———————————————————————-Page1(127)13150910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(9):13151318,2008cはじめにサイトメガロウイスル(cytomegalovirus:CMV)網膜炎が,悪性腫瘍,臓器移植後,全身性エリテマトーデスや慢性関節リウマチなどの自己免疫疾患あるいは後天性免疫不全症候群(acquiredimmunodeciencysyndrome:AIDS)などの免疫不全状態において生ずることはよく知られており1),CMV感染により続発緑内障を発症することはまれである2)と考えられていた.今回,健常成人に高眼圧を伴って発症したCMV網膜炎の1例を経験したので報告する.I症例患者:52歳,男性.初診日:2002年4月22日.主訴:左眼霧視.既往歴:特記事項なし.家族歴:特記事項なし.現病歴:2002年4月20日頃より左眼霧視を自覚していたが改善しないため,同年4月22日に近医眼科を受診した.左眼ぶどう膜炎および続発緑内障と診断され,同日に中濃厚生病院眼科へ紹介された.〔別刷請求先〕望月清文:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KiyofumiMochizuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-1Yanagido,Gifu-shi501-1194,JAPAN緑内障を伴って健常成人に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例堀由起子望月清文岐阜大学医学部眼科学教室ACaseofCytomegalovirusRetinitiswithSecondaryGlaucomainanImmunocompetentPatientYukikoHoriandKiyofumiMochizukiDepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine全身疾患の既往のない52歳,男性の左眼に,高眼圧を伴う網膜炎がみられた.PCR(polymerasechainreaction)法により前房水中のサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)DNAが検出され,CMV網膜炎と診断した.ガンシクロビルおよびステロイド薬投与を行い眼圧下降および網膜炎の消失が得られた.現在まで再発はなく,全身検索にてHIV(humanimmunodeciencyvirus)抗体も陰性で特記すべき異常は認めていない.健常成人に発症した緑内障と前眼部炎症を伴った網膜炎では,PCR法による前房水中のウイルス検索を行う際に,CMVを含めたヘルペスウイルスの検討が重要である.A52-year-oldhealthymalewithouthumanimmunodeciencyvirusinfectiondevelopedcytomegalovirus(CMV)retinitisconcurrentwithraisedintraocularpressure(IOP)inhislefteye.Initiallyhereceivedintravenousacyclovirtherapy,onsuspicionofacuteretinalnecrosis;however,hissymptomsfailedtoimprove.Afterpoly-merasechainreactiondisclosedCMVDNAintheaqueoushumor,wechangedtheantiviraltherapyfromacyclovirtoganciclovir.Thepatientrespondedwelltointravenousganciclovir;reactivationoftheCMVretinitishasnotbeenobserved.IntraocularDNAidenticationofherpesvirus,includingCMV,isrecommendedinhealthyindividu-alswithsuchocularndingsasinthispatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(9):13151318,2008〕Keywords:健常人,サイトメガロウイルス網膜炎,続発緑内障.immunocompetentindividual,cytomegalovirusretinitis,secondaryglaucoma.———————————————————————-Page21316あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(128)初診時眼科的所見:視力は右眼0.1(1.2×0.75D(cyl1.75DAx100°),左眼0.06(0.7×0.75D(cyl0.50DAx100°),眼圧は右眼20mmHg,左眼48mmHgであった.左眼球結膜に充血はほとんどみられず,角膜に豚脂様角膜後面沈着物(KP)を認めた(図1)が,前房内炎症細胞は軽微で隅角結節は認めなかった.左眼の前部硝子体に炎症細胞が軽度にみられ,耳側周辺部網膜には動脈の白鞘化と顆粒状の白色滲出斑を認めた(図2).蛍光眼底造影(FAG)では白色滲出斑がみられる部位に血行の途絶を認めた(図3).右眼には明らかな異常はみられなかった.動的量的視野および網膜電図には特に異常を認めなかった.画像検査所見:眼窩および頭部CT(コンピュータ断層撮影),MRI(磁気共鳴画像)では特に異常を認めず,胸部X線写真でも異常所見はなかった.血液検査所見:WBC(白血球)8,200/μl,RBC(赤血球)411×104/μl,Hb(ヘモグロビン)13.8g/dl,Ht(ヘマトクリット)41.4%,Plt(血小板)57.8×104/μl,CRP(C反応性蛋白)0.1mg/dl,RA44.4IU/ml,TP(総蛋白)6.7g/dl,Alb(アルブミン)4.0g/dl,BUN(血中尿素窒素)11.5mg/dl,Cr(クレアチニン)0.7mg/dl,T-Bil(総ビリルビン)0.2mg/dl,AST(アスパラギン酸・アミノ基転移酵素)26IU/l,ALT(アラニン・アミノ基転移酵素)26IU/l,g-GTP(gグルタミル・トランスペプチダーゼ)49IU/l,T-cho(総コレステロール)249mg/dl,TG(トリグリセライド)102mg/dl,随時血糖104mg/dl,抗核抗体40倍未満,血清補体価45U/l,血清蛋白分画A/G(アルブミン-グロブリン)比1.7,アルブミン62.4%,a1-グロブリン3.5%,a2-グロブリン11.2%,b-グロブリン9.5%,g-グロブリン13.4%,Ig(免疫グロブリン)G1,010mg/dl,IgA144mg/dl,IgM95mg/dl,IAP612μg/ml,可溶性IL-2レセプター193U/ml,ACE(アンギオテンシン変換酵素)7.1IU,リゾチーム6.6μg/ml,TPHA(梅毒トレポネマ血球凝集反応)(),ツベルクリン反応1.5mm×1.5mm.ウイルス学的検索:単純ヘルペスウイルス(HSV)-132倍(ウイルス中和反応neutralizationtest:NT),HSV-24倍(NT),水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)4倍(補体結合反応complementxationtest:CF),CMV16倍(CF),Ebstein-Barrウイルス(EB)抗VCAIgG640倍↑(蛍光抗体法uorescentantibody:FA),EB抗EBNA(EBウイルス関連特異核抗原)80倍(FA),インフルエンザウイルスA型パナマ/2007/991,280倍(赤血球凝集抑制反応,hemag-glutinationinhibition:HI),HTLV(ヒトT細胞白血病ウイ図1初診時前眼部写真(左眼)豚脂様角膜後面沈着物を認める.図2初診時眼底写真(左眼)↑は白鞘化した血管.耳側周辺部網膜に顆粒状の白色滲出斑(▲)を認める.図3初診時蛍光眼底写真(左眼)滲出斑部の血行の途絶()を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081317(129)ルス)-1抗体16倍未満(ゼラチン粒子凝集反応:PA).HLAタイピング:HLA(ヒト白血球抗原)A24(9),B70,Cw7,DR4,DR9.経過:眼底の滲出斑は特徴的ではなかったものの,他の眼所見および上記の検査結果から当初は左眼急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)と診断し,即日入院のうえで加療を開始した.全身的には抗ウイルス薬(アシクロビル:ACV)1,500mgおよびプレドニゾロン40mg/日点滴を行い,循環改善薬(カリジノゲナーゼ)および抗血小板薬(アスピリン)内服を併用した.眼圧下降薬として1%ドルゾラミドおよび0.5%チモロール点眼を,消炎目的に0.1%リン酸ベタメサゾン,1%アトロピンおよびレボフロキサシン点眼を開始した.また,gグロブリン製剤2.5gを5日間投与した.前眼部の炎症は徐々に改善し,入院2日後には眼圧は12mmHg前後と低下した.入院時に前房水を採取し,一部をPCR(polymerasechainreaction)法によるVZVおよびHSVのDNA検索に供し残りを80℃にて凍結保存した.4月28日(入院7日目)に滲出斑の後極側に網膜光凝固術を施行した.KPも消失し前眼部所見が改善したので,ステロイド薬を漸減し,5月6日(入院15日目)からACVを内服に変更した.ところが5月10日(入院19日目)頃からKPの増加および滲出斑の拡大傾向がみられたので,ACV1,500mgおよびプレドニゾロン40mg/日点滴を再開した.前房水からのVZVおよびHSVDNA検索結果はともに陰性であったが,顆粒状白色滲出斑がやや拡大傾向にあり,ACV耐性のVZVによるARNの可能性が高いと考え5月14日(入院23日目)より抗ウイルス剤をガンシクロビル(GCV)500mg/日点滴に変更した.その一方で,健常人における網膜炎ではあるがCMV網膜炎も否定できないと考え,前回採取した前房水を用いてEBおよびCMVのDNA検索を行ったところ,CMVDNAが検出された.全身的な検索においてCMV感染は認められなかった(CMV抗原C10,C11陽性細胞は認めず)が,眼所見および前房水からのウイルスDNA検出より本症例をCMV網膜炎と診断した.GCV初期投与量500mg/日点滴を2週間続行したところ眼底所見の著明な改善がみられ,その後は維持量300mg/日点滴を継続しながらステロイド薬を漸減した.さらに6月に入ってから抗CMV抗体高力価gグロブリン製剤2.5gの投与を追加した.顆粒状白色滲出斑は消退傾向を示し,ステロイド薬を中止したうえでGCV3,000mg/日内服として6月10日退院とした.顆粒状白色滲出斑の消失を確認して10月4日にGCV内服を中止した.2007年7月現在,矯正視力は右眼1.2,左眼1.0,眼圧は右眼10mmHg,左眼11mmHgで再燃を認めていない.HIV(humanimmunodeciencyvirus)感染の有無に関して,同意を得たうえで検査を2度施行したが,2度とも陰性であった.CD4陽性Tリンパ球およびCD8陽性Tリンパ球ともに異常はなかった.なお,右眼には全経過を通じて異常所見はみられなかった.II考按続発緑内障を伴って健常成人に発症したCMV網膜炎に対してGCVおよびステロイド薬投与を行い眼圧下降および網膜炎の消失が得られた.CMV網膜炎は一般に顆粒状白色滲出病変と萎縮巣や出血の混在する眼底病変が特徴的である1).AIDSや悪性腫瘍などの基礎疾患を有する患者では,免疫抑制状態の存在および眼底所見から診断は比較的容易である1).本症例では臓器移植,ステロイド療法あるいは癌などの全身疾患がなく,血液検査でもCD4陽性細胞数の減少など免疫機能の低下を示唆する所見を認めず,血液中CMVウイルス抗原も陰性で全身的CMV感染は否定的であった.さらにHIV抗体は,経過中に施行した2回とも陰性であり,全身的に免疫機能の低下を示唆する所見はなかった.しかしながらPCR法による前房水中のヘルペスウイルスDNA検索からCMVDNAが検出され,抗CMV薬であるGCVにより眼底病変が沈静化したことから,眼底所見と合わせ本症例をCMV網膜炎と診断した.わが国において健常成人に発症したCMV網膜炎の報告は本症例を含め5例である(表1)36).平均年齢は46歳で,全例男性であった.患側は両眼1例で,他は右眼および左眼それぞれ2例であった.発症時視力は1例を除き良好であった.本症例ならびに北ら6)の症例において発症時に高眼圧を呈していた.全例で顆粒状白色滲出病変を特徴とし,3例に虹彩炎を認めた.PCR法による前房水中のCMVDNAの検索は4例で行われ,うち3例で陽性であった.陰性であった1例ではCMVウイルス抗原が血液中から検出された3).未施行であった1例では眼底所見とGCVの治療効果から本疾患と診断している4).HIV抗体は検査を施行した4例すべてで陰性であった.治療には全例でGCVが使用され,うち1例では硝子体内投与のみで改善がみられた6).全例でステロイド薬の全身投与が施行されていた.硝子体手術は2例で,網膜光凝固術は2例で行われていた.5例中3例でCD4陽性細胞数やCD8陽性細胞数の低下など一過性の軽度免疫不全状態がみられた.したがって,健常成人で眼底の顆粒状白色滲出病変に遭遇した際には,HIV抗体およびCD4陽性細胞数などの全身検索を行うと同時に前房水など眼内液を用いたCMVDNAの検索が必要と考えられた.加えて,CMV網膜炎と診断され直ちにGCVの局所あるいは全身投与が開始されれば,予後は比較的良好と思われた.一般にCMV感染に併発した続発緑内障の報告はまれである2)と考えられていた.しかし,Cheeら9)がCMVによる角膜内皮炎10例12眼で軽度のぶどう膜炎と眼圧上昇が全例———————————————————————-Page41318あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(130)にみられたと報告するなど,近年CMV感染が眼圧上昇を起こすことがはっきりとしてきた.deSchryverら7)は免疫不全を認めずしかも網膜壊死を伴わないCMVによる前部ぶどう膜炎5例全例で続発緑内障がみられたと報告した.また,vanBoxtelら8)は健常者にみられたCMVによる片眼性の慢性あるいは再発性の前部ぶどう膜炎7例を報告し,うち6例で続発緑内障がみられたという.本症例ではKPを伴う続発緑内障がみられた.よって免疫不全のない患者においてもCMVが他のヘルペスウイルスと同様の前眼部炎症を惹起し続発緑内障を併発する症例に注意が必要と考えられる6).両報告とも長期にわたるバルガンシクロビル内服が前部ぶどう膜炎の再燃を抑えたという.本症例でもGCV内服を長期に使用したことが網膜炎および前眼部炎症の再燃予防に効果的であったと考えられる.本症例の経験から,健常成人に緑内障および前眼部炎症を伴って網膜炎が発症した場合には,全身的な免疫能のチェックを進めるとともにPCR法により前房水中のHSVおよびVZVDNAのみならずCMVDNAの検討も忘れてはならない.文献1)箕田宏:サイトメガロウイルス網膜炎.眼科46:1548-1554,20042)日比野佐和子,山本修士:ウイルス性ぶどう膜炎による続発緑内障の診断と治療.眼科44:947-961,20023)二宮久子,小林康彦,田中稔ほか:健康な青年にみられたサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科10:2101-2104,19934)前谷悟,中西清二,松浦啓太ほか:健常人に発症したサイトメガロウイルス網膜炎と思われる1例.眼紀45:429-432,19945)高橋健一郎,藤井清美,井上新ほか:健常人に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.臨眼52:615-617,19986)北善幸,藤野雄次郎,石田政弘ほか:健常人に発症した著明な高眼圧と前眼部炎症を伴ったサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科22:845-849,20057)deSchryverI,RozenbergF,CassouxNetal:Diagnosisandtreatmentofcytomegalovirusiridocyclitiswithoutretinalnecrosis.BrJOphthalmol90:852-855,20068)vanBoxtelLA,vanderLelijA,vanderMeerJetal:Cytomegalovirusasacauseofanterioruveitisinimmuno-competentpatients.Ophthalmology114:1358-1362,20079)CheeS-P,BacsalK,JapAetal:Cornealendothelitisassociatedwithevidenceofcytomegalovirusinfection.Ophthalmology114:798-803,2007表1わが国において健常成人に発症したCMV網膜炎の報告報告者(報告年)年齢(歳)性別患眼矯正視力初診時眼圧(mmHg)所見CMVDNA(PCR法)CMV抗体価(CF)CMVantigenemiaHIV抗体価(EIA)初診時最終右左右左右左二宮ら3)(1993)32男左1.50.1不明0.2不明不明顆粒状白斑網膜出血増殖膜硝子体出血前房水()硝子体液()不明(+)HIV-1()HIV-2()前谷ら4)(1994)39男両1.21.0不明0.91214虹彩炎硝子体混濁白色滲出斑未施行16倍不明HIV()高橋ら5)(1998)66男右1.21.2不明不明1213限局性の滲出斑軽度の斑状出血前房水(+)64倍不明HIV-1()HIV-2()北ら6)(2005)42男右0.011.01.01.04517虹彩炎顆粒状白色滲出斑前房水(+)♯IgG:10.3IgM:0.35不明不明本症例(2007)52男左1.20.71.01.02048虹彩炎顆粒状白色滲出斑前房水(+)16倍()HIV-1()HIV-2()報告者(報告年)治療その他二宮ら3)(1993)ステロイド全身投与,MonoAb,PC,GCV,VIT(2回)CD4陽性細胞数減少前谷ら4)(1994)ステロイド全身投与,GCV,VIT─高橋ら5)(1998)ステロイド全身投与,ACV,GCVCD8一過性低下北ら6)(2005)GCV硝子体内投与BRVOに対する硝子体手術後CD4陽性細胞数一過性減少本症例(2007)ステロイド全身投与,ACV,GCV,PC─ACV:アシクロビル,GCV:ガンシクロビル,MonoAb:抗CMVヒトモノクローナル抗体,PolyAb:抗CMV抗体高力価g-グロブリン,PC:網膜光凝固術,VIT:硝子体切除術,BRVO:網膜静脈分枝閉塞症,#:酵素免疫低療法による.