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画像検査を用いた緑内障検診

2013年7月31日 水曜日

《第1回日本視野学会シンポジウム》あたらしい眼科30(7):1002.1005,2013c画像検査を用いた緑内障検診杉山和久宇田川さち子大久保真司金沢大学医薬保健学域医学系視覚科学GlaucomaScreeningbytheImageAnalysisKazuhisaSugiyama,SachikoUdagawaandShinjiOhkuboDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScienceI緑内障検診の現状米国1)や欧州2)では,50%以上の緑内障患者が診断されていない状況である.多治見スタディ3)では,40歳以上の日本人の広義原発開放隅角緑内障の罹患率は3.9%で,そのうち93.3%が診断されていないと推定された.ほとんどの緑内障患者が診断されていないのは,理想的なスクリーニング方法が確立していないことも原因の一つとしてあげられる.また,行政が主導となる緑内障スクリーニングには膨大な費用がかかるため,現在はどの国でも実施されていない4).以上のことからも安全で特異度および感度の高い,かつ参加者に受け入れられやすい緑内障のマススクリーニング方法が必要とされている.視野検査は緑内障診療の経過観察においては眼圧とともに非常に重要であるが,あくまで自覚的な検査であることが問題点である.緑内障専門医が読影する眼底写真は,自覚的検査である視野とは異なり,最も有効な手段と考える.ステレオ眼底写真での視神経乳頭の観察において,たとえ散瞳下であっても,全対象例で鮮明な写真を得るには限界があるとの報告がされている5).しかしながら,近年では非散瞳デジタルカメラは進歩しており,Detry-Morelら6)の報告によると緑内障スクリーニングにおいて視神経乳頭写真は非散瞳カメラで98.1%が撮影可能であり,地域での緑内障スクリーニングに使用するには有用な方法であるとされている.しかし,その評価はあくまでも主観的であり,そこに問題点がある.よって,視神経乳頭や網膜神経線維層の他覚的評価である走査レーザーポラリメトリー(scanninglaserpolarimetry:GDx),HeidelbergRetinaTomographII(HRTII),網膜光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)などの画像解析装置を緑内障スクリーニングに活用することが期待される.本稿では,緑内障における画像検査に焦点を当て,緑内障検診について考察する.II画像検査を用いた住民健診併設の緑内障検診7)住民健診併設の緑内障検診として,2003年6月から7月に石川県小松市の会社などで健診を受けていない40歳以上の市民を対象とした地域健康診断の一環として1,173名の緑内障検診を施行した.一次検診として,問診,屈折検査,非接触式眼圧計による眼圧測定,非散瞳ステレオ眼底写真,HRTIIを施行した(図1).視神経乳頭ステレオ写真は,「goodquality」,「poorquality」「notavailable」の3つに分類し判定した.視神経乳頭ステレ(,)オ写真で鮮明な画像が得られないが,一応評価できるものをpoorqualityとした.二次検診受診の基準(表1)は,①どちらかの眼で眼圧が21mmHg以上,②ステレオ眼底写真で緑内障性変化〔以下の一つ以上が存在した場合:垂直C/D比(陥凹乳頭比)が0.6以上,上極(11時.1時)・下極(5時.7時)のrim幅がR/D比(乳頭径比)で0.2以下のもの,両眼の垂直C/D比の差が0.2以上のもの,NFLD(網膜神経線維層欠損)やDH(乳頭出血)を認めるもの〕を表すいずれかの所見を認めるもの,③HRTIIで“borderline”や“outsidenormallimits”と分類されたもの,④ステレオ眼底写真やHRTIIが撮影できなかったもので,①から④のうち,一つ以上が該当した場合に二次検診対象者とした.二次検診では,細隙灯顕微鏡検査,隅角検査,接触式圧平眼圧計,Humphrey視野計による静的視野検査(30-2SITAStandard)を行った(図1).最終的な緑内障の診断は,一次検診,二次検診を通して得られた視神経乳頭所見などの臨床所見に基づいて診断した3,8).一次検診の非散瞳下視神経乳〔別刷請求先〕杉山和久:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健学域医学系視覚科学Reprintrequests:KazuhisaSugiyama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,13-1Takara-machi,Kanazawa920-8641,JAPANあたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(00)100210021002(120)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 表1二次検診受診基準①どちらかの眼で眼圧が21mmHg以上②視神経乳頭ステレオ眼底写真で緑内障性変化を認める※以下の1つ以上が存在した場合:垂直C/D比が0.6以上,上極(11時.1時)・下極(5時.7時)のリム幅がR/D比で0.2以下のもの,両眼の垂直C/D比の差が0.2以上のもの,網膜神経線維層欠損や乳頭出血を認めるもの③HRTIIで「borderline」や「outsidenormallimits」と分類されたもの④ステレオ眼底写真やHRTⅡが撮影できなかったもの頭ステレオ写真でgoodqualityを得られたのは,全体では93.4%であった.しかし,最終的に緑内障眼と診断された群のみをみるとgoodqualityを得られたのは73.4%に低下する.撮影ができなかった眼(notavailable)の場合,緑内障と確定診断できた眼は31.8%であった.以上のことから,非散瞳下での緑内障スクリーニングにおいて緑内障眼は視神経乳頭ステレオ写真の撮影可能率が低いといえる.HRTIIの画像の質は「acceptable(topographic標準偏差≦50μm)」,画像の取得は可能だったが信頼性が十分でない「unacceptable(topographic標準偏差>50μm)」,「判読できる画像が得られなかった,すなわち撮影不能(notacceptable)」に分類した.解析は,2名の緑内障専門医が視神経乳頭ステレオ写真をもとに視神経乳頭縁を決定し,HRTIIソフトウェア(version1.6)に搭載されているMoorfieldsregressionanalysis(MRA)を用いて評価した.MRAとは,乳頭パラメータが乳頭面積と有意に相関しているため,最も緑内障性変化と関連が強いリム面積をさらに乳頭面積で補正したうえで正常データベースと比較するという診断プログラムである.乳頭全体と視神経乳頭を6セクターに分け,それぞれにおいて正常データベースと比較し,95%信頼区間に入っていれば“withinnormallimits”,95.99.9%信頼区間内の場合は“borderline”,99.9%信頼区間内は“outsidenormallimits”とされる.MRAで「borderline」は陽性(すなわちwithinnormallimitsのみ陰性),「border(121)一次検診.問診.屈折検査.眼圧検査(非接触式眼圧計).非散瞳ステレオ写真.HRT-Ⅱ二次検診.細隙灯顕微鏡検査.Goldmann圧平式眼圧計による眼圧測定.隅角検査.Humphrey視野計による静的視野検査.散瞳後に眼底検査図1住民健診に併設した緑内障検診の一次検診および二次検診の検査項目line」は陰性(withinnormallimits,borderlineは陰性)とした場合の各々で感度と特異度を算出した.“borderline”を陽性(withinnormallimitsのみ陰性)とみなす場合の感度は72.6%,特異度は89.7%であった.“borderline”の結果を陰性とみなす場合の感度は60.3%,特異度は95.6%であった.HRTIIが撮影不能だった23眼のうち,1眼(4.3%)であった.満足のいく画像が得られなかった199眼のうち,緑内障と確定診断されたのは21眼(10.6%)であった.住民健診併設の緑内障検診の結果,受診者1,173名のうち,二次検診対象者は296名,実際の二次検診受診者は251名であった.最終的に広義原発開放隅角緑内障と診断されたのは検診受診者1,173名のうち58名(5.1%)であった.III画像検査を用いた人間ドック併設の緑内障検診2006年1月から6月にNTT西日本金沢病院で人間ドック併設の緑内障検診を行った.対象は人間ドックを受診し,緑内障検診に対する同意が得られた794名である.一次検診の検査項目は眼圧測定(非接触式眼圧計),視神経乳頭ステレオ眼底写真,frequency-doublingtechnology(FDT),GDxvariablecornealcompensator(GDxVCC)である.GDxVCCは,TSNIT(temporal-superior-nasalinferior-temporal)パラメータのいずれかにp<5%の異常が検出された場合を異常と判定した.FDTはスクリーニングモードC-20-5を使用し,偏差確率プロットでp<5%の部位が1カ所以上でかつ結果に再現性があった場合を異常と判定した.二次検診では,Humphrey視野検査も実施した.人間ドック併設の緑内障検診の結果,受診者795名のうち,二次検診対象者は341名,実際の二次検診受診者は322名であった.最終的に広義原発開放隅角緑内障と診断されたのは検診受診者795名のうち37名(4.8%)であった.GDxVCCの感度は78.4%,特異度は81.0%であった.FDTの感度はp<5%で判定した場合に,感度は94.6%,特あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131003 異度は63.7%で,p<1%で判定すると感度は73%,特異度は93.3%であった.すなわちFDTは,p<5%を基準に判定すれば高い感度であるが,一方で特異度は低く,p<1%で判定すると感度は低く,特異度は高い結果であった.IV画像検査を用いた緑内障検診の今後視神経乳頭ステレオ写真は,広角の後極部眼底写真よりも視神経乳頭の評価に信頼性があると報告されている9).しかし,立体的評価を可能にする2つの画像を得ることは特に高齢者の画像ではうまくできないことが多い5).実際に,住民健診併設の緑内障検診においても,全体の6.6%,70歳以上の10.7%で視神経乳頭ステレオ写真での評価が困難であった.近年では同時に異なる視差で撮影可能なステレオ写真撮影装置も発売されており,1眼につき1回の撮影で視差のあるステレオ写真が得られるようになった.さらに視差が一定となるため,同じ条件で立体視的に視神経乳頭を観察することができる.しかし,写真の評価は主観的であり,検査結果は明らかに検者の経験に左右されることを念頭に置く必要がある.スクリーニング検査において,HRTIIではコントアラインを引かなければならないことが問題点であった.GlaucomaProbabilityScoreTM(GPS)は,コントアラインを決定する必要はなくなった.しかし一方で,緑内障検出率はMRAと同等10)であるが,MRAに比べて特異度が低い,すなわち偽陽性が高いという報告もある11).HRTIIにおいてはコントアライン決定が重要となるが,視神経乳頭ステレオ写真と比較して,HRTIIはより客観的で量的なデータを得ることができ,視神経乳頭ステレオ写真と比べて緑内障眼での測定可能率が高かった.また,多治見スタディではMRAの感度は39.4%,特異度は96.1%,GPSの感度は65.2%,特異度は83.0%と報告されている12).多治見スタディの結果,筆者らが行った住民健診および人間ドック併設の緑内障検診の結果から,HRTIIやGDxは,特異度は高いが感度はまだ十分ではないと考えられた.FDTは緑内障スクリーニングに効果的であると示されている13,14)が,今回人間ドック併設緑内障検診で用いた結果,まず初めに右眼,ついで左眼の測定をしていることから左眼において検査の偽陽性率が高値であったことが問題点として明らかとなった.一方でpreperimetricglaucomaのFDTパラメータ,スペクトラルドメインOCTの視神経乳頭周囲パラメータ,黄斑部内層厚のパラメータを相補的に使用する必要があることを指摘した報告15)もあることから,どの検査機器を組み合わせると最も効率的な検診となるかを検討することも課題の一つである.住民健診併設の緑内障検診,人間ドック併設の緑内障検診を行ったのは,いずれも2003.2006年である.当時は,緑1004あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013緑内障検診他覚的評価画像検査の導入住民健診や人間ドックに併設無散瞳図2画像解析装置を用いた緑内障スクリーニングのポイント画像解析検査を用いた緑内障スクリーニングは「無散瞳」,「客観的評価」,「眼科医不在でも検査が可能」であることがポイントであると考える.このような体制を確立し緑内障検診を住民健診や人間ドックに組み込んで,早期発見の体制をさらに普及させることが可能になると考える.内障画像診断といえばGDxやHRTII,タイムドメインOCTが主流であった.現在は,これらに加えてスペクトラルドメインOCTが緑内障診療においても欠かせない存在となりつつある.非散瞳下でも撮影可能な機種が増加し,視神経乳頭周囲網膜神経線維層厚の評価とともに早期緑内障における黄斑部解析の有用性が示されている.画像解析検査を用いた緑内障スクリーニングは「無散瞳」,「客観的評価」,「眼科医不在でも検査が可能」であることがポイントであると考える(図2).無散瞳検査は,急性緑内障発作の危険性を軽減させ,客観的評価が可能な画像検査により,検診会場に眼科医が不在であっても施行することが可能となる.以上のような体制が確立すれば,緑内障検診を住民健診や人間ドックに組み込み,早期発見の体制をさらに普及させることが可能になると考える.文献1)QuigleyHA,VitaleS:Modelsofopen-angleglaucomaprevalenceandincidenceintheUnitedStates.InvestOphthalmolVisSci38:83-91,19972)BonomiL,MarchiniG,MarraffaMetal:Prevalenceofglaucomaandintraocularpressuredistributioninadefinedpopulation.TheEgna-NeumarktStudy.Ophthalmology105:201-215,19983)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese.Ophthalmology111:1641-1648,20044)RabindranathHR,FraserK,ValeLetal:Screeningforopenangleglaucoma:systemicreviewofcost-effectivenessstudies.JGlaucoma17:159-168,20085)TielschJM,KatzJ,SinghKetal:Apopulation-based(122) evaluationofglaucomascreening:theBaltimoreEyeSurvey.AmJEpidemiol134:1102-1110,19916)Detry-MorelM,ZeyenT,KestelynPetal:Screeningforglaucomainageneralpopulationwiththenon-mydriaticfunduscameraandthefrequencydoublingperimeter.EurJOphthalmol14:387-393,20047)OhkuboS,TakedaH,HigashideTetal:Apilotstudytodetectglaucomawithconfocalscanninglaserophthalmoscopycomparedwithnonmydriaticstereoscopicphotographyinacommunityhealthscreening.JGlaucoma16:531-538,20078)FosterPJ,BuhrmannR,QuigleyHAetal:Thedefinitionandclassificationofglaucomainprevalencesurveys.BrJOphthalmol86:238-242,20029)VarmaR,SteinmannWC,ScottIU:Expertagreementinevaluatingtheopticdiscforglaucoma.Ophthalmology99:215-221,199210)FerrerasA,PajarinAB,PoloVetal:DiagnosticabilityofHeidelbergRetinaTomograph3classifications:glaucomaprobabilityscoreversusMoorfieldsregressionanalysis.Ophthalmology114:1981-1987,200711)FerrerasA,PabloLE,PajarinABetal:DiagnosticabilityoftheHeidelbergRetinaTomograph3forglaucoma.AmJOphthalmol145:354-359,200812)SaitoH,TsutsumiT,AraieMetal:SensitivityandspecificityoftheHeidelbergRetinaTomographIIversion3.0inapopulation-basedstudy:theTajimiStudy.Ophthalmology116:1845-1861,200913)YamadaN,ChenPP,MillsRPetal:Screeningforglaucomawithfrequency-doublingtechnologyandDamatocampimetry.ArchOphthalmol117:1479-1484,199914)IwasakiA,SugitaM:Performanceofglaucomamassscreeningwithonlyavisualfieldtestusingfrequency-doublingtechnologyperimetry.AmJOphthalmol134:529-537,200215)HirashimaT,HangaiM,NukadaMetal:Frequencydoublingtechnologyandretinalmeasurementswithspectral-domainopticalcoherencetomographyinpreperimetricglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol251:129-137,2013***(123)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131005

眼疾患スクリーニング検査の現状―多治見からの考察―

2013年7月31日 水曜日

《第1回日本視野学会シンポジウム》あたらしい眼科30(7):999.1001,2013c眼疾患スクリーニング検査の現状―多治見からの考察―山本哲也岐阜大学大学院医学系研究科眼科学CurrentStatusofEyeDiseaseScreening:ADiscussionBasedontheTajimiStudyTetsuyaYamamotoDepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicineはじめに記念すべき第1回日本視野学会の唯一のシンポジウムテーマとして「スクリーニング」が選ばれたことは,筆者には視野研究のこれから進むべき一つの道を象徴しているように思えた.これから論ずるように現時点では視野検査は眼疾患スクリーニングに最適な検査機器とは言い難い.しかしながら,視野研究の進歩により遠くない将来に視野検査が視機能に影響する多くの眼疾患のスクリーニング機器として活用されるようになることを願っている.本シンポジウム講演は,多治見スタディ1,2)をもとに眼疾患のスクリーニング効率を論じてほしいという学会長岩瀬愛子氏の依頼に対して行ったものである.本来は岩瀬氏自身が適任であるが,多治見スタディを支えた要員の一人として筆者が担当した.その講演内容をここに簡潔に著述する.緑内障が中心となるが,一部他疾患についても触れる.Iスクリーニングに適した検査とは疾患スクリーニングに適した検査の特徴として,1.感度,特異度が高いこと,2.短時間でできること,3.検査要員が確保しやすいこと,4.コストの安いこと,5.侵襲性の低いこと,などがあげられる.緑内障あるいは眼底疾患に関連した諸検査(細隙灯顕微鏡検査,眼圧検査,隅角検査,眼底検査,視野検査)を考えた場合,視野検査は検査時間,コストの点では不利である.また,視野検査では初回検査の信頼性に課題があり,学習効果がよく論じられることからもわかるとおり初回検査に限界のあることは明らかである.II緑内障のスクリーニング効率多治見スタディでは,緑内障スクリーニングにおける視野検査の有用性を調べる目的でfrequencydoublingtechnology視野計(FDT視野計)の緑内障検出における感度と特異度が検討されている3).対象は多治見スタディ参加者3,021名のうち信頼性の高いFDT視野測定がなされ,かつ,視力0.5以上,緑内障以外の眼疾患がないなどの条件を満たした計5,582眼であった.FDT視野計はC-20-1プログラムを用いて測定された.結果として,FDT視野計の緑内障検出能力は,.8.0Dを超える強度近視眼を除外して,感度55%,特異度93%とされた.この感度は高いものとはいえない.平均偏差(meandeviation:MD)で対象を分けた結果を表1に示す.平均偏差が.2dBより良好な眼で感度は32%,.2..5dBでは48%,.5..8dBで74%,.8dBより不良の場合には97%と,平均偏差の不良な症例ほど確実に検出できた.平均偏差別の成績から,FDT視野計は中期以降の緑内障スクリーニングに有用である可能性が示唆される.眼底画像解析による緑内障診断能力について多治見スタディではHeidelbergRetinaTomograph(HRT)IIversion3.0を用いた研究4)が報告されている.2,297眼を対象とし,3つの緑内障判別プログラム(FSMikelbergdiscriminantfunction,MoorfieldsRegressionAnalysis,GlaucomaProbabilityScore)を用いた検討がなされ,感度は39.65%程度,表1FDT視野計による平均偏差別の緑内障検出感度(多治見スタディ)異常点平均偏差有無感度.2dBより良好91932%.2dB..5dB151648%.5dB..8dB14574%.8dBより不良28197%単位:眼数..8Dを超える強度近視眼を除外した成績.〔別刷請求先〕山本哲也:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学大学院医学系研究科眼科学Reprintrequests:TetsuyaYamamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-1Yanagido,Gifu-shi501-1194,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(117)999 百分比(%20181614121086420特異度は83.96%程度と報告された.また,屈折度,年齢,乳頭面積などが感度,特異度に影響すること,その影響は緑内障判別プログラムにより異なることが示された.画像解析装置による緑内障スクリーニングにも現時点においては限界があるといわざるをえない.眼底写真による緑内障スクリーニングは経験のある眼科医を必要とするものの,緑内障が特異な構造的異常を一つの特徴とする疾患であるため診断効率が良い.特に日本人では網膜神経線維層の異常を読影しやすいこと,正常眼圧緑内障が多いことから有用性が高い.一方で,日本人には近視眼が多く,そうした眼では初期の緑内障性異常を判定しにくいことが欠点である.多治見スタディにおける眼圧分布を図1に示す.開放隅角緑内障眼と非緑内障眼の眼圧分布はわずかな比率の高眼圧域を除くとほぼ一致していることが見て取れる.したがって,感度特異度を計算するまでもなく,緑内障スクリーニングにおける眼圧検査の意義が限定的であることが理解される.一方で,眼圧測定は一部に存在する眼圧の高い急速に進行する緑内障の発見手段としての意義は残されている.開放隅角緑内障と異なり,原発閉塞隅角症や原発閉塞隅角緑内障のスクリーニングには狭隅角ないし浅前房の検出が不可欠である.多治見スタディと同時に行われた多治見市民眼科検診のデータから,vanHerick法の原発閉塞隅角症と原発閉塞隅角緑内障のスクリーニング効率に関する報告がされている5).14,779名が対象となり,そのうち43名(0.3%)がGrade1,460名(3.1%)がGrade2と判定された.精密検査により原発閉塞隅角症・原発閉塞隅角緑内障と確定診断された症例はGrade1で17.9%,Grade2で5.6%と報告されている.III視野による他疾患のスクリーニング筆者らは多治見市民眼科検診のデータを用いて上方視神経1000あたらしい眼科Vol.30,No.7,201346810121416182022242628眼圧(mmHg)図1眼圧分布(多治見スタディ)■:開放隅角緑内障眼.■:非緑内障眼.部分低形成(superiorsegmentaloptichypoplasia:SSOH)の報告6)を行ったが,そのデータからFDT視野計によるSSOHの検出感度を求めることができる.同検診で37例54眼(両眼17例,片眼20例)のSSOHが発見されたが,そのうち,FDT視野計による視野異常を伴った症例は23例(両眼性5例,両眼性だが視野異常検出は片眼のみ5例,片眼性13例),視野異常を伴わない症例は14例(両眼性7例,片眼性7例)であった.これから,FDT視野検査の感度は症例単位では62%(23/37),眼単位では52%(28/54)となる.正常眼圧緑内障との鑑別が必要な視野異常を伴うSSOHをFDT視野検査によりスクリーニングできるという点で,評価できる.IV眼底検査の自動判定上述のように眼底写真からの緑内障スクリーニングは効率の点から優れている.しかしながら,経験ある眼科医の関与が必要であることは欠点である.筆者らは当大学知能イメージ分野と共同して,眼底写真から緑内障に関係するいくつかの特徴的所見を自動抽出する研究を行っている.眼底写真から網膜神経線維層欠損(NFLD)を自動判定する研究6)では,ab図2NFLDの自動検出結果(イメージ)a:元の画像,b:自動検出結果.(118) 通常の眼底画像から血管消去画像を作成し,画像を展開したのちGaborフィルタによる特徴強調を行い,NFLDを初期検出し,その特徴量を抽出し,判別分析という過程を経て,NFLDと判定する(図2).ほかに,視神経乳頭陥凹判定,PPA(乳頭周囲網脈絡膜萎縮)判定にも役立つ自動判定の方法論がある.このような眼底写真から緑内障の特徴を自動判定する試みは将来性があると思われる.V眼疾患スクリーニングの課題―おわりに最後に緑内障を含む眼疾患スクリーニングの課題について述べる.スクリーニングに適した眼疾患は,初期に自覚症状が乏しく,有病率が高く,不可逆性で,重篤な視機能障害を起こす可能性があり,かつ,治療効果が上がるものが望ましい.また,スクリーニングでは簡単でコストが安いことも重要である.こうしたことから,緑内障,糖尿病網膜症,加齢黄斑変性症などを一緒にスクリーニングできることが望ましい.視野検査は,検査時間,初回検査の信頼性とともに,初期例での検出感度に問題があり,現時点ではスクリーニング検査としては採用しにくい.無散瞳カメラによる眼底写真あたりが眼疾患のスクリーニング検査として適当と思われるが,前眼部疾患を含めてどのような検査の組み合わせが適切か,医療経済的視点も含めて検討が求められる.また,上述のように医師を必要としない自動判定プログラムの改善普及も今後の課題となる.現時点では,画像解析装置の診断能力は医師に劣る.しかし,技術革新により,それは次第に近づいていくであろう.特に光干渉断層計(OCT)による緑内障の判定能力が向上しており,将来的に黄斑部所見を自動判定するプログラムが開発普及すればOCTがスクリーニング機器として主要なものになる可能性がある.多くの眼疾患は初期に発見されれば視機能に重大な影響が出ないですまされる時代になっている.その意味で眼疾患スクリーニングはきわめて重要であり,今後の研究の発展が望まれる.特に視野検査の改良により眼疾患がより簡便に発見される時代の来ることが待ち遠しい.文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese.TheTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20042)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TheTajimiStudyReport2.PrevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,20053)IwaseA,TomidokoroA,AraieMetal:Performanceoffrequency-doublingtechnologyperimetryinapopulation-basedprevalencesurveyofglaucoma.TheTajimiStudy.Ophthalmology114:27-32,20074)SaitoH,TsutsumiT,AraieMetal:SensitivityandspecificityoftheHeidelbergRetinaTomographIIversion3.0inapopulation-basedstudy:theTajimiStudy.Ophthalmology116:1854-1861,20095)KashiwagiK,TokunagaT,IwaseAetal:Usefulnessofperipheralanteriorchamberdepthassessmentinglaucomascreening.Eye19:990-994,20056)YamamotoT,SatoM,IwaseA:SuperiorsegmentaloptichypoplasiafoundinTajimiEyeHealthCareProjectparticipants.JpnJOphthalmol48:578-583,20047)MuramatsuC,HayashiY,SawadaAetal:Detectionofretinalnervefiberlayerdefectsonretinalfundusimagesforearlydiagnosisofglaucoma.JBiomedOpt15:064026-1.10,2010***(119)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131001

My boom 17.

2013年7月31日 水曜日

監修=大橋裕一連載⑱MyboomMyboom第18回「兒玉達夫」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載⑱MyboomMyboom第18回「兒玉達夫」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介兒玉達夫(こだま・たつお)島根大学医学部眼科学講座私は昭和60年に島根医科大学を卒業し,眼科入局後は病理学教室で学位を取得しました.「胃癌培養細胞における癌胎児性抗原の発現」という,眼科と直接関係のない研究でしたが,後の専門性を方向付けました.大平明弘教授赴任後,米国ミシガン大学へ留学させていただき,KelloggEyeCenterでD.G.Puro先生の下,網膜毛細血管の細胞生理を研究しました.帰国後は病理学的研究手法を生かし,もっぱら眼部腫瘍の臨床に携わっています.友人関係は眼腫瘍とミシガン仲間が多く,今回,ミシガン繋がりで吉田茂男先生からご紹介いただきました.眼科のmyboom「免疫組織化学」腫瘍性病変の確定診断に病理組織検査は不可欠です.系統的に学ばれた眼病理専門の先生が多いなか,私は免疫染色の腕をたよりに眼腫瘍と眼病理の戦場を駆け抜けてきました.駆け出しの頃は,学問に厳しい御大の先生方から毎回発表内容へのダメ出しをいただきましたが,現在の腫瘍仲間に励まされながら歩んできました.当時の研究会は,口演時間より討論時間が長くなるほどバトルが繰り広げられておりましたが,近年の腫瘍関連学会・研究会は,非常にアットホームな雰囲気です.2015年は島根県で第33回日本眼腫瘍学会を主催しますので,是非,水の都松江市へお越しください.免疫染色は従来,形態観察だけでは診断確定が困難なとき,腫瘍細胞起源を検索する補助診断目的で発展してきました.免疫組織化学は現在,診断だけでなく,治療(109)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYに欠かせない重要なツールとなっています.眼科領域のリンパ腫は,ほとんどがB細胞由来で,B細胞マーカーのCD20抗原が表現されるため,抗CD20抗体(rituximab)が治療応用されています.抗体を用いた分子標的治療は副作用も少なく,リンパ腫の生命予後を大幅に改善しました.また,眼科で臨床応用されるようになった抗VEGF(血管内皮増殖因子)抗体の治療成果は,皆様ご存じのとおりです.今後は上皮性腫瘍における抗体治療の可能性を探りたいと思っています.Muir-Torre症候群というまれな疾患があります.常染色体優性遺伝で,脂腺系腫瘍と内臓悪性腫瘍を合併します.DNAmismatch修復遺伝子であるMSH2やMLH1geneの変異で発症するため,これらの蛋白質に対する免疫染色が陰性化します.それゆえ修復遺伝子に対する免疫染色で,Muir-Torre症候群のスクリーニングが可能となります.眼瞼脂腺癌や脂腺腫を免疫染色することで全身に潜む悪性腫瘍を発見できれば,眼科医冥利に尽きるというものです.免疫組織化学には,いまだ臨床応用の可能性が秘められています.趣味のmyboom「サッカー」この原稿を引き受けた動機であり,本コーナーの意図・執筆要領を一切無視しますがご容赦ください.サッカー魂に火をつけたのは,1978年のアルゼンチンW杯です.アルゼンチン対オランダの決勝戦で,紙吹雪の舞うなか,マリオ・ケンぺスがゴールを決めた映像に釘付けとなりました.1992年に日本対アルゼンチン戦を初めて国立競技場で観戦.1993年のJリーグ発足とドーハの悲劇を境に,サッカー行脚が始まりました.当時島根には券売所がなく,空前のサッカーブームの中,チケット入手は困難を極めました.しかしながら,サッカーに関する抽選運は相当強かったといえます.1993年のJリーグ開幕試合は抽選倍率80倍でしたが,60通の往復葉書でマリノスのゴール裏席を確保しましあたらしい眼科Vol.30,No.7,2013991 〔写真〕蹴球関連履歴1:1993年5月15日Jリーグ開幕戦チケット(国立競技場:マリノスvsヴェルディ).2:1995年ジーコ氏と(出雲).3:1998年川淵チェアマンと(リヨン).4:2002年日韓W杯,日本vsチュニジア(大阪).5:1998年フランスW杯,日本vsジャマイカ(リヨン).6:2002年日韓W杯,日本vsベルギー(埼玉).7:2002年日韓W杯,日本vsロシア(横浜).8:2008年山本浩先生と(東京).た.1998年はアムステルダムでの国際眼科学会に出席.現地旅行業者からチケットを入手してジュネーブへ移動.TGVでリヨンを往復し,フランスW杯日本対ジャマイカ戦を日帰りで観戦しました.2002年の日韓W杯では,日本対ベルギー,ロシア,チュニジアの1次リーグ3試合,家族4人分すべてカテゴリー1で当選という幸運に恵まれました.W杯の2年前,サッカー雑誌の片隅に英国のインターネット申し込みサイトを発見し,現在では考えられない細さの回線で慎重に申し込んだのです.その後,国内でも試合ごとの抽選申し込み受付が始まりましたが,日本戦はどれも230倍以上でした.人生の運をすべて使い切ったかもしれません.また,教授と医局の先生方の寛容さがなければ,これらの観戦は実現できませんでした.お蔭様で,家族には日本のW杯初勝利(対ロシア戦)を目撃させることができました.サッカー観戦と並行し,サッカーグッズも収集しています.膨大な資料を保管・陳列するため,7年前に家を建てました.2008年にはサッカー解説で有名なNHKの山本浩先生(現法政大学教授)と知合いになり,2010年のW杯直前BS特番に2分間ほど出演させていただきました.これからの人生,どのようなサッカーイベントが待ち構えているか楽しみです.次回のプレゼンターは東北大学の布施昇男先生(ゲノム解析部門教授)です.やはりミシガン繋がりですが,私と異なりアカデミックな話題を綴られると思います.よろしくお願いいたします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.992あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(110)

日米の眼研究の架け橋 Jin H. Kinoshita先生を偲んで 7.NEIでの研究生活-Kinoshita先生との出会い

2013年7月31日 水曜日

JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑦責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑦責任編集浜松医科大学堀田喜裕NEIでの研究生活―Kinoshita先生との出会い宇賀茂三(ShigekazuUga)北里大学医学部眼科客員教授1961年九州大学理学部生物学科卒業.1966年九州大学大学院理学研究科博士課程修了.1970年米国コロンビア大学医学部眼科研究所留学.1974年九州大学医学部専任講師.1975年北里大学医学部専任講師.1978年米国国立衛生研究所(NIH)留学.1981年北里大学医学部助教授.1994年北里大学医療衛生学部教授.2002年国際医療福祉大学医療保健学部教授.2008年北里大学並びに国際医療福祉大学非常勤講師.2012年北里大学医学部眼科客員教授.現在に至る.Kinoshita先生との思い出をお話しするには,まず1977年の秋まで遡らねばなりません.当時NationalEyeInstitute(NEI)の形態部門部長だったKuwabara(桑原登一郎)先生が来日され,私のところにも「NIH(NationalInstitutesofHealth)で水晶体の形態学を研究する人を探している」という話が舞い込んできたのが,始まりでした.私はすでに一度,Columbia大学医学部眼科研究所に留学していたということもあって,当初はそれほど深い関心はなかったのでしたが,水晶体は私には全く未知の分野でしたので,詳しくお話を伺ううちに一度挑戦してみたいという気持ちに駆られ,留学をお引き受けすることにいたしました.Kuwabara先生からは,留学するや否や「水晶体の研究をしないと給与は支払わない」と厳しいお言葉をいただいていたので,それからはなんとしても水晶体の形態学に取り組まねばならないことになりました.1978年6月20日,NEIを初めて訪ねた際にスタッフの先生方に紹介され,そのときにNEIのScientificDirectorであられたJinH.Kinoshita先生と初めて顔を合わせました.初めてお会いしたKinoshita先生は,やさしいお顔が印象的で,私の到着を快く歓迎してくださいました.Kinoshita先生は2階中央のお部屋におられ,私は同じ階の端にある比較的広い部屋を当てがわれました.机上にはタイプライター,窓側の実験台には,光学顕微鏡,実体顕微鏡,超ミクロトーム,定温器が置かれ,冷蔵庫も部屋の隅に設置されていました.形態学的研究に必要な一連の器具が,すぐ身の回りに揃っていて,当時としては,とても恵まれた環境にあったように記憶しています.私に与えられた研究テーマは,Phillyマウスの白内障(107)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY発症機序を病理組織学的に解明することでした.このマウスは当時米国で新たに発見されたばかりだった遺伝性白内障モデルで,NEIでは生化学を担当する研究者も大変関心を集めていました.ところが,私は形態学の担当だったとはいえ,実はその時,まだ固定の方法すら知りませんでした.そこでKuwabara先生からは,「まずNakanoマウスで練習してからPhillyマウスに取り組みなさい」とご指示をいただきました.水晶体は通常の細胞の2倍くらい高濃度の蛋白質を含んでいます.この組織を通常どおり,固定,脱水,包埋すると,液の浸透が悪く,とても切片を作製することすらできません.一体,なにをどう調整配分すればよいのかと,一カ月くらい悪戦苦闘しました.それでもなんとかその課題を乗り越えることができ,ようやくPhillyマウスの白内障原因解明に取り組むことを許されました.これらの結果は「ExpEyeRes30:79-92,1980」に発表されています.水晶体についてでさえあればテーマは自由でよかったので,2年目からは外傷性白内障についてとりあげることにしました.時折,自室で研究に没頭していると,Kinoshita先生が廊下から私の仕事ぶりを観察しておられるのを見かけることがありました.私たちが運動不足とみると,平日仕事をしていた最中でも,NEIのスタッフたちをゴルフに誘い出してくださる気遣いようで,今でも楽しい思い出となっています.また当時,NEIでは昼食会が週1,2回の頻度で行われ,海外の著名な研究者の発表やNEI研究者の研究内容を紹介したりしていました.私の研究もこのときに紹介する機会を与えられ,Kinoshita先生の前で提示したことがありました.先生は,水晶体の外傷で起こる珍しい水晶体所見に感嘆の声を発せられていました.このときの研究成果は,あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013989 図1NIHから発行された研究修了図2退官記念シンポジウムで熱く語図31991年4月開催のARVOで受証書られるKinoshita先生賞したSenju.CCRGCataract右下にKinoshita先生のサインも見らResearchAwardれる.「ExpEyeRes32:175-186,1981」に発表されています.プライベートでは,1979年秋のThanksgivingDayのときに,Kinoshita先生が,東北大学眼科より渡米されていた福士克先生ご一家とともに,私の家族もご自宅に招いてくださったことがありました.奥様のKayさんにはこのとき初めてお会いしました.Kinoshita先生は,メインディッシュの七面鳥の丸焼きを前にして,「肉を切り取るのはhostの主の役目だ」とおっしゃり,先生みずから包丁を持って,皿に次々と七面鳥の肉を切り分けてくださいました.そのときの場面はいまだに鮮明に記憶しています.1980年6月,いよいよ2年間お世話になったNEIとも別れを告げ,帰国することになったので,Kinoshita先生のご自宅にも赴き,奥様のKayさんともお別れをしました.私は年度途中の帰国だったので,研究修了証書は帰国前には間に合わず,2カ月後にファイルケースに入ったA4サイズの証書(図1)を受け取りました.NIHのDirectorの方々のサインに混じって,Kinoshita先生のものも見られます.結局,私は留学を終えてからも,日本で水晶体の研究を続けておりました.1989年5月になってから,Columbia大学のA.Spector先生から,同年10月にKinoshita先生の退官記念シンポジウムを開催するから参加しないかとのお手紙を頂戴したので,すぐに参加する旨の返事を送りました.開催場所はNewYork郊外にあるColumbia大学の別荘,ArdenHouseでした.“KinoshitaInternationalSymposium”と銘打ったこの会にはKinoshita先生とゆかりのある研究者100人近くが集まり,日本からの参加者も大勢いました.この会で,Kinoshita先生は長年取り組んでこられた糖白内障の発症機序と将来展望を熱く語られました(図2).退官記念シンポジウムで発表されたKinoshita先生の論文は,「ExpEyeRes50:567-573,1990」に掲載されています.私がこの会で発表した論文もこの中に収められています「ExpEyeRes50:665-670,1990」.その後も,Kinoshita先生とは隔年開催のUS-JapanCCRGCataractResearchMeetingなどをとおして,交流が続いておりました.1991年2月には,Harvard大学のL.Chylack先生から,同年4月のARVOMeetingでSenju-CCRGCataractResearchAwardを贈るから学会に来るようにとの招請状が届き,久しぶりのARVO参加となりました.SarasotaのARVO会場にはKinoshita先生はもちろん,大勢の研究者がいたので大変緊張しました.受賞のスピーチまでさせられ,ますます緊張が高まったのを覚えています.このとき,いただいた受賞の盾を図3に示しています.受賞式の後,演壇から会場に戻って着席すると,Kinoshita先生が近寄ってこられ,「いいスピーチだった」とお褒めくださいました.先生の温かいお言葉にやっとわれに返った心地がして,ほっと胸をなでおろしたことでした.Kinoshita先生とは,NEIにいた頃から毎年クリスマスカード(Kayさん手作りのカード)のやりとりを欠かさず,長い間,近しくさせていただいていたのですが,先生が西海岸に移られて間もなく音信が途絶えてしまい,その後は消息が全くつかめずにおりました.Kinoshita先生のお人柄を常日頃心のよりどころとしていたのですが,最近になって訃報に接し,ただただ驚き,かえすがえすも残念に思った次第です.心よりご冥福をお祈り申し上げます.990あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(108)

WOC2014への道

2013年7月31日 水曜日

あたらしい眼科Vol.30,No.7,20139870910-1810/13/\100/頁/JCOPY(105)第117回日本眼科学会総会は大盛況であり,岸章治総会長と坂本泰二プログラム委員長のご尽力により無事に閉幕いたしました.いよいよ来年の日本眼科学会総会はWOC2014との共催となる記念すべき大会となります.その布石として,今年の総会ではInvitedSpeakerSessionを含めて海外からの演者が大勢参加してくださり,プログラム全体のレベルが上がった印象があります.私がプログラム委員として海外の先生とコンタクトをとりながら感じたことは,みなさん総じて日本の印象が非常に良いということです.初来日の先生は日本を訪れることに憧れ,また,繰り返し来日している先生は日本の文化とサイエンスに接することを楽しみにしていました.文化と歴史の日本,ポップカルチャーのクールジャパン,最先端の科学技術はわれわれが想像している以上に海外の先生に注目されています.そして何より海外の先生が感動するのは,日本人のおもてなし(Hospitality)です.来年のWOC2014が開催される雰囲気は徐々に盛り上がってきました.すでにInvitedSpeakerのセッションは固まりつつあり,多くの著名な先生方が参加してくださることになっています.各国を代表する先生が来日することで,多くの一般参加者も来日することが予想されます.彼らを温かく受け入れることは日本の眼科をアピールするだけでなく,親善大使として日本という国を知ってもらうための絶好のチャンスです.また,WOCの大切なミッションとして,発展途上国の眼科医療水準を向上させることがあげられます.日本はアジア諸国のなかでも,極めて医療水準が高い国の一つです.WOC2014を契機に,日本がアジア全体の眼科医療向上に向けてリーダーシップを発揮することを期待しています.また,WOC2014は国内の若手医師・研究者に国際学会を経験してもらえる大きなチャンスと考えています.若手学会員には是非,日本眼科学会総会と併せてWOCにも演題を登録していただきたいと思います.同じ内容の演題は禁止されていますが,重複さえしなければFreePaper,Poster,Video,InstructionCourseとある発表形式に対してそれぞれ1つ(最高3つ)の演題を登録することが可能です.国内でこれほどの規模で開催される国際学会を経験することができるチャンスはあまりなく,大勢の積極的な参加をお待ちしています.過剰な円高も是正されつつあり,景気も回復基調にあります.WOC2014の開催に向けて追い風が吹き始めたと感じています.みなさまのご協力の下にこの記念すべき大会を成功させたいと思っています.今年は早咲きだった桜ですが,来年こそ満開の季節にみなさまを歓迎できることを祈っております.WOC2014への道あとカ月榛村重人慶應義塾大学医学部眼科学教室9

現場発,病院と患者のためのシステム 18.メールでシステムを作る素養が養われる?

2013年7月31日 水曜日

連載⑱現場発,病院と患者のためのシステム連載⑱現場発,病院と患者のためのシステム電話での情報交換は,手軽であり,日常生活にメールでシステムを作る素養が養われる?なくてはならないものとなっています.携帯電話は特に便利でいつでもどこでも必要な連絡ができます.反面,相手の時・所・場面を考慮せずに電話をかけてしまう場合が少なからずあります.また,言った言わない,そういう意味ではない,など不確実な会話による問題もあります.相手が都杉浦和史*.メールで基本リテラシが養える当院では院内の業務を一元的にカバーするHayabusaと呼ばれるシステムを自主開発中ですが,仕様は現場のスタッフが作っています.それぞれの専門領域においてはプロであるスタッフですが,仕様というシステムの大本を作るなどという大それたことができるはずがありま合の良い時間に読めたり,証拠が残るメールは相手に優しく,確実な情報交換,伝達の手段といえます.それだけではなく,ビジネスの素養,文章力を磨く機会でもあります.当院ではスタッフ教育の一環として重視しています.せん,一般的には….当院では,それができていますが,どのように教育したかを聞かれることが多々あります.最初に教育するのは,「メールによるやり取りです」というと,一様に驚きの表情を見せます.多分,メール“なんか”で!ということでしょう.もちろん,携帯でやり取りされているような,日本語かどうか疑わしいメールの延長線上ではありません.メールにはいろいろな要素が含まれています.当院では,Hayabusaプロジェクトメンバーに対し,ヒアリング,ドキュメンテーション,プレゼンテーション,ネゴシエーションという4つの基本リテラシの養成を行っています.メールにはこのすべての要素が入っています.たかがメール,されどメール.プレゼンテーションはメールではできないと思われがちです.しかし,facetofaceではないものの,メールの文章を見た相手は,送り手のプレゼンテーションとみることができます.メールの文章(ドキュメント)がプレゼンテーションになっているというわけです.しかし,読み手に疑問が生じても傍にいないので,追加説明ができません.誤解のない理解が得られる文章作成能力(103)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYが求められる所以です.理路整然としているだけではなく,相手のメンツにも配慮し,性格をも考慮した上手い文章を書ければ,という条件がつきますが,ネゴシエーションもメールで可能です.そうなるように文章力を磨がかなければなりません.そのためには,「意味不明」,「日本語になっていない」などと,ヒドイことを言われつつも,指摘事項を反映しつつ,めげずにメールを書くことです.そのためには,漫画や週刊誌ではなく,新聞を読むことを勧めます.卓越した校閲能力を持つ整理部の関門をくぐった選りすぐりの文章からなる新聞は,どの教科書よりもお手本になると思われます.率直な指摘,添削してくれる上司,先輩,同僚がいることも条件になるかもしれません.そのうえで,メール受発信の頻度を多くしていると,知らず知らずのうちに,基本リテラシと,ビジネスマナーが養われます.Hayabusaプロジェクトでは,メールをスキル教育の一石二鳥の手段として位置づけています.作業報告,仕様の相談などを実際の業務に関する情報授受を,メールおよび添付ファイルをとおして行っていますが(図1,2),これはとりもなおさず,OJT(onthejobtrainning)での基本リテラシの養成に他なりません.*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013985 図1担当者同士で行われているメールによる仕様確認例ベンダ,検査機器メーカ,プロジェクトメンバー間で年間にやり取りされるメール数は,約3千件(2012年度).プロジェクトメンバーは,仕様を作り,それを発表し,デザインインレビューできるまでに育っていますが,頻回なメール交換を通して培われた素養の結果ではないかと考えています..メール活用の条件的確で簡潔な文章が書けたとしても,相手側に定期的にメールを見る習慣がない,あるいはタイムリーな返信を心がける習慣がないと,折角の情報が活かせません.もちろん,発信側同様,返事をする側にも,的確な文章を手短に書く素養が求められます.Hayabusaプロジェクトメンバーは既述のとおり,OJTによる徹底した訓練を行っているのでクリアできていますが,“後で”と思って忘れていたり,時期を逸してから気がつき,焦った経験をした方は少なからずいると思います.礼を失したり,商機を逸することにもなるこのことを避けるにはつぎの3つのポイントをクリアしなければなりません.①メールを見る習慣の醸成,②速読・即解力養成,③ポイントを抑えた文章を手短に書く能力の養成.即答できない場合は,“詳細は後ほど.まずは,受信のご連絡まで”という主旨のメールを返信しておく心遣いも必要です.図3は,ある検査機器メーカに問い合わせた際,受け取ったメールですが,回答部門が別にあり,この場で即答できない場合の返信方法として参考になります.986あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013図2作業報告による情報の共有例図3返信が遅れ,かつ回答部門が別にある場合のメール例.最近の例超広角走査レーザ検眼鏡を導入したいので製品評価をし,Hayabusaに接続できるか否かを検討するようにとの指示がありました.同報性,利便性,確実性の点から,連絡手段をメールにしたのはいうまでもありません.指示があったのが5/29.6/1に処理方法を決めるまでの4日間に関係者(図4)でやり取りしたメールの数は,35通(図5)になります.検査機器メーカ,ベンダはともかく,当院の現場スタッフは常時パソコンの前にいるわけではなく,通常の業務の合間にメールをチェックし,サッと読んでサッと理解し,手短に返信する習慣と文章力が養成されていることから,短期間で対応できた例です.図4メール授受関連図図5メール授受履歴(104)

タブレット型PCの眼科領域での応用 14.タブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用の現状

2013年7月31日 水曜日

シリーズ⑭シリーズ⑭タブレット型PCの眼科領域での応用三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第14章タブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用の現状■なぜ今ロービジョンエイドとして,タブレット型PCやスマートフォンが重要なのか本章で取り上げる端末は,私が代表を務めるGiftHandsの活動や外来業務で扱っているスマートフォンの“iPhone5R(米国AppleInc.)”とタブレット型PCである“iPadminiR(米国AppleInc.)”のiOSバージョン6.1.3です.この章では,第4章以降10回にわたり解説してきたタブレット型PCやスマートフォンのロービジョンエイドとしての活用について,私のロービジョン外来での診療と体験セミナーを通して感じたエイド導入の意義を患者の声とともに紹介します.■私のデジタルロービジョンケア―①「タブレット型PCとスマートフォンの汎用性」近年のICT(InformationandCommunicationTechnology)の進歩は,従来パソコン上でしか利用できなかった多くのプログラムや情報検索システムを携帯端末のレベルで実現できる環境へと社会を変化させました.スマートフォンに代表される汎用性の高い携帯型多機能端末の普及に伴い,私たちは天気予報から電車の乗り換え案内,日々のスケジュール管理まで日常生活に必要な多くの情報を携帯端末上で入手および管理することが可能となりました.タブレット型PCやスマートフォンは,1本の指で基本操作が可能であるというユーザビリティ(使いやすさ)の高さと,実用レベルのアクセシビリティ(障害者補助機能)の充実により,多くの障害者支援の分野での活用が試みられています.眼科領域においても第13章で述べたように2時間の体験セミナーを行うことで,全盲の患者がvoiceover機能(音声補助機能)を用いてスマートフォンでインターネット検索や電子書籍などのアプリ(101)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYケーションソフトウェア(以下,アプリ)の使用が可能です.これらのデバイスを用いたロービジョンケアでの重要な点は,デバイスの汎用性の高さです.スマートフォンやタブレット型PCのアプリの制作者には,原則的に説明書の必要がないレベルのシンプルな操作方法と単純な画面構成が求められます.そのため患者はvoiceoverによる端末操作法を習得することで,新規に購入したアプリに関しても同様に操作することが可能です.エイドごとに操作方法を覚える必要がないため,患者がエイドとして新規のアプリを使用する際の抵抗感は軽減します.汎用性の高さはエイドとしての使用方法の多様性を意味し,一つのデバイスの操作方法を習得することによって複数のエイドをアプリとして端末の中に所持することが可能となります.「もし私が若い頃に,スマートフォンがあったら,大好きだった仕事を失うことはなかったと思う.」アプリが視覚障害者の働き方を変えることもあると実感させられた患者の言葉でした.■私のデジタルロービジョンケア―②「アプリの即効性」タブレット型PCやスマートフォンを用いたロービジョンケアのもう一つの重要な点は,ニーズに適したアプリを紹介された患者が,その場で不便さを解消できるという即効性の高さです.たとえば,新聞の閲覧を希望する患者に,本人の持参したタブレット型PCで新聞閲覧アプリを検索しインストールすることで,すぐに最適な表示サイズで新聞を閲覧することが可能となります(図1).また,全盲の患者に感光器のアプリを紹介したあたらしい眼科Vol.30,No.7,2013983 図1無料版の新聞アプリで,号外新聞を閲覧している様子図1無料版の新聞アプリで,号外新聞を閲覧している様子場合,診察室を出るときには持参したスマートフォンは感光器として光量を音程で体感できるエイドに変化しています.患者のニーズに適したアプリ情報の提供が,新しい形のデジタルロービジョンケアとなる可能性をもっていると私は考えます.実際にアプリを追加する際は,Storeアプリで検索ワードを入力し,詳細情報や評価を参照にしてアプリの購入が可能であり,アプリの検索からインストールまでが同一端末上で行えるアクセス性の高さは重要です(図2).また,無料版のアプリが多数存在するため,気軽にエイドとして試用をすることが可能です.多くのアプリが無料版でロービジョンエイドとして使うための十分な機能をもっていることも,患者にとって経済的な面からも喜ばれる理由の一つです.「外来を受診している間に….今まで悩んできたことが解決するなんて,夢にも思いませんでした.」患者を救うのは,正しい情報なのだと患者は私に教えてくれます.ICTの進歩が視覚障害者に与える恩恵は非常に大き図2デバイス内のStoreアプリでの検索デバイス内のStoreアプリでキーワードを検索し,アプリの購入とインストールをすることができる.左:新聞のキーワードでの検索画面,右:アプリの画面構成や機能の詳細情報およびレビューなどの確認画面.いといえます.リハビリテーション訓練に加えて,適切な時期にICTによる機能の補助を導入することで,多くの視覚障害者が障害を不便と感じることなく生活を営めるようになると私は信じています.これまで10回にわたり,タブレット型PCやスマートフォンによるロービジョンケアの可能性について解説してきました.この連載期間に全国の約50施設で,その重要性と可能性についてセミナーを行いました.今後もGiftHandsの代表としてセミナーなどの啓発活動を継続することで,全国の視覚障害者と眼科医療にかかわるすべての方へ,タブレット型PCとスマートフォンによるロービジョンケアがもつ可能性と重要性についての正しい認識が広がることを心より願っています.本文の内容や各種セミナーの詳細に関する質問などはGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」よりいつでも受けつていますので,お気軽に連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/☆☆☆984あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(102)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 122.液体パーフルオロカーボン網膜下迷入の予防と対策(中級編)

2013年7月31日 水曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載122122液体パーフルオロカーボン網膜下迷入の予防と対策(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●液体パーフルオロカーボンの合併症液体パーフルオロカーボン(LPFC)は巨大裂孔網膜.離や脱臼水晶体などに対する硝子体手術で用いることが多い1)が,最近では通常の裂孔原性網膜.離での使用頻度も増えている.LPFCの合併症としては,網膜下迷入と眼内残留の頻度が高い.●網膜下に迷入しやすい症例LPFCの最も一般的な適応と考えられる巨大裂孔網膜.離では,十分な硝子体切除後に視神経乳頭上からゆっくりとLPFCが一塊となるように注入するが,急激に注入しようとするとLPFCがバブル状となり網膜下に迷入しやすくなるので注意が必要である.網膜の伸展性が十分に保持されている症例では,巨大裂孔縁を越えてLPFCを注入しても網膜下にLPFCが迷入することは少ないが,LPFCのバブルが周辺部に残存しているとLPFCとシリコーンオイル置換時に裂孔縁から網膜下に迷入することがある.網膜の伸展性が低下している増殖硝子体網膜症(PVR)では,硝子体を十分に切除するとともに増殖膜を確実に.離し,網膜の伸展性を回復しておかないとLPFC注入時に既存の裂孔からLPFCが網膜下に迷入しやすい(図1).LPFC注入時にテント状に網膜が挙上されるなど,明らかに網膜の伸展性が不良であると判断された場合には,注入を中止しさらに牽引除去に努める.術中にLPFCが網膜下に迷入した場合には,一旦LPFCを抜去し,既存の裂孔からLPFCを確実に吸引除去する.●網膜下LPFC迷入例の処置術後に網膜下LPFCが確認された場合,少量で視力にあまり影響がない場合には,そのまま経過観察することが多い.ただし,不幸にして中心窩下にLPFCが認められた場合には可及的速やかに抜去する必要がある(図2).この場合,バックフラッシュニードルなどで網982あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013図1アトピー性皮膚炎に合併した増殖硝子体網膜症例複数回の硝子体手術を施行され,後極に多数の裂孔が生じている.増殖膜処理後にLPFCで網膜を伸展させ,眼内光凝固,周辺部輪状締結術,シリコーンオイルタンポナーデを施行した.図2術後の眼底写真シリコーンオイル下でLPFCが中心窩下に迷入している所見が観察された.図3抜去後の眼底写真中心窩近傍に意図的裂孔を作製しLPFCを抜去した.膜下LPFCを中心窩外に移動させて意図的裂孔から抜去すべきであるが,筆者の経験では予想外に網膜下LPFCは移動しにくい.自験例では中心窩のすぐ近傍に25ゲージVランスで切開を加え,バックフラッシュニードルで抜去した(図3).LPFCは粘性がきわめて低いので,非常に小さな切開創からでも容易に吸引除去が可能である.文献1)池田恒彦:液体パーフルオロカーボンと眼科手術.臨眼47:915-921,1993(100)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY

眼科医のための先端医療 151.ディスポーザブル開瞼器を用いたOptos®200Txの使用

2013年7月31日 水曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第151回◆眼科医のための先端医療山下英俊EzSpecを用いたOptosR200Txの撮影ディスポーザブル開瞼器を用いたOptosR200Txの使用井上麻衣子(横浜市立大学附属市民総合医療センター眼科)OptosR200TxとはOptosR200Txとは,無散瞳・非接触で撮影可能な走査型レーザー検眼鏡です.1回の撮影で画角200°の範囲が撮影でき,眼底の80%以上の領域が観察可能です.したがって,網膜裂孔,裂孔原性網膜.離,増殖糖尿病網膜症などさまざまな網脈絡膜疾患の診断や治療効果の判定に有用です.また,カラー眼底写真のみならず蛍光眼底造影写真や自発蛍光所見などもこれ1台で取得できます.OptosR200Txの精度しかし,広範囲の撮影が可能とはいってもOptosR200Txの撮影のみで診断を確定することには注意が必要です.過去には別機種(OptosROptomapPanoramic200)を使用したものですが,周辺の網膜病変を検出する際の感度,特異度について調べた報告がありました1).1人の網膜専門医が強膜圧迫しながら眼底検査を行い,周辺部に網膜病変を認めた60人の患者がこの研究の対象です.同時に2人の網膜専門医が独立してOptomapを読影し,網膜病変を指摘します.この2人の判定結果の一致率はk検定にて評価されます.Optomapで指摘された病変を,眼底検査で認められた病変の数で除したものが感度となります.また,対象患者の僚眼において,Optomapで異常を認めなかった患者数を,眼底検査で異常がなかった患者数で除したものが特異度となります.その結果,赤道部より後方の網膜病変の感度は74%でしたが,赤道部より前方では45%と大幅に低下しました.また,特異度は85%でした.赤道部より前方にて感度が大きく低下する理由としては,撮影範囲内にない領域であることや画質の低下などがあげられますが,特に睫毛のアーチファクトが下方領域の撮影を妨げているという問題があげられました.(95)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYそこで,筆者らはOptosR200Txの撮影時に睫毛のアーチファクトを取り除くことを検討しました.一般に眼科手術に使用されているようなバラッケ氏開瞼器では(テガダームを使用しない限り)睫毛が隠れず,またバンガーター氏開瞼器では座位では取れてしまったり,ずれてしまったりしてうまくいきません.そこで硝子体注射用に開発されたディスポーザブル開瞼器,EzSpec(HOYA株式会社)を用いて撮影を施行しました.EzSpecは2つの開瞼鈎部およびそれを連結するアーム部から構成され,アーム部の戻る力により眼瞼を開けた状態に保持する樹脂製の単回使用開瞼器です(図1).EzSpecは硝子体注射に使用する際には,ずれることなく大きく開瞼することが可能であり,同時に広範囲に睫毛を覆うことができます(図2)2).また,簡易に着脱ができる弾性も併せ持っています.その結果,撮影時にはずれたりすることなく睫毛を完全に避けて画像を撮ることができました3).図3を見ていただければその違いが図1EzSpecアーム径2.2mmと2.4mmの2種類がある.(文献3より)図2硝子体注射時にEzSpecを装着している様子あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013977 abab図3EzSpec無装着時(a)および装着時(b)の筆者の眼底bでは睫毛を避けて撮影できている.(文献3より)一目瞭然であることがおわかりいただけるかと思います.OptosR200Txはあくまで診断のための補助検査として施行すること,眼底検査を決して怠ってはいけないことに変わりはありませんが,やはり無散瞳にて一瞬で撮影でき,ほぼすべての網膜病変を検出できることはスクリーニングとして非常に有用です.さらに,EzSpecを用いてOptosR200Txを撮影できることで病変検出力はさらに上がると思われます.このように最新の眼科機器を組み合わせることでOptosR200Txはさらに魅力的なものとなります.しかし,問題はコストです.EzSpecは定価1,200円/個であり,これを用いてOptosR200Txで一人ひとり撮影していれば赤字となることは間違いないでしょう.また,装着の際は点眼麻酔薬が必要なので少し手間もかかります.たとえば,学会発表用などできれいな写真を撮りたいときはこの組み合わせ,とても有用かもしれませんね!文献1)MackenziePJ,RussellM,MaPEetal:Sensitivityandspecificityoftheoptosoptomapfordetectingperipheralretinallesions.Retina27:1119-1124,20072)GomiF,MatsudaY,FutamuraHetal:Disposableeyelidspeculumdesignedforintravitrealinjection.Retina31:1972-1973,20113)InoueM,YanagawaA,YamaneSetal:Wide-fieldfundusimagingusingtheOptosOptomapandadisposableeyelidspeculum.JAMAOphthalmol131:226,2013■「ディスポーザブル開瞼器を用いたOptosR200Txの使用」を読んで:日本の強さの源泉■診断機械の性能は,年々向上しており,その進歩のアーチファクトこそが,診断を妨げている点であるこ速さは驚くべきものです.しかし,機械のハード面のとを科学的に証明しました.さらに開瞼器を改善する進歩に比べると,診断能力の進歩はそれほどとも言えことにより,この作業仮説を実証することに成功しまません.一般に,機械の開発者は,機械を理論的に改した.良することはできますが,実際の運用を知ることがで本稿をただ斜め読みしても,開瞼器を使った撮影技きないので,ハード面の改良が診断能力向上に必ずし術の向上についての論文が,なぜ一流誌に掲載されたも結びついていないのです.診断機械の目的が,診断のかわからないかもしれません.しかし,この論文の能力の向上であることを考えると,これは深刻な問題本質は開瞼器云々といった卑小な問題ではなく,「作だと言えます.業工程の見直し→問題の列挙→科学的解析による問題今回,井上麻衣子先生たちは,この問題をk係数点の描出→解決法の案出→実証→新たなる作業工程のという優れた方法を用いて分析し,睫毛による撮影見直し」という一連の流れを示したということにある978あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(96) のです.すでにおわかりの方もおられるでしょうが,映することはよく知られていますが,カイゼンはわがこれこそが日本製造業のお家芸「カイゼン」です.国の文化であることを,今更ながら思い知りました.1980年代にわが国の製造業は世界中を席巻しました見識のある論文査読者であれば,この論文の有用性のが,その理由について米国政府およびマサチューセッみならず,背景にある優れた文化にも気付いたでしょツ工科大学が分析したところ,トヨタを中心とした上うから,この論文がただちに採択されたことも不思議記のカイゼン運動こそがその源泉であると結論付けまではありません.昨今,わが国の国力が低下しているした.そのためカイゼンは世界中に広まり,今では国という悲観論が広がっていますが,このような研究お際語として通用しています.よび文化がある限り,わが国の力は衰えることはない私が特に感銘を受けたのは,このようなカイゼン運という自信をもつことができました.この論文はその動が,トヨタなどの大企業ではなく,眼科臨床現場とような深い意味をもつものだと言えます.いった小さな組織でも自然に行われているという点で鹿児島大学医学部眼科学坂本泰二す.科学研究は,その国の国力のみならず,文化も反☆☆☆(97)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013979

ブックレビュー:市川一夫著 『手術法とレンズで選ぶ 白内障治療』

2013年7月31日 水曜日

ブックレビューブックレビュー■市川一夫著『手術法とレンズで選ぶ白内障治療』(四六判・並製,本文208頁,定価(本体1,300円+税),ISBN978-4-344-99949-7/C0047,2013,幻冬舎メディアコンサルティング)現代医学の進歩は著しく,いろいろな病気が治るようになってきました.白内障もそのうちの一つで,進行した白内障でも手術を受けることで,視機能を大幅に改善することができます.しかし,白内障は高齢者に多い病気であることから,見えないのは老化現象のせいであると治療を諦めたり,手術に対する不安から眼科受診を避けている患者さんが,今現在,多くいるのは事実です.また,専門の眼科病院,クリニックもたくさんあるので,どの施設を受診すれば良いのか悩んでしまうこともあるでしょう.本書「手術法とレンズで選ぶ白内障治療」(幻冬舎メディアコンサルティング)は,白内障について初歩的な知識から,手術や眼内レンズを含めた専門的な最新情報まで,患者さんが理解しやすいように平易な言葉とわかりやすいイラストを活用し,解説されています.前半では,目の仕組みから白内障発症のメカニズム,白内障の予防,手術が必要な症状・病態が,読み進めるに従い納得できます.白内障手術の項目では,手術を行うまでに必要な検査についての説明や,患者さんにとって深刻な問題である他の内科・眼科疾患をもっている場合の注意点,何と言っても心配な麻酔方法と手術方法のポイントを,そして手術にかかる費用についても書かれています.前もって本書を読むことで,受診時から検査と手術までの流れがわかるので,実際の受診に際しての心構えと準備ができるようになります.後半では,現在行われている白内障の手術方法や,白内障のために混濁した水晶体の代わりに眼内に入れるさまざまなレンズ(単焦点,多焦点,非球面,トーリックなど)の特徴から,患者さんのライフワークに適した眼内レンズの選び方までが詳しく述べられています.患者さんにとって術前術後の日常生活についての注意事項は,術後の視機能の回復を考えると大変気になるところです.そこで,患者さん自身が白内障治療について詳しい知識を身につけ,自分に適した白内障手術と眼内レンズを選び,術前術後のケア,術後に心配される合併症までを把握できれば,安心して白内障手術をうけられるようになるでしょう.また,要所に挿入されているセルフチェック項目が白内障の症状から手術の適応,自分に適した眼内レンズの選択までを手助けしてくれるので,とても効果的です.本書は,白内障が発症している可能性がある中高年の方,特にこれから白内障手術を受けられる方が,自分の病気を理解するために必要な1冊と思います.また,70,000眼に及ぶ手術成績をもつ筆者の経験からくる語りは,われわれ眼科医にとってもインフォームド・コンセントを行うときのヒントになる,よき参考書であります.(獨協医科大学眼科学教室・准教授松島博之)☆☆☆(93)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20139750910-1810/13/\100/頁/JCOPY