特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):619~624,2015特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):619~624,2015検査編-2:MALDI-TOFMSによる菌種同定BacteriaIdentificationbyMALDI-TOFMS宮本仁志*はじめに細菌の同定には,集落の性状,染色所見,菌の形態や配列,血清型,同定キットや自動同定機器が用いられているが,現法では同定困難な菌種もあり,信頼のある菌名同定には16SrRNAのシークエンスによる系統解析が用いられている.遺伝子解析法には,①多くの検体を一度に解析できない,②操作方法が煩雑である,などの欠点があり,各検査室レベルでの対応は困難である.これらの欠点を解決し,日常検査での対応を可能としたのが質量分析装置,MALDI-TOFMS(MatrixAssistedLaserDesorption/Ionization-TimeofFlightMassSpectrometer)で,日本語に訳すと「マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析計」である.質量分析法による細菌同定装置として,MALDIBiotyper(ブルカー・ダルトニクス)とVITEKMS(シスメックス・ビオメリュー)の2機種があるが,今回は前者のMALDIBiotyperを中心に述べる.I質量分析法「質量分析(massspectrometry)」とは蛋白質の重さ(質量)を量ることであり,英語のmassspectrometryの頭文字からMSと略記されるので,慣用的に「マス」といわれている.蛋白質は各々固有の重さをもっているので,この重さの違いを計測すれば,分子量から蛋白質の名前やその濃度を知ることができる.細菌の同定に使用されている質量分析装置は,マトリックスという試薬と試料を混合して「レーザー」を照射することによってイオン化し(図1),真空中のある一定の距離をイオンが飛んで行く時間を計測して質量を割り出す組み合わせで構成されている.軽い分子は速く走り,重い分子は遅れて走るので検出器には質量の軽いものから順に検出される(図2左).この現象を横軸に時間(時間から質量に変換),縦軸に検出強度としてプロットした波形がマススペクトルである(図2右).マススペクトルは図3に示すように,菌種によってピークと強度のパターンが異なっているため,さまざまな菌種のさまざまな菌株をデータベースに登録しておき,未知の菌株のマススペクトルがどの菌種のパターンと一致しているかをデータベースの中から探し,マススペクトルのパターンマッチングにより同定を行う.現在(MALDIBiotyperVer.3.1),データベース中の菌種登録は一般菌で2,290菌種にも上る.同定結果は,ライブラリーとのマッチングで近似性の高い菌株からスコアの順に10菌種表示される(図4).ScoreValueが2.0以上の場合は緑色で表示され高い確率で菌種が一致することを意味する.ScoreValueが1.700~1.999は黄色で属名までの一致に留まり,1.699以下は赤色で不一致の可能性を示唆している.図4の例では,Rank9位までStreptococcusagalactiaeで.Rank8位までScoreValue2.000以上であるため本菌種と同定して問題ないが,10位に別の菌名が表示されている.これはデータベース登録菌数が菌種によって異なり,S.agalactiaeは9菌種であることに原因がある.同定結果*HitoshiMiyamoto:愛媛大学医学部附属病院検査部〔別刷請求先〕宮本仁志:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学医学部附属病院検査部0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(9)619620あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(10)を確認する場合は,登録菌数も参考にして判断する必要がある.脱離およびイオン化レーザーによるマトリックスの励起レーザー光H+H+H+…試料…マトリックス試料台試料台図1質量分析(MALDI-TOF)測定原理1(試料中成分のイオン化)マトリックスという試薬と試料を混合してレーザーを照射し,イオン化する.電極検出器レーザー光飛行時間の測定飛行時間軽い分子の方が速く飛行する(飛行時間が短い)t1質量(m/z)m2m1m3t2t3マススペクトル(MS)相対強度相対強度真空中を飛行加速図2質量分析(MALDI-TOF)測定原理2(イオンの分離とマススペクトルの取得)軽い分子(赤色)は速く走り,重い分子(青色)は遅れて走るので検出器には質量の軽いものから順に検出される(左).イオンが飛んで行く時間を計測して質量を割り出し,マススペクトルを取得する(右).StaphylococcusepidermidisStaphylococcusaureusEnterococcusfaecalisPseudomonasaeruginosaHaemophilusinfluenzae図3菌種により異なるスペクトルパターン(マススペクトル)菌種により,それぞれ異なったパターンを示す.脱離およびイオン化レーザーによるマトリックスの励起レーザー光H+H+H+…試料…マトリックス試料台試料台図1質量分析(MALDI-TOF)測定原理1(試料中成分のイオン化)マトリックスという試薬と試料を混合してレーザーを照射し,イオン化する.電極検出器レーザー光飛行時間の測定飛行時間軽い分子の方が速く飛行する(飛行時間が短い)t1質量(m/z)m2m1m3t2t3マススペクトル(MS)相対強度相対強度真空中を飛行加速図2質量分析(MALDI-TOF)測定原理2(イオンの分離とマススペクトルの取得)軽い分子(赤色)は速く走り,重い分子(青色)は遅れて走るので検出器には質量の軽いものから順に検出される(左).イオンが飛んで行く時間を計測して質量を割り出し,マススペクトルを取得する(右).StaphylococcusepidermidisStaphylococcusaureusEnterococcusfaecalisPseudomonasaeruginosaHaemophilusinfluenzae図3菌種により異なるスペクトルパターン(マススペクトル)菌種により,それぞれ異なったパターンを示す.属はかなり一致高い確率で菌種一致高い確率で属は一致、種もかなり一致一致していると言えない属はかなり一致高い確率で菌種一致高い確率で属は一致、種もかなり一致一致していると言えない図4同定結果レポートライブラリーとのマッチングで近似性の高い菌株から順に表示,スコア化される.ScoreValueが2.0以上(菌種一致)は緑,1.700~1.999(属一致)は黄色,1.699以下(不一致)は赤で表示される.例では,Rank9位までStreptococcusagalactiaeで,Rank8位までScoreValue2.000以上であるため本菌種と同定した.②Neisseriagonorrhoeae①Serratiamarcescens③Corynebacteriummacginleyi図5従来の同定法①腸内細菌同定用6種類の確認培地によるSerratiamarcescensの同定(18~24時間).②IDテスト・HN-20ラピッドによるNeisseriagonorrhoeaeの同定(4~6時間).③APICoryneによるCorynebacteriummacginleyiの同定(24時間)④マススペクトルの取得②マトリックスの添加①ターゲットプレートに塗布③装置に装填図6質量分析法による菌株同定の行程①コロニーを釣菌し,ターゲットプレートに薄く塗布.②マトリックスの添加.③乾燥後,装置に装..④スペクトルの取得.622あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(12)MALDI-TOFMSの同定結果は16SrRNA解析と一致しており信頼性の高いものであり,迅速性および正確性に優れている同定結果であるといえる.III問題点質量分析装置による同定結果は,16SrRNA解析と比較してかなりの確率で一致しており,同定キットや自動同定機器による生化学的な手法より優れている.しかし,本法はおもにリボソーム由来の蛋白の違いで同定を行っているため,16SrRNAの配列相同性が高い類縁菌種の同定はむずかしい傾向がある.たとえばEscherichiacoli(大腸菌)とShigellaspp.(赤痢菌),またはStreptococcuspneumoniae,Streptococcusmitis,Streptococcusoralisの3菌種のように,相同性が高い類縁菌種においては区別が困難であるといった点を考慮して結果を解釈する必要がある.おわりに以上述べてきたように,質量分析装置による同定は一般細菌だけでなく,抗酸菌,酵母様真菌,糸状菌にも利用できることが大きな利点であり,臨床検査に大きな技術革新をもたらすものであり,臨床の現場に大いに貢献できるものと考える.文献1)大楠清文:知っておきたい質量分析法を用いた細菌の同定,いま知りたい臨床微生物検査実践ガイド.p120~135,医歯薬出版,2013角膜擦過物のグラム染色図7角膜擦過物のグラム染色所見好中球に貪食されたグラム陰性桿菌が確認され,Moraxellaspp.を疑う.MoraxellanonliquefaciensMoraxellalacunataMoraxellaosloensis35℃,CO2,48時間培養後のコロニー(血液寒天培地)図8各種Moraxella属の血液寒天培地上でのコロニーコロニーからMoraxellanonliquefaciens,Moraxellalacunata,Moraxellaosloensisの区別は不可能である.(13)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015623表1Moraxellaspp.の同定結果No.キットMALDI-TOFMS16SrRNA解析1M.non/lacunataM.nonliquefaciensM.nonliquefaciens2M.non/lacunataM.nonliquefaciensM.nonliquefaciens3M.non/lacunataM.nonliquefaciensM.nonliquefaciens4M.non/lacunataM.nonliquefaciensM.nonliquefaciens5M.non/lacunataM.nonliquefaciensM.nonliquefaciens6M.non/lacunataM.nonliquefaciensM.nonliquefaciens7M.non/lacunataM.nonliquefaciensM.nonliquefaciens8M.non/lacunataM.lacunataM.lacunata9M.non/lacunataM.lacunataM.lacunata10M.non/lacunataM.lacunataM.lacunata11M.osloensisM.osloensisM.osloensis12M.osloensisM.osloensisM.osloensisキットはIDテスト・HN-20ラピッドを使用し同定した.キットでMoraxellaosloensisは同定可能であるが,MoraxellanonliquefaciensとMoraxellalacunataは区別できない.MoraxellanonliquefaciensMoraxellaosloensisMoraxellalacunata図9Moraxella属の異なるスペクトルパターン(マススペクトル)キットで区別できなかったMoraxellanonliquefaciensとMoraxellalacunataもマススペクトルが異なるため同定可能である.624あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(14)