考える手術.監修松井良諭・奥村直毅線維柱帯切開術の変遷と合併症細田進悟独立行政法人国立病院機構埼玉病院眼科線維柱帯切開術の歴史は古く,1960年代にSmith,Burianらが報告したのが始まりといわれている.それは角膜輪部の小切開からSchlemm管を同定してナイロン糸を挿入し,一部の線維柱帯を切開する方法であったが,現在の技術をもってしても非常に難度の高い術式といえる.その後,Mcphersonらにより強膜弁作製と金属製のトラベクロトームにより線維柱帯を切開する術式が確立され,広く普及するに至った.さらなる眼圧下降効果が期待される術式として,従来の金属トラベクロトームの代わりに先端を熱加工した5-0ナイロン糸するべく,ナイロン糸を眼内からSchlemm管内に挿入し全周の線維柱帯を切開する360°スーチャートラベクロトミー眼内法が発表され,さらに簡便な術式としてナイロン糸ではなくマイクロフックで眼内から線維柱帯を切開するマイクロフックトラベクロトミーが谷戸らにより発表された.線維柱帯切開術はより効果が高く,より侵襲の少ない術式をめざして進歩してきたが,どの術式が最適解となりえるのか,どの症例にどの術式が適応となるのかを考えて選択することが大切である.聞き手:術式選択のコツを教えてください.う.このことから360°スーチャートラベクロトミー眼細田:それぞれの術式の特徴を表1に示しましたので見内法とマイクロフックトラベクロトミーは非常に優れたてみましょう.まずは眼圧下降効果についてですが,既術式となります.しかし,これらの術式では角膜上に隅報では線維柱帯の切開範囲が広いほど,眼圧下降効果が角鏡を載せて前房内操作をすることが前提となりますの高い傾向が示されています.ですが,何度の範囲を切開で,角膜透見性の悪い症例では眼外法がよい適応になるするのが最適なのかは決着がついていません.180°以上こともあります.総合的に考えると,①低侵襲かつ操作の線維柱帯を切開すれば高い眼圧下降効果が期待されまが簡便,②切開範囲を自分で決められて眼圧下降効果がすので,できる限り広い範囲を切開するのは正しいとい期待できる,という利点から,マイクロフックトラベクえると思われます.次に結膜や強膜への侵襲についてでロトミーが優れていると考えられます.私の病院では,す.これは眼内法が圧倒的に優れているといえるでしょ鼻側耳側下方の線維柱帯を切開することで最大限の眼圧(87)あたらしい眼科Vol.41,No.6,20246910910-1810/24/\100/頁/JCOPY考える手術表1線維柱帯切開術の比較眼圧下降効果結膜侵襲合併症習得の難易度金属ロトーム△×△△360°眼外法〇×××360°眼内法〇〇△×マイクロフック△.〇〇〇〇下降効果を狙い,かつ上方の線維柱帯を切開しないことで上方からの出血の垂れ込みを防ぐという意味で,270°マイクロフックトラベクロトミー眼内法を多く選択しております.270°以上の切開が必要であったり,広範囲な周辺虹彩前癒着があったりする場合は360°スーチャートラベクロトミー眼内法を選択する場合もあります.聞き手:ナイロン糸とフックの違いはなんでしょうか?細田:ナイロン糸を前房内や眼外から正確にSchlemm管に挿入する操作は非常に難度が高く,熟練した技術を要します.それに比べてマイクロフックでは線維柱帯を直接視認しながら切開するので,簡便かつ安全性の高い手技といえます.マイクロフックの落とし穴としては,初心者にありがちですが,フックをSchlemm管の後壁に押しつけてしまうことです.これにより集合管を傷つけて出血させるリスクが高くなります.この点ではナイロン糸は集合管を傷つける可能性は低いと考えられます.また,強固な周辺虹彩前癒着がある場合はフックが進まなくなったり出血したりすることがありますが,ナイロン糸であればSchlemm管内からペーパーナイフの要領で線維柱帯とともに虹彩の癒着部位をスムーズに切開することが可能です.聞き手:合併症はないのでしょうか?細田:もちろんあります.眼外法の場合は早期穿孔を起こすとSchlemm管内に金属ロトームやナイロン糸を正確に挿入することがきわめて困難となります.スーチャートラベクロトミーの場合は眼外法であっても眼内法であってもナイロン糸の先端を常に視認できるわけではないため,ナイロン糸がSchlemm管から別の組織(多くは脈絡膜下腔)に迷入してしまうこともあります.ナイロン糸がSchlemm管内を通っている場合は適度な抵抗があるのですが,その抵抗がスッと抜けた場合は要注意です.それ以上ナイロン糸を進めないようにして先端の位置を確認し,危険であれば糸を抜くか,狙った切692あたらしい眼科Vol.41,No.6,2024開範囲でなくとも一部の線維柱帯切開に留めることがあります.線維柱帯切開術共通の合併症としては,術後の一過性眼圧上昇があげられます.おおむね術後1カ月以内に眼圧が急上昇することが一定の割合でみられます.多くの場合は点眼や内服などの保存的治療で速やかに眼圧下降が得られる場合が多いですが,眼圧上昇の程度や期間によっては視野欠損が悪化する場合もあるので要注意です.術後はこまめに経過観察することが大事だといえるでしょう.線維柱帯切開術の最多の合併症は前房出血です.術後の前房出血を少なくするコツとしては,手術終了時に創口からの水の漏れを徹底的に止め,眼圧をかなり上げた状態にすることです.それでも前房出血をゼロにすることは困難で,ときには瞳孔領を越えるほどの大量の前房出血を経験することもあります.出血の吸収が遅い場合や眼圧が上昇した場合は再手術が必要となります.硝子体出血を合併している場合は硝子体切除術の適応となります.溶血前の血腫は吸引のみでは非常に除去しにくいのですが,硝子体カッターであれば比較的簡便に除去できるので,おすすめです.聞き手:緑内障手術治療の中で,線維柱帯切開術は第一選択になりうるのでしょうか?細田:線維柱帯切開術は簡便かつ眼圧下降効果の期待できる優れた術式です.ただ弱点として,①集合管以降の機能が悪い場合は一定割合で無効例があること,②術後の一過性眼圧上昇で視野が悪化するケースがあること,などがあげられます.そのため,過度な期待で眼圧が高いにもかかわらず経過をみすぎてしまうことは禁物で,効果が不十分と判断された場合は速やかに線維柱帯切除術など他の緑内障手術に移行することが大切です.逆にいえば,一定の割合で効果があるということになりますので,線維柱帯切除術に至る患者を一人でも減らせればという心構えで臨むのがよいと考えます.(88)