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私の緑内障薬チョイス 4.コソプト®

2013年9月30日 月曜日

連載④私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也連載④私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也4.コソプトR谷戸正樹島根大学医学部眼科学講座コソプトRは,確実な眼圧下降が必要とされる3剤以上の併用療法時に,より少ない点眼ボトル数・点眼回数での眼圧管理が可能となる薬剤である.多剤併用療法において,患者への負担を軽減することができる.患者にも医師にもやさしい処方が可能なコソプトRコソプトRは,現在国内で唯一使用可能なb遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬の合剤である(図1).1998年に米国などで承認されて以降,世界約90カ国で使用されている(図2).日本では0.5%チモロールと1%ドルゾラミドを含む製剤が承認されているが,海外では2%ドルゾラミドを含む製剤が主流である.コソプトRの魅力は,併用療法時の処方のシンプルさにある.プロスタグランジン製剤(PG),b遮断薬(b),炭酸脱水酵素阻害薬(CAI)による3剤併用療法時の点眼ボトル数と1日の点眼回数を表1に示す.PGと1日2回点眼のb,1日2.3回点眼のCAIを併用した場合に比べPG+コソプトRを処方した場合には,点眼ボトル数が減り,点眼回数も半分ですむ.点眼ボトル数・点眼回数の多寡は,患者の理解や患者が実際に点眼するかどうかに直結するため,筆者は可能な限り合剤を併用することにしている.また,医師の側からみても,点眼ボトル数を減らすことで,点眼指導や処方に費やす時間を短縮することが可能であり,この点においてもコソプトRを使用することに利点を感じている.より確実な眼圧下降が必要とされる多剤併用療法現在一般的には,PGを第一選択として使用し,視野の障害度や進行速度を加味して目標眼圧を設定し,必要に応じて薬剤を変更・追加することが行われている.コソプトRが考慮される状況では,少なくとも3剤の併用が必要と判断されるときであるため,単剤で治療されている状況と比較して,視野障害の程度が強い,視野障害の進行速度が速い,眼圧がより高度に上昇しているといった状況が想定される.そのような状況では,より確実(65)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY図1コソプトRのボトル形状・外観コソプトRの点眼ボトルはキャップの形状に特徴がある.メビウスの輪をイメージしたデザインで,1日2回点眼を示唆する2コブの形状を採用したとのことである.患者からの病歴聴取で,「オレンジでとがったキャップ+濁った薬液」ならエイゾプトR,「オレンジで8の時のキャップ+透明な薬液」ならコソプトRである.(MSD株式会社提供)な眼圧下降を得るために,bの持続効果が懸念されるPG/b合剤+CAIによる併用療法ではなく,PG+コソプトRによる併用療法が好ましいと筆者は考えている.PG/b合剤は,CAIなどの他の薬剤との併用ではなく合剤単独で使用すること(1日1回点眼)に最大の利点があるように思う.術後の眼圧下降薬として相性の良いコソプトR硝子体手術や白内障手術などの内眼手術の後に眼圧上昇をきたすことがある.そのような場合に,炎症の増悪が懸念されないコソプトRを使用することが多い.筆者本欄の記載内容は,執筆者の個人的見解であり,関連する企業とは一切関係ありません(編集部).あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131265 1998年承認アメリカイギリスフランススイスデンマークブラジルメキシコなど24カ国1999年承認アイスランドノルウェーカナダオーストラリアペルー南アフリカなど25カ国2000年承認スペインルーマニアハンガリーなど6カ国2001年承認エジプトサウジアラビアタイなど16カ国2002年以降承認フィリピンマレーシアインドロシア日本など17カ国1998年承認アメリカイギリスフランススイスデンマークブラジルメキシコなど24カ国1999年承認アイスランドノルウェーカナダオーストラリアペルー南アフリカなど25カ国2000年承認スペインルーマニアハンガリーなど6カ国2001年承認エジプトサウジアラビアタイなど16カ国2002年以降承認フィリピンマレーシアインドロシア日本など17カ国図2世界におけるコソプトRの承認状況(MSD株式会社提供)表1プロスタグランジン製剤(PG),b遮断薬(b),炭酸脱水酵素阻害薬(CAI)の併用療法時の点眼ボトル数と1日の点眼回数PG+b+CAIPG+持続型b+CAIPG/b合剤+CAIPG+コソプトR点眼ボトル数点眼回数/日35.634.523.423の印象でしかないが,房水産生抑制薬であるコソプトRのほうが,房水流出量を増加させる薬剤より,術後炎症に伴う眼圧上昇に対してシャープな眼圧下降効果を得ることができるような気がしている.また,トラベクロトミーなどの流出路再建術後の眼圧上昇に対しても,相性の良さと期待される眼圧下降効果からコソプトRを使用することが多い.●●●1266あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(66)

抗VEGF治療:抗VEGF薬の安全性と使用方法

2013年9月30日 月曜日

●連載⑯抗VEGF治療セミナー─使用方法─監修=安川力髙橋寛二6.抗VEGF薬の安全性と使用方法大島裕司九州大学大学院医学研究院眼科学分野滲出型加齢黄斑変性(AMD)に伴う脈絡膜新生血管に対する治療は,抗VEGF薬の登場により劇的に変革し,第一選択の治療法となっている.わが国においても抗VEGF薬による治療が開始されて約4年が過ぎ,その治療効果が示されてきている反面,反復投与による合併症が短期的にも長期的にも危惧されている.本稿では抗VEGF薬の安全性と使用方法について概説する.はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に伴う脈絡膜新生血管に対する治療は,ペガプタニブ(マクジェンR),ラニビズマブ(ルセンティスR)に代表される抗VEGF薬の登場により劇的に変革し,さらにアフリベルセプト(アイリーアR)の登場によりその選択範囲が広がった.これら抗VEGF薬の投与方法は導入期として最初の3回毎月連続投与後,維持期として毎月投与(monthlyinjection)に代表される固定投与(fixeddosing)や,わが国で広く用いられている病状が悪化したときに投与を行う必要時投与(prorenata:PRN)がある.治療効果を維持するためには,抗VEGF薬投与が長期化,および投与回数が膨大になることも少なくなく,眼科医として眼局所の合併症のみならず,全身への影響をも留意しなければならない.ラニビズマブ(ルセンティスR)多数の臨床試験の結果から,ラニビズマブ月1回の硝子体内投与がスタンダードとなったが,毎月の投与は患者側,医療者側とも負担が大きいため,わが国を含め実臨床の場でおもに行われているのが病状悪化時に投与するPRNである.この方法では毎月投与ほどの効果は得られないことが多いが,視力を比較的維持できている症例が多いことが知られている.しかし,毎月固定投与(monthlyfixeddosing)とPRN,およびラニビズマブとアバスチンを比較したCATT試験では,両薬の間では治療後の視力変化は同等であったが,PRNは毎月投与に劣ると報告されている1).また,種々の臨床試験から同じPRNでもOCT(opticalcoherencetomography,光干渉断層計)でわずかでも滲出がある場合,加療を行(63)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYったほうが視力予後良好であることが知られるようになり,PRNでも最近では以前に比して注射回数が増加していると推察される.Curtisらは,40,841名の抗VEGF療法を受けた患者(ベバシズマブ21,815名,ラニビズマブ19,026名)を後ろ向きに調査し,その全身合併症のリスクを報告している.それによるとベバシズマブのほうが有意に脳卒中(HR:0.78,95%信頼区間:0.64.0.96),および死亡率(HR:0.86,95%信頼区間:0.75.0.98)のリスクを上昇させると報告している2).その理由の一つとして考えられるのが,薬剤の血中への移行である.Carneiroらは,ラニビズマブもしくはベバシズマブを投与された患者の治療後血中VEGF濃度を測定し,導入期終了後1カ月後においてラニビズマブ群は有意な低下は認められなかった(0.7%の低下,p=0.198)が,ベバシズマブ群は有意に血中VEGF濃度が低下していた(42%の低下p=0.0002)と報告している3).この理由は,ラニビズマブは生成過程において,糖化されていないため,元来静注用抗癌剤で糖化蛋白として生成されているベバシズマブに比べて血中で分解されやすい特徴があり,ベバシズマブのほうが血中に残存しやすいためであると推測される.これらのことより,ラニビズマブはベバシズマブに比べて安全性が高いと考えられるが,安全性に問題がないわけではない.Bresslerらは,ANCHOR,MARINA,PIER,SAILORなどの大規模臨床試験のメタアナリシスを行い,元々,心血管イベントのリスクが高い症例では,コントロール群に比べて,ラニビズマブ投与で心血管イベントの発症が有意に高かったことを報告している(OR:7.7,p=0.03)4).眼局所の短期的な合併症は,以前より眼内炎,外傷性白内障,硝子体出血,網膜裂孔,網膜.離などが報告さあたらしい眼科Vol.30,No.9,20131263 図1抗VEGF療法後黄斑萎縮が認められた症例a:治療前,b:治療開始後4年.71歳,男性.左)網膜血管腫状増殖(RAP)の診断にてラニビズマブ硝子体内投与を32回施行.黄斑部に萎縮病巣が認められる.視力は治療前(0.15),治療開始4年(0.2)と不変である.れているが,RofaghaらはANCHOR,MARINA,HORIZONなどの7年間の長期成績を報告し,そのなかで自発蛍光による黄斑萎縮が98%に認められ,視力低下の有意な原因になっていたと報告している(p<0.0001)5)(図1).以上のことより,ラニビズマブはベバシズマブより安全性が高いと考えられるが,ハイリスク症例に対しては留意しなければならない.ペガプタニブ(マクジェンR)VEGFアイソフォームのVEGF165を選択的に抑制するペガプタニブの大規模臨床試験にはVISION試験があるが,その臨床効果は,視力維持は可能であったが改善効果に乏しいものであった.3年間の経過観察において心血管イベントの発症はわずか3%で,重篤な出血性イベントも認められていない6).この安全性から,他剤導入期治療によって改善した視力を維持する目的で,維持期にペガプタニブ固定投与を行うというLEVEL試験が行われ,良好な結果が得られている.アフリベルセプト(アイリーアR)アフリベルセプトは,VEGFの受容体とIgGのFcの融合蛋白でVEGFのすべてのアイソフォームのみならず胎盤成長因子をも抑制する.アフリベルセプトはわが国でも2012年に認可されたばかりで大規模臨床試験であるVIEW試験以外の報告はまだ少ない.VIEW試験では,維持期におけるアフリベルセプトの2カ月毎投与は,ラニビズマブ毎月投与に比して非劣性が示された.1264あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013合併症に関しては,心血管イベントおよび高血圧や重篤な出血性イベントもラニビズマブ毎月投与と比べて有意な差は認められなかった7).しかし,ラニビズマブ同様の心血管イベントが発症するリスクは予想され,特にハイリスク症例への投与は慎重を要する.おわりにAMDに対する抗VEGF薬硝子体内投与は治療のゴールデンスタンダードとなっている.視力予後を考えると定期的にproactiveな状態で投与するほうが良好な結果が得られる可能性が高いが,それに伴い,全身的,局所的な合併症のリスクが増加することが懸念され,特にハイリスク症例には注意を要する.われわれ眼科医は,治療のベネフィットと合併症発症リスクを考慮に入れ,慎重に加療し,合併症を可能な限り起こさないように留意しなければならない.文献1)MartinDF,MaguireMG,FineSLetal:Ranibizumabandbevacizumabfortreatmentofneovascularage-relatedmaculardegeneration:two-yearresults.Ophthalmology119:1388-1398,20122)CurtisLH,HammillBG,SchulmanKAetal:Risksofmortality,myocardialinfarction,bleeding,andstrokeassociatedwiththerapiesforage-relatedmaculardegeneration.ArchOphthalmol128:1273-1279,20103)CarneiroAM,CostaR,FalcaoMSetal:Vascularendothelialgrowthfactorplasmalevelsbeforeandaftertreatmentofneovascularage-relatedmaculardegenerationwithbevacizumaborranibizumab.ActaOphthalmol90:e25-e30,20114)BresslerNM,BoyerDS,WilliamsDFetal:Cerebrovascularaccidentsinpatientstreatedforchoroidalneovascularizationwithranibizumabinrandomizedcontrolledtrials.Retina32:1821-1828,20125)RofaghaS,BhisitkulRB,BoyerDSetal:SEVEN-UPStudyGroup.Seven-yearoutcomesinranibizumab-treatedpatientsinANCHOR,MARINA,andHORIZON:AMulticenterCohortStudy(SEVEN-UP).Ophthalmology.2013.doi:10.1016/j.ophtha.2013.03.046.[Epub]6)SingermanLJ,MasonsonH,PatelMetal:Pegaptanibsodiumforneovascularage-relatedmaculardegeneration:third-yearsafetyresultsoftheVEGFInhibitionStudyinOcularNeovascularisation(VISION)trial.BrJOphthalmol92:1606-1611,20087)HeierJS,BrownDM,ChongVetal:Intravitrealaflibercept(VEGFtrap-eye)inwetage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology119:2537-2548,2012(64)

緑内障:緑内障視野の進行判定

2013年9月30日 月曜日

●連載159緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也159.緑内障視野の進行判定溝上志朗愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻視機能再生学講座緑内障視野の進行判定法にはトレンド解析とイベント解析があるが,両者は相補的関係にあり,症例に応じて総合的に判断することが望ましい.患者の検査への慣れ,白内障の進行,および眼底疾患や視路病変の合併など,緑内障の進行と誤認しやすい場合があるので注意が必要である.緑内障治療の目的は患者に残された視機能を生涯不自由のないように維持することにある.患者の視機能を評価する手段は現時点で視野計測しかなく,特にその進行判定は治療プランの決定や変更にかかわるため患者の予後を左右する.よって緑内障診療に携わるすべての眼科医には的確な進行判定を行うスキルが求められる.●進行判定の方法視野障害の進行を判定する方法は,大きく2つに分類される.一つはトレンド解析であり,もう一つはイベント解析である.トレンド解析とは,経過中のパラメータをすべてプロットし,その回帰直線の有意性を判定する方法である.一般的にはMD(meandeviation)スロープが用いられる.トレンド解析は,測定結果に変動がなく,かつ連続的に悪化する場合には鋭敏な判定が期待できる.しかし,結果の変動が大きい場合には判定に時間トレンド解析-3-4MD-5(HFA)-6-7-0.02dB/Y±0.05(ns)-4.7-6.09-4.21-4.16-4.16-5.05-5.12-6.63-3.7-4.44-4.59-0.02dB/Y±0.05SD=0.88CC=-0.06DF=9TS=0.18MD-4.59dBを要する欠点がある.一方,イベント解析はベースラインデータから一定の低下を示した時点で進行と判定する方法であり,代表的なものにGPA(glaucomaprogressionanalysis)がある.GPAでは測定点ごとにイベント解析を行うが,これは局所の進行を判定するのは鋭敏であるのに対し,ベースライン視野の信頼性により判定が左右されるという欠点がある.実際の臨床では,どちらか一方の結果のみで進行を判定するのではなく,両者の長所と短所をよく理解したうえで,総合的に判断するのが望ましい(図1).●理想的な視野検査間隔緑内障視野の進行を診断するための理想的な検査間隔に関する最近の報告がある1).これによると,MD値が1年で.2.0dBと急速に進行しているケースで,検査データが中等度に変動する,と仮定した場合,進行判定GPA:2回連続悪化:3回以上連続悪化MD-4.16dB判定:進行の可能性あり図1トレンド解析では進行がないものの,GPAで進行と判定された例ある正常眼圧緑内障患者の6年間の視野の経過.トレンド解析とイベント解析は,どちらか一方の結果だけで判定せず,総合的に判断する.(61)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312610910-1810/13/\100/頁/JCOPY に必要な期間は,検査が半年間隔で行われる場合でも3年を要し,さらに1年間隔になると実に6年もかかることが明らかにされた.一方,検査間隔を4カ月にすると,2年間で判定できることから,進行速度をより短期間で見きわめるために4カ月ごとの視野測定を提唱している.しかしながら実際の臨床では,MDスロープの傾きの有意性が確認されるまで経過を追っていては治療の開始や方針の変更のタイミングが遅きに失する恐れがある.そこで,経過中のMD値の連続悪化を目安に予測するのも一法である.視野の長期経過を観察できた218眼(平均経過観察期間6.6年,平均検査回数約12.6回)を調査した筆者らのデータでは,MDスロープが将来的に有意に悪化するリスクは,MD値が3回連続して悪化すると,連続悪化がみられない症例よりも約2.6倍高くなり,さらに4回連続して悪化すると約4倍になると試算された.●本当に緑内障による悪化なのか?正確な検査結果を得るうえで,患者の視野検査への慣れは重要である.まだ検査慣れしていない時期は,一般的に固視不良や疑陽性反応が多く信頼性に劣るが,その後,検査に習熟するにつれて,信頼性が徐々に改善してくるケースが多い.しかしこの過程で,緑内障視野の進行と誤認されることもあり注意が必要である(図2).また,白内障の進行にも注意が必要である.経過観察期間が長期に及ぶと,白内障が視野に影響を及ぼすことも多い.しかしこの場合,緑内障の進行とは異なるパターンを示すことから,ある程度の鑑別は可能である.つまり白内障による感度低下は,多くの場合,トータル合併前合併後初回固視不良13/213カ月後固視不良7/23約1年後固視不良4/23図2固視改善による見かけ上の視野悪化が疑われる症例ある正常眼圧緑内障の経過.進行判定には視野の信頼性のチェックも重要である.偏差の悪化が目立つのに対し,パターン偏差には大きな変化がみられない.その理由としては,トータル偏差が実測視野感度の健常人の年齢別正常感度からの差であること,そしてパターン偏差は白内障や縮瞳などによる全体的な感度低下をトータル偏差から差し引いていることによる.これら以外にも,眼圧コントロールが良好であるのに,急速な進行を認めたり,非定型的な進行パターンを示したりする場合は,眼底や視路疾患の合併を念頭に置いて精査することが望ましい(図3).文献1)ChauhanBC,Garway-HeathDF,GoniFJetal:Practicalrecommendationsformeasuringratesofvisualfieldchangeinglaucoma.BrJOphthalmol92:569-573,2008図3緑内障に網膜中心静脈分枝閉塞症を合併した例70歳,女性.原発開放隅角緑内障.網膜中心静脈分枝閉塞症による下方の視野障害が緑内障の進行と誤認されやすいので,注意が必要である.1262あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(62)

屈折矯正手術:隅角支持型有水晶体眼内レンズ

2013年9月30日 月曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載160大橋裕一坪田一男160.隅角支持型有水晶体眼内レンズ根岸一乃慶應義塾大学医学部眼科学有水晶体眼内レンズは,中等度.強度の近視の手術矯正法として有効性と安全性が確立しつつあり,(1)隅角支持型,(2)虹彩支持型,(3)後房型の3種類がある.近年,おもにヨーロッパで使用されている前房隅角支持型のレンズ(AcrySofRCachetR)の術後3年までの成績は良好であるが,安全性については長期経過を待つべきである.はじめに近年,有水晶体眼内レンズは,角膜屈折矯正手術の適応外である中等度.強度の近視の手術矯正法として有効性と安全性が確立しつつある.有水晶体眼内レンズは大きく分けて(1)隅角支持型,(2)虹彩支持型,(3)後房型の3種類があり,それぞれに利点と欠点がある.ここでは,隅角支持型有水晶体眼内レンズについて述べる.●歴史有水晶体眼内レンズの第一世代は1954年にStrampelliによって導入され前房隅角支持型のレンズである1).これらは角膜浮腫,慢性虹彩炎,Uveitis-Glaucoma-Hyphema症候群などのさまざまな合併症のために使用が中止された.隅角支持型のレンズは,その後もデザインが改良され,Baikofflens(ZB,ZB5M,NuVita),ZSAL-4andZSAL4-Pluslenses(MorcherGmbH,Stuttgart,Germany)が使用されたが,ポリメチルメタクリレート(PMMA)製で切開幅が大きくなるため,現在は使用されていない1).現在使用されているのは,3mm以下の切開創から挿入可能なフォルダブルレンズで,CEマークを取得しているのはKelmanDuetlens(TekiaInc.,Irvine,Calif)とAcrySofR(AlconInc.)のみである.そのほか,ヨーロッパとロシアでThinPhAc(ThinOpt-X)とVisionMembrane(VisionMembraneTechnology)の臨床試験が行われた1)が,その成績についてはPubMedで検索した限りは見つからなかった.KelmanDuetlensはシリコーン製の光学部と,PMMA製の支持部の独立した2つの部品からなるレン(59)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYズで2.5mm幅の切開から挿入し,眼内でフックを使用して組み立てる.術後1年の角膜内皮細胞密度減少率は5.43%と報告されている2)が,それ以降の長期経過の報告はない.最も新しい隅角支持型有水晶体眼内レンズはAcrySofRCachetRである.AcrySofRCachetRは日本では治験中である.以下,AcrySofRCachetRについて解説する.●AcrySofRCachetRAcrySofRCachetRは疎水性アクリル製のシングルピースレンズで,屈折率1.55,直径6.0mmのメニスカス形状の光学部をもつ(図1).レンズ度数は.6.00..16.50D,全長は12.0.14.0mmまであり,解剖学的計測値によってどのレンズを選択するか決定する.1.術前検査術前検査は他の屈折矯正手術と同様,自覚屈折,調節麻痺下屈折,裸眼および矯正視力,瞳孔径,眼圧,前房深度,角膜形状,角膜厚,角膜内皮細胞密度,眼底検査などを行う.現状での適応と除外基準は原則として他の有水図1術後の前眼部写真(AcrySofRCachetR)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131259 a.眼内にインジェクターで挿入b.後方支持部はフックで挿入図2手術手技晶体眼内レンズと同様であるが,AcrySofRCachetRの場合は前房深度が角膜内皮から測定して2.7mmを超えないものは適応外となる.眼内レンズ度数の計算はVanderHeijdeやFechnerらによる既存式を元に,メーカーがノモグラムを加えた推奨の計算法を提供しているので,それに従う.眼内レンズのサイズはwhiteto-white計測値より0.5.1.0mmほど大きいものを使用する2).2.手術術前に縮瞳させたのち(術者により灌流液にアセチルコリンを使用することもある),点眼麻酔下で2.6.3.2mm切開(使用カートリッジにより異なる)3)を行い粘弾性物質で前房を保ちつつインジェクターで眼内レンズの後方支持部以外の部分を挿入する(図2a).眼外に残った後方支持部はフックで挿入する(図2b).支持部は4点すべてが隅角にはいるようにする.その後サイドポートから粘弾性物質を除去する.虹彩切除の必要はない.3.手術成績・合併症3年以上経過観察した104例の患者(360例の患者に挿入)に対する国際多施設研究の結果4)では,裸眼視力は101例(97.1%)で0.5以上,48例(46.2%)で1.0以上であった.矯正視力は103例(99%)で0.625以上,84例(80.8%)で1.0以上であった.術後6カ月から3年における中央および周辺の年間角膜内皮細胞密度減少率はそれぞれ0.41%と1.11%で,瞳孔の変形,瞳孔ブロックおよび網膜.離の合併症はなし,と非常に良好な成績が報告されている.しかしながら,安全性の評価については,さらに長期の成績を待たなければならない.文献1)AlioJL,ToffahaBT:Refractivesurgerywithphakicintraocularlens:anupdate.IntOphthalmolClin53:91-110,20132)AlioJL,PineroD,BernabeuGetal:TheKelmanDuetphakicintraocularlens:1-yearresults.JRefractSurg23:868-879,20073)GuellJL,MorralM,KookDetal:Phakicintraocularlenspart1:historicaloverview,currentmodels,selectioncriteria,andsurgicaltechniques.JCataractRefractSurg36:1976-1993,20104)KnorzMC,LaneSS,HollandSP:Angle-supportedphakicintraocularlensforcorrectionofmoderatetohighmyopia:three-yearinterimresultsininternationalmulticenterstudies.JCataractRefractSurg37:469-480,2011☆☆☆1260あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(60)

眼内レンズ:水晶体嚢内前房内フラッシュ法

2013年9月30日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎325.水晶体.内前房内フラッシュ法松浦一貴野島病院眼科前房内の予定最終濃度に希釈したモキシフロキサシンを用いて前房内を全置換し,眼内レンズ裏を含む水晶体.内も意識的に灌流するフラッシュ法を紹介する.耐性菌を含む眼内炎起因菌の最小発育阻止濃度を凌駕する濃度の抗菌薬の安定した投与が可能である.欧州を中心に白内障術後感染予防を目的とした前房内投与が一般的となっている1).筆者らは,水晶体.内前房内フラッシュ法(以下,フラッシュ法)2)による前房内投与を行っており,その特長を述べる.手術終了時の前房内には10.40%に細菌が存在するといわれているが,前房内には生理的・免疫的な抗菌作用があるため意外と感染が成立しにくいとされる.一方,眼内レンズ(IOL)裏や水晶体.赤道部などに閉じ込められ前房と隔離された細菌は,強毒菌であれば硝子体に波及し急性眼内炎の原因となるし,弱毒菌であれば長く.内にとどまり晩期感染をひき起こす.そこで感染予防のためには術中のIOL裏の洗浄が重要となるが,筆者らは粘弾性物質(OVD)除去の際にI/A(irrigation/aspiration)チップをIOL裏に挿入してもIOLタッピングを行っても,必ずしも十分な.内洗浄が行われていないことを示した3).IOLと後.は術後早期から密着しているため,術中にこのエリアに細菌が取り残された場合に菌の排出が行われず,十分な薬液の到達も望めない.すなわち,IOL裏は術中に洗浄および投薬図1前房内を全置換し,IOL裏を含む水晶体.内も意識的に灌流するフラッシュ法水を噴出しながらサイドポートより挿入し,前房内を数秒フラッシュする(a,b).反対側もしくはサイドのレンズエッジを持ち上げてIOL裏にも水流を回す(c).さらに前房内を数秒フラッシュし水を出しながらサイドポートより針を引き抜く(d,e).abcdeされる必要があるといえる.欧米で一般化している前房内投与法は高濃度セフロキシムの少量(0.1ml)投与である.これに対して,筆者らは前房内の予定最終濃度に希釈したモキシフロキサシンを用いてIOL裏を含む水晶体.内前房内を灌流し全置換する投与方法を採用している(図1).前房内に注入された灌流液は.内にも灌流するイメージがあるが,必ずしもそうではない.摘出豚眼の前房内にコンデンスミルクを注入したのち,前房内のみを灌流する実験を行ったが,前房圧によってCCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)はIOLに押し付けられて閉鎖するため.内は灌流されなかった(図2).このため.内の十分な洗浄および投薬のためにはIOLエッジを持ち上げて意図的にIOL裏に薬液を灌流させる必要があった.フラッシュ法を用いれば,仮に手術終了時の前房内が汚染されていたとしても約20秒の注入で前房内がほぼ全置換されることがわかっている2).さらに少量投与法に比べて安定した濃度が得られる利点もある.(57)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312570910-1810/13/\100/頁/JCOPY aabdeセフロキシムは腸球菌に効果をもたず,また時間依存性の薬剤であるため薬液のターンオーバーの速い前房内には適しているとは言い難い.一方,モキシフロキサシンやレボフロキサシンなどのフルオロキノロンは濃度依存性であり,2時間程度有効濃度を保つことができれば効果があるとされている4).筆者らはハイドロダイセクションなどすべての操作を5mlシリンジに取り分けたモキシフロキサシン希釈液で行っている.わが国では大鹿らもレボフロキサシン希釈液を用いてハイドロダイセクションや手術終了時の前房形成,ハイドレーションを行っていると報告している.点眼や内服などによる投与は前房内への吸収や移行という生理的な制約を受けるが,前房内に直接投与する方法であれば術者の任意の前房内濃度を実現することが可能である.MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を含む眼内炎起因菌の最小発育阻止濃度を凌駕する濃度の抗菌薬の投与を安定して行うことが可能であるフラッcf図2摘出豚眼にコンデンスミルクを注入したのち前房内のみを灌流する方法前房内に迷入した泡を通してIOL裏が観察可能であった(a).前房内のミルクは希釈されていくが,IOL裏の皺の中に取り残されたミルクは.内に隔離されており,希釈・排出されない(b,c).サイドのレンズエッジを持ち上げて意図的にIOL裏にも水流を回すことで初めてミルクは希釈洗浄される(d,e).シュ法による前房内投与は,術後感染予防の切り札となりうる手法である.文献1)FrilingE,LundstromM,SteneviUetal:Six-yearincidenceofendophthalmitisaftercataractsurgery:Swedishnationalstudy.JCataractRefractSurg39:1521,20132)MatsuuraK,SutoC,AkuraJetal:Bagandchamberflushing:anewmethodofusingintracameralmoxifloxacintoirrigatetheanteriorchamberandtheareabehindtheintraocularlens.GraefesArchOphthalmol251:81-87,20133)松浦一貴,三好輝行,吉田博則ほか:水晶体.と眼内レンズは密着している.IOL&RS27:63-66,20134)O’BrienTP,ArshinoffSA,MahFS:Perspectivesonantibioticsforpostoperativeendophthalmitisprophylaxis:potentialroleofmoxifloxacin.JCataractRefractSurg33:1790-1800,2007

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ診療のギモン④

2013年9月30日 月曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ診療のギモン②4本コーナーでは,コンタクトレンズ診療に関する読者の疑問に,臨床経験豊富なTVCI※講師がわかりやすくお答えします.※TVCIは「ジョンソン・エンド・ジョンソンビジョンケアインスティテュート」の略称です.眼科医および視能訓練士を対象とするコンタクトレンズ講習会を開催しています.眼精疲労には「弱めの度数」が良い,というのは本当でしょうか?講師梶田雅義梶田眼科眼の疲れの多くはピント合わせのための毛様体筋にかかる負担が過剰になって起こる.眼を休めることによって,疲れが改善すれば良いが,眼を休めても疲れが回復せずに重積すると,眼精疲労に進展する.遠視眼や近視眼で遠くがよく見えるように矯正された眼が,長時間近方視作業をし続けたときには,毛様体筋にかかる負担が大きく,眼精疲労を生じることが多い.このような場合に,「弱めの度数」すなわち,遠くは少し見づらくなるが,近方視作業を行うときにピント合わせの努力を軽減できるように弱めの度数の眼鏡やコンタクトレンズを用いれば,眼精疲労を軽減することができる.つまり,近方視作業が多い人では“Yes”である.しかし,近方視はあまり行わず,長時間遠くをしっかり見なければならないパイロットやドライバーでは,遠くがよく見えないと,もう少ししっかり見ようと思い,毛様体筋に力を入れることになる.すると毛様体筋が収縮して,ピント位置をさらに近くに引き寄せてしまい,ますます遠くは見づらくなる.結果として,遠くの視力はさらに低下する.これを繰り返すことによって,眼精図1明視できる範囲遠点が無限遠に位置するように矯正したとき,調節安静位は約1mの位置にある.それよりも遠方に向かう調節は「負の調節」,近方に向かう調節は「正の調節」とよばれる.疲労は改善するどころか,さらに増強する結果になる.このように遠くをよく見なければならない人では“No”である.これは調節機能を考えると容易に判断できる.毛様体筋は無限遠を見ているときでも完全に弛緩している状態にはなく,つねに緊張した状態にある.そして,私たちがどこを見るともなくぼーっと見ているときには,調節安静位(あるいは生理的緊張状態)といって,正視眼で1mくらいの位置にピントが合っている状態にある.この調節安静位から近方にピント合わせをする動きは正の調節(調節),反対に調節安静位から遠くへピント合わせをする動きは負の調節とよばれている(図1).毛様体筋はピント位置が調節安静位から離れるほど疲れやすくなる.一般的には1mくらいの距離に調節安静位が位置するような矯正が適切で,この状態は完全矯正の状態である.しかし,1日の大半を75cmくらいに位置するディスプレイ画面を長時間見ているVDT(visualdisplayterminal)作業者では,調節安静位でディスプレイ画面にピントが合うような少し弱めの度数の矯正を行えば,疲れは少なくなる.反対に,100m先をずっと注視しなければならない機関士では,少し強めのほうが疲れないことになる.しかし,これは作業中に限ってのことであり,勤務から解放されたら,生活環境にあわせた度数の眼鏡に掛け替えるのが望ましい.(55)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312550910-1810/13/\100/頁/JCOPY いきなり乱視を矯正すると眼が疲れるというのは本当ですか?講師梶田雅義梶田眼科ある人では“Yes”,ある人では“No”である.眼の疲れはピント合わせを行う毛様体筋が関与することが多い.毛様体筋は近くを見るときに収縮し,収縮している時間が長くなると疲れを生じる.乱視には正乱視と不正乱視があるが,ここでは正乱視について説明する.乱視では光は焦点ではなく,焦線として収束する.直交する2経線方向で焦線位置は異なり,レンズに近いほうを前焦線,レンズから遠いほうを後焦線とよぶ(図2).前焦線と後焦線の間には2経線方向のぼけが均等になる位置(最小錯乱円)が存在する.生体は光を網膜で捕らえるが,映像を認識しているのは大脳である.網膜面では多少ぼけ像であっても,大脳で処理された結果,クリアな像として認識されていることが多い.近視性の直乱視眼の網膜には前焦線位置の結像は縦方向が鮮明で,横方向がぼけて投影される.反対に後焦線位置の結像は横方向が鮮明で,縦方向がぼけて投影される.そして,その中間にある最小錯乱円位置の結像は縦方向と横方向が均等にぼけて投影される(図3).前焦線と後焦線の間にある網膜像を大脳が処理して,生活に支障のないクリアな像として認識されれば,前焦線から後図2乱視の結像レンズに近いほうが前焦線,遠いほうが後焦線,均等にぼける位置が最小錯乱円である.後焦線最小錯乱円前焦線縦線横線図3近視性直乱視が作る網膜像眼に近いほうが前焦線位置,遠いほうが後焦線位置,中間に最小錯乱円位置がある.焦線の間は調節を行わないでピントが合う範囲ということになる.これを乱視による偽調節とよぶ.調節努力を行わなくても済むので,毛様体筋に疲労を生じない.このような乱視眼が後焦線位置が焦点になるように矯正されると,乱視を矯正していなかったときに比べて,後焦線位置の網膜像は鮮明になるが,そのままでは前焦線位置の網膜像はぼけるために,ピント合わせをしなければならない.乱視未矯正のときにほとんどピント合わせをしないで生活できていたのが,いきなりピント合わせをしなければならなくなり,ほとんど使っていなかった毛様体筋をむりに働かせて疲れが生じる.一方,前焦線から後焦線の間にある網膜像を大脳が処理して,生活に支障が生じる不快なぼけ像として認識されると,大脳はピントを合わせるために毛様体筋を収縮させてみたり弛緩させてみたりと試行錯誤を繰り返す.しかし,乱視によるぼけ像は水晶体の屈折力を変えても解消はできないので,毛様体筋には疲労が蓄積してしまう.このような乱視眼では後焦線位置にピントが合うように矯正を行うことによって,後焦線位置の網膜像は鮮明になる.もちろん,前焦線位置の網膜像はぼけるが,調節を行い水晶体が屈折力を変えることで,前焦線位置にもピントを合わせることができる.乱視を矯正していなかったときに無駄な努力をして疲れていた毛様体筋は合目的な運動ができるようになり,疲労は解消する.1256あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(00)

写真:水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)による虹彩毛様体炎

2013年9月30日 月曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦352.水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)による戸所大輔群馬大学大学院医学系研究科虹彩毛様体炎病態循環再生学講座眼科学分野①②③図2図1のシェーマ①:瞳孔にノッチ状の不整がみられる.②:著明な角膜後面沈着物.③:毛様充血.図1水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)による虹彩毛様体炎(72歳,男性)皮疹を伴わず,片眼性の充血と眼痛で発症したVZVによる虹彩毛様体炎.強い炎症,高眼圧,瞳孔の不整を認め,zostersineherpeteを強く疑った.写真はミドリンPR点眼後.図3角膜後面沈着物(図1と同一症例)角膜後面に多数の沈着物を認める.角膜上皮には偽樹枝状病変を認めない.図4分節状虹彩萎縮(図1の症例の2カ月後)消炎後,虹彩色素脱失を伴う分節状の虹彩萎縮を残した.角膜内皮細胞密度の減少はみられなかった.(53)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312530910-1810/13/\100/頁/JCOPY 水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)はヘルペス属ウイルスの一つで,初感染時に水痘(varicella)を起こし再活性化により帯状疱疹(herpeszoster)を起こす.眼部帯状疱疹に伴って片眼性の肉芽腫性虹彩毛様体炎や偽樹枝状角膜炎を発症することがあるため,皮膚科からの紹介で眼科を受診するのが日常診療において最もよくあるパターンであると思われる.典型的な皮疹を伴う場合は,診断も容易であるし抗ウイルス薬の全身投与もすでになされていることが多いため,眼局所に対する点眼治療のみで改善することが多い.しかし,帯状疱疹の皮疹の程度はさまざまであり,皮疹が軽微であったり皮疹を伴わない場合,皮膚科を経由せず眼科を受診する.このような場合は,眼所見の特徴からVZVの関与を疑う必要がある.VZVによる虹彩毛様体炎では角膜後面沈着物を伴う強い炎症所見(図1,3),高眼圧,角膜知覚の著明な低下,分節状の虹彩萎縮を伴いやすいという特徴がある.VZV以外に単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)やサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)も虹彩毛様体炎を起こすが,VZVによるものは最も炎症所見が強い.CMVでは角膜内皮細胞密度の低下が著明で,分節状虹彩萎縮はまれである.片眼性の肉芽腫性虹彩毛様体炎をみた場合,皮疹の有無,瞳孔不整の有無,角膜内皮細胞密度,角膜知覚に着目すべきである.今回の症例では高眼圧を伴う片眼の肉芽腫性虹彩毛様体炎があり,ステロイド薬点眼に反応しないため近医より紹介された.初診時,皮疹を伴わなかったが,瞳孔にノッチ状の不整がみられた(図1)ため,VZVによる虹彩毛様体炎を強く疑った.診断確定のために前房水を採取しヘルペス属ウイルスに対するPCR(polymerasechainreaction)検査を行ったところVZVDNAが陽性であり,VZVによる虹彩毛様体炎と診断した.バラシクロビル1,500mg内服を行い,約3週間で消炎および眼圧下降が得られた.初診時にみられた瞳孔のノッチに一致した部位に脱色素を伴う分節状の虹彩萎縮を残し,治癒した(図4).本症例では,VZVによる虹彩毛様体炎を認めるものの典型的皮疹がなく,いわゆるzostersineherpete(無疱疹性帯状疱疹)とよばれる病態であった1,2).バラシクロビル内服が有効だが,一般に抗ウイルス薬には抗菌薬のような即効性がないため,効果の発現には1.2週間を要することに注意したい.文献1)YamamotoS,TadaR,ShimomuraYetal:Detectingvaricella-zostervirusDNAiniridocyclitisusingpolymerasechainreaction:acaseofzostersineherpete.ArchOphthalmol113:1358-1359,19952)NakamuraM,TanabeM,YamadaYetal:Zostersineherpetewithbilateralocularinvolvement.AmJOphthalmol129:809-810,20001254あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(00)

時の人

2013年9月30日 月曜日

人人の時新潟大学大学院医歯学総合研究科視覚病態学分野(眼科学)・教授ふくちたけお福地健郎先生新潟大学眼科は明治43(1910)年に新潟大学眼科医学専門学校が創立され,眼科学講座の設置が定められた時をもってその嚆矢とする.2010年には新潟大学医学部とともに眼科も100周年を迎えた.新潟大学眼科は代々,緑内障をメインテーマとし,その歴史は第二代熊谷直樹教授まで遡る.そして,第四代岩田和雄教授,第五代阿部春樹教授(いずれも現・名誉教授)の後任として2012年11月,福地健郎先生が第六代教授に就任された.同眼科は現在,緑内障,網膜・硝子体,角膜・ぶどう膜・感染症,神経眼科・小児眼科(斜視・弱視),腫瘍・形成,ロービジョンの専門外来を持ち,地方の眼科医療にとっての重要な拠点として,専門である緑内障以外の領域に関しても,一線の眼科医療レベルを維持,確保することが一つの使命となっている.今回の教授就任に伴い教室のスタッフも一新され,「それぞれが責任ある立場でレベルアップをし,よりよい眼科医療を提供できるようになってくれること」を先生は期待しておられる.*福地先生は昭和35(1960)年新潟市に生まれ,お父上のご実家が静岡県熱海市にあった関係から,小学校3年から約10年間は太平洋側で過ごされた.静岡県立沼津東高等学校を経て,昭和60(1985)年に新潟大学を卒業し眼科に入局,岩田和雄教授の下で研修を開始,さらに澤口昭一先生(現・琉球大学教授)の指導の下,緑内障の基礎研究に従事されることになった.岩田教授の当時の研究テーマは「緑内障における視神経障害のメカニズムの解明」で,視神経乳頭の組織学的,組織化学的研究が福地先生の緑内障研究のスタートになった.その後,シカゴ・イリノイ大学に留学され,BeatriceYue教授の指導を受け生化学,分子生物学的研究の経験を積まれた.留学から復帰後(阿部教授に代替わり),特に澤口先生が転出されて以降は,緑内障臨床チームの外来・病棟診療に当たってこられた.緑内障専門医としてのキャリアは主に基礎研究から始められたが,岩田教授の緑内障研究のためには臨床のトレーニングも必要との方針から,大学院時代から緑内障外来を担当された.そして次第に,手術や薬物などの治療研究,視野の長期経過などの臨床観察研究へと,結果的に緑内障に関する広い分野に研究対象を増やすことになり,最近の研究成果では,緑内障眼の視野障害進行速度と眼圧との関係を検討し,眼圧値そのものだけでなく眼圧変動も進行速度に関わることを示された.また,視野とQOL(qualityoflife)の相関を検討し,視野の領域によってQOLへの影響が異なることを示し,視野のパターンからみたテーラーメード治療の必要性について示された.福地先生は「これらの研究のすべての根本は,緑内障患者の視機能予後を改善すること,特に生涯のQOLという観点から考えた場合にどのように管理しどのように治療すべきか,とういう命題である.そのために,病態の分析・理解と,薬物および手術による治療の双方のレベルアップを目指しこれからも緑内障の研究と実践を続けていきたい.」と抱負を述べられ,さらにまた,「岩田教授,阿部教授と引き継がれてきた新潟大学眼科緑内障の伝統を背負うのは大きなプレッシャーですが,私たちは,決して“守る”のではなく,若く能力のある(ただ,まだまだ潜在している)後輩たちとともに新しい伝統を“作る”ために前進あるのみ」との思いを披瀝された.*最後に趣味はクラシック音楽・絵の鑑賞,読書を挙げられた.特にクラシック音楽はお父上の影響もあり,昔からよく聴いており,最近は(その販売の仕方がクラシック音楽業界の衰退の要因になることを危惧されつつ)セット物,ボックス物として廉価で販売されている昔のCDをよく購入(輸入盤で通販)されているとのこと.(51)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312510910-1810/13/\100/頁/JCOPY

医療におけるデジタルデータの取り扱い原則

2013年9月30日 月曜日

特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1243.1249,2013特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1243.1249,2013医療におけるデジタルデータの取り扱い原則ManagingofDigitalDatainMedicalSystems永田啓*はじめに医療の進歩とともに,人間の生体から情報を得るさまざまな検査が発明され,それを人の手で直接行う方法から,医療機器により行う方法へと進歩した.情報は数値・グラフ・画像・動画といった形で発生し,表示され,記録される.記録は,手書きから,医療機器によるアナログ出力や画面を撮影した写真(フィルムやポラロイド)といった形で処理されていたが,コンピュータテクノロジーの発達とともに,次第にデジタル化されるようになった.2013年現在では,大部分の機器の出力はデジタル化を経たデータとなっている.情報のデジタル化は飛躍的に情報の扱い方を進歩させたが,デジタル化されたデータには,それまでのアナログデータとは違った問題点も生じている.本稿では,そうしたデジタルデータの取り扱いに関して考えてみたい.IIT化=デジタル化IT(InformationTechnology)化・ICT(InformationandCommunicationTechnology)化はここ40年で画期的に進み,誰もがあたりまえにコンピュータ機器やネットワークを使う時代となっている.コンピュータ・スマートフォン・タブレットといったさまざまなコンピュータデバイスが日常に入り込み,ごく普通に使われている.テレビをはじめ音響機器からカメラ・ビデオといった映像機器・そして日常に使用する家電まで,あらゆるものがコンピュータ制御となった.ネットワークも一部の科学者や研究者が使っていた時代から,パソコン通信などにより個人が使用できるようになり,今やインターネットはいつでもどこでも誰でも使える環境として世界をつないでいる.あまりにあたりまえになっているので,デジタルということを意識することは少ないが,改めて情報のデジタル化について考えてみよう.図1のようにアナログデータを扱うためには,紙・写真・音・動画といったそれぞれの情報形態ごとに別々に作成するための道具・保存するための道具・見るための道具が必要となる.また,保存するためのスペースと搬送に関わる方法(運輸)が必要である.しかし,データがデジタル化することで,図2のようにすべての情報形態がコンピュータのデータファイルとして,コンピュータとネットワークにより,同じ方法で扱うことができるようになった.IT化というのは,まさに情報のデジタル化ということに他ならない.デジタル化することで,文字であろうが写真であろうが音声であろうが動画であろうが,コンピュータという共通の道具で作成・保存・利用が可能となり,ネットワークという形で搬送が物量や運送時間といったものから解放され,飛躍的に情報流通が発展することとなった.さらにアナログでは,紙は劣化するし,フィルムや焼き付けた写真も劣化してゆく.過去のデータは劣化するため,そのデータが発生したときの新鮮さは失われ,情*SatoruNagata:滋賀医科大学医療情報部〔別刷請求先〕永田啓:〒520-2192大津市瀬田月輪町滋賀医科大学医療情報部0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(43)1243 作成保存作成保存報が欠落してゆく.レコードはすり減って音が悪くなるし,ビデオテープで撮影した手術ビデオは経年変化で劣化する.リバーサルフィルムで撮影した眼底写真は色あせてしまう.また,アナログでは複製したものは,元のものよりは情報が欠落し,同じものは完全には複製できない.しかし,コンピュータが普及し,さまざまな情報がデジタル化され,情報をまったく同じ状態で複製することが可能となった.デジタルデータは劣化せず,データが発生したときのままの状態で保存が可能となった.こうした情報の劣化がない状態では,情報はそのままの形で永久に保存可能で,使用も可能であると思われていた.IIデジタルデータの取り扱いにおける注意点データのデジタル化によるメリットはこのように明らかであるが,データがデジタル化したことによる問題はまったくないのだろうか.デジタルデータは劣化しないことから保存期間は飛躍的に向上したのだろうか.1244あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013作成保存図2デジタル情報の扱い図1と比較して,デジタル情報はコンピュータとネットワークという共通のしくみで,文章も図も写真も動画も同じコンピュータファイルとして扱うことができる.1.メディアの変遷医療の現場では,大型コンピュータの時代から新しい技術としてコンピュータが導入されはじめたが,1970年代後半にパーソナルコンピュータが発明されたころから,積極的な利用が本格化した.当時のコンピュータは医療機器の制御を行ったり,データを処理したりといった組み込み型で使われることが多く,デジタルデータは磁気テープに記録されるのが普通であった.大型コンピュータやワークステーションではオープンリールのテープが使われ,パーソナルコンピュータではカセットテープが使われた.それ以来,データを記録しておくメディアは図3のように,フロッピーディスク・CD・MO・DVD・ハードディスクなどディスクメディアやメモリーカード・SSD(SolidStateDrive)といったスタティックメディアなど,さまざまなものが発明され,使われ,そして消えていった.そのなかで比較的長い寿命を保っていたのは,フロッピーディスク・CD・SDカード類であるが,フロッピ(44)図1アナログ情報の扱いアナログ情報だと文章・図・写真・動画といったメディアごとにそれぞれ作るための道具,保存するための道具,見るための道具が必要となる.また,保存にはスペースが必要だし,運ぶためにもトラックなど搬送手段が必要となる. 図3さまざまな外部記憶メディア過去さまざまな外部記憶メディアが生まれ消えていった.生き残っているものはそう多くない.ーディスクも生産がほぼ終了し,CDをはじめとするディスクメディアを扱うドライブも,最新のコンピュータには標準で搭載されなくなった.メディアが変遷するということは,過去のデジタルデータを保存したメディアが「読めなく」なるとういうことである.2.OSの変遷・CPUの変遷・アプリケーションの変遷コンピュータは図4のようにハードウェアとOS(OperatingSystem)そしてその上で動くアプリケーションによって構成される.メディア以外にも,コンピュータのOS・CPU(中央演算装置)・アプリケーションの変化も問題となる.ハードウェアファームウェアOSアプリケーションソフトウェア図4コンピュータの基本的構成ハードウェアの上に,基本的な機能をもつファームウェアとOSがあり,ユーザーはOSとその上のアプリケーションを使用する.パーソナルコンピュータが私たちの手に入るようになった1970年代後半では,コンピュータのハードウェアは非力で,当時はまだ日本語をパーソナルコンピュータで自由に扱える状況ではなかった.パソコンのOSも非力で,グラフィック性能もきわめて低い状態であった.(45)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131245 図5WindowsRの変化パーソナルコンピュータのOSであるWindowsRもこれだけ変化している.変化するたびに,操作性やデータの互換性などが変化してしまう.当時のデジタルデータは,現在ではそのままでは読めないものが多い.その後,日本語を扱えるOSの登場や,ディスプレイのカラー化・高解像度化などが起こり,パーソナルコンピュータは現在の形に近づいてきた.たとえば,パソコンOSのWindowsRは図5のようにWindowsR1.0から現在のWindowsR8に至るまで,何度もバージョンアップを繰り返してきた.WindowsRは比較的,以前のOSとの互換性をもつほうではあるが,それでも,OSの変化に伴い,過去のデータが読めなくなったり,過去のアプリケーションが動かないといった事態はよく発生する.OSはCPUなどコンピュータのハードウェアに依存するため,ハードウェアが進化することで,それに対応して変化せざるをえない.最新のコンピュータでは,以前のOSは動かせないといった事態が生じるのはこのためである.アプリケーションはOSに依存するので,OSの変化によりアプリケーションもバージョンアップが必要となる.OSやアプリケーションの変化で,過去のデータがうまく扱えなくなる状況も生じている.昔,学会で行った講演のプレゼンテーションファイルを現在のコンピュータでひさしぶりに開こうとすると,アプリケーションが昔のファイル形式をサポートしておらず,データがあるにもかかわらず,そのファイルの中身が見られないといったことも起こっている.3.メディアやコンピュータの変遷にどう対応するか?メディアの変遷は今後も起こるので,本当に残していかなければならないデータは,メディアの変化に応じ1246あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(46) て,新しいメディアにコピーしなおして,「読める」状態を確保する必要がある.特に貴重な医療データを残す場合には,こうしたメディアの変遷に対して常に注意を払って対処しておく必要がある.また,OSやアプリケーションの変化に対応するためには,ファイル形式をできるだけ標準的なものにしておくか,OSやアプリケーションのバージョンアップに合わせてこまめにファイル形式を最新のものに変更しておくといった工夫が必要である.最近は仮想(バーチャル)環境をコンピュータ上に構築して古いOSをそのバーチャル環境で動かすことも可能になっているが,古いOSはサポートが打ち切られているため,OS自体の不具合やコンピュータウイルスへの対処ができない,といった問題が生じるため,専門家による管理が必要となる.現在,ファイル形式としてOSやメディアの変化に比較的耐えてきたものは,単純なテキストファイル,画像であればJPEG(JointPhotographicExpressGroup),文章やレイアウトであればPDF(PortableDocumentFormat)といったものである.医療情報においては,標準化が次第に行われているが,標準化にあたってのデジタルデータ形式は,できるだけ継続性を保つために,XML(ExtensibleMarkupLanguage)やHTML(HyperTextMarkupLanguage)5など,中身はテキストファイルで構成されたデータ形式がよく使われる.画像データは放射線画像からはじまったDICOM(DigitalImagingandCommunicationinMedicine)などを使用する方向にあるが,多くの医療現場ではデファクトスタンダードとなったJPEG形式の画像がたくさん使われている.DICOMは最初,可逆圧縮を行う画像フォーマットであったが,最近では中身の画像はJPEGなどのフォーマットでも可能で,画像に撮影日や患者情報といったデータを付加したファイル形式となっている.4.眼科領域の標準化眼科領域での医療情報の標準化も次第に進んでおり,眼科機器からの情報出力における標準化を,日本眼科医療機器協会が日本眼科学会・日本IHE(IntegratingtheHealthcareEnterprise)協会と協力して順次整備してい(47)る.眼科機器からの出力データの共通化は,レフ・ケラトメータ・眼圧計からはじまり,眼底画像出力標準化など,順次眼科機器からの出力の標準化が進められている.IIIカルテとデジタルデータ医療現場で患者から発生するあらゆるデータはカルテに統合されてきた.カルテは紙に記載され,紙カルテをベースとした情報集約が起こり,紙ベースの医療情報システムが作られた.カルテは単純なノートから,さまざまなフォーマットの用紙が考案され,熱計表・検査結果を貼り付ける分類用紙・クリニカルパス用紙・ICU(IntensiveCareUnit,集中治療室)などで使われる詳細な変化や指示を一覧できる用紙など,さまざまな工夫を積み重ね,効率的で一覧性も高いものへと進化した.さまざまな指示を行うための伝票システムも複写伝票などの工夫で,医療現場を効率的にかつ安全に運営するためのノウハウがつまったものとなった.紙カルテの歴史は古く,それに伴って紙カルテに適応される法律も起源は古い.現在でも紙カルテに関しては保存必要年限が5年と定められているのはご存じだろう.1.医療情報システムの導入と変化医療現場に診療・検査機器以外にコンピュータシステムが導入されたのは,図6のように最初はレセプト作成のためであった.そのあと,さまざまな紙伝票とその結果を閲覧するための紙を電子化したオーダリングシステムが導入され,診察室や病棟ステーションといったところにコンピュータが導入された.オーダリングシステムはレセプトシステムと連携して,レセプト作業を軽減したが,逆に医師や看護師への事務負担が増加するといった事態も招くこととなった.オーダリングシステムにおいては,デジタルデータを扱うが,最終結果はプリントアウトされ,紙カルテに綴じ込まれるか張り付けられ,それがカルテとなった.オーダリングシステムはあくまでツールであり,それ自体はカルテではなかった.このため,オーダリングシステムが故障しても,医療あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131247 図6大規模汎用型医療情報システムの進歩日本の大規模汎用型医療情報システムは,レセプトからはじまり,オーダリングシステム,電子カルテへと進化した.ICUのシステムのようにME機器とより結びついたシステムへと今後進化してゆく.現場では不便になりはせよ,診療が止まるということはなかった.あくまで紙カルテがカルテの原本であり,それが確保されている限り,どのようなツールを使っても,そのツールがカルテに関する法的制限を受けることはなかった.紙カルテとオーダリングの組み合わせは医療現場に効率性と便利さを実現したため,カルテ記載もコンピュータで行えば,より便利になるという考えが当然起こってくる.こうしてオーダリングシステムをベースに,電子カルテシステムが開発された.電子カルテシステムは,デジタルデータを原本とするため,院内のどこからでもカルテを閲覧・記載でき,院内における情報共有など多くのメリットをもたらしたが,原本をデジタルデータとするため,システムが止まると診療ができない状況になってしまうことが問題となっている.2.紙カルテと電子カルテ紙カルテは前述のように長い歴史をもっており,カルテに関する法律も紙カルテを前提として作られてきた.そして,カルテを運用していくうえでの取り決めや許可も,長い歴史のなかで積み重ねられてきた.厚生労働省は,カルテに関して正確な記載を求め,さまざまな規制を行おうとしたが,過去にすでに許可した事項に関して,新たな規制を加えることは長年の積み重ねがあるためむずかしい状況であった.1999年までは国は電子カルテを認めていなかったが,1248あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013自己責任真正性見読性保存性from著しく1999自由度が下がるオーダリングではできたのに…図7電子カルテの法的な問題それぞれの医療機関が自己責任で真正性・見読性・保存性を保証する必要がある.オーダリングは法的拘束を受けないが,電子カルテは受ける.「法令に保存義務が規定されている診療録及び診療諸記録の電子媒体による保存に関するガイドライン」として,電子カルテを「容認する」立場となった1).ガイドラインで定められたのは,図7に示すように,個々の病院の自己責任のもと,真正性・見読性・保存性を確保したうえで電子カルテをカルテ原本として認めるという内容である.また,そのとき以来,電子カルテは紙カルテとは違う新しいものである,という扱いを行ってきた2).真正性とは誰が記載したかを保証するものであり,見読性とはいつでもカルテ使用者が容易に肉眼で読める状態を保証することである.保存性とは真正性を保ち見読可能な状態で改変されない状態で保存することを保証することである.現在,電子カルテの保存期間に関する明確な取り決めはないが,紙カルテのように5年で破棄することは認められておらず,このため,現状では電子カルテは永久保存となっている.厚生労働省は紙カルテでは実現できなかった,きっちりとしたカルテ運用・内容管理を行いたいと考えており,それに従って,電子カルテに関して,紙カルテとは違う取り決めを行いはじめている.また,法律は紙カルテを前提として作られているため,法曹界では電子カルテの扱いに関して,当分の間は電子データそのものではなく,プリントアウトした電子カルテの内容をもって裁判を行うとしている.オーダリングを中心とした医療情報システムは,医師や看護師が中心に使うオーダリングシステムと検査・薬剤・放射線・手術・材料・内視鏡・ICUなどのサブシ(48) 見かけは同じでも,中身は違う訴え訴え診断治療思考過程電子カルテ治療診断現在のシステムは,医療行為の一部を担うオーダーと結果参照がメイン思考過程カルテ上に展開電子カルテは,医療・看護行為のすべてが,思考過程を含めて,含まれる図8オーダリングシステムと電子カルテシステムの違いオーダリングでは紙カルテが原本なので,システムが止まっても診療は可能であるが,電子カルテだと原本が電子データなので,システムが止まると診療ができなくなる.ステムが連携して構成されている.当然,電子カルテを中心とした医療情報システムも,医師や看護師が中心に使う電子カルテシステムと検査・薬剤・放射線・手術・材料・内視鏡・ICUなどのサブシステムが連携して構成される.図8に示すように,紙カルテを原本とするオーダリングシステムと電子データを原本とする電子カルテシステムは,見かけは同じでも意味合いがまったく違うことを意識しておく必要がある.多くの病院では,サブシステムを含む医療情報システム全体を電子カルテと定義している.その場合,検査・薬剤といったサブシステムに対しても真正性・見読性・保存性を保証する必要が出てくる.検査システムを例にとると,従来のオーダリングシステムでは,検査結果をプリントアウトしたあとは,そのプリントアウトが原本であり,紙カルテに貼り付けられるので,その後はデータを何年か後に消してもまったく問題はなかった.しかし,電子カルテシステムとした場合には,検査システムのなかのデータが原本であり,それを現状では永久保存しなければならないことになる.このため,病院で電子カルテシステムを導入する場合には,どのデジタルデータが電子カルテとしての原本保証を行うものであり,それがどのシステム上にあるものであるかを厳密に規定しておく必要がある.そうでなければ,サブシステムを入れ替えたり,そのサブシステム(49)のもつデータを部門の考えで消去できなくなる可能性があり注意が必要である.3.電子カルテと眼科システム眼科システムにおいても,どのデータを電子カルテの原本として扱うかを考えておく必要がある.たとえば,眼底写真をすべて電子カルテの原本と考えると,瞬目やピント不良など撮影に失敗したデータもすべて残す必要が出てくる.紙カルテのときに,リバーサルフィルムで撮影した眼底写真は,カルテの原本としてすべて残されているだろうか.診療根拠・治療根拠としてのカルテ原本保証といった概念が次第に強くなる現状で,こうしたことを意識しておく必要がある.紙カルテと電子カルテは違うものであることを,自覚してほしい.また,電子カルテの要件を厳密に保証するためには,それに対応したデータベース設定やシステム設計が必要であるが,それを実現しているのは,複数診療科が使用する大規模な電子カルテシステムが大部分である.サブシステムや小規模システムにはこの要件は荷が重い.眼科システムでは,それ自体が電子カルテとして原本保証を行うのではなく,必要なデータやカルテ記載を電子カルテシステムに送り,送ったデジタルデータを原本とする形をとる方法が良いと考える.それにより,眼科システムでは厳密な原本保証を行わずに自由度を上げるとともに,眼科としてのカルテの原本保証を実現することが可能となる.おわりに一人の人間から発生するデータは,日々増加し,指数関数的に増加する.今後もこの傾向は変わらない.デジタル眼科として,デジタルデータをどのように扱うか,また,電子カルテと原本保証をどのようにするかを,きっちりと考えることが重要である.文献1)医療情報システムの安全管理に関するガイドライン.http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/02/dl/s0202-4a.pdf2)e-文書法と厚生労働省の所管する法令に基づく書面に関して.http://www.mhlw.go.jp/topics/2005/03/tp0328-1a.htmlあたらしい眼科Vol.30,No.9,20131249

文献検索:“Papers”を用いた文献管理と論文執筆への応用

2013年9月30日 月曜日

特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1239.1242,2013特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1239.1242,2013文献検索:“Papers”を用いた文献管理と論文執筆への応用ManagingBibliographywith‘Papers’Application吉村武*はじめに過去の文献の検索は,Medlineで雑誌・年代・ページ数を検索し,図書館へ行き冊子をめくり,コピーをしてくるというやり方が一般的であった.現在はPubmed(www.pubmed.gov)でキーワード検索を行い,フルテキストのPDF(PortableDocumentFormat)ファイルをダウンロードできるようになった.所属の大学や施設の図書館で契約している雑誌がある場合,フルテキストは大学のネットワーク経由で取り込むことができるが,出版から一定期間経過した論文は無料で配布されていることも多い.また,公共科学図書館(PublicLibraryofScience:PLOS)のように,オープンアクセス(無料)の論文も増えてきている.本稿では,筆者が現在行っている文献検索の方法・論文執筆時の参考文献の挿入などについて概説する.I論文の重要度による文献検索Pubmedでは年代順に検索することがほとんどであるが,重要度が高い,つまり引用回数の多い順番で検索することも有用である.GoogleScholar(www.scholar.google.com)を利用すると,「引用の順番」に論文を並べることができる.図1aに示すとおり,Pubmedを経由せずPDFをダウンロードすることも可能である.図1aの“cytedby**”をクリックし,引用件数を用いる「孫引き」をしていくことで,現在の自分のテーマのなかで重要とされる文献(価値がある文献)が明らかとなってくることが多い.II文献管理に関する考え方の変遷以上のようにして論文をPDF媒体として集められるようになり,フォルダにまとめて管理するようになった.「研究テーマ別」・「著者」・「年代」などの階層ファイルを作れるかもしれない.しかし,いざ使う場合にどこのフォルダにしまったのかわからなくなり,印刷して付箋を付けてリングファイルで管理したほうが良いかもという事態になってしまう.これを音楽に置き換えてみたい.昔は曲一つひとつをCDからMD(さらに昔はカセットテープ)に録音し,ケースに曲名などを綴り持ち出していた.いまでは,コンピュータ上でiTunes(Apple社)というアプリケーションを使い,CDやインターネット経由で購入する音楽ファイルはmp3の形式でハードディスク上に保存,聴きたい曲をクリックすると再生し音楽を聴くことが主流となっている(曲ごとの情報はインターネット経由で取得される).集めた音楽ライブラリーは,iPodに入れてかなり多くの曲を外に持ち出せる.iPhoneはiPodと携帯電話が融合した器械であり,世界中で大きなシェアを得ている.このような技術革新で音楽の聴き方は短期間で根本から変革した.また,最近は音楽ライブラリーそのものをクラウド注1上に保存し,iPhoneの3g電話回線経由でも聴きたい曲を再生できるようになった.*TakeruYoshimura:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕吉村武:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(39)1239 a.b.‘引用回数’の順番図1GoogleScholarの外観(説明は本文参照)文献管理も,ちょうど「曲」を「文献」に置き換えて考えられるような状況になっている.III文献管理ソフトPapersの紹介膨大なPDFを管理する場合,活躍するのが「Papers」というアプリケーションである(www.papersapp.com).1995年にオランダのアムステルダム大学の同級生として出会ったAlexanderGriekspoor氏とTomGroothuis氏は,2000年からオランダがん研究所(NetherlandsCancerInstitute:NCI)で大学院生活を始めた.研究の傍ら,検索で増え続けるPDFをなんとかできないものかと2人はソフトウェアの開発をはじめた.「Mek&Tosj」名義で作り上げたPapersという無料アプリケーションは瞬く間に研究者たちの間で話題となり,2004年の米国Apple社からの受賞をはじめ多方面から高評価を受けた.2006年の学位取得後にAlexander氏1240あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013が英国のケンブリッジ大学で研究生活を続ける一方,Tom氏は「Mekentosj」法人を設立しさらにPapersを発展させた.2010年には米国Apple社のiOS部門に組み込まれ,iPhoneやiPad向けのソフトウェアも開発されることとなり,2012年にはドイツSpringerScience+BusinessMedia社の一部門となっている.開発時よりMacintoshRのみの対応であったが,昨年よりWindowsROS上での使用も可能となっている.筆者は大学院生時代の2003年頃から同ソフトウェアの使用を始めたが,ソフトウェアの不具合などは‘Papersforum’内でディスカッションされ,個人的な質問にもすぐにメールで答えてくれていた.事業拡大に伴い,最初は無料であったソフトが今は79ドルとなってしまったが,多くの機能も追加され使い勝手の良いソフトである.また,学生の先生方は,自分の顔と学生証を一緒に撮った写真を送ると40%の割引が受けられることも追記しておきたい.(40) d.d.a.c.b.図2Papersの外観(説明は本文参照)IVPapersの使い方図2にあげるように,外観は音楽ソフトであるiTunesと非常に類似したものとなっている.以下に筆者が日常的に行っている方法を簡潔に記述する.①キーワード検索,PDF取得②Papers内へ保存③PDF情報の取得筆者はPubmedもしくはGoogle,GoogleScholar,医学中央雑誌経由でPDFを一旦デスクトップ上に保存したうえで,Papersソフトウェア上にドラッグ&ドロップでコピーして論文情報を取得するやり方をとっている.Papersもソフト内でウェブブラウザによる検索およびPDF取得ができるので,どちらでも便利である.①の段階でのPDFファイル名はまちまちであるが,②で雑誌名・年代・筆頭著者のフォルダに分けられ一つの大きな“Papers”フォルダにまとめられる(デスクトップ上のPDFは削除する).そして,③Papers内で論文を選択し,“Match”(control+command+M)を行う.これによりアブストラクトを含む論文詳細情報が取得され,以後Papers内の検索が可能となる.また,それぞれ論文のURLに再度アクセスするのも容易である.筆者は“Papers”ライブラリフォルダをクラウドサービスのDropbox注2上に保存し,自宅および医局のコンピュータと同期させている.以上のように文献を蓄積したのち,特に筆者が便利と感じる点を以下にあげる.①全文検索(図2a):Papers保存文献のあらゆるテキストから,指定した単語・文節を拾い上げてくれる.論文執筆時に,「英語での言い回し」などを探すときにも便利である.②スマートコレクション(図2b):アブストラクト・本文・著者・年代など,指定した条件を含む文献を自動的にフォルダとして管理できる.③RecentlyRead,RecentImportのタブ:最近読ん(41)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131241 だ(取り込んだ)論文,つまりまだ印象に残っていとRobertMcGrath氏により設立された.る論文を順番に並べてくれる.両者ともPapersと同じように文献の管理,キーワーViPhone,iPadでのPapersの利用ドサーチができるが,一番の違いはアルゴリズムに基づき,「この文献も読んでみませんか」と推薦論文が出て前述のとおりiOS用にもPapersが開発され,WiFiくることである.(無線LAN)経由でPapersライブラリを共有できるよ筆者はまだ使用経験がないが,いずれもシンプルな外うになった.iPhoneはPDFを読むのに適したサイズで観と操作性を特徴としており,今後この分野でシェアをはないが,iPadは解像度が良くなり十分使用に耐える.拡大する可能性がある.しかし,操作性にはまだ改良の余地があるように思える.おわりにVI参考文献の編集・挿入LPレコードを聴かせてもらったとき,針が降りたあとの間合にどんな格好良い曲が始まるんだろうという期論文執筆の際,参考文献の作成にもPapersは有用で待感があった.ノイズも即興演奏の一部のように聴こえある.Word(またはPages注3)で文章作成中,以下の操たりもした.大事なCDから何度も聴いた音楽は,フレ作を行い文献を挿入する.ーズを現在でも思い出せる.音楽の印象は,周囲の状況①Controlキーをダブルクリックで検索ウィンドウがとともに残るものかもしれない.その一方,過去の音楽立ちあがる(図2c).がアクセスできる範囲に大量にある現在,自分の音楽を②キーワードを入れてPapersライブラリ内に保存し広げるのも容易となった.てある目的の参考文献を検索(図2d).論文も,じっくりと読むにはプリントもしくは雑誌で③文献をダブルクリックした後“insertcitation”を読むほうが印象に残ると思う.従来通り,アンダーライダブルクリックすることで,Word(またはPages)ンを引いたり書き込んだり,また人と議論しながら読んへ挿入される.だ論文は,いまでも印象に残る図や文節も多くある.引用文献を挿入し文章を完成させた後,巻末に参考文本稿のように‘Papers’を用いて文献を管理する現献リストの形で表示するには以下の操作を行う.在,大量の論文から自分の情報を取捨選択する能力がつ①Controlキーをダブルクリック.いていかないことも多くあるが,少なくとも多量の文献②“Selectstyle”で参考文献の形式を選択する.を集め管理し,論文の参考文献リストを作ることができ③“Formatmanuscript”をダブルクリック.るのは有益と感じている.紙面の都合上,詳細なアプリ以上により,簡単に参考文献リストが作成できる.ケーションの操作については別稿にゆずるが,先生方にVII類似のソフトウェアとって便利な文献管理をするきっかけとなれば幸いである.以下に類似のソフトウェアを紹介する.■用語解説■1.Mendeley(http://www.mendeley.com)注1クラウド:コンピュータのデータの格納を,ネット2007年英国ロンドンでLast.fm注4およびワーナーミュージックの元経営陣により設立,多くの研究者を集ワーク経由のサービスとして利用する形態のこと.注2DropBox:www.dropbox.com,オンラインストレージサービス.め開発された.現在Elsevier社に買収されている.注3Pages:Apple社提供の文章作成ソフト.注4Last.fm:2002年イギリスで設立されたオンライン2.ReadCube(http://www.readcube.com)音楽サービス.2007年米国ハーバード大学の学生SinisaHrvatin氏1242あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(42)