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糖尿病黄斑浮腫の光凝固の進歩

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1097.1104,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1097.1104,2014糖尿病黄斑浮腫の光凝固の進歩DevelopmentofLaserPhotocoagulationforDiabeticMacularEdema大越貴志子*はじめに糖尿病黄斑浮腫に対する光凝固は,黄斑部の機能の温存とレーザーによる組織侵襲という,相反することの両立が要求される特殊な治療である.この特殊性ゆえに,光凝固が始まって以来,およそ30年間にわたり低侵襲でかつ効果的な治療を追究するためレーザー発振装置のハード面,そしてソフトウェアの開発改良が進んでいる.現在なお,理想的な光凝固が完成された段階とはいえないが,レーザー機器の開発の歴史のなかでもこの数年間は最も進歩が盛んな時期といえよう.付加価値のついた新しいレーザー機器が次々と登場し,かつては効果の割には侵襲が大きかった格子状凝固も安全に,かつ簡便にできる治療に改良されつつある.また,近年の光干渉断層計などの画像診断技術の進歩は,照射すべき浮腫の責任病巣を明瞭に描出することで光凝固の質の向上に貢献している.さらに,ナビゲーションシステムを搭載したレーザー機器の登場は,レーザー発振装置と眼底イメージング技術を融合させたまったく新しいタイプのレーザー治療を提供し,光凝固の歴史のなかでの一つの転換期ともいえよう.本稿では,糖尿病黄斑浮腫の光凝固の進歩を,侵襲の軽減という側面から解説するのと同時に,マイクロパルス閾値下凝固,パターンスキャンレーザーに搭載されたエンドポイントマネージメント,さらにナビゲーションシステムを搭載した新しいレーザー照射システムなど,最近進歩し注目されている糖尿病黄斑浮腫の光凝固法について解説する.そして将来の糖尿病黄斑浮腫治療の展望についても述べたい.I糖尿病黄斑浮腫に対するレーザー治療の歴史レーザー治療は1960年代から眼科領域で網膜疾患の治療に用いられていた.糖尿病黄斑浮腫に対するレーザー治療は1973年にPatz1)が報告したのが始まりで,その後,Whitelock2)が,.胞様黄斑浮腫に対する格子状凝固,すなわち中心窩を除く範囲に格子状にレーザーの凝固斑を置く方法を初めて報告し,網膜に適度の侵襲を加えることにより浮腫が改善することが当時から経験的に知られていた.糖尿病黄斑浮腫に対する初めてのエビデンスに基づく報告は1985年に米国の多施設大規模比較研究試験であるETDRS(EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudy)3)のReport1であり,早期に黄斑局所光凝固を行うことにより視力が維持されることを報告した.糖尿病黄斑浮腫治療の基本は,毛細血管瘤に対する直接凝固と,浮腫の存在する部位に豆まき状に光凝固を置く格子状凝固のいずれか,または組み合わせであり,この治療法は現在においても糖尿病黄斑浮腫の基本的なレーザー治療法となっている.この当時のレーザーはアルゴンブルー(488nm)またはグリーン(514nm)といった今日黄斑疾患に用いられている波長より短いものであった.その後,液体レーザーである色素レーザーの開発により,黄色や橙色などより波長が長くよ*KishikoOhkoshi:聖路加国際病院眼科〔別刷請求先〕大越貴志子:〒104-8560東京都中央区明石町9-1聖路加国際病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(17)1097 り黄斑のキサントフィルに吸収されにくい性質の波長が黄斑疾患の治療にふさわしいとの理由で導入されるようになった.しかし,メンテナンスの問題から色素レーザーは姿を消し,マルチカラーレーザー(532nm,561nm,659nm)が広く用いられるようになった.ETDRS3)の黄斑光凝固法(ETDRS凝固)は強いエビデンスに基づいたもので,欧米を中心に世界的に普及した.しかし,その後1990年代にETDRS凝固を施行した患者のなかに,凝固斑の拡大融合による暗点の形成や線維増殖などの合併症が発生し,その反省から,レーザー治療をより低侵襲にする試みがなされるようになった.その流れのなかで,閾値凝固4)や閾値下凝固5)などレーザーの照射条件を見直し,低侵襲なレーザー治療法が開発された.1997に筆者は従来の格子状凝固を低侵Exposuretime襲に改良した低出力広間隔格子状凝固6)を開発し,従来の格子状凝固に匹敵する効果があることを報告した.また,DRCR-net(DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork)は2007年にmodifiedETDRSレーザー7)という,ETDRSレーザーを低侵襲にした方法による臨床試験の結果を報告し,今日さまざまな臨床研究や日常診療で用いられるスタンダードなレーザー治療になっている.一方,1990年代に登場した半導体レーザーは,半導体を用いてレーザーを発振するものであり,冷却装置が不要でコンパクトで持ち運びが可能なレーザーとして,未熟児網膜症治療や眼内レーザー光凝固に用いられていた.波長が800nm前後と長いのが特徴であるが,この長い波長を利用し,レーザーの凝固時間をきわめて短くPulseenvelopePowerPower・・・・・Timeonoff図1IQ577TMによるマイクロパルス閾値下凝固従来の連続波のレーザー(左上)と,マイクロパルス(右上).マイクロパルスを用いることで,選択的に色素上皮を照射可能である.577nmのピュアイエローマイクロパルス(IQ577TM,左下)と,それに搭載されたパターン(右下).これまでマイクロパルス閾値下凝固は凝固斑が見えない治療であったため,照射部位を記憶しながら治療する必要があった.パターンが搭載されたことで,記憶にたどる部分がかなり解消され,術者の負担が軽減した.1098あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(18) 図2PascalStreamline577Rのエンドポイントマネージメントトプコン社のパターンレーザーにおけるレーザー照射パターン(右上)とエンドポイントマネージメント.エンドポイントマネージメントにおけるレーザーの侵襲と治療可能領域(左上).レーザー治療が有効であるエネルギー設定は,barelyvisibleからnontherapeuticの間になる(左上⇔).この間の照射条件を自動的に計算するソフトウェアがエンドポイントマネージメントである.術者が治療に必要と判断する閾値下凝固のエネルギー(%)を右下のパネルにて指定すると照射条件を自動的に計算するソフトウェアである.パターンスキャンレーザーではさまざまな格子状凝固のパターンを選択可能である(右上).エンドポイントマネージメントのパターン(下)では,ランドマーク(赤)を設定することが可能である.ランドマークの部分(赤)はbarelyvisibleで黄色の部分が閾値下凝固になる. OCTfor(modified)gridAngiographyFAandICGA図3NavilasRによるイメージガイドレーザー照射NavilasRでは,蛍光眼底撮影や光干渉断層計のイメージ画像を眼底写真に重ね,イメージ画像上で照射部位を指定して光凝固を自動的に行うことが可能である(右上).NavilasRで治療する際は,スリットランプではなく,眼底のIR画像を見ながら治療する(左).術者は,あらかじめ照射する部位を設定するが,照射自体は機械が自動的に行う(右下). あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141101(21)2.マイクロパルスレーザーの開発マイクロパルスレーザーとは,きわめて短い凝固時間(μsecond)のレーザー照射を連続して発振し,1照射とするレーザーである(図1).レーザーの凝固時間をきわめて短くすることで,周囲に熱が伝達しないため,網膜色素上皮層を選択的に照射可能とされている.マイクロパルスレーザーを閾値下凝固として照射することで,神経網膜を含めた網膜全体に少なくとも光干渉断層計(OCT)レベルでの形態変化が加わることなしに浮腫を引かせることが可能である.低侵襲レーザー治療の先駆けとなった治療法であるが,閾値下凝固,すなわち基本的に凝固斑は見えないので効果を確認しがたいという問題点があり,普及が遅れた.しかし,近年糖尿病黄斑浮腫の治療として低侵襲レーザーが注目されるようになり,最近新たに開発されるレーザー機器にはマイクロパルスに準じた侵襲の少ないプログラムが搭載されることが少なくない.マイクロパルス閾値下凝固の臨床成績は1997年にFribergら5)による報告が初めてであり,その後,いくつかの報告がなされたが,筆者11)は日本人を対象とし本方法が浮腫の減少に有効であることを報告した.ランダム化した臨床試験として,代表的な報告であるLavinskyら12)の臨床研究によると,modifiedETDRS法7)より,密度の高いマイクロパルス閾値下凝固のほうが,視力の改善も浮腫の改善も優れていたと報告している.マイクロパルス閾値下凝固は今後,従来の格子状凝固に置き換わる可能性が期待されている.3.ピュアイエローマイクロパルス(IQ577TM)と併用療法への期待1990年代に色素レーザーとして普及していた時代の577nmのピュアイエローレーザーを発振する装置が,IRIDEX社より2011年8月に発売された.マイクロパルスを搭載しており,従来の810nmのマイクロパルスより,少ないエネルギーで照射できる.マルチカラーレーザーの561nmより波長が長いためオキシヘモグロビンへの吸収は532nm(グリーン)の1.4倍,561nm(従来のマルチカラーのイエロー)の1.8倍高い.したがって,血管凝固には最も適した波長であり,糖尿病黄斑浮腫のレーザー治療においては,特に毛細血管瘤をローパmildからbarelyvisible(lightgrey)に見直され,フレックの間隔も2フレックごとと侵襲が軽減したプロトコールに変更された.今日一般的に推奨されている格子状凝固の条件は閾値凝固,すなわち凝固斑が見える最低の出力で施行するものである.しかし,閾値凝固といえども,網膜外層に何らかの不可逆的な変化をもたらすものであり,さらなる低侵襲化をめざして閾値下凝固すなわち,閾値より弱いエネルギーで凝固斑が見えない条件で光凝固する方法が試みられるようになった.これまでの研究によれば,網膜に対するレーザー治療は,凝固斑が明瞭に出ない,あるいは,まったく出ない条件で行っても,網膜に何らかの組織変化をもたらし治療効果が期待できるものと推定されている.閾値下凝固を応用した始まりは,後述するマイクロパルス閾値下凝固であり,1999年にRoider8)は0.1秒のアルゴンレーザー閾値下凝固では視細胞の障害がみられたが,3μsの閾値下凝固では視細胞はほとんど温存され網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)に限局した障害となり,照射後に速やかにRPEは再生し,新たなRPEのバリアが形成されたことを報告した.その後,閾値下凝固の基礎研究はしばらく途絶えていたが最近,閾値下凝固の研究が再び注目されるようになった.それを後押ししたのが,後述するエンドポイントマネージメントの開発である.エンドポイントマネージメントは,閾値下凝固の条件を計算するソフトウェアであり,動物実験の結果と物理の法則を組みわせたプログラムである.Lavinskyら9)の報告によれば,閾値のエネルギーの50%で照射すると,網膜外層に修復可能な組織変化をもたらすとされており,このレーザーによる組織変化と修復の過程に浮腫を引かせるケミカルメディエータが関与しているものと推定されている.また,閾値下凝固を行った部位の熱ショック蛋白10)が増加することが知られており,血管内皮増殖因子(vascularendo-thelialgrowthfactor:VEGF)の低下に関連するものと推定されている.後述するマイクロパルス閾値下凝固や,エンドポイントレーザーは,網膜にごく微細な侵襲は加えるが瘢痕を残さずに浮腫を引かせるレーザーで,糖尿病黄斑浮腫に対する格子状凝固としては究極の低侵襲レーザー治療と考えられている. 1102あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(22)5.エンドポイントマネージメントと閾値下凝固エネルギーの最適化についてレーザーによる侵襲の程度は凝固斑が凝固直後に見えない閾値下凝固の条件で施行された場合でも何らかの網膜の組織変化が発生しているものと考えられている.この侵襲は術後に蛍光眼底造影(FA)や自発蛍光,OCTなどで確認可能である.また,動物実験では細胞死のマーカーを使用して確認することも可能である.しかし,閾値下凝固の凝固条件と侵襲の程度の関係についてはこれまであまり知られていなかった.閾値下凝固は凝固斑が見えない条件で行う治療であるが,侵襲が極端に少ないと治療効果が期待できず,治療効果が期待できる最低の条件から,凝固斑が後日確認できるやや強めの条件まで,凝固条件の設定範囲にはある一定の幅がある.安全な条件でかつ治療効果が期待できるエネルギー設定の領域は限られてくる.エンドポイントマネージメントとはトプコン社が開発したパターンスキャンレーザーによるマイクロパルスを用いない閾値下凝固の適正条件を決定するプログラミングである.このプログラミングは動物実験による組織侵襲の評価と物理の法則に基づき,レーザーの侵襲の程度を定量化し,閾値下凝固のエネルギー(%)に適合する凝固条件を自動的に計算するソフトウェアである.レーザーの侵襲は出力と時間という2つのパラメータで決定されるが,エンドポイントマネージメントを用いることにより,術者の望む閾値下凝固の条件を自動的に計算し提供してくれる.まだ,臨床データが少ないので最適条件の確立や長期の安全性の検証は今後の課題であるが,閾値下凝固の条件を理論的根拠に基づいて設定することができるソフトウェアとして注目すべきものである.III画像診断の進歩とレーザーへの応用糖尿病黄斑浮腫のレーザー治療は,ETDRSの時代は,立体眼底写真で,浮腫を観察し,さらにFAにより漏出部位や血管閉塞を描出し,施行されていた.近年OCTが開発され,黄斑浮腫の部位を明瞭に視覚的に描出可能となった.OCTの導入により糖尿病黄斑浮腫の病態の解明が進んだことに加え,OCTの普及は光凝固を施行する際の治療計画や術後評価に貢献している.このようワーで照射できることが特徴である.また,マイクロパルスと直接凝固の併用療法13)も可能であり,汎網膜光凝固も同時に施行できる.最近IQ577TMにパターンが搭載され,閾値下凝固がより安全に確実に行えるようになった(図1).IQ577TMの登場により,マイクロパルス閾値下凝固が術者にとってより身近なものになったといえよう.4.格子状凝固のパターン化への進歩格子状凝固は,かつては,凝固部位が明瞭に描出される条件で行っていたため,術者にとって,凝固部位を見失うことはなかった.しかし,近年,閾値凝固や閾値下凝固など,術直後に凝固部位を明瞭に判別できない低侵襲レーザーが普及し始め,術者にとっては,レーザー照射部位を記憶しながら行うという困難がつきまとっていた.しかし,近年,超短時間に複数の凝固斑を置けるパターンスキャンレーザーが開発された.パターンスキャンレーザーの第1号機はPASCALR(現在トプコン社)であるが,その後複数の会社が同様なレーザーを販売している.パターンスキャンレーザーの特徴は,1回の照射で複数の凝固斑をパターンにて照射するシステムであり,汎網膜光凝固を短時間で終了させたり,高出力短時間照射であるため,外層選択的な照射ができ,疼痛が少ない,低侵襲であるなど,さまざまなメリットがあるレーザー機器である.黄斑部の格子状凝固のパターンも,サークル,半円やスクエアなど,さまざまな選択肢があり(図2),閾値凝固,閾値下凝固ともにパターンを用いることで術者の負担は軽減した.固視目標がついているタイプでは中心窩の誤照射を避けることも可能である.また,トプコン社のエンドポイントマネージメントを用いることにより,パターンの端に閾値凝固のランドマークを照射することが可能であり,レーザー照射した部位の確認に有用である(図2).パターンレーザーは短時間照射であるため凝固斑は拡大せず,むしろ縮小傾向14)である.このため通常のグリッドと異なりスペーシングをややつめたほうがよい.パターンスキャンレーザーによる格子状凝固の臨床効果に関する報告は少ないが,短期的には浮腫の減少に効果があったとの報告14)もある.多数例での臨床研究はいまだ報告されていない. あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141103(23)な画像診断の進歩は,レーザー治療機器と融合し,後述するナビゲーションシステムを用いたレーザー機器に応用されている.また,近年SD-OCTを用いて凝固部位の断層像を描出することができるようになった.Inaga-kiら13)は,OCTを用いて,格子状凝固の3つの方法,従来のグリッド(閾値凝固),パターンスキャンレーザーによるグリッド,マイクロパルス閾値下凝固で施行されたレーザーの凝固斑を観察し,パターンスキャンレーザーでは外層のみの凝固であり,また継時的に網膜外層の修復が観察されたことを報告している.このようにOCTは照射条件を設定する際の観察ツールとしても有用である.IVナビゲーションシステムを用いたレーザー(NavilasR)ナビゲーションシステムとは,外科手術の際に患者位置と手術器具の位置関係を表示することを目的とした医療機器であり,脳神経外科領域では磁気共鳴画像(MRI)などの画像を術前術中に表示するナビゲーションユニットとして用いられている.眼科領域では,エキシマレーザーに初めてアイトラッキングシステムとして導入された.眼底のレーザー機器としては,初めてOD-OS社がナビゲーションシステムを応用したレーザー照射システムを開発し,NavilasRとして2009年に発売した(図3).シングル,パターンさまざまなモードが選択できる機械である.日本での薬事承認は2014年2月である.現在は532nm短波長のみであるが,海外では2014年4月に577nmでマイクロパルス搭載した機械が発売されている.1.NavilasRのナビゲーションシステムとはNavilasRは指定された照射部位に自動的にレーザー光をナビゲートし照射するシステムでスリットランプを用いない新しいタイプのレーザー機器である.術者は眼底写真や蛍光眼底写真,OCTなどの画像データを患者の眼底イメージ画像に重ね合わせ,レーザー照射部位と条件をあらかじめ設定した治療計画図を作成し,あとは機械が指定された位置に自動的にレーザーを照射する(図3).これまでレーザー治療は術者が眼底を観察しながら手動で照射していたが,このシステムはこれまでの常識を覆す新しいシステムである.このシステムの登場により,これまで術者の経験に頼っていた部分が,治療の標準化や治療の質のコントロールに貢献するものと期待されている.2.NavilasRの特徴最大のメリットは,さまざまな画像診断ツールを用いて適切に照射計画を立てることができることである.たとえば,毛細血管瘤の直接凝固の際はFAにて漏出している部位が対象となるが,実際に漏出部位を確認しながら照射することは,これまでのレーザー機器では困難であった.しかし,このシステムを用いると,FA写真上で照射部位を指定することができるため,確実に漏出している毛細血管瘤のみにターゲットを絞って凝固することが可能となるため,再治療率が減少すると報告されている15).また,OCTの画像を重ねることにより,浮腫の存在する部分のみにターゲットを絞った格子状凝固が可能である.また,安全性の点でも優れた機械でアイトラッキングシステムを用いて正確に狙った位置に照射したり,中心窩や視神経乳頭周囲などにsafetyzoneを設定することで誤照射の回避が可能となる.また,照射中の眼底観察がIR画像であるため,術中の患者の羞明が軽減されることや,無散瞳でも治療可能であることなどメリットは少なくない.その一方,術者がレーザー照射中にレーザー痕を直接観察することができず,タイトレーションモードによる照射直後のカラー眼底撮影によってのみ確認できることや,また準備や操作に時間がかかり,画像のインストールなどに2.3分要すること,照射が始まると途中でパラメータを変更することが困難で,現時点ではパワーのみ変更可能であること,術者がこれまで慣れ親しんできたスリットランプとは異なり,眼底カメラの操作に習熟を要するなど,今後の課題も多い.しかし,次世代レーザー治療システムとして今後の発展が期待されるところである.3.レーザー治療の透明性と遠隔治療への期待今後,閾値下凝固など凝固斑が見えない光凝固が発展すると,照射した部位を記録として保存する適切な方法kiら13)は,OCTを用いて,格子状凝固の3つの方法,従来のグリッド(閾値凝固),パターンスキャンレーザーによるグリッド,マイクロパルス閾値下凝固で施行されたレーザーの凝固斑を観察し,パターンスキャンレーザーでは外層のみの凝固であり,また継時的に網膜外層の修復が観察されたことを報告している.このようにOCTは照射条件を設定する際の観察ツールとしても有用である.IVナビゲーションシステムを用いたレーザー(NavilasR)ナビゲーションシステムとは,外科手術の際に患者位置と手術器具の位置関係を表示することを目的とした医療機器であり,脳神経外科領域では磁気共鳴画像(MRI)などの画像を術前術中に表示するナビゲーションユニットとして用いられている.眼科領域では,エキシマレーザーに初めてアイトラッキングシステムとして導入された.眼底のレーザー機器としては,初めてOD-OS社がナビゲーションシステムを応用したレーザー照射システムを開発し,NavilasRとして2009年に発売した(図3).シングル,パターンさまざまなモードが選択できる機械である.日本での薬事承認は2014年2月である.現在は532nm短波長のみであるが,海外では2014年4月に577nmでマイクロパルス搭載した機械が発売されている.1.NavilasRのナビゲーションシステムとはNavilasRは指定された照射部位に自動的にレーザー光をナビゲートし照射するシステムでスリットランプを用いない新しいタイプのレーザー機器である.術者は眼底写真や蛍光眼底写真,OCTなどの画像データを患者の眼底イメージ画像に重ね合わせ,レーザー照射部位と条件をあらかじめ設定した治療計画図を作成し,あとは機械が指定された位置に自動的にレーザーを照射する(図3).これまでレーザー治療は術者が眼底を観察しな(23)がら手動で照射していたが,このシステムはこれまでの常識を覆す新しいシステムである.このシステムの登場により,これまで術者の経験に頼っていた部分が,治療の標準化や治療の質のコントロールに貢献するものと期待されている.2.NavilasRの特徴最大のメリットは,さまざまな画像診断ツールを用いて適切に照射計画を立てることができることである.たとえば,毛細血管瘤の直接凝固の際はFAにて漏出している部位が対象となるが,実際に漏出部位を確認しながら照射することは,これまでのレーザー機器では困難であった.しかし,このシステムを用いると,FA写真上で照射部位を指定することができるため,確実に漏出している毛細血管瘤のみにターゲットを絞って凝固することが可能となるため,再治療率が減少すると報告されている15).また,OCTの画像を重ねることにより,浮腫の存在する部分のみにターゲットを絞った格子状凝固が可能である.また,安全性の点でも優れた機械でアイトラッキングシステムを用いて正確に狙った位置に照射したり,中心窩や視神経乳頭周囲などにsafetyzoneを設定することで誤照射の回避が可能となる.また,照射中の眼底観察がIR画像であるため,術中の患者の羞明が軽減されることや,無散瞳でも治療可能であることなどメリットは少なくない.その一方,術者がレーザー照射中にレーザー痕を直接観察することができず,タイトレーションモードによる照射直後のカラー眼底撮影によってのみ確認できることや,また準備や操作に時間がかかり,画像のインストールなどに2.3分要すること,照射が始まると途中でパラメータを変更することが困難で,現時点ではパワーのみ変更可能であること,術者がこれまで慣れ親しんできたスリットランプとは異なり,眼底カメラの操作に習熟を要するなど,今後の課題も多い.しかし,次世代レーザー治療システムとして今後の発展が期待されるところである.3.レーザー治療の透明性と遠隔治療への期待今後,閾値下凝固など凝固斑が見えない光凝固が発展すると,照射した部位を記録として保存する適切な方法あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141103 1104あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(24)を構築することが課題となってくる.しかし,これまでのスリットランプによる従来型のレーザー照射では,レーザー治療の施行部位やその条件など,たとえ写真撮影で記録を残しても術者しか知りえない情報が多く,また正確な記録を残すことが事実上不可能であった.また,術者間でレーザーの計画を共有することもできなかった.しかし,NavilasRによる治療は,手術計画図をあらかじめ術者間で共有したり,術後も照射部位の正確な手術記録の保存が可能である.このようにナビゲーションシステムを用いたレーザーシステムの発展はレーザー治療の透明性の向上に貢献するものと思われる.また,遠隔治療への期待など,この新しいレーザーシステムは今後もさらに発展するものと期待される.おわりに糖尿病黄斑浮腫治療は最近わが国でも承認されたVEGF阻害薬による治療がレーザー単独治療より成績が良好との結果から,今日VEGF阻害薬が治療の中心となりつつある.しかし,注射を連続することによる患者の経済的,社会的負担や,注射による全身への影響を懸念して,レーザー治療を上手に組み合わせることにより,注射の回数を減少させることが期待されている.今後レーザーで治療すべき部分はしっかり治療することが,患者負担の減少につながるものと思われる.文献1)PatzA,SchatzH,BerkowJWetal:Macularedema─anoverlookedcomplicationofdiabeticretinopathy.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngol77:34-42,19732)WhitelockeRAF,KearnsM,BlachRKetal:Thediabeticmaculopathies.TransOphthalmolSocUK99:314-320,19793)EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol103:1796-1806,19854)SinclairSH,AlanizR,PrestiP:Lasertreatmentofdiabet-icmacularedema:ComparisonofETDRSleveltreatmentwiththresholdleveltreatmentbyusinghighcontrastdis-criminantcentralvisualfieldtesting.SeminOphthalmol14:214-222,19995)FribergTR,KaratzaEC:Thetreatmentofmaculardis-easeusingamicropulsedandcontinuouswave810-nmdiodelaser.Ophthalmology104:2030-2038,19976)大越貴志子:糖尿病性黄浮腫の光凝固療法─低出力広間隔格子状光凝固.眼紀52:104-111,20017)WritingCommitteefortheDiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:ComparisonofthemodifiedEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyandmildmaculargridlaserphotocoagulationstrategiesfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol125:469-480,20078)RoiderJ:Lasertreatmentofretinaldiseasesbysub-thresholdlasereffects.SeminOphthalmol14:19-26,19999)LavinskyD,SramekC,WangJetal:Subvisibleretinallasertherapy:titrationalgorithmandtissueresponse.Retina34:87-97,201410)SramekC,MackanosM,SpitlerRetal:Non-damagingretinalphototherapy:Dynamicrangeofheatshockpro-teinexpression.Retina52:1780-1787,201111)OhkoshiK,YamaguchiT:SubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationfordiabeticmacularedemaforJap-anese.AmJOphthalmol149:133-139,201012)LavinskyD,CardilloJA,MeloLAJretal:RandomizedclinicaltrialevaluatingmETDRSversusnormalorhigh-densitymicropulsephotocoagulationfordiabeticmacularedema.InvestOphtalmolVisSci52:4614-4323,201113)InagakiK,IsedaA,OhkoshiK:Subthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationcombinedwithdirectphoto-coagulationfordiabeticmacularedemainJapanesepatients.NihonGannkaGakkaiZasshi116:568-574,201214)JainA,CollenJ,KainesAetal:Short-durationfocalpat-terngridmacularphotocoagulationfordiabeticmacularedema:four-monthoutcomes.Retina30:1622-1626,201015)NeubauerAS,LangerJ,LieglRetal:Navigatedmacularlaserdecreasesretreatmentratefordiabeticmacularedema:acomparisonwithconventionalmacularlaser.ClinOphthalmol7:121-128,2013

糖尿病網膜症の手術治療の進歩

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1089.1095,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1089.1095,2014糖尿病網膜症の手術治療の進歩ProgressiveSurgicalStrategyforProliferativeDiabeticRetinopathy西塚弘一*はじめに近年の硝子体手術システムの進歩は目覚ましく,従来に比べて手術治療の技術的ハードルは低くなり,数多くの術者による網膜硝子体疾患の治療を可能にしている.増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)に対する硝子体手術治療も,小切開硝子体手術(microincisionvitrectomysurgery:MIVS),広角観察システム,シャンデリア照明による双手法などの進歩により治療成績は向上しているが,依然として難治例も数多く存在する1).硝子体手術への技術的ハードルが低くなったことにより,安易な手術が施行され病態が重篤化した症例も散見される.本稿では現在の硝子体手術の進歩におけるPDRの手術治療の基本的な考え方について述べる.I糖尿病網膜症の病態PDRの治療を考えるうえで,糖尿病網膜症の基本的な病態2)の理解が重要である.糖尿病網膜症は,慢性高血糖を特徴とするさまざまな代謝異常(ポリオール代謝経路の亢進,プロテインキナーゼCの活性化,酸化ストレスの増加,蛋白質の非酵素的糖化後期反応生成物の増加)が起こることにより網膜の血管,組織の障害を惹起し網膜症が進展していくと考えられている.毛細血管などの閉塞により網膜虚血・低酸素状態となると,虚血領域からは血管新生促進因子(VEGF)をはじめとするサイトカインが分泌され,新生血管が発生する.国際重症度分類では,網膜症なしに加えて,新生血管や網膜前・硝子体出血といった臨床上重要な病態が起こる前の段階(非増殖糖尿病網膜症)と,あとの状態(増殖糖尿病網膜症)と3つに分類し,臨床現場で病態のおおまかな進展を捉えるうえで簡便に用いることができる3).増殖糖尿病時期には眼内に新生血管が発生し,眼内の硝子体の牽引により容易に出血し,硝子体出血や網膜前出血を引き起こす.網膜の表面には病的な増殖膜が形成され,進行すると網膜を牽引して網膜.離を引き起こす.さらに病態が悪化すると新生血管は眼内の水の流れの排出路である隅角にも発生し,非常に難治な眼圧上昇を伴う血管新生緑内障を引き起こす.PDRの手術加療においてはこれらの病態を踏まえて,個々の症例における治療の目的を考える必要がある.II手術適応PDRの治療の基本としては汎網膜光凝固が第一選択となる.治療目標は病態の進行抑制であるが,特に優先すべきことは眼球の維持にかかわる血管新生緑内障への移行の阻止であり,この点は常に念頭に置いて診療を行うことが重要である.そのうえで視力にかかわる出血,網膜.離の病態を攻略していく必要がある.光凝固の時期を逸したり(図1),光凝固を施行してもしばしば病態の進行が抑制できないときは硝子体手術が唯一の治療方法となる.以下に手術適応の病態の概略を述べる.*KoichiNishitsuka:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕西塚弘一:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(9)1089 1090あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(10)まり起こっていないことにおおよそ等しいため,手術の難易度は意外に高い.出血を見たときから治療が始まるため,早期の専門施設への紹介が肝要である.2.網膜.離牽引性網膜.離が黄斑部に及ぶ場合(図2a)は,可及的速やかに手術を施行することが望ましい.これに比べて黄斑部に及ばない牽引性網膜.離の症例では,手術治療の決断までに時間的余裕がありその間に種々の検査や汎網膜光凝固が行える.裂孔を併発した牽引性網膜.離(図2b)は急速に網膜.離が進行するため,早期に硝子体手術を施行する必要がある.1.出血硝子体出血はPDRのみならずさまざまな原因疾患の可能性があり,特に裂孔原性網膜.離を合併している場合は自然吸収を待っている間に病態が増悪する恐れがある.よって硝子体出血の症例はこのことを踏まえたBモード超音波検査が重要で,原因不明のときや網膜.離の合併が少しでも疑われる場合は早期手術が望ましい.黄斑部網膜前出血(図1a)は自然吸収することもあるが,なかなか吸収しない場合は硝子体手術の適応となる.硝子体出血よりは眼内の病態が比較的把握できるため,治療決定までの時間に比較的余裕がある.この間に蛍光眼底検査や汎網膜光凝固を行うことが重要である.網膜前出血が存在するということは後部硝子体.離があab図1増殖糖尿病網膜症a:40代女性.網膜前出血を認める.蛍光眼底造影にて無血管領域,新生血管,光凝固不足を認めた.b:コンプライアンス不良症例にて治療機会を逸した.6カ月後に視力低下を主訴に来院した.増殖膜,牽引性網膜.離を伴う病態の悪化を認めた.ab図2網膜.離を伴う増殖糖尿病網膜症a:黄斑部に及ぶ牽引性網膜.離を伴った増殖糖尿病網膜症.b:裂孔(矢印)を併発した牽引性網膜.離症例.ab図1増殖糖尿病網膜症a:40代女性.網膜前出血を認める.蛍光眼底造影にて無血管領域,新生血管,光凝固不足を認めた.b:コンプライアンス不良症例にて治療機会を逸した.6カ月後に視力低下を主訴に来院した.増殖膜,牽引性網膜.離を伴う病態の悪化を認めた.ab図2網膜.離を伴う増殖糖尿病網膜症a:黄斑部に及ぶ牽引性網膜.離を伴った増殖糖尿病網膜症.b:裂孔(矢印)を併発した牽引性網膜.離症例. あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141091(11)ってしまうと裂孔が容易に拡大し,急速に網膜.離が進行する危険がある.特に網膜.離の領域での医原性裂孔については細心の注意が必要である.医原性裂孔を防ぐためには正しい手術手技に加えてさまざまな手術観察系を使い分けることが重要である.1.手術観察系手術観察系としては従来の接触型コンタクトレンズに加えて,MIVSの進化に伴い広角観察システムもおもな選択肢となっている(図3a,b).コンタクトレンズによる観察系は立体感に優れ,従来の20ゲージ手術の頃から標準的なものとなっている.広角観察システムでは名のとおり広い術野を得ることができ,周辺部と後極部のつながりが把握しやすい.散瞳不良症例でも眼内の観察3.血管新生緑内障治療の基本はまず可能な限り汎網膜光凝固を行うことである.そのうえで眼底に出血や網膜.離を認める場合は硝子体手術を行う.眼圧上昇に対しては種々の緑内障点眼薬を併用し,それでも治療に抵抗する場合は,緑内障専門医による治療が望ましい.筆者の施設では外科治療としてトラベクレクトミーやバルベルトRを用いたチューブシャント手術を施行している.III手術手技PDRの硝子体手術を考えるうえで最も重要なことの一つが医原性裂孔を作らないことである.PDRの大部分の症例は不完全後部硝子体.離眼であるため,さまざまな牽引が網膜に存在する.この状態で医原性裂孔を作acbd図3手術観察系a:硝子体コンタクトレンズ下の術野.b:広角観察システムによる術野.c:顕微鏡同軸照明下での強膜圧迫による前部硝子体の観察.d:スリット照明を併用した強膜圧迫による周辺部硝子体の観察.acbd図3手術観察系a:硝子体コンタクトレンズ下の術野.b:広角観察システムによる術野.c:顕微鏡同軸照明下での強膜圧迫による前部硝子体の観察.d:スリット照明を併用した強膜圧迫による周辺部硝子体の観察. 1092あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(12)不完全後部硝子体眼であり,硝子体可視化剤を併用した注意深い観察と処理が必要である.牽引性網膜.離の症例や増殖膜の処理が必要な症例において,周辺部に後部硝子体.離が起こっている場合には,後極部への手術操作の前に硝子体円錐を切除して病態への前後方向の牽引を解除する(図4).後部硝子体.離のまったく起こっていない症例においては,増殖膜と網膜に強い癒着を考慮していないと手術操作にて容易に医原性裂孔を生じるので,注意が必要である.b.増殖膜の処理増殖膜の処理を考えるうえでまず増殖膜の基本構造を押さえておく必要がある.増殖膜は一見すると網膜と水平に面状に接着して存在しているように見えるが,実際にはepicenterとよばれる網膜硝子体癒着部位によって点状に接着している(図5).硝子体手術における膜処理の基本としては,膜を単純に引っ張って.がす手技である膜.離(membranepeeling,以下peeling),網膜の癒着部位の間をを避けて膜を切断し断片化する膜分割(membranesegmentation,以下segmentation),網膜癒着部位を直接切断し,増殖膜と網膜を分層していく膜分層(membranedelamination,以下delamination)がある.Peelingは最も単純な手技であるが,PDRにおける増殖膜はpeelingによって簡単に網膜から.がせる場合と,医原性裂孔を形成してしまう場合がある.PDRの治療においてはpeelingを必要最小限に行うことが,医原性裂孔を作らないためにも重要である.Segmentationは20ゲージ硝子体手術の頃では垂直剪刀によって行われていた.増殖膜と網膜の隙間に剪刀を入れ,確実に増殖膜だけを切断しながら分割してく方法である.確実に施行することにより医原性裂孔の形成を防ぐ最も安全な手技である.MIVSではカッターの先端を垂直剪刀に見立てて同様の処理が可能である.また,小さく分割された増殖膜は容易にカッターにて処理が可能である.ほとんどの増殖膜はこの方法で処理が可能で,MIVSにおける膜処理では最も安全な方法である(図6).Delaminationは20ゲージ硝子体手術の時代では,垂直剪刀にて分割された膜に対して水平剪刀によって行わが比較的容易に行えることはメリットである.周辺部の硝子体をより立体的に捉えたい場合は,顕微鏡同軸照明下での強膜圧迫による観察(図3c)や,スリット照明を併用(図3d)するとより詳細に術野を確保できる.前眼部透見不良症例においては眼内視鏡が有用となる可能性がある4).医原性裂孔を作らないためには,手術手技に合わせて術者に合った最良の観察系を用いていかに安全な手技を全うするかが重要である.2.手術手技a.硝子体切除単純な出血のみの症例では,単純硝子体切除のみで視力の回復が得られる.しかし,PDRの大部分の症例は図4硝子体円錐の切除後部硝子体.離が起こっている場合は,硝子体円錐と捉えてカッターで切除する(矢印).前後方向の牽引を解除することにより,その後の後極の眼内操作が安全に行える.ab図4硝子体円錐の切除後部硝子体.離が起こっている場合は,硝子体円錐と捉えてカッターで切除する(矢印).前後方向の牽引を解除することにより,その後の後極の眼内操作が安全に行える.ab 膜分割膜分層(membranesegmentation)(membranedelamination)(membranedelamination)硝子体カッター鑷子剪刀増殖膜Epicenter網膜図5膜分割と膜分層膜分割ではカッターの先端を垂直剪刀に見立ててepicenterとepicenterの間のスペースを探りながら確実に増殖膜を切断,分割していく.膜分層では4ポートシステムを利用し,双手法にて行う. 1094あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(14)IV術後合併症1.出血PDRの硝子体手術後の早期出血の原因としては初回手術時の不十分な硝子体郭清や増殖膜処理,晩期出血の原因としては強膜創新生血管が多い.単純な出血であれば自然に消退することもあるが,その間は常に眼内での網膜.離の発症を考えながら超音波検査を併用して注意深く観察する.強膜創新生血管(図7)からの出血は術後1カ月以降に起こることが多い1).病態の活動性が高く,治療困難な症例となる.ab図6MIVSにおけるカッターによるsegmentation一見すると面状にみえる増殖膜も,epicenterによって点状に接着しているため,カッターを小刻みに動かしながらゆっくりとsegmentationを続けることにより安全に増殖膜の処理が可能である.acb図7強膜創新生血管a:内視鏡による強膜創新生血管の所見.内視鏡を用いると観察は容易に行える.b:眼球圧迫にスリット照明などを用いて病変を立体的に捉えながら処置する.c:内視鏡による強膜創新生血管の処置後の所見.光凝固を追加した.ab図6MIVSにおけるカッターによるsegmentation一見すると面状にみえる増殖膜も,epicenterによって点状に接着しているため,カッターを小刻みに動かしながらゆっくりとsegmentationを続けることにより安全に増殖膜の処理が可能である.acb図7強膜創新生血管a:内視鏡による強膜創新生血管の所見.内視鏡を用いると観察は容易に行える.b:眼球圧迫にスリット照明などを用いて病変を立体的に捉えながら処置する.c:内視鏡による強膜創新生血管の処置後の所見.光凝固を追加した. あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141095(15)2.網膜.離初回手術時の医原性裂孔の不十分な処置が原因となったり,裂孔周辺の不十分な硝子体・増殖膜の処理が原因となる.不確実な増殖膜の処理による牽引の残存や新裂孔の形成もありうる.一般に硝子体手術後の網膜.離は進行が速いため,早期の再手術が必要である.3.血管新生緑内障手術前より虹彩ルベオーシスを認める症例や,病態の活動性が高いと思われる症例では手術中に徹底的な網膜光凝固を行う必要がある.術中合併症のために網膜光凝固が十分にできなかった症例は発症のリスクが高い.PDRに対する手術では,血管新生緑内障の発症をいかに防ぐかを常に念頭に置くことが重要である.おわりに硝子体手術機器の進歩と手術器具の剛性化により,MIVSによる手術適応は黄斑円孔や黄斑前膜にとどまらず裂孔原性網膜.離やPDRなどの難症例にまで広がった.広角観察システムもMIVSの進化を担う主役であり,現在広く普及している.しかし,詳細な立体視が求められる増殖膜の処理や,詳細な網膜と硝子体の位置関係を把握する際は,従来の接触型コンタクトレンズによる観察系が優れており手術場面に応じて使い分けることは重要である.増殖膜の処理は従来の20ゲージ硝子体手術の時代から垂直剪刀や水平剪刀を用いた安全な処理法がすでに確立していた.しかし難易度が高く,術者の技量により術後成績が大きく左右されていたと思われる.MIVSの進歩により,ほとんどの処理が硝子体カッターで可能となり,器具の出し入れによる鋸状縁の損傷が少なくなった.つまり現時点でのPDRにおける手術治療の進歩とは,MIVSでこれまで治療が困難であった症例の治療が可能になったというよりは,多くの術者が器械や器具の進歩によってより安全に手術ができるようになったということであろう.筆者の施設でPDRの病態は複雑で,いまだに困難な症例も存在するため,器械や器具の進化だけにたよらず基本をしっかり押さえて治療に取り組む必要がある.文献1)池田恒彦:【網膜硝子体疾患診療の進歩2012】治療手技の進歩糖尿病網膜症糖尿病網膜症の進展と治療戦略硝子体手術.あたらしい眼科29:127-132,20122)NishitsukaK,YamashitaH:Managementofdiabeticreti-nopathyanddiabeticmaculopathyinelderlypatientswithdiabetesmellitus.NihonRinsho71:2005-93)YamashitaH:Internationalclinicaldiabeticretinopathyanddiabeticmacularedemadiseaseseverityscales.NihonGankaGakkaiZasshi107:110-113,20034)西塚弘一:【網膜硝子体疾患診療の進歩2012】治療手技の進歩硝子体手術の進歩内視鏡を用いた硝子体手術.あたらしい眼科29:204-208,20125)山根真:【難症例に対する極小切開硝子体手術】増殖糖尿病網膜症(PDR).眼科手術26:28-32,2013

糖尿病網膜症の光凝固の進歩

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1083.1088,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1083.1088,2014糖尿病網膜症の光凝固の進歩EvolvingRetinalLaserTherapyforDiabeticRetinopathy平野隆雄*村田敏規*はじめに網膜光凝固で用いられるレーザー(lightamplificationbystimulatedemissionofradiation:LASER)光は固体・液体・気体・半導体などさまざまな活性物質を励起することにより発生し,使用する活性物質によって発振される波長は異なってくる1).眼科領域では早くからキセノン光凝固装置が導入され,1960年代にはMeyerらが網膜疾患の治療としての網膜レーザー光凝固の有効性について報告している2).その後,1971年にはアルゴンレーザーが登場し,DRS(DiabeticRetinopathyStudy)3)やETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)4)といった無作為化対象比較試験により糖尿病網膜症の進行抑制における汎網膜光凝固(panretinalphotocoagulation:PRP)の正当性が示された.その後もPRPを含めた網膜光凝固は糖尿病網膜症治療のスタンダードとして広く臨床の場で行われている.本稿では糖尿病網膜症に対する網膜光凝固治療の適応と実施基準,さらにはショートパルス・高出力を特徴としたパターンスキャンレーザー網膜光凝固装置や合併症を減らすため薬物療法を併用したPRPなどについてまとめてみたい.(なお,糖尿病黄斑浮腫光凝固の詳細については本特集で大越貴志子先生が解説されているので,そちらを参照されたい.)I糖尿病網膜症に対する網膜光凝固の適応と実施基準増殖糖尿病網膜症患者に対するPRPが経過観察群に比べて,重度視力低下(視力<5/200と定義)のリスクを50%減少させることを明らかにしたDRS(DiabeticRetinopathyStudy)3)や早期増殖糖尿病網膜症または重症非増殖糖尿病網膜症の患者に対するPRPがハイリスクな増殖糖尿病網膜症に進行するリスクを減少させることを明らかにしたETDRS4)といった無作為化対象比較試験のエビデンスをうけ,欧米ではDRSで示されたハイリスクな増殖糖尿病網膜症(①1/4.1/3乳頭径を超える乳頭上新生血管,②網膜前出血・硝子体出血を伴う乳頭上新生血管または1/2乳頭径を超える網膜上新生血管,③1乳頭径を超える硝子体出血または網膜前出血のいずれかを認める症例)だけではなくETDRS分類で重症非増殖網膜症以上(出血・毛細血管瘤,網膜内細小血管異常,数珠状静脈異常の所見のうち,3分の2以上を認める症例)に進行した病期でのPRPの検討が推奨されている.さらに,血糖コントロール不良例や僚眼の増殖糖尿病網膜症経過不良例といった病期進行と治療抵抗性のリスクが上昇する可能性がある要因を伴う症例では,より早期からのPRPの検討が必要とされている3).わが国では1994年に糖尿病網膜症に対する光凝固の適応と実施基準が厚生省から示されている(表1)5).わが国における光凝固の適応の標準的なものの一つと考え*TakaoHirano&ToshinoriMurata:信州大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕平野隆雄:〒390-8621長野県松本市旭3-1-1信州大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)1083 表1糖尿病網膜症の光凝固適用および実施基準1.単純網膜症では,黄斑浮腫の予防ないし治療,および,増殖化の予防が主要な目的である.具体的には,蛍光眼底造影で網膜血管に透過性亢進があり,特に黄斑またはその近接部位に透過性亢進があり,視力に影響しているときには積極的に光凝固が勧められる.眼底中間部に無血管領域があるときには,増殖前の状態である可能性が大きいので,この部位への光凝固を加える必要がある.2.増殖網膜症では,新生血管の退縮および,新しい新生血管の発生予防が光凝固の主目的になる.新生血管そのものを直接凝固することは必要ではなく,蛍光眼底造影で発見される無血管領域を主対象とし,無血管領域が3象限以上に存在する場合などでは,汎網膜光凝固を実施する.虹彩ルベオーシスのある場合にも,増殖網膜症に準じた扱いをする.3.既に硝子体網膜間に癒着があり,牽引性網膜.離や硝子体出血が発症しているときには,光凝固のみではこれを治療しがたい.光凝固のみで糖尿病網膜症すべてを有効に治療できると過信してはならず,このような場合には,硝子体手術を前提として光凝固を実施する.(文献5より) あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141085(5)0.1秒以上の長い凝固時間の場合,熱凝固作用が,またそれよりも短い照射時間の場合,衝撃波の効果が現れる.そのためパターンスキャンレーザーを用いて光凝固を行う際に,適切な凝固条件でフォーカスがあった状態で施行されれば問題ないが,この条件から外れたときには従来条件に比し衝撃波の効果がより強いパターンスキャンレーザーでは網膜前出血を合併する確率が潜在的に高くなる.つぎの原因としては多くのスポット数をもつパターンで照射を行う際に,すべてのスポットでフォーカスを合わせることのむずかしさがあげられる.前述の報告でも網膜前出血を起こした症例は周辺部でスポット数の多いパターンを用いて凝固を行った症例で多かったと考察を加えている13).これらの問題は適切な出力・フォーカスで照射を行い,周辺部ではスポット数が多いパターンの使用は避けることにより解決できると考えられる.また,網膜前出血を認めた際には前置レンズにより圧迫を加えることで止血されることが多い.パターンスキャンでは凝固斑が経時的に縮小することが報告されている12).1つのスポット当たりのエネルギーがパターンスキャンレーザーでは従来照射条件と比較の一つであるMC-500VixiRを用いてシングルスポットによる従来照射条件とパターンスキャンレーザーの特徴であるショートパルス・高出力条件でPRPを行い,手術時間・手術時の患者疼痛について比較検討を行った.図1のようにパターンスキャンレーザーを用いたPRPでは従来照射条件よりも手術時間が短く,患者の疼痛が小さいというPASCALRと同様の結果となった10).2.注意点上述したように多くの利点があげられるパターンスキャンレーザーであるが,注意点として安全閾が狭いこと11)と凝固斑の経時的縮小12)があげられる.安全閾とは凝固斑が形成される強さから出血を起こす強さまでの幅を表わす.PASCALRによる光凝固では,連続1,301症例中17症例で網膜前出血が認められたという報告がなされている13).パターンスキャンレーザーによる網膜前出血の原因としては2つあげられる.1つ目の原因としてパターンスキャンレーザーの最大の特徴であるショートパルスが考えられる.照射時間の長短により組織に対するレーザーの影響は異なることが知られている.012345678910従来照射群パターンスキャンレーザー群**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)0102030405060従来照射群パターンスキャンレーザー群(分)**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)a:手術時間b:疼痛スコア図1従来照射条件とパターンスキャンレーザー条件による汎網膜光凝固の手術時間と疼痛スコアの比較a:手術時間はPRP(4象限)に要した合計の時間.b:疼痛スコアは想像しうる最高の痛みを10点として術直後に患者より聴取.012345678910従来照射群パターンスキャンレーザー群**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)0102030405060従来照射群パターンスキャンレーザー群(分)**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)a:手術時間b:疼痛スコア図1従来照射条件とパターンスキャンレーザー条件による汎網膜光凝固の手術時間と疼痛スコアの比較a:手術時間はPRP(4象限)に要した合計の時間.b:疼痛スコアは想像しうる最高の痛みを10点として術直後に患者より聴取. 1086あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(6)による良好な結果が報告されている.1.トリアムシノロンを併用したPRP糖尿病黄斑浮腫の眼内ではIL(インターロイキン)-6やVEGFなどの炎症性サイトカインが上昇していることが知られている20).2002年にMartidisらは糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロン硝子体注射により黄斑浮腫が改善することを報告した21).以降,トリアムシノロン硝子体注射は糖尿病黄斑浮腫に対する治療法として一般的に行われるようになってきている.さらに,PRP術直後の炎症を抑制し,ひいては黄斑浮腫の合併を防ぐことを目的とした,PRP周術期におけるトリアムシノロン硝子体注射16)またはTenon.下注射17)併用による良好な治療成績が報告されている.欧米ではトリアムシノロン局所投与の方法として硝子体注射が一般的に行われているが,わが国では続発する眼圧上昇や白内障などの合併症リスクを軽減するためにTenon.下注射が選択されることが多い.そのような状況のなか,わが国でも2012年11月よりトリアムシノロンアセトニドで保険適用された製品のマキュエイドRが登場した.今後は長期間の治療効果や安全性についての報告が待たれる.して低いためと考えられる.そのため,パターンスキャンレーザーで行うPRPは従来照射条件と比較して治療効果が低いことが危惧される.しかし,パターンスキャンでPRPを行う際でもより高密度に多数の凝固(重症増殖糖尿病網膜症では平均6,924shots)を行うことにより増殖糖尿病網膜症でも最長18カ月の評価で十分に増殖糖尿病網膜症の病勢が抑制されたことが報告されている14).高密度に多数の凝固を行うためには凝固間隔を従来照射条件でよく用いられている1.2凝固斑ではなく0.5.0.75凝固斑と狭めに設定するとよい.実際にこの条件を用いてPRPを施行した自験例を図2に提示する.III薬物療法を併用した汎網膜光凝固PRPは細胞の変性壊死を目的としているため,凝固部位が瘢痕形成に至るまでに炎症が惹起されることは避けられない.そのため,PRP後の黄斑浮腫悪化による視力低下については多くの報告がなされ15),臨床の場でもPRP施行後の黄斑浮腫悪化による視力低下は少なからず見受けられる.近年,術直後の炎症を抑制する方法としてトリアムシノロン局所投与16,17)や抗VEGF(血管内皮細胞増殖因子)抗体硝子体注射を併用したPRP18,19)ab図2パターンスキャンレーザー(MC.500VixiR)を用いたPRP凝固条件〔波長:577nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,395〕にて治療後,半年の眼底写真(a)と蛍光眼底造影検査(b).整然と並ぶ凝固斑を認める.凝固斑は設定よりもやや縮小傾向であるが,凝固間隔をつめているため増殖性変化が抑制されている.ab図2パターンスキャンレーザー(MC.500VixiR)を用いたPRP凝固条件〔波長:577nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,395〕にて治療後,半年の眼底写真(a)と蛍光眼底造影検査(b).整然と並ぶ凝固斑を認める.凝固斑は設定よりもやや縮小傾向であるが,凝固間隔をつめているため増殖性変化が抑制されている. あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141087(7)しながら,現在でも進歩をみせている治療ともいえる.本稿に述べたようにPRPの問題点であった手術時間の長さや手術時の患者疼痛はパターンスキャンレーザーの登場により軽減され,術後の黄斑浮腫や硝子体出血といった合併症はトリアムシノロンや抗VEGF抗体と併用することにより発生率が抑えられつつある.ただし,さまざまな工夫がなされている網膜光凝固治療ではあるが,いまだに難治性の症例があることは否めない.糖尿病網膜症に対する網膜光凝固のさらなる進歩が期待される.文献1)GordonJP:TheMaser─Newtypeofmicrowaveamplifier,frequencystandard,andspectrometer.PhysicalReview99:1264-1274,19552)Meyer-SchwickerathRE,SchottK:Diabeticretinopathyandphotocoagulation.AmJophthalmol66:597-603,19683)Indicationsforphotocoagulationtreatmentofdiabeticreti-nopathy:DiabeticRetinopathyStudyReportno.14.TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup.IntOphthal-molClin27:239-253,19874)Earlyphotocoagulationfordiabeticretinopathy.ETDRSreportnumber9.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup.Ophthalmology98:766-785,19915)清水弘一:分担研究報告書:汎網膜光凝固治療による脈絡トリアムシノロンTenon.下注射を併用したPRPの自験例を図3に示す.2.抗VEGF抗体を併用したPRP加齢黄斑変性の治療薬として日常診療で盛んに使用されている抗VEGF抗体のラニビズマブ(ルセンティスR)が平成26年2月,糖尿病黄斑浮腫まで適応拡大され,抗VEGF療法が今後,糖尿病黄斑浮腫治療において中心的な役割を担うことが予想される.抗VEGF療法は糖尿病黄斑浮に対する良好な治療効果だけではなく,PRPと併用することによる術後の硝子体出血発生率の低下18)・術後早期の黄斑浮腫発生率の低下22)が報告されている.今まで糖尿病黄斑浮腫を伴う症例ではPRPを施行するタイミングが非常にむずかしかったが,まず抗VEGF抗体硝子体注射を行い,治療効果が持続する間にPRPを完遂することができれば,より効果的に安全な糖尿病網膜症治療を行える可能性があり今後の検討が待たれる.おわりに糖尿病網膜症に対する網膜光凝固はさまざまなエビデンスがあり,日常的に外来でも行われている治療法であるが,その適応を含めいまだ不確実な要素もある.しかabc図3トリアムシノロンTenon.下注射を併用したPRP治療前のOCT所見(a)と凝固条件〔波長:532nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,286〕にてPRP治療後,3カ月のOCT所見(b)と眼底写真(c).トリアムシノロンTenon.下注射とfocal/grid凝固を併用することによりPRP後も黄斑浮腫の悪化はなく,むしろ改善傾向を認める.abc図3トリアムシノロンTenon.下注射を併用したPRP治療前のOCT所見(a)と凝固条件〔波長:532nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,286〕にてPRP治療後,3カ月のOCT所見(b)と眼底写真(c).トリアムシノロンTenon.下注射とfocal/grid凝固を併用することによりPRP後も黄斑浮腫の悪化はなく,むしろ改善傾向を認める. 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序説:網膜血管疾患アップデート

2014年8月31日 日曜日

●序説あたらしい眼科31(8):1081,2014●序説あたらしい眼科31(8):1081,2014網膜血管疾患アップデートRetinalVascularDiseases:Update山下英俊*日本における視力障害の原因について,2007年4月.2010年3月に身体障害者診断書・意見書1)による調査が行われた.これによると,網膜血管疾患のなかで糖尿病網膜症が2位15.6%であった.世界での糖尿病網膜症の有病率はメタ解析によると糖尿病患者の約35%にのぼり,現時点で9,300万人が糖尿病網膜症を発症していると推計されている2).また,網膜静脈閉塞症の有病率は30歳以上の0.52%(人口1,000人あたり5.20人)にのぼる3).糖尿病網膜症と網膜静脈閉塞症は今日の日本において視力障害の原因として重大な問題となっている.この2つをこの特集号で取り上げて最新の治療法についてエキスパートの先生方に解説をお願いした.現在のタイミングで両疾患の治療をトピックスとしてとりあげ解説していただいたのは,以下のような理由がある.1.両疾患の分子病態研究が大きな進歩をし,その成果をもとに分子標的の絞り込みが行われ,薬物治療として有効で安全な治療薬が臨床の現場に導入された.すなわち,薬物治療としてのステロイド,抗VEGF薬が開発され,治療法としての有効性,安全性が疫学研究によりハイレベルのエビデンスとして証明されつつあること.2.薬物治療がこれまで確立されていな治療法としての光凝固,硝子体手術などのいわば外科的な治療法が加わったことにより,両疾患の多様な病態に対して多様な治療法からの選択ができるようになったこと.3.今後の課題としては,どのようにして多様な病態に適切な治療法を選択し,必要に応じて組み合わせるかにあること.本特集では,現在までの治療法(光凝固,手術治療,薬物治療)の進歩を明らかにして臨床現場での応用に資するとともに,今後の臨床的な課題を明らかにして,よりよい治療法開発を目指すステップとしたいと考えている.それぞれの項目についての現在の日本で考えられる最良のエキスパートの先生方の力作の総説を明日からの診療に役立てていただきたいと考えている.文献1)若生里奈,安川力,加藤亜紀ほか:日本における視覚障害の原因と現状.日眼会誌118:495-501,20142)JoanneWY.Yau,SophieRogers,RyoKawasakietal:Globalprevalenceandmajorriskfactorsofdiabeticretinopathy.DiabetesCare35:556-564,20123)SophieRogers,RachelL.McIntosh,GradDJetal:ThePrevalenceofretinalveinocclusion:PooleddatafrompopulationstudiesfromtheUnitedStates,Europe,Asia,andAustralia.Ophthalmology117:313-319,2010*HidetoshiYamashita:山形大学医学部眼科学講座0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)1081

スペクトラルドメイン光干渉断層計による裂孔原性網膜.離術後の視細胞内節外節接合部-網膜色素上皮間距離の経時的変化

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1070.1074,2014cスペクトラルドメイン光干渉断層計による裂孔原性網膜.離術後の視細胞内節外節接合部-網膜色素上皮間距離の経時的変化後藤克聡*1,2水川憲一*1今井俊裕*1山下力*1,3渡邊一郎*1三木淳司*1,3桐生純一*1*1川崎医科大学眼科学教室*2川崎医療福祉大学大学院医療技術学研究科感覚矯正学専攻*3川崎医療福祉大学医療技術学部感覚矯正学科TimeCourseofDistancebetweenPhotoreceptorInner/OuterSegmentJunctionandRetinalPigmentEpitheliumafterRhegmatogenousRetinalDetachmentSurgeryUsingSpectral-DomainOpticalCoherenceTomographyKatsutoshiGoto1,2),KenichiMizukawa1),ToshihiroImai1),TsutomuYamashita1,3),IchiroWatanabe1),AtsushiMiki1,3)andJunichiKiryu1)1)DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool,2)DoctoralPrograminSensoryScience,GraduateSchoolofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,3)DepartmentofSensoryScience,FacultyofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare目的:中心窩.離を伴う裂孔原性網膜.離(macula-offRRD)術後における視細胞外節の厚みを二次的に定量するために視細胞内節外節接合部(IS/OS)から網膜色素上皮までの厚み(TotalOS&RPE/BM)を定量し,経時的変化を検討した.対象および方法:対象はmacula-offRRD術後の30例30眼.方法は術前と術後1,3,6カ月のlogMARとスペクトラルドメイン(spectral-domain)光干渉断層計で中心窩下のTotalOS&RPE/BMを測定した.結果:IS/OSを連続的あるいは部分的に確認できた群の平均logMARは,術前0.77,術後1カ月0.14,3カ月0.02,6カ月.0.03と術後から有意な改善が得られた(p<0.000001).平均TotalOS&RPE/BMは術後1カ月65.2μm,3カ月77.1μm,6カ月81.8μmと術後1カ月(p<0.0001)と比べて術後3,6カ月(p<0.00001)で有意差があった.術後6カ月でのTotalOS&RPE/BMは,以前に筆者らが正常人で定量した値と同等であった.結論:TotalOS&RPE/BMは術後3カ月から有意な増加を認め,視細胞外節の再生による可能性が示唆された.Purpose:Toquantifythedistancebetweenphotoreceptorinner/outersegmentjunction(IS/OS)andretinalpigmentepithelium(TotalOS&RPE/BM)aftersurgeryformacula-offrhegmatogenousretinaldetachment(RRD).CasesandMethod:Examinedwere30eyesof30patientswithmacula-offRRD;logMARwasexaminedpreoperativelyandat1,3and6monthspostoperatively.TotalOS&RPE/BMunderthefoveawasalsoexaminedusingspectral-domainopticalcoherencetomography.Results:ThemeanlogMARinthecontinuousorirregularIS/OSlinegroupwas0.77preoperatively,0.14at1monthpostoperatively,0.02at3monthspostoperativelyand.0.03at6monthspostoperatively,asignificantimprovementfrompostoperatively(p<0.000001).ThemeanTotalOS&RPE/BMwas65.2μmat1monthpostoperatively,77.1μmat3monthspostoperativelyand81.8μmat6monthspostoperatively.TotalOS&RPE/BMat1monthpostoperativelyshowedsignificantdifferenceascomparedwith3and6monthspostoperatively(p<0.0001,p<0.00001,respectively).TotalOS&RPE/BMat6monthspostoperativelywasequaltothenormalvaluewepreviouslyreported.Conclusion:TotalOS&RPE/BMshowedsignificantincreaseafter3monthspostoperatively,possiblyduetorestorationofthephotoreceptoroutersegment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1070.1074,2014〕Keywords:裂孔原性網膜.離,視細胞外節,光干渉断層計,中心窩網膜厚,視力予後.rhegmatogenousretinaldetachment,photoreceptoroutersegment,opticalcoherencetomography,centralretinalthickness,visualacuityoutcome.〔別刷請求先〕後藤克聡:〒701-0192倉敷市松島577川崎医科大学眼科学教室Reprintrequests:KatsutoshiGoto,DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki701-0192,JAPAN107010701070あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(144)(00)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY はじめに中心窩.離を含む裂孔原性網膜.離(macula-offrhegmatogenousretinaldetachment:RRD)では,手術により網膜が復位しても視力回復に時間を要す場合や改善が不良な症例をたびたび経験する.網膜復位後,視力不良例の多くに視細胞内節外節接合部(photoreceptorinner/outersegmentjunction:IS/OS)ラインの断裂が認められ,断裂部位に一致してマイクロペリメトリーによる網膜感度が低下することが報告されている1,2).また,macula-offRRD復位後の視力は修復したIS/OSラインの状態と相関し3),近年では外境界膜(externallimitingmembrane:ELM)も術後視力の予測因子となることが示唆されている4,5).しかし,過去の光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)による報告では,術後視力と網膜外層の関連はIS/OSやELMの有無による定性的評価が主であり,定量的評価を行った検討は少ない6).視力の根源とされている視細胞外節の厚みを測定することは網膜層の自動セグメンテーションや解像度の問題から困難であり,定量するためにはhigh-speedultrahigh-resolutionOCT(UHR-OCT)7)が必要となる.そのため以前に筆者らは,視細胞外節の厚みを二次的に定量するために,spectral-domainOCT(SD-OCT)を用いてIS/OSから視細胞外節の代謝に重要である網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)までの厚み(TotalOS&RPE/BM7))を正常眼で定量した8).そこで今回,続発性の視細胞外節病であるmacula-offRRDに対して術後のTotalOS&RPE/BMを定量し,経時的変化および視力との関連を検討した.I対象および方法対象は2008年8月.2010年10月までに川崎医科大学附属病院眼科を受診し,RRDと診断された179例のうち,本研究に対してインフォームド・コンセントが得られ,macula-offRRDに対して初回手術を施行した30例30眼であった.男性21例,女性9例.平均年齢は56.3±15.5歳(15.86歳),術前平均屈折度数は.2.63±2.60D(+2.50..6.75D),術前平均眼軸長は25.07±1.43mm(22.76.28.13mm),平均黄斑部.離期間は6.4±4.2日(1.16日),平均経過観察期間は4.5±1.5カ月であった.術後にOCTが未施行であった症例,再.離例,残存中心窩.離や黄斑浮腫をきたした症例,増殖硝子体網膜症は除外した.術式の内訳は硝子体手術27眼(白内障手術併用19眼),強膜内陥術3眼であった.方法は術前と術後1,3,6カ月に視力を測定し,logMAR(logarithmicminimumangleofresolution)にて評価を行った.また,SD-OCT(RTVue-100R;Optovue社,Fremont,CA,USA)を用い,スキャンパターンとして6.0mmlinescanで測定した.本機の仕様は,解像度5.0μm,26,000A-scan/second,256.4,096A-scan/Frameである.中心窩を通る水平断面をスキャンし,術後1,3,6カ月における中心窩下のTotalOS&RPE/BMおよび中心窩網膜厚(centralretinalthickness:CRT)を測定した.TotalOS&RPE/BMはIS/OS内縁からRPE外縁,CRTは内境界膜からRPE外縁と定義し,同一検者がRTVue-100Rに内蔵されているソフトを用いてキャリパー計測を行った(図1).また,術後1カ月のOCT所見からIS/OSラインが連続して確認できるものをIS/OS(+),確認できるが一部断裂や不整なものをIS/OS(±),確認できないものをIS/OS(.)と定義した.OCTデータは,signalstrengthindexが50以上得られたデータとし,固視不良の場合は複数回の測定を行い,最も信頼性のあるデータを採用した.検討項目は,IS/OS(+)(±)群とIS/OS(.)群におけるlogMARの経過とCRTの推移,TotalOS&RPE/BMの推移,TotalOS&RPE/BMおよびCRTの変化量,視力とTotalOS&RPE/BMおよびCRTとの相関である.TotalOS&RPE/BMの検討については,術後1カ月のOCT所見からELMを認め,さらにIS/OS(+)(±)群のみを対象とした.TotalOS&RPE/BMおよびCRTの変化量は,術後1カ月から3カ月,術後3カ月から6カ月,それぞれの厚みの増減を変化量とし,増加をプラス,減少をマイナスとして算出した.統計学的検討は,logMARの経過,TotalOS&RPE/BMおよびCRTの推移については一元配置分散分析を行い,Scheffeによる多重比較で検定した.IS/OS(+)(±)群と図1TotalOS&RPE.BMおよびCRTのセグメンテーション上段:TotalOS&RPE/BMはIS/OS内縁.RPE外縁とした.下段:CRTは内境界膜.網膜色素上皮外縁とした.TotalOS&RPE/BMおよびCRTのセグメンテーションは,内蔵ソフトで計測した.TotalOS&RPE/BM:視細胞内節外節接合部から網膜色素上皮外縁までの厚み,CRT:centralretinalthickness,OS:outersegment,RPE:retinalpigmentepithelium,BM:Burchmembrane.(145)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141071 IS/OS(.)群における各項目,TotalOS&RPE/BMおよびCRTの変化量についてはMann-WhitneyUtestを用い,有意水準は5%未満とした.なお,本研究は川崎医科大学倫理委員会の承認を得て行った.II結果1.IS/OS(+)(±)群とIS.OS(-)群におけるlogMARの経過とCRTの推移IS/OS(+)(±)群とIS/OS(.)群の患者背景は,両群で年齢と術前屈折度数に有意差がみられた(表1).平均logMARは,IS/OS(+)(±)群で術前:0.77,術後1カ月:0.14,術後3カ月:0.02,術後6カ月:.0.03,IS/OS(.)群で術前:1.20,術後1カ月:0.56,術後3カ月:0.54,術後6カ月:0.40であった.両群とも術後1カ月の早期から有意な改善が得られ,術後6カ月が最も良好であった〔IS/OS(+)(±)群:p<0.000001,IS/OS(.)群:p<0.01〕.また,両群間において,経過を通して有意差がみられた(術前:p=0.0366,術後1カ月:p=0.0003,術後3カ月:p=0.0002,術後6カ月:p=0.0273,図2).CRTは,IS/OS(+)(±)群で術後1カ月:243.0μm,術後3カ月:255.5μm,術後6カ月:264.0μm,IS/OS(.)群で術後1カ月:206.3μm,術後3カ月:219.4μm,術後6カ月:220.4μmで両群とも経過を通して有意な変化はなかった.両群間においては,経過を通して有意差がみられた(術後1カ月:p=0.0081,術後3カ月:p=0.0436,術後6カ月:p=0.0149,図3).2.IS.OS(+)(±)群におけるTotalOS&RPE.BMの推移TotalOS&RPE/BMは術後1カ月:65.2μm,術後3カ月:77.1μm,術後6カ月:81.8μmと経時的に増加し,術後1カ月と比べて術後3,6カ月で有意差を認め,術後6カ月で最も厚かった(術後3カ月:p<0.0001,術後6カ月:p<0.00001)(図4).3.IS/OS(+)(±)群におけるTotalOS&RPE.BMおよびCRTの変化量TotalOS&RPE/BMの変化量は術後1カ月から3カ月で表1IS/OS(+)(±)群とIS.OS(-)群の患者背景IS/OS(+)(±)群(n=21)IS/OS(.)群(n=9)p値年齢(歳)50.5±13.769.9±10.20.0017黄斑部.離期間(日)6.5±3.86.4±5.20.7121術前屈折度数(D).3.35±2.49.0.57±1.610.0137術前眼軸長(mm)25.39±1.3224.30±1.400.1021IS/OS:photoreceptorinner/outersegmentjunction.11.7μm,術後3カ月から術後6カ月で2.76μm,CRTの変化量は術後1カ月から3カ月で10.8μm,術後3カ月から術後6カ月で2.47μmであった.術後1カ月から3カ月,術後3カ月から6カ月ともに両者の変化量に有意差はなかった(p=0.7146,p=0.5882)(図5).4.IS.OS(+)(±)群における視力とTotalOS&RPE.BMおよびCRTとの相関TotalOS&RPE/BMは,術後1カ月において視力と正の相関があった(r=0.5179,p=0.0162,図6).しかし,術後3,6カ月ではいずれも相関はなかった(術後3カ月:r=0.1335,p=0.5857,術後6カ月:r=0.2094,p=0.5136).CRTは,術後の経過を通して視力との相関はなかった(術後1カ月:r=0.1193,p=0.6065,術後3カ月:r=0.2662,p=0.2706,術後6カ月:r=0.4454,p=0.1105).III考按本研究では,SD-OCTを用いて術後のTotalOS&RPE/BMの測定を行うことで,網膜外層の回復過程を経時的に捉えることができた.そして,術後1カ月の早期のみ視力とTotalOS&RPE/BMが相関していたこと,ELMを認めたIS/OS(+)(±)群の視力はIS/OS(.)群よりも有意に良好な経過であったことから,IS/OSの修復後,術後早期ではTotalOS&RPE/BMの増加によりさらに視力が改善して(logMAR)-0.200.000.200.400.600.801.001.201.40******:IS/OS(+)(±)群:IS/OS(-)群術後1カ月3カ月6カ月***術前図2IS.OS(+)(±)群とIS.OS(-)群におけるlogMARの経過IS/OS(+)(±)群は術前:0.77,術後1カ月:0.14,術後3カ月:0.02,術後6カ月:.0.03で,IS/OS(.)群は術前:1.20,術後1カ月:0.56,術後3カ月:0.54,術後6カ月:0.40で両群とも術後1カ月の早期から有意な改善が得られ,術後6カ月が最も良好であった.また,経過を通して両群間で有意差がみられた(術前:p=0.0366,術後1カ月:p=0.0003,術後3カ月:p=0.0002,術後6カ月:p=0.0273,Mann-WhitneyUtest).**:有意差あり(p<0.000001),*:有意差あり(p<0.01),one-wayANOVA.IS/OS:photoreceptorinner/outersegmentjunction,logMAR:logarithmicminimumangleofresolution.1072あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(146) (μm)280260240220200(μm)14121086420図3IS/OS(+)(±)群とIS.OS(-)群におけるCRTの推移IS/OS(+)(±)群は術後1カ月:243.0μm,術後3カ月:255.5μm,術後6カ月:264.0μm,IS/OS(.)群は術後1カ月:206.3μm,術後3カ月:219.4μm,術後6カ月:220.4μmで,両群とも経過を通して有意な変化はなかった.また,経過を通して両群間で有意差がみられた(術後1カ月:p=0.0081,術後3カ月:p=0.0436,術後6カ月:p=0.0149,Mann-WhitneyUtest).IS/OS:photoreceptorinner/outersegmentjunction,CRT:centralretinalthickness.:IS/OS(+)(±)群:IS/OS(-)群■3カ月6カ月術後1カ月p=0.7146:TotalOS&RPE:CRTp=0.5882術後1カ月→3カ月術後3カ月→6カ月図5IS/OS(+)(±)群におけるTotalOS&RPE.BMおよびCRTの変化量術後1カ月から3カ月の変化量はTotalOS&RPE/BM:11.7μm,CRT:10.8μm,術後3カ月から術後6カ月の変化量はTotalOS&RPE/BM:2.76μm,CRT:2.47μmであった.両群の変化量に有意差はなかった(p=0.7146,p=0.5882,MannWhitneyUtest).くると考えられた.SD-OCT所見と術後視力との検討については,Shimodaら3)は網膜復位後にIS/OSが徐々に回復し,IS/OSの状態が視力と相関したと報告している.Wakabayashiら4)は,術後のIS/OSとELMシグナルの完全性は術後最高視力と相関し,術後ELMの状態から視細胞層の回復を予測できる可能性があるとしている.川島ら5)は,視力改善はIS/OS断裂の減少と強く相関し,ELM断裂の消失がIS/OS改善の前提であると述べている.また,Gharbiyaら6)はIS/OSやELMに加えて,外顆粒層厚やCOSTの状態が視力予後に最(147)(μm)9080706050***術後1カ月3カ月6カ月図4IS.OS(+)(±)群におけるTotalOS&RPE.BMの推移TotalOS&RPE/BMは術後1カ月:65.2μm,術後3カ月:77.1μm,術後6カ月:81.8μmで,術後1カ月と比べて術後3,6カ月で有意差を認め,術後6カ月で最も厚かった.**:有意差あり(p<0.00001),*:有意差あり(p<0.0001),one-wayANOVA.TotalOS&RPE/BM:視細胞内節外節接合部から網膜色素上皮外縁までの厚み,OS:outersegment,RPE:retinalpigmentepithelium,BM:Burchmembrane.(μm)30405060708090100-0.200.000.100.200.300.400.500.60(logMAR)y=-23.247x+68.434r=0.5179,p=0.0162-0.10図6IS/OS(+)(±)群における視力とTotalOS&RPE/BMの相関(術後1カ月)術後1カ月において,TotalOS&RPE/BMは視力と正の相関があった(r=0.5179,p=0.0162,Spearman順位相関係数).も重要であると報告している.このように,IS/OSやELMの状態は術後視力と相関し,視力予後を予測できる重要な因子であるため,網膜復位後における術後視力の改善にはELMおよびIS/OSの修復が必須であり,さらなる術後早期の視力改善にはTotalOS&RPE/BMの増加が関連していると考えられた.しかしながら,術後3カ月以降でTotalOS&RPE/BMと視力に相関がなかった理由として,今回の検討ではELM(+)およびIS/OS(+)(±)の網膜外層の形態が比較的良好な症例を対象としたため,視力は術後1カ月の早期から有意に改善し,視力の改善は頭打ちの状態に近づいていたことが影響したと考えられる.TotalOS&RPE/BMは,術後3カ月から有意な増加を認め,術後6カ月で最も厚かった.一方,CRTは経過を通しあたらしい眼科Vol.31,No.7,20141073 て有意な変化はみられなかった.術後1カ月のTotalOS&RPE/BMは平均65.2μmと筆者らが正常人で報告した平均値81.3μm8)よりも薄く,術後6カ月では81.8μmとほぼ同じであった.よって,今回の結果は復位後に残存している視細胞内節から外節が徐々に再生されたことを意味していると考えられる.つまり,網膜復位後におけるTotalOS&RPE/BMの増加は,視細胞外節の再生過程を捉えている可能性がある.動物モデルやヒトの眼における実験的研究では,網膜.離後,急速に視細胞のアポトーシスを起こすことがわかっている9,10).Lewisら11)は,実験的網膜.離の復位直後において視細胞外節長が減少することを報告している.また,組織学的研究における視細胞外節の再生については,復位後3カ月で視細胞外節の長さはほぼ回復したという報告や正常な外節長の約70%まで達したという報告がある12,13).Guerinら14)の検討では,復位後5カ月での視細胞外節長は正常値と比べて統計的に差はみられなかった.今回の結果は,これらの組織学的な報告と同様の結果であり,TotalOS&RPE/BMを測定することで視細胞外節の再生過程を二次的に定量することができたと考えられる.また,SD-OCTを用いた本研究では,視細胞外節長の増加は復位後6カ月まで続いていることも明らかとなった.本研究の問題点としては,症例数の少なさ,復位後にIS/OSが確認できない症例や術後に網膜下液が残存している場合には,TotalOS&RPE/BMを定量することがむずかしいため症例が限定されることが挙げられる.今後は,症例数を増やしてさらに詳細な検討が必要であり,純粋な視細胞外節厚の定量方法が課題である.続発性の視細胞外節病であるmacula-offRRDに対して,術後の視細胞外節を含めたTotalOS&RPE/BMを定量し,視力との関連を検討した.その結果,経時的に網膜外層の回復過程を捉えることができ,TotalOS&RPE/BMは術後1カ月の早期のみ視力と相関した.また,ELMを認めたIS/OS(+)(±)群の視力はIS/OS(.)群よりも良好な経過であった.よって,術後早期においてはELMおよびIS/OSの修復を前提として,TotalOS&RPE/BMの増加によりさらに視力が改善してくると考えられた.また,TotalOS&RPE/BMは術後3カ月から有意な増加を認め,視細胞外節の再生が示唆された.今後は,TotalOS&RPE/BMの機能評価を併せての検討や侵達性の高いswept-sourceOCTを用いて検討する予定である.文献1)SchocketLS,WitkinAJ,FujimotoJGetal:Ultrahighresolutionopticalcoherencetomographyinpatientswithdecreasedvisualacuityafterretinaldetachmentrepair.Ophthalmology113:666-672,20062)SmithAJ,TelanderDG,ZawadzkiRJetal:High-resolutionFourier-domainopticalcoherencetomographyandmicroperimetricfindingsaftermacula-offretinaldetachmentrepair.Ophthalmology115:1923-1929,20083)ShimodaY,SanoM,HashimotoHetal:Restorationofphotoreceptoroutersegmentaftervitrectomyforretinaldetachment.AmJOphthalmol149:284-290,20104)WakabayashiT,OshimaY,FujimotoHetal:Fovealmicrostructureandvisualacuityafterretinaldetachmentrepair:imaginganalysisbyFourier-domainopticalcoherencetomography.Ophthalmology116:519-528,20095)川島裕子,水川憲一,渡邊一郎ほか:裂孔原性網膜.離復位後における視細胞外節の回復過程の検討.日眼会誌115:374-381,20116)GharbiyaM,GrandinettiF,ScavellaVetal:Correlationbetweenspectral-domainopticalcoherencetomographyfindingsandvisualoutcomeafterprimaryrhegmatogenousretinaldetachmentrepair.Retina32:43-53,20127)SrinivasanVJ,MonsonBK,WojtkowskiMetal:Characterizationofouterretinalmorphologywithhigh-speed,ultrahigh-resolutionopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci49:1571-1579,20088)後藤克聡,水川憲一,山下力ほか:スペクトラルドメイン光干渉断層計による正常眼での視細胞内節外節接合部網膜色素上皮間距離の定量.あたらしい眼科30:17671771,20139)CookB,LewisGP,FisherSKetal:Apoptoticphotoreceptordegenerationinexperimentalretinaldetachment.InvestOphthalmolVisSci36:990-996,199510)ArroyoJG,YangL,BulaDetal:Photoreceptorapoptosisinhumanretinaldetachment.AmJOphthalmol139:605-610,200511)LewisGP,CharterisDG,SethiCSetal:Theabilityofrapidretinalreattachmenttostoporreversethecellularandmoleculareventsinitiatedbydetachment.InvestOphthalmolVisSci43:2412-2420,200212)今井和行,林篤志,deJuanEJr:網膜.離─復位モデルの作製と評価.日眼会誌102:161-166,199813)SakaiT,CalderoneJB,LewisGPetal:Conephotoreceptorrecoveryafterexperimentaldetachmentandreattach-ment:animmunocytochemical,morphological,andelectrophysiologicalstudy.InvestOphthalmolVisSci44:416425,200314)GuerinCJ,LewisGP,FisherSKetal:Recoveryofphotoreceptoroutersegmentlengthandanalysisofmembraneassemblyratesinregeneratingprimatephotoreceptoroutersegments.InvestOphthalmolVisSci34:175-183,1993***1074あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(148)

非Hodgkinリンパ腫患者に発症した虹彩炎と高眼圧を併発したサイトメガロウイルス網膜炎の1例

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1067.1069,2014c非Hodgkinリンパ腫患者に発症した虹彩炎と高眼圧を併発したサイトメガロウイルス網膜炎の1例上田浩平*1南川裕香*1杉崎顕史*1田邊樹郎*1菅野美貴子*2藤野雄次郎*1*1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科*2河北総合病院眼科CytomegalovirusRetinitiswithOcularHypertensionandIritisinaPatientwithNon-Hodgkin’sLymphomaKoheiUeda1),YukaMinamikawa1),KenjiSugisaki1),TatsuroTanabe1),MikikoKanno2)andYujiroFujino1)1)DepartmentofOphthalmology,JCHOTokyoShinjukuMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,KawakitaGeneralHospital非Hodgkinリンパ腫治療後に糖尿病の発症を契機に虹彩炎および眼圧上昇を伴うサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎を発症した症例を報告する.症例は60歳,男性.2011年に非Hodgkinリンパ腫を発症し,6月から化学療法を施行.2012年3月には寛解と診断されていた.2012年1月末にペットボトル症候群により高血糖となり糖尿病加療がなされていた.3月末に左眼の霧視,眼圧上昇にて紹介受診した.初診時左眼矯正視力1.2,前医受診時左眼眼圧41mmHg.左眼虹彩炎と網膜に顆粒状滲出斑を認め,前房水polymerasechainreaction(PCR)法でCMV-DNA陽性が確認され,CMV網膜炎と診断した.計4回のガンシクロビルの硝子体注射によりCMV網膜炎は消退した.血液疾患および糖尿病はいずれもCMV網膜炎の危険因子であり,本症では両者によりCMV網膜炎が発症しやすい状態であったと推察された.Thepatient,a60-year-oldmale,hadsufferedfromnon-Hodgkin’slymphomaforwhichheunderwentchemotherapy,achievingcompleteremissioninMarch2012.AttheendofJanuary2012,hedevelopedseverehyperglycemiaduetoPETbottlesyndrome.HefeltblurredvisioninhislefteyeandvisitedourclinicattheendofMarch.Correctedvisualacuitywas1.2andintraocularpressurewas41mmHginthelefteye.Theeyeshowediritisandexudativelesionneartheopticdisc.Cytomegalovirusretinitiswasdiagnosedonthebasisofpolymerasechainreactionoftheaqueoushumor.Intravitreousinjectionsofganciclovirweregiven4times,andthecytomegalovirusretinitisresolvedcompletely.Sincebothchemotherapyanddiabetesmellitusareriskfactorsfortheinductionofcytomegalovirusretinitis,itissuspectedthatbothfactorscausedthedevelopmentofcytomegalovirusretinitisinthispatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1067.1069,2014〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,非Hodgkinリンパ腫,糖尿病,ペットボトル症候群.cytomegalovirusretinitis,non-Hodgkin’slymphoma,diabetesmellitus,PETbottlesyndrome.はじめにサイトメガロウイルス網膜炎はサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)が原因の網膜炎である.CMVは成人の約90%が小児期に不顕性感染をしているといわれており,その後,長期にわたり持続感染する.CMV網膜炎はヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染拡大とともに患者数が増加し,広く認識されるようになった.その後,白血病や悪性リンパ腫などの疾患そのものによる免疫能の低下あるいは臓器移植後や悪性腫瘍などでの免疫抑制薬の使用による免疫能の低下した症例,さらには免疫正常者についても糖尿病,ステロイド薬を危険因子としてCMV網膜炎の発症する症例が報告されている1).今回筆者らは,非Hodgkinリンパ腫患者で急性糖尿病発症を契機に発症した高眼圧と虹彩炎を併発したCMV網膜炎の1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕上田浩平:〒162-8543東京都新宿区津久戸町5-1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科Reprintrequests:KoheiUeda,M.D.,JCHOTokyoShinjukuMedicalCenter,5-1Tsukudocho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8543,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(141)1067 I症例患者:60歳,男性.主訴:左眼の霧視.既往歴:非Hodgkinリンパ腫,境界型糖尿病.現病歴:2011年4月中旬に顎下の腫瘤に気づき,その後の精査で非Hodgkinリンパ腫と診断された.6月末から12月まで化学療法(リツキシマブ+ベンダムスチン)を計6クール施行され,2012年3月の時点で寛解と診断されていた.化学療法の有害事象として食欲不振となり,11月末から清涼飲料水ばかりの摂取が続いていた.2012年1月末に血糖値1,124mg/dlまで上昇,ペットボトル症候群とよばれる急性発症糖尿病と診断され,糖尿病治療を開始された.2012年3月末から左眼の霧視と視野異常を自覚したため,4月初めに総合病院眼科を受診し,眼圧右眼16mmHg,左眼41mmHg,左眼前房中の軽度炎症と網膜に白色滲出斑を認めたため,左眼にベタメタゾン0.1%点眼3x,レボフロキサシン0.5%点眼3xラタノプロスト点眼1x,ドルゾラミド/チモロール配合剤点眼2xを開始された.1週間後,当院を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼0.08(1.2×sph.4.5D(cyl.1.5D図1初診時左眼眼底写真鼻側網膜に網膜滲出斑を認める.Ax170°),左眼0.07(1.2×sph-5.0D).眼圧は右眼17mmHg,左眼は前医で処方された点眼継続下で15mmHgであった.左眼は角膜に微細な角膜後面沈着物を認め,少数の前房内細胞を認めた.左眼眼底には視神経乳頭鼻側にわずかに出血を伴う顆粒状の網膜滲出斑を認めた(図1).右眼には異常所見は認めなかった.蛍光眼底造影では,白色滲出斑の領域に一致して動静脈炎がみられ,後期にかけて軽度の蛍光漏出がみられた(図2).血液検査では白血球数2,700/μlと低下していたが,分画は好中球60.5%,リンパ球23.9%,単球8.7%,好酸球3.1%,好塩基球0.6%と異常を認めず,CD4/CD8比も0.63と低下を認めず,CD4陽性リンパ球数は248/μlであった.血清の抗帯状疱疹ウイルス(VZV)抗体,抗単純ヘルペスウイルス(HSV)抗体,抗CMV抗体はすべてIg(免疫グロブリン)G陽性であり,IgMの上昇は認めなかった.CMVのアンチゲネミア法であるCMVpp65抗原(C7-HRP)は陰性だった.前房水のpolymerasechainreaction(PCR)法でHSV-DNA陰性,VZV-DNA陰性,CMV-DNA陽性であった.II治療と経過眼所見と前房水PCRによりCMV虹彩炎および網膜炎と診断し,ガンシクロビル1mgの硝子体注射を2012年4月半ばから1週おきに3回,さらにその2週後に1回の計4回施行した.硝子体注射2回目が終了した時点で網膜滲出斑は薄くなってきており,4回目が終了した時点で滲出斑は完全に消失した(図3).以後,ラタノプロスト,ドルゾラミドの点眼は継続しているものの,虹彩炎や網膜炎の再燃は認めていない.黄斑前に硝子体混濁が比較的強く残存したため,5月半ばにトリアムシノロンアセトニド4mg(0.1ml)のTenon.下注射を施行したところ,硝子体混濁は軽減し,自覚症状の改善を得た.図2初診時左眼蛍光眼底写真白色滲出斑の領域に一致して動静脈炎がみられる.図3ガンシクロビル1mg硝子体注射4回施行後の眼底写真網膜滲出斑が消失している.1068あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(142) III考按本症例は網膜炎の所見と前房水PCRでCMVDNA陽性であることからCMV網膜炎と診断した.患者はリンパ腫に対してリツキシマブとベンダムスチンの併用治療を受けていたが,本治療は副作用としてリンパ球を含む白血球減少が高率に起き,CMV感染症が10%に認められる.また,食思不振や吐気が約1/3の患者にみられる2).患者はCMV網膜症発症時点でも白血球減少がみられており,恒常的な白血球減少があったと推測される.また,極度の食思不振がいわゆるペットボトル症候群を招いたものと考えられる.本症は網膜炎の他に虹彩炎,硝子体混濁と高眼圧を伴っていた.AIDS(後天性免疫不全症候群)患者でみられるCMV網膜炎では通常,前眼部炎症はあっても軽微なことが多く,また高眼圧をきたさないが,非AIDSの患者では虹彩炎,硝子体混濁と高眼圧を伴うCMV網膜炎症例が報告されている3).菅原らはわが国でこれまで健常成人に発症したCMV網膜炎症例10例12眼についてまとめているが,8例で虹彩炎や硝子体混濁などの眼内炎症を伴っており,6例で高眼圧がみられていた4).Pathanapitoonらは非AIDSの患者でCMVによる後部ぶどう膜炎あるいは汎ぶどう膜炎を起こした18例22眼について報告しているが,12例14眼は虹彩炎を呈する汎ぶどう膜炎がみられていた5).全症例中13例17眼は免疫能異常か免疫抑制剤の使用を認めたが,17眼中10眼で汎ぶどう膜炎がみられ,免疫正常者以外でもCMV網膜炎に伴って汎ぶどう膜炎を起こすことがわかる.5例は非Hodgkinリンパ腫患者であった.AIDS以外の疾患では免疫機能障害の程度がAIDSと異なり,immunerecoveryuveitis様の反応が同時に起きているために眼内の炎症が随伴すると推測される3).糖尿病もCMV網膜炎の危険因子とされている.前述したわが国の正常人でのCMV網膜炎10例中3例は糖尿病に罹患していた3,6).また,DavisらのHIV陽性者以外に発症したCMV網膜炎15例では,7例は免疫不全がなく,うち4例は糖尿病のある患者であった7).また,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射あるいは硝子体注射後に発症するCMV網膜炎の報告例も糖尿病を有していることが多い8).糖尿病がCMV網膜炎の危険因子である理由は定かではないが,吉永らは糖尿病では白血球変形能の低下,網膜血流減少による灌流圧低下,網膜血管内皮細胞の接着分子の発現亢進などにより,網膜血管に白血球の接着が増加し,網膜微小循環に捕捉されやすいということが報告されていることから,糖尿病ではCMVの潜伏感染している白血球が網膜微小循環に捕捉されやすい状態になっている可能性をあげている3).本症も血糖が一時1,000mg/dlを超えており,このことがCMV網膜炎を発症した原因の一つと考えられた.以上から,本症は非Hodgkin病に糖尿病の急性増悪が重なり,それが契機となってCMV網膜炎を発症したものと推測した.完全な免疫不全患者以外にもCMV網膜炎を生じる可能性があり,一時的な免疫能低下や糖尿病が発症の契機となりうる.AIDSなどの重篤な免疫抑制状態でなくともCMV網膜炎も念頭に入れて診療をする必要があると考える.文献1)八代成子:サイトメガロウイルス網膜炎.眼科49:11891198,2007v2)OhmachiK,NiitsuN,UchidaTetal:MulticenterphaseIIstudyofbendamustineplusrituximabinpatientswithrelapsedorrefractorydiffuselargeB-celllymphoma.JClinOncol31:2103-2109,20133)吉永和歌子,水島由佳,棈松徳子ほか:免疫能正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎.日眼会誌112:684687,20084)菅原道孝,本田明子,井上賢治ほか:免疫正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科28:702-705,20115)PathanapitoonK,TesabibulN,ChoopongPetal:Clinicalmanifestationsofcytomegalovirus-associatedposterioruveitisandpanuveitisinpatientswithouthumanimmunodeficiencyvirusinfection.JAMAOphthalmol131:638645,20136)松永睦美,阿部徹,佐藤直樹ほか:糖尿病患者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科15:1021-1024,19987)DavisJL,HaftP,HartleyK:RetinalarteriolarocclusionsduetocytomegalovirusretinitisinelderlypatientswithoutHIV.JOphthalmicInflammInfect3:17-24,20138)DelyferMN,RougierMB,HubschmanJPetal:Cytomegalovirusretinitisfollowingintravitrealinjectionoftriamcinolone:reportoftwocases.ActaOphthalmolScand85:681-683,2007***(143)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141069

ブリモニジン点眼液の追加による眼圧下降効果と安全性の検討

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1063.1066,2014cブリモニジン点眼液の追加による眼圧下降効果と安全性の検討俣木直美*1,2齋藤瞳*2岩瀬愛子*1*1たじみ岩瀬眼科*2公立学校共済組合関東中央病院AdjunctiveEffectonIntraocularPressureandOcularandSystemicSideEffectsofTopical0.1%BrimonidineinOpen-AngleGlaucomaNaomiMataki1,2),HitomiSaito2)andAikoIwase1)1)TajimiIwaseEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,KantoCentralHospitaloftheMutualAidAssociationofPublicSchoolTeachersブリモニジン点眼液を60例60眼の多剤併用薬使用中の開放隅角緑内障(広義)に追加処方し3カ月後までの眼圧下降作用と安全性を検討した.追加前眼圧,1週目,1カ月,3カ月の順に15.2±4.1,12.6±3.5,12.7±3.7,12.8±3.0mmHgと有意に眼圧は下降していた.治療前ベースライン眼圧が15mmHg以下の症例は,16mmHg以上の症例より眼圧下降効果は少なかった.経過中の副作用は,眠気3例,充血2例,結膜蒼白1例,ふらつき・倦怠感1例,肩の圧迫感1例,蕁麻疹1例,顔面皮疹1例であった.皮疹出現の2例は両例ともに皮内テストによる確定診断を希望しなかったため,臨床的診断として全身性接触皮膚炎の可能性があると考えた.欧米では全身に起こる皮疹の副作用報告はないが重篤な副作用につながる可能性もあり,ブリモニジン使用にあたっては既往歴の問診と使用開始後の注意深い観察が必要と考える.Theintraocularpressure(IOP)reductionofadjunctiveuseof0.1%brimonidineeyedropswithotherglaucomaeyedropswasretrospectivelystudiedin60open-angleglaucomapatientsduringa3-monthperiod.IOPbeforeandat1week,1monthand3monthsafterbrimonidineadditionwas15.2±4.1,12.6±3.5,12.7±3.7and12.8±3.0mmHg,respectively,withsignificantIOPreductionatalltimeperiods.(p<0.01,n=60).InthegroupwithbaselineIOP.15mmHg,IOPreductionat3monthswasnotsignificant.Side-effectsobservedduringthefollow-upperiodwasdrowsiness(3/60),conjunctivalhyperemia(2/60),conjuctivalpaleness(1/60),systemicfatigue(1/60),oppressionoftheshoulders(1/60),andurticaria(2/60).Urticariaaftertopicaluseofbrimonidinehasnotbeenreportedpreviously,andmaydeservespecialattention.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1063.1066,2014〕Keywords:ブリモニジン点眼液,眼圧下降効果,副作用,全身性接触皮膚炎,蕁麻疹.brimonidineeyedrops,adjunctiveeffect,sideeffect,systemiccontactdermatitis,Urticaria.はじめに緑内障は日本の失明原因の上位疾患と報告されており1),早期発見,早期治療,治療継続が重要である.緑内障の治療では眼圧下降治療に唯一エビデンスがあり,薬物治療においては目標眼圧を設定し視野異常の経過を確認しながら,必要に応じて加療(薬剤の変更・追加)が行われる.一方,眼圧下降薬に対する反応に個人差があることや,既存の薬剤で可能な限り眼圧を下降させても視野障害が進行する症例も存在するため,新たな作用機序の薬剤が望まれている.ブリモニジン酒石酸塩点眼液はアドレナリンa2受容体作動薬で米国では緑内障・高眼圧症治療薬として1996年に米国食品・医薬品局(FDA)に承認され,現在まで多くの国と地域で使用されている2.4).日本では2012年5月に0.1%ブリモニジン酒石酸塩点眼液(製品名:アイファガンR点眼液0.1%,以下,ブリモニジン点眼液)が発売された.本剤の眼圧下降効果はb遮断薬と比較して最少効果時には劣るものの最高効〔別刷請求先〕岩瀬愛子:〒507-0033多治見市本町3-101-1クリスタルプラザ多治見4Fたじみ岩瀬眼科Reprintrequests:AikoIwase,M.D.,Ph.D.,TajimiIwaseEyeClinic,Crystal-PlazaTajimi4F,3-101-1Honmachi,Tajimi,Gifu507-0033,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(137)1063 果時にはチモプトールとは有意差がなく2),既存の緑内障治療薬と作用機序が異なることから,他剤との併用による眼圧下降効果が期待されている.筆者らは,日本の緑内障患者における本剤の有効性と安全性を臨床使用の実態下で確認することを目的にレトロスペクティブに評価を行った.I対象および方法2012年5月から2013年5月までの間に,たじみ岩瀬眼科および関東中央病院を受診した正常眼圧緑内障(NTG)または原発開放隅角緑内障(POAG)患者のうち,医師がさらなる眼圧下降が必要と判断しブリモニジン点眼液を追加投与された症例を今回のレトロスペクティブな研究対象とした.対象患者には本試験について十分に説明を行い,文書にて同リックな比較を実施し,有意水準は5%とした.II結果対象となった60例で有効性と安全性を評価した.その背景因子として性別は男性27例,女性33例,年齢は67.0歳±9.9歳(41.84歳),緑内障病型はNTG30例,POAG30例であった(表1).ブリモニジン点眼液追加前の使用薬剤数は1剤:3例,2剤:19例,3剤:32例,4剤:6例であった(配合剤は2剤とした)(表2).ブリモニジン点眼液追加前,1週後,1カ月後,3カ月後の眼圧(平均値±標準偏差)は追加前眼圧値15.2±4.1mmHgから12.6±3.5mmHg(眼圧下降率:.15.7±15.0%),12.7意を得た.25投与期間3カ月での有効性と安全性を以下のように評価した.有効性評価眼は点眼追加前の眼圧が高いほうの眼とし,同じ場合は右眼を対象とした.対象としたのは多剤併用例への追加症例のみとし,評価期間中変更のないものとした.眼圧降下解析にあたっては,経過中副作用による投与中止例については投与している期間を解析の対象とした.また,レーザー線維柱帯形成術,濾過手術,線維柱帯切開術の既往を有する眼は対象から除外した.有効性評価としてブリモニジン点眼液追加投与前と点眼1週後,1カ月後,3カ月後の眼圧値を比較した.安全性評価として前眼部所見ならびに医師による問診・診察により副作用の有無を確認した.統計解析は多重比較Steel検定を用いて投与開始前とのノンパラメト表1背景因子年齢67.0±9.9歳(41.84歳)性別男性27例女性33例緑内障病型POAG30例NTG30例眼圧値(mmHg)眼圧値(mmHg)201510512.6(n=60)p=0.0010**15.2(n=60)12.7(n=56)p=0.0019**12.8(n=53)p=0.0043**0投与1W1M3M開始前投与期間**:p<0.01(Steel検定)図1平均眼圧推移グラフ(全例,n=60)252015105011.1(n=28)p=0.135410.6(n=30)p=0.0494*10.4(n=32)p=0.0116*12.1(n=32)投与1W1M3M開始前投与期間*:p<0.05(Steel検定)薬剤数(例数)成分内訳1剤(3例)PGb-blocker2例1例2剤(19例)PG+b-blockerPG+CAIb-blocker+CAI12例3例4例3剤(32例)PG+b-blocker+CAI32例4剤(6例)PG+b-blocker+CAI+a1-blockerPG+b-blocker+CAI+交感神経刺激薬PG+b-blocker+CAI+副交感神経刺激薬1例4例1例図2平均眼圧推移グラフ(追加前眼圧15mmHg以下,表2ブリモニジン点眼液追加前の使用薬剤n=32)眼圧値(mmHg)252015105014.8(n=25)p<0.0001**15.1(n=26)p<0.0001**15.1(n=28)p=0.0001**18.7(n=28)投与1W1M3M開始前投与期間**:p<0.01(Steel検定)PG:プロスタグランジン関連薬,b-blocker:b受容体遮断薬,CAI:炭酸脱水素酵素阻害薬,a1-blocker:a1受容体遮断薬.図3平均眼圧推移グラフ(追加前眼圧16mmHg以上,※配合剤は2剤とした.n=28)1064あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(138) ±3.7mmHg(.14.8±16.5%),12.8±3.0mmHg(.13.1±14.9%)とすべての観察日で眼圧は有意に下降した(p=0.0010,0.0019,0.0043)(図1).また,病型別ではNTG群では追加前眼圧値12.9±3.2mmHgから10.8±2.5mmHg(.14.3±18.1%),10.9±2.5mmHg(.13.8±18.8%),11.4±2.3mmHg(.9.8±16.5%)と1週後,1カ月後で眼圧は有意に下降し(p=0.0279,0.0377),POAG群では追加前眼圧値17.4±3.6mmHgから14.4±3.6mmHg(.17.2±11.0%),14.7±3.8mmHg(.16.0±13.9%),14.3±2.9mmHg(.16.6±12.3%)とすべての観察日で眼圧は有意に下降した(p=0.0049,0.0042,0.0082).また,ブリモニジン点眼液追加前眼圧が15mmHg以下の症例(32例)では追加前眼圧値12.1±2.3mmHgから10.4±2.1mmHg(.12.6±16.9%),10.6±2.4mmHg(.10.3±18.3%),11.1±2.1mmHg(.6.7±14.8%)と,1週後,1カ月後に眼圧は有意に下降し(p=0.0116,0.0494),3カ月後は有意ではなかったものの(p=0.1354),眼圧変化値は.1mmHgであった(図2).ブリモニジン点眼液追加投与前眼圧が16mmHg以上の症例(28例)では追加前眼圧値18.7±2.5mmHgから15.1±3.2mmHg(.19.3±11.7%),15.1±3.6mmHg(.20.0±12.6%),14.8±2.4mmHg(.20.2±11.6%)とすべての観察日で眼圧は有意に下降し(p=0.0001,p<0.0001,p<0.0001),3カ月後の眼圧変化値は.3.9mmHgであった(図3).副作用は60例中10例に認められ,内訳は眠気3例,充血2例,結膜蒼白1例,ふらつき・倦怠感1例,肩の圧迫感1例,蕁麻疹1例,顔面皮疹1例であった.10例のうち,眠気を訴えた症例のうち2例はブリモニジン点眼液の投与を継続したが症状は軽快した.その他の副作用症例8例は症状出現直後に投与を中止し,全例症状は回復した.また,点眼開始後に1例が転院した.III考按緑内障では点眼薬を使用しても視野障害が進行している症例には手術を検討するが,さまざまな理由により手術を実施できない症例もある.そのような場合は既存治療に点眼薬をさらに追加または既存薬を変更し,さらなる眼圧下降を試みるが,すでに多剤併用中の患者では追加可能な薬剤が少なく,治療薬の選択に苦慮することがある.今回,既存薬複数剤ですでに治療中の患者にブリモニジン点眼液を追加することにより,さらなる眼圧下降が得られることが確認できた.対象となった全例の平均眼圧下降幅は2.3.2.6mmHgであり,病型別ではNTG群で1.6.2.1mmHg,POAG群では2.9.3.1mmHgであった.また,追加前眼圧が16mmHg以上の症例では3.6.3.9mmHgと大きな眼圧下降が得られ,追加前眼圧が15mmHg以下の患者では追加の眼圧下降が得られにくい場合が多いが,今回の検討では1.0.1.7mmHg(139)の眼圧下降が得られた.対象となった症例のうちすでに3剤以上使用していた症例が38例(63%)あり,このような患者に追加する薬剤の選択肢が少ないなか,今回のように眼圧下降効果が得られたことで,緑内障治療薬を追加もしくは変更する際にブリモニジン点眼液は有力な選択肢となりうることが確認できた.ブリモニジン点眼液の国内臨床試験での特徴的な副作用としては,眼アレルギー,めまい,眠気などが報告されており4),今回経験した副作用はすでに報告されているものがほとんどであった.一方,皮疹については海外での使用実績が長いにもかかわらず,海外の添付文書には記載されていない副作用で,海外での臨床報告,国内臨床試験でも報告がない副作用である.今回の評価期間中に生じた症例は2例で,いずれも眼局所の充血・掻痒感などはなく眼周囲以外の皮膚の掻痒感と皮疹出現のみであった.この皮疹例は,1例目は投与開始後1週間目の診察時の問診から発見し,患者からの自発的な訴えはなかった.この症例では投与2日目の夜間就寝時から全身のかゆみが出現し,その後数時間で消失する「蕁麻疹様皮疹」が継続することに気づいたが,点眼との因果関係に思い至らず1週間目の受診時まで点眼を継続した.医師の問診・診察により初めて因果関係を疑い点眼を中止したところ,皮疹の出現が止まり以後再発をしていない.この症例には過去に薬剤内服による薬疹(降圧薬と鎮痛薬)・寒冷蕁麻疹などの既往歴があるとのことであったが,点眼開始から1週間の期間内にそれらの薬剤の使用はなかった.2例目は点眼開始後3カ月間は無症状で経過したが,3カ月目の眼圧測定日の直後より顔面から頸部に生じた発赤を伴う皮疹を主訴に受診した.眼局所には充血・掻痒感などの症状はなかった.点眼は中止し,ただちに皮膚科受診し治療が行われた.ブリモニジン点眼液によるこうした皮疹の報告は過去にはない.しかし,明らかに両例ともに点眼開始以降に症状が出現し中止したことで皮疹の再発はなく,その間に他の薬剤などの変更がないことから,ブリモニジン点眼液との関連が強く疑われる.皮疹出現時期の症状で眼局所のアレルギー症状がほとんどないことから,点眼による感作が原因の「全身性接触皮膚炎」の可能性が考えられる5,6).「全身性接触皮膚炎」はこれまでにも他の点眼薬での報告があり7),局所からの感作が成立した後に全身に症状が出て投与部位には症状が出ないこともあることから,点眼薬の使用が原因であると気づかれにくいこともあるため点眼投与部位以外にも有害事象が出ていないかを確認することが必要であると考えられた.ただし,今回の症例では患者の同意を得られずパッチテストなどでのブリモニジン点眼液との因果関係を十分に確認できていないことから,あくまでも筆者らの臨床判断によるものである.2例の既往歴に共通するものは「寒冷蕁麻疹」「蕁麻疹」であった.こうした既往歴のある患者への投与では,(,)慎重なあたらしい眼科Vol.31,No.7,20141065 投与が必要かもしれない.また,ブリモニジン点眼液では神経保護作用を有することが基礎研究で多数報告されており8.10),2011年に米国にて0.2%ブリモニジン点眼液で眼圧下降効果に依存しない視野維持効果の報告がある3).視野障害がかなり進行しておりすでに眼圧下降が十分得られていると考えられる症例で,ブリモニジン点眼液追加でさらなる眼圧下降効果が得られなくても副作用の発現や眼圧の上昇がない場合は,眼圧下降を介さない神経保護効果の可能性があることも考慮に入れ,ブリモニジン点眼液を継続して経過観察するという選択肢もあるかもしれない.今後,本剤の神経保護作用に関しては,さらなる臨床試験での評価が待たれる.IV結論ブリモニジン点眼液は他の緑内障治療薬と作用機序が異なり,既存治療薬との併用によりさらなる眼圧下降効果が期待できる.また,眼アレルギーなどのすでに報告されている副作用のほかに眼局所以外の副作用にも注意が必要であると考える.文献1)IwaseA,AraieM,TomidokoroAetal:PrevalenceandcausesoflowvisionandblindnessinaJapaneseadultpopulation:TheTajimiStudy.Ophthalmology113:13541362,20062)vanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocularpressure-loweringeffectsofallcommonlyusedglaucomadrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,20053)KrupinT,LiebmannJM,GreenfieldDSetal:Low-PressureGlaucomaStudyGroup:Arandomizedtrialofbrimonidineversustimololinpreservingvisualfunction:resultsfromtheLow-PressureGlaucomaTreatmentStudy.AmJOphthalmol151:671-681,20114)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした長期投与試験.あたらしい眼科29:679-686,20125)池澤優子,相原美智子,池澤善郎:医薬品による接触皮膚炎の臨床と原因抗原.アレルギー・免疫16:1748-1755,20096)日本皮膚科学会接触皮膚炎診療ガイドライン委員会:接触皮膚診療ガイドライン.日皮会誌119:1757-1793,20097)KlugerN,GuillotB,Raison-PeyronN:Systemiccontactdermatitistodorzolamideeyedrops.ContactDermatitis58:167-168,20088)AhmedFA,HegazyK,ChaudharyPetal:Neuroprotectiveeffectofa2agonist(brimonidine)onadultratretinalganglioncellsafterincreasedintraocularpressure.BrainRes913:133-139,20019)Vidal-SanzM,LafuenteMP,Mayor-TorroglosaSetal:Brimonidine’sneuroprotectiveeffectsagainsttransientischaemia-inducedretinalganglioncelldeath.EurJOphthalmol11:36-40,200110)WoldeMussieE,RuizG,WijonoMetal:Neuroprotectionofretinalganglioncellsbybrimonidineinratswithlaser-inducedchronicocularhypertension.InvestOphthalmolVisSci42:2849-2855,2001***1066あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(140)

プロスタグランジン薬,βブロッカー,炭酸脱水酵素阻害剤の3剤併用でコントロール不十分な症例に対するブリモニジン点眼液の追加処方

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1059.1062,2014cプロスタグランジン薬,bブロッカー,炭酸脱水酵素阻害剤の3剤併用でコントロール不十分な症例に対するブリモニジン点眼液の追加処方松浦一貴*1寺坂祐樹*1佐々木慎一*2*1野島病院眼科*2鳥取大学医学部視覚病態学教室BrimonidineasAdjunctiveTherapyinUncontrolledPatientsUsingCombinationofProstaglandin,b-BlockerandCarbonicAnhydraseInhibitorKazukiMatsuura1),YukiTerasaka1)andShinichiSasaki2)1)DepartmentofOphthalmology,NojimaHospital,2)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity目的:プロスタグランジン薬,bブロッカー,炭酸脱水酵素阻害剤の3剤併用中にブリモニジン点眼液を追加した場合の眼圧変化と安全性を検討した.対象および方法:対象は3剤併用でコントロール不十分な21例35眼.ブリモニジン点眼液を追加した前後の眼圧および副作用の有無につき検討した.結果:ブリモニジン点眼液の追加によって眼圧値は19.5±3.5mmHgから16.3±2.3mmHgへと減少した(pairedt-test,p<0.001).灼熱感にて早期に点眼を中止した1例を認めたものの局所的,全身的に重篤な合併症を認めなかった.結論:3剤併用症例においてもブリモニジン点眼液を追加することで,相加的な降圧効果が期待できる.ブリモニジン追加処方による重篤な合併症の危険性は大きくないと思われる.Purpose:Toassesstheintraocularpressure(IOP)reductionandsafetyofbrimonidineasadjunctivetherapyinuncontrolledpatientsevenafterusingacombinationofprostaglandin,b-blockerandcarbonicanhydraseinhibitor(fullmedication).ObjectandMethod:Theexaminationinvolved35eyesof21casesinwhomIOPwasnotsufficientlycontrolledbyfullmedication;theaimwastoassessIOPreductionandadverseeffectoccurrencebeforeandafterbrimonidineaddition.Results:IOPsignificantlydecreasedfrom19.5±3.5mmHgto16.3±2.3mmHg(pairedt-testp<0.001).Althoughparticipationwasterminatedinonecasebecauseofhotflashes,noseriouscomplicationswereobservedintheremainingparticipants.Conclusion:BrimonidinewasabletolowerIOPadditively,eveninthecaseoffullmedication.Ittheseemsthattheadditionalprescriptionofbrimonidinewouldneverleadtoserioussideeffects.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1059.1062,2014〕Keywords:ブリモニジン点眼液,追加投与.brimonidine,adjunctivetherapy.はじめに現在,日本での緑内障点眼薬処方のシェアをみても明らかなように,プロスタグランジン薬(PG薬),あるいはbブロッカーが第1,第2選択となり,適宜炭酸脱水酵素阻害剤(CAI)が追加されるのが点眼コントロール不十分な症例に対する一般的な処方の順番である.そしてPG薬,bブロッカー,CAIの3剤を2ボトルで使用するのが最も一般的なfullmedicationであると思われるが,2012年5月よりこれらの主要3剤と薬理作用の異なる降眼圧薬であるブリモニジン点眼液が使用可能となった.そこで今回,従来の一般的なfullmedicationであるPG薬,bブロッカー,CAIの3剤併用でコントロール不良な症例に対してブリモニジン点眼液が追加処方された場合の眼圧下降効果と,おもに角膜上皮に対する副作用の検討を行った.〔別刷請求先〕松浦一貴:〒682-0863倉吉市瀬崎町2714-1野島病院眼科Reprintrequests:KazukiMatsuura,DepartmentofOphthalmology,NojimaHospital,2714-1Sezakimachi,Kurayoshi682-0863,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(133)1059 I対象および方法平成25年1月.6月の間に野島病院(以下,当院)を受診した広義の開放隅角緑内障患者のうち,PG薬,bブロッカー,CAIの3剤併用でコントロール不十分と考えられたためブリモニジン点眼液が追加処方された23症例39眼を対象とした.眼圧は通常の外来診療における任意の時間帯(9:00.15:00)にGoldmann式眼圧計を用いて測定した.個々の症例での眼圧測定はほぼ一定の時間帯に行われていた.定期的な2週間から2カ月ごとの経過観察中の患者において,ブリモニジン点眼液追加直前3.5回の平均眼圧値に対して追加後3.5回の平均眼圧値を診療録をもとにレトロスぺクティブに調査し比較した.また角膜上皮障害,充血など自覚的,他覚的な合併症についても検討した.当院では緑内障点眼治療中の角膜合併症を評価するために日常的にarea-density(AD)分類1)を記載している.そこで角膜上皮障害の検討は添田らの報告2)に習い,A(area)をA0.3,D(density)をD0.3の4段階にそれぞれ分類し,A(0.3)+D(0.3)でスコア化した.眼圧値の有意差検定はpairedt-test,角膜上皮スコアの有意差検定にはWiscoxonsignedrank検定を用いた.本研究に際し,野島病院倫理審査委員会の承認を受けて実施した.II結果1例2眼において灼熱感のため点眼中止となったが,症状は点眼直後の一時的なものであった.また1例2眼において点眼によるコントロール不可能と判断し,線維柱帯切開術が施行された.これら2例を除いた21例35眼(平均年齢67.9±12.2歳:男性14人,女性7人)において眼圧値および副作用の検討を行った.緑内障病型の内訳は原発開放隅角緑内障(広義)29眼,落屑緑内障3眼,ぶどう膜炎続発緑内障3眼であった.ブリモニジン点眼液の追加前の眼圧は15*p<0.001*25mmHg未満が2眼,15.18mmHgが9眼,18.21mmHgが11眼,21mmHg以上が13眼であった.ブリモニジン点眼液の追加によって眼圧値は19.5±3.5mmHgから16.3±2.3mmHgへと減少した(図1).今回対象となった全症例において2ボトル3剤の処方が行われていたが,PG薬および1%ドルゾラミド+0.5%チモロール配合点眼液群(11例17眼:PG薬の内訳は,タフルプロスト6眼,トラボプロスト3眼,ラタノプロスト2眼)は18.7±4.2mmHgから15.8±2.3mmHgへ低下,トラボプロスト+0.5%チモロール配合点眼液およびブリンゾラミド(10例18眼)は20.2±2.4mmHgから16.8±2.2mmHgへ低下し,3mmHg以上低下したのは全35眼中16眼であった.有効例のなかには10mmHg(変更前眼圧の約40%)近く降圧する場合もあった.3mmHg以上眼圧が上昇した症例はなかった.ブリモニジン点眼液の追加後に明らかな角膜上皮障害(図2),充血の増悪や掻痒感を訴える症例はなかった.III考察ブリモニジン点眼液は選択的a2受容体作動薬であり,房水産生抑制とぶどう膜強膜流出経路を介した房水流出促進作用を持つ3).ブリモニジン点眼液単独での降圧効果はPG薬とは同等あるいは若干劣るとされるが4,5),bブロッカーとほぼ同等な良好な降圧効果を示すことが報告されている6).房水産生抑制とぶどう膜強膜流出経路を介した房水流出は従来の点眼薬と共通の作用機序であるが,これらの薬剤に対して付加的に眼圧を低下させることが確認されており,すでにPG薬,bブロッカーやCAIなどが処方されている症例においても相加的な効果が期待できる7.14).本検討におけるコントロール不十分の定義は,単純な眼圧値や眼圧降下率によるものでなく,視野の進行度や残存する視機能から判断してさらなる眼圧下降が望ましいと主治医が判断した症例である.今回は,症例が少ないため両眼を検討*p=0.59350追加前追加後0*追加前追加後図1点眼追加後の眼圧値(平均値±標準偏差)図2点眼追加後の角膜上皮スコア(平均値±標準偏差)点眼追加により有意に眼圧は低下した角膜上皮所見の明らかな変化を認めなかった.1060あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(134)眼圧(mmHg)2021510AD分類スコア1 した.わが国ではPG薬に追加投与したときの降圧幅は1mmHg強程度であるとの報告もあるが15),海外ではPG薬に追加投与した場合,2.7.5.9mmHg程度の降圧効果が得られたとされている7,8).またbブロッカーに追加処方された場合,3.6.4.9mmHgの降圧効果が得られたとされている7,9,10).ブリモニジン点眼液は現時点ではCAIのように第2,第3番目の処方として選択されることが多いが,CAIと併用された場合にも相加的な作用がある11,12).複数の点眼使用中の患者にブリモニジン点眼液が追加された報告は少ないが,Schwartzenbergら14)は1.4剤(平均2.81剤)使用中の患者に追加処方された場合,4.68mmHgの眼圧下降を得たとしている.またLeeら13)は1.3剤使用中の554例に追加して平均4.01mmHgの眼圧下降を得たとしている.そのなかでPG薬,bブロッカー,CAIの3剤を使用していた11例の平均眼圧下降値は5.18mmHgであった.今回の結果からすでに3剤の点眼(PG薬,bブロッカー,CAI)が処方されているにもかかわらず十分なコントロールが得られていない患者にブリモニジン点眼液が追加処方された場合にさらなる降圧効果が期待できることが確認された.ブリモニジン点眼液は全身的,眼局所的にも重篤な副作用の頻度は高くない特徴を持つ6,7).今回は全身的な副作用については検討していないが,本剤はa2受容体の選択性が高いためバイタルサインに臨床上問題となるような変動を認めにくく,呼吸器や循環器系のリスクのためb遮断薬の使用が躊躇される症例への適応があるとされている5,6,16,17).ただし,めまいや傾眠の報告や血圧低下の傾向が認められるため,予備能力の低い高齢者,低体重や生理機能の低下した患者には注意を促す記載もある18).局所的な副作用としてはアレルギー結膜炎,アレルギー眼瞼炎の頻度が高いことがいわれている.比較的長期投与によって発症するとされるが,アレルギーを発症しても半数以上は1年間の継続投与が可能であったとの報告がある19).今回は,アレルギー関連の副作用は認めなかった.ブリモニジン点眼液は防腐剤として塩化ベンザルコニウムを含んでおらず,PuriteR(亜塩素酸ナトリウム)を使用している.亜塩素酸ナトリウムは動物実験において高濃度塩化ベンザルコニウムよりも角膜障害性が低いことが報告されている19,20).今回も追加投与後に特に角膜上皮所見の明らかな悪化を認める症例はなかった.またブリモニジン点眼液は眼圧下降によらない神経保護作用を持つとの報告もあり21),20mmHg未満の症例に対する効果も興味深い.今回のような症例にブリモニジン点眼液を追加すると3ボトル4剤での点眼となるため患者の点眼の負担は増加するものの,多くの症例で重篤な副作用はなく相加的な降圧効果が認められた.ブリモニジン点眼液は緑内障手術に理解を得られない症例などのコントロール不十分例に対して新たな選択肢となる可能性があることがわかった.(135)文献1)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,19942)添田尚一,宮永嘉隆,佐野英子ほか:ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液からトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液への切り替え.あたらしい眼科30:861-864,20133)TorisCB,CamrasCB,YablonskiME:Acuteversuschroniceffectsofbrimonidineonaqueoushumordynamicsinocularhypertensivepatients.AmJOphthalmol128:8-14,19994)LiuCJ,KoYC,ChengCYetal:Changesinintraocularpressureandocularperfusionpressureafterlatanoprost0.05%orbrimonidinetartrate0.2%innormal-tensionglaucomapatients.Ophthalmology109:2241-2247,20025)HodgeWG,LachaineJ,SteffensenIetal:TheefficacyandharmofprostaglandinanalogueforIOPreductioninglaucomapatientscomparedtodorzolamideandbrimonidine:asystemicreview.BrJOphthalmol92:7-12,20086)SchumanJS:Clinicalexperiencewithbrimonidine0.2%andtimolol0.5%inglaucomaandocularhypertension.SurvOphthalmol41(Suppl1):S27-37,19967)LeeDA,GornbeinJA:Effectivenessandsafetyofbrimonidineasadjunctivetherapyforpatientswithelevatedintraocularpressureinalarge,open-labelcommunitytrial.JGlaucoma10:220-226,20018)DayDG,HollanderDA:Brimonidinepurite0.1%versusbrimonidine1%asadjunctivetherapytolatanoprostinpatientswithglaucomaorocularhypertension.CurrMedResOpin24:1435-1442,20089)SimmonsST;Alphagan/TrusoptStudyGroup:Efficacyofbrimonidine0.2%anddorzolamide2%asadjunctivetherapytobeta-blockersinadultpatientswithglaucomaorocularhypertension.ClinTher23:604-619,200110)ReisR,QueirosCF,SantosLC:Arandomized,investigator-masked,4-weekstudycomparingtimololmaleate0.5%,brimonidine1%,andbrimonidinetartrate0.2%asadjunctivetherapiestotravoprost0.004%inadultswithprimaryopen-angleglaucomaocularhypertension.ClinTher28:552-559,200611)WhitsonJT,RealiniT,NguyenQHetal:Six-monthresultsfromaPhaseIIIandomizedtrialoffixed-combinationbrimonidine+1%brimonidine0.2%versusbrinzolamideorbrimonidinemonotherapyinglaucomaorocularhypertension.ClinOphthalmol7:1053-1060,201312)Baiza-DuranLM,Llmas-MorenJF,Ayala-BarajasC:Comparisonoftimolol0.5%+brimonidine0.2%+dorzolamide2%versustimolol0.5%+brimonidine0.2%inaMexicanpopulationwithprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertension.ClinOphthalmol6:1051-1055,201213)LeeDA,GornbeinJ,AbramsC:Theeffectivenessandsafetyofbrimonidineasmono-,combination,orreplacementtherapyforpatientswithprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertension:aposthocanalysisofanopen-labelcommunitytrial.GlaucomaTrialStudyGroup.JOcularPharmacolTher16:3-18,2000あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141061 14)ThoeSchwartzenbergGW,BuysYM:Efficacyofbrimonidine0.2%asadjunctivetherapyforpatientswithglaucomainadequatelycontrolledwithotherwisemaximalmedicaltherapy.Ophthalmology106:1616-1620,199915)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした臨床第III相試験─チモロールとの比較試験またはプロスタグランジン関連薬併用下におけるプラセボとの比較試験.日眼会誌116:955-966,201216)CantorLB:Theevolvingpharmacotherapeuticprofileofbrimonidine,analpha2-adrenergicagonist,afterfouryearsofcontinuoususe.ExpertOpinPharmacother1:815-834,200017)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした長期投与試験.あたらしい眼科29:679-686,201218)林泰博,北岡康史:ブリモニジン点眼液の降圧効果と安全性.臨眼67:597-601,201319)KatzLJ:Twelve-monthevaluationofbrimonidine-puriteversusbrimonidineinpatientswithglaucomaorocularhypertension.JGlaucoma11:119-126,200220)NoeckerRJ,HerrygersLA,AnwaruddinR:Cornealandconjunctivalchangescausedbycommonlyusedglaucomamedications.Cornea23:490-496,200421)WheelerL,WoldeMussieE,LaiR:Roleofalpha-2agonistsinneuroprotection.SurvOpthalmol48(Suppl1):S47-S51,2003***1062あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(136)

ヒト水晶体上皮細胞の密度,細胞核/細胞質比に関する検索

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1053.1058,2014cヒト水晶体上皮細胞の密度,細胞核/細胞質比に関する検索馬嶋清如*1内藤尚久*2山本直樹*3加賀達志*4市川一夫*4*1眼科明眼院*2中京眼科*3藤田保健衛生大学共利研*4社会保険中京病院眼科StudyofHumanLensEpithelialCellDensityandNucleocytoplasmicRatioKiyoyukiMajima1),NaohisaNaitou2),NaokiYamamoto3),TatusiKaga4)andKazuoIchikawa4)1)EyeClinicMyouganin,2)ChukyoEyeClinic,3)FujitaHealthUniversityJointResearchLaboratory,4)DepartmentofOpthalmology,SocialInsuranceChukyoHospital目的:中央部から増殖帯近傍に至る水晶体上皮細胞の密度と細胞核/細胞質比を調査する.対象および方法:糖尿病がない45.93歳までの白内障症例,293例293眼を対象とした.前.切開で得た上皮細胞の付着した前.片を伸展標本にし,中央部から増殖帯近傍に向け10区画に分け,中央部を区画1,増殖帯近傍を区画10とし,各区画間の細胞数と細胞核/細胞質比を計測した.結果:65歳以上74歳以下の症例では,区画1と区画10の細胞数が中間領域の区画4.8に比して有意に多かったが,64歳以下,また75歳以上の症例では,各区画間で有意差はなかった.一方,細胞核/細胞質比は,年齢層,各区画間で有意差はなかった.結論:水晶体上皮細胞の密度は,領域別で異なる年齢層があり,細胞核/細胞質比は,年齢層,領域別で違いがないことから,密度が高い場合は細胞質,核ともに面積が小さく,低い場合は,その逆になることが示唆された.Purpose:Thedensityandnucleocytoplasmicratiooflensepithelialcellswerestudied,fromthecentralportiontotheproliferativezoneofthelens.Subjectsandmethods:Thesubjectswere293cataractouseyesof293patientswithoutdiabetes,whorangedinagefrom45to93years.Extensionspecimensweremadeofanteriorcapsulefragmentswithadherentepithelialcells,obtainedfromanteriorcapsulotomy.Thespecimensweredividedinto10equalsections,fromthecenterportiontotheproliferativezone.Cellnumberandnucleocytoplasmicratioweremeasuredineachsection.Results:Inthepatients65to74yearsofage,thecellnumbersinSections1and10weresignificantlyhigherthaninSections4to8,inthemiddlelensregion.However,inpatients64yearsoryounger,or75yearsorolder,therewerenosignificantdifferencesbetweenthesections.Therewerenosignificantdifferencesinnucleocytoplasmicratiobetweenagegroupsorsections.Conclusion:Insomeagegroups,lensepithelialcelldensitydiffereddependingonthelensregion.However,thenucleocytoplasmicratiodidnotdiffereitherbyagegrouporlensregion.Thissuggeststhatwhencelldensityishigh,theareaofbothcytoplasmandnucleusissmall,whereaswhendensityislow,theoppositeistrue.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1053.1058,2014〕Keywords:ヒト水晶体,上皮細胞,白内障,密度,細胞核/細胞質比.humanlens,epithelialcell,cataract,density,nucleoplasmicratio.はじめに水晶体は,カプセル,上皮細胞(lensepithelialcell:以下LECと略す),線維細胞の3つから構成されている無血管の組織である.そのなかで最も高い生理活性を有しているのはLECであり,多くの物質を水晶体内へ輸送するとともに,増殖帯部で増殖し,前極に向けて細胞を供給する一方,赤道部では線維細胞へと分化し水晶体線維の形成を行うという,水晶体にとって最も重要な役割を果たしている.このLECの密度に関しては,これまでにいくつか報告されているが1.4),水晶体の中央部,増殖帯近傍,そしてその中間領域というように,領域別で細胞密度を比較,検討した報告はまだない.今回,白内障手術の際の前.切開で得られた,前.に付着したヒトLECを材料とし,水晶体の前.中央部,増殖帯近傍,そして両者の中間という3つの領域において,一定面積内の細胞数と細胞核/細胞質比(nucleoplasmicratio:以下〔別刷請求先〕馬嶋清如:〒454-0843名古屋市中川区大畑町2-14-1コーポ奈津1階眼科明眼院Reprintrequests:KiyoyukiMajima,M.D,EyeClinicMyouganin,2-14-1,Oohata-cho-Nakagawa-ku,Nagoya454-0843,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(127)1053 N/Cと略す)を測定後,各領域で細胞数,N/Cに違いがあるのか否かついて調査を行い,また加齢に伴う細胞数,N/Cの変化についての検討も加え,若干の知見を得たので報告する.I対象および方法1.第I群の対象は,糖尿病がなく,白内障以外に内眼疾患のない59.79歳までの白内障患者31例31眼で,過熟白内障の症例は除外してある.同一術者による,白内障手術の際の連続円形切開で得られた,直径約6.0mmの前.片に付着したLECsを,ただちに難浸透性組織固定液(SUPERFIX,KURABO)にて固定後,伸展標本を作製した.その後,ヘマトキシリンによる単染色を行い,アルコールで脱水後,キシレンで透徹し,カバーガラスに封入した.前.切開の際に得られた材料のため,前.に亀裂が入っている領域もあることから,前.の中央部から切開縁までの経線上で亀裂のない領域を選別した後,中心部から周辺部までを10区画に分け,これを1レーンとし,120°の間隔で3レーンを選別後,1区画,216μm×216μm内のLEC数を測定した(図1).この測定には,LUZEX-SF社製の全自動画像解析装置を使用して,細胞核の数を計測し細胞数とした.なお,測定においては,細胞核の分裂像を含まない区画を測定区画した.また,N/Cの計測は,前述した機器を使用し,細胞核と細胞質の染色態度が異なることから,ピクセル単位で色の違いを全自動画像解析装置で判別させた後,N/Cを計測した.つぎに10区画ごとの細胞数とN/Cが,レーン間で違うのか否か,レーンごとで各区画の細胞数とN/Cの平均値を算出後,ノンパラメトリック法のFriedman検定で解析をした.図1水晶体上皮細胞の解析部位中央部を区画1,周辺部を区画10とし,各区画内の細胞数を測定する.枠内は伸展標本におけるLECsを示す.Bar=50μm.2.第II群の対象は,糖尿病がなく,白内障以外に内眼疾患のない45.93歳までの白内障患者,293例,293眼(男性:133眼,女性160眼)であり,過熟白内障の症例は除外してある.第I群と同様の方法で,1レーン内の10区画における細胞数を測定した.また,前述した293眼のなかから,45.91歳の151眼を無作為に選び,N/Cについても測定を行った.つぎに解析を行う統計の手法については,1.10の各区画の細胞数とN/Cに有意差があるのか否かについて,帰無仮説を各区画の母平均は等しい,また対立仮説を各区画の母平均は等しくないとし,一元配置分散分析を行った.なお,年齢を①64歳以下,②65歳以上74歳以下,③75歳以上と,3つの年齢層に分類し,各年齢層で,1.10の各区画の細胞数とN/Cに有意差があるのか否かについて,帰無仮説,対立仮説を設定し,一元配置分散分析を行い調査した.そして前記した2つの統計解析の結果,母平均に有意差があった場合,さらにt検定を行い,各区画間での有意差を再解析した.II結果1.第I群の統計解析結果a.細胞数に関して行を1,2,3のレーン,列を症例とし,31症例の1.10の各区画の細胞数を列記後,3レーン間における細胞数の平均値の比較を行った.その結果,10区画の細胞数の平均値±標準偏差は,175.39±23.78(細胞密度:3,758.61±509.61mm2)であり,Friedman検定の結果を表に示す(表1).なお1.10区画は,独立しているのではなく,連続しているため,10回,同様な施行を繰り返したとして多重比較を考慮すると,p<0.005を有意差ありと判定するが,その結果,レーン間で有意差があるのは6の区画のみであった.b.N/Cに関して細胞数の比較と同様,行を各レーン,列を症例とし,31症例の1.10の各区画のN/Cを列記後,3レーン間におけるN/Cの平均値の比較を行った.その結果,10区画のN/Cの平均値±標準偏差は0.36±0.01で,Friedman検定の結果,前述した有意水準ではレーン間での有意差はなかった(表2).2.第II群の統計解析結果a.細胞数に関して10区画の細胞数の平均値±標準偏差は184.27±28.25(細胞密度:3,948.91±605.40mm2)であり,年齢を加味することなく,各区画間で細胞数に有意差があるのか否か,一元配置分散で検定したところ,p値は0.022であり,p<0.05のため帰無仮説は棄却され,各区画間で有意差があるという結果になった.そこで細胞数に関して,さらにt検定を施行し,区画ごとに比較をすると,区画1と区画4.6,区画6と区1054あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(128) 表1各区画の細胞数に関する3レーン間での表2各区画のN/Cに関する3レーン間での有有意差検定意差検定区画3レーン10.53320.19630.73340.00750.01260.00370.01980.22690.692100.491区画3レーン10.64820.79230.15040.67050.02460.53170.67080.79291.000100.497行を1,2,3の各レーン,列を各症例の細胞行を1,2,3の各レーン,列を各症例のN/C数とし,各区画の細胞数が3レーン間で有意とし,各区画のN/Cが3レーン間で有意差が差があるのか否か統計解析を行う.右欄はpあるのか否か統計解析を行う.右欄はp値を値を示す.示す.表3区画対区画における細胞数の有意差検定区画_123456789区画_10区画_10.5240.239*0.040*0.039*0.0280.0520.1390.8300.42320.5240.5890.1570.1540.1190.1920.3990.6730.15030.2390.5890.3810.3760.3070.4440.7610.336*0.0484*0.0400.1570.3810.9920.8850.9130.5670.066*0.0045*0.0390.1540.3760.9920.8930.9050.5610.065*0.0046*0.0280.1190.3070.8850.8930.7990.474*0.047*0.00370.0520.1920.4440.9130.9050.7990.6440.084*0.00680.1390.3990.7610.5670.5610.4740.6440.205*0.02390.8300.6730.3360.0660.065*0.0470.0840.2050.309区画_100.4230.150*0.048*0.004*0.004*0.003*0.006*0.0230.309枠内はt検定による有意水準を示す.*:p<0.05で各区画間に有意差があることを示している.画9,そして区画3.8と区画10の間で有意差があり,区画1である中央部と,区画9,10である前.切開縁,すなわち増殖帯近傍の領域では,その中間領域の細胞数に比して有意に多いことが示された(表3).なお,この結果を理解しやすいように,区画と各区画の細胞数との関係を信頼度95%のエラーバーを用い表記した(図2).また年齢を,①64歳以下,②65歳以上74歳以下,③75歳以上の3つの年齢層に分け,各年齢層において,1.10の区画で細胞数に有意差があるのか否かの解析を,一元配置分散分析で行った.その結果,p値は①64歳以下:0.894,②65歳以上74歳以下:0.034,③75歳以上:0.529となり,65歳以上74歳以下の年齢層においてのみp<0.05であり,区画別の細胞数に有意差があった.そこで,この年齢層においてt検定を行い再調査したところ,区画1と区画4.6が,また区画4.8と区画10との間で有意差があり,前述した年齢を加味しない293症例の調査結果は,65歳以上74歳以下の年齢層の結果が大きく反映されているものと考えた(表4).なお,この結果も理解しやすいよう,区画と各区画の細胞数との関係を信頼度95%のエラーバーを用い表記した(図3).また,①,②,③の年齢層間で,10区画の細胞数の平均値に有意差があるのか否かをt検定で解析すると,①と②,①と③の間のp値はそれぞれ,3.86×10.7,1.41×10.5であり,p<0.05のため有意差があった.一方,②と③の間にはp値は0.12で有意差がなく,64歳以下の年齢層では細胞数が有意に多いという結果になった(図4).(129)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141055 表465歳以上74歳以下の症例における,区画対区画での細胞数の有意差検定区画_123456789区画_10区画_10.4110.199*0.028*0.040*0.0220.0730.1120.6610.50520.4110.6430.1690.2170.1390.3300.4410.7020.13730.1990.6430.3620.4410.3090.6090.7580.3980.0514*0.0280.1690.3620.8870.9170.6880.5450.079*0.0045*0.0400.2170.4410.8870.8060.7950.6430.106*0.0076*0.0220.1390.3090.9170.8060.6130.4780.063*0.00370.0730.3300.6090.6880.7950.6130.8390.175*0.01480.1120.4410.7580.5450.6430.4780.8390.249*0.02490.6610.7020.3980.0790.1060.0630.1750.2490.269区画_100.5050.1370.051*0.004*0.007*0.003*0.014*0.0240.269枠内はt検定による有意水準を示す.*:p<0.05で各区画間に有意差があることを示している.*************195190185180175細胞数*****細胞数19519018518017512345678910区画12345678910図2区画間での細胞数の比較区画X軸は区画,Y軸は各区画内の細胞数を表す.エラーバー図3区画間の細胞数の比較は95%信頼区間を表しており,バー中央の点は平均値をX軸は区画,Y軸は各区画内の細胞数を表す.エラーバー示す.また*は有意差があった区画間である(p<0.05).は95%信頼区間を表しており,バー中央の点は平均値を示す.また*は有意差があった区画間である(p<0.05).200(64歳以下)(65歳以上74歳以下)(75歳以上)であり,年齢を加味することなく,各区画でN/Cに有意差があるのか否かについて,一元配置分散分析を行った.b.N/Cに関して10カ所におけるN/Cの平均値±標準偏差は0.38±0.06細胞数の平均値190その結果,p値が0.31でp<0.05ではないため,各箇所間での有意差はなかった.つぎに,年齢を前述した細胞数の解析時と同様,①.③の3つの年齢層に分け,N/Cが各年齢層間で有意差があるのか否か,一元配置分散分析を行った12345678910ところ,p値は,①64歳以下:0.71,②65歳以上74歳以区画図4各区画における平均細胞数の年齢層間での比較下:0.084,③75歳以上:0.63となり,いずれの年齢層でも64歳以下の症例では65歳以上の症例に比して,10区画各区画間での有意差はなかった.の細胞数の平均値が有意に多い.1056あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(130) III考按水晶体上皮は,前.下に単層として並んでいるLECから構成されており,活発なエネルギー代謝を営み,水晶体の透明性維持に役立っている.そして増殖帯には,幹細胞というべきLECsが存在しており,皮質内への移動を示す他に,水晶体中央部へも移動するという挙動を示した後,その多くがアポトーシスではなく,ネクローシスによる細胞死が生じることが報告されている5,6).こうした生理的動態を考えると,水晶体の中央部から増殖帯までLECの密度が同じであるとは考えにくい.そこで今回,LECの密度が水晶体の領域別で違いがあるのか否かについての調査を行った.ただし今回の調査は,白内障の水晶体を対象とし,そのLECを材料としているので,まず以下の点に配慮する必要がある.第一は,白内障の水晶体では,日常の臨床でも経験するように,一つの症例を考えてみても,中央部から増殖帯近傍までの領域において,前.下に観察される皮質混濁の有無,程度に違いがあり,それが密度に影響を与える可能性があることである.また第二は,術者がカプセル鑷子で数回にわたり前.を把持した後に得られた前.片に付着したLECを材料としているため,そうした操作が密度に影響を与える可能性があるということである.それゆえ増殖帯近傍から中央部までの一連の領域を1レーンとし,その中を10区画に分け,さらに3レーンを選別後,各レーン間において,各区画の細胞数,N/Cに有意差がないのか否か,まず調査をした.なお,前.片には,術中の操作を原因とする亀裂がいくつかの領域で存在している場合が多く,増殖帯近傍から中央部までの一連の領域に存在するLECsを観察できるのは,多くの症例で3レーンが限界であった.そうした条件の下で,まず第I群として3レーン間での比較を行うと,細胞数については,区画6でのみ有意差があるが,それ以外の区画では有意差がなく,またN/Cについては,3レーン間における有意差は,10区画のすべてにおいてなかった.それゆえ細胞数とN/Cに関して,1レーンの調査結果でも,3レーンの結果を十分に反映しうると判断した.つぎに第II群として,293症例を対象として,水晶体中央部から増殖帯近傍までの範囲に存在するLECの細胞数を一定面積内で計測後,前述した領域における細胞数に違いがあるのか否かを調査した.その結果,水晶体中央部と増殖帯近傍の密度が有意に高いことが示された.そして年齢という因子を加味して,さらに詳細な統計解析を行うと,前述した2領域でLECの密度が高いという結果は,65歳以上74歳以下の症例の結果を反映していることがわかり,64歳以下,または75歳以上の症例では,どの領域間でも細胞数の有意差はないという結果になった.そしてこの事象から,LECの挙動に関してつぎのような仮説を考えた.(131)①64歳以下では,増殖帯部に存在するLECが,中央部へと十分にLECを送り出すことができるため,増殖帯近傍と中央部,そしてその中間領域での細胞数に有意差がない.②65歳以上74歳以下の症例では,増殖帯部のLECの増殖能が低下し始めるため,中央部へ供給する能力が低下し,中央部の細胞密度は何とか保たれるが,その中間領域で密度が低下するため有意差ができる.③75歳以上の症例では,増殖帯部のLECの増殖能がさらに低下するため,増殖帯部,中央部,そしてその中間領域で有意差がない.以上が本研究の,各年齢層におけるLECの挙動に関する推察である.これまでに,ヒト白内障水晶体を材料とし,LECの密度と加齢とは関係ないとする報告もあるが4),この報告では白内障手術時に得られた前.片24眼と角膜移植の際に得られた前.片16眼を対象としており,本報告のように同じ条件で得られた,多数の症例を対象にしているわけではないので,今回の10区画の細胞数の平均値を比較すると,64歳以下の症例では,65歳以上の症例に比して有意に高いという結果は,やはり意義あるものと考えた.つぎに,本研究では年齢層を3群に分けたが,なぜ64歳以下,65歳以上74歳以下,75歳以上の3群に分けたのかを述べなければいけない.まず第II群の細胞数の計測に関しては,症例の年齢が45.93歳までなので,45.54歳(12眼),55.64歳(60眼),65.74歳(124眼),75.84歳(85眼),85.94歳(12眼)というように,10歳ごとに分類することを目標にしたが,65.74歳の症例数がきわめて多数であったため,統計解析を行う際になるべくこの症例数を合わせるように配慮し,64歳以下の症例をまとめて,また75歳以上の症例をまとめて調査対象とした.またN/Cに関しても,64歳以下が57眼,65歳以上74歳以下が52眼,75歳以上が42眼であり,各年齢層の症例数が均衡していたため,前述した細胞数計測の年齢分けに準じて調査を行った.こうした解析からN/Cが各区画間,また年齢層の違いで有意差はなかったことから,一定面積内の細胞数が多くなる,すなわち細胞密度が高くなると,細胞核,細胞質ともに面積が小さくなり,逆に細胞密度が低くなると,先の両者が大きくなるわけであり,細胞核と細胞質の面積は同期しているものと考えた.これまでにヒトのLECを材料とし,年齢層も加味して,密度,N/Cの領域別での違いを述べてきたが,白内障の発症原因を探るためには,やはり正常水晶体の上皮についても,同様の調査を行い,比較,検討することが重要となる.おそらく,正常水晶体の上皮では,白内障水晶体の上皮に比して,増殖帯に存在するLECsの増殖能が高いため,赤道部から中央部までに存在するLECの密度が高くなると推察すあたらしい眼科Vol.31,No.7,20141057 るが,ヒトの細胞を材料とする限り,正常水晶体のLECを使用することは困難であり,また40歳を過ぎるころから水晶体に混濁が出現することから,厳密には,ほぼ同年齢で正常水晶体と白内障水晶体のLEC密度の比較をすることは,ほとんど不可能といえる.また今後に行うべき検討として,白内障の混濁進行程度,水晶体の混濁部位,領域とLECの密度との関係を調査する必要がある.白内障の混濁進行程度,水晶体の混濁部位とLEC密度との関係はない4),逆に関係があるとの報告もみられるが3),今回のように10区画ごとのの密度を調査しているわけではないので,これは再検討すべき項目である.付け加えて,性差による密度の違いも報告されていることから1,3),さらなる調査が必要と考えている.現在,角膜,網膜の分野では,再生医療を取り入れた治療も現実となってきており7.9),いずれ水晶体の分野でも,白内障術後に,眼内レンズではなく,再生医療で作製された水晶体が使用される日が訪れることにもありうるため,その際に,今回のヒトLECの密度とN/Cに関する詳細な調査結果は,有用な情報になるものと考えた.稿を終えるにあたり,この調査にご協力をいただいた,わかもと製薬株式会社ヘルスケア研究室,木村基主任,また故白澤栄一博士に深謝いたします.文献1)KonofskyK,NaumannGOH,Guggenmoos-HolzmannI:Celldensityandsexchromatininlensepitheliumofhumancataracts.Ophthalmology94:875-880,19872)ArgentoC,ZarateJ:Studyoflensepithelialcelldensityincataractouseyesoperatedonwithextracapsularandintercapsulartechniques.JCataractRefractSurg16:207210,19903)VarsavaAR,CherianM,YadavSetal:Lensepithelialcelldensityandhistomorphologicalstudyincataractouslenses.JCataractRefractSurg17:798-804,19914)HarocoposGJ,AlvaresKM,KolkerAEetal:Humanage-relatedcataractandlensepithelialcelldeath.InvestOphthalmolVisSci39:2696-2706,19985)YamamotoN,MajimaK,MarunouchiT:Astudyoftheproliferatingactivityinlensepitheliumandtheidentificationoftissue-typestemcell.MedMolMorphol41:83-91,20086)広島由佳子,臼井正彦,矢那瀬紀子ほか:ヒト白内障水晶体上皮細胞の細胞変性とアポトーシス.あたらしい眼科15:707-711,19987)大家義則:角膜上皮の再生医療.眼科手術26:553-558,20138)稲垣絵海,榛原重人:角膜実質の再生医療.眼科手術26:559-565,20139)井上裕治,玉置泰裕:網膜移植再生療法.あらたしい眼科24(臨増):233-238,2007***1058あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(132)

近視LASIK後非対称性が強い角膜における角膜屈折力および眼内レンズ度数計算

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1047.1051,2014c近視LASIK後非対称性が強い角膜における角膜屈折力および眼内レンズ度数計算渡辺純一*1福本光樹*1,2井手武*1,3市橋慶之*1,3戸田郁子*1,3*1南青山アイクリニック*2防衛医科大学校眼科*3慶応大学医学部眼科CornealPowerandAccuracyofIOLCalculationforAsymmetricCorneaafterMyopicLASIKSurgeryJunichiWatanabe1),TerukiFukumoto1,2),TakeshiIde1,3),YoshiyukiIchihashi1,3)andIkukoToda1,3)1)MinamiaoyamaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,3)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine目的:近視LASIK(laserinsitukeratomileusis)後に非対称性が強い角膜の角膜屈折力および眼内レンズ度数計算精度の検討.対象および方法:対象は当院で水晶体再建術を施行した33例43眼.症例を非対称性が強い非対称(+)群と非対称性が弱い非対称(.)群に分けて解析を行った.結果:角膜屈折力は,非対称(+)群では非対称(.)群に比べてオートレフケラトメータ平均角膜屈折力と瞳孔中心付近3mm範囲内の平均角膜屈折力の差に有意差を認めた.術後屈折予測値は非対称(+)群ではオートレフケラトメータの角膜屈折力を使用した場合,非対称(.)群に比べて実際の結果との差に有意差を認めたが,瞳孔中心付近3mm範囲内の平均角膜屈折力を使用した場合には有意差はなかった.結論:近視LASIK後に非対称性が強い角膜の眼内レンズ度数計算の際には,適切な方法で測定した角膜屈折力を使用することが重要である.Purpose:Todeterminethecornealpowerandaccuracyofintraocularlens(IOL)calculationforasymmetriccorneaaftermyopiclaserinsitukeratomileusis(LASIK)surgery.Methods:Thisstudyincluded43eyesof33patientswithahistoryofmyopia/myopicastigmatismcorrectionusingLASIKsurgery,whounderwentphacoemulsification(PEA)+IOL.Theyweredividedintotwogroups:theasymmetricgroup(29eyes;surfaceasymmetryindex[SAI]≧0.5)andthenon-asymmetricgroup(14eyes;SAI<0.5).Theobtaineddatawereanalyzedretrospectively.Results:Estimatedcornealpower,asmeasuredbytwodifferentmethods,wasstatisticallysignificantlydifferent,themeasuredpowerbeinggreaterintheasymmtricgroupthaninthenon-asymmetricgroup.Withcornealpowermeasuredusinganautorefractometer,expectedandactualrefractivepowersdifferedsignificantlyinbothgroups.However,whenweusedtheaveragepowerinpupildata,nosignificantdifferencewasobserved.Conclusion:ItisimportanttouseaccuratecornealpowermeasurementswhencalculatingtheIOLpowerforasymmetriccorneaaftermyopicLASIKsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1047.1051,2014〕Keywords:白内障,レーシック,非対称角膜,照射中心ずれ,眼内レンズ計算式,角膜屈折力.cataract,laserinsitukeratomileusis,decentration,IOLcalculation,cornealpower.はじめにLaserinsitukeratomileusis(LASIK)後の眼内レンズ度数計算は結果に誤差が生じやすいことが知られているが,良好な結果も報告され始めている1.3).誤差が生じる原因の一つとして角膜屈折力の測定精度が悪いことがあげられる.その理由として,角膜屈折力を測定するときに広く利用されるオートケラトメータの測定方式がある4).オートケラトメータは角膜前面の4点のみを測定し,角膜前面と後面の曲率比が一定であるという前提のうえ,4点から得られる角膜前面の曲率から角膜全屈折力を推定している.このためLASIK〔別刷請求先〕渡辺純一:〒107-0061東京都港区北青山3-3-11ルネ青山ビル4階南青山アイクリニックReprintrequests:JunichiWatanabe,MinamiaoyamaEyeClinic,RenaiAoyamaBuilding4F,3-3-11Kitaaoyama,Minato-ku,Tokyo107-0061,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(121)1047 48D-6D42D-6D本来ならば-6DのLASIK42D36D48D-6D42D-5.25D一定の比率で計算すると-6DのLASIK42D36.75D図1角膜屈折値の過大評価1オートケラトメータは前面のみしか測定できないので,前面と後面が一定の比率であるとして,換算屈折率を用いて角膜前面の値から角膜全屈折力を推定している.本来上図のように屈折値は変化するが,下図のように角膜前面と後面が一定の比率で変化しているとみなした場合,0.5D以上過大評価となる(36.75.36=0.75).後の眼では角膜前面曲率が大きく変化しているにもかかわらず,後面も同様の変化をしているものとして全屈折力が推定されている.したがって,近視LASIK後は角膜屈折力が実際よりも大きな数値として評価され眼内レンズ度数が低く選択される.その結果手術後の屈折が予定よりも遠視側にずれる(図1).近視LASIKでは角膜中央部が平坦化しているため,オートケラトメータの測定部位が正常眼よりも周辺となる(図2).加えて,照射中心ずれやもともとの角膜の形状により非対称性が強い角膜では照射部位のうち照射部から非照射部にかけての移行部の急峻な部分が測定部位内に入ることもあるため,角膜屈折力は大きく測定される.結果としてさらに過大評価されてしまう.瞳孔中心付近の1,000ポイント以上の平均角膜屈折力〔OPD-ScanARK-10000(NIDEKCo.,Ltd.:以下,OPD)のaveragepowerinpupil:以下,APP〕などを用いることによって,より正確な角膜屈折力を得ることができるようになってきた1).今回筆者らは非対称性が強い眼と弱い眼とで複数の装置で測定した角膜屈折力の差および眼内レンズ度数計算の結果に差があるかを比較検討した.1048あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014I対象および方法2008年11月から2012年11月までに南青山アイクリニックで水晶体再建術を施行した症例のうち,下記の条件を満たすものを対象とした.術中・術後全身および眼合併症がない.近視LASIK手術後でTMS-4(TOMEYCo.,Ltd.)のsurfaceasymmetryindex5)(以下,SAI)が機器の設定上異常値と定義されている0.5以上である22例29眼〔非対称(+)群〕および同0.5未満である11例14眼〔非対称(.)群〕.これらの2群に対して術後レトロスペクティブに解析を行った.眼軸長はAscanAL-2000(TOMEYCo.,Ltd.)で測定した値を用いた.前房深度と水晶体厚についてもAL-2000で測定した値を用いた.A定数は全期間ともメーカー推奨値の超音波式用の値を使用した.1.角膜屈折力オートレフラクトケラトメーターARK-700A(NIDEKCo.,Ltd.)で計測した平均角膜屈折力(以下,レフケラ)とOPDの瞳孔中心付近3mmのAPP(以下,APP3mm)との差を2群間で比較した.統計学的検討はSPSSStatisticsbase18(SPSS社)を用い,有意差の判定はtwosamplet検定を用いてp<0.05を有意差ありとした.2.術後屈折予測値と実際の結果の差レフケラ,APPそれぞれの角膜屈折力とLASIKの屈折矯正量を使用してCamellin-Calossi式6.8)で計算した術後予測屈折値(等価球面度数)と術後1カ月目の自覚等価球面度数の差について,平均値および絶対値平均を2群間で比較した.統計学的検討はMann-WhitneyのU検定を用いてp<0.05を有意差ありとした.II結果1.角膜屈折力非対称(+)群におけるレフケラの平均は38.48±1.56D(35.44.42.46D),APP3mmの平均は37.8±1.92D(33.09.42.03D)で差は0.68±0.55D,絶対値の差は0.70±0.53Dであった.一方,非対称(.)群におけるレフケラの平均は39.6±1.13D(38.10.42.00D),APP3mmの平均は39.4±1.21(37.82.41.98D)Dで差は0.19±0.20D,絶対値の差は0.20±0.19Dであった.レフケラについては非対称(+)群と(.)群の間で有意な差はなかったが,APP3mmについては有意な差があった.また,非対称(+)群では非対称(.)群に比べてレフケラの角膜屈折力とOPDのAPP3mmの差および絶対値の差が有意に大きかった(表1).2.術後屈折予測値と実際の結果の差非対称(+)群でAPP3mmを使用して計算した場合の術後屈折予測値と実際の結果の差は0.53±0.74D(.0.39.+2.11D),非対称(.)群で同様に計算した場合の差は0.12±(122) 水平経線上の屈折角膜曲率半径(mm)角膜屈折力(D)測定径(mm)7.743.833.339.037.503.909.535.534.11力の値-6D43D-5.375D本来ならば42Dであるはずが-6DのLASIK36D37.625D図2角膜屈折値の過大評価2オートケラトメータでの測定部位は角膜が平坦化すると,正常眼より周辺部となる.正常眼(上図左側)では測定部位と角膜中央部との屈折力の差は少ないが,近視LASIK眼(上図右側)では差が大きい.図では1.5D以上過大評価となる(37.625.36=1.625).表1両群のレフケラとAPP,およびその差レフケラAPP@3mm差差(絶対値)非対称(.)39.6±1.13D39.4±1.21D0.19±0.2D0.2±0.19D非対称(+)38.48±1.56D37.8±1.92D0.68±0.55D0.7±0.53D0.33D(.0.50.+0.59D)で結果に有意な差はなかった.一方,非対称(+)群でレフケラを使用して計算した場合の術後屈折予測値と実際の結果の差は1.22±1.06D(.0.19.+3.44D),非対称(.)群で同様に計算した場合の差は0.27±0.32D(.0.18D.+0.63D)で結果に有意な差があった(図3).絶対値の差についても同様で非対称(+)群でAPP3mmを使用した場合は0.65±0.64D,非対称(.)群でAPP3mmを使用した場合は0.27±0.21Dと有意な差はなく,(123)*p<0.01Twosamplettest非対称(+)群でレフケラを使用した場合は1.23±1.05D,非対称(.)群でレフケラを使用した場合は0.32±0.26Dと結果に有意な差があった(図4).III考察近視LASIK後の白内障手術においては結果として術後の屈折が遠視側にずれやすい2,3).近視LASIK後は角膜屈折力が過大評価され,結果として選択される眼内レンズ度数が低あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141049 (D)(D)(D)**2.521.510.50-0.5非対称(-)■非対称(+)APP3mm0.120.53レフケラ0.271.22*p<0.01Mann-Whitneytest図3術後屈折予測値と実際の結果の差APP3mmを使用して計算した場合には両群間に有意な差はないが,レフケラを使用した場合には有意な差が認められた(p<0.01).2.521.510.50非対称(-)■非対称(+)APP3mm0.270.65レフケラ0.321.23*p<0.01Mann-Whitneytestくなり術後の屈折が遠視側にずれてしまう.非対称(+)群でAPP3mmを使用して計算した場合の術後屈折予測値と実際の結果の差と,非対称(.)群で同様に計算した場合は,結果に有意な差はなかった.一方,非対称(+)群でレフケラを使用して計算した場合の術後屈折予測値と実際の結果の差と,非対称(.)群で同様に計算した場合は結果に有意な差があった.APP3mmについては非対称の有無にかかわらず数値に有意な差はなく,またAPP3mmを用いた計算では非対称の有無で術後の屈折に有意な差がなかった.LASIK後に非対称な角膜の眼内レンズ度数計算においては,一般的に広く使用されているレフケラの値を使用して計算をすると,結果が遠視側にずれる傾向がある.これは照射部から非照射部にかけての急峻な部分が測定部位内に入ってきてしまうため,測定値が過大評価となることによるが8,9),非対称があると角膜屈折力がさらに過大評価となる.これにより眼内レンズ度数が低く選択され,結果として手術後の屈折が予定よりも遠視側にずれる.このため計算にあたっては,角膜屈折力の選択につき特に注意が必要である.レフケラとAPP3mmの値を比較すると,非対称がある場合にはその差は大きなものとなる.今回計算に使用したCamellin-Calossi式は計算式に実際に測定した前房深度や水晶体の厚さを使用するが,多くの施設で採用されているSRK/T式は角膜屈折力を用いて前房深度を計算するため,実際の前房深度と合致しない場合がある9,10).レフケラによる角膜屈折力測定では角膜前面と後面が同様に変化しているものとしているため,LASIK後の平坦化した角膜ではこの点も誤差を生じる原因となりうる.つまり計算式と計算に用いる数値双方での誤差が生じることとなる.加えてLASIKでの矯正量が大きい場合にはさらに誤1050あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014図4術後屈折予測値と実際の結果の差(絶対値)図3と同様にAPP3mmを使用して計算した場合には両群間に有意な差はないが,レフケラを使用した場合には有意な差が認められた(p<0.01).差が生じることもある.今回筆者らの計算ではSRK/T式での計算は行わなかったが,SRK/T式を用いた計算では他の計算式を用いた場合に比べて精度が劣る報告もすでにされている11).今後Camellin-Calossi式との比較も検討する必要がある12).すでに多くの施設でLASIKをはじめとする近視矯正手術後の眼内レンズ度数計算が必要とされている現状があるが,「何をどのようにして計算をすればよいか」ということが広く普及していない.施設によってはLASIKなどの近視矯正手術後であってもレフケラのデータを用いてSRK/T式で計算をしていることがある.今回の筆者らの結果において一般的な眼科施設で使用されているレフケラの角膜屈折力を使用したものでは,非対称がある眼では結果に影響を及ぼすことがわかった.しかしこれについてはAPPを使用するなど,測定を工夫することにより精度がよくなると考えられた.エキシマレーザーに搭載されているトラッキングなどの機器の発達により照射ずれによる角膜の非対称が発生する可能性は以前に比べて少なくなったものの,まったくなくなっているわけではないので注意は必要である.APPなどの平均角膜屈折力を測定できる機器があるならば,特にLASIK後の計算には積極的に用いるべきである.ただし,トポグラフィーがない施設では非対称か否かの判断ができない.このため予測よりも大きく遠視側にずれてしまう可能性も十分考えられる.場合によっては専門の施設で非対称がないこと,さらにAPPなどの平均角膜屈折力やトポグラフィー,前眼部OCT(光干渉断層計)などを測定したうえで度数計算をすることが望ましい.なお,APPについてはTMSや前眼部OCTのCASIAのACCP(averagecentralcornealpower)と測定原理が同様であり,非常に近い値であることからACCPを用(124) いることも可能である.ASCRSの屈折矯正手術後眼の計算サイト(http://iolcalc.org/)では同じ欄にいずれかの数値を入力する形態になっている.日本国内で眼科専門医によるLASIKをはじめとする屈折矯正手術が行われるようになり,すでに15年以上が経過している.LASIKが広く普及している現在,その後に白内障手術が必要になった場合の眼内レンズ度数計算は喫緊の課題である.屈折矯正手術後に白内障手術を行うにあたっては,現時点での眼軸や角膜屈折力さえあれば正確に計算できるものではない.より精度を高めるためには手術前のデータの存在はもちろんのこと,適切な測定データと計算式の使用が求められる.これによりその計算精度は屈折矯正手術眼ではない眼に近づけることができると考えられる.LASIK後眼に対する眼内レンズ度数計算がこれまでよりもさらに簡便かつ高精度になれば,どの施設でも積極的にLASIK後の白内障手術を受け入れることができるようになる.筆者らはLASIKを数多く手がけてきた施設として今回の検証結果をさらに発展させて,現在使用している計算式よりもさらに精度が高い計算式を開発することを目標に今後も研究を重ねていきたい.文献1)渡辺純一,福本光樹,井手武:近視LASIK後の白内障手術における眼内レンズ度数計算精度.あたらしい眼科27:1689-1690,20102)魚里博:屈折矯正手術後眼の眼内レンズ度数計算.あたらしい眼科15:665-666,19983)中村友昭:LASIK術後眼のIOL度数計算.IOL&RS24:609-615,20104)魚里博:角膜曲率半径.眼科プラクティス25眼のバイオメトリー,p242-246,文光堂,20095)富所敦男,大鹿哲郎:ビデオケラトグラフティーによる角膜不整乱視の定量化.あたらしい眼科18:1349-1356,20016)CamellinM:Proposedformulaforthedioptricpowerevaluationoftheposteriorcornealsurface.RefractCornealSurg6:261-264,19907)CamellinM,CalossiA:Anewformulaforintraocularlenspowercalculationafterrefractivecornealsurgery.JRefractSurg22:187-199,20068)尾藤洋子,稗田牧:特殊角膜における眼内レンズ度数決定3.エキシマレーザー近視矯正手術後眼の眼内レンズ度数決定.あたらしい眼科30:607-614,20139)飯田嘉彦:屈折矯正手術後の白内障手術.IOL&RS22:39-44,200810)飯田嘉彦:眼内レンズ度数計算式の考え方.あたらしい眼科30:581-586,201311)ShammasHJ,ShammasMC:No-historymethodofintraocularlenspowercalculationforcataractsurgeryaftermyopiclaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg33:31-36,200712)SaviniG,HofferKJ,CarbonelliMetal:Intraocularlenspowercalculationaftermyopicexcimerlasersurgery:Clinicalcomparisonofpublishedmethods.JCataractRefractSurg36:1455-1465,2010***(125)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141051