特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1053.1060,2013特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1053.1060,2013眼鏡と視線分布SpectaclesandVisualLine河原哲夫*はじめに私たちは眼球を回転させて見ようとする対象を注視し,網膜の中心窩に結像させているが,眼鏡レンズは眼前に固定されているため,眼球運動(視線移動)に伴ってレンズの使用部位が異なる.そのため,眼鏡レンズのどの部位を通しても網膜上に明瞭な像を結ぶ必要がある.一般に球面レンズの周辺部では光学性能が低下するが,これを解決する目的で非球面レンズなどが開発されている.他方,眼球の動き,特に読書時などで近くを見る場合に眼球が輻湊とともに下方視することを利用して,老視に対する累進屈折力レンズが処方・使用されている.日本は世界一の長寿国と言われているが,全人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)が近年急激に増加し,1994年には14%超(高齢社会),2007年には21%を超えて超高齢社会に移行した.2020年には高齢化率が29.2%,高齢者が約3,600万人と予測されている1).一般に45歳以上になると老眼鏡が必要になるといわれているが,2005年にはその人口比が47.9%(6,042万人)であり,人口の約半数が老眼鏡を必要としている2).高齢者の視環境を改善・維持する手段として,累進屈折力眼鏡の利用が大幅に増えると思われる.さらに,学童における近視の進行予防を目的として,近見時の調節ラグを減少させる累進屈折力眼鏡を積極的に利用する臨床試験例3)あるいはロービジョン者への応用4)など,老視用ばかりでなく多くの局面で累進屈折力眼鏡の有用性が期待されている.I累進屈折力眼鏡における屈折力分布と視線累進屈折力レンズが開発・発売されてから,すでに40年以上が経過している.発売当初は,装用時の「画像の揺れや歪み」によって,「見え方が悪く,眼が疲れる」などの欠点が指摘されていたが,近年の累進レンズの設計および製作技術の進歩によって,装用感のすぐれた各種のレンズが実用化されている.累進屈折力眼鏡では,遠方から近方までの視対象に対し,レンズ各部位の屈折力を変化させて遠近の焦点合わせを行っている.ただし,装用者の視野内で屈折力の異なる部分があるため,眼球や頭部の運動による像の揺れなどが避けられない.この影響を軽減するため,累進面をレンズの両面に配置するなどの工夫がなされている5).また,加入度を少なく,あるいは累進帯長を長くするなどで収差を抑制し,「揺れや歪み」を低減した使用目的別の累進レンズも開発されている.いずれの場合でも,眼球の視線方向すなわちレンズの使用部位で,対象の奥行き位置に対応した屈折力となっていることが,レンズ設計上でも装用状態でも前提条件になっており,累進屈折力眼鏡の処方と作製・調整において配慮すべき重要な点と思われる.累進レンズの最適な屈折力分布,すなわちレンズのどの部位にどの程度の屈折力を配置させるかは,実際の眼鏡装用上重要な問題である.レンズ設計段階では,加入度,累進帯長および輻湊角などに基づいて各メーカーが*TetsuoKawahara:金沢工業大学人間情報システム研究所〔別刷請求先〕河原哲夫:〒924-0838石川県白山市八束穂3-1金沢工業大学人間情報システム研究所0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(9)1053独自に設定していると予想される.ただし,装用者の生活スタイルや視対象(視点)の移動に対して眼球をおもに移動させる(eyemover),あるいは頭部をおもに回転させる(headmover)などの生理的反応の個人差など,使用者による違いも重要な要因である.今後,累進屈折力眼鏡が快適に装用され,広く普及するには,使用者の視覚状態に適合した屈折力分布をもつ最適なレンズをカスタムメイドで提供する必要があると考えられる.この問題を検討するにあたって重要なことは,日常生活の各種状況で,「眼鏡レンズのどこを通して」「何(どの距離)を見ているか」を具体的・個人別に知る(,)ことである.本稿では,使用者の生活スタイルに合った累進屈折力眼鏡を設計・処方するための最適屈折力分布を求める前段階として,日常生活における眼鏡レンズの部分別使用頻度を測定した試み6,7)を紹介する.II日常生活における視線分布1.測定および解析方法私たちは多種多様な環境下で生活しているが,レンズの使用部位に対応した日常生活の代表例として,以下の状況での計測を試みた.a.遠方視主体:「スポーツ観戦」,「テレビ視聴」b.遠・近交互視:「テレビを見ながらの食事」,「遠方スクリーン上の文字筆記作業」c.遠・中・近方視:「自動車運転」,「キャッチボール」d.中間視主体:「自動販売機の利用」,「玄関で靴を履き外出」,「階段の上下歩行」e.中・近交互視:「キッチンでの料理」,「カードゲーム」f.近方視主体:「ワープロ作業」「読書・朗読」を本人および両親(学童の場合)にあらかじめ説明し,協力に快諾が得られた大学生10名および小・中学生3名とした.なお,自然な状況での眼球運動(視線分布)を評価するため,被験者には姿勢や行動に関する指示は特に行わず,行動・作業の時間にも制限は設けなかった.行動・作業中の視線方向(垂直・水平方向の眼球回転角)の計測には,屋外や車載での使用が可能であり,短時間で容易に校正でき,さらに測定中に頭部を自由に動かすことができるナック社製アイマークレコーダ(EMR-9,EMR-8)を用いた.図1にEMR-9の外観を示すが,被験者はEMRのヘッド部分(帽子)を装着した状態で各種の行動・作業を行った.また,作業状況に慣れるため,最低2回の練習後に数回の測定を行った.測定状況の一例を図2に示すが,視線計測カメラによ被験者は,実験内容と安全性など(,)る映像(図2右)の瞳孔中心およびプルキンエ(Purkinje)像の位置から視線方向(眼球運動)が検出され,図1視線分布測定装置外観(EMR.9)左:本体.右:測定ヘッド部分.視野カメラ92°モニター視線計測カメラ(左右)操作部1054あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(10)図2左上の視野映像に注視点がマークされる.各作業中に眼球の垂直・水平方向の回転角度(視線方向)を1/60秒ごとに求めた.視線分布の解析時には,記録した被験者の視野映像で注視点(視対象)を確認し,被験者が何視野映像視線計測(瞳孔およびプルキンエ像)注視点マークを注視しているときにレンズのどの部位を使用しているかをほぼ連続的に評価した.測定範囲は,眼鏡レンズ面上で水平方向が±26mm,垂直方向が±18mmであった.2.遠・近交互視「遠方スクリーン上の文字筆記作業」日常生活のなかで累進眼鏡の遠用部および近用部をほぼ均等に使用していると予想される「食堂でテレビを見ながら朝食をとる」あるいは「居間で本や雑誌,新聞なホワイトボードEMR-9/8(スクリーン)600cm(500cm)30cmノート,筆記具図2EMR.9による測定画面左上:視野映像,右:前眼部映像(視線計測).図3遠・近交互視による筆記作業条件(文献7より)垂直方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)180--1826Eyemoverホワイトボードノート垂直方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)180--1826ホワイトボードノート026水平方向のレンズ使用部位(mm)026水平方向のレンズ使用部位(mm)180ホワイトボードノート180Headmoverホワイトボードノート026026--1826--1826水平方向のレンズ使用部位(mm)水平方向のレンズ使用部位(mm)図4遠・近交互視(筆記作業)における注視点分布とレンズ使用部位(大学生)(文献7より)(11)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131055どを読みながらテレビでナイター観戦する」状況も多い.図3は,より能動的な参加状況として「講演会・学会あるいは教室などで遠くのスクリーンあるいは黒板を見ながら手許でメモを取る作業」を模した状況設定であり,被験者は視距離6mにあるホワイトボードに書かれた文字を,視距離30cmでテーブル上に置いたノートに書き写す作業を行った.図4は,大学生4名(A,B,C,D)が筆記作業をしているときのレンズ使用部位を1/60秒ごとにプロットしている.図の横軸はレンズ面上での水平方向の位置,縦軸は垂直方向の位置を表している.また,図中の楕円は測定点の95%が入る確率楕円であり,各視対象(ホワイトボードおよびノートあるいは鉛筆)を見たときの使用頻度が高いレンズ部位を示している.全被験者ともに,ホワイトボードに書かれた文字を読んでいるときにはレンズ上部のほぼ中央を,ノートへ筆記しているときにはレンズ中央やや下部をおもに使用していた.ここで,被験者Aではホワイトボード上の文字を読むときのレンズ使用部位が,他の被験者に比べて上方に位置している.被験者側面から撮影したDVR(digitalvideorecorder)による照合結果でも,被験者Aは頭部をあまり上げずにホワイトボードを見ており,他の被験者に比べて頭部運動よりも眼球運動の占める割合が多く,eyemoverの傾向が強いと考えられる.また,被験者Dではノートへの筆記時でもレンズ中央部をおもに使用する場合が多く,作業中での眼球の垂直移動が少なく,headmoverの特性を示している.R.N.:10歳(小学5年)図5は,被験者R.N.(小学5年)およびN.N.(中学2年)が視距離5mにあるスクリーンに投影された文章を視距離30cmでテーブル上に置かれたノートに書き写す作業を行った状況での結果である.なお,縦軸,横軸の値は相対的な任意の単位(1dot=0.08mm)で示している.各視対象を見たときの使用頻度が高いレンズ部位を赤楕円枠で示した.両被験者ともに,スクリーン上の文字を読んでいるときにはレンズ上部のほぼ中央を,ノートへ筆記しているときにはレンズ中央やや下部をおもに使用していた.ここで,スクリーンと手元ノートとの垂直方向の角度差は60.70°であったが,眼球の垂直方向回転角は約38°であり,眼球運動と頭部回転角がほぼ同等となっている.なお,小学5年生(R.N.)では,中学2年生(N.N.)に比較してスクリーンを見る頻度が高くなっていた.これは,筆記文章の記憶量が相対的に少なかった結果と推測される.また,大学生でみられたeyemoverあるいはheadmoverの個人差は特に認められず,学童の眼球運動特性の特徴と示唆される.ただし,被験者数が3名と少なく,今回の被験者がたまたま同じ特性をもっていた可能性も否定できない.累進眼鏡の遠用部および近用部をともに使用する文字筆記作業では,現状の累進レンズの屈折力分布特性にほぼ一致した視線移動分布を示している.それゆえ,遠用度数,近用度数および近用加入度が正しく処方されれば,多くの被験者で有効に使用できると思われる.ただし,視線の垂直移動に関しては,被験者によって眼球あるいは頭部のどちらをおもに移動させるかの生理的な差異がN.N.:13歳(中学2年)垂直方向のレンズ使用部位(dot)40030020010038°0200400600垂直方向のレンズ使用部位(dot)40030020010037°020040060000水平方向のレンズ使用部位(dot)水平方向のレンズ使用部位(dot)図5遠・近交互視(筆記作業)における注視点分布とレンズ使用部位(学童)1056あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(12)認められ,近用アイポイントと近見視線との一致が重要と考えられる.このチェックは一般にミラー法によって行われるが,累進レンズの累進帯長の選択や近用視線のレンズ面通過位置を簡便に自覚測定する方法として,カラーバゴリニー(Bagolini)スケールを用いた「下方回旋量測定器」8)も提案されている.また,遠方視および近方視したときの外眼部撮影とその画像解析から,遠用および近用アイポイントを自動的に計算するシステム(Epiload)が開発されている9).これらは,特定の下方視条件だけでの測定ではあるが,簡便な方法としてその発展が期待される.3.遠・中・近方視:「自動車運転」超高齢社会の到来とともに高齢者が社会で活躍する場面も多く,自動車運転の機会も多い.私たちが自動車を運転する場合,進行方向の道路状況ばかりでなく,外界からの多くの情報に基づいて安全を確認しつつ,ハンドルやブレーキ操作をしている.図6に示すように,運転中の視覚情報として信号機や案内板,歩行者や障害物,スピードメータや他の表示など,遠方から近方までの距離に焦点を合わせる必要があり,遠・中・近用部がともに使われる状況と考えられる.図7は,特に混雑していない一般道路で10.12分間の自動車運転を行ったときの視線分布を示している.なお,測定に使用した車両は被験者が通常乗っている車とし,さらに道に慣れてもらうため,事前に3回以上コースを走行させた.各被験者で使用した車両が異なるため,ミラーや速度メータまでの視距離や角度,座席の高さなどに多少の差異がある.そのため,図7の結果をそのまま比較することはできないが,全般的に以下の特徴が確認できる.フロントガラスを通して外界を見る場合には,視線がレンズ中央付近にほぼ集中しつつ水平方向に多少広がっており,運転中に真正面ばかりでなく,左右の広い範囲を見ていることが確認できる.それゆえ,遠用部を重視した眼鏡処方が適切と思われる.また,サイドミラーを介して左右後方を確認するときの視線方向は,左右に細長い確率楕円となっている.サイドミラー自身は視野の狭い範囲内にあるが,視野映像による照合結果では,まず視線が先に動いてミラーに向かい,頭部がそれを追うように回転していた.それゆえ,レンズの使用部位がミラー部分の狭い範囲に集中せず,細長い楕円になったと考えられる.各車両の速度メータは,視角10.15°下方,視距離65.75cmにあるが,メータ確認時にはその方向への視線移動(レンズ面で9.10mm下方)が確認できる.ただし,被験者Cの場合には,視線方向が左下方へ伸びた確率楕円となっている.これは,この被験者の車両がセンターメータ(左30°)を採用していた結果ルームミラー標識歩行者など道路状況障害物カーナビ画面スピードメータサイドミラーなどラジオ,エアコンなどの目盛表示図6自動車運転席からの視界と視対象物(13)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131057垂直方向のレンズ使用部位(mm)180垂直方向のレンズ使用部位(mm)180-18-26026-18-26026水平方向のレンズ使用部位(mm)水平方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)18●:外界(遠距離:500cm~)●:メータ(65/70/75cm)●:ルームミラー(近,遠距離)●:右サイドミラー(中,遠距離)●:左サイドミラー(中,遠距離)0026Headmover図7自動車運転中の注視点分布とレンズ使用部位-18-26(95%確率楕円)(文献6より)水平方向のレンズ使用部位(mm)と考えられるが,累進レンズの収差領域に入っており,レンズ選択時に注意が必要であろう.なお,被験者Cでは,他の2名に比べて眼球運動の範囲が全般的に狭く,いわゆるheadmoverの傾向を示している.遠・中・近用部がともに使われる自動車運転時では,垂直方向ばかりでなく水平方向への視線移動が顕著であり,累進レンズの選択および処方・調整が比較的むずかしいと予想される.装用者の視線移動の特徴を十分に把握し,それに適合した屈折力分布と非点収差配分をもつカスタムレンズを考慮すべきであろう.4.近方視主体:「ワープロ作業」近年の情報化時代に伴い,パソコンが職場だけでなく日常生活での必須な道具になりつつある.ほとんどの職場でコンピュータ機器が導入され,パソコンなどでのVDT(visualdisplayterminals)作業が当たり前の環境となっている.図8は,被験者の左前方(キーボード左)に置いた原稿をノートブックパソコンに入力するワープ1058あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013ディスプレイまでの視距離:50cm入力原稿までの視距離:45cmキーボードまでの視距離:40cm図8近距離重視のワープロ作業条件(文献7より)ロ作業を行った場面での条件設定を示している.図9に測定結果の代表例を示す.全被験者ともに3種の視対象でレンズの使用部位が分離されているが,すべての対象でレンズのほぼ下半分を使用していることがわかる.なお,キーボードに対するブラインドタッチが可能な被験者Aでは,入力原稿および文字変換時にディスプレイを注視する場面が大部分であり,キーボードをほとんど見ていない.一方,ブラインドタッチができな(14)垂直方向のレンズ使用部位(mm)180垂直方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)-18-26:ディスプレイ:キーボード:入力文書EyemoverBlindtouch026垂直方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)180-18-26:ディスプレイ:キーボード:入力文書EyemoverNonblindtouch026水平方向のレンズ使用部位(mm)水平方向のレンズ使用部位(mm)-18-26:ディスプレイ:キーボード:入力文書Nonblindtouch026180-18-26:ディスプレイ:キーボード:入力文書Headmover026水平方向のレンズ使用部位(mm)水平方向のレンズ使用部位(mm)図9近距離重視のワープロ作業における注視点分布とレンズ使用部位(95%確率楕円)(文献7より)い被験者B,Cでは,キーボードへの視線移動が頻繁に認められる.レンズ使用部位の特徴として,ワープロ作業中の眼球運動は被験者A,Bが大きくeyemoverの特徴を示していた.特に,被験者Bではキーボード入力時の確率楕円が左右方向に細長く,レンズ近用部分の広い範囲を使用していることがわかる.一方,被験者Dでは他に比べて眼球運動の幅が少なく,headmoverの傾向であった.ワープロを代表とするVDT作業などの近距離重視状況では,非点収差配分が多いレンズ左右の斜め下部周辺部も多く使用している.そのため,eyemoverの装用者にとっては原稿などが見づらいことが推測され,近用部が特に広いレンズの処方が望まれる.5.その他の生活場面遠方視主体の「スポーツ観戦」や「テレビ視聴」では,レンズ中心部から上部にかけて広範囲に視線が分布し,広い遠用部分の確保が重要であろう.また,「自動(15)販売機の利用」では,販売機前で財布からコインを出して投入口に入れ,金額を確認して商品を選択し,その後商品を取り出す過程でのレンズ使用範囲が確認できた.その他,「階段の上下歩行」「靴を履いて外出」「キャッチボール」などの状況で計測(,)した結果,全般的に(,)レンズ中心部の±12mmの範囲を使用していた.ただし,階段下降時には足元を見ている場合が多く,累進眼鏡装用時には近用部(レンズ下部)をおもに使うこととなるため,像の歪みや揺れが懸念される.おわりに個人ごとの生活スタイル,用途あるいは使用者の生理的反応(眼球と頭部の移動比率など)の個人差に合わせた累進屈折力レンズを個別に設計・処方・調整するための基礎データ,すなわち各種使用状況における視線分布の特性(レンズの部分別使用頻度)を計測し,使用者の視覚状況に最適な屈折力分布を求める試みを紹介した.各種日常生活状況での視線分布を計測・解析した結果にあたらしい眼科Vol.30,No.8,20131059よれば,眼鏡レンズの使用部位とその頻度は,装用時の使用環境や個人の生理的特性で異なることが確認された.それゆえ,屈折力分布が固定された1種類の累進屈折力眼鏡が,あらゆる状況ですべての使用者に適切であるとは言い難く,用途や個人の特性に合わせたカスタムメイドの累進眼鏡が必要・不可欠と考えられる.ただし,異なる使用環境あるいは異なる被験者においてもほぼ同等の値となる項目も多く,その点は累進屈折力レンズの共通データとして有用であろう.最初の累進屈折力レンズが開発されて40年以上が経過し,現在では両面トーリック化や両面非球面化などの技術的進歩によって像の揺れや歪みが大幅に軽減され,老視矯正の第一手段として快適な装用が可能となっている.ただし,実際には期待されるほど普及しておらず,その理由として眼鏡装用者,処方者,製作者の三者ともに問題があると指摘されている10).快適な累進屈折力眼鏡の作製には,遠用度数を正確に測定・処方することが基本ではあるが,無理のない近用加入度数11),累進帯長,近用瞳孔間距離などの正確な測定,ミラー法などを用いた近方視線の確認12)などが特に重要と思われる.今後,日常生活における多種多様な行動スタイルおよび幅広い年齢層(子供から老人まで)を対象とした計測・解析を行い,屈折力分布に関する全般的共通項目,用途あるいは作業環境に関する個別項目,さらに個人差に関する項目などを明らかにする必要があろう.この種のシステムが有効に活用されるまでには,解決すべき多くの課題も残っている.特に,より簡便にこの種の計測が可能なシステムの開発が望まれる.近い将来,個人ごとの生活スタイルや使用目的,視線移動の特性に合わせた個別設計(カスタムメイド)の累進屈折力眼鏡が普及し,より快適な視生活が得られることを願っている.文献1)国立社会保障・人口問題研究所:日本の将来推計人口(平成18年12月推計).p9,20062)所敬:累進屈折力レンズ処方は如何にすべきか.視覚の科学29:84-85,20083)HasebeS,OhtsukiH,NonakaTetal:EffectofprogressiveadditionlensesonmyopiaprogressioninJapanesechildren:aprospective,randomized,double-masked,crossovertrial.InvestOphthalmolVisSci49:2781-2789,20084)梁島謙次:ロービジョンと眼鏡.あたらしい眼科21:1461-1465,20045)高橋文男:累進屈折力レンズ─最近の進歩─.あたらしい眼科21:1455-1460,20046)河原哲夫:累進屈折力眼鏡と視線.あたらしい眼科24:1151-1156,20077)河原哲夫,吉澤達也:老視の矯正眼鏡と視線.日本視能訓練士協会誌38:93-100,20098)木村博以:「目下げ量」の測定による累進レンズの選択.眼鏡学ジャーナル13:18-20,20099)アイポイント測定システムが叶える自分仕様の遠近両用メガネ.PrivateEyes2010,1月号,p68-7310)鈴木武敏:累進屈折力眼鏡作成の問題点.視覚の科学29:95-98,200811)梶田雅義:眼鏡処方のテクニック.あたらしい眼科21:1441-1447,200412)畑中隆志:累進屈折力レンズのレイアウトとフィッティングにおけるチェックポイント.視覚の科学28:66-71,20071060あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(16)