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緑内障:緑内障と鑑別が必要な網膜神経線維層欠損

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014130910-1810/10/\100/頁/JCOPY●緑内障における網膜神経線維層欠損の重要性網膜神経線維層欠損は,乳頭陥凹拡大や視野欠損に先行して生じる1,2)場合も多く,最も早期に生じる緑内障性眼底変化といわれており,緑内障早期発見に重要な所見である.特に,乳頭が小さく乳頭陥凹の評価が困難な症例では,網膜神経線維層欠損の診断的意義は大きい.●正常眼でみられる網膜神経線維層欠損様所見網膜神経線維層において,網膜血管径より細いスリット状,溝状,あるいは紡錘状の一見欠損にみえる変化は(91)●連載124緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄山本哲也124.緑内障と鑑別が必要な網膜神経線維層欠損大久保真司金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学(眼科学)網膜神経線維層欠損は,最も早期に生じる緑内障性眼底変化であり緑内障早期発見に重要である.しかし,正常眼においても,細いスリット状の網膜神経線維層欠損様の所見がみられることがあり,鑑別が必要である.また,病的な網膜神経線維層欠損であっても必ずしも緑内障とは限らず,視神経乳頭との対応をみる必要がある.→図2右眼の血管閉塞後の網膜神経線維層欠損下耳側に網膜神経線維層欠損がみられる(黒矢印)が,その近辺の血管が白鞘化している(白矢印).視神経乳頭には緑内障性変化はみられない.↑図1右眼生理的陥凹拡大の眼底写真(A)とHumphrey視野(B)A:上耳側に網膜神経線維欠損様の所見がみられる(白矢印).視神経乳頭の辺縁より1乳頭径離れた部位の網膜神経線維層欠損の幅が大血管より大きいが,視神経乳頭の辺縁につながっていない.また,視神経乳頭のリムは全周保たれている.B:視野には異常はみられない.AB1414あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010正常眼でも観察されることがあるとされている3)(図1).しかし,網膜血管径より太いスリット状,楔状欠損で,かつ,網膜神経線維層欠損が視神経乳頭外縁から延びる暗い帯状の変化として認められた場合,緑内障性変化の可能性が高い3,4).網膜神経線維層欠損が検出され,視神経乳頭にも網膜神経線維層欠損に対応する部位にリムの菲薄化を伴えば,緑内障性視神経障害とほぼ診断可能である.●緑内障と鑑別が必要な網膜神経線維層欠損陳旧性の網膜分枝動静脈閉塞症でも網膜神経線維層欠損のみられることがあり,近辺の網膜血管の狭小化,拡張・蛇行,新生血管や出血に注意する必要がある(図2).しかし,軟性白斑(cottonwoolspots)後に生じる網膜(92)神経線維層欠損はさらに,注意が必要である(図3).過去に軟性白斑が生じたことがわかっていれば,診断に困らないが,軟性白斑が消失してしまった後では,網膜神経線維層欠損が視神経乳頭につながる場合もあり5),ごく早期の緑内障と非常に鑑別が困難なことがある.その際は,視神経乳頭の変化を再評価し,慎重な診断が必要である.診断に確信がもてない場合は,網膜神経線維層欠損が拡大しないか経過観察することが重要である.文献1)SommerA,KatzJ,QuigleyHAetal:Clinicallydetectablenervefiberatrophyprecedestheonsetofglaucomatousfieldloss.ArchOphthalmol109:77-83,19912)TuulonenA,LehtolaJ,AiraksinenPJ:Nervefiberlayerdefectswithnormalvisualfields.Donormalopticdiscandnormalvisualfieldindicateabsenceofglaucomatousabnormality?.Ophthalmology100:587-597,19933)阿部春樹,北澤克明,桑山泰明ほか:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20064)HoytWF,FrisenL,NewmanNM:Fundoscopyofnervefiberlayerdefectsinglaucoma.InvestOphthalmol12:814-829,19735)KohJW,ParkKH,KimMSetal:Localizedretinalnervefiberlayerdefectsassociatedwithcottonwoolspots.JpnJOphthalmol54:296-299,2010☆☆☆図3左眼のcottonwoolspots後に生じた網膜神経線維層欠損A:2005年の眼底写真.静脈が拡張・蛇行し,眼底出血およびcottonwoolspots(白矢印)がみられる.B:2009年の眼底写真.cottonwoolspotsのあった場所に網膜神経線維層欠損が生じている(白矢印).C:Bの無赤色眼底写真.D:Humphrey視野.網膜神経線維層欠損に対応した下方の視野障害がみられる.ADBC

屈折矯正手術:Topography-guided conductive keratoplastyと角膜クロスリンキングの併用療法

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014110910-1810/10/\100/頁/JCOPY円錐角膜の外科的治療は,10年ほど前まではコンタクトレンズで矯正視力が出ない重症例に角膜移植を行うしかないとされてきた.しかし,今世紀に入り円錐角膜眼にも適応できる屈折矯正術式が複数開発された.眼鏡矯正視力が良好な症例ならば有水晶体眼内レンズ挿入術によって裸眼視力を向上させることができる1,2).角膜内リング挿入術は軽症例では裸眼視力を向上させ,中等度の円錐角膜眼では矯正視力を改善させることができる.一方,topography-guidedconductivekeratoplasty(TGCK)3)と角膜クロスリンキング(cornealcrosslinking:CXL)の併用療法は,中等度から重度の円錐角膜症例に適した屈折矯正手術である.●原理Conductivekeratoplasty(CK)は,角膜実質にラジオ波を電導させ,その抵抗で発生する熱により角膜実質を収縮させて角膜形状の整復を行う屈折矯正手術である.当初は遠視眼の治療法として開発された.遠視治療の場合には,瞳孔を中心とした直径7.8mmの同心円上に凝固斑を8.16個置き,周辺部を輪状に収縮させることにより光学部の局率半径を小さく,すなわち角膜中央部を凸にする.円錐角膜眼に用いる場合は,直径3.5mmの円周上に凝固斑を置き角膜中央部をフラットにし,さらに角膜形状にあわせて突出部に凝固斑を集中的に置くことにより光学部の非対称性を改善する(図1).TGCKは,症例を選べば術後早期から角膜形状と視力の著しい回復が期待できる.しかし,ほとんどの症例では術後1.3カ月で角膜が急速に術前の形状へ戻ってしまう3).したがって,TGCK後には早期に角膜形状を固定する処置が必要と考えられる.CXLは,角膜実質のコラーゲン線維間の架橋を強めることにより角膜実質の強度を高め角膜の形状を保持する方法であり,円錐角膜眼の進行を停止させることができるとされている.現在臨床的に実施されているCXLは,角膜にリボフラビン(ビタミンB2)を浸透させて370nmの長波長紫外線を照射するもので,紫外線照射によりリボフラビンから発生する活性酸素群の作用が角膜実質のコラーゲン線維の架橋を強めると考えられている4).現在筆者らは,TGCKは全例CXLとの併用療法(図2)を行うのがよいと考えている.●適応の選び方TGCKとCXLの併用療法の適応を選ぶ際には,以下の2つのポイントを考える.(89)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載125監修=木下茂大橋裕一坪田一男125.Topography.guidedconductivekeratoplastyと角膜クロスリンキングの併用療法加藤直子慶應義塾大学医学部眼科Topography-guidedconductivekeratoplasy(TGCK)は,もともと遠視眼の治療法であったconductivekeratoplastyを角膜形状に合わせて工夫したパターンで行うことにより中等度から重度の円錐角膜眼の視力回復に大きな効果をもつ治療法である.TGCK後は角膜形状が戻りやすいため,早期に角膜クロスリンキングを行い形状を保持することが望ましい.今後の円錐角膜治療の一つとして発展が期待される方法である.図1Topography.guidedconductivekeratoplasy(TGCK)の原理左上:TGCKでは,瞳孔中心とした直径3.5mmの円周上に凝固斑を置き,中心部を平坦化させた後,さらに突出の強い部分に集中的に凝固斑を置くことで光学部の対称性を改善させる.右上:実際にTGCKを施した円錐角膜眼の細隙灯顕微鏡写真.下:TGCK前(左)と後(右)の角膜形状.TGCK後には光学部が平坦化し,対称性が改善している.(写真提供:南青山アイクリニック)1412あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101.TGCKが有効に作用しやすいことTGCKが効果を発揮する症例は,角膜中央部に瘢痕や混濁がなく角膜の厚みが比較的均一なものである.局所的に角膜厚が極端に薄い部分がある症例や,強い角膜瘢痕のあるような症例には効果が少ないことが多い.急性水腫の既往のある眼にはほとんど有効でない.2.TGCK後にCXLを行えることCXLでは紫外線による角膜内皮細胞障害を避けるために,最も薄い部分の角膜厚が400μm以上あることが必要とされる5).特に,TGCK後にCXLを行う場合には,TGCKにより角膜実質が若干収縮することを考慮し,TGCK前の角膜厚が450μm以上であることが望ましい.●手術方法1.TGCK患者を仰臥位に寝かせ点眼麻酔を施す.角膜形状を参考にしながら,3.5mm径の円周上に凝固斑を置く.そして,瞳孔領に投影されるケラトリングの反射が正円になるように突出部分に凝固斑を追加していく.この凝固斑の置き方については,現時点では経験則に基づいて行うしかない.あらかじめウェットラボを行い,凝固斑を置くことで角膜形状がどう変化するかを体感しておくとよいだろう.術後は,抗生物質とヒアルロン酸製剤の点眼液を処方する.2.CXLTGCKの効果が確認されたらなるべく早期にCXLを追加施行する.1カ月以内が望ましい.手術方法は,まず紫外線を照射しようとする部分の角膜上皮を直径6.9mmで.離する.リボフラビンを3分ごとに30分間点眼し,細隙灯顕微鏡で角膜全層にリボフラビンが浸透していることを確認する.その後,上皮.離を行った範囲の角膜に370nmの長波長紫外線を3.0mW/cm2にて30分間照射する.紫外線照射中もリボフラビンの点眼は続ける.CXLの術後は,抗生物質,ステロイド薬,ヒアルロン酸製剤の点眼薬を処方する.上皮欠損が治癒するまで治療用コンタクトレンズを装用させる.●問題点と将来への展望TGCKは,現在は限られた術者が術中に角膜上に投影されたケラトリングの形を参照しながら経験則に基づいて行っているのが現状である.患者の術前の角膜形状に対応させたわかりやすいノモグラムの確立が急務である.TGCKのノモグラムが確立し視機能の回復が確実になれば,TGCKとCXLを同日に行うことができ患者の負担も減るだろう.現在はCXLによる角膜内皮障害を避けるために角膜厚による制限が大きくなっているが,将来紫外線照射を用いないCXLが開発されれば適応は大幅に広がると予想される.今後の発展の余地が大きい分野である.文献1)Asano-KatoN,TodaI,Hori-KomaiYetal:ExperiencewiththeArtisanphakicintraocularlensinAsianeye.JCataractRefractSurg31:910-915,20052)KatoN,TodaI,SakaiCetal:Phakicintraocularlensforkeratoconus.Ophthalmology,inpress3)KatoN,TodaI,SakaiCetal:Topography-guidedconductivekeratoplasty:Anewtreatmentforadvancedkeratoconus.AmJOphthalmol,inpress4)WollensakG,SpoerlE,SeilerT:Riboflavin/ultraviolet-ainducedcollagencrosslinkingforthetreatmentofkeratoconus.AmJOphthalmol135:620-627,20035)WollensakG,SporlE,ReberFetal:Cornealendothelialcytotoxicityofriboflavin/UVAtreatmentinvitro.OphthalmicRes35:324-328,2003(90)図2Topography.guidedconductivekeratoplasty(TGCK)後2カ月で角膜クロスリンキング(CXL)を追加施行した症例の角膜形状の変化左上:術前の角膜形状は下方が突出し,典型的な円錐角膜パターンを示している.右上:TGCK後1週間.光学部が平坦化し,対称性が改善している.左下:TGCK後2カ月,CXLの直前.下方の突出が再発し始めている.右下:CXL後12カ月.CXLをした時点から角膜形状はほとんど変わらず,円錐角膜の下方突出の進行が抑えられたことがわかる.(写真提供:南青山アイクリニック)

多焦点眼内レンズ:多焦点眼内レンズ挿入後の立体視

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014090910-1810/10/\100/頁/JCOPY両眼視評価としての立体視多焦点眼内レンズ挿入後に良好な遠方および近方視力,コントラスト感度,中間視力が報告されているが,2つの焦点があるため,両眼視における立体視への影響がないか気になるところである.両眼とも同じタイプの多焦点眼内レンズが挿入された場合,異なるタイプの眼内レンズが挿入された場合とバリエーションがある.ここでは,一般的に近方立体視検査で用いられているTitmusステレオテストとTNOステレオテストを用いて測定した結果を紹介する(図1).両眼に回折型多焦点眼内レンズを挿入した例両眼に回折型多焦点眼内レンズが挿入された症例で,遠方と近方の2つの焦点があるため裸眼と遠方矯正下で立体視を測定した.Titmusステレオテストでは,裸眼,遠方矯正下とも全例,Fly(+),Animal3/3と良好な結果であった.Circleは裸眼で全例7/9以上,9/9が87%であった.両眼に単焦点眼内レンズが挿入された例でも同様の検査を行い,近方矯正下と同等の結果であった1).TNOステレオテストでも,裸眼で平均74秒,遠方矯正下で平均72秒と,単焦点眼内レンズ挿入眼における近方矯正下の平均69秒と同等の近方立体視が得られた.片眼に回折型,片眼に屈折型多焦点眼内レンズを挿入した例回折型多焦点眼内レンズは遠方と近方30cmが見やすいこと,遠方のコントラスト感度低下が気なる症例があることから,もう片眼に屈折型多焦点眼内レンズを挿入して,屈折型の利点である良好な遠方コントラスト感度,中間視力の効果を期待するMix&Match法がある.この場合の立体視についても検討してみた.すべての症例でFly(+),Animal3/3であったが,CircleおよびTNOステレオテストにおいては,両眼回折型多焦点眼内レンズ挿入例の結果のほうが良かった.このことから,近方立体視の面では,片眼ずつ異なる多焦点眼内レンズを挿入する際に,両眼同じ回折型多焦点眼内レンズを挿入するより多少立体視の面で劣る可能性を把握しておくべきである.立体視の正常値からみた評価近方立体視の平均最小視差の正常値は,Titmusステレオテストで60秒以下とされており2),今回,両眼回折型多焦点眼内レンズ挿入例,片眼ずつ回折型多焦点眼内レンズと屈折型多焦点眼内レンズを挿入した例の平均最小視差は裸眼,矯正ともに正常範囲内であった.TNOステレオテストは120秒以下とされており,両眼(87)●連載⑩多焦点眼内レンズセミナー監修=ビッセン宮島弘子10.多焦点眼内レンズ挿入後の立体視大木伸一東京歯科大学水道橋病院眼科多焦点眼内レンズ挿入眼では,遠方と近方の2焦点のため,両眼で見た際の立体視に影響がないか危惧されている.今回,術後良好な両眼視が期待できる症例において,回折型多焦点眼内レンズを挿入した場合の術後の立体視を検討した.両眼挿入例においてTitmusステレオテスト,TNOステレオテストとも正常範囲内という良好な結果であった.図1TNOステレオテストを用いた立体視検査1410あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010回折型多焦点眼内レンズ挿入例の平均最小視差は正常範囲内であった.おわりにこれらの結果から,多焦点眼内レンズ挿入眼の近方立体視は正常範囲内という良好な結果であった.白内障手術後の視機能の面から,多焦点眼内レンズにおいては多くの検討事項があるが,日常生活の近方視においては,良好な視力および立体視が得られ,有用な眼内レンズと思われる.今後,多焦点眼内レンズの適応がさらに広が(88)ることが予想されるが,今回の結果は眼位が正常で,もともと両眼視の良好な例においてであるので,それ以外の症例については十分注意すべきと思われる.文献1)大木伸一,ビッセン宮島弘子,中村邦彦ほか:回折型多焦点眼内レンズ挿入例後の立体視.IOL&RS23:371-374,20092)小口芳久,澤充,大月洋ほか:立体視検査,眼科検査法ハンドブック,p113-116,医学書院,1985☆☆☆お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.メディカル葵出版年間予約購読ご案内眼における現在から未来への情報を提供!あたらしい眼科2010Vol.27月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術2010Vol.23■毎号の構成■季刊/1・4・7・10月発行A4変形判総140頁定価2,520円(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)日本眼科手術学会誌(4冊)(送料弊社負担)【特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・眼感染アレルギーなど)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他■毎号の構成■【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社〒113.0033東京都文京区本郷2.39.5片岡ビル5F電話(03)3811.0544http://www.medical-aoi.co.jp※現在このサービスは,直送の年間定期購読者様のみ対象です.「あたらしい眼科」特設サイトOPEN!オンラインジャーナルをリニューアルしました.http://www.atagan.jpへアクセス!!

眼内レンズ:タッセル法:IFISの虹彩脱出,嵌頓に対する戦略

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014070910-1810/10/\100/頁/JCOPY術中虹彩緊張低下症候群(intraoperativefloppyirissyndrome:IFIS)は,前立腺肥大症の治療薬であるa1遮断薬の内服により,白内障術中に「虹彩のうねり」,「進行性の縮瞳」,「虹彩の脱出,嵌頓」の3徴が生じる症候群である1).トーヌスが低下した虹彩は,術中のあらゆる場面で,うねりとともに創口へ向かって脱出,嵌頓する傾向を示す.一旦,虹彩が脱出,嵌頓すると,脆弱した虹彩は,容易に,脱出,嵌頓をくり返し,特に,超音波チップや眼内レンズ挿入時の操作に支障をきたす.今回,虹彩を1本の虹彩リトラクターで創口下に固定し,虹彩の脱出,嵌頓を防ぐ手技を紹介する.この方法を,虹彩をカーテンに,虹彩リトラクターをタッセル(カーテンを留める房飾り)に見立て,「タッセル法」と命名した.タッセル法は,Tintらの報告2)をもとにした.●方法(手技)手技は容易である.まず,脱出,嵌頓した虹彩(図1.a)を前房内に復位させる.前房内に眼粘弾剤を注入後,角膜切開創の手前より,経結膜強膜的にVランスで前房穿孔創を作成する(図2.a).前房内に挿入した虹彩リトラクターで,創口下(85)に虹彩をたぐり寄せ,隅角方向に束ねるように留める(図1.b).その後の手術操作は,眼内レンズ挿入までタッセル下で行う(図2.b).それにより,虹彩は創口に近づくことができず,すべての手術手技を安全に施行することができる.比嘉利沙子井上眼科病院眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎290.タッセル法:IFISの虹彩脱出,嵌頓に対する戦略術中虹彩緊張低下症候群(IFIS)は,虹彩のトーヌスが低下した病態である.術中に,一旦,虹彩が脱出,嵌頓すると,その後の操作はかなり難航する.タッセル法は,1本の虹彩リトラクターで創口下に虹彩を固定する方法であり,IFISの虹彩脱出,嵌頓に対する容易で効果的な手技である.a)b)図1タッセル法(矢状断)脱出,嵌頓した虹彩を前房内へ復位させ,角膜切開創の手前より挿入した1本の虹彩リトラクターで,創口下へ虹彩を固定する.a)b)角膜切開創経結膜強膜的前房穿孔創瞳孔縁虹彩リトラクター図2タッセル法での超音波水晶体乳化吸引術経結膜強膜的に作成した前房穿孔創より虹彩リトラクターを挿入する.虹彩リトラクターで創口下に虹彩を固定することにより,超音波水晶体乳化吸引時に虹彩は創口へ近づくことはない.●特徴(表1)通常,瞳孔拡張目的で虹彩リトラクターを使用する場合は,対側の虹彩牽引が懸念されるため,4本の虹彩リトラクターをバランスよく配置しなければならない.しかし,タッセル法は,経結膜強膜的に,虹彩を隅角方向に束ねるので,対側の虹彩は牽引されず,1本の虹彩リトラクターで目的を達成できる.さらに,虹彩は角膜内皮側に挙上されないので,前房内の操作空間も確保できる.タッセル法は,手技が容易で,虹彩脱出,嵌頓を確実に抑えられる.また,虹彩が脱出,嵌頓した手術過程のどこからでも施行できる.●虹彩脱出,嵌頓に対する手段の比較(表2)虹彩脱出,嵌頓が強い傾向でなければ,ヒーロンVRなどの眼粘弾剤を用いて,虹彩の脱出,嵌頓を防ぐこともできるが,この眼粘弾剤が吸引除去されてしまうと,再び,虹彩が脱出,嵌頓する危険性がある.これまで,IFISの虹彩脱出,嵌頓に有効とされる他の手段との比較を表2で示した.タッセル法は,IFISの虹彩脱出,嵌頓に対し,難易度,確実性,コスト,虹彩損傷の面からも,効果的で優れた手技といえる.文献1)ChangDF,CampbellJR:Intraoperativefloppyirissyndromeassociatedwithtamsulosin.JCataractRefractSurg31:664-673,20052)TintNL,YeungAM,AlexanderP:Managementofintraoperativefloppy-irissyndrome-associatedirisprolapseusingasingleirisretractor.JCataractRefractSurg35:1849-1852,2009表2IFISの虹彩脱出,嵌頓に対する手段の比較タッセル法眼粘弾剤(ヒーロンVR)IRのダイアモンド型設置瞳孔拡張リング(Malyuginring)難易度○◎△△確実性◎×◎◎虹彩損傷○◎△×コスト○△○×IR:虹彩リトラクター.表1タッセル法の特徴●手技が容易●虹彩脱出・嵌頓を確実に抑制●虹彩リトラクターが1本で可能●手術過程のどこからでも施行可能●前房内の操作空間を確保

コンタクトレンズ:私のコンタクトレンズ選択法 エア オプティクス®乱視用

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014050910-1810/10/\100/頁/JCOPY従来素材の含水性ソフトコンタクトレンズ(SCL)は酸素透過性が低いことが問題であったが,シリコーンを含有したシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)は酸素透過係数(Dk)ならびに酸素透過率(Dk/L)が飛躍的に向上し,酸素不足による眼障害がほとんど起こらなくなった.最近SHCLを処方する機会が増えてきているが,乱視のために良好な矯正視力が得られない場合はトーリックSHCLの処方を考えることになる.このたび,チバビジョン㈱(以下,本社)からエアオプティクスR乱視用(以下,本レンズ)が発売されたので,本レンズの特徴を概説する.本レンズは終日装用を目的とした2週間頻回交換タイプである.製品概要を表1に示す.素材はlotrafilconBであるが,SHCLのなかではやや硬めである(図1).ベースカーブは8.7mm,直径は14.5mmの1ベースカーブ1サイズであるが,ほとんどの患者にフィットする.球面度数は0~.10.00D,円柱度数は.0.75D,.1.25D,.1.75D,.2.25Dの4種類,円柱軸は20°,90°,160°,180°の4種類と製造規格が豊富であるため,多くの近視性乱視眼に対応できる.レンズの回転を抑制する方法は,プリズムバラストを基本デザインとして開(83)発された「プレシジョンバランス8│4TMデザイン」を採用している(図2).プリズムバラストはダブルスラブオフに比して安定性が高いことが多いといわれるが,レンズ下方部の厚みのため装用感に影響することがあり,植田喜一ウエダ眼科コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純私のコンタクトレンズ選択法316.エアオプティクスR乱視用表1エアオプティクスR乱視用の製品概要材質lotrafilconB含水率33%酸素透過係数(Dk値)110*酸素透過率(Dk/L値)108**(.3.00の場合)中心厚0.102mm(S.3.00D,C.1.25D,180°の場合)ベースカーブ8.7mm直径14.5mm球面度数0~.6.00D(0.25Dステップ).6.50~.10.00D(0.50Dステップ)円柱度数.0.75D,.1.25D,.1.75D,.2.25D円柱軸20°,90°,160°,180°トーリック面内面レンズカラーライトブルー*:×10.11(cm2/sec)・(mLO2/mL・mmHg)測定条件35℃.**:×10.9(cm・mLO2/sec・mL・mmHg)測定条件35℃.*KarenFrench,Whyismodulusimportant?,www.siliconehydrogels.org,Editorial,October/2007**Lakkis,Carol;Vincent,Stephen,ClinicalInvestigationofAsmofilconASiliconeHydrogelLensesOptometry&VisionScience:April2009-Volume86-Issue4図1SHCLの硬度(Modulus)図2エアオプティクスR乱視用のレンズデザインプレシジョンバランス8│4TMデザイン8時4時方向に厚みをもたせることで良好な円柱軸の安定を図り,6時方向を薄くすることで装用感を向上させている.(提供:チバビジョン㈱)O2オプティクスメダリストプレミアエアオプティクスR2WEEKプレミオアキュビューRオアシスTMアキュビューRアドバンスR1.5*(含水率24%)1.2*(含水率36%)1.0*(含水率33%)0.9**(含水率40%)0.7*(含水率38%)0.4*(含水率47%)00.511.5(MPa)スクライブマーク(3時,6時,9時)1406あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(00)硬い素材であれば異物感を訴えることもある.本レンズはプリズムバラストの6時方向を薄くすることで,装用感を向上させている.さらに,4時と8時方向の厚みを残したことによって,円柱軸の安定を図っている.O2オプティクスで高く評価されたプラズマコーティング加工が本レンズにも施されている.この加工によって親水性が高まり,脂質が付着しにくくなっている1,2).現在,2週間頻回交換タイプのトーリックSHCLは,本レンズのほかにジョンソン・エンド・ジョンソン㈱のアキュビューRオアシスTM乱視用とボシュロム・ジャパン㈱のメダリストプレミア乱視用が販売されているが,本レンズと2製品を多施設で臨床試験を行った結果ではレンズによる矯正視力,ガイドラインの安定性については,3製品の間で有意な差は認めなかった2).被験者のアンケート調査においても,見え方,装用感,圧迫感,張り付き感,充血,汚れの付着については有意な差は認めなかったが,本レンズはほかの2製品に比して乾燥感を自覚することが少ないという傾向があった3).本レンズの適応として,特によいと考えられる患者を以下に示す.1.円柱レンズによる全乱視の矯正を必要とする眼で,はじめてSHCLの装用を希望する者.2.矯正を必要とする乱視があるにもかかわらず,球面SCLあるいは球面SHCLを装用している者.3.ハードコンタクトレンズからSHCLへ変更を希望する者.4.従来素材のトーリックSCL装用者で,角膜内皮細胞形態異常,角膜新生血管,PigmentedSlideなどの酸素不足による所見を認める者.5.軽症のドライアイのある者や,トーリックSCLやトーリックSHCLの装用で乾燥感を自覚しやすい者.6.脂質がレンズに付着しやすい者,特に化粧品が付着しやすい者.7.軽症のアレルギー性結膜炎のある者.8.長時間装用する者や長期間装用する者.文献1)松沢康夫:シリコーンハイドロゲルの基礎知識.あたらしい眼科22:1315-1324,20052)月山純子:コンタクトレンズに対する化粧品とクレンジング剤の影響.日コレ誌52:101-107,20103)植田喜一:エアオプティクスR乱視用の臨床評価.日コレ誌52(2010,印刷中)

写真:ムチンボール(Mucin ball)

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014030910-1810/10/\100/頁/JCOPY(81)写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦317.ムチンボール(Mucinball)吉田いづみ堀裕一東邦大学医療センター佐倉病院眼科図1シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)下にみられるムチンボール装用1カ月目に観察され,30個程度であった.視力低下や異物感の訴えはなかった.図3図1のムチンボールをフルオレセイン染色したものSHCL除去後,角膜をフルオレセイン染色するとムチンボールのあったところにpoolingがみられる.15分ほどで消失する.図4ディンプルベール細胞残渣などのためにできるコンタクトレンズ下の窪みでありムチンボールより大きい.写真はフルオレセインがpoolingしたもの.①②④③図2図1のシェーマ①:ムチンボール.②:角膜表面.③:虹彩.④:徹照により観察されるムチンボール.1404あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(00)シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)が市場に登場し始めた2000年頃から,米国において報告されるようになったのがムチンボール(mucinball)である.かつてはmicrodepositsやlipidplugsともよばれていたもので,従来のハイドロゲルレンズにもみられていたが,SHCLの登場により多数のムチンボールの付着がみられるようになった1).コンタクトレンズの後面と角膜の間に沈着する,20.200μmの乳白色.透明の小胞様沈着物(図1)で,多くは50μmと報告されている2).コンタクトレンズを外すと後面に付着したまま除去される.Mucinballという言葉を最初に論文に用いたのはPrichardら3)であるが,過ヨウ素酸Schiff(PAS)染色では陽性であり,その名の通りムチンを含む多糖類の関与が示唆される.筆者らの自験例でもムチンボールのみられたコンタクトレンズをPAS染色したところムチンボールは陽性であった.ムチンボールの詳しい生成のメカニズムはいまだにわかっていない.Dumbletonらはコンタクトレンズのフィッティングが関連しており屈折矯正用レンズにおいてはケラト値が大きいほどムチンボールが出現しやすいと報告している2).患者が異物感や視力低下などを訴えることはほとんどなく,定期検査の際に偶然見つかることが多い.また,不可逆的な障害を起こしたという報告はない.ムチンボールの付着しているコンタクトレンズを除去して角膜をフルオレセイン染色すると,ムチンボールのあった部分にpoolingができる(図3).これはしばらくすると消失する.ムチンボールのあったところに窪みができ,時間とともに消失するためと考えられる.ムチンボールと似たものにディンプルベール(図4)があり,大きさはムチンボールより大きい.これはコンタクトレンズ下の細胞残渣,気泡による窪みであることがわかっており,ハードコンタクトレンズのタイトフィッティングとも関連する.SHCLは酸素透過性が高いため,治療用コンタクトレンズとしても徐々に普及しつつある.治療用SHCLにおいてムチンボールがみられる頻度は屈折矯正用にSHCLが用いられた場合よりも若干高い.屈折矯正用にSHCLが用いられるときのムチンボールの出現頻度は報告では29.8.32%であるが,治療用SHCLにおいては筆者らの自験例にて62%である.これは,治療用にSHCLが用いられた場合,原疾患によって角膜表面に不整があり,また点眼薬の使用が涙液動態に影響してムチンボールができやすいためではないかと考えられ,現在研究を続けている.文献1)TanJ,KeayL,JalbertIetal:Mucinballswithwearofconventionalandsiliconehydrogelcontactlenses.OptomVisSci80:291-297,20032)DumbletonK,JonesL,ChalmersRetal:Clinicalcharacterizationofsphericalpost-lensdebrisassociatedwithlotrafilconhigh-Dksiliconelenses.CLAOJ26:186-192,20003)PritchardN,JonesL,DubbletonKetal:Epithelialinclusionsinassociationwithmucinballdevelopmentinhighoxygenpermeabilityhydrogellenses.OptomVisSci77:68-72,2000

総説:小児緑内障の診断と治療

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCLSある疾患であり,初期対応にあたる眼科医の責務は重要である.以下,小児緑内障の診断と治療についての要点を自験例と文献的考察を交えて概論する.I小児緑内障の分類病型に分類することは正確な診断と予後を推測するうえで必要である.分類方法は発症時期や,併発する病態,遺伝などにより多様である1,2).病名についても先天緑内障,発育異常緑内障,原発先天乳児緑内障,続発先天緑内障など種々の名称が使用されてきたが,ここでは日本緑内障学会の緑内障診療ガイドライン3)に沿って分類する(表1).早発型発達緑内障とは発育異常が隅角に限局するものである.以前は原発先天緑内障や先天乳児緑内障などとよばれたもので,3歳頃までに発症し高眼圧が続くと眼球拡大,いわゆる牛眼を呈する.生下時にすでに牛眼を示す新生児緑内障もある.遅発型発達緑内障も発育異常が隅角に限局するものであるが,異常程度が軽度なために幼児期・学童期に発症するもので,自覚症状の訴えや外見の異常がないため診断が遅れることが多い.他の先天異常に伴う発達緑内障や続発緑内障には表1に示す多様な疾患が含まれる.表1には15歳未満で発症し,現在当科で管理中の各病型の症例数と眼数を併記する.近年,先天白内障術後の続発緑内障が増えており,これについては後述する.II診察の手順と要点1.問診乳児で角膜拡大や混濁があれば緑内障を想起して診察はじめに小児緑内障は一般診療のなかでは稀な疾患であるが,患児の生涯を左右する重要な疾患である.大別すると発達緑内障と続発緑内障に分かれ,乳幼児期に発症するものは前者が多い.早期に発症する症例は,いわゆる牛眼を呈し構造的障害をきたすので,緑内障性視神経症のみならず視機能発達の管理を要する.後期に発症する症例は自覚症状の訴えのないまま視神経萎縮に至り,不可逆性の視機能障害を残すことが多い.ともに,早期発見,早期治療により重篤な視機能障害を阻止しうる可能性の(65)1387*AkiraNegi:神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野〔別刷請求先〕根木昭:〒650-0017神戸市中央区楠町7-5-1神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野あたらしい眼科27(10):1387.1401,2010c第19回日本緑内障学会須田記念講演小児緑内障の診断と治療DiagnosisandTreatmentofPediatricGlaucoma根木昭*総説小児緑内障は稀な疾患であるが,患児の生涯を左右する重要な疾患である.大別すると発達緑内障と続発緑内障に分かれる.早発型発達緑内障では羞明,流涙の訴えに注意する.診察は催眠下に施行し,眼圧,角膜径,角膜上皮浮腫,視神経乳頭陥凹などを参考に総合的に判断する.催眠下の正常眼圧は15mmHgを上限と考える.治療は線維柱帯切開術を第一選択とする.適正な時期に施行すると20年後も眼圧調整成功確率は約80%である.複数回手術を要する難治症例にはマイトマイシンCを併用した線維柱帯切除術を施行する.このとき,羊膜移植を併用すると瘢痕化抑制に有用である.術後は屈折異常,固視状態に注意して視機能発達を管理する.続発緑内障では,先天白内障術後の開放隅角緑内障症例が増加している.生後1年以内に白内障手術を受けた症例に多い.先天白内障術後は緑内障発症に留意して長期経過観察していくことが肝要である.キーワード:発達緑内障,牛眼,線維柱帯切開術,羊膜,先天白内障.要約1388あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(66)に当たる.しかし肉眼的に異常のない早期では流涙や羞明を主訴とするため,先天鼻涙管閉塞などを想起することも少なくない.乳児の流涙や羞明では常に緑内障を念頭に置く必要がある.特に羞明は重要な角膜上皮浮腫の初期徴候である.戸外に出ると母親の胸に顔を埋めることや,室内でも電気がつくと眼を閉じる,顔を覆うなど羞明に留意することが大切である.2.催眠乳幼児の正確な検査には催眠が必要である.乳児の場合には自然睡眠下で可能なこともあるが,通常は催眠剤,triclofossodium(トリクロリールR)シロップ0.7ml/kgを使用する.30分程度で入眠するが個人差がある.寝たらすぐに検査を開始するが,麻酔作用はないので眼圧測定などには点眼麻酔が必要である.この点眼だけで覚醒してしまうこともあるのでガラス棒などを用いて小滴を慎重に滴下する(図1).1歳以上になるとシロップを嫌がることがある.この場合はchloralhydrate(エスクレR)座薬50mg/kgを使用する.4歳を超えると通常の細隙灯検査も可能になるが2.3歳頃が催眠もしづらくむずかしい.日頃から母親とともに検査に慣れさせ,押さえつけて検査することなどは避け,恐怖感を記憶させないことが大切である.小児科医や麻酔科医との連携が可能ならmidazolam(ドルミカムR)などの静脈麻酔も有用である.初診時には未散瞳で検査するが,再診で散瞳が必要なときは催眠の前に散瞳薬を点眼しておかないと入眠後は点眼だけで覚醒してしまうことがある.3.眼圧測定催眠下仰臥位の眼圧測定はPerkins手持ち圧平式眼圧計で測定する(図2)が,瞼裂が狭く測定しにくいときはTono-PenR眼圧計(図3)が有用である.瞼裂が狭いときには開瞼器で軽く開瞼する.Bell反射で上転するときは正位にくるまで待って測定する.3~4歳になれば覚醒下に座位で測定できる児もいる.表面麻酔の不要なicareR手持ち眼圧計は怖がらずに測定させてくれる(図4)ので,この方法から慣らしていくと,Tono-PenR眼圧測定からGoldmann眼圧測定もできるようになる.角膜混濁が強く部厚いと圧平式眼圧測定では非常に高い値が出ることがある.角膜径や乳頭の状態から本当に高眼圧なのか総合的に判断する必要がある.この場合Schiotz眼圧計も参考になる.異なるいくつかの眼圧計図1催眠下の点眼方法点眼により覚醒してしまうことがあるのでガラス棒を利用して小滴を点眼する.表1小児緑内障の分類症例数眼数発達緑内障早発型発達緑内障2847遅発型発達緑内障2953他の先天異常を伴う発達緑内障Sturge-Weber症候群1418Axenfeld-Rieger症候群510無虹彩症48Peters奇形36神経線維腫症22第一次硝子体過形成遺残11球状水晶体12先天小角膜12Marfan症候群Weill-Marchesani症候群PierrRobin症候群Lowe症候群ホモチスチン尿症風疹症候群Rubinstein-Taybi症候群Hallermann-Streiff症候群先天ぶどう膜外反その他続発緑内障先天白内障術後(#)1526ぶどう膜炎23外傷22副腎皮質ステロイド薬12腫瘍未熟児網膜症その他15歳未満で受診し現在,当院および#兵庫県立こども病院で管理中の症例数と眼数を併記した.(67)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101389で測定しておくことも有用である.各眼圧計で測定値に差が生じるが,同じ眼圧計での測定値を記録していくことで変化を知ることができる.成人眼で各眼圧計の測定値を比較すると,icareR手持ち眼圧計の測定値はTono-PenR眼圧計による測定値に近く,Goldmann眼圧計の測定値より平均1.4mmHg高い.角膜厚に留意してGoldmann眼圧計の測定値と比較すると,角膜が厚くなるほどより高く,角膜が薄くなると低めに表示される(図5)4).催眠下,仰臥位の眼圧測定値をどう判断するかについて詳細な根拠はないが,若干覚醒時より低めに出ると推測される.乳幼児の眼圧そのものも成人より低いとされることから,15mmHgを上限と考える.新生児の無麻酔下の眼圧は平均11.4±2.4mmHgといわれる5).催眠下での十分な検査ができないときには全身麻酔下の検査によるが,全身麻酔下での眼圧は麻酔導入後の深度に大きく影響される.halothane麻酔下では眼圧が大きく低下し6),15.20mmHg下がることも稀ではない.最近多用されるsevofluraneでも麻酔導入後6分まで眼圧は平均約19%,急速に低下する.ketamineの場合はこの低下が少なく導入後8分でも7%程度の低下にとどまる7).眼圧検査の場合はketamine麻酔による迅速な測定が推奨される.眼圧値は診断と管理に必須であるが,測定値に影響する因子が多く,眼圧値のみでは緑内障病態を評価できず乳頭や角膜径などで総合的に判断せねばならない.図3Tono.PenRAVIA眼圧計による眼圧測定図2Perkins眼圧計による眼圧測定瞼裂が狭くても測定できる.図4icareR眼圧計による眼圧測定麻酔薬なしで児童でも測定できる.0IOPDifference(mmHg)51015MeanIOP(mmHg)AdjustedR2=0.064,p=0.05182025306420-2-4400IOPDifference(mmHg)450500550CCT(μm)AdjustedR2=0.202,p=0.00126006506420-2-4図5icareR眼圧計とGoldmann眼圧計による測定値の比較上:icareR眼圧計測定値─Goldmann眼圧計測定値をGoldmann眼圧計測定値に対してBland-Altman法で表示した散布図.実線は平均差を,点線は95%信頼区間を示す.下:測定値差を角膜厚(CCT)に対して表示したもの.実線は回帰直線.(文献4より改変)1390あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(68)4.前眼部の観察角膜径を計測し,手持ち細隙灯により前眼部を観察する.3歳以下の乳幼児では高眼圧により眼球拡大,いわゆる牛眼を呈する.明らかな牛眼では診断は容易で,角膜上皮浮腫やDescemet膜断裂によるHaab線をみる.Haab線は角膜径が12.5mmを超えると出現しやすく,円周状や直線上など多様である(図6).鑑別としてあげられる鉗子分娩時の角膜損傷は角膜径の拡大は伴わず,縦に直線上に走る(図7).角膜径の測定にはカリパーを使用するのがよい(図8).水平,垂直径を測定するが,牛眼では強膜との境界が不鮮明なことがある.移行部を含めた最大径を測定する.新生児の角膜径は10.10.5mmであり,1歳で約1mm増大する.乳児で12mmを超えるときには十分に経過観察する必要がある.牛眼に至らない初期症例では角膜上皮浮腫に注目する.乳児の前房は正常では浅いので,すでに深いときは要注意である.瞳孔形の異常,偏位,虹彩の萎縮は発達緑内障によく併発する.5.眼底の観察視神経乳頭の陥凹は眼圧をよく反映するので,診断および管理に重要な検査項目である.散瞳下に手持ち細隙灯と90Dレンズで立体視できる.初診時には非散瞳下に直像鏡で観察するが,隅角検査時にKoeppe隅角鏡越しにも観察できる.3歳以下の正常乳幼児では陥凹/乳頭比は0.3以下が87%を占めるのに比し,緑内障眼では95%が0.4以上を示す8).正常では陥凹に左右差はなく,辺縁部はオレンジ色だがやや色あせて見える.眼圧上昇により陥凹は容易に拡大する.篩状板や強膜を構成する結合組織が未熟なため,篩状板は容易に後退し強膜輪も拡大することによる9).陥凹は成人と異なり同心円状に均等に拡大し,眼圧の低下により速やかに縮小する.陥凹の大きさにより眼圧を推測できるので術後経過観察にも必須検査である.網膜血管アーケードの発達や黄斑の発達,中心窩反射の有無にも着目する.6.屈折検査検影法あるいは手持ち自動レフラクトメータによる屈折検査は視能矯正と視機能発達経過評価に重要である.7.隅角の観察Koeppe隅角鏡と手持ち細隙灯による.手術顕微鏡下ではSwan-Jacob隅角鏡や森式隅角鏡も有用である.角膜浮腫が強いときはグリセリン点眼が透明化に役立つ.図6牛眼にみられるHaab線Descemet膜断裂により,角膜径が12.5mmを超えると頻度が高くなる.図8カリパーによる角膜径の測定乳児で12mmを超えるときは要注意.図7Haab線と鑑別を要する鉗子分娩時の角膜損傷角膜拡大はなく,縦に走る傷が特徴.(69)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101391正常の乳児隅角では毛様体帯が見え,虹彩根部は隅角底を形成せず平坦に付着している.隅角底は1歳を超えてから2.3歳で形成されてくる.線維柱帯に色素はなく,成人より部厚い透明な層に見える.早発型発達緑内障では虹彩が前方に付着して毛様体帯や強膜岬,ときに線維柱帯まで隠れる症例が多いとされる(図9)が,普通に毛様体帯が見える開放隅角症例も少なくない.異常な突起状,膜状虹彩組織が線維柱帯を覆うことも多い.線維柱帯付近に付着した虹彩根部が凹型に落ち込む症例もある.Axenfeld-Riegar症候群や無虹彩症などでは後述のごとく特異な隅角異常,虹彩癒着をみる.8.眼軸長,角膜厚の測定超音波法による眼軸長測定は診断ならびに術後の眼圧コントロール状態を把握するのに有効な因子である.乳児の眼軸は17.5.20mm程度で1歳児で約22mmである.超音波生体顕微鏡は角膜混濁で観察できない隅角の状態や異常な構造を把握するのに有用である(図10).角膜厚は眼圧測定値に影響する.発達緑内障では角膜の拡大や,浮腫,変性により正常範囲から逸脱した角膜厚を示すことも多く,角膜厚測定は眼圧評価に勘案すべき重要因子である.小角膜や無虹彩症例では角膜厚が増大しておりPeters奇形では薄い.生後24時間以内の正常新生児の角膜厚は573μmで成人より厚く,その後徐々に減少し10),3歳頃に成人の値に達するという11).しかし,0.1歳児の角膜厚は成人より薄いとするわが国の報告もある12).乳幼児の角膜厚や剛性がどの程度,眼圧測定値に影響しているかは不明である.IIIおもな病型の特徴と鑑別の要点1.早発型,遅発型発達緑内障発達異常が隅角に限定されるもので乳幼児緑内障の約半数を占め,最も頻度の高い病型である.おおむね出産10,000から12,500に1件といわれるが,人種差があり,サウジアラビアでは2,500人に1人と多い.英国では18,500人に1人,スペインでは38,000人に1人,米国では20歳以下の人口の68,254人に1人という報告がある13).生後3カ月以内に診断された症例では90%が両眼性であるが,3カ月以降3歳までに診断された症例では両眼性は60%である(図11).角膜拡大があり,羞明,流涙,眼瞼痙攣などがあれば診断は容易である(図12).しかし初期症例では,先天鼻涙管狭窄や結膜炎と診断されることもあり上述の検査項目に留意する必要がある.発達緑内障の多くは弧発例であり遺伝性のあるものは10%程度である.わが国では染色体の2p21にあるCYP1B1遺伝子に変異を認める症例が20%にみられる14).これらの症例では両眼性で生後早期に発症するこ図10超音波生体顕微鏡による前眼部観察角膜混濁や異常な隅角組織で観察できない隅角構造も把握できる.これはAxenfeld-Rieger症候群における異常な隅角膜.図9発達緑内障にみられる隅角強膜岬より前方に虹彩が平坦に付着している.図11早発型発達緑内障にみられる牛眼生後3カ月以内の発症では90%が両眼性である.片眼性では診断も容易である.1392あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(70)とが多く,変異をもたない症例に比べて女児に発症しやすい傾向にある15).乳幼児期の鑑別疾患を表2に示す8).巨大角膜では角膜拡大は著明であるが,透明で混濁なく,眼圧や視神経乳頭は正常である(図13).先天遺伝性角膜内皮ジストロフィでは羞明や種々の程度の両眼性の角膜混濁を示し,緑内障と紛らわしい.角膜厚は著明に増大しているが,角膜径は拡大せず,視神経乳頭は正常である.幼小児期に高眼圧や乳頭異常で緑内障を疑われる症例は稀ではない.表3に最近2年間に遅発型発達緑内障を疑われて本院を紹介された,緑内障以外の症例をまとめた.12例はいずれも両眼ほぼ同様の眼圧値,乳頭所見を呈したため片眼の所見のみを示した.高眼圧を呈した症例が7例あり,そのうち3例は視神経乳頭に異常を認めず,視野も正常で高眼圧症として経過観察中である.残りの4例は視神経乳頭陥凹の拡大を伴い,うち3例は上方視神経低形成で2例が視野狭窄を示した(図14).表2発達緑内障の鑑別疾患Ⅰ続発緑内障Ⅱ角膜拡大・角膜混濁をきたす疾患1.巨大角膜2.強角膜3.強度近視4.代謝異常疾患ムコポリサッカライドーシスなど5.後部多形性角膜ジストロフィ6.先天遺伝性角膜内皮ジストロフィ7.角膜炎Ⅲ羞明,流涙をきたす疾患1.鼻涙管閉塞2.結膜炎3.角膜上皮障害4.Meesman角膜ジストロフィ5.Reis-BucklerジストロフィⅣ視神経異常を呈する疾患1.乳頭ピット2.コロボーマ3.低形成4.傾斜乳頭5.生理的陥凹拡大表3高眼圧,視神経乳頭異常で緑内障を疑われた小児症例症例紹介理由初診年齢(歳)・性眼圧(mmHg)角膜厚(μm)乳頭所見視野KM高眼圧7・女児24576正常正常IH高眼圧10・男児25567正常正常MK高眼圧12・女児25582正常正常TH乳頭陥凹大9・女児16494低形成正常IN乳頭陥凹大8・女児15445生理的大陥凹正常SK乳頭陥凹大11・女児14560生理的大陥凹正常ST乳頭陥凹大11・男児14606SSOH下方狭窄UT乳頭陥凹大14・男児13─低形成正常HY高眼圧+乳頭陥凹大6・女児29592SSOH下方狭窄NR高眼圧+乳頭陥凹大8・女児22549SSOH不定狭窄KS高眼圧+乳頭陥凹大8・女児23612生理的大陥凹正常NY高眼圧+乳頭陥凹大15・女児28610SSOH正常SSOH:上方視神経低形成.図12発達緑内障による角膜拡大羞明,流涙を伴い診断は容易であるが,初期では鼻涙管閉塞や結膜炎と診断されることもある.図13巨大角膜の症例角膜は大きいが,透明で眼圧,視神経乳頭は正常である.(71)あたらしい眼科Vol.25,No.7,20081393残りの1例は視野も正常で大乳頭に伴う生理的大陥凹をもつ高眼圧症と判断し経過観察中である.この症例では母親も高眼圧症で定期観察をされていた.12例のうち5例は,眼圧は正常であるが乳頭陥凹の拡大があるため紹介された.1例は上方視神経低形成で下方視野狭窄を示した.この症例では母親の乳頭も上方視神経低形成を呈していた.2例は,視野は正常であったが視神経低形成と判断し経過観察中である(図15).残りの2例は視野も正常で大乳頭に伴う生理的大陥凹として経過観察中である.幼小児期でも高眼圧症や乳頭陥凹拡大症例は稀ではない.乳頭陥凹拡大のなかには上方視神経低形成例が多く,高眼圧を伴うこともあり十分な経過観察が必要である.2.Sturge.Weber症候群全身の先天異常に伴う発達緑内障としては最も症例数が多かった.三叉神経第1,2枝領域のポートワイン型血管腫を特徴とする母斑症で10.30%は両側性である(図16a,b).緑内障は30.50%に併発し,そのうち60%は乳幼児期に,40%は小児期に診断される.隅角の発達異常に加え上強膜静脈圧上昇が眼圧上昇の原因とされる.眼瞼に血管腫がある症例に多い.中枢神経系にも血管腫を伴い,てんかんや精神発達遅延を伴うことがありenchephalotrigeminalangiomatosisとも呼称される.高眼圧のため手術治療を要することが多く,線維柱帯切開術を第一選択にするが,予後は早発型発達緑内障より悪く,線維柱帯切除術を要することも少なくない.3.Axenfeld.Rieger症候群Sturge-Weber症候群についで頻度の高い,続発発達緑内障である.神経堤発育異常により歯牙,顔面骨などに発育異常がある.眼角隔離,上顎骨発育不良,鞍鼻,小歯牙などが特徴的である.両眼性で常染色体優性遺伝である.FOXC1遺伝子の変異が見つかっている.角膜周辺部に後部胎生環とよばれる輪部に沿った白い線が見られる(図17a).隅角鏡ではSchwarbe線が肥厚しており,ここに異常な虹彩の癒着を認める(図17b).虹彩の萎縮,瞳孔偏位,多瞳孔(図17c)を認め50%に緑内障を併発する.多くは幼小児期に診断される.遅発型では点眼治療も選択されるが,手術治療になることが多い.隅角異常癒着の少ない場所で線維柱帯切開術を施行する.4.無虹彩症両眼性で虹彩根部を残して虹彩が欠損する.2/3の症例は常染色体優性遺伝を示す.PAX6遺伝子に変異を見る.小角膜を呈することもあり,角膜上皮幹細胞欠損図14上方視神経低形成で高眼圧を呈する小児症例6歳,女児,左眼.眼圧は29mmHg,角膜厚は592μmで下方視野狭窄を呈した.右眼も同様である.図15視神経低形成による乳頭陥凹拡大9歳,女児,右眼.眼圧は16mmHgで視野は正常である.ab図16Sturge.Weber症候群における血管腫(a)約30%が両眼性.結膜にも異常血管をみる(b).1394あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(72)から将来,結膜浸潤による角膜混濁を見る.黄斑低形成,眼振を伴うことが多く,白内障,緑内障,角膜混濁により成長とともに視力低下が進行する.緑内障は50.75%に発症する.隅角には虹彩が一部形成されている.乳児期には隅角は開放しているが,徐々に癒着が進行し,閉塞隅角になる(図18).角膜は厚く,600μmを超す例が多く,眼圧測定の評価に留意する16).孤発例の20%はWilms腫瘍や精神発達遅延を伴う8).5.Peters奇形両眼に生下時から角膜中央部の混濁があることで診断される.角膜中央部のDescemet膜・角膜内皮細胞・角膜実質深層部を欠き,中央部は薄く混濁を呈する(図19).虹彩捲縮輪からDescetmet膜欠損部辺縁部に伸びる索状の虹彩前癒着,水晶体異常などを呈する.無虹彩やAxenfeld-Rieger様の異常を併発することもある.50.70%に緑内障を併発する.眼圧値は角膜の状態により影響を受ける.周辺部角膜から透見した視神経乳頭や眼軸長,角膜径から総合的に眼圧状況を判定する必要がある.角膜混濁は経年的に減少傾向を示す.眼圧下降には線維柱帯切除術を要する場合が多い.6.vonRecklinghausen病常染色体優性遺伝で,眼瞼に神経線維腫を発症する場合は50%に緑内障を発症する.片眼性が多く,虹彩にはLisch斑をみる(図20).隅角は開放隅角が多いが,線維腫組織による閉塞隅角もある.線維柱帯切開術が第一選択であるが予後不良のことが多い.7.球状水晶体球状水晶体に伴う続発閉塞隅角緑内障で小児期より眼圧上昇を見る.隅角閉塞の進行とともに眼圧も上昇していく.水晶体摘出術と眼内レンズ挿入術の適応があるが,眼内レンズ震盪や脱臼を見ることがある(図21)17).図18無虹彩症の隅角虹彩は一部形成されている.乳児期には開放隅角であるが徐々に閉塞が進行する.図19Peters奇形における角膜中央部混濁(a)超音波生体顕微鏡で中央部角膜の菲薄化がわかる(b).abacb図17Axenfeld.Rieger症候群の眼所見a:後部胎生環.b:隅角の異常な虹彩癒.c:虹彩の萎縮,瞳孔偏位.あたらしい眼科Vol.27,No.10,201013958.先天白内障術後の続発緑内障小児の続発緑内障のなかで近年増加しているものに,先天白内障術後の緑内障がある.表1にみるように筆者らの施設でも小児緑内障全体でみても発達緑内障に次ぐ数を示した.1960年代以前に先天白内障手術が吸引術で施行されていた時代にも緑内障は多かったが,その頃の緑内障は残留皮質による炎症や脱出硝子体による,術後早期の閉塞隅角緑内障が主体であった.しかし1970年代に導入された経毛様体扁平部水晶体切除術や最近の成人同様の術式による眼内レンズ挿入の時代になると,術後緑内障は開放隅角型となり,発症も遅く自覚症状に欠くため発見が遅れるようになった.有病率は術後観察期間によって異なるが6.50%,10歳以上の有病率は65.6%にのぼる18~20).白内障術後経過とともに一定の割で増加し毎年の発症率は5.25%とする報告もある21).緑内障の診断時期は術後平均6.8年であるが,前向き研究では緑内障発症平均時期は術後1.34年であった21).白内障手術時期が早いほど発症頻度が高く,特に生後3カ月以内の手術症例に高い22).兵庫県立こども病院および筆者らの施設における先天白内障術後の無水晶体眼での緑内障有病率は72眼中26眼,36%で,うち視神経に緑内障性変化を認めた開放隅角緑内障が10眼(14%),眼圧値が26mmHg以上を呈したのが16眼(22%)であった.平均観察期間は術後9.8年である(表4).26眼のうち生後1年以内に白内障手術を施行していた症例が19眼を占めた.表に見るように眼内レンズ挿入眼には発症をみていないが,手術時年齢が無水晶体眼群に比べて高齢であり,眼内レンズ挿入が緑内障発症抑制に有利に働いているのかどうかは今後の検討課題である.先天白内障術後は角膜厚も部厚くなるため眼圧値は高く表示され高眼圧症との鑑別が必要になる23,24).視野検査が十分にできないため,視神経乳頭の変化や一定以上の高眼圧値をもって緑内障と定義する報告がある18).高眼圧症から緑内障への移行率も高く7年間で23%という報告もある25).表4の症例のうち角膜厚を測定できた症例を同年代の有水晶体眼と比較したものを表5に示す.無水晶体眼では有意に(p<0.001)正常眼,眼内レンズ挿入眼より部厚いことがわかる.手術時年齢が早いほど角膜厚は増大する傾向にある.眼内レンズ挿入群は手術時年齢が高いため,眼内レンズ挿入が角膜厚増大抑(73)表4先天白内障術後の緑内障有病率無水晶体眼眼内レンズ挿入眼症例数4927眼数7240手術時月齢(平均月齢±標準偏差)20±2461±29術後経過観察期間(平均経過観察年±標準偏差)9.8±5.05.5±4.0緑内障症例数150緑内障眼数26#0#開放隅角緑内障10眼,高眼圧症26mmHg以上16眼.表5有水晶体眼と先天白内障術後の角膜厚の比較眼数測定時年齢(歳)中心角膜厚(μm)有水晶体眼4310.2±3.1554±37無水晶体眼(正常眼圧)2212.3±3.7597±51無水晶体眼(高眼圧)1012.1±4.5628±44眼内レンズ挿入眼238.8±3.7546±43図20vonRecklinghausen病にみられる眼瞼神経線維腫図21球状水晶体による閉塞隅角緑内障a:前眼部写真.水晶体径は短い.b:前眼部細隙灯写真.前房は浅い.c:超音波画像.水晶体は厚い.d:隅角写真.隅角は閉塞している.acbd1396あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010制因子となるかは今後の検討を要する.先天白内障でそのまま経過を観察された症例の緑内障有病率が高くないことや,両眼先天白内障で片眼だけ手術された症例では手術眼に緑内障発症が高いことから,先天白内障術後の緑内障発症には手術が関係していると推測される.乳児期の隅角成熟期に水晶体がなくなることで隅角発達が不良になる,Zinn小帯の緊張がなくなるための線維柱帯の構造変化,硝子体成分や後房水が隅角組織に悪影響を与える,硝子体内酸素分圧の影響,元々の隅角発育異常などが原因として推測されている23,26,27).また,発症率のばらつきから手術操作自体の影響の関与も否定はできない27).治療は成人同様点眼治療から開始するが,手術適応になった症例の予後は不良である28).先天白内障術後には視力は良好でも高頻度に緑内障を併発することを念頭に置き,定期観察を続けることが肝要である.IV治療の要点と予後学童期の緑内障は成人と同様の治療方針で臨むことができる.しかし,乳幼児期発症の緑内障は時間的余裕がない.薬物治療では眼圧下降は不十分なことが多い.眼圧下降が不十分なまま経過観察すると,短期間のうちに眼球拡大が進行し,隅角組織に不可逆的な構造破壊をきたす.迅速に適切な眼圧下降を得るためには手術治療が第一選択となる.術式は線維柱帯切開術か隅角切開術が第一選択となる.後者は経験者も少ないことから前者が選択されることが多い.初回手術で奏効しないときは,線維柱帯切開術を追加するが,効果が得られないときには線維柱帯切除術を選択する.1.乳幼児の線維柱帯切開術の要点術式は成人と同様でも乳幼児と成人では大きく異なる点がある.乳幼児の眼は小さな成人眼ではない.強膜が柔らかいため,注意して切開しないと全層切開になりぶどう膜が露出する.均一な,十分な厚さの強膜弁が作製できると多くの場合Schlemm管は成人同様に見つけることができるが,強膜弁の厚さが不均等になるとSchlemm管の同定がむずかしくなる.強膜岬やSchlemm管外壁の線維組織が粗.で固い場合もある.Schlemm管腔が萎縮していたり(図22),輪部から離れた手前に位置する症例(図23)があることを念頭に慎重に操作する必要がある.特に下方からのアプローチでは十分視認性を確保した位置で望む必要がある(図24).強膜弁の作製には強膜刃のような面積のある刃で丁寧に,均一に層間.離を進めていく.Schlemm管が発見できても管腔が萎縮してトラベクロトームを挿入できない場合がある.あるいはトラベクロトームを挿入しても線維柱帯組織が固くて回転しがたいこともある.無理に回転すると毛様体断裂をきたし大出血を生じる危険性がある.このようなときには柄付きのトラベクロトームも(74)図22小児緑内障の線維柱帯切開術強膜弁が十分厚くても,Schlemm管が萎縮していて同定が困難なことがある.図23小児緑内障の線維柱帯切開術Schlemm管が成人に比して輪部から離れた位置にある.図24下方からの線維柱帯切開術Schlemm管が拡大した角膜に近く位置するので十分な視認性を確保して慎重にアプローチする必要がある.(75)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101397有効である.ヘアピン型のトラベクロトームより少し太いが,方向性を保ちやすく,ブラインド操作ではあるが拡張することもでき,回転方向も定めやすい.線維柱帯組織があまりに固く回転できない場合は無理をしないで,別方向を試すことも必要である.Sturge-Weber症候群では術後大量出血をきたす危険性があるといわれるが,経験はなく線維柱帯切開術を遺棄する理由にまではならない.Axenfeld-Rieger症候群,無虹彩症などにおいても術後成績は劣るが第一選択であることに変わりはない2.線維柱帯切開術の成績適切な時期に施行した線維柱帯切開術の手術予後はおおむね良好である.発達緑内障112眼における,平均観察期間9.5±7.1年(標準偏差)での平均術後眼圧は15.6±5.0mmHg(標準偏差)である.術後眼圧が21mmHg以下で,角膜径,視神経乳頭陥凹に進行がなく,線維柱帯切開術以外の追加手術がないことを成功と定義すると,89.3%が最終観察時に成功を得ている.Kaplan-Meier分析による成功確率は10年後で87.7±3.9%,20年後で80.8±6.1%である.手術時期別にみると生後2カ月から2歳までに手術された症例が最も予後が良好で,15年後の成功確率は96.6±2.4%であり,生後2カ月以前,あるいは2歳以後では70%前後に低下する.視力予後は眼数でみると59.5%が最終観察時に0.5以上を獲得し,0.1以下は24.4%であった.続発緑内障の成績は発達緑内障よりも少し劣る(図25)29).3.線維柱帯切除術の問題点と対策発達緑内障に対する手術治療では,初回の線維柱帯切開術を確実に成功させることが最も重要で,条件の良い12時部位で全力を注ぐ.眼圧が再上昇してきたときには4時,8時部位で線維柱帯切開術を再施行する.Schlemm管が見つからない症例や前回の線維柱帯切開術がまったく無効の症例では再手術に線維柱帯切除術を選択せざるをえない.小児に対する線維柱帯切除術はTenon.も厚く,術後瘢痕形成が強いために線維芽細胞増殖阻害薬を併用することが多い.成功率は45.80%で重症例に線維柱帯切開術と併用して施行されることもある30~32)が,術後の濾過胞管理ができないことや感染の危険性が成人同様に高いため一般的には初回手術としては適応されない33.35).小児のmitomycinC(MMC)併用線維柱帯切除術では成人のような術後のレーザー切糸などの濾過量調整ができないため少し過剰濾過で終える.術後感染の危険性は成人同様であり保護者によく説明して協力を得る必要がある.線維柱帯切除術後にも眼圧調整が不良で高眼圧が持続する場合は最終的には毛様体破壊術に至る.欧米ではインプラントも選択肢に入るが,わが国ではインプラントが承認されておらず,筆者もインプラントの経験はない.最近,当施設では倫理委員会の承認のもと,家族のインフォームド・コンセントが得られた複数回手術後の難治症例に,羊膜移植を併用した線維柱帯切除術,濾過胞再建術を試行している.成人症例における濾過胞漏出修復術や濾過胞再建術に有効な感触を得ているからである36).羊膜は抗炎症作用,瘢痕抑制作用,基底膜として健全な結膜上皮の再生を促す作用をもち難治角結膜疾患に広く使用されている37,38).複数回手術後の濾過胞再建術では,まず瘢痕化結膜を輪部基底で十分な広さに切開し,輪部に向けて結膜と瘢痕組織との癒着を.離する.瘢痕組織を切除し強膜表面を露出した後,前回の強膜弁を再度開窓し十分な濾過を確認する.小さな羊膜片を強膜弁の下にはさんで,強膜弁を縫合する.ついで大きな羊膜シートを強膜弁を覆うように,上皮側を下にして強膜に縫着する.前方は輪部強膜に,後方はTenon.に縫着し,房水が羊膜の下,Tenon.の下を通って後方へ流れるように画策する.結膜は羊膜の上で連続縫合する(図26).表6に小児緑内障症例における,1年以上経過観察できた8症例10眼の成績を示す.3眼は点眼なしで,3眼は点眼併用で眼圧は20mmHg未満に調整:発達緑内障:続発緑内障100806040200術後経過年数(年)0生存確率51015202530図25線維柱帯切開術の長期手術予後―Kaplan.Meier分析による成功確率発達緑内障では続発緑内障より成績が良い.(文献29より改変)1398あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010されている.術後大きな合併症はなく,全体として比較的有効な方法であるとの感触を得ており,今後症例を増やして検討する予定である.図27は症例3の羊膜移植併用線維柱帯切除術後5年の前眼部写真である.5回の手術後であるが,術後の結膜瘢痕は軽度である.図28は術前,術後5年の視神経乳頭を僚眼と比較したものである.術眼は術前眼圧25mmHgで,術後5年以上眼圧は12mmHg前後を維持し,視力(1.0),視野正常である.僚眼もMMC併用線維柱帯切除術を含め,4回の手術歴があり,視力,視野は正常であるが眼圧はこの5年間22mmHg前後である.(76)表6羊膜を用いた濾過胞再建術の成績症例病型手術時年齢既往手術回数経過観察(月)術前眼圧(mmHg)最終眼圧(mmHg)点眼数1nf1歳274281502RPeters11カ月34528N/A2LPeters1歳256281823SW11歳467251204SW5歳340301105Rdevelop4歳525392235Ldevelop4歳523282536develop3歳312401937aphakic13歳52340313*8aphakic2歳51233191R:右眼,L:左眼,nf:神経線維腫,Peters:Peters奇形,SW:Sturge-Weber症候群,develop:発達緑内障,aphakic:先天白内障術後の続発緑内障,*:内服薬併用.図26羊膜を用いた濾過胞再建術羊膜小片を強膜弁の下にはさんで強膜弁を縫着する.大きな羊膜シートを強膜弁を覆うように,前方は輪部強膜に,後方はTenon.に縫着する.(文献36より改変)羊膜結膜切開位置Tenon.結膜図27羊膜を用いた濾過胞再建術後,5年経過した前眼部写真5回の手術後も結膜瘢痕は軽度である.図28羊膜を用いた濾過胞再建術後,5年を経過した視神経乳頭の変化術後眼圧は12mmHgを維持し,術前に比して陥凹が縮小している.僚眼はこの5年間眼圧は22mmHg前後であり,陥凹に変化はない.術眼僚眼術前術後5年あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101399術眼の視神経乳頭陥凹は僚眼に比して著明に縮小している.4.薬物治療の要点a.適応乳幼児期に発症した発達緑内障では上述のように手術治療が第一選択で薬物治療は手術までの補助手段,あるいは術後の不十分な眼圧下降の補強手段として使用される.しかし,学童期にみつかった角膜拡大のない遅発性の発達緑内障や続発緑内障では成人同様,まず薬物による眼圧下降治療を開始する.b.薬物の選択小児への適用の安全性が確認されている緑内障点眼薬はない.必要に応じて医師の裁量権で使用するわけで処方にあたっては慎重にすべきである.基本的には成人と同じ点眼薬を使用するが,効果は症例よって異なるため,よく効果を評価し不明確な追加点眼は避けるべきである.点眼量の多くは全身に吸収される.体重当たりの吸収量は成人に比較して多くなるため副作用に十分留意し,低濃度,点眼回数を減らすなどの配慮も必要になる.プロスタグランジン関連薬は全身副作用も少なく,1日1回点眼であるため使用しやすい.成人よりノンレスポンダーが多く,ノンレスポンダーは早発型発達緑内障症例に多いとされる39).しかし,成人同様有効なことも多く40),自験例ではトラベクロトミー術後の補助点眼として使用しても有効であり第一選択薬と考えている.Sturge-Weber症候群で眼圧下降効果がみられるのは19.28%である41).炭酸脱水酵素阻害薬の点眼薬も全身副作用が少なく利用しやすい.通常1日2回点眼とする.約27%の眼圧下降が報告されている42).内服薬はより強力な眼圧下降効果をもつが長期使用で代謝性アシドーシスや発育不全をきたすことがある.術前や一時的な高眼圧症例には5.15mg/kg/dayを3分で内服させる.長期使用せざるをえないときには定期的全身検査が必要である.b遮断薬点眼による眼圧下降は約30%の小児症例にみられるのみである43).0.25%濃度で朝1回点眼からはじめるが,全身血中濃度は成人が0.5%濃度点眼薬を使用した場合より高い44).成人同様,徐脈や喘息などの全身的副作用を誘発するので注意深く使用する.特に乳児への使用は要注意である.縮瞳薬は発達緑内障にはあまり有効ではないが,上述の先天白内障術後の続発緑内障には有効なこともある.網膜.離の併発に注意する.わが国ではまだ認可されていないブリモジニンなどのa2刺激薬は血液脳関門を移行しやすく中枢性作用を起こすことがあり乳幼児には使用しない.点眼薬使用にあたっては成人同様,眼圧のみならず視神経障害の進行を見定め,進行するようなら速やかに手術治療に切り替える必要がある.V視機能管理早発型発達緑内障は,視野狭窄が先行しても末期まで比較的良好な視力が温存される成人の緑内障と異なり,角膜混濁による形態覚遮断,眼軸の非対称な延長による不同視,両眼の不正乱視などの屈折異常など,さまざまな要素により,弱視を招来する.最近の報告でも,手術治療により眼圧調整率は向上し80%以上でも,視力という点では40.50%の症例が0.5未満に留まっている29,45).弱視化要因を探るため,3歳未満に線維柱帯切開術を施行し,術後5年以上良好な眼圧調整を得,正確な視力測定のできた14症例24眼について各種因子の関与について分析した.その結果,等価球面度数(図29),固視状態,Haab線の存在が最終視力と有意に相関する因子であることが判明した46).一方で,視神経障害の程度を反映すると思われる視神経乳頭C/D(陥凹乳頭)比は,弱視の程度とは相関しなかった.早発型発達緑内障においては,眼圧経過のみならず,視力の管理にも力を注がねばならない.そのためには,術後は催眠下で眼圧を測定する一方,preferentiallooking法,acuitycardなどを用いた視力検査ならびに検影法を用いた調節麻痺下他覚的屈折検査を定期的に行う必要がある.また直像鏡のvisuoscopeを用いた固視検査により,中心窩固視か偏心固視かを確認する.偏心固(77)図29視力と等価球面度数の相関r=0.848,p<0.0001弱視化要因としてはこのほか,Haab線の存在,偏心固視があげられる.(文献46より改変)0.010.1-8-6-4-20LogVA2等価球面度数(D)11400あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010視があれば,その眼が弱視に陥っていることはほぼ間違いない.弱視の存在が明らかになれば,適切な屈折矯正により優位眼遮閉などの弱視治療を積極的に行うべきである46).早発型発達緑内障の管理上の問題は,余命が長いことである.初期の手術加療がよく奏効して眼圧が比較的長期にわたって良好にコントロールされていたとしても,眼圧が再上昇することは少なくない.早発型発達緑内障は生涯にわたって,眼科医が管理をすべき疾患である.おわりに重度の牛眼で,乳幼児期に測定しがたい視機能しかなくとも,彼らは成長とともに驚くべき生活行動力を獲得していく.いかに重篤な状態でも,いかに治療手段に限界があろうとも,でき得る限りの努力を尽くすべきであることを思い知らされた.小児緑内障の治療では迅速な眼圧下降に加え,長期的な視機能発達管理が重要な柱となる.眼球拡大や角膜混濁により屈折異常や視覚遮断をきたすため,早期から視力発達経過に留意し積極的な屈折矯正,健眼遮閉などの視能訓練が肝要である.小児緑内障の管理には時間と忍耐を要する.小児眼科と緑内障に十分経験のある医師と視能訓練士,保護者のチームワークが必要である.謝辞:小児緑内障診療の手ほどき,ご指導を賜りました,元天理よろづ相談所病院眼科部長永田誠先生に心より御礼を申し上げます.本講演のデータ整理,解析をしていただいた神戸大学眼科緑内障外来担当の中村誠,山田裕子,金森章泰,楠原あづさ,中真衣子,溝上淳二,石川久美子の各先生ならびに兵庫県立こども病院眼科部長野村耕治先生に深く御礼申し上げます.文献1)PapadopoulosM,CableN,RahiJetal:TheBritishinfantileandchildhoodglaucoma(BIG)eyestudy.InvestOphthalmolVisSci48:4100-4106,20072)YeungHH,WaltonDS:Clinicalclassificationofchildhoodglaucomas.ArchOphthalmol128:680-684,20103)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン第2版.p11-20,日本緑内障学会,20064)NakamuraM,DarhadU,TatsumiYetal:Agreementofreboundtonometerinmeasuringintraocularpressurewiththreetypesofapplanationtonometers.AmJOphthalmol142:332-334,20065)RadtkeND,CohenBF:Intraocularpressuremeasurementinthenewborn.AmJOphthalmol78:501-504,19746)AusinschB,MunsonES,LevyNS:Intraocularpressureinchildrenwithglaucomaduringhalothaneanesthesia.AnnOphthalmol9:1391-1394,19777)BlumbergD,CongdonN,JampelHetal:Theeffectsofsevofluraneandketamineonintraocularpressureinchildrenduringexaminationunderanesthesia.AmJOphthalmol143:494-499,20078)StamperRL,LiebermanMF,DrakeMV:Developmentalandchildhoodglaucoma.InDiagnosisandtherapyoftheglaucomas.edbyStamperRL,LiebermanMF,DrakeMV,p294-329,MosbyElsevier,20099)KakutaniY,NakamuraM,Nagai-KusuharaAetal:Markedcupreversalpresumablyassociatedwithscleralbiometricsinacaseofadultglaucoma.ArchOphthalmol128:139-141,201010)PortellinhaW,BelfortJrR:Centralandperipheralcornealthicknessinnewborns.ActaOphthalmol69:247-250,199111)EhlersN,SorensenT,BramsenTetal:Centralcornealthicknessinnewbornsandchildren.ActaOphthalmol54:285-290,197612)山本節,西崎雅也:乳幼児における角膜厚と眼圧について.眼臨紀1:349-351,200813)AponteEP,DiehlN,MohneyBG:Incidenceandclinicalcharacteristicsofchildhoodglaucoma.ArchOphthalmol128:478-482,201014)MashimaY,SuzukiY,SergeevYetal:NovelcytochromeP4501B1(CYP1B1)genemutationsinJapanesepatientswithprimarycongenitalglaucoma.InvestOphthalmolVisSci42:2211-2216,200115)OhtakeY,TaninoT,SuzukiYetal:PhenotypeofcytochromeP4501B1gene(CYP1B1)mutationsinJapanesepatientswithprimarycongenitalglaucoma.BrJOphthalmol87:302-304,200316)BrandtJD,CasusoLA,BudenzDL:Markedincreasedcentralcornealthickness:anunrecognizedfindingincongenitalaniridia.AmJOphthalmol137:348-350,200417)KanamoriA,NakamuraM,MatsuiNetal:Goniosynechialysiswithlensaspirationandposteriorchamberintraocularlensimplantationforglaucomainspherophakia.JCataractRefractSurg30:513-516,200418)EgbertJE,WrightMM,DahlhauserKFetal:Aprospectivestudyofocularhypertensionandglaucomaafterpediatricc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heEye)27(10):1387.1401,2010〕Reprintrequests:AkiraNegi,M.D.,DivisionofOphthalmology,DepartmentofSurgeryRelated,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine,7-5-1Kusunoki-cho,Chuo-ku,Kobe-shi650-0017,JAPANSUMMARY

時の人 竹内 大 先生

2010年10月29日 金曜日

1386あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(64)防衛医科大学校は,昭和48年11月27日に防衛庁設置法及び自衛隊法に係わる政令(昭和48年政令第348号)に基づいて防衛庁の付属機関として発足し,昭和49年4月に埼玉県入間市にある航空自衛隊入間基地内の施設の一部を仮校舎として開学した.昭和50年8月に本校舎の完成に伴い所沢市に移転され,眼科学教室は昭和52年4月1日に始まり,初代教授には樋渡正五先生が就任され,その後は昭和57年から沖坂重邦先生,平成16年からは西川真平先生が歴代の教授を務められ,平成22年4月から竹内大先生が第4代の教授として着任された.*竹内大先生は平成元年に東京医科大学医学部を卒業後,同眼科学教室に入局し,同年,東京医科大学大学院にも入学した.翌年の平成2年から平成4年の2年間は愛知県がんセンター分子病態学部に国内留学,その後の2年間で日本眼科学会専門医,医学博士を取得し,平成6年から平成9年までの3年間,ハーバード大学スケペンス眼研究所に留学されている.帰国後は東京医科大学眼科助手に復帰し,平成11年に東京医科大学八王子医療センターに異動後,東京医科大学眼科講師,その翌年に東京医科大学病院本院に帰り,平成18年に東京医科大学眼科助教授(現:准教授)に就任している.*研究に関しては,内因性ぶどう膜炎の発症メカニズムの解明に携わってこられた.愛知県がんセンターの国内留学では,ぶどう膜炎を自然発症する異なるメカニズムをもった2種類のマウスを用い,網膜特異抗原反応性T細胞にはぶどう膜炎を発症させるエフェクターT細胞と抑制する制御性T細胞があり,胸腺におけるエフェクターT細胞の削除,制御性T細胞の産生が適切に機能しなければぶどう膜炎が自然発症することを明らかにされた.スケペンス眼研究所では,眼の恒常性を維持している眼組織固有の免疫メカニズムの研究に励み,虹彩・毛様体に局在し,特異な機能を有する抗原提示細胞は,TGF-b,TNFa,IL-12,CD40といった分子を介するメカニズムによりエフェクターT細胞を抑制し,制御性T細胞を活性化することを明らかにされた.これらの研究成果には,1996年,TheAssociationforResearchinVisionandOphthalmology(ARVO)からCoraVerhagen賞を授与され,国内外で高く評価されている.臨床における専門もぶどう膜炎であるが,ぶどう膜炎に伴う器質的障害に対する手術,増殖糖尿病網膜症などの網膜硝子体疾患,黄斑円孔などの黄斑疾患に対する硝子体手術も数多く行っておられる.防衛医科大学校病院は埼玉県西部地域の急性期中核病院であり,竹内先生の専門以外にも角結膜疾患,白内障,緑内障を専門とするスタッフの構成のもと,地域医療のニーズに即した眼科診療を実践されている.また今後は,自衛隊に勤務し,防衛医学を研究している眼科専門の自衛医官とともに自衛隊における視覚認定検査の改善,近視矯正手術などの視覚向上活動の普及にも力を注ぎたいとのことである.*竹内先生は,山本五十六元帥の言葉,「やって見せ,言って聞かせ,させて見て,褒めてやらねば人は動かず」を座右の銘にし,教授就任の所信表明のなかでは「どのような厳しい状況であっても医局員一人ひとりが自らの目標を持ち,高いモチベーションを維持してその達成に努力することができる環境を作り,その環境を整備していくことが私の責務である.眼科全般に必須な知識,技術を持ち,生涯を通してそれらを改善する意欲があり,自らの専門分野においては新たな知見を世界に発信できる医師を育成していきたい」と抱負を語られた.先生には,防衛医科大学校眼科学講座の主宰者として,防衛医科大学校で教育を受けるものに研究の夢を与え,臨床における楽しさとその厳しさを伝え,次の世代を担う自衛医官,医師を育成されることが一層期待される.0910-1810/10/\100/頁/JCOPY時の人防衛医科大学校眼科学・教授竹たけ内うち大まさる先生

時の人 三田村 佳典 先生

2010年10月29日 金曜日

(63)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101385徳島大学眼科は,その歴史を振り返ると,昭和18年2月の徳島県立医学専門学校の設立に遡る.その後,昭和20年に官立に移行してからいくつかの変遷を経て,平成16年4月に国立大学法人への移行に伴い歯学部,薬学部とともに徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部に編入され今日に至る.四国では最も古い,66年余に及ぶ歴史を有し,同窓会の会員数も200名を超える伝統ある教室である.その伝統ある教室の第6代の教授に今年4月,三田村佳典先生が就任された.*前任の塩田洋名誉教授時代は「感染症」「角膜」を教室のメインテーマとし,「網膜硝子体・糖尿病網膜症」「緑内障」にも力を入れられ,又,全国の大学病院でもいち早く電子カルテを眼科に導入してこられた.三田村先生は,今後もそうした伝統を引き継ぎつつ頑張っていきたいと抱負を語られた.現在,他大学同様,医局員の減少で厳しい面もある一方,教室は小さいながら,四国全県に関連病院を持ち,東京,大阪,京都に次いで全国第4位の眼科医の過密地域でもあり,そのせいかどうか医局員は臨床診断や手術手技の習得に非常に積極的に取り組んでおり,そうした熱意に溢れたスタッフは先生にとって大変心強い限りである.なお,“黒瞳連”としての阿波踊りへの参加も特色ある教室行事の一つである.*三田村先生は,1987年3月に北海道大学医学部医学科を卒業後,同大学附属病院(1987年5月.),市立釧路総合病院(1989年4月.)を経て一旦母校の附属病院に戻り(1990年4月.),富良野協会病院勤務(1993年4月.)のあと再び母校の附属病院に戻り(1994年4月.),国立札幌病院(1995年4月.)のあと,1996年1月より東邦大学医学部付属佐倉病院眼科助手,2001年10月より札幌医科大学眼科学講座の講師を務められた.そして2005年1月より文部科学省・海外先進教育研究実践支援プログラムの一環としての「UniversityofSouthernCalifornia,DohenyEyeInstitute」,および「ClevelandClinic,ColeEyeInstitute」に留学され,帰国後の2006年10月から今年2010年3月まで千葉大学大学院医学研究院眼科学准教授を務められた.*先生の研究テーマ・業績を簡単に紹介すると,①糖尿病網膜症の病院解明に関する研究,②網膜疾患の病態・手術に関する研究,③光イメージング技術による視細胞形態評価に関する研究,のほかに,東京都神経科学総合研究所との共同研究として,④網膜色素変性に対する治療法の開発に関する研究,札幌医科大学第2病理学との共同研究として,⑤黄斑浮腫の治療薬の開発に関する研究,などが挙げられる.そして教室の運営にあたっての信念・信条については次のように述べられた.①患者さんのための診療・研究を心がけること.②常に疑問を持ちながら日常診療にあたること.③手術においては術前診察を大切にし,術中には自分の持てるベストを尽くすこと.④臨床経験に裏打ちされた臨床研究,臨床に還元できる研究に努めること.⑤若手の育成には辛抱強くあること.*最後に,趣味を含め日常生活の一端を伺ったところ,北海道大学時代にはボート部に所属され,東医体(東日本医科学生総合体育大会)で優勝・準優勝の実績を残されるなど体力には自信をもっておられたが,現在は腰痛(硝子体術者の持病でしょうか?と苦笑された)のためゴルフも休止され,運動とは疎遠とのこと.たまに東京に出られた際の銀座界隈のフレンチ・イタリアンの名店巡りを楽しみにされ,又,お好きな映画鑑賞は,お子さんが小さいこともあって最近はご自宅でのDVD鑑賞に切り替えておられるようである.0910-1810/10/\100/頁/JCOPY時の人徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野・教授三み田た村むら佳よしのり典先生

新しい眼科ドラッグデリバリーシステム

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYgrowthfactor:VEGF)をターゲットとした抗VEGF療法の時代となり,現在では,眼内に薬物を簡便に直接に送り込める硝子体内投与が広く受け入れられるようになった.1回の硝子体内投与で,4mgのトリアムシノロン・アセトニドが約12週間,ラニビズマブ(ルセンティスR)が約4週間,ペガプタニブ(マクジェンR)が約6週間,有効性を維持できる.しかし,これらの脂溶性のステロイドや高分子量の蛋白質や核酸製剤は例外であり,眼内での半減期が数時間と短い低分子量の水溶性はじめに視覚を担う眼球はその内部の透明性維持のために,血液網膜関門,血液房水関門や強膜などで眼外や血液からの物質移動が厳格に制御されている(図1)1).このため,網膜硝子体疾患に対しては,点眼,軟膏などの局所投与,内服,点滴などの全身投与のいずれにおいても有効濃度に到達,維持させることが困難である.このような背景で,トリアムシノロン・アセトニドの硝子体内投与に始まり,血管内皮増殖因子(vascularendothelial(55)1377*TsutomuYasukawa:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕安川力:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学特集●眼科薬物療法の新たな展開あたらしい眼科27(10):1377.1384,2010新しい眼科ドラッグデリバリーシステムNewOcularDrugDeliverySystems安川力*涙液ターンオーバー上皮実質内皮虹彩血管内皮毛様体上皮(血液房水関門)強膜網膜血管内皮(内側血液網膜関門)網膜色素上皮(外側血液網膜関門)角膜房水の流れ水晶体硝子体内境界膜ぶどう膜強膜流出路上強膜血管からの流出脈絡膜血管からの流出図1眼内薬物移行の障害となるもの眼内への薬物移行を制限するものとしては,(1)角膜上皮,角膜内皮,網膜色素上皮,網膜血管内皮,毛樣体無色素上皮,虹彩血管内皮など密着結合をもつ上皮や内皮と内境界膜,(2)涙液,房水の流れ,(3)結膜や脈絡膜の血液循環(細胞外液の体循環への回収)があげられる.水溶性薬剤に関して特に眼内への移行は制限されるため,硝子体内投与が最も有効であるが眼内半減期は短いため頻回投与を必要とする.無硝子体眼では眼内の薬物滞留性はさらに低下する.1378あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(56)II眼局所での薬物徐放化:コントロールドリリースコントロールドリリースのための眼科DDS製剤の形状としては,手術により眼内に埋植が必要なインプラントと,注射針で簡便に注入可能なロッド状製剤やマイクロスフェアのような微粒子製剤に大別される.また,薬物を内包し製剤の形状を保持する基材として,非分解性高分子または生体内分解性高分子が使用され,それぞれ長所,短所がある(図2,表1)1,3).非分解性インプラントは,薬物を非分解性高分子の被膜で包み込んでインプラントとして成型したものであり,内部に大量の薬剤を貯蔵でき(リザーバー型),薬物放出が被膜の薬物透過率と表面積のみで制御できるため,後述する生体内分解性の製剤よりも長期(半年~数年)に安定した薬物徐放が可能である反面,内包する薬物がなくなっても眼内にインプラントは残留することになる(表1)1,4,5).生体内分解性インプラントの最大の長所は,体内において分解消失するので,除去手術が不要な点である1,3,6,7).生体内分解性高分子を基材として薬物と均質に混合して成型され(モノリシック型),水中で徐々に基材の膨化,加水分解に伴い,内封されている薬物が徐放される(表1).リザーバー型のような高分子の被膜を必要としないため,ロッド状製剤やマイクロスフェアのような微粒子製剤など適当な形状に加工が容易である.ただ,薬物徐放には,生体内分解性高分子の種類,分子量,薬物との配合率,薬物の溶解度,製剤の表面積,体積など,多くの因子が影響するため,非分解性インプラントと比較して安定した徐放製剤の開発設計がむずかしく,数カ月の徐放に留まるが,より長期で安定した徐放のための改良の余地を残している.1.眼内埋植型ステロイド徐放製剤:RetisertRRetisertR(米国ボシュロム社)は,VitrasertRと類似の非分解性眼内インプラントで,2005年に米国にて非感染性後部ぶどう膜炎に対して実用化され,わが国においても臨床試験中である.0.59mgのフルオシノロンを貯蔵しており,ポリビニルアルコールでコーティングさ薬剤2)や,1回投与量が制限される高濃度で毒性を認める代謝拮抗剤などの薬物は,有効濃度維持のためには数日ごとの硝子体内投与が要求されるため,加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD),黄斑浮腫,網膜色素変性症など,慢性経過をたどる網膜硝子体疾患を標的とした治療のコンプライアンスは乏しい.このような薬物濃度維持の困難を克服した最初の眼内ドラッグデリバリーシステム(drugdeliverysystem:DDS)製剤として,1996年に米国にて非分解性眼内インプラント(VitrasertR:米国ボシュロム社)が実用化された1).エイズ患者にしばしば合併するサイトメガロウイルス網膜炎を対象に,ガンシクロビルを眼内に5~8カ月もの長期間,徐放可能である.この頃のDDS製剤の開発競争で得られた知識を元に各種の眼科DDS製剤が今や実用化目前である.本稿では現在臨床試験が行われている新規DDS製剤について解説する他,今後,開発が進んでくるであろうDDS研究や将来の展望について紹介する.IDDSの種類DDSの概念に基づき,眼内へのDDS開発の可能性として以下の三つに分類される1).(1)眼局所での薬物徐放化(コントロールドリリース)(例:VitrasertR)(2)全身投与で眼組織への薬物標的指向化(ターゲティング)(例:光線力学的療法)(3)強膜,細胞膜その他の隔壁通過促進(例:遺伝子導入,イオントフォレーシス)このなかでもVitrasertRをはじめとした(1)コントロールドリリースシステムの開発が活発に行われており,市場に出ているものや臨床試験中にあるものなど多数存在する.(2)ターゲティング療法は,ベルテポルフィンの脈絡膜新生血管周囲への集積する性質と局所への光線照射を組み合わせた光線力学的療法が良い例である.遺伝子導入なども,(3)細胞内への導入効率を向上させるための工夫,技術や,導入により得られる標的蛋白の持続的な発現促進や抑制という点で広義のDDSに含まれる.(57)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101379RetisertR移植前に40~54%であったものが移植後34週の時点で7~14%に減少し,ステロイドの全身投与,結膜下注射,点眼の必要性も大幅に減少している4,5).れて,長さ5mm,幅2mm,厚み1.5mmに成型されている(図3A).実に30カ月もの間,安定して硝子体腔へ薬物徐放が可能である.ぶどう膜炎の再発率が表1各種コントロールドリリース製剤の長所・短所非分解性インプラント生体内分解性インプラント微粒子製剤製剤例VitrasertR,RetisertRSK-0503(OzurdexTM)DE-102IluvienR,I-vationTMトリアムシノロン・アセトニド***使用基剤非分解性高分子生体内分解性高分子生体内分解性高分子ポリビニルアルコール乳酸-グリコール酸共重合体乳酸-グリコール酸共重合体エチレンビニルアセテートポリ乳酸ポリ乳酸シリコーンラミネートなどゼラチンなどゼラチンなど薬物封入タイプ貯蔵(リザーバー)型均質(モノリシック)型均質(モノリシック)型徐放期間半年~数年数カ月**数カ月**長所長期間の安定した徐放除去手術不要注入可能さまざまな形状に成型可能注入部位選択可能短所被膜破損時の薬物大量放出*初期,後期薬物大量放出**初期薬物大量放出**製剤がやや大型有害事象出現時に回収困難ときに除去手術が必要*埋植手術時,破損に注意を要する.**前処置,基材の種類,薬物との配合率を変えることで改善可能.***基剤を必要としない.結膜.留置型OcusertR*,MydriasertR*,LacrisertR*眼内埋植型VitrasertR*,RetisertR*眼内挿入型SK-0503(OzurdexTM)**眼内挿入型IluvienR(MedidurTM)**I-VationTM**NT-501TM**微粒子製剤DE-102**,トリアムシノロン・アセトニド生体内分解性(モノリシック型)非分解性(リザーバー型)アプリケーター細胞隔離半透膜封入細胞PVAらせん型EVAorsilicone薬物図2眼科領域の薬物放出制御システム非分解性高分子の被膜によって薬物を内部に貯蔵するリザーバー型の眼内インプラントか生体内分解性高分子と薬物の均質な混合物を成型したモノリシック型の眼内インプラントや微粒子製剤に大別される.結膜.に留置する徐放製剤でピロカルピン,トロピカミド,hydroxypropylmethylcelluloseをそれぞれ徐放するOcusertR,MydriasertR,LacrisertRが以前に上市されている他,眼内へのDDS製剤としては,非分解性インプラントであるガンシクロビル徐放製剤(VitrasertR)とフルオシノロン徐放製剤(RetisertR)が米国で商品化されている(*).その他,各種DDS製剤の臨床試験が行われている(**).PVA:polyvinylalcohol,EVA:ethylenevinylacetate.1380あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(58)の視力改善を18%に認めている.埋植部位の強膜が長期的に耐久しうるか,抜去可能かなど評価が待たれる.3.眼内挿入型ステロイド徐放製剤:IluvienRIluvienR(旧名:MedidurTM)(pSivida社)は,RetisertRと同じくフルオシノロン・アセトニドを含有する内部貯蔵型の非分解性DDS製剤である.RetisertRと違い,3mmのロッド状の形状をしていて25ゲージ針を用いて経結膜的に硝子体内に挿入可能である.18~36カ月の長期薬物徐放が可能である.糖尿病黄斑浮腫を対象とした第III相試験が進行中である.硝子体中に固定なしで滞留するインプラントが合併症をひき起こさないか,また,必要となった場合に容易に眼外に摘出できるかなど評価が待たれる(図2).4.眼内挿入型ステロイド徐放製剤(生体内分解性):SK.0503,OzurdexTM生体内分解性デキサメタゾン徐放製剤(SK-0503:三和化学,OzurdexTM:アラガン社)が,米国に続いて,国内でも黄斑浮腫を対象に実用化に向けた臨床試験が行われている.このDDS製剤は,デキサメタゾンと生体内分解性高分子である乳酸-グリコール酸共重合体の混合物がシャープペンシルの芯のような形状で22ゲージ針の内腔に装.され,ペンシル型の特殊なアプリケーターにて経結膜的に硝子体腔へ挿入が可能であり(図3C),長期間にわたりデキサメタゾンを徐放させることが可能であり,有効性が示されつつある.後述のマイクロスフェアとともに,侵襲が少なく摘出が不要であるため,ぶどう膜炎に対しても臨床応用が可能であると考えられる.5.ステロイド徐放マイクロスフェア製剤:DE.102生体内分解性ステロイド徐放マイクロスフェア製剤(DE-102:参天製薬)の糖尿病黄斑浮腫に対する臨床試験が国内で実施されている(図3D).トリアムシノロン・アセトニドの使用経験でわかるように,微粒子製剤はさまざまな投与部位(結膜下,Tenon.下,硝子体内,網膜下など)を選択することができる.本試験ではTenon.下投与による有効性の評価を行っているが,優れた有効性を示す反面,ステロイドによる眼圧上昇と白内障の進行も顕著である.移植後34週の時点で60%の症例で眼圧下降剤を必要とし,移植後2年の時点で32%もの症例で濾過手術を必要とした.また,ほとんどの有水晶体眼の症例で白内障手術を必要としたと,RetisertRの使用上の注意に記載されている.ただ,ぶどう膜炎が遷延する症例ではもともと続発緑内障,併発白内障を認める場合も多く,ぶどう膜炎の鎮静化のための優れた持続効果は十分評価できる.2.経結膜ねじ込み型ステロイド徐放製剤:I.vationTMI-vationTM(SurModics社)は,ユニークな長さ5mmのらせん状のねじの形状をしていて,経強膜的に25ゲージ針にて穿刺した部位から毛様体扁平部にねじ込んで固定できるトリアムシノロン・アセトニド徐放製剤である(図3B).925μgのトリアムシノロン・アセトニドを含有し,最高2年間薬物徐放が可能である.糖尿病黄斑浮腫を対象に安全性が示され,さらなる臨床試験が予定されている.治療前の平均網膜厚が376μmに対し,治療開始6カ月の時点で230μmに改善し,15文字以上ABCD図3臨床試験中の徐放製剤A:眼内埋植型ステロイド徐放製剤(RetisertR)(米国ボシュロム社提供).B:経結膜ねじ込み型ステロイド徐放製剤(I-vationTM)(SurModics社提供).C:(生体内分解性)眼内挿入型ステロイド徐放製剤(SK-0503)(三和化学研究所提供).D:ステロイド徐放マイクロスフェア製剤(DE-102)(イメージ).(59)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101381相試験が行われている.カプセルの材質についても徐放したい物質に適した高分子への改良が進められているようである.実用化されるか未知の部分が多いが,抗体やサイトカインを安定供給できるシステムとして期待したい.8.眼内ゲル化製剤滲出型AMDに対する抗VEGF薬の有用性が広く認知されるなか,無硝子体眼において通常の周期での硝子体内投与が無効である問題点が浮き彫りになっている.無硝子体眼に対して有効な,または,現在の治療間隔を延長できる蛋白製剤や核酸製剤の徐放化が,現在,開発者の大きな関心事である.たとえば,SurModics社など硝子体腔に注入後ゲル化する高分子などの開発が進んでいる.ゲル化のための溶媒の網膜への悪影響はないか,ゲル化で蛋白質や核酸の眼内滞留を延長できるか,中間透光体の透明性を損なわないか,眼圧上昇やゲル材料の網膜毒性がないかなど評価が待たれる.III全身投与で眼組織への薬物標的指向化:ターゲティング光感受性物質ベルテポルフィンと光線を組み合わせた光線力学的療法も,血中のリポ蛋白というナノサイズの粒子中に移行したベルテポルフィンが新生血管組織周囲および新生血管の内皮細胞内へ集積する物理化学的,生物学的特性と,外部からの光線照射を巧みに組み合わせたターゲティング療法である.高分子が受動的に炎症や血管新生部位に効率よく送達されることは,実は,生体内で免疫反応のためBリンパ球が産出する免疫グロブリン(Ig)で実践されている.すなわち,IgGの分子量が149,000と通常の蛋白質と比較して大きいことには意味があって,血中に循環する抗体は血中半減期が長く,血管透過性亢進している炎症部位で優位に血管外に出るため,抗体が効率よく炎症部位に送達される.このように液性免疫は生体による受動的ターゲティング療法なのである(図4)8).ところで,癌組織や脈絡膜新生血管組織は透過性亢進した血管が存在するが,周囲に高分子を回収するべきリンパ管が未熟または存在しない特殊な環境下にある.したがって,抗体のような大きな分子は血硝子体内投与も可能と考えられ,無硝子体眼などでの薬物徐放にマイクロスフェア製剤は威力を発揮する可能性を秘めている.6.ステロイド水性懸濁注射液:トリアムシノロン・アセトニド世界中で適応外使用として普及したトリアムシノロン・アセトニドのTenon.下投与および硝子体内投与も生体内分解性高分子などの基材を用いない微粒子(懸濁性)製剤の一種であり,4mgの硝子体内投与で硝子体内半減期が18.6日とされており広義の薬物徐放システムである.脂溶性で局所濃度が最高に達しても有効性が毒性に勝るステロイドの特性によりなせる技である.現在臨床試験中のDDS製剤のほとんどがステロイド徐放製剤であるが,臨床での使用意義という点では,トリアムシノロンと比較して,単回投与の有効期間,治療効果,副作用,費用,治療の簡便性などに関して優れた点がなければならないだろう.または,無硝子体眼におけるトリアムシノロンの硝子体内投与後の半減期が3.2日と短縮するため,このような眼における徐放効果などで活路を見いだすことになるだろう.7.眼内埋植型カプセル化細胞製剤:NT.501生体材料,細胞工学の技術を駆使して開発された斬新なDDSとして注目されるのが,NT-501(Neurotech社)である.単離・培養したヒト網膜色素上皮細胞に,プラスミド導入により毛様体神経栄養因子(ciliaryneurotrophicfactor:CNTF)を持続的に産生するように遺伝子操作を行ったものを半透膜のカプセルに封入したまったく新しい概念のDDS製剤である(図2).抗体が透過せず,細胞性・液性免疫を回避できるため,内部の細胞は異種のものでも癌化細胞でも理論的には使用可能で,内部の細胞が生存するために必要な物質や細胞が産生した蛋白質などはカプセルを透過できるとされる.VitrasertR,RetisertRと同じく,毛様体扁平部に縫合糸で固定される.網膜色素変性症の第I相試験では安全性が示され,また,カプセル埋植後6カ月経過しても内部の細胞は生存していることが確認され,第II相試験が予定されている.現在,萎縮型AMDについても第II1382あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(60)の脈絡膜新生血管モデルへ集積するとの報告もある11).このEPR効果に基づく受動的ターゲティングという概念はもともと癌治療の分野で提唱されたが,眼科領域に応用できる大きな可能性を秘めている.IV遺伝子導入:siRNA(smallinterferingRNA)とAdPEDF遺伝子導入は長期に蛋白発現を誘導したり阻害したりできるため広義のDDSである.最近では,2006年の関連研究でノーベル医学生理学賞を受賞したことで有名になったsiRNAの製剤化に向けた開発が活発である.短い配列の二本鎖RNA(siRNA)を細胞内に導入することによりRNA干渉,すなわち,相補的配列をもつmRNAを分解し蛋白発現を抑制できることが哺乳類でも立証されたことにより,siRNAを用いた特定遺伝子管外に漏出した後,回収されにくく新生血管周囲に集積する傾向がある.これをenhancedpermeabilityandretentioneffect(EPR効果)とよぶ(図5)8).ただし,分子量が大きすぎると,血液循環において,肝臓,脾臓などの細網内皮系や肺組織に回収される傾向があるので,EPR効果を得るために最適な分子量というものがあり,ポリエチレングリコール,デキストランや,ポリビニルアルコールなどの直鎖型の水溶性高分子の場合,分子量22万ぐらいが最も効率よく集積効果が得られる.これらの水溶性高分子の生体適合性については,たとえばマクジェンRに安定化と眼内滞留性向上のため,ポリエチレングリコールが付加されている身近な例が示すように問題ないことは示されている.このような概念のもとで,筆者らは,血管新生阻害作用を示す低分子量薬剤のTNP-470と,ペプチド製剤としてインターフェロンを高分子化し,家兎の脈絡膜新生血管モデルで効果を調べたところ,高分子化していない同一薬剤に比較し,脈絡膜新生血管組織への集積効果(EPR効果)(図5)と,より低容量,より少ない治療頻度で治療効果の向上を確認した9,10).また,ミセル粒子が,EPR効果によりラット高分子薬剤③副作用軽減≪*②ターゲティング①血中半減期延長腎臓肺/RES正常組織網膜脳新生血管炎症部位=低分子量薬剤副作用大/効果少図4高分子の受動的ターゲティング特性通常の低分子量薬剤は尿中排泄率が高く全身に均一に分布するため,効果が得られにくく,副作用が問題となる.高分子は①血中半減期が長く,②血管透過性亢進部位(血管新生・炎症部位)に送達(ターゲティング)されやすい.同時に③副作用軽減につながる.ただし,あまり巨大分子になると肺や細網内皮系(reticuloendothelialsystem:RES)に捕縛されやすい(*).(文献8より)ECADB脈絡膜新生血管高分子網膜色素上皮視細胞外節脈絡膜毛細血管板図5脈絡膜新生血管へのEPR効果家兎の脈絡膜新生血管モデルを作製し,脈絡膜新生血管を蛍光眼底造影(A,B)で確認後,蛍光色素標識高分子(A,C同一眼)と蛍光色素のみ(B,D同一眼)を静脈内投与24時間後に蛍光顕微鏡で観察を行う(C,D)と,脈絡膜新生血管周囲には高分子が集積しているのがわかる.眼内にリンパ管が存在しないので,脈絡膜新生血管周囲に漏出した高分子は回収されにくく集積する傾向がある(EPR効果)(E).(文献8より)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101383の抑制に関する臨床研究が多数行われている.滲出型AMDに対しても,VEGFを標的としたbevasiranibsodium(Cand5)(OpkoCorp.)とVEGFR-1を標的としたsirna-027(SirnaTherapeutics,Merck)による臨床試験が行われ,一定の治療効果と安全性が示されつつある.siRNAは,抗VEGF療法と異なり,すでに分泌されたVEGFの作用を阻害するのではなく,新たなVEGFやVEGF受容体の産生をおそらく持続的に抑制して作用を発揮すると考えられている.そのため,抗VEGF療法のような即効性はなく,数週間後に効果が現れてある程度持続的効果を発揮するらしい.sirna-027の単回の硝子体内投与後12週間で視力改善15%,不変77%,悪化8%であった.その他,VEGFに非依存的に血管新生に関与しているとされるRTP801遺伝子をターゲットとしたPF-04523655(Pfizer,QuarkPharmaceuticals,Inc.)による滲出型AMDと糖尿病網膜症に対する第II相臨床試験が行われている.ただ,現状では問題点も多い.遺伝子治療の分野では,細胞内への遺伝子導入の障壁となる細胞膜通過という克服すべき問題がある.遺伝子導入率向上のために,ウイルスベクターや,安全面からウイルス由来の物質の使用を避けてリポソームなどの非ウイルス性ベクターの開発に関する研究分野が存在する.siRNAに関しても例外でなく,invitroの実験ではリポフェクタミンなど陽電荷の試薬を併用することにより導入効率を上げて使用されるが,このような陽電荷試薬は細胞膜への影響力をもち,それは細胞毒性につながる要素でもある.このように,臨床試験において,単純に硝子体内投与しても導入されない可能性が高い.さらに,修飾なしのsiRNAは血中半減期が10秒と非常に不安定で,安定性を向上させるため化学修飾による工夫が施されているが,RNA干渉の活性も低下している可能性がある.さらに,特許の問題,コストの問題などが開発の障壁となっている.また,Toll-likereceptor3などを介した非特異的作用や免疫応答性などが問題となりうる12).ウイルス性ベクターを使用した薬剤の臨床試験も進んでいる.色素上皮由来因子(pigmentepitheliumderivedfactor:PEDF)は抗血管新生作用を有するサイトカインであり,アデノウイルスベクターを用いPEDF遺伝子導入のために製剤化されたものがAdPEDF(Gen-Vec社)であり,現在,硝子体内投与でphaseIが終了し,安全性が確認されている.網膜色素変性症などの遺伝疾患に対しては根本治療として遺伝子導入に期待したいが,AMDなどの加齢性の慢性炎症疾患に対する開発では抗炎症が必ずしもよいとは限らず,遺伝子発現の操作による長期的な生理機能への影響など注意して評価していく必要がある.おわりに現在,多くのDDS製剤の開発が進んでいるが,臨床応用に近いものの多くはステロイド製剤であり,トリアムシノロン・アセトニドを超える薬効が得られることが要求されるであろう.滲出型AMDを対象に,国内でも2008年以降,いわゆる抗VEGF療法の時代となり,硝子体内投与はおおむね安全で有効なものとして広く認識されるようになった.しかし,硝子体内投与をくり返すことは低頻度であっても眼内炎や脳梗塞など重篤な合併症が懸念される.また,硝子体内投与時に注射針により水晶体を損傷した場合はその後の滲出型AMDの治療に重大な影響をもたらしうるため重大な合併症である.すなわち,このような症例で進行してきた白内障では後.破損を認める場合が多く,白内障手術時に前部硝子体切除を行わざるをえない場合があるが,硝子体手術を施行した無硝子体眼と同様,術後の眼内での抗VEGF薬の滞留性が低下して,従来の1カ月ごとの硝子体内投与で有効性が得られなくなることが推定される.このように,今後,低分子量の薬物の徐放システムの開発だけでなく,ラニビズマブやペガプタニブなどの高分子量の蛋白製剤や核酸製剤の硝子体内投与の投与回数を減らすことができるDDSや無硝子体眼でも有効なDDSの開発が求められるであろう.文献1)YasukawaT,OguraY,TabataYetal:Drugdeliverysystemsforvitreoretinaldiseases.ProgRetinEyeRes23:253-281,20042)GhateD,EdelhauserHF:Oculardrugdelivery.ExpertOpinDrugDeliv3:275-287,20063)久納紀之:眼科DDS(2)放出制御.III.治療への応用.眼科における最新医工学.臨眼59(11):230-237,2005(61)1384あたらしい眼科Vol.27,No.10,20104)CallananDV:Novelintravitrealfluocinoloneacetonideimplantinthetreatmentofchronicnoninfectiousposterioruveitis.ExpertRevOphthalmol2:33-44,20075)JaffeGJ,MartinD,CallananDetal:Fluocinoloneacetonideimplant(Retisert)fornoninfectiousposterioruveitis:thirty-four-weekresultsofamulticenterrandomizedclinicalstudy.Ophthalmology113:1020-1027,20066)安川力,木村英也,小椋祐一郎:生体分解性高分子による強膜プラグ.あたらしい眼科18:15-25,20017)KimuraH,OguraY:Biodegradablepolymersforoculardrugdelivery.Ophthalmologica215:143-155,20018)安川力:加齢黄斑変性:新しい薬物療法の可能性.あたらしい眼科24:303-315,20079)YasukawaT,KimuraH,TabataYetal:Targeteddeliveryofanti-angiogenicagentTNP-470usingwater-solublepolymerinthetreatmentofchoroidalneovascularization.InvestOphthalmolVisSci40:2690-2696,199910)YasukawaT,KimuraH,TabataYetal:Targetingofinterferontochoroidalneovascularizationbyuseofdextranandmetalcoordination.InvestOphthalmolVisSci43:842-848,200211)TamakiY:Prospectsfornanomedicineintreatingagerelatedmaculardegeneration.Nanomedicine4:341-352,200912)KleinmanME,YamadaK,TakedaAetal:Sequenceandtarget-independentangiogenesissuppressionbysiRNAviaTLR3.Nature452:591-597,2008(62)