遠近両用ハードコンタクトレンズの処方テクニックPrescriptionTechniqueforPresbyopicRigidContactLenses梶田雅義*はじめに屈折矯正の基本は眼鏡レンズの処方である.快適な矯正視力を提供できる眼鏡レンズ度数を求めることができれば,その矯正度数を眼光学的に等価なハードコンタクトレンズ(HCL)に置き換える操作を行うだけで,HCLで適切な矯正度数を提供できる.遠近両用HCLの処方で大切なのは,HCLのフィッティングである.眼の動きや眼瞼の動きによって,遠用部と近用部を利用できるフィッティングを提供することである.処方の成功は,処方者が遠近両用HCLの特性を十分に理解して処方し,装用者にそれを正しく伝え,装用者が遠近両用HCLの特徴を適切に利用するスキルを身につけるか否かにかかっている.I遠近両用HCLのタイプと特徴現在提供されている遠近両用HCLデザインは同心円型であり,すべてが中心遠用でその周囲に近用度数を配置したものである(図1).セグメントタイプの提供は2013年8月で終了した.レンズ度数は二重焦点タイプと累進屈折力タイプがある.二重焦点タイプは遠用部と近用部に移行部が存在するが,矯正効果は持たない.累進屈折力タイプは,遠用部から近用部にかけて累進的にレンズ度数を連続して変化させているタイプと,近用部と遠用部の間に累進部を持つタイプがある.累進部を持つタイプにも,遠用部と近用部がそれぞれ単焦点であるタイプ,遠用部と近用部がそれぞれ累進屈折であるタイプがある1,2).遠用部と近用部のデザインおよびその移行部のデザインの違いは遠く,中間距離と近くの見え方に大きく影響する.IIレンズのタイプとフィッティング二重焦点タイプは完全な交代視で使用し,累進屈折力タイプは同時視で使用する.中間累進部を持つタイプでは交代視と同時視の両方が利用できるが,近用部と遠用部が累進屈折力レンズのものではやや同時視の特徴が強く,近用部と遠用部が単焦点レンズのものではやや交代視の特徴が強くなる印象がある.交代視を狙う場合にはレンズが適切に動き,正面視ではレンズ中心部分が瞳孔領に安定し,下方視においては,下眼瞼がレンズを突き上げて,レンズの中間周辺部分が瞳孔領に位置することが望ましい(図2).同時視を期待する場合には,レンズの中央が瞳孔中心に位置して,瞬目で大きな動きが生じないことが望ましい(図3).角膜の形状によって異なることもあるが,一般にはHCLの動きを小さくするためにはレンズサイズを大きくし,HCLの動きを大きくするためにはレンズサイズを小さくする.また,レンズを下方安定させるためにはベースカーブをスティープにし,レンズの上方への引き上げを強めるためにはベースカーブをフラットにする.正面視と下方視時にHCLの位置を観察し,交代視を期待する場合には遠用部と近用部が適切に瞳孔領に位置するように,同時視タイプではHCLが大きく動きすぎな*MasayoshiKajita:梶田眼科〔別刷請求先〕梶田雅義:〒108-0023東京都港区芝浦3-6-3協栄ビル4F梶田眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(7)1351交代視型交代視同時視型同時視型セグメント型同心円型遠用近用アイミー:サプリームメニコン:メニフォーカルZエイコー:マルチ-1シードバイフォーカルサンコン:マイルドⅡエスタージュEXタイプMFマルチフォーカルO2(バイフォーカルタイプ)レインボー:クレールコンフォクレール東レ:プレリーナプレリーナⅡニチコン:プラスビューHOYA:マルチビューEXマルチビューEX(L)アイミー:クリアライフシード:マルチステージO2ノア図1遠近両用ハードコンタクトレンズのデザインセグメントタイプはすでに生産が終了している.図3同時視のイメージソフトレンズはすべてこのタイプであるが,ハードレンズでも累進屈折力のタイプでは利用できる.安定した視力を提供するためには,レンズのセンタリングが良く,動きが少ないほうが良い.1352あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(8)いようにベースカーブとレンズサイズを調整する.III遠近両用HCLのタイプと見え方の特徴1.二重焦点タイプ遠用度数と近用度数付近に明瞭にピントが合う.その間の距離にピントがあまいところがあるが,加入度数が小さい場合にはそれほどギャップは大きくない.瞬目した瞬間にレンズが上方に引き上げられ,近用度数が瞳孔中心に位置する瞬間が生じ,遠方視時には瞬目直後に見づらくなる瞬間が生じる.この見え方に妥協ができれば,快適な見え方を提供できる.2.レンズ光学部全体が累進屈折力のタイプ鮮明にピントが合う距離は存在しないが,見え方に妥協できれば,どの距離もそれなりにピントが合う.中間距離が最も快適に見えるデザインである.鮮明な遠方視力を要求する人に処方しようとすると,適正な矯正であれば中間距離に位置する矯正度数で遠方を矯正する度数が要求されることになる.その結果,近視過矯正の状態になり,近方視力が不足する.反対に鮮明な近方視力を要求する場合には,中間距離に位置する度数で近方度数を提供することになって,遠方視力が不足する.これに対処するため,加入度数を大きくすれば,どの距離も快適には見えなくなってしまう.過矯正に特に注意が必要である.3.レンズ光学部の遠用部と近用部が累進屈折力レンズのタイプすべての距離に比較的安定した視力を提供できるデザインである.しかし,遠くの見え方にも近くの見え方にも累進屈折力レンズ特有のコントラスト低下がある.このコントラスト低下に対して矯正度数を強くして解決しようとすると,遠くのコントラストは多少解消されるものの,近方の見え方は不良になる.4.レンズ光学部の遠用部と近用部が単焦点レンズのタイプ遠方と近方のどちらも安定した視力が提供できる反面,中間距離の見え方に物足りなさを感じる.これを解消するために,遠用度数を強めて,中間距離の見え方を改善しようとして,遠方矯正度数を強めると,近用度数で中間距離を見ることになり,中間距離の見え方は改善するが,近方視は損なわれ,かつ遠方は過矯正のために疲れやすくなる.また,トライアルレンズの度数が矯正度数よりも強い場合には,トライアルレンズを装用した状態で,近視過矯正状態になっているため,プラスレンズの検眼レンズで追加補正することに抵抗が生じ,近用度数で遠方を見るような矯正を要求される傾向が強くなる.IVレンズタイプの選択屈折矯正を行うときに,見えにくさを解決するために矯正度数を強めればよいと思っている人が少なくない.確かに,過矯正状態になると屈折値に強い震え(調節微動)が生じるため(図4),矯正視力が向上したかのように感じることがある3).しかし,近視が過矯正状態になれば,調節を緩めたときには遠方にも近方にもピントが合わない.過矯正に慣れている眼は疲れを訴えることが多いが,矯正度数を少し弱めただけでも遠方視力が低下し,苦情が生じる.そのため,過矯正を経験している眼の対応は容易ではない.遠近両用HCLを処方するときには,患者の視環境を考慮してレンズデザインを選択し,適正な矯正度数を提供したときの見え方を受け入れてもらうように導くこと-4視標位置-5D屈折値[D]-3視標位置-3D-2-1視標位置-1D0010203040時間[sec]図4屈折値の震え(調節微動)調節に努力を要すると毛様体筋に震えが生じて,屈折値が揺れ動く.屈折値が振動すると網膜の映像が震えるために,固視微動が強まったときと同じように,大脳では映像をより鮮明に認識できる.毛様体筋の振動の持続は眼の疲れを生じる.(9)あたらしい眼科Vol.30,No.10,20131353がとても大切である.レンズタイプの選択は,安定した視力を求める症例には二重焦点タイプあるいは遠用部と近用部が単焦点タイプの累進屈折力レンズが望ましく,眼精疲労の訴えがあり,眼の疲れを予防するためには全体が一つの累進屈折力になっているタイプあるいは遠用部と近用部のそれぞれも累進屈折力になっているタイプのレンズが望ましい.後者のタイプでは,単焦点レンズに比べて,遠方のコントラストがかなり低下するので,この特性を十分に理解して,決して過矯正にならないように気をつける.このタイプで遠方視力に不満が生じる場合には,矯正度数を強める操作を行うよりも,二重焦点タイプに変更したほうが快適な矯正が得られる.V処方の手順1.適正矯正度数の決定適切な他覚的屈折検査に続いて,自覚的屈折検査を行う.その後に両眼同時雲霧法を使用して,眼鏡レンズで快適な矯正度数を求める4).HCLの処方には眼鏡レンズで快適な矯正度数の球面度数だけを用いる.2.頂点間距離補正眼の屈折値は眼前12mmに置かれた眼鏡レンズ度数で定義されているため(図5),角膜表面で矯正するCLで同じ矯正度数を提供するレンズの度数が異なる.すなわち角膜頂点間距離による補正が必要である.眼鏡レンズ度数をDsp[ジオプトリ]とし,角膜からレンズまでの距離をd[メートル]とするとき,コンタクトレンズ度数[Dcl]は次式で求めることができる.DspDcl=1.d・Dsp通常はコンタクトレンズフィッティングマニュアルの裏表紙やメーカーが提供する定規などに補正表が記されているので,それを参照すると良い(表1).3.ベースカーブと加入度数の選択内面が球面のHCLでは,単焦点のHCLと同様に,トライアルレンズを装用して,フルオレセインで涙液を染色し,フィッティングがパラレルになるベースカープ1354あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013-3.00D∞12mm図5屈折値の定義調節休止状態にある眼に,ある光学レンズを眼前12mmに置いたときに,無限遠から発した光束が網膜面で収束するとき,その眼の屈折値をその光学レンズの屈折力(度数)で示す.マイナス符号は近視,プラス符号は遠視を示す.たとえば,眼前12mmの位置に.3.00Dの球面レンズを置いたときに,平行光束が網膜面上で収束する眼の屈折値は.3.00Dである.表1頂点間距離補正表眼鏡度数CL度数眼鏡度数CL度数.10.00.8.9310.0011.36.9.75.8.739.7511.04.9.50.8.539.5010.72.9.25.8.339.2510.40.9.00.8.129.0010.09.8.75.7.928.759.78.8.50.7.718.509.47.8.25.7.518.259.16.8.00.7.308.008.85.7.75.7.097.758.54.7.50.6.887.508.24.7.25.6.677.257.94.7.00.6.467.007.64.6.75.6.246.757.34.6.50.6.036.507.05.6.25.5.816.256.76.6.00.5.606.006.47.5.75.5.385.756.18.5.50.5.165.505.89.5.25.4.945.255.60.5.00.4.725.005.32.4.75.4.494.755.04.4.50.4.274.504.76.4.25.4.044.254.48.4.00.3.824.004.20.3.75.3.593.753.93.3.50.3.363.503.65を見つけてベースカーブを決定する.近用加入度数は,初めて遠近両用HCLを処方する場合には+1.00D.+1.50Dの低加入度数のレンズを用いたほうが良い.単焦点レンズの見え方に慣れている装用(10)abc図6涙液レンズHCLと角膜が作る涙液レンズはフィッティングがフラット(a)ならばマイナス度数,パラレル(b)ならば度数なし,スティープ(c)ならばプラス度数である.者では,高加入度数の見え方に対する不満が強い.低加入度数のレンズで遠近両用HCL特有の不安定な見え方に慣れた後に,必要に応じて徐々に高加入度数に変更するのが望ましい.低加入度数でも単焦点から変更したときには近方の見え方に改善が得られたことが実感してもらえるはずである.4.ベースカーブによる涙液レンズ効果による補正HCLと角膜の間にできる涙液はレンズとしての機能を持つ.角膜に対してフラットであればマイナスレンズを持ち,スティープならばプラスレンズを持つ(図6).涙液レンズの屈折力は角膜弱主経線曲率半径K1[mm]とHCLのベースカーブBC[mm]の差が0.05[mm](HCLのベースカーブ差1段階)に対して,0.25[D](眼鏡レンズの1段階)で近似できる.5.トライアルレンズに追加する検眼レンズ度数トライアルレンズを装用した状態で,眼鏡度数による適正矯正度数に頂点間距離補正と涙液レンズ補正を行ったHCLで適正な矯正度数Dajcl[D]からトライアルレンズの度数を減じた値Dcad[D]を求める.さらに頂点間距離補正を逆に使用して,Dcadを眼鏡レンズ度数に逆補正し,検眼レンズで追加に必要な矯正度数Dgad[D]を求める.この値がトライアルレンズを装用したときに適正な矯正度数を提供する追加検眼レンズの度数になる.6.見え方の指導と処方の判定トライアル中の遠近両用HCLの見え方の特徴を説明し,遠近両用HCLは単焦点レンズのようにクリアに見えるものではなく,片眼の見え方はかなり不安定であることを十分に伝える.片眼の見え方は不安定であっても,両眼で見ると割とクリアに見えること,さらに装用に慣れることによって見え方が改善してくることをしっかり伝えた後に,トライアルレンズを装用した状態で,追加検眼レンズDgad[D]を検眼枠に装入して,両眼で遠くや近くを見てもらう.その際,遠近両用HCLの見え方がこの程度であることを伝えて,遠くや近く,日常生活で必要な見え方が確保されているかチェックをしてもらう.見え方に妥協ができて,装用できそうであれば,Dajcl[D]の度数で処方する.近くの見え方は妥協できるが,遠くが少し見づらいと訴える場合には.0.25Dを加えてみる.反対に遠くの見え方には妥協できるが,近くが少し見づらいと訴える場合には.0.25Dを減じてみる.遠くも近くも見え方に妥協できそうにないと訴える場合には,トライアル中の遠近両用HCLの適応ではないと判断し,別のタイプの遠近両用HCLの処方を試みるか,あるいは遠近両用HCLの装用を諦めてもらい,これまで使用している単焦点レンズを装用した上に合わせて使用する眼鏡を勧めたほうが良い.一例を挙げて説明する.46歳の女性,事務職.主訴:視力低下.現病歴:22歳からHCLを使用している.45歳を過ぎた頃から,薄暗いところで,手元が見づらいと感じるときが出てきた.現症:視力値VD=0.07(1.2×.6.00D(cyl.1.25DAx180°)VS=0.07(1.2×.6.50D(cyl.1.00DAx180°)近方RNV=0.4(1.0×.5.00D(cyl.1.25DAx180°)LNV=0.5(1.0×.5.50D(cyl.1.00DAx180°)前眼部,中間透光体および眼底:異常なし角膜曲率右眼8.05mm/7.90mm左眼8.05mm/7.95mm両眼同時雲霧法による矯正視力(11)あたらしい眼科Vol.30,No.10,20131355Vbl=1.2[右眼.6.00D(cyl.1.25DAx180°,左眼.6.25D(cyl.1.00DAx180°]頂点間距離補正(HCLでは球面度数のみで良い)右眼Dcl.5.50D,左眼Dcl.5.75Dトライアルレンズの選択加入度数+1.00D(後面球面,遠用部と近用部が累進屈折力レンズのタイプ)R)BC8.10/P.3.00D/S9.3L)BC8.10/P.3.00D/S9.3フィッティングは良好涙液レンズによる補正右眼Dajcl.5.25D,左眼Dajcl.5.50Dトライアルレンズに追加必要な度数右眼Dcad.2.25D,左眼Dcad.2.50D検眼レンズに必要な追加矯正度数(±4.00D未満では補正の必要なし)右眼Dgad.2.25D,左眼Dgad.2.50D検眼レンズを掛けて,見え方の確認患者さんのコメント:遠くも今までよりも良く見えるし,近くは非常に良く見える.患者さんへの説明「このレンズは累進屈折力レンズで,中央部から周辺に向かって徐々に度数が変わっています.1枚のレンズでいろいろな距離にピントが合っていますから,網膜には今までの単焦点レンズよりもぼんやりした像が映っています.単眼では少しぼけているという感じがしますが,両眼で見るとくっきりしてきます.試し装用中には,絶対に左右眼の見え方を比べないで下さい.」視力値を確認:片眼視力は測定しない.遠方Vbl=1.0[R:HCL=S.2.25D,L:HCL=.2.50D]近方BNV=0.8[R:HCL=S.2.25D,L:HCL=.2.50D]遠近両用HCL処方データR)BC8.10/P.3.00D/S9.3add+1.00L)BC8.10/P.3.00D/S9.3add+1.001カ月後:片眼視力は測定しない遠方Vbl=1.2×遠近両用HCL近方BNV=1.0×遠近両用HCL患者さんのコメント:最初の2週間は見え方が少し不安定でしたが,その後は遠くも近くもすっきり見えるようになりました.おわりに遠近両用HCLの処方は,トライアル遠近両用HCLを装用した状態で追加矯正度数を求めようとすると,遠近両用特有の見え方の悪さを,度数を加えれば単焦点レンズと同じ見え方になるのではないかという期待が邪魔をして,過矯正になりがちで,追加矯正度数が適切に求められないことも少なくない.適正眼鏡矯正度数そのままをHCL度数に置き換えてみると,簡単に処方を行うことができる.文献1)梶田雅義:二重焦点コンタクトレンズ.眼科44:1065-1072,20022)植田喜一:遠近両用コンタクトレンズ.眼科プラクティス27.標準コンタクトレンズ診療(坪田一男編),文光堂,p208-212,20093)梶田雅義:屈折矯正における調節機能の役割.視覚の科学33:138-146,20124)梶田雅義:眼鏡処方完全マニュアル②視力・屈折検査の手順.眼科ケア13:14-18,20111356あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(12)