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光干渉断層計:開発の歴史と今後

2013年1月31日 木曜日

特集●光干渉断層計アップデート2013あたらしい眼科30(1):3.7,2013特集●光干渉断層計アップデート2013あたらしい眼科30(1):3.7,2013光干渉断層計:開発の歴史と今後OpticalCoherenceTomography:DevelopmentHistoryandFuture前田直之*はじめに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)は,どの非侵襲的検査より詳細に眼球組織の三次元構造を提供しうる検査装置として近年発達し,臨床において急速に普及している.OCTを用いれば,今まで得ることができなかった眼組織の断面像が高解像度で表示され,非侵襲,非接触,短時間に,羞明すらなく測定が可能で,結果を即座に得ることができる.その結果,網膜疾患や緑内障をはじめ,さまざまな眼疾患の早期診断,経過観察,治療方針決定,治療の効果判定における有用性が示され,今や代替手段のない標準的検査,あるいは必須の検査になっている.本特集では,OCTの前眼部および後眼部疾患におけるOCTの活用法がその病態や病理組織と関連して詳細に示され,またOCTを用いた診断に関しては,すでにすばらしい成書1,2)があるので,本稿では,OCTの原理,眼科医療機器としての開発の歴史,および今後期待される技術革新について,簡単に解説させていただく.I測定原理OCTは光干渉の原理を利用し,超音波断層検査と同様にechotimedelayと後方散乱光を測定することによって断層像や三次元像を取得する装置である.その測定原理によって,図1のように分類することができる.Time-domainOCT(TD-OCT)では,参照光とプローブ光の光路長差を変化させ,連続的に試料の散乱強度分布を反映する干渉信号を得る.そのため,Aモード画像を得るためには,機械的にミラーを移動させる必要がある.これに対してFourier-domainOCT(FD-OCT)では,参照光とプローブ光を分光し,スペクトル領域で干渉信号を計測し,Fourier変換して試料の断層情報を得る.そのため,参照光のミラーを機械的に可動させる必要がなく,TD-OCTより高速に撮影することが可能である.そのうちspectral-domainOCT(SD-OCT)では,広帯域波長の光源を,分光器を用いてスペクトル分解し,スペクトル干渉信号を取得する.これに対して,sweptsourceOCT(SS-OCT)では,光源の波長を時間的に掃引させ,その波長変化を時間的に計測することでスペクトル干渉信号を取得している.OCTの光源としては,侵達性を高めるために近赤外光のように比較的長い波長の光が用いられる.OCTの解像度はマイクロメータ単位であるが,低コヒレンス光の波長幅によって縦方向の解像度が決定される.そこで,現在の一般的な網膜用OCTでは,光源としてsuperluminescentdiode(SLD)が使用されている.830nmの波長で20.30nmの波長幅のSLDであれば,10μm程度の解像度が得られる.II医療機器としてのOCTの歴史光干渉の原理を応用して眼軸長を測定する研究が,*NaoyukiMaeda:大阪大学大学院医学系研究科視覚情報制御学寄附講座〔別刷請求先〕前田直之:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科視覚情報制御学寄附講座0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(3)3 Fourier-domain(FD)Time-domain(TD)Spectral-domain(SD)Swept-source(SS)ミラーミラーミラーEye可動EyeSpectroscope分光波長掃引光源Eye光源光源CCDCCDCCD参照光測定光図1OCTの測定原理による分類1980年代にFercherらによって行われていた.また,わが国においては,1990年に丹野直弘らによってOCTの研究が行われ特許が取得された.1991年にHuangらがOCTを用いると超音波のBモードのように生体の断層像を取得できることを乳頭近傍の網膜や冠状動脈を例にして,invitroで示し,注目されるようになった3).ついで1993年になって,invivoで網膜の断層像が示された4,5).その頃,MassachusettsInstituteofTechnology(MIT)においてAdvancedOphthalmicDevicesというベンチャー企業が創設された.この会社が1994年にHumphreyInstrumentsによって買収され,医療機器としてのOCTが本格的に開発されるようになった.1995年にはプロトタイプのOCTを用いた臨床研究が緑内障と網膜の分野で開始された6).そして,1996年に第一世代のTD-OCTの市販機(OCT-2000R)が登場した.この装置は,解像度が10μmで,スキャン速度が100axialscans/secであった.2000年になると,第二世代のOCTが発売された.この頃,臨床研究においてOCTが注目されるものの,まだその画像の解像度は低く,網膜の層構造は不明瞭であった.しかし,黄斑浮腫,黄斑円孔,網膜硝子体界面病4あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013変などで威力を発揮し,サージカル網膜を中心に普及していった.2002年に登場した第三世代のOCT3000R(StratusOCT)では,その画像が飛躍的に向上した.この装置は,解像度は8.10μmと以前の装置と大きな差はなかったが,スキャン速度が400axialscans/secとなり,網膜の外層と網膜色素上皮を分離して表示することが可能となった.このことによって,黄斑の網膜厚や視神経乳頭周囲の神経線維厚などが定量的に解析されるようになった.また,その頃になるとOCTを用いた画像診断が,硝子体手術などの手術的治療やステロイド薬,光線力学的療法(PDT),抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬などの薬物療法の発展を支える存在となった.この診断と治療の両輪の発達の結果,臨床現場でOCTは広く受け入れられるようになった.2006年には,株式会社トプコンが口火を切ってSDOCTの市販機を開発した.以後,多数の企業がOCTの領域に参入した.わが国では,その2006年に眼底三次元画像解析が先進医療として承認され,2008年に健康保険の適用検査として認可された.一方,前眼部OCTにおいては,最初にHEIDELBERGENGINEERINGが2006年に,ついでCarlZeiss(4) Meditecが2007年に,TD-OCTを市場に登場させた.これらの波長は1,310nmで,解像度はそれぞれ25,15μmと網膜用OCTほど良くないが,組織侵達性が良好でかつ測定範囲が広範である.そして2008年には,SS-OCTを株式会社トーメーコーポレーションが発売した.わが国では2011年に前眼部三次元画像解析として前眼部OCTが先進医療として承認されるに至っている.III現行のOCTとその特徴現行の主要なOCTを表1に示す.後眼部OCTについては,ほとんどの装置がspectral-domainで,波長としては800nm台のものを使用していて,その解像度は5.7μm程度である.測定部位の特定のための眼底観察は,走査型レーザー検眼鏡(SLO)や赤外眼底撮影によって行われている.一方,前眼部専用のOCTでは1,310nmの波長が使用されている.これは,波長が長くなるほど組織での吸収が減り,侵達性が向上するためであり,網膜より厚い角膜では長波長のほうが有利であるためである.ただし,1,310nmでは水への吸収が増えるために逆に網膜には適さない.スキャン速度に関しては,図2に示すごとく年々高速化される傾向にある.この高速化によって,三次元撮影が可能となった.断層像を高精細にするためには,スペックルノイズが問題であり,スペックルノイズ軽減のためには同一部位を複数回測定し加算平均することが有効である.同一部位を繰り返し測定するためには,高速化に加えてアイトラッキングが重要である.このように断層像が高精細化されると網膜を層別に解析することが可能となる.現行の多くの後眼部OCTでは正常眼データベースを有しており,黄斑解析,緑内障解析としての視神経乳頭周囲の網膜神経線維層(RNFL)や黄斑の神経節細胞複合体(GCC)の解析を行うことができる.後眼部OCTが使用する800nm台の波長では,網膜色素上皮での吸収が大きい.加えてSD-OCTでは,撮影部位が深いほど信号が減弱する特性がある.そのため,網膜色素上皮下の病変や脈絡膜の画像が不鮮明になる傾向がある.このSD-OCTの弱点を補うためにenhanceddepthimaging(EDI)という方法が用いられ表1現行のOCTとその特徴機種名製造元原理発売年波長(nm)OCT解像度横×縦(μm)最大スキャン長長さ×深さ(mm)スキャン速度(Amode/sec)後眼部OCTCirrusHD-OCTCarlZeissMeditecSD200784015×56×2.027,000RTVue-100/iVue-100OptovueSD2007/200984015×512×2.326,000/25,000スペクトラリスHEIDELBERGENGINEERINGSD200787014×716×1.940,000RS-3000㈱ニデックSD200988020×79×2.153,0003DOCT-2000㈱トプコンSD201084020×612×2.350,000OCT-HS100㈱キヤノンSD201285520×310×2.070,000DRIOCT-1Atlantis㈱トプコンSS20121,05020×812×2.6100,000前眼部OCTVisanteOCTCarlZeissMeditecTD20071,31060×1816×62,000SS-1000CASIA㈱トーメーコーポレーションSS20081,31030×1016×630,000(5)あたらしい眼科Vol.30,No.1,20135 ScanSpeed(A-scan/sec)100,00080,00060,00040,00020,000Swept-sourceOCTSpectral-domainOCTTime-domainOCT(NIDEK)SpectralisOCT(HEIDELBERG)CirrusHD-OCT(ZEISS)SS-1000CASIARTVue-100(TOMEY)(Optovue)3DOCT-1000DRIOCT-1Atlantis(TOPCON)OCT-HS100(Canon)3DOCT-2000RS-3000(TOPCON)OCT2000OCT3000Stratus(TOPCON)(ZEISS)(ZEISS)VisanteOCT(ZEISS)Year19962002200620072008200920102012図2OCTのスキャン速度の進歩ている.これは,SD-OCTで通常のイメージと同時に硝子体側に生じるミラーイメージを利用するもので,ミラーイメージでは脈絡膜側が前方となるため,網膜色素上皮下の病変や脈絡膜の画像が鮮明になる.根本的に組織侵達性を高める方法として,1,050nmの波長とSS-OCTがある.1,050nmの波長であれば,800nm台に比べてもともと侵達性が高いことに加えて,水への吸収が少ない.また,白内障など中間透光体の影響も少ないので網膜の観察に向いている.一方,SS-OCTでは深さによる信号の減衰が少ない,高速化しやすいなどのメリットがある.そのため1,050nmの波長を使用したSS-OCTが登場した.SS-OCTの高速かつ深さによる信号の減衰が少ないという特徴は,前眼部観察にも適しており7),隅角の三次元観察や角膜形状解析が施行できるようになった.IV今後OCTに応用が期待される技術OCTをさらに発展させようとする試みがあり,その幾つかを以下に示す8).1.超高解像度OCTOCTの縦方向の分解能は,その波長と波長幅によって決定される.波長が短いほど分解能が高まるが,可視光だと検査が困難となる.また,水の吸収が低い波長を選択しないと網膜の観察には適していない.よって波長を変更して分解能を向上させることはむずかしい.そのため現在の高解像度(5.7μm)から超高解像度(2.3μm)にするために光源の波長幅を広くすることが試みられている.現行の装置で用いられているSLDに換えて,たとえばチタンサファイアのフェムト秒レーザーを用いれば,その波長幅が広くなり,同じ波長でも超高解像度のOCT画像を取得することができる.ただし,レーザー光源が非常に高価であり,市販機としての開発は困難である.そのためSLDを多重化することによってフェムト秒並みの解像度を獲得するという試みもある.株式会社キヤノンの装置は2つのSLDを用いて分解能3μmを達成している.2.補償光学OCT横方向の分解能を向上させるためには,瞳孔径を大きくする必要があるが,眼球光学系では,瞳孔径が大きくなればなるほど眼球の収差が増大する.そのためどんなに眼底カメラやOCTの性能を向上させても眼球の収差によって網膜像は不鮮明になってしまう.補償光学(adaptiveoptics:AO)は測定眼の収差を波6あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013(6) 面センサーで測定し,可変鏡を用いてその収差を打ち消す光学系である.つまり,補償光学を用いれば眼球の収差を測定系の収差でキャンセルすることができる.補償光学眼底カメラを用いれば,ヒト眼の視細胞を可視化することができる.この技術をOCTに利用し,個々の視細胞を表示することが可能になった.このようにAO-OCTで,網膜を細胞レベルで観察できるが,可変鏡が高価なため,日常臨床での使用はむずかしく,主として研究レベルで使用されている.3.偏光OCT複屈折とは,光線が物質を透過したときに,2方向の偏光成分で屈折率が異なるため,2つの光線に分けられることをさす.眼球には,角膜,強膜,網膜視神経線維など複屈折性が強い組織が存在する.そのため,偏光OCT(polarization-sensitiveOCT)を用いれば,眼組織の複屈折性の程度を示すOCT画像を得ることができる.神経線維の変性の初期像や角膜実質の異常などを形態変化より早期に検出できる可能性がある.4.ドップラーOCTドップラー効果とは,音波など波の発生源と観測者の相対的な速度によって,波の周波数が異なって観測される現象である.光においてもドップラー効果は認められることから,OCTでもドップラー効果を応用することが可能である.具体的には,網膜や脈絡膜血管の血流を測定することができる.また,ドップラー信号が検出される部位を画像化することによって,造影剤を用いずに網膜や脈絡膜血管構造を評価できるようになるかもしれない.5.機能イメージングOCT光刺激を網膜に与え,刺激前後をOCTで経時的に測定することによって,光刺激に対する網膜各層の代謝や血流の変化に対応してOCT画像の信号強度の変化が記録できれば,光刺激に対する網膜の生理や代謝機構を可視化する手段として利用できる可能性がある.6.超広角OCTOCTの光源としてFourier-domainmodelockedlaserを使用すると,スキャン速度をメガヘルツにして測定することが可能である.この高速の光源を使用すれば,広範囲の測定を短時間で行えるため,超広角の三次元データが取得可能と考えられる.おわりに広い波長幅の光源や高速Fourier解析の発達,あるいは波長掃引光源の開発などでOCTによるイメージングは格段の進歩を遂げた.高解像度,超高速,三次元形状,容積の解析が可能となり,網膜の層別の解析,脈絡膜の評価,角膜形状解析,隅角解析など用途も拡大している.一方,OCTの進歩により精密な三次元データが取得可能となって,巨大なデータが発生している.これをどのように臨床や研究で効率的に利用するかが今後の課題となってくると思われ,新たな画像処理技術が必要と考えられる.今後もOCTの技術は,眼科臨床だけでなく,基礎研究においても大きなインパクトを与え続けるであろう.文献1)岸章治:OCT診断学,第2版.p1-405,エルゼビア・ジャパン,20102)吉村長久,板谷正紀:OCTアトラス.p1-355,医学書院,20123)HuangD,SwansonEA,LinCPetal:Opticalcoherencetomography.Science254:1178-1181,19914)FercherAF,HitzenbergerCK,DrexlerWetal:Invivoopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol116:113-114,19935)SwansonEA,IzattJA,HeeMRetal:Invivoretinalimagingbyopticalcoherencetomography.OpticsLetters18:1864-1866,19936)HeeMR,IzattJA,SwansonEAetal:Opticalcoherencetomographyofthehumanretina.ArchOphthalmol113:325-332,19957)YasunoY,MadjarovaVD,MakitaSetal:Three-dimensionalandhigh-speedswept-sourceopticalcoherencetomographyforinvivoinvestigationofhumananterioreyesegments.OptExpress13:10652-10664,20058)DrexlerW,FujimotoJG:State-of-the-artretinalopticalcoherencetomography.ProgRetinEyeRes27:45-88,2008(7)あたらしい眼科Vol.30,No.1,20137

序説:より速く,より深く,より鮮明に! -光干渉断層計は進化する-

2013年1月31日 木曜日

特集●光干渉断層計アップデート2013:序説あたらしい眼科30(1):1.2,2013特集●光干渉断層計アップデート2013:序説あたらしい眼科30(1):1.2,2013より速く,より深く,より鮮明に!─光干渉断層計は進化する─Faster,Deeper,Clearer!─AdvancementofOpticalCoherenceTomographyinOphthalmology鄭暁東*大島裕司**大橋裕一*石橋達朗**山形大学の丹野らによって光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の原理が提唱されたのが1990年,MITのFujimotoが初めて画像化に成功したのがその翌年のことであるから,OCTの歴史といってもまだ20年程度に過ぎない.にもかかわらず,簡便かつ非侵襲的な画像検査法として,眼疾患の診断に,治療の評価に,そして病態の解明に,OCTはわれわれの臨床になくてはならない存在となっている.これを反映してか,日本眼科学会,日本臨床眼科学会などのシンポジウムやインストラクションコースでも,OCT関連の演題は常に超満員の人気ぶりである.1996年,Humphrey社から最初の眼底検査用OCTが発売されて以来,21世紀を跨いで長足の進歩を遂げ,眼科診療のコンセプトに革命的な変化をもたらしたのは周知のとおりであり,その一方で,近年において最も成功した医工連携モデルとしても評価されるべきであろう.眼底検査用OCTの発売後から10年を経過した2006年には,前眼部OCTの臨床応用も実現し,現在は前眼部三次元画像解析検査として高度先進医療に組み入れられている.機器としてのOCTの進歩は,情報取得の高速化,質向上へ向けた研究者のモチベーションと臨床医からの熱い期待に支えられていたといっても過言ではない.初期のタイムドメイン(time-domainOCT)方式では,ミラーを前後に動かすことにより経路長を変えていたが,この手法ではデータの取得速度に大きな限界があったため,ミラーを固定し,広帯域光源を用いて情報を取得後に各波長の干渉信号をフーリエ解析するフーリエドメイン(Fourier-domainOCT:FD-OCT)方式が開発され,高速化,高精度化のなかで,より鮮明な3D画像を得ることが可能となった.このフーリエドメイン方式には,広帯域光源による干渉信号を分光器で波長分解するスペクトラルドメイン(spectral-domainOCT:SDOCT)方式と,発振波長を連続的に変化させる(波長掃引とよばれる手法)スウェプトソース(sweptsourceOCT:SS-OCT)方式とがある.より高速の情報取得という点では後者のほうが優れており,長波長光源の実用化とレーザー光源の導入によって,さらなる高侵達性,高分解能の画像取得が実現されようとしている.本特集「光干渉断層計アップデート2013」では,前眼部から後眼部まで,OCTの眼科応用についての最新知見を組織別にレビューすることとし,わが国のオピニオンリーダーの先生方にご執筆をお願いした.まずは,「OCTの発展の歴史と今後」について前田直之先生におまとめいただいた.超高解像度OCT,偏光OCT,ドップラーOCTなど,まだまだ多くの発展性,可能性が秘められているようであ*XiaodongZheng&YuichiOhashi:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野**YujiOshima&TatsuroIshibashi:九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(1)1 る.次いで前眼部OCTでは,編者の1人である鄭が,「涙液の形態解析」について解説した.何よりも自然状態での涙液層を観察できる点が大きな利点といえる.日常臨床への普及が望まれる.「角膜の形態解析」については上野勇太先生,福田慎一先生および大鹿哲郎先生にお願いした.角膜混濁に強い点も踏まえれば,今後は角膜形状解析の主流になるものと思われる.最後に,「隅角,虹彩の形態解析」を酒井寛先生にお願いした.毛様体皺襞部が描出されない欠点はあるものの閉塞隅角のコンピュータ診断への応用が期待される.引き続いての後眼部OCTでは,まず,「網膜の形態解析」について大谷倫裕先生にご担当いただき,解剖学と対比させた読影姿勢の重要性が再確認できた.「脈絡膜の形態解析」については中井慶先生に解説をお願いしたが,まさに高侵達SS-OCTの独壇場といえる.今後の展開に期待したい.最後に,「病的近視における視神経イメージング」を大野京子先生にお願いした.視神経乳頭の深部にまでアプローチできる時代となったことに驚きを隠せないというのが実感である.OCTの登場は眼科医にとってまさに夢のような話である.細隙灯顕微鏡や検眼鏡所見という経験知に頼りがちであった眼科診療に,診断を強化する客観的な画像情報が加わったからである.まさに,CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)の出現に匹敵するインパクトといえるだろう.今後は,手持ちOCTや手術用OCTなどの開発や,さまざまな視機能検査との連動も含め,眼科診療に欠かせないツールとしてますます重要な役割を担っていくことであろう.また一方で,臨床のニーズに応じたOCT画像の解析ソフトの開発,新しいアプリケーションの充実も必要である.OCTは眼科医にとってきわめて身近な存在となった.本企画を通じて,OCTの基本をご理解いただき,その最前線の知見を吸収していただければ幸いである.2あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013(2)

正常者における2種類の眼底直視下微小視野計の計測結果の比較

2012年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(12):1709.1711,2012c正常者における2種類の眼底直視下微小視野計の計測結果の比較梶田房枝新井みゆき山本修一千葉大学大学院医学研究院眼科学ComparisonofDifferentFundusPerimetryDevicesinNormalIndividualsFusaeKajita,MiyukiAraiandShuichiYamamotoDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,ChibaUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:現在市販されている2種類の微小視野計を用いて,正常者における網膜感度の比較を行った.対象および方法:健常者10例10眼を対象に,同一眼でMicroPerimeter1(MP-1)とMacularIntegrityAssessment(MAIA)で測定した.いずれも黄斑部直径10°の網膜感度を背景輝度4asb,視標サイズGoldmannIII,刺激時間200msecで測定し網膜感度の平均値を比較した.結果:平均網膜感度はMP-1が18.9±0.7dB(視標輝度換算6.3±1.1asb),MAIAが29.8±0.8dB(同1.5±0.3asb)であった.MAIAではMP-1と比較し視標輝度に換算して4.8±1.2asb高い網膜感度の測定が可能であった(p=0.0002).結論:MAIAはMP-1に比べ測定時のダイナミックレンジが広く,高い網膜感度の測定が可能であり,黄斑疾患の初期変化の検出が可能と考えられる.Purpose:Tocomparetwodifferentmicroperimetricdevices,currentlyavailableforclinicaluseinJapan,intermsofretinalsensitivitymeasurementsinnormalindividuals.ParticipantsandMethods:Retinalsensitivitywithinthecentral10degreeswasmeasuredin10eyesof10healthyvolunteersusingtheMicroPerimeter1(MP1)andtheMacularIntegrityAssessment(MAIA).GoldmannIIIsizestimuliwerepresentedfor200mseconawhitebackground,withaluminanceof4asb.Results:Meanretinalsensitivitywas18.9±0.7dB(6.3±1.1asb,asstimulusluminance)withMP-1,and29.8±0.8dB(1.5±0.3asb)withMAIA;thedifferencewasstatisticallysignificant(p=0.0002).TheMAIAshowedhigherthresholdvalueswith4.8±1.2asbthandidtheMP-1.Conclusions:TheMAIAprovideshigherthresholdvaluesthantheMP-1,suggestingthattheMAIAmaydetectfunctionaldefectsintheearlystagesofmaculardiseases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1709.1711,2012〕Keywords:眼底直視下微小視野計,網膜感度,正常者,MP-1,MAIA.fundus-relatedmicroperimetry,retinalsensitivity,normalsubjects,MP-1,MAIA.はじめに黄斑疾患において視機能を評価する場合には視力が用いられることが多いが,視力は中心窩もしくは中心窩近傍にある固視点における二点弁別閾であり,黄斑視機能を完全に代言しているとはいえない.このため,しばしば視力による視機能評価と患者の自覚症状とのずれを経験する.眼底直視下微小視野計は,眼底直視下に黄斑周囲の網膜感度をピンポイントで測定し,固視点以外の網膜視機能を評価することができる.自動追尾機能を有するため固視ずれに瞬時に対応でき,眼底写真と重ね合わせた網膜感度をマッピング表示できる特徴から,特に黄斑疾患では臨床研究や日常診療に多用されつつある1.3).糖尿病黄斑浮腫や網膜色素変性において,眼底写真や光干渉断層計などの画像所見と網膜感度を組み合わせることにより病変部位の視機能評価が報告されている3.5).同一部位の測定が可能なフォローアップ機能を活かして,糖尿病黄斑浮腫や加齢黄斑変性,特発性黄斑円孔における治療前後での黄斑部視機能と網膜形態の経時変化の関係も報告されている6.8).また,網膜色素変性患者において黄斑部の網膜感度が視覚関連QOL(qualityoflife)とよく相関することも報告されており,眼底直視下視野計で測定した網膜感度は〔別刷請求先〕梶田房枝:〒260-8670千葉市中央区亥鼻1-8-1千葉大学大学院医学研究院眼科学Reprintrequests:FusaeKajita,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,ChibaUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-8-1Inohana,Chuo-ku,Chiba260-8670,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(119)1709 患者の自覚症状を反映している9).現在わが国では2種類の微小視野計が市販されているが,測定条件が大きく異なっており,測定結果の差異も明らかになっていない.そこで,本研究では正常者の網膜感度の比較を2機種の間で行った.I対象および方法軽度の屈折異常以外に眼疾患を有しない健常者10名10眼(女性6名,男性4名,年齢23.57歳)を対象に前向き研究を行った..6.0Dを超える強度近視は除外し,すべての被検者で矯正視力は1.0以上,眼底検査で黄斑に異常がないことを確認した.被検者には本研究の内容と意義について説明し研究参加の同意を得た.同一眼でMicroPerimeter1(MP-1,NIDEK社)とMacularIntegrityAssessment(MAIA,トプコン社)で測定した.いずれも無散瞳で黄斑部直径10°の範囲内の網膜感度を測定し,測定データの信頼性指標に対する判定はすべて100%であった.MicroPerimeter1(MP-1)は赤外光カメラと自動視野計を組み合わせ,眼底病変に対応した部位の網膜感度を測定する眼底直視下微小視野計である.自動的に眼球運動を追尾するトラッキング機能により網膜上の同じ測定点を正確に刺激でき,黄斑部に病変のある固視不良例に対しても再現性の高い検査が可能である.視標輝度は4asbから400asb,刺激幅は相対輝度で20dBであり,4-2-1ストラテジーにより閾値決定される.測定条件は白色背景光下で背景輝度4asb,GoldmannIIIの視標サイズを選択し,視標呈示時間200msec,黄斑部中心10°の範囲を24点測定した(図1).MacularIntegrityAssessment(MAIA)では共焦点走査眼底画像を用いて眼底をモニターしながら網膜感度を測定す図1MicroPerimeter1(MP.1)による黄斑部中心10°の測定結果24点を測定し,0.20dBで表示される.るため,トラッキング機能の精度が向上した.MP-1より視標輝度の幅が広がり,0.25asbから1,000asbまで呈示可能で,相対輝度で0.36dBで表示される.閾値決定は4-2ストラテジーによる.測定条件は白色背景光下で背景輝度はMP-1と同様に4asb,視標サイズはGoldmannIII,刺激時間200msecとし,視標呈示パターンは中心10°の範囲に円周状に37点を測定するパターンを選択した(図2).表1に両者の視野計の比較を示す.黄斑部直径10°以内の測定点がMAIAは37点に対し,MP-1は24点でMP-1の測定点が少ないため,全体を平均した網膜感度(dB)およびそれに相当する輝度(asb)の平均値を比較した.なお,最低感度である0dBは視野計の最高輝度によって異なるため,絶対暗点を意味しているわけではない.MP-1は最低輝度4asbのときの網膜感度を20dB,最高輝度400asbのときの網膜感度を0dBと表示し,MAIAでは最低輝度0.25asbの光で刺激したときの網膜感度を36dB,1,000asbの最高輝図2MacularIntegrityAssessment(MAIA)による黄斑部中心10°の測定結果37点を測定し,0.36dBで表示される.表1MicroPerimeter1(MP.1)とMacularIntegrityAssessment(MAIA)の設定条件,機能の比較MP-1MAIA眼底画像近赤外眼底カメラSLO画角45°円形36°×36°解像度1,280×1,024pix1,024×1,024pix視標サイズGoldmannI.IVGoldmannIIIのみ最小瞳孔径4mm2.5mm背景輝度4asb4asb視標呈示液晶ディスプレー白色LED視標最大輝度400asb1,000asb視標最小輝度4asb0.25asbダイナミックレンジ0.20dB0.36dB1710あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(120) MAIA(asb)3210456789MP-1(asb)図3MicroPerimeter1(MP.1)とMacularIntegrityAssessment(MAIA)で測定した中心10°の平均網膜感度から換算した輝度の比較両者の間に有意な相関はみられなかった(rs=.0.081,p=0.798).度で刺激したときの網膜感度を0dBとしている.II結果黄斑中心10°以内の平均網膜感度は,MP-1では18.9±0.7dB,MAIAでは29.8±0.8dBであった(図3).これを輝度に換算するとMP-1では6.3±1.1asb,MAIAでは1.5±0.3asbであった.平均検査時間はMP-1では3分12秒,MAIAでは5分42秒であった.MP-1ではMAIAで測定した正常者の平均網膜感度はMP-1より有意に高い結果となり(Man-Whitney,p=0.0002),輝度に換算して平均4.8±1.2asb高い値となった.両者に有意な相関はみられなかった(rs=.0.081,p=0.798).さらに,両者の測定点の分布が異なり,MAIAではMP-1に比べ中心窩に近い測定点が多いことから,中心2°の範囲内,すなわちMAIAの中心13点とMP-1の中心4点の平均網膜感度を比較したが有意な相関はみられなかった(rs=.0.467,p=0.092).III考按MAIAではより弱い光の視標呈示が可能になったことで,MAIAで測定した正常者の平均網膜感度はMP-1に比べて,輝度に換算して4.8asb高いことがわかった.また,黄斑10°以内および2°以内のいずれにおいても両者の平均網膜感度に有意な相関はみられなかった.さらに,MP-1で最高感度20dBに達していた5症例では,MAIAでは最高感度に達しておらず,正常者のような視力良好例ではMP-1では測定上限を超えることが明らかとなった.検査時間の差異はMAIAの測定点がMP-1より多いことが反映されているが,閾値決定方法からはMAIAのほうがMP-1より短時間の検査が可能であると考えられる.Humphrey自動視野計においても網膜感度の定量的評価は可能であるが,黄斑疾患などの限局性病変との対比は必ずしも容易ではなく,特に固視不良例では信頼性および再現性(121)に乏しく,黄斑疾患への応用には問題が少なくない3).しかし,MP-1はHumphrey視野計などに比べ網膜感度のレンジが狭く,絶対暗点の測定は不可能であり,最高および最低感度のなかに測定範囲を超えた感度も含まれていた.後発機種であるMAIAでは,このようなMP-1における問題点の多くに解決が試みられ,刺激強度の幅が上下に拡張されることにより,全体的により低感度から高感度まで測定可能になった.操作性においてはMAIAでは多くの操作が自動化され簡便になった.また,MAIAは加齢黄斑変性患者を含むデータベースとの比較により早期および中期の変化を検出する機能が備わり,加齢黄斑変性の初期病変の検出が期待されている.もちろんMAIAにおいてもHumphrey視野計との測定条件の相違点には注意が必要であるが,MP-1より高い網膜感度の測定が可能になり,黄斑疾患の初期変化の検出に有用であると考えられる.文献1)三田村佳典,山本修一:眼底視野計(MP-1).あたらしい眼科24(臨増):21-27,20072)長澤利彦,香留崇,三田村佳典:眼底視野計MP-1による臨床研究.眼科53:1853-1860,20113)SpringerC,BultmannS,VolckerHEetal:FundusperimetrywiththeMicroperimeter1innormalindividuals.Ophthalmology112:848-854,20054)OkadaK,YamamotoS,MizunoyaSetal:Correlationofretinalsensitivitymeasuredwithfundus-relatedmicroperimetrytovisualacuityandretinalthicknessineyeswithdiabeticmacularedema.Eye20:805-809,20065)MitamuraY,AizawaS,BabaTetal:Correlationbetweenretinalsensitivityandphotoreceptorinner/outersegmentjunctioninpatientswithretinitispigmentosa.BrJOphthalmol93:126-127,20096)AizawaS,MitamuraY,HagiwaraAetal:Changesoffundusautofluorescence,photoreceptorinnerandoutersegmentjunctionline,andvisualfunctioninpatientswithretinitispigmentosa.ClinExperimentOphthalmol38:597-604,20107)OkadaK,Kubota-TaniaiM,KitahashiMetal:Changesinvisualfunctionandthicknessofmaculaafterphotodynamictherapyforage-relatedmaculardegeneration.ClinOphthalmol3:483-488,20098)NakamuraY,MitamuraY,OgataKetal:Functionalandmorphologicalchangesofmaculaaftersubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationfordiabeticmacularoedema.Eye24:784-788,20109)OokaE,MitamuraY,BabaTetal:Fovealmicrostructureonspectral-domainopticalcoherencetomographicimagesandvisualfunctionaftermacularholesurgery.AmJOphthalmol152:283-290,201110)SugawaraT,SatoE,BabaTetal:Relationshipbetweenvision-relatedqualityoflifeandmicroperimetry-determinedmacularsensitivityinpatientswithretinitispigmentosa.JpnJOphthalmol55:643-646,2011あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121711

眼窩深部痛で発症し眼窩先端症候群をきたした副鼻腔アスペルギルス症の1例

2012年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(12):1705.1708,2012c眼窩深部痛で発症し眼窩先端症候群をきたした副鼻腔アスペルギルス症の1例竇一博中静隆之佐藤新兵岸本修一上順子森樹郎虎の門病院眼科ACaseofParanasalSinusFungalInfectionDevelopingOrbitalApexSyndromeKazuhiroDou,TakayukiNakashizuka,ShinpeiSato,ShuichiKishimoto,JunkoKamiandMikiroMoriDepartmentofOphthalmology,ToranomonHospital緒言:副鼻腔真菌症は浸潤型と非浸潤型に分類される.免疫不全患者に発生しやすい浸潤型では眼窩先端症候群を呈することがあり,生命予後も不良である.今回,頭痛を初発症状として,眼窩先端症候群をきたした副鼻腔真菌症の1例を経験したので報告する.症例:2型糖尿病を有し,血液透析療法中の76歳,男性.頭痛,右眼痛のため脳神経外科,神経内科受診するも原因不明.当科受診時は異常を認めなかったが,1カ月後の再診時には視力低下,中心フリッカー値低下を認めた.Magneticresonanceimaging(MRI)では右視神経周囲に高信号域を認め,造影computedtomography(CT)では右下眼窩裂が開大しその内部は軟部組織濃度であった.耳鼻咽喉科・脳神経外科との協診にてステロイドパルス療法が選択されたが,1週間後に病状は増悪し,右眼光覚消失,全眼球運動障害が出現した.b-d-グルカン値が上昇したため生検を行ったところ,Aspergillusfumigatusが検出され診断に至った.抗真菌薬投与,副鼻腔ドレナージを行うも右下眼窩裂の軟部組織病変から隣接する篩骨洞,蝶形骨洞,上顎洞へ感染拡大したたため,副鼻腔根治術を施行した.その後,眼球運動は回復したが光覚を失ったままであった.退院後18カ月経過しているが,再発は認めていない.結語:高齢者,糖尿病といった易感染性の背景をもつ患者が眼窩先端症候群を呈する場合には他科と協力し,真菌感染症を念頭において診療すべきである.Weexperiencedacaseofparanasalsinusfungalinfectionthatdevelopedorbitalapexsyndrome.Thepatient,a76-year-oldmalewithdiabetesmellituswhowasreceivingperiodichemodialysis,complainedofrightperiorbitalpainandheadache,thecauseofwhichcouldnotbedeterminedbyneurologists.Onemonthlater,thevisualacuityofhisrighteyedecreased(0.3);magneticresonanceimagingshowedenhancementaroundtherightopticnerveandcomputedtomographydisclosedadilatedinferiororbitalfissurefilledwithaninhomogeneousmass.OpticneuritisandTolosa-Huntsyndromewasstronglysuspected;steroidpulsetherapywaschosen.Oneweeklater,hisheadachehadreduced,whereashisrighteyehadlostlightsensationanddevelopedophthalmoplegia.Bloodtestrevealedelevatedb-d-glucan;nasalendoscopicbiopsyidentifiedAspergillusfumigatus.Afterantifungaltherapythepatientunderwentdebridementsurgery,whichreducedophthalmoplegiabutdidnotrestorelightsensation.At18monthsafterthesurgerytheoralantifungalagentisstillbeingadministered,withoutdiseaserelapse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1705.1708,2012〕Keywords:眼痛,副鼻腔真菌症,眼窩先端症候群,Tolosa-Hunt症候群.periorbitalpain,paranasalsinusfungalinfection,orbitalapexsyndrome,Tolosa-Huntsyndrome.はじめにて,眼窩先端症候群をきたした副鼻腔真菌症の1例を経験し副鼻腔真菌症は浸潤型と非浸潤型に分類される.免疫不全たので報告する.患者に発生しやすい浸潤型では眼窩先端症候群を呈することがあり,生命予後も不良である.今回,頭痛を初発症状とし〔別刷請求先〕竇一博:〒105-8470東京都港区虎ノ門2-2-2虎の門病院眼科Reprintrequests:KazuhiroDou,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ToranomonHospital,2-2-2Toranomon,Minato-ku,Tokyo105-8470,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(115)1705 abab図1MRIT2強調画像a:視神経所見,b:篩骨洞所見.右視神経周囲の高信号(矢印)および右篩骨洞内の高信号(矢頭)を認めた.I症例患者:76歳,男性.全身疾患:20年来の2型糖尿病,高血圧があり,数年前より血液透析療法を行っていた.眼科既往歴:両眼とも水晶体再建術,汎網膜光凝固術を施行され,当科に定期通院していた.現病歴:2010年7月上旬より頭痛,右眼痛のため脳神経外科,神経内科受診するも原因不明であった.疼痛が増悪し,当科受診した.初診時所見:視力は右眼(0.9×sph+1.25D(cyl.2.0DAx100°),左眼(0.9×sph+3.25D(cyl.3.25DAx85°),眼圧は右眼9mmHg,左眼10mmHgであった.角結膜,眼内レンズ,硝子体に異常所見は認められず,眼底には汎網膜光凝固術後のレーザー痕を認めるが,以前と著変がなかったため経過観察となった.臨床経過:症状は改善せず,8月下旬再診時,右眼視力が(0.3)に低下し,中心フリッカー値(CFF)では右眼16Hz,左眼36Hzと左右差を認めた.眼球運動は正常であり,血液検査では特記すべき異常値を認めなかった.Magneticresonanceimaging(MRI)では右視神経周囲に高信号域を認め,右篩骨洞内にも軽度の高信号を認めた(図1).耳鼻咽喉科コンサルトをした結果,篩骨洞の高信号所見は非特異的なものであるとの判断であった.視神経炎を疑い,同日よりプレドニゾロン(プレドニンR)30mg内服を開始し,3日後より入院となった.入院日撮影された造影computedtomography(CT)では,右下眼窩裂が開大し,その内部は軟部組織濃度であった(図2).骨破壊所見は認められなかった.脳神経外科・耳鼻咽喉科と合同カンファレンスを行い,腫瘍性病変や1706あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012図2造影CT右下眼窩裂の開大と軟部組織濃度の病変(矢印)を認めた.Tolosa-Hunt症候群による続発性視神経炎が最も疑わしいとの結論であったが,高齢者かつ透析患者であり開頭術を要するような生検は侵襲性が高いと判断され,診断的治療としてステロイドパルス療法(ソルメドロールR1,000mg)が選択され,入院1週間後より3日間行われた.ステロイドパルス療法開始日に行われた造影MRIでは,右下眼窩裂内にT1・T2強調画像でともに低信号を示す病変を認め,右篩骨洞内にもT1強調画像で低信号,T2強調画像で淡い高信号を示す病変を認めた(図3).ステロイドパルス療法により痛みは改善したが,パルス療法終了後より右眼上転・外転運動障害を認め,その1週間後には右眼瞼下垂,右全外眼筋麻痺,光覚なしとなった.9月下旬の採血にてb-d-グルカン(116) abab図3造影MRIa:T1強調画像,b:T2強調画像.右下眼窩裂内にT1・T2強調画像でともに低信号を示す病変(矢印)を認め,右篩骨洞内にはT1強調画像で低信号,T2強調画像で淡い高信号を示す病変(矢頭)を認めた.図4単純CT右蝶形骨洞内の粘膜肥厚・液体貯留を認めた.値が14.2pg/ml(基準値11以下)に上昇し(9月上旬では8.3pg/ml),CT検査では右蝶形骨洞内の粘膜肥厚・液体貯留を認めた(図4).確定診断のため耳鼻咽喉科にて右内視鏡下鼻副鼻腔手術(篩骨洞,蝶形骨洞開放)を行ったところ,炎症性浮腫状粘膜と貯留液を認めたが明らかな真菌塊は認めなかった.病理検体からは分節とY字分岐を伴う糸状真菌が多量検出され,副鼻腔アスペルギルス感染症(Aspergillusfumigatus)と診断された.術後よりアムホテリシンB(アムビゾームR)投与を開始したが,画像上では篩骨洞内の粘膜浮腫の増悪,上顎洞への液体貯留を認め,真菌感染の進行と考えられた.副鼻腔洗浄ドレナージを連日行い,10月上旬に内視鏡下副鼻腔根治術(蝶形骨洞,上顎洞,篩骨洞の掻爬,洗浄)を施行した.この際も明らかな真菌塊は認められなかった.術後も抗真菌薬治療を継続し,11月上旬に再度生検を行ったが,依然アスペルギルス菌糸が多数認められた.本人および家族がこれ以上の精査,外科的治療を希望しなかったため,抗真菌薬をボリコナゾール(ブイフェンドR),ミカファンギンナトリウム(ファンガードR)などに変更しながら内科的に治療を行った.11月中旬には右眼眼球運動が改善し,軽度の内転・上転・下転運動を認めるようになり,11月下旬には外転運動も認められるようになった.12月中旬には眼球運動は全方向で問題なく認められるようになったが,視力は光覚なしのままであった.CT上も著変がなく,病状は安定していたため,12月下旬退院となった.退院後もイトラコナゾール(イトリゾールR)の内服を継続し,現在も感染症内科外来通院中である.II考察副鼻腔真菌症は非浸潤型と浸潤型に分類され1),非浸潤型は副鼻腔内にとどまり予後良好だが,浸潤型は眼窩や頭蓋内へ進展するため重症化しやすい2).浸潤型は全副鼻腔真菌症例の10%以下であり,頭痛や.部痛,眼痛で始まり,視力障害,眼筋麻痺,眼球突出などが続発することが多い2).また,浸潤型のほとんどは免疫不全患者に発生し,健常者に発生することは非常にまれである3).副鼻腔真菌症の原因菌はアスペルギルスが80%以上を占め,罹患洞は上顎洞,篩骨洞,蝶形骨洞の順に多い2,4).上顎洞真菌症では鼻汁,鼻閉などの鼻症状や.部痛・違和感を伴うことが多いが,蝶形骨(117)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121707 洞真菌症では鼻症状が乏しく,視力障害,頭痛,顔面痛などを訴える2).また,蝶形骨洞を原発巣とする場合,解剖学的に隣接する海綿静脈洞や視神経に浸潤しやすいため浸潤型となりやすく,眼窩先端症候群をひき起こすことがある5,7).眼窩先端症候群とは上眼窩裂を走行する動眼神経,滑車神経,三叉神経,外転神経および視神経の障害を主徴とする症候群で,腫瘍,炎症,外傷など種々の疾患が原因となるが,副鼻腔真菌症もまれに原因となる5.7).鑑別が困難な症例では,ステロイド薬投与後の症状増悪で真菌症に気づくこともあり,過去にはTolosa-Hunt症候群と診断され,ステロイド薬治療後に死亡に至った真菌性副鼻腔炎の症例も報告されている8).副鼻腔真菌症から眼窩先端症候群をきたした場合,頭蓋内浸潤を起こし,真菌の脳血管浸潤により脆弱な真菌性脳動脈瘤が形成され,脳出血や脳梗塞の原因となることがある9,10).頭蓋内浸潤を起こした場合の死亡率は90%を超えるとの報告もある11).そのため,炎症性疾患としてステロイド薬治療を開始する前に,真菌感染を血液検査,画像検査などで除外することは非常に重要であり,画像診断上,疑わしき病変があれば確定診断のため生検術を優先させるべきである.鼻腔などから採取された検体からの菌培養検査では,真菌の検出率は10%程度と低いため,あまり有用ではない4).b-d-グルカン値は陰性例もあるため初期診断に有効でないこともある6)が,陽性例では診断や治療経過・再発の評価に用いられる12).画像診断では,CTでの骨壁・副鼻腔粘膜肥厚,副鼻腔内の軟部陰影・石灰化陰影,骨破壊像が特徴的な所見とされ,特に石灰化陰影は90%以上の症例で認められる2).真菌塊は増殖するとその中央部が壊死に陥り,リン酸カルシウムや硫酸カルシウムが沈着するため,同部はCTで高吸収域となるためと考えられている13,14).また,真菌の産生する蛋白質の影響で,MRIではT1強調画像で低信号,T2強調画像で著明な低信号を呈する15).本症例では初期のCTやMRIで真菌症特有の所見がなく,診断が困難であった.初期のMRI(T2強調画像)においては,篩骨洞の高信号所見があったものの,耳鼻科専門医による読影でも判断が困難なものであった.臨床所見からは腫瘍性病変やTolosa-Hunt症候群などによる続発性視神経炎が最も疑われたが,高齢者かつ透析患者であり開頭術を要するような生検は侵襲性が高いと判断され,診断的治療としてステロイドパルス療法が選択された.ステロイド薬投与が真菌感染の活動を助長した可能性は否定できない.右眼失明,全眼球運動障害などの症状が出現し,b-d-グルカン値も上昇したため,耳鼻科にて生検を行ったところ,アスペルギルスが病理学的に検出され,診断に至った.抗真菌薬投与,副鼻腔ドレナージを行うも右下眼窩裂の軟部組織病変から隣接する篩骨洞,蝶形骨洞,上顎洞へ順次感染が拡大した.根治術後は徐々に改善し,幸いにも生命予後不良な頭蓋内浸潤は起1708あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012きなかったが,罹患眼は光覚を失ったままであった.高齢者,糖尿病といった易感染性の背景をもつ患者が眼窩先端症候群を呈する場合には真菌感染も念頭におく必要がある.特に画像診断上真菌感染を否定できない病巣を認める場合には,確定診断のため積極的に生検を行うべきである.炎症性疾患と診断され,ステロイド薬全身投与を開始された後で症状が増悪する場合には,改めて感染症の可能性を強く疑う必要がある.文献1)JamesF,HoraMC:Primaryaspergillosisoftheparanasalsinusesandassociatedarea.Laryngoscope75:768-773,19652)大河喜久,佐伯忠彦,渡辺太志:鼻副鼻腔真菌症74例の臨床的検討.耳喉頭頸83:859-864,20113)GirishF,SureshM,AndresAetal:Fungaldiseasesoftheparanasalsinuses.SeminUltrasoundCTMR20:391401,19994)長谷川稔文,雲井一夫:鼻副鼻腔真菌症54例の臨床的検討.耳鼻臨床98:853-859,20055)田中章浩,吉田誠克,諌山玲名ほか:眼窩先端症候群を呈した非浸潤型副鼻腔アスペルギルス感染症の1例.臨床神経51:219-222,20116)鴨嶋雄大,澤村豊,岩崎善信ほか:眼窩先端症候群にて発症した浸潤型副鼻腔.眼窩アスペルギルス症の1例.脳神経外科35:1013-1018,20077)Sivak-CallcottJA,LivesleyN,NugentRAetal:Localisedinvasivesino-orbitalaspergillosis:characteristicfeatures.BrJOphthalmol88:681-687,20048)MarcusMM,WilliamY,AlberDMetal:AspergillusinfectionoftheorbitalapexmasqueradingasTolosa-Huntsyndrome.ArchOphthalmol125:563-566,20079)RobertWH,AlexJ,WilliamBetal:Mycoticaneurysmandcerebralinfarctionresultingfromfungalsinusitis.AJNRAmJNeuroradiol22:858-863,200110)杉山拓,黒田敏,中山若樹ほか:眼窩先端部症候群で発症した内頸動脈浸潤した副鼻腔真菌症の3症例.脳神経外科39:155-161,201111)ColemanJM,HoggGG,RosenfeldJVetal:Invasivecentralnervoussystemaspergillosis:curewithliposomalamphotericinB,itraconazole,andradicalsurgery─casereportandreviewoftheliterature.Neurosurgery36:858-863,199512)NakanishiW,FujishiroY,NishimuraSetal:Clinicalsignificanceof(1-3)-b-D-glucaninapatientwithinvasivesino-orbitalaspergillosis.AurisNasusLarynx36:224-227,200913)StammbergerH,JakseR,BeaufortFetal:Aspergillosisofparanasalsinuses.AnnOtolRhinolLaryngol93:251256,198414)熊澤博文,中村晶彦:上顎洞真菌症のCT像の検討.耳鼻臨床78:1935-1941,198515)ZinreichSJ,KennedyDW,MalatJetal:Fungalsinusitis:diagnosiswithCTandMRimaging.Radiology169:439-444,1988(118)

インフリキシマブ投与時反応による治療中止後も寛解維持 できたBehçet 病の1例

2012年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(12):1701.1704,2012cインフリキシマブ投与時反応による治療中止後も寛解維持できたBehcet病の1例小池直子*1尾辻剛*1木本高志*2三間由美子*1西村哲哉*1髙橋寛二*3*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2済生会野江病院眼科*3関西医科大学附属枚方病院眼科ACaseofBehcet’sDiseaseAccompaniedbyUveoretinitis,InWhichNoOcularAttacksWereObservedafterDiscontinuationofInfliximabBecauseofInfusionReactionNaokoKoike1),TsuyoshiOtsuji1),TakashiKimoto2),YumikoMitsuma1),TetsuyaNishimura1)andKanjiTakahashi3)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalSchoolTakiiHospital,2)3)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalSchoolHirakataHospitalDepartmentofOphthalmology,SaiseikaiNoeHospital,目的:Behcet病に対する新しい治療としてインフリキシマブの全身投与が行われているが,約9.5%に投与時反応が起こるとされている.反復する投与時反応のためインフリキシマブ治療が中止された後,約1年にわたり寛解維持ができている症例を経験した.症例:35歳,男性.右眼矯正視力0.03.前医にてBehcet病との診断でコルヒチン内服を開始したが再燃し当科を受診した.診断確定後5カ月でインフリキシマブ投与を開始し,導入1カ月後には消炎しその後発作はなかった.導入12カ月後,投与時に全身に蕁麻疹が発現しその後も投与時反応を繰り返すためインフリキシマブ投与を中止した.中止後約1年経過しても発作の再燃は認めていない.考察と結論:本症例はインフリキシマブ導入時期が早く,導入前発作回数も2回と少なかった.導入後には発作がなく本症例のように安定した症例ではインフリキシマブが中止可能であることが示唆された.Purpose:TheeffectivenessofinfliximabforBehcet’sdiseasehasbeenshown.Recentreportshavestatedthatinfusionreactionstoinfliximabwereobservedin9.5%ofpatients.Wereportacaseinwhichthediseasehasbeensuccessfullycontrolledbyinfliximabtreatmentforoneyearafterdiscontinuationbecauseofrefractoryinfusionreaction.Case:Thepatient,a35-year-oldmalewithiridocyclitis,receivedinfusionsofinfliximabbecauseofuncontrollableocularattacks.Athiseighthadministration,infusionreactionappearedandthetreatmentwasdiscontinuedbecausetherefractoryinfusionreactioncouldnotbecontrolledwithglucocorticoids.Therehavebeennoocularattackssincethediscontinuationofinfliximabtherapy.Discussion:Inthiscase,onlytwoocularattackshadoccurredbeforetheinitiationofinfliximabtherapy;therewerenoocularattacksafterthetherapy.Thisindicatesthatinfliximabtherapymaybeterminatedinsomewell-controlledcases,asinthiscase.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1701.1704,2012〕Keywords:ベーチェット病,インフリキシマブ,抗TNF-a(腫瘍壊死因子-a)抗体,投与時反応.Behcet’sdisease,infliximab,antiTNF-a(tumornecrosisfactor-a)antibody,infusionreaction.はじめにBehcet病の治療としては,その発作抑制のため以前よりコルヒチン,シクロスポリンが広く用いられてきた.しかし,これらの薬剤では完全に眼発作を抑制することはむずかしく,また投与により重篤な副作用をきたす可能性もあった.近年,Behcet病に対する新しい治療として,抗TNF-a(tumornecrosisfactor-a)抗体であるインフリキシマブの全身投与が行われている.インフリキシマブは,炎症性サイトカインであるTNF-aに対するキメラ型単クローン抗体製剤で,関節リウマチや大腸Crohn病などの自己免疫疾患に対する治療薬として広く使われている.TNF-aはBehcet病による炎症において重要な役割を果たしているとされており,Behcet病による難治性ぶどう膜炎に対して2007年1月に適応が追加承認された.しかし,寛解患者に対する中止時〔別刷請求先〕小池直子:〒570-8607守口市文園町10-15関西医科大学附属滝井病院眼科Reprintrequests:NaokoKoike,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityTakiiHospital,10-15Fumizonocho,Moriguchi,Osaka570-8607,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(111)1701 期にはいまだ明確な指針がないため,発作予防のために治療を継続せざるをえないのが現状である.インフリキシマブの投与時に約10%にアレルギー反応が起こることがあり,これは投与時反応とよばれ,インフリキシマブ投与中または投与終了後2時間以内に認められる副作用である1).市販後調査の中間報告によると,おもな症状は発疹で,重篤なものには発熱,アナフィラキシー反応がある.Behcet病眼病変診療ガイドラインによると,投与時反応が起きてもインフリキシマブ治療を継続する場合には,抗ヒスタミン薬やステロイド薬を併用すれば良いとされている1).今回,反復する投与時反応のためインフリキシマブ治療が中止された後,約1年にわたって寛解維持できている症例を経験したので報告する.I症例患者:35歳,男性.初診日:平成21年1月26日.主訴:右眼視力低下.現病歴:平成19年10月頃より右眼虹彩毛様体炎を繰り返し前医に通院していた.平成20年9月,前医再診日に右眼前房内炎症細胞浸潤,びまん性硝子体混濁,黄斑部近傍の網膜滲出斑を認めた.矯正視力は0.02であった.前医にてステロイド薬内服,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を施行し,1カ月で消炎した.結節性紅斑,副睾丸炎,口腔内アフタ,関節炎を認めたため,前医にてBehcet病と診断され,コルヒチン内服を開始し,その後発作はなかった.平成21年1月から右眼視力低下を自覚し,平成21年1月22日前医受診時,右眼前房内炎症の悪化,硝子体混濁の増悪,網膜に出血と滲出斑を認めた.フルオレセイン蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)では右眼視神経乳頭の過蛍光,網膜血管からのシダ状の蛍光漏出を認め(図1),矯正視力は0.01に低下していたため関西医科大学附属滝井病院眼科紹介受診となった.既往歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.01(0.03×sph.6.5D),左眼0.03(1.2×sph.7.5D(cyl.0.5DAx105°).眼圧は右眼22mmHg,左眼18mmHgであった.右眼に前房内炎症細胞浸潤,硝子体混濁,黄斑浮腫を認めた.全身症状として副睾丸炎,結節性紅斑,口腔内アフタ,関節炎症状を認めた.経過:コルヒチン投与を行ってもBehcet病の発作が抑えられないため,診断確定から5カ月後の平成21年2月24日よりインフリキシマブ投与を開始した.インフリキシマブ投与開始後もコルヒチン内服は継続した.インフリキシマブは0,2,6週目,それ以降は8週ごとに投与した.投与開始1カ月後には右眼矯正視力は0.4に回復し,前房内炎症,硝1702あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012ab図1前医でのFAa:視神経乳頭の過蛍光を認める.b:網膜血管からのシダ状の蛍光漏出を認める.子体混濁,黄斑浮腫は軽減し,その後発作はなくなり寛解状態となった.また,投与前に認めた副睾丸炎,結節性紅斑,口腔内アフタ,関節炎症状は軽快した.インフリキシマブ投与開始から12カ月後の8回目の投与時に,投与開始直後から胸部,背部に皮疹が出現したためインフリキシマブ投与を中断した.9回目の投与時,ステロイド薬と抗ヒスタミン薬の前投与を行った後,点滴速度を遅くしてインフリキシマブを投与したが,再度皮疹が出現した.内科担当医よりインフリキシマブ投与の継続は困難との連絡があり,平成22年4月19日を最後に,インフリキシマブ投与は中止となった.中止後はコルヒチン内服を継続した.投与中止5カ月後に施行したFAでは右眼に網膜血管からの蛍光漏出を認めたものの軽度であり(図2),矯正視力も0.5であった.投与中止12カ月後には,右眼にわずかに硝子体混濁を認めるのみで(図3),矯正視力は0.7と改善していた.投与中止から1年以上経過した現在も矯正視力は0.7を維持しており,炎症の再燃は認めていない.II考按TNF-aは炎症性サイトカインの一つで,Behcet病の病(112) abcabcabc図2投与中止5カ月後の眼底およびFAa:眼底.眼底透見良好で炎症はみられない.b:FA早期.網膜血管からわずかな蛍光漏出がみられる.c:FA後期.視神経乳頭からもわずかな蛍光漏出がみられる.態に深く関与することが示唆されている2.4).抗TNF-a抗体であるインフリキシマブは,2002年にCrohn病に,2003年に関節リウマチに対する治療薬として使用が開始された5.7).そして新たに,Behcet病によるぶどう膜炎に対して行われた臨床治験で,インフリキシマブが眼発作回数を有意(113)図3投与中止12カ月後の眼底およびFAa:眼底.硝子体混濁をわずかに認める.b:FA早期.蛍光漏出はみられない.c:FA後期.蛍光漏出はみられない.に減少させ,視力の改善が得られたと報告され8),Behcet病に対して効能追加されるに至った.インフリキシマブは,既存の治療に抵抗性の難治例に対して用いられるべきとされている.しかし,視力の低下につながるような発作は発症後1.3年目という早期に多く起こっており,インフリキシマブのように眼発作を強力に抑制できるような薬剤を早期から使あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121703 用することによって,Behcet病による不可逆的な視力低下を阻止することができる可能性がある9).既存の治療で十分な効果が得られず難治性と判断したならば,インフリキシマブの導入も考慮することが重要である.インフリキシマブに対する市販後調査の中間報告によると,インフリキシマブ開始前の6カ月当たりの発作回数は1.3回が最も多く,57.2%であった.また,Behcet病の平均罹病期間は7.6年であった.インフリキシマブ投与前後の6カ月当たりの平均発作回数の変化については,インフリキシマブ投与前が3.25回であったのに対し,投与後は0.72回と減少していた.今回の症例では,初診時すでにBehcet病と診断されてから4カ月が経過しており,この時点でコルヒチンによる発作抑制は困難であると判断し,初診から1カ月でインフリキシマブ導入に至っている.このように比較的早く導入することができたことも,致命的な視力低下に至らなかった原因の一つであると考えられた.インフリキシマブによる投与時反応発症時には,点滴を中止したうえで,アセトアミノフェンや抗ヒスタミン薬の投与を行い,次回点滴の際にはアセトアミノフェン,抗ヒスタミン薬,ステロイド薬などを前投与し,点滴速度を遅くするなどの対応が必要であるとされている1).インフリキシマブをいつ中止すべきかという問題に対する明確な解答は現時点ではない.種々の理由でインフリキシマブを中止した後にも,眼炎症発作が長期にわたり抑制されているとの報告もあり10),このことはインフリキシマブを中止できる可能性があることを示唆している.今回の筆者らの症例は,インフリキシマブ導入前発作回数も2回と少なく,また導入後も一度も発作が起きることはなかった.今回は反復する投与時反応のため,投与を中止せざるをえない状態となったが,このような安定した症例ではインフリキシマブの中止は可能なのかもしれない.しかし,投与間隔を延ばすと眼発作を起こす例も報告されており11),投与中止は慎重に行う必要がある.また,インフリキシマブは副腎皮質ステロイド薬のように減量しながら中止することにより,インフリキシマブに対する自己抗体の産生を促すという報告もあり12),中止の仕方に関しても今後さらなる検討が必要と考えられる.投与時反応は2.4年間の間隔をおいて再投与した場合に,より重篤な反応が起こりやすいとされており13),投与の再開は慎重に行うべきであると考えられた.中止後の再燃があった場合にインフリキシマブ投与の再開が可能か否か,また別の薬剤に変更するのかについては今後の課題である.III結語本症例では,インフリキシマブ導入時期がBehcet病と診断されてから5カ月と比較的早く,導入前発作回数も2回と少なく,また導入後も一度も発作が起きることはなかった.1704あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012このような安定した症例ではインフリキシマブが中止可能であることが示唆された.本稿の要旨は第45回日本眼炎症学会で発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大野重昭,蕪城俊克,北市伸義ほか:ベーチェット病眼病変診療ガイドライン.日眼会誌116:394-426,20122)NakamuraS,YamakawaT,SugitaMetal:Theroleoftumornecrosisfactor-aintheinductionofexperimentalautoimmuneuveoretinitisinmice.InvestOphthalmolVisSci35:3884-3889,19943)中村聡:ぶどう膜炎の細胞生物学.日眼会誌101:975986,19974)中村聡,杉田美由紀,田中俊一ほか:ベーチェット病患者における末梢血単球のinvitrotumornecrosisfactor-alpha産生能.日眼会誌96:1282-1285,19925)ElliottMJ,MainiRN,FeldmannMetal:Repeatedtherapywithmonoclonalantibodytotumornecrosisfactora(cA2)inpatientswithrheumatoidarthritis.Lancet344:1125-1127,19946)MainiR,StClairEW,BreedveldFetal:Infliximab(chimericanti-tumornecrosisfactoramonoclonalantibody)versusplaceboinrheumatoidarthritispatientsreceivingconcomitantmethotrexate:arandomizedphaseIIItrial.Lancet354:1932-1939,19997)HanauerSB,FeaganBG,LichtensteinGRetal:MaintenanceinfliximabforCrohn’sdisease:theACCENTⅠrandomizedtrial.Lancet359:1541-1549,20028)OhnoS,NakamuraS,HoriSetal:Efficacy,safety,andpharmacokineticsofmultipleadministrationofinfliximabinBehcet’sdiseasewithrefractoryuveoretinitis.JRheumatol31:1362-1368,20049)KaburakiT,ArakiF,TakamotoMetal:Best-correctedvisualacuityandfrequencyofocularattacksdurintheinitial10yearsinpatientswithBehcet’sdisease.GraefesArchClinExpOphthalmol248:709-714,201010)田中宏幸,杉田直,山田由季子ほか:Behcet病に伴う難治性網膜ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ治療の有効性と安全性.日眼会誌114:87-95,200011)TakamotoM,KaburakiT,NumagaJetal:Long-terminfliximabtreatmentforBehcet’sdisease.JpnJOphthalmol51:239-240,200712)MainiRN,BreedveldFC,KaldenJRetal:Therapeuticefficacyofmultipleintravenousinfusionsofanti-tumornecrosisfactoramonoclonalantibodycombinedwithlow-doseweeklymethotrexateinrheumatoidarthritis.ArthritisRheum41:1552-1563,199813)竹内勤,天野宏一:新しい治療法の考え方:生物製剤の現状と展望.日内会誌89:2146-2153,2000(114)

全周照射による選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の術後6カ月の治療成績

2012年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(12):1697.1700,2012c全周照射による選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の術後6カ月の治療成績榎本暢子安樂礼子高木誠二富田剛司東邦大学医療センター大橋病院眼科ClinicalResultof360-DegreeSelectiveLaserTrabeculoplastyat6MonthsPost-TreatmentNobukoEnomoto,AyakoAnraku,SeijiTakagiandGoujiTomitaDepartmentofOphthalmology,OhashiMedicalCenter,TohoUniversity全周照射による選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の術後成績を後ろ向きに検討した.同一術者によって初めてSLTを施行され,6カ月以上経過観察できた34眼で,原発開放隅角緑内障18眼,正常眼圧緑内障13眼,落屑緑内障3眼を対象とした.平均眼圧±標準偏差(mmHg)は術前,術後1,3,6カ月でそれぞれ18.8±4.1,15.2±4.5,15.3±3.0,15.9±3.3であり,有意に下降した.術1カ月以降に2回連続で下降率が20%未満になった症例を無効群(17眼),その他を有効群(17眼)と定義し,2群間で症例背景についてロジスティック回帰分析を行ったところ,術前眼圧は高いほうが有意に有効(p=0.016,オッズ比1.565)であり,近視が強くなると効果が低い傾向(p=0.052,オッズ比=0.742)を認めた.以上,症例を選択すれば6カ月で半数程度の有効率を得ることができると考えられた.Aretrospectivestudyafter360-degreeselectivelasertrabeculoplasty(SLT)wasconductedin34glaucomapatients(34eyes)whounderwentinitialsurgerybythesameoperatorandwerefollowedupforatleast6months.Thetypesofglaucomaincludedwasprimaryopenangleglaucoma(POAG)in18eyes,normaltensionglaucoma(NTG)in13eyesandpseudoexfoliativeglaucomain3eyes.Thepatientgroupthatshowedlessthan20%intraocularpressure(IOP)reductionfromtheirbaselineattwoconsecutiveexaminationsaftersurgerywasdefinedas“Ineffective.”Thegroupofremainingpatientswasdefinedas“Effective.”MultivativelogisticregressionanalysisshowedthatpreoperationalIOPwasasignificantpredictivefactorforIOPreduction(p=0.016,oddsratio=1.565)andthatmyopiaremainedafactortrendingtowardunfavorableoutcomes(p=0.052,oddsratio=0.742).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1697.1700,2012〕Keywords:選択的レーザー線維柱帯形成術,全周照射,開放隅角緑内障,眼圧,成功予測因子.selectivelasertrabeculoplasty,360-degreeSLT,openangleglaucoma,intraocularpressure,predictivefactorofsuccess.はじめに選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabeculoplasty:SLT)は線維柱帯構造に影響を与えることなく,反復照射が可能で比較的安全性が高い,眼圧(intraocularpressure:IOP)下降治療として知られている1,2).SLTは初期治療あるいは薬物療法にてコントロール不良な例にも効果があることが示されており,続発緑内障,閉塞隅角緑内障などを除いた線維柱帯が良好にみえる症例であれば照射可能である.しかしその効果判定は,成功あるいは不成功の定義が異なること,また対象人数,対象期間,年齢,性別,病型,術前IOPなど,背景因子が異なること,さらに照射範囲も90°,半周あるいは全周と照射範囲が異なることにより比較がむずかしい.現在のところ多くは半周照射であるが,全周照射のほうがより眼圧下降効果が高い報告3.7)や眼圧変動幅を減らす報告があり8),全周照射の報告も増えてきている.今回筆者らは,最大耐用薬物療法を行っているにもかかわらず,目標眼圧に届かない症例に対し全周照射SLTを施行し,術後6カ月の治療成績と術前背景,成功予測因子についてレトロスペクティブに検討したので報告する.〔別刷請求先〕榎本暢子:〒153-8515東京都目黒区大橋2-17-6東邦大学医療センター大橋病院眼科Reprintrequests:NobukoEnomoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OhashiMedicalCenter,TohoUniversity,2-17-6Ohashi,Meguro-ku,Tokyo153-8515,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(107)1697 I対象および方法2009年6月から2010年12月までに当院にて同一術者によって初めてSLTを施行された38例38眼のうち,アルゴンレーザー線維柱帯形成術(ALT)の既往のあるものは除外し,かつ6カ月以上経過観察ができた34例34眼を対象とした.SLT施行には,ルミナス社製セレクタIIRを使用し,照射条件は0.7mJより開始し,気泡が生じる最小エネルギーとし,隅角鏡(OcularRLATINASLTGONIOLASERLENS)を用いて隅角全周に照射を行った.SLT照射前後に1%アプラクロニジン(アイオピジンR)を点眼し,術後は消炎目的で0.1%フルオロメトロン(フルメトロンR)点眼1日4回を1週間使用した.術前の抗緑内障薬はそのまま継続した.IOPは術前と術後1,3,6カ月でGoldmann圧平眼圧計にて測定し,術前と術後それぞれの時点での平均IOPをOne-WayRepeated-MeasuresANOVAで検討した.さらに,術1カ月以降に2回連続で下降率が20%未満になった症例を無効群,その他を有効群と定義し,2群間で症例背景について比較検討を行った.症例背景因子として,年齢,性表1症例背景性別(眼数)男性19女性15年齢(歳)61.8±13.6(平均値±標準偏差)病型(眼数)原発開放隅角緑内障18正常眼圧緑内障13落屑緑内障3等価球面値.4.2±3.5D手術既往(眼数)9白内障手術(眼数)6線維柱帯切除術(眼数)2線維柱帯切除・白内障手術(眼数)1点眼内服数(剤)3.2±0.1総エネルギー量(mJ)89.8±16.3術前IOP(mmHg)18.8±4.12120*:p<0.0011918.8±4.115.9±3.31715.2±4.5**眼圧(mmHg)18別,屈折,手術既往歴,点眼内服数,総エネルギー量,術前IOPを選択した.炭酸脱水酵素阻害薬を内服している場合は点眼薬と同様1剤として加えた.年齢,屈折,点眼内服数,15.3±3.016総エネルギー量,術前IOPについてはMann-WhitneyU15*test,性別,手術既往歴についてはc2testにて解析を行った後,さらにロジスティック回帰分析を行い,有効予測因子を検討した.統計解析ソフトはIBMSPSSStatisticsversion19を使用し,有意水準p<0.05を有意とした.II結果患者背景を表1に示す.対象となった34眼は,男性19眼,女性15眼で,平均年齢61.8±13.6歳(平均値±標準偏差,以下同様).病型は原発開放隅角緑内障18眼,正常眼圧緑内障13眼,落屑緑内障3眼で,屈折値は等価球面値で.4.2±3.5D,手術既往は9眼(白内障手術6眼,線維柱帯切除術2眼,線維柱帯切除・白内障同時手術1眼)で,点眼内服数は3.2±0.1剤,総エネルギー量は89.8±16.3mJ,術前IOP18.8±4.1mmHgであった.IOPは術後1カ月で15.2±4.5mmHg(p<0.001),3カ月で15.3±3.0mmHg(p<0.001),6カ月で15.9±3.3mmHg(p<0.001)となり,術後どの時点でも有意に眼圧の低下を認めた(図1).眼圧下降率は術後1カ月19.3±12.2%,3カ月17.3±11.5%,6カ月14.4±9.2%で差は認めなかった.術前よりIOPが20%以上下降した症例は術後1カ月で18眼(52.9%),3カ月で13眼(38.2%),6カ月で12眼(35.3%)であった.1698あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121413術前1カ月3カ月6カ月術後観察期間(月)図1術前後の眼圧経過表2有効群と無効群の単変量解析結果有効群17眼無効群17眼性別(男/女)13/46/11p=0.016*年齢(歳)59.4±14.964.1±12.1p=0.772**屈折(D).4.9±3.8.3.5±3.2p=0.597**手術既往歴(眼数)(有/無)4/135/12p=0.050*点眼内服数(剤)3.2±1.03.3±1.0p=0.484**総エネルギー量(mJ)95.3±18.384.3±12.4p=0.036**術前IOP(mmHg)20.5±4.917.1±2.0p=0.005***:c2test,**:Mann-WhitneyUtest.また,定義に従い対象を2群に分けると,有効群は17眼(50%),無効群は17眼(50%)で,両群間の症例背景において単変量解析を行ったところ,男性は女性より有意に有効群の割合が高く(p=0.016),総エネルギー量(p=0.036)および,術前IOP(p=0.005)は有効群で有意に高かった(表2).ロジスティック回帰分析では術前IOPが高いほうが有(108) 表3ロジスティック回帰結果オッズ比(OR)95%信頼区間(CI)p値術前IOP(1mmHg当たり)1.5651.087.2.2540.016屈折0.7420.549.1.0020.052意に有効であり(p=0.016,オッズ比1.565,95%信頼区間1.087.2.254),また屈折で近視が強くなると効果が低い傾向を認めた(p=0.052,オッズ比0.742,95%信頼区間0.549.1.002)(表3).III考按眼圧下降は術後1,3,6カ月のどの時点でも有意に認められた.眼圧下降率は術後1,3,6カ月で差は認めなかった.今回の結果は過去に報告された最大耐用薬剤使用下での全周照射における1.6カ月の結果とほぼ同等であった9,10).無効群と有効群,両群間の単変量解析では,年齢,屈折,手術既往歴,点眼内服数で有意な差を認めなかった.性別では男性で有効(p=0.016,c2test),総エネルギー量では有効群でエネルギー量が高かった(p=0.036,Mann-WhitneyUtest)が,ロジスティック回帰分析ではどちらも有意な因子と認められなかった.性別に関してALTではロジスティック回帰分析にて男性の有効因子が指摘されている11,12).SLTでは今回と同様に男性の割合が多い報告もある13,14)が,多くの報告で有意な差を認めず7,15.17),明らかな有効因子とは考えにくい.総エネルギー量に関して過去の報告では,総エネルギー量とSLT成功率や眼圧下降率の相関については,半周照射3,7,14,16,18)においても全周照射3,7)においても有意な相関を認めない報告が多く,SLTの最適照射条件についてはさらに検討が必要であると考える.術前IOPは単変量解析,ロジスティック回帰分析でも有意であり,独立した有効因子と考えられる(p=0.016,オッズ比1.565,95%信頼区間1.087.2.254).これは,Martowら13)やHodgeら16),Maoら14)の過去の報告と一致する.緑内障薬使用下にてMartowらは6カ月後の成績で術前IOPに対しオッズ比1.03(95%信頼区間1.16.1.46),Hodgeらは1年後の成績で術前IOPのオッズ比1.58(95%信頼区間1.2.2.1)と報告した.Maoらの症例には初回治療も含まれるが,オッズ比1.3(95%信頼区間1.2.1.4)であった.一方で,術前IOPが多変量解析にて有意な相関を認めなかった報告もある10,19)が,緑内障薬投与下でも対象となる術前眼圧に差があり,観察期間や対象人数,成功定義が異なること,またSongら20)は低い術前眼圧での症例であり,低い術前眼圧では眼圧下降効果の減少と関連する可能性があることから,このような相違を生じていると推測される.しかし,高(109)い術前IOPが成功率や下降率と正の相関を認める報告も多く3,16,17,20,21),術前IOPが高いことがSLT成功の一つの重要な因子であることは一致している.大規模な多施設研究であるSLT/MedStudy22)では緑内障の初期治療において,SLT全周照射群とラタノプロスト使用群をプロスペクティブに比較を行っているが,1年後の報告ではほぼ同等の治療結果となっている.緑内障薬を投与されている症例の術前眼圧は,治療される前よりある程度低くコントロールされており,SLT施行のタイミングが重要である可能性が指摘されていること13,19)を考慮しても,今後はこのタイミングについて検討する必要がある.今回,屈折についても術前背景に加え検討を行った.単変量解析では有意な差はなかったものの,ロジスティック回帰分析では屈折が小さいほど影響する傾向を認めた(p=0.052,オッズ比0.742,95%信頼区間1.087.2.254).これまでのSLTの報告で,予測因子に屈折の可能性について指摘した報告はほとんどない.今回の結果から,近視が強くなると効果が低くなる可能性があることが示唆された.ALTでは,屈折の影響についての報告があり24.26),高度近視群はやや効果が減弱するが,有意差は認められなかったと報告している.隅角構造の形態変化が屈折異常や年齢と関連があると考えられるため27),今後症例数を増やし検討する必要があると考えられる.結論として,今回筆者らは最大耐用薬剤投与下でのSLTの全周照射を行い有意に眼圧下降を得た.また,最も影響を及ぼす成功予測因子は高い術前眼圧であり,さらに屈折が小さいことも影響する可能性を認めた.点眼治療が第一選択となっている緑内障治療において,薬剤投与下でも術前IOPや屈折を考慮して症例を選択すれば,6カ月で半数程度の有効率を得ることができると考えた.本稿の要旨は第22回日本緑内障学会(2011)において発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LatinaMA,ParkC:Selectivetargetingoflasermeshworkcells:invitrostudiesofpulseandCWlaserinteraction.ExpEyeRes60:359-371,19952)HongBK,WinerJC,MartoneJFetal:Repeatselectivelasertrabeculoplasty.JGlaucoma18:180-183,20093)ShibataH,SugiyamaT,IshidaOetal:Clinicalresultsofselectivelasertrabeculoplastyinopen-angleglaucomainJapaneseeyes:Comparisonof180degreewith360degreeSLT.JGlaucoma21:17-21,20124)GoyalS,Beltran-AgulloL,RashidSetal:Effectofpriあたらしい眼科Vol.29,No.12,20121699 maryselectivelasertrabeculoplastyontonographicoutflowfacility:arandomizedclinicaltrial.BrJOphthalmol94:1443-1447,20105)森藤寛子,狩野廉,桑山泰明ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の照射範囲による治療成績の違い.眼臨紀1:573-577,20086)菅野誠,永沢倫,鈴木理郎ほか:照射範囲の違いによる選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.臨眼61:1033-1037,20077)NagarM,OgunyomadeA,O’BrartDPSetal:Arandomised,prospectivestudycomparingselectivelasertrabeculoplastywithlatanoplastoforthecontrolofintraocularpressureinocularhypertensionandopenangleglaucoma.BrJOphthalmol89:1413-1417,20058)PrasadN,MurthyS,DagianisJJetal:Acomparisonoftheintervisitintraocularpressurefluctuationafter180and360degreesofselectivelasertrabeculoplasty(SLT)asaprimarytherapyinopenangleglaucomaandocularhypertension.JGlaucoma18:157-160,20099)松葉卓郎,豊田恵理子,大浦淳史ほか:全周照射による選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.眼科手術22:401-405,200910)菅原道孝,井上賢治,若倉雅登ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科27:835-838,201011)安達京,白土城照,蕪木俊克ほか:アルゴンレーザートラベクロプラスティー10年の成績.日眼会誌98:374378,199412)TakenakaY,YamamotoT,ShiratoSetal:FactorsaffectingsuccessandIOPriseafterargonlasertrabeculoplasty.JpnJOphthalmol31:475-482,198713)MartowE,HuntnikCM,MaoAetal:SLTandadjunctivalmedicaltherapy:Apredictionruleanalysis.JGlaucoma20:266-270,201114)MaoAJ,PanXJ,McIlraithIetal:Developmentofpredictionruletoestimatetheprobabilityofacceptableintraocularpressurereductionafterselectivelasertrabeculoplastyinopenangleglaucomaandocularhypertension.JGlaucoma17:449-454,200815)AyalaM,ChenE:Predictivefactorsofsuccessinselectivelasertrabeculoplasty(SLT)treatment.ClinOphthalmol5:573-576,201116)HodgeWG,DamijiKF,RockWetal:BaselineIOPpredictsselectivelasertrabeculoplastysuccessat1yearpost-treatment:resultfromarandomizedclinicaltrial.BrJOphthalmol89:1157-1160,200517)JohnsonPB,KatzLJ,RheeDJ:Selectivelasertrabeculoplasty:predictivevalueofearlyintraocularpressuremeasurementsforsuccessat3months.BrJOphthalmol90:741-743,200618)GeorgeMK,EmersonJW,CheemaSAetal:Evaluationofamodifiedprotocolforselectivelasertrabeculoplasty.JGlaucoma17:197-202,200819)斉藤代志明,東出朋巳,杉山和久:原発開放隅角緑内障症例への選択的レーザー線維柱帯形成術の追加治療成績.日眼会誌111:953-958,200720)SongJ,LeeP,EpsteinDetal:Highfailurerateassociatedwith180°selectivelasertrabeculoplasty.JGlaucoma14:400-408,200521)KouchekiB,HashemiH:Selectivelasertrabeculoplastyinthetreatmentofopen-angleglaucoma.JGlaucoma21:65-70,201222)KatzLJ,SteinmannW,KabirAetal:Selectivelasertrabeculoplastyversusmedicaltherapyasinitialtreatmentofglaucoma:aprospective,randomizedtrial.SLT/MedStudyGroup.JGlaucoma21:460-468,201223)McIlraithI,StrasfeldM,ColevGetal:Selectivelasertrabeculoplastyasinitialandadjunctivetreatmentforopen-angleglaucoma.JGlaucoma15:124-130,200624)TraversoCE,RolandoM,CalabriaGetal:Eyeparametersinfluencingtheresultsofargonlasertrabeculoplastyinprimaryopen-angleglaucoma.Ophthalmologica(Basel)194:174-180,198725)TraversoCE,FellmanRL,SpaethGLetal:Factorsaffectingtheresultsofargonlasertrabeculoplastyinopen-angleglaucoma.OphthalmicSurg17:554-559,198626)PennebakerGE,StewartWetal:Responsofargonlasertrabeculoplastywithvaryinganteriorchamberanatomy.OphthalmicSurg22:301-302,198627)FontanaST,BrubakerRF:Volumeanddepthofanteriorchamberinthenormalaginghumaneye.ArchOphthalmol98:1803-1808,1980***1700あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(110)

正常眼圧緑内障におけるビマトプロストの眼圧日内変動に及ぼす効果

2012年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(12):1693.1696,2012c正常眼圧緑内障におけるビマトプロストの眼圧日内変動に及ぼす効果中元兼二*1,2里誠*2小川俊平*3安田典子*4*1日本医科大学眼科学教室*2東京警察病院眼科*3東京慈恵会医科大学眼科学教室*4昭和大学医学部眼科学教室EffectsofBimatoproston24-HourVariationofIntraocularPressureinNormalTensionGlaucomaKenjiNakamoto1,2),MakotoSato2),ShumpeiOgawa3)andNorikoYasuda4)1)DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TokyoJikeiUniversitySchoolofMedicine,4)DepartmentofOphthalmology,ShowaUniversitySchoolofMedicineビマトプロストの正常眼圧緑内障(NTG)における眼圧日内変動に及ぼす効果について検討した.NTG14例14眼にビマトプロスト0.03%を8週間点眼し,治療前後の眼圧日内変動を比較した.眼圧は,同一医師がGoldmann圧平眼圧計にて座位で測定した.ビマトプロスト治療後,眼圧はすべての時刻で有意に下降した(p<0.01).1日平均眼圧,最高眼圧および最低眼圧も治療後有意に下降した(p<0.0001).1日平均眼圧下降値は2.6±0.9mmHgであった(p<0.0001).眼圧変動幅も治療後有意に縮小した(p<0.01).治療後の結膜充血は,14眼中11眼(79%)でgrade0(充血なし)または1(軽度)であった.ビマトプロストは,NTGにおいて24時間を通して眼圧を有意に下降させることから,NTGの治療に有用な薬剤である.Weevaluatedtheeffectsofbimatoproston24-hourvariationinintraocularpressure(IOP)inpatientswithnormaltensionglaucoma(NTG).In14patientswithNTGwhoweretreatedwithbimatoprost0.03%solutionfor≧8weeks,pretreatment24-hourIOPvariationswerecomparedwiththosemeasuredposttreatment.IOPdatawereobtainedinthesittingpositionbythesamephysician,usingaGoldmannapplanationtonometer.TheIOPdecreasedsignificantlyatalltimepoints(p<0.01);24-hourmeanIOP,maximumIOP,minimumIOPand24-hourIOPfluctuationweresignificantlyreducedaftertreatment(p<0.01).The24-hourmeanIOPreductionwas2.6±0.9mmHg(p<0.0001).Eyeswithnoormild(grade0or1)conjunctivalhyperemiaaftertreatmentcomprised79%(11of14eyes).Bimatoprostsignificantlydecreases24-hourIOPinNTGpatientsandisthereforeusefulinthetreatmentofNTG.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1693.1696,2012〕Keywords:ビマトプロスト,正常眼圧緑内障,眼圧日内変動,眼圧,結膜充血.bimatoprost,normaltensionglaucoma,24-hourIOPvariation,intraocularpressure,conjunctivalhyperemia.はじめにビマトプロストはプロスタマイド誘導体で1),ビマトプロスト0.03%はラタノプロスト0.005%と同等あるいはそれ以上の眼圧下降効果を有する可能性がある2,3).ビマトプロスト0.03%は,高眼圧症,原発開放隅角緑内障4,5)および正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)5)において24時間有意に眼圧を下降させることが報告されているが,日本人のNTGにおけるビマトプロストの眼圧日内変動への効果については明らかでない.そこで,今回日本人のNTGにおけるビマトプロストの眼圧日内変動に及ぼす効果を検討した.I対象および方法対象は,外来診察でNTGが疑われ,本試験の初回の眼圧〔別刷請求先〕中元兼二:〒113-8603東京都文京区千駄木1-1-5日本医科大学眼科学教室Reprintrequests:KenjiNakamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,1-1-5Sendagi,Bunkyo-ku,Tokyo113-8603,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(103)1693 日内変動測定で診断が確定したNTG14例である.内訳は18*:p<0.01:無治療男性3例・女性11例,年齢56.0±12.8(平均値±標準偏差)(39.77)歳である.NTGの診断基準は,眼圧日内変動を含16********************:p<0.001***:p<0.0001Mean±SE:治療8週後めた無治療時の眼圧がいずれも21mmHg以下であること,正常開放隅角であること,緑内障性視神経乳頭変化と対応する緑内障性視野変化があること,視神経乳頭の緑内障様変化をきたしうる他の疾患がないこととした.除外基準は,心・呼吸器系の疾患を有するもの,内眼部手術を受けたもの,重眼圧(mmHg)141210篤な角膜疾患・ぶどう膜炎の既往があるもの,視野がHumphrey自動視野計中心プログラム30-2のmeandeviationが.15dB未満のもの,眼圧に影響を与えうる薬剤を服用中のものである.なお,本試験は東京警察病院治験倫理審査委員会において承認されており,試験開始前に,患者に本試験の内容について十分に説明し文書で同意を得た.方法は,薬物治療開始前に緑内障治療薬使用中の症例は4週間以上の休薬期間をおき,入院で24時間眼圧を測定した.つぎに,ビマトプロスト0.03%点眼液(ルミガンR,千寿製薬)を1日1回夜(20.24時),両眼へ1滴点眼後5分以上涙.圧迫および眼瞼を閉瞼させた.ビマトプロスト単独治療8週後,再度入院で眼圧日内変動を測定した.治療後の入院では日常と同時刻にビマトプロストを点眼させ,点眼した時刻を申告させた.眼圧はGoldmann圧平眼圧計で治療前後8101316192213測定時刻(時)図1ビマトプロスト治療前後の眼圧日内変動(n=14)眼圧日内変動を治療前後で比較すると,眼圧はすべての時刻で有意に下降していた.1日平均眼圧最高眼圧最低眼圧25p<0.0001p<0.0001p<0.000120眼圧(mmHg)1510とも10,13,16,19,22,1,3および7時に同一医師が座位で測定し,各測定時刻の眼圧,1日平均眼圧(全測定時刻の眼圧の平均),最高眼圧,最低眼圧,眼圧変動幅(最高眼圧.最低眼圧)について治療前後を比較した.また,ビマトプロスト単独治療8週後の結膜充血の程度を,10時眼圧測定前に細隙灯顕微鏡検査で同一医師がgrade0(充血なし),1(軽度),2(中等度),3(重度)の4段階に分けて評価した.解析には,乱数表により無作為に1例1眼を採用した.統計解析にはpairedt-testを用い,有意水準p<0.05(両側検定)で検定した.II結果眼圧日内変動実施時期は,治療前2009年11月.2010年2月,治療後2010年1月.4月で,ビマトプロスト治療期間は平均59±3.6(平均値±標準偏差)(56.63)日であった.経過中,全例重篤な副作用はなく,中止・脱落したものはな50治療前後前後前後図2治療前後の1日平均眼圧,最高眼圧,最低眼圧(n=14)1日平均眼圧,最高眼圧および最低眼圧も治療後有意に下降した(p<0.0001).p<0.01n=146眼圧(mmHg)420かった.治療前後眼圧日内変動を治療前後で比較すると,眼圧はすべての時刻で有意に下降していた(図1).1日平均眼圧の平均値は,治療前(平均値±標準偏差)14.4±2.3mmHg,治療後11.8±2.0mmHgで,治療後2.6±0.9mmHg有意に下降していた(p<0.0001,図2).最高眼圧の平均値は治療前16.6±2.8mmHg,治療後13.5±2.2mmHg,1694あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012図3治療前後の眼圧変動幅眼圧変動幅も治療後有意に縮小した(p<0.01).最低眼圧の平均値は治療前12.2±2.4mmHg,治療後10.2±2.1mmHgで,いずれも治療後有意に下降していた(p<0.0001,図2).眼圧変動幅も治療前4.4±1.3mmHg,治療(104) 10時眼圧下降率表1結膜充血の程度(n=14)n=14Graden(%)302(14)19(64)223(21)30(0)細隙灯顕微鏡検査でgrade0(充血なし),1(軽度),2(中等度),3(重度)の4段階に分けて評価.治療後の結膜充血は,grade0.1が11眼(79%)で,重篤なものはなかった.1-0100≦10203040506010時眼圧下降率(%)1日平均眼圧下降率そこで,今回,筆者らはNTG患者にビマトプロストを8症例数(眼症例数(眼)64201日平均眼圧下降率(%)-100≦102030405060週以上点眼し,眼圧日内変動に及ぼす効果について検討したところ,眼圧は,24時間すべての測定時刻で有意に下降し,10時眼圧下降率21.1±10.7%で,1日平均眼圧下降率は18.2±5.5%であった.これは,以前筆者らが同様の方法で測定したラタノプロストの1日平均眼圧下降率14.5±11%あるいはゲル基剤チモロール0.5%の9.0±10.1%より良好である可能性が示唆された9).本報の結果を,同じくNTGを対象としたQuarantaらの報告6)と比較すると,10時眼圧下降値は,前者で3.5mmHg,後者で3.4mmHgであり,ほぼ同等の結果であった.一方,図410時眼圧下降率および1日平均眼圧下降率の分布10時眼圧下降率が30%以上であったものは3眼(21%),20%以上は8眼(57%)で,1日平均眼圧下降率が20%以上であったものは5眼(36%)であった.後3.2±0.9mmHgで,治療後有意に縮小していた(p<0.01,図3).10時眼圧下降率が30%以上であったのは3眼(21%),20%以上は8眼(57%),1日平均眼圧下降率が20%以上は5眼(36%)であった(図4).治療後の結膜充血の程度は,grade0.1が11眼(79%)で,重篤なものはなかった(表1).III考按NTGはわが国の緑内障で最も多い病型で7),眼圧下降治療が唯一エビデンスのある確実な治療法である8).治療の中心は薬物治療であるが,アドヒアランスも考慮すると,少ない点眼回数で24時間強力な眼圧下降効果を有する薬剤が緑内障治療薬として有利であることはいうまでもない.ビマトプロストは内因性の生理活性物質であるプロスタマイドF2aに類似の構造および作用を有するプロスタマイドF2a誘導体である1).24時間眼圧日内変動への影響については,原発開放隅角緑内障,高眼圧症4,5)およびNTG6)において終日有意な眼圧下降を有することが報告されているが,報告数は少なくわが国においてはまだ報告はない.(105)22時眼圧下降値は,前者は2.2mmHg,後者は1.8mmHgであり,本報のほうがわずかに大きい値であった.これは,無治療時眼圧,点眼時刻,人種などの違いによる影響が考えられる.また,今回の結果では,10時眼圧下降率が30%以上であったのは3眼(21%),20%以上は8眼(57%),1日平均眼圧下降率が20%以上は5眼(36%)であった.本報と同じくNTGを対象とした田邉らの報告11)によると,ビマトプロストの眼圧下降率の内訳は,治療3カ月後で眼圧下降率30%以上が全症例の18.5%,20%以上が37%であり,本報の結果のほうがいずれの眼圧下降率においても大きいという結果であった.これは,無治療時眼圧が田邉らの報告では14.9±2.6mmHgであったのに対して,本報の10時眼圧は16.1±2.5mmHgと高値であったことがおもな原因と考えられる.田邉らの報告における高眼圧群(無治療眼圧>15mmHg,17.3±1.1mmHg)では,30%以上が33.3%,20%以上が50%で,今回の結果と類似していた.また,眼圧測定時刻が異なることも結果の違いに影響している可能性がある.プロスタグランジン関連薬で高頻度にみられる眼局所副作用は結膜充血であり3,10),アドヒアランスへの影響が懸念される10).そこで,今回,ビマトプロスト単独治療8週後の結膜充血の程度を細隙灯顕微鏡検査で評価したが,約8割の症例がgrade0.1と軽い結膜充血に留まり,また,重篤例,中止・脱落例もなかった.ビマトプロストの強力な眼圧下降あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121695 効果も併せて考慮すると,ビマトプロストはNTGにおける第一選択薬としても十分に使用可能な薬剤といえる.ただし,本試験は14例と少人数での評価であり,多数例を評価した井上らの報告12)によると,点眼1カ月後で結膜充血による中止例が7%にみられている.また,ビマトプロストは,結膜充血や上眼瞼溝深化などの眼局所副作用が他のプロスタグランジン関連薬より強い可能性が指摘されている3,13).そのため,本試験は,特に副作用に関して十分な説明を行い,同意を得て行われた.実際の臨床の場においても,ビマトプロスト使用にあたっては特に副作用について十分な説明をしておく必要があると考える.文献1)WoodwardDF,KraussAHP,ChenJetal:Thepharmacologyofbimatoprost(Lumigan).SurvOphthalmol45(Suppl4):S337-345,20012)北澤克明,米虫節夫:ビマトプロスト点眼剤の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とする0.005%ラタノプロスト点眼剤との無作為化単盲検群間比較試験.あたらしい眼科27:401-410,20103)AptelF,CucheratM,DenisP:Efficacyandtolerabilityofprostaglandinanalogs:ameta-analysisofrandomizedcontrolledclinicaltrials.JGlaucoma17:667-673,20084)YildirimN,SahinA,GultekinS:Theeffectoflatanoprost,bimatoprost,andtravoprostoncircadianvariationofintraocularpressureinpatientswithopen-angleglaucoma.JGlaucoma17:36-39,20085)OrzalesiN,RossettiL,BottoliAetal:Comparisonoftheeffectsoflatanoprost,travoprost,andbimatoprostoncircadianintraocularpressureinpatientswithglaucomaorocularhypertension.Ophthalmology113:239-246,20066)QuarantaL,PizzolanteT,RivaIetal:Twenty-four-hourintraocularpressureandbloodpressurelevelswithbimatoprostversuslatanoprostinpatientswithnormal-tensionglaucoma.BrJOphthalmol92:1227-1231,20087)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal;TajimiStudyGroup,JapanGlaucomaSociety:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20048)CollaborativeNormal-tensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressures.AmJOphthalmol126:487-497,19989)中元兼二,安田典子,南野麻美ほか:正常眼圧緑内障の眼圧日内変動におけるラタノプロストとゲル基剤チモロールの効果比較.日眼会誌108:401-407,200410)HonrubiaF,Garcia-SanchezJ,PoloVetal:Conjunctivalhyperaemiawiththeuseoflatanoprostversusotherprostaglandinanaloguesinpatientswithocularhypertensionorglaucoma:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.BrJOphthalmol93:316-321,200911)田邉祐資,菅野誠,山下英俊:正常眼圧緑内障に対するトラボプロスト,タフルプロスト,ビマトプロストの眼圧下降効果の検討.あたらしい眼科29:1131-1135,201212)井上賢治,長島佐知子,塩川美菜子ほか:ビマトプロスト点眼薬の球結膜充血.眼臨紀4:1159-1163,201113)AiharaM,ShiratoS,SakataR:Incidenceofdeepeningoftheuppereyelidsulcusafterswitchingfromlatanoprosttobimatoprost.JpnJOphthalmol55:600-604,2011***1696あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(106)

眼科手術時に発見された前房内睫毛迷入の1例

2012年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(12):1689.1691,2012c眼科手術時に発見された前房内睫毛迷入の1例岩田進高山圭播本幸三竹内大防衛医科大学校眼科学教室ACaseofIntraocularCiliaFoundduringOcularSurgerySusumuIwata,KeiTakayama,KozoHarimotoandMasaruTakeuchiDepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege目的:自覚症状,眼外傷や眼科手術の既往がなく,眼科手術の際に発見された前房内睫毛迷入の1例を経験したので報告する.症例:59歳,男性,原因不明の左眼硝子体出血にて当科紹介となる.初診時,左眼の矯正視力0.01,眼圧16mmHgであった.既往として糖尿病網膜症および糖尿病性腎不全があったが,眼外傷や眼手術の既往はなかった.左眼に対する超音波乳化吸引術および硝子体切除術が予定され,球後麻酔後の手術開始時,11時の周辺角膜裏面に線状の前房内異物を認め,2時に作製した角膜創より鑷子にて摘出した.手術は予定どおり終了し,顕微鏡所見から前房内異物は軽度脱色を伴った睫毛と同定された.術中術後,前房内睫毛の迷入を示唆する創痕は認められず,睫毛による異物反応は術前よりみられなかった.術後炎症は速やかに消退し,術後1週間で左眼矯正視力は1.5に回復し,その後の経過も良好であった.結論:睫毛は創痕を残すことなく前房内に迷入する可能性が示唆された.Purpose:Toreportacaseofintraocularciliamigrationintotheanteriorchamberwithnohistoryofocularinjuryorsurgery.Casereport:A59-year-oldmalewasreferredtoourhospitalbecauseofvitreoushemorrhageinhislefteye.Visualacuityoftheeyewas0.01;ocularpressurewas16mmHg.Phacoemulsificationandvitrectomywereperformed.Afterretrobulbaranesthesia,anintraocularforeignbodywasobservedintheanteriorchamber.Theforeignbodywasextractedusingmicroforcepsandwasidentifiedasciliaviamicroscopy.Nowoundtraceswerenotidentifiedontheocularsurface.Intraocularinflammationwasnotobservedbeforetheoperation,andtheclinicalcoursewasfavorable.Conclusion:Itissuggestedthatciliamaymigrateintotheanteriorchamberwithoutawoundtraceremaining.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1689.1691,2012〕Keywords:眼内異物,睫毛,前房内睫毛迷入.intraocularforeignbody,cilium,intraocularciliummigration.はじめに前房内異物として過去の報告では鉄などの金属異物やガラスなどが多く1),前房内に睫毛が迷入した症例の報告2.4)はあるがまれである.前房内異物の機序としては,角膜穿孔2)や眼球破裂などの外傷3,4)に伴うものや,白内障などの手術操作時5,6)に伴うものが多い.睫毛が眼内に迷入した際,硝子体内に到達したものは裂孔原性網膜.離の原因7)となり,前房内においては遅発性のぶどう膜炎8)や.胞3)を生じた報告があるが,長期間放置しても炎症反応をきたさず経過した症例9)や,自覚症状もなく50年以上も経過したと思われる症例10)も報告されている.今回,自覚症状,眼科手術や外傷の既往がなく,硝子体手術の際に発見された前房内睫毛迷入の1例を経験したので報告する.I症例59歳,男性.2週間前から左眼の視力低下を自覚し,近医受診.硝子体出血の診断にて当科紹介となる.初診時,矯正視力は右眼1.5,左眼0.01,眼圧は右眼15mmHg,左眼16mmHg,前眼部に外傷の既往や手術既往を疑わせる創口はみられなかった.中間透光体には軽度白内障を認めたが前房内に浸潤細胞はみられなかった.右眼眼底は糖尿病網膜症所見を呈し汎網膜光凝固施行後であった.左眼は硝子体出血のため眼底は透見不能であった.水晶体再建術および硝子体手術を予定した.球後麻酔後手術開始時に,11時の周辺角〔別刷請求先〕岩田進:〒359-8513所沢市並木3-2防衛医科大学校眼科学教室Reprintrequests:SusumuIwata,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,3-2Namiki,TokorozawaCity,Saitama359-8513,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(99)1689 図1術直前時の前眼部所見術施行直前に前房内に異物が浮遊しているのを認め(矢印),鑷子で除去した.異物は睫毛であった.図2術中眼底所見術中の眼底に網膜静脈分枝閉塞症の所見が認められたため,網膜静脈分枝閉塞症に伴う硝子体出血と診断した.膜裏面に線状の前房内異物が認められたため(図1),2時の角膜輪部に1mm幅の創口を作製し,マイクロ鑷子にて摘出した.その後,超音波乳化吸引術,硝子体手術を施行し,術中の眼底所見から硝子体出血の原因は糖尿病網膜症に合併した網膜静脈分枝閉塞症と考えられた(図2).異物が眼内に迷入した創痕は術中,術後確認できず,顕微鏡所見から異物は睫毛と判明した(図3A).睫毛は脱色され表皮層が部分的に欠損し,皮質の連続性が障害されていた(図3B).術前から左眼に前眼部炎症所見はなく,眼表面に創痕が認められなかったことから前房内迷入後,長期間経過していたことが予想された.1週間で左眼の矯正視力は1.5に回復し,その後の経過も良好であった.1690あたらしい眼科Vol.29,No.12,201225μmAB図3病理所見術中得られた検体は,脱色された睫毛であった(A).正常の睫毛と比較して,組織学的変化として部分的に表皮層が欠損し,皮質の連続的な細胞膜の損失が生じた.睫毛周囲の異物反応は認めなかった(B).II考按睫毛が前房内に迷入した報告はまれであり,機序として外傷性2.4)や手術操作に伴うもの5,6)が報告されているが,侵入経路が不明な報告も海外で1例11),わが国においてはアレルギー性結膜炎の患者で1例報告8)されている.本症例は,既往としてアレルギー性結膜炎はなく,.痒感を生じるような疾患の既往もなかった.よって,海外の報告と同じく,前房内への迷入原因,経路はまったく不明である.前房内異物により惹起される前眼部炎症に関しては,遅発性ぶどう膜炎を発症8)した症例や.胞を形成したとの報告3)もあるが,長期間無症状で経過し,最大50年以上経過10)していたと考えられた報告もある.今回の症例においても,迷入した時期は不明であるが,自覚症状はなく,炎症や.胞形成も認めなかった.硝子体出血による視力障害がなければ手術は施されず,(100) 放置されていたと考えられる.炎症のない眼の前房内に投与された抗原に対しては,細胞性免疫能および補体結合抗体の産生が抑制され,この特異な免疫反応は,前房関連免疫偏位(anteriorchamber-associatedimmunedeviation:ACAID)として知られている12).このような基礎医学研究の知見もあり,前房内異物に関しては炎症や自覚症状がなければ経過観察でよいとする意見がある.前房に迷入した睫毛は,時間経過とともに表皮層が部分的に欠損し,皮質の連続性が障害されるが,睫毛の構造自体に変化はないことが報告9)されている.今回の検体は,過去の報告と同様に,部分的に表皮層が欠損し,皮質細胞膜の連続性が障害されていた.眼表面に創痕がみられなかったことからも,前房内に迷入した期間は短期間ではなく長期間であったと考えられる.術前,前房内睫毛迷入が細隙灯顕微鏡検査にて観察されなかった原因としては,眼表面に異常がみられなかったこと,および座位での診察のため下方隅角に位置していたためと考えられる.術後に隅角検査を行ったが,特記すべき異常は認められなかった.本症例は,手術時の体位変換により発見されたが,このようなことから,創痕を残さず前眼部炎症をきたさない前房内異物は,自覚症状を呈することもないため,その大きさによっては細隙灯顕微鏡では観察されえない隅角に位置し,日常の眼科診療では見逃される可能性が示唆される.文献1)樋口暁子,喜多美穂里,有澤章子ほか:外傷性眼内異物の検討.眼臨96:60-62,20022)SnirM,KremerI:Eyelashcomplicationsintheanteriorchamber.AnnOphthalmol24:9-11,19923)KoseS,KayikciogluO,AkkinC:Coexistenceofintraoculareyelashesandanteriorchambercystafterpenetratingeyeinjury:acasepresentation.IntOphthalmol18:309311,19944)GopalL,BankerAS,SharmaTetal:Intraocularciliaassociatedwithperforatinginjury.IndianJOphthalmol48:33-36,20005)IslamN,DabbaghA:Inertintraoculareyelashforeignbodyfollowingphacoemulsificationcataractsurgery.ActaOphthalmolScand84:432-434,20066)RofailM,BrinerAM,LeeGA:Migratoryintraocularciliumfollowingphacoemulsification.ClinExperimentOphthalmol34:78-80,20067)TeoL,ChuahKL,TeoCHetal:Intraocularciliainretinaldetachment.AnnAcadMedShingapore40:477-479,20118)宮本直哉,舘奈保子,橋本義弘:前房内睫毛異物による眼内炎の1例.あたらしい眼科23:109-111,20069)HumayunM,delaCruzZ,MaguireAetal:Intraocularcilia.Reportofsixcasesof6weeks’to32years’duration.ArchOphthalmol111:1396-1401,199310)山上美情子,大島隆志,山上潔:50年以上経過していると思われる前房内睫毛異物の1例.眼紀41:2169-2174,199011)KertesPJ,Al-Ghamdi,AA,BrownsteinS:Anintraocularciliumofuncertainorigin.CanJOphthalmol39:279-281,200412)Stein-StreileinJ,StreileinJW:Anteriorchamberassociatedimmunedeviation(ACAID):regulation,biologicalrelevance,andimplicationsfortherapy.IntRevImmunol21:123-152,2002***(101)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121691

眼感染症由来Staphylococcus epidermidis が形成したIn Vitro バイオフィルムに対するトスフロキサシン点眼液の殺菌効果

2012年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(12):1681.1688,2012c眼感染症由来Staphylococcusepidermidisが形成したInVitroバイオフィルムに対するトスフロキサシン点眼液の殺菌効果井上幸次*1池田欣史*1藤原弘光*2高畑正裕*3高倉真理子*3*1鳥取大学医学部視覚病態学*2鳥取大学医学部附属病院検査部*3富山化学工業株式会社綜合研究所BactericidalActivityofTosufloxacinOphthalmicSolutionagainstInVitroBiofilmFormedbyStaphylococcusepidermidisIsolatedfromOcularInfectionYoshitsuguInoue1),YoshifumiIkeda1),HiromitsuFujiwara2),MasahiroTakahata3)andMarikoTakakura3)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)DivisionofClinicalLaboratory,ClinicalFacilities,TottoriUniversityHospital,3)ResearchLaboratories,ToyamaChemicalCo.,Ltd.目的:Staphylococcusepidermidisが形成したinvitroバイオフィルムに対する抗菌点眼薬の殺菌効果を検討する.対象および方法:鳥取大学医学部附属病院の眼感染症患者から分離されたS.epidermidisを用い,invitroバイオフィルムを作製し,市販点眼液の殺菌効果を検討した.トスフロキサシン,レボフロキサシン,セフメノキシムの各点眼液を最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)の10倍および30倍濃度(10MIC,30MIC)で24時間作用後の殺菌効果を,生菌数の変化,ならびに走査型電子顕微鏡(scanningelectronmicroscope:SEM)による観察で評価した.結果:バイオフィルムを形成したメチシリンおよびキノロン感受性S.epidermidis3株に対するキノロン系薬のトスフロキサシン点眼液10MICおよび30MIC作用時の殺菌効果はb-ラクタム系のセフメノキシム点眼液より有意に強かった.試験3株中2株におけるトスフロキサシン点眼液10MIC作用時の殺菌効果は同濃度のレボフロキサシン点眼液より有意に強かった.SEMによる形態観察においてもトスフロキサシン点眼液のバイオフィルム形成菌に対する強い殺菌効果が観察された.結論:トスフロキサシン点眼液はバイオフィルムを形成したメチシリンおよびキノロン感受性S.epidermidisによる眼感染症に対し,有用と考えられた.Purpose:TostudythebactericidaleffectofantibacterialophthalmicsolutiononinvitrobiofilmformedbyStaphylococcusepidermidis.MaterialsandMethods:Invitrobiofilmwasformedby3strainsofmethicillin-andquinolone-susceptibleS.epidermidis(quinolone-susceptibleMSSE)isolatedfrompatientswithocularinfectionatTottoriUniversityHospital.Bactericidalactivitiesoftosufloxacin(TFLX),levofloxacin(LVFX)andcefmenoxime(CMX)ophthalmicsolutionswereexaminedbycountingviablecellsafterexposureofS.epidermidisbiofilmtothoseagentsat10-and30-foldtherespectiveminimuminhibitoryconcentrations(MIC),andbyobservationunderascanningelectronmicroscope(SEM).Results:Afterexposureofthe3biofilm-formingstrainstotheophthalmicsolutionsat10-foldand30-foldMIC,thebactericidaleffectsoftheTFLXophthalmicsolutionsweresignificantlymorepotentthanthoseofCMXophthalmicsolution.In2ofthe3testedstrains,thebactericidaleffectoftheTFLXophthalmicsolutionat10-foldMICwasalsosignificantlystrongerthanthatofLVFXophthalmicsolution.ThepotentbactericidaleffectofTFLXophthalmicsolutionwasalsoobservedviaSEM.Conclusion:TFLXophthalmicsolutionisconsideredavaluabletherapeuticagentinthetreatmentofophthalmicinfectioncausedbybiofilm-formingquinolone-susceptibleMSSE.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1681.1688,2012〕Keywords:トスフロキサシン,点眼液,表皮ブドウ球菌,バイオフィルム,殺菌効果.tosufloxacin,ophthalmicsolution,Staphylococcusepidermidis,biofilm,bactericidaleffect.〔別刷請求先〕井上幸次:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:YoshitsuguInoue,M.D.,Ph.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishi-cho,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(91)1681 はじめに結膜炎や角膜炎は眼感染症の代表的な疾患であり,その検出菌はグラム陽性菌のStaphylococcusepidermidis,Staphylococcusaureusが高い比率を占めている1).また,発症頻度は低いものの,重篤な感染症である急性術後眼内炎の起因菌はグラム陽性菌の占める割合が90%と高く,なかでもS.epidermidisをはじめとするコアグラーゼ陰性ブドウ球菌の分離率が高い2,3).眼感染症では,各種コンタクトレンズ,治療に用いられる眼内レンズなどのバイオマテリアルに形成されたバイオフィルム形成菌がその発症に関与している場合があり,治療の遷延化を招いているとの報告がある4.6).また,眼科周術期における創部からの常在菌の侵入,その後の縫合糸への菌の定着や,結膜瘻孔におけるバイオフィルム形成などが知られている4).バイオフィルム形成菌は生育がnon-あるいはslowgrowing状態にあると同時に,菌体を覆うexopolysaccharidematrixの薬剤低透過性,さらにmultidrug-resistancepumpsの存在などにより,抗菌薬の殺菌作用を回避していると考えられている7,8).眼感染症の原因菌として高い比率を占めるS.epidermidisやS.aureusでは菌により産生された粘液性物質(slime)がバイオフィルム形成に関与するとされ,その産生はicaA,D,Cなどの遺伝子に関連していて,ソフトコンタクトレンズ装用者における急性結膜炎患者ではslime産生株の分離頻度が高い(74.1%)との報告がある9,10).また,術後眼内炎の主要な起因菌,S.epidermidis,S.aureus,Enterococcusfaecalis,Propionibacteriumacnesのうち,バイオフィルム形成が特に問題となるのはStaphylococcus属の2菌種であり,S.epidermidisについては1980.1990年代にinvitroの試験で眼内レンズに菌を定着させ眼内炎との関連を報告したものがある4,11).当時の論文にはバイオフィルムとの記述はないが,定着菌は抗菌薬に対する感受性が低下していることもすでに明らかにされており,眼内炎とバイオフィルム形成との関連はこの頃より明らかにされてきたものと考えられる.以上のように眼感染症とバイオフィルム形成菌との関わりは深いが,抗菌点眼薬のこれに対する殺菌効果についての報告はほとんど見当たらない.今回,2010.2011年に鳥取大学医学部附属病院の眼感染症患者から分離されたS.epidermidisのうち,icaA,D,C遺伝子,薬剤感受性などを検討した3株を用いてinvitroバイオフィルムを作製し,トスフロキサシン,レボフロキサシンおよびセフメノキシム各点眼液の殺菌効果を検討した.I実験材料および方法1.使用菌株鳥取大学医学部附属病院において眼感染症患者から20101682あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012.2011年に分離されたS.epidermidis28株を用いた.さらに,これらの株からキノロン薬耐性決定領域(quinoloneresistantdeterminingregion:QRDR)遺伝子およびica遺伝子の解析,また,各種薬剤に対する感受性を調べ,planktonic菌およびバイオフィルム形成菌に対する殺菌効果の検討に用いる菌株を選定した.今回,icaA,D遺伝子保有株,非保有株について,検討薬剤に対して感性を示す株での殺菌効果を調べるため,メチシリンおよびキノロン感受性S.epidermidis(methicillin-andquinolone-susceptibleS.epidermidis:quinolone-susceptibleMSSE)F-5519(icaA,D非保有株),F-5522およびF-5545(ともにicaA,D保有株)の3株を選択した.2.QRDR遺伝子およびicaA,icaD,icaC遺伝子の解析DNAジャイレース遺伝子gyrA,gyrBおよびトポイソメラーゼIV遺伝子parC,parEのQRDR部位における遺伝子変異の解析はYamadaら12),Haasら13)の報告に基づいたpolymerasechainreaction(PCR)法で行った.また,icaA,icaD遺伝子の有無,slime産生を抑制することが報告されているicaC遺伝子へのsequenceelementIS256挿入の有無をArciolaら14),Ziebuhrら15)の方法に基づき検討した.3.使用薬剤薬剤感受性の測定にはトスフロキサシン(富山化学工業株式会社),レボフロキサシン(LKTLaboratories,Inc),セフメノキシム(ベストコールR静注用,武田薬品工業株式会社)を用いた.また,S.epidermidisのメチシリン耐性の判別のため,オキサシリン(シグマアルドリッチジャパン株式会社)を使用した.Planktonic菌およびinvitroバイオフィルム形成菌に対する殺菌効果の検討には市販のトスフロキサシン点眼液(オゼックスR点眼液0.3%,大塚製薬株式会社),レボフロキサシン点眼液(クラビットR点眼液0.5%,参天製薬株式会社),セフメノキシム点眼液(ベストロンR点眼用0.5%,千寿製薬株式会社)を目的の作用濃度になるよう25%cation-adjustedMueller-Hintonbroth(CAMHB;日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)で適宜希釈し用いた.いずれの薬剤も純度あるいは含量が明らかなものを使用し,濃度は活性本体の値として示した.4.薬剤感受性の測定抗菌薬に対する感受性の測定にはCAMHBを用い,ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute(CLSI)の微量液体希釈法に基づき行った16).メチシリンに対する感受性/耐性はCLSIの判定基準に基づき,オキサシリンに対する最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)(≦0.25μg/ml:感受性,≧0.5μg/ml:耐性)によって分類した17).また,キノロン薬に対する感受性/耐性は同判定基準に基づき,レボフロキサシンに対するMIC(≦1μg/ml:感(92) 受性,≧4μg/ml:耐性)によって分類した17).5.Planktonic菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果CAMHBを用いて,37℃で一夜振盪培養した菌を用いた.これを25%CAMHBで80倍希釈した菌液4mlに25%CAMHBでMICの50および150倍濃度に調製した各薬液1mlを加え(終濃度,10および30MIC),37℃で振盪培養した.培養開始24時間後に生菌数測定を行った(n=1).対照として薬剤不含CAMHB5mlを用い,同様の操作にて薬剤非添加時の生菌数を測定した.6.Invitroバイオフィルムの作製とバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果Websterら18)の方法に基づき,CAMHBで一夜培養したS.epidermidisの菌液を通常の10%培地成分濃度のMueller-Hintonagar(MHA,日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)平板上に置いたmembranefilter(MF,DURAPORERMEMBRANEFILTER0.45μmHV;MILLIPORE)上に25μl滴下した(n=3).37℃,48時間培養後,各薬剤10および30MICを含む25%濃度のCAMHB1ml中に浸漬し,さらに37℃,24時間後,MF上とCAMHB1ml中の生菌数の総計を計測した.なお,作用濃度(10および30MIC)はトスフロキサシン頻回反復点眼時の結膜.内濃度などを参考にした19).また,生菌数の測定にあたっては上述のMFと浸漬液〔薬剤含有あるいは不含(対照)CAMHB〕をMulti-BeadsShockerR(安井器械株式会社,大阪)で破砕,ホモジナイズした試料を適宜希釈し,MHA平板に塗布し,II結果1.使用菌株の各種抗菌薬に対する感受性,gyrA,gyrBおよびparC,parE遺伝子におけるQRDR部位およびicaA,icaD,icaC遺伝子の解析S.epidermidis28株に対するトスフロキサシンとレボフロキサシン,またはセフメノキシムとのMIC相関図を図1に示す.いずれの薬剤にも感受性を示した株は7株であり,28株中,メチシリン耐性S.epidermidis(methicillin-resistantS.epidermidis:MRSE)は19株(67.9%),キノロン耐性S.epidermidisは21株(75.0%)であった.Planktonic菌およびバイオフィルム形成菌に対する殺菌効果の検討に使用した菌株の各遺伝子の解析および薬剤感受性の結果を表1に示す.QRDR部位解析の結果,F-5545株のParEにIle575Thrの変異が認められたが,他の株ではいずれの部位にも変異は認められなかった(表1).icaA,icaD遺伝子については,F-5522,F-5545株は両遺伝子を保有していたが,F-5519株ではいずれも認められなかった.さらにicaA,icaD遺伝子を保有していたF-5522,F-5545にicaC遺伝子におけるsequenceelementIS256の挿入は認められなかった(表1).なお,今回の眼感染症由来のS.epidermidis28株中icaA,icaD遺伝子をともに保有していた株は8株(28.6%)であった.3336655110.25110.125113111トスフロキサシンMIC(μg/ml)≧16生育コロニー数を計測した.7.Invitroバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の作用像薬剤作用後1.5%glutaraldehyde(和光純薬工業株式会社)にて1時間固定した後,さらに1%osmiumtetroxide(TAABLaboratories)に18時間浸漬し固定した.さらにアルコール814210.55230.0611≦0.03≦0.030.1250.528≦0.030.1250.528脱水-酢酸イソアミル(和光純薬工業株式会社)置換を経た後,臨界点乾燥を行った試料を白金-パナジウム蒸着した.0.060.2514≧160.060.2514≧16レボフロキサシンMICセフメノキシムMIC(μg/ml)(μg/ml)本試料を走査型電子顕微鏡(SEM:HITACHIS-4500)で形態観察した.図1Staphylococcusepidermidis28株に対するトスフロキサシンとレボフロキサシン,またはセフメノキシムとのMIC相関図相関図中の数値は株数.表1使用菌株のDNAジャイレース,トポイソメラーゼIV遺伝子のQRDR変異,ica遺伝子の解析,および各種抗菌薬に対する感受性QRDRにおける変異IntercellularadhesiongeneMIC(μg/ml)菌株トスフロレボフロセフメノオキサGyrAGyrBParCParEicaAicaDicaCキサシンキサシンキシムシリンF-5519──────NT0.06250.250.50.125F-5522────++Normal0.06250.250.50.125F-5545───Ile575Thr++Normal0.06250.250.50.125─/+:非検出/検出,NT:試験せず,Normal:IS256挿入なし.(93)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121683 109A887766510NSNS******薬剤10MIC30MIC10MIC30MIC10MIC30MIC**********NS******ABC5Viablecellscount(LogofCFU/MF)Viablecellscount(LogofCFU/ml)410B98765410987654薬剤C無添加トスフロキサシンレボフロキサシンセフメノキシム点眼液点眼液点眼液図2Staphylococcusepidermidisのplanktonic菌に対する各種点眼薬の殺菌効果A:F-5519株,B:F-5522株,C:F-5545株.MIC(μg/ml)は3株とも同じ.トスフロキサシン0.0625,レボフロキサシン0.25,セフメノキシム0.5,薬剤作用時間:24時間,n=1.F-5545株がparEに変異を保有していたものの,使用菌株はキノロン薬に感受性であり,MICはいずれもトスフロキサシンが0.0625μg/ml,レボフロキサシンは0.25μg/mlであった.また,オキサシリンに対するMICは,いずれの株も0.25μg/ml以下で,すべての株がMSSEであり,セフメノキシムのMICはいずれも0.5μg/mlであった(表1)17).2.Planktonic菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果Planktonic菌に対する薬剤10および30MIC,24時間作用後の生菌数を図2に示す.いずれの薬剤も10および30MIC作用後の生菌数は薬剤無添加の場合に比べ,約10.3から10.5に減少し,強い殺菌効果が認められた.セフメノキシム点眼液作用時では生菌数減少と用量との相関性が認められなかった(図2).3.Invitroバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果バイオフィルムを形成した各株に対する薬剤10および30MIC,24時間作用後の生菌数を図3に示す.S.epidermidisF-5519株におけるトスフロキサシン点眼液10MICの241684あたらしい眼科Vol.29,No.12,201210MIC30MIC10MIC30MIC10MIC30MIC987654無添加トスフロキサシンレボフロキサシンセフメノキシム点眼液点眼液点眼液図3Staphylococcusepidermidisのinvitroバイオフィルム形成菌に対する各種点眼薬の殺菌効果A:F-5519株,B:F-5522株,C:F-5545株.薬剤作用時間:24時間,n=3,同じ作用濃度間の有意差:***:p<0.001,**:p<0.01,*p<0.05vs.トスフロキサシン(Dunnetttest).NS:notsignificant,MF:membranefilter.時間作用時の殺菌効果は,10MIC濃度のレボフロキサシン(p<0.05)およびセフメノキシム点眼液(p<0.001)より有意に強かった.トスフロキサシン点眼液30MICの24時間作用時の殺菌効果は,30MIC濃度のセフメノキシム点眼液(p<0.001)より有意に強く,レボフロキサシン点眼液と同程度であった(図3A).F-5522株におけるトスフロキサシン点眼液10および30MICの殺菌効果は,同濃度のレボフロキサシン(p<0.01,図4StaphylococcusepidermidisF.5522株が形成したinvitroバイオフィルムに対する各点眼薬作用時の走査型電子顕微鏡像A:薬剤無添加,B:トスフロキサシン点眼液10MIC,C:レボフロキサシン点眼液10MIC,D:セフメノキシム点眼液10MIC,E:トスフロキサシン点眼液10MIC,F:トスフロキサシン点眼液30MIC,G:レボフロキサシン点眼液30MIC,H:セフメノキシム点眼液30MIC.矢印:破砕した菌体.MF:membranefilter.倍率=A.D,F.H:3,000倍,E:10,000倍.(94) ABCDEMFMFMFMFMFMFMFMFFABCDEMFMFMFMFMFMFMFMFFGH〔図4〕図説明は前頁参照(95)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121685 p<0.05)およびセフメノキシム点眼液(p<0.001,p<0.001)より有意に強かった(図3B).F-5545株におけるトスフロキサシン点眼液10および30MICの殺菌効果は,それぞれ同じ濃度のセフメノキシム点眼液(p<0.001,p<0.001)より有意に強く,レボフロキサシン点眼液と同程度であった(図3C).4.F.5522株が形成したinvitroバイオフィルムに対する抗菌点眼薬の作用像F-5522株が形成したinvitroバイオフィルムに対する各点眼液10および30MIC作用時のSEM像を図4に示す.セフメノキシム点眼液24時間作用後のバイオフィルム像は10MICおよび30MIC作用時ともに薬剤無処理群(図4A)とほぼ同様であった(図4D,H).トスフロキサシン点眼液およびレボフロキサシン点眼液作用時では10MIC(図4B,C)および30MIC作用時(図4F,G)ともに,バイオフィルム構造が消失し,破砕した菌体(各矢印)が観察されたが,その程度はトスフロキサシン点眼液のほうがレボフロキサシン点眼液より強かった.トスフロキサシン点眼液10MIC作用時の形態を高倍率で観察すると,球菌の形状を留めない,多くの破砕した菌体が見られた(図4E矢印).なお,今回の試験ではicaA,D遺伝子の有無にかかわらず,他の2株でもF-5522株と同様なバイオフィルム形成像がSEMで観察された(データ示さず).また,SEM試料作製時の操作がバイオフィルム像へ影響するとの報告もあるが,今回,薬剤無処理群の形態はPalmerらの報告に示されたものに近似していた20,21).III考按臨床の多くの領域で,さまざまな感染症起因菌がバイオフィルムを形成し,病態の慢性化,治療の遷延化を招いている.バイオフィルムは細菌が付着材料とともに形成したマトリックスであり,付着材料には心臓弁,中耳や副鼻腔といった生体由来の組織,器官の場合と,生体内に留置された医療的なもの,カテーテル,ペースメーカー,人工関節などの場合がある22).眼科領域では後者に相当するものとして,コンタクトレンズ,眼内レンズ,手術時縫合糸,涙点プラグ,涙道形成用チューブなど,多くの医療材料が付着材料として存在する.眼感染症起因菌では近年,Staphylococcus属やPseudomonasaeruginosaなどによるバイオフィルム形成が臨床的に問題となっており,このうち,Staphylococcus属では涙点プラグが関連した急性結膜炎や眼内レンズに付着した菌による術後眼内炎での報告が多い4,23,24).S.epidermidisを含む眼由来分離菌における薬剤感受性を検討した報告ではレボフロキサシン,セフメノキシムに対する感受性が高いとの結果が示されている1).しかし,これらの結果はplanktonic菌に対するものであり,バイオフィル1686あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012ム形成菌に対して同じような抗菌作用が認められるかどうかは明らかでない.そこで今回,S.epidermidisのinvitroバイオフィルムを作製し,汎用されている市販抗菌点眼薬,トスフロキサシン,レボフロキサシンおよびセフメノキシム各点眼液の殺菌効果を検討した.検討にあたっては,用いたいずれの薬剤にも感受性の株を使用した.また,S.epidermidisのslime産生に関連9,10)があるとされるicaA,icaD遺伝子の有無をPCR法で確認し,非保有株1株,保有株2株で検討した.なお,icaA,icaD遺伝子を保有していた2株では,slime産生を抑制することが報告15)されているicaC遺伝子へのsequenceelementIS256の挿入は認められなかった.Staphylococciのpolysaccharideintercellularadhesin(PIA)はバイオフィルム形成との関連が報告されているslimeの主要構成成分と考えられており,その生合成にはica遺伝子locusが関連し,icaA,DはN-acetylgulcosaminetransferase,icaBはPIAdeacetylase,icaCはPIAのexporter遺伝子とされている25).しかし近年,icaA,Dを保有していなくてもバイオフィルム形成が認められるS.epidermidisの存在が報告されており,今回用いたF-5519株もバイオフィルムを形成したことなどから,今後その詳細な解明が待たれる26).使用菌株に対する抗菌活性はトスフロキサシンがレボフロキサシン,セフメノキシムに比べ4.8倍強く,2009年分離の外眼部感染症由来coagulase-negativeStaphylococcusの成績とほぼ同様であった27).Invitroバイオフィルム形成菌に対する作用濃度は,作用が薬剤間で同等になるよう,それぞれの10および30MICとし,24時間作用させた.抗菌点眼薬のヒト眼内動態についての報告はきわめて少ないが,トスフロキサシンについては,健康成人男子を対象に1回1滴,1日8回14日間点眼し,結膜.内濃度を測定した成績がある19).点眼1日目の初回点眼15分後の濃度は40.4±37.5μg/mlであり,点眼14日目の初回点眼24時間後の濃度は2.0±2.69μg/mlであった.涙液が絶え間なく流れる,限られた容量の結膜.内に局所投与された点眼液は,経口投与や,静脈内投与された抗菌薬の場合より,その眼内動態や薬効の推測はきわめて困難と考えられる.バイオフィルム形成による眼感染症であった場合,さらに薬効の推測はむずかしく,実験動物を用いたバイオフィルム感染モデルがその検討に適しているのかもしれない.しかし,現在その報告はなく,今回,invitroでバイオフィルムを作製し検討した.上述のトスフロキサシン点眼液の24時間値(約2.0μg/ml)はS.epidermidisMIC値(0.0625μg/mlとしたとき)の約32倍に相当することから,各点眼液についても,30MICおよびその1/3濃度の10MIC,24時間作用時のinvitroバイオフィルムに対する殺菌作用を検討した.(96) バイオフィルムを形成したS.epidermidisに対し,F5519,F-5522株では10MIC作用時,トスフロキサシン点眼液は同濃度で比較したレボフロキサシンおよびセフメノキシム点眼液より有意に強い殺菌効果を示した.また,F-5522株でのSEMによる形態観察ではトスフロキサシン点眼液ではバイオフィルム形成菌に対する強い殺菌像が観察された.バイオフィルムを形成した細菌がplanktonic菌に比べ抗菌薬抵抗性を示すこと,また,その抵抗性には薬剤系統差があることが知られている7).S.epidermidisにおいてキノロン系抗菌薬シプロフロキサシンはplanktonic菌よりバイオフィルム形成菌に対する殺菌効果が弱いとの報告がある28).今回の試験でもplanktonic菌に比べ,バイオフィルムを形成した菌に対する殺菌作用はいずれの薬剤も弱かった(図2,3).薬剤系統差についてはP.aeruginosaバイオフィルムに対する殺菌作用が,キノロン系抗菌薬,アミノ配糖体系抗菌薬,b-ラクタム系抗菌薬の順に強いことが報告されている7).これらのことから,バイオフィルム形成菌に対しては,b-ラクタム系抗菌薬よりもキノロン系抗菌薬を,また,キノロン系抗菌薬のなかでも目標とする菌に対して,より強い抗菌活性を示す薬剤を選択すべきと考えられた.術後感染症としての眼内炎は発症すれば失明や視力低下につながる重篤な感染症であり,これらの事態をひき起こさないために手術前後に眼瞼および結膜.内を十分殺菌しておくことは重要である.キノロン系点眼薬の眼科周術期における無菌化率は高く,トスフロキサシン点眼液の場合も手術14日後に判定した術後感染症の発症は全例(108例)において認めず,また,術後無菌化率は95.1%で,類薬と同程度であった29,30).これらの成績におけるバイオフィルム形成菌関与の程度は不明であるが,感染時に菌がバイオフィルムを形成している場合の懸念を少しでも払拭する薬剤を使用することが望ましいことから,その薬剤選択には十分な配慮が必要と思われる.以上,キノロン系のトスフロキサシン点眼液はb-ラクタム系のセフメノキシム点眼液より,バイオフィルムを形成したS.epidermidisに強い殺菌効果を示した.また,試験3株中2株ではトスフロキサシン点眼液10MIC作用時の殺菌効果はレボフロキサシン点眼液の場合より強かった.トスフロキサシン点眼液はバイオフィルムを形成したメチシリンおよびキノロン感受性S.epidermidisによる眼感染症の治療,予防において有用と考えられた.文献1)小早川信一郎,井上幸次,大橋裕一ほか:細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究).あたらしい眼科28:679-687,20112)EndophthalmitisVitrectomyStudyGroup:Resultsofthe(97)EndophthalmitisVitrectomyStudy:Arandomizedtrialofimmediatevitrectomyandofintravenousantibioticsforthetreatmentofpostoperativebacterialendophthalmitis.ArchOphthalmol113:1479-1496,19953)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関連する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20064)亀井裕子:眼感染症とバイオフィルム.臨床と微生物36:439-444,20095)BehlauI,GilmoreMS:Microbialbiofilmsinophthalmologyandinfectiousdisease.ArchOphthalmol126:15721581,20086)KodjikianL,BurillonC,LinaGetal:Biofilmformationonintraocularlensesbyaclinicalstrainencodingtheicalocus:ascanningelectronmicroscopystudy.InvestOphthalmolVisSci44:4382-4387,20037)SpoeringAL,LewisK:BiofilmsandplanktoniccellsofPseudomonasaeruginosahavesimilarresistancetokillingbyantimicrobials.JBacteriol183:6746-6751,20018)MayT,ItoA,OkabeS:InductionofmultidrugresistancemechanisminEscherichiacolibiofilmsbyinterplaybetweentetracyclineandampicillinresistancegenes.AntimicrobAgentsChemother53:4628-4639,20099)ChristensenGD,BaldassarriL,SimpsonWA:Colonizationofmedicaldevicesbycoagulase-negativestaphylococci.InBisnoALandWaldvogelFA(ed.),InfectionsAssociatedwithIndwellingMedicalDevices,2nded.p45-78,AmericanSocietyforMicrobiology,Washington,D.C.,199410)CatalanottiP,LanzaM,DelPreteAetal:Slime-producingStaphylococcusepidermidisandS.aureusinacutebacterialconjunctivitisinsoftcontactlenswearers.NewMicrobiol28:345-354,200511)GriffithsPG,ElliotTS,McTaggartL:AdherenceofStaphylococcusepidermidistointraocularlenses.BrJOphthalmol73:402-406,198912)YamadaM,YoshidaJ,HatouSetal:MutationsinthequinoloneresistancedeterminingregioninStaphylococcusepidermidisrecoveredfromconjunctivaandtheirassociationwithsusceptibilitytovariousfluoroquinolones.BrJOphthalmol92:848-851,200813)HaasW,PillarCM,HesjeCKetal:Bactericidalactivityofbesifloxacinagainststaphylococci,StreptococcuspneumoniaeandHaemophilusinfluenzae.JAntimicrobChemother65:1441-1447,201014)ArciolaCR,BaldassarriL,MontanaroL:PresenceoficaAandicaDgenesandslimeproductioninacollectionofstaphylococcalstrainsfromcatheter-associatedinfections.JClinMicrobiol39:2151-2156,200115)ZiebuhrW,KrimmerV,RachidSetal:AnovelmechanismofphasevariationofvirulenceinStaphylococcusepidermidis:evidenceforcontrolofthepolysaccharideintercellularadhesinsynthesisbyalternatinginsertionandexcisionoftheinsertionsequenceelementIS256.MolecularMicrobiology32:345-356,199916)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute:MethodsforDilutionAntimicrobialSusceptibilityTestsforBacteriaThatGrowAerobically;ApprovedStandard-EighthEditionM07-A8,2009あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121687 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眼科医の立場からみた糖尿病受診中断者の検討

2012年12月31日 月曜日

《第17回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科29(12):1677.1680,2012c眼科医の立場からみた糖尿病受診中断者の検討田中寧*1田中朗*2宇多重員*3江戸川区眼科医会*1田中眼科*2獨協医科大学越谷病院眼科*3二本松眼科病院DiabetesfromtheOphthalmologist’sPerspectiveYasushiTanaka1),AkiraTanaka2),ShigekazuUda3)andEdogawaWardOphthalmologists’Association1)TanakaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital,3)NihonmatsuEyeHospital目的:受診中断の問題点は,患者の中断時期,中断理由が不明なことである.糖尿病医療連携における受診中断者の傾向と対策を検討した.対象:田中眼科で2011年3月現在,糖尿病眼手帳を配布した509人のうち,受診を中断した205人(40.3%)である.結果:中断者は男性(63.9%)が多く,中断理由は不明(79%)が多かった.理由不明者を検討したところ,突然中断,中断歴あり,1回のみ受診の順であった.健康手帳の利用率は中断者31.2%,通院患者50.7%で有意差を認めた(p<0.0001).眼手帳を毎回持参した中断者45.9%,通院患者86.2%で有意差を認めた(p<0.0001).考察:中断者を減らす対策としては眼科医,内科医の連携,患者との共通の認識を構築することが重要である.Purpose:Theproblemwithpatientswhointerrupttreatmentisthatthetimeoftheirleaving,andtheirreasonforleaving,arenotknown.Incollaborationwithdoctorstreatingdiabetes,weconsideredwhypatientsinterrupttheirtreatment,andhowtodealwiththeproblem.Subjects:Of509patientswhohadacurrentdiabeticeyenotebookatTanakaEyeClinicasofMarch2011,205(40.3%)stoppedtreatment.Results:Mostofthosewhostopped(63.9%)aremale,andinmostcasestheirreasonforstoppingwasunknown(79%).Whenweexaminedthereasons,wefoundthatmoststoppedtreatmentabruptly,followedbythosewhohadhadaprevioushistoryofinterruption,andthenbythosewhohadonlyinterruptedtreatmentonce.Thosewhohadahealthbookcomprised31.2%;thoseattendinghospitalregularlycomprised50.7%,asignificantdifference(p<0.0001).Thosewhoalwaysbroughttheireyebookaccountedfor45.9%,andthoseattendinghospitalregularlycomprised86.2%(p<0.0001).Conclusion:Toreducethenumberofpatientswhointerrupttreatment,collaborationbetweenophthalmologistsanddoctorsisnecessary,inordertocreateacommonunderstandingwiththepatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1677.1680,2012〕Keywords:糖尿病眼手帳,糖尿病網膜症,眼科・内科連携,受診中断.diabeticeyenotebook,diabeticretinopathy,cooperationbetweenophthalmologistandinternist,dropoutofexamination.はじめに田中眼科(以下,当院)では2002年に発行された糖尿病眼手帳(以下,眼科手帳)を当初は網膜症のある患者に配布していた.しかし,糖尿病でも網膜症のない患者が大半を占めるため,2007年からは内科で糖尿病と診断された患者全員に配布した.配布数は増加したがそれに伴い中断者も増加した.時間に追われる日々の診療のなかではなかなか中断者の把握は困難である.よほど記憶に残るような重症の患者や,硝子体手術が必要で大学病院に紹介するようなケース以外は忘れてしまう.眼科手帳や糖尿病健康手帳(以下,健康手帳)の利用状況1.10)を調べていくうちに,かなりの中断患者がいること7)が判明した.そこで受診中断者の傾向と対策を検討した.I対象および方法(表1)当院で眼科手帳を配布し,1年以上経過を追えた509人(2011年3月現在)のうち,受診を中断または中止した205〔別刷請求先〕田中寧:〒133-0051東京都江戸川区北小岩6-11-1田中眼科Reprintrequests:YasushiTanaka,M.D.,TanakaEyeClinic,6-11-1Kitakoiwa,Edogawa-ku,Tokyo133-0051,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(87)1677 表1通院患者と中断患者の背景表2通院患者と中断患者の比較通院患者中断患者患者数(人)304205性別男性女性153(50.3%)151(49.7%)131(63.9%)74(36.1%)平均年齢(歳)71.6±10.370.2±12.0かかりつけ医開業医病院228(75.0%)76(25.0%)159(77.6%)46(22.4%)治療食事内服インスリン不明31(10.2%)216(71.0%)57(18.8%)07(3.4%)161(78.5%)32(15.6%)5(2.5%)網膜症NDRSDRPPDRPDR173(60.0%)83(27.3%)29(9.5%)19(6.2%)126(61.5%)42(20.5%)15(7.3%)22(10.7%)NDR:網膜症なし,SDR:単純糖尿病網膜症,PPDR:増殖前糖尿病網膜症,PDR:増殖糖尿病網膜症.人(40.3%)を対象とした.なお,予約再診日より6カ月以上受診しなかった場合を受診中断とした.中断患者の最大の問題点は,いつ中断するかがわからず,理由も不明なことが多い点である.当院では糖尿病台帳を作成し管理している.内容は上段が患者データで,かかりつけ内科医,治療方法,連携方法を記載している.中段は眼科手帳の項目,下段は内科の検査データである.年1回統計を取って利用状況を検討している1.3,7).中断患者205人と通院患者304人を比較検討した.検定にはc2検定を用いた.p<0.05を統計上有意とした.II結果1.性別(表2)中断患者では男性が63.9%と多くみられた(p<0.005).通院患者は男女ともほぼ同数であった.2.年齢別(図1)中断患者では70代,60代が多く,ついで80代であった.通院患者は70代が40%と最も多く,ついで60代,80代の順であった.平均年齢は中断患者70.2歳,通院患者71.6歳とほぼ同等であった.3.かかりつけ医(表2)かかりつけ医は中断患者も退院患者も開業医が多く3/4を占めていた.4.治療方法(表2)中断患者も通院患者も内科治療方法は内服が大半を占め,ついでインスリン療法であった.1678あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012通院患者中断患者p値患者数(人)304205性別男性女性153(50.3%)151(49.7%)131(63.9%)74(36.1%)<0.005平均年齢(歳)71.6±10.370.2±12.0かかりつけ医開業医病院228(75.0%)76(25.0%)159(77.6%)46(22.4%)0.5治療食事内服インスリン不明31(10.2%)216(71.0%)57(18.8%)07(3.4%)161(78.5%)32(15.6%)5(2.5%)<0.001網膜症NDRSDRPPDRPDR173(60.0%)83(27.3%)29(9.5%)19(6.2%)126(61.5%)42(20.5%)15(7.3%)22(10.7%)0.09眼科手帳頻度毎回時々忘れる忘れる不明262(86.2%)27(8.9%)15(4.9%)094(45.9%)29(14.1%)37(18.0%)45(22.0%)<0.0001健康手帳あり眼手帳記入採血票提供書口答なし不明154(50.7%)20(6.6%)91(29.9%)11(3.6%)16(5.3%)12(3.9%)064(31.2%)8(3.9%)44(21.5%)21(10.2%)7(3.4%)34(16.6%)27(13.2%)<0.000180代17.1%70代34.1%30.7%6.3%60代50代205人20代0.3%90代30代1.5%30代0.1%3.9%40代90代6.3%1.0%40代2.6%80代21.4%70代40%60代25%50代9.2%304人中断患者通院患者図1年齢別5.糖尿病網膜症(表2)糖尿病網膜症は,中断患者も通院患者も網膜症なし(NDR),単純糖尿病網膜症(SDR)で8割以上は軽症であった.6.内科との連携手段(表2)日常診療で内科との連携手段は健康手帳や採血票を毎回持参するケースが多い.眼科手帳に直接記載するケースもある.健康手帳を持参するケースは通院患者50.7%に対し,(88) 歩行困難引越死亡2.5%205人162人入院転院10.2%5.4%2.9%不明79.0%4回1.9%5回3.7%3回7.4%2回のみ9.3%1回のみ10.5%中断歴あり27.8%突然中断39.5%図2中断理由中断患者31.2%と少なかった(p<0.0001).通院患者ではこの3つの手段で連携している87.2%に対し,中断患者は56.6%であった.データなしが中断患者16.6%と多く認めたのに対し,通院患者は3.6%と少なかった.7.眼科手帳の頻度(表2)眼科手帳を毎回持参するケースは通院患者86.2%に対し,中断患者45.9%と少なかった(p<0.0001).また,忘れるケースは通院患者4.9%に対し,中断患者は18%と多く認めた.8.中断理由(図2)理由不明が79%と最多で,判明した内訳は入院転院10.2%,引越5.4%,死亡2.9%の順であった.理由不明の中断者162人を患者台帳より探し,カルテを検証したところ,定期的に受診していたにもかかわらず突然中断が39.5%と最も多く,ついで中断を繰り返すケースが27.8%であった.また,1回だけ受診して中断するケースも10.5%,2回のみ受診9.3%と多く認めた.III中断対策と試み受診中断対策の問題点は中断時期と中断理由の把握が困難な点である.眼科手帳と健康手帳から患者名簿を作り,中断患者を探し出しカルテを見返す手間がかかる.2008年4月に中断患者31人の内科かかりつけ医に手紙で連絡をとったところ,6人が再受診し,12人は転院,引越,死亡などの中断理由が判明した.13人(41.9%)は不明であったが,熱意ある内科医との連携は大切であると実感した.IV考察当院では患者初診時に内科かかりつけ医と既存の診療情報提供書を用いて医療連携を取り,日常の診療には眼科手帳や健康手帳を利用して最新のデータを内科,眼科,患者が共有することを心掛けている1,4).網膜症の悪化や,白内障手術,硝子体手術の際は情報提供(89)書を患者に持たせている.2008年に江戸川区眼科医会でアンケート調査を行ったところ,眼科手帳の利用率は44.8%であった2).全国レベル60.5%5)より下回ったが,利用している眼科医の満足度は良いものであった.当院通院患者の健康手帳の利用率は2007年46.4%,2008年45.1%と横ばいであった1,2).採血票を患者に渡すケースが27.2%から42.5%へ増えた.正確な情報が伝達することは良いが,紛失しやすく多くなると嵩張る10).手間がかかっても健康手帳に記入していただきたい.今回の結果で判明した中断者数の205人(40.3%)は,印象として思っていた中断率よりも多かった.眼科手帳の配布する範囲を網膜症のある患者に限定すれば中断率は低下するが,内科で糖尿病と診断がついていれば,全例に配布し連携を取ることのほうが重要と考えた.理由不明の内訳で最も多かったのは突然の中断であった.患者の90代の占める割合が多いことから高齢者や合併症の悪化,付き添い者の問題など示唆されるが,年齢別の比較や平均年齢から高齢化は今後も進み大きな問題となろう.日常診察でのきめ細かい情報収集が必要である.当院では往診などの対策を試みている.対策が立てられそうなのは中断歴のある患者である.日常診察の際に眼科手帳をチェックすることで予想がつく.受診間隔が不規則であったり,手帳をよく忘れる場合は要注意である.再診したときには,中断したことを責めるのではなく継続することの大切さを伝える.内科にはある程度通院していることがわかれば,情報提供書を用いて定期的に眼科受診を促してもらうように内科医に伝える.中断患者の特徴として健康手帳や眼科手帳の利用率が悪いことが判明した.かかりつけ医として内科医,眼科医が手帳をチェックすることにより受診状況を把握し,改善するように指導することは可能である.1,2回の受診で中断するケースもまだ多く,網膜症がないと伝えることで安心して受診しなくなったと予想される.当院の通院患者の意識調査3)での,眼科受診のきっかけは,アンケート結果で内科医よりの紹介が45.2%と最も多く,飛蚊症や眼症状などの自覚症状は19.9%であった.しかし,カルテから検証した実際の結果では,自覚症状による受診が41.8%で,内科医の紹介34.2%より多かった.これは患者の印象としては,内科医より眼科受診を指示されたほうが強く残るのではないかと考えられる.眼科受診の必要性を内科受診時にぜひ伝えていただきたい.今後は高齢化や病状悪化による受診中断者の増加が予想される.家族の協力があれば往診することで経過をみることは可能であるが,独居老人の増加に伴う中断者の対策は困難であたらしい眼科Vol.29,No.12,20121679 ある.今まではかかりつけ医として患者のかかりやすい環境作りを目指してきたが,今後は患者の環境に合わせた医療体制が求められる.看護師,栄養士,介護スタッフの協力が必要なときが来ている.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)田中寧,田中朗,宇多重員ほか:眼科医の立場から病診連携の為の糖尿病眼手帳及び健康手帳の利用状況について.江戸川医学会誌25:42-45,20072)田中寧,田中朗,宇多重員ほか:眼科医の立場から見た糖尿病眼手帳の利用状況について.江戸川医学会誌26:16-19,20083)田中寧,田中朗,宇多重員ほか:患者側からみた糖尿病眼手帳の意識調査.江戸川医学会誌27:24-26,20094)大野敦:内科・眼科の連携.眼科プラクティス7,糖尿病眼合併症の診療指針,p214-219,文光堂,20075)船津英陽,堀貞夫,福田敏雅ほか:糖尿病眼手帳の5年間推移.日眼会誌114:96-104,20106)堀貞夫:糖尿病網膜症の治療戦略.日眼会誌114:202215,20107)田中寧,田中朗,宇多重員ほか:糖尿病眼科手帳からみた受診中断者の検討.江戸川医学会誌28:20-23,20118)大野敦,梶邦成,臼井崇裕ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移.あたらしい眼科28:97-102,20119)堀貞夫:糖尿病網膜症における内科眼科医療連携:放置・中断対策.DiabetesFrontier22:406-410,201110)小林博:糖尿病患者の糖尿病健康手帳およびデータシートの持参率:病識の向上と内科-眼科間連携.あたらしい眼科28:1354-1360,2011***1680あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(90)