———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCOPYはじめに厚生労働省の感染症サーベイランスの報告数から推計すると,流行性角結膜炎(epidemickeratoconjunctivi-tis:EKC)(図1)はわが国では年間約70万~130万人が罹患すると考えられている.夏期に発症数のピークがみられる分布を例年くり返すが,眼科における感染症のなかでは,きわめて多数の患者がみられる疾患である.EKCに加えて,咽頭結膜熱(pharyngoconjunctivalfever:PCF)(図2),急性出血性結膜炎(acutehemor-rhagicconjunctivitis:AHC)(図3)の3疾患がいわゆるウイルス性結膜炎として臨床的に取り扱われる.ウイルス性結膜炎は市中感染だけでなく,院内感染の原因としても重要であり,2003年にはじめてその診療ガイドラインが「ウイルス性結膜炎ガイドライン」1)としてまとめられた.このガイドラインは日本眼科学会雑誌(日(3)869炎81401807451特集●眼科のガイドライン早わかりあたらしい眼科26(7):869~873,2009ウイルス性結膜炎ガイドラインGuidelinesforViralConjunctivitis内尾英一*大野重昭**図1流行性角結膜炎アデノウイルス37型による症例.強い結膜充血と偽膜を呈する重症例.図3急性出血性結膜炎エンテロウイルス70により,広範な球結膜下出血がみられた.図2咽頭結膜熱白苔を伴う咽頭炎の症例で,中等度の濾胞性結膜炎を示した.———————————————————————-Page2870あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009(4)III鑑別診断鑑別診断については,結膜炎を呈する代表的な疾患のなかで,ウイルス性結膜炎を診断するためのポイントが記載され,フローチャートでわかりやすく解説されている.鑑別の着目点としては,眼脂の性状,耳前リンパ節腫脹,両眼性か否か,結膜病変の特徴などである4).IV臨床像この章ではアデノウイルス,エンテロウイルス,単純ヘルペスウイルス,クラミジアのそれぞれの結膜炎の臨床症状が詳しく述べられている5).アデノウイルス結膜炎の臨床像のなかでは,結膜炎症状が重症なD種の病変に関して,B種に比して増殖速度が遅いことから,重層上皮の結膜において,上層部が脱落してもより深層に感染が持続しているために,ウイルス量が多く,症状の持続も長くなるという説明がされている.発症10日後頃からしばしば出現する角膜上皮下混濁病変について,点状表層角膜症との混同を防ぎ,その病態をより直接的に表現する用語として,多発性角膜上皮下浸潤(multi-plesubepithelialcornealinltration:MSI)という用語が提唱されている.MSIはその後の論文や学会発表などの場では使用されるようになっており,ガイドラインから新しい用語が定着した例といえる.単純ヘルペスウイルス結膜炎は角膜炎に特徴的な所見や眼瞼病変を欠く病型であり,1型で確認されている6)が,感染症サーベイランスの検査定点から得られたデータにおいて,ウイルス結膜炎とりわけアデノウイルス結膜炎と診断される症例のなかで単純ヘルペスイウルスが約5%を占めることが報告されてから,その存在が明らかになったものである.単純ヘルペスウイルス2型結膜炎は単独ではみられず,初感染例で,通常眼瞼病変を伴う.V検査ウイルス性結膜炎の診断は迅速診断キットを中心に行われているが,最初に導入されたアデノチェックR(明治乳業)に代表されるように7),すべて免疫クロマトグラフィー法による迅速診断キットである(表1).キットは最近も新しい製品が販売されているが,代表的なキッ眼会誌)に掲載され,その後に続いて,種々の眼科領域のガイドラインが同誌に掲載される最初のものにあたる.I構成このガイドラインは,疫学,鑑別診断,臨床像,検査,治療,院内感染対策,ウイルス性結膜炎の説明例の順に記載されている.日眼会誌の体裁で,35ページと,全体として,かなり詳細にわたる内容で,他のガイドラインと比較してボリュームが多いものであった.紙面の都合上,すべての内容に触れることはできないが,以下このガイドラインの内容の概略を述べてみたい.II疫学「疫学」についてまず述べられているが,これはウイルス性結膜炎が感染症サーベイランスとして,眼科医によって診断された患者数が全国的に把握されている唯一の眼疾患であるということと,EKCには夏期に大きく,冬期に小さなピークがある特徴的な流行パターンがあることなど,疫学上の知見が臨床的に重要な疾患であるからである2).主要な血清型が年によって変化することが触れられているが,これはその後も続いており,2004年は37型,2005年は8型,2006年は3型,2007年は37型がそれぞれ最も多かった.現在臨床で後述するように汎用されている免疫クロマトグラフィー法診断キットは,使用している抗体によって血清型および種による感度が異なっている.そのためインターネット上で若干のタイムラグはあるが,得ることのできる感染症サーベイランスデータは眼科の臨床と無関係ではなくなっている.従来8型に分類されていた8型変異株は約10年前頃から,わが国の多くの施設から分離されていたが,最近53型という新しい血清型であることが確定した3)ので,今後は報告される血清型の分布にも変動が生じると考えられる.本ガイドラインではアデノウイルス以外にエンテロウイルス,単純ヘルペスウイルス,クラミジアによる結膜炎についても記載されている.エンテロウイルスの大流行は近年みられなくなっているが,感染症のグローバル化や新興感染症の面から今後も注意が必要である.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009871(5)ロマトグラフィー法キット(アレルウォッチR涙液IgE;日立化成)が認可され,臨床応用された11).アレルギー性結膜疾患においては,重症型の春季カタルでは感度は100%だが,アレルギー性結膜炎では63.3~66.7%と高率ではない.アデノウイルス免疫クロマトグラフィー法キットと同様に,特異度は100%とされているので,陽性であれば,ウイルス性結膜炎を否定する根拠となる.今後は非感染性結膜炎との鑑別の点から数種類の診断キットを組み合わせた検査法が診断のスタンダードとなることが推測される.VI治療アデノウイルスに対する特異的な抗微生物薬は現時点ではなく,アデノウイルス結膜炎の治療は,発症初期には,感染予防の目的で抗生物質ないし合成抗菌薬の点眼治療で経過を観察し,MSIに対してステロイド薬点眼を行うのが一般的であり,ガイドラインにもこのように記載されている12).抗菌点眼薬の選択については,クラミジアに対する効果が期待されることから,マクロライド系,ニューキノロン系が候補となるが,使用上の注意が必要である.また,初期の角膜病変から角膜ヘルペスをアデノウイルス結膜炎と見誤ることがあるため,ステロイド点眼薬は慎重に用いる必要がある.非ステロイド性抗炎症点眼薬は抗ウイルス作用はないが,他薬剤と比べると安全性の点でメリットがあるため,再認識が必要ではないかとガイドラインで記載されている.結膜偽膜の除去については,瘢痕化の防止から除去が考慮されているが,小児例などでは無理にがすことによる出血がかえって瘢痕化を助長する可能性もあるので,慎重に行トにおいても,感度を向上させた新型ないし改良キットが導入されている8,9).アデノチェックRの結膜炎からの感度は73.5%に達しており8),キャピリアRアデノアイ(日本ベクトンディッキンソン)は66.4%である9).原理的にいずれも同じであるため,迅速診断キットの感度に大きな差はない.しかし,ヘキソンに対する抗体の血清型が異なっているところに各キットの相違点がある.そのために,年によって感度の優劣が結果としてみられる.これは流行する血清型が年によって異なるわが国の疫学的特徴に由来するものであり,流行し続けているアデノウイルスの生物学的性質が免疫クロマトグラフィー法を通して臨床に影響を与えていることになる.このように向上したとはいえ,免疫クロマトグラフィー法キットの感度は100%ではないので,陰性であってもアデノウイルス結膜炎を否定できない.その場合は結膜擦過物の塗抹検体の鏡検を積極的に行うべきとガイドラインでは記載されている10).それでも診断がつかない場合は,エンテロウイルス,単純ヘルペスウイルス,クラミジアに関する病因検査を進めていくということになる.これらには単純ヘルペスウイルス,クラミジアの蛍光抗体法キット(MicroTrakR)やクラミジアの酵素抗体法キット(イデイアTMPCEクラミジア)など,診察室レベルで行えるものもあるが,最近はpolymerasechainreaction(PCR)法が広く行われている.健康保険が適用されない問題点はあるが,アデノウイルスを含め,単純ヘルペスウイルス,エンテロウイルス,クラミジアを同時に鑑別することもできるので,今後も用いられる頻度は増加すると考えられる.ごく最近,アレルギー性結膜炎の診断用に涙液総IgE(免疫グロブリンE)検出用の免疫ク表1アデノウイルス免疫クロマトグラフィー法キット製品名発売元保存法有効期間保険点数アデノチェックR明治乳業室温17カ月210ディップスティック・アデノR栄研化学室温18カ月60*イムノカードSTRアデノウイルス東レフジバイオニクス4~30℃12カ月210アデノテストADRシード室温17カ月210キャピリアRアデノ日本ベクトンディッキンソン2~30℃13カ月210クイックチェイサーRAdeno咽頭/角結膜ミズホテディー室温18カ月210*:糞便検査用,いずれのキットも検体検査判断量144点を別に請求.———————————————————————-Page4872あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009(6)て,網膜離などの緊急手術を行う必要がある場合は,原則的に避けたほうがよいが,やむをえず手術を行わざるをえないこともある点などが述べられている.院内感染によって罹患した患者から訴訟を提起される問題については,本来病気のなかった眼に医療行為によって結膜炎を発症させてしまうことは「リスク」に他ならないので,誠意ある対応が訴訟に至るかどうかの分岐点になることも触れられている.おわりにウイルス性結膜炎は原因治療法が確立されていないにもかかわらず,経過期間中に自然治癒する疾患であるために,積極的な治療の対象となることは少なかった.しかし,ひとたび院内感染が眼科病棟で発生すると,入院患者への手術などの必要な治療が行えなくなることも隣り合わせである.本ガイドラインはウイルス性結膜炎の検査,診断,治療を網羅したガイドラインであり,眼科臨床医はその内容を理解することが望まれる.なお,ウイルス性結膜炎の院内感染に対する新たなガイドラインが現在まとめられており,近く日眼会誌誌上で提示されることになっていることを最後に付け加えておく.追記:本稿を執筆後,日眼会誌第113巻1号(2009年)に「アデノウイルス結膜炎院内感染対策ガイドライン」が掲載されたので参照されたい.うべきであると述べられている.VII院内感染対策アデノウイルスによる大規模な院内感染は依然として起こっており,近年の医療を取りまく状況の変化もあって,社会問題化する事例もある.防止できるかどうかははっきりしていないにもかかわらず,ひとたび院内感染を生じると医療者側の責任が追及されることも少なくない.ガイドラインでは,院内感染対策に一つの章を割いて,院内感染防止対策として,滅菌消毒法,発症者発見の方法,感染者への対応などを,院内感染発生後の対策として,状況把握法,拡大防止策,患者への対応の仕方などが記載されている13).免疫クロマトグラフィー法キットはその簡便さから広く臨床で使用されており,院内感染の場合も同様だが,感度の問題もあり,その結果が特に陰性の場合の取り扱いについては医師以外のスタッフにも十分な理解を徹底させることが必要である.鋭敏なPCR法によって,最近,院内感染例における無症候例からアデノウイルスDNAが検出された報告がある14)が,これはその後に典型的な結膜炎所見を生じていないことや術後炎症との鑑別の困難さなどもあり,潜伏期症例がアデノウイルス感染のリスクとなるかどうかについては,まだ意見が定まっていない.本ガイドラインではすべての潜伏期患者がウイルスを排出しているとして対応すべきであるとしている.VIIIウイルス性結膜炎の説明例本ガイドラインの末尾には,診療現場で患者や家族から寄せられることの多い質問にどう答えるかというテーマが,Q&A形式でまとめられている.他のガイドラインではあまり目にすることのない部分だが,伝染性疾患であるウイルス性結膜炎の性質からガイドラインに組み入れられたものである15).患者からの質問として,登校,就労までの期間やプールには治癒後1カ月は控えるべきであること,コンタクトレンズ装用を中止すべきこと,特異的な治療薬はないが,点眼薬の過剰使用は避けるべきことなどがわかりやすく述べられている.また医療従事者からの質問に関する回答例も述べられている.迅速診断キットの限界を理解すること,発症者に対し語解説アデノウイルス53型:1995年以降日本各地の多くの院内感染株で同定されていた8型の変異株は,中和反応では,8型,9型中和血清により,ともに不完全に中和される性質があり,遺伝子解析からは,ファイバーとヘキソンがともに変異した新しい遺伝子型であることがわかった.2008年の第14回国際ウイルス学会議(InternationalCongressofVirology;Istanbul)で新しい血清型として52型とともに承認され,今後53型と呼称されることが決まった.D種の新しい血清型であり,わが国で発見された初めてのアデノウイルスの血清型でもある.近年,8型に属する遺伝子型の株は他に分離されておらず,わが国のD種アデノウイルス血清型は19型,37型と53型の3血清型に変化した.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009873(7)8)有賀俊英,三浦里香,田川義継ほか:改良版アデノチェックRの臨床的検討.臨眼59:1183-1188,20059)大口剛司,有賀俊英,三浦里香ほか:アデノウイルス迅速診断キット「キャピリアRアデノ」の検討.臨眼59:1189-1192,200510)中川尚:第4章検査.日眼会誌107:17-23,200311)中川やよい,石崎道治,岡本茂樹ほか:アレルギー性結膜疾患に対する涙液中総IgEのイムノクロマトグラフィー測定法の臨床的検討.臨眼60:951-954,200612)井上幸次:第5章治療.日眼会誌107:24-26,200313)薄井紀夫:第6章院内感染対策.日眼会誌107:27-32,200314)KanekoH,MarukoI,IidaTetal:Thepossibilityofhumanadenovirusdetectionfromtheconjunctivainasymptomaticcasesduringnosocomialinfection.Cornea27:527-530,200815)薄井紀夫:第7章ウイルス性結膜炎に関する説明例.日眼会誌107:33-35,2003文献1)大野重昭,青木功喜:ウイルス性結膜炎のガイドライン.日眼会誌107:1,20032)内尾英一:第1章疫学.日眼会誌107:2-7,20033)IshikoH,ShimadaY,KonnoTetal:Novelhumanadeno-viruscausingnosocomialepidemickeratoconjunctivitis.JClinMicrobiol46:2002-2008,20084)岡本茂樹:第2章結膜炎の鑑別診断.日眼会誌107:8-10,20035)青木功喜,井上幸次:第3章臨床象.日眼会誌107:11-16,20036)UchioE,TakeuchiS,ItohNetal:Clinicalandepidemio-logicalfeaturesofacutefollicularconjunctivitiswithspe-cialreferencetothatcausedbyherpessimplexvirustype1.BrJOphthalmol84:968-972,20007)UchioE,AokiK,SaitohWetal:Rapiddiagnosisofaden-oviralconjunctivitisonconjunctivalswabsby10-minuteimmunochromatography.Ophthalmology104:1294-1299,1997