ミトコンドリアと代謝解析ミトコンドリアミトコンドリアは真核生物細胞のエネルギー源であるアデノシン三リン酸(adenosinetriphosphate:ATP)を生み出す細胞内小器官であり,解糖系と比較すると約C15倍のCATPを生成し,生命活動に必要なCATPのC95%を担っています.一方で,ミトコンドリアはエネルギー代謝だけではなく,細胞情報伝達や増殖,分化,細胞死など,さまざまな生体内プロセスに関与することが近年明らかになっています.たとえば,ミトコンドリアの機能不全はCAlzheimer病,糖尿病などの加齢により発症しやすくなる疾患を引き起こす原因となり,それに伴う代謝経路変化は細胞内の病的変化を反映します1).このようにミトコンドリアは細胞内エネルギー代謝だけではなく,生命活動の中心的役割を担うため,創薬研究におけるターゲットとして注目を集めています.代謝解析細胞の代謝状態を知る方法としていくつかの方法があります.細胞内の代謝関連のCmessengerRNAはトランスクリプトーム解析,代謝酵素関連蛋白質の発現量はプロテオーム解析,代謝産物はメタボローム解析,代謝物質の速度や物質の流れを解析するための安定同位体を用いたトレーサー解析などは,細胞内の情報を知ることができる反面,細胞を回収する時点での細胞内の状態,いわばその瞬間でのスナップショット的な情報という制限がつきます.一方で,細胞外バイオプロファイル(培養液中のグルコースやアミノ酸などのC●角膜内皮機能不全ドナー(43歳,女性)酸素消費速度/cell(pmol/min)0.07●健常ドナー(55歳,男性)0.060.050.040.030.020.010020406080100(min)図1角膜内皮機能不全ドナー角膜と健常ドナー角膜における内皮細胞のミトコンドリア機能の差異脱共役剤であるCFCCPを添加することで測定される最大酸素消費速度(MaxOCR)は,生体内のミドコンドリアによるCATP活性を反映していると考えられている.沼幸作京都府立医科大学眼科学教室CBuckInstituteforResearchonAging定量評価)や細胞外フラックスアナライザー(解糖系とミトコンドリア呼吸のバランスなどの解析)は,取得できる情報は限られますが,代謝情報を生細胞のまま得られるというメリットがあります.通常はこれらを組み合わせてその細胞の代謝状態を考察します.眼の領域ではどうでしょうか角膜内皮細胞や網膜色素上皮細胞などがミトコンドリアを豊富に含有する細胞として知られています.たとえば,角膜内皮機能不全に対する新規再生医療となりえる培養ヒト角膜内皮細胞注入療法では,注入される細胞の質が重要です2).筆者らは細胞外フラックスアナライザーを用い,細胞注入療法に適する質を有する細胞の最大酸素消費速度(maximumCoxygenCconsumptionrate:MaxOCR)が,それ以外の細胞と比較し有意に高いことを示しました3).このCMaxOCRは生体内のCATP活性を反映すると考えられており,これによって細胞の質を評価する手段としてミトコンドリア機能評価が有用である可能性が示唆されました.さらに,ドナー角膜を用い,角膜内皮機能不全をきたした角膜内皮細胞では,健常な角膜内皮細胞と比較し,MaxOCRが有意に低下していることを示しました(図1).これは,角膜内皮機能不全に至った角膜内皮細胞がミトコンドリア機能不全をきたしている可能性を示す結果です.今後の展望角膜内皮機能不全に対する標準治療は現在のところ角膜移植しかありません.しかし今後,角膜内皮細胞のミトコンドリアや代謝機能をターゲットにした研究が進展すれば,角膜内皮機能不全に有効な治療薬が現実になる日も遠くないかもしれません.文献1)ChenCJX,CYanSD:Amyloid-beta-inducedCmitochondrialCdysfunction..JAlzheimer’sDis.12:177-184,C20072)UenoCM,CTodaCM,CNumaCKCetal:SuperiorityCofCmatureCdi.erentiatedCculturedChumanCcornealCendothelialCcellCinjectionCtherapyCforCcornealCendothelialCfailure.CAmJOphthalmol237:267-277,C20223)NumaK,UenoM,FujitaTetal:Mitochondriaasaplat-formfordictatingthecellfateofculturedhumancornealendothelialcells.InvestOphthalmolVisSci61:10,C2020(73)あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022C12310910-1810/22/\100/頁/JCOPY