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適応と処方の実際

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY検査を行い慎重に判断しなければならない(表1)10,11).基本的には20歳以上の眼疾患のない軽度の近視が適応となる(表2).当院で行ったオルソケラトロジーの臨床治験の症例が使用していた視力補助具は眼鏡,ソフトコンタクトレンズ(SCL)が多く,HCLの使用経験は13%であった(図1).オルソケラトロジーレンズはHCLであるが,HCLの装用経験がない症例においても,オルソケラトロジーを問題なく導入することが可能である.逆に,オルソケラトロジーレンズを処方するための角膜形状解析検査を正確に行うためには,SCLは3日から1週間,HCLでは3週間から1カ月間,コンタクトレンズ(CL)装用を中止しなければならない.1.絶対禁忌オルソケラトロジーによる近視を軽減する原理は角膜中央部の形状を平坦化し,光学領域の角膜屈折力を減少はじめにオルソケラトロジーは,ハードコンタクトレンズ(HCL)を装着して睡眠し,角膜形状を変形させることにより角膜屈折力を変化させる屈折矯正方法である1,2).正しく適応の選択されたオルソケラトロジーの有用性・安全性が明らかになってきており3),わが国においても屈折矯正方法の一つとして普及されることが予想される.本稿では,オルソケラトロジーの処方方法について解説するが,実際のオルソケラトロジーの実施においては,その原理や実際の処方方法の習熟のみならず,屈折矯正の過程で生じる角膜への影響など,角膜生理と屈折矯正に対する深い理解が必要である.まずは,本特集でオルソケラトロジーに対する知識を整理してから成書を精読されることをお薦めする.Iオルソケラトロジーの適応オルソケラトロジーは日中,補助具なしで視力を改善することができること,レンズ装用を中止することにより角膜形状が元に戻り可逆性であることなどの利点がある4,5).一方,矯正効果を発揮するためには,より効率よく角膜の変形を生じるHCLを装用しなければならないため,角膜に対する影響は大きくなる6.9).また,オルソケラトロジーの屈折矯正効果には限界があり,適応を超えるような屈折異常の症例に無理に矯正を行うことは角膜に過剰な負担を強いることとなり危険性が高くなる.そのため,オルソケラトロジーの適応はスクリーニング(23)1505*RyojiYanai:山口大学大学院医学系研究科情報解析医学系学域眼科学分野〔別刷請求先〕柳井亮二:〒755-8505宇部市小串1144山口大学大学院医学系研究科情報解析医学系学域眼科学分野特集●オルソケラトロジー診療を始めるにあたってあたらしい眼科27(11):1505.1512,2010適応と処方の実際PatientSelectionandLensFitting柳井亮二*表1オルソケラトロジーのスクリーニング検査1)視力検査:裸眼および矯正視力2)屈折値検査:自覚,他覚3)角膜曲率半径計測4)細隙灯顕微鏡検査5)角膜形状解析検査(トポグラフィ)6)角膜内皮細胞数測定7)シルマーI法試験8)眼底検査9)眼圧測定10)瞳孔径測定(明所,暗所)1506あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(24)錐角膜,角膜ジストロフィなどでは矯正効果および安全性が担保されないため,現時点では適応とならない12).これらの症例に対するオルソケラトロジーの有用性については,今後さらなる検討が必要である.2.相対禁忌a.医学的な相対禁忌屈折異常以外の眼疾患を有する場合や全身疾患を有する場合には適応とならない.b.社会的な相対禁忌オルソケラトロジーは適切に処方されたレンズを正しく使用することにより,安全に効果的に矯正効果を発揮する方法であるため,患者のコンプライアンスが大切である.処方者が患者へ十分な説明を行うことは前提であるが,インフォームド・コンセントに対する正しい理解が得られる症例であるかどうかの判断も,オルソケラトロジーの適応を判定するうえで重要である.コンプライアンスの悪い症例や定期検査に来られない症例は,オルソケラトロジーの効果が発揮されないばかりか,オルソケラトロジーによる最も重篤な合併症である角膜感染症の危険性も高くなる13,14).インターネットなどから誤った情報を得てオルソケラトロジーに過度の期待(近視の改善,永続的な治療効果など)を有している症例にも慎重な対応が必要である.IIオルソケラトロジーレンズの処方の実際現在行われている第三世代のオルソケラトロジーはリバースジオメトリーレンズが用いられており(図2),このレンズデザインにより効率的に角膜形状変化を起こすことが可能となる(表3).通常のHCLに比べ,レンズのデザインが複雑であるが,実際のレンズ処方は角膜形することによる.しかしながらこのような変化が生じる機序についてはわかっていないことも多い6~9).そのため,角膜実質のコラーゲンの性質が不安定な小児期や円表2オルソケラトロジーの適応適応1)年齢:20歳以上2)対象(1)屈折値が安定した近視および近視性乱視近視度数:.4.00D以下乱視度数:.1.50D以下の直乱視,.1.00D以下の倒乱視(2)角膜中心屈折力が39.00Dから48.00D非適応1)禁忌(1)医学的禁忌A.前眼部の疾患,損傷,奇形など活動性角膜感染症角膜形状異常アレルギー涙液分泌減少角膜知覚低下角膜内皮細胞減少B.妊婦,授乳中の女性あるいは妊娠の計画がある女性C.糖尿病D.免疫疾患(自己免疫疾患,AIDSなど)(2)社会的禁忌A.インフォームド・コンセントを行うことが不可能もしくは望まないB.取り扱い説明書の指示に従えないC.定期検診に来院することがむずかしいD.治療途中の視力変化が危険に結びつく(運転など)慎重処方1)ドライアイあるいは視力に影響が出る可能性のある薬物治療2)抗炎症薬の投与またはその予定3)暗所瞳孔径が大きな患者(4~5mm)ベースカーブリバースカーブアライメントカーブ周辺カーブ図2オルソケラトロジーレンズのデザインなし2%眼鏡54%定期交換SCL(1日型を含む)27%従来型SCL4%HCL13%図1オルソケラトロジーを行う前の視力矯正方法(山口大学)(25)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101507インパターンを確認する(図4).フィッティングに問題がなければ,取り扱い方法やレンズケアを指導した後に17),夜間の1回装用のスケジュールを調整する.夜間1回装用後にトライアルレンズによる実際のオルソケラトロジー効果を判定する.これは,トライアルレンズ装用前後のトポグラフィの変化から判定し,トライアルレンズの規格が正しい場合にはブルズアイパターンを示す(図5).そして,コンピュータプログラムを進めることにより処方レンズ規格が最終決定され,処方レンズによるオルソケラトロジーが開始される.セントラルアイランド(図6)やスマイリーフェイスパターン(図7)の場合にはコンピュータソフトウェアに従ってトライアルレ状解析データと屈折値から簡便に規格決定する方法が開発されている15).トライアルレンズフィッティング法は,メーカーから提供されるノモグラフに基づいてトライアルレンズを選択し,実際のフルオレセインパターンからレンズを決定する方法である16).角膜反応データに基づくフィッティング法はコンピュータソフトウェアによりトライアルレンズを決定し,1回の睡眠時装用による効果を判定して,処方レンズを決定する方法である.本稿では,BEソフトウェアを用いた角膜反応データに基づくフィッティング法について解説する.1.処方の流れ(図3)オルソケラトロジーの説明を行い,同意が得られた症例にスクリーニング検査を行い,オルソケラトロジーの適応を判断する.適応がある場合は,コンピュータプログラムによりトライアルレンズを決定し,仮装用を行って細隙灯顕微鏡で,レンズの装用状態およびフルオレセ表3リバースジオメトリーレンズのデザインと役割ベースカーブ角膜中央部の扁平化リバースカーブ陰圧により角膜中央部の形状変化を起こりやすくし,中間周辺部を急峻化アライメントカーブ角膜と接触してセンタリングを安定化周辺カーブ涙液を保持し,涙液交換を促進ベースカーブリバースカーブアライメントカーブ周辺カーブ図4リバースジオメトリーレンズのフィッティングパターンリバースカーブに涙液が貯留する特徴的なパターンを呈する.説明・同意・スクリーニングトライアルレンズの規格決定処方レンズの規格決定取り扱い・レンズケア指導夜間装用後の効果判定,安全性評価(1晩)トライアルレンズ有効(ブルズアイ)無効の規格を再決定装用後の効果判定,安全性評価(3~4週間後)定期検査(3カ月ごと)図3オルソケラトロジーレンズの処方手順(角膜反応データに基づくフィッティング法)装用前後の変化装用後装用前図5トライアルレンズ夜間装用後の角膜トポグラフィの評価ブルズアイ.理想的な夜間フィッティングを意味する.1508あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(26)装用前後の変化装用後装用前図7トライアルレンズ夜間装用後の角膜トポグラフィの評価スマイリーフェイス.角膜Sagの過大評価の場合に起こり,レンズのセンタリング不良を意味する.装用前後の変化装用後装用前図6トライアルレンズ夜間装用後の角膜トポグラフィの評価セントラルアイランド.角膜Sagの過小評価の場合に起こり,スティープなフィッティングを意味する.図8トライアルレンズの規格決定1角膜形状解析によるSagの算出.図はE300R(Medmont社)の解析画面.図9トライアルレンズの規格決定2BEプログラムの立ち上げ.通常は1/4tangentを選択すると次の画面へ切り替わる.角膜頂点カーブ角膜Sag余分な屈折変化量可視虹彩径(水平方向の角膜径)屈折変化量図10トライアルレンズの規格決定3角膜形状解析で得られたデータの入力画面.角膜頂点カーブ,角膜Sag,可視虹彩径(水平方向の角膜径)を入力すると,予測される屈折変化量が算出される.自覚的な屈折値と屈折変化量との差異を入力するとトライアルレンズが決定される.(27)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101509ブ,圧力因子,レンズSag(図14),接線角(図15),レンズ下の涙液層の厚み,角膜にレンズが接触する位置(図12),予測される屈折変化量が表示される.ここで,決定されたトライアルレンズを用いて夜間1回装用を行う.ンズ規格を再決定し,再度夜間の1回装用を行い,同様に効果を判定する.3.4週間後に再度効果判定を行う.このときに目標とする屈折変化が得られているかどうかを判定する.適切な症例選択およびスクリーニング検査が行われている場合には,この時点までに7.8割程度の屈折変化が生じている.このときに屈折変化が得られない場合には,オルソケラトロジーの非適応の場合とスクリーニング検査が正確に行われていない場合が考えられる.これまでの研究から,オルソケラトロジーの適応であると判定される症例においても2割程度の割合で,オルソケラトロジーによる屈折矯正の効果が十分に発揮されない症例があることがわかっている.2.トライアルレンズの規格決定ソフトウェアの実際の操作最初に,トポグラフィ(BEソフトウェアであればE300R,Medmont社)による角膜形状解析を行い,角膜Sagを算出する(図8).BEソフトウェアを立ち上げ(図9),「1/4tangent」を選択するとつぎの画面へ切り替わる(図10).角膜形状解析で得られたデータの入力画面で,「角膜頂点カーブ(図11)」,「角膜Sag(角膜の高さのこと.オルソケラトロジーにおいては,角膜中央部と角膜にレンズが接触する位置との高さのこと,図12)」,「可視虹彩径(水平方向の角膜径)」を入力すると,「予測される屈折変化量」が算出される.「余分な屈折変化量(自覚的な屈折値と予測される屈折変化量との差異)」を入力すると自動的にトライアルレンズが決定される(図13).画面上にトライアルレンズのベースカー角膜曲率半径角膜図11角膜頂点カーブ角膜中央部の角膜曲率半径.角膜は非球面(楕円)のため,角膜曲率半径や離心率は角膜中央部と角膜周辺部で異なっている.オルソケラトロジーによる角膜形状変化は角膜中央部で生じるため,角膜頂点カーブが重要となる.Sagレンズが周辺部角膜にフィットする位置図12角膜Sag角膜の高さ.オルソケラトロジーにおいては,角膜中央部とレンズがフィットする周辺部角膜の高さのこと.トライアルレンズの規格図13レンズSagリバースジオメトリーレンズのSagは角膜Sagに一定の涙液層の厚みを加えた高さとして設計される.このため,正確な角膜Sagの算出が重要である.レンズのSag角膜のSag涙液層の厚み図14接線角角膜にレンズが接触する位置での接線が交叉する角度.この角度によりレンズのセンタリングが調整され,レンズのフィッティングに影響する.1510あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(28)4.最新のレンズ処方プログラム日本と同様にHCLの処方率が高いオランダは,世界中で最もオルソケラトロジーの普及した国の一つである.オランダのCLメーカー(NKL社)ではBEソフトウェアをさらに進歩させたプログラムを独自に開発しており,BEプログラムよりも簡便にオルソケラトロジーレンズの処方が可能となっている(図18).このソフトウェアではさまざまなメーカーのトポグラフィに対応しており,角膜形状解析データの自動入力化により,レンズ規格決定までの操作が簡略化されている(図19).オランダは先進国のなかでは唯一オルソケラトロジーレンズの処方割合が全CL中で1%を超えており(5.6%,2008年)18),オルソケラトロジーの処方方法などの分野でも世界をリードしている.将来,わが国においてもこのようなソフトウェアを用いることによってオルソケラ3.処方レンズの規格決定の実際夜間の1回装用を行ったのちは,トライアルレンズを決定した画面(BEプログラム上,図13)の「Trialresponse(角膜反応)」ボタンを押すと角膜反応データのパターンを入力する画面が表示される(図16).ここで,「ブルズアイパターン」を選択すると,処方レンズの規格が決定され表示される(図17).図15トライアルレンズの規格決定4自動的にトライアルレンズのベースカーブ(8.50),圧力因子(0.740),レンズSag(1.5227),接線角(54.84),レンズ下の涙液層の厚み(0.0093),角膜にレンズが接触する位置(9.41),予測される屈折変化量(0.79)が算出される.()は本稿の例における実際の数値を示す.角膜Sag接線角図16角膜反応データの入力画面図17処方レンズの規格決定画面あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101511トロジーの処方が容易になることが期待される.おわりに現代のオルソケラトロジーは安全性も高く,屈折矯正の効果,安定性などの面からも屈折矯正方法の一つとして,広く普及することが予想される.オランダでは,定期交換SCLの普及により減少していたHCLの処方率がオルソケラトロジーの普及により,再度増加していることも報告されている18).従来,HCLの処方率の高かったわが国においても,オルソケラトロジーは普及しやすいものと考えられるが,オランダに比べ,近視度数の大きな症例の多いわが国においては,オルソケラトロジーの適応となる症例の割合は多くないことが予想される.オルソケラトロジーの処方方法がいくら進化しても適応(29)右眼のデータ左眼のデータ図18オルソケラトロジー処方プログラム(ReferentieR,NKL社)左右のレンズを同時に規格決定することができ,トポグラフィとの連携により角膜形状解析結果は自動入力される.トポグラフィから自動的に算出自覚的屈折値を入力ベースカーブ,度数,レンズ径,接線角,角膜Sagを自動的に算出レンズタイプ,素材を選択すると図19Referentieの入力画面と処方レンズ規格決定画面自覚的屈折値を入力し,オルソケラトロジーレンズの種類および素材を選択すると,自動的に処方レンズが決定される.1512あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010となる症例の選択を誤っている場合には期待どおりの効果が発現することはない.オルソケラトロジーの処方の成否は,適切な症例を選択することができるか否かにかかっているといっても過言ではない.文献1)SwarbrickHA:Orthokeratologyreviewandupdate.ClinExpOptom89:124-143,20062)柳井亮二,西田輝夫:オルソケラトロジー.臨眼62:1221-1226,20083)VanMeterWS,MuschDC,JacobsDSetal:Safetyofovernightorthokeratologyformyopia:areportbytheAmericanAcademyofOphthalmology.Ophthalmology115:2301-2313,20084)KobayashiY,YanaiR,ChikamotoNetal:Reversibilityofeffectsoforthokeratologyonvisualacuity,refractiveerror,cornealtopography,andcontrastsensitivity.EyeContactLens34:224-228,20085)HiraokaT,OkamotoC,IshiiYetal:Recoveryofcornealirregularastigmatism,ocularhigher-orderaberrations,andcontrastsensitivityafterdiscontinuationofovernightorthokeratology.BrJOphthalmol93:203-208,20096)ChenD,LamAK,ChoP:Apilotstudyonthecornealbiomechanicalchangesinshort-termorthokeratology.OphthalmicPhysiolOpt29:464-471,20097)ChooJD,CarolinePJ,HarlinDDetal:Morphologicchangesincatepitheliumfollowingcontinuouswearoforthokeratologylenses:apilotstudy.ContactLensAnteriorEye31:29-37,20088)CheahPS,NorhaniM,BariahMAetal:Histomorphometricprofileofthecornealresponsetoshort-termreversegeometryorthokeratologylenswearinprimatecorneas:apilotstudy.Cornea27:461-470,20089)松原正男:メカニズム.眼科プラクティス27:227-229,200910)大橋裕一,金井淳,糸井素純ほか:オルソケラトロジー・ガイドライン.日眼会誌113:676-679,200911)CheungSW,ChoP,ChanB:Astigmaticchangesinorthokeratology.OptomVisSci86:1352-1358,200912)柳井亮二:非適応例.眼科プラクティス27:234-237,200913)ChoP,BoostM,ChengR:Non-complianceandmicrobialcontaminationinorthokeratology.OptomVisSci86:1227-1234,200914)吉野健一:合併症.眼科プラクティス27:241-244,200915)MountfordJ:トライアルレンズフィッティングオルソケラトロジー(MountfordJ,RustonD,DaveT編集,吉野健一監訳),p119-149,エルゼビア・ジャパン,200616)平岡孝浩:処方.眼科プラクティス27:230-233,200917)柳井亮二:装用指導.眼科プラクティス27:238-240,200918)EfronN,MorganPB,HellandMetal:Internationalrigidcontactlensprescribing.ContactLensAnteriorEye33:141-143,2010(30)

オルソケラトロジーの角膜生理学

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYpHの変化,コハク酸脱水素酵素活性,細胞の増殖能をBrdU(ブロモデオキシウリジン)でみる方法,LDH(乳酸脱水素酵素),P450活性,形態をみるためにコンフォーカルマイクロスコープを使う方法,パキメトリーで角膜の厚みをみる方法など手法はさまざまである.これらは低酸素状態に伴う角膜上皮の活性の変化や組織学的な変化をとらえたものがほとんどである.測定法により違いがでるため一つの方法のみから判断するのはむずかしい.その一つである,レンズ下の酸素分圧を微小電極により測定する方法をとり,直接酸素分圧を測定することができる.HCLとして当初使用されていたPMMA(ポリメチルメタクリレート)〔Dk(酸素透過係数):0〕は酸素透過性が0のレンズである.この方法を用いて測定した結果,PMMAレンズを装用した場合家兎における開瞼時の酸素分圧は5mmHg程度であると報告されている3).さらに,Dk/L(酸素透過率)が125であるHCLでは開瞼時80~100mmHg,近年市販されたシリコーンハイドロゲルレンズ(Dk/L:175×10.9)では120mmHg程度の酸素分圧が測定されている4).レンズを装用しない場合の角膜の酸素分圧は155mmHgといわれており5),できるだけ近づけるようなレンズが理想的である.レンズ下の酸素分圧は酸素透過性に大きく左右されることがわかってきたため,これまで酸素透過性のよいレンズが開発,市販されてきた.理論的には開瞼時角膜浮腫予防のために必要なコンタはじめに現在は夜間就寝中にハードコンタクトレンズ(HCL)を装用するオルソケラトロジーも,歴史的に最初は近視矯正効果を期待して終日装用を行っていた.第三世代のオルソレンズになってからHCLの酸素透過性があがり夜間装用が可能となった1).2002年には米国の食品医薬品局(FDA)から認可も受けており,安全性について承認を受けたことになる.しかし,夜間コンタクトレンズ装用に対してわれわれ眼科医がもしも抵抗を感じるとすれば,その原因は夜間装用における角膜の状態の変化が明らかになっていないためではないかと思う.夜間にコンタクトレンズを装用することは今まで禁忌であると研修医時代から教わってきたから,ソフトレンズの夜間装用後に角膜浮腫を起こした症例を経験してきたからではないかと思う.角膜はどの程度になれば酸素不足になるのか,酸素不足が起こす角膜の変化について,今まで報告されているなかからわかる範囲で記述していきたい.Iコンタクトレンズ下の酸素分圧コンタクトレンズを装用すること自体レンズ下の酸素供給は少なくなる.レンズ装用下では開瞼時であっても大気からの酸素供給に制限が生じるため酸素分圧が低下することがわかっている.レンズ下の低酸素状態についての研究をまとめた報告によれば,家兎では1週間から1カ月程度連続装用することによって低酸素状態が出現したとの報告が多い2).低酸素状態の測定法としては(19)1501*YoNakamura:四条ふや町中村眼科〔別刷請求先〕中村葉:〒600-8005京都市下京区立売東町24みのや四条ビル2階四条ふや町中村眼科特集●オルソケラトロジー診療を始めるにあたってあたらしい眼科27(11):1501.1504,2010オルソケラトロジーの角膜生理学PhysiologyofOrthokeratology中村葉*1502あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(20)との報告がある(表1).Bonnanoらの報告ではSCLの場合Dk/Lを130×10.9とすれば素材としては閉瞼時の酸素分圧を最も高く保てるものと考えられる.オルソレンズのようなHCLの場合も同様だが,SCLとの違いとして大きさの違いがある.SCLが角膜全体を覆うために全体が低酸素になるのに比較してHCLの場合は周辺のレンズののらない部分は涙液からの酸素供給がなされることになる.角膜を覆うレンズの大きさと厚みからDk/Lが125×10.9シリコーンハイドロゲルSCLはDk/L90×10.9のHCLと角膜に対する酸素供給は等しくなるというモデルの報告もある14).角膜輪部への酸素供給が影響を与えているとの考え方もある.HCLとSCLの違いはあるにしても,もともとの酸素供給が少ないために閉瞼時のコンタクトレンズ装用には十分な注意が必要であると考えられる.IIオルソレンズと涙液交換レンズ下の酸素分圧を考える際にもう一つ大切なことは,HCLの場合はSCLと比較して涙液が保たれていることがあげられる.SCLの就寝時装用で角膜浮腫の生じる症例はよくみられるが,HCLはSCLよりもレンズ下に涙液層を保っている可能性が高い.夜間就寝時には瞬目がされない状態にあり涙液交換が悪い可能性は十分にあるものの,レンズ下の涙液が保たれていれば涙液よりの供給がわずかであっても望めることになる.オルソレンズの場合,少なくとも涙液のたまっているフィックトレンズのDk/Lの値として20.06),24.17),35.08)といわれている(表1).現在市販されているHCLではほとんどのものが酸素透過性のよいものであり,開瞼時の場合は条件を満たしているものと考えてよい.それではオルソレンズの場合の閉瞼時について同様に考えてみることにする.角膜への酸素供給は開瞼時には大気より十分な酸素供給があるが,閉瞼時には大気よりの供給がなくなるため前房または涙液よりのわずかの供給となる.開瞼時酸素濃度21%,155mmHg,閉瞼時は7.7%,55mmHgになっていると報告されている5,9).もともと1/3強の酸素濃度しかない状態でのコンタクトレンズ装用に負担がかかるのは当然と考えてよいであろう.微小電極で測定したレンズ下の値の報告では閉瞼状態でコンタクトレンズ下酸素分圧を測定した結果はレンズのDk値にかかわらず20mmHg以下であると報告されている3).別の報告では,閉瞼下でのレンズ装用については閉瞼していること自体による低酸素状態が大きな影響を与えており,たとえ酸素透過性の高いシリコーンハイドロゲルレンズであっても開瞼時と比べると上皮細胞の増殖能は約1/3と低くなっていると記されている.酸素透過性の違いは影響としては小さいものであると結論づけている10).リン光遅延法によってヒトにおいてレンズ下の酸素分圧を測定した報告があるが,それによるとソフトコンタクトレンズ(SCL)下の酸素分圧は酸素透過性の高いレンズにおいても低く測定されている11,12)(表2).この方法ではDk/Lが130程度あるレンズであっても40mmHg弱の酸素分圧が測定されており,Dk/Lが300を超えたレンズであってもそれほど変わらない結果となっている.測定法の違いにより酸素分圧の値は違ってはいるが,閉瞼時は閉瞼そのものによる影響が大きいことがわかる.必要なDk/Lの値として理論値ではあるが閉瞼時では87.07),75.013),1258)×10.9表1低酸素を防ぐためのレンズの酸素透過性Dk/L〔×10.9(cm/sec)(mLO2/mL・mmHg)〕開瞼時20.0,24.1,35.0閉瞼時87.0,75.0,125.0(文献6,7,8,13より抜粋)表2SCLのDk/Lとレンズ下酸素分圧Dk/tOpenPo2(Torr)ClosedPo2(Torr)GogglePo217.158.0±7.911.2±2.77.8±1.12768.1±6.812.4±3.09.9±1.285105.0±8.630.0±5.937.0±1.8124109.0±4.924.0±6.040.3±3.6138114.0±7.537.5±6.941.0±3.4166112.4±9.438.2±7.045.7±2.7226121.3±8.239.9±7.145.6±3.4329133.1±11.542.3±6.148.5±7.0(文献12のTable2より)(21)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101503ると考えられる.涙液の分布にばらつきがあるため,部位による違いが考えられる.オルソレンズでの低酸素状態について考える際に,HCLの酸素透過性がよいことはもちろんであるが,涙液の状態についても考慮する必要がある.III低酸素状態と臨床一般的にレンズによる低酸素状態で起こる臨床的な角膜の変化としては,急性の変化として角膜浮腫,長期の変化が起こった場合,角膜のターンオーバーの変化,さらには輪部の血管新生が認められる.ターンオーバーの変化として長期にわたる変化が生じた場合は特徴的な動きをもった角膜上皮障害が生じるが,初期段階として角膜のマイクロシストを認めることがある15)(図3).定期的に詳細な角膜の観察が必要である.ティングゾーンには十分な涙液層を保っていると考えてよいが,角膜中央のフラットにフィッティングされているベースカーブの部分ではかなり涙液層が薄くなっている可能性が高い.筆者らの行った家兎での実験を少し紹介する4).家兎にオルソレンズ(Dk/L:50×10.9)を装用させ,瞼板縫合により閉瞼状態を48時間保ったあとにレンズ下の酸素分圧を微小電極により測定した(図1).測定法はIchijimaらと同様の方法3)をとり,1分定常状態を保てた値をとった.測定は瞼板縫合をとって開瞼させた直後と,涙液交換をさせた後の2回測定し,比較検討した(図2).瞼板縫合をとってすぐのレンズは全例固着しており,閉瞼中はおそらく涙液交換は行われていなかったものと考えられた.結果は開瞼直後の値よりも瞬目後の酸素分圧が上昇したことより,涙液交換によって酸素分圧が上昇する傾向が認められた.涙液交換によってレンズ下の酸素分圧は上がるということであるが,閉瞼中に涙液交換は行われておらず低酸素である可能性は高い.また,酸素分圧は部位による違いが認められた.特に涙液のたまっているフィッティングゾーンでは55mmHgの酸素分圧が認められたのに対して,中央のベースカーブ部では40mmHgと酸素分圧にばらつきがみられた.オルソレンズのようなHCLの場合は,涙液交換がない状態であっても涙液のたまっている部分があることにより,わずかではあるが酸素供給を受けている可能性はあ図3低酸素状態によるマイクロシスト矢頭の部分がマイクロシスト.(文献15より)50100酸素分圧(mmHg)1(分)図1測定時の曲線1分間定常状態になった時点で測定した.酸素分圧(mmHg)0102030405060開瞼直後涙液交換後41.550.5図2測定結果涙液交換によって酸素分圧は高くなる可能性がある(p=0.068,n=5).(文献4より)1504あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(22)withhydrogellensesandeyeclosure:effectofoxygentransmissibility.AmJOptomPhysiolOpt58:386-392,19817)HoldenBA,MertzGW:Criticaloxygenlevelstoavoidcornealedemafordailyandextendedwearcontactlenses.InvestOphthalmolVisSci25:1161-1167,19848)HavittDM,BonannoJA:Re-evaluationoftheoxygendiffusionmodelforpredictingminimumcontactlensDk/tvaluesneededtoavoidcornealanoxia.OptomVisSci76:712-719,19999)EfronN,CarneyLG:Oxygenlevelsbeneaththeclosedeyelid.InvestOphthalmolVisSci18:93-95,197910)LadagePM,RenDH,PetrollWMetal:Effectsofeyelidclosureanddisposableandsiliconehydrogelextendedcontactlenswearonrabbitcornealepithelialproliferation.InvestOphthalmolVisSci44:1843-1849,200311)BonannoJA,StickelT,NguyenTetal:Estimationofhumancornealoxygenconsumptionbynon-invasivemeasurementoftearoxygentensionwhilewearinghydrogellenses.InvestOphthalmolVisSci43:371-376,200212)BonannoJA,ClarkC,PruittJetal:Tearoxygenunderhydrogelandsiliconehydrogelcontactlensesinhumans.OptomVisSci86:936-942,200913)O’NealMR,PolseKA,SarverMD:Cornealresponsetorigidandhydrogellensesduringeyeclosure.InvestOphthalmolVisSci25:837-842,198414)IchijimaH,CavanaghDC:Howrigidgas-permeablelensessupplymoreoxygentothecorneathansiliconehydrogels:anewmodel.EyeContact33:216-223,200715)柳井亮二,西田輝夫:オルソケラトロジー.臨眼62:1221-1226,200816)WattKG,BonehamGC,SwarbrickHA:Microbialkeratitisinorthokeratology:theAustralianexperience.ClinExpOptom90:182-187,200717)YoungAL,LeungAT,ChengLLetal:Orthokeratologylens-relatedcornealulcersinchildren:acaseseries.Ophthalmolgy111:590-595,200418)YoungAL,LeungAT,ChengEYetal:Orthokeratologylens-relatedpseudomonasaeruginosainfectiouskeratitis.Cornea22:265-266,200319)XuguangS,LinC,YanZetal:Acanthamoebakeratitisasacomplicationoforthokeratology.AmJOphthalmol136:1159-1161,200120)YanaiR,MorishigeN,ChikamaTetal:Disruptionofzonulaoccludens-1intherabbitcornealepitheliumbycontactlens-inducedhypoxia.InvestOphthalmolVisSci50:4605-4610,200921)HaraY,ShiraishiA,OhashiY:Hypoxia-alteredsignalingpathwaysoftoll-likereceptor4(TLR4)inhumancornealepithelialcells.MolVis15:2515-2520,2009オルソレンズ装用に伴う合併症として感染症の報告がある.特に報告が多いのが緑膿菌とアカントアメーバである16~19).グラム陰性の嫌気性桿菌である緑膿菌感染がレンズによる低酸素状態が原因で起こっている可能性,さらに菌を捕食して繁殖するアメーバが緑膿菌の増殖に伴って増殖する可能性についても指摘されている.コンタクトレンズによる低酸素状態が感染を起こすメカニズムとしてZO(zonulaoccludens)-1を介するバリア機能の低下が原因という報告20)や,角膜上皮細胞のTLR4(Toll-likereceptor4)のシグナル伝達変化が起こることが原因であるとの報告もある21).感染症は通常のコンタクトレンズ装用に伴う合併症としてももちろん問題であるが,低酸素の影響が加わることにより難治性の感染症に発展する可能性があり,十分な注意が必要である.特に近年みぞ部分にあたるフィッティングゾーンに汚れがたまりやすいことが指摘されており,レンズの洗浄が大切である.おわりにオルソレンズ装用に伴う低酸素状態についてまとめてみた.オルソレンズのみならずコンタクトレンズ装用全般に関わる点も多く含まれていたが,今後オルソケラトロジーを始められる際に低酸素状態に関する基礎知識が少しでも参考になると嬉しく思う.文献1)NicholsJJ,MarsichMM,NguyenMetal:Overnightorthokeratology.OptomVisSci77:252-259,20002)McCannaDJ,DriotJY,HartstookRetal:Rabbitmodelsofcontactlens-associatedcornealhypoxia:areviewoftheliterature.EyeContactLens34:160-165,20083)IchijimaH,HayashiT,MitsunagaSetal:Determinationofoxygentensiononrabbitcorneasundercontactlenses.CLAOJ24:220-226,19984)中村葉,横井則彦,木下茂ほか:レンズ下の酸素分圧に対するオルソケラトロジーレンズの影響.日コレ誌51:13-16,20095)FattI,BieberMT:Thesteady-statedistributionofoxygenandcarbondioxideintheinvivocornea.ExpEyeRes7:102-112,19686)SarverMD,BaggettDA,HarrisMGetal:Cornealedema

オルソケラトロジーの原理と角膜形状変化

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYとの間にスペースが形成され,ここに涙液が貯留することからtearreservoirzoneともよばれる.このスペースは中央の角膜上皮が再分布するために重要な領域であると考えられ,後述するような上皮の厚み変化が生じる空間を確保している.このRCの設置により短時間で効はじめにオルソケラトロジーとは特殊なデザインを施したハードコンタクトレンズ(HCL)を使用して角膜の形状を意図的に変化させ屈折矯正を行うことであり,近年,乱視や遠視用のオルソケラトロジーも臨床応用されているが,一般に普及しているのは近視矯正であるため,ここでは近視用オルソケラトロジーの矯正原理と角膜形状変化について概説する.I近視矯正を目的としたオルソケラトロジー基本的にはフラットなベースカーブで角膜中央部の形状を平坦化させることにより,角膜屈折力を減少させて近視を矯正するとの考え方である.この基本的概念に基づき古くからさまざまなレンズデザインが考案され試されてきたわけであるが,現在,最も効果的と考えられ臨床応用されているのは,レンズ内面が4カーブ(もしくは5カーブ)で構成されるリバースジオメトリーレンズである.中央から周辺に向かって①ベースカーブ(basecurve:BC),②リバースカーブ(reversecurve:RC),③アライメントカーブ(alignmentcurve:AC),④ペリフェラルカーブ(peripheralcurve:PC)の4つの同心円状カーブから構成される(図1).BCはレンズ中心部,直径約6mmの部分であり,角膜の曲率よりもフラットに設計されており角膜中央部を平坦化させる役割を担う.RCはBCを取り囲む非常にスティープなカーブである.BCとACをつなぐ溝状の構造をなし,角膜(11)1493*TakahiroHiraoka:筑波大学大学院人間総合科学研究科疾患制御医学専攻眼科学〔別刷請求先〕平岡孝浩:〒305-8575つくば市天王台1-1-1筑波大学大学院人間総合科学研究科疾患制御医学専攻眼科学特集●オルソケラトロジー診療を始めるにあたってあたらしい眼科27(11):1493.1499,2010オルソケラトロジーの原理と角膜形状変化PrinciplesofOrthokeratology;CornealShapeChangesafterOrthokeratology平岡孝浩*ペリフェラルカーブ(PC)アライメントカーブ(AC)リバースカーブ(RC)ベースカーブ(BC)図1代表的なリバースジオメトリーレンズのデザイン中央から周辺に向かって以下の4つのカーブから構成されている.レンズ直径は10~11mmで,通常のハードレンズより大きい.①ベースカーブ(オプティカルゾーン):角膜よりもフラットに設計されたカーブであり角膜中央部を圧迫し扁平化する.直径6mm前後.②リバースカーブ:ベースカーブを取り囲む非常にスティープなカーブで,角膜との間にスペース(tearreservoirzone)を形成する.これは中央の角膜上皮が再分布するために重要な領域であると考えられている.幅0.6mm程度.③アライメントカーブ:角膜曲率とパラレルなカーブで,センタリングを良好にする.幅1.2~1.3mm程度.④ペリフェラルカーブ:いわゆるエッジリフト.レンズ下の涙液交換を促し,レンズの固着を防ぐ.幅0.4mm程度.1494あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(12)論である.特に角膜中央部と中間周辺部(RC部)のレンズ下に形成されるそれぞれの涙液層の厚みとそれらの差が重要で,これらを巧みに設定することにより目標の矯正効果を得ようとする手法で,現在もTLT(tearlayerthickness)フィッティング法として数社のレンズで応用されている.目標の矯正効果(角膜形状変化)を達成するために必要なレンズ後面の涙液層の厚みを個々の角膜形状データをもとに設定し,コンピュータソフトウェアを用いてレンズをデザインするというシステムであるが,現時点で完成された方法とは言い難く,さらに改良・洗練される必要がある.矯正精度をさらに高めるために,オルソケラトロジーによる角膜形状変化を物理学的または数学的に説明する試みもなされてきた.コンタクトレンズに作用する力としては,重力,眼瞼圧,表面張力,涙液圧搾力(レンズ下の涙液層が生みだす陰圧,ベクトルでいえば眼球に向かってレンズを引っ張る方向に作用する)などがあるが,それぞれが複合的に作用し合っており,これらの力の関係を単純な数式で表わすのは困難である.これまでに涙液圧搾力や静水力学的圧力に基づいた理論や有限要素解析などが提唱されているが,いずれも実測値ではなく相対値に基づいたモデルであり,形状変化を説明するための仮説にすぎない.つまり,実測値に基づく物理学的・数学的モデルとして確立されたものはない.このほか,サグ原理,一定表面積原理などさまざまなフィッティング原理があるが,それぞれ単独ですべてを説明できるような単純なものではない.以上をまとめると,オルソケラトロジーの矯正原理はいまだ発展途上であり確立されたとは言い難い.さまざまな仮説や理論が存在するため系統だった理解をするのは困難であるが,これはオルソケラトロジーがコンタクトレンズによる角膜の圧迫といった単純なものではなくきわめて複雑なメカニズムにより角膜形状変化を生じているということを示している.それぞれの仮説や理論をすべて知る必要はないが,オルソケラトロジーの臨床(特に不成功症例)を理解するうえで役立つことが多い.それぞれの原理や理論は非常にむずかしいので詳細は他に譲るが,JohnMountfordらによる成書1)に詳しく記されているので,興味のある方は一読することをお薦め果的な形状変化が達成できるようになった.ACは角膜とほぼパラレルとなるように設計され,角膜上のセンタリングを保持し十分な屈折矯正効果を得るための役割を果たす.PCはレンズ最周辺部のカーブであり,適度なエッジリフトにより涙液交換を促進し,レンズの固着を防止する役割を果たす.このレンズを装用することにより,中央部の角膜上皮の菲薄化と中間周辺部の角膜厚増加がもたらされ,その結果近視が軽減し裸眼視力の向上が得られると考えられている.ただし,非観血的な治療であるがゆえ矯正効果には限界があり高度近視には不向きである.レンズ素材は通常のガス透過性HCLとほぼ同様であるが,就寝時に装用するためDk(酸素透過係数)値100以上のものが用いられている.リバースジオメトリーという用語の意味は,従来の標準レンズは周辺カーブがベースカーブよりフラットであるのに対して,これとは正反対の構造,つまり周辺カーブが中央のベースカーブよりもスティープであるということを意味する.特に第2カーブを非常にスティープにデザインするという斬新なアイデアにより,オルソケラトロジーの矯正効果は飛躍的に向上した.また,センタリングを良好にするために第3のアライメントカーブが設けられるようになり,より精度の高い矯正が可能となった.II矯正原理上記のように,リバースジオメトリーレンズを装用することにより非常に効果的な角膜形状変化が得られることが経験的にわかってきたわけであるが,詳細な矯正原理については,古くからさまざまな説が提唱され議論されてきた.当初(1960年代)はcornealmolding(角膜塑造)という概念,すなわち眼瞼圧によって(レンズを介して)角膜中央に圧力がかかる結果,レンズ後面の形状に沿って角膜が形作られるという仮説に基づき,少しずつレンズをフラット化しながら目標の屈折値に近づけていく手法がとられた.その後,Tabbは流体力学を応用し,レンズ下の涙液層における流体の力により角膜形状変化がもたらされるという理論を提唱した.つまりレンズによる直接的な圧迫ではなく,涙液層から生み出される圧力(陰圧や陽圧)により角膜が変形するという理(13)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101495のか?もしくはanteriorcornealsurfacechangeといって角膜前面のみが変化するのか?という議論がなされてきた.Swarbrickら2,3)は光学的角膜厚測定装置を用いて,治療による中央角膜上皮の菲薄化と中間周辺部の肥厚を確認し,さらにトポグラフィのデータとともにMunnerlynの公式へ当てはめたところ,この公式から計算される予測屈折矯正量と実際に達成された屈折矯正量は非常によく相関すると報告した(図3).Munnerlynの公式とは,角膜屈折矯正手術で用いられている切除の深さ(角膜厚の変化)とトリートメントゾーンの直径と屈折矯正量の関係を表す公式であるが,角膜後面カーブに変化がないことを前提とした公式であるので,オルソケラトロジー後の屈折変化は角膜後面ではなく前面の厚み変化で十分に説明できるということを間接的に示したのである2).つまり,overallcornealbendingを否定している.一方,Owensら4)はビデオPurkinjeイメージ法を用いて,治療開始後早期には角膜後面も有意にフラット化することを報告し,その原因としてレンズのオーバーナイト装用がもたらす角膜浮腫によるのではないかと推察する.III角膜の非球面性が重要通常,角膜は非球面でありprolate型といって中央の屈折力が周辺よりも強い形状をしている.オルソケラトロジーを開始すると,角膜中央がフラット化することにより屈折力は弱まり,逆に中間周辺部の屈折力は強くなるので,つまり角膜形状は徐々に球面へと近づいていく.そして球面形状を通り越してさらに中央が扁平化すると周辺部の屈折力が中央よりも強くなるoblate型となる(図2).古くは角膜が完全に球面化したところが矯正の終点と考えられていたが,最近の研究では角膜中央よりも中間周辺部のほうが屈折力が大きくなることが判明し,LASIK(laserinsitukeratomileusis)などの屈折矯正手術後と同様にoblate形状へと変化しうることが確認されている.したがって,もともとの角膜形状が球面に近い症例よりもprolate型が強い(非球面性が高い)症例のほうが,球面化そしてoblate形状へと変化していく余地が大きいため,オルソケラトロジーの効果がでやすいと考えられている.IV角膜前面変化or全層変化?オルソケラトロジー治療後には,overallcornealbendingといって角膜後面も含めて角膜全体が屈曲するProlate型中心がスティープ周辺がフラットOblate型中心がフラット周辺がスティープ図2Prolate形状とoblate形状角膜は非球面であり,通常prolate型といって角膜中央が周辺よりもスティープである.オルソケラトロジーを開始すると,角膜中央がフラット化することにより屈折力は弱まり,逆に中間周辺部の屈折力は強くなるので,つまり角膜形状は徐々に球面へと近づいていく.そして球面形状を通り越してさらに中央が扁平化すると周辺部が中央よりもスティープとなり,屈折矯正手術後と同様のoblate型となる.1.001.502.002.503.00PredictedchangeinRx(D)MeasuredchangeinRx(D)3.504.004.504.504.003.503.002.502.001.501.00図3Munnerlynの公式から計算される予測屈折矯正量(横軸)と実際に達成された屈折矯正量(縦軸)の相関関係屈折矯正手術で用いられるMunnerlynの公式t=.S2×D/3〔tは切除の深さ(角膜厚の変化),Sはトリートメントゾーンの直径,Dは屈折量変化〕をオルソケラトロジーに当てはめてみても,予測屈折変化量と達成屈折変化量がよく相関することが判明.この公式は角膜後面に変化がないことを前提として成り立っているので,オルソケラトロジーにおいても角膜後面には変化を生じないことが間接的に証明された.(文献3より)1496あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(14)V組織変化角膜厚が変化するメカニズムの一つとして,epithelialredistribution(上皮再分配)が提唱されている.角膜中央のBCの部分では上皮の厚みが薄くなり,それを取り囲むRC部分(tearreservoirzone)へと上皮細胞が移動することにより中間周辺部の上皮が肥厚するという考えである.はたしてヒト眼においてこのような変化が本当に起きているのであろうか?これまでにさまざまな光学機器を用いて中央角膜上皮の菲薄化を確認した報告は多数なされている3,7,8)が,組織変化としては動物実験でしか確認されていない.Matsubaraら9)は家兎眼にレンズを1カ月間連続装用している.Joslinら5)は,オルソケラトロジー後の眼球収差の増大は角膜収差の増大より大きく,内部収差の増大も伴わないと説明できないと報告し,内部収差増大は角膜後面の変化に起因することを示唆している.このように角膜後面変化を支持する報告も散見される.さらに最近になって,Tsukiyamaら6)はScheinpflug像の解析により,角膜後面の曲率半径と前房深度はオルソケラトロジー前後で変化がみられなかったことから,overallcornealbendingを否定する報告をしている.これまでに上記のようなさまざまな報告がなされ,角膜後面の変化については結論を得るには至っていないが,角膜前面での形状変化が主体であるという点に関してはコンセンサスが得られている.コントロールオルソケラトロジー後4時間オルソケラトロジー後8時間オルソケラトロジー後14日midperipheralcentralmidperipheralmidperipheralcentralmidperipheralmidperipheralcentralmidperipheralmidperipheralcentralmidperipheral図4ネコ眼での組織変化ネコ眼にオルソケラトロジーレンズを装用させたのちの経時的組織学的変化.コントロールと比較して早期から中央角膜上皮での菲薄化が認められる.その主要な反応は細胞の圧縮変形であり明らかな細胞層数の減少は認められない.特に基底細胞が通常の細長い形状ではなく,圧縮というべき押し潰されたような形状に変化している.一方,中間周辺部においてはレンズ装用後早期(4時間)では基底細胞の伸長が主体であるものの,8時間後にはわずかではあるが上皮細胞層数の増加がみられるようになり,14日後には基底細胞の伸長は目立たず,むしろ上皮細胞層数の増加が主体となっている.(文献10より)(15)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101497試みも行われてはいるが,約50μmの厚みしかない上皮の変化では強度近視を矯正することは理論的に不可能である.実質にも相当の変化を生じる,もしくは角膜全体の屈曲が起きる必要があり,強度近視眼において本当にこのような変化が起きうるのかについては今後検証される必要がある.VIIトポグラフィでの角膜形状変化前述したような角膜上皮の変化を主体として角膜厚の部位別変化が生じ,その結果屈折の変化と裸眼視力の向上が得られる.そしてこれらの角膜形状変化はトポグラフィ上で明瞭に確認できるようになる.理想的な変化はブルズアイ(bull’seye)パターンといい,すなわち角膜中央部に良好にセンタリングした円形のフラット化領域がみられ,その周囲をスティープな領域が囲む.さらに周辺部の形状にはほとんど変化がみられない状態である(図5).レンズがフラット過ぎると上方へ偏位しやすく,その結果スマイリーフェイス(smileyface)パターンといって,下方に三日月状のスティープな領域が現れる(図6).この領域が笑っている口のように見えることからこのようによばれるが,明らかに扁平化領域が偏心しさせたのちの組織変化を検討し,角膜中央のBCに対応する部位では角膜上皮は菲薄化,RCに対応する中間周辺部においては上皮が肥厚化すると報告した.特に中間周辺部での肥厚に関しては,重層扁平上皮である角膜上皮層の数が治療前よりも増加することに加えて上皮基底細胞の丈が長くなることにより達成されており,実質の肥厚はみられなかったとしている.Chooら10)はネコ眼にレンズを装用させ2週後までの角膜組織変化を検討している.その結果,中央角膜上皮での菲薄化が認められたが,その主要な反応は細胞の圧縮変形であり明らかな細胞層数の減少は認められなかったと報告した.特に基底細胞が通常の細長い形状ではなく,圧縮というべき押し潰されたような形状に変化していた.一方,中間周辺部においてはレンズ装用後早期(4時間)では基底細胞の伸長が主体であるものの,8時間後にはわずかではあるが上皮細胞層数の増加がみられるようになり,14日後には基底細胞の伸長は目立たず,むしろ上皮細胞層数の増加が主体となった(図4).この解釈として,治療後早期は細胞内の内容液が細胞間を移動するため細胞自体の圧縮(中央)や伸長(周辺)が主体となるが,時間が経過するにつれ細胞の分裂や脱落,アポトーシスのバランスが変化するほか,細胞自体の移動(再分配)などが関与して上皮細胞層数の増加をもたらす可能性が示唆されている.実質については,光学的角膜測定により確認された中間周辺部の実質肥厚2,3)に対して,組織学的に証明した報告はみられない.つまり,角膜上皮細胞層の厚みの変化に関しては確実にエビデンスがあるものの,角膜実質の形状や組織学的変化については一定の見解は得られていない.VI矯正の限界上記のように角膜前面,特に角膜上皮の厚み変化が主体となって屈折変化を生みだしているため,当然矯正効果には限界がある.もちろん症例により異なるが,通常は.4D程度までの近視がよい適応とされる.それよりも近視が強くなると効果の発現に時間がかかるだけでなく効果が不十分・不安定となりやすい.強度近視眼に対しては処方を段階的に強めることによって適応を広げる図5経過良好例のトポグラフィ所見(ブルズアイ)中央部に寒色(緑色)系の領域が認められ,治療により角膜中央部がフラット化したことが明確に判断できる.また中間周辺部は暖色(オレンジ)系となりスティープ化していることがわかる.さらに周辺ではほとんど変化がみられない.扁平化領域が偏心しておらずブルズアイ(bull’seye)とよばれる良好な所見である.1498あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(16)扁平化領域が中央から偏心するに従って高次収差が増大し,コントラスト感度が低下することが報告されている11)ので,レンズのセンタリングに留意し角膜の扁平化領域を中央に保つことがきわめて重要である.VIII角膜不正乱視・眼球高次収差本治療は積極的に角膜形状を変化させるため,各種の角膜屈折矯正手術と同様に角膜不正乱視や高次収差の問題は避けて通れない.たとえレンズのセンタリングが良好でも球面収差の増加は避けられず,レンズが偏心すればコマ様収差の増加へとつながる.しかし,これらの変化は近視矯正量に相関することが報告されており12,13),過度の矯正をしなければ不正乱視や高次収差の増加も許容できる範囲となることが多い.また不正乱視や高次収差は明視時の視機能だけでなく薄暮時の視機能とも関連している14,15)ので,視機能を類推するうえでも役に立つ.図7,8に実際の解析結果を提示するが,角膜トポグラフィでのFourier解析プログラムや波面センサーを用いてこれらを定量評価することは,治療効果の客観的判定を容易にするばかりでなく患者のさまざまな訴えを理解するうえでもきわめて有用である.ており,単眼複視やグレアの原因となるなどqualityofvisonが低下するため処方変更が必要となる.逆にレンズがスティープ過ぎる場合は下方に偏位しやすい.角膜図6経過不良例のトポグラフィ所見(スマイリーフェイス)レンズがフラット過ぎると上方へ偏位しやすく,トポグラフィ上では寒色の扁平化領域が上方へ偏位し,下方に三日月型の暖色域が現れる.この領域が笑っている口のように見えることから,スマイリーフェイス(smileyface)パターンとよばれる.図7Fourier解析による角膜不正乱視の定量化トポグラフィデータをFourier解析することにより,角膜不正乱視の定量化が可能であり,治療効果を把握するのに非常に有効である.非対称成分と高次不正乱視成分をあわせて広義の不正乱視とよんでいる.この症例ではいずれの不正乱視成分も強く,処方交換が必要である.左上図:オリジナルマップ.トリートメントゾーンが上耳側に偏位している.中央上図:球面成分.角膜中央は扁平化しているが,非常に狭い範囲の変化である.右上図:正乱視成分.2D程度の斜乱視が惹起されている.中央下図:非対称成分.きわめて強い非対称性が確認できる.右下図:高次不正乱視成分.高次不正乱視も著しい.あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101499文献1)MountfordJ:Amodelofforcesactinginorthokeratology.Orthokeratology:PrinciplesandPractice.MountfordJetaleds,p269-301,ButterworthHeinemann,Oxford,20042)SwarbrickHA,WongG,O’LearyDJ:Cornealresponsetoorthokeratology.OptomVisSci75:791-799,19983)AlharbiA,SwarbrickHA:Theeffectsofovernightorthokeratologylenswearoncornealthickness.InvestOphthalmolVisSci44:2518-2523,20034)OwensH,GarnerLF,CraigJPetal:Posteriorcornealchangeswithorthokeratology.OptomVisSci81:421-426,20045)JoslinCE,WuSM,McMahonTTetal:Is“wholeeye”wavefrontanalysishelpfultocornealrefractivetherapy?EyeContactLens30:186-188,20046)TsukiyamaJ,MiyamotoY,HigakiSetal:Changesintheanteriorandposteriorradiiofthecornealcurvatureandanteriorchamberdepthbyorthokeratology.EyeContactLens34:17-20,20087)NicholsJJ,MarsichMM,NguyenMetal:Overnightorthokeratology.OptomVisSci77:252-259,20008)SoniPS,NguyenTT,BonannoJA:Overnightorthokeratology:visualandcornealchanges.EyeContactLens29:137-145,20039)MatsubaraM,KameiY,TakedaSetal:Histologicandhistochemicalchangesinrabbitcorneaproducedbyanorthokeratologylens.EyeContactLens30:198-204,200410)ChooJD,CarolinePJ,HarlinDDetal:Morphologicchangesincatepitheliumfollowingcontinuouswearoforthokeratologylenses:apilotstudy.ContLensAnteriorEye31:29-37,200811)HiraokaT,MihashiT,OkamotoCetal:Influenceofinduceddecenteredorthokeratologylensonocularhigher-orderwavefrontaberrationsandcontrastsensitivityfunction.JCataractRefractSurg35:1918-1926,200912)HiraokaT,FuruyaA,MatsumotoYetal:Quantitativeevaluationofregularandirregularcornealastigmatisminpatientshavingovernightorthokeratology.JCataractRefractSurg30:1425-1429,200413)HiraokaT,MatsumotoY,OkamotoFetal:Cornealhigher-orderaberrationsinducedbyovernightorthokeratology.AmJOphthalmol139:429-436,200514)HiraokaT,OkamotoC,IshiiYetal:Contrastsensitivityfunctionandocularhigher-orderaberrationsfollowingovernightorthokeratology.InvestOphthalmolVisSci48:550-556,200715)HiraokaT,OkamotoC,IshiiYetal:Mesopiccontrastsensitivityandocularhigher-orderaberrationsafterovernightorthokeratology.AmJOphthalmol145:645-655,2008(17)図8波面センサーによる高次収差の定量化左下に表示されているハルトマン(Haltman)像の歪みから,治療により扁平化した領域が上方へ偏位していることがわかる.カラーマップの右上が角膜の高次収差,右下が眼球の高次収差であり,暖色と寒色が入り混じっていることから高次収差が増大していることがわかる.また各収差成分の定量化された数値がマップの下方に表示されている.本症例ではコマ様収差も球面様収差も増大しており,右図のLandolt環シミュレーションでは三重視のような所見を呈している.視機能が低下していることが容易に想像できる.

オルソケラトロジー・ガイドラインについて(講習会も含めて)

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY方する眼科専門医には学会指導の講習会を受講し,さらに販売する会社の講習会で処方手順を受講することを義務づけた.日本眼科学会は,エキシマレーザー屈折矯正手術と同様に本講習会を指定講習会として認定し,受講の有効期間を5年間とした.受講者は最新の情報を受けるために5年に1回受講しなければならない.日本眼科学会指定の講習会は,オルソケラトロジー診療に必要な基礎的および臨床的知識を盛り込み,インフォームド・コンセントや合併症などについても十分な解説を行うことを義務づけた.講習会を受講した眼科専門医に対しては受講証を発行することになった.さらに,オルソKは視力補正用コンタクトレンズとは異なり,処方する眼科専門医自身が本レンズを管理しなければならなくなった.日本コンタクトレンズ学会は,本レンズの治験が開始されたことから,2005年学会理事会内にオルソケラトロジー・ガイドライン委員会(金井淳委員長,他6名)を立ち上げ,さらに国内臨床治験に参加した12施設の治験担当医師によるオルソケラトロジー臨床試験施設委員会(吉野健一委員長,他11名)を作った.ガイドラインは,まず臨床治験施設委員会でその骨子が作成され,さらに日本コンタクトレンズ学会オルソケラトロジー・ガイドライン委員会で修正され,日本コンタクトレンズ学会理事会の承認を得た後,日本眼科学会に提出され日本眼科学会雑誌に掲載された2).オルソケラトロジー・ガイドラインの骨子はエキシマレーザー屈折矯正手はじめに視力補正用コンタクトレンズは,レンズを装用することで視力の改善を図ることができるが,オルソケラトロジーレンズ(以下,オルソKレンズ)は,就寝時に装用することで角膜の形状を変え,起床時以降レンズの装用なしで良好な裸眼視力を得ることができる新しい屈折矯正手段である.オルソKレンズは,わが国では承認以前から一部の医師により自らの裁量権のもとに処方されてきていたが,レンズ素材の酸素透過率,レンズデザインなどの問題,中国での重篤な合併症の発症も報道されたことから,2002年10月日本コンタクトレンズ学会では,未成年者への処方を慎重にすべきとの観点より「日本の眼科」に警告文を掲載した1).その後,わが国では2004年まず3社のオルソKレンズが臨床治験を開始し,その後,さらに3社も加わり,合計6社のオルソKレンズの臨床治験が行われた.2009年4月にアルファコーポレーション社のレンズが医療機器として製造・販売の承認を得た.これに伴い厚生労働省は,オルソKレンズを2009年4月28日付けで,新たにこれまでの視力補正用コンタクトレンズとは別に角膜矯正用コンタクトレンズとして薬事法に基づく医療機器として加えた.厚生労働省は承認に際して,これまでの視力補正用コンタクトレンズとはレンズデザインや処方方法も異なることから,日本コンタクトレンズ学会に対してガイドラインの作成を,そして日本眼科学会に対して,本レンズを処(7)1489*AtsushiKanai:順天堂大学医学部眼科学教室**KenichiYoshino:吉野眼科クリニック〔別刷請求先〕金井淳:〒113-8421東京都文京区本郷3-1-3順天堂大学医学部眼科学教室特集●オルソケラトロジー診療を始めるにあたってあたらしい眼科27(11):1489.1492,2010オルソケラトロジー・ガイドラインについて(講習会も含めて)AGuidelinetoOrthokeratology金井淳*吉野健一**1490あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(8)ない.a.年齢患者本人の十分な判断と同意を求めることが可能で,親権者の関与を必要としないという趣旨から20歳以上とする.わが国で実施された臨床治験では上記理由から20歳以上で行われた.b.対象屈折値が安定している近視,乱視の屈折異常とする.c.屈折矯正量①近視度数は.1.00Dから.4.00D,乱視度数は.1.50D以下を原則とする.明確な倒乱視,または斜乱視については,十分検討のうえ処方する.②角膜中心屈折力が39.00Dから48.00Dまで.③治療後の屈折度は過矯正にならないことを目標とする.現在わが国では1社のレンズのみが承認されたばかりであり,今後処方後の成績の集積が不可欠であり,これらの結果をもとに適応および矯正量などについて再検討されるべきである.処方年齢に関して,治験における対象が,20歳以上のごく限られた症例数(30症例60眼)であり,観察期間も1年と短かったこと,また,夜間就寝時のみ装用する本レンズが角膜に与える長期の影響,安全性については未知であることから,検討委員会ではその適応年齢を,レンズの取り扱いを十分熟知することのできる20歳以上とした.エキシマレーザー屈折矯正手術の最初のガイドラインでも,lateonsetmyopiaを考慮に入れ,親権者の同意を必要としない20歳以上としていた.その後,累積手術件数も推定110万件を超し,その臨床成績を踏まえて9年経過後の2009年に適応年齢を18歳に下げた.蓄積された臨床データを解析することにより,本ガイドラインも改定される可能性を残している.オルソKレンズの装用を中止した場合は,その後数週間以内に元の屈折状態に戻ることが治験において確認できている.学童への使用によって近視の進行を抑制できるかどうかについては,アジアからの報告6~9)が散見できるが,その経過観察期間はまだ1~2年と短く,長期観察での効果の結果を待たねばならない.さらに,若年者の角膜は成人に比べて柔らかさが異なることが角膜術のガイドラインを参考に作成された3~5).Iオルソケラトロジー・ガイトラインオルソKレンズは,高酸素透過性素材〔酸素透過係数(Dk)値:100×10.11以上〕を材料に作成されたリバースジオメトリーとよばれる特殊なデザインをもつハードレンズで,従来のハードレンズとは異なる特徴をもっている.すなわち,1)日中活動時の裸眼視力の向上をその使用目的とする,2)可能矯正屈折度数の限界と処方可能年齢に制限がある.3)角膜中心部がフラット,中間周辺部がスティープ,周辺部がパラレルとなる特殊なフィッティング原理を有する,4)日中の裸眼視力の向上を目的とするために,睡眠時の装用を繰り返すことにより屈折状態を変化させるが,使用を中止すれば元の屈折状態に戻る,5)特殊なレンズ形状と睡眠時の装用である点で,より入念なレンズの管理を必要とするなどの点があげられる.ガイドラインは,①処方者,②適応,③禁忌または慎重処方,④インフォームド・コンセント,⑤処方前スクリーニング検査,⑥レンズ処方の留意点,⑦処方後の経過観察に分けて作成された.IIガイドラインの内容1.処方者オルソケラトロジーによる屈折矯正は,エキシマレーザー屈折矯正手術同様,眼科専門領域で取り扱うべき治療法であり,日本眼科学会認定の眼科専門医であると同時に,角膜の生理や疾患ならびに眼光学に精通していることが処方者としての必須条件とした.オルソKレンズの処方に際しては,まず日本眼科学会の指定するオルソKレンズ処方講習会(現在は日本眼科学会総会,日本コンタクトレンズ学会総会,日本臨床眼科学会総会の年3回実施している)を受講し,つぎに厚生労働省から承認された製造・輸入販売業者が実施する導入時講習会を受講し証明を受けることが必要である.2.適応オルソケラトロジーによる屈折矯正の長期予後についてはなお不確定な要素があること,正常な角膜に変化を与えることなどから慎重に適応例を選択しなければなら(9)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101491または視力変化が心身の危険に結びつくような作業をする患者⑭不安定な角膜屈折力(曲率半径)測定値あるいは不正なマイヤー像を示す(不正乱視を有する)患者b.慎重処方①ドライアイを起こす可能性のある薬物治療あるいは視力に影響が出る可能性のある薬物,抗炎症薬(例えばcorticosteroid)の投与を受けている患者またはその予定のある患者②暗所瞳孔径が大きな患者(暗所瞳孔径は4~5mmであることが望ましい)4.インフォームド・コンセントオルソケラトロジーに伴って発現する可能性のある合併症と問題点について十分に説明し同意を得ることが必要である.特に,眼鏡や屈折矯正手術などの矯正方法が他に存在すること,オルソケラトロジー処方後に何らかの疾病で受診した場合,本処方の既往について担当医に申告すること,を十分に説明することが望まれる.5.処方前スクリーニング検査処方前には以下の諸検査を実施し,オルソケラトロジーの適用があるか否かについて慎重に評価する必要がある.①視力検査:裸眼および矯正視力②屈折値検査:自覚,他覚③角膜曲率半径計測④細隙灯顕微鏡検査⑤角膜形状解析検査(トポグラフィー)(重要)⑥角膜内皮細胞数測定⑦シルマーI法試験⑧眼底検査⑨眼圧測定⑩瞳孔径測定(明所,暗所)(任意)6.レンズ処方の留意点①適切なトライアルレンズを選定したら,視力の改善,センタリング,角膜の状態を観察する.不適切なフィッティングの場合には当日のレンズ引き移植などで知られており,本レンズを装用することで過矯正になるおそれが十分にある.直径10mmを超す大きなレンズを就寝時装用することで角膜の代謝に何らかの影響を及ぼすことなど未知の部分が多い.さらに,諸外国10,11)や国内12)でも若年者のオルソKレンズ使用例で角膜潰瘍発症例が報告され,レンズ取り扱いなどの点を含めて若年者への処方に問題が残されている.d.眼疾患を有していない健常眼でつぎの①,②であること①角結膜に顕著なフルオレセイン染色がなく,シルマーI法試験にて5分間5mm以上であること.②角膜内皮細胞密度が2,000個/mm2以上であること.3.禁忌または慎重処方つぎのような患者は,処方の対象とはしないか,または慎重に処方するものとする.a.禁忌①前述の適応に適合しない患者②インフォームド・コンセントを行うことが不可能もしくはそれを望まない患者,あるいは取り扱い説明書の指示に従わない患者③定期検診に来院することが困難な患者④妊娠,授乳中の女性あるいは妊娠の計画がある女性⑤円錐角膜の兆候あるいは他の角膜疾患がある患者⑥免疫疾患のある患者(例えばAIDS,自己免疫疾患)あるいは糖尿病患者⑦コンタクトレンズの装用,またはケア用品の使用によって,眼表面あるいは眼付属器にアレルギー性の反応を起こす,または増悪する可能性のある患者⑧前眼部に急性,亜急性炎症または細菌性,真菌性,ウイルス性などの活動性角膜感染症のある患者⑨角膜,結膜,眼瞼に影響を及ぼす眼疾患,損傷,奇形などのある患者⑩重篤な涙液分泌減少症(ドライアイ)患者⑪角膜知覚の低下している患者⑫眼に充血あるいは異物感のある患者⑬治療途中に車あるいはバイクの運転をする患者,1492あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(10)されるべきである.マスコミやインターネットを利用しての本レンズの宣伝は慎むべきである.社会的影響を十分配慮した良識ある行動をとるべきである.本ガイドラインは蓄積された臨床データを解析することにより,再検討することに何ら支障はない.文献1)オルソケラトロジーに対する警告.日本の眼科73:1161-1162,20022)日本コンタクトレンズ学会:オルソケラトロジー・ガイドライン.日眼会誌113:676-679,20093)屈折矯正手術の適応について,屈折矯正手術適応検討委員会答申.日眼会誌97:1087-1089,19934)エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン─エキシマレーザー屈折矯正手術ガイドライン起草委員会答申.日眼会誌104:513-515,20005)エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン.日眼会誌113:741-742,20096)ChoP,CheungSW,EdwardsM:Thelongitudinalorthokeratologyresearchinchildren(LORIC)inHongKong:Apilotstudyonrefractivechangesandmyopiacontrol.CurEyeRes30:71-80,20057)EidenSB,DavisRL,BennettESetal:TheSMARTstudy:Background,rationale,andbaselineresults.ContactLensSpectrum24:24-31,20098)WallineJJ,RahMJ,JonesLA:Thechildren’sovernightorthokeratologyinvestigation(COOKI)pilotstudy.OptomVisSci81:407-413,20049)CheungSW,ChoP,FanD:Asymmetrialincreaseinaxiallengthinthetwoeyesofamonocularorthokeratologypatient.OptomVisSci81:653-654,200410)YoungAL,LeungAT,ChengLLetal:Orthokeratologylens-relatedcorenalulcersinchildren:acaseseries.Ophthalmology111:590-595,200411)HsiaoCH,YeungL,MaDHetal:PediatricmicrobialkeratitisinTaiwanesechildren:areviewofhospitalcases.ArchOphthalmol125:688-689,200712)加藤陽子,中川尚,秦野寛ほか:学童におけるオルソケラトロジー経過中に発症したアカントアメーバ角膜炎の1例.あたらしい眼科25:1709-1711,2008渡しは行わない.②目的視力達成に至るまでの低矯正に対しては,使い捨てソフトコンタクトレンズにて対処する.その間,法的に一定以上の視力が必要とされる行為(車の運転など)は控えるように説明する.7.処方後の経過観察処方翌日には必ず細隙灯顕微鏡による観察を行い,異常をチェックする.その後も必要に応じて経過観察するが,スクリーニング検査で挙げた項目については経時的に評価すべきである.処方後3カ月ごとのフォローアップは必須で,一般検査のなかで長期経過を見守る必要がある.オルソKレンズ装用には,以下の合併症と問題点が知られており,これらについても適切に対処,または観察する必要がある.①疼痛②角膜上皮障害③角膜感染症④アレルギー性結膜炎⑤ハロー・グレア,コントラスト視力の低下⑥不正乱視⑦ironring⑧上皮下混濁なお,考えうるトライアルレンズの変更を試みても効果不良な患者に対しては,治療を長引かせることなく治療を断念することも必要である.おわりに今回作成したオルソケラトロジー・ガイドラインは限られた症例での臨床治験をもとに作成されたもので,エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン同様,わが国での処方件数を蓄積し,長期効果,安全性を今後確認

オルソケラトロジーの歴史

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYケラトロジーのような効果のコントロールは不可能であり,かつ適応例もきちんと選択されていたとは到底思えないからである.そこから第一世代のオルソケラトロジーレンズが登場するまで約250年もの月日を要した.一方,似たような逸話として,CLの起源をレオナルド・ダ・ヴィンチとする見方があるのは有名である.西暦1508年,眼球に見立てて水を満たしたガラスボールの水面に自分の眼をつけて網膜への結像の実験を行ったというものであるが,これとてCLの開発を目論んでのことではなく,眼光学を科学的に説明するのが目的であり,その結果導き出されたのは眼の網膜への結像は直像である,という間違った結論であったというオチまで付いていた.実際にスイス人眼科医FickがCLを開発2),装用した1887年までには,それから約380年もの歳月が流れた.両者とも,本当の意味での実用化まで,数百年単位もの月日を要しているのが興味深い.しかも,今日のオルソケラトロジーの歴史を振り返るにあたっては,CLの歴史が欠かせない点でも共通している.IICL利用のオルソケラトロジー普及の背景CLをオルソケラトロジーに用いた当初は,まったくの手探りから始まった経験則に基づく事象の応用の積み重ねであったという印象がある.それを研究者らの地道かつ,たゆまぬ努力の末,開花したのが現在のCLを利用したオルソケラトロジーといえるであろう.近年の角はじめにどんなサイエンスにも歴史があるように,オルソケラトロジーにも歴史があり,その年月は50年近くにも及ぶ.その間,球面ハードコンタクトレンズ(CL)を複数枚必要とした第一世代,リバースジオメトリーレンズデザインを採用した第二世代を経て,高酸素透過性により就寝時装用を可能にし,今日普及しつつある第三世代へと推移している.本稿では,そのオルソケラトロジーの歴史について,理論やレンズデザインの発展とともに振り返ることとする.ICL利用以前のオルソケラトロジーにまつわるエピソード眼に屈折異常をもつ者にとって,眼鏡やCLなどを装用することなく裸眼で物が見えるということに対する欲求は,昔から強かったようである.約300年前の中国では,官僚登用試験である科挙制度の際に視力検査があり,近視の者は試験前夜から砂袋を眼の上に乗せて就寝し,裸眼視力向上を図っていた1)といわれている.ちなみに科挙制度とは隋から清の時代(西暦598~1905年)の中国に存在した「試験科目による選挙」を意味するが,選挙というよりも選抜試験といったほうが,今の日本語的にはより近い意味合いなのではなかろうか.この逸話をオルソケラトロジーの元祖とする意見があるが,賛否両論あるかと思われる.というのも,今日のオルソ(3)1485*HiroshiToshida:順天堂大学医学部附属静岡病院眼科〔別刷請求先〕土至田宏:〒410-2295伊豆の国市長岡1129順天堂大学医学部附属静岡病院眼科特集●オルソケラトロジー診療を始めるにあたってあたらしい眼科27(11):1485.1488,2010オルソケラトロジーの歴史HistoryofOrthokeratology土至田宏*1486あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(4)っていた.しかし,この頃は当然のことながら角膜形状解析装置はおろか,処方マニュアルなどはまったく存在しておらず,処方医が手探りに近い状態で複数枚のレンズをつぎつぎに交換して,目標視力を導いていたようである1,4).しかも,目標に至るまでに時間と手間がかかるかばりでなく,矯正効果も1~2D程度であり,さらには当時のHCLはまだ酸素透過性がなく終日装用であったため,不便なものであり,また合併症も多かった.IV第二世代(リバースジオメトリーレンズの登場)(図2)第一世代の球面レンズの最大の特徴であるフラット処方における最大の欠点は,センターリング不良であった.通常のHCLでもフラットな処方でセンターリング不良を生じるが,オルソケラトロジーではレンズの偏位は乱視を生み出すため,最も避けなければならない状態である.この問題を解消すべく開発されたのが,1989年WlodygaとBrylaによって報告されたリバースジオ膜形状解析装置やコンピュータを駆使することにより理論立てて,この分野を一つの独立した学問に築き上げた先達の功績は非常に大きい.冒頭で触れたように,現在主流のオルソケラトロジーレンズは第三世代とよばれている.そこに至った背景には,1)レンズデザインの改良,2)角膜形状解析装置の開発・進歩,3)近視矯正理論の進歩,4)高酸素透過性素材の開発による就寝時装用の実現などの技術革新があげられる.次項以降では,CLとオルソケラトロジーの歴史の両者をリンクしながら,レンズの世代順にその歴史を駆け足で巡ることとする.III第一世代(球面CLを用いたオルソケラトロジーの黎明期)(図1)1962年,Jessen博士は現在のCLを用いたオルソケラトロジーの原理の基礎となるortho-focusという原理を,米国シカゴで開催されたInternationalSocietyofContactLensSpecialistsConferenceで初めて紹介した3).この当時の理論は,球面のハードCL(HCL)をフラットに処方すると屈折度数が減少する知見が基盤となAB図1第一世代の球面のハードCL(HCL)のフラット処方A:フィッティングの模式図.B:フルオレセインパターン.ABベースカーブベースカーブリバースカーブ周辺カーブ周辺カーブよりスティープなリバースカーブ図2第二世代のリバースジオメトリーレンズ(3カーブデザイン)A:レンズデザインの模式図.B:フルオレセインパターンと各レンズカーブの関係.中央のベースカーブと周辺カーブの間に,よりスティープなリバースカーブがデザインされている.(5)あたらしい眼科Vol.27,No.11,201014872009年4月にアルファコーポレーション社のオルソR-Kレンズが初めて厚生労働省より認可,発売開始された.おわりにオルソケラトロジーの黎明期から現在まで,その歴史を駆け足で巡ってきたが,上述のごとく現在主流かつ普及の要因となったオルソケラトロジーレンズの就寝時装用は今世紀に入ってからのものであり,その歴史は10年足らずとまだまだ浅い.基礎研究から合併症,長期安全性の臨床評価に至るまで今後の課題は多いのが事実である.その詳細については他稿に譲るが,特に矯正効果における適応は,日本コンタクトレンズ学会の委員会が作成したオルソケラトロジー・ガイドライン7)によれば.4.00Dまでの近視症例とされており,決していまだに中等度~強度近視例にまで間口が広がってはいないのが現状である.また,自験例ではガイドラインに完全に適メトリーレンズであった5).リバースジオメトリーレンズは,レンズの中央部分が周辺部よりもフラットにデザインされ,その間にリバースカーブが存在するため,カーブは合計3ゾーンから構成されている.この登場までに第一世代から約20年以上経過したが,この理論は今日のオルソケラトロジー理論の礎となっており,必要不可欠となっている.これにより従来の半分の時間で屈折矯正効果を生み出せるようになった.とはいえ,矯正効果が得られるまでに1~2カ月かかり,矯正効果も1~2日程度であった.一方,この頃から酸素透過性(RGP)CLが登場,オルソケラトロジーレンズにも用いられるようになったが,酸素透過性はまだ低く,装用方法も終日装用から脱していなかった.さらに,この第二世代のレンズとても,センターリング不良は最大の欠点としてなおも残存した.V第三世代(就寝時装用の実現)(図3)1990年代に入り,RGPCLの素材の開発競争が激化し,各社がレンズの酸素透過性向上に鎬を削り,Dk(酸素透過係数)戦争とよばれたりもした.その恩恵として,RGPCLを連続装用可能なものとし,オルソケラトロジーの世界においても就寝時装用が可能となり,今日,広く普及する大きな要因の一つとなった.第二世代のリバースジオメトリーレンズでなおも課題として残されたセンターリングの問題をさらに解決すべく,3カーブデザインに安定性を向上させるアライメントカーブを加えた4カーブデザインのリバースジオメトリーレンズが開発され,2002年5月,Paragon社のCRTRが初めての就寝時装用のオルソケラトロジーレンズとして米国食品医薬品局(FDA)の認可を得た.これにより,悲願であったオルソケラトロジーレンズの就寝時装用時代の幕開けとなった.その他のオルソケラトロジーを取り巻く環境の変化としては,昨今のパーソナルコンピュータおよび角膜形状解析装置の普及が,屈折矯正効果を予測立てて処方をマニュアル化することに大きく寄与し,現在のオルソケラトロジーレンズ普及の大きな推進力となっている.以降,複数のレンズメーカーからこれらの技術を駆使したオルソケラトロジーレンズが登場し,わが国においてもAB後面光学部カーブ/ベースカーブリバースカーブリバースカーブベースカーブ(オプティカルゾーン)フィッティング(アライメント)カーブ周辺カーブ周辺カーブアライメントカーブ図3第三世代のリバースジオメトリーレンズ(4カーブデザイン)第二世代のリバースジオメトリーレンズでいうところのリバースカーブと周辺カーブの間に相当する位置に,アライメントカーブがデザインされている.1488あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(6)文献1)佐野研二:オルソケラトロジーの歴史と現状.日コレ誌45:165-167,20032)EfronN,PearsonRM:CentenarycelebrayionofFick’sEineContactabrille.ArchOphthalmol106:1370-1377,19883)JessenG:Orthofocustechniques.Contacto6:200-204,19624)NeilsonR,MayCH,GrantS:Emmetropizationthroughcontactlenses.Contacto8:20-21,19645)WlodygaTJ,BrylaC:Cornealmolding;Theeasyway.ContactLensSpectrum4:58-65,19896)土至田宏:「はじめてのオルソケラトロジーQ&A」第3回処方に必要な施術前検査.眼科ケア12:732-735,20107)日本コンタクトレンズ学会:オルソケラトロジー・ガイドライン.日眼会誌113:676-679,2009合する症例に対し,何度処方変更しても良好かつ安定した裸眼視力が得られなかった症例が存在するのも事実である.眼瞼圧や角膜の柔軟性などの関与も示唆されるが,それらを定量する手段がないこと,仮に測定できたとしてもそれらを制御することは困難と思われることなど,まだまだ解決しなければならない問題は山積している.今後,さらに技術革新は進むと思われるが,それとともに,近視大国と言われるわが国においてオルソケラトロジーがどのように普及していくのか,注目,注視していく必要がある.■用語解説■リバースジオメトリーレンズ:レンズの中央部分のベースカーブが周辺カーブよりもフラットにデザインされ,その間にリバースカーブが存在するレンズ.もともとは角膜不正乱視例に対するレンズデザインであった.ベースカーブ:リバースジオメトリーレンズにおける中央光学部のベースカーブはフラットな設計となっている.装用時にはこの部位で角膜に接触しているかの誤解を受けやすい領域であるが,実際にはレンズと角膜間に薄い涙液層が存在する.リバースカーブ:標準レンズでは周辺カーブが中心部ベースカーブよりもフラットであるのに対し,中心から2番目のカーブが中心部のベースカーブよりもスティープである点を強調するために付けられた名称.フルオレセインパターンでは涙液を保持する場所であることから,ティアリザーバーカーブともよばれる.アライメントカーブ:リバースカーブと周辺カーブの間に,レンズの安定性を図る目的でデザインされたカーブ.周辺カーブ:リバースジオメトリーレンズ後面に存在する最周辺のカーブ.ペリフェラルカーブ,エッジリフトともよばれる.

序説:オルソケラトロジー診療を始めるにあたって

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY生(吉野眼科クリニック)に本ガイドラインのアウトラインと講習会の受講意義について解説をお願いした.さて,オルソケラトロジーが何故このような屈折矯正効果を発揮するのか,その科学的な裏づけについては後追いの感が強い.事実,本レンズによって生じる角膜形状変化や生理学的変化のメカニズムの検討は,生体組織としての角膜そのものの理解を深めることになっているようである.角膜形状変化については平岡孝浩先生(筑波大学)に,また生理学的変化については中村葉先生(四条ふや町中村眼科)に担当いただき,基礎的知見とともに最近の研究成果を紹介いただいた.一方,実際の診療にあたっての適応と処方,効果判定やレンズケアの指導など,通常の眼科診療やコンタクトレンズ診療ではなじみのないものも少なくない.そこで,ぜひ押さえておきたい実践的な知識,ポイントを,それぞれ,柳井亮二先生(山口大学)と五藤智子先生(鷹の子病院)に解説いただいた.近視矯正における新しいオプションとして本レンズへの期待には大きなものがあるが,合併症が多発するようであれば,せっかくの新技術も診療のなかで厄介もの扱いされてしまいかねない.自費診療とオルソケラトロジーは,睡眠中にハードコンタクトレンズを装着することによって角膜形状を変化させる屈折矯正法である.わが国では,2004年にオルソケラトロジーレンズの臨床試験が開始され,2009年4月に最初のレンズが医療機器としての製造・販売の承認を得ている.オルソケラトロジーの診療に興味をもっておられる先生方は,すでに日本眼科学会によるオルソケラトロジー講習会を受けられ,診療ガイドラインを読まれていることと思われるが,今回,オルソケラトロジーについての理解をより深めていただくために,本特集を企画した.オルソケラトロジーレンズのデザインは徐々に進化し,現在のものは第三世代とよばれる.ハードコンタクトレンズ装用による角膜形状変化を利用した屈折矯正の試みは古くからあったが,それがどのように進化してきたのか,レンズの特性と矯正理論を理解するために,土至田宏先生(順天堂大学静岡病院)には歴史的な変遷を解説いただいた.2009年,日本コンタクトレンズ学会は,診療の指針としてのオルソケラトロジー・ガイドラインを日本眼科学会雑誌に掲載した.本ガイドラインは日本眼科学会ホームページで随時閲覧・ダウンロード可能ではあるが,ガイドライン委員会の委員長を務められた金井淳先生(順天堂大学)と吉野健一先(1)1483*AkiraMurakami:順天堂大学医学部眼科学教室**YuichiOhashi:愛媛大学大学院感覚機能医学講座視覚機能外科学分野(眼科学)●序説あたらしい眼科27(11):1483.1484,2010オルソケラトロジー診療を始めるにあたってAPrimerofOrthokeratologyPractice村上晶*大橋裕一**1484あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(2)いう枠組みのなか,そうした合併症の治療には本人への負担も予想される.そこで,本レンズの装用に伴って生じる合併症対策について松原正男先生(東京女子医科大学)に解説いただいた.オルソケラトロジーレンズは高度管理医療機器で,薬事法などの規則のもとに取り扱われ,関連する診療は保険外として行われる.通常の保険診療との相違点も少なからずあるため,混乱しないように,医師法,医療法,薬事法,さらにはレンズ販売に関連するさまざまな法律のなかで,オルソケラトロジー診療がどのように位置づけられているかを理解しておく必要がある.この点について,植田喜一先生(ウエダ眼科)にさまざまな具体例をもとに教示いただいた.屈折異常に対する治療についての考え方は国民性に大きく左右され,眼科医としての係わりかたにも自ずと差が出る.オルソケラトロジーについても,屈折矯正の手段としての位置づけにはかなりの価値観の違いがあり,わが国においてどのような形で普及していくのかは予測困難である.そこで,海外における本レンズの最近の動向について,吉野健一先生に紹介いただいた.本企画を通じて,オルソケラトロジーの基本,有用性と限界,今後克服すべき課題などについて理解いただければ幸いである.

瞳孔サイズが高次波面収差と視力に及ぼす影響

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(151)1473《原著》あたらしい眼科27(10):1473.1477,2010cはじめに眼科臨床において,視機能を評価するうえで視力検査は最も基本的で,かつ重要な検査の一つである.しかし,瞳孔などその他多くの因子により検査結果に影響を及ぼすことが知られている1).瞳孔の変化は,収差2)や焦点深度3),網膜照度4),スタイルズ・クロフォード効果5),瞳孔中心の偏位6)などが関与して,網膜像の質を変化させ視機能に最も影響を与える要因の一つである7).特に収差は,最近,瞳孔径に依存する光学的屈折矯正法あるいは治療法が多く登場8)しており注目されている.視覚の質が問われる近年,瞳孔と収差,視機能との関係を調査することは重要課題である.しかしながら,ヒト眼において,瞳孔サイズが視機能にどの程度影響するかの報告は少ない.そこで今回,筆者らは,瞳孔サイズが高次波面収差と視力に及ぼす影響について検討したので報告する.I方法1.対象対象は,屈折異常以外に眼科的疾患のない正常被検者9名9眼,平均年齢20.2±0.7歳(20~22歳)である.ハードコ〔別刷請求先〕魚里博:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医療衛生学部視覚機能療法学専攻Reprintrequests:HiroshiUozato,Ph.D.,DepartmentofOrthopticsandVisualScience,KitasatoUniversitySchoolofAlliedHealthSciences,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara252-0373,JAPAN瞳孔サイズが高次波面収差と視力に及ぼす影響山本真也*1,3魚里博*2,3川守田拓志*2,3中山奈々美*2中谷勝己*2恩田健*1*1渕野辺総合病院*2北里大学大学院医療系研究科*3北里大学医療衛生学部視覚機能療法学専攻EffectofPupilSizeonWavefrontHigher-OrderAberrationandVisualAcuityShinyaYamamoto1,3),HiroshiUozato2,3),TakushiKawamorita2,3),NanamiNakayama2),KatsumiNakatani2)andKenOnda1)1)FuchinobeGeneralHospital,2)KitasatoUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,3)DepartmentofOrthopticsandVisualScience,KitasatoUniversitySchoolofAlliedHealthSciences目的:瞳孔サイズが高次波面収差と視力に及ぼす影響について検討した.方法:対象は9名9眼である.視力測定には対数視力検査装置を用いた.実瞳孔サイズのコントロールができないため,本実験は人工瞳孔(1.0~6.0mm,1.0mm単位)を使用し,サイプレジンR点眼後,各瞳孔サイズでの視力値を測定し比較した.収差測定にはOPD-Scan2ARK-10000を用いた.各瞳孔サイズに対応した高次収差量を算出するため,Schwiegerlingのアルゴリズムを用い,各々の瞳孔サイズでの高次収差の総和を再計算し比較した.結果:高次収差の総和は,瞳孔サイズが拡大するほど有意な増加を認め,視力は人工瞳孔2.0mmで最も高値を示し,瞳孔サイズが4.0mm以上になると有意に低下した.結論:瞳孔サイズの拡大は高次収差の増加を導き,その結果,視機能に影響を与えている可能性が示唆された.Purpose:Weinvestigatedtheeffectofpupilsizeonwavefronthigher-orderaberrationandvisualacuity.Methods:Includedinthisstudywere9eyesof9normalsubjects.Visualacuitywastestedwithalogarithmvisualacuitymeasuringdevice.Becausecontrolofpupilsizewasnotpossible,weusedanartificialpupil(1.0~6.0mm,1.0mmstep).VisualacuitywasmeasuredateachpupilsizeafterCypleginRinstillation.Aberrometricmeasurementsweretakenwithanopticalpassdifference-basedwavefrontsensor(OPD-Scan2ARK-10000).Zernikecoefficientswererecalculatedforeachpupilsize,usingSchwiegarling’salgorithm.Results:Totalhigher-orderaberrationsincreasedsignificantly,pupilsizebecominglarge.Visualacuitywasbestatanartificialpupilsizeof2.0mm,but,decreasingsignificantlyatsizegreaterthan4.0mm.Conclusions:Thisstudysuggeststhatincreasedpupilsizeproduceshigherwavefrontaberrations,affectingvisualfunction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1473.1477,2010〕Keywords:瞳孔,視力,高次収差,視機能,収差.pupil,visualacuity,higher-orderaberration,visualfunction,aberration.1474あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(152)ンタクトレンズ装用者,弱視,斜視の者は除外した.被検眼は全例右眼とした.2.測定視力の測定には,対数視力検査装置LVC-1(NEITZ社)を用いた.実瞳孔サイズのコントロールができないため,本実験は人工瞳孔(1.0~6.0mm,1.0mm単位)を使用した.遠見矯正値の決定にはシクロペントラート塩酸塩(サイプレジンR)1.0%点眼50分後,瞳孔径が6.0mm以上に散瞳していることを確認し,基準瞳孔径として3.0mmを用いてlogMAR値.0.1(小数視力1.3)の段3/5以上を弁別できたときの自覚屈折値(球面値:.0.50±1.65D,円柱値:.0.39±0.33D)を採用した.そして,各瞳孔サイズでの視力値を測定し比較した.視力値の決定には,より詳細な視機能変化を反映するためETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)方式を採用し,正答数からlogMAR値を評価した.また,各人工瞳孔サイズでの視力が基準瞳孔径3.0mm時より低下したとき,追加矯正により再び基準瞳孔径3.0mm時の視力を獲得する割合とその度数についても検討した.測定時の環境照度は約500lxである.眼球全体の高次収差の計測は,OPD-Scan2ARK-10000(NIDEK社)を用い,解析径は6.0mm,Zernike多項式にて算出される3次~6次までのZernike係数を評価した.収差計測はサイプレジンR点眼後,瞳孔径が6.0mm以上に散瞳していることを確認して行った.各人工瞳孔サイズに対応した高次収差量を算出するため,Schwiegerlingのアルゴリズムを用い,OPD-Scan2による解析径6.0mmのZernike係数を各人工瞳孔サイズに対応したZernike係数に再展開した9).Schwiegerlingのアルゴリズムは外挿法の原理が応用され,ある解析径のZernike係数(originalexpansioncoefficients)を任意の瞳孔径におけるZernike係数(newexpansioncoefficients)へ再展開し,推定する方法である.II結果各瞳孔サイズにおける高次収差と視力,各瞳孔サイズの視力が基準瞳孔径3.0mm時より低下したとき,追加矯正により再び基準瞳孔サイズでの遠見矯正視力を得るために必要な追加矯正度数およびその割合を表1に示す.1.瞳孔サイズと高次収差OPD-Scan2による解析径6.0mmの平均高次収差の総和,コマ様収差,球面様収差は,各々0.41±0.16μm,0.35±0.16μm,0.21±0.07μmであった.高次収差は瞳孔サイズが拡大するほど有意に増加した〔ANOVA(analysisofvariance,分散分析)p<0.01〕(図1).2.瞳孔サイズと視力視力は人工瞳孔2.0mmで最も高値を示し,それ以下に縮小しても,それ以上に拡大しても低下の傾向が認められた(図2).瞳孔サイズが1.0mm,もしくは4.0mm以上になると視力は有意に低下した(Scheffetestp<0.01).高次収差が大きな眼と小さな眼の視力結果の代表例を図3に示す.表1各瞳孔サイズの高次収差と視力および追加矯正可能な割合とその度数瞳孔径1.0mm2.0mm3.0mm4.0mm5.0mm6.0mmlogMAR値AVESD.0.030.05.0.110.04.0.090.03.0.020.040.020.050.050.05高次収差の総和AVESD0.00240.00170.02040.01250.06570.03810.14490.07690.25870.12010.41430.1606球面様収差AVESD0.00020.00010.00400.00140.01910.00630.05450.01660.11710.03350.21350.0665コマ様収差AVESD0.00240.00170.01990.01260.06220.03870.13580.07660.22670.12380.34900.1619基準瞳孔サイズ時の視力を再獲得した割合および度数割合追加度数Re-n.c.──※1───100%※2.0.25±0100%.0.25±089%※3.0.28±0.09Re-n.c.:Re-noncorrigible(再矯正不能).※1:基準瞳孔サイズ時の視力より低下なし.※2:8/8名,1名は基準瞳孔サイズ時と不変のため除外.※3:8/9名,内1名は再矯正不能.瞳孔径(mm)0.60.50.40.30.20.10.0RMS(μm)1.02.03.04.05.06.0図1瞳孔サイズと高次収差ANOVAp<0.01.:TotalHOA,:Coma(S3+S5),:Spherical(S4+S6).(153)あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014753.各瞳孔サイズにおける高次収差と視力の関係高次収差の総和とコマ様収差は,ともに人工瞳孔6.0mmで収差が高いほど視力は有意に低下し,高い相関関係を示した(Spearmanの順位相関係数の検定,人工瞳孔6.0mmと高次収差の総和p<0.05,r=0.82;人工瞳孔6.0mmとコマ様収差p<0.05,r=0.77)(図4a,4b).球面様収差では,***************-0.10.00.10.21.61.31.00.81.02.03.04.05.06.00.6logMAR値小数視力瞳孔径(mm)-0.2図2瞳孔サイズと視力ANOVAp<0.01,*:Scheffetestp<0.05,**:Scheffetestp<0.01.logMAR値小数視力瞳孔径(mm)-0.2-0.10.00.10.21.61.31.00.81.02.03.04.05.06.00.6図3瞳孔サイズと視力(代表例):high高次収差とlow高次収差の比較:high高次収差;(6.0mm径)TotalHOA:0.60μm,Coma:0.50μm,Spherical:0.31μm:low高次収差;(6.0mm径)TotalHOA:0.16μm,Coma:0.10μm,Spherical:0.12μm-0.2-0.10.00.10.2logMAR値00.0100.0500.2000.4000.5001.00NS1.0mmNS2.0mmNS3.0mmNS4.0mmNS5.0mm6.0mm高次収差の総和(μm)*p<0.05r=0.821図4a各瞳孔サイズにおける高次収差の総和と視力*:Spearmanの順位相関係数の検定p<0.05,Spearman’sr=0.821.-0.2-0.10.00.10.2logMAR値00.0100.0500.2000.3000.5000.70NS1.0mmNS2.0mmNS3.0mmNS4.0mmNS5.0mm6.0mm*p<0.05r=0.769コマ様収差(μm)図4b各瞳孔サイズにおけるコマ様収差と視力*:Spearmanの順位相関係数の検定p<0.05,Spearman’sr=0.769.-0.2-0.10.00.10.2logMAR値00.00100.0100.0500.1000.2000.40NS1.0mmNS2.0mmNS3.0mmNS4.0mm5.0mm6.0mm*2p<0.05r=0.769*1p<0.05r=0.761球面様収差(μm)図4c各瞳孔サイズにおける球面様収差と視力*1:Spearmanの順位相関係数の検定p<0.05,Spearman’sr=0.761.*2:Spearmanの順位相関係数の検定p<0.05,Spearman’sr=0.769.1476あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(154)人工瞳孔5.0mm以上で収差が高いほど視力は有意に低下し,高い相関関係を示した(Spearmanの順位相関係数の検定,人工瞳孔5.0mm,p<0.05,r=0.76;人工瞳孔6.0mm,p<0.05,r=0.77)(図4c).III考按本検討により,瞳孔サイズが高次収差および視力に影響することが確認された.高次収差は瞳孔が拡大するほど増加し,視力は人工瞳孔2.0mmで最も高値を示し人工瞳孔4.0mm以上あるいは1.0mmで有意に低下した.瞳孔と視力に関する過去の報告では,線像強度分布を用いた結像特性の観点から瞳孔の最適径(入射瞳)は約2.4mm10),Linewidthacuityによる検討からは約2.5mm11)と報告され,本研究と近い結果となった.そして,それ以上に拡大したり,それ以下に縮小したりすると視機能は低下した.この異径瞳孔サイズによる視力の変化は,有効径拡大に伴う収差の増加と有効径縮小に伴う回折の影響によるものと考えられた5).高次収差と視力に関して,円錐角膜12)やドライアイ眼13),角膜屈折矯正手術眼14)などではコマ収差や球面収差の増加により視機能が低下することが報告されている.高コントラストの条件下で高次収差は視力に影響しないとの報告15)があるが,本検討では図4に示すように瞳孔が大きいとき,高次収差の総和,コマ様収差,球面様収差ともに視力との関連がみられた.特に,球面収差との関連が強く,瞳孔5.0mm以上で高い相関関係を認めた.そのおもな原因は網膜像の質の劣化と最良像点のシフトと考える.瞳孔が拡大すると,光は角膜の近軸領域より屈折力の強い周辺部も通るため光軸との交点にズレが生じる.その結果,像点では同心円状にボケた像となり,最良像点は網膜前方にシフトする.本検討でも表1に示すように,人工瞳孔サイズ拡大に伴い視力が低下した症例に再矯正を行ったところ約.0.25Dの追加矯正で元の最高視力に達している.このことは,瞳孔拡大により正の球面収差の影響を受けていたと示唆されるが,本検討のような正常眼では収差増加により網膜像の質は劣化するものの視力に及ぼす影響はさほど大きくないことも示唆している.ただし,図3にも示したhigh高次収差の1例は,人工瞳孔6.0mm時に追加矯正を行っても元の視力に達しなかったことからhigh高次収差眼では視機能への影響が懸念される.眼科臨床での影響として,散瞳剤を使用したときと片眼遮閉に伴う瞳孔拡大時があげられる.前者の散瞳状態では,高次収差による視力への影響や球面収差による最良像点がシフトし自覚屈折値の誤差要因となりうる.したがって,収差の影響を抑えるため人工瞳孔を使用することが望ましいが,径が小さすぎても回折による視力の影響や,焦点深度3)がより拡大し自覚屈折値の誤差要因となりうる.よって,これらを考慮し,本検討結果から3.0mmが適当ではないかと考える.ただし,日常視を反映した視機能を評価する際には,自然瞳孔サイズの人工瞳孔を使用するべきである.後者は,単眼視下検査における視機能の過小評価2)などが報告されているが,その他には片眼アイパッチによる視力増強訓練を必要とする小児があげられる.片眼遮閉により瞳孔は拡大し,それに伴う高次収差の増加が視力発達を阻害する可能性が懸念される.特に,high高次収差で,かつ片眼遮閉時の瞳孔サイズがより大きい症例ではその影響が示唆される.今後は,高次収差量と視力の関係について検討する予定である.本実験の制限として収差推定があげられる.今回算出された各瞳孔サイズに対応した高次収差は,実測値ではなくSchwiegerlingのアルゴリズムによって数学的に算出された推定値である.したがって,誤差を含んでいる可能性が示唆されるが,川守田らの報告によると,解析径6.0mmから4.0mmへの推定精度(95%信頼区間)は±0.03μmで,それ以下になると誤差はより小さい(第42回日本眼光学学会).つまり,本検討結果に影響する誤差ではないといえるが,あくまでも推定値として結果を解釈する必要がある.今回筆者らは,瞳孔サイズが高次波面収差と視力に及ぼす影響について検討した.瞳孔サイズが拡大すると高次収差の増加を伴い,その結果,視機能に影響を与えている可能性が示唆された.本論文の要旨は,第50回日本視能矯正学会にて発表した.謝辞:本研究の一部は,厚生労働省科学研究費(H16-長寿-12/HU),文部科学省科学研究費(萌芽研究#15659416/HU)ならびに北里大学医療衛生学部特別研究費(2007-1028&2008-1004/HU)補助金による器材を使用して実施されたものであり,感謝の意を表する.文献1)魚里博,平井宏明,福原潤ほか:眼光学の基礎(西信元嗣編),p82-94,金原出版,19902)魚里博,川守田拓志:両眼視と単眼視下の視機能に及ぼす瞳孔径と収差の影響.あたらしい眼科22:93-95,20053)WangB,CiuffredaKJ:Depth-of-focusofthehumaneye:Theoryandclinicalimplications.SurvOphthalmol51:75-85,20064)WilsonM,CampbellM,SimonetP:Changeofpupilcentrationwithchangeofilluminationandpupilsize.OptomVisSci69:129-136,19925)SmithG,AtchisonDA:TheEyeandVisualOpticalInstruments.p308-309,CambridgeUniversityPress,Cambridge,19976)UozatoH,GuytonDL:Centeringcornealsurgicalprocedures.AmJOphthalmol103:264-275,19877)ApplegateRA:Glennfryawardlecture2002:Wavefrontsensing,idealcorrections,andvisualperformance.OptomVisSci81:167-177,20048)SchallhornSC,KauppSE,TanzerDJetal:Pupilsizeand(155)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101477qualityofvisionafterLASIK.Ophthalmology110:1606-1614,20039)SchwiegerlingJ:ScalingZernikeexpansioncoefficientstodifferentpupilsizes.JOptSocAm(A)19:1937-1945,200210)CampbellFW,GubischRW:Opticalqualityofthehumaneye.JPhysiol186:558-578,196611)BennettAG,RabbettsRB:ClinicalVisualOptics.2nded,p28,Butterworth-Heinemann,London,198912)ApplegateRA,HilmantelG,HowlandHCetal:Cornealfirstsurfaceopticalaberrationsandvisualperformance.JRefractSurg16:507-514,200413)Montes-MicoR,AlioJL,CharmanWN:Dynamicchangesinthetearfilmindryeyes.InvestOphthalmolVisSci46:1615-1619,200514)MillerJM,AnwaruddinR,StraubJetal:Higherorderaberrationsinnormal,dilated,intraocularlens,andlaserinsitukeratomileusiscorneas.JRefractSurg18:S579-583,200215)VillegasEA,AlconE,ArtalP:Opticalqualityoftheeyeinsubjectswithnormalandexcellentvisualacuity.InvestOphthalmolVisSci49:4688-4696,2005***

偏光フィルタを用いた視野異常検出の試み

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(145)1467《原著》あたらしい眼科27(10):1467.1471,2010cはじめに視野異常を示す疾患は多数あり,健康診断において視野異常を早期発見することによって早期治療につながる疾患も多数ある.しかし,視野検査は自治体健康診断において法律で義務化されておらず,検査機器や労力が必要であるため実施している自治体はごくわずかであると思われる1).特に,視野異常をきたす代表的な疾患である緑内障の有病率は40歳以上で5.0%であり,そのうえ約90%の患者は未治療の潜在患者であると推定された2).緑内障は現在,中途失明の原因疾患の第1位となっており3),緑内障性視神経障害および視野障害は基本的には進行性・非可逆性であり,多くの場合,患者の自覚なしに障害が徐々に進行するため,早期発見・早期治療が特に重要な疾患である.現在までに視野のスクリーニング機器としてFrequency〔別刷請求先〕望月浩志:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医療系研究科臨床医科学群眼科学Reprintrequests:HiroshiMochizuki,DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversityGraduateSchool,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara,Kanagawa252-0373,JAPAN偏光フィルタを用いた視野異常検出の試み望月浩志*1庄司信行*1,2柳澤美衣子*1浅川賢*1平澤一法*1福田真理*2*1北里大学医療系研究科臨床医科学群眼科学*2北里大学医療系研究科感覚・運動統御医科学群視覚情報科学AttempttoDetectVisualFieldDefectsUsingPolarizingFilterHiroshiMochizuki1),NobuyukiShoji1,2),MiekoYanagisawa1),KenAsakawa1),KazunoriHirasawa1)andMariFukuda2)1)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicalScience,KitasatoUniversity,2)DepartmentofVisualScience,GraduateSchoolofMedicalScience,KitasatoUniversity偏光フィルタを用い,両眼開放下で視野異常を検出する方法について検討を行った.正常若年者6名に,Bangerterfilterを検眼レンズの鼻上側もしくは鼻下側に貼り付けて直径約15°の比較暗点を作成した.偏光の原理を用いたディスプレイ(縦27.5°,横42.8°)に,右眼だけに見える赤い円と左眼だけに見える青い円を交互に配置した映像を提示した.偏光フィルタを装用し,中心の固視標を固視しているとき赤および青い円の見えない部位を答えてもらい,HumphreyRFieldAnalyzerで測定した視野異常とどの程度一致するかを検討した.10°以内の感度は95.0%,特異度は94.7%,10°.20°の感度は34.4%,特異度は97.0%であった.Mariotte盲点を除くと10°.20°の感度は67.6%となった.HumphreyRFieldAnalyzerで測定点の閾値が6dB以上低下する測定点ではおよそ50%以上の検出率が得られた.本法により,中心視野異常を検出できる可能性が示唆された.Weattemptedtodetectvisualfielddefects(VFD)usingapolarizingfilter,underbinocularvision;VFD15°indiameterweresimulatedwithaBangerterfilter.Inthe6youngvolunteersinvolvedinthisstudy,2patternsofVFDweresimulated:oneuppernasalandonelowernasal.Aredcirclethatcouldbeseenontherighteyeandabluecirclethatcouldbeseenonthelefteye,withapolarizingfilter,werealternatelyprojectedonapolarizingdisplay.Thesubjectslookedatacentralfixationtargetandindicatedtheplaceatwhichtheycouldnotseetheredorbluecircle.CorrespondencesoftheVFDwiththeHumphreyRFieldAnalyzer(HFA)andwiththedisplaywereinvestigated.Sensitivitywas95.0%inside10°and34.4%withinthecircularareafrom10°to20°;specificitywas94.7%and97.0%,respectively.Sensitivitywas67.6%withinthecircularareafrom10°to20°withouttheblindspotofMariotte.Wewereabletodetect50%ormoreofthemeasurementpointsinthedisplaywhenthethresholdofthemeasurementpointonHFAdecreased6dBormore.TheseresultsindicatethatthismethodcoulddetectcentralVFD.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1467.1471,2010〕Keywords:視野,視野異常,両眼視,偏光フィルタ.visualfield,visualfielddefect,binocularvision,polarizingfilter.1468あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(146)DoublingTechnology(FDT)やノイズフィールドテスト,鈴木式アイチェックチャートなどいくつかの方法が提案されている.しかし,これらの機器はいずれも片眼ずつ行う機器である.そこで筆者らは,両眼同時に視野検査ができれば従来の方法に比べて測定時間が短く効率的に視野異常のスクリーニングができるのではないかと考えた.両眼開放下で視野異常を検出するには,両眼で見た状態と片眼で見た状態で見え方に違いがあればよい.そこで考えられる方法として,赤緑フィルタを用いる方法と偏光フィルタを用いる方法があげられる.赤緑フィルタを用いる方法は,2009年の国際視野学会にてSuzukiらが報告している4).赤緑フィルタを使用した場合,両眼で見ると赤と緑の混色に見えるが,視野の一部分に暗点がある場合は両眼開放の状態ではその部分で片眼でしか見ていないことになり,赤もしくは緑の単色に見えるという原理である.偏光フィルタを用いる方法は,偏光の原理を用いて左右眼それぞれに別の映像を提示する方法である.赤緑フィルタは装用すると赤と緑のフィルタ越しに見るため日常視の状態とはかけ離れた見え方になるが,偏光フィルタを装用した状態では日常両眼視の状態と見え方に大差がなく,高解像度の映像を提示できるという利点がある.現在,エンターテイメントの分野では立体(3D)映像が脚光を浴びており3D映画や3Dデジタルカメラなどが注目されているが,そこでおもに使用されている方式が偏光フィルタ方式であり,関連機器が手に入りやすいという利点もある5,6).今回,筆者らは従来の方法と比較して短時間で視野異常のスクリーニングを行うために両眼開放の状態での視野異常の検出を目指して,正常若年者にBangerterfilterを用いて作成した疑似的な視野異常と偏光フィルタで左右眼それぞれに別の映像を同時に提示したときに自覚した視野異常がどの程度一致するかを検討した.I対象および方法1.対象対象は,屈折異常以外に眼疾患を有さない正常若年者6名(23.0±2.4歳)で,TitmusStereoTestにて一般的に正常値といわれている100sec.ofarcよりも良好であることを確認した.また,HumphreyRFieldAnalyzer(CarlZeissMeditecInc.)にて,Anderson-Patellaの視野異常の判定基準7)に照らし合わせ有意な視野異常がないことを確認した.2.方法a.疑似視野異常の作成方法(図1)疑似的な視野異常は,直径10mmのBangerterfilterを検眼レンズに貼り付けて全員共通の右眼に作成した.このBangerterfilterにて直径約15°の比較暗点が作成できる.視野異常作成位置は,HumphreyRFieldAnalyzerのアイモニタにおいてBangerterfilterで瞳孔の鼻上側および鼻下側が少しだけ隠れるようにBangerterfilterを貼り付けた検眼レンズの位置を調整し1人につき鼻上側および鼻下側視野異常の2パターンを作成した.今回作成した全視野異常のHumphreyRFieldAnalyzer(HFA)30-2SITA-Standardにおける,meandeviation(MD)値の平均は.3.21dB,patternstandarddeviation(PSD)値の平均は4.90dBであった.b.使用機器円偏光の原理により立体映像を映し出すことのできる機器として市販されている3D平面ディスプレイZM-M220W(ZalmanTech.Co.,Ltd.)を用いた.ディスプレイの大きさは22インチ(縦29.3cm×横47.0cm)で,ディスプレイから60cm離れた位置で垂直27.5°×水平42.8°の視野が得られる.すなわちディスプレイの中心を見た場合,上下それぞれに約14°左右それぞれに約21°の視野範囲に映像を提示するBangerterfilter(直径10mm)図1疑似視野異常の作成上図:直径10mmのBangerterfilterを貼り付けた検眼レンズ(右眼鼻上側視野異常作成の場合).下図:Bangerterfilterを貼り付けた検眼レンズに対応する視野異常.視野異常はおよそ直径15°の比較暗点になる.(147)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101469ことができる.c.使用映像(図2)映像は,赤い円と青い円が交互に並んでおり,中心部には小さな黒い円を5つ配置し,そのうちの中心の1点を固視標として配置したものを使用した.偏光を利用し,右眼には赤い円のみが見え,左眼には青い円のみが見えるように提示した.すなわち,右眼に視野異常がある場合は赤い円が消えて見え,左眼に視野異常がある場合は青い円が消えて見える.赤と青の円の配置はHumphreyRFieldAnalyzer(HFA)30-2の測定点に準じ,HFAの1つの測定点に赤い円と青い円がそれぞれ1つずつ提示できるような配置とした.d.測定手順はじめにHFA30-2SITA-Standardにて,疑似的な視野異常を右眼に作成した状態で片眼ずつの視野を測定した.つぎに,ディスプレイにて,まず中心の固視標を固視した状態で赤と青の円が交互に見えるかを確認し,つぎに固視標を固視したまま赤と青の円のうち消えて見えるもの・ぼやけて見えるものを記録用紙に記入してもらった.ディスプレイにおける固視の状態については被験者の斜め前方から目視にて確認し,必要に応じて固視標を固視し続けるよう声かけを行った.1人につき,HFAおよびディスプレイの測定を上鼻側・下鼻側の2パターンにて行った.検眼レンズにて視野異常を作成する場合,レンズの位置が眼に対して少しでもずれてしまうと視野異常の位置が大きくずれてしまう.HFAとディスプレイでの視野異常の位置を一致させるために,HFAで通常使用するレンズホルダーは使用せず検眼枠を使用してHFAにて視野を測定し,そのまま検眼枠を装用した状態でディスプレイにて測定した.疑似的な視野異常の再現性を確かめるために対象者2名でBangerterfilterを貼付した検眼枠を装用してHFA30-2SITA-Standardを5分の休憩を挟んだ3回の視野測定を行った.それぞれの測定点の閾値の変動係数は平均で10%以下であり良好な再現性が得られた.e.検討項目HFAのパターン偏差確率プロットに対しディスプレイの自覚的な見え方について,以下の式で感度・特異度を算出した.感度=HFAの確率プロットで異常ありかつディスプレイにて視野異常を検出した測定点の数/HFAにて異常があった測定点の数×100特異度=HFAの確率プロットで異常なしかつディスプレイにて視野異常を検出しなかった測定点の数/HFAにて異常がなかった測定点の数×100視野異常を作成した右眼のHFAパターン偏差における測定点ごとの感度低下量とディスプレイにおける視野異常検出率の関係についても検討した.II結果まず,フィルタをつけずに右眼と左眼の映像を同時視することができるかどうかを確認したところ,被験者全員において可能であり,赤と青の円が交互に並んだ映像を得ることができた.視野全体の感度は,HFAパターン偏差確率プロットにおいて<0.5%と表示された測定点では42.5%,確率プロットが<5%と表示された測定点では38.5%であった.視野10°以内では,確率プロットが<0.5%と表示された測定点では95.0%,確率プロットが<5%と表示された測定点でも66.8%と良好であった.しかし,視野10°より周辺側では,確率プロットが<0.5%と表示された測定点では34.4%,確率プロットが<5%と表示された測定点では33.8%と感度は低下した.視野10°より周辺側でMariotte盲点を除いた感度は,確率プロットが<0.5%と表示された測定点では67.6%,確率プロットが<5%と表示された測定点では49.6%と,Mariotte盲点を含んだ感度より良好であった.特異度は,視野全体,10°以内,10°より周辺側のすべてで90%以上が得られた(表1).今回の方法では,ディスプレイにおいて視野異常の検出率左眼同時視固視標●:青色●:赤色右眼図2使用映像左図:右眼に赤い円・左眼に青い円を等間隔に配置した映像を提示し,両眼融像すると赤と青の円が交互に並んだ映像が得られる.右眼および左眼の映像の中心部の小さな黒い5つの円は融像図形で,中心の1点は固視標も兼ねる.右図:HumphreyRFieldAnalyzer30-2の1つの測定点に対して赤と青の円がそれぞれ1つずつ提示できるように配置した.1470あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(148)50%以上を得るにはHFAパターン偏差における感度低下量で6dB以上の感度低下が必要であった(図3).III考按偏光フィルタを用いて両眼開放下で視野異常の検出を試み,20°より内側の視野で感度は約40%,10°より内側の感度は約70.90%,10°より外側の感度は約30%であり,周辺部では感度が低かった.従来から知られているように,視力は中心窩の部位を頂点として中心から離れると視力は大幅に低下する.その低下量は,中心窩の視力が1.0のとき周辺10°では視力0.2,周辺20°では視力0.1程度と急激に低下する8).そのほかに,空間周波数閾値やコントラスト感度においても周辺部で低下することが報告されている9,10).また,解剖学的に中心窩から離れるほど錐体の密度は減少し11),錐体と網膜神経節細胞の接続も中心窩近くでは1つの錐体に2つの網膜神経節細胞が接続しているが周辺部では錐体1つあたりに接続する網膜神経節細胞の数は低下してゆく12).これらの事実から,視野周辺部では視覚情報の質的・量的低下が起こり,他の視機能と同様に周辺部で立体視力が低下し,視野異常の検出率が低下したものと考えられる.10°より外側の感度はMariotte盲点を除いた場合は40.60%であったが,Mariotte盲点を含めた場合は30%と,Mariotte盲点の検出が困難であった.この理由としてfilling-in(視覚充.)現象の影響が考えられる.Filling-in現象とは,ある背景の上に別パターンをもった小さな領域があるとき,その小さな領域が背景によって充.される現象で,Mariotte盲点や暗点の自覚を妨げる要因として知られている13.15).Filling-in現象は,何らかの理由で出現した暗点よりも生理的なMariotte盲点できわめて迅速に働くことから,作成した疑似的な視野異常よりもMariotte盲点でその作用が強く働き,Mariotte盲点の検出感度の低下につながったのではないかと考えられる13.15).また,長年存在した視野障害に対してもfilling-in現象が生じる可能性があるため検出しづらいことが予想され,今後実際の患者での検討が必要である.今回,正常若年者にBangerterfilterを用いて視野異常を作成しているため,HFAをレンズホルダーではなく検眼枠で測定するという工夫をしたにもかかわらず,少し眼の位置が変わったり顔の向きが変わってしまうと視野異常の位置が変わってしまうという様子がみられた.より正確な視野異常の作成でさらなる視野異常の感度の向上する可能性がある.この検査の特性上,両眼視機能に異常のある被験者には検査できないが,より多くの被験者に検査を行うことのできるような提示映像を今後検討する必要がある.Mariotte盲点:検出可:検出不可05101520402040608010006視野異常検出率(%)パターン偏差における低下量(dB)図3HFAのパターン偏差における感度低下量と3Dディスプレイにおける視野異常検出率の関係横軸:HumphreyRFieldAnalyzerのパターン偏差における感度低下量(dB),縦軸:3D平面ディスプレイにおける視野異常検出率(%).ディスプレイにおいて視野異常の検出率50%以上を得るには,HFAパターン偏差における感度低下量で6dB以上の感度低下が必要であった.表1視野部位別の感度・特異度感度特異度HFAパターン偏差確率プロット<0.5%HFAパターン偏差確率プロット<1%HFAパターン偏差確率プロット<2%HFAパターン偏差確率プロット<5%全体42.540.838.138.596.010°以内95.080.073.166.894.710°.20°34.434.130.933.897.010°.20°(Mariotte盲点除く)67.664.141.249.697.0(149)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101471文献1)緑内障フレンド・ネットワーク「プレスリリース2006年10月2日付け:全国自治体健康診断実態調査(全国)」<http://xoops.gfnet.gr.jp/pdf/2006/061002_Zenkoku.pdf>(最終アクセス2009年12月9日)2)岩瀬愛子:緑内障:多治見・久米島スタディ.日本の眼科79:1685-1689,20083)中江公裕,増田寛次郎,妹尾正ほか:長寿社会と眼疾患─最近の視覚障害原因の疫学調査から─.GeriatMed44:1221-1224,20064)SuzukiT:Trialmodelofperimeterformeasuringbinocularandmonocularvisualfieldsseparatelywhileopeningbotheyes.18thInternationalVisualField&ImagingSymposiumprogram&abstractbook:37,20085)柴垣一貞:メガネを用いた両眼視差による立体映像技法の考察.熊本電波工業高等専門学校研究紀要23:77-84,19966)増田忠英:いよいよ「3D」の時代が到来!?.続々と実用化される3次元映像の技術.(前編).労働の科学64:240-243,20097)AndersonDR,PatellaVM:AutomatedStaticPerimetry.2nded,p121-190,Mosby,StLouis,19998)WertheimTH:Peripheralvisualacuity.AmJOptomPhysiolOpti57:915-924,19809)ThibosLN,CheneyFE,WalshDJ:Retinallimitstothedetectionandresolutionofgratings.JOptSocAmA4:1524-1529,198710)ThibosLN,StillDL,BradleyA:Characterizationofspatialaliasingandcontrastsensitivityinperipheralvision.VisionRes36:249-258,199611)CurcioCA,SloanKR,KalinaREetal:Humanphotoreceptortopography.JCompNeurol292:497-523,199012)CurcioCA,AllenKA:Topographyofganglioncellsinhumanretina.JCompNeurol300:5-25,199013)RamachandranVS,GregoryRL:Preceptualfilinginofartificiallyinducedscotomasinhumanvision.Nature350:699-702,199114)ZurD,UllmanS:Filling-inofretinalscotomas.VisionRes43:971-982,200315)DeWeerdP:Perceptualfiling-in:Morethantheeyecansee.ProgBrainRes154:227-245,2006***

事象関連電位とATMT による眼疲労の検討

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(137)1459《原著》あたらしい眼科27(10):1459.1465,2010c事象関連電位とATMTによる眼疲労の検討有安正規足立和孝あだち眼科ExaminationofVisualFatigueUsingEvent-relatedPotentialMeasurementandAdvancedTrailMakingTestMasakiAriyasuandKazutakaAdachiAdachiEyeClinic目的:眼疲労の臨床症状から,その要因を視機能の低下と知覚・認知能力の低下を伴う眼疲労感ととらえ,visualdisplayterminal(VDT)作業負荷下で,事象関連電位(event-relatedpotentialmeasurement:ERP)とadvancedtrailmakingtest(ATMT)を用い客観的評価を,調節近点を自覚的評価として眼疲労を訴える成人4名と健常対象者4名を対象に比較検討した.結果:(1)ATMTにおいて,眼疲労群では課題に取り組む意欲や作業能力は健常対照群と同じレベルにもかかわらず,試験課題が進むにつれ,視覚探索反応時間の遅延がみられた.(2)一次視覚野の反応であるERPのP100成分は,潜時には両群で有意差はみられず,振幅では眼疲労群で有意に増大した.(3)オドボール課題から標的を非標的から弁別する際に出現するERPのP300成分では,両群で潜時に有意差はみられず,眼疲労群で非標的刺激による振幅が標的の振幅に近づき,弁別性の低下がみられた.これは主観的疲労感との相関が認められた.(4)ERPの振幅や潜時と調節近点との差は両群とも認められなかった.考察:視覚情報,認知機能,眼調節機能の変化は,両群とも独立的な情報を含んでいると考えられた.すなわち,眼疲労は眼調節系の疲労と認知機能の低下と考えられる中枢系の疲労の2種類で構成されていること,疲労しやすい病態にあることが考えられた.眼疲労の評価には,個々の昜疲労性を定量化し,眼調節系と高次認知過程のレベルを分離して検討する必要があると考えられた.Objective:Onthebasisofclinicalanalysisofvisualfatiguesignsandsymptoms,weassumedthatvisualfatigueinvolveddeteriorationofvisualfunctionandperceptivecognitiveabilities.Duringtheperformanceofvisualdisplayterminaltasks,event-relatedpotentials(ERP),advancedtrailmakingtest(ATMT)scoresandnearpointofaccommodationwerecomparedbetween4adultsubjectswhocomplainedofvisualfatigue(visual-fatiguegroup)and4normalvolunteers(normalgroup).Results:(1)TheATMTresultsshowedalaginthevisualsearchreactiontimeforthevisual-fatiguegroupastasksprogressed,thoughthelevelsofwillingnesstoundertaketasksandperformanceskillsweresimilarbetweenthegroups(.2)AnalysisoftheP100ERPcomponent,whichrepresentedtheprimaryvisualresponses,disclosednomarkeddifferenceinpeaklatencybetweenthegroups,buttheamplitudewassignificantlylargerinthevisual-fatiguegroup(.3)TheP300ERPcomponent,whichreflectedtarget/nontargetdiscriminationinthevisualoddballtask,revealednosignificantdifferencesbetweenthegroupsinpeaklatency;however,themeannontarget-evokedP300amplitudewaselevatedclosetothetarget-evokedamplitudeinthevisual-fatiguegroup,indicatingdecreaseddiscriminationperformance.PositivecorrelationwasnotedbetweenthechangeinP300amplitudeandthesubjectiveindicationofthesenseofeyestrain(.4)NosignificantdifferencewasfoundbetweenthegroupsinERPamplitude,peaklatencyornearpointofaccommodation.Discussion:Inbothgroups,changesinvisualcognitiveperformanceandocularaccommodationindicatedtheprocessingofmutuallyindependentinformation.Specifically,itwasshownthatvisualfatiguewasassociatedwithexhaustionoftheocularaccommodationsystemandfatigueofthecentralnervoussystem,whichisresponsibleforcognitivecontrol.Itwasalsoshownthatindividualswithvisualfatigueweremorepronetomentalexhaustionthancontrols.Inconclusion,theseresultssuggestthatacomprehensiveassessmentofeyestrainshouldincludequantificationofsubjectfatigabilityandseparateexaminationsoftheocularaccommodationsystemandthehighercognitiveprocess.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1459.1465,2010〕〔別刷請求先〕有安正規:〒347-0015埼玉県加須市南大桑下鳩山1620-1あだち眼科Reprintrequests:MasakiAriyasu,AdachiEyeClinic,1620-1MinamiO-kuwa,Kazo,Saitama347-0015,JAPAN1460あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(138)はじめに現在,社会のあらゆる領域でIT化が進み,visualdisplayterminal(VDT)作業による眼疲労の訴えが増加している1).そのため眼疲労の適切な診断方法の確立の必要性が高まっている.これまで眼疲労の測定方法の先行研究としては,criticalflickerfrequency(CFF)のように計測手順に主観的な要素を多く含み視覚情報処理過程全般を計測しているもの2,3)や,アコモドメータ,赤外線オプトメータ,調節機能解析ソフトなどによる眼調節機能の測定など入力系である眼調節系を中心とした機能低下を測定する方法が用いられている3~6).しかしこれらの結果は必ずしも自覚症状と一致しないことが多いという問題点がある.現時点で眼疲労を訴え眼科を受診した場合,蓄積疲労状態を積極的に疾病と位置づける根拠はまだ少なく,その診断はおもに除外診断と眼科診療上の判断によってなされ,その扱いは曖昧にならざるをえない.視覚情報は眼球から脳の視覚領野に送られ認知的な処理がなされることを考えると,視覚作業による負荷は大脳皮質においても何らかの変化を生じさせていると考えられる.その変化をとらえることで眼疲労の視覚情報処理過程における中枢処理段階,とりわけ高次な認知的処理過程の機能低下を客観的に検討できる可能性が考えられる.そこで,本研究では事象関連電位(event-relatedpotentials:ERP)を用い,眼疲労の視覚情報処理過程での客観的な評価方法を検討した.ERPは,視覚情報の入力段階から中枢処理までの機能を反映していると考えられており7),特にP300成分は高次の認知過程を反映するとされている.そこで一次視覚野の反応であるP100成分と,標的を非標的から弁別する際に現れるP300成分を指標とした8).さらに,疲労状態に陥ると注意力,集中力の低下,反応時間の遅延,2つのことを同時に処理する能力の低下などがみられることに着目し,advancedtrailmakingtest(ATMT)9~11)を用いた定量的評価を行った.これにあわせて眼調節機能を計測し,視覚の負担を入力系と中枢処理段階に分割して検討した.I実験方法1.対象対象は2010年2月に眼の疲れを訴え,埼玉県A眼科を受診し全身疾患および涙液機能を含めた視覚に異常のない成人4名(男性1名,女性3名,平均年齢30±3.55歳)と,年齢,性別を合致させた健常対照群4名(平均年齢30.25±3.86歳)である.2.測定項目測定項目中で眼疲労負荷の少ない測定から始める目的で,ATMT計測は試験初日に,眼疲労負荷課題を行わせるERPの計測,眼調節能計測はそれぞれ2日目,3日目とした.またこの期間では測定前日からVDT作業などせず,十分な休息を取るよう指示した.さらに,それぞれの計測前には30分ほど遮光した静かな部屋で安静にさせた.a.ATMT(視覚反応時間計測)ATMTは,タッチパネルディスプレイ上に提示された1~25までの数字を素早く押す視覚探索反応課題を用いて眼疲労,中枢性疲労の評価を行った.ATMTはA,B,Cの3つの課題から構成される9~11).この計3種類の課題をA,B,C順に行い,1から25までのターゲットボタンごとの視覚探索反応時間を記録した.評価においては,1から5までは,試験開始直後の緊張や不慣れによる影響を考慮し,分析対象値から除外した.6から25までのターゲットボタンのうち,6から15までを前半,16から25までを後半とし,その視覚探索反応時間を分析した.b.ERP計測ERP計測は,以下のI-3項に示す眼疲労負荷課題を行わせる前に1回,課題作業直後に1回,その後10分間隔に2回,その後20分おきに2回計測した.それぞれの時点で計測が終わった後の時間は計測前と同様に休息させた.まず,眼電図(EOG)の電極を装着させ,ERPの計測と同時に水平,垂直成分を計測,脳波に瞬目などの成分がノイズとして混入している場合には加算平均処理を行うデータから除外するようにした.ERP計測は両耳朶を基準に,国際基準法ten-twenty法12)によるCz,Pz,Ozから行った.ERP誘発刺激は,patternreversalstimulusの反転刺激をコンピュータのC画面上で約2秒に1回の割合で反転させて表示する手法によって与えた.反転は100msもしくは200msで元の状態に戻した.100msの反転と200msの反転は4:1の割合でランダムな順序とし,5分間計測した.このとき被験者には200msの反転が表示された回数を数えさせた.P100は100msの反転刺激のときの脳波を,刺激開始時点を合わせて約120回の加算平均処理を行った.P300は刺激弁別課題を行っているときにみられる波形であるので,200msの反転刺激のときの脳波を,刺激開始時点を合わせて約30回の加算平均処理を行った.P300の誘発刺激において200msの刺激はオドボール課題のターゲット刺激(T)に相当し,100msの刺激はオドボール課題のノンターゲット刺激(NT)に相当する.オドボール課題とは出現確率の異〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1459.1465,2010〕Keywords:事象関連電位,眼調節機能,アドバンストトレイルメイキングテスト,心的飽和,眼疲労.eventrelatedpotentials,accommodation,advancedtrailmakingtest,habituation,eyestrain.(139)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101461なる識別可能な刺激をランダムに提示し,弁別させる課題を行わせるもので,これらP300成分を測定するときに用いる.計測で得られた波形から,P100,P300の振幅と潜時,振幅率を求めた.c.眼調節機能計測試験3日目に前節のERP計測時と同じように,眼疲労負荷課題を行わせた前後に,眼調節機能の指標である調節近点を計測した.NPアコモドメータ(興和製:KOWANP)を用いて眼疲労課題前に1回,課題作業直後に1回,10分おきに2回,その後20分おきに2回の計測を行った.また,主観判断に由来するばらつきを抑えるため,被験者には測定前に調節近点計測に十分慣れる程度の練習を行わせた.さらに,再現性を確認するため,眼疲労課題前と同一の近点計測を1週間後にもう一度行った.d.主観的評価眼疲労課題終了後,被験者に眼疲労について主観的状態を報告させた.被験者には眼疲労によって「眼が痛い」,「眼がちらつく」,「視点が定まらない」,「頭が重い」,「肩が凝る」などの症状が現れうること13)を示したうえで,上記5項目につきほとんど疲れなかった場合を1,被験者が想定しうる最大の症状を10とし,10段階評定での数値を答えさせ,全得点を合計し平均値を求めた.3.眼疲労負荷課題眼疲労の条件を同一にするため,ERPおよび調節近点の測定を行う日に,眼疲労負荷作業として文字検索作業を行わせた.すなわちコンピュータの画面を被験者の眼前約30cmになるように設置し,つぎのような課題画面を表示した.画面には9ポイントのランダムなアルファベットを横32文字,縦32文字で表示し,画面左上に指示された3種類のアルファベットをマウスでクリックさせた.一度クリックした文字は文字色を薄くして区別できるようにし,どこまで作業を行ったかをわかるようにした.また被験者の頭部が動かないように顎のせ台を用いて固定すると同時に,位置関係の誤差を防ぐために頭部の位置を変えないで作業するように指示した.この作業を,1セッション5分として,途中30秒ずつ休憩をとり,12セッション(計60分)行わせた.II結果1.ATMT眼疲労群,健常対照群の課題別平均時間と両群間の視覚探索反応時間の結果を表1に示した.眼疲労群では,一部で課題前半(ターゲットボタン6~15)から視覚探索反応時間が遅いものも認められたが,A課題前半,C課題前半で,眼疲労群と健常対照群両群間に視覚探索反応時間の有意な差は認められなかった(A課題前半NS,C課題前半NS).一方,A課題後半,B課題前半,B課題後半で眼疲労群と健常対照両群の視覚探索反応時間に有意な差があった〔B課題前半(p<0.05),A課題後半(p<0.01),B課題後半(p<0.01)〕.また,A課題前半/後半の視覚探索反応時間比,B課題前半/後半の視覚探索反応時間比でも有意な差が認められた〔A課題前半/後半の視覚探索反応時間比(p<0.001),B課題前半/後半の視覚探索反応時間比(p<0.05)〕.C課題では,健常対照群に比して眼疲労群では後半の視覚探索反応時間に有意な差が認められ(p<0.05),特に偏差でばらつきがみられた(±40.99).2.ERPのP100振幅図1に眼疲労課題前後における眼疲労群と健常対照群間のERPのP100成分の振幅の変化を示した.健常対照群では表1眼疲労群と健常対照群間の視覚探索反応平均時間の比較対象A課題(ms)B課題(ms)C課題(ms)前半後半前後比前半後半前後比前半後半前後比健常者群(n=4)169.9±11.52102.4±26.260.60191.6±7.44181.4±1.770.95241.1±9.33275.0±7.211.14眼疲労群(n=4)172.8±16.10177.5±14.281.03202.1±10.23258.5±46.91.28255.9±15.21309.6±40.991.20両群間有意差NSp<0.01p<0.001p<0.05p<0.01p<0.01NSp<0.05NS平均値±標準偏差Before0*****10課題負荷後(分)振幅(μV)204060:眼疲労群:健常対照群1614121086420図1眼疲労課題前後におけるP100振幅の変化眼疲労課題前後の眼疲労群と健常対照群間のERPのP100成分の振幅の変化を示す.グラフ中の*は,眼疲労群と健常対照群間の眼疲労課題前と各課題負荷後時点でのP100振幅の変化の比較(p<0.01)を示す.(n=8)1462あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(140)課題負荷後10分以内に振幅が増大するが,その変化は経過全般を通じて少なく,一方,眼疲労群では時間経過とともに振幅が増強し,健常対照群と眼疲労群の間では課題負荷後すべての時間で有意な差がみられた(p<0.01).3.ERPのP300振幅図2に眼疲労課題前後における標的(T)刺激時,非標的(NT)刺激時の眼疲労群と健常対照群間のP300の振幅の変化を示した.T刺激時の場合では両群間で課題前後を比較すると特別な傾向は認められず(NS),NT刺激時の場合に関しては,P300振幅は眼疲労群で課題前に比べ,課題後すべての時間でより大きくなった(p<0.01).4.ERPのP300成分の振幅率の変化図3に眼疲労課題前後において,眼疲労群と健常対照群間のNT刺激時のP300の振幅をT刺激時のもので除したもの(NT/T)を示した.眼疲労群では,より眼疲労課題後に1に近づき,健常対照群と眼疲労群の間で課題前後すべての時間では有意差が認められた(p<0.01).5.ERP潜時眼疲労群と健常対照群間の眼疲労課題前後のP100,P300の潜時を求めたところ,眼疲労群でP100,P300潜時がやや短縮したが有意な差はみられなかった(P100,P300;NS).6.主観的疲労度とERPのP300成分の振幅率の関係図4に各被験者の主観的疲労度と眼疲労課題前と直後におけるP300の振幅の変化の「NT/T」の関係を示した.眼疲労群では,主観的疲労の評価の増加とともに眼疲労課題前,直後における「NT/T」の比が大きくなり,有意差がみられた(p<0.01).7.眼調節機能まずすべての計測が終了し,1週間後に同条件下で調節近点を計測したところ,眼疲労課題前との測定間でその平均値:眼疲労群:健常対照群:眼疲労群:健常対照群Before010204060*****課題負荷後(分)a:標的刺激b:非標的刺激Before010204060課題負荷後(分)振幅(μV)14121086420振幅(μV)14121086420図2眼疲労課題前後におけるP300振幅の変化a:標的刺激,b:非標的刺激.眼疲労課題前後の標的刺激時,非標的刺激時の眼疲労群と健常対照群間のP300の振幅の変化を示す.グラフ中の*は,眼疲労群と健常対照群間の眼疲労課題前と各課題負荷後時点のP300振幅の変化の比較(p<0.01)を示す.(n=8):眼疲労群:健常対照群Before0*****10204060課題負荷後(分)P300振幅率(NT/T)10.90.80.70.60.50.40.30.20.10図3眼疲労課題前後におけるP300振幅率の変化(NT/T)眼疲労課題前後において眼疲労群と健常対照群間の非標的(NT)刺激時P300の振幅を標的(T)刺激時のもので除したもの(NT/T)を示す.グラフ中の*は,眼疲労群と健常対照群間の眼疲労課題前と各課題負荷後時点でのP300振幅率(NT/T)の比較(p<0.01)を示す.(n=8)0246主観的疲労度の平均値810(点)r=0.94*●:A(V.F)■:B(V.F)▲:C(V.F)◆:D(V.F)□:E(H.C)△:F(H.C)○:G(H.C)◇:H(H.C)10.80.60.40.20P300振幅率(NT/T)図4主観的疲労度とERPのP300成分の振幅率の関連各被験者の主観的疲労度の全得点の平均値と眼疲労課題前と直後におけるP300の振幅の変化(NT/T)の関係を示す.散布図中のr,*は眼疲労群と健常対照群間の主観疲労度の平均値と眼疲労課題前と直後のP300振幅の変化(NT/T)との関連(p<0.01)を示す.(H.C):健常対照群,(V.F):眼疲労群.(n=8)(141)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101463に有意な差は認められず,調節近点測定は比較検討に利用できると判断した.図5に眼疲労群と健常対照群での疲労課題前後の調節近点を示した.縦軸は調節近点を,横軸は計測時点を表す.両群ともに眼疲労課題を行わせる前に比べ,直後において調節近点が延長し,課題後10分には短縮しはじめた.眼疲労群は課題後20分以内で健常対照群に比べ調節近点がやや延長したが有意な差ではない.また,両群とも時間経過とともに徐々に眼疲労課題を行わせる前のレベルに近づき,60分後には両群での差はみられなくなった.8.眼調節機能とERPの振幅との関係図6では眼疲労課題前と課題直後において,図7には眼疲労課題前と課題後40分においての調節近点の変化率とP100の振幅,P300の「NT/T」の振幅率との関連について散布図で示した.両図より,P100の振幅の増加,P300の弁別の低下と調節近点の延長の関連に明らかな差はみられなかった.III考察本研究では,VDT作業による眼疲労をATMTおよびERP(P100,P300成分の振幅と潜時)の変化で健常群を対照とし眼疲労群と比較検討した.ATMT測定(表1)から,A課題は,B課題同様にターゲットボタン位置が固定されており,課題が進行するにつれ:眼疲労群:健常対照群Before010204060課題負荷後(分)調節近点(mm)140120100806040200図5眼疲労課題前後における眼調節機能(調節近点)眼疲労群と健常対照群間の眼疲労課題前後の調節近点を示す.縦軸は調節近点を表し,横軸は調節近点計測時点を示す.各時点において眼疲労群と健常対照群間で有意差なし.(n=8)1.051.11.251.21.151.11.0512.521.51.0.501.151.21.251.31.051.11.151.21.251.3調節近点の変化率調節近点の変化率r=0.11NS(a)(b)●:A(V.F)■:B(V.F)▲:C(V.F)◆:D(V.F)□:E(H.C)△:F(H.C)○:G(H.C)◇:H(H.C)r=0.32NS●:A(V.F)■:B(V.F)▲:C(V.F)◆:D(V.F)□:E(H.C)△:F(H.C)○:G(H.C)◇:H(H.C)P300振幅率(NT/T)P100振幅率図6眼調節機能とERPパラメータとの関連各被験者の眼疲労課題前と課題直後において,調節近点の変化率と(a):P100振幅率との関連および(b):P300振幅の(NT/T)の振幅率との関連を示す.両結果とも両群間での有意差はなし.(H.C):健常対照群,(V.F):眼疲労群.(n=8)1.41.210.80.60.40.202.521.51.0.5011.021.041.061.081.1調節近点の変化率11.021.041.061.081.1調節近点の変化率r=0.08NS(a)(b)●:A(V.F)■:B(V.F)▲:C(V.F)◆:D(V.F)□:E(H.C)△:F(H.C)○:G(H.C)◇:H(H.C)r=0.07NS●:A(V.F)■:B(V.F)▲:C(V.F)◆:D(V.F)□:E(H.C)△:F(H.C)○:G(H.C)◇:H(H.C)P300振幅率(NT/T)P100振幅率図7眼調節機能とERPパラメータとの関連各被験者の眼疲労課題前と課題後40分において,調節近点の変化率と(a):P100振幅率との関連および(b):P300振幅の(NT/T)の振幅率との関連を示す.両結果とも両群間での有意差はなし.(H.C):健常対照群,(V.F):眼疲労群.(n=8)1464あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(142)てまだ押していないターゲットボタン数が減少することからB課題以上に視覚探索反応時間が著明に短縮された.B課題は,C課題と異なり一度出現したターゲットボタン配置は常に固定されていることにより,課題が進行するにつれ,視覚探索反応時間が徐々に短縮された.C課題の視覚探索反応時間との差は,ターゲットボタンの位置が固定されていることによってみられる差であり,課題遂行中にワーキングメモリーを働かせることによりターゲットボタン以外のボタンの位置も同時に記憶していることによる短縮と考えられた.C課題では課題が進行するにつれ視覚探索反応時間は徐々に遅延した.C課題は,ターゲットボタンを押すたびにすべてのターゲットボタンの位置が変わり,かつ探索しなければいけないターゲットボタン数が常に25個であるため,探索条件は常に一定であることから,この遅延は疲労によるものと考えられる.健常対照群と眼疲労群のターゲットボタンごとの視覚平均探索反応時間の推移では,A課題前半,C課題前半で,眼疲労群と健常対照群の両群間に視覚探索反応時間に有意な差は認められなかったことから,作業能力や作業意欲において,眼疲労群が健常対照群に比べて低下しているわけではないことが示唆された.各課題の遂行時後半になると,課題自体が徐々に負荷となり,眼疲労群に疲労を惹起させていると考えられる.すなわち,眼疲労群では,健常対照群よりも,疲労を起こしやすいと考えられる.さらに,健常対照群のターゲットボタンごとの視覚平均探索反応時間の推移と,眼疲労群のターゲットボタンごとの視覚平均探索反応時間の推移とを比較すると(表1),試験全体でA課題→B課題→C課題と試験課題が進むにつれて,眼疲労群と健常対照群との成績の開きが大きくなる傾向が認められた.つまり,視覚探索反応時間の遅延は,課題遂行による疲労を反映していると考えられた.ATMT測定から,眼疲労群では課題初期には健常対照群と同じ作業能力や作業意欲を有しているにもかかわらず,課題継続時のパフォーマンスの低下減少(疲労の顕在化)が健常者に比して早い段階から現れやすいことが示され,眼疲労群は疲労しているのでなく,むしろ疲労しやすいことが特徴であることが判明した.眼疲労群の課題遂行による疲労の蓄積過程を調べることにより,個々の疲労のしやすさを定量化することが可能と考えられる.すなわち,B課題後半およびC課題後半にみられる疲労による視覚探索反応遅延度をパラメータとすることにより,易疲労性の尺度となることが示唆された.ERP結果からは,両群でERPのP100において潜時に影響は認められなかったが,眼疲労群で振幅は有意に増大した(図1).このことは,眼疲労群ではより眼疲労課題により視覚野の機能水準が低下しており,ERP計測用の刺激により皮質機能が賦活されたと考えることができる.P300に関しては,両群で潜時に影響は認められず,眼疲労群では非標的(NT)刺激による振幅は有意に増大した(図2).さらに,両群で標的(T)刺激による振幅は変化が認められず,眼疲労群では有意に振幅比(NT/T)が1に近づいた(図3).このことは,NT刺激によるP300の振幅がT刺激によるP300の振幅に近くなったことを示している.本来P300はT刺激を検出した場合に顕著にみられる.しかし,特に眼疲労群では眼疲労によりNT刺激に対してもP300が出現する傾向がみられたことは,眼疲労が選択的注意機能へ影響を及ぼした可能性が考えられる.Kok14)は被験者に処理スピードを要求した場合に,NT刺激によるP300が出現することを報告しており,処理の難易度が増大するとNT刺激に対してもP300が出現すると考えられる.このことから本実験においては,眼疲労群で眼疲労により相対的に刺激弁別機能が低下し,NT刺激の認知に対しても多くの注意を払う必要から,P300が増大したと考えられた.眼疲労条件では,眼疲労群でERPのP100の振幅は増大し(図1),非標的によるP300の振幅は標的の場合の振幅に近づき(図2),弁別性の低下がみられた.一方,ERPの振幅や潜時と近点との差は認められず(図6,7),眼調節機能とERPの変化は独立的な情報を含んでいると思われた.つまり,眼疲労は眼調節機能に影響を及ぼす毛様体筋などの筋疲労を含む眼調節系の機能低下と,認知機能に影響を及ぼす視覚情報処理の中枢性疲労の2種類から構成されていることが示唆された.さらに主観的な疲労感は中枢における認知過程での疲労を大きく反映しているものと考えられた.中枢性疲労は心理学でいう心的飽和に対応している15).心的飽和とは,ある作業や行動を繰り返し行っていくうちにその作業や行動に対する積極的構えが減弱するなど,作業や行動の効率が低下して極端な場合には中断する「飽き」の状態である.一般に神経系においては単調で無害な刺激の連続に対して,入力感度を低下させる「habituation」が生じる16).眼疲労群ではP300の「NT/T」が眼疲労後に1に近づいたということ,およびATMTでの課題継続時のパフォーマンスの低下は心的飽和すなわち,大脳皮質におけるhabituationが弁別作業効率を低下させたと考えられる.従来から行われてきた眼疲労評価は感覚器官および眼調節系の測定であり,いわゆる眼精疲労の指標であった.CFFなどによる眼疲労測定は,視覚情報処理中枢の疲労を含んではいるが,むしろ覚醒水準の影響を強く受けて視覚系全体の疲労としてとらえられている.しかし,ATMTとERP,調節近点計測を併用することで,眼調節系のレベルと高次認知過程のレベルを分離して,より詳細に検討することができると考えられた.さらに本実験の結果からは,眼の疲れを訴える患者のなかあたらしい眼科Vol.27,No.10,20101465には日常の検査では表出されない例があること,これらは「疲労している」のではなく「疲労しやすい」こと,あるいは「疲労を(持続的に)代償・補完しにくい」ことが明らかになった.眼疲労状態は,①疲労がまったくない状態,②疲労が蓄積してきているが,一定の時間であれば代償することが可能な状態,③疲労のためにエラーや反応時間の遅延がみられる状態,の3つに分類することができる11).これらから,これまでの検査法では客観的に疲労状態を評価することが困難であったが,ERPやATMTを用いることによって,疲労が蓄積してきているが,②の状況(一定の時間であれば代償することが可能な状態)でも反応時間の変動係数などに明らかな変化が起きている結果を得たことから,これらの結果は,眼科臨床において利用可能であると考える.文献1)斉藤進:日本眼科医会IT眼症と環境因子研究班業績集(2002~2004).労働科学81(2):95-98,20052)小笠原勝則,大平明彦,小沢哲磨:VDT作業による眼精疲労評価法としての中心フリッカー値の意義について.日本災害医学会会誌40:12-15,19923)岩崎常人:【眼精疲労を科学する】眼精疲労の測定方法と評価CFFとAA-1.眼科51:387-395,20094)岩崎常人,田原昭彦,三宅信行:調節の緊張緩和と眼精疲労.日眼会誌107:257-264,20035)小嶋良弘,青木繁,石川哲:VDT従事者における近見反応.北里医学22:620-626,19926)梶田雅義:調節微動の臨床的意義.視覚の科学16:107-113,19957)CobbWA:Thelatencyandforminmanoftheoccipitalpotentialsevokedbybrightflashes.JPhysiol152:108-121,19608)BarrettG,BlumhardL:Aparadoxinthelateralizationofthevisualevokedresponse.Nature261:253-255,19769)梶本修身:【疲労の科学】疲労の客観的評価疲労の定量化法.医学のあゆみ204:377-380,200310)梶本修身,山下仰,高橋清武ほか:Trail-Making-Testを改良した「ATMT脳年齢推測・痴呆判別ソフト」の臨床有用性─タッチパネルを用いた精神作業能力テストの開発─.新薬と臨牀49:448-459,200011)梶本修身:ATMTを用いた疲労定量化法の開発.疲労と休養の科学18:13-18,200312)KlemGH,LudersHO,JasperHHetal:Theten-twentyelectrodesystemoftheInternationalFederation.TheInternationalFederationofClinicalNeurophysiology.ElectroencephalogrClinNeurophysiol52:3-6,199913)野田一雄:目の疲労防止対策.労働衛生22:13-16,198114)KokA:OntheunityofP300amplitudeasmeasureofprocessingcapacity.Psychophysiology38:557-577,200115)KouninJS,DoylePH:Degreeofcontinuityofalesson’ssignalsystemandthetaskinvolvementofchildren.JEducPsychol67:159-164,197516)KarstenA:PsychischeSatting.PsychlForschung10:142-254,1988(143)***

腺様囊胞癌により眼窩先端部症候群をきたし,短時日で失明に至った1 例

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(133)1455《原著》あたらしい眼科27(10):1455.1458,2010cはじめに腺様.胞癌(adenoidcysticcarcinoma:ACC)は唾液腺や気管などの腺組織から発生するものが多い1,2).眼科領域からの発生の報告は涙腺原発の患者が散見されるが,周囲組織から眼窩に波及する続発ACCはまれである.今回外転神経麻痺で発症してその原因の診断に苦慮し,その後全外眼筋麻痺から短期間に失明した75歳,女性の続発ACC例を経験した.画像診断および病理診断により,上顎洞原発のACCが眼窩先端部に波及したことがわかり,診断の注意点や鑑別点について考察を加え報告する.I症例患者:75歳,女性.主訴:複視,左内眼角部の痛み.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:平成18年4月3日初診.同年2月ころより物が二重に見えるようになり,3月28日に近医眼科を初診した.左外転神経麻痺の疑いで精査目的にて当科を紹介となった.この間,左内眼角部の痛みを自覚していたが,近医耳鼻科にて診察を受け,X線写真でも異常なしとのことであった.既〔別刷請求先〕長谷川英稔:〒343-8555越谷市南越谷2-1-50獨協医科大学越谷病院眼科Reprintrequests:HidetoshiHasegawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital,2-1-50Minamikoshigaya,Koshigaya,Saitama343-8555,JAPAN腺様.胞癌により眼窩先端部症候群をきたし,短時日で失明に至った1例長谷川英稔鈴木利根筑田眞獨協医科大学越谷病院眼科ACaseofOrbitalApexSyndromeCausedbyAdenoidCysticCarcinomaRapidlyLeadingtoBlindnessHidetoshiHasegawa,ToneSuzukiandMakotoChikudaDepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital左外転神経麻痺で発症してその原因の診断に苦慮し,その後全外眼筋麻痺から短期間に失明した1症例を報告する.症例は初診時に虚血による左単独外転神経麻痺と診断された1症例である.初期にはCT(コンピュータ断層撮影)およびMRI(磁気共鳴画像)の画像検査で明らかな異常が認められず,診断までに1年を要した.経過中に同側の左全外眼筋麻痺,三叉神経麻痺,視神経障害(失明)が加わり,重篤な眼窩先端症候群をきたした.1年後の画像検査と病理検査により,副鼻腔原発の腺様.胞癌の眼窩先端部への浸潤と診断された.結論:眼窩先端部に腺様.胞癌が発症した場合は進行性の麻痺症状をきたす.眼窩先端症候群の原因として,まれではあるが腺様.胞癌も考慮すべきである.Wereportacaseofadenoidcysticcarcinoma.Initialexaminationdisclosedsolitaryleftabducensnervepalsy.Computedtomography(CT)andmagneticresonanceimaging(MRI)demonstratednoabnormality;thetemporarydiagnosiswasischemicabducensnervepalsy.Afteroneyearoffollow-up,thepatientexhibitedsevereorbitalapexsyndrome,includingipsilateraltotalophthalmoplegia,trigeminalpalsyandopticneuropathy(blindness).RepeatedMRIandhistologicalexaminationfinallyrevealedadenoidcysticcarcinomaarisingfromtheparanasalsinusesandinvadingtheorbitalapex.Patientswithadenoidcysticcarcinomadevelopprogressivecranialnervepalsyintheregionoftheorbitalapex.Adenoidcysticcarcinomaisrare,butisoneofthedifferentialdiagnosesfororbitalapexsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1455.1458,2010〕Keywords:腺様.胞癌,眼窩先端症候群,外転神経麻痺,失明,副鼻腔.adenoidcysticcarcinoma,orbitalapexsyndrome,abducensnervepalsy,blindness,paranasalsinuses.1456あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(134)往歴として47歳時にBasedow病,その他は特に認めなかった.当科初診時所見:視力はVD=0.5(0.8×+0.5D(cyl+2.5DAx175°),VS=0.5(0.9×cyl+2.0DAx180°),眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHgであった.眼位は30プリズムの内斜視を認め,著しい左眼の外転制限を認めた(図1).瞳孔径は3mmで不同なく,三叉神経領域に左右差や低下は認めなかった.前眼部・中間透光体には軽度白内障を認め,眼底は異常所見を認めなかった.初診時に行った頭部CT(コンピュータ断層撮影)では海綿静脈洞から眼窩先端付近,および橋付近にも異常はみられず,左外転神経麻痺をきたす器質的異常は不明であった(図2).経過:初診時の診断は虚血障害による左外転神経麻痺とし,メチコバールR内服,サンコバR点眼で経過観察することとした.しかし,その後症状・所見ともまったく回復傾向がみられず,発症2カ月後には左眼点眼時に感覚がないことを訴え,診察でも左三叉神経第1枝領域と第2枝領域の知覚低下がみられるようになった.このため発症2カ月後にMRI(磁気共鳴画像)を行ったが,眼窩先端付近などにやはり異常を認めなかった.その後さらに経過をみていたが,発症4カ月後には症状がさらに悪化し,眼瞼下垂が出現して,運動制限も全方向になった(図3).以後症状は持続し,左眼周囲のしびれ感も加わった.半年を過ぎて矯正視力はVD=(0.9×0.5D(cyl+2.5DAx180°),VS=(0.8×cyl+2.5DAx180°)と変化がなかったが,眼球運動所見は回復傾向がみられなかった.この間,脳神経外科への受診を勧めるも患者の協力が得られなかったが,神経内科の受診では橋付近の小梗塞という診断で経過観察となった.また,炎症性も考え治療的診断の意味も含めてプレドニゾロン内服を1日量20mgより漸減投与するも効果がなかった.発症1年後,瞳孔径が右眼3.0mm,左眼4.25mmで対光反応が消失し,色がわかりにくいとの訴えがあり,左眼視力障害が出現した.この時期に行ったCTおよびMRIで初めて左眼窩先端から海綿静脈洞に広範囲の異常陰影がみられ,視神経付近で副鼻腔から浸潤する異常信号を認め,眼窩下方ではさらに広範囲な異常信号がみられた(図4).以上の所見から脳神経外科にて副鼻腔原発腫瘍の眼窩内浸潤と診断された.耳鼻科における左蝶左眼右眼図1初診時Hess眼球運動検査(平成18年4月3日)著しい左眼の外転制限が認められる.図3症例の各眼位の写真正面および垂直,水平5方向の眼位写真と,左下段は左眼瞼下垂.右下段は瞳孔写真である.左眼は各方向ともまったく動いていないことがわかる.図2初診時CT所見(平成18年4月3日)海綿静脈洞から眼窩先端付近,および橋付近にも異常はみられず,左外転神経麻痺をきたす異常は不明であった.(135)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101457形骨篩骨洞開放術による腫瘍生検の結果はACCの診断となり(図5),他臓器への転移は認めず放射線治療(60Gy)が行われた.初診より1年後の平成19年4月には左眼視力は光覚弁なしとなり,2年後の現在でも全外眼筋麻痺の状態である.II考按腺様.胞癌は,1859年にBillrothにより副鼻腔原発の円柱腫(cylindoroma)として最初に報告され,現在では腺様.胞癌(adenoidcysticcarcinoma)の呼称に統一されている3).40歳代に最も多く,女性のほうが男性よりもやや多い1,2,4).副鼻腔原発などの耳鼻科領域での報告が多く,眼科での報告は涙腺原発の症例が散見されるのみである5,7,8).涙腺原発のACCの臨床症状は他の眼窩部腫瘍と同様に,眼球突出のほか,眼球運動障害および偏位,眼瞼下垂および腫脹の頻度が高い1).今回は上顎洞から眼窩内へ浸潤したため,眼球運動神経麻痺,三叉神経麻痺および視神経障害という典型的かつ重篤な眼窩先端症候群をきたした.ACCの進行は比較的緩徐であるがきわめて悪性度が高く,浸潤性に周囲に増殖し眼窩骨壁の破壊や鼻出血や顔面知覚鈍麻を示し,神経周囲にも浸潤し局所の疼痛の原因になる.摘出手術後にも局所再発をくり返すことが多く,転移も多いことが知られている.転移する場合,血行性に肺やリンパ節,骨や脳にも転移しやすい1,4).今回のような高齢者の片眼性外転神経麻痺は,一般に虚血(微小循環障害)が原因の場合が多く約3カ月ほどで回復する良性の麻痺が多い.今回筆者らが体験した症例も,くり返し行われた画像診断にはじめは異常が認められず,そのような良性の原因を考えた.しかし2カ月を経過したあたりから眼球運動障害が悪化し,次第に全外眼筋麻痺に進行した.最終的には副鼻腔原発ACCの眼窩内浸潤の診断となり,視神経も障害され失明となった.このような高齢者でしかも画像所見に異常が乏しいものであっても,注意深く臨床経過を見守る必要があることが強く示唆された.頭蓋内腫瘍が外転神経麻痺を起こす病態としては,海綿静脈洞付近の病変による直接障害と頭蓋内圧亢進による間接的障害が考えられる.本症例は副鼻腔原発の腫瘍が伸展拡大し,眼窩先端部から海綿静脈洞付近に浸潤したと推定される.この部位でほかに鑑別されるべき病変としては非特異的炎症(Tolosa-Hunt症候群),その他の腫瘍(転移性,鼻咽頭腫瘍,リンパ腫),感染症(アスペルギルス,カンジダの真菌,ヘルペス),頸動脈海綿静脈洞瘻(carotid-cavernousfistula:CCF),血栓症などがある.本症例のように当初の画像診断で病変がみつからないこともあるので,症状の変化に注意しながらくり返し再検査する必要がある.図41年後のCTおよびMRI所見左:頭部CTにて眼窩先端から海綿静脈洞に広範囲の異常陰影を認める.右:MRI(T2強調画像)でも視神経の高さで副鼻腔から浸潤する異常信号がみられる.図5摘出組織の病理組織像スイスチーズ様またはcribriformpattern6)とよばれる,腺様.胞癌に特徴的な所見がみられる(原倍率30倍).1458あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(136)文献1)笠井健一郎,後藤浩:涙腺に原発した腺様.胞癌の臨床像と予後.眼臨101:441-445,20072)後藤浩,阿川哲也,臼井正彦:眼窩腫瘍の臨床統計.臨眼56:297-301,20023)FrishbergBM:Miscellaneustumorsofneuro-ophthalmologicinterest.ClinicalNeuro-ophthalmology6thed(edbyMillerNetal),vol2,p1679-1714,LippincottWilliamsWilkins,Philadelphia,20054)山本祐三,坂哲郎,高橋宏明:腺様.胞癌の基礎と臨床.耳鼻臨床84:1153-1160,19915)金子明博:腫瘍全摘出のみで長期経過良好な涙腺腺様.胞癌の2例.臨眼62:285-290,20086)小幡博人,尾山徳秀,江口功一:涙腺の上皮性腫瘍─多形腺腫と腺様.胞癌.眼科47:1341-1345,20057)AdachiK,YoshidaK,UedaRetal:Adenoidcysticcartinomaofthecavernoudregion.NeurolMedChir(Tokyo)46:358-360,20068)ShikishimaK,KawaiK,KitaharaK:PathologicalevaluationoforbitaltumoursinJapan:analysisofalargecaseseriesand1379casesreportedintheJapaneseliterature.ClinExperimentOphthalmol34:239-244,2006***