近視進行予防の治療3.多焦点眼鏡,多焦点コンタクトレンズ,DIMSレンズMultifocalSpectacle,MultifocalSoftContactandDefocusIncorporatedMultipleSegments(DIMS)Lenses長谷部聡*はじめに小児に対する予防的治療を考えるとき,その要件として一般的に,1)重篤な副作用がないこと,2)経済的であること,3)治療が煩雑でないことがあげられる.多焦点眼鏡や多焦点コンタクトレンズ(multifocalsoftcontactlens:MSCL)は繰り返し試験されてきた方法論であり,安全性については豊富なエビデンスがある.また,屈折矯正自体が予防的治療を兼ねていることから,2)と3)の要件も満たされる.十分な抑制効果が得られるならば,患児にとってはもっとも理想的な予防的治療といえよう.I眼軸長の視覚制御ノーベル生理学賞受賞者のWieselらの形態覚遮断近視1)やヒューストン大学のSmithらのレンズ誘発近視2)など,動物モデルによる数多くの近視化実験によって,眼軸長の視覚制御(visualregulationofaxiallength)の詳細が明らかになりつつある.一言でいえば,発達途上にある眼球には,与えられた視覚的環境に合わせて眼球の形状(眼軸長)を調整する一種のホメオスタシス機能が備わっている.ここでは“鮮明な網膜像”が眼軸伸展の停止信号,網膜後方へのデフォーカスが眼軸の伸展を加速させる引き金(トリガー)の役割を果たすものと考えられている.網膜後方へのデフォーカスが与えられたとき,強膜細胞外マトリックスの再構築と結合組織のスライディングが起きて眼軸長が過伸展する仕組みについても,神経生化学的な基礎研究が多数報告されている3).一方,近業に伴う毛様体筋の過緊張により,赤道方向への眼球の発育が阻害され,本来であれば眼軸の成長と伴に起こるべき水晶体屈折力の低下が生じないとする機械的張力説(mechanicaltensiontheory)の関与を主張する研究者もある4).しかし,動物実験モデルによる裏付けが得られておらず,仮説に止まっている.II治療機転眼軸長の視覚制御が働いているとしても,ここで眼軸過伸展の引き金となる網膜後方へのデフォーカスはなぜ起こるのだろう.最初の仮説は調節ラグ説であった5).調節は,視距離の変化という外乱に対して,網膜像を鮮明に保つためのフィードバック制御といえる.ところが実際に調節反応を測定すると,生物学的な制御であるがために,特徴的な誤差がみられる.調節安静位(遠点に対して0.5~1.5D近方に)を起点として,視距離が短くなるにつれて調節反応が鈍り,調節ラグつまり網膜後方へのデフォーカスが増大する.調節ラグを眼軸過伸展の引き金であると考えれば,過剰な近業がなぜ眼軸を過伸展させるかをうまく説明できる.次に登場した仮説は,周辺網膜での後方デフォーカス説である.Dietherら6)やSmithら7)は,実験動物の視野の一部にそれぞれ凹レンズや半透明カバーを装着させたところ,対応する網膜のみに眼軸の過伸展が観察されることを報告した.この実験結果は,眼軸長の視覚制御*SatoshiHasebe:川崎医科大学眼科学2〔別刷請求先〕長谷部聡:〒700-8505岡山市北区中山下2-6-1川崎医科大学眼科学20910-1810/20/\100/頁/JCOPY(29)531の仕組みは中心窩に限られたものではなく,網膜全体に及び,局所的に作用することを示している.正視眼であっても眼球形状には個人差があり,前後に長く網膜の曲率半径が小さいプロレートな形状では,中心窩で焦点を結ぶとき,周辺網膜では網膜曲面と焦点曲面(imageshell)との食い違いから後方へのデフォーカスが発生しやすい.また,眼鏡レンズでは,周辺視野から来る光線はレンズ表面を斜めに通過するため,非点収差とともにマイナス度数が増大し,周辺網膜では後方デフォーカスが起こりやすい.多焦点眼鏡やCMSCLを用いた近視予防研究は当初,眼軸過伸展の引き金と考えられる網膜後方へのデフォーカスを軽減することに主眼が置かれていた.CIII多焦点眼鏡1.累進屈折力眼鏡累進屈折力眼鏡(progressiveadditionlens:PAL)を装用させると,近見加入度数だけ調節必要量が減る.たとえば視距離C33Ccmの近業では,調節必要量(+3D)は調節安静位を上回り,調節ラグが発生する.ところが+1.5~+2.0Dの近用加入をもつCPALを装用させると,調節必要量は調節安静位(+1.0~+1.5D)にほぼ一致することになり,調節ラグは理論上発生しない.そこでPALを装用することで,近視進行を抑制できるのではないかと期待された8~15).PALを用いたCRCTは,被検者を限定したターゲット研究14,15)も含めて,合計C7回実施された.しかし,屈折度における平均抑制効果はC11~33%に止まっている(表1).RCTの結果を統合するシステマティック・レビュー16)によれば,PALによる抑制効果は,統計学的には有意であるものの,効果自体が小さいことから,臨床的な治療法としては推奨できないと結論づけられている.C2.Radialrefractivegradientデザインレンズ周辺網膜における後方デフォーカスへの対策として設計されたのがCradialCrefractivegradient(RRG)レンズである17).PALが中心から下方へプラス度数が加入されているのに対し,RRGレンズではほぼ同心円状に,中心から離れるにしたがって徐々に,プラス度数が加入されている.これを装用することによって,少なくとも正面を見ている間は,周辺視野から来る光線はプラス度数加入領域を通るため,焦点が前方に移動し,周辺網膜における後方デフォーカスを軽減できる.この効果により,近視進行を抑制できるのではないかと期待された.最初の比較対照試験で用いられたC3種類のCRRGレンズのうち,のちにCMyoVision(CarlCZeissVision)として市販されるレンズは,平均C30%の近視進行抑制効果を示した17).しかしこの値は,近視の家族歴がある学童に限定した,後付けのサブグループ分析から得られたものであった.追試として国内では,家族歴のある学童に対象を限定してC7大学共同でCRCTが実施された18).ところが期待に反して,屈折度,眼軸長いずれにおいても抑制効果はみられなかった(表1).C3.Positively.aspherizedPAL(PA.PAL)MyoVisionとは別に,筆者らはCPALとCRRGレンズのハイブリッドであるCpositively-aspherizedPAL(PA-PAL)(図1)によるCRCTを実施した19).非点収差の少ない下方近用部で近業時の網膜後方デフォーカス(調節ラグ)を,遠用部周囲のプラス度数加入領域で周辺網膜における後方デフォーカスを軽減しようという二重効果を狙った設計であった.しかし,得られたC2年間の近視進行抑制効果は平均C20%に止まり,PALの抑制効果と大差はなかった(表1).RRGレンズやCPA-PALなど周辺網膜における後方デフォーカスの軽減を狙う眼鏡レンズが十分な成果をあげられなかった理由として,Flitcroftらは網膜周辺部におけるデフォーカスはレンズ設計だけで決まるわけではなく,網膜の形状,空間の三次元的配置,注視方向,注視距離によってダイナミックに変動していることを指摘している20).さらにレンズの非球面化に伴い周辺部では非点収差が増大するため,眼軸伸展の停止信号となる鮮明な網膜像を得にくいという問題もある19).CIV多焦点ソフトコンタクトレンズMSCLを用いた比較対照試験の成績は,2010年頃から報告されるようになった21~28).ここで使用されたのは中央遠用のCMSCLで,治療機転としてはCRRGレンズ532あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020(30)表1累進屈折力眼鏡(No.1~8)と特殊非球面レンズ眼鏡(No.9~11)による比較対照試験の成績8~15,17~19)No.報告者報告年使用レンズ研究デザインCn近視進行*抑制(%)眼軸伸展*抑制(%)1C2C3C4C5C6C7C8C9C10C11CLeung8)CShih9)CEdwards10)CCOMET11)CHasebe12)CYang13)CCOMET-214)CBerntsen15)CSankaridurg17)CHasebe19)CKanda18)C1999C2001C2002C2003C2008C2009C2011C2012C2010C2014C2018CPALPALPALPALPALPALPALPALRRGPA-PALRRG2年CCTC2年CRCTC1.5年CRCTC3年CRCTC3年CRCTC2年CRCTC3年CT-RCTC1年CT-RCTC1年CCTC3年CRCTC2年CT-RCTC46C188C298C469C92C178C118C85C100C169C207C46C15p<C0.001C11CN.S.C14p<C0.001C15p<C0.001C21Cp=0.01C24p<C0.05C33Cp=0.01C30p<C0.05C20p<C0.02CN.S.C50C2C3CN.S.C15p<C0.001C─C16Cp=0.04C─C─C─C12CN.S.CN.S.CPAL=累進屈折力眼鏡,RRG=radialCrefractiveCgradientCdesignlens,PA-PAL=positivelyaspherizedPAL,DIMS=defocusincorporatedmultisegmentslens,RCT=無作為化比較対照試験,CT=比較対照試験,T-RCT=治療対象を限定した試験.*無効は0%.Ca平均屈折力マップb非点収差マップ(D)2.01.51.00.50.0非点収差の小さいレンズ下方の近用部のプラス加入で調節ラグを,周辺部に設けたプラス加入での周辺網膜での後方デフォーカスを軽減する.レンズ径はC60mm.(文献C19より改変引用)表2ソフトコンタクトレンズによる比較対照試験の成績21~28,33,34)報告者報告年Cn治療対照デザイン近視進行抑制(%)眼軸伸展抑制(%)ドロップアウト(%)CAnstice21)CSankaridurg22)CWalline23)CFujikado24)CLam25)CPaune26)CAller27)CCheng28)CRuiz-Pomeda33)CChamberlain34)C2011C2011C2013C2014C2014C2015C2016C2016C2018C2019C70C82C54C24C128C40C79C109C89C109CMSCLMSCLMSCLMSCLDISCMSCLMSCLMSCLDISCDISC単焦点CSCL単焦点眼鏡単焦点CSCL単焦点CSCL単焦点CSCL単焦点眼鏡単焦点CSCL単焦点CSCL単焦点眼鏡単焦点CSCL10カ月CCTC1年間CCTC2年間CHCTC2年間CRCTC2年間CRCTC2年間CCTC1年間CRCTC1~2年間CRCTC2年間CRCTC3年間CRCTC36C36C50C26C25C43C77C20C39C59C50C39C29C25C32C27C79C39C36C52C13C18C19C0C25C43C8C14C17C24CMSCL=多焦点ソフトコンタクトレンズ,DISC=defocusCincorporatedCsoftCcontactlens,SCL=単焦点ソフトコンタクトレンズ,CT=比較対照試験,RCT=無作為化試験.Ca+3.5D図2DIMS眼鏡と仕組みa:レンズ表面に微小(マルチプル)レンズが約C400個配置されている.Cb:微小レンズを通る光線は,網膜面の焦点(F1)とは別に,約C3.5D前方に第二の焦点(F2)を作る.(https://www.hoyavision.com/en-hk/discover-products/for-spectacle-wearers/special-lenses/myosmart/)=近視進行(D)図3DIMS眼鏡による無作為化比較対照試験の成績(文献C32より改変引用)aMSCLbDISCレンズ矯正ゾーン矯正ゾーン加入ゾーン(+2D)加入ゾーン(+1.5~2.5D)8.5~9mm6mm図4中央遠用のMSCLとDISCレンズの模式図2.5D図5DISCレンズの仕組み加入ゾーンを通る光線は,網膜上のフォーカス(F1)とは別に,約C2.5D前方に第二のフォーカス(F2)を作る.C—-