特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1467.1469,2014特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1467.1469,2014アンチエイジング手術としての白内障手術CataractSurgeryasanAnti-AgingSurgery根岸一乃*はじめに白内障手術の進歩により,白内障手術の効果としては,単なる視力の回復でなく,qualityofvision(QOV)が求められるようになっている.近年の白内障手術はトーリック眼内レンズや多焦点眼内レンズなどの高機能眼内レンズの使用により,水晶体の混濁の除去とは別に,術前に存在する角膜乱視や老視の治療が一部可能となってきている.このような治療は,眼鏡装用を軽減し白内障が進行する前よりもより若年者に近いqualityoflife(QOL)を実現できるという意味で,一種の「アンチエイジング」手術といえるかもしれない.一方,白内障手術の効果として,睡眠障害や歩行速度の低下などの,高齢者に多い病態も改善できることもわかってきた.本稿では,「アンチエイジング」という観点からみた白内障手術の効果について述べる.I白内障手術による老視治療1.老視の診断基準白内障手術による老視治療を考える前提として,老視の診断基準を確認する必要がある.なぜなら,もし白内障手術によって老視が“治療”できるのであれば,“治癒”と判断するための基準がなければならないからである.しかし,国内外の教科書を改めてみても,老視の明確な(数値的な)診断基準は示されていない.たとえば,AmericanAcademyofOphthalmology(AAO)のRefractiveErrors&RefractiveSurgeryPreferredPracticePatternによると,老視とは“Aconditionthatdevelopswithagingandresultsininsufficientaccommodationfornearworkinapatientwhosedistancerefractiveerrorisfullycorrected(加齢により,屈折を遠方完全矯正した場合に,近方作業のための調節が不十分になること)”と定義される.また,国内のある教科書1)では,老視とは,“加齢に伴い,調節力が低下し,遠方視用に矯正した状態では近方視に困難をきたす状態”とされ,ほぼAAOの定義と同じ記載になっている.これらはいずれも定性的な定義である.そこで老視の治療による改善度や治癒したかどうかを判定するためにどうしても数値的定義が必要となる.そこで本稿では,2008年に発足した老眼研究会(http://www.rougan.jp/)の診断基準2)に基づいて述べる.老眼研究会による老視の診断基準を表1に示す.この診断基準の特徴は,医学的老視と臨床的老視という2つの基準をもつことである.臨床的老視は両眼の生活視力で自覚症状の有無を重視していることから,患者が感じる“老眼症状”により近いことが予測される.現在の老視治療の効果を判定するには医学的老視よりもより適切であることが推察される.2.多焦点眼内レンズによる老視治療老眼研究会の診断基準をもとに,実際の臨床データ,多焦点眼内レンズによる老視治療の効果を考える.対象は多焦点眼内レンズMplusまたはMplusトーリック(オ*KazunoNegishi:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕根岸一乃:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(45)1467キュレンティス)を挿入した17例30眼,平均年齢57.3(33.80)歳である.これらの症例において術前に医学的老視(片眼で評価)であったものは,30眼中27眼(90%),臨床的老視(両眼で評価)は17例中11例(65%)であった.多焦点眼内レンズ挿入後であっても,本来の水晶体の調節は欠如しており,調節幅は2.5D未満であるため,すべての患者は医学的老視である.しかし術後はすべての症例で40cm両眼近見裸眼視力が0.4以上で,本人が老視症状なく,日常生活に満足しており,臨床的老視は0%となった(表2).すなわち多焦点眼内レンズ表1医学的老視と臨床的老視は医学的老視は改善しないが,臨床的老視の改善に有効な術式であり,この手術は「アンチエイジング手術」といえるだろう.II白内障手術とQOL1.白内障手術とQOL白内障手術は視機能の回復ばかりでなく,身体および精神活動にも良い影響を与えることが知られている.Blundellは2000年12月から2001年2月に行われた白内障手術患者について後方視的に調査し,年齢や性別を調整して標準化死亡率を国および地域の数値と比較したところ,白内障手術によって有意に死亡率が減少したと医学的老視臨床的老視測定条件片眼完全矯正下両眼生活視力表2老視治療としての多焦点眼内レンズ手術成績自覚症状有無は問わず近見視力障害あり術前術後診断基準調節幅2.5D未満*40cm視力が0.4未満*アコモドメータなどを有さない場合には簡便法として40cm医学的老視の割合90%(27/30)100%(30/30)視力0.4未満を用いてもよい.(文献2より)臨床的老視の割合65%(11/17)0%(0/17)A*10VFQ-25スコア*B9100**18900.976歩行速度(m/sec)800.8PSQI5700.7432600.6500.510027400270.4術後期間(月)術後期間(月)図1白内障術後2カ月および7カ月の健康指標の変化A:白内障術前,術後2カ月および7カ月のPSQIの変化.数値の減少は睡眠障害の改善を表す.術前に睡眠障害があった患者(PSQI>5.5)は術後2カ月および7カ月において有意に睡眠障害が改善していた.(▲+実践:睡眠障害あり(PSQI>5.5)▲+点線:全症例,△+実線:睡眠障害なし(PSQI≦5.5).垂直のバーは標準誤差)B:白内障術前,術後2カおよび7カ月の歩行速度とVFQ-25の変化.歩行速度は加齢による悪化はなく,月(,)改善する症例もあった.VFQ-25は有意に改善した.(●+実践:歩行速度,■+実線:VFQ-25,垂直のバーは標準誤差)1468あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(46)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141469(47)文献1)梶田正義,加藤桂一郎:眼科学第2版,監修:丸尾敏夫,本田孔士,臼井正彦,編集:大鹿哲郎,文光堂,20112)井手武(老眼研究会):老視の定義と診断基準2010.あたらしい眼科28:985-988,20113)BlundellMS,HuntLP,MayerEJetal:Reducedmortalitycomparedwithnationalaveragesfollowingphacoemulsificationcataractsurgery:Aretrospectiveobservationalstudy.BrJOphthalmol2009;93:290-2954)大鹿哲郎,杉田元太郎,林研ほか:白内障手術による健康関連qualityoflifeの変化.日眼会誌109:753-760,20055)HarwoodRH,FossAJE,OsbornFetal:Fallsandhealthstatusinelderlywomanfollowingfirsteyecataractsurgery:Arandomizedcontrolledtrial.BrJOphthalmol89:53-59,20056)IshiiK,KabataT,OshikaT:Theimpactofcataractsurgeryoncognitiveimpairmentanddepressivementalstatusinelderlypatients.AmJOphthalmol146:404-409,20087)CrowleyK:Sleepandsleepdisordersinolderadults.NeuropsycholRev21:41-53,20118)RodNH,VahteraJ,WesterlundHetal:Sleepdisturbancesandcause-specificmortality:ResultsfromtheGAZELcohortstudy.AmJEpidemiol173:300-309,20119)BroendstedtAE,HansenMS,Lund-AndersenHetal:Humanlenstransmissionofbluelight:Acomparisonofautofluorescence-basedanddirectspectraltransmissiondetermination.OphthalmicRe46:118-124,201110)TurnerPL,SomerenEJWV,MainsterMA:Theroleofenvironmentallightinsleepandhealth:Effectsofocularagingandcataractsurgery.SleepMedRev14:269-280,201011)AyakiM,MuramatsuM,NegishiKetal:Improvementsinsleepqualityandgaitspeedaftercataractsurgery.RejuvenationRes16:35-42,201312)AyakiM,NegishiK,TsubotaK:Rejuvenationeffectsofcataractsurgerywithultravioletblockingintra-ocularlensoncircadianrhythmandgaitspeed.RejuvenationRes17:359-365,201413)AyakiM,NegishiK,TsubotaK:Increasedgaitspeedaftercataractsurgeryconferslongerpredictedsurvival.AsiaPacJOphthalmol,inpress報告している3).また,白内障術後には,視覚関連QOLが改善し4),転倒リスクが減少し5),認知機能,うつ状態,QOLが改善する6)ことも報告されている.このように,白内障手術は視覚機能の改善にとどまらないことは以前から報告されている.2.白内障手術と睡眠障害・歩行速度睡眠障害は長命にかかわる健康指標の一つである7,8).概日リズムの乱れによる睡眠障害の発症は高齢者によくみられる.白内障による光線透過の減少が概日リズムに影響し,睡眠障害につながる可能性が指摘されている9).したがって,白内障手術は睡眠障害の効果的な治療法となる可能性がある10).また,歩行速度も高齢者の健康を示す臨床的視標として提唱されており,その障害の程度により余命を予測できると報告されている.近年筆者らは白内障手術前後の睡眠障害の程度および歩行速度の変化について前向き研究を行った11.13).対象は白内障手術患者155名で,視覚関連QOLの指標としてはVisualFunctionQuestionnaire25(VFQ-25),睡眠障害の指標としてPittsburghSleepQualityIndex(PSQI)を用い,歩行速度(m/秒)を測定した11).その結果,まず,睡眠障害および歩行速度はVFQ-25と有意な相関があることがわかった11).また,白内障術後,歩行速度は増加し,術前睡眠障害のあった患者においては睡眠障害は改善することがわかった11.13)(図1).以上より,白内障手術は,視覚関連QOLの向上ばかりでなく,睡眠障害の改善や歩行速度の増加という点でまさに「アンチエイジング手術」であるということができる.白内障は主として加齢による疾患であり,白内障手術は視機能はもとより,身体機能,精神機能の面からも,高齢者の健康にとって非常に重要な治療であるといえる.