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上顎洞癌陽子線治療後の皮膚炎・ドライアイ;レバミピド点眼が著効した1例

2013年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科30(9):1314.1317,2013c上顎洞癌陽子線治療後の皮膚炎・ドライアイ;レバミピド点眼が著効した1例宇野真眼科好明館CaseofRadiationDermatitisandDryEyeSyndromeafterProtonBeamTherapy;EffectivenessofRebamipideEyedropsMakotoUnoKoumeikanEyeClinic背景:近年,陽子線治療は頭頸部領域を含む各種の悪性新生物に対し有効な治療法となっている.ただし,陽子線治療は先進医療であり,全国でも限られた施設でしか行われていない.今後は,遠隔地で陽子線治療を受け,地方で病状経過を追う症例が増えると予想される.今回,地方の個人開業眼科診療所で,陽子線照射後の皮膚炎および重篤なドライアイ症例を経験したので報告する.症例:57歳,男性.左上顎洞の進行扁平上皮癌(StageIVA,T4aN0M0)に対して,陽子線照射(総吸収線量70.4GyE)と化学療法(シスプラチン総量350mg)を他院で受け,治療終了後に眼科好明館を受診した.放射線皮膚炎と結膜炎を診断され,抗菌薬眼軟膏およびステロイド眼軟膏塗布で皮膚炎は軽快した.その後,重篤なドライアイを発症し,通常の治療に抵抗性であったが,2%レバミピド点眼を追加処方したところ,速やかに軽快した.結論:陽子線治療に伴う有害事象として,ドライアイは治療困難なことがあり,照射後の患者については慎重な経過観察が必要である.Background:Althoughprotonbeamtherapy(PBT)isavailableforthetreatmentofmanytypesofmalignancy,onlyalimitednumberofinstitutesinJapancanperformthisprocedure.Asaresult,patientswhoreceivePBTatadistantinstitutemayreceivefollow-upcarefromalocalfamilyphysician.Case:A57-year-oldmalewhounderwentPBT(totaldose:70.4GyE)withconcurrentchemotherapyforadvancedsquamouscellcarcinomaoftheleftmaxillarysinuspresentedtoKoumeikanEyeClinicandwasdiagnosedashavingradiationdermatitisandconjunctivitis.Hisdermatitiswastreatedwithtopicalsteroidandantibioticointment,withnocomplications,butseveredryeyesyndromeoccurredsuccessively.Althoughordinarytreatmentfordryeyesyndromehadlittleeffect,thecornealerosionimprovedrapidlyafteradministrationoftopicalrebamipide2%eyedrops;thesymptomsamelioratedsuccessfully.Conclusion:AsanadverseeventofPBT,severedryeyesyndromecanbechallengingtotreat;irradiatedpatientsneedcloseophthalmologicmonitoringforpotentialsequelae.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1314.1317,2013〕Keywords:陽子線治療,放射線有害事象,放射線皮膚炎,ドライアイ,レバミピド.protonbeamtherapy(PBT),radiationadverseevents,radiationdermatitis,dryeyesyndrome,rebamipide.はじめに陽子線治療は近年実用化された放射線治療の一種であり,現行のX線治療との比較検討が盛んに行われている.ただし,陽子線治療は先進医療であり,全国でも限られた施設でしか行われていない.この治療を受ける患者はまだ比較的少数にとどまっているが,今後は,遠隔地で陽子線治療を受け,地方で病状経過を追う症例が増えることが予想される.今回,個人開業の眼科診療所で陽子線照射後の皮膚炎・ドライアイ症例を経験したので報告する.I症例患者は57歳,男性.左上顎洞扁平上皮癌(StageIVA,〔別刷請求先〕宇野真:〒502-0071岐阜市長良157-1眼科好明館Reprintrequests:MakotoUno,M.D.,KoumeikanEyeClinic,157-1Nagara,Gifu,Gifu502-0071,JAPAN131413141314あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(114)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY T4aN0M0)に対し,他院で陽子線照射(総吸収線量70.4GyE,33分割照射)と化学療法(浅側頭動脈からの動注療法,シスプラチン総量350mg)を受けた.同院での治療中に放射線皮膚炎を発症し治療を受けていたが,自己判断で治療を中断した.左眼周囲の痛みを訴えて2012年9月(陽子線治療終了後11日)に眼科好明館を受診した.受信時所見:視力は右眼0.2(0.5×.1.0D(cyl.1.0DAx30°),左眼0.2(0.6×.1.75D(cyl.0.5DAx90°),眼圧は右眼14mmHg,左眼24mmHg.左上・下眼瞼から頬部にかけて皮膚の発赤,落屑があり,一部はびらんを伴っていた(図1).他に,左眼結膜充血ならびに眼脂を認めた.両眼とも核白内障があり,眼底に特記する異常はなかった.陽子線照射による有害事象であり,commonterminologycriteriaforadverseevents(CTCAE)version4.0に基づいて放射線皮膚炎Grade2,結膜炎Grade2と診断された.皮膚炎治療として0.3%オフロキサシン眼軟膏ならびに図1照射終了後11日左上・下眼瞼から頬部にかけて,皮膚の発赤,落屑および一部のびらんを認める.0.05%デキサメタゾン眼軟膏を各1日2回患部に塗布し,結膜炎に対しては1.5%レボフロキサシン点眼と0.1%フルオロメトロン点眼を各1日4回,および0.3%オフロキサシン眼軟膏の結膜.内点入1日2回を処方したところ,ほぼ2週間後に皮膚炎・結膜炎は軽快した.やや兎眼気味ではあったが角膜びらんはなく閉瞼も十分可能であったため,照射終了25日に0.3%ヒアルロン酸ナトリウム点眼1日4回を処方し,その他の点眼と眼軟膏結膜.内点入を中止したところ,照射終了後42日に軽度の点状角膜びらんが角膜下方に出現した.0.3%ヒアルロン酸ナトリウム点眼から防腐剤無添加0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼に変更したが,照射終了後50日に点状びらんが角膜全面に多発し,Descemet膜皺襞と前房図2照射終了後57日(レバミピド点眼後0日)防腐剤無添加0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼,0.1%フルオロメトロン点眼およびオフロキサシン眼軟膏を併用していたが,点状角膜びらんが多発し,大きな角膜上皮欠損も出現している.図3照射終了後64日(レバミピド点眼後7日)角膜びらんはほぼ消失している.角膜前面の水濡れ性は良好である.図4照射終了後165日(レバミピド点眼後108日)軽度の楔状角膜混濁を認める.角膜への血管侵入はない.(115)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131315 微塵を伴う重篤な角膜炎(CTCAEGrade3)を発症した.眼瞼結膜は軽度の充血を示すのみであり,マイボーム腺開口部のpluggingや瞼縁部の充血などのマイボーム腺機能不全を示す所見はなかった.防腐剤無添加0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼に加えて0.1%フルオロメトロン点眼1日4回と0.3%オフロキサシン眼軟膏結膜.内点入1日2回を再開したが,照射終了後57日の時点で多発する角膜点状びらんは改善せず,大きな角膜上皮欠損も出現した(図2).通常の治療に抵抗性であったが,2%レバミピド点眼1日4回を追加処方したところ,その1週間後の照射終了後64日には角膜びらんはほぼ消失し,角膜前面の水濡れ性が良好な状態に回復した(図3).照射終了後165日の時点で,角膜上皮びらんおよび角膜実質への血管侵入はないが,楔状の混濁を軽度に認めた.この混濁は視力には影響なく,フルオレセイン染色パターンから結膜組織の侵入と思われた(図4).この時点で2%レバミピド点眼1日4回,防腐剤無添加0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼1日4回,0.1%フルオロメトロン点眼1日1回および0.3%オフロキサシン眼軟膏結膜.内点入1日1回を継続している.なお,角膜障害治癒後のSchirmerテストは右眼4mm,左眼11mmであり,著しい涙液分泌減少は認めなかった.また,スペキュラーマイクロスコピーでの角膜内皮細胞数計測は右眼2,645cells/mm2,左眼2,652cells/mm2であり,著しい角膜内皮細胞減少は認めなかった.II考按陽子線治療とは,加速器(サイクロトロンまたはシンクロトロン)を用いて水素の原子核である陽子を加速し,病変部位に照射する放射線治療の一種である.加速された陽子は,与えられた運動エネルギーに応じて一定の距離(飛程,range)を飛んだ後に静止する.したがって,陽子への加速を調節することにより,その到達深度の設定が可能となる.さらに,陽子線を含む粒子線は,飛程終端間際の速度が落ちるところで,より密度高くエネルギーを失うという,ブラッグピークとよばれるピークを有している.このため,異なる飛程をもつ陽子ビームを重ね合わせた拡大ブラッグピークを形成することにより,ある一定の広がりをもった病変部への一様な照射が可能であり,なおかつ,病変部よりも奥にある正常組織の吸収線量を大幅に下げることができる.ただし,総線量が多い場合には,体表部での吸収線量がある程度大きなものになることは避けられず,皮膚炎などの発症が問題となることがある.頭頸部領域において,陽子線治療はintensity-modulatedradiationtherapy(IMRT)を含む従来のX線療法と比べて同等以上の成績をあげており,悪性新生物の切除不可能症例への使用や,小児への応用の可能性について注目されてい1316あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013る.陽子線は粒子線ではあるが,炭素イオン線と比べて線エネルギー付与(linearenergytransfer:LET)は比較的小さく,放射線の効果や障害を考えるうえで低LET線であるX線での経験が参考となるとされている.放射線による有害事象については,CTCAEスコアや,radiationtherapyoncologygroup(RTOG)cooperativegroupcommontoxicitycriteriaなどに従って評価される.現在までに,乳癌治療などに伴う放射線皮膚炎の治療法が検討されてきたが,各治療法のエビデンスは十分なものとはいえず1),各々の医療機関において経験的な治療がなされているのが現状である.2から3度の放射線皮膚炎に対しては,火傷治療に準じて保湿と感染予防を行い,必要に応じてステロイド軟膏を併用することが有効であると思われる.頭頸部領域での治療については,0.033%ジメチルイソプロピルアズレン軟膏(アズノール軟膏R)の使用が紹介されている2).放射線治療時の化学療法併用は皮膚炎発症のリスクファクターであり,今回の症例では使用されていないが,分子標的薬についてもEGF(上皮細胞成長因子)受容体抗体であるcetuximabの使用例では,重度の座瘡様皮膚炎が問題となっており3),注意が必要である.放射線照射後のドライアイについて,Barabinoらのレビューでは,涙腺の総吸収線量が50.60Gyに至ると涙腺萎縮が起こるとしており,涙腺の耐容線量は30.40Gy程度であると述べている4).Bhandareらは,涙腺領域への吸収線量が推定34Gyを超えると重篤なドライアイが増加することを報告しており,その報告のなかで,放射線照射後のドライアイが主涙腺単独の障害によるものではなく,副涙腺,結膜杯細胞およびマイボーム腺などの関与も考えられるが,主涙腺以外の組織については吸収線量の推定は不可能であったと述べている5).外照射ではないが小線源治療後の結膜で杯細胞の減少がみられたという報告があり6),また,放射線照射後の口腔乾燥症では分泌型ムチンが減少している7)ことからも,放射線照射後のドライアイ症例においてムチン減少が関与している可能性が考えられる.今回の症例では,治療に抵抗性であった角膜上皮障害に対してレバミピド点眼が奏効した.レバミピドは杯細胞を増加させ,ムチン分泌を亢進させる作用がある他に,角膜上皮での膜結合型ムチンを増加させる.これらの作用が杯細胞の障害とムチン分泌減少を補い,角膜上皮障害が修復されたものと考えられる.当症例の特徴的な所見として,まず,発症初期から炎症所見が強く,前房微塵やDescemet膜皺襞を伴っていたことがあげられる.皮膚や消化管粘膜における放射線障害について,インターロイキン1などの炎症性サイトカインが関与して慢性炎症をひき起こしていることが報告されており8,9),角・結膜内の微小環境においても,被曝後にサイトカインな(116) どの組成変化があり,慢性の前炎症状態となっていることが考えられる.この状態が,角膜上皮障害を契機として角膜実質に及ぶ急性炎症へと転化し,角膜上皮の微絨毛や膜結合型ムチンの障害をひき起こすことにより,さらなる角膜上皮障害増悪の悪循環に陥ったことが想像される.さらに,角膜びらんは比較的短期間で軽快し,角膜への血管侵入がないにもかかわらず,軽度ではあるものの角膜混濁をきたしたことも特徴的である.放射線照射後に角膜上皮幹細胞が障害されたという報告10)があり,角膜上皮幹細胞に対して,放射線による直接の障害および持続する炎症による二次的な障害が起こり,結膜組織が角膜上に侵入したものと考えられる.レバミピドには抗炎症作用があり,局所投与による直腸の放射線粘膜炎治療の報告もある11)ため,今回の症例のように炎症が強いドライアイ症例においては,発症初期から長期にわたる積極的な使用を考慮すべきであると思われる.III結語陽子線治療を含めた放射線治療後の有害事象に対しては注意深い経過観察が必要であり,ドライアイ発症例では治療に難渋することがある.放射線治療のさらなる普及に伴い,一般開業医であっても放射線障害症例を診察する機会が多くなることが予想されるため,放射線による有害事象とその治療について,基本的知識を備えることが必要である.文献1)SalvoN,BarnesE,vanDraanenJetal:Prophylaxisandmanagementofacuteradiation-inducedskinreactions:asystematicreviewoftheliterature.CurrOncol17:94112,20102)福島志衣,古林園子,石井しのぶ:最新レジメンでわかる!がん化学療法実践編頭頸部がんCDDP+RT療法(シスプラチン+放射線療法).ナース専科30:88-91,20103)BernierJ,RussiEG,HomeyBetal:Managementofradiationdermatitisinpatientsreceivingcetuximabandradiotherapyforlocallyadvancedsquamouscellcarcinomaoftheheadandneck:proposalsforarevisedgradingsystemandconsensusmanagementguidelines.AnnOncol22:2191-2200,20114)BarabinoS,RaghavanA,LoefflerJetal:Radiotherapyinducedocularsurfacedisease.Cornea24:909-914,20055)BhandareN,MoiseenkoV,SongWYetal:Severedryeyesyndromeafterradiotherapyforhead-and-necktumors.IntJRadiatOncolBiolPhys82:1501-1508,20126)HeimannH,CouplandSE,GochmanRetal:Alterationsinexpressionofmucin,tenascin-candsyndecan-1intheconjunctivafollowingretinalsurgeryandplaqueradiotherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol239:488495,20017)DijkemaT,TerhaardCHJ,RoesinkJMetal:MUC5Blevelsinsubmandibularglandsalivaofpatientstreatedwithradiotherapyforhead-and-neckcancer:Apilotstudy.RadiatOncol7:91,20128)JankoM,OntiverosF,FitzgeraldTJetal:IL-1generatedsubsequenttoradiation-inducedtissueinjurycontributestothepathogenesisofradiodermatitis.RadiatRes178:166-172,20129)OngZY,GibsonRJ,BowenJMetal:Pro-inflammatorycytokinesplayakeyroleinthedevelopmentofradiotherapy-inducedgastrointestinalmucositis.RadiatOncol5:22,201010)FujishimaH,ShimazakiJ,TsubotaK:Temporarycornealstemcelldysfunctionafterradiationtherapy.BrJOphthalmol80:911-914,199611)KimTO,SongGA,LeeSMetal:Rebamipideenematherapyasatreatmentforpatientswithchronicradiationproctitis:initialtreatmentorwhenothermethodsofconservativemanagementhavefailed.IntJColorectalDis23:629-633,2008***(117)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131317

カプサイシン処置による角膜上皮障害に対するレバミピド点眼液の効果

2013年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科30(9):1309.1313,2013cカプサイシン処置による角膜上皮障害に対するレバミピド点眼液の効果竹治康広中嶋英雄香川陽人浦島博樹篠原久司大塚製薬株式会社赤穂研究所EffectofRebamipideOphthalmicSuspensiononCapsaicin-inducedCornealEpithelialDamageinRatsYasuhiroTakeji,HideoNakashima,YotoKagawa,HirokiUrashimaandHisashiShinoharaAkoResearchInstitute,OtsukaPharmaceuticalCo.,Ltd.レバミピド点眼液は,角膜および結膜においてムチン産生促進作用を有するドライアイ治療薬である.今回,カプサイシン処置を施したラットにおける角膜上皮障害および涙液安定性の低下に対する効果について検討した.カプサイシン処置を行ったラットに2%レバミピド点眼液または基剤を1日4回,15日間点眼した.角膜上皮障害はフルオレセイン染色スコアにより評価した.また,涙液量,涙液層破壊時間(BUT)および涙液中Muc5AC量を測定した.カプサイシン処置により,角膜上皮障害,涙液量の低下およびBUTの短縮が観察された.レバミピド点眼液により,経時的なフルオレセイン染色スコアの低下が観察され,さらに涙液量の回復,BUTの延長および涙液中Muc5AC量の増加が認められた.レバミピド点眼液は,カプサイシン処置を施したラットにおける涙液の減少を伴う角膜上皮障害を抑制することが明らかとなり,この作用は涙液中のムチン増加を介して涙液保持能を高めることにより,涙液安定性を向上させた可能性が示唆された.Rebamipideophthalmicsuspensionisatherapeuticagentfordryeyethatpromotestheproductionofmucininthecorneaandconjunctiva.Thisstudyinvestigatedtheeffectofrebamipideophthalmicsuspensiononcornealepithelialdamageanddecreaseintearstabilityinrats.Rebamipideophthalmicsuspension(2%)orvehiclewasadministeredtopically4timesdailyfor15daystoratstreatedwithcapsaicin.Cornealepithelialdamagewasevaluatedbyscoringfluoresceinstaining.Tearvolume,breakuptime(BUT)andtearMuc5ACweremeasured.Theadministrationofcapsaicininducedcornealepithelialdamage,decreaseintearvolumeanddepressionoftearstability.Rebamipideophthalmicsuspensionshowedtime-dependentimprovementofcornealepithelialdamage,restorationoftearvolume,shorteningofBUTandincreaseintearMuc5AC.Rebamipideophthalmicsuspensionwasshowntoimprovecapsaicin-inducedcornealepithelialdamageinrats.TheactionofrebamipideophthalmicsuspensionmayimprovetearstabilitybyenhancingtearretentionviaincreasedtearMuc5AC.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1309.1313,2013〕Keywords:レバミピド点眼液,涙液減少,角膜上皮障害,涙液安定性,ムチン.rebamipideophthalmicsuspension,tear-deficiency,cornealepithelialdamage,tearstability,mucin.はじめにドライアイは涙液の状態から涙液減少型と涙液蒸発亢進型の2つに大別される.涙液減少型ドライアイは,Sjogren症候群や,術後の知覚神経の障害などの要因により,涙腺からの涙液の供給の低下を生じ,涙液減少に伴い涙液交換の低下,浸透圧上昇など涙液の質の悪化がひき起こされる1).涙液蒸発亢進型ドライアイは,内的および外的なさまざまな要因による涙液の安定性低下が原因である.涙液安定性低下の因子の一つとして,眼表面のムチン減少による角膜表面の水濡れ性低下があげられる.実際,ドライアイ患者において,分泌型ムチン2)および膜型ムチン3)発現が低下していることが報告されている.〔別刷請求先〕竹治康広:〒678-0207兵庫県赤穂市西浜北町1122-73大塚製薬株式会社赤穂研究所Reprintrequests:YasuhiroTakeji,AkoResearchInstitute,OtsukaPharmaceuticalCo.,Ltd.,1122-73Nishihamakita,Ako,Hyogo678-0207,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(109)1309 また,これらドライアイの発症・増悪のコア・メカニズムとして,涙液層の安定性の低下に伴い角膜上皮に障害がひき起こされ,上皮の水濡れ性が低下して,再び涙液層の安定性低下へと続く悪循環が問題とされている.レバミピド点眼液は,角膜および結膜においてムチン産生促進作用を有するドライアイ治療薬である.N-アセチルシステイン処置によるムチン被覆障害モデルにおいて,レバミピド点眼液は,ムチン被覆障害,涙液安定性および角結膜表面の微細構造を改善することを報告している4,5).このムチン被覆障害モデルでは涙液量の低下は認められていないことより,レバミピド点眼液は,ムチンの減少が原因で涙液安定性が低下したドライアイには有効であると考えられるが,涙液が減少したドライアイにおける角膜上皮障害に対する効果については明らかにされていない.今回,カプサイシン処置を施したラットを用いて,涙液の刺激性分泌の低下を伴う角膜上皮障害および涙液安定性の低下に対するレバミピド点眼液の効果について検討した.I実験方法1.カプサイシンの処置カプサイシンの処置は香川らの方法6)を参考にした.生後4日齢のWister/ST雌性ラット(日本エスエルシー)に50mg/kgのカプサイシン(和光純薬)を皮下投与することによりモデルを作製した.カプサイシンは10%エタノール(和光純薬),10%Tween80(Sigma)を含有した生理食塩水で溶解させ使用した.正常群は,非処置とした.カプサイシン投与4週後に,涙液量測定および角膜フルオレセイン染色を行い,群分けを実施した.本研究は,「大塚製薬株式会社動物実験指針」を遵守し実施した.2.薬物の投与カプサイシンを処置したラットのうち,レバミピド群には2%レバミピド点眼液を,コントロール群には基剤を1回5μL,1日4回,15日間点眼した.正常群は点眼を実施しなかった.3.涙液量および涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)の測定涙液量の測定は,1.5mm幅に切断したシルメル試験紙を下側結膜に挿入し,1分間保持した.測定は点眼開始13日目の薬物点眼30分後に実施した.BUTの測定は,既報を一部改変した7).0.2%フルオレセイン溶液を5μL点眼し,強制的に瞬きさせた後,細隙灯顕微鏡(SL-7E,TOPCON)を用いて測定した.測定は点眼開始14日目の点眼30分後に実施した.4.角膜上皮障害の観察ラットの角膜上皮障害の観察は麻酔下で行った.麻酔は吸入麻酔剤であるイソフルラン(フォーレン吸入麻酔液,ア1310あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013表1スコア評価基準スコア角膜の染色状態0点状染色がない(正常)1点状染色が疎である2点状染色が密でもなく疎でもない3点状染色が密であるボット)を実験動物ガス麻酔システム(片山化学)を用いて実施した.1%フルオレセイン溶液を1μL点眼した後,余分な染色液を生理食塩水で洗浄した.共焦点走査型ダイオードレーザー検眼鏡(F-10,NIDEK)にて角膜を撮影し,スコア評価は角膜を上部・中央部・下部に分け,各領域の染色状態を戸田らの方法8)に従って0.3点にスコア化し,角膜全体を9点満点とした(表1).角膜上皮障害の観察は,すべて盲検下で点眼前,点眼5,10および15日後に実施した.5.涙液中ムチンMuc5AC量の測定点眼開始13日目にシルメル試験紙を用いて涙液を採取した.シルメル試験紙をあらかじめ0.15mLリン酸緩衝生理食塩水〔PBS(.)〕が入ったチューブに入れ,撹拌することにより抽出した.遠心(15,000rpm,10分,4℃)後,上清を0.1mL採取し,Muc5AC量をRatMuc5ACELISAkit(CUSABIOBIOTECH)を用いて測定した.6.統計解析データは平均値±標準誤差で示し,統計解析は,SAS(Release9.1,SASInstituteJapan,Ltd)を用いて実施した.角膜上皮障害について,コントロール群とレバミピド群の間で繰り返し測定による分散分析を,各時間における2群間の違いを対応のないt-test(両側)を実施した.涙液量,BUTおよび涙液中Muc5ACについて,正常群とコントロール群の間およびコントロール群とレバミピド群の間で対応のないt-test(両側)を行った.いずれの検定も5%を有意水準として解析した.II結果1.角膜上皮障害に対するレバミピド点眼液の効果角膜上皮障害に対するレバミピド点眼液の効果について,点眼開始15日目の典型的な角膜フルオレセイン染色の観察像を図1に示す.コントロール群では,正常群に比べ多数の点状染色が出現したのに対し,レバミピド群では点状染色は減少した.図2はフルオレセイン染色スコアの経時変化を示し,正常群のスコアは最大でも開始10日目の1.2±0.3であり,観察期間を通して低い値を示した.一方,コントロール群に関して,開始前のスコア(4.9±0.3)は正常群に比べ明らかに高く,開始15日目においても3.5±0.5を示し,観察期間を通して高いスコアを維持した.レバミピド群は,経時的な染色(110) 図1角膜上皮障害に対するレバミピド点眼液の効果点眼開始15日目の角膜フルオレセイン染色像を示す.コントロール群では,正常群に比べ,点状の染色が観察された.一方,レバミピド群では,点状の染色は減少した.正常ラットコントロールレバミピドカプサイシン投与ラット:正常ラット##**0123456涙液量(mm)6543:コントロール:レバミピド051015*角膜フルオレセイン染色スコア#*210正常ラットコントロールレバミピド時間(日)図2角膜上皮障害に対するレバミピド点眼液の効果値は平均値±標準誤差を示す.(n=12)*:p<0.05vsコントロール〔対応のないt-test(両側)〕.#:p<0.05vsコントロール〔繰り返し測定による分散分析〕.スコアの低下を示し,点眼開始10および15日後のレバミカプサイシン投与ラット図3涙液量に対するレバミピド点眼液の効果値は平均値±標準誤差を示す.(n=12)点眼開始13日目に測定した.##:p<0.01vs正常〔対応のないt-test(両側)〕.**:p<0.01vsコントロール〔対応のないt-test(両側)〕.ピド群のスコア(2.0±0.6,1.7±0.6)は,コントロール群のスコア(3.9±0.5,3.5±0.5)に比べて有意に低下した.2.涙液量およびBUTに対するレバミピド点眼液の効果涙液量およびBUTに対するレバミピド点眼液の効果の結果を図3および図4に示す.正常群の涙液量は4.4±0.2mmを示すのに対し,コントロール群の涙液量は2.6±0.1mmに有意に低下した.それに対してレバミピド群は3.1±0.1mmに有意に増加させた.BUTに関して,正常群は10.0±0.7秒を示したのに対し,コントロール群では5.9±0.5秒に有意に短縮した.レバミピド群のBUT(8.9±0.8秒)は,コントロール群に対して有##**024681012BUT(秒)正常ラットコントロールレバミピド意な延長を示した.3.涙液中Muc5ACに対するレバミピド点眼液の効果涙液中Muc5ACに対するレバミピド点眼液の効果の結果を図5に示す.コントロール群のMuc5AC量(19.7±2.8pg)は,正常群(26.6±3.5pg)に対して有意な差はないが低値を示した.一方,レバミピド群(52.4±9.3pg)は,コントロー(111)カプサイシン投与ラット図4BUTに対するレバミピド点眼液の効果値は平均値±標準誤差を示す.(n=12)点眼開始14日目に測定した.##:p<0.01vs正常〔対応のないt-test(両側)〕.**:p<0.01vsコントロール〔対応のないt-test(両側)〕.あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131311 涙液中Muc5AC量(pg)706050403020100NS##正常ラットコントロールレバミピドカプサイシン投与ラット図5涙液中Muc5AC量に対するレバミピド点眼液の効果値は平均値±標準誤差を示す.(n=11.12)点眼開始13日目に採取した涙液を測定した.##:p<0.01vsコントロール〔対応のないt-test(両側)〕.NS:有意差なしvs正常〔対応のないt-test(両側)〕.ル群(19.7±2.8pg)に対して有意な増加を示した.III考按涙液の減少を伴う角膜上皮障害の治療は,涙液量を増加させることであり,人工涙液あるいはヒアルロン酸ナトリウム点眼液が用いられている.しかし,人工涙液の頻回点眼は,涙液の希釈を誘導し眼表面に悪影響を及ぼすこと9),涙液が極度に減少している患者に対してヒアルロン酸ナトリウム点眼液の効果が低いこと10)が報告されており,涙液の量だけでなく質の改善も必要と考えられる.そこで,涙液の減少を伴う角膜上皮障害および涙液安定性に対するレバミピド点眼液の効果について検討した.涙液分泌の低下を示す動物モデルとしては,涙腺を摘出したモデル11)や,副交感神経遮断薬であるスコポラミンの投与により涙腺からの涙液分泌を遮断するモデル12)が報告されているが,今回筆者らは,涙腺自身は正常な機能を保っているカプサイシン処置モデルを用いた.カプサイシンは知覚神経の伝達物質であるサブスタンスPの枯渇をひき起こすため,知覚神経からの栄養物質の欠如,および刺激による涙液分泌の低下を伴う角膜上皮障害を発症することが報告されている6,13).筆者らは,本モデルにおいて涙液量低下および角膜上皮障害だけでなく,涙液安定性の指標となるBUTも短縮していることを確認した.Pengらの報告によれば正常ラットのBUTは14.3.15.3秒であり14),筆者らは既報と大きな違いがない測定系において,カプサイシンモデルにおけるBUT短縮を明らかにした.レバミピド点眼液を反復投与すると,角膜上皮障害が改善することが明らかになった.以前,レバミピド点眼液はムチ1312あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013ン被覆障害モデルにおいて,角結膜表面の微細構造を改善し,それには角結膜のムチン増加が関与していることを報告している5).本モデルにおいても涙液中Muc5ACの増加が観察されていることより,上皮障害改善作用にはムチン増加が関与していると推測される.さらに,涙液量の回復とBUTの延長を示していることより,レバミピド点眼液は眼表面のムチン増加を介して,涙液保持能の向上および角膜上皮障害の改善により安定した涙液層の形成を促したことが示唆された.なお,レバミピド点眼液は本モデルにおける知覚の低下に対して効果を示さないことを確認しており,涙液量の増加および角膜上皮障害の改善は,知覚神経自身の機能の改善を介したものではないと考えられる.LASIK(laserinsitukeratomileusis)術後の知覚神経の障害に伴う涙液分泌低下,BUTの短縮は,ドライアイの要因の一つとされていること15)から,カプサイシン処置ラットを用いた今回の結果より,レバミピド点眼液は涙液の刺激性分泌の減少に起因した角膜上皮障害が生じているドライアイ患者に対しても有効な治療薬として期待される.文献1)TheInternationalDryEyeWorkShop:Thedefinitionandclassificationofdryeyedisease:reportoftheDefinitionandClassificationSubcommitteeoftheInternationalDryEyeWorkShop.OculSurf5:291-297,20072)ArguesoP,BalaramM,Spurr-MichaudSetal:DecreasedlevelsofthegobletcellmucinMUC5ACintearsofpatientswithSjogrensyndrome.InvestOphthalmolVisSci43:1004-1011,20023)ArguesoP,Spurr-MichaudS,RussoCLetal:MUC16mucinisexpressedbythehumanocularsurfaceepitheliaandcarriestheH185carbohydrateepitope.InvestOphthalmolVisSci44:2487-2495,20034)UrashimaH,OkamotoT,TakejiYetal:Rebamipideincreasestheamountofmucin-likesubstancesontheconjunctivaandcorneaintheN-acetylcysteine-treatedinvivomodel.Cornea23:613-619,20045)中嶋英雄,浦島博樹,竹治康広ほか:ウサギ眼表面ムチン被覆障害モデルにおける角結膜障害に対するレバミピド点眼液の効果.あたらしい眼科29:1147-1151,20126)KagawaY,ItohS,ShinoharaH:Investigationofcapsaicin-inducedsuperficialpunctatekeratopathymodelduetoreducedtearsecretioninrats.CurrEyeRes38:729735,20137)JainP,LiR,LamaTetal:AnNGFmimetic,MIM-D3,stimulatesconjunctivalcellglycoconjugatesecretionanddemonstratestherapeuticefficacyinaratmodelofdryeye.ExpEyeRes93:503-512,20118)TodaI,TsubotaK:Practicaldoublevitalstainingforocularsurfaceevaluation.Cornea12:366-367,19939)大竹雄一郎,山田昌和,佐藤直樹ほか:点眼薬中の防腐剤による角膜上皮障害について.あたらしい眼科8:15991603,1991(112) 10)高村悦子:ドライアイのオーバービュー.FrontiersinDryEye1:65-68,200611)FujiharaT,MurakamiT,NaganoTetal:INS365suppresseslossofcornealepithelialintegritybysecretionofmucin-likeglycoproteininarabbitshort-termdryeyemodel.JOculPharmacolTher18:363-370,200212)DursunD,WangM,MonroyDetal:Amousemodelofkeratoconjunctivitissicca.InvestOphthalmolVisSci43:632-638,200213)FujitaS,ShimizuT,IzumiKetal:Capsaicin-inducedneuroparalytickeratitis-likecornealchangesinthemouse.ExpEyeRes38:165-175,198414)PengQH,YaoXL,WuQLetal:EffectsofextractofBuddlejaofficinaliseyedropsonandrogenreceptorsoflacrimalglandcellsofcastratedratswithdryeye.IntJOphthalmol3:43-48,201015)TodaI:LASIKandtheocularsurface.Cornea27:S7076,2008***(113)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131313

涙道内視鏡が病態の把握に有用であった涙小管乳頭腫の1例

2013年9月30日 月曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(9):1305.1308,2013c涙道内視鏡が病態の把握に有用であった涙小管乳頭腫の1例毛塚由紀子*1堀裕一*1出口雄三*1芦澤純也*1柴友明*1前野貴俊*1蛭田啓之*2*1東邦大学医療センター佐倉病院眼科*2同病理部ACaseofLacrimalCanalicularPapillomaEvaluatedUsingDacryoendoscopyYukikoKezuka1),YuichiHori1),YuzoDeguchi1),JunyaAshizawa1),TomoakiShiba1),TakatoshiMaeno1)andNobuyukiHiruta2)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofPathology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter今回,流涙を主訴とした涙小管を充.した巨大な涙小管乳頭腫を経験し,涙道内視鏡が病態の把握に有用であったので報告する.症例は,58歳,男性,右眼の流涙を主訴に紹介受診となった.右下眼瞼の涙点から突出した下涙点を塞ぐように存在するカリフラワー状腫瘤を認め,流涙の原因と考えられた.涙道内視鏡にて観察したところ,総涙小管を越えたところまで腫瘤が伸びていた.涙小管内に連なった全長約17mmの細長い腫瘤を摘出し,終了時に涙道内視鏡を用いて涙道内に腫瘤の残存がないことを確認した.病理組織学的に乳頭腫と診断された.術後再発予防として0.02%マイトマイシンC点眼を行い,術後12カ月間経過良好である.涙小管乳頭腫は原発が涙小管であるため発見に比較的時間がかかり,大きくなってから流涙を主訴として受診すると考えられる.涙道内視鏡は,本疾患の病態の把握や治療戦略を考えるうえで非常に有用であると思われる.Wereportacaseoflacrimalcanalicularpapillomathatwasevaluatedusingdacryoendoscopy.A58-year-oldmalewasreferredtoourhospitalwithahistoryofepiphoraofafewmonthsduration,andarecurrenttumorintheinnercanthusoftherighteye.Slit-lampexaminationshowedacauliflower-likemassprotrudingfromtherightlowerpunctum,whichwasthoughttobethecauseoftheepiphora.Dacryoendoscopyrevealedthatthemasshadgrownthroughthelowerlacrimalcanaliculusandreachedthecommoncanaliculus.The17-millimeter-longresectedtumorwasdiagnosedasapapilloma.Weapplied0.02%mitomycinCeyedropsfor4weekstopreventarecurrence.Thetumorhasnotrecurredfor12monthssincetheexcision.Dacryoendoscopywasausefuldeviceforevaluatingthelacrimalcanalicularpapilloma,andtheinstillationofmitomycinCeyedropspreventeditsrecurrence.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1305.1308,2013〕Keywords:涙小管乳頭腫,涙道内視鏡,流涙,マイトマイシンC.lacrimalcanalicularpapilloma,dacryoendoscopy,epiphora,mitomycinC.はじめに涙小管乳頭腫は,Williamsらによると,1818年にDemaiensによって初めて報告された片眼性で流涙を主訴とする再発を繰り返す疾患であり1),国内外の文献的にはその報告はあまり多くはない2.4).涙小管乳頭腫は結膜乳頭腫と異なり,初期のうちは発見されず,涙小管内で発育してから流涙や腫脹に気づくため発見が遅れ,早期からの治療を行うことは困難であると思われる.涙道の閉塞病変に対して涙点から涙道内腔を観察しようとする考え方は,古くは1979年のCohenの研究にはじまる5).わが国では1999年に佐々木が涙道内視鏡を涙道手術に利用することを報告している6).その後,わが国で,鼻涙管閉塞に対して涙道内視鏡を用いた新しい術式が次々と報告され7,8),それまで盲目的に行っていた涙管手術が内視鏡下で〔別刷請求先〕毛塚由紀子:〒285-8741佐倉市下志津564-1東邦大学医療センター佐倉病院眼科Reprintrequests:YukikoKezuka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,564-1Shimoshizu,Sakura,Chiba285-8741,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(105)1305 確実に行えるようになった.涙道内視鏡を用いることで洗練された治療が行えるようになり,現在では日常診療で涙道疾患の診断や治療に広く使われている.今回繰り返し発症した涙小管乳頭腫に対して,病態の把握に涙道内視鏡が有用であった1例を経験したので報告する.I症例症例は58歳,男性で,流涙および下涙点周囲の腫瘤のため,精査目的で2011年8月当科紹介受診となった.既往歴としては,右眼流涙を主訴に1年前に近医を受診したところ,右眼下涙点付近に腫瘤を認めたため,切除術を受け(詳細不明),その後一旦流涙は止まったが,数カ月前から流涙が再発したとのことであった.初診時,右眼視力0.07(1.2×.9.50D),右眼眼圧12mmHgと問題なく,前眼部所見では右眼下眼瞼結膜の涙点から突出した腫瘤を認め,その近傍に円形の衛星病変を認めた(図1).角膜・中間透光体・眼底は異常を認めなかったが,涙液メニスカスは左眼に比べ高かった.通水試験では,上涙点からは通水可能であり,下涙点は腫瘤が涙点を塞ぐように存在していたが,腫瘤の脇から通水針で確認したところ,通水は可能であった.涙点周囲および涙小管垂直部には腫瘤の起始部と思われる箇所は通水針で触れることができず,本腫瘤は涙小管水平部から発生したものと考えられたが,通水試験のみでは詳細は不明であった.腫瘤は下涙点を塞ぐように存在しており,流涙の原因と考えられた(図1).治療および精査目的のため,同月,涙道内視鏡検査を施行した.まず病変のない上涙点から涙道内視鏡を挿入して検査したところ,総涙小管付近に下涙小管から伸展する隆起性病変を認めた(図2)ため,下涙点から突出していた腫瘤は,図1初診時の右眼下眼瞼右眼下涙点を塞ぐように突出した腫瘤を認め,下眼瞼結膜に乳頭腫様の衛星病変を認めた(矢印).涙点から下涙小管垂直部および水平部を充満し,総涙小管を越えたあたりまで伸展していると考えられた.つぎに,下涙点からの涙道内視鏡検査においても涙小管内に腫瘤が存在し,総涙小管を越えたあたりまで続いていることは確認できたが,涙小管水平部にあると思われた腫瘤の起始部は確認できなかった.涙点切開後,腫瘤を鑷子にて把持し,涙点から少しずつ引っ張り出していったところ,全長約17mmの細長い腫瘤を摘出することができた(図3).腫瘤の涙小管への付着部(起始部)は,切開した涙点から剪刃を挿入して切除し,詳細な計測は不可能であったが,剪刃で切除した長さから推測すると1.2mm程度であったと考えられた.また,眼瞼結膜にあった衛星病変も切除した.最後に涙道内視鏡を用いて涙小管,涙.に腫瘤の残存がないことを確認して手術を終了した.その後の病理組織学的検査にて,涙小管から摘出した腫瘤図2右眼上涙点からの涙道内視鏡映像病変のない上涙点から内視鏡を挿入し観察したところ,総涙小管から涙.に入った付近において下涙小管から伸展する腫瘤を思わせる隆起性病変(矢印)を認めた.図3摘出した涙小管に充満した腫瘤全長約17mmであった.1306あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(106) 200μm50μm200μm50μm図4摘出した涙小管腫瘤組織のHE(ヘマトキシリン・エオジン)染色重層扁平上皮の不整な肥厚がみられ,線維,血管性の樹枝状間質を中心とした乳頭状増生が認められ,乳頭腫と診断された.および結膜の衛星病変ともに,重層扁平上皮の不整な肥厚,線維および血管性の樹枝状間質を中心とした乳頭状増生が認められ,摘出した腫瘤は,乳頭腫と診断された(図4).腫瘤の起始部が涙小管であったことより本疾患は涙小管乳頭腫と診断した.今回の病理組織学的検査からはヒトパピローマウイルス(HPV)に関連すると思われる核封入体は認められず,PCR(polymerasechainreaction)検査でもHPVは陰性であった.術後は,レボフロキサシン点眼および0.1%フルオロメトロン点眼(1日4回)に加え,再発予防のためにShieldsらのプロトコールに従って0.02%マイトマイシンC(MMC)点眼を1週間ごとに投薬と休薬を繰り返し合計4週間投与した9).術後1週間の再診時には,流涙は消失し,通水可能であった.術後2カ月の再診時において細隙灯顕微鏡上では再発を認めず,通水を認め,通水針による確認でも腫瘤の存在は否定的と思われ,すべての点眼を中止した.今回の投与期間中,MMC点眼による角膜障害や涙小管の狭小化は認められなかった.患者には,涙小管および涙.内の再発の有無の確認のため,再度涙道内視鏡検査を受けることを勧めたが,(107)同意は得られず,そのまま外来にて経過観察となった.術後12カ月の時点においても流涙は認められず,細隙灯顕微鏡検査でも再発を認めていない.II考按今回,流涙を主訴として受診し,涙点から突出して総涙小管から涙.付近まで細長く連なった巨大な涙小管乳頭腫の1例を経験した.摘出前に涙道内視鏡検査を施行することで,腫瘤の大きさを把握することができ,本症例に対しては涙道内視鏡が治療に有用であったと考えられた.術後再発予防のため0.02%MMC点眼を隔週で4週間投与し,副作用もみられず術後12カ月において再発を認めなかった.本症例では,涙点から突出していた腫瘤の大きさよりもはるかに大きい腫瘤が涙小管に伸展しており,術前には細隙灯顕微鏡下では,腫瘤の大きさの予測ができなかった.涙道内視鏡は,涙小管,涙.内の観察を直接行うことができるため,本疾患のような涙小管における腫瘤の病態の把握に非常に有用だと考えられる.結膜乳頭腫の治療にMMC局所投与が有効であると以前から報告されている9.11).北野らは,再発する涙小管乳頭腫に対して切除後0.04%MMC点眼併用が有用であったと報告している3).本症例に対しても術後再発予防としてMMC点眼を用いた.MMC点眼の濃度については,筆者らは以前に結膜乳頭腫に対する0.04%MMC点眼により角膜障害の事例を経験しており11),今回は0.02%の濃度のものを使用した.MMC点眼に関しては,乳頭腫の治療には有効であるといわれているが,角膜上皮障害や涙点狭窄などの重篤な合併症をきたす可能性があり,使用の際には十分な注意が必要と考える.今回の症例を経験して,いくつか気づいた点および反省点がある.一つ目は,今回,下涙点からの涙道内視鏡の挿入で,腫瘤の存在は確認できたものの,乳頭腫の涙小管起始部の位置は確認できなかった.私見としては,もう少し涙道内視鏡の解像度が良ければという印象であった.今後,涙道腫瘍の診断や病態把握に涙道内視鏡を応用していくには,内視鏡の解像度や操作性をさらに改良していく必要があると考えられた.二つ目は,今回の症例のように涙小管に対する手術においては,術後の涙小管の良好な再生を促し,MMC点眼による涙小管狭窄の予防のため,涙管チューブを術後に留置すべきという議論がある.本症例では,当科においてこのように巨大な涙小管腫瘍が初めての経験であり,もともとこのような巨大な腫瘍であることを予測していなかった.術前にCT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)も撮っておらず,悪性腫瘍の否定もできていなかったために切除のみで涙管チューブを入れずに手術を終了したが,術中迅速診断などで良性の涙小管乳頭腫と確認するなどの方法をとってあたらしい眼科Vol.30,No.9,20131307 いれば,安心して涙管チューブ留置に踏み切れたのではと考えた.また,インプレッションサイトロジーなどを行ってあらかじめ細胞をとり,悪性,良性の判定をする方法も考えられ,今後の検討課題にしたい.三つ目は,本疾患は,再発を繰り返すことが多く,今後の再発の有無を早期から発見するためには,術後に定期的な涙道内視鏡検査が必要であると考える.しかしながら,本症例においては患者の同意が得られず,細隙灯顕微鏡のみの経過観察となっている.これは,筆者らの術前における患者への説明が不十分であったためであると考え,今回の反省点としたい.涙小管乳頭腫は,原発が涙小管であるために発見に時間がかかり,流涙などを主訴として受診する際には,本症例のように非常に大きくなっていることが多いと考える.病態の把握および再発の確認には,涙道内視鏡が有用であると思われ,今後このような疾患に対しては必須の検査になりうると考える.さらに発展させて,腹腔鏡手術のように双手法などで,病態の把握から切除まですべての操作を涙道内視鏡下で行うことが可能となるような器具や術式の改良が望まれる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)WilliamsR,IlsarM,WelhamRAN:Lacrimalcanalicularpapillomatosis.BrJOphthalmol69:464-467,19852)SladeCS,KatzNN,WhitmorePVetal:Conjunctivalandcanalicularpapillomasandichthyosisvulgaris.AnnOphthalmol20:251-255,19883)高橋美智子,渡部環,塩野貴ほか:涙小管乳頭腫の1例.臨眼44:978-979,19904)北野愛,中井敦子,雑賀司珠也:涙小管に発育した乳頭腫の1例.臨眼63:1533-1536,20095)CohenSW,PrescottR,ShermanMetal:Dacryoscopy.OphthalmicSurg10:57-63,19796)佐々木次壽:涙道内視鏡所見による涙道形態の観察と涙道内視鏡併用シリコーンチューブ挿入術.眼科41:15871591,19997)鈴木亨:内視鏡を用いた涙道手術(涙道内視鏡手術).眼科手術16:485-491,20038)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,20079)ShieldsCL,ShieldsJA:Tumorsoftheconjunctivaandcornea.SurvOphthalmol49:3-24,200410)Frucht-PeryJ,RozenmanY:MitomycinCtherapyforcornealintraepithelialneoplasia.AmJOphthalmol117:164-168,199411)森本裕子,堀裕一,井上智之ほか:マイトマイシンC点眼が有効であった角結膜腫瘍の6例.眼臨紀3:556-561,2010***1308あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(108)

抗癌薬TS-1®による涙道障害に対して行った涙管チューブ留置中に細菌性角膜炎を発症した1例

2013年9月30日 月曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(9):1302.1304,2013c抗癌薬TS-1Rによる涙道障害に対して行った涙管チューブ留置中に細菌性角膜炎を発症した1例坂井譲渡部真樹子市立加西病院眼科ACaseofInfectiousKeratitisduringLacrimalIntubationforLacrimalDuctObstructionAssociatedwithTS-1RJoSakaiandMakikoWatanabeDepartmentofOphthalmology,KasaiCityHospital目的:抗癌薬TS-1R(以下,S-1)による涙道障害に対して長期にわたる涙管チューブ留置中に細菌性角膜炎を発症した1例について報告する.症例:67歳,男性.膵臓癌に対してS-1治療開始4カ月後に両側涙道障害を発症し,涙管チューブを挿入し,留置を継続していたところ,左眼の角膜外傷を契機に重症の細菌性角膜炎を発症した.掻爬した角膜や除去した涙管チューブからMoraxellalacunata,Streptococcusmitis,Neisseriacinereaが検出された.これらはすべて,ガチフロキサシンおよび塩酸セフメノキシムに感受性があり,点眼治療にて改善した.結論:S-1による涙道障害に対して涙管チューブ留置継続が行われるが,感染に留意する必要がある.Purpose:ToreportacaseofinfectiouskeratitisduringlacrimalintubationforlacrimalductobstructionassociatedwithTS-1R(abbreviatedasfollows:S-1).Case:Thepatient,a67-year-oldmalediagnosedwithbilaterallacrimalductobstruction,hadbeenreceivingS-1forpancreascancerfor4months.Thelacrimalintubationsucceededandwaskeptfor5months.At3daysafteraleftcornealtrauma,severekeratitisoccurred.Moraxellalacunata,StreptococcusmitisandNeisseriacinereawereobservedfromdebridedcorneaandtheremovedlacrimaltube.Thekeratitiswascuredwithgatifloxacinandcefmenoximehydrochloride.Conclusion:Long-termlacrimalintubationsassociatedwithS-1shouldbecarefullymonitoredforcornealinfection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1302.1304,2013〕Keywords:TS-1R,涙道障害,涙管チューブ留置,細菌性角膜炎.TS-1R,lacrimalductobstruction,lacrimalintubation,bacterialkeratitis.はじめに抗癌薬TS-1R(以下,S-1)による眼障害は結膜炎,角膜障害,ドライアイ,涙道障害1.6)などが報告されている.筆者らはS-1による涙道障害についてアンケート方式による多施設研究7)を行い,涙点や涙小管が多くの症例で障害され,高度障害に進展した場合は非常に難治であることを報告した.また,涙管チューブ留置は良好な治療結果を示し,特に,予防的なチューブ留置で良好な結果を得られた反面,S-1投与中にチューブを抜去すると高率に再閉塞してしまうことから,涙道障害を早期発見し,S-1投与中は留置継続が推奨されると示唆した.しかし,長期にわたるチューブ留置は感染の危険性が危惧される.今回,筆者らは,S-1治療によって発生した涙道障害に対して涙管チューブ留置継続を行っている際に,角膜感染症を発症した1例を経験したので報告する.I症例67歳,男性.2000年に糖尿病網膜症にて網膜光凝固治療を受け,左眼は失明したが,右眼の網膜症は安定していた.2011年1月,黄疸を自覚し,膵臓癌・肝転移の診断を受けた.手術加療は行われず,塩酸ゲムシタビン(ジェムザールR)の投与を受けたが,心不全が誘発され,5月から〔別刷請求先〕坂井譲:〒675-2393加西市北条町横尾1-13市立加西病院眼科Reprintrequests:JoSakai,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KasaiCityHospital,1-13Yokoo,Hojocho,Kasai675-2393,JAPAN1302(102)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図1前房蓄膿を伴う角膜白色病変TS-1R単独治療に切り替えられた.投与から4カ月後の9月に両眼の流涙を自覚し,涙道内視鏡にて両側の涙小管狭窄および鼻涙管閉塞を認め,内視鏡下で涙管チューブを留置した.術後,流涙の症状は消失し,良好な経過のため,チューブ留置を継続し,定期的に涙道通水を行っていた.チューブ留置前に軽度の角膜上皮障害を認めていたが,留置後はきわめて軽度となり,特に点眼治療を行っていなかった.2012年2月,孫の手が右眼に当たり,眼痛および視力低下を自覚し,3日後に当科受診となった.右眼視力は30cm手動弁,矯正不能で,高度の球結膜充血・浮腫,角膜中央に境界不鮮明な白色混濁病変があり,前房蓄膿を伴っていた(図1).中間透光体,後眼部は観察不能であった.角膜感染症を疑い,病巣掻爬し,鏡検したところ,双球菌を多数認めた.ガチフロキサシンおよび塩酸セフメノキシム,トロピカミド・フェニレフリン塩酸塩点眼の頻回点眼を開始した.また,翌日には留置していた涙管チューブを抜去し,細菌培養検査を行った.掻爬した角膜からMoraxellalacunataが,涙管チューブからStreptococcusmitis,Neisseriacinereaが培養同定された.これらの3種の菌はガチフロキサシンおよび塩酸セフメノキシムに感受性があり,角膜および結膜病変は徐々に改善し,視力は手動弁のままであったが,眼痛の自覚症状も消失した.4月には下血,腹水がみられ,内科転科したが,4月12日に永眠された.剖検は行われなかった.II考察2009年1月から2011年12月までの3年間に当院でS-1投与を受けた134名中,角膜障害が11%,涙道障害が8%にみられた(未発表).涙道障害はS-1の販売元の大鵬薬品の薬剤情報によると,17%にみられると記載されており,他の報告でも約10%8,9)の発症と報告されている.S-1は現在,わが国で年間に10万人以上に投与されていることから,毎年,約1万人以上の涙道障害という眼副作用が発生していると推測される.涙道障害は不可逆性になり,進行すると,非常に難治となる.涙点や涙小管が高度に閉塞し,涙道内視鏡のみならず,ブジーさえ涙小管に挿入することが不可能となり,このような場合,経結膜涙.鼻腔吻合術が選択される.しかし,高度な技術と経験が必要とされる手技であり,多施設研究では満足な結果が得られているとはいえなかった7).早期発見,早期手術治療が望まれる所以である.具体的には,涙点拡張や切開,涙道ブジーのみという方法では良好な結果が得られず,涙道のチューブ留置が望ましい.ただし,S-1治療継続中はつねに涙道障害の発生,進行の危険性があり,通常の後天性涙道閉塞における涙管チューブ留置に比べ,一定の期間後にチューブを抜去すると再閉塞の危険性が高い.多施設研究において,留置チューブを抜去した66側のうち16側(約24%)が再閉塞していた7).したがって,チューブの長期留置を行わざるをえないのが現状である.チューブ長期留置の合併症として涙道内肉芽形成や感染症が考えられる.また,S-1の全身副作用として感染症があり,S-1を投与されている患者は免疫抑制状態で易感染性であるという背景がある.眼科関係の感染症についてはS-1投与中にAcinetobactorsp.による角膜炎の報告10)があるが,これはS-1による角膜上皮障害が存在しているところに感染症が起きている.今回の症例では長期の角膜上皮障害の存在,長期の涙管チューブ留置,免疫抑制状態,外傷などの種々の要因によって重篤な角膜感染症を惹起したものと考える.治療には通常の角膜感染症と同様,病巣掻爬,菌同定,適切な薬物治療を行う.経過不良の場合,涙管チューブ抜去やS-1中止を考慮する.S-1継続治療中の涙管チューブ留置に対しての眼感染症予防は困難である.多施設研究において,留置チューブを抜去し,再閉塞した16側は5.7カ月の留置期間中に感染症を認められていない7).この経験から,数カ月ごと,たとえば6カ月ごとに留置チューブを取り替え,付着菌の検索を行うのが対策として考えられるが,患者の全身状態は必ずしも良好ではないことから現実には実施はむずかしい.早期発見が重要であり,密な眼科受診を行い,眼脂などの愁訴に注意をはらう必要がある.S-1の眼副作用には結膜炎,角膜障害,ドライアイ,涙道障害の他に感染症があるという知識をもち,見逃すことなく,早期治療を行うことが必要と考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし(103)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131303 文献1)荒井邦佳,岩崎善毅,木村豊ほか:TS-1投与後早期にHand-FootSyndromeが発症した再発胃癌の1例.癌と化学療法30:699-702,20032)細谷友雅,外園千恵,稲富勉ほか:抗癌薬TS-1Rの全身投与が原因と考えられた角膜上皮障害.臨眼61:969-973,3)坂本英久,坂本真季,濱田哲夫ほか:抗癌剤TS-1R内服による角膜障害の1例.臨眼62:393-398,20084)EsmaeliB,GolioD,LubeckiLetal:Canalicularandnasolacrimalductblockage:AnocularsideeffectassociatedwiththeantineoplasticdrugS-1.AmJOphthalmol140:325-327,20055)伊藤正,田中敦子:経口抗がん剤S-1による角膜障害の3例.日眼会誌110:919-923,20066)塩田圭子,田邊和子,木村理ほか:経口抗癌薬TS-1投与後に発症した高度涙小管閉塞症の治療成績.臨眼63:1499-1502,20097)坂井譲,井上康,柏木広哉ほか:TS-1Rによる涙道障害の多施設研究.臨眼66:271-274,20128)KimN,ParkC,ParkDJetal:LacrimaldrainageobstructioningastriccancerpatientsreceivingS-1chemotherapy.AnnOncol23:2065-2071,20129)SasakiT,MiyashitaH,MiyanagaTetal:Dacryoendoscopicobservationandincidenceofcanalicularobstruction/stenosisassociatedwithS-1.JpnJOphthalmol56:214-218,201210)高橋伸通,小森伸也,望月清文ほか:Acinetobactersp.が検出された抗悪性腫瘍薬TS-1R内服患者に生じた角膜炎の1例.眼科53:263-268,2011***1304あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(104)

涙点閉鎖術後に涙.炎を発症したSjögren症候群の1例

2013年9月30日 月曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(9):1298.1301,2013c涙点閉鎖術後に涙.炎を発症したSjogren症候群の1例植木麻理*1三村真士*2今川幸宏*2佐藤文平*2勝村浩三*3池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2大阪回生病院眼科*3八尾徳洲会総合病院眼科ACaseofAcuteDacryocystitisafterSurgicalPunctalOcclusioninSjogren’sSyndromeMariUeki1),MasashiMimura2),YukihiroImagawa2),BunpeiSato2),KozoKatsumura3)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital,3)DepartmentofOphthalmology,YaoTokusyukaiGeneralHospital目的:涙点閉鎖術後に急性涙.炎を発症した1例を報告する.症例:74歳,女性.Sjogren症候群によるドライアイにて涙点プラグを挿入したが脱落を繰り返し,涙点閉鎖術施行となった.術3年後ごろより時折,鼻根部の腫脹,疼痛を自覚するようになった.疼痛,腫脹,眼脂が強くなり受診したところ鼻根部の発赤,腫脹を認め,涙点は閉塞していた右眼鼻側結膜より排膿を認めた.CT(コンピュータ断層撮影)にて涙.の腫脹があり,急性涙.炎を診断.抗生物質点滴加療後,涙.摘出術を施行.その後,疼痛,眼脂は消失.角膜障害も悪化していない.結論:涙点閉鎖術後に涙道が閉鎖腔となると急性涙.炎を発症することがあり,このような症例に対して涙.摘出術は有効な術式と思われる.Purpose:Wepresentacaseofacutedacryocystitisaftersurgicalpunctalocclusion.Case:Thepatient,a74-year-oldfemale,hadseveraltimesundergonepunctalocclusionwithpunctalplugfordryeyecausedbySjogren’ssyndrome,althoughtheplugfellouteachtime.Shethenunderwentsurgicalpunctalocclusion.At3yearsafterthatsurgery,therootofhernosewasswellingandshefeltseverepain.Herconditionworsenedandshevisitedourclinic;herpunctawereclosed,althoughitelcameoutfromthenasalsideoftheconjunctiva.computedtomographyshowedlacrimalductswelling;Shewasdiagnosedwithacutedacryocystitisandunderwentadacryocystectomy.Aftersurgery,herpainanditeldisappearedandcornealconditionremainedgood.Conclusion:Surgicalpunctalocclusionmightinduceacutedacryocystitisifthelacrimalductbecomesoccluded.Dacryocystectomyisapossibleeffectivetreatmentinsuchacase.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1298.1301,2013〕Keywords:Sjogren症候群,涙点閉鎖術後,涙.炎,涙.摘出術.Sjogren’ssyndrome,afterpunctalocclusion,dacryocystitis,dacryocystectomy.はじめにSjogren症候群は涙腺と唾液腺を標的とする自己免疫疾患の一つで,臓器特異的自己免疫疾患であり,多くの症例で強い眼や口の乾燥症状が出現することが知られている.Sjogren症候群によるドライアイでは点眼治療のみで効果が不十分なことがしばしばあり,難治症例では積極的に涙点プラグや涙点縫合などが行われている.一方,ドライアイに対する涙点閉鎖術後の涙小管炎や涙.炎の報告も散見される1.3).今回,筆者らは涙点閉鎖術3年後に急性涙.炎による蜂巣炎を発症した症例を経験したので報告する.I症例患者:74歳,女性.現病歴:平成14年より前医にて涙液減少症にて角膜障害,異物感が出現し,人工涙液やヒアルロン酸ナトリウム点眼による治療に加えて,両側上下涙点に涙点プラグ挿入も施行されていたが脱落を繰り返していた.角膜障害の悪化,疼痛が出現したため,平成18年7月大阪医科大学(以下,当院)眼科,紹介受診となった.既往歴:平成3年より関節リウマチにて当院膠原病内科にて加療中であり,平成14年に抗SS-A抗体が陽性であり〔別刷請求先〕植木麻理:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:MariUeki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN1298(98)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY abab図1初診時前眼部所見(a:右眼,b:左眼)両眼に角膜上皮障害,および左眼には著明なmucusplaqueを認める.ab図2再診時所見左眼の上下涙点は完全に閉鎖しており(a),内眼角部眼瞼が発赤腫脹,内眼角部結膜より排膿を認めた(b).Sjogren症候群と診断されていた.初診時所見:視力はVD=0.1(0.4×sph+3.0D(cyl.1.0DAx50°),VS=0.07(0.1×sph+2.0D(cyl.1.5DAx25°).眼圧はRT=15mmHg,LT=19mmHg.前眼部・中間透光体:両眼点状表層角膜症,左眼には著明なmucusplaqueを認めた(図1).右眼下涙点に挿入された涙点プラグが残存していた.同月(平成18年7月),右眼上涙点に涙点プラグ挿入および左眼上下涙点縫合術が施行された.治療後,両眼とも涙液メニスカスは上昇し,角膜障害は改善,視力も右眼(0.9),左眼(0.9)まで改善した.涙点縫合術2年9カ月後左眼流涙,充血が出現し,近医にて流行性角結膜炎と診断された.その後,継続する眼脂,間欠性の眼瞼腫脹,疼痛を自覚し,眼脂培養にてMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が検出された.クロラムフェニコール点眼にて一時的には軽快していたが,術3年8カ月後,眼瞼腫脹,疼痛が増悪し,当院眼科を再診した.再診時,左眼の上下涙点は完全に閉鎖しており,内眼角部眼瞼が発赤腫脹,内眼角部結膜より排膿を認めた(図2).膿の培養ではMRSAが検出された.CT(コンピュータ断層撮影)により涙.腫脹を認め(図3),涙.炎による蜂巣炎と判断し,バンコマイシン点滴,ガチフロキサシン点眼による治療,消炎後,左側涙.摘出術を施行した.術中所見で涙.は膿で満たされており,拡張していた.病理組織では涙.は下部で閉塞しており,涙.周囲には多数の形質細胞を中心とする炎症細胞浸潤が認められ,慢性炎症の存在が示唆された.また,涙.の多列円柱上皮は一部壊死による破壊像はあるものの粘液分泌細胞も良好に保たれていた(図4).術後,眼脂は消失,現在まで再発はない.(99)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131299 図3CT所見(左:冠状断,右:水平断)涙.部に涙.炎と思われるhighdensityareaを認める.強拡大図4病理組織所見涙.は下部で閉塞しており(左下),涙.周囲には多数の形質細胞を中心とする炎症細胞浸潤が認められ,慢性炎症の存在が示唆弱拡大された.II考按過去にも涙点閉鎖後に涙.炎を発症したという報告はあり,涙点閉鎖術から涙.炎の発症まで3週間と早期のものはもともと涙.炎の既往があったものであり,その他の者は外界と涙.との連絡があり,菌が侵入可能であったため発症したと考察されている1.3).今回の症例では涙点閉鎖後3年以上を経過して発症しており,涙.炎発症時には涙点は完全に1300あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013閉塞しているにもかかわらず,内眼角の結膜より排膿していた.流行性角結膜炎罹患後に発症しており,結膜炎発症時に結膜が障害され,結膜と涙小管に瘻孔が形成,菌が侵入することにより涙.炎を発症したと考えられる.涙液は涙.粘膜から90%が再吸収されるといわれており,涙液減少症では涙.以降の鼻涙管に閉塞があっても流涙症状がなく,診断が困難な症例も多い1,4).本症例に涙点閉鎖術前から鼻涙管閉塞があったかは不明であるが,病理組織所見(100) より長期にわたり閉塞していたものと推察される.涙点プラグなど涙点閉鎖術前には通水検査による鼻涙管閉塞の有無を確認することが必要であり,鼻涙管閉塞が存在する場合に涙点閉鎖を施行すれば涙.を閉鎖腔とすることになり,術後,涙.炎を発症する可能性も高くなると考えられる.また,総涙小管閉塞症において涙液の排出が少なくなるため鼻涙管が萎縮閉塞することがあるとされており,涙点閉鎖時に鼻涙管閉塞がなくても経過中に閉塞する可能性は考えられる.このような症例に対してドライアイの治療として涙.摘出術も選択肢の一つであると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)GlattHJ:Acutedacryocystitisafterpunctalocclusionofkeratoconjunctivitissicca.AmJOphthalmol111:769770,19912)MarxJL,HillmanDS,HinshawKDetal:Bilateraldacryocystitisafterpunctalocclusionwiththermalcautery.OphthalmicSurg23:560-561,19923)RumeltS,RemullaH,RubinPA:Siliconepunctalplugmigrationresultingindacryocystitisandcanaliculitis.Cornea16:377-379,19974)HurwitzJJ,MaiseyMN,WelhamRA:Quantitativelacrimalscintillography.I.Methodandphysiologicalapplication.BrJOphthalmol59:308-312,1975***(101)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131301

超音波手術器「ソノペットTM UST-2001」の骨窓作製時における使用経験

2013年9月30日 月曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(9):1294.1297,2013c超音波手術器「ソノペットTMUST-2001」の骨窓作製時における使用経験高野俊之高野眞綾たかの眼科SonopetTMUST-2001(UltrasonicOsteotome)forExternalDacryocystorhinostomyToshiyukiTakanoandMayaTakanoTakanoEyeHospital緒言:硬組織用超音波手術器ソノペットTMUST-2001は,25kHz,34kHzの周波数の振動により,高速で伸縮するチップを骨組織と接触させることで骨を物理的に乳化,破砕削除する装置である.骨削除と同時に灌流,吸引ができるため,術野の確保もできる.今回,涙.鼻腔吻合術鼻外法(Ext-DCR)での骨窓作製における骨削除にソノペットTM使用の経験を得たので報告する.方法:10症例10眼のExt-DCR施行での骨窓作製にソノペットTMを使用した.骨窓は上顎骨前頭突起から前涙.稜部に10mm×10mmの円形の骨削除を行った.結果:鼻粘膜に近接する骨組織の削除中,鼻粘膜組織にソノペットTMチップが接触しても出血を認めなかった.結論:超音波手術器ソノペットTMは,ドリルと比較して視認性,操作性が優れ,なおかつ出血がほとんど起こらず,安全性において大きなアドバンテージがあると考えられた.Introduction:SonopetTMisanultrasonicosteotomethatphysicallyemulsifiesbonetissuesthroughvibrationatfrequenciesof25kHzand34kHz,whilemaintainingaclearoperationfieldwithitsinfusion-aspirationsystem.Weevaluatedtheoutcomesofexternaldacryocystorhinostomy(Ext-DCR)usingSonopetTM.Methods:PrimaryExt-DCRwasperformedon10patients(10procedures).Theareaofboneoftheanteriorcrestandthewallofthelacrimalfossawasremovedasanovalportion(10mm×10mm)usingSonopetTM.Results:DuringthesurgeryweobservednosignificantbleedingoranydamagetothenasalmucosaltissuesattachedtotheSonopetTMtip.Conclusion:TheSonopetTMultrasonicosteotomeissuperiortodrillsintermsofvisualization,safety,manipulationandeaseofuse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1294.1297,2013〕Keywords:ソノペットTMUST-2001,涙.鼻腔吻合術鼻外法,硬組織用超音波手術器.SonopetTMUST-2001,externaldacryocystorhinostomy,ultrasonicosteotome.はじめに超音波手術器は,眼科領域において白内障超音波水晶体乳化吸引術として広く用いられている.一方,脳外科領域では1993年,硬組織用超音波手術器として「ソノペットTMUST2001」(以後,ソノペットTMと略す)が開発導入され,ハイスピードドリルに替わり広く使用されてきている1,2).ソノペットTMは,25kHzの超音波周波数振動により高速で伸縮するチップが骨組織と接触することで骨を物理的に乳化,破砕,吸引することができる3,4).今回,涙.鼻腔吻合術鼻外法(Ext-DCR)での骨窓作製における骨削除にソノペットTMを使用したので報告する.I装置および方法1.装置:超音波手術器「ソノペットTMUST-2001」(Stryker社)(図1)本装置は,25kHzおよび34kHzの周波数で高速伸縮振動するチタン合金製チップを骨組織と直接接触させることにより,骨組織を物理的に乳化,破砕,吸引する手術器である.吸引ポンプおよび灌流ポンプが内蔵された本体にフットスイッチとハンドピースを接続する構造になっている.ハンド〔別刷請求先〕高野俊之:〒360-0041熊谷市宮町2-1たかの眼科Reprintrequests:ToshiyukiTakano,M.D.,TakanoEyeHospital,2-1Miyamachi,Kumagaya-shi,Saitama360-0041,JAPAN1294(94)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY ピースは,本体より供給される高周波電力を振動に変換する圧電素子と振動を増幅するチップ部から構成される.チュービングによりハンドピースまで送られてきた生理食塩水は,チップとチップカバーの間を通り,切削部に供給され,超音波振動によって乳化,破砕された組織とともにチップ部貫通穴に吸引される.今回,ハンドピースとカッティングヘッド図1超音波手術器ソノペットTMUST-2001(Stryker社)切削面吸引口内部背面部図2チップ先端部(3.5×2mm)が一体となっているタイプを用いた(HB-14Sハイパー細型LTキュレットハンドピースS,Stryker社).チップ先端は300μm振幅,かつ高速非回転往復運動(25,000回振動/秒)をすることにより,骨組織を乳化,破砕,削除する(図2).骨窓作製時での設定は,Power85%(0.100%),吸引80%(5.100%,最大吸引圧500mmHg),灌流量8ml/min(3.40ml/min)とした(表1).2.対象および方法対象は,慢性涙.炎を併発した鼻涙管閉塞,10症例10眼である.男性3例,女性7例で,年齢53.92歳(平均68.3歳),術後経過観察期間は1.10カ月(平均5.2カ月)であった(表2).2%キシロカインR(5ml)にて前篩骨神経ブロックおよび滑車下神経ブロック後,涙.鼻腔吻合術鼻外法(Ext-DCR)を行った.上顎骨前頭突起外側部よりソノペットTMを用いて骨削除を開始し,骨窓作製(f10×10mm)を行った(図3).表1骨窓作製時における設定・Power85%(0.100%)・吸引80%(5.100%)最大吸引圧500mmHg・灌流8ml/min(3.40ml/min)図3骨窓作製表2Ext-DCR時ソノペットTMを用いての骨窓作製症例症例年齢/性別眼疾患名涙道内視鏡的probing閉塞部位経過観察1234567891053歳/男性(A.M)81歳/女性(A.H)44歳/女性(I.F)92歳/女性(S.T)72歳/女性(O.N)71歳/女性(O.T)60歳/女性(M.K)61歳/男性(H.K)82歳/男性(T.S)67歳/女性(H.K)右眼左眼左眼右眼左眼右眼右眼右眼右眼左眼慢性涙.炎慢性涙.炎慢性涙.炎慢性涙.炎慢性涙.炎慢性涙.炎慢性涙.炎慢性涙.炎急性涙.炎慢性涙.炎1回3回3回3回1回4回1回1回1回4回涙.直下涙.直下鼻涙管下部涙.直下涙.直下涙.直下涙.直下涙.直下鼻涙管中部鼻涙管中部5カ月10カ月6カ月9カ月5カ月7カ月6カ月2カ月1カ月1カ月(95)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131295 表3骨窓作製でのソノペットTMとドリルとの比較超音波器ソノペットTM電動ドリル周囲組織巻き込み灌流・吸引周囲軟部組織損傷術中操作音無◎無小(超音波白内障手術と同等)有×有大II結果骨窓作製時,チップ先端を骨面と平行に当て,軽度の圧力をかけるのみで,容易に骨は破砕され,骨組織はほぼ同時に吸引された.ハンドピースはペンホルダーの操作で,超音波白内障手術と同様の使用感で行えた.ドリルと異なりチップの回転運動がないため,周囲組織の巻き込みがなく,また,骨削除中灌流,吸引が同時に行われるので,術野の視認性が良好であり,手術操作を中断することなく行えた.骨削除中,鼻粘膜に接触しても鼻粘膜の損傷を生じにくく,出血も認められなかった.骨が厚い場合,ドリルに比べて骨削除にやや時間がかかる傾向があった.しかし,鼻粘膜付近の骨削除はむしろドリルより容易に行え,骨窓作製のトリミングもソノペットTMのみで行うことができ,彫骨器などは必要としなかった.しかし,長時間連続して骨削除を続けると削除骨面が茶褐色に変色,バーン(熱傷)が生じることがあった.その際は一時的に超音波操作を止めて灌流のみとすれば,支障をきたすことはなかった.ソノペットTMの操作音は,白内障超音波手術操作音と同様であり,ドリル操作で生じるような高音,金属音,振動もなく,静寂に手術をすることができた.ソノペットTM操作中は,患者からの疼痛,不快感の訴えはほとんどなかった.超音波手術器ソノペットTMとドリルとの比較を表3に示す.今回,ソノペットTMを使用して骨窓作製した10症例10眼において,鼻粘膜穿孔,涙.損傷も認めず,視力低下,感染などの合併症も生じなかった.現在のところ,全例,流涙も消失し,涙道洗浄による通水も良好であった.III考按白内障超音波乳化吸引手術器におけるハンドピースは磁歪超音波機構からなり,チップ先端の40kHz超音波振動によって水晶体核を切削,乳化,同時に吸引する構造になっている5,6).ソノペットTMは,電歪超音波機構からなる.25kHzおよび34kHzの周波数振動により,多数の突起面で構成されたチタン合金製チップが高速伸縮し,骨組織を物理的に乳化,破砕,削除する仕組みになっており,超音波結石破砕装置と1296あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013異なり,超音波波動が放出され組織を破砕するものではない.ソノペットTMのチップ先端背面部,側面部の振幅は切削部の約1/7倍と小さくなっていること,ドリルと異なり回転モーメントがないため周囲組織の巻き込みが起こらないこと4),さらに,チップ先端の高周波振動は軟部組織に吸収されるため,骨以外の軟部組織は傷つきにくいこと7),これらの理由より,脳外科領域での脳動脈瘤,髄膜腫などの頭蓋底手術での骨削除(anteriorclinoidectomy)に超音波手術器ソノペットTMの使用が急速に普及してきた.眼科領域においても,近年,海外においてDCR鼻外法8),DCR鼻内法9)でのソノペットTM使用が報告されている.今回筆者らは,涙.炎を合併し,かつ涙道内視鏡的プロービングを施行後,治癒しなかった鼻涙管閉塞10症例10眼のDCRにソノペットTMを使用し,安全に骨窓を作製することができた.ソノペットTMでは,1方向のみの超音波振動による骨破砕のため,ドリルで問題となっていた周囲組織の巻き込みもなく,周囲軟部組織の損傷も認めなかった.鼻粘膜および涙.などに超音波チップが直接接触しても超音波振動は吸収されるため,損傷もほとんど認めなかった.さらに,骨削除と同時に灌流,吸引を行うため,視認性がきわめて良好であり,手術操作の中断もなく手術が行えた.ソノペットTMでの骨削除操作音は白内障超音波水晶体乳化吸引術と同程度であり,局所麻酔下手術における患者の疼痛や不安を著明に軽減することができた.骨が厚い場合,ソノペットTMでは骨窓作製に要する時間がドリルと比べてやや長くかかる傾向がある.しかし,荒削り用チップも数種あり,交換可能タイプのハンドピースであれば,術中にチップ交換することもできる.また,チップ先端の骨への圧迫をやや強めにすると切削力が高まる.さらに,骨の硬さ,厚さに応じて超音波出力を調節すればドリルと同程度の時間で骨窓を作製することができた.ソノペットTM器機の価格は高速ドリルとほぼ同等であるが,現在国内では,脳外科での販売実数が約600台あるといわれ,脳外科と共用,使用することも可能であると思われる.DCRは,手術操作の煩雑性,出血の処理,眼科医に馴染みのないドリルとノミや彫骨器などの使用,不慣れな鼻内操作などの理由で敬遠される傾向にあるが,ソノペットTMを使用することにより,今後,DCRを手掛ける眼科医が増えるきっかけになる可能性があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)InoueT,IkezakiK,SatoY:Ultrasonicsurgicalsystem(96) (SONOPETR)formicrosurgicalremovalofbraintumors.NeurolRes22:490-494,20002)井上洋:超音波手術装置(SONOPETUST-2001TM)脊髄・頭蓋底手術から通常の開頭手術まで.脳神経外科速報13:423-426,20033)HadeishiH,SuzukiA,YasuiNetal:Anteriorclinoidectomyandopeningoftheinternalauditorycanalusinganultrasonicbonecurette.Neurosurgery52:867-871,20034)大田英史:超音波メス“ソノペット”の原理について.動物臨床医学会年次大会プロシーディング26:299-301,20055)KelmanCD:Historyofemulsificationandaspirationofsenilecataracts.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngol78:5-13,19746)NormanSJ(馬嶋慶直訳):白内障手術とその合併症.p249,メディカルブックサービス,19867)日高聖,千葉康洋,高田寛人:超音波骨メスを利用した棘突起縦割式頸部脊柱管拡大術超音波骨メスの有用性について.脊髄外科12:19-24,19988)Sivak-CallcottJA,LinbergJV,PatelS:UltrasonicboneremovalwiththeSonopetOmni:Anewinstrumentfororbitalandlacrimalsurgery.ArchOphthalmol123:15951597,20059)MurchisonAP,PribitkinEA,RosenMRetal:Theultrasonicboneaspiratorintransnasalendoscopicdacryocystorhinostomy.OphthalPlastReconstrSurg29:25-29,2013***(97)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131297

経涙小管レーザー涙囊鼻腔吻合術

2013年9月30日 月曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(9):1289.1293,2013c経涙小管レーザー涙.鼻腔吻合術宮久保純子*1,2岩崎明美*1,2森寺威之*3*1宮久保眼科*2群馬大学医学部眼科学教室*3森寺眼科医院TranscanalicularDiodeLaser-AssistedDacryocystorhinostomySumikoMiyakubo1,2),AkemiIwasaki1,2)andTakeshiMoritera3)1)MiyakuboEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversitySchoolofMedicine,3)MoriteraEyeClinic目的:近年,経涙小管レーザー涙.鼻腔吻合術(transcanalicularlaser-assisteddacryocystorhinostomy:TCLDCR)は,大人の鼻涙管閉塞の低侵襲で有効な術式と報告されている.今回,半導体レーザーを用いてTCLDCRを施行した9症例を経験したので,術式と手術結果を報告する.対象および方法:対象は2010年5月.12月に施行した鼻涙管骨内部閉塞の連続症例9例9側で,平均年齢は68歳である.半導体レーザーのファイバーを上涙点より鼻涙管閉塞部まで挿入し,鼻内視鏡で観察しながら吻合孔を作製し,涙管チューブを挿入した.結果:全例,出血は少なく,合併症なく吻合孔が作製できた.涙管チューブを平均308±176日留置し,術後平均638±176日経過観察の結果,maxillarylineの後方の骨の薄い部位に吻合孔を作製できた6側中5側は成功した.残りの3側は骨や鼻粘膜が厚く,術後吻合孔が狭窄したため2側はレーザーを追加し1側は成功した.結論:TCLDCRは適応と安全性を検討することでわが国でも有効な術式となると考えられた.Purpose:Transcanalicularlaser-assisteddacryocystorhinostomy(TCLDCR),arecentlyintroducedprocedure,isconsideredaminimallyinvasiveandeffectivetechniquefortreatingnasolacrimalductobstruction.WereporttheuseandpostoperativeresultsofTCLDCRwith980nmdiodelaserin9cases,thefirstinJapan.Methods:Aretrospectivestudyof9consecutiveeyesof9patientswithlacrimalductobstructionthatunderwentTCLDCRbetweenMayandDecemberof2010.Underobservationvianasalendoscopy,laserosteotomywasperformedandsiliconeintubationstentwasplaced.Result:Therewasdiminishedbleedingandnocomplications.Thesiliconestentswereremovedatanaverageof10monthsaftersurgery.Ataverage21-monthfollowup,resultfor5ofthe9patientsweresuccessful.Theosteotomiesofthe5patientswereperformedthroughthethinlacrimalboneandnasalmucosa.Conclusion:TCLDCRisdeemedasafeandeffectiveprocedureasperformedinJapan.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1289.1293,2013〕Keywords:経涙小管,涙.鼻腔吻合術,半導体レーザー,涙管チューブ挿入,鼻内視鏡.transcanalicular,dacryocystorhinostomy,diodelaser,siliconeintubationstent,nasalendoscopy.はじめに大人の特発性鼻涙管閉塞の根治手術である涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)鼻外法では皮膚切開が必要で,また鼻外法でも鼻内法でも涙.や鼻粘膜からの多量の出血,骨窓作製時にドリルやノミを使用するときの振動など侵襲が大きい.そこで,レーザーを使用したDCR鼻内法が報告され1),その後Chiristenburyら2)はアルゴンレーザーのファイバーを涙小管から挿入し,鼻内視鏡で涙.内のレーザー光を確認しながらレーザーを照射して吻合孔を作製する経涙小管レーザー涙.鼻腔吻合術(transcanalicularlaser-assisteddacryocystorhinostomy:TCLDCR)を発表した.当初は従来のDCRと比較して手術成績が悪かったが,その後の報告3.8)では手術成績は改善してきている.わが国でのレーザーを使用したTCLDCRの臨床報告はなく,今回半導体レーザーを使用したTCLDCRの症例を経験したので,手術方法と成績を検討し報告する.I対象および方法1.使用レーザーレーザーはBiolitec社製のEVOLVETM半導体レーザー〔別刷請求先〕宮久保純子:〒371-0044前橋市荒牧町2丁目3-15宮久保眼科Reprintrequests:SumikoMiyakubo,M.D.,MiyakuboEyeClinic,2-3-15Aramaki-machi,Maebashi-shi,Gunma-ken371-0044,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(89)1289 (波長980nm,最大出力15W)を用い,パルスモードで出力8Wの条件で使用した(図1).外径400μmの光ファイバーに21ゲージ(G)の専用の金属カニューラに通し,金属カ図1Diode(半導体)LaserEVOLVETM(Biolitec社製)EVOLVETMは波長980nm,最大出力15Wの半導体レーザーで,外径400μmの光ファイバーを使用し,専用の金属カニューラにファイバーを通し,金属の先端を半導体レーザーの先端と同程度に曲げて使用した.ニューラの先端を涙道内視鏡の先端と同程度に(先端10mmを27°)曲げて使用した.2.対象本手術に先立ち,宮久保眼科倫理委員会にてレーザーの使用についての承認を得,対象患者には文書による手術説明を行い,同意を得たうえで施行した.対象は2010年6月.12月に施行した鼻涙管骨内部閉塞症例の連続した9例9側(男性2例,女性7例,53.78歳,平均年齢69歳)である(表1).全例慢性涙.炎があり,3側は急性涙.炎の既往があった.経過観察期間は手術後347.913日(平均638±176日)である.3.手術方法麻酔は2%塩酸リドカインエピネフリン入りで滑車下神経ブロックと鼻粘膜浸潤麻酔(塩酸リドカインとオキシメタゾリン塩酸塩とを混合),4%点眼用塩酸リドカインにて涙道内麻酔を行った.手術は涙道内視鏡(FiberTech社製)と鼻内視鏡(町田製作所製)の映像をモニターに映し,映像を見ながら行った.シースとして18Gエラスター針の外筒を涙道内視鏡に装着して使用し,涙道内視鏡を上涙小管から鼻涙管閉塞部まで挿入し,シースを残して涙道内視鏡を抜去した.金属カニュ表1鼻涙管閉塞9例9側の経過と結果,照射エネルギーと吻合孔1.吻合孔作製時,骨,鼻粘膜が薄かった症例(吻合孔は鼻堤部より下方でML後方)症例年齢涙.炎合併チューブ留置期間(日)経過観察期間(日)再照射日まで(日)結果初回手術照射(J)初回手術照射(秒)前篩骨洞の介在作製吻合孔(mm)1女性61歳慢性165648成功72393なし2×42女性53歳慢・急性221913成功851110なし3×43女性71歳慢性193477成功1,095144なし2×54男性78歳慢性283489成功712100あり3×65女性77歳慢・急性206689成功904116なし3×46女性70歳慢性385752再閉塞820106なし2×6平均242±110661±52851±49112±163×52.吻合孔作製時,骨は薄いが,鼻粘膜が厚かった(吻合孔は鼻堤部より下方でMLの後方)7男性67歳慢・急性102347再閉塞1,998254あり4×48女性59歳慢性572572103不明不明不明あり2×5平均337±235460±1133×53.吻合孔作製時,骨が厚かった症例(照射部位の骨は厚く,吻合孔は鼻堤部より下方でMLの前後)9女性78歳慢性636859241成功2,266293あり2×4全体平均68歳308±176638±176172±691,171±570159±813×5・成功は流涙症状改善,慢性涙.炎治癒,通水可能,吻合孔ありであった.・第8症例はチューブ抜去後来院なく,結果不明である.・全例で術中・術後出血は少なかった.術後合併症はなかった.・骨,鼻粘膜が薄かった症例の成功率は83%(5/6),全体の成功率は67%(6/9).1290あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(90) ーラに通した半導体レーザーのファイバーを涙小管に残したシースの中に通して,閉塞部まで挿入した.鼻内視鏡で半導体レーザーの光を確認しながらレーザーを照射して吻合孔を作製した.吻合孔を作製後,N-SチューブTM(カネカメディックス社製)またはPFカテーテルTM(東レ)を挿入し,鼻内ガーゼ挿入は行わず手術を終了した.手術翌日より抗生物質内服5日間,抗生物質点眼4回,ステロイド点眼2回を開始した.術後1週間.1カ月ごとに涙管洗浄,鼻内視鏡検査を中心に経過観察を行った.II結果全例涙.は大きく,術中に鼻涙管閉塞部直上まで挿入した涙道内視鏡の光は,鼻堤部より下方でmaxillaryline(ML)の後方に観察できた.レーザー照射で吻合孔を作製時,レー図2症例4(78歳,男性)の左側:術中の鼻内視鏡写真鼻内視鏡で観察しながら骨窓を作製するとき,最初にレーザーファイバーを鼻腔に穿孔させた.図3症例4(78歳,男性)の左側:術中の鼻内視鏡写真鼻粘膜を溶かすように蒸散し広げてから,薄い骨を蒸散して涙.壁を出し,涙.内腔を上下に開いて吻合孔を作製した.ほとんど出血なく,炭化も少なかった.(吸引管は直径3mm)(91)ザーファイバーの先端を涙.下端あるいは鼻涙管閉塞部から斜め内下方に向け,中鼻道に穿孔させた(図2).その後周囲の鼻粘膜を溶かすように蒸散し広げてから,薄い骨を蒸散した.このとき,鼻粘膜は非接触で溶けるように蒸散し,接触させて照射した場合は,鼻粘膜や涙.粘膜は黒く炭化した.骨は接触した部位が白く光り,骨が白色になって破壊された.できるだけ,涙.壁を出してから,最後に上下に涙.内腔を開き,MLの後方に吻合孔を作製した(図3).照射エネルギーは不明の1側を除き,平均1,171±570J(712.2,266J),照射時間は平均159±81秒(93.293秒)であった(表1).手術時間は平均35分(23.45分)であった.術中術後の鼻内出血は少なく,手術翌日の眼瞼腫脹,皮下出血もほとんどなかった.涙管チューブ抜去時までは,手術翌日,1週間後,その後は2週間.1カ月ごとに,涙管洗浄と涙管チューブについた分泌物を吸引除去した.分泌物は多量に吸引されたが,徐々に減少した.吻合孔作製時,照射部位の骨や鼻粘膜が薄かった6側は,レーザー照射量は平均851±49J(712.1,095J),照射時間は平均112±16秒(93.144秒)で平均3×5mmの吻合孔を鼻堤部より下方でMLの後方に作製できた.涙管チューブを平均242±110日(165.385日)留置し,術後661±52日(477.913日)経過観察して,5側は流涙症状,慢性涙.炎症状は消失し涙管洗浄で通水した.吻合孔は,徐々に縮小したがスリット.小孔(図4)となり固定した.1側は術後385日目に涙管チューブを抜去した後,吻合孔が徐々に収縮し術後752日目に再閉塞した.6側中5側が成功し成功率は83%,残りの1側も,術後752日間は閉塞しなかった(表1).図4症例4(78歳,男性)の左側:術後489日目の鼻内視鏡写真涙管チューブを術後283日目に抜去し,抜去後206日間経過観察したが,流涙症状は改善し,通水も良好で,吻合孔の形はほぼ固定した.あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131291 吻合孔作製時,照射部位の骨は薄かったが,鼻粘膜が厚く,前篩骨洞も介在した2側のうち1側は,レーザー照射量は1,998J,照射時間は254秒で,1側は照射量,時間の詳細が不明だが吻合孔をあけるのに時間がかかった.平均3×5mmの吻合孔を鼻堤部より下方でMLの後方に作製できた.前者は術後102日目にチューブを抜去した後吻合孔が徐々に収縮し,術後347日目に再閉塞した.後者は術後103日目に吻合孔周囲にレーザーを追加して広げ,涙管チューブを2本挿入して術後572日目に抜去したが,その後の受診はない.吻合孔作製時,レーザーを照射できる部に骨の薄い部位がなかった症例9は,照射量が2,266J,照射時間が293秒で,2×4mmの吻合孔を鼻堤部より下方でMLの後方に作製できた.術後241日目に吻合孔周囲にレーザーを追加して広げ,涙管チューブを2本挿入して術後636日目に抜去し,術後859日間経過観察して,吻合孔は徐々に縮小し小孔となって固定した.流涙症状,慢性涙.炎症状は消失し涙管洗浄で通水した.全体では,1回目の手術で成功したのは9側中5側で成功率は56%,追加のレーザーも含め成功したのは9側中6側(1側は結果不明)で成功率は67%であった.骨と鼻粘膜が薄かった6側だけでみると成功率は83%(5/6)であった(表1).III考按初めTCLDCRに使用されたレーザーは,アルゴンレーザーやKTPレーザー,Nd:YAGなどいろいろな報告2,3,5)があったが,最近の報告では半導体レーザーによる手術5.7,10)が主流となった.わが国では,Nariokaら8)が半導体レーザーを使用して,DCR鼻外法の再閉塞例にTCLDCRを行ったと報告しているが,初回手術としての臨床報告はない.筆者の一人森寺は,以前9)今回使用したものと同じBiolitec社製のEVOLVETM半導体レーザー(波長980nm,最大出力15W)を使い,遺体にDCRの骨窓を短時間で作製できたと報告している.そのなかで森寺らは,通常のDCRと同様に,パルスモードの10Wでレーザー照射し平均19.4±8.2秒でレーザーファイバーを鼻腔に穿孔させ,全体で平均74.6±19.2秒で骨窓を完成できたが,骨の厚さによりばらつきがあり,直のファイバーを使用したことにより孔をあける位置をコントロールできなかったと述べている.今回,ファイバーの太さが400μmとやや細いが,先端を適宜曲げた金属カニューラを使用することで,ファイバー先端の向きのコントロールができた.そこで,吻合孔作製の位置を鼻涙管骨内部閉塞の直上で,できるだけMLの後方の骨が紙状に薄い部位に作製することを試みた.しかし,骨と1292あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013涙道の位置は個人差があり,下方でMLの後方で骨が薄く,鼻粘膜も薄い部位を蒸散して吻合孔を作製できたものは6側で,残り2側の骨は薄かったが鼻粘膜が厚く,1側は骨の薄い部位を照射できずMLの前後の厚い骨を蒸散しなければならなかった.骨が薄く,照射量の平均が851J,照射時間の平均が112秒と簡単に吻合孔を作製できた6症例中5症例は1回の手術で成功した.一方,照射量が2,000J前後で照射時間250秒以上と,手術時の吻合孔作製に時間がかかった7.9症例は吻合孔の狭窄が強く,1側は術後347日目に再閉塞し,残りの2側はチューブ留置中に再照射して吻合孔を大きくしてからも長期間チューブを留置した.このうちの1側は経過良好だが,1側は抜去後来院せず結果は不明である.この2つのグループを比較すると,骨も鼻粘膜も薄く,少ないレーザー照射で吻合孔をあけられた症例の手術成績が良いことがわかる.6側中5側(83%)が成功し,骨や鼻粘膜が厚く2,000J近く照射した症例は閉塞したり,再照射している.Rieraら6),Hensonら7),Nuhogluら10)も涙骨の薄い骨を削ると述べている.しかし,骨の薄い部位が中鼻甲介の後方であったり,篩骨蜂巣が介在したりと簡単にはレーザーで吻合孔を作れない症例もある.今回筆者らは骨の薄い部位をレーザー照射できず厚い部位に吻合孔を作製したり,厚い鼻粘膜を照射したが,これらの結果は良好とはいえず,TCLDCTの適応ではないか,何回かに分けて照射することを前提に施行する必要があると考えられた.栗橋11)は無理せずドリルやメスなど他の方法を加えながら手術することを勧めている.筆者らの骨の薄い部位とはHensonら7),Nuhogluら10)の涙.窩の骨ではなく,さらに下方をさしている.レーザーを照射したとき,鼻粘膜は非接触で溶けるように蒸散させたが,骨はファイバーの先端を接触させて照射し,骨は白く光り,白色になって破壊された.接触させて照射した鼻粘膜や涙.粘膜は黒く炭化した.これらは,かなり高温になったと考えられた.高温になると周囲組織への障害が問題となるが,特に総涙小管や涙小管水平部組織が閉塞する合併症が問題となる7,11).総涙小管の近くで,高温となる骨,特に厚い骨を照射して削ることは勧められない.そこで,総涙小管から遠い下方の骨の薄い部位,鼻涙管骨内部閉塞部位の照射がより安全と考えた.涙.の左右径は非常に狭いことが多く,盲目的に照射すると総涙小管を熱する危険がある.そこで,レーザーファイバーをまず鼻腔に穿孔させ,鼻粘膜,つぎに薄い骨を蒸散して涙.や鼻涙管壁を出し,涙.は直視下に照射するほうがより安全と考えた.筆者らの方法は,涙小管閉塞などの周囲組織への合併症はなく,より安全な方法と言える.金属カニューラを用いた場合,レーザーファイバーが金属(92) カニューラより5mm以上出ていることが重要で,出ていないと金属カニューラが高温となり,涙小管を焼いてしまうので特に注意が必要である6).つぎに,吻合孔の大きさについてみると,Hensonら7)は8.10mm,Plazaら5)は4×4mm,Nuhogluら10)は11mm以上の大きな吻合孔を作製すると報告している.最終的な吻合孔の大きさが3mm以上であれば再閉塞しないと述べ5),Nuhogluら10)は大きな吻合孔ほど成功率は良いと述べている.筆者らの骨が薄い症例で吻合孔が閉塞した1側は術後752日(約25カ月)と長期間徐々に縮小して閉塞した.成功例の吻合孔の平均は約3×5mmで,平均約21カ月経過観察して最終的に3mm以下の吻合孔となって固定しているが,今後再閉塞する可能性は否定できない.DCR鼻外法の吻合孔は術後3カ月以内にほぼ固定することから12),レーザーによって作製された吻合孔は切開などとは違う反応を示したと考えられる.吻合孔の大きさ,照射エネルギー量,照射方法,最近報告されている吻合孔の収縮予防のためマイトマイシンCの使用6,7),など今後検討する必要があるだろう.TCLDCRの涙管チューブ留置期間の報告はさまざまで,2カ月から4カ月の報告が多い4.7,10).今回,筆者らは全体で平均308±176日(102.636日)と長期の留置を行った.それは,術後鼻内視鏡で吻合孔を観察すると,レーザー照射後の吻合孔が長期間徐々に収縮したこと,吻合孔がDCR鼻外法や鼻内法より小さめになったことからである.留置期間の最も短かった症例7は術後102日目に抜去したが,その後吻合孔は徐々に縮小して閉塞した.このことから,今回同様3×5mm程度の吻合孔の大きさでは,状態を観察しながら抜去時期を検討し,4.6カ月以上留置することが勧められる.また,2本のチューブを留置することも一つの方法である.術中の出血は照射によりほぼ止血したため,術中も術後も出血は軽微で,術直後止血のための鼻ガーゼを挿入する必要もなかった(図4).980nmの波長は水とヘモグロビンに吸収される波長で,粘膜・骨組織の切開や出血の凝固・止血に適するという利点がある6).多量の出血をさせないで手術できることはTCLDCRの利点の一つであり,出血傾向のある症例も手術が可能と考えられる.TCLDCRは,皮膚切開の必要がなく,のみやドリルの振動がなく,出血も少ない侵襲の少ない術式である.一方,DCR鼻外法や鼻内法に比較して手術成績が劣り,吻合孔が安定するのに時間がかかり,涙小管閉塞という重篤な合併症を生じる危険があることなどの欠点もある.今後の検討課題は多いが,低侵襲の有用なDCRの一方法となるだろうと期待できる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MassaroBM,GonnerringRS,HarrisGJ:Endonasallacrimalductobstruction.ArchOphthalmol108:1172-1176,19902)ChristenburyJD,CharlotteNC:Transcanalicularlaserdacryocystorhinostomy.ArchOphthalmol110:170-171,19923)PiatonJM,LimonS,OunnasNetal:Endodacryocystorhinostomietranscanaliculaireaulaserneodymium:YAG.JFrOphtalmol17:555-567,19944)HongJE,HattonMP,LeibMLetal:Endocanalicularlaserdacryocystorhinostomyanalysisof118consecutivesurgeries.Ophthalmology112:1629-1633,20055)PlazaG,BetereF,NogueiraA:Transcanaliculardacryocystorhinostomywithdiodelaser:long-termresults.OphthalPlastReconstrSurg23:179-182,20076)RieraJM,FabresMTS:Trans-canaliculardiodelaserdacryocystorhinostomy:technicalvariationsandresults.ActaOtorrinolaringolEsp58:10-15,20077)HensonRD,HensonRG,CruzHLetal:UseofthediodelaserwithintraoperativemitomycinCinendocanalicularlaserdacryocystorhinostomy.OphthalPlastReconstrSurg23:134-137,20078)NariokaJ,OhashiY:Transcanalicular-endonasalsemiconductordiodelaser-assistedrevisionsurgeryforfaildedexternaldacryocystorhinostomy.AmJOphthalmol146:60-68,20089)森寺威之,栗橋克昭:新しい半導体レーザーを用いた経涙小管的涙.鼻腔吻合術.眼科手術23:483-486,201010)NuhogluF,GurbuzB,EltutarK:Long-termoutcomesaftertranscanalicularlaserdacryocystorhinostomy.ActaOtorhinolaryngolItal32:258-262,201211)栗橋克昭:DCR涙小管法(中鼻道法).涙.鼻腔吻合術と眼瞼下垂手術,I涙.鼻腔吻合術,p50-53,メディカル葵出版,200812)宮久保純子,宮久保寛:涙.鼻腔吻合術鼻外法術後の吻合孔の内視鏡所見.臨眼53:1237-1241,1999***(93)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131293

My boom 20.

2013年9月30日 月曜日

監修=大橋裕一連載⑳MyboomMyboom第20回「酒井寛」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載⑳MyboomMyboom第20回「酒井寛」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介酒井寛(さかい・ひろし)琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座東北大学の布施昇男先生からバトンを受けました.琉球大学眼科でおもに緑内障を担当しています.出身大学も琉球大学です.大学の学籍番号が87〇〇○でしたので,1987年に来沖していることになります.1993年に卒業し,以来沖縄で眼科医をしています.気がつけば,沖縄を離れたのは留学(シカゴ,イリノイ州立大学,BeatriceYue先生のラボにて)の2年半だけ.琉球大学在学中を含めると,ほぼ四半世紀を沖縄で過ごしています.1993年,というとTHEBOOMの「島唄」がリリースされ沖縄でも大ヒットしたのが眼科医になったこの年でした.この曲は県外人が沖縄民謡をモチーフに作った歌ということで,沖縄県内では批判的な意見もあったようです.奇妙なことに,典型的なナイチャーである私も共感してしまいます.今でもBEGINの「島人ぬ宝」(2002年)のほうが「本物」と感じる部分があります.同じような感覚は「さとうきび畑」(作詞・作曲:寺島尚彦)にも感じることがあります.森山良子が1969年にアルバム収録したこの曲は,父が聞くレコードで幼少時に良く聴いていました.悲しく胸に迫る叙情的な歌詞で,時代背景から反戦歌としても良く知られている名曲です.県内にも読谷村に歌碑があるようです.歌のイメージの沖縄戦は,ただ,なにか漠然として遠い場所に感じてしまいます.(81)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY仕事のmyboom―閉塞隅角緑内障の診断沖縄で眼科医になってすぐに,閉塞隅角緑内障の診断の難しさを感じました.点眼で眼圧がそこそこコントロールされているけれども,ときに上昇するとしてフォローされていた方の隅角をみると非常に小さい周辺虹彩前癒着(PAS)があるだけ,もしくはPASはないけれど隅角は狭いという症例があり,その当時は(その後も),混合緑内障や開放隅角緑内障として治療されていました.その後,隅角鏡,UBM,OCTと械器の発明に伴い診断力は向上し,新しい知見も得られましたが,発症予測はできません.治療は,水晶体再建術の技術的な進歩から診断さえ早くつけばほぼ満足のいく結果がでると思います.発症してしまった緑内障(全般)の治療では,濾過胞感染を起こしにくい濾過胞を目指す工夫,トラベクロトミーと深層強膜切除術を下方象限で行ったり,エクスプレスシャントを使用したり,といったところが最近の工夫でしょうか.それなりに臨床の内容は変化しています.ブームは虫の羽音を語源とし,集まってくる虫の羽音から転じて大流行という意味.仕事でのマイブームは一過性の流行ではなくずっと閉塞隅角緑内障の診断だったと思います.もう少し,続きそうです.先日,シンガポールでAPACRSのサテライトミーティングとして開催されたアジア閉塞隅角緑内障クラブ(AACGC)にシンポジストとして参加しました.シンガポール1泊3日(機内1泊)という強行スケジュールでしたが,シンガポール,インド,マレーシア,香港,中国,台湾,タイ,韓国,UAE,米国などの先生方と「久しぶり」と声を掛け合いながら立ち話をしたり,昼食をとったり,夕食会でお酒を飲んだりと楽しい会でした.お題は,私のオリジナルネタの原発閉塞隅角緑内障に潜在する毛様体脈絡膜.離(uvealeffusioninprimaryあたらしい眼科Vol.30,No.9,20131281 〔写真〕AACGCミーティングのFacultydinnerにて各国の先生方と(シンガポール)2013/7/11angleclosureglaucoma)とからめてOCTのenhanceddepthimagingを用いて発表された最近のデータをまとめたものでしたが,歴史とからめて話したところプレゼンテーションはすこぶる好評でした.また,学会中もどのセッションでもeffusionという言葉が連呼され,大分認知されてきたようで嬉しく思っています.今回は強行日程で無理でしたが,時間があれば海外の先生方と屋台でお酒を飲んだり,カラオケに行ったり,クラブで踊ったりなど遊びの部分も(おもにそっちがメインかも)大事にしています.日本の先生方との飲みニケーションも好きなほうです.これも,ブームではなく体と相談しながら続けていきたいと思います.趣味のmyboom―ヴァイオリン最近,学生時代に活動していたオーケストラで指揮者として指導していただいていた教育学部音楽科教授の先生の退官記念コンサートの準備をしています.留学時代には少し開けましたが,医者になってほとんど触っていなかったケースを開けて,ヴァイオリンの弦も弓も張り替えて弾いています.腕前は一人でお聴かせするには耐えられませんが,合奏している最中は非常に楽しいものです.ここ数カ月のことなので,これはマイブームかもしれません.社会人オーケストラにも誘われていますが,これは続けるかどうかは思案中です.オーケストラは合奏の練習も多くて大変です.その点,四重奏など室内楽は手軽にできるのですが,気の合うメンバーを集めるという大きな制約があり,これもなかなか難しいのですが,機会があれば挑戦したいという気持ちはあります.THEBOOMの「島唄」は,しかしながら,20年を経て沖縄民謡と流行歌を結びつけ全国に広めた先人として,今では県内でも評価されているようです.私も,長いブームで沖縄における緑内障診療に携わっていきたいと考えています.次回のプレゼンターは秋田大学の阿部早苗先生です.しばらく琉球大学に勉強(遊び)にきていた日本緑内障学会の若手のホープの一人です.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.☆☆☆1282あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(82)

日米の眼研究の架け橋 Jin H. Kinoshita先生を偲んで 9.恩師Kinoshita先生を偲んで

2013年9月30日 月曜日

JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑨責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑨責任編集浜松医科大学堀田喜裕恩師Kinoshita先生を偲んでSanaiSato(佐藤佐内)医療法人出田会呉服町診療所院長金沢医科大学(眼科)客員教授1978年弘前大学大学院医学研究科卒業.山形大学医学部(眼科)助手.1980年同大学講師.1984年NationalEyeInstitute,NIH.1995年NIH終身在職権(Tenure)授与.2002年米国オクラホマ大学医学部(糖尿病内分泌学)教授.2006年出田眼科病院.2007年金沢医科大学(眼科)客員教授.2008年東北文化学園大学客員教授,奈良県立医科大学(生化学)非常勤講師,呉服町診療所院長.現在に至る.私自身のことを話すのは恐縮ですが,私は1986年より18年間Dr.JinH.Kinoshita(Jin先生)がScientificDirectorをされていたNationalEyeInstitute(NEI),NIHにお世話になりました.その後,よく竜巻(Tornado)で話題になるオクラホマ(Oklahoma)に移り,オクラホマ大学医学部で4年間過ごさせていただきました.“誰に会うかで人生が変わる”とよくいわれますが,Jin先生にお会いできたこと,先生に特別のサポートをいただいたことに感謝しております.Jin先生に最初にお会いしたのはもう30年前になります.先生が仙台に来られたときにお会いする機会をいただきました.そのときのお話では,最近Awardをいただいたとのことで,それがちょうど1年分の給料になるので1年で良ければNIHに来ないかと誘っていただきました.結局1年のはずが18年にもなってしまいました.NIHでは多くの日本人研究者にお会いしました.ほとんど例外なく,できればもう少し残りたいといいながら帰っていかれました.よほどNIHの研究環境が良かったのだろうと思います.私が最も印象に残ったのは,Jin先生が自分でプロジェクターを持って来られセミナーをされたときでした.米国では上に立つ者は自分の下の人を教育する義務と責任をもつという意識が強いと感じます.日本では,“とにかく自分で苦労しろ.それが勉強だ.必ず将来役に立つ.”とよく励まされました.ある意味で事実ですが,ときに責任逃れの口実に使われることもあるように感じます.この教育に対しての意識の差が存在する限り日本が米国に追いつくのは難しいと実感しました.研究者としてのJin先生の功績はご存知のとおりであ(79)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYります.眼科領域で最も権威のあるProctorMedalとFriedenwaldAwardの両方を受賞されたのはおそらく今でもJin先生が唯一ではないかと思います.NIHは大きく2つのプログラム(IntramuralandExtramuralPrograms)に分けられます.Instituteによっても異なりますが,全予算の約80.90%が全国各地の大学や研究機関,それに研究者個人へのGrant(研究費)として使われます(ExtramuralProgram).米国ではこのNIHgrantは研究者としての生死を決めるとまでいわれます.どんなに有名な教授であっても例外ではなく,それほどNIHgrantは重要であります.残りの予算がNIH内での研究費として使われます(IntramuralProgram).ScientificDirectorとはDirector,IntramuralProgramをさします.Grantの決定には直接関与しませんが,現実には米国全体の医学研究に多大の影響力をもっています.米国ではGrant申請もせずに自由に研究ができるNIHでTenureを取ることは一般的な研究者にとっての憧れの的ともいわれています.同時に厳しい非難の目に耐えなければなりません.NEIScientificDirectorであるJin先生はNEI内での研究に絶対的な権限をもっていました.同時にその研究結果や業績に対し責任を共有し,さらに眼科領域の研究の将来を見据えた方向性を常に考慮すべき立場にありました.このシリーズの最初の筆者である矢部(西村)千尋教授が書かれているように,不本意な形でNEIを去って行った研究者もたくさんおられたことは事実であります.Jin先生にとってどんなにか辛かったろうと思います.Jin先生は私と個人的に話されるときは白内障や糖尿病網膜症に偏っていましたが,分子生物学や遺伝学にその将来をみられていたようあたらしい眼科Vol.30,No.9,20131279 写真1NIHのあるベセスダ郊外のレストランで写真1NIHのあるベセスダ郊外のレストランでに感じます.ちょうど私のTenureの話が始まった頃,一度Jin先生の部屋に呼ばれました.その頃の私は網膜毛細血管のPericye細胞培養やAldosereductaseの酵素学的な研究に没頭していました.Jin先生がまずいわれたのが,“今の研究テーマでいくら頑張ってもDr.Satoの業績にはならない.Tenureとして認められるには研究におけるIndependencyとOriginalityを示す必要がある.何か新しいことを初めてほしい.もし,特に希望やアイデアがないのであれば,Neutrophilsをテーマにしたらどうだろうか.”とのことでした.早速,当時好中球と癌細胞の研究で有名な山形大学寄生虫学の仙道富士朗教授に手紙を書かせていただき,私の新しいプロジェクトをスタートしました.その後,骨髄幹細胞(特にMesenchymalstemcells)の仕事へと発展していく第一歩となりました.Jin先生には個人的にもいろいろお世話になりましたが,学問研究でも生涯の恩人であります.眼科医局に入局される学生のほとんどは将来臨床医を目ざしており,基礎研究よりは高度な手術手技の習得に関心をもっています.図1は基礎医学の奨励の目的で学生の講義に使っていたスライドです.基礎研究に携わる人が経済的に優遇されることはまずありえません.将来教授になるほど成功することはごくまれで,ノーベル賞をいただけるような優れた業績を残すこともほとんど不可能であります.好きなことができるから研究生活は楽●★写真2Dr.KinoshitaのRetirementParty図1学生への講義に使うスライドからしいといわれる人もいますが,現実には自分の好きな研究をさせてもらえません.日常の診療で経験する達成感や満足感はまずあり得ないといってよいでしょう.非常に地味で,仕事が楽しいとは信じがたいと思います.それなら基礎医学を志す理由はあるのでしょうか.私自身は医学の進歩は基礎医学の進歩なしにはありえないと考えています.Jin先生もそのことを私たちに教え続けてきたと思います.Jin先生のご冥福を祈るとともに,これからも機会があるたびに基礎医学の重要性を伝え続けていきたいと願っています.●★1280あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(80)

WOC2014への道:あと7ヵ月

2013年9月30日 月曜日

WorldOphthalmologyCongressR(WOC)2014まで,いよいよあと半年あまりとなりました.WOC2014が来年東京で開催されることをご存知の方は多いと思いますが,具体的にどのような内容であるのか,ここでは行事を中心にざっくりとご紹介させていただきます.会期は2014年4月2日(水曜日).6日(日曜日)の5日間で,会場は東京国際フォーラムと帝国ホテルで,両会場の間にはシャトルバスが運行されます.WOCとAPAOのプログラムは英語の講演で5日まで,3日.6日まで併催される日本眼科学会総会のプログラムは日本語で,最終日は日本眼科学会総会のみです.4月2日はサブスペシャリティーデーで,白内障,緑内障,眼形成,小児眼科,屈折矯正手術,網膜の6分野があります.その後,WOCとAPAOの特別講演,シンポジウム,一般講演,インストラクションコース,ポスター,ビデオ,器械展示などが始まります.基本的には日本の学会と同じパターンですが,ポスターとビデオのセッションは,会場内のパソコンで好きな時間に自分が選んで見ることになります.4月2日午後6時.7時まで,オープニングセレモニーが開催されます.これは本学会のハイライトの一つです.オリンピックの開会式をイメージしていただければわかりやすいと思いますが,単に世界中の眼科医が一堂に会する儀式だけではなく,参加者を魅了するイベントになっています.そのためWOCやAPAOに出席された先生はご存知のように,オープニングセレモニーは人気が高く,いつも盛況です.今回も感動的な内容になると聞いておりますので,皆様,ぜひご参加ください.オープニングセレモニーの終了後には,オープニングレセプションが行われます.これは日本の学会での一般懇親会に相当するものです.場所は東京国際フォーラムの広場です.参加者は誰でも夜の花見の感覚で気軽に軽食を楽しんでいただこうという趣向です.4月4日の夜には,Japannightが東京ビックサイトで行われます.こちらは会費制で,東京国際フォーラムからバスが出ます.日本の祭りをテーマに,広い会場で,日本らしいアトラクションや和食をはじめさまざまな料理が楽しめます.さて,WOC2014の早期登録の締切が10月18日に迫ってきました.日本眼科学会員の場合,早期登録は4万円,事前登録が4万5千円,当日登録は5万円ですので,WOC2014に参加を考えておられましたら,早めのご登録をお勧めいたします.また,医学部学生,初期臨床研修医は登録料が無料です.ぜひ,多くの医学部学生や初期臨床研修医に参加いただいて,眼科の魅力を実感してもらいたいと希望しております.ちなみに,WOC2014に出席した場合の眼科専門医の単位は1日6単位であり,5日間で最高30単位となります!また,眼科専門医として5年に一度義務づけられている日本眼科学会総会への出席もクリアできます.わざわざ出向かなくてもあちらからやって来るまたとない国際学会です.ぜひ楽しんでいただければと思います.WOC2014への道あとカ月前田直之大阪大学大学院視覚情報制御学<ImportantDate>2013年10月18日(金)早期参加登録締切2013年11月11日(月)日本眼科学会総会演題登録締切2014年3月3日(月)事前参加登録締切7WorldOphthalmologyCongressR(WOC)2014まで,いよいよあと半年あまりとなりました.WOC2014が来年東京で開催されることをご存知の方は多いと思いますが,具体的にどのような内容であるのか,ここでは行事を中心にざっくりとご紹介させていただきます.会期は2014年4月2日(水曜日).6日(日曜日)の5日間で,会場は東京国際フォーラムと帝国ホテルで,両会場の間にはシャトルバスが運行されます.WOCとAPAOのプログラムは英語の講演で5日まで,3日.6日まで併催される日本眼科学会総会のプログラムは日本語で,最終日は日本眼科学会総会のみです.4月2日はサブスペシャリティーデーで,白内障,緑内障,眼形成,小児眼科,屈折矯正手術,網膜の6分野があります.その後,WOCとAPAOの特別講演,シンポジウム,一般講演,インストラクションコース,ポスター,ビデオ,器械展示などが始まります.基本的には日本の学会と同じパターンですが,ポスターとビデオのセッションは,会場内のパソコンで好きな時間に自分が選んで見ることになります.4月2日午後6時.7時まで,オープニングセレモニーが開催されます.これは本学会のハイライトの一つです.オリンピックの開会式をイメージしていただければわかりやすいと思いますが,単に世界中の眼科医が一堂に会する儀式だけではなく,参加者を魅了するイベントになっています.そのためWOCやAPAOに出席された先生はご存知のように,オープニングセレモニーは人気が高く,いつも盛況です.今回も感動的な内容になると聞いておりますので,皆様,ぜひご参加ください.オープニングセレモニーの終了後には,オープニングレセプションが行われます.これは日本の学会での一般懇親会に相当するものです.場所は東京国際フォーラムの広場です.参加者は誰でも夜の花見の感覚で気軽に軽食を楽しんでいただこうという趣向です.4月4日の夜には,Japannightが東京ビックサイトで行われます.こちらは会費制で,東京国際フォーラムからバスが出ます.日本の祭りをテーマに,広い会場で,日本らしいアトラクションや和食をはじめさまざまな料理が楽しめます.さて,WOC2014の早期登録の締切が10月18日に迫ってきました.日本眼科学会員の場合,早期登録は4万円,事前登録が4万5千円,当日登録は5万円ですので,WOC2014に参加を考えておられましたら,早めのご登録をお勧めいたします.また,医学部学生,初期臨床研修医は登録料が無料です.ぜひ,多くの医学部学生や初期臨床研修医に参加いただいて,眼科の魅力を実感してもらいたいと希望しております.ちなみに,WOC2014に出席した場合の眼科専門医の単位は1日6単位であり,5日間で最高30単位となります!また,眼科専門医として5年に一度義務づけられている日本眼科学会総会への出席もクリアできます.わざわざ出向かなくてもあちらからやって来るまたとない国際学会です.ぜひ楽しんでいただければと思います.WOC2014への道あとカ月前田直之大阪大学大学院視覚情報制御学<ImportantDate>2013年10月18日(金)早期参加登録締切2013年11月11日(月)日本眼科学会総会演題登録締切2014年3月3日(月)事前参加登録締切7(77)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312770910-1810/13/\100/頁/JCOPY