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総説:生理活性脂質から眼圧の謎に迫る!

2025年7月31日 木曜日

あたらしい眼科C42(7):849~858,2025c第35回日本緑内障学会須田記念講演生理活性脂質から眼圧の謎に迫る!ApproachingtheMysteryofIntraocularPressurefromBioactiveLipidMediators!相原一*はじめに緑内障は視神経と視野に特徴的変化を有し,通常は眼圧を十分に下降させることにより視神経障害を改善もしくは抑制しうる機能的構造的異常を特徴とする疾患である.原発閉塞隅角緑内障の発作時にはあまりの急性高眼圧のため,眼底血圧を超えた高眼圧が網膜と視神経乳頭の血流障害を引き起こすが,早期に血流が再開すれば視神経障害も改善しうる.隅角閉塞による高眼圧と二次的な視神経障害については,解剖学的機序による房水流出障害によるものなので本稿では触れない.緑内障のほとんどを占める開放隅角での視神経障害は,慢性進行性神経変性疾患で,乳頭陥凹拡大を伴い,局所的な網膜神経線維層欠損が徐々に拡大する.乳頭陥凹拡大には篩板の変形を伴う.眼圧が存在するかぎり常に陥凹を拡大する方向に圧ストレスがかかっていると考えられる.病的に眼圧よりも脳脊髄圧が高いならば,視神経乳頭後部まで存在するくも膜下腔の脳脊髄圧により視神経は絞扼されるため,乳頭浮腫を起こす.眼圧がC0に近い低眼圧でも病態的には同様で,乳頭浮腫を起こし,視力は低下する.つまり眼圧が低すぎると低眼圧網膜症乳頭浮腫を惹起するし,高すぎると緑内障性視神経症を,極端に高いと虚血も伴う.正常眼の健常眼圧も10~20CmmHg(平均C14ぐらい)で正規分布しているということは,乳頭組織でバランスのよい眼圧には個体間で幅があることを示している.もっとも眼圧は日中のある時間に測定しているだけなので,実際の眼圧変動は未知である.乳頭陥凹には大きさ,深さ,形状に個体差があり,先天的な小乳頭から巨大乳頭,さらに時間経過は証明できないが,徐々に乳頭陥凹が拡大,変形することもある.篩板が変形し軸索障害を起こすような乳頭陥凹拡大の原因は,単に乳頭での圧バランスの問題なのか,近視のように眼軸長伸展に伴うものなのか,あるいは篩板を構成している細胞や血管,血流の異常なのか,はたまた網膜神経節細胞軸索自身の異常なのか,またこの多因子がどのように関与しているのか証明は困難である.ただし,唯一確かなのは,常に存在する眼圧は,それがどんな値でも視神経乳頭に対して外向きの陽圧であれば,物理的に陥凹は拡大するということである.生涯で眼圧は基本的にあまり変わらないことが疫学調査などで明らかになっているが,一つの眼で眼圧を経時的に生涯追った研究はない.眼圧が高くなるから陥凹拡大が進んで緑内障になるのか,眼圧に変化がなくても圧ストレスを受ける視神経乳頭が脆弱になるのか,あるいは両者なのか,難問である.そもそも眼圧とは何なのか.眼圧は眼球内での独立した水の生理的な循環で成り立つ特殊機能である.房水が毛様体で産生されて隅角から線維柱帯あるいは毛様体経由で眼外に流出する.房水流出路はきわめて複雑な組織で,残念なことに血液と異なり水の流れは生体内で可視化できない.眼圧と緑内障について色々考え出して早35年経つが,変わらない目標は眼圧についてもっと知りたいということである.眼圧さえ制御できれば視神経障害は防げるに違いない.表1に筆者の考える謎を列挙した.ぜひとも多くの研究者にこの謎を解いてほしい.きっと緑内障の治療に役に立つはずである.*MakotoAihara:東京大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕相原一:〒113-8655東京都文京区本郷C7-3-1東京大学医学部眼科学教室C0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(65)C849表1眼圧の謎生理的な眼圧の謎・なぜC10~21.mmHgであるのか,正常眼では血圧以上に個体差があるのはなぜか.・生涯一定の眼圧なのか.・個体の大きさも眼球の大きさも異なるのになぜ脊椎動物では同じ眼圧なのか.・日内,日々,季節変動があるのはなぜか.・眼内圧は本当はいくつなのか,終日測定する方法は.・下げる薬剤はあるのに上げる薬剤がないのはどうしてか.・血圧のように体内制御機構はないのか.・房水動態のCGoldman理論は正しいのか.・眼圧は眼内組織に均等に同じ圧がかかっているのか.・生活習慣や遺伝子,環境の影響はあるのか・体位変動はあるが,その眼圧変動は影響がないのか.仰臥位では高いが緑内障が進むわけでもない.緑内障の眼圧の謎・なぜ眼圧が高くなったのか.・緑内障眼では生涯かけて眼圧が経時的に上がってきているのか.・各種開放隅角緑内障病型での眼圧上昇の機序はなにか.・落屑緑内障の眼圧変動はなぜか.・なぜ開放隅角でも急に上昇するのか.本総説は,この眼圧の謎解きに生理活性脂質を鍵として挑戦した,筆者と多くの共同研究者たちの成果である.個人的な研究の変遷も含めた,科学的というよりやや散文的な記述が多いがご容赦いただきたい.CI生理活性脂質プロスタグランジンと筆者緑内障に興味をもったため,大学院では神経を研究したかったが,眼科内で基礎研究する環境はあまり整ってなかった.そこで縁あって基礎医学の生化学,のちの細胞情報学部門に入れていただいた.当時の教授,清水孝雄先生は脂質生化学の大家で,プロスタグランジン(prostaglandin:PG)などを産生するためのアラキドン酸カスケードの脂質合成経路の解明にすでに着手されていた.ちょうど神経可塑性の分子機構という研究プロジェクト予算を獲得されていたため,筆者は大脳海馬の錐体細胞とミクログリアが生理活性脂質の一つである血小板活性化因子を介した相互作用を呈していることを研究することになった.生理活性脂質とは,主として膜構成成分である脂質二重層から切り出された脂肪酸の代謝物から産生される生体機能をもつ物質の一群である.生体膜から産生されて代謝も早いため,細胞組織局所で働く性質をもつが,生体内各組織でさまざまな機能を有し,また脂質自体は摂取するものに大きく依存するので,われわれの生活習慣にも大きく関与している.脂質は取り込んで産生され分解されるものだが,それを司っている酵素群は遺伝的に制御されている.今でこそ脂質研究リピドミクスは,ジェネティクス,プロテオミクスに続いて盛んになってきた分野だが,当時は大学院の教室がその先端を担っていた.ちょうどその頃,緑内障分野では,PGの一つであるCPGF2Caが低用量で眼圧を下げ,しかも当時の第一選択薬である交感神経Cb受容体遮断薬よりも下げるという画期的な発見がなされた.学生のときにはCPGF2Caは生殖関係に重要であると習ったばかりであったが,局所作用を有する生理活性脂質らしく,異なる臓器ではまったく異なる重要な働きをすることを改めて認識した知見であった.眼球は閉鎖空間で脈絡膜以外は血管の透過性は低くバリア機能が強い組織であることから,房水は組織の維持に重要な役割を果たしている.つまり生理活性脂質は房水中のメディエーターとして眼球内でなにか重要な働きをなすだろうと予想した.CPGF2a誘導体のラタノプロストが発売され早C25年,単剤でC1日C1回の点眼で最大の眼圧下降効果が得られ,全身副作用がない点で,未だに第一選択薬の不動の地位を維持しているが,当時はきわめて画期的な薬剤であり,各社こぞって類似薬トラボプロスト,ビマトプロスト,タフルプロストを上市することとなった.ただし,図1にあるように,PGF2Caの代謝物に類似したウノプロストンは別として,いわゆるCPG関連薬の中ではビマトプロストがやや眼圧下降効果が強く,かつ化学構造式もプロスタマイド型とされ,他のC3剤と差別化されていプロスト系図1プロスタグランジン関連薬(FP受容体作動薬)の構造式FP受容体が眼圧下降に重要なのか,ビマトプロストは他C3剤と比較してプロドラッグとしては分解されにくく,FP受容体とは結合しない可能性が示唆され,論議をよんでいた.た.一方では眼内移行後は他のC3剤と同様なCPGF2Ca類似構造式になるため,他のC3剤と同様に振る舞うはずで同じではないかとの論争があった.これらC4剤のCPG関連薬の眼圧下降機序は,細胞外マトリックスの分解を伴うぶどう膜強膜路の流出抵抗の改善以外は不明で,点眼後すぐに下がる機序や眼圧下降の分子メカニズムについては未知であった.元はCPGF2Caから開発された薬剤であるから,眼圧下降の分子学的作用機序としてプロスタノイドCFP受容体の存在と活性化が必須と予想された.戦略的にはCFP受容体欠損マウスで確認する必要があったが,当時としてはマウスで眼圧を測定する方法がなかったため,解明に糸口がなかった.CII生理活性脂質リゾフォスファチジン酸と筆者2001年に,のちに緑内障眼圧下降薬として上市されるCROCK阻害薬の最初の前臨床報告がなされた.現在,同僚で東京大学眼科准教授の本庄恵先生と熊本大学名誉教授の谷原秀信先生の京都大学時代の画期的な研究である.ROCK阻害薬は細胞内のCRho-ROCKシグナル活性化による細胞骨格変化や細胞外マトリックスの産生経路を阻害する薬剤で,緑内障関連では主として線維柱帯からの房水流出組織に対して,明確な生化学的な作用機序を有する薬剤である.それまでの房水産生を抑制する薬剤やぶどう膜強膜路に効くとされるも作用機序が未だに明確ではないCFP受容体作動薬とは異なり,房水流出の主経路である線維柱帯路の組織変化また房水静脈圧の下降により流出抵抗を下げるという,本来の房水動態,しかも主経路の流出抵抗の軽減により眼圧下降を行う新規作用機序を有する点で画期的であった1).この細胞内シグナルカスケードの活性化は生理的には流出抵抗を維持,あるいは過剰であれば線維化瘢痕化を促進し,眼圧上昇に至る組織抵抗を惹起すると考えたが,活性化には房水中の因子が関与すると推測した.大学院時代の脂質関連の知識では細胞内CRho-ROCKシグナルの上流のCG蛋白共役型受容体活性化物質はいくつかあるが,とくに活性化が強い生理活性脂質として,リゾフォスファチジン酸(lysophosphatidicacid:LPA)やスフィンゴシンC1リン酸(sphingosineC1-phos-phate:S1P)があることに気がついた.LPAはその合成酵素オータキシン(autotaxin:ATX)により産生され,Rho-ROCKシグナルを介した線維化や炎症,浮腫などを惹起することが知られていた(図2).そこでLPAやCS1Pが房水中にある可能性をもとに当時の質量分析計で測定を試みたが,当時検出感度が低いことと房水量の少なさで検出はできず,頓挫することとなった.MigrationProliferationSurvival線維芽細胞誘導接着内皮透過性亢進上皮アポトーシスTGFb活性化,IL.8分泌図2Rho-ROCKシグナルと活性化因子の一つであるATX-LPA経路組織瘢痕化,炎症を惹起することが判明しており,房水中に存在し,房水流出抵抗を上昇させる.(AlbersCHHMGCetal:PNASC107:7257-7262,C2010)IIIマウスの眼圧測定開発と遺伝子改変マウスの応用前述のように,疾患モデル動物の開発は病態解明に重要である.とくに遺伝子改変動物として有用なマウスを緑内障分野で応用することは当然の流れだったが,最大の課題は眼圧測定ができないことであった.しかし,幸運にもC2000年に留学し,マウスの眼圧測定方法の開発に着手する時間ができた.そして,眼圧値はヒトと同じであること,日内変動は日内リズムに制御されていること,房水動態もヒトと同様に存在すること,体位によって変動すること,高眼圧モデルマウスの作製など2~6),マウス眼を緑内障研究に応用できるようになったのである.となれば大学院時代からの宿題の一つであるCFP受容体と眼圧下降の関係を解き明かすことができる.帰国後に着手した結果,予想通りCFP受容体欠損マウスではベースライン眼圧は変わらないものの,PG関連薬は一切眼圧が下がらなかった7).また,ビマトプロストはそれ自身がCFP受容体とそのスプライスバリアントの結合受容体に作用することも判明した8)(図3).いずれにしろCFP遺伝子が眼圧下降に必要であり,骨格がCPGF2Caと類似しているためにCPG関連薬とよばれていたラタノプロストを含めたC4薬剤は,FP受容体作動薬(FP作動薬)とよぶほうが正しいと考える.現在,PG骨格は有しないがプロスタノイドCEP2受容体結合力の高いオミデネパグイソプロピルもあるが,こちらはCPG関連薬とはいえず,FP作動薬と区別するためにCEP2受容体作動薬とするのが適切で,ほかの交感神経系眼圧下降薬と同様,作用機序が明確な名称を与えるほうが望ましいと考える.プロスタノイド受容体のいくつかは眼圧に関与する可能性が高く,実際CFPとCEP3受容体の両方に作用する薬剤もC2025年秋に承認見込みであるし,DP受容体の眼圧下降作用も報告されている(図4).予想通り生理活性脂質は眼内で全身と異なる特異的な作用を有することが判明した.今後は眼内での生理活性脂質とさまざまな眼疾患病態や眼圧との関係が解明されることを願っている.CIV生理活性脂質リゾフォスファチジン酸と合成酵素のオートタキシンによる新展開繰り返しになるが,開放隅角での眼圧上昇の原因は細胞外マトリックスの増加による組織瘢痕化であるが,そHOHHOHHOHOHOプロスタグランジンF2aプロスタマイドF2aHOHOHCH3CH3HHOHHHOHプロスタグランジンF2a誘導体プロスタノイドFPFPプロスタマイドFP受容体spliceFP受容体variant図3FP作動薬とFPおよびプロスタマイドFP受容体の関係PG関連薬は基本的にプロドラッグで点眼され,角膜で分解され酸型になってCFP受容体に結合する.ビマトプロストも一部は酸型に分解されるが,それ自身もCFPとCFPのスプライスバリアントの複合受容体に結合することが判明した.したがって,いずれにしろ作用点はCFP遺伝子による転写産物であることから,眼圧下降にはCFP受容体が必須である.(OtaCT,CAiharaM:IOVS,C2005,OtaCT,CAiharaM:BrJOphthalmolC2007)図4プロスタノイド受容体一覧と眼圧下降への関与生体内機能は組織により異なることが生理活性脂質の特徴である.FP,EP2受容体作動薬そして,FPとCEP3のデュアル作動薬が開発された.の原因は明確ではなかった.過去には原発開放隅緑内障ROCK阻害薬は眼圧上昇の原因の一つである流出路(primaryCopenangleCglaucoma:POAG)では房水中の瘢痕化を抑制する点で明確である.そこで問題は組織瘢CTGFb2の濃度が高いことが報告されていたが9),開放痕化による抵抗上昇の原因究明であるが,筆者らは隅角のほかの病型では高くないことから,高眼圧の原因2015年から本庄恵先生の参画でいよいよCRho-ROCKにはCTGFb2やステロイド以外の房水因子が関与するこシグナルと眼圧の関係を解き明かす機会を得て,高性能とが予想される.の質量分析計によるCATX測定とCLPA合成酵素のCATXLPA産生酵素:Autotaxin総LPA********************2.52.0200Sensitivity0.00.20.40.60.81.0Autotaxin(mg/l)1501.51001.0***p<0.001500.5**p<0.01*p<0.0500図5緑内障各病型の前房水中ATXおよび総LPAの定量controlNTGPOAGSOAGXFGcontrolNTGPOAGSOAGXFG房水中CATX,CLPAは眼圧が高い病型ほど高いことから,BABが破綻した状態ではCLPAにより流出路抵抗が上がる可能性がある.またCATX-LPA活性化により流出路瘢痕化促進し眼圧が上昇した.(HonjoCM,CIgarashiCN,CAiharaCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2018)CATX,TGF.b1.3濃度による緑内障病型診断ROC曲線→LASSO法による4因子を用いると各単因子と比較してもっともよい感度で緑内障病型(NTG,POAG,XFG,SG)を診断(p<0.05).ROC:receiveroperatingcharacteristicLASSO(AROC=0.764.p=0.0155)LASSO:leastabsoluteshrinkageandselectionoperator;ATX(0.700.p<0.001)AUC:areaunderthereceiveroperatingcharacteristicTGFB1(0.657.p<0.001)TGFB2(0.548.p<0.001)curve.TGFB3(0.628.p<0.001)Speci.city図6房水因子による緑内障病型診断(IgarashiCN,CHonjoCM,CAsaokaR:SciRepC2021,CIgarashiCN,CHonjoCM,CYamagishi-KimuraCRCetal:SciRepC2021)を高感度測定系により,房水中のCATX-LPA経路の定病型ほど房水中の因子が高いことが判明した10).1.00.80.60.40.20.0量化に成功した.ATX-LPA経路の活性化は短期的には細胞骨格の変化,長期的には細胞外マトリックスの増加をきたすことで組織瘢痕化へと向かう.つまり房水中の活性が高ければ,房水流出路の瘢痕化が促進され,流出抵抗が増加し結果として眼圧が上がることになる.結果として,予想通り図5のように緑内障病型により,ATX-LPA経路の活性化が異なるものの,眼圧が高いさらに同じく瘢痕化を促進する機序を有するCTGFCb1,2,3も病型により異なっており,組み合わせることで落屑緑内障(exfoliativeglaucoma:XFG)も判別できることがわかった11)(図6).今まで筆者らの開放隅角緑内障(openangleCglaucoma:OAG)病型分類は隅角が開放で,落屑や色素,炎症や内眼手術,外傷の有無での定性的な見た目の分類でしかなく,病態には基づいていな正常な状態瘢痕化房水流出路図7房水脂質メディエーターによる病型診断,予後予測と治療ATXが活性化していればCLPAも増加し,流出路瘢痕化を惹起し,眼圧が上昇する可能性がある.今回CATX阻害薬が販売されていたが,コンセプトとしては眼圧を下げるより,上がらないようにする薬剤をめざす.(HonjoCM,CAiharaCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2018,CHonjoCM,CAiharaCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2018,CIgarashiCN,CAiharaCMCetal:SciCRepC2018,CIgarashiCN,CAiharaCMCetal:SciCRepC2020,CNaganoCN,CAiharaCMCetal:Biol.CPharm.CBull.C2019,NakamuraCN,CAiharaM:MolVisC2021,HonjoCM,CAiharaM:SciRepC2021,CLiuCM,CAiharaCMCetal:BiomoleculesC2022)い.実際,正常眼圧緑内障(normalCtensionCglaucoma:NTG)との診断の房水中でも異常に高いCATX活性を有する検体が混じっており,もしかすると外来での眼圧測定が低いだけでCPOAGやCXFGである可能性も示唆される.とくにCXFGは診断がむずかしく,落屑物質が一部に出ていたり,散瞳しないとみつからない患者では自分を含め見逃す可能性が高い.したがって,房水因子の測定に基づく診断ができればより病型に沿った治療法が確立するに違いない.さらに今後は眼圧上昇因子を抑制するためにCXFG特異的な治療法が開発できるはずであり,既存の眼圧下降薬のように眼圧上昇の病態が異なるさまざまな病型のCOAGに対して,取りあえず平均的には有効である薬剤とは一線を画すことになるであろう.現在,ATX阻害薬の開発をめざしており,将来が楽しみである.一時的にはCRho-ROCKシグナル抑制を介した眼圧下降,長期的には瘢痕抑制による眼圧上昇抑制という機序を有することになる(図7).CVATX-LPA経路活性化による開放隅角高眼圧モデル動物の開発緑内障動物モデルというと,当然高眼圧で乳頭陥凹が生じるモデルが理想である.乳頭構造がヒトにもっとも類似しているのはサルであり,レーザーを線維柱帯に照射し物理的に流出障害を起こして高眼圧にすることができる.ただし,残念ながら高額で研究応用にはきわめてハードルが高い.一方,動物モデルとしては,遺伝子操作が容易で安価で分子生物学的ツールが揃っている点でマウスの有用性が高いことはいうまでもない.2000年頃から眼圧が測定できるようになったため,ようやく高眼圧モデルは種々開発された.しかし,高眼圧となる原因が明確でないため,これまでのマウスモデルは流出路組織を外科的に閉塞する手法が採られていた.これらの方法では,たとえ乳頭や網膜神経節細胞(retinalCgan-glioncell:RGC)の組織学的変化がみられても,不安定な眼圧,短い持続性,炎症惹起などヒトの緑内障性視神経症とは異なる状況を呈していた.前項のように筆者らはCOAGの眼圧上昇の原因の一つとして,組織変化による流出抵抗上昇を惹起する房水因子であるCLPAを見いだした.したがって,房水中のATX-LPA経路が活性化すれば高眼圧になる可能性が高いため,CreLoxPシステムを用いて脂質であるCLPAの合成酵素であるCATXをマウス眼の局所に高発現させることを試みた.結果として,現在作製した第一系統のマウスは眼内CATXの発現とともに徐々に高眼圧となLysoPLD(ATX活性)601~2週間をピークに3M持続するATX活性増強40LysoPLDactivity(nmol/mL/4h)20少なくとも2Mはコントロールと比べ慢性的に4mmHg高眼圧を呈する0**組織傷害,炎症もなく,開放隅角の高眼圧マウスを作るのが夢だった!IOP(mmHg)2116116**0714212835424956637077849198Daysafterlastdosestudent’st.test,vscontrol*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001図8ATX発現誘導によるOAGマウスモデルの前房水ATX活性と眼圧変化(ShimizuCS,CHonjoCM,CLiuCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2024)Out.owfacilityの低下centralperipheralControlATXTgControlATXTgOut.owfacility(μL/min/mmHg)0.0250.020.0150.0051,00000controlATX網膜周辺部のRGC密度低下隅角瘢痕化の増加(3M)3,000*ATXTg2,000controlControlATXTg0.01CollagenIaSMADAPIControlATXTgcentralperiTg(n=16-20)*One-tailedstudent’st-test,p<0.05**p<0.01studentt-testF.actinDAPI図9ATX発現誘導によるOAGマウスモデルの房水流出抵抗増加と線維柱帯細胞の混雑ATX高発現マウス眼では隅角の線維化により房水流出が抑制され高眼圧,ひいては網膜CRGCの周辺からの低下を惹起した.(ShimizuCS,CHonjoCM,CLiuCMCetal:InvestOphthalmolVisSciC2024)り,少なくともC2カ月間は開放隅角のまま炎症もなく慢組織変化を伴わない,緑内障患者の高眼圧病態に基づい性的に正常眼と比較して約C30%程度の眼圧上昇を示した慢性高眼圧マウスモデルを作製できた.た12)(図8).房水動態ではCout.owfacilityの有意な低下,組織学的には線維柱帯へのCcollagenCIやCaSMAのCVI眼圧センサー機械受容体活性化と増加が起きており,ATXが隅角の線維化を促進し抵抗生理活性脂質が上昇したと考えられる.また,網膜周辺部のCRGCの低眼圧であれば低眼圧黄斑症や脈絡膜.離が生じる減少がみられた(図9).念願かなってようやく外科的なし,高眼圧であれば緑内障性視神経症が生じ,いずれにTM細胞線維化収縮?TM細胞線維化収縮?図10線維柱帯のPiezo1,TRPV4機械受容体による眼圧制御とPGE2(UchidaT:PLoSOne,2021)しろ視機能は障害されることになる.さらに脊椎動物の眼圧は魚類から皆C10~20.mmHg前後で保存されているのである.となれば眼圧は,脊椎動物が生きていくために必須であることは相違なく,自己制御機構が存在すると考えた.そこで筆者らは機械受容体に着目した.機械受容体は感覚受容体群であり,眼の表面でも痛覚などに関与しているが,眼内でも眼圧変動で組織が伸展するため,作動する可能性がある.まず,ヒト線維柱帯細胞に高発現している機械受容体のCPiezo1とCTRPV4に着目した.線維柱帯細胞のシート培養に眼圧上昇により惹起されると考えられる伸展刺激や受容体作動薬を加えると,まず既報通り細胞内カルシウム濃度が上昇し,興味深いことに生理活性脂質のCPGEC2が放出された13,14).受容体を刺激すると線維柱帯細胞の形態が変化しゲルが収縮するが,PGEC2はその収縮を濃度依存性に有意に抑制した.これは圧変化に対する自己調節能の一つではないかと考える.つまり眼圧上昇により線維柱帯が物理的に伸展するとそれを抑制するために局所的にCPGEC2が産生され伸展を抑制して線維柱帯路の房水流出を維持する可能性が示唆された.臨床病理学的に緑内障眼では線維柱帯細胞が減少することが示されているが,圧変化に反応する線維柱帯細胞が反応しなければ眼圧が制御できなくなることが想像できる(図10).PGEC2以降の細胞内シグナルは未解明であるが,偶然にも現在緑内障眼圧下降薬として認可されているCPGEC2受容体の一つであるCEP2受容体の作動薬オミデネパグは房水流出促進の作用がサルで証明されているが,機械受容体を介した眼圧上昇を抑制するためCPGEC2が反応する生理的作用と同様の薬理作用に基づくのかもしれない.CVIIまとめ今回,長年にわたる多くの研究協力者のおかげで,眼内の生理活性脂質に着目して,眼圧の生理的あるいは病的な病態の解明に挑むことができた.前眼部の眼内内層組織は房水と接しており,房水動態が眼圧を維持し,また血管がない房水流出路は房水を介して組織と細胞に情報を伝達する.生理活性脂質は局所で作用し直ちに代謝され失活するため,前眼部のような房水で維持される閉鎖空間には有意義な役割を有するに相違ない.現にC3種類のプロスタノイド受容体の作動薬が眼圧下降薬として開発された.筆者らの報告した生理活性脂質のCATX-LPA経路は流出路障害を呈する高眼圧病態の一つに過ぎないが,その阻害薬が眼圧上昇抑制に有用かも知れない(図11).一方,TGFCbファミリーや炎症,酸化ストレス,老化など,ほかの隅角瘢痕化の要因はまだ存在するはずである.また,眼圧上昇には房水産生過多の病態も存在するであろう.眼圧の制御因子にも生理活性脂質が関与し図11生理活性脂質と眼圧制御房水と関連組織の生理活性脂質のバランスが眼圧制御に重要.ている可能性も見いだした.しかし,これらはほんの一部で,房水動態そのもの,またその病態の解明にはまだ多くの研究が必要である.マウスの慢性高眼圧モデルは今後の乳頭での軸索障害とそれに伴うCRGC神経線維と細胞体の障害の解明に有用と思われるが,マウスは篩板構造がヒトと明らかに異なるのが欠点であり,マーモセットのような小型サル類での研究が行えれば,緑内障性視神経症の本態である乳頭陥凹に伴う神経軸索障害の詳細が解明されると考える.最後にこれまでの研究にご協力いただいた多くの研究者,同窓会の皆様,そしてとくに,山岸―木村麗子,村田博史,佐伯忠賜朗,太田貴史,靏我英和,本庄恵,内田貴俊,五十嵐希望,清水翔太の各氏には,名前をあげさせていただき感謝申しあげる.文献1)HonjoCM,CTaniharaCH,CInataniCMCetal:E.ectsCofCrho-associatedCproteinCkinaseCinhibitorCY-27632ConCintraocularCpressureCandCout.owCfacility.CInvestCOphthalmolCVisCSciC42:137-144,C20012)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:ReductionCofCintraoc-ularCpressureCinCmouseCeyesCtreatedCwithClatanoprost.CInvestOphthalmolVisSciC43:46-150,C20023)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:EpiscleralCvenousCpressureCofCmouseCeyeCandCe.ectCofCbodyCposition.CCurrCEyeResC27:355-362,C20034)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:AqueousChumorCdynamicsCinCmice.CInvestCOphthalmolCVisCSciC44:5168-5173,C20035)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:Twenty-four-hourpatternCofCmouseCintraocularCpressure.CExpCEyeCResC77:C681-686,C20036)AiharaCM,CLindseyCJD,CWeinrebRN:ExperimentalCmouseCocularhypertension:establishmentCofCtheCmodel.CInvestCOphthalmolVisSci44:4314-4320,C20037)OtaCT,CAiharaCM,CSaekiCTCetal:TheCe.ectsCofCprostaglanC-dinCanaloguesConCprostanoidCEP1,CEP2,CandCEP3Creceptor-de.cientCmice.CInvestCOphthalmolCVisCSciC47:3395-3399,C20068)LiangCY,CWoodwardCDF,CGuzmanCVMCetal:Identi.cationCandCpharmacologicalCcharacterizationCofCtheCprostaglandinCFPCreceptorCandCFPCreceptorCvariantCcomplexes.CBrJPharmacolC154:1079-1093,C20089)InataniCM,CTaniharaCH,CKatsutaCHCetal:TransformingCgrowthCfactor-betaC2ClevelsCinCaqueousChumorCofCglauco-matousCeyes.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC239:C109-113,C200110)HonjoCM,CIgarashiCN,CKuranoCMCetal:Autotaxin-Lyso-phosphatidicCAcidCPathwayCinCIntraocularCPressureCRegu-lationCandCGlaucomaCSubtypes.CInvestCOphthalmolCVisCSciC59:693-701,C201811)IgarashiCN,CHonjoCM,CAsaokaCRCetal:AqueousCautotaxinCandCTGF-betasCareCpromisingCdiagnosticCbiomarkersCforCdistinguishingCopen-angleCglaucomaCsubtypes.CSciCRepC11:1408,C202112)ShimizuCS,CHonjoCM,CLiuCM,CAiharaM:AnCautotaxin-inducedCocularChypertensionCmouseCmodelCre.ectingCphys-iologicalCaqueousCbiomarker.CInvestCOphthalmolCVisCSciC65:32,C202413)UchidaCT,CShimizuCS,CYamagishiCRCetal:MechanicalstretchCinducesCCa(2+)in.uxCandCextracellularCreleaseCofPGE(2)throughCPiezo1CactivationCinCtrabecularCmesh-workCcells.CSciRepC11:4044,C202114)UchidaCT,CShimizuCS,CYamagishiCRCetal:TRPV4CisCacti-vatedCbyCmechanicalCstimulationCtoCinduceCprostaglandinsCreleaseCinCtrabecularCmeshwork,CloweringCintraocularCpres-sure.CPLoSOneC16:e0258911,C2021

視覚再生をめざしたオプトジェネティクス治療の現状と展望

2025年7月31日 木曜日

視覚再生をめざしたオプトジェネティクス治療の現状と展望OptogeneticTherapiesforVisionRestoration:CurrentStatusandFutureDirections堅田侑作*はじめに網膜の変性疾患,とりわけ網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)は進行性に視細胞および網膜色素上皮(retinalpigmentCepithelium:RPE)細胞が障害され失明に至る主要な原因であり,その発症頻度は世界でおよそC5,000人にC1人と報告されている1).国内では中途失明原因の第二位を占める.加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)やCRPなどの網膜変性疾患では,光受容細胞である杆体細胞や錐体細胞が不可逆的に機能を喪失し,その結果として重篤な視力障害をきたす.しかし興味深いことに,網膜の内層に位置する双極細胞や網膜神経節細胞(retinalCganglioncell:RGC)などは末期まで生存するケースが多いことが知られている2).これらの残存する内層神経細胞を活用できれば,失われた視覚機能の一部を取り戻すことができる可能性がある.近年,このコンセプトにもとづき,オプトジェネティクス(光遺伝学,用語解説参照)を視覚再生に応用する研究が精力的に行われている.オプトジェネティクスによる治療は,遺伝子導入により残存する網膜神経細胞に光感受性蛋白質を発現させ,本来は光に反応しない細胞に人工的に光受容能を付与するというアプローチである2).このアプローチは原因遺伝子によらない(mutation-agnosticな)遺伝子治療であり,網膜外層の細胞(視細胞やCRPE細胞)の生存を必要としない点で革新的な特徴を有する2).本稿では,オプトジェネティクスを用いた視覚再生の原理と開発動向について概説し,各アプローチの特徴や治験状況(表1)をまとめる.図1にオプトジェネティクスによる視覚再生の概念図を示す.外因性の光受容体遺伝子を導入された内層網膜細胞が,環境光やデバイスから照射された光刺激を電気信号に変換し,網膜神経回路を介して脳に伝達される様子を模式的に描いている.光受容細胞を失った網膜においても,このようにして残存細胞から視覚情報を脳に送る経路を再構築することが本手法の狙いである.CIオプトジェネティクスによる視覚再生の戦略1.光感受性蛋白質の種類と特性オプトジェネティクスでは,光感受性蛋白質(オプシン)を網膜に導入することで,視覚を再建する.使われるオプシンにはおもに三つのタイプがある(表2)2).Ca.微生物型オプシンチャネルロドプシン-2(Channelrhodopsin-2:ChR2)(用語解説参照)は青色光で陽イオンチャネルを開き,細胞を脱分極させる.反応が速く(ミリ秒単位),即時的な興奮を起こせるが,細胞内に信号を増幅する仕組みをもたないため,強い光が必要になる.暗い場所や自然光レベルでは反応が不十分なことがあり,特殊なゴーグルなどの使用が検討されることもある.赤色光で作動するCChrimsonRやCReaChR,高感度型のCChronos,CaC2+透過性を高めたCCatChなど,多くの改良型も開発されている3~6).*YusakuKatada:慶應義塾大学医学部眼科学教室,(株)レストアビジョン〔別刷請求先〕堅田侑作:〒160-8582東京都新宿区信濃町C35慶應義塾大学医学部眼科学教室(1)(57)C8410910-1810/25/\100/頁/JCOPY表1オプトジェネティクスによる視覚再生のおもな開発シーズと特徴微生物型動物型キメラ型開発主体CRetroSense(Allerganが買収)CGensightBiologicsCBionicSightCNanoscopeTheraputicsCVedereBio(Novartisが買収)CRestoreVision開発コードCRST-001CGS030CBS01CMCO-010CRV-001オプシンCChannelrhodopsin2CChrimsonRCChronosFPCMulti-CharacteristicOpsin(MCO)錐体オプシンCGHCR感受波長青色青.赤色青.赤色青.赤色青.赤色青.赤色標的細胞CRGCCRGCCRGCON型双極細胞ON型双極細胞ON型双極細胞特徴感度が低い専用ゴーグルを用いて光増幅専用ゴーグルを用いて光増幅比較的高感度内在性のCG蛋白質シグナル増幅により高感度だが,CRPE障害が重篤な場合に懸念内在性のCG蛋白質シグナルにより高感度.進行抑制効果も技術元ウェイン州立大学発ソルボンヌ大学発ワイル・コーネル医科大学発カリフォルニア大学バークレー校発慶應義塾大学・名古屋工業大学発開発の進捗状況第C1/2相試験完了(安全性確認)CNatMed2021.第C1/2相試験中(一部有効性報告)第C1/2相試験中(一部有効性報告)インド第C1/2相試験米第C2/3相試験完了(有効性報告)非臨床開発中第C1/2相試験中治験番号CNCT02556736CNCT03326336CNCT04278131CNCT04945772CJRCT2033240611各国の大学発スタートアップが中心となって開発が進められている.(視細胞が変性消失)図1オプトジェネティクスによる視覚再生の概念図光感受性蛋白質の遺伝子を導入し,RP患者でも残存するCRGCや双極細胞を光受容体のように変えることで視覚再生を期待する技術である.表2光感受性蛋白質(オプシン)の種類と特性オプシン感度自立性備考微生物型低C○感度の低さを克服するため,ゴーグルデバイスとの組み合わせ,変異体の作製などの試みがなされる.異種蛋白質発現による免疫原性の懸念もある.動物型高C×11-cisレチナールの供給があること,つまりCRPEの残存が前提であり,現状では治験に入ったものではない.キメラ型高C○ハイブリッド化することにより,微生物型と保留類型の特徴を両立する.微生物型に比べて特異性が高いため,標的細胞へのデリバリーが課題となる.おもに上記のC3タイプがあり,さまざまなオプシンの研究開発が進められている.初期の例として,2006年にCBiらがCChR2をCRGCに発現させた盲目マウスで,ERGや視覚誘発電位の回復を報告した3).日本では,東北大学の富田らがC2007年に,RCSラットの網膜にCAAVでCChR2を導入し,高齢でも光応答が得られることを示した12).さらにC2008年,LagaliらはCChR2をCON型双極細胞に導入し,より生理的な視覚回路の活性化に成功している4).そののち,感度や応答特性の向上を目的にさまざまな改良が進められた.Flanneryらはマウス,ラット,犬などのモデルでCAAV-ChR2を用い,行動試験での視覚改善を報告した5).ただし,ChR2は高照度の光を必要とするため,自然光環境での有用性には限界があるとされた.この課題に対し,Roskaらは高感度型のCOpto-mGluR6を開発し,2015年に変性マウス網膜での有効性を示した8).暗所の水迷路試験でも視覚行動の改善がみられ,G蛋白質による信号増幅によって少ない光でも反応が得られることが確認された.さらに筆者らはC2023年,GHCRを網膜変性マウスに導入し,微弱な光での網膜・視床の電気応答,行動改善を示した.加えて,GHCR導入群では網膜変性の進行が抑えられており,視覚刺激による神経保護作用の可能性も示唆された8).このように,国内外でさまざまな改良型オプシンと標的細胞を用いた検証が進められ,オプトジェネティクス療法は実用化に向けて着実に前進している.CIII臨床試験の現状と開発シーズの動向オプトジェネティクスによる視覚再生は,2010年代後半から世界各地で臨床試験が開始されはじめた.表1に主要な開発シーズ(アプローチ)の特徴と進捗状況をまとめる.以下,代表的なプロジェクトについて解説する.C1.臨床応用に向けたおもなプロジェクトa.ChR2を用いた網膜神経節細胞標的療法世界初の臨床試験として報告されたのは,上記非臨床での最初の概念実証を報告したCWayneStateUniversi-tyからライセンスを受けた米国のスタートアップCRet-roSense社(後にCAllergan社が買収)によるCRST-001である.RST-001はCAAV2ベクターでCChR2をCRGCに発現させる治療法で,2016年にCRP患者を対象とした第C1/2相臨床試験が開始された.この試験はおもに安全性評価を目的としており,重篤な有害事象なく経過したと報告されている(第C1/2相試験の結果は正式な学術論文としては未公表だが,プレスリリースなどで安全性と一部の患者での光知覚向上が言及された).しかし,ChR2の感度の問題から,高強度の光刺激装置なしで有意な視力改善を得ることは困難であったと推測される.RST-001の後続開発について公表情報は少ないが,この試験は初のオプトジェネティクスの臨床応用として歴史的意義がある.Cb.ChrimsonRを用いた網膜神経節細胞療法+ゴーグルフランスのパリ視覚研究所(InstitutdelaVision)やソルボンヌ大学の研究成果をもとに設立されたスタートアップのCGenSight社は,ChR2より長波長で作動する赤色光感受チャネルロドプシンCChrimsonRを用いた治療法であるCGS030を開発し,RP患者を対象に臨床試験を行っている.GS030ではCAAV2ベクターでCChrim-sonRをCRGCに発現させ,さらに患者が着用するゴーグル型装置によって周囲の映像を取得・増幅し,可視光レーザーで網膜に投影するというシステムを組み合わせている.2021年には,この試験に参加したフランスの患者において部分的視機能の回復が達成されたとの報告がなされた6).NatureMedicine誌に報告されたこのケースでは,重度の視力障害だった患者が遺伝子治療後にゴーグルを装用し訓練を行った結果,大型の物体を認識・把持できるようになり,視野計測でも光刺激に対する応答が確認されたとしている.これはオプトジェネティクス療法によるヒトでの初めての有効性実証であり,大きな注目を集めた.現在,GenSight社の臨床試験(PIO-NEER試験)は用量漸増や効果検証が進められている.ChrimsonRは波長C590Cnm付近の橙色光で活性化するため,青色光のCChR2に比べて網膜への光透過や安全性で有利と考えられる.ただし,ゴーグル装置による映像強調が不可欠であり,治療の複雑さや装置依存性が課題として残る.844あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(60)c.マルチキャラクタリスティック・オプシンによる双極細胞療法米国CNanoscopeCTherapeutics社は,独自に開発したマルチキャラクタリスティック・オプシン(multi-char-acteristicopsin:MCO)という人工オプシンを用いてON型双極細胞に光感受性を付与するアプローチを推進している.MCOは複数の光特性を併せもつ設計がなされており,広い波長帯の環境光でも活性化可能であることが特徴とされる(具体的な分子実態は公表されていないが,複数の変異を組み込んだCChR2ベースのチャネルと考えられる).AAV2ベクターを硝子体内投与し,網膜の双極細胞にCMCOを発現させる治療法CMCO-010は,米国食品医薬品局(FoodCandCDrugAdministration:FDA)からCRPおよびCStargardt病に対してファストトラック指定およびオーファン(希少疾病用医薬品)指定を受けている.注目すべきは,近年報告された臨床試験結果である.Nanoscope社は重度のCRP患者を対象に第2/3相試験(RESTORE試験)を実施し,主要評価項目であるベースラインからC52週後の最良矯正視力(bestCcorrectedCvisualacuity:BCVA)の有意な改善を達成したと発表した14).具体的には,ベースラインで指数弁以下(20/3,200相当)であった視力が,高用量群ではC1年後にC20/1,500,1年半後にC20/900程度まで改善したとされる.低用量群でもC20/1,300前後への改善がみられ,視力スコアでC3行以上の改善(logMARでC0.3以上の改善)を示した患者は半数以上に上ったという.さらに深刻な有害事象は報告されておらず,安全性も良好であった.学会報告レベルではあるが,この結果は,オプトジェネティクス療法が「視力(文字判読能力)」の向上につながった初めての例といえる.MCO-010は外部デバイスを必要とせず,日常光で機能しうる点も患者の負担を軽減する.Nanoscope社は今後CFDAとの協議のうえで生物製剤承認申請(biologicsClicenseCapplica-tion:BLA)をめざすとしており,数年以内に実用化の可能性がある.Cd.日本における開発日本でもオプトジェネティクス療法の臨床応用に向けた動きが加速している.富田らは黎明期よりオプトジェネティクス視覚再生研究を牽引し,長波長感受性オプシンCmVChR114)がアステラス製薬にライセンス供与され,2016年より開発が進められたが,2021年に中止となった.第一三共はC2020年より神取・角田氏の高感度チャネルロドプシン(GtCCR4)を用いた遺伝子治療開発に参画した.名古屋工業大学・三菱CUFJキャピタルとの共同研究(OiDE)でCGtCCR4の最適化と有効性評価に成功し15),その成果を受けて,開発を進めていた提携ベンチャーを買収し,自社開発へ移行.現在,治験開始に向けた準備を進めている.筆者が代表を務める慶應義塾大学・名古屋工業大学発ベンチャーのCRestoreVision社は,先述のCGHCRを用いた遺伝子治療薬CRV-001の開発を進めている.RV-001はCAAVベクターにCGHCR遺伝子を搭載したもので,網膜色素変性症を対象とした第C1/2相試験を2025年より開始した.日本では始めてのオプトジェネティクス療法の治験であり,キメラ型オプシンを使ったものとしては世界初の臨床試験である.GHCRはより高感度で生理的なシグナルを再現できることから,より自然で実用的な視覚再生効果が期待される.安全性と探索的に有効性を確認するための治験であり,現在CRPにより光覚を失った眼をもつ患者を対象に被験者の募集を行っている(図2).Ce.その他の動向上記以外にも,情報が限られるが,米国ワイル・コーネル医科大学発のスタートアップであるCBionicSight社はCRGCにチャネルロドプシンを発現させ,独自のビジュアルプロセッサで符号化したパターン刺激を投与するアプローチで治験開始されている.また,中国でもZM-02(JungMo社)やCUGX-201(UnicornGene社)など,オプトジェネティクス製剤の臨床試験が開始されている.また,眼科領域外ではあるが,グルタミン酸受容体チャネルに光開閉性の化学修飾を付加した光スイッチ型薬剤(Photoswitch)を利用して網膜神経細胞を一時的に感光化する手法も研究されている16).これは遺伝子治療ではなく,光感受性化合物の反復投与により視機能を補助するアプローチで,米国で初期の臨床試験が行われた.もっとも,本稿の主眼である遺伝子治療型オプト(61)あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025C845図2被験者募集の告知現在,慶應義塾大学病院では被験者の募集を行っている.-

神経栄養因子を用いた網膜色素変性に対する視細胞保護遺伝子治療の臨床試験

2025年7月31日 木曜日

神経栄養因子を用いた網膜色素変性に対する視細胞保護遺伝子治療の臨床試験ClinicalTrial.ofNeurotrophicFactorGeneTherapyinPatientswithRetinitisPigmentosa池田康博*はじめに筆者が網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)に対する遺伝子治療の研究を始めたのはC1990年代の終わりごろであるが,抗血管内皮増殖因子(vascularendothe-lialgrowthfactor:VEGF)治療のように眼内へ薬剤を頻回に投与することは臨床的に非常にハードルの高い時代であった.一回の眼内投与で完結する治療法はないかと考え,遺伝子治療にたどり着いた.また,当時はゲノム編集遺伝子治療のように病気の原因となっている遺伝子を正常に戻すということが患者の眼内でできるようになるような状況でもなかった.そもそも,病因遺伝子を調べる遺伝子診断の技術もまだまだ未熟であった.そのため,種々の病因遺伝子によりCRPで生じる視細胞死(アポトーシス)を何らかの薬で抑制できないだろうかと考え,神経栄養因子とよばれる蛋白質のもつ神経保護効果に着目した(図1a).遺伝子という形で眼内へ薬(神経栄養因子)の設計図を投与し,遺伝子導入された細胞から薬を分泌させる(図1b).薬の製造工場を眼のなかに造るイメージである.本稿では,神経栄養因子を用いたCRPに対する視細胞保護遺伝子治療研究とそれに基づく臨床応用について紹介する.CI神経栄養因子による神経保護治療神経栄養因子とは神経細胞の生存維持や分化誘導などに影響する蛋白質の総称で,神経成長因子(nervegrowthfactor:NGF),脳由来栄養因子(brain-derivedCneurotrophicfactor:BDNF),毛様体由来神経栄養因子(ciliaryCneurotrophicfactor:CNTF)などが有名であるが,それぞれがさまざまな神経細胞の細胞死(アポトーシス)を抑制する生理作用を有することが知られている.これらの神経栄養因子は,筋萎縮性側索硬化症(amy-otrophicClateralsclerosis:ALS)やアルツハイマー病などの神経変性疾患の治療薬として臨床応用されたが,これまで十分な治療効果が得られていなかった1).しかし,CNTF遺伝子を導入した細胞を封じ込めたカプセルNT-501(ENCELTO)を毛様体扁平部に固定して硝子体内に留置し(図2),硝子体腔中に持続的にCCNTF蛋白質を分泌させるという臨床試験(第C3相)において,黄斑部毛細血管拡張症(maculartelangiectasia:MacTel)2型の患者に対する治療効果が証明され,最近,米国で神経保護作用を有する治療法として承認された2).今後,神経保護治療が見直されることが期待されている.多くの神経栄養因子のなかから筆者が選んだのは,色素上皮由来因子(pigmentCepithelium-derivedfactor:PEDF)である.ヒト胎児網膜色素上皮(retinalCpig-mentepithelium:RPE)細胞の培養上清から抽出された分泌型の糖蛋白で,その生理作用として神経保護効果と強力な血管新生抑制効果を併せもつことが知られていたため3,4),RPや緑内障だけでなく糖尿病網膜症や加齢黄斑変性(age-relatedCmaculardegeneration:AMD)*YasuhiroIkeda:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕池田康博:〒889-1692宮崎県宮崎市清武町木原C5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野(1)(51)C8350910-1810/25/\100/頁/JCOPYa発症遺伝子治療(SIV.hPEDF投与)bhPEDF蛋白質SIV.hPEDF視細胞RPE細胞視機能年齢病気の進行を遅らせることを目的とする図1視細胞保護遺伝子治療のコンセプトa:遺伝子治療により,RPの進行を抑制させることを目的とする.Cb:網膜にCSIV-hPEDFを遺伝子導入すると,RPE細胞から神経栄養因子であるChPEDF蛋白質が分泌される.図2眼内に留置されるカプセルNT-501(ENCELTO).https://www.encelto.com/about-encelto/(ENCELTOのホームページより抜粋引用)abWistarUntreatedSIV-EmptySIV-hPEDFMergeTUNELAIFPEDFreceptorミトコンドリアAIFアポトーシス図3PEDFによる視細胞保護のメカニズムa:RPモデル動物であるCRCSラットの網膜組織.未治療群(UntreatedとCSIV-Empty)では,アポトーシスを起こしている視細胞(TUNEL陽性細胞,緑色)にCAIFの核内移行(赤色)が認められる.一方,治療群(SIV-hPEDF)ではアポトーシスが抑制されている.b:PEDFはCBcl-2の発現亢進を介して,AIFのミトコンドリアからの放出を抑制することでアポトーシスを防止している.(文献C8より改変引用)AAVベクターLVベクター主流◎眼への臨床応用少ない△弱い△遺伝子発現高い△催炎性・免疫原性約4.5kb△搭載遺伝子図5術中眼底写真38G針を用いてCDVC1-0401(SIV-hPEDF)を網膜下投与し,bleb(網膜.離)が形成されている().—’C

世界で行われている遺伝子治療の臨床試験

2025年7月31日 木曜日

世界で行われている遺伝子治療の臨床試験OngoingGlobalGeneTherapyClinicalTrials林孝彰*はじめに遺伝子治療には大きく分けて二つの方法がある.一つは,患者から得たリンパ球などをいったん体外に取り出して培養処理を行い,目的の遺伝子や相補的CDNA(complementaryDNA:cDNA)(用語解説参照)を導入・発現させたあとに再び体内に戻す方法(exvivo遺伝子治療)である.もう一つは,遺伝子やCcDNAを運搬するベクターを全身または特定の部位に直接投与し,体内で目的の遺伝子を働かせる方法(invivo遺伝子治療)である.Invivo遺伝子治療のベクターとして,アデノ随伴ウイルス(adeno-associatedvirus:AAV)ベクターがしばしば使用される.脊髄性筋萎縮症に対して,2020年に日本で最初のCinvivo遺伝子治療薬ゾルゲンスマが承認された.この薬剤は,AAVserotype9(AAV9)ベクターを使用し,点滴静注による全身投与を行う.AAV9に対する抗体の影響を受けるため,抗CAAV9抗体が陰性の患者が対象となる.そして,2023年に両アレル性CRPE65遺伝子変異(用語解説参照)を有する遺伝性網膜ジストロフィ(inheritedCretinaldystrophy:IRD)患者C4例を対象とした国内第C3相臨床試験(A11301試験)でその安全性が確認され,ボレチゲンネパルボベク(ルクスターナ注)が国内初のCIRD治療薬として保険適用となった.ルクスターナ注は,RPE65cDNAが組み込まれたCAAV2ベクター(図1)を用いた代表的な局所投与によるCinvivo遺伝子治療薬である.一方で,海外に目を向けるとさまざまなCIRDや遺伝性視神経症に対する遺伝子治療の臨床試験が活発に行われている.本稿では,海外における最新の遺伝子治療に関する臨床試験について紹介する.CI遺伝子補充療法遺伝子補充療法は,遺伝子全体の機能が失われることによって発症する常染色体潜性(autorosmalCreces-sive:AR)遺伝やCX連鎖潜性(X-linkedrecessive:XL)遺伝に起因するCIRDを対象とし,失われた遺伝子機能を補うことで視機能の回復や症状の改善をめざす治療法である.母系遺伝のCLeber遺伝性視神経症(LeberhereditaryCopticCneuropathy:LHON)に対しても臨床試験が実施されている.この方法では,変異遺伝子から転写・翻訳された変異蛋白質を除去できるわけではない.C1.RPE65関連IRDルクスターナ注は,日本で保険収載されている唯一の遺伝子治療薬であり,硝子体手術を行い網膜下に投与する(図1).本治療により視機能が改善する一方で,2022年に投与後の脈絡網膜萎縮の発生1)が報告された.この合併症は,第C3相試験では報告されていなかった有害事象である.2024年には米国ミシガン大学のCDr.Bommakantiらにより,治療を受けたC187眼中C27眼(14例,14.4%)で脈絡網膜萎縮が発生したと報告され*TakaakiHayashi:東京慈恵会医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕林孝彰:〒105-8461東京都港区西新橋C3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座(1)(41)C8250910-1810/25/\100/頁/JCOPYabインジェクションAAV2カプシドカニューレ5’ITRAAV2ベクター(ルクスターナ注)hRPE65promoterRPE65cDNApA3’ITR硝子体腔網膜下ヘ注入図1ルクスターナ注の構造と投与部位a:ルクスターナ注の遺伝子構造は,AAV2複製に必要なC2本鎖CDNAからなる反復配列(invertedterminalrepeat:ITR)が5′と3′端に,ヒトCRPE65プロモータ(hRPE65promoter),その下流にCRPE65CcDNAとCpolyAシグナル(pA)が配列している.網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)で発現されるように工夫されている.Cb:ルクスターナ注は,日本で保険収載されている唯一の遺伝子治療薬であり,硝子体手術を行い,網膜下に投与される.Cabc図2コロイデレミア症例の眼底自発蛍光写真黄斑部の残存自発蛍光(preservedauto.uorescence:PAF)面積は,年齢とともに縮小している.Ca:16歳,PAF33.31CmmC2.Cb:27歳,PAF18.37CmmC2.c:52歳,PAF3.32CmmC2.(文献C3より改変引用)図3RPGR遺伝子変異(p.Trp164Cys)を有するRPの眼底写真網脈絡膜萎縮に加えて周辺部に黒色沈着物がみられる.エクソン1.14ORF15RPGR3′遺伝子5′15851152RPGRORF15NCAAVベクター治療薬(AAV5.hRKp.RPGR)AAV5カプシドBotaretigenesparoparvovec図4RPGR遺伝子構造,RPGRORF15蛋白質構造,RPGR遺伝子治療薬RPGR遺伝子から翻訳されたCRPGRORF15蛋白質は視細胞で発現している.とくにC568アミノ酸からなるORF15領域(p.Glu585.p.Lys1152)は,グルタミン酸(Glu)/グリシン(Gly)に富んだ配列を含んでいる.遺伝子治療薬Cbotaretigenesparoparvovec(AAV5-hRKp.RPGR)は,ORF15遺伝子を組み込まれ,視細胞特異的に発現させるためにヒトロドプシンキナーゼ(hkGRK1)プロモータが選択されている.4),RPGR遺伝子変異の約C60%が,この領域に密集している.しかし,ORF15領域はショートリード(用語解説参照)による次世代シークエンサ解析での塩基配列決定が困難であるため,ロングリード(用語解説参照)解析やCSanger法による解析が推奨される.ORF15遺伝子を組み込んだCAAV5ベクター(図4)による遺伝子治療薬CbotaretigeneCsparoparvovec(AAV5-hRKp.RPGR,CJanssenPharmaceuticals/ジョンソン・エンド・ジョンソン)の第C1/2相試験(NCT03252847)が報告されている6).対象はC5歳以上の男子,用量漸増試験で,成人では本剤を低容量,中容量,高容量に分け,視力不良眼の網膜下に投与された.3名の小児例には中容量が投与された.対照群ではC26週後に実際の治療が行われ,対照群(治療C26週後)と治療群(治療C52週後)で比較検討された.安全性に関しては,ステロイド治療でコントロール可能な眼炎症以外の有害事象はみられなかった.治療群において,網膜感度と視機能に有意な改善が確認された6).現在は第C3相試験(NCT04671433,NCT04794101)が進行中で,日本では東京医療センター(NCT05926583)で行われている.C4.Leber遺伝性視神経症LHONは,ミトコンドリアCDNAの変異によって発症する母系遺伝の疾患である.なかでもCND4遺伝子のm.11778G>A変異はもっとも頻度が高く,かつ重症型として知られている.ヒトのミトコンドリアCDNAは16,569bpからなり,37遺伝子を含んでいる.すべての遺伝子にイントロンが存在しないという特徴がある.LenadogeneCnolparvovec(LUMEVOQ,CGenSightBiologics社)は,AAV2ベクターにCND4遺伝子を組み込んだ遺伝子治療薬である.強力にCND4蛋白を発現させる目的で網膜神経節細胞に特異的なプロモータ設計が困難であったことから,組織非特異的なヒトサイトメガロウイルスプロモータが選択されている.m.11778G>A変異を有するCLHON症例を対象に,二つの第C3相ランダム化比較試験が実施された.RESCUE試験(NCT02652780)およびCREVERSE試験(NCT02652767)では,発症からC6.12カ月以内の症例の片眼に対し,硝子体注射でClenadogeneCnolparvovecが単回投与された.注目すべき結果は,治療眼のみならず非治療眼においても視力の改善が確認された点である.さらに,両試験の長期追跡調査として行われたRESTORE試験(NCT03406104)では,lenadogenenolparvovec投与からC5年後の成績が報告された7).この追跡研究により,両眼の視力の改善効果がC5年間持続していることが確認され,本治療の長期的有効性が示唆された.また,試験中に死亡した被検者C2例の死体眼組織を用いた解析では,投与眼のみならず非投与眼においても治療薬の存在が確認され,両眼の網膜神経節細胞に遺伝子が導入されていたことが明らかとなった7,8).今後,日本でもClenadogeneCnolparvovecの臨床試験が実施されることを期待したい.CIIアンチセンスオリゴヌクレオチド治療遺伝子補充療法は,ARやCXL遺伝によるCIRDをおもな対象とする治療である.一方で,ヘテロ接合変異によって発症する常染色体顕性(autosomaldominant:AD)遺伝によるCIRDは遺伝子補充療法の対象とはならない.アンチセンスオリゴヌクレオチド(antisenseoligonu-cleotidesASOs)は,15.30塩基程度の短いC1本鎖RNAまたはC1本鎖CDNA配列であり,転写された特定のCmRNAに相補的に結合することで,mRNAからの翻訳を阻害し,スプライシングの調節を行うように設計されている.ASOsの対象は,機能獲得型変異(用語解説参照)によるCAD遺伝だけでなく,スプライシング異常を伴うCAR遺伝のCIRDにも広がっている.たとえば,AR遺伝のCLeber先天黒内障(LeberCcongenitalCamau-rosis:LCA)の原因となるCCEP290遺伝子(NM_025114.4)イントロンC26における変異(c.2991+1655A>G,rs281865192)によるCLCA10では,新たなスプライスドナー部位(crypticsplicesite)が形成され,異常なスプライシングによって余分なエクソンが挿入されたmRNAが生成され,結果として短縮型変異蛋白質(p.Cys998Ter)が産生される(図5).Sepofarsen(17-mer2′-O-methyl-modi.edphosphorothioateantisenseRNAoligonucleotide,CProQRCTherapeutics社)は,この異常スプライシングを抑制するために設計されたC1本鎖CRNA型のCASOs治療薬である.Sepofarsenは硝子828あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(44)abSepofarsenの硝子体注射イントロン26イントロン26CEP290c.2991+1655A>Gc.2991+1655A>GPre-mRNA(mRNAの前駆体)変異Sepofarsen変異に相補的結合転写転写mRNA過剰転写産物エクソン26*エクソン27128bpp.Cys998Ter(短縮型変異)正常転写産物図5CEP290遺伝子変異とアンチセンスオリゴヌクレオチド治療薬(sepofarsen)の作用機序a:イントロンC26のCc.2991+1655A>G変異によって新たなスプライス部位が出現し,エクソンC26とC27の間に過剰転写産物が生成され,結果的に短縮型変異(p.Cys998Ter)が引き起こされる.Cb:sepofarsenの硝子体注射によって,変異部位に相補的に結合し,正常のCCEP290転写産物が産生される.編集されたCEP290遺伝子切断されたDNAPre-mRNAmRNA正常転写産物図6ゲノム編集治療薬(EDIT-101)の作用機序EDIT-101は,2種類のガイドCRNA(gRNA-323とCgRNA-64)と,黄色ブドウ球菌由来のCCas9ヌクレアーゼ(視細胞特異的ロドプシンキナーゼプロモータ下で発現)で構成されている.EDIT-101は,AAV5ベクターを用いて網膜下に投与される.視細胞に取り込まれたCEDIT-101は,gRNA-323とCgRNA-64が,CEP290遺伝子・イントロンC26内変異(c.2991+1655A>G)の両側の特異的CDNA配列を認識し結合する.そののち,Cas9のヌクレアーゼ活性により標的部位の二本鎖CDNAが切断される.DNA修復機構である非相同末端結合によって切断されたCDNA末端が再結合されることで変異が除去され,正常なCCEP290CmRNAが発現する.伝子に依存しないアプローチが可能となっている.プロモータにはCON型双極細胞に特異的に発現するCGRM6遺伝子のプロモータが使用されている.第C2b相試験(RESTOREランダム化比較試験,NCT04945772)では,重度の視覚障害を有するCRPのC18例を対象として,MCO-010の効果が評価された.1年後の評価で,プラセボ群と比較してすべての症例で視力およびモビリティテストのスコアが改善したことが,2023年C4月C27日付けのプレスリリース(https://nanostherapeutics.com/press-releases/)で発表された.さらに,2年後の時点でも視力の改善が持続しているとの報告がC2024年C10月C31日に発表された(同上).MCO-010は,RPだけでなくCStargardt病に対しても臨床試験が進行している.2024年C9月C12日には,Stargardt病を対象した第2相試験(STARLIGHT試験,NCT05417126)の試験完了報告と第C3相試験計画の発表がなされた(同上).今後,さまざまなCIRDに対してCMCO-010を用いた臨床試験の展開が期待される.また,国内においても慶應義塾大学眼科でCRV001(光センサー蛋白質・キメラロドプシンを取り入れたCAAV遺伝子治療薬)を用いた光遺伝学治療のC1例目の実施・完了がC2025年C2月C13日にプレスリリースされた(https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/).CVStargardt病に対する治療Stargardt病は,ABCA4遺伝子の両アレル変異によって発症するCAR遺伝の黄斑ジストロフィである.遺伝子補充療法ではCAAVベクターが広く用いられるが,AAVベクターに搭載可能なCcDNAサイズの上限は約C4.7kbに制限されている.一方で,Stargardt病の原因であるCABCA4遺伝子のCcDNAサイズは約C6.7kbと大きく,単一のCAAVベクターに組み込むことができないという課題があった.この問題点を解決するために開発されたのがCDualAAVベクター技術(mRNACtranssplicingによる再構成)である.この技術により,ViGeneron社(ドイツ)のCVG801というC2種類のCAAVベクターを用いて,全長CABCA4mRNAの発現が可能であることが確認された13).2024年C12月にはCVG801が米国CFDAにより承認され(https://vigeneron.com/news-events/),第C1/2相試験が開始予定されている.Stargardt病に対して,視サイクル(図7)の調節を目的とした経口薬の臨床試験が行われている.エミクススタト塩酸塩(emixustathydrochloride,以下エミクススタト,窪田製薬ホールディングス)とCtinlarebant(BeliteBio社)について紹介する.エミクススタトは,萎縮型加齢黄斑変性の進行を遅らせる目的で開発されたが,プラセボ群との比較において病変拡大率に有意差はみられなかった14).その後,RPE65阻害作用(図7)が確認され,2017年に米国でStargardt病と診断されたC23例(18歳以上)を対象とした第C2相試験(NCT03033108)が実施された.この試験では,2.5Cmg,5CmgCor10Cmgの用量で投与され,視サイクルを制御する作用が確認された15).とくに,10mg投与で最大の抑制効果が示された.一方で,暗順応の遅延や色覚異常(dyschromatopsia)といった眼科的副作用も報告された.2022年には,第C3相試験(NCT03772665)が完了し,10CmgのエミクススタトまたはプラセボをC1日C1回,24カ月間投与する試験が実施された.194例のCStargardt病患者を対象とし,眼底自発蛍光(fundusauto-.uorescence:FAF)で撮像された黄斑萎縮領域(de.nitelyCdecreasedauto.uorescence:DDAF)の進行率が評価された.その結果,全体では治療群とプラセボ群の間に有意差はみられなかった16).しかし,ベースラインで小さなCDDAFを有していたC55例のサブ解析では,治療群(34例)の病変進行がプラセボ群(21例)と比較してC40.8%抑制されていたことが示された16).この結果を受けて,今後は小さなCDDAFを有する症例に限定した臨床試験が行われる可能性がある.Tinlarebantは,レチノール結合蛋白質C4(RBP4)へのレチノールの結合を阻害することで,レチノール(all-trans-retinol)の網膜色素上皮(retinalCpigmentCepithe-lium:RPE)への供給量を減少させ,毒性代謝物(bis-retinoids)の蓄積を抑制する作用を有する(図7).若年Stargardt病患者を対象とした第C3相試験(DRAGON試験,NCT05244304)が現在進行中であり,2025年C2月C27日の中間解析結果で,本剤の忍容性は良好,安全性プロファイルもこれまでの知見と一致していると発表(47)あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025C831RBP-all-trans-RolChoroidalcirculationRBP4エミクススタトRPE65RPETinlarebantRetinyl11-cis-RolestersLRATRDH5all-trans-Roi11-cis-RalIRBPIRBPall-trans-Roi11-cis-RalRDH12RhodopsinABCA4RHO視細胞外節(RodOS)図7視サイクルにおける経口薬(エミクススタトとtinlarebant)の作用部位エミクススタトは,RPEに発現しているCRPE65阻害作用によって視サイクルを制御する薬剤である.一方,tinlarebantは,レチノール結合蛋白質C4(RBP4)の作用を阻害することで,レチノール(all-trans-retinol:all-trans-Rol)のCRPEへの供給量を減少させる薬剤である.—

保険承認された遺伝子治療(RPE65関連網膜症に対する遺伝子補充治療)

2025年7月31日 木曜日

保険承認された遺伝子治療(RPE65関連網膜症に対する遺伝子補充治療)Insurance-ApprovedGeneTherapy(GeneAugmentationTherapyforRPE65-RelatedRetinopathy)角田和繁*はじめに網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)は,網膜関連遺伝子の異常によって網膜視細胞および網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)細胞がゆっくりと変性し,夜盲,視野狭窄,視力低下などをきたす疾患である.本疾患に対しては,これまでさまざまな治療の試みがなされてきたが,2023年6月にRPE65遺伝子異常を原因とする網膜ジストロフィ(RPE65関連網膜症)を対象とした遺伝子補充治療薬(用語解説参照)が国内において初めて保険収載され,現在は国内の2施設で治療が行われている.現在のところ,対象はRPE65関連網膜症に限られているが,それ以外にも多くの原因遺伝子を対象とした臨床治験が海外を中心に行われている(特集の別項目参照).このため,RPの診療にあたっては正確な遺伝学的診断に加えて,「その患者が現時点で治療の対象となるかどうか」という新たな視点での対応が求められるようになってきている.本稿では,国内で初めて承認された網膜遺伝子治療の対象疾患であるRPE65関連網膜症について,その診断と治療の概要を解説する.I治療に対するさまざまな取り組みRPに対しては,国内においてもさまざまな治療の試みが行われてきた.発症初期~中期にかけての網膜の機能維持を目的とした治療としては,内服治療薬(分岐鎖アミノ酸,代替レチノイド,リードスルー薬など),網膜下への神経保護因子の遺伝子導入治療(特集の別項目参照),経皮膚電気刺激療法などの開発や臨床治験が行われてきた.また,重症患者に対して新たな視機能獲得を目的とした治療としては,人工網膜(光に反応して脳に電気信号を送るチップを眼内に埋め込む),網膜再生医療(iPS細胞を用いた網膜視細胞移植),オプトジェネティクス(障害された視細胞の代わりに光感受性蛋白の遺伝子を網膜内に導入する.特集の別項目参照)などの開発や臨床治験が進められている.これらの治療法の多くは,基本的に原因遺伝子の種類に限定されない治療法である.一方で,RPの原因遺伝子ごとに行われる個別化医療として,遺伝子補充治療,遺伝子編集治療,アンチセンスオリゴヌクレオチドに代表されるmRNA修飾治療等の臨床治験が,おもに国外においてさまざまな網膜関連遺伝子に対して行われてきた.そして2017年には,RPE65関連網膜症に対する遺伝子補充治療薬ボレチゲンネパルボベク(ルクスターナ注)が米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)に承認され,わが国においても,国内における第3相試験を経て2023年に保険収載されるに至った.II本治療の対象疾患本治療の対象疾患はRPE65関連網膜症に限定されるが,その表現型はどのようなものであろうか.RPには*KazushigeTsunoda:東京医療センター臨床研究センター(感覚器センター)視覚研究部〔別刷請求先〕角田和繁:〒152-8902東京都目黒区東が丘2-5-1東京医療センター臨床研究センター(感覚器センター)視覚研究部(1)(33)8170910-1810/25/\100/頁/JCOPY100種類程度の原因遺伝子が知られ,それぞれの遺伝子が関与する蛋白質の機能や局在によって,網膜障害のパターンや重症度などが異なっている.このうちCRPE65遺伝子がコードする蛋白はCRPE細胞におけるビタミンAサイクル(visualcycle)において重要な役割を果たす酵素(レチノイドイソメロヒドロラーゼ)であり,この酵素の働きが障害されることで杆体視細胞の機能が傷害される.ビタミンCAサイクルに関する遺伝子は,ほかにもCLRAT,RDH5,RLBP1などが知られているが,いずれもその異常によって杆体機能が低下し,夜盲を生じることが特徴である.RPE65遺伝子の異常によって生じる代表的な病態として,Leber先天盲(LeberCcongenitalamaurosis:LCA)および,早期発症重症網膜ジストロフィ(early-onsetCsevereCretinaldystrophy:EOSRD)があげられ1,2),一般外来で診察する定型CRPとはその臨床所見や症状経過がやや異なっている.遺伝形式は常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)であり,兄弟での発症がみられることがあるが,家族歴のない患者も多い.本遺伝子に関連して定型CRPや網膜変性を生じない白点状眼底(fundusalbipunctatus)などの表現型を示す患者もあるが,頻度は高くない.LCAの本来の定義としては,①出生後数カ月~1年以内に重度の視覚障害がみられ,②症状に比べて眼底の異常所見が軽度であり,③全視野網膜電図(electroretC-inogram:ERG)が消失もしくは重度の減弱を示し,④常染色体潜性(劣性)の遺伝形式を示す患者をさす1).また,重度の視力障害とともに,眼振,羞明,夜盲,乳児期にみられるCoculo-digitalsign(自分の手で眼球を強く押さえるしぐさ)などが特徴的な所見である.ただし現在では,発症がC1歳以内であれば視力障害がそれほど重症でなくてもCLCAと診断される傾向にある.LCAに関連する代表的な遺伝子はC20種類以上知られているが,特筆すべき点として,RPE65遺伝子異常によるCLCAは他の遺伝子異常によるCLCAに比べると症状がやや軽く,若年期にはある程度の視機能が残されている患者が多いことがあげられる3~7).このため,LCAの特徴とされるCoculo-digitalCsignはCRPE65関連網膜症では観察されることがなく,また,なんらかの全身合併症を伴うこともまれであるとされている.一方のCEOSRDはLCAより発症が遅いものの,5歳までに発症するCRPの重症型である.ただし,両者の違いは厳密ではなく,LCAとCEOSRDは同一のスペクトラム上に置かれた疾患と考えてよい2).結論として,RPE65関連網膜症の表現型は定型CRPよりも重症であるものの,LCAよりもやや軽症な網膜ジストロフィと要約できる.RPE65関連網膜症の自然経過については,これまでに欧米を中心に多くの報告がなされてきた.共通して指摘されているのは,早期から強い夜盲と視野狭窄,視力不良がみられるものの,幼児期~10代半ばまでの期間は視力が大きく変化しないことである3~7).具体的には,10代までの矯正小数視力はCWHOの弱視基準であるC0.3を下回る患者が多いものの,多くの患者ではC0.1以上を維持しており,ロービジョンケアによって書字,識字が可能な場合も多い.しかし,10代後半~20歳以降には視力低下が著しく,40代ではほぼ全例でCWHOの失明基準であるC0.05を下回る.一方で,求心性視野狭窄は早期から徐々に進行して行く傾向にある.これらの進行過程はCEYS,RPGRなど,ほかの代表的な遺伝子異常による定型CRPに比べるとかなり早いといえる.CIIIRPE65関連網膜症に対する遺伝子補充治療RPE65関連網膜症に対する遺伝子補充治療薬ルクスターナ注はC2012年に米国で第C3相試験が開始され,2017年にCFDAによって承認された.翌C2018年にはEUにおいても承認され,2024年C7月現在,世界のC49の国または地域で承認され,すでにC701症例に対して治療が行われている.国内においても日本人を対象とした有効性と安全性を検討するため,2021年に第C3相試験としてC4例の患者に投与された.そしてC2023年C6月に厚生労働省より製造販売承認を受けている.ルクスターナ注は正常ヒトCRPE65蛋白質(hRPE65)を発現する遺伝子の導入を目的としたウイルスベクターであり,アデノ随伴ウイルスC2型(adeno-associatedvirus2:AAV2)が使用されている.投与方法は網膜下投与であり,治療にあたっては通常のC3ポート硝子体手術が行われる.すなわち,硝子体を除去し後部硝子体.離を完成したのち,網膜下投与カニューレを用いて後極818あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(34)a図1RPE65関連網膜症と定型RPの広角眼底写真および眼底自発蛍光a:RPE65関連網膜症(34歳,女性).眼底写真(左)では周辺網膜の粗造な色調と血管狭細化が著明であるが,骨小体様変化はみられない.眼底自発蛍光(右)では,黄斑部周囲を除いてびまん性の低蛍光所見が広範囲に観察される.RPE層の欠損を示す蛍光消失領域は見られない.Cb:定型CRP(EYS関連網膜症,31歳,男性).眼底写真(左)では周辺網膜の広範囲に骨小体様変化が見られる.眼底自発蛍光(右)では,骨小体様変化の分布に一致した斑状の蛍光消失領域(黒く写った部分)が観察される.図2遺伝子補充治療に適したRPE65関連網膜症RPE65関連網膜症のC17歳,女性.左眼矯正視力は(0.09).a:眼底写真では血管アーケード周囲の粗造な網膜色調と血管狭細化が著明であるが,骨小体様変化は見られない.Cb:眼底自発蛍光では,黄斑部周囲を除いてびまん性の低蛍光所見が広範囲に観察される.Cc:後極部のCOCTでは,外顆粒層(①)と視細胞CellipsoidCzone(EZ)(②)の萎縮が観察されるものの,まだ十分に残存していることが確認できる.網膜色素上皮層(③)も広範囲で残存している.図3遺伝子補充治療に適さないRPE65関連網膜症RPE65関連網膜症のC29歳,男性.左眼矯正視力は光覚弁.Ca:眼底写真では血管アーケード周囲の粗造な網膜色調と血管狭細化が著明であるが,骨小体様変化は見られない.Cb:眼底自発蛍光では,黄斑部周囲を除いてびまん性の低蛍光所見が広範囲に観察される.Cc:後極部のCOCTでは,外顆粒層(①)と視細胞CellipsoidCzone(EZ)(②)の萎縮が進行して広範囲において消失している.傍中心窩ではCRPE層の萎縮が進行し,Bruch膜が露出している(③).遺伝子補充治療薬:遺伝子機能の喪失によって傷害された組織に対し,ウイルスベクターを用いて正常な遺伝子を核内に補充することで,正常な蛋白質を作り機能を回復させる治療法.ウイルスによって運搬可能な遺伝子の大きさに限りがあるため,原因遺伝子のサイズが小さい網膜疾患が治療の対象となる.眼底自発蛍光(FAF):CRPEに蓄積したリポフスチンを起源とする自発蛍光を二次元的に描出する眼底イメージング法.初期の網膜病変を鋭敏に検出することが可能で,また非侵襲的に繰り返し撮影ができるため,遺伝性網膜疾患の診断においてはフルオレセイン蛍光眼底造影に代わって必須の検査項目となっている.おもにCHeidelberg社製のCHeidelbergCRetinaCAngiograph(CHRA)を用いる方法と,オプトス社製の超広角眼底撮影を用いる方法が一般的であるが,とくにCHRAは解像度とコントラストに優れているため,臨床研究や臨床治験において主要な評価項目として用いられている.両アレル性:常染色体潜性(劣性)遺伝の疾患において,原因となる病的バリアントが,父由来,母由来のそれぞれの遺伝子に存在していること.これを証明するためには,患者の両親の遺伝子検査を行い,それぞれのバリアントがヘテロで存在することを確認する必要がある.体潜性遺伝(劣性遺伝)が想定される場合には,まず大学病院等の網膜専門医に精査を依頼して治療の可能性を含めて精査することが望まれる.CV治療の現状と治療に適した時期本治療は日本網膜硝子体学会が発行した「ルクスターナ注適正使用指針」に準じて行われている.患者の選択にあたってもっとも重要なポイントは,「病態がRPE65遺伝子の両アレル性(用語解説参照)の変異によるもの」であり,かつ,治療の時点で「十分な生存網膜細胞を有することが確認されている」ことである(図2,3).現在,国内の治療施設は東京医療センターおよび神戸アイセンターのC2施設に限定されており,保険収載後,2025年C6月の時点でC5症例C8眼に対して本治療が施行された.すでに海外ではC700以上の症例に対して治療が行われており,治療成績や合併症に関して多くの報告がある.治療効果については,米国第C3相臨床試験の結果と同様に,ほとんどの症例で網膜感度や視野の改善が報告されている15~17).また,治療時の年齢がC20歳以下の若年者のほうが,より治療効果が高いことが示されている.一方,治験終了後に報告された治療後の網膜所見として,薬物注入の数カ月以降に出現する網脈絡膜萎縮があげられている17~19).これは薬液を注入したCblebの周囲に治療前にはみられなかった網脈絡膜萎縮が出現するものであるが,現在のところ夜盲の改善等の治療効果に及ぼす影響は少ないと考えられている.国内においては「ルクスターナ注適正使用指針の留意事項」として,「若年者の治療が推奨される(一部抜粋)」,「網膜生存網膜細胞の評価は慎重に行うべきである.評価にあたっては,OCTを用いて後極部に十分な網膜外層構造(RPE層から外顆粒層にかけて)が残存していることを確認する(一部抜粋)」,「治療侵襲による視機能への影響を上回る治療効果が得られることが期待できる患者を治療対象とする」等の留意点が示されており,すでに網膜萎縮が進行して治療効果が期待できない患者については対象から外すことが求められている(図2,3).おわりにこれまで遺伝性網膜疾患において有効な治療法はなかったが,RPE65関連網膜症に対してはCAAV2を用いた遺伝子補充治療がC2023年から国内でも実施されるようになった.海外ではすでにC2017年から治療が開始され,有効性と効果の持続性が確認されており,薬剤に起因した重篤な合併症の報告はない.ただし,本治療の対象患者数は非常に少なく,また治療に適した年齢も限られているため,今後さらに多くの患者を対象とした新たな治療法が実現することが期待されている.C■用語解説■文献1)denCHollanderCAI,CRoepmanCR,CKoenekoopCRKCetal:CLeberCcongenitalamaurosis:genes,CproteinsCandCdiseaseCmechanisms.ProgRetinEyeRes27:391-419,C20082)KumaranN,MooreAT,WeleberRGetal:Lebercongeni-talCamaurosis/early-onsetCsevereCretinaldystrophy:clini-calCfeatures,CmolecularCgeneticsCandCtherapeuticCinterven-tions.BrJOphthalmolC101:1147-1154,C20173)ChungDC,BertelsenM,LorenzBetal:Thenaturalhis-822あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(38)—

遺伝子検査を読み解くための遺伝学の基本

2025年7月31日 木曜日

遺伝子検査を読み解くための遺伝学の基本BasicKnowledgeofGeneticstoProperlyInterpretGeneticTestResults浦川優作*はじめに近年,さまざまな疾患と遺伝子の関係が明らかになってきており,遺伝性の疾患についても多くのことが解明されてきた.眼科領域の遺伝性疾患である網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)をはじめとする遺伝性網膜ジストロフィ(inheritedCretinaldystrophy:IRD)はその代表例である.IRDは夜盲,視野狭窄,視力低下をおもな症状とする進行性の網膜変性疾患である.IRDと診断された患者にとっては,治療法がない,失明する可能性があるということだけでなく,遺伝するということがわかったときのインパクトは大きく,今後の人生設計にも大きな影響を及ぼす可能性がある.一方で,実臨床においてCRPE65を原因とするCIRDに対して遺伝子治療が始まった.治療方針の決定には遺伝学的検査が不可欠であり,それだけではなく自身の子どもへの遺伝的リスクを知りたいという患者も少なくない.遺伝学的検査で得られる情報を有効活用するために,本稿では遺伝学的検査の検査結果を解釈するための遺伝や遺伝子診断の基本をまとめた.CIIRDの遺伝学的特徴IRDは,その原因となる遺伝子がきわめて多様であることが最大の特徴である.類縁疾患を含めると,現在までにC250を超える原因遺伝子が報告されている1).多くの遺伝性疾患では,特定の疾患に対して原因遺伝子が一対一で対応するのに対し,IRDでは一つの疾患(たとえばCRP)に対して多数の異なる遺伝子が原因となりうる.この現象を「遺伝的異質性(geneticCheterogene-ity)」とよび,IRDの診療において非常に重要な概念である.原因遺伝子の違いは,疾患の進行速度や重症度といった予後,さらには眼所見を含む臨床像(病像)の違いにも影響する.そして,遺伝形式も原因遺伝子によって異なることが知られており,正確な遺伝カウンセリングを行ううえで必須の情報となる.遺伝学的検査により原因遺伝子が同定されると遺伝形式も確定されることになり,同胞や子どもへの影響の大きさが評価できる.遺伝形式を知ることは,患者やその家族にとっては非常に重要なことであり,遺伝について知るということが検査を受ける動機になることは少なくない.CII遺伝形式遺伝性疾患は,その疾患が家族内でどのように伝わるかを示す「遺伝形式」によって分類される.IRDのおもな遺伝形式には,常染色体顕性遺伝(優性遺伝),常染色体潜性遺伝(劣性遺伝),X連鎖性遺伝がある.それぞれの遺伝形式で血縁者が同病である確率が大きく異なるため,原因遺伝子が同定されることにより遺伝形式が確定することは,血縁者への影響を判断するうえで非常に重要である.遺伝形式は家族歴を聴取することである程度予測できる場合もあるが,最終的に遺伝形式を確定するためには遺伝学的検査により原因遺伝子を同定す*YusakuUrakawa:藤田医科大学医学部先端ゲノム医療科〔別刷請求先〕浦川優作:〒470-1192愛知県豊明市沓掛町田楽ケ窪C1-98藤田医科大学医学部先端ゲノム医療科(1)(27)C8110910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1ADの典型的な家系図各世代に少なくとも一人の罹患者が存在している.また,性別図2ARの典型的な家系図に関係なく罹患している.同胞には罹患者がいるが,上の世代,下の世代ともに罹患者はいない.図3XLの典型的な家系図女性を挟んだ男性のみが罹患している,c.性腺モザイク卵巣または精巣の生殖細胞(卵子や精子のもとになる細胞)にのみ遺伝子の病的バリアントが存在し,ほかの組織には存在しない状況を性腺モザイクとよぶ.この病的バリアントは,受精後の発生の早い段階で,生殖細胞になる予定の細胞に突然変異が起こることで生じると考えられている.病的バリアントは生殖細胞に限られているため,親自身は無症状であり,遺伝学的検査でも病的バリアントは検出されない.一方で,その子どもは受精卵のときから病的バリアントを有している可能性があり,遺伝性疾患を発症する可能性がある.Cd.浸透率の低い遺伝性疾患ADの遺伝子の場合,一部の遺伝子では病的バリアントをもっていても必ずしも発症しない(不完全浸透)ことが報告されている.家系内で症状が現れない世代が存在し,弧発例のようにみえることがある.Ce.XL母親が病的バリアント保持者で,その息子のみが発症し,ほかに男性の罹患者がいない場合がある.母方の家系で偶然男性へは遺伝していない場合や男性の家系員がいない場合に見かけ上は弧発例にみえる場合がある.Cf.情報不足家系情報が不正確であったり,軽症で未診断の家族がいたりする場合,見かけ上は弧発例となることがある.弧発例の遺伝的リスク評価を行う際には,詳細な家族歴の聴取が非常に重要である.弧発例の場合の遺伝形式はCARのことが多いが,弧発例だからCARであると決めつけることにはリスクが生じる.ADやCXLの場合もありえるため,遺伝学的検査前の情報提供時にはすべての可能性について説明しておくことが望ましい.CIV家系図の聴取と作成家系図は遺伝医療において遺伝学的なリスク評価を行うために用いられ,家系内での罹患状況から遺伝形式を推測するために不可欠なツールである.遺伝学的リスク評価を行ううえでは,家系員の情報が多ければ多いほうが正確な評価が可能になるが,原則C3世代にわたって父方,母方両方の家系の家族歴を確認する必要がある.患者本人だけでなく血縁者の罹患状況,診断時年齢,亡くなっている場合は死亡年齢や生前の病歴を聴取する.眼科疾患では患者側が家族の視力のことに注意しがちであるが,夜盲があったかどうか,日常生活での不自由があるかどうか,自動車,自転車を利用していたかどうかなども参考になる情報である.また,IRDはCAR形式の遺伝子が原因であることが珍しくないため,患者や同病の血縁者の両親が近親婚であったかどうかの確認も忘れてはならない.ほかにも,症候性のIRDの可能性を検討するために,難聴の有無や,心疾患,腎疾患があるかどうかも確認しておくことが望ましい.家系図は医療者あるいは医療機関どうしでのやり取りが発生するため,共通の記載方法を用いることが望ましい.遺伝医療においては,米国遺伝カウンセラー学会(NationalCSocietyCofCGeneticCounselors:NSGC)の提唱する表記方法が国際的に用いられている2).CV遺伝子診断と原因遺伝子日本国内においては,RPE65網膜症を疑う患者に対して保険診療でCIRDパネル検査が実施可能となった.IRDに対する遺伝子診断はこれまでにいくつかの研究で実施されており,日本国内での原因遺伝子の同定率が明らかになりつつある.保険診療に先駆けて実施された遺伝子診断に関する先進医療では,82遺伝子の網羅的遺伝子解析にてCIRD患者C100名中C41名に原因遺伝子が同定された3).同定された遺伝子でもっとも頻度が高かったのはCEYSであり,15名(37.5%)であった.同定された遺伝子の遺伝形式は,ADがC2例(4.9%),ARが34例(82.9%),XLがC5例(12.2%)であり,多くの患者がCARの遺伝形式であった.遺伝子診断の注意点としては,検査で同定されたバリアントの解釈と遺伝形式に矛盾がないか確認することである.たとえば,ADの遺伝形式である遺伝子(RHOやCPRPH2など)では,病的バリアントが一つ同定されると,それが疾患の原因であると考えられる.ARの場合は同じ遺伝子の病的バリアントがヘテロ接合で二つ同定されるか,同じバリアントがホモ接合である場合に,両方の遺伝子の機能に影響を与えていると考えるため,バリアントの情報だけでなく接合(ホモなのかヘテロな814あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(30)

遺伝学的検査IRDパネルシステムの特徴と臨床的意義

2025年7月31日 木曜日

遺伝学的検査IRDパネルシステムの特徴と臨床的意義CharacteristicsandClinicalSigni.canceofGeneticTestingIRDPanelSystem前田亜希子*はじめに遺伝性網膜ジストロフィ(inheritedCretinalCdystro-phy:IRD)において,遺伝学的検査CPrismGuideCIRDパネルシステム(シスメックス社)が保険収載され,国内における検査実施体制の整備が進んでいる.検査によりCRPE65関連網膜症患者の確定診断が可能なことから,RPE65遺伝子治療が実施可能となっている.保険収載されたCPrismGuideIRDパネルシステムの特徴と臨床的意義について解説する.CI遺伝学的検査の実施の流れ疾患に対する遺伝的要因を明らかにするために,疾患原因遺伝子の解析を行う検査を「遺伝学的検査」という.日本医学会や日本眼科学会のガイドラインでは,遺伝学的検査の実施体制について定められており,検査の前後に遺伝カウンセリングを提供することと,解析結果についてエキスパートパネル(用語解説参照)とよばれる専門家会議で検討することが求められている1,2).IRDに対する遺伝学的検査は,図1に示す流れで実施されている.現在,国内にC12の検査実施施設があり,それぞれにおいてエキスパートパネルによる結果の検討が行われている.CII遺伝学的検査IRDパネルシステムIRDは,網膜の機能や構造維持に必要な遺伝情報の変異に起因する疾患群で,網膜色素変性(retinitisCpig-mentosa:RP)や錐体ジストロフィが代表疾患である.正常と考えられる標準遺伝子配列と異なる配列をバリアント(用語解説参照)というが,IRDでは,疾患発症に関与する病的バリアント検出の必要性が高まっている.遺伝学的検査とは,病的バリアントを検出し,疾患原因遺伝子を同定することである.遺伝子解析には,サンガーシーケンス,次世代シーケンシング(nextgenerationCsequencing:NGS)を用いたパネル検査,全エクソームシーケンス(wholeexomesequencing:WES),全ゲノムシーケンス(wholeCgenomesequencing:WGS)などが用いられる.サンガーシーケンスはC1977年に開発されたCDNAシーケンシング技術であり,現在も解析に広く用いられている.高精度で,特定の遺伝子やエクソンの解析に適するが,NGSに比べ低スループットであり,大規模解析には不向きである.NGSパネル検査は,特定の疾患関連遺伝子のみを対象とするため,高精度かつ迅速な診断が可能である.一方,WESは全エクソーム領域を解析し,新規病因変異の探索に有用であるが,非コード領域の変異は検出できない.WGSは全ゲノムを対象とし,コーディング領域と非コーディング領域を網羅的に解析できるが,コストとデータ解析の負担が大きい.目的に応じて適切な手法を選択することが重要である.遺伝学的検査を含む体外診断検査には体外診断薬(invitrodiagnostics:IVD)と自家調整試薬(laboratoryCdevelopedtest:LDT)がある(表1).海外では検査施*AkikoMaeda:神戸アイセンター病院〔別刷請求先〕前田亜希子:〒650-0047神戸市中央区港島南町C2-1-8神戸アイセンター病院(1)(21)C8050910-1810/25/\100/頁/JCOPYステップ1ステップ2ステップ3ステップ4図1遺伝学的検査の実施フロー遺伝学的検査は多くの専門職の協力により実施される.表1IVDとLDTIVDCLDT定義承認された体外診断用医薬品・医療機器医療施設や研究機関で自家開発される検査開発・承認薬機法に沿った審査・承認医療施設や研究機関内で開発・使用薬機法の適用ありなし表2PrisumGuideIRDパネルシステムに搭載されている82遺伝子1群:治療のある遺伝子CRPE652群:治療開発が進められている遺伝子CABCA4,CBEST1,CCEP290,CCHM,CCNGA1,CCNGA3,CCNGB1,CCNGB3,CCYP4V2,CLRAT,CMERTK,CMYO7A,CPDE6A,CPDE6B,CPRPF31,CRDH12,CRDH5,CRHO,CRLBP1,CRP2,CRPGR,CRS1,CUSH2A3群:国内の網羅的解析でC2家系以上が報告されている遺伝子CADGRV1,CC8orf37,CCACNA1F,CCDH23,CCERKL,CCFAP410,CCRB1,CCRX,CDRAM2,CEYS,CGNAT2,CGUCA1A,CGUCY2D,CIMPDH1,IMPG2,KCNV2,MAK,NR2E3,NRL,NYX,PCARE,PDE6G,CPOC1B,CPRCD,CPROM1,CPRPF8,CPRPH2,CRP1,CRP1L1,RP9,SAG,SNRNP200,TOPORS,TULP14群:海外で複数の報告ありなどの遺伝子CAIPL1,CCA4,CCDHR1,CCLRN1,CDHDDS,CFAM161A,CFSCN2,CGRK1,CIDH3B,CIQCB1,CKLHL7,CNMNAT1,CPDE6C,CPRPF3,CPRPF6,CRBP3,CRGR,CRGS9BP,CROM1,CRPGRIP1,CSEMA4A,CSPATA7,TTC8,ZNF513図2わが国におけるIRD原因遺伝子の同定率神戸アイセンター病院においてC39またはC50遺伝子パネル検査を用いた研究解析では,原因遺伝子の同定率はC50.9%であった.原因遺伝子としてはCEYS,CUSH2A,CRHO,RPGRが高頻度で同定された.ab図3異なる原因遺伝子が類似する自家蛍光像を示す例a:EYS,USH2A,RHO,RPGRを原因遺伝子とするCRPはそれぞれ所見が類似することがある.Cb:ABCA4とCPRPH2を原因遺伝子とする黄斑ジストロフィも所見が類似している.-

角膜ジストロフィの遺伝子検査

2025年7月31日 木曜日

角膜ジストロフィの遺伝子検査GeneticTestsforCornealDystrophies辻川元一*はじめに角膜は外界に接する組織で,ヒトが採光する際に光が最初に通る組織であるのと同時に,レンズ機能の多くを占めることからその透明性と形状の維持がきわめて重要である.したがって,透明度を損ねる混濁や,形状を変化させる脱落などはその機能を大きく阻害する.角膜は大きく上皮,実質,内皮からなり,それぞれの座において発現する遺伝子の異常により,実質を中心とした混濁や形状異常が引き起こされ失明に至る.たとえば,内皮ジストロフィによって角膜実質の浮腫と混濁が起こるといったように,ある部分の異常がほかの部分の異常も引き起こすことがあり,その維持機構は複雑であり解明されていない部分も多い.いずれにしても,この維持機構が阻害されると視機能は著しく低下する.本稿では,それが遺伝的素因で起こる角膜ジストロフィとその遺伝子解析について述べる.I角膜ジストロフィ角膜ジストロフィは「遺伝性に発症し,両眼性,進行性に角膜の混濁をきたす非炎症性の疾患」として定義される.これをもう少し詳しく検討する.①「遺伝性に発症」の意味は遺伝的素因が存在するという意味ではなく,はっきりと定義されていないが,少なくともメンデル遺伝発生形式を含むものと考えられる.たとえば,Fuchs角膜内皮ジストロフィ(Fuchsendothelialcornealdystrophy:FECD)は遺伝形式がはっきりしないものもあるが,常染色体優性遺伝の家系が存在するので該当する.つまり,遺伝的素因(この場合は病因遺伝子にある病因変異の支配の法則に従う存在)が発症の少なくとも必要条件であり,ほぼ十分条件であるものを含むことを示す.②「両眼性」という条件は①の遺伝性によってもその多くが規定されるが,角膜疾患に於いてはジストロフィでなくとも片眼性に角膜ジストロフィと酷似する病態を示すことがままあり,これを明確に除外するためでもあると考えられる.③「進行性に角膜の混濁をきたす」という点は角膜ジストロフィの特徴を示したものであるが,本来,さらに重要なのは「遅発性」進行性であるということである.つまり,多くの角膜ジストロフィはメンデル遺伝病であるものの,出生時にはその表現型が確定していない(症状や所見が出ていない)という点が重要である.今後増加すると思われる遺伝カウンセリングにおいて家系内再発や発症前診断を対象とする場合は,遺伝検査が必須の検査項目となる.また,多くの神経疾患における変性症・ジストロフィとは異なり,角膜においてはある特定の細胞群の障害や脱落を必ずしも意味しない.たとえば,沈着病である神経疾患においては沈着物によって神経細胞の脱落が起きて発症するが,角膜ジストロフィにおいては沈着物が細胞死を引き起こさなくとも沈着物自身が角膜の透明性を阻害した時点で発症する.上皮下・実質の角膜ジストロ*MotokazuTsujikawa:大阪大学大学院医学系研究科病態生体情報科学講座〔別刷請求先〕辻川元一:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科病態生体情報科学講座(1)(11)7950910-1810/25/\100/頁/JCOPYフィの多くはこの発症形式をとる.この点が多くの神経ジストロフィとは異なり,そのためか,本疾患カテゴリは角膜変性症といった表記はせず,角膜ジストロフィという記載が一般には使用される(これについてはジストロフィの記載のほうがいいと個人的に考える).また,炎症によっても角膜の混濁が一時的,あるいは永続的に生じるため,炎症によるものも除いた定義となっている.II角膜ジストロフィの遺伝子検査角膜ジストロフィはその定義に「遺伝性」があるため,眼科領域においてもっとも早く遺伝子検査が行われてきた疾患群であろう.角膜ジストロフィの多くはメンデル形式にて遺伝するメンデル疾患であるため,患者の遺伝子型が決定できれば,ほぼ診断は確定する.また,上記のように片眼性の似たような病変や炎症によっても類似した病態が発生することから,これらを除外する意味でも遺伝子検査の価値は高い.また,後述するように,遺伝子検査の有用性が早くから認識されてきた分野でもあり,全科的にみても早期から診断基準などに積極的に遺伝子検査が取り入れられている.その代表であり,成果であるものが国際的な角膜ジストロフィの分類であるIC3D1)であり,ここでは遺伝子検査がとくに重要視されている.角膜ジストロフィは下記のように分類されている.カテゴリ1:遺伝子座が特定され,責任遺伝子およびその特異的変異が明らかとなっている,定義の確立された角膜ジストロフィ.カテゴリ2:一つ以上の特定の染色体上の遺伝子座への連鎖が確認されているものの,責任遺伝子が未だ同定されていない,定義の確立された角膜ジストロフィ.カテゴリ3:疾患としての定義は確立されているが,いまだ染色体上の遺伝子座への連鎖が示されていない角膜ジストロフィ.カテゴリ4:新たに提唱された,あるいは既報の角膜ジストロフィである可能性があるが,独立した疾患単位としての確証が不十分なもの.このように,角膜ジストロフィのカテゴリは遺伝子検査が可能かどうか,そして,その結果に左右される.この観点からは,とくにカテゴリ1の疾患(占める疾患が拡大している現在においては)では,遺伝子検査は必須に近い.III角膜ジストロフィの遺伝子検査の歴史角膜ジストロフィの遺伝子診断は,1990年代からの位置的原因遺伝子検索法(ポジショナルクローニング)の発展により可能となった.これはDuchenne型ジストロフィ,.胞性線維症,Huntington舞踏病など欧米において著名であった他科の疾患群には遅れるものの,かなり早くから積極的に解明が始まっている.これには,角膜ジストロフィが致死的でなく,家系の蓄積が容易に認められることが関係していると思われる.この成果はまず,上皮ジストロフィにおいて現れた.1994年にStoneらは格子状角膜ジストロフィI型,顆粒状角膜ジストロフィ,Avellino角膜ジストロフィの三つの疾患が,古典的連鎖解析により5番染色体長腕に存在し,これらの異なったジストロフィが同じ遺伝子の違った変異で起きている可能性が高いと予想した2).この予想はMunierによって確かめられた3).これら一連の発表が衝撃的であったのは,表現型が異なる三種類のジストロフィが,同一の遺伝子であるTGFBIの違った変異で起こるという事実であった.実際にこれらのジストロフィは蓄積する物質も異なり,同じ遺伝子で起こるとは考えられていなかったのである.日本においてさらに話題となったのは,長らく顆粒状角膜ジストロフィと考えられていた表現型が,実はAvellino角膜ジストロフィであることが判明したことである.遺伝子検査が疾患概念を再構成した例であり,角膜ジストロフィにおける遺伝子診断の有用性を広く知らしめるものであった.IV日本の単離への貢献ミースマン角膜ジストロフィは,角膜上皮に微細な.胞状混濁を生じる常染色体優性遺伝性疾患である.大阪大学の西田らはKRT12が角膜上皮に非常に特異的に発現するケラチン遺伝子であり,ほかのケラチン異常により水疱性病変が起きることから,候補遺伝子としての検討を行っていた.KRT12遺伝子の変異自体の報告は他グループが先んじたが,KTR12の一時配列決定も西796あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(12)田を中心になされたことを鑑みれば,原因遺伝子単離における功績は大きい4).斑状角膜ジストロフィは,角膜実質に酸性ムコ多糖が沈着し,進行性の混濁を呈する常染色体劣性遺伝性疾患である.同様に赤間,西田らは候補遺伝子アプローチによりCHST6遺伝子が本疾患の原因であることを明らかにした5).また,筆者らのグループがわが国に多い膠様滴状ジストロフィの原因遺伝子をポジショナル解析によって原因遺伝子が明らかとなった6).このようにして,古典的メンデル遺伝で発症する角膜上皮・実質ジストロフィの多くの原因遺伝子が単離され,技術的に遺伝診断が可能となった.以上のとおり,上皮・実質のジストロフィにおいては日本人研究者の貢献がかなり高い.VFuchs角膜内皮ジストロフィの原因遺伝子FECDは欧米においては報告によっては20%近くの罹病率をもち,角膜移植の需要の主たるものを占める重要疾患である.近年,衝撃を与えたのはFECDにおけるTCF4の関与の発見であった.FECDは遺伝子座異質性,つまり,原因遺伝子が複数存在する疾患であるが,多くの患者において連鎖解析ではなく相関解析であるgenomewideassociationstudy(GWAS)においてTCF4領域に原因遺伝子が存在すると予測された7)(相関解析においてはより原因変異に近い位置で陽性結果が出るため,TCF4遺伝子であろうと予測された).そこで本遺伝子座での変異検索が行われたが,TCF4の翻訳領域(エクソンのなかで実際に蛋白質に翻訳される領域,codingsequence:CDS)ではなく,イントロン3領域に存在する3塩基繰り返し配列における伸長(50回以上CTGが繰り返される)を示す割合が,が一般人(3%)に比べて患者では(79%)と優位に高いことが示された8).このように,3塩基の繰り返し配列が病因となる疾患はトリプレットリピート病とよばれ,神経疾患に多く,筋緊張性ジストロフィ1型(DM1)などイントロンでの伸長で起こるものも多い.FECDも遺伝学的尤度(3塩基伸長が真の原因と考えたほうが統計学的に有利)や体細胞不安定性(個々の細胞においてリピート伸長数が異なる)が起こり,一部の報告に表現型促進(優性遺伝において子が親よりもリピートが伸長し,表現型が重症になる)があることから,神経疾患でないものの3塩基繰り返しによるトリプレットリピート病であることは間違いないとされている.このように,原因遺伝子座が特定された疾患に関しては,基本的に遺伝子検査が可能となり,診断可能な疾患はここ20年ほどで急速に増えた.対象とする疾患の原因遺伝子が単離されているかどうか,すなわち,遺伝子診断が可能であるか否かは,ヒトメンデル遺伝病カタログ(MendelianInheritanceinMan:MIN)を参照すればほぼわかる.現在ではオンライン化されており,頻繁にアップデートされている(OnlineMendelianInheri-tanceinMan:OMIM,http://omim.org/).VI角膜ジストロフィの遺伝的特徴上述のように角膜細胞の変性・脱落によらず,混濁を引き起こす物質の蓄積によって起こる一群(とくにTGFBI関連ジストロフィ)があり,その機序から常染色体顕性遺伝となる疾患が多い.この場合,ほかのヒト顕性遺伝疾患と同様に完全優性を示さず,ホモ接合体はヘテロ接合体よりも重症度が高く,一見違った遺伝病にみえることがある.また,このTGFBI関連ジストロフィにおいては,同じ遺伝子の異なる変異が異なる表現型を示す(表現型異質性).これら同一遺伝子の違った変異で起きる各病態は,なんらかの蓄積病という点では同様であるが,その重症度や形状,さらには蓄積している物質も異なるため,臨床的には区別することがむずかしく,遺伝子検査が威力を発揮する.またFECDも含め,角膜ジストロフィの多くは前述のとおり遅発性,進行性疾患であり,若年時にはそれぞれの疾患に特異的な沈着,混濁などの臨床的特徴がはっきりしない場合が多い.この場合もすでに遺伝子異常は受精卵の状態から持続しているため,採血からの遺伝子検査で発症前診断が行えることになる.さらに,角膜ジストロフィはあまり生存性(生物学的適応度,健康な子孫を残すことができる能力)にはかかわらないためか,創始者効果による代表的な変異(患者に於いて多くを占める単独の変異)が存在することが多(13)あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025797図1FECDの表現型a:前眼部写真にて水疱性角膜症を認める.b:スペキュラーマイクロスコープによるGuttaeの観察.表1角膜ジストロフィ遺伝子検査に関する厚生労働省の告示と通知D006-20角膜ジストロフィ遺伝子検査C1,200点保険収載:2020年C4月C1日.注:別に厚生労働大臣が定める施設基準に適合しているものとして地方厚生局長等に届け出た保険医療機関において行われる場合に,患者C1人につきC1回に限り算定する.通知:(1)角膜ジストロフィ遺伝子検査は,角膜混濁等の前眼部病変を有する患者であって,臨床症状,検査所見,家族歴等から角膜ジストロフィと診断又は疑われる者に対して,治療方針の決定を目的として行った場合に算定する.本検査を実施した場合には,その医学的な必要性を診療報酬明細書の摘要欄に記載すること.(2)検査の実施に当たっては,個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(平成C29年C4月)及び関係学会による「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」(平成C23年C2月)を遵守すること.表2遺伝子検査が可能な角膜ジストロフィとその遺伝子変異ジストロフィ名(別名)OMIN番号遺伝形式染色体座遺伝子病因変異Cepithelial-stromalTGFBIdystorphiesClatticecornealdystrophy,typeI(格子状)C122200R124CなどCvariantsIIIC608471CP501TCgranularcornealdystrophy,typeI:GCDC1(顆粒状)C121900CADC5q31CTGFBICR555WCgranularcornealdystrophy,typeII;CCGD2607541CADC5q31CTGFBICR124HCthiel-behnkecorneal602082CADC5q31CTGFBICR555QCdystrophy:TBCDC10q24CunknownCReis-Bucklerscornealdystrophy:RBCDC608470CADC5q31CTGFBICR124LCstromaldystrophiesCmacularcornealdystrophy,typeI(斑状)C217800CARC16q23.1CCHST6many(Functionloss)schnydercornealdystrophy:CSCDC121800CADC1p36.22CUBIAD1many(Functionloss)CepithelialandsubepithelialdystrophiesCgelatinousdrop-likecornealdystrophy:GDLD(膠様滴状)C204870CARC1p32.1CTACSTD2*many(Functionloss)1CendothelialdystropiesCFuchsendothelialcornealdystrophy3C61367CADC18q21.2CTCF4(CTG)CnRepeatExpansion,IVS3など*2*1SRLにて外注可能*2検出は容易ではない-治療は,混濁が表層にある場合が多いためエキシマレーザーによる治療的角膜切除術(phototherapeutickeraC-tectomy:PTK)が行われるが,再発がC2年ほどで認められる.PTKはC2回ほど治療ができるが,その後は表層および深層角膜移植による治療となる.混濁が深い位置にある場合も同様である.C2.顆粒状角膜ジストロフィII型顆粒状角膜ジストロフィCII型(アベリノ角膜ジストロフィ,granularCcornealCdystrophy,CtypeII:CGD2)はTGFBI関連角膜ジストロフィのうち,わが国では一番多く認められる.元々顆粒状の角膜ジストロフィで組織的にヒアリンとアミロイドが同時に沈着している特徴があり,イタリアのCAvellino地方に多く認められると考えられ,この名前がついた.しかし,遺伝子診断により日本をはじめ世界中各地に確認されている.遺伝子検査により,顆粒状角膜ジストロフィCI型(GrenouwtypeI,granularCdystrophy)と明確に区別されるようになり,現在は混乱を避ける意味からも顆粒状角膜ジストロフィCII型とよばれる.遺伝形式は常染色体優性遺伝であるが,I型同様に不完全優性で,ホモ接合体ではヘテロ接合体より重篤である.TGFBI遺伝子のCR124Hミスセンス変異によって引き起こされる.初期には両眼瞳孔領付近に顆粒状角膜ジストロフィCI型よりも大きく辺縁の明瞭な白色円形の混濁が実質表層から中層に出現する.進行するとコンペイトウ状,棍棒状,棒状の濃い白色沈着に成長するが,この場合でも視力低下は引き起こさないことが多い.これに伴い,濃い混濁の間に淡い混濁が表層に生じるようになると視力低下を引き起こすことが多い.混濁の進行に伴って上皮欠損を起こすような状態に至ることは少ない.治療は顆粒状角膜ジストロフィCI型に準ずるが,明らかに再発は少ない.C3.格子状角膜ジストロフィ格子状の沈着性角膜実質混濁をしめす格子状角膜ジストロフィ(latticeCcornealdystrophies)はCI型,CII型,CIII型,IIIA型,CIV型が報告されている.このうち,CII型は全身性のアミロイドーシスを伴い,FinnishCtypeCamylidosisとよばれる常染色体優性遺伝病の一症状である.この疾患では血清のCgelsolin蛋白の異常が知られており,これより候補遺伝子検索でこれをコードするCgel-solin遺伝子(GSN)が原因遺伝子として単離された.CIII型は後で述べるCIIIA型に非常に近い表現型をもち,常染色体劣性遺伝形式を示すといわれているが,遺伝子検査が行われるようになってからはこのような症例報告がなく不明である.そのほかのCI型,CIIIA型,CIV型はやはりCTGFBIの変異が原因の常染色体優性遺伝病である.I型は世界中で報告され,もっとも多く認められる格子状角膜ジストロフィの一つである.TGFBIのCR124C変異ほか,同遺伝子のいくつかの変異でこの表現型が起こることが報告されている.実質浅層,Bowman層に二重の輪郭をもった細かい線状の混濁が絡み合い,メロンの皮のような形態を示す.この混濁ははじめ瞳孔領に発生し,次第に周辺部を侵すのとともに,中央部の混濁は強くなり,卵黄型あるいは円形の混濁を呈し,その周辺に微細な格子状病変を伴う.また,これにより角膜表面に隆起をきたすようになり,再発性角膜びらんを生じることが多く,臨床的に問題となる.CII型は全身のアミロイドーシス(アミロイドーシスCIV型)に伴う角膜症状で,周辺から出現する格子状の変性が特徴的である.IIIA型はCI型に比べ太い格子状,あるいは線上の混濁が角膜中央部から周辺部まで出現する.角膜表面の隆起は少なく,臨床症状は比較的穏やかである.TGFBIの創始者効果によりCS538C変異がほとんどである.CIV型は晩年発症が特徴的で表現型も軽い.TGFBIのCL527Rが報告されている.CIV型もわが国での創始者効果が報告されている.治療は,角膜の中央部の混濁による視力への影響と再発性のびらんの状況などにより必要を判断する.病巣のアミロイド沈着は角膜実質浅層にあることから,エキシマレーザーによるCPTKが行われる.再発しやすい例,あるいはより深い層に混濁がある場合は,表層あるいは深層角膜移植を選択する.800あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(16)4.斑状ジストロフィ斑状ジストロフィ(macularCcornealdystrophy)は実質の細胞内外にムコ多糖類が沈着する疾患で,細隙灯顕微鏡による観察では角膜実質に細かい沈着がびまん性に認められ,角膜全体がすりガラス状を呈する.この混濁ははじめは中央部から連続して周辺に広がっていき,角膜全層が混濁する.視力低下はこの時点で顕著である.その後,びまん性の混濁に加えて灰白色の小さい不規則な形の多数の混濁が実質浅層に認められることがある.本疾患はプロテオグリカン(蛋白質に糖鎖の修飾がついたもの)の代謝異常による.角膜実質にはプロテオグリカンが存在し,これにケラタン硫酸がついて透明性を維持している.斑状ジストロフィ患者においてはこのケラタン硫酸の硫酸基を付加する酵素が欠落するため,必要なケラタン硫酸が産生されず,プロテオグリカンが難溶性となって,混濁を生じる.酵素の機能喪失性変異によるので,常染色体劣性遺伝となる.全身においてこれが起こるのがCI型で,角膜においてのみ起こるのがCII型である.I型の原因遺伝子検索は,まずCStoneらが連鎖解析を用いた位置的検索法で第C16番染色体長腕に存在することを明らかにした.続いて赤間,西田らは角膜型のCN-アセチルグルコサミンC6スルフォトランスフェラーゼをコードするCCHST6遺伝子がこの領域に存在することをつきとめ,位置的候補遺伝子アプローチにて変異を複数同定した.この変異により酵素活性が低下するためにI型においては全身の病態を示す.一方でCII型においてはCCHST6のコーディングには問題がないが,このプロモーター領域に大きな欠損や相同組み換えによる異常があり,この場合角膜でのCN-アセチルグルコサミンC6スルフォトランスフェラーゼの発現が減弱する.このため,角膜のみで表現型が出現する.治療はCTGFBI関連ジストロフィとは異なり,混濁が全層にびまん性に進行することからエキシマレーザーによるCPTKや表層角膜移植を選択しにくく,通常は全層角膜移植,もしくは深層角膜移植が行われる.つまり,より深層への介入が必要である.沈着は角膜実質細胞が産生するものであるので,術後の再発は通常はない.5.膠様滴状角膜ジストロフィ膠様滴状角膜ジストロフィ(gelatinousdrop-likecor-nealdystrophy:GDLD)はC1914年中泉により初めて報告され,1932年に滝沢により膠様滴状角膜ジストロフィと命名された.遺伝形式は常染色体劣性遺伝で,患者はわが国に比較的多く,諸外国ではまれであることに特徴がある.罹病率は約C30万人にC1人とされる.また,わが国において位置的遺伝子検索法にて初めて原因遺伝子が同定された疾患でもある.典型的な患者はC10代頃より,羞明感,異物感の自覚で発症し,両眼の角膜上皮下に乳白色のびまん性の小混濁が出現し,次第に数と密度を増していく.さらに,角膜表面に灰白色の隆起性病変(膠様病変)が瞼裂,角膜中央のやや下方に出現し,次第に数を増やし融合しながら周辺部へ侵入し,最終的には輪部を含めた角膜全体を覆ってしまう.この沈着物はコンゴーレッド陽性のアミロイド沈着である.また,本疾患においては角膜のバリア機能が低下していることと,周辺から角膜上皮に血管侵入が認められることが比較的特徴的な所見である.本疾患は辻川らが位置的遺伝子探索法にてCTAC-STD2(M1S1/TROP2/GA733-2)という遺伝子に複数の変異を同定した.また,このうちCQ118X変異は病因変異の実にC90%を占め,さらにこの周囲の遺伝マーカーの対立遺伝子の状態(ハプロタイプ)も共通であった.このことは,患者の多くは共通の祖先(創始者)をもち,創始者に起こった病因変異(Q118X)を共通に引き継いでいる,いわば大きな家系を形成していることを示唆する(創始者効果).本疾患は角膜のバリア機能が低下しているのが特徴であるが,その機構については中司らが角膜上皮においてCTACSTD2が存在しないとクローディン分子の不安定化が起こることを報告している10).本疾患は日本において商業的に検査が行われているおそらく唯一の角膜ジストロフィである.2023年に保険収載された検査としてCSRL社が提供を開始した.原因遺伝子CTACSTD2はシングルエクソンジーンであるため,コーディング領域すべての変異をダイレクトシーケンスで検出,報告するシステムとなっており,プロモーターに存在するような特殊な変異(報告はまだない)でない限り,検出できるものと考えられる.また,本疾患(17)あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025C801aNormal+extendedalleleTP-PCR(+)図2リピート伸長を示す遺伝子検査の結果a:TP-PCRによるリピート伸長の検出.extrapeaksを認める.Cb:SP-PCRの結果,各バンドそれぞれが伸長したCTCF4リピートの存在を示す.異なった細胞においてC40個ほどの異なった伸長数をもつことが示され,体細胞不安定性が認められる.この症例では最長のリピート数はC2241回,バンドの種類はC40種類を数える.図3フラグメント解析,TP-PCR,SP-PCRを組み合わせた診断上段:膠様滴状角膜ジストロフィのさまざまな表現型.下段:どの表現型も同一のCQ118X変異のホモ接合体であることを示す結果.(文献C9より改変引用)

非感染性ぶどう膜炎とHLA遺伝子検査

2025年7月31日 木曜日

非感染性ぶどう膜炎とHLA遺伝子検査HLATypinginNon-InfectiousUveitis石原麻美*目黒明*はじめにぶどう膜炎は感染性と非感染性に大別され,非感染性ぶどう膜炎の多くは全身性炎症性疾患と関連する.その発症には,遺伝要因と環境要因が関与すると考えられている.近年のゲノム解析により,多くの疾患感受性遺伝子(用語解説参照)が同定されているが,なかでもヒト白血球抗原(humanleukocyteantigen:HLA)遺伝子はもっとも強い疾患感受性を示し,疾患の発症に深く関与している.非感染性ぶどう膜炎の診断や鑑別には全身検査が重要であり,HLA遺伝子検査は有用な免疫学的検査の一つである.本稿では,HLAの機能や役割を概説し,HLAとの関連が知られる非感染性ぶどう膜炎およびHLA遺伝子検査の概要を紹介する.IHLA分子1.HLAとは何かHLAは,ヒトの主要組織適合遺伝子複合体(majorhistocompatibilitycomplex:MHC)である.ほぼすべての有核細胞の膜表面に発現する膜貫通型糖タンパク質であり,T細胞による「自己」と「非自己」の識別において中核的な役割を担う.T細胞はHLA分子に結合した抗原ペプチドを認識し,これを契機として免疫応答を開始する.すなわち,HLAは抗原提示分子として自然免疫と獲得免疫をつなぐ重要な構成要素である.HLA遺伝子群は,第6染色体短腕の6p21.3領域に集中し,クラスI,クラスII,クラスIII領域から構成される.この領域は,ヒトゲノム中でもとくに遺伝的多型性(用語解説参照)が高く,個々人で異なるHLA型(HLA対立遺伝子,アレル)の組み合わせをもつ.この多様性は抗原認識の幅を広げ,集団としての病原体防御に寄与するとともに,自己免疫疾患や全身性炎症性疾患,移植拒絶反応,感染症への感受性にも深く関与している.2.HLA分子の分類1)HLA分子は,構造や機能,抗原提示経路,発現細胞の違いから,クラスIとクラスIIに大別される(表1)1).それぞれに古典的分子と非古典的分子が存在し,抗原提示様式や免疫応答の違いから臨床的にも明確に区別される.クラスIには古典的なHLA-A,-B,-Cと,非古典的なHLA-E,-F,-Gが含まれる.クラスIIには,古典的なHLA-DR,-DQ,-DPと,非古典的なHLA-DM,-DOがある.3.HLA分子の立体構造1)a.クラスI分子クラスI分子は,クラスI遺伝子がコードするa鎖(a1,a2,a3ドメイン)とb2ミクログロブリン遺伝子がコードするb2mから構成される膜タンパクである.a1とa2ドメインで形成されるペプチド結合溝には,ポケットA~Fのくぼみが存在し,9残基前後の抗原ペプチドが収容される.ホットドッグのパン(クラスI分*MamiIshihara&AkiraMeguro:横浜市立大学大学院医学研究科視覚器病態学〔別刷請求先〕石原麻美:〒236-0004横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学大学院医学研究科視覚器病態学(1)(3)7870910-1810/25/\100/頁/JCOPY表1HLAの分類―HLAクラスI分子とクラスII分子の比較HLAHLAクラスI分子HLAクラスII分子構造a鎖+b2ma鎖+b鎖ペプチド結合部位a1-a2ドメインa1-b1ドメインペプチドの長さ約9(8~10)個のアミノ酸約15(10~30)個のアミノ酸ペプチド結合溝両端が閉じている両端が開いている抗原提示するT細胞CD8+T細胞CD4+T細胞結合する抗原ペプチド細胞内由来(ウイルス,腫瘍など)細胞外由来(細菌,ウイルスなど)発現細胞全身の有核細胞および血小板ランゲルハンス細胞,樹状細胞,単球などの抗原提示細胞や活性化T細胞図1HLAクラスII抗原(HLA-DR1分子)の三次元立体構造モデルa1ドメインとb1ドメインからなる「ペプチド結合溝」に抗原ペプチドが結合する.「ペプチド結合溝」に存在するポケット1,4,6,7,9には,それぞれ抗原ペプチドのアミノ酸残基であるP1,P4,P6,P7,P9が直接結合する.HLA分子は多型性に富み,ポケットを構成するアミノ酸は各HLA分子により異なる.また,HLA分子により,結合できる抗原ペプチドには一定の特徴(HLA結合モチーフ)がある.((Nature368:215,1994より引用)表2HLAのDNA型検査の種類方法原理特徴PCR-SSP法特異的プライマーを用いた増幅反応により,目的のアレルの有無を確認する比較的迅速かつ簡便医療現場で多用されているPCR-rSSO法オリゴプローブとCPCR産物をハイブリダイズさせてアレルを検出する高いスループットが可能PCR-SBT法塩基配列を直接読み取ることで,詳細なアレル情報が得られる解像度が高く,研究や臨床移植に適するNGS法近年導入された方法で,CHLA遺伝子全体を網羅的に解析できる既知・新規アレル,Cnullアレルの同定にも対応.タイピング精度が飛躍的に向上PCR-SSP:sequence-speci.cCprimer,PCR-rSSO:reverseCsequence-speci.cColigonu-cleotide,PCR-SBT:sequence-basedCtyping,NGS:next-generationCsequencing(次世代シークエンシング).CHLA-DRB1*04:05:01①②③④①HLA遺伝子名.②第一フィールド:血清学的抗原型に相当する.③第二フィールド:アミノ酸配列の違いに基づくアレルを表す.④第三フィールド以降:同義変異(アミノ酸配列が変化しない塩基置換)や非翻訳領遺域の違いを表す.図2HLAアレルの表記法表3ぶどう膜炎を合併する疾患と相関するHLAおよびオッズ比疾患相関するHLA型オッズ比Behcet病B51(日本人)B51(シルクロード沿いの流行国)A26(日本人)CB*51:0C1CB*51CA*26:0C1C6.83C5.90C2.50(B*51:0C1陰性者:3C.86)CAAUB27(欧州白人)CB*27C68.4CBCRA29(欧州白人)CA*29:0C2C157.5VKH病DR4(東アジア人)DR4(ヒスパニック)DR4(イタリア人)DR4(インド人)CDRB1*04CDRB1*04CDRB1*04CDRB1*04C13.69C4.79C8.67C2.09サルコイドーシスDR3(欧州白人)(Lofgren症候群)DR8(日本人)DR11(アフリカ系米国人)(米国白人)DR12(アフリカ系米国人)(欧州白人)DR14(欧州白人)(米国白人)DR15(欧州白人)(米国白人)CDRB1*03:0C1CDRB1*03:0C1CDRB1*08:0C3CDRB1*11:0C1CDRB1*11:0C1CDRB1*12:0C1CDRB1*12CDRB1*14CDRB1*14:0C1CDRB1*15CDRB1*15:0C1C1.95.2~C12.51.82~C2.0C2.24C3.31C3.23C3.71C2.54C4.66C1.42C16.6クローン病DR1(白人)DR7(白人)CB*52(白人)CDRB1*01:0C3CDRB1*07:0C1CB*52:0C1C2.51C1.14C1.44潰瘍性大腸炎DR1(白人)DR15(白人)CB*52(白人)CDRB1*01:0C3CDRB1*15:0C2CB*52:0C1C3.59C2.21C2.21AAU:急性前部ぶどう膜炎,BCR:バードショット網脈絡膜炎,VKH病:Vogt-小柳-原田病.表4ぶどう膜炎を合併する全身疾患と相関するHLAおよび相対危険度疾患相関するCHLA型患者群健常者群相対危険度強直性脊椎炎B27(日本人)B27(白人)B27(黒人)85%89%58%1.5%9%4%C208C69C54ライター病B27(白人)80%9%C37Behcet病B51(日本人)B5(白人)CB*5157%31%14%12%C7.9C3.8尋常性乾癬Cw6(日本人)Cw6(白人)27%56%4%15%C8.5C7.5関節リウマチDR4(日本人)DR4(白人)DR4(黒人)CDRB1*04:0C5CDRB1*04:0C1CDRB1*04:0C171%68%40%41%25%10%C3.4C3.8C5.4全身性エリテマトーデスDR15(日本人)DR15(白人)DR3(白人)DR15(黒人)CDRB1*15:0C1CDRB1*15:0C1CDRB1*03:0C1CDRB1*15:0C132%25%27%47%14%16%12%21%C2.9C1.8C2.7C3.3多発性硬化症DR15(日本人)DR15(白人)CDRB1*15:0C1CDRB1*15:0C136%51%14%27%C3.4C2.7(文献C2より改変引用)C-代シルクロード」沿いの国々で多く報告されている.1973年にCOhnoらがCHLA-B51との強い相関を初めて報告して以降,HLA-B51との関連を対象とした多数の研究が行われ,78編の論文を対象としたメタ解析ではHLA-B51のオッズ比はC5.90とされた4).また,本疾患の好発地域では,他地域と比べて,一般集団におけるHLA-B51陽性率が高く5),HLA-B*51が地域特異的な疾患発症に関与している可能性が示唆されている.日本人患者では近年CHLA-B51陽性率が低下傾向にあり,50%程度とされる5).また,筆者らは日本人集団においてCHLA-A*26がCHLA-B*51と独立してCBehcet病と相関することを報告した6).HLA-A*26の頻度は健常群(19.7%)に比べて患者群(38.0%)で有意に高く(OR=2.50),HLA-B*51:01陰性患者に限るとC48.5%(OR=3.86)に達した6).②CHLAと臨床症状・予後CHLA-B*51と眼病変の関連を検討したC18編の論文のメタ解析では,HLA-B*51陽性者は眼病変のリスクが高く(p=0.000057,OR=1.76),シルクロード東方ほど関連が強まる傾向があった7).日本人C3,044例の全国調査でも,B*51陽性患者は眼病変(OR=1.59)のリスクが高かった.一方,陰部潰瘍(OR=0.72)や消化器症状(OR=0.65)のリスクは低く8),その後の研究でも,消化器症状を有する患者ではCHLA-B*51陽性率が低いことが報告されている5).さらに日本人患者では,CHLA-A*26:01が視力予後不良と有意に関連することも報告されている(p=0.026)9).Cb.急性前部ぶどう膜炎①相関するCHLA遺伝子AAUは白人でもっとも一般的なぶどう膜炎であり,1973年にCHLA-B*27との関連が報告された.白人のCHLA-B*27保有率はC8~10%であるが,「HLA-B27関連CAAU」は前部ぶどう膜炎のC18~32%といわれている10).一方で,HLA-B*27保有率は中国人では2~9%,中東人やアフリカ人ではC2~5%である10).日本人では保有率はC0.5%以下と非常に低く,ぶどう膜炎の原因疾患に関する全国統計(2002年)では「HLA-B27関連AAU」はC1.5%であった11).AAUでは強直性脊椎炎(ankylosingCspondylitis:AS),反応性関節炎(ライター病),乾癬性関節炎,炎症性腸疾患などの脊椎関節症(spondyloarthritis:SpA)を合併することがある.AAU患者のCHLA-B*27陽性率はC50%程度とされ10),「HLA-B27関連CAAU」患者175例の解析では,77.7%がCSpA症状を有し,ASがもっとも多かった(46.3%)12).CHLA-B*27には人種差のあるサブタイプがあり,北欧白人のCHLA-B*27陽性者の約C90%がCHLA-B*27:05を保有するのに対し,日本人ではCHLA-B*27:04の頻度が高い.いずれのサブタイプも疾患との関連が示されている10).②臨床症状や予後との関連22編の論文を対象としたメタ解析では,「HLA-B27関連CAAU」の特徴として,AS(RR=6.8)やCSpA(RR=9.9)の合併,男性(RR=1.2),片眼性(RR=1.1),両眼交互の炎症(RR=2.2),前房蓄膿(RR=5.5),フィブリン析出や視神経乳頭炎(RR=7.7)との関連が示されている.一方で,白内障や黄斑浮腫などの眼合併症や視力予後との関連はなかった13).「HLA-B27関連CAAU」患者ではぶどう膜炎発症後にSpAが診断されることが少なくないため12),背部痛や末梢関節炎,皮膚症状などの全身症状に留意する.C2.HLAクラスIIと相関を示す疾患a.Vogt-小柳-原田病①相関するCHLA遺伝子VKH病は東アジア人,ネイティブアメリカン,アラブ人,インド人,イヌイット,アボリジニなどに好発し,サハラ以南のアフリカ人では報告がなく,白人ではまれとされる14).1981年にCOhnoらがCHLA-DR4/DR53との相関を報告し,その後の解析で,日本人患者ではCHLA-DR4(DRB1*04)のサブタイプであるCDRB1*0405とCDRB1*0410の頻度が有意に高いことが示された15).21編の論文の系統的レビュー16)では,HLA-DR4/CDRB1*04保有者の発症リスクはCOR=8.42と高く,CHLA-DR4/DRB1*04は人種を超えた感受性アレルであることが示された.人種別では,HLA-DR4/DRB1*04との関連は東アジア人でもっとも強く,インド人でもっ792あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(8)とも弱かった.サブタイプ解析では,HLA-DRB1*04:04(OR=2.57),HLA-DRB1*04:05(OR=10.31),CHLA-DRB1*04:10(OR=6.52)がCVKH病の発症リスクを高め,HLA-DRB1*04:01(OR=0.21)がリスクを低下させていた.Cb.サルコイドーシス①相関するCHLA遺伝子サルコイドーシスは人種を問わずみられる疾患で,日本人患者の家族の発症のリスクは約8倍とされることから,遺伝的要因の関与が強く示唆されている17).HLA領域はもっとも強い疾患感受性領域であり18),HLA-DR(DRB1)の複数のアレルが相関を示す.白人ではCHLA-DR11(DRB1*11),HLA-DR12(DRB1*12),HLA-DR14(DRB1*14),HLA-DR15(DRB1*15)19,20),アフリカ系米国人ではCHLA-DRB1*11およびCHLA-DRB1*1220)との相関が報告されている.また,急性発症・自然寛解型のCLofgren症候群は欧州白人に多く,DRB1*03が強い相関を示す19).一方,日本人ではCDRB1*08(08:03)がもっとも強く相関し(健常群:17.2%,患者群:29.3%,OR=1.82)18),ほかにCDRB1*04(04:01),DRB1*11,DRB1*12,DRB1*14との相関も報告されている19,21).一方,DRB1*01はどの人種でも患者群で有意に少なく(OR=0.12~0.5),発症リスクを低下させる19,21).このように相関するアレルが人種間で異なる一因として,DRB1アレル頻度の人種間差があげられる.DRB1*08は日本人に多く,他人種ではまれなため,日本人に特異的な相関がみられ,逆にCDRB1*03が非常にまれな日本人ではCLofgren症候群の発症もまれである22).②臨床症状や予後との関連CDRB1*04:01は白人19,23)と日本人19)でぶどう膜炎と関連し,DRB1*08:03は日本人で心臓病変24),ぶどう膜炎19),神経病変19)と関連していた.また,DRB1*03保有者(Lofgren症候群)は予後良好とされる22).おわりに非感染性ぶどう膜炎の発症には,HLAを含む遺伝要因と環境要因が関与している.HLA遺伝子検査は確定診断には至らないものの,一部の疾患では診断補助や鑑別の参考になる.HLAと非感染性ぶどう膜炎の関連を理解することは,的確な診療や今後の個別化医療の推進に寄与すると考えられる.文献1)西村泰治:T細胞に抗原を認識させる主要組織適合性抗原の構造と機能.蛋・核・酵45:1205-1218,C20002)西村泰治:HLAと免疫疾患.病理と臨床C16:581-592,C19983)難病情報センター:特定疾患医療受給者証所持者数.Chttps://www.nanbyou.or.jp/entry/13564)deMenthonM,LavalleyMP,MaldiniCetal:HLA-B51/CB5CandCtheCriskCofCBehcet’sdisease:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysisCofCcase-controlCgeneticCassociationCstudies.ArthritisRheumC61:1287-1296,C20095)TakenoM:TheCassociationCofCBehcet’sCsyndromeCwithCHLA-B51CasCunderstoodCinC2021.CCurrCOpinCRheumatolC34:4-9,C20226)MeguroA,InokoH,OtaMetal:GeneticsofBehcetdis-easeCinsideCandCoutsideCtheCMHC.CAnnCRheumCDisC69:C747-754,C20107)HorieY,MeguroA,OhtaTetal:HLA-B51carriersaresusceptibletoocularsymptomsofBehcetdiseaseandtheassociationCbetweenCtheCtwoCbecomesCstrongerCtowardsC(9)あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025C793’C’C-’C’C

序説:眼科の日常診療に必要な「遺伝子」に関する基礎知識

2025年7月31日 木曜日

眼科の日常診療に必要な「遺伝子」に関する基礎知識BasicKnowledgeofGeneticDiagnosisandGeneTherapyforDailyPractice小沢洋子*榛村重人*遺伝子に踏み込むのは一部の専門家だけ,という概念は今や通用しない.遺伝子を調べることの意義を理解し,治療に結び付けられる可能性を知ることは,患者にとってファーストタッチとなる一般眼科臨床医にとっても重要である.すなわち,最新の診断や治療は専門医療機関において行われるとしても,そこへ紹介し,診断や治療の機会を提案するのは一般眼科臨床医の仕事である.そこで本特集では,現在行われている,もしくは近い将来に行われる診断・治療および臨床試験などについて,それぞれのエキスパートである先生方に解説していただいた.ヒト白血球抗原(humanleukocyteantigen:HLA)と非感染性ぶどう膜炎の関係はよく知られるが,これを調べることで患者にどのようなメリットがあるのか考えたことはあるだろうか.本特集では,HLAとはなにか,クラスIやクラスIIの意味といった基本的知識から,HLAと疾患の相関機序の解釈までを石原麻美先生,目黒明先生に解説していただいた.角膜ジストロフィの特徴的な角膜所見をアトラスで勉強した方は多いだろう.ただし,はっきりした診断と予後予測のためには,遺伝子検査を行うことが勧められる.特定の医療機関で行える保険収載された検査について,本特集の辻川元一先生による解説を読むと,日ごろ診ている患者の顔が思い浮かび,検査を勧めることを検討したくなるかもしれない.遺伝学的検査というと,白黒がはっきりする検査という印象があるかもしれないが,実は必ずしもそうではない.IRDパネルシステムは,現時点では治療法のあるRPE65遺伝子変異が疑われる患者にのみ保険収載がなされているが,全部で82遺伝子を調べられる.筆者らの施設(藤田医科大学東京先端医療研究センター)では,RPE65以外の遺伝子変異を疑われる者に対して自費診療で検査を行っている.もちろん,カウンセリングによる患者ケアとエキスパートパネル(後述)による結果解釈の質は担保している.その経験からすると,1人の検査でも,何cmもの厚さに至る遺伝子変異の報告書を渡されることになる.すなわち,調べたのが82遺伝子だけでも多数の変異がみつかるのである.そのなかから患者の病状と合致する遺伝子変異を判断するのが,エキスパートパネルという専門家会議である.この会議では,これまでの論文や学会の報告などを参考に原因遺伝子が判断される.前田亜希子先生にご執筆いただいた項目を読み,遺伝子検査の判定までの舞台裏を知ることは,患者への説明に欠か*YokoOzawa&ShigetoShinmura:藤田医科大学東京先端医療研究センター臨床再生医学講座0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(1)785-