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眼鏡と視線分布

2013年8月31日 土曜日

特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1053.1060,2013特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1053.1060,2013眼鏡と視線分布SpectaclesandVisualLine河原哲夫*はじめに私たちは眼球を回転させて見ようとする対象を注視し,網膜の中心窩に結像させているが,眼鏡レンズは眼前に固定されているため,眼球運動(視線移動)に伴ってレンズの使用部位が異なる.そのため,眼鏡レンズのどの部位を通しても網膜上に明瞭な像を結ぶ必要がある.一般に球面レンズの周辺部では光学性能が低下するが,これを解決する目的で非球面レンズなどが開発されている.他方,眼球の動き,特に読書時などで近くを見る場合に眼球が輻湊とともに下方視することを利用して,老視に対する累進屈折力レンズが処方・使用されている.日本は世界一の長寿国と言われているが,全人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)が近年急激に増加し,1994年には14%超(高齢社会),2007年には21%を超えて超高齢社会に移行した.2020年には高齢化率が29.2%,高齢者が約3,600万人と予測されている1).一般に45歳以上になると老眼鏡が必要になるといわれているが,2005年にはその人口比が47.9%(6,042万人)であり,人口の約半数が老眼鏡を必要としている2).高齢者の視環境を改善・維持する手段として,累進屈折力眼鏡の利用が大幅に増えると思われる.さらに,学童における近視の進行予防を目的として,近見時の調節ラグを減少させる累進屈折力眼鏡を積極的に利用する臨床試験例3)あるいはロービジョン者への応用4)など,老視用ばかりでなく多くの局面で累進屈折力眼鏡の有用性が期待されている.I累進屈折力眼鏡における屈折力分布と視線累進屈折力レンズが開発・発売されてから,すでに40年以上が経過している.発売当初は,装用時の「画像の揺れや歪み」によって,「見え方が悪く,眼が疲れる」などの欠点が指摘されていたが,近年の累進レンズの設計および製作技術の進歩によって,装用感のすぐれた各種のレンズが実用化されている.累進屈折力眼鏡では,遠方から近方までの視対象に対し,レンズ各部位の屈折力を変化させて遠近の焦点合わせを行っている.ただし,装用者の視野内で屈折力の異なる部分があるため,眼球や頭部の運動による像の揺れなどが避けられない.この影響を軽減するため,累進面をレンズの両面に配置するなどの工夫がなされている5).また,加入度を少なく,あるいは累進帯長を長くするなどで収差を抑制し,「揺れや歪み」を低減した使用目的別の累進レンズも開発されている.いずれの場合でも,眼球の視線方向すなわちレンズの使用部位で,対象の奥行き位置に対応した屈折力となっていることが,レンズ設計上でも装用状態でも前提条件になっており,累進屈折力眼鏡の処方と作製・調整において配慮すべき重要な点と思われる.累進レンズの最適な屈折力分布,すなわちレンズのどの部位にどの程度の屈折力を配置させるかは,実際の眼鏡装用上重要な問題である.レンズ設計段階では,加入度,累進帯長および輻湊角などに基づいて各メーカーが*TetsuoKawahara:金沢工業大学人間情報システム研究所〔別刷請求先〕河原哲夫:〒924-0838石川県白山市八束穂3-1金沢工業大学人間情報システム研究所0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(9)1053 独自に設定していると予想される.ただし,装用者の生活スタイルや視対象(視点)の移動に対して眼球をおもに移動させる(eyemover),あるいは頭部をおもに回転させる(headmover)などの生理的反応の個人差など,使用者による違いも重要な要因である.今後,累進屈折力眼鏡が快適に装用され,広く普及するには,使用者の視覚状態に適合した屈折力分布をもつ最適なレンズをカスタムメイドで提供する必要があると考えられる.この問題を検討するにあたって重要なことは,日常生活の各種状況で,「眼鏡レンズのどこを通して」「何(どの距離)を見ているか」を具体的・個人別に知る(,)ことである.本稿では,使用者の生活スタイルに合った累進屈折力眼鏡を設計・処方するための最適屈折力分布を求める前段階として,日常生活における眼鏡レンズの部分別使用頻度を測定した試み6,7)を紹介する.II日常生活における視線分布1.測定および解析方法私たちは多種多様な環境下で生活しているが,レンズの使用部位に対応した日常生活の代表例として,以下の状況での計測を試みた.a.遠方視主体:「スポーツ観戦」,「テレビ視聴」b.遠・近交互視:「テレビを見ながらの食事」,「遠方スクリーン上の文字筆記作業」c.遠・中・近方視:「自動車運転」,「キャッチボール」d.中間視主体:「自動販売機の利用」,「玄関で靴を履き外出」,「階段の上下歩行」e.中・近交互視:「キッチンでの料理」,「カードゲーム」f.近方視主体:「ワープロ作業」「読書・朗読」を本人および両親(学童の場合)にあらかじめ説明し,協力に快諾が得られた大学生10名および小・中学生3名とした.なお,自然な状況での眼球運動(視線分布)を評価するため,被験者には姿勢や行動に関する指示は特に行わず,行動・作業の時間にも制限は設けなかった.行動・作業中の視線方向(垂直・水平方向の眼球回転角)の計測には,屋外や車載での使用が可能であり,短時間で容易に校正でき,さらに測定中に頭部を自由に動かすことができるナック社製アイマークレコーダ(EMR-9,EMR-8)を用いた.図1にEMR-9の外観を示すが,被験者はEMRのヘッド部分(帽子)を装着した状態で各種の行動・作業を行った.また,作業状況に慣れるため,最低2回の練習後に数回の測定を行った.測定状況の一例を図2に示すが,視線計測カメラによ被験者は,実験内容と安全性など(,)る映像(図2右)の瞳孔中心およびプルキンエ(Purkinje)像の位置から視線方向(眼球運動)が検出され,図1視線分布測定装置外観(EMR.9)左:本体.右:測定ヘッド部分.視野カメラ92°モニター視線計測カメラ(左右)操作部1054あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(10) 図2左上の視野映像に注視点がマークされる.各作業中に眼球の垂直・水平方向の回転角度(視線方向)を1/60秒ごとに求めた.視線分布の解析時には,記録した被験者の視野映像で注視点(視対象)を確認し,被験者が何視野映像視線計測(瞳孔およびプルキンエ像)注視点マークを注視しているときにレンズのどの部位を使用しているかをほぼ連続的に評価した.測定範囲は,眼鏡レンズ面上で水平方向が±26mm,垂直方向が±18mmであった.2.遠・近交互視「遠方スクリーン上の文字筆記作業」日常生活のなかで累進眼鏡の遠用部および近用部をほぼ均等に使用していると予想される「食堂でテレビを見ながら朝食をとる」あるいは「居間で本や雑誌,新聞なホワイトボードEMR-9/8(スクリーン)600cm(500cm)30cmノート,筆記具図2EMR.9による測定画面左上:視野映像,右:前眼部映像(視線計測).図3遠・近交互視による筆記作業条件(文献7より)垂直方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)180--1826Eyemoverホワイトボードノート垂直方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)180--1826ホワイトボードノート026水平方向のレンズ使用部位(mm)026水平方向のレンズ使用部位(mm)180ホワイトボードノート180Headmoverホワイトボードノート026026--1826--1826水平方向のレンズ使用部位(mm)水平方向のレンズ使用部位(mm)図4遠・近交互視(筆記作業)における注視点分布とレンズ使用部位(大学生)(文献7より)(11)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131055 どを読みながらテレビでナイター観戦する」状況も多い.図3は,より能動的な参加状況として「講演会・学会あるいは教室などで遠くのスクリーンあるいは黒板を見ながら手許でメモを取る作業」を模した状況設定であり,被験者は視距離6mにあるホワイトボードに書かれた文字を,視距離30cmでテーブル上に置いたノートに書き写す作業を行った.図4は,大学生4名(A,B,C,D)が筆記作業をしているときのレンズ使用部位を1/60秒ごとにプロットしている.図の横軸はレンズ面上での水平方向の位置,縦軸は垂直方向の位置を表している.また,図中の楕円は測定点の95%が入る確率楕円であり,各視対象(ホワイトボードおよびノートあるいは鉛筆)を見たときの使用頻度が高いレンズ部位を示している.全被験者ともに,ホワイトボードに書かれた文字を読んでいるときにはレンズ上部のほぼ中央を,ノートへ筆記しているときにはレンズ中央やや下部をおもに使用していた.ここで,被験者Aではホワイトボード上の文字を読むときのレンズ使用部位が,他の被験者に比べて上方に位置している.被験者側面から撮影したDVR(digitalvideorecorder)による照合結果でも,被験者Aは頭部をあまり上げずにホワイトボードを見ており,他の被験者に比べて頭部運動よりも眼球運動の占める割合が多く,eyemoverの傾向が強いと考えられる.また,被験者Dではノートへの筆記時でもレンズ中央部をおもに使用する場合が多く,作業中での眼球の垂直移動が少なく,headmoverの特性を示している.R.N.:10歳(小学5年)図5は,被験者R.N.(小学5年)およびN.N.(中学2年)が視距離5mにあるスクリーンに投影された文章を視距離30cmでテーブル上に置かれたノートに書き写す作業を行った状況での結果である.なお,縦軸,横軸の値は相対的な任意の単位(1dot=0.08mm)で示している.各視対象を見たときの使用頻度が高いレンズ部位を赤楕円枠で示した.両被験者ともに,スクリーン上の文字を読んでいるときにはレンズ上部のほぼ中央を,ノートへ筆記しているときにはレンズ中央やや下部をおもに使用していた.ここで,スクリーンと手元ノートとの垂直方向の角度差は60.70°であったが,眼球の垂直方向回転角は約38°であり,眼球運動と頭部回転角がほぼ同等となっている.なお,小学5年生(R.N.)では,中学2年生(N.N.)に比較してスクリーンを見る頻度が高くなっていた.これは,筆記文章の記憶量が相対的に少なかった結果と推測される.また,大学生でみられたeyemoverあるいはheadmoverの個人差は特に認められず,学童の眼球運動特性の特徴と示唆される.ただし,被験者数が3名と少なく,今回の被験者がたまたま同じ特性をもっていた可能性も否定できない.累進眼鏡の遠用部および近用部をともに使用する文字筆記作業では,現状の累進レンズの屈折力分布特性にほぼ一致した視線移動分布を示している.それゆえ,遠用度数,近用度数および近用加入度が正しく処方されれば,多くの被験者で有効に使用できると思われる.ただし,視線の垂直移動に関しては,被験者によって眼球あるいは頭部のどちらをおもに移動させるかの生理的な差異がN.N.:13歳(中学2年)垂直方向のレンズ使用部位(dot)40030020010038°0200400600垂直方向のレンズ使用部位(dot)40030020010037°020040060000水平方向のレンズ使用部位(dot)水平方向のレンズ使用部位(dot)図5遠・近交互視(筆記作業)における注視点分布とレンズ使用部位(学童)1056あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(12) 認められ,近用アイポイントと近見視線との一致が重要と考えられる.このチェックは一般にミラー法によって行われるが,累進レンズの累進帯長の選択や近用視線のレンズ面通過位置を簡便に自覚測定する方法として,カラーバゴリニー(Bagolini)スケールを用いた「下方回旋量測定器」8)も提案されている.また,遠方視および近方視したときの外眼部撮影とその画像解析から,遠用および近用アイポイントを自動的に計算するシステム(Epiload)が開発されている9).これらは,特定の下方視条件だけでの測定ではあるが,簡便な方法としてその発展が期待される.3.遠・中・近方視:「自動車運転」超高齢社会の到来とともに高齢者が社会で活躍する場面も多く,自動車運転の機会も多い.私たちが自動車を運転する場合,進行方向の道路状況ばかりでなく,外界からの多くの情報に基づいて安全を確認しつつ,ハンドルやブレーキ操作をしている.図6に示すように,運転中の視覚情報として信号機や案内板,歩行者や障害物,スピードメータや他の表示など,遠方から近方までの距離に焦点を合わせる必要があり,遠・中・近用部がともに使われる状況と考えられる.図7は,特に混雑していない一般道路で10.12分間の自動車運転を行ったときの視線分布を示している.なお,測定に使用した車両は被験者が通常乗っている車とし,さらに道に慣れてもらうため,事前に3回以上コースを走行させた.各被験者で使用した車両が異なるため,ミラーや速度メータまでの視距離や角度,座席の高さなどに多少の差異がある.そのため,図7の結果をそのまま比較することはできないが,全般的に以下の特徴が確認できる.フロントガラスを通して外界を見る場合には,視線がレンズ中央付近にほぼ集中しつつ水平方向に多少広がっており,運転中に真正面ばかりでなく,左右の広い範囲を見ていることが確認できる.それゆえ,遠用部を重視した眼鏡処方が適切と思われる.また,サイドミラーを介して左右後方を確認するときの視線方向は,左右に細長い確率楕円となっている.サイドミラー自身は視野の狭い範囲内にあるが,視野映像による照合結果では,まず視線が先に動いてミラーに向かい,頭部がそれを追うように回転していた.それゆえ,レンズの使用部位がミラー部分の狭い範囲に集中せず,細長い楕円になったと考えられる.各車両の速度メータは,視角10.15°下方,視距離65.75cmにあるが,メータ確認時にはその方向への視線移動(レンズ面で9.10mm下方)が確認できる.ただし,被験者Cの場合には,視線方向が左下方へ伸びた確率楕円となっている.これは,この被験者の車両がセンターメータ(左30°)を採用していた結果ルームミラー標識歩行者など道路状況障害物カーナビ画面スピードメータサイドミラーなどラジオ,エアコンなどの目盛表示図6自動車運転席からの視界と視対象物(13)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131057 垂直方向のレンズ使用部位(mm)180垂直方向のレンズ使用部位(mm)180-18-26026-18-26026水平方向のレンズ使用部位(mm)水平方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)18●:外界(遠距離:500cm~)●:メータ(65/70/75cm)●:ルームミラー(近,遠距離)●:右サイドミラー(中,遠距離)●:左サイドミラー(中,遠距離)0026Headmover図7自動車運転中の注視点分布とレンズ使用部位-18-26(95%確率楕円)(文献6より)水平方向のレンズ使用部位(mm)と考えられるが,累進レンズの収差領域に入っており,レンズ選択時に注意が必要であろう.なお,被験者Cでは,他の2名に比べて眼球運動の範囲が全般的に狭く,いわゆるheadmoverの傾向を示している.遠・中・近用部がともに使われる自動車運転時では,垂直方向ばかりでなく水平方向への視線移動が顕著であり,累進レンズの選択および処方・調整が比較的むずかしいと予想される.装用者の視線移動の特徴を十分に把握し,それに適合した屈折力分布と非点収差配分をもつカスタムレンズを考慮すべきであろう.4.近方視主体:「ワープロ作業」近年の情報化時代に伴い,パソコンが職場だけでなく日常生活での必須な道具になりつつある.ほとんどの職場でコンピュータ機器が導入され,パソコンなどでのVDT(visualdisplayterminals)作業が当たり前の環境となっている.図8は,被験者の左前方(キーボード左)に置いた原稿をノートブックパソコンに入力するワープ1058あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013ディスプレイまでの視距離:50cm入力原稿までの視距離:45cmキーボードまでの視距離:40cm図8近距離重視のワープロ作業条件(文献7より)ロ作業を行った場面での条件設定を示している.図9に測定結果の代表例を示す.全被験者ともに3種の視対象でレンズの使用部位が分離されているが,すべての対象でレンズのほぼ下半分を使用していることがわかる.なお,キーボードに対するブラインドタッチが可能な被験者Aでは,入力原稿および文字変換時にディスプレイを注視する場面が大部分であり,キーボードをほとんど見ていない.一方,ブラインドタッチができな(14)垂直方向のレンズ使用部位(mm)180 垂直方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)-18-26:ディスプレイ:キーボード:入力文書EyemoverBlindtouch026垂直方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)180-18-26:ディスプレイ:キーボード:入力文書EyemoverNonblindtouch026水平方向のレンズ使用部位(mm)水平方向のレンズ使用部位(mm)-18-26:ディスプレイ:キーボード:入力文書Nonblindtouch026180-18-26:ディスプレイ:キーボード:入力文書Headmover026水平方向のレンズ使用部位(mm)水平方向のレンズ使用部位(mm)図9近距離重視のワープロ作業における注視点分布とレンズ使用部位(95%確率楕円)(文献7より)い被験者B,Cでは,キーボードへの視線移動が頻繁に認められる.レンズ使用部位の特徴として,ワープロ作業中の眼球運動は被験者A,Bが大きくeyemoverの特徴を示していた.特に,被験者Bではキーボード入力時の確率楕円が左右方向に細長く,レンズ近用部分の広い範囲を使用していることがわかる.一方,被験者Dでは他に比べて眼球運動の幅が少なく,headmoverの傾向であった.ワープロを代表とするVDT作業などの近距離重視状況では,非点収差配分が多いレンズ左右の斜め下部周辺部も多く使用している.そのため,eyemoverの装用者にとっては原稿などが見づらいことが推測され,近用部が特に広いレンズの処方が望まれる.5.その他の生活場面遠方視主体の「スポーツ観戦」や「テレビ視聴」では,レンズ中心部から上部にかけて広範囲に視線が分布し,広い遠用部分の確保が重要であろう.また,「自動(15)販売機の利用」では,販売機前で財布からコインを出して投入口に入れ,金額を確認して商品を選択し,その後商品を取り出す過程でのレンズ使用範囲が確認できた.その他,「階段の上下歩行」「靴を履いて外出」「キャッチボール」などの状況で計測(,)した結果,全般的に(,)レンズ中心部の±12mmの範囲を使用していた.ただし,階段下降時には足元を見ている場合が多く,累進眼鏡装用時には近用部(レンズ下部)をおもに使うこととなるため,像の歪みや揺れが懸念される.おわりに個人ごとの生活スタイル,用途あるいは使用者の生理的反応(眼球と頭部の移動比率など)の個人差に合わせた累進屈折力レンズを個別に設計・処方・調整するための基礎データ,すなわち各種使用状況における視線分布の特性(レンズの部分別使用頻度)を計測し,使用者の視覚状況に最適な屈折力分布を求める試みを紹介した.各種日常生活状況での視線分布を計測・解析した結果にあたらしい眼科Vol.30,No.8,20131059 よれば,眼鏡レンズの使用部位とその頻度は,装用時の使用環境や個人の生理的特性で異なることが確認された.それゆえ,屈折力分布が固定された1種類の累進屈折力眼鏡が,あらゆる状況ですべての使用者に適切であるとは言い難く,用途や個人の特性に合わせたカスタムメイドの累進眼鏡が必要・不可欠と考えられる.ただし,異なる使用環境あるいは異なる被験者においてもほぼ同等の値となる項目も多く,その点は累進屈折力レンズの共通データとして有用であろう.最初の累進屈折力レンズが開発されて40年以上が経過し,現在では両面トーリック化や両面非球面化などの技術的進歩によって像の揺れや歪みが大幅に軽減され,老視矯正の第一手段として快適な装用が可能となっている.ただし,実際には期待されるほど普及しておらず,その理由として眼鏡装用者,処方者,製作者の三者ともに問題があると指摘されている10).快適な累進屈折力眼鏡の作製には,遠用度数を正確に測定・処方することが基本ではあるが,無理のない近用加入度数11),累進帯長,近用瞳孔間距離などの正確な測定,ミラー法などを用いた近方視線の確認12)などが特に重要と思われる.今後,日常生活における多種多様な行動スタイルおよび幅広い年齢層(子供から老人まで)を対象とした計測・解析を行い,屈折力分布に関する全般的共通項目,用途あるいは作業環境に関する個別項目,さらに個人差に関する項目などを明らかにする必要があろう.この種のシステムが有効に活用されるまでには,解決すべき多くの課題も残っている.特に,より簡便にこの種の計測が可能なシステムの開発が望まれる.近い将来,個人ごとの生活スタイルや使用目的,視線移動の特性に合わせた個別設計(カスタムメイド)の累進屈折力眼鏡が普及し,より快適な視生活が得られることを願っている.文献1)国立社会保障・人口問題研究所:日本の将来推計人口(平成18年12月推計).p9,20062)所敬:累進屈折力レンズ処方は如何にすべきか.視覚の科学29:84-85,20083)HasebeS,OhtsukiH,NonakaTetal:EffectofprogressiveadditionlensesonmyopiaprogressioninJapanesechildren:aprospective,randomized,double-masked,crossovertrial.InvestOphthalmolVisSci49:2781-2789,20084)梁島謙次:ロービジョンと眼鏡.あたらしい眼科21:1461-1465,20045)高橋文男:累進屈折力レンズ─最近の進歩─.あたらしい眼科21:1455-1460,20046)河原哲夫:累進屈折力眼鏡と視線.あたらしい眼科24:1151-1156,20077)河原哲夫,吉澤達也:老視の矯正眼鏡と視線.日本視能訓練士協会誌38:93-100,20098)木村博以:「目下げ量」の測定による累進レンズの選択.眼鏡学ジャーナル13:18-20,20099)アイポイント測定システムが叶える自分仕様の遠近両用メガネ.PrivateEyes2010,1月号,p68-7310)鈴木武敏:累進屈折力眼鏡作成の問題点.視覚の科学29:95-98,200811)梶田雅義:眼鏡処方のテクニック.あたらしい眼科21:1441-1447,200412)畑中隆志:累進屈折力レンズのレイアウトとフィッティングにおけるチェックポイント.視覚の科学28:66-71,20071060あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(16)

眼鏡による強度近視の矯正-超高屈折率両面非球面レンズ-

2013年8月31日 土曜日

特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1047.1052,2013特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1047.1052,2013眼鏡による強度近視の矯正―超高屈折率両面非球面レンズ―SpectacleCorrectionofHighMyopia─Double-SidedAsphericDesignLenswithUltra-HighIndex─長谷部聡*はじめに強度近視を矯正する眼鏡には,(1)顔の輪郭が歪む(枠内に入り込む)(2)目が小さく見える,(3)レンズが厚く重い,(4)全反(,)射により渦を巻いているなどの外見上のデメリットがある.これに加え凹レンズのサイズ効果(図1)により,レンズを通して見た物体のサイズが小さくなるため,(5)視力が得られにくいという機能上のデメリットがある.たとえば,.15Dのレンズを頂間距離12mmに置いて眼鏡を作ると,物体は実際のサイズの約80%になる.このため潜在的な視力を1.0とすると,眼鏡視力は0.8に止まることになる.一方,角膜に接するコンタクトレンズでは,サイズ効果の影響はほとんどみられない.このような理由から,強度近視の矯正には,眼鏡よりコンタクトレンズのほうが優れて拡大1.31.2果1.1サイズ効10.90.8縮小0.7-20-15-10-5051015度数(D)図1眼鏡とコンタクトレンズのサイズ効果.15Dの眼鏡レンズを通してみた像は,実際の80%になる.:眼鏡レンズ:コンタクトレンズいると信じられてきた.また,最近では,エキシマレーザーによる角膜屈折矯正手術や有水晶体眼内レンズなど,医療技術の進歩はめざましく,患者はより安全かつ確実に強度近視に対する手術治療を受けることが可能になった.しかし,眼鏡レンズaに関しても,素材の高屈折率化や両面非球面レンズの登場など,眼鏡矯正がもつデメリットを解決するための技術的進歩がみられる.さらに近年,こうした高性能眼鏡レンズが比較的低価格で入手できるようになり,強度近視患者にとっては眼鏡矯正のメリットは確実に増している.本稿では,眼鏡とその他の屈折矯正法を比較しながら,強度近視の矯正について考えてみたい.Iレンズ素材の屈折率競争レンズ素材は,オリンピックの100m走の記録のように,年を追って高屈折率化してきた.1940年に登場した最初のプラスチックレンズは,ピッツバーグプレートガラス社のCR-39で作られ,現在もなお各社から市販されている.その後,プラスチックレンズは,硬質樹脂の開発や表面処理技術の進歩によって改良が進み,現在では,眼鏡レンズのシェアの大部分を占めている.この間,強力な耐衝撃性をもつポリカーボネート素材が普及したり,わが国の光学メーカーHOYA社のEYRYが,世界で初めて屈折率1.70の壁を破ったプラスチックレンズとして歴史に名を止めたりした.そして近年で*SatoshiHasebe:川崎医科大学眼科2教室〔別刷請求先〕長谷部聡:〒700-8505岡山市中山下2-1-80川崎医科大学附属川崎病院眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(3)1047 表1レンズ素材と特徴素材クラス屈折率Abbe数比重その他1.76301.49Tokai超高屈折率1.741.7033361.461.41HOYAEYRY1.67321.35プラスチック高屈折率1.601.5942311.301.20ポリカーボネート中屈折率1.561.5541401.171.27低屈折率1.531.5043581.111.32TRIVEXCR-39超高屈折率1.901.8028353.773.50ZeissLENTAガラス高屈折率1.701.70422.993.16中屈折率1.601.6041431.611.60低屈折率1.53592.54クラウンガラスは,屈折率1.74.1.76の超高屈折率レンズが各社から市販されるようになり,眼鏡店で容易に手に入るようになった.ガラスレンズでは,さらに屈折率の高い(1.90)レンズがCarlZeiss社から市販されている.この素材で眼鏡を作ると,きわめて薄いレンズになる.しかし,比重がプラスチックレンズに比べて2倍以上重く,強度近視の矯正には必ずしも適当でない.しかし,高屈折率レンズが必ずしもベストかというと,そうとは限らない.屈折率が高いほどAbbe数が大きくなる傾向があり,色収差が増える.このため,像の鮮明度は低下する.たとえば超高屈折率レンズ(Abbe数30.36)を最低価格帯レンズCR-39(Abbe数58)と比べた場合,後者のほうが鮮明に見えることは理論的にありうる話である.レンズ素材の選択は適材適所である.しかし,レンズが厚く,重くなりがちな強度近視の矯正を考える場合,超高屈折率プラスチックレンズが最も良い選択肢といえよう(表1).II非球面化はなぜ必要か薄くてフラットな眼鏡レンズを作るには,レンズのベースカーブを浅くする必要がある.しかし,ベースカー1048あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013ブを浅くすると,周辺視野からくる光線は,レンズ素材をより斜め方向に通過することになる.その結果,平均屈折力誤差(凹レンズではマイナスパワーの増加)や非点収差(obliqueastigmatism),さらに歪曲収差などが大きくなり,周辺視での視力の質(qualityofvision:QOV)が低下する(図2).この問題は,レンズのベースカーブが浅いほど,パワーが強いほど大きくなる.この問題を解決するのがレンズの非球面化である.ここでいう非球面とは,光軸に対して回転対称をなす.光軸を含む経線で切ったレンズ曲面を複雑にコントロール非点収差(乱視)TSベースカーブ図2周辺視でみられる平均屈折力誤差と非点収差T,Sは焦線の位置を示す.(4) 図3レンズの非球面化と良像範囲のイメージA:同一ベースカーブであれば,前面(中段)または両面(下段)を非球面化することで,良像範囲を広げることができる.B:前面(中段)または両面(下段)を非球面化することで,良像範囲を一定に保ちながらベースカーブを浅くすることで,薄くて軽いレンズを作ること非球面化ができる.非球面化することで,周辺視における平均屈折度誤差や非点収差を軽減することができる(図3A).実際の収差の大きさは,レンズ度数,素材の屈折率,さらに設計思想によって異なる.しかし第一義的には,非球面化の技術は,なるべく薄くてフラットな眼鏡レンズを好むユーザーのニーズに合わせ,周辺視でのQOVを損なうことなく,ベースカーブを浅くするために利用されている.したがって製品では,球面レンズに比べて非球面レンズはベースカーブが浅くなる傾向があるが,必ずしも球面レンズに比べて周辺視で鮮明に見えるわけではない(図3B).III両面非球面レンズの登場従来の非球面レンズの多くは,レンズの前面のみを非球面化し,後面は球面設計であった.両面非球面レンズでは,さらにレンズ後面を非球面化することにより,周辺視で屈折矯正を図るうえでの自由度を増やすことができる.その結果,より広い視野で良像域を確保すること,またはレンズのベースカーブを一層浅くすることが可能になった(図3下段).特に強度近視用の矯正レンズでは平均屈折度誤差や非点収差が大きくなりやすいため,患者にとって両面非球面レンズの恩恵は大きいといえる.良像範囲非球面化非球面化非球面化非球面化IV超高屈折率両面非球面レンズの実際強度近視の矯正眼鏡を作る場合,屈折率の高いレンズ素材の選択やレンズ設計とともに,眼鏡フレームの選択が大切である.まず,なるべく小さなレンズ枠を選ぶべきである.レンズ枠が小さいほど,レンズ周囲の厚み(コバ厚)は薄く,軽くなり,掛けやすい眼鏡になる.つぎに,なるべくレンズの光心とレンズ枠の中心が一致する(レンズ枠の中心と瞳孔間距離が一致する)フレームを選択するべきである.コバ厚の偏りを減らす効果が期待できる.レンズ枠が小さいと,矯正効果が得られる視野も狭くなるが,睫毛がレンズに接触しない程度に頂間距離を短く(10mm前後)することで,視野を広げることができる(このとき,レンズパワーは若干増えることに注意).図4に,超高屈折率両面非球面レンズ(屈折率:1.74)で作製した眼鏡(レンズ度数:.12.00D)の一例を示した.レンズのコバ厚は約4mm,重量は15.2gであった.眼鏡の外観としては中等度近視の矯正眼鏡と比べて違和感はほとんどなく,さらに度数の強いレンズであっても十分実用に耐えうるものと思われた.こうした高性能眼鏡レンズも,低価格化が進み,ペア2万円台で市販されている.(5)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131049 図4超高屈折率両面非球面レンズによる強度近視矯正眼鏡の例(.12.00D)V眼鏡vs.コンタクトレンズ・屈折矯正手術・眼内レンズ表2に,各種屈折矯正法が対応可能なおおよその度数範囲を示した.これによれば,高屈折率両面非球面レンズ眼鏡は.20Dまで対応可能であり,有水晶体眼内レンズを除けば,適応範囲が最も広い.さらに眼鏡レンズのなかでもレンチキュラータイプのレンズなら.48Dまで対応できるが,外観が通常眼鏡と大きく異なるため,一般的ではない.一方,コンタクトレンズは予想外に適応範囲が狭い.ソフトコンタクトレンズでは,度数が強くなり,レンズが厚くなるに従って,酸素透過性が悪くなる.したがって強度近視の矯正には,酸素透過性の優れたシリコーンハイドロゲル素材のディスポーザブル・ソフトコンタクトレンズが望ましい.しかし流通在庫などの問題から,メーカーはハイパワーレンズの市販には消極的である.国内では.12Dを超えるシリコーンハイドロゲル素材のソフトコンタクトレンズは入手できない.エキシマレーザーによる角膜屈折矯正手術では,近視度数.10Dの場合,角膜厚の約1/3にあたる150.180μmもの深い切除が必要になる.角膜の削られた部分と削られていない部分の境目では屈折力の差が出るためハローやグレアなどが現れやすい.また矯正量が大きいほど,角膜エクタジアや矯正効果の戻りなどのリスクが高くなる.安全に矯正できる度数範囲は.8Dまでで1050あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013表2各種屈折矯正法と矯正可能な屈折度数範囲矯正法矯正可能な最大度数眼鏡高屈折率両面非球面レンズ.20Dレンチキュラーレンズ.48DコンタクトレンズディスポーザブルSCLSiliconehydrogel.9..12DディスポーザブルSCLNon-siliconehydrogel.16DHCL.10..12D手術エキシマレーザー角膜屈折矯正手術.8D?有水晶体眼内レンズ.23Dあろうと考えられている.結論として,.8Dまでの近視であれば,いずれの矯正法も適応可能である.生活スタイルに合わせて選択すればよい.しかし.12Dを超える強度近視では,選択肢は,非シリコーンハイドロゲル素材のソフトコンタクトレンズまたは高屈折率両面非球面レンズに限られるといってよいだろう.矯正度数が強くなるほどQOVが低下する傾向は,眼鏡に限らず,その他の矯正法についても共通してみられる.ハイパワーのソフトコンタクトレンズでは,高次収差が大きいため,ローパワーのソフトコンタクトレンズほどの像の鮮明度は期待できない.ハードコンタクトレンズはソフトコンタクトレンズに比べて,高次収差は小さいといわれている1).しかし,ハードコンタクトレンズもセンタリングが不良であれば,コマ収差を代表とする高次収差が増大する.さらに,瞬目のたびにハードコンタクトレンズは角膜上を大きく運動するため,ハイパワーレンズで得られる視力は不安定なものになる.Nioらは,強度近視の矯正効果を,ハードコンタクトレンズ,アルチザン前房レンズ,LASIK(laserinsitukeratomileusis)の各治療法で比較したところ,いずれも眼鏡矯正を上まわるQOVは得られなかったと報告している2).またEhsaeiらは,近視患者の大部分で,ディスポーザブル・ソフトコンタクトレンズ(AcuvueMoistTM)が,眼鏡に比べて視覚的パフォーマンスが“劣る”ことはなかったと報告している3).眼鏡レンズはサ(6) イズ効果という基本的なハンディキャップをもちながら,総合的なQOVという点では予想外に善戦しているといえる.VI眼鏡矯正のみがもつメリット近視の眼鏡矯正には,他の屈折矯正法では得られないメリットがある.いわゆる「見かけの調節力」と近見時のプリズム効果である.その結果,近見明視に必要な調節量,あるいは両眼単一視に必要な輻湊量は他の矯正法に比べて少なくて済む.眼鏡矯正した場合の調節必要量は次式で近似される.調節必要量(D)=正視眼での調節必要量(D)1.2×頂点間距離(m)×レンズ度数(D)図5に示すように,コンタクトレンズに比べて,眼鏡レンズでは同一距離にある物体を明視するために必要になる調節量は小さく,その差はレンズパワーが大きくなるにつれて増大する.視距離30cmにおけるみかけの調節力を求めると,.12Dの眼鏡レンズでは0.7D,.20Dの眼鏡レンズでは1.1Dとなる.調節力に余裕のない中・高齢者層では,この恩恵は小さくない.また,累進屈折力レンズを作る場合には,近見加入度数を軽くすることができる.眼鏡レンズ(凹レンズ)は,その形状から,耳側半分は基底外方のプリズム作用,鼻側半分は基底内方のプリズム作用をもつ.このため,近業時の輻湊運動によって視線がレンズ鼻側へ移動すると,基底内方のプリズム効果が生じて,両眼単一視に必要な輻湊量が軽減される(図6).この量はPrenticeの式を用いて計算できる.レンズの光心間距離を遠見での瞳孔間距離(60mm)に合わせ,頂間距離12mmの眼鏡レンズを通して眼前30cmのものを見る場合,レンズ度数が.10Dまたは.20Dとすると,プリズム効果はそれぞれ約5または10プリズムジオプターとなる.このとき両眼単一視に必要な輻湊量は20プリズムジオプターであるため,輻湊量はそれぞれ25%または50%軽減される計算になる.逆に,長く眼鏡矯正されてきた強度近視患者に対し,エキシマレーザーや眼内レンズで屈折矯正を行う場合,術後に近業時の視力障害や複視が発生することがあるた(7)1086420視距離(cm)図5眼鏡レンズのみかけの調節力(頂間距離12mmの場合)視距離30cmでは,.12Dの眼鏡レンズでは0.7D,.20Dの眼鏡レンズでは1.1Dのみかけの調節力が得られる.明視に必要な調節力(D):コンタクトレンズ:-12D眼鏡レンズ:-20D眼鏡レンズ01020304050図6近見時の視矯正眼鏡のプリズム効果眼鏡の光心間距離を遠見瞳孔間距離に一致させると(左),近見時に基底内方プリズム効果(右)が得られる.その結果,両眼単一視を得るために必要な輻湊量は少なくて済む.め注意が必要である4).おわりに超高屈折率両面非球面レンズの登場と低価格化によって,強度近視の患者にとって眼鏡矯正のメリットは確実に増している.手軽で安全であること,震災などの緊急時にも素早く対応ができること,ほぼ100%の紫外線カット効果が得られることなど,先に述べた光学的メリット以外にも眼鏡矯正の利点は少なくない.こうした現状を踏まえて,ライフスタイルに合わせた最適の屈折矯正法を選択すべきである.文献1)HongX,HimebaughN,ThibosLN:On-eyeevaluationofopticalperformanceofrigidandsoftcontactlenses.あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131051 OptomVisSci78:872-880,20012)NioYK,JansoniusNM,WijdhRHetal:Effectofmethodsofmyopiacorrectiononvisualacuity,contrastsensitivity,anddepthoffocus.JCataractRefractSurg29:20822095,20033)EhsaeiA,ChisholmCM,MacIsaacJCetal:Centralandperipheralvisualperformanceinmyopes:contactlensesversusspectacles.ContLensAnteriorEye34:128-132,20114)JimenezR,Martinez-AlmeidaL,SalasCetal:Contactlensesvsspectaclesinmyopes:isthereanydifferenceinaccommodativeandbinocularfunction?GraefesArchClinExpOphthalmol249:925-935,20111052あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(8)

序説:眼鏡の最近の話題

2013年8月31日 土曜日

●序説あたらしい眼科30(8):1045.1046,2013●序説あたらしい眼科30(8):1045.1046,2013眼鏡の最近の話題RecentTopicsonSpectacles不二門尚*眼鏡は歴史が古く,600年以上前の絵画に眼鏡を掛けた修道士が描かれている.このように歴史のある眼鏡であるが,時代とともに少しずつ進化している.本特集では,眼鏡の最近の進歩に関して8名の先生にご寄稿いただいた.高齢化社会を迎え,老視初期の眼精疲労を訴える人口が増加している.また,高齢者の生活の質を保ちあるいは向上させるニーズは,ますます増加すると考えられる.このような時代背景において,眼鏡の立ち位置について検討が必要になってくる.眼鏡処方の基本は,自覚的屈折検査をもとに,疲れにくい度数を決定することである.佐野研二先生には眼鏡処方に必要な屈折検査について解説いただいた.最近経験した老視初期で,片眼は軽度の遠視,もう一方の眼は軽度の近視である不同視の症例では,眼精疲労が強く,近見作業にとても耐えられないという訴えがあった.本症例に対して,コンタクトレンズでの矯正を試みたが,ドライアイの症状が強くて長続きしなかった.結局遠視眼のみを矯正する眼鏡の常用により,症状の軽快がみられたが,改めて適切な眼鏡処方の重要性を認識させられた.この症例では,近見時の調節をみると,近視寄りの眼で固視させた場合には調節の揺らぎは起きないが,遠視寄りの眼で固視させた場合,調節の揺らぎが起きていることがわかった.眼精疲労を調節微動で評価する器械を作られた梶田雅義先生には,眼精疲労と眼鏡と題して調節機能解析装置を用いて,眼精疲労を生じない眼鏡処方をいかに行うかを解説いただいた.累進多焦点眼鏡は,高齢化社会で欠かせないアイテムであるが,その現況に関して,鈴木武敏先生に解説いただいた.一方,累進多焦点の眼鏡で,遠用部,近用部をどのように使い分けているかの方法がこれまでなかったが,河原哲夫先生は視線追跡装置を用いて,これを客観的に示す方法を開発された.初期の老視や,小児の近視進行抑制に,累進多焦点眼鏡を処方する際に参考となるデータである.長谷部聡先生には,眼鏡による強度近視の矯正法に関して,超高屈折率両面非球面レンズのメリットについて解説いただいた.これまで強度近視では,コンタクトレンズと比較して,渦巻いて見えるなどの外見上の問題と,像が小さく見えるなど機能的な面で,眼鏡の不利な点が強調されてきた.近年の技術的進歩により,レンズの超高屈折率化,両面非球面化が達成され,これまでの眼鏡の弱点が克服されつつあることは重要な情報である.一方,特殊な眼鏡としてプリズム眼鏡がある.加齢に伴う輻湊不全による眼精疲労の症例が増えつつある.また,開散麻痺による遠見複視の症例にもときどき遭遇する.これらの症例では,適切なプリズム眼鏡を処方することにより症状が軽減する.プリズム眼鏡*TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(1)1045 の処方のコツに関しては,川端秀仁先生に解説いただいた.ロービジョン指導の保険収載が決まり,遮光眼鏡に対する関心が高まっている.なぜ特定の波長の光をカットすることにより,羞明が防げるかということは,依然十分にはわかっていないが,神経科学的な研究が進んでいることを堀口浩史先生に解説いただいた.スポーツ用眼鏡には,軽いこと,丈夫であること,遮光効果があることなどが要求される.近年のこの分野における進歩に関して,宇津見義一先生に解説いただいた.眼鏡の特集は本誌においても数年に1回組まれているが,眼科医の基本として知識をrenewalしていただけたら幸いである.1046あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(2)

33歳未満で硝子体手術を要した若年糖尿病網膜症症例

2013年7月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科30(7):1034.1038,2013c33歳未満で硝子体手術を要した若年糖尿病網膜症症例森秀夫大阪市立総合医療センター眼科ProliferativeDiabeticRetinopathyinPatientsVitrectomizedunder33YearsofAgeHideoMoriDepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital目的:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績の報告.方法:2002年から10年間の硝子体手術症例を後ろ向きに検討した.年齢は22.33歳(平均29.4歳),糖尿病の発症は4.16歳(不明3例)で,1型5例8眼,2型8例14眼,発症から手術まで14.24年であった.ほとんどの症例で術前数年間にヘモグロビン(Hb)A1Cが10%以上の時期があり,高血圧,腎症,貧血の合併を多く認め,さらに網膜症発症前からうつ病などの精神疾患合併も多かった.結果:術前視力は光覚弁.0.7(平均0.13)であり,術後は失明.1.2(平均0.64)で,2段階以上の視力改善80%,悪化15%であった.牽引性網膜.離を57%に認めた.水晶体は71%で温存した.視力不良は非復位の網膜.離2眼,血管新生緑内障1眼,黄斑萎縮1眼であった.結論:症例の大半は血糖コントロール不良例であり,合併症として高血圧,腎症,貧血などの全身疾患に加えてうつ病など精神疾患も多かった.視力予後は黄斑.離のない症例ではおおむね良好であった.Purpose:Toreporttheresultsofvitrectomyforproliferativediabeticretinopathyinyoungadults.Methods:Casesvitrectomizedbetween2002and2011werereviewedretrospectively.Patientagerangedfrom22to33years(mean29.4years).Ageatdiabetesmellitus(DM)onsetrangedbetween4and16years(threecaseswereundetermined).Type1DMwasfoundin8eyesof5patients,type2DMin14eyesof8patients.PeriodfromDMonsettovitrectomyrangedbetween14and24years.Inmostcases,hemoglobinA1Cvaluewasover10%duringseveralyearsbeforetheoperation.Commoncomplicationswerehypertension,nephropathyandanemia.Psychologicaldiseasessuchasdepressionwerefoundinmanycasesbeforeretinopathyonset.Results:Preoperativevisionrangedbetweenlightperceptionand0.7(mean:0.13).Postoperativevisionrangedbetweennolightperceptionand1.2(mean:0.64).Postoperativevisionimprovedbyovertwolevelsin80%anddeterioratedin15%.Tractionretinaldetachmentwasfoundin57%.Thelenseswereretainedin71%.Thecausesofpoorvisionwerereattachmentfailureinseveretractionretinaldetachment(2eyes),neovascularglaucoma(1eye)andmacularatrophy(1eye).Conclusion:DMcontrolwaspoorinmostofthecases.Notonlysystematiccomplications,suchashypertensionnephropathyandanemia,butalsopsychologicaldiseases,suchasdepression,werecommon.Thevisualprognosiswasgenerallygoodincaseswithoutmaculardetachment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(7):1034.1038,2013〕Keywords:糖尿病網膜症,硝子体手術,若年者,血管新生緑内障,精神疾患.diabeticretinopathy,vitrectomy,youngpatient,neovascularglaucoma,psychologicdisease.はじめに近年,糖尿病(DM)発症の低年齢化が問題となっており,若年者の糖尿病網膜症(DMR)の増加も危惧される.増殖糖尿病網膜症(PDR)での網膜新生血管は,未.離の後部硝子体を経由して硝子体側に成長し,線維血管性の増殖膜を形成することで網膜硝子体間に器質的な癒着を生じる.若年者では老年者と比較して,増殖膜は血管が豊富で活動性が高く,また経年変化で起こる後部硝子体.離が進行していないため,PDRを発症すると網膜硝子体間の癒着が広範囲かつ強固となりやすく,増殖膜自体の収縮と硝子体の変性収縮によって接線方向と前後方向の両方向の牽引を生じることが多い1,2).既報の多くは「若年者」を硝子体手術時40歳までの〔別刷請求先〕森秀夫:〒534-0021大阪市都島区都島本通り2-13-22大阪市立総合医療センター眼科Reprintrequests:HideoMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital,2-13-22Miyakojima-Hondori,Miyakojima-ku,OsakaCity534-0021,JAPAN103410341034あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(152)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 症例としている2.7)が,今回の対象の手術時最高年齢は33歳であり,DM発症年齢が明らかな症例は,すべて小児.思春期のDM発症例であった.I対象および方法対象は2002年10月から2011年5月に大阪市立総合医療センター眼科にて同一術者が硝子体手術を施行した男性3例4眼,女性10例18眼,計13例22眼であった.それらについてDMが1型か2型か,DM発症年齢,DMコントロール状態,全身合併症,術中所見,術前後の視力などを後ろ向きに検討した.II結果(表1)手術時年齢は22.33歳(平均29.4歳)で,術後観察期間は10カ月.9年(平均5.6年)であった.糖尿病の病型は抗グルタミン酸脱炭酸酵素抗体(抗GAD抗体),抗IA-2抗体(antiinsulinoma-associatedprotein-2antibody),膵島細胞自己抗体(ICA)の値を基に判定した.1型DMは5例8眼(すべて女性),2型は8例14眼(女性5例10眼,男性3例4眼)で,2型の1例2眼は精神発達遅滞であった.DM発症年齢は1型で4.14歳,2型は8.16歳であり,2型の3例5眼は発症年齢不明であった.DM発症から手術までは,1型で14.24年(平均18.4年),発症年齢不明を除く2型で14.24年(平均16.8年)であった.今回の症例を思春期以前に発症した群(以前群)と,それ以降に発症した群(以降群)とで検討するため,発症年齢14歳未満群5例(以前群.1型4例,2型1例)と14歳以上群5例(以降群.1型1例,2型4例)とに分けると,手術時年齢(平均±標準偏差)は以前群27.6±4.04歳,以降群29.2±1.79歳で有意差はなかったが,手術までのDM罹病期間は以前群20.4±3.78年に対し以降群14.4±0.89年で,有意に以降群が短かった(Student’sttest,p<0.01).表1全症例一覧症例手術年齢(歳)性別1型/2型DM発症年齢(歳)DM罹病期間(年)手術時HbA1C(%)全身合併症左右眼術中所見術前ルベオーシス術後NVG術前視力術後最終視力硝子体出血増殖膜牽引性.離128女性114147.6高血圧,腎不全,うつ病右+++黄斑外.離──0.20.7左++++黄斑外.離──手動弁0.02232男性216165高血圧,腎症,統合失調症右++++──+0.01光覚なし329女性14257.5高血圧,腎不全左++++───0.040.7433男性2不明不明9.4高血圧右++++黄斑外.離──0.011.2526女性181814.7高血圧,腎不全,うつ病左++++───0.21.2633女性28246.9高血圧,腎症,統合失調症右++++黄斑.離──手動弁光覚なし左++++黄斑.離──0.010.2728女性214145.3精神発達遅滞,高血圧右+++───不明不明左+++───不明不明832女性2不明不明7高血圧右++++───手動弁0.2左++++───手動弁0.5930女性2141612.7高血圧右++++黄斑外.離──0.021左++黄斑外.離──0.511022女性14187.8高血圧,腎症,うつ病,神経性食思不振症,大食症右++++黄斑.離NVG+光覚光覚なし左++++黄斑.離──0.10.21128女性214147.1高血圧,うつ病右++++黄斑外.離──0.20.6左++++黄斑外.離──0.311228女性111179.7高血圧右++++黄斑外.離──0.21左++++黄斑外.離──0.021.21333男性2不明不明11高血圧,脂肪肝右++───0.71左+++───0.11〔硝子体出血〕+:乳頭透見可,++:乳頭透見不可.〔増殖膜〕+:限局性で処理には針先・鉗子使用,++:広範囲で処理には硝子体剪刀使用.NVG:血管新生緑内障.─:なし.(153)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131035 5%台10%以上6%台9%台7%台図1初回手術時のHbA1C値(%)硝子体手術前には網膜光凝固なしの症例が4例6眼,ある程度以上光凝固がなされたが病勢の止まらなかった症例が9例16眼あった.光凝固開始時の状態が増殖型7眼,前増殖型9眼であった.増殖型全眼と前増殖型の6眼(75%)は,光凝固開始後1年以内に硝子体手術が必要となった.全身状態に関して,手術時のヘモグロビン(Hb)A1C値は5.3.14.7%とばらついた(図1)が,10%未満の10例中9例は術前2カ月.1年2カ月の期間に10.0.15.0%と,10%以上の時期があった.また,全13例中,術前3年以内に15.0%以上の高値(最高17.6%)に達したものが3例あった.合併症として,手術時からすでに腎症(蛋白尿持続)ありは,1型で4例(80%),2型で4例(50%)であった.腎症は術後発生を含めると,1型は全例ありで,3例は腎不全(透析2例)であった.2型でも8例中7例に認め,2例は腎不全であった.そのほかに高血圧を全例で認め,貧血を6例(46%)に,高脂血症・高コレステロール血症・末梢神経障害を各4例(30%)に,心不全を2例(15%)に認めた.さらには網膜症発症前からうつ病などの精神疾患がみられ,1型は3例(60%)が,2型も精神発達遅滞の1例を除く7例中3例(43%)が合併していた.硝子体手術は20ゲージシステムで行い,硝子体・線維血管性増殖膜切除,網膜復位,眼内レーザー(ときに網膜冷凍凝固)を施行後,必要に応じsulfurhexafluorideガスまたはシリコーンオイル(オイル)を使用した.抗血管内皮増殖因子は使用していない.15眼(71%)は白内障がなく水晶体を温存したが,4眼は後日白内障手術を要した(2眼は白内障手術を単独で,2眼はオイル抜去時に施行).6眼は白内障と硝子体の同時手術を行った.そのほかの1眼はすでに白内障手術後であった.術中所見として,後部硝子体は未.離で増殖膜は広範かつ網膜との癒着が強く,牽引性網膜.離を12眼(57%)に認めた.光凝固は眼内内視鏡を用いて網膜最周辺部まで施行した.オイルは4眼で使用し1眼では抜去していない.硝子体手術回数は,1回のみが16眼(72%)で,1眼は網膜復位が得られず失明した.2回手術は4眼(18%),3回,4回手術が各1眼(5%)であった.2回手術の2眼はオイル1036あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131.210.80.60.40.20図2術前術後の視力抜去術,1眼は硝子体出血の再発,残りの1眼と3回手術の1眼は同一症例の左右眼で,代表症例として後に提示した.4回手術眼は重症の牽引性網膜.離で,僚眼はすでに失明しており,オイルタンポナーデ2回(輪状締結術併施)後,3回目の手術で抜去したが,その後また.離が再発し,3度目のオイルタンポナーデを行い,現在まで抜去できずにいる.視力測定は20眼で可能であったが,平均小数視力は術前0.13(光覚弁.0.7),術後は0.64で,1.0以上が9眼(45%),0.5.0.9が4眼(20%),0.2.0.4が3眼(15%),0.02が1眼(5%),失明3眼(15%)であった(図2).術前と比較して2段階以上の視力改善を「改善」,2段階以上の悪化および手動弁からの光覚喪失を「悪化」,その他を「不変」とすると,改善16眼(80%),不変1眼(5%),悪化3眼(15%)であった(図2).失明眼の術前視力は光覚.0.01で,術前視力0.1以上の症例での悪化はなかった.1例2眼は精神発達遅滞のため視力測定ができず除外したが,行動面から術後はよく見えていると思われた.血管新生緑内障(NVG)は,術前からありが1眼(代表症例として後に提示)で,これ以外に術前に虹彩・隅角にルベオーシスを認めた症例はなかった.術後に発症したNVGは1眼(結果的に失明)で,発症率は21眼中1眼(5%)であった.NVG以外の0.1未満の視力不良は,網膜が復位せず失明した2眼と,黄斑萎縮で0.02の視力に終わった1眼であった.〔代表症例(症例10)〕患者:22歳,女性.4歳発症の1型DM.高校時代「太りたくない」とインスリンを中断.うつ病・自殺願望もあり,自傷行為を繰り返す.眼科受診歴について,2003年8月(20歳)に当科にて眼底検査をしたが異常はなく,問診上では2004年10月,某病院眼科を受診したが異常を指摘されなかったという.同年11月HbA1C11.6%にて内科入院し眼科も併診.腎症,高血圧,高脂・高コレステロール血症も合併(154)術後視00.20.40.60.811.2術前視力 図3代表症例の右眼眼底写真乳頭周囲に著明な新生血管を認める.していた.血糖コントロールはきわめて不良であり,入院時の1日の血糖値(mg/dl)は500超から300弱の間を変動していたが,3週間の入院中にインスリンを調整して高値は300程度に抑えられたが,ときどき低血糖発作を起こしていた.初診時視力は右眼0.9,左眼0.8で,網膜出血には乏しいが網膜内細小血管異常を認め,蛍光眼底撮影(FAG)にて両眼に広い無血管野と乳頭上新生血管を認めたため,汎網膜光凝固を開始した.血管アーケード外の光凝固終了後も新生血管は増悪し続け(図3),FAGにて黄斑近傍までの無血管野を認めた(図4).硝子体手術の必要性を説明したが,「大学の夏休みまでは手術は受けない」とのことであった.2005年3月右眼隅角新生血管と周辺虹彩前癒着が発生し,周辺網膜に冷凍凝固術を施行した.4月右眼眼圧は29mmHgに上昇し降圧点眼を開始した.5月右眼の視力低下(0.04)と眼痛を訴え来院,NVGにて眼圧は58mmHgに上昇していたため,同日トラベクレクトミーを施行した.術後眼圧は正常化したが硝子体出血を生じて眼底透見不能となった.6月の超音波検査では網膜.離は認めず,8月に硝子体手術を施行すると,網膜は全.離で復位せず,再手術にても失明に至った.一方,左眼は7月に硝子体出血を生じて眼底の詳細不明となっており,右眼の重篤な経過を受け,急遽硝子体手術を施行した.術中黄斑中心窩に迫る牽引性.離を認めたが,復位を得てオイルタンポナーデを施行した.9月に下方周辺部に.離が再発し,再手術で復位させ再びオイルを注入した.12月にオイルを抜去し,翌年8月白内障手術を施行し,最終的に0.2.0.3の視力を残せた.III考按若年PDRに対する硝子体手術成績は,視力改善50.83%,悪化13.28%と報告され2.8),今回の改善82%,悪化(155)図4代表症例の右眼蛍光眼底写真黄斑部に及ぶ著明な無血管野を認める.14%はこれらと比べ遜色ない結果であった.また,45%の症例で1.0以上,65%の症例で0.5以上の視力を得た.術後合併症としてNVGは重要であり,発症頻度は10.23%2.4,7)とされている.NVG発症と硝子体手術時の水晶体同時切除との関連について,同時切除すると血管新生因子の前眼部への移行が容易となってNVG発症リスクが高まり4),一方,水晶体を温存すると網膜最周辺部への光凝固が困難となるリスクも指摘されている7).今回は眼内内視鏡を使用することで,白内障がない限り水晶体を温存し,かつ網膜最周辺部までの光凝固が可能であったことが,NVG発症の低さ(22眼中1眼5%)に寄与した可能性がある.手術時のHbA1C値は5.3.14.7%であったが,ほとんどの症例で数年以内のHbA1C値は10%以上であり,DMRの管理上血糖コントロールの重要性が再認識された.高血糖以外に高血圧,腎症,貧血,高コレステロール血症,高脂血症などが多くみられた.腎症・腎性貧血はPDRの術後視力不良のリスクとされ8),高血圧と腎症の合併はNVG発症のリスクであり2),加えて高コレステロール血症,高脂血症は血管障害のリスクとなる.若年者のDMRがその発症段階から,高血糖のみならずこれら複数の不良な全身因子の影響を受けている可能性がある.手術時年齢は22.33歳(平均29.4歳)で,思春期以降に発症した群も,以前に発症した群も手術時年齢に差はなかった.1型DMは新生児期から発症が始まり,10.11歳でピークとなる.合併症は15歳ころまでは網膜症・腎症ともに非常に少なく,思春期から増加することが知られている9).思春期には生理的に性ホルモン・成長ホルモンが増加してインスリン抵抗性が増大し,インスリン需要が増加する.加えて,思春期では精神的不安定性から治療の中断や食餌療法のあたらしい眼科Vol.30,No.7,20131037 乱れが生じやすく,女性では肥満を嫌うことから過度な食事制限を実行することもある.これらの要因から,思春期以前に発症した1型症例では思春期以降に血糖コントロール不良となる危険がある9).2型DMは生理的にインスリン需要が増大する思春期から発症が始まるが,生活状況・肥満との関連が強く,自覚症状にも乏しく,思春期特有の精神的不安定性ともあいまって,思春期発症の2型DM患者は血糖コントロール不良となりやすい9).今回の症例で,思春期以降に発症した群も,以前に発症した群も手術時年齢に差はなかったことは,血糖コントロール不良の期間がおもに思春期以降に限られたことを示唆している.DM患者とうつ症状の関連では,成人DM患者を対象としたアンケート調査10)によると,視覚障害のない場合はうつ病疑い者は0.9%であり,軽度のうつ状態を含めても20%であるのに対し,視覚障害者の場合はうつ病疑い者は40%,軽度のうつ状態を含めると67%に及び,うつ症状と視覚障害との関連が大きいが,今回の若年者では,DMR発症以前からうつ病など精神疾患を合併する症例が多く認められた.これは,小児.思春期でのインスリン注射,カロリー制限などの必要性や,他の健康な子供との格差の自覚などが精神発達に悪影響を及ぼした可能性がある.精神疾患を合併してDMコントロール意欲が低下し,食餌療法やインスリンなどの中断に至れば,DMRの発症・進行に悪影響を及ぼす可能性も大きいため,小児科・内科・精神科と眼科の連携が重要と思われる.提示した代表症例(症例10)に関連して,DMR単純型の初期症例や,DMRを認めない症例が血糖コントロール(おもにインスリン)開始後短期間に増悪し,汎網膜光凝固を施行してもなお増殖型に進展する例が報告されており,比較的若年かつ罹病期間が長く,未治療期間が長い例に多いといわれる.また,危険因子の一つに治療開始後の低血糖発作もあげられている10,12).代表症例は4歳で発症した1型DMであり,長期間インスリン治療がなされてはいたが,インスリンを自己中断した期間が思春期の数年間あり,インスリンを再開した後も血糖コントロールはきわめて不良であった.3週間の入院によりインスリン治療法を改善することで最高血糖値を300mg/dl程度に下げたが,低血糖発作も伴っていた.この入院中の眼科受診によって網膜内細小血管異常,広範な無血管野,新生血管の発生が認められ,その直後から汎網膜光凝固を施行したが網膜症の進行は抑えられず,片眼は5カ月後にNVGを発症し,その後網膜全.離となって硝子体手術を施行したが失明に至り,僚眼は硝子体手術で0.2.0.3の視力が保持された.この増悪の1年前は当科診療録により網膜症は認めず,増悪1カ月前の某施設での眼底検査でも異1038あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013常は指摘されなかったとの問診結果であったので,長くても1年以内に網膜症のない状態から増殖型に進行したことがわかる.血糖コントロール開始後短期間に増悪する原因としては,①血小板凝集能の亢進,②赤血球の酸素解離能の低下による低酸素状態の発生,③網膜循環血量の低下などが考えられている12).このように急速な増悪所見をいち早く見出すためには最低2週ごとの眼底検査とFAG撮影が必要という意見もある11).今回の調査では,DM発症年齢が明らかな場合は,発症から硝子体手術まで14年以上を要していたので,DM発症後10年超の若年患者や長期にわたる血糖コントロール不良の若年患者は,急速に網膜症が悪化することがあるので慎重な管理が必要と思われた.本稿の要旨は第17回日本糖尿病眼学会(2011年)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)岡野正:増殖糖尿病網膜症に対する後部硝子体.離と牽引の影響.眼紀38:143-152,19872)臼井亜由美,清川正敏,木村至ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術治療と術後合併症.日眼会誌115:516-522,20113)大木聡,三田村佳典,林昌宣明ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術.あたらしい眼科13:401403,20014)野堀秀穂,高橋佳二,松島博之ほか:若年者糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績.眼臨99:638-641,20055)伊藤忠,桜庭知己,原信哉ほか:若年発症の増殖糖尿病網膜症の手術成績.眼紀55:732-735,20046)山口真一郎,松本行弘,瀬川敦ほか:若年者増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績10年前との比較.眼臨100:93-96,20067)三上尚子,鈴木幸彦,吉岡由貴ほか:若年者糖尿病網膜症に対する白内障硝子体同時手術の成績.眼紀52:14-18,20018)笹野久美子,安藤文隆,鳥居良彦ほか:増殖糖尿病網膜症硝子体手術の視力予後不良への全身的因子の関与について.眼紀47:306-312,19969)川村智行:小児・思春期糖尿病の病態.糖尿病学─基礎と臨床(門脇孝,石橋俊,佐倉宏ほか編),p647-650,西村書店,200710)山田幸男,平沢由平,高澤哲也ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション第9報:視覚障害者にみられる睡眠障害とうつ病の頻度,特徴.眼紀55:192-196,200411)関怜子,安藤伸朗,小林司:急性発症,進行型糖尿病性網膜症の病像について.臨眼38:253-259,198412)田邉益美,松田雅之,鈴木克彦ほか:急速に増殖網膜症に至った若年糖尿病の2例.公立八鹿病院誌11:17-22,2002(156)

新潟大学ロービジョン外来における緑内障患者の受診状況

2013年7月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科30(7):1029.1033,2013c新潟大学ロービジョン外来における緑内障患者の受診状況本間友里恵*1張替涼子*1石井雅子*1,2阿部春樹*2福地健郎*1*1新潟大学大学院医歯学総合研究科生体機能調節医学専攻感覚統合医学講座視覚病態学分野*2新潟医療福祉大学GlaucomaPatientConsultationatNiigataUniversityLow-VisionClinicYurieHonma1),RyokoHarigai1),MasakoIshii1,2),HarukiAbe2)andTakeoFukuchi1)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduatedSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversity,2)NiigataUniversityofHealthandWelfare目的:ロービジョン外来を受診した緑内障患者の受診状況を検証し,緑内障患者にロービジョン外来受診を勧める時期や背景について検討した.対象および方法:対象は,2000年9月から2009年8月までの9年間にロービジョン外来を受診した緑内障患者121例,平均年齢61.5±17.2歳である.視覚障害による困難を聴取し,それに対応し必要なロービジョンケアを行った.良いほうの眼の視力を0.5以上の良好群と0.4以下の不良群の2群に,良いほうの眼のGoldmann視野病期を早期・中期群と晩期群の2群に,年齢を20.60歳の就労年齢群と61.88歳の高齢群の2群にそれぞれ分類し,改善したい困難(ニーズ)について視力,視野および年齢別に比較検討した.結果:視覚障害による困難は読書81.8%,羞明55.4%,歩行52.1%,書字33.9%,日常生活19.0%の順に多かった.羞明は視力良好群で80.5%および視野晩期群で73.1%,歩行は就労年齢群で64.2%,書字は視力不良群で41.3%および視野晩期群で44.8%,日常生活は視力良好群で36.6%,遠見は視力不良群で15.0%および視野晩期群で16.4%,就労は就労年齢群で17.0%とそれぞれ他群に比べ困難の訴えの割合が有意に多かった(p<0.05,c2検定).結論:視力および視野が良好であっても患者の生活・社会環境によってはさまざまな困難を自覚しており,障害が軽度であってもロービジョンケアを必要とする場合があることを理解する必要がある.Purpose:Toassessthetimingandbackgroundoflow-visionclinicvisitrecommendationbyexaminingtheconsultationsituationofglaucomapatientsconsultingourlow-visionclinic.SubjectsandMethods:Subjectscomprised121patients61.5±17.2yearsofagewhoconsultedourlow-visionclinicduringthe9yearsfromSeptember2000toAugust2009.Eachpatientconsultedwithusregardingdifficultiesarisingfromvisualimpairment;weprovidedthenecessarylow-visioncare.Weclassifiedthesubjectsintotwogroupsbasedonthevisualacuityofthebettereye:onegroupabove0.5,theotherbelow0.4.WealsoclassifiedthesubjectsintotwogroupsbasedontheimpairmentstageofthebettereyeintermsofGoldmannvisualfield:early,intermediateandlatestage.Thesubjectswerealsoclassifiedintotwoagegroups:theworkingagegroup(20-60yearsofage)andtheseniorgroup(61-88yearsofage).Wethenexaminedandcomparedthegroupsbasedonvisualacuity,visualfieldandage,intermsoftheirneeds(visionproblemstheywishedtoimprove).Results:Inorderofnumberofcases,manypatientssufferedfromvisualimpairmentthatcausedreadingdifficulties(81.8%),photophobia(55.4%),walkingdifficulties(52.1%),writingdifficulties(33.9%)andotherdifficultiesindailylife(19.0%).Ofthebettervisualacuityandseverevisualfieldimpairmentgroups,80.5%and73.1%,respectively,sufferedfromphotophobia;64.2%ofpatientsintheworkingagegroupexperiencedproblemswithwalking;41.3%oftheworsevisualacuitygroupand44.8%ofthelatevisualimpairmentstagegrouphadtroublereadingandwriting;36.6%ofthoseinthebettervisualacuitygrouphaddifficultiesindailylife;15.0%ofthoseintheworsevisualacuitygroupand16.4%intheseverevisualfieldimpairmentgroupsufferedfromfar-sightedness.Meanwhile,17.0%oftheworkingagegroupindicatedhavingdifficultyworking,showingasignificantlyhigherratioofdifficultiesthananyothergroup(p<0.05,chi-squaretest).Conclusions:Regardlessofgoodvisualacuityandvisualfield,patientsareawareofvariousdifficultiesrelatingtothesocialenvironmentandtheirdailylife.Thisstudyrevealedtheimportanceofunder〔別刷請求先〕本間友里恵:〒951-8510新潟市中央区旭町通1-757新潟大学大学院医歯学総合研究科生体機能調節医学専攻感覚統合医学講座視覚病態学分野Reprintrequests:YurieHonma,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduatedSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversity,1-757Asahimachidori,Chuo-ku,Niigata-shi,Niigata951-8510,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(147)1029 standingtheneedtoprovidelow-visioncareevenforindividualswithmildvisualimpairment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(7):1029.1033,2013〕Keywords:緑内障,ロービジョンケア,ニーズ.glaucoma,lowvisioncare,needs.はじめに近年,社会の老齢化に伴い治療できない視覚障害のために視機能が低下したままの状態,すなわちロービジョンで生活せざるをえない人口は増加している.日本眼科医会の報告では,わが国における視覚障害者は164万人ともいわれ,緑内障は視覚障害の原因の首位疾患である1).また,大規模な緑内障の疫学調査である多治見スタディでは,40歳以上の日本人の緑内障有病率は5.0%であることが報告されている2).緑内障では無症状のままゆっくりと緩慢に視機能が障害されるため,自覚症状が現れたときにはかなり病状が進行し患者のqualityoflife(QOL)が極端に損なわれていることもしばしばみられる.それゆえ治療・視機能の管理と並行してロービジョンケアを行う必要性について認識されつつあるが,ケア導入のタイミングはむずかしい3).今回,筆者らは緑内障により視機能に低下をきたし新潟大学眼科ロービジョン外来を受診した患者の視機能の状態と,視機能障害による困難およびロービジョンケアの内容について調査し検討したので報告する.I対象および方法2000年9月から2009年8月までの9年間にロービジョン外来を受診した340人のうち,緑内障と診断された121例(男性70例,女性51例)を対象とした.ロービジョンケアの開始年齢は5.88歳,平均61.5±17.2歳である.緑内障の病型は原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)が52例,続発緑内障(secondaryglaucoma:SG)が31例,正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)が24例,原発閉塞隅角緑内障(primaryangleclosureglaucoma:PACG)および発達緑内障(developmentalglaucoma:DG)が各7例である.見えにくいことによる,どのような困難を改善したいのか(ニーズ)を聴取し,それに対応した必要なロービジョンケアを行った.ロービジョンケアの内容は遮光眼鏡,近用拡大鏡および単眼鏡などの処方,タイポスコープ,拡大読書器などの指導,福祉制度,便利グッズおよび障害年金などの情報提供である.良いほうの眼の視力を0.5以上の良好群と0.4以下の不良群2群に,良いほうの眼のGoldmann視野病期を湖崎分類4)に従って早期・中期群と晩期群の2群に,年齢を20.60歳の就労年齢群と61.88歳の高齢群の2群にそれぞれ分類し,ニーズについて視力,視野および年齢別に比較検討した.1030あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013データの解析にはc2検定を用い,危険率5%以下を有意差ありとした.II結果1.受診患者の視力および視野良いほうの視力は0.01未満が4例(3.3%),0.01.0.05が18例(14.9%),0.06.0.09が15例(12.4%),0.1.0.4が43例(35.5%),0.5.0.9が22例(18.2%),1.0以上が19例(15.7%)であった(図1).良いほうのGoldmann視野は湖崎分類のIIa期およびIIb期が各1例(0.8%),IIIa期が34例(28.1%),IIIb期が14例(11.6%),IV期が38例(31.4%),Va期が7例(5.8%),0.01未満1.0以上419(3.3%)0.01~0.0518(14.9%)0.1~0.443(35.5%)0.5~0.922(18.2%)(15.7%)0.06~0.0915(12.4%)図1良いほうの視力(n=121)0.4以下:80例,0.5以上:41例.n():症例数(%).不測IIa期41IIb期(3.3%)(0.8%)1Va期7(5.8%)IIIb期14Vb期22(18.2%)IIIa期(0.8%)34(28.1%)(11.6%)IV期38(31.4%)図2良いほうの視野(n=121)早期・中期:50例,晩期:67例,測定不能:4例.n():症例数(%).(148) Vb期が22例(18.2%)であった.3例は幼少のため,1例は明(55.4%),歩行(52.1%),書字(33.9%),日常生活(19.0知的な障害のため測定不能であった(図2).%),遠見(10.7%)と続く(図3).2.ニーズとロービジョンケアの内容ロービジョンケアの内容は,処方では多い順に,遠用遮光ニーズには複数の回答があった.読書の困難を改善したい眼鏡(34.7%),近用拡大鏡(30.6%),白杖(28.9%),近用という訴えが最も多く全体の81.8%にみられた.つぎに羞眼鏡(17.4%),拡大読書器(14.1%)であった.指導および情報提供では補装具および日常生活用具の身体障害者手帳(視覚)のサービス,税金の減免,NKK受信料の割引などの読書福祉制度についての情報提供が76.9%と最も多かった.つ羞明ぎに近用拡大鏡(57.9%),見えにくいことによる日常生活歩行書字の不自由さを助ける便利グッズ(52.9%),タイポスコープ・日常生活筆記用具(46.8%),拡大読書器(44.6%)と続く(図4).遠見ニーズに対応したケアでは,読書および書字の困難には近福祉情報心理的不安用拡大鏡,近用眼鏡,拡大読書器,近用遮光眼鏡,書見台の就労処方を行った.処方にあたっては十分な試用のうえ,可能でパソコンあれば1週間程度の貸し出しの後に処方した.再来時に使用就学その他状況を確認し,処方された補助具やタイポスコープを用いて01099(81.8)67(55.4)63(52.1)41(33.9)23(19.0)13(10.7)11(9.1)10(8.3)9(7.4)3(2.5)3(2.5)6(5.0)2030405060708090100(%)の読み書きの指導を行った.視機能を用いることが困難な場図3ニーズの割合(n=121:複数回答あり)合は音声パソコン教室および録音図書の情報提供を行った.その他:車の運転,携帯電話の使い方,時計が見えない,視力就労の困難には事務作業の効率を上げるための音声パソコン回復,内科の処方薬と眼との関係,暗順応障害が各1例.教室の情報提供,パソコン画面のハイコントラスト設定の指a.処方遠用遮光眼鏡42(34.7)近用拡大鏡37(30.6)白杖35(28.9)近用眼鏡21(17.4)拡大読書器17(14.1)遠用眼鏡14(11.6)近用遮光眼鏡12(9.9)音声時計11(9.1)書見台10(8.3)単眼鏡4(3.3)その他15(12.4)0510152025303540(%)b.指導・情報提供福祉制度93(76.9)近用拡大鏡70(57.9)便利グッズ64(52.9)タイポスコープ・筆記用具59(48.8)拡大読書器54(44.6)障害年金38(31.4)照明37(30.6)点字・録音図書35(28.9)音声パソコン教室34(28.1)パソコンの画面設定21(17.4)眼球運動・偏心視訓練17(14.1)日常生活14(11.6)単眼鏡12(9.9)就労9(7.4)就学3(2.5)その他17(14.1)0102030405060708090(%)図4ロービジョンケアの内容(149)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131031 表1ニーズの比較視力視野※1年齢※2良好群0.5以上n=41不良群0.4以下n=80p値早期・中期群IIa,IIb,IIIa,IIIbn=50晩期群IV,Va,Vbn=67p値就労年齢群20.60歳n=53高齢群61.88歳n=65p値n(%)n(%)n(%)n(%)n(%)n(%)読書34(82.9)65(81.3)0.8239(78.0)56(83.6)0.4541(77.4)55(84.6)0.31羞明33(80.5)34(42.5)<0.01*18(36.0)49(73.1)<0.01*35(66.0)32(49.2)0.07歩行19(46.3)44(55.0)0.3728(56.0)35(52.2)0.6934(64.2)29(44.6)0.03*書字8(19.5)33(41.3)0.02*11(22.0)30(44.8)0.01*20(37.7)21(32.3)0.54日常生活15(36.6)8(10.0)<0.01*7(14.0)16(23.9)0.1812(22.6)11(16.9)0.44遠見1(2.4)12(15.0)0.03*2(4.0)11(16.4)0.03*6(11.3)7(10.8)0.92福祉情報4(9.8)7(8.8)0.863(6.0)8(11.9)0.498(15.1)3(4.6)0.05心理的不安3(7.3)7(8.8)0.794(8.0)6(9.0)0.855(9.4)5(7.7)0.74就労1(2.4)8(10.0)0.131(2.0)8(11.9)0.059(17.0)0(0.0)<0.01*パソコン2(4.9)1(1.3)0.22※32(4.0)1(1.5)0.40※33(5.7)0(0.0)0.05※3※1測定不能であった4例を除く.※2未成年の3例を除く.※3イエーツ(Yates)の補正済み.*p<0.05で有意差あり(c2検定).導を行った.3.ニーズと視力,視野および年齢おもなニーズを視力,視野および年齢をそれぞれ2群して比較した(表1).羞明は視力良好群で80.5%および視野晩期群で73.1%とそれぞれ視力不良群42.5%および視野早期・中期群36.0%に比べ困難を改善したいと訴える割合が有意に多かった.歩行は就労年齢群で64.2%と高齢群44.6%に比べ困難を改善したいと訴える割合が有意に多かった.書字は視力不良群で41.3%および視野晩期群で44.8%とそれぞれ視力良好群19.5%および視野早期・中期群22.0%に比べ困難を改善したいと訴える割合が有意に多かった.日常生活は視力良好群で36.6%と視力不良群10.0%に比べ困難を改善したいと訴える割合が有意に多かった.遠見は視力不良群で15.0%および視野晩期群で16.4%とそれぞれ視力良好群2.4%および視野早期・中期群4.0%に比べ困難を改善したいと訴える割合が有意に多かった.就労は就労年齢群で17.0%と高齢群0.0%に比べ困難を改善したいと訴える割合が有意に多かった.読書,福祉情報および心理的不安に関しては,2群間に差がみられなかった.III考按本研究は緑内障患者のロービジョンケアを導入した時期の状況を診療録から後ろ向きに調査したものである.緑内障のロービジョンケアについてはこれまでに多くの報告がある5.8).また,緑内障患者のQOL評価についてはThe25itemNationalEyeInstituteVisualFunctionQueationnaire(VFQ-25)を用いての生活機能評価から,視機能の障害程度とQOLは相関することが報告されている8,9).筆者らは,質問紙を用いず視機能の低下によってもたらされた困難のなかで改善を希望することを十分な時間をかけて面談により聴取し,そのニーズに対応したロービジョンケアを行った.今回の対象のロービジョン外来を受診した緑内障患者の病型は原発開放隅角緑内障が最も多く,つぎに続発緑内障,正常眼圧緑内障の順であった.わが国の緑内障の疫学調査である多治見スタディでは,緑内障の頻度は正常眼圧緑内障が最も多く,原発開放隅角緑内障は少ない.しかし,原発開放隅角緑内障や続発緑内障のような高眼圧の緑内障では視機能障害が重症化しやすく正常眼圧緑内障は重症化しにくいといわれている2).ロービジョンケアを導入した緑内障患者は高眼圧で重症化しやすいタイプの緑内障が多かった.川瀬の報告8)ではケアを開始した時点の良いほうの眼の視力は0.7以上が89%,視野はHumphrey視野におけるAnderson分類10)にて重度が48%と最も多く,中心視力が良好なうちにケアが開始されていた.筆者らの調査では,ロービジョンケアを開始した時点の良いほうの眼の視力は0.1.0.4の35.5%が最も多く,視力0.7以上は20%に満たなかった.視野はGoldmann視野における湖崎分類4)でIV期の31.4%が最も多かった.ケア開始時の視力値に大きな違いがみられた.ロービジョンケア導入を勧めるタイミングが異なることがその原因であると考えられる.読書の困難をニーズとしてあげる者が全体の81.8%と最も多かった.視力,視野が良好であっても若年層においては読書の困難を自覚しやすいことがわかった.読書の困難に対応して近用拡大鏡の処方および指導,タイポスコープ・筆記用具の指導がロービジョンケアの内容として多かった.しか1032あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(150) し,川瀬8)のVFQ-25の下位尺度の平均点数では運転,心の健康や一般的健康の項目の点数が低く,近見の項目は低値を示していない.聞き取り方法の違いかもしれない.面談によるニーズの聴取では,患者は眼科医療機関で対応してもらえそうな困難を優先する.その結果,筆者らのクリニックでは補助具で解決できそうな読書や羞明のニーズが多く,心の不安を訴える患者は少なかったのではないかと推測される.ロービジョンケアの内容では,高橋ら7)は心のケアが最も多く,つぎに眼球運動訓練であると報告している.ロービジョンケアの内容は患者のニーズや導入時の緑内障の病期により異なる.視力良好群が不良群よりも,羞明および日常生活の困難の改善を訴えることは,興味深い結果であった.読書および歩行についてもわずかではあるが,視機能の良い群が悪い群より,困難の自覚の割合が多かった.その理由として,視機能障害の軽い群ではそれまでは自立して日常生活を送ってきたが不自由を感じ始めたという段階の患者が多いこと,また外出の機会が多いためではないかと推測できる.一方,視機能障害が進行している群ほど不自由になってからの期間が長く,保有視野での生活に適応している,家族の介助に頼ることに慣れてしまった,外出の機会が少なくなる,などの生活環境の変化により,困難を自覚しにくくなっている可能性がある.QOLの向上を目指すロービジョンケアは眼科医療において重要である11,12).しかし,ロービジョンケアの導入のタイミングには視機能からの明確な基準はない.緑内障は視機能障害の進行が遅く自覚症状に乏しいという特徴があり,患者自身が視機能障害による生活の不自由さに慣れてしまっていることがロービションケアの導入をむずかしくしているのかもしれない.新潟大学眼科では,緑内障外来主治医が患者からの視機能障害による困難の訴えがあった場合に,ロービジョン外来の受診を勧めている.そのため緑内障の罹患期間が長く中心視野が消失した状態ではじめてロービジョンケアを受けるという患者もいる.その場合,患者自身のロービジョンケアに対する意識が乏しく,視力を回復させたいという思いから補助具を用いることに抵抗がありロービジョンケアの受け入れがうまくいかないこともある.視機能障害が軽度なほど補助具での見え方の満足度が高い.また,治療への期待が強い患者では障害への受容が遅れがちである.通常の診療では患者は積極的に見えにくいことによる不自由さを訴えることは少ない.定期の視野検査の後に,生活に支障がないか尋ねることや有効視野の位置を患者とともに確認するなどの医療側からのアプローチが,早期のロービジョンケア導入を可能にすると考える.本論文は第22回日本緑内障学会(2011年)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本眼科医会研究班報告2006.2008:日本における視覚障害の社会的コスト.日本の眼科80(6):付録9-11,20092)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:fortheTajimiStudyGroupandJapanGlaucomaSociety:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1678,20043)張替涼子:4)緑内障IV.年齢と疾患によるケアの特徴/3.疾患別特徴.眼科プラクティス14巻,ロービジョンケアガイド(樋田哲夫編),文光堂,20074)湖崎弘,井上康子:視野による慢性緑内障の病期分類.日眼会誌76:1258-1267,19725)浅野紀美江,川瀬和秀,山田敬子ほか:緑内障におけるロービジョンケア─視野による評価─.あたらしい眼科19:771-774,20026)西田朋美,三輪まり枝,山田明子ほか:医療連携でロービジョンケアを進めることができた緑内障の2例.あたらしい眼科27:155-158,20107)高橋広,花井良江,土井涼子ほか:柳川リハビリテーション病院におけるロービジョンケア─第8報:緑内障患者に対するロービジョンケア─.あたらしい眼科19:673-678,20108)川瀬和秀:疾患別ロービジョンケア“緑内障”.眼紀57:261-266,20069)山岸和矢,吉川啓司,木村泰朗ほか:日本語版VFQ-25による高齢者正常眼圧緑内障患者のqualityoflife評価.日眼会誌113:964-971,200910)AndersonDR,PatellaVM:AutomatedStaticPerimeter.2nded,p121-190,Mosby,StLouis,199911)簗島謙次:視覚障害のリハビリテーション.ロービジョン・クリニック.あたらしい眼科9:1273-1279,199212)田淵昭雄,河原正明,廣田佳子ほか:眼科リハビリテーション・クリニックの重要性と課題.眼紀49:695-700,1998***(151)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131033

各種保存剤を用いた市販緑内障治療(配合)点眼液における角膜傷害性のキネティクス解析

2013年7月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科30(7):1023.1028,2013c各種保存剤を用いた市販緑内障治療(配合)点眼液における角膜傷害性のキネティクス解析長井紀章*1大江恭平*1森愛里*1伊藤吉將*1,2岡本紀夫*3下村嘉一*3*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3近畿大学医学部眼科学教室KineticAnalysisofCornealEpithelialCellDamagebyCommerciallyAvailableAnti-Glaucoma(Combination)Eyedrops,UsingFirst-OrderRateEquationNoriakiNagai1),KyouheiOe1),AiriMori1),YoshimasaIto1,2),NorioOkamoto3)andYoshikazuShimomura3)1)SchoolofPharmacy,2)PharmaceutialResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversitySchoolofMedicine本研究では,ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)および一次速度式を用いて緑内障治療薬の急性および慢性毒性を算出し,invitro角膜上皮細胞傷害性評価を行った.緑内障治療薬は市販製剤であるアイファガンR,キサラタンR,チモプトールR,トラバタンズR,トルソプトR,ミケランR,ミロルR,ラタノプロスト「TS」(LPテイカ),イソプロピルウノプロストン「TS」(IUテイカ)および配合点眼薬であるザラカムR,デュオトラバR,コソプトRの12剤を用いた.本研究の結果,急性毒性はザラカムR>キサラタンR>IUテイカ>ミケランR>コソプトR≒LPテイカ≒ミロルR≒チモプトールR>デュオトラバR≒トルソプトR>トラバタンズR>アイファガンRであり,慢性毒性はキサラタンR≒ザラカムR≒アイファガンR>IUテイカ>ミケランR≒ミロルR≒LPテイカ>チモプトールR>コソプトR>デュオトラバR≒トルソプトR>トラバタンズRの順であった.以上,一次速度式にて解析することで,点眼薬の角膜上皮細胞傷害性を評価できることを明らかとした.Inthisstudy,weinvestigatedcornealepithelialcelldamagecausedbycommerciallyavailableanti-glaucomaeyedrops.Wealsoperformedkineticanalysisofcornealepithelialcelldamage,usingthefirst-orderrateequation,andcalculatedeyedropacuteandchronictoxicity.Usedinthisstudywere12eyedroppreparations:AiphaganR,XalatanR,TimoptolR,TravatanzR,TrusoptR,MikelanR,MirolR,latanoprostgenericproducts(LPTeika),isopropylunoprostonegenericproducts(IUTeika)andanti-glaucomacombinationeyedrops(XalacomR,DuotravR,CosoptR).Eyedropacuteandchronictoxicitydecreasedinthefollowingorder:acutetoxicit:XalacomR>XalatanR>IUTeika>MikelanR>CosoptR≒LPTeika≒MirolR≒TimoptolR>DuotravR≒TrusoptR>TravatanzR>AiphaganR;chronictoxicity:XalatanR≒XalacomR≒AiphaganR>IUTeika>MikelanR≒MirolR≒LPTeika>TimoptolR>CosoptR>DuotravR≒TrusoptR>TravatanzR.Theseresultsshowthatkineticanalysisofcornealepithelialcelldamagecausedbyeyedrops,usingHCE-Tandfirst-orderrateformula,issuitableforresearchingcornealdamagecausedbyanti-glaucomaeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(7):1023.1028,2013〕Keywords:緑内障治療薬,速度論解析,ヒト角膜上皮細胞,急性毒性,慢性毒性.anti-glaucomaeyedrops,kineticanalysis,humancorneaepithelialcell,acutetoxicity,chronictoxicity.はじめに治療薬には多くの種類があるが,最も作用が強いという理由失明を伴う眼疾患である緑内障の要因には,眼圧とそれ以から,臨床ではおもにプロスタグランジン(PG)点眼薬が第外の因子(循環障害など)が考えられており,臨床では,緑一選択として用いられ,眼圧コントロールが困難な患者に対内障治療薬による薬物治療が第一選択となる.これら緑内障して作用機序の異なる複数の緑内障治療薬が適宜追加され〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,SchoolofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(141)1023 る.しかし,緑内障治療薬の多剤併用や長期連続投与は点眼表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所の副作用や,患者からのしみる,かすむ,眼が充血するといった訴えを増加させるとともに,患者のアドヒアランス低下に繋がる.これらの問題を改善すべく,近年ではsofZiaTM(塩化亜鉛,ホウ酸を含むソルビトール緩衝剤保存システム)を保存剤とするトラバタンズRや亜塩素酸ナトリウムを用いたアイファガンRのようなベンザルコニウム塩化物(BAC)非含有製剤が開発されている.また,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼薬であるザラカムRなどの配合点眼薬も市販され,これらBAC非含有製剤および配合点眼薬はqualityoflife(QOL)の高い治療法へ繋がるものとして注目されている.緑内障治療薬の角膜障害は,点眼薬中に含まれる主薬,添加剤,保存剤だけでなく,角膜知覚,涙液動態および結膜といったオキュラーサーフェス(眼表面)の状態が関与することが明らかとされ,臨床(invivo)および基礎(invitro)両面からの観察が重要であることが報告されている1).筆者らはこれまで,緑内障治療薬による不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)傷害作用が,正常ヒト角膜上皮培養細胞への傷害作用に非常に類似し,さらに細胞増殖性,感受性にばらつきが少ないため,HCE-Tが正常ヒト角膜上皮細胞の代わりにinvitro角膜傷害性評価に使用できることを報告してきた2).また,点眼薬処理時の角膜上皮細胞の生存率から細胞死亡率を測定し,一次速度式を用いた細胞傷害性解析にて,急性および慢性毒性を算出する方法(invitro角膜上皮細胞傷害性評価)が緑内障治療薬の角膜傷害性を明らかとするうえで有用であることを報告してきた3).今回,HCE-Tを用い,緑内障治療薬処理時の細胞死亡率を測定し,一次速度式を用いた細胞傷害性解析を行うことで,現在臨床現場で多用されているBAC非含有点眼液および緑内障治療配合点眼液のinvitro角膜上皮細胞傷害性評価を行った.I対象および方法1.使用細胞培養細胞は理化学研究所より供与された不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)を用い,100IU/mlペニシリン(GIBCO社製),100μg/mlストレプトマイシン(GIBCO社製)および5.0%ウシ胎児血清(FBS,GIBCO社製)を含むDMEM/F12培地(GIBCO社製)にて培養した.2.使用薬物緑内障治療薬は市販製剤である0.1%アイファガンR(主薬ブリモニジン酒石酸塩),0.005%キサラタンR(主薬ラタノプロスト),0.5%チモプトールR(主薬チモロールマレイン酸塩),0.004%トラバタンズR(主薬トラボプロスト),1%トルソプトR(主薬ドルゾラミド塩酸塩),2%ミケランR(カルテオロール塩酸塩),0.5%ミロルR(レボブノロール塩酸塩),キサラタンRの後発品である05%ラタノプロスト「TS」(LPテイカ),レスキュラRの後発品である0.12%イソプロピルウノプロストン「TS」(IUテイカ)の9剤および配合点眼薬であるザラカムR(主薬ラタノプロストおよびチモロールマレイン酸塩),デュオトラバR(主薬トラボプロストおよび表1各種緑内障治療薬に含まれる添加物緑内障治療薬添加物キサラタンRベンザルコニウム塩化物(0.02%),等張化剤,無水リン酸一水素Na,リン酸二水素Na一水和物アイファガンR亜塩素酸Na(濃度非公開),塩化Mg,ホウ酸,ホウ砂,カルメロースNa,塩化Na,塩化K,塩化Ca水和物,塩酸,水酸化NaミロルRベンザルコニウム塩化物(0.002%),リン酸二水素K,リン酸水素Na水和物,ピロ亜硫酸Na,等張化剤,pH調整剤,エデト酸Na水和物,ポリビニルアルコール(部分けん化物)ミケランRベンザルコニウム塩化物液(0.005%),塩化Na,リン酸二水素Na,無水リン酸一水素Na,精製水トラバタンズRホウ酸,塩化亜鉛,d-ソルビトール(sofZiaTM),プロピレングリコール,ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油40,pH調節剤2成分チモプトールRベンザルコニウム塩化物液(0.005%),水酸化Na,リン酸二水素Na,リン酸水素Na水和物トルソプトRベンザルコニウム塩化物液(0.005%),ヒドロキシエチルセルロース,d-マンニトール,クエン酸Na水和物,塩酸LPテイカベンザルコニウム塩化物(濃度非公開),グリセリン,トロメタモール,ヒプロメロース,等張化剤,ポリソルベート80,pH調節剤IUテイカクロルヘキシジングルコン酸塩(濃度非公開),ホウ酸,グリセリン,ステアリン酸ポリエチレングリコール,塩酸,トロメタモールザラカムRベンザルコニウム塩化物(0.02%),無水リン酸一水素Na,リン酸二水素Na一水和物,等張化剤デュオトラバR塩化ポリドロニウム(濃度非公開),ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油40,プロピレングリコール,ホウ酸,塩化Na,d-マンニトール,pH調節剤2成分コソプトRベンザルコニウム塩化物液(0.005%),ヒドロキシエチルセルロース,d-マンニトール,クエン酸Na水和物,水酸化Na下線は保存剤を,括弧はその濃度または名称を示す.1024あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(142) チモロールマレイン酸塩),コソプトR(主薬ドルゾラミド塩酸塩およびチモロールマレイン酸塩)の3剤の計12剤を用いた.表1には本研究で用いた各種緑内障治療薬中の添加物を示した.これら点眼薬は製薬会社からの提供ではなく,市販のものを購入しており利益相反はない.3.緑内障治療薬による細胞処理法HCE-T(50×104個)をフラスコ(75cm2)内に播種し,80%に達するまで培養した4,5).この細胞を,0.05%トリプシンにて.離し,細胞数を計測後,96穴プレートに100μl(1×104個)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内で24時間培養したものを実験に用いた.実際の操作法として,HCE-T細胞を0,10,20,30,60または120秒間薬剤にて処理後,リン酸緩衝液(PBS)にて2回洗浄し,各wellに100μlの培地およびTetraColorONE(生化学社製)20μlを加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理後,マイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)にて490nmの吸光度(Abs)を測定した.本実験における細胞傷害評価にはTetraColorONEを用い,テトラゾリウム塩が生細胞内ミトコンドリアのデヒドロゲナーゼにより生産されたホルマザンを測定することで表した.本研究では,薬剤処理後の細胞死亡率(%)を次式(1)により算出した.細胞死亡率(%)=(Abs未処理.Abs薬剤処理)/Abs未処理×100(1)また,薬剤処理が細胞傷害へ与える影響をより詳細に検討すべく,次式(2)を用いて解析を行った.Dt=D∞・・t)(2)(1.e.kDkDは細胞傷害速度定数(min.1),tは点眼薬処理後の時間(0.2分),D∞およびDtは薬剤処理∞およびt分後の細胞死亡率を示す.本研究ではkD,D∞をそれぞれ急性毒性および慢性毒性として表した.4.統計学的処理実験結果は平均値±標準誤差(SE)で表した.有意差検定はJAMVer.5.1(日本SAS協会)コンピュータプログラムを用いて行った.各々の実験値はDunnettの多群間比較により解析した.また,本研究ではp値が0.05以下を有意差ありとした.II結果1.緑内障治療薬における角膜上皮細胞傷害性の比較表2にはアイファガンR,ミケランR,ミロルR,LPテイカおよびIUテイカにおける急性毒性(kD)と慢性毒性(D∞)を示す.いずれの処理群においても処理時間の増加とともに細胞死亡率の増加が認められ,傷害性に差がみられた.その急性毒性はIUテイカ>ミケランR>LPテイカ≒ミロルR≫アイファガンRの順であった.また,慢性毒性はアイファガンR>IUテイカ>ミケランR≒ミロルR≒LPテイカの順で低値を示した.なかでもアイファガンRの急性毒性は0.09±0.02min.1(平均値±標準誤差,n=7)とこれまで測定した緑内障治療薬のなかで最も低値であった.2.緑内障治療剤・配合点眼液ザラカムR,デュオトラバRおよびコソプトRによる角膜上皮細胞傷害性表3は緑内障治療剤・配合点眼液ザラカムR処理における点眼薬の細胞傷害性を示す.キサラタンRおよびチモプトールRの主薬を有する配合点眼薬であるザラカムRの急性および慢性毒性はそれぞれ7.91±1.58min.1,100.9±3.5%(平均値±標準誤差,n=5)であり,キサラタンRおよびチモプトールRの急性毒性と比較し,有意に高値であった(慢性毒性;ザラカムR≒キサラタンR>チモプトールR,急性毒性;ザラカムR≫キサラタンR>チモプトールR).表4はトラバタンズRおよびチモプトールRの主薬を有する配合点眼薬であるデュオトラバR処理における点眼薬の細胞傷害性を示す.急性および慢性毒性ともに,デュオトラバRの毒性はトラバタンズRより高かったが,チモプトールRの毒性と比較し低値であった(急性および慢性毒性;チモプトールR>表2各種緑内障治療薬処理における角膜傷害性の比較アイファガンRミロルRミケランRLPテイカIUテイカkD(min.1)0.09±0.021.81±0.122.45±0.191.79±0.132.63±0.17D∞(%)100.8±14.168.7±3.871.0±2.968.1±2.178.6±3.2平均値±標準誤差,n=5.8.表3緑内障治療剤・配合点眼液ザラカムR処理における角膜傷害性ザラカムRキサラタンRチモプトールRkD(min.1)7.91±1.582.80±0.25*1.78±0.06*D∞(%)100.9±3.5101.5±6.646.6±1.3*平均値±標準誤差,n=5.*p<0.05vs.ザラカムR(Dunnettの多群間比較).表4緑内障治療剤・配合点眼液デュオトラバR処理における角膜傷害性デュオトラバRトラバタンズRチモプトールRkD(min.1)1.20±0.030.27±0.07*1.78±0.06*D∞(%)12.2±0.93.9±0.3*46.6±1.3*平均値±標準誤差,n=5.*p<0.05vs.デュオトラバR(Dunnettの多群間比較).(143)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131025 表5緑内障治療剤・配合点眼液コソプトR処理における角膜傷害性コソプトRトルソプトRチモプトールRkD(min.1)1.79±0.061.27±0.03*1.78±0.06D∞(%)30.0±1.115.1±0.1*46.6±1.3*平均値±標準誤差,n=5.*p<0.05vs.コソプトR(Dunnettの多群間比較).デュオトラバR>トラバタンズR).表5はトルソプトRおよびチモプトールRの主薬を有する配合点眼薬コソプトR処理における点眼薬の細胞傷害性を示す.コソプトRの急性毒性はコソプトR≒チモプトールR>トルソプトRの順であり,慢性毒性はチモプトールR>コソプトR>トルソプトRと,コソプトRの慢性毒性はチモプトールRと比較し有意に低値であった.III考按筆者らはこれまで,一次速度式を用いた細胞死亡率解析により点眼薬点眼時の角膜に対する急性および慢性毒性の算出法を確立した3).また,現在臨床現場で多用されている緑内障治療薬PG点眼薬先発品(キサラタンR,レスキュラR,トラバタンズRおよびタプロスR)や代表的なラタノプロスト後発品(LPケミファ,LPセンジュ,LPわかもとおよびLPサワイ),チモプトールR,トルソプトR,デタントールR,ハイパジールRおよびサンピロRなどの急性および慢性毒性を算出し,その毒性の強度について報告してきた3).本研究ではこれら一次速度式を用いたinvitro角膜上皮細胞傷害性評価法により,新たにアイファガンR,ミケランR,ミロルR,LPテイカおよびIUテイカといった,臨床で多用されるBAC非含有点眼液および緑内障治療配合点眼液について評価を行った.さらに,近年注目されている緑内障治療剤・配合点眼液3種(ザラカムR,デュオトラバRおよびコソプトR)についての検討も行った.まず,配合点眼液を除くアイファガンR,ミケランR,ミロルR,LPテイカおよびIUテイカについて評価を行った.いずれの処理群においても処理時間の増加とともに細胞死亡率の増加が認められ,その急性毒性はIUテイカ>ミケランR>LPテイカ≒ミロルR≫アイファガンRの順であった.慢性毒性はアイファガンR>IUテイカ>ミケランR≒ミロルR≒LPテイカの順で低値を示した(表2).筆者らはこれまで,pHは4.4.7.5内では,本実験系の細胞生存率にほとんど影響を与えないことを報告してきた3).また,今回用いた点眼薬におけるpHは5.5.7.5内であることから,これら傷害性は主として添加物によるものと考えられる.点眼薬には品質の劣化を防ぐ目的で保存剤が添加されており,薬剤性角膜傷害には主薬のみでなくこの保存剤が強く関与する6).なかでも保存剤1026あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013BACは界面活性作用により細胞膜の浸透性を高め,膜破壊,細胞質の変性を起こすことで,高い角膜上皮細胞傷害性を有する7,8).今回用いたミケランR,ミロルRおよびLPテイカでは保存剤としてBACが用いられており,ミケランR,ミロルRに含まれるBAC濃度はそれぞれ0.005%,0.002%であった(LPテイカ中BAC濃度は非公開).また,Guenounらは結膜細胞を用い,PG分子がBACによる細胞傷害の抑制効果を有していることを報告している9.11).したがって,ミケランRがミロルRおよびLPテイカと比較し,毒性強度が高い要因として,添加剤中BAC濃度とLPテイカ中の主薬ラタノプロストのBAC角膜傷害性軽減効果が考えられる.一方,アイファガンRとIUテイカではBACは用いられず,保存剤としてそれぞれ亜塩素酸ナトリウム,クロルヘキシジングルコン酸塩が用いられている.これら亜塩素酸ナトリウムおよびクロルヘキシジングルコン酸塩の使用濃度は公開されておらず不明であるが,一般に点眼領域で用いられる濃度範囲〔亜塩素酸ナトリウム:0.00001.1%(w/v),クロルヘキシジングルコン酸塩:0.001.0.01%(w/w)〕を参考とし,0.001%亜塩素酸ナトリウム,0.005%クロルヘキシジングルコン酸塩をHCE-T細胞へ1分間処理した際の細胞傷害性を測定したところ,それぞれ生存率は98.4±1.5%,37.7±2.9%(平均値±標準誤差,n=5)であった(0.5%亜塩素酸ナトリウム使用時では生存率37.2±6.9%,平均値±標準誤差,n=5).したがって,アイファガンRの非常に低い急性毒性は,亜塩素酸ナトリウムという安全な保存剤の適応がかかわっており,アイファガンRは慢性毒性が高いが,急性毒性は非常に低いため,実際の使用時には角膜傷害はほとんどみられず,安全な点眼薬になりうるものと考えられる.一方,IUテイカの急性・慢性毒性は,クロルヘキシジングルコン酸塩がかかわるものと示唆された.また,濃度にもよるが,BACとクロルヘキシジングルコン酸塩では,BACのほうが高い角膜傷害性を示すが,IUテイカの急性・慢性毒性は,先発品であるレスキュラRと比較し高かった3).この毒性強度の違いには,先に示したPG分子によるBAC細胞傷害の抑制効果がかかわっているのではないかと考えられた.つぎに,緑内障治療剤・配合点眼液ザラカムR,デュオトラバRおよびコソプトRによる角膜上皮細胞への急性および慢性毒性を解析した.筆者らはすでにヒト角膜上皮細胞を用い,配合点眼液ザラカムR,デュオトラバRおよびコソプトRの傷害性の要因について明らかにしており,キサラタンRおよびチモプトールRの主薬を有する配合点眼薬ザラカムRの傷害性には,保存剤BAC濃度とチモロールマレイン酸塩が主として関与することを報告している12).本結果から,ザラカムRの慢性毒性はザラカムR≒キサラタンR>チモプトールRであった(表3).ザラカムR,キサラタンRおよびチモプトールRいずれにおいても保存剤としてBACが用いられ(144) ており,その濃度はザラカムR,キサラタンRでは0.02%,チモプトールRでは0.005%であった.したがって,チモプトールRと比較し,ザラカムRおよびキサラタンRで慢性毒性が高いのは,0.02%というBAC濃度がおもに起因するものと考えられた.さらに,筆者らはチモロールマレイン酸塩とBACの細胞傷害性は相加的に上昇することもすでに明らかにしており12),ザラカムRの急性毒性が同濃度のBACを含有するキサラタンRより高い角膜上皮細胞傷害性を示す要因には,チモロールマレイン酸塩がかかわるものと示唆された(急性毒性:ザラカムR≫キサラタンR>チモプトールR).トラバタンズRおよびチモプトールRの主薬を有する配合点眼薬デュオトラバRの急性および慢性毒性は,ともにトラバタンズRより高かったが,チモプトールRの毒性と比較し低値であった(表3,急性および慢性毒性;チモプトールR>デュオトラバR>トラバタンズR).デュオトラバRやトラバタンズRはBAC非含有製剤であり,日本アルコン株式会社が特許を有するポリクオッド(塩化ポリドロニウム)およびsofZiaTM(塩化亜鉛,ホウ酸を含むソルビトール緩衝剤保存システム)をそれぞれ保存剤として使用している.これら保存剤はBACの高い角膜上皮細胞傷害性を避けるために考案されたものであり,デュオトラバRやトラバタンズRの急性・慢性毒性がチモプトールRのそれらより低いという今回の結果はこれらの知見(製剤工夫の目的)と一致した.また,デュオトラバR中のチモロールマレイン酸塩は,デュオトラバRとトラバタンズR間における毒性の強度差にかかわるものと示唆された.コソプトR(主薬ドルゾラミド塩酸塩およびチモロールマレイン酸塩)では,急性毒性はコソプトR≒チモプトールR>トルソプトRの順であったが,慢性毒性はチモプトールRと比較し低く,チモプトールR>コソプトR>トルソプトRであった(表5).コソプトR,トルソプトRおよびチモプトールRもまた保存剤としてBACが用いられており,トルソプトR,チモプトールRおよびコソプトR中のBAC濃度は0.005%である.しかし,急性毒性はトルソプトRが最も低く,チモプトールR・トルソプトRの主薬を含むコソプトRとチモプトールRでは同程度であり,慢性毒性はチモプトールR>コソプトR>トルソプトRの順と,BAC濃度や主薬の関係だけでは説明できなかった.BAC濃度は角膜傷害性に強くかかわるが,筆者らはd-マンニトールが添加されている際,BACの細胞傷害性が軽減されることを明らかとしており12),コソプトRおよびトルソプトRには,添加剤としてd-マンニトールが用いられている.したがって,これらd-マンニトールの含有がコソプトRの角膜傷害性が,チモプトールR単剤より低いという結果に繋がっているものと示唆された.Invitro実験系にて点眼薬の角膜傷害性を検討するうえで,点眼薬処理時間の設定は重要である.Invivoでは一般(145)的に点眼薬は点眼後涙液により1/5まで希釈され,その後涙液として鼻涙管から排出されることが知られている13).このように,invivoでは薬剤が長時間角膜に滞留しないことから,本実験のようなinvitro実験系では臨床(invivo)よりも短時間で強い細胞傷害性が認められる.したがって,本研究では点眼薬処理開始後2分を目安に実験を行い,点眼薬自身の角膜上皮細胞への傷害性評価を行った.急性毒性は薬剤の角膜傷害性の起こしやすさや進行速度を反映し,慢性毒性からは傷害時の大きさ(深刻度)についての情報を得ることが可能であるため,慢性毒性が高く急性毒性の低い薬剤では,正常なオキュラーサーフェスではその傷害性はわずかであるが,ドライアイ患者などでは涙液低下や滞留の増加により急性毒性が高まる可能性が考えられる.これら角膜上皮細胞傷害性は,臨床においては涙液分泌能低下などの他の作用により相乗的に角膜上皮細胞傷害をひき起こすことから12),今回のinvitroの結果(角膜傷害強度および傷害速度の算出)を基盤とした臨床結果のさらなる解析は,緑内障患者の状態に合わせた薬剤決定をより容易にするために重要である.本報告は今後の点眼薬開発および緑内障治療薬投与時における薬物選択を決定するうえで一つの指標になるものと考えられる.文献1)徳田直人,青山裕美子,井上順ほか:抗緑内障薬が角膜に及ぼす影響:臨床とinvitroでの検討.聖マリアンナ医科大学雑誌32:339-356,20042)長井紀章,伊藤吉將,岡本紀夫ほか:抗緑内障点眼薬の角膜障害におけるInVitroスクリーニング試験:SV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた細胞増殖抑制作用の比較.あたらしい眼科25:553-556,20083)長井紀章,大江恭平,伊藤吉將ほか:ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた緑内障治療薬のInVitro角膜細胞傷害性評価.あたらしい眼科28:1331-1336,20114)ToropainenE,RantaVP,TalvitieAetal:Culturemodelofhumancornealepitheliumforpredictionofoculardrugabsorption.InvestOphthalmolVisSci42:2942-2948,20015)TalianaL,EvansMD,DimitrijevichSDetal:Theinfluenceofstromalcontractioninawoundmodelsystemoncornealepithelialstratification.InvestOphthalmolVisSci42:81-89,20016)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:Comparisonofcornealwoundhealingratesafterinstillationofcommerciallyavailablelatanoprostandtravoprostinratdebridedcornealepithelium.JOleoSci59:135-141,20107)河嶋洋一:防腐剤の功罪(使い捨て点眼薬を含む),点眼薬の使い方.眼科診療プラクティス44,p86-87,文光堂,19998)DeSaintJeanM,BrignoleF,BringuierAFetal:EffectsofbenzalkoniumchlorideongrowthandsurvivalofChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci40:あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131027 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前眼部三次元光干渉断層計を用いた線維柱帯切除術後早期の濾過胞評価

2013年7月31日 水曜日

《第23回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科30(7):1017.1021,2013c前眼部三次元光干渉断層計を用いた線維柱帯切除術後早期の濾過胞評価成田亜希子渡邊浩一郎平野雅幸小橋理栄瀬口次郎岡山済生会総合病院眼科EvaluationofEarlyGlaucomaFilteringBlebsUsing3-DimensionalAnterior-segmentOpticalCoherenceTomographyAkikoNarita,KoichiroWatanabe,MasayukiHirano,RieKobashiandJiroSeguchiDepartmentofOphthalmology,OkayamaSaiseikaiGeneralHospital目的:前眼部三次元光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)を用いて,線維柱帯切除術後眼圧良好な濾過胞の術後早期の特徴を明らかにすること.対象および方法:術後6カ月以上経過観察できた36例40眼を対象とした.術後2週目に前眼部三次元OCTを用いて濾過胞内部構造の観察を行い,結膜下マイクロシスト,濾過胞壁内の多層性低反射領域(stripingphenomenon),濾過胞下強膜の反射消失(shadingphenomenon)の有無について調べた.つぎに,術後6カ月の眼圧により,眼圧良好群と眼圧不良群の2群に分類した.結果:眼圧良好群(n=27)では,マイクロシストを23眼に,stripingphenomenonを12眼に,shadingphenomenonを9眼に認めた.眼圧不良群(n=13)ではマイクロシストを12眼に,stripingphenomenonを1眼に認めたが,shadingphenomenonは認めなかった.術後2週のstripingphenomenon,shadingphenomenonの有無は術後6カ月の眼圧と関連があった.結論:術後早期のstripingphenomenonならびにshadingphenomenonは,術後6カ月の良好な眼圧の予測因子となる可能性がある.Thefilteringblebsof40eyesof36patientswhohadundergonetrabeculectomywereexaminedwith3-dimensionalanterior-segmentopticalcoherencetomography,focusingoninternalfeatures:subconjunctivalmicrocysts,multiplelow-reflectivelayerswithinthefilteringblebwall(stripingphenomenon)andlossofvisualizationofthesclerabelowthefilteringbleb(shadingphenomenon)at2weeksaftersurgery.Thepatientswereclassifiedinto2categoriesaccordingtointraocularpressure(IOP)at6monthspostoperatively:goodandpoor.EarlyfilteringblebsofeyeswithgoodIOP(n=27)hadstripingphenomenonin12eyes,shadingphenomenonin9eyesandsubconjunctivalmicrocystsin23eyes,whereasearlyfilteringblebsofeyeswithpoorIOP(n=13)hadnoshadingphenomenon,butstripingphenomenoninoneeyeandsubconjunctivalmicrocystsin12eyes.Earlyfilteringblebswithstripingand/orshadingphenomenonwereassociatedwithgoodIOPat6monthsfollowingsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(7):1017.1021,2013〕Keywords:線維柱帯切除術,前眼部光干渉断層計,濾過胞.trabeculectomy,anterior-segmentopticalcoherencetomography,filteringbleb.はじめに線維柱帯切除術は,1968年にCairns1)によって紹介されて以来現在に至るまで,緑内障手術のゴールドスタンダードとされてきた.線維柱帯切除術後に長期にわたって良好な眼圧コントロールが得られるかどうかは,手術手技のみならず,緑内障の種類,年齢,人種,手術既往,術前の緑内障点眼薬の使用などが関与している2)が,最も重要なのは術後の創傷治癒過程であるとされている3).従来から,濾過胞内の創傷治癒過程を推察し,機能良好な濾過胞の特徴を明らかにするため,組織学的検討や細隙灯顕微鏡,超音波生体顕微鏡,生体共焦点顕微鏡による観察が行われてきた2,4.12).2005年に前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomog〔別刷請求先〕成田亜希子:〒700-8511岡山市北区伊福町1-17-18岡山済生会総合病院眼科Reprintrequests:AkikoNarita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OkayamaSaiseikaiGeneralHospital,1-17-18Ifuku-cho,Kita-ku,Okayama700-8511,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(135)1017 raphy:OCT)が臨床応用され,非侵襲的に前眼部の撮影が可能となった.1,310nmの長波長光を使用しているため,高い組織深達度が得られ,隅角解析,濾過胞内部の観察に用いられている3,13.16).筆者らは,術後6カ月目に良好な眼圧を有する濾過胞の術後早期の特徴を明らかにすることを目的とし,スウェプトソース方式の前眼部三次元OCTを用いて濾過胞内部構造の観察を行った.I対象および方法2008年8月から2011年3月までに,岡山済生会総合病院で初回マイトマイシンC併用線維柱帯切除術を施行し,術後6カ月以上経過観察できた36例40眼を対象とした.緑内障病型の内訳は,原発開放隅角緑内障19眼,落屑緑内障9眼,正常眼圧緑内障4眼,続発緑内障6眼,原発閉塞隅角緑内障2眼であった.血管新生緑内障や,結膜瘢痕を生じる可能性のある眼科手術の既往眼は除外した.結膜下マイクロシストA全症例に円蓋部基底線維柱帯切除術を施行した.まず1象限にわたって輪部で結膜を切開し,円蓋部基底結膜弁を作製し,続いてリドカイン塩酸塩2%を用いてTenon.下麻酔を行った.強膜弁のサイズは縦3mm×横3mmで,1/2.2/3層の深さで作製し,その下に縦3mm×横2mm,深さ1/4層の内層強膜弁を作製した.0.4mg/mlマイトマイシンCを強膜弁下と結膜下Tenon.に3分間塗布したのち,約150mlの生理食塩水で洗浄した.つぎに,Schlemm管内壁とそれより約1mm前方までの強角膜片とともに,内層強膜弁を切除した.強膜弁は10-0ナイロン糸を用いて5糸縫合し,結膜弁も10-0ナイロン糸を用い,輪部は半返し縫合,放射状切開部は連続縫合を行った.最後にデキサメタゾン0.5mlを結膜下注射した.術後の経過観察は2週後,1カ月後,6カ月後まで1カ月毎,それ以降は2カ月毎に行った.検査項目は,細隙灯顕微鏡検査,眼圧測定,前眼部三次元OCTSS-1000CASIA(トーメーコーポレーション)を用いた濾過胞の観察を行った.BBA①①②②⑥③③④⑤⑦⑦①:濾過胞壁,②:内部水隙,③:強膜,④:強膜弁,⑤:線維柱帯切除部位,⑥:角膜,⑦:結膜下マイクロシストStripingphenomenonABBA①③③②④④①:濾過胞壁,②:内部水隙,③:強膜弁,④:stripingphenomenonShadingphenomenonABBA①③②②④④①:濾過胞壁,②:内部水隙,③:強膜弁,④:shadingphenomenon図1前眼部OCTによる濾過胞内構造1018あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(136) 細隙灯顕微鏡検査と前眼部三次元OCT画像から,濾過胞形成不良と判断した場合,あるいは眼圧が14mmHgを超えた場合にはレーザー切糸術を施行した.ニードリングは施行しなかった.術後2週目に前眼部三次元OCT画像を用いて濾過胞内構造の評価を行い,濾過胞内所見:①結膜下マイクロシスト,②濾過胞壁内の多層性低反射領域(stripingphenomenon),③濾過胞下強膜の反射消失(shadingphenomenon)の有無について調べた(図1).術後6カ月の眼圧により,全症例を2群に分類した.眼圧良好群:薬物療法なしでIOP≦14mmHg眼圧不良群:薬物療法の有無にかかわらずIOP>14mmHgあるいは薬物療法ありでIOP≦14mmHg統計解析にはStatMate(Version4.1)を使用した.眼圧値の比較にはWelchのt検定を用い,濾過胞内所見の出現率の比較にはFisherの直接確率計算法を用い,有意水準は5%未満とした.II結果対象となった36例40眼の平均年齢は71.3±10.4歳,男性19例,女性17例で,術前平均眼圧は28.0±11.2mmHg,術式は超音波水晶体乳化吸引術(眼内レンズ挿入を含む)と線維柱帯切除術の同時手術が18眼,線維柱帯切除術単独が22眼,経過観察期間は20.6±11.4カ月であった(表1).眼圧良好群は27眼,眼圧不良群は13眼で,術前の平均表1患者背景背景因子患者数36眼数40平均年齢(歳)(平均±標準偏差)71.3±10.4性別(男性/女性)19/17術式(PEA+IOL+LEC/LEC)18/22術前平均眼圧(mmHg)(平均±標準偏差)28.0±11.2経過観察期間(月)(平均±標準偏差)20.6±11.4PEA:超音波乳化吸引術,IOL:眼内レンズ挿入術,LEC:線維柱帯切除術.眼圧は眼圧良好群24.8±8.6mmHg,眼圧不良群24.1±7.8mmHg,術後2週の平均眼圧は眼圧良好群5.9±3.0mmHg,眼圧不良群7.5±5.7mmHgで,ともに両群間に有意差を認めなかった(p=0.814,0.368)(表2).術後2週の濾過胞内所見については,眼圧良好群で結膜下マイクロシストを23眼(85.2%),stripingphenomenonを12眼(44.4%),shadingphenomenonを9眼(33.3%)に認め,眼圧不良群では,結膜下マイクロシストを12眼(92.3%),stripingphenomenonを1眼(7.7%)に認め,shadingphenomenonは認めなかった.術後2週の濾過胞内のstripingphenomenon,shadingphenomenonの出現頻度は眼圧良好群で有意に高かった(p=0.030,0.019)(表2).III考按線維柱帯切除術後に良好な眼圧コントロールを得るためには,機能良好な濾過胞を長期にわたって維持することが必須条件である.濾過胞の形成に最も大きな影響を及ぼすのは,濾過胞内で生じる創傷治癒過程であり,それを評価するためにさまざまな試みがなされてきた.Pichtら2)は,細隙灯顕微鏡検査により,形態学的に「好ましい濾過胞発達」と「好ましくない濾過胞発達」に分類し,好ましい濾過胞発達においては,結膜マイクロシスト,びまん性濾過胞,結膜血管の減少,適度な隆起を認め,好ましくない濾過胞発達においては,結膜血管の増加,コルクスクリュー血管,被包化,丈の高いドーム状の外観を呈することを示した.さらにSacuら4)は,術後早期から1年間,細隙灯顕微鏡を用いて濾過胞形態を前向きに評価し,術後1,2週目に結膜下マイクロシストを有する眼は,術後平均眼圧が有意に低く,一方,術後1,2週目にコルクスクリュー血管を有する眼は,術後平均眼圧が有意に高かったことを示し,術後早期の形態学的特徴によって予後を予測できる可能性を示唆した.しかし,細隙灯顕微鏡による濾過胞表面の観察から濾過胞内の創傷治癒過程を推察したり,濾過胞機能を評価したりするには限界がある.さらに濾過胞深部の観察を行うことで,濾過胞発達に関するより詳細な情報が得られる可能性があ表2術後2週の濾過胞内構造と術後6カ月の眼圧との関係術後6カ月の眼圧良好群(n=27)不良群(n=13)p値術前眼圧(mmHg)(平均±標準偏差)24.8±8.624.1±7.80.814術後2週間の眼圧(mmHg)(平均±標準偏差)5.9±3.07.5±5.70.368術後6カ月の眼圧(mmHg)(平均±標準偏差)8.4±2.816.4±3.2<0.001術後2週の濾過胞内構造結膜下マイクロシストStripingphenomenonShadingphenomenon23(85.2%)12(44.4%)9(33.3%)12(92.3%)1(7.7%)0(0%)0.6530.0300.019(137)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131019 る.そこで山本ら7)は,超音波生体顕微鏡を用いて輪部基底認めたのに対し,眼圧不良群では,stripingphenomenonを線維柱帯切除術後の濾過胞内部の観察を行い,濾過胞内部の7.7%に認め,shadingphenomenonは認めなかったことか反射強度,強膜弁下のルートが視認できるかどうか,内部水ら,stripingphenomenonならびにshadingphenomenonが隙の有無,濾過胞高の4つを検討項目として濾過胞を評価術後の良好な眼圧と関連があることを示した.濾過胞の組織し,濾過胞内部の反射強度ならびに強膜弁下のルートが視認学的検討ならびに生体共焦点顕微鏡を用いた観察において,できるかどうかが眼圧コントロールと関連性が高いことを示機能良好な濾過胞は結膜下結合組織の疎な配列を有することした.また,これらのパラメータにより濾過胞をtypeLが示された8.12).さらに生体共焦点顕微鏡による術後早期の(low-reflective),typeH(high-reflective),typeE(encap濾過胞観察で,機能不良な濾過胞は結膜下結合組織が緊密sulated),typeF(flattened)の4つに分類し,眼圧コントで,波形,網状のパターンを呈し,一方,機能良好な濾過胞ロールが良好な濾過胞のほとんどがtypeLであったことをでは,疎に配列した結膜下結合組織の柱状パターンがみら示し,超音波生体顕微鏡による濾過胞内部構造の観察によれ10),本研究において前眼部三次元OCTで認めたstripingり,濾過胞機能を評価できる可能性を示唆した.phenomenonに一致する所見であると考えた.またshadingさらに,2005年にタイムドメイン方式の前眼部OCTがphenomenonは,結膜下の結合組織内に貯留した房水のため登場し,非可視光で非侵襲的に前眼部の撮影が可能となり,に組織透過性が低下し,深部構造の後方散乱が制限されてい隅角解析,濾過胞解析に応用されるようになった.超音波生るために生じるとされており17),濾過胞内の豊富な水分量を体顕微鏡ではアイカップによる接触を要したが,前眼部反映していると考えた.OCTでは非接触にて検査が可能であるため,被検者への負結膜下マイクロシストは,光学顕微鏡と電子顕微鏡を用い担が少なく,感染症などの心配がないため,術直後でも撮影た濾過胞の観察から,線維柱帯切除術後に房水が経結膜的に可能となった.その後2008年にスウェプトソース方式の前排出されている解剖学的証拠とされており11,12),細隙灯顕微眼部OCTが使用可能となり,より高速,高解像度の解析が鏡ならびに生体共焦点顕微鏡を用いた濾過胞観察において,可能となっただけでなく,三次元解析により任意の部位の画眼圧コントロール良好な濾過胞に多く認められた2,4.6,8.10).像を取得することが可能となった.本研究では,結膜下マイクロシストの出現率は,眼圧良好群Singhら13)は,タイムドメイン方式の前眼部OCTで線維で85.2%,眼圧不良群で92.3%とともに高く,両群間で有柱帯切除術後濾過胞を観察し,濾過胞高,濾過胞壁厚,濾過意差を認めなかった.Nakanoら16)は,タイムドメイン方式胞壁内の.胞様スペースの存在,強膜弁の強膜床への付着のの前眼部OCTを用いて術後早期濾過胞を観察し,術後2週有無,線維柱帯切除部位の開口の有無を検討した.眼圧コン目の結膜下マイクロシストの出現率は術後6カ月の眼圧と関トロール良好な濾過胞では厚い濾過胞壁を認め,一方眼圧コ連を認めなかったと報告した.したがって,結膜下マイクロントロール不良な濾過胞は,概して濾過胞高が低く,線維柱シストは,術後早期において,術後6カ月の眼圧にかかわら帯切除部位の閉塞,結膜-上強膜の強膜への付着あるいは強ず高頻度にみられる所見であると考えた.膜弁の強膜床への付着を認めたと報告し,細隙灯顕微鏡では結論として,前眼部三次元OCTSS-1000を用いて,線維観察不可能な濾過胞内部の形態学的特徴を示した.Kawana柱帯切除術後に非侵襲的に濾過胞内部の詳細な観察を行うこら14)は,スウェプトソース方式の前眼部三次元OCTを用いとができた.本研究から,術後早期濾過胞内のstripingて輪部基底線維柱帯切除術後濾過胞を観察し,眼圧コントロphenomenonやshadingphenomenonは,術後6カ月の良ール良好な濾過胞の特徴として,「広い内部水隙」,「広範な好な眼圧の予測因子となる可能性が示唆され,今後,そのよ低反射領域」,「多数のマイクロシストを有する厚い濾過胞うな所見を有する濾過胞を形成させるために,どのような術壁」を示した.また,Pfenningerら15)は,タイムドメイン中手技や術後介入が有効かを明らかにすることで,線維柱帯方式の前眼部OCTを用いて線維柱帯切除術後濾過胞の内部切除術の成功率向上に繋がると考えた.水隙の反射強度を計算し,濾過胞内部水隙の反射強度と眼圧との間に強い相関があることを示した.さらにTheelenら3)は,前眼部OCTを用いて術後早期の濾過胞を観察し,眼圧利益相反:利益相反公表基準に該当なしコントロール良好な濾過胞では,術後1週目に濾過胞壁内の多数の低反射層,濾過胞下の強膜の描出不能といった所見を文献認めることを示した.1)CairnsJE:Trabeculectomy.AmJOphthalmol66:673本研究では,前眼部三次元OCTにて術後2週目に濾過胞679,1968内構造を観察し,術後6カ月の眼圧良好群ではstriping2)PichtG,GrehnF:Classificationoffilteringblebsintrabephenomenonを44.4%に,shadingphenomenonを33.3%にculectomy:biomicroscopyandfunctionality.CurrOpin1020あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(138) Ophthalmol9:2-8,19983)TheelenT,WesselingP,KeunenJEEetal:Apilotstudyonslitlamp-adaptedopticalcoherencetomographyimagingoftrabeculectomyfilteringblebs.GraefesArchClinExpOphthalmol245:877-882,20074)SacuS,RainerG,FindlOetal:CorrelationbetweentheearlymorphologicalappearanceoffilteringblebsandoutcomeoftrabeculectomywithmitomycinC.JGlaucoma12:430-435,20035)CantorLB,MantravadiA,WuDunnDetal:Morphologicclassificationoffilteringblebsafterglaucomafiltrationsurgery:TheIndianablebappearancegradingscale.JGlaucoma12:266-271,20036)WellsAP,CrowstonJG,MarksJetal:Apilotstudyofasystemforgradingofdrainageblebsafterglaucomasurgery.JGlaucoma13:454-460,20047)YamamotoT,SakumaT,KitazawaY:AnultrasoundbiomicroscopicstudyoffilteringblebsaftermitomycinCtrabeculectomy.Ophthalmology102:1770-1776,19958)LabbeA,DupasB,HamardPetal:Invivoconfocalmicroscopystudyofblebsafterfilteringsurgery.Ophthalmology112:1979-1986,20059)MessmerEM,ZappDM,MackertMJetal:Invivoconfocalmicroscopyoffilteringblebsaftertrabeculectomy.ArchOphthalmol124:1095-1103,200610)GuthoffR,KlintT,SchlunckGetal:Invivoconfocalmicroscopyoffailingandfunctioningfilteringblebs.JGlaucoma15:552-558,200611)AddicksEM,QuigleyHA,GreenWRetal:Histologiccharacteristicsoffilteringblebsinglaucomatouseyes.ArchOphthalmol101:795-798,198312)PowerTP,StewartWC,StromanGA:Ultrastructualfeaturesoffiltrationblebswithdifferentclinicalappearances.OphthalmicSurgLasers27:790-794,199613)SinghM,ChewPTK,FriedmanDSetal:Imagingoftrabeculectomyblebsusinganteriorsegmentopticalcoherencetomography.Ophthalmology114:47-53,200714)KawanaK,KiuchiT,YasunoYetal:Evaluationoftrabeculectomyblebsusing3-dimensionalcorneaandanteriorsegmentopticalcoherencetomography.Ophthalmology116:848-855,200915)PfenningerL,SchneiderF,FunkJ:Internalreflectivityoffilteringblebsversusintraocularpressureinpatientswithrecenttrabeculectomy.InvestOphthalmolVisSci52:2450-2455,201116)NakanoN,HangaiM,NakanishiHetal:Earlytrabeculectomyblebwallsonanterior-segmentopticalcoherencetomography.GraefesArchClinExpOphthalmol248:1173-1182,201017)SchmittJM,KnuttelA,YadlowskyMetal:Opticalcoherencetomographyofadensetissue:statisticsofattenuationandbackscattering.PhysMedBiol39:17051720,1994***(139)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131021

線維柱帯切開術が有効であった色素血管母斑症を伴う発達緑内障の1例

2013年7月31日 水曜日

《第23回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科30(7):1014.1016,2013c線維柱帯切開術が有効であった色素血管母斑症を伴う発達緑内障の1例岡安隆松原みどり小林かおり岡田守生倉敷中央病院眼科PhacomatosisPigmentovascularisResultinginDevelopmentalGlaucomaforwhichTrabeculotomywasClinicallyEffectiveTakashiOkayasu,MidoriMatsubara,KaoriKobayashiandMorioOkadaDepartmentofOphthalmology,KurashikiCentralHospital太田母斑とSturge-Weber症候群(以下,SW症候群)を合併した色素血管母斑症による発達緑内障で,線維柱帯切開術が奏効した症例を報告する.症例は,生後22日に左眼角膜が大きく,ときに白濁することを主訴に当科を受診した女児.初診時の眼圧は正常であったが左眼角膜浮腫を認め,顔面の血管腫と色素性母斑,体幹四肢に血管腫があり,太田母斑とSW症候群が併存する色素血管母斑症と診断した.その後の経過観察中に,左眼眼圧上昇と左眼視神経乳頭陥凹が拡大してきたため,3歳2カ月時に左眼線維柱帯切開術を施行した.術中所見でSchlemm管内壁に強い色素沈着を認めた.術後,左眼眼圧は下降した.本例では隅角線維柱帯に著しい色素沈着を認め,術後速やかに眼圧下降を得たことなどから,眼圧上昇の原因として母斑症に伴う線維柱帯の色素沈着による房水流出抵抗の増加が考えられた.WedescribeacaseofphacomatosispigmentovasculariswithnevusofOtaandSturge-Webersyndromeresultingindevelopmentalglaucomaforwhichtrabeculotomywasclinicallysuccessful.A22-day-oldfemalepresentedwithedemaoftheleftcorneaandcornealwhitening.Physicalfindingsrevealednoelevationofintraocularpressure,butrevealedhemangiomaofthefaceandextremities,andfacialnevuspigmentosus.Thepatientwasdiagnosedwithphacomatosispigmentovascularisandfollow-upwascarriedout.At3yearsand2monthsofage,elevatedintraocularpressurewasobservedinthelefteyeandtrabeculotomywasperformed,revealingpigmentationoftheinnerwallofSchlemm’scanal.Postoperatively,intraocularpressurereductionwasobserved,thepatient’sclinicalcoursebeingsatisfactory.IncreasedaqueousoutflowresistanceresultingfromnevusofOtawithtrabecularmeshworkpigmentationwasconsideredtobethecauseoftheelevatedintraocularpressure.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(7):1014.1016,2013〕Keywords:発達緑内障,色素血管母斑症,太田母斑,Sturge-Weber症候群.developmentalglaucoma,phacomatosispigmentovascularis,nevusofOta,Sturge-Webersyndrome.はじめに太田母斑とSturge-Weber症候群(以下,SW症候群)は,それぞれ単独でも緑内障を合併することが知られている.太田母斑などの色素性母斑と,SW症候群などの単純性血管腫が併存する病態が,色素血管母斑症である.色素血管母斑症の報告は多いが,緑内障を合併し手術を行った報告は少ない1).今回,太田母斑とSW症候群を合併した色素血管母斑症の発達緑内障に対して,線維柱帯切開術を施行し良好な結果を得たので報告する.I症例患者:生後22日,女児.主訴:左眼角膜が大きく,ときに白濁する.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:生下時より左右顔面と体幹,左の上下肢に皮膚血管腫と,左大脳半球の萎縮,頭蓋内血管腫による右半身麻痺,てんかん重積発作を認めておりSW症候群と診断された.角膜径の左右差と左眼角膜混濁の消長がみられるため,〔別刷請求先〕岡安隆:〒710-8602倉敷市美和1-1-1倉敷中央病院眼科Reprintrequests:TakashiOkayasu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurashikiCentralHospital,Miwa1-1-1,Kurashiki,Okayama710-8602,JAPAN101410141014あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(132)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図1眼瞼所見写真両眼瞼に血管腫と色素性母斑を認めるが,形成外科にて5回レーザー照射療法を施行されており淡くなっている.30250:右眼:左眼右眼ラタノプロスト,チモロール図4強膜所見写真20強膜表層に色素沈着を認める(▲).15105眼圧(mmHg)図2術前眼圧推移鎮静下アプラネーション眼圧計にて眼圧を測定した.図3強膜所見写真上強膜血管異常を認める.平成20年10月,生後22日に当院小児科より紹介となった.初診時,鎮静下での眼圧は右眼6.7mmHg,左眼12.18mmHgであった.両眼の上強膜血管異常,強膜色素性母斑,左眼角膜浮腫を認めた.角膜横経は右眼10mm,左眼11mmであった.両眼前房深度は正常で中間透光体,網膜,脈絡膜に異常はなかった.陥凹・乳頭比は,右眼0.2,左眼(133)図5Schlemm管所見写真Schlemm管内壁に強い色素沈着を認める(▲).0.2であり,視神経乳頭陥凹拡大に左右差はなく,明らかな眼圧上昇もなかったため経過観察した.てんかん重積発作を繰り返すため,平成21年5月に他院にて大脳離断術を施行されたが,他院入院中に左眼眼圧が25mmHgまで上昇したため,ラタノプロストとチモロールの点眼を開始された.平成21年6月に当院形成外科にて両側三叉神経第1枝領域に太田母斑を指摘され,色素性母斑と単純性血管腫が併存する色素血管母斑症と診断された(図1).両眼に色素血管母斑症を認めたが,右眼は眼圧10mmHg台前半でほぼ推移していたため無点眼で経過観察した.左眼は眼圧降下剤2剤を継続していたが,平成23年11月,3歳2カ月時に左眼眼圧上昇(図2)と左眼視神経乳頭陥凹の拡大〔C/D(陥凹乳頭)比0.5〕を認めたため,同月に左眼線維柱帯切開術を施行した.手術は一重強膜弁で11時方向から行った.術中,上強膜血管の異常と,強膜浅層の色素沈着,Schlemm管内壁に強い色素沈着があった(図3.5).強膜厚は正常で,Schlemmあたらしい眼科Vol.30,No.7,20131015 30管母斑症による緑内障患者の特徴的所見として,顔面の血管眼圧(mmHg)252015105:右眼:左眼性母斑と上強膜の血管異常,前眼部の色素性母斑がある1,9).また,隅角の色素沈着が高度であるほど,眼圧上昇が大きく,発症が早い傾向を認めるとの報告がある1).本症例は,両眼瞼に血管腫を認めたが,とりわけ左眼の血管腫が大きかった.左眼術中所見で上強膜の血管異常と上強膜の色素性母斑,Schlemm管内壁には高度色素沈着がみられた.太田母斑に緑内障が合併する機序として,線維柱帯でのメラノサイトやメラニン顆粒の増加による房水流出障害と先天性の隅角形成異常などから眼圧上昇をきたすと推測されている4,5)が,結論は得られていない.他方SW症候群では上強膜静脈圧の上昇と,隅角の発生異常が眼圧上昇の機序として推測されている.組織学的にはSchlemm管の形態異常や,Schlemm管に相当する部位に弾性線維を取り巻く顆粒状物質やコラーゲン線維,線維柱帯細胞,メラノサイト,血管様構造などが存在しSchlemm管が確認できない症例が報告されている7).本症例で線維柱帯切開術を選択した理由は,隅角の形成異常は明らかでないが,線維柱帯の高度色素沈着を認めており太田母斑による緑内障では線維柱帯切開術が奏効している報告があること,若年者であり線維柱帯切除術では術後濾過胞の管理がむずかしいと考えたためである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TeekhasaeneeC,RitchR:Glaucomainphakomatosispigmentovascularis.Ophthalmology104:150-157,19972)OtaM:Naevusfusco-caeruleusophthalmo-maxillaris.TokyoMedJ63:1243-1245,19393)TeekhasaeneeC,RitchR,RutninUetal:Glaucomainoculodermalmelanocytosis.Ophthalmology97:562.570,19904)藤田智純,藤井一弘,田中茂登ほか:線維柱帯切開術が奏効した太田母斑に伴った遅発型発達緑内障の1例.あたらしい眼科25:1027-1030,20085)若山かおり,国松志保,鈴木康之ほか:線維柱帯切開術が奏効した太田母斑に伴った開放隅角緑内障の1例.あたらしい眼科17:1689-1693,20006)SujanskyE,ConradiS:OutcomeofSturge-Webersyndromein52adults.AmJMedGenet57:35-45,19957)赤羽典子,浜中輝彦:Sturge-Weber症候群に伴う緑内障について組織学的検討を行った1例.日眼会誌105:705710,20018)HasegawaY,YasuharaM:PhakomatosispigmentovascularistypeIVa.ArchDermatol121:651-655,19859)LeeH,ChoiSS,KinSSetal:AcaseofglaucomaassociatedwithSturge-WebersyndromeandnevusofOta.KoreanJOphthalmol15:48-53,2001(134)0図6術後眼圧推移無点眼で左眼眼圧コントロール良好となった.管は正常な位置に同定された.両側の線維柱帯を切開し手術を終了した.Bloodrefluxは両側に通常程度みられた.術直後より左眼眼圧は下降し,術後10カ月の経過は無点眼にて眼圧コントロール良好であった(図6).II考按今回,筆者らは太田母斑とSW症候群を合併した続発緑内障に対して,線維柱帯切開術を施行し緑内障点眼なしで10台前半の眼圧下降を得ることができた.術中,上強膜血管異常およびSchlemm管内壁に著明な色素沈着があった.線維柱帯切開術を行うことで速やかに眼圧が房水静脈圧に等しい値まで下降していることから,本症例の眼圧上昇機序は上強膜静脈圧の上昇ではなく,母斑症に伴う線維柱帯色素によるSchlemm管内壁の房水流出抵抗の上昇と推測された.太田母斑は,1939年に太田・谷野により初めて報告2)され,三叉神経第1,2枝領域に生じる褐青色母斑と定義されている.日本での発症頻度は1万人に1人であり,太田母斑患者の半数で強膜,虹彩,眼底に色素沈着を認める.太田母斑患者で眼圧上昇を認める症例は約10%という報告がある3)が,眼圧上昇は軽度な症例が多い.手術療法に至った症例は少ないが,線維柱帯切開術が奏効した報告が散見される4,5).SW症候群は,胎生6週に形成される一次血管叢が,神経堤の障害により残存し,間葉組織由来の皮膚組織,脈絡膜,脳軟膜などが傷害される症候群であり,30.60%に緑内障が合併するとの報告がある6,7).SW症候群に合併する緑内障の眼圧上昇の機序は上強膜静脈圧によるものと,強膜岬の欠損や形成障害,線維柱帯の肥厚や膜様組織の形成などの隅角形成異常が報告されている.色素血管母斑症は,皮膚単純性血管腫と色素性母斑が同部位で合併するものであり,ほぼアジア人にしか報告がなく,遺伝性はない8).合併する母斑の形態によってサブタイプに分類されており2型の青色母斑によるものが全体の8割を占める.本症例は太田母斑が合併する2型に相当する.色素血1016あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013

2剤併用を配合薬1剤に変更した場合の1年6カ月の眼圧下降効果

2013年7月31日 水曜日

《第23回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科30(7):1011.1013,2013c2剤併用を配合薬1剤に変更した場合の1年6カ月の眼圧下降効果小林茂樹小林守治小林眼科医院IntraocularPressure-ReducingEffectsafterMedicationChangetoCosoptRMonotherapyfor18MonthsinBroadlyDefinedOpenAngleGlaucomaorOcularHypertensionShigekiKobayashiandMoriharuKobayashiKobayashiEyeClinic目的:今回,プロスタグランジン(PG)点眼液とブリンゾラミド点眼液併用をコソプトR点眼液単独投与に変更した場合の1年6カ月間の眼圧下降効果を検討した.対象および方法:対象は広義の開放隅角緑内障9例18眼,高眼圧症1例2眼.変更前使用PG薬剤はプロストン系PG投与5例10眼,プロスト系PG投与5例10眼である.方法はコソプトR点眼変更前後の平均眼圧を変更後1カ月,6カ月,1年,1年6カ月の平均眼圧で比較した.結果:プロストン系PG投与例では変更前平均眼圧と比較し,変更後全期間において眼圧が有意に下降した(p<0.007).また,プロスト系PG投与例では変更前平均眼圧と比較して,変更後平均眼圧は全期間で眼圧に有意な差を認めなかったが,変更後平均眼圧が1mmHg以内の眼圧上昇であった.結論:今回,コソプトR点眼液単独投与に変更した場合,短期間投与同様,1年6カ月においても有効であることを示唆した.Purpose:Toinvestigateintraocularpressure(IOP)-reducingeffectsafterchangingmedicationtoCosoptRmonotherapyfor18monthsinpatientswhodidnottoleratesideeffectsofprostaglandin(PG)formulationorwhofeltcombinationtherapybothersome.SubjectsandMethods:SubjectswerepatientswithbroadlydefinedopenangleglaucomaorocularhypertensionwhohadbeenreceivingPGformulationcombinedwithbrinzolamide.MeanIOPwascomparedbeforeandaftermedicationchangetoCosoptRmonotherapy.Results:Inthesub-populationthathadreceivedunoprostonecombinedwithbrinzolamide,IOPwasreducedsignificantly(p<0.007)at1month,6months,1yearand18months.IOPdidnotchangeinthosewhohadreceivedPGanalogswiththestemname“-prost,”combinedwithbrinzolamide.Conclusions:OurresultsshowedthatCosoptRwaseffectiveinreducingIOP.TheuseofCosoptRmightserveasatreatmentstrategy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(7):1011.1013,2013〕Keywords:コソプトR点眼液,0.5%チモロールマレイン酸塩,1%ドルゾラミド塩酸塩,b遮断薬,プロスタグランジン製剤.CosoptRophthalmicsolution,0.5%timololmaleate,1%dorzolamidehydrochloride,b-bloker,prostaglandin.はじめに2010年6月,緑内障および高眼圧症の配合剤治療薬としてb遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬の配合点眼薬であるコソプトR点眼液(参天製薬社およびMSD社製)がわが国で初めて発売された.コソプトR点眼液の配合は0.5%チモロールマレイン酸塩-1%ドルゾラミドである.筆者は以前,緑内障や高眼圧症に対し,ブリンゾラミド点眼液とプロスタグランジン(PG)点眼液とを併用していた症例に対し,0.5%チモロールマレイン酸塩-1%ドルゾラミド点眼液1剤単独使用に変更した場合の10カ月間の下降効果について報告した1).その結果,変更前点眼液がブリンゾラミド+イソプロピルウノプロストンの場合,変更前平均眼圧は12.5mmHg,変更後平均眼圧は11.1mmHgと有意に下降し,変更前点眼液がブリンゾラミド+プロスト系PG製剤の場合,変更前平〔別刷請求先〕小林茂樹:〒981-0913仙台市青葉区昭和町1-28小林眼科医院Reprintrequests:ShigekiKobayashi,M.D.,KobayashiEyeClinic,1-28Showa-machi,Aoba-ku,Sendai-shi,Miyagi981-0913,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(129)1011 均眼圧は14.2mmHg,変更後平均眼圧は14.8mmHgと有意18差を認めなかったが,変更前と比較し,変更後の眼圧変動は1mmHg以内であった.今回,この報告18差を認めなかったが,変更前と比較し,変更後の眼圧変動は1mmHg以内であった.今回,この報告1)と同一症例を経過16観察し,ブリンゾラミド点眼液とPG点眼液併用を0.5%チ12***14モロールマレイン酸塩-1%ドルゾラミド点眼液単独投与に眼圧(mmHg)****変更した場合の1年6カ月間の眼圧下降効果を検討した.12I対象および方法10対象は当院においてプロストン系もしくはプロスト系PG製剤とブリンゾラミドの2剤併用した広義の開放隅角緑内障9例18眼,高眼圧症1例2眼の計10例20眼(男性5例10眼,女性5例10眼)であり,変更前年齢は64.5±11.2(平均値±標準偏差)歳であった.PG製剤の内訳はプロストン系PG製剤として,イソプロピルウノプロストン(レスキュラR)5例10眼,プロスト系PG製剤としてタフルプロスト(タプロスR)4例8眼,ラタノプロスト(キサラタンR)1例2眼である.全症例において緑内障手術を含む内眼手術の既往はなかった.対象には0.5%チモロールマレイン酸塩-1%ドルゾラミド点眼液単独投与に変更することに対する意義を十分に説明しインフォームド・コンセントを得たが,従来の点眼治療を要望した症例に対しては変更しなかった.心疾患や呼吸器喘息の既往のある患者は除外した.方法は以前の報告1)どおり,外来受診時眼圧をノンコンタクトトノメーターで3回測定し,その平均値を受診時眼圧値とした.解析には,各治療期間中に得られたすべての外来受診時眼圧の平均値を用いた.変更前の点眼治療期間は23.3±9.2カ月であり,その平均眼圧値と0.5%チモロールマレ80変更前1カ月6カ月1年1年6カ月変更後図1変更前ブリンゾラミド+プロストン系PG製剤投与例変更前平均眼圧は12.5±2.6mmHg,変更後平均1カ月眼圧10.9±2.6mmHg,6カ月後10.7±3.1mmHg,1年後10.8±1.9mmHg,1年6カ月後では10.5±2.3mmHgと変更後全期間で眼圧が有意に下降した(*p=0.005,**p<0.007,***p<0.005).2015.0±2.81815.1±2.415.0±2.014.5±2.214.5±1.8眼圧(mmHg)1614イン酸塩-1%ドルゾラミド点眼液単独投与後の1カ月,6カ月,12カ月(1年),18カ月(1年6カ月)の平均眼圧値で比較した.統計学的検討は変更前平均眼圧と0.5%チモロールマレイン酸塩-1%ドルゾラミド点眼液単独点眼投与に変更した場合の平均眼圧値をWilcoxon符号付順位検定によって行った.II結果以前の報告1)では変更後10カ月の平均眼圧の変化について報告したが,今回は前述したとおり,変更後1カ月,6カ月,1年,1年6カ月と期間を区切り比較検討した.ブリンゾラミド+プロストン系PG投与例では変更前平均眼圧は12.5±2.6mmHg,変更後平均眼圧は1カ月後10.9±2.6mmHg,6カ月後10.7±3.1mmHg,1年後10.8±1.9mmHg,1年6カ月後では10.5±2.3mmHgと変更後全期間で眼圧が有意に下降した(p<0.007)(図1).また,ブリンゾラミド+プロスト系PG投与例では変更前平均眼圧は14.5±2.2mmHg,変更後平均眼圧は14.5±1.8.15.1±2.4mmHgと変更後全期間で眼圧に有意な差を認めなかったが,変更後平均眼圧が11012あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013100変更前1カ月6カ月1年1年6カ月変更後図2変更前ブリンゾラミド+プロスト系PG投与例変更前平均眼圧14.5±2.2mmHg,変更後平均眼圧は14.5±1.8.15.1±2.4mmHgと変更前後,全期間で眼圧に有意な差を認めなかった.mmHg以内の眼圧上昇を同等と定義すると変更前後で同等の眼圧であると考える(図2).III考按米国では1998年に0.5%チモロールマレイン酸塩-1%ドルゾラミド点眼液は承認され,広く処方されているが,PG系配合点眼液は現在においても米国では承認されていない.0.5%チモロールマレイン酸塩-1%ドルゾラミドの薬理作用(130) は,配合されているチモロールとドルゾラミド,つまり,炭酸脱水酵素阻害薬とb遮断薬による房水産生抑制作用2,3)の相乗効果により,眼圧を下降させることにある.米国での使用経験を踏まえ,チモロール-ドルゾラミド配合剤の有効性を示唆した報告がなされている4.7).0.5%チモロールマレイン酸塩-1%ドルゾラミド点眼液は1日2回(朝,夕)点眼であるため,0.5%チモロールマレイン酸塩-1%ドルゾラミド点眼液単独投与と比較すると,ブリンゾラミド点眼液+PG点眼液併用より,点眼方法が簡便であると思われる.今回の眼圧測定において,ノンコンタクトトノメーター(NCT)を使用したのは,眼圧測定法として簡便なだけではなく,以前の報告においても眼圧測定にNCTを使用したためである.今回の結果は,以前の報告1)同様,0.5%チモロールマレイン酸塩-1%ドルゾラミド点眼液単独投与に変更した場合,1年6カ月後においても眼圧下降効果に対する有効性が示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)小林茂樹:広義の原発性開放隅角緑内障もしくは高眼圧症に対するコソプトR点眼液に変更後の眼圧下降効果.日医大医会誌9:2013,掲載予定2)松元俊,新家眞:b-遮断剤.緑内障の薬物治療(東郁朗編).p70-75,ミクス,19903)桑山泰明:全身投与剤.緑内障の薬物治療(東郁朗編).p76-83,ミクス,19904)StrohmaierK,SnyderE,DuBinerH,AdamsonsI,theDorzolamide-TimololStudyGroup:Theefficacyandsafetyofthedorzolamide-timololcombinationversustheconcomitantadministrationofitscomponents.Ophthalmology105:1936-1944,19985)ChoudhriS,WandM,ShieldsMB:Acomparisonofdorzolamide-timololcombinationversustheconcomitantdrugs.AmJOphthalmol130:832-833,20006)GugletaK,OrgulS,FlammerJ:ExperiencewithCosopt,thefixedcombinationoftimololanddorzolamide,afterswitchfromfreecombinationoftimololanddorzolamide,inSwissophthalmologists’offices.CurrMedResOpin19:330-335,20037)BacharachJ,DelgadoMF,IwachAG:Comparisonoftheefficacyofthefixed-combinationtimolol/dorzolamideversusconcomitantadministrationoftimololanddorzolamide.JOculPharmacolTher19:93-96,2003***(131)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131013

正常ウサギの涙液量に対するジクアホソルナトリウム点眼とレバミピド点眼の効果

2013年7月31日 水曜日

《第32回日本眼薬理学会原著》あたらしい眼科30(7):1007.1010,2013c正常ウサギの涙液量に対するジクアホソルナトリウム点眼とレバミピド点眼の効果堀裕一前野貴俊東邦大学医療センター佐倉病院眼科EffectsofDiquafosolOphthalmicSolutionsandRebamipideOphthalmicSuspensiononTearFluidVolumeinNormalRabbitsYuichiHoriandTakatoshiMaenoDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenterジクアホソルナトリウム点眼およびレバミピド点眼のウサギ涙液量に対する効果について比較した.ジクアホソルナトリウム点眼およびレバミピド点眼を単回点眼し,Schirmer値および涙液メニスカス面積値を測定した.点眼10.30分後のジクアホソルナトリウム点眼群のSchirmer値および涙液メニスカス面積値は無点眼群に比べ有意に高値を示した(p<0.01,Dunnettの多重比較検定)が,レバミピド点眼群では無点眼群と同程度であった.また,点眼5.30分後のSchirmer値および涙液メニスカス面積値は,ジクアホソルナトリウム点眼群はレバミピド点眼群に比べ有意に高値を示した(p<0.05,Studentのt検定).以上より,ジクアホソルナトリウム点眼はレバミピド点眼に比べ早期から正常ウサギの涙液量を増加させることが明らかとなった.両剤は,ムチン産生/分泌促進作用を有しているが,ジクアホソルナトリウム点眼は涙液分泌促進作用も有しており,薬剤の特性に基づく治療選択が重要と考えられる.Wecomparedtheeffectsofdiquafosolophthalmicsolutionswithrebamipideophthalmicsuspensionstodeterminetearfluidvolumechangesinnormalrabbits.WeperformedSchirmer’stestandmeasuredthetearmeniscustodeterminechangesintearfluidvolumebeforeandat5,10,15,30,and60minutesaftereyedropinstillation.Schirmer’stestandtearmeniscusareaincreasedsignificantlyat5,10,15,and30minutesafterinstillationofdiquafosolophthalmicsolutions,ascomparedwithbeforeeyedropinstillation(p<0.01,Dunnett’smultiplecomparison)andwithinstillationofrebamipideophthalmicsuspensions(p<0.05,Student-t).TherewerenosignificantchangesinSchirmer’stestandtearmeniscusareaafterinstillationofrebamipideophthalmicsuspensions.Theseresultsindicatethatdiquafosolophthalmicsolutionsincreasedtearfluidvolumemorethandidrebamipideophthalmicsuspensionsintheearlyphase.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(7):1007.1010,2013〕Keywords:ジクアホソルナトリウム点眼,レバミピド点眼,涙液貯留量,正常ウサギ.diquafosolophthalmicsolutions,rebamipideophthalmicsuspensions,tearfluidvolume,normalrabbits.はじめにドライアイは,日本では,「さまざまな要因による涙液および角結膜上皮障害の慢性疾患であり,眼不快感や視機能異常を伴う」と定義され1),涙液層の安定性低下がそのコア・メカニズムと考えられている2).涙液層は,油層と液層(水層+ムチン層)から構成されおり,各層の機能異常がドライアイを誘発するため,それらを改善することがドライアイ治療につながる.近年,ドライアイ治療薬としてジクアホソルナトリウム点眼(ジクアスR点眼液3%,以下,ジクアス)およびレバミピド点眼(ムコスタR点眼液UD2%,以下,ムコスタ)が上市された.P2Y2受容体作動薬であるジクアスは,涙液分泌促進作用3),ムチン分泌促進作用4,5)および膜型ムチン遺伝子(MUC1,MUC4およびMUC16)発現促進作用6)を有することが報告されている.ムコスタは,杯細胞増殖作用7),ムチン様糖蛋白質産生促進作用および膜型ムチン遺伝子〔別刷請求先〕堀裕一:〒285-8741佐倉市下志津564-1東邦大学医療センター佐倉病院眼科Reprintrequests:YuichiHori,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,564-1Shimoshizu,Sakura,Chiba285-8741,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(125)1007 (MUC1およびMUC4)発現促進作用8)を有することが報告されている.両剤はムチンに対する作用を有する点では類似しているが,独自の薬理作用も兼ね備えており,薬剤の特性を理解してドライアイ治療に使用することが重要と考えられる.本研究では,ジクアスとムコスタの薬理学的特性を明らかにするために,涙液分泌に対する作用の違いを正常ウサギにてSchirmer値と涙液メニスカス面積法で比較検討した.I方法1.点眼液ジクアスR点眼液3%(参天製薬),ムコスタR点眼液UD2%(大塚製薬)を用いた.2.実験動物ウサギ(雄性白色日本)は北山ラベスより購入し,1週間馴化飼育した.本研究は,「動物の愛護及び管理に関する法律(昭和48年10月1日,法律第105号)」および「実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準(平成18年4月28日,環境省告示第88号)」を遵守し,実施した.3.Schirmer値測定ウサギにジクアス(30眼)あるいはムコスタ(30眼)を50μl点眼した.シルメル試験紙(昭和薬品化工)挿入の約3分前に,ベノキシールR点眼液0.4%(参天製薬)を10μl点眼し,眼表面を局所麻酔した.被験点眼液点眼5,10,15,30および60分後(各6眼)に下眼瞼にシルメル試験紙を1分間挿入し,Schirmer値を測定した.4.涙液メニスカス面積測定法ウサギにジクアス(32眼)あるいはムコスタ(32眼)を50μl点眼した.点眼5,10,15および30分後(各8眼)に生理食塩水に溶解した0.1%フルオレセイン溶液3μlを下眼瞼に添加し,直後に眼表面の撮影を行った.眼表面の撮影および涙液メニスカス面積の測定は,阪元らの方法9)に従い,デジタルカメラ(FUJIXDS-560,富士フィルム)で眼の全体像を正面から撮影し,画像解析ソフト(WinROOF,三谷商事)にて涙液メニスカスの面積を算出した.無点眼群(0分,32眼)では,眼表面の撮影直前に0.1%フルオレセイン溶液3μlを添加し,同様に撮影した.5.統計解析生物実験データ統計解析システムEXSUS(シーエーシー)を用いて5%を有意水準として解析した.2群間の解析ではStudentのt検定(等分散),経時変化の解析ではDunnettの多重比較検定を行った.II結果1.Schirmer値による比較図1のとおり,ジクアス群のSchirmer値は,点眼5分後1008あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013■:ジクアスR点眼液3%■:ムコスタR点眼液UD2%20.015.010.05.00.0無点眼図1ジクアスR点眼液3%およびムコスタR点眼液UD2%のSchirmer値に及ぼす影響各値は,6例の平均値±標準誤差を示す.**:p<0.01,無点眼群との比較(Dunnettの多重比較検定).##:p<0.01,ムコスタR点眼液UD2%点眼群との比較(Studentのt検定).から増加し,10.15分後に最大値に達し,その後経時的に低下して,60分後にはベースライン(無点眼群)に戻った.無点眼群に比べ,点眼10.30分後のSchirmer値は有意に高値を示した(p<0.01,Dunnettの多重比較検定)が,ムコスタ群ではいずれの時間においても無点眼群と同程度であった.また,両群のSchirmer値を比較したところ,点眼5.30分後においてジクアス群は有意に高値を示した(p<0.01,Studentのt検定).2.涙液メニスカス面積値による比較図2aに点眼後の涙液メニスカス像(5.30分)を,図2bに涙液メニスカス面積値(0.30分)を示す.ジクアス群の涙液メニスカス面積値は,点眼15分後に最大値に達し,5.30分後において0分に比べ有意に高値を示した(p<0.01,Dunnettの多重比較検定)が,ムコスタ群では,いずれの時間においても変化はなかった.両点眼群の涙液メニスカス面積値は,点眼5.30分後においてジクアス群は有意に高値を示した(点眼5.15分後:p<0.01,点眼30分後:p<0.05,Studentのt検定).III考按本研究にてウサギの涙液貯留量に対するジクアスとムコスタの点眼後早期における影響をSchirmer値および涙液メニスカス面積値で比較したところ,ジクアスは,点眼10.30分後において点眼前に比べ有意に涙液貯留量が増加し,点眼5.30分後においてムコスタに比べ有意に涙液貯留量が上回っていた.今回,Schirmer値および涙液メニスカス面積測定法の2種類の方法で涙液量を評価した.Schirmer値は,局所麻酔により反射性分泌の影響を除外した値を採用した.本方法(126)Schirmer値(mm)####**##**##**510153060点眼後の時間(分) ジクアスR点眼液3%ムコスタR点眼液UD2%5101530点眼後の時間(分)涙液メニスカス面積値(mm2)20.015.010.05.0■:ジクアスR点眼液3%:ムコスタR点眼液UD2%**##**##**##**#図2ジクアスR点眼液3%およびムコスタR点眼液UD2%の涙液メニスカス面積値に及ぼす影響a:涙液メニスカス像.b:涙液メニスカス面積値.点眼後0分の値は両群共通で32例,ジクアスR点眼液3%点眼後30分の値は7例,それ以外は8例の平均値±標準誤差を示す.**:p<0.01,0分値との比較(Dunnettの多重比較検定).#:p<0.05,##:p<0.01,ムコスタR点眼液UD2%群との比較(Studentのt検定).0.00102030点眼後の時間(分)は,簡便に涙液貯留量を評価できるが,粘稠性のある点眼液などの評価には不向きであると考えられる.一方,涙液メニスカス面積測定法は,結果の解析に時間を要するが,無麻酔下で非侵襲的に測定でき,涙液の質に影響されない測定法である.本方法は,眼瞼や結膜の状態に影響を受ける欠点はあるが,涙液貯留量の評価法として確立されており9),今回,涙液メニスカス面積値による結果とSchirmer値による結果は,ほぼ同様であった.ジクアホソルナトリウムの水分分泌促進作用メカニズムは,本薬剤が結膜上皮細胞膜上のP2Y2受容体に作用すると,細胞内カルシウムイオン濃度が増加してカルシウム依存型クロライドチャネルの活性化が生じ,クロライドイオンが涙液側に放出され,それによって生じる浸透圧差により実質側から涙液側への水分分泌が誘導される10,11).また,本薬剤はムチン分泌4,5)および膜ムチン遺伝子の発現6)を促進することから,液層(水層+ムチン層)を全般的に改善することによりドライアイに対して治療効果を示すと考えられる.一方,レバミピドは,杯細胞増殖作用7),ムチン様糖蛋白質産生促進作用8)などが報告されているが,これらの詳細なメカニズムは不明である.本研究から本薬剤に涙液分泌促進作用は認められなかったが,元来本薬剤は,胃粘膜保護剤と(127)してわが国で長年使用されている薬剤であり,上述した作用により主に角結膜上皮の改善に効果を示すと思われる.涙液の安定性を維持することがドライアイ治療において重要であるが,近年,ジクアスとムコスタが登場したことで,ドライアイを涙液層別に治療する概念が生まれた12).したがって,各点眼液の薬理特性を十分に理解して,ドライアイ治療を行うことが重要である.今回の結果から,ジクアスはおもに液層(水層+ムチン層)を改善させてドライアイを治療する特長があると類推され,薬剤の特性を理解して治療を行うことが重要であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)島﨑潤(ドライアイ研究会):2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,20072)横井則彦,坪田一男:ドライアイのコア・メカニズム─涙液安定性仮説の考え方─.あたらしい眼科29:291-29720123)七條優子,村上忠弘,中村雅胤:正常ウサギにおけるジクあたらしい眼科Vol.30,No.7,20131009 アホソルナトリウムの涙液分泌促進作用.あたらしい眼科28:1029-1033,20114)七條優子,篠宮克彦,勝田修ほか:ジクアホソルナトリウムのウサギ結膜組織からのムチン様糖蛋白質分泌促進作用.あたらしい眼科28:543-548,20115)七條優子,阪元明日香,中村雅胤:ジクアホソルナトリウムのウサギ結膜組織からのMUC5AC分泌促進作用.あたらしい眼科28:261-265,20116)七條優子,中村雅胤:培養ヒト角膜上皮細胞におけるジクアホソルナトリウムの膜結合型ムチン遺伝子の発現促進作用.あたらしい眼科28:425-429,20117)UrashimaH,TakejiY,OkamotoTetal:Rebamipideincreasesmucin-likesubstancecontentsandperiodicacidSchiffreagent-positivecellsdensityinnormalrabbits.JOculPharmacolTher28:264-270,20128)TakejiY,UrashimaH,AokiAetal:Rebamipideincreasesthemucin-likeglycoproteinproductionincornealepithelialcells.JOculPharmacolTher28:259-263,20129)阪元明日香,七條優子,山下直子ほか:正常ウサギの涙液貯留量に対するジクアホソルナトリウム点眼液と精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼液の併用効果.あたらしい眼科29:1141-1145,201210)LiY,KuangK,YerxaBRetal:Rabbitconjunctivalepithelialtransportsfluid,andP2Y2receptoragonistsstimulateCl.andfluidsecretion.AmJPhysiol281:C595C602,200111)MurakamiT,FujiharaT,HoribeYetal:DiquafosolelicitsincreasesinnetCl.transportthroughP2Y2receptorstimulationinrabbitconjunctiva.OphthalmicRes36:89-93,200412)山口昌彦,松本幸裕,高静花ほか:TFOT(TearFilmOrientedTherapy)時代における点眼薬の使い方.FrontiersinDryEye7:112-120,2012***1010あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(128)