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早発型発達緑内障の兄妹発症例

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(95)1577《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(11):1577.1580,2010cはじめに早発型発達緑内障は,先天的隅角形成異常に起因する疾患である.発症頻度はわが国での全国調査によると10万人に1人である1).約10%の症例で常染色体劣性遺伝形式をとるが,ほとんどが孤発例であり2),同胞発症は非常に珍しいと考えられる.今回早発型発達緑内障の兄妹発症例にトラベクロトミーを行い,眼圧は下降したものの角膜の改善に時間を要した症例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕生後3日目の男児.現病歴:他院産婦人科にて在胎38週6日,出生時体重3,000g,正常分娩にて出生した翌日,看護師が両眼の角膜混濁に気づき,生後3日目の2002年7月18日,他院小児科より関西医科大学滝井病院眼科を紹介受診した.両眼とも角膜は混濁し,横径11mmであったが,それ以上の詳細な検査は行えなかったため,精査,加療目的で入院となった.なお,母親の妊娠中は特に異常はみられず,また生後小児科〔別刷請求先〕田中春花:〒573-1191枚方市新町2-3-1関西医科大学枚方病院眼科Reprintrequests:HarukaTanaka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityHirakataHospital,2-3-1Shinmachi,Hirakata-shi,Osaka573-1191,JAPAN早発型発達緑内障の兄妹発症例田中春花*1南部裕之*1,3城信雄*1二階堂潤*1西川真生*1加賀郁子*1安藤彰*2松村美代*1,3髙橋寛二*1*1関西医科大学枚方病院眼科*2関西医科大学滝井病院眼科*3永田眼科SiblingCaseofDevelopmentalGlaucomaHarukaTanaka1),HiroyukiNambu1,3),NobuoJo1),JunNikaido1),MakiNishikawa1),IkukoKaga1),AkiraAndo2),MiyoMatsumura1,3)andKanjiTakahashi1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityHirakataHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityTakiiHospital,3)NagataEyeClinic早発型発達緑内障の兄妹発症例を経験した.症例1は生後3日目の男児で,生後1日目に両眼に角膜混濁がみられた.症例2は生後19日目の女児,症例1の妹で,生後6日目に右眼に同様の角膜混濁がみられた.両者とも眼圧上昇,角膜径の増大および虹彩高位付着がみられ早発型発達緑内障と診断した.トラベクロトミー施行後眼圧は下降したが,角膜混濁が残存し当初は先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ(CHED)の合併も疑った.しかし両者とも術後1~2カ月で角膜は透明になり,のちに症例1の右眼で測定できた角膜内皮撮影によりCHEDの合併は否定された.わが国での早発型発達緑内障の同胞発症の確かな報告は筆者らが調べた限り初めてである.非常にまれなケースと考えられるが,このような症例もあることを念頭におく必要があると思われる.ThisisthefirstreportinJapanofsiblingearlyonsetdevelopmentalglaucoma.Case1,a3-day-oldmale,presentedcornealopacityinbotheyes.Case2,a19-day-oldfemale,theyoungersisterofcase1,presentedcornealopacityintherighteye.Developmentalglaucomawasdiagnosedonthebasisofelevatedintraocularpressure(IOP),buphthalmosandhighirisrootinsertions.AlthoughIOPdecreasedaftertrabeculotomyinbothcases,thecornealopacitiesremained.Congenitalhereditarycornealendothelialdystrophy(CHED)combinedwithdevelopmentalglaucomawasinitiallysuspected,butwasnotsustained,becausetheopacitiesreturnedatseveralweeksafterthesurgery.Intherighteyeofcase1thecornealendothelialcells,whichcouldbecountedaftersurgery,numberedabout2,600/mm2.Siblingcasesofdevelopmentalglaucomaarerare,butaresometimesencountered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1577.1580,2010〕Keywords:発達緑内障,同胞発症,トラベクロトミー,先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ.developmentalglaucoma,siblingonset,trabeculotomy,congenitalhereditarycornealendothelialdystrophy.1578あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(96)にて精査されたが,全身的な異常はみられなかった.家族歴(図1):聴取可能であった家系内で,兄妹以外に緑内障の症例は認めず,血族結婚もなかった.なお,図1にある家系への病歴聴取は両親によって行われたもので,両親以外に眼科検診にて緑内障を含む眼疾患がないことを確認できた者はなかった.両親には関西医科大学枚方病院眼科(以下,当科)で診察を行ったが,隅角・眼底を含め異常はみられなかった.全身麻酔下での所見(生後14日):眼圧は右眼20mmHg,左眼20mmHg(Perkins眼圧計),角膜径(縦×横)右眼11.0×11.0mm,左眼11.0×11.0mmで,両眼とも著明な角膜上皮浮腫がみられた(図2).前房深度は正常で,中間透光体には異常はみられなかった.隅角には虹彩高位付着がみられた.視神経乳頭は蒼白であったが明らかな乳頭陥凹拡大はみられなかった.網膜には異常はみられなかった.経過:眼圧値,角膜および隅角所見より早発型発達緑内障と診断し,同日(生後14日)両眼にトラベクロトミーを12時方向で施行した.術後7日目にトリクロホスナトリウム(10%トリクロリールシロップR)とジアゼパム(ダイアップR)座薬下にて,眼圧は両眼とも15mmHgであった.以後,両眼とも眼圧は14~15mmHgで経過した.角膜上皮浮腫は,右眼は術後1カ月,左眼は術後2カ月で消失した.角膜上皮浮腫消失後に精査したが,Haab’sstriaeはみられなかった.以後5歳まで両眼とも眼圧は14~15mmHgで経過した.2007年10月(生後5歳3カ月),当科受診時,眼圧は両眼とも20mmHgを示した.同年12月に全身麻酔下で再検したところ,右眼28mmHg,左眼22mmHgであったので,両眼にトラベクロトミーを8時方向で再度施行した.なお,再手術時には角膜上皮浮腫はみられなかった.以後眼圧は16mmHg前後で経過し,2009年12月24日(生後7歳5カ月)再来時,ラタノプロスト(キサラタンR)点眼下にて右眼15mmHg,左眼16mmHg(局所麻酔下,Goldmann眼圧計),視力は右眼(0.6×sph.4.5D(cyl.2.75DAx180°),左眼(0.5×sph.2.75D(cyl.0.75DAx180°)であった.なお,角膜内皮細胞数は右眼のみしか測定できなかったが2,666/mm2であった(図3).〔症例2〕生後19日目の女児(症例1の妹).現病歴:関西医科大学枚方病院産婦人科にて在胎40週3日,出生時体重3,320g,正常分娩にて出生した.生後6日目に母親が右眼の角膜混濁に気づき,生後19日目の2008年6月26日,当院小児科より当科紹介受診した.右眼に角膜混濁がみられ,両眼とも角膜横径11mmであったが,それ以上の詳細な検査は行えなかったため,精査,加療目的で入院となった.なお,母親の妊娠中は特に異常はみられず,生後小児科にて精査されたが,全身的な異常はみられなかった.全身麻酔下での所見(生後22日):眼圧は右眼22mmHg,左眼16mmHg(Perkins眼圧計),角膜径(縦×横)右眼11.0×10.5mm,左眼10.5×10.0mmで両眼とも症例1と同様の角膜上皮浮腫がみられたが右眼のほうが著明であった(図4).前房深度は正常で,中間透光体には異常はみられなかった.隅角には虹彩高位付着がみられた.視神経乳頭はC/D比(陥凹乳頭比)(縦)右眼0.7,左眼0.6で網膜には異常は:男:女:緑内障:眼科検診を受けた者症例1症例2図1症例1,症例2の家系図症例1,2の兄妹以外に緑内障の症例はなかった.両親に対しては眼科検診を行ったが異常はなかった.図2症例1の前眼部写真両眼とも角膜径の増大と角膜上皮浮腫がみられる.図3症例1の右眼角膜内皮細胞写真角膜内皮細胞数は2,666/mm2であった.(97)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101579みられなかった.経過:眼圧値,角膜,隅角および視神経乳頭陥凹拡大所見より早発型発達緑内障と診断し,同日(生後22日)両眼にトラベクロトミーを12時方向で施行した.術後7日目に全身麻酔下にて眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHgであった.以後,トリクロホスナトリウム(10%トリクロリールシロップR)とジアゼパム(ダイアップR)座薬下にて眼圧測定を行っているが,10mmHg台前半で経過し,2009年12月24日(生後1歳6カ月)再来時,眼圧は両眼とも13mmHgであった.角膜上皮浮腫は両眼とも術後3週で消失した.なお,Haab’sstriaeは症例1と同様みられなかった.II考按最初にも述べたように,早発型発達緑内障はわが国では10万人に1人の頻度である1).約10%の症例で常染色体劣性遺伝形式をとるほかは孤発例であり2),さらに第一子が早発型発達緑内障であった場合,第二子が緑内障になる確率は3%との報告がある3).よって発達緑内障の同胞発症はまれであると考えられる.1992年のわが国の全国調査1)でも同胞発症に関しての記述はなく,新潟大学での臨床研究では対象となった53例のなかに同胞発症例はなかったと記載されている4).わが国での発達緑内障の同胞発症の報告は,晩発型では報告されている5)が,早発型に関しては兄が発達緑内障であったため受診したという一文の記載がある1例のみ6)で,早発型発達緑内障における同胞発症のわが国での確かな報告は筆者らが調べた限り初めてで非常にまれなケースと考えられる.本報告のみで遺伝相談に生かせるとまでは言えないが,少なくともこのような症例もあることを念頭におく必要がある.最近,早発型発達緑内障の原因遺伝子として,前房隅角の発達に関与するCYP1B1遺伝子の変異が報告されている7~9).一般的に発達緑内障では男児の患者が多いとされている1)が,CYP1B1遺伝子変異群は,非変異群と比べて,女児の占める割合が有意に多く,発症時期は,変異群では非変異群と比べて有意に早期に発症すると報告されている7).今回の症例では遺伝子検査は行っていないが,男児と女児の同胞発症であること,発症時期は男児が生後1日,女児が生後6日と早期の発症であった.既報7)のCYP1B1遺伝子変異群の臨床的特徴を示すものと考えるが,今後患者家族の同意が得られれば,遺伝子検査を行い,CYP1B1をはじめとする既知の緑内障関連遺伝子に関してスクリーニングを行いたい.今回報告した2症例の臨床的特徴として,両者とも生後早期の角膜混濁で発見され,術後に眼圧が下降したにもかかわらず角膜上皮浮腫が1~2カ月残存したことがあげられる.新生児にみられる角膜混濁の原因としては,強膜化角膜やPeters奇形などの先天的奇形,角膜ジストロフィ,先天風疹症候群などに伴う角膜炎,ムコ多糖症などの代謝異常などがあげられる10)が,角膜に血管進入がみられなかったこと,虹彩前癒着がなかったこと,妊娠中に異常がなかったこと,出生後の全身検索で異常がみられなかったことより,角膜ジストロフィの可能性が疑われた.特に角膜全体の上皮浮腫がみられたことから,先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ(congenitalhereditarycornealendothelialdystrophy:CHED)の合併を疑った.1995年MullaneyらはCHEDと早発型発達緑内障の合併例について報告し,眼圧下降したのにもかかわらず角膜混濁が残存すれば両者の合併を考慮する必要があるとしている11).症例1の初回の術直後はCHEDの合併を疑ったが,その後患児が成長してのちの角膜内皮撮影では右眼角膜内皮細胞数が約2,600/mm2であった.2症例とも現在も角膜は透明性を維持しておりCHEDの合併例とは考えにくい.通常発達緑内障では眼圧が下降すると速やかに角膜上皮浮腫も消失する.この兄妹例で眼圧下降後も角図4症例2の前眼部写真左:右眼,右:左眼.右眼のほうが角膜上皮浮腫が著明であった.1580あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(98)膜上皮浮腫が遷延した原因は不明だが,角膜内皮に関しては今後も注意深く経過をみる予定である.文献1)滝沢麻里,白土城照,東郁郎:先天緑内障全国調査結果(1992年度).あたらしい眼科12:811-813,19952)DeluiseVP,AndersonDR:Primaryinfantileglaucoma(Congenitalglaucoma).SurvOphthalmol28:1-19,19833)JayMR,PhilM,RiceNSC:Geneticimplicationsofcongenitalglaucoma.MetabOphthalmol2:257-258,19784)今井晃:小児先天緑内障に関する臨床的研究第1報統計的観察.日眼会誌87:456-463,19835)中瀬佳子,吉川啓司,井上洋一:Developmentalglaucoma晩発型の1家系.眼臨86:650-655,19926)森俊樹,加宅田匡子,八子恵子:小児緑内障の手術予後.眼臨92:1236-1238,19987)OhtakeY,TaninoT,SuzukiYetal:PhenotypeofcytochromeP4501B1gene(CYP1B1)mutationsinJapanesepatientswithprimarycongenitalglaucoma.BrJOphthalmol87:302-304,20038)SuriF,YazdaniS,Narooie-NejhadMetal:VariableexpressivityandhighpenetranceofCYP1B1mutationsassociatedwithprimarycongenitalglaucoma.Ophthalmology116:2101-2109,20099)FuseN,MiyazawaA,TakahashiKetal:MutationspectrumoftheCYP1B1geneforcongenitalglaucomaintheJapanesepopulation.JpnJOphthalmol54:1-6,201010)AllinghamR,DamjiK,FreedmanSetal:Congenitalglaucoma.Shield’stextbookofglaucoma.5thedition,p244-246,LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,200511)MullaneyPB,RiscoJM,TeichmannKetal:Congenitalhereditaryendothelialdystrophyassociatedwithglaucoma.Ophthalmology102:186-192,1995***

2 剤併用投与をタフルプロスト単独投与に変更した場合の眼圧下降効果

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(91)1573《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(11):1573.1575,2010cはじめに2008年12月,緑内障および高眼圧症治療薬剤として新しいプロスタグランジン(PG)F2a誘導体であるタフルプロスト(タプロスR)0.0015%が参天製薬より発売された.タフルプロストはプロスト系PG製剤であり,プロスタノイドFP受容体に高い親和性をもつため強力な眼圧下降効果が期待できる点眼液である.また,他のプロスト系PG製剤と違い,わが国で初めて創製されたプロスト系PG製剤である.既存のPGF2a誘導体1剤とタフルプロストとの眼圧下降効果の比較はなされているが,2剤併用とタフルプロスト1剤単独使用の眼圧下降効果の評価はあまりなされていない.今回,筆者らは既存のプロスト系PG製剤,つまり,ラタノプロスト(キサラタンR:ファイザー社製)もしくはトラボプロスト(トラバタンズR:日本アルコン社製)とブリンゾラミド(エイゾプトR:日本アルコン社製)との2剤併用点眼していた症例をタフルプロストの単独投与に変更した場合の眼圧下降効果を比較検討した.I対象および方法対象は当院において既存のプロスト系PG製剤とブリンゾ〔別刷請求先〕小林茂樹:〒981-0913仙台市青葉区昭和町1-28小林眼科医院Reprintrequests:ShigekiKobayashi,M.D.,KobayashiEyeClinic,1-28Showamachi,Aoba-ku,Sendai981-0913,JAPAN2剤併用投与をタフルプロスト単独投与に変更した場合の眼圧下降効果小林茂樹小林守治小林眼科医院IntraocularPressure-ReducingEffectsofShiftfromProstaglandinFormulation-BrinzolamideCombinationtoTafluprostMonotherapyShigekiKobayashiandMoriharuKobayashiKobayashiEyeClinic目的:既存のプロスタグランジン(PG)製剤と新しく開発されたタフルプロストとの比較はなされているが,2剤併用点眼とタフルプロスト単独点眼との比較検討はあまりなされていない.今回,PG製剤とブリンゾラミドの2剤を併用点眼していた症例をタフルプロストの単独点眼に変更した場合の眼圧下降効果を比較検討した.対象および方法:対象は2剤併用していた広義の開放隅角緑内障および高眼圧症の症例23例42眼.方法は2剤併用点眼時とタフルプロスト単独点眼変更後の眼圧を比較し,解析には受診時眼圧の平均値を用いた.結果:2剤併用点眼時の平均眼圧は10.9mmHg,タフルプロスト単独点眼後の平均眼圧は11.3mmHg(p=0.0013)であった.変更前と比較して眼圧が不変であったのは32眼(76%)であった.結論:タフルプロストの単独投与に変更後も眼圧は維持され,点眼の簡便性においても好評であった.Purpose:Toinvestigatetheintraocularpressure(IOP)-reducingeffectsofshiftingfromprostaglandinformulation-brinzolamidecombination(combinationtherapy)totafluprostmonotherapy.Subjects:Subjectscomprised23patients(42eyes)thathadbeenreceivingthecombinationtherapy.Methods:MeanIOPonreceivingthecombinationtherapywascomparedwiththataftershiftingtotafluprostmonotherapy.Results:IOPdidnotchangein32eyes(76%),demonstratingtheeffectivenessoftafluprostmonotherapy.Conclusions:IOPdidnotchange,andinstillationconveniencewasgood.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1573.1575,2010〕Keywords:緑内障,タフルプロスト,ラタノプロスト,トラボプロスト,ブリンゾラミド.glaucoma,tafluprost,latanoprost,travoprost,brinzolamide.1574あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(92)ラミドの2剤併用した正常眼圧緑内障(NTG)15例28眼,原発開放隅角緑内障(POAG)6例11眼および高眼圧症2例3眼,合計23例42眼(男性13例23眼,女性10例19眼)であり,年齢は76.0±9.7歳であった.3例5眼は当院初診時より人工水晶体眼であったが,その他の対象症例すべてに内眼手術の既往はなく,特に全例において,緑内障手術の既往はなかった.対象である患者には今回,タフルプロスト単独投与に変更することに対する意義を十分に説明し,インフォームド・コンセントを得たが従来の2剤併用点眼治療を要望した症例は対象症例より除外した.方法は外来受診時眼圧をノンコンタクトレンズトノメーターで3回測定し,その平均値を受診時眼圧値とし,解析には,各治療期間中に得られたすべての外来受診時眼圧の平均値を用いた.II結果対象症例のうち1症例2眼がタフルプロスト単独点眼に変更後,眼圧が1カ月で2mmHg以上,上昇した.この症例に関してはブリンゾラミドを追加投与し,経過観察としたため対象症例より除外した.既存のプロスト系PG製剤とブリンゾラミドの2剤併用点眼していた治療期間は1.9±1.0年間(平均値±標準偏差)であり,タフルプロスト単独点眼投与に変更してからの治療期間は4.2±1.2カ月間(平均値±標準偏差)であった.既存のプロスト系PG製剤とブリンゾラミドの2剤の併用点眼時の平均眼圧は10.9mmHg,タフルプロスト単独点眼後の平均眼圧は11.3mmHgと有意に0.4mmHgの上昇を認めた(p=0.0013,Wilcoxon符号付順位検定).しかし,変更前と比較して,変更後1mmHg以内の眼圧変動を臨床的に不変と定義すると,32眼(76%)の変更後の眼圧は不変であり,1mmHgを超えた眼数は10眼(24%)であった(図1).変更前眼圧が12mmHg以上の症例11眼は図1上,変更後,眼圧が下降傾向にあるが,変更前平均眼圧は13.5mmHg,変更後平均眼圧13.7mmHgと有意な差を認めなかった(p>0.62,Wilcoxonの符号付順位検定).眼圧は変更前,変更後において同等と考えられる.III考按プロスト系PG製剤として1999年,ラタノプロスト(キサラタンR)が発売された.ラタノプロストはPGF2aの17位にフェニル基を導入した誘導体を開発することで,PGのプロスタノイドFP受容体への選択性が向上し,房水のぶどう膜強膜流出のみを増加させ眼圧下降を示す1).もともとPGF2aの骨格である15位の水酸基は眼圧下降などのPGF2aの生理活性に必須であると考えられていたため2),その後,開発されたトラボプロスト(トラバタンズR)も基本骨格はラタノプロストと同様であり,17位にフェニル基,15位に水酸基をもつ15位ヒドロキシ型PG誘導体である.今回,開発されたタフルプロストは従来開発されたプロスト系PG製剤と異なり,PGF2aの骨格である15位の水酸基と水素基を2つのフッ素に置換した15位ジフルオロ型PG誘導体であるため,従来のプロスト系PG製剤よりもプロスタノイドFP受容体に対する親和性が高まったと考える3,4)(図2a.d).特に実験的にはプロスタノイドFP受容体に対する親和性はタフルプロストとラタノプロストを比較すると,タフルプロストはラタノプロストの12倍4),トラボプロストとラタノプロストを比較すると,トラボプロストの親和性はラタノプロストの2.8倍であると推定されるため3),現在発売されているプロスト系PG製剤のプロスタノイドFP受容体に対すHOHOOOOFFd:タフルプロストHOHOa:天然型PGF2ab:ラタノプロストc:トラボプロストHOHOOOHH10155120HOOOHOHHOHOCF3OOOHOH図2天然型PGF2aおよび既存のプロスト系製剤とタフルプロストの構造46810121416184681012141618変更後眼圧(mmHg)変更前眼圧(mmHg)a517b図12剤併用時(変更前)とタフルプロスト単独点眼に変更後の眼圧変化a:変更前眼圧と変更後眼圧が同値であるライン.b:変更後1mmHgの眼圧上昇ライン.bの対角線以下の変更後眼圧値を変更前と比較して不変と考えると32眼(76%)の眼圧は不変であり,眼圧値が変更後1mmHgを超えた眼数は10眼(24%)であった.(93)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101575る親和性はタフルプロスト>トラボプロスト>ラタノプロストの順と考えられ5),眼圧下降効果と相関があると思われる.今回,筆者らはこのタフルプロストの強力な眼圧下降効果を期待し,プロスト系PG製剤であるラタノプロストもしくはトラボプロストとブリンゾラミドの2剤併用していた症例をタフルプロスト1剤のみに変更し,眼圧下降効果を比較検討した.その結果,2剤併用時より平均0.4mmHgと有意に眼圧上昇を認めたが,1mmHg以内の眼圧上昇であり,変更前後の眼圧は不変と考えられる.しかし,変更前眼圧測定期間は変更後の眼圧測定期間に比べ長期であり,今後,変更後の眼圧測定を継続することは重要と思われる.これらのタフルプロストの眼圧下降効果の有効性は他のプロスト系PG製剤とは違う物理化学的,薬理学的特性によるものと思われる.つまり,タフルプロストのフッ素導入の効果はプロスタノイドFP受容体以外にほとんど作用しない高い選択性4)により活性が増強され,フッ素の物理化学的特性により生体内でも化学的においても代謝,分解は非常に受けにくく,薬剤としての安定性に優れている.その物理化学的メカニズムは以下の3つの特性によると考えられる6)(図3).1)フッ素(F)原子は立体的に水素(H)原子についで小さい原子である.2)フッ素(F)原子は電気陰性度が最も大きく,次が酸素(O)原子であり,しかも両原子は結合距離がきわめて近い.3)フッ素(F)原子は結合解離エネルギーが最も大きく,炭素,フッ素(C-F)結合は非常に切れにくいが,炭素,酸素(C-O)結合は切れ易い.つまり,切れ易いということは代謝を含め反応を受け易いと考えられる.したがって,フッ素は水素のように作用し,酸素のようにも作用する.前述したようにタフルプロストはPGF2aの骨格である15位の水酸基と水素基を2つのフッ素に置換したことで,タフルプロストが他のプロスト系PG製剤よりも活性,安定性,薬物動態が優れていると推定される.タフルプロスト点眼液は1日1回の点眼投与で十分であるだけでなく室温保存が可能であり,遮光の必要もないことからタフルプロスト単独点眼投与変更後の患者の評価は23症例全例で点眼の簡便性において好評であった.このように点眼遵守(コンプライアンス)や自発的点眼(アドヒアランス)7)においてもタフルプロスト単独点眼投与の有効性が示唆された.IV結論タフルプロストの単独投与に変更後も眼圧は維持され,また,点眼の簡便性においても好評であったことから,タフルプロストは既存のPG製剤とブリンゾラミド併用療法からの変更薬剤として有用であると思われる.なお,当院と参天製薬株式会社との間に利益相反の関係はない.文献1)野村俊治,橋本宗弘:新規緑内障治療薬ラタノプロスト(キサラタンR)の薬理作用.薬理誌115:280-286,20002)ResulB,StjernschantzJ:Structure-activityrelationshipsofprostaglandinanaloguesasocularhypotensiveagents.CurrOpinTherPat82:781-795,19933)SherifNA,KellyCR,CriderJYetal:OcularhypotensiveFPprostaglandin(PG)analogs:PGreceptorsubtypebindingaffinitiesandselectivities,andagonistpotenciesatFPandotherPGreceptorsinculturedcells.JOculPharmacolTher19:501-515,20034)TakagiY,NakajimaT,ShimazakiAetal:PharmacologicalcharacteristicsofAFP-168(tafluprost),anewprostanoidFPreceptoragonist,asanocularhypotensivedrug.ExpEyeRes78:767-776,20045)OtaT,MurataH,SugimotoEetal:Prostaglandinanaloguesandmouseintraocularpressure:Effectsoftafluprost,latanoprost,travoprost,andunoprostone,considering24-hourvariation.InvestOphthalmolVisSci46:2006-2011,20056)熊懐稜丸:フッ素の特性と生理活性.フッ素薬学─基礎と実験─(小林義郎,熊懐稜丸,田口武夫),続医薬品の開発・臨時増刊,p7-11,廣川書店,19937)TsaiJC:Medicationadherenceinglaucoma:approachesforoptimizingpatientcompliance.CurrOpinOphthalmol17:190-195,2006***元素(X)HFOC電気陰性度2.24.03.52.5結合距離(CH3-X,Å)1.091.391.431.54v.d.Waals(半径,Å)1.201.351.401.85abc結合解離エネルギー(CH3-X,kcal/mol)991168683図3フッ素の物理化学的特性(文献6より一部改変)a:フッ素(F)は電気陰性度が最も大きく,つぎが酸素(O)であり,結合距離も近い.b:フッ素(F)は立体的には水素(H)についで小さな原子である.c:フッ素(F)は結合解離エネルギーが最も大きく,C-F結合は非常に切れにくいがC-O結合は切れやすい(反応を受け易い).

健常人におけるGoldmann 視野計と自動視野計Octopus 900 の比較検討

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(87)1569《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(11):1569.1572,2010cはじめに眼科臨床において視野検査は重要な検査の一つであり,そのなかでもGoldmann視野計は最も多用されてきた.Goldmann視野計は周辺視野を含めた全視野が測定できるため,緑内障だけでなく網膜疾患,神経眼科疾患,頭蓋内疾患の診断や治療に有用である1,2).また,ロービジョンケアの適否の判定,ロービジョンエイドの選定やさまざまな情報の提供においても重要になっている1).Goldmann視野計は検者が被検者の理解度や症状,反応状態に合わせて測定できるという利点がある一方,検査結果が検者の技量に大きく影響を受け,検者や施設の間で変化の判定がしづらいなどの欠点も目立ち,最近では自動静的視野測定が主流となっている2).それに対して2003年に自動視野計Octopus101(Haag-Streit社)を用いて動的視野測定ができるソフトウェアGKP(Gold-〔別刷請求先〕矢野いづみ:〒761-0793香川県木田郡三木町池戸1750-1香川大学医学部眼科学講座Reprintrequests:IzumiYano,C.O.,DepartmentofOphthalmology,KagawaUniversityFacultyofMedicine,1750-1Ikenobe,Miki-chou,Kagawa761-0793,JAPAN健常人におけるGoldmann視野計と自動視野計Octopus900の比較検討矢野いづみ馬場哲也髙岸麻衣廣岡一行溝手雅宣野本浩之白神史雄香川大学医学部眼科学講座ComparisonofGoldmannPerimeterandAutomaticPerimeterOctopus900inNormalSubjectsIzumiYano,TetsuyaBaba,MaiTakagishi,KazuyukiHirooka,MasanoriMizote,HiroyukiNomotoandFumioShiragaDepartmentofOphthalmology,KagawaUniversityFacultyofMedicine目的:健常人の視野をGoldmann視野計とOctopus900にて測定し,両者の結果および有用性について比較検討した.対象および方法:対象は健常人ボランティア32名32眼,平均年齢35歳(22~50歳)であった.緑内障専門医2名により眼疾患のないことを確認した後,同一検者が施行した.視標の呈示速度や方法および測定点は両者で同一となるようにした.視標ごとの面積を画像解析ソフトImageJ(NIH)にて測定し両検査間の相関を検討した.結果:全例で視野の形状は同一と判断された.平均測定時間はGoldmann視野計では441秒,Octopus900では505秒であった.両検査における面積の回帰直線は正の相関を示し,V/4e:r=0.778,I/4e:r=0.838,I/3e:r=0.665,I/2e:r=0.753,I/1e:r=0.714(p<0.01)といずれの視標においても高い相関を認めた.結論:健常人におけるGoldmann視野計とOctopus900の視野の面積は強い相関を示し,Octopus900の結果は信頼できる.Purpose:ToevaluatetheeffectivenessoftheGoldmannperimeterversustheOctopus900whenmeasuringthevisualfieldinnormalsubjects.Objectsandmethod:Atotalof32normalsubjects22~50yearsofagewereincludedinthisstudy.ThesameexperiencedexaminerperformedallGoldmannperimeterandOctopus900measurements.ImageJwasusedtocalculatetheareaofthevisualfield.Agreementwasassessedusingcorrelation.Results:Itwasjudgedthattheshapeofthefieldofvisionwasthesameinallexamples.Themeandurationofthetestwas441and505secondsfortheGoldmannperimeterandtheOctopus900,respectively.TherewasahighlysignificantlinearrelationshipbetweentheGoldmannperimeterandtheOctopus900(r=0.665-0.838:p<0.01).Conclusions:SincecorrelationwasstrongbetweentheGoldmannperimeterandtheOctopus900inareaofvisualfields,visualfieldanalysisusingtheOctopus900shouldbereliableinnormalsubjects.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1569.1572,2010〕Keywords:視野,Octopus900,Goldmann視野計,面積の比較.visualfield,Octopus900,Goldmannperimeter,comparisonofthearea.1570あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(88)mannKineticPerimetry)が開発され,2007年にはOctopus101の後継機種であるOctopus900(Haag-Streit社)のソフトウェアEyeSuitePerimetryV1.2.2が発売された.しかし,Octopus900の使用経験に関する報告は少なく3),Goldmann視野計との結果の比較についての報告はない.今回筆者らは,健常人に対してGoldmann視野計とOctopus900を施行し,両者の測定結果および有用性について比較検討したので報告する.I対象および方法1.対象対象は矯正視力1.0以上,屈折検査にて等価球面値が.6.5diopter(D)未満,カラー写真による眼底検査で眼疾患のないことを確認した健常人ボランティア32名32眼(男性11例11眼,女性21例21眼)であった.平均年齢は35.4±7.3歳(22~50歳),平均屈折度数は.1.23±1.82D(+0.75~.6.25D)であった.2.方法すべての対象者に対して,緑内障専門医2名により,カラー写真による眼底検査で眼疾患のないことを確認した後,Goldmann視野計とOctopus900を施行した.測定眼は左右交互に選択し左右眼の症例数が均等になるようにし,選択眼において両検査を施行した.検査順序はランダムとし,同一検者が施行した.Octopus900のソフトウェアはEyeSuitePerimetryV1.2.2を用いて視標,速度,測定点,測定方法をつぎのように設定した.視標は,V/4e,I/4e,I/3e,I/2e,I/1eを用い,各視標で垂直,水平経線の両端5°,各象限30°,60°方向の計16ポイント(5°,30°,60°,85°,95°,120°,150°,175°,185°,210°,240°,265°,275°,300°,330°,355°)で測定した.Mariotte盲点はI/4eで測定した.速度はOctopus900では周辺部は5°/sec,中心部は3°/sec,Mariotte盲点は2°/secに設定した.視標は求心性に呈示し,Mariotte盲点では遠心性に呈示した.I/2e,I/1eでは必要に応じて近見矯正レンズを付加した.Goldmann視野計においても同一条件で検査を施行した.また,両検査における測定条件を同等にするため,Octopus900におけるreactiontimeによる補正は行わなかった.各々の視野は,画像として取り込み,画像解析ソフトImageJ(NationalInstitutesofHealth,NIH,http://rsbweb.nih.gov/ij/)を用いて面積を測定し,中心30°に相当する円の面積を1.000として視標ごとに面積比を算出した(図1).検討項目は,両検査間の各視標の総面積および上下半視野における面積の相関,Mariotte盲点の面積とした.すべての対象から本研究についてのインフォームド・コンセントを得た.II結果緑内障専門医2名により両検査での視野の形状は同一と判定され,全例がこのスタディに登録された.測定時間は,Goldmann視野計では平均441±41秒(369~528秒),Octopus900では平均505±103秒(314~713秒)であり,平均測定時間はGoldmann視野計で有意に短かab図1ImageJによる面積計算a:計算したい範囲をトレースすると画面右上に面積が表示される.b:面積の基準とした中心30°に相当する円.この面積を1.000として各視標の面積比を算出した.(89)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101571った(p<0.01).各視標における総面積は,X軸をOctopus900,Y軸をGoldmann視野計とした回帰直線においてすべての視標で正の相関を示し(図2),相関係数は,V/4e:r=0.778,I/4e:r=0.838,I/3e:r=0.665,I/2e:r=0.753,I/1e:r=0.714(すべてp<0.01)といずれの視標においても高い相関を認めた.上下半視野における面積の相関係数を比較すると,上方ではr=0.450~0.737,下方では,r=0.740~0.867であった(p<0.01).下半視野において,上半視野と比較して高い傾向を示した(表1).Mariotte盲点の面積比は,Goldmann視野計では0.025±0.005,Octopus900では0.018±0.003であり,Octopus900で有意に小さく検出された(p<0.01).III考按今回の結果からGoldmann視野計とOctopus900は視野の形状が一致したこと,各視標における面積比の比較において高い相関を認めたことから,Octopus900は健常人においては信頼性がありGoldmann視野計の代用となりうることが示唆された.このことから求心性視野狭窄や半盲などの比較的シンプルな形状を呈する疾患ではOctopus900が有用であることが予測されるが,緑内障など不規則視野を呈する疾患における有用性については今後の検討課題と考える.視野面積の算出において,Octopus900ではイソプター面積算出機能があり経時的な変化の観察が可能であることは有用であると思われるが,本機で測定された面積値には単位がなく算出方法も不明であったため,Goldmann視野計の結果との比較ができなかった.そのため,今回は,両検査における結果を同一条件で面積比較するためにフリーの画像処理ソフトウェアであるImageJを用いた.Goldmann視野計とOctopus900の測定時間について,平均測定時間がGoldmann視野計で有意に短かった点については,まず,今回の対象が正常眼であり測定結果の予測が容易であったことから,手動のGoldmann視野計において無意識的に視標の移動速度が速くなったことが測定時間に影響した可能性があげられる.つぎに,検査手技に関しては,Octopus900では操作の手間が多いことと検者の操作に対する慣れが影響していると思われる.前身機種のOctopus101d:視標I/2ee:視標I/1ey=1.1621x-0.619r=0.6651.002.003.004.001.002.003.004.00OctopusGPc:視標I/3ep<0.012.003.004.005.00Octopusb:視標I/4e4.005.006.007.00Octopusa:視標V/4e0.000.501.001.50Octopus0.001.002.003.00Octopus0.000.501.001.50GP1.002.003.00GP2.003.004.005.00GP4.005.006.007.00GPy=1.1614x-0.1676r=0.714y=1.256x-0.3809r=0.753y=1.4211x-1.6871r=0.838y=1.2092x-0.9263r=0.778p<0.01p<0.01p<0.01p<0.01図2Goldmann視野計(GP)とOctopus900(Octopus)間の各視標における総面積の比較それぞれの図の縦軸(GP),横軸(Octopus)は中心30°の基準円に対する面積比で表示している.表1Goldmann視野計とOctopus900間の上下半視野における面積の比較上方下方回帰式r回帰式rV/4ey=0.808x+0.3840.550y=1.119x.0.1650.779I/4ey=1.041x.0.0760.450y=1.034x.0.1730.867I/3ey=1.030x.0.0590.491y=1.088x.0.2870.740I/2ey=1.383x.0.1690.737y=1.052x.0.1160.748I/1ey=1.171x.0.0460.615y=1.071x.0.0940.761下半視野における相関係数は,上半視野と比較して高い傾向を示した.1572あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(90)と比較すると,検査画面が日本語表示になったことや測定とイソプターや表示などの編集,プログラムの呼び出しが一画面で行えることなど操作性が格段にあがっており,Octopus900については適正に操作の設定をしておくことで検査時間の短縮ができる可能性はある.しかし,今後Goldmann視野計のようにシンプルな操作方法になるよう改良が待たれる.上下半視野における面積において下半視野における相関係数が上半視野と比較して高い傾向を示した.その原因として,測定手技に関しては視標の移動がOctopus900では全方向において定速であるのに対して,Goldmann視野計では視標の移動が手動であるため,定速を心がけたものの上下方向で若干の差が生じて結果に影響した可能性は否定できない.また,上方周辺部視野に関しては測定時間中における瞼裂幅の変動や,生理的な条件反射である周期性瞬目に伴うBell現象4,5)の影響が両検査における測定値のばらつきに影響したことも推測できるが,はっきりとした原因の特定はできなかった.今後,今回の結果についての再現性の有無や視野異常を伴う症例においても同様の傾向がみられるかどうかについて検討していく必要があると思われる.つぎに,Octopus900でMariotte盲点が小さく検出されたが,図2を見てみると周辺視野の検出においては逆にOctopus900で大きく検出される傾向がみてとれる.このことから,被検者がボタンを押すタイミングに対する検者(Octopus900では器械)の反応時間がOctopus900のほうが速いと推察すると,今回得られた差がある程度理解できる.その他,両検査における視標の移動速度の差による影響も理論上は考えられるが,Mariotte盲点に関しては視標の移動距離が短いため,実測値に対する影響はほとんどないと推察される.以上より,Octopus900はGoldmann視野計とほぼ同等の精度をもつ検査であると考えられるが,両検査の比較においては,上半視野では両視野検査において差が出やすい可能性があること,Octopus900ではMariotte盲点が小さく検出されることを加味した視野の判定が必要であると考えられる.また,Octopus900は,半自動で動的視野を測定するという構造上,Goldmann視野計と同様に検者の技量が検査結果に大きく影響を及ぼしてしまうという問題がある.完全自動動的視野測定を目指すにはまったく新しいアルゴリズムが必要とされ,その開発が望まれる3).今回筆者らは比較的検査に順応しやすい年齢の健常人で検討を行ったが,今後は若年者や高齢者など年齢を変えた健常人,緑内障をはじめ視野異常のある症例についてOctopus900の有用性を検討する必要がある.文献1)湖崎淳:III視力・色覚・視野4.ゴールドマン視野.眼科49:1487-1492,20072)原澤佳代子:視野検査法の現状2.動的視野の現状.眼科47:261-270,20053)橋本茂樹,松本長太:自動動的視野計OCTOPUS900.眼科手術22:191-195,20094)平岡満里:瞬目反射と近見反射.神経眼科17:219-224,20005)NiidaT,MukunoK,IshikawaS:Quantitativemeasurementofuppereyelidmovements.JpnJOphthalmol31:255-264,1987***

スウェプトソース前眼部OCT CASIA® と回転式シャインプルーフカメラPentacam® による前眼部測定値の比較検討

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(83)1565《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(11):1565.1568,2010cはじめに最近の眼科領域における画像解析装置の進歩は著しい.その代表である後眼部OCT(光干渉断層計)は,現在では網膜硝子体疾患の病態評価および治療効果の判定に必須のものとなりつつある.前眼部画像解析装置も数多く存在するが,緑内障分野においては隅角,虹彩および毛様体の評価が可能であることが重要である.その代表として,まず超音波生体顕微鏡検査(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)があげられる.UBMは高解像度で隅角,虹彩および毛様体の評価が可能であり,前眼部の各種測定値の基準となる検査である.しかしながら,UBMは接触検査であることに加え,検査にある程度の熟練が必要なため検者間での測定値の再現性が低く1,2),仰臥位でしか検査ができないなどの問題点もある.そのため,UBMは隅角,虹彩および毛様体の評価には必須の検査ではあるが,日常診療でスクリーニングとして行う検査にはなりえないと考えられる.広く普及しスクリーニング検査としても使用できるためには,検査は非接触式かつ短時間で施行可〔別刷請求先〕伴紀充:〒220-0012横浜市西区みなとみらい3-7-3けいゆう病院眼科Reprintrequests:NorimitsuBan,M.D.,KeiyuHospital,3-7-3Minatomirai,Nishi-ku,Yokohama-shi220-0012,JAPANスウェプトソース前眼部OCTCASIARと回転式シャインプルーフカメラPentacamRによる前眼部測定値の比較検討伴紀充*1坂詰明美*2林康司*2秦誠一郎*2*1けいゆう病院眼科*2スカイビル眼科医院ComparisonofAnteriorChamberMeasurementsbySwept-sourseAnteriorSegmentOpticalCoherenceTomographyCASIARandRotatingScheimpflugCameraPentacamRNorimitsuBan1),AkemiSakazume2),KojiHayashi2)andSeiichiroHata2)1)DepartmentofOphthalmology,KeiyuHospital,2)YokohamaSkyEyeClinic正常有水晶体眼50例50眼(46.6±17.1歳)に対しTOMEY社製スウェプトソース前眼部光干渉断層計(anteriorsegmentopticalcoherencetomography:AS-OCT)SS-1000CASIARとOculus社製回転式シャインプルーフ(Scheimpflug)カメラPentacamRにより中心角膜厚,中心前房深度,隅角角度を測定し比較した.CASIARおよびPentacamRによる測定値はそれぞれ,中心角膜厚530±36μmおよび543±37μm(相関係数r=0.90),中心前房深度2.81±0.46mmおよび2.91±0.49mm(r=0.97),隅角角度29.7±11.0°および36.2±10.5°(r=0.59)であった.すべての測定項目でCASIARの測定値がPentacamRの測定値より有意に小さかった(p<0.01).また,中心角膜厚および中心前房深度における両者の相関係数が高かったのに対し,隅角角度では相関係数は低かった.Tocomparecentralcorneathickness(CCT),centralanteriorchamberdepth(ACD)andanteriorchamberangle(ACA)asmeasuredbyswept-sourseanteriorsegmentopticalcoherencetomography(AS-OCT)SS-1000CASIARandbyrotatingScheimpflugcameraPentacamR,50phakiceyesof50normalsubjects(46.6±17.1y/o)wereenrolled.MeanmeasurementsbyCASIARandPentacamRwere,respectively,CCT530±36μmand543±37μm(Correlationcoefficientr=0.90),ACD2.81±0.46mmand2.91±0.49mm(r=0.97),ACA29.7±11.0°and36.2±10.5°(r=0.59).StatisticallysignificantdifferencewasfoundbetweenallanteriormeasurementsbyCASIARandPentacamR(p<0.01).AlthoughthecorrelationcoefficientwasveryhighinCCTandACD,itwassignificantlylowerinACA.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1565.1568,2010〕Keywords:スウェプトソース前眼部OCT,CASIAR,PentacamR,中心角膜厚,中心前房深度,隅角角度.swept-sourseanteriorsegmentOCT,CASIAR,PentacamR,centralcorneathickness,centralanteriorchamberdepth,anteriorchamberangle.1566あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(84)能であることが必須条件である.非接触式の前眼部画像解析装置の一つとしてOculus社製PentacamR(以下,Pentacam)があり,光源を180°回転させることにより複数のシャインプルーフ(Scheimpflug)像を撮影できる回転式シャインプルーフカメラで,角膜形状や角膜厚だけではなく,屈折補正を加えることで前房形状解析も行うことができる装置である.これまでにも狭隅角眼のスクリーニング3,4)やレーザー虹彩切開術(LI)前後の前房形状の変化の測定4~6)にも使用されてきた.しかしながら,Pentacamは組織深達度の問題から隅角や毛様体を直接描出することはできず,そのためPentacamを用いて前房形状を評価する場合には前房深度や前房容量が用いられてきた経緯があり,緑内障分野における前眼部画像解析装置としては十分ではない.そこで,UBMに替わる前眼部画像解析装置として期待されているのが前眼部OCTである.前眼部OCTはUBMと同等の隅角解析能力をもつと報告されている7,8)が,これまでタイムドメイン方式のもの(VisanteR,CarlZeiss)しか実用化されておらず,測定速度が遅いことが問題であった.最近になりTOMEY社製スウェプトソース前眼部OCTSS-1000CASIAR(以下,CASIA)が製品化され,フーリエ(Fourier)ドメイン方式の一つであるスウェプトソースの採用により測定時間が大幅に短縮された.CASIAは後眼部OCTよりも長い1.3μm波長の光源を使用しているため組織深達度が高く,さらに屈折補正を加えることで隅角,虹彩および毛様体を解像度10μm程度という高い精度で定量解析が可能である.これはUBMの解像度である50μmよりも高精度である.このように,検査の簡便性と3次元解析を含めた高い解析能力により,CASIAは今後広く普及する可能性を秘めていると考えられるが,まだその測定値の特徴については報告が少ない.今回筆者らはCASIAとPentacamによる正常眼の各種前眼部測定値を比較検討したので報告する.I対象および方法スカイビル眼科医院を受診した角膜疾患のない開放隅角有水晶体眼の症例のうち,本研究の趣旨を理解し文書で同意が得られた50例50眼(男性25例,女性25例,平均年齢47.2±17.4歳,21~89歳)に対し,CASIAおよびPentacamにより右眼の中心角膜厚,中心前房深度,隅角角度を測定し比較した.開放隅角の判定はvanHerick法により周辺部における前房深度/角膜厚比が2分の1以上のものとした.測定は無散瞳下で同一日に同一暗所で行い,隅角角度は耳側を測定した.中心前房深度は角膜後面から水晶体前面までの距離と定義した.y=0.8666x+0.05840.650.60.550.50.450.450.50.55Pentacam(mm)0.60.65CASIA(mm)図1中心角膜厚の相関y=0.8938x+0.205654321123Pentacam(mm)45CASIA(mm)図2中心前房深度の相関y=0.6171x+7.3564605040302010102030405060Pentacam(°)CASIA(°)図3隅角角度の相関表1CASIAとPentacamによる測定値CASIAPentacam相関係数p値中心角膜厚(μm)530±36543±37r=0.90p<0.01中心前房深度(mm)2.81±0.462.91±0.49r=0.97p<0.01隅角角度(°)29.7±11.036.2±10.5r=0.59p<0.01(85)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101567II結果CASIAおよびPentacamによる測定値は,中心角膜厚530±36μmおよび543±37μm(相関係数r=0.90),中心前房深度2.81±0.46mmおよび2.91±0.49mm(r=0.97),隅角角度29.7±11.0°および36.2±10.5°(r=0.59)であった(表1).すべての測定項目でCASIAのほうが有意に小さく測定された(p<0.01:Studentt-test).また,中心角膜厚および中心前房深度は両者の相関係数が高かったのに対し(図1,2),隅角角度では相関係数は低かった(図3).III考察今回3つの測定項目すべてでCASIAのほうが有意に小さく測定された(p<0.01).ここではそれぞれの測定値で有意差が出た原因を中心に考察する.まず中心角膜厚および中心前房深度の有意差に関して考察する.両者の測定値の違いの原因として,CASIAとPentacamでは角膜厚および前房深度の測定部位が異なることがあげられる.図4にCASIAの測定結果表示画面を示すが,CASIAでは隅角底を結ぶラインの垂線上の角膜厚,前房深度を測定しているのに対し,Pentacamでは視軸上の角膜厚,前房深度を測定しており,これが有意差の最大の原因であると考えられる.しかしながら,中心角膜厚および中心前房深度ともに両者の測定値には非常に高い相関があり,この有意差は両者の測定値の一定の傾向としてとらえることができ,互いに互換性のあるものと考えてよい結果である.つぎに隅角角度について考察する.タイムドメイン方式の前眼部OCTとPentacamによる隅角角度測定の報告9)でも今回と同様の結果が得られており,両者の測定値は比較可能なものではないと結論づけられているが,今回筆者らは測定値の有意差の原因として以下の2つの理由を考えた.まずはじめに,測定条件の違いが有意差の原因となった可能性が考えられる.今回の測定は同一日に同一暗室で行ったが,Pentacamは測定時に発光するため実際の測定条件は厳密には同じではない.他の部位と比較して隅角は測定条件により敏感に構造が変化する部位である.つまり,Pentacamの測定時の発光により縮瞳し隅角角度が変化したため,両者で異なる測定値が出た可能性が考えられる.これに関しては,隅角という動的に変化しうる構造物をどのように定量的に評価していくかが今後の大きな課題となると考えられる.つぎに,Pentacamによる隅角角度の測定そのものが不正確であるため測定値に有意差が出た可能性が考えられる.前述のようにPentacamは組織深達度の問題から隅角を直接描出することはできず,撮影されたシャインプルーフ像に自動的に角膜後面の接線と虹彩根部を通過する虹彩前面の接線が引かれ隅角角度が算出される.つまり,Pentacamの隅角角度は測定値ではなくあくまで計算値であり,直接隅角を測定可能な前眼部OCTの値と比較すると信頼性が低く不正確である.Kuritaらの報告3)では,Shaffer分類grade2以下の狭隅角眼ではPentacamで測定した隅角角度とUBMで測定した隅角角度の相関が低く,Pentacamによる隅角評価の限界が示されている.また,岡らの報告4)でもPentacamで狭隅角群とレーザー虹彩切開術(LI)施行後群の前房形状解析を行い,周辺前房深度および前房容量はLI施行後群で有意に増加するのに対し,隅角角度は狭隅角群よりもLI施行後群のほうが減少するという矛盾した結果となり,Pentacamによる隅角角度の測定精度は低いと結論づけている.以上より,今回の比較検討でもPentacamの隅角測定精度が低いことが両者の測定値の有意差の原因となった可能性が高いと考えるが,今後はさらにCASIAと隅角鏡所見やUBMなどの他の測定機器の測定値との比較検討が必要であると考えられる.また,前述のように前眼部OCTはスクリーニング検査としての利用も期待されており,そのなかでもわが国においては狭隅角のスクリーニングが最も重要であると考えられるが,タイムドメイン方式の前眼部OCTは特異度の点で狭隅角のスクリーニングには向いていないとの報告10)があり,同様の検討をCASIAでも行う必要があると考える.今回検討したCASIAの前房形状解析において,中心角膜厚と中心前房深度はPentacamの測定値との相関が高く,妥当な計測が行われていると考えられた.隅角角度は測定理論上CASIAはPentacamと比較し高い精度で隅角角度を計測できる可能性が高いと考えられるが,正確な評価のためにはさらなる比較検討が必要である.文献1)TelloC,LiebmannJ,PotashSDetal:MeasurementofCCT=585[μm]ACD=2.89[mm]ACD-LCCT-FCCT-B※1AR1AR2※2図4CASIAの測定部位(※1)とPentacamの測定部位(※2)の違い(中心前房深度)1568あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(86)ultrasoundbiomicroscopyimages:intraobserverandinterobserverreliability.InvestOphthalmolVisSci35:3549-3552,19942)UrbakSF,PedersenJK,ThorsenTT:Ultrasoundbiomicroscopy.II.Intraobserverandinterobserverreproducibilityofmeasurements.ActaOphthalmolScand76:546-549,19983)KuritaN,MayamaC,TomidokoroAetal:Potentialofthepentacaminscreeningforprimaryangleclosureandprimaryangleclosuresuspect.JGlaucoma18:506-512,20094)岡奈々,大鳥安正,岡田正喜ほか:前眼部3D解析装置PentacamRにおける閉塞隅角緑内障眼の前眼部形状.日眼会誌110:398-403,20065)Lopez-CaballeroC,Puerto-HernandezB,Munoz-NegreteFJetal:QuantitativeevaluationofanteriorchamberchangesafteriridotomyusingPentacamanteriorsegmentanalyzer.EurJOphthalmol20:327-332,20106)AntoniazziE,PezzottaS,DelfinoAetal:AnteriorchambermeasurementstakenwithPentacam:anobjectivetoolinlaseriridotomy.EurJOphthalmol20:517-522,20107)RadhakrishnanS,GoldsmithJ,HuangDetal:Comparisonofopticalcoherencetomographyandultrasoundbiomicroscopyfordetectionofnarrowanteriorchamberangles.ArchOphthalmol123:1053-1059,20058)DadaT,SihotaR,GadiaRetal:Comparisonofanteriorsegmentopticalcoherencetomographyandultrasoundbiomicroscopyforassessmentoftheanteriorsegment.JCataractRefractSurg33:837-840,20079)DincUA,OncelB,GorgunEetal:AssessmentofanteriorchamberangleusingVisanteOCT,slit-lampOCT,andPentacam.EurJOphthalmol20:531-537,201010)LavanyaR,FosterPJ,SakataLMetal:Screeningfornarrowanglesinthesingaporepopulation:evaluationofnewnoncontactscreeningmethods.Ophthalmology115:1720-1727,2008***

眼科医にすすめる100冊の本-11月の推薦図書-

2010年11月30日 火曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.11,201015610910-1810/10/\100/頁/JCOPY初期研修医2年目で,まだ「眼科医」になってもいないのに「眼科医にすすめる100冊の本」に寄稿するなんておこがましい気もするのだが,「好きに書きなさい」とおっしゃって下さった寛大な教授のお言葉に甘えることとして1冊の本を紹介したい.「神様のカルテ」は恥ずかしながら,「某人気アイドルグループメンバー出演,映画化」の見出しに踊らされて購入した.題材が地域医療とわかったとき,その偶然のタイミングに驚いた.何しろ私は山形県のとある町立病院で地域医療の研修真っ只中だったのだ.主人公である栗原一止は,信州・本庄病院に勤務する5年目の内科医で,酔っ払いから末期癌の患者まで,自分の専門分野に関係なく24時間365日診療にあたっている.本に描かれている現場はまさに私がいた町立病院と酷似しており,後に著者である夏川草介氏が実際に長野県の地域医療に従事されていることを知って納得した.それは大学病院で研修してきた現場とはかけ離れた,町立病院の現実そのものだった.私がいたのは人口約1万人の小さな山間の町で,その町立病院では常勤の内科医4人,週1.2回外勤の先生方による眼科,外科,婦人科,整形外科の外来診療が行われていた.文中に「自分の専門は消化器だとか循環器だとか大声で吹聴できるのは,地方では大学病院くらいである.」とあるのだが事実,地域医療の現場では酔っ払いから蜂刺され,交通外傷,原因不明のCPA(心肺機能停止),末期癌患者まで,どんな患者も診なければいけない.地域医療の研修が始まった当初の私はとにかく早く大学に戻りたかった.オーベンの先生をすぐに呼べる状況とはいえ,見よう見まねで内科外来を担当したり,独りで救急対応をしたりで,不安で仕方がなかった.スタッフの揃った大きい病院であればすぐに他科コンサルトが可能で,時間外でも必要であればCT(コンピュータ断層撮影),MRI(磁気共鳴画像),心カテ,内視鏡検査,手術までオーダーできる.私がいた町立病院では血液検査すら躊躇する.本当に必要か.それまでどれだけ自分が守られた特殊な場所で研修してきたのかと目が醒める思いだった.無駄な検査はしない.いかにこれが大変で,大切なことか実感した.研修を終えるまで私の不安が消えることはなかったが,それなりに恰好はついてきていたように思う.ハエが飛び交う家へ消毒用アルコール片手に訪問診療,通所のご高齢の方々と一緒にリハビリ,「町中みんな知り合い」とは本当で,噂話にも参加した(ただし方言が強く,会話の7割は理解できなかった).まさに「地域医療」,この本と自分をシンクロさせながら過ごした1カ月だった.この本にはたくさんの患者が登場するのだが,なかでも胆.癌である安曇さんが印象的だった.外科的手術が困難と診断され「大学病院は安曇さんを診るようなところではない」と言われてしまう.栗原に助けを求めに来た彼女は延命ではなく,あるがままに生きたいと希望する.どこまで治療をするべきか,境界は灰色だ.私も,町立病院で同じように考えさせられる女性の患者に出会った.彼女も安曇さんと同じく末期癌で,いつ急変するかわからない状態だった.私が訪室するといつも笑顔で曽孫や玄孫のことを話してくれたことを思い出す.その最期のとき,家族は延命を希望した.どうしても玄孫に会うまで,と言われて挿管した.カルテにDNRの記載はなかった.栗原は「ただ感情的に『全ての治療を』と叫ぶのはエゴ」と言う.そこには本人の意思はなく,家族の,医療者のエゴしかない,と.あの行為はエゴなのか,安曇さんの件を読みながらこの問いを反芻した.誰も正解を教えてはくれない.大学病院ではDNRの意思(79)■11月の推薦図書■神様のカルテ早川草介著(小学館)シリーズ─96◆成味真梨山形大学附属病院卒後臨床研修センター1562あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010確認を徹底しており,予め入院時に確認していることが多かった.しかし地域医療の現場では必ずしもそうならない.風習,考え方,その地域独特の何かが,そうさせているのかもしれない.ただ,一つ言えることはBSC(BestSupportiveCare)は大学病院,民間病院,自宅といった場所を選ぶものではない.そしてそれは患者,家族,環境,その時々で変化するためマニュアルは存在しない.境界はやはり灰色のままでいいのかもしれない.それからもう一つ,この本を通して描かれているのが栗原の葛藤だ.「本庄病院に残るか,大学に戻って入局するか.」私たち若い医者にとっても他人事ではない.初期研修,専門科,後期研修,入局,すべて個人の選択に委ねられる.私の同級生をみても,地元に残る者,大都市に出る者,私のように所縁のない山形まで来てしまう者(極少数),大学病院,民間病院,入局する,しない,選択はさまざまだ.それぞれに利点,欠点があり,要は本人が将来的にどのような医者を目指すかに尽きると思う.「新しい研修医制度のおかげで,最初の2年間の研修期間は一般の病院に出ていく医者が増えた」のだが,この現行の研修制度についても賛否両論があり,その否定的な意見の一つに「地方の医師不足の助長」があげられる.この制度によって,栗原のように民間病院で初期研修を行い,そのまま入局しないという選択ができるようになった.大学の医局員が減り,派遣が滞れば,そのしわ寄せは地方の小病院にやってくる.医局制度が,ある意味で地域医療を支えている.栗原の同期である,砂山は大学の外科から本庄病院に派遣されている.入局しない栗原に対して,「大学でしか学べない高度医療ってのがある,お前ならそれも学んでさらに高みを目指せるんだ.多くの医者に会い,技を磨き,知識を深めるんだ.」と大学に誘う.井の中の蛙,大海を知らずではいけない.砂山の意見も一理ある.医局とは何か,私にはまだわからない.作中の大狸先生の言うように「ひどいところ」かもしれないし,違うかもしれない.ただ,見よう見まねだけに頼ることはしたくない,そう思ったから私は「入局」を決めた.小さな町で,眼科をするにしても,まずはきちんと勉強して,知識と技術を身につけて,それからでも遅くないのではないか,そう思っている.地域医療と大学病院,確かに現場環境は違うけれど医療を提供するという点は同じだ.診療科も,病院も,地方も,大都市も関係ない.患者一人ひとりに応えること,そこにいちいち区別は必要ない.最後になったが,この本の登場人物はそれぞれ個性的で,とても人間らしく描かれており,その描写もこの本の魅力の一つになっている.医療物はちょっと…という方にもぜひ機会があったら読んでみてほしい.「地域医療」の世界を少し垣間見られる本だ.(80)☆☆☆

眼研究こぼれ話 11. NIHの臨床研究 アルソップ氏の遺稿

2010年11月30日 火曜日

(77)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101559NIHの臨床研究アルソップ氏の遺稿有名な評論著作家,スチュワート・アルソップが,まだ50歳を超したばかりのとき,白血病にかかった.それも尋常のものではなく,白血球が減っていく,困った型のものである.自分の死期の近いことを知った彼は,日記をもとにして,感銘深い本を書いた(StayofExecution).自分自身の受ける治療のこと,周りに居る同病の人々の話,この不治の病気に取り組んでなんとかしたいと焦っている若い医者の様子などを,実にイキイキと描写した実話である.化学療法を受ける苦しい経験の記載はわれわれ医者にとって大変に貴重な報告である.また,この本には,彼の若いときの思い出や,愛妻に向ける感情などが,美しく述べられている.この翻訳を読んだという日本の友人の話から判断すると,翻訳にまずい所があるのではないかと疑っているが,是非読んでいただきたい.この物語は全部NIHを舞台としてつづられている.NIHの紹介は前回にしたが,ここには14階の大きな病院がある.アイゼンハワー大統領によって造られたもので,もう古くなってはいるが,現代最高の設備を持った病院であり,臨床医学の優秀な医者たちが,たくさん働いている.ほかの病院と異なるのは,ここは完全な研究病院であって,アルソップ氏のような難しい病人が,世界各国から多数送られて来て,NIHの各部門の部長たちの決める研究題目の材料となっている.もちろん,安全度は十二分に考えられて取り扱われるが,病人たちには,色々の臨床実験がほどこされる.白血病患者には,積極的な化学療法の実験が行われており,強い化学療法のために,頭髪が全部抜けた患者が,木陰で休んでいるのを当所を訪れる人は,見かけるであろう.白血病で,白血球の数が1㏄中30万を超すようになると,眼底と脳に出血を起こすので,私もこの研究班に参加して,ほかの医者たちとともに絶望感を味わっている.このほか,実にたくさんの奇病,難病患者が集まっていて,ある意味での医学のメッカとなっている.特に酵素系の欠如による難しい疾患は,診断と治療に大変な費用が掛かる場合が多い.このような人々の治療が,国費で賄われている.研究患者のベッドと,同じ階にある研究室には,全国の大学から選り抜かれた優秀な医者たちが集まっている.特に先年前までは,ここでの任務は軍役と同様にみなされていたので,兵役に入るかわりに応募してくる最優秀者をそろえることができていた.平和な現在は,応募医者数は減ったが,まだまだ,たくさんの学徒が,ほかではできない実験のできるチャンスにあこがれて,雲集している.多数の有能なPhD(理学博士)の援助を受けつつこれらの医者が,実際に病人に対して理論の応用を試みているのである.0910-1810/10/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長●連載⑪▲スチュワート・アルソップ氏の写真のついた彼の最後の本「死刑猶予」の表紙1560あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010眼研究こぼれ話(78)前記の本のなかには若い主治医,グリック博士との間に生じた不思議な友情関係が述べられている.優秀な学究者であるグリック博士はなんとかしてアルソップ氏を助けたいと,焦るけれども無力である.この患者の偉大な人間味に打たれて,若い医者が人生教育を受けているらしい様子が行間に感じられる.一方,アルソップ氏は自分の死生の運命を知っているこの青二才の医者を尊敬し,同時に友情を感ずるあたりが,ぐっと胸をしめるようにつづられている.医者対患者の美しい物語である.このNIH病院での臨床研究には前回に述べたような非能率は許されない.医者たちは,働かない事務系,研究補助系の人たちと,果てしのない争いを続けている.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆

私が思うこと 24.幸運と不運

2010年11月30日 火曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101557シリーズ私が思うこと(75)昔から思っていたのだが,というか妄想に近いのだが人の運の量は一定で幸運と不運は隣り合わせ,運がいいときもあれば悪いときもある.なのでどちらかがずーっと続くわけではなく,いいことが続けば悪いことが起こるかもしれないからと警戒し,悪いことが続けばいいことが起こるかもしれないからがんばろうと思い生きてきた.そんなことを思いつつ月日がたつのは速いもので医師になって12年がたった.年齢的にはアラフォーであり日本人の男性の平均寿命が80歳ぐらいであるから人生の半分くらいのところまできた.いい機会なので医師としての自分を振り返りつつ,全体として幸運なのか不運なのか自分で評価してみる.平成11年に山形大学医学部を卒業し,同眼科学講座に入局した.眼科を選択した理由は,ポリクリで各科を回ってみてマイクロサージェリーの美しさが印象に残ったからである.入局した年は丁度教授選があり山下英俊教授が就任された.振り返ればこれは私にとってかなり幸運なことだったんだなと今になって思う.自分の上司とか師匠となる人との出会いは人生において非常に重要な役割を担っていると思う.学生時代からそういう人をみつけてそこで働ければ一番よいのだが,ほとんどの人は自分の母校とか地元の病院とかに就職するであろう.そうなると師匠となる人を自分では選べない.私もまさしくその状態だったのだが棚からぼたもちともいうべきか,何もしないですばらしい師匠を得た.これが第1の幸運である.入局後大学で2年間の研修を終えて関連病院に4年半赴任した.元来めんどーなことが嫌いな性格であり,あまり忙しくない関連病院で特に専門も決めずにふらふらとしていた.途中大学に戻って来いといわれても,「いや,もうちょっといます」とか何とかいってごまかしていた.こんな状態だったのでさすがに山下教授も心配してくださり「大学で眼腫瘍をやってみませんか」と直接お声をかけていただいた.当時大学では高村浩准教授(現在は公立置賜総合病院外科系部長)が1人で眼腫瘍の診療をされていた.特になにかをやりたいと思っていたわけではないので断る理由もなく大学に戻って眼腫瘍を専門にすることにした.眼腫瘍は眼科のなかでもマイナーな分野であろう.全国で眼腫瘍を専門にしていると標榜しているのは40.50人くらいであろうか.学会や研究会でも眼腫瘍の分野にはほとんど同じ先生方が出席され熱い議論を交わしている.大学に戻ってから4年間,高村准教授と眼腫瘍の診療をしてきたがこれが第2の幸運であった.高村准教授もすばらしい人であり眼腫瘍の診察,治療について一から教えていただいた.悪性の腫瘍などは患者に説明するのになにかと苦労するが,外来の忙しいさなかでも懇切丁寧に説明する高村准0910-1810/10/\100/頁/JCOPY今野伸弥(NobuhikoKonno)山形大学医学部眼科学講座助教1972年福島県生まれ.山形大学に入学して以来山形にいるのでもはや山形県人です.夏は暑く冬は寒くて住むのには苦労しますが,食べ物がおいしく人々も温和なのでとてもいいところです.今年から医局長となり医局の運営と眼腫瘍の診療に日々奮闘しています.(今野)幸運と不運▲高村浩准教授の送別会にて左から2番目:山下英俊教授,真ん中:高村准教授,右端:筆者.1558あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010教授の姿をみて医師としても人としても尊敬することができた.昔から人がやらないようなことをやることが好きだった自分としても眼腫瘍の奥深さに興味をもてた.そんなわけで自分から進んで何かをするわけでもないまま眼科医としての進むべき道と師匠を得た.山下教授,高村准教授には感謝してもしきれないくらいである.大学に戻ってきてから学生の指導や講義もしなくてはならなくなり,診療や研究の合間に寝る間を惜しんで講義用のスライドを作って講義をしても,学生からの評価のアンケート用紙に「スライドが見づらいです」と書かれたり(予備校みたいに講義する医師が評価されます),平成22年2月からは医局長となり医局の運営で苦労したり,医局内や医局外の先生に挟まれて悩んだり,これが中間管理職の苦労かと実感させられることがあったりしても山下教授,高村准教授に出会えたことの幸運に比べれば小さな不運であると思う.こうしてみると医師としての運はかなりいいほうではないかと思う.仕事の面では幸運に恵まれて順風満帆なのだが,いかんせん,プライベートで最大の不運がある.アラフォーなのに結婚の予定がまったくないのである.結婚が幸運かどうかは人それぞれであろうが,今の自分にとっては結婚することは幸運だと思う.仕事とプライベートを総合して考えてみると,やはり幸運と不運の量は一定なのか,今の時点ではイーブンなのかな.今野伸弥(こんの・のぶひこ)1999年山形大学医学部卒業,同眼科入局2001年山形県立河北病院眼科2003年舟山病院眼科2006年山形大学医学部助教現在に至る(76)☆☆☆お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.メディカル葵出版年間予約購読ご案内眼における現在から未来への情報を提供!あたらしい眼科2011Vol.28月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術2011Vol.24■毎号の構成■季刊/1・4・7・10月発行A4変形判総140頁定価2,520円(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)日本眼科手術学会誌(4冊)(送料弊社負担)【特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障など)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療/インターネットの眼科応用他【その他】トピックス・ニュース他■毎号の構成■【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社〒113.0033東京都文京区本郷2.39.5片岡ビル5F振替00100.5.69315電話(03)3811.0544http://www.medical-aoi.co.jp

インターネットの眼科応用 22.インターネットで時間の共有1

2010年11月30日 火曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.11,201015550910-1810/10/\100/頁/JCOPY時間の共有インターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行した大きなパラダイムシフトをWeb2.0と表現します.インターネットは繋ぐ達人です.地域を越えて,個人と個人を無限の組み合わせで双方向性に繋ぎます.パソコンや携帯端末からブログや動画,写真などをインターネット上で共有し,コミュニケーションすることが可能になりました.インターネット上で情報が共有され,経験が共有され,時間が共有されます.前章までに,医療知識・医療情報がインターネット上で共有される事例を数多く紹介してきました.「時間の共有」は,インターネットの最も今日的な利用方法です.その,「時間の共有」というインターネットの進化と,医療がどのように関係するのか,実例を交えながら紹介したいと思います.インターネットは人と人を繋ぐツールです.同時性をもつ繋ぎ方には,どんな方法があるでしょうか.チャット,スカイプ,テレビ会議,ツイッター,Ustreamなどがあげられます.チャットは短いメールのやりとりです.一対一が原則です.スカイプはどうでしょう.スカイプはインターネット通信を用いた無料電話です.これも一対一が原則です.テレビ会議はどうでしょう.複数の参加者が,足を運ぶことなく,空間を共にせずに時間を共にすることができます.複数の人間が参加するとはいえ,参加者は顔見知りに限られる閉鎖空間です.ツイッターとUstreamは,対象が不特定になる点で,他のツールとは大きく異なります.Ustreamについては章を改めて紹介します.本章は,ツイッターというツールの特徴と,医療応用の可能性について紹介します.ツイッターは,Obvious社(現Twitter社)が2006年7月から始めたサービスです.ブログ・サービス「Blogger」(2003年にGoogle社が買収)の開発チームのエヴァン・ウィリアムズ,ビズ・ストーン,ジャック・ドーシーらが中心となって2006年に設立されました.ジャック・ドーシーによると,ツイッターの基本構想は自身が2000年6月に思いついたそうです.リアルタイム性が高く,どこにいても自分の状況を知人に知らせたり,逆に知人の状況を把握できたりするサービスの可能性に気づきました.ツイッターは,2007年3月に米国で開催されたイベントSouthbySouthwest(SXSW)でブログ関連の賞を受賞したことで一躍注目を集めるようになりました.2008年4月23日にユーザインターフェースが日本語化された日本語版が利用可能になり,2009年10月15日には携帯電話に対応できるようになりました1).ツイッターの医療応用ツイッターは,ミニブログともいわれますが,短いメッセージを思いのままに発信します.その対象は,「誰か(One)」ではなく,「ネットワーク(Mass)」です.情報だけでなく,感情や感覚を,ネットワークの参加者間で同時に共有できます.その簡便性が支持を受けて利用者が格段に増えました.海外に目を移すと,インドネシアやブラジルのようにメールよりもツイッターが普及している国すらあります.政治家や芸能人のような,実生活において距離のある人物とも,リアルタイムで情報・感情を共有できる,という希少性と同時性がツイッターの革新的な要素です.情報の質は問いません.ツイッターには,コミュニケーションツール以外の利用方法が報告されています.2009年4月から,新型インフルエンザがメキシコから世界中で流行しました.発症初期は,謎の流行性疾患が凄まじい勢いで拡散している,どうやら死者も出ているらしい,致死性の高い,感染力の高い恐ろしいウイルスだ,という内容で新聞やテレビから報道されました.個人が発信するインターネット上の情報はどうだったでしょう.ツイッターには,新型インフルエンザ患者の増加と同時に,「頭が痛い」「のどが痛い」「熱が出た」というつぶやき(ツイート)がメキシコからアメリカにかけて多数みられました.そのツ(73)インターネットの眼科応用第22章インターネットで時間の共有①武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ1556あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010イートの発信源を追跡すると,インフルエンザの拡散と一致する,というのです.ロンドンシティ大学(CityUniversityLondon)がツイッターを伝染病などの早期警戒システムに活用しうるという研究結果を2010年4月13日に発表しました.2009年5.12月にかけてツイッターに英語で書き込まれたツイート約300万件を対象に,インフルエンザを意味する「flu」という単語の使われ方を調査した結果,「豚インフルエンザ(新型インフルエンザ)にかかっている(Ihaveswineflu)」という文を含むメッセージが12,954件,また「インフルエンザにかかった(I’vegotflu)」という文を含む書き込みが12,651件あり,それらの単語の発信源の広が(74)りとインフルエンザの拡散状況が一致していました.ツイッターは,疫学調査に利用できる可能性があります2).また,swinefluに関する人々のつぶやきをGoogleMapsに表示するというユニークなサイトも登場しました.人々のツイートを地図の上で視覚化します.2010年10月現在,このサイトのサービスの対象は,アメリカとヨーロッパとインドに限られていますが,近い将来,日本にも登場するのではないでしょうか3).インターネットの進化の方向性に,疫学調査・予防医療の領域が見えてきます(図1,2).ひょっとすると,流行性角結膜炎やアレルギー疾患の流行をリアルタイムで視覚化できるようになるかもしれません.「時間の共有」がインターネットの利用方法の今,起こっている潮流です.【追記】NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為と眼科という職人的な業を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvcjapan.orgまでご連絡ください.MVC-onlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://ja.wikipedia.org/wiki/Twitter2)SzomszorM,KostkovaP,deQuinceyE(2010)#swineflu:TwitterPredictsSwineFluOutbreakin2009acceptedfore-Health20103)http://www.mibazaar.com/swineflu.html図2図1のサイトの拡大図図1TwitterとGoogleMapsを組み合わせたWebサイトの俯瞰図吹き出しは,「flu」を含んだつぶやきの発信源.

硝子体手術のワンポイントアドバイス 90.緑内障濾過手術後の眼内炎に対する硝子体手術(中級編)

2010年11月30日 火曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.11,201015530910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに線維柱帯切除術(トラベクレクトミー)は緑内障濾過手術として広く行われているが,術後晩期に濾過胞感染を生じて眼内炎に進行することがある.線維柱帯切除術後の眼内炎の発症頻度は報告によって差はあるが1.3%程度とするものが多い.眼内炎発症の危険因子には種々のものがあるが,局所因子には眼瞼炎,涙.炎,結膜炎,無血管の菲薄した濾過胞結膜,全身因子には高齢者,糖尿病,膠原病,悪性腫瘍などの免疫低下状態があげられる.●濾過胞感染の病期濾過胞感染は,StageI(濾過胞内部の白濁と周囲結膜の充血),StageII(前房内炎症,前房蓄膿が加わる),StageIII(硝子体混濁が加わる)の3期に分けられる.一般にStageIIIに対しては,抗生物質(バンコマイシン+セフタジジム)の硝子体腔内注射あるいは硝子体手術を行う.●濾過胞感染による眼内炎に対する硝子体手術の問題点硝子体手術の方法としては通常の術後眼内炎と同様,十分な前房洗浄(図1)と周辺部に至る広範な硝子体切除(図2)を確実に施行することが重要である.しかし,濾過胞感染による眼内炎は,白内障術後眼内炎にはない,いくつかの予後不良因子がある.まず,散瞳不良例が多く,これに対してはアイリスリトラクターで瞳孔拡張を行う.濾過胞は多くの場合に膿性分泌物で満たされており,術後に濾過効果の温存が期待できるケースは少ない(図3).筆者は今までに結膜下の分泌物を洗浄することで,なんとか濾過胞温存を図ったことがあるが,結局は強膜と強固な瘢痕癒着を形成してしまった.ただし,硝子体手術後は毛様体機能も低下するためか,濾過効果が消失しても予想外に眼圧再上昇をきたす例は少ない印象がある.一方で,もともと視野(71)狭窄が著明な症例では硝子体手術という大きな侵襲が加わることで,残存視野がさらに狭窄あるいは消失してしまう危険性がある.硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載90緑内障濾過手術後の眼内炎に対する硝子体手術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1前房洗浄前房を十分に洗浄し,虹彩に付着したフィブリン膜を除去する.図2周辺部の硝子体切除他の術後眼内炎と同様に周辺部に至る広範な硝子体切除を行う.図3術前の細隙灯顕微鏡所見多くの場合,濾過胞は膿性分泌物で満たされており,術後に濾過効果温存が期待できるケースは少ない.この症例では術前にすでに濾過胞は消失していた.

眼科医のための先端医療 119.網膜神経保護療法の開発に向けて

2010年11月30日 火曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.11,201015490910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに網膜疾患の治療法は,硝子体手術の発展とともに大きく進歩し,網膜.離や糖尿病網膜症などの治療予後は,革新的に改善しました.また最近では,抗血管内皮増殖因子療法(抗VEGF療法)が開発されて血管病変を標的とした薬物治療が普及し,滲出型加齢黄斑変性(滲出型AMD)の治療が可能となりました.これらの治療法は今後も必要です.しかし,さらに良好な視機能予後のためには,視覚の主役である網膜神経細胞を対象とした網膜神経保護療法の開発が求められます.現時点では,おもに網膜色素変性症に対して,さらにこれに準じて萎縮型AMDに対して,治療の開発が進められています.将来的には網膜.離や糖尿病網膜症,滲出型AMDによる網膜神経細胞障害の抑制治療も開発したいところです.網膜神経保護療法のコンセプト糖尿病網膜症・滲出型AMDなどの炎症の関与する疾患では病的サイトカインなどが,また網膜色素変性症では遺伝子異常が,網膜を構成する神経細胞の機能不全や細胞死をひき起こし,視機能を低下させます.この機能不全を解消し,細胞死を予防することが,網膜神経保護療法です.これまで,糖尿病網膜症・滲出型AMDなど,原因療法を行っても効果が得られるまでに視機能が破綻してしまう例がありました.また,糖尿病では血管病変が明らかになる以前から網膜電図(ERG)で検出される視機能障害を生じることが知られています.これらを防ぐには,従来の治療法に加え,網膜神経保護療法を取り入れることが望ましいといえます.今のところ臨床研究が進められているのは,網膜色素変性症や萎縮型AMDにおける神経保護療法であり,次項ではそれを紹介します.網膜色素変性症・萎縮型AMDに対する神経保護療法動物実験の結果から,網膜神経保護効果をもつ分子としてciliaryneurotrophicfactor(CNTF)が有望視されています.CNTFは,遺伝子異常をもつ13種類の網膜色素変性症モデル動物の網膜変性を抑制したとされ,最近は臨床試験が進められています.対象が慢性進行性疾患であるため,神経保護療法は長期間にわたり,継続的に施行する必要があります.そのために,現行の臨床試験では,薬剤投与経路にも工夫が凝らされています.CNTFを継続的に産生するように遺伝子操作をした細胞を,直径1mmのポリエチレンテレフタラート糸(ポリエステルの一種でペットボトルの材料)で織られたインプラント(NT-501,Neurotech社)に入れて,それを硝子体内に埋め込むことで,持続投与をします.すでにPhaseI臨床試験が終了し1),現在Phase多施設二重盲検臨床試験が,計120症例に対して行われています.片眼に本治療が,他眼にシャム治療が行われ,その効果が比較される予定です.さらに,51例の萎縮型AMDに対しても同様のPhase臨床試験が行われ,1年後経過では,大きく視力低下した症例が減少したと中間報告されました.ただし,いずれの疾患も長期投与を必要とするため,今後の経過観察は必須です.CNTFの作用(分子メカニズム)CNTFは網膜神経節細胞・血管周囲のアストロサイトで生理的にも産生される液性因子です.膜貫通型gp130受容体を活性化させ,細胞内でJAK-STAT経路を活性化してanti-apoptotic作用をもつbcl-2ファミリー分子の発現を亢進させ,これが細胞生存作用の一端を担うと考えられています(図1).そのほかの分子メカニズムに関しては,今でも動物・細胞レベルで研究が続けられています.CNTFは,インターロイキン-6(IL-6)ファミリーに属し,炎症性サイトカインの一つです.つまり,必要以上のCNTF投与は副作用を生じ得ます.筆者らは,動物実験において,炎症性サイトカインの下流でSTAT3が活性化した網膜炎症モデルマウスでは,ロドプシンの過剰分解が生じること,同時にERGのa波の反応低下が生じることを報告しました2).これは,上述のCNTF(67)◆シリーズ第119回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊小沢洋子(慶應義塾大学医学部眼科)網膜神経保護療法の開発に向けて1550あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010持続投与のPhaseI臨床試験において,中心視力は保たれる可能性があったものの,ERGのa波の反応が低下したという結果1)と,関係するかもしれません.副作用はどのような薬剤にもあるものであり,作用・副作用に関する分子レベルの解析は,これからも重要です.さらなる神経保護療法の開発に向けて神経保護作用をもつ分子としてはほかに,nervegrowthfactor(NGF),pigmentepithelium-derivedfactor(PEDF)などがあります.一方,糖尿病網膜症・滲出型AMDなどの炎症性疾患では酸化ストレスによる細胞障害が知られ,糖尿病網膜症ではアンジオテンシンの発現が,眼局所で亢進します.筆者らは,AMDの予防で注目される抗酸化剤であるルテイン3),アンジオテンシン1型受容体阻害薬4)の全身投与が,全身状態は変わらないのに糖尿病による網膜神経障害を抑制することを,動物実験レベルで示しました.網膜疾患の病態解析に基づき,長期経口投与で行える新しい網膜神経保護療法の開発が待たれます.おわりにさまざまな治療法が開発され,網膜疾患の視機能予後は確実に向上しつつあります.しかし,網膜細胞が神経細胞である以上,一度失われた細胞を再増殖させることは今のところきわめて困難で,速効性の完全な根治療法がない限り,病的環境下にあっても細胞を生かし続けることは重要です.特に,現代のような発症してからの寿命が長い高齢化社会にあっては,なおさらです.網膜神経保護療法は,現在も続けられている基礎研究による情報の蓄積が不可欠な状態にあり,今のところまだ研究段階にありますが,必要とされていることには疑いがなく,今後,常にアンテナを張っていたい先端医療の一つです.文献1)SievingPA,CarusoRC,TaoWetal:Ciliaryneurotrophicfactor(CNTF)forhumanretinaldegeneration:phaseItrialofCNTFdeliveredbyencapsulatedcellintraocularimplants.ProcNatlAcadSciUSA103:3896-3901,20062)OzawaY,NakaoK,KuriharaTetal:RolesofSTAT3/SOCS3pathwayinregulatingthevisualfunctionandubiquitin-proteasome-dependentdegradationofrhodopsinduringretinalinflammation.JBiolChem283:24561-24570,20083)SasakiM,OzawaY,KuriharaTetal:Neurodegenerativeinfluenceofoxidativestressintheretinaofamurinemodelofdiabetes.Diabetologia53:971-979,20104)KuriharaT,OzawaY,NagaiNetal:AngiotensinIItype1receptorsignalingcontributestosynaptophysindegradationandneuronaldysfunctioninthediabeticretina.Diabetes57:2191-2198,2008(68)図1CNTF作用メカニズムのモデルCNTFは,CNTF受容体を介してgp130受容体およびJAKを活性化させ,細胞内でSTAT3を活性化して,anti-apoptotic作用をもつbcl-2ファミリー分子の発現を亢進させる.活性化STAT3は転写因子として働き,同時にほかの分子も発現してその他の作用も生じうる.gp130……CNTFbcl-2…………JAKSTAT3……bcl-2PPPP……….CNTF……anti-apoptosis……………………■「網膜神経保護療法の開発に向けて」を読んで■1990年代前半にサイトカインが網膜神経保護作用をもつという報告がなされ,眼科研究者に大きな衝撃を与えました.ただし,当時は増殖糖尿病網膜症,加齢黄斑変性などの治療法が十分に確立されていなかったために,網膜神経保護が網膜疾患治療の中心になるのは,遠い将来になると考えられていました.また,対象疾患は網膜色素変性症などの治療法がないものに限られるともいわれました.それから20年近くが経ち,ついにその将来が来ました.小沢洋子先生が本文中でわかりやすく解説されているように,米国ではすでに臨床試験が始まり,その効果が今年の米国眼科アカデミーでも報告されています.硝子体手術などに限(69)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101551らず,新しい治療に挑戦していく米国医療界の強い実行力には驚かされますが,硝子体手術などと同じように,この分野でも間違いなく米国医療界が開拓者であります.この治療が眼科診療にもたらす影響の大きさは計り知れません.まずは対象疾患の広がりの大きさです.本治療を実行しているWilliams博士によれば,緑内障,糖尿病,網膜.離など,眼疾患はほとんどが治療対象になり得ます.増殖糖尿病網膜症に対して手術的に網膜を復位させることは可能になりましたが,その後の視力維持は簡単ではありません.網膜神経保護療法がその解決法になるかもしれません.緑内障に至っては,本治療の可能性の大きさを説明する必要もないほどです.そして,さらに重要な点は治療の簡便性です.従来の網膜治療の中心は外科治療でした.高度な外科治療が成立するには,インフラ整備,術者教育など多くの要因が必要であるため,治療による受益者は限定されますが,外科医の利得も保証されるので,安定した医師-患者-開発者の関係を保つことが可能でした.ところが,網膜神経保護が薬物治療のようになれば,各医師の利益はきわめて限定されます.米国ではWinnertakesallという概念が広く受け入れられていますが,開発者の利得がきわめて大きくなるのは間違いありません.これは,従来の眼科医療者間の構造を完全に変えてしまう可能性があります.この潮流を止めることは不可能です.基礎研究が純粋にサイエンスであった時代を経て,基礎研究がサイエンスのみならず,眼科医療構造にまで大きなインパクトをもつようになった時代を迎えています.わが国でもこの領域の強化は重要であり,小沢先生のグループによる研究が大いに期待されています.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆