬1例眼痛1例ビマトプロスト点眼薬異物感1例ビマトプロスト点眼薬ベースPG使用時変更時変更変更ライン平均1カ月後3カ月後霧視1例ラタノプロスト点眼薬図2ノンレスポンダー症例での変更前後の眼圧(ANOVA,視力低下1例トラボプロスト点眼薬NS:notsignificant)828あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(106) 変更1カ月後変更3カ月後10%以上,3例,37.5%10%未満,5例,62.5%10%以上,2例,25.0%10%未満,6例,75.0%図3ノンレスポンダー症例での変更後の眼圧下降率はなかった.しかし,眼圧が10%以上上昇した症例が2例あり,これらの前投薬はトラボプロスト点眼薬であった.出現した副作用は変更後に13例全例で自覚的には改善あるいは消失した.他覚的評価が可能であった症例のうち結膜充血は消失,眼瞼色素沈着,上眼瞼溝深化は改善していた.視力低下は変更前後で矯正視力に変化はなかったが,自覚的には元に戻ったと感じていた.III考按PG点眼薬にはノンレスポンダーが存在し,ラタノプロスト点眼薬のノンレスポンダーの頻度は8%4),8.6.26.3%5),10%6),14.3.20.9%7)と報告されている.しかし,ノンレスポンダーの定義は各報告で異なり,outflowpressureが0以下5),眼圧下降率10%未満4,6,7)などとされている.PG点眼薬のノンレスポンダー症例に対しては点眼薬を変更する必要がある.PG点眼薬のノンレスポンダー症例に対してPG点眼薬を中止してb遮断点眼薬に変更した際の眼圧下降効果は,現在のところラタノプロスト点眼薬に対する症例の報告しかない8.10).中元ら8)は,ラタノプロスト点眼薬を8週間投与し,眼圧下降率が10%未満の正常眼圧緑内障7例7眼を2%カルテオロール点眼薬に変更し8週間投与した.眼圧はラタノプロスト点眼薬治療時14.7±2.2mmHgとカルテオロール点眼薬治療時15.4±3.2mmHgで変化なかった.7眼中2眼(29%)で眼圧が下降したが,無治療時に対する眼圧下降率は0.4±10.4%,眼圧下降率が10%以上となった症例は1眼(14.3%)であった.菅野ら9)は,ラタノプロスト点眼薬を投与し,1カ月後,2カ月後の眼圧下降率が10%未満の原発開放隅角緑内障あるいは正常眼圧緑内障10例をレボブノロール点眼薬に変更し3カ月間投与した.眼圧は変更1カ月後16.2±2.9mmHg,2カ月後15.8±3.2mmHg,3カ月後15.2±4.1mmHgで,無治療時(19.1±5.0mmHg)やラタノプロスト点眼2カ月後(19.2±4.2mmHg)に比べて有意に下降した.正常眼圧緑内障9例では,無治療時と比べて変更3カ月後に7例(77.8%)が眼圧下降率10%以上になった.一方,比嘉ら10)は,眼圧下降率には言及していない(107)が,ラタノプロスト点眼薬で眼圧下降効果が不十分であった2例を熱応答ゲル化チモロール点眼薬に変更したところ眼圧が下降したと報告した.今回はPG点眼薬のノンレスポンダー症例に対してPG点眼薬を中止して,熱応答ゲル化チモロール点眼薬に変更した.この際にPG点眼薬を中止して他のPG点眼薬に変更する方法も考えられる.熱応答ゲル化チモロール点眼薬に変更した理由として,他のPG点眼薬に対してもノンレスポンダーの可能性があること,1日1回点眼の利便性を有するからである.眼圧は変更前後で変化なかった.眼圧下降率が10%以上となった症例は,変更1カ月後37.5%,3カ月後25.0%で,カルテオロール点眼薬へ変更した報告8)よりは良好であったが,レボブノロール点眼薬9)へ変更した報告よりは不良であった.その理由として,過去の報告8.10)ではPG点眼薬のうちラタノプロスト点眼薬によるノンレスポンダー症例のみを対象としているために今回と結果が異なった可能性が考えられる.眼圧の評価として眼圧の日内変動あるいは点眼時間を考慮する必要がある.PG点眼薬は夜点眼のため午後群ではトラフ値に近い値,熱応答ゲル化チモロール点眼薬は朝点眼のため午前群ではピーク値に近い値であった可能性が考えられる.眼圧測定時間別に検討すると眼圧下降率は午前群と午後群で同等であった.眼圧の評価をより詳細に行うためには眼圧日内変動を測定しなければならないが,今回はそこまで行うことができなかった.眼瞼色素沈着,眼瞼部多毛,睫毛延長,睫毛剛毛化などの副作用が出現したためにラタノプロスト点眼薬を中止し,他の点眼薬へ変更したことで副作用が改善したと報告されている11,12).泉ら11)は,眼瞼色素沈着,眼瞼部多毛,睫毛延長,睫毛剛毛化が出現した21例35眼に対してラタノプロスト点眼薬を中止してウノプロストン点眼薬に変更し,6カ月間経過観察した.変更6カ月後の写真判定で眼瞼色素沈着は29%,眼瞼部多毛は43%,睫毛延長は44%,睫毛剛毛化は44%で改善した.自覚的には眼瞼色素沈着は71%,眼瞼部多毛は92%,睫毛延長は44%,睫毛剛毛化は44%で気にならなくなった.久我ら12)は,眼瞼色素沈着または眼瞼部多毛が出現した12例21眼に対してラタノプロスト点眼薬を中止してウノプロストン点眼薬に変更し,6カ月間以上経過観察した.写真判定で眼瞼色素沈着は68.4%,眼瞼部多毛は76.9%で改善した.自覚的には眼瞼色素沈着は90.9%,眼瞼部多毛は71.4%で改善した.今回のPG点眼薬で副作用が出現した13例では熱応答ゲル化チモロール点眼薬に変更したところ,全例で副作用が自覚的,他覚的に改善あるいは消失した.この結果から,熱応答ゲル化チモロール点眼薬はPG点眼薬よりも眼局所に対しての安全性が高いと考えられる.さらに同じPG点眼薬であるウノプロストン点眼薬に変更する11,12)よりも熱応答ゲル化チモロール点眼薬に変更するほうが副作用の観点からは有用である可能性が示唆される.あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012829 しかし,副作用出現症例では熱応答ゲル化チモロール点眼薬に変更後に10%以上の眼圧上昇例が2例(前投薬トラボプロスト点眼薬)あり,それらの副作用は上眼瞼溝深化,視力低下各1例であった.上眼瞼溝深化に対してPG点眼薬を中止し,他のPG点眼薬,配合点眼薬へ変更,あるいはレーザー治療を行うことで上眼瞼溝深化が改善あるいは消失したと報告されている13.19).今回他のPG点眼薬へ変更する選択肢も考えたが,b遮断点眼薬へ変更することで副作用に対するPG点眼薬の影響をより少なくできると考えた.眼圧上昇のリスクを考えるとb遮断点眼薬よりも他のPG点眼薬へ変更したほうがよいかもしれない.副作用出現症例では熱応答ゲル化チモロール点眼薬へ変更した際に平均眼圧に変化はなかった.PG点眼薬のほうがb遮断点眼薬に比べて眼圧下降効果は強力2)であるが,この乖離の原因として今回の症例中に副作用が出現したためにアドヒアランスが低下した,あるいはPG点眼薬のノンレスポンダー症例が潜んでいた可能性が考えられる.今回PG点眼薬のノンレスポンダーや副作用出現症例を熱応答ゲル化チモロール点眼薬に変更したところ,ノンレスポンダー症例の約30%で眼圧が下降し,副作用は全例で自覚的に改善したが,約15%の症例で眼圧が10%以上上昇した.PG点眼薬のノンレスポンダーや副作用出現症例に対してPG点眼薬を中止して熱応答ゲル化チモロール点眼薬へ変更することはおおむね有用であるが,眼圧が上昇する症例もあり注意深い経過観察が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19982)ChengJW,CaiJP,WeiRL:Meta-analysisofmedicalinterventionfornormaltensionglaucoma.Ophthalmology116:1243-1249,20093)井上賢治,塩川美菜子,増本美枝子ほか:多施設における緑内障患者の実態調査2009─薬物治療─.あたらしい眼科28:874-878,20114)木村英也,野崎実穂,小椋祐一郎ほか:未治療緑内障眼におけるラタノプロスト単剤投与による眼圧下降効果.臨眼57:700-704,20035)池田陽子,森和彦,石橋健ほか:ラタノプロストのNon-responderの検討.あたらしい眼科19:779-781,20026)SusannaRJr,GiampaniJJr,BorgesASetal:Adouble-masked,randomizedclinicaltrialcomparinglatanoprostwithunoprostoneinpatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.Ophthalmology108:259-263,20017)井上賢治,泉雅子,若倉雅登ほか:ラタノプロストの無効率とその関連因子.臨眼59:553-557,20058)中元兼二,安田典子:正常眼圧緑内障のラタノプロスト・ノンレスポンダーにおけるカルテオロールの変更治療薬および併用治療薬としての有用性.臨眼64:61-65,20109)菅野誠,山下英俊:ラタノプロストのノンレスポンダーに対するレボブノロールの投与.臨眼60:1025-1028,200610)比嘉弘文,名城知子,上條由美ほか:チモロール熱応答型ゲル点眼液の眼圧下降効果の検討.あたらしい眼科24:103-106,200711)泉雅子,井上賢治,若倉雅登ほか:ラタノプロストからウノプロストンへの変更による眼瞼と睫毛の変化.臨眼60:837-841,200612)久我紘子,宮内修,藤本尚也ほか:ラタノプロストの副作用発現例のウノプロストンへの切り換えにおける有効性と安全性.臨眼58:1187-1191,200413)AydinS,L..kl.gilL,Tek.enYKetal:Recoveryoforbitalfatpadprolapsusanddeepeningofthelidsulcusfromtopicalbimatoprosttherapy:2casereportsandreviewoftheliterature.CutanOculToxico29:212-216,201014)YamJCS,YuenNSY,ChanCWN:Bilateraldeepeningofupperlidsulcusfromtopicalbimatoprosttherapy.JOculPharmacolTher25:471-472,200915)JayaprakasamA,Ghazi-NouriS:Periorbitalfatatrophy-anunfamiliarsideeffectofprostaglandinanalogues.Orbit29:357-359,201016)FilippopoulosT,PaulaJS,TorunNetal:Periorbitalchangesassociatewithtopicalbimatoprost.OphthalPlastReconstrSurg24:302-307,200817)PeplinskiLS,SmithKA:Deepeningoflidsulcusfromtopicalbimatoprosttherapy.OptomVisSci81:574-577,200418)YangHK,ParkKH,KimTWetal:Deepeningofeyelidsuperiorsulcusduringtopicaltravoprosttreatment.JpnJOphthalmol53:176-179,200919)渡邊逸郎,圓尾浩久,渡邊一郎:トラボプロスト点眼によって上眼瞼陥凹をきたした1例.臨眼65:679-682,2011***830あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(108)

スペクトラルドメイン光干渉断層計による正常眼圧緑内障篩状板の画像解析

2012年6月30日 土曜日

《第22回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科29(6):823.826,2012cスペクトラルドメイン光干渉断層計による正常眼圧緑内障篩状板の画像解析小川一郎今井一美慈光会小川眼科ImagingofLaminaCribrosainNormalTensionGlaucomaUsingSpectralDomainOpticalCoherenceTomographyIchiroOgawaandKazumiImaiJikokaiOgawaEyeClinic正常眼圧緑内障(NTG)の発症頻度はきわめて高いにもかかわらず,眼痛などを訴えないためか剖検例はきわめてまれである.しかし,スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)の進歩により,随時NTGの視神経乳頭陥凹の形状および篩状板の画像所見が容易に観察記録できるようになった.通常OCTによる網膜黄斑部解析はvitreousmodeで行われているが,今回使用された3D-OCT(トプコン社1000-MarkII)のchoroidalmodeにより,より深層の篩状板を含む緑内障性乳頭陥凹の形状および篩状板を明瞭に画像解析ができるようになった.対象は正常人(50.79歳)35眼,NTG各期45眼.原発開放隅角緑内障(POAG)各期14眼につき画像解析を行い,トプコン社3D-OCTのcaliperで篩状板の厚さの計測を行った.NTGでは乳頭陥凹は進行の時期に伴い,主としてバケツ型,ないし深皿型で深くなる.しかし,篩状板表面および裏面は進行期でもほとんどの症例で下方へ向かい弯曲せず,比較的平坦で,かなりの厚さを保っているものが多い.従来明らかでなかったNTGの視神経乳頭陥凹の形状,篩状板の病態を非侵襲的に随時明瞭に示し,経過観察記録と病因解明に有用であると考えられた.Pathologicalcasesofnormaltensionglaucoma(NTG)areextremelyrare,despitenumerousclinicalcases.Now,however,wecanobserveimagesofopticdiscexcavationandlaminacribrosainNTGbythechoroidalmodeof3D-OCT(TopconCo.1000-MarkII;ScanSpeed27,000)atanytime.Incasescomprising35eyesofnormalpersons(50.79yearsofage),45NTGeyesand14primaryopenangleglaucoma(POAG)eyes,2.3eyesofeachstage,opticdiscexcavationformwasobservedtobemainlybucketordeepplate.Laminacribrosawasnotcurveddownward,butremainedrelativelyflatandmaintainedrelativethicknesseveninprogressedstage.Laminacribrosathicknesswasmeasuredusingcalipers.3D-OCTwasveryusefulforclearimagingofopticnerveexcavation,includinglaminacribrosa,andforobservingthecourseandpathologyofNTGcasesatanytime.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):823.826,2012〕Keywords:スペクトラルドメイン光干渉断層計,正常眼圧緑内障,視神経乳頭陥凹,篩状板,caliper計測.3DOCT,normaltensionglaucoma,excavationofopticdisc,laminacribrosa,caliper.はじめに原発開放隅角緑内障(POAG)の剖検所見はすでにきわめて数多くの報告が行われている.しかし,正常眼圧緑内障(NTG)の発症頻度は高いにもかかわらず,わが国のみならず,欧米でも眼痛などがないためか,眼球摘出が行われる機会はほとんどなく,したがって剖検例もきわめてまれで電子顕微鏡所見を含む報告はIwataらによる1例のみである1).しかし,スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)の進歩によりNTGの各時期における視神経乳頭陥凹の形状および篩状板の画像所見が容易に観察記録できるようになった.〔別刷請求先〕小川一郎:〒957-0056新発田市大栄町1-8-1慈光会小川眼科Reprintrequests:IchiroOgawa,M.D.,OgawaEyeClinic,1-8-1Daiei-cho,Shibata-shi957-0056,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(101)823 I対象および方法通常,光干渉断層計(OCT)による網膜黄斑部画像解析は硝子体側に最も感度のよいvitreousmodeで行われているが,今回使用された3D-OCT(トプコン社1000-MarkII,ScanSpeed27,000)はより深部の強膜側に感度を合わせたchoroidalmodeで緑内障性視神経乳頭陥凹の画像解析を行い,陥凹の明らかな形状のみならず,篩状板の形状および厚さの計測も可能となった.なお,黄斑部の画像は認められやすくするため通常1:2に拡大しているが,視神経乳頭陥凹の画像はなるべく実測値比に近づけるため1:1の拡大にしてある.中間透光体の混濁,強度近視などが軽度で,さらにNTGでは篩状板が下方への弯曲がほとんどないので横径,縦径とも比較的明瞭に視認できる.採択率はNTGでは45眼/53眼(85%).POAGでは初期からすでに下方への弯曲が激しく始まり,篩状板も薄くなり測定部位には迷うこともあったが,ほとんど中央部で測定した.採択率15眼/20眼(75%).通常協同研究者と2名で行い,明らかに異なった結果が出た場合は症例から除外した.症例は正常人(50.79歳)35眼,各期のNTG45眼,POAG14眼の視力,眼圧,屈折+3.0..6.0D,Humphrey30-2(SitaStandard)による視野測定を行った.なお,乳頭陥凹の深さはmeancupdepth〔HRT(HeidelbergRtinaTomograph)II〕の数値を使用した.篩状板厚の測定はトプコン社の3D-OCTのcaliperで計測した.II結果1.正常人における視認率,視神経乳頭陥凹の平均の深さ,篩状板の厚さ正常人で50.79歳の症例21例35眼(+2.0..6.0D)の採択率は比較的良好で太い血管が篩状板の中央を貫通し,計測に障害を及ぼす確率は5%以下であった.視神経乳頭の3D-OCTによる画像所見の陥凹の篩状板までの深さはmeancupdepth(mm)(HRTII)などのレーザー測定値を利用した.陥凹の平均の深さは229.3±53.6μm.画像上で測定した35眼の篩状板の平均の厚さは269.21±47.30μm.2.3D.OCTによるPOAG,NTG症例の画像所見図1は64歳,男性.左眼POAG初期で視力は0.06(1.0),MD(meandeviation):.0.85dB.初診時の眼圧は24.2mmHg.ラタノプロスト1日1回点眼により1カ月後17.1図164歳,男性の左眼POAG初期(MD:.0.85dB)視神経乳頭の横断面,縦断面ともにほぼ同一弯曲で深く,篩状板は幾分薄い.表面の細孔はほぼ明瞭である.824あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(102) 図279歳,女性の左眼NTG中期(MD:.12.1dB)視神経乳頭陥凹は円筒状で深さは横断面,縦断面とも比較的経度,篩状板も水平状で比較的薄い,表面の細孔は明瞭に多数認められる.図388歳,男性の右眼NTG末期(MD:.24.5dB)横断面,縦断面ともに深いが,篩状板は比較的平坦で,厚さもかなり保たれている.イソプロピルウノプロストン単独点眼により10年以上右眼も視力1.0で,求心性視野狭窄10.0°を保ち進行を示していない.篩状板表面は萎縮が認められ,細孔ははっきりしないところが多い.(103)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012825 400300200100-5-10-15-20-250500:NTG:POAG:45眼回帰直線:14眼回帰直線篩状板厚(μm)400300200100-5-10-15-20-250500:NTG:POAG:45眼回帰直線:14眼回帰直線篩状板厚(μm)-30Meandeviation(dB)図4Meandeviationと篩状板厚との相関―NTGとPOAGの比較―mmHg.視神経乳頭陥凹は横断面,縦断面ともに初期にかかわらず凹弯はすでに深く(575μm),篩状板は比較的薄くなっている(283μm).表面の細孔はほぼ明瞭.ラタノプロスト8年点眼後,トラボプロスト1年点眼中でほぼ進行を認めない(図1).図2は79歳,女性.左眼NTG中期で,MD:.12.1dB.視神経乳頭陥凹は円筒状で,陥凹はかなり深い(328μm)が,篩状板は水平で比較的厚い(271μm).視力はVS=0.8,眼圧は12.1mmHg→9.2mmHg.ラタノプロスト10年点眼で進行を認めない(図2).図3は88歳,男性.右眼NTG末期で,MD:.24.5dB.視神経乳頭陥凹は横断面,縦断面ともに凹型できわめて深い(549μm)が,篩状板はかなり厚さを保っている(319μm).イソプロピルウノプロストン単独10年点眼によりVD=1.0,右眼眼圧は13mmHg→9mmHg,中心視野10°を保ちその間10年にわたり進行を認めていない(図3).3.篩状板の厚さとMDとの相関NTG45眼とPOAG14眼に関して篩状板厚(LCT)とMD値との相関についてPearsonの相関係数で検討した.その結果,POAGでは視野狭窄の進行に伴い,篩状板の厚みは視野狭窄とともに薄くなるが,計数の変化の有意差は認められなかった.一方,NTGでは視野が進行してもばらつきがあり,有意差は認められなかった(図4).4.篩状板内の細管篩状板の細管が真っすぐ立ち上り枝分かれせず,乳頭面上に盃形に約6.7倍以上に拡大し開孔している所見が認められることがある.OCTの機能は日進月歩で改善しつつあるので,近い将来にはさらに詳細な病変を捉え得る可能性もあると考えられる.III考按“はじめに”の項にも述べたごとく,NTGの視神経乳頭に826あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012おける病理組織について述べた文献はきわめてまれである.福地ら2)は特徴的所見として,1)貧弱な篩状板ビームとその著しい変形,2)視神経乳頭全域での著明な軸索の腫脹と脱落,空洞化変性,3)明瞭な傍乳頭萎縮(PPA)とその部に一致した軸索腫脹などをあげている.そして筆者らによる3D-OCT検査では篩状板の空洞化などの組織学的変化は認められなかった.なお,Inoueら3)は3D-OCT(18,700AS/second)で高眼圧性POAGの30例52眼について篩状板を画像解析した.その厚さの平均値は190.5±52.7μm(range80.5.329.0).そして篩状板の厚さは視野障害と有意の相関を示したことを述べた.また,Parkら4)はNTG眼では篩状板は薄く,特に乳頭出血を伴う場合には薄くなることを認めた.筆者らはPOAGではPearson相関係数で視野狭窄の進行に伴い,篩状板の厚さが薄くなると予想され,その傾向はあったが,有意差は認められなかった.NTGも視野狭窄が進行しても篩状板は下方へ弯曲することなく,いずれもかなりの厚さを保っていて,菲薄化については有意な相関は認められなかった.以上の所見から明らかなごとく,筆者らは結果として3D-OCTによりNTGについてはいまだ文献上記載がみられなかった事実としてほとんどの症例で篩状板は視野進行例でも下方へ弯曲せず,flatでかなりの厚さを保っていることを認めた.ただ,今回の症例のうちでも10年を超える長期間ウノプロストンやプロスタグランジン系点眼をしている症例もあり,この長期点眼薬がNTGの乳頭陥凹,篩状板にいかなる変化をきたしているのかについては今後の検討に俟ちたい.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)IwataK,FukuchiT,KurosawaA:Thehistopathologyoftheopticnerveinlow-tensionglaucoma.GlaucomaUpdateIV.p120-124,Springer-Verlag,Berlin,Heidelberg,19912)福地健郎,上田潤,阿部春樹:正常眼圧緑内障眼の視神経乳頭における病理組織変化.臨眼57:9-15,20033)InoueR,HangaiM,KoteraYetal:Three-dimensionalhigh-speedopticalcoherencetomographyimagingoflaminacibrosainglaucoma.Ophthalmology116:214-222,20094)ParkHY,JeonSH,ParkCK:Enhanceddepthimagingdefectslaminacribrosathicknessdifferencesinnormaltensionglaucomaandprimaryopen-angleglaucoma.Ophthalmology119:10-20,2012(104)