特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1565.1569,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1565.1569,2011OrbitalInflammatoryDisease前久保知行*中馬秀樹*はじめに眼窩の炎症性疾患はさまざまな原因により生じ,甲状腺眼症やWegener肉芽腫症,サルコイドーシスのような免疫介在性の疾患や眼窩蜂巣炎,眼窩アスペルギルス症など感染性疾患がある.特発性眼窩炎症(idiopathicorbitalinflammation)は眼窩付属器に非特異的な炎症が生じるもので,以前は炎症性偽腫瘍とよばれていた.炎症が,特に外眼筋に起こるものを特発性眼窩筋炎といい,特発性眼窩炎症の亜形として考えられている.眼窩炎症性疾患の特徴は,急性発症であり,進行も急速であることが多く,疼痛を強く訴える.外眼筋を侵すと複視を生じ,眼球突出もみられる.今回は,「目が赤い」症例における鑑別のうえで重要な眼窩疾患の特徴的所見といくつかの代表的な疾患について,まとめて解説する.I症状多くの症例で充血,眼球周囲痛,眼違和感,流涙,複視を訴える.また,腫脹や炎症の波及に伴い視神経障害が生じると視力障害,視野障害,色覚障害などを訴える.症状の進行は急性に発症し,急激な進行を呈するものも多く,注意が必要である.II検査1.眼窩評価触診により圧痛の評価を行う.眼瞼外上方に痛みが認められれば,涙腺疾患である可能性がある.眼球突出を評価することは重要であり,Hertel眼球突出計での評価が有効である.日本人の平均値は約15mmとされている1)が,個体によるばらつきが大きいため,左右差(患側が2mm以上突出)を参考にする.眼窩内の腫瘍性病変を評価するために閉瞼してもらい,眼球を後方に圧迫し,抵抗があるかを評価する.両眼を評価し,抵抗に左右差があれば陽性と考え,腫瘍性病変を疑う.2.眼瞼評価最も一般的な所見は眼瞼浮腫である.しかし,これは非特異的な反応である.眼瞼の評価のうえで重要となるのは,上方視から下方視と眼球運動に伴い,眼球に合わせ上眼瞼が下降するかを評価することである.Lidlagは甲状腺眼症で特異的にみられる所見で,上方視より下方視を素早く施行させたときに上眼瞼の下降が遅れる.この所見を認める場合には甲状腺眼症を強く疑う.3.視神経視力障害や視野障害などの変化は,視神経障害の後期の所見である.早期の視神経障害を鋭敏に評価するために,RAPD(relativeafferentpupillaydefect;相対的入力瞳孔反応異常)を評価することが重要である.4.眼球運動炎症により外眼筋が障害されると運動制限が生じる.*TomoyukiMaekubo&HidekiChuman:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕前久保知行:〒889-1692宮崎県宮崎郡清武町大字木原5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(53)1565その障害が単眼性か両眼性か,眼球運動痛が存在するか,そして眼球運動痛はどの方向で増強するかが重要である.5.採血検査・画像評価採血検査については,病歴聴取や眼科的検査において鑑別診断を行い,必要な検査を計画する.基本的にはCRP(C反応性蛋白),血沈,血算は必須である.甲状腺眼症を疑うときには抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体),抗サイログロブリン抗体(抗TG抗体)抗甲状腺刺激ホルモン(抗TSH)レセプター抗体を評価(,)する.また,鑑別診断のうえでANCA(antineutrophilcytoplasmicantibody)も診断に必要となることがある.画像評価については,超音波,眼窩部CT(コンピュータ断層撮影),眼窩部MRI(磁気共鳴画像)を行う.超音波は眼窩内に腫瘍性変化がみられるときに異常の有無の評価を行うのには適しているが,詳細な評価は困難である.緊急時には,まず眼窩部CTを撮影し,さらに病変性状の評価を必要とする場合には眼窩部MRIを検討する.それぞれの疾患の放射線学的特徴と眼科的所見,経過などを考慮し,必要があれば生検を検討する.III各疾患について1.甲状腺眼症甲状腺眼症における眼症状は,急性期の炎症性変化として結膜充血(筋付着部),眼瞼後退(図1),眼窩部痛がみられる.Lidlag(Graefe徴候)所見は甲状腺眼症に特異的であり,診断に有用である.慢性期は,眼球突出(図2),眼球運動制限,高眼圧がみられる.眼球運動障害は外眼筋の肥大,伸転障害を生じ,複視を訴える.侵される外眼筋としては下直筋が最も多く,内直筋,上直筋,外直筋の順の頻度で障害される.すなわち上転障害が最も多く,つぎに外転障害が多い(図3).甲状腺眼症の診断では,多くの場合甲状腺機能亢進症の既往があるため,診断に有用となるが,眼症状のみが先行する場合も少なくない.甲状腺ホルモン検査〔FT3(遊離トリヨードサイロニン),FT4(遊離サイロキシン),TSH〕にて甲状腺機能の状態を判定する.しかし,眼症状を主訴に初診した甲状腺眼症患者のTSH,FT3,1566あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011図1甲状腺眼症―正面視時の眼瞼後退(Dalrymplesign)図2甲状腺眼症―眼球突出図3甲状腺眼症―眼窩部CT両下直筋,右上直筋に肥厚を認める.FT4の約半数は甲状腺機能正常(euthyroidGraves)とされる2)ため,甲状腺機能亢進症がないからといって,甲状腺眼症は否定できない.そのため,甲状腺自己抗体である抗TSHレセプター刺激抗体(TSAb),抗TPO抗体,抗TG抗体の評価を優先する.しかし,甲状腺眼症における抗体陽性率は3つのうちいずれか1つが陽性である率も75%にとどまる.そのため,血液検査で異常がなかったとしても,否定することはできず,眼所見から診断する必要がある.治療においては急性期と慢性期で区別し,治療にあたることが重要である.急性期には消炎が中心となるが,治療選択において炎症の活動性の指標としてMouritsらのclinicalactivityscore3)が提唱されており,副腎ステロイド,放射線治療の選択に参(54)考とされる.2.特発性眼窩炎症特発性眼窩炎症は眼窩付属器の炎症性疾患で,外眼筋,眼瞼,涙腺,視神経周囲,眼窩先端部などさまざまな部位に炎症を認める.そのなかで,外眼筋を障害するものを特発性眼窩筋炎,視神経周囲に炎症を生じるものを特発性視神経周囲炎とよぶ.臨床的な特徴は,突然の発症であり,強い発赤,腫脹,疼痛を伴う(図4,5).眼球運動痛,複視,眼瞼下垂もみられる.特発性眼窩炎症の診断において重要となるのは鑑別診断である.眼窩筋炎との鑑別では,頻度の高い疾患として,甲状腺眼症があげられる.原因は異なるものの,ともに炎症性疾患であるため,臨床症状が類似する.そのため,自己抗体の評価ならびに甲状腺眼症で特異的にみられる,Graefe徴候を認めるかどうかも重要な鑑別となる.腫瘤性炎症との鑑別で重要となるのがmucosa-associatedlymphoidtissue(MALT)リンパ腫である.ステ図4特発性眼窩炎症図5特発性眼窩筋炎―眼窩部CT全外眼筋の肥厚を認める.ロイドの投与による診断的治療については,特発性眼窩炎症とMALTリンパ腫の奏効率に差がなく,鑑別には利用できない.そのため,必要があれば積極的に生検を検討する.眼窩先端部の病変においては,眼窩真菌症との鑑別が重要となる.眼窩真菌症は副鼻腔よりの浸潤であるため,副鼻腔の画像評価が重要になるとともに,糖尿病,易感染状態などの背景があることが多く,診断に注意する.また,難治性の場合や副鼻腔内に変化を認める際にはWegener肉芽腫症4)などのANCA関連性疾患に注意しなければならない.特発性眼窩炎症はさまざまな原因や病態で発症する.その背景として自己免疫や免疫不均衡が関与するものと考えられるが,不明な点もいまだ多い.治療の中心はステロイドとなり,多くの症例で早期に改善する.しかし,症例によっては抵抗性で,免疫抑制剤も併用される.特発性眼窩炎症とされている疾患群のなかに,多様な病態があるものと推測される.3.IgG4関連病変(図6,7)近年,特発性眼窩炎症の一部の症例で免疫グロブリン(Ig)G4陽性の形質細胞が浸潤していることが知られる5)ようになり,眼付属器リンパ増殖性病変における新たな話題となっている.IgG4関連疾患は,自己免疫性膵臓炎の患者で血清IgG4陽性形質細胞が浸潤していることが報告され,硬化性唾液腺炎や後腹膜線維症などが合併することがわかってきた.眼窩領域においては慢性硬化性涙腺炎,Mikulicz病との関連が指摘されている.本疾患の眼症状はステロイドによく反応するとされるが,全身臓器の合併症をもつことがあり,全身精査を行わなければならない.両側の涙腺腫脹を認めた場合には,本疾患も念頭に置き,IgG測定とともに生検によるIgG4染色も検討する必要がある.4.眼窩蜂巣炎眼窩蜂巣炎は急性涙.炎,急性涙腺炎,副鼻腔炎,麦粒腫などの細菌性炎症が眼窩内に波及するものや敗血症による眼窩内への転移,外傷による異物感染によるものがある.培養の提出も必須であるが,結果が出てから抗生物質(55)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111567図6IgG4関連Mikulicz病―両側涙腺腫大(矢印)図8眼窩蜂窩織炎結膜充血,結膜浮腫を認める.の投与を行うのでは遅い.画像診断を行い,培養提出を行った後,すぐに抗生物質の投与を始める.ここで外傷性眼窩蜂巣炎の一例を紹介する(図8,9).70代男性,畑仕事中に転倒し,左眼窩部内上縁を受傷した.当日,近医を受診され,受傷部の処置のみを行われ帰宅されたが,翌日より激しい充血,眼痛を生じ,当院へ紹介となった.眼窩部CTで眼窩先端部近傍に異物所見を認め,当日に異物(竹)除去術を行った.皮膚創が小さく,軽度であったとしても眼窩内への異物刺入は十分に注意しなければならない.5.眼窩真菌症(図10)眼窩真菌症は稀な疾患であるが重症化しやすく,失明1568あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011図7IgG4関連Mikulicz病―眼窩部MRI図9外傷性眼窩蜂巣炎の一例―眼窩部CT矢印部に異物(竹)を認めた.のみならず死に至る重要な疾患である.眼窩先端部病変において,ステロイドの投与を検討する際には必ず真菌症の所見がみられないか確認し,除外しなければならない.眼窩真菌症では,前部に炎症がある場合に眼瞼の発赤,腫脹,結膜充血が認められる.深部にみられる際には眼球運動障害,眼球突出を認め,視神経障害を生じると視力低下を呈する.眼窩真菌症は,外傷以外では糖尿病や免疫不全状態の患者に起こり,また,慢性副鼻腔炎の既往や鼻・副鼻腔の手術歴が重要となる.原因菌はアスペルギルスが最も多く,接合菌,カンジダ,クリプトコックスなどの報告がみられる.臨床症状から眼窩真菌症が疑わしい場合は,早期に眼窩部CT,MRIを撮影し,血清学的検査を行うとともに可能であれば病巣より(56)図10左眼窩アスペルギルス症の一例―造影頭部CT眼窩内側壁より肉芽腫性病変を認めた(矢印).の培養,病理評価を行う.その場合には鼻腔からのアプローチを耳鼻科に依頼することも必要となる.治療に関しては,抗真菌薬の全身投与とともにアムホテリシンB(AMPH-B)の球後注射も有効との報告がある5).抗真菌薬の使用においては深在性真菌症のガイドライン作成委員会よりのガイドライン2007が参考になる.浸潤性の強いアスペルギローマの場合には,眼窩内容除去術まで必要とし,徹底した病巣掻爬を行わなければならない.6.涙腺炎涙腺炎は感染性のものと非感染性のものに大別できる.臨床所見としては上眼瞼外側の腫脹や発赤,球結膜の上耳側から円蓋部にかけての充血がみられる.感染性の原因になるものとして,細菌(黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,梅毒)やウイルス(ムンプスウイルス,帯状疱疹ウイルス)などがあげられる.細菌性感染の場合,涙腺からの排出導管を介した逆行性感染と敗血症に合併するものがある.非感染性のものにはサルコイドーシス,Mikulicz症候群などがあげられる.まず,感染性による涙腺炎か否かを考え,眼脂培養を提出する.感染性涙腺炎においては抗菌薬,抗ウイルス薬を使用する.非感染性涙腺炎に対してはステロイド投与を行うが,鑑別が困難な際にはまず抗菌薬の投与を行い反応不良の場合,生検を検討する.おわりに眼窩内炎症による「目が赤い」症例は,ときに急激な進行を認め,重症化するものがある.症状,眼科的検査により鑑別を行い,必要な検査を迅速に計画し,治療へと進む必要がある.さまざまな原因を常に頭に入れ,治療に対し,抵抗性であった際にはもう一度,診断を検討し直すことも重要となる.文献1)中山智彦,若倉雅登,石川哲:今日の日本人の眼球突出度について.臨眼46:1031-1035,19922)長内一,大塚賢二,中村靖ほか:甲状腺眼症242例における臨床的血液学的検討.あたらしい眼科15:10431047,19983)MouritsMP,KoornneefL,WiersingaWFetal:ClinicalcriteriafortheassessmentofdiseaseactivityinGraves’ophthalmology:anovelapproach.BrJOphthalmol73:639-644,19894)TarabishyAB,SchulteM,PapaliodisGNetal:Wegener’sgranulomatosis:clinicalmanifestations,differentialdiagnosis,andmanagementofocularandsystemicdisease.SurvOphthalmol55:429-444,20105)CheukW,YuanHK,ChanJK:Chronicsclerosingdacryoadenitis:PartofthespectrumofIgG4-relatedsclerosingdisease?AmJSurgPathol31:643-645,20076)WakabayashiT,OdaH,KinoshitaNetal:RetrobulbaramphotericinBinjectionsfortreatmentofinvasivesinoorbitalAspergillosis.JpnJOphthalmol51:309-311,2007(57)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111569