特集●完全攻略・多焦点コンタクトレンズあたらしい眼科33(8):1085?1091,2016遠近両用ハードコンタクトレンズの変遷と処方ChangeandPrescriptionofBifocalRigidContactLenses佐野研二*藤田博紀**はじめに調節能力が落ち,しかも長年のコンタクトレンズ(contactlens:CL)装用者ともなると,遠近両用CLに対する期待は,否応なしに高まるものである.そのうえ,職業が眼科医で,さまざまな遠近両用CLを試すことができる立場であれば,そのレンズが水晶体の硬化を補い得るものではないことも,体験と理論の両方から知らされることとなる.いずれ調節能力をもったCLや眼内レンズが実用化するに違いないという夢物語を語る前に,現在存在する遠近両用CLに少しでも可能性を見い出せるなら,これを駆使して患者に現在における最上のビジョンを提供することがCLスペシャリストとしての使命である.ここではとくに遠近両用ハードCL(hardcontactlens:HCL)の理論の変遷と,処方テクニックについて解説する.Iこれまでに考案された遠近両用HCL1.ピンホール型遠近両用HCL最近,「アキュフォーカスリング」(図1)なるピンホールをもった直径3.8mmのCL状のリングを角膜実質内に埋め込む手術が話題になったことをご存知だと思う.フッ化ポリビニリデン製で角膜内の老廃物や栄養の輸送を妨げないように,リング内にはたくさんの空隙が確保されているという.ピンホールの大きさは1.6mmでビジョンが暗くならないように手術は片眼だけに行うようで,一定の満足度は得られているそうである.元々の屈折異常はエキシマレーザーで矯正して,実質内にピンホール効果を狙ったリングを挿入固定するわけであるが,残存調節力だとか,後々の白内障のことを考えると,少々頭が痛くなる.こうした焦点深度を深くするピンホール効果を狙ったHCLは1950年代にはすでに登場していたが(図2),暗く視野が狭くなるという理由から一般化することはなかった1,2).しかし,アキュフォーカスリングにおける1.6mmのピンホールや片眼だけに手術を施行するなどというアイディアを取り入れて,CLのフィールドでも復活すべき理論であると思う.CLであれば,装用させた視覚の状態からピンホールの大きさを調整することも簡単であるし,加入度数も簡単に変えられる.ピンホール内に異なる屈折度数分布を作ることもむずかしくはないだろう.何より手術するよりは気が楽である.こうした焦点深度を深くするというアイディアはいくつか報告されている1,2).装用時の暗さを軽減させるために,ピンホールの周りにさらに小さなホールやスリットをデザインするなどのアイデアを取り入れることもよいだろう(図3~6).HCLであれば,レンズ径を大きくして動きを少なくすることが可能であるし,それに耐えられるだけの高酸素透過性材料を今のわれわれは用意できる.ピンホールCLへの評価は,今後,見直すべきところがあると思う.2.回折型遠近両用HCL筆者が研修医であった頃である.DiffraxRという遠近両用HCL(図7)が登場し,所敬教授の指示でこの回折型遠近両用HCLの臨床試験を行った経験がある3).回折とは,光線が図8のような格子を通過するときに,進行方向ばかりでなく,一部は方向を変える現象である.この試験を始める前に,仲間たちと論争になった.レンズの光学面に回折格子を同心円状に切ってあるのだから,コンタクトレンズのもつ最終的屈折度数は,レンズのもつ光学的屈折度数に,回折によって得られる度数を加えたものになるのではないかというディスカッションであった.だが,初々しい未熟なディスカッションだったと片づけられるシンプルな話か否かは今でもわからない.発案者の理論は,レンズの光学面で屈折した光と,この屈折に加えて,さらにレンズに切り込まれた同心円型の回折格子で回折された光が分かれ,前者を用いて遠方を,後者の1次回折像を使って近方を見るというアイデアである.図9は筆者が測定したDiffraxRのコントラスト感度である.高周波領域でのコントラスト感度,これは,ほとんど視力と同義になると思うのだが,意外にも通常の単焦点レンズとあまり変わらなかった.実際装用してみると遠方も近方も一応見えるが,ゴースト像も同時に見える.慣れれば問題のない程度である.この回折型のレンズも眼内レンズに使われて久しい.CLのフィールドでは人気が出なかったが,ユニークなアイデアであるし,再評価に値するレンズシステムではある.3.交代視型遠近両用HCL初期のころの交代視型遠近両用HCLは,レンズの上下を遠用と近用のセグメントに分け,HCL特有の角膜上の動きを利用し,下方視のときに下眼瞼によってレンズが突き上げられ,視軸が近用部分に移動するという完全な二焦点レンズであった(図10).レンズの回転を抑えるためにはプリズムバラストを付けたり,レンズ下方を切ったトランケーションシステムを用いた.図11は,遠方に視力補正したソフトCL(softcontactlens:SCL)の上に,近方視のためにプラス度数のHCLを載せたピギーバック型のレンズである.その後,同心円型で中央部が遠用,周辺部を近用にしたレンズに変化し,現在提供されている遠近両用HCLデザインはすべてこのグループに入る.レンズの回転を考えなくてよいメリットがあり,遠用と近用部分の移行部が累進多焦点型になっているものは同時視型の要素ももつという不思議な説明をメーカーからされることがあるが,実際に装用してみれば,「そういうこともあるのかな」という印象である.もちろん,装用者の残存調節力や瞳孔径,角膜径とレンズ径などに影響を受けることは間違いない.長い間のトライアンドエラー,パイロットスタディと市場の競争を経て,現在手に入る遠近両用HCLが同心円型交代視型のデザインのものだけであるというのは,注目すべき点でもある.4.人工的近視性単乱視を利用した両眼視融像型多焦点レンズシステム筆者らが発案した多焦点レンズシステムを,ここで紹介するのも少々おこがましいが,トーリックHCLを利用して,左右眼それぞれに90°異なる近視性単乱視を人工的に作製し,両眼で遠方像と近方像を融像して把握しようとする試み4)がある(図12).眼科医であれば,「私は乱視があるから,遠くも近くも見えるのだ」といったコメントを聞いたことがあるだろう.もともと乱視を矯正していなかった症例にはかなり有効である.図13のように乱視眼に平行光線が入射すると,前焦線から後焦線に分散して結像する.すなわち,近視性単乱視眼において,遠方視における後焦線に平行な線および,近方視において調節時で網膜上に前焦線が位置したときの前焦線と平行な線はボケることはない.眼前40cmで近方視しようとするならば,理論的には2.5(D)から残像調節力(D)を引いた近視性単乱視を作ってあげればよいわけである.このシステムは,SCLでも可能であるが,より光学性の高いHCLを用いたほうが高い成功率が得られる.発想当時は楕円形状の乱視用HCLを用いていたが,現在試そうと思っている先生方にはバックトーリックでレンズ回転を抑えるニチコンEX-UVトーリックを利用してみるとよい.乱視もある種の多焦点光学系であるという概念は残すべきだと思う.モノビジョン(図14)や同心円タイプ同時視型CLで中央近用型と中央遠用型のものを左右眼に入れたモディファイドモノビジョンも,広義の両眼視融像型多焦点レンズシステムに入ると思う.両眼を使って成り立つ多焦点レンズシステムも今後さまざまなアイデアが出てくるのではないかと思う.II同心円型遠近両用HCLの処方現在,わが国で手に入る遠近両用HCLが,すべて同心円型デザインで中央遠用,周辺近用のレンズであるので,ここでは,このタイプのレンズの処方テクニックについて述べることにする.1.妥協することの大切さを説くCL装用を止めたくない患者のその訳は,強度の屈折異常で眼鏡をかけたくないという見た目上の理由からだけではない.眼鏡がくもったり,スポーツや仕事におけるボディコンタクトによって外れたり,その歪曲収差に不快を感じたりとさまざまな理由もあるかと思う.たとえば,海外旅行に行って,空港で短時間のうちにボーディングパスを見ながらゲートを探さなければならないときなど,若いときのように眼鏡の掛け外しなしに情報をキャッチできたら,どんなに素晴らしいだろうか.大げさかもしれないが,遠方と近方の情報を一瞬で把握できることは,ときに命を救う場面もあると思う.人は誰でも老いる.過度の期待をもつ患者には,若い頃の状態には戻れないけれども,遠近両用CLなどのツールを利用して,ある程度まで不自由さの解消はできることを説明し,これに順応していくことを説く.2.光学部分を動かして見えるところを探す遠近両用HCLのうち,同心円型の屈折度数配分で,中央が遠方型のもののメカニズムとしては,遠近同時視型5)と前述した視軸移動型の両方を有していると考えられ,遠近両用SCLに比べると,その理屈はやや曖昧なものである.HCLに慣れている者であれば,瞬きするたびに角膜上をレンズが動き,レンズの位置によって多少見え方が変わることを経験したことがあると思う.また,同時視型の遠近両用SCLであっても,レンズは多少動くので,瞬きをしながら,レンズ光学部分の見えるところを知らない間に探しているものであるが,遠近両用HCLでは,この作業がもっと顕著に行われる.基本的に周辺部が近用に設定されているので,近方視では視線をやや落としてレンズをせり上がらせるように指導するとよい.3.フィッティング方法視軸を移動させてレンズ光学領域の遠用部分と近用部分を使い分けるわけであるから,HCLのフィッティングの原則は,遠方視においてレンズが中央部に,近方視においては,下方視によってレンズが下眼瞼によって持ち上げられ,周辺部の近用部分に視軸が来る状態にフィットさせることである.レンズを装用者の意志によって動かすわけであるから,固着させないことが当然ながら大事である.ベースカーブにフォーカスを当てれば,スティープ過ぎれば動きが悪くなるし,フラット過ぎれば,レンズが強角膜移行部にかかり固着してしまう.下方視したときにうまくレンズがせり上がるためには,気持ちフラット気味にするか,べベルのリフトを確保してあげるとよいが,これに個々のレンズを動かすスキルや,角膜形状,眼瞼圧や眼圧も含めた角膜の剛性などのファクターが絡むので,トライアンドエラーするしかない.動きが大きすぎるときにはレンズ径を大きくするのがよい6).同心円型遠近両用HCLのなかでも,移行部が累進屈折力をもつものがほとんどであるが,強いて分類するとなると,二焦点型はメニコンとサンコンタクトレンズ,累進型はニチコン,シード,レインボー,TORAYのレンズがある.累進型のレンズのほうが一般に同時視型の要素をより強く併せもつといわれている.とくに瞳孔径が大きい患者には,そういうファジーな見え方もありうるのだろう.4.CL上からかける眼鏡の準備遠近両用CLは,あくまでも妥協の上に成り立つ視力補正法であり,眼鏡を使わず,必要最低限の遠近の情報を得るための手段である.映画や舞台を観るとき,夜間の運転,読書のときなど,よりはっきりとしたビジョンが欲しいときには,CLの上から,さらに眼鏡による視力補正を行うとよいと思う.遠近両用HCL装用時に自覚的屈折検査で度数決定するのがよい.おわりに遠近両用HCLはSCLのそれに比べても「自分で見えるところを探す」という行為が要求されるレンズである.こういう話を聞くと処方が面倒くさいと思う読者も多いのではないかと危惧するが,もともとわれわれが日常生活で必要なビジョンを獲得するときには,絶え間なく眼球を動かし,角膜上の涙液層を瞬きでコントロールして「見えるところを探している」はずである.人間は環境に順応するものである.案ずるより産むがやすし.HCLに抵抗のない患者には,過度の期待をさせず,失われた視機能を補完する手段だと励ましながら一度試してみるべきツールである.文献1)佐野研二:多焦点コンタクトレンズ.日コレ誌39:22-28,19972)藤田博紀,佐野研二:遠近両用ソフトコンタクトレンズの進化.あたらしい眼科30:1357-1362,20133)所敬:回折二焦点コンタクトレンズ.日コレ誌35:8-11,19934)佐野研二,藤田博紀,北澤世志博ほか:人工的近視性単乱視を利用した両眼視融像型多焦点レンズシステム.日コレ誌43:53-56,20015)藤田博紀,佐野研二,北澤世志博ほか:多重同心円型バイフォーカルコンタクトレンズの有用性.あたらしい眼科17:273-277,20006)梶田雅義:遠近両用ハードコンタクトレンズの処方.あたらしい眼科30:1351-1356,2013*KenjiSano:あすみが丘佐野眼科**HirokiFujita:藤田眼科〔別刷請求先〕佐野研二:〒267-0066千葉市緑区あすみが丘1-1-8あすみが丘佐野眼科図1アキュフォーカスリング直径1.6mmのピンホールをもった直径3.8mmのCL状のリングを角膜実質内に埋め込む手術が話題になった.フッ化ポリビニリデン製で角膜内の老廃物や栄養の輸送を妨げないように,リング内にはたくさんの空隙が確保されているという.ビジョンが暗くならないように手術は片眼だけに行う.一定の満足度は得られているそうである.図2ピンホールHCL焦点深度を深くするピンホール効果を狙ったHCLは1950年代にはすでに登場していたが,暗く視野が狭くなるという理由から一般化することはなかった.図3中央ピンホール+周辺ピンホール中央ピンホールだけでは暗いので,周辺部にもピンホールを開けている.図4中央ピンホール+周辺スリット図3の周辺ピンホールの代わりにスリットを施したもの.図5中央ピンホール+同心円状リング細隙ピンホール効果に加え,回折効果も期待できるかもしれない.図6レンズ中央部を黒塗りにした強角膜レンズ(参考)元々は角膜中央部の混濁症例における光の散乱を抑える目的で筆者らが試作したものである.視軸をブロックしているにもかかわらず,散瞳時など瞳孔径が十分であれば視力が補正できる.瞳孔周辺部とレンズの黒塗り部分との隙間から光が入る.どこに焦点があってるのかはっきりしない不思議な見え方で,焦点深度は深そうである.球面収差はどうなっているのであろうか.図7回折型遠近両用HCL(DiffraxR)1987年,回折現象を利用した遠近両用HCLが登場した.レンズの光学面に回折格子を同心円状に切ってある.図8回折現象回折とは,光線が図のような格子を通過するときに,進行方向ばかりでなく,一部は方向を変える現象である.回折現象では,方向を変える角度の少ないほうから,一次回折像,二次回折像と多数の像を作る.図9DiffraxRのコントラスト感度回折型遠近両用HCLのDiffraxRと単焦点HCL(PolyconR)のコントラスト感度.高周波領域でのコントラスト感度は,意外にも通常の単焦点レンズとあまり変わらなかった.実際装用してみると遠方も近方も一応見える.図10セグメント型交代視型遠近両用HCLレンズの上下を遠用と近用のセグメントに分け,下方視のときに下眼瞼によってレンズが突き上げられ,視軸が近用部分に移動するという完全な二焦点レンズ.レンズの回転を抑えるために,レンズ下方を切ったトランケーションシステムを用いている.図11ピギーバック型遠近両用HCL遠用に視力補正したSCLの上に近方視のためにプラス度数のHCLを載せたピギーバック型のアイディアである.脱落を防げるだけの表面張力が確保されるかどうかが課題であろう.HCLが上下に動くレールのようなものは作れないのだろうか.左眼縦線が明瞭である右眼横線が明瞭である図12両眼視融像型多焦点レンズシステムトーリックHCLを利用して,左右眼それぞれに90°異なる近視性単乱視を人工的に作製し,両眼で遠方像と近方像を融像して把握しようとする試みである.近方は前焦線で,遠方は後焦線を用い,両眼で融像して見る.図13近視性単乱視における結像の様子乱視眼に平行光線が入射すると,前焦線から後焦線に分散して結像する.すなわち,近視性単乱視眼において,遠方視における後焦線に平行な線および近方視において調節時で網膜上に前焦線が位置したときの前焦線と平行な線はボケることはない.眼前40cmで近方視しようとするならば,理論的には2.5(D)から残像調節力(D)を引いた近視性単乱視を作ってあげればよい.図14モノビジョンモノビジョンとは片眼を近方に合わせて視力補正を行う手法.同心円タイプ同時視型CLにおいて,中央近用型と中央遠用型のものを左右眼に入れたモディファイドモノビジョンも,広義の両眼視融像型多焦点レンズシステムに入ると思う.両眼を使うことによって成り立つ多焦点レンズシステムも,今後さまざまなアイディアが出てくるのではないか.0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(3)10851086あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(4)(5)あたらしい眼科Vol.33,No.8,201610871088あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(6)(7)あたらしい眼科Vol.33,No.8,201610891090あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(8)(9)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161091