特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):799.803,2014特集●眼科治療用レーザーの知識アップデートあたらしい眼科31(6):799.803,2014ND:YAGレーザーによる後発白内障手術Nd:YAGLaserCapsulotomyforPosteriorCapsularOpacification西恭代*根岸一乃*はじめに白内障手術は,.内摘出術から水晶体.を残して.内に眼内レンズを挿入する術式へ進歩することで,駆逐性出血や網膜.離などの重篤な合併症が少なく,かつ高い術後視力を期待できる手術となった.その一方で,残存する水晶体上皮細胞の遊走,増殖により後.が術後に混濁する新たな合併症が生まれた.視力低下の原因は後.混濁(posteriorcapsularopacification:PCO)に起因するため,欧米ではafter-cataractという用語よりもPCOという用語が好んで用いられる.海外のメタアナリシスによれば,後発白内障の発生率は,術後1年で11.8%,3年で20.7%,5年で28.4%と高頻度であることが報告されている1).臨床的な頻度はシャープエッジ眼内レンズ(IOL)の登場によりかなり減少したものの,依然として頻度の高い術後合併症である.I後発白内障の分類後発白内障は,線維性混濁(fibrosis),Elschnig真珠(Elschnig’spearls),Soemmerring輪(Soemmerring’sring),液状後発白内障(liquefiedafter-cataract)に分類される(図1).ただし,実際に視機能障害を起こすのは,おもに混濁が瞳孔領に及んだ場合であり,おもにElschnig真珠と線維性混濁によるもので,特殊例として液状後発白内障がある.II後発白内障の診断後.混濁が認められれば,それがどの程度視機能を障害しているかを診断する必要がある.まず細隙灯で徹照し,瞳孔領にElschnig真珠の侵入があり,その面積が大きければ視力が障害されている可能性が高い.それに対し,後.の線維性混濁は入射光を後方散乱させるので,視力障害の程度が軽い.Elschnig真珠と線維性混濁の鑑別としては,Elschnig真珠は徹照すると混濁の境界が鮮明で,小さな粒状の増殖が認められる.一方,線維性混濁は,境界が不鮮明で多数の皺状の混濁である.後.混濁により,視機能はグレア光負荷時のコントラスト感度(グレア難視度),コントラスト感度,視力の順で障害される2).液状後発白内障は,眼内レンズが完全.内固定されて.に閉鎖腔が形成された場合に,液化した細胞外基質が貯留して起こる.貯留液の白濁の程度により,視機能を障害するが,透明な場合はあまり影響がない.IIINd:YAGレーザー後.切開術の適応瞳孔領に及ぶ後発白内障が発生し,視力低下・霧視・グレアなどの視機能低下をきたした場合に治療の適応となり,通常Nd:YAGレーザー後.切開術(以下,YAG)を施行する.ただし,白内障手術後早期では.に緊張がなく,多量のエネルギーを要するとともに,後に述べる合併症のリスクが高くなるため3),通常白内障術*YasuyoNishiandKazunoNegishi:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕西恭代:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(25)799abcdabcd図1後.混濁の種類a:線維性混濁(fibrosis).b:Elschnig真珠(Elschnig’spearls).c:Soemmerring輪(Soemmerring’sring).黒矢印部で示される白色塊状の混濁がSoemmerring輪.d:液状後発白内障(liquefiedafter-cataract).透明な眼内レンズの後方,水晶体後.との間に白色混濁が三日月状に貯留している.(写真:独協医科大学松島博之先生のご厚意による)後数カ月以降に行う.観血的な手術が必要となるのは,後.を温存すべき症例と,YAGでの切開が不可能な厚い線維性混濁を呈する例や,年齢的問題あるいは精神障害でYAG施行が困難な例などである.また,IOL二次挿入予定や,強度近視のIOL非挿入例で網膜変性または裂孔がありYAG後の網膜.離の危険性が高い症例などは後.を温存することが望まれ,後.研磨術の適応となることもある.また,ぶどう膜炎などがあり高度の線維性混濁を呈する例では,硝子体カッターによる経毛様体扁平部後発白内障切除術が適応となることもある.前.収縮の場合は,CCCに沿った白い線維性混濁(収縮輪)を分断するように放射状にYAGで切開する.ただし,前.切開創が閉鎖していてYAGで切開しても開かない場合は観血的に切除する.いずれの場合も,レーザー治療と観血的治療のリスク-ベネフィットを考慮して最終的に適応を決定する必要がある.多焦点IOLの後発白内障の発生率は,従来の単焦点IOLと同等であると考えられる.しかし,多焦点IOLの後発白内障に対するYAGの頻度は,単焦点IOLより高いとされる4).多焦点IOL挿入症例では,眼鏡に依存しない良好な裸眼遠近視力が望まれる.そのため,遠方視力のみではなく,近方視力やコントラスト感度など,複数の術後視機能が安定していることが必要である.後発白内障はこれら複数の視機能に影響を与えるため,結果として多焦点IOLの後発白内障に対するYAGの頻度が高くなるものと考えられている.したがって,遠方視力の低下がなくても,近方視力5),実用視力6),高周波領域のコントラスト感度が低下し,患者が見づらさを訴える場合は,YAG施行を検討する必要がある.なお,多焦点IOL挿入眼においては,後発白内障による見えづらさなのか,waxyvisionによる見えづらさなのかを800あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(26)見きわめることがしばしば困難であり,YAGの施行には慎重を要する.IVNd:YAGレーザーの原理と使い方Nd:YAGレーザーによる切開は,高エネルギーのレーザー光がある1点に収束したときに発生するopticalbreakdown(原子から電子を引き離す現象)に基づいている.実際には細隙灯を覗きながら切開を置きたい箇所に焦点を合わせ,フットスイッチを踏むか発射ボタンを押す.なるべくエネルギー量を少なく済ませるために,YAGレーザー用コンタクトレンズを用いる.すると,焦点サイズが小さくなり,より少ないエネルギーでopticalbreakdownが得られ,周囲組織への影響も少なく済む.さらに,コンタクトレンズの保持で眼球運動を抑制することができ,誤照射の危険性を減らすこともできる7).V治療の実際術前には眼底検査と眼圧測定は必須である.高眼圧の症例は,術後の眼圧上昇をきたしやすいため,注意が必要である.また眼底検査は,眼底疾患による視力低下との鑑別に重要であるばかりでなく,黄斑浮腫,網膜裂孔などの有無を検索することで,それが術後に生じたものであるかの鑑別のために有用である.術前後にはアプラクロニジン(アイオピジンR)点眼液を投与する.十分な散瞳が得られたら点眼麻酔を行い,後.切開用のコンタクトレンズを装着する.後.上に正確にピントを合わせ,照射を開始する.IOLのpit(点状の傷)やcrack(亀裂)が入る恐れのある症例では,後.よりやや後方にピントを合わせる.通常1mJ前後の低パワーから照射を開始し,必要に応じてパワーを上げていくが,後.切開で3mJ以上のパワーを必要とする症例は少ない.ただし,前.の強い線維性混濁を切開する場合は,時として3mJ前後のパワーが必要な場合もある.切開法は十字切開法と円形切開法(図2)の2法がある.標準的な症例に対しては,適切に施行すれば円形切開でも十字切開でもほぼ大差ないため,術者の好みで選択する.(27)a.十字切開b.円形切開後.混濁レーザー照射部位切開方向切開線図2YAGレーザー後発白内障切開術の方法1.十字切開法12時方向から6時方向へ縦の切開を行い,それを視軸付近から横に広げる方法である.メリットは,後.の破片が浮遊することが少ないため,飛蚊症を生じることが少ないこと,照射数が少なくて済むことである.一方,デメリットは,視軸付近にpitを生じやすいことである.線維化が進んでいる症例では切開が広がらず,多くの照射が必要となることもある.2.円形切開法この方法のメリットは,視軸にレーザーを照射しないため安全性が高いことである.12時方向から照射を開始することが多いが,他の部位から開始してもよい.通常の症例では直径4mmくらいを目安に切開を行う.眼底疾患を伴っていて,周辺部の眼底検査や網膜光凝固が必要な症例には,直径5.6mm程度まで切開を広げる.6時の部位を切開し切開片が遊離すると,飛蚊症の出現や術後炎症の遷延を招く可能性があるため,6時の部位は切開せず,切開した後.が前方または後方に倒れるようにすることが望ましい.照射部位とパワーを調整し,可能な限り少ない照射数で円形の切開を行うが,術終了時に少々ギザギザであっても術後ときを経るに従って照射数は丸く広がっていくため,問題ないことが多い.一般的に,円形切開法を選択すべき症例は,後.とレンズが近接していてpitを生じるリスクの高い症例や,多焦あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014801点IOL挿入眼において,瞳孔領のIOL光学部の破損を避けたい症例である.なお,多焦点IOL眼のYAGレーザー後.切開術は,単焦点IOLの場合と同様に施行することができるが,瞳孔が開いた状態でも回折格子が十分に機能するように,比較的大きめの切開を行う必要がある.3.その他液状後発白内障に対しては,周辺部下方6時に1発孔を開けるだけで,貯留していた白色液が硝子体中に流出し,解消されることが多い.ただし,後.前に混濁があるため,レーザーのピントが合いにくいので,照射は慎重に行う.切開後に流出した液状後発白内障による硝子体混濁は自然吸収されるが,吸収までに数日から数週間を要することもあるため,事前に必ず患者に説明しておく必要がある.また,液状後発白内障の消失後に,通常の後.混濁が初めて明らかになる場合もあり,その場合は通常の大きさまで後.切開を広げる必要がある.VI術後合併症1.眼圧上昇眼圧上昇は,レーザー後.切開術が導入された当初からよく知られた合併症である.米国食品医薬品局(FDA)による臨床試験の報告では,28%の症例で眼圧が30mmHg以上に上昇したが,その多くが一過性であり,遷延性の眼圧上昇をきたしたものは1%程度であった8).この報告はアプラクロニジン(アイオピジンR)点眼を用いない初期の報告であるが,その後,術前後にアプラクロニジン点眼を併用することで眼圧上昇の頻度を大きく下げることができることが報告されている9).無水晶体眼や緑内障眼では眼圧上昇のリスクが高いので,できるだけ照射エネルギーを抑えるようにする.また液状後発白内障で,液中の白色混濁皮質が多く認められる場合は,YAG後に強い炎症が惹起され,眼圧上昇も起こしやすいため注意が必要である.2.黄斑浮腫レーザー後.切開術後の黄斑浮腫の発生頻度は,1%前後とするものが多いようである10).総照射エネルギー802あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014が80mJを超えるような明らかな過剰照射を避け3),糖尿病網膜症,ぶどう膜炎などのリスクを持たない症例に対して適切に照射できれば起きる頻度は低いといえる.黄斑浮腫が発生した場合には,トリアムシノロンのテノン.下投与,ステロイドの点眼,内服などの抗炎症治療を行う.3.網膜.離レーザー後.切開術後の網膜.離の発症についても多くの報告があるが,1%以下という報告が多く10),後.切開術との因果関係は不明である.後.切開時に前部硝子体膜が破綻することで網膜変性部に牽引がかかることがその原因と推測されている.術前に可能な限り眼底検査を施行して,網膜裂孔や変性の有無を確認し,裂孔があれば予防的に光凝固を施行しておくべきであり,変性がある患者に対しても,術前に十分リスクを説明しておく必要がある.また,無水晶体眼の場合,硝子体脱出をきたす可能性があるので,注意すべきである.4.YAG後の再混濁後.切開縁に沿ったドーナツ状のElschnig真珠の増殖が認められ,それによる視機能障害のためにYAG再施行を要する場合がある.また若年者の線維性混濁例では,前部硝子体膜上の線維性増殖膜発生や収縮による切開窓閉鎖が起こりやすい.また特殊例としてIOL光学部後面上の線維性増殖膜発生などがある.また液状後発白内障で,液中の白色混濁皮質が多く認められる症例では,YAG後に強い炎症が惹起され,眼圧上昇も起こしやすいので注意が必要であるPropionibacteriumacnesの.内感染例では,YAGを契機として菌が硝子体中に播種し,眼内炎を起こすことが報告されている11).5.その他の合併症IOL偏位,遷延性のぶどう膜炎,虹彩出血,角膜浮腫などが報告されているが,いずれも頻度は低い.謝辞:後発白内障の写真をご提供いただきました独協医科大学松島博之先生に深謝いたします.(28)文献1)SchaumbergDA,DanaMR,ChristenWGetal:Asystematicoverviewoftheincidenceofposteriorcapsuleopacification.Ophthalmology105:1213-1221,19982)林研:後発白内障.臨床眼科58:142-147,20043)AriS,CinguAK,SahinAetal:TheeffectsofNd:YAGlaserposteriorcapsulotomyonmacularthickness,intraocularpressure,andvisualacuity.OphthalmicSurgLasersImagingRetina43:395-400,20124)BiberJM,SandovalHP,TrivediRHetal:Comparisonoftheincidenceandvisualsignificanceofposteriorcapsuleopacificationbetweenmultifocalspherical,monofocalspherical,andmonofocalasphericintraocularlenses.JCataractRefractSurg35:1234-1238,20095)久米千,横山連,竹村准:回折型多焦点眼内レンズ挿入眼における後発白内障による近見視力低下.あたらしい眼科15:867-868,19986)WakamatsuTH,YamaguchiT,NegishiKetal:Functionalvisualacuityafterneodymium:YAGlasercapsulotomyinpatientswithposteriorcapsuleopacificationandgoodvisualacuitypreoperatively.JCataractRefractSurg37:258-264,20117)永本敏:白内障.あたらしい眼科20:205-211,20038)StarkWJ,WorthenD,HolladayJTetal:YAGlasers.AnFDAreport.Ophthalmology92:209-212,19859)KawaiK,SugiyamaK,KitazawaY:Theeffectofalpha2agonistonIOPrisefollowingNd-YAGlaseriridotomy.TokaiJExpClinMed29:23-26,200410)SteinertRF,PuliafitoCA,KumarSRetal:Cystoidmacularedema,retinaldetachment,andglaucomaafterNd:YAGlaserposteriorcapsulotomy.AmJOphthalmol112:373-380,199111)ChaudhryM,BaisakhiyaS,BhatiaMS:ArarecomplicationofNd-YAGcapsulotomy:propionibacteriumacnesendopthalmitis.NepalJOphthalmol3:80-82,2011(29)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014803