0910-1810/10/\100/頁/JCOPYている.レンズは涙液の表面張力で角膜へ引き寄せられている状態であり,レンズと角膜の間には涙液が常に介在する.したがってレンズは直接角膜に触れることはないとされているが,閉眼中の眼球運動や瞬目に伴ってレンズが動き,その結果ベースカーブ部が機械的に角膜に接してステイニングが生まれることがある(図1).そのためフィッティングの良否にかかわらずステイニングが観察されることがある.この場合ステイニングの部位は睡眠中のレンズの位置を反映しており,フィッティング判断の手がかりとなる.夜間閉瞼中に涙液交換の低下および酸素分圧の低下がはじめに従来のハードコンタクトレンズは角膜に及ぼす影響が最小になるようにパラレルフィッティングを理想として処方された.一方,オルソケラトロジーはフラットフィッティングな中央部をタイトフィッティングな周辺部が支持する設計になっており,あえてレンズが角膜に対し能動的に変化を与える手法であるので,その使用にあたっては視力改善というメリットだけでなく角膜へのデメリット,つまり合併症も十分に配慮しなければならない.オルソケラトロジーレンズによる合併症はオルソケラトロジーに本質的あるいは特異的に起因するものと,コンタクトレンズ使用に伴うものとに分けられる.Iオルソケラトロジーに特異的な合併症1.角膜びらん,ステイニングa.フィッティング良好でも現れるステイニング通常のRGP(rigidgaspermeable)ハードコンタクトレンズで少数のステイニングがあっても軽度であればそのまま装用を許可するように,オルソケラトロジーレンズでも正常のフィッティングにおいて多少のステイニングが生じることは珍しくない.特に午前中など,レンズを外して間もないときにみられやすい.オルソケラトロジーレンズはフラットフィッティングのベースカーブ部を角膜中央に安定させる必要から,ベースカーブ部を囲む部位ではタイトフィッティングに相当する形に作られ(37)1519*MasaoMatsubara:東京女子医科大学東医療センター眼科〔別刷請求先〕松原正男:〒116-8567東京都荒川区西尾久2-1-10東京女子医科大学東医療センター眼科特集●オルソケラトロジー診療を始めるにあたってあたらしい眼科27(11):1519.1523,2010オルソケラトロジーの合併症とその対策ComplicationsinOrthokeratologyandTheirSolutions松原正男*図1フィッティング良好であるが角膜中央に出たステイニング1520あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(38)じたら外す前に眼瞼の上から指でレンズを一度動かすか,あるいは人工涙液などを点眼してしばらく閉瞼したあと,数回瞬きしてから外すように指導する.2.Qualityofvisionの低下a.コントラスト感度低下オルソケラトロジーレンズでは角膜の非球面度を表す離心率e値を0にすることによって視力改善を図る.つまり,効果が出るほどに形状が球面化するため,球面収差が生まれ高次収差が顕著となりコントラスト感度の低下などが生じる.これはLASIK(laserinsitukeratomileusis)も同様であり,現在の技術での角膜形状変化に基づく屈折矯正法の限界である2,3).b.不正乱視オルソケラトロジーでは角膜中央部においてレンズベースカーブ部のフラットフィッティングによって上皮細あるため1),程度の強い,もしくは正しいフィッテングではみられない部位にステイニングが出現した場合,見逃してはならない.b.フィッティング不良によるステイニングレンズのセンタリング不良は特徴的なステイニングや角膜不正乱視の原因になる.タイトフィッティングでは下方に固着しやすいため角膜の上方にステイニングや下方結膜に圧痕を生じることがある.ルースフィッティングでは上方にずれやすく,角膜中央部に同じくステイニングを生じうる.c.レンズ下の異物や汚れによる角膜上皮障害レンズ裏面に異物が付着し角膜を障害することは,従来のレンズの装用者では比較的多くみられる合併症である.ただ,終日装用ハードコンタクトレンズでは瞬目のたびに異物による痛みを感じるが,オルソケラトロジーレンズで就寝直前に装用してそのまま就寝してしまった場合,やや気付きにくいこともある.レンズを装用したならば開瞼と瞬目を数回くり返し,いつもと違う異物感や痛みがあればすぐに外して洗ってからもう一度装用するように指導する.オルソケラトロジーは,その特殊な構造ゆえに,リバースカーブ部の溝に汚れが溜まることがある.汚れが溜まると必然的に後述するような感染症を惹起しやすくなる.丁寧に擦り洗いをすることと,肉眼で見て汚れが付着していなくても定期的に綿棒などで汚れをとることが必要である.ただし,オルソケラトロジーレンズは直径が大きいうえに溝の部分で厚みが薄いために,あまり乱暴に扱うとレンズが割れたり,内面が摩耗してフィッティングが変化し視力矯正力が低下することにも注意が必要である.d.固着による角膜障害涙液は常に重要な働きをしており,レンズ下の涙液交換による質の維持は重要である.したがってレンズが固着すると圧痕だけでなく角膜のステイニングを生じやすい.ただし,たとえ正しいフィッティングでも睡眠中はどうしても涙液交換が少ないので起床時にはレンズの動きが少なくなっており,ときには固着に近い状態になっていることがある.無理に外そうとすると上皮.離を生じる恐れがあるので,レンズが張り付いているように感図3レンズ下の空気泡不正乱視の原因となりうる.図2オルソケラトロジーレンズによる家兎角膜上皮の厚み変化の分布右側がレンズのベースカーブ部に,左側がリバースカーブ部に対応する.(39)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101521孔径が大きくなることのために,ハロー,グレアといった症状がみられることがある.これはLASIKでも瞳孔径が大きかったり,照射径が小さかった場合などにみられる症状である.3.Ironringレンズのリバースカーブ下に対応する部位に生じる細い茶褐色の角膜上皮内の色素沈着である.レンズの効果がよく現れている眼に生じることが多い印象である.ト胞層の菲薄化を生じる.その部を囲むようにレンズリバースカーブ部に対応するレンズ下空間に上皮細胞層の肥厚化が起きており,これらの効果によってオルソケラトロジーによる屈折矯正効果が生み出されている(図2)4,5).通常のRGPコンタクトレンズ装用ではレンズ下に涙液レンズが形成されるために多少の不正乱視は矯正されるが,オルソケラトロジーでは日中にレンズを装用しない代わりに涙液レンズ作用もないので不正乱視の影響が出やすい.装用中にレンズ下に迷入した空気が長時間貯留すると,レンズが角膜に均等に作用せずまたは空気泡自体で角膜を圧迫して不正乱視が生じる(図3).また,レンズのセンタリングが不良だと不均一な角膜変化が生じるため著しく見にくくなる(図4).スティープフィッティングでは平坦化した角膜の中心付近にcentralislandとよばれる相対的にスティープな領域が生じることがある.これも不正乱視であり著しい視力の質低下をきたす.適正なフィッティングの達成がオルソケラトロジーの成功のために肝要である(図5).c.ハロー,グレアオルソケラトロジーレンズのベースカーブの直径は6.0mmだが,正確に光学中心にレンズをフィッティングさせることは困難である.また,角膜変化が可逆的であるがゆえに夕方になると型押しされた角膜形状が徐々に元に戻ってくる.この日内変動および薄暮時からは瞳図4ルーズフィッティングのためレンズが外上方にずれていることを表すトポグラフィ乱視が強く視力が出ない.図5図4の症例のフィッティング修正後修正データに基づくレンズを装用して1晩後のトポグラフィ.センタリングがよく直っている.図6Ironring2年間装用後にみられた円弧状のironring.瞳孔と同心円状である.1522あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(40)中の安定が良くなるようにデザインされ上皮に対して圧迫力を作用させる結果,上皮に菲薄化だけでなく微小外傷を生じる可能性があることから,上皮.離やさらには潰瘍,感染を生じる危険を増す可能性がある.これらの合併症を予防するためには医師による正しいフィッティングと使用者による正しいケアが重要である.感染が定着すると夜間にレンズ装用のため進行しやすいと考えられるので,使用者にはケアに関して十分に理解させる必要がある.ケアは通常のRGPレンズと同様であるが,特徴的な溝に汚れがたまりやすいので,擦り洗いや綿棒による洗浄を丁寧に行い,汚れが残っていないか毎回点検する習慣をつけることが大切である.オルソケラトロジーに限らず夜間装用はもともと感染の機会が多く,重篤で視力に影響する合併症を起こしやすいことはどのコンタクトレンズにも共通である.オルソケラトロジーは新しい手法であり合併症が強調されるが,その多くはオルソケラトロジーに本質的なものではポグラフィでの変化部位とよく類似しており,瞳孔を囲む同心円状に出現する(図6).Ironringの機序は明らかではないがHudson-Stahlilineや円錐角膜基部にみられるFleischerringと同様のもので,角膜形状の急な変化部や涙液が貯留する部に起きると推測されている6,7).Choらは6カ月で49%,12カ月で90%以上生じたと報告している8)が,このこと自体に病的な意義はなく治療は必要ない.装用を中止すると消失する.IIコンタクトレンズとしての延長にある合併症1.疼痛正常なフィッティングであれば装用による痛みはほとんどなくハードコンタクトレンズよりも直径が大きく動きが少ないために異物感は少ないが,RGP素材でできているので特有の装用感はある.眼鏡やソフトコンタクトレンズ装用からの移行者で,その装用感を痛みと感じるかどうかは個人差がある.もちろん不適切なフィッティングではレンズのセンタリング不良による合併症を起こして痛みを伴うことがある.2.角膜感染症オルソケラトロジーによる角膜感染症は以前から幾度も報告されており,Pseudomonasaeruginasa(図7)やアカントアメーバによるものが多い9,10).しかし,その病原菌はハード,ソフトコンタクトレンズにおける角膜感染症でも知られているものであり,角膜に異物であるレンズがコンタクトしている限り避けては通れないものと心得るべきである.オルソケラトロジーレンズの夜間装用は角膜をいっそう低酸素状態にする可能性があること(図8)4,11),装用図7緑膿菌による角膜潰瘍図8家兎角膜のacidphosphatase染色ストレスなどに反応して活性が更新するが,扁平化した上皮の基底部でやや強い染色性を呈している.B:ベースカーブ部に対応.R:リバースカーブ部に対応.(41)あたらしい眼科Vol.27,No.11,201015232)HiraokaT,OkamotoC,IshiiYetal:Contrastsensitivityfunctionandocularhigher-orderaberrationsfollowingovernightorthokeratology.InvestOphthalmolVisSci48:550-556,20073)LuF,SimpsonT,SorbaraLetal:Therelationshipbetweenthetreatmentzonediameterandvisual,opticalandsubjectiveperformanceincornealrefractivetherapylenswearers.OphthalmicPhysiolOpt27:568-578,20074)MatsubaraM,KameiY,TakedaSetal:Histologicandhistochemicalchangesinrabbitcorneaproducedbyanorthokeratologylens.EyeContactLens30:198-204,20045)AlharbiA,SwarbrickH:Effectsofovernightorthokeratologylenswearoncornealthickness.InvestOphthalmolVisSci6:2518-2523,20036)RahMJ,BarrJT,BaileyMD:Cornealpigmentationinovernightorthokeratology:acaseseries.Optometry73:425-434,20027)LiangJB,ChouPI,WuRetal:Cornealironringassociatedwithorthokeratology.JCataractRefractSurg29:624-626,20038)ChoP,CheungSW,MountfordJetal:Incidenceofcornealpigmentedarcandfactorsassociatedwithitsappearanceinorthokeratology.OphthalmicPhysiolOpt25:478-484,20059)HsiaoCH,LinHC,MaDHetal:Infectiouskeratitisrelatedtoovernightorthokeratology.Cornea24:783-788,200510)WattK,SwarbrickHA:Microbialkeratitisinovernightorthokeratology:reviewofthefirst50cases.EyeContactLens31:201-208,200511)ChoyCK,ChoP,BenzieIFetal:Effectofoneovernightwearoforthokeratologylensesontearcomposition.OptomVisSci81:414-420,2004なく,使用上の問題に帰結できる内容が多い.正しく使わなくては危険であることはすでにソフトコンタクトレンズでつとに知られているとおりであり,オルソケラトロジーもまた然りである.オルソケラトロジーにおいてはこれまで屈折矯正,角膜形状変化などの臨床的報告は多いものの,生理学的・生物物理学的基礎はまだ十分解明されておらず臨床応用の先行が目立っている.今後,基礎的データの充実がオルソケラトロジーの安全な発展に必要である.3.アレルギー性結膜炎RGP素材であるが夜間装用であること,瞬目がない時間帯の装用なのでレンズの動きが少なく,睡眠中rapideyemovement(REM)があるとはいえ眼瞼結膜の狭い領域に限局してレンズ全体が触れているためアレルギー反応を起こしやすいことが考えられる.症状が強いときは適応でないのは基本的なことだが,花粉症や季節性アレルギー性結膜炎のみであれば,抗原に触れない時間の装用がむしろアレルギーを悪化させないとも考えられ,実用的には今後の検討を待たねばならない.文献1)中村葉,横井則彦,木下茂ほか:レンズ下の酸素分圧に対するオルソケラトロジーレンズの影響.日コレ誌51:13-16,2009