———————————————————————-Page1(113)3950910-1810/09/\100/頁/JCLS45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(3):395398,2009cはじめに近年の優れた広域スペクトルの抗菌薬の開発・使用によって感染性角膜炎の治癒率は向上してきた感がある.一方において,耐性菌の出現や抗菌薬が無効である真菌やアカントアメーバによる角膜炎の増加,角膜感染の契機として重要なコンタクトレンズ(CL)の普及と消毒方法の変化に伴い,感染性角膜炎の様相も変化してきている1).そこで,筆者らはNTT西日本九州病院眼科(以下,当科)における最近の感染性角膜炎の動向を検討したので報告する.I対象および方法対象は平成18年11月より平成20年2月までの1年4カ月間に当科を受診し,細菌,真菌,あるいはアカントアメーバによると考えられる感染性角膜炎患者(菌が分離されていないが塗抹鏡検で診断されたものや,臨床所見からのみ診断されたものも含む)で入院治療を行った41例41眼(男性17例17眼,女性24例24眼)である.これらの①年齢分布,②感染の誘因,③起炎菌,④治療経過,⑤視力予後について検討した.また,その結果を感染性角膜炎全国サーベイラン〔別刷請求先〕中村行宏:〒862-8655熊本市新屋敷1丁目17-27NTT西日本九州病院眼科Reprintrequests:YukihiroNakamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NTTWestKyushuGeneralHospital,1-17-27Shinyashiki,Kumamoto862-8655,JAPANNTT西日本九州病院眼科における感染性角膜炎中村行宏*1松本光希*1池間宏介*1谷原秀信*2*1NTT西日本九州病院眼科*2熊本大学大学院医学薬学研究部視機能病態学InfectiousKeratitisDiagnosedandTreatedatNTTWestKyushuGeneralHospitalYukihiroNakamura,KokiMatsumoto,KousukeIkema1)andHidenobuTanihara2)1)DepartmentofOphthalmology,NTTWestKyushuGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KumamotoUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences目的:NTT西日本九州病院眼科における感染性角膜炎の最近の動向を検討した.方法:対象は平成18年11月より平成20年2月までに入院治療を行った41例41眼である.年齢分布,誘因,起炎菌,治療経過および視力予後について検討し,感染性角膜炎全国サーベイランス(2003)と比較検討した.結果:年齢分布は20代と60代にピークを認めた.誘因はコンタクトレンズ(CL)によるものが最多であった.起炎菌は緑膿菌が8株,Corynebacteriumspp.4株,アカントアメーバ4株などであった.7眼に観血的手術が必要であった.初診時失明眼を除き,全例に視力改善を認めた.結論:起炎菌は若年者ではCLに関連した緑膿菌やアカントアメーバが多く,中高齢者では既存の角膜疾患でのCorynebacteriumが目立った.今回の結果は全国サーベイランスと酷似し,全国的な傾向を反映していた.ToinvestigatethecurrentstatusofinfectiouskeratitisatourHospital,wereviewedthemedicalrecordsof41eyesof41patientswithinfectiouskeratitistreatedfromNovember2006toFebruary2008,inregardtoagedistri-bution,predisposingfactor,causativemicroorganism,diseaseprocess,andvisualprognosis.WecomparedtheseresultswiththeNationalSurveillanceStudyofinfectiouskeratitisinJapan(2003).Agedistributiondemonstrated2peaksinthe20sandinthe60s.Themostpredisposingfactorwascontactlens(CL)wear.ThemostfrequentlyisolatedmicroorganismwasPseudomonasaeruginosa(8),followedbyCorynebacteriumspp.(4),Acanthamoeba(4),etc.Seveneyesrequiredsurgery.Visualacuityimprovedinalleyes,exceptingthoseblindatrstvisit.P.aerugi-nosasandAcanthamoebawerefoundtocausekeratitispredominantlyinyoungerCLwearers,whereasCorynebac-teriumspp.wererelatedtoexistingcornealdiseasesinelderly.Theseresultsweresimilartothoseofthenationalstudy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(3):395398,2009〕Keywords:感染性角膜炎,コンタクトレンズ,発症誘因,起炎菌,サーベイランス.infectiouskeratitis,contactlens,predisposingfactor,causativemicroorganism,surveillance.———————————————————————-Page2396あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(114)ス(2003)と比較した.II結果1.年齢分布年齢は293歳(平均47.9歳)であったが,その分布は図1に示すように20代を中心とする前半のピークと60代以降に後半のピークを認める二峰性の分布パターンを示した.性差では60代以降に女性が多い傾向にあった.2.感染の誘因感染の誘因と考えられたものは,ソフトコンタクトレンズ(SCL)が最多で17眼(42%),ついで水疱性角膜症や角膜白斑などの既存の角膜疾患が10眼(25%),外傷3眼(7%),コントロール不良の糖尿病(DM)2眼(5%),睫毛乱生2眼(5%),兎眼2眼(5%),慢性涙炎1眼(2%),巨大乳頭結膜炎(GPC)1眼(2%),不明が3眼(7%)であった(図2).これらの誘因を年代別にまとめたものを図3に示す.誘因として最も多かったSCLでは,実に17眼中16眼(94%)が30代までに集中していた.特に20代では10眼全例(100%),10代では6眼中5眼(83%),30代では2眼中1眼(50%)がSCLに関連するものと考えられた.50代以降にSCLが誘因となったものは治療用SCL使用の1眼のみであった.対照的に50代以降の誘因として最も多かったのは,既存の角膜疾患で,10眼(24%)であった.ついで外傷3眼(7%),コントロール不良のDM2眼(5%),などであった.3.起炎菌対象になった41例41眼すべてにおいて初診時に角膜擦過が施行されていた.うち25眼で起炎菌が同定でき,検出率は61%であった.このうち複数の菌が検出されたものが3眼あったが,塗抹鏡検にての菌量や培養結果,角膜の所見より起炎菌と考えられるものはそれぞれ1菌種であった.緑膿菌が最多で8眼(20%),ついでアカントアメーバが4眼(10%),Corynebacteriumspp.が4眼(10%),肺炎球菌が3眼(7%),Moraxellaspp.が2眼(5%),真菌が2眼(5%),Staphylococcusaureus(MSSA)が1眼(2%),Streptcoccusspp.が1眼(2%)より同定された(図4).これらの起炎菌と感染の誘因の関連を図5に示す.特徴的なものは,同定された起炎菌のなかで,最多であった緑膿菌はSCL装用に関連したものが多く,実に8眼中6眼(75%)を占めていた.アカントアメーバが認められた4眼はすべて(100%)SCL装用眼であった.そのほかではCorynebacteri-umspp.感染が4眼に認められ,2株はレボフロキサシン耐性であった.また,ここでもSCLの関与が1眼あり,残りの3眼は80代の既存の角膜疾患と90代の慢性涙炎の患者であった.4.治療経過発症から当科受診日までの期間は,230日(平均8.7日)であった.41例中36例(88%)が治療目的の紹介患者であ024681012:男性:女性眼数0990代80代70代60代50代40代年齢(歳)30代20代10代図1年齢分布と性差眼代代代代代代年齢()代代代炎眼角膜図3年代別誘因眼()眼()眼()性炎眼()眼眼()眼()眼()眼()角膜眼()図2感染の誘因菌眼()ンー眼()菌眼()眼()眼()炎菌眼()眼()眼()眼()図4起炎菌———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009397(115)った.保存的療法で角膜炎が鎮静化したものが34眼(83%)であった.手術療法を要した症例が7眼(17%)であった.ただし,この7眼はすべて紹介患者であり,うち6眼は初診時にすでに穿孔していた.手術内容は,4眼はすでに光覚がないことが確認できたため,眼球内容除去術を施行した.その他の3眼に対しては,可及的速やかに治療的全層角膜移植術を施行した.穿孔した7眼から検出された菌は,緑膿菌が3株,肺炎球菌1株,Staphylococcusaureus(MSSA)1株,Corynebacte-riumspp.1株,起炎菌不明のものが1眼であった.潰瘍消失までの期間は,手術施行例や,アカントアメーバ角膜炎など潰瘍に至らなかったものは除外した場合,246日(平均10.3日)であった.入院期間は547日(平均17.8日)であった.5.視力予後初診時および最終視力を対数表示したものを図6に示す.初診時すでに光覚がなかったものを除くと,当院での治療後で視力が低下したものはなく,穿孔例も手術治療によって視力向上が得られた.III考察〈感染性角膜炎全国サーベイランス(2006)1)との比較検討〉今回の検討で当科を受診した感染性角膜炎の年齢分布は,20代と60代にそのピークを認める二峰性の分布パターンを示しており,これは感染性角膜炎全国サーベイランス(2006)におけるわが国での感染性角膜炎のものとほぼ一致した1).さらに,CL使用例が42%を占めていたが,全国サーベイランスでも41.8%とほぼ同率の報告であった.そのうち,特に前半のピークでは,10代での角膜炎発症症例の83%(全国サーベイランス96.3%),20代での発症症例の100%(サーベイランス89.8%)がCL使用によるものであった.当科でのCL使用例の年齢分布も全国サーベイランスときわめて類似しており,CL使用による感染性角膜炎の増加と低年齢化は全国的規模で進んでいることが窺えた.起炎菌についてはグラム陰性桿菌である緑膿菌が最多(8株20%)であり,グラム陽性球菌は5株(12%)に留まった.一方,全国サーベイランスではグラム陽性球菌が261例中63株(24.1%)で最多であり,緑膿菌は9株(3.4%)のみであった.かねてより熊本では緑膿菌やSerratiaなどのグラム陰性桿菌が多いことは報告されていた2,3)が,今回もそれを裏付ける結果となった.海外では香港で同じように緑膿菌が多いとの報告があり4),気候的な要因があるかもしれない.アカントアメーバについては4株(10%)認められ,全国サーベイランス2株(0.7%)と比較しても多かった.最近の学会などの印象ではCLの普及とその消毒法の変化によってアカントアメーバ角膜炎が確実に増加していると思われる.その他ではCorynebacteriumspp.が4株(10%)(サーベイランス10株3.8%)認められた.Corynebacteriumが角膜炎の起炎菌に成りうるのかについては議論のあるところであるが,最近の報告5,6)と当科で認められた症例をみる限り,CLの不適切な使用や免疫不全,既存の角膜疾患など条件が揃えば起炎菌に成りうるかと思われた.このうち2株はレボフロキサシン耐性であり,1株において角膜移植後の患者より検出された.長期にわたるレボフロキサシン点眼による耐性化の可能性も考えられた.また,レボフロキサシン耐性株ではないものの,1株は穿孔例から分離されていた.Corynebac-teriumが角膜を穿孔に至らしめるとは考えにくいが,手術時に切除した角膜自体から分離培養されており,起炎菌である可能性はあると考えている.CLと起炎菌の関連について,緑膿菌8例中6例(75%),アカントアメーバ4例全例(100%)がCL装用者であり,関連性が高かった.全国サーベイランスでも緑膿菌が検出された9例中6例(66.6%),表皮ブドウ球菌が検出された17例中10例(58.8%)にCL装用が関与しており,この2菌種眼数:不明:GPC:涙炎:兎眼:睫毛乱生:DM:外傷:角膜疾患:SCLMSSAStreptcoccusspp.真菌Moraxellaspp.肺炎球菌Corynebacteriumspp.アカントアメーバ緑膿菌0123456789図5誘因と起炎菌的治療治療視力視力図6視力予後———————————————————————-Page4398あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(116)が他と比べて多かったとしている.CL普及に伴い角膜感染症の誘因として増加していること,また,若年齢化をきたしていること,さらに当県は以前より緑膿菌感染が多く認められることは前述のとおりであり2,3),これらを踏まえると今後当県におけるCL関連性角膜炎の増加や重症化が危惧される.今回の検討では緑膿菌に関しては幸いレボフロキサシン耐性菌はなく,治療予後は比較的良好であったが,フルオロキノロン全盛となっている昨今,耐性菌の出現も懸念される.治療経過では潰瘍消失までの平均日数が17.8日,平均入院日数が19.8日と全国サーベイランスの治療平均日数が28.7日であったことと比べて良好であった.今回,穿孔が7例みられたが,当科で治療したにもかかわらず穿孔に至ったものは1例(2%)のみであった.一般的に視力予後が悪いとされている緑膿菌による角膜潰瘍でも7),全例視力の向上が得られており,比較的良好な治療成績であったと思われる.その要因としては,まず,感染性角膜炎が疑われる症例に対しては全例に角膜擦過を行い,起炎菌検索を行っていることがあげられる.前医ですでに抗菌薬が使用されていたものが29例(71%)あるものの(全国サーベイランス39%),当科での起炎菌の検出率は61%(全国サーベイランス43.3%)と比較的良好であり,早期に治療方針が立てられ,これが治療成績につながったと思われる.北村ら8)も報告しているように,治療方針決定に際して何らかの形で微生物的検査の結果が反映されることが重要である.つぎに,重症例に対しては夜間も頻回点眼を行うなど積極的な治療が有効であったと思われる.しかし,このような治療でも穿孔に至った症例もあり,進行した感染性角膜炎に対しては抗菌薬のみでの治療では十分といえず,プロテアーゼインヒビターなどの新しい治療薬の開発が強く望まれる7).今回の検討では起炎菌として緑膿菌が多いという地域性が認められたものの,年齢分布,誘因において感染性角膜炎全国サーベイランスとほぼ同様の結果であった.特に感染の誘因として重要であったCLの装用率まで酷似していた.今回の検討は全国的な感染性角膜炎の動向を反映し,CL関連の感染性角膜炎が増加し,低年齢化しているという全国サーベイランスの結果を裏付けるものとなった.謝辞:本稿を終えるにあたり,塗抹鏡検および分離培養にご尽力いただいた当院臨床検査科細菌室江藤雄史氏に深謝いたします.文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディーグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現況─.日眼会誌110:961-972,20062)宮嶋聖也,松本光希,奥田聡哉ほか:熊本大学における過去20年間の細菌性角膜潰瘍の検討.あたらしい眼科15:223-226,19983)宮嶋聖也,松本光希,奥田聡哉ほか:熊本大学における過去3年間の細菌性角膜潰瘍症例の検討.あたらしい眼科17:390-394,20004)LamDSC,HouangE,FanDSPetal:IncidenceandriskfactorsformicrobialkeratitisinHongKong:comparisonwithEuropeandNorthAmerica.Eye16:608-618,20025)RubinfeldRS,CohenEJ,ArentsenJJetal:Diphtheroidsasocularpathogens.AmJOphthalmol108:251-254,19896)柿丸晶子,川口亜佐子,三原悦子ほか:レボフロキサシン耐性コリネバクテリウム縫合糸感染の1例.あたらしい眼科21:801-804,20047)McLeodSD,LaBreeLD,TayyanipourRetal:Theimportanceofinitialmanagementinthetreatmentofsevereinfectiouscornealulcers.Ophthalmology102:1943-1948,19958)北村絵里,河合政孝,山田昌和:感染性角膜炎に対する細菌学的検査の意義.眼紀55:553-556,2004***