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弱視スクリーニングのエビデンス

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYされるようになっている.英国ではHealthTechnologyAssessment(HTA)がその役割を担っており,その報告書は医療政策や保健行政,施策に影響を与えている.HTAでは,検診がなされるべき疾患の条件として,表1のような項目をあげている.6項目のうち最初の5項目は一般的なことであるが,費用効用分析で有用性が証明されるという最後の項目は意外にむずかしい.このなかで1997年,英国のHTAから衝撃的な報告がなされた2).この報告では弱視スクリーニングの現状と意義,費用対効果を包括的に検討し,「幼児眼健診の意義は確立されておらず,公的費用を用いたスクリーニングの廃止を検討するべきである」と結論づけている.この報告には小児眼科医や医療疫学の研究者から多数の反論がなされているが,HTAは2008年にCarltonらが改訂版の報告を出し,「幼児眼健診の意義にはなお疑問があり,医療経済学的に有用かどうかは不明」としている3).前回の報告よりニュアンスは弱まっているが,なお幼児眼健診の有用性は認められていないのである.はじめに小児の眼疾患として弱視の重要性はよく認識されている.弱視による片眼もしくは両眼の視力不良は,小児の生活機能の発達や学業,就業など日常生活,社会生活のさまざまな側面に影響を及ぼす.弱視は感受性のある時期に発見,治療がなされなければ生涯視力不良のままであるために,高齢者の視覚障害の要因にもなりうる.実際,弱視を片眼に有する者は高齢になって両眼の視力障害に陥る率が正常者の約2倍高いことがいくつかの疫学研究で示されている1).このような背景から,幼児を対象とした弱視スクリーニング(preschoolvisionscreeningと総称される)は世界的にさまざまな国,地域で施行されてきた.日本では,弱視スクリーニングの機会として,3歳児健康診査(以下,3歳児健診)と就学前健康診査があげられる.視覚の発達期を考慮すれば,弱視は就学前でなく3歳児健診の段階で発見したいところである.本稿では,3歳児健診を中心としてわが国の弱視スクリーニングの現状と課題について述べることにする.I弱視スクリーニングの有用性に関する議論眼科医療に携わる者からみれば,幼児を対象とした弱視スクリーニングの意義は自明のように思われる.しかし,医療や公衆衛生に割り当てられる財源に限りがあるのは万国共通であり,近年はがん検診など各種の公的検診,住民健診の意義が臨床疫学的,医療経済学的に評価(3)1635*MasakazuYamada:国立病院機構東京医療センター感覚器センター・視覚研究部〔別刷請求先〕山田昌和:〒152-8902東京都目黒区東ヶ丘2-5-1国立病院機構東京医療センター感覚器センター・視覚研究部特集●弱視斜視診療のトレンドあたらしい眼科27(12):1635.1639,2010弱視スクリーニングのエビデンスScreeningProgramsforAmblyopiainChildren山田昌和*表1英国HealthTechnologyAssessmentが示す検診の基準.対象となる疾患が重要であること.対象疾患の罹患率,有病率がわかっていること.対象疾患の自然予後がわかっていること.簡便,安全,廉価な検診方法があること.対象疾患に有効な治療法が存在すること.費用効用分析など医療経済学的指標で有用性が証明されること1636あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(4)施していない自治体があること,二次健診の内容がほとんどは裸眼での視力検査のみであり,眼科専門職の関与が少ないことなどが現状の問題点として指摘されている.その一方で,現在の方法は特に3歳児健診全体の検査日と同時に行う場合には手間やコストの面で優れているともいえそうである.III弱視の有病率はどのくらいか弱視の有病率についてはこれまでにさまざまな報告があり,0.14%から4.8%とかなりの幅がある3,6~8).これは対象の年齢や検査方法,弱視の診断基準などが異なるためという要因が大きいが,人種によって弱視の有病率が異なることも指摘されている6).日本では住民健診などで直接得られた弱視の有病率に関する疫学研究はない.このため,筆者らは日本の3歳児の弱視の有病率を推計する方法として,日本の3歳児眼健診に関する論文を渉猟し,論文データをメタアナリシスで統合することを試みた.3歳児健診で精密検査(三次健診)が必要とされた割合と三次健診で弱視と診断された割合がわかれば,弱視の有病率を推定できると考えたためである.まず3歳児健診での精密検査必要率に関しては,杉浦の報告を含めて7編の論文データを収集することができた.精密検査必要率は2.5%から5.8%に分布したが,メタアナリシスを行うと4.0%〔95%信頼区間(CI):3.3.4.8%〕となった.三次健診で弱視と診断された割合については13編の論文データを収集することができ,三次健診受診者中の弱視の割合は5.0%から48.3%と広い範囲に分布したが,メタアナリシスでは14.6%(95%CI:9.9.20.9%)となった.両者の値からモンテカルロ法(サンプリング数10,000)で弱視の有病率と95%CIを計算すると0.58%(95%CI:0.35.0.84%)となった.この値はCarltonら3)が3.5歳での弱視の有病率と見積もった値(4.8%)や米国での2.5.6歳を対象としたMulti-EthnicPediatricEyeDiseaseStudy6)の報告(アフリカ系で1.5%,ヒスパニックで2.6%)よりかなり低い.しかし,アジアではシンガポール(中国系)7)で1.19%,韓国8)で0.4II3歳児眼健診の現状3歳児眼科健診は母子保健法の定めるところにより,平成3年から全国的に実施されている.当初は都道府県が実施主体であったが,平成9年から市町村に移管され,地域によって実施方法,実施項目に多様性が生じるようになった.その現状については日本眼科医会(杉浦)や視能訓練士協会(中村ら)の調査報告がある4,5).杉浦の調査は2008年の実施状況について232市町村等に尋ねた抽出調査(回収率88.4%)であり,中村らの調査は3歳児健診を担当している保健センターなど全2,723施設に実施したもの(回収率58.4%)である.実施年と対象が多少異なるが,両者の結果を要約する.3歳児眼科健診の実施率に関しては,杉浦は89.3%,中村らは98.2%と報告している4,5).杉浦の報告では東京23区中4区は実施していないなど政令指定都市を含む大都市圏での実施率が意外に低いことが注目される.3歳児眼科健診の実施方法は,一次健診を家庭で,二次健診を市町村の保健センター,学校,公民館で行い,三次健診(精密検査)を医療機関で行うことが基本になっている.このうち二次健診は視力検査が基本となるが,その実施方法にはかなりの地域差があり,視力検査を行っていない(家庭での視力検査とアンケートの判定のみ行う)場合もかなりみられる.視力検査の施行者は保健師が58.6%,看護師が24.8%と多く,二次健診に眼科専門職が関与している割合は視能訓練士9.4%,眼科医6.4%にとどまっている5).視力検査以外に屈折検査を行っている施設は5.2%,両眼視機能検査は4.0%と少数である.実施時期は,3歳になってすぐと3歳6カ月頃の二峰性の分布を示し,3歳児健診全体の検査日と同時に行うか,眼科健診を別の日に行うかで施行時期が分かれているようで,このことは視力検査可能率に影響してくる.3歳児眼科健診の受診率(一次健診は家庭に視標を送付しているので100%の計算になる)を受診率でみてみると二次健診では60.2%であり,このうち5.0%が精密検査の対象と判定され,医療機関での三次健診にまわるが,三次健診の受診率は66.4%と報告されている4).3歳児眼科健診が導入されて約20年が経過しても実(5)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101637要と判定されれば眼鏡装用と健眼遮閉を行い,その半年後(開始から18カ月後)の視力と両眼視を比較検討している.その結果はいずれの群でも弱視眼の視力と両眼視機能には差がないというものであった.対象が3.5歳児で,無治療の群でもその期間は1年間と限定されているとはいえ,ランダム化比較試験の結果として弱視の早期治療の有用性が否定されたことになり,このことは3歳児眼健診の必要性にも関係してきそうである.エビデンスとしてランダム化比較試験は強力ではあるが,弱視を見つけたのに治療しない群を設定するのは倫理的に問題があると思われ,日本でこのような臨床研究を行うことはむずかしい.しかし,日本では,3歳児眼健診で見逃された弱視が発見される次の機会として就学前健診があり,ここで発見された弱視の治療成績に関する論文が少なくない.そこで,筆者らは日本の治療開始時期による弱視治療の予後に関するデータが取れる論文を集めて,メタアナリシスを行った.弱視治療を3.5歳と6歳以降(就学時健診または就学以降)で始めた群で比較した論文が11あり,弱視の病型別,不同視弱視,屈折弱視,斜視弱視で分けられるものは病型別の解析も行った(視性刺激斜断弱視はデータがなかった).結果を表2に示すが,病型別に分けた場合にはオッズ比自体は早期治療の有用性を示唆するものの,信頼区間が1をまたいでおり,有意な結果ではなかった.しかし,弱視全体をまとめてみると,弱視の治癒率は3.5歳では89.6%,6歳以上では81.0%となり,オッズ比は2.27(95%CI:1.24.4.15)で早期治療の有用性を示す結果となった.就学時(6歳以降)以降に発見したのでは手遅れとなることを示さない限り,3歳児健診による弱視スクリーニングは無意味ということになり,このメタア%という弱視の有病率が報告されており,東アジア人では弱視の有病率が比較的低い可能性が考えられる.ただし,今回の推定は二次健診,三次健診が正確に行われたことを前提にしており,二次健診での眼科専門職の関与が少ない現状を考慮すると,三次健診(医療機関での精密検査)はともかくとして二次健診での見逃しが多い可能性も否定できない.筆者らが推定した3歳児の弱視の有病率0.58%が妥当とすると,3歳児はわが国に約121万人なので,約7,000例の弱視患児が存在することになる.杉浦4)の3歳児眼健診実態調査は,232市町村等の抽出調査であり,対象児は245,370名で全国の3歳児の約20%に相当する.この調査で発見された弱視患児数は603例とされているので,単純計算すると1年に全国で発見されている弱視患児数は3,000例程度となる.したがって,筆者らが見積もった弱視の有病率を基にした場合でも,現行の3歳児眼健診では半分以上の弱視患児が発見されていないことが推測される.IV3歳で弱視を発見すると治りやすいのだろうか弱視は一般に放置された場合には自然治癒がなく,早期に発見,治療されればされるほど,その治療成績が良好と考えられている.しかし,弱視の早期治療の有用性を示すエビデンスは意外に少ない9).弱視の早期治療の有用性に関するランダム化比較試験としてはClarkeらの報告10)が唯一と思われる.この研究では3.5歳で発見された片眼弱視症例を,1年間は無治療の群,眼鏡を装用させる群,眼鏡装用に健眼遮閉を併用する群の3群に無作為に分けている.最初の2つの群では1年後に必表2弱視治療の開始時期と治癒率治療開始時期3~5歳治癒率(%)6歳以降治癒率(%)オッズ比弱視の病型不同視弱視90.1(75.0~96.5)82.4(65.5~92.0)1.71(0.73~4.00)屈折弱視94.5(66.3~99.3)91.8(68.6~98.3)1.79(0.60~5.30)斜視弱視32.3(18.3~50.4)26.0(5.1~69.8)3.55(0.64~19.8)弱視全体89.6(72.8~96.5)78.2(61.2~89.1)2.60(1.16~5.83)〔日本の11の文献を基にメタアナリシスを行った結果を示す.()は95%信頼区間.〕1638あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(6)と,方法には検討の余地があるが視力や屈折検査など簡便,安全,廉価なスクリーニング方法があることを示してきた.Carltonら3)のHTA報告では欧米の文献資料を基にした詳細な検討がなされているが,この報告でもおおむね同様の内容が報告されている.表2からもわかるように,両眼の弱視をきたす屈折弱視の予後は良いので,実際に多いのは不同視弱視を中心とした片眼の視力不良ということになる.問題となるのは弱視による片眼視力不良の疾病負担をどう評価するかという点である.疾病負担を表す指標としてよく用いられるものに効用値がある14~16).効用値は単一の数字で,1を完全な健康,0を死亡として,さまざまな健康状態は0から1の間の値をとる.これまでにさまざまな健康状態の効用値が多数報告されている14,16).眼科領域では,一般に効用値は良いほうの眼の視力とよく相関するとされており,良いほうの眼の視力が0.5の視覚障害で0.77,視力0.1で0.66,指数弁で0.52という値が報告されている15).その一方では片眼だけの視力障害では効用値の低下は少なく,効用値低下分は0.08程度とされている15).効用値を使うとQALY(quality-adjustedlifeyear)や$/QALYが計算できる14~16).QALYは,生存年数(余命)を効用値に応じて積分したものであり,医療介入の効果を評価する単位となる.$/QALYは医療介入の費用を獲得できるQALYで割ったもので,医療介入の費用対効用を評価する単位である.QALYや$/QALYを用いると,寿命を延長する治療と寿命は延長しないがQOL(qualityoflife)を上げる治療(眼科医療のほとんどはこちらに該当する)が同じ指標で評価できるので,健診や医療技術の評価,薬剤の認可などヘルスケア分野で幅広く用いられるようになっている.弱視治療の費用効用分析としては,Membrenoら17)とKonigら18)の報告がある.これらの報告では弱視を治療できた場合の効用値増加分を0.03あるいは0.04と控えめに見積もっている.疾病で片眼の視力を失った場合と異なり,弱視は進行しない,健眼が弱視になる恐れがないなどが理由である.Membrenoら17)は弱視治療で獲得できるQALYを0.80,$/QALYを2,281と報告し,Konigら18)は獲得QALYを0.88,./QALYをナリシスの結果は重要と考えられる.V弱視のスクリーニング方法について前述したようにスクリーニング方法は,簡便,安全,廉価であることが要求される.3歳児眼健診では二次健診のステップが問題であり,どの程度の検査を行うか議論が多い部分である.検査の数を増やせばスクリーニングとしての正確度が増すが,費用や手間がかかり医療資源の消費が大きくなる.スクリーニングのカットオフ値の設定も重要であり,カットオフ値を低く設定すると三次健診のコストが上昇し,高く設定すると見逃しが多くなってしまう.筆者らは以前に,三次健診で慶應義塾大学病院眼科を受診した3歳児を対象として現行の二次健診の精度を検討したことがある11).二次健診の検査後オッズは0.74,検査後確率は42.6%となり,この結果は二次健診で要精検とされたうち半数以上は受診不要であったということを示す.もし二次健診に何か1つ検査を加えたらどのくらい精度が向上するかを検討してみると,矯正視力検査,屈折検査,眼位検査,両眼視機能検査のうちでは屈折検査が最も有用性が高く,この場合には二次健診の検査後オッズは1.21,検査後確率54.8%となった.現行の二次健診(基本的に裸眼の視力検査)に何か加えるとしたら屈折検査ということになる.幼児の眼健診で屈折検査を行うことの有用性は以前から指摘されており,フォトレフラクション法によるスクリーニングプログラムの報告は少なくない12,13).フォトレフラクション法は眼科専門職が施行する必要がなく,屈折異常に加えて眼位異常も発見できることがメリットとされている.残念ながら日本の3歳児眼健診では二次健診で屈折検査を行っているのは全体の5.2%にすぎないと報告されており,手持ちのオートレフラクトメータやフォトレフラクション法はごく少数の地域でしか導入されていないのが現状である5).VI弱視による片眼視力不良の疾病負担ここまでの稿では,弱視の有病率が決して低くなく,弱視は放置されればおそらく生涯視力不良のままであること,屈折矯正や健眼遮閉などの有効な治療法があるこ(7)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101639pia:theRotterdamstudy.BrJOphthalmol91:1450-1451,20072)SnowdonSK,Stewart-BrownSL:Preschoolvisionscreening.HealthTechnolAssess1(8):1-83,19973)CarltonJ,KarnonJ,Czoski-MurrayCetal:Theclinicaleffectivenessandcost-effectivenessofscreeningprogrammesforamblyopiaandstrabismusinchildrenuptotheageof4-5years:asystematicreviewandeconomicevaluation.HealthTechnolAssess12(25):1-194,20084)杉浦寅男:三歳児眼科健康診査調査報告(IV)平成20年度.日本の眼科81:311-313,20105)中村桂子,丹治弘子,恒川幹子ほか:三歳児眼科検診の現状.日本視能訓練士協会によるアンケート調査結果.眼臨101:85-90,20076)Multi-ethnicPediatricEyeDiseaseStudyGroup:PrevalenceofamblyopiaandstrabismusinAfricanAmericanandHispanicchildrenaged6to72months.Ophthalmology115:1229-1236,20087)ChiaA,DiraniM,ChanY-Hetal:PrevalenceofamblyopiaandstrabismusinyoungSingaporeanChinesechildren.InvestOphthalmolVisSci51:3411-3417,20108)LimHT,YuYS,ParkSHetal:TheSeoulmetropolitanpreschoolvisionscreeningprogramme:resultsfromSouthKorea.BrJOphthalmol88:929-933,20049)SchmuckerC,KleijnenJ,GrosselfingerRetal:Effectivenessofearlyincomparisontolate(r)treatmentinchildrenwithamblyopiaoritsriskfactors:Asystematicreview.OphthalmicEpidemiol17:7-17,201010)ClarkeMP,WrightCM,HrisosSetal:Randomisedcontrolledtrialoftreatmentofunilateralvisualimpairmentdetectedatpreschoolvisionscreening.BMJ327:1251,200311)室井知美,山田昌和,山口春香ほか:Evidence-basedmedicineに基づいた3歳児眼科健診の評価.眼臨98:955-958,200412)RowattAJ,DonahueSP,CrosbyCetal:FieldevaluationoftheWelchAllynSureSightvisionscreener:incorporatingthevisioninpreschoolersstudyrecommendations.JAAPOS11:213-214,200713)LongmuirSQ,PfeiferW,LeonAetal:Nine-yearresultsofvo;unteerlaynetworkphotoscreeningprogramof147809childrenusingaphotoscreenerinIowa.Ophthalmology117:1869-1875,201014)BrownGC,BrownMM,SharmaS:Value-basedmedicine:evidence-basedmedicineandbeyond.OculImmunolInflamm11:157-170,200315)BrownGC:Visionandqualityoflife.TransAmOphthalmolSoc97:473-511,199716)山田昌和:眼科領域のValue-BasedMedicineと効用分析.眼科52:1683-1688,201017)MembrenoJH,BrownMM,BrownGCetal:Acost-utilityanalysisoftherapyforamblyopia.Ophthalmology109:2265-2271,200218)KonigHH,BarryJC:Costeffectivenessoftreatmentforamblyopia:ananalysisbasedonaprobabilisticMarkovmodel.BrJOphthalmol88:606-612,20042,369としている.一般に効用分析で50,000$/QALY以内なら合格点とされており,弱視治療の費用対効用は他の眼科医療と比べても非常に高いことが示唆される16).一方,Carltonら3)は弱視スクリーニングの効用分析を行っているが,この分析では片眼視力不良の効用値低下を認めず,片眼の弱視患者が成人になって健眼が他疾患に冒され,両眼の視力障害になった場合の効用(スペアアイとしての効用)だけを評価している.このためCarltonら3)の分析での./QALYは高い値となり,「幼児眼健診の意義にはなお疑問があり,有用かどうかは不明」と結論されている.片眼の視力不良は両眼視機能や視野の面でも不利となるので,疾病負担にならないはずはないのだが,幼児に効用値を評価させることは非常に困難であり,根拠となるエビデンスを示すことがむずかしい.何らかの方法で弱視による片眼視力不良の疾病負担を示すことが今後の課題といえそうである.おわりに弱視スクリーニングについて,わが国の3歳児眼健診の現状と課題を中心に述べた.日本の現状の健診システムには二次健診の受診率と実施方法,二次健診での見逃し,精密検査の受診率などさまざまな問題があるが,年間3,000例程度の弱視を発見,治療していると推定され,それなりの成果をあげていることが確認された.また,わが国の弱視の治療成績は欧米と比較して良好と思われ,日本の眼科医療の水準が高いことを示すものと考えられる.一方で,医療費やヘルスケアの財源が限られているのも事実であり,日本でもがん検診などでその有用性が医療経済学的に議論されるようになってきている.3歳児眼健診も将来的に「仕分け」の俎上に乗せられる可能性もあり,3歳児眼健診の意義,有用性を示す理論的根拠を構築していくことも重要と思われる.(本文中,検診と健診が交じっているが,原文や本文中の意味合いで使い分けを行った.)文献1)vanLeeuwenR,EijkemansMJ,VingerlingJRetal:Riskofbilateralvisualimpairmentinindividualswithamblyo

序説:弱視斜視診療のトレンド

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYた疑問が正しかったことなどが多くの研究から明らかになってきた.そこでエビデンスに基づく弱視治療の紹介と米国の弱視治療のガイドラインを示した(佐藤美保).弱視は視力の不良だけではなく,小児期の正常な視覚刺激のインプットがなされないために視覚中枢での解剖学的変化が起きることも知られている.視力不良は弱視の病態の一側面であり,立体視不良,コントラスト感度の低下,抑制などの問題を含んでいる.弱視に伴う両眼視機能異常について矢ヶ﨑悌司先生(眼科やがさき医院)に解説していただいた.斜視診療に関しては,おもに成人の斜視を取り上げた.アジア人には間欠性外斜視が多いが,その原因の一つとして近視の合併が考えられている.間欠性外斜視のなかには,両眼視の努力をすると,調節が過剰にかかり近視化するものがある.そのために片眼で見ているときと両眼視しているときで屈折が著しく異なり,両眼視のときにはっきり見えないと訴えることがあり,これを斜位近視とよんでいる.斜位近視患者の調節や年齢的変化について下條裕史先生(西宮市立病院)に解説していただいた.再発斜視は,いったん治療によって眼位が改善したのち,一定の期間がたってから再度斜視が発症す本号では,「弱視斜視診療のトレンド」として最新の話題をいくつか取り上げた.弱視斜視診療は常に小児眼科では重要な分野であるが,経験に基づいた治療法が主流であった.斜視・弱視診療に関して,米国を中心に多施設共同研究が行われるようになってから,エビデンスに基づいた診療を行うことが推奨されている.これまでの経験に基づく診療を否定するものではなく,従来の診療を裏付ける根拠と考えるとよい.また,最近は成人の斜視治療のリクエストが増えているため,これまでの知識や常識だけでは対応できないことがある.弱視のスクリーニングは日本では3歳で行われるが,健診の効用については,これまであまり議論されることがなかった.現実的には,3歳児健診が各自治体にまかされているために,さまざまな問題を抱えている.それに対して幼稚園・保育園での視力検査が広く実施されるようになると,弱視の発見率はさらに上昇するものと期待する.これらの点について,海外での視覚健診に対する評価を含め山田昌和先生(東京医療センター)に詳しく解説していただいた.弱視の治療方法についても,これまでの遮閉治療に対して多くの医師が抱いていたイメージが必ずしも正しくないこと,または逆になんとなく抱いてい(1)1633*MihoSato:浜松医科大学眼科学講座●序説あたらしい眼科27(12):1633.1634,2010弱視斜視診療のトレンドTrendinManagementofStrabismusandAmblyopia佐藤美保*1634あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(2)るものをさす.多数の斜視手術を行っている兵庫医科大学の木村亜紀子先生に,ご自身の施設の結果を提示していただき,再発斜視の治療に臨む心構えを解説していただいた.続発斜視とは,なんらかの治療によって発症した斜視一般をさす.特に斜視手術によって以前は内斜視だったものが外斜視になったり,外斜視手術を受けたら内斜視になったりなど,治療によって以前の斜視と逆方向になることは珍しくない.治療方針として,一般的にはこれまでに手術を受けていない筋の手術が推奨されてきたが,最近は過去に受けた手術創を再度確認することの必要性が認識されるようになった.続発斜視の診断と治療について根岸貴志先生(浜松医科大学・順天堂大学)に解説していただいた.麻痺性斜視は成人の斜視のなかでも頻度が高く,訴えも強いものである.自然治癒の傾向があるため,治療方針は施設や医師によっても異なる.斜視手術を行うことで一定の効果が得られるが,完治が少ないことから治療に積極的になれないこともある.しかし,適切な時期と方法を選択すると患者満足度の高い結果が得られる斜視であることから詳細に村木早苗先生(滋賀医科大学)に解説していただいた.外傷に伴う斜視は複雑で,治療に難渋することが多い.しばしば顔面や眼窩骨折を伴い,重篤な場合には意識障害も伴っている.そのため治療のタイミングを失ったり,適切に病状を評価できなかったりすることもある.眼窩手術後の症例を含めて,外傷に伴う斜視について西村香澄先生(聖隷浜松病院)に解説していただいた.高齢者のqualityoflife(QOL)が高くなっている現代では,「昔手術を受けているから,これ以上の治療は無理である」という一言では済まされない.問題なのは,治療することで改善が期待できるにもかかわらず,治療を受けずに放置されている症例が少なくないことである.この特集が読者の先生方の診療の一助となることを期待する.

アイバンクホームページにおける電子メール相談

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(143)1625《原著》あたらしい眼科27(11):1625.1627,2010cはじめにインターネットはその普及に伴い,医療情報の収集にも使われるようになりつつある.電子メール(以下メール)のやり取り,ニュース,天気や趣味といった情報収集と同様に,人々は医療に関する情報検索もインターネット上で行っている1)が,医療分野におけるインターネットの効果はいまだ不明なところがある2).患者と医療関係者のメールのやり取りは効果があり,医師に負担がかかることはないという報告もある3,4)が,患者側はメールの即答を期待する傾向があるともされており3),実際にメール相談を行った場合通常業務に支障が生じない範囲で患者の満足がいく結果となるかは不明である.今回アイバンクホームページ内に設置されたメール相談フォームにどのようなメールが来るのか,手術実施施設の案内を返信することは実際の受診につながるかを検討した.〔別刷請求先〕石岡みさき:〒151-0064東京都渋谷区上原1-22-6みさき眼科クリニックReprintrequests:MisakiIshioka,M.D.,MisakiEyeClinic,1-22-6Uehara,Shibuya-ku,Tokyo151-0064,JAPANアイバンクホームページにおける電子メール相談石岡みさき*1,3浅水健志*2島.潤*2,3,4,5篠崎尚史*2,3,5坪田一男*3,4,5*1みさき眼科クリニック*2東京歯科大学市川総合病院角膜センター・アイバンク*3東京歯科大学市川総合病院眼科*4慶應義塾大学医学部眼科学教室*5両国眼科クリニックEmailExchangebetweenPatientsandEyeBankMisakiIshioka1,3),KenjiAsamizu2),JunShimazaki2,3,4,5),NaoshiShinozaki2,3,5)andKazuoTsubota3,4,5)1)MisakiEyeClinic,2)CorneaCenter&EyeBank,TokyoDentalCollegeIchikawaGeneralHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollege,4)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,5)RyogokuEyeClinic東京歯科大学市川総合病院角膜センター・アイバンクのホームページに送られた電子メールに対し,角膜移植手術を施行している2施設の案内を返信し,実際に受診までに至ったかを2年間にわたり調査した.105名からの電子メールを日本全国と海外から受信した.記載されていた病名のうち一番多かったのは円錐角膜(33名)であった.105名のうち受診が確認できたのは26名,一番多かったのは円錐角膜9名,年齢は21歳から72歳(平均43歳)であった.26名中,6名は当該施設をすでに受診,2名は受診予定,18名は他アイバンクに登録済であった.26名中,角膜移植適応が18名,その他の治療適応が6名,治療適応外が2名であった.医療に関してのメール相談は,その目的,対象者,内容をはっきりとさせるとより活用できる可能性がある.WerespondedtoemailqueriessenttotheCorneaCenter&EyeBank,TokyoDentalCollegeIchikawaGeneralHospitalbyprovidinginformationontwoinstitutionsatwhichcornealtransplantationswereperformed,andfollowedupastowhetherortheinquiringpartieswenttothoseinstitutions.Duringa2-yearperiod,wereceivedsuchemailsfrom105persons.Keratoconuswasthemostcommondiseasementionedintheemails(33patients).Afterwehadrespondedtoallemails,26(averageage:43years)ofthe105ultimatelyvisitedtheinstitutionsmentioned;themostcommondiseaseamongthosepatientswaskeratoconus(9patients).Ofthese,8hadalreadyvisitedorwereplanningtovisittheseinstitutions,and18hadregisteredwithothereyebanks.Indicationsforcornealtransplantationwereobservedin18patients,othertreatmentwasperformedfor6patients,and2patientswereoutofindicationformedication.Emailexchangeatmedicalareacouldbeeffective,withpurposeandsubjectclearlydefined.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1625.1627,2010〕Keywords:電子メール,インターネット,ホームページ,アイバンク,角膜移植.Email,Internet,homepage,eyebank,cornealtransplantation.1626あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(144)I方法東京歯科大学市川総合病院角膜センター・アイバンクのホームページは1996年から角膜移植に関するメール相談のフォーマットを設定している.「欲しい情報:角膜移植を受ける」という項目をクリックすると展開するフォーマットには,名前,住所,コメント欄があるが,必須の記入項目はなく,匿名でメール送信をすることも可能である.今回2000年8月から2002年の7月までの2年間に受け取ったメールすべてに,定型文〔入院手術を行っている施設として東京歯科大学市川総合病院(以下,A病院)と,日帰り手術を行っている施設として両国眼科クリニック(以下,Bクリニック)の案内.双方の施設で3名の同一術者が角膜移植を行っていること〕の返答と,質問などが書かれていた場合には医師が一般的な回答を加えて返答を返信した.名前の記載のあった患者について2002年10月までにこの2施設を受診したか経過を追った.II結果調査した2年間に105名からメールを受信した.メール送信者の名前は全例記載されていたが,24名はメール内で移植希望者の家族あるいは知人と名乗り,本人の名前が不明であった.居住地不明の7名のほか,一番多いのは東京都(19名),神奈川県(16名)であり,他27道府県のほか,海外居住が2名含まれていた.表1にメールに書かれていた病名を示す.37人(35.2%)は病名記載がなく,一番多かった病名は円錐角膜(33名,31.4%)であった.67名(63.8%)は,メールに質問事項の記載がなかった.一番多く書かれていた質問は「手術を受ければ視力が回復するのか?」という内容であり(15件),そのほか手術の費用(9件),移植までの待機時間(7件),入院期間(4件),合併症(4件),手術成績(2件),手術後の注意事項(2件),海外アイバンクよりの角膜についての質問(2件)であった.105名のうち26名がA病院あるいはBクリニックを受診したことが確認できた.男性17名,女性9名,年齢は21.72歳(平均43歳)であった.6名はすでにメール相談の前にA病院受診歴があった.2名は主治医よりA病院を紹介され受診予定であった.18名は他のアイバンクに登録していたが,移植手術までの待機時間の短い施設を希望しての来院であった.A病院受診歴のある6名全員は,受診時に受けた説明の再確認をメールに記載してあり,そのうち2名は遠方(1名は海外在住)のため再診がむずかしく,1名は聴覚障害があるためメールでの返答を希望していた.最終的な診断と治療を表2に示す.18名は移植の適応があった.3名の円錐角膜はコンタクトレンズの処方変更により矯正視力の改善を得られ,1名は羊膜移植を施行,2名は自己血清点眼にて加療した.治療の適応外が2名あり,1名は他院にて移植後光覚(.)となっている症例,もう1名は白内障術後の角膜内皮細胞密度数減少ということで受診したが,内皮細胞密度数が2,000個/mm2以上あり,移植適応とはならなかった.III考察A病院とBクリニックの年間角膜移植件数は合わせて300件前後を推移している.今回調査をした2年間に105名からのメール受信というのは,この手術件数と比較すると新たな患者リクルートとしては多いと考えられる.しかし,送られてきたメールのほとんどはメール本文の記載がない,また病名記載もないものであり,何のためにメールを送ってきたのかが不明である.送られてきたメールに書かれている内容も個別の症例に関する相談(移植の適応があるのかどうかという質問)が多く,受診していない患者に対する医療相談,という不可能であることを期待されていることがわかる.実際に受診した26名のうち,移植適応がない,あるいは治療適応がない症例もあり,「角膜移植を受ける」という希望で送られてくるメールに対し,移植前提の説明を返信するのはむずかしい.患者からのメールを受ける際に,どういう内容についてメールのやりとりをするのか,あらかじめ記入項目を設定,あるいはメール本文記載を必須としておいたほうが,意味のある返信ができると考えられる.医療分野における患者とのメールに関してのガイドライ表1メールに記載されていた原病名円錐角膜33化学外傷・熱傷2角膜瘢痕11角膜ジストロフィ2水疱性角膜症5デルモイド2角膜潰瘍4強膜化角膜1外傷4眼球癆1再移植3記載なし37表2受診した26名に対する診断と治療角膜移植施行円錐角膜5角膜瘢痕5水疱性角膜症2角膜ジストロフィ1再移植1角膜移植予定角膜瘢痕2円錐角膜1角膜潰瘍1コンタクトレンズ処方円錐角膜3羊膜移植施行熱傷1血清点眼治療瘢痕性角結膜症1角膜潰瘍1治療適応外2(145)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101627ン5)によると,メールの使用に向いているのは,処方薬の補充,検査結果の報告,予約の確認,保険に関する質問,定期検査の連絡などであり,血圧,血糖値といった家庭での測定値をメールにより報告することは患者にとって便利であるとされている.このようなメールは,医師ではなく医療スタッフにより返信が可能である.実際,医療機関に送られてくる患者からのメールの大半は医師ではなく医療スタッフにより返信可能である,という報告もあり6),医師はメールを情報交換の手段と考え,医療スタッフによるトリアージを好むとされている7).しかしながら,患者側はメール交換を医師との個人的なやり取りと考え,このようなトリアージに不満をもつとも報告されている7).今回はメール返信に際し日常業務に支障は生じなかったが,今後メールによるやり取りを本格的,そしてスムーズに行うためには,どういった内容をやり取りするのか,そしてメールの回答者の立場を明らかにする(医師であるのか,医療スタッフなのか),などの工夫が必要であろう.いったん受診し,手術が決定している患者とのメールによるやり取りは効果的である,という報告がある8).今回メール送信の前にすでにA病院を受診していた6名は,受診時の説明の確認をメールで行っているが,2名は遠方在住,1名は聴覚障害があり,メールを有用な手段として利用していると言える.他のアイバンクに登録済であった18名は,より待機時間の少ないアイバンクを探してA病院あるいはBクリニックを受診しており,今回返信メールに記載した医療機関の案内が受診をうながした可能性がある.医療機関と患者間のメールのやり取りは,すでに受診した患者,あるいはもう手術適応がはっきりとしている患者のように,対象患者を限定してのやり取りには活用できる可能性があるといえよう.今回は若年層患者の多い円錐角膜に限らない患者層からのメールがあり,受診した患者の最高年齢は72歳と高齢であり,医療情報を求めてのインターネット利用は高齢者にも広がっているといえる.今回メール送信フォームに記載項目がなかったため,メールを送ってきた人の年齢,性別は不明である.ホームページがどのような人に利用され,メール相談を希望する層を知るためにも,メール送信フォームには年齢,性別,疾患名などの記載を必須にしたほうがよいといえる.メール相談をするにあたっては,ただメールを受信できるようにするだけではなく,その目的を明確にし,記載項目をどこまで必須にするかを決めたうえ,対象者を限定し,回答者をはっきりとさせておいたほうがより効果的な活用ができると思われる.文献1)RiceRE:Influences,usage,andoutcomesofInternethealthinformationsearching:MultivariateresultsfromthePewsurveys.IntJMedInform75:8-28,20062)BessellTL,McDonaldS,SilagyCAetal:DoInternetinterventionsforconsumerscausemoreharmthangood?Asystematicreviews.HealthExpect5:28-37,20023)LiedermanEM,MorefieldCA:Webmessaging:Anewtoolforpatients-physiciancommunication.JAmMedInformAssoc10:260-270,20034)LeongSL,GingrichD,LewisPRetal:Enhancingdoctorpatientscommunicationusingemail:Apilotstudy.JAmBoardFamPract18:180-188,20055)KaneB,SandsDZ:Guidelinesfortheclinicaluseofelectronicmailwithpatients.JAMIA5:104-111,19986)EysenbachG,DiepgenTL:PatientslookingforinformationontheInternetandseekingteleadvice.Motivation,expectationsandmisconceptionsasexpressedine-mailssenttophysicians.ArchDermatol135:151-156,19997)KatzSJ,MoyerCA,CoxDTetal:Effectofatriagebasede-mailsystemonclinicresourceuseandpatientsandphysiciansatisfactioninprimarycare.Arandomizedcontrolledtrial.JGenInternMed18:736-744,20038)StalbergP,YehM,KetteridgeGetal:E-mailaccessandimprovedcommunicationbetweenpatientandsurgeon.ArchSurg143:164-169,2008***

血管新生緑内障と黄斑部増殖膜を伴った硝子体囊腫の1 例

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(139)1621《原著》あたらしい眼科27(11):1621.1624,2010cはじめに硝子体.腫は比較的まれな疾患であり,いまだに発生の原因や由来に関しては議論がなされている.今回,筆者らは,硝子体.腫に血管新生緑内障および黄斑部増殖膜を合併し,硝子体手術を行い,硝子体.腫の病理組織検査も施行した症例を経験したので報告する.I症例患者:39歳,男性.主訴:右眼霧視.〔別刷請求先〕小原賢一:〒506-8550高山市天満町3丁目11番地高山赤十字病院眼科Reprintrequests:KenichiOhara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TakayamaRedCrossHospital,3-11Tenman-cho,Takayama,Gifu506-8550,JAPAN血管新生緑内障と黄斑部増殖膜を伴った硝子体.腫の1例小原賢一*1野崎実穂*2木村英也*3小椋祐一郎*2*1高山赤十字病院眼科*2名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学*3永田眼科ACaseofVitreousCystwithNeovascularGlaucomaandMacularFibrovascularProliferationKenichiOhara1),MihoNozaki2),HideyaKimura3)andYuichiroOgura2)1)DepartmentofOphthalmology,TakayamaRedCrossHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,3)NagataEyeClinic硝子体.腫は比較的まれな疾患であり,いまだ発生の原因や由来に関しては議論がなされている.今回,筆者らは,硝子体.腫に,血管新生緑内障および黄斑部増殖膜を合併した症例を経験し,病理組織学的検討を行ったので報告する.症例は,39歳,男性,右眼の硝子体.腫の経過観察中に,血管新生緑内障を生じたため近医から紹介された.蛍光眼底造影検査では,無灌流領域は認めず,MRA(magneticresonanceangiography)で内頸動脈狭窄も認めなかった.汎網膜光凝固後,線維柱帯切除術を行い,眼圧コントロール良好であったが,11カ月後に,硝子体出血および黄斑部の増殖膜を形成したため,硝子体手術を行い硝子体.腫も摘出した.術後,右眼眼圧コントロールが不良なため,2回目の線維柱帯切除術を施行したが,その後も高眼圧が続き,水晶体再建術・硝子体手術を行い毛様体光凝固,濾過胞再建を行った.その約1年後,再度右眼眼圧が上昇し,3回目の線維柱帯切除術を行い,眼圧コントロール良好となった.硝子体.腫の病理組織学的検査では,上皮構造を認めたため毛様体色素上皮由来と考えられた.血管新生緑内障をきたした原因として,.腫から血管内皮増殖因子などのサイトカインが産生されていた可能性が考えられた.Vitreouscystsarerareandtheiretiologyisuncertain.Wereportacaseofvitreouscystwithneovascularglaucomaandmacularproliferation.Thepatient,a39-year-oldmale,wasreferredtoNagoyaCityUniversityHospitalbecauseneovascularglaucomawasfoundduringevaluationofavitreouscystinhisrighteye.Afterpanretinalphotocoagulation,trabeculectomywasperformed.After11months,vitreoushemorrhageandmacularproliferationdeveloped,soweperformedparsplanavitrectomywithremovalofthevitreouscyst.Becauseintraocularpressure(IOP)elevated,asecondtrabeculectomywasperformed.IOPcouldnotbecontrolled,however,sovitrectomywasperformedwithphacoemulsification,intraocularlensimplantation,cyclophotocoagulationandblebrevision.After1year,IOPagainelevated,andathirdtrabeculectomywasperformed.Histopathologicalexaminationrevealedthatthevitreouscystmainlycomprisedepithelialcells;wespeculatethatthesewereciliarypigmentepithelialcells.Althoughthecauseoftheneovascularglaucomacouldnotbeidentified,themaincomponentofthecyst,ciliaryepithelialcells,mighthaveproducevascularendothelialgrowthfactor.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1621.1624,2010〕Keywords:硝子体.腫,血管新生緑内障,硝子体管,色素上皮細胞,硝子体手術.vitreouscyst,neovascularglaucoma,hyaloidcanal,pigmentepithelialcell,vitrectomy.1622あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(140)初診日:平成13年5月29日.現病歴:平成7年右眼の飛蚊症を自覚し,近医を受診したところ,右眼の硝子体.腫を指摘された.以後半年ごとに経過観察を受けていたが,平成13年4月中旬,右眼の霧視を訴え近医を受診したところ,右眼眼圧が48mmHgまで上昇していた.その後,薬物治療で眼圧コントロールができないため,手術目的に名古屋市立大学病院眼科(以下,当科)へ紹介された.既往歴・家族歴:特記事項なし.初診時所見:視力は右眼0.07(0.7×sph.0.75D(cyl.2.0DAx160°),左眼0.2(1.5×sph.5.75D(cyl.2.0DAx160°)で,眼圧は右眼30mmHg,左眼10mmHgであった.右眼前房には微塵1+,細胞±を認め,右眼虹彩と隅角には全周新生血管がみられ,PAS(周辺虹彩前癒着)indexは90%以上であった.右眼眼底にはアーケード血管周囲の網膜上に新生血管を認め,後部硝子体.離はみられなかった.視神経乳頭はC/D(cup/discratio)比で0.7~0.8程度であった.硝子体.腫は,硝子体腔内のほぼ中央部に位置し,白色の半透明で,可動性はあまり認められなかった(図1).左眼前眼部・中間透光体・眼底に特記する異常はなかった.蛍光眼底造影検査では,右眼の腕-網膜時間が22秒とやや遅延しており,アーケード血管付近に新生血管に一致する蛍光漏出を認めたが,無灌流領域は認めなかった.MRA(magneticresonanceangiography)では,内頸動脈から眼動脈にかけて明らかな狭窄所見は認めなかった.血液生化学検査,血圧も特記する異常はなかった.平成13年6月8日に右眼の汎網膜光凝固術を施行し,6月14日に,右眼の線維柱帯切除術を施行した.汎網膜光凝固術,線維柱帯切除術を施行後,図1初診時の眼底パノラマ写真半透明で乳白色の直径6mm前後の硝子体.腫が眼底後極に浮遊しているが,可動性は少ない.鼻側に硬性白斑の集積がみられ,周辺部網膜に新生血管を認める.図2硝子体出血後のB.modeエコー所見直径約6.15mmの可動性を有する硝子体.腫が,.離した後部硝子体膜に付着している..腫の内部エコーは硝子体と同様の反射率を呈している.図3硝子体.腫の術中写真a:後部硝子体と強く付着しているため,.腫の組織を一塊に摘出することは困難であった.b:増殖膜にも.腫の一部が強く癒着していたため,鉗子で.離を行った.ab(141)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101623虹彩の新生血管はやや減少し,隅角の新生血管は退縮した.平成14年5月に右眼の硝子体出血を認め,自然消退しないため7月10日に再入院となった.再入院時視力は,右眼0.04(n.c.),左眼0.5(1.2×sph.5.0D(cyl.1.75DAx170°)で,眼圧は右眼16mmHg,左眼14mmHgであった.前回の入院時より硝子体.腫はやや増大し,B-mordエコー(図2)では,最大径が6.15mmで,内部エコーは硝子体と同様であった.前回入院時にはみられなかった後部硝子体.離を認め,眼底後極部に増殖膜を認めた.体位変換による後部硝子体の移動とともに,硝子体.腫も同様に移動した.平成14年7月16日経毛様体扁平部硝子体切除術を行い,硝子体.腫(図3),硝子体出血および後極部に形成されていた増殖膜(図4)の.離除去も行った.術後右眼眼圧が30~40mmHgと上昇したため,8月6日に2回目の線維柱帯切除術を施行した.術後も,高眼圧が続き,8月13日に右眼水晶体再建術および経毛様体扁平部硝子体手術を行い,眼内光凝固,毛様体光凝固および濾過胞再建術を施行した.術後右眼視力は0.06(0.09×sph.2.0D(cyl.3.0DAx160°)となり,右眼の眼圧は10mmHg前後となった.その後,外来で経過観察をしていたが,右眼眼圧は次第に上昇,薬物治療でも右眼眼圧が30mmHg以上となったため,約1年後の平成15年9月4日当科再入院した.入院時,右眼の虹彩新生血管は認めず,隅角は全周PASを認めた.9月9日3回目の線維柱帯切除術を施行,10月4日退院した.当科最終受診日である平成16年12月10日,視力は右眼0.1(n.c.),右眼眼圧は15mmHgで,右眼後極部の増殖膜の再発も認められなかった.病理組織所見(平成14年7月16日)(図5):右眼から摘出した硝子体.腫の一部を4%パラホルムアルデヒドで固定,パラフィン包埋し,厚さ10μmの切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を行った.光学顕微鏡で観察すると,硝子体.腫の壁は,上皮様細胞からなっており,炎症細胞浸潤は認められなかった.II考按硝子体.腫は,先天性,後天性に分けられるが,どちらも比較的まれな疾患である.先天性硝子体.腫は,1)年齢や性別に関係なく,2)片眼性が多い,3)球形または円形で可動性がある,4)内腔は半透明または透明で,表面に色素沈着を伴うものが多い,5)視力障害を生じないものが多い,6)硝子体軸部に存在し,前部硝子体に存在するものが多い,7)眼外傷や炎症など他の眼疾患を認めない,と報告1~5)されている.それに対し,後天性硝子体.腫は,1)から4)は同じであるが,5)視力低下をきたしているものもあり,他の眼疾患が視力低下に関与している,6)硝子体軸部に存在しているが,後部硝子体に存在するものが多い,7)眼外傷の既往や,トキソプラズマなどの眼.虫症6),硝子体内転移性膿瘍や網膜色素変性症を認める,と報告されている.今回の症例は,2)片眼性で,3)球形で可動性があり,5)近医で硝子体.腫と診断された後も,血管新生緑内障を発症するまでは視力障害はなく,7)外傷や炎症などもなかったことから先天性硝子体.腫と考えられる.しかし,4)内腔は半透明であったが,表面に色素を認めなかったこと,6)硝子体軸部に存在しているが,後部硝子体に存在していたこと,が先天性硝子体.腫としてはやや典型例とは異なっていた.先天性硝子体.腫の由来としては,毛様体上皮由来と硝子体管由来の2つが考えられている.先天性硝子体.腫は,視覚障害を伴わないことが多く,硝子体手術などにより摘出し,組織学的検討を行ったという報告も少ないため,どちらの組織由来かは,まだ議論されている.組織学的検討が行わ図4硝子体手術中の眼底写真黄斑部を中心とした増殖膜を認めている.V-lanceで膜.離のきっかけを作っている.この後増殖膜は一塊に取り除くことができた.図5硝子体.腫の病理組織所見(HE染色,×40)おもな構成成分は上皮様細胞である.炎症細胞浸潤は認めない.1624あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(142)れているなかでは,先天性硝子体.腫は,毛様体上皮に類似する1層の色素上皮から成り,毛様体上皮由来と報告されている例2~4)が多いが,Norkら5)は,硝子体管が存在する位置に硝子体.腫が存在したこと,Mittendorf’sdotを認めたことのほかに,電子顕微鏡で未熟なメラノソームを認めたことから,硝子体.腫は硝子体管由来と唯一報告している.今回の症例では,硝子体.腫が直径6mm以上と大きく,増殖膜や後部硝子体膜との癒着も強かったため,一塊として摘出することは不可能であり,その一部のみを組織学的に検討した.組織学的には,過去の報告同様,扁平上皮様細胞がおもな構成成分であり,毛様体上皮細胞由来と推察した.過去の先天性硝子体.腫で,血管新生緑内障を合併した報告は,筆者らが調べた限りではみられなかった.蛍光眼底造影検査で,無灌流領域は認めず,腕-網膜時間がやや延長していたものの,MRAでは内頸動脈狭窄の所見はなく,眼虚血症候群は否定された.先天性硝子体.腫のなかに,乳頭上硝子体.腫があるが,乳頭上硝子体.腫の症例には,網膜動脈閉塞症を発症した症例7)や,硝子体出血・網膜下出血を合併したという報告8)がみられる.硝子体出血を合併した藤原ら8)の報告した乳頭上硝子体.腫症例では,硝子体は一部.腫と連続しており,眼球運動による硝子体ゲルの動きとともにわずかに振動するが,そこから遊離はせず,硝子体出血の原因としては,.腫と乳頭上の網膜血管に連続性があり,後部硝子体.離に伴って破綻性に生じたと述べている.今回の症例も,.腫は後部硝子体と付着していたが,網膜血管との連続性は認められず,初診時には可動性もほとんどみられなかったことから,網膜血管を圧迫して循環障害をくり返していた可能性はある.組織学的検討から,毛様体上皮細胞由来と考えられたため,.腫から血管新生を促すvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)などのサイトカインが産生され,血管新生緑内障をきたしたとも推論できる.また,後部硝子体.離に伴い,.腫も牽引され,さらにVEGFが産生されたため,.腫が増大し,後極部に増殖膜が発生した可能性が考えられた.先天性硝子体.腫は,比較的まれな疾患であり,視力障害も生じない予後良好な疾患といわれているが,今回の症例のように,経過中に血管新生緑内障をきたすこともあるため,定期的な注意深い経過観察が必要と考えられた.文献1)OrellanaJ,O’MalleyRE,McPhersonARetal:Pigmentedfree-floatingvitreouscystsintwoyoungadults.Ophthalmology92:297-302,19852)波紫秀厚,小原喜隆,筑田真:硝子体の各部位に認められた多発性硝子体.腫.眼臨80:481-484,19863)山田耕司,平坂知彦,山田里陽ほか:硝子体.腫の1症例.臨眼44:712-713,19904)中村貴子,廣辻徳彦,神原裕子ほか:硝子体手術を施行した巨大硝子体.腫の一例.眼科手術14:235-237,20015)NorkTM,MillecchiaLL:Treatmentandhistopathologyofacongenitalvitreouscyst.Ophthalmology105:825-830,19986)SharmaT,SinhaS,ShahNetal:Intraocularcysticercosis:clinicalcharacteristicsandvisualoutcomeaftervitreoretinalsurgery.Ophthalmology110:964-1004,20037)平田秀樹,山田成明,石田俊郎ほか:乳頭上硝子体.腫を伴った網膜動脈閉塞症の1例.眼紀42:144-147,19918)藤原聡之,石龍鉄樹,伊藤陽一:退縮をきたした先天性乳頭上硝子体.腫の1例.眼紀42:140-143,1991***

網膜動脈分枝閉塞症を発症後に血管新生緑内障を併発し予後不良であった眼虚血症候群の1 例

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(135)1617《原著》あたらしい眼科27(11):1617.1620,2010cはじめに血管新生緑内障(NVG)は網膜中心静脈閉塞症(CRVO)や糖尿病網膜症などの網膜の虚血により血管内皮増殖因子が産生されて虹彩や隅角に新生血管が生じ発症する緑内障であり,視力予後不良の難治性の緑内障である1).一方,眼虚血症候群は内頸動脈狭窄症などにより慢性に眼循環が障害されると発症する疾患で2),NVGの主要な原因の一つである1).他方,網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)は網膜動脈の塞栓症で,根幹部の塞栓症である網膜中心動脈閉塞症(CRAO)に比べ,視力予後が良好であることが多いとされる3).今回,筆者らは非典型的な上方2象限の広範囲なBRAOが発症し,その約1.2カ月後にNVGを併発した眼虚血症候群の1例を経験した.眼虚血症候群にBRAOやNVGが続発した1例と考えられたが,その特徴や経過について報告する.〔別刷請求先〕奥野高司:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:TakashiOkuno,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN網膜動脈分枝閉塞症を発症後に血管新生緑内障を併発し予後不良であった眼虚血症候群の1例奥野高司*1,2長野陽子*1池田佳美*1菅澤淳*1,2奥英弘*2池田恒彦*2*1香里ヶ丘有恵会病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室ACaseofNeovascularGlaucomaTriggeredbyBranchRetinalArteryOcclusionPossiblyResultingfromOcularIschemicSyndromeTakashiOkuno1,2),YokoNagano1),YoshimiIkeda1),JunSugasawa1,2),HidehiroOku2)andTsunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,Korigaoka-YukeikaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege比較的広範囲な網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)を発症後に血管新生緑内障(NVG)を併発した眼虚血症候群の1例について報告する.症例は,慢性腎不全や弁膜症による慢性心不全で経過観察中であった69歳,女性.右眼中心視力の急激な低下(0.01)を自覚した.右眼の上方網膜は浮腫状で下方の網膜動静脈は狭細化し,フルオレセイン蛍光眼底造影検査では腕網膜時間の遅延とともに右眼の上方の2象限の網膜動脈への造影剤の流入遅延があり,右眼の眼虚血症候群に比較的広範囲なBRAOが併発したと考えられた.BRAO発症の1.2カ月後に右眼にNVGが発症し,4カ月後に残存視野も障害され,右眼視力は手動弁となった.眼虚血症候群や心不全で眼灌流圧が低いため,非典型的な広範囲のBRAOが発症し,その後眼虚血症候群によるNVGを併発した可能性が考えられた.Wereportacaseofocularischemicsyndromefollowedbyneovascularglaucoma(NVG)thatdevelopedafterrelativelybroadbranchretinalarteryocclusion(BRAO).Thepatient,a69-year-oldfemalesufferingfromchronicrenalandcardiacfailureduetovalvulardisorder,presentedatourhospitalcomplainingofarapiddecreaseofvisualacuityinherrighteye(0.01).Examinationdisclosedthatthesuperiorpartoftheretinaintheeyewasedematous.Fluoresceinangiographyshoweddelayedfillingtotheupper-halfretinalartery,aswellasdelayedarm-retinaltime.Onthebasisofthesefindings,wediagnosedherrighteyeasrelativelybroadBRAOoccurringwithocularischemicsyndrome.NVGdeveloped1-2monthslater;theremainingvisualfielddisappearedandvisualacuitydecreasetohandmotioninherrighteyeat4months.LowerocularperfusionpressureduetoocularischemicsyndromeandcardiacfailureprobablycausedatypicalbroadBRAO;theNVGthenoccurredsecondarytoocularischemicsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1617.1620,2010〕Keywords:網膜動脈分枝閉塞症,血管新生緑内障,眼虚血症候群,半側網膜中心動脈閉塞症.branchretinalarteryocclusion,neovascularglaucoma,ocularischemicsyndrome,hemi-centralretinalarteryocclusion.1618あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(136)I症例呈示患者:69歳,女性.主訴:右眼の急激な視力低下.現病歴:平成20年4月初め頃に急激な視力低下を自覚したが自力で外出困難な全身状態であったため,平成20年4月10日になって香里ヶ丘有恵会病院(当院)眼科を再受診した.既往歴:5年前より中等度の白内障,網膜動脈硬化症,20mmHg台前半の高眼圧症などにて当院眼科で経過観察中であった.視野は,平成18年(急激な視力低下を自覚する以前の最終検査)時点では緑内障性の視野異常はなかった.また,慢性腎不全のため当院で透析中であり,僧帽弁狭窄症と大動脈弁狭窄症を伴う慢性心不全があり,しばしば低血圧となった.弁膜症手術は全身状態より不適応のため,当院内科で保存的に経過観察中であった.平成20年3月31日に右眼の違和感を自覚して時間外に当院の眼科受診をしているが,視力や眼圧は以前の受診時と変化がなく,中等度の白内障があるものの,前眼部,中間透光体,眼底に異常なく,血管閉塞や網膜浮腫などの所見もなかった.初診時所見(平成20年4月10日):視力は右眼(0.01×sph+0.5D),左眼(0.9×sph+1.0D).眼圧は右眼27mmHg,左眼15mmHg.前眼部,中間透光体には中等度白内障を認めた.写真ではやや不明瞭であるものの検眼鏡的には右眼の上方に網膜の浮腫があり(図1の矢印),一部は軟性白斑様になっていた(図1).さらに,網膜下方の動脈は白線化し,静脈が狭細化していた.右眼上方のBRAOが発症したことが疑われたため,フルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)を行い,上方2象限の網膜動脈の循環障害を確認した(図2).以上より,右眼上方の比較的広範囲なBRAOが数日前に発症したと考えた.一方,FA検査の直前の血圧は172/90mmHgで,検査後の血圧は180/86mmHgと比較的高血圧であったが,右眼の腕網膜時間は32秒と遅延しており,脈絡膜毛細血管への蛍光流入によるいわゆる脈絡膜フラッシュも32秒程度であった.後期像は,右眼下方の周辺部に透過性亢進があった.左眼には初期,後期ともに特に異常を認めなかった.Goldmann動的視野検査では,BRAOの発症部に対応する部位の一部に視野が残存し,それ以外の部位に逆に視野障害がみられた.治療:視野が残存していることより,ある程度の視機能改図2右眼フルオレセイン蛍光眼底造影A:39秒,B:6分56秒.腕網膜時間は32秒で,脈絡膜毛細血管への蛍光流入は遅延していた.Aの39秒では脈絡膜や下方の網膜動脈への蛍光は流入したが,上方の2象限の網膜動脈への蛍光流入は遅延していた.B:下方網膜に無灌流領域様の網膜毛細血管からの蛍光が低蛍光となっている領域があった.AB図1網膜動脈分枝閉塞症発症時(平成20年4月10日)眼底A:右眼,B:左眼.右眼の上方に網膜の浮腫(矢印の部位)があり,一部は軟性白斑様になっていた.視神経乳頭の耳上側に線状出血があった.一方,下方の網膜血管も動脈が白線化するとともに静脈が狭細化していた.AB(137)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101619善が得られる可能性も考えたが,すでに発症して数日が経過していること,毛様動脈に血流回復がみられたこと,抗凝固療法による脳出血のリスクが考えられること,本人も積極的な治療を望まれないことなどから経過観察とした.経過:右眼の眼圧は次第に上昇し,4月21日には眼圧は右眼28mmHg,左眼13mmHgとなった.NVGを疑い隅角や虹彩を確認したが新生血管はみられなかった.高眼圧症の増悪と考えラタノプロスト(キサラタンR)とブリンゾラミド(エイゾプトR)を処方した.独り暮らしであり体調不良時には点眼を行うことができないこともあり眼圧は変動したが,5月8日には眼圧は右眼18mmHg,左眼15mmHgとなっていた.しかし,その後,僧帽弁狭窄症と大動脈弁狭窄症を伴う慢性心不全は次第に悪化したため,眼科受診と点眼を自己中断した.6月3日に心不全の保存的加療目的にて内科に入院となったため,6月12日に眼科を約1カ月ぶりに受診したが,眼圧は右眼42mmHg,左眼15mmHgとなっており,中断されていたラタノプロストとブリンゾラミドの点眼を再開した.しかし,6月17日の受診時,点眼を行っても眼圧は右眼44mmHg,左眼13mmHgであり,隅角および虹彩の新生血管を認めたため,NVGが発症したと診断した.眼痛がごく軽度であったことと,全身状態が不良で独力で離床が困難となったことから積極的な治療は行わずに経過観察とした.視力は眼圧上昇後もしばらくの間変化せず,6月12日,視力は右眼(0.01×sph+0.5D),左眼(0.5×sph+1.0D),7月4日,右眼(0.01×sph+0.5D),左眼(0.5×sph+1.0D)であったが,全身状態が改善しないため積極的な治療ができないまま,8月21日には右眼の残存視野が消失した.視力も,右眼30cm手動弁,左眼(0.6×sph+1.0D)となり,その後,右眼の視力と視野は回復しなかった.右眼の視神経乳頭の陥凹は次第に拡大し(図3矢印),網膜血管は狭細化したが,BRAOを発症した部位の静脈径は比較的保たれていた(図3).右眼のNVG発症後1年以上経過観察したが,左眼に変化はなかった.僧帽弁狭窄症と大動脈弁狭窄症を伴う慢性心不全は平成21年4月頃に一時軽快したものの次第に悪化し,平成21年6月17日に死去された.II考按本例では,FA検査時には高血圧であったにもかかわらず腕網膜時間が遅延していたことより右側の内頸動脈狭窄症などの循環障害があると推測されるうえに,日常的に心臓弁膜症による心不全のため低血圧となることが多く,右眼の眼灌流圧が低い状態で慢性的な眼虚血状態にあったと考えられる.さらにBRAO発症時の眼底で右眼のBRAO領域以外の網膜動脈も白線化するとともに網膜静脈が狭細化していることや,FAでBRAO領域以外にも無灌流領域様の領域や静脈壁からの蛍光漏出があるなどの眼虚血症候群の特徴2)がみられたこと,視野検査でBRAOによる視野障害部位以外の視野も障害されていたことより,今回のBRAO発症以前に右眼に眼虚血症候群が発症しており,これによる視野障害があったと考えられた.眼虚血症候群はNVGの主要な原因である1)ため,本例でも眼虚血症候群が増悪し,NVGが続発した可能性が最も高いと考えられた.一方,左眼には同様の所見がなかったことより,眼虚血症候群は右眼のみと考えられた.一般にBRAOでは視力予後は良好なことが多いとされている3)が,今回,BRAOで急激な視力低下をきたした.さらに,FAで上方2象限の網膜動脈分枝で充盈が遅延しており,本例はhemi-CRAOと分類されることもある広範囲なBRAOを発症したと考えた.検眼鏡的には確認できる網膜浮腫の範囲は比較的狭い範囲で,写真ではさらに不鮮明であったが,これはBRAO発症後数日経過しているため,発症直後に比べ網膜浮腫が軽減したためと推測した.網膜動脈閉塞症をCRAO,BRAO,hemi-CRAOに分類した報告4)では,hemi-CRAOは網膜動脈閉塞症のうち約7%程度に発症すると報告されており,14%程度のBRAOに比べまれな網膜動脈閉塞症と考えた.ところで,hemi-CRVOはよく用いられる表現であるが,網膜動脈閉塞症ではCRAOとBRAOとに分類する報告5)が多く,hemi-CRAOは一般的な表現ではないようであるため,今回は非典型的ではあるがBRAOと表現することとした.BRAOによりNVGが発症したとする報告6)やCRAOの図3右眼眼底(網膜動脈分枝閉塞症発症の約1年後,平成21年4月7日)約1年前の図1に比べ視神経乳頭の陥凹(血管の屈曲部を矢印で示す)は拡大していた.網膜動脈は狭細化していたが,上方の網膜動脈分枝閉塞症の部位に相当する網膜静脈の血流は比較的保たれていた.1620あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(138)15.16%にNVGが発症するとの報告7,8)もあるが,CRAOの2.5%のみにNVGが発症するとの報告5)もあり,NVGの原因としてBRAOは比較的稀と考えられる.今回,BRAO発症後にNVGを発症したため,当初,広範囲なBRAOに続発したNVGとも考えたが,FAなどについて再度検討した結果,眼虚血症候群の発症が確認され,眼虚血症候群に続発したNVGと結論できた.一方,頸動脈病変が網膜動脈閉塞症の原因として最も多い4)とされており,眼虚血症候群とCRAOとの合併は多く報告2,9,10)されている.さらに,眼虚血症候群6例の検討で1例にBRAOを発症したとする報告11)もあり,本例のBRAOも眼虚血症候群に続発した可能性が考えられた.また,眼虚血症候群により眼灌流圧が低下するなど網膜動脈閉塞症の発症しやすい状態であったため,今回のような非典型的な広範囲のBRAOが発症した可能性が考えられた.これまでの網膜動脈閉塞症によるNVGの報告によると,BRAOによる視覚障害の約6週後にNVGが発症しており9),CRAOでも発症の約1カ月後にNVGが発症することが多いとされる12,13).今回,広範囲なBRAOが発症した約1.2カ月後にNVGが発症しており,BRAOが眼虚血症候群によるNVG発症を促進した可能性もあると考えた.CRAOにおける検討で,網膜の虚血が急速に生じた場合は血管新生が起こらず,緩徐に進行した場合に血管新生が生ずるとされている14).今回のBRAOは広範囲であり,閉塞部位の視野の一部が発症後も数カ月間にわたり残存していたうえに,1年以上にわたりBRAOで閉塞した部位の静脈の血管径も保たれていたため,再疎通後の血流が比較的保たれていたと考えられる.このため,通常のBRAOに比べ比較的広範囲の網膜虚血が緩徐に進行して緩やかに網膜の壊死が起こり,NVGで増加することが報告されているvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)などの血管新生因子15,16)が比較的多く産生された可能性が考えられる.通常のBRAOにおいても硝子体中でVEGFが増加することが報告17)されているが,今回の症例でも以上のような機序により血管新生因子が比較的多く産生されNVGの発症を促進した可能性が考えられた.文献1)Sivak-CallcottJA,O’DayDM,GassJDetal:Evidencebasedrecommendationsforthediagnosisandtreatmentofneovascularglaucoma.Ophthalmology108:1767-1776,20012)MendrinosE,MachinisTG,PournarasCJ:Ocularischemicsyndrome.SurvOphthalmol55:32-34,20103)飯島裕幸:網脈絡膜循環障害の機能と形態.眼臨紀2:812-819,20094)SchmidtD,SchumacherM,FeltgenN:Circadianincidenceofnon-inflammatoryretinalarteryocclusions.GraefesArchClinExpOphthalmol247:491-494,20095)HayrehSS,PodhajskyPA,ZimmermanMB:Retinalarteryocclusion:associatedsystemicandophthalmicabnormalities.Ophthalmology116:1928-1936,20096)YamamotoK,TsujikawaA,HangaiMetal:Neovascularglaucomaafterbranchretinalarteryocclusion.JpnJOphthalmol49:388-390,20057)HayrehSS,PodhajskyP:Ocularneovascularizationwithretinalvascularocclusion.II.Occurrenceincentralandbranchretinalarteryocclusion.ArchOphthalmol100:1585-1596,19828)DukerJS,SivalingamA,BrownGCetal:Aprospectivestudyofacutecentralretinalarteryobstruction.Theincidenceofsecondaryocularneovascularization.ArchOphthalmol109:339-342,19919)安積淳,梶浦祐子,井上正則:内頸動脈循環不全にみられる眼所見の検討.神経眼科9:189-195,199210)田宮良司,内田璞,岡田守生ほか:網膜血管閉塞症と閉塞性頸動脈疾患との関係について.日眼会誌100:863-867,199611)JacobsNA,RidgwayAE:Syndromeofischaemicocularinflammation:sixcasesandareview.BrJOphthalmol69:681-687,198512)小島啓彰,増田光司,加藤勝:網膜中心動脈閉塞症に続発した血管新生緑内障の1例.眼臨94:1233-1237,200013)大井智恵,福地健郎,渡辺穣爾ほか:血管新生緑内障を併発した網膜中心動脈閉塞症の1例.眼紀43:1303-1309,199214)向野利寛,魚住博彦,中村孝一ほか:網膜中心動脈閉塞症の病理組織学的研究.臨眼42:1221-1226,198815)TripathiRC,LiJ,TripathiBJetal:Increasedlevelofvascularendothelialgrowthfactorinaqueoushumorofpatientswithneovascularglaucoma.Ophthalmology105:232-237,199816)SoneH,OkudaY,KawakamiYetal:Vascularendothelialgrowthfactorlevelinaqueoushumorofdiabeticpatientswithrubeoticglaucomaismarkedlyelevated.DiabetesCare19:1306-1307,199617)NomaH,MinamotoA,FunatsuHetal:Intravitreallevelsofvascularendothelialgrowthfactorandinterleukin-6arecorrelatedwithmacularedemainbranchretinalveinocclusion.GraefesArchClinExpOphthalmol244:309-315,2006***

後極白内障における白内障手術の成績

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(131)1613《原著》あたらしい眼科27(11):1613.1616,2010cはじめに後極白内障は常染色体優性遺伝の形式をとる先天性の白内障で,水晶体後.下,中央瞳孔領域に,円形・皿状の境界明瞭な混濁を生じる疾患である.混濁は白色・同心円状の渦巻き様の構造を呈し(図1),混濁部は水晶体線維が破綻して無構造となっている.両眼性,対称性のものが多く,弱視はないかあっても軽度のことが多い.そのまま進行しない停止型と徐々に進行する進行型があり,進行時期はさまざまであるが,30歳代で進行することが多く,30~40歳代で視力低下をきたし,手術に至ることが多いとされている1~3).後極白内障の手術時の問題点として,後極の混濁部が菲薄化していたり,混濁部が後.と癒着していたりすることが多く,後.破損の発生率が7~36%と高いことが報告されている4~8).またその報告の多くは海外のもので,わが国での報告は筆者らが検索した限りではHayashiら6)のものだけであった.今回筆者らは茅ヶ崎中央病院眼科(以下,当院)で白内障手術を施行した後極白内障の症例の特徴および手術成績につき,レトロスペクティブに検討したので報告する.〔別刷請求先〕野澤亜紀子:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野Reprintrequests:AkikoNozawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversitySchoolofMedicine,Nisi-7Kita-15,Kita-ku,Sapporo-shi,Hokkaido060-8638,JAPAN後極白内障における白内障手術の成績野澤亜紀子*1松本年弘*2吉川麻里*2佐藤真由美*2新井江里子*2榎本由紀子*2小野範子*2三松美香*2仙田由宇子*2呉竹容子*2*1藤沢市民病院眼科*2茅ケ崎中央病院眼科ResultsofCataractSurgeryinPosteriorPolarCataractAkikoNozawa1),ToshihiroMatsumoto2),MariYoshikawa2),MayumiSato2),ErikoArai2),YukikoEnomoto2),NorikoOno2),MikaMimatsu2),YukoSenda2)andYokoKuretake2)1)DepartmentofOphthalmology,FujisawaMunicipalHospital,2)DepartmentofOphthalmology,ChigasakiCentralHospital目的:後.破損が起こりやすいことが報告されている後極白内障に対する白内障手術成績を検討すること.対象および方法:対象は2001年4月から2009年3月の間に,茅ヶ崎中央病院にて白内障手術を受け,術後1カ月以上経過観察が可能であった後極白内障の9例9眼とした.男性5例5眼,女性は4例4眼,平均年齢は61.4歳であった.手術方法は全例,超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術で,同一術者が行った.結果:手術時間は平均18.9分であった.術後視力は改善が7眼,不変が2眼で,1眼は弱視であった.術中合併症は後.破損が1眼(11%),術後合併症は眼内レンズ偏位による再手術が1眼と後発白内障によりYAGレーザーを施行した症例が1眼であった.結論:後極白内障における白内障手術では,後.破損の危険性を常に念頭に置き,ゆっくりとした慎重な手術を心掛けることが大切である.Purpose:Toevaluatetheoutcomeofposteriorpolarcataractsurgery,predictingtorupturetheposteriorlenscapsule.CasesandMethod:Thisretrospectivestudyinvolved9eyesof9patients(5males,4females;averageage:61.4years)whounderwentphacoemulsificationandaspirationwithintraocularlens(IOL)-implantationforcataractbetweenApril2001andMarch2009byonesurgeon.Result:Surgerydurationaveraged18.9minutes.Postoperativevisualacuitywasimprovedin7eyesandunchangedin2eyes;amblyopiawasseeninoneeye.Intraoperativeposteriorcapsularruptureoccurredinoneeye(11%);postoperativeIOL-dislocationduetoreoperation,andaftercataractduetoYAG-laserwereseeninoneeyeeach.Conclusion:Wealwaysgiveseriousconsiderationinposteriorpolarcataractsurgerybyslowdegreetopreventposteriorcapsularrupture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1613.1616,2010〕Keywords:後極白内障,白内障手術,後.破損.posteriorpolarcataract,cataractsurgery,posteriorcapsulerupture.1614あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(132)I対象および方法1.対象(表1)2001年4月から2009年3月の8年間に当院で,超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)+眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を施行された4,857例6,505眼のうち,後極白内障と診断され,術後1カ月以上経過観察可能であった9例9眼(0.14%)を対象とした.症例の内訳は,男性5例5眼,女性4例4眼で,手術時年齢は61.4±15.1歳(33~80歳),両眼性6例6眼,片眼性3例3眼で,家族歴が確認できたものは1例のみであった.弱視の既往が1例にみられた.渦巻き状混濁部の大きさは直径でおよそ1.8~3.0mmで,水晶体核硬度はEmery-Little分類でgradeが7眼,gradeIが2眼であった.後極白内障の診断は,混濁の形状,部位,既往歴,家族歴,年齢および両眼性か片眼性かなどを総合して診断した.2.手術方法手術方法は全例PEA+IOL挿入術で,同一術者が行った.ハイドロダイセクションは行わず,ハイドロデリニエーションのみを行い(図2a),核分割は避け,できる限り混濁部近くまで核を削り(図2b),エピヌクレウスを残すようにした.残ったエピヌクレウスと皮質は,眼粘弾性物質を使用したドライテクニックにより中央部に寄せて(図2c),低吸引圧(100mmHg),低吸引流量(20ml/min)で,ときにはバイマニュアルI/A(irrigationandaspiration)法も駆使して,ゆっくりと混濁部が自然に後.から.がれてくるように吸引除去した(図2d).IOLは後.破損した症例では.外に,後.破損のなかった症例では.内に挿入した.II結果(表2)1.手術成績手術時間は平均18.9分であった(12~43分).術後視力は最終観察時,矯正視力が視力表で2段階以上改ab図1症例9の後極白内障(a:弱拡大,b:強拡大)後極部の混濁は円盤状で渦を巻き,厚く濃い混濁を呈している.表1対象の一覧症例年齢(歳)性別左/右片/両眼性術前矯正視力混濁の直径(mm)核硬度既往歴家族歴157女性右眼両眼0.23.0IIなしなし280男性右眼片眼0.12.2II若年時に白内障の診断なし333女性左眼両眼0.12.5Iなしなし455男性右眼両眼0.72.8IIなしなし569男性左眼両眼1.22.5IIなし兄・妹669女性左眼両眼1.01.8IIなしなし747男性左眼両眼1.02.0Iなしなし865男性左眼片眼0.72.3II若年時より左視力不良なし978女性左眼片眼0.12.8II弱視の診断なし(133)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101615善したものを改善,1段階以内の変化を不変とすると,改善が7眼,不変が2眼であった.片眼例で1眼が矯正視力0.5と弱視であった.2.術中・術後合併症術中合併症は後.破損の1眼(11%)のみであった.55歳の男性で,周辺部のエピヌクレウスをフックで中央へ寄せる際,後.と癒着していた混濁部が回転して後.破損が発生した.術後早期の合併症はIOL偏位による再手術が1眼(11%)で,これは後.破損を生じた症例で,capsulecaptureにし図2後極白内障の手術手技a:ハイドロ針を核内に挿入し,ハイドロデリニエーションを行い,核とエピヌクレウスを分離する.b:核をできる限り大きく混濁部近くまで削る.c:高分子粘弾性物質を水晶体.と皮質の間に注入し,エピヌクレウスと皮質を中央に寄せる.d:混濁部分が自然に後.から.がれてくるようにゆっくりと皮質を吸引する.acbd表2手術結果の一覧症例手術日手術時間(分)術後観察期間(月)術中合併症術後早期合併症術後矯正視力術後後期合併症101/6/191229なしなし1.0なし202/5/71460なしなし1.2なし304/8/51723なしなし1.5後.混濁406/7/264335後.破損IOL偏位1.2なし506/2/141312なしなし1.5なし606/2/71232なしなし1.2なし706/11/7291なしなし1.5なし807/11/131713なしなし1.5なし908/6/51311なしなし0.5なし1616あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(134)ておいたIOLのループが硝子体腔に脱臼したため,翌日IOLを整復した.術後長期の合併症としては,術後22カ月に後発白内障でNd:YAGレーザーによる後.切開を施行したものが1眼(11%)あった.III考按後極白内障は通常両眼性,対称性に後極部に円盤状・渦巻き状の厚い混濁を生じるが,混濁が小さいため弱視はないか,もしくは軽度のことが多いとされている2).両眼性の割合は39~80%4~6,9)と報告によりさまざまで,かなり幅広くなっていた.筆者らの症例は67%(6例/9例)が両眼性で,比較的割合が高かった.筆者らは後極白内障の診断の際,混濁の形状だけではなく,家族歴および既往歴も含めて総合的に診断したため,片眼例で混濁の形状が似ている症例のうち,家族歴や既往歴がなく,手術時に後.との癒着もみられなかった2眼を今回の検討から除外した.そのため両眼性の割合が高くなったのかもしれない.また,弱視は片眼例の10~57%4~6,9)にみられたと報告されている.筆者らの症例でも同様に片眼例の33%(1眼/3眼)で弱視がみられた.手術時の年齢は30~40歳代で手術を受けることが多いと教科書的にはされているが,過去の報告では19~81歳4~9)とかなり年齢層が幅広くなっていた.筆者らの症例も平均61.4歳と年齢層が高くなっており,これはおそらく混濁部分が比較的小さかった症例が多く含まれていたため,混濁はあっても本人はあまり不自由さを感じず,加齢による白内障の進行とともに視力障害が強くなって,手術を受けた症例が多かったためと考えた.また,後極白内障の症例は若いころから混濁が中心付近にあるためか,両眼に対称性に混濁が存在する症例でも,片眼の手術だけで満足してしまい,もう1眼の手術を希望しないことが多かったことから,あまり視力に対する要求度が高くなく,不自由さを感じにくいことも一因になっているのかもしれないと思われた.筆者らの症例で家族歴があったものは,兄と妹が50歳代に白内障手術を受けたという69歳の症例1例(11%)のみであった.過去の報告でVasavadaら5)は55%に何らかの家族歴があったと報告していることから,詳細な調査を実施すればさらに家族歴のある症例を発見できたのかもしれない.後極白内障は,後極の混濁部の後.が菲薄化または混濁部と後.が強く癒着しているため,手術時に後.破損の発生率が高いことが報告されている.1990年代にOsherら4)が24%で,Vasavadarら5)が36%で後.破損が発生したと報告している.しかし2000年代になると破.率は0~16.7%6~9)とかなり低減しており,手術成績の向上がみられている.筆者らの破.率は11%で,やはり近年の報告と同様,比較的良好な破.率になっていた.その要因として,核硬度がEmery-Little分類gradeI~IIの柔らかい症例が多かったこと,後極の混濁が小さい症例が多かったこと,後.と混濁部の癒着が軽度であった症例が多かったことがあげられる.また,手術マシンの進化および手術創の小切開化により,サージなどの前房圧の急激な変化が減ったこと,バイマニュアル法や眼粘弾性物質を利用したドライテクニックなどの手術手技を駆使したことにより,混濁部と後.を比較的少ない負荷で分離できたことが大きな要因になっていると思われた.しかし,後極白内障の手術は通常の白内障手術に比べ(当院での昨年の破.率0.17%),後.破損の危険性が高いことは確かで,常に後.破損の危険性を念頭に置き,ゆっくりとした慎重な手術を心掛けることが大切であると思われた.また,混濁部と後.の癒着が強い症例では,無理に混濁を.がそうとせず,混濁を残して手術を終了し,術後Nd:YAGレーザーで後.切開を行うことをHayashiら6)やSiatiriら9)は推奨している.さらに核が硬くて大きな症例や混濁部が大きな症例では,後.破損の確率が高く,水晶体核落下の危険性が高くなるので,林ら1)が推奨しているように計画的.外摘出術も選択肢の一つとして考えておくことが必要であると思われた.本論文の要旨は第33回日本眼科手術学会総会(2010年)で発表した.文献1)林研:後極白内障と後部円錐水晶体.IOL&RS15:304-308,20012)渡辺交世,永本敏之:スリットランプを使った前・後.下白内障の術前診断.IOL&RS23:3-7,20093)NagataM,MatsuuraH,FujinagaY:Ultrastructureofposteriorsubcapsularcataractinhumanlens.OphthalmicRes18:180-184,19864)OsherRH,YuBCY,KochDD:Posteriorpolarcataracts:Apredispositiontointraoperativeposteriorcapsularrupture.JCataractRefractSurg16:157-162,19905)VasavadaA,SinghR:Phacoemulsificationineyeswithposteriorpolarcataract.JCataractRefractSurg25:238-245,19996)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Outcomesofsurgeryforposteriorpolarcataract.JCataractRefractSurg29:45-49,20037)LeeMW,LeeYC:Phacoemulsificationofposteriorpolarcataracts:asurgicalchallenge.BrJOphthalmol87:1426-1427,20038)HaripriyaA,AravindS,VadiKetal:Bimanualmicrophacoforposteriorpolarcataracts.JCataractRefractSurg32:914-917,20069)SiatiriH,MoghimiS:Posteriorpolarcataract:minimizingriskofposteriorcapsulerupture.Eye20:814-816,2006

Nd-YAG レーザー照射による穿孔外傷ラット白内障モデルの創傷治癒メカニズムの検討

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(125)1607《原著》あたらしい眼科27(11):1607.1612,2010cはじめに白内障の予防,治療のためにさまざまな白内障動物実験モデルが研究されている.これまで実験モデルには,酸化障害,代謝障害,水晶体膜機能障害,放射線照射,外傷モデルなど多数報告されている1).マウスやラットを用いた穿孔性外傷白内障モデルも白内障研究のために使用され,針刺入やNd-YAGレーザー照射により水晶体前.を破.させると,組織学的には水晶体線維細胞群(もしくは水晶体皮質)が前面に突出した後に水晶体上皮細胞が著しく増殖,重層化して損傷部を被覆することが報告2~10)されている.しかしNd-YAGレーザー穿孔外傷白内障モデルを用いた創傷治癒過程での免疫組織学的検討および細隙灯顕微鏡による前眼部所見の経時的な変化を併せて観察した報告は見当たらない.今回筆者らは,Nd-YAGレーザー照射によるラット外傷白内障モデルを作製して,白内障水晶体の経時的変化と創傷治癒メカニズムの免疫組織学的な検討を行った.〔別刷請求先〕綿引聡:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町北小林880獨協医科大学眼科学教室Reprintrequests:SatoshiWatabiki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversity,880Kitakobayashi,Mibumachi,Shimotsuga-gun,Tochigi321-0293,JAPANNd-YAGレーザー照射による穿孔外傷ラット白内障モデルの創傷治癒メカニズムの検討綿引聡*1松島博之*1向井公一郎*1寺内渉*1妹尾正*1小原喜隆*2*1獨協医科大学眼科学教室*2国際医療福祉大学MechanismsofWoundHealinginExperimentalCataractModelInducedbyNeodymium-YAGLaserSatoshiWatabiki1),HiroyukiMatsushima1),KoichiroMukai1),WataruTerauchi1),TadashiSenoo1)andYoshitakaObara2)1)DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversity,2)InternationalUniversityofHealthandWelfareSprague-Dawleyラットを用い,Nd-YAGレーザー照射により水晶体前.を切開し,可逆性の外傷白内障モデルを作製した.この水晶体の混濁変化を細隙灯顕微鏡で経時的(2,4,7,14日後)に観察し,組織学的に解析することで創傷治癒メカニズムの解明を試みた.細隙灯で観察すると,前.下混濁がレーザー照射2日後にピークに達し,その後徐々に減少した.組織学的に解析すると,創傷部位で水晶体上皮細胞が増殖,重層化して破.部が被覆され,水晶体線維細胞に形態変化した.免疫組織染色を行うと,創傷部位に一致してPCNA(proliferatingcellnuclearantigen),抗Hsp70(heatshockprotein70)抗体,抗細胞骨格蛋白質抗体に陽性であった.Nd-YAGレーザー穿孔外傷白内障モデルの混濁減少と創傷治癒は,ストレス蛋白質と細胞骨格蛋白質が関与する可能性が示唆された.TheanteriorcapsuleoftheSprague-DawleyratlenswasinjuredusingNd-YAGlasertoobservethereversibletraumaticcataractmodel.Afterthecataractgradewasobservedattheselectedtimeperiods(2,4,7and14days)viaslitlamp,histologicalanalysiswasperformed.Cataractgradepeakedafter2days,thenimmediatelydecreased.Histologicalanalysisdisclosedproliferationandstratificationoflensepithelialcells(LEC)aroundtherupturedcapsule.TheproliferatingLECbegantoelongateaftertheyhadcoveredtherupturedcapsule.TheproliferatedLECreactedtoantibodiesincludedwithPCNA(proliferatingcellnuclearantigen),Hsp70(heatshockprotein70)andvimentin.TheresultssuggestthatwoundhealingintheNd-YAGlasercataractmodeliscontrolledwithheatshockproteinandcytoskeletalprotein.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1607.1612,2010〕Keywords:白内障,Nd-YAGレーザー,創傷治癒,水晶体上皮細胞,細胞骨格蛋白質.cataract,Nd-YAGlaser,woundhealing,lensepithelialcells,cytoskeletalprotein.1608あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(126)I実験方法1.Nd-YAGレーザー外傷白内障モデルの前眼部観察実験には生後14日齢のSprague-Dawley(SD)ラット3匹6眼を使用した.ラットの実験に関しては,動物実験の飼養および保管に対する基準(NationalInstitutesofHealthGuidelinesontheCareandUseofLaboratoryAnimalsinResearchおよびARVO(TheAssociationforResearchinVisionandOphthalmology)StatementfortheUseofAnimalsinOphthalmicandVisionResearch)に基づいて行った.SDラットを散瞳した後,Nd-YAGレーザー(Aura,日本ルミナス)を水晶体前.中央部に照射して前.を切開した(設定条件:1.5mJ×4-5shots,切開の大きさ直径約500μm).前.を切開してから,2日後,4日後,7日後,14日後に細隙灯顕微鏡カメラ(SC-6,Kowa)を用いて前眼部を観察,撮影した.撮影した徹照像から,混濁なしをグレード0とし,後.面が透見できる軽度の混濁をグレード1,混濁面積が全水晶体面積の30%以下の場合をグレード2,混濁面積が全水晶体面積の30%以上の場合をグレード3として,水晶体の混濁状態を4段階にグレード分類して経時的変化を解析した.2.組織学的検討Nd-YAGレーザーでSDラット9匹18眼を前.切開してから,2日後,7日後,14日後に眼球摘出して,摘出眼をカルノア固定液に4時間浸漬固定した.パラフィン包埋した後に4μmで薄切してパラフィン組織切片を作製した.切片は,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色または免疫組織染色した.免疫組織染色は,切片を3%過酸化水素によって内因性ペルオキシダーゼ処理を20分間行った後にストレプトアビジン-ビオチン(SAB)法により免疫組織染色をヒストファインSAB-PO(M)キットR(ニチレイ)を用いて行い,発色には3,3¢-ジアミノベンチジンを用いた.これらの組織学的変化は光学顕微鏡(BX51,OLYMPUS)を用いて観察した.一次抗体として,proliferatingcellnuclearantigen(PCNA,ニチレイ),heatshockprotein70(Hsp70,Stressgen),ビメンチン(Sigma)の3種類を用いた.II結果1.Nd-YAGレーザー外傷白内障モデルの前眼部観察(図1)Nd-YAGレーザー照射直後から混濁および皮質の一部が前房内に認められた.2日後に水晶体.および破.部皮質付近の混濁はピークに達した.4日,7日と徐々に混濁は減少し,14日後ではほぼ透明となった.白内障のグレードを4段階に程度分類すると(図2),レーザー照射2日後に高度混濁状態であるグレード2.5±0.5に達するが,以降徐々に混濁は減少して4日後ではグレード1.75±0.75,7日後ではグレード1.25±0.5,14日後ではグレード0.75±0.25に減少した.2.組織学的検討図3にNd-YAGレーザーを照射した水晶体前極部の破.部付近のHE染色の結果を示す.前眼部徹照像で混濁がグレード3まで増加したレーザー照射2日後での組織像は,破.部位で水晶体上皮細胞の増殖および伸展がみられた.混濁がグレード1に減少した7日後で,水晶体.は破.したままで2日後4日後7日後14日後図1Nd-YAGレーザーを照射したSDラット前眼部徹照像Nd-YAGレーザー照射2日後,4日後,7日後および14日後のSDラットの前眼部徹照像を示す.レーザー照射直後から混濁が生じ,2日後に混濁はピークに達するが,それ以降徐々に減少している.黒点は前房中に飛散した水晶体皮質の一部.247経過日数グレード143210図2白内障グレード分類X軸にレーザー照射後の経過日数,Y軸に混濁のグレード分類を示す(n=6).2日後に混濁がピークとなり,その後徐々に減少した.(127)あたらしい眼科Vol.27,No.11,201016092日後7日後14日後図3Nd-YAGレーザー照射群前.部―HE染色上段はNd-YAGレーザー照射したラット水晶体前極部の破.部付近の低倍率,下段は破.部付近の高倍率の組織写真を示す(Bar=100μm).レーザー照射により前.部が破.し,破.したところから水晶体上皮細胞が増殖および伸展している.7日後で前.は破.したままだが,上皮細胞は破.部分の皮質を覆って重層化している.14日後では重層化した細胞の層は薄くなっており,上皮細胞が水晶体線維細胞に形態変化している.2日後7日後14日後図4Nd-YAGレーザー照射群前.部―免疫組織染色(PCNA)Nd-YAGレーザー照射部付近における抗PCNA抗体を使用した免疫組織染色の結果を示す(Bar=100μm).矢印は抗PCNA抗体反応陽性の部分を示す.2日後の破.部付近の水晶体上皮細胞の細胞核に,7日後では重層化した上皮細胞の表層と深層の細胞核に,14日後では表層の細胞核および水晶体線維細胞様に形態変化しつつある細胞の細胞核に陽性所見がみられる.2日後7日後14日後図5Nd-YAGレーザー照射群前.部―免疫組織染色(Hsp70)抗Hsp70抗体を使用した免疫組織染色の結果を示す(Bar=100μm).矢印は抗Hsp70抗体反応陽性の部分を示す.特に2日後での破.した前.直下の水晶体線維細胞の細胞質に陽性所見がみられる.1610あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(128)はあるが,増殖した水晶体上皮細胞が損傷部の皮質を覆って重層化していた.重層化した上皮細胞はHE染色より扁平化を呈している.混濁がグレード1以下に減少した14日後では,重層化した細胞の層は菲薄化し,立方状の上皮形態を呈している.上皮下の皮質付近は無核の水晶体線維細胞の形態を認めた.免疫組織染色を行うと,PCNAは2日後の破.部付近の水晶体上皮細胞の細胞核,7日後では重層化した上皮細胞の表層と深層にある細胞核,14日後では表層の細胞核と水晶体線維細胞様に形態変化しつつある細胞の細胞核に陽性所見がみられた(図4).Hsp70は2日後では破.した前.直下の水晶体線維細胞の細胞質,7日後では重層化した上皮細胞直下の線維細胞の細胞質,14日後には上皮細胞が水晶体線維細胞様に形態変化しているとみられる細胞の細胞質に陽性所見がみられた(図5).ビメンチンは,すべての時期で増殖,重層化した水晶体上皮細胞の細胞質で陽性であった(図6).III考按穿孔性外傷白内障モデルはラット,ウサギやマウスの水晶体.に針2~4)やNd-YAGレーザー5~10)で穿孔することで再現性のよい白内障が発症するモデルである.水晶体前.を破.させると,水晶体線維細胞群(もしくは水晶体皮質)が前面に突出した後に水晶体上皮細胞が著しく増殖,重層化して損傷部を被覆する2~10).Nd-YAGレーザーの発振波長は1,064nmの近赤外領域であり,イオン化したガスのプラズマの発生により,組織を加熱せずに照射部位を機械的に破壊する11).そのためNd-YAGレーザー照射による前.切開は,針刺入による経角膜的な方法とは異なり,水晶体以外の眼組織への影響を最小限に留めて12,13)白内障を生じさせることが可能である.岡本ら8~10)はSDラットNd-YAGレーザー白内障モデルの水晶体を摘出して実体顕微鏡下で混濁変化を観察しており,レーザー照射14日後まで混濁が増強したと報告している.Gonaら7)はレーザー照射15日で水晶体損傷部の瘢痕は残存するものの,肉眼的な観察で混濁は消失していたと報告している.今回筆者らは,過去の報告10,12)を基に水晶体前.中央部にレーザーを照射し,前.および皮質表層を中心に創傷の修復経過を観察した.レーザー照射14日後まで細隙灯顕微鏡を用いて経時的に水晶体の混濁を観察したところ,一過性に増加した後に減少していた.外傷白内障モデルの組織学的解析はこれまでも行われており,筆者らの観察でも早期の水晶体前面の混濁時期に,混濁部位に一致した前.破.部での水晶体上皮細胞の著しい増殖を認めた.その後,増殖した水晶体上皮細胞が重層化して損傷部を被覆するという,過去の報告2~10)と同様の組織修復行程がみられた.筆者らの観察ではさらに,水晶体混濁の減少に伴い,重層化していた水晶体上皮細胞が菲薄化して水晶体線維細胞に形態変化していくことが観察できた.過去には3H-サイミジンオートラジオグラフィー法8,10)を用いて外傷白内障モデルの破壊部位別(前.,赤道部,後.破壊)の水晶体上皮細胞の増殖能を観察し,水晶体増殖帯以外の各破壊部位でも水晶体上皮細胞の増殖が認められたと報告されている.筆者らは,抗PCNA抗体を用いた免疫組織染色法14~16)を用いて経時的に増殖能の観察を行った.その結果,修復過程で重層化した上皮細胞の細胞核や,菲薄化して水晶体線維細胞様に形態変化している細胞の細胞核にPCNAの発現がみられ,免疫組織学的手法でも水晶体増殖帯ではなく前.損傷部付近での水晶体上皮細胞の増殖を確認できた.ストレス反応時に産生される分子シャペロンHsp7017)の発現が重層化した上皮細胞直下の水晶体線維細胞や,水晶体線維芽細胞に形態変化している細胞にみられることから,水晶体前.が損傷されると,破.部位でストレス反応が生じて水晶体上皮細胞の増殖能が亢進することが示唆された.同様のストレス反応は穿刺性外傷モデルでも擦過によりひき起こされる可能性があるが,これらのストレス反応による分子シャペロンの報告はなく,今後両モデルにおいて比較検討する必要がある.細胞骨格蛋白質はラット亜セレン酸白内障モデルを用いた実験から,水晶体の透明性維持に関連することが報告18~20)されている.2日後7日後14日後図6Nd-YAGレーザー照射群前.部―免疫組織染色(ビメンチン)抗ビメンチン抗体を使用した免疫組織染色の結果を示す(Bar=100μm).矢印は抗ビメンチン抗体反応陽性の部分を示す.水晶体上皮細胞の増殖,重層化に伴って陽性反応がみられ,特に7日後の上皮細胞が重層化している部位で強い陽性反応がみられる.(129)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101611Wisterラットでは可逆性の白内障が発生し,透明治癒過程に細胞骨格蛋白質が発現している20).今回,外傷後の創傷治癒反応の部位に一致して細胞骨格蛋白質であるビメンチン発現の増強が免疫組織学的に認められた.これらの強陽性の不均一な蛋白質の確認は,蛋白質が凝集した可能性があることが示唆される.外傷白内障においても組織修復過程に細胞骨格蛋白質が関連している可能性がある.混濁の再透明化については,マウス外傷白内障モデルで,創傷後水晶体線維が再生することで混濁水晶体が再透明化したと報告している21).今後14日以降の変化を観察する必要がある.以上の考察より,Nd-YAGレーザー白内障モデルの混濁出現および減少についての機序を推察した(図7).通常の水晶体では増殖帯周辺部の水晶体上皮細胞のみが増殖,分裂をくり返し,赤道部に移動して水晶体線維細胞へと分化する.しかし,Nd-YAGレーザー照射により水晶体前.が破.すると創傷治癒反応としてストレス応答が生じ,増殖帯ではなく前.損傷部周辺での水晶体上皮細胞の増殖能亢進と,ビメンチンを含んだ細胞骨格蛋白質の発現の増強が生じる.この損傷部周辺での水晶体上皮細胞の増殖,重層化が生じることで水晶体が混濁する.しかし,水晶体上皮細胞層により損傷部が被覆されると,水晶体上皮細胞の重層化が抑制され,次第に細胞層が菲薄化して水晶体線維細胞に形態変化し,水晶体線維を再生することで混濁が減少すると考えた.しかしながら,水晶体混濁減少と再生の機序は水晶体上皮細胞が産生する基底膜やコラーゲン,細胞が前房内の前房水やマクロファージなどの貪食細胞による影響が関与している可能性があり,今後長期間のさらなる検討が必要である.本稿の要旨は第47回日本白内障学会において発表した.本研究のためにご指導を頂いたニュービジョン眼科研究所石井康雄先生に感謝の意を表します.文献1)岩田修造:水晶体その生化学的機構.p311-360,メディカル葵出版,19862)FagerholmPP,PhilipsonBT:Experimentaltraumaticcataract.I.Aquantitativemicroradiographicstudy.InvestOphthalmolVisSci18:1151-1159,19793)UgaS:Woundhealinginthemouselens.ExpEyeRes32:175-186,19814)雑賀司珠也:後発白内障でのTGFbシグナル伝達.日本白内障学会誌16:41-44,20045)CampbellCJ,RittlerMC,InnisREetal:Oculareffectsproducedbyexperimentallasers.III.Neodymiumlaser.AmJOphthalmol66:614-632,19686)PauH,WeberU,KernWetal:LesionandregenerationoftheanteriorandposteriorlenscapsuleandcortexinrabbitsNd:YAGlaser.GraefesArchClinExpOphthalmol227:392-400,19897)GonaO,WhiteJH,ObenauerL:Woundhealingbytheratlensafterneodymium-YAGlaserinjury.ExpEyeRes40:251-261,19858)岡本庄之助,照林宏文,堤元信ほか:Nd-YAGレーザー照射による白内障モデル─1.照射部位による上皮細胞増殖能と進展形式の変化─.眼紀42:1863-1868,19919)照林宏文,岡本庄之助,池部均ほか:QスイッチNd-YAGレーザー照射による白内障モデル─2.照射部位による白内障進展形式の差異─.日眼会誌96:440-446,199210)照林宏文,岡本庄之助,池部均ほか:QスイッチNd-YAGレーザー照射による白内障モデル─3.照射部位による上皮細胞増殖能の変化─.眼紀43:679-687,199211)Aron-RosaD,GriesemannJC,AronJJ:Useofpulsedneodymiumyaglaser(picosecond)toopentheposteriorlenscapsuleintraumaticcataract:Apreliminaryreport.OphthalmicSurg12:496-499,198112)矢部京子:Nd-YAGレーザーによる水晶体前.切開について─基礎実験および臨床成績─.埼玉医科大学雑誌13:131-138,198613)余敏子:パルス型Nd-YAGレーザー照射の網脈絡膜に対……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………図7仮説:混濁水晶体の再透明化Nd-YAGレーザー照射により前.が破.すると,創傷治癒反応として損傷部周辺での細胞増殖因子や細胞骨格蛋白質,熱ショック蛋白質の発現が増強して水晶体上皮細胞の異所性増殖が生じ,上皮細胞が重層化することで水晶体混濁が生じる.しかし,損傷部を被覆した後に水晶体上皮細胞の重層化が調節されて細胞層が菲薄化し,水晶体線維細胞様に形態変化することで混濁部位の再透明化を生じる.1612あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(130)する影響.特に硝子体内照射時の傷害について.埼玉医科大学雑誌12:267-275,198514)加藤良平:免疫組織化学を用いた細胞増殖能の解析.組織細胞化学,p47-50,学際企画,199415)山口慶子,庄司昭世,加藤圭一ほか:ProliferatingCellNuclearAntigenによるラット水晶体上皮細胞増殖能の検討.あたらしい眼科8:1935-1938,199116)久保江理,高柳克典,都筑昌哉ほか:抗PCNA免疫組織化学法による水晶体上皮細胞の増殖動態の研究.あたらしい眼科12:1745-1749,199517)永田和宏:ストレス蛋白質─基礎と臨床─.p100-114,中外医学社,199418)MatsushimaH,DavidLL,HiraokaTetal:Lossofcytoskeletalproteinsandlenscellopacificationintheselenitecataractmodel.ExpEyeRes64:387-395,199719)松島博之:白内障・後発白内障と細胞骨格蛋白質─分子生物学的解析─.日本白内障学会誌15:5-20,200320)松島博之,向井公一郎,小原喜隆ほか:亜セレン酸白内障モデルにおける水晶体混濁減少に関する蛋白質の変動.日眼会誌104:377-383,200021)HirayamaS,WakasugiA,MoritaTetal:Repairandreconstructionofthemouselensafterperforatinginjury.JpnJOphthalmol47:338-346,2003***

Soemmering 輪による続発閉塞隅角緑内障の1 例

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(121)1603《原著》あたらしい眼科27(11):1603.1606,2010cはじめに後発白内障は白内障術後の視力低下,グレア,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の偏位などを起こす原因となり,白内障手術に残された課題である.後発白内障は形態的に線維性混濁,Elschnig’spearl,Soemmering輪,lentoidofThielの4つに分類される1).Soemmering輪は水晶体.の赤道部に残存した水晶体上皮細胞が形成するリング状の白色組織であり2~6),近年では超音波水晶体乳化吸引術の普及に伴い発生頻度は少なくなっている.水晶体.外摘出術後にはより高頻度にみられていたが,Soemmering輪が単体で閉塞隅角緑内障を誘発したという報告はない.筆者らは毛様体ブロック発生の主因となりうる小眼球7)や緑内障手術の既往8,9)がなく,治療経過から高度なSoemmering輪が毛様体ブロック発生の主因となったと考えられる続発閉塞隅角緑内障の1例を経験したので報告する.I症例患者:88歳,女性.〔別刷請求先〕松山加耶子:〒570-8507守口市文園町10-15関西医科大学附属滝井病院眼科Reprintrequests:KayakoMatsuyama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,10-15Fumizono-cho,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPANSoemmering輪による続発閉塞隅角緑内障の1例松山加耶子*1南野桂三*1安藤彰*1竹内正光*1和田光正*1嶋千絵子*1松岡雅人*1福井智恵子*1桑原敦子*1松山英子*2西村哲哉*1*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2荒川眼科Angle-ClosureGlaucomaInducedbySoemmering’sRings─CaseReportKayakoMatsuyama1),KeizoMinamino1),AkiraAndo1),MasamitsuTakeuchi1),MitsumasaWada1),ChiekoShima1),MasatoMatsuoka1),ChiekoFukui1),AtsukoKuwahara1),EikoMatsuyama2)andTetsuyaNishimura1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)ArakawaEyeClinic白内障術後10年以上経過してから発症した高度なSoemmering輪を伴う続発閉塞隅角緑内障の1例を経験した.隅角癒着解離術と硝子体切除術では改善せずSoemmering輪を摘出した.本症例は小眼球や緑内障の既往はないが浅前房を呈し,治療経過と術前後の超音波生体顕微鏡所見からSoemmering輪が主因である毛様体ブロック緑内障と診断した.Soemmering輪のみで毛様体ブロックが起こった可能性は低く,本症例ではSoemmering輪に毛様体の前方移動が重なって毛様体ブロックが発生したと考えられた.Soemmering輪に閉塞隅角緑内障を合併する症例では毛様体ブロックを疑いレーザー虹彩切開術とYAGレーザーによるSoemmering輪の破砕術を考慮し,不可能であればSoemmering輪の摘出を行う必要がある.Wereportacaseofangle-closureglaucomawithanextensiveSoemmering’sring,observedmorethan10yearsaftercataractsurgery.Soemmering’sringwasremovedbecausecombinedsurgeryofanteriorvitrectomyandgoniosynechialysiswasnoteffective.Thepatienthadneithernanophthalmosnorahistoryofglaucomasurgery.Onthebasisofthemedicalcourseandresultsofultrasoundbiomicroscopicexaminationbeforeandaftersurgery,wediagnosedthiscaseasciliaryblockglaucomainducedbySoemmering’sring.However,sinceciliaryblockisrarelyinducedbySoemmering’sringalone,weassumethatthecombinationofSoemmering’sringandanteriorrotationoftheciliaryprocesspromotedtheciliaryblock.Whenangle-closureglaucomaisaccompaniedbySoemmering’sring,andcombinedtreatmentoflaseriridotomyandYAGlaserphotodisruptionisimpossible,theringshouldberemoved.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1603.1606,2010〕Keywords:Soemmering輪,毛様体ブロック緑内障,超音波生体顕微鏡(UBM),毛様体の前方移動,硝子体手術.Soemmering’sring,ciliaryblockglaucoma,ultrasoundbiomicroscopy(UBM),anteriorrotationoftheciliaryprocess,parsplanavitrectomy.1604あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(122)主訴:右眼痛.現病歴:平成20年末頃から右眼痛を自覚して近医を受診.右眼眼圧が50mmHgと高く眼圧降下剤の点眼および内服を使用するも眼圧コントロールが不良なため,平成21年1月29日当科を紹介された.既往歴:10年以上前に両眼白内障手術施行(術式不明).家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.5(1.0×sph.2.75D(cyl.0.5DAx145°),左眼0.4(0.9×sph+1.0D(cyl.0.5DAx180°)で,眼圧は近医からのアセタゾラミドの内服および右眼にラタノプロストとチモロールの点眼を使用して右眼32mmHg,左眼16mmHgであった.両眼ともIOL挿入眼で,炎症所見や後.破損はなくIOLは.内固定であったが,光学部のエッジは散瞳が不良なため観察できなかった.右眼の中央前房深度がやや浅くIOLが前方に押し出され虹彩裏面に接していた(図1).虹彩のforwardbowingはなく前房深度はvanHerick法で1/3から1/4であった.右眼の隅角は約270°閉塞しており(図2),中央前房深度は超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)で2.3mmとIOL挿入眼としては浅かった.毛様体の前方移動と毛様溝の閉塞が全周でみられたが,毛様体の扁平化はみられなかった.毛様体突起部が前方に強く牽引,あるいは後方から圧排されて図1右眼前眼部IOLは.内固定であるが虹彩の直後に光学部がみられ,前房深度はやや浅い.………………..図3術前の右眼UBM像中央前房深度は2.3mm.白矢印:前方移動している毛様体.緑矢印:虹彩下の高反射領域(Soemmering輪).図2右眼隅角緑矢印の部位のみ開放している.………………..図4初回手術後の右眼UBM像中央前房深度は2.37mm.図3と比較して隅角の形態に変化はない.(123)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101605いるために毛様溝が閉塞しているようであった.IOL光学部と毛様体の間で虹彩のすぐ後方に虹彩根部を前房側へ圧迫するように存在する,虹彩および毛様体とほぼ同輝度のmasslesionが全周にみられ,白内障手術後であることや存在部位よりSoemmering輪と考えられた(図3).左眼の毛様体は位置や形態の異常はなかった.眼軸長は右眼21.82mm,左眼21.74mmであり,眼底は両眼とも異常なかった.経過:毛様体ブロック緑内障(悪性緑内障)に対しては硝子体切除術が有効であるため10,11),硝子体の完全切除とSoemmering輪の摘出ならびにIOL縫着術の併用を予定した.しかし3月9日の術中に硝子体を後部まで完全に切除したところ前房が深くなり,房水のmisdirectionが改善したと判断してSoemmering輪を摘出しなかった.硝子体切除と同時に周辺虹彩前癒着に対して隅角癒着解離術ならびに25ゲージ硝子体カッターを用いた周辺部虹彩切除術を併用した.しかし浅前房が持続して眼圧も25~30mmHgと高く,隅角は下方以外閉塞していたためレーザー隅角形成術を行うも無効であった.虹彩切除部から観察できたSoemmering輪は高度に肥厚しておりYAGレーザーは不可能と判断した.術後のUBM検査では中央前房深度が2.37mmで隅角の形態にも変化はなかった(図4)ため,単なる毛様体ブロック緑内障ではなくSoemmering輪が隅角の閉塞に関与していると判断し,3月16日にSoemmering輪ならびに水晶体.切除とIOL縫着術を施行した.術後に隅角は全周開放されており(図5),眼圧も10mmHg前後に低下した.UBM検査では中央前房深度は3.73mmと深くなり,隅角は全周開大していたが毛様体の前方移動は残存していた(図6).II考按本症例は浅前房,閉塞隅角,高眼圧がみられるが虹彩後癒着や瞳孔ブロックがなく,UBM検査にて高度なSoemmering輪がみられたため,白内障術後10年以上経過しているがSoemmering輪による虹彩根部の圧迫や毛様体ブロックが原因であると考えた.毛様体ブロック緑内障(悪性緑内障)はaqueousmisdirectionglaucomaともよばれ,原発閉塞隅角緑内障の手術後に生じた前房消失と高眼圧を伴う,治療に抵抗する重篤な合併症としてvonGraefeが最初に報告した12).おもに狭隅角眼の内眼手術後に起こる合併症と考えられていた13)が,白内障術後14)やレーザー虹彩切開術後15)などの症例も報告されている.毛様体ブロックの解除には硝子体切除が有効であるが,前部硝子体切除のみでは解除できないという報告10,11)もあるため,硝子体全切除とSoemmering輪の摘出,IOL縫着術の併用を予定した.しかし術中に硝子体を後部まで完全に切除したところ前房が深くなり,房水のmisdirectionが改善したと判断してSoemmering輪を摘出しなかった.その結果術後に病態が改善せず,再手術でSoemmering輪を摘出したところ改善した.このことからもSoemmering輪が本症例における毛様体ブロックの主因であることが示唆される.毛様体ブロックでは毛様体突起部と水晶体赤道部が接して房水の流れが阻止されると説明されているが,毛様体の前方移動が起これば毛様体突起部と水晶体赤道部の間隙は狭くなり硝子体から後房への房水の流れが阻害される16).現在までにSoemmering輪だけで毛様体ブロックが発生したという報告はないため,本症例ではSoemmering輪が高度に発達してきたことで水晶体.と毛様体の間隙が狭小化しているところに毛様体の前方移動が合併して毛様体ブロックを生じた可能性が考えられる.IOL挿入眼でSoemmering輪により図5再手術後の右眼隅角隅角は全周広く開放している.………………..図6再手術後の右眼UBM像中央前房深度は3.73mm.隅角は全周広く開大しているが毛様体の前方移動は残存している(矢印).1606あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(124)瞳孔ブロックと毛様体-水晶体.(Soemmering輪)ブロックを合併し,レーザー虹彩切開術とYAGレーザーによるSoemmering輪の破砕術の併用にて治癒した症例の報告がある17)が,この症例では房水は硝子体内にmisdirectionせず前部硝子体膜が硝子体側に押し下げられ完全な毛様体ブロック緑内障にはなっていなかったことが考えられる.本症例の毛様体の前方移動の原因には4つの可能性が考えられる.1つはもともと毛様体の前方回転を伴うプラトー虹彩形状で,白内障手術後にプラトー虹彩形状は改善したが毛様体の前方回転は残存しているところにSoemmering輪の発生が重なって毛様体ブロックを発生したことがあげられる.しかし,左眼の毛様体に位置や形態の異常がなかったことから,この可能性は低い.2つめは原発閉塞隅角緑内障のUBM検査所見で微小な毛様体,脈絡膜.離が観察されたとの報告があり18,19),毛様体の前方移動の原因になりうる.初診時のUBM検査(図3)ではそれらの所見はみられず,本症例ではこのことが毛様体の前方移動の原因である可能性は低い.3つめはSoemmering輪が高度に増大してきたことでZinn小帯を介して,二次的に毛様体が前方移動したことである.つまりSoemmering輪が眼の前後軸方向にIOLを挟むように増大し,水晶体.が前方に移動したという病態である.上記2つの可能性が低いことから,本症例はSoemmering輪の高度な増大による毛様体の前方移動したことが最も考えられる.以上の3つの病態は毛様体ブロック発症前に生じるもので,毛様体ブロックの発症を助長する可能性がある.4つめはSoemmering輪が発達してきたことで後房が狭くなり毛様体ブロックが発生した後,二次的に毛様体の前方移動が生じたことが考えられる.この病態は毛様体ブロックの発症には関与しないが毛様体ブロックをさらに悪化させる原因となりうる.毛様体ブロック緑内障の報告では毛様体の前方移動が高度になり毛様体が扁平化していることが多いが,本症例は毛様体が前方回転している程度の異常であり,さらに前房が消失するほどの浅前房でないことからも硝子体腔と前後房の圧較差は高度ではないと考えられた.つまりSoemmering輪の増大に伴って慢性的な経過で徐々に毛様体ブロックが生じたものと推察される.したがって本症例における閉塞隅角緑内障の発症機序として毛様体ブロックから房水のmisdirectionが生じることにより水晶体.(Soemmering輪)が前方移動し,増大したSoemmering輪が直接虹彩裏面から虹彩根部を圧迫することで隅角閉塞機序が生じたこと,全周にわたりSoemmering輪が高度に発達していたため二次的に虹彩-Soemmering輪ブロックを生じて房水のmisdirectionが増悪したこと,この2点が考えられた.これらの病態から最終的に,IOLとSoemmering輪,毛様体が一体となって,前方に押され隅角閉塞の病態を呈したと推察した.Soemmering輪に毛様体ブロック緑内障(悪性緑内障)を合併した症例にはレーザー虹彩切開術とSoemmering輪肥厚の程度によってはYAGレーザーによるSoemmering輪の破砕を試みて,不可能であればSoemmering輪の摘出を考慮する必要があると思われた.文献1)永本敏之:後発白内障.眼の細胞生物学,p160-167,中山書店,20002)KappenlhofJP,VrensenGFJM,DeJongPTVMetal:TheringofSoemmeringinman.GraefesArchClinExpOphthalmol225:77-83,19873)GuhaGS:Soemmeringringanditsdislocations.BrJOphthalmol35:226-231,19514)林研:後発白内障の成因と対策.臨眼55:129-133,20015)綾木雅彦,邸信雄,鈴木純:超音波乳化吸引術後の水晶体上皮細胞の動態.あたらしい眼科5:1651-1653,19886)渡名喜勝,平岡利彦,小暮文雄:白色野兎水晶体における超音波乳化吸引術後の上皮細胞の変化─眼内レンズ挿入眼と非挿入眼の比較.日眼会誌97:1027-1033,19937)森實祐基,永山幹夫,高須逸平ほか:悪性緑内障を生じた小眼球症の1例.臨眼54:1230-1234,20008)上田潤,沢口昭一,金澤朗子ほか:悪性緑内障とplateauirisconfiguration.日眼会誌101:723-729,19979)谷原秀信,永田誠,奥平晃久:後.切開により治癒した悪性緑内障の2例.日眼会誌92:285-290,198810)奈良部典子,飯島建之,朝蔭博司ほか:後.切開・前部硝子体切除後に発症した両眼悪性緑内障.あたらしい眼科16:720-722,199911)宮代美樹,尾辻剛,畑埜浩子:肥厚した前部硝子体膜を切除することにより毛様体ブロックが解除された悪性緑内障の1例.眼科手術19:101-104,200612)vonGraefeA:BeitragezurPathologieundTherapiedesGlaucoms.GraefesArchClinExpOphthalmol15:108-252,186913)SimmonsRJ:Malignantglaucoma.BrJOphthalmol56:263-272,197214)ReedJE,ThomasJV,LytleRAetal:Malignantglaucomainducedbyanintraocularlens.OphthalmicSurg21:177-180,199015)CashwellLF,MartinTJ:Malignantglaucomaafterlaseriridotomy.Ophthalmology99:651-659,199216)EpsteinDL,HashimotoJM,AndersonPJetal:Experimentalperfusionsthroughtheanteriorandvitreouschamberswithpossiblerelationshipstomalignantglaucoma.AmJOphthalmol88:1078-1086,197917)KobayashiH,HiroseM,KobayashiK:UltrasoundbiomicroscopicanalysisofpseudophakicpupillaryblockglaucomainducedbySoemmering’sring.BrJOphthalmol84:1142-1146,200018)LiebmannJM,WeinrebRN,RitchR:Angle-closureglaucomaassociatedwithoccultannularciliarybodydetachment.ArchOphthalmol116:731-735,199819)SakaiH,Morine-ShinjyoS,ShinzatoMetal:Uvealeffusioninprimaryangle-closureglaucoma.Ophthalmology112:413-419,2005

ラタノプロスト点眼単剤治療とチモロール・ドルゾラミド点眼併用治療の比較

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(117)1599《原著》あたらしい眼科27(11):1599.1602,2010cはじめにエビデンスに基づいた唯一の緑内障治療は眼圧下降であることが大規模臨床試験で確認されており1,2),多くの症例では最初に点眼治療が行われる.点眼治療は,まず単剤を使用し,眼圧下降不十分ならば,他剤に変更するか多剤併用となる.多剤併用とする場合には,選択薬剤の副作用の発現やコンプライアンスの低下に十分に注意を払う必要がある.現在,緑内障治療点眼薬の第一選択は眼圧下降作用の強いプロスタグランジン関連点眼薬(以下,PG薬)か交感神経b遮断薬(以下,b遮断薬)であるが,PG薬が選択されることが多いと思われる.PG薬は眼圧下降作用が強くて全身的副作用が少ないため,高齢者や全身合併症を有する場合は使用しやすいものの,局所的副作用である睫毛成長促進や眼瞼色素沈着など3)美容的な問題のため使用しにくい場合もある.〔別刷請求先〕加畑好章:〒125-8506東京都葛飾区青戸6-41-2東京慈恵会医科大学附属青戸病院眼科Reprintrequests:YoshiakiKabata,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,AotoHospital,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANラタノプロスト点眼単剤治療とチモロール・ドルゾラミド点眼併用治療の比較加畑好章*1中島未央*1後藤聡*1久米川浩一*1高橋現一郎*1常岡寛*2*1東京慈恵会医科大学附属青戸病院眼科*2東京慈恵会医科大学眼科学講座AComparisonofLatanoprostMonotherapywithTimolol-DorzolamideCombinedTherapyYoshiakiKabata1),MioNakajima1),SatoshiGoto1),KoichiKumegawa1),GenichiroTakahashi1)andHiroshiTsuneoka2)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,AotoHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine目的:0.5%チモロール点眼薬(T)を使用して効果不十分な緑内障症例に対して,ラタノプロスト点眼(L)単剤療法への切り替え群(A群):(T→L)と1%ドルゾラミド点眼(D)を追加した併用療法群(B群):(T+D)とに分け,両群の眼圧,中心角膜厚,血圧,脈拍を測定し比較した.対象および方法:A群13例13眼,B群13例13眼で,眼圧・中心角膜厚・血圧・脈拍を変更前,変更後3カ月,6カ月で測定し比較した.結果:変更後6カ月の眼圧低下率は,A群:.14.1±9.9%,B群:.14.1±20.4%,A,B群ともに変更後6カ月で有意に低下しており,A,B群間で有意差はなかった.中心角膜厚・血圧・脈拍については,変更前後で有意な変化はなかった.結論:T→LとT+Dでは同等の眼圧下降効果が認められた.中心角膜厚,血圧,脈拍に変化はなかった.Purpose:Tocomparelatanoprostmonotherapywithtimolol-dorzolamidecombinedtherapy.Methods:Patientsreceivinginadequatetreatmentwithtimolol0.5%(T)wererandomlyassignedtoAorBgroup.Agroup(13eyesof13patients)wasswitchedtolatanoprost(L)only;thiswasthemonotherapygroup(T→L).Bgroup(13eyesof13patients)wasswitchedtoacombinationofdorzolamide1%(D)and(T);thiswasthecombinedtherapygroup(T+D).Wemeasuredintraocularpressure(IOP),visualfield,centralcornealthickness,bloodpressureandheartratebeforeandat3and6monthsaftertheswitch,andcomparedtheresults.Results:ThepercentageofIOPreductionat6monthsaftertheswitchwas.14.1±9.9%inAgroupand.14.1±20.4%inBgroup.Inbothgroups,IOPhaddecreasedsignificantlyat6monthsafterswitching.TherewerenosignificantdifferencesbetweenAandBgroupsintermsofcentralcornealthickness,bloodpressure,heartrateorvisualfield.Conclusion:(T→L)and(T+D)exhibitedsimilareffectsintermsofIOPreduction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1599.1602,2010〕Keywords:ラタノプロスト,チモロール,ドルゾラミド,単剤療法,併用療法.latanoprost,timolol,dorzolamide,monotherapy,combinedtherapy.1600あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(118)一方,b遮断薬は第一選択薬としての歴史が長く,眼圧下降効果も比較的強いが,局所的副作用は少ないものの全身的副作用が懸念され,また長期の使用で効果が減弱する傾向がみられる4),という問題点を有している.単剤で効果が不十分な場合は,他剤へ切り替えるか併用療法となるが,炭酸脱水酵素阻害点眼薬(以下,CAI点眼薬)は,他の点眼薬と作用機序が異なり,しかも全身的・局所的な副作用が比較的少ないため,併用薬としてよく使用されている5,6).いままで,PG薬,b遮断薬,CAI点眼薬のさまざまな組み合わせの比較検討が報告7,8)されているが,PG薬単剤療法とb遮断薬・CAI点眼薬併用療法を比較した報告はわが国では少ない9,10).今回筆者らは,b遮断薬である0.5%チモロール点眼薬(0.5%チモプトールR点眼液)を使用して眼圧下降効果不十分な症例に対して,0.5%チモロール点眼薬からラタノプロスト点眼薬(キサラタンR点眼液)単剤療法への切り替え群と0.5%チモロール点眼薬にCAI点眼薬である1%ドルゾラミド点眼薬(1%トルソプトR点眼液)を追加した併用療法群とに分け,両群での眼圧,視野,中心角膜厚,血圧,脈拍の経過を測定し比較検討した.I対象および方法2007年9月~2009年3月に東京慈恵会医科大学附属青戸病院を受診した原発開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障,高眼圧症の患者で,1カ月以上0.5%チモロール点眼薬(1日2回)を使用したが,効果不十分(視野の悪化が認められる症例,または原発開放隅角緑内障眼圧・高眼圧症の患者では眼圧18mmHg以上の症例,正常眼圧緑内障の患者では目標眼圧に達成しない症例)と判断された症例を対象とした.休止期間を設けず,封筒法を使用して無作為にA群:0.5%チモロール点眼薬からラタノプロスト点眼薬(1日1回)へ切り替えた単剤療法群,B群:0.5%チモロール点眼薬に1%ドルゾラミド点眼薬(1日3回)を追加した併用療法群の2群に分け,両群の眼圧,中心角膜厚,血圧,脈拍について比較検討した.両眼ともに治療している患者は,両眼とも点眼薬を変更し,右眼を解析対象とした.眼圧測定には,非接触型眼圧計(RTK-7700,ニデック社)を使用し,3回測定した平均値を測定値とした.測定時刻は症例ごとに一定とした.変更前,変更後3カ月目,6カ月目に測定し比較した.視野は変更前,変更後6カ月目に測定し,Humphrey静的視野計を使用したA群8例,B群5例のmeandeviation(MD)値,patternstandarddeviation(PSD)値を比較した.Humphrey静的視野計にて信頼度の低いA群5例,B群8例にはGoldmann動的視野計を使用して測定した.点眼薬による角膜厚への影響を検討するため,中心角膜厚を超音波パキメーター(AL-3000,トーメー社)を用いて,変更前,変更後3カ月目,6カ月目に測定し比較した.全身への影響のなかで,最も重要と考えられる循環器系への影響を検討するため,30分以上安静後の血圧(収縮期,拡張期),脈拍を変更前,変更後3カ月目,6カ月目に測定し比較した.統計学的処理は,群内比較にはpairedt検定,群間比較にはunpairedt検定を行い,有意水準をp<0.05として解析した.本研究は,ヘルシンキ宣言を遵守しており,東京慈恵会医科大学での倫理委員会の承認を得た後に,患者から文書でのインフォームド・コンセントを得て,その書面を保存した.II結果6カ月以上経過観察を行えた26例26眼(男性12例,女性14例)で,A群:13例13眼(男性7例,女性6例),B群:13例13眼(男性5例,女性8例)を解析対象とした.平均年齢は67.8±11.7歳(42~84歳)であった.緑内障の病型は,A群:原発開放隅角緑内障6例,正常眼圧緑内障7例,高眼圧症0例,B群:原発開放隅角緑内障4例,正常眼圧緑内障7例,高眼圧症2例であった.平均年齢はA群70.6±10.4歳,B群64.7±13.0歳で,A,B群間に有意差はなかった(p=0.22).屈折は,等価球面度数でA群.1.53±1.93D,B群.0.23±3.26Dで,A,B群間に有意差はなかった(p=0.11).眼圧値の経過は,A群:変更前16.9±3.6mmHg,変更後3カ月目15.5±3.1mmHg(p=0.088),6カ月目14.5±3.3mmHg(p<0.001),B群:変更前18.2±5.5mmHg,変更後3カ月目15.5±4.9mmHg(p<0.05),6カ月目15.5±5.1mmHg(p<0.05)であり,変更前と比較してA群では変更後6カ月目に,B群では変更後3カ月目,6カ月目で有意に下降していた(図1).眼圧下降率は,A群:変更後3カ月目で.7.0±14.1%,6図1点眼変更前後の眼圧値○:A群(n=12),●:B群(n=12).*p<0.05,**p<0.001(pairedt-test).252015105変更前眼圧(mmHg)6カ月後*3カ月後***(119)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101601カ月目で.14.1±9.9%であるのに対して,B群:変更後3カ月目で.13.8±15.2%,6カ月目.14.1±20.4%であり,両群とも,ほぼ同様の眼圧下降を認めた.A群とB群との比較では,変更後3カ月目(p=0.25),6カ月目(p=0.99)で有意差はなかった.静的視野については,A群:MD値は変更前.6.06±9.19dB,変更後6カ月目.5.73±8.30dB(p=0.57),PSD値は変更前5.53±4.78dB,変更後6カ月目6.06±4.71dB(p=0.35)であるのに対して,B群:MD値は変更前.2.72±2.88dB,変更後6カ月目.1.42±2.65dB(p=0.07),PSD値は変更前4.27±2.06dB,変更後6カ月目3.25±2.43dB(p=0.15)であり,両群ともに変更前と比較して変更後6カ月目で有意差はなかった.Goldmann動的視野計を使用したA群5例,B群8例では,変更前,変更後6カ月目で変化は認めなかった.中心角膜厚,血圧,脈拍については,両群ともに変更前と比較して変更後3カ月目,6カ月目でいずれも有意差を認めなかった(表1).中心角膜厚は,A群とB群との比較では変更前(p=0.06),変更後3カ月目(p=0.09),6カ月目(p=0.08)で有意差を認めなかった.III考按欧米ではチモロール点眼薬とドルゾラミド点眼薬の配合剤(CosoptR)がすでに使用可能であり,ラタノプロスト点眼薬単剤投与との比較は多数報告されていて,ほぼ同等の眼圧下降といわれている11,12).本研究において,チモロール点眼薬からラタノプロスト点眼薬へ変更したときの眼圧下降率は変更後6カ月で.14.1±9.9%,チモロールにドルゾラミドを追加したときの眼圧下降率は.14.1±20.4%であった.両群ともに,ベースライン時と比較し同程度の有意な眼圧下降を認め,両群間は同程度の眼圧下降であり,過去の報告11,12)と同じであった.眼圧測定には,非接触型眼圧計を使用した.当院では普段の診療において非接触型眼圧計を使用しており,本研究での対象患者も日常診療では非接触型眼圧計での測定値で経過観察していた.本研究では,得られた眼圧値や中心角膜厚の値に,正常値からの大幅な逸脱がなかったため,非接触型眼圧計での測定値を採用した.静的視野検査においても両群間で有意な変化を認めなかったが,今回は症例数が少なく,観察期間も短かった.さらに,静的視野検査の信頼度が低く,動的視野検査を行っている症例もあるため,今回の結果は参考値として検討した.今後長期にわたる検討が必要であると思われた.中心角膜厚によって,眼圧値や薬剤浸透に影響を及ぼすと報告されている13).本研究では,両群ともに点眼変更前と比較して有意差を認めず,A群とB群との比較でも有意差を認めなかった.したがって,本研究の結果に対する中心角膜厚の影響は少ないと考えられた.CAI点眼薬は毛様体に存在する炭酸脱水酵素II型を阻害し房水産生を抑制する14)が,炭酸脱水酵素II型は角膜内皮にも存在するため,角膜にも影響を与える可能性がある.同じCAI点眼薬であるブリンゾラミド点眼薬での報告では,角膜内皮への影響があるとは結論されていない15)が,内皮細胞数の減少した症例にドルゾラミド点眼薬やブリンゾラミド点眼薬を投与し,角膜浮腫をきたした報告16)があるため,使用に際しては注意が必要である.今回は角膜内皮数の検討は行っていないが,CAI点眼薬が原因と思われる角膜浮腫などの合併症はみられなかった.CAI点眼薬は,古くより経口・点滴投与も行われてきた薬剤であり,現在もアセタゾラミドが使用されている.しかし経口・点滴投与はさまざまな全身的副作用があり,長期連用が困難である17).CAI点眼薬は,内服での副作用を軽減するため開発された薬剤であり,PG薬とともに重篤な全身的副作用の報告は少ない.本研究でも循環器系に対する影響は両群とも認めなかった.本研究の結果,チモロール点眼薬からラタノプロスト点眼薬への変更,チモロール点眼薬にドルゾラミド点眼薬の追加では同等の眼圧下降を認め,角膜や循環器系への影響も差がなかった.このことから,b遮断薬で効果不十分な症例にお表1点眼変更前後の血圧,脈拍,中心角膜厚(平均値±標準偏差)A群B群点眼変更前変更後3カ月変更後6カ月点眼変更前変更後3カ月変更後6カ月収縮期血圧(mmHg)131.5±16.7132.5±20.0(p=0.85)134.5±19.2(p=0.62)133.3±12.9133.8±16.2(p=0.89)134.8±13.8(p=0.67)拡張期血圧(mmHg)75.5±10.480.0±9.4(p=0.22)80.3±11.9(p=0.18)79.8±12.577.9±13.6(p=0.46)78.8±11.0(p=0.67)脈拍数(回/分)70.1±9.674.1±12.4(p=0.11)71.5±12.1(p=0.45)72.7±11.068.0±8.0(p=0.17)69.2±7.8(p=0.27)中心角膜厚(μm)567.9±42.7567.4±41.8(p=0.85)562.4±40.6(p=0.08)539.2±38.4536.2±34.7(p=0.23)536.6±34.5(p=0.34)1602あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(120)いては,PG薬へ変更するかわりに,CAI点眼薬を追加する手段も選択肢の一つになりうると考えられた.CAI点眼薬の追加は,PG薬への変更より美容的副作用の点で利点があり,有用である.しかし,点眼回数が多くなるため,コンプライアンスの低下には十分に注意を払う必要がある.点眼薬の効果を保ちつつコンプライアンスを低下させないためにも,わが国での配合剤導入が待たれる.文献1)TheAdvancedGlaucomaInterventionStudy(AGIS)7:Therelationshipbetweencontrolofintraocularpressureandvisualfielddeterioration.AmJOphthalmol130:429-440,20002)KassMA,HeuerDK,HigginbothamEJ:TheOcularHypertensionTreatmentStudy:Arandomizedtrialdeterminesthattopicalocularhypotensivemedicationdelaysorpreventstheonsetofprimaryopen-angleglaucoma.ArchOphthalmol120:701-713,20023)北澤克明:ラタノプロスト点眼液156週間長期投与による有効性および安全性に関する多施設共同オープン試験.臨眼60:2047-2054,20064)徳岡覚:b遮断薬:新図説臨床眼科講座,第4巻緑内障(新家眞編),p214-216,メジカルビュー社,19985)柴田真帆,湯川英一,新田進人ほか:混合型緑内障患者に対する1%ドルゾラミド点眼追加投与の眼圧下降効果.臨眼59:1999-2001,20056)緒方博子,庄司信行,陶山秀夫ほか:ラタノプロスト単剤使用例へのブリンゾラミド追加による1年間の眼圧下降効果.あたらしい眼科23:1369-1371,20067)廣岡一行,馬場哲也,竹中宏和ほか:開放隅角緑内障におけるラタノプロストへのチモロールあるいはブリンゾラミド追加による眼圧下降効果.あたらしい眼科22:809-811,20058)ItoK,GotoR,MatsunagaKetal:Switchtolatanoprostmonotherapyfromcombinedtreatmentwithb-antagonistandotherantiglaucomaagentsinpatientswithglaucomaorocularhypertension.JpnJOphthalmol48:276-280,20049)小嶌祥太,杉山哲也,柴田真帆ほか:ラタノプロスト単独点眼からチモロール・ドルゾラミド併用点眼へ切り替え時の眼圧,視神経乳頭血流の変化.あたらしい眼科26:1122-1125,200910)SakaiH,ShinjyoS,NakamuraYetal:Comparisonoflatanoprostmonotherapyandcombinedtherapyof0.5%timololand1%dorzolamideinchronicprimaryangleglaucoma(CACG)inJapanesepatients.JOculPharmacolTher21:483-489,200511)FechtnerRD,McCarrollKA,LinesCRetal:Efficacyofthedorzolamide/timololfixedcombinationversuslatanoprostinthetreatmentofocularhypertensionorglaucoma:combinedanalysisofpooleddatafromtwolargerandomizedobserverandpatient-maskedstudies.JOculPharmacolTher21:242-249,200512)KonstasAG,KozobolisVP,TsironiSetal:Comparisonofthe24-hourintraocularpressure-loweringeffectsoflatanoprostanddorzolamide/timololfixedcombinationafter2and6monthsoftreatment.Ophthalmology115:99-103,200813)BrandtJD,BeiserJA,GordonMOetal:CentralcornealthicknessandmeasuredIOPresponsetotopicalocularhypotensivemedicationintheOcularHypertensionTreatmentStudy.AmJOphthalmol138:717-722,200414)MarenTH:Carbonicanhydrase:Generalperspectivesandadvancesinglaucomaresearch.DrugDevRes10:255-276,198715)井上賢治,庄司治代,若倉雅登ほか:ブリンゾラミドの角膜内皮への影響.臨眼60:183-187,200616)安藤彰,宮崎秀行,福井智恵子ほか:炭酸脱水酵素阻害薬点眼後に不可逆的な角膜浮腫をきたした1例.臨眼59:1571-1573,200517)KonowalA,MorrisonJC,BrownSVetal:Irreversiblecornealdecompensationinpatientstreatedwithtopicaldorzolamide.AmJOphthalmol127:403-406,199918)安田典子:炭酸脱水酵素阻害剤長期使用上の注意.眼科29:405-412,1981***

正常眼圧緑内障に対するイソプロピル ウノプロストン3 年間点眼の眼圧およびセクター別の視野に及ぼす効果

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(111)1593《原著》あたらしい眼科27(11):1593.1597,2010cはじめに緑内障治療の最終目標は視野障害の進行を停止または遅延させ,残存視野を維持することで,そのために唯一高いエビデンスが得られている治療が眼圧下降である1,2).眼圧下降治療の第一選択は通常点眼薬治療である.イソプロピルウノプロストン(以下,ウノプロストン)はプロスタグランジンF2a代謝型化合物で,ぶどう膜強膜流出路経由の房水流出を増加させることで眼圧を下降させる.ウノプロストンはその他に血管弛緩による微小循環血流の改善作用,線維柱帯細胞の弛緩によるconventionaloutflowの増加作用,神経系の細胞膜の過分極による神経保護作用を有し,眼圧下降以外にこれらの作用が視野維持に寄与していると考えられている3~10).点眼薬の評価は単剤投与での眼圧下降と,視野検査による視野障害の確認で行われるが,特に正常眼圧緑内障の視野障害進行は通常緩徐で,その判定には長期的な経過観察が必要である.さらに視野障害進行の判定法は多数あり,判〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN正常眼圧緑内障に対するイソプロピルウノプロストン3年間点眼の眼圧およびセクター別の視野に及ぼす効果井上賢治*1澤田英子*1増本美枝子*1若倉雅登*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医学部眼科学第二講座EffectofIntraocularPressureandVisualFieldsDividedinto6SectorsforNormal-TensionGlaucomaPatientsTreatedwithIsopropylUnoprostonefor3YearsKenjiInoue1),HidekoSawada1),MiekoMasumoto1),MasatoWakakura1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)2ndDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicineイソプロピルウノプロストンを正常眼圧緑内障患者に3年間以上単剤投与した際の眼圧や視野に及ぼす影響を検討した.イソプロピルウノプロストンを単剤で新規に投与し,3年間以上継続して使用でき,上方のみに視野障害を有する正常眼圧緑内障患者20例20眼を対象とした.眼圧,視野検査におけるmeandeviation(MD)値を1年ごとに比較した.視野障害はトレンド解析,イベント解析でも評価した.視野を6セクターに分類して1年ごとに各セクターのtotaldeviation(TD)値を比較した.眼圧は3年間にわたり有意に下降した.MD値は投与前後で同等であった.トレンド解析,イベント解析ともに3年間で各2例が視野障害進行と判定された.TD値は6セクターとも投与前後で変化なかった.イソプロピルウノプロストンは正常眼圧緑内障に対して,3年間持続的な眼圧下降作用をもち,視野維持におおむね有用である.Wereporttheeffectof3yearsoftreatmentwithisopropylunoprostoneineyeswithnormal-tensionglaucoma.Thisstudyinvolved20eyesof20patientswithnormal-tensionglaucomawhoreceivedisopropylunoprostoneformorethanthreeyears.Intraocularpressure(IOP)andmeandeviationofHumphreyvisualfieldtestweremonitoredandevaluatedevery6months.Humphreyvisualfieldtesttrendsandeventswerealsoanalyzed.Visualfieldsweredividedinto6sectorsandthetotaldeviation(TD)ofeachsectorwascomparedbetweenbeforeandaftertreatment.MeanIOPdecreasedsignificantlyaftertreatment.Meandeviationdidnotchangesignificantlyduringthethreeyears.Visualfieldperformanceworsenedfor2patientsintrendanalysis,andforanother2patientsineventanalysis.TheTDforeachsectorwassimilarbetweenbeforeandaftertreatment.IsopropylunoprostoneshowedIOPreductionandanearlystabilizedvisualfieldfor3years.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1593.1597,2010〕Keywords:正常眼圧緑内障,イソプロピルウノプロストン,眼圧,視野,セクター.normal-tensionglaucoma,isopropylunoprostone,intraocularpressure,visualfield,sector.1594あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(112)定基準法,ステージ分類法,直線回帰解析(トレンド解析),イベント解析などがあげられる.このように多数の判定法が存在し,同一患者でも判定法により評価が異なることもあり,点眼薬の視野に対する治療効果の評価は困難である.ウノプロストンの単剤投与による長期治療成績は多数報告されている11~16)が,視野障害の進行をmeandeviation(MD)値やmeandefect値以外で検討した報告は少ない11,12).そこで今回,ウノプロストン点眼薬の正常眼圧緑内障に対する眼圧および視野への長期間投与の効果を,視野障害についてはさまざまな評価法を用いてレトロスペクティブに検討した.I対象および方法2003年8月から2006年7月の間に井上眼科病院で0.12%ウノプロストン点眼薬を単剤で投与し,3年間以上継続して使用でき,投与開始時に上方のみに視野障害を有する正常眼圧緑内障患者20例20眼(男性13例13眼,女性7例7眼)を対象とした.平均年齢は58.9±10.1歳(平均±標準偏差)(28~75歳)であった.投与前眼圧は15.1±2.1mmHg,Humphery視野プログラム中心30-2SITA-StandardのMD値は.5.4±3.7dBであった.正常眼圧緑内障の診断基準は1)日内変動を含む,無治療時および経過中に測定した眼圧が21mmHg以下であり,2)視神経乳頭と網膜神経線維層に緑内障性変化を有し,それに対応する視野異常を認め,3)視野異常をきたしうる緑内障以外の眼疾患や先天異常,全身疾患を認めず,4)隅角検査で正常開放隅角を示すものとした.過去に内眼手術やレーザー治療,局所的あるいは全身的ステロイド治療歴を有するものは除外した.ウノプロストン点眼(1日2回朝夜点眼)を開始した.眼圧は1~3カ月ごとにGoldmann圧平眼圧計を用いて,患者ごとに同一検者が測定した.視野検査は6カ月ごとにHumphery視野プログラム中心30-2SITA-Standardを行った.投与前と投与1,2,3年後の眼圧を比較した〔ANOVA(Analysisofvariance)およびBonferroni/Dunnet〕.投与前と投与1,2,3年後の視野検査におけるMD値を比較した(ANOVAおよびBonferroni/Dunnet).視野障害進行の判定はトレンド解析とイベント解析を行った.トレンド解析はMD値の経時的変化を直線回帰分析したもので,これにより算出された年単位のMD値の変化量(dB/年)を統計学的有意性とともに表した指標である.イベント解析は経過観察当初の2回の検査結果をベースラインとして,その後の検査でベースラインと比較して一定以上の悪化が認められた時点で進行と判定する.GlaucomaProgressionAnalysisを使用し,2回連続して同一の3点以上の隣接測定点に有意な低下を認めれば「進行の可能性あり」,3回連続して同一の3点以上の隣接測定点に有意な低下を認めれば「進行の傾向あり」とする.今回は「進行の傾向あり」となった時点を視野障害の進行とした.さらに視野検査結果はGarway-Heathら17)の分類に従い,図1に示す6セクターに分類し,各視野検査結果についてセクターごとのtotaldeviation(TD)値の平均値を算出し,投与前と投与1,2,3年後で比較した(ANOVAおよびBonferroni/Dunnet).有意水準は,p<0.05とした.II結果眼圧は,投与1年後は14.0±1.4mmHg,2年後は14.1±2.0mmHg,3年後は14.2±1.9mmHgであった(図2).投与前(15.1±2.1mmHg)に比べ各観察時点で眼圧は有意に下降した(p<0.05).視野のMD値は,投与1年後は.5.0±3.5dB,2年後は.5.1±3.2dB,3年後は.5.1±3.5dBで,投与前(.5.4±3.7dB)と同等であった(図3).トレンド解析で有意な悪化を示したのは2例(10%),イベント解析で「進行の傾向あり」を示したのは2例(10%)であった.トレンド解析,イベント解析ともに視野障害の進行を示していた症例はなかった.注:左眼は反転となるエリア1エリア4エリア2エリア5エリア3エリア6図1視野の6セクターによる分類投与前眼圧(mmHg)20181614121086420投与1年後投与2年後投与3年後***図2ウノプロストン投与前後の眼圧(平均±標準偏差)(*p<0.05,ANOVAおよびBonferroni/Dunnet)(113)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101595TD値はすべてのセクターにおいて投与前と投与1,2,3年後で変化なかった(図4).セクター1は投与前.4.0±4.5dB,投与1年後.3.6±4.8dB,2年後.3.5±4.0dB,3年後.3.3±4.7dBであった.セクター2は投与前.1.8±1.6dB,投与1年後.1.9±1.8dB,2年後.1.7±1.4dB,3年後.1.6±1.6dBであった.セクター3は投与前.1.8±1.7dB,投与1年後.1.5±1.8dB,2年後.1.0±1.9dB,3年後.1.2±1.7dBであった.セクター4は投与前.2.4±3.1dB,投与1年後.2.0±2.9dB,2年後.1.6±2.7dB,3年後.1.4±2.8dBであった.セクター5は投与前.7.7±8.5dB,投与1年後.7.7±8.8dB,2年後.7.8±9.1dB,3年後.7.8±9.4dBであった.セクター6は投与前.13.4±9.9dB,投与1年後.12.6±10.1dB,2年後.13.0±9.5dB,3年後.13.6±9.6dBであった.III考按原発開放隅角緑内障や正常眼圧緑内障に対するウノプロストンの単剤長期投与の眼圧下降効果については多くの報告11~16)があり,その眼圧下降幅は0.5~2.8mmHg,眼圧下降率は3.1~17.7%であった.小川ら11)は投与前眼圧が13.7±3.0mmHgの正常眼圧緑内障48例に6年間投与したところ,眼圧下降幅は1.7mmHg,眼圧下降率は12.4%であったと報告した.新田ら12)は投与前眼圧が16.3±2.4mmHgの正常眼圧緑内障37例に24カ月間以上投与したところ,眼圧下降幅は0.5~1.0mmHg,眼圧下降率は3.1~6.1%であったと報告した.石田ら13)は投与前眼圧が15.1±2.2mmHgの正常眼圧緑内障49眼に24カ月間投与したところ,眼圧下降幅は1.4mmHg,眼圧下降率は9.3%であったと報告した.筆者ら14)は正常眼圧緑内障患者を投与前眼圧によりHighteen群(16mmHg以上,30眼)とLow-teen群(16mmHg未満,22眼)に分けて24カ月間投与したところ,眼圧下降幅はHigh-teen群で2.5~2.8mmHg,Low-teen群で1.1~1.7mmHg,眼圧下降率はHigh-teen群で14.2~15.8%,Low-teen群で7.1~11.5%であったと報告した.飯田ら15)は投与前眼圧が17.7±2.8mmHgの(広義)原発開放隅角緑内障19例に2年間投与したところ,投与8カ月後と12カ月後に有意な眼圧下降を示したと報告した.斎藤ら16)は投与前眼圧が14.7±4.3mmHgの(広義)原発開放隅角緑内障32例に4年間投与したところ,眼圧下降幅は1.4~2.6mmHg,眼圧下降率は9.5~17.7%であったと報告した.今回の眼圧下降幅(0.9~1.1mmHg)と眼圧下降率(4.7~6.0%)は過去の報告11~16)に比べやや低値だったが,その原因として緑内障病型が異なることや投与前眼圧が今回(15.1±2.1mmHg)より高値の報告が多いためと考えられる.原発開放隅角緑内障や正常眼圧緑内障に対するウノプロストンの単剤長期投与の視野維持効果についても多くの報告11~16)がある.飯田ら15)は24カ月間投与によりHumphrey視野のMD値,correctedpatternstandarddeviation(CPSD)値に有意な進行はなく,MD値は投与8カ月後,CPSD値は投与8カ月後,12カ月後に有意に改善し,視野維持効果を示したと報告した.石田ら13)は投与24カ月後のMD値(.4.9±4.6dB)は投与前(.5.7±4.4dB)に比べ有意に改善していたが,CPSD値は投与24カ月後(4.8±3.9dB)と投与前(5.0±4.1dB)で変わらなかったと報告した.MD値が3dB以上悪化した症例は6.3%であった.筆者ら14)は24カ月間投与でMD値はHigh-teen群で投与前(.4.5±3.2dB)と投与24カ月後(.3.8±4.3dB),Low-teen群で投与前(.4.8±3.8dB)と投与24カ月後(.4.9±4.3dB)で同等で,MD値が2dB以上悪化した症例はなかったと報告した.齋藤ら16)は4年間投与で無治療時よりmeandefect値が4dB以上悪化したときをendpointとした場合の視野障害の非進行率は88.0±8.5%であったと報告した.小川ら11)は投与6年間で視野をトレンド解析で評価し,MDスロープが悪化していたのが18.8%(9眼/48眼)であったと報告した.今回はウノプロストン投与により視野のMD値は維持されたが,トレンド解析による評価では小川ら11)の報告(18.8%)と同様に今回も10.0%の症例で視野障害進行を認めた.一方,過去にウノプロストンのイベント解析による視投与前0.0-5.0-10.0-15.0TD値(dB)投与1年後投与2年後投与3年後:セクター1:セクター4:セクター2:セクター5:セクター3:セクター6図4ウノプロストン投与前後の各セクターのTD値(平均±標準偏差)(ANOVAおよびBonferroni/Dunnet)投与前0-5-10-15MD値(dB)投与1年後投与2年後投与3年後図3ウノプロストン投与前後の視野のMD値(平均±標準偏差)(ANOVAおよびBonferroni/Dunnet)1596あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(114)野の報告は1報12)しかない.新田ら12)はウノプロストンとチモロールとの24カ月間以上の投与の比較で,ウノプロストンは有意な眼圧下降(眼圧下降幅0.5~1.0mmHg)を示さなかったと報告した.視野進行の定義を個別点の進行とし,イベント解析を行った.2回連続して10dB以上の進行が隣接する2点で認められる,あるいは隣接する3点で5dB以上進行していて,そのうち1カ所では10dB以上の悪化をしている時点を視野障害進行とした.その結果,投与48カ月後の視野維持率はウノプロストン(73.2%)とチモロール(64.9%)で同等であった.今回のイベント解析では10.0%の症例で「視野障害進行の傾向あり」であったが,この違いは評価法や投与期間が異なることが考えられる.いずれにしろ視野の評価を平均MD値やTD値を用いて全症例で評価すると変化ないが,トレンド解析やイベント解析で個々の症例を評価すると視野進行例が存在するので,個々の症例について注意深い経過観察が必要である.一方,今回の20例のうちウノプロストン投与前に視野検査を1回以上経験していた症例は15例,はじめての経験だった症例が5例であった.視野検査には学習効果がみられることもあるが,これら5例においては経過観察中に学習効果と思われる視野の改善は認めなかった.また,視野進行例(トレンド解析2例+イベント解析2例)と視野維持例(16例)の眼圧は,視野進行例では投与前15.3±1.5mmHg,投与1年後13.3±2.2mmHg,2年後14.3±3.4mmHg,3年後13.5±2.5mmHg,視野維持例では投与前15.4±2.0mmHg,投与1年後14.0±1.3mmHg,2年後14.0±1.6mmHg,3年後14.3±1.6mmHgであった.各群の投与1年後,2年後,3年後における眼圧下降幅および眼圧下降率に差はなかった.つまり,視野維持例では眼圧下降に加えて脈絡膜循環改善作用や神経保護作用がより強力であった可能性が考えられる.視野をセクターに分類して解析した報告もある15,18).飯田ら15)は視野をWirtschafter分類に従い,10セクターに分類し,それぞれのセクターのTD値を比較した.耳側330~30度のセクターで投与24カ月後に有意な視野改善効果を認めた.このセクターはBjerrum領域とその鼻側領域にあたり早期緑内障性視野障害の出現しやすい領域でウノプロストンの治療効果が高いと報告している.高橋ら18)は原発開放隅角緑内障および正常眼圧緑内障11例22眼にウノプロストンを52週間投与した.視野を白色背景野に白色検査視標を呈示する通常の視野検査であるwhite-on-whiteperimetry(W/W)と黄色背景野に青色検査視標を呈示し青錐体系反応を測定するblue-on-yellowperimetry(B/Y)で測定し,上方視野を5つのゾーン,下方もミラーイメージで同様に5つのゾーンに分割し解析した.MD値はW/Wでは原発開放隅角緑内障および正常眼圧緑内障ともに変化なく,B/Yでは原発開放隅角緑内障および正常眼圧緑内障ともに投与52週後に有意に改善した.さらにB/Yの網膜感度は原発開放隅角緑内障では上側1,2ゾーン(比較的中心部),正常眼圧緑内障では上側4,5ゾーン(Bjerrum領域近傍)で改善を認めた.今回はW/Wを用いて解析を行ったが,分類した6つのセクターすべてで平均TD値は改善しなかったが,悪化もしなかった.今回のイベント解析で視野の進行がみられた2例では,それぞれセクター1とセクター5で視野障害が進行していた.セクター1は中心部付近なので今後注意深い経過観察が必要であると考える.今回,ウノプロストンの正常眼圧緑内障に対する長期的な眼圧あるいは視野に及ぼす効果を検討した.眼圧は3年間にわたり有意に下降した.視野は平均MD値やセクターに分類したときの平均TD値においては3年間にわたり維持されていたが,トレンド解析あるいはイベント解析では10%の症例で視野障害が進行していた.ウノプロストンは正常眼圧緑内障に対して3年間持続的な眼圧下降作用をもち,視野維持効果はおおむね良好である.文献1)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressure.AmJOphthalmol126:487-497,19982)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19983)ThiemeH,StumpffF,OttleczAetal:Mechanismsofactionofunoprostoneontrabecularmeshworkcontractility.InvestOphthalmolVisSci42:3193-3201,20014)HayashiE,YoshitomiT,IshikawaHetal:Effectofisopropylunoprostoneonrabbitciliaryartery.JpnJOphthalmol44:214-220,20005)YoshitomiT,YamajiK,IshikawaHetal:Vasodilatorymechanismofunoprostoneisopropylonisolatedrabbitciliaryartery.CurrEyeRes28:167-174,20046)MelamedS:Neuroprotectivepropertiesofasyntheticdocosanoid,unoprostoneisopropyl:clinicalbenefitsinthetreatmentofglaucoma.DrugsExpClinRes28:63-72,20027)SugiyamaT,AzumaI:EffectofUF-021onopticnerveheadcirculationinrabbits.JpnJOphthalmol39:124-129,19958)PolakaE,DoelemeyerA,LukschAetal:Partialantagonismofendothelin1-inducedvasoconstrictioninthehumanchoroidbytopicalunoprostoneisopropyl.ArchOphthalmol120:348-352,20019)HayamiK,UnokiK:Photoreceptorprotectionagainstconstantlight-induceddamagebyisopropylunoprostone,aprostaglandinF2ametabolite-relatedcompound.OphthalmicRes33:203-209,2001(115)あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010159710)西篤美,江見和雄,伊藤良和ほか:レスキュラR点眼が眼循環に及ぼす影響.あたらしい眼科13:1422-1424,199611)小川一郎,今井一美:ウノプロストンによる正常眼圧緑内障の長期視野─6年後の成績─.眼紀54:571-577,200312)新田進人,湯川英一,峯正志ほか:正常眼圧緑内障患者に対する0.12%イソプロピルウノプロストン点眼単独投与の臨床効果.あたらしい眼科23:401-404,200613)石田俊郎,山田祐司,片山寿夫ほか:正常眼圧緑内障に対する単独点眼治療効果─視野維持効果に対する長期単独投与の比較─.眼科47:1107-1112,200514)増本美枝子,井上賢治,若倉雅登ほか:正常眼圧緑内障に対するイソプロピルウノプロストンの2年間投与.あたらしい眼科26:1245-1248,200915)飯田伸子,山崎芳夫,伊藤玲ほか:開放隅角緑内障の視野変化に対するイソプロピルウノプロストン単独点眼効果.眼臨99:707-709,200516)斎藤代志明,佐伯智幸,杉山和久:広義原発開放隅角緑内障に対するイソプロピルウノプロストン単独投与による眼圧および視野の長期経過.日眼会誌110:717-722,200617)Garway-HeathDF,PoinoosawmyD,FitzkeFWetal:Mappingthevisualfieldtotheopticdiscinnormaltensionglaucomaeyes.Ophthalmology107:1809-1815,200018)高橋現一郎,青木容子,小池健ほか:イソプロピルウノプロストン投与後のblue-on-yellowperimetryの変動.眼臨96:657-662,2002***