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強度近視眼における視野障害の特徴と鑑別診断

2018年2月28日 水曜日

強度近視眼における視野障害の特徴と鑑別診断CharacteristicsofVisualFieldDefectinHighMyopia川瀬和秀*はじめに強度近視は.6.0D以上の近視を示すことが多く,強度近視眼は大きく二つに分けられる.屈折がマイナスであり眼底には小乳頭や豹紋状眼底をきたす単純近視と,屈折が強度近視で脈絡膜障害を認める病的近視あるいは変性近視である.強度近視がある場合,網脈絡膜の変化や眼球の変形などにより視野に異常を認めることが少なくない.しかし,近視眼底は乳頭部が傾斜してCOCTによる視神経や網膜神経線維層の判定もむずかしく,緑内障などの他疾患による障害と近視による障害の線引きは非常にむずかしい.とくに日本人は近視の頻度が高く,日常診療において近視特有の視野障害について理解し,近視による変化と他疾患による視野障害を可能な限り分離して検査や治療を行うことが大切である.CI単純近視による視野変化(表1)1)C1.Goldmann動的視野計佐藤らは,暗点,Mariotte盲点の拡大や周辺狭窄の他にも内部イソプタの求心性狭窄や部分的沈下を認めると報告している2).C2.Humphrey静的視野計近視の度数増加に伴い視野全体での感度低下をきたしやすく,Humphrey静的視野計ではC.4D以上の近視眼で1Dの近視増加につき平均0.20dBのmeanCdefect(MD)の低下がみられる.Humphrey静的視野計では屈折暗点とよばれる局所的な感度低下がみられる場合がある.典型的にはCMariotte盲点上方の楔状領域で浅い暗点や沈下として現れる.しかし,Mariotte盲点上方周辺部(とくに上耳側)だけでなく,下方や固視点周辺にみられる場合もある.これらは通常のセクター型のような明瞭なパターンではなく,矯正方法により消失するとの報告もある3~5).CII病的近視による視野変化近視がより強度になり,眼底に斑状やびまん性の網脈絡膜変性が出現すると,これに伴う視野異常が合併する.Goldmann動的視野計では,単純近視と同様な所見がみられるが異常の程度は単純近視に比べ高くなり,Humphrey静的視野計でも,眼底病変が高度になるにつれて多彩な様式の欠損が出現する.一方で,これらの視野所見と眼底病変の分布とが厳密に対応しないことも多い.基本的に変性近視では,後局部を中心に種々の視野異常を呈する.びまん性網脈絡膜萎縮を伴うものでは,網膜機能は完全に消失しておらず,絶対暗点が検出されることは稀である6).限局性網脈絡膜萎縮を伴う斑状変化では,病変に一致して視細胞が消失しており,ほぼ全例に視野異常があり,絶対暗点を示す頻度が高い7).強度近視の視野所見に影響する要因は,眼球自体によるものと測定手技によるものとに分けられる(表2)1).*KazuhideKawase:岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学分野〔別刷請求先〕川瀬和秀:〒501-1194岐阜市柳戸C1-1岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学分野0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(3)C163表1単純な強度近視でみられる視野所見報告者対象屈折度(D)視野計(プログラム)見られうる異常所見佐藤ら2)C.8.25~.36.0CGoldmann・内部イソプタの求心性狭窄・内部イソプタの部分的沈下・暗点・周辺狭窄・Mariotte盲点拡大黄4)C.8.25~.14.5Octopus(31)・全体的感度低下・上方の感度低下(とくに上耳側)・中心C10°からC20°の同心円領域の感度低下Rudnickaら5)+4.3~.20.3CHumphrey(C30-1,C30-2)・全体的感度低下・局所的感度低下(上方,上方周辺部,上耳側,固視点周辺など多様)・Mariotte盲点拡大・明らかな弓状や鼻側くさび状の欠損はないAungら3)C.0.5~.14.0CHumphrey(C24-2)・MDの低下・純粋に近視性の局所欠損はまれ(0C.7%)(文献C1より引用)表2強度近視の視野所見に影響しうる要因(文献C1より引用)図1病的近視のひょうたん型視野図2コーヌス内ピット様裂隙を認める症例の視野(文献C10より引用)傍中心暗点を認める.(文献C10より引用)表3病的近視による視野変化(文献C6を改変引用)図3近視性乳頭における緑内障性変化(文献C11より引用)近視性変化のみで周辺視野が侵されることはほとんどないが,内部イソプタの変化はあり得ることを報告している.Rudnichaらは,Humphrey静的視野計を用いた研究で,眼軸長C26Cmm異常,C.5Dより強い近視を有する症例では局所的視野変化の強さの指標であるCPSD(pat-ternCstandardCdeviation)やCCPSD(correctedCPSD)が眼軸長と屈折度に相関して大きくなることを示している.しかも,眼軸長C28Cmm異常,C.10D以上の近視でその傾向が強く,GHT(glaucomaChemi.eldCtest)の異常を示す症例がでるが,典型的な緑内障性視野変化(弓状暗点,傍中心暗点,鼻側階段)のパターンは認めなかったとしている.また,新田らはCPPAを有する眼では眼軸長が延長するにつれて中心部,Bjerreum領域で有意に感度が減少することを示している.また,黄らは屈折度C.8.25D以上,豹紋状眼底以外には眼底病変のない高度近視眼において,眼軸長に比例して全体の感度低下に加え,上耳側およびCBjerreum領域での局所的な感度低下を報告している.つまり,眼軸長延長の著しい高度近視眼では,MD値の低下に加えて緑内障性変化に似た局所感度低下を生じることを念頭に置くことが必要である4,15~17).CVMariotte盲点の拡大や傍中心暗点を認める他の疾患Mariotte盲点の拡大や傍中心暗点は,強度近視眼に限った所見ではない.視神経に接する脈絡膜萎縮やコロボーマや朝顔症候群は眼底に対応したCMariotte盲点の拡大を示す.また,巨大乳頭や視神経乳頭の一部に深く陥凹を認める神経乳頭ピット,視神経乳頭が上下方向に傾斜するCtiltedCdiscCsyndromeでは,これに伴う視野異常を認める.これらの先天異常は乳頭小窩黄斑症候群などの例外を除いては停止性である.それに対し,両眼のMariotte盲点の拡大があり,眼底にうっ血乳頭を認めれば,頭蓋内圧亢進をきたしている可能性が高い18).中心暗点をきたす疾患は視神経疾患と黄斑病変であることから,対光反応を確認した後に散瞳して眼底の観察と画像解析を行う.対光反応が不良(relativeCa.erentpupillaryCdefectが陽性)で,網膜に大きな変化がない場合は視神経疾患を考える.代表的な疾患は視神経周囲組織の炎症の波及,圧迫と特発性視神経症である18).眼球運動痛や,運動や体温上昇により視力低下が増悪する(Uhtho.現象)場合は視神経炎が疑われ,基礎疾患に高血圧や糖尿病があると虚血性視神経症が疑われる.球後視神経炎では眼底はまったく正常であり,MRIにより初めて確認される.比較的若年者に認められる視神経炎の原因の一つは多発性硬化症(multipleCsclero-sis:MS)であり,耳鳴りなどの視神経症状や髄液検査,MRIにおけるCMSCplaqueの有無などの検査が必要となる.炎症の確認には造影検査が必須である.片眼の中心暗点は,脳腫瘍や副鼻腔の粘液腫などの圧迫病変が原因のこともある.両眼の中心暗点は急性に発症したものを除けば中毒性視神経症,遺伝性視神経萎縮があり,病歴や詳しい問診で診断可能である.対光反応が良好な視神経疾患にはCLeber病,優性遺伝性視神経症,心因性視覚障害がある18).おわりに強度近視眼において視力障害や視野障害を認めた場合,まずは対光反応や限界フリッカ値(criticalC.ickerfrequency:CFF)などの眼科的な検査を行い,他の疾患を鑑別する必要がある.とくに,視力障害や視野障害に進行を認める場合は,MRIを含めた詳細な鑑別診断を行い,頭蓋内病変などの重篤な疾患を除外する必要がある.そのうえで強度近視による視野障害と他の疾患による視野障害を可能な限り分けて,適切な治療を行う.文献1)山崎斉:OneCPointCAdvice強度近視の視野.眼科プラクティスC15視野(根木昭編),p268-269,文光堂,20072)佐藤百合子:病的近視の視野異常について.日眼会誌C88:C977-982,C19843)AungCT,CFosterCPJ,CSeahCSKCetCal:AutomatedCstaticperimetry:theCin.uenceCofCmyopiaCandCitsCmethodCofCcor-rection.COphthalmologyC108:290-295,C20014)黄世俊:強度近視の視機能の初期変化─COctopus自動視野計による測定分析─.日眼会誌C97:881-887,C19935)RudnickaCAR,CEdgarCDF:AutomatedCstaticCperimetryCinCmyopesCwithCperipapillaryCcrescents-PartCII.COphthalmicCPhysiolOpt16:416-429,C19966)鈴村弘隆:検査法.視野.眼科診療プラクティスC67変性近(7)あたらしい眼科Vol.C35,No.2,2018C167’

序説:強度近視眼における視野障害を考える

2018年2月28日 水曜日

強度近視眼における視野障害を考えるUpdatesonVisualFieldDefectsDuetoPathologicMyopia大野京子*山本哲也**吉田武史*強度近視の本態は眼軸延長であり,屈折度C.8.0D未満もしくは眼軸長C26.5Cmm以上と定義されている.近年,日本を含む東アジアの諸国を中心に全世界における近視患者数の急速な増加が社会問題になっているが,それに伴い強度近視患者数も増加しており,大きな社会懸念の一つとなっている.というのも,強度近視眼に生じる過度で不規則な眼軸の延長は,眼鏡やコンタクトレンズ装用が必須となる生活上でのCQOLの低下だけにはとどまらず,網膜から視神経に至る眼球のほとんどすべての組織に影響を及ぼし,重篤な視野異常を伴うさまざまな合併症を引き起こすことが非常に多く,かつそれらが不可逆的な病変であるからである.実際,われわれ眼科医が強度近視眼の診療において目にするもっとも頻度の高い合併症が視野異常である.強度近視眼の視野異常は,視野異常の由来から大きく分けて,①緑内障様視野障害,②網膜病変による視野障害,③中枢性などその他に分類される.実際には複数の合併症を同時にもつ症例が多々みられるため,視野障害の診断はさらに複雑になり,視野障害の進行判定の際には,どの病変の進行であるのか理解するのが非常に困難になる.強度近視眼における緑内障様視野障害の有病率は約C20%といわれおり,5年以上の経過観察ではC4人のうちC3人に有意な視野障害進行を認めることがわかっている.これを非強度近視眼における緑内障と比較すると,有病率は非常に高く,進行ははるかに早いことが明らかである.強度近視眼の視野障害の特徴としては,通常の緑内障性視野障害が鼻側の視野欠損として描出されることが多いのに対し,耳側視野が障害されるパターンや,耳側視野障害に加え鼻側視野障害と合わせたひょうたん型の視野パターン,ときには中心暗点で発症するパターンなどバリエーションが多く,通常の緑内障のパターンとは異なることが多い点があげられる.また,強度近視眼では視神経乳頭は傾斜し,さまざまな方向に引き伸ばされていることが多いが,ときには巨大乳頭や小乳頭であったりと形状は多種多様であり,乳頭陥凹の評価も非常に困難となり,乳頭所見から視野障害パターンを推測することはきわめてむずかしい.近年の研究では,緑内障性視野障害の症例のうち視神経乳頭所見と一致しない視野障害パターンをもつ症例はC31%にのぼることが報告1)されていることからも,強度近視眼の緑内障性視野障害の診療のむずかしさが改めて示唆された.これらの理由から強度近視眼の緑内障性視野障害を通常の緑内障ととらえてよいのか,強度近視眼に特有なものであり緑内障とは違う病態としてとらえるべき*KyokoCOhno-MatsuiC&*TakeshiYoshida:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野**TetsuyaYamamoto:岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学分野0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(1)C161

フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ球性白血病の眼内浸潤の1例

2018年1月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科35(1):152.155,2018cフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ球性白血病の眼内浸潤の1例杉本恭子眞下永春田真実下條裕史大黒伸行独立行政法人地域医療機能推進機構大阪病院眼科COcularIn.ltrationinaPatientwithPhiladelphiaChromosomePositiveAcuteLymphocyticLeukemiaKyokoSugimoto,HisashiMashimo,MamiHaruta,HiroshiShimojyoandNobuyukiOhguroCDepartmentofOphthalmology,JapanCommunityHealthCareOrganizationOsakaHospitalフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ球性白血病(Ph+ALL)の眼内浸潤症例を経験したので報告する.患者は55歳,男性.Ph+ALLに対し血液学的寛解とされていたが,左眼霧視を自覚し,2014年C3月に当院を紹介受診した.左眼には前房細胞,角膜後面沈着物および前房蓄膿を認めたが網膜病変を認めなかった.1週間後に前房蓄膿は自然消退していた.4月に左眼に網膜前蓄膿を認めたがC1カ月後に自然軽快した.8月に左眼に前房蓄膿が再発し,軽快せず眼圧上昇をきたしたため,前房洗浄,および前房水の細胞診を施行した.BCR/ABL陽性の幼弱なリンパ球(フィラデルフィア染色体陽性)を認め,Ph+ALLの眼内浸潤と診断した.メトトレキサート硝子体注射を複数回施行し症状は軽快した.眼内浸潤およびその自然消退を繰り返す疾患にはCBehcet病があるが,本症例のように急性白血病の眼内浸潤でも自然消退することがありうる.CAC55-year-oldCmale,CinChematologicCremissionCphaseCofCPhiladelphiaCchromosomeCpositiveCacuteClymphocyticleukemia(Ph+ALL)wasCreferredCtoCourChospitalCwithCblurredCvisionCinChisCleftCeyeCinCMarchC2014.CTheCleftCeyeChadaqueouscells,keraticprecipitatesandhypopyon,butnoretinallesions.Oneweeklater,thehypopyonhaddis-appearedbyitself.InApril,preretinalabscessinthelefteyewasrevealed,butitagaindisappearedspontaneously1CmonthClater.CHeCrelapsedCwithCanteriorCuveitisCandChypopyonCinCtheCleftCeyeCinCAugust.CTheChypopyonCwasCnotCrelieved.CConsequently,CintraocularCpressureCincreased.CAnteriorCchamberCirrigationCwithCaqueousC.uidCcytologyCwasperformed,andBCR/ABL-positiveleukemiccellsconsistentwiththediagnosisofPh+ALLweredetected.HereceivedCmultipleCintravitrealCmethotrexateCinjectionsCandCtheCsymptomCwasCrelieved.CSpontaneouslyCresolvingCattacksofhypopyonuveitisarehighlycharacteristicofBehcet’sdisease.However,inthiscasetheacuteleukemiamustbeconsideredthecauseoftheattacks.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(1):152.155,C2018〕Keywords:フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ球性白血病,前房蓄膿,網膜前蓄膿,メトトレキサート,自然消失.Philadelphiachromosomepositiveacutelymphocyticleukemia,hypopyon,preretinalabscess,methotorex-ate,spontaneouslyresolving.Cはじめにこれまで,急性リンパ球性白血病の眼内浸潤の報告例は散見される.しかし,フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ球性白血病(PhiladelphiaCchromosomeCpositiveCacuteClym-phoblasticleukemia:Ph+ALL)の眼内浸潤の報告例は非常にまれである.Ph+ALLは急性リンパ球性白血病のC15.30%を占め,その他の急性リンパ球性白血病に比べて予後不良とされている1).今回,筆者らは,Behcet病における眼発作のごとく,眼内浸潤およびその自然消失を繰り返すCPh+ALL症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕杉本恭子:〒553-0083大阪府大阪市福島区福島C4-2-78独立行政法人地域医療機能推進機構大阪病院眼科Reprintrequests:KyokoSugimoto,M.D,,DepartmentofOpthalmology,JapanCommunityHealthCareOrganizationOsakaHospital,4-2-78Fukusima,Fukusima-ku,Osaka-city,Osaka553-0083,JAPAN152(152)I症例患者:55歳,男性.主訴:左眼の霧視.現病歴:2014年C1月中旬左眼に霧視を自覚.2月上旬に他院血液内科より眼科に院内紹介された.左眼に前房細胞C2+,前房蓄膿,微細な角膜後面沈着物を認めるも後眼部には炎症所見を認めなかった.ステロイド頻回点眼および結膜下注射を数回施行するも症状は改善しなかったため,同年C3月中旬CJCHO大阪病院に紹介受診となった.既往歴:Ph+ALLに対し同種造血幹細胞移植(2013年C7月),高血圧,小児喘息.経過:初診時,視力は右眼C0.1(1.2C×sph.2.50D(cyl.1.00DCAx80°),左眼0.07(1.0C×sph.3.00D(cyl.0.75DAx140°)で,眼圧は右眼C15mmHg,左眼C15mmHgであった.陰部潰瘍,口腔粘膜のアフタ性潰瘍,皮膚症状は認めなかった.左眼細隙灯顕微鏡検査では,微細な細胞が角膜後面に付着し,前房細胞C3+であった.前房蓄膿を認めたが(図1a),前房蓄膿は頭位によって可動性を有さなかった.そのためCBehcet病のような可動性を有する好中球主体の前房蓄膿とは異なると診断した.眼底写真は前房炎症により軽度透見不良を認めたが,この時点で網膜や硝子体に明らかな病巣は認めず,視神経にも異常を認めなかった.前房水の細胞診を予定していたが,1週間後再受診したとき,前房蓄膿は自然に消退していたため,前房水の細胞診は中止となり経過観察となった(図1b).また,このとき,前房の細胞浸潤は自然に消退していた.4月受診時,網膜前にニボー様の白色塊の形成を認めたが,網膜脈絡膜病巣を認めず硝子体混濁も認めなかった(図2a).感染性ではないと判断し,経過観察したところ,1カ月後に自然消退していた(図2b).8月,左眼に再度前房蓄膿が出現したが,前回自然に消退したため自然消失する可能性を考え経過観察となった.しかし,今回は前房蓄膿が自然消失せず,徐々に増悪し,9月上旬には瞳孔領にかかるほど増悪した.また,左眼の眼圧も徐々に増悪し,47CmmHgまで上昇した(図3a).入院のうえ,左眼前房水の細胞診および前房洗浄を施行し,術中メトトレキサート(MTX)硝子体注射を行った.術中,虹彩に線維性増殖膜の付着を認め,.離除去を試みたが癒着が強く一部は残存した.細胞診の結果,classVで幼弱なリンパ球を認め,FISH法による染色体解析を行ったところ,BCR/ABL転座(フィラデルフィア染色体陽性)を認め,CPh+ALL眼内浸潤と診断した.術後,線維性増殖膜の残存部に合致して虹彩ルベオーシスが存在し,左眼にベバシズマブ硝子体注射を施行した.その後も左眼にCMTX硝子体注射を週C2回施行した.5回目のCMTX投与後,副作用による角膜上皮障害を認めたものの,前房蓄膿,虹彩ルベオーシスは軽快したためC9月下旬に退院となった(図3b).その後眼症状の再発なく,全身病状も安定していたが,2015年C5月四肢に皮膚結節,頸部に軟部腫瘤が出現し,前医にて皮膚生検の結果CPh+ALLの浸潤病巣と診断された.その後骨髄,末梢血にも白血病細胞が出現したため,9月より化学療法を開始した.同年C10月右眼に前房蓄膿を認めたためC11月入院のうえ,右眼に計C3回CMTX硝子体注射施行し,MTXによる角膜上皮障害を認めたものの,前房蓄膿は軽快し退院となった.その後眼症状の再発は認めなかったが,Ph+ALLの全身症状が増悪し,前医にてC2度目の同種造血幹細胞移植を施行された.最終受診日(2016年C6月)の視力は右眼(1.2C×sph.2.50D(cyl.1.00DCAx75°),左眼(1.2C×sph.3.5D(cyl.2.0DAx15°)で眼圧は右眼13mmHg,左眼C15CmmHgであった.CII考察前房蓄膿が生じるぶどう膜炎としてCBehcet病,急性前部ぶどう膜炎が代表的であるが,その他に潰瘍性大腸炎,糖尿病など全身疾患に伴うぶどう膜炎,眼内炎,腫瘍による仮面症候群などでも生じる.経過中前房蓄膿,眼底病変が出現し自然消失するぶどう膜炎の鑑別疾患としてCBehcet病が重要である.本症例で眼内浸潤が経過観察にて自然軽快し,繰り返した点についてはCBehcet病に類似している2).しかし,今回の症例では初診時,有痛性口腔内アフタ性潰瘍,結節性紅斑などの皮疹,陰部潰瘍などCBehcet病を疑う全身症状は認めなかった.また,本症例で出現した前房蓄膿はCBehcet病に特徴的なニボーを形成したが,体位変換などで移動する前房蓄膿ではなかった点で異なっていた.白血病における眼内病変には,網膜への浸潤による網膜出血,綿花状白斑,脈絡膜浸潤による網膜.離,硝子体混濁,貧血・血小板減少・白血球増多などの造血障害により生じる網膜症,中枢性白血病に二次的に生じる乳頭浮腫や視神経萎縮などの視神経症,また日和見感染など多彩な症状があげられる.しかし,虹彩に浸潤しぶどう膜炎症状を呈することは比較的まれであるとされている.Rothovaらは仮面症候群において前房内浸潤は全体のC12%程度だと報告している3).白血病に伴うぶどう膜炎の診断は,眼所見から仮面症候群を疑い,前房穿刺,骨髄穿刺などを行い確定される.白血病の寛解期に眼症状が全身症状に先発して現れることが少なくないため,白血病の既往をもつ患者にぶどう膜炎症状が出現した場合は注意が必要である.CPh+ALLの眼内浸潤に関しては滲出性網膜.離が生じた症例や前房蓄膿が出現した症例が報告されている4,5).また,今回の筆者らの報告と同様にCPh+ALLに合併した眼症状として全身症状に先立ち前房蓄膿が生じ,前房水の細胞診によ図1a2014年3月初診時:左眼細隙灯顕微鏡写真図1b2014年3月(初診から1週間後):左眼細隙灯顕微鏡写真前房蓄膿を認める.前房蓄膿は自然消退している.図2a2014年4月:左眼眼底写真図2b2014年5月:左眼眼底写真網膜前蓄膿の出現を認めた.網膜前蓄膿はC1カ月後自然消退した.図3a2014年9月初旬:左眼細隙灯顕微鏡写真図3b2014年9月下旬:左眼細隙灯顕微鏡写真前房蓄膿が増悪し,瞳孔領にかかっている.前房蓄膿,前眼部炎症は消退し,虹彩ルベオーシスも改善している.りCPh+ALL再発が指摘された症例が報告されている5).全身所見が出現していない時点で自然消退する前房蓄膿をきたした場合,Behcet病だけでなくCALLの可能性も考慮してその後の経過を注意深くみていく必要があると思われる.以前から成人の急性リンパ球性白血病の再発・難治症例対して大量のCMTX療法が救助療法として行われてきた.最近では,成人の急性リンパ球性白血病に対する寛解後療法に大量のCMTXを用いた治療プロトコールも増えている.今回全身の眼以外でのCALLの明らかな再発がなかったため,眼内浸潤に対して局所療法(MTX硝子体注射)を複数回施行した結果,著効した.前房蓄膿によりCPh+ALLの再発を指摘された症例の報告はあるが,この報告では治療について言及されておらず6),Ph+ALLの眼内病変に対して,MTX硝子体注射により治療した報告は見つからなかった.ALLの眼浸潤で全身化学療法をしない場合(眼局所治療の場合),放射線治療が一般的であるが,今回の経験により,原発性眼内悪性リンパ腫と同様に,ALLの眼内浸潤に対してもCMTXの硝子体注射で制御できる可能性があるのではないかと考えられた.今回の症例の大きな特徴は,経過観察中に一度前房蓄膿および網膜前蓄膿が自然に改善したことである.自然消退するメカニズムはよくわかっていないが,自然消失した理由としてCgraftCversusCleukemia(GVL)効果の関与がありうる.GVL効果とは,移植されたドナーの骨髄中のCT細胞がレシピエントの白血病細胞を傷害する有益な免疫拒否反応のことである.本症例ではCPh+ALLに対しCHLA半合致骨髄移植されていた.寛解期にCPh+ALLが再発し,白血病細胞の眼内浸潤により前房蓄膿,網膜前蓄膿が出現したが,GVL効果により白血病細胞の浸潤がいったん抑えられ,自然消失した可能性が考えられる.その後炎症の改善に伴いCGVL効果が減弱し,前房蓄膿が再度出現したと推論できる.本症例はCPh+ALLの寛解期とされながらも眼内浸潤を認めた.前房蓄膿や網膜前蓄膿が自然消退する代表疾患にはBehcet病があるが,本症例のようにCALLの眼内浸潤により生じる蓄膿も自然消退することがありうるため,鑑別疾患として留意する必要がある.また自然消退しない場合,MTX眼局所治療が原発性眼内悪性リンパ腫と同様に選択肢となりうることが示された.文献1)OttmannCOG,CWassmannCB:TreatmentCofCPhiladelphiaCchromosome-postiveCacuteClymphoblastiClukemia.CHema-tologiyAmSocHematolEducProgram1:118-122,C20052)鈴木潤:前房蓄膿.所見から考えるぶどう膜炎(園田康平,後藤浩編),p81-88.医学書院,20133)RothovaCA,COoijmanCF,CKerkho.CFCetCal:UveitisCMas-queradeSyndoromes.Ophthalmology108:386-399,C20014)YiCDH,CRashidCS,CCibasCESCetCal:AcuteCunilateralCleuke-micChypopyonCinCanCadultCwithCrelapsingCacuteClympho-blasticleukemia.AmJOphthalmolC139:719-721,C20055)KimCJ,CChangCW,CSagongCM:BilateralCserousCretinalCdetachmentCasCaCpresentingCsignCofCacuteClymphoblasticCleukemia.KoreanJOphthalmolC24:245-248,C20106)Hurtado-SarrioM,Duch-SamperA,Taboada-EsteveJetal:AnteriorCchamberCin.ltrationCinCaCpatientCwithCPh+acuteClymphoblasticCleukemiaCinCremissionCwithCimatinib.CAmJOphthalmolC139:723-724,C2005***

バルベルト緑内障インプラント手術を行った虹彩角膜内皮症候群の1例

2018年1月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科35(1):149.151,2018cバルベルト緑内障インプラント手術を行った虹彩角膜内皮症候群の1例福戸敦彦木内良明広島大学大学院医歯薬保健学研究院統合健康科学部門視覚病態学CBaerveldtGlaucomaImplantSurgeryforIridocornealEndothelialSyndromeAtsuhikoFukutoandYoshiakiKiuchiCDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalScicnces,HiroshimaUniversity複数回の線維柱帯切除術を行ったが,良好な眼圧コントロールが得られずバルベルト緑内障インプラント手術を行った虹彩角膜内皮(ICE)症候群のC1例を経験したので報告する.症例はC66歳,男性.線維柱帯切開術をC1回,線維柱帯切除術をC3回,濾過胞再建術をC4回行ったが,眼圧コントロール不良であり,視野障害が進行し当科紹介となった.左眼CCogan-Reese症候群による続発緑内障と診断し,バルベルト緑内障インプラント手術を行った.術後C1年以上C22mmHg未満の眼圧を維持している.バルベルト緑内障インプラント手術はCICE症候群による続発緑内障に対して有効であった.CWereportthecaseofapatientwhounderwentBaerveldtglaucomaimplantsurgeryforiridocornealendothe-lialCsyndromeCbecauseCgoodCintraocularCpressureCcontrolCwasCnotCprovidedCbyCrepeatedCtrabeculectomy.CTheCpatient,a66-year-oldmale,hadundergonetrabeculotomyonce,trabeculectomythreetimesandblebrevisionfourtimesinhislefteye.Sincethoseprocedureshadbeenine.ectiveinreducinghisintraocularpressureandleftvisu-al.eldhadsubsequentlydeteriorated,hewasreferredtoourhospital.WediagnosedsecondaryglaucomaduetoCogan-ReeseCsyndromeCandCthereforeCperformedCBaerveldtCglaucomaCimplantCsurgery.CIntraocularCpressureCwasCmaintainedatlessthan22CmmHgforover12monthssincethelastsurgery.Baerveldtglaucomaimplantsurgeryseemstobee.ectiveinglaucomasecondarytoiridocornealendothelialsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(1):149.151,C2018〕Keywords:虹彩角膜内皮症候群,Cogan-Reese症候群,バルベルト緑内障インプラント.ICEsyndrome,Cogan-Reesesyndrome,Baerveldtglaucomaimplant.Cはじめに虹彩角膜内皮(iridocornealCendothelial:ICE)症候群は片眼性で角膜内皮異常,周辺虹彩前癒着,虹彩異常,続発緑内障を特徴とする疾患である.ICE症候群による緑内障はしばしば難治性で,点眼による眼圧コントロールが困難となった場合にはおもに線維柱帯切除術が行われてきた.一方,従来の緑内障手術が実施困難な症例や施行したものの奏効しなかった症例などに限定して,チューブシャント手術がわが国でも近年承認された.今回,複数回の緑内障手術を行ったが良好な眼圧コントロールが得られず,バルベルト緑内障インプラント手術を行ったCICE症候群のC1例を経験したので報告する.CI症例66歳,男性.主訴は左眼の視野狭窄である.左眼開放隅角緑内障と診断されC2005年までに白内障手術をC1回,線維柱帯切開術をC1回,線維柱帯切除術をC3回,濾過胞再建術を4回行ったが,2015年C5月から眼圧がC20CmmHgを超え,視野も悪化したためC2015年C9月に広島大学病院眼科に紹介されて受診した.初診時の視力は右眼C1.0(1.2C×sph+1.25D(cyl.0.5DAx80°),左眼C0.3(0.5C×sph.0.75D(cyl.1.75DCAx90°)〔別刷請求先〕福戸敦彦:〒734-8551広島市南区霞C1-2-3広島大学大学院医歯薬保健学研究院統合健康科学部門視覚病態学Reprintrequests:AtsuhikoFukuto,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversity,1-2-3Kasumi,Minami-ku,Hiroshima734-8551,JAPAN0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(149)C149図1初診時左眼前眼部写真6時にきのこ状の虹彩結節がある.図3術後前眼部写真チューブの先端は後房に位置している.で,眼圧は右眼C14CmmHg,左眼C18CmmHgであった.右眼は前眼部,中間透光体および眼底に特記すべき所見はなかった.左眼は角膜に混濁や浮腫はなく,前房は正常深度で炎症細胞はなかった.瞳孔の偏位はなく,ぶどう膜外反もなかった.下方の虹彩表面に亜有茎性の結節があったが,萎縮巣や孔形成はなかった(図1).下方隅角に広範な周辺虹彩前癒着があった.左眼視神経乳頭は蒼白で陥凹拡大があった.スペキュラーマイクロスコープ検査では角膜内皮細胞密度は右眼2,222個/mmC2,左眼C1,541個/mmC2と左眼で減少していた.左眼の内皮細胞は大小不同があり,細胞内に暗調な部分があった(図2).視野は湖崎分類で右眼Ia,左眼CIIIaであった.経過:左眼CCogan-Reese症候群による続発緑内障と診断し,2015年C11月左眼耳下側にバルベルト緑内障インプラントCBG101-350を挿入した.結膜切開は円蓋部基底で行い,プレートを下直筋と外直筋の下に挿入し,7-0シルクで固定図2左眼スペキュラーマイクロスコープa:右眼.Cb:左眼.左眼の角膜内皮細胞は境界が不鮮明で大小不同が目立ち,細胞内にCdarkareaがある.Cした.術直後の低眼圧を予防するためC3-0ナイロン糸をチューブ内に留置した.チューブを後房に挿入しC8-0バイクリル糸で結紮し,SherwoodCslitを作製した(図3).8-0バイクリル糸で結膜縫合し閉創した.術後C22日でチューブ内の3-0ナイロン糸を抜去した.術後C1年が経過し,ビマトプロスト点眼,ブリンゾラミド・チモロール配合剤点眼,ブリモニジン点眼の併用で左眼眼圧はC16.19CmmHgとコントロール良好であった.また術後合併症としてチューブの露出や閉塞はなく,術後の角膜内皮細胞密度はC1,770個/mmC2と減少していなかった.CII考按ICE症候群は,異常な角膜内皮細胞が増殖膜となり前房隅角を障害する開放隅角緑内障や,増殖膜の収縮により幅広い周辺虹彩前癒着を形成する閉塞隅角緑内障が起こり,高率に緑内障を合併する1).Cogan-Reese症候群,Chandler症候群,進行性虹彩萎縮の三つのサブタイプが存在し,Cogan-Reese症候群は虹彩表面の結節を伴い,Chandler症候群は虹彩にほとんど異常を示さず,進行性虹彩萎縮は虹彩の萎縮が強く,孔形成を伴う2).本症例は角膜内皮細胞の減少と形態異常に加えて,片眼性の虹彩結節が観察されたためCCogan-Reese症候群と診断した.典型例では色素を伴った結節が虹彩表面に多数観察されるが,本症例では虹彩の変化は比較的軽微であった.また初診時には虹彩の異常がなくCChandler症候群と診断されたが,経過観察中に虹彩結節が出現し150あたらしい眼科Vol.35,No.1,2018(150)Cogan-Reese症候群と診断が変更された症例も報告されており3),本症例も前医ではCCogan-Reese症候群との診断に至らなかったと思われた.Cogan-Reese症候群は異常な角膜内皮細胞が線維柱帯に限局するCChandler症候群と比べて緑内障が重症化しやすく,また線維柱帯切除術による眼圧コントロールが困難であると考えられている4).ICE症候群による緑内障は難治性で薬物療法にしばしば抵抗を示し,マイトマイシンCC併用線維柱帯切除術が行われてきた5).その後チューブシャント手術が登場し,ICE症候群に続発する緑内障に対する代謝拮抗薬(マイトマイシンCCもしくはC5-FU)併用線維柱帯切除術とチューブシャント手術の術後成績を比較し,1年生存率はほぼ同等だがC3年生存率やC5年生存率といった長期予後はチューブシャント手術が有意に良好であったと報告されている4).わが国においてCICE症候群に対しチューブシャント手術を行ったという報告は少ないが,Chandler症候群に対して線維柱帯切除術併用バルベルト緑内障インプラント手術を行った報告があり,術後経過観察期間はC5カ月と短期ではあるが十分な眼圧下降が得られている6).今回すでに複数回の線維柱帯切除術や濾過胞再建術を行っており,またCICE症候群のなかでも眼圧コントロールが困難なCCogan-Reese症候群であることからチューブシャント手術を選択した.バルベルト緑内障インプラントには前房挿入型のCBG103-250,BG101-350と硝子体切除を要する毛様体扁平部挿入型のCBG102-350がある.浅前房や角膜移植後といったチューブを前房に挿入すると角膜内皮代償不全を起こしやすい症例に対してチューブを後房に挿入すると,角膜内皮保護に有効であったと報告されている7).本症例も角膜内皮細胞数がやや少ない症例であり,チューブが角膜内皮に接触するのを防ぐため,本来前房に挿入するCBG101-350のチューブを後房に挿入した.術後C1年の経過観察で,良好な眼圧コントロールが得られており,角膜内皮も減少しなかった.しかし,ICE症候群は進行性の疾患であり,周辺虹彩前癒着が拡大して隅角閉塞を起こし眼圧が上昇してくる可能性がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LaganowskiHC,KerrMuirMG,HitchingsRA:GlaucomaandCtheCiridocornealCendothelialCsyndrome.CArchCOphthal-molC110:346-350,C19922)ShieldsMB:Progressiveessentialirisatrophy,Chandler’ssyndrome,andtheirisnevus(Cogan-Reese)syndrome:aspectrumofdisease.SurvOphthalmolC24:3-20,C19793)WilsonCMC,CShieldsCMB:ACcomparisonCofCtheCclinicalCvariationsCofCtheCiridocornealCendothelialCsyndrome.CArchCOphthalmolC107:1465-1468,C19894)DoeEA,BudenzDL,GeddeSJetal:Long-termsurgicaloutcomesCofCpatientsCwithCglaucomaCsecondaryCtoCtheCiri-docornealCendothelialCsyndrome.COphthalmologyC108:C1789-1795,C20015)LanzlIM,WilsonRP,DudleyDetal:Outcomeoftrabec-ulectomywithmitomycin-Cintheiridocornealendothelialsyndrome.OphthalmologyC107:295-297,C20006)川守田珠里,濱中輝彦,百野伊恵:高度の高眼圧を示す症例に対する線維柱帯切除術併用チューブシャント手術─病理学的検査から判明したCChandler症候群.あたらしい眼科C31:1215-1218,C20147)WeinerCA,CCohnCAD,CBalasubramaniamCMCetCal:Glauco-maCtubeCshuntCimplantationCthroughCtheCciliaryCsulcusCinCpseudophakiceyeswithhighriskofcornealdecompensa-tion.JGlaucomaC19:405-411,C2010***(151)あたらしい眼科Vol.35,No.1,2018C151

点状表層角膜症を有する緑内障患者における実用視力

2018年1月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科35(1):144.148,2018c点状表層角膜症を有する緑内障患者における実用視力湖崎淳前田直之湖崎亮湖崎眼科CFunctionalVisualAcuityofGlaucomaPatientswithSuper.cialPunctateKeratopathyJunKozaki,NaoyukiMaedaandRyoKozakiCKozakiEyeClinic目的:緑内障点眼は長期にわたり使用し,点状表層角膜症(SPK)が起こる可能性が高い.そこで,SPKが視機能にどのように影響するかを,緑内障点眼を使用しCSPKのみられたC22名C40眼で調査した.方法:視機能を評価するため,実用視力を測定し,スタート時視力より何段階低下したかで評価した.SPKの及ぶ範囲で,中央群と非中央群のC2群に分けた.結果:中央群はC19眼で非中央群はC21眼であった.中央群のうちスタート時視力に対して,実用視力がC3段階低下したものがC78.9%,4段階低下したものがC78.9%,5段階低下したものがC57.9%であった.平均低下はC4.6段階であった.非中央群ではそれぞれC47.6%,33.3%,4.8%であり,平均低下はC2.7段階であった.結論:SPKが強い場合や角膜中央部に及ぶ場合は,実用視力が低下する可能性がある.視力や視野がそれほど悪くなくても,視機能低下を訴える患者の場合は,角膜上皮障害にも注意を払い,点眼を選択する必要があると思われた.TheCe.ectCofCsuper.cialCpunctateCkeratopathy(SPK)onCfunctionalCvisualCacuity(FVA)wasCevaluatedCinC40Ceyesof22glaucomapatientswhohadSPKduetoglaucomaeyedrops.In19eyes,SPKwasfoundatthecentralzoneofthecornea(Centergroup)andoutsidethecentralzonein21eyes(Non-centergroup).TheincidencesoflossofaverageFVAat3,4and5linesormorefromthebaselinewere78.9,78.9and57.9%intheCentergroup(Meanloss:4.6lines),and47.6,33.3and4.8%intheNon-centergroup(Meanloss:2.7lines),respectively.TheresultsCsuggestCthatCFVACeasilyCdeterioratesCwhenCSPKCisCinCtheCcentralCzoneCofCtheCcornea.CAttentionCshouldCbeCpaidCtoCtoxicCkeratopathyCwhenCpatientsCclaimCdeteriorationCofCvisionCwithoutCtheClossCofCvisualCacuityCorCvisualC.eld.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(1):144.148,C2018〕Keywords:緑内障点眼,点状表層角膜症,視機能,実用視力.glaucomaeyedrops,super.cialpunctatekeratop-athy(SPK),visualfunction,functionalvisualacuity.はじめに緑内障点眼は長期にわたり使用するため,薬剤による細胞毒性や組織毒性により点状表層角膜症(super.cialpunctatekeratopathy:SPK)が生じる可能性が高い1.6).以前,筆者が調査したところ,緑内障点眼を使用している患者C882眼のうちC47.5%にCSPKがみられた4).そのほとんどがCAD分類7)でA+D<3の軽症例であったが,A+D>4の重症例は12.8%にみられた4).SPKの影響として,異物感,易感染性,そして視機能障害が考えられる.SPKが広範囲や高密度に発生している例では高次収差の悪化がみられるが(図1),視力への影響は不明である.SPKによる視機能障害のなかには通常の視力検査では検出できない実用視力の低下がある.人が集中してものを見るとき,瞬きが抑制される.このような状態での視機能を評価しようとしたのが実用視力である8).通常の視力検査で得られた視力をスタート時視力とし,1.5秒ごとに視標が提示される.正答誤答によって視標の大きさが変わりC1分間の平均視力と視力維持率が測定される.これは,注視していると徐々に視力が低下することを評価している.実用視力の経時的な低下は,新聞などを見ていると霞んでくる,などの自覚症状に該当し,実臨床の現場でしばしば遭遇する.SPKが広範囲,高密度のドライアイ眼では高次収差の悪化,実用視力の低下がみらることが報告さC〔別刷請求先〕湖崎淳:〒545-0021大阪府大阪市阿倍野区阪南町C1-51-10湖崎眼科Reprintrequests:JunKozaki,M.D.,Ph.D.,KozakiEyeClinic,1-51-10Hannan-cho,Osaka545-0021,JAPAN144(144)れている9.11)が緑内障眼での報告はない.そこで,今回は緑内障点眼を使用しCSPKが発生している患者の実用視力について調査した.CI対象および方法平成C28年C10月からのC1カ月間で,当院で緑内障点眼を投与しCSPKのみられたC22例C40眼(平均年齢C69.8C±10.6歳,男性C4例,女性C18例,MD:C.5.34±4.64CdB)の実用視力を測定した.症例内訳は原発開放隅角緑内障C14人,正常眼圧緑内障C7人,高眼圧症C1人であった.視力はすべて矯正0.9以上で,視機能に影響を及ぼす可能性のある緑内障手術後,角膜混濁のある症例,眼圧がC20CmmHg以上の症例は省いた.実用視力はコーワ社製特殊視力検査装置CAS-28を用いて測定した8).この装置は視力の経時的変動を記録し,1分間の平均視力を表示する.視標の提示時間はC3秒とした.通常の視力検査で得られた矯正視力をスタート時視力として入力した.SPKの及んでいる範囲で,中央群と非中央群に分けて検討した.CII結果予備調査として,緑内障点眼を使用しているがCSPKがない緑内障症例C13眼(平均年齢C69.0C±8.4歳,平均CMD:C.10.78±6.70dB,スタート時視力:1.0.1.2,平均C1.2C±0.06)の実用視力を測定した.SPKがみられない群での視野障害(Humphrey視野計の)MD値とスタート時視力と平均視力の低下段階との決定係数はCrC2=0.011で,中心視野障害がなく,SPKのみられない緑内障患者においては,視野障害と実用視力の低下の間には有意な相関を認めなかった.角膜中央部にCSPKが及んでいない症例(非中央群)はC21眼(平均年齢C67.9C±10.6歳,MD:C.5.44±5.15CdB,スタート時視力:0.9.1.2,平均C1.1C±0.1),角膜中央部にCSPKが及んでいる症例(中央群)はC19眼(69.8C±9.7歳,MD:C.5.23CdB±3.90CdB,スタート時視力:0.9.1.2,平均C1.1C±0.1)であった.スタート時視力は両群に差はなかった.非中央群のうち,平均視力がスタート時視力よりC3段階以上低下している症例はC10眼C47.6%,4段階以上低下がC7眼C33.3%,5段階低下がC1眼C4.8%であった.非中央群の代表症例を図2と図3に示す.中央群ではC3段階以上低下している症例はC15眼C78.9%であった.4段階以上低下もC15眼C78.9%,5段階低下はC11眼C57.9%であった.中央群の代表症例を図4と図5に示す.いずれも,両群間に有意差がみられた(Fisher検定).また,平均視力低下量は非中央群ではC2.7段階,中央群ではC4.6段階で両群間に有意差がみられた(Mann-WhitnetUtest)(表1).両群のスタート時視力と平均視力の分散図を図6に示す.C6秒7秒8秒9秒10秒RMS:rootmeansquare:収差量を数量的に表示図1SPK発症例の高次収差68歳,女性.プロスタグランジン製剤点眼使用.10秒後の高次収差が悪化.CIII考按緑内障点眼を使用している患者にはCSPKがよくみられる4).原因は緑内障点眼なのか,ドライアイが影響しているのかは不明であるが,緑内障点眼が悪化要因にはなっていると思われる.緑内障点眼によりCSPKが発生または増悪すると,涙液層に異常をきたし,涙液層の安定性が低下すると考えられる.その視機能を評価するのに高次収差の連続測定が有用であるとCKohら9)は報告している.しかし,高次収差は視機能の質の評価はできても,視力の変動を直接測定することはできない.今回筆者らは,視機能の動的な変動を評価するために実用視力を用いた.実用視力は,ドライアイによる角膜障害のみならず,他の疾患の視機能の評価にも応用されている12).今回の測定で,毎回の視標の提示時間はC3秒とした.日常視においては視力検査時のように目標物を固視することは少なくC2.3秒ごとに視線が動いていると考えたからである.その結果,角膜中央にCSPKのある症例では,実用視力がより低下する傾向があった.Kohら10)も角膜中央にCSPKのある例は,中央にCSPKのない例より高次収差は大きいと報告している.また,Kaidoら11)はドライアイの症例で角膜染色が高度になるに従って実用視力は低下し,視力維持率も低下するとしている.今回の筆者らの緑内障の症例でも,角膜中央にCSPKのある症例ではC78.9%でC4段階の視力低下,57.9%でC5段階の視力低下がみられた.緑内障点眼で図2非中央群の代表症例65歳,女性,プロスタグランジン製剤点眼,炭酸脱水酵素阻害薬/Cb遮断薬配合剤を両眼に使用.SPKは中央部に及んでいない.図3非中央群の代表症例(図2)の平均視力右眼スタート視力C1.2,平均視力C1.16.左眼スタート視力C1.2,平均視力C1.12.スタート時視力と平均視力の差はない.図4中央群の代表症例62歳,男性.プロスタグランジン製剤点眼,アドレナリンCa2受容体作動薬点眼,炭酸脱水酵素阻害薬/Cb遮断薬配合剤を両眼に使用.SPKは中央部に及んでいる.図5中央群の代表症例(図4)の平均視力右眼スタート視力C1.0,平均視力C0.46.左眼スタート視力C1.0,平均視力C0.54.右眼はC5段階低下.左眼はC4段階低下.C表1スタート視力と平均視力(実用視力)との差3段階以上視力低下4段階以上視力低下5段階視力低下平均低下段階非中央群2C1眼中央群1C9眼10眼C47.6%15眼C78.9%p<C0.05Fisher検定7眼3C3.3%15眼C78.9%p<C0.01Fisher検定1眼C4.8%11眼C57.9%p<C0.01Fisher検定C2.7段階4.6段階p<C0.05Mann-WhitneyUtest平均視力非中央群と中央群では視力低下に有意差がみられる.1.210.8中央群0.6非中央群0.40.2000.20.40.60.811.2スタート時視力図6中央群と非中央群のスタート時視力と平均視力の分散図中央群(◆)のほうが,非中央群(〇)より平均視力の低下していることがわかる.SPKが発生しても,ドライアイと同じようにCSPKによる収差ないし散乱が増加したためと思われた.緑内障患者で視力や視野が良好でも,なんとなく風景が霞んで見えたり,物を見つめていると視力が下がったような気がする患者には,角膜上皮障害にも注意を向け,薬剤毒性角膜症による視機能への影響を考え,防腐剤フリーの点眼に変更するか,配合剤に変更し点眼本数を減らすなどを考慮する必要があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)高橋信夫,佐々木一之:防腐剤とその眼に与える影響.眼科31:43-48,C19892)小室青,横井則彦,木下茂:ラタノプロストによる角膜上皮障害.日眼会誌104:737-739,C20003)湖崎淳,大谷伸一郎,鵜木一彦ほか:トラボプロスト点眼液の臨床使用成績―眼表面への影響―.あたらしい眼科C26:101-104,C20094)湖崎淳:抗緑内障点眼薬と角膜上皮障害.臨眼C64:729-732,C20105)山崎仁志,宮川靖博,目時友美ほか:トラボプロスト点眼液の点状表層角膜症に対する影響.あたらしい眼科C27:C1123-1126,C20106)薮下麻里江,三宅功二,荒川明ほか:角膜上皮に対するタフルプロスト点眼液の影響.臨眼67:1129-1132,C20137)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,C19948)海道美奈子:新しい視力計:実用視力の原理と測定方法.あたらしい眼科24:401-408,C20079)KohCS,CMaedaCN,CHiroharaCYCetCal:SerialCmeasurementsCofChigher-orderCaberrationsCafterCblinkingCinCnormalCsub-jects.InvestOphthalmolVisSciC47:3318-3324,C200610)KohCS,CMaedaCN,CHiroharaCYCetCal:SerialCmeasurementsCofhigher-orderaberrationsafterblinkinginpatientswithdryeye.InvestOphthalmolVisSciC49:133-138,C200811)KaidoCM,CIshidaCR,CDogruCMCetCal:TheCrelationCofCfunc-tionalCvisualCacuityCmeasurementCmethodologyCtoCtearCfunctionsandocularsurfacestatus.JpnJOphthalmolC55:C451-459,C201112)石田玲子:実用視力の臨床応用:ドライアイから白内障まで.あたらしい眼科24:409-413,C2007***

血管新生緑内障に対するバルベルト緑内障インプラントの手術成績

2018年1月31日 水曜日

《第22回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科35(1):140.143,2018c血管新生緑内障に対するバルベルト緑内障インプラントの手術成績野崎祐加富安胤太野崎実穂森田裕吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学CClinicalExperiencewithBaerveldtGlaucomaImplantinNeovascularGlaucomaYukaNozaki,TanetoTomiyasu,MihoNozaki,HiroshiMorita,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraCDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences目的:増殖糖尿病網膜症に続発した血管新生緑内障に対して施行した,バルベルト緑内障インプラント(BGI)手術の術後成績を後ろ向きに検討した.対象および方法:BGI手術(前房タイプC2眼,硝子体タイプC10眼)を施行した10例C12眼を対象とした.術前後の眼圧,点眼スコア,合併症について検討した.結果:平均年齢C52.2歳,術後経過観察期間はC26.7±13.2カ月で,平均眼圧は術前C31.3±102.mmHgから術後C6カ月C13.9±4.6CmmHgと有意に低下し(p<0.05),平均点眼スコアは術前C4.2±0.8から術後C1.8±1.9と有意に減少した(p<0.05).術後C1カ月以内の早期合併症は,一過性高眼圧(7眼),硝子体出血(3眼),脈絡膜.離(2眼)であった.後期合併症はC3眼で硝子体出血,プレート周囲の線維性増殖組織による高眼圧を認めた.結論:血管新生緑内障に対するCBGI手術は,短期的には良好な眼圧下降効果を認めた.CPurpose:ToCevaluateCtheCe.cacyCofCtheCBaerveldtCglaucomaCimplant(BGI)inCneovascularCglaucoma(NVG)CassociatedCwithCproliferativeCdiabeticCretinopathy.CPatientsandMethod:TenCpatients(12Ceyes)whoCunderwentBGIwereevaluated.Outcomeassessmentswereintraocularpressure(IOP),numberofglaucomamedicationsandcomplications.Results:Meanagewas52.2yearsandaveragefollow-upperiodwas26.7months.MeanIOPwassigni.cantlydecreased,from31.3±10.2CmmHgto13.9±4.6CmmHg(p<0.05).Thenumberofglaucomamedicationswasalsosigni.cantlydecreased,from4.2±0.8CtoC1.8±1.9(p<0.05).ComplicationsincludedhighIOP(7eyes),vit-reoushemorrhage(3eyes),choroidaldetachment(2eyes)within1monthofsurgery.Latecomplicationswerevit-reousChemorrhage(3Ceyes)andChighCIOP(3Ceyes).CTheCsuccessCrateCwasC90.1%CatCmonthC6.CConclusion:BGIise.ectiveincontrollingIOPelevationassociatedwithNVG.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(1):140.143,C2018〕Keywords:バルベルト緑内障インプラント,血管新生緑内障,増殖糖尿病網膜症,術後合併症,点眼スコア.CBaerveldtglaucomaimplant,neovascularglaucoma,proliferativediabeticretinopathy,postoperativecomplications,Cnumberofglaucomamedications.Cはじめに血管新生緑内障に対する治療は,開放隅角期では,網膜虚血を改善させるために,汎網膜光凝固や血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthCfactor:VEGF)阻害薬などが用いられるが,虚血を改善しても眼圧が下降しない場合や,閉塞隅角期には,線維柱帯切除術が多く施行されてきた.しかし,血管新生緑内障に対する線維柱帯切除術の手術成績は,術後の出血や炎症による瘢痕形成のため,他の緑内障に対する成績よりも不良である1,2).VEGF阻害薬を併用することにより血管新生緑内障に対する線維柱帯切除術の成績は良好になるという報告3)もあるが,長期手術成績はCVEGF阻害薬併用有無で変わらないともいわれている4).また,血管新生緑内障の約三分の一は,糖尿病網膜症が原因と報告されているが5),糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障の特徴としては,比較的年齢が若いこと,硝子体手術を含む複数回の手術既往がある場合が多い点があげられる.〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:MihoNozaki,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,Nagoya467-8601,JAPAN140(140)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(140)C1400910-1810/18/\100/頁/JCOPY若年者,硝子体手術既往は,線維柱帯切除術の予後不良因子としても知られていることから2,6),糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障に対して,線維柱帯切除術以外の術式が望まれている.一方,バルベルト緑内障インプラント(Baerveldtglauco-maimplant:BGI)は,複数回の緑内障手術が無効であった症例や結膜瘢痕症例など,難治性緑内障に対して,眼圧下降効果が期待されており7),血管新生緑内障に対する有効性も国内からいくつか報告されている8.10).2012年C4月から,わが国でCBGI手術が保険収載され,名古屋市立大学病院でもC2012年から血管新生緑内障に対するCBGI手術を施行している.今回,術後C6カ月以上経過を追えた,増殖糖尿病網膜症に続発した血管新生緑内障に対するCBGIの手術成績について,後ろ向きに検討したので報告する.CI対象および方法対象はC2012年C12月.2016年C3月に,名古屋市立大学病院で増殖糖尿病網膜症に続発した血管新生緑内障に対し,BGI手術を施行し,術後C6カ月以上経過観察できたC10例C12眼(男性C7眼,女性C5眼,平均年齢C52.2C±12.2歳)であった(表1).術前,術後の眼圧,術前・術後の点眼スコア(緑内障点眼薬をC1点,配合剤をC2点,炭酸脱水酵素阻害薬のC2錠内服をC2点とした),早期(術後C1カ月以内)・後期(術後C1カ月以降)の術後合併症について検討した.今回使用したCBGIデバイスは,硝子体手術既往眼ではプレート面積がC350CmmC2でチューブにCHo.manCelbowをもつBG102-350を使用し,硝子体手術未施行眼ではプレート面積がC250CmmC2の前房タイプのCBG103-250を挿入した(現在は当院で用いていない).術式は,強膜半層弁を作製し,チューブをC7-0あるいはC8-0バイクリル糸で完全閉塞するまで結紮し,術前に炭酸脱水酵素阻害剤内服下でも眼圧が20CmmHg以上の症例では,9-0ナイロン糸でCSherwoodスリットを作製した.強膜弁はC9-0ナイロン糸で縫合し,結膜はC8-0バイクリル糸で縫合した.チューブ内へのステント留置は行わなかった.生存(手術成功)の定義は,①視力が光覚弁以上,②眼圧はC22CmmHg未満,5CmmHg以上,③さらなる緑内障手術の追加手術を行わない,のC3条件を満たすものとした.生存率をCKaplan-Meier法で解析した.数値は平均値C±標準偏差で記載し,統計学的検定にはCWilcoxon検定を用いCp<0.05を有意差ありとした.CII結果10例C12眼のうち,使用したCBGIデバイスは,前房タイプがC2眼,経毛様体扁平部タイプがC10眼であった.治療の既往として,汎網膜光凝固,白内障手術は全例C12眼で施行されており,硝子体手術はC10眼,線維柱帯切除術はC4眼で既往がありC4眼中C2眼は複数回線維柱帯切除術が施行されていたが,硝子体手術は未施行だった(表1).BGI手術までに,汎網膜光凝固術を除いて平均C2.6回の手術既往があった.術前にCVEGF阻害薬の硝子体注射を行ったのはC12眼中C1眼のみであった.術後経過観察期間は平均C26.7C±13.2(6.54)カ月であった.全症例における術前平均眼圧はC31.3C±10.2CmmHg,術翌日にはC13.0C±10.3CmmHgまで低下を認めた.1週間後にはC10.4±3.3CmmHg,1カ月後にはC15.9C±7.6CmmHg,3カ月後にはC14.3C±3.7CmmHg,6カ月後にはC13.9C±4.6CmmHgと有意な低下を認めた(p<0.05)(図1).また,平均点眼スコアは術前のC4.2C±0.8から,術後C6カ月の時点でC1.8C±1.9と有意な減少を認めた(p<0.05)(図2).LogMAR視力は,術前C1.5C±0.7,術後C6カ月の時点でC1.4C±0.7と有意差は認めなかった(p=0.82).角膜内皮細胞密度は,全例では経過を追えなかったが,術前C2579.5C±315.0/Cmm2,術後C6カ月でC2,386.2C±713.4/mm2(n=6)と有意な減少はみられなかった.術後C1カ月以内の早期合併症は,硝子体出血をC3眼に認め,2眼に硝子体手術を施行した.さらに低眼圧による脈絡膜.離をC2眼に認め,そのうちC1眼にチューブ結紮を追加施行した.チューブ先端に硝子体が嵌頓していたC1眼を含むC7眼で一過性高眼圧を認め,1眼にCSherwoodスリット追加,1眼に硝子体手術を施行しチューブ先端の硝子体嵌頓を解除した.術後C1カ月以降の後期合併症は,3眼に硝子体出血を認め,硝子体手術を施行した.また,プレート周囲の線維性増殖組織(被膜)形成による高眼圧をC3眼で認め,線維性被膜を切開除去し,マイトマイシンCCを使用しプレート周囲の癒着を解除した.生存率は術後C6カ月後でC90.1%,1年後でC68.2%,3年生存率はC68.2%であった(図3).緑内障の追加手術を必要とした症例は,前房型CBGIを挿入したC38歳のC1例C2眼と,硝子体型CBGIを挿入したC52歳のC1眼のC3眼に認めた.前房型CBGIを挿入した症例では,右眼は術後C1カ月後には眼圧がC33CmmHgまで上昇したため,点眼薬C3剤,炭酸脱水酵素阻害薬内服を開始したが,その後も眼圧がC22CmmHgを超えており,この症例がC6カ月時点での死亡例となった.2年後にマイトマイシンCCを併用したプレート上の線維性増殖組織を除去したが,その後も再度眼圧上昇を認めたため,2年C7カ月後に硝子体手術を行いCBGI経毛様体扁平部タイプを再挿入した.左眼は術後C10カ月に眼圧が再上昇したため,右眼と同様にマイトマイシンCCを併用しプレート周囲の線維性増殖組織除去を施行し,以後は点眼のみで眼圧は安定していた.もうC1眼はC52歳の症例であり,術後眼圧コントロ(141)あたらしい眼科Vol.35,No.1,2018C141表1対象の内訳症例性別年齢周辺虹彩前癒着HbA1c(%)白内障手術硝子体手術線維柱帯切除術C1男C65なしC8.6〇〇(1)C2女C7580%C6.3〇〇(1)C3女C38100%C6.2〇〇(3)C4女C38100%C6.5〇〇(2)C5男C4325%C5.7〇〇(2)〇(1)C6女C5850%C7.1〇〇(1)C7女C58なしC7.1〇〇(2)〇(1)C8男C52なしC6.6〇〇(2)C9男C50なし不明〇〇(1)C10男C3910%C9.6〇〇(1)C11男C6725%C11.1〇〇(1)C12女C56なしC6.4〇〇(1)全例で白内障手術が施行されており,2眼を除いてC10眼で硝子体手術の既往があった.45405353041500術前術翌日1週間後1カ月後3カ月後6カ月後術前術後図1術前・術後での平均眼圧の推移図2術前・術後での平均点眼スコアの推移平均眼圧は術前と比較して術翌日,1週間後,1カ月後,3カ月術前のC4.25本から術後C6カ月の時点でC1.8本と後,6カ月後の時点で有意に下降していた(p<0.05).C有意な減少を認めた(p<0.05).C平均眼圧(mmHg)25点眼スコア320*15210ールは良好だったが,10カ月後に眼圧が再上昇したため,マイトマイシンCCを併用したプレート上線維性増殖組織除去を行ったものの,その後も高眼圧が続くため,レーザー毛様体破壊術を施行した.CIII考按今回筆者らは増殖糖尿病網膜症に続発した血管新生緑内障に対してCBGI手術を施行し,6カ月以上経過観察できたC1220406080100120140160180眼について,後ろ向きに検討し,生存率はC6カ月でC90.1%,1年でC68.2%,2年でもC68.2%であった.BGI手術成績を,非血管新生緑内障と血管新生緑内障に分けて検討した海外の報告では,BGI手術成功率(1年)は非血管新生緑内障ではC79%であったが,血管新生緑内障では40%で有意に低く,自然消退しない硝子体出血がもっとも多い(17%)合併症であった12).2012年にわが国でもCBGI手術が承認されてから,国内からも血管新生緑内障を含む難治緑内障に対するCBGI手術成績がいくつか報告されている8.11).生存率の定義が多少異なるものもあり,今回の筆者らの検討のように増殖糖尿病網膜週数図3Kaplan.Meier生存曲線生存の基準を①視力が光覚弁以上,②眼圧はC22CmmHg未満,5CmmHg以上,③さらなる緑内障手術の追加手術を行わないの3条件を満たすものとした.生存率は術後C6カ月後(n=12)で90%,1年後(n=11)でC68.2%,2年生存率(n=11)はC68%であった.C症に続発する血管新生緑内障に限定はされていないが,成功率はC76.2.90.1%(1年),90.1.93.3%(2年)と非常に良好な成績が報告されている8.11).(142)今回の筆者らの検討では,硝子体出血を術後早期にも晩期にもC12眼中C3眼(25%)に認めている.東條らの報告では,35眼中C27眼(77.1%)に術前にCVEGF阻害薬の硝子体内注射を行っており,術後の硝子体出血はC35眼中C2眼(6%)に認めたのみであった.晩期の硝子体出血の原因は,汎網膜光凝固が不十分でCVEGF産生が抑えられていなかったことも原因と思われるが,筆者らの検討した症例のうち,術前にVEGF阻害薬の硝子体内注射を行ったのはC1眼のみであったことから,今後CBGI手術前にCVEGF阻害薬の硝子体内注射を併用すれば,術後早期の硝子体出血は減らせる可能性も考えられる.また,緑内障手術の追加が必要となったC3眼は,プレート周囲に線維性被膜が形成され眼圧が再上昇しており,3眼中C2眼は前房タイプのCBGI手術を施行していた.当院ではプレート面積がC250CmmC2の前房タイプのCBG103-250を当初使用していたが,今回検討したC2眼を含め術後の眼圧コントロール不良例が多い印象があり,現在はプレート面積C350CmmC2のCBG101-350を使用している.線維柱帯切除術やチューブシャント手術は,Tenon.下に房水を導く濾過手術であり,房水はCTenon.下では被膜に覆われるが,過剰に被膜形成が進むと眼圧上昇が起こる.国内の他の施設からは,プレート周囲の線維性被膜形成の報告はみられていないが,Rosentreterらは,プレート周囲の被膜による眼圧再上昇症例に対して,プレート周囲の被膜切開を施行した群と,緑内障インプラントの追加手術を行った群を比較し,被膜切開群では,有意に術後の眼圧が高く,さらに追加の手術が必要な症例がみられたと報告し,被膜切開では長期に眼圧下降させられないとしている13).今回の筆者らの検討した症例でも,3眼中C2眼はマイトマイシンCCを併用してプレート周囲の線維性被膜切開をしても眼圧の再上昇があり,1眼では硝子体手術および経毛様体扁平部タイプのCBGIを追加,もうC1眼は視力が術前(0.02)から光覚弁となったため毛様体破壊術を追加した.プレート周囲の被膜を免疫組織学的に検討した報告では,眼圧上昇を伴う被膜のほうが,より多くのフィブロネクチン,テネイシンやラミニン,IV型コラーゲンを認め,活動性の高い創傷治癒機転が働いていることが示唆されている14)ことから,BGI後いったん被膜が形成され眼圧上昇した際には,マイトマイシンCCを併用した被膜切開でも無効になる可能性が高く,初めからCBGIの追加含め,他の手術の追加を考慮するべきかもしれない.しかし,増殖糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障では,輪状締結術がすでに施行されている症例や,複数の象限で線維柱帯切除術が施行されている症例もあり,追加の手術の選択にも難渋することが少なくない.今後,できるだけ過剰な被膜形成を惹起しないCBGI手術の術式や薬物併用などの確立が,増殖糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障に対するCBGI手術の治療成績を上げるうえで重要になると思われた.(143)利益相反:小椋祐一郎(カテゴリーCF:ノバルティスファーマ株式会社),吉田宗徳(カテゴリーCF:ノバルティスファーマ株式会社)文献1)KiuchiCY,CSugimotoCR,CNakaeCKCetCal:TrabeculectomyCwithmitomycinCfortreatmentofneovascularglaucomaindiabeticpatients.OphthalmologicaC220:383-388,C20062)TakiharaY,InataniM,FukushimaMetal:Trabeculecto-myCwithCmitomycinCCCforCneovascularCglaucoma:prog-nosticfactorsforsurgicalfailure.AmJOphthalmolC147:C912-918,C20093)SaitoY,HigashideT,TakedaHetal:Bene.ciale.ectsofpreoperativeCintravitrealCbevacizumabConCtrabeculectomyCoutcomesinneovascularglaucoma.ActaOphthalmolC88:C96-102,C20104)TakiharaCY,CInataniCM,CKawajiCTCetCal:CombinedCintra-vitrealCbevacizumabCandCtrabeculectomyCwithCmitomycinCCversustrabeculectomywithmitomycinCaloneforneo-vascularglaucoma.JGlaucomaC20:196-201,C20115)BrownCGC,CMagargalCLE,CSchachatCACetCal:NeovascularCglaucoma.CEtiologicCconsiderations.COphthalmologyC91:C315-320,C19846)InoueT,InataniM,TakiharaYetal:Prognosticriskfac-torsforfailureoftrabeculectomywithmitomycinCaftervitrectomy.JpnJOphthalmolC56:464-469,C20127)植田俊彦,平松類,禅野誠ほか:経毛様体扁平部CBaer-verdt緑内障インプラントの長期成績.日眼会誌115:581-588,C20118)小林聡,竹前久美,杉山祥子:血管新生緑内障に対するバルベルト緑内障インプラントの治療成績.臨眼C79:C1251-1257,C20169)宮城清弦,藤川亜月茶,北岡隆:経毛様体扁平部挿入型バルベルト緑内障インプラントの手術成績と合併症.あたらしい眼科33:1183-1186,C201610)東條直貴,中村友子,コンソルボ上田朋子ほか:血管新生緑内障に対するバルベルト緑内障インプラント手術の治療成績.日眼会誌121:138-145,C201711)石塚匡彦,忍田栄紀,町田繁樹:無硝子体眼におけるバルベルト緑内障インプラントを用いたチューブシャント手術の短期成績.臨眼71:605-609,C201712)CampagnoliCTR,CKimCSS,CSmiddyCWECetCal:CombinedCparsCplanaCvitrectomyCandCBaerveldtCglaucomaCimplantCplacementCforCrefractoryCglaucoma.CIntCJCOphthalmolC8:C916-921,C201513)RosentreterCA,CMelleinCAC,CKonenCWWCetCal:CapsuleCexcisionandOlogenimplantationforrevisionafterglauco-madrainagedevicesurgery.GraefesArchClinExpOph-thalmolC248:1319-1324,C201014)ValimakiCJ,CUusitaloCH:ImmunohistochemicalCanalysisCofCextracellularmatrixblebcapsulesoffunctioningandnon-functioningglaucomadrainageimplants.ActaOphthalmolC92:524-528,C2014あたらしい眼科Vol.35,No.1,2018C143

日本人における糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ硝子体 注射の長期治療成績

2018年1月31日 水曜日

《第22回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科35(1):136.139,2018c日本人における糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ硝子体注射の長期治療成績清水広之*1村松大弐*1若林美宏*1上田俊一郎*2馬詰和比古*1八木浩倫*1阿川毅*1川上摂子*1山本香織*1渡邉陽子*1塚原林太郎*2三浦雅博*2後藤浩*1*1東京医科大学眼科学分野*2東京医科大学茨城医療センター眼科IntravitrealInjectionofRanibizumabforDiabeticMacularEdemainJapan:Long-termOutcomeHiroyukiShimizu1),DaisukeMuramatsu1),YoshihiroWakabayashi1),ShunichiroUeda2),KazuhikoUmazume1),HiromichiYagi1),TsuyosiAgawa1),SetsukoKawakami1),KaoriYamamoto1),YokoWatanabe1),RintaroTsukahara2),MasahiroMiura2)andHiroshiGoto1)1)TokyoMedicalUniversity,DepartmentofOphthalmology,2)TokyoMedicalUniversity,IbarakiMedicalCenter,DepartmentofOphthalmology目的:日本人を対象とした糖尿病黄斑浮腫(DME)に対するラニビズマブ硝子体注射(IVR)の長期治療成績の報告.対象および方法:DMEにCIVRを行い,12カ月以上観察が可能であったC68眼を対象に後ろ向きに調査した.初回IVR後C6,12,18カ月の視力と中心網膜厚,追加治療について検討した.結果:観察期間は平均C19.2カ月であった.治療前視力の平均ClogMAR値はC0.37で,治療後C6カ月でC0.25,12,18カ月後では,それぞれC0.23,0.24と有意な改善を示した.治療前の平均中心網膜厚はC477Cμmで,治療6,12,18カ月後にはC387,368,312Cμmと全期間で有意な改善を示した.治療開始後C18カ月後までのCIVR回数は平均C3.3回であり,経過中に光凝固はC23眼(33%)に,トリアムシノロンアセトニドのCTenon.下注射はC15眼(22%)に併用された.全経過観察期間中にC63眼(91%)で浮腫の再発がみられた.結論:日本人においても,IVRは長期にわたりCDMEの軽減と視機能の改善に有効であるが,再発例も多く,複数回の投与と追加治療を要する.CPurpose:Toreportthelong-terme.cacyofintravitrealinjectionofranibizumab(IVR)inJapanesepatientswithdiabeticmacularedema(DME).Casesandmethods:Inthisretrospectivecaseseries,68eyesof54patientswithCDMECreceivedC0.5CmgCIVR.CCasesCwereCfollowedCupCforC12CmonthsCorClonger.CBestCcorrectedCvisualCacuity(BCVA;logCMAR)andCcentralCretinalCthickness(CRT)wereCtheCmainCoutcomeCassessments.CResults:MeanCfol-low-upperiodwas19.2months.BaselineBCVAandCRTwere0.37and477Cμm,respectively.At6months,BCVAhadCimprovedCtoC0.25CandCCRTChadCsigni.cantlyCdecreasedCtoC387Cμm,CcomparedCtoCbaseline(p<0.01).CAtC12monthsand18months,BCVAhadsigni.cantlyimprovedto0.23(p<0.01)and0.24(p<0.01),respectively;CRThaddecreasedto368Cμm(p<0.01)and312Cμm(p<0.01),respectively.TheaveragenumberofIVRwas3.3times.Amongallcases,63eyes(92%)experiencedrecurrentmacularedema.Conclusion:Intravitrealinjectionofranibi-zumabisane.ectivetreatmentforDME.However,multipleinjectionsandadditionaltreatmentsarerequired,duetofrequentrecurrence.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(1):136.139,C2018〕Keywords:ラニビズマブ,糖尿病黄斑浮腫,光凝固,トリアムシノロンアセトニド,抗CVEGF抗体.ranibizum-ab,diabeticmacularedema,photocoagulation,triamcinoloneacetonide,anti-VEGF.C〔別刷請求先〕清水広之:〒160-0023東京都新宿区西新宿C6-7-1東京医科大学眼科学分野Reprintrequests:HiroyukiShimizu,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1NishishinjukuShinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN136(136)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(136)C1360910-1810/18/\100/頁/JCOPYはじめに糖尿病網膜症は日本の視覚障害者の主原因疾患の一つであり,なかでも糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularCedema:DME)は糖尿病網膜症における視力障害の主要因子である.DMEの病態には血管内皮増殖因子(vascularCendothelialgrowthCfactor:VEGF)が関与していることが知られており1),VEGFの抑制がCDMEの制御にとってきわめて重要である.DMEに対する治療は,近年では抗CVEGF療法が治療の主体となりつつあり2,3),抗CVEGF抗体の一種でヒト化モノクローナル抗体のCFab断片であるラニビズマブは,大規模研究であるCRISE&RIDEstudyによって,偽注射に対して治療の優位性が証明された4).また,同様の大規模研究であるアジア人種を対象としたCREVEALstudy5)によって光凝固治療に対しても優位性が証明された.しかし,これらの研究の対象には厳しい組み入れ基準があるため,実臨床とは乖離している一面があり,また薬剤の投与についても臨床研究のためきわめて数多くの注射が行われているため,実臨床における反応性や効果についてはいまだに不明な点も残されている.以上の背景をもとに,2014年C2月からわが国においてもDMEへのラニビズマブ治療が認可され,広く使用されるようになってきたことから,日本人症例に対して筆者らが行ってきた治療の長期成績について報告する.CI対象および方法対象はC2014年C3月.2014年C12月に,東京医科大学ならびに東京医科大学茨城医療センターで,DMEに対してラニビズマブ0.5mgの硝子体注射(intravitrealCinjectionCofranibizumab:IVR)で治療を開始し,12カ月以上経過観察が可能であったC54例C68眼(男性C41例,女性C13例)で,全例,日本人症例であった.治療時の年齢分布はC39.81歳で,平均年齢±標準偏差はC64.8C±10.2歳である.治療歴として,ベバシズマブからの切り替え症例がC20眼(29%)あった.また,初回CIVR施行眼はC48眼(71%)であり,これらのうちC19眼はまったくの無治療,29眼(43%)は光凝固やトリアムシノロンアセトニドCTenon.下注射(sub-tenonCinjec-tionCofCtriamcinoronCacetonide:STTA)による治療歴があった.治療プロトコールとして,IVRの後に毎月観察を行い,その後は必要に応じて再治療を行った(proCreCnata:PRN).再治療は,2段階以上の視力低下,もしくはC20%以上の中心網膜厚(centralCretinalCthickness:CRT)の増加がみられ,患者の同意が得られた場合に原則としてCIVRを行った.浮腫の悪化がみられてもCIVRの同意が得られなかった場合や,IVR後の浮腫の改善が不十分な場合はCSTTAを施行した.全症例のうち,蛍光眼底造影で無灌流域や黄斑部毛細血管瘤を認めたC17眼に対しては,IVRの後,1.2週の時点で計画的に光凝固(汎網膜光凝固,血管瘤直接凝固,もしくはCtargetedCretinalCphotocoagulation:TRP6))を行い,残るC51眼はCIVR単独で治療を開始し,適宜追加治療を行った.これらC51眼のうちC19眼については,眼所見が安定するまで治療開始からC1カ月ごとにC2.3回の注射を行うCIVR導入療法を施行し,その後は必要時投与とした.検討項目は,IVR後C6,12,18カ月における完全矯正視力,および光干渉断層計3D-OCTC2000(トプコン)もしくはCirrusHD-OCT(CarlZeissMeditech)を用いて計測したCCRTで,そのほかにも再発率,治療方法ならびに投与回数,投与時期について診療録をもとに後ろ向きに調査した.統計処理はStatViewを使用して,t-検定(Bonferroni補正),c2検定を行い,有意水準5%以下を有意と判断した.CII結果全C68眼の平均観察期間はC19.2C±4.0カ月(12.27カ月)であった.全症例おける治療前の平均CCRTはC476.5C±121.8Cμmであったのに対し,IVR後C6カ月の時点ではC387.2C±119.0Cμmと減少していた.CRTはC12カ月の時点でC367.6C±118.5Cμm,18カ月の時点でC312.6C±83.7Cμmと,全期間を通じ,治療前と比較して有意な改善を示した(p<0.01,t-検定)(図1).全症例における治療前の視力のClogMAR値の平均はC0.37C±0.26であった.視力はCIVR後C6カ月でC0.25C±0.21へ改善し,IVR後C12,18カ月の時点でそれぞれC0.23C±0.23,0.24C±0.26であり,いずれの時点においても治療前と比較して有意な改善を示した(p<0.01,t-検定)(図2).治療前後の視力変化をClogMAR0.2区切りで検討すると,治療前と比較してCIVR後C6カ月の時点で改善例はC21眼(31%),不変例はC43眼(63%),悪化例はC4眼(6%)であり,12カ月の時点で改善例はC26眼(38%),不変例はC37眼(55%),悪化例はC5眼(7%),18カ月の時点で改善例はC18眼(40%),不変例はC25眼(56%),悪化例はC2眼(4%)であり,経時的に視力改善例が増加していた.治療前の小数視力が0.5以上を示した症例はC39眼(57%)存在したが,IVR後C6カ月ではC50眼(73%),12カ月でC49眼(72%),18カ月後でC35眼(78%)と,視力良好例の占める割合も増加していた(各々p<0.05,Cc2検定).一方,全経過観察期間中にC63眼(91%)で黄斑浮腫の再発がみられた.初回の注射施行後,最初に黄斑浮腫が再発するまでの期間は平均C3.9C±3.8カ月で,中央値はC2.5カ月であった.また,再注射後もC37眼(79%)がC2回目の再発をきたした.2回目の再発までの期間は平均C3.6C±3.2カ月で,中央値はC2.5カ月であった.初回治療後C6カ月までの平均CIVR回数はC2.3C±1.2回,12カ月までではC3.0C±1.9回,18カ月までではC3.3C±2.5回であ(137)あたらしい眼科Vol.35,No.1,2018C1375000.20中心網膜厚(μm)400logMAR0.30300治療前6カ月後12カ月後18カ月後n=68n=68n=68n=45図1治療前後の中心網膜厚の経時的変化12カ月時点までの全C68眼および,追跡期間がC18カ月に達したC45眼についての各時点における中心網膜厚を示す.注射C6カ月で網膜厚は大きく減少し,その後もC12,18カ月と治療前と比較し有意に網膜厚は減少している.†p<0.01.Cった.また,全経過観察期間中に,黄斑浮腫の改善目的や網膜無灌流領域に対し光凝固を併用した症例はC23眼(33%)黄斑浮腫の改善目的にCSTTAを併用した症例はC15眼(22%),存在した.今回の症例には,光凝固を併用した群と,IVR単独で治療した群が存在し,さらにCIVR単独群は,導入を行った群と,初回投与後CPRNで治療した群が存在したが,IVRの回数と,視力改善度,平均網膜厚の変化についてC3群に分けて再検討すると,12カ月の時点での平均CIVR回数は,併用群でC2.8C±1.8回,導入群でC4.1C±2.2回,初回投与後CPRN群でC2.2±1.4回と,導入群で他のC2群よりも有意に多く(p<0.01,ANOVA検定CBonferroni補正),18カ月の時点では,併用群でC3.0C±1.9回,導入群でC4.6C±2.9回,初回投与後CPRN群でC2.5C±1.9回と,導入群で他のC2群よりも有意に多かった(p<0.05,ANOVA検定CBonferroni補正).視力改善度,網膜厚の変化についてはC12,18カ月,いずれの時点でもC3群間に有意差は認めなかった(ANOVA検定CBonferroni補正).観察期間中に,眼内炎や網膜.離などの眼局所の重篤な合併症はきたさなかった.一方,脳梗塞,心筋梗塞,急性腎不全の発症および,ネフローゼ症候群の増悪をそれぞれC1例ずつ認めた.IVRから発生までの期間は,脳梗塞および急性腎不全はそれぞれC1カ月,ネフローゼの増悪はC3カ月,心筋梗塞はC14カ月であった.脳梗塞を発症した症例では,内科と連携したうえで,その後合計C4回のCIVRを行ったが,以降脳梗塞の再発は認めなかった.CIII考按無作為二重盲検試験であるCRISEC&CRIDECstudyにより,DMEに対するラニビズマブ治療の有効性が証明されたが4),この研究における治療プロトコールでは当初のC24カ月は毎0.40治療前6カ月後12カ月後18カ月後n=68n=68n=68n=45図2治療前後の視力の経時的変化全症例の各時点における視力のClogMAR値を示す.注射C6カ月で視力は上昇し,18カ月の時点まですべての時点において,治療前と比較し有意に上昇している.†p<0.01.C月ラニビズマブ注射を行っており,多数回に及ぶ注射を要したうえでC12文字の視力改善が得られていた.その後,アジア人を対象として行われた光凝固との比較試験であるREVEALCstudyにおいては,当初のC3カ月は毎月ラニビズマブ注射を行い,それ以降はC1カ月ごとの観察を継続し,必要に応じて再治療を行っている.その結果,治療開始後C12カ月の時点において平均C7.8回の注射を要したがC6.6文字の改善を得ており,1.8文字の改善に留まった光凝固との比較において,その優位性が報告された5).当院における治療方針では,25%(n=17)の症例ではIVR後C1.2週後に毛細血管瘤に対する直接光凝固や汎網膜光凝固を計画的に併用する方法で治療した.28%(n=19)の症例ではC1カ月ごとにC2.3回の注射で導入療法を行い,その後は毎月観察を行って再発,悪化時に再投与を行う方法で臨み,47%(n=32)の症例ではC1回の注射の後にCPRNとし,12カ月間で平均C3.0回,治療後C18カ月までにC3.3回の注射を行った.治療成績については,ラニビズマブ治療の開始直後から網膜浮腫は減少し,視力も治療前と比較して治療後18カ月まで有意な向上が得られた.視力のデータをCETDRSの文字数に換算すると,12カ月の時点でC6.8文字,18カ月の時点においてC7.2文字の改善が得られた.この改善度はRISE&RIDEstudyの結果には及ばなかったが,REVEALstudyとはほぼ同等であった.なお,REVEALCstudyは組み入れ基準で治療前視力はCETDRSの文字数C39文字からC78文字までの症例に限っていたが,本研究の治療前の小数視力はC0.05.1.2までの症例を含んでおり,REVEALCstudyと比較して,より治療前視力の良好な例や,不良な例を多く含んでいたので,治療前視力が,REVEALと同等の症例のみ抽出して再検討すると,視力改善文字数はC12カ月の時点で7.3文字であり,改善度は全症例における検討よりもより良(138)好な結果となった.今回の筆者らの施設の検討で,少ない注射回数にもかかわらずCREVEALstudyと同等程度の視力改善効果を得られた理由としては,経過観察中に必要応じて積極的に毛細血管瘤への直接光凝固やCTRPと称される部分的な無灌流域に対する選択的光凝固を施行したことが考えられる.REVEALstudyにおいてもラニビズマブと光凝固の併用療法を行っている群があるが,ラニビズマブ単独治療群と比較して視力改善度はわずかに劣り,1年間の注射回数もラニビズマブ単独群で平均C7.8回であったのに対し,光凝固併用群でもC7.0回とやや少ない結果に留まっていた.しかし,この報告では光凝固の適応や凝固条件が明記されておらず,詳細は不明である.国外での臨床研究における光凝固は,後極部における格子状光凝固ならびに広範な無灌流域に対する徹底的な汎網膜光凝固が主体であり,これが筆者らの治療成績との差異につながった可能性も考えられる.その他の要因として,適宜STTAを併用したことも関係している可能性が考えられる.DMEの病態進展にはCVEGFのみならず,炎症が関与することが報告されている7.10).DMEに対してフルオシノロンアセトニド徐放剤の硝子体投与の効果を検討したCFAMECstudy11)においても,DMEの網膜厚減少や視力改善などの効果が確認されている.また,糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固時における黄斑浮腫の発生をCSTTAによって抑制可能とする報告もあることから12),本研究におけるステロイドの併用がCVEGF以外の黄斑浮腫惹起因子を抑制していた可能性もある.今回の検討では,約C8週間でC8割以上の症例が再発を繰り返していた.今後もCIVRを行う際には厳密な経過観察とともに必要に応じた追加治療が必要と考えられ,適宜,光凝固やCSTTAなどの代替え治療も必要であると考えられた.また,DMEに対するラニビズマブ治療は加齢黄斑変性や静脈閉塞症への治療と比較して改善に時間を要するため,単回の注射のみで治療効果を判断しないことも肝要である13).以上,日本人のCDMEに対するラニビズマブ治療の長期成績も良好と考えられたが,本研究は後ろ向き研究であり症例数も十分とは言いがたい.また,DMEを含む糖尿病網膜症の発症にはさまざまな全身的な要因も関与するし,因果関係ははっきりしないものの,本研究でも全身的な合併症もみられたことから,今後も長期にわたる経過観察と治療データの蓄積が必要であると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)FunatsuCH,CYamashitaCH,CIkedaCTCetCal:VitreousClevelsC(139)ofCinterleukin-6CandCvascularCendothelialCgrowthCfactorCareCrelatedCtoCdiabeticCmacularCedema.COphthalmologyC110:1690-1696,C20032)ShimuraCM,CYasudaCK,CYasudaCMCetCal:VisualCoutcomeCafterCintravitrealCbevacizumabCdependsConCtheCopticalCcoherenceCtomographicCpatternsCofCpatientsCwithCdi.useCdiabeticmacularedema.RetinaC33:740-747,C20133)村松大弐,三浦雅博,岩﨑琢也ほか:糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ硝子体注射の治療成績.あたらしい眼科C33:111-114,C20164)BrownCDM,CNguyenCQD,CMarcusCDMCetCal;RIDECandRISECResearchCGroup:Long-termCoutcomesCofCranibi-zumabCtherapyCforCdiabeticCmacularCedema:the36-monthCresultsCfromCtwoCphaseCIIICtrials:RISECandCRIDE.OphthalmologyC120:2013-2022,C20135)IshibashiT,LiX,KohAetal;REVEALStudyGroup:TheCREVEALCStudy:ranibizumabCmonotherapyCorCcom-binedCwithClaserCversusClaserCmonotherapyCinCAsianCpatientsCwithCdiabeticCmacularCedema.COphthalmologyC122:1402-1415,C20156)TakamuraCY,CTomomatsuCT,CMatsumuraCTCetCal:TheCe.ectCofCphotocoagulationCinCischemicCareasCtoCpreventCrecurrenceCofCdiabeticCmacularCedemaCafterCintravitrealCbevacizumabCinjection.CInvestCOphthalmolCVisCSciC55:C4741-4746,C20147)WakabayashiCY,CUsuiCY,COkunukiCYCetCal:IncreasesCofCvitreousmonocytechemotacticprotein1andinterleukin8levelsCinCpatientsCwithCconcurrentChypertensionCandCdia-beticretinopathy.RetinaC31:1951-1957,C20118)MuramatsuCD,CWakabayashiCY,CUsuiCYCetCal:CorrelationCofcomplementfragmentC5awithin.ammatorycytokinesCinthevitreousofpatientswithproliferativediabeticreti-nopathy.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC251:15-17,C20139)FunatsuH,YamashitaH,NomaHetal:AqueoushumorlevelsCofCcytokinesCareCrelatedCtoCvitreousClevelsCandCpro-gressionofdiabeticretinopathyindiabeticpatients.Grae-fesArchClinExpOphthalmolC243:3-8,C200510)AdamisCAP,CMillerCJW,CBernalCMTCetCal:IncreasedCvas-cularCendothelialCgrowthCfactorClevelsCinCtheCvitreousCofCeyesCwithCproliferativeCdiabeticCretinopathy.CAmCJCOph-thalmolC118:445-450,C199411)CampochiaroCPA,CBrownCDM,CPearsonCACetCal;FAMEStudyCGroup:SustainedCdeliveryC.uocinoloneCacetonideCvitreousCinsertsCprovideCbene.tCforCatCleastC3CyearsCinCpatientsCwithCdiabeticCmacularCedema.COphthalmologyC119:2125-2132,C201212)ShimuraCM,CYasudaCK,CShionoCT:PosteriorCsub-TenonC’sCcapsuleinjectionoftriamcinoloneacetonidepreventspan-retinalCphotocoagulation-inducedCvisualCdysfunctionCinCpatientswithseverediabeticretinopathyandgoodvision.OphthalmologyC113:381-387,C200613)BrownDM,KaiserPK,MichelsMetal;ANCHORStudyGroup:RanibizumabCversusCvertepor.nCforCneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration.CNCEnglCJCMedC355:C1432-1444,C2006Cあたらしい眼科Vol.35,No.1,2018C139

八王子市内の眼科診療所における眼科・内科連携と 糖尿病眼手帳に関する意識調査結果の推移

2018年1月31日 水曜日

《第22回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科35(1):131.135,2018c八王子市内の眼科診療所における眼科・内科連携と糖尿病眼手帳に関する意識調査結果の推移大野敦粟根尚子梶邦成小林高明松下隆哉東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科CChangesinResultsofConsciousnessSurveyonCooperationbetweenOphthalmologistandInternist,andDiabeticEyeNotebookatOphthalmologyClinicinHachiojiCityAtsushiOhno,NaokoAwane,KuniakiKaji,TakaakiKobayashiandTakayaMatsushitaCDepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity目的・方法:八王子市内の眼科診療所との糖尿病患者の眼科・内科連携をめざすために,両科の連携と糖尿病眼手帳(以下,眼手帳)に対する意識を,2002年,2010年,2016年に調査し,その結果の推移を検討した.結果:内科医から臨床情報を得るもっとも多い手段は「糖尿病連携手帳を見る」で,その回答率はC3年ともC80%以上であった.通院しやすい眼科選択のための八王子市内の地図作成時の掲載許可は,いずれもC80%を超えていて,その情報をもとに地図を改訂した.眼手帳を患者に渡すことへの抵抗感は経年的に減少を認めた.眼手帳を渡したい範囲は,「すべての糖尿病患者」との回答の比率が経年的に増えていた.眼手帳は「眼科医が渡すべき」との回答が減少し,「内科医」もしくは「どちらでもよい」との回答が増加した.結論:2002年に比べてC2010年とC2016年は,各アンケート項目において眼科・内科連携に積極的な施設が増えていた.眼手帳を渡すことへの抵抗感は減少し,より早期に渡すようになり,眼科医が渡すことへのこだわりが減っていた.CPurpose・Methods:ToCfosterCcooperationCbetweenCophthalmologistsCandCinternistsCwithCdiabeticCpatientsCinHachiojiCity,wesurveyedcooperationbetweenfamiliesandawarenessoftheDiabeticEyeNotebook(EyeNote-book)in2002,2010and2016,andexaminedthetrendinresults.Results:ThemostcommonmeansofobtainingclinicalCinformationCfromCinternistsCwasCviaCtheCdiabetesCcooperationCnotebook;theCresponseCrateCwasCmoreCthan80%forthe3years.ThepermissionofpublishingatthetimeofcreatingaHachiojiCitymapforeasierophthal-mologyclinicchoicewasmorethan80%;themapwasrevisedbasedonthatinformation.ResistancetodeliveringtheCEyeCNotebookCtoCtheCpatientCdecreasedCoverCtime.CInCtheCrangeCthatCICwantedCtoCpassCtheCEyeCNotebook,CtheCresponserateforalldiabeticpatientsincreasedovertime.ResponsesindicatingthattheEyeNotebookshouldbehandedCoverCbyCtheCophthalmologistCdecreased,CandCresponsesCindicatingCthatCinternistCorCeitherCshouldCdoCsoCincreased.CConclusion:InC2010CandC2016,CasCcomparedCwithC2002,CophthalmologyCclinicsCpressingCforCcooperationCbetweenCophthalmologistsCandCinternistsCwereCincreasingCforCeachCquestionnaireCitem.CResistanceCtoCsharingCtheCEyeNotebookhasdecreased,theNotebookwashandedoverearlier,andtheattentiontoophthalmologistshandeddownwasdecreasing.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(1):131.135,C2018〕Keywords:眼科・内科連携,糖尿病眼手帳,アンケート調査.cooperationbetweenophthalmologistandinter-nist,DiabeticEyeNotebook,questionnairesurvey.Cはじめに高尾駅からもバス便であるため,自家用車での通院患者の割筆者らの所属する東京医科大学八王子医療センターは,八合が高い.しかし,眼科受診の際には自家用車での受診は困王子市のなかでも山梨県や町田市との境に位置し,最寄りの難であり,そのため眼科への定期受診の間隔があいてしまう〔別刷請求先〕大野敦:〒193-0998東京都八王子市館町C1163東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科Reprintrequests:AtsushiOhno,M.D.,Ph.D.,DepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,1163Tate-machi,Hachioji-city,Tokyo193-0998,JAPAN患者もまれではない.そこで糖尿病・内分泌・代謝内科(以下,当科)では,糖尿病患者の診療において,通院しやすい地元の眼科開業医との連携を重要視してきた1).上記の方針のもと,当科では八王子市内の眼科診療所との積極的な眼科・内科連携をめざし,両科の連携と連携のツールとしての糖尿病眼手帳(以下,眼手帳)の位置付けに対する意識調査を,眼手帳発行C6カ月目のC2002年C11月,発行C8年目のC2010年C6月に施行し報告した2,3).今回,眼手帳発行14年目のC2016年C5月に再度同様な調査を施行した4)ので,本稿では意識調査結果の推移を報告する5).CI対象および方法アンケートの対象は,八王子市内で開業中の眼科診療所で,アンケートの配布施設数,回答施設数,回答率は,2002年C20施設,12施設,60%,2010年C25施設,20施設,80%,2016年C27施設,22施設,81.5%と,回答率の上昇を認めた.回答者のプロフィールを表1に示すが,性別はC3年とも男性がC3/4を占めた.年齢は,2002年,2010年がC40歳代,2016年はC50歳代がそれぞれもっとも多く,3群間に有意差を認めた.一方,眼科医としての臨床経験年数は,2002年,2010年がC11.20年,2016年はC21.30年の回答が最多であったが,3群間に有意差を認めなかった.なおアンケート調査は,眼手帳の協賛企業の医薬情報担当者がアンケートを持って各医療機関を訪問して医師にアンケートを依頼し,回答後直接回収する方式で行った.今回,アンケートの配布と回収という労務提供を眼手帳の協賛企業の医薬情報担当者に依頼したことで,協賛企業が本研究の一翼を担うことになり倫理的問題が生じているが,アンケートを通じて眼手帳の啓発を同時に行いたいと考え,そのためには眼手帳の協賛企業に協力をしてもらうほうが良いと判断し,実施した.なお,アンケート内容の決定ならびにアンケートデータの集計・解析には,上記企業の関係者は関与していない.またアンケート用紙の冒頭に,「集計結果は,今後学会などで発表し機会があれば論文化したいと考えておりますので,御了承のほどお願い申し上げます」との文章を記載し,集計結果の学会での発表ならびに論文化に対する了承を得た.誌面の制約上,本稿での報告対象としたアンケート項目は,下記のとおりである.I.糖尿病患者の眼科・内科連携について1.内科からの臨床情報(血糖コントロール状況など)を得る主な手段2.内科との連携手段3.自宅から通院しやすい眼科診療所を選択してもらうための八王子市内の地図の改訂版作成時の掲載希望II.眼手帳について4.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感5.眼手帳を今後どのような糖尿病患者に渡したいか6.眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいか上記のC6項目に対するC2002年,2010年,2016年に施行したアンケート調査結果について比較検討した.3回の回答結果の比較にはCc2検定を用い,統計学的有意水準はC5%とした.表1回答者のプロフィール性別2002年2010年2016年男性75%(9名)75%(1C5名)77.3%(C17名)C女性25%(3名)25%(5名)22.7%(5名)年齢2002年2010年2016年30歳代25%(3名)C40歳代50%(6名)50%(1C0名)27.3%(6名)50歳代25%(5名)50%(1C1名)60歳代16.7%(2名)20%(4名)13.6%(3名)70歳代8.3%(1名)5%(1名)9.1%(2名)臨床経験年数2002年2010年2016年.1C0年8.3%(1名)C11.2C0年41.7%(5名)45%(9名)27.3%(6名)21.3C0年33.3%(4名)35%(7名)50%(1C1名)31年.16.7%(2名)15%(3名)22.7%(5名)無回答5%(1名)c2検定Cp=0.98c2検定Cp=0.01c2検定Cp=0.48II結果1.内科からの臨床情報(血糖コントロール状況など)を得るおもな手段(表2)3年とも「患者持参の糖尿病(連携)手帳を見る」がC80%以上の回答率でもっとも多く,ついで「患者から直接聞く」がC60.70%台であった.C2.内科との連携手段(表3)2002年は市販の,2010年とC2016年は自院のオリジナルの診療情報提供書の利用がそれぞれもっとも多い傾向を認めた.C3.自宅から通院しやすい眼科診療所を選択してもらうための八王子市内の地図の改訂版作成時の掲載希望(表4)「掲載して欲しい」と「どちらでもかまわない」を合わせると,2002年C83.3%,2010年C100%,2016年C95.5%といずれもC80%を超えていた.最新のC2016年の結果において,回答されたC22施設のうち閉院予定のC1施設を除くC21施設から掲載許可が得られたので,その情報をもとに地図を改訂した.C4.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感(表5上段)有意差は認めないが,2010年とC2016年の方が眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感は少なかった.C5.眼手帳を今後どのような糖尿病患者に渡したいか(表5中段)眼手帳を渡したい範囲は,有意差は認めないものの「すべての糖尿病患者」と回答した割合が,2002年よりもC2010年・2016年はC60%台に増えていた.C6.眼手帳は眼科医から患者に渡すほうが望ましいか(表5下段)「眼科医が渡すべき」との回答がC2002年よりもC2010年・2016年は減少し,「内科医」もしくは「どちらでもよい」との回答が約C85%に増加した.CIII考按1.内科からの臨床情報(血糖コントロール状況など)を得るおもな手段今回の結果より,血糖コントロール状況を把握する方法として,内科医の発行する糖尿病(連携)手帳の利用が最多ではあったが,手帳を持参されない患者においては血糖値やHbA1c値を聞くとの回答がC60.70%台を占めていた.この背景には,糖尿病(連携)手帳の発行がまだ十分とはいえない状況が考えられるため,手帳の普及も今後の課題である.C2.内科との連携手段今回の検討において,筆者らが作成にかかわった糖尿病治療多摩懇話会作成の糖尿病診療情報提供書6,7)の利用率は,表2内科からの臨床情報(血糖コントロール状況など)を得るおもな手段2002年2010年2016年1)2)患者持参の糖尿病(連携)手帳を見る患者から直接聞く91.7%75%80%70%81.8%63.6%3)内科医に手紙や電話で連絡をとる16.7%15%0%4)その他の手段10%9.1%無回答(5%)複数回答者ありc2検定:p=0.62表3内科との連携手段表4自宅から通院しやすい眼科診療所を選択してもらうための2002年2010年2016年1)自院のオリジナルの診療情報提供書を主に用いている33.3%50%50%2)市販の診療情報提供書を主に用いている50%30%27.3%3)糖尿病治療多摩懇話会作成の糖尿病診療情報提供書を主に用いている33.3%5%4.5%4)その他の手段25%13.6%無回答(5%)(4C.5%)C八王子市内の地図の改訂版作成時の掲載希望2002年2010年2016年1)掲載して欲しい66.7%75%81.8%2)どちらでもかまわない16.7%25%13.6%3)掲載して欲しくない16.7%4.5%Cc2検定:p=0.31c2検定:p<0.1表5眼手帳に関する3つのアンケート結果眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感2002年2010年2016年1)まったくない41.7%75%72.7%2)ほとんどない50%15%27.3%3)多少ある8.3%10%0%4)かなりある0%C眼手帳を今後どのような糖尿病患者に渡したいか2002年2010年2016年1)すべての糖尿病患者41.7%65%68.2%2)網膜症の出現してきた患者58.3%35%31.8%3)正直あまり渡したくない0%Cc2検定p=0.14c2検定p=0.29眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいか2002年2010年2016年1)眼科医が渡すべきである33.3%15%13.6%2)内科医から渡してもかまわない16.7%35%13.6%3)どちらでも良い41.7%50%72.7%無回答(8C.3%)C2002年にC33.3%認めたものの,2010年とC2016年はC5%以下にとどまり,自院のオリジナルの診療情報提供書の利用が50%で最多であった.連携に熱心な眼科医ほどオリジナルの紹介状を持っている可能性は高く,糖尿病患者専用の提供書をわざわざ利用する必要性を感じないこともうなずける.また眼科医の記入する部分は,糖尿病専門医として欲しい情報が多く含まれており,眼科が発信元になる場合にその記入する部分の多さは負担になることが予想される.それに比べて眼科医がもらえる情報量は多いとはいえず,患者数が多く外来の忙しい眼科医ほど現在の提供書には魅力を感じないかもしれない.そこで日常臨床では,病状が比較的安定している際の両科の連携手段として,糖尿病連携手帳と糖尿病眼手帳の併用を頻用しており,これにより外来での時間的負担を軽減したうえで,より細やかな連携が可能である.C3.自宅から通院しやすい眼科診療所を選択してもらうための八王子市内の地図の改訂版作成時の掲載希望2010年とC2016年の掲載許可は,全回答施設から得ることができ,その情報をもとに作成したマップの利用により,自家用車でないと当センターに来院困難な糖尿病患者に通院しやすい地元の眼科診療所を紹介することが容易になった.また院内の眼科においても,より重症患者を中心の診療が可能になり,待ち時間の短縮も期待される.C4.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感多摩地域の眼科医における眼手帳に対するアンケート調査c2検定p=0.21C結果の推移において,眼手帳発行C2年目以降「まったくない」と「ほとんどない」を合わせてC80%を超えていた8)が,今回の八王子の結果はさらにその比率が高かった.外来における時間的余裕ならびに眼手帳の配布時と記載時のコメディカルスタッフによるサポート体制が確保されれば,配布率の上昇が期待できる結果といえる.C5.眼手帳を今後どのような糖尿病患者に渡したいか眼手帳を「すべての糖尿病患者に渡したい」との回答が,眼手帳発行半年後のC2002年C11月にC41.7%占めた.前述の多摩地域での検討では,同回答が半年目でC27.1%にとどまり8),船津らの発行C1年目の調査でもC24.8%であった9)ことより,八王子市内の眼科診療所における眼手帳発行直後からの「すべての糖尿病患者」の選択率の高さが浮き彫りにされた.またC2010年とC2016年は同回答がC60%台に増えていたが,この結果も多摩地域での検討8)におけるC7年目C45.6%,10年目C51.9%,船津らの検討でのC6年目の調査9)でのC31.8%を上回っていた.眼手帳は,糖尿病患者全員の眼合併症に対する理解を向上させる目的で作成されているため,今後すべての糖尿病患者に手渡されることが望まれる.C6.眼手帳は眼科医から患者に渡すほうが望ましいか「眼科医が渡すべき」との回答がC2002年はC33.3%認めたが,2010年とC2016年はC15%以下に減少し,「内科医」もしくは「どちらでもよい」との回答がC85%以上に増加した.先の多摩地域での検討8)では,7年目までは「眼科医が渡すべき」がC40%前後と横ばいで,「内科医でもよい」が減少気味であったが,10年目に前者が著減し後者が有意な増加を示した.先の設問C4とC5の結果を合わせて年次推移をみると,八王子市内の眼科診療所における眼手帳の早期からの広範囲の有効利用による眼科・内科連携への積極的な取り組みが浮き彫りにされた.謝辞:アンケート調査にご協力頂きました八王子市内の眼科診療所の医師の方々に厚く御礼申し上げます.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大野敦:眼科と内科の診療連携.月刊糖尿病C7:53-60,C20152)大野敦,齋藤由華,旭暢照ほか:眼科診療所に対する眼科・内科連携ならびに糖尿病眼手帳に関するアンケート調査.日内会誌92((臨時増刊号):177,20033)大野敦,梶明乃,梶邦成ほか:八王子市内の眼科診療所に対する糖尿病眼科・内科連携と糖尿病眼手帳に関する意識調査.網膜C2010講演抄録集:119,20104)大野敦,粟根尚子,小暮晃一郎ほか:八王子市内の眼科診療所における糖尿病患者の眼科・内科連携と糖尿病眼手帳第C3版の位置付けに関する意識調査.糖尿病合併症C30(Supplement-1):191,20165)大野敦,粟根尚子,小暮晃一郎ほか:八王子市内の眼科診療所における眼科・内科連携と眼手帳に関する意識調査結果の推移.糖尿病合併症30(Supplement-1):246,20166)大野敦,植木彬夫,馬詰良比古ほか:内科医と眼科医の連携のための糖尿病診療情報提供書の利用状況と改良点.日本糖尿病眼学会誌7:139-143,C20027)大野敦:糖尿病診療情報提供書作成までの経過と利用上の問題点・改善点.眼紀53:12-15,C20028)大野敦,粟根尚子,梶明乃ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移(第C2報).ProgMed34:1657-1663,C20149)糖尿病眼手帳作成小委員会:船津英陽,福田敏雅,宮川高一ほか:糖尿病眼手帳.眼紀56:242-246,C2005***

基礎研究コラム 8.細胞の老化現象

2018年1月31日 水曜日

細胞の老化現象細胞老化とは細胞老化とは,細胞に対するいろいろなストレスが原因で,不可逆的に細胞が増殖できなくなってしまうプロセスのことです.老化や老化に関係する疾患の原因である可能性があることから,治療のターゲットになるのではないかと注目されています.細胞老化に関しての初めての報告はC1961年のCHay.ickらによるもので,培養細胞は一定回数の分裂を繰り返したらもう分裂することができなくなるというものでした1).これは染色体の端にあるテロメアという構造が細胞分裂とともに短くなり,使い果たされると分裂できなくなるという現象によるものでした.このようなテロメア依存性の細胞老化以外にも,テロメア非依存性の細胞老化もあることが知られています.たとえば,DNA損傷,紫外線,活性酸素種などがトリガーとなって細胞老化プログラムを進めるstress-inducedCprematureCsenescenceとよばれるタイプの細胞老化があります.老化細胞の特徴老化細胞を見わける特異的なマーカーはありませんが,いくつかの特徴的なサインがあります.たとえば,細胞が大きくなる,SA-b-GALという酵素の活性が高まる,細胞周期を止める因子であるCp16やCp21が増加する,などです.さらには,老化細胞は炎症性サイトカイン,増殖因子,マトリックスメタロプロテアーゼなどを分泌することが明らかになり,このような現象はCsenescence-associatedCsecretoryphenotype(SASP)とよばれ,注目されています(図1).細胞老化制御の臨床への応用老化細胞は生体にとってとくに二つの面で悪いと考えられています2).一つ目は細胞分裂ができないために組織修復ができなくなってしまうということです.二つ目はCSASPにより生理活性物質が分泌されることで,動脈硬化,糖尿病,癌などさまざまな疾患の発生,増悪に関係したり,組織の線維化を生じたりするということです.そこで,薬などで体から老化細胞を取り除くことで個体の老化を治したり,老化に関係する疾患の治療をしたりすることができるのではないかと研究が進められています.現在までのところ,そのような治療は行われていませんが,将来的にはもしかすると飲み薬で,体の中から老化細胞だけを取り除くことができる夢のよ奥村直毅同志社大学生命医科学部AutocrineによりParacrineによるテロメア短縮化さらなる細胞老化近くの細胞を細胞老化DNA障害紫外線活性酸素種細胞培養細胞老化SASP・細胞分裂の停止・SASPによる生理活性物質の分泌図1細胞老化の模式図テロメア依存性またはテロメア非依存性(DNA損傷,紫外線,活性酸素種など)の細胞老化が誘導される.老化した細胞は,細胞分裂の停止やCsenescence-associatedsecretoryphenotype(SASP)などの特徴を示す.うな治療が可能になるということも,ありえない話ではないかもしれません.再生医療と細胞老化制御最後に,筆者らが開発している培養角膜内皮細胞移植のことを紹介させていただきます.ヒトの角膜内皮細胞の培養は困難で,培養できても細胞密度がC500個/mmC2くらいで増殖を止めてしまいます.この現象は培養のストレスによる細胞老化ではないかと考え,調べたところ,上述の老化細胞のマーカーがいくつも陽性でした.そこで細胞老化が進むときに活性化するCp38CMAPKシグナルの経路を止める薬を培養液に加えたところ,細胞老化は起こらず,高い密度の細胞の培養に成功しました3).現在までにC35名以上の患者さんの治療を行いましたが,移植した細胞はこの方法で細胞老化を制御したものです.案外,細胞老化の制御の臨床応用は,再生医療の分野で一番に進んでいくのかもしれません.文献1)Hay.ickL,MoorheadPS:Theserialcultivationofhumandiploidcellstrains.ExpCellCResC25:585-621,C19612)ChildsCBG,CDurikCM,CBakerCDJCetCal:CellularCsenescenceinCagingCandCage-relatedCdisease:fromCmechanismsCtoCtherapy.NatMedC21:1424-1435,C20153)HongoA,OkumuraN,NakaharaMetal:Thee.ectofap38mitogen-activatedproteinkinaseinhibitoroncellularsenescenceCofCcultivatedChumanCcornealCendothelialCcells.CInvestOphthalmolVisSciC58:3325-3334,C2017(113)Cあたらしい眼科Vol.35,No.1,2018C1130910-1810/18/\100/頁/JCOPY

二次元から三次元を作り出す脳と眼 20.逆さめがね・視覚の三次元地図

2018年1月31日 水曜日

雲井弥生連載⑳二次元から三次元を作り出す脳と眼淀川キリスト教病院眼科はじめに外界の景色が反転せず網膜に映る「逆さめがね」をかけると,当初世界は倒立して見えるが,徐々に正立して認識できるようになる.私たちが生後体得した視覚の三次元地図と脳の適応力について考える.逆さめがね外界の景色は網膜に上下左右反転して映るが,私たちが認識するのは正立の景色である.もし反転せず網膜にそのまま映ったらどのように見えるだろうか.Strattonは100年ほど前に実験を行っている1).彼は凸レンズやプリズムを組み合わせて網膜に正立の像が映るような眼鏡を作り,自分で試した.その様子が『動物は世界をどう見るか』(鈴木光太郎著,新曜社,1995)2)に詳しく記載されているので引用する(一部省略).「逆さメガネとは,プリズムや鏡などを使って網膜に正立の(そして左右も逆転していない)像を映し出すしかけだ.このメガネをかけると,当然ながら,外界は上下左右とも逆転して見える.…右足を踏み出せば,足が視野の中で左側の向う側からこちらに向かって踏み出されるように見え,右に見えるものに目を向けようとすると,視線は思いもよらず,左に行ってしまう.視覚的な位置や方向は,実際の位置や方向と対応関係が逆になって,混乱した状態に陥ってしまう.ところがである.このメガネをかけたまま1週間や数十日といった期間生活してゆくと,逆さの世界が不自然ではなく感じられてくるのだ.自分の手足が視野のなかでどの位置にあり,どう動かせばどの方向に動くという対応関係がふたたび身につくようになれば,世界は逆さではないように見えてくるのである.」つまり網膜に映る反転像をもう一度反転させて認識していたが,そのやり方が通用しなくなったため,反転せずに認識するやり方を脳が始めたのである.逆さめがねの世界は,実は眼科医にとって身近なものである.倒像鏡を使いレンズを通して浮かぶのはちょうど逆さめがねの世界なので,その感覚に慣れていく過程を思い出していただければどうだろう.(111)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY図1視覚に基づく三次元地図XYZ軸方向の情報を統合して視覚による三次元地図を脳内に再現し,物の位置を定める.F:中心窩.視覚に基づく三次元の地図自分を原点としてXYZ軸方向に広がる三次元の空間を,私たちは両眼の網膜像をもとに再現している(図1).基準となるのが固視点と両眼中心窩Fを結ぶ線であるが,両眼を合成したような一つの目を両眼の間に想定する方がイメージしやすい.このような一つの眼を重複眼とよぶ.重複眼の中心窩と固視点を結ぶ線はZ軸と一致し,「真正面」の基準となる.網膜に像の映る場所が位置情報となり,XY平面での位置を定める.Z軸方向の位置を定めるのが,両眼情報として両眼視差や輻湊角,単眼情報として単眼の手がかりや運動視差(連載⑥参照),水晶体による調節などの要素である.両眼視差については,融像による凸凹の感覚以外に,たとえば生理的複視のような融像できないほどの大きな視差も奥行き情報として利用される(連載③参照).これが視覚に基づく三次元の地図である.その他の感覚(聴覚・体性感覚・前庭平衡感覚など)についてもそあたらしい眼科Vol.35,No.1,2018111れぞれの地図があり,それらが頭頂連合野で統合され(連載⑲参照),違和感なく行動できる.逆さめがねをかけると視覚地図が反転し,他の感覚と乖離してしまう.しかしその世界で体を動かし周囲に働きかけていくと,他の感覚地図とのすり合わせが進み,やがて正立した像を得られるようになる.三次元地図の体得自分が使っている視覚の三次元地図は,その存在も知らされず誕生と同時にこの世界に放り出され,無我夢中で一から体得したものである.その作業は逆さめがねの世界に慣れるより,もっと困難なものだっただろう.視覚地図の体得には,実際に動き回り,物に働きかけることが鍵となると以下の実験で示された3).生直後から約10週間暗室で育てた2匹のネコをメリーゴーランドのような装置につなぐ(図2).1匹は自由に動ける.もう1匹はバスケットに入れられ自分では動けないが,もう1匹のネコの動きに連動して運ばれる.2匹とも1日3時間を装置で,残りの時間を暗室で自由に動き回れる環境で数日から数週間過ごさせる.バスケットネコは,たとえば眼前の机の角に前肢を伸ばすような動作が正確にできず,障害物をうまく避けて歩けないなど,視覚による行動の制御ができなかった.自分の手足や体の動きとそれによる網膜像の変化とを対応づけて行動することを「視覚・運動協応」とよぶ2,3).能動的に周囲に働きかけられる環境が大切である.固視・定位脳内に三次元空間を再現し物の位置を定めるには,安定した固視が必要である.眼・頭・身体が動いても目の前の景色が揺れないように補正する前庭系との協調が必112あたらしい眼科Vol.35,No.1,2018a.中心窩固視b.傍中心窩固視c.傍黄斑固視d.周辺固視e.固視不良f.固視不良図3固視の分類重度の弱視で固視不良状態(e・f)であっても,早期治療によりd→c→b→aと改善する例もある.要である.「見たい物に目を向ける・対象物を両眼の中心窩でとらえる」という普通のことが実は訓練を要することなのだ.強度の弱視では自分の中心窩がどこを向いているかがわからない.そのため意識的に眼を動かすことができず,眼球は小刻みに揺れ内転したままとなる.早期発見と治療により固視は改善する(図3).治療が遅れると視力は改善しても不安定な固視が残り,視覚地図の基準が定まらず,空間知覚にも影響を及ぼす.文献1)StrattonGM:Visionwithoutinversionoftheretinalimage.PhycholRev4:341-360,463-481,18972)鈴木光太郎:ものの位置を知る.動物は世界をどう見るか,p219-246,新曜社,19953)HeldR,HeinA:Movement-producedstimulationinthedevelopmentofvisuallyguidedbehavior.JComp&Physi-olPsychol56:872-876,1963(112)