監修=坂本泰二◆シリーズ第140回◆眼科医のための先端医療山下英俊新生血管と遺伝子治療加地秀(名古屋大学大学院医学系研究科頭頸部・感覚器外科学)はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の本態は脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)であり,現在の治療の中心は抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法です.この治療においては蛋白質の眼内への長期にわたる反復投与が必要ですが,これに対しては遺伝子治療がその回答の一つとなりうると考えられます.AMDに対する遺伝子治療とは,異常遺伝子を正常遺伝子に置換するような狭義の遺伝子治療ではなく,遺伝子を眼内の細胞に導入し,持続的に治療蛋白質を発現させるというドラッグデリバリーシステムとしての遺伝子治療(図1)です.現在AMDに対する臨床試験は,Genzyme社によるAAV2-sFLT01(http://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT01024998)と,OxfordBioMedica社によるRetinoStat(http://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT01301443)の2つが行われています.AAV2.sFLT01VEGFと結合し,その作用を阻害する働きのある蛋白質は抗VEGF療法に用いることが可能であり,それには抗体と受容体があります.現在,日本で用いられているのは抗VEGF抗体(のFab断片)ですが,VEGF受容体のキメラ蛋白であるVEGFTrap-Eyeについてもすでに臨床試験が行われています.アデノベクターにより抗VEGF抗体の軽鎖,重鎖を発現する遺伝子を導入する,マウスを用いた腫瘍の治療実験も行われ,その有効性が報告されています1)が,現在ヒトのAMDに対して行われているのはVEGF受容体を用いた臨床試験です.AAV2-sFLT01はVEGF受容体であるFlt-1のVEGF結合ドメインとヒト免疫グロブリンG(IgG)のFc断片のキメラ蛋白(sFLT01)の遺伝子をアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターに組み込んだものです.(81)正常な遺伝子異常な蛋白質正常な蛋白質………………….治療蛋白質図1ドラッグデリバリーのツールとしての遺伝子治療A:狭義の遺伝子治療.異常な遺伝子を正常な遺伝子と置換することにより,疾患を治療する.B:ドラッグデリバリーのツールとしての遺伝子治療.治療遺伝子を導入し,細胞自らに治療蛋白質を製造させる.AAVは導入遺伝子が染色体に取り込まれない状態で長期間遺伝子の発現が持続するという特徴があり,Leber先天盲に対する遺伝子治療にも用いられています2,3).このAAV2.sFLT01の硝子体注射により,マウスの網膜新生血管,サルのCNVの抑制が可能であったことが報告され4,5),また,サルへのAAV2.sFLT01の硝子体注射後,12カ月の観察期間中,網膜電図,蛍光眼底造影に異常がみられなかった6)ことから,現在AMDに対するAAV2.sFLT01の硝子体注射のPhaseIの臨床試験が行われています.RetinoStatVEGFの阻害はCNVに対して現在のところ最も効果のある治療法です.しかし一方で,VEGFには神経保護作用があるともいわれており,ラットの虚血再灌流モデルを用いた研究でVEGFは神経細胞のアポトーシスを抑制する7)ことが報告されています.その後,ラットにおいて抗VEGF抗体単回投与では神経節細胞は傷害されなかったという報告8),可溶性VEGF受容体を発現するトランスジェニックマウスにおいて長期間VEGFをブロックし続けても網膜の神経細胞,血管に悪影響はなかったという報告9)もなされていますが,臨床的にVEGFを長期間ブロックすることが神経網膜や正常血管に影響を与えないのかどうかは,まだ議論の余地があります.このようなVEGF阻害による神経毒性の可能性を除外するためには,VEGFと結合する分子以外のあたらしい眼科Vol.29,No.8,201211070910-1810/12/\100/頁/JCOPY血管新生阻害因子の遺伝子を導入するという手法が考えられ,それらの因子のなかで,現在遺伝子治療の臨床試験が行われているのがendostatinとangiostatinです.EndostatinはcollagenXVIIIの断片であり,a5b1インテグリンとの結合,VEGFレセプターからのシグナルの抑制,サイクリンDの阻害を介して血管内皮細胞の機能を阻害します.Angiostatinはfibrinogenの断片で,血管内皮細胞の細胞膜のATP(アデノシン三リン酸)シンターゼと結合し,遊走,増殖を阻害し,また細胞外マトリックスによるプラスミノーゲンの活性化を抑制し,内皮細胞の侵入を阻害します.これらの因子はともに腫瘍に伴う血管新生を阻害する働きがあり10,11),そしてこれらはともに遺伝子治療実験によって,網膜新生血管,CNVの抑制に有効であったことが報告されています12.16).レンチベクターは導入遺伝子がホストの染色体に取り込まれることによって遺伝子発現が長期間持続し,またパッケージできる遺伝子のサイズが大きいという特徴があります.そのため,RetinoStatは,レンチベクターであるequineinfectiousanemiaviralvector(EIAV)にendostatinとangiostatinの2つの遺伝子を組み込んだ構造となっています.このようなEIAVの網膜下注射によりendostatinとangiostatinの2つの遺伝子を発現させることによって,マウスのCNVの抑制が可能であった17)ことから,現在AMDに対するRetinoStatの網膜下投与のPhaseIの臨床試験が行われています.おわりに現在AMDに対する遺伝子治療としては,2つの臨床試験が行われています.これらの治療は,薬剤の反復投与の必要性を解消するものとして期待されます.また,これら2つの臨床試験においては,前房水中の治療蛋白質の定量がプロトコールに組み込まれています.これら2つの試験はベクターはAAVとレンチベクター,投与経路は硝子体注射と網膜下注射と異なるものを採用しており,ベクター,投与経路による遺伝子発現の違いを検討するうえでも興味深いものとなるものと思われます.文献1)WatanabeM,BoyerJL,HackettNRetal:Geneticdeliveryofthemurineequivalentofbevacizumab(avastin),ananti-vascularendothelialgrowthfactormonoclonalanti1108あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012body,tosuppressgrowthofhumantumorsinimmunodeficientmice.HumGeneTher19:300-310,20082)MaguireAM,SimonelliF,PierceEAetal:SafetyandefficacyofgenetransferforLeber’scongenitalamaurosis.NEnglJMed358:2240-2248,20083)BainbridgeJW,SmithAJ,BarkerSSetal:EffectofgenetherapyonvisualfunctioninLeber’scongenitalamaurosis.NEnglJMed358:2231-2239,20084)PechanP,RubinH,LukasonMetal:Novelanti-VEGFchimericmoleculesdeliveredbyAAVvectorsforinhibitionofretinalneovascularization.GeneTher16:10-16,20095)LukasonM,DuFresneE,RubinHetal:InhibitionofchoroidalneovascularizationinanonhumanprimatemodelbyintravitrealadministrationofanAAV2vectorexpressinganovelanti-VEGFmolecule.MolTher19:260-265,20116)MaclachlanTK,LukasonM,CollinsMetal:PreclinicalsafetyevaluationofAAV2-sFLT01-agenetherapyforage-relatedmaculardegeneration.MolTher19:326-334,20117)NishijimaK,NgYS,ZhongLetal:Vascularendothelialgrowthfactor-Aisasurvivalfactorforretinalneuronsandacriticalneuroprotectantduringtheadaptiveresponsetoischemicinjury.AmJPathol171:53-67,20078)IriyamaA,ChenYN,TamakiYetal:Effectofanti-VEGFantibodyonretinalganglioncellsinrats.BrJOphthalmol91:1230-1233,20079)UenoS,PeaseME,WersingerDMetal:ProlongedblockadeofVEGFfamilymembersdoesnotcauseidentifiabledamagetoretinalneuronsorvessels.JCellPhysiol217:13-22,200810)O’ReillyMS,HolmgrenL,ShingYetal:Angiostatin:anovelangiogenesisinhibitorthatmediatesthesuppressionofmetastasesbyaLewislungcarcinoma.Cell79:315328,199411)O’ReillyMS,BoehmT,ShingYetal:Endostatin:anendogenousinhibitorofangiogenesisandtumorgrowth.Cell88:277-285,199712)MoriK,AndoA,GehlbachPetal:Inhibitionofchoroidalneovascularizationbyintravenousinjectionofadenoviralvectorsexpressingsecretableendostatin.AmJPathol159:313-320,200113)AuricchioA,BehlingKC,MaguireAMetal:Inhibitionofretinalneovascularizationbyintraocularviral-mediateddeliveryofanti-angiogenicagents.MolTher6:490-494,200214)LaiYK,ShenWY,BrankovMetal:Potentiallong-terminhibitionofocularneovascularizationbyrecombinantadeno-associatedvirus-mediatedsecretiongenetherapy.GeneTher9:804-813,200215)RaislerBJ,BernsKI,GrantMBetal:Adeno-associatedvirustype-2expressionofpigmentedepith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